過去ログ - 森久保「私に似ているプロデューサーさん」
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25: ◆8AGm.nRxno[saga]
2017/02/24(金) 12:52:41.85 ID:UKsbEgqz0
翌々日、今日は森久保が初めて集団レッスンに参加する日だ。

既に森久保がレッスン室に入ってしばらくが経過している。あと十数分もすれば出てくるだろう。

正直森久保の性格的に集団レッスンは不安だった。心配で今日はいつもより早く仕事を切り上げて、会議室で森久保が来るのを待っている。

だがトレーナーさんの太鼓判を頂いた以上、森久保にもあそこでやっていけるだけの技術や体力は身についたということだ。個人レッスンにも真面目に取り組んでいたようだし、やってやれないということは無いだろう。心配だが信じるしかない。

時計を見ると、最後に時計を見てから40秒しか経ってなかった。我ながら神経質なことだ。

ただ待っているだけでは不安に殺されそうだったので、俺はスマホを取り出す。しかし思ったような効果は得られず、外でアイドルたちの声がしようものならレッスンが終わったのかと聞き耳を立ててしまう。そのたびに時計を確認してそれは無いことを確かめる。


少し前から俺は、アイドルの話や彼女たちの声を聴いても以前のように気持ちが沈むことは無くなっていた。
事務所にいるときでも、「彼女」のことを思い出すのは本当にわずかな時間になっていた。

気が付いたらそうなっていた。そしてその変化を促したのは、おそらく森久保なのだろう。
森久保と過ごすぬるま湯のような日々が、渇いてガビガビになった傷跡をゆっくりとふさいでいったのだ。
自分でも驚いた。罪悪感による僅かな痛みもなく自分が変わっていくことに。

だが驚くのと同時に、これからの俺と森久保のことを考えると複雑な感じもした。

俺はスマホを机に置いて目を閉じた。
考えるのは森久保のこと。
森久保の担当になってからの三週間と、森久保と出会うまでの四年間。

もしあの日々に戻ることになったらと思うと、少しゾッとする。

だけどそれは決して「もし」の話などではない。いずれそうなる。そうなることを俺は知ってしまっている。

森久保のプロデュースを失敗させれば俺と森久保は事務所を追い出される。

そしてもし俺が森久保のプロデュースを成功させ、彼女の名を売ることに成功したとすれば、社長はそのブランドを利用して森久保を他所のプロダクションに移籍させるだろう。

それもかなり早い段階でだ。最初のLIVEを成功させたあたりと言ったところだろう。
社長には森久保乃々という馬券を買うつもりは無い。不利益が小さいうちに森久保を切り離すつもりだ。

俺は残り、森久保はいなくなる。俺はまた雑用として働きながら日々を消費していくだろう。

森久保が訪れる前の事務所に戻るのだ。

これが社長の作戦の「もう一段階」。つまるところ俺が森久保の担当になった瞬間に、既に別れは約束されていたのだ。今はその時までの時間稼ぎをしているに過ぎない。

いずれ離れると知っていたから彼女に深入りする気はなかった。しかしこの事務所で初めて出会えた理解者、同類という存在に俺の心は引き込まれて、気づけば森久保は俺の胸の深い場所に巻き付いていた。

「……」

離れたくねえなぁ。

子供の我儘のような感情が噴き出る。遊園地から帰りたがらないガキを幻視した。

みっともない。仕事に私情を持ち込むな。

それでもそう思うことは止まらなかった。


何故だか森久保は最近頑張っている。以前の森久保をあまり知らないから分からないが、トレーナーさんが言うには、レッスンに対する姿勢が前とはまるで別人らしい。

そんな森久保の歩みをこの俺が止めていいわけがない。
たとえそれが二人の別れを早めるものだとしても。

森久保のレッスンが終わる時間まで、俺はスマホの黒い液晶とにらめっこして笑顔の練習をした。
こんな情けない顔、あいつには見せられないから。




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