過去ログ - 海未「あなたへ」
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4:名無しNIPPER
2017/04/02(日) 09:20:24.16 ID:8+rDTmig0
高校三年の夏ごろ、雪穂に高坂家の秘密を打ち明けられました。
あの子が夏風邪をこじらせて授業後に倒れた日の夜二人でおかゆと氷枕を支度する合間のことでした。
私とお姉ちゃんは、半分他人なんだって。叔母さんの三回忌の時に、親戚の人から聞いちゃつたの。
連れ子のくせに要らん口を出すなって、お姉ちゃん怒鳴られて、お父さんも何も言わなくて。
姉と同じ色の瞳を蒼く曇らせうつむく雪穂に、その倒れそうな姿に思わず私は手を伸ばすのですが、触れる手前で払いのけられてしまいます。
『ごめん。海未ちゃん、これは、うちの問題だから。……お姉ちゃんを守るのは、私しか居ないんだから』
今にして思えば、雪穂はあの時から愛する人と添い遂げる覚悟を決めていたのでしょう。
言い切った雪穂の目にそれでもとすがった私の声など、あの時からすでに聞こえていなかったのです。
畳の上でぽっかり空いた場所を眺めていると、最後の日の声が聞えてくるようです。
海未ちゃん、叱ってよ。私のこと、愛する娘を奪って逃げてこうとか考えちゃう最低な私のこと。ひっぱたいてよ、強引に連れ戻してよ、昔みたいにさ。
あの子は、いま私がいる場所からちょうど1メートルもしない場所で寝転がって温度のない声でぼそぼそとつぶやいていました。
いつかの何も知らなかった頃の私なら、道理を説いて正論で押し[ピーーー]ような、それこそあの子が言ったようなやり方で引きずり戻せたのかもしれません。
でも、そうするには私たちはもう年を取りすぎていました。あの夜にはもう、宵闇の帳があの子と私の間を遮ってしまっていて、同じく赤の他人である私に
は、声も言葉も何一つ届かないと悟ってしまったのです。
『海未ちゃん、ありがと。......ごめんね』
妹の雪穂と共に蒸発する前夜、穂乃果はそう言い残してこの部屋を出ました。
体温の感じない声のなかでも、あの言葉だけは、線香花火が消えかける一瞬のように、確かな熱を感じたのです。
それが、あの子が私の名を呼んだ、最後でした。
また明日、お話しましょうね。絶対ですよ、と玄関先で掴んだ手はとうに冷え切っていて、穂乃果は、あははと笑って、返事を避けました。
駅に向かうなら車を出しましょうか、と聞くと、ううん、大丈夫だよ、とまた冷たい声で返したのです。
あの夜のことは一字一句、焼き付いて私から離れません。明け方、曲がり角であの子の姿が見えなくなるまでの間、私はただひたすら、あの子が手を振る姿を見つめていました。


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