過去ログ - 海未「あなたへ」
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5:名無しNIPPER
2017/04/02(日) 09:21:03.73 ID:8+rDTmig0
時はめまぐるしく過ぎていきます。気づけば凛たちも大学を卒業する頃で、ことりは表参道とフィレンツェのオフィスを往復する日々、私は会社勤めを続ける傍ら、糖尿病で体を崩した父に代わって家を守る母に付き添い、やがて親戚筋から跡継ぎの話を持ちかけられるようになります。
あの夜からほんの少しの期間、私は心療内科のお世話にもなりましたが、ことりや絵里たちのおかげですぐ立ち直れたそういうことにしました。
この部屋で夜眠るとあの子の幻を見てしまって、ことりの家に泊まらせて頂いたこともありました。 
そんな夜も、汗水垂らして働くうちに遠のいて、こうして薄まっていくのです。
私たちは一人残らず大人になっていきます。
そんな中、あの仲睦まじい二人の姿だけが、記憶の中で子どもの姿のまま、目もくらむほど美しい姿のまま、いまも瞼の裏から離れないのです。
過去は美化され遠ざかるほど輝きを増していくようで、ふらりとそこに倒れ込んでしまうような時だって、今でも、おそらくは。
「──みちゃん、海未ちゃんっ!」
懐かしい声が聞こえて、目をさましました。
ぼやけた焦点が少しずつ合わさると、眠っていた私の前に、よく見知った人の姿がありました。
「……すみません、お見苦しいところを」
ううん、でもカゼ引いちゃうよ。スーツ姿のことりがそう言って少し笑います。起きあがろうとした拍子に、私の肩からブランケットがこぼれ落ちました。
「海未ちゃん、大丈夫?」
「今日でその言葉、二回目ですね」
こんな風に冗談で返すのも、あれから少しして身につけたことです。
「待ってください、今お茶をいれますね。ところでことり、お店の方は? 聞いた話だと発注の方が」
こうやって、話題をそらすことも。
「ううん、それは大丈夫だよ。今は新人の子に頼んでるから。見積もりは出てるし、夕方のミーティングまでは私も自由だから」
そう言って、私を自分のひざに寝かしつけようとすることり。
……やっぱり、この子にはかないません。
「海未ちゃん。ちょっと、眠ってた方がいいよ」
子供じゃないんですから、とごまかしそうな私の手をことりが掴んで、じっと見つめます。
抑えた色の口紅と薄いファンデーション、首もとに小さく光るチョーカー。後ろのハンガーには、先ほどまで着ていたジャケット。
普段通りの気品を漂わせる白いブラウス姿の彼女は、けれどもこのときだけは、私の目にやけに幼く映りました。
私は吸い寄せられるように、彼女の膝に横たえられます。


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