過去ログ - 橘ありす「その扉の向こう側へと」
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13: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/04/09(日) 15:47:53.60 ID:L8J356lk0
「お願いします、プロデューサー」
「シートベルトはつけたよね?」
「当然です」
普段なら前から聞こえる声は、今は隣から。
小気味のいいエンジン音とともにやってくる、しばらく味わっていなかった加速感に身をまかせる。
「ありすちゃん、どうする?今日は直接家に送ったほうがいいかな?」
「橘です。……じゃなくて、今日はレッスンがあったと思うんですが」
「今日はお休み。トレーナーさんにも迷惑かけちゃうからね」
プロデューサーが軽く流す言葉に、じわりと罪悪感が重なる。
内罰的な感情も頭の中に浮かび始めた。何もしないままなんて、やっぱり嫌で。
「……そうですか。すいません、私がうっかりしていたばかりに。なら、せめて自主レッスンを」
「それもダメ。橘さんだってこんなことがあって疲れてるだろうから」
「そんな……!やらせてください。それくらい……」
「大丈夫、って。本当に言える?」
重ねるように言葉を先取りされて、返事に詰まる。
だけど、だからって自主レッスンひとつできなくなるほど弱っているはずも……。
……ない、だなんて。ずっとらしくないことを続けてきて言えるはずがなかった。
「…………わかりました。事務所の方にお願いします。電車が動くまで時間をつぶそうかと」
「今日はほかの子もほとんど来てないから、話し相手もあんまりいないけど……それでいい?」
「はい。それで問題ありません」
だって、家に帰っても誰もいませんから。
「わたし、いま………」
何を言おうとした?
「橘さん?」
「いえ、なんでもありません」
すんでのところで飲み込むことができた言葉に、恐怖すら覚えた。
私はどこまで甘えてしまおうとしているのか。
そんなことまで言葉にしてしまったら、プロデューサーは……ううん、私の方が駄目になってしまう。
アイドルとプロデューサー。仕事上の付き合いにすぎないその一線を踏み越えてしまいそうで、それがひどく恐ろしい。
車を運転するプロデューサーの顔を見て……今だけは視線を向けてもらうことも、軽率に触れてしまうこともできないと余計なことにばかり気付く。
それを寂しいだなんて思うのは、きっとよくないことだ。
「ありすちゃん、焦らなくていいんだよ」
「……プロデューサー?」
……怖い。怖い。
優しい言葉が、名前を呼ぶ声が、なのにどうして。
「上手くいかないときこそ、ゆっくりで大丈夫だから。無理して走っても転んじゃうだけだよ」
なんで、なんで簡単に伝えることができてしまうのだろう。
優しい言葉が、励ましが、弱った心をナイフでえぐるみたいにじくじくと痛ませる。
そうだ、何が怖いかなんて、そんなのたったひとつしかないんだ。
「……、ません…………」
「なあに、ありすちゃん?」
ああ、どうかそんなに優しく“名前を”呼ばないで。
そんな風に呼ばれたら。私はどうにかなってしまう。
幼子でいることでそれを甘受できるのだと、受け入れてしまう。
どれだけ差があっても、せめて。せめて私は。
「そんな慰めなんて、いりませんっ……!」
私は、あなたと対等な関係を信じていたいんです。
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