過去ログ - 橘ありす「その扉の向こう側へと」
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17: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/04/09(日) 15:53:28.73 ID:L8J356lk0





とくん、とくん、と。
授業曰く命を廻らせているらしい音がうるさく響く。
そこまで酷いものではないけれど、のど元に空気のかたまりみたいなものがせり上がってくるような感覚もじわじわ。
つまり私は、客観的に俯瞰してみればみるほどに大きくも特別にも感じていなかったであろう舞台を前に、しかし当事者らしく緊張しているようだった。

だって当然だ。私にとってはこれ以上ないくらいの特別な大舞台なんだから。
誰だって初めての経験には戸惑うもの、だと思う。
だから私がどうにか平静を保とうとしているのは、ごくごく自然な反応に他ならない。
そうやって自分に言い聞かせている私のもとへ、プロデューサーがやってくる。

「橘さん、もうすぐ時間だよ。……緊張してる?」

「当然です。ですが適度な緊張感を持っているほうがこういった場では良いと思います」

「ざんねん、それは不正解です。はい、こっち向いてよく見て」

ぐい、と身体を回された。その先にはメイク用の姿見が置いてあって。
鏡に映る自分と目があう。
緊張でかちこちになって、不安げに揺れる瞳……それが訴えかける自問に、応えられるのは私だけだ。
瞳を閉じて、もう一度開く。

――大丈夫。できる。

見据えたのは、迷いのない真っ直ぐな視線だった。

「うん、いい表情になった。かっこいいし、かわいいよ」

「か、かわっ……今日は凛々しく決めようと思ってるんです。変なこと言わないでください」

「かわいいかわいい。私はそういうのも好きだよ?」

「プロデューサー!こんな時にまで茶化さないで……」

落ち着くことができたと思ったのに、体温が上がっていくのを感じる。
プロデューサーはそんなの気にしていないかのように衣装のチェックを始めた。
文句の一つでも言ってやりたいけれど、一応はプロデューサーもちゃんと仕事をしているのだからチェックが終わるまで口を挟めない。

「衣装オッケー。それじゃあ、ありすちゃん」

「橘ですっ!」

条件反射的に、文句の矛先がそっちへ向かう。
なんとなく、誘導された気がするのはどうしてだろう。
プロデューサーはそれを受け止めながらゆるく笑って、ほんの一拍、呼吸を置いて。

――いってらっしゃい。

と、ひどく懐かしい響きで送り出すのだ。
返す言葉は、ひとつしかない。

「いってきます、プロデューサー」



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