過去ログ - 橘ありす「その扉の向こう側へと」
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8: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/04/09(日) 15:40:39.91 ID:L8J356lk0
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考えることはたくさんあったし、一筋縄ではいかなかったけれど、私はどうにか歌詞として成立するだけのものを作ることが出来た。
もちろん、これがそのまま使われるわけではないのだけど。それでもなんとなく達成感を感じるのは当然のことだと思う。
「ありすちゃん、添削届いたよ」
「橘です。……どうでしたか?」
「そうだね、ええ、と……」
プロデューサーの様子を見て、相応に厳しいことを書かれていたのだろうと察する。
私は専門家でなければ、アイドルソングにだって詳しくなかった。そんな詩はひどく拙く映るかもしれない。
それは仕方のないことで、だからこそこうして私の思うままを整えてくれる人がいる。
「大丈夫です。気にしませんから、聞かせてください」
「……わかった。簡潔に言うとね、『あなたはその詩を歌っている自分を想像できますか』ってこと、かな」
「歌っている、私……?」
この詩にどんなメロディが重ねられるのだろう。それを想像したことがない筈はない。
だけど、さらにその先。ある意味当然の“その歌を紛れもなく自分のものとする”という未来に思考を至らせたことはあっただろうか。
こうして自分の記憶を必死に探っている時点で、答えは明白だった。
「続けるね。『未来への希望を語っているように見えて、自分でも抑えている部分があるのではないか、と。時折控えめになる表現から感じました。
アイドルは歌で自分を表現するもの。大事な詩に遠慮はいりません。もっと子供らしい明るくはじけた言葉づかいでも大丈夫ですよ』
……だそうです。具体的な添削は、こっちに」
「……ありがとうございます。読んでみます」
気にしないと言った手前ではあるけれど。
わかっていたことであればショックを受けない、なんて人はきっと一握りだろう。
私はその例外の側にはなれないみたいで、それでもちゃんと受け止めなきゃと文字に視線を走らせる。
意味が通じるか、意図が伝わるか、語呂が悪くないか。
たくさん考えて選んだ言葉は、もっと直接的で力強い言葉を勧める添削にかき消されていく。
言葉を探すのは大変だった。だけど、決して息苦しくなんてなかった。
断じて私は、子供らしくあるために未来を夢見ているわけじゃない……!
でも。思うのだ。
「プロの人から。大人から見たら、こう映ってしまうんですね……。反省点ははっきりしました、次こそ大丈夫です」
「橘さん……」
そう、多くの人に中途半端だと見られてしまうなら、どこかに良くない部分を抱えているのは確かで。
それにこの詩を私が歌っている姿は、やっぱりどこを探しても見つかりそうになかった。
「プロデューサー、いつまでに直せば大丈夫ですか」
「一週間……だとちょっとゆっくり過ぎるかな。難しいだろうけど、お願い。困ったら相談に乗るから」
「わかりました。……まったく、そんなに私が頼りないですか。もう少し信じてください」
我ながら、ずるい物言いをしていると思う。
信じてほしい。プロデューサーがそう言われて、首を横に振れる筈なんてないのに。
紛れもない本音だけど、不安をごまかすために使ってしまったことに、少しだけ胸が痛む心地がした。
……考えなきゃ。今度こそちゃんと伝わるように。
だって私はおとなに憧れてこの詩を書いたはずで。
そう、自分が子供であることを強調したいなんて思えないから。
それこそそんな歌を歌う橘ありすは私が目指す先じゃない。
だから私はもっともっと、その扉の向こうにある景色をイメージしたいんだ。
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