3: ◆S6NKsUHavA[saga]
2017/05/09(火) 01:46:58.29 ID:whF7ja/yO
外はもうすっかり日も落ち、窓から緩やかに流れこむ風が心地よい。車載のラジオから流れるポップスを聞き流しながら、美玲は上気した頬を風に預けるように窓際で頬杖をついた。
そのまま、ふと口を開く。
「なぁ、今日って……」
そこまで言ってしまってから、美玲はハッと気付いたように慌てて口を閉ざした。自分が何を言おうとしていたのかを自覚して、冷め始めた頬が再び熱を持つ。
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないッ!! 運転に集中してろッ!!」
「へいへいお嬢様」
ちらりとこちらに目をやったプロデューサーを慌てて追い払うように吼え、美玲は彼に気付かれぬよう左頬をぺちぺちと叩いた。危ないところだった、と胸をなで下ろす。あのまま言葉をこぼしていたら、うっかり『おねだり』になるところだ。
そんな格好悪いこと、出来ない。
美玲は深呼吸一つすると、シートに深く腰を沈めた。何事も無いように装いながら、ゆっくりとプロデューサーの方を盗み見る。彼は先ほどのやりとりを気にした様子も無く、ラジオの曲などを口ずさみながらハンドルをさばいている。
なんだよ、ちょっとは気にしろよ、と先ほどの言葉とは裏腹の事を思いながら、美玲は軽くため息をついた。学校と仕事のはしごで息つく暇も無かったが、今日は彼女にとって一年に一度の記念日だ。
ポケットからスマホを取りだし、同僚と一緒に登録したコミュニティアプリを開く。新しく更新されたそこにいくつかの「おめでとう」メッセージを見つけて、美玲は僅かに頬を緩ませた。
今日は五月九日。美玲の、誕生日だ。
同じユニットを組む星輝子や森久保乃々、先輩の渋谷凛、同期の三好紗南などからは朝早くにお祝いのメッセージを貰っていた。他にも仕事で関わったアイドルからもいくつか祝辞が届いている。
一匹狼じゃないのも、たまにはイイな。そう思いながら、一つ一つに返信していく。あまり慣れていないため、意識しないと素っ気なくなってしまいがちな文面に頭を悩ませながらも、美玲は丁寧に返事を送った。
最後の一つを送ってしまって、美玲はスマホをポケットに仕舞い込む。ラジオから流れる曲は、いつの間にか軽やかなジャズになっていた。相変わらず前を向いたままのプロデューサーに、心の中で舌を出す。
事務所に着くまで一眠りしようかな。そう思って軽く伸びをしたところで、彼が口を開いた。
「事務所に帰る前にちょっと寄り道するが、良いか?」
「へ!? あ、う、うん……」
不意打ちのように繰り出された言葉に、美玲は思わずしどろもどろな返事をしてしまった。そんな彼女の様子を気にしたそぶりも見せず、プロデューサーは事務所とは反対方向に指示器を出す。跳ね上がった心拍数を抑えるように胸を押さえながら、美玲は恨みがましい目で彼の方を見た。卑怯だゾ。そんな言霊を視線に載せるが、当然のように彼の元には届かない。
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