30:名無しNIPPER[saga]
2016/11/19(土) 17:18:18.32 ID:56PYB9g50
久しぶりに帰ってきたあの人のもとへ、我先にと駆け寄ってゆく子供たち。
僕もその中に混じりたかったけれど、そんなわけにもいかず、保護者よろしく後ろのほうで腕なんか組んで突っ立っていた。
でも誰よりも、彼女の帰りを待ち望んでいたのは僕だったに違いない。
子供たちの歓待に、一人ひとり肩を抱き、頬を撫でていた彼女は、しかし不意にこちらに顔を向けて、小さく手を振ってきた。
僕は、動揺した。ひねた態度は散り散りになって、嬉しくなってしまった。そしてそれは隠しきれなかったと思う。
それから一時間後、ようやく解放された彼女と、互いにお久しぶりですと言い合った。
教会の庭を巡りながら、僕は彼女との記憶を、ひとつひとつ辿っていた。
高校の、「地域の人と触れ合う」なんてお決まりの単元で、僕は小さな聖歌隊を率いた彼女を知った。
伴奏のオルガンの音色は、彼女自身の歌声の様に美しかった。
クラスの他数十名に向けた、社交辞令でもおかしくない「ボランティアを募っている」という言葉を真に受けた。
それまでは足を向けたこともない、古ぼけた教会におっかなびっくり近づいて、でも扉を開ける勇気がなく庭で立ち往生している僕の後ろから、その人は声をかけてくれた。
振り返ったときの感情は今も言い表せられない。
キリスト教徒でもなく、かといって仏教徒でもない僕には、誰かの役に立ちたいなんて立派な考えはなかった。
僕はただ、この人の役に立ちたいと思った――それは建前。
役に立てなくても、あの人のそばにいたいと思った。
突き詰めたら、教会のことなんてどうでもよかったのかもしれない、我ながらクズだった。
そんな奴はあの人に相応しくない。分かってる。
それでも。
教会を立て直すために別の仕事を探すと言い出した時、僕は止めようとした。
露骨な言い方をすれば――彼女に会えないなら、この教会に用はなかった。
でもここは、ほかならぬ彼女が愛している場所だ――守らなくちゃいけなかった。
僕はただのボランティアでしかなく、教会の運営に口をはさむ資格はなく、校則を破ってバイトするような勇気もなかった。
だから、僕は彼女を見送った。
そして彼女はなぜかアイドルになっていた。
彼女が有名になり、出身であるここにも取材が来たりして、相当の金額が送金されてきて、教会は立ち直る目処が付き、それでも、彼女は今日まで帰ってこなかった。
「――、――――――――、――――――――」
彼女はまだ、アイドルを続けるらしかった。
小さな肩、すっと伸びた首筋、ほっそりした腿、そして白い胸元――誰にも触れられることなく慎重に隠されていたそれらを、僕はテレビ画面で食い入るように見つめた。
今、目の前の修道服の下にそれがある――生唾が出てきて、必死に堪えた。
硬い生地が縁取る輪郭、襞(ひだ)――その漆黒が、記憶のものより尚深い気がした。
「――――――――――――――――、――――――――?」
何か問われたようだった。見惚れていた僕は、本心を隠して、曖昧な笑みを浮かべた。
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