14: ◆JfOiQcbfj2[saga]
2017/05/07(日) 01:13:55.72 ID:upUN87ha0
「…………」
「…………」
再び沈黙が場を支配する。沙紀は響子の言葉を待つしかできなかった。
可愛らしいデザインの時計の針の音が部屋に響いていた。その一秒一秒の合図が沙紀にはとんでもなく長く感じていた。
そしていよいよもって我慢の限界を沙紀が感じ始めた時に、漸く、しかしポツリと呟くような声が耳に入ってきた。
「……ごめんなさい」
「え?」
今日は言葉の意味が分からないことが多いなと沙紀は心で呟いた。とにかく聞き返すことしかできない自分が恨めしい。
「ごめんなさい、っていうのはどういう……?」
「その……嘘だったんです」
今にも泣き出してしまいそうな声だった。だが、沙紀には何故彼女がそうなっているのか、何が嘘なのかさっぱりだった。
「えっと、嘘っていうのは『理想のデート』のことっすか?」
沙紀が最初に考えたのはそれだった。家事全般が趣味ということを謳っているせいで本当は外に遊びに行きたかったということが本音なのだろうかと、そう思った。
しかし、響子は首を振る。
「本当のデートじゃないっていう話、です……」
消え入りそうな声だったが、沙紀を混乱させるには十分だった。
(本当のデートじゃないっていう話が嘘?本当が嘘?嘘のデートが本当?あれ、よくわからなくなってきたっすよ……)
本当はわかっていたのかもしれない。今日の響子の行動は妙に積極的であったし、何より事務所で話していた時から様子がおかしかったのにも何となく気づいていたのだ。
「理想のデートを経験したいっていうのは嘘じゃないんです……でも」
ぐっと彼女が言葉に詰まったのが沙紀にもわかった。しかし、だから何が出来るのかと言えば待つことしかできない。
沙紀の体感時間は今日に限っていつもより数倍遅く感じることが多かった。響子が決意めいた表情で顔を上げるまで実際は一分もかからなかったが、沙紀の中ではその間が数十分ぐらい経っているように感じていたのだから驚きだ。
そして、沙紀がそんな風に体感時間と戦っている中に、響子は意を決して踏み込んでいった。
「その相手は沙紀さんじゃないとダメなんです……彼氏役をして欲しいとかじゃなくって」
胸の鼓動が沙紀の思考の乱れを表していた。その感情は驚きと嬉しさが混じった興奮であることに沙紀は気づいていない。
そして、響子は座っている沙紀の膝に手を置いてゆっくりと見上げた。その瞳は今にも泣きだしそうなほど揺れ動いている。
「響子、ちゃん……?」
沙紀が呼ぶと響子はしばらく顔を伏せた。自然、沙紀の膝元に俯く姿勢になる。
沙紀はどうしたものかと目を泳がせていたが、突然響子が顔を勢いよくあげたものだから柄にもなくビクッと驚いた。
「沙紀さん……」
顔を上げた響子の瞳は揺らぎ潤んでいたがそこには微かに決意めいたものがあった。
響子は少しだけ息を吸って、そのまま一息に声を出した。
「好きです」
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