中野五月「あいまいでぃすたんす」
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263:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:02:06.03 ID:k2Ps0f6K0
 頭の中に溢れかえるありとあらゆる思いを振り切るように、思い切り地面を蹴り飛ばした。靴とアスファルトとが擦れ合う音が何度も何度も反響して、その音がいつまでも自分の中から消えないように、がむしゃらに駆ける。体力なんてもう尽きているというのに、それでもまだ気力を捻出して脚を動かす。五月が居そうな場所を片端から訪ねて、また訪ねてを繰り返す。今頃、他の姉妹もそうやって彼女を探していると思う。


264:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:02:41.03 ID:k2Ps0f6K0
 こんな情けない俺でも、分かることはあった。五月がどんな奴で、今ごろどんな行動をとっているかくらいは想像がついた。あいつはきっと、今もこの冬空の下をさまよっている。俺に対する嫌悪とか、姉妹に対する不信とかを心の中でごちゃまぜにしながら、体を寒風に吹き晒している。そういう奴だって知っている。
 こうやって探し回っているくせに、もし見つけたら何を言うかも考えていない。みっともない釈明をするのか、謝って赦しを乞うのか、その方向性すら己の中で定まりがついていない。それでも見つけなきゃいけないという思いだけが先行して、空転して、ひたすらに脚を前に動かした。どうしたって彼女がいないことには始まらないから
というのはもちろん、今立ち止まったら自己嫌悪で死んでしまいそうだからというのもある。あのときああしておけばの連続で、頭が破裂してしまう。それは、ダメだ。


265:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:03:12.57 ID:k2Ps0f6K0
 だって、後悔は俺に許された行為じゃない。
 流されるままにこんなところまでやって来た責任は俺にあって、だからその末路を受け取るのも俺である必要がある。目を逸らすのは簡単で、現にこれまでずっとそうしてきて――でも、もうその手段はとれない。自分が立っている場所はとっくの昔に袋小路のさらに奥。複雑に絡み合った蜘蛛の巣の上。今更どうにか逃げようともがき足掻いたところで状況を悪くするだけだ。無論、現状維持ですらこの場面においては悪手。だからそろそろ、きちんと正面から向かい合わなきゃいけない。最低だろうが最悪だろうが、きちんと一つの出来事として片をつけないといけない。自分の不始末をなんとかするのは、やっぱり自分自身の仕事だと思うから。
 散々酷い道のりをたどってきて、途中途中で甘い蜜だけをすすった俺への罰と思えばまあ、納得が行く。
 俺はもうどうでもいい。だからせめて、彼女たちの関係をもう一度つなぎ合わせられるように。俺という異物が崩壊させてしまったものをどうにか再建できるように。


266:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:03:56.37 ID:k2Ps0f6K0



 ――いいや、それは、己の真意との間にいくらかの齟齬がある。

以下略 AAS



267:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:04:31.37 ID:k2Ps0f6K0
 違和感があった。今思ったことがどうにも受け入れられないような、不思議な違和感が。この期に及んで何を……という話だが、突如聴こえた不協和音は放置しておくにはあまりにも不気味で、だからもう一度、自分の持っている感情を精査したくなる。
 俺の行動の源泉となっているのは、何とか彼女たちを笑顔で卒業させてやりたいという思いだ。そのためには全員の信頼を損ねるわけにいかなくて、何度も何度も苦しい言い訳を積み重ねた。そうしないことには五姉妹の成績を維持、向上させられなかったから。


268:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:05:03.15 ID:k2Ps0f6K0
 では、もはや全員の卒業が確定的になった今、それを引きずる必要が果たしてあるのかどうか。
 当時打ち出した苦肉の策はあくまで苦肉の策であって、いつか綻ぶことは重々承知していた。だからこそ俺はその綻びが先延ばしされるように尽力したし、その過程であれこれ追加で秘密を抱えてきた。
 正直な話、もうここまできたら全部投げ捨てても良いのだ。俺は不完全ながらも当初請け負っていた仕事は遂げたし、彼女たちは次へと進む権利を得た。大筋で見ればそれなりの結末。あとは報酬だけ受け取って縁を切ってしまえば、また昔のような日常に戻ることが出来る。静かで、波が立たない、気楽な日常へ。――静かで、何も起こらない、面白味の欠片もない毎日へ。


269:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:05:34.65 ID:k2Ps0f6K0
 あいつらと知り合ってからの日々は面倒ごとの連続で、ちっとも休まる暇がなかった。直に教えていない時間にも次の授業についてのことを考えなくてはならなかったり、家族の問題に俺が顔を突っ込むことになったり。割の良いバイトだとウキウキしていられたのはほんの少しの間だけで、蓋を開けてみればとんでもない地雷がそこら中に埋まっている、事前に内容を確認していたら願い下げ確定の超ブラック業務。借金のことさえなければやめられるのにと思った回数は両手の指どころか両足の指まで含めても足らず、何度も何度ももっとよく考えた上で始めるべきだったと後悔した。


270:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:06:04.28 ID:k2Ps0f6K0



 それなのに、なんで俺は今、こうやって家庭教師の座にしがみつこうとしているのだろうか。

以下略 AAS



271:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:06:31.09 ID:k2Ps0f6K0
 やめられるのならやめたかったはずの仕事で、一度は自分から暇をもらったこともあった。それなのにいつの間にか復職して、あまつさえ、関係が切れることを寂しいなどと思ってしまいもして。
 変わっていく己の心に追いつけないまま、気付けばこんな場所にまでやってきていた。
 気持ちの整理をつけるタイミングをいつまで経っても見つけられなかった俺は、自分がどんな思いで彼女たちに接しているのかを理解できないまま、時間だけを溶かしてしまった。


272:名無しNIPPER[saga]
2019/03/27(水) 21:06:59.94 ID:k2Ps0f6K0
 今になって認められることはある。俺は確かに、あいつらと過ごす空間を、時間を、どこか居心地のいいものとして認識するようになっていた。自分がこれまで目的なく身に着けてきた知恵を活用して誰かの役に立てられるあの場は、もしかしたら俺が長い間心のどこかで欲していた舞台なのかもしれなかった。いつかの日のためにと蓄えた知識や経験を活かせる場所はなかなかに得難くて、だから、偶然からそれを手に出来て、幸運だったのかもしれないと思うようにもなっていた。
 その感情に、偽りはあるだろうか。――ないと思う。これまでの日々は確かな記憶として、今も俺の中に蓄積されている。


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