【可愛そうにね、元気くん】「進まない」【SS】
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4:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:19:07.74 ID:JzXNw/sm0
初秋の、長くて深い夜。昼夜逆転したヒグラシが、時間帯のおかしさに気づかないままどこか遠くで鳴いている。
昼との差が激しくなってきた室温は、半袖ではちょっと心許ない。だけど出来るだけ長袖は着ない。鉛筆やインクで汚れてしまうから。
「……ここ、ちょっとクドいかな……いっそ1ページにまとめて……いや、でも大きいコマ欲しいよな……」
5:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:19:44.68 ID:JzXNw/sm0
高校二年生の頃――殴って、殴られて、壊し壊されたあの学校生活から10年が経つ。
高校が変わって、社会人になってからも、夏が来るたびに彼女の事を思い出していた。俺が壊した、たった一人の元恋人の事を、数多くの痛みと一緒に。
「あれ、トーンあったっけ……やべ……明日帰りに買わなきゃ……」
6:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:20:16.35 ID:JzXNw/sm0
そんな否応のない変化を、人は『成長』とか『進歩』とか呼ぶのだろう。大事なことを忘れてしまう罪悪感から、目を逸らしたいがために。
「……ダメだ、まとまらなくなってきた……てか今何時だ――」
まあ、忘れかけていたところで、ラーメン屋での遭遇を果たしたわけだけれど。あれは本当にびっくりした。
7:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:20:48.15 ID:JzXNw/sm0
「……三時!? ヤバ、明日ミーティングなのに……! ね、寝なきゃ……!」
けれど、今更俺が何を思っても――何を思わないようになっても、もう詮無い事だ。
8:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:21:23.88 ID:JzXNw/sm0
******
翌日。
9:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:21:56.41 ID:JzXNw/sm0
「昨日何やってたんだよ? 独り身なのにそんなに夜更かしすることあるか?」
「独り身関係ないだろ。あー、本読んでてさ」
本当の事は言えないので、これだよ、と言って文庫本を見せた。
10:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:23:07.91 ID:JzXNw/sm0
「あ、そういえば佐藤ちゃんがさ! 今日合コン誘ってくれたんだよね。いやほんと天使だわ〜、脈あるってことだよなこれ!」
「……脈あるかはわからんけど、まあ、そりゃよかったな」
11:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:23:39.68 ID:JzXNw/sm0
「俺はいいや。帰ってやる事あるし」
同人誌のネームの続きをしなきゃならない。興味を持たれると面倒なので何も言わないが。
高校の時の経験もあるし、絵が描ける事すら周りには秘密にしている。
12:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:27:41.14 ID:JzXNw/sm0
その時だった。
胸の中で膨らむ俺の不安を、全て掻っ攫って上書きするみたいに――聞き覚えのある透き通った声が、俺を呼び止めた。
「――元気くん」
13:名無しNIPPER
2021/08/14(土) 02:28:42.49 ID:JzXNw/sm0
――どれだけ時が過ぎても、忘れる事はないだろう。
ぞっとする程に恐ろしく、底抜けに美しい、その満面の笑みを。
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