584:吉原殿中 ◆UoaQ64bCHQ[sage]
2026/05/23(土) 22:04:05.95 ID:EfEeF1hcO
>>582
その指摘はごもっともで、当時の文学界でも「それは俳句ではなく、ただの短い詩(短詩)だ」という猛烈な批判が実際にありました。それでも山頭火たちが「俳句」にこだわったのには、彼らなりの理由があります。なぜ「詩」ではなく「俳句」だったのか五・七・五の「リズム」が染み付いていた彼の句はバラバラに見えて、実は「分け入っても(5)分け入っても(5)青い山(4)」のように、五七調の心地よいテンポ(律動)を意識して作られています。完全に自由な現代詩とは違い、ベースに俳句の骨組みがありました。「一瞬の写生」という引き算の美学詩のように言葉を重ねて説明するのではなく、パッと見た景色や感情を「一言で切り取る」という俳句特有の表現方法にこだわっていました。伝統への反発とアップデート彼らは「古い俳句は季語や型に縛られて、人間のリアルな感情を殺している」と考えていました。「俳句というジャンルそのものを、内側から新しく変革したい」という強い意志があったため、俳句の看板を下ろしませんでした。形を変えてでも「これは俳句だ」と言い張る頑固さが、良くも悪くも彼の生き様そのものでした。
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