過去ログ - やる夫が鎌倉幕府の成立を見るそうです 巻第六
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235
:
名無しのパー速民
2009/03/25(水) 19:30:51.83 ID:/ZAWsAg0
たぶん、日本の鐙は馬と一緒に入ってきたんじゃないかと思う
236
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/25(水) 21:18:20.00 ID:y6gqcQYo
馬くらい元からいたんじゃね?
日本の馬は体格が貧弱だとよく言われるが、実は蹄鉄当てる必要がないくらいがっしりした筋骨してるそうだ
237
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/25(水) 21:24:25.95 ID:n5Dt61oo
>236
といってもちっちゃいからねえ
238
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/25(水) 21:53:52.06 ID:dmoDwXUo
体型がマキバオーよりだったっか?
239
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/25(水) 22:53:29.48 ID:uFcSZPoo
>>237
モンゴルに騎馬民族は成立しないと言いたいのですね。わかります。
240
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/26(木) 02:42:06.37 ID:FBB0kVUo
主のせいでアズマカガミとアマガミを買ってしまった。
膝裏のキスは最高。
241
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/26(木) 02:49:35.50 ID:pDvejCEo
臍を嘗めるのは忠誠の証
242
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/26(木) 13:20:25.22 ID:6ghUcUQo
源平時代の大鎧の兜は、顔の両側の大きな「吹き返し」(折り返し部分)が特徴ですが、これは矢を逸らすため
と考えられています。これが南北朝時代には横に寝て、「しころ」(首周りの部分)も椎茸の傘のように平べったく
なりますが、これは上からの打撃の衝撃を防ぐため、つまり大太刀や長刀など上から振り下ろす武器への備え
ですね。更に戦国時代には「しころ」も首周りをしっかり囲む形になりますが、これは下から上へ突く、槍が普及した
ことからです。
以下略
243
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/26(木) 13:27:57.98 ID:6ghUcUQo
甲冑についてならこれがお勧めですよ、ちょっと高いけど。
日本甲胄史〈上巻〉弥生時代から室町時代 (著) 中西 立太
日本甲冑史〈下巻〉戦国時代から江戸時代 (著) 中西 立太
244
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/26(木) 23:28:07.65 ID:1Ymc.EEo
中西太が何故鎧の本をと思ってしまった。
245
:
名無しのパー速民
[sage]
2009/03/27(金) 00:04:34.30 ID:iB0/ql2o
しかし源平の時代の甲冑と戦国期の甲冑は、同じ民族の武装とは思えないくらい変化してるな。
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