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月火「火憐ちゃんも、お兄ちゃんのことどうこう言えないよね」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 22:40:33.17 ID:myjtRBn70
実に九ヶ月のご無沙汰でした。
もう既に覚えてる方なんておられないかもですが。
はい、偽物語のアニメ化にテンションが上がったせいもあり、前作の続きとか書いてみました。

<前作>
@暦「今更するような話でもないけれど」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1298294837/
A火憐「兄ちゃん、あんま無茶ばっかすんなよな」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1300547192/

今回ので阿良々木三兄妹全制覇だぜ!
さておき、一点ご注意頂きたいのですが、今回のお話はあくまでも前回の続きということでご理解願います。
なので勿論、撫子は阿良々木さんの可愛いだけの後輩だし、八九寺は今日も元気に街を徘徊してるということで。パラレル万歳。

そう言えば偽物語アニメ化もそうですが、もうすぐ恋物語ですね。
語り部が阿良々木さんじゃないとのことで、雑談成分少なめなんだろうなあというのがちょっとだけ残念だったり。
物語シリーズは阿良々木さん達の仄かにエロスパイスが効いた雑談が一番好きなんですよね。
もちろん楽しみで楽しみで仕方ないのは間違いないですが。

とりあえず年内完成は難しいかもですけど、出来る限りそれを目指して頑張ってきますのでよろしくです。
まあアニメ偽物語を楽しむ前の肩慣らし程度に、軽い気持ちで読んで頂ければ。
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  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1606393236/

アプリで付き合ったことあるやつちょっと来い @ 2020/11/26(木) 11:58:41.98 ID:W4Ao5errO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1606359521/

三葉ムツミ「どうにかしてタカトシ君をオカズにしたい」 @ 2020/11/25(水) 23:58:30.68 ID:HVJ4KGRV0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1606316310/

2 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 22:44:41.41 ID:myjtRBn70
『かれんハート』



 001.

 阿良々木火憐がぶつかった問題と、その時あいつが出した答えについて、少し思い返して語ってみようと思う。
僕の妹であり、月火の姉であり、ファイヤーシスターズの実戦担当であり。
六月生まれの十五歳、栂の木二中の三年生、普段はジャージ姿で街を闊歩していて、その身長たるや悔しくも今では僕よりも高い。
武闘派で馬鹿で猪突猛進、思い立つより先に行動し、石橋が壊れる前に渡ろうとする、そんなキャラクター。

 けれど勿論、そんな今更な記号をここで殊更語りたいわけではなく。
そして当然、思い返して自然と笑みが浮かぶような、そんな愉快なエピソードを語りたいわけでもなく。
どころか、いっそ僕にとってはある種の苦みと渋みを伴って思い起こされるような、そんな物語をこそ、僕は語ろうと思っている。
3 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 22:50:01.56 ID:myjtRBn70
 ちなみに、あいつとのエピソードでそもそも僕が楽しかったなあとか良かったなあとか、素直にそうとだけ思えるようなエピソードなんてほとんどない。
全く無いと言い切ってしまうのはさすがに憚られるけれど、それでも容易にそんな出来事を思い返すことができない時点で、まあ推して知るべしといったところだろう。
どんな出来事も、思い返せば渋いものがどうしたって混じってしまうのが実情なのだ。
正義を標榜して止まず、他人の為と宣言して止まず、今までも今もこれからも、あいつは無茶をして止まない。
そんなあいつの行動の結果、そんなあいつの為に、どれだけ僕が方々を駆けずり回ってきたことか。
これこそ今更の殊更に、語るつもりも思い返すつもりもないけれど。

 誤解のないように明言しておくと、決して僕がそれを後悔しているということはない。
嫌気が差しているわけでもないし、怒りを覚えることもない。そんなことあるわけがないのだ。
楽しいだけのエピソードがなくとも、僕の記憶にある出来事において、負の感情だけで染まるエピソードもまた、決して存在しないのだから。
どんな出来事にもまた、思い返せば良いことがどうしたって混じってしまうのだから。
4 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 22:52:57.34 ID:myjtRBn70
 これから思い返す物語もまた、そんなエピソードの一つに過ぎない。
楽しいだけの話なんかでは断じてなく、どころかいっそ苦しくて悔しくて悲しくて空しくなるような、そんな出来事だ。
一つ語る前に断っておくと、この物語には決して終わりはない。
どころか始まりすらきっとない。あるとすればそれは、僕の誕生とか火憐の誕生とか、あるいはあの子――松木茜の誕生とかに遡ってしまう。

 終わりは見えず、始まりさえ見当たらないという、およそ物語としての形を為してもいないような話を、それでも僕は語りたいと思っている。
それが僕にとってのみならず、火憐にとってさえきっと、苦渋や煩悶や懊悩を伴う記憶であると、そう理解していてもなお。
他の様々な思い出と同じく、それが辛いだけのものではないという確信があるからこそ。
だからこそ、僕が見て、聞いて、感じたことを、そのままに。
自制と自戒をもって、反省を促しながら称賛を送るように、今ここに提示しよう。
5 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 22:57:32.13 ID:myjtRBn70
 もっともこれは、あくまでも阿良々木火憐の物語であり、故にこそ阿良々木暦の物語なんかではない。
であれば、只の傍観者でしかないような、どころかむしろ間抜けな闖入者だったのではないかと思ってしまうような、そんな立ち位置だった僕が語っていいことかどうかは分からないけれど。
それでも今、敢えて今、僕が語ることに意味はあると思っている。
少なくとも、僕にとっては間違いなく。

 火憐が――僕の妹が、何にぶつかり、何を考え、何を選び、何を決めたのか。
愛すべき妹であるところの火憐の、その珍しくも孤独な闘いの記録と、孤高な決断の記憶を、ここで明らかにしよう。
それを見てどう感じるかは人それぞれだろう。そこに僕が何かを言うつもりなんてない。
ただ僕もまた、あいつのことを想いながら語ってみよう。
6 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:00:18.59 ID:myjtRBn70
 002.

 後日談というか、今回のオチというか、そこに至るまでのあれこれ。
翌日、いつものように火憐と月火に起こされる――という語り口は、誠に遺憾ながら使えなくなって久しいのが現状だったりする。
何のことはない、目覚めのタイミングがばらばらになってしまったというだけのことなんだけど。
それはさておき、今日一番に目が覚めたのは、他でもないこの僕だった。

 快適な目覚めとは、何歩譲っても口にできないような、どころか脳裏に浮かぶことさえ無意識が拒絶するような、そんな覚醒の瞬間だった。
ぶっちゃけ気分が悪い。すごく悪い。大事なことだから二回言った。
朝日が射し込んできたからとか、起床時間になったからとか、そんな前向きな理由では決してなく、単に痛みの為に目が覚めたのだ。
それは不快指数も上昇しようというものである。いっそ梅雨時のそれも真っ青なくらいに。
聖人君子ならばともかく常人であれば、程度はどうあれ朝一番で痛痒を味わわせられたりすれば、それは不愉快にならぬはずもないだろう。
7 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:02:25.54 ID:myjtRBn70
 体は起こさず、視線だけを胸元にやってみる。
予想通りと言うべきか、あるいは予定通りと言うべきなのか、小さい方の妹である月火が、僕の胸にその頭を押しつけるようにして眠りこけていた。
そこだけ切り取って見ればどうだろう、可愛い妹にべったり懐かれているという微笑ましい光景になるのかもしれないけれど、しかしそれは残念ながら事実とは異なる。
何しろ目を覚ます原因となった苦痛は、まさにその月火の頭によってもたらされているのだから。
どんな夢を見ているのか、時々ぐりぐりごりごりその額を擦りつけてきていて、正直ちょっと痛いのだ。
まさかわざとやってるんじゃなかろうな、と勘繰りたくなるくらいに。

 そしてもう一人の妹たる火憐はというと、視線だけ下に向けた今の状況では、その足しか視界に収まっていない。
僕の腹の上に乗っかっている足だけ。
多分上半身はベッドの下に落ちてるんだと思う。
あるいは月火に蹴落とされたか。
この末妹の身の上を思い返すに、勘繰ろうと思えば、その行為それ自体に懸念を覚えることもできなくはないけれど、まあそれは杞憂というものだろう。
単に寝相が悪いだけだ、それも姉妹二人揃って。あるいは兄妹三人揃ってと言うべきかもしれない。
狭いシングルベッドで三人が寝ているという現状を思えば、それは寝相以前の問題な気がしないでもないけど。
8 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:06:30.99 ID:myjtRBn70
 閑話休題。
とにもかくにも残念極まりないことに、僕がこいつらと一緒に寝るようになって久しい。
その期間は丁度、冒頭で述べたような語り口が使えなくなってからのそれとほぼ一致している。
つまり端的に言うと、僕と一緒に寝るようになってから、こいつらの寝起きははっきりと悪化しているということだ。
もしくは、僕の睡眠環境が悪化しているという風に見ることもできるだろうか。
まあ別に遅刻するようになったわけでもなく、どころか一応多少なりとも余裕を持って登校できている現状から判断するに、悪化という言葉を使うのに抵抗がないでもないけれど。

 しかしまあ二人揃って、よくもこれだけ気持ち良さそうに眠ってるもんだ、と呆れるやら感心するやらである。
この狭いベッドの上で窮屈な姿勢を強いられてるだけでも大概だが、まだ夏の名残りを強く残すこの時期、僕なんか正直暑苦しくて敵わないというのに。
それともまさか、僕だけが例外なのだろうか? この程度のこと、耐えられない方がおかしいとか?
9 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:09:34.74 ID:myjtRBn70
 いやでも冷静に考えれば、人間の平熱と言えば36度くらいなわけで、そんな熱源とぴったりくっついて布団にこもっていれば、それは冬だって結構厳しいのではないかと思うのだ。
かてて加えて現在のこの気温の高さである。
普通の人間ならば、やはり暑さに耐えかねるのが自然なあり方だろう。

 うーん、だとすると例えば戦場ヶ原と同衾するような事があっても、こんな風に暑苦しさと不快感に見舞われることになるのか?
何と夢のない話だろう。そういうのはもっとこう、幸せな感情を想起させてくれていいものだろうに。
そんなのは男の勝手な幻想だと言われてしまえばそれまでの話とは言え、しかしそれをよもや恋人ではなく妹達にぶっ壊されることになろうとは。
本当に傍迷惑な奴らだ。毎度のことながら、余計なことしかしやがらねえ。

「……何か不快な思考を感知したぞ」
「どういう目覚め方だよ」
10 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:14:02.25 ID:myjtRBn70
 何がスイッチになったのかは分からないけれど、もそもそと動く気配がすると同時に、火憐の声が聞こえてきた。
どこか間延びした響きがあるのは、寝惚け半分だからだろうか。
それはさておき、僕の思考を読み取って起きるんじゃない。野生動物か、お前は。

「野生の感覚っつーか、あれだ、女の直感って奴だぜ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」

 浮気男の思考を読み取ったみたいな言い方すんな。
どっちにしたって普通じゃないだろう。
というかそもそも兄と妹の会話ですらないぞ。

「とりあえず、おはよう兄ちゃん、いい朝だな」
「おはよう火憐ちゃん。ベッドから転がり落ちていてもなおその台詞が言えるのは大したもんだけど、まずは僕の腹から足をどけろ」
「りょーかーい」
11 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:18:21.65 ID:myjtRBn70
 言うが早いか、その場で足を上げ、くるっと後方に回転して立ち上がる火憐。
いやしかし、とても寝起きとは思えない鋭敏な動作だ、いつものことながら。
何ていうか本当に野性味を感じさせるよなあ、こいつ、寝起きでもすぐに体を動かせるって。
頭の方が活動できていない辺りは残念極まりないけど。

「っと、あー何で転がり落ちたんだって思ったら、また月火ちゃんが兄ちゃんの上を占領してたのか。ずるいよなあ」
「何だよずるいって?」
「だって二人はベッドで、あたしだけ床っておかしいじゃん。寝る時はちゃんと一緒なのにさ」
「お前の寝相が悪いんだろ」
「じゃあ兄ちゃんが止めてくれよ。ぎゅーってして」
「こんだけ暑いのに、その上密着なんてできるか」
「望む所じゃねえの?」
「僕はお前みたいにドM極めてないんだよ」
12 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:23:49.31 ID:myjtRBn70
 自分を基準に物事考えるんじゃないと言うんだ。
何でわざわざ妹を抱きしめて暑さに耐えながら眠らなきゃならないのか。
というか寝れやしねえよ、そんなの。
社会的な観点から考えれば、むしろ永眠させられかねないけれど。

「まあいいや。それより月火ちゃんは……うーん、すげー気持ち良さそうに寝てるなあ。起こすのが可哀想なくらいだぜ」
「今の時間考えたら、起こさない方が可哀想なんじゃないか?」

 呑気なことを言っている火憐を横目に、部屋の時計を確認する。
着替えて支度して朝食とって、と考えたら、そろそろリミットに近い時間を、それは既に指し示していた。
三人揃って、今日はちょっと遅めの目覚めである。
それは決して慌てる程の時間ではないにせよ。
まあだからと言って、別に落ち着く必要があるわけでもないんだけど、僕も火憐もそのことには触れない。
13 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:28:30.95 ID:myjtRBn70
「だけどさあ、ほら見てみろよ兄ちゃん、月火ちゃんのこの顔。緩んでるよ。緩みきっちゃってるよ。たれぱんだも土下座して謝るレベルだぜ、これ」
「たれぱんだに土下座されても分かんねえよ。区別つかないだろ、普段と」
「心眼開けば余裕さ」
「まず心眼開くのが余裕じゃねえよ。つーか心眼開いてまでたれぱんだなんぞ見たかねえよ。もうブームも去って久しいだろ、あんなの」
「バカ兄貴!」

 突然ぐーで殴られた。
寝転がってる僕の頬をすくいあげるようにして。もちろん月火には掠りもしない。
冷静に振り返ってるけど、実はちょっと泣きそうなくらい痛かった。
こいつは本当に、いらんところでばっか無駄に高い技術を発揮しやがって。
実は僕の事が嫌いだったりするんじゃないのか? まさかそういう落ちなのか?
というか容赦が無さ過ぎだ。朝も早くから目の前で星が散ったぞ。
14 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:33:25.54 ID:myjtRBn70
「たれぱんだを馬鹿にするんじゃねえ! みんな一生懸命やってんだぞ!」
「何でお前がたれぱんだの立ち位置で文句言ってんだよ。どうでもいいだろ、そんなこと。向こうも商売なんだし」
「どうでもいいって何だ! 言っていいことと言わなきゃ駄目なことがあるぞ!」
「結局全部言っていいんじゃねえか」
「あれ?」

 そこで勢いを失くして首を傾げる火憐。
寝起きという事を考慮に入れてもなお、相も変わらず残念な頭の持ち主だった。
首を捻る火憐を無視して、胸元の月火の方へ視線を向けてみるも、やはり起きる気配は微塵もない。
聞こえてくるのは安らかな寝息のみ。
15 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:36:41.47 ID:myjtRBn70
「しかし月火ちゃん起きないな、こんだけ騒いでんのに」
「うん、ちょっと珍しいよな、元々寝つきはいい方だけどさ」
「そうだな。とりあえず僕的には大人しく寝ててくれてるから、その点は助かるけどな」
「あー、昨日は酷かったもんな。兄ちゃんの悲鳴で目を覚まして何事かと思ったら、月火ちゃんと兄ちゃんがこんがらがってたしさ。ちょっと衝撃的だったぜ」
「あれは痛かった。滅茶苦茶な絡まり方してるように見えて、その実すげえ的確に腕とか足とかの関節極められてたし」
「だよな。それでいて月火ちゃんはノーダメージだから、全然止めようともしねえし。いやさすがにあたしもちょっと同情したよ、あれは」
「他人事みたいに言うんじゃねえよ、お前だって似たようなことやってるだろ。三日前のSTFは強烈だったぞ」
「何だよ、過ぎたことをぐちぐち言うなよな」
「言いたくもなるわ。日替わりで技かけてきやがって。つーか何で空手やってるのにプロレス技だよ」
「そんなの知らねーよ。大体兄ちゃんだって、あたし達のおっぱいに顔面埋めてたこと何度もあるじゃん。これで相手があたし達じゃなかったら、セクハラで訴えられるぜ」
「相手がお前達だからいいんだよ」
「まあいいけどさ」
16 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:40:44.93 ID:myjtRBn70
 いいのかよ、と突っ込みを入れたかったけど、それは色々と致命的なので止めておく。
突っ込みを入れるまでもなく、既に致命というか絶命って感じがしないでもないけど。
その辺は寝起きという点を考慮して、大目に見てもらえれば喜ばしい。

「とにかくそろそろ月火ちゃんを起こしてやろうぜ。時間的にもいい頃合いだろ」

 というか、多分月火の涎だろうけど、胸元がちょっとべっとりしてて結構不快なのだ。
学校に遅れないように、というのもあるにはあるけれど、正直いい加減に起きて着替えたいというのがもう偽らざる本音である。

「そうか? 涎とかってもさ、今日なんて可愛いもんじゃん」
「涎がそもそも可愛いもんじゃないだろ」
「けど月火ちゃんさあ、何日か前なんて兄ちゃんの鎖骨を甘噛みしてたぞ。起きるまでずっと」
「何事だよそれ! 初耳だぞ!」
「そりゃ初めて言ったし」
17 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 23:46:18.98 ID:lp4sEbUCo
前作読んでから読むはwwwwwwwwだれかまとめブログの記事貼れよ
18 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/18(日) 23:47:01.08 ID:lp4sEbUCo
vipと間違えた
ごめんなさい
19 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:47:27.24 ID:myjtRBn70
 何か肩の辺りがべっとりしてる日があると思ったら!
寝汗にしては酷いなとは思っていたけど、いや夏の暑さも吹っ飛ぶような、まさしく戦慄の出来事だ。
関節技くらってたことなんて生温く感じるわ。

「いいじゃん別に、甘噛みくらい。本気噛みなら文句言うのも分かるけどさ」
「そういう問題か?」

 いやまあ確かに、そのくらいなら別にそこまで盛大に文句を言う程のことでもないのかもしれない。
少なくとも、関節が音を立てる程に攻めたてられている状況と比較すれば、被害の度合いは段違いではある。
けれど、それよりもまず兄の鎖骨を甘噛みする妹という存在に対して、注意とか心配とかが山盛りあるのだ。
もう一つおまけに、僕の身の上――吸血鬼の残滓であるという事実を考えると、首の辺りに噛みつくという行為そのものが、何と言うかご法度な気がしてならない。
そもそも今の僕の吸血鬼性なんて高が知れてるし、されるだけなら問題ないのかもしれないけれど、一抹の不安があるのは事実だ。
20 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:55:48.39 ID:myjtRBn70
「念の為に聞いとくけど、逆に僕がお前達の体のどっかに噛みついたりとかしたことなんてないよな?」
「多分ねーよ。兄ちゃんからアクション起こす時の目標って、大抵おっぱいだけだし。精々揉まれるくらいだぜ」
「じゃあ大丈夫だな」

 何か色々大丈夫じゃない気もするけど、その辺は深く考えたら終わりだと思うので置いておく。
というか、何で月火が僕の鎖骨を甘噛みなんてしてたのか、ということの方が問題なのだ。
一晩中ずっと忍の肋骨を弄ってたことがあるらしい僕が言うのもなんだけど。
何だというのだろうか、僕らのこの骨に対する並々ならぬ執着心は。
あれか、うちの家系は骨フェチの気でもあるのだろうか。

 知りたくも考えたくもない仮説だった。何そのマニアックな性癖。
毎度のことながら、どうしてこんなにもマイナーなジャンルへの開拓に意欲的なんだろう、僕達は。
これで両親の馴れ初めにまで骨という単語が関わっていようものなら、発作的に家出してしまうかもしれない。
いや聞いたことなんてないから分からないけど。
そもそも知りたいと思ったこともないとは言え、改めて絶対に聞かないでおこうと心に決めておく。
21 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/18(日) 23:59:25.48 ID:myjtRBn70
「ときに火憐ちゃんは、何かときめきを感じる骨とかあるか?」
「何馬鹿なこと言ってんだよ兄ちゃん、犬じゃあるまいし」
「あー、まあ普通はそうだよな」
「あたしは断然筋肉さ」
「同レベルじゃねーか」
「今まで言わなかったけど、兄ちゃんの三角筋とか広背筋とかさ、見てて正直うっとりすることあるよ」
「朝っぱらから問題発言を連発してんじゃねえよ」

 僕が着替えてる時に、こいつは一体何を見てるんだ。いやむしろ何を考えてるんだ。
元より本来の意味でもそうだけど、本当にこいつには迂闊に背中を見せられないな。
22 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:02:31.84 ID:YIzNxz740
「あ、でも丁度いいじゃん。兄ちゃんの前の方は月火ちゃん、後ろの方はあたしが担当ってことにすればさ」
「何がいいんだよ、つーか何もよくねえよ。本当にもう、何でお前達はこう揃いも揃って変な層を開拓するのに躍起になってるんだ。何の罰ゲームだよ」
「そんなん言うけどさ、兄ちゃんが好きなおっぱいなんて脂肪の塊だぜ、脂肪。骨とか筋肉とかと比べてどうよ? どっちが格好良いかって話だろ」
「馬鹿お前何も分かってねえよ何も分かってねえよお前馬鹿、おっぱいは脂肪の塊なんかじゃねーよ、そうじゃないんだよ、おっぱいには男の夢とかロマンとかが山盛り詰まってるんだよ」

 聞き流せないことだったし、興も乗ってきていたので、ここは思い切り声高に主張しておくことにする。
寝起きのハイテンションということでお目溢しがもらえるはずだ。と思う。
世の大半の男子の心の声の代弁でもあるだろうし。
我ながら、妹相手に朝っぱらから何を力説してるのか、と壮絶に疑問を覚えないでもなかったけれど。
23 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:06:14.37 ID:YIzNxz740
「ふーん、へー、じゃああれか、あたしのおっぱいにも兄ちゃんの夢とか詰まってんの?」
「当然だ」

 何が当然だよ。
誰よりもまず自分がそう突っ込みたかったけど、色々と台無しなので黙っておいた。
こういうのは勢いが大事なのである。というか勢いだけで流してしまわなければならないのだ。
そうでなければ只の変態になってしまう。
どうでも変態の謗りは免れないという可能性についてはここでは言及しない。

「へへっ、何かちょっと嬉しいかも」
「Mカッコいいっていうか只の変態じゃないか、それ。いや僕が言うのもなんだけどさ」

 しかし、我らが火憐さんの発想は、更にその上を行っていた。
照れ笑いしながらのその発言には、驚かざるを得ないというか轟かざるを得ないというか。
言わせた僕が考えていいことじゃないだろうけど、正直引くわ。
まあでも傍から見れば五十歩百歩なんだろうなあ、僕も火憐も。
24 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:10:10.35 ID:YIzNxz740
「んー、何の騒ぎ……?」
「あ、月火ちゃん、起きた?」

 突っ込み不在の度し難いこの状況に待ったをかけたのは、ようやくのこと目を覚ましたらしい月火だった。
むしろもっと早く目を覚ましてもよさそうな騒ぎ具合だったと思うんだけど。
どうやら、かなり本気で熟睡していたらしい。
それが故か、ベッドのすぐ横から覗きこむ火憐の問いかけに対してこいつが返したのは、とても大きな欠伸だった。

「ふわあ……うん、おはよ、火憐ちゃん」
「おはよう月火ちゃん、今日もいい朝だぜ」
「うん、そうだね。よく眠れたよ」
「それなら、いい加減に僕の腹の上に居座るのを止めようぜ」
25 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:14:33.77 ID:YIzNxz740
 そもそも目が覚めたんなら、さっさと体を起こせば良いものを、何で動こうとすらしないのか。
というか、僕は一体いつまで月火を腹の上に乗せていればいいのか、誰かそろそろ教えてほしい。
いっそ火憐がこいつを引っ張り起こしてくれれば話が早いんだけど、残念ながら僕のその望みが叶えられることはなかった。

「おはよう、お兄ちゃん。いい朝だね」
「おはよう、だからとにかくまずどいてくれ」
「む、お兄ちゃん何? そのぞんざいな挨拶。朝の挨拶は大切なんだよ」
「朝の挨拶を気に掛ける余裕があるなら、その内の何割かでも僕の体の心配に向けてくれてもいいだろ」
「それって私が重いってこと? そんなこと言ったら折るけど」
「何を!? いやだから別に重いとか言ってないだろ。着替えられないからどいてくれってだけだよ」
「ふーん、じゃあお兄ちゃん、やり直しね」
「何をだよ?」
「朝の挨拶に決まってるじゃない。『おはよう月火ちゃん、愛してるよ』――はい大きな声で」
「言えるか!」
26 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:18:46.69 ID:YIzNxz740
 寝起きの頭でこいつは何を馬鹿なこと口走ってやがる。
というか、何で朝っぱらからご近所向けに妹ラブを宣言するような真似をしなきゃならんのか。
そんな下らないことを考えている暇があるのなら、さっさと体を起こして着替えて飯食って学校に行ってろという話だ。
せめて僕だけでもそうさせてほしい。

 しかし現状、月火は僕を解放してくれるつもりは全く無いらしく、やれやれと頭を振って溜息をついている。
およそ人の腹の上に居座っている人間がとっていいような態度ではなかった。

「はー、私の知らない間に、お兄ちゃんは朝の挨拶も出来ない子になっちゃったんだ。悲しいね、悲しい限りだよ」
「普通におはようって言っただろ」
「愛がこもってなかったよ」
「こめるかそんなもん」
「こめろよ!」
「何でそこでキレるんだよ!」
27 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:23:00.39 ID:YIzNxz740
 起きて早々激しいなおい!
しかしまあ、ピーキーなのは今に始まった話じゃないけど、最近裾野が広がってきたというのか、一段とキレ易くなってきてる気がするぞ。
全く、これがキレ易い最近の若者というやつなのか?

「ていうかお兄ちゃん、今のは減点だよ。減点1だね」
「何だよ、減点って」
「私の好感度に決まってるじゃない」
「知らねえよそんなもん」

 何が決まってるんだか。そもそもどうでもいいよ、そんなことは。
何が悲しくて妹の好感度が下がらないようにしなきゃならないんだ、という話である。
いやむしろ、何が嬉しくて妹の好感度を上げるようにしなきゃならないんだ、という話かもしれない。
28 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:27:05.38 ID:YIzNxz740
「そんなこと言っていいの? もし好感度が下がっていってマイナスまで突入したら……」
「どうなるんだよ?」
「剥ぐ」
「何を!? つーかどこを!?」
「それが嫌ならハグすればいいんだよ、ほら」
「それはもうほとんど脅迫だあ!」

 愛も何もあったもんじゃなかった。
ちょっと某南斗の人を彷彿とさせるような感じ。あの殉星の人。
それはさておき、現代日本においては、そんなやり方じゃ普通は相手の好感度が下がるだろう。
もっとも、僕からの好感度とかを気にされても困るんだけど。
29 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:30:11.43 ID:YIzNxz740
「え? お兄ちゃんから私への好感度なんて、もう限界突破でメーター振り切れてるって知ってるから、いいよ別に」
「よくねえよ! つーか何を勝手に好感度マックス設定にしてくれてるんだよ!」

 僕はゲームキャラクターなんかじゃないんだぞ。
そんな簡単に、且つ勝手気ままに、好感度を外から弄られては堪ったものではない。
しかし月火は、余裕そのものという態度をまるで崩すことなく、しかしその相好をこそ盛大に崩していた。

「何言ってるのよ。こないだだって血相変えて助けにきちゃってさ。泣きそうな声で何度も名前呼んじゃってさ。慈愛顔で私の頬を撫でてたじゃない。あー恥ずかしい恥ずかしい」
30 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:34:07.89 ID:YIzNxz740
 月火が攫われて、僕が助けに行って、ということは確かにあった。
まあその辺の詳しいことは前話を参照してほしい。
あの時のこと(犯人のこととかその動機のこととか)は、結局誰にも詳しくは話していない。
だから月火からすれば、あの時の体験は結構トラウマ的というか、怖い目に遭ったという記憶でしかないはずなのに。
それが何でむしろ嬉しそうに話すのか、正直理解に苦しむ所だった。
そりゃまあ、本当にトラウマを抱えられたりするよりは余程いいことだとは言え。

 しかし今の月火の発言から考えると、何気に色々と誇張されてしまっているように思えるんだけど、気のせいだろうか。
そもそもそんなドラマチックなシーンだったかなあ? あれ。
大体からして、別に僕が泣いてるような場面なんて一度としてなかっただろうに。
慈愛顔はどうか知らないけど。いやでも多分してないと思う。そのはずだ。
とにかく、あの時はさらっと流したけど、こいつの中では本当に月9枠レベルのメロドラマが展開していたことになっているのかもしれない。
何ともぞっとしない話である。
実際のところ、ぞっとするような話にならなかったからこそ出来るやり取りではあるにせよ。
31 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:38:06.27 ID:YIzNxz740
「全くもう本当にもう、シスコンの兄を持つ妹は苦労するよ。苦労しちゃうよ。涙を呑んで耐えちゃうよ」
「誰がシスコンだ。あらぬ嫌疑をかけるんじゃない。ていうか別に耐えんでもいいだろうに」
「あーあー、いいよなあ、月火ちゃん」
「火憐ちゃんも、羨ましがってんじゃねえよ。縁起でもねえ」

 月火の戯言はさておき、そもそも何もなかったというのは結果論でしかなく。
冗談でも、それこそ演技でもそんな発言は止めてほしいところだ。
もう決して、あんな心情を二度と味わいたくはない。
そうしないことをこそ、今の僕は信条としているのだから。
32 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:42:39.20 ID:YIzNxz740
「まああれだね、結局何だかんだ言って、この物語におけるメインヒロインは私ってことなんだよ。幸せの青い鳥は家にいるっていうのが定説だしさ」
「むうっ、それじゃあたしの立場がねーじゃねーか」
「何を悔しがってんだよ」

 起き上がって胸を張る月火と、それを羨ましげに見ている火憐。
何? このカオスな雰囲気。
爽やかな朝の空気は、綺麗さっぱり雲散霧消してしまっていた。

 それはさておき、月火が起き上がった関係で、僕はこいつを下から見上げる体勢になっているわけで。
視界の先に広がるのが只の平野ではなく、なだらかな丘陵だということから、なるほど日々こいつも成長しているのだなあと今更ながらに実感する。
それは決して拝む程のものではないにしろ。まあ将来に期待というところだろう。
33 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:47:10.40 ID:YIzNxz740
「ん? 何かお兄ちゃんから良からぬ思考を感知したよ」
「お前まで訳の分からんことを言ってるんじゃない」

 変なところで鋭さを発揮させやがって。
今のは、あくまでも兄として妹の成長に対して感慨にひたっていただけだというのに。
しかしまあ忍もそうだけど、何でこいつらは初期のキャラをこうも着実に破壊し続けているのだろうか。
全く、朝僕を起こしに来る妹というキャラだけで本当に十分だったのになあ。

「じゃあ兄ちゃん、あたしがピンチになった時も助けに来てくれよな」
「いや実際助けに行ったこと何度もあるだろ」
34 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:51:55.95 ID:YIzNxz740
 そして火憐もまた、キャラに似合わないことを言い出していた。
というか馬鹿なことを言い出していた。
まさか蜂の騒ぎの時のことを忘れたわけでもあるまいに。
いや、そうでもないか、こいつの場合。
正直な話、素で忘れている可能性は否定できない。何しろ本当に馬鹿だから。
まあそれはさておくにしても、そもそもあの時僕は助けに行ったにも関わらず、その守る対象――すなわち火憐に思いっきり迎撃されてしまったわけで。
それで助けに来いとか言われても、という話である。
あるいはその出来事すら忘却の彼方なのか。
いずれにしても、先の妄言を撤回する気はさらさらないようだ。

「んー、そりゃそうだけどさあ。何つーかこう、どうせならもっとヒロインっぽく助けられたいんだよ、あたしは」
「ならまずお前がヒロインっぽくなるのが先だろう」
35 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 00:56:41.75 ID:YIzNxz740
 普段の火憐は、どっちかっていうと助けに行く方である。
自分の妹をこういう風に評するのは二重の意味で悩ましいんだけど、実に男前なのだ、こいつは。
悲しくもヒロインには程遠い妹キャラだった。
ごめん言い過ぎた、別に悲しくはないな。
そんな厄介事なんて無い方がいいんだし。
そもそも、今更こいつにヒロインっぽくなられてもなあ。

「あたしじゃメインヒロインになれねえってのか!?」
「お前は何を目指してるんだ!?」
「くそー、兄貴ラブなキャラ設定はあたしだけのものじゃなかったのかよ」
「いい加減その設定に縛られるの止めとけよな」
36 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 01:01:07.27 ID:YIzNxz740
 悔しがるポイントも目指すべきポイントも、どうしようもないレベルで、絶望的なまでにずれていた。
寝起きのテンションの高さを言い訳にしても看過できないような、そんな戯言の応酬になってきていたけれど。
さすがにこれ以上はちょっと色々な意味で限界だろうというところで、時間の方も限界を迎えたらしい。
セットしていた目覚ましが、それはもうけたたましく鳴り始める。
即座に停止させると、それを潮に僕達は揃ってベッドを下りて着替えを始めた。

「お兄ちゃん、今日は遅くなるの?」
「いや、今日はどこにも寄る予定なんてないし、早く帰ってくるよ」
「ふーん、じゃあ夕食はいつもと同じ時間でいいよね?」
「そうだな、それでいいよ」
37 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 01:05:18.62 ID:YIzNxz740
 今日は両親とも遅くなるとかで、夕食の支度は月火がしてくれるらしい。
火憐はともかく、月火は家事全般一通りこなせるのだ。
正直その点は感謝している。というか、ぶっちゃけこういう時は妹万歳ってすら思う。
何なら思いっきり胴上げしてやってもいいくらい。
実際美味しいしなあ、月火の作る食事って。

「何か今また月火ちゃんに負けた気がした……?」

 火憐がまた無駄に鋭い感覚を発揮して首を傾げていたが、それはさておき。
着替えて、食事して、支度して。
三人で連れ立って玄関を出ると、そこで一旦立ち止まる。
妹達と行動を共にするのはここまでだ。
何しろ向かう先が、僕と妹達で全然違うのだから。
38 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 01:09:45.91 ID:YIzNxz740
「じゃあ行ってらっしゃい、お兄ちゃん。車に気をつけてね」
「お前たちも気をつけてな。あんまり無茶ばっかすんなよ」
「何言ってんだよ、正義の実現の為には多少の無茶は付き物さ」
「だからそれを程々にしろってんだ。何だよ、また厄介事に首突っ込んでんじゃないだろうな?」
「大丈夫だよ、私達が今抱えてるのは一つだけだし」
「あるんじゃねえか」
「だーかーらー、困ってる人がいたら動くのは当たり前だろ。兄ちゃんに迷惑はかけねーから心配すんなって」

 そう言って駆け出す火憐と月火。
迷惑も心配もかけられまくってるんだけど、どの口がそんなことを言ってやがるのか。
知らず肩を竦めつつ、その背中を見送る。
有り余るエネルギーがそうさせるのか、朝一番とは思えないダッシュ力だった。
あっという間に角を曲がり、その姿が見えなくなってしまう。
帰ってからまた釘を刺しておかないとなあ、とか考えつつ、僕もまた学校へと足を向けた。
39 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 01:14:46.41 ID:YIzNxz740
 今更改めて言うまでもなく、あいつらの活動に無茶は確かに付き物だった。
くどかろうとうざかろうと、やはり何度だって言って聞かせるしかないだろう。
いずれ頭に浸透してくれる日が来てくれたらいいなあ、という希望を抱きつつ。
今のところ、僕のその努力が実を結ぶ気配は微塵もないけれど。
まあ気長に行こうと、そう考えていた。

 しかしてこの時僕は、まあ当然のことながら、それ以上に深くは考えていなかった。
何の兆しも前触れもない状況では、致し方ないところなんだけれど。
まさか付き物の無茶に、無茶な憑き物が付随してくることがあるだなんて。
残念ながら、僕は微塵たりとも察知することはできなかったのだ。
40 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 01:19:33.68 ID:YIzNxz740
今日はここまでという事で。
えぇそうですよ、今回もファイヤーシスターズメインですよ。好きなものはしょうがないのです。
まあ前作よりも大分長い話になると思いますし、気長にお付き合い下されば有難いところ。

偽物語アニメ化したら、ファイヤーシスターズのSSって増えたりしませんかね?
無理かなあ?
41 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 01:42:19.65 ID:BavtHLg5o
西尾のSSは書くのむずくて、そんなもんにわざわざ手を出すくらいだから
書き手の平均LVが高いのも特徴だと思う
だからファイヤーシスターズに限らず、数は出ない気がする

続き来るとは思わなかった、乙
42 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 07:39:26.50 ID:k5BZZzJIO
続きが来て嬉しい
43 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 10:25:30.96 ID:RQELqN7wo
アニメで歯磨きしたら確実にSSも増える気がする

44 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/19(月) 21:53:55.83 ID:y+5aj58C0
ファイアーシスターズメインのss探してたから嬉しい
頑張れ
45 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:07:39.15 ID:YIzNxz740
こんばんはです。
かなり間が空いたのに覚えてて下さってる人がいるとは……正直嬉しいです。
やっぱり西尾系は数が出ないですか、残念ですね。
ファイヤーシスターズいいと思うんですけどねー。
期待して下さってる方もいらっしゃるので、その期待に沿えるように書き進めてきます。
(今回は違いますがw)
46 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:12:59.95 ID:YIzNxz740
 003.

「今回も私の出番が無いと思ったでしょう? それは浅はかというものよ」
「何の話だ? 戦場ヶ原」
「いえ、気にしないで。ちょっと意図しない形でフェイントが成功した気がして、少し不愉快だっただけだから」
「ものすごく気になるんだけど」
「デリカシーのない男ね、相変わらず。黙っていることさえできないなんて。やっぱり骨の髄まで恐怖を叩きこんでおくべきだったかしら」
「お前は僕をどうしたいんだよ。つーか怖えよ」
「躾は初めが肝心なのよ」
「人をペット扱いするなよな」

 かくも残念なやり取りを交わしているのは、お昼休みの中庭での一時のこと。
しかし、昼休みに恋人と二人きりで過ごしているという設定に間違いはないはずなのに、何でのっけからこうも殺伐としているのだろうか。
基本的に悪意しか感じ取れないのは、決して僕の気のせいではないと思う。
47 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:17:44.57 ID:YIzNxz740
 とりあえず、事のついでみたいに僕を攻撃、もとい口撃するのは止めてほしい。
戦場ヶ原が更生したというのは確かなことなんだろうけれど、それは手が出難くなったというだけで、舌鋒の鋭さはほとんど変わっていないような気がするのだ。
そして現状、その矛先は概ね僕に対してのみ向けられている。
喜ばしくも嘆かわしい話だった。

「あら、私がこんな風に会話してあげるのは阿良々木くんだけよ。自慢していいわ」
「誰に自慢するんだよ、そんなの」
「そうね、ごめんなさい。自慢する相手なんていないんだったわね」
「そこを謝るなよ! そういう意味で否定したわけじゃないから!」

 人を話し相手もいないような寂しい子呼ばわりするのは止めてほしい。
そうじゃなくて、どこの世界に罵られることを自慢するような間抜けがいるのか、という意味で否定したのだ。
残念ながら、いや残念でも何でもないけど、とにかく僕は罵られて喜ぶ趣味もないし、罵られることを声高に自慢するような酔狂な真似をする意思もない。
48 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:22:22.73 ID:YIzNxz740
「神原あたりにすれば、尻尾を振って羨ましがるかもしれないわよ」
「お前の神原に対する認識も大概ひどいな」
「良い意味で言ってるのよ」
「悪い意味にしか聞こえないぞ」

 今のやり取りのどこに良い意味を見出せばいいんだろうか。
尻尾を振ってとか、犬じゃないんだから。
もっとも神原の普段の言動を考えると、犬と表現することそれ自体は、比喩として割と適切かもしれないと思えてしまうんだけど。
あの忠実っぷりを動物で例えるなら、確かに犬ってのは結構合ってる気もするしなあ。

「ちなみに阿良々木くんを動物に例えるなら、そうね、ダニ……蚊……蚤……悩ましいところだわ」

 それはきっと、吸血動物という観点から例えられたものだと僕は信じる(それでもせめて蝙蝠辺りにしてほしかったと思うのは贅沢だろうか)。
決してそこに別の意味なんてないんだと信じたい。
それにしても、こいつはどうしてこう僕の心を折りたいんじゃないかと疑いたくなるようなやり取りばかり繰り返してくれるのだろう。
どんな層に向けたサービスなのか、一度確認しておいた方がいいのかもしれない。
49 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:27:05.95 ID:YIzNxz740
「ところで阿良々木くん、勉強の進み具合はどうなのかしら?」
「また唐突に話を変えてきたな」
「だから神原と被虐自慢を繰り広げるといいわ。どちらがよりひどく罵られたか、より喜びを感じたか。さぞ盛り上がる事でしょうよ」
「いや別に話を戻してほしいわけじゃないからな!」

 そんな気遣いはいらない。
というか、そもそもそれは気遣いじゃない。
分かっててやってる気がしないでもないけれど。
50 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:30:31.57 ID:YIzNxz740
「何よ、勝手な人ね。阿良々木くんは私にどうしてほしいの?」
「どうしてほしいというか、普通に会話してくれればそれでいいんだけど」
「してるじゃない。この上何が望みなのかしら。本当に卑しいったらないわね」
「……無意味に僕を罵倒しない方向で、ぜひ」
「無意味だなんて失礼ね。まあ阿良々木くんが失礼じゃなかったことなんて、一度たりともありはしないけど。これもあなたの成長を願えばこそよ。言ってなかったかしら? 私は叩いて伸ばすタイプなの」
「いやお前の教育方針がどうとかじゃなくて、そもそも僕が叩かれて伸びるタイプだとは限らないだろう」

 世にどれ程、過大な期待をかけられてその才能を潰された子供がいたことか。
確かに今、僕は戦場ヶ原(と羽川)に勉強を教えてもらう立場だけど、教育方針というものは、やはり相手に合わせて考えるべきだと思うのだ。
端的に本音を言ってしまえば、もうちょっと優しくしてくれると嬉しい。
51 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:34:09.98 ID:YIzNxz740
「阿良々木くんがどういうタイプでも関係ないわ。私は全力で叩くのみよ。潰されたくなければ伸びなさい。あるいは潰されて延びなさい」
「僕は鉄じゃねえよ! 斬新な教育方針にも程があるだろ! お前はそれでいいと思ってるのか!?」
「ええ勿論よ、伸びても潰れても、どちらに転んでも私は楽しめるもの。せいぜい足掻きなさいな」
「なあ戦場ヶ原、僕達付き合ってるんだよな?」
「何を今更。私のあなたへの想いこそ本物よ。疑われるなんて悲しい限りだわ」
「じゃあとりあえず、もうちょっと穏やかな話をしようぜ。罵倒とかそういうのは止める方向で」
「それは甘えね。刺激のない人生なんて無価値だと思わない? 言わば、私は阿良々木くんの人生に価値を与えてあげているようなものよ。むしろ感謝したらどうかとすら思うわ」
「その発想はなかったぞ」

 刺激がすなわち罵倒と等価であるというのは、さすがにどうかと思う。
というか、罵倒されなきゃ価値が無い人生って何なんだよ。
そこまでして僕の人生に疑問符を投げかけたいのだろうか。
この間までのデレ(というかドロ)なガハラさんは、一体全体どこへ消えてしまったのだろう。
52 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:38:15.47 ID:YIzNxz740
「阿良々木くん、私気付いたのよ」
「何をだよ」
「ただデレただけのキャラなんて無個性に等しいということをよ。そんなことだからモブキャラに、更生して面白くもなんともないキャラになっちゃった、とか言われるんだわ」
「モブキャラって」

 八九寺の言い分もまあ大概だったけど、戦場ヶ原も負けちゃいなかった。
一応どころじゃなく、あいつもメインキャラで且つ人気キャラなのになあ。
というか、そもそも戦場ヶ原って、八九寺を見ることができなかったはずなんだけど。
メタ的なやり取りをしてでも、言い返さなければ気が済まない程の発言だったのだろうか? あれ。
53 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:41:12.57 ID:YIzNxz740
「ええ、屈辱だったわ。これ程恥辱に震えたのは、阿良々木くんに告白させられたあの時以来ね。本当に忌々しい」
「戦場ヶ原、お前実は僕のこと嫌いだろ?」
「え? むしろ愛してるわよ。私が死ぬ時にはあなたの骨を抱いて逝きたいと思うくらいに」
「僕が先に死ぬのは確定なんだな」

 というか、戦場ヶ原、お前もか。
お前も骨にときめきを感じるのか。

「誰のでもじゃないわよ。阿良々木くんの骨だけ」
「何だろう、素直に喜べない」
54 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:45:16.59 ID:YIzNxz740
 まあ普通の感覚なら、喜ぶべきところでも何でもないのかもしれないけど。
しかし、何となく羽川のあの台詞を彷彿とさせる言い回しになっている辺りは、計算してのことなのだろうか。キャラ作りの一環だったり?
全くもう、揃いも揃って皆が皆、どうして同じようなことをしているんだろう。
新しいキャラ作りなんてしないでくれた方が良かったのになあ、いや結構本気でそう思う。

 まあ一番酷いのは、断然忍なんだけど。
あいつ、完全に初期のキャラが無くなっちゃってるしなあ。迷走甚だしいというか。
早いこと落ち着くべきところで落ち着いてほしいと思うのだ。
願わくば、それが百年先まで僕がときめきを感じられるような設定であってくれると、なお喜ばしい。
55 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:49:29.38 ID:YIzNxz740
「不愉快な思考を察知したわ」
「何で僕の心はこんなに簡単に読まれるんだ?」
「顔に出てるのよ、私以外の女との未来予想図を考えてるって」
「ちなみにあれだ、勉強は超順調だぞ。次の模試では合格安全圏内に入れるんじゃないかって思う」
「唐突に話を変えたわね」
「そんなことはないぞ」

 もちろん僕は話を戻すようなことなんてしないから安心してほしい。
さあ戦場ヶ原、学生らしい話に花を咲かせようじゃないか。
56 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/19(月) 23:55:11.06 ID:YIzNxz740
「私としては、もう少しさっきの話を追求しても良いのだけど。事と次第によっては、花が咲くのは阿良々木くんの体かもしれないわよ」
「何その形容! 僕の体をどうするつもりだ!?」
「赤い薔薇って綺麗だと思わない?」
「超怖え!」

 言葉通りの意味なのか、比喩的表現なのか、どちらにしても僕の体が鮮血に染まるイメージしか出てこない。
そしてその花と一緒に、きっと僕の命も散るのだろう。
詩的に素敵な死刑宣告だった。って洒落になってない。

「まあいいわ。クリーニング代も馬鹿にならないし」
「……」
57 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:00:10.93 ID:NA3PzXhq0
 クリーニング代に助けられた事実に感謝するべきなのか。
それともクリーニング代にすら劣る命の価値に涙するべきなのか。
それが問題だ。

「私の寵愛を受けられる事実に感謝して、私に見出された命の価値に感涙なさい」
「何つーか絶好調だな、ちょっとあの頃のお前を思い出すよ」
「私は負ける訳にはいかないのよ、あんな乳臭い小娘に」
「そんなに八九寺に対抗意識を燃やさんでも」
「一度、徹底的に大人の女の魅力というものを教えてあげないといけないと思ってるわ、阿良々木くんのその体に」
「エロい意味にも痛い意味にも聞こえる言葉だな、それ」

 というか、エロい意味でも痛い意味でも、どちらにしても痛い発言だった。
しかし、それがさながら規定事項であるかのように、僕は痛めつけられる運命にあるらしい。
全く痛々しいことこの上なかった。
58 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:04:59.73 ID:NA3PzXhq0
「まあその辺の話は、学び舎でするようなことではないわね」
「既にして手遅れな感は否めないけどな」
「それで、本当に勉強は順調なの? 嘘だったら熱した半田を飲ませるわよ。ボトルで」
「何のボトルだよ! つーかそれ幾ら僕でも死ぬから!」
「鉛フリーな半田だから安心して。まだしも環境には優しいわ」
「まず僕に優しくしてくれるって発想はないのか?」
「あら、環境なんてどうでもいいと言うの? 酷い人ね。そういう心構えの乏しさが、地球環境を悪化させているということを理解しているのかしら。脳の貧しい人間はこれだから」
「もういっそストレートに馬鹿って言ってくれよ……というか、それなら最初から半田を持ち出さなきゃいいだろうに」
「そもそも嘘をつかなければいいのよ」
「いやまあそうかもしれないけどさ」

 何か釈然としないというか。
別に嘘をつくつもりもないけど、不必要に罵倒された感が果てしなく否めない。
ガハラさん絶好調である。
あるいは舌好調であると言うべきかもしれない。
59 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:10:17.40 ID:NA3PzXhq0
「どうも最近の阿良々木くんの周辺環境を考えると、ちょっと勉強に集中できるような状況とは思えないのよね」
「何だよそれ、確かに色々厄介事に巻き込まれてるっていうか首を突っ込んでるっていうか、そういう自覚はあるけどさ」

 確かにまあ、怪異絡みの厄介事だけでも、ここ最近で何度遭遇したことか。
心配をかけているという点では、実際申し訳ない気持ちもある。
だけどそれでも、勉強を蔑ろにしているわけではない、という確信もあるのだ。
ちゃんとやるべきことはやっている。
家庭教師役をしてくれている戦場ヶ原にも羽川にも、これは胸を張って言えることだった。

「そうじゃなくて。最近たまに妹さん達とメールのやり取りをしてるんだけど」
「マジで!? 初耳だぞ!」
「当たり前じゃない、初めて言ったもの」
「うわー……」
60 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:14:09.98 ID:NA3PzXhq0
 はっきりと怖い。
戦場ヶ原とあいつらがメールのやり取りとか、地雷の敷き詰められた平原を千鳥足でうろつく様なものじゃないか。
いらんこと、良からぬことを暴露されてる危険性が高過ぎて、何の突っ込みもできねえよ。

「元々は、阿良々木くんのプライベート情報を秘密裏に暴露してもらいつつ、将来を見据えて二人と良好な関係を築いておこうという作戦だったのよ」
「それを今僕に暴露してどうするんだよ」

 全然秘密裏でも何でもなかった。
どこまでもオープンマインド、これが所謂見える化というやつなのだろうか。
告げられる身として正直に言わせてもらうならば、いっそのこと最後まで隠していてほしかったというのが本音である。
61 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:17:12.01 ID:NA3PzXhq0
「最初はまあ狙い通りだったわ。色々な情報をもらえたし、それなりに仲良くなれたとも思うし」
「何を知られたかはともかく、まあ仲良くする分にはいいことなんじゃないか?」
「面白い話もたくさんあったわよ。寝言の実況中継とか、思わず深夜ラジオに投稿しようと思ったくらいね」
「まだ投稿続けてたのかよ」

 『林檎をむいて歩こう』さん、まだ現役だったんだ。
その事実に対する感想はさておき、公共の電波で僕のネタを広めるのは止めてほしいぞ、切実に。
どんな恥の上塗りだよ。
62 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:21:14.78 ID:NA3PzXhq0
「ひどいものだと、『オスカルオスカル』って何度も連呼してることがあったそうよ」
「どんな夢見てたんだ僕!?」
「私が聞きたいわね。何? その身長でアンドレ気取り? 恥を知りなさい」
「身長は関係ないだろ!? つーかもっと他に突っ込む所あるだろうに! そもそも夢の内容なんて自分で選べるか!」
「あぁ、無意識の願望というやつだったのかしら。夢の中でくらい高身長でいたかった、と。無様ね。でも現実を直視できないその哀れな姿を見ていると、憐憫の情すら湧いてくるわ。とっても優しくなれそうよ」
「何で僕はこんな寝言如きでそこまで憐れまれてるんだ……」

 夢やら寝言やらにまで責任なんぞ持てるか。
というか、まず僕の方が不思議なんだから。何で今ベルサイユのばら?
高身長キャラなら他にもいるだろうに、一体このチョイスはどういうことなのだろうか。

 しかしまあ、僕の妹達は兄のプライバシーを一体何だと思っているのか。
これは一度本気で説教してやる必要があるだろう。
そんな風に考えていたのだが、本当の爆弾はこの後にこそ控えていたらしい。
63 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:25:55.35 ID:NA3PzXhq0
「ちなみにその寝言の最中は、阿良々木くん、ずっと火憐さんを抱きしめていたらしいわ」
「……へ、へぇ、そうなんだ」
「それどころか、抱きしめながらずっと頬ずりしてたみたいよ。それはもう愛おしげに」
「いや、ちょっと待ってくれ、戦場ヶ原。まずは冷静になろう」
「えぇ、私は冷静だわ。ここまで心が冷たく静かなのも珍しいくらいに」
「そういう意味じゃなくて!」
「ちなみにこれが、その時の写真ね」

 開いた戦場ヶ原の携帯の、その画面一杯に広がる写真に映っているのは、確かにベッドの上で火憐を抱きしめて惰眠をむさぼる僕の姿。
どうやらその時、僕の夢の中では火憐がオスカル役だったらしい。こっちはまだ何となく納得できなくはないな。
しかしひどい写真だった。
客観的に見たら、間抜けそのものである。我ながら。
コメントする余力も申し開きの余地も、欠片すら残っていなかった。
64 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:29:14.18 ID:NA3PzXhq0
 現在の僕の胃の状態など露知らず、画面の中の僕は幸せそうに眠りこけており。
この暑い中抱きつかれている火憐もまた、何故か暴れるでもなく、寝転がったままそれを享受していた。
何なら画面の見えないところで(映っているのは肩から上だけだった)、抱きしめ返してるんじゃないのかってくらい。
じゃなくて、もう突き飛ばしてくれよ、いっそのことさあ。
何でこいつは受け入れちゃってるんだよ、本当に。

「月火さんが、わざわざ連写して送ってくれたのよ、ほら、パラパラ漫画みたいでしょう?」
「……ごめんなさい」

 表情を動かさないまま、僕に対して携帯の画面を突きつけた体勢で、かちかちと指だけ動かし続ける戦場ヶ原。
微妙に頭の位置が動いていて、確かにパラパラ漫画のように見えなくもなかった。
妹に頬ずりする兄(というか自分)という構図でさえなければ、いっそ指差して笑っていたかもしれない。
でも現実には笑える絵でも何でもなく、僕はごく自然に頭を下げていた。
頭を上げられなかった、と言うべきかもしれないけれど。
65 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:33:33.41 ID:NA3PzXhq0
「あら、どうして謝るのかしら。謝らなければならないようなことをしたの?」
「いや、そんなことはないぞ、断じて」
「何度も一緒に寝てるのに?」
「あいつらどこまで暴露してるんだ!?」
「そこまでは分からないけど、でも多分これ、全部ひっくるめて月火さんの作戦じゃないかしら。考え無しにやってるんじゃなくて、むしろ考え抜いて、計算してやってるような気がするのよね」
「何だそれ?」

 作戦とか計算とか言われても。
そりゃ、あいつはファイヤーシスターズの参謀担当だけど、戦場ヶ原とのメールのやり取りで、何の策略を練る必要があるんだ?
そもそも、あいつらは特に戦場ヶ原を敵視してるわけではなかったはずだけど。
66 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:37:36.43 ID:NA3PzXhq0
「ええ、嫌われてるとかじゃないと思うわ。別に悪意は感じないもの。ただ、どうにも見せつけられてるというか、自慢されてる感じはするのよね。私に向けたメッセージみたいなものかしら。自分達は阿良々木くんとこんなにも仲良しですー、べったりですー、ねっとりですー、いいでしょー、みたいな」
「ねっとりとか言わないで」
「実際メールのやり取りでも、最初の方こそ妹としての兄情報だったけど、途中からは女としての男情報に変わってるわね、視点が」
「何考えてんだ、あいつら……」

 月火と抱き合って寝てる僕の写真とか、火憐が寝惚けて僕の首にチョークスリーパーかけてる写真とか、もう出るわ出るわ。
それでも幸いにも、僕があいつらの胸に顔面を突っ込んでるところとか、あいつらにちゅーしちゃってるところとか、そういう危ない写真はなかった。
その辺の分別というか優しさは、あいつらにもあったらしい。ちょっとほっとする。
67 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:42:37.11 ID:NA3PzXhq0
「随分想われているようね、妬ましい限りだわ」
「いやちょっと待って、ごめん、でもこれはあれだ、僕達流のコミュニケーションというか――」
「勘違いしてほしくないんだけど」
「え?」

 それこそもう土下座すら選択肢に入れようとしていた僕に、しかし思いもよらず落ち着いた声がかかる。
顔を上げてみても、戦場ヶ原の表情には、怒りのような感情は微塵も見つけられなかった。

「私は別に、怒っているわけではないのよ」
「え? そうなの? てっきり――」
「もちろん思う所がないわけでもないわ、少なからず嫉ましくて妬ましいのは事実よ。でも、それが阿良々木くんだし」
「……」
68 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:47:14.26 ID:NA3PzXhq0
 どういう意図での発言だろう。
何というか、素直に喜んでいい状況ではないと思うけど……ていうか、これが僕とか言われても。
妹とべたべたするのが僕なの? 戦場ヶ原の中ではそうなの? と結構な疑問を覚えないでもない。
しかし戦場ヶ原にとってみれば、僕のそれは疑問でも何でもないようだ。

「怪異絡みのごたごたに馬鹿みたいに突貫するのも、見も知らない誰かを助ける為に命をかけるのも、妹さん達といちゃいちゃするのも、全部ひっくるめて阿良々木くんを構成している要素なわけでしょう。それをとやかく言う意思なんて、私にはないわよ」
「褒められてる気がしないけど」
「別に褒めてなんていないわ、事実を言ってるだけ。だから阿良々木くん、何であれ、それがあなたを構成している要素なら、私は丸ごと全部受け入れるのみよ」
「……ありがとう、って言えばいいのかな?」
「意味が分からないわね。それならむしろ愛してると言えないものかしら」
「もちろん、僕の戦場ヶ原に対する想いも本物だぞ」
69 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:51:53.15 ID:NA3PzXhq0
 さっきの言葉を返しておくことにしよう。
これは実際、偽りなき本心だ。
全く、本当に僕には勿体ないくらいの彼女さんである。

「でも、まさか妹さんが最大のライバルになってこようとは、本当に夢にも思っていなかったわ。獅子身中の虫、とは少し違うかもしれないけど。ねえ虫……阿良々木くん」
「お前うっかりでも僕のことを虫とか呼びそうになるなよ。つーかそれだとお前、虫を彼氏にしてることになるんだぞ? はっきりとどん底じゃねえか」
「阿良々木くんと一緒に落ちるなら、それも悪くはないわね。地獄の底でも愛し合いましょう」
「何でお前の愛情表現って、いちいち痛々しいんだろうな、しかし」
「まあそれはさておき。とにかく私が気にしているのは、阿良々木くんが妹さん達といちゃいちゃし過ぎて勉強が疎かになっていないか、という一点のみよ」
「いちゃいちゃはともかく、勉強はちゃんとやってるよ、そこは本気で手抜き無しだ」
「……どうやら本当らしいわね。それならいいわ」
70 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:55:52.27 ID:NA3PzXhq0
 しばらく僕の目を見ていたが、納得したように頷く戦場ヶ原。
これが羽川だったなら、妹達に対する所業で何時間か説教くらってそうなもんなんだけど。
どうやら戦場ヶ原にとっては、それは瑣末なことらしい。
器が大きいというか何というか。
これ程の女の子にここまで想われているというのは、実際身に余る幸福と思わずにはおれない。

 例えば、火憐や月火とかだったらどうなんだろうな?
さすがにこのレベルでの惚れた腫れたはないんじゃなかろうか。
もっとも、同じくこのレベルでの悪口雑言もないんだろうけど。
結局この日は徹頭徹尾、戦場ヶ原のペースだった。
そんな日常もしかし悪くないと思えてしまう辺り、僕も相当重症なのだろう。
71 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/20(火) 00:58:37.24 ID:NA3PzXhq0
とりあえず今日はここまでということで。
次は明後日あたりに上げられればいいなあと画策中。

ガハラさん描くのって難しいなと改めて思いました。
西尾先生マジぱねえ。
72 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga]:2011/12/20(火) 03:14:31.47 ID:KmPoqst/0
イイヨイイヨー
73 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/20(火) 04:31:35.56 ID:ALuALOkDO


毎回思うけど、こんな文章書けるようになりてえ!
74 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:01:50.00 ID:yFmtmbLq0
こんばんはです。
読んで下さってる方に感謝。
とりあえず続きを投下します。
75 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:04:50.22 ID:yFmtmbLq0
 004.

「阿良々木先輩、猥談の時間だぞ!」
「そんな時間はない!」

 放課後、用事があるという戦場ヶ原や羽川と別れ、家路につくことしばし。
相も変わらず軽快な調子で駆けてきた後輩――神原駿河の口から、相も変わらぬ軽率な言葉が飛び出し、気付けば全力で突っ込みを入れていた。
こいつは本当に、通学路で何を馬鹿なことを口走ってやがるんだ。
まさか周りに人がいなければ何を言ってもいいとか思っているのだろうか? 実に嘆かわしいことこの上ない。
76 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:08:59.51 ID:yFmtmbLq0
「ふむ、これはどうしたことか。今日は随分とノリが悪いようだが、体調が優れないのか? 阿良々木先輩」
「普段から僕がノリ良く猥談に付き合ってるみたいな言い方をするな。体調に問題なんかねえよ」
「あぁ、もしかして生理だったのか? それは失礼をした」
「僕は男だ! その疑いがまず失礼だろうが、全く。つーかいい加減挨拶代わりに下ネタ使うのは止めたらどうなんだ」

 およそ現代社会を生きる一般人、というか女子高生にあるまじき発言だった。
もしかしたりするわけあるか。お前は僕をどんな目で見てやがる。
全くもって度し難いことだが、しかしこれもセクハラになるんだろうか? とりあえず、訴えて勝てるかどうかは微妙なところだと思うけど(まず訴えた時点で僕の負けっていう気もする)。
爽やかな放課後が、それはもう色々と台無しだった。
77 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:12:51.88 ID:yFmtmbLq0
「しかし阿良々木先輩、何でも今日の昼休みに、中庭で戦場ヶ原先輩と人に見せられない且つ聞かせられないようなあれこれを楽しんでいたそうじゃないか。今更私と猥談に興じることに抵抗を感じる必要もあるまい」
「そんなこと誰に聞いた? って確認するまでもないか、また戦場ヶ原がお前に誤解を招く様な物言いで色々と吹きこんだわけだな」
「いや、詳しく聞いたわけではないぞ。とは言え、戦場ヶ原先輩と私はツーカーの間柄だからな、ちょっと聞けば大抵のことが伝わるのは、まあ確かにその通りだ」
「見え透いた嘘を、と言いたいところだが、お前達の場合は何か普通にあり得そうな気もするのが怖い」
「具体的には、一声聞けば今日の下着の色や柄まで伝わる」
「いらんことしか伝わってねえじゃねえか」
「もちろん一声返す際には、私の下着の色や柄を全力で発信しているぞ」
「それ本当に戦場ヶ原に伝わってるのか? つーかそもそも伝えたいのか?」

 結局、下着の事しか疎通する気がないんじゃないか。
何のツーカーだよ。いや何がツーカーだよ。
もう勢いだけで発言するのは止めとけよな。
お前にとっての大抵ってのは下着の話だけなのか?
78 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:19:02.67 ID:yFmtmbLq0
「あまり細かいことを気にされるな、禿げるぞ」
「禿げてたまるか」
「もげるぞ」
「何が!?」
「もぐぞ」
「お前がかよ!」
「ところで話は変わるのだが」
「また唐突だなと思わないでもないけど、まあいいや、何だ?」
「うむ、そうだな、では最近の私の性的嗜好についての話を少々」
「聞きたくねえよ、そんなの」

 微塵も話が変わっていなかった。
いや、変えようとして失敗した、というのが正しいのかもしれない。
神原は確かに、それこそエロがエロ着てエロ歩いてるようなやつだが、今の言い回しは不自然さの方が目立ってしまっている。
何か言いよどんだのだろうことは、こいつがエロいということと同じくらいに明白だ。
79 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:25:31.16 ID:yFmtmbLq0
「エロ言い過ぎだ、阿良々木先輩。興奮するではないか」
「すんな。じゃなくて、今お前話逸らしただろ、何か僕に言い難いことがあるんだな? もしかして、今日僕を追いかけてきたのも、その話をする為だったんじゃないのか?」
「何と、やはり阿良々木先輩には隠し事はできないな。まさか今の些細なやり取りで、そこまで正確に私の思考を推察されてしまうとは。相も変わらぬ頭脳の冴え、まさしく端倪すべからざる洞察力と言わざるを得まい。結婚してくれ」
「話が飛び過ぎだろ! 何でいきなり求婚だよ!」
「あぁ、すまない、驚嘆のあまり欲望が口をついてしまった」
「せめて願望って言葉を使ってくれよ! 何か生々しいから!」
「生々しいのは当然だろう、私はまだ生娘だからな。その点は安心してくれてもいい」
「どういう理屈だ。安心というか、むしろ心配になるよ、主にお前の将来が」
「そう思うのならば、ずっと私の傍にいてくれればいいぞ。なに心配はいらない、金銭的な問題は全てこちらで解決させるから。阿良々木先輩は身一つで私の所に来てくれれば、それで大丈夫だ」
「もっと生々しくなった!?」

 というか求婚ネタをいつまでも引っ張るんじゃない。
折角僕が話の方向を元に戻そうとしてるのに、勢い余って逆方向に逸れてしまってるじゃないか。
とんだ舵取りもあったものである。
80 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:33:54.31 ID:yFmtmbLq0
「では、未来予想図の話は一旦置いておくとしようか」
「そんな話はしていない」
「ちなみに未来予想図なら、私はUの方が好きだ」
「僕も同感だが、今はその話も不要だ」
「クラクション五回連発で愛してるのサインだったか」
「近所迷惑この上ねえ!」

 住宅街で何するつもりだよ。むしろ嫌われてんじゃねえのか、それ。
びっくりするだろうなあ、ブレーキランプと思ってるところでクラクション鳴らされまくったら。
好きだとか公然と公言しておいて、何でそんな平然と間違ってんだよ、お前は。
そもそも未来予想図とか、お前の妄想をそんな勝手に自分に都合の良い言葉に変えるんじゃない。そんなに簡単に夢を現実にされて堪るかというんだ。
全くもう、本当にどこまで自分の感情に忠実なんだ、こいつは。ちょっと羨ましくなってくるぞ。
しかしここまで奔放になれたら、きっと人生もっと楽しいんだろうなあ。
81 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:37:26.55 ID:yFmtmbLq0
「む、阿良々木先輩からエロスを求める思考を察知したぞ」
「お前の感知能力は本当に残念な性能だな。少なくとも僕の思考は察知できてねえよ、それ」

 むしろお前、自分で自分の思考を察知したんじゃないのか? 猫が自分の尻尾を捕まえようとする感じで。
折角真面目に聞く姿勢を取った僕が馬鹿みたいだろ、全く。
話の腰を折らずにいられないその姿勢は、いい加減どうにかしてほしいと切に願うぞ。

「そうだな、では改めて仕切り直そうか」
「あぁ、話を戻してくれ」
「お色直しをお望みか?」
「ちょっとしか話が戻ってないぞ、結婚ネタはもういいんだって」
「そうか、ではそろそろ本題に入るとしよう。さて何処から説明したものか……うん、順を追って話した方がいいだろうな。実は昨夜、勉強中にラジオを聞いていた時のことなのだが」
「そう言えば、お前も例の番組のリスナーなんだったよな」

 『すぶりをするそぶり』さん。
こちらはこちらで現役だったみたいだ。
82 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:41:59.41 ID:yFmtmbLq0
「うむ、面白い話も多いし重宝している。それはさておき、昨日の番組の中で少し気になる話があってな」
「気になる話?」
「ああ。相談コーナーでのお便りで、内容は『周りを不幸にする人間がいるのだが、どうすればいいか』というものだった」
「何つーか扱い辛いネタだな」
「DJは、空気が読めずに迷惑をかけている人と考えたようだったが」
「なるほど、そういう解釈か。でもその言い方だと、お前は違うのか?」
「その通りだ。私はその質問は、文字通り言葉通り何らの誇張もない、そのままの意味だと思っている」
「よく分からないな、つまりどういうことなんだ?」
「実は同じ話を、私は後輩の中学生から直に聞いているのだ」
「何だって?」
「つまり、周囲に不幸をもたらす人間がいて困っている、と相談を受けたんだ、つい先日。それも複数の子から」
83 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:46:14.33 ID:yFmtmbLq0
 また随分話が飛んだものだと思ったけれど、神原の表情は真剣そのもの。
軽い調子やふざけた空気や茶化すような雰囲気は、微塵も窺えない。
すなわちこの話は、冗談でも何でもなく、本当にこいつが耳にしたことであり。
そして何より、こいつがそれを深刻に受け止めているということを意味している。

 しかし周囲に不幸を呼ぶ、か……話が抽象的過ぎてどうにもぴんと来ないな。
とは言っても、実際に神原が後輩達から相談を受けて、ラジオに相談を持ちかける人間すらいて。
同じ話がこれだけ重なっているとなると、さすがに単なる気のせい、考え過ぎ、錯覚、と片付けてしまうわけにもいかないだろう。

「けど、どうにも想像し難いな。それはあれか、その人に関わると事件やら事故やらに巻き込まれたりするとか、そういう意味なのか?」
「おぉ、実に鋭いな、全くもってその通りだ。しかし一般に直感が鋭く働くのは女性の方だとよく言われるが、そんな性別の壁すら容易く凌駕するその超感覚には舌を巻くぞ。さすがは阿良々木先輩だ。いや、やはりここはらぎ子ちゃんと呼ぶべきか」
「そのネタ懐かしいな! つーか何を勝手に人の性別変えてんだよ。僕の性別は壁なんか凌駕したりしねえよ」
「変えたというよりも、替えた感じで」
「替えねえよ、替えられねえよ、僕は生まれてこの方、心も体も男であり続けてるよ。水をかぶろうがお湯をかぶろうが替わったりするわけあるか」
84 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:50:36.41 ID:yFmtmbLq0
 シリアスモードが終わるの早過ぎだろ。
せめて話が一段落するくらいまで持たねえのかよ。
お前は本当に、雑談したいのか相談したいのか、どっちなんだ。

「そう問われれば、猥談したいと答えるが」
「答えんでいい。それよりさっきの話の続きだ」
「ああ。とにかくその後輩の話では、今阿良々木先輩が言われたように、関わる人間を揃って不幸にしてしまう少女がいる、ということらしいのだ」
「不幸って一言で言うけど、具体的には? 実害とかあるのか?」
「程度の差はあれ、実際に被害は出ているようだな。事故にあったり、病気したり、恋人と別れたり、物を失くしたり、成績が急に落ち込んだり」
「そういう感じか」
85 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:53:28.57 ID:yFmtmbLq0
 なるほど、それは確かに不幸だ。不幸であり実害ではある。
しかし分からない――どうしてそれが誰かのせいにされてるんだ?
言い方は悪いけど、そういうことは誰だって巻き込まれ得るし、当然ながら誰かにその責を求めることなんて出来ようはずもない。
それって只の八つ当たりなんじゃないのか、とさえ思ってしまうんだけど。

「いや、それがどうやら噂元である当人が公言しているらしいのだ。自分に関わると不幸になるぞ、と。だから自分に関わるな、と」
「何だって? いやでもそれはちょっと……」
「疑問に思う気持ちは当然だ。関わった人達も、最初は一笑に付していたらしい。中二病をこじらせたみたいにな。しかし実際に、一人の例外もなく軒並み不幸事に巻き込まれていくにつれて、その言葉が信憑性を持つに至ったようだな」
「なるほどな。で、それを僕に話すってことは――」
「もちろん、怪異が絡んでいるのではないか、と私は疑っている」
86 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/21(水) 23:57:14.35 ID:yFmtmbLq0
 少し苦々しげな表情で頷いてみせる神原。
確かに、偶然と片付けるには余りにも作為的で、さりとて人為的と断ずるには余りにも不自然。
はっきりと怪しく、くっきりと異なっている。

 しかしそういうことか。怪異の関連を疑っていたのなら、最初こいつが話し難そうにしていたのも頷けるな。
実際に神原は、関わることで様々な辛苦を味わってきたのだから。
叶うならば関わりたくないというのも当然だ。
それでもなお、こいつは僕に話した――ということは、そうしなければならないだけの、何か理由があったということになる。
普通に考えれば、まあ答えは容易に想像できるけれど。

「それじゃあ、要するにあれか、お前は僕にその問題を解決してほしいってことなのか? それか忍とかに聞いて、その正体を調べてほしいとか?」
「いや違う。そうではなく、むしろその逆なんだ」
「逆? 僕に解決してほしくないって? どういう意味だよ」
87 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:01:08.71 ID:4PSOmpZQ0
 当てが外れた。
何だか意味が分からなくなってきたぞ。
それだったら、何でこんなことを僕に話したんだろうか?
神原が黙ってれば、それこそ僕は知ることすらなかっただろうに。

「正確には、関わらないようにしてほしい、と言いたかったのだ。そも事態の解決をお願いできる立場でもないしな」
「放っとけってことか? お前まさか、自分一人で解決しようとか考えてるんじゃないだろうな」
「いや、自分の身の程はしっかりと弁えているさ。もし怪異が絡んでいるのならば、素人の私には何もできないし、そうでなくとも人間関係の問題であれば、尚更高校生の私が口を出すわけにもいかないだろう。私自身関わるつもりはないのだ。冷たいかもしれないが」
「冷たいってことはないだろう。正しい判断だと思うぞ」

 幾らまだその左腕の存在があるといっても、また抜群の身体能力を持っているといっても、それでも神原には専門の知識や技術があるわけでもなく、またそれ用の道具すら持ってはいない。
カテゴライズするならば、やはり一般人の方になるだろう。
そうでなくとも、そもそも基本的に、怪異の類には近づこうとしないという心構えこそが大事なのだ。
関わらずに済むなら、それに越したことはないのだから。
88 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:05:59.76 ID:4PSOmpZQ0
「もちろん後輩にもそう話している。聞いた話からすれば、自ら関わろうとしない限り実害はなさそうだったしな。何にしても落ち着くまでは近づかないようにするのが一番だろう」
「そりゃそうだ。でも神原さ、言いたいことは分かったけど、それだけの為にこんなに詳しく話したのか? そもそもお前に聞かされるまで、僕はそんな話全然知らなかったぞ。何で話す必要があったんだ?」

 神原が、僕の身を心配してその話をしたんだとしたら、むしろ逆効果な気さえする。
知ってしまえば、それで関わりが生まれることにもなりかねないのだから。
進んで関わろうとするかどうかはさておいても。

「だから関わらないようにしてほしいんだ。もちろん阿良々木先輩もそうだが、相談してきたのが女子中学生だと言っただろう。そのコミュニティにおいて厄介事が起こってるんだ。誰が一番危ないかと言えば……」
「あいつらか!」
89 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:09:15.75 ID:4PSOmpZQ0
 栂の木二中のファイヤーシスターズ。
失念していた――むしろ一番最初に思い当たるべきだったのに。
確かに神原の言う通り、中学生の間でそういう事態が起こっているのなら、それがあいつらの耳に入らないわけがない。
またそれで実害が発生しているのなら、あいつらが行動しないはずもない。
中学生同士の喧嘩や揉め事ならともかく、もし怪異が絡んでいるのだとすれば、あいつらの手に負える問題じゃない。
そもそも怪異になんて関わらせてはいけないのだ――火憐にしても、月火にしても。

「全くその通りだ。火憐ちゃん達が怪異に絡むなど、想像もしたくない。あの子達は、明るい日の下でのみ活動するべきだろう」
「あぁ、教えてくれてありがとう。あいつらに何と言って聞かせたものかは――今はちょっと思いつかないけど、何とか考えて話してみるよ」
「ぜひそうしてほしい。もし私にできることがあれば、何でも言ってくれ」

 そう言ってくれた神原には、本当に感謝の念を禁じ得ない。
初めて火憐と引き合わせた時には、正直どうなることかと変な懸念を持っていたりしたものだけど、まさしく杞憂だった。
こうして気にかけてくれているというのは、少し申し訳なく思う反面、やはり嬉しいものだと思う。
90 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:13:19.82 ID:4PSOmpZQ0
「何か他に知ってることとかはないか? 何か言い忘れてることとかさ」
「他の情報か。私も後輩の話とラジオで聞いただけだからな。申し訳ないが、正直そんなに実のある話ができるとは……」
「ちょっとでも情報は多い方がいいし、気になったこととか、些細な事でも話せる範囲で全部教えてくれたら助かるんだけど」
「ふむ、そうだな――昨日の投稿者の中に『恋するウサギちゃん』というラジオネームの人がいたんだが」
「どこかで聞いたようなラジオネームだけど、それがこの件を相談したリスナーなのか?」
「いやそうではなく。阿良々木先輩ならもちろんご存じのこととは思うが、ウサギというのは極めて性欲が旺盛な生き物だ。ともすれば、日がな一日腰を振ってるような絶倫っぷりで、果たして恋をする暇などあるものだろうか?」
「何の話だよ! 気になったことったって、別にこの件に無関係のことまで全部話せなんて言わねえよ! つーかその知識を何故僕が当然知っているものと考えた!? そもそもそういう突っ込みはタブーだ!」

 真面目な姿勢が続いているものと思った途端にこれだ。
お前は何か、真剣な話を一定時間以上続けることができないとか、そういう残念な特性でもあるのかよ。
心の底から難儀な話だ。まあ神原らしいと言えばそれまでなのかもしれないけれど。
本当にこいつだけはキャラが全くぶれないな。良かれ悪しかれ。
91 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:17:30.67 ID:4PSOmpZQ0
「いやでも気になるではないか、何を考えてそんなラジオネームにしたのだろう、と」
「普通はならねえよ。そんな捻くれた裏なんてあるわけないだろ。大体そんなの比喩表現じゃねえか」
「しかし数多存在する小動物の中で、敢えてウサギを選んだというその事実に、私はこの投稿者が伝えようとしているエロスを察知せずにはおれないのだ」
「それははっきりとお前の勘違いだ」

 残念ながら、やはり神原の感知能力は、妹達や戦場ヶ原には遠く及ばないらしい。
あるいは逆に感度が良過ぎて、全く無関係な人間の思考を察知しているかだろう。
とんだ混線模様もあったものだ。
いずれにしても何の役にも立ちはしない。
92 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:21:20.87 ID:4PSOmpZQ0
「断言されては困るな。だってウサギだぞ、ウサギ。雄と雌を一緒のケージに入れておいたら、ごく自然に、さも当然のように交尾に走る、そんな生き物じゃないか」
「いつまで引っ張るんだ、その話。大体お前、小動物みたいな捕食される側の生物の性欲が強いのは、生存本能の観点からはごく自然な事だろう。ウサギだけが特別なわけでもねえよ」
「なるほど、それももっともな話だな。いやさすが阿良々木先輩、その慧眼には心から感嘆せずにはいられないぞ。ではその論に倣うならば、例えば阿良々木先輩も、命の危険に迫られれば性欲が高まるのだろうか?」
「お前は僕に何を期待している!?」
「もちろん阿良々木先輩のナニに期待しているのだが」
「だから安易に下ネタに走るのを止めろというのに」

 ああ言えばこう言う。
全ての道をエロに通じさせるのは止めてほしい。
本当に油断も隙もないというか。
93 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:25:06.93 ID:4PSOmpZQ0
「心外だな、むしろ油断も隙も意図的に作り出しているつもりだぞ、私は」
「服に手をかけるな! そういう意味じゃねえよ!」
「欲情してくれたか?」
「絶望したよ!」
「そうか、私のこの体では阿良々木先輩の劣情を引きだすには至らないのか。せめて十年前に出会えていれば……っ」
「お前十年前からそんなキャラか!? つーか僕のストライクゾーンをどこまで下げるつもりなんだよ!」

 何でそこでお前が落ち込むんだよ、むしろ僕が落ち込むわ。
落ち込んだ奈落の底で、更に自分で穴掘って沈むわ。
お前、僕を敬愛してる振りして、実は貶めたいだけなんじゃないのか?
94 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:31:03.99 ID:4PSOmpZQ0
「それこそ心外、いやさむしろ侵害だ。私は全身全霊をかけて阿良々木先輩を敬愛している。望まれれば足だって舐めるぞ、小指から順番に」
「そんなもん望まねえよ!」
「新しい世界が開けるかもしれないぞ」
「開きたくねえよ、そんなもん」
「何故だ?」
「疑問に思うな! 僕にそんな趣味は無い!」
「いやはや、阿良々木先輩も変な所で意固地になられるものだな、遠慮などせずとも良いのに」
「まずお前が遠慮してくれ」

 さすれば、穏やかに和やかに恙無く話も進行できるだろうに。
真面目な話がメインだったはずなのに、結局いつも通りの雑談に戻ってしまったじゃないか。
とりあえず知ってることは全て話してくれたみたいだから、別にいいんだけど。
95 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:37:01.59 ID:4PSOmpZQ0
 しかし改めて考えると、実に厄介な話だった。
最近はちょっと仲良くなってきたとは言え、基本的に僕の言うことに素直に耳を傾けてくれたりはしないのだ、火憐にしても月火にしても。
むしろ言い方を誤れば、火に油を注ぐ結果にもなりかねない。
大人しくするどころか、勢いを増して突貫してしまう可能性すらある。

 さてどう話をしたものかと、神原と別れて一人になった家路で考えはしたものの。
家に着いて玄関の扉を開けるその時になっても、妙案が浮かぶことはなかった。
というか妙案どころか、話の切り出し方さえ纏まっていない始末。
悲しいことに、そんな短時間で良いアイデアが閃くことを僕の頭に期待する方が酷な話だということなのだろう。
そう考えると、神原の感知能力をどうこう言う資格は、残念ながら僕には無いのかもしれない。決して撤回するつもりはないけれど。
96 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/22(木) 00:42:39.25 ID:4PSOmpZQ0
今日はここまでということで。
次も明後日目標で頑張ってきます。

しかし物語シリーズ、ファイナルシーズンと来ましたか。
まだまだ勢いが続いていて実に重畳です。
この調子だと、猫物語とかもアニメ化するのかなあ?
期待せずにはいられないですね。
97 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/22(木) 12:32:41.53 ID:WfcjlqUk0
>>96完全に終わりだと思ってたからびっくりした
第二シーズンが始まったりしないよなさすがに
98 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:04:36.52 ID:oPLXH+5g0
こんばんはです。
現状ファイヤーシスターズ分が不足してるなあと思う今日この頃。アニメ放映までは辛抱ですかね。
とりあえず続き書いてきたいと思います。

>>97
まさかの展開でしたねえ、毎度いい方向で裏切ってくれるもんだと。
猫黒は月火ちゃんの出番多いし、アニメ化してくれたら嬉しいと思う自分がいる……
99 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:07:57.32 ID:oPLXH+5g0
 005.

「ただいまー」
「おかえりー、早かったね、お兄ちゃん」

 ここまできたら悩んでも仕方ないか、と開き直って家に入ると、月火が一人でソファに座ってテレビを見ていた。
最近はファイヤーシスターズの別行動も増えてきたとか聞いていたが、どうやら今日もそうらしい。
間が悪いと言うか何と言うか。
一緒にいてくれれば話も早かったのに。

「火憐ちゃんはどうした? 一緒じゃないのか?」
「その内帰ってくると思うよ」
「いや、そりゃそうだろ、家出したわけでもあるまいに」
「火憐ちゃんの場合、もし家出することがあっても、夕方になったらそれを忘れて帰ってきそうでもあるけどねー」
100 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:12:23.31 ID:oPLXH+5g0
 あり得る話だ。実にあり得てしまう話だ。
何というか、家出する出来事それ自体よりも悲しくなってくる話ではあるけれど。
しかし別行動はさておくにしても、火憐の不在をまるで気にしていない月火というのも珍しい。

「つーか、何か今日の月火ちゃん、ちょっと火憐ちゃんにそっけなくないか?」
「んにゃんにゃ、そういうわけじゃなくってさ、ついさっきまで一緒にいたんだよ。何してるかも知ってるしね。ていうか、火憐ちゃんてば私が止めたのに飛び出してっちゃってさあ」
「意味が分からん、何の話だよ」
「それよりまず着替えてきたら? 汗かいてるでしょ。見てて暑苦しいし」

 ソファに座ったまま、頭だけこちらに向けつつ月火。
ふんにゃりとソファに垂れてるその様は、暑さが原因というわけではなく、単にリラックスしてるからってだけだと思うけど。
しかしまあ、帰宅したらまず着替えろってのももっともな話だ。
速足で部屋に上がり、手早く部屋着に着替えて下に降りる。
101 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:17:43.46 ID:oPLXH+5g0
「それで、火憐ちゃんはどこに行ったんだ?」
「んー……」

 改めて尋ねてみると、月火はちょっと考える仕草をした後、ぱんぱんと自分の隣を叩く。
そこに座れってことか? 別にソファでお隣さんしなきゃならない状況でもないと思うんだけど。
でもまあ、何かそうしないと話してくれないみたいな雰囲気なので、素直に移動することにする。
これからしようとしている話を考えると、機嫌を損ねるのは得策じゃないし。

「む……やっぱり固い」
「いきなり膝枕かよ」
「もうちょっと柔らかくできないの?」
「できるかそんなもん」
「叩いたら柔らかくならないかな」
「なるか、豚カツ作ってるんじゃないんだから」
102 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:26:16.86 ID:oPLXH+5g0
 僕が隣に座るや否や、ころんと寝転がって頭を太ももに乗せてくる月火。
足もソファのサイドに放り出し、もう完全に人の足を枕に休む気全開だった。
和装でそんな動きをすれば、当然裾の辺りがはだけちゃって素足から下着から丸出しになるというのに、直そうという気配すらない。
いつものことながら、とても他人には見せられない格好だ。

 しかし別にそうしたいわけでもないけれど、何と言うか立場が逆な気がしないでもなかった。
実際、男の膝枕なんて気持ち良いもんでもないだろうに。
特に僕の場合は、元々細身の上に体脂肪率も低いから、枕っていうよりむしろ枕木に近いと思うぞ。
いや別に噛んじゃったわけではなく。

 それにしても、太ももに頭を乗せているのに膝枕とはこれ如何に?
言葉の乱れとはよく聞く話だが、それならこれも太もも枕と呼ぶのが正しいのではないだろうか。
そこはかとなく語呂も語感も悪いけどさ。
103 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:31:15.88 ID:oPLXH+5g0
「辞書引いたら分かることだけど、膝には『座った時の太ももの上側の部分』って意味があるから、膝枕で合ってるよ」
「マジか?」
「マジだ」

 知らなかった。
いやちょっと驚いたぜ、その豆知識。
この言葉、実は正しかったんだ。日本語侮れねえ。
もっとも、こんなこと知ってても何の役にも立たないだろうけれど。
まあ豆知識なんて、得てしてそんなものである。

「で、膝枕なんて楽しいのか?」
「悪くはないかな。それよりお兄ちゃん、先に聞いとくけど、今日のご飯何がいい?」
「ん? 別に何でもいいよ。月火ちゃんが作ってくれたご飯って大概美味しいしさ」
104 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:36:09.69 ID:oPLXH+5g0
 月火の作る食事はこれまで何度も口にしてきたけれど、外れだった例がない。
そつなくこなすというか、何を作っても普通に美味しいので、特に注文をつけることなんてないのだ。
むしろ何を作ってくれるのか楽しみにしているくらいである。
大体からして、作ってもらう立場の癖にこの上更に注文をつけられる程、僕の面の皮は厚くないぞ。

「そう言ってくれるのは、まあ嬉しいけどさあ。作る側からしたら何でもいいってのが一番困るんだよね」
「困られても。だって実際何でもいいし。出されたら何でも食べるよ」
「熊の手とかでも?」
「それは止めて」

 というか家にあるのか? 今? あれって確か結構な高級食材じゃなかったっけ?
そもそも食べたことはおろか、現物を見たこともないんだけど。
一般家庭に属する阿良々木家においては、そんなの全く縁の無いもののはずだ。
しかし、ここでじゃあ食べるとか言おうものなら、本当に手に入れて来かねないのが僕の妹達なわけで。
下手な突っ込みは、謹んで慎ませて頂くことにしよう。
105 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:41:20.86 ID:oPLXH+5g0
「それじゃあジャンルだけでも指定しなさい」
「何で命令形に変わった?」
「指定しろ」
「和食でお願いします」

 思わず敬語を使ってしまう。
これ以上答えなかったら、それこそ僕の足が食材にされていたかもしれないと思う程に、それは冷たい視線だった。
勝手に人の膝を枕に使っておきながら、そこには一切の容赦も躊躇もありはしない。
阿良々木月火は今日も平常運転のようだ。

「和食ね……うん、それなら今ある物で大丈夫かな。じゃあ楽しみにしてて」
「楽しみにしとく。それで、火憐ちゃんはどうしたんだって話だけど」
「あー、えっとね、まあ朝も少し言ったけどさ、今ちょっと問題があってね」
「周りを不幸にする人がいるとかって話か?」
「何で知ってるの? お兄ちゃん」
106 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:45:57.51 ID:oPLXH+5g0
 目を丸くして、素で驚く月火。
普段垂れ目なだけに、より驚いてる感じが伝わってくる。
僕が知ってるのがそんなにおかしいか? と思うも、よくよく考えれば事は中学生のコミュニティでの出来事。
一介の高校生に過ぎない僕が知ってるのは、確かに不思議に思っても仕方ないか。

「今日の帰りしなにそういう話を聞いたんだよ」
「あ、もしかして撫子ちゃんに?」
「いや、違うぞ。お前は面識なかったっけ? 神原だよ」
「神原さん? 火憐ちゃんと時々遊んでくれてる人だっけ」
「らしいな。まあその神原が、後輩にそういう相談を持ちかけられたりしてるんだと」

 火憐と違い、神原の名前にそれ程反応を見せない月火。
こいつは神原とはほとんど接点がないし、それも無理からぬところか。
それに一応は文化系の部活に籍を置いている身でもあり、体育会系の人間の話にはあまり興味が無いのかもしれない。
実際のところ、羽川に対してこそ憧憬の視線を送ってたりするもんなあ、月火の場合は。
107 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:50:55.54 ID:oPLXH+5g0
「そっか、でもじゃあ割と大事になってるんだ。どうしたもんだろ。あ、もしかしてそれで私達に釘刺しに来たわけ? 全く、相変わらず心配性なんだからもー」
「心配性でもなんでもいい。釘刺しに来たのはその通りだよ。僕だけじゃなくて、神原にも頼まれてるんだ。危険があるかもしれないから止めてあげてくれってな」
「危険ねえ……もしかしてお兄ちゃん、何か心当たりがあるの?」

 驚きに丸くなっていた目が、今度はすーっと細くなる。
睨む程ではないが、僕の目を真っ直ぐに見上げるその視線は、心の内を見透かそうとしているかのようで。
ファイヤーシスターズの参謀担当を担っているその頭脳が、無駄にフル回転を始めてしまったらしい。
全く、いらん時に直感働かせやがって。事実その通りだから困る。

 しかしこういう時の月火は、実際相当切れるだけに、下手な誤魔化しは逆効果に働く可能性が高い。
そしてまた生来の性格もあり、抑えつければ爆発するのだ。反発ではなく。
一体ここからどうやって説得まで持っていくか。これは難題だ。
くそ、仕方ない。あんまり使いたくはない手だが、止むを得ないな。次善の策だ。
108 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 22:57:40.92 ID:oPLXH+5g0
「穿って物事を考えるんじゃない、純粋にお前達のことを心配しての話だよ。実際、事故とかに巻き込まれてる人もいるって聞くじゃないか」
「本当にそれだけ? 何か隠してるんじゃないの?」
「別に何も隠してないぞ。大体相手は関わるなって言ってて、実際関わらなければ何も無いんだから、しばらく様子見ってことにしといた方がいいんじゃないのか? それに、この前のことだってあるだろ。またお前があんな目に遭ったら、僕は……」

 ここで心配げな表情&優しく髪を撫でる動作! 正しく妹の身を案じる兄の挙動である。
月火は結構感情的に動くキャラクターなので、こちらも情に訴えた方が、聞き分けが良くなる可能性は高いのだ。
押して駄目ならデレてみろって感じで(この場合、引くのは僕じゃなくて周囲だ)。
もちろん妹にデレるような真似なんて、決してしたくはないんだけど。

 しかし案の定、効果は覿面だったらしい。
探るような素振りが一転、不敵なというか不遜なというか、何とも言えないにやけた表情に変わる。
何だよ、その満更でもなさそうな感じは。
109 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:02:33.85 ID:oPLXH+5g0
「ふーん、そっかー、そうなんだー。まあそうだよね、お兄ちゃんはシスコンだもんね。私達のことが心配で心配で仕方ないんだよね。全くしょうがないなあもう」

 ここは我慢だ。決して突っ込んではいけない。
ここで突っ込んだら全てが台無しになってしまう。
実際、怪異が絡んでいるかもしれない事象に、こいつらが首を突っ込むのだけは、何としても阻止しなければならないのだから。
その為ならば、敢えてシスコンの汚名だって被ってやるさ。それも名誉の負傷だと割り切ってしまえばいい。
まあ名誉の負傷というか、むしろ不名誉で不肖って感じがしないでもないけれど。

「うんうん、私達のことが好き過ぎて心配過ぎて泣きそうになってるお兄ちゃんが可哀想だから、今回だけは言うことを聞いてあげよう」
「ああ、ありがとうな」
「何だったらちゅーしてあげてもいいよ、素直になったご褒美に」
「いらねえよ」
110 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:07:31.47 ID:oPLXH+5g0
 にやにやしながらそんなことを言ってくる月火。
即座に拒否したのに、得意げな表情は全く崩れなかった。僕が否定する事まで織り込み済みか。
何だかいいようにからかわれている気がして、ちょっといらっとする。くそっ、やっぱりちゅーしてやろうか。

 しかし正直ここで僕がキスしたところで、月火のこの余裕を崩せるとも思えないんだよなあ。
むしろした方がこいつの思う壺って気さえする。
舌を入れたりとかしたら、多少は驚くかもしれないけど。
真に遺憾ながら、今更キスくらいで動揺するような妹じゃなくなってしまったのだ。慣れとはかくも恐ろしい。
やれやれ、寝込みにキスされて僕を突き飛ばしていた頃の、あの初心な月火は一体どこに行ってしまったんだろうか。
まだ中学生の身空の癖に、何とも嘆かわしく実にけしからん話である。
ちなみに今この場において、じゃあ誰のせいでこいつがこんな風になってしまったんだ、という至極もっともな突っ込みをする者はいない。
111 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:12:53.80 ID:oPLXH+5g0
「まあでも正直に言っちゃうと、元々私も今回は動くかどうか決めかねてたんだよね」
「え? そうなのか? ちょっと意外だぞ、それ」

 にやけた表情を元に戻した月火のその口から、本当に意外な言葉が飛び出した。
正義を標榜して止まないファイヤーシスターズにしては随分と珍しい。
普段から、僕が何を言っても聞きもしないで、嬉々として厄介事に首を突っ込んでるくせに。
何か心境の変化でもあったのか?

「んー、まあ心境の変化みたいなのも無くはないけどさ。そもそも今回の問題って微妙じゃない。結局その子が何してるのかっても、不幸になるぞって言ってるだけだもん」
「僕もそう聞いてるよ」
「お呪いとかかもしれないけどさ、これだけじゃ何の因果関係も見出せないし、決め手に欠けるんだよね。被害があるにしろ、実際に暴力を振るわれたわけじゃないし、呪詛を吐かれたわけですらないし」
「まあ証明はできないよな。言われた通りに不幸になったとしても」
「そうなんだよ。お兄ちゃんも言ってたけど、近づくなっていうのが向こうの望みでもあるわけだし、実際近づかなければ何もないんだから、まずはしばらくそっとしとくのが良いかなって思って。徒に騒ぎを大きくしてもね。何にしても双方落ち着いてからじゃないと」
112 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:19:31.93 ID:oPLXH+5g0
 おや、何とも冷静で理知的な判断じゃないか。
普段から火の無い所に火種を蒔く方が多いのに、中々どうして今回は随分大人な感じの対応だな。
これは本当に何かあったのか、と心配になるぞ、むしろ。

「ていうか、実はその子、病気みたいなんだよね」
「なに? 病気?」
「うん。詳しくは知らないけど、生まれつき体質が弱くて色々持病もあるとかで、入退院を繰り返してるんだって、生まれた時からずっと」
「それは聞いてなかったな」

 なるほど、それなら月火が躊躇しているのも頷けるな。
仮にその子が本当に周囲に迷惑をかけていたとしても、さすがに病人を相手にしていつものように暴れることはできないだろう。
というか、一応正義の味方を公言してるこいつらが、そんな非道な真似なんてそもそもできるわけもないけど。
113 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:25:56.14 ID:oPLXH+5g0
「まあね。さすがに病院で暴れるわけにはいかないしさ」
「暴れること自体がそもそも駄目なんだけどな」

 それはともかくとして、まあ月火に動く意思がないというのなら、まずはそれでいいのだ。
後は今回の件が怪異絡みかどうかの確認だけど、それはまたやり方を考えることにしよう。
いや、ちょっと待った、大事なことを忘れてる。

「だから火憐ちゃんはどうしたんだって。まさか、あいつ一人で動いてるのか?」
「そうなんだよ。様子見てから判断しようって言ったんだけど、全然聞いてくれなくて」
「それはやばいだろ! 病人相手にあいつが暴れたりなんてしたら……」

 総毛立つ感覚が走る。
これはやばい。非常に非情にやばい。
下手すれば刑事事件、下手しないでも民事事件は避けられない!?
114 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:31:21.88 ID:oPLXH+5g0
「いやいやいや、お兄ちゃん何を心配してるのよ。いくら火憐ちゃんでも、病身の女の子を相手に暴力振るったりするわけないじゃん」
「そりゃそうかもしれないけど、でも体質が弱いし持病もあるような相手なんだろ、あいつが凄むだけでも相当なショックを与えちゃうんじゃないのか?」
「だから心配し過ぎだって。方向的には怒りに行ったってより友達になりに行ったって感じだったし」
「それはそれで厄介な気がするぞ」

 生まれてからずっと病気を抱えて生きてきて、周囲に不幸を云々言い出したような子が、少なくとも見た目は元気一杯で青春謳歌してます的な子に友達になろうって言われて、素直に喜ぶとは考え難いぞ。
というか、それでなくても、事がはっきりするまで関わりを持たせないのが先決なのに。
全くもう、どうしていつもいつもこうまで猪突猛進なんだ。
少しくらい大人しく待てないもんか? 鉄砲玉かよ、本当に。

「でも火憐ちゃんてば、その子が何処にいるのか知りもしないのに飛び出してったから。ちょっと見つけられるとは思えないよ」
「何だそりゃ。そんな肝心な所も知らないで、一体どうやってその子を見つけるつもりなんだよ、あいつ」
「どうなのかな。この辺にある病院の数なんてそんなに多くないし、片っ端から受付とかで聞いて回れば見つかるって考えてるんじゃない?」
「ああそうか、あいつならそうするかもな。けどさ、そういうことって、普通は聞いても中々教えてもらえないんじゃないのか? そもそも知らない人が来てもそんな簡単には通してはくれないだろ。患者のプライバシーとかもあるしさ」
「うん。知り合いならともかくね。だから火憐ちゃんも、すぐそのことに気付くよ、きっと。偶々病院に入るところとか出るところとか、タイミングが合えば別だけど、そんな偶然そうそうないと思うし」
115 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:36:36.05 ID:oPLXH+5g0
 だからその内諦めて帰ってくるはずだよ、と締める月火。
楽観的だなと思う気持ちもなくはないけれど、しかし実際のところ、こいつの言う通りなのだ。
現時点では、僕にできる事は何もない。
病院を回る為か、携帯の電源を切っているらしく、かけてみたけれど繋がらないし。
そもそも行き先が病院だというのなら特に危険もないだろうし、探しに行って入れ違いになっても困るわけで。
となると、やっぱり大人しく家で帰りを待っているのが一番早い気がする。
火憐が帰ってきたら、じっくり膝を突き合わせて話をすればいいだけのことなのだ。

 月火が言うように、あいつがそもそも情報を持っていないのなら、結局は諦めて帰って来ざるを得ないだろう。
情報収集みたいな裏方の仕事は基本的に月火が担当していて、あいつはあくまでも実戦担当なんだから。
そうである以上、あいつも最後は月火を頼るはずだ。今までがそうだったように。

「じゃあまあ火憐ちゃんが帰ってくるまで待つとするか」
「うん。きっと夕飯までには帰ってくるよ」
116 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:43:19.46 ID:oPLXH+5g0
 そう言うなり、テーブルの上に手を伸ばして、読みかけっぽい雑誌を取る月火。
膝枕は維持したまま、ソファの外で足をぷらぷらさせつつ、どうやら本気でこのまま寛ぐことにしたらしい。
僕の意向と自由は完全に無視で。

「いやもう膝枕はいいだろ、僕も上に本を取りに行きたいんだけど」
「別にいいじゃない、テレビでも見てたら」
「今の時間に見たい番組なんてやってねえよ」
「じゃあ私のパンツでも見てたら」
「いつもと違うんならそれもありだろうけど、今日もいつもと変わらず白じゃねえか」
「至高の白だよ」
「お前の嗜好なだけだろ」
「というかちゃんと見てよ、いつもと変わらずじゃないから。今日のは下ろし立てだし」
「ん? あ、ホントだ、この柄は知らない」
117 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:48:17.55 ID:oPLXH+5g0
 なるほど、よくよく見れば、色こそ白だけど細部に違いがあるな。
まあだからといって、別にそんな偉そうに主張する程のことでもないんじゃないかと思う。
そんな見せつけてこられても、という感じだ。
そこまで見せたいのか? あるいは感想待ちなのか?

「つーかお前、まさか外でもこんなことやってるわけじゃないだろうな」
「そんなのするわけないじゃん、見せるのはお兄ちゃんと火憐ちゃんにだけだよ」
「それならいいけど。しかしなかなか凝ったデザインだな、それ」
「でしょ。まあこだわり派の私としても、これは納得の逸品だよ。久々に衝動買いしちゃったね」
「パンツで衝動買いとか、いっそ感心するくらい新しいな」
118 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:53:06.55 ID:oPLXH+5g0
 とか何とか、まあいつも通りのパンツ談義に花を咲かせる。
どうせこうなったら、月火は意地でも梃子でも動こうとしないだろうし。
不毛な言い争いをして無駄に神経をすり減らすくらいなら、寛いでいた方が幾らかましというものだ。
その寛ぎ方にもよるんだろうけれど。
まあ夕暮れ前のリビングで妹のパンツを観賞するくらいのことなら、普通によくある光景だろう。別段珍しくもおかしくもない。ないはずだ。
人間諦めが肝心なのである――という言葉はしかし、僕達が言うとそれだけで皮肉になるんだよなあ。

 閑話休題。
膝にささやかな重みを感じつつ、そうしてこうしてのんびりと火憐の帰宅を待つ。
すぐに帰ってくるだろうことを期待して。
けれどそんな僕達の予想に反して、火憐の帰宅は、夕飯の準備に月火が立ってしばらく経つまで待たなければならなかったのだけれど。
119 : ◆/op1LdelRE [saga]:2011/12/23(金) 23:58:10.60 ID:oPLXH+5g0
今日はここまでということで。
たとえデレても牙は失わない。そんな月火ちゃんが素敵だと思います。
ファイヤーシスターズは書いてても楽しいんですよねー、困ったことに。
もちろん他の人が書いたのを読むのが一番楽しいわけですけども。
なかなか出てこないのが悲しい……
120 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 01:11:51.23 ID:TfKRbblMo
同人誌ならいいのあるぞ
121 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/24(土) 06:54:47.65 ID:CyUWWriSO
18禁ならいっぱいありそうだよな
122 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 00:17:48.24 ID:yquOU3pe0
薄い本でもいいんだけど、できればエロくないやつがいいなあ
123 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 15:19:47.76 ID:ODfWZh7ko
エロ無しならゆーじとこうじがいいの描いてる
サークル名OVERALL、夢想キャンパス、ゆうじこうじで調べろ
タケウチドジオのイモモノガタリも良かった
124 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:37:38.08 ID:p+nkYkgT0
>>123
ゆうじさんとコウジさんのはいいですよね、あれぞまさしくファイヤーシスターズ。年末にまた出るみたいで凄い楽しみだったり。

とりあえず短いんでひっそりと更新。
申し訳ないことに年内は無理そう……なるべく早く終われるように努力します。
125 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:42:17.54 ID:p+nkYkgT0
 006.

「ただいまー……」

 日が傾き始め、台所に月火が立つこと暫し。
リズミカルな包丁の音が終わり、良い匂いが漂い始める頃になってようやく、そんな火憐の帰宅の声が玄関から聞こえてきた。
普段と違って、頼りなげな、疲れ切ったかのような、そんなか細い声音。
常に元気が有り余っているかのような火憐にしては、本当に珍しい。
気になって立ち上がり、玄関の方に向かう。

「お帰り火憐ちゃん、どうかしたのか?」
「あ、兄ちゃん、ただいま。うん、ちょっと疲れたっていうか」

 廊下を歩いてくる火憐は、肩を落とし、いかにも疲れ切っていますと言わんばかりの力無い表情をしていた。
なんだなんだ、熊にでも出くわしたか? って、その程度(?)のことで、こいつがここまで疲れ果てるわけもないか。
自室へ向かおうとしているその背中に、気になって問いかけてみる。
126 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:45:04.57 ID:p+nkYkgT0
「大丈夫か? もうすぐ夕飯できると思うけど」
「あー……ごめん、今はちょっと無理」
「そうか、じゃあちょっと横になってろよ。食事の時には呼ぶからさ」
「うん、そうする」

 それだけ言うと、引きずるような足取りで二階に上がっていく火憐。
その後姿からは覇気というものが全く感じられず、さながら敗残兵のような哀愁すら漂っていた。
何も言えずに、ただ緩慢な動きで部屋に入っていくその姿を見送る。
本当は早いこと話をしておきたかったんだけど、さすがにあの状態では、何を言っても頭に入らないだろう。

「ありゃ相当きてるな、何があったんだ?」
「お兄ちゃーん、火憐ちゃんどうかしたのー?」
127 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:48:34.75 ID:p+nkYkgT0
 と、台所の方から聞こえてくる月火の声。
火を扱ってる最中だけに、その場を離れられないのだろう。
ちょっともどかしげな響きなのは、疲れ切った風な火憐の声を気にしているからか。
リビングに戻ると、月火が顔だけこちらに向けていた。

「んー、何かかなり疲れてるみたいだった。ちょっと休むってさ」
「そうなの? どうしたんだろう、いつもだったらフルマラソン完走しても、その流れで筋トレに入るくらいなのに」
「いや、見た感じ肉体的な疲れってよりも、精神的な疲れの方が大きいっぽかったぞ」
「行った所で何かあったのかな? ひどい追い出され方したとか、嫌なものを見たとか。大丈夫かなあ、ちょっと心配」

 眉を寄せて、二階の方へ視線を向ける月火。
それは僕も同感だった。
あそこまで疲弊しきっている姿を見るのは、例の蜂の騒ぎの時以来だ。
もっとも、あの時は自力で動くことも困難だったわけで、それよりはましなのかもしれないけれど。
しかし本当に一体何があったんだろうか。
128 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:52:28.83 ID:p+nkYkgT0
 調理の手は止めていないけれど、月火の表情は冴えないままだった。
制止を振り切って飛び出したのは火憐の方なんだから、別に月火に非なんてないんだけど、それでも無理やりにでも止めておけば良かったとか考えているのかもしれない。
ちょっとそわそわと落ち着かないように見えるし、今もきっと様子を見に行きたいんだろう。

「疲れてるだけなら、ちょっと寝れば回復するとは思うけどな」
「それだけならいいけど、何か落ち込むようなことがあったのかも。ねえ、お兄ちゃん、ちょっと様子を見てきてあげて」
「そうだな……」

 つられて、というわけでもないけど、二人の部屋の辺りを見上げる。
月火の心配も分かるし、それに事が事だ。
単純な疲労とかならいいけど、上で倒れてたりしたら洒落にならない。
念の為に確認はしておいた方がいいか。
129 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 22:58:49.09 ID:p+nkYkgT0
 リビングを出て、二階へと上がる。
そして、静かに二人の部屋の扉を開けて、中を覗き込んだ――が、火憐の姿は見当たらなかった。
二段ベッドに寝転がってもいないし、もちろん机に向かってるわけでもないし、また床に倒れ伏しているわけでもない。
あいつが一度この部屋に入るのは、実際に目で見て確認してたんだけど、はて何処に行ったのか。

 まさかと思って僕の部屋に向かうと、果たせるかな、そのまさかだった。
音を立てないように注意しつつゆっくりとドアを開けると、僕のベッドの上に火憐の姿が見える。
耳を澄ませば小さくも規則正しい寝息が聞こえてくるところからして、どうやら既に寝入っているらしい。
相変わらず寝つきのいいやつだ。
というか、自分のベッドで寝ろよな、全く。
安堵か呆れか、自分でもよく分からないけれど、小さく軽く息をつく。

 一応何ともないことだけは確認しておこうと思い、静かにベッドの方に向かう。
既に日は沈みかけていて、部屋も薄暗くなってはいるが、僕にとってはその程度何の影響もない。
夜目が利くというレベルではないのだ、吸血鬼の名残りというものは。
130 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:02:51.41 ID:p+nkYkgT0
「なんつー格好だよ、こいつは本当に」

 僕のベッドの上で、火憐は完全に熟睡していた。
本当に疲れ果てていたらしく、部屋でジャージだけ脱いですぐにこっちに来たのか、下着の上にTシャツ一枚という格好で。
しかも何故か僕の寝巻をしっかりと抱きしめながら、ベッドで丸くなっている。
それは溜息もつきたくなるというものだ。

 まだ暑さの残る季節とはいえ、こんな格好では風邪を引かないとも限らない。
それでなくとも、女の子がお腹を冷やすのは良くないだろう。
タオルケットを持ってきて、起こさないようにゆっくりとかけてやる。
その瞬間、しんどそうだった表情が少しだけ緩んだ気がした。
131 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:05:24.01 ID:p+nkYkgT0
「こりゃ夕食も無理かな?」

 もう一つ溜息。
額にかかっていた前髪をゆっくり横にやり、手を当ててみるが、とりあえず熱はないようだ。
呼吸が乱れているでもないし、特におかしな様子もなく、本当にただ熟睡しているだけと考えていいだろう。

 だとすれば、まずはゆっくり寝かせてやるのが一番か。
どうしてそこまで疲れているのかということが気にはなるけれど、だからと言って起こすのも可哀想だし。
まあ一食くらい抜いてもどうということはないし、そっとしておくことにしよう。
軽く頭を撫でてやり、静かに部屋を出た。
132 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:09:18.56 ID:p+nkYkgT0
「お兄ちゃん、どうだった?」

 一階に戻ってリビングの扉を開けると、月火はエプロンを外しているところだった。
どうやら食事の準備は終わったらしい。
あるいはこれから二階に上がろうとしていたのか。
ぱたぱたと駆けよってきて、そわそわした感じで尋ねてくる。

「とりあえず大丈夫だと思う。今は完全に熟睡してるよ。本気で疲れてたみたいだ。今は寝かせといてやるのがいいだろうな」
「風邪とかじゃない?」
「多分な。そんな苦しそうな感じもしなかったし、熱もなかったし」
「そっか、なら大丈夫かな」
「何故か僕のベッドで僕の寝巻を抱きしめながら寝てたけど」
「じゃあ問題ないね。いつもの火憐ちゃんだ。うん、きっと快眠だよ」
133 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:17:45.66 ID:p+nkYkgT0
 ぱっと笑顔に変わる月火。
いや、安心できたのはいいことだけど、その判別方法はどうだろう。
何というか信憑性ってものが微塵も無いように思うんだけど。
というか、いつもああなのだろうか?

「いつもだよ。今じゃお兄ちゃんの匂いが傍にないと熟睡できないって言ってた」
「別の意味で病気だ!」
「かく言う私もそうだしね」
「お前もかよ!」

 むしろ別の意味で心配になってくるぞ。
それじゃあ自宅以外でどうやって寝るんだよ。
修学旅行とかどうするつもりなのだろうか。
134 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:23:13.58 ID:p+nkYkgT0
「もちろんタオルケット持ってくよ。お兄ちゃんの匂いがばっちり移ってるやつ」
「……まあいいけどさ」
「お兄ちゃんが外泊する時は、私達のを貸したげるから」
「それは不要な気遣いだ」

 まあ枕が変わると眠れないとかそういうのもあるし、タオルケットを持っていくくらいなら、別に変に思われることもないだろう。
理由を知られたらちょっと問題かもしれないけど、そんなことをわざわざ突っ込んでくるようなやつもいないと思うし。
とりあえずこれ以上この話題を続けると、また変な方向に話が逸れて行きそうな感じがするので、今は棚に上げておく。
いつか思いっきり頭上に落ちてきそうな気がしないでもないけれど。

「じゃあ先にご飯にしよっか」
「ああ、そうだな」
135 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:28:35.30 ID:p+nkYkgT0
 ということで、火憐はそっとしておくことにして、二人で夕飯を取ることにする。
希望通りの和食にして、想像通りの美味。さすがの腕前だった。
食べた後は、月火が後片付けで、僕は風呂掃除。
それが終わって、湯を張って、先に月火が風呂に入って。

 それだけの時間が経ってもなお火憐は眠ったままで、下りてくるような気配は全くなかった。
もちろん僕も月火も、疲れているのだから休ませてあげようと判断していたから、その睡眠を邪魔しようという意思を持つことはなく。
結局その日、僕達は火憐から話を聞く事も、また火憐に話をする事もできずじまいになってしまうのだけれど。

 後から思えば、その判断は迂闊だったと、想像力の枯渇だったと、そう言わざるを得ないだろう。
例え蛇蝎の如く疎まれることになろうと、ここで無理やり叩き起こしてでも話をしていれば。
そんなことを思えるのは後になってからでしかなく、まただからこそ後悔という言葉があるわけで。
詰まる所、僕達は事態の悪化を食い止めるチャンスを、残念ながらこの時自ら手放してしまっていたのだ。
136 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/25(日) 23:30:39.60 ID:p+nkYkgT0
今日はここまでということで。
年内に可能な限り進められるように頑張ります。
137 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 23:38:25.32 ID:cWgR4H8ko
乙!
138 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 23:39:20.53 ID:cWgR4H8ko
乙!
139 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 23:40:52.98 ID:cWgR4H8ko
乙!
140 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 23:41:43.61 ID:cWgR4H8ko
すまぬ……
141 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/25(日) 23:58:59.15 ID:ATkIhcf3o
142 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/26(月) 00:34:19.49 ID:tsEKMWRBo
書き込み失敗したとか出たのか?
失敗してても書き込みできてたりするから一度更新して確認しろ

143 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [saga sage]:2011/12/27(火) 18:11:37.41 ID:/zPF5x330
ふむ
「書き込み失敗」はアレ嘘だぞ
大抵書き込めてるぞ
144 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/27(火) 18:53:56.71 ID:tTVBTvQSO
完結してから一気に読むつもりなので早く完結することを期待してる
145 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:21:42.87 ID:Q2xwK9J+0
こんばんは、ちょっと時間が空きましたが続きを投下します。
146 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 00:25:58.71 ID:ozyyHa6IO
きたか
147 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:26:08.48 ID:Q2xwK9J+0
 007.

「お前様よ、これは少し問題ではないか?」

 月火が風呂から上がって程なく、僕も風呂に入ることにして。
そうして体を洗っていると、深刻そうな表情で、忍が僕の影からその姿を現した。
ワンピース姿ではなく、一糸纏わぬ全裸で。
裸の付き合いだ、という突っ込みは今更なのでしない。
忍は風呂が結構お気に入りらしく、最近では僕が入る時にいつもこうやってご登場召されるのだ。
珍しくも何ともないというよりも、むしろ現れなかったら心配になるくらいである。
なので、忍の登場自体は別にどうこう言う程のことではなく。
気になるのは、その発言の方だった。

「しかしどうなんじゃろうな、一糸纏わぬとか言いよるが、実際糸一本なんぞ纏っておろうとおるまいと大して変わらんと思うのじゃが。わざわざ言及するほどのことか? 期待し過ぎじゃろ、たかが糸に。全く日本語というのは、どうしてこう極端な例ばかり引き合いに出すのかのう」
「どうでもいいよそんなの! つーか問題って何だよ忍。もしかして火憐ちゃんに怪異でもついてるのか?」
148 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:30:22.54 ID:Q2xwK9J+0
 問題と聞かされては、さすがに雑談に興じてばかりもいられない。
火憐のやつ、ただ疲れているだけだと思ったけど、今もただ眠っているだけだと思ったけど。
実はそうではなかったのだろうか?
すわ一大事かと色めき立ったところで、忍が重々しげに口を開いた。

「いや、儂の出番がここまでなかったことが問題じゃろうと」
「そんなことかよ!」
「そんなこととは何じゃ、随分な言葉ではないか。ここまでで既に何行の文章が消費されてきたと思うとる?」
「知らねえよ、そんなの」
「ここまでで既に何文字の言葉が消費されてきたと思うとる?」
「言い直すな。意味は変わらねえよ。というか意味が分からねえよ」

 全く、メタな発言は止めろと言っているのに。
大体そういうのは八九寺の専売特許だろう。
新しいキャラの模索は結構だが、他のキャラの特性にまで手を伸ばすのは感心しないぞ。
149 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:34:48.26 ID:Q2xwK9J+0
「そもそもお前様もお前様じゃ。本妻とも呼ぶべき儂を放ったらかしにして、脇役共とちゅっちゅちゅっちゅいちゃつきおってからに」
「だから何でそういちいちお前の言い回しは中途半端に古いんだよ」
「挙句その冷たい態度ときたか――ふん、もうよいわ、どうせ泣くのはいつも女なんじゃ」
「お前本当にどんどんキャラが迷走していくな。どこ目指してるんだよ」

 素か演技か、拗ねたようにぷいっとそっぽを向いて見せる忍。
いや、そもそもここまで脇役は一人もいなかったはずなんだけど。
それ以上に、というかその中に戦場ヶ原がいたんだけど。
本当にもう、みんな揃いも揃って自分以外のやつに厳し過ぎるんじゃないのか?
ちょっとは落ち着いてほしいものだと切に思う。

 けれどそんな僕の内心など何処吹く風で。
忍はくるりとその場で一回転して、僕の足の間に腰を下ろした。
150 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:39:08.58 ID:Q2xwK9J+0
「ほれ、何をしとる。儂の身体も綺麗にせんか」
「はいはい」
「はいはナメック語じゃ」
「ナメック語なんて知らねえよ!」
「なんじゃい、ナメック語も知らんとは。我が主殿の無知ぶりも驚嘆に値するものがあるのう」
「じゃなくて! ナメック語の存在は知ってるけど、そんなの喋れねえって言ってんだよ」
「愚かじゃな、儂ならポルンガを呼び出す呪文も覚えておるぞ」
「それは僕も知ってる。つーか普通はそれくらいしか覚えてないだろ」

 どうやら忍は今、かの大作にはまっているらしい。
伝説の吸血鬼がどんどん世俗にのめり込んでいくようで、正直ちょっと責任を感じないでもなかった。
威厳も何もあったもんじゃないというか。
まあ本人が楽しんでるんだから、それはそれでいいのかもしれないけど。
151 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:43:39.09 ID:Q2xwK9J+0
 そんなやり取りをしつつ、お湯を頭からかけてやり、その流れるような金髪を丁寧に洗う。
別にこうして髪を洗ってやるのも今に始まったことではなく、どころか何度もやってることなんだけど、いつ見ても本当に綺麗だとその度に感動してしまう。
夜の世界に生きる吸血鬼でありながら、昼の世界でこそ映えるだろう鮮やかな輝きを誇る金色。
指を通せば、背筋がぞくぞくするほどに滑らかな手触りで、比喩抜きで手の上をはらはらと流れ落ちて行く。
いやもうトリートメントなんて不要なんじゃないのか、というか下手したら本来の綺麗さを損なっちゃうんじゃないのか――なんて思ってしまうくらいにさらさらで。
まさにパーフェクト。非の打ちどころがないとはこのことか。
毎度のことながら、触れているだけでどきどきしてくる。

 至高・至上に触れているという、そんなえも言われぬ高揚感と。
禁断・禁忌に触れているかのような、そんな有無を言わせぬ背徳感が。
もうどうしようもなく僕の心を震わせてくる。
ぶっちゃけ胸を撫でるよりもよっぽどときめく。
それは決して忍の胸が平らだからとかではなく、純粋にこの髪の魅力故の話だ。
いや魅力というか、これはもう魔力と言った方が適切かもしれない。
何しろさっきから動悸が全然鎮まらないのだ。何この胸の高鳴り。
このままじゃ僕は、骨フェチならぬ髪フェチに目覚めてしまうかもしれない。それも忍限定の。
じゃあもう忍フェチでいいじゃんとか、そんな馬鹿なことまで考えてしまう始末であり、全くもって始末に負えない。
152 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:47:49.83 ID:Q2xwK9J+0
「ええい、毎度のことと言うならいい加減に慣れんか。髪を洗う度にそうもどぎまぎされては、こっちの方が恥ずかしくなるわ」
「いやいや、そうは言うけどさ、これはしょうがねえよ。綺麗過ぎるもん。こんなの慣れるもんじゃないって普通。つーか忍はもうちょっと自分の魅力ってものを意識するべきだと思うぞ」
「む……ま、まあそれもそうじゃな。全ては儂が可愛すぎるのが原因か。うむうむ、それならば仕方ないかもしれんのう」
「いや本当に、こればっかりは突っ込みようもないぜ。というか、この場面で突っ込むとか口にするのが既にヤバいよな、何かもう」
「そういうことは思ってても口に出すでないわ、今でも十分ぎりぎりなんじゃぞ」

 閑話休題。
髪を洗い、身体を洗い、お互い綺麗さっぱりしたところで立ち上がり、揃って湯船へ。
後ろから忍を抱く格好で、一息に身を沈める。
浴槽の縁から零れる湯と共に、一日の疲労が流れ出て行くようだ。
日本人で良かった、と思う瞬間でもある。実に心地良い。
153 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:51:04.99 ID:Q2xwK9J+0
「その意見には同意せざるを得んな。確かにこの感覚は悪くない」
「忍も風呂の良さが分かるんだな」
「分からいでか。西欧などではシャワーで済ませるのが基本じゃからのう、斯様な文化を日々味わえるのは僥倖と思うておるよ」
「そりゃ良かった。で、さっきの話の続きだけど」
「儂の立ち位置の話か?」
「じゃなくて、火憐ちゃんの話だ」
「ふん、他の女の話か」
「僕の家族の話だよ」
「同じ事じゃ。とは言えまあ、お前様の血族とあれば、そうそう無下にもできんか」
「心遣い痛み入るよ。それで火憐ちゃんだけどさ、何かの怪異に憑かれてるとか、そういうことはないか?」
154 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 00:55:51.26 ID:Q2xwK9J+0
 ただ単に疲れているだけであれば、特に問題視しなくても大丈夫だろう。
むしろしばらくでも大人しくしていてくれるのなら、話をしようと思っている僕からすれば助かるくらいだ。
けれど、もし何がしかの怪異に憑かれているのであれば、断じて放置はしておけない。
その僕の問いに、忍は軽く眉を寄せて考え込む仕草を見せる。

「ふーむ、しかし期待されておるところ悪いが、今の時点では儂には何も言えんぞ」
「何だよそれ、分からないってことか」
「端的に言えばそうじゃな。いや実際さっき見た限りでは、直接何かに憑かれておる気配はせんかったよ。そこは安心しても良かろう。しかし間接的な影響を受けておる可能性となると、これを否定する事は難しい」
「それって、例えば蜂の時みたいになってたりしたらってことか?」
「然り。実際そういう影響下にあった過去を持っとるわけじゃしな。同じような事態に見舞われる可能性が無いとは言えんよ」

 大仰に頷く忍。
その動きに合わせて、浸かっているお湯に小さな波が広がった。
ゆっくり浸透してゆくその波面と、それに合わせてゆらゆら揺れる金髪に視線を送りつつ考える。
155 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:00:32.38 ID:Q2xwK9J+0
 今の火憐が、直接的に怪異の影響下にあるわけじゃないというのは、ひとまず安心できる情報だ。
ただ間接的な影響を受けている可能性があると言われると、確かにそれは僕も否定できない。
実際、あいつがあんなに疲れ切ってしまうなんて、極めて珍しいことなのだから。
どのくらい珍しいかと言うと、水晶竜から飛竜の槍を盗める確率くらい。

「そこまでレアか」
「数える程しか見たことないからな」
「まあ本気で手に入れたければ、ジュラエイビスで何度もリセットしてチャレンジした方が効率的じゃぞ。頑張れば最大六本ゲットできる」
「そこで話を広げなくていいから。つーかお前は何でそんなに詳しいんだよ」

 ひょっとしてこいつ、僕の影の中でDS以外のハードでも遊んでんのか? ゲームボーイアドバンスとか。
どんだけゲーム好きだよ、偉そうに講釈たれやがって。一端のゲーマー気取りか。
全く、怪異の王たる吸血鬼が踏ん反り返って口にするような情報じゃないだろ、そんなの。
156 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:04:54.85 ID:Q2xwK9J+0
「しかしそうなるとちょっと厄介だぜ。蜂の時みたいに高熱が出るとか、目に見えて分かり易い効果とも限らないし。どうやって調べればいいかな」
「直接話をすれば良いじゃろ。その会話の内容やその時の身体の様子から、何なりと判断もできよう」
「ああ、まあそりゃそうだ」
「それ程気になるのならば、いっそ叩き起こしてでも聞いてみればどうじゃ」
「さすがにそれは可哀想だろ。疲れてるのは本当みたいだし、まあ一晩ゆっくり休ませてやって、明日の朝にでも聞くことにするよ」
「かかか、お優しいことじゃ。寝床を取られ寝巻を取られ、それでも構わんと」
「ああ、ベッド取られてたな、そういや。寝巻は何着かあるからまだいいけど」

 自分の匂いが精神安定剤にされている点は、とりあえず脇に置いておくとして。
確かに喫緊の問題は、僕が今夜どこでどうやって寝るか、だ。
これはちょっと難しい判断が要求されるな。
157 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:08:11.62 ID:Q2xwK9J+0
「さすがにリビングのソファじゃ月火ちゃんと抱き合って寝るにも狭いしなあ」
「何故抱き合って寝ることが前提なんじゃ?」
「それに、もし月火ちゃんのおっぱいに顔面埋めてる所なんかを目撃されたりしたら、さすがにちょっとまずいだろうし」
「いや、抱き合って寝ている姿を見られる時点で相当まずい気がするんじゃが」
「なあ忍、どうしたらいいと思う?」
「どうにでもせいよ、儂は知らん」
「そんなつれないこと言うなよ」
「全く馬鹿馬鹿しいのう。ちゅーかそれは何じゃ、お前様だけが大人しくリビングのソファで寝ることにすれば、それで済む話ではないのか?」
「え? 一人で寝るの?」
「妹御も妹御じゃが、お前様も大概重症じゃな」
158 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:12:21.53 ID:Q2xwK9J+0
 卵が先か、鶏が先か。
火憐と月火がいつもくっついてきて、それが当たり前になってしまったせいで、結局僕も相当な深みに嵌っていたらしい。
言われてみて気付いたが、僕もあいつらと一緒に寝るのが当たり前の前提になっていた。
それこそ一人で寝ることができなくなっている可能性だって否定できないくらいだ。
何てこった――これじゃあいつらの作戦勝ちってことじゃないか。やってくれるぜファイヤーシスターズ!

「お前様が勝手に負けておるだけじゃろう。しかも自ら望んで」
「まあそこはそれ、とりあえずまた今度考えることにしよう」
「勝負も思考も放棄しとるし」

 呆れ顔の忍だったが、僕が湯船から立ち上がると、まあ好きにせいと言い残して影に沈んだ。
身体を拭かなくてもいいって便利だなあ、と変な所で感心する。
僕はその辺どうにもならないので、浴室から出て普通にバスタオルで身体を拭く。
ほこほこしながらリビングに戻ると、空調で程良い気温になっていて、すごく気持ちが良い。
とりあえず部屋を軽く見回したけど、やっぱり火憐が下りてきている気配はなかった。
空腹もあるだろうに、それをものともせず睡眠を続行しているようだ。
159 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:17:41.02 ID:Q2xwK9J+0
「火憐ちゃん、結局下りてきてないのか」
「うん、ちょっと今日は無理かな。私も見てきたけど、本気で熟睡してたもん。象が横を通っても起きないよ、あれじゃ」
「どんな仮定だよ」

 むしろどんな家庭だよって突っ込むべきかもしれない。
阿良々木家で象を飼っていたような過去はないし、未来でもその予定はないというのに。
というかそんな状況なら、幾ら疲れていても武闘派なあいつは目を覚ますんじゃないかなあ、身の危険を察知して。
まあ現状そういう事態は起こり得ないわけで、だとすれば起きないだろうという推測に間違いはないだろうけれど。

「夜中に起きてくるかもしれないけど、今は寝かせておいてあげるのがいいね、きっと」
「そうだな」
160 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:21:19.30 ID:Q2xwK9J+0
 そうして僕らは二階に上がることはせず、一階で夜を過ごす。
ソファで寝転びながら単語帳を捲って、頭にそれを刻み込む作業。
集中して取り組んでいれば、時間の経つのは早いもの。
月火が小さく欠伸をしたのを目にして、その単語帳を閉じる。
そろそろ寝る時間か。

「火憐ちゃん、結局下りてこなかったね」
「あぁ。まあしょうがないだろ。もういい時間だし、僕らもそろそろ寝るか」
「うん、騒がしくして起こしちゃったら可哀想だし、大人しく寝よう。お兄ちゃんのベッドは火憐ちゃんが使ってるし、今日は私達のベッドの方で寝るしかないね。二人なら何とかなるよ」
「そうだな、そうするか」

 どうするかと聞く間もなく、月火が迷いなく提案し、僕も躊躇いなくそれに乗る。
二人の合意なんだから、何の問題もないだろう。
他の選択肢なんて、この際脇に放り投げておく。
いいじゃないか、誰が不幸になるわけでもないんだから。
何か影の中で、忍が呆れた感じの溜息をついているような気がしたけれど、それははっきりと無視しておくことにする。
161 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:28:25.53 ID:Q2xwK9J+0
「それじゃお休み、お兄ちゃん」
「ああ、お休み、月火ちゃん」

 静かに二階に上がり、ベッドに揃って寝転がる。
もちろん僕達が寝るのは下段の方だ。
さすがに上段で二人寝るのはちょっと危険な気がするので。
当然のことだが、上段と下段で別れるとか、そんな案は俎上にも上らなかった。
しかしまあ寝れないことはないけれど、やはり少し窮屈に思えてしまうな。
やっぱり上段を支える柱が四方にあるからだろうか?
そんな益体もないことを考えつつ、僕も目を閉じた。

 静かな部屋の中、程なくして聞こえてきた月火の寝息を耳にしている内に、僕も眠気が強くなってくる。
珍しくも、火憐のいない二人だけの時間。
そう言えば、こうやって月火と二人で寝るのって初めてじゃないかな、とかそんな考えがふっと脳裏を過ぎった。
けれどそんな詮無い思考も束の間の事。
すぐに意識が途切れてしまい、今日という一日はこうして終わりを告げた。
162 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2011/12/29(木) 01:35:32.66 ID:Q2xwK9J+0
ということで、今回はここまでです。
ファイヤーシスターズが一番好きですが、忍さまもお気に入り。いやロリとかではなく。
偽物語で喋る忍さまを早く見てみたいものです。

個別にレスはできてませんけど、期待して下さってる方がたくさんいらっしゃるようで嬉しい限り。
何とか早く完結できるように頑張りたいと思います。

と言ってる傍から申し訳ないんですが、年末年始はちょっと時間をとれそうにありません。
次は多分1月5日くらいになるかと。
何はともあれ皆様も良いお年を。
163 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 02:02:50.06 ID:NjIEy2oTo

火憐ちゃん月火ちゃん忍が可愛すぎてつらい
164 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/29(木) 08:03:23.76 ID:bOQ4JlExo
乙!!
忍可愛いなぁ…鬼物語のキスされた忍可愛い
165 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 00:10:01.30 ID:RDeGcmxV0
あけましておめでとうございます。
今年はファイヤーシスターズの年ですね。
アニメが始まったらきっと盛り上がるはず。
その勢いで一年乗り切っていきたいです。

さておき新年早々申し訳ないですが、ちょっと今日は無理でした。
明日には何とか……取り急ぎご報告だけ。
166 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:16:33.74 ID:RDeGcmxV0
こんばんはです。
とりあえずちょっとだけ更新。
167 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:21:22.56 ID:RDeGcmxV0
 008.

 こんな夢を見た。
ただただ走り続ける夢。
息が切れても、膝ががくがくしてきても、それでも尚。
文字通り夢中で、ただ無心に、それこそ憑かれたように走り続けている夢。

 それは何かから逃げている、というわけではなく。
むしろその逆で、何かを追いかけている夢だった。
それが何かは分からない。
だけどその夢の中で、僕はただ何かを追いかけて走り続けていた。
何を、も。何で、も。そんなことも分からないままに、それでもきっと全力で。

 手を伸ばせば届きそうなのに。
それなのに必死に伸ばしてみても、僕の手は決してそれに届かず。
苦しくも、悔しくも、狂おしくも、触れることすら叶わない。
けれど絶対に諦めきれなくて。
だから走り続けて、追い続けて、手を伸ばし続けていた。
168 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:23:08.40 ID:RDeGcmxV0
 呼吸も続かず、肺腑は悲鳴を上げ、なのに止まろうという気には全然ならなくて。
ただ追い立てられるかのような焦燥感に突き動かされるままに。
胸の内を黒く塗りつぶそうとする不安を振り払うように。
ひたすらに走り続ける、そんな夢だった。

 起きる直前まで、きっとそれは続いていた。
最後の最後、手を伸ばした瞬間に何かに触れたような気がして。
そこで突然目が覚めた。

「……夢?」

 知らず洩れた呟きは、驚く程に掠れていた。
心臓は早鐘のように僕の体を打ち、びっしょりと寝汗をかいていて、口の中はからからだ。
正しく最悪の目覚めと言っていいだろう。
ぶっちゃけ昨日の比じゃないくらいに気分が悪い。
169 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:26:33.22 ID:RDeGcmxV0
「何の暗示だよ、全く」

 緩慢な動きで手を頭にやり、くしゃりと髪を潰す。
寝巻と言わず素肌と言わず、汗でじっとりと濡れているのがよく分かる。
そのせいか、咽喉は痛みすら感じるほどに渇いていた。

 ふと視線を下に向けると、月火が僕の腹の上で、そのちっさい身体を丸めるようにして眠りこけていた。
僕と違って、物凄く幸せそうな寝顔で。
何故かぎゅっと僕の寝巻を掴んだまま。
その表情を目にして、少しほっとする。

 そこで改めて、昨日の晩に眠りについたのが、いつもの僕のベッドじゃなくて妹達のベッドだということを思い出した。
だけどこの寝起きの悪さというか不快感は、寝る場所が変わったことが原因ではなく、そしてもちろん腹部に月火の重みを感じているからでもなく。
間違いなくそれは、ついさっき起きる直前まで見ていた夢によるものだろう。
得も言われぬ不安と焦燥感が、今も心に燻ぶり続けている。
170 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:35:06.24 ID:RDeGcmxV0
 特に何かを考えたわけでもないけれど、そっと手を月火の頭にやり、ゆっくりと撫でてみる。
忍とはまた違う、けれどとても滑らかな手触り。
指の間をさらさらと流れる黒髪に、荒れた心も凪いでいくかのようだった。
これはあれか、僕にとっても月火は精神安定剤的な効果を持っているということなのか。
あるいは本当に髪フェチに目覚めてしまったのかもしれない。

 だとすれば実に由々しき事態だ。
誰が得するんだよ、そんな性癖。
しかし骨フェチと比較した場合、果たして一体どちらの方が正常に近いだろうか?
まあ正直大差ないだろうとは思う。八九寺辺りに聞いたら、汚物を見るような目で思いっきり罵ってくれそうだ。
うーん、それはそれで結構くるものがあるな。
171 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:41:01.65 ID:RDeGcmxV0
「ん……ん?」

 そんな馬鹿なことを考えながら頭を撫でていたのだが、その感触のせいか、月火が軽く身じろぎをした。どうやらお目覚めらしい。
とろんとした目つきで、ゆっくりと僕の方に顔を向けてくる。
しかしまあ元々たれ目なだけに、寝起きだと普段の三割増しで眠そうに見えるな。
そんな見るからに眠そうな目が、僕のそれと合ったところで少し見開かれた。

 起こされて怒るのか、と思ったけれど、その予想は残念ながら大外れだったらしい。
月火の口が柔らかな笑みを形作ると同時、僕を見つめるその瞳が、深海のように深く濃密な輝きを帯びてゆく。
まるで吸い込まれてしまいそうな、あるいは呑み込まれてしまいそうな、そんな錯覚を抱かせるような深い色合い。
覗きこんでいるのか覗きこまれているのか、それすら分からなくなってくる。

 思わず知らず息を呑む。
月火の手がゆっくりと僕の顔に伸び、やんわりと掴まれ、けれど目と目は離せないまま。
何故かは分からないけれど、完全に圧倒されていた。
さっき見た夢のせいで、思考が止まっているのも一因だろう。
でもそれを差し引いても、今の月火の目は、何かが普段と違っている。
怖いとかじゃないけれど、何か背中がぞわぞわしてくるような、そんな落ち着かなくなる眼差し。
そしてまた、いっそ妖しさすらまとわせている面差し。
夢見心地とでも呼ぶべきだろうその表情が、少しずつ僕の顔に近づいてくる。
172 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:48:58.84 ID:RDeGcmxV0
 もしかしたら僕と同じように、こいつも何か変な夢でも見ていたのかもしれない。
寝起きの頭では、そんな風に緩い思考を続けることしかできず、どころか声をかけることさえ忘れていて。
だから月火が口づけてきても尚、舌を入れてきても尚、僕はぴくりとも動けなかった。

 寝起きだからということもあるんだろうけれど、非常に緩慢な動き。
僕の口腔内を、ゆっくりとゆっくりと、その形状を確かめるかのように、その感触を味わうかのように、月火の舌が緩々と撫で上げていく。
ともすれば余裕すら窺わせるその動きは、素でやってるんなら、それこそ神原のエロさを軽く超えてるって太鼓判を押してやりたいくらいだった。

 だけどまあ幸いなことにというべきか、あるいは災いなことにというべきか。
物凄く現実的で且つ単純な理由の為に、この行為で怪しい気分になるようなことはなかった。
突然月火がくっつけていた口を離す。
173 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:52:57.29 ID:RDeGcmxV0
「うええええ……気持ち悪ぅ」

 口を離してすぐ、すなわち月火の寝起きの第一声がこれだった。
先に言われた感がもう半端なかった。
実際、月火のその感想は、僕が抱いたそれと全く同一なのだ。

「何これ、ねちゃねちゃしてるっていうか、べとべとしてるっていうか……」

 寝起きなら当然なのかもしれないけれど、僕の口の中は結構からからで、そして月火もまたそうだったらしく。
すなわちお互いの口腔内がかなり乾燥していたせいで、幸か不幸か何とも後味の悪い感触しか残らなかったのだ。
不味い物を食べさせられたような月火の表情だけど、多分僕も似たような顔をしていることだろう。

「ちょっと濃過ぎるよ、味が」
「変な言い方すんな」

 味とか言うな、味とか。
口が臭いとか言われるよりはマシだけど。
いやいやいや、そうじゃなくてそうじゃなくて。
174 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/06(金) 23:56:31.23 ID:RDeGcmxV0
「何でいきなりキスしてきてんだよ、お前は」
「うん、寝起きにキスなんてするもんじゃないね」
「違う、時間のことなんて言ってない」

 そうじゃなくて、何がお前をそうさせた?
舌突っ込んでくるのに微塵の躊躇いもなかったぞ。
今だって平然としてやがるし。
寝起きにしても突き抜け過ぎだろ。
こんなもん羽川とかに知られたら、果たしてどれほど怒られることか……

「あれ? 何その反応? え? 何、ちょっと待って、これ夢? まさかさっきのが夢?」
「何を言ってるのか分からないけど、とりあえず今は現実だぞ」
「嘘! 本当に?」
「何で疑うんだよ、お前は」
「このっ!」
「痛いっ!?」
175 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:00:22.70 ID:9m5XEMeC0
 月火が、何かちょっとショック受けたみたいな表情をしたかと思うと、突然グーで殴ってきた。
それもわざわざ抉り込むように、僕の頬を目掛けて。
一切の躊躇も容赦もない、寝起きと思えないくらいに鋭い一発だった。
普通に痛い。頬がじんじんする。
本当にもう、何で僕は朝っぱらから妹に暴力を振るわれているんだろうか。

「あぁ、じゃあやっぱり夢じゃないんだ、さっきのが夢だったんだ……」
「自分の頬で試せよ!」
「駄目だよ、自分じゃ手加減しちゃうもん」
「僕には手加減しないのか」

 分かっていたことだけど、基本僕の扱いがぞんざいなのは正直どうにかしてほしいと思う。
まあ待遇改善の要求はいつでもできる(というかいつもしてる)ので、とりあえず置いておくとして。
今は、よく分からないけど何故か人の身体の上で随分とへこんでいるらしい月火へのフォローを優先しなければならないようだ。
しかしまあ、いきなり人を殴っておきながら何でお前の方が落ち込んでるんだよ。
176 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:03:29.21 ID:9m5XEMeC0
「何なんだよ月火ちゃん。何があったんだ? 変な夢でも見たのか?」

 自分の見た夢を思い出しながら尋ねる。
普通は夢が繋がるようなことなんてないんだから、意味のない想像かもしれないけど。
それでも、その夢という単語は結構重要なキーワードだったらしい。

「変な夢じゃないよ! いやちょっと変わってるって意味ではそうかもだけど、でもすごい夢だったんだから!」

 かっと目を見開いて、ばっと顔を上げた月火が、それこそ僕の鼻に食いつかんばかりの勢いで、顔を寄せつつ捲し立ててきた。
何でそんな盛大に勢い付いてるんだよ。ちょっと引くぞ。
しかし残念ながら月火はそんな僕の心境を慮る気はないらしく、勢いそのままに喋り続ける。

「私達二人が夫婦だった!」
「すげえ変な夢じゃねえか!」
177 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:07:44.70 ID:9m5XEMeC0
 紛うこと無く変な夢だ。というかあり得ない。
そりゃ夢なんだから無茶苦茶な設定だってあり得て然るべきなのかもしれないけど、幾らなんでもそれはないぞ。
何しろ僕達は兄妹なのだ。生まれてこの方兄妹じゃなかったことなんて一瞬たりともない。だというのに、何なんだその設定は。
夢ってのはあれか、そんな大前提まで引っ繰り返すのか? そんなのありなのか?

 でもなるほど、さっきの僕を見る目の変な輝きってそういうわけだったのか。あれ妹が兄を見てるって目じゃなかったもんなあ。
何というかもう僕が見ていた夢とのあまりの落差に、ちょっとくらくらしてきた。
もっとも、くらくらしてるのは僕だけで、月火の目はむしろきらきらしてるんだけど。

「違うんだって違うんだって。もうすっごい自然なの。超ナチュラル。何? 夫婦? 当たり前じゃん見たら分かるでしょ、みたいな。何て言うかほら、比翼の鳥とか連理の枝とか、そういうレベルだったよ。もう世界一夫婦って感じ」
「どんな感じだよ」
178 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:11:14.94 ID:9m5XEMeC0
 いやちょっと待ってほしい。そんな正論口にしているかのように妄言語られても。置いてけぼりにも程があるぞ。率直に言ってドン引きだ。
けれど月火の方はというと、そんな自分に一切の疑問を覚えていないようで、それはもう凄まじい勢いで乗りに乗っていた。
仄かに紅潮させた頬とかちょっとうっとりした瞳とかは、発しているその言葉を無視しさえすれば、それなりに可愛い姿と言えなくもないんだろうけれど。
全くもって、朝も早くから下段のベッドでどたばたどたばたと一体何をしているのかという話である。
けれど如何ともし難いことに、僕らの間の温度差は、熱平衡など何処吹く風とばかりに広がる一方だった。

「だからもうさあ、本当に違和感がすごいの、今。すっごい違和感ありまくり、あり得ない。むしろさっきのが現実でしょって。今が夢に決まってるじゃんって。早く起きないとって。胡蝶の夢の話とかあるじゃない、今丁度そんな気分だよ」
「知らねえよ、そんなこと言われても。つーかあれだ、お前多分まだ寝てるんだって、頭というか理性が」
「あーもー何で伝わんないのかなあ、こんなのおかしいよ。ていうか、そもそも何で私お兄ちゃんとか呼んでんの? 意味分かんない」
「こっちが意味分かんねえよ。僕とお前は兄と妹。それ以上でもそれ以下でもないだろ」
「それ以上だよ、超それ以上だったよ。うん、やっぱり名前で呼ばないとぴんとこないよね。お早う、暦」
「僕の違和感がマジぱねえ! つーかガハラさんにも名前で呼ばれたことなんてないのに!」
179 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:14:44.83 ID:9m5XEMeC0
 いいとこ千石に暦お兄ちゃんって呼ばれるくらいだというのに。
全く、僕の初めてを妹の身で軽やかに奪っていくんじゃない。
(厳密には神原に呼ばれたことがあったような気がしないでもないけど)
もっともそんな僕の主張なんて聞く耳持たず、月火は一人で得心が行ったような表情をしていた。

「うん、やっぱりこっちの方がしっくりくるね」
「僕は全然こねえよ」
「えー? じゃあお兄ちゃん、こうなったらもう病院行こう」
「奇遇だな、今丁度僕もお前を病院に連れて行く必要性を感じ始めていたところだ」
「DNA検査だよ、もうDNA検査受けるしかないよ。真実を確認しないと」
「いや待て、お前何言ってんだよ、ちょっと落ち着けって」
「落ち着け? そうだね、私達が義理の兄妹だったって落ちを着けよう。それで一件落着だよ」
「そんな落ちは断じて着かない!」

 お前、安易に阿良々木家にスキャンダルを巻き起こそうとしてんじゃねえよ。
というか真実って何だよ、真実って。まさか僕が橋の下で拾われてきたとか言うつもりじゃないだろうな?
そんなこと両親が聞いたら泣くぞ。多分。
つーか普通に家族会議開催だ。下手したらもっとひどいことにもなりかねない。
どう考えても穏便に話が収まるストーリーにはならないだろう。
180 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:19:20.75 ID:9m5XEMeC0
 しかし何が厄介かといって、月火には(というか誰にも)話していないけど、こいつが僕と似たような身の上だという点が問題なのだ。
僕と似て非なる、そして火憐とも似て非なる身の上。
人間とほぼ同じだとは言え、定義上はそれは擬態と分類されてしまう――しでの鳥。ホトトギス。それが月火の真実。

 つまるところ、今の月火の妄言というか暴言は、落ちこそ着けられないけれど、核心は突いてしまっているのだ。
もちろん意図せずして、意図しない形ではあるにせよ。
影縫さんと対峙したあの時、義理の妹なんて萌えるだけだと言い放ちはしたものの、しかしこれは決して他の誰かに知られていいことではなく、それこそ僕が墓の下まで持って行くべき秘密なのである。
果たして僕が、人として墓の下に行くようなことがあるかどうかはさておくとして。

 実際のところ、もし仮に病院で検査なんかを受けたとしても、この事実が発覚することはまずないだろうとは思う。が、決して断言も楽観もできない。
ほとんど完全な擬態だと聞いてはいるけれど、DNAの細部までそうなのかとなると正直何の保証も根拠もないのだから。
もしも万が一、何か決定的な違いがあれば。あってしまえば。
それこそ本当のスキャンダルだ。何もかもが台無しになりかねない。
ましてやこんな理由で発覚することになったりなんてしたら、本当に泣くに泣けない話になってしまう。
181 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:22:25.64 ID:9m5XEMeC0
「真実とか何とかじゃなくてさ、ほらとりあえず深呼吸深呼吸」

 勝手に飛び出していかないように、ぎゅっと抱きしめつつ、ぽんぽんと背中を軽くゆったりとしたリズムで叩く。
寝起き故の暴走だろうし、まずはとにかく冷静にさせる事が先決だ。
しばらくじたばたしていた月火も、僕の胸の中で深呼吸してる間に、少しずつ落ち着いてきたらしい。
動きを止めると、こちらの方にちょっと恨みがましい視線を向けてくる。

「うー……じゃあ何? あの幸せな生活は全部夢だったって、そういうこと?」
「あのって言われても知らんけど、まあそういうことだな」
「もう少ししたら子供も生まれるはずだったのに?」
「もちろんそれも夢に決まってる」
182 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:24:34.00 ID:9m5XEMeC0
 というか、どんだけ長い夢だったんだよ。
何か中国の故事でそんな感じの話があったよなあ、邯鄲の夢だっけ。そっちに比べたら大分短いようだけど。
しかし安易に告白シーンだとかラブシーンだとかの夢じゃないって辺りが、また変にリアルな感じだな。
結婚式よりも夫婦生活を、ウェディングドレスよりもマタニティドレスを、こいつは夢に見るのか。
いや正直ちょっと驚くわ。
非現実極まりない夢なのに、何でそれ以外のところが妙に現実的なんだよ。

「子供の名前をお兄ちゃんが火憐ちゃんと一緒になって考えてて、結局意見がぶつかり合って、最後は火憐ちゃんのドラゴンスープレックスホールドでフィニッシュになったのも?」
「それはいろんな意味で本当に夢で良かったと思うぞ」

 だから何でそんなに変なところでリアルっぽさを出すんだよ、お前は。
火憐ちゃんに腕を極められながら頭を床に沈められてる僕の姿が、もうありありと思い浮かぶじゃねえか。
全くもって縁起でもないというか。まさか正夢になったりしないだろうな。
それは洒落にならないぞ、割と本気で。
183 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:27:20.13 ID:9m5XEMeC0
「――はあ」

 しばらく唸っていた月火だが、突然その全身から力が抜けて、僕の上に沈み込んだ。ぺったりと。
完全に脱力していて、ぴくりとも動く気配が無い。
そんなにショックだったのか?

「どうしたんだよ、何もそんなに落ち込まなくてもいいだろ」
「落ち込むよ、こんなの落ち込むに決まってるよ。何かもう視界が真っ暗。持ち上げられて奈落の底に突き落とされた感じ。今日はもう何もしたくない……」
「そこまで!?」
184 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:29:15.35 ID:9m5XEMeC0
 効果線が幾重にも頭上で重なっているかのように見える程に、月火は落ち込んでいた。
というか沈み込んでいた。
ガハラさんに死ぬほど罵倒された僕だって、ここまでへこまないだろうってくらい。
いやこの表現もどうだろう、言ってて自分がへこむんだけど。

「希望を与えられてから取り上げられるのって、何も与えられないより辛いんだから」
「……」

 ちょっと居心地の悪い空気だった。
何を言えばいいのか分からないっていうか、何を言ったらいけないのか分からないっていうか。
なので僕は黙ったまま、月火の背中をぽんぽんと叩き続けていた。
随分ショックを受けてるみたいだし、少しでも気が楽になってくれれば、とか考えながら。
185 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:32:06.30 ID:9m5XEMeC0
「――まあいいか」
「いいのかよ!?」

 ややあって顔を上げた月火は、既にけろっとしていた。
いやいいんだけどさ。いいんだけど、ちょっと立ち直り早過ぎねえ?
何かもやもやする。もう不完全燃焼感が尋常じゃなかった。
さりとて、ここでまた火種を投下する蛮勇なんて僕は持ち合わせてはいないけど。

「まあ無いものねだりしても仕方ないしね。今はお兄ちゃんも私達の傍にいてくれてるんだし、それでいいよ」
「じゃあそろそろ起きようぜ。火憐ちゃんの様子も見てやらないといけないし」
「あ、そっか。もう起きてるかな、火憐ちゃん」

 がばっと身を起こす月火。
それに僕も続き、二人で部屋を後にする。
186 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:35:40.04 ID:9m5XEMeC0
「火憐ちゃーん、起きてるー?」

 呼びかけながら僕の部屋の扉を開ける月火。
部屋に僕がいないと普通に手で開けるんだな、こいつ。
そんな感想はさておき、部屋に入ってはみたものの、どこにも火憐の姿はなかった。
ベッドの上にも、あいつが抱きしめていた僕の寝巻が残っているだけ。
月火がそのベッドに手を伸ばす。

「うーん、何か起きてもう大分経つみたいだよ」
「ああ、まあ寝るのが早かったしな、起きるのが早くなるのも当然っちゃ当然か」

 僕らが夕飯を食べようって時から寝ていたわけだから、そりゃとっくに起きていても何らおかしくはない。
そこはおかしくないが、気になることが一つ。
この部屋にいないということは、火憐は既に活動を始めているということであり、すなわちもう着替えも終わっているということになるだろう。
つまり僕達が寝ていた部屋に、あいつは一度は来ているはずなのだ。
それなのに、僕達に対して何のアクションも起こさなかったというのは、ちょっと不自然なように思う。
187 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:40:45.12 ID:9m5XEMeC0
 部屋の時計を見ると、今の時刻は普段の起床時間とそう違わない。
いつもなら寝こけている僕らを起こしてくれていたはずだ。
あるいはそれこそ自分一人のけ者にされたって憤慨しながらでも。
微かでも確かな違和感だった。
それよりも何か優先すべき事柄でもあったのだろうか?

 二人揃って、首を傾げつつ階下に向かう。
ご飯でも食べているのかと食卓に向かっても、やはりどこにも姿は見えず。
一応食事はしたらしく(冷蔵庫に入れておいた昨夜の火憐の分の夕飯だ)、洗い終わった食器が乾燥器に入れてあったけれど、それだけ。
洗面所にも、風呂場にも、家の中のどこにも火憐の姿はなかった。
玄関にあいつの靴が見当たらないことから、どうやら既に外出しているらしい。
僕と月火を完全に無視した格好である。
188 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:44:36.08 ID:9m5XEMeC0
「こんな朝早くから、どこ行ったのかな?」
「学校とか道場とかか? でもそんな所に早朝からは行かないよなあ」

 謎だった。
火憐の思考と行動が全然読めない。
いや読めないっていうなら普段からずっとそうなんだけど。

「しょうがないね。とにかく今日学校に着いたら、火憐ちゃんのクラスを見に行ってみるよ」
「そうだな、頼んだ。もし何か変な様子だったら携帯に連絡してくれ」
「うん、そうする」

 疑問は残っていたけれど、学生たる僕達に頭を抱えていられる程の余裕なんてないわけで、とりあえず手早く着替えて食事を済ませて、二人で揃って家を出た。
もちろんその間、火憐が家に戻ってくることはなく。
何となくもやもやした気持ちのまま、僕達は大人しくそれぞれの学校へとその足を向けることにする。
微かな違和感と、そして夢で覚えた焦燥感は、ずっと僕の心に燻ぶり続けていた。
189 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/07(土) 00:46:35.26 ID:9m5XEMeC0
短いですが今日はここまでということで。
次回もなるべく早めに書き上げたいと思います。
月火ちゃんが可愛すぎて生きるのが辛い……
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 00:48:28.11 ID:YOFNjkpVo
乙乙
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 01:07:18.93 ID:0EjWVQRWo
こいつらどうして兄妹なんだろうな

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/07(土) 02:19:07.76 ID:YBf7JAlc0
乙ー
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/07(土) 02:28:49.33 ID:LRfO/gMIO
乙 待ってるんだからねっ!
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/07(土) 14:27:04.34 ID:FlKjpmPso


本当に夫婦だったらというifがよみたくなっちまったよ。あけましておめでとう
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/08(日) 03:11:39.47 ID:teaWRmN40
乙 
暦との夫婦生活を夢に見る月火かわいすぐる
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) :2012/01/08(日) 16:28:13.69 ID:aQTL8nlO0

197 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:19:21.09 ID:kRVNTTpf0
こんばんは。
レス下さってる方に感謝です。

アニメ始まりましたね、やっぱり月火ちゃんが可愛すぎて困ります。
多分もうすぐ火憐ちゃんが可愛すぎて困ることになるでしょう。
もう何も手につかねえよってくらい嵌りそうです――偽物語最高!
このアニメ化を機に、ファイヤーシスターズ派が急増してくれることを期待せずにはいられない……っ。

とりあえずちょっとだけ更新。
早く結末まで行きたいもんです。
198 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:24:05.52 ID:kRVNTTpf0
 009.

 学校についてからも。
授業中も、休憩時間も、昼休みにも、そして放課後になっても。
月火からの連絡はなかった。
もちろん火憐からの連絡もなく。
なので、今日は一日中気もそぞろだった。
便りがないのは無事な証拠と言うけれど、今日に限ってはむしろ凶事の証拠なんじゃないかという馬鹿な考えさえ浮かぶ始末。

 あいつらが連絡無しで無茶をするのは、別に珍しい事でも何でもない。
どころか、むしろいつものことだと呆れながらに認めざるを得ないのが実情だ。
それがどうしてこんなにも気になるのかと言えば、今朝僕が見た変な夢が原因なんだと思う。
それが何を暗示しているのかは正直分からないけれど、何故かあれからずっと、心の中の焦燥感が、じわじわと滲む不安が、全く消えてくれないのだ。
少なからず怪異と関わり、一度ならず修羅場に叩き込まれてきた経験が、無意識に警鐘を鳴らしているような、そんな気がする。
決して潜り抜けてきたと言えるような経験ではないのだから、何の信憑性もない、どころか誰かに話しても一笑に付されるような感覚だとは思うけれど。
199 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:27:20.46 ID:kRVNTTpf0
 それでも僕はその直感を信じることにした。
というより、信じて動かないことには落ち着かない。
神原とも約束したし、何より僕の妹達の身の安全にも関わることなのだ。
何もなければ、それこそ心配性の過保護と僕が笑われてそれで終いの話だ。

 さて動くと決めたはいいけれど、じゃあどうするかというのが肝心だ。
火憐や月火は昨日のことがあるし、何より下手に突っついて藪蛇になっても困る。
できれば別方面からのアプローチが望ましい。
そして幸いにも、僕にはその選択肢がちゃんと残されている。
女子中学生のコミュニティでの話なら、もう一人何か知っているかもしれない心当たりがあるのだ。
ということで学校が終わってから、その心当たりの子が帰宅する頃合いを見計らって、携帯で電話をかけてみる。
果たせるかな、読み通り彼女は既に在宅だった。
200 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:31:03.91 ID:kRVNTTpf0
「あ、暦お兄ちゃん」

 受話器から聞こえてきた千石の声。
心無し普段のそれよりも弾んでいるように聞こえて、知らず口元が緩む。
元より極度の恥ずかしがりというか小動物的なところのある女の子だけに、直接面と向かわずに済む電話での会話だと、それなりに感情が表に出やすくなるようだ。
何にしても、話し易いというのは双方にとって良いことだと思う。
しかし千石も普段からこんな感じで明るく話すようになれば、それこそクラスの中心にもなれるだろうになあ。
まあその辺は個人の考え方によるものだから、僕が触れていい事でもないけれど。

 閑話休題。
そういうわけで、心当たりというのは千石撫子その人だ。
もちろんただ知り合いの中学生だから連絡したというわけではなく、昨日のやり取りで月火がその名を口にしていたからこその判断である。
201 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:38:20.80 ID:kRVNTTpf0
「うん、その話は撫子も知ってるよ。というか、その子は同じ学校の同級生なの。クラスが違うからほとんど面識なんてないんだけど」

 久しぶりの挨拶もそこそこに質問をぶつけてみると、存外あっさりと肯定の言葉が返ってきた。
千石が話してくれたところによると、件の人物の名前は松木茜。
月火も言っていた通り、大病を患っていた過去があり、また生来病弱でもあったそうで、入退院を幾度となく繰り返していて、学校も休みがちだったらしい。
出席日数は常にぎりぎり、体育の授業はいつも見学、保健室の常連等々、およそ病弱と聞いて連想できる要素はほとんど詰まっている感じだった。
しかし最近はよく学校に顔を出すようになったのだという。
病弱な体質が改善されたというわけではないにせよ、いわゆる小康状態になったということか。
そしてそれから、問題のエピソードが始まったそうだ。

「撫子は直接話したことないし、今まで全然話題にもなってなかったんだけど。でも、最近になって急にそういう噂が流れるようになったみたいだよ」
「最近になって急に? どういうことだ? 前まではそんな周囲に恨み辛みを吐くようなことはなかったってことか」
「どうなのかな……でも、元々はあんまり目立たない子っていうか、そんな印象に残るような子じゃなかったと思う」
「それが、いきなり周囲の人間に、自分に関わるなって言い始めたのか」
「うん、そうみたい」
202 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:42:38.93 ID:kRVNTTpf0
 心境の変化か、あるいは信教の変化か。
もっとも、ただそれだけの話なら特に問題視することではないかもしれない。
中二病的な言動なんて、誰もが一度は通る道だと思うし。多分。
それよりもまず、その発言に付随してきた効果の方が問題なのだ。

「それで千石、その子が自分で言ってるんだよな、自分に関わると不幸になるぞって」
「うん。クラスでも、その、気になって話に行って、事故にあったりした子とかいて……」

 力無く話す千石。最後の方は消え入りそうな声だった。
クラスで実際にそういう事が起きているのなら、それも無理のない反応だろう。
しかしそうなると、もちろんまだ因果関係ははっきりしていないにしろ、放置しておくことはできない。
その子の言葉が力を持ってしまっている可能性を、何がしかの怪異性がそこに介在している可能性を、否定することはできない。
やはり直接会って確認した方が良さそうだ。
203 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:44:41.91 ID:kRVNTTpf0
「じゃあさ、ちょっと教えてほしいんだけど、その子には何処に行ったら会えるんだ?」
「え? どうして暦お兄ちゃんがその子に会おうとしているの?」

 受話器から聞こえてきた不思議そうな声。
電話の向こうでは、実際に首を傾げているのかもしれない。
まあ至極もっともな疑問ではある。
事情を知っていれば、普通は遠ざかろうとするものだしな。
しかし次の瞬間、息を呑むような音が耳に響いたかと思うと、震える声で千石がとんでもないことを口にした。

「まさか暦お兄ちゃん、本当に火憐さんが言ってたみたいに女子中学生に見境なく興奮するようになっちゃったの!?」
「何でそうなるんだ!?」
204 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:49:05.68 ID:kRVNTTpf0
 思わず大声を出してしまう。
話の流れがおかしいだろう、前後の文脈に微塵の繋がりもないじゃないか。
というか何よりもまず、火憐のやつ千石に何を吹き込んだんだ?
って、あれ?

「ちょっと待ってくれ、千石。まずその前提は否定しとくとして、何で火憐ちゃんの名前がそこで出てくるんだ?」
「えっと、昨日火憐さんから電話があってね、色々とお話をしてたの」
「お話?」

 何だろう、嫌な予感がするというか。
昨日から今日にかけての火憐の行動の根拠が、そこにありそうな感じがひしひしと。
何をしていたのか、何があったのかと不思議に思ってはいたけれど。

「うん、暦お兄ちゃんが今聞いてきてることと同じだったよ。それを教えてほしいって」
「マジか……」
205 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:52:41.89 ID:kRVNTTpf0
 千石の言葉に絶句してしまう。
さすがに想定もしていなかった――火憐がまさか自分の相方たる月火ではなく、他の情報源に自らアプローチしていようとは。
いや冷静にその出来事だけ見れば、それはいいことなんだとは思う。
何かあれば月火にばかり頼っていたのが、自分で考えて行動するようになったという点でも。
しかし何もこんなタイミングで進化しなくてもいいものを。
この場合、果たして間が悪いのは火憐なのか僕なのか。

「突然電話がかかってきたからびっくりしたんだけど――えっと、話しちゃいけなかったのかな?」
「あぁ、いや、悪いとかじゃないぞ。大丈夫。大体もし悪いとしたら、それは聞いてきた火憐ちゃんの方だから」

 受話器の向こうで声のトーンが明らかに落ちたので、急いで否定しておく。
そうしないと、千石は気に病んじゃうだろうからなあ。
実際、聞かれて答えただけのことで良いも悪いもないし。
206 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 00:56:55.44 ID:kRVNTTpf0
「で、でも、ほとんど暦お兄ちゃんのお話ばっかりだったから。大丈夫だよ」
「うん、それはそれで何かもう既に全然大丈夫じゃなさそうな気配が思いっきりするんだけど、とりあえず確認しておこうか、何の話をしてたんだ?」
「暦お兄ちゃん元気かなって聞いたら、そこからずっと火憐さんのターンだった。三十分くらい続いたかな」
「うわあ……それは何と言うか、大変だったな」
「延々とのろけを聞かされてる気分だったよ」

 あれ? 何か急に声が低くなったような……すごい不機嫌になったみたいな感じがするぞ。
いやいやいや、千石に限ってまさかそんな嫉妬してるみたいなこと、あるわけないよな。
いかんいかん、何か自意識過剰だぞ、我ながら。
あれだ、きっと受話器を持ち直したとかで声が届き難くなっただけだろう。
全く、千石は僕を兄のように慕ってくれているというのに、その僕が変に穿って考えるなんて……反省しないと。

「とりあえず千石、火憐ちゃんの言う事は話半分っていうか話十分の一くらいに聞いとけばいいよ。あいつ何でも大げさに言うし」
「『兄ちゃんの趣味がやばい』とか、『野菜使うとか意味分かんねえ。初めてでそんなん頼まれても困るぜ』とか言ってたんだけど」
「忘れるんだ千石、それは火憐ちゃんの妄言だ」
207 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:00:54.76 ID:kRVNTTpf0
 あいつはもう……本当に本当に本当に、何考えて生きてやがる。
いやむしろ生きてるんだからちゃんと考えろという話だ。
何を困ってやがるんだよ、何で頼まれること前提だよ、誰がお前にそんなもん頼むか。
全く、よりにもよってこの純情一途な千石に、何て馬鹿な事を吹き込もうとしているんだ。
千石の真っ白な心が僅かでも汚れてしまったら、そんなの世界の損失だぞ。一体どうやって責任とるつもりだよ。
そもそも自分の趣味を棚に上げて、よくもまあ僕の趣味を……いやまあその点は置いておくとして。

「だから気をつけた方がいいって言われたんだけど――こ、暦お兄ちゃんは、撫子にお野菜で何をするつもりなのかな?」
「いやいや違うから違うから。大丈夫、何もするわけないだろ、大体この紳士が服着て歩いてるような僕がそんなまさか」
「服着ないで歩く紳士はいないと思うけど」
「とにかく心配するな千石、それは火憐ちゃんの妄言つーか暴言だから。僕がお前に何かするなんてことはないぞ」
「え? 何もしてくれないの?」
208 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:09:00.38 ID:kRVNTTpf0
 どういう意味だろう? 何か受話器の向こうでがっかりしたみたいな、期待外れだみたいな、そんな気配を感じるんだけど。
あぁそうか、あれだ、普通の遊びにも付き合ってもらえないのか、みたいな意味で言ったわけか。健全な意味で。
単に僕と一緒に遊ぶことを楽しみにしてくれてるだけなんだよな、うん。
というか、そんな変な意味なんてあるわけないじゃないか。千石に限って。
全くもう、火憐ちゃんとかの発想に僕まで引きずられてどうするんだよ。反省反省。

「いやそうじゃなくてさ、千石が嫌がるようなことはしないって意味だから。安心してくれ」
「え? あ、そっか、そうだね、そういうことはちゃんと段階を踏んで行かないと駄目だよね」
「うん。うん?」
「それじゃあ、次に会う時を楽しみにしてるから。少しずつステップアップしていこうね」
「あ、ああ、そうだな」

 何だろう、僕はまた期せずして意図せずして地雷を踏んでしまったような気がするんだけど。
考え過ぎかな? 考え過ぎだよな。
どっちにしても、これ以上この話を続けるのは危険そうだ。
209 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:12:35.81 ID:kRVNTTpf0
「それで千石、話を戻すけどさ、火憐ちゃんに話した内容って」
「えっとね、最近暦お兄ちゃんの秘蔵本に載ってる人が軒並み低年齢化してきてる傾向があるから、そろそろ女子中学生っていうポジション自体に興奮するようになってきてる気がするって……」
「その話はもういいよ! つーかそれ違うから! じゃなくて昨日火憐ちゃんに教えたっていう話を聞かせてほしいんだよ!」
「そっちの話なの? でもどうして?」
「んー……」

 またしても不思議そうに問われて、ちょっと言葉に詰まる。
さて、どこまで話したものだろうか?
現状その子が怪異と関わりがあるかどうかも全然定かではないのだ。
あくまでも、その危険があるから、その懸念があるから、ということで僕が勝手に動いているだけの話で。
こんなことに千石を巻き込むのはどうかと思うし、ましてや本当に怪異が絡んでいるようなことがあれば、尚更関わらせるべきじゃない。

 とはいっても。
これで相手が妹達ならともかく、千石はちゃんと話せばしっかり聞いてくれるし、しっかり注意しておけばちゃんとそれを守ってくれるだろう。
それに千石自身、既に怪異とは無関係な身の上ではないのだから、むしろ危険性を説明しておいた方がいい気もする。
これ以上変な方向に話が逸れるのも勘弁だし。
210 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:17:44.42 ID:kRVNTTpf0
「えっとな、これはまだ可能性の話だから誰にも言わないでほしいんだけど、昨日火憐ちゃんがその子に会いに行ったみたいでさ、そこで何かあったかもしれないんだ」
「え? 何かって――それじゃあ、まさか火憐さんも事故とかに!?」
「あぁいや、今はまだそんな大きな問題は起きてないよ。だけどこのまま放っておけばどうなるか分からないし、それにもしかしたら今回の件には怪異が絡んでいるかもしれないって思って」
「怪異が?」
「可能性の話だけどな。だからそれを確認しようと思うんだ。単なる偶然ならそれでいいけど、もしそうじゃなくて怪異が関係してるんなら、やっぱり放っておけないからさ」
「そうなんだ。うん、分かったよ」

 それから千石は、その子の住所や通っている病院なんかの情報を教えてくれた。
お節介な人間はいるもので、その子の見舞いの為にという名目で、同級生の間で連絡網みたいに回されていたみたいだ。
それはそれで思うところがないでもなかったけど、でも助かったのは事実なので、その疑問はひとまず置いておくことにする。
それこそ僕が口を出すようなことでもないし。
211 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:21:30.38 ID:kRVNTTpf0
「しかし火憐ちゃん、それ聞いただけで突貫しやがったのか……毎度のことながら短絡的で参るな、本当に」

 詳しく聞いて、改めて頭を抱えてしまう。
バックグラウンドも碌に調べようとせずに突っ込んでいったって、何の話ができるんだよ。
そんなの説得以前の問題だ。
一体どうやって事態を収拾させるつもりだったのやら。
しかしそれでその結果が昨日の疲労困憊だったわけだから、やはり盛大に失敗したのだろう。
手痛い拒絶か、あるいはもっと悪しざまに罵られでもしたのかもしれない。
成長したというさっきの感想は思い違いだったのか――何と言うか、少し悲しくなってくるな。

「げ、元気出して、暦お兄ちゃん。そうだ、撫子が面白い話をしてあげる」

 僕が電話の前で落ち込んでいると、千石がまた凄いことを言い出した。
何も自分から話の内容のハードルを上げんでも良かろうに。
普段は大人しめなのに、どうしてこういう時は妙に強気になれるんだろうか。微妙に謎だ。
千石はしかし、あくまで強気のまま話を続ける。
212 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:24:39.34 ID:kRVNTTpf0
「この街にね、『アンドレアンドレ』って寝言を言いながら自分の妹を抱きしめて頬ずりする人がいるんだって。ちょっと変態さんだよね」
「林檎をむいて歩こうっ!?」

 あいつ! 戦場ヶ原! 何てやつだ……何が思わず投稿しようと思っただよ、しっかり投稿してばっちり採用されてるじゃねえか!
あり得ないだろ、自分の彼氏の恥を公共の場に晒して楽しいのか!?
いやまあ楽しいんだろうなあ、きっと。うん、何か納得してしまった。

「あれ? 暦お兄ちゃんも知ってたんだ、このお話」
「そうだな、そういえば千石もあのラジオのリスナーだったんだよな」

 『大熊猫大好き』さん。何かこれで三役揃い踏み、みたいな感じがしたのは僕の気のせいだろうか。
何にしても、さして広くもないこの街で、さして多くもない僕の知り合いの中でさえ、これ程の聴取率を誇る番組なら、僕も一度聞いておいた方がいいのかもしれない。
聞きたくないネタが御披露される瞬間に出くわす危険性はかなり高そうけど。
213 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:28:03.65 ID:kRVNTTpf0
「とりあえず千石、教えてくれてありがとう、助かったよ」
「ううん、いいよ、暦お兄ちゃんの為だもん」

 そんなことを言ってくれる千石。
全く、何て良い子なんだろうか。僕なんかの為にここまで言ってくれるなんて。
余計な時間を取らせてしまって、本当に申し訳なく思えてくるな。

「あとさ、もしまた火憐ちゃんから電話があったら、僕に連絡するように伝えてくれないか?」
「うん、任せて」
「頼んだ。それじゃまたな、千石」
「また遊びに来てくれる?」
「あぁ、時間ができたら連絡するよ」
「楽しみにしてるね」
214 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:31:40.74 ID:kRVNTTpf0
 そう言って電話を切る。
まあ千石が僕をこうして兄のように慕ってくれるのは嬉しいことだし、それならその期待には出来るだけ応えてあげたいとも思う。
でもそれは、とにかく目の前の厄介事を片付けてからの話だ。
何しろ千石に話を聞いても、僕の中の不安と焦燥感は、和らぐどころか増す一方だったのだから。

 元より病弱で大人しく目立たない女の子。
その子に何かがあって、あるいは何かと遭って、そして何かが変わってしまった。
千石の言葉から、その声の調子から、とてもそこにポジティブな要素は見出せない。
もし本当に怪異が絡んでいるような事があれば、絶対に放置はしておけない。
ましてや、火憐が深みに嵌るような事は、断じてあってはならないのだ。

 携帯をポケットにしまい、自転車にまたがる。
千石に教えてもらったその子の家も、そして病院も、徒歩で行くには少し遠い。
走り始めて、まずはその行き先を病院に定めた。
自転車を漕ぎながら、自分の影に意識を送る。
ゆらりと、その影は小さな反応を返してきた。
215 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:35:23.12 ID:kRVNTTpf0
「忍、起きてるよな?」
「ついさっき起こされたわ。前髪娘との会話で訳の分からんテンションに陥りおって。全くお前様の気の多さには、ほとほと呆れ返るばかりじゃ」
「いや違うんだって。やっぱり千石は戦場ヶ原達とは違うからさ、接し方っつーか距離感っつーか、そういうのが難しいんだよ」
「聞こえの良い言葉で誤魔化すでない、性癖を突っ込まれた時のことを言うておる」
「性癖言うな」
「そういえば、つい先日なぞ極小の妹御の茶杓や茶筅に並々ならぬ熱視線を注いでおったな。妙な興奮状態で。はてお前様の想像の中で、極小の妹御はどのようなことをされておったのやら」
「ちょっと待て、何でそれをお前が知ってる? よりにもよってそのタイミングで起きてたのかよ」
「全く、道具本来の使い方を絶望的に無視しおって。発明した先人が泣くぞ。筆ペンやら歯ブラシやら爪切りやら、一体お前様は何処を目指しとるんじゃ?」
「止めよう、その話はここまでだ。これ以上は各方面に差し障りがある」
「事ここに至って、今更そのようなものがあるとも思えんがの」
216 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:40:18.18 ID:kRVNTTpf0
 あるんだよ、主に僕の世間体とか好感度とか、そういう方面だ。
しかし爪切りって何だ? 記憶にはないけど、しかし何故か妙にときめきを感じる単語だな。
そう遠くない未来に、新しい世界を開いてくれそうな予感がそこはかとなく。
まあそれはそれとして。

「とにかくさ、忍。今からその子の所に行こうと思うんだけど」
「好きにすればよかろう、儂は別に止めはせんよ」
「じゃなくて」
「ふん、分かっておるわ。影から観察しておいてやればいいんじゃろ?」
「ああ、頼むよ」
「うむ、まあお前様は件の女子中学生を、いつも通り舐めるように視姦しておればよい」
「よくねえよ。つーかいつも通りって何だ、いつも通りって」
「詳しく言うてほしいのか?」
「じゃあ忍、行くぞ!」
217 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 01:52:25.33 ID:kRVNTTpf0
 皆まで言わせず、自転車を漕ぐ速度を上げる。
でも何だな、ペアリングされてるってのは、意思疎通がやり易い点は凄く有利だけど、何から何まで筒抜けになってしまうって点は物凄く不利だよな。
これ以上僕のイメージダウンに繋がる話は、ちょっと本気で勘弁願いたいところなんだけど。

「そんなもん今更じゃろ。全く往生際が悪いのう」
「やかましい」

 こうして忍と二人、一路目的地の病院へ向かう。
もちろんその子に会えるかどうかなんて分からない。
故にこそ、その子を探すのは明日にして、家で火憐と月火の帰りを待つ、という考えも一瞬心に浮かんだ。
だがしかし、すぐにその案は放棄した。
それは、家で二人と話すのはいつでもできると考えたからであり、またとにかく一秒でも早くその子を確認しておくべきだと判断したからでもある。

 僕のその判断は、決して間違いではなかったと思う。
けれど、間が悪かったとは言わざるを得ないだろう。
後にして思えば。
218 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 02:01:55.32 ID:kRVNTTpf0
ということで今日はここまでです。
ノーマル撫子登場。問題ないよねw
まあこれで一通り全員描けたのでプチ満足です。
キメ顔の僕っ娘? うーん、それはアニメに出そうにないし、とりあえず保留で。

次回はいつになるか確約できないです、申し訳ないですが。
別に偽物語のアニメが原因とかそういうことはないよ? ほ、ほんとだよ?
なるべく早めに上げられるように頑張ります。
219 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/09(月) 02:05:13.85 ID:kRVNTTpf0
よくよく考えたらアニメに出るじゃん>キメ顔の僕っ娘
じゃああれだ、阿良々木さんにデレる斧乃木ちゃんが出ないってことでひとつ。
……記憶力に自信がなくなってくるなあ。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/09(月) 02:58:24.46 ID:7YOST+6D0
乙乙
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/09(月) 19:30:41.88 ID:sgQX1qkPo
乙!
余接ちゃん早く見たい
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/01/10(火) 10:29:01.57 ID:KsEMJaih0


これはいい西尾
223 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:15:02.58 ID:g5ZB1KKd0
こんばんはです。
とりあえずちょっとだけ更新を。
まだまだ道は遠い……
224 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:17:33.57 ID:g5ZB1KKd0
 010.

「あれ? 火憐ちゃんじゃないか」
「ん? 妹御がどうかしたか?」
「いや、あそこの病院の入り口から今……あ、走って行っちゃったよ。相変わらず速いな」

 忍と一緒に自転車で走ることしばらく、ようやく遠目に目的地たる病院が見えてきた所で、その入り口から火憐が飛び出てくるのに気付いた。
けれど、声をかけるかどうかを考えるより早く、あるいはいっそ僕の声よりも速く、火憐はたーっと走り去ってしまう。
残念ながら、あいつは僕達に気付かず、どこか別の所に向かったようだ。
時間か方向がもう少し違っていれば、直接話をすることもできただろうに、どうにも昨日から随分と間が悪いというかタイミングが悪いというか。
あるいは運が悪いのか。
また少し心がざわつくような気がした。
225 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:21:07.83 ID:g5ZB1KKd0
「しかしお前様よ、この距離でよう識別できたの。儂でもそうはっきりとは分からんかったぞ。そんなに視力が良かったか?」
「いや、他の人間じゃ見分けはつかなかったと思うけど、相手が火憐ちゃんだったからな。そりゃ僕に識別できないはずがないだろ」
「理由になっとらんわ」
「まあぶっちゃけ匂いで分かったんだけどな」
「ぶっちゃけるな、変態度がより増しおったぞ」
「おい、何で信じるんだよ」

 冗談に決まってるだろ。というか明らかに突っ込み待ちだって分かるだろ。
犬じゃあるまいし、この距離で匂いなんて嗅ぎ分けられるか、至近距離ならまだしも。
というか、ジャージ姿だから見分けられただけって気付けよ、お前も。
全く、挙句の果てに変態呼ばわりとは。

「いや、お前様ならあり得そうじゃし。ちゅーか普通は冗談でもそんな発想は出んわ。もうそんなボケが出てくること自体が変態の証左と言うてもよかろう」
「あり得ねえしよくもねえよ、小差で変態は免れてるだろう、この程度なら」
「まあ自分で小差と認めておるだけマシかもしれんのう」

VIPサービスの新スレ報告ボットはじめました。→http://twitter.com/ex14bot
226 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:24:48.69 ID:g5ZB1KKd0
 僕が変態の誹りを回避した(?)ところで、病院の入り口に到着。
千石の話では、その子は病院では中庭にいることが多いらしいので、真っ直ぐにそこへ向かうことにする。
噂通りであれば、きっとそこに一人でいるはずだ。
果たせるかな、それが幸か不幸か、間が良いのか悪いのか、廊下を曲がって中庭が見えてきたところで、僕はそこにいる人影に気付いた。

 何かを一目見ただけで色々読み取れるような、そんな洞察力も推理力も、残念ながら僕にはない。
むしろ察しが悪いとか言われることの方が多いくらいだ。
ガハラさんなら直球で頭が悪いと言ってくれる。
まあ彼女の鋭利極まる舌鋒は、オブラートに包んだところでその攻撃力を一切減ずるものではないだろうけれど。

 閑話休題。
とにかくそんな鈍い僕でさえも、ベンチに座って目を閉じているその人影から、健康という単語とは微塵も縁がなさそうな青白くか細いその少女から。
何か言葉にできないような不穏な気配を感じずにはいられなかった。
貝木を始めて見た時と似ているような、けれど決定的に違う何か。
不吉ではなく、不幸――何とも言い得て妙だと思う。
227 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:29:13.42 ID:g5ZB1KKd0
「あんた誰? わたしに何か用?」

 近づいてくる僕の姿に気付いたのか、少女が目を開いてこちらに視線を向けてくる。
というよりも、睨みつけてくると言った方が適切かもしれない。
歓迎されていないどころか敵意剥き出しなその眼差しは、噂がある程度の事実に基づいているだろうことを、何よりも雄弁に物語っていた。

「お前が松木茜、か?」
「気安く名前を呼ばないで。呪うわよ」
「呪いなんて使えるのか?」
「出来なくはないわ」
「けど名前呼ぶなって言われてもな。じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「呼ぶ必要なんてないでしょ、今すぐ回れ右して消えて」

 取り付く島もないとはこのことか。
敵意に満ちた目には、一切の揺らぎもない。
名前を呼ぶ前に人を呼ばれそうな勢いだ。
けれど僕だって、それじゃあ仕方がないな、で引き下がるわけにはいかない事情がある。
228 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:33:41.72 ID:g5ZB1KKd0
「少し聞きたいことがあるんだよ、それだけ確認すればすぐに帰るさ」
「鬱陶しいわね、本当に。今日は厄日かしら、呼んでもないのに次から次へと全く……」
「それだよ、僕の前に来客があったんだな、ジャージ着てる長身の女子中学生」
「何? あんたあいつの関係者? それなら丁度いいわ」

 そこでようやく視線が和らいだ。ほんの少しだけ。
決して警戒を解いたわけではなく、ただ話をする為に睨むのを止めただけで、その声に滲む敵意はなお変わらず。
正直やり辛いんだけど、とりあえず会話が成立するのであれば、今はそれで良しとすべきかもしれない。

「丁度いいって何だよ」
「二度と来るなって言っといて。顔見るだけでむかつくのよ。昨日あんだけ言ってやったのに、今日も学校さぼってわたしを探してたみたいだし、ホントいい迷惑」
「随分な言い方だな、あいつが何か変なことでも言ったのか?」
「優等生的な素敵発言を山ほどね。虫唾が走るわ」
「あー、まあ大体想像はつくな」
「噂を聞きつけてお説教しに来る偽善者は今までもいたけど、あいつの暑苦しさは段違いだわ。どうしてくれようかと考えていた所よ」
229 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:41:10.06 ID:g5ZB1KKd0
 視線のみならず、声にも表情にも、はっきりと苛立ちの色が浮かんでいた。
その姿に、その言葉に、また不安をかきたてられてしまう。
ふと神原や千石の言っていた事が脳裏を過ぎる。

「不幸になるって話か」
「あら、知ってたの? なら話が早いわ。あんたもさっさとわたしの視界から消えなさい。不幸になりたいんなら別だけど」
「不幸になりに来たわけじゃないな、不幸になるのを止めには来たけど」
「それならさっさとあいつを説得することね、二度とわたしの所に来ないように。全く、自分の女の首根っこくらいしっかり捕まえときなさいよ、見た目通りに冴えない男ね」
「好き放題言いやがって。つーか、あいつは僕の妹だ」

 顔見れば分かるだろう、初対面でも大抵の人に血縁関係を看破されるぞ、僕達は。
とも思ったが、あるいはそもそもこの子は僕達の顔なんて碌に見ていないのかもしれない。
死ぬほど興味が無さそうだし。あるいはいっそ死ねとさえ思ってる可能性も否定できないくらいだ。

「何だ、随分小さい兄貴ね。中学生にしては老けてると思ったけど、まさかそのなりで高校生以上だなんて」
「身長のことは言うな」
「別にどうでもいいわ。とにかく用は終わったでしょう。さっさと消えなさいよ」
230 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:46:50.25 ID:g5ZB1KKd0
 終いにはしっしっと手で追い払うような仕草をする始末。
話は終わったとばかりに、既にその目は僕の方に向けられてすらいない。
年上を敬えとか言うつもりはないけど、それでも初対面の人間に対してそこまでするか?

「あいつと話はするよ、帰ってから。その前にもう一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「そう、でもわたしにはあんたと話すことなんて何もないわ」
「何でわざわざ自分から敵を作るような発言をするんだ?」
「あんた、人の話聞いてた?」
「聞いてるよ。で、何でだ?」
「……あんたに答えてやる理由なんてないでしょ、それを教えたからってどうなるっていうの?」
「いや、何か手助けできることがあるかもしれないって思って」
「ふん、何だ、あんたも妹と同じタイプなのね。揃いも揃って鬱陶しい」

 再び僕を睨んでくるその視線には、これまで以上に強い敵意が込められていた。
いっそ憎しみすら想起させるほどの強い眼差し。
231 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:50:37.15 ID:g5ZB1KKd0
「正義の味方なんてお呼びじゃないわ、そんなのわたしにとっては敵と同じよ」
「敵って」

 吐き捨てるように言い切られて、言葉を失う。
正義の味方という言葉を幼稚と捉えたが故の反駁――ではなく。
善良であることに羞恥と抵抗を感じがちな思春期故の反発――でもなく。
それは、ただただ憎々しげで刺々しい、敵意と害意と悪意に満ち満ちた、少女の純粋な主張だった。
決して悪を自認しているというわけではなく、けれど正義は自分の味方をしないと、そう確信しているような言い様。

「わたしの味方じゃないならそんなのいらない。そもそも誰が助けてくれなんて言ったのよ。いい顔したいだけの偽善者が、わたしに関わってこないで」
「いやだからちょっと人の話を――」
「お前様よ」

 と、影から伝わってくる忍の声。
目の前の少女の視線は、しかし向かう方向もそこに乗せている感情も変わってはいなかった。
どうやらこの声は、僕にしか聞こえないように調整されているらしい。
232 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:54:20.73 ID:g5ZB1KKd0
「何も喋らんでいい、そのまま聞け。詳しい事は後で話すが、今はとにかくここを離れよ、これ以上この小娘の傍におるべきではない」
「何? 急に固まっちゃって。気持ち悪いわね」

 怪訝そうな少女の声は、ほとんど耳を素通りしていた。
忍からの忠言――いや警告か、とにかくその言葉が、頭の中をぐるぐる回っているせいだ。
こんなタイミングで口出ししてくるということは、掛け値無しに本物だったということか。
この子の嘘でもはったりでもなく、紛れもない怪異の絡む事象。
だから一旦戻れと。この場は引き下がれと。

 だけど、もし忍の言う通りだとすれば、尚更この子を放置していいはずがない。
火憐は昨日も、そして今日もここに来ていたのだ。
そして間違いなく、明日も来ようとするだろう。
この子の元に。怪異の傍に。危険の中に。
それが明白である以上、それこそ何としても今日中に解決しなければならないんじゃないのか?
233 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/11(水) 23:58:40.23 ID:g5ZB1KKd0
「詳しくは後で話すと言うたじゃろう、黙って言う事を聞かんか。そも、これ以上ここにおってお前様に何ができる? とにかく出直しじゃ」

 僕の心中に伝わる忍の声に、焦りと苛立ちが混じる。
それはそのまま、現状の危険度の高さというか余裕度の無さというか、そういうのを示しているのだろう。
実際、今のこの状況では僕にできることは何もないし、確かにこれ以上粘っても、きっとこの子の態度を更に硬化させるだけだとも思う。
であれば忍の言うように、ここはひとまず引き下がるしかないのかもしれない。

「分かったよ、今日はこのまま帰る」
「二度と来ない、という言葉も付け加えてもらえないかしら」

 辛辣な言い様だった。
まあ歓迎されるとは思ってないけど、それにしたって容赦がないというか。
次に会った時、普通に会話できる気が全くしない。
でも、だからと言って諦めるわけにはいかないのだ。
234 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/12(木) 00:02:42.05 ID:jPP5u08T0
「それは約束できないな、病院に担ぎ込まれることだってあるかもしれないだろ」
「そうならないようにすることね」

 そんな味もそっけもない別れの言葉を頂戴しつつ、踵を返して出口へと足を向ける。
当然と言おうか、その僕の背には、もう何の視線も言葉も向けられることはなかった。
ちらりと振り返ってみると、もう完全に僕の事は意識の外らしく、何か考え事をしているような表情が目に映る。
何かを考えているような、あるいは何かを願っているかのような。
その姿に、何とも言えない不安を覚える――が、今の僕にできることなんて何もなく。
正に後ろ髪を引かれるような思いで、その場を後にするしかなかった。
そのまま廊下を歩き、出口を出て、自転車の方へと向かおうとしたところで。

「お前様! 止まれ!」

 忍の影からの声に、浮きかけたその足を止める。
言葉に従ったわけではなく、それはもうただの反射だった。
235 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/12(木) 00:07:30.38 ID:jPP5u08T0
 そこで、僕が忍に何事かと聞き返そうとするのと。
止まった足を改めて踏み出そうとするのと。
そして正にその足のほんの少し先へ重そうな植木鉢が落下してきたのと。
それらはほとんど同時だった。

「な……!」
「危ない所じゃったの、お前様よ」

 落下した植木鉢が粉々に砕ける重々しい音に、一瞬体がびくりと震えた。
突然の出来事に思わず硬直してしまったところで、忍に声をかけられて我に返る。
眼前には、広範囲にぶちまけられた植木鉢の破片と大量の土。
かなり上の階から落下してきたのだろう。

 危なかった――もし忍が声をかけてくれていなかったら、きっと思いっきり頭に直撃していたはずだ。
もちろんこれくらいで死ぬとは思えないけれど、無事で済むとも限らないし、こんな公共の場で再生なんてしたら、それこそ誰に見られるか分かったものじゃない。
改めて肝が冷える思いがした。
236 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/12(木) 00:13:15.94 ID:jPP5u08T0
「忍、これ、まさかあの子の仕業か?」
「直接的には否じゃ。が、間接的には是と答えざるを得ん」

 そりゃまあついさっきまで中庭にいた子が、幾らゆっくり歩いていたとはいえ、僕が病院を出るより早く上階まで駆け上がって、重い植木鉢をここまでタイミングよく落下させることなんてできないだろう。それは分かる。
しかし間接的にっていうのは一体どういう意味なんだ?

「それも含めて後で話してやるわ。それよりさっさとこの場を離れた方が良かろう。お前様も病院で騒ぎを起こしたくはあるまい。近くには誰もおらんようじゃし」
「このまま放置していくのはちょっと抵抗あるけど、でも確かに変な疑惑を持たれても困るしな」

 幸か不幸か、周りに他の人はいないようなので、ここは退散するのがいいだろう。
このままここにいても何が起こるか分からないし、それに人が集まってきたら、それこそ僕が病院で暴れているみたいなレッテルを貼られかねない。
なので、心の中でごめんなさいと唱えつつ、足早に病院を後にした。
237 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/12(木) 00:20:21.92 ID:jPP5u08T0
短いですけど、今回はここまでということで。
レス下さってる方に感謝です。
読んで下さってる方がいるというのはやはり凄く嬉しいですね。
何とか頑張って完結まで持っていきたいと思います。

しかし偽物語、あのクオリティならきっと歯磨きシーンもこれでもかってくらいやってくれると思いました。
正直期待せずにはいられない……
月火ちゃんが舌で阿良々木さんを絡め取るところとかやってくれたらいいのに。アニメオリジナルみたいな感じで。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/12(木) 00:38:47.11 ID:b4ML0/mCo


ステマ騒動の所為で叩かれまくってて悲しいのう
八九寺可愛くて良かったと思ったんだがな
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/12(木) 01:21:10.43 ID:bMbWk6Kxo
乙!

生意気な娘じゃ
おっぱい揉んでちゅーしてやれ
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/01/12(木) 01:23:44.42 ID:r2JRFVbQ0
乙乙
アニメ楽しみに見てるけどシャフトのあの背景には未だに馴染めません

>月火ちゃんが舌で阿良々木さんを絡め取るところ
舌がすっごい伸びて阿良々木さんがぐるぐる巻きにされるシーンを幻視した
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/12(木) 13:15:23.83 ID:IsigcEqIO
本編は流れが単調になってきて白猫以降読んでないんだよなぁ…
ちゃんと読んでるから頑張ってくりゃれ
242 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/01/15(日) 00:21:23.33 ID:GEdRxIvx0
大変時間が空いてしまいました……とりあえず切りのいい所まで行きましたので続きを投稿します。
期待して下さってる方もいらっしゃいますし、都度状況報告とかした方がいいのかも?
まずは本編を。
243 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:23:09.27 ID:GEdRxIvx0
 011.

「悪魔じゃよ」

 忍を前籠に乗せ、病院を後にして、ゆっくりと自転車を漕ぎながらの帰り道。
夕暮れの中を家に向かいつつ、改めて忍に説明を求めた。
幸いこの時間ならば人通りもほとんどなく、僕らが不審に思われるようなことは、まあまずないだろうと思う。
それよりも、今は事態の説明をしてもらうことが最優先なのだ。
家に帰り着くまでなんて待っていられない。
そんな僕に対して、忍は先の言葉で返してきた。

「悪魔?」
「うむ。彼の病弱娘には悪魔が憑いておる」
「マジでか」
「マジでじゃ」
244 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:25:49.04 ID:GEdRxIvx0
 悪魔。
言葉としてはさして珍しくもないものだが、現象としては大抵の人には全く馴染みのない存在。
しかし残念ながら、僕は、いや僕達はそうではなかった。
神原の身に起きた出来事は、決してまだ過去と言えるような状態にはなく、その意味では正しく現在進行形で関わっていると言うべきかもしれない。

「もっとも猿の小娘の時とはまた様相がかなり違うようじゃが」
「まあそりゃ悪魔って一口に言っても、いろんなのがいるんだろうけどさ」

 僕達が関わったあの悪魔――レイニーデビルも、その中の一種に過ぎない。
単に僕が知らないだけで、それこそ数えきれないくらいいることだろう。
それにしても、まさか悪魔とは予想外だった。
こうなってくると、神原がこの話をいち早く聞かせてくれたのは改めて僥倖だったと言うほかないな。
あいつもまさかここまでの事態を予想していたとは思わないけど、それでも今回の事態に悪魔が絡んでいるとなると、その直感の鋭さには舌を巻かずにおれない。
というか、もしかしたら皆の中で実はあいつの感知能力が一番凄いのかも。
245 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:29:13.32 ID:GEdRxIvx0
「彼の病弱娘、名を何と言うたか?」
「松木茜、だったな」

 悪魔憑き――暗喩を覚えたのはただの錯覚か、あるいはただの偶然か。
名前を確認したところから、忍も同じ感想を持ったんだろうけれど。

「ときにお前様よ、花言葉は知っておるか?」
「馬鹿にすんな、花言葉くらい知ってるよ」
「では、茜の花言葉は?」
「え? 茜って花なの? 色じゃなくて?」
「やはり馬鹿じゃな。この知ったかぶりが」
「仕方ないだろ、普通の男子高校生は花の名前とかいちいち覚えてねえよ。ちくちく僕を馬鹿にすんな」
「こんなもん基礎知識じゃろうが。アカネ科の多年草じゃよ。その根で染めた色を茜色というわけで、どちらかというと色の方が後付けになる」
「へー、そうなのか。それでその花言葉って何なんだ?」
「誹謗、中傷、不信――といったところじゃな」
「何だよそれ。ひどい意味だな。普通花言葉ってもうちょっとロマンチックというか綺麗な意味のものなんじゃないのか?」
「戯けが。別に花言葉はロマンチストの為のものではないわ」
「まあその辺はどうでもいいとして。でも成程、言われてみれば姓名が出来過ぎなくらいに現状を示してるな」
246 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:32:07.52 ID:GEdRxIvx0
 魔が憑き、誹謗・中傷を浴び、あるいは浴びせ、不信に陥る、か。
そんなわけもないだろうけれど、ここまでくると作為的にすら感じてしまうな。

「まあ当然それを見越しての名であるわけもないし、またその姓名故にああなったわけでもない。名前で怪異が憑くなら一億総怪異憑きになっておるわ」
「だよな。普通なら」
「うむ、こんなものは所詮は偶然やこじつけに過ぎん。けれど同時に、それが怪異を為す一要素となっておることもまた否定はできんが」

 名前だけでそうなった訳ではもちろんないけれど、しかし怪異を呼び寄せる一要素、一因にはなっている可能性があるということか。
けれど既に事態が起こってしまった以上、それは今考えるべき事ではない。
重要なのは、現実に怪異が憑いた、その経緯の方だ。
247 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:35:23.04 ID:GEdRxIvx0
「元々病弱って言ってたし、もしかしたら戦場ヶ原の家庭と似たようなことがあったのかもしれないな」
「そうじゃな、病弱娘の関わっておる悪魔の状況もあるしの」
「状況? つーか悪魔って言ったよな、そもそもあの子に憑いてるのってどんな悪魔なんだ? 神原の時とは全然違うんだろ?」
「勿論じゃ。ちゅーかかなり珍しい状況と言ってもいい。実際のところは、病弱娘に悪魔が憑いておるというよりも、病弱娘が悪魔を所有しておるという方が近い」
「何だそれ、使い魔とかそういうのか?」
「それなら使役と言うわい。所有と言うたじゃろう。病弱娘が身に着けておる何かの装飾品に悪魔が封じられておるようじゃ。あるいは、悪魔の封じられた装飾品を病弱娘が身に着けておる、という方が適切か」
「封じられてる?」
「うむ。悪魔が死ねばその心の臓が宝石となって残るという逸話もあるが、まあそれに程近い状態じゃ」
「悪魔が封じられてるって、まさかあの子が悪魔退治をやったってことか?」
「それはなかろう。彼奴には何の力も感じぬしな。実際やったのは別の者と思うぞ。力を持った人間にやられたか、あるいは別の上位の悪魔にやられたか、といったところじゃろ。その後に何があったかは分からんが、いずれにせよ怪異譚として語るならば既に終わっておる筈の話なんじゃがな」
「文字通り往生際が悪かったわけだな。で、その封じられてる悪魔ってどんなやつなのかは分かるのか?」
「そこまでは分からん。何しろ封じられてしもうとるからのう。まあそんな状態で未だ永らえておるところから察するに、それなりに力を持った存在ではあったろうが、しかしこの様では元が何だったのかなぞ想像もつかんわ」

 肩を竦めつつ忍が言う。
その辺りが分かれば、何かのヒントになるかもしれないと思ったんだけど。
まあ分からないなら仕方ないか。
248 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:39:04.21 ID:GEdRxIvx0
「しかし悪魔を宿した宝石とか、何ともぞっとしない話だな、全く」
「別段珍しいことでもないぞ。悪魔とまではいかずとも、呪いの宝石の話となれば枚挙に暇はない。今回の石もその一例に過ぎんよ」

 忍はそんな僕の感想に対して事もなげに返してくる。
確かに呪いの宝石なんて割とよく聞く話ではある。実際に見たことまではないけれど。
有名どころだと、ホープダイヤモンドとかは宝飾関係に疎い僕でも耳にしたことがあるし。

「でもさ、封じられてるんなら問題ないんじゃないのか? 言い方は悪いけど死に損ないみたいなもんなんだろ、それが何で今こんな問題を起こしてんだよ」
「悪魔単体ならそうじゃな。誰の手にも触れず放っておかれれば、いずれ消え去っておったはずじゃ。問題は今それが人の手に渡っておることにある」
「どういうことだ?」
「宝石の悪魔が未だ永らえておるのは、精気を得ておるからに他ならん。あの病弱娘からな。恐らく願いを叶える代償として、彼の悪魔は精気を奪っておるんじゃろう」
「魂を奪う契約ってことか?」
「いや、もっと切実じゃよ。例えば餓死寸前の人間なら、数多の財宝よりも僅かの食糧に飛びつくじゃろ。彼の悪魔も同じじゃ。追い詰められて切羽詰まって形振り構わず病弱娘に取り憑いたんじゃ。僅かの精気を渇望してな。あるいは寄生という方が的確かもしれんが」
「無茶苦茶だな」
「死に瀕すれば、何者とて足掻くものじゃろう。出来得る限り。それがたとえどれ程みっともなかろうともな」
249 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:42:31.08 ID:GEdRxIvx0
 少し遠い目をする忍。
その目に、その心に、去来するものは春の頃の記憶だろうか。
僕もまた、夏休み前のあの日を少し想った。
僅かな沈黙があったが、気を取り直して再度会話の口火を切ることにする。

「まあ状況はさておき、願いを叶えるっていうのが問題だよな。どうもいいイメージないんだけど。具体的に何が起こってるんだ?」
「そうじゃのう。端的に言ってしまえば、病弱娘が何事かを願い、それに即した形で悪魔が術を行使する、といったところか。両者の間でどんなやり取りが為されておるかまでは分からんが」
「そうか。じゃあその術っていうのが何なのかは分かるか?」
「うむ。恐らく彼の悪魔は『移動』の術式を使っておる」
「移動?」
「割と知られた術じゃよ。人をどこかに移す、物をどこかに隠す、気移り、心変わり、もちろん自身の移動も含め、そうした術を使える悪魔は少なくない」

 例えば、財宝を管理する為に随時その場所を変えるもの。人や物を一瞬で別の場所に移してしまうもの。記憶や心を何処かへやってしまうもの――等々、指折り数えつつ忍が言う。
しかし成程、確かに思えば神隠しとかもそういう現象だし、天狗の逸話でも似たようなのを聞いたことがあるな。
250 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:46:12.94 ID:GEdRxIvx0
「でもさ忍、その移動の術が『自分に近づく人間を不幸にする』っていう話とどう繋がるんだよ」
「移動の対象は物質に限らん。概念や感情、感覚のようなものまで含まれる。運気、巡合が対象となれば、不幸に見舞われることもあろう。さっきお前様の頭上に植木鉢が降ってきたじゃろ、あれもそうじゃ。お前様の運気がどこかへ追いやられ、不運になったが故に遭遇した事故じゃよ、あれは」
「それじゃ結構やばいんじゃないのか? 今までも結構な数の人が不幸事に巻き込まれてるって話だし、つまりそれだけ術が使われてるってわけだろ? あの子の身体は大丈夫なのか? 体質が弱い上に更に精気を奪われるって相当危ない気がするんだけど」
「いや、先々までは分からんが、当面その心配はいらんと思うぞ」
「何で分かるんだ?」
「然程強力な術でもないからじゃ。そも、自身に近寄ってくる人間のみを対象にその運気を余所へやる、という程度の規模であれば、そう大きな影響はあるまい。さっき見た限りでも然程に精気を削られてはおらんかったし」
「でもそれだけじゃ安心とは……」
「無論安泰とは言えんよ。しかし悪魔の方でも病弱娘が存命の方が都合は良いはずじゃからな。何せ死なれてしまえばそれで終いじゃ。少なくとも次の宿主が見つかるまでは、命を危険に晒すことの無いように留意するとは思うが」
「じゃあ、とりあえず今すぐどうこうなることはないって考えていいのか」
「あくまで現状維持のままならばな。病弱娘が欲を出したり、あるいは何かの事情で範囲や規模を大きくし始めたら危険じゃぞ。それがそのまま奪われる精気の量に直結するのじゃから」

 ぎろりと、まるで警告するように忍が睨んでくる。
事実それは僕に注意を促すものだったのだろう。
まあ改めて言われるまでも無く、それは僕も考えていたことだ。
251 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:50:07.38 ID:GEdRxIvx0
「しかしそうなると僕も迂闊には近づけないな」
「近づくことそれ自体が迂闊というんじゃ。変に刺激してみい、何をやらかすか分かったものではないぞ。それこそ不幸どころかもっと性質の悪いことにもなりかねん」
「それは分かるけどさ、でもだからって手をこまねいてもいられないだろ。まさかこのまま放っておいたら悪魔が解決してくれるってわけでもあるまいに」
「当たり前じゃ。お前様も知っての通り、悪魔というものは人の願いを叶える為の存在などではない。あくまでも人から何かを奪う事を目的として、仮初の願いを実現させておるに過ぎん。いずれ所有しておること自体が間違いなんじゃ。今のままでも事態は悪化の一途を辿る。それが速いか遅いかの違いはあるにせよ」
「接近も放置も安易にはできない、か。難しいな――まあどうするかは後で考えよう。それで今実際に不幸事に巻き込まれてる人を助ける方法はあるのか?」
「そうじゃな。簡単なのは病弱娘に近づかんようにすることじゃ。元より運気やら巡合やら感情といったものは絶えず移ろうものじゃからな。病弱娘が自分に近づく者しか標的にしとらん以上、たとえ一時的にどこかへ追いやられようとも、距離をとり時間を置けば、やがてはあるべき形に戻ろう。まあ数日もあればな」
「それでも数日かかるのか。なあ、何か他の手段はないのか? もっとすぐに解決できるようなさ。例えばその宝石をぶっ壊したりとかしたらどうだ?」
「かかか、相変わらずお前様は妹御が絡むと荒っぽくなるのう。まあ他の手段もなくはない。病弱娘に宝石を手放させることができれば、それが最良じゃ」
「宝石を手放させる、か」
「もっとも今日の様子から判断するに、そう易々とは行きそうにないがの」

 改めて今日のやり取りを思い返してみる。
向けられる視線には悪意と敵意しかなく、悪魔の力による災禍へ僕を叩き込むことに、まるで抵抗を感じている様子はなかった。
あれじゃあ僕の説得なんてとてもじゃないけど聞く耳を持ってもらえるとは思えない。
それどころか、余計に意地になったりとか僕への害意が増えるのみとか、そういう風に事態が悪化する可能性の方が余程高そうだ。
252 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:54:53.83 ID:GEdRxIvx0
「参ったな――最悪、力尽くで奪うしかないか。そういうことはしたくないけど」
「いや、したいしたくない以前にそれは無意味じゃよ。物理的な距離を取ればいいという話ではない。病弱娘が自らの意思で放棄せねばならんのじゃ。精神的に悪魔と決別できねば、死ぬまで離れることはできんよ。どうあれ彼奴は願ってしまっておるからのう」
「マジか。じゃあ例えば、僕がその宝石を奪ったとしても――」
「すぐに持ち主の元に戻るじゃろうな。壊すよりも先に。病弱娘諸共潰すのであれば別かもしれんが、それは出来んじゃろ。どうあれ彼奴が望み、願い、阿ればこそ悪魔はそこにおるんじゃ。他人にはどうすることもできん。そんなことをしても、お前様が女子中学生に狼藉を働いたという結果が残るのみじゃよ」
「最悪だな」
「そしてお前様はとっ捕まって、晴れて公に性犯罪者の仲間入りをすることになるじゃろうな」
「最低だな!」

 その後付けははっきりと要らないだろう。
というか宝石を奪う際に、僕が何をすると思ってやがる。
人をセクハラの常習犯みたいに言いやがって。
253 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 00:57:39.34 ID:GEdRxIvx0
「いや、お前様が女子中学生を前にして理性を保てるとは思えんし」
「そろそろお前の中の僕への認識について徹底的に矯正する必要がありそうだな。女子中学生なら誰でもいいとか、どこの変態だよ。僕があの子に欲情するとか、はっ、そんなの絶対あり得ないね」
「疑わしいのう。その自信はどこからくるんじゃ。ちゅーかそれは余りに自分を過大評価しておらんか?」
「してねえよ。あんなに敵視されて興奮なんてするか。むしろ冷静になるわ。大体じゃれ合う相手なら八九寺と妹達で間に合ってんだよ、僕は」
「ハチクジとじゃれ合うのは、恐らく女子中学生とじゃれ合うよりも更に犯罪的じゃと思うぞ」

 半眼で見てくる忍。
いい突っ込みじゃないか。返す言葉もねえよ。
まあこんな下らない話をしている場合じゃないのだ。
そろそろ真面目な話に戻るとしよう。
254 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:03:02.24 ID:GEdRxIvx0
「何にしても、結局は正攻法で説得するしかないってことだな」
「そうなるのう。言うてもお前様にそれは難しかろうが」
「まあ確かにあの子が僕に心を開いてくれるかどうかとなると、ちょっと難しいかもしれないけど」
「いや、その前にお前様が心を閉ざす結果になるかもしれんなと」
「何されるんだよ僕!」
「何をされるというか、まあお前様があの病弱娘を説き伏せようとしておるところなぞ、傍目には不良がか弱い婦女子をひっかけておるようにしか見えんじゃろうからな。やっぱり通報されるのが落ちじゃろ」
「そんな落ちは断じて着けない!」
「着けるのは儂でもお前様でもなかろう。故にこれは避けられんと思うぞ」

 真面目な話に戻ったのに、どうしても忍は僕にとっ捕まってほしいらしい。甚だしく遺憾に思う。
けれどまあ、その懸念を否定しきれないのも事実ではある。
何しろ今の今まで何の面識もなかったってだけでもハードルが高いのに、かてて加えて対象たる少女――松木茜は、周囲の人間全てに対して明白な拒絶と敵意を示しているような状況なのだ。
幾ら僕が紳士だと言っても、その壁を取り払うのは容易ではないし、不用意に近づいてちょっかいをかければ通報されかねないというのは一理ある話だ。
255 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:08:19.13 ID:GEdRxIvx0
「もう一つ、注意しておくことがある」
「まだあるのか、何だよ?」
「人や物を移動させられても、一目見ればすぐに分かる。しかし概念やら感情やら感覚やらが移ろうても、傍から見れば違いなぞ分からん」
「そういう術をかけられても気付くことができないってことか」
「如何にも。儂のように怪異そのものという存在ならともかく、これは人の身ではどうにもならん。もちろんお前様の吸血鬼度を極端に上げればその限りではなかろうが、そういうわけにもいかんしな」
「そりゃまあ日常生活に支障が出るのは論外だし、吸血鬼度を過剰に上げるってのは現実的じゃないな」
「であれば、お前様には悪魔の術を回避する手立てはないということになる。ましてや悪魔の術は無意識に作用するものじゃからな、術にかかっていると気付くことすらできんじゃろう。肝に銘じておれ」

 僕を睨むようにしながらの忍の警告。
その論に従うならば、やはり松木を刺激しないというのは絶対条件になるだろう。
下手に近づいて僕が標的にされることのないようにしないと、と改めて気を引き締める。

 とにかく僕がまず優先すべきは、彼女をどうやって説得するか考えることではなく、彼女が何を望んでいるのかを知ることだ。
そこが分かれば、そしてそれを解決することができれば、悪魔に頼るようなこともなくなるだろう。
と、ここでふと疑問が浮かぶ。
256 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:14:29.07 ID:GEdRxIvx0
「なあ忍、その悪魔って精気を奪ってはいるけど、一応は松木の願いに添って術を使ってるんだよな? もちろん良い意味ではないにしてもさ」
「うむ。まあ形の上ではな」
「なのに病気が治ってないってことは、あいつは自分の身体が治ることを望んでないのか?」

 周囲を不幸にするという問題は起こっているのに、松木の身体は今もなお生まれつきの虚弱体質や持病を抱えたままだった。
ということは、悪魔に自身の回復を願っていないということになり、それがどうにも不自然に思えるのだ。
むしろそれを一番最初に願うのが自然ではないだろうか。

「至極もっともな疑問じゃな」
「まさか本当に治りたくないって思ってんのかな?」
「その可能性は低いと思うが――しかし今は病状も安定しとるという話じゃしな。あるいはそれで別の願いが優先されとるだけかもしれんぞ」
「病気の治癒より周りの人間の不幸を願う事が優先か――いやでも悪魔のやることだし、それが本当の願いだとは限らないよな」

 そう、神原の時のように。
結果として願いが叶った形になっているだけで、彼女が望んだ事態にはなっていないという可能性もあるだろう。
実際に松木が何を一番に願っているのかは、全然想像もつかないけれど。
しかし病気の治癒か――アプローチとしては、ありかもしれないな。
257 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:21:48.95 ID:GEdRxIvx0
「ちなみに忍さ、お前なら――吸血鬼の血なら、松木の身体を治してやれたりとかしないか?」
「ん? 何じゃい、儂に人間の治療をせいと言うのか? 怪異の王たるこの儂に」
「いや、もちろん無理にとは言わないけど、念の為の確認だよ。吸血鬼の血なら治せるのかどうかって」
「ふん、可能ならお前様がやるつもりなんじゃろ、結局」
「そうだけど」
「まあお前様がやる分には好きにして構わんが――しかし残念ながらそれは無理な注文じゃよ。吸血鬼の治癒能力の本質はあくまでも原状回帰じゃからな。体質改善やら体質強化やらはできん。彼奴の本来あるべき状態が然様に虚弱なものであるのならば、儂らに今更できることは何もないぞ」
「そうか、それじゃあ諦めるしかないな。でもそうなると、どうやってアプローチすればいいんだか……」
「正直なところを言わせてもらえば、距離をとって近づかんようにしてほしいがのう。少なくとも解決の糸口が見えるまでは」
「それができれば苦労はしないよ」

 正確には、火憐にそれをさせられれば、だけど。
仮に僕や忍が松木にノータッチでいようとしても、火憐はきっと止まらない。
今日彼女の所に来ていたように、明日もそうするだろう。
たとえその結果、自分の身に不幸が舞い込んでくることになろうとも、躊躇うことなく。
258 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:25:15.05 ID:GEdRxIvx0
「ならばまずはターゲットを妹御の方に変えるべきじゃな。そも、既に関わりが生まれてしまっておるんじゃ、妹御を放置するのは如何にも不味い。深みに嵌れば抜け出せなくなるぞ」
「そうだな、まずは火憐ちゃんを止めるのが最優先だな」

 松木の問題については、何しろ情報が少な過ぎる。
僕に何ができるか考えるのは、とにかくもっと情報を集めて本当の望みに当たりをつけてからだろう。
何よりもまず僕がしなければならないのは、火憐の安全の確保なのだから。
まずはあいつと膝を突き合わせて話をすることにしよう。

「ベッドで抱き合って話をする、の間違いではないのか?」
「その可能性は否定しない」
「いやそこは否定せいよ。話が続かんではないか」
「僕はお前に嘘を吐きたくないんだ」
「なお悪いわ」

 そんなやり取りをしながら。
火憐をどう説得するかを考えながら。
逸る気持ちを抑えつつ、僕達は家路を急いだ。
まさか家に帰り着いた時に、そんな算段が全て吹っ飛ぶことになってしまうとは夢にも思わず。
259 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/15(日) 01:29:37.73 ID:GEdRxIvx0
ということで、今回はここまでです。
まだまだ先は長いですが、お付き合い頂ければ嬉しいところ。

しかし偽の次回予告が素敵過ぎる……
アニメは全部で11話とか聞きましたが、このクオリティを是非維持してほしいですね。
ファイヤーシスターズ最高!
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/15(日) 02:11:41.90 ID:N7QA3Q/ro
乙!

やはり阿良々木さんは妹と突き合ってるのか
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/15(日) 17:32:19.31 ID:gPWUj4pD0
乙乙
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/01/16(月) 03:00:45.18 ID:xSUXaZco0
おつ
263 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/16(月) 23:59:06.34 ID:Xrs4o2kG0
こんばんは、続き行きたいと思います。
週中は忙しそうなので……
264 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:01:31.74 ID:hestCFaO0
 012.

 何の前触れもなかった。
事態を連想させる、何らの兆候も気配もなかったはずだ。
しかし僕が家に帰り着いた時、既に事態は決定的に動いてしまっていた。
月火から何の連絡もなかったということは、しかし無事の知らせを示すものでもなかったということらしい。

「何だ何だ?」

 玄関を開けたその瞬間に、家の中が只ならぬ空気というか異様な雰囲気に満ち満ちていることを肌で実感した。
何よりも、耳に遠く響く怒声が。
聞き慣れたはずの二人の妹達の、しかし聞いたことのない罵り合うようなやり取りが。
今の状況が如何に尋常ならざるものなのかを、僕に嫌と言うほど思い知らせてくれていた。

 まず自分の耳を疑い、次いで自分の頭を疑い、そこでようやく何より先に行動を起こさなければならないということに思い至った。
それ程までに混乱していたのだ。
罵り合う? 火憐と月火が? あのべったりねっとりのファイヤーシスターズが? いつも一緒で、それこそ比翼の鳥かってくらいに(同性だけど)仲良しこよしなあの二人がか?
自分の正気を、世の常識を疑いたくなるくらいに、それは異質で不自然で非現実的な、まさしく非常に非情な異常事態だった。
265 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:05:53.88 ID:hestCFaO0
「何だよ! 月火ちゃんの臆病者! 根性無し!」
「何さ! 火憐ちゃんの馬鹿! 分からず屋!」

 靴を脱ぐのももどかしく、一度ならず転びそうになりながら、それでも急いで玄関から廊下を抜けてリビングの扉を開けると、部屋の中央で火憐と月火が睨み合っているという信じ難い光景が視界に飛び込んできた。
互いが親の仇を見るような目で。
共にその拳を力強く握り締めたまま。
ともすれば互いに噛みつかんばかりの勢いで。
ちょっとじゃれ合うような、たまにあるそんなやり取りなんかではなく、本気も本気な喧嘩腰。

 見下ろす火憐の視線は炎のように熱く。
見上げる月火の視線は刃のように鋭く。
引く姿勢など僅かさえ見られず。
思わず声をかけることすら躊躇してしまう程に、まさしく火花散るやり取り。
現状手が出ていないのが、不謹慎にも不思議に思えてしまうくらいだ。
僕が帰ってきたことにも気付かないのか、吐き出す言葉は益々ヒートアップしていく。
266 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:08:10.45 ID:hestCFaO0
「困ってるやつを助けてやるのが正義だろ! その心を忘れたってのかよ! 何時からそんな腑抜けちまったんだ!?」
「だからって皆に心配かけてどうすんのって言ってるじゃない! 何で分かんないのよ! そんなのでよく正義とか口にできるね! 優先順位も分からなくなるくらい馬鹿になっちゃったの!?」
「何言ってやがる! 人を助けるのに順位なんかつけんな!」
「つけるに決まってるでしょ! 当たり前の事じゃない! 周りの人達を困らせてまでするのは、もう正義でも人助けでもないよ!」
「ちょっ、ちょっと待ったちょっと待った! おい待てストップ! そこまでだ!」

 眼光鋭く睨み合いながら続くやり取りを見せつけられて、やっと気を取り直す。
じっとしてなんていられるわけもなく、とにかく割って入ってみたけれど。

「兄ちゃんは引っ込んでろ!」
「お兄ちゃんは黙ってて!」

 一蹴だった。
あぁでも、一応僕の声は聞こえているらしい。
周りが見えなくなる程に熱くなっているようにも見えたんだけど――じゃなくて!
267 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:11:43.19 ID:hestCFaO0
「引っ込んでも黙ってもいられるか! 何だよお前達、何で喧嘩してんだよ、とにかくまず落ち着いてだな……」
「これが落ち着いてなんていられるかよ! 月火ちゃんがこんなに薄情な臆病者だなんて知らなかったぜ!」
「それを言うなら火憐ちゃんの方じゃない! ふんだ、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでひどかったなんてね。脳みそ何処に置いてきちゃったのよ」
「何を! 言わせておけば!」
「何よ! 私一つも間違ったこと言ってないじゃない!」
「だから止めろって!」

 火憐が月火に、月火が火憐に。
今度こそ本当に互いが互いに掴みかかろうとしたので、咄嗟に自分の身を二人の間に割り込ませることでその激突を止める。
おかげで二人の身体が僕にぶつかるわ、行き場を失くした二人の手が僕の両腕に食い込むわで散々だ。
というか、二人の爪が皮膚にかなり食い込んでて結構痛い。お前ら力入り過ぎだろう。
でもそれ以上に、この状況はすなわち、今僕が止めなかったら二人は本当に本気で取っ組み合いを始めていたことを意味しているわけで。
物理的以上に、精神的にショックを受けずにはおれない。
268 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:15:00.61 ID:hestCFaO0
「兄ちゃん止めんなよ! この薄情者は一度引っ叩いてやんないと分かんねーんだ! 邪魔するんなら兄ちゃんから殴るぞ!」
「今度はお兄ちゃんに八つ当たり? なっさけない! 正義の体現が聞いて呆れるよ。人に迷惑かけて、友達に心配かけて、お兄ちゃんを困らせて、そんな様で正義を名乗ってよく恥ずかしくないね」
「このやろ! 黙って聞いてりゃ偉そうに!」
「何よ! そういうことは一度でも黙って素直に聞いてから言いなさいよ!」
「はん、聞きたくねーな、どうせまた適当言ってあたしをだまくらかすつもりだろ?」
「だまくらかす? 何それ、どういう意味? 本気で言ってんの?」
「どういう意味も何もねーだろ、いつもそうじゃねーか。凄んで見せれば黙ると思ったら大間違いだぜ、この口だけ女」
「力尽くでしか人を黙らせられない火憐ちゃんに比べたらずっとマシじゃん、この暴力女」
「この……やっぱ一発殴らなきゃ分かんねーみてーだな」
「ほらすぐに手を出そうとする。ホント野蛮だよね。言っとくけど黙って殴られるつもりなんてないから。きっちり返すよ、三倍で」

 僕を挟んで睨み合い、僕越しに罵り合う。
刺々しさは更に鋭く、苛立ちを超えて憎々しげに。
互いが互いの為に命をかけられる程に、想い合い通じ合っていたはずの二人が。
僕の目の前で、負の感情を、言葉を、互いにぶつけ合っている。
269 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:19:24.90 ID:hestCFaO0
 これは何の悪夢なのか――信じられないし、信じたくない事態だった。
左右の眼に映る二人の姿が、左右の耳に届く二人の罵詈雑言が、遥か遠くの世界の出来事にすら思える。
こんなの見たくも聞きたくもなかった。
それでもこれは紛れも無く現実であり。
臆していても黙していても何も解決しない。どころか悪化の一途を辿るのが落ちだろう。
だとすれば、目を閉じるより、耳を塞ぐより、口を出した方が余程いい。

「おい、だから何の話なんだって。順を追って説明しろよ」
「兄ちゃんには関係ねー、これはあたし達の問題だ」
「お前達が喧嘩してるのに関係ないわけあるか、何があったんだよ一体」
「昨日お兄ちゃんとも話してたことだよ。結局火憐ちゃん、あれから一人で突っ走っちゃってたの。今日なんか学校サボってその子に会いに行ってたんだよ、信じらんない」
「信じられねえのはあの子のことを放っとけって言ってる月火ちゃんの方だぜ。困ってるやつがいるのに、それを無視しろとか。あり得ねえだろ」
「違うでしょ、動くのはもうちょっと様子を見てからにしようって言ってるの。何が起こってるのか分かんないけど、本当に危ない目に遭ってる人もいるんだから」
「じゃあ尚更放っとけねーだろ、何で分かんねーんだよ、そんなことで怖気ついてて正義の味方が務まるかってんだ」
「だから! そうじゃなくて皆が心配してるって言ってるでしょ! 火憐ちゃんこそ何で分かんないのよ。大体その子も関わらないでほしいって言ってるんだから、詳しい事が分かるまではそうしといた方がいいじゃない。変に刺激して余計に問題がこじれたらどうするつもりよ」
「じゃあ月火ちゃんはあの子を見捨てろっつーんだな!? 困ってるやつを見て見ぬふりして、自分達だけめでたしめでたしとか、そんなことできっか!」
「見捨てろなんて言ってないでしょ! ホントちゃんと人の話聞きなさいよ! 頭だけじゃなくて耳まで悪くなっちゃったの!?」
「待てって、だからお前らちょっと落ち着け!」
270 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:24:36.89 ID:hestCFaO0
 またしてもヒートアップしそうだったので、割り込んで話を中断させる。
でもなるほど、このやり取りである程度事情が見えてきた。
問題はやっぱり、あの松木茜という女の子が引き起こした騒動にあるようだ。
月火は昨日僕と話した時に約束した通り、しばらく様子見という方針で。
だけど火憐はそれを良しとせず、単独で行動を開始していて。

 勿論これだけのことなら、然程に珍しい状況ではない。
意見の食い違いなんて、こいつらの間でも少なからずあることだ。
けれど、こんなに意見を対立させて、真っ向からぶつかるような事態となると、僕の記憶の中を探ってみてもほとんど見当たらない。
ましてやこんな派手な喧嘩にまで発展するなんて。

 いつもなら、こんな風に話がこじれるようなことはまずない。
大抵の場合、月火が火憐の方針に流されるか、火憐が月火の誘導に乗せられるかして、すぐに意見が一つにまとまるからだ。
元より火憐は、一度こうと決めたことは絶対に譲ろうとしないけれど、しかし火憐がこうと決めてしまえば、いつも月火の方が折れる。
何時ぞや自分で話していたように、月火の信じる正義は火憐のそれであり、また僕のそれであると、そう捉えているからだ。
(逆に火憐が何かを決める前ならば、月火が自分に都合の良い方向に話を持って行こうとしたりすることもあるけど)
271 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:29:22.57 ID:hestCFaO0
 しかし今回は違う。決定的に、絶対的に、それこそ絶望的なまでに違ってしまっている。
なぜなら、今回ばかりは月火の方にも曲げられない理由――あるいは根拠があるからだ。
昨日僕と交わした約束が。自分の友人関係や神原といった他の人達の言葉が。
今、月火を後押ししている。

 こんな前提があってしまえば、話し合いで解決しないのも無理はない――何しろお互い譲歩する意思が全くないのだから。
そうして平行線のまま話を続けている内に、お互い頭に血が上ってしまい、ついには喧嘩にまでなってしまったということなのだろう。
間が悪いと言うべきなのか、運が悪いと言うべきなのか、あるいは性質が悪いと言うべきなのか。
例えば、昨日の内に火憐と話ができていれば。
いや、昨日でなくても、今日ここで月火とやり合うより先に火憐と話ができていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

 しかし今はそんなことを悔んでいる場合ではない。
出来過ぎなくらい間の悪い状況に疑問を覚えている場合でもない。
とにかく、今は二人を止めるのが先決だ。
272 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:32:47.74 ID:hestCFaO0
「事情は何となく分かったけどさ、何も喧嘩しなくてもいいじゃないか」
「言う事聞かない月火ちゃんが悪い」
「火憐ちゃんでしょ」
「だから止めろって」
「何だよ、兄ちゃんはどっちの味方なんだ?」
「お兄ちゃんも私達と同じだよ、火憐ちゃんを止める為に昨日だってずっと待ってたのに」
「兄ちゃんまで――」
「ちなみに神原さんって人もだよ。お兄ちゃんに火憐ちゃんを関わらせないようにしてほしいって言ってたんだって」
「……」

 僕と神原の名前を出されて、言葉を失う火憐。
唇を噛み締めるようにしながら、こちらを睨んでくる。
悔しそうな表情。
握り締めたその拳が、微かに震えていた。
273 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:38:19.69 ID:hestCFaO0
「……何だよ皆して。そんなにあたしのやろうとしてることはおかしいのか? あの子を助けたいって思うのは間違いなのかよ?」
「間違いとは言わないし、おかしいとも言うつもりはないぞ」
「言ってんのと同じだろ。兄ちゃんまでそんなこと言うなんて幻滅だぜ。助けてやりたいとは思わねーのか?」
「思ってるけど、まだあの子の事情も何も全然分かってないだろ。下手に動いて問題をこじらせても不味いし、まずは落ち着くまでそっとしといてやった方がいいじゃないか」
「何だよそれ、結局兄ちゃんも腰が引けてんのかよ。そんなこと言ってる間に、知らない人が不幸事に巻き込まれたり、あの子が不幸になったりするかもしれないってのに」
「それで突っ込んでいったら、今度は火憐ちゃんが危ないかもしれないだろ。それは僕だって黙ってられないぞ。月火ちゃん達もその事を心配してるんだ。それを無視するのはちょっと違うんじゃないか?」
「もういいよ! 話してても埒があかねー。あたしは自分だけで動く。兄ちゃんの手も月火ちゃんの助けもいらない。二人で仲良く日和ってろ!」

 業を煮やしたのか、話を打ち切って身を翻す火憐。
悔しさを超えて怒りも露に。
放つ言葉にもそんな感情が強く滲んでいる。
274 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:41:30.26 ID:hestCFaO0
「おい火憐ちゃん……」
「寝る! 部屋に入ってくんなよ!」

 吐き捨てるようにそう言い残すと、火憐はリビングの扉を乱暴に開け、どかどかと足音を響かせながら出て行った。
追いかけることも声をかけることもできず、僕はただ黙ったままその背中を見送ることしかできず。
程なくして、階段を上がる振動が響き、部屋を蹴り開ける音と叩きつけるように閉める音がして、ようやく静かになる。
そこで隣に視線を送ると、月火もまた怒りの表情そのままに二階の部屋辺りを見上げていた。

「もうっ! もうもうもうっ! 火憐ちゃんの馬鹿っ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
「おい、聞こえるぞ」
「いいよ聞こえても! むしろ聞かせるよ! 拡声器どこ!?」
「ねえよ、そんなの。本当頼むからこれ以上喧嘩すんのは止めてくれよ」
275 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 00:50:04.02 ID:hestCFaO0
 地団駄を踏む月火を何とかなだめつつ、僕も上へと目をやった。
全く、この二人の喧嘩なんて心臓に悪いにも程があるぞ。
それでなくても今回の問題には怪異が絡んでいる上に、解決策も未だに全然思いついていない状況で、更に問題が詰み上げられてしまうなんて。
本当に頭が痛くなってくる。それは僕だって文句の一つも言いたくなるというものだ。
もっともさっきのやり取りを顧みるに、今の火憐には何を言っても大人しく聞いてくれることはないだろうけれど。
散々詰られて殴られて終いになりそうですらある。

「とりあえず火憐ちゃんのことは一旦置いとけ。説得するにしろ何にしろ、まずはお互い頭を冷やさなきゃ駄目だろ」
「いいよもう! 火憐ちゃんのことなんか知らない!」
「お、おい、どこ行くんだ?」
「お風呂! ご飯は冷蔵庫にあるから勝手にチンして食べて!」
276 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 01:00:50.47 ID:hestCFaO0
 まさしく憤懣遣る方ないといった表情で洗面所に向かう月火。
乱暴に扉を開け放ち、足で蹴りつけるように閉める。
僕の食事のことを覚えていてくれたのはありがたいけれど――あんなやり取りの後だけに、全然美味しく頂ける気がしないのが、心から残念でならない。
それでも食べないわけにもいかないし、と冷蔵庫にあった自分の分の夕食を取り出して席に着く。
しかしと言おうか、やはりと言おうか。
一人で食べること自体はさして珍しくもないし、用意されていた食事もいつも通り良い味だったのは間違いないのに。
作ってくれた月火には申し訳ないけれど、何とも味気無い食事だった。

 食事を終えて程なく。
身体の熱も頭の熱も未だ冷めやらぬ、といった感じの風呂上がりの月火と入れ替わりに、僕も浴室に向かう。
この日は何故か忍が影から出てくることはなく、これまた何とも味気ない入浴だった。
いや別に忍を味わったことなんてないんだけど。
何にしても、僕の意気は消沈するばかりで、浮上の気配は微塵もなかった。
277 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 01:06:57.62 ID:hestCFaO0
「……何で僕の部屋に鍵がかかってるんだ」
「火憐ちゃんが寝てるんでしょ、放っとけばいいよ」
「放っとくって言ったってお前」

 風呂から上がって、やはりぎすぎすした空気が充満したままのリビングで、気まずい時間を過ごして。
そろそろ寝ようかと二階に上がったのだけれど、開かずの間になっていたのは僕の部屋だった。
火憐のやつ、自分の部屋でもないのに僕に入ってくるなとか言ってやがったのか。
そりゃまああれだけ派手な喧嘩をした後だから、しばらく月火と顔を合わせたくないのは分かるし、だから二人の部屋に閉じこもる訳にはいかないって事情も分かるけど。
しかしまあ寝巻は階下にあったからいいにせよ、僕は明日の学校の準備とかどうすればいいんだよ。

「ほら、寝るよ」
「いやだから――ってお前こんな力強かったか!?」

 僕の寝巻の襟首を掴み、ずるずると引きずるようにして、昨日と同じく二人の部屋に向かう月火。
内心を反映しているかのようなその力尽くの振舞いに、これは本気で怒っているなと改めて認識せざるを得なかった。
これは結構長期化してしまうかもしれない。
何とも頭の痛い話だ。
自室を自由に使えなくなるって点も含めて。
278 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 01:13:41.69 ID:hestCFaO0
「これは、さっさと解決しないと大変なことになるなあ」
「もうなってるから」

 月火のもっともな突っ込みを受けつつ、昨日と同じく二段ベッドの下段に入る。
昨日のように気分良く眠りにつけるわけではなかったけれど。
それでも暗闇の中で寝転がっていれば自然に眠気は襲ってくるようで、すぐに小さな月火の寝息が聞こえてきた。

 僕はというと、暫く天井を見上げながら善後策を考えていた。
火憐の単独行動、ファイヤーシスターズの喧嘩、松木茜という少女の身の上、その周辺で起こる不幸事、悪魔の存在。
問題はどんどん詰み上がっていくのに、解決する為に必要な情報がまだ全然出てきていないというのが本当に厄介極まりない。
四段消しを狙ってるのに、いつまで経ってもテトリス棒が出てこないような感覚というか。

 そんな思考を続ける中で、なぜか心に浮かんでくる焦燥感と違和感に気付く。
何かを見過ごしているような、何かを忘れているような。
そんな感覚が、心の片隅にいつまでも汚泥のようにへばりついていた。
279 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/17(火) 01:20:50.46 ID:hestCFaO0
今回はここまでです。
次は多分週末になると思います。
また目星がついたら連絡する感じで。

動く火憐ちゃんが可愛すぎて困ります。
これでデレたらどれ程の破壊力が……っ!
後半に期待せずにはいられないですね。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/17(火) 01:35:37.81 ID:JMymReISO
乙〜
この時期にこんな素晴らしいファイアーシスターズSSと出会えて幸せです
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/17(火) 03:17:13.10 ID:l/EMmAQ70
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/17(火) 03:17:13.31 ID:Ei93+65Oo
乙!

3Pして仲直りだな
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/20(金) 00:26:42.33 ID:nnUwDV3qo
一気に読んでしまったぜ
面白い

OPよかったよ
284 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/21(土) 01:22:08.17 ID:OddmshCn0
こんばんはです。
ちょっと今日、明日は難しそうなので、日曜日に更新できるように頑張ります。

そして皆様のレスに感謝です。
しかしまさか幸せとまで言って頂けるとは、本当に書き手冥利に尽きると言いますか。嬉しい限りです。
何とかご期待に添えるように頑張って書き上げていきたいと思います。

アニメ第三話も楽しみですが、今回はファイヤーシスターズ回じゃなさそうなので、冷静に楽しめそうな気がするw
まあ火憐ちゃんがデレてから本番ですね、個人的には。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/21(土) 04:56:49.02 ID:YS/7QdaHo
うむ
286 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 00:44:23.70 ID:AkiEv/lv0
お待たせしてしまいました。
取り急ぎ続きを上げて行きたいと思います。
287 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/01/23(月) 00:48:48.83 ID:AkiEv/lv0
 013.

「お兄ちゃん、起きてよ。ほらほら早くってば、さっさと起きないと遅刻しちゃうでしょ、もう」

 ゆさゆさと、僕の体が揺さぶられている。
それに気付き、意識が少しずつ覚醒していく。あくまで少しずつ。
まだまだ眠気の方が優勢らしく、どうにも目覚めが遅い。
寝つきが悪かったのか、あるいは眠りが浅かったのか、揺さぶられている自分の体がまるで他人のそれであるかのように、僕の頭の反応も鈍かった。
またこう、ゆっくりと揺らされているというのが、逆に眠気を誘っているという可能性もあるだろう。
そんなことを考えてしまうと、意識はやがて睡眠の方へとその天秤を傾けてしまい――

「何寝直そうとしてんのよ! 起きろって言ってんでしょ!」
「ぐぇっ……!」

 瞬間、怒りの叫びと共に鳩尾付近へ鋭い一撃を頂戴し、一気に意識が覚醒へと導かれる。
というかむしろ覚醒を遥かに超えて、いっそ喪失してしまいそうな程の苛烈さ。
朝も早くから衝撃が体を突き抜けるというのは、久しく忘れていた感覚だった。
叶うならばずっと忘れていたかったと切に思う。
288 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 00:53:22.71 ID:AkiEv/lv0
「何よ、その蛙が潰れたみたいな声。全く大げさなんだから」
「――蛙を潰したことがあるのか、お前は」
「ある訳ないじゃん、お兄ちゃんならともかく」
「それは僕が潰したという意味か? それとも僕を潰したという意味か?」

 どちらだとしても全力で否定させてもらうけど。
それはさておき、じんじんと鈍い痛みが未だ残る部分を手で抑えつつ見上げた目に映るのは、僕の上に跨ったまま拳を握り締めている月火。
どうやらそれを僕の腹部に振り下ろしたということらしい。
いっそ潔い程に、兄に対するリスペクトというものを放棄した振る舞いだった。

 毎度の事とはいえ、こいつの沸点は低過ぎる。
そもそも人を起こす手段として、揺さぶるの次に殴るを選ぶとか、残念過ぎるだろう。
しかも躊躇うことなく鳩尾狙いとか。
本当にもうこいつは、僕を起こしたいのか落としたいのか、一体どっちなんだ。
まあどっちだとしても結果は同じなので、これは意味のない疑問かもしれない。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 00:59:33.35 ID:7T8taGx30
待ってた
290 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 00:59:35.68 ID:AkiEv/lv0
 閑話休題。
しかし、寝ている僕の上に跨って体を揺らす月火、という絵面は果たしてどうなんだろう。
冷静に考えてしまうと、割と宜しくない気がするんだけど。
僕が寝ていたからまだセーフだろうか? あるいは寝ていたからこそアウトだろうか?
これは中々に判断が難しいところだ。

「馬鹿なこと考えてないで、ほら、いいからさっさと起きてってば。もう結構時間やばいんだから」
「ん? おぉ、いつの間にこんな時間に」
「お兄ちゃんが寝てる間に決まってるじゃない」
「ええい、人のせいにばかりしやがって。お前だった今まで寝てたんだろ? って、そういえば火れ……」
「あ?」

 火憐の名前を口にしようとした瞬間、物凄い目で睨まれた。
どうやら一晩経っても、こいつの怒りはまるで収まる気配を見せていないらしい。
余計なことを言ってまた爆発されても困るので、さすがに黙らざるを得なかった。
決して1オクターブくらい下がったような月火の声に気圧された訳ではないことを、兄としてのプライドにかけて誓っておこう。
291 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:08:03.91 ID:AkiEv/lv0
「と、とにかく時間がないんだろ、さっさと着替えて飯食おうぜ」
「そうだね、じゃあ部屋に戻って着替えてきたら?」
「あぁ、そうするよ」

 凍てつくような月火の目から逃れる為、じゃなくて制服に着替えて学校へ行く準備の為、重い足取りで自分の部屋へ向かう。
というかもう足取り以上に気が重い。
これで部屋に入って火憐のやつまで怒りを持続させたままだったらと思うと、吐く息まで重くなってくる。
その時は、間違いなく躊躇いなく罵倒と共に蹴りが飛んでくるだろうから。
戦々恐々としながら、中の様子を窺うようにしつつ、部屋の扉をそーっと開ける。
およそ自室に入ろうとしているとは思えないような動きで開いた扉の向こうには、しかし幸か不幸か火憐の姿は見当たらなかった。
292 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:12:59.58 ID:AkiEv/lv0
 もうどこかに出かけたのか、と一人首を傾げながら、自室へと足を踏み入れる。
乱れたままのベッドに手を当ててみたが、既に温もりはほとんどなかった。
どうやら昨日と同じく、僕らよりもかなり早く起きていたらしい。
そして僕らを起こすでもなく、放ったらかしにして、そのまま一人で家を出たのだろう。
まあ昨日の今日である。僕らと話をする気にならなかったとしても何らおかしくはない。
むしろ関わってこようとしない方が当然とすら思える。
あれだけ派手なやり取りをしたわけだし。

 しかしやはり月火と同様に、火憐もまた怒りを持続させていることは間違いなさそうだ。
思わず知らず溜息を吐いてしまう。
次の二人の邂逅を考えると、朝から本当に気が重い。
色々なものを引きずりながら、手早く着替えて学校の準備を済ませると、部屋を出て階段を下りる。
食卓へ向かうと、月火が手際よく二人分の朝食を用意してくれていた。
流し込むように取る食事は何とも味気ないが、時間もないし贅沢も言えない。
さっさと食事を終え、二人で並んで家を出る。
293 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:16:43.68 ID:AkiEv/lv0
「じゃあ月火ちゃん、気をつけてくれよ、その、色々とさ」
「心配しないでいいよ、外ではしないようにするから。皆に心配かけたくないしね」

 僕の言葉に、表面上穏やかな感じで返す月火。
それはとりあえず喧嘩はしないという意思表示ではあるものの、決して昨夜のあれを終息させようという意思表示ではなく。
あくまでもファイヤーシスターズの持つ影響力を考慮して、他の問題を起こしたりしないように努力するという意思表示に他ならず。
であれば当然、今日もまた、二人の帰宅後に神経をすり減らすような攻防が繰り広げられる可能性が非常に高いということになる。
故に必然、その時の喧騒が僕の心に容易に思い浮かんできてしまい。
自然と気持ちも気分も深く沈み込んでしまう。
まだ一日は始まったばかりだと言うのに。
とはいえしかし、今の僕にできることなんて、ただ静かに歩いていく月火の背中を祈るような気持ちで見送って、大人しく学校に向かうことくらいだった。
294 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:28:44.06 ID:AkiEv/lv0
 014.

「おぉ、阿良々木先輩ではないか」

 暗澹たる思いを抱えたまま学校へ行き、ろくに集中できないまま授業を受けて、気がつけば放課後。
妙案が浮かぶでもなく、勉強にも身が入らず、散々な一日だった。
上手く行かず、それで落ち込んで、それ故にまた失敗して、という負のスパイラル。
その惨憺たる有様には、我ながら悲しくも情けなくもなってしまう。
憂鬱な気分のまま、しかし教室に残っていても仕方がないし、と重い足取りで学校を出ようとして。
正門を出た丁度その時に、後ろから追いかけてきたと思しき神原に声をかけられた。
振り返った僕の目に映る神原の表情は、今の僕とはまさに正反対というか、いつも通りの快活さに溢れていて。
その眩しい姿に、思わず嘆息してしまう。
正直、勝手ながらその元気を少し分けてほしいとすら思ったりもした。
全く、想像以上に僕も参っているようだ。
295 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:32:18.98 ID:AkiEv/lv0
「よぉ、神原」
「どうされたのだ? 随分と元気が無いようだが」
「ちょっと色々あってな」
「ふむ、また厄介事なのか? あぁ、そう言えば後輩達から話は聞いたぞ」
「話? 何のことだ?」
「先日お願いしたことじゃないか。上手いこと説得してくれたようで一安心だ。何でも月火ちゃんだったか、どうやら彼女の方から、例の少女にはしばらく関わらないように、と皆に号令がかかったそうだ。彼女の意に異を唱えるような命知らずはいないだろうと、後輩からは聞いているぞ」
「号令って――まあでも大げさ過ぎるくらいの方が騒ぎを鎮静化し易いのかもしれないな。あんまり信じたくはないんだけど、あいつらの影響力って結構強いらしいから」
「いやさすがは阿良々木先輩の妹さんだ。一声でここまでしっかり皆の足並みを揃えさせられるというのは、まさしく能力の高さと人望の厚さの証左とも言えよう。伊達にファイヤーシスターズの参謀担当は名乗っていないな。実に見事だ」

 感心しきりといった風に何度も頷く神原。
正直月火の本性を知っているだけに、その意見に素直に賛同する気にはなれないんだけど、それでも今回あいつが上手いことやってくれたというのは信じても良さそうだ。
何にしても、これ以上の被害の拡大を防げそうだというのは僥倖と言っていいだろう。
この点に限れば、ではあるけれど。

「それはいいんだけどな……」
「? まだ何かあるのか? あるいは何かあったのか?」
「それが昨日、妹達がその事で喧嘩しやがってさ。片やその子を放っとけないから関わろうとしてて、片や被害を抑える為にまずは様子見って考えてて、結果見事に正面衝突だよ」
296 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:35:25.97 ID:AkiEv/lv0
 そうして昨日のやり取りを簡単に説明する。
身内の恥を晒すようなことに抵抗がないでもないけれど、神原も知っている火憐のことだし、他の人に言いふらすようなやつでもないし、何より僕自身誰かに聞いてほしかったのだ。
手詰まりの閉塞感に、黙ったままではいられなかったというところもある。
なので、こうして誰かと話すことで少しでも気持ちが整理できればと思い、渡りに船とばかりに話してみたわけだ。
神原は何度も相槌を繰り返し、真剣な表情で聞いてくれていた。

「なるほど、それで阿良々木先輩はそのように消沈されておられるのだな。何とも痛ましい限りだ。望むならば私が全力で慰めて差し上げるが」
「遠慮しとく、どうせベッドの上で、とか言うつもりだろ」
「うむ、野外はまだ私達には早いと思うしな」
「早い遅いの問題じゃねえよ」
「阿良々木先輩は早いのか?」
「その質問に下手に答えるのは宜しくない気がするので置いておくけど、何にしても慰められてる場合じゃないよ。さっさと問題を解決させないとな」
「ふむ、それは申し訳なかった、私がお願いをしたせいで……」
「あぁ、いや、それは違うぞ。むしろお前のおかげで月火ちゃんは止められたんだしさ。感謝こそすれ文句なんてある訳ねえよ」
「そうか、そう言って頂けると助かる」
「昨日僕もその子の様子を見に行ったんだけど、確かに何かありそうな感じだったよ。具体的なところはまだ分からないけどさ」
297 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:39:58.31 ID:AkiEv/lv0
 正確に言うと、忍のおかげである程度のことは把握できていた。
松木茜というその少女に憑いた悪魔。それにより引き起こされた災禍。
ただ神原に悪魔の話をするのは余計な負担をかける恐れがあったので、そこは曖昧にぼかしておく。
関わらずに済むならば、やはり関わらない方がいい。

「そうか、やはり怪異絡みの可能性が高いということか」
「みたいだな。まあこっちの事は僕に任せておいてくれよ。忍もいるし滅多なことはないと思うから」
「了解だ。しかし怪異が関わっているのなら、くれぐれも注意してほしい」
「分かってるよ。無茶はしないようにする――けどなあ、まあ月火ちゃんは大人しくしてくれるみたいだからいいとしても、火憐ちゃんの方が……」

 昨日の喧嘩を思い出して、また少し憂鬱になる。
今日も早朝から家を飛び出していたけれど、またあの子の所に行っているのだろうか。
僕や神原が反対していることを知ってもなお突貫しているのでは、今更僕が何を言っても無駄かもしれない。
これ以上突っついても、それこそ余計に意地になるだけかもしれないし、全くもって度し難い話だ。
298 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:46:36.67 ID:AkiEv/lv0
「ふむ、そうか、火憐ちゃんは止められなかったか。まあそれはそれで仕方がないかもしれないな。とにかく月火ちゃんや他の皆を止められたのだから、とりあえず今はそれで良しとすべきではないか?」
「ん? あ、あぁ、まあそうだな」

 何だろう、また少し違和感があった。
そう言えば、ここまでの神原との会話で、何故か全然火憐の話が出ていなかったような……?

「言って止まらぬならば、今は触れずにおくしかないだろう。下手に刺激するよりはまだ良い。ひとまず彼女のことは置いといて、阿良々木先輩、まずは自身の安全に注意を払ってほしい。今更私如きに指摘されることでもないだろうが」
「もちろんそれは気をつけるよ――ところで神原、気のせいかもしれないけど、何か今日のお前、ちょっと火憐ちゃんにそっけなくないか?」

 神原は月火とはほとんど接点がなく、火憐としか交流はなかったはず――もちろん接点が無いからといって月火を軽んじるようなことはないだろうけれど、それでもやはり心配の第一位には火憐の方が来るのが自然ではないだろうか。
なのに、今日の神原の言葉には、月火や僕に対する心配の念は強く感じるけれど、火憐に対しては余りにも淡白だ。
まるで全く交流の無い他人に向けるかのような物言いに、どうしても疑問を、違和感を、覚えずにはおれない。

「うーん、決してそのようなつもりはないのだが。ただ阿良々木先輩の話を伺う限り、それは火憐ちゃんの自業自得というところが大きいだろう。あまり強く言っても意固地になるだけだろうし」
299 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:52:43.34 ID:AkiEv/lv0
 小首を傾げるようにしながら、少し困ったような表情で神原が言う。
言っている事は分からないでもない。
事実、火憐は周りが止めても全くそれを聞かずに自分から首を突っ込んでいるのだから、確かにそれで何かあったとしても自業自得としか言えないだろう。
理屈の上ではその通りだ。
けれど、こいつがそんな言い方をすること自体が不自然な気がする。
それでも心配して世話を焼こうとするような、こいつはそういうやつだったと思うんだけど。

 やはりどうにも微かな違和感が頭を離れない。
何かが違うような、何かを忘れているような、そんな気がしてならない。
しかし、それ以上は考えが進まなかった。
何かがおかしいと思う自分と、今回はそれも仕方ないだろうと考える自分と。
思考と思考がせめぎ合い、やがて膠着状態に陥り、思索はそこで中断されてしまう。
300 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 01:58:02.76 ID:AkiEv/lv0
「まあいいか。とりあえず神原、僕はもうちょっと調べてから動いてみるよ」
「そうか、ではここでお別れだな、名残惜しいが致し方あるまい。では次は是非大人の階段を共に上ろうではないか」
「さりげなく欲望を織り交ぜんな。普通にまた明日でいいだろ」
「それでは私の個性が伝わらないだろう?」
「もう十分伝わってるから」

 そんないつも通りのやり取りで神原と別れの言葉を交わす。
その背中を見送ってから、僕も足を家の方角へ向ける。
そうして歩きながら、ポケットから携帯を取り出した。
千石に連絡を取る為だ。
正直なところ、千石を巻き込むことに抵抗はあるけれど、事が中学生の間で起きている問題で、且つ妹達から話を聞くことが難しい現状では、僕には他に話を聞ける人がいないのである。
申し訳なく思いつつも、携帯で番号を探し、通話ボタンを押した。
301 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:02:00.79 ID:AkiEv/lv0
 015.

「もしもし、暦お兄ちゃん?」

 幸いにも在宅だったようで、千石には電話をかけてすぐに繋がった。
しかし、受話器の向こうから聞こえてくる声がやや暗いような気がして、少し不安になる。
タイミングが悪かったのか、それとも何か嫌なことでもあったのか。
現状が現状だけに、些細な事でも心配になってしまう。

「いきなりでごめんな、今大丈夫か?」
「あ、うん、撫子は大丈夫だけど――」
「どうかしたのか? 何か問題があるなら言ってくれよ、僕の話はまた後でもいいからさ」
「ううん、そうじゃなくて、月火ちゃん達がね」
「あいつら、また何かやらかしたのか?」
「えっと、その、月火ちゃんと火憐さんが喧嘩してるって話を聞いたから、大丈夫かなって、ちょっと心配で」
「まじかよ……」
302 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:06:09.76 ID:AkiEv/lv0
 か細い声で囁くように言う千石。
元より争い事とは無縁の子だけに、周りでそういうことがあるというのは、ましてやそれが知り合いとなれば、やはりショックは小さくないのだろう。
本来なら僕がここで千石を気遣ってあげるべきだし、実際そうしたいとも思うけれど、でも僕は僕でかなり動揺してしまっていたので、そんな気遣いなんて全くできなかった。
全くもって申し訳なくも情けなくもなってしまう話だ。

 そんな風に沈んだ調子の千石が、それでもたどたどしく語ってくれたところによると、昨日に続いて今日も単独行動だった月火に対して、火憐のことを聞こうとした子がいて、その子がまあ大層睨まれたんだとか。
僕自身が朝に体験したことだから、その子がどれだけ震え上がったかは想像に難くない。
さてもそんな状況にあれば、二人の間で何があったかなんて、誰だって想像するより先に理解に至るだろう。

「だから今ね、学校でも結構話題になってるの。昨日暦お兄ちゃんが言ってたあの子のことも、結局月火ちゃんが一人で動いて騒ぎを鎮めちゃってたし、ファイヤーシスターズの解散危機とか騒がれてるよ」
「そんなことになってんのか――参ったな、そんな大事にはしたくなかったんだけど」
「ねえ、暦お兄ちゃん、その、本当に二人はそんなひどい喧嘩をしてるの?」
「ん? あぁ、昨夜からちょっとな。松木って子への対応方針で完全に対立しちゃって、派手にやらかしてるんだ。まだ互いに全然怒りも興奮も冷めやらぬって感じだよ。一応これは他の人には言わないでくれ」
「うん、もちろんだよ。撫子と暦お兄ちゃん二人だけの秘密にするよ。絶対に言わないから安心して」
「お、おう、そこまで気合い入れてくれなくても大丈夫だけど」
303 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:11:45.37 ID:AkiEv/lv0
 そんな二人だけとか強調されても、火憐と月火は僕達以上によく知っているんだけど。
まあ、それだけ僕の言葉を真摯に受け止めてくれているということだろうし、僕もまた紳士として無粋な突っ込みはしないでおくことにしよう。
そんな善意にケチをつけるような真似なんてするわけにもいかないし。
全く、あいつらもこれくらい素直だったら助かるんだけどな。
そんなことを考えていると、そこで千石が少し声を潜めて、あるいは眉を顰めてか、少し気になる事を口にする。

「それにしても、火憐さんもどうしてそんなに強情なのかな、意地を張ってないで謝っちゃえばいいのに」
「千石?」
「迷惑かけたり心配かけたりなんてよくあることだけど、すぐにごめんなさいってしちゃえば、そんな拗れることなんてないんだから」
「ちょっと待った、千石は何か聞いてるのか? 何で二人が喧嘩してるのかって。もしかして中学生達の間じゃ原因が全部火憐ちゃんにあるとかって話になってんのか?」
「え? 皆が心配して止めてるのに、火憐さんがそれに聞く耳持たないで暴走しちゃってるって聞いてるんだけど――あれ? 違うの?」
「いや、違うっていうか……」
304 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:17:44.45 ID:AkiEv/lv0
 受話器の向こうで小首を傾げているような気配がする。
そして僕もまた、その言葉に首を傾げずにはいられなかった。
千石はきっと、純粋に自分の得た情報から状況を判断しているのだと思う。
当然ながら、そこに悪意のようなものはない。そんな子ではない。
けれど、それで得られた結論に、どうにも違和感を覚えずにいられないのだ。

 千石はあくまでも情報の受信側である。
元より火憐や月火に対して特に悪感情を持ってもいないだろう。
しかしそんな彼女ですら、今回は火憐に非があるという結論を導き出してしまっている。
だとすれば、そもそも皆の間で流れているその情報自体に偏りがあるのではないだろうか。
そしてそれは取りも直さず、その偏りのある情報こそが、今の彼女達のコミュニティにおける共通認識だということを意味している。

 月火を擁護――というよりも火憐を非難するような、そんな空気が。
月火の行動を肯定し、火憐の行動を否定するような、そんな気配が。
今まさに、あいつらのコミュニティに――大げさに言ってこの街の中学生達の間に、広がってしまっている。
このことを、痛烈に、痛切に、痛感せざるを得なかった。
それはつまり単純な話、今の火憐には一人として味方がいないということだ。
305 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:24:00.19 ID:AkiEv/lv0
 もちろんそのことについて、火憐に原因がない訳ではない。
状況的には確かにそれに近い感じだし、決してその認識が間違っているとは言えない。
しかし、それにしたって余りに極端に過ぎないだろうか?
そもそもこの程度のことで、ここまで火憐が冷遇されるような事態になってしまうものだろうか?
僕は、何かを見落としてはいないだろうか?

 考え出すと、どうにも心がもやもやして仕方がない。
違和感と、そして同時に何かを忘れてしまっているかのような焦燥感が、昨日からずっと心に燻ぶり続けていた。
そんな風に、またしても僕が内心で思考のせめぎ合いを繰り広げている間に、千石は言葉を続ける。

「皆がそう言ってるよ。今回は月火ちゃんが正しいって。火憐さんが間違ってるって」
「そう、なのか。いやまあ確かに今回は月火ちゃんの判断が正解なんだけど――でも火憐ちゃんが間違ってるかってなると、どうなのかな……?」
306 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:27:28.67 ID:AkiEv/lv0
 最後の方は、千石への言葉というよりも独白のようなものだったのだけれど。
彼女はそうは捉えられなかったらしい――そういう意味では、これは僕が迂闊だった。
受話器の向こうで息を呑む気配がする。
が、時既に遅し。

「あ……ご、ごめんなさい」
「いや違う違う、別に千石を責めてる訳じゃないよ。ちょっと気になっただけだから」
「うん、でも、その、ごめんなさい」

 慌てて否定したけれど、千石の声は少しずつ小さくなっていき、終いには消え入りそうになっていた。
その申し訳なさそうな響きに、少し胸が痛む。
今のは僕の失言だろうに、何とも申し訳なくなってくる。
本当に千石を責めている訳ではないんだけど……

 しかしどうにも上手くいかないというか、昨日からずっと僕の調子は狂いっ放しだった。
勉強にも身が入らないし、詰まらないミスばっかりするし、いいアイデアも浮かばないし、思考も全然まとまらないし、何をするにも集中できず、挙句の果てに周囲への気遣いすら希薄になっている。
反省しないとな、本当に。
307 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:29:31.89 ID:AkiEv/lv0
「ごめん千石、僕が悪かった。さっきの事は本当に気にしないでくれ。とにかく状況は分かったよ。僕も今回の問題は早いこと解決させたいからさ、ちょっと協力してくれないか?」
「え、うん、それはいいけど、撫子で力になれるかな?」
「ああ、とにかく今は情報が欲しいんだ。松木って子があんなことを言い始めた理由とか、何を望んでいるのかとか、それが分かるヒントになるような。どんな小さな事でもいいから、何か知ってる事があれば教えて欲しい」
「知ってる事? でも、昨日お話したことくらいしか撫子も知らないの。その、お友達ってわけでもないし」
「うーん、そうか、それじゃあ仕方ないか」
「あ、でも……」
「ん? 何か思いついたか?」
「えっと、暦お兄ちゃんが必要としてる情報じゃないかもしれないけど、その子、今日からしばらく学校をお休みするみたい。検査入院だって聞いたけど」
「検査入院?」
「うん、詳しくは分からないけど、そうなんだって。だから皆、当分会う事もないねって、そういう話をしてるよ」
308 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:34:06.40 ID:AkiEv/lv0
 千石の言葉に、改めて考えてみる。
果たしてこの情報は、僕らにとって吉報なのか、あるいは凶報なのか。
被害の拡大を防ぐという点においては、きっと良いことだと思う。
月火の号令と重なって、これで積極的に関わっていこうとする人はもう出てこないだろうし。
もちろん月火も、そして千石も、あるいは神原も、そんな僕に近しい人達にも、これ以上害が及ぶ危険はほとんど無くなった。
その点では、まずは一安心と言ってもいいはずだ。

 だけど、どうにも嫌な予感が拭えない。拭いきれない。
検査入院という話だけど、もちろんそれが定期的なものであるなら問題はない――が、もしそうでなければ?
これが表向きの理由でしかなく、実際は病状の深刻化を意味するものだったら? その為の入院だったら?
そして僕は、そうなる可能性があることを知っている。それを導き得る事態が存在することを知ってしまっている。
もしも松木が、何か規模の大きな、あるいは範囲の広い、そんな新しい願いを持ってしまっていたら、それを悪魔が聞き届けていたら――
その危険がある以上、やはりあの子を放置してはおけないだろう。
しかしそうは言っても、アプローチする方法が未だ見つからない現状では、結局打つ手がないのは同じだ。
僕が迂闊に近づいて彼女を刺激してしまえば、それこそ誰に累が及ぶか分かったものではない。
さて、どうすればいいだろうか?
309 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:38:37.34 ID:AkiEv/lv0
「暦お兄ちゃん?」
「あぁ、悪い千石、ちょっと考え事してた。とにかく話を聞かせてくれてありがとう。参考になったよ」
「ううん、こんなことで役に立てるなら」
「それと今更言うまでもないかもしれないけど、問題が解決するまでは、千石もその子になるべく近づき過ぎないようにしてくれ」
「うん、怪異が関係してるなら、撫子が何かしようとしても暦お兄ちゃんの邪魔になっちゃうもんね」
「ごめんな、また解決したら教えるから」
「分かった。暦お兄ちゃんも気をつけてね」

 千石との通話を終えて、携帯をポケットに入れる。
多少なり情報を入手できたとは言え、まだ事態の解決には遠い。
月火や千石達がこれ以上この問題に関わることは無さそうだというのはいいにしても、肝心の解決方法は未だ全く思いつかないのだから。

 それから家へと向かって歩きながらも、思考は続けていた――が、やはりどうにも上手くまとまらない。
心の中がざわつき、焦燥感と違和感が混じり合い、暗く濁ってゆく様な感覚。
考えようとしているのに、その思考が的外れな方向へ逸れてしまっているような。
悩んでいるのに、その悩みの内容がぼんやりしてしまっているような。
重大な問題のはずなのに、些細な問題を前にしているかのような、そんな緊張感と集中力の欠如。
310 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:46:48.85 ID:AkiEv/lv0
 もやもやした気分を抱えながら、緩慢な思考を続けながら、一人道を歩く。
何かが違うような、何かを忘れているような、何かが引っかかるような。
そんな違和感と焦燥感が、頭にこびり付いて離れない。
でもその正体が分からない。
そんな思考を、もう幾度となく繰り返している。
何が分からないのか、何で分からないのか、考えれば考えるほどに混乱してしまう。正に袋小路。
解決すべき問題を前にして、それに取り組むでもなく傍観しているような気分がして落ち着かない。
哲学者でもあるまいに、僕は何を悩んでいるのかと、そうしてまた思考が脱線していく。

 何かがおかしい、でも何がおかしいのかが分からない。
そんな疑問の堂々巡りを続けている内に、気がつけば日暮れ。
妙な違和感と焦燥感を抱えながらの帰宅。
事態はなお動かず、僕はなお気付かず、ただ時間だけが無為に過ぎてしまっていた。
311 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/23(月) 02:50:43.63 ID:AkiEv/lv0
ということで、今日はここまでです。
お待たせしており申し訳ない限りです。
少しずつでも上げていけるようにしますので。

第3話、かれんビーなのに火憐ちゃんの出番が……
でも焦らされれば焦らされる程、後への期待も高まるというもの。
まだまだ見所はたくさんあるし、楽しみで仕方ない……っ!
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 02:52:38.07 ID:BimYlLuzo
おつ!
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 03:31:59.99 ID:7T8taGx30
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/23(月) 09:14:11.93 ID:Q8J9tsESO
乙。
少し先が読めた気がする!!
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/23(月) 11:34:50.44 ID:/TtRmJ8bo
乙!
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/23(月) 20:30:34.25 ID:6cczzQ0+o
乙です!

シスコンのアラレ木の気苦労は耐えないのう
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/01/25(水) 22:26:14.06 ID:W4S5/YUFo
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバン
バン       バンバンバン゙ン バンバン
バン(∩`・ω・)  バンバンバンバン゙ン
 _/_ミつ/ ̄ ̄ ̄/
    \/___/ ̄

  バン    はよ
バン(∩`・д・) バン  はよ
  / ミつ/ ̄ ̄ ̄/   
  ̄ ̄\/___/

      ; '     ;
       \,,(' ⌒`;;)
       (;; (´・:;⌒)/
     (;. (´⌒` ,;) ) ’
(  ´・ω((´:,(’ ,; ;'),`
( ⊃ ⊃ / ̄ ̄ ̄/__
    \/___/

ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチ     ポチポチポチポチポチポチ
ポチ(∩`・ω・) ポチポチポチポチポチ
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      /_/
318 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:17:03.77 ID:xbngZ8B+0
何ともお待たせしてしまってて申し訳ないです。
更新ペースが、週二→週一、となりつつあるのが何とも……
とりあえずちょっとだけ更新を。

月火ちゃんが可愛過ぎて困る……w
319 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/01/25(水) 23:20:00.42 ID:xbngZ8B+0
 016.

 明けて次の日。
休日ということもあり、目覚ましをかけることなく寝ていたのだが、普段とそう変わらない時間に眠りから覚めてしまった。
重い瞼に重い気分、鈍い思考と鈍い動き、どうしようもなく憂鬱な目覚め。
そんな覚醒とあっては、すぐに体を起こす気にもなれず、まるで頭も回らず。
梅雨時の空よりもどんよりした気持ちで、しばらく天井を見上げていた。
悪夢にうなされたような記憶はないんだけど、あるいは忘れているだけで、もしかしたら嫌な夢でも見ていたのかもしれない。
もっとも寝入りの時からして気が重かったのだから、寝起きでそうなってしまうのも、まあ頷ける話ではある。

 昨日、悩んで頭を抱えながら帰宅して、それからも散々だった。
火憐と月火はなお冷戦状態で、互いに一言さえ言葉を交わすことなく、険悪なムードを隠そうとすらせず、たまに顔を合わせれば睨み合いになり。
一触即発というそんな状況に、僕はずっとはらはらしっ放しだった。
二人が接近する度に緊張を強いられてしまい、身体より心の方が疲弊してしまったくらいだ。
320 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:23:52.50 ID:xbngZ8B+0
 両親にも色々と聞かれたけれど、まさか本当の事を言う訳にもいかず、とにかく曖昧にぼかすしかなかった。思春期だからとか何とか。
もちろんその説明で納得したわけでもないだろうけど、それでも姉妹が喧嘩しているくらいの事で逐一口を出すつもりはないようで、両親の方は一応しばらく静観することにしてくれたらしい。
突っ込んだ所を聞かれなくて済んだのは良かったけれど、結局事態がまるで解決の見通しも立っていないということに変わりはなく。
板挟みの状況に、僕は一人神経をすり減らしながらの夜を過ごしていた。
世に言う中間管理職という役職にいる人達は、こういう気分を日々味わっているのだろうか。
だとすれば、よくぞそんな苦行に耐えているものだと、尊敬の念を覚えずにはいられない。

 しかし実際、火憐と月火の間で散らされている火花へと身を投じるというのは、物凄いストレスだった。
それこそ野生動物なら即座に逃げ出すんじゃないかってくらいに剣呑な空気。
とても話や説得なんてできるような雰囲気ではなく、どころか火憐に至っては目が合えば僕をも睨みつけてくるのだから。
そんな状況とあっては、こちらとしてももう接触すること自体を諦めるしかなく、近づくという選択肢すら頭から完全に放棄していた。

 全く、吸血鬼だてらに頭も胃も痛くなってくる話である。
月火は火憐を無視し、僕は火憐を放置し、火憐もまた僕らに近づいてくることはなく。
ぎすぎすした空気には閉口し、意地を張り続けている火憐には開いた口が塞がらない。
自分達の家なのに、居心地の悪さに全然気が休まらなかった。
眠りにつくまでずっとそうだったのだから、夜が明けた所で何も変わってはいないだろう。
321 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:26:51.55 ID:xbngZ8B+0
「はあ……」

 今日これからのことを思い、知らず零れる溜息。
しかし溜息をつくと幸せが逃げるとは言うものの、そもそも溜息をついてしまうような心境の人間の中に、逃げるほど幸せが残っているものなのだろうか。
というか、逃げ出すだけの幸せがある人間なら、そうそう溜息なんてつかないような気がするんだけど。

 そんな馬鹿なことを考えていたところで、不意に腕に鋭い痛みが走る。
反射的に視線を向けると、月火の手が僕の腕をがっしりと掴んでいた。
皮膚に爪が食い込む程に力が込められたその手は微かに震えていて。
眉根を寄せる寝顔に浮かぶその表情は、はっきりと苦悶の色に満ちていて。
食い縛るようにしている口元から漏れる呻きに、はっと気を取り直す。

「どうした月火ちゃん! おい! 大丈夫か!?」
322 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:31:00.00 ID:xbngZ8B+0
 珍しくも僕が妹を起こすという構図がそこにあったが、もちろんそんなことに気を回す余裕なんてなかった。
掴まれていない方の腕で、月火の肩をゆさゆさと揺さぶる。
ここまで月火がうなされる姿なんて見た記憶はない(いつも僕が起こされる立場だったというのもあるけれど)。
なので正直なところ、僕はみっともないくらいに取り乱してしまっていた。
何しろ体調に異常がある可能性を全く考えられなかったのだから。

 とはいえ、今回はその行動は正解だったらしい。
ややあって、ゆっくりと月火の瞼が開き、僕の目に焦点が合わせられる。
強張っていた体からも、少しずつ力が抜けていく。
そこでようやく僕の腕も解放され、血が通うような感覚が走る。どれだけ全力で握り締めていたのやら。

「お兄ちゃん……?」
「どうしたんだよ、月火ちゃん。随分うなされてたぞ」

 一つ瞬きした後、掠れたか細い声で僕を呼ぶ月火。
繰り返される呼吸は荒く、重そうな瞼の奥の瞳には疲労の色が濃く、汗もびっしょりかいていて、前髪は顔に張り付いてしまっていた。
とても一晩ゆっくり寝たとは思えないような姿だ。
心配になり、汗ばんだその頬を撫でてやりつつ、瞳を覗き込むようにしながら声をかけてみる。
323 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:34:34.51 ID:xbngZ8B+0
 全く頭が働いていないらしく、無言のままそれから何度か瞬きを繰り返していた月火だったが、少しして僕の胸元に転がってきた。
何も言わずに腕を僕の背に回し、目を閉じて顔を胸に押し付けてきて。
そしてそのまま、ぎゅっと僕の体を抱きしめてくる。
背中を掴む月火の手は、微かに震えている気がした。
傍で見ているこちらの方が不安になってしまうような所作。

「おいどうした? 大丈夫なのか? 何なんだよ、嫌な夢でも見たのか? まさか体の調子が良くないのか?」
「……分かんない」
「は? 何だって?」
「だから分かんないの! よく分かんないけどやな気分なの! しばらく黙ってて!」

 僕の体を抱きしめたまま、甲高い声でキレる月火。
というか、何でその矛先が僕に向けられているのかが分からない。
まあその声の調子を聞く限り、体に異常があったとかではなさそうなので、その点は一安心だけど。
324 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:38:07.38 ID:xbngZ8B+0
 しかしどうやら相当嫌な夢を見たようだ。
その内容を覚えていないというのは、言葉通りなのか言いたくないだけなのか。
まあこいつが見た夢の内容についてはともかく、その原因は容易に想像できる。
それはきっと、僕と同じだろうから。

 火憐との不和――思った以上にこの事実は、僕らの心に大きな負荷をかけてしまっているらしい。
一つ屋根の下で暮らしている人間とぎすぎすしていれば、それは負担になって当たり前ではあるにせよ。
これは何とか早いこと解決させないと、本当に体調にも障ってきそうだ。
精神的にもしんどいことこの上ないし。

 胸元でうーうー唸っている月火の頭を、そっと撫でてやる。
怒るかなとも思ったけれど、特に何も言ってくることはなく。
しばらくそうして過ごしている内に、どうにか心が落ち着いてきたようで。
一度ゆっくりと大きな深呼吸をしてから、マーキングする動物よろしく、月火が僕の胸に頭や頬を擦りつけてくる。
325 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:42:56.85 ID:xbngZ8B+0
「はぁ……あーもー最悪。超最悪。何この気分。むかむかしてくる。何で休みの朝からこんな気分になんなきゃなんないのよもー」
「ぐりぐりすんな、地味に痛いから」
「何だろこれ、凄いやな感じ。悪い夢とか最近全然見てなかったのに。ていうかいい夢見ることの方が多かったのに。何なのよホントにー」
「まあ忘れとけって、嫌な夢のことなんか。ほら起きるぞ」
「えー、いいじゃない、もうちょっとごろごろしてようよ、折角の休みなんだし」
「休みだからこそ、だらけててどうすんだって話だろ。大体僕は受験生なんだぞ」
「何よ、偉そうに優等生ぶっちゃってさ。ぶっ飛ばすよ?」
「物騒なこと口走ってんじゃねえよ、人の胸に頬擦りしながら。しかも手でも撫で回してるとか。どこの痴女だよ、お前は」
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよね。これはあれだって、ただ妹として兄の成長具合が気になっただけだよ」
「それはだけと言い切っていいことなのか?」

 その発想は、兄を持つ妹として些か斬新過ぎる気がする。
もっとも第三者的観点から見れば、僕が言えたような立場じゃないって気もするけど。
きっと正しく五十歩百歩だろう。
これ以上突っ込んでも墓穴を掘るだけだろうし、とりあえず棚に上げておくことにする。
326 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:48:59.08 ID:xbngZ8B+0
 しかしまあ、相も変わらず僕達は一体どこに向かっているのだろう?
果たしてこのまま進んで良いものかと、ちょっと不安に思わないでもない。
とか、そんな下らないことを考えている間も、僕の胸を撫でる月火の手の動きは止まっていなかった。
男の胸なんて撫でて何が楽しいんだろうか? あるいはもう僕が月火の胸を撫でてやるべきなのか?
そんな風に僕が結構な疑問を抱えている内に、月火がちょっとうっとりしたような表情で小さく頷く。

「うん、でもなかなかいい体してると思うよ、お兄ちゃん。適度に鍛えられててさ。これなら九十点以上を上げてもいいかな」
「そんな評価はいらない」
「照れなくてもいいのに」
「照れてなどいない」
「デレればいいのに」
「何でだよ!?」

 今のやり取りのどこにデレる要素があったよ?
というかデレるの僕かよ。益々もってあり得ないだろ。
本当にこいつは勢いだけで何を口走ってやがるのか。
しかし最近気付いたことだけど、寝起きの月火って頭が変な方向に暴走してるよな。
とんだアイドリングもあったものだと思う。
327 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:53:37.72 ID:xbngZ8B+0
「あー、何か喋ってたら目が冴えてきちゃった」
「いいことじゃねえか、じゃあ今度こそ起きようぜ」

 最後にぽんぽんと背中を優しく叩いてやって、僕の方から体をずらしてさっさと起き上がることにする。
うつ伏せの状態でまだ不満げな声を上げていた月火だったが、それでもさすがに諦めたらしく、小さく溜息を一つ。
気怠げな様子で頭を上げ、そこでようやく体を起こす動作に移る。ゆっくりと。

 何気なくそちらへ視線をやり、そこで初めて月火の状態に気付き、思わず絶句してしまう。
どうやら今日は相当寝相が悪かったらしく、浴衣の前が完全にはだけてしまっていたのだ。
それはもう、帯がなかったら全部ずり落ちてたんじゃないのかってくらいに。
実際それは既にもう服の体を為してはおらず、ほとんどパンツ一枚と変わらない姿である。
だというのに、こいつは胸を隠す気も胸元を直す気も全く無いようで。
あられもない格好に恥じ入る様子など微塵もなかった。
いやもう本当に言葉も無いわ。
328 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/25(水) 23:57:57.44 ID:xbngZ8B+0
「何? 私のおっぱいがどうかした?」
「どうかしたというか、まずその質問がどうかしてるというか。つーか気付いてるんなら直せよ。丸出しだぞ」
「そう言うわりには視線固定されてるよね。そんなに気になるんだ。見たいんなら素直にそう言えばいいのに」
「馬鹿言え、そんなわけあるか。これはあれだ、ただ兄として妹の胸の成長具合が気になっただけだ」
「それをだけって言い切れるのも凄いと思うよ」

 至極もっともな指摘だった。因果応報とはこのことか。いや多分違うけど。
とは言え、当の本人がそれを気にした様子でもないので、ここはさらっと流しておいた方がいいだろう。
と、そこでようやく月火も浴衣を直し始めた。
特に隠すわけでもなく、別に見せようとしているわけでもなく、何というかごく自然に。
結婚二年目の夫婦でもあるまいに、もう少し恥じらいというか、ちょっとぐらい気にしたらどうなんだと思わないでもない。
まあ風呂上がりに半裸でうろつくようなやつだし、家の中で無防備なくらいなら特別問題視する程のことでもないのか?
329 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/26(木) 00:04:14.19 ID:X9pkvxlo0
 しかし改めてその胸部をじっくり眺めてみると、やっぱり前に見た時より成長しているなと確信する。
もちろんまだまだ羽川とかと比べられるような世界には程遠いとはいえ、それでもこれは、そこへ近づく為の価値ある一歩だと思う。
果たして伸び代がどれだけ残されているかは分からないけれど、兄としてこれからもずっと見守っていこうと改めて心に誓った。

「やっぱり何か邪な思考を感じるんだけど」
「気のせいだ。いいからシャワーでも浴びてこいよ。汗びっしょりだぞ」
「それはお兄ちゃんもだよ。何? もしかしてお兄ちゃんも嫌な夢見たの」
「多分な、よく覚えてないけどさ」
「ふーん、何でだろね、二人揃ってなんて。まあ今更どうでもいいか。じゃあお風呂行ってくるね」
「そうしろ、僕は後でいいから」
「何なら一緒に入る?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、さっさと行ってこい」
330 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/26(木) 00:12:41.83 ID:X9pkvxlo0
 そうして先に月火を風呂にやり、上がってきた所で交代して僕もシャワーを浴びる。
汗を流したところで、ようやく人心地ついた気がした。
風呂上がりに遅めの朝食をとり、二階に上がって自室に入ると、当然と言おうか、既にそこに火憐の姿はなく。
思わず知らず、小さな溜息が零れる。
きっと今日も、昨日までと同じように一人で動いているのだろう。
それに気付き、浮かんでくるのは呆れの気持ち――が、それと同時に何故か焦燥感も心に湧き上がってくる。

 軽く首を振って気を取り直すと、手早く外出の準備をする。
特に当ても無く、見込みも望みも薄いとはいえ、こんな状況で部屋で大人しく過ごすなんて到底無理だ。
全然心が落ち着かない。
勉強道具を鞄に詰めて、部屋を出て階段を下りる。
リビングを覗くと、月火が一人でソファに座って、何かの雑誌を読みつつ寛いでいた。
と、声をかける前に僕に気付き、顔を上げてこちらに視線を向けてくる。

「お兄ちゃん、お出かけ?」
「ああ、図書館行ってくる」
「行ってらっしゃい、勉強頑張ってね」
「おう。それじゃ留守番よろしくな」
331 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/26(木) 00:17:14.92 ID:X9pkvxlo0
 もちろん図書館に勉強に行くというのは表向きの理由だ。
実際には事態解決の方法を考える為の外出である。
もし今回の件でまだ僕が動いていると知ったら、それがまた月火を動かす引き金にもなりかねないし。
その意味では勉強に出掛けるというのは、疑われる危険の少ない実に良い口実だった。

 そうして家を出て、一人で図書館へと向かう。
その道すがら、頭はずっと今回のことで一杯だった。
何をすればいいのか、何をすべきなのか、何ができるのか。
松木は何を望んでいるのか、どうすればそれを知ることができるのか。
そして、一体どうすれば事態を解決できるのか。

 しかしやはり、考えはそこから先に進んでくれない。
昨日までと同じく、思考に全然集中できていなかった。
まるで心の中に僕の思索を邪魔する何かがあるかのように、思考はずっと停滞し続けていて。
身も心もただ、惑い、迷い、彷徨い、戸惑い、揺蕩い、流離い、ぐるぐると同じ所を回っていた。
頼りなく、さながら迷子のように。
332 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/26(木) 00:22:05.34 ID:X9pkvxlo0
短いですが今日はここまでということで。
次は日曜くらいに上げられたらと思います。

次回くらいからアニメも火憐ちゃんの出番増えそうですし、それでモチベーション上げていきたいですね。
ぜひこっちでも偽物語効果でファイヤーシスターズのSSが増えてほしい……
歯磨きシーンがきたら、きっと増えると信じてますw
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/01/26(木) 00:31:20.67 ID:wvHcdbVAO

次回はヤツがでるのか?!
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 00:31:22.44 ID:++NNJ9tuo


関係ないけどアニメの忍登場回が待ち遠しい
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/26(木) 00:39:46.21 ID:tUFBxwOvo
乙です!

待ってるぜ。

誰か夏目と物語シリーズのクロス書いてくれないだろうか。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/26(木) 01:33:23.60 ID:Y0qbvcnWo


>>335
過去にチャレンジしてるやつ結構いるぜ
完結してたかは覚えてないが
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/26(木) 02:39:33.58 ID:N6rfjgAjo
乙!

SSだけでなく同人誌も増えてほしい
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/01/27(金) 20:30:46.76 ID:ojn2C843o
神原さんを見習ってわたしも全裸で更新を待とうと思います
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/01/29(日) 22:10:40.63 ID:+DDJccn10
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバン
バン       バンバンバン゙ン バンバン
バン(∩`・ω・)  バンバンバンバン゙ン
 _/_ミつ/ ̄ ̄ ̄/
    \/___/ ̄

  バン    はよ
バン(∩`・д・) バン  はよ
  / ミつ/ ̄ ̄ ̄/   
  ̄ ̄\/___/

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       \,,(' ⌒`;;)
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(  ´・ω((´:,(’ ,; ;'),`
( ⊃ ⊃ / ̄ ̄ ̄/__
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ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチ     ポチポチポチポチポチポチ
ポチ(∩`・ω・) ポチポチポチポチポチ
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      /_/
340 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 22:57:57.11 ID:3xx8EUsG0
こんばんは、ぎりぎり日曜日に間に合った感が……
取り急ぎ更新してきます。
341 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/01/29(日) 22:59:24.03 ID:3xx8EUsG0
 017.

 目的地へ向かう足取りは重く。
解決策を模索している思考は鈍く。
僕の心も暗く沈み込んでゆくのみで。
袋小路に迷い込んだような、そんな不安と焦燥感がずっと圧し掛かっていた。

 打つ手も決め手も何もなく。
千石や妹達とはこれ以上話をするわけにもいかず、他の情報源も思い当たらない。
松木を放置はしておけないけれど、迂闊に近づくことも叶わない。
堂々巡りな思考を繰り返しているだけの現状で、頭以上に目の方が回ってしまいそうだ。
342 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:01:44.25 ID:3xx8EUsG0
 そんな八方塞がりの状況にまたしても頭を抱えたくなってきた、正にその時。
僕の中の高感度センサーが、突如過敏に反応を示した。
ばっと顔を上げると、いつものように街を徘徊していたと思しき少女が目に留まる。

「おや、阿良々木さんではないですか」

 この街の愛すべきマスコットキャラクター、幸せを呼ぶ少女、八九寺真宵がそこにいた。
ほぼ同タイミングで僕に気付いたらしく、ちょこんと小首を傾げながら。
少しだけ驚いたのか、きょとんとしたような表情で。
砂漠でオアシスの喩えじゃないけれど、これは僕の乾いた心を癒してくれる邂逅に他ならない。
全くもう、一つ一つの仕草が一々愛らしいから困る。
こんな悩んで迷ってダウナーな状態じゃなかったら、一も二も無く飛びついて頬ずりするところだぞ。
343 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:03:29.78 ID:3xx8EUsG0
「というか八九寺、僕とのスキンシップの省略はさておき、噛むのも無しってどういうことだよ、手抜きは感心しないぞ」
「痴漢行為を随分マイルドな言い回しに変えてきましたね、相変わらず見下げ果てた根性です。一周回って軽蔑しますよ」
「何で一周回った?」
「二週回った方が良かったですか?」
「そういうことを言いたいんじゃないんだけど」
「それはさておき、噛むのはあれですよ、話の展開を急ぐ為に省略しました。巻きの指示があったので」
「誰からだよ」

 八九寺Pに指示を出せるようなやつ、いたっけ?
まあでも、そこを省略してもなお余分な雑談が入ってしまっている現状、全然巻きで進行できていない訳で。
誰かは分からないけれど、残念ながらその目論見は完全に崩れていると言わざるを得なかった。
344 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:06:04.98 ID:3xx8EUsG0
「さて、何か悩んでおられるようですね、お困りならば不肖この私が相談に乗ってあげますよ」
「うわあ、ここでいきなり巻きの進行きたよ」

 ショックだった。
この暗澹たる気持ちを晴らせるような小粋な雑談が始まると思っていたのに、僕には気分転換すら許されないというのか。
八九寺とのスキンシップも雑談も封じられるなんて、こんな酷い仕打ちは始めてだ。
まだしも八九寺の身体を撫で回して噛みつかれた方が心安らぐわ。
今からでもそうしてやろうか。
しかしそんな僕の思考をも置き去りに、八九寺は巻きの進行を続ける。続けてしまう。

「残念でしたね、阿良々木さん、時代は常に動いているのです。その最先端を走る私にとってはマンネリこそが最大の敵なのですよ。どんな形であれ意表を突かないと。ということで、さあ何でも相談して下さい。迷える子羊を全力で導いて差し上げましょう」
「ちょっと待てよもう、これはあれか、お前までキャラを変えようとかしてるんじゃないだろうな? そんなの嫌だぞ」
「別にそういうわけではありませんが――しかしまあ、確かに新しいキャラ付けというか方向付けというのはありかもしれませんね。八九寺Pなんて立場もいい加減飽きてきたところでもありますし」
「それはそれでどうなんだろうな、プロデューサーが飽きるって作品として相当末期な感じがするんだけど」
「いっそ新ユニットを結成して一旗あげるのもいいかもしれませんねえ。ユニット名は『ばけものがかり』、デビューシングルは『帰りたくないよ』とかどうでしょう?」
「それは止めてくれ、正直あの頃の事は僕にとっちゃ黒歴史でもあるんだよ。今はちゃんと家にも帰ってるし。あとその表現だと忍が可哀想だから。つーかそもそもパクリにも程があるだろ、それ」
345 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:11:35.96 ID:3xx8EUsG0
 全く、一言で何回突っ込めばいいのか。
それはさて置き、本気で止めてほしいぞ。人間強度が下がるとか、今から思えば割と赤面ものだったりするんだよ。
大体今ではかけがえのない友人ができたし、妹達とちょっとだけ仲良くなったし、大切な人もいるし、僕はもう春休み以前の自分とは違うのだ。
もちろん吸血鬼云々に関することだけではなく。
とは言え、あの頃の自分を黒歴史と認識できるようになったという事実そのものについては、自身の成長として素直に喜んでいいのかもしれない。

「それでしたらユニット名は『いきものがたり』にしてもいいですよ」
「そっちを否定した訳じゃねえよ。というか何一つ解決してないぞ、それじゃあ」

 どちらにしても結局パクリだった。
とんだ敏腕プロデューサーもいたものである。
豪腕ではあるかもしれないけれど。
346 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:14:30.74 ID:3xx8EUsG0
「まあ雑談は脇に置いておきまして」
「え? 本当に置いとくの? 拾わないの?」
「当たり前です。調子に乗らないで下さい。というか、悩み事を聞いてあげようと言っているのに文句ばっかり口にして、一体何様のつもりなんでしょう。むしろ感謝して崇め奉るくらいしたらどうなんですか」
「そんなに恩着せがましく言われる程のことでもないだろ、悩み事聞く位ならさあ」
「おやおや、随分態度が大きいですね、あんまり図に乗ってると阿良々木さんの黒歴史をダウンロードしちゃいますよ?」
「何その脅し!?」

 どこからというかどうやってというか、何かもう言葉の意味は全然分からないけど超怖い。ダウンロードした黒歴史をどうするつもりなんだ? というか誰がそんなもんアップロードするんだよ。
何にしても、やれるもんならやってみろとか、さすがにちょっと口にできない凄みがある。八九寺さんマジぱねえ。
まあ冗談と雑談はさておくにしても、折角と言えば折角の機会、これも巡り合わせと考えて、ちょっと相談してみるというのは確かにありだろう。
色々煮詰まっているのは事実なわけだし。
347 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:18:50.66 ID:3xx8EUsG0
「で、何なんですか? ほら勿体ぶってないでさっさと話して下さいってば。全く、阿良々木さんのくせに生意気ですよ」
「さりげなく僕を貶めようとするんじゃない。別に勿体ぶってるわけじゃないぞ。まあ相談事っていうか、僕の妹達のことなんだが」
「妹さん達がどうかしましたか?」
「最近いつも一緒に寝てるんだけどさ」
「死んで下さい」
「相談拒否!?」

 仏の八九寺さんは終了したらしい。
明確に表情が変わり、明白に距離を取り、まるで汚物でも見るかのような視線を僕に向けてくる。
こいつ、何て目で見やがるんだ――ちょっと興奮してしまうじゃないか。
348 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:21:52.37 ID:3xx8EUsG0
「今更過ぎるほど今更ですけど、とんでもないことをカミングアウトして下さいましたね。既にお手付きですか、ご賞味されてましたか、姉妹で味比べですか。そこまで突き抜けられますと、私ももう何も言えませんよ。弁護してくれと求められても困ります」
「いやいやいや、何を想像してるんだよ、別に性的な意味じゃねえよ、本当に普通に寝てるだけだ。全然やましくない。勿論やらしくもない」
「性犯罪者は皆そう言うんです」
「言わねえよ。限定的過ぎるだろ、状況が」
「それにしたって、あの阿良々木さんが、シスコンでロリコンで骨フェチに髪フェチの阿良々木さんが」
「ちょっと待て、お前は僕の何を知ってるんだ?」
「無防備にあどけない寝顔を晒している妹さん達を見て、阿良々木さんが発情しないわけがないでしょう。まさか不能にでもなったんですか?」
「ストップだ八九寺、その発言はさすがに流せないぞ」
「おや、私が何か変なことでも言いましたか?」
「自覚がないのかよ、ちょっとお前の胸に僕の手を当ててよく考えてみろ」
「本当に隙あらばセクハラを狙ってきますね、いっそ感心しますよ」
「まあそれはさておき、さすがにもうちょっと自重していこうぜ」
「阿良々木さんが自嘲でもしていて下さい」
「しねえよ。つーかそもそも不能じゃないから。ちゃんと八九寺にも反応してるさ。何なら確認してみてくれてもいい」
「死んで下さい」
349 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:24:52.60 ID:3xx8EUsG0
 本日二度目。しかし今日はよく僕の息の根が止まる事を求められる日だ。
八九寺に言われたんじゃなかったら三日は凹むところだな。

「私に言われたら喜ぶみたいな感想は止めてほしいんですけど」
「まあいいじゃないか。とにかく妹達とは普通に一緒に寝てるだけだよ。まだ今のところは」
「最後の一言で全てが台無しな気もしますが、逆に今日時点では大丈夫だという証拠とも受け取れなくはないですし、いやはや何とも突っ込みに困る発言をして下さいますね」
「それで話の続きだけどさ、そんな仲良し姉妹が喧嘩してんだよ、今」
「それを言いたかったのなら、一緒に寝てる発言ははっきりと不要だったような……しかしそれは何とも珍しい。連理の枝もかくやという程の間柄とお聞きしていましたが。どうしてそんなことに?」
「んー、ちょっと話が長くなるぞ」

 前置きして状況を説明。
今までに得た情報を含めて、淡々と話をする。
不幸を周囲にばら撒く少女に、その被害状況。周囲の心配を顧みず突貫する火憐と、その説得に失敗して衝突した月火達。
今は月火の号令で被害の拡大は抑えられていること、首を突っ込んでいるのは火憐だけという現状、その火憐に非難の声が出始めている現在。
僕の言葉に黙って耳を傾ける八九寺の表情は、少しずつ真剣なものに変わっていき、話が終わる頃には深く考え込むような仕草を見せていた。
350 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:28:20.01 ID:3xx8EUsG0
「どうした八九寺? 何か解決の糸口でも見出してくれたか?」
「そこまで直截に救いの手を求められても困りますけど……そうですね、話を続ける前にまず聞いていいですか?」
「何だ?」
「どうして阿良々木さんはそんな平気そうな顔をしているんでしょう?」
「は……? 何だって?」
「どうして阿良々木さんはそんな不愉快な顔をしているんでしょう?」
「さっきと言ってる事が違うぞ」
「聞こえてるじゃないですか、それなら聞き返さないで下さい。時間の無駄です」
「いや、そのやり取りも大概時間の無駄だと思うけど」
「まあ阿良々木さんの顔はともかく、不愉快なのは正直な気持ちですよ」

 冷たい、という程でもないけれど、しかし確かに厳しい目を向けてくる八九寺。
僕の話の中で、何か引っかかる事があったのは確からしい。
でも、それでどうして矛先が僕に向くんだろうか?
351 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:32:19.90 ID:3xx8EUsG0
「なあ八九寺、僕何か変なこと言ったのか? 不快にさせるようなことを言ったのなら全身全霊をかけて謝るけど」
「いえ、ごめんなさい、これは少し筋違いですね、私が怒ることではないですし」
「何の話なんだ? ちょっと分かるように説明してくれないか?」
「ですから、阿良々木さんがおかしいという話ですよ」
「まだ僕の悪口が続いてたのかよ」
「雑談ではありません、真剣に話してます」
「?」

 視線の先には、確かに真剣な眼差しの八九寺。
その表情を見る限り、完全にシリアスモードに切り替わっているようだ。
とすればその発言もまた、馬鹿にしたり茶化したりするようなものではなく、純粋な考察ということなのだろう。
そうして真剣な姿勢のまま、僕の目を覗き込むようにして八九寺が話を続ける。
352 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:36:48.61 ID:3xx8EUsG0
「その松木茜さんという方の噂は本当だったんですよね?」
「あぁ。忍は悪魔が憑いてるって言ってたけど、とにかくその子が周りに不幸をもたらしてるってのは間違いないと思う」
「そんな人の所に、上の妹さん――火憐さんでしたか――が今一人で乗り込んでいってるんですよね?」
「そうだよ。まあそういうこともあって、早いこと解決させないと駄目なんだけどさ。いいアイデアが浮かばないし、どうしたもんかと」
「それですよ」
「それ?」
「阿良々木さんは、いつからそんなに賢くなっちゃったんですか?」
「賢くって――」
「私の知ってる阿良々木さんは、こんな時に立ち止まったり考え込んだりなんてしません。むしろこっちが止めなきゃならないくらいに、それこそ馬鹿みたいに猪突猛進するはずです」
「え?」
「……その表情を見ると、全然疑問にも思ってないようですね、ご自身の思考も行動も。不自然に思いませんか? 自分に違和感ないですか? 本当に?」
「違和感――は、あるけど」
353 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:41:57.83 ID:3xx8EUsG0
 問い詰めるような態度の八九寺に、少し気圧される。
何か自分が大きな間違いをしているような、そんな気がして。
そして何より違和感という単語が、僕の心に重く響く。
それはここ最近ずっと、僕の中に燻ぶり続けているものだ。

「私に言わせて頂ければ、正直違和感しかないですよ。やけに物分かりはいいですし、動く前に考え込んじゃってますし、何より火憐さんを全然心配してないですし」
「いやちょっと待て、心配してないってことは――」
「ない、と言えますか? 本当に、そう言い切れますか?」
「……」

 真っ直ぐに、射抜く様な目で見つめられ、思わず言葉に詰まる。
というか、何で言葉に詰まる? 素直に答えればいいだけなのに。火憐のことを心配していると。
それなのに、言えない。口にできない。言葉にならない。
真摯に見据えてくる八九寺を前にしては、上っ面だけの言葉なんてとても口に出せなかった。
354 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:45:25.03 ID:3xx8EUsG0
 そこでようやく、僕の心に疑問が浮かんでくる。
そして一度気付いてしまえば、後は堰を切ったように次から次へと疑問が湧き上がってきて止まない。

 なぜ僕は、こんなに冷静なんだ? 結局のところ、今回の事態は全く解決していないというのに。
どうして僕は、こんなにも落ち着いていられるんだ? まるで月火や神原や千石達が危険から遠のいた時点で、問題の重要度が下がったかのように。
何でそんな自分の状況に、今まで疑問すら持っていなかったんだ? 火憐が今もなお、松木の傍にいることを――危険の渦中にいることを、理解していながら。
そして何より、僕は今、火憐のことをどう思っている……?

「阿良々木さん、もしかしてあなた今、火憐さんに対する本来の感情――愛情と言った方が適切ですかね――を失っていませんか?」
「っ!」
355 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:48:45.27 ID:3xx8EUsG0
 八九寺に言われて。明確に言葉にされて。
瞬間、気付いた。その指摘が正しいということに。
そして僅かに遅れて動揺してしまう。それを正しいと認めてしまった自分に。
事実僕は今、火憐のことをまるで関わりのない他人のように捉えてしまっている。
それこそ火憐に対する感情が抜け落ちてしまったかのように。
昨日だって、その無謀な行動に呆れを覚えるのみで、本来抱いているべき心配の情が薄れてしまっていた。

 いや、正確にはきっと僕だけではない。
意見が食い違ったとは言え、取っ組み合い寸前の喧嘩までして、それから全く歩み寄る気配を見せていない月火も。
火憐と月火のことを心配して話をしてくれていながら、火憐を止められなかった事実に特に反応を見せなかった神原も。
ファイヤーシスターズの不和の原因が火憐にあると信じて疑わず、冷遇するに至っている千石や他の中学生達も。
あるいは火憐の身の回りにいる人達全員が、火憐に対する好意を、それこそ外部から勝手に調整されたかの如く失ってしまっているような状況だ。
それもいつの間にか、無意識の内に。
356 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:52:36.76 ID:3xx8EUsG0
「やっぱりそうですか。本当に私からすれば目を疑うような異常事態ですよ、阿良々木さんが気付いていないのが不思議なくらいです。いくら無意識下の事とはいえ」
「待て、いやちょっと待ってくれ、何で――いや、何が……僕に、皆に何が起こってるんだよ」

 冷静な八九寺に比して、混乱を深めるばかりの僕。
いやもちろん言いたい事は分かる。
松木の、というか悪魔の術中に僕らが嵌っていると。そう言いたいって事は分かっている。
だけど、何で一度接近していた僕だけならともかく、一度も会ってもいないはずの月火や神原達まで影響を受けるんだ?
というかそもそも、僕達に一体何が起きているんだ? 混乱するばかりで思考が上手くまとまらない。

「本当に忍さんの懸念されていた通りになっているんですね、まあ無意識への干渉に注意するというのも無茶な話ですけど。しかしもうそろそろ気付いても良いのでは?」
「だから何にだよ」
「阿良々木さん達――というより、火憐さんと親しい間柄の方々全員が、その悪魔の術式の影響下にあるってことにです」
「いやでも、誰も松木って子に近づいてないんだぞ」
「近づいてるでしょう、火憐さんが。そうして今もアプローチし続けているんですよね? ただ一人だけ。その状況と、阿良々木さん達の現状と、そして松木さんという方が入院したという情報を合わせて考えれば、想像できるんじゃないですか?」
「――って、じゃあまさか、松木がまた悪魔に願ったのか? 自分に近づくやつじゃなくて、火憐ちゃんだけをターゲットにして、不幸――というか孤独になるように?」
「きっとそうでしょう。そしてその願いを聞いた悪魔が、火憐さんの近しい人間の好感度を余所にやってしまったんだと思います。ゲームのパラメータよろしく。それこそ味方の一人もいない状態になるまで」
「そんな……」
357 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:55:16.91 ID:3xx8EUsG0
 淡々とした言葉が胸に突き刺さる。
もちろん八九寺に責めるような意図があったとは思えないけれど、それでもその結論は、僕の心を深く抉った。
火憐が松木の願いを受けた悪魔の術式で周りから完全に孤立させられていて、なのに僕はそれを気付いていながら放置していたということなのだから。
悪魔に弄られた感情そのままに、あいつの状況をまるで考えもせず。
僕だけではなく、月火も皆もそうだったのだろう。
そこに思い至り、得も言われぬ不安と嫌悪と焦りと恐れが、絡み合うようにして心に湧き上がってくる。
同時に、心の中で失っていたものが少しずつ形を取り戻していくような感覚。

「さあ阿良々木さん、いい加減に気付いて下さい。思い出して下さい。というか、一体いつまでそんな悪魔なんかにいいようにされてるんですか!」
「僕は――」
「阿良々木さんの、妹さんへの愛情はその程度のものだったんですか!? しっかり意識を持って下さい! 今ピンチに陥ってるのは誰ですか!?」

 がっしりと、八九寺が僕の胸倉を掴む。
身長の関係で、それはむしろ縋りつくような、しがみつくような、そんな挙動になっているけれど。
だけどその声が、その言葉が、その視線が、あやふやな僕の心に喝を入れてくれる。
余所に行っていた僕の想いが、失われていた感情が、急速に心の中で拡大し、あるべき状態に戻って行く。
そうだ、火憐は――
358 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/29(日) 23:56:22.89 ID:3xx8EUsG0
「僕の――妹だ。僕の愛すべき、何より大事な、かけがえのないたった二人の妹の片割れ――火憐ちゃんだ」

 言葉にしてやっと。意識できてようやく。今更ながらはっきりと。
僕は思い出した。あるいは取り戻した。
そうして気付いてしまえば、なぜ忘れていたのか、考える事もできなかったのか、自分で自分に腹が立つ程だった。
遅れて後悔と罪悪感すら重く圧し掛かってくる。
何でこんな当たり前な、大事な事を忘れられたんだ? 僕はいつからそんな馬鹿になったんだ?
火憐の危機を、その孤独を、その不幸を、気付いていたはずなのに、何で気にも留めずに、僕は――
359 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:01:09.65 ID:knPsCVpG0
「今は自身を責めても意味は無かろう。すぐに気付かぬのは無理も無いことじゃよ。そも、それが悪魔のやり方なんじゃから」
「忍……?」

 音も立てず、僕の影から姿を現す忍。
いつものように凄惨な笑みを浮かべている――というようなことはなく、むしろ苦虫を噛み潰したような、どこか不機嫌さすら滲ませた表情で。
昼間だというのに、それこそ出番を待ちかまえていたのかと思う程に、それは自然で素早い登場だった。

「しかしようも勝手に諭してくれおったな。本来自分で気付かねばならんかったものを、甘やかしおってからに」

 ずっと黙っておった儂の立場がないじゃろ、と八九寺に対して少し不満げに言う忍。
え? あれ? どういうことだ? もしかして忍、僕の――僕達の異常に気付いていたのか?
そんな僕の疑問を察してか、忍は表情を変えないまま頷いて返してくる。

「言うたじゃろうがお前様よ、あんな陳腐な悪魔の術式なぞ儂には通用せんと。しかし無意識に干渉する術式である以上、今のお前様では逃れられんと」
「確かに言ってたけどさ。でもそれなら気付いた時に教えてくれてれば……」
360 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:04:48.56 ID:knPsCVpG0
 その話は松木に会った直後、確かに聞いていた。
だけどそれなら、どうして僕達の異常に気付いた段階で教えてくれなかったのかと、勝手ながら思ってしまう。
そうすれば、こんな回り道をせずに、火憐を放っておく様なことをせずに済んだかもしれないのに。
いや、気付きもしなかった僕なんかが、そんなことを偉そうに言えた立場ではないけれど。
そんな僕の筋違いでお門違いの文句に、しかし忍は怒るのではなく、むしろ罰が悪そうな表情を見せてくる。

「これも以前に言うたと思うが、儂の立ち位置はあくまでもお前様との主従関係に起点があり、どこまで行っても怪異という立場から外れる事は無いのでな。さればこそ、如何にお前様の身内であろうと、儂は人間を救う為に自発的に動くようなことはせん。お前様の命令があるならまだしも」

 どこかもどかしげに、少し歯痒そうに、そう呟く。
あの時――四ヶ月だかの空白を経て辿り着いた和解の後、月火を巡るあれこれがあった時に、そんなことを言っていた記憶がある。
あくまでも、僕を介してのみ、忍は人と関わる。関わることを是とできる。人を滅ぼすことは無いにせよ、決して人を救う事も無い。
それが、忍が自身に課したルールだった。
361 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:08:15.21 ID:knPsCVpG0
 であれば確かに、僕が何も気付かずに間抜け面を晒している状況では、何かをする訳にはいかなかったのだろう。
例え異常に気付こうとも、それを口にすることはできなかったのだろう。
それはきっと、忍にとっても腹立たしくもどかしいことだったに違いない。
改めて自身の間抜けぶりに腹が立ってくる。
僕がもっとしっかりしていれば、自分の異常にもっと早く気付いていれば、忍にそんな思いをさせることもなかったのに。

「ごめん、忍、折角忠告してくれたのに」
「ふん、まあ今のお前様はほとんど人間と変わらんからの、容易には気付かんのも無理はあるまいよ。無意識に対象の思考・感情に干渉してくるというのは、実際厭らしいやり方じゃよ。余程強く意識できねば容易に流される。儂やこやつのように怪異であればともかく」
「まあまあ良いじゃないですか、こうして状況に気付いたわけですから」
「うぬが気付かせただけじゃろ」
「それでもですよ。今回は不肖この私がその役目を負うたわけですが、そういう風に自分ではどうにもならない時に、誰かが力を貸してくれる事もまた、その人の力だと思いますよ」

 八九寺がにっこりと笑う。
安心させるような、勇気づけてくれるような、そんな笑顔。
僕を救ってくれる、笑顔。
362 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:13:37.40 ID:knPsCVpG0
「それに、阿良々木さんも全く気付いてなかったわけじゃないのでしょう。ずっと不安や焦りを感じ続けていたという話ですし。きっと遠からずこの結論に至ったはずです。私達はその手助けをしただけに過ぎませんよ」
「あ、そうか、あの夢もそれじゃあ――」

 あの延々と何かを追う夢。あれは僕の中の無意識の、あるいは人ならざる部分からの警鐘だったのだろうか。
追いかけて、走り続けて、そして――
夢の結末は覚えていないけれど。
あの後、追いかけ続けた大切な何かを、僕が捕まえられたかどうかは分からないけれど。
だけど今は、夢よりも現実を見よう。現実を――火憐を追いかけよう。
そうと決まれば、それと分かれば、ここで立ち止まっている意味はない。
くよくよ悔むのも、うじうじ悩むのも、ぐだぐだ嘆くのも、今は必要ない。
そんな僕に価値なんてないのだ。

 今だって鮮明に覚えている――いつまでも、絶対に忘れてはならない。
別世界の僕に、あの悲壮な背中に、誓ったのだから。
僕は、皆を絶対に守ると。
だとすれば、今僕がやるべきことはただ一つ。
363 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:17:30.13 ID:knPsCVpG0
「では阿良々木さん、ここからはぜひ巻きでお願いしますよ」
「勿論だ、ここからはエンディングまで全力疾走だぜ」

 迂闊で粗忽な僕のせいで、随分と頁を無駄にしてしまった。
もうここからは寄り道も脇道も雑談も相談も必要ない。
一刻も早く、火憐の元へ――あいつを助けに行こう。
一人にさせてしまった事を、見て見ぬふりなんてしてしまったことを、謝らないといけない。
今も怒っているだろうし、意地にもなっているだろうけど、もう迷わない。
怒られるのも殴られるのも、後から好きなだけさせてやる。
あいつを助けられれば、まずはそれで全て良い。
その為になら、僕だって何でもしてやろうじゃないか。

 そう、宝石に封じられてしまっている程度の悪魔に。
そんな程度の存在なんかに、松木が魂を売ってしまっているというのなら。
僕はあくまで喧嘩を売ってやるまでだ。
364 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/01/30(月) 00:24:46.88 ID:knPsCVpG0
今日はここまでです。
レス下さってる方に感謝です。
予想通りだったかもですが、楽しんでもらえれば幸いです。
あと全裸待機するには半年程早いかと思いますw でもその男らしさに乾杯。

週中は難しいと思いますので、多分次は金曜日の夜くらいになると思います。
あともう少し……
しかしアニメもいよいよ忍さまも喋りましたし、凄く良かったですね。
次回は火憐ちゃん初ちゅーまで行くかな?
そろそろシスターズメインになっていきそうだし楽しみです。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/01/30(月) 00:27:58.23 ID:U49gLEGa0
クソッ!
そんなに待たなくてはいけないのか。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/01/30(月) 03:01:35.29 ID:6FoHoeulo


面白すぎるぜこのやろう
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/30(月) 03:38:37.97 ID:+x+BI1Ls0
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/01/30(月) 03:42:38.08 ID:NfdwPQzIo
乙!!
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/01/30(月) 08:04:09.39 ID:inxVVron0

火憐ちゃあああああん俺は味方だよおおおおお
ハァハァ
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/02/01(水) 21:29:33.29 ID:u0Dy81OY0
変態が沸いてる!
だれかー110お願いしマース(笑)
371 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:06:07.15 ID:Kicava140
お待たせしました。
ちょっと短めですが、まずはとりあえず更新してきます。
372 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/04(土) 01:12:33.88 ID:Kicava140
 018.

「忍! 火憐ちゃんのいる場所は分かるか!?」

 見送ってくれた八九寺に別れを告げてすぐに。
僕は身を翻し、一直線に駆け出した。
問いかけとほぼ同時に向けられた、忍が指し示す方向へ。

「しかしお前様よ、勢い駆け出したのは良いが、何か策でもあるのか?」
「ねえよ」

 駆け出すと同時に影の中へと潜んだ忍からの問いに、単刀直入に返す。
策なんてあるわけがない。
火憐への想いを取り戻したとはいえ、新しい情報なんて何一つ得られてはいないのだから。
そもそも僕の頭では、頑固なあいつを説得する妙案なんて思いつかないし、あの子の問題を解決する名案なんて考えも及ばない。
今の僕の頭にあるのは、火憐を助けたいという一念のみだ。
だからこそ全力で走っている。
373 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:15:18.14 ID:Kicava140
 もちろんそんな自分に思う所がないわけではない。
無知で、無能で、無策で、と考える程にほとほと情けなくなってしまう。
だけどそれでも、無情でなんかありたくはない。
ましてや、無残な結果なんて絶対に起こさせはしない。

「では、どうするつもりじゃ?」
「どうもこうもないよ、とにかく火憐ちゃんをあの子から引き離す」
「言うて聞くとは思えんが」
「言って聞かせるのは後回しだよ。とにかく強引でも力尽くでも、あいつを一旦あの子の傍から離れさせるのが先決だ」
「いや待て、よもや忘れておるのか? 距離を取ってどうにかなったのは、病弱娘が自分に近づく者の不幸を願っておったからじゃぞ。しかし今はお前様の妹御だけを狙い撃ちにしておる。である以上、距離を取ったとて何にも変わるまい」
「もちろん忘れてないよ」
374 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:19:10.58 ID:Kicava140
「では、どうするつもりじゃ?」
「どうもこうもないよ、とにかく火憐ちゃんをあの子から引き離す」
「言うて聞くとは思えんが」
「言って聞かせるのは後回しだよ。とにかく強引でも力尽くでも、あいつを一旦あの子の傍から離れさせるのが先決だ」
「いや待て、よもや忘れておるのか? 距離を取ってどうにかなったのは、病弱娘が自分に近づく者の不幸を願っておったからじゃぞ。しかし今はお前様の妹御だけを狙い撃ちにしておる。である以上、距離を取ったとて何にも変わるまい」
「もちろん忘れてないよ」

 松木が不幸を願うその矛先が、今はピンポイントで火憐に向けられているというのは、まず間違いない。
誰かの不幸ではなく、火憐の不幸を、その孤独をこそ、今の彼女は願ってしまっている。
そして月火もそうだけど、皆が火憐に冷たく当たっている現状から、その効果はずっと継続中だと思う。
そうであれば、距離を取ったところでどうにもならないという忍の指摘はもっともだ。

「それなら――」
「だから、まずはそれでいいんだ。一旦火憐ちゃんをどっかにやって、それからあの子の感情の矛先を、僕だけに向けさせる」
375 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:27:27.94 ID:Kicava140
 火憐が松木を助けようとして、関わろうとして、それ故に彼女がそれを疎ましく思い、恨めしく想い、その不幸を願っているのなら。
それならば、その矛先をもう一度変えてやればいいだけのことだ。
誰かではなく、火憐でも、もちろん月火達でもなく、この僕だけに。
火憐や月火達が無事ならば、僕が不幸になろうが孤独になろうが、そんなのは些事に過ぎない。
命の危険さえ回避するようにすれば、後はどうにでもなることだ。
それから改めて悪魔の処遇を考えよう。

「やれやれ、やはりそうなるのか。面倒じゃのう」
「悪いな忍、付き合わせて。でもこれ以上火憐ちゃんを危険には晒すわけにはいかないんだ。少しでも早くこの状態を解消しないと。その為には、多分このやり方が一番手っ取り早いと思う」
「早いは早いじゃろうが、まあしかしお前様に本当に性犯罪者の仲間入りをする覚悟があるというのならば、最早何も言うまい」
「待て、話が飛び過ぎだ。手なんて出さねえよ」
「手を出さんでも、相手の年が年じゃからの。望まれてもおらんのに、顔を出すだけならまだしも、口まで出すとなると安泰とはとても言えんじゃろ」
「そこは何とか考えるさ」
376 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:31:47.78 ID:Kicava140
 とは言ってみたものの。
残念ながら、僕は話術に長けてなどいない。もちろん交渉術なんて論外だ。
思考の誘導なんて、されたことはあっても、したことなんて一度もない。
正直なところ、人を呼ばれるような事態にならず、けれど無視させることなく彼女の情念の矛先を上手いこと僕へと変更させられる自信なんて微塵もなかった。

 だけどそんなことは今更の話だ。
結局は優先順位の問題でしかない。
僕の今の最優先事項が火憐の身の安全であるのなら。
最早あれこれ考えていられるような状況ではないのだ。
考えるより動く――今はそれでいい。
火憐を助けることができるのならば、それで。

 事態の解決よりも先に。
悪魔の処遇よりも優先して。
自身の安全も重要だと認識してはいるけれど、それすらも今は二の次。
火憐の無事を確保する――それだけが重要で、それこそが本質。
今の僕を動かす原動力は、正しく火憐への想いだけだった。
377 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:39:36.12 ID:Kicava140
 019.

 火憐の元へと一直線に走り続けること暫く。
ペース配分も何も考えないまま全力疾走を続けたせいで、息が上がってしまっていた。
忍に血を吸ってもらっていないので、今の僕の体力は、常人のそれとほとんど変わらないのだ。

 息苦しさに目が回りそうで。
肺腑は酸素を求めて悲鳴を上げていて。
足にも鈍い痛みが走り。
それでも止まらない。止まるわけにはいかない。
ただ力の限り走り続ける。
火憐のことを想えば、それこそ立ち止まって休む方がよっぽど辛く苦しいだろうから。
378 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:42:47.03 ID:Kicava140
 胸が痛くなってくるまで全力で走り続けて。
そうして辿り着いたのは、先日も来たあの病院だった。
それは取りも直さず、今も火憐は松木の傍にいるということであり。
すなわち、あいつはなお火中の栗を拾うような危ない真似を続ける為に、未だ悪魔のもたらす渦中に居残り続けているということである。

 走り続けた結果のそれとはまた違う痛みが、胸に、心に走る。
こんな状況を、こんな事態を、僕は放置していた。
何も考えることなく、碌に悩むことすらなく、黙って見て見ぬふりをしていた。
悪魔の術中に嵌り、その手の平の上で踊らされていたのだ。
つい先日、忍から忠言をもらっていたにも関わらず、それをまるで活かすこともできずに。

 それがどこまでも腹立たしく、何よりも苛立たしい。
昨日に戻れるならば、自分の頭を全力で殴り飛ばしたいと思う程に。
そんな怒りを、それでも腹に呑み込んで、病院内へと駆け込む。
今は何よりも、火憐の事だけを考えなければならない。
自分への憤りだの何だのは全部後回しだ。
379 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:47:58.39 ID:Kicava140
「まだわたしに関わってくるなんて、あんた頭おかしいんじゃないの? 近づくなって何回言ったら理解できるのかしら」
「そりゃ無理な相談だぜ。言ったろ、何て言われたって気持ちは変わらないってさ」

 呼吸を整えつつ、病院の廊下を突き進み、二人の姿を捜す。
幸いにも人影はまばらで、そんな挙動不審な僕を見咎める人はいない。
そうして捜し続けて、中庭の近くにまで来た時。
不意に話し声が聞こえてきた。
片や苛立ち混じりで、片や平静な声。
間違いなく松木の、そして間違えようもなく火憐の声。
捜していた二人の会話だった。
380 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:53:57.74 ID:Kicava140
「訳分かんないわね。何でそこまでするのよ、こんなことしてもあんたに得なんて何もないのに」
「損得じゃねーよ、誰かの助けになりたいって気持ちがそんなにおかしいか?」
「おかしいに決まってるでしょ、そもそも誰が助けなんて求めてるのかしら」
「声に出さなきゃ助けを求めてないってわけじゃないだろ。お前の目を見てたら伝わってくるよ」
「勝手なことを言ってくれるじゃない、訳知り顔で。あんたにわたしの何が分かるのよ」
「分かんねーよ、今は何も。でも、分かりたいんだ。だから友達になろうって言ってんだよ」
「ちっ――本当に鬱陶しいわね、鬱陶しくて暑苦しい。言うに事欠いて友達? 冗談じゃないわ、そんなのなれる訳ないでしょ、あんたみたいなのがわたしは一番嫌いなんだから」
「なれるさ。嫌いだってことは無視できないってことだろ。無関心じゃない。黙ってられないってのは、あたしの言葉が届いてる証拠だ。本当は分かってるんだろ、こんなの間違ってるってさ。だから動揺してる。違うか?」
「むかつく――あんた本当にむかつくわ。本当はわたしに喧嘩を売りに来たんじゃないの?」
「別にそれでもいいぜ。本音も口にしないで、ぶつかりも喧嘩もしないで、それで仲良くなれるなんて思ってねーよ」
「はん、それでわたしに関わり続けた結果、あんた今どうなってる? 友達は何て言ってた? 家族は? 皆あんたの敵になってるでしょ。無視されて、疎まれて、独りになって。それも全部わたしと関わったからよ」
「……みたいだな。よく分かんねーけど、あたしが間違ってるって、あたしが悪いんだって、皆にそう思われてるのは知ってる。誰も味方してくれないのも、分かってるよ」
381 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 01:56:47.48 ID:Kicava140
 ベンチに腰を下ろした状態で、親の敵を見るような目で睨め上げる松木。
その視線を、むしろ諭すような目で受け止めている火憐。
誰一人として味方をしてくれない中、僕や月火や仲の良かった友達にさえ見放されていて、更に助けようとしているその対象からも睨みつけられているような状況で。
それでもなお、火憐は揺らいでいなかった。
その立ち姿も、その視線も、その声も、真っ直ぐなまま。

 火憐のそんな揺らがぬ姿勢に、松木が苛立ちを深めていくのが分かる。
挑発するように、嘲笑するように、彼女の言葉が続く。

「わたしに関わるからそうなるの。わたしが、そうしてるのよ。あんた馬鹿だから理解できてないみたいだけど、はっきり言っとくわ。これ以上関わってくるならもっと悲惨な目に合わせてやる。わたしはそれが出来るの。これは脅しじゃないわ」
「止めろよ、そういうの。確かにあたしは馬鹿だし、だから何でそんなことできんのかとか、何であたしがこんなことになってんのかとか、そんなん全然理解できないけどさ、でもこれだけは分かるぜ。こんなこと続けたって、不幸になるのは、一番辛いのは、誰より悲惨なのは――お前だよ」
「――むかつくわ。あんたの全てがむかつく。偽善者ぶった態度がむかつく、説教染みた上から目線がむかつく、綺麗事ばっか喋るその口がむかつく、目も顔も表情も声も思考も思想も行動も、全部が全部むかついて仕方ないのよ。むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく――」
382 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:03:15.95 ID:Kicava140
 怨嗟に満ちた声が、まるで呪詛のように低く重く響いてくる。
その視線だけで人を呪い殺せるのではないかと思ってしまう程の、そんな悪意と敵意と憎悪と憤怒に満ち満ちた目が、真っ直ぐに突き刺すように火憐へと向けられていた。
傍から見ているだけの僕でさえ怖気が走る。
およそ年端も行かぬ少女が向けていいような、また向けられていいような視線ではない。

 思わず息を呑み立ち竦んだ僕の視線の先――松木の手元に、ぎらりと鈍い輝きを放つペンダントがあった。
全身が総毛立つ感覚が走る。
瞬時に理解した――否、理解より先に身体が拒絶した。
やばい。あれはやばい。こいつは本当にやばい。
これ以上、それ以上、火憐をあれに関わらせてはいけない。
そう思った瞬間、上手い対処方法とか説得のやり方とか、そういう思考は欠片も残さず吹っ飛び、弾かれるようにその場を飛び出していた。
383 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:07:21.30 ID:Kicava140
「待て、火憐ちゃん! 止めるんだ、その子から離れろ!」
「兄ちゃん!? 何でここに!?」

 僕の声に振り返り、驚きに目を剥く火憐。
同じく、視線をこちらに向けて動きを止める松木。
二人が固まっている間に駆け寄り、火憐の腕を掴んだ。
それで気を取り直したのか、掴まれた腕を振り払おうと激しく身を捩りつつ、きっと睨みつけてくる。

「っ! 兄ちゃん、離せよ! 何しに来たんだよ!」
「お前を連れ戻しに来たに決まってるだろ」
「兄ちゃんの助けなんていらねーって言っただろ! 帰れ!」
「帰るさ、お前を連れて」
「一人で帰れってんだ!」
「そうはいかねえよ」
384 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:12:50.36 ID:Kicava140
 火憐と言い合っている内に、背中に妙な視線を感じて、思わず振り返る。
向けた視線の先に、震える程に冷ややかな眼差しがあった。
手にした石がそうさせるのか、嘲笑とか蔑視とかそんな言葉では言い表せないような負の情念が渦巻いているその目に、その表情に、思わず知らず息を呑む。
そこに浮かんでいるのは、火憐や月火と同年代とはとても思えない程に、暗く冷たくおぞましく黒く妖しく恐ろしく不気味で異様で醜悪で凄惨にしておどろおどろしい――まさに悪魔を思わせる笑みだった。

「何なの? その三文芝居は。あんた達こんな下らないものを見せつける為にわたしの所に来たの? 兄妹揃って頭がおかしいみたいね。気持ち悪い」
「何とでも言ってくれ。僕はこいつを連れて帰れればそれでいい」

 表情そのままの、まるで地の底から響いてくるような低く暗い声が、想い響きを伴って僕の耳に届く。
気を抜けば震えてしまいそうな程の、凍えるような声音。
385 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:17:49.08 ID:Kicava140
 けれど、それでも。
突き刺さるような負の感情に圧倒されそうになろうとも。
視線は逸らさない。
表情は崩さない。
一歩たりとも引きはしない。
火憐の前に立ち、僕の体で隠すようにして、真っ直ぐに視線を返す。
その意識が僕に向けられるように――他の誰でもなく、僕を標的とさせるように。
誰よりもまず、火憐を助ける為に。

「僕は妹を助ける為に、ここに来たんだから」
386 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:21:37.28 ID:Kicava140
 僕がそう言った瞬間、松木の苛立ちが更に深くなるのがはっきりと分かった。
一瞬表に出そうになった動揺は、しかし無理やり心の中に抑え込む。
決して狙い通りではないけれど、それでも目論見通りの結果が得られそうで、恐怖と高揚が心の奥から絡みつくようにして湧き上がってくる。

 ここからが正念場だ。
まずは不幸を願うその矛先を僕へ向けさせる。
そして、火憐を連れて一旦ここを離れる。
それから、どうにかしてここに近づけないようにする。
その上で、松木が魅入られている悪魔の問題を解決する。

 それら全てを、迅速に達成しなければならない。
綱渡りというか茨の道というか、あるいはいっそ茨の上を綱渡りするような、そんな厳しく狭い道のり。
だけど、何とかしてそれを渡りきらなければならないのだ。
387 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:29:47.25 ID:Kicava140
 そう考えていた。
今の僕の問題は、僕が正面から立ち向かうべきなのは、松木茜という少女なのだと。
考えるべきなのは、悪魔を求めた彼女の心なのだと。
それが火憐を助けることなのだと。
故にこそ、僕の意識は前方に集中していて。

「……邪魔だ、兄ちゃん」

 だから気付かなかった。後ろにいる火憐が何をしようとしているのかも。
考えもしなかった。いきなり間に入り込んできた僕に対して、火憐が何を思ったのかも。
全く思い至ることもできなかった。まず僕が考えるべきことが何だったのかも。
そう、火憐のその細くも引き締まった腕が、僕の首にかかってくる、正にその瞬間まで。
388 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:35:10.51 ID:Kicava140
「……っ!」

 首に巻きつけられる人肌の感触に、ぞっとする暇もあらばこそ。
完全に意表を突かれ、何の抵抗もできずに。
背後から火憐に首を狙われるという信じ難い現状に目を白黒させる間さえなく。
火憐は、一切の迷いも感じさせない動きで、僕の首を締め上げてくる。
正直なところ、痛みや苦しさよりも驚愕の方が遥かに大きかった。

「前言ったことさ、あれ取り消すよ。兄ちゃんが言った通りだな――あたしやっぱヒロインって柄じゃねーわ」
「おま、え……何、で……」
389 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:40:58.36 ID:Kicava140
 冷静で淡々とした火憐の声。
対する僕は、掠れた声しか出せない。
発した言葉も意味を為さない。
助けに来て、その相手に落とされかけているという、まさに目を覆うような事態。
必死でその腕に手をかけて対抗しようとしたけれど、時既に遅し。
体勢が悪過ぎるせいで全然力が入らず、火憐の腕は徐々に僕の首に食い込んできて、どんどん苦しさが強くなってくる。
こうなってはもう勝負は決しているも同然だった。
拮抗すらしていないこの状況は、数秒後に完全に決着することになるだろう。
僕が無様に失神するという、考え得る限り最悪の形で。

「邪魔なんだよ、兄ちゃん。何であたしを助けに来るんだよ。いらねーっつったろ、余計なことしやがって。これ以上あたしの邪魔はさせねー。恨みたかったら恨めよ、嫌いたきゃ嫌え。今のあたしに兄ちゃんなんて必要ない。月火ちゃんも皆もだ。あたしは一人でいい」
390 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:43:42.19 ID:Kicava140
 ぶつんと。
まるでブレーカーが落ちたかのように、そこで僕の意識は途切れてしまった。
それは息苦しいよりも、むしろ見苦しく、何より心苦しいことで。
そんな感想すら、けれど後付けのものでしかなく。

 火憐が何を思っていたのか。
一体どうしようと考えていたのか。
それは全然分からなかったけれど。
その時の表情を、確認する事はできなかったけれど。

 それでも、その声は耳に強く残っていた。
首を絞められる苦痛よりもずっと強く。

 意識を失う直前に聞こえてきた火憐の声音は。
決別を、決裂を思わせるその言葉は。
どこか悲しさが滲み、ひどく寂しさが募る、そんな苦渋の響きで満ちていた。
391 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/04(土) 02:49:29.29 ID:Kicava140
ということで、今回はここまでです。
いつもレスして下さってる方に感謝です。
凄く励みになってます。
一部興奮してらっしゃる方は、ぜひ偽のアニメを見て落ち着きましょう。悪化するかもしれませんがw

明日は偽物語第五話ですね、どこまで進むか気になります。
火憐ちゃんの初ちゅーはまだか!?

次は日曜か月曜に更新できればいいなと考えてます。
不定期で申し訳ないですが、もうしばらくお付き合い頂ければ嬉しいです。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 03:25:44.86 ID:zeYZJZRl0
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/04(土) 04:06:36.58 ID:z/z4Cq2po
乙!
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/02/04(土) 09:55:16.61 ID:a5Z1cv3X0
乙!!
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/05(日) 02:13:15.95 ID:bAsYRSoDo
396 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:18:08.86 ID:QFVBey/l0
こんばんはです。
ちょっと短いですが更新してきます。
397 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:19:45.72 ID:QFVBey/l0
 020.

 全くもって無様極まりなく、我ながら情けなくなってくるのだけれど、かくして再び火憐を助けに来て逆に攻撃されるという既視感溢れる事態に陥った僕は、呆気なく病院の床に沈められてしまった。
それはもうお手本のようなチョークスリーパーでの見事なまでの秒殺劇。
やられたのが自分ではなく、観戦しているプロレスか何かの試合での出来事だったのならば、きっと惜しみない称賛と拍手を送っていたことだろう。
吸血されていない僕と体調万全な火憐が普通にやり合えば、まあ確かに僕に勝算など惜しむほどにもないわけで。
これは当然の帰結であり、翻って火憐にその絶対的な意志があったということに他ならず、すなわち今のあいつには僕を排除することに微塵も躊躇いがなかったということに他ならない。

 もちろんそんな思考はもっと後になってからのものであり、現実には、火憐に締め落とされた僕は完全に意識を喪失してしまい、暫くの間病院の床に無様に倒れ伏していた――らしい。
当然自分が落ちた後のことなんて自分で知る由もないのだから、伝聞形になってしまうのは許してほしいと思う。
伝聞形――ではそれを誰から聞いたかと言えば。
398 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:22:05.23 ID:QFVBey/l0
「いつまで寝てるのよ! いい加減に起きなさいよ! この役立たず!」

 そんな心優しいお言葉と同時に、僕の腹部に蹴りを入れてくれた少女――松木茜だった。
僕を起こしたのが忍じゃなかったのは、恐らくその場が無人になる事がなかったからだと思うけど。
しかしきっと影の中では、颯爽と登場しながらあっさりと退場した僕の姿を目の当たりにして、あるいは目も当てられず、その余りの不甲斐なさに歯噛みしていたことだろう。
何だかんだでプライドの高い彼女のその時の思いを考えると、全くもって申し訳ないことこの上なかった。

「ぐ……」

 とりあえず方法はともかく、起こしてもらえて助かったとは思う。決して感謝するつもりはないけれど。
もっとも松木としても感謝される為にそうした訳ではないだろうから、それで何も問題はないはずだ。

 閑話休題。
何しろ失神直後の身であり、暴言と苦痛で強制的に意識を取り戻しただけの状況では、すぐに起き上がることもできず。
呻くように呼吸をしつつ、軋むような体を捻って、睨むように声の方へと視線を向けるのが精一杯だった。
状況確認をしようというような意思による行動ではなく、ほとんど反射的な動作。
けれど。
399 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:27:26.14 ID:QFVBey/l0
「……!?」

 そこで目にした表情が。
その声や行動以上に、そこに表れている感情が。
僕の心に、一気に意識が覚醒する程の衝撃を与えた。

「何なのよ……何なのよ、あいつは!」

 僕の視線が向いた事を認識して捲し立ててくるその顔には、先程までの悪魔のような笑みも、余裕ぶった嘲りも、達観したような呆れもなく。
ただそこには、癇癪を起こした子供のような、怒りと焦りと混乱が色濃く表れていた。
さっきまでとはまた違う意味で年齢不相応な表情。
そしてまた、さっきとは違って室内のどこにも火憐の姿は見られず。
そんな事実を目の当たりにしてしまっては、呑気に寝転がっていられるわけもない。
400 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:30:49.13 ID:QFVBey/l0
「火憐ちゃんは――あいつは、どこだ? どこに行った?」
「知らないわよ! あいつがどこ行ったのかも、何考えてるのかも、わたしに分かるわけないでしょ!」

 未だ言うことをきかない身体をそれでもどうにか起こして。
発した問いに対して返ってきた、ヒステリックな声を耳にして。
そこで、ようやく気付く。
感情的になっている松木のその全身に、生気が満ちていることに。
さっきまであった病的な要素が、まるで最初からなかったかのように消えていることに。
そして同時に、その手にあったはずのペンダントが、無くなってしまっていることに。

 さーっと血の気が引いていくような気がした。
目の前の事実から連想される事態に、知らず息を呑む。
それでも、何が起こったのか、僕は確認しなければならない。
401 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:40:15.09 ID:QFVBey/l0
「お前、さっき持ってたペンダントはどうしたんだ?」
「ペンダント? ……あぁそう、あんた知ってたんだ、あれが何なのか。だからわたしにちょっかいかけてきてたのね」
「あれに悪魔が憑いてるんだな」
「えぇそうよ、下らない事ばっかりしてくれる鬱陶しい悪魔がね」
「あんなもの、どこで手に入れたんだ?」
「わたしの両親が大量に買ってきた胡散臭い物の中に混ざってたのよ。まさか悪魔が本当にいるなんて思ってもいなかったわ」

 吐き捨てるように言う松木。
もっとも、それは僕も予想できていた。
彼女の両親は、きっと藁にも縋るつもりで、そういう怪しげなグッズにも手を出していたのだろう。
娘の回復を願って、気休めでも、仮初でも、そんな些細な希望のようなものにだって縋りたかったのだろう。
そうして集めた物の中に、こんなとんでもない物が――悪魔を宿した宝石なんかが混ざっていて。
そして松木もまた藁にも縋るような思いで、それに願った。願ってしまった。
けれど今は、それに頓着している場合ですらない。
402 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:49:17.07 ID:QFVBey/l0
「それで、そのペンダントはどこにやったんだよ? まさか――」
「ふん、きっとあんたが想像してる通りだわ。あいつが持ってったのよ。有難迷惑にも、わたしの体が治るように願った挙句にね!」
「!」

 心臓が跳ねる感覚。今度こそ、はっきりと戦慄する。
ペンダントと火憐の姿が揃って消えていることから想像はできていたけれど。
断じてそうであって欲しくはなかったけれど。
現実はあくまでも無情だった。

 何が恐ろしいかといって、それは松木の体調が回復したという事実そのものではなく。
それが実現した経緯の方だ。
あるいは、松木の回復と同時に生じただろう副作用と言うべきか。
403 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:56:00.60 ID:QFVBey/l0
 悪魔というものは、総じて人の願いの裏まで読む――それでも松木が完治しているということはつまり、火憐は裏表なく松木の回復を最優先に願っていたということであり。
それと同時に、あの悪魔は移動に関する術を使う――であれば当然、彼女が回復する為には、その病状や体質の行き先が必要になるはずであり。
これらの事実から導き出される結論をこそ、僕は恐れていたのだ。
何しろその行き先なんて、考えるまでもなく思い至ってしまうのだから。
まるで周囲の気温が突然下がってしまったかのような震えが、僕の体を走り抜けた。

 改めて松木に何があったのか確認してみると、どうやら僕が気絶した後、僕や他の友人達すら切り捨てて――そこまでして、それでもなお彼女に関わろうとしている火憐を挑発する為に、種明かしをしてしまったらしい。
火憐への周囲の人間の悪感情が、松木の周囲で起こる不幸が、それらが全て彼女の願いによるものだということを。それが悪魔の仕業であることを。
もちろん言葉だけで信用できる訳もなく、それならと松木はペンダントを火憐に渡して試させたのだ。
火憐に願いを叶えさせようと――綺麗事ばかり口にしている火憐のその本性を、その裏を暴いてやろうと、そういう心積もりで。
けれど。
404 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/05(日) 23:59:22.02 ID:QFVBey/l0
「何でよ……何でそこまでするのよ! それであいつに何の得があるの!?」

 その結果、松木は知ることになった。思い知らされてしまった。
火憐が掛け値なく本気で、揺るぎなく本心で、彼女を助けようとしていたということを。
口にしていた言葉も、見せつけた覚悟も、全て本物だったということを。
図らずも、松木自身が証明してしまったのだ。
悪魔の力を知ってしまっているが故に、それを認めないわけにはいかなかったのだろう。

 その結果が、今のこの状態だ。
感情のままに叫び、頭さえ掻き毟るようにし、僕を蹴り起こしてまで当たり散らして。
混乱し、動揺し、当惑し、狼狽し。
それこそみっともない程に取り乱してしまっている。
405 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:05:43.32 ID:egeB4XpD0
 その姿を、そんな感情の発露を目の当たりにして。
少しだけ、松木の心が見えた気がした。
彼女のこれまでの行動の、その一因が。
彼女が何を求めていたのか、その一端が。
全容には程遠くとも、少しだけ分かってしまった。

 そして、だから。
もうここで僕が為すべきことは何もないと。
彼女のその疑問に答えるべきは、僕ではないのだと。
そのことだけは理解できた。
406 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:08:54.74 ID:egeB4XpD0
「何よその目は……言いたい事があるんなら言いなさいよ!」
「僕に言える事なんて何もないよ。その資格も無いしな」

 表情の変化を目敏く見つけて、僕が何かに気付いたことを察知したらしく、松木が噛みついてくる。
けれど、僕には何も返してやることはできない。
もちろん意地悪だとか嫌がらせだとかではなく。
単にそれが僕の仕事ではないから。僕がやっていいことでもないから。だから何も言えなかったのだ。
しかし当然それで松木が納得してくれるわけもなく、むしろ更に突っ掛かってくる。

「何よそれ、あいつあんたの妹なんでしょ? わたしがあいつを不幸にしてるのよ? 恨み事の一つも言ってみたらどうなの!」
「だからそんなの無いんだよ。僕には何も言えない。あいつの考えを知りたいのなら、今度あいつに直接聞いてみればいいさ」
407 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:13:17.28 ID:egeB4XpD0
 答えながら、体の各部の動きを確かめる。
どうやら特に問題はないようだ。
それならば、もうここで留まっている場合じゃない。
今僕がしなければならないことはただ一つ。
決意を新たに、勢いをつけて立ち上がり、身を翻す。

「ちょっと、どこ行くのよ」
「あいつの所だよ。言っただろ、僕はあいつを助けに来たんだ」
「ふん、とんだシスコンね」
「何とでも言え」
408 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:16:52.03 ID:egeB4XpD0
 それだけ言い残して、一歩踏み出す。
そんな僕に、松木はそれ以上何も言わなかった。
動く気配も止める気配もなかった。

 あるいはもう、気付いているのかもしれない。
自分の中の疑問に、既に答えは出ているのかもしれない。
ただそれを信じられないだけで。
あるいは信じたくないだけで。

 いずれにしても、僕にはもう何も言うことなんてない。
言えることも、言っていいこともない。
だって僕は、火憐を助ける為にここに来たのだから。
そう、あいつと違って。
409 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:20:30.86 ID:egeB4XpD0
 それ以上何も言わずに、静かにその場を後にする。
こちらはこちらで時間も余裕もないのだ。
火憐が今どんな状態にあるのかが、はっきりと想像できてしまうだけに。
急がなければならない。
二歩目からは、もう走り出していた。
迷いも躊躇いもなく、真っ直ぐに。

 火憐がどこに行ったのかは、聞かなくても大体分かっている。
あいつの今の身体状況を思えば、ここからそう遠くない場所にいるだろうことは、ほぼ確実だ。
果たせるかな、その予想に良くも悪しくも違わず、僕はすぐに見つけることができた。
病院の屋上で、誰もいないその場所で、たった一人で壁にもたれて俯いている火憐の、そんな痛ましい姿を。
410 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/06(月) 00:24:22.42 ID:egeB4XpD0
ということで、今回はここまでです。
次回はまた週末になりそうです……

今週のあの引きには驚きました。
次回、どんなスタートになるのかが楽しみでならない……キスシーンはなさそう?
歯磨きシーンもあと三週間ってとこですかね。
それをモチベーションに書いていきたいところです。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/02/06(月) 01:00:47.67 ID:JAPbTKzAO
おつ
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/06(月) 08:57:47.27 ID:aa+C8Khg0
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/06(月) 11:46:14.43 ID:e1ReVl/2o
乙!
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/07(火) 03:24:45.63 ID:RsNqpwIJ0
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/09(木) 20:19:07.43 ID:pkUj2Lm8o
乙。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/02/10(金) 13:46:48.99 ID:lJ+z+A5Wo
ここのお陰で全巻買いました
417 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/10(金) 23:53:28.05 ID:G8TtBQ2z0
こんばんはです。
長いことお待たせしており申し訳ないです。
続きを上げてきたいと思います。

>>416
なんと! まさかの布教効果がw
物語シリーズいいですよね。
最近じゃ他の事が手につかなくなってきてるから困るw
418 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/10(金) 23:56:56.74 ID:G8TtBQ2z0
 021.

 火憐は目を閉じて、ぐったりと壁にもたれかかっていた。
浅く早いその呼吸が、力無く項垂れたその顔が、床に落とされて動かないその手が。
想像していた状況が事実だったことを、何より雄弁に物語っていて。
その痛ましい姿を目の当たりにして、胸が、声が詰まってしまう。
この事態を防げなかった自身の不甲斐なさに、今更ながら怒りと悔しさが込み上げてきて、気付けば痛みを覚える程に拳を握り締めていた。

「火憐ちゃん……」

 落ち着く為に一つ呼吸をして。
それからゆっくりと傍まで行き、しゃがんで静かに声をかける。
ぴくりと火憐の表情が動いた。
瞼を動かすことさえ億劫なのか、緩慢な動作で目を開けて、ゆっくりと視線が僕の方を向く。
419 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/11(土) 00:01:21.22 ID:aOiPVNaz0
「何だ――兄ちゃん、また来たのかよ」
「何度でも来るさ。悪いか?」
「悪いよ、悪いに決まってる。いらねーって言ったじゃん、あたし、兄ちゃんなんて、いらねーって言ったのに――」
「そんなの知らねえよ、お前が僕をどう思ってたって、僕にはお前が必要なんだから。言ったろ? 僕はお前を助けに来たんだって」
「余計なお世話だ、帰れよ」
「強がるな、無茶しやがって――お前の体、今どんな状態なんだよ」
「別に、問題なんかねーよ、今はちょっと、疲れたから、休んでるだけだ」
「休むだけで治るんなら、松木があんな事になってたわけないだろ。隠すなよ。今のお前、さっきまでのあいつと同じような状態になっちまってんだろ? 悪魔の願いとかのせいで」

 口にする言葉がひどく空しかった。
掠れた声でなお強がりを口にしようというのは見上げたものだが、衰弱しきったその様では、説得力がないどころか冗談半分にしか聞こえない。
いや、ふざけて言っている方がまだ救いがあるだろう。
聞かされるこっちの方が心が痛くなってくる戯言だ。
420 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:05:27.94 ID:aOiPVNaz0
 唇を噛み締める。
どうしようもなく予想通りで、取り返しようもなく絶望的で、抗いようもなく予定調和な状況。
僕が間抜けにも失神している間に、そんな決定的な瞬間を迎えてしまった事実が、腹立たしくて仕方ない。
あれから何があったのか、火憐が何をどう願ったのか、想像するのは余りに容易だった。

 きっとこいつは、自分がどうなっても構わないというくらいのつもりで、松木の身体の完治を願ったのだ。
図らずもそれは、移動の術しか使えない悪魔に、ご丁寧にも移動先まで指定したようなものである。
だからこそ、松木の体質や病状は、余すことなく火憐の身体に移されてしまった。

 それが故の衰弱。
壁にもたれていなければ、きっと座ったままでいることすら難しいのだろう。
見ているだけで胸の奥が軋んでくる。
421 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:07:42.52 ID:aOiPVNaz0
 そんな僕の表情を見て。
そんな僕の言葉を聞いて。
火憐が少しだけ目を見開いた。
驚きの表情――それすら今はぎこちない。

「なんだ……兄ちゃんも、知ってたのか」
「松木に聞いたよ、悪魔の宝石のこと。それが今回の事の原因だってのも、今はお前が持ってるってのもな」

 正確には忍から聞いたんだけど、まさかそれを口にするわけにもいかないので、あくまでも全て松木から聞いたことにしておく。
決して嘘は言っていない。確かにあの子からも話は聞いているのだから。
怪異に関する話なんて、こいつが知る必要はないのだ。
ただ僕が火憐と同じ情報を持っているということさえ伝われば、それでいい。
それだけでいい。
422 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:17:00.69 ID:aOiPVNaz0
「そっか。じゃあもう、意地張っても、意味ねーか……」
「火憐ちゃん!」

 そこで緊張の糸が切れたのか、力無くずるずると横向きに倒れ込んでいく火憐。
慌ててその体を抱きとめる。
しっかりとこの手で。
今度は絶対に離さないように。

 そしてそこで、火憐の身体が不自然な熱を帯びていることや、鍛え上げていたはずの筋肉が嘘のように弛緩してしまっていること、いつもの溌剌とした生気が全く見られなくなってしまっていることに気付く。
蜂の時でさえ見せていた気丈さも、完全に影を潜めてしまっている。
触れているだけで折れてしまうのではないかと不安を覚える程に、目を離せば儚く消えてしまうのではないかと恐怖を抱く程に、脆くか弱くか細い体。
その現実を前に、僕の心が凍りつくような思いがした。
ともすれば、支えているはずの僕の方が崩れ落ちてしまいそうだ。
いっそ恐怖すら覚える。
ここまで弱さを見せるこいつの姿なんて、僕の記憶のどこを探しても見当たらない。
423 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:25:13.53 ID:aOiPVNaz0
 けれど。
そんな状態にありながら、それでもなお火憐は微笑みを浮かべていた。
顔色は悪いし、呼吸は苦しそうだし、熱のせいか汗が滲んですらいて。
そんな劣悪な体調なのに、それでも笑顔を見せられるような、そんな強さもまた、確かにそこにあった。

「はぁ――本当にあるんだな、こんな不思議なこと。あの詐欺師の時もそうだったけどさ。あいつの――茜の身体と、入れ替わったみたいな感じだ。病気がうつったってことなんかな? 身体がさ、もう全然言う事きかねーんだよ。こんなん初めてだ。立ってるだけでふらつくし、拳も握れねーし、身体のどこにも力が入んねー」

 僕に身体を預けながら、片手を自分の眼前に持ってきてみせる火憐。
握ることすら満足にできないその手が、微かに震えている。
そんな程度の動きにすら、多大な労力が必要なのだろう。
大きく重い呼吸を一つして、その手を元の位置に戻す。
424 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:33:15.95 ID:aOiPVNaz0
「つーかもう全身だるいし重いし、ずっと胸がむかむかしてるし、頭ももやがかかりっ放しだし、寒気だって止まんねー。体力も無くなってる感じっつーか、階段も一段ずつしか登れねーし、そんだけの運動でもうぜーぜー言ってんの。あり得ねえよな」
「火憐ちゃん……」
「なあ兄ちゃん、茜の方はどうだった? あいつ、元気になってたか?」
「あぁ、病人の気配なんて欠片もなかったよ。身体は健康そのものって感じだった」
「そっか、なら良かった」
「良くねえよ、この馬鹿! 何考えてんだ――それでお前がこんな状態になってたら意味ねえだろ!」

 弱弱しくも満足そうに笑う火憐を見て、思わず声を荒げてしまう。
今の火憐に怒鳴るようなことなんてしたくなかったけれど、もう感情を抑えることなんてできなかった。

 何やってんだ、っていうか何考えてんだ、こいつは。
いくらあの子を助けたいにしたって、やり方が滅茶苦茶過ぎる。
月火や千石や他の友達が、もちろん僕も神原も、火憐のこんな辛そうな姿を見せられて、こんな苦しんでいるところを見せられて、まさかそれで平気でいられるとでも思ってるのかよ。

 冗談じゃない。皆の気持ちを、心配を、一体何だと思ってやがるんだ。
それこそ、こいつの体調がこんなじゃなかったら、手を上げずにいられなかっただろう。
そんな僕の怒鳴り声に、けれどそれでも火憐は小さく首を左右に振って返してくる。
425 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:36:36.83 ID:aOiPVNaz0
「ううん、意味はあるよ。あいつが元気になったんならさ。そしたらきっと、これから変われるから。だってあいつさ、今までずっとこんな辛い状態だったんだぜ。何一つ自由にならなくて、自分の意思で何かすることもできないなんて、そんなの酷過ぎだろ。そりゃ色々恨みたくもなるよ」
「だからって、どうしてお前がこんな……」
「何言ってんだよ、兄ちゃんがあたしの立場なら、おんなじことしただろ?」
「ああもう、そういうこと言ってんじゃねえんだよ」

 呼吸を乱しながらか細い声で、耳に痛い言葉を投げかけてくる火憐。
支えている腕に伝わってくる熱が、力無く預けられているその重みが、痛々しくも苦々しい。
そもそも、今更何を言っても、起きてしまった事態は変えようがないのだ。
ただその事実が苦しい。

 心の中の柔らかい部分が、刃物でごりごりと抉られているかのように痛む。
自分が苦境に陥っている方が、どれ程気楽か分からない。
火憐が苦しんでいる時間だけ、心がじりじりと削られていくようだった。
気を張っていなければ、あるいは叫びを上げてしまっていたかもしれない。
426 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:41:13.30 ID:aOiPVNaz0
「そんな顔すんなよ、あたしは大丈夫だって。今はちょっとしんどいけどさ、ちょっと休んで、また一から体鍛えて、すぐに元気になってやるから」
「……」

 力無い笑顔でそんなことを言う火憐だけど、でもそれこそ意味のない宣言だ。
何も知らないからこそ口にできる言葉であり、知れば全ては霧消する。
松木ですら半信半疑で理解していなかった悪魔の存在を、火憐が理解できているはずもない。
というか、そもそも火憐はきっと、単純に松木の言うことに従っただけで、悪魔のことなんて全く信じていなかっただろう。
今だってそうだ。
その存在も、その影響も、こいつは毛の先程さえ信じちゃいない。

 それこそ何時ぞやの蜂の時と同じような状態だと、そう考えているのだろう。
今はこんな状態でも、いつかは元の身体に戻れるはずだと。
多少長引くことはあっても、自分が頑張れば、それを回復させることはできるはずだと。
427 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:52:55.30 ID:aOiPVNaz0
 けれど違う。
今回の異常は、あの時とは決定的に、絶望的に違うのだ。
今の火憐は、一時的に体が弱くなってるだけ、というわけではない。
これまでずっと鍛え上げてきた体力が失われた、というわけでもない。
0に戻ったというような話ですらないのだ。

 正しくそれよりももっと酷い。
こいつの身に起きたのは、そんな状態変化などではないのだ。
単純に、松木の身体状況をそっくりそのまま引き継いだだけ。
阿良々木火憐の本来の身体状況なんて、もう何の意味も為さない。
元に戻るも何も、戻るべき健康体すら、今の火憐は失ってしまっているのだから。
それこそ、生来病弱な身の上で十五年の間生きてきた、というような状態に等しい。
428 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 00:58:40.31 ID:aOiPVNaz0
 そうである以上、これからは今までの松木と同じような生活を送ることを余儀なくされてしまう。
家と病院を往復するような生活を、ずっと。
入退院を繰り返すような日々を、延々と。
そんな体を鍛えようなど、夢物語もいいところだ。
トレーニング以前にドクターストップがかかる。
些細な事で体調を崩すだろうし、そこでちゃんと対処できなければ、それこそ命にも関わりかねない。
持病もあるし、身体を補助する薬だって幾つも必要なはずで。
そんな状態では、学校に通うことすらままならなくなるだろう。

 今だってもう、いつ体調が急変してもおかしくないのだ。
そのくらいに体が弱ってしまっている。
今は気力で支えているようだけど、それも限度があるだろう。
いざとなれば吸血鬼の治癒能力を使うこともありだろうけど、それだって所詮はその場しのぎにしかならない。
病はどうにかできたとしても、体質までは癒せないのだから。
429 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:10:09.73 ID:aOiPVNaz0
 全ては手遅れ。
どうしようもなく僕の失敗で、失策で、失笑ものの失態だ。
真っ黒な絶望が心を蝕んでゆくような感覚。
けれどそれすら、火憐の苦痛に比すれば如何程のものか。

 と、歯噛みしながら見下ろす視界の中、火憐の手元に“それ”を見つけた。
瞬間、最悪の対処法が脳裏を過ぎる――“それ”をもう一度使えば。
その行き先を、火憐ではなく、僕にすることができれば。
決して解決にはならないけれど、それまでの時間稼ぎにはなるだろう。
少なくとも、最悪な現状だけは引っ繰り返すことができる。
430 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:15:33.53 ID:aOiPVNaz0
「――火憐ちゃん、そのペンダントを渡すんだ」
「は? 何だよいきなり。駄目に決まってんだろ」
「いいから渡せ。それはお前が持ってていいものじゃない」
「渡せねーよ。つーかこれは茜のものなんだぜ。大体これ渡したら、兄ちゃん絶対あたしが治るように願っちまうだろ。自分のことなんて考えずにさ。そんなん駄目に決まってる。つーかそれじゃ意味ねーんだ」
「駄々こねんな。心配しなくても僕の方がお前より丈夫なんだ。大体お前そんな状態で家に帰ったら大問題になるだろうが。両親にも月火ちゃんにも、何て説明するつもりだよ」

 病弱になろうと虚弱になろうと、吸血鬼の力を有している僕ならば、そんな致命的な事態にはならないと思う。
どころか、吸血鬼度を上げて体力の底上げをすれば、日常生活に支障が出ない状態に持っていくことだってできるかもしれない。
最悪でも、今の火憐の状態より悪くなることはないだろう。
そもそもこいつが苦しんでる姿を見せられ続けるなんて、それこそ僕の心の方が先に参ってしまう。
月火だって、両親だって苦しむことになる。友達だって心を痛めることだろう。
容易に予想できるそんな事態を看過することなんて出来ようはずもない。
こうなったら強引にでもと考えたが、そんな僕の思考に感づいたのか、火憐はペンダントを両手で握りしめ、僕の目から隠してしまう。
それは絶対に渡さないという、何より使わせないという、明確で明白な意思表示。
431 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:24:29.88 ID:aOiPVNaz0
「止めろよ、兄ちゃん。違うんだよ、そうじゃねーんだよ。兄ちゃんじゃ意味がないんだ、あたしじゃなきゃ、駄目なんだ」
「お前が松木を助けたいってのは分かってるよ。だから僕にも協力させろってだけの話じゃねえか」
「兄ちゃん分かってねーよ。言っただろ、助けはいらないって」
「この期に及んで意地張ってんじゃ――」
「だって、あいつには誰もいないんだ」
「?」

 目と目が合う。
微熱を帯びたその体はなお変わりなく、掠れた声音も弱弱しいままで。
それでもその瞳には、単なる意地や思いつきなんかではない、確かな意志が、強さが宿っていた。
その強さが、一瞬僕から言葉を奪う。
432 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:27:40.65 ID:aOiPVNaz0
「少なくとも、あいつはそう考えてる。自分には誰もいない。誰も味方がいないってさ」
「……」
「だから、兄ちゃんの助けは邪魔なんだよ。あいつが一人だってんなら――それで誰も信じられないってんなら、あたしも同じ立場にならなきゃ、何言ったって、何やったって、信じてもらえねーもん」
「じゃあお前、それで皆のことを無視したってのか? 皆を振り切ってでもあいつの味方になるって、皆以上にあいつを助けたいと思ってるって、そう示してやる為に?」
「もちろん皆には悪いと思ってるよ。全部解決したら、ちゃんと謝りに行く。だけどさ、もしかしたら正しいやり方じゃないかもしれないけど、でもやっぱあたし、あいつを見捨てられねーよ。あいつ一人切って解決なんて、そんなの嫌なんだ」
「だからってそんな――」
「それにさ、あたしがいなくたって、月火ちゃんには、兄ちゃんだって友達だっているだろ。独りなんかじゃない。兄ちゃんもおんなじだ。駿河さんだって他の皆だって。でもあいつは――茜は、そうじゃないんだ」
「……何か聞いたのか?」
「うん、色々聞いた。自虐的っつーか、やけっぱちみたいな言い方だったけど。親は治療費がすげーかかるからずっと働き通しで、ほとんど顔も見れなくて、話も出来なくて。すぐに体調崩すから学校にも通えないし、苛めとかもあったりしたみたいでさ」
「それで、なのか? そんな風に辛いことがあって、一人で悩んで苦しんで、嫉みとか恨みとかが募っていって、それで周りに不幸になれとか願ったり――」
「ううん、多分違う。あたしにこれ渡す時、あいつ言ってた、自分は願ってもまともに叶いやしなかったって」
「まともには叶わなかった?」
「だから違うんだきっと。あいつは多分、他人の不幸とかそんなのを願ったんじゃないんだよ。偶然か何か知らねーけど、結果的にあいつの周りで不幸事が続いちゃって、それで今みたいな噂が流れて、それがどんどん独り歩きして、だからあんなやけっぱちになっちゃったんだろうけど、でも最初はきっと――」
「……」
433 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:31:01.76 ID:aOiPVNaz0
 火憐はそこから先は言わなかったけれど、でも僕にも想像はできる。今ならばできる。
松木はきっと、一人で辛い思いをしていた時に、『友達がほしい』とか、あるいは『話相手がほしい』とか、そういうことを願ったのだろう。
そんな些細な、それでいて切実な希望を、けれど彼女は悪魔に対して縋るように願ってしまったのだ。

 もちろんその願いは純粋なものだと、少なくとも自身はそう信じていただろうけれど。
その願いの裏に、病弱な自身の身の上に比して、輝かんばかりに青春を謳歌している同級生達への羨みや嫉みといったものが皆無だったとは思えない。
苛めを受けたり、理解者がいない身の上だったなら尚更だ。そんな思いを全く抱くなという方が難しい。

 そして悪魔は、そうした負の情念を、隠された本音を、見逃すようなことはない。
だからこそ両方の願いを叶える手段を取った――松木と関わりのある人間を事故や病気に陥れ、病院送りとすることで。
入院者同士であれば、時間も距離も関係なく、いつでも話ができるようになる――と。

 そんなことが頻繁に起こる内、周囲はそれを恐れ、やがて今のような噂が流れ始めたのだろう。
そしてまた、松木も理解してしまったのだろう、その事態がどうして引き起こされたのかを。
それが悪魔に願った代償だと、自分の願いが不幸を招くということを、だからきっと認めざるを得なかった。
そうしていつしか諦めて、心を閉ざして、負の感情だけを募らせていったのだ。
だから――
434 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:35:14.46 ID:aOiPVNaz0
「だからさ、絶対に助けてやらないと駄目だって思った。傍に誰もいないってんなら、あたしが傍にいてやる。信じてほしいってんなら、無条件で信じてやる。知らないだけなら、教えてやるって、そう決めたんだ」
「この馬鹿……」
「そうかもな。でもあたしは、誰かの不幸を仕方ないって、そう諦められるのが賢い選択だってんなら、馬鹿って言われても諦めない方を選ぶよ」
「それで周りに迷惑かけてどうすんだよ。後で謝るったって、皆が皆理解してくれるわけじゃないんだぞ」
「うん、そうだと思う。理解してもらえないかもしれないのは分かってる。けどさ、だからって、それで苦しんでる人を見て見ぬふりなんてしたら、あたしはあたしじゃなくなるよ。人数の問題じゃねー。関係の問題でもねー。困ってる人がいるなら、その人を全力で助ける。例外とか順位とかそんなん無しで。それがあたしの信じる正義なんだ」

 誇らしげな表情で見上げてくる火憐。
見るからに辛そうで、聞くまでもなく最悪の体調で、それでも微塵も後悔していない顔が、そこにあった。
それを目の当たりにして、僕は言葉を失ってしまう――同族嫌悪か、自己嫌悪か。いつかの羽川の言葉が脳裏に過ぎる。
敵も味方も関係なく、多い少ないの問題でもなく、身近か疎遠かすら考慮せず、ただ皆が不幸から逃れられるようにと。
一人も見捨てることなく問題を解決したかったからこそ、火憐は松木を救うことを心に決め、その為に――松木に自身の想いが本物であることを示す為に、皆から疎まれるような選択肢を取ることすら覚悟し、その決意に従って行動した。
それがこいつの意志だというのなら、それを一方的に否定するわけにもいかないだろう。
435 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:39:16.85 ID:aOiPVNaz0
 だからといって、全面的に肯定することだってできようはずもない。
何しろ事態は全く解決していないのだから。
幾らこいつが望んでしたことだといっても、現実問題として、その体は深刻な状況に陥ってしまっているのだ。
しかも現状、僕らには何も打てる手がない。

 悪魔に願うことは論外。
吸血鬼の力でも根治できないのは既に忍に聞いている。
現代医療で打つ手が無いのも松木のこれまでの闘病生活が証明済み。

 苦しくも、悔しくも、狂おしくも、僕には何もできない。
いや、誰にも何もできない。
こいつはこれから一生涯、ずっとこの体質と付き合っていくことになってしまう。
いつかそれに気付いた時、それを理解した時の火憐の心情を思うと、胸に苦いものが広がる。
その終わりの見えない道行は、間違いなく言葉に出来ない程の苦渋と苦難に満ち満ちているだろう。
けれどきっと、それでもなお、こいつはそれを後悔せずに立ち向かっていくに違いない。
436 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:45:33.30 ID:aOiPVNaz0
 だとすれば。
火憐がそう決めたのならば。
確かにそれを覚悟しているというのならば。

「仕方ないな。とにかく火憐ちゃん、まずは医者の所に行くぞ」
「だから止めろって。あたしは一人で……」
「断るな馬鹿、診察室に連れてくだけだ。そのくらいの手伝いならいいだろ」

 その覚悟に、僕も付き合うまでのことだ。
こいつがそんな苦しみと戦い続けるというのなら、表からでも裏からでも、一生だって僕がそれを支えよう。
そしていつか見つけ出してやるのだ、他の解決策を。
両親や月火達への説明とかは難題だけど、それも含めて考えていけばいい。
437 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:52:36.08 ID:aOiPVNaz0
 僕の言葉に、驚いたように何回か瞬きを繰り返す火憐。
腕に力を込め、じっと目を見る。
僕の想いが伝わったのかどうかは分からないけれど。
それでも、まだ何か言おうとしていた火憐は、しかし黙って静かに口を閉じた。
黙ったまま目も閉じて、ゆっくりと僕の胸に頭を預けてくる。
それを確認して、立ち上がろうとした、その時だった。

「茶番劇は終わった?」

 無感情で、無感動で、無遠慮で、無慈悲な。
そんな声が背後から聞こえてきたのは。
438 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/11(土) 01:55:11.05 ID:aOiPVNaz0
ということで今回はここまでです。
次回は早ければ日曜日にでも、と鋭意努力中。

アニメのかれんビーも佳境に入ったし、放送が楽しみです。
特に冒頭。どんなスタートをするのやら。
早い所デレた火憐ちゃんを見たいもんです。
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 01:58:17.36 ID:cEaXP32qo
乙!!


さてペルソナを見るかな……
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/02/11(土) 03:02:29.45 ID:BNzDOue7o
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(熊本県) :2012/02/11(土) 03:08:35.00 ID:7nKQEPSW0
乙!
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/02/11(土) 09:31:04.33 ID:KUFSOKsp0
乙ぅ!
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 12:31:38.97 ID:YR076Yek0
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/02/11(土) 23:50:56.09 ID:cnXX7Q1AO
乙ッ
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/02/12(日) 22:17:17.26 ID:G9grm6tAO
乙ぺけぺっ!
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/12(日) 22:23:38.46 ID:C8z0WMga0
ぺけぺっ?
447 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/12(日) 23:45:45.87 ID:oIqahs7W0
こんばんはです。
何とか間に合った……とりあえず短いですが続きを。


……ぺけぺっ?
448 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/12(日) 23:49:41.45 ID:oIqahs7W0
 022.

 鼓膜を震わせる、低く冷たい声音。
ゆっくり背後を振り返ると、屋上の入り口前に立ち、腕組みしてこちらを見下ろしている松木の姿があった。
病室で見たまま、全身が生気に満ち満ちているのが分かる。
その立ち姿は正しく健常者のそれだ。
たださっきと違って表情は冷静そのものといった風で、焦りや混乱の色は微塵もなかった。
時間をおいたので落ち着いたということか。

「どうした? 何か用があるのか? できれば後にしてもらえたら助かるんだけど」

 ここでまた火憐とやり合われても困るので、機先を制して僕から問いかけた。
言いたい事とか聞きたい事とか色々あるかもしれないけど、まずはこいつを医者に見せてやらないといけない。
今じゃなくても、話ならいつだってできるんだし。
そんな僕の言葉に対し、松木は軽く鼻で笑った。
449 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/12(日) 23:54:22.28 ID:oIqahs7W0
「ふん、あんたなんかお呼びじゃないわ。用があるのはその子の方よ」
「今じゃなきゃ駄目なのか?」
「はっ、シスコン兄貴は黙ってなさい、心配しないでもすぐ済むわ」
「お、おい――」

 迷いのない足取りで。
迷いのない表情で。
真っ直ぐに僕らの――いや、火憐の方へと歩いてくる松木。
火憐もまた気だるそうにしながら、けれどしっかりと目を開いて迎える。

 見上げる火憐の表情は、さながら湖面のように穏やかで。
見下ろす松木の表情は、さながら能面のように無機質で。
場に満ちた空気が、二人の醸し出す雰囲気が、僕から言葉を奪う。
450 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/12(日) 23:56:25.87 ID:oIqahs7W0
 火憐の前で立ち止まる松木。
二人の動きと共に、時間まで静止したような気がした。
心臓の音すら聞こえそうな程の静寂。
と、松木がすっと火憐に向かって手を差し出す。

「返しなさい」
「……あぁ、これか」

 松木の言葉に一瞬考え込んだ火憐は、しかしすぐに視線を自分の手元に落とす。
僕から隠していたその手の中に、鈍い輝きを放つペンダントがあった。
この現況へと事態を導いた正にその元凶――いや、違うか。
あくまでもこの石は触媒に過ぎない。決してこの宝石単体で問題が起きたわけじゃない。
宝石の悪魔は、ただ願われてその力を使っただけだ。
全ては、見下ろすこの少女と、見上げるこの妹の、その意思によって導き出された結果なのだから。
451 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/12(日) 23:59:54.15 ID:oIqahs7W0
「それはわたしのものよ、あんたにあげたわけじゃない。勝手に持ち去らないで」
「あー、そうだな、悪い、返すよ」

 謝りつつペンダントを持った手をゆっくりと持ち上げる火憐。
黙ってそれを見下ろしている松木。
火憐の手が、悪魔の宝石が、松木のその手に近づいて行く。

 その光景を黙ったままで見ている僕だったが、心の中はさながら暴風雨のような煩悶懊悩と自問自答の嵐だった。
これを黙って見ていていいのか?
ペンダントを――悪魔の宝石を返してしまって、本当に大丈夫なのか?
松木がまた変なことを願ったらどうする?
火憐に追い打ちをかけるような、あるいは他の誰かに害が及ぶような、そんな願い事をされたらどうする?
今度は誰に何が起こるか分かったものじゃないのに?
それこそ、僕が横から奪ってでも、ここで全てを止めてしまった方がいいんじゃないのか?
452 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:07:19.32 ID:ay/I0qVm0
 しかしそんな荒れ狂う思考が僕を強引な手段へと走らせるより先に。
記憶の中の忍の言葉が――物理的な距離に意味は無いというその話が、僕の体を縛り付けてしまう。
そう、きっと力尽くで奪ったって何の意味もない。
松木が、自身の意思で悪魔と決別できなければ、全ては無意味なのだ。
そして僕の手も、僕の言葉も、今の松木には届かない。
何をしても、何を言っても、今の松木には響かない。
僕に打てる手は何もない。

 だからって、このまま指を咥えて見ているしかないなんて。
この子がまた悪魔の誘惑に負けて、その命を――火憐が救おうとした命を削っていくかもしれないのに、ただ黙って眺めているしかないなんて。
そんな無力な自分が歯痒くて仕方がなかった。
だけど、そもそもこの場では僕には何の選択肢も与えられてなどいないのだ。
僕にできるのは、ただ火憐を支えてやることだけ。
何かあった時に、火憐を庇ってやる事くらいしかできない。
453 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:10:02.44 ID:ay/I0qVm0
 そうやって僕が歯噛みしている間に。
何もできず、ただ事態を見守ることしかできない僕の目の前で。
悪魔を宿すその宝石は、松木の手に返ってしまう。

 瞬間、僕の体にも緊張が走った。
もうどうなるかなんて分からない。
息を呑んで、固唾を呑んで、ただ次の事態に備える。

 黙ってそのペンダントに視線を送っている松木は、しかし何の感情もその顔に表してはいなかった。
喜んでもいなければ、悲しんでもいない。
ただ視線を下に落としたまま。

「……」
「……」
454 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:13:22.59 ID:ay/I0qVm0
 何の動きもなかった。
火憐からペンダントを受け取って、けれど松木は動かない。
もう用事は終わったはずだろうに、それでも視線は変わらない。
手元のペンダントへ、そしてその先にある火憐の、穏やかなその表情へ向けられたままだ。
僕がそれを訝しく思っていると、やがて痺れを切らしたように彼女はその口を開く。
表情が、感情が、そこでようやく動き出した。

「返しなさいって言ってるでしょ」
「? 何のことだよ、今返したじゃねーか」
「あんたがわたしから持ってった全てを返しなさいって言ってるのよ」
「は……? って、お前まさか――」
455 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:19:32.31 ID:ay/I0qVm0
 火憐の目が見開かれる。
詰まる声。驚きに満ちた表情。硬直した体。
視線を追って見上げれば、ついさっきまで無表情だった松木の顔に、今は感情の色がはっきりと表れているのが分かった。
それは、明らかに怒り。

「頼んでもいないのに勝手に人の身代りになって、悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよ。返せ、それはわたしのだ」
「止めろ!」

 激した感情そのままに吐き出された言葉。
彼女が何をしようとしているのかを理解し、必死の形相で火憐が手を伸ばす。
それを無視して、ペンダントを強く握り締めて目を閉じる松木。
祈るように、願うように、あるいは呪うように。
火憐を支えながら、僕はそれを見ていることしかできなかった。
次の瞬間、石が鈍い輝きを放つ。
456 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:22:45.91 ID:ay/I0qVm0
「……っ」

 刹那、びくっと二人の身体が同時に震えた。
見開いた目に映る松木の様子の変化に、知らず戦慄する。
両の足で立ってはいるものの、明らかに不安定で見るからに不調な立ち姿。
言葉にしなくても分かる――それ程に、彼女の表情からも身体からも、余裕の色が失われてしまっていた。
さっきまでの生気に満ちていた様子は、既に微塵も無い。
間違いなく、彼女の体質が元に戻されたのだ。
他ならぬ彼女の願いで。

 それでも、ふらつきながらも松木の気力は尽きていない。
一杯一杯になりながらも、それでも自分の足で立ち、真っ直ぐに火憐に視線を向けている。
対する火憐は、自身の身体の急激な変化に意識がついていかないらしく、呆けたような表情で見上げたままだった。
457 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:25:47.87 ID:ay/I0qVm0
「これで、元通り、ね」
「っ! お前っ!」
「近づかないで」
「何する気だ!?」

 呟かれた元通りという言葉でようやく事態に頭が追いついたのか、火憐が僕の腕の中からばっと立ち上がる。
こちらもまた、さっきまでの余裕も、穏やかな表情も、完全に失われてしまっていた。
その手を――火憐が伸ばした手をかわすように、松木がすっと一歩下がる。
ペンダントを、しっかりとその手に握り締めたままで。

「あんたの自己満足に、付き合う気なんてないわ。わたしは、あんたなんかに負けない。あんたの施しなんて、受けて堪るか」
「待てって! あたしはいいんだ、もっかい貸せよ、それを!」
「させないって言ってるでしょ!」
「あ!」
458 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:28:54.50 ID:ay/I0qVm0
 僕が口を挟むよりもずっと先に。
そして火憐が更に手を伸ばすよりほんの少しだけ先に。
松木は動いていた。

 その行動には、焦りや迷いや躊躇や混乱といったものは全く感じられなかった。
きっと彼女には、ここに来た時に既に覚悟ができていたのだろう。
既にもう、意志は固まっていたのだろう。
驚きに一手遅れた火憐の、その意味では負けだった。
僕を失神させた後のやり取りとは逆に。

 一際強くペンダントを握り締める松木。
その手の中のペンダントが。悪魔を宿すその石が。
火憐の目の前で。伸ばしかけていた手の、その少し先で。
ぱっ――と音も無く散った。
まるで最初から存在していなかったかのように、欠片すら残さず。
459 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:31:50.10 ID:ay/I0qVm0
 病弱な少女に砕くことが出来るような、そんな柔な石なんかじゃない。
勝手に消え去ってくれるような、そんな簡単な存在なんかでもない。
これはもう間違いなく、彼女の――松木の願いが導いた結末だ。
悪魔の宝石が消え去るようにと、彼女はそう心から願ったのだろう。
でなければ、消失するはずなどないのだから。
紛れもなく、偽りでもない、本心からの悪魔との決別。
それが為された瞬間だった。

 と、そこで気力が尽きたのか。
あるいは緊張の糸が切れたのか。
松木の足から力が抜け、がくんとその身体が大きく傾ぐ。
それを、今度はしっかりと、火憐のその手が受け止めた。
460 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:34:28.65 ID:ay/I0qVm0
「お前、どうして……?」
「ふん、何であんたが、そんな顔してんのよ」
「せっかく治ったのに、あたしはいいって言ってんのに」
「勝手なやつ。あんたの都合なんて、知らないわよ、あんたに借りを作るなんて、真っ平だわ」

 浅く早い呼吸、青白い顔、微かに震える身体――松木は、間違いなく元の体質に戻っていた。
力強く彼女の身体を支えている火憐もまた、同じく元の体質に戻っている。
松木の言うように、確かに全ては元通りだった。

「借りとかそんなんどうでもいいだろ、お前、治りたかったんじゃねーのかよ」
「しつこいわね、あんたの目的は果たされたんだから、どうでもいいでしょ。悪魔はもう消えたわ。あんたの友達連中も、これで元通りになるはずよ、それでいいじゃない」
「違う、それだけじゃ駄目なんだよ。だってお前が助かってない。あたしは、お前を助けに来たのに」
「何? この期に及んで、また勝手に友達面するわけ? ほんと馬鹿ね、あんた。わたしはまだ、あんたの友達なんかじゃないってのに」
461 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:40:57.44 ID:ay/I0qVm0
 そこで。
松木の口元が微かに持ち上げられるのが見えた。
ほんの少しだけど、でも確かに。
もっともそれは一瞬の事で、すぐに元の仏頂面に戻ってしまっていたけれど。
でもそれは、間違いも紛れもなく、明らかで確かな変化の兆しだ。

 身体状況は、確かに全て元通りになっただろう。
だけど、その心は、感情は、表情は――決してそれらまで全て元に戻ったわけではない。
何もかもが元通りになってしまったわけじゃないのだ。

 まだ、と彼女は口にした。
おそらく無意識にだろうけれど、その言葉を使った。
友達という単語の完全否定ではなかった。
まだ――ならば、いずれきっと。
それが分かったのか、火憐の表情も少しだけ緩んだ。
462 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:44:56.97 ID:ay/I0qVm0
「お前も、馬鹿だろ。治るチャンスを棒に振っちまいやがって」
「うるさいわね。もういいでしょ」
「あ、おい、どこ行くんだよ」
「自分の病室に決まってるじゃない、いい加減疲れたのよ」

 火憐の言葉で少しばつが悪そうな表情になった松木が、自分を支えてくれていたその手を突っぱねるかのように、ふらつきながらも再び自分の足で立ち上がった。
その足で、ゆっくりと扉の方へと歩き出す。
慌てた様子で立ち上がってその後を追う火憐。

「お前ふらついてんじゃねーか、手貸すぞ」
「もう鬱陶しいわね、別に助けなんていらないわよ。ていうかさっさと帰んなさいよ、もう用なんて無いでしょ」
「こんな状態のお前を放って帰れるわけねーだろ、ほら段差危ねーって」
「うるさいうるさいうるさい。何よもう、あんたほんとどっか行きなさいよ、目障りだし耳障りだわ」
463 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:49:28.53 ID:ay/I0qVm0
 元通りになったせいか、少し覚束ない足取りの松木。
心配そうにその横に付く火憐。
騒がしく慌ただしくやり取りしながら、二人がゆっくりと階段を下りて行く。
自分の足で、自分の意思で、真っ直ぐに。

 世話を焼こうとする火憐に、松木はやはり険のある言葉で返してはいるけれど。
だけどその悪態から、今までのような刺々しさが薄らいでいるように思えたのは、きっと気のせいではないだろう。
そして火憐も松木も、きっとそのことに気付いているだろう。
僕はただ、そんな二人を見送るのみだった。
徹頭徹尾、僕はただ見ているだけだった。
464 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:52:25.65 ID:ay/I0qVm0
「大したもんじゃな」
「――あぁ、そうだな」

 影から聞こえてきた主語も目的語もない言葉に、静かに頷いて返す。
視線を落とすと、影の中から顔だけ出して僕を見上げている忍と目が合った。
いつも通りの、どこか凄惨さを滲ませた笑み。
今はそこに呆れとかからかいとか、そういう意図が混じっているように思えたのは、決して僕の錯覚ではないだろう。
果たせるかな、忍は嘲るように鼻で笑ってきた。

「ふん、それに比べてお前様ときたら全く。とんだ無様を晒しおったもんじゃ」
「言うなよ、今まさに僕も痛感してるんだから」
「はっ。妹御が心配じゃと駆けつけておきながら、手も足も口も出せんまま締め落とされとるんじゃから世話がないわ」
「ここぞとばかりに言ってくれるな、お前も。まあでも、あいつが無事だったんだから、それでもいいんだよ。僕が無様で滑稽な姿を晒したって、そんなの今更だしな」
465 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:57:01.77 ID:ay/I0qVm0
 決して強がりでも、まして負け惜しみでもなく。
心からそう思い、だから忍にそう言った。
僕は何もできなかったし、それを情けなく思いはするけれど、それでも火憐が無事だったという結果の前ではそんなの瑣末事だ。
間抜けな道化と笑われるくらいのことなら、むしろ喜んで受け入れてやるさ。

「何じゃい、からかい甲斐の無い奴め――ふん、しかしまあそこまで自虐的になることもあるまいよ。そも、お前様も何もできなかったわけではないしの」
「いや、別に慰めてくれなくてもいいよ」
「慰めておるわけではないわ。確かにお前様の決意それ自体は空回りじゃったが、しかしお前様の行動は決して無意味ではなかった。それだけの話じゃ。実際お前様の登場で事態は動いたんじゃからな」
「? どういうことだ?」
「妹御がお前様を――自分を助けにきた者を切って捨てて見せたことで、彼の病弱娘もその言葉に本気を覚え、その覚悟の程を理解し、故にこそ悪魔の石を渡してやろうと考えたんじゃ。お前様の投じた一石が無くば、彼奴も恐らく心を閉ざしたままじゃったろうし、事態はまだまだ長引いたはず。当然妹御がもっと悲惨な目に遭っていた危険性は相応に高かったろうな」
「そっか、そういう見方もあるのか――それでもやっぱり、僕がもうちょっと上手くやれていればって思うけどな」
「何を贅沢を抜かしおるか。そも結果だけ見れば、概ね全員の願い通りになっておるではないか。病弱娘は自身の味方を欲し、妹御は病弱娘を救う事を願い、お前様は妹御の無事を望んでおったんじゃから。ちゅーか悪魔の問題も片付いた現状、この上何を望もうと? それは傲慢というものじゃよ」
「……そう、かもしれないな。まだ問題は残ってるけど、それはこれからあいつらが向き合っていくことか」
「そう思っておれ。どうあれ、これ以上はお前様が嘴を挟むべき話ではなかろう」
466 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 00:59:55.23 ID:ay/I0qVm0
 表情を変えることなく淡々と言う忍。
その言葉に、僕も小さく頷いて返す。
悪魔がいなくなったのならば、事実これ以上僕の出る幕なんて無い。
ここから先のことは、本当に普通の中学生同士の問題なのだから。
高校生の兄が口出しするなんて、さすがにみっともないどころの話ではないだろう。
精々見守るに留めるのが正しいあり方だと思う。
そもそも怪異が絡んでいないのならば、僕が出しゃばる道理なんてどこにもないのだ。

「それで忍、悪魔は本当に消えたんだよな?」
「ん? ああ、消えおったわ。宿主にそう願われてしまっては消えるしかないからの」
「じゃあ願いの効果は消えるんだよな? 火憐ちゃんが不幸になったりとか疎外されたりとかは、もうないよな?」
「効果はな。記憶までは消えんぞ」
「? どういう意味だ?」
「皆の妹御に対する感情はやがて元に戻ろう。近しければ近しい程早くな。じゃからそれは文字通り時間の問題と言ってよい。しかし妹御が皆の忠言を無視して動いた事実は消えたりはせんよ。記憶にも記録にも残ろう。もちろん孤立の経緯を忘れもせん。どうあれしこりは残るじゃろうな」
「そうなのか……でもまあ、それはさすがに仕方ないか」
467 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 01:05:46.37 ID:ay/I0qVm0
 二人が消えた扉の方へと視線を向けながらの忍の言葉。
月火との喧嘩も、他の友達からの冷遇も、悪魔の願いにより誘発されたものだった。
けれど、たとえ悪魔が消えたって、喧嘩した事実も、そこに至った経緯も、決して無くなりはしないのだ。
事実は事実として残ってしまう。起きてしまった事は変えられない。
それはやはり残念に思うし、悔む気持ちだってある。

 とはいえ、火憐が独断専行していたというのも確かなのだ。
もちろん理由はあったにせよ。
そうであれば、そこにわだかまりが残ってしまうのは仕方がないとも言えるだろう。

 だけど、それは決して修復不可能なものでもなんでもない。
これから火憐が説明して、謝って、そうやって解決していくべきことなのだ。
もちろんあいつも、それはちゃんと理解しているだろう。
僕はただ、それを見守ってやるのみである。
求められればもちろん力を貸すにやぶさかじゃないけど、多分その必要も無いと思う。
あいつは――あいつらはきっと、もう大丈夫だ。
468 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 01:10:06.87 ID:ay/I0qVm0
「ときにお前様よ、階下で少し騒がしくなっておるようじゃぞ」
「何だって? この上また何か問題が起きたのか?」
「いや、どうも医者に見つかったようじゃな。まあ病人が顔色を悪くしてうろついておれば、騒ぎにならん方がおかしかろう」
「そりゃちょっとやばいんじゃないか? 急いで下りよう」
「そう焦らんでもよい。急な体調変化で一時的に体が混乱しておるだけのようじゃ。さして深刻なものでもないし、すぐに落ち着くじゃろ」
「それでもだよ、大体火憐ちゃんはそれ分からないだろ? 大体そろそろ帰らないと駄目だしな、月火ちゃんだって心配してるだろうし」
「ふん、まあ好きにせい、儂は寝る」
「ああ、色々ありがとう、また夜にな」

 忍が影へと姿を消すのを確認して、僕も立ち上がる。
急いで扉へと向かい、階下へ――火憐の元へ急ぐ。
不器用だけど真っ直ぐな、誇るべき僕の妹の元へと。
469 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/13(月) 01:14:06.53 ID:ay/I0qVm0
ということで今日はここまでです。
とりあえず一息つけました。
次は早ければ木曜日か土曜日か。

アニメ、初ちゅー宣言無かったなあ。
来週の火憐ちゃん回に期待します。
そしてその次は歯磨きか……
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/13(月) 01:16:15.41 ID:xWsWQq/+o
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/13(月) 02:17:05.60 ID:1wLILiCIo
乙ちゅーが!
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/02/15(水) 22:29:37.30 ID:fCKEmWPAO
最近はこのssでモチベーションが保たれてます
473 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/17(金) 00:03:20.81 ID:HBeafzWh0
こんばんはです。
何とか今日投稿したかったんですが、切りのいい所までいかず……
中途半端な所で投稿するのも何ですし、びしっと締める所まで行ってから上げるようにしたいと思います。
火憐ちゃんが可愛過ぎるが故の苦労と言いますか……
何とかかれんビーの終了に合わせられるのを目標に書いてきます。

>>472
レス感謝です。
モチベーションはきっと、つきひフェニックスの第一話でピークに持って行けるかと。
此方はそれへの期待がSS書く原動力になってますw
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 01:40:04.54 ID:RIu4MqMSO
期待して舞ってる
475 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/19(日) 00:08:44.97 ID:QKSt9JF20
こんばんは、お待たせして申し訳ないです。
取り急ぎ更新してきます。
476 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:10:12.43 ID:QKSt9JF20
 023.

 病院からの帰り道、時刻は既に夕暮れ時。
陽は既に大きく傾き、二つの影が長く伸びている。
細い細い架け橋で繋がった影が。
沈み行く太陽を背に、自分達の影を視界に、僕と火憐は並んで歩いていた。
共に無言のまま。

 あれから――悪魔が消えてからも、事態は簡単に終局を迎えてくれたわけではなかった。
体感的にはともかく、実際にはむしろそこからの方が長かったかもしれない。

 僕が階段を下り、踊り場から階下の様子を確認した時、丁度慌てた様子の看護師達がストレッチャーを運んできているところだった。
廊下へと膝をついて項垂れている松木の元へ真っ直ぐに。
荒く苦しげな呼吸、蒼白な顔、震える身体。
横で声をかけ続ける火憐に悪態を返す余裕すら、その時には既にもう失われていて。
支えが無ければ倒れ伏していただろうそんな状態で、むしろよく階下まで無事に辿り着けたものだとさえ思う。
477 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:12:46.68 ID:QKSt9JF20
 思わず足を止めて茫然と立ち尽くしている内に、松木はストレッチャーに横たえられ、そのまま運ばれていった。
忍の話ではそれ程深刻な状態ではないということだったけれど、あんな姿を見せられては心配するなという方が無理な話だ。
何も知らない火憐にとっては、きっと尚更だったろう。
目を閉じて横たわっていた彼女へと一瞬手を伸ばしかけた――が、邪魔をする訳にはいかないと考えたのか、すぐに動きを止めて、ただ黙ったまま見送るに留めていた。
力無く手を下ろすその表情に浮かんでいたのは、はっきりと憂いの色。

 それから残った看護師に事情を聞かれて説明に窮している火憐の傍に、ようやくのことで僕も辿り着き、状況について話をした。
もちろん悪魔のことを口にする訳にはいかなかったので、あくまで友人として見舞いに来ていた、とだけ。
病人である松木を僕達が連れ回していた、と疑われたらどうしようかと少し心配したものの、幸か不幸か、元より彼女は所謂模範的な患者ではなかったらしく、僕の説明をすんなりと信じてくれたようだ。
あるいは、それこそ僕らの方が振り回されていた、とか考えられていたのかもしれない。
心配げなというか同情的なというか、少しそんな目で見られていたくらいだったから。
478 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:16:16.23 ID:QKSt9JF20
 結局その後、火憐に松木と話をする機会が与えられることはなかった。
ただ後で話してもらったところでは、特に目立った病状の悪化等の傾向も見られず、疲労の蓄積と診断されたとのこと。
実際、僕らがその説明を受けた時には、松木は既に自分の病室で眠っていたそうだ。
隣で話を聞いていた火憐は、そこで安心したように大きく息をついていた。
もちろん僕も、そこで安堵できたのは確かだ。

 でもそれと同時に、裏の事情を知る僕としては、今後を憂えずにはいられなかった。
今はもうその存在は消え去ったとはいえ、松木が悪魔に願ったせいで少なからず精気を奪われたという事実は消えたりしないのだから。
忍曰く、そこまで大きく損なわれているわけではないそうだけど、どうあれ悪影響が無いはずもないだろう。
せめてそれが最小限のものであってほしいと、そう願わずにはおれない。
479 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:23:26.45 ID:QKSt9JF20
 そして松木の代わりという訳でもないけど、娘の病状悪化を知らされて駆けつけた彼女の両親と会話をする機会があった。
娘の方は親に対して少なからぬ不満を漏らしていたそうだけど、会ってみれば、二人は普通の人達だった。
本当に普通の、そしてただ純粋に、一心に、娘の身を案じている親だった。
もっとも、だからこそ娘の為にあらゆる手を尽くし、手当たり次第に縋る物を求め、遂には悪魔の石に届いてしまったのだろうけれど。
それでもそれはあくまでも結果論であり、二人の想いが本物である事実より優先されるようなものじゃない。

 病室の前で佇む僕らに声をかけてきた二人の表情には、疲労と心痛が色濃く刻まれていて。
その痛ましい姿は、しかし確かに心から娘のことを心配している親のそれで。
松木の事を自分の友達だと、そう胸を張って言った火憐に見せた少し安心したような微笑からも、彼女が強く想われていることが伝わってきて。
僕も少しほっとしたのを覚えている。

 その後、面会時間がとうに過ぎていたこともあり、二人が病室へ入るのを潮に、僕らも病院を出た。
より正確には、看護師から今日は帰るようにと言われて、大人しくそれに従っただけなのだが。
病院の出口を出てからも、火憐は後ろ髪を引かれるように、何度も立ち止まり、何度も振り返っていた。
480 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:25:45.53 ID:QKSt9JF20
 その気持ちは分からないでもなかったけれど、いつまでもそうしていたって仕方がない。
何より松木だけでなく火憐もまた、一時的にとはいえ深刻な体調不良に陥っていたんだし、その心身への影響も心配だった。
松木もそうだけど、こいつだって休ませてやらなければならないだろう。
なので、適当な所で僕がその手を取って、引っ張るようにして帰路に着いたわけだ。

 火憐は特に反発することもなく(最悪引きずってでもと思ってはいたけれど)、素直に僕に引かれるまま歩き出した。
それからずっと、無言のままで歩き続けている。
繋いだ手は離さない。
ちらりと横目で窺うが、その乏しい表情から内心を読み取ることは難しい。
きっと色々な思考が、今も頭の中をぐるぐると回っているのだろう。
今も一人で、考え続けているのだろう。
だから。
481 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:31:29.04 ID:QKSt9JF20
「――なあ、火憐ちゃん」
「……なに?」

 足を止めて声をかけてみると、小さな反応が返ってきた。
改めて真正面に立って視線を合わせる。
不思議そうな表情で見返してくる火憐。
言わなければならない言葉が、伝えなければならない想いが、僕にはあった。

「ごめん」
「え?」
「無視してて、放っておいて、ごめんな。お前はずっと一人で大変だったのに、僕はそれを気にもしないで――」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、やめろよ、謝んなって。むしろあたしの方が謝んなきゃなのに」
「いや、それこそ必要ねーよ。お前が無事なら、僕はそれでいいんだ」
「でも――」
482 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:40:34.32 ID:QKSt9JF20
 なおも言い募ろうとする火憐だったが、僕は手を振ってそれを遮る。
こいつが謝る必要なんてない――少なくとも僕に対しては間違いなく。

「いいんだって。それに、お前がああしたからこそ、今回の事にも片を付けられたんだろうしな」
「……そう、なのかな?」
「当たり前じゃないか。これからはもう松木が周囲の人間を不幸にするとか、そういうことは起きないんだから。一番の問題は片付いたと言っていいだろ」
「だけどさ、あいつがそうしてたって事実は消えないじゃん。皆それを覚えてる。あいつだってそうだ。それに病気だって体質だって何も変わってないんだぜ。結局あいつ自身の状況は一個も良くなってねーのに」
「でもそれは、松木がこれから自分で向き合っていくべきことだろう。その解決の為に、あんな物に頼るのがそもそも間違ってんだ。それを無くして元に戻したってだけで、十分改善だよ」
「そりゃ、そうかもしんないけど」
「それにもう、あいつは一人じゃない。そうだろ?」
「……うん、一人になんてしねーよ、絶対」
「ならきっと大丈夫だよ。そんなすぐに素直にはなれないだろうけど、でも遠からず皆と仲良くだってなれるさ。まあ、もし何か助けが必要なら僕にも言えよ。できる限り手を貸すぜ、今度こそちゃんと」
「兄ちゃん――うん、ありがと」
483 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:45:50.69 ID:QKSt9JF20
 僕の言葉を噛み締めるように、頷いて返してくる火憐。
そこでようやく、その表情が少しだけ緩んだ。
一人でも、と気を張って。
松木を助ける為に、と強がって。
それでもやっぱり不安や心配はあったんだろう。
痛みや苦しみは大きかったんだろう。
どんなにフィジカルが強くたって、メンタルの方はそうはいかない。
何たってこいつはまだまだ十五歳の中学生なんだから。

 その背中を後押しするという程でもないけれど。
でも僕は確かに味方だということを、その意思を伝えようと、またしっかりとその手を握ってやる。
少し遅れて、緩く握り返してくる感覚。
ふっと微かな笑みを交わす。
484 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:50:18.01 ID:QKSt9JF20
「とにかく今は家に帰ろう。大体謝るってんなら、まず一番は他にいるだろ」
「……うん、分かってる。帰ろう、兄ちゃん」

 二人並んで、再び歩き始める。
その足取りはきっと、さっきまでより少しだけ軽くて。
無言のまま、それでも前を向いて真っ直ぐに。
帰るべき場所へ、返るべき形へ。

 完全に陽が落ちるより少しだけ早く、我が家の門扉が見えてきた。
街灯に照らされて浮かび上がるようなそれに、何となく安心感を覚える。
玄関の前、火憐が一つ深呼吸して。
僕の手を離し、一つ頷き、自分の手で扉を開けて。
そして。
485 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 00:56:41.98 ID:QKSt9JF20
「ただいま」

 帰宅の言葉を伝えて、扉をくぐった火憐が、玄関で靴を脱いだところで。
リビングからどたばたと音が聞こえてきて、それに気付くと同時に扉がばんと勢いよく開き、月火が飛び出してきた。
僕の目の前で、火憐の肩がぴくりと動く。
後ろに立っているので、その表情は見えなかった――見えるのは、言葉が、あるいは胸が詰まった様子の月火の表情。

「火憐ちゃん……」
「月火ちゃん……」

 一瞬見つめ合う二人。
きっと心の中で、頭の中で、いろんな想いが渦巻いているのだろう。
溢れそうな感情に振り回されて、言葉が出てこないのだろう。
月火の瞳は、不安や悲嘆や後悔で揺れていて。
そしてきっと目の前に立つ火憐もそれと同じで。
数秒間の、そんな硬直の後。
486 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:03:12.58 ID:QKSt9JF20
「ごめん! 火憐ちゃん!」
「ごめん! 月火ちゃん!」

 二人の、そんな言葉が綺麗に重なった。
言葉のみならず、ご丁寧にも下げる頭の角度まで同じで。
ただ心のままに、二人は想いを吐き出し続ける。

「酷いこと言ってごめん、無視しててごめん、放っといてごめん、話をちゃんと聞いてあげられなくてごめん」
「酷いこと言ってごめん、迷惑かけてごめん、困らせてごめん、心配してくれたのを無視してごめん」

 重ねる言葉と、重なる気持ち。
そんな風に想いが連なって行く内に、少しずつ二人の声が震えてくる。
その震えは身体にも少しずつ伝播していって。
揃って顔を上げて、ともすれば崩れそうな表情のまま、溢れそうな感情に従うまま。
互いが互いにゆっくりと歩み寄り、震えるその手を伸ばし合い。
487 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:10:13.81 ID:QKSt9JF20
「ごめんね、火憐ちゃん。ごめん、ごめんなさい――」
「ごめんな、月火ちゃん、ごめん、ごめんなさい――」

 二人はしっかりと抱きしめ合った。
後ろの僕のことなんて、視界からも意識からも放り出して。
ただ二人で抱き合い、泣き合い、謝り合い。
後悔と、そしてきっとそれ以上の安堵の気持ちで。
言葉を連ね、想いを重ね、涙を流し続けている。

 そんなやり取りを、僕はただ黙って眺めていた。
不覚にももらい泣きする、というようなことはなかったけど。
少しだけ、鼻の奥が熱くなったことは否定できない。
何にしても、もうしばらく僕がただいまと口にするまでには時間がかかりそうだった。
488 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:14:20.11 ID:QKSt9JF20
 でも、別にそんなことはどうだっていい。
二人の気が済むまで、好きにさせてやろうじゃないか。
こうしてどうにか、あるべき形に戻ってくれたのだから。
立ちっ放しで少し足が疲れる程度の事に一々文句を言うほど、僕は狭量な兄ではないのだ。
むしろずっと見ていたい気分ですらある。

 二人の謝り合う声を耳に。
二人の抱き合う姿を目に。
想い合う二人を心に。
僕はしばらくそうして立ち尽くしていた。
少しの疲労感と、多くの充足感を覚えながら。
489 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:19:15.06 ID:QKSt9JF20
 024.

 紆余曲折を経てどうにか辿り着いた、後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされる――ということには、この日もならなかった。
それが何故かって、まず僕の方が先に目が覚めたからであり、また同時に昨夜は火憐と二人だけで眠っていたからだったりする。

 昨夜、あの電撃的な仲直りの後、部屋に引き上げてからの話は省略したいと思う。
もちろん積もる話はあったけれど、僕ら以外にとってはそれこそ詰まらない話だろうから。
色々と溜め込んでいた何やかやを吐き出し終わった時には、もうとっぷりと夜更け。
そうしていざ寝ようかという段になって、やぶから棒に月火が火憐へと、僕と二人だけで寝るようにと言い放ったのだ(もちろん僕の意見は完全無視だ)。
曰く、『火憐ちゃんはお兄ちゃん分が不足してるだろうから』とか何とか。
後はもう僕や火憐に発言をさせることなく、月火はさっさと一人で僕の部屋へと引っ込んでしまい。
僕達も正直結構疲れていたので、大人しくその言葉に従うことにして、二人だけで眠りについたわけだ。
490 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:23:44.54 ID:QKSt9JF20
 しかし実際一晩明けて、とてもすっきりした気分だった。
悪夢にうなされるようなこともなかったし、痛痒を感じるようなこともなかったし、久しぶりに快眠できた気がする。
その理由なんて、考えるまでもなく明らかだ。

 視線を下へ向けると、目に映るのは、僕の胸の中に顔を埋めている火憐の頭だけ。
あまり口にはしたくないんだけど、身長の関係でこんな風に火憐の頭を見下ろすような形になるのは結構珍しいことだったりする。
そんなどうでもいい事実はさておき、改めてその頭頂部を見やりながら、小さく安堵の息をつく。
表情こそ隠れていて見えないけれど、耳に微かに届く安らかな寝息が、僕の背に回されている両手の力強さが、胸に伝わる温もりが、その無事を、健康を、何よりはっきりと教えてくれていた。

 何とはなしに、眠っている火憐の髪を撫でてみる。
意外にと言ったら怒られるかもしれないけれど、どうやら髪の手入れはきちんとされているらしく、とても滑らかな手触りだった。
指で梳いても引っかかる所なんて全くなく、さらさらと指の間を抜けていき、部屋に射し込む朝日を受けてきらきらと輝いている。
大雑把なようでいて、その辺はさすがに女の子ということか。
491 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:28:49.25 ID:QKSt9JF20
 あぁでも夏休みの時、鍵でポニーテールぶった切った前科があったっけ、こいつ。
あれだけが例外だったのか、あの後に心境の変化でもあったのか、一体どっちなんだか。
とは言っても、そもそも僕には女の子らしい火憐なんて想像できないんだけど。

「……何か不快な思考を感知したぞ」
「どういう目覚め方だよ」

 何だか既視感を覚える目覚めの一言。
目を開けた火憐が、顔を上げて僕の方に少し恨めしげな視線を向けてくる。
同じく既視感を覚える突っ込みをしつつ、しかし髪を撫でる手は止めない。
月火もそうだったけど、何か癖になるような手触りなのだ。
心安らぐというか、落ち着くというか。
やっぱり兄妹であり姉妹なんだな、と納得する。
断じて髪フェチとかではない。ないのだ。
492 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:35:40.21 ID:QKSt9JF20
 閑話休題。
そうして髪を撫でている内に、火憐の顔から不満の色は薄れていき、やがて照れたような表情へと変わる。
見ている僕の方も、自然と口元が緩んできてしまう。
ほんの数日ぶりだけど、何故かとても懐かしく思えるような、そんないつも通りのやり取りだった。

「おはよう兄ちゃん、いい朝だな」
「おはよう火憐ちゃん、よく眠れたみたいだな」
「もちろんさ。いやホント久しぶりに熟睡できた気分だぜ。ようやく帰ってきた感じっつーか。やっぱ兄ちゃん抱きしめてないと寝た気がしねーよ」
「重症だな、おい」
「いいじゃん別に。知ってんだぜー、兄ちゃんももうあたしらが傍にいなきゃ熟睡できねーってさ」
「何馬鹿なこと言ってんだ。そんなわけあるか」
「にっしっし、まーそういうことにしといてやるよ。あ、そだ」
「ん?」
493 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:39:07.73 ID:QKSt9JF20
 何かを思い出したように、火憐が今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
こんな風に寝転がっている状態じゃなきゃ見られない、これも実に珍しい火憐の上目遣いだ。
狙ってやってるわけでもないだろうけれど、正直ちょっと胸にくるものがあるというか。
不覚にも少し動揺してしまった。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、火憐は姿勢も表情も変えないまま、僕の顔へと手を伸ばしてくる。

「なー兄ちゃん、ちゅーしてくれよ、ちゅー」
「は? 何を言うかと思ったら、お前朝っぱらから何なんだよ」
「何だよもー、雰囲気壊すなよな。いいじゃんか、今そういう気分なんだよ。な、おはようのちゅーってことでさ」
「――まあ、たまにはいいか」
494 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:43:16.42 ID:QKSt9JF20
 珍しく素直に甘えてくる火憐に押し切られてしまった、という事もあるけれど。
それ以上に、見上げてくるその瞳の中に、ほんの少しだけ寂しさのようなものを見つけた気がして。
だから、火憐の言う通りにしてやろうと思った。
まあ朝起きた時にキスしてやるくらいのこと、どこの家でも割とよく見られる光景だろう。
何らおかしいところはない。ないはずだ。

 と、そんな風に自分の中で結論づけておいて。
それから体を横にして上半身だけ起こし、火憐の後頭部に手を添えてやりながら、ゆっくりと顔を寄せ、軽く唇を触れさせる。
少しの間をおいて離し、それからもう一度。
火憐は何も言わず、ただ確かめるように、噛み締めるように、僕のそれを受け入れていた。
目を閉じたまま、ちょっと強張ったような表情で。
それが何となく微笑ましく思えてきて、口元が綻ぶのを堪えながら、また二度、三度と繰り返す。
495 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:49:56.16 ID:QKSt9JF20
 ちょっと熱を感じる程度に軽く。
壊れ物に触れるようにそっと。
けれど包み込むように優しく。
じゃれ合うように、労わるように。
信頼の意を込めて、親愛の情を込めて。
昨日までの火憐の心の空白が少しでも埋まるようにと。
ただそう願う。

 そんな僕の気持ちは、きっと火憐の心にもちゃんと伝わったのだろう。
口づけを繰り返す内に、自然とその表情も柔らかいものに変わってゆく。
唇に触れる時は、おずおずとそのおとがいを上げて応えてきて。
頬に触れた時は、くすぐったそうに小さく笑う。
そんな穏やかな時間。
496 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 01:54:52.60 ID:QKSt9JF20
「ん――へへっ、こういうのも何か悪くねーかも。ホントはもっと深いの期待してたんだけどさ」
「朝っぱらからそんなもん要求してんな。どこの痴女だよ」
「まあいいか。月火ちゃんも朝一のべろちゅーはお勧めできないよって言ってたし」
「聞いてたのかよ、それ」

 微かに頬を染めて照れ笑いする火憐と、少し憮然とする僕と。
それでもそれはとても心安らぐようなやり取りで。
僕もまた、何となく日常に帰ってきたような、そんな心地がした。

 そんな感慨を覚えている内に、火憐が再び僕の胸へとその顔を埋めてくる。
背中に腕が回され、しっかりと抱きしめられてしまう。
決して痛くはないけれど、とても強い抱擁。
497 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:00:01.07 ID:QKSt9JF20
 そうして火憐はゆっくり大きく息を吸い、同じくゆっくり大きく息を吐く。
噛み締めるかのような呼吸。
かかるその吐息に、少し胸がくすぐったかった。

「んー……」
「何深呼吸してんだよ」
「兄ちゃん分の補給。何しろ昨夜はすぐに寝ちまったからな」
「一晩で十分だろ」

 少なくとも、僕はこの一晩で十分に妹分(火憐分)を補充できたのだから。
もちろん変な意味ではない。
やましくもやらしくもない。
何なら八九寺の貞操に誓ったっていいくらいだ。
ちょっと抱きしめたり髪に顔を埋めたりはしてたけど、この程度なら全然セーフだろう。
それはさておき、そんな僕とは違って火憐の方はなお物足りなげで、ずっと胸に顔を押し付けたままだった。
498 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:05:04.12 ID:QKSt9JF20
「十分じゃないよ。全然足りねー」
「あんまりぐりぐりすんな、痛いから」
「何かもどかしいんだよ、もっと兄ちゃんの体温とか匂いとか感じたいのに。つーかもう服とか邪魔だろ、脱ごうぜ兄ちゃん」
「脱ぐか! 何馬鹿なこと言ってんだ」
「何だよー、兄ちゃんだってあたしら脱がすのは好きな癖によー」
「好きかどうかは置いといて、まず脱ぐのと脱がすのは全く別物だからな」
「じゃああたしが脱がせばいいってことか」
「だから朝っぱらから馬鹿なことは止めろってんだよ。つーか、いいだろこのままで。心配しなくたって、僕はちゃんとお前の傍にいるよ」

 全く、何を良いこと思いついたみたいに言ってるんだか。
大体からして今でも十分ぎりぎりなんだぞ。
頭を撫でてやりながらのそんな僕の言葉にしかし、火憐は口を尖らせて少し不満げな視線を返してくる。
499 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:15:09.08 ID:QKSt9JF20
「それは嬉しいけどさあ。でもそれだけじゃ何か物足りねーんだって。一昨日もその前も、あたし一人で寝てたんだぜ」
「まあそれが普通なんだけどな」
「萎える突っ込みすんなよ」
「何で今のやり取りで萎えるんだよ、お前は」
「――ちょっと不安だったんだ、実はさ。一人であいつを助けるんだって思って、だから考えないようにしてたけど」
「火憐ちゃん……?」

 また僕の胸元に顔を埋めながら、ぼそぼそと呟く火憐。
その表情までは見えないけれど、珍しくか細いその声は、言葉通りの感情の色を示していて。
聞いている僕まで言葉に詰まってしまう。
500 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:18:17.07 ID:QKSt9JF20
「もうこんな風にさ、兄ちゃんの傍にいられないかもとか、月火ちゃんと一緒に活動したりできないかもとか、友達と遊んだりできなくなるかもとか、そんなんが一杯ぐるぐる頭ん中で回っちゃってさ。それでもやるって覚悟決めたつもりだったけど、でも、兄ちゃんに、月火ちゃんに、皆に嫌われたかもって、そう考えちゃうとやっぱさ――」
「……考え過ぎだ、馬鹿。何があったって、皆がお前を見限ったりするわけないだろ。僕だってそうだ。つーか僕がお前を本気で嫌いになったりするなんて絶対にあり得ねえよ。もちろん月火ちゃんのこともな。いつか言ったろ、お前達は僕の誇りなんだって。どんなことがあったって、僕は死ぬまでずっと、お前達の事を大切に、この上なく愛おしく想ってるよ」

 言いながらその背に手を回し、強く強く抱きしめる。
火憐はあの時、松木を助ける為に、色々な物を切り捨てる決意をし、覚悟をし、行動をしたのだろう。
さっき吐露したように、ずっと少なからぬ不安を覚えながら。
友達と距離を置いて、月火と喧嘩して、僕を拒絶して――その時、その度毎に、きっと心を痛めながら。
501 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:24:02.81 ID:QKSt9JF20
 でも、それはあくまでも火憐の側の話だ。
勝手に僕がそんな程度で見限るとか考えるなんて、それこそ冗談じゃない。
たとえ殴られようが、蹴られようが、締められようが、罵られようが。
いくら否定されようが、拒絶されようが、無視されようが、嫌悪されようが。
僕が火憐を想う気持ちが揺らぐことなどあり得ない。あり得て堪るか。
こいつは、僕が僕として生きる為に、欠くべからざる存在なのだから。

 火憐のいない生活なんて考えられないし、考えたくもない。
もちろんそれは他の皆だって同じだ。
悪魔の願いの効果に負けそうになった僕が言っても説得力に欠けるかもしれないけれど、それでも僕には、今回忍や八九寺がそうしてくれたように、いざという時に助けてくれる頼もしい存在がいるのだから。
だから、この皆との絆は決して壊れたりはしないのだと、改めて強く思う。心からそう信じられる。
502 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:28:14.75 ID:QKSt9JF20
 と、腕の中で火憐が微かに身を捩る。
気付けば、何となくその体が微熱を帯びているようで。
ふと目と目が合う。
見上げる火憐の瞳はどこか熱っぽく、微かに潤んでさえいた。
頬ははっきりと紅潮し、僅かに濡れている唇は朝日を受けて輝いているように見えて。
そんな姿を目の当たりにして、僕の心臓が俄かに騒ぎ出す。

 何なんだこの感情は!
つーか誰だこの可愛い系女子!
このらしくないまでの可憐さは、一体どこからやってきた!?
不覚にも、あるいは迂闊にも、胸が高鳴ってしまうのを止められない。
思わず知らず息を呑む僕を見て、火憐は少しはにかみながら、胸に額をこつんと当ててくる。
503 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:32:24.92 ID:QKSt9JF20
「……駄目だよ兄ちゃん、そんな殺し文句を優しく囁いてくるなんてさ。こっちのが恥ずかしくなってくるじゃんか。こんなん反則だぜ反則。誘惑し過ぎだってもう」
「っておいちょっと待て、誘惑なんてしてねえよ。つーかすげえいい場面だったはずだろ、今のやり取りとか。何でそんな話になってんだよ」
「えー、だって今めっちゃくらっときたぜ? ときめきっつーの? 今すっげーどきどきしてるもん。女に生れてきて良かったって、マジで思うもん。もう今なら兄ちゃんに迫られても拒めねえよ」
「いやそこは拒めよ」
「つーかむしろあたしが兄ちゃんに迫るかも。何だろ、この気持ち。ちょっと胸がきゅーってなるみたいな。一つになりたいって、こういう気持ちだったりすんのかな?」
「気をしっかり持て、それはお前の錯覚だ」

 少し体を離して、頬を染めたままそんな馬鹿なことを言ってくる火憐に、全力で突っ込んでおく。
下手したらこいつは本気で行動に移しかねないし、さすがにさらっと流すわけにはいかないだろう。
ちなみに、僕が迫るという言葉について突っ込まなかったことについては、特に深い意味はない。ないよ多分。
そんな僕の言葉にしかし、火憐はやれやれと小さく頭を振って返してくる。
504 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:44:41.09 ID:QKSt9JF20
「何言ってんだよ、あたしは初めての相手は兄ちゃんだってもう心に決めてんだぜ」
「いやお前が何言ってんだよ!」
「後はもう時期だけの問題だな。中学卒業のタイミングがベストじゃねーかと思ってんだけど」
「ちょっと待て、まずは落ち着くんだ、時期以前の問題があるから」
「ちなみに月火ちゃんは場所にもこだわってるよ。ここ最近なんて全国各地の宿とか調べまくってるし。一番ムードの出る場所探すって」
「二人揃って何考えてんだ!?」

 僕のそれは真っ当な突っ込みだったはずだけど。
火憐はむしろ胸を張って、それが自分達の真実だと言わんばかりに主張してくる。
きっと自分の言葉に僅かさえ疑問を持っていないのだろう。
ここまでくると、いっそ清々しくすらあるかもしれない。
そんな風に僕が考えている間にも、火憐はどこか楽しそうに言葉を続ける。
505 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:50:10.88 ID:QKSt9JF20
「何考えてんだって言われてもなあ。だってあたしらにとっちゃ何でも兄ちゃんが基準なんだしさ。男を知るのも兄ちゃんからなんて当たり前じゃねーか」
「いや、それは当たり前じゃないだろ……」
「つーかそもそも、あたしらを女にしていいのは兄ちゃんだけだ。他の男に許すつもりなんて毛の先程もねーよ。並みの男が触れていい程ファイヤーシスターズはお安くねーぜ」
「格好良過ぎるっ!?」
「ってことでさ、避妊具ちゃんと準備しといてくれよ、兄ちゃん」
「何の心配だよ! 誰がそんなもん準備するか!」
「なに!? 避妊具無しなんてそんなん駄目だからな! そりゃあたしと兄ちゃんのガキとか世界狙えそうだし、見てみたい気持ちは分かるけど。あたしだって我慢してんだぞ」
「だからまず前提がおかしいことに気付け!」

 思わずヒートアップする火憐と僕。
もっともその方向性は真逆だったけど。
つーかもうどこに突っ込むべきなのかが分からない。
506 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 02:57:25.78 ID:QKSt9JF20
 とはいえ、会話の内容こそ落ち着かないものだったけれど、そうやってどたばたと騒ぐこと自体には、僕はどこか安心するものを感じたりしていた。
色々なことがあったし、問題が全部解決した訳でもない。
どころか、まだまだ山積みなのだ。
火憐は心配をかけた友人との関係修復をちゃんとしなければならないし、松木はそれに加えてこれからも自分の体質や持病と戦い続けなければならない。
そういう意味では、むしろこれからが本番だとすら言えるだろう。

 そもそも今後似たような問題が起きないとも限らないのだ。
いつかまた今回のようなことが起きれば、火憐はまた同じように――こいつが言うところの正義に従って行動するだろう。
そして僕もまた、それに振り回されることになるのだろう。
悩みの種も心配の元も、決して尽きる事は無い。
ずっとずっと続いていく。

 でも、それがこいつであり、僕らであるのだから。
だから、今はこれでいいのだろう。
これからもまた、そうしていけばいいのだろう。
507 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 03:07:15.57 ID:QKSt9JF20
「お兄ちゃん、火憐ちゃん、目が覚めてるんなら、ほら起きて起きて。折角の休みでいい天気なのに、寝てるなんてもったいないよ」
「あ、月火ちゃん、いいところに。兄ちゃんの説得手伝ってくれよ。避妊具準備しないとか言うんだぜ、あり得ねえだろ」
「だから違うだろ、何でお前ら相手に避妊具が必要になるんだよ」
「む! その発言は頂けないね、安全日なら大丈夫とか思ってるのかもしれないけど、それ間違ってるんだから。そりゃ私とお兄ちゃんの子供とか世界取れそうだし、見てみたい気持ちは分かるけど。私だって我慢してるんだよ」
「お前ら本当に似た者姉妹だな! というかまずお前達のその懸念が間違ってると声高に主張したい!」

 そうして扉を蹴破らんばかりの勢いで乱入してきた月火が加わり、また変な方向へと話が加速していく。
未だ寝転がっている僕達の方へ飛び込んでくる月火を受け止めつつ、話の軌道修正を試みて、しかし上手く行かず。
休日の朝から疲れるような真似は勘弁してほしいと思うけれど、まあこの妹達と関わっていくのに、疲れないなんてことはあり得ないのだから。
素直に諦めて、流れに任せるのが一番良いのかもしれない。
実際その話の内容はともかく、こうして三人で騒ぐ事を楽しいと思う自分が、確かにいるのだから。
508 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 03:12:23.15 ID:QKSt9JF20
 いつだって真っ直ぐで、馬鹿だけど実直で、不器用だけど誠実で。
そんな火憐を、そしてこいつと共に歩いて行ける日々を。
僕は誇りに思う。
迷惑とか心配とかかけられたりしても、そんなの瑣末事だと一笑に付せる程に。
こいつの兄であることを、兄であり続けられる事を、僕は誇りにしていこう。

 松木がこれからどうなるか、あるいはどうするか、僕には分からないし、またその必要もない。
きっとこれから先に僕の出る幕なんてないだろう。
ただそうである事を祈るのみだ。

 だから。
僕は僕で自分の物語を進めよう。
火憐がそうしたように。
僕もまた、自分の信じるものの為に、真っ直ぐに歩いていこう。
509 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/02/19(日) 03:17:01.18 ID:QKSt9JF20
これにて完結です。
長い話になってしまいましたが、お付き合い頂いた方々に感謝します。
調べてみたら、何かちょっとした文庫本一冊分くらいあるし……
まあ少ししんどかったですけど、それ以上に楽しんで書けました。
不覚にも自分で書いてて火憐ちゃんにぐっとくるものがあったり。
やっぱりファイヤーシスターズが一番好きですねー。
まあまずは寝る事にします……また明日にでも。
それでは。
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/02/19(日) 03:22:13.56 ID:8fv0F5Qc0
完結だと・・・
続きはあるのか!?

乙ですぜ☆
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/19(日) 03:37:02.35 ID:8SUMDB5Wo
乙。心にも股間にもグッとくるものがあったよ。またいつかあなたの作品が読みたいよ。
512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 05:11:46.70 ID:j+g3hYF7o
乙!!!

なんて恐ろしい姉妹なんだ……
513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/19(日) 10:01:42.51 ID:/uOkgOP/o


こんな妹達が欲しかった
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/02/19(日) 11:42:48.84 ID:D471JTDAO
ずっと書き込まなかったけど
とても良いものを見させて頂きありがとうございます
完結お疲れ様です。

次回作を楽しみにしています
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/02/19(日) 12:25:47.99 ID:g2rr17+AO


ファイヤーシスターズ可愛すぎる
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/02/19(日) 13:04:02.03 ID:rrVP/zi8o
オレはあらららぎさんがうらやましいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/19(日) 19:28:57.95 ID:bzBDzeE+0
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 20:16:46.72 ID:+vc53v7xo
乙です

またあなたの作品が読みたいです
519 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/19(日) 22:12:48.15 ID:QKSt9JF20
こんばんはです。
ご感想感謝です。
ちょっとでもファイヤーシスターズにときめきを感じてもらえたら何よりです。

アニメの方も次はいよいよつきひフェニックスというか火憐ちゃん回というか。
しかしここまでで、偽のSSが増える傾向は見られず……歯磨き次第かなぁ。

次回作のネタはありますが――正直すぐには書けないです、すいません。
つーか長編はしばらく時間置かないと書ける気が全くしない……

ただ折角偽物語アニメも続いてるので、小ネタというかオマケというか、そういうのを書きたいなと思ってます。
新しいスレ立てるのもなんですし、このスレをもうちょっと使わせて頂こうかなと。
話としては、本当に今回の話のちょっとした後日談エピソードみたいなのをちょっとだけ。
完結とか言っといてなんですが、まあファイヤーシスターズ好きとしては、そういうエピソードをまだ書きたいと思ってたりするもので。
これから書いてくので少し時間かかるかもですが、よろしければまた見てやって下さい。
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/02/19(日) 22:14:31.14 ID:35/7CfzQo
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/02/19(日) 23:05:21.83 ID:TzASsuhAO
乙です!

化物語のssで一番の作品じゃないでしょうか?
キャラの違和感が全く無いです。
すごく理解力と応用力のある書き手さんだと思います。

今後もぜひ頑張って下さい!
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/02/19(日) 23:28:06.42 ID:GJ5sIT3AO
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2012/02/20(月) 00:10:29.93 ID:/76SAqoAO
大層乙だった
後日談は初体験編ですねわかります
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/02/20(月) 00:28:05.07 ID:NG6JaxGd0
そしてヶ原さんの阿良ヶ木粛正タイムですね
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/20(月) 01:14:03.10 ID:J/2VvGovo
ヶ原さんは大丈夫だよ、ほら、浮気はOKだからさ
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/20(月) 01:29:27.93 ID:nPFCAexgo
だが、これは本気だ
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川) [sage]:2012/02/20(月) 02:25:12.34 ID:z+47V91i0
本気なのか!?
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/20(月) 02:56:15.13 ID:BUIm/lr0o
原作でも羽川と神原が引くレベルの兄妹仲なんだよな確か
529 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/20(月) 22:56:58.43 ID:ougW7ene0
>>521
お読み頂き感謝です。というかそこまで言って頂けるとは……
今後はいつになるか分かりませんが、また見かけたらよろしくしてやって下さい。

>>523-528
初体験編はさすがにw
ガハラさんとバサ姉に何をされるか……それはそれで見てみたいですが。
でも神原はともかく、羽川はわりと阿良々木さんの暴走に理解を示してたような。猫白のお風呂シーンかどっかで。
火憐ちゃんは花で、月火ちゃんは囮で、何かもう行くとこまで行っててもおかしくないと思える辺りが素晴らしいと思います。
週末を目標にちまちま書いてきます。
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/21(火) 08:30:42.21 ID:jwGGvtDIO
>>1 乙! 何度も読み込んだのか、徹底的にキャラ惚れしてるのか、誰かも書いていたけど違和感ないねー。幽霊著述とすら。
まぁ、キレた月日ちゃんはもう少し得物が出やすいような気もするけど。

>>505
>つーかもうどこに突っ込むべきなのかが分からない。

あー、この時点では暦君はまだ童貞だったのかー(棒)ガハラさんのお預け、堅固だな。
531 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/23(木) 00:11:38.15 ID:2m4fw1qq0
>>530
読んで頂きありがとうございます。
本当にもう読み込んで惚れ込んでますよ、ファイヤーシスターズ最高です。
でも月火ちゃんは確かに得物出した方がより自然だったかもですね……バールでも千枚通しでも。
まあデレてしまった月火ちゃんなら、突くより突かれたいと思ってるということで(ぉ
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/02/24(金) 21:43:09.51 ID:06WmgW3Jo
>>528
撫子とヶ原さんも引いてる。撫子ドン引き。
533 :暇人o [sage]:2012/02/25(土) 00:57:58.44 ID:Eo8uTGvl0
八九寺はどうなんだ?
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/02/25(土) 06:51:28.37 ID:xRi9K1vEo
面白かった 乙
やっぱ中学生組と忍と八九寺の年下組は最高や!
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/02/26(日) 05:41:41.74 ID:n1GLfj+o0
歯・み・が・きwwwwwwww
まるっと一話くるとはさすがシャフトさん、やってくれますぜ。
初ちゅーを補って余りある歯磨きタイムだったぜ・・・。

ここの作者様が触発されてくださる事を願います。
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2012/02/26(日) 10:24:35.65 ID:0ryGQenAO
完全に18禁
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/02/26(日) 12:44:48.78 ID:zKkvtLPZo
すその短い浴衣は品がないと何度言ったらわかるんだ!!
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/02/26(日) 12:46:14.84 ID:vy/kbCDio
裾が短くないと月火ちゃんが暴れられないだろ
539 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/26(日) 12:53:52.47 ID:AGO6HWTW0
きましたね! 期待通りというか期待以上! OPからテンションピークでそのまま三十分突っ走りましたw
徹頭徹尾火憐ちゃんが可愛すぎて可愛すぎて……ラストとかもう完全にベッドインじゃないですかw

何というかあれですね、今回のとかSS書いててやり過ぎかもと思うこともあったんですが、原作には遠く及ばないw
ちょこちょこオマケ書いてるんですが、行き過ぎもやり過ぎもないんだと思うと大分気が楽です、はい。
見直ししつつ、近い内に一個目上げてきたいと思いますので(もしお待ちの方ばいらっしゃれば)、もう少しお待ち頂ければ。

アニメ最大の見せ場も終わったし、あとは月火ちゃんの初ちゅーと足でぷよぷよくらいか……
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/26(日) 22:25:22.22 ID:9kNpvqG+0
お兄ちゃんのカッコいい台詞も聞けるよ!
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/26(日) 22:58:42.96 ID:RD609xRIO
今ぶっ通しで読みました
今までにないほど楽しめたSSです
ちょっと物語系全巻買ってきます
本当に乙でした
最高でした
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/02/26(日) 23:35:41.35 ID:G/ncT/kg0
前々作から通して一気読みしたが、期待してた以上に面白かった、後日談も期待してる
タイトル、「かれんheart(火憐の心)」なのだとばかり思っていたが、
実は「かれんhurt(傷つけられた火憐)」とひっかけていたとはやられたぜ
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/02/27(月) 03:41:10.37 ID:NGE9dLmio
歯磨きも素晴らしかったが
月火に見つかって慌ててる火憐の顔も良かった

つまり完璧だった
544 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/02/27(月) 22:06:59.28 ID:Atqv9jvI0
こんばんはです、一つ目はある程度書けてるんですが、もうちょっと推敲してから上げたいと思います。
金曜日までには更新するようにしますので。

>>541
何と、そこまで楽しんで頂けたとは、ありがとうございます。
そして思わぬ布教活動効果がw 物語シリーズ最高ですよ。

>>542
鋭い……そこを看破されるとは。
そしてお読み頂き感謝です。
後日談は、まあ本当にオマケ話なので、気楽に構えて頂けた方が良いかもです。
ちょっと実験的な意味合いもあるもので。


偽のアニメ、暴力陰陽師も僕っ娘も、デザインが想像してたのと違い過ぎた……
しかしこの前髪直線へのこだわりは何なのだろう?
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/28(火) 22:01:06.98 ID:bgNa8lA+o
最近見つけてやっと全部読み終わりました
おまけ期待してます
546 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/03(土) 01:14:39.07 ID:eeFMisHk0
すいません、ちょっと遅れてしまいました。
とりあえず更新してきます。
547 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:22:28.78 ID:eeFMisHk0
 ex1.

「……そうか、それは良かった。では万事解決したということだな? いや、礼などとんでもない。この不肖神原駿河、阿良々木先輩のお役に立てたのならば、その上何を望むことがあろうか――ふふ、相も変わらず慎み深いものだ。あぁ、ではまた」

 名残惜しい気持ちを抑えつつ、そこで携帯を切り通話を終える。
耳に心地よい阿良々木先輩の声が聞こえてくる状況を自らの手で断たねばならないというのは、実際苦行にすら思えもするが、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。
そもそも今回の話は、先日私がお願いした事――中学生の間で噂になっていた、周囲の者を不幸にする少女の件――に端を発する問題だったのだから。
わざわざ事後の報告をして頂けただけでも、身に余る光栄と言う他ない。
それでなくとも面倒をかけた身なのだ、過分に要望するようなことは避けなければ。

 まあ何にしても、事態が悪化することなく終息したということだから本当に良かった。
まだ多少のしこりは残っているそうだが、しかし怪異が消えたというのならば、事態は既に落着したと考えて問題はないだろう。
さすがは阿良々木先輩だと改めて感嘆せずにはいられない。
あれで自分は何もしていないと言うのだから、奥ゆかしいにも程がある。
いや、勿論そこがあの人の美点とも言えるのだが。
548 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:26:17.69 ID:eeFMisHk0
 閑話休題。
そうして用を終えた携帯を脇に置き、暫しその声の余韻に浸る。
これは、私が阿良々木先輩との通話を終えた後の恒例行事だった。
世界広しと言えど、斯様に強さと優しさを湛えた声の持ち主など、まず他には存在するまい。
それこそ、私の携帯電話はこれだけの為にあると言っても過言ではない。
何ならその声をベースに脳内で台詞の補正を行えば、それだけで達することができる自信すらある。
決して他人に言えるようなことではないが。

「――さて」

 少しして気持ちを切り替える。
起き上がってから服を着て、部屋の扉を開け放つ。
特に用事があるというわけでもないが、時間を無駄にするのは性に合わない。
なので、書店に探索にでも行こうかと、それだけのことである。
どんな発見があるかも分からない――それこそが、書店巡りの醍醐味だ。
549 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:30:43.84 ID:eeFMisHk0
 元よりそう広くはない街なので、巡るルートも慣れたもの。
新刊の発売日や、未だ手に入れていない古書などに思いを巡らせながら歩くこと暫く。
見慣れた景色の中、軽快に走る少女の姿が視界に飛び込んでくる。

「あ、駿河さん、久しぶりー」

 私が気付くとほぼ同時にこちらに気付いたらしく、彼女は更に一段加速してこちらに走ってくる。
阿良々木火憐ちゃん。
私の敬愛して止まない阿良々木先輩の妹さんにして、街の中学生達の顔役、ファイヤーシスターズの実戦担当。
まあその肩書きは数あれど、今更それらを列挙してもさして意味はないか。
とにかく今や私にとっても馴染みの深い、大切な後輩であり友人だ。
しかし、これはまた思いの外、望外な出会いがあったものだと思う。
小人閑居して不善を為すではないが、やはり暇を余している時は外に出た方が良いものだな。
550 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:37:55.90 ID:eeFMisHk0
 そんなことを考えていたのも束の間。
火憐ちゃんは、あっという間に私の前まで到達すると一瞬で静止し、いつものように元気一杯の笑顔で挨拶をしてくる。
曇り一つ無いというか、輝かんばかりの生気に満ち溢れたその表情に、見ているこちらまで晴れやかな気分になってくる。
これもまた彼女の――というか彼女達の――才能なのだろう。
笑顔一つでここまで人を惹きつけられる者はそうはいない。

 しかしかなりのペースで走っていただろうに、その呼吸が僅かさえ乱れていないというのも凄いな。
私も相応に鍛えていた自負はあるのだが、正直この子の基礎体力を前にしては脱帽せざるを得ない。
空手の道場に通っているということだが、きっとアスリートに転身したとしても優秀な成績を収められるだろう。
全く、阿良々木家のDNAは実に素晴らしいと改めて舌を巻く思いだ。
551 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:43:07.15 ID:eeFMisHk0
「やあ火憐ちゃん、元気そうで何よりだ」
「もちろんだぜー、あたしが元気じゃない時なんてないよー」
「ふむ、阿良々木先輩の言われていた通りだな、安心したよ」
「? 何のこと? 兄ちゃんが何か言ってたの?」
「いや、それはもう解決したみたいだからいいんだ。気にしないでほしい」
「ふーん、何か分かんないけど、まあいっか。あ、そうだ」

 ぽんと手を叩く火憐ちゃん。
何に気付いたのか、とこちらが不思議に思うより先に、彼女はびしっと姿勢を正していた。
そして私が何か言うより更に先に、すっと頭を下げてくる。

「駿河さん、心配かけてごめんなさい、あと、心配してくれてありがとうございました」
「火憐ちゃん?」
「……えっと、兄ちゃんから聞いたんだ、駿河さんがあたしの事心配してくれてたって。なのにあたしそれを無視する感じで動いてたから、ちゃんと謝んなきゃって」
552 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:49:54.87 ID:eeFMisHk0
 きっかり三秒後に頭を上げて、火憐ちゃんはそう言った。
それに関しては既に阿良々木先輩から話は聞いていたが、特に謝られるようなことでもないというのに、本当に律義というのか実直というのか。
しかし、そうやって自分に非があると思った時に素直に謝罪できるというところも、また素直に感謝できるというところも、正しく彼女の美徳と言えよう。
私からすれば本当に眩しいくらいだ。
こういう所もまた、彼女が周囲から絶大な支持を集める理由の一つなのだろう。

「いや、感謝とか謝罪とかされるような事ではないよ。実際私は何もしてあげられてないしな。火憐ちゃんが無事ならばそれで十分だ。無用な心配で済んで本当に良かったよ」
「うん、見ての通りだよ。確かにちょっとしんどいことはあったけど、今はもう全快っつーか全開だぜ!」

 そこでびしっとポーズを決める火憐ちゃん。
何かの戦隊ものの決めポーズなのだろうか?
よくは分からないが、とりあえず元気が有り余っているということだけは伝わってくる。
阿良々木先輩の話では、一度は件の少女の病状をその身に受けていたという話だったが――
553 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 01:55:22.36 ID:eeFMisHk0
「一晩ゆっくり休んで復活、というところかな?」
「そーそー。月火ちゃんとしっかり仲直りして、一晩ベッドでゆっくり寝て、一日べったり兄ちゃんに甘えて、何度もしっとりちゅーして、むしろ前より強くなったかもしれねーぜ」
「……」

 サイヤ人みたいなことを言う火憐ちゃんだったが、何だろう、一部不穏なというか余計なというか、はっきりと不要な工程があったように思う。
気のせいだろうか? あるいは考え過ぎなのだろうか?
詳しく聞いた方がいいのか、さらっと流した方がいいのか。

 そんな埒も無い事を考えていたのだが、しかし火憐ちゃんはそこで少しだけ眉を寄せて、微かに陰りを含む笑みを浮かべる。
憂いの色――いつも溌剌としているこの子に、これ程似合わぬ表情も無いものだ。

「実は昨日まで色々あってさ、ちょっと不安定っていうか、心が弱くなっちゃってた感じだったんだけど――でも、兄ちゃんが抱きしめてくれたら、すげー安心できたんだ」
「……そうか、辛かったんだな」
554 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:00:37.84 ID:eeFMisHk0
 なるほど、そういうことか。
どれ程強いといっても、またどれ程鍛えているにしても、火憐ちゃんはまだまだ多感な年頃だ。
一時的なものとはいえ、兄妹や仲の良い友人達と袂を分かつようなことになってしまって、それで平然としていられようはずもない。
それでも事態を乗り切ったその精神力は見事と言う他ないが、その中できっと浅からぬ傷を心に負ってしまっていたのだろう。

 けれどそれを、阿良々木先輩がちゃんと見つけてあげて、確と癒してあげたということのようだ。
実際、今はもう既にさっきまでの憂いの色は露程も見当たらない。
いや、とんだ下種の勘繰りだったな、何とも恥ずかしい限りだ。

「うん、だけど兄ちゃん独り占めできたから結果オーライかも。やっぱ兄ちゃんに抱きしめられながら寝るのって安心感が違うんだー。温かいし優しいし良い匂いだし。あたし死ぬ時は絶対兄ちゃんの胸の中がいいな」
「そ、そうか。まあ癒されたのならば勿論それで良いのだが」
555 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:04:11.12 ID:eeFMisHk0
 どうやら私の懸念もまた当たらずとも遠からずだったらしい。
まあ阿良々木先輩は、純粋に火憐ちゃんの心身を案じてそうしたのだろうし、断じて不純な感情は無かっただろうと思うが……
いやいや、これもきっと想い合う兄妹故の行動であり感情なのだろう。そうに違いない。
何より、火憐ちゃんが今こうして曇りの無い笑顔でいられるのだから、私の余計な気回しなどそれこそ無用の長物か。

「駿河さんも兄ちゃんに抱きしめられたら分かると思うよ。ホントすげー幸せになれるんだぜ」
「ふむ、まあその機会があれば、一度くらいはお願いしてみたいものだな」

 頭の後ろで両手を組みながら楽しそうに笑う火憐ちゃんに、だから私も軽口で答える。
しかし実際、もし阿良々木先輩に抱きしめてもらえるのならば、それは確かに無上にして至上の喜びに違いあるまい。
決して叶うことは無いだろうが、それでも夢想することくらいは許されるものだろうか。
556 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:08:15.58 ID:eeFMisHk0
「それに、今のあたしにへこんでる暇なんて無いんだ」
「ふむ、というと?」
「茜のこと。あいつまだ入院してるけど、しばらくしたら退院できるって話だし、今度こそちゃんと学校生活送れるように協力してやんないと駄目だからさ、実際どうするかは月火ちゃんと相談中だけど」
「あぁ、今回の騒動の中心にいた子のことだな」
「うん、あいつも色々大変だったみたいだけど、もう大丈夫だよ。そんなすぐに素直にはなれないだろうけど、いつかは皆とも仲直りできるはずだぜ」
「そうか、何にしても全て綺麗に解決できそうだと言うのならば、それに如くは無い。阿良々木先輩は随分と気を揉んでいるようだったが」

 実際、私は解決後に知ったからまだいいものの、阿良々木先輩は早い段階で怪異絡みだと知っていたと言うのだから、その心労たるや相当なものだったはずだ。
最悪の場合、私のように、あるいは阿良々木先輩のように、後に何がしかの後遺症を残すような事態もあり得たわけだし。
それでなくとも、火憐ちゃんが怪異を知ってしまっていたら――そう考えると、改めて肝を冷やす思いがする。
禍根を残すことなく元のあるべき形に返ることができたのは、本当に僥倖だったと言えよう。
557 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:12:59.66 ID:eeFMisHk0
 もっとも、そんな経緯を知らない火憐ちゃんからすれば、阿良々木先輩の憂慮は過分に思えるらしい。
それもまあ無理からぬところではあるが。
実際今も心外だとばかりに口を尖らせている。

「ていうか兄ちゃんが心配し過ぎなんだよ。そりゃ心配してくれんのはちょっと嬉しいけどさ、なーんか過保護っつーか過干渉っつーかさあ」
「まあ気持ちは分かるが、そう面倒がるものでもないんじゃないか? それだけ火憐ちゃん達のことを大切に想っているということでもあるわけだし」
「うん、まあそうかもしんないけど」
「それに阿良々木先輩ももうすぐ受験だしな、そろそろ今までのようには構ってあげられなくなるという寂しさもあるのかもしれないぞ」
558 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:16:16.83 ID:eeFMisHk0
 実際、怪異に絡むごたごたにいつも首を突っ込んでいるせいで忘れそうになるが、あの人は一応れっきとした受験生だ。
勿論それでなくとも学生の本分は勉強なのだが、本番まであと半年というこの時期である。
そろそろ本気にならねば、さすがに危ないのではないだろうか。
というか、戦場ヶ原先輩が黙っているとは思えない。二重の意味で危険だ。
そうした受験勉強やらその先の大学生活やらを考えれば、当然今までのような生活は送れなくなるだろうし、そうなると必然家族と言えども距離ができるようになってしまうだろう(もしかしたら家を出る、という可能性もあるわけだし)。

 あるいはそれを寂しく思って、阿良々木先輩も必要以上に二人に構っているのかもしれない。
二人の為というだけでなく、阿良々木先輩自身の想い故に。
とまあそんなことを言ったのだが、当の火憐ちゃんはきょとんとしていた。

「え? 何言ってんの駿河さん、やだなあ、そんなことあるわけないよー」
「しかし阿良々木先輩も複数の大学を受けるのだろう? 無論のこと第一志望に合格するのが望ましいとは言え、そうならない可能性を無視する訳にも行くまい」
「いやいや、兄ちゃんが家を出るとか無理なんだよ。だって下宿先が見つかんないんだもん。月火ちゃんが色々調べたんだけどさあ、通える範囲のアパートは一つも無いんだって」
「アパートが見つからない? そんな馬鹿な。どんな辺鄙な所にある大学を受けるつもりなんだ? 阿良々木先輩は」
559 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:22:05.08 ID:eeFMisHk0
 思わず反射的に問い返してしまった。
というか、俄かには信じ難い話だ。
普通は大学近辺なんて、学生向けの賃貸住宅が林立しているものではないだろうか?
毎年毎年決まった時期に新規入居者がやって来る環境など、賃貸住宅の管理者からすればこの上ない好条件だろうに。
もし仮にそんなものさえ無いような辺鄙な所だとするなら、それこそ大学側が寮を用意して然るべきだと思うのだが、それすら存在しないというのか?

「や、そうじゃなくて。兄ちゃんが受ける大学で家から通学できない所って本当に遠いからさ、だから家借りたとしても通えないんだ、あたしらが」
「それは、何と言うか……」

 言葉も無い。正しく咄嗟には二の句が継げない。
まさか通える範囲というのが、『阿良々木先輩が大学に』ではなく『火憐ちゃん達が家から』という意味だったとは。
予想外と言うより奇想天外と呼ぶべき発想だ。
というか、それでは下宿の意味が無いんじゃないのか?
いや、まずそもそも何故火憐ちゃん達に通う必要が?
560 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:27:31.28 ID:eeFMisHk0
「だってほら、兄ちゃん家事壊滅的だし、あたしらがいてやんないと部屋で倒れるかもしんねーし、汚部屋とかマジ勘弁だし」
「そこまで心配しなくても大丈夫だと思うが。それに、いざとなれば戦場ヶ原先輩も助けてくれるだろう」
「いやいやいや、そんな不出来な兄ちゃんの世話まで戦場ヶ原さんにさせらんねーよ、申し訳ねーもん。まーあたしらが一緒に住んであげれば一番手っ取り早いんだけど、それはさすがにまだ早すぎるしさ。もう月火ちゃんとか最悪車の免許取らせてでも家から通学させるって言ってたよ」
「そこまで……」
「つーかそもそも、あたしらだって兄ちゃんいない生活とかあり得ねーし」
「あり得ないとまで……」

 もしかしたら私は思い違いをしていたのかもしれない。
てっきり阿良々木先輩が妹離れできていないだけだと軽く考えていたのだが。
よもやここまで見事な両想いだったとは。
麗しき兄妹愛にも限度というものがあるのでは、などと考えてしまうのは、私が凡百の徒に過ぎぬからなのだろうか。
561 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:32:02.04 ID:eeFMisHk0
 かと言って、では実際のところはどうあるべきなのか、と問われれば答えに窮してしまうのだが。
結局、どうしたって私には兄妹というものがいないのだから、究極的にはそういうところの機微は分からないのだ。
それに、そういうものは各家庭毎に異なっていて然るべきだろうし、共通解などそもそも存在する訳もなく。
周りがそれに意見しようなど、それこそ内政干渉にも程があるというものだろう。

 まあ、あるいは想い合う家族ならば、この程度の事はあっても然程におかしくはないのかもしれない。
少なくとも、ニュースで取り沙汰されるような事件にまで発展するほど憎しみ合う家族に比べれば、余程健全だろうし。

「それに兄ちゃんも、あたしらがいなきゃ生きてけないとか言ってたんだぜ、あたしを助けに来た時にさ。すっげー真剣な表情で。やー、兄ちゃん程の男にそこまで言わせるとか、あたしって罪な女だよなー」
「……」
562 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:38:14.30 ID:eeFMisHk0
 ――もしかしたら、ワイドショーで取り沙汰されるようなゴシップに発展する可能性はあるみたいで、その意味では健全とは言い難いのかもしれない。
照れているのか、くねくねと身を捩る火憐ちゃんを見ながら、彼女の将来を案じずにはいられなかった。
発言内容さえ無視すれば、それはとても可愛らしく微笑ましい姿ではあるのだが。

 しかし彼女の言に倣うならば、阿良々木先輩の方こそ罪な男だと言うべきではなかろうか。
電話では自分には何もできなかったと自省するように繰り返していたが、その実いつも通りにしっかりと男を見せていたわけだ。
さすがと言おうか、やはりと言おうか。

「ホント聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるっつーかさぁ、全くプロポーズかってーの」
「いやいや、さすがに兄妹で結婚は無理だろう」
「あはは、何言ってんのさ駿河さん、やだなぁ、もちろんそんなの分かってるよ、あたしらも」
「そうなのか?」
563 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:43:37.88 ID:eeFMisHk0
 笑顔で話す火憐ちゃんに、つい懐疑的な声で聞いてしまう。
いやまあ確かに、幼稚園児ならいざ知らず、中学生にもなってそれを知らないというのはあり得ないだろうが。
しかし何しろ“あの”阿良々木先輩であり、そしてその妹さんだ――正直私などでは及びもつかない発想と信念を持っていたとて何らおかしくはない。
どころか、私如き凡愚にその深謀の一端でも理解できると考える方が不自然だとすら思う。

 幾多の怪異を相手取り、数多の死線を潜り抜け、なお揺るがず崩れず生き残り続けているあの人の存在こそが、既にもう伝説的だ。
破天荒ここに極まれりとでも言おうか。
この上倫理をすら相手取ったところで、それこそ行き掛けの駄賃にすら及ぶまい。
いや結構洒落にならない話ではあるんだが――あるんだが、果たして眼前で無邪気な笑顔を見せているこの子は、どこまで理解しているのだろう。
そんな私の心配を余所に、火憐ちゃんはあくまでも何でも無いことのように、とんでもないことを平然と言ってのけた。

「当然だって。月火ちゃんも言ってたよ、えーと何だっけな、確か『近親同士のリスクは、遺伝的に近いと同一の劣性遺伝子を持ってる可能性が高くて、子供に異常が発現する危険が高まるところにあるんだよ』って」
「え?」
「いやさすがにさ、そんなん聞いたら諦めるしかないじゃん。そりゃあたしも兄ちゃんのこと大好きだし、求めてくるなら応えてやりてーって思うけどさ、さすがに自分のガキを不幸にするようなことなんてできねーよ、女として」
「……」
564 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:52:12.50 ID:eeFMisHk0
 今度こそ本当に絶句せざるを得なかった。二の句どころか一の句も継げない。
一応は健全なる結論に至っているとはいえ、そこに到達するまでの過程があまりにも非健全に過ぎるような。
やはり倫理も法も、彼女達を止める一助にすらなり得ないということなのか。
というか諦めるって……そこでその単語を選んだ心理にこそ驚愕する。

 しかし会ったことはないものの、下の妹さん――月火ちゃんは、参謀担当というか頭脳担当というか、そういう役回りだと聞いていたのだが。
いや、下手をしたら火憐ちゃんより行動派なんじゃないのか? というか、既にそこまで調べているのか。
何を想定しての調査だったのかと考えると、実に空恐ろしいものがあるな。
いやはや、現実的というのか夢想家というのか。さすがに阿良々木先輩の妹さんだけのことはある。全くもって只者ではない。
将来お兄ちゃんと結婚するー、とか口にしているだけならば、まあ可愛いものだと言えるかもしれないが、さすがにこれは軽々に突っ込める話ではないな。

「そういや月火ちゃん、『逆に言えば、そこさえ事前に調べてクリアできれば問題無いってことでもあるんだよね』とかも言ってたっけ、よく分かんねーけど、そんなんできんのかな?」
「いや、それ以上は止めておこう。火憐ちゃん達がお互いに想い合っているというのはよく分かったから」
565 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 02:56:40.20 ID:eeFMisHk0
 というか、これ以上は聞いてはいけない気がする。
自分の中の価値観が丸ごと引っ繰り返されそうな予感がするのだ。
正直一抹どころか山ほど心配はあるにせよ、まあ阿良々木先輩ならば、少なくとも火憐ちゃん達を泣かせるようなことだけはすまい。
そう信じて見守るに留めるのが、凡庸たる私の在り方だろう。
十人並みの私には、これ以上の話は些か荷が重過ぎる。

「そう? とにかくあたし達は大丈夫だよ、今も皆に説明とかしに行こうとしてるところさ」
「あぁそうだったのか、それなら余り長いこと引き留めても申し訳ないな」
「ううん、そんなことないけど。でも駿河さんも用事とかあったんじゃないの? だったらあたしの方こそ申し訳ないっつーか」
「いや、ちょっと買い物に行こうとしていただけだよ、特に用事があった訳でもないから大丈夫だ」
「そっか。じゃー駿河さん、またねー」
「うむ、気をつけてな」
566 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 03:01:50.33 ID:eeFMisHk0
 会った時と同じように、元気一杯の笑顔でまた駆け出した火憐ちゃんを見送る。少し複雑な想いを抱きつつ。
もちろんあの人が火憐ちゃん達を泣かせるようなことはしないと信じてはいる。
だが、鳴かせることはあるのかもしれないと思うと……いや、何と表現すればいいのだろうか、この感情は。
不安? 心配? 恐れ? そのどれでもあるような、しかしどれとも違うような。
あるいはそれは嫉妬や懸想なのかもしれない。何とも身の程を弁えぬことに。
やれやれ、私もまだまだ修行不足なのだなと、そう痛感せざるを得ない。

 いずれにせよ、私如きがあれこれ悩んだ所で、それこそ詮無き事か。
きっと阿良々木先輩なら、最も正解に近い選択をされることだろう。
ならば、どんな選択であれ、私はただそれを是とするのみだ。

 火憐ちゃんの背中があっという間に小さくなり、やがて視界から完全にその姿を消してしまう。
それを確認してから、私も改めて歩き出す。
戦場ヶ原先輩も苦労するなあとか、そんな埒も無いことを考えながら。
567 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/03(土) 03:09:03.53 ID:eeFMisHk0
ということで、オマケ話@でした。
語り部変更、一度やってみたかった――のですが、さすがにそれで一話通せる自信も無く、こういう形になりました。
いや阿良々木さんでないというだけで、こうまで難易度が上がるとは。
楽しんで頂ければ良いんですが。

やっぱり火憐ちゃんは良いですねー。
アニメ8話のラストがあれだっただけに、その後どうなったのかが気になって仕方ないw
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/03(土) 04:04:00.18 ID:LjTyNdZJo
乙でした。
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 04:30:01.94 ID:4PpUWXSro
乙!!!

これは戦場ヶ原さんに報告だな……
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/03(土) 06:37:48.99 ID:W04JC4DAO
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/03/03(土) 07:19:31.18 ID:Tkc6++ry0

汚部屋とかマジ勘弁だし、を神原に言っちゃうかww
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 08:35:26.87 ID:/LVFTSMIO
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/03(土) 08:50:16.21 ID:ShdY9GRAO

引き気味な神原もかわいいなぁ!
574 :暇人o [sage]:2012/03/03(土) 11:03:02.32 ID:fSPvg9Rr0
乙!!
クゥゥゥ!最高に面白ェなこのssはヨォォ!

……………………スイマセン。テンションあがり過ぎた;
それにしても上手だなぁ、ウン。
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 12:47:04.94 ID:J3AAyrgco

もし万が一こいつらが義理の兄妹で
それが発覚したらどうなってしまうんだろうww
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/03(土) 13:39:16.68 ID:cLTyiS3M0
月火
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/03(土) 18:05:56.83 ID:JPvtKROEo


あんだけ顔似てりゃ義理はねーだろ
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/03/03(土) 18:44:40.66 ID:N97ocQ9eo
乙。
これはガハラさんに報告会やな。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/03/03(土) 20:30:57.34 ID:K+BFP1VTo
乙でした。
1世代では、異常が発現するリスクはほぼないということに月火ちゃんが気づいたらヤバイな。
いや、そのほぼないというのも可能性の話でリスク要因ではあるか。
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(熊本県) [sage]:2012/03/03(土) 23:25:13.42 ID:RKxYjC7C0
>>579
2世代目から一気にリスクが上がるんだっけ?
けどまあどっちにしろ手を出しかねないのがこの兄妹の怖いところ。いいぞもっとやれ
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage saga]:2012/03/04(日) 00:09:59.64 ID:In+wC8tt0
>>580
2世代、3世代あたりが一番高い
逆に7世代、8世代あたりになると劣性遺伝子は淘汰されて異常が発現することはほとんどない
582 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/04(日) 00:12:01.24 ID:HyB8i/Vd0
こんばんはです、皆様レス頂き感謝します。
というか思いの外好評だったようで凄く嬉しいです。

>>579-580
それは素晴ら、じゃなくて恐ろしい話ですねw
確かに月火ちゃんの事だからリスクを徹底的に排除しそうですが、いざとなれば躊躇わなさそうな気も。
誰かその辺りのことを書いてくれないかなぁ……

Aはあるかどうか、正直まだ何とも言えないです。
今回以上に難産になりそうなもので。
阿良々木さん語り部じゃないという事が斯くも困難な道だとは。
583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/04(日) 00:58:17.58 ID:jNlNqk1bo
お前ら近親相姦について詳しすぎだろ・・・
てか兄弟仲が良すぎて誰も神原の電話後にツッコミ入れてなくてワロタ
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/04(日) 01:01:23.94 ID:mUMK97td0
人増えたなー
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/04(日) 02:01:53.66 ID:Wo+jTd+S0
阿良々木兄弟には法律なんて気にしないで頑張ってもらいたいな!
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/04(日) 02:10:18.78 ID:OnoMskPho
原作の阿良々木さんが創作に近い発言してるからな
法や常識なんて関係ないのかもしれない
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/03/04(日) 04:03:52.20 ID:K3DYhqVc0
例え仮に阿良々木さんが法や常識を気にするほどのまともな倫理観を頑なに維持し続けられたとしても、
火憐ちゃんと月火ちゃんの方が根本的に常軌の道を遙か斜めに逸れた方向に大逆爆走していますからねぇ〜〜〜〜……

下手にらぎさんが「自分にはきちんと彼女がいるし、火憐ちゃんと月火ちゃんにも彼氏がいるんだから
血の繋がった実の兄じゃなくてそちらとまともな恋愛をしろ」みたいな発言をしようものなら
この姉妹の場合彼氏と別れたうえで「自分たちが別れたんだからそっちも彼女と別れろ」みたいなことを言うぐらいは
やりかねないような気もするわけで…………
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/04(日) 05:40:26.28 ID:9W9papLXo
もし月火ちゃんが自分が怪異で本当の兄妹じゃないって知ったら…
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/03/04(日) 14:43:19.48 ID:mxuTXhQIo
ってかこの姉妹、二人とも彼氏いるんだよな…
蝋燭沢君とみずはし
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/03/04(日) 15:36:51.21 ID:K3DYhqVc0
妹たちを拒否すれば火憐ちゃんと月火ちゃんの手で、受け入れればガハラさんと瑞鳥君と蝋燭沢君の手で、
どの道を選んでも、もはや阿良々木さんは精神的・肉体的・社会的な抹殺からは免れられそうも無いな――――

――――開き直って完全な吸血鬼になって、忍ちんと生き続ける道を選ぶことこそが
実は阿良々木さんにとっては最も幸せになれる道なのかもしんないな。
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/03/04(日) 18:48:09.53 ID:DEmRvI2Bo
>>590
後は黒化した撫子とかさ
確かに暦は吸血鬼として生きていたほうが幸せかもな
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/04(日) 19:40:53.84 ID:RmiWeV5ro
>>588
月火「見てよ!!お兄ちゃん。こんな、こんな!!!指を切り落としてもまた生えてくる妹なんて、いるわけ無いでしょ!!」

阿良々木「なんだそんなことか」

月火「そんなことって・・・どういう意味っ!!」

阿良々木「僕だって同じだってことだよ。月火ちゃん」

月火「!?おっお兄ちゃん!!自分の腕を切り落としたりなん――え・・・なんで生えてきてるの?」

阿良々木「僕達は兄妹だ。だからこれくらい似ててもおかしくはないだろ」

なぜ怪異だと気づく?→圧倒的回復力→不死身性
つまるところ不死身性は阿良々木さんと同じだから

阿良々木→オールラウンドプレイヤー(劣化運動能力+劣化回復能力)
火憐 運動能力特化
月火 回復能力特化
火憐と月火が二人で行動することで、やっと阿良々木さん一人分になるわけだ。

まぁ忍に襲われたあとの話なんだけどな。
それ以前は吸血鬼補正無しで渡り歩いていたという
いや、高校入学当初に起きた何かで、それまで持っていた怪異をなくした可能性も…

なんて妄想を繰り返す毎日
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/05(月) 02:14:45.67 ID:3DF7YoPg0
花物語で火憐が月火ちゃんは最近生き急いでるって言ってたのが気になる
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/03/05(月) 07:30:07.88 ID:sUQXZkWAO
これは羽川様、いや羽川さんに報告しておく必要がありそうね

1お疲れ様です。ハラハラしました
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/03/06(火) 03:57:28.22 ID:NZZtle5Qo
火憐と月火の彼氏って実際に出てきた?
名前だけ?
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/06(火) 06:33:28.55 ID:jH5PTKUYo
名前のみ。
597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/03/06(火) 07:21:03.52 ID:pkcEFbxto
蛇娘の話の時に、なんか意思と言うか意見出したくらいだったっけか。
598 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/06(火) 23:28:42.09 ID:M6Dkce4E0
こんばんはです。
少しずつA書いてみてますが、まだもうちょっと時間かかりそうです、すいません。
また投稿できそうになったら連絡しますので。

花での月火ちゃんは、きっと火憐ちゃんにばっかり構ってる阿良々木さんの気を引きたくて無茶してたんだと思います。>生き急いでる
火憐ちゃんが高校生になった後の阿良々木家の日常が知りたいですねぇ。
これでもう一年経ったら2キット揃う訳か……これは凄い事になるな。
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2012/03/07(水) 00:08:30.46 ID:02wERC/no
乙。この作品やアニメ見てても思うけど、妹達とあららぎさんの世界だからこそ、妹たちの可愛さが余計際立つんだと思う
日常パート万歳ってことです。おまけ楽しみにしてます
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/03/07(水) 00:43:16.15 ID:JGeBugBUo
全裸で待ってる
601 :暇人o [sage]:2012/03/07(水) 20:37:13.70 ID:3ebQu7wt0
気長に舞ってる
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/08(木) 02:04:59.45 ID:n031CQPIO
床オナやってる
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(熊本県) [sage]:2012/03/09(金) 17:31:40.75 ID:z6+7LRs60
火憐ちゃんに続いて月火ちゃんが高校生になったらマハラギさんの情欲の炎がヤバい
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/03/09(金) 18:16:10.55 ID:yC129/Oeo
だが時間が経つほど八九寺のアドバンテージが加速していく
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/09(金) 18:46:55.69 ID:owOTTvZIO
はにかみましたっ!
606 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/13(火) 00:51:01.65 ID:t9ioydjX0
長いことお待たせしており申し訳ないです。
それなりに書き進められてるので、週末には何とかできるかなと。
月火ちゃんの初ちゅ―が描かれるかどうかを気にしつつ書いていきます。
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/13(火) 02:10:39.25 ID:ThKEBBONo
そりゃあもうちゅーどころじゃないよ
608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 00:36:52.97 ID:w40+wnfz0
アニメ終わっちまったあ〜〜!!
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/18(日) 00:37:41.76 ID:2RRKZE/wo
普通に●●していたな。
610 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/18(日) 01:39:43.47 ID:MJE7qopq0
こんばんはです。
やっと一通り書き上げられました。
でも推敲全然足りてない……ので、あと一日だけ待って下さい。
伸ばし伸ばしする程の内容でもないんですが……やはり難しいです。

とりあえず最終回はあれですね、ようやく月火ちゃんにスポットが当たりましたねw
火憐ちゃんの時はさらっとカットされてたからどうなるかな、と不安でしたが。
これであと一年は戦えるぜw
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/03/18(日) 13:22:22.66 ID:nk+/iWKAO
パンツ脱いで待ってる
612 :暇人o [sage]:2012/03/18(日) 16:29:51.99 ID:kP+8SZOc0
投下は明日だな。
明日のは誰視点?
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/18(日) 18:04:53.73 ID:2RRKZE/wo
明日には分かるさ
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 20:34:46.20 ID:eJEPUYGIO
パンツ脱いだ
615 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/18(日) 23:44:45.89 ID:MJE7qopq0
こんばんはです。
お待たせしており申し訳ないです。
何はともかく更新していきたいと思います。
616 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/18(日) 23:47:54.31 ID:MJE7qopq0
 ex.2

「あ、撫子ちゃん、久しぶりー」

 陽が傾き始める少し前、一人で街を歩いていた時のことです。
ふと名前を呼ばれて振り返ると、月火ちゃんが笑顔で手を振っていました。
阿良々木月火ちゃん。撫子にとっては小学生の頃からのお友達。そして暦お兄ちゃんの妹さんでもあります。

 撫子と目が合うと、月火ちゃんはぱたぱたと駆け寄ってきました。
きっと毎日が充実しているのでしょう、その満面の笑みには一点の曇りさえありません。
いや本当に、撫子からすれば眩しい限りです。
まあ決して羨ましいという訳でもありませんが。
617 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/18(日) 23:50:30.40 ID:MJE7qopq0
「こんにちは、月火ちゃん」

 何はさておき、挨拶は忘れずに。
礼儀は大切です。渡世に欠かせない処世術です。

「こんにちは、撫子ちゃん、お出かけ?」
「うん、ちょっとお買い物。お母さんに頼まれちゃって」
「あ、じゃあ目的地は一緒かな。商店街。私も買い物なんだー、夕御飯の準備で」

 そう言って手に持った鞄を持ちあげてみせる月火ちゃん。
それは普段の可愛いバッグなんかではなく、本当にお母さんのお買い物用鞄のような、飾りっ気も洒落っ気も全く無い実用性重視のもの。
何でしょう、撫子も今まさに同じようなものを持っていますので、それでこう言ってしまうのも変な気分なのですが、どことなく違和感があります。
いつもお洒落に余念の無い月火ちゃんだけに、こういう所帯染みた感じの小道具は、びっくりするくらい似合いません。
まるで間違い探しのサービス問題みたいな感じです。
撫子と同じで家のお手伝いなんでしょうか?
それにしては楽しそうというか嬉しそうというか、少なくとも渋々買い物に来ている撫子とは全然違う気分のようです。
618 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/18(日) 23:54:25.97 ID:MJE7qopq0
 挨拶を終えて、折角だから一緒に行こっかと言われたので、並んで歩き始めます。
断る理由もありませんしね。
もちろん無言で歩いているわけではなく、普通にお喋りしながらの道行。
まあ静かに大人しくしている月火ちゃんなんて、撫子には想像できませんが。
というか、多分誰にもできないでしょう。
ファイヤーシスターズとしての活動を例として挙げるまでもなく、本当に行動力というのか実行力というのか、とにかくそういうのが一般的な中学生と比べ物にならない位に桁外れなんですよね。
南船北馬東奔西走の日々っていうのは私の為にある言葉だよ、とは本人の弁ですが、そんな過剰な表現もあながち的外れではないかもしれないと思えてしまう位に。
一人だけ倍速モードというか、一度のターンで二回も三回も行動できるキャラというか。
大魔王もびっくりです。それこそもう月火ちゃんなら、カイザーフェニックスとか使えても撫子は驚きませんよ……いえ、もちろん冗談ですけど。

 まあそれはともかく、そんな月火ちゃんだから、買い物に行く道すがらでも当然沈黙なんてしていられるわけもなく。
なので、あんまり人との会話が得意じゃない撫子ですけど、それに付き合わない訳にはいきません。
もちろん月火ちゃんとお話するのが嫌ということはないですよ、ただ時々ついていけなくなるというだけのことです。
そしてこの日も何となく、そんな予感はしていました。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 00:00:13.19 ID:kpxfI8zgo
ららちゃん、じゃないんだっけか
620 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:01:20.52 ID:TRue0X0z0
「ふーん、じゃあ撫子ちゃんは家のお手伝いなんだ、偉いねー」
「ううん、撫子は別に……でも、月火ちゃんもそうなんだよね?」
「違うよ、私は好きでやってるんだもん」
「それをお手伝いって言うんじゃないの?」
「いやいや、ぶっちゃけちゃうと、お兄ちゃんに私の料理を食べさせる為だけにやってることだからねぇ」
「……」
「お兄ちゃんに私の料理の味を覚えさせる為だけにやってることだからねぇ」
「どうして言い直したの?」

 というか、そんなことぶっちゃけないで下さい。
そんな情報を撫子に伝えて、月火ちゃんは一体どうしたいのでしょうか?
もしかして突っ込み待ちなのでしょうか? だとしたら明らかに人選を間違えていますよ。
いえ、人選以上に多分もっと間違えていることが他にあると思いますので、敢えてそこにだけ突っ込むのもどうかとは思いますが。
難しいところです。
これが暦お兄ちゃんなら、きっともっと的確に適切に突っ込めるのでしょうけれど。
今ここにいてくれないことが実に悔やまれます。えぇ色々な意味で。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/19(月) 00:03:17.22 ID:lIZ9FSLpo
>>619
偽と囮で呼び方が違う。
622 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:05:52.57 ID:TRue0X0z0
「まあまあまあ、だからほら、私のはどっちかっていうと実益重視なんだよ。お手伝いとかじゃなくて」

 にっこり笑顔の月火ちゃんですが、今はその笑みの意味がちょっと怖いです。
何故ここで実益という単語を使いますか? それで月火ちゃんにどんな利益が?
驚くべきことに、説明を受ければ受ける程に疑問が増えていってます。
相変わらず、いつまで経っても、どれ程話しても、月火ちゃんの思考は全然読めるようになれません。
嗜好は割と分かり易い子なんですけどね。

「そ、それで月火ちゃん、今日は何を作るつもりなの?」
「んー、実はまだ決まってなくてさ、お店で決めようと思ってるんだけど。何がいいかなぁ」
「そうなんだ、大変だね」
「ちなみに撫子ちゃんはお料理とかしないの?」
「し、しないよ」
623 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:09:55.51 ID:TRue0X0z0
 もっとも正確には、しないではなくやりたくないと答えるべきなのでしょう。
出来なくはないんですよ、一応。
レシピとかは覚えてませんけど、本とかを見ながらなら多分それなりに作れるとは思います。
だけど、どうしてもしなきゃいけない時以外は、あんまり台所に立ちたくありません。
できれば撫子は食べる専門で行きたいのです。
大体お母さんの方が美味しく作れるのに、どうしてわざわざ撫子に作る必要があるでしょうか?

「お料理覚えたらいいのに。結構楽しいよ?」
「う、うん、そうかもだけど、でも覚えることとか多いし、しんどそうだし、撫子はいいよ」
「勿体ないなぁ、お料理覚えたら色々捗るのに。ほら、男は胃袋をつかめ、とか言うじゃない」
「そ、そうなの?」
「もちろん。お兄ちゃんもそうだし」
「……」
624 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:16:22.77 ID:TRue0X0z0
 自信満々に胸を張ってみせる月火ちゃん。
つかんだんでしょうか? 実体験からの話なんでしょうか?
撫子には分かりません。というか分かりたくありません。
あまり赤裸々に語り過ぎないでくれると嬉しいんですが。

「撫子ちゃんがお料理作ってあげたら、きっとお兄ちゃん喜ぶと思うけどなぁ」
「そんなことないよ、きっと」
「まぁ無理にするようなことでもないんだけどね。楽しくやれなきゃ、結局長続きしないんだし」
「そ、そうだね――ちなみに月火ちゃん、暦お兄ちゃんの好きな食べ物って何なのかな?」

 これ以上この話は続いてほしくないので、何とか話を変えようと頑張ってみます。
できれば頑張りたくないんですけど、でもこれ以上話が続いて月火ちゃんがその気になっても困ります。
その気になった月火ちゃんを止めることは誰にもできません。
もうその瞬間から、撫子の趣味が半強制的にお料理にされてしまいます。
それは割と本気で勘弁してほしいです。
625 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:23:25.09 ID:TRue0X0z0
 ではありますが、暦お兄ちゃんにお料理を作ってあげるというのは、確かにありかもしれませんね。
そういうアプローチはした事がありませんし、何だかとってもそれらしいイベントでもありますし。
まあ暦お兄ちゃんが好きな食べ物というのは、知っておいて損をするような情報でもないでしょう。
咄嗟の質問でしたが、撫子にしてはファインプレーだったかも。

「お兄ちゃんの好きな食べ物?」
「う、うん、あんまり好き嫌いとかは無さそうだけど」
「あー、確かにそういうのは無いかも。出されたら何でも食べるって人だし」
「やっぱりそうなんだ」
「でもまあ強いて言うならあれだね、私の作った料理全般が好きってことになるかな」
「……」
626 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:29:51.72 ID:TRue0X0z0
 絶句するのも何度目でしょうか。
参りました。ファインプレーどころか、とんだ失策だったようです。
今、本当に何の迷いも躊躇いも無く言い切りましたよ、この子。
それにしても凄い自信です。その自信がどこから来るのか分かりません。
というか、月火ちゃんが一体どこに行こうとしているのかが分かりません。
分からないことだらけです。

「お兄ちゃんが好きな料理だから私が作るんじゃないんだよ、私が作る料理だからお兄ちゃんが好きなんだよ」

 いえ、そんなことを撫子に言われましても。
物凄く良いことを言った風ですけど、正直意味が不明過ぎます。
もしかしてのろけですか? まさか当て付けなんですか?
627 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:34:14.45 ID:TRue0X0z0
 何でしょう、ちょっと心がもやもやします。
すっきりしない気分といいますか。
もちろんそれを表に出したり口に出したりはしませんが。
だって、そんなことしたら月火ちゃんに何をされるか分かったものじゃないですからね。
基本的には良い子なんですけど、怒ると本当に怖いんですよ。
友達だからといって容赦してくれるような子じゃないんです。
ある意味では平等ということなのかもしれませんけど。

 とにかくです。
もしこの子を敵に回してしまったら、冗談じゃなく撫子はこの街で生活できなくなるでしょう。
そうなったらもう逃げるしかなくなります。
夜逃げです。逃避行です。暦お兄ちゃんと一緒に、車で夜明けの大脱走です。
……おや、それはそれで、もしかしたらありかもしれませんね。
何か映画のワンシーンみたいな感じで、ちょっと素敵かも。
628 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:37:59.99 ID:TRue0X0z0
「ん? 今何か変なこと考えなかった?」
「う、ううん、全然何も考えてないよ。暦お兄ちゃんのことなんて全然。ちっとも」
「そうなの? なんか今ちょっといらっときたんだけど、気のせいかな?」
「そ、それより! 火憐さんはどうしてるのかな!?」

 鋭いです。いつものことながら鋭過ぎます。
暦お兄ちゃんが絡むと、どうしてこうもキャラが変わってしまうんでしょう?
月火ちゃんのブラコンは今に始まったことじゃないとはいえ、それでも以前はここまでじゃなかったと思うんですけど。
もしかして最近何かあったんでしょうか? 暦お兄ちゃんへの心情に変化が生じるような何かが。
それこそ撫子が経験したような、怪異に遭うような驚愕の出来事があったとか。
あり得る話です。まさか暦お兄ちゃんみたいに内に怪異を取り込んでるようなことはないでしょうけど、あれだけ縦横無尽に暴れ回っていれば、怪異の一つや二つと出くわしてもおかしくない気もしますし。
629 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:42:29.01 ID:TRue0X0z0
「火憐ちゃん? 今は皆の所に謝りにっていうか説明に行ってたはずだけど。あ、喧嘩のことなら大丈夫だよ、もうちゃんと仲直りしてるから」
「そ、そっか、良かった」
「うん、心配かけちゃってごめんね。ていうか火憐ちゃんが迷惑かけたみたいだし、お兄ちゃんが面倒かけたみたいだし。何だったら二人にも撫子ちゃんの所に謝りに来させようか?」
「い、いいよそんなの。二人が仲直りしてくれたなら、それで十分だから」
「そう? 火憐ちゃんはともかく、お兄ちゃんは全然反省足りてないし、何かお仕置きしておいてもいいんだよ?」
「べ、別に暦お兄ちゃんは悪いことなんてしてないよ?」
「私に隠れて黙って動いてたって時点で十分アウトだね。ていうか何故まず私に頼らないのって話だよ。おまけに撫子ちゃんは巻き込んじゃうとかさ。ホント信じらんない」
「そ、そんなことないんだけど……」

 暦お兄ちゃんは別に撫子を巻き込もうとはしてませんでしたが。
というか、むしろ遠ざけようとしてたんですが。
けれどもはや、そんなことは言っても無駄のようです。
聞いてくれる気配が全然ありません。
630 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:47:30.62 ID:TRue0X0z0
 まあ月火ちゃん的には、前段の方が重要なのでしょう。
結局暦お兄ちゃんと火憐さんの二人だけで解決させたという話ですし、一人だけ蚊帳の外みたいな、そういう疎外感のようなものがあったのかもしれません。
気付けば、月火ちゃんがちょっと怒ってるみたいな気配です。
これはちょっと良くないかもしれません、暦お兄ちゃんにピンチが迫っています。

「まあだから罰として、お兄ちゃんが隠してるエッチな本、全部処分してやったんだけど」
「……」

 案外ピンチでもありませんでした。
いえ、暦お兄ちゃん的にはどうか分かりませんけどね。
もしかしたら物凄くショックを受けるかもしれません。
631 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:51:40.90 ID:TRue0X0z0
 というかまず、どうして月火ちゃんが暦お兄ちゃんの、その、そういう本の場所を把握してるんでしょうか?
まさか逐一チェックしてるとか? 何の為に?
正直なところ、暦お兄ちゃんの趣味よりもそっちの方が気になるんですが。
そんな撫子の気持ちを置いてけぼりに、月火ちゃんのテンションは上がる一方です。

「巨乳モノとか万死に値する! 私達への当て付けか!」
「その突っ込みもどうかと思う……」
「どうしてあと四年待てない!?」
「何でそんなに具体的なの?」

 どういう突っ込みなのでしょう。
もしかして、四年待ったらどうなるのか聞かないと駄目ですか? 誰をライバル視してるの、とか。
撫子にそんなリアクションを求めるのは止めてほしいんですが。
632 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 00:56:14.27 ID:TRue0X0z0
 それにしても、そうですか、暦お兄ちゃんは大きいのが好みなんですね。
確かに、羽川さんを見る時の目は明らかにそっちを追ってましたよ、そう言えば。
ふと自分の胸元に手を当ててみます……空しくなるのですぐに止めましたが。

「で、腹立ったから代わりに妹モノの本を置いといてやったの。どうなるか楽しみだね」
「いや、それはちょっと……」

 楽しみというか怖いです。
もちろん暦お兄ちゃん以上に月火ちゃんが。
一体何を予期しての行動なんですか。

 既にドン引きの撫子をまたしても置き去りに、月火ちゃんはまだぷんぷんと怒っていました。
この位の怒りなら可愛いものなんですが、この子は何を切っ掛けに爆発するか全然予想できませんので、撫子としてはびくびくせざるを得ません。
火薬庫の傍で火遊びしている気分です。あるいは手榴弾でお手玉してる気分といいますか。
633 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:00:02.48 ID:TRue0X0z0
「大体欲求不満ならまず私達に言えばいいじゃんって話だよ。素直に言ってくれれば私達だって無下にはしないのにさあ」
「そ、それは駄目なんじゃないかな……恋人とかなら、その、ともかくとしても」
「まあ確かに私達は別にお兄ちゃんに恋してるわけじゃないけどさ」
「で、でしょ?」

 正直ちょっと、いえ、かなり疑わしいんですけどね。
引っ込み思案な撫子でさえ突っ込みを思案する程に、空々しいというのか白々しいというのか。
もちろんそんなこと口にはできませんが。

「恋じゃなくて愛だし」
「……」

 自信満々というか喜色満面というか。何だかもういっそ誇らしげですらあるような笑顔で言う月火ちゃん。
これはもう駄目かもしれません。その、色々と。
撫子の十四年の人生の中で、これ程までに手遅れという言葉を口にしたかった瞬間は記憶に無いです。
634 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:04:13.31 ID:TRue0X0z0
「どうでもいいけどさ、恋と愛だと愛の方が綺麗に聞こえるのに、恋人と愛人だと全く逆だよね。日本語ってどうしてこう一々やらしいのかな?」
「それは本当にどうでもいいよ」

 平然と泰然と悠然としている月火ちゃんですが。
そんなことよりも、もっと気にすべき事が他にあるでしょう。
月火ちゃんは一体どこまで行ってしまってるんですか?
いえ、この場合むしろ暦お兄ちゃんがどこまで行ってるのか、の方が問題かもしれません。撫子にとっては。

「あ、誤解しないでね、愛って言ってもあれだよ、要するに家族愛ってやつだから」
「そ、そうなんだ」
「うん、ほら、旦那と嫁みたいな」
「……ごめん、月火ちゃんが何を言ってるのか分かんないよ」

 誤解どころか正解じゃないでしょうか。ホールインワン賞です。ちっとも嬉しくありませんが。
いやもう曲解のしようもありませんし、まず理解もできません。
どうやら弁解するつもりはさらさら無いようです。
失言ですら無かったという事実が一番驚きでした。
月火ちゃんは、撫子に一体何を伝えたいのでしょうか?
635 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:10:12.77 ID:TRue0X0z0
「まあ要するに、だから撫子ちゃんも頑張らないとねってことだよ」
「え? そんな話だったの?」
「何だったら私も協力してあげるし。今回迷惑かけちゃったお詫びってわけじゃないけどさ、撫子ちゃんが望むなら強力に協力しちゃうよ」
「別にそんな、協力とかはしてくれなくてもいいんだけど」
「遠慮しないでいいって、あ、良かったらお兄ちゃん貸してあげようか」
「か、貸す?」
「うん、オプションで、危険の無いように両手両足拘束した状態で引き渡してもいいよ」
「それされたら、多分撫子捕まっちゃうよね」
「うーん、まぁその可能性も無きにしも非ずかな」
「きっと暦お兄ちゃんを目一杯愛でてるところで、お巡りさんに踏み込まれてお縄にされちゃうんだ」
「あ、それでもやることはやるんだね」
636 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:13:45.99 ID:TRue0X0z0
 いえまあ正直魅力的な提案であることは確かなので。
暦お兄ちゃんは何もできない状態で、撫子が一方的に好きに出来るというシチュエーションは、中々心にくるものがあります。
今日初めてのときめきです。
何だかんだと優しいんですけど、いつもは全然撫子の期待通りに動いてはくれない人ですから。

 あ、いえ、もちろん本気ではないですよ、あくまでも冗談です。
なので、ここで月火ちゃんに本気になられても困りますし、否定はしておかないといけませんね。
もちろん未練なんて微塵もありませんよ。いえ本当に。

「も、もちろん冗談だよ」
「ふーん、欲無いね、撫子ちゃん」

 いえ、良くないでしょう、さすがに。
そこで不思議そうな顔をされましても。
もちろん撫子にも欲くらいありますよ。それはもう色々と。
637 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:18:34.25 ID:TRue0X0z0
「ていうか月火ちゃん、まさか本当に暦お兄ちゃんを拘束とかしてたりしないよね?」
「まあ滅多にはしないかな」
「したことあるんだ」
「うん、体調悪いのに家飛び出そうとした時とか」
「あ、そういう時」

 なるほど、と思います。
やり過ぎかもしれませんけど、暦お兄ちゃんはそうでもしないときっと止まってくれないでしょうし。
こればっかりは、身体の調子が悪い時でも大人しくできない暦お兄ちゃんの方にも問題があると思います。
もちろん誰かを助けるというのは良い事ではあるんですけど、それも時と場合によります。
全く、人に優し過ぎるというのも善し悪しですよ。
638 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:21:24.69 ID:TRue0X0z0
「まあそれでなくても危ないってのは事実だしねえ」
「危ない? 何が?」
「いやいや、撫子ちゃんはお兄ちゃんの危なさを理解してないかもしれないけど、あの人はホント油断してるとすぐ悪さするからね」
「悪さなんてしてないと思うけど」

 こっちを指差しながら言う月火ちゃんですが、撫子としてはそれに少し気圧されながらも、さすがに首を傾げずにはいられません。
悪さどころか、むしろ善いことをしてるじゃないですか、いつも。
撫子もそうですけど、暦お兄ちゃんに助けてもらった人なんてたくさんいるでしょう。
そのことは、誰よりもまず月火ちゃんがよく知っているのでは?
639 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:27:44.32 ID:TRue0X0z0
「そうじゃなくってさ。ていうか聞いてよ撫子ちゃん、ホント朝とかひどいんだって、目が覚めたら私達の胸掴んでたりするんだよ、たまに。寝惚けてる癖にピンポイントで。いくらお兄ちゃんと私達の間柄だって限度があるっていうかさあ」
「む、胸!?」
「そ。あれはもはや本能だね。というか煩悩? ある意味では才能かも。何せ気が付いたら鷲掴みにされてたりするもん」
「鷲掴み!?」
「ホントお兄ちゃんの胸への執着は只事じゃないよ。あれを野放しにしたら、一体どれだけの女子中学生が犠牲になることか……」
「あれ? 女子中学生限定なの?」
「まあだから私達が体を張って止めてるみたいなところがあるんだよ。この街の平和の為に。全く、これは涙無しでは語れないね。もうこのエピソードだけで映画が一本作れるレベルだよ。本当にプラチナむかつくったら」
「……」

 そのネタで映画を作ったら、プラチナむかつく前に発禁になってしまうでしょう。それこそ下手したら罰金じゃ済みません。
いやでも衝撃的な話でした。
危険です。危険過ぎます。
暦お兄ちゃんの挙動とかじゃなくて、まず月火ちゃんの思考が。
640 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:34:49.62 ID:TRue0X0z0
 というか、そんな軽い感じで聞いてよとか言われましても。
正直そういう聞き方をするのでしたら、こっちが返事するまで待ってほしいところなんですが。
あれですね、これならいっそ暦お兄ちゃんをいつも縛ってるって方が、まだしも健全な話だったかもしれません。

 それにしても、もしかして一緒に寝てるんですか? いつも。今の言い方だと。
まあ毎朝暦お兄ちゃんを起こしているとは聞いていましたけど。
何でしょう、それだとむしろ月火ちゃん達の方が誘惑しているように思えるんですが、撫子の気のせいでしょうか。

 本当にもう突っ込みどころが多過ぎて、全てがどうでもよくなってきますね。
撫子にはどうにも荷が勝ちすぎです。まるで勝てる気がしません。
勝負する気になんてなりませんけど。
641 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:39:59.21 ID:TRue0X0z0
「んー、よし、今日は天ぷらにしよう」
「え? いつの間にそんな話に?」
「ちょっとした連想だよ。じゃあ撫子ちゃん、私あそこのお店でキス買ってくるから。また明日学校で会おうね」
「う、うん、また明日」

 そう言って笑顔で手を振ると、そのまま身を翻して魚屋さんの方へたーっと駆け出す月火ちゃん。
撫子はというと、ただもう色々とついていけないまま、茫然とそれを見送るのみでした。

 連想? 何から何を? 今、月火ちゃんの中で誰と誰が何のシーンを演じていたの?
……いえ、これ以上考えるのは止めておきましょうか。
精神衛生上とてもよろしくないです。
聞かなかったことにするのが一番いいはずです、きっと。

 思えば、この程度(?)のことで一々驚いてたら身が持ちません。
月火ちゃんのブラコンが重症化したとか、そんなの今更ですしね。
どこまで本気かは分かりませんが、まあ流してしまうことにしましょう。
642 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:43:16.76 ID:TRue0X0z0
 気がつけば結構な時間が経っていました。
撫子もいつまでもぼーっとしている訳にもいきません。
斬新過ぎる情報が多過ぎて、頭の片隅に追いやられてしまってはいますが、一応頼まれたお買い物がありますので。
渡されたメモを取り出して、目的のお店へと足を向けます。

 歩きながら考えるのは、暦お兄ちゃんのこと。
月火ちゃんの衝撃発言に触発された訳でもないですけど。
何か新しいアプローチをしてみようかなと、そんなことを思います。
もうちょっとくらいこの恋を楽しんでみても、きっと罰は当たりませんよね。

 撫子にしては珍しく前向きな気持ちです。
まあ差し当たっては、お母さんに頼まれた用事を終わらせるのが先ですけど。
少しだけ早足で、気持ちは前に。
まずは明日、暦お兄ちゃんに電話してみようかな。
643 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/03/19(月) 01:47:55.58 ID:TRue0X0z0
ということでオマケ話Aでした。
うん、やっぱり慣れないことはするものじゃないと言いますか。
語り部は阿良々木さんが一番楽しいなと書いてて凄く思いました。
語彙力の差というのもありますが……
あと囮の設定をどこまで活かすかとか。
まあいい経験にはなりました。

あとはあれかなぁ、口直しに阿良々木さん語り部でもう一個くらい書いてみたいけど……
ちょっとネタ考えてみます。
偽アニメ終わっちゃったし……色々端折られてたのがちょっと残念でしたけど、まあ概ね原作通りでとても楽しかったですね。
やっぱりファイヤーシスターズが一番好きだなぁ。
644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 01:50:05.12 ID:qJyAzP2f0
乙です
ところで2人は違う学校じゃなかったっけ?
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 02:02:09.06 ID:vGXUKBeto
646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/19(月) 02:02:21.72 ID:lIZ9FSLpo
乙でした。
やばい、この気だるい感じめっちゃ囮の撫子だ。すげーわほんとに。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2012/03/19(月) 22:03:00.25 ID:gMaphrGeo
乙でした
おまけB舞ってる
648 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/19(月) 22:06:47.91 ID:TRue0X0z0
こんばんはです。
お読み頂き感謝です。

>>644
確かに! これは完全に抜けてました――影縫さん的に言うなら『やってもたちゅう感じ』です。
囮読みつつ撫子の喋り方とか考え方とかの検討ばっかして、こんな大事な情報が抜け落ちるとは。
画竜点睛を欠くとはこの事か! 何とも申し訳ないです。
うわー、書き直したいー……
まだ読み込みが足らないなあ、と反省しておきます。
649 :暇人o [sage]:2012/03/20(火) 12:47:17.97 ID:qun2lqKh0
乙です。

気長に舞ってる
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/03/20(火) 22:44:56.37 ID:IQ+YfuBK0
乙です。
神原や撫子の語りの再現ってあんまり見ないけど、再現度がぱない。
是非ここまで来たら、羽川さんもやってほしいなあ。
651 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/21(水) 00:51:30.41 ID:otrQYKSA0
お読み頂き感謝です。
想像はしてましたけど、撫子語りは難しかったです。
西尾先生の凄さを痛感しますね。マジぱねえ。

しかし成程、確かにここまできたらバサ姉語り部もやらないと後悔しそうな気がする……
それで〆た方が綺麗ですよね。
書けるかどうかが一番の問題ですけど、ちょっと考えてみます。折角だし。
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/21(水) 10:43:56.65 ID:Anvq23l2o
撫子の語りってもっと頭悪そうな感じじゃなかったか
四文字熟語とかを平仮名で書いたりとか
まぁ、自信ないんで気にしないでくれ
おもしろかった。乙
653 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/22(木) 01:04:13.52 ID:cQWtOJX90
>>652
読んで頂き感謝です。
確かにそうなんですよね、自分でも思ってたんですが、平仮名にするか否かの境界線というか根拠が分からなかったので、とりあえず読み易さ優先でこんな感じに。
しかし単なる強調なのか、含みを持たせているのか……撫子語りはやはり難易度が高い。
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/22(木) 01:34:14.82 ID:w6OsfaJLo
原作再現なんて難易度高いんだからそこまで気にせんでええ
今のままでいいんや
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/23(金) 03:17:46.13 ID:wSW20h0ro

間違ってたら申し訳ないが月火は千石のこと千ちゃんって呼んでなかっけ?
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/03/23(金) 14:39:59.99 ID:RBWQZVSAO
最初はそうだったけど囮の時点では子供っぽすぎるという理由で呼び名を変えてる
657 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/30(金) 20:26:55.14 ID:9P16pzS20
こんばんはです。
年度末でここ一週間ずっとバタバタしてて全然書けませんでした。すいません。
とりあえずオマケBを書き上げて終了と行きたいので、これからやってきます。
少しずつ化のSSが出てくるようになったなぁ、と感慨深かったり。
少しずつでも増えていけばいいなあ。
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/30(金) 20:41:16.43 ID:ayZe7ZPpo
キター!!
まってるよー
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/03/30(金) 20:57:25.55 ID:p5dJ91hXo
よし服脱いだ
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/30(金) 21:05:25.78 ID:PJ1G6dIOo
風邪引くぞ、まだ夜は寒いんだからな
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/30(金) 21:22:48.18 ID:CG8xGD/Qo
俺は今全裸だ!
662 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/30(金) 23:30:04.17 ID:9P16pzS20
すいません、誤解を招く書き方を……まだこれから書いてくので、もう少しお時間をという事でお願いします。
また出来上がりが見えたら報告しますので。
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/30(金) 23:33:30.21 ID:BLP2MThzo
待ちます
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/31(土) 00:13:30.00 ID:DWJYa5Oio
全裸で
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/03/31(土) 00:17:17.40 ID:JdxKJFfQ0
服脱ぎました!
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 00:26:53.50 ID:ijXEDRZIO
おまえらネクタイ忘れるなよ
667 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/03/31(土) 01:13:34.65 ID:D4e6iBJc0
ご期待頂き感謝です。
それに応えるべくがしがし書いてってはいますが、思いの外長くなりそうな予感が。
やはり特別お気に入りキャラだと興が乗ってきますね。
手早く済ませるつもりが、ちょっと数日かかりそうです。
申し訳ないですが、折角なので全部書ききってやろうと思います。
全裸待機頂いてる方は是非服を着てお待ち下されば。
よろしくです。
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 01:18:28.29 ID:BTpWhzfIO
全裸待機&蝶ネクタイの俺に□は無かった
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 11:09:21.17 ID:zKboHBAlo
>>668
靴下は?
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 20:47:12.06 ID:2l1P8LIIO
全裸で出勤してます
671 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/02(月) 00:12:23.45 ID:uxYEEe2z0
こんばんはです。
七割方書けました。あともう少し……
この週末で何とかしたかったんですが、申し訳ないです。
今週中には完成できるように頑張りますので、服を着込んでお待ち頂ければ。
最後まで全力投球。

しかしもうすぐ偽のBDか――
これは期待せずにはいられないな。
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/02(月) 02:16:39.11 ID:0U8AWrtCo
とりあえずパンツは被った!!
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/04/03(火) 08:52:45.38 ID:YKFKKG1Xo
俺はパンツ食った
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/04(水) 22:29:24.58 ID:RJeuZITbo
俺はパン作った
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/04(水) 23:17:11.97 ID:AFqlcmuso
そのパン食った
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/04/05(木) 07:50:16.02 ID:4c1b+nX8o
このままでは風邪をひいてしまう!
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/05(木) 10:33:11.34 ID:2V0XHS5Uo
パンツネタってどうしてここまで寒いんだろうな
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県) [sage]:2012/04/05(木) 11:15:13.57 ID:Oslr+NzMo
>>677
穿いてないからだろ
679 :暇人o [sage]:2012/04/05(木) 20:55:15.09 ID:jQfdy5vq0
お前らすごいな
俺は上半身だけしか脱げてねぇ
さむい
680 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/05(木) 23:40:50.14 ID:yi1UJRhU0
こんばんはです、長々とお待たせしており申し訳ないです。
ようやく完成できそうな目処が立ちました。
あとは見直しとかちゃんとやって、土曜日の夜くらいを目標に仕上げていきたいと思います。
あともう少しだ……!
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/06(金) 00:10:51.92 ID:isvDhQUIO
おいおい!おらぁ
>>668から待機しっぱなしだぜぇ
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/06(金) 00:29:38.56 ID:J6Sm0rv+o
>>680
ファイト一発充電ちゃん!
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2012/04/06(金) 00:38:21.27 ID:dc2cgbGYo
期待して舞ってる
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/06(金) 01:00:34.84 ID:JwXy0A4R0
北石手間照
685 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/07(土) 20:48:20.22 ID:W98hVobQ0
こんばんはです。
お待たせしてしまいましたが、ぼちぼち上げてこうと思います。
ちょっと思いの外長くなってしまったので、のんびりお付き合い頂ければ。
686 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 20:51:45.28 ID:W98hVobQ0
 ex.3

「お、翼さん、いらっしゃーい」
「こんにちは、火憐ちゃん」
「うん、こんにちはー。さーさーもう上がってよ上がっちゃってよ上がりまくっちゃってよ。いやー待ちかねたぜー、ていうかあたしってば待ちかね過ぎて待ちくたびれ過ぎちゃってさー、何ならもう迎えに行っちゃうところだったよ。危ねー危ねー」
「そうなんだ、ごめんね待たせちゃって、じゃあお邪魔します」
「何だよ水くせーなー翼さん、もっと気楽に気軽に気安く気兼ねなく上がってくれていいのにさあ。つーかお邪魔なんかじゃないよ、そんなんあり得ねえって、古今東西津々浦々どこを探したって翼さんが邪魔になる所なんてあるわけねーじゃん。ああもう断言してもいいね。むしろただいまって言ってくれてもいいくらいなのに」

 訪れた玄関先で軽やかに私を迎えてくれたのは、阿良々木火憐ちゃん。
いつも元気一杯で笑顔を絶やさない、天真爛漫を体現したかのような女の子だ。
阿良々木くんはよく火憐ちゃんのことを男前だとか女子力が低いとか言っているけれど、どうしてどうして、明るく元気なその笑顔は実にチャーミングでとても女の子らしいと思う。
少なくとも、私には到底できそうにない表情だ。実に羨ましい限り。いや本当に。

 会って早々、いつも通りにやや過剰とすら思える歓待をしてくれたけれど、しかしこれが全く嫌味にならず、むしろ嬉しく思えてくるのだから凄い。
この立て板に水な喋りにしてもそうだけど、やはり阿良々木くんと兄妹なんだなと変なところで感心する。
687 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 20:56:36.44 ID:W98hVobQ0
 さて、どうして私――羽川翼が、今こうして阿良々木家の敷居を跨ごうとしているのかというと、特に自発的な理由があるわけでもなく、別に能動的な根拠があるわけでもなく、実に単純な話、お呼ばれしてそれを受諾したが故だ。
臆面もなく言ってしまえば、阿良々木家に訪問できる理由を与えられたことに浮かれてのこのこやってきたということになってしまうだろうか。
客観的にはまあ、そう捉えられてしまっても仕方がないとは思う。

 とは言え、である。
私を今日呼んでくれたのは阿良々木月火ちゃんであり、決してお兄ちゃんであるところの『彼』ではない。
なので、ここで浮いた気持ちになるというのも、いい加減無理があるという気もする。
というか、安上がりだという方が近いか。
要は彼の居場所に自分がいることができるだけで、事程左様に心持ちが変わってくるのだから。
我ながら現金だと思わずにはおれない。

 もちろん、火憐ちゃんと月火ちゃんに会うことを楽しみにしていたのも間違いなく事実だけれど。
二人共とても良い子だし、一緒にいて楽しいし、阿良々木くんのことが無くてもそれは変わらない。
阿良々木くんが私にとって特別であるように、彼女達もまた大切な友人だと思っているのだから。
688 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:01:01.08 ID:W98hVobQ0
 閑話休題。
急かされるように(というか火憐ちゃんはもう私の背中を押し始めていた)、靴を脱いで玄関に上がった。
と、そこで忘れない内にと手土産のお菓子を渡すことにする。まあ、尚も私の背を押さんとしていた彼女の手を止めたい意図もあったけど。
色々な意味で期待通りに、火憐ちゃんはびっくりした表情で動きを止めてくれる。

「わ、お土産なんていいのに。つーかあたし達が呼んだんだから、むしろこっちが歓待しなきゃなんないのにさあ」
「いいのいいの、そんな値の張るものじゃないし、良かったら皆で食べてね」
「うん、ありがとう、翼さん!」

 嬉しそうに言う火憐ちゃん。
花の咲く様な、とはこういう笑顔をいうのだろう。
ここまで喜んでくれると、渡したこちらの方が嬉しくなってくるというものだ。
689 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:06:39.29 ID:W98hVobQ0
「あ、そーだ翼さん、今ちょっと月火ちゃんと準備中なんだけどさ、もうちょっと時間かかりそうなんだ。あたしも手伝わなきゃだし、ごめんだけど先にあたし達の部屋に行っててもらっていいかな?」
「そうなの? 良かったら手伝うけど」
「いーのいーの、翼さんはお客さんなんだから。あ、何なら兄ちゃんも今部屋にいるし、そっちで遊んでてくれてもいーよー。どうせ暇してんだしさ、兄ちゃん適当に使って暇潰ししててよ」
「そう? じゃあそうしようかな」

 若干気になる言い回しはあったけど、それは敢えて触れずにおいて。
私の返事を聞いてすぐ、火憐ちゃんはリビングの方へと駆け込んで行った。
さらっと放置されたのは、信頼してくれているが故なのだろう。
お客さんと言いつつ、応対は本当に家族のそれに近いなあ、と嬉しいやら恥ずかしいやらだ。

 勝手知ったるなんてとても口にはできないし、見慣れた場所では到底ないけれど。
でも、阿良々木くん達が日々暮らしている家だけに、何故かそこにいるだけで落ち着く様な気がした。
迎えてくれる空気とでも言おうか。
慣れない場所なら普通は落ち着かなくなりそうなものなのに、全くそんなことはなく。
阿良々木家の素晴らしさを改めて想う。
690 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:13:37.17 ID:W98hVobQ0
 じっとしているのも何なので、階段を進み二階へと向かう。
すぐに阿良々木くんの部屋の扉が見えてくる。
さて、彼は今この中で何をしているのだろうか?
チャイムが鳴っても無反応だったわけだし、もしかしたら今日私が来ることは聞いていないのかもしれない。
あるいは勉強に集中していて、気付かなかったのかも。
だとすると邪魔するのは良くないし、さてどうすべきかなあ。

「……」
「あれ?」

 二階に到達した辺りで、部屋の中から話声が聞こえてくることに気付き、思わず首を傾げる。
火憐ちゃんも月火ちゃんも下にいるはずなのに、一体彼は誰と話をしているのだろう? まさか独り言だったり?
691 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:23:00.62 ID:W98hVobQ0
「大体お前様は……」
「だからそれは……」

 扉の前まで来て、そこで阿良々木くんの会話の相手が忍ちゃんだと判明し、更にもう一度首を傾げてしまう。
聞いた話では、彼女は吸血鬼であるが故にか基本的には夜行性であり、昼間は眠っているはずなんだけど。
それがこうして起きていて、何やら阿良々木くんと言い合っているというのは、さてどうしたことだろう。
またぞろ何かトラブルがあったのだろうか? 私の知らない所でまた何か厄介事でも抱えているとか?
まさかと言いたいところだが、彼の場合は普通にそれがあり得てしまうから困るのだ。

 なので、盗み聞きは良くないとは思いつつも、つい聞き耳を立ててしまう自分を止められなかった。
しかも部屋の扉の前、いつでもノックできるような(要するに言い訳可能な)体勢で。
どうも私は阿良々木くんの家に来るとお行儀が悪くなる気がするなあ。
692 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:31:08.96 ID:W98hVobQ0
「ちゅーかお前様よ、明け方近くになり、さてそろそろ寝ようかと思うとるところで尻を撫で回される感触を味わう儂の気持ちも考えてみい」

 耳を澄ました瞬間、もうそれを狙い澄ましていたんじゃないかというようなタイミングで、忍ちゃんのそんな残念な発言が飛び込んできた。
もちろん声をかけるつもりなんて元より無かったわけだけど、改めて言葉を失ってしまう。
全く状況が分からない。というかあまり分かりたくないというのが本音かもしれない。

 いやはや、阿良々木くんは一体忍ちゃんのお尻に何をしているんだろう。
今朝この部屋で一体何があったのか――これ以上聞いていると、それはもう残念極まりないエピソードが詳らかになる予感がひしひしとしてくる。
私としては、もう割とこの時点で聞き耳を立てていた事を後悔し始めていたのだが、しかしその直感は些か遅い。
既に賽は投げられてしまっている。
これはもしかしたら、お行儀の悪い真似をした罰なのかもしれない。
果たして誰に対しての罰なのかは、正直微妙なラインだと思うけれど。
そうして私が硬直している間も、何とも残念なことにそんな残念な会話は続いていた。
693 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:38:05.12 ID:W98hVobQ0
「いやまあ、それは確かに悪いというか申し訳ないというか……でも、やったのは僕じゃなくて火憐ちゃんと月火ちゃんだし、そもそもその論に立つなら直接の被害者は僕ってことになるし、それで僕を責められてもなあ」
「たわけ、妹御の不始末はお前様の不始末じゃろうが。大体からしてお前様は何を大人しく彼奴らに尻を撫で回されとるんじゃ。またぞろ新しい性癖にでも目覚めおったのか?」
「なわけあるか。大体やられっ放しじゃないぞ、今朝だって、ちゃんと仕返しとしてあいつらの尻を思いっきり撫で回してやったんだぜ。お前の味わった屈辱のリベンジだ。まさに江戸の敵を長崎で討つってやつだな」
「何がリベンジじゃ、お前様が楽しんどっただけではないか。あと言葉の意味は分からんが、恐らくその使い方は間違っておる」
「別に楽しんでなんかねえよ。僕はあくまで心を鬼にして反撃しただけだぞ。目には目を、歯には歯を、尻には尻を」
「キメ顔で言うな、うざい。あとお前様の感情はダイレクトに儂に伝わっとるからな、しっかり楽しんどったことは明々白々じゃ。ふん、妹御の尻を撫で回して喜ぶなぞ、本当にお前様は吸血鬼よりもよっぽど鬼じゃのう。変態もここまで極めればいっそ芸に程近いかもしれんが」
「人聞きの悪いことを言うな。まあ冗談はともかくとしてだ、あいつらも寝惚けてやったことだろうし、あんまり責めてやるなって」
「冗談には聞こえんかったぞ。あと儂とて妹御を責めるつもりは毛頭ない、責めを負うべきはお前様だけじゃ」

 うーん、実に突っ込みどころの多い会話だ。というか、それ以上に深入りしたくない話題だ。
何をやっているのと問うべきは、果たして阿良々木くんなのか火憐ちゃん達なのか。
聞けば聞く程謎が深まっていくような気がする。いや実に困ったものだ。
694 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:48:30.19 ID:W98hVobQ0
 しかしまあ、二人はいつもどういう起こし方をしているんだろう。
阿良々木くんはそれを叩き起こされると表していたけど、何だか随分様子が違うような。
朝も早くから一体どういうコミュニケーションの取り方をしているのだ、彼らは。

 それはさておくにしても、そもそも忍ちゃんがこんなに堂々と表に出て会話なんかしていて良いのだろうか? 階下には火憐ちゃんも月火ちゃんもいるんだけど。
確か忍ちゃんのことは、二人には秘密にしていたという話だったはず。
たまたま上がってきたのが私だったからいいようなものの、そもそも誰かが上がってきているという時点で、声を潜めるなり影を潜めるなりしても良さそうなものなのに。
まさか気付いていないとか? だとしたら、ちょっと無防備過ぎるんじゃないかなあ、阿良々木くんも忍ちゃんも。

 ん? いや違うか。誰かが近づいてくれば、それを忍ちゃんが気付かないわけがないのだ。
とすると、忍ちゃんは分かっていて、というか上がってきているのが私だと気付いていて、だから敢えてはっきりと部屋の外に聞こえる声で喋ったということかな。
そう考えた方が余程しっくりくる。
阿良々木くんはともかく、忍ちゃんがそんな迂闊な真似をするというのも考え難い。
上がってきたのが火憐ちゃんや月火ちゃんだったならば、きっと気付かれる前に隠れていたはずだ。
でなければ、今まで秘密を保持できていようはずもないし。
695 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 21:57:53.54 ID:W98hVobQ0
 じゃあ何でそんなことをしたのかとなると、それはきっと最後の台詞の通りなのだろう。
すなわち阿良々木くんへの罰。
というか嫌がらせかな。彼が狼藉を働いたという事実を私に伝えるという。
あるいは単に私達をからかって楽しんでいるだけの可能性もあるけど。
できれば私を巻き込まないでほしいのになあ。
全く、怪異の王様が随分と世俗に染まってしまったものだ。

「あー、うん、分かった分かった。まあ誰が悪いとかは置いといても、お前が気分を害したってのは確かに良くないし、お詫びにミスド連れてってやるからさ、それで許してくれよ」
「ふん、最初から下手な言い訳をせずにそうやって下手に出ておればいいんじゃ」
「何でお前はすぐにそうやって上手に出るんだよ、全く」
「まあしかし、素直になった褒美として、これ以上の暴露話は止めておいてやるとしよう」
「何言ってんだお前、誰が聞いてるわけでなし」
「そう思うか?」
「……おい、まさか?」
696 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:05:09.40 ID:W98hVobQ0
 ごくり、と息を呑む気配。
ドアの向こうの二人の表情が、もう見なくても伝わってくる。
忍ちゃんはきっといつものように物凄い笑顔をしているんだろうし、阿良々木くんはさぞ引きつった顔をしていることだろう。
これはあれだよね、登場しなさいという合図なんだよね。
嫌だなあ、こういう変な期待をされるのって。
忍ちゃんもホントいい性格してると思う。
まあ彼女も私に言われたくはないだろうけれど。

「……こんにちは、阿良々木くん」

 既に遅きに失したというか、まあ聞き耳を立てていた時点でどうしようもなく礼を失した感はあるけれど、それでも一応今更ながらにノックをしてからゆっくりと扉を開ける。
ベッドに腰掛ける忍ちゃんの加虐的な喜びに満ちた楽しそうな笑みと、勉強机の前の椅子に座る阿良々木くんの被虐的な絶望に満ちた歪んだ笑みが、そんな私を迎えてくれた。
さて、その前に立つ私は一体どんな表情をしているんだろう。
697 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:13:28.96 ID:W98hVobQ0
「は、羽川!? 何でここに!?」
「今日は月火ちゃんにお呼ばれしたんだ。勉強のことで相談したいことがあるからって」
「そ、そうか、それは何というか、うちの妹が迷惑かけて悪いな」
「ううん、そんなことないよ。それで阿良々木くん、さっきの話なんだけど」
「いや違うぞ羽川! まずは僕の話を聞いてくれ! 誓って僕の行為にやましいところは無い! お前は何か誤解してるかもしれないけど、あくまであれは兄妹間のコミュニケーションであって――」
「うん、まあここから一体どんな理論展開をするのか気にならないでもないけど、とりあえずもういいから。今更私がどうこう言う事でもないだろうし。とにかく度を越しちゃ駄目だからね」
「もちろんだ。安心してくれ。何ならお前のコンタクトレンズに誓ったっていいぜ」
「そこに私を巻き込まないで」

 もちろん常識的に考えれば、もっと色々と言うべきこともあるだろうとは思う。
しかし正直なところ、この私が常識について語るというのも些か滑稽な話だろうし。
深入りしたくないというのも偽らざる本音だけど、まあ忍ちゃんもいることだし、一線を越えるようなことはしないでしょう、さすがに。
怪異の王たる吸血鬼に人間の良心を期待するというのもいい加減おかしな話ではあるが、まあそれもご愛嬌ということで。
698 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:21:53.81 ID:W98hVobQ0
「おいお前様よ、いつまで委員長とじゃれ合っとるんじゃ、はよう行くぞ」
「お前もホント悪びれねーな。まあ約束したから連れてってやるけどさ」

 全く、とぼやきつつ立ち上がる阿良々木くん。
先程の慌てようは何処へやら、既にいつも通りのテンションだった。
悪びれないというなら、彼も全然負けてないと思う。
良くも悪しくも似た者同士。これもペアリングの効果なのだろうか。

「じゃあ羽川、悪いけど僕ちょっと出てくるよ。ホントあいつらが無茶言って申し訳ないけどさ」
「だからそんなことないって。それよりあんまり羽目を外し過ぎないようにね」
「言われるまでもないさ、僕は羽目を外したことなんて一度も無い」
「まあ常時外れっぱなしじゃからの、そりゃあこの上外れようも無いわ」
「きつい突っ込みすんな」
699 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:27:15.17 ID:W98hVobQ0
 どうやら忍ちゃんはいつの間にか突っ込みも習熟し始めているらしい。
阿良々木くんと過ごしていれば、その必要性を痛感するのは然もありなんと思うけれど、全く驚嘆すべき順応性の高さだ。
あるいは二人の親和性の高さなのか。
しかしとりあえず少なくとも今、阿良々木くんに忍ちゃんを糾弾する資格はないだろう。

「ふん、まあそういう訳で委員長よ、儂らはミスドに行かねばならんのでな」
「えぇまあ、私もそれを止める気はありませんけど」
「やっぱり止めてくれないのか……」

 視界の隅で阿良々木くんが肩を落としているのは置いといて。
というか先延ばししても仕方ないでしょうに。
約束はちゃんと守りましょう。
700 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:31:57.12 ID:W98hVobQ0
「殊勝な心構えじゃな、ほれ行くぞ、お前様よ」
「はいはい……」
「いってらっしゃい、二人とも。車に気をつけてね」
「あぁ、羽川に引き留めてもらえない寂しさと、それでも送り出してもらえる喜びと、僕の中で二つの感情がせめぎ合っている……」

 言葉通り複雑な表情を見せる阿良々木くん。
願わくばそんなことで身悶えないでほしい。
本当に、初期の頃のクールキャラは一体どこへ行ってしまったのだろうか。
いやはや、戦場ヶ原さんが嘆くのも無理からぬところだと思う。
701 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:38:01.54 ID:W98hVobQ0
「あぁそうじゃ委員長よ、念の為に言うておいてやるが、この部屋を家探ししても何も出てこんぞ。我が主殿の秘蔵本とやらは、つい先日妹御に捨てられおったからの」
「マジかよ!? じゃないじゃない! つーか何言ってんだよ忍お前羽川に対してそんな誤解を招く様な事言ってんじゃねえってんだそもそも僕はエッチな本なんて持ってるわけないし仮に持ってたとしてもそんな危ない趣味なんかじゃないしむしろ清く正しく健全でいっそ芸術作品に程近いとも言うべき高尚な嗜好のそれであり」
「阿良々木くん、動揺し過ぎ」

 というか語るに落ちている。
まあ阿良々木くんも男の子だし、逆にそういう本を持っていない方が不健全だろうとは思う、一般的に考えて。
ただとりあえず、清く正しく美しくはない。その言葉の選択はあり得ない。
一応年齢制限というものはあるのだから。
まあ制限速度40キロの標識のように、それこそ現状では有名無実になりかけている嫌いはあるにせよ。

「ちなみにやたら胸を強調した優等生風の眼鏡女子がメインで出ておってな」
「お願い黙って忍!」
702 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:45:04.13 ID:W98hVobQ0
 もういっそ泣きそうなくらいの勢いで懇願する阿良々木くん。
それに対して心底嬉しそうな忍ちゃん。
そしてちょっと引く私。
詳らかにされてしまった問題の本の題材に関しては聞き流しておこう。というか一刻も早く忘れたい。

「それ以上暴露されたら羽川の中の僕のイメージが! クールで知的な僕のキャラクターが崩壊してしまう!」
「そんなイメージはありません」

 その根拠の無い自信は一体どこから来ているんだろう。
驚いたことに、まだそういうキャラが維持できているつもりだったらしい。あるいはただの意地なのか。
私からすれば、割と早い段階でそういうイメージを崩してくれた記憶しかないんだけどなあ。
それに、彼がそういうキャラじゃなかったからこそ、私達は――
まあそれはともかくとして、もう一つ聞き捨てられないフレーズがあった気がする。
703 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 22:54:42.13 ID:W98hVobQ0
「それにしても、捨てられた?」
「うむ、極小の妹御の仕業じゃ。彼奴も随分憤慨しておったの」

 お前知ってたんなら止めろよ、せめて僕に教えろよ、と未練がましく呟いている外野の声は置いておきましょう。
というか、そんなことで泣かないで、お願いだから。
忍ちゃんは、寝ておったお前様が悪い、とつれなく返している。
ここだけ切り取ってみれば、むしろ彼女の方こそクールキャラだった。

「まあ月火ちゃんも中学生だし、そういう本に拒絶反応を示すのも仕方ないかな」
「いや、本の題材が巨乳だったというのが気に入らんかったらしい」
「怒りを感じるポイントがずれている……」
「そう言えば怒りのままにその本を処分した後、何やら別のものを代わりに隠しておったな。何処ぞの官能小説のようじゃったが」
「気配りのポイントもずれている……」
「――何?」
704 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 23:02:11.96 ID:W98hVobQ0
 忍ちゃんの言葉に、阿良々木くんが敏感に反応した。
起こした顔には生気が戻っている。
彼は本当に一体何を期待しているんだろうか。
何だかとっても残念な気持ちになってしまう。

 いや、というかまず月火ちゃんも何を考えてそんなことを?
阿良々木くんのそういう本をわざわざチェックしているのもそうだけど。
それって何だろう、まるで彼の性的嗜好を自分に都合の良い方向に誘導させようとしているみたいな……?
いや止めておこう、これ以上は深入りしない方がいい気がしてならない。
その本のタイトルとか、聞いたら絶対後悔しそうだ。
なので、阿良々木くんの為というわけではないけれど、ここでこの話題は打ち切る事にしておく。
君子でなくとも、危うきには近寄らないのが定石だ。
705 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 23:08:50.13 ID:W98hVobQ0
「とにかく、家探しなんてはしたない真似はしないから安心して。ほら、早く行かないと人気商品が無くなっちゃうかもしれないよ?」
「おぉ、如何にもその通りじゃな。我が主殿の性癖なんぞを論じておる場合ではなかった。全く、無駄な時間を過ごしてしまったもんじゃ。猛省せいよ」
「ひでぇ、お前のせいで僕がどれだけ傷ついたと思ってんだよ」
「えぇい、四の五の言うとらんで早うせんか。ミスドが儂を待っとるんじゃぞ」
「んなわけあるか」
「勘違いするなよ? 儂がミスドを求めておるのではない、ミスドが儂を求めておるんじゃ」
「いや、明らかに勘違いしてるのはお前だ」

 何かを間違えているような会話だ、とここで私が突っ込むのもお門違いの筋違いか。
文句を言いつつも財布を手に扉の方へ向かう阿良々木くんと、その背を押すように続く忍ちゃん。
見送りというわけではないけれど、私も一応それに続く。
さすがに主のいない部屋にいつまでも居座っていられる程、私の心は図太くはない。
そろそろ二人も上がってくるだろうし、そちらに移動するのが適切だろう。
706 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/07(土) 23:14:25.44 ID:W98hVobQ0
すいません、途中ですがちょっと中断します。
1〜2時間程度で戻ってこられるとは思うんですが……申し訳ないです。
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/07(土) 23:33:17.68 ID:pwAhd/Loo
待ってるよ
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/04/07(土) 23:35:24.00 ID:LONsr2Hpo
うむ
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2012/04/08(日) 00:32:34.75 ID:LjdfA/+To
待機する
710 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 00:45:24.38 ID:RRMxgA4m0
お待たせしてしまいました。
再開してきます。
よろしくお付き合い下さい。
まだまだ道は長いぜ!
711 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 00:48:41.43 ID:RRMxgA4m0
「じゃあ羽川、もしあいつらが迷惑かけたら言ってくれよ、きっちり叱っとくから」
「あはは、大丈夫だよ、二人とも良い子だもん」
「そう期待したいよ。まあそれじゃ行くか、ほら忍、影に隠れてろ」
「うむ、急げよ、お前様」
「分かってるよ」
「では委員長よ、息災でな」
「この家、何か危険があるんですか?」
「うむ。まあ最大の危険因子は今から外出するわけじゃが」
「お前は一々僕の悪口を言わないと影に入る事もできないのか?」

 呆れたような阿良々木くんの声に、しかし反応を返すことなく、忍ちゃんはその影へと身を沈めて行く。
まるで彼の中へと溶けてゆくかのように。
春休み明けの頃を思えば、表情も豊かになったし私達と会話を交わすようにもなったけど、こういうシーンを見るとやはり違うんだなと思わされる。思い知らされる。
吸血鬼。阿良々木くんとのペアリング。同じ体質同じ現象同じ視点同じ思考。
それが少しだけ羨ましい。
712 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 00:54:54.26 ID:RRMxgA4m0
「儂の八面六臂の活動・活躍・活劇は、次回に確と見せてやるから楽しみにしておれ!」
「露骨に番宣しないで下さい」

 姿を消す直前に残された忍ちゃんの捨て台詞に、とりあえず突っ込んでおく。
メタな会話だった。真宵ちゃんでもあるまいに、そういう危ないことは慎んでほしいものだと切に思う。
というかそもそも本当にあるのだろうか? 次回なんて。

「ホントは劇場版のこと言いたかったんだろうなあ」

 成程成程。一応宣伝を遠慮はしてくれていたのか。遠慮のポイントはずれてるけど。
まあそれはさておき、次回作が仮にあったとしても、恐らく八面六臂の活躍というより七転八倒の苦難にしかならないと思う。
しかも忍ちゃんメインと思わせて、月火ちゃんとかが中心だったりするのだ、きっと。
今までの傾向から考えて。
713 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:01:11.09 ID:RRMxgA4m0
 さてさて、仮定の話はここまでとしておこう。
階下へ歩を進める阿良々木くんを見送って、私も改めて火憐ちゃん達の部屋へと足を向けた。
しかし、元よりそちらへ行くように言われていたわけだけれど、ここに来るまでに随分と時間がかかった気がする。
阿良々木くんの朝の風景もこんな感じなのだろうか?
これでよくぞ遅刻せずに日々学校に通えているものだと思う。
まさかここまで考慮して、火憐ちゃん達は起こす時間を算定しているということなのだろうか。だとすれば見事という他ない。

「あれ、兄ちゃん、どこ行くんだよ」
「ああ火憐ちゃんか、いや、ちょっと買い物にな」
「何だそれ、つーか翼さん来てんのに家を出てくってどういう了見だ? せめてあたしらが上がるまで丁重に敬重にもてなしとけよ。全く使えねえ兄ちゃんだな」
「何言ってやがる。大体招待したのはお前らなんだろうが。そっちこそ客放ったらかしにしてんじゃねえよ」
「ちっちっち、分かってねーなあ、むしろ全力でもてなす為にこそ頑張ってんじゃねーか。まーもう準備終わるからいいけどさ。にしても買い物か。エッチな本とか買ってくんなよ」
「買わねえよ! それならむしろ参考書買ってくるわ!」
「大人の?」
「受験生の!」
714 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:08:44.68 ID:RRMxgA4m0
 玄関先での兄妹の会話が聞こえてくる。
何ともはや、今更だけど本当に仲の良い兄妹だ。
打てば響くとはこのことか、会話のテンポにまるでよどみが無い。
あらかじめ打ち合わせしたって、他人じゃこうは行かないだろう。
まあ話の内容については聞き流しておくとして。

 それにしても、全力でもてなすって何だろう?
一体どれだけ熱烈な歓待をされてしまうのやら。
いやまあ冗談だとは思うんだけど。
いつもの誇張表現だと思うんだけど。
でも火憐ちゃんの場合、時に冗談のように本音を口にするからなあ。
715 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:14:09.47 ID:RRMxgA4m0
「まあいいや、とにかく遅くなんない内に帰れよ」
「分かってるよ。お前らも羽川に迷惑かけんじゃねーぞ」
「かけるわけねーだろ、兄ちゃんじゃあるまいし」
「むかつく突っ込みしやがって。とにかく大人しくしてろよ。んで、何か買ってくるもんとかあるか?」
「んにゃ、別にねーよ」
「そうかい。じゃあ行ってくる」
「あ、そだ、行ってらっしゃいのちゅー忘れてた」
「っておい待て! 止めろ! 上には羽川がいるんだぞ!」

 いや、その止め方はおかしい。
論点はそこじゃないはず。
あまりに流れが自然過ぎて、不自然さすら流されてしまいそうだったけど、さすがにこれは無視できない。
いや本当に、果たして今、階下では一体何が起きているんだろう。
716 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:18:39.20 ID:RRMxgA4m0
「おっと、そうだった。ついいつもの癖で」
「やれやれ、気をつけてくれよ全く……」

 呆れたような声の阿良々木くんだけど、この場合、気をつけるのも全くなのもやれやれなのも、多分彼の方だと思う。
というか、つい? いつも? 癖?
何たる言葉の選択か、これだけで具に状況が見えてきてしまう。
それも出来ればあまり把握したくない類のそれが。

 しかし、どうやら彼らの距離はまた一段と縮まってしまっているらしい。
零距離すらも時間の問題だったりするのだろうか。いや、そんなの時間以前に問題外だけど。
にしても、近くにいるはずの月火ちゃんが何も言わないところから判断するに、きっと彼女も“そう”なんだろうなあ。
717 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:26:18.11 ID:RRMxgA4m0
「しゃーねーな、ここは黙って見送ることにするぜ」
「最初からそうしててくれ」

 扉の開く音。
ここでようやく阿良々木くんの外出の許可が下りたようだ。
いやはや、それにしても妹達が中々外に出してくれないという常日頃からの彼のぼやきは、どうやら揺るぎなく真実だったらしい。
それにしても、仲良き事は美しき哉とはいうけれど、常に倫理と戦い続けている彼らの現状を指してそう表するのは、果たしてどうなんだろう。
止めも止まりもしない現状、せめて脱線だけは避けてほしいものだけれど。

 とはいえ、あれだけ大っぴらで明け透けにされていると、逆にまだそこまでの関係ではないと考えることもできるかな(この言い方もいい加減おかしな気はするが)。
もし何がしかの決定的な出来事があったとすれば、まず阿良々木くんがそれを表に出さず隠し通せるとは思えないし。
もちろん土俵際一杯での粘り腰に過ぎないかもしれないので、決して楽観はできないにしろ。
まあ要観察というところだろう。
どちらにしても、私には手の施しようなんてないわけで。
ただただ安寧を祈るのみである。
718 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:29:04.59 ID:RRMxgA4m0
「火憐ちゃーん、運ぶの手伝ってー」
「任せろ!」

 遠く聞こえる月火ちゃんの声で、私も気を取り直す。
どうやら思いの外、私も動揺していたらしい。
いけないいけない。
ここは大人しく部屋で二人を待つことにしよう。
719 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:33:50.18 ID:RRMxgA4m0
「羽川さん、こんにちは。遅くなってごめんなさい」
「翼さんお待たせー」

 程なくして、二人が両手一杯にお盆を持って上がってきた。
二人とも手が塞がっているけれど、どうやら器用にも足で扉を開けたらしい。
それでも揺らがないバランス感覚は褒めて上げたいところだけど――

「こんにちは月火ちゃん、お邪魔してるよ。あと火憐ちゃん、両手が塞がってるのは分かるけど、足で扉を開けるのはちょっとお行儀が悪いかな」
「え? そうなの? あたしいつも兄ちゃんの部屋の扉は足で開けてるけど」
「火憐ちゃんはいっつもそうだよね」
「……うん、まあこれから直していったらいいと思うよ」

 そう言えば阿良々木くんの部屋のドアノブ、やけにぐらついてるとは思ったけど、まさかそれも火憐ちゃんのせいなのだろうか?
いやでも、この部屋のそれはそこまでガタが来てはいなかったはず。
同じ条件にしては、傷み具合の差が大き過ぎるような気が。
まさか阿良々木くんの部屋の扉だけは蹴り開けてるとか、そんなわけでもあるまいし。
720 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:40:14.23 ID:RRMxgA4m0
 閑話休題。
とりあえず適当にお茶を濁しつつ、三人で円になるように座ることにする。
目の前に色とりどりなお菓子の数々が並び、まずはゆっくりご歓談ということらしい。
よく見ると、出来合いのものだけじゃなく、明らかに手作りのものがあったりして、成程大した手の込みようだった。
それはそれで素敵なことなんだけど、確かお勉強のことで相談があるという話だったのでは?

「それで月火ちゃん、今日の本題だけど。お勉強の話だったよね」
「あ、そうそう」

 さてさて、それからお菓子を頂くこと暫し、私が相談のことについて切り出すと、月火ちゃんはぽんと手を叩いて返してきた。
まさか忘れてたわけでもないだろうけど……どうなのかなあ、ちょっと表情から判断するのは難しい。
ただ、どうやら火憐ちゃんの方は明らかに忘れていたみたいだ。
それはもう明々白々に表情に出てしまっている。
まず取り繕う気すらないらしい。
この子はきっとカードゲームとか弱いだろうなあ。
721 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:48:22.41 ID:RRMxgA4m0
「それで、何かトラブルでもあったの? お勉強を教えてほしいとか?」
「いえいえ、そんなまさか。ていうかお兄ちゃんを教えてもらってるだけで十分過ぎるくらい迷惑かけてるのに、この上更に火憐ちゃんまでなんて考えてないよー」

 笑顔で手を振って否定する月火ちゃん。
まあ阿良々木くんも、二人とも成績は優秀だって(身贔屓はあるにせよ)言ってたし、その必要がないというのは納得かな。
にしても、この子おっとりしてるように見えて、実は物凄くプライドが高いんだよね。
自分の学力に問題があると思われるのが余程心外らしく、間髪入れない即座の否定だった。
その際に、さりげなく火憐ちゃんの学力に疑問を呈するような物言いになっていた気がしたんだけど――まあこれは置いておこう。

「まさか進路関係の相談? 栂の木高校以外への進学を考えてたりするとか」
「ううん、違うよ。そりゃお兄ちゃんがいる間に行けるんなら直江津高校もありかなって思うけど、もう卒業しちゃうし」

 いや、さすがにその理由はどうかと思う。
少なくとも進路を決定する為の根拠としては些か弱い。あるいは怖い。
できれば『違うよ』の時点で言葉を止めておいてほしかった。
それにしても、この子も段々隠さなくなってきてるなあ。
722 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 01:56:08.25 ID:RRMxgA4m0
「じゃあ何の相談なのかな?」
「そんな相談っていう程大したことじゃないんだけど。ちょっとお兄ちゃんの学力がどうなのかなって聞きたくて」
「阿良々木くんの学力? それって受験の合格判定みたいなのを知りたいってこと?」
「そうそう。お兄ちゃんに聞いても全然要領得ないんだよ、任せろとか適当なことばっか言ってさ。幾つか受験するみたいなんだけど、実際どの大学に行けそうか、客観的な意見が聞きたくて。それによって私達も色々と考えなきゃだし」
「直接聞いたの?」
「うん、ベッドで」
「ベッド……?」
「ベッドで一緒に寝ながら」
「いや、そこまで聞いてないんだけど」

 もう一度聞き直したら、より決定的な単語が飛び出しそうな気がしたので、これ以上は追及しないでおく。
しかしこの二人、隠そうとしないというよりも、むしろ知らしめようとしているんじゃないだろうか。いやまさかだけど。
何を枕に、何を肴に、寝物語は展開しているのか――土俵際一杯で踏み止まっている今の状況も、そう長くは続かないのかもしれない。
実に由々しき事態だ。当人達がそう認識していない辺りが特に。
723 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:04:44.74 ID:RRMxgA4m0
「ま、まあそれはともかく、じゃあ阿良々木くんの進路についての心配なんだ」
「その通りだぜ翼さん。だって兄ちゃんこの時期になってもあれだからさー、何かトラブルがある度に首突っ込んでやがるし、全く受験生の自覚がねーっつーか。ホント堪ったもんじゃねーよ」
「こないだのは火憐ちゃんのせいでもあるんだけどね」
「う、それを言われると……」

 月火ちゃんの突っ込みで言葉に詰まる火憐ちゃん。
何とまあ、また私の知らない所で厄介事があったとは。
果たしてトラブルが彼を呼ぶのか、彼がトラブルを呼ぶのか。
ちょっと目を離したらすぐこれだもの。
身内からすれば堪ったものじゃないだろう、確かに。
全く、二人が中々外に出してくれないといつもぼやく阿良々木くんだけど、文句を言うより先に、彼はまず自分自身の言動を真摯に振り返るべきだと切に思う。
724 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:11:23.93 ID:RRMxgA4m0
 もっとも、じとーっとした目の月火ちゃんと不自然に視線を逸らしている火憐ちゃんの様子からして、今話題になっているのは、夏休みに中学生の間で流行った例のおまじないの時のように、二人を助ける為の行動だったみたいだけど。
何かしら中学生の間でトラブルが起こって、その解決に火憐ちゃんが乗り出して、そこで更に厄介な問題が発生して、と展開していったのだろう。
阿良々木くんが首を突っ込んだということは、それは怪異絡みの問題だったということか。
大過なく片付いたみたいなので、それはまだいいにしても……まさかこの短期間で再びそんなことになっていようとは。
正しく不幸中の幸いとはよく言ったものだと思う。

「まあまあ。でも阿良々木くんの学力なら大分上がってるよ。この調子で頑張れば、第一志望も合格できるんじゃないかな」
「ホントに? 慰めとかは不要だぜ?」
「ホントホント。むしろ心配すべきなのは学校の卒業の方かも。出席日数にあんまり余裕ないからね、いつかみたいに学校をさぼるようなことはもうしないとは思ってるけど――」
「あー、そっちは確かに心配だな」
「心配だね、それで留年とかなったら悲惨だよ」

 頷き合う火憐ちゃんと月火ちゃん。息ぴったりだ。
阿良々木くんの生活態度については、この二人の方がよく分かってるわけだし、やはり懸念していたことらしい。
725 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:17:56.19 ID:RRMxgA4m0
「そんなんなったらあれだな、あたしが直江津高校に進学するしかねーよな」
「いや、それは違うと思う」
「羽川さんの言うとおりだよ火憐ちゃん、お兄ちゃんに留年させないことが第一なんだから」
「ああそっか、わりーわりー、つい願望が出ちまった」
「それなら私達が飛び級する方向で考えないと」
「いやいや、それはもっと違うから」

 自信満々に言う月火ちゃんだけど、日本でそれは実に難しい。
そもそも、飛び級が可能な大学も限られてるわけだし。
というかまず目指す動機が斜め上過ぎる。
どれ程自由な校風の学校でも、それはさすがに理解は得られまい。
いや得られてしまっても困るけど。
726 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:25:28.90 ID:RRMxgA4m0
「そういや飛び級ってマンガとかでよくあるけどさ、学年を超えるんなら飛び年って方が正しいんじゃねえの? 飛び級じゃクラス超えるだけに聞こえるぜ。一組から三組に移るみたいな」
「でもそれだと飛ばれたクラスは腹立つよね、うちのクラスに何の不満があるのよって。クラス間戦争勃発の危機だよ」
「いやいや、飛び級は『等級』を飛び越えるって意味だから。ほら、上の学年に進むのを進級って言うでしょ」
「おーそういうことか。さすがは翼さんだ、謎が一つ解けたぜ」

 ぽんと手を打つ火憐ちゃんだが、まず等級以前に話が飛び過ぎである。
こういうところは阿良々木くんと話している時と同じだ。油断したら話がすぐに逸れていくんだから。
正しく血は争えないと思う。

「とにかく私達が頑張るべきは、お兄ちゃんをしっかりと学校に通わせることなんだね」
「まあそういうことになるかな、頑張るのは阿良々木くんだけど」
「えらい低い目標だな……」

 ぼそっと酷いことを言う火憐ちゃん。
まあ私もそれは同感なんだけど。
けれど実際、一番心配なのはそこなのだから、これは仕方がないだろう。
727 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:31:02.64 ID:RRMxgA4m0
「でも第一志望に合格する可能性が高いんなら、私達の懸念事項も片付いたと考えていいかな。あそこ割と家から近いし」
「だな、もちろんこれからもちゃんと勉強してくんねーと駄目だろうけど」
「そんなに心配なの?」
「うん、あんまり遠いと通うの大変だし」
「……ちなみに彼が家を出るという可能性は?」
「皆無だよ」
「絶無だぜ」

 そして私は絶句する。
まあ彼が下宿するなんて、きっと親以上にこの二人が許してくれないだろうと予想はしてたけど。
しかし改めて実際に聞かされてしまうと、言葉も何もないものだ。
728 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:36:54.87 ID:RRMxgA4m0
 もっとも、その辺の事は阿良々木家の中の問題なわけで、そこに部外者たる私が嘴を挟む道理なんてあろうはずもない。
それにこれだけ自信満々な様子から考えて、既に彼らの間では解決済みのようだし。
きっと三人仲良く喧嘩して、そういう結論に至ったのだろう。
まさか戦場ヶ原さんよろしくこの部屋にでも拉致監禁して、忍ちゃんに文句を言われながら説得・納得したわけでもないでしょうし。

「まあ、あたしらと兄ちゃんは死が分かつまで一緒にいる関係だしな」
「その表現はどうかと思うよ」

 危ない表現だ。いやこの場合は放言というべきか。
確かに兄妹という関係は命ある限り途絶えるものじゃないかもしれないけど。どうもニュアンスがそれと異なっている気がしてならない。
本当にこのまま兄妹の範疇であり続けてくれるのか、些か不安になってきてしまう。
729 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:45:54.06 ID:RRMxgA4m0
「でも翼さん、あたしたまに思うんだよ、現実として兄ちゃんとあたしらが一緒になれないんなら、そりゃあむしろこの世界の方が間違ってんじゃねーのかって」
「さすがにその発想は危険過ぎる!」

 何? ちょっと待って、まさか三人が義理の兄妹だったとかいうオチはないよね? ここにきてそんなまさか。
いや、ここまで外見から内面から似通っている義理の家族なんて、そうそうあるはずもないけど。
そんな源氏物語じゃあるまいし――という言い回しこそ洒落になってないなあ。

 ん? でも改めてよく考えてみると、今の彼は厳密には人と同一ではないわけで。
もちろん今も昔も阿良々木暦という存在は、消えず変わらずあり続けているけれど、しかしその精神面に変容はなくとも、肉体面の変容を否定することはできない。
何しろ彼は、春休みに一度完全な吸血鬼の眷属となってしまい、今はある程度戻ったとはいえ、それでもその不死性を確かにその身に残しているのだから。
つまり、彼の中には吸血鬼としての因子――言ってみれば本来の阿良々木暦にはない性質が、根源から組み込まれてしまっているのだ。
それが大げさに言って彼の遺伝情報の書き換えにまで及んでいるのだとすれば(吸血鬼は遺伝するらしいし)――社会学的にはともかく、生物学的には彼らの関係性の進展を否認できなくなってしまうかもしれない。
730 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:52:04.26 ID:RRMxgA4m0
 って何を考えちゃってるの!? 私は! この推論こそ危な過ぎるでしょう!
いや本当に、これは間違っても阿良々木くん達の耳に入れてはいけない仮定だ。
検証もしていないような、それこそ推論どころか暴論とでもいうべき内容だけど、可能性がゼロじゃないというだけでもう論外である。
そんな可能性を知ってしまえば、今だってぎりぎりのところでどうにか踏み止まっているような彼らの背中を一押ししてしまうことになりかねない。
そう考えると、彼が自身の変容を火憐ちゃん達に打ち明ける気がないというのは、実に僥倖だと思う。
願わくば、ずっとそうであってほしいものだ。
しかし万が一この仮定が正しいとすると、火憐ちゃん達の阿良々木くんへの思慕の念に論理的な説明がつくことになり、ある意味では健全さの証左にもなるんだけど……いや何とも悩ましい。

「どしたの? 翼さん」
「ううん、何でもないよ。とにかくまあ阿良々木くんのことなら大丈夫、もちろん私も出来る限り協力していくつもりだよ」
「うん、本当にありがとう羽川さん。迷惑ばっかりかけちゃうけど、これからもお兄ちゃんのお勉強のこと、よろしくお願いしますね」
「そんなに改まらなくっても大丈夫だよ。阿良々木くんは私の大事なお友達だからね」
731 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 02:57:14.53 ID:RRMxgA4m0
 ぺこりと頭を下げる月火ちゃんに、こちらの方が恐縮してしまう。
若干その方向性は気になるものの、実に兄思いな妹さんである。

「あとはまあ、モチベーションが下がらないように適当に発破掛けてこっか」
「兄ちゃん爆発させんのか!?」
「じゃなくて、激励するってことだからね」
「何だそうか。でも兄ちゃんのやる気を出させる方法ねえ。何がいいんだろうな。欲しいもんとかあれば話は早いけどさ」
「難しいね、お兄ちゃんあれで割と物欲無いから」

 コントのようなやり取りを経て考え込む火憐ちゃんと月火ちゃん。
しかし言われてみれば、確かに彼の部屋にはあまり物が置かれていなかったような気がする。
彼が愛着を持っている物と言えば、いつも使っている自転車くらいしか思いつかない。
とは言え、物でなくともそういう激励が彼のやる気を出させる一助にはなるはずだ。
732 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:04:31.16 ID:RRMxgA4m0
「一度直接聞いてみたらどう? 何か欲しいものがないかって。そういうご褒美でモチベーションも高まるんじゃないかな。前に受験に合格したら何でも一つ言うこと聞いてあげるって言ったら、阿良々木くん凄い発奮してたし」
「な、何だって!? 翼さん、何て危険なことを!」
「全くだよ羽川さん! そんな無謀で軽率な真似をするなんて! らしくないよ! ていうかそれは発奮じゃなくて発情だから!」

 わなわなと震えながら、揃って青い顔になる火憐ちゃんと月火ちゃん。
そんな、この世の終わりみたいな表情しなくても。
しかし随分な言われ様だった。
この二人の阿良々木くんに対する信頼度は思った以上に低いらしい。というか発情って。

「そんなん兄ちゃんに言ったら、ぜってーエロいことされるに決まってるじゃん! あたしらみたいに! いやもう間違いねーよ、翼さんのおっぱい狙われてるよ――くそ、許せねー!」
「あのおっぱい魔人め! 私達だけじゃ飽き足らず、よもや羽川さんにまでその魔手を伸ばそうとしてるのか! 断じて許すまじ! あの触手へし折ってやる!」
「ちょっと待って、いやホント色々待って」
733 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:09:46.39 ID:RRMxgA4m0
 何だろう、今さり気なく決定的な言葉が飛び出してしまった気がする。
全くもう論理の飛躍というのか倫理の飛越というのか。
私は果たして何から突っ込んだらいいんだろう。
というか、激情にかられる前にまず私の話をちゃんと聞いてほしい。あるいは何も聞かせないでほしい。

 しかし既にエンジンがかかってしまったのか、二人の顔は一転してもう赤く染まってしまっていた。
図らずも望まずも、ファイヤーシスターズの何かに火を着けてしまったようだ。
それがどんな感情によるものかはさておき。

「いや何も言わなくていいぜ、大丈夫だ翼さん。心配すんな。翼さんのおっぱいは絶対にあたしらが守るから」
「そうだよ、お兄ちゃんなんかに羽川さんのおっぱいは指一本触れさせないから。ファイヤーシスターズが体を張って止めてみせるよ」
「あんまりおっぱいとか連呼しないで」
734 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:14:44.98 ID:RRMxgA4m0
 立ち上がり拳を握り締める火憐ちゃんと月火ちゃん。
瞳の中がメラメラと燃えていて、完全にやる気になってしまっている。
というか私の貞操より、まずモラルとかマナーとか秩序とか節度とか、そういう所を優先して守るようにしてほしい。是非に。

 しかし、兄思いの二人にヒントをあげたつもりが、あに図らんや制裁の動機を与えてしまおうとは。
これは春休みの時の事は、本当に間違っても話せないなあ。
それこそ私にまでその累が及んでしまうかもしれない。
やはり言わぬが吉だろう、誰にとっても。

「とりあえず、兄ちゃんのお仕置きは後でじっくり考えようぜ、月火ちゃん」
「そうだね火憐ちゃん、ここは徹底的に思い知らせてやらないと」
「……勉強に支障が無い程度にしてあげてね」
735 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:20:01.96 ID:RRMxgA4m0
 決意を新たにする二人に、一応釘を刺してみる。効果の程は疑わしいけれど。
まあそこは阿良々木くんに頑張ってもらうことにしようか。
半分以上は彼の自業自得でもあるわけだし。
あるいは自縄自縛という方が適切かもしれないが。
本当に、彼ほど綺麗に華麗に墓穴を掘る人間も珍しいと思う。
もしかして苦境に陥る事を楽しんでいたりするのだろうか。

 そんなことを考えている内に、二人は阿良々木くんに対する文句とか愚痴とかを口々にぶちぶちとぼやき始める。
彼がいないのを良いことに、実に言いたい放題だ。
よく戦場ヶ原さんと同じ話題で盛り上がったりする私が言えたものでもないけれど。

 そうして飽きることも尽きることも果てることもないお喋りをしている内に、どうやらかなりの時間が経過したらしく。
玄関の開く音と、帰宅を知らせる彼の声が小さく響く。
その瞬間、敏感に反応する二人。
何とも鋭敏な感覚だ。流石と言う他ない。
736 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:26:05.12 ID:RRMxgA4m0
「帰ってきやがったぜ、月火ちゃん」
「帰ってきやがったね、火憐ちゃん」

 すっくと立ち上がり、ちらと視線を合わせ、確と頷き合う。
言葉も呼吸も意志も気持ちもぴったりだ。
一瞬の静止の後、弾かれたように二人は部屋を飛び出した。
これは私も追いかけなきゃ駄目なんだろうなあ、と。
そんなことを考えながら、ゆっくり立ち上がり、二人の後に続くことにする。

 廊下に出ると、早くも階下では騒がしいやり取りが始まっていた。
それを耳にして、自然と笑みが浮かんでくるのが自分でよく分かる。
色々と心配があったり不安があったりもするけれど、結局、傍で見ているのが一番楽しいのだ。
そこに自分もいられる喜びを噛み締めつつ、階段を下りる。
さて、彼のちょっと悲惨な姿をお披露目してしまうのはさすがに可哀想だし、今回はここで幕引きとさせて頂こう。
737 : ◆/op1LdelRE [saga]:2012/04/08(日) 03:30:13.36 ID:RRMxgA4m0
ということでオマケ話Bでした。
とりあえずバサ姉語り部は撫子とはまた別の意味で難しいことに気付きました。
頭の良い人の思考を想像するのは困難だ……
まあいい経験できたしファイヤーシスターズも忍さまも書けたし、それなりに満足でしたけど。
すいません、とりあえず寝ます。
また明日にでも。では。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 03:40:03.30 ID:Ca05n2gao
おつおつ
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 04:23:44.59 ID:ISeZx1+IO
すごく…上手いです
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/04/08(日) 08:01:44.45 ID:Wk+3vPf6o
いいなあうらやましいなあエロロギさん
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 08:18:19.60 ID:7mM0eIBwo
乙!
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/04/08(日) 13:57:28.27 ID:G4NW72/vo
投下乙
今回も読んでて楽しかったぜ
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2012/04/08(日) 18:11:45.45 ID:LjdfA/+To
乙でした
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 20:40:25.16 ID:j9yIk0Oso
クオリティ高脚蟹
745 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/08(日) 20:52:05.92 ID:RRMxgA4m0
こんばんはです。昨夜(今朝)は眠気との戦いでしたが……
まずは皆様のレスに感謝! 楽しんでもらえたなら何よりです。

偽のアニメも終わったし、オマケ話も三つ書けたし、今回の話はこれでようやく完結です。
長い間お付き合い頂きありがとうございました。
投稿始めて四ヶ月弱、構想含めたら更に。いや思った以上の長丁場でした。
まあ書きたいこと書きたいシーンは全部書けたし、それなりに満足してます。
というか燃え尽きました。ファイヤーシスターズだけに(ぉ

そう言えば、物語シリーズ全部アニメ化するとか何とか。
個人的には猫黒と傾が特に見たい……いやまあ月火ちゃんと忍さまが目当てなだけですがw
偽の二次創作もちらほら増えてきた感じがしますし、しばらく楽しめそうで何よりです。
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 20:55:41.37 ID:j9yIk0Oso
達者でな
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 20:58:20.81 ID:QLSsFUw/o
お疲れ様
とっても楽しめた
全部アニメ化か楽しみだな
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/04/08(日) 21:04:41.21 ID:PpsvX0CEo
え、「忍ちゃんメインと思わせて、月火ちゃんとかが中心だったりする」話が来るもんだと思ったけど来ないのか、残念だ
楽しませてもらいました、ありがとうございます、そしてお疲れ様でした
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage]:2012/04/08(日) 22:44:08.34 ID:LjdfA/+To
終わりなのか
残念だがしかたない
乙でした
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/04/08(日) 22:56:25.09 ID:vTKgDdlAO
さらば!
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/04/08(日) 23:05:26.04 ID:CoNuKdrpo
お疲れ様でした
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 23:44:10.24 ID:9Nb0oukJo
またよろしく!!!
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/04/09(月) 00:19:03.78 ID:n47UTPXto
とってもおもしろかったです!
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/09(月) 00:30:01.09 ID:8YgqV8nio
乙でした
こんなに長い物語ちゃんと書ききれるってすごいわ
普通に尊敬
755 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/09(月) 00:31:54.81 ID:khwO8E0d0
皆様のレスに本当に感謝です。
読んで下さる方の反応はやっぱり書き手として物凄く嬉しいですね。
全部書き上げられたのも、正しく皆様のお陰です(特にオマケ話)。

>>748
それは次回予告というか希望的観測なネタというか。
いや猫黒もアニメ化(OVA?)するって話ですし、それ見たらまた書きたくなるんじゃないかなあと思いまして。
正直次回作の構想はまだまだぼんやりとしたものしかないので、書き上げるとなると結構時間かかりそうです。
もし書き上げられたら、またよろしくしてやって下さい。
多分その時は、『忍「〜」』って感じでスレタイつけると思うんで。
しかしホントファイヤーシスターズしか書けねーな、自分……
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2012/04/10(火) 08:46:06.78 ID:tH3QYrLAO
乙!

帰り待ってる
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/10(火) 22:14:09.42 ID:dI4qlexIO
>>755
>しかしホントファイヤーシスターズしか書けねーな、自分……
そんなあなたの次回作を舞ってる
758 : ◆/op1LdelRE [sage saga]:2012/04/11(水) 23:58:14.77 ID:Nahtq5rL0
>>756-757
レス感謝です。
次回作書くにしてもファイヤーシスターズものであることは間違いないでしょうし、また書けた時はよろしくしてやって下さい。
長編になるか、息抜き的な短編になるか……これからまたぼちぼち考えていきたいと思います。

長い間ありがとうございました。
HTML化依頼してきます。
これからもファイヤーシスターズのSSが増えることを願いつつ。
(あとアニメの猫黒を楽しみにしつつ)
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/12(木) 07:40:06.21 ID:x5e/5KcGo
お疲れ様でした
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2012/04/12(木) 20:33:57.47 ID:0FH84NGWo
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長崎県) [sage]:2012/04/13(金) 13:24:37.14 ID:7HLKqRBG0
一緒に寝てたら朝勃ちには確実に気づいてるはずだよな……。
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