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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 16:30:28.66 ID:/twlZ/wDO
──ここにいるすべての魔王候補から認められた者を魔王にする。

 老齢に差し掛かり、近年は病にて肉体の衰え著しいというのに、その声は魔王の名に相応しい厳然たる響きを持って大広間に波紋を投げ打った。
 大広間に集っているのは実子、親戚、外戚、果ては血の繋がりがあるかどうかも怪しい自称魔王たち数百人。
 現魔王の玉座が空位となるのが現実味を帯びてきたことで、水面下からその地位を虎視眈々と狙っていた者たちである。
 魔王の召集により城へと集められた彼ら彼女らは、魔王の宣言を聞いた後、各々すぐに自らの領地へと戻って行動を開始した。

長男「今必要なのは速さだ。
   王都周辺の有力貴族たち、これを第一手で抱き込む。
   ……どんな手を使ってでもな」

 ある者は知によって謀りごとを行い、

次男「難しい事はよく分からんから部下に任せる!
   俺は気にくわねぇ奴らをぶちのめすだけだぜ!」

 ある者は武によって戦端を開き、

長女「魔王が退位した所で現状が変わると思うか?
   否! 新たな魔王がその座を継いだ所で、取り巻き、体制、それら手足が壊死したままでは頭もいずれは腐り落ちる!
   すべてを一新させねば政治の腐敗は治らぬのだ!
   それを知りえる私ならば、諸君ら忠国の憂士たちならば!
   この国を、世界を、より良いものへと導いていける!
   諸君らの力が必要だ!
   この大事の成否は諸君らの健闘に懸かっている!」

次女「きゃー! お姉さまステキー!」

 ある者は弁によって人心を掌握し、
 ある者は強者に追従する事で地位の安泰を図った。
 この他、様々な方法で皆が自らの理想の旗を掲げ、魔界は群雄割拠の様相を呈していく。

 そんな混乱を極めた状況の最中、寡黙で、才幹とぼしく、いるかどうかもわからないくらい影の薄い、魔王の末娘がいたとする。
 その存在に、起こした行動に、いったい誰がどうして気付く事が出来ただろうか?

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1354001428
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/27(火) 16:42:07.52 ID:qfBZM5FIO
糞まんちゃん釣られちゃったかな?
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 16:47:28.09 ID:/twlZ/wDO
〜 地上・人間界・某村 〜

村人1「領主が逃げたぞー!」
村人2「追えー! 追えー!」

領主「ひいぃー!」

 痩馬を駆る領主は、その馬に負けず劣らず痩せこけている。
 なけなしの財産を小綺麗な革カバンに詰め込んで大事に抱きかかえるその領主を追うのは、やはり痩せこけた村人たちだった。
 反乱、ではない。
 それはこの村ではもう恒例行事となりつつある光景だった。

村人1「止まれー! 止まらないとぶち殺すぞー!」

領主「素直に止まってもぶち殺すくせにー!」

村人2「わかってんじゃねえかー!」

領主「イヤーッ!?」

 恐怖心から領主の馬がブーストオン。
 村人との距離が一気に開いた。

村人3「ぜぃ……ぜぃ……な、何故なんですか!?
    やって来た領主の方は皆が皆、三ヶ月と持たずに全員村から出て行ってしまいます!
    いったい……どうして何ですか!?」

領主「だって……だって!」

 泣き叫ぶ領主の声が村にこだました。

領主「この村……『詰んでる』んだもーんッ!」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 18:07:31.05 ID:/twlZ/wDO
執事「かつて、魔族と人間は戦争をしていました。
 しかし現在の魔王様が権勢を奮うように変わってから、人間との戦争は利あらずという現魔王様の考えにより魔族は人間と休戦。
 それは今も続いています」

 幌つき馬車の御者台から、年老いた白髪の執事が二頭の馬を軽く操りながら声を送って来る。

少女「……ん」

 毛布に包まった少女は眠い目をこすり、離れていきそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めながら執事に短く相づちを返した。
 時刻は早朝、それでなくとも丸二日まともに寝ていないというのに、この朝霧混じりの肌寒い外気とふかふかの毛布の暖による内気のバランスは、えもいわれぬ心地よさを生み出す。
 だが、前方の道に視線を注視する執事は眠りに落ちかけている少女の様子に気付かないようで、自分の着ているシワ一つない黒のタキシードを丁寧に払い整えつつ、言葉を続けた。

執事「その後、魔王様は魔界の様々な問題に取り組み、ひたすら内政に腐心しました。
 そのおかげで、今日の魔族の繁栄があるのですが……どうやら、人間側はそう上手くいかなかったようですな」

少女「……ん」

執事「我ら魔族の最大の敵であった『帝国』は、魔族との戦いが終わっても軍事費の縮小が出来なかったようです。
 退役軍人への年金。武器商人との癒着。そして発言権を高めた武官が権力喪失の危機感から反発。
 思い付くだけで枚挙にいとまがありません。
 そして軍事費を縮小出来ないならば戦争を吹っ掛けられる新しい敵を見つければよい、という流れになったのは当然の帰結だったのかもしれません」

少女「……」

執事「そのまま帝国が口火を切る形で人間側は大陸全土で戦争に突入。
 今も人間同士で殺しあっています。
 もしかしたら、現魔王様もこの状況を見越して休戦を……おや?」

少女「……すぅ……すぅ……」

 耳をくすぐるような可愛らしい寝息に気付き、執事が初めて振り返る。
 すると馬車の片隅、幌に背中を埋める形で毛布に包まった少女が眠りに落ちているのが執事の目に映った。
 執事はそんな少女を数秒間、じっと見つめ、やがて小さく息を吐き出すとやんわりと相好を崩してみせた。

執事「今はゆっくりお休みなさいませ、魔王様。
   貴女は我々の希望なのですから」

 執事は前に向き直すと、馬を巧みに操り出す。
 馬車は執事の手腕に突き動かされ地肌剥き出しの道の上を、無駄に揺れを誘って少女を起こさないように、大きな窪みを避けて丁寧に進んで行くのだった。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/27(火) 18:29:47.96 ID:aSbiHK8IO
スレタイどうにかならないのかよwwwwwwww
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/11/27(火) 18:33:24.91 ID:XWVTtqo2o
前もスレタイ適当で中身しっかりしたやつあったな
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 18:48:50.38 ID:/twlZ/wDO
〜 再び、村 〜

村長「もう、この村はダメかもしれん……。
 これといった産業も無く、場所は山と森に囲まれた僻地。
 しかも戦争中の国と国の間にあるからすぐに領地を占領されたりされ返したりで、地図では毎年二つの国の間を行ったり来たり……」

村人1「しかも、国が変わる度に重税を吹っ掛けられる……」

村人2「確かに……詰んでるなぁ……」

村人3「もういっそのこと、財産を全部金に変えて村を捨てるというのも視野に入れた方がいいかもしれないのでは?」

村長「……」
村人たち「……」

村娘「村長ー!」

村長「む? どうしたそんなに慌てて?」

村娘「大変です! 野盗団が村を攻めて来ました!」

村長「な、なんじゃと!?」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 19:06:20.82 ID:/twlZ/wDO
野盗1「ヒャッハー! 水だー!」
野盗2「汚物は消毒だー!」

村人1「モヒカンで肩パッドをつけた男たちが暴れている!」

村人2「くそ……村長! この種もみを持って奴らを説得してください」

村長「うむ、わかった」

野盗3「ああんっ!? 何だジジイ!」

村長「ワシは村長じゃ、この村でこれ以上の横暴は許さぬ」

野盗4「テメェみたいな老いぼれの話を誰が聞くかよ!」

──ドン。

村長「ああっ!」

野盗5「おっ!? なんだこの袋は?」

村長「あっ! それは……」

野盗6「種もみだー! 食っちまおうぜ!」

──ムシャムシャ。

村長「あぁ……種もみが……村の希望がぁ……」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 19:16:01.45 ID:/twlZ/wDO
村人1「くっ……誰か……誰か奴らの横暴を止められる者はいないのか!」

村人2「無理だ……ロクに飯も食ってないオレたちじゃ力が出せない……」

村娘「誰か……誰か……」

村人3「ん? 向こうの丘に馬車がいるぞ!」

村人4「……本当だ! でも、いったい誰がこんな辺鄙な場所に……」

村娘「って、このままじゃあの馬車にいる人たちも襲われちゃうわ!
   教えてあげないと!」

村人1「そ、そうだな! 早く教えに行こう!」

村娘「ええっ!」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 19:34:19.06 ID:/twlZ/wDO
…………………………

執事「……おや?」

 手繰る綱を緩めて、執事が眼下に視線を走らせる。

執事「……ふむ、一波乱ありそうだ」

 執事のいる丘の上からは村らしき場所で起きている一連の流れが一望出来た。
 事態を把握した執事は眉を寄せ、深くシワの刻まれた顔に鋭利な眼光を一瞬だけ灯らせる。
 やがて遅れて、村人らしき男女一組が執事たちの馬車へと目がけて丘を駆け上がって来た。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 19:56:07.21 ID:/twlZ/wDO
村人1「あ、あんた! ここは危険だ!」

村娘「そうよ! 早く逃げて!」

 開口一番に警告を飛ばしてくる男女。
 執事は御者台からそれを見下ろしつつ「ほう?」と息を吐くと、今それを知ったばかりと言わんばかりにわざと首をかしげて見せた。

執事「いったいどうしたのです? 何故そんなに慌てておいでなのですか?」

村人1「いや! 野盗が俺たちの村を襲ってるんだよ!」

村娘「ここにいたらアナタ方が危険です! 早く! 今ならまだ逃げ切れます!」

執事「……ふむ。その様子ならば、君たちは野盗の一味ではないようだ。
   善良で好感を持てる。しかし、少しばかり考えが足りないか」

村人1「え? あんたいったい何を言って……」

執事「逃げ出そうとする者の背中は殊更大きく目立つものだ。
   ほら、逃げる君たちを追って野盗たちがこちらに向かって来る」

村娘「……あっ!」

 言われて気付いたように村娘と村人が丘の下を振り返る。
 そこでは執事の言うとおり、五人組のモヒカン野盗たちが男女の跡を追うようにして丘を駆け上がって来ている所だった。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 20:23:52.52 ID:/twlZ/wDO
野盗1「ヒャッハー! 逃がさねえぜ!」
野盗2「馬車だ! 金持ってそうだ!」
野盗3「ジジイ! 金置いてけ!」
野盗4「わりいなぁ……ケッケッケッ!」
野盗5「中に何があるんだぁ? ええ?」

村人1「う、うわぁー!」
村娘「す、すみませんおじいさん! 私たちがこっちに来たばかりに……」

執事「いえ、お気になさらず」

村娘「で、でも……」

執事「大丈夫ですよ。我々は、とても強い。
   腐泥の如き醜い心の持ち主が相手ならば、幾千幾万と数を揃えようとも私一人で相手に出来る程度には、ね?」

 そう言って執事はしわくちゃの顔で片目を閉じ、小粋に村娘へとウインクを飛ばして見せた。

野盗1「ジジイ! 舐めやがって!」 野盗2「タコ殴りにしてやる!」

 それを挑発されたと感じたか、野盗たちがバットを振り上げていきり立つ。

執事「掛かって来るといい」

 対する執事も御者台から老齢とは思えぬ軽い身のこなしで飛び、大地に両の脚で降り立つと、悠然とした動きで上着を脱ぎ捨てて野盗たちを迎え撃つ構えを見せた。
 一触即発の場面。
 しかし、先に動きを見せたのは執事でも野盗でもなかった。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 20:43:06.72 ID:/twlZ/wDO
執事「……おや?」

 急に、馬車の幌がもぞもぞと動き始めたのを見て執事は眉をひそめた。
 それは、不自然に盛り出た幌の一部分。
 そこを少女が背中を預けていたはずの場所だと執事が思い出すと同時、幌の膨らみが収まり、代わりにヒタヒタと馬車の中を素足で歩くような音が聞こえ始めた。

野盗1「な、なんだぁ?」

 執事の注意が馬車に向けられているのを見て、野盗たちの注意も馬車に集まる。
 やがて衆人環視の中、馬車の前方に歩き着いた少女がのそりと幌から顔だけを出して来た。
 おでこが赤くなった顔を。

少女「……だれ?」

執事「……は?」

少女「殴ったの、だれ?」

 少女が赤くなったおでこをさすりながら、執事に問いただすような涙ぐんだ視線を送ってくる。
 どうやら、野盗の一人が振り上げたバットの一部が運悪くおでこに当たったようで、野盗の一人が「え? オレかな?」みたいに自分を指差しているのが執事から見て取れた。

執事「あいつらです」

 なので、執事は正直に野盗たちを指差した。

少女「魔王ビーム!」

 瞬間、世界が赤く染まった。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/27(火) 22:48:35.67 ID:/twlZ/wDO
…………………………

村長「村がぁ……ワシらの村がぁ……」

 少女の放った魔王ビーム(基礎威力・魔王ドーム44杯分)によって野盗たちは空の彼方へと消え去った。
 ……が、しかし魔力の奔流の直撃を受けた村はとばっちりで三分の一近くが焼け野原となっていた。

村人1「野盗を退治してくれてありがとう。
   でも……でも……」

村人2「命あっての物種だ。感謝しよう」

村人3「そうだな。でも……でも……」

少女「……」

 少女は黒いパンプスを履いてすでに馬車から降りている。
 少女は自分のしでかした光景を腕を組み、微動だにせず堂々と丘の上から眺めていた。
 だがやがて思い出したように少女は口を開くと、りんと鈴の鳴るような涼やかな声で執事を呼んだ。

少女「じぃじ」

執事「はい」

少女「この村に私のお金を渡して上げて、全部」

 そう少女が声に出した瞬間、執事の顔が驚愕に歪んだ。

執事「……なっ? 全て、ですか?」

少女「……ん」

 顔色を変えて聞き返す執事に、少女はこくりと頷く。
 執事は何事か言い返したそうに口をごもらせるが、この寡黙な少女の眼差しは口以上に意思を伝えて来るのを執事は知っている。
 執事は少女の瞳の奥に灯る意思が真剣なものだと見て取ると、すぐに諦めたように肩を落とし、馬車の後方へと主命を果たしに移動を始めた。

村人2「はは……お嬢ちゃん、気持ちはありがたいよ」
村人3「でもね、その優しさが逆に苦しい事もあるんだよ?」
村人4「ああ……車を貯水池に落として泣いていたら、見知らぬ子供がミニカーをくれて励ましてくれる感じかな?」

 やがて、執事が両手でカバンを抱えるようにして馬車から戻って来る。
 そのカバンは鋼鉄製の長方形の箱に革のベルトを巻き付けたような造りで、ベルトとベルトの間から覗く黒光りの光沢がカバン──もとい携帯金庫の重量感を主張しているようだった。

村人2「お……おおぅ……」
村人3「すっげーカバン……これはもしかすると……」
村人4「ま、待て! 下手な期待は暴落すると相場が決まって……」

執事「……」

 ざわめく村人をよそに、執事はカバンを地面に置いて皆の目に映るようにしながら蓋を開いた。
 すると同時、その場に居合わせた村人一同の瞳を、カバンから溢れだした黄金の輝きが貫いた。

村人1「うおっ、まぶし!」
村人2「何だいったい!?」

 どうやら直上に浮かぶ太陽の光を反射していたようで、執事が首をすくめて少しばかり蓋を斜めにすると光は収まった。
 村人たちはおそるおそる目を開き、そしてカバンの中にある物を認めると唖然と口を開いて固まった。

村人1「こ、これは!?」

執事「金です。中規模の町ならば四度は再建出来る額はあるかと……」

 カバンの中にはギッシリと金塊が詰まっていた。
 執事がおおよその額を説明するが、村人たちはそんな言葉は頭に入っていないようで、村人たちは視線を金塊に釘付けにして石化したように口を開いて固まるだけだった。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/29(木) 02:55:18.51 ID:NexFuiRDO
…………………………

執事「さて、現状を確認しましょう」

少女「……ん」

 その後、金を置いてその場を立ち去ろうとする少女一行だったが、困惑する村人たちの体を張った懇願により、村に留まるはめになっていた。
 執事は屋根と壁があるだけの簡素な、しかしそれなりに広い物置小屋を村人から借りると、手綱を操りそこに馬車を止めた。
 そして執事は少女の待つ幌の中に戻り、少女と腰を落ち着けて言葉を交わすため、端に積み重ねてある荷物の中から背もたれ付きのアンティークな椅子を二組ほど取り出して面するように向かい合わせ、一方を少女に座るよう促した。

執事「どうぞ」

少女「……ん」

 頷き、少女がちょこんと椅子の端に座る。
 そのまま少女が椅子の真ん中へと腰を動かして擦るように移動すると、少女の脚は爪先がやっと床に触れるかどうかといった具合になる。
 また大人向けの幅広い椅子は少女が真ん中に収まってもまだ随分と余裕を残しており、魔王候補といえども自身の主君がまだまだ年端も行かぬ少女であることを執事は思い出させられた。

少女「……ん?」

 執事の視線を不思議に思ったか、少女が小首を傾げてその黒い長髪を揺らしてみせる。
 執事はかぶりを振って雑念を払い、自分も椅子に座って少女に面と向かうと、すぐに状況の再確認を始めた。

執事「では状況の確認をば……組織基盤の脆弱な我々では、すぐに潰されるか他勢力に取り込まれるのがオチである。
 そのお嬢様の見解の下に我々は地上へと……」

 魔王候補として生まれ、争乱の最中にいる少女の数奇な運命に執事は同情したのではない。
 なぜなら、巻き込まれた訳ではないからだ。
 不可避の事象ではあるが、その渦中へと飛び込んだのは紛れもなく少女の意思である。
 少女は自ら選んだのだ。
 ならば、何ら嘆く要素などありはしない。
 だというのに、それに横から憐愍の情を催すなどとは少女の意を汲まぬ愚か者のする事、逆に失礼千万である。
 そう思うがゆえに、執事は決して少女に同情などはしていない。
 しかし、ただ……そう、ただ……。

 自分の主君を心の中で孫のように思うくらいならば許されてもいいのではないかと、最近は内心で葛藤の激しい執事だった。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/29(木) 15:32:19.94 ID:NexFuiRDO
執事「我々が今いる地域がここです」

 執事は新しく用意したテーブルに一枚の地図を広げ、ある地点を指差して言った。
 そして、執事はそのまま地図をなぞるように指し示す指を上下左右へと動かして説明を続ける。

執事「北に山脈。南部に大平原。
 東西には同程度の規模である国家が存在します。
 当初の目的通り、大陸南部へと向かうにはこの大平原を突っ切る必要があるのですが、前述した東西の国家は小競り合い程度に落ち着いてはいるものの未だ戦争状態にあり、また国境線が大平原を東西に二分しているため、大平原は常に緊張状態にあります」

少女「……ん」

執事「ゆえに大陸南部へと向かうには大平原を迂回、この東西の国どちらかを経由しなければなりません。
 東か西か、いずれにせよ長旅になります。
 申し訳ありませんが、しばらくの間、お嬢様には倹約を心掛けてもらわねばなりません。お許しください」

 そう言って執事は頭を下げた。
 旅にはお金が必要で、そのお金は先ほど少女が村人たちに根こそぎ渡してしまった。
 財産が金塊だけでは無いので一応旅は続けられるが、余裕が無くなった分、節約しなければならない。
 少女もそれは分かっているはずなのだから了承するだろう。
 執事はそう考えていたのだが、

少女「……その必要は無い」

 少女から返って来た言葉は執事の思いもよらない言葉だった。

執事「は? それはいったいどういった意味で?」

 執事が目を丸くして問いかけると、寡黙な少女はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

少女「……無理に大陸南部に向かう必要は無い。旗を掲げるならば、どこでも出来る」

執事「……ここに、本拠を構えると?」

 少女の真意を読み解いた執事が確認するように訊ねると、少女はこくりと頷いてみせた。
 だが、それが困難であることを知る執事は渋面を作らざるを得ない。

執事「しかし、ここはお嬢様には何の由縁も無い土地。お嬢様のお母君が生まれ育った大陸南部とは違い、頼りになる後ろ楯もありません。
 資金の枯渇した我々では人心を集めることも……」

少女「……もう、お金をばらまいた」

執事「……は?」

 本日二度目、執事は再び目を丸くした。
 少女は説明不足だと感じたか、椅子に座ったまま執事の顔を正面からじっと見上げながら、途切れ途切れに言葉を重ねていく。

少女「……ここの人たちは、困ってる。見た感じ、上に立って指導する人間が、いない。
 それに、みんな痩せこけてる。これではきっと、誰も大金を扱った事なんて、無い」

執事「それでは……」

少女「……すぐに、私たちに、泣き付いてくる」

 そう少女は言い置くと、話は終わったとばかりに椅子から飛び降りる。
 そしてトテトテと馬車の片隅にあるバスケットへ歩み寄ると、少女はそこから紅茶入りの水筒と二組の白磁のティーカップを取り出してテーブルへと帰還。
 少女はそのまま両方のカップに紅茶を注ぎ、唖然とした顔で固まる執事へと片方のカップを差し出すと、自分は平然とした様子で、もう片方のカップにゆっくりと口を付けたのだった。

 狼狽した様子の村人たちが少女たちの下を訪ねて来たのは、それから十分ほど後の事である。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/29(木) 21:33:58.60 ID:NexFuiRDO
〜 村長宅 〜

村長「よくぞ来てくださいました」

少女「……ん」

 頷く少女は、漆黒のドレスにその身体を包んでいた。
 背中に流れる長い髪の毛も艶やかな黒を放ち、膝まで届くスカートも黒。
 その下からすらりと伸びる華奢な脚はやはり黒のタイツを纏い、脚の行き着く先には黒い革のパンプス。 厳格な黒を基調とした隙の無い見事な着こなしの少女である。
 しかし、黒一色かと問われればそうでもない。
 胸元で左右に開いたドレスの下には、糊のきいたシワ一つ無い白いシャツが顔を覗かせているし、時折吹く風にふわりと広がるスカートには幾重にも飾られた白いレースが花を開いている。
 このほか頭の左右にて髪を結う乳白色の紐リボン、手先を覆う純白のシルクの手袋など、全身に黒の対比色である白がちりばめられており、上手く黒の威圧感を相殺しつつ少女特有の愛らしさを引き立てていた。

執事「それで、我々に話とは?」

 村長の家の一室へと案内された二人を待っていたのは、十を越える村人たち。
 村人たちは部屋の壁に沿って少女たちを囲むように立ち並んでいる。
 タキシードを着こなす執事は万が一に備え、村人たちに鋭い目つきで威圧を加えながら村長へと訊ねた。
 すると、村長は明らかに狼狽した様子で、自分の禿頭を右の掌で撫で回し始める。

村長「いえ、ワシらはあなた様方に危害を加える気は無い。
 そう警戒しないでくれ。ほら、ささ……どうぞ椅子に腰を掛けて……」

 そう言いながら村長は部屋の真ん中に用意した二つの木組みの椅子を自分は立ったまま勧めてくるが、しかし少女と執事は椅子には目もくれない。
 代わりに、執事は村長へと問いただすような尖った視線を飛ばした。

執事「ほう? 危害を加える気が無い?
 では、なぜ我々をこの村に拘束しているのです?」

村長「拘束だなんて……そんな……」

 執事が語気を強めて言うと、村長はとうとう困り果てたように視線を辺りの村人らに彷徨わせ始める。
 その動きに何事かを企んでいる様子は無い。
 それを見た執事は内心で「ふむ」と頷いていた。
 馬車の中で少女が説明した話では、この村には外部との交流要員がいない。少なくとも、大量の金塊を運用出来るような人材は存在しないとの事だった。
 確かに、もしそんな優秀な人材がいたならば村はもう少しマシになっているだろう。
 また少女は、村人たちには外部の有力な協力者がいない、とも執事に言った。
 いわく、周囲には川や山があり実り豊かな田畑も目につくが、村人たちは痩せこけている。
 これは村人が生活を営む最低限度以上に外部から搾取されているからに他ならない。
 そして少女が到着した際の野盗団である。
 眠っていた少女に代わって執事が見た感じ、村人は幾度か襲撃された事があるような様子であった。(特に村長)
 もしもどこかの領主や貴族の庇護下にいたら、重税を課せられることはあっても、財貨を破壊するだけの野盗団を野放しにはしないだろう。
 要するに、村は頼る相手も無く、商人やら国やらから好き勝手に搾り取られていると少女は見抜いていた。

村長「えと……その、ですな……」

 村人が金塊を少しでも動かそうものならば、寒村が大量の金塊を手に入れたという珍しい情報はあっという間に東西の国に広がるだろう。
 そうなれば守り手もいない村人たちは百戦錬磨の商人たちに、これまたあっという間に金塊を消費させられるのは間違いない。
 下手をすると、聞き付けた国が税金やら徴収やらで村人から財産を一切合財むしり取っていく可能性もある。
 つまり、村人たちは今、外部との交流役、そして世情に長じたアドバイザーを喉から手が出る程に欲しているのだ。
 そして、少女の狙いもそこにあった。

少女『……手始めに、村の相談役として居座り、金塊の運用をしながら、周辺への影響力を、徐々に強めていく』

 それが少女の弁である。

──さすがでございますお嬢様。この私め、お嬢様の御慧眼に感服致しました。

 少女の予想通りに運びつつある状況に、執事は顔が綻ばないように口を引き結ぶ。
 そうするうちに、村長がやっと案件を口に出し始めた。

村長「実は、あなた様方にお願いがあるのです」

執事「ほう? お願い、ですか?」

──来た。

 執事は胸中で笑みを浮かべながら、顔には不思議そうに訊ねるような色を浮かべて平然と聞き返す。
 隣に立つ少女もいつもの無表情ではあるが、少しだけ肩を揺らしたのが僅かに執事の視界に入った。
 すべて、少女の予測した話しの流れである。
 しかし、村長の『お願い』は執事の、そして少女の思い描いた話の流れを完全に決壊させるような重篤なものであった。

村長「実は……あなた様方に、この村の領主になって頂きたいのです」

執事「……は?」
少女「……は?」

 二人の声が綺麗にハモった瞬間だった。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 00:06:52.09 ID:Bkbhd/eDO
〜 領主の館 〜

村人1「そ、それじゃ……失礼します『領主様』!」

少女「……ん」

 村人は少女に深々と頭を下げると、どこか浮かれた調子で足早に館の前から去っていく。
 少女はその背中にぱたぱたと手を振りながら、隣に立ち侍る執事の顔を仰ぎ見た。

少女「……じぃじ」

執事「はっ、それでは馬車の荷を館へと運び入れましょう」

少女「……ん」

 以心伝心、深く言葉を交わさずとも執事は少女の意を正確に汲み取り、すぐさま行動に移し始める。
 少女はその様子をいつもの無表情で一瞥した後、目の前に建っている古びた舘へとゆっくり顔を戻した。

少女「……ボロい」

 そのまま眉をひそめて開口一番、少女は率直にそう館を評した。
 館は三階建て、外壁には漆喰塗った白壁が広がっている。
 館は縦横ほぼ同じくらいの辺の長さを有した正方の形をしているが、その一辺の長さが優に百メートルはあり、館は非常に広大な敷地面積を持つに至っている。
 造りもしっかりとしており、ここまでなら立派と言っても何ら差し支えない。
 だが悲しいかな、ここは寂れた寒村。
 その日暮らしに四苦八苦する村人たちが手間暇をかけて管理する訳もなく、また舘に住まう者もコロコロ変わって腰を落ち着けない。
 となると、長年の間まともな補修を受けずに風雨に晒されてきた館は経年劣化著しく、各所にガタが来るのが当然である。
 漆喰塗った外壁は白ではなく、くすんだ灰色をかもしながら所々剥げ落ち、野放図に延び放題となっている庭の植物はツタを伸ばして壁から屋根までを覆うように侵略してきていた。
 その他諸々、とにかく玄関前からでは首を館のどこに向けてもボロい箇所が目に飛び込んで来る。

少女「……むう」

 まずは館の補修を行わなければならないわ。
 少女がそう思いながらため息混じりに睫毛を伏せた時だった。

執事「どうしましたかお嬢様?」

少女「……ん?」

 執事の呼び掛けに、少女は閉じていた目を開いて振り返る。
 そこには、両手で大量の荷物を抱え上げる執事の姿があった。
 執事はテーブルやクローゼットを軽々と両手に抱え上げたまま少女の顔色を窺い、すぐに得心したように館を眺め始めた。

執事「ああ、確かに少しばかり傷んでおりますな。
 しかし素材は悪くありません。補修すれば十分に見映えも良くなるでしょう。
 荷物を館に運び入れたらすぐに補修作業へと取り掛かります」

少女「……ん?」

 一人で大丈夫だろうか?
 そう思って少女が小首を傾げると、執事は抱え上げた荷物を軽く上下させながら少女に笑みを返して来た。

執事「なあに、こやつらにも働いてもらいますので、すぐに終わります」


 そして執事は抱え上げている荷物のいくつかを乱暴に地面へと投げ落とした。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:28:47.20 ID:Bkbhd/eDO
 黒い木製の棺桶。
 ダンジョンの奥にありそうな、きらびやかな宝箱。
 重厚な白銀色の装甲で覆われた、西洋式の全身鎧。
 そして絡み合うツタで作られた、人間大の球体。
 それらは執事の抱える荷物の山から投げ捨てられると、地面にぶつかって「ぬおぅ」や「はうわ」などバラエティーに富んだ悲鳴を奏で上げた。

執事「仕事です。起きてください」

 そのままモゾモゾと蠢く一同に執事が言うと、やがてそこに動きが生じる。

吸血鬼「な、なんじゃあ? いったい何事じゃ?」

 黒い棺桶からは、古風な言葉使いの金髪紅眼の吸血鬼。

ミミック「何すんだテメェ! ぶっ飛ばすぞ!」

 宝箱からは、僅かに開いた蓋の下から蒼い双眸と幼い女の子じみたミミックの声。

幽霊「おはよう。でも、少し乱暴ね?」

 全身鎧からは、ゆらりと鎧から抜け出た半透明の、白装束に身を包んだ病的に白い肌を持つ女性のゴースト。

アルラウネ「おっはー」

 ツタの複雑に絡み合った球からは、ツタが一瞬で解けた後に、緑色の瑞々しい髪をツインテールにして揺らすアルラウネ。
 ミミックの姿は暗がりでよく見えないが、全員とも寝ぼけ眼のうえに寝間着姿である。

執事「起きたようですね。まずは全員とも馬車の中で寝間着から着替えて来てください。
 話はそれからです」

吸血鬼「うむ」
ミミック「うぃ〜す」
幽霊「私は霊体だから自由自在に服装を変えられるのだけれど……」
アルラウネ「お着替えお着替え〜」

 吸血鬼は素直に頷き、ミミックは気だるい声を上げながら宝箱をズルズル引き摺り、幽霊は困ったように小首を傾げて、アルラウネは元気よく。
 執事の言葉に四者四様の反応を見せながら、しかし全員とも素直に馬車へと入って行くのだった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/02(日) 01:17:07.89 ID:FjbuSJkDO
〜 十分後・館のロビー 〜

 少女と執事、そして着替え終わった面々はロビーにて一堂に会していた。

吸血「しかし長旅じゃったなぁ。それで、ここは大陸南部のどの辺りじゃ?」

 真っ先に口を開いたのは吸血鬼。
 随所にポケットの縫い付けられた長袖長ズボンの厚手の作業衣という、機能性のみをひたすらに追求した女の子らしからぬ格好に、申し訳程度に吸血鬼の主張として裏地に赤を配した黒いマントを纏っている。
 吸血鬼はよくブラシのきいたマントを内側から右手で顔まで上げて、持ち上がったマントを手持ち無沙汰にゆらゆらと揺らしながら執事へと訊ねてくる。
 執事はそれにかぶりを振って答えた。

執事「いえ、ここは大陸南部ではありません」

吸血「なんと?」

 吸血鬼が軽く驚いたように目を丸くする。
 すると、すぐにそこへ横から声が割り込んできた。

宝箱「あぁ? ならここはドコ何だよ?」

幽霊「容姿の目立つ私たちを起こしたってことは、ここで移動も終わりかと思ったのだけれど」

 相変わらず中身の見えないミミック。
 そして直立する全身鎧の頭頂部にちょこんと腰を掛けた、純白の着物を纏った半透明のゴーストが続けて疑問を口にする。

執事「ここはまだまだ大陸の北部です。目的地までは早くても1ヶ月は掛かります」

宝箱「おいおい、じゃあ何でアタシらを……って、まさか!?」

執事「はい。お嬢様は大陸南部に向かうのを止めて、ここら一帯の領主となりました。
 今は亡き御母君の力に頼る事無く、自らの足で覇道の一歩を踏み出す事を決意したのです」

幽霊「そ、それは……立派だけれど……」

宝箱「後ろ楯が無いのはヤバくないか? 外者はすぐに潰されるぞ?」

 出る杭は叩かれるというように、とかく新参者には世間の風当たりが強い。
 商売敵が新たに現れたのならばそれを排除しようとするのは当然の反応であるが、それに加えて少女たちはもう一つの大きなリスクを背負っていた。

吸血「魔族とバレたら、ちと厄介じゃしなぁ……」

 休戦状態とはいえ、人間の魔族に対する感情は決して良くはない。
 「悪魔の群れが廃墟にいる!」という通報を受けた精鋭騎士団数百騎が討伐に駆け付けたら「実はただの彫像でしたテヘ」という笑い話があるが、少女たちからしたら「問答無用で殺る気まんまんだな!?」と、とても笑える話ではない。
 地上においてマイノリティである魔族は、非常に肩身が狭いのだ。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/02(日) 02:19:08.96 ID:FjbuSJkDO
 だが一同の心配をよそに、執事はピンと背筋を伸ばしたまま「問題ない」と告げた。

執事「村人たちからの話を聞くに、ここら一帯は少しばかり特殊な環境にあるようです」

吸血「特殊じゃと?」

執事「はい。戦略的な価値が乏しく、そのうえ近くで小競り合いがあるごとに領有権が二国間を行き来しているのです」

宝箱「それが何で『問題ない』んだよ?」

執事「領主が相次いで逃げ出し、お嬢様の対抗馬となる者がおりません。
 またそのような状況を国も憂いております事は明白で、お嬢様を領主とした申請を出せば、ちょっとした賄賂を贈るだけですぐに役人たちは首を縦に振るでしょう」

幽霊「あの……でも……『領主が相次いで逃げる』ような状況にあるのよねココ?」

執事「はい」

吸血「……」
宝箱「……」
幽霊「……」

 だめじゃん、という重苦しい空気が辺りに漂い始めた。
 皆が口を閉じ、言外に「止めたほうがいい」と横目で少女に視線を送る。
 そうこうするうちに、やがて少女がぽつりと呟くように言葉を発した。

少女「……アルラは?」

全員「……あ」

 言われて気付いたように皆が辺りを見回す。
 魔界植物の代名詞的存在であるアルラウネは、いつの間にやら忽然と姿を消していた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/02(日) 06:09:57.00 ID:FjbuSJkDO
〜 中庭 〜

アルラ「晴れ晴れ〜のほほ〜ん」

 館の内壁に四角く切り取られた空の上には、太陽が目にもまぶしく輝いている。
 アルラウネは緑色の髪をふんわりと広げて、さんさんと照りつけてくる陽光を全身で享受していた。
 着ているのは赤いワンピースタイプのドレス。
 細い腰のくびれ、そしてささやかな胸。
 まだまだ発展途上であるが、女の子の魅力を余すところ無く発散する溌剌とした曲線で構成された肢体を浮き彫りにするワンピースドレスは、しかし下部は花のツボミを逆さにしたようにスカートが釣り鐘状に広がっていて腰の下を完全に隠していた。
 でもって、そのスカートの下からはウネウネと無数の触手が蠢いている。
 実を言うとアルラウネが着ているのはただのワンピースで、下部の釣り鐘状のスカートは衣服ではない。
 実際に『花のツボミを逆さまにしたもの』であり、またコレこそがアルラウネをアルラウネ足らしめる要素の一つであった。

アルラ「Bパーツさんも、お土がおいしいようですね〜」

 アルラウネはニコニコと、土の中へと潜って蠢く触手に笑みを浮かべる。
 Bパーツとは、アルラウネの下半身の付属パーツである。
 アルラウネ本体はちゃんと両手両足が備わっており、光合成が可能という点以外はほとんど人間と変わらぬ身体構造を持っている。
 が、それすなわち、人間と大して変わらない程度の力しか持たないということ。
 しかも人間のように高度な文明も持たないとなれば、猛者がこれでもかと跋扈する魔界において、ミジンコに捕食されるプランクトンよろしく食物連鎖の最底辺に位置しかねない。
 これはアルラウネにとって由々しき事態である。
 せっかく進化して動き回れるようになったというのに、一方的に狩られる生産者の座に戻るのは悲し過ぎる。
 そこで、アルラウネは外敵への対抗策を身に付けた。
 それがBパーツである。
 根を前後に蠢かせる事によって可能となる高速移動は魔界の野生動物を置き去れる程の速力を生み出し、また荒れ地は当然として、崖も垂直に登る事が可能という驚異の走破性を誇る。
 その上、戦闘においても抜け目は無い。
 基本武装にアルラウネバルカン(種子)とアルラウネサーベル(ツタ)、アルラウネハンマー(トゲトゲの実+ツタ)を常備しており、そのすべてが量産型ゴーレムを粉砕する程の破壊力を秘めている。
 そして極めつけはアルラウネビームライフルと呼ばれる光合成によるソーラーレイで、戦艦の主砲並みの熱線を放つ事が出来る。
 もしも万が一、手も足も出せない難敵と遭遇した際はBパーツがアルラウネ本体を包み込んで簡易シェルターにもなる。
 これは理論上ならば大気圏突入も可能な耐久性を発揮するというスペックである。

アルラ「以上、説明終わり〜」

吸血「な〜にが『説明終わり〜』じゃーッ!
   このバカタレがーッ!」

 突如現れた吸血鬼がアルラウネの後頭部をスパコーンとひっぱたいた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/02(日) 14:37:06.71 ID:FjbuSJkDO
アルラ「いた〜い!」

吸血「黙って聞いておれば、あることないことピーチクパーチクのたまいおってからに!
 だったらその自慢のBパーツでワシを撃退してみんか!」

 吸血鬼は握りこぶしを作ると、アルラウネのこめかみを左右からぐりぐりと抉るように挟み込んだ。

アルラ「ふえぇ〜ん、ごめんなさ〜い。
 八割方ウソです〜。ぐりぐりやめて〜」

吸血「やめん! 皆が集まって会議をしておるというのに、お主は一人でマイペースにのほほんと!
 このバカタレ!」

アルラ「マイペースは私たちアルラウネという種族の、数少ないステータスなの〜。
 大目に見て、ね? てへっ」

吸血「そんなバッドステータス修正してやるわーッ!」

──ぐりぐりぐりぐり。

アルラ「いたいいたいいたいいたい〜」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/03(月) 22:44:31.05 ID:nhdz3OIDO
少女「……中庭?」

アルラ「あっ! 姫さま姫さま〜っ! た〜す〜け〜て〜!」

 しかし、スルー。

執事「なるほど、館は中央の中庭を囲むように『ロ』の字の造りとなっているようですな。
 今は枯れた庭木がもの寂しく地面から突き立っているだけのようですが、手入れをすれば館のどこからでも四季折々の景観を楽しむ事が出来るでしょう」

少女「……ふむ」

アルラ「姫さま姫さま〜! わたし! わ〜た〜し!」

少女「……ん?」

アルラ「わたしがこの中庭を管理します〜! だから助けて〜!」

宝箱「お前、ここが気に入っただけだろ?」

アルラ「はうっ!?」

幽霊「自分にお得な話だというのに、あたかも嫌々やらされてる感を出して歓心を得ようだなんて……」

アルラ「は、はうぅ……」

吸血「もうちっと懲らしめる必要がありそうじゃな?」

アルラ「きゃ〜! 悪い笑顔〜!?」

 暗い笑みを浮かべながら握りこぶしに力を入れてくる吸血鬼に、アルラウネは涙目で叫び声を上げた。
 だが、そこに思わぬ救いの手が差し伸べられる。

少女「……わかった」

アルラ「へ?」

 降って湧いた少女の言葉に、アルラウネが驚きながら反射的に聞き返す。

少女「……アルラウネを、中庭の管理人にする。
 ……それで、無罪放免」

吸血「は?」

 その言葉に、今度はアルラウネをぐりぐり拘束していた吸血鬼が目を丸くする。
 そして自身の逆転大勝利を遅ればせながら理解したアルラウネが歓喜の声を上げ始めた。

アルラ「やったー!」

宝箱「おいおい……ちと甘くねーかお嬢様?」

幽霊「教育的にあまりよろしく無いですわよ?」

吸血「そうじゃ! 甘やかすと、こやつはすぐに味をしめる! 厳しくいかねば!」

アルラ「シャーラップ! この中庭はもう私の物なの!
 さっさと出てけ〜! しっしっ」

吸血「う、うぐぐ……姫様!」

少女「……大丈夫。もちろん、タダで許す訳じゃない」

アルラ「っ!?」

宝箱「お?」

 大勝利から一転、びくりとあわてて少女を振り返るアルラウネ。
 そして、どこか楽しげな視線を宝箱の中から送ってくるミミック。
 狼狽、好奇、様々な感情を視線に乗せて少女の返答を一同が待つ。
 やがてそれらの視線に後押しされるように、少女が短く答えを発した。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/03(月) 22:45:28.60 ID:nhdz3OIDO
少女「……明日から、重労働」

アルラ「はうっ!?」

宝箱「ぷっ……良かったなアルラウネ!」

吸血「御愁傷様じゃ! がっはっはーッ!」

アルラ「あうぅ……姫さま〜」

少女「……大丈夫、私たちには重労働でも、アルラには軽い簡単な仕事」

アルラ「……? それって……」

執事「はい、話はこれまでです。
 これから各自、館の修繕に取り掛かってください」

 アルラウネの問いは、執事の発したお開きの言葉に流される。
 そして全員が中庭から出て行った。
 アルラウネは中庭で一人、小さく首をかしげ続けたのだった。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/09(日) 22:08:06.45 ID:78fG3xE+0
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/17(月) 09:20:52.23 ID:XQ8eni4DO
〜 翌日 〜

アルラ「今日から農林政策担当官になりましたアルラウネで〜すっ!」

村人1「あ……は、はい!」
村人2「えらく元気のいいお嬢さんだ……」

アルラ「これからビシバシと開墾していくからよろしく!」

村人たち「はい! よろしくお願いします!」

 朝早く、木箱の上でアルラウネが声を張り上げると、召集をかけられて広場に集った村人たちも少し戸惑いながらであるが、つられて声を大きく返事をした。
 ああ見えてアルラウネはなかなかに求心力がある。
 呑気で裏表の無い性格は自然と他者の頑なな心を解きほぐしてくれるものなのだ。
 ぶっちゃけ脳天気と言ってしまえばそれまでだが、ともかくファーストコンタクトは順調。
 少女は一歩引いた広場の隅でアルラウネの様子を見ながら、それとわからぬ安堵のため息をついた。

執事「やはり、アルラウネ一人では不安ですか?」

 だが、長年連れ添ってきた執事はそれを目ざとく察して隣から声をかけて来てくれる。
 少女は執事の顔を振り仰ぐと、横に首を振って執事の言をはっきりと否定した。

少女「……不安は無くもない。でも……」

執事「でも?」

少女「……アルラウネなら、きっと大丈夫」

 少女は確固たる自信を持った声音で執事に言うと、再び視線を広場の中央にいるアルラウネへと注ぎ始める。
 すると、少女の思いが通じたかどうかはさておき、村人の反応が中々によろしいものへと変じつつあった。

村人1「見た目はのんびりとしたお嬢さんだが……」

村人2「いや、あの大魔法使いである領主様の弟子なんだ! きっと凄い方に決まっている!」

村人3「そ、そうだな! 暗黒の魔王を滅した伝説の魔法使い様一行の一人だ! 凄いパワーを秘めているに違いない!」

少女「………………」

 良いニュアンスの方向に進みつつあるようだが、なんだか話がおかしくなってきた気がする。
 そういえばと少女が思い返して見れば、村人たちの村を半壊させた魔王ビームの説明をまったくしていない。
 どうやら話の端々をかい摘んで見るに、村人たちは少女たちを高位の魔法使い一行だと勝手に判断しているらしかった。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/17(月) 09:25:37.56 ID:XQ8eni4DO
執事「ほう? これはこれは……」

少女「……結果オーライ」

 マイナスイメージではないので……まあ、よし。
 少女が自分を納得させるように頷く。
 執事も賛同して続いた。

執事「はい、確かに問題は無いでしょう。魔法使いと言えば世俗離れした存在と民衆に認知されておりますゆえ、我々の素性を隠すには好都合でしょう」

少女「……うむ」

執事「ところで、紅茶はいかがでしょうか?」

少女「……ありがとう、いただく」

 執事の差し出してきた紅茶のカップを受け取った少女は、流れるような優雅な手つきでカップを自分の口元まで移動させる。
 そのまま少女は目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、紅茶の香気をじっくりと嗜む。
 しかし、カップを持つ少女の手の動きがそこではたと止まった。
 少女の視線の先ではアルラウネがまだ村人たちに熱弁を奮っている。
 働く部下をおいて自分だけのうのうとティータイムに興じるのは如何なものか?
 少女が動きを止めてそんな思案に耽りかけていると、隣の執事が優しい微笑を浮かべて一言。

執事「アルラウネを信頼しているのでしょう?」

少女「……うむ」

 少女は短く答えた。
 アルラウネが無事に仕事を成し遂げると信頼しているのならば、腰を下ろして堂々としていればいい。執事はそう言っているのである。
 はらはらと見守るのではなく、すべてを任せて安心しきった姿をさらして見せるのも仕事のうちであるのだ。
 なので、少女は素直に紅茶に口をつけ……

村人1「ところで、アルラウネさんは主にどんな事をするのですか?」

アルラ「このBパーツさんで毎日土を耕していって、いずれはこのあたり一帯を緑豊かな大地にします!」

──うねうねうねうねうねうねうねうね。

 Bパーツのツボミをひらりと持ち上げ、アルラウネは村人たちの前で触手を自慢気にうねらせた。

少女「ぶふぉーッ!?」

執事「お嬢様!?」

 少女は盛大に紅茶を噴き出した。
 髪が緑色とかはまだセーフかもしれない。
 だがしかし、どう考えても触手はアウトだろう。
 やらかした。少女はそう思った。思っていたのだが、

村人1「すげえ! さすが大魔法使い様の弟子だ!」

村人2「ハンパねえ!」

アルラ「ふふん! このBパーツの走破性は山を越え谷を飛び、僕らの町へやってくると謳われるほどに……」

村人3「やべぇー!」

執事「……大丈夫なようですな」

少女「けほけほ……そう……」

 案外、なんとかなってしまうものだった。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/05(土) 13:47:48.61 ID:mb6XOpcio
まだか
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/07(月) 14:07:38.48 ID:VggY+cYAO
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/01/08(火) 15:46:12.76 ID:YbugZvQDO
…………………………

吸血「技術面を担当する吸血鬼じゃ」

宝箱「財政担当のミミックだ」

幽霊「そして戦略情報担当のゴースト、よろしくね?」

村人1「すげえ! なんか分からないけどすげえ!」

村人2「やっぱり大魔法使い様たちは一味違うなぁ……」

少女「……」

 アルラウネが受け入れられたので、ダメもとの精神で残りの三人も紹介してみたらこれまたアッサリと村人たちに受け入れられた。
 ただ人間と見分けのつかない吸血鬼はよしとして、ミミックの姿はまんま宝箱。そして足の無い上に半透明な姿のゴーストを初見で受け入れるのは常識的にどうなのだろうか?
 みずから紹介しておいて何だが、少女がそう首をひねっていると、ふと隣の執事が声を掛けて来た。

執事「これで、最初の関門は完全にクリアですかな?」

少女「……ん」

 少女は「そうね」と言葉には出さずに心中で頷き、気持ちを入れ換えた。
 何はともあれ村人たちには受け入れられた。執事の言うとおりに最初の関門は突破である。

少女「……でも、これからが、重要」

執事「はい、頑張りましょう」

少女「……ん」

 そう、重要なのはこれからである。
 消滅寸前のこの寂れた村を復興させないといけないのだ。
 村人たちのため、そして自分たちのために。
 その道のりは決して平坦ではないものの、しかし決して悲観するほど暗いものでもない。

アルラ「よーし、まずは開墾! ここら一帯を開墾しよう!」

吸血「さてさて、魔界で培った技術がどこまで通用するか試してみるか」

宝箱「オレが財政担当ねぇ……しかし計算するほど収益があるのかどうか」

幽霊「ふふ、これから増えていくから疲れるわよ?
 さて、周りの勢力に関する詳しい情報も皆無だし、私もこれから一仕事ね」

 張り切って動き始める各々を遠目に少女は頬を緩め、他者からは見て取れぬほど小さな微笑を口元に浮かべたのだった。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/11(金) 22:49:36.73 ID:czcl5mWl0
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/01/30(水) 23:24:49.76 ID:/IEAiLsDO
村人1「……」

──ガサガサ。

村人2「ん? どうした? 森の方に何かあるのか?」

村人1「いや、ちょっともよおして来たから用を足しにな」

村人2「そうか、じゃあな」

村人1「ああ、じゃあな」

…………………………

村人2「……あれ? そういや、あんな顔の奴って村にいたっけ?」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/04(月) 23:15:02.28 ID:921+GnWDO
〜 森 〜

村人?「はっ……はっ……」

野盗「どうだった?」

村人?「あいつら、領主の真似事を始めていたぜ。俺たちを舐めてやがる」

野盗「そうか、わかった。アジトに戻っていろ、野盗2」

野盗2「『アジトに戻っていろ』って、おいおい……このまま尻尾を巻いて退却しろってか?」

野盗「違う。次に備えるための戦略的後退だ。
 ……意味はわかるな?」

野盗2「……へへっ、そうこなくっちゃな!
 だけどよ、あいつらやけに強い魔法を使うぜ? 大丈夫か?」

野盗「正面から殴り合うわけじゃないから大丈夫だ。
 それに、こっちにも便利な捨て駒があるからな」

野盗2「捨て駒……あの東方の女剣士か」

野盗「向こうじゃ侍って言うらしいぜ? まあどっちにせよ、世間知らずの島育ちで扱い安いからなあの女。いい拾いものだ」

野盗2「本当だな」

野盗「ほら、もう用事も無いだろ? さっさとアジトに戻りやがれ」

野盗2「あ、いや。最後に一つ……決行の日は? 大体の予定でいいからよ」

野盗「予定日? 喜べ、それなら早いぞ」

野盗2「いつだ?」

野盗「今日の深夜、だ」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2013/02/06(水) 09:36:05.43 ID:kopVPGxDO
〜 夕方・領主の館の廊下 〜

宝箱「おーい」

吸血「ん? ミミックか、なんじゃいったい?」

宝箱「姫様知らないか? 館の北側について相談したいんだけどよ」

吸血「北側……ああ、修繕費用のことか」

 北側という言葉に吸血鬼はすぐに思い至った。
 先日、皆で見回ってみたところ、領主の館はそのくたびれた外観に相応しく、内部にも結構な年季という名のダメージが入っていると判明した。
 特に木戸が裂けて窓としと機能しなくなっていた館の北側廊下はそれが著しく、半ば吹きさらしのまま放置されていた床板は雨露によって完璧に腐り果てており、上に乗ったら容易く折れるだろうと分かるくらいに危なっかしかったのだった。
 吸血鬼がそう思い出しながらミミックを見下ろすと、宝箱の僅かに開いた暗がりの奥で蒼い双眸が頷くようにかすかに上下へ揺らめいて見せた。

宝箱「そうそう、流れでオレが金を預かることになったけどよ。勝手に金を使って修理大工を館に呼ぶのは問題だろ? いろんな意味で」

吸血「確かに。金はともかく、人間を不用意にワシらに近づけるのは問題じゃな」

宝箱「でも館が荒れたまま放置は出来ないだろ? 館は広いから北側を使わないって選択肢もあるだろうけどよ、やっぱりスタートは綺麗さっぱりと行きたいじゃねえか」

吸血「……そうじゃな、姫様もここに本格的に腰を下ろすつもりみたいじゃし、早く直した方がいいのう」

宝箱「わかって貰えて光栄だ。……で、話は戻るが姫様知らないか?」

吸血「うーむ、誰か他の面子の様子を見ておるんじゃないか? アルラとかゴーストとか、執事は付きっきりじゃろうし」

宝箱「ふーん、それでアルラとゴーストの二人は今どこにいるんだ?」

吸血「ゴーストはわからんが、アルラはあの集会からこっち、田畑の開墾に延々と精を出しておる。普段は不真面目な奴じゃが、土いじりとなると急に生き生きとするからのう」

宝箱「やれやれ、アイツは相変わらずだなぁ、土いじりの何が楽しいのやら」

吸血「それにはワシも共感するが、ともかく、姫様が館にいないのならば姫様は館の外という事になる。探しに行くか?」

宝箱「うんにゃ、急ぎの話でもないし、そのうち帰って来るだろ。のんびり待つさ」

幽霊「うーん? そうも言ってられないのよねえ?」

 困ったような声が割り込んで来たと思うが早いか、話し込む二人の頭上から急にゴーストが逆さまに降りてきた。

吸血「ぬわーッ!?」
宝箱「ちょっ!? 驚かすんじゃねえぞッ! つーか、お連れの鎧はどうした!?」

幽霊「鎧? 玄関の脇に置いてるわよ?
 物には触れなくなっちゃうけど動き回るぶんには問題ないし、ね?」

 ゴーストは宙空で身をよじり、その場で半回転して半透明に消えかけた足を大地に伸ばしながら吸血鬼たちに向けて片目を閉じてウインクして見せる。
 そしてゴーストは呆れ顔の吸血鬼たちをそのままに話を続けた。

幽霊「ちなみに、私もお姫様に急な用が出来て戻って来たのだけれど、アルラが今どの辺にいるか分かるかしら?」

吸血「うむ? たぶん、そこらで適当に土を巻き上げておるんじゃないのか?」

幽霊「それが、村を囲む辺り一帯はすでに開墾され尽くしていて、アルラが今どこにいるやらさっぱりなのよ」

宝箱「すげーなアイツッ!?」

幽霊「それで私も困っちゃって」

吸血「むう、ちなみにお主の用とはなんじゃ? 随分と急ぎの用事みたいじゃが」

幽霊「ええ、集会の時、私はすぐにいなくなったでしょ? 私としては若者の爛れた情事を予感して後をついて行ったのだけれど、そこで思わぬ事を聞いちゃって」

宝箱「おい、デバガメ野郎」

吸血「待て待てミミック。……ゴーストよ、思わぬ事とは何じゃ?」

幽霊「……奇襲の作戦、かな〜?」
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