【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/12(日) 09:39:06.25 ID:m0D8KE1Z0
保酒
126 :VIPを生け贄にNIPPERを召喚します ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/10/16(木) 08:37:14.40 ID:Y5ns+IJ+o
保守ありがとうございます

明日の投下を予定していたのですが、昨晩、腰に魔女の一撃を食らってしまったので少し遅れるかもしれません……今から病院行って来ます
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/16(木) 21:52:29.33 ID:zZMEr2p70
>>126

つ膏薬
128 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:14:32.90 ID:zL0Am2Zjo
掛かり付けの鍼灸師さんに電気鍼で治療してもらって軟膏塗って湿布貼って寝たら一晩で動ける所まで治りましたw
先生曰く「軽めで良かったね」との事……いや、ホントです。

では、予告通り、最新話を投下します。
129 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:15:28.17 ID:zL0Am2Zjo
第17話〜それは、正義を騙る『悪意の在処』〜


―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、午後6時過ぎ。
 第七フロート第三層、連絡通路から九キロ地点――


紗樹『このっ! このぉっ!』

 紗樹のアメノハバキリが遮二無二、撃ち続ける連射式魔導ライフルの魔導弾を、
 二機の401・ダインスレフが事も無げに受け続ける。

 結界装甲によって守られたテロリストのギガンティックは、その背に寮機――378・エクスカリバー改――と、
 空の操作を受け付けなくなってしまったエールを庇っていた。

 そして、コントロールスフィアの中で愕然とする空の目の前で、
 エクスカリバー改のコックピットハッチが開かれ、一人の幼い少女が顔を出す。

少女「エール……貰って行く……」

 少女はぽつり、と呟くような声で漏らす。

 すると、自機のコックピットハッチから、エールのコックピットハッチへと飛び移った。

 そして、ハッチ横の操作パネルを開き、素早くパスワードを入力する。

 それが当てずっぽうでは無いのは、開いて行くエールのコックピットハッチが証明していた。

 そして、開かれたハッチからゆっくりと侵入して来る。

空「う、うそ……!?」

 空は愕然としながらも、緊急コードで少女の侵入を阻止しようした。

 ハッチはエール側のシステムが優先されるが、
 その奥にある緊急シャッターはコントロールスフィア側が優先される構造だ。

 だが、シャッターは閉じる事なく、コンソールにはエラー表示が浮かぶだけだった。

空「な、何で!? 何で閉じないの!?」

 空は困惑しながらも、再度、パスワードを入力するが受け付けられない。

 それは、少女の入力したパスワードが緊急コードを無視できるレベル……
 正ドライバーである筈の空よりも遥か上位の権限を持っている事を現していた。

 コントロールスフィアの床にへたり込んでいた空は、無言のまま侵入して来た少女を見上げる。

空(お、応戦……応戦しないと!?)

 空はようやく、そこに考えが至った。

 如何に幼い少女とは言え、相手はテロリストだ。

 このままエールを奪われるワケにはいかない。

 これでも茜を唸らせるほどには腕を上げているのだ。

 そんな自信が空にはあった。

 だが――

少女「エール……魔導装甲、起動」

 少女がそう呟くと、空の指にあった筈のエールのギア本体が、薄桃色の輝きと共に少女の指に収まる。

 そして、空の目の前で少女は白い魔導装甲を纏う。

空「………え?」

 一瞬、何が起きたのか、空には理解できなかった。

 あの日、姉から託されたギアが……指輪が手から消え、それを付けた少女が、自分の魔導装甲を纏っている。

空「それ……私の、だよ……? 何で……?」

 その事実を受け入れるのが遅れ、それはそのまま対応の遅れへと繋がった。
130 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:16:21.30 ID:zL0Am2Zjo
少女「……退いて」

 故に、少女がそう言って自分を掴んで外に放り出されるまで、現状を把握できなかった。

空「っ!? し、身体強化!?」

 エールのコックピットハッチから地上までは二十八メートル。

 一応、魔導防護服となるインナースーツは着ているが、受け身も取れずに落ちれば軽傷では済まない高さ。

 我に返った空は、普通に受け身を取っても間に合わないと判断し、咄嗟に身体強化魔法を発動したのだ。

空「ッ、ぃたぁぁ……」

 何とか身体強化が間に合い、瓦礫の上で最低限の受け身を取る事に成功した空は、
 それでも相殺しきれなかった衝撃に目を白黒させながらも、奪われた愛機を見上げる。

 背中を強かに打ったせいか、呼吸の度に背中に鈍い痛みが走った。

 だが、空はすぐに体勢を立て直し、愛機を見上げる。

空「え、エール……!」

 空は愛機に呼び掛けるが、ギアも奪われた今、何の反応も示さない。

 いや、そうではない。

 ギアを奪われる前から、彼は何の反応も示さなかった。

 だが、それだけで事は終わらない。

 エールの肩と背から、シールドスタビライザーと大型スラスターが外れ、
 轟音と共に空の間近に落ちて濛々とした土煙を上げた。

空「キャ……ッ、ごほっごほっ!?」

 痛みに喘いでいた空は、短い悲鳴と共に思わず土煙を吸ってしまい咳き込む。

 そんな彼女を無視し、事態はさらに進行する。

 378改の背中に取り付けられていたパーツ――フローティングウェポン――が外れ、エールの背中に装着された。

 よく見ればソレは、大きな物が三日月を、小さな物が五芒星を摸したようなデザインをしている。

 それらが一塊となって光背のような形状になり、彼の背を飾った。

 そう、これこそが長らく失われていた……テロリスト達の手に落ちていた、エール本来の武装。

 GXI−002・プティエトワールととGXI−003・グランリュヌであった。

 加えて、エッジワンド型魔導砲であるGXI−001・ブランソレイユを加えた、
 これこそが真なるエールの姿だ。

 そして、本来の武装を取り戻した直後、空色に輝いていたエールのブラッドラインが、薄桃色に輝き出す。

空「え……エール……? そんな……嘘……だよね?」

 その光景を見遣りながら、空は愕然と呟く。

 愛機の色が、自分以外の誰かの色に染まって行く様は、大切な物を奪われる以上に、
 胸に、心に、大穴を穿たれるような感覚を覚えさせられた。

 だが、これこそが本来のあるべき……多くの人々が待ち望み、もう決して宿らないと思われた色。

 白亜の騎士が、薄桃色の輝きを宿す。

 その事実が、より深く、空の魂を抉った。

空「エール……エール……エール!」

 空は必死に手を伸ばし、譫言のように愛機の名を呼ぶ。

 それは先程、彼がかつての主を求めていたのと同じ姿。

 だが、無情にもその呼び掛けは彼には届かなかった。
131 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:17:01.87 ID:zL0Am2Zjo
 エールはプティエトワールとグランリュヌの光背から魔力を放出し、ゆっくりと浮かび上がる。

 ブースターの推力で無理矢理に飛ぶでなく、
 シールドスタビライザーで浮かび上がらせるでなく、文字通りの自然な浮遊魔法だ。

 ある程度の高さまで浮かび上がったエールは、
 薄桃色の光跡を残して、第一街区方面へと飛び去って行く。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は目を見開き、愛機の名を叫んだ。

 声は瓦礫だらけの廃墟に響き渡るが、その声に応える者は、もう視界の果て……、
 暗闇の向こうまで飛び去った後だった。

 その直後――

紗樹『空ちゃん! そこから今すぐ逃げて! 早く!』

 悲鳴じみた紗樹の声が響く。

空「……?」

 エールを失った空は、茫然自失のまま紗樹の声がした方向を振り返る。

 すると、そこには、足もとにいる自分に向き直った二機のダインスレフの姿があった。

 その手に構えられた魔導ライフルの銃口は、自分に向けられていた。

 自分の身体がすっぽりと収まってしまうほど巨大な銃口を向けられている現実に、空は戦慄を覚える。

空(逃げなきゃ……!?)

 逃げる、などと考えたのは、実に半年ぶりの事だ。

 流石に生身とギガンティック――それも結界装甲を持つ――では、そもそも戦闘にすらならない。

 それは当然の選択だった。

 だが、恐怖が足を……全身を竦ませる。

空(動け……ない!?)

 空は微動だにしない身体に愕然としつつ、恐怖で見開いたままの目を敵に向けた。

 銃口に集束する魔力が増えるほど、銃口に圧縮された魔力の輝きと、放たれる甲高い音が強くなる。

 防げない。

 如何に無限の魔力を持つ自分でも、この薄いマギアリヒトの中では魔力供給もままならない。

 いや、それ以前に、結界装甲によって攻防共に強化されたギガンティックの射砲撃を受け止める術など……。

 そんな思考が空の脳裏に過ぎる。
132 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:17:38.78 ID:zL0Am2Zjo
空(ああ、そっか……死ぬんだ……私……)

 恐怖の向こう側から、そんな絶望とも諦めとも取れない感情が首をもたげた。

 思い出したのは一年と三ヶ月前、振り下ろされるイマジンの触手で背中を抉られた姉の姿。

 その光景。

 ゆっくりだ。
 全てが、驚くほど、ゆっくりだ。

 敵の気を引こうと懸命に威嚇射撃を続けてくれる紗樹のアメノハバキリの、耳を割るような大音響も。

 集束される魔力が放つ、甲高い音と発光現象も。

 視界の外から飛び込んで来る、主翼を失ったアルバトロスの姿も。

空(あ、れ……?)

 最後に気付いた違和感に、空は不意に焦点をソレに合わせた。

 アルバトロスだ。

 主翼であるシールドスタビライザーを叩き斬られ、もう満足に飛べない筈のアルバトロスが、
 飛行魔法で無理矢理に空とダインスレフの銃口の間に割って入った。

空「……ふぇ、フェイさん!?」

 臨死の恐怖で茫然としていた空は、その光景で我に返る。

フェイ『この身で、最後にお役に立てて、光栄でした……朝霧副隊長』

 外部スピーカーを通したと思しきフェイの声が空の耳に届いた直後、
 翼を失った鳥の向こうで、眩しい閃光が煌めいた。

空「ッ!?」

 その光景に、空は目を見開き、息を飲む。

 射撃の直前にアルバトロスが割り込んだ事で、彼女の背にほぼゼロ距離でその一撃が見舞われたのだ。

 頭ではそれを理解はした。

 だが、心が受け入れる事を拒む。

 しかし、そんな空の目前で、事態はさらに悪化の一途を辿った。

 アルバトロスは飛行の勢いのまま通り過ぎ、離れた場所に墜落する。

 その背には、ゼロ距離射撃で受けた大穴が穿たれていた。

 深く、深く穿たれた大穴。

 それは胴体の、コントロールスフィア付近。

空「フェイさ――ッ!?」

 悲鳴のような声でフェイの名を呼ばんとした空の声は、直後のアルバトロスの大爆発に遮られた。

 コントロールスフィア付近と言う事は、そもそもエンジン直撃だ。

 溜め込まれていた魔力とエーテルブラッドが誘爆し、アルバトロスは爆発四散する。

 そして、その爆発が巻き起こした爆風が、空を大きく吹き飛ばす。

 不幸中の幸いか、空は遼の機体を支えたままの紗樹の機体の元へと飛ばされた。

紗樹『空ちゃん!?』

 片腕にライフル、片腕に寮機で両腕の塞がっていた紗樹は、咄嗟にライフルを放り捨てて空の身体を受け止める。

 紗樹の腕の良さか、それとも最新鋭機らしい機体性能のお陰か、 空は然したる衝撃も無く緩やかに受け止められた。
133 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:18:22.92 ID:zL0Am2Zjo
紗樹『空ちゃん、しっかりして!?』

 紗樹は必死に空に呼び掛ける。

 だが、爆風に煽られたショックか、それとも目の前でアルバトロスが……フェイが爆散したショックからか、
 空は気を失っており、アメノハバキリの手の中で仰向けのままグッタリと倒れ、返事は無い。

 空はエールを奪われ、彼女を庇ったフェイは愛機と諸共に爆散。

 だが、最悪な状況はより最悪な方にばかり転がり、一つとして好転する兆しを見せない。

紗樹(ヤバイ……判断間違った!?)

 空の気絶を確認した紗樹は、コックピットの中で顔面蒼白になっていた。

 そう、紗樹は放すべき手を間違えたのだ。

 いくら機能停止中と言えど、遼は機体の中にいる限りは多少なりとも安全だった。

 対して、結界装甲相手に役に多立たないとは言え、ライフルは最後の威嚇手段。

 ここは遼の機体を手放してでも、ライフルを堅持すべき状況だったのだ。

 即座にライフルを拾おうと周辺状況をモニターで確認するが、
 咄嗟の事でかなり離れた位置まで投げ捨てており、すぐさま拾いには行けない。

 必死に動揺を押し殺していた紗樹だったが、知り合って日も浅いとは言え、
 目の前で仲間を殺された事にかなり動揺していたようだ。

 紗樹は状況を好転させる何かが無いかと、モニター越しに必死に辺りを見渡す。

 武装と片腕を失って倒れたレオンの機体と、先程の爆風で倒れたのか、主を失った478改が一機。

 レオンの機体はすぐには動けないだろうし、478改は背負い物以外の武装は無く、
 どちらも状況を好転させる術には成り得ない。

 機体に睨み合いを続けさせながら、紗樹はゆっくりと後ずさる。

 しかし、二機のダインスレフは紗樹達を挟み込むようにゆっくりと移動を始めた。

紗樹「挟み撃ちにしようっての……!? どこまで……!」

 紗樹は愕然としつつもその場から逃げようとするが、空を庇い、寮機を担いだままでは満足に動く事は出来ない。

 そして、挟み撃ちの陣形を完成させた二機のダインスレフは、先程、フェイに止めを刺したライフルを構えた。

紗樹「この……畜生……!」

 絶体絶命の中、紗樹は項垂れながら悔しそうに漏らす。

 直後、爆音が辺りに轟いた。

 それは、砲撃音。

 紗樹は直撃を覚悟し、身を強張らせたが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

紗樹「な、何……?」

 紗樹は呆然としつつ、顔を上げて状況を確認する。

 すると、一機のダインスレフが吹き飛び、瑠璃色に輝く魔力の爆発に包まれていた。

???『スマン、遅れた!』

 通信機から聞こえる、どこか可愛らしい少女の声は、
 先程から続く絶体絶命の恐怖の中で、酷く現実離れした物に聞こえる。

 紗樹が後方のカメラを確認すると、そこには紅の巨躯に瑠璃色の輝きを宿したギガンティックの姿があった。

 腰に携えた二門の巨大砲身を残ったもう一機のダインスレフに向け、紗樹達との間に割り込む。

 そう、瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノだ。
134 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:19:03.61 ID:zL0Am2Zjo
紗樹「援軍!?」

瑠璃華『挨拶は後だぞ! すぐに連絡通路まで退避するんだ!』

 瑠璃華は驚く紗樹にそう告げると、両腰のジガンテジャベロットの砲身を展開し、
 そこから発生する結界装甲で分厚い魔力の障壁を作り出す。

 残る一機のダインスレフはライフルを連射して来るが、
 より高密度・高出力の結界装甲の障壁を前には、その攻撃も無力であった。

紗樹「連中の強さを見た後でも、やっぱりオリジナルは凄いわね……」

 その光景に紗樹は身震いしながら呟く。

 機体そのものの性能にそう大きな差は無い筈だが、結界装甲と言う要素が加わるだけで、
 まるで別次元の戦いを目の当たりにしているようにさえ感じる。

 チェーロ・アルコバレーノが重装甲と言う事もあるが、
 ダインスレフの攻撃に晒されてもまるでビクともしていない様子だ。

 ワンオフモデルの専用機と、量産前提のマスプロダクトモデルの差は大きいのだろう。

 だが、紗樹はすぐに頭を振って、そんな暢気な考察を思考から追い出す。

 今は撤退を最優先しなければならない。

紗樹「空ちゃん!」

 紗樹は空をコックピット内に迎え入れようと、ハッチを開く。

 シートから立ち上がり、気絶している様子の空をコックピット内に運び入れると、
 緊急用のサブシートを引っ張り出し、ぐったりとしている空の身体をシートベルトで固定する。

 さらに遼の機体をしっかりと抱え直すと、倒れ伏したままのレオンの機体の元へと急ぐ。

 瑠璃華の援護のお陰で、敵の攻撃に晒される危険を最小限に抑えたまま、
 空いたもう一方の腕でレオンの機体を抱える事が出来た。

紗樹「って、うわ……一発で膝にレッドアラートって!? 副長、すぐに動けます?」

レオン『ワリィ……システムが殆どダウンしちまって、動けやしねぇ……』

 驚きで目を見開いた紗樹の質問に、レオンは接触回線を通して申し訳なさそうに返す。

 さすがに二機を抱えたままの移動は膝への負荷が大き過ぎる。

紗樹「リミッターカットして、膝と脚部ダンパーの出力を大きめに調整して……
   えっと、うぁ、腰までレッドアラート出てる!?

   えっと……出力配分をもうちょっと変えないと!」

 紗樹はぶつぶつと呟きつつ、手元のパネルで出力調整を始めた。

 関節や構造の簡略化されている運搬用パワーローダーならば、これほどの手間は要らないが、
 さすがに汎用型の戦闘用ギガンティックに寮機を二機も抱えて移動する能力は無い。

 乗機の出力調整を終えてようやく動けるようになった紗樹は、
 それでも未だにフラフラとした機動の愛機に振り回されながらも、その場を何とか離脱する。

瑠璃華「よし、離脱したな!」

 その様子を確認した瑠璃華は砲撃で目の前の機体の手足を破壊し、殆ど一瞬で行動不能に追い遣った。

 こんな一息で片付けられるなら、早く撃破してしまった方が紗樹の退避も楽だったろうが、
 背後からの狙撃で不意打ちできた一機目はともかく、速射に向かないチェーロ・アルコバレーノでは、
 捨て身になられた敵に紗樹を攻撃される事の無いよう、二機目の注意を引きつけ続けるしかやりようが無かったのだ。
135 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:19:44.02 ID:zL0Am2Zjo
 ともあれ、敵を撃退した瑠璃華は足もとに転がる敵ギガンティックの残骸を見下ろすが、
 すぐに現状を思い返して頭を振った。

瑠璃華「サンプルとして回収したいが、それどころじゃないな……!
    他の連中の反応は何処だ!?」

サクラ『11はここから一キロ離れた幹線道路沿いでオオカミ型と思われる敵ギガンティックと戦闘中、
    261はさらに十キロ離れた地点で量産型ギガンティック部隊と戦闘中です』

 焦ったような瑠璃華の声に、サクラが努めて平静を装った風に返す。

 そこで、瑠璃華も気付く。

瑠璃華「レミィと茜だけか……?
    空はさっきロイヤルガードが連れて逃げたが……、フェイはどうしたんだ?」

 そう、フェイは何処で戦っているのか?

雪菜『12……フェイは……撃墜されました』

 そんな瑠璃華の疑問に答えたのは、雪菜だった。

雪菜『アルバトロスのコアごと、反応ロスト……。
   サーチは継続していますが、現状、見付かっていません』

 気丈に状況説明する雪菜だが、その声は震えている。

 その報告を聞いた瑠璃華は、息を飲んで目を見開く。

 数秒、瑠璃華は俯き、下唇を噛んで、何かに耐えるように肩をぷるぷると震わせた。

 だが――

瑠璃華「………………………そうか……」

 ――数秒後、何かを悟ったような声音で、短く、そんな言葉を吐き出した。

チェーロ『マスター……』

 そんな主を心配したかのように、チェーロがぽつりと漏らす。

瑠璃華「……心配するな……すぐにレミィの援護に入って、それから茜の救援だぞ」

 瑠璃華は消沈した声音で、だが努めて冷静に返した。

 膝から崩れ落ちて泣きじゃくりたいが、今は感傷に浸っていられる状況ではない。

 半年前に海晴を騙ったエール型イマジンに翻弄された時のように、
 感情に流されてやるべき事を見失っている場合ではないのだ。

 瑠璃華は自分にそう言い聞かせて、顔を上げた。

 滲んだ涙を無意識に拭って、レミィの戦っている地点に向けて愛機を走らせる。
136 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:20:22.60 ID:zL0Am2Zjo
 時間は僅かに前後するが、空がエールを奪われる直前――
 幹線道路沿いの廃墟では、レミィとオオカミ型ギガンティックの戦いが続いていた。


レミィ「うぉっ!?」

 レミィは驚きの声を上げながら、突進して来るオオカミ型ギガンティックの体当たりをすんでの所で回避する。

狼型G『Grrrrrッ!』

 一方、ヴィクセンを見失ったオオカミ型ギガンティックは、廃墟のビル群に突っ込む。

 脆くなった廃墟を打ち壊しながらの突進は、オオカミ型と言うより、むしろイノシシ型と言った方がしっくりと来る。

 瓦礫の山から抜け出したオオカミ型ギガンティックは、低いうなり声を上げながら、再びヴィクセンへと向き直った。

ヴィクセン『分かっちゃいたけど、パワーも装甲も、明らかに向こうの方が上ね……。
      あんなの食らったら吹っ飛ばされる程度じゃ済まないわよ』

 瓦礫の中から無傷で現れた敵に、ヴィクセンは焦ったように呟く。

レミィ「避けながら相手が弱るを待つのは得策じゃないな……」

 速攻で倒す約束をしてしまった手前、レミィも悔しそうに漏らす。

 最初に虚を突いた時のように下に叩き付ければそれなりのダメージは見込めるが、
 結界装甲とマギアリヒトの結合が弱まった瓦礫とでは、その頑丈さは比べるべくも無い。

 その分を差し引いてもあそこまで被害が少ないのは、やはりヴィクセンの言葉通り、
 パワーや装甲の面でこちらよりも優れている証拠だろう。

 だが、問題なのはそれだけではない。

弐拾参号?<痛い……痛いよぅ……ひっく……ぅぅ……>

 しゃくり上げるような少女の声。

 レミィの妹……弐拾参号と思しき少女からの思念通話だ。

レミィ(弐拾参号……!)

 苦しそうな声を上げる妹の声を聞く度、レミィは胸中で妹の名を呼びながら悔しさで歯噛みする。

 既に何度か思念通話を送ってみたが、結果は応答無し。

 こちらの思念通話に気付いていないのか、
 そうでなければ一方的な思念通話ジャミングを受けているかのどちらだろう。

 恐らくは……いや、確実に後者だ。

 そのせいか、仲間達と離れてからは通信ノイズが酷く、まともに連絡も取れていなかった。

 ともあれ、弐拾参号の声はこちらの戦意を挫く目的なのか、
 それとも単に人質がいる事をアピールしてるのかは分からない。

 だが、レミィの攻撃の手が鈍っているのは事実だった。

 弐拾参号は魔力リンクによってエンジンに魔力を供給している。

 つまり、あのオオカミ型ギガンティックに攻撃を仕掛ければ、弐拾参号にまで痛み与える事になるのだ。

 それがレミィの攻撃を鈍らせている理由だった。

 助けてはやりたいが、そのためにはオオカミ型ギガンティックを行動不能にしなければならない。

 だが、そうすれば妹に激しい苦痛を強いる事になる。

 ジレンマだ。
137 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:21:06.34 ID:zL0Am2Zjo
ヴィクセン『コントロールスフィアを丸ごと抉り出せればすぐに終わると思ったけど、
      それらしいハッチも見当たらないわね……。

      私と近いカタチだから首辺りだと思ったけど……』

 ヴィクセンは思案げに呟く。

 確かに、痛みを最小限にするのはそれが手っ取り早い。

 余談だが、ヴィクセンのコントロールスフィアはのど元に埋め込まれている。

レミィ「見えないハッチ……腹か!?」

ヴィクセン『多分ね……』

 自分の言葉からハッチの在処に気付いたレミィに、
 ヴィクセンも同じ推測を立てていたのか、頷くような声音で返した。

 回避する度に背面や側面はよく見えるが、そこにハッチらしき物は存在していない。

 となれば、中々見せない腹にあると考えるのは妥当だった。

ヴィクセン『ただ、一度しっかりと確認してみないと何とも言えないわね……』

レミィ「……それならっ!」

 困った様子の相棒の声に、数瞬、思案したレミィは何事かを思いついたように愛機を走らせる。

 廃墟の隙間に潜り込み、身を隠すように走り回って敵の撹乱を始めた。

狼型G『Grrrrrッ!!』

 すると、そのヴィクセンの動きを挑発と取ったのか、
 オオカミ型ギガンティックは大きく跳躍してヴィクセンに向かって飛び掛かる。

レミィ「見えた……ッ!」

 その時、レミィは歓喜の声を上げた。

 跳び上がった瞬間にオオカミ型ギガンティックの腹……そこにあるハッチらしき物がさらけ出されたのだ。

ヴィクセン『前に飛び掛かられた瞬間の画像と合わせて解析……胴体部中央ね!』

 ヴィクセンの解析が終わると、レミィはすぐにその場から退避し、
 オオカミ型ギガンティックと距離を取るため、大きく飛び退いた。

狼型G『Grrr……!』

 攻撃を避けられたオオカミ型ギガンティックは不機嫌そうな唸り声を上げ、
 距離を取ったヴィクセンを睨め付けて来る。

レミィ「同じ手……通じると思うか?」

ヴィクセン『良いところ、フィフティフィフティって所かしら……?
      思いの外、単調な攻撃しかして来ないし』

 レミィの質問にヴィクセンは思案気味に答えた。

 回避に関しては数パターンあったようだが、攻撃は単調だ。

 オオカミ型ギガンティックの攻撃は突進か跳躍の二択で、基本“突撃あるのみ”の単純思考。

 裏をかくのは決して難しくは無いだろう。

レミィ「次に跳んだ時に、腹の下に潜り込むぞ!」

ヴィクセン『了解!』

 自分の言葉に相棒が応えると同時に、レミィは愛機を走らせようとする。

 その時だった。
138 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:21:59.25 ID:zL0Am2Zjo
 視界にエールの機影が映り込んだ。

レミィ「空…………いや、違う!?」

 仲間が戻って来たのかと思い、歓喜の声を上げかけたレミィは、
 だが、白亜の機体に走る薄桃色の輝きに気付き、愕然とする。

 ブラッドラインの色が違うとなれば、奪われたと見て間違いない。

 エールは……いや、もしかしたらエールだけでなく、空も敵に捕らわれた?

レミィ(エールを奪い返す!? いや、だけどまだ……!?)

 レミィは一瞬、判断を迷う。

 空と弐拾参号……仲間と妹。

 救うべきは……、優先すべきは……。

ヴィクセン『レミィ、戦闘に集中して!』

 ヴィクセンは迷う主に激を飛ばす。

 その迷いは、レミィの思考とほぼ直結した動作しか出来ないヴィクセンの動きを、
 僅か二秒足らずの短い時間、完全に止めさせる。

 そして、その迷いの最中――

狼型G『Ggaaaaaaaッ!!』

 ――オオカミ型ギガンティックが砲声を上げた。

 直後、オオカミ型ギガンティックに変化が現れる。

 巨大な身体の各部が展開し、無数のブースターが口を開けたのだ。

狼型G『Grrrrraaaaッ!!』

 オオカミ型ギガンティックは今までに無い程、大きな唸り声を響かせ、
 後方に向けられたブースターから魔力を噴射して、真っ直ぐに走り出す。

レミィ「ッ!? いくら早くても、そんな直線的な攻撃なんかで!」

 その頃にはレミィも何とか気を取り直す事が出来ていた。

 スピードは確かに目を見張る程の物がある。

 機体も向こうが一回り近く大きいため、巨体が猛スピードで迫って来る様には異様な圧迫感も感じた。

 だが、これだけ直線的な動きなら避けられない事は無い。

 レミィは激突の寸前に軽やかに愛機をオオカミ型ギガンティックの右横に向かって跳躍させた。

 だが――

狼型G『Ggaaaッ!!』

 回避の瞬間にオオカミ型ギガンティックが吠えると、後方に向けられたブースターが魔力の噴射を止め、
 それとは逆に今度は左側のブースターが魔力を噴射する。

 すると、オオカミ型ギガンティックはほぼ直角に右横へ跳んだ。

レミィ「なっ!?」

 突然の軌道変更にレミィは愕然と叫び、回避行動に移ろうとするが、愛機は着地前で回避もままならない。

 必然的に、ヴィクセンは空中でオオカミ型ギガンティックの巨体が繰り出す体当たりを横っ腹で受ける事となった。

レミィ「うわあぁぁぁっ!?」

ヴィクセン『れ、レミィ!?』

 レミィの悲鳴と共に大きく弾き飛ばされ、ヴィクセンは空中を舞う。

 しかし、それだけでは終わらない。
139 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:22:45.65 ID:zL0Am2Zjo
狼型G『Grraaaaッ!!』

 素早く方向転換したオオカミ型ギガンティックは砲声を張り上げ、
 落下寸前のヴィクセンに向かって突進して来る。

 無論、ブースターは最大出力だ。

 若草色の軌跡を描きながら、黒い弾丸と化した狼が、同じく若草色の輝きを放つ白狐に襲い掛かった。

 ガギンッ、と金属同士がぶつかり合って引きちぎれるような音と共に、
 オオカミ型ギガンティックはヴィクセンの腹に噛み付く。

レミィ「っく、ぁああぁぁっ!?」

 腹を噛み潰され、レミィは苦悶の叫びを上げる。

 だが、それでもオオカミ型ギガンティックは止まらず、
 ヴィクセンに食らいついたまま廃墟の中を疾走した。

ヴィクセン『ジョイントに噛み付かれた!? パージ出来ない!?』

 ヴィクセンは愕然と叫びながらも、打開策を見付けるべく状況を確認していた。

 オオカミ型ギガンティックが噛み付いているのは、ヴィクセンの前半身を構成するフレキシブルブースターと、
 後半身を構成する二つフットブースター、その二つのOSSの接続部だった。

 後半身に噛み付かれたのなら、後半身をパージして逃げる事も出来たが、
 両方を同時に噛み付かれていては、それも叶わない。

レミィ「っ、ぐぅぅ!?」

 レミィも痛みを堪えながら必死に足掻くが、どれだけ暴れても引き剥がす事は出来なかった。

 それどころか、オオカミ型ギガンティックはヴィクセンを地面に幾度も叩き付けながら廃墟に向かって突進する。

 強かに打ち付けられたヴィクセンの足が、一本、また一本と衝撃で砕け散って行く。

レミィ「っぐぁッ!? うあぁっ!?」

 その都度、手足に走る激痛にレミィは悲鳴を上げ、ついにシートから転げ落ちてしまう。

弐拾参号?<お姉ちゃん……痛いよ……痛いよ……おねぇちゃぁん!?>

 廃墟の中を無茶苦茶に突進するオオカミ型ギガンティックの軋みや痛みを感じているのか、
 弐拾参号も姉に……レミィに痛みを訴える。

 そして、ヴィクセンが全ての足を失い、頭部すらひしゃげて原型を留めなくなった頃になって、
 ようやくオオカミ型ギガンティックの突進は終わった。

 飽きた玩具を放り出すように地面に叩き付けられたヴィクセンは、
 全身のブラッドラインがひび割れ、四肢の断面や全身から若草色のエーテルブラッドを垂れ流していた。

 もう既に結界装甲は無効化されており、叩き付けられた衝撃だけでひび割れたパーツが幾つも滑落して行く。

レミィ「ぐぅ……あ、ぁ、ぁ……」

 全身をズタズタに引き裂かれるような激痛の中、レミィは必死に意識を保ちながら切れ切れに喘ぐ。

 メインカメラやサブカメラの殆どが破壊され、ノイズだらけになってしまった壁面スクリーンの中、
 まだ辛うじて生きている一部に映る、凶悪なオオカミ型ギガンティックの顔を見上げる。

弐拾参号?<お姉ちゃん……どこなの……怖いよぉ……おねぇちゃん……>

レミィ「に、じゅぅ……さん、ごぅ……」

 心細そうに啜り泣く妹に、レミィは必死に呼び掛けようと、絶え絶えにその名を呼ぶ。

 だが、声は届かず、それを嘲笑うかのようにオオカミ型ギガンティックは大きく口を開く。

 すると、上下の顎の内側から二本ずつ、計四本の新たな牙が現れた。

 他の牙よりも鋭く、長く、禍々しい様相の牙からは、濃紫色の鈍い輝きを放つ液体らしき物が滴っている。

狼型G『Ggaaッ!』

 そして、オオカミ型ギガンティックはその新たな牙を、ヴィクセンに突き立てた。
140 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:23:33.07 ID:zL0Am2Zjo
レミィ「っ、うぁぁぁああああっ!?」

 腹を貫通する四本の牙が与える激痛に、レミィは悲鳴を上げて悶絶する。

 だが、痛みだけではない。

レミィ(何かが……入って来る……あの、液体か……!?)

 激痛で朦朧とする意識の中、先程、垣間見えた濃紫色の液体を思い出す。

 すると、ヴィクセンの全身から垂れ流しになっていたエーテルブラッドの一部が、
 若草色から濃紫色に変わってゆく。

 変化は次第に広がり、ついに全てのエーテルブラッドが濃紫色に染まってしまった。

レミィ(全身が……灼ける……痛みが……身体の中をぉ……!?)

 エーテルブラッドが濃紫色に染まりきってから、体内に液体を注がれる違和感は、
 体内を蠢く痛みへと変わる。

 レミィは目を見開き、口を悲鳴のカタチにしたまま、声ならぬ悲鳴を上げた。

狼型G『Gaッ! ………Guoooooo……ッ!!』

 再びヴィクセンを放り出したオオカミ型ギガンティックは、遠吠えのような勝利の雄叫びを上げる。

弐拾参号?<おねぇちゃん……おねぇちゃん……ひっく、ぐす……>

 その雄叫びの向こうから、すすり泣き続ける弐拾参号の声が聞こえた。

レミィ「っ、ぁぁぁ………ぅぁぁぁ………ッ!?」

ヴィクセン『れ…み…ぃ…』

 痛みに藻掻き苦しむレミィに、ヴィクセンが途切れ途切れの音で呼び掛ける。

 どうやら、この液体はヴィクセンのシステムにまで異常を来しているようだった。

 魔力リンクはまだ途切れていなかったが、全ての機器がエラーと緊急事態を告げている。

弐拾参号?<助けて……お姉ちゃん……助けてぇ……>

 啜り泣く弐拾参号の声と共に、オオカミ型ギガンティックがゆっくりと歩み寄って来た。

 どうやら止めを刺すつもりらしい。

 鋭い爪を纏った前脚を振り上げる。

 狙いは、コントロールスフィアのあるのど元。

狼型G『Gaaっ!!』

 短い唸り声と共に、前脚が振り下ろされる。

 その時だ。

???『レミィから離れろぉぉっ!!』

 オオカミ型ギガンティックの前脚がヴィクセンののど元を抉ろうとした瞬間、
 真横から躍り出た真紅の機体がオオカミ型ギガンティックを弾き飛ばした。

 チェーロ・アルコバレーノ……瑠璃華だ。

狼型G『Ggaaッ!?』

 弾き飛ばされたオオカミ型ギガンティックは、以前のように廃墟や地面に叩き付けられる事なく、
 全身のブースターで姿勢を整えて軟着陸を果たす。

狼型G『Grrr……ッ!』

 そして、新たに現れた敵を警戒し、オオカミ型ギガンティックは威嚇するような唸り声を上げた。

弐拾参号?<痛いよぉ……痛いよぉ……>

 弐拾参号の啜り泣きは、尚もレミィの脳裏に響く。

レミィ「…………ッ……!」

 だが、痛みに耐えるばかりのレミィには、もうその啜り泣きに応える余裕も無かった。
141 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:24:13.83 ID:zL0Am2Zjo
瑠璃華『よくもレミィまで……! お前らぁ……ッ!』

 瑠璃華は珍しく怒りに声を震わせ、両腰のジガンテジャベロットを構えた。

 だが――

狼型G『Grr………Gaaッ!』

 何を思ったのか、オオカミ型ギガンティックはすぐにそっぽを向き、
 ブースターから魔力を噴射し、足早に何処かへと立ち去ってしまった。

 進行方向からして、恐らくはテロリスト達の根城になっている旧技研だろう。

瑠璃華「逃げた……いや、逃げてくれたのか?」

 瑠璃華は呆然としつつ、訝しげに呟く。

 声を震わせるほど怒ってはいたが、瑠璃華の思考はクリアだった。

 ヴィクセンを圧倒するほどのスピードを誇る機体を相手に、
 鈍重な狙撃型のチェーロ・アルコバレーノでは分が悪い。

 おそらく、あのまま戦っていれば無傷では済まなかっただろう。

 瑠璃華は気を取り直し、足もとのヴィクセンを見下ろす。

瑠璃華「何だ……エーテルブラッドの色が変わっている?」

チェーロ『マスター、システム障害のため、ヴィクセンと交信不可能です。
     コントロールスフィア内部の状況、確認できません』

 怪訝そうに漏らす瑠璃華に、チェーロが状況を伝えて来る。

瑠璃華「……少し荒っぽいが、手を拱いていられる状況じゃないな……。
    レミィ、我慢しろ!」

 瑠璃華はそう言って一言、レミィに断ると――通信不可能なため通じてはいないだろうが――、
 コックピットハッチ周辺の装甲を引き剥がし、コントロールスフィアのあるブロックを機体から引き剥がす。

 元々後付けでエンジンとコントロールスフィアを取り付けた事もあって、作業は一分と掛からずに終わった。

レミィ『る、るり、か……来てくれたのか……?
    空は……フェイは……茜は……みんなは……どうなった……?』

 コントロールスフィアとの接触回線が開いたのか、レミィは弱々しく絶え絶えに尋ねてくる。

瑠璃華「………空とレオン達は……無事だ」

レミィ『そう、か……うっ……』

 吐き出すように言った瑠璃華の言葉に、レミィは小さく呻き、静かになった。

 激痛から解放されて、気を失ってしまったのだろう。

 だが、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「茜は……もう……間に合わん……」

 瑠璃華は涙で震える声で悔しそうに、切れ切れにその言葉を吐き出した。

 ほんの十数秒前まで遠くで煌めいていた茜色の輝きは、唐突に消えていた。
142 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:24:52.65 ID:zL0Am2Zjo
 同じ頃、連絡通路出入り口から二十キロ地点――


茜「ッ……くぅ……」

クレースト『申し訳ありません……茜様……』

 悔しそうに歯噛みする茜に、クレーストも主同様、悔しそうに呟く。

 既に茜達の戦闘は終わっていた。

 敵の弱点を見抜き、劣勢ながらも次々に敵機を戦闘不能に追い込み、
 あと二機と言う所まで敵を追い詰めた茜だったが、戦況は一瞬で覆ってしまったのだ。

少女『……GWF202X−クレースト、捕獲完了』

 突如として戦場に舞い降りた、薄桃色の輝きを放つエールを駆った少女の参戦で……。

 一瞬の動揺の隙を突いてプティエトワールの作り出す拘束魔法によって捕縛されてしまったクレーストは、
 結界装甲同士の干渉ですぐにブラッド損耗率の限界点を突破し、
 全身から茜色の輝きを失い、その動きを完全に止められてしまっていた。

 通信が妨害されているのか、既に機関本部や仲間達との連絡も取れない。

狼型G『Grrr……ッ!』

 さらにそこへ、オオカミ型ギガンティックが颯爽と現れる。

 退避する途中で拾ったのか、戦利品を飼い主の元へ持ち帰る飼い犬の如く、
 その口にはヴィクセンの足が一本、咥えられていた。

茜「ッ……おのれぇぇ……!」

 茜は俯き、悔しそうに声を吐き出す。

 奪われたエール、そして、破壊されたヴィクセンの足は、
 仲間達の身に恐ろしい事が降り掛かった事を、如実に告げていた。

 全ての動きを止められたクレーストは拘束魔法から解放され、その場に前のめりに崩れ落ちる。

茜「うぁっ!?」

クレースト『茜様!?』

 愛機が倒れ込む衝撃に茜は短い悲鳴を上げ、クレーストも心配そうな声を上げた。

少女『損傷軽微……これよりGWF202を城まで運搬する』

 幼い少女がそう言うと、廃墟の影から一両のリニアキャリアが姿を現す。

 それは、テロリスト達のマークが描かれた、山路重工製の旧式リニアキャリアだった。

 どうやら、少女の言葉通り、このまま戦利品と持ち替えられてしまうらしい。

茜(すまん……みんな……どうか……せめて無事でいてくれ……!)

 虜囚の身となる屈辱と恐怖の中、茜はせめて仲間達の無事を懸命に祈った。


 十八時四十五分。
 テロリスト達との開戦からおよそ二時間。

 初戦は、ギガンティック機関とロイヤルガードの惨敗で幕を閉じた。
143 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:25:46.40 ID:zL0Am2Zjo
―2―

 ギガンティック機関、格納庫――


 三両のリニアキャリアが到着するなり、待機していた整備班が一斉にハンガーへと群がった。

瑠璃華「チェーロ・アルコバレーノの腕をパージするぞ!
    ハンガーから離れろ! 11班は機体洗浄を優先!
    変色したブラッドには生身、防護服越しでも絶対に触れるな!」

 コントロールスフィアから飛び出した瑠璃華は、通信機を通して整備員達に指示を飛ばす。

雄嗣「救護班急げ! 各ドライバー、パイロットを医務室へ搬送!
   最優先はレミット・ヴォルピだ!」

 さらに、その奥で待機していた医療班が、主任の雄嗣と共に駆け出して来た。

 既にストレッチャーに乗せられていたレミィ達を、上階の医療部局に向けて運んで行く。

紗樹「私は大丈夫です……一人で歩けます」

 仲間達が運ばれて行く様を横目に、紗樹は疲れた足取りで格納庫の隅へと向かう。

 レオンも何か遠慮したいような事を言っている様子だったが、
 屈強そうな男性職員に押さえつけられて運ばれて行く。

紗樹「まったく、あの人は……」

 呆れた、と言うよりは疲れ切った様子でレオンを見送った紗樹は、近くにあったベンチに腰を降ろした。

 そして、辺りを見渡す。

 運ばれて行った仲間達は、空、レミィ、レオン、遼の四人。

 信じたくないが、今、この場に茜とフェイの二人はいない。

 茜の安否は不明だが、フェイの最期はこの目で見た。

 敵の勢力圏内と言う理由から機体の残骸すら満足に回収できない状況だったが、
 コントロールスフィアの間近を撃ち抜かれ、エンジンとブラッドに誘爆しての大爆発だ。

 残骸を回収して確かめるまでも無い。

紗樹「……隊長」

 その事実に次第に俯きながら、紗樹は無事かどうかすら分からない茜の事を思って、
 祈るような声を吐き出した。
144 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:26:33.97 ID:zL0Am2Zjo
 一方、愛機から離れ、作業の陣頭指揮を執る瑠璃華の元には、
 司令室にいた明日美に加え、雪菜とクララがやって来ていた。

 雪菜とクララは作業着風の魔導防護服に着替えており、いつでも整備作業に移れる状態だった。

雪菜「主任、お待たせしました。指示をお願いします」

 駆け足気味に駆け寄った雪菜が、瑠璃華に指示を求める。

 その隣では“何でも来い”と言いたげなクララも控えていた。

瑠璃華「おう、雪菜はアルコバレーノの修理の陣頭指揮を頼む。
    パージした腕はパワーローダーで運ばせろ。
    但し、変色ブラッドの周辺には絶対に触れさせるな!」

雪菜「了解しました」

 雪菜は瑠璃華の指示に頷くと、07ハンガーに向けて走り出す。

瑠璃華「クララはヴィクセンに付着した変色ブラッドの解析だ。
    ばーちゃんの用事が終わり次第、私もすぐにそっちに行く」

クララ「オッケーです、主任!」

 フェイの事が堪えているのか、普段通りとは言えないテンションで返したクララも、
 指示通りに11ハンガーに向かった。

 そして、部下への指示を出し終えた瑠璃華の元に、後ろに控えていた明日美が歩み寄る。

明日美「天童主任、例のテロリストの機体と交戦してみて、何か分かった事は?」

瑠璃華「………間違いなく結界装甲だぞ、司令」

 自分の事を“天童主任”と改まった様子で呼んだ明日美の質問に、瑠璃華も真面目な様子で返す。

 手元の大型タブレット端末から立体映像を起動し、
 テロリストの機体――まだ名も知らぬGWF401・ダインスレフ――を投影した。

瑠璃華「表面に露出しているブラッドラインは胴体周辺や上腕、大腿、関節周辺に限っているが、
    構造の単純化と機体そのもののサバイバビリティ向上に重点を置いた量産型だな」

明日美「量産型の、エーテルブラッドを使用した、ギガンティック……」

 瑠璃華の説明を聞きながら、明日美は一つ一つ区切りながら呟く。

 敢えてオリジナルギガンティックと呼ばないのは、父や瑠璃華の作った物に対する敬意や愛着も有っての事だろう。

瑠璃華「結界装甲の出力はこちらの二割強程度だが、結界装甲を一点に集中すれば
    シールドスタビライザーのような強固な装甲も切り裂けるようだ。

    量産型とは言え侮れない性能だぞ」

 瑠璃華は呆れとも感嘆ともつかない声音で言うと、さらに続ける。

瑠璃華「レミィの戦ったらしい獣型に関しては、状況程度しかデータが無いないが……
    こちらは明らかにヴィクセンを上回っているな。
    結界装甲の出力もこちらと同等と思った方が良いぞ。

    これがワンオフならまだやりようがあるが、万が一にも量産型だとしたら……」

 瑠璃華はそこまで言って、微かに身震いした。

 奇襲などの特殊な状況とは言え、量産型でさえアルバトロスを破壊し、
 オオカミ型はヴィクセンを大破せしめたのだ。

 生産されている数次第では、
 今も第三フロートで風華達が対処中のイマジンの卵嚢なみの脅威になりかねない。

明日美「対処方法はある?」

瑠璃華「………あるにはあった」

 神妙な様子で問うて来た明日美に、瑠璃華はそう答えて肩を竦めた。

瑠璃華「出力や防御面から言えばカーネルとプレリーでも何とかなるが、
    相手が高速・高機動型となればハイペリオンくらいしか思いつかないぞ……」

明日美「そう……」

 続く瑠璃華の言葉に、明日美も何事かを考えるように目を伏せる。
145 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:27:26.77 ID:zL0Am2Zjo
 ハイペリオン……エール・ハイペリオンは、
 エールにヴィクセンとアルバトロスをOSSとして接続した形態だ。

 総重量はカーネル・デストラクターやプレリー・パラディ以上だが、
 シールドスタビライザーとフレキシブルブースターによって外見以上の高機動性能を誇る。

 加えて、オリジナルのハートビートエンジンと試作型ハートビートエンジンを用いた
 セミトリプルハートビートエンジンは、ダブルハートビートエンジンに匹敵する出力を誇った。

 だが、エールは奪われ、アルバトロスは破壊され、ヴィクセンもフレームの大半が大破してしまっている。

 これではモードHどころか、エールと共に奪われたクレーストと合わせて、
 本部の戦力は半減以上の大打撃だ。

瑠璃華「向こうもすぐには動けないんだろう?」

明日美「ええ……」

 瑠璃華の質問に、明日美は小さく肩を竦めながら応えた。

 向こう、とは第三フロートで卵嚢の処理をしている風華達の事だ。

 瑠璃華は本部作業のために動けず、風華達もローテーションを維持のため、
 これ以上人数を減らすワケにも行かない。

 実際、その辺りの事情は瑠璃華にもよく分かっていた。

瑠璃華「山路の方には、213フレームを大至急仕上げるように連絡済みだから、
    必要なパーツは明日の明け方までには届くと思うが……。

    問題はエンジンだぞ……」

 八方塞がりの状況を思い、片手で頭を掻きむしりながら、瑠璃華は愚痴っぽく呟く。

明日美「……ハートビートエンジンに、何か問題が?」

瑠璃華「……事と次第によると、今回の件でエンジンを四つ失った事になる……」

 恐る恐ると言った風に尋ねた明日美に、瑠璃華は重苦しそうな口調で返す。

 その時だ――

クララ「しゅ、主任! 大至急お願いします!」

 いつもの戯けた調子などかなぐり捨てた雰囲気のクララの声が、ヴィクセンのハンガーから聞こえて来た。

瑠璃華「……ッ、覚悟はしておいてくれ、ばーちゃん……」

 瑠璃華はそれだけ言い残すと、踵を返してクララの元に駆けて行く。

明日美「……瑠璃華!」

瑠璃華「何だ!?」

 だが、すぐに明日美に呼び止められ、どこか苛立ったように振り返る。

明日美「………211の作業が一段落次第、203ハンガーの解放の準備を。
   それと、最下層階にある第五一六号コンテナを上に持って来るように指示を出しておきなさい」

明日美「203?
    そっちは分かるが……最下層階にあるコンテナなんて、全部ガラクタばかりで……」

 明日美の指示に瑠璃華は怪訝そうに首を傾げた。

 203ハンガーとは、現在も適格者無しで眠り続けるオリジナルギガンティック最後の一機、
 GWF203X−クライノートが安置されているハンガーの事だ。

 だが、最下層階にある第五一六号コンテナなど、万が一ために保管されている
 オリジナルギガンティックのジャンクパーツ入れの一つ……要はゴミ箱である。

 一方のオリジナルギガンティックはともかく、もう一方は無用のゴミ箱。

 それがこの緊急事態に入り用だとでも言うのだろうか?

瑠璃華「……分かった!」

 だが、半年前も空の件では上手く立ち回っていた明日美の事、何か考えがあっての事だろうと、
 瑠璃華は大きく頷いて返事をすると、再び踵を返し、今度こそクララの元へと駆け出した。
146 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:28:03.55 ID:zL0Am2Zjo
 すぐにクララの元に辿り着くと、
 彼女は殆ど半泣きになりながら作業の陣頭指揮を執っている最中だった。

瑠璃華「何があったんだ?」

クララ「主任! それが……表層の変色ブラッドは除去したんですが、
    機体フレームへの侵食が止まらないんです。

    変色部分が既に残存パーツの三割を侵食していて……」

瑠璃華「洗浄開始が遅かったか……! くそぉ……!」

 困惑した様子で答えたクララの報告に、瑠璃華は悔しそうに漏らす。

 ヴィクセンの躯体をリニアキャリアまで運搬しただけでも、
 腐食によってチェーロ・アルコバレーノも腕を失ったのだ。

 戻るまで洗浄作業を開始しなかったのは、完全な判断ミスだったと言っていいだろう。

瑠璃華「エンジン本体の弁は閉まってるんだな?」

クララ「はい、ヴィクセンが機能不全になる直前に緊急作動させたようで、
    スキャン結果ではエンジン内部に変色ブラッドは侵食した様子はありません」

瑠璃華「なら、エンジン本体の確保を最優先だ!

    洗浄中にパワーローダー用のチェーンソーと、
    ギガンティック用のブレードをありたっけ準備させろ!
    洗浄が終了次第、エンジン周辺のパーツの緊急切除作業を行う!」

 瑠璃華は慌てた様子でそう言うと、端末で雪菜に連絡を取る。

瑠璃華「雪菜、チェーロの分離作業を急いで行ってくれ。
    ヴィクセンの変色ブラッドに侵食された部位を切り離した後、
    ジャベロットを使って直接熱処理する」

雪菜『了解しました、主任』

 雪菜の返事を聞いた瑠璃華は、回線を切ると小さく深呼吸した。

 そして、気を取り直すなり、整備員達に向かって口を開く。

瑠璃華「作業を続行しながら聞け!

    一分一秒を争う緊急事態だ!
    人類防衛の最前線を支えるお前達の技術の見せ所だぞ!」

 瑠璃華の飛ばした檄に、格納庫のそこかしこから歓声のような返事が上がる。

瑠璃華「よぉし! 総員、いつも通り、慌てず、慎重に、
    だが急いで作業を続けるんだぞっ!」

 そう言って、自らも愛機の元に向かった瑠璃華は、
 部下達の気合の入った声を聞きながら、再び気を引き締め直した。
147 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:28:43.39 ID:zL0Am2Zjo
 一方、瑠璃華に指示を出した後、格納庫を離れた明日美は、医療部の病室へと顔を出していた。

 そして、診察室の前に辿り着くと、廊下に据え付けられたベンチに腰掛けている空の姿があった。

 爆風に煽られたものの、軽い背中の打ち身の他は気を失っただけだった空の治療は既に終わっていたが、
 医療部からの連絡事項やニュース番組の表示されているインフォメーションボードを、
 どこか茫然自失と言った風に視線だけで眺めている様子は、やはり精神的に参っているようだ。

明日美「治療はもういいの、朝霧副隊長?」

空「あ……司令……?」

 明日美が声をかけると、空は疲れ切った様子で顔を上げ、
 だがすぐに正気に立ち返り、立ち上がって深々と頭を下げる。

空「申し訳ありません、譲羽司令!
  エールを……GWF201Xとギアを奪われ、
  判断ミスから張・飛麗隊員とGWF212Xとギアを、失いました……!」

 空の口から努めて事務的に発せられた報告は、だが空自身を深く傷つけていた。

 最後は悔しさと哀しさで押し潰され、震え、吐き出すようですらあった。

明日美(重傷ね……)

 痛々しく見える少女の姿に、明日美は内心で小さな溜息を漏らす。

 目の前で抵抗虚しく愛機を奪われ、仲間すら失った少女。

 去年の春に姉を喪い、その感情をどう処理して良いか分からずに抜け殻のようになっていた姿に重なる。

 頭を下げたまま、肩を震わせる空に、明日美は意を決して話しかけようと、口を開く。

明日美「………フェイの事は残念だったわ。だけど、その事は――」

 と、明日美がそこまで言いかけた、その時だった。

 傍らのインフォメーションボードのニュースの画面に、激しいノイズが走る。

 インフォメーションボード自体は本部施設内のローカルネットワーク端末だが、
 ニュースは外部から受信した番組を映している物だ。

 メガフロート内のニュース番組はネットワークや電波、種々の魔力的通信手段によって配信されているが、
 メガフロート内である限りノイズが交じるような事はあり得ない。

 あり得るとしたら、それは……。

明日美「電波ジャック……!」

 明日美は顔をしかめ、ノイズが治まり始めたニュース画面を見遣る。

 空もつられて、そちらを向いた。

 ノイズが消えると、そこに映ったのは、豪奢な雰囲気の部屋だ。

 それは、そう……テロリスト達の根城、旧山路技研の最奥に位置する謁見の間と呼ばれる部屋だった。

 悪趣味な煌びやかさを放つ服に身を包んだ男が、十人以上の女性を傅かせて、
 玉座で尊大に胡座をかき、これまた尊大にふんぞり返っている。

??『偽王に統べられし、不幸なる我が臣民どもよ。
   貴様らの真なる唯一皇帝、ホン・チョンスである』

空「…………?」

 玉座でふんぞり返る、ホン・チョンスを名乗る男の言葉に、空は思わず首を傾げてしまった。

 彼は、一体、何を言っているのだろうか?

ホン『偽王どもとそれに付き従う野蛮なる者共と、我に付き従う勇ましき戦士達との戦は終わらず、
   我もこのような僻地での籠城を強いられ、貴様らに我が威光が届かぬ事に、我も心を痛めていた』

 彼は……ホン・チョンスは、自分の発している言葉がさも当然と言うように、
 何の迷いも戸惑いもなく、奇天烈な言葉を並び立て続ける。
148 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:29:23.40 ID:zL0Am2Zjo
ホン『だが、臣民どもよ、時は来た!
   数だけに頼る蛮族に勝る剣を、我が戦士達は手に入れた!』

 男が万感の想いを込めて叫ぶと、途端に壁面にかけられていた豪奢なカーテンが外れ、
 壁一面に別の部屋の光景が映し出された。

 そこに映っていたのは、百機はあろうかと言うギガンティックの大群だ。

 それらが次々に様々な輝きを宿して行く。

ホン『これこそが真なるオリジナルギガンティック!
   我らが戦士達が掲げる輝かしき剣、ダインスレフである!』

明日美「ダインスレフ………ダーインスレイブね……!」

 ホンの言葉に、明日美は唖然としながらもその名に思い至り、驚いたように呟く。

 ダーインスレイブとは、数多くの北欧神話の物語を収めたエッダにも記された、
 小人が作った呪いの剣の名だ。

 一度、鞘から抜けば、持ち主が血見るまで収まらぬとされた、血塗られた呪いの剣だ。

 ダインスレフは、その異名である。

 そんな呪われた剣の名を付けられたギガンティックを“輝かしき剣”とは、
 笑いを通り越して呆れすら覚える。

 だが、呪われた剣の名を持つギガンティックの力は確かな物だ。

 一対一なら機関のオリジナルギガンティックに圧倒的な分があるが、
 軍や警察の持つ量産機との勝負ならば圧勝だ。

 それが百機以上。

ホン『そして、我らが戦士達が、偽王に付き従う蛮族どもから奪還せし、
   選ばれし者の元に集う二機のギガンティックである!』

 ダインスレフ達を映すカメラが、それらの傍らを通り過ぎ、ぐっと奥に寄って行く。

 すると、その最奥に並べられていたのは――

空「エールッ!? それに、茜さんのクレーストも……!?」

 壁際に立つ二機のギガンティックの姿に、空は目を見開く。

 エールには煌めく薄桃色の、クレーストには微かな茜色の輝きが灯っている。
149 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:29:57.60 ID:zL0Am2Zjo
ホン『皇帝に相応しき力は、我が元へと集う!
   何故ならば、我こそが真なる皇帝だからだ!』

 画面には再びホンが映し出され、彼は立ち上がると、雄々しく拳を掲げた。

 彼の独白めいた言葉はさらに続く。

ホン『我が祖父から王位を簒奪した偽王どもは一族郎党に至るまで、
   即刻、我が前に馳せ参じ、我に頭を垂れよ!

   我が臣民を騙した事を、ホン王朝第四代皇帝……
   このホン・チョンスに詫び、臣民どもが崇め、見守る我が目の前で自害せよ!』

 そろそろ、頭痛を禁じ得ない。

明日美(予想の斜め上をジグザグに駆け上がって行くわね……相変わらず……)

 明日美は頭を抱えたい衝動に駆られながらも、画面からは目を離さなかった。

 どこに事件解決の糸口があるとも限らない。

 事実、六十八年前のグンナーショックの際、魔法倫理研究院のエージェント達は、
 僅かに映った地形をヒントにグンナーの居所を掴んだのだ。

 どこに逆転の秘策があるかも分からない以上、目を逸らすワケにはいかない。

ホン『我が提示する条件は三つ、一つは先に述べた偽王どもの謝罪と死。
   二つ目は皇居を本来の持ち主である我に返上する事。
   三つ目は偽王どもの威を借る政府の解体と、正当なる我への政権返上である!』

 ホンは高らかに、脳内幻想に満ちた自己像に基づく条件を提示した。

 そもそも、四代――どんなに長く見積もっても百年五十年程度だろうか?――の王朝となれば、
 二十世紀末でも七十年程度の歴史。

 アジア地域に限定しても、その時点ですら数百、数千年前から続く数々の朝廷や王朝が存在し、
 それらの皇族・王族が集まっているのがNASEANメガフロートの皇居だと言うのに、
 高々半世紀程度の王朝から王位を簒奪した歴史が存在するなど、時間がねじ曲がっている。

 要は正気ではない。

 ショックで冷静さを欠いていた空にも、その程度の判断は出来た。

 電波ジャックは終わり、慌てた様子のニュースキャスター達が映る。

 どうやら、何の事前通告も予兆も無い、文字通りの電波ジャックだったようで、
 時間も短かった事もあって報道の混乱は続いているようだ。
150 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:30:40.68 ID:zL0Am2Zjo
明日美「………朝霧副隊長……いえ、空」

空「は、はい!」

 唖然呆然としていた空は、改まった様子の明日美の呼び掛けに、緊張した様子で向き直った。

 あのエキセントリックと言うかサイコな話を聞かされたせいか、
 元からのショックや精神的な疲れは、一時的にではあったが吹き飛ばされていた。

 だが、続く明日美の言葉は、そのサイコなショックを吹き飛ばし、
 元からあったショックを呼び戻してしまう。

明日美「……エールを取り戻すつもりは、ある?」

空「……ッ!」

 明日美の言葉に、空は身を強張らせ、肩を震わせる。

 何の抵抗も出来ずに敵に奪われ、ああしてテロリストの示威のために晒し者にされた愛機。

 彼は……エールは結・フィッツジェラルド・譲羽の愛機だった。

 テロのような暴力に怒り、それに晒される人々を救いたいと願った女性の愛機。

 そんな彼が、テロリストの元にいるのは彼の本意では無い筈だ。

 取り戻す……いや、救い出したい。

空「……助けたい……です。エールを……茜さんと、クレーストも……!」

明日美「助けたい、……ね」

 空の言葉を、明日美は反芻する。

 だが――

空「でも……戦えません……今の私に、みんなを助ける力なんて……」

 空はそう言って悔しそうに唇を噛み、顔を俯ける。

 身も竦むほどの恐怖を覚える力の差。

 生身と結界装甲を持つギガンティックにの間には、そんな言葉でも生易しいほどの圧倒的な差がある。

 仮に量産型ギガンティックを預けられても、空にはそれを駆る技術も無ければ、
 結界装甲を持つダインスレフや、敵が……あの幼い少女が駆って来るであろうエールには抗しきれない。

 同じ結界装甲を持つオリジナルギガンティックでなければ、組み合う事すら出来ないだろう。

 だが、風華達は卵嚢群の処理で足止めされ、
 一人戻った瑠璃華はヴィクセンの修理に掛かりきりになり、自分を庇ってフェイは命を落とした。

 レミィも、まだ目を覚まさない。

 今、自分に力を貸してくれる仲間は……その余裕のある仲間は、一人もいない。

 力があるならば、助けたい。

 苦境にある仲間達を、支えたい。

 悔しかった。

 悔しさで拳を握り締め、ブルブルと肩と腕を震わせる。

 明日美はそんな空を一瞥し、不意に腕時計に目を向けた。

 格納庫を離れてから、そろそろ三十分が過ぎようとしていた。

明日美(今から格納庫に戻れば、丁度良いタイミングかしら……)

 明日美は心中で独りごちると、スッと踵を返す。

明日美「朝霧副隊長、着いて来なさい……」

 そして、背中越しに空を呼ぶ。

空「あ……は、はい!」

 一瞬、置いて行かれたかと錯覚しかけた空は、
 いつの間にか滲んでいた悔し涙を拭い、明日美を追って駆け出した。
151 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:31:24.71 ID:zL0Am2Zjo
 二人は正面ロビーを抜け、格納庫を見下ろす作業通路に辿り着く。

 そこは以前、空が着任初日にマリアと共にギガンティックを見下ろした場所だった。

 見渡せば、そこには全身が濃紫色に変色したヴィクセンのフレームを切除し、
 エンジンを取り出す作業をしている様が見えた。

 その傍では瑠璃華の駆るチェーロが、炎熱変換した魔力で切除された部位を焼却処分している。

瑠璃華『切除急げ! 内部の腐食がさっきよりも進んでいるぞ!』

 通信機越しで叫ぶように指示を出す瑠璃華の声は、いつになく焦りに満ちていた。

 元々、手足も頭も失っていたヴィクセンだが、胴体も既に原型を留めておらず、
 それでも尚、数台の大型パワーローダーが代わる代わる、ヴィクセンの胴体を切り刻んでいる最中だ。

空「………」

 空はその痛々しい光景を見遣り、悲しそうに目を伏せる。

 瑠璃華がああしている以上、せざるを得ない状況なのだろうが、理解と納得は別問題だ。

 明日美もそちらを見ていたようだが、すぐに視線を別の方向に向けた。

明日美「こっちを見なさい、朝霧副隊長」

空「……はい」

 明日美に促され、空は明日美の視線が向けられていた方向を見遣る。

 視線の先にあったのは格納庫の最奥、壁のような厳重なシャッターで閉ざされた場所だ。

 その壁が左右に滑るように開かれ、その奥から巨大な何かが迫り出して来る。

 ギガンティック用のハンガーだ。

 埃避けのシートを被せられたハンガーが、牽引用の巨大トラックに引かれて、格納庫内に入って来た。

 だが、それだけではない。

 ハンガーに連結された状態で、もう一両の車輌が姿を現した。

 こちらも埃避けのシートが被せられていたが、
 ギガンティック用のハンガー車輌よりも大きな車体はシート越しにも分かった。

 アルコバレーノの修理やヴィクセンのフレーム切除作業、
 アメノハバキリの修理以外にも整備員の手は余っているのか、
 数台の中型パワーローダーが二両からシートを取り去って行く。

 シートを取られたハンガーから現れたのは、白を基調とした躯体にエメラルドグリーンのアクセントが映える、
 全身に鈍色の輝きを纏わせたオリジナルギガンティックだ。

 そして、後方の車両には同じく白地に、所々に赤や青と言った七色のラインが走る、
 こちらも鈍色の輝きを持った巨大な重戦車が乗せられていた。

明日美「オリジナルギガンティック、GWF203X……クライノートと
    その専用OSS、OSS203X−ヴァッフェントレーガーよ」

空「クライノート……それに、ヴァッフェントレーガー……」

 明日美の言葉を、空は反芻する。

 確かに、その機体の姿には空も見覚えがあった。

 以前、アルフの訓練所で座学の際に見せられたクライノートそのものである。

 これが現存するオリジナルギガンティック、最後の一機。

 明日美の師である、二代目閃光、クリスティーナ・ユーリエフの愛機であったソレだ。

明日美「朝霧副隊長、あなたにはエール奪還までの間、
    クライノートのドライバーを務めて貰います」

空「わ、私がですか!?」

 淡々とした明日美の言葉に、空は驚愕する。
152 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:31:59.18 ID:zL0Am2Zjo
 無理だ。

 自分が同調できたオリジナルギガンティックはエールだけの筈だ。

 マリアのように、二機のオリジナルギガンティックに認められたワケではない。

 だが、明日美は気にせずに続ける。

明日美「クライノートには誰でも乗れるわ……。それこそ、僅かな魔力しか持ち得ない人間でも……」

空「だ、誰でも……ですか?」

 空は愕然とした表情のまま、明日美に問い返す。

 誰でも、と言うのだから言葉通りに“誰でも”なのだろうが、
 それでは、何故、この強力なオリジナルギガンティックと専用OSSは長らく格納庫の奥で眠っていたのだろうか?

明日美「彼女、理解があるのよ。
    だけど、オリジナルドライバーであるクリスティーナ・ユーリエフを除き、
    彼女を十全に扱えた人間は今まで一人もいなかった」

 しかし、明日美は険しそうな視線を、クライノートではなく、その後方のヴァッフェントレーガーに向けた。

明日美「ヴァッフェントレーガーとクライノート、
    この二つが揃って始めて、クライノートはその真の性能を発揮する。

    だけど、それにはクライノートだけでなく、
    ヴァッフェントレーガーとも同調しなければならない」

空「ヴァッフェントレーガーと同調……けど、それじゃあ……」

 明日美の説明を聞いた空は、再び目を伏せる。

 自在に動かせる新たな乗機があっても、
 肝心のOSSと同調できないのでは百パーセントの性能は発揮できない。

明日美「いいえ……ヴァッフェントレーガーとの同調も、
    他のオリジナルギガンティックのような資格は必要無いわ。

    必要なのは、ヴァッフェントレーガーを扱いこなす能力よ」

 明日美はそう言って通路を進み、今度はドライバー待機室に通じる通路の出入り口へ向かった。

 空もその後を追う。

明日美「あなたには、今からヴァッフェントレーガーを扱うための特訓を受けて貰います」

空「特訓……シミュレーターですか?」

 明日美の言葉に、向かう先にある施設を思い浮かべた空は、おそらくと思われる物を挙げる。

 アレなら実戦さながらの訓練が出来るだろう。

明日美「ええ……但し、今までよりも幾分か辛い物になるわ……。
    それでも構わないかしら?」

 明日美は頷くと、肩越しに空に向き直り、彼女の意志を確認する。

 それは最終確認だ。

 仲間を助けたいと願うなら、この特訓に耐えて見せろ、と。

 そのくらいの覚悟が無ければ、クライノートを駆る資格は無い、と。

空「……はい、お願いします!」

 躊躇ではなく、心の中の闘志を燃え上がらせる僅かな間を持って、空は深々と頷いた。

 エールや茜、クレーストを助け、フェイの仇を討つ。

 そのための特訓になら、どこまでも耐えて見せる。

 そんな強い思いが、空の胸には宿っていた。

 明日美は満足そうに頷くと、
 空と共にドライバー待機室の向こう……シミュレータールームへと向かった。
153 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:32:39.84 ID:zL0Am2Zjo
―3―

 ドライバー待機エリア、シミュレータールーム――


 シミュレータールームに入るなり、明日美はコンソールに向かい、何事かの操作を始めた。

空「あ、あの司令、セッティングなら私が……」

 流石に組織の最高指導者にそんな雑務をさせるワケにはいかず、空は慌てた様子でコンソールに駆け寄る。

 だが、明日美は視線と手でそんな空を制した。

明日美「今からシミュレーターの安全装置を幾つか外します。
    ………ごめんなさいね、この操作ができるのは私以外は五人しかいないから」

 明日美は至極真面目な雰囲気で言ってから、微かな苦笑いを浮かべて言った。

 ちなみに、明日美以外の五人とは、このシミュレータールームを管理する戦術解析部の主任――
 つまりほのか達の上司だ――と、技術開発部主任の瑠璃華、医療部主任の雄嗣、
 副司令のアーネスト、そして、前線部隊の隊長である風華だけだ。

 無論、空はそんな事は知らないし、シミュレーターの安全装置が解除できる事も知らなかった。

空(安全装置を外す……やっぱり、大変な特訓なんだ……)

 空は無言で明日美がコンソールを操作する様子を見ながら、ゴクリ、と息を飲んだ。

明日美「生身の魔導戦のシミュレーター訓練はどのくらい?」

空「えっと……最近は週に三回、一週間の合計で五時間くらいです」

 明日美の質問に、空は思い出すように答える。

 訓練時代からの合計時間で言えば、そろそろ五百時間程度だろうか?

 ギガンティックを用いない生身の魔導戦の技術も、オリジナルギガンティックのドライバーには必要だ。

 ドライバーが技量を上げれば、上げた分だけオリジナルギガンティック達もそれに応えてくれる。

明日美「そう……訓練時間としては十分ね」

 明日美は満足そうに頷くと、一台のシミュレーターに向かった。

 どうやら、この特訓には明日美も参加するようだ。

 初代閃虹の実子であり、二代目閃虹に師事し、
 メガフロートを守り続けた生きた英雄、明日美・フィッツジェラルド・譲羽。

 そんな大人物から直々に施される訓練に、空も緊張を禁じ得ない。

明日美「朝霧副隊長は二番のシミュレーターを使いなさい」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に応え、空は少し慌てた様子で指定された
 二番のシミュレーター――明日美の隣だ――に身体を預けた。

明日美「普段と違って、細い管に吸い込まれるような違和感を覚えるかもしれないけど、
    抵抗せずにその間隔に気持ちを委ねなさい」

空「……は、はい……」

 隣のシミュレーターに寝た明日美の指示に、空は不安げに頷く。

 安全装置を解除したシミュレーターを使うのは、今回が初めてだ。

 緊張と不安に心臓の鼓動も加速して行くように感じる。

 直後――

空「!?」

 明日美に言われた通り、ストローのように細い管に頭から吸い込まれるような感覚に襲われながら、
 空の意識は仮想世界へと落ちて行った。
154 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:33:16.18 ID:zL0Am2Zjo
 そして、数瞬後、空の意識は仮想空間の中にあった。

空「ん……」

 目を開いた空は、自分が荒れ地のような場所にいる事に気付く。

 谷間にある広い平野だ。

 普段の魔導戦訓練に使っている平面で構成された空間とは違うようだ。

明日美「やっぱり、私のイメージが優先されたようね……」

空「し、司令!?」

 普段との違いに戸惑っていた空は、背後からの声に驚いて振り返る。

 だが、振り返りながらふと思う。

 明日美の声は……老齢である筈の女性の声は、こんなに高く張りのある声だったろうか、と?

 そして、振り返った空は、さらなる驚きで目を見開いた。

空「し、しれぇっ!?」

 驚きのあまり、声が上擦るのを通り越して、ひっくり返る。

 そこにいたのは年若い妙齢の女性だった。

 年齢は風華よりも少し若い、二十歳かそれよりも少し若く見える女性。

 だが、その姿には見覚えがある。

 艶やかな黒髪と、強い意志と生命力の宿る黒い瞳。

 藤色をしたローブ状の魔導防護服を纏ったその姿は、
 明日美の自宅で見たフォトデータにあった、若かりし明日美の姿そのものだ。

明日美「魔導師としての私の全盛期は十代後半から二十代前半。そうね十九歳くらいかしら?」

 そう感慨深く呟いた若い明日美は、身体の感触を確かめるように拳を握ったり開いたり、
 肘の曲げ伸ばしを繰り返す。

明日美「コレが安全装置を解除した理由の一つ。
    使用者のイメージに合わせて、仮想空間内の年齢をコントロールする事が出来るわ。

    さすがにお婆さんの姿じゃあ、訓練どころじゃないもの」

 明日美はそう言って、どこか戯けたような笑みを浮かべた。

 そこで空も思い出す。

 そう、アルフからも初めてシミュレーターを使った時に教えられていた。

 このシミュレーター開発当時には、事故で八歳程度にまで若返ってしまった人がいた事を。

 そして、現在は安全装置でそんな事故が起こらないようにされている事を。
155 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:33:48.68 ID:zL0Am2Zjo
明日美「あと一つは体内時計の操作。
    コレは初期から機能として組み込まれていたのだけど、
    時間間隔が狂う、と言う医学的理由から封印されていたの」

空「体内時計の操作、ですか?」

 若返った明日美の説明に、空は首を傾げた。

明日美「ええ、今、この仮想空間は現実の大体五百倍程度の速度で動いているわ」

空「ご、ごひゃくばい!?」

 明日美の言葉に、空は素っ頓狂な声を上げる。

 五百倍で加速した仮想空間。

 シミュレーターを起動してから体感で過ぎた時間は二分……百二十秒程度。

 だが、現実にはまだコンマ二秒も過ぎていない計算になる。

 なるほど、あの細い管に吸い込まれるような感覚は、精神が加速して行く際の物だったのだろう。

明日美「設定した時間は五十分……十七日程度かしら」

 明日美は思案げに漏らす。

 半月以上もの時間を、たった五十分で経験する事が出来る。

空(コレって……もしかしなくても、もの凄い事なんじゃ……)

 空は内心の驚きを隠しきない様子ながら、そう胸中で独りごちた。

 五百倍の体感時間を活かせば、短期間であらゆる訓練が可能だ。

 このシミュレーターの体験が実際の身体にフィードバックされる事は、
 一年以上使っていた自分が身を以て知っている。

 五百倍と言う事は、一日で一年四ヶ月分、
 それこそ今までの自分の訓練・実動期間と同じだけの経験が出来る事になるのだ。

 コレは利用しない手は無いだろう。

空「こんな便利な機能があったんですね」

明日美「ええ……。まあ、あまり評判は良くないのだけれども………」

 感嘆混じりに漏らした空に、明日美は目を逸らし、苦笑い混じりに言葉を濁した。
156 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:34:20.92 ID:zL0Am2Zjo
 だが、すぐに気を取り直したように真面目な表情を浮かべ、空に向き直る。

明日美「本格的に特訓を始める前に、幾つか質問……意思確認をしておきたいのだけれど、いいかしら?」

空「……はい」

 妙に改まった様子の明日美の問いかけに、空は訝しがりながらも深々と頷いた。

 明日美も頷き返し、口を開く。

明日美「……今回の事を踏まえて、テロと言う物を、貴女はどう見る?」

 明日美の質問に、空は身を強張らせた。

 それは数時間前に茜から問いかけられ、レミィやフェイと共に応えた質問と、同じ物だった。

 だが、決定的に違う事が一つ……いや、二つある。

 空は身を以て、テロと言う物が……テロリストがどんな者達なのかを知った。

 そして、その中で大切な仲間の命を……フェイを、失った。


――何でだろう、と思います――


 かつての自分が如何に無知で、如何に優等生然とした偽善的な回答を口にしたのかを知った。

 そして、フェイの掲げた理想論が、どこまでも遠く、険しい道なのかも知った。

 だからこそ、今の空の回答は――

空「……許せません」

 ――とてもシンプルで、そして……――

空「……こんな苦しい思いは、もう、誰にもさせられません……!」

 ――どこまでも彼女らしい、義憤に満ちた物だった。

 空は握った拳を胸に押し当てるようにして、フェイを失った痛みを思い返す。

 爆風の向こうに消えたフェイ。

 彼女はテロすら受け入れ、より良い社会を目指す事を是とした。

 その彼女の祈りを踏みにじったテロリスト。

 許せる筈が無い。

 そして、自分が抱いた哀しみも憎しみも、もう誰にも味合わせて良い物でも無いのだ。

空「みんなを助けて……テロリストを倒します」

明日美「そう……」

 力強く言った空に応えるかのように、明日美は感慨深く頷いた。

 哀しみと怒り、憎しみの中にあっても未だ曇らない空の志は、本物だった。

 誰かのために、そう誓った彼女の意志の堅さを、人間離れした物と思う人間もいるだろう。

 自分で尊いと思った物、気高いと感じた物、そんな信念を如何なる時にも曲げないと言う事は、決して容易くは無い。

 尊さは怒りに消し飛ばされ、気高さも憎しみに屈し、信念も大きな力の前には曲げざるを得ない時がある。

 そして、それは弱さではない。

 だが、尊いと思ったものを尊いままに、気高いと感じたものを気高いままに、信念を曲げない事は強さなのだ。

 それは、一度でも憎しみに……黒い感情に呑まれた者にしか分からない強さだった。

 空は今も、フェイを殺された事……彼女を死地に赴かせた後悔と、
 彼女を殺した者達への怒りと憎しみに、黒い感情に抗っているのだろう。

 奇しくも、フェイは姉・海晴と似た状況で亡くなった。

 空を庇い、敵の攻撃に晒されると言うカタチで……。
157 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:35:13.82 ID:zL0Am2Zjo
明日美「……なら、今の内に精一杯、泣いておきなさい」

空「!?」

 深い感慨の込められた明日美の言葉に、空はビクリ、と身体を震わせた。

明日美「後悔も怒りも憎しみも……今の内に、吐き出しておきなさい……」

空「あ……」

 そう言われて、空は初めて気付く。

 そうだ、自分は後悔していたんだ。

 あの時、自分が逃げる事が出来ていたら、フェイは死なずに済んだかもしれない。

 最後に引き金を引いたのは、あのダインスレフに乗っていたテロリストだ。

 強固な筈のアルバトロスの背面装甲が、その全性能を発揮できなかったのも、
 先に彼らによってシールドスタビライザーが破壊されていたからだ。

 恐らく、十人中九人が、フェイの死の原因をテロリストにあると口を揃えるだろう。

 だが、間違いなく、フェイの死の最大の原因は自分を庇った事にある。

 それすらもフェイの自己責任だろう。

 最終的に空を庇ったのは、フェイの判断なのだから。

 だが、違う。

 あんな状態でも、自分を庇うために動いてくれる仲間の事を一時でも忘れ、
 すぐに動けなかった自分の責任なのだ。

 明日美は、そんな空の後悔を見抜いていた。

 いや、むしろ“分かって”いた。

 病室前で空から報告を受けた時、空はフェイとアルバトロスを失った事を、
 “自分の判断ミス”だと明言した。

 最初から空は、フェイの死の原因の一旦を自分に感じ、後悔していたのだ。

明日美「フェイの事を気にするな、とは言わないわ。
    それはとても無責任な事を強いる事ですもの……。

    でも、今ここにあるあなたの命は間違いなく、フェイが繋いでくれた命よ。

    悔やむよりも前を向きなさい。
    フェイと……そして、海晴が繋いでくれた自分の命を、
    どうやって正しい事のために使うかを考えながら」

 明日美の言葉を聞きながら、空は“ああ、そうだ……”と納得していた。

 一年前の春にも、自分の命は愛した人の犠牲によって、今に繋がれていたのだ。

 自分の命を繋いでくれた人のためにも、自分に出来る事をしよう。
158 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:36:03.85 ID:zL0Am2Zjo
明日美「ただ……今だけは泣いておきなさい……。
     何時間でも、気の済むまま……」

空「……はい」

 明日美に言われて頷いた空は、また気付く。

 この意志最終確認をシミュレーター起動後にしたのは、
 明日美が空のために“泣く時間”を作ってくれたからだった。

 体感時間を五百倍に加速されたこの空間なら、
 たとえ一時間泣いたとしても、現実には十秒足らずの時間だ。

 現実には僅かしか経っていない時間でも、気持ちを切り替える事も出来るだろう。

 明日美は、自分が前を向く事を信じてくれている。

空「……ありがとう、ございます、司令……。
  少しだけ、時間を……下さ…い」

 空は涙で震える声で、何とかそれだけ言い切ると、その場で崩れ落ちるように膝をついた。

空「ッ……ぁぁぁ……っ!」

 喉の奥から絞り出すように、嗚咽を漏らす。

(ごめんなさい……フェイさん……ごめんなさい……!)

 心中で、亡き仲間に謝罪し、彼女の事を思う。

空(……フェイさんが助けてくれた命……絶対、無駄になんかしない……!
  もう二度と、復讐に取り憑かれたりなんかしない……!

  だから、今だけ………)

 人形のように淡々と振る舞いながらも、どこか人間臭さを隠せない、
 そんな誰よりも人間味に溢れた仲間だった。

 拒むよりも受け入れる事を選び、中庸よりも調和を重んじる、温和な人だった。

 愛した姉との間にあった絆を、姉の死後も宝物のように大切にしてくれている、
 そんな思いやりに満ちた女性だった。

空「フェイさ、ん……フェイさぁぁん……うぅ、あぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 空は堪えきれず、その名を叫び、号泣する。

 涙は止めどなく溢れ、後悔を洗い流す。

 フェイが望み、繋いでくれた命に、悔いを残さぬために……。
159 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:36:41.41 ID:zL0Am2Zjo
 一頻り泣いた空が落ち着きを取り戻したのは、それから一時間後の事だった。

空「すいません……お時間取らせました」

 涙を拭った空は、明日美に向けて丁寧に頭を垂れた。

 それは言葉通りの謝罪であったり、この時間を作ってくれた事への感謝だったり、まあ様々だ。

明日美「気にしなくていいのよ……。迷いがあるままでは、危険な訓練ですもの」

 そう淡々と返す明日美の言葉も、多少の照れ隠しを含んでいた。

明日美「空。貴女にはこれから四段階を踏んで、クライノートのドライバーとして……
    いえ、クライノートと共にエールを奪い返し、
    エールの真のドライバーとして相応しい技量を手に入れて貰います」

 明日美は気持ちを切り替えるなり、そう言って左手を突き出す。

明日美「一段階目はギア無しでの魔力操作の応用、
    二段階目はギア……クライノートを使っての魔力操作の応用、
    三段階目でヴァッフェントレーガーの訓練……」

 明日美は指を一本一本立てながら、言い聞かせるように朗々と呟く。

 そして、四本目の指が立てられる。

明日美「……四段階目は……いえ、それはヴァッフェントレーガーの訓練が終わってからね。
    とにかく、半月以内にギア無しでの魔力操作の応用をマスターして貰います」

空「……はい」

 お預けを食わされた気分で拍子抜けしながらも、空は気を取り直して頷いた。

 魔力操作の応用。

 魔力操作の基礎は、魔力弾の射出や、魔力を纏っての打撃、肉体強化などがある。

 応用ともなれば、魔力の集束や属性の変換などがあるが、
 それらは基礎応用とも言える初歩的な物で、極めれば実に奥深い物だ。

明日美「説明するよりも分かり易いだろうから、軽く手本を見せるわね」

 明日美はそう言って、防護服の腰に提げられている双杖を構えた。

 白地に藤色のラインが走る双杖の先端には、石突き程度の突起が取り付けられている。

 その石突きの部分に魔力が込められ、小さく振り回される度に魔力だけが切り離されて行く。

 それが空間に静止した魔力弾だと空が気付いたのは、五つめが切り離された直後だった。

 一分と経たずに、明日美の周囲には二十近い藤色の魔力弾が浮かんだ。

明日美「シュートッ!」

 明日美が指示を出すように双杖の一方を突き出すと、その中の幾つかが真正面に向かって解き放たれ、
 それを追うようにさらに数発の魔力弾が放たれ、先んじて飛んだ魔力弾が障害物となりそうな物体に接近すると、
 それらを破壊して進路を確保させた。

 本来は自然界の物質に影響を及ぼさない純粋魔力の弾丸がそれらを砕けるのは、
 シミュレーターの中と言う特異な状況だからだろう。

 そして、残った十発近い魔力弾は明日美の身を守るように高速で旋回する。

明日美「魔力弾を切り離し、任意のタイミングで任意の行動を取らせる技術……。
    第一段階ではこれを完璧に修得して貰います」

 明日美は冷静に言うが、凄まじい魔力操作能力だ。

 空も、瑠璃華の見せた遅延爆発型魔力弾を見た事があったが、コレが別格の能力である事は分かった。

 二十もの魔力弾に、三種の操作とは言え意識を割り振るのは並大抵の技術では無い。

 この技術の習得と言うのは、生半可な物では無いだろう。
160 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:37:34.06 ID:zL0Am2Zjo
明日美「いきなり十も二十も出せとは言いません。
    なので、先ずは二つ同時に出す所からやってみましょう」

空「は、はい!」

 明日美の指示に緊張気味に頷くと、空は両手を前に突き出す。

空(えっと……見た感じだと、魔力弾を撃ち出さずに、浮かべる感じかな?)

 空は明日美がやっていた様を思い浮かべつつ、ゆっくりと手に込めた魔力を切り離した。

 すると、ふよふよと不安定な軌道の魔力弾が一つ、目の前に浮かんだ。

空「で、出た!?」

明日美「ほぅ……」

 驚く空に、明日美も感嘆の溜息を漏らす。

 だが、驚きと共に気を抜いた事で、魔力弾はすぐに弾けて消えてしまう。

空「あぁ……」

 空は肩を竦め、ガックリと項垂れる。

明日美「ギアを使わずに魔力を制御する事は難しいわ……。
    とにかく魔力弾を維持する事に集中よ」

空「……はい!」

 励ますようなアドバイスをくれた明日美に応え、空は気を取り直して再び両手を前に突き出す。

 目標に対して放つ魔力弾には、攻撃のイメージが込められている。

 そのため、身体から切り離されても、
 弾けて消える事なく射出方向に向かって飛んで行く性質が、発生直後から備わっていた。

 だが、自身の周囲に浮かべるとなると、普段の魔力弾とは違う。

 切り離した後にその場に留まるイメージを強く持ち続けないと、
 先程のように気を抜いただけで弾けてしまう。

空(司令は操作系の術式を使っていなかった……。純粋にイメージだけで維持しないと……)

 空は集中しつつ、左右の掌から一つずつ魔力弾を切り離した。

空「………よし!」

 空は手の先で魔力弾が浮かび続けるイメージを保ったまま、両手をゆっくりと動かす。

 すると、空のイメージに従い、切り離された魔力弾も掌との距離を保って動いた。

明日美「いい調子ね。
    じゃあ次はそのまま数を増やしていきましょう。目標は五日以内に十個よ」

空「はい!」

 空は大きく頷くと、右手で次なる魔力弾を生み出そうとするが、
 途端にそれまで右手で操作していた魔力弾が消え去ってしまう。

空「あ……!? もう一度!」

 一瞬、呆然としかけた空だったが、すぐに気を取り直して新たな魔力弾を作り出し、
 そのまま次の魔力弾を発生させる準備に戻った。
161 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/17(金) 21:38:18.16 ID:zL0Am2Zjo
 五日で十個の魔力弾を維持できるようにする。

 聞いた瞬間は“出来るかも”と思い、小気味よく返事をしたが、
 三つ目を出そうとして、それが困難な道だと改めて思い知った。

 複数の魔力弾を切り離して止めると言うのは、想像以上に難しい。

 イメージにさえ集中できていれば、二つの魔力弾を維持するのは決して難しくない。

 所詮二つ。

 左右の手を別々に動かす程度の手間と複雑さでしかない。

 だが、三つめよりも先は、そこにもう一つのイメージを加えなければいけないようだ。

 空は決して不器用な方では無かったが、ギアや端末の補助も無しに行うのは流石に無茶があるようだ。

 ようやく三つ目を切り離したものの、先に出していた魔力弾の一つと干渉し、
 融合して一つの大きな魔力弾になってしまう。

 これはつまり、二つ分しか操作できていないと言う事だ。

空「やり直し……っ!」

 空は悔しそうに呟くと、失敗した魔力弾を消し、また二つ目から仕切り直す。

 明日美は少し離れた場所に腰掛け、
 三つ目の魔力弾を作り出そうとする空の様子を見遣りながら、目を細める。

明日美(二つまで出すのは簡単よ……。
    多少の訓練や経験があれば、誰にでも出来る領域だわ。

    けれど、補助も無しに三つ目を出そうとすれば
    思考のコンフリクトが始まり、途端に難度が跳ね上がる……)

 明日美は、先程まで自分がやっていた多数の魔力弾の操作を思い出していた。

 アレもギアによる補助があればこそ、と言う部分は確かに大きいが、
 実際はギアの補助はそれほど頼ってはいない。

 実際はもっと大雑把で、実にシンプルな方法で魔力弾を維持していた。

 その事を、器用ではあるが愚直でもある少女は、未だ気付いていないようだ。

 無論、空の努力の方向性――イメージを固める事――は、概ね、間違ってはいない。

 概ね間違っていないからこそ、根本的な解決策を思いつくのが難しいのだ。

明日美(悩みなさい。
    悩んだ末に自らの力で出した答は、必ず自身の血肉となり、力になる。
    今の貴女が拠とする信念が、貴女自身の心を強くしたように、ね……)

 空を見守りながら、明日美は胸中で感慨深く呟く。

空「ああ、また……!?」

 幾度も同じ失敗を繰り返しながらも、
 空は懸命に三つ目の魔力弾を作り出すために四苦八苦している。

 魔力弾を三発放つのは簡単だ。

 要は“目標に向かって飛べ”とイメージした魔力弾を三連続で放てば良いのだ。

 多少難しいが、それを三発同時と言うのもやって出来ない事は無い難度である。

 しかし、今回は身体の周辺に止めて、後から操作できるような魔力弾を作らなければならなず、
 それが難度をグッと上げていた。

 だが、たかだか“難しい”程度で歩みを止めるワケにはいかなかった。

 フェイが繋いでくれたこの命で、必ず仲間達を救い出す。

空(エール、茜さん、クレースト……みんな、待ってて……。
  お姉ちゃん、フェイさん……見守っていて……。
  必ず、みんなを救い出してみせるから!)

 空は決意を堅く、新たにすると、一度深呼吸をしてから特訓を仕切り直した。


第17話〜それは、正義を騙る『悪意の在処』〜・了
162 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/10/17(金) 21:47:11.55 ID:zL0Am2Zjo
今回は以上となります。

書いてる最中はホンの電波なジャック内容はやり過ぎかと思いましたが、
某所であの国出身らしき人が「日本は奪われた第二ウリナラ」とか言っていたので
これでも“ちょっと行き過ぎ”くらいなんだなと逆に安心しました。

ホンモノは予想の斜め上を妄想を描きながら飛んで行くんですね(遠い目)


ご心配をおかけしましたが、前述の通り、腰は何とか大丈夫です。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/18(土) 01:21:24.15 ID:zBSxpX3x0
乙ですたー!まずは腰の具合、重くは内容で何よりです。
そして、初っ端からのエール誘拐……フェイさん散華(号泣)……レミィのリタイア……(唖然)と、怒涛の展開でした。
さらに茜さんもさらわれて、しばらくはアッカネーン!な状態になるのでしょうか……。
ホンの演説。うん。リアルでもユンユン電波が飛ばされてますが、矛先が身内に向いていない分だけホンの方がちょっぴりマシかもですね。
いや、やってる事の本質は変わらないですけど。
クライノート!
乗り手がいなかったのは、この時のためだったんですね!!
しかもGアーマー(違)との連携とは……乗り手は選ばなくても、使い勝手では人を選ぶとは、なんとツンデレなww
果たして、空は昭和ヒーローのごとき特訓を乗り越えて復活できるのか!?
次回も楽しみにさせて頂きます。
164 :電気治療にかわりまして鍼治療がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/10/18(土) 22:19:53.58 ID:6tiuY9yHo
お読み下さり、ありがとうございます。
腰は今日も大丈夫ですw

>怒濤の展開
この場でのフェイの犠牲は当初からフラグを立てまくって予定していた通りの事なのですが、
レミィの惨状は“You、弐拾参号出しちゃいなYO”と言う、内なる何者かの意見のせいです。
本当なら、ダインスレフに全身を斬り刻まれながらも、空を咥えてギリギリで逃げ切る流れだったのですが、
さすがにレミィの姉妹を回想だけで出番を終わらせるのも勿体ない、と言う事で再登場の運びとなりました。

ともあれ、ピンチと敗北はロボのお約束です。
そして、反撃もロボのお約束です。

>アッカネーン!
……にならないよう、テロ側の描写の際には茜視点で書く予定です。
ユエやエールを奪って行った少女や、そちらにスポットが当たる際は茜が絡む形になります。

>ホンの演説
何であそこまで電波になってしまったか、は追々明らかに出来たらいいなと思ってます。
……が、基本的にテロ側のメインはユエと例の少女ですので、あくまでホンは舞台装置程度の役割で終わるかもしれません。

>矛先が身内に
基本的に従順なら“臣民”、逆らうなら“逆賊、蛮族”の典型的な征服者や暴君の思考ですね。
YesNoしかないので、不興を買わず、虫の居所が悪い時に目につく範囲にさえいなければ、
外に敵がいる身内だけの世界と言う狭い範囲に限っては良い部類の指導者なのかもしれません。
誤魔化し易さや御しやすさも含めて、ですが。

>クライノート@この時のため
2号ロボ、超大事(何
反撃の要ですからね。
無傷で実戦データの少ない機体を“こんな事もあろうかと”温存していました。
しかし、ヴァッフェントレーガーの使い勝手の悪さがあるので、性能面ではやや他の機体に遅れを取る形ですね。
クァンがクライノートではなくカーネルを使うのも、その辺りの関係です。

>Gアーマー
個人的には合体できないオーキス辺りかと思っていましたが、確かにそっちの方がしっくり来ますね。
武器満載なので、むしろガンダムフォースのギャロップかもしれませんがw

>使い勝手で人を選ぶツンデレ
むしろデレツンですねw 普段がデレで肝心な時にツン………………………もしかして、嫌われてる!?(何

冗談はさておき、二つで一つのギアのクライノート・シュネーで動かす物を片割れのクライノートだけで起動しているような物ですからね。
操縦難度はまともに動かないエールより上になります。
ただ、本体は素直に動くので本体だけは動かし易いかもしれませんが……。

余談ですが、シュネー君はクリスと一緒に宇宙に行きました。

>昭和ヒーローのごとき特訓
明日美が崖の上から投げたドラム缶を魔力弾で撃つ特訓ですね、分かります。

次回は反撃の準備を整えたり、茜とユエの邂逅があったり、と言った内容を予定しています。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/11/11(火) 23:21:17.29 ID:E2DfWbDU0
ほ し ゅ
166 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:50:52.02 ID:08Zn517zo
>>165
保守ありがとうございます。

そろそろ最新話を投下します。
167 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:51:44.01 ID:08Zn517zo
第18話〜それは、甦る『輝ける牙』〜

―1―

 午後7時も半ばを回った頃。
 第七フロート第三層、旧山路技研跡――


 その中にある広大な格納庫の奥、壁際に据え付けられた旧式ハンガーに雁字搦めに固定された
 クレーストのコントロールスフィアの中で、茜は消沈した様子で座り込んでいた。

クレースト『茜様、コンディションチェックが終了しました。
      ブラッド損耗率98.8%、魔力は千五百程度まで回復しています』

茜「………さすがに無茶があるな」

 クレーストの言葉に、茜は嘆息混じりに呟く。

 敵に捕まった地点からこの格納庫に移動し、ハンガーに固定されるまでの一時間足らず、
 動かずに魔力の回復に集中していたが、思ったほど回復はしていない。

 緊急モードで再起動すれば数十秒から一分程度は動けるかもしれないが、それではこの格納庫を出る前に停止してしまう。

 それでは意味が無いどころか、下手をすれば死が待っている。

茜(それだけは絶対に避けるべきだ……)

 茜は自身の意思を確認するように、そう胸の中で独りごちた。

 屈辱の虜囚の身だが、逃げ出す機会が巡ってくる可能性が万が一にもあるなら、その屈辱に耐えるべきだ。

 死んでは元も子もないし、命に賭け時と言う物があるなら、無駄死にするだけの今は“その時”ではない。

 茜は目を瞑ると小さく深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。

 肝は据わった。

 ならば、後は流れに身を任せるしかない。

 そんな思いと共に目を閉じると、小さな電子音と共にハッチがゆっくりと開いて行く。

 どうやら、外からのアクセスで機体側のハッチが開けられたらしい。

茜<クレースト、しばらくお別れだ!>

クレースト<はい、茜様。御武運をお祈りします>

 直後、茜は咄嗟に首にかけていたギア本体を手に取り、クレーストと思念通話で言葉少なに挨拶を交わすと、
 スフィア内壁にある収納を開き、その中にギア本体を押し込み、物理錠でロックし、その鍵を束ねた髪の中に押し込んだ。

 最初から想定して準備していた手順だったが、やってみれば五秒と掛からずに完遂できた。

茜(機体の移動が終わってから十分でロック解除か……。
  機体を完全に固定してからロックの解除作業を始めたとすれば二分足らず……。
  最初からパスワードを知っていたと思った方がいいな……)

 茜はそんな思案をしながら、ようやく開かれたハッチの先を見遣った。

 現れたのは三十代程度の男性だ。

 加えて、両隣には魔導装甲を纏った若い兵士が二人。

 魔力を探ってみると、三人だけでない事はすぐに分かった。

 ハッチの影にまだ二人、こちらも魔導装甲を展開しているようだ。

茜(抵抗しなくて正解だったか……)

 たった千五百程度の魔力では、魔導装甲を展開できても一対多の戦闘には耐えられないだろう。

 何より、この場に鬼百合が無いのも痛い。
168 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:52:48.44 ID:08Zn517zo
男「本條茜だな。出ろ」

 茜は観念したように項垂れ、立ち上がり、コントロールスフィアの外に出た。

 すると、両手を掴まれ、その手首に二つの腕輪が取り付けられる

茜(魔力錠式の魔力抑制装置が二つか……念の入った事だな)

 茜は胸中で溜息を漏らしながら、そんな事を思う。

 この腕輪は腕輪型のギアで、強制的に魔力を放出し続けながら、魔力循環を鈍らせて魔力の回復を阻害するのだ。

 その上、魔力を流し込まねば外れぬ魔力錠で固定されては、自力で外す手段など無い。

 総魔力量五万を超える全快状態の茜なら放出され切ってしまう前に腕輪を破壊する事も出来たが、
 そこまで魔力が回復していれば大人しく虜囚の身になる選択肢など元より無かった。

茜(何にしても、これでは抵抗もままならないか……)

 魔力を抜かれ、徐々に虚脱感に襲われながら、茜は悔しそうに歯噛みする。

兵士A「歩け!」

茜「っ!?」

 そして、魔導装甲を纏った男の一人に背中を押され、茜は驚いてよろけながらも歩き出した。

 四方を魔導装甲を纏った兵士に囲まれ、その先を行く彼らの上官らしい三十代の男に連れられて行く。

 その途中、隣のハンガーの足もとのやり取りが目に入った。

 旧式のドライバー用インナースーツを纏った幼い少女を壁際に押しやり、
 パイロットスーツに身を包んだ二人の男が囲んでいる。

ドライバーA「このクソガキ、よくも俺らの手柄を横取りしやがったな!」

ドライバーB「テメェなんかの力なんて借りなくてもな、俺らだけでアレは手に入れられたんだよ!」

 一人の男が少女の胸ぐらを掴み、もう一人がクレーストを指差して怒鳴りつけた。

茜「まさか、あんな幼い子が空からエールを奪ったのか……!?」

 その様子に察しをつけた茜は、信じられないと言った様子で、思わず漏らしていた。

 ドライバー用インナースーツを着ているのはあの幼い少女だけで、他にそれらしい人間はいない。

 そして口ぶりからして、あの少女を恫喝している男二人は、
 あの戦闘で最後まで残っていたギガンティックのドライバーだろう。

少女「任務を、果たしただけ……」

 少女は怯えた様子もなく、か細い声でそれだけ呟いた。

ドライバーA「何が任務だ! 余計な事をするな、って言ってんだよ!」

少女「必要以上にダインスレフを失うワケにはいかない……これは、マスターがいつも言っている」

 尚も怒鳴り散らす男に、少女は感情など何も無いかのように呟く。

 淡々と、と言うのも憚れるほどに抑揚は無く、正に機械然とした口調だ。

 しかし、それが余計に男達の不興を買った。

ドライバーB「ッ……テメェ、博士のお気に入りだからってスカしやがって!」

ドライバーA「この人造人間風情がよぉっ!」

 怒りで激昂し、少女の胸ぐらを掴んでいた男が、彼女の横っ面目掛けて拳を振り下ろした。

 少女は堅く目を瞑り、そこで初めて萎縮したように身を強張らせる。

 直後に男の拳は少女を捉え、幼く小さな身体は棒きれのように弾き飛ばされ、床の上に転がった。
169 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:53:36.26 ID:08Zn517zo
茜「!? 貴様ら、小さな子供に何をしているんだ!?」

 その光景に茜は立ち止まり、思わず声を上げていた。

 敵の内輪揉めとは言え、さすがに大の大人が幼い子供に手を上げる様を看過するワケにはいかない。

兵士B「早く歩け!」

 だが、すぐに自分を囲む兵士に取り押さえられ、無理矢理に歩かされてしまう。

 少女に手を上げた男達も驚いたように茜を見遣ったが、すぐに気を取り直し、
 床の上に転がる少女の元に歩み寄り、今度は足蹴にし始めたではないか。

茜「や、やめろ!? お前ら! その子供はお前らの仲間だろう!?」

 あまりに異常な光景に、虜囚の身になってすら冷静でいられた茜も、必死でそれを止めようと叫ぶ。

 相手はテロリストの仲間かもしれないが、こんな明らかに異常な事態を見過ごせるほど、
 茜も人でなしにはなれなかった。

 何より――


――自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!――


 ――空の投げ掛けてくれた言葉が、茜を突き動かしていた。

茜(そうだ……見過ごせるか!)

 茜はそんな決意を胸に、兵士達の静止を振り切り、少女の元へと駆け寄ろうとする。

兵士C「抵抗するなっ!」

茜「うぁっ!?」

 だが、兵士の持つ長杖で背中を強かに打たれ、茜はその場に倒れ伏してしまう。

 しかし、その騒ぎを聞きつけたのか、科学者風の男達がその場に駆け付ける。

科学者A「おい! 人質を手荒に扱うな!
     そいつに何かあれば、せっかく手に入れたクレーストも動かせなくなるぞ!」

科学者B「ミッドナイト1にもだ!
     貴様ら一般ドライバーと違って代えが利かないんだからな!」

 科学者風の男達は、兵士やドライバー達を怒鳴りつけ、暴行を加えられるばかりの少女を救い出した。

 少女は少し乱暴に起こされたようだが、素早くその場から連れ出されて行く。

 少女はコチラを振り返った様子だが、もうかなり遠ざかってしまっており、その表情までは読み取れなかった。

 ともあれ、その光景に、茜はようやく内心で胸を撫で下ろした。

 自分の事に関しても、強打された背中は鈍く痛むが、
 防護服であるインナースーツが衝撃を吸収してくれた事もあって、大きな怪我はしていないようだ。

兵士D「くそっ、早く立て!」

 手荒に扱うなと言われたからか、兵士は茜を引き起こすと、長杖で四方を取り囲んで動きを制限する。

 これなばらおいそれとは動けない。

 とは言え、あの少女の事はまだまだ気がかりではあったが、もう茜に目立って抵抗しようとする意志は無かった。
170 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:54:29.15 ID:08Zn517zo
 兵士達も茜が抵抗しないのを悟ってか、“歩け”と命令してからは、
 目立って何かの指示を出す様子も手を出して来る様子も無い。

茜(目隠しはしないのか……意外とザルと言うか、ここまですれば逃げ出せないと言う自信があるのか。
  それとも、手荒に扱うなと言われて言葉通りにしているのか……何にしてもチャンスだな)

 少女が連れ出され、一応は助かった事で冷静さを取り戻した茜は、視線だけで辺りを見渡す。

 エーテルブラッドを使っているギガンティックの姿が何機も見える。

 自分のいる位置から見える数は三、四十ほどだろうか?

 クレーストから降ろされる時に見渡した格納庫の広さは、今見える範囲の倍以上。

 多く見積もれば百機はいるだろう。

 300シリーズのギガンティックもあったが、それらの数は少ないように見える。

 解体して、それらのマギアリヒトやフレームの一部を新型の製造に回したのだろう。

 技研をそのまま占拠している事だけはある、と言う事だ。

 兵士達よりも科学者の立場が上と言うもの、恐らくはその辺りの事情が深く関係していると見て間違いない。

 ともあれ、茜は想像以上に多い新型ギガンティックの数に戦慄する。

茜(アレが本当に百機近くあるとなると……)

 茜は先ほど戦ってみた感覚を踏まえて、その想像に身震いした。

 最新鋭のアメノハバキリ、それもロイヤルガードでも屈指の第二十六小隊が手も足も出ない戦力差だ。

 数日前にイマジンの卵嚢の件でも思ったが、
 ギガンティック機関側の戦力を全て揃えても、数で押し切られる可能性が高い。

茜(攻勢が始まる前に勝負を着けなければ危険だな……)

 そんな事を思いながらも、兵士達に誘導され、格納庫の奥にある倉庫区画に入る。

茜(随分と入り組んでいるな……目隠しされなかったのは不幸中の幸いだな……)

 上下左右に入り組んだ通路を歩かされながら、茜は小さく肩を竦めた。

 目隠しされた場合は、歩数と曲がった回数で距離と方向を確認するつもりだったが、
 あまりに入り組んだ構造のため、そろそろ距離感も方向感覚も怪しい。

 最初は道順を覚えるつもりだった茜も、観念して目印になる物だけを覚える事に専念している。

 そして、この区画に入って十分ほど経った頃になって、ようやく一枚の隔壁を越えた。

茜「まだ先があるのか……」

 ここが終点かと思っていた茜は、さらに続く通路に思わずそんな言葉を呟く。

 それは兵士達にとっても同じなのか、何人かが嘆息めいた溜息を漏らしていた。

 入り組んだ通路を抜け、さらに三枚の隔壁を越え、ようやく最重要区画へと足を踏み入れる。

 この区画も入り組んだ構造だが、それまでよりは距離も無く、あっさりとその最奥にある巨大倉庫へと辿り着いた。
171 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:55:16.01 ID:08Zn517zo
 内部に入ると、先ず驚いたのは倉庫の巨大さだ。

 さすがに先程までいた格納庫ほどの広さではないが、
 十機以上のギガンティックを余裕で格納できそうな広さだった。

 そして、その中央にピラミッドの如く聳える天井まで届く六段積みのコンテナの山と、
 その四方を守る新型ギガンティックの姿。

 禍々しい神殿を思わせる配置に、流石の茜も身を竦ませていた。

茜(警備用のギガンティックが四機……。それに結界を施術されたコンテナか……)

 積み上げられたコンテナに据え付けられた階段を登らされながら、茜は周辺の状況を確認する。

 てっきり人質として牢屋か、それに準じた施設に放り込まれると思っていたが、
 どうやら誰かに会わせるつもりのようだ。

 兵士達に誘導されるままコンテナを登り詰めた茜は、
 最上段に設置されたコンテナの奥へと招き入れられた。

 兵士が色々と操作を行っていたようだが、個人を認証するための手段だったと分かると、
 茜もそれ以上の確認はしなかった。

 しかし、あれだけの面倒な手順を経て会わせるのだから、
 それなりの地位にある人物だと言う事は容易に想像できた。

茜(いきなりボス……ホン・チョンスに会わせるつもりか?)

 茜は訝しげな表情を浮かべる。

 茜もこのテロリスト達の首魁が誰なのかは知っていた。

 父や多くの人々を死に至らしめる指示を下した憎き仇、先代の首魁であるホン・チャンスの一人息子だ。

 先代の死に関しては病死らしいと言う不確かな情報しか知らないが、
 五年前に代替わりが起きたのは確かな情報筋から入手している。

 しかし、首魁に会わせると言うのに、こんな適当な拘束でいいのだろうか?

 魔力抑制装置に加え、さきほど手錠を付けられたが、
 茜の素の身体能力は手錠程度で抑えられるレベルではない。

 並の鍛え方しかしていないなら成人男性でも足だけで制圧する自信があった。

 だが――

茜「ぅぐ……ッ!?」

 不意に全身に重みを感じ、茜は苦悶の声を漏らす。

 どうやらこの手錠も単なる手錠ではなく、
 対物操作で装着者に負荷を掛ける単一仕様端末……いわゆる呪具の一種のようだ。

 身体強化が可能ならば簡単に振り払える程度の負荷だったが、魔力を回復できない現状では不可能である。

茜「意外と、過剰に警戒してくれるじゃないか……」

 茜は全身に掛かる激しい負荷に内心で焦りながら、強がりを言うように、そんな言葉を吐き出した。

男「いいから、黙って中に入れ」

 最上部のコンテナの扉が開くなり、茜はそのまま奥に押し込められる。

 すると、入って来た扉はすぐに閉まってしまい、茜はコンテナの中に閉じ込められてしまう。

 中には下に向かう階段があり、入口を閉められた今は、その階段を下る他ないようだ。

茜「……この負荷で、階段を下るのは、少し…キツいな……」

 茜は苦しげに呟くと、一段一段、ゆっくりとその階段を下る。
172 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:56:08.85 ID:08Zn517zo
 そして階段を下りきると、すぐに開けた場所へと出た。

 コンテナを利用したらしい広く高い空間は、金刺繍を施された真っ赤な絨毯が敷き詰められ、
 壁には凝った紋様の天幕がかけられている。

 茜が未だ知らぬその部屋の名は、謁見の間。

 そう、ホン・チョンスの使う謁見の間だ。

 そして、この広間の中央奥、一段高くなった位置に置かれた座椅子のような玉座で、
 尊大にふんぞり返る男こそが、ホン・チョンスであった。

 豪奢で悪趣味な装飾の服に身を包み、露出度の高い布だけを纏った年若い女性を何十人と侍らせるその様に、
 茜は憎しみ以上に激しい嫌悪感を抱いた。

茜「………貴様がホン・チョンスか……?」

 茜は身体にかかる負荷に耐えながら、吐き出すように尋ねる。

ホン「如何にも……我こそがホン王朝第四代皇帝、ホン・チョンスである」

 質問に応えたホンの名乗りに、茜は嫌悪感の中に呆れを浮かべた。

 彼ら……と言うか、ホン親子の主張は知っていたが、あまりに頓狂な内容で、思い出すだけで眩暈を禁じ得ない。

茜(高々数百人のテロリストの親玉が、皇帝気取りか……)

 茜は内心で大きな溜息を吐くが、身体にかけられた負荷で実際に溜息を漏らす余裕など無い。

ホン「貴様が偽王どもに仕えるオリジナルギガンティックのドライバーか。
   若いとは知っていたが……なるほど」

 ホンは立ち上がると、茜の元へと歩み寄りながら、舌なめずりするように呟いた。

茜「ッ!?」

 ホンの視線に、身体をピッチリと覆うインナースーツ越しに裸体を覗かれるような厭らしさが加わり、
 茜は思わず悲鳴じみた声を漏らしかけたもの、息を飲んでそれに耐える。

ホン「我がコレクションに加えるのもいい……。
   いや、どうせだ、俺の子を孕んでみるか?」

 それまで自身を“我”と呼んでいたホンの呼称が、唐突に“俺”に変わった。

 どうやら、本性と言うか、本音が出ているようだ。

 それも下卑た類の……。

 茜は全身を駆け抜けるゾワリとした嫌悪感で、身体を震わせた。

ホン「俺の妃になれば、贅沢な暮らしをさせてやろう。
   唯一皇帝の妻として何不自由の無い暮らしを約束するぞ」

茜「……ッ!」

 茜は息を飲み、押し黙る。

 返事を迷ったワケではない。

 著しい嫌悪感と身体の負荷で、口を開く事すらままならないだけだ。

 そして、周囲の女性達に視線を走らせると、数人が眉を顰めているのが分かった。

 どうやら、この中の女性達の何人かは望んでこの場にいるのでは無いようだ。

 当然だろう。

 贅沢な暮らしと引き換え程度で、人間の尊厳は捨てられない。

 ついでに言えば、こんな不快で下卑た男の元にいるだけで不自由の極みだ。

 差し引きゼロか、ともすればマイナスの条件で人間の尊厳を奪われたら、それは家畜以下に成り下がったような物である。

 それを受け入れている他の女性達は、諦めたか、壊れているかのどちらかだろう。

茜「……お断りだ……下郎!」

 茜はホンを睨め付けると、精一杯の声を吐き出した。

 さすがに人の尊厳は捨てられない。
173 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:57:02.06 ID:08Zn517zo
ホン「ッ!? 女風情がぁっ!」

 ホンは途端に激昂すると、怒り狂った形相で茜の頬に向けて裏拳を飛ばす。

茜「っぐっ!?」

 怒り任せの渾身の一撃だったようだが、茜は弾き飛ばされずにその場で踏み留まった。

 さすがに多少よろけたが、負荷をかけられている程度で、
 まるで鍛えてもいない人間の裏拳に屈する程、ヤワな鍛え方はしていない。

 だが、それが余計にホンの気に障ったようだ。

ホン「俺が下手に出ていれば舐めやがってぇっ!」

茜「ッ!?」

 腹への膝蹴りを受け、さすがに女達も悲鳴を上げたが、これは見た目ほどダメージは無い。

 防護服になるインナースーツが完全にダメージを防いでくれていた。

 だが、さすがにバランスまでは取れず、その場に仰向けに倒れてしまう。

 すると今度は手錠によってかけられている負荷のお陰で立ち上がる事もままならない。

茜(しまった……!?)

 茜は悪化した状況に舌打ちするが、さすがにすぐ起き上がる事は出来なかった。

 それをホンは何を勘違いしたのか、茜が倒れて動かなくなったと思ったらしい。

ホン「この場で俺に逆らえばどうなるか、身体に教えてやる!」

 ホンは悪趣味な服の胸元をはだけさせると、その場で茜に覆い被さった。

茜「〜〜〜ッ!」

 あまりの生理的嫌悪感に、茜は声ならぬ悲鳴を上げてしまう。

 それがホンの嗜虐心に火をつけたのか、彼は厭らしくニヤけたような笑みを浮かべた。

ホン「抵抗しても無駄だ。
   すぐに快楽で堕としてやる……!
   俺に逆らった事を泣きながら謝り、俺の物を求めさせてやるぞ!」

 ホンはそう言いながら、茜の身体に手を這わせる。

茜「や、ヤメロ! この破廉恥漢が!」

 茜は藻掻いてその場を脱しようとするが、手錠による負荷は凄まじく、
 頬に腫れすら作れないほどひ弱な男の拘束を振り解く事が出来ない。

 だが――

ホン「な、何だこの服は……引き裂けないぞ!?」

 ホンは驚いたような叫びを上げる。

 インナースーツを裾から引き裂こうとしているようだが、摘むどころか指を入れる事すら出来ないようだ。

茜(こ、コイツ……まさか、殆ど魔力が無いのか……?)

 その様を見ながら、茜は途端に冷静になってそんな推測を浮かべた。

 いや、間違いない。

 ドライバー用のインナースーツはあくまで衝撃吸収に優れた防護服であって、
 万が一にも怪我をしたら応急処置のために患部付近の布は魔力を込めた刃物で容易に切る事が出来る。

 生身でもそれなりの……Cランク程度の魔力があれば、身体強化で引き裂く事は出来る筈だ。

 魔力総量百足らずの魔力が、この男には備わっていないどころか、
 今の時代、子供でも出来る身体強化魔法を、この男は使えないのだ。

 ホンに素肌を触られている嫌悪感や不快感は和らぐ事はない。

 だがあまりの非力さを見ていると、途端に憐れに感じてしまう。
174 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:57:59.86 ID:08Zn517zo
ホン「どうなっているんだ!? くそぉっ!」

 ホンは悔しそうに叫んで立ち上がった。

 その時だった。

??「陛下、お戯れが過ぎます」

 入口の方からそんな冷めた声が聞こえて、茜とホンはそちらに向き直った。

 するとそこには、白衣を纏った男がいた。

 年の頃は四十代ほどだろう。

ホン「ユエか?
   この女に俺の偉大さを思い知らせてやろうとしていた所だ! お前も手を貸せ!」

 闖入者の男――ユエ――に、ホンは苛立ったように命令する。

 だが、ユエは小さく首を横に振ると、その場に恭しく傅き、頭を垂れた。

ユエ「申し訳ありません陛下。その指示には従えません」

ホン「何故だ!? この俺の命令が聞けんと言うのか!?」

 淡々と命令を拒否したユエに、ホンはいきり立って叫ぶ。

ユエ「そうではありません」

 しかし、ユエは顔を上げ、努めて冷静に応えると、さらに続ける。

ホン「オリジナルギガンティックは魔力の波長に合う者にしか操れません。

   しかし、女性の適格者が別人の遺伝子情報を取り込むと、
   時に魔力波長が変わって資格を失う事が御座います。

   お世継ぎに資格者を望まれる陛下のご意向も尤もでありますが、
   陛下が世界を統べ太平の世となってからでも遅くは無いかと存じます」

 ユエの説明は、後半の彼の真意はともかく、前半は紛れもなく事実であった。

 現に茜の母・明日華も、兄・臣一郎を身ごもってからは魔力波長に変化が生じ、
 クレーストの適格者としての資質を失ったと聞いている。

ユエ「この者に精神操作を施せば、陛下の手足として動くドライバーが、
   ミッドナイト1に加えて二人となりましょう」

ホン「……そ、そうか」

 恭しく進言したユエの言葉に、ホンは引き下がる。

ユエ「では、この者、私にお預け下さい。
   少々時間はかかりますが、陛下の忠実な駒に仕立て上げてご覧に入れます」

 ユエはそう言うと、茜を支えて立ち上がらせようとする。

 負荷がかかっているのは茜自身であり、他人にはその影響は及ばない事もあって、
 ユエの補助で難なく茜は立ち上がる事が出来た。

 紳士的に振る舞っているが、この後で精神操作を行うと断言した男に、茜は警戒感を抱く。

ユエ「では、陛下。十分後に行う宣戦布告のため、
   放送機材を持ったヒューマノイドウィザードギアを寄越す準備もありますので、
   私はこの者と共に下がらせていただきます」

 ユエはそう言ってホンに深々と頭を垂れると、茜を連れてその場を辞した。
175 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:58:28.89 ID:08Zn517zo
 身体に負荷をかけている手錠はコンテナの外に出るなりユエの手によって直々に外され、
 警備のために留まっていた男達もユエの指示で下げられると、茜はようやく楽になった開放感で深く溜息を漏らした。

茜「はぁぁ……」

 溜息は漏らしたものの、気は抜けない。

 このままでは精神操作を受ける事になる。

 要は魔法を用いた強力な催眠術の類だ。

 心を強く保ち、魔力も高ければ跳ね返す事も出来るが、抑制装置を付けられた今の自分では抗う事は難しい。

茜(私を連行して来た連中もいない……。逃げるなら、この倉庫から出た後か?)

 茜は周囲に視線を走らせながら、そんな事を考える。

 このユエと言う科学者らしき男が相手ならば、何とか一対一で制圧できる。

 だが、さすがに生身で倉庫四隅のギガンティックと渡り合うのは難しいので、タイミングは見計らうべきだ。

 あとは逃走経路だ。

 この男を人質にすれば、この抑制装置を外す事も可能な筈。

 あれだけ怒り狂っていたホンを落ち着かせ、進言までして見せたこの男の人質的価値は高いと見て間違いない。

 上手くすれば敵のギガンティックを奪い、ここから逃げ出す事も出来るだろう。

 だが――

ユエ「ああ、その抑制装置がある状態で私と一戦交えようなどとは思わない事だ。
   研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね」

 男はどこか大仰な口ぶりでそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべると、さらに続ける。

ユエ「それに、この入り組んだ区画を人質を抱えたまま逃げ切れるとは思わない方が良い。
   万が一に君に負けても、私は君の抑制装置を外すつもりは無いし、
   無理強いしようにもたちまち警備用ドローンに囲まれてアウト、だ」

茜「……」

 ユエの言葉を聞きながら、茜は押し黙ってしまう。

 考えが浅かった、と言う後悔もあるが、
 こちらの思考を完全に読まれている不気味さが、茜に口を噤ませていた。

 確かに、数で圧されれば人質を奪還されてしまう可能性も高いだろう。

 しかし、多少のリスクを冒してでも逃げ出さなければならない。

茜(どうする……この男を一瞬で昏倒させれば行けるか?)

 茜は思案する。

 身体強化が間に合わないほど素早く当て身で昏倒させる手段なら、勝てる可能性も高い。

 だが、その程度の作戦は読まれているだろう。

 茜は男に連れられるまま階段を下りながら、必死に考えを巡らせる。

 そして、二人は倉庫の外に出た。

 直後――
176 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 21:59:01.85 ID:08Zn517zo
ユエ「安心したまえ。
   君に精神操作を……いや危害を加えようなどとは微塵にも思っていないよ。

   全てはホンを欺く方便だ」

 倉庫の扉が閉じられると共に、ユエは茜の方を振り返ってそう言った。

茜「なっ!?」

 思わぬユエの言葉に、茜は目を見開いて驚きの声を上げてしまう。

ユエ「詳しい話は私の研究室でしよう。
   なぁに、客人に無礼を働くほど、私も不作法では無いよ。

   尤も、先程も言った通りソレは外すワケにはいかんがね」

 ユエはどこか芝居がかったような物言いで言って、
 茜の手首に嵌められた抑制装置を指差してから、踵を返した。

 どうやら言葉通り、研究室に案内するつもりらしい。

茜(……ここは着いて行くべきなのか……?)

 茜は逡巡する。

 この得体の知れない男に着いて行くべきか、否か。

 仮にこの場に留まれば、恐らくは警備用ドローンに引っ捕らえられ、最低でも牢獄行きは免れない。

 それに、ユエが嘘をついていないとも限らない。

 ノコノコと着いて行った所で、いきなり昏倒させられて精神操作、なんて展開は十分に想像できた。

 だが――

茜(元からある程度は覚悟していたんだ……。
  ここで逃げ出して投獄されれば確実に精神操作を受ける。
  それなら多少でも受けない可能性に賭けた方が多少でも建設的だ)

 茜はそう考えると、既に数歩先を行っているユエを追って歩き出す。

 すると、ユエは僅かばかり振り返り、視線だけを茜に向けると口を開く。

ユエ「そうおっかなビックリ着いて来なくてもいいさ。
   騙し討ちや欺瞞で精神操作、などと言う事はするつもりは毛頭無い。
   多少の不自由はあろうが、客人として丁重に扱おう」

 ユエはそれだけ言うと視線を戻し、先程よりも少し歩調を落として歩き始めた。

茜「………」

 また考えを読まれた事に不気味さを感じながらも、茜はユエの少し後ろに着いて歩き出す。

 そして、最奥の倉庫からものの数分だけ歩くと、
 最後に抜けた隔壁よりも手前にある部屋に辿り着いた。

 茜はユエに促されるままその部屋に入る。

 背後でシャッター式の扉が閉まる音に茜は慌てて振り向くが、
 ユエは何も気にした風もなく扉を閉じただけだった。
177 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:00:04.71 ID:08Zn517zo
ユエ「適当な椅子に座りたまえ。
   必要なら隣にある寝室から一人がけのソファを持ち出して来ても構わない」

 ユエはそれだけ言うと、手近な椅子に座り、備え付けの端末に向き直って作業を始める。

ユエ「ふむ……これが蓄積された201の稼働データか。
   どちらのドライバーも素晴らしい数値を叩き出しているな……」

 端末のモニターの映し出された数値を眺めながら、ユエは感嘆混じりに呟いた。

 背を向けたその姿は隙だらけだ。

茜(このまま殴れば気絶させられるんじゃないだろうか……?)

 その姿に、茜は思わずそんな感想を抱いてしまう。

 しかし――

ユエ「ああ、別に攻撃してくれて構わないよ。全て無駄に終わるからね」

 やはりその思考を完全に読んでいたと言わんばかりのユエの言葉に、茜はゾクリとした悪寒を感じた。

茜「……さっきからコチラの考えはお見通しと言わんばかりだな」

ユエ「ああ……これでも自他共に認める天才で通らせて貰っているからね。

   亡くなった君の母方の祖父や、君のよく知る現技術主任ほどではないが、
   想定できる事態には大概の対策を立てている」

 訝しげな茜の言葉に、ユエはさも当然と言いたげに返し、さらに続ける。

ユエ「ここのセキュリティを構築したのも、手を加えたのも私だ。

   ……多芸が過ぎて器用貧乏などと言われた事もあるが、それだけは訂正したい。
   私は器用貧乏ではなく万能型だ、とね」

 モニターから目を離す事なく仰々しく芝居がかった口調で語るユエは、
 最後の部分を強調するよう、背中越しに人差し指で茜を指差した。

ユエ「ホンの部屋からは全てのエリアの監視カメラが観察できるが、
   私の部屋には、私がこのギアで大まかな指示を出した合成映像がリアルタイムで投影されている。

   そこの端にある小さなモニターに映っているのがソレだ」

 そして、突き出した人差し指を、片隅にある小さなモニターに向ける。

 そこには調整用カプセルへ無理矢理に押し込められ、抵抗し続ける茜の姿があった。

 おそらく、精神操作を行わんとしている映像だろう。

 本物と見紛うほどリアリティのある映像だが、事実を知っている側からすれば、合成映像なのは一目瞭然だ。
178 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:00:56.91 ID:08Zn517zo
茜「自分の主人を騙しているのか?」

ユエ「主人か、面白い事を言ってくれるねぇ。
   君も実際に彼に会って感じただろう……アレは多少動かし辛いだけの操り人形だよ」

 茜が投げ掛ける質問の声音に僅かな険が混ざった事を感じながらも、ユエは芝居がかった口調を止めなかった。

 操り人形。

 その言葉に、茜は胸中で納得していた。

 ああ、あの不快感と嫌悪感を抱いた男に感じた憐れみは、ソレだったのか、と。

ユエ「尤も、基本的に私に必要な時だけ操ればいいので、普段は誰も手綱は握らないがね。
   なけなしの虚栄心を満足させるために普段は自由にさせている。

   彼が親の代から続けている圧政も女遊びも、全て彼の望み通りの事だし、
   私が属している集団の出している声明も、全て彼個人の意見だ」

 そして、続くユエの言葉に呆れと共に、ある疑問を抱く。

茜「……じゃあ、さっきのアレを止めたのは、お前の意志と取っていいのか?」

 茜は“どうせこの考えも読まれているのだろう”と、思い切ってその疑問を口にした。

 しかし、不意にユエの動きが止まる。

 時間にして一秒に満たない時間だっただろう。

 だが――

ユエ「……ノーコメントだ」

 その僅かな時間を置いてユエの口から出た言葉は、どこか機械的な響きを伴っていた。

 それまでの芝居がかった口調は、どこか他人を見下している様がありありと感じ取れた。

 だが、先ほどのユエの声には、ありとあらゆる感情が込められていない。

 それだけに、その短い言葉にはある種の本音のような物が込められていると、茜は直感していた。

 何らかの意図があって、彼はホンの暴走から自分を庇ってくれていたのだ。

 そして、恐らくは自分が今、ユエの研究室に匿われているのも彼の意図……真意が介在しているのだろう。

 しかし、その真意と、そこに至るであろう彼の根源を量りかね、茜は口を噤んだ。

茜「………」

 茜は無言のまま手近にあった椅子を引き寄せ、腰を降ろした。

 二人が無言になると、ユエの研究室は彼の操作している端末から小さな電子音と、
 キーボードを叩く静かな雑音だけが辺りを支配する。
179 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:01:37.47 ID:08Zn517zo
 と、そんな沈黙が数分も続いた頃、不意に扉がノックされる音が響いた。

??「マスター、ただいま戻りました」

 聞こえて来たのは、くぐもった、幼い少女の声。

ユエ「ミッドナイト1か……入りたまえ」

 ユエは一息つくと、そう言って手元の端末を操作してシャッター式の扉を開く。

 すると、研究室に先ほどの少女が入って来た。

 どうやら怪我の治療と着替えを済ませて来たようで、頬や肘に治癒促進用のパッドを貼り付け、
 病衣のような前ボタンの白いワンピースを纏っている。

 ミッドナイト1……そう呼ばれた少女は研究室に入ると、ユエの前で深々と頭を垂れた。

ユエ「紹介しよう。
   私が作った魔導クローンの最高傑作、ミッドナイト1だ。

   ……ミッドナイト1、挨拶しろ」

 ユエは椅子から立ち上がると茜へと振り返り、そう言ってミッドナイト1に指示を下した。

ミッドナイト1(以下、M1)「魔導クローン製造ナンバー四拾号。
               コードネーム、ミッドナイト1です」

 ミッドナイト1はユエの指示通り、茜に向き直るとそう名乗って深々とお辞儀した。

 その仕草は、年相応の少女からはほど遠く、機械的にさえ見える。

茜「魔導クローン……」

 茜はその言葉を反芻しながら、つい数十分前のやり取りを思い出す。

 彼女に暴力を振るっていたドライバー達は彼女の事を人造人間と言っていたので、
 ある程度予想はしていたが、改めて聞かされるとショックは大きい。

ユエ「彼女に使用した遺伝子はそれまでの物と違って特殊でね。
   この技研で研究用に残されていた結・フィッツジェラルド・譲羽と奏・ユーリエフ、
   それにクリスティーナ・ユーリエフ、三人の遺伝子データを元に構築した特殊なDNAを使っている」

茜「ッ!? ………なるほど、エールが動作不良を起こしたのはそう言う事か……」

 ユエの言葉に、茜は驚いて目を見開くと、目だけは彼を睨み付けて思案げに呟く。

 命を玩ぶような生命創造に激しい嫌悪を抱きながらも、心のどこかで理に適っているとも感じていた。

 結、奏、クリス。

 古代魔法文明クローンの血を引く混血と、古代魔法文明の第二世代クローン、
 そして、古代魔法文明の第一世代クローン。

 全て結・フィッツジェラルド・譲羽の近親者のような遺伝子だ。

 エールだけでなく、クレーストにも高い適合性を見せるだろう。

 あの場でエールが奪われたのは、心を閉ざしていたエールが、
 彼女に結に近しい物を感じて呼び起こされた結果、と言う事だ。

ユエ「まあ最高傑作と言っても……結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力に同調するのが精一杯で、
   理想型にはややほど遠かったのだがね。

   それでも失敗作の参拾九号に比べれば遥かにマシと言えるだろう」

M1「………申し訳ありません、マスター」

 やや残念そうに語るユエに、ミッドナイト1は申し訳なさそうな声音で呟いた。

 しかし、その表情は暗くなるでも明るくなるでもなく、一切無表情のままだ。

 それだけに、その頬に貼られた治癒促進用のパッドが、より痛々しい物に見える。
180 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:02:19.38 ID:08Zn517zo
茜「……貴様、彼女が部下達からどんな仕打ちを受けているか知っているのか……?」

ユエ「仕打ち?
   ……ああ、傷の事か? 構わんよ。

   基本的に201に同調させ、データを取るための道具に過ぎないのだから、
   最悪、ココとココだけ無事なら手足が無くともデータは取れる」

 苛ついたような茜の質問に、ユエは怪訝そうに首を傾げた後、
 さも当然と言いたげに答え、ミッドナイト1の側頭部と胸を指差した。

 恐らく、脳と心臓を指差しているのだろう。

ユエ「そうだろう? ミッドナイト1」

M1「…………はい。私は201のデータ収集専用の生体端末です」

 同意を求めるようなユエの言葉に、ミッドナイト1は頷いて淡々と答えた。

茜「………ッ」

 その光景の痛々しさ、残酷さに、茜は悔しそうに歯噛みする。

 オリジナルギガンティックを動かせるだけの技量を持った少女と、
 自分の抵抗を無駄だと言い切った男。

 この二人を相手に、魔力を抑制されている今の自分が何も出来ない事は分かり切っていた。

 だが、最低限の抵抗を見せるために、茜は口を開く。

茜「……君は、ソイツに利用されているんだぞ? それでいいのか?」

M1「……言葉の意味が分かりません。私はマスターに作られた魔導クローンです」

 茜の質問に、ミッドナイト1は怪訝そうな声音で返した。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 彼女の声は言外にそう語っていた。

 生まれた時よりそれが当然で、それ以外の役目は存在しないし、
 それ以外の存在理由も必要としない。

 茜は直感的にその事実を悟り、悲しそうに項垂れる。

茜「………やはりお前らテロリストは狂っている……。
  お飾りのホンも、ホンを操っている貴様も……理解しがたい怪物だ!」

 数秒して顔を上げた茜は、憤怒と憎悪に満ちた目でユエを睨め付けた。

 しかし、ユエは気にした風もなく踵を返し、再び端末と向き合う。

ユエ「そう罵るならそれでも一向に構わないよ。私は自分の研究が成就する事だけが望みだ」

 ユエはそれだけ言うと、再び無言で作業を再開した。

 ミッドナイト1も奥にある調整槽へと入ると、その中で眠ってしまう。

 再び訪れた無言の空間で、電子音とキーボードを叩く音をBGMに、
 茜はずっとユエの背中だけを睨め付けていた。
181 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:03:00.31 ID:08Zn517zo
―2―

 それからおおよそ三時間後。
 ギガンティック機関本部、ドライバー待機エリアにあるシミュレータールーム――


 そこでは、隣り合うシミュレーターで空と明日美が訓練を行っている最中だった。

 そして、空気が抜けるような音と共に保護用のキャノピーが開き、途端に空が飛び起きた。

空「ぅぉぇぇ……」

 飛び起きた空はすぐさま、近くに置いてあるバケツに駆け寄り、口から胃液を吐き出す。

 シミュレーターの安全装置を解除して、仮想空間での体感時間を五百倍に加速する機能は便利だった。

 だが、五百倍に加速されていた体感時間が一気に通常に戻る瞬間は、あまりにも強烈な負荷を強いた。

 引き延ばされていた感覚を、身体の中に無理矢理に押し込められてシェイクされている感覚、
 とでも言えばいいだろうか?

 一時間以上、実際の身体が動かせなかった事に対する窮屈さなど、それこそ毛ほどにも感じない強烈な眩暈だ。

 訓練を始めてから二度目の体験だが、やはり慣れない。

??????『大丈夫ですか、空?』

空「う、うん……大丈夫だよ、クライノート………ぉぇ……」

 心配そうに声を掛けて来た声に、空はフラフラになりながら応えた。

 口を開けば、それだけで嘔吐がこみ上げ、空は再びバケツに顔を突っ込んだ。

 そう、二度目の体験。

 空は既に訓練の第二段階を終えていた。

 彼女……クライノートのギア本体を預かったのは、今から一時間半前。

 一度目の訓練を終えて、まだフラフラになっている最中だった。

明日美「中々様になったわね……第二段階もこれで終了でいいでしょう」

 空が使っていた隣のシミュレーターで身体を起こした明日美が、軽く肩を解しながら呟く。

 空は振り返って明日美を見上げる。

 顔色は多少悪いように見えるが、自分のように嘔吐するような事は無い。

空(さすが司令………)

 空は再びバケツに顔を突っ込みながら、そんな事を思った。

 第一段階の終盤から、彼女との組み手じみた訓練も始まったが、
 空は合格こそ貰えど、未だに明日美から一本も取れていない。

 何せ、全盛期の明日美を再現した二十歳前の若い身体に、
 その後も研鑽を続けた六十四歳の経験が合わさっているのだ。

 正に、生ける英雄そのものである。

 まだ十五歳にもなっていない空に勝てる筈も無かった。
182 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:03:43.20 ID:08Zn517zo
明日美「落ち着いたら医療部に顔を出して検診を受けて来なさい」

 明日美はそう言って立ち上がると、何事もなかったかのようにシュミレータールームを去った。

空「司令……凄いな……ぅぇ……」

 空は思わずそんな言葉を呟いてしまい、また嘔吐感に襲われる。

クライノート<数十年ぶりに彼女の戦いぶりを見ましたが。
       確かに、以前よりも強くなっているようですね>

 空の体調を慮ってか、クライノートは会話を思念通話に切り替えて呟く。

空<そっか……クライノートの最初のマスターは、司令のお師匠さんなんだよね……>

 一方、空は思念通話でもまだフラフラとする意識で、何とか返す。

 クライノートが治癒促進をかけてくれているお陰で、一回目に比べて急速に気分は良くなっているのだが、
 車酔いで卒倒しそうな中でジェットコースターとフリーフォールを連続で味わされたような感覚は、
 早々回復してはくれない。

 ともあれ、クライノートは修業時代の明日美の事をよく知っている、と言う事だ。

空<後で詳しく聞きたいかも……>

 空はそんな事を漏らす。

 それが今では無いのは――

クライノート<今はヴァッフェントレーガーの制御に集中、と言う事ですか>

 空の思惑を察したのか、クライノートは一人納得したように返した。

 空も思念通話で“うん”とだけ返す。

 折角使わせて貰える事になったクライノートも、
 肝心要のヴァッフェントレーガーを使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

 そんなやり取りをしている間に、何とか意識もハッキリして来た。

空「うん……そろそろ医療部に行こうか。
  念のために検査して貰った後、酔い止めも貰って来ないと」

 空はそう言って立ち上がると、まだフラフラとする足取りで医療部へと向かう。

 ついでと言うワケではないが、一時間前にはまだ目を覚ましていなかったレミィも、
 そろそろ目を覚ましているかもしれない。

 休憩の間に彼女の見舞いにも行くべきだろう。

 空は一時間の休憩の間に何をすべきか指折り数えながら、医療部へと向かった。
183 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:04:31.13 ID:08Zn517zo
 同じ頃、明日美は休憩のために戻った執務室で、閉じたばかりの扉に寄りかかっていた。

 空の前では平然とした様子を見せていた明日美だが、酷い顔色で浅く短い呼吸を繰り返している。

明日美「っ、ごふっ……」

 そして、とうとう、咳き込んだ拍子に僅かに吐き出してしまう。

 だが、それは空のような嘔吐ではなく、ドロリとした赤黒い血だった。

 咄嗟に受け止めた掌に広がる血溜まりに目を落とし、明日美は呼吸を整える。

 ギアによる治癒促進でも間に合わないソレの要因の幾つかは、
 やはり安全装置を解除したシミュレーターによる反動だった。

?????<明日美、やはりこれ以上の使用は危険です。
      朝霧副隊長の訓練は別の者に引き継いで貰うか、最悪、明日華に代わってもらうべきです>

 思念通話で語りかけて来たのは、明日美が幼い頃から使っている彼女本来の愛器、WX182−ユニコルノだ。

 本来であるなら、GWF204Xとして登録されるべギアだったが、
 現在はギガンティックに改修される以前の第八世代魔導機人装甲ギアとなっている。

 誰に似たのか普段から無口な彼だが、主の危急とあっては見過ごせないのだろう。

明日美<久しぶりに声を聞いたわね……>

 努めて平静に、だが僅かに戯けた口調で言った明日美に、
 ユニコルノは怒ったように“茶化さないで下さい”と返し、さらに続ける。

ユニコルノ<朝霧副隊長の訓練を急ぐ理由も分かりますが、
      あなたがあの機能を使い続けるのはいくら何でも無理がある>

明日美「………」

 ユニコルノの言葉に、明日美は押し黙ってしまう。

 正論なので言い返す事が出来ない。

 体感時間を五百倍に加速させるどころか、仮想空間での肉体年齢までも操作する機能。

 そんな便利過ぎる機能が、たかだか眩暈程度のリスクで使える筈も無い。

 体感時間の圧縮はそれほど身体に負担を掛ける物では無い――
 それこそ、酷い眩暈程度だ――が、肉体年齢の操作が身体に強いる負担は著しい。

 二十代そこそこの人間が十代未満にまで若返るだけなら、
 本来の肉体の性能も相まってそこまで大きな負担にはならない。

 だが、六十代も半ばの当にピークを越えた肉体を、全盛期の二十歳前後にまで若返らせ、
 シミュレーター終了と同時に強制的に元の年齢までの老化を体験させられるのだ。

 その際に掛かる肉体への負荷は想像に難くない。

 肉体に掛かる負荷も、基本的にはプラシーボ……思い込みだ。

 しかし、高度に再現された感覚は、時に肉体の感覚を狂わせる。

 仮想空間での訓練の感覚すら本来の肉体へフィードバックさせる程のシミュレーターの、
 再現度の高さが招いた弊害だった。

 しかも、明日美はほんの三時間の間に、それを既に二度も行っていた。

 魔力を治癒促進にだけ集中し、明日美は動悸を整える。

明日美「あと少し……あとほんの二回で私が……
    いえ、あの子自身が望む段階にまであの子を連れて行ける……。
    それまで待って頂戴……」

 呼吸を整えた明日美は懇願するように言うと、流水変換した魔力で掌を拭い、魔力ごと血を消し飛ばした。

 正論には反論できない。

 だが、それでも明日美は押し通すつもりだった。

ユニコルノ<………>

 ユニコルノも正論だけで主の意志を変える事は難しいと悟ったのか、押し黙ってしまう。

 明日美は愛器の気遣いに感謝するように小さく頷くと、現状を確認するために執務机の端末を起動した。
184 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:05:13.38 ID:08Zn517zo
 明日美がそんな事になっているとは露知らず、ようやく調子の戻って来た空は、
 先ほどよりは軽い足取りで医療部へと赴いていた。

 一時間前まではまだあった動揺もようやく収まって来たのか、医療部の区画は落ち着きを取り戻している。

 軽い検査と酔い止めを処方して貰った空が、帰りがけに仲間達が使っていた病室を覗き込むと、
 もう治療も検査も終えたレオンと遼が、待機室に戻る支度をしている最中だった。

空「お二人とも、もう身体はいいんですか?」

レオン「ん? ああ……元から大した怪我じゃなかったからな」

 心配した様子で問い掛けた空にレオンが応える。

 数ヶ所の打ち身と軽い脳震盪程度だったので、大事を取って休まされていただけだったらしく、
 その説明を聞かされた空も胸を撫で下ろす。

 だが、そんな空の様子に何か思う所があるのか、レオンも遼も顔を見合わせた。

 そして、レオンが意を決して口を開く。

レオン「その……悪かったな、フェイの事……」

 レオンはそう言って、遼と共に深々と頭を下げた。

 十分な援護を出来ず、フェイを失う事になった件についての責任を彼らも感じているのだろう。

空「あ、いえ……そんな事を言ったら、茜さんがあの場に残ったのは私が動けなかったせいですし、
  フェイさんの事だって、お二人やみんなの責任なんかじゃありません」

 空も慌てた様子で、二人に頭を上げて貰えるようフォローする。

 二度のシミュレーター訓練を挟んで、都合一ヶ月以上、体感の上では過ぎているが、
 フェイを失ってからまだ半日も過ぎていないのだ。

 お陰で十分な心の整理をつけた空とは違い、仲間達の心痛はまだ計り知れないだろう。

空「フェイさんが身を呈して守ってくれた命ですから……。
  茜さんを救うためにも頑張りましょう」

 そんな二人の心痛を思ってか、空は気遣うようにそう言った。
185 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:05:40.46 ID:08Zn517zo
 茜は生きている。

 そんな確信があったのは、
 先の休憩時間の際に聞かされた件の電場ジャックの際の犯行声明の映像解析の結果だ。

 うっすらとだが茜色に輝いていたブラッドラインは、茜が生きている証拠だと言う。

 技術開発部の所見としても、ブラッドが活動限界まで損耗した状態で、
 茜が降ろされてから間もない程度の発光状態と言う結果だった。

 さらに解析の結果、映像は編集ではなくライブ映像だった可能性が高いと言う点から、
 おそらくは捕らわれて幽閉されていると言うのが解析班の見解だ。

 テロリスト側がオリジナルギガンティックを稼働状態で保持していると言う点は、
 政府側に対して大きなアドバンテージであり、茜の人質的価値が高い事も踏まえての予測に過ぎない。

 だが、茜が生きて捕らえられている可能性が高い以上、茜の事を諦める、と言う選択肢は無かった。

遼「強いですね、朝霧副隊長は」

 遼が驚いたような表情を浮かべて感慨深く呟く。

 とても六歳も年下の少女とは思えない。

空「そんな、強いだなんて……。単に色々とアドバイスをくれた司令のお陰です」

 空は恐縮気味に返し、恥ずかしそう顔を俯け頬を掻いた。

空「とにかく!
  体勢を立て直したら、一刻も早く茜さんや、エールとクレーストを救い出しましょう」

 空は気を取り直して顔を上げると、改めて決意を込めて言った。

レオン「ああ、そうだな。
    ……まあ、どこまで役に立てるか分からないが、そん時には全力でサポートさせて貰うぜ」

 レオンは努めていつも通り飄々と返したが、
 内心では空に任せきりにしてしまう事に対して、歯噛みするほどの悔しさがあっただろう。

遼「ご迷惑を掛ける事になると思いますが、頼みます」

 遼もレオンと同じ気持ちなのか、どこか神妙な様子で言って頭を下げる。

 空も気を引き締めて“はい”と頷くと、二人はまだ少し申し訳なさそうな表情を浮かべたまま去って行った。
186 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:06:33.30 ID:08Zn517zo
 そして、まだ眠ったままのレミィと、空だけが病室に残される。

 空は一番奥のベッドで寝かされているレミィの寝顔を覗き込んだ。

 レミィは両腕に付けられたギアにより倍加治癒促進を受けている事もあって、もう呼吸も心拍も安定していた。

 このまましばらくすれば目を覚ますだろうが、ずっとそれを待っているワケにもいかない。

空(レミィちゃんもまだ起きてないし、クライノートの整備の手伝いに行こうかな……)

 空がそんな事を思い、踵を返そうとした時だった。

レミィ「………待ってくれ……空」

 僅かに朦朧とする声音で呼ばれ、振り返りかけていた空は慌ててレミィに向き直る。

 すると、先ほどまで眠っていたレミィが、ゆっくりと身体を起こそうとしている所だった。

空「レミィちゃん!? 良かった……目が覚めたんだね。
  すぐ笹森主任を呼んで来るね!」

 空は驚きながらもそう言って、さっきも医療部員詰め所にいた雄嗣を呼びに走ろうとする。

 だが、レミィは小さく頭を振って、それを制した。

空「レミィちゃん……どうかしたの?」

 何かありげなレミィの様子に、空は怪訝そうに首を傾げ、彼女を促す。

 レミィは僅かに俯き、何事かを逡巡した様子だったが、すぐに顔を上げて口を開いた。

レミィ「………もう一人、どうしても助けたい人がいるんだ……」

空「もう、一人?」

 どこか思い詰めたような表情で呟いたレミィの言に、空は驚きと戸惑いの入り交じった声音で返す。

 それと同時に、レミィが自分達の会話を聞いていた事を気付いた。

 詳しくは話していないが、フェイの事もレミィは察しているだろう。

 それだけに言い出し難さもあるのかもしれない。

レミィ「フェイの事は……何となく、遠くで話している声を聞いたから、分かってる……。
    私があの時、もっと早く駆け付けられたら……」

 レミィは悔しそうに声を吐き出し、シーツを握り締め、肩を震わせる。

 もしもあの時、オオカミ型ギガンティックを無視して援護に回っていれば、フェイの命を救えたかもしれない。

 過ぎてしまった事の可能性を語るのは無意味だが、それでもレミィの後悔は早々に拭える物では無かった。

 しかし、そんな後悔の中にあっても、レミィには助けたい者がいた。

レミィ「……だけど、見付けたんだ……!
    妹を……弐拾参号を見付けたんだ!」

空「妹さん!?」

 悔しさの中に僅かに歓喜を交えたレミィの言葉に、空は驚きの声を上げる。

 レミィの妹。

 話には聞かされていた。

 投薬などの過酷な実験や、不安定な異種混合クローンと言う生まれの不幸から、
 次々に死に別れる事となった二十五人の姉妹達。

 その一人。

空「レミィちゃんのお姉さんや妹さんって、みんな死んだハズじゃ……!?」

レミィ「私にもどうしてあの子が生きていたかなんて、本当の所は分からない……。
    けど、私とヴィクセンが戦った敵の中に、多分、魔力の動力源代わりに囚われてる……」

 愕然とする空に、レミィは悔しそうに語る。
187 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:07:15.85 ID:08Zn517zo
 死に別れたとばかり思っていた妹が実は生きていて、
 自分が味わった孤独など生易しいほどの辛い境遇にいた事を、自分は知らず過ごしていた。

 その事が……その罪悪感が、レミィの胸を激しく締め付ける。

レミィ「……こんなのは我が儘だって分かってる……。けど、助けたいんだ……!」

 レミィは瞳の端に涙を浮かべながら、懇願するように漏らす。

 フェイの死、奪われたエールとクレースト、囚われの茜、結界装甲を持つテロリストのギガンティック。

 死に別れた妹との再会を喜んでいる場合でも無ければ、彼女を助け出す余裕も無い。

 だが、それでも助けたいのだ。

 オリジナルギガンティックのドライバーとしての責任感と、姉として妹を思う気持ち。

 その二つのせめぎ合いに、レミィは押し潰されそうになっていた。

 そんなレミィを慮ってか、空は僅かに腰を落とし、
 レミィと視線の高さを合わせ、彼女の目を真っ直ぐに覗き込む。

空「……レミィちゃん、水くさい事言わないでよ」

レミィ「空……?」

 優しく語りかける空に、レミィも呆然と返す。

 ようやく震えの止まったレミィに、空はさらに続けた。

空「みんな助けよう……勿論、レミィちゃんの妹さんも、絶対に!」

レミィ「………ッ、ありがとう……空」

 力強く、だが優しく語りかける空に、レミィは一瞬息を飲んで、
 目に溜めていた涙をボロボロと零しながら応える。

レミィ「ヴィクセン……お前も酷い目に合わせたな……。だけど、今度こそ……」

 レミィは涙を拭うと、手首に嵌められたヴィクセンのギア本体に向けて語りかけた。

 だが、その言葉も不意に途切れてしまう。

レミィ「ヴィクセン……?」

 レミィが茫然とした様子で語りかける。

 空は、ヴィクセンがレミィを慮る余り思念通話で苦言でも呈していたのかと思ったが、何やら様子がおかしい。

空「ど、どうしたの、レミィちゃん?」

レミィ「ヴィクセンが……ヴィクセンが返事をしない……」

 慌てて尋ねた空に、レミィは困惑気味に返事をする。

 おかしい。

 確かに、ヴィクセンは先の戦闘で大破し、変色ブラッドに侵食された部分を瑠璃華達の手によって、
 辛うじて無事だったエンジンから切り離されている最中だった。

 シミュレーターでの訓練中に明日美に聞かされたのだから間違いない。

 機体がどれだけ損傷していてもエンジンが無事ならば、ギアを通してヴィクセンと対話する事は可能なハズだ。

 と言う事は、エンジン本体に何かが起こったと見て間違いない。

レミィ「ヴィクセン……! ッ……!?」

 慌ててベッドから降りようとしたレミィは、まだ満足に動けない身体で急に動いたせいか、
 ベッドの縁から転げ落ちそうになってしまう。

空「レミィちゃん!?」

 空は慌ててレミィの身体を受け止め、支えるようにして立ち上がらせる。

レミィ「……すまない……」

空「気にしないで。今はとにかくハンガーに急ごう!」

 申し訳なさそうなレミィの身体を支え、二人は格納庫に向けて歩き出した。
188 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:07:55.23 ID:08Zn517zo
 二人がハンガーに辿り着くと、集中的な作業の行われていたヴィクセンの周辺では、
 つい数時間前よりも緊迫した空気が満ちていた。

 全体が剥き出しになったエンジンを見る限り、
 既に周辺部位の解体作業は終わっているようだが、慌ただしさは先ほど以上だ。

 今はクレーンでエンジンを吊り上げ、作業台である大型フレームの上に移動させている最中だった。

瑠璃華『エンジンの懸架と固定急げ! 固定終了次第、ベントを全解放!』

 チェーロに乗ったままの瑠璃華も殆ど怒鳴るような声で指示を飛ばしている。

レミィ「何が……あったんだ……!?」

 心臓部だけになってしまった愛機を見下ろしながら、レミィは声を震わせる。

 格納庫までの道すがら、変色ブラッドの存在は空から聞かされていたが、
 この惨状を目の当たりにした衝撃は軽くは無かった。

空「下まで行こう、レミィちゃん!」

 空は愕然とするレミィを促し、格納庫の最下層まで降りて行く。

 そこでは慌てた様子の整備班達がかけずり回り、洗浄機と思しき装置をそこら中から持ち寄っていた。

雪菜「サイズはどんな物でもいいから早く準備して! B班は小型カッターやヤスリをかき集めて!」

 その作業の陣頭指揮を執っていたのは、アルコバレーノの修理作業の陣頭指揮を執っていたハズの雪菜だった。

空「雪菜さん、何があったんですか!?」

 レミィを肩で支えたままの空が、雪菜に駆け寄りながら声を掛ける。

 雪菜は驚いたように振り返った後、どこか苦しげな表情を浮かべ、申し訳なさそうに口を開く。

雪菜「………ごめんなさい、レミィちゃん。
   レミィちゃんが敵に受けた例の紫色のブラッドが、僅かにエンジン内部に残留していたようなの……」

レミィ「ッ!?」

 悔しさと申し訳なさを漂わせる雪菜の言葉に、レミィは驚きで目を見開く。

 エンジンはギガンティックの心臓部であり、AI本体が搭載されている。

 エンジンを侵食された事で、ヴィクセンのAIはギアとのリンクが完全に途切れてしまったのだ。

整備員A「ベント解放!」

 エンジンの固定が完了したのか、遠くから整備員の怒号じみた合図が聞こえた。

 すると、先ほどまで閉じられていたハートビートエンジンの各部にある
 ブラッドラインと接続されるパイプの弁が開かれ、エンジン内部に残留していた多量のエーテルブラッドが流れ出す。

 大量の鈍色のブラッドに混ざって、微かに濃紫色に染まったブラッドが溢れた。

 おそらく、ヴィクセンによる弁の閉鎖が間に合わず、内部に残留してしまったのだ。

 エンジン内部と言う事でより強いレミィの魔力の影響下にあった事で侵食が遅れ、
 それが発見を遅らせていたのだろう。

整備員A「ベント周辺の内壁、紫色に変色しています!」

瑠璃華『即時洗浄開始!
    洗浄終了後、炎熱変換した魔力を使って慎重に削り出せ! 急げ!』

 整備員の報告を聞いた瑠璃華が慌てて指示を出す。

 どうやら、かなり深刻な状態で間違いないようだ。

 一方、瑠璃華は最早チェーロで可能な作業が無いのか、
 近場に準備されていた07ハンガーに機体を固定すると、機体から降りた。
189 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:08:37.58 ID:08Zn517zo
 そこへ空とレミィが歩み寄る。

レミィ「瑠璃華、ヴィクセンは!?」

 空に支えられて歩いていたレミィは、もどかしそうに空から離れると、
 転げそうになりながら瑠璃華に駆け寄った。

瑠璃華「レミィ……すまん。
    私の危機感の無さが招いた失敗だ……本当に、すまん……」

 問いかけられた瑠璃華は、項垂れて弱々しく返す。

 声は悔しさと哀しみで震え、今にも押し潰されてしまいそうな雰囲気が二人にも伝わって来る。

 瑠璃華の見立てでは、ヴィクセンのハートビートエンジンはもう手遅れだった。

 ブラッドラインと接続されるパイプ内部が侵食されていると言う事は、
 恐らくは内部も相当の侵食が進んでいる。

 侵食された部位を削らせてはいるが、エンジンを分解できない以上、内部の侵食は止めようが無い。

 今行っている作業も、単なる延命処置でしかないのだ。

 瑠璃華自身、こうなるかもしれない覚悟はしていたし、明日美にもその事を言っていた瑠璃華だったが、
 いざ手遅れだったとなると悔しさと苦しみが募る。

 瑠璃華の様子からレミィもその事を察したのか、その場に崩れ落ちるように膝を突いてしまう。

レミィ「そ、そんな……ヴィクセン……」

 声を震わせ、手首のギアとハートビートエンジンを交互に見遣る。

レミィ「私が……私があの時……もっとしっかりしていれば……!」

 レミィは自責の念で声を震わせた。

 奪われたエールと囚われの妹で迷った一瞬の隙が、あの敗北を招いたのだ。

 仲間を失い、今、相棒すら失おうとしている。

 そして、こんな状態では妹すら救えない。

レミィ「ッ、くそぉ……!」

 レミィは両手をつき、吐き出すように叫ぶ。

 声と共に涙が溢れ、床に小さな水たまりを点々と作って行く。

 と、その時である。

明日美「天童主任、破損したエンジンからヴィクセンのAIを引き上げる事は可能?」

 明日美の声が背後から響き、空が振り返ると、そこにはクララを伴った明日美がいた。

 どうやらクララから現状の説明を受けたようだ。

瑠璃華「……理論上、エンジンからギアのコアストーンにAIを移す事は可能だ。
    ……けど、単なる魔導機人装甲じゃレプリギガンティックにも劣るぞ」

 瑠璃華は消沈した様子で明日美の質問に返す。

 実際、明日美のユニコルノは第一世代ギガンティックのエンジンから、魔導機人装甲ギアにAIを移植している。

 仕様不明な点の多いハートビートエンジンだが、後付けのAIであるヴィクセンならシステム上は可能だ。

瑠璃華「だが、それにはあの状態のエンジンにレミィとリンクして貰う必要がある。

    けど、内部侵食がどの程度進んでいるかなんてスキャンだけじゃ分からない部分も多い。
    ハッキリ言って分が悪すぎる危険な賭けだ」

 瑠璃華はそう言って視線でハートビートエンジンを指し示した。

瑠璃華「確かにヴィクセンは仲間だし、
    私にとっては初めて作ったギガンティックだ……失うのは辛い」

 瑠璃華は項垂れながら呟き、苦しそうに声を震わせる。

 自分で設計、製造、整備に携わって来た特別な機体だ。

 フェイとアルバトロスが失われた今、ここでヴィクセンまで失うとなれば瑠璃華も断腸の思いだろう。
190 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:09:20.95 ID:08Zn517zo
瑠璃華「だが、代わりのエンジンが無い現状、レミィにそんな危険な賭けをさせるワケにはいかない!」

 瑠璃華は声を震わせながらも、ハッキリと言い切った。

 仲間を天秤に掛けるようだが、これは当然の選択だ。

 侵食状態の機体と短時間リンクした後ですら、レミィは五時間以上の昏睡状態だったのだ。

 次にリンクして無事でいられる保障は無い。

 しかも、AIの移植にはそれなりの時間を要する。

 戦力ダウンしか選択肢の残されていない現状で、そんな危険な事を仲間にさせるのは瑠璃華にも憚られた。

 だが――

明日美「エンジンなら……ハートビートエンジンなら、あるわ」

瑠璃華「なっ!?」

 明日美の発した言葉に、瑠璃華は愕然と叫び、空達も驚きで目を見開く。

明日美「緊急時の予備として秘匿していたエンジンの使用許可が、先ほど政府から下りました」

 明日美はそう言って、自分の端末の画面を瑠璃華に見せた。

 そこには“ハートビートエンジン5号使用許可”と、確かに明記されていた。

 ハートビートエンジン5号……即ち、GWF204X−ユニコルノに使われるハズだったエンジンだ。

明日美「ヴィクセンに使われていた試作一号エンジンのテスターは私……。
    私専用に作られた5号エンジンも、私の魔力と同調できたレミィなら十二分に使えるでしょう」

 明日美は淡々と言ってから、ようやく顔を上げたレミィに向き直った。

 レミィは涙も拭わずに顔を上げ、明日美の顔を覗き込む。

明日美「レミット……もしもあなたにその覚悟があるなら、ヴィクセンのAI移植作業を開始します」

レミィ「司令………」

 ともすれば突き放すように覚悟を問う明日美の言葉に、レミィは逡巡する。

 だが、すぐに涙を拭って立ち上がった。

レミィ「瑠璃華、頼む! ヴィクセンを助けたい!」

 そして、瑠璃華に向き直り、懇願するように言った。

 ヴィクセンはあの時、弐拾参号を救おうとした自分の背中を押してくれた。

 彼女がああなった責任は自分にもある。

 だからこそ、相棒を助けたいと。

瑠璃華「レミィ…………分かった。

    クララ、誰かに医療部まで行って笹森主任に来て貰うよう伝えて来い。
    それと廃棄前のタンクと新しいブラッドを出来るだけ多めに準備しろ」

 瑠璃華は戸惑いながらも頷くと、明日美の背後にいるクララに指示を出した。

クララ「りょ、了解です、主任!」

 指示を出されたクララは慌てた様子で駆け出す。
191 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:02.23 ID:08Zn517zo
瑠璃華「よし……っ!」

 クララを見送った瑠璃華は気合を入れるように頷くと、端末を取り出した。

 やると決めた以上、最早一分一秒が惜しい。

 侵食がエンジンのコアにまで到達したら、AIを移植するどころの話ではなくなってしまうからだ。

瑠璃華「雪菜、ヴィクセンのエンジンに予備のコントロールスフィアを接続する!
    壊れた接続部ごと交換だから準備急げ!」

 端末を通して雪菜に指示を出すと、瑠璃華は再びレミィに向き直る。

瑠璃華「レミィ、作業開始までまだ少し時間がある。
    近くのベンチで横になって少しでも体力を回復させておけ」

レミィ「……分かった。頼んだぞ、瑠璃華」

 レミィは瑠璃華の指示に頷くと、空に支えられてその場を辞した。

 瑠璃華は二人の後ろ姿を見送ると、明日美に向き直る。

 そして、僅かな戸惑いを見せた後、口を開く。

瑠璃華「ばーちゃん……何で今まで、隠してたんだ?」

明日美「……有ると分かったら、それを利用しようとする人間が多いのよ……。
    設計が私専用とは言え、使用者登録がされていない現状なら誰でも同調できるわ」

 瑠璃華の質問に、明日美は肩を竦めて応えた。

 確かに、使用者が限定される現在でさえ、軍部は自分達に縁の深い家柄のクァンや風華を引き込もうとしている。

 そこには軍部の影響力を拡大しようとする意志が見え隠れしていた。

 ロイヤルガードに二機のオリジナルギガンティックがあったのは、クルセイダーが皇居前から動かせない現状と、
 ロイヤルガードに縁の深い茜と同調したクレーストを、緊急時の予備戦力として温存する必要があったからだ。

 その件で軍部からのやっかみがあるのはやむを得ない物があった。

 オリジナルギガンティックの件に関して、それを持ち得ない軍部にやや盲目的な部分が多いのは致し方ない。

 何せ、イマジンから民間人を救う最前線に真っ先に立つのは軍部なのだから。

 それによってエンジンを過度に運用される事と軍部の増長を避けるため、
 また、最大戦力としてギガンティック機関に危急が訪れる時を予期し、
 政府は使用者無しの状態のエンジンを秘匿したのだ。

明日美「もう一つ……6号エンジンは研究用として旧技研に地下区画に秘匿されていたのだけれど……、
    アレが出て来た所を見ると、どうやら見付かってしまっていたようね」

 明日美は項垂れ気味にそう言うと、小さく溜息を漏らした。

 アレ、とはテロリストの使うギガンティック、ダインスレフの事だ。

 あの機体に結界装甲が使われている以上、解析のために6号エンジンが使われたのは間違いない。

 でなければ、一からハートビートエンジンを作り上げた事になってしまう。
192 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:10:30.53 ID:08Zn517zo
明日美「……今は推測も後悔も愚痴も漏らしている場合ではないわね」

 明日美は短い溜息の後、そう言って頭を振る。

瑠璃華「……難しい大人の事情ってヤツか。
    正直、未登録エンジンがあるなら現物を見て研究したかったぞ……」

 瑠璃華は、そんな明日美に向けて愚痴っぽく言うと、
 格納庫の片隅に置かれた縦横高さ十メートルの巨大コンテナを見遣った。

 それは、明日美に格納庫まで持って来るように言われていた第五一六コンテナだ。

 書類上の中身はオリジナルギガンティックのジャンクパーツとなっているが、
 エンジンの件で覚悟を決めろと言った後に準備させたのだから、あの中に5号エンジンがあるのだろう。

 耐圧パイプとブラッド貯蔵用タンクの一つがパワーローダーによって運び込まれ、
 エンジンへの接続作業の準備が始まっている。

 あとはコントロールスフィアの準備が出来れば、いつでもヴィクセンのAI移植が可能だ。

瑠璃華「まあ、そんな悠長な事も言っていられないな。
    後でもっと詳しい話を聞かせて貰うぞ、ばーちゃん」

 瑠璃華はそう言うと、明日美の返事も聞かずに駆け出した。

 明日美はそんな瑠璃華の後ろ姿を見送りながら、また小さな溜息を漏らす。

ユニコルノ<明日美。
      朝霧副隊長の訓練にまだ付き合うなら、そろそろ戻って休まないと身体に障りますよ……>

明日美<今日は珍しくお喋りね……>

 不意に思念通話でユニコルノから声をかけられた明日美は、口元に微かな笑みを浮かべて応えた。

 だが、すぐに目を伏せ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

明日美<結局、あなたをエンジンに載せてあげる事が出来なかったわね……>

ユニコルノ<お気になさらず……>

 申し訳なさそうに漏らした明日美に、ユニコルノはどこか達観した様子で淡々と返す。

 明日美は愛器の返事に一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべた後、だがすぐに気を取り直し、執務室に足を向けた。
193 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:10.75 ID:08Zn517zo
―3―

 それから三十分後。
 シミュレーター、仮想空間内――


 いつも通り、体感時間を五百倍に加速された空間で、空はコントロールスフィアの中にいた。

 使い慣れたエールではなく、今回は新たな乗機となったクライノートだ。

空(うん……少し重いけど、エールほどじゃない……)

 空は手足を動かしながら、操作感覚を確認する。

 エールの鈍重さは手足に枷を嵌められたような感覚だったが、
 クライノートの重さは純粋な機体の重さだ。

 使われているフレームはエールタイプとカーネル、プレリータイプの中間……
 全高は大体三一メートルくらいだろうか?

 手足は太めで、それが重量感を増している原因らしい。

 エールより二メートル近く低いが、その代わり重心も低くなって安定性も高まっており、
 どっしりと構えれば並大抵の攻撃ではビクともしないだろう。

明日美『乗り心地はどうかしら?』

 操作感覚を確認している空の元に、通信機越しの明日美の声が聞こえた。

 通算三度目となる訓練も、明日美はやはり若返っている。

 だが、今回はそれだけでは無い。

 クライノートを駆る空から二百メートルほど離れた位置に、
 白と青紫を基調とした躯体に藤色の輝きを宿したオリジナルギガンティックの姿があった。

 それは二十七年前、イマジン襲撃の際にエンジン破損によって失われたオリジナルギガンティック、
 GWF200X−ヴェステージだ。

 本体は現在、外観だけが復元され山路重工に保管されており、
 空の目の前にいるのはデータだけで復元されたコピーに過ぎない。

 しかし、データだけのコピーに過ぎないと言っても、それだけにメンテナンス状態は最高値をキープしている。

 要は訓練時代に使っていた“動かし易いエール”と同じ条件だ。

 そして、そのヴェステージを駆るのは勿論、若返った明日美である。

空「はい、少し重たい感じがしますが、凄く安定していて安心します」

 そんな明日美に、空は感じたままの素直な感想を返した。

明日美『よろしい……。

    では、ヴァッフェントレーガーを使う前に、先ずは軽い復習と行きましょう。
    第二段階の最終段階で行った訓練を、今度はギガンティックの状態でやってみましょう』

 明日美は満足そうな声音でそう言うと、愛機の周辺に無数の閃光変換した魔力弾を浮かべた。

 通常の魔力弾よりも鈍く輝くソレは、訓練で使う標的だ。

 数は五十を超える。
194 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:11:42.86 ID:08Zn517zo
 明日美が標的を浮かべた事を確認した空は、自身も訓練の準備に入る。

空(先ず……リングを七つ……)

 空は脳裏にイメージのリングを浮かべた。

 自身の周囲を旋回する、それぞれが干渉しない軌道のリングを七つ。

空(一……二……三……四……五……)

 そして、そのリングに引っかけるように、次々と魔力弾を浮かべて行く。

 すると空……クライノートの周辺に三十を超す魔力弾が一斉に浮かんだ。

 これが特訓の第一段階で空が修得した、多量の魔力弾を自身の周囲にキープする方法だった。

 ギアの補助無しでも一つの円に最大五つの魔力弾を設置する事が可能で、
 それぞれの円毎に浮かべた順に数字をイメージしている。

 こうすれば、脳内のイメージでは“身体の周辺に浮かぶ、数字の引っかけられたリング”となって、
 イメージの単純化……即ちイメージし易くなったのだ。

 浮かべたリングが七つなのは、
 空自身が思考のコンフリクトを無しに個別発生させられる魔力弾の限界数である。

 空のイメージでは魔力弾をコブのように付けたリングが七つ、
 自分を中心軸として浮かんでいる事になるのだが、実際には存在していない。

 そして、この方法が明日美が魔力弾を浮かべた方法に近い物だった。

 因みに、明日美は自身の周囲にジェットコースターのレールのような物をイメージし、
 そこに大量の魔力弾を走らせるイメージだ。

 どちらも多量の魔力弾を自身の周囲にキープするために突き詰めた、個人毎の最適解である。

空「準備出来ました、司令!」

明日美『ええ……では、始めるわよ!』

 明日美は空に応えると、すっ、と手を上げて合図を出した。

 直後、明日美の浮かべた魔力弾の幾つかが眩く発光を始める。

 発光パターンの代わった魔力弾が、狙うべき標的だ。

空「行けぇっ!」

 空は片手を突き出す動作をトリガー代わりにして、標的となる魔力弾と同数の魔力弾を発射した。

明日美『行きなさいっ!』

 対して、明日美もその魔力弾を迎撃する魔力弾を発射する。

 残った魔力弾も、標的となる魔力弾を守る軌道を描く。

空「援護と防御……この割合で!」

 空は両腕を左右に振り払うようにして、残った魔力弾の半数を高速で射出し、
 さらに残りの魔力弾を高速旋回させて防壁代わりにする。

 空の放った高速魔力弾は、明日美の迎撃と防衛の魔力弾の内、
 先に放たれた魔力弾を妨害する物だけを相殺した。

 さらに、その内の撃ち漏らしの魔力弾も、空の周囲を旋回する魔力弾と相殺されて消える。

 そして、無事、迎撃と防衛の魔力弾をくぐり抜けた魔力弾が、標的を撃ち抜いた。
195 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:20.52 ID:08Zn517zo
明日美『よし……ギガンティック搭乗時でも問題なくコントロール出来るようね』

 明日美は自身の元に一つの魔力弾も残っていない事を確認しながら、満足げに呟く。

 対する空の元には、まだ数個の魔力弾が円軌道を描いて浮かんでいた。

 おそらく、最初から防壁代わりにする魔力弾は魔力を多く使って作っていたのだろう。

 明日美の魔力弾全てを相殺しながらも、幾つかは残す事が出来たのだ。

 多数の魔力弾のコントロールに加えて、さらに魔力弾毎の魔力の微調整までこなすとは、
 明日美から見ても空の上達振りは中々の物だった。

 射出後の魔力弾のコントロールは、頭にしっかりと軌道をイメージ出来ているかが重要だ。

 その点は既に十分な訓練を積んでいた空だが、今回の訓練を経てその技量もさらに研ぎ澄まされた事だろう。

空「………」

 だが、対する空はどことなく浮かない様子だ。

明日美『空? ………朝霧副隊長!』

 反応の薄い空に、明日美は少し語調を強めて呼ぶ。

空「は、はいっ!?」

 普段の明日美とは違った声の強さに、空は思わず姿勢を正し、慌てた様子で返事をする。

 そして、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、顔を俯けた。

 機体越しとは言え、空の様子を察したのか、明日美は小さく溜息を漏らす。

明日美『レミィとヴィクセンの事が心配なのは分かるけれど、訓練に身が入っていないようでは駄目よ』

空「はい……すいませんでした、司令」

 溜息がちな明日美の言葉に、空は申し訳なさそうに返した。

 この訓練開始と時を同じくして、ヴィクセンのAIを引き上げる作業が開始される予定だ。

 作業にかかる時間は、大体十分程度を想定しているらしい。

 この五百倍に加速された空間では、結果が出るのはおおよそ三日と半日が過ぎた頃である。

 結果が出てから始めれば良かったのかもしれないが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 それに加えて、どれだけ短い時間のシミュレーションでも解除後の眩暈や負荷は変わらないとなれば、
 始めて数分で解除、と言うワケにもいかないのだ。

 特に、明日美の身体にかかる負担は無視できないレベルである。
196 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:12:56.58 ID:08Zn517zo
明日美『仲間の安否が普段以上に気がかりなのは仕方ないでしょう……。

    体感で一ヶ月以上経過していると言っても、
    フェイを失ってからまだ半日も経っていないのだし……』

 明日美は悲しげな声音でそう呟くと、短い溜息を一つ吐いて気持ちを切り替え、さらに続けた。

明日美『でも、だからこそ今は訓練に集中しなさい。
    今の自分が仲間のために出来る事を間違えないように』

空「………」

 明日美の言葉に、空は次第に身の引き締まる思いで聞き入っていた。

 確かに、明日美の言う通りだ。

 門外漢の自分が、などと自虐的な事を言うつもりは無い。

 だが、そんな自分が出来る事は、レミィとヴィクセンが戦列に復帰する事を……
 レミィと瑠璃華を信じて、明日美と共に訓練を続ける事だ。

 空は両手で頬を強く叩き、大きく息を吐き出す。

 乾いた音と吐き出す呼吸と共に、気が引き締まる。

空「……はいっ!」

 気を引き締め直した空は、力強い声で応えた。

 仲間を案じる気持ちは変わらないが、つい数分前よりはずっと訓練に集中できている。

明日美『……今度こそ、準備はいいようね。
    なら、早速ヴァッフェントレーガーの訓練に入りましょうか』

 明日美も空の心持ちの変化を感じたのか、少しだけ優しい声音で言った。

空「はい、お願いします、司令!」

 空は大きく頷くと、後方に下げてあったヴァッフェントレーガーに視線を向ける。

空(レミィちゃん、瑠璃華ちゃん、それにヴィクセンも……みんな、頑張って。
  私も、絶対にヴァッフェントレーガーを使いこなせるようになるから!)

 空は祈るような気持ちで仲間達の事を思い、
 そして、強い意志で決意を新たにすると、ギアを嵌めた右腕を掲げた。

空「行くよ……ヴァッフェントレーガーッ!」

 そして、新たな乗機のOSSの名を高らかに叫んだ。
197 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:13:40.90 ID:08Zn517zo
 同じ頃、ギガンティック機関、格納庫――

 11ハンガー前では、ヴィクセンのAI回収作業の準備も最終段階へと移り、
 エンジン内部に入り込んで作業していた整備員達も退避済みだ。

 レミィもコントロールスフィアの内壁に寄りかかり、作業開始の瞬間を待っていた。

雄嗣『ヴォルピ君、聞こえるかい?』

レミィ「……はい、よく聞こえます、笹森チーフ」

 不意に通信機越しに響いた雄嗣の声に、レミィは静かに応える。

 雄嗣はレミィの返事に“うむ”と頷くような息遣いの後、説明を始めた。

雄嗣『起動していたエンジンから全てのパーツが取り外された関係上、
   魔力リンクを行った瞬間に全身に激痛が走るだろうが、
   リンク開始と同時に不要なリンクは全て切断する』

レミィ「はい」

 雄嗣の説明に頷き、レミィは少し前に瑠璃華から聞かされた事を思い出す。

 ヴィクセンは変色ブラッドによる侵食を受けた時点の状態でシステムがフリーズしている可能性が高く、
 それはつまり、エンジンだけとなった現在でもシステムは
 オオカミ型ギガンティックに敗北した時点の状態で停止しているとの事らしい。

 要は四肢をもがれ、頭部を半砕された状態のまま、と言う事だ。

 そして、魔力リンクを開始し、システムを再起動した瞬間に、
 ヴィクセンはエンジン以外の全てを吹き飛ばされたようなダメージを誤認してしまうのである。

 これはリンクして直接アクセスせねば本当の所は分からないのだが、
 万が一にもそうであった場合、最初から魔力リンクを切断した状態でアクセスするのは、
 情報の齟齬を是正できるだけの処理能力の余裕がヴィクセン側に残されていなかった場合、
 再度システムがフリーズしてしまう危険性を孕んでいるからだ。

 そうなれば、エンジンを動かすために注入したブラッドにより変色ブラッドの侵食は劇的に早まり、
 再度の作業は不可能となってしまうだろう。

 ソレを避けるため、瑠璃華の説明を受けたレミィが自ら進言した方法でもあった。

雄嗣『多少のタイムラグはあるかもしれないが痛みは一瞬で抑えてみせる。

   問題は、その一瞬のダメージからどれだけ早く復帰できるかが、
   天童主任曰く、作業を成功に導く最大のポイント……だそうだ』

瑠璃華『その通りだぞ』

 雄嗣の説明に相槌を打って、瑠璃華が説明を引き継ぐ。

瑠璃華『レミィ、お前はヴィクセンとリンク開始後、
    すぐにヴィクセンのAI本体のデータだけを、
    お前の持っているギア本体に引き上げる作業を始めて貰う。

    こちらでも作業をサポートさせて貰うが、お前の感覚だけが頼りだぞ』

レミィ「ああ。ヴィクセンを掴んで引き上げる感覚、だったな」

 先ほども説明して貰った事を再度説明してくれた瑠璃華に、レミィは頷きながらそう返した。

 第一世代ギガンティックのコアを流用したハートビートエンジンのコアは、
 ギアのコアストーンと基本的な原理は近い。

 魔力的に構築された人口知能は、意志を持った魔力と置き換える事も出来る。

 AIの引き上げとはつまり、その意志を持った魔力だけをエンジンのコアから引き上げ、
 ギアに移し替える作業の事なのだ。

 ヴィクセンの場合、その生みの親はレミィ自身。

 これ以上、引き上げに適した人材もいないだろう。
198 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:10.58 ID:08Zn517zo
瑠璃華『よし……最終準備が整ったみたいだ。すぐに始めるがいいな?』

レミィ「……ああ、始めてくれ」

 瑠璃華の問いかけに頷くと、レミィは背を預けていた内壁から離れ、
 コントロールスフィアの中央に立った。

 コントロールスフィアの内壁に周囲の状況が映し出され、
 外部のディスプレイがカウントダウンを始めている。

 残り四秒で作業開始だ。

レミィ(ヴィクセン……)

 レミィは心中で、相棒の名を呼ぶ。

 自分の我が儘に付き合わせ、自分の油断から傷付く事となった相棒。

レミィ(すぐに、助けてやるからな!)

 決意も新たに、来るであろう痛みの衝撃に身構える。

整備員A『ベント解放! エーテルブラッド、強制注入開始!』

整備員B『コントロールスフィア各システム良好、魔力リンク、強制再接続します!』

 整備員を含む技術開発部のスタッフが次々に作業を進め、遂にその時が来た。

雄嗣『システム、リンク確認!』

 恐らく雄嗣と思われる男性の声と共に、レミィの全身を痛みが駆け抜けた。

レミィ「ッァァァァ!?」

 目を見開き、口を悲鳴の形に広げて、声ならぬ声を吐き出す。

 心臓だ。

 心臓だけを抜き取られ、それだけになってしまったような、
 はたまた心臓以外の全身を粉々に粉砕されたような激痛。

 そんな、先に説明されていた通りの激痛が全身を駈け巡る。

 覚悟はしていたつもりだった。

 だが、現実に受ける激痛は、覚悟程度で乗り切れるほど生易しくは無かった。

 正常な思考がままならない。

 リンク開始から何秒が過ぎた?

 いや、何十秒? 何分? 何時間?

 瞬きさえも許されないほどの苦痛が、僅かな時を遥か長時間にまで拡張して行く。

 そして――

雄嗣『各部身体リンク切断完了!』

レミィ「っ……がはっ!?」

 ようやく全身の痛みが引き、レミィはその場で膝を突く。

 カウンターは作業開始から二秒と経過していない。

 本当に一瞬の事だったようだが、それでも全身に残る痛みの感覚の残滓は凄まじい。

 だが、休んでもいられない。

 全身から引き剥がされた痛みに喘ぐ間も無く、レミィは意識をギアに集中する。

 ギアからエンジン、そのAIへ、意識を潜らせた。
199 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:14:50.86 ID:08Zn517zo
レミィ「っぐ!?」

 直後、胸の痛みに気付く。

 やはり、この痛みも心臓に由来するものだ。

 おそらく、変色ブラッドによって蝕まれたハートビートエンジンの痛みとリンクしているのだろう。

 その痛みが、心臓全体へとジワジワと広がって行くような感触がある。

 本来ならばこのリンクも切断すべきなのだが、
 エンジン本体とのリンクを切断すればヴィクセンを助け出す事は出来ない。

瑠璃華『侵食率が想定値よりも高い!? レミィ、急げ!』

 瑠璃華が悲鳴じみた声を上げた。

 レミィは視線だけを動かし、ハートビートエンジンに接続されたパイプを見遣る。

 半透明の耐圧パイプを流れる若草色に輝くエーテルブラッドに、
 濃紫色の暗い輝きが混ざり始めているのが見えた。

 ヴィクセンの防衛能力が満足に機能していないため、
 エーテルブラッドを媒介に恐ろしいほどの速度で侵食が進んでいるようだ。

レミィ<ヴィクセンッ!>

 レミィは思念通話で愛機に呼び掛ける。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ>

 すると、即座に思念通話が返って来た。

 途切れ途切れの音をつなぎ合わせたような、酷いノイズ混じりの声だ。

 そのノイズのような声を聞いた瞬間、
 レミィはドロリとした粘液で満たされた暗い海の中に放り出された感覚に襲われた。

 どうやら、ヴィクセンのAIと自分の意識が普段以上に密接に繋がり、
 変色ブラッドに侵食されたエンジンの影響を受けているのだろう。

 おかしな話かもしれないが、
 これがハートビートエンジン試作一号機……ヴィクセンの深層意識なのだ。

レミィ<悪かった……ヴィクセン。
    私の我が儘に付き合わせたばかりか、あの時、油断したせいで……お前を……!>

 レミィは呼び掛けを続けながら、意識の奥底へと潜るように進む。

 粘液の抵抗か、それとも深層意識に潜って行く故の心象なのか、
 身に纏っているインナースーツが少しずつ溶けて無くなって行く。

 すぐに全てのインナースーツは溶けてなくなり、
 全裸になってしまったレミィだが、不思議と羞恥は感じない。

 それどころではないと言う話ではあったが、
 それ以上に肌を晒すごとにヴィクセンと一体になって行くように感じられたのだ。

 レミィは生まれたままの姿になって、深層意識の奥底に向けて必死に手を伸ばす。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、深層意識の海の奥底から、ヴィクセンの声が響く。

 ノイズ混じりの中でも、その声がどこか怒っているようにレミィは感じた。

レミィ<ごめん……ヴィクセン……! でも……>

 レミィは泣きそうな声で漏らし、思わず引っ込めかけた手を、再び必死に伸ばす。

 すると――

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び、ヴィクセンの声が聞こえた。

 今度は怒りの中に、僅かな慈しみさえ感じられる。
200 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:15:35.86 ID:08Zn517zo
 変色ブラッドの侵食から自らのコアを守るため、
 “レ・ミ・ィ”と主の名だけを紡ぐので精一杯のヴィクセン。

 だが、その僅か三文字の音に乗せられた思いは、
 意識の奥底に近付くにつれてハッキリを感じられるようになって行く。

 僅かな怒り、深い慈しみ、強く熱い友愛の情。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 再び聞こえた声は、怒りと言うよりも小さな子供を叱りつける年上の家族のような、
 そんな暖かな物に満ちていた。

レミィ<ああ……そう、だった……な>

 レミィはしゃくり上げるように、ヴィクセンのその思いに応える。

 そして遂に、レミィはヴィクセンの深層意識の奥底へと辿り着く。

 深層意識の奥底は草原のような光景が広がっていた。

 ドロリとした粘液の海底に広がる草原。

 おそらくはこの草原こそがヴィクセンの深層意識の本体なのだろう。

 粘液の海底は変色ブラッドの影響だと言う直感にも似た推測は当たっていたのだ。

 レミィは伸ばしていた手を引っ込め、
 両の足で“草原”に足をつくと、その足もとに柔らかな若草色の輝きが灯った。

 その輝きの中で横たわる、金色の毛並みの子ギツネの姿。

 これがヴィクセンの深層意識の核……ヴィクセンのAIの心象体。

 つまり、意識を持った魔力そのものだ。

ヴィクセン<……レ・ミ・ィ……>

 子ギツネの姿をしたヴィクセンは弱々しく顔をもたげ、また声を漏らす。

 それはどこか申し訳なさそうな響きを伴っていた。

 だが、それに対してレミィは小さく頭を振って、彼女を抱き上げる。

 たった三つの音でも、彼女が何を言わんとしているか、レミィには理解できた。

レミィ<バカだな……お前が言ったんだろう……あの時だって、今だって……>

 レミィは涙混じりの声でそう言って、抱き上げたヴィクセンに頬を寄せ、精一杯微笑んだ。


――あんまり遠慮するんじゃないわよ!――


 そう、力強く語りかけてくれた相棒の言葉を、レミィは思い出す。

 ヴィクセンを抱き上げたレミィの身体は、一気に海面へと向けて上昇を始めた。

 どれだけの時間が経ったのか、それとも僅か一瞬の出来事だったのか、
 海面の膜を突き破るような感触と共に、レミィの意識は現実へと引き戻される。
201 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/16(日) 22:16:30.45 ID:08Zn517zo
レミィ「ッ、ぷはっ!? ……はぁぁ……ふぅぅ……」

 どうやら深層意識に潜っている間は無意識の内に呼吸を止めていたらしく、
 レミィは大きく息を吐き出し、また吸い込む。

 新鮮な酸素を取り込み肺に満たすと、急速に身体が落ち着いて行く。

 胸の痛みも消えており、ハートビートエンジンとのリンクが切れた事が分かった。

 ヴィクセンのAI本体をギアに移動させた事でリンクも切れ、
 エンジンがただのマギアリヒトの塊になってしまった証拠だ。

 外部のディスプレイを見遣ると、作業開始から一分と経過していない。

 どうやら、深層意識の体感時間は現実のソレとは著しく異なるようだ。

レミィ「ふぅ……」

 レミィは深いため息と共に自らの身体を見下ろすと、全身余すところなく濡れていた。

 深層意識の海に潜ったため……と言うワケではなく、どうやら単に汗をかいただけのようだ。

 心臓以外を粉砕されるような激痛に、心臓に走る痛み、
 体感時間を濃密に圧縮された深層意識へのダイブと、慌ただしく体験した事による物だろうか?

 髪の先まで濡らす汗に苦笑いを浮かべたレミィは、尻餅をつくようにその場に座ると、右手首を見遣る。

 そこにはシンプルな腕輪だったギアが変化した、
 キツネの紋様と爪を摸した若草色のクリスタルがはめ込まれた新たな腕輪状のギアの姿があった。

 それまでのヴィクセンのギア本体は、あくまでハートビートエンジンのコアとレミィ本人を橋渡しをする仮の物だったが、
 AI本体を取り込んだ事でレミィのイメージを取り込んで相応しい形に姿を変えたのだ。

レミィ「……ヴィクセン、気分はどうだ……?」

ヴィクセン『ええ……中々、かしら。
      一時的とは言え、ただのギアになるって言うのも案外、乙な物ね』

 疲れ切ったように問いかけるレミィに、ヴィクセンは共有回線を開いて、戯けた調子で応える。

 どうやら、引き上げは成功したようだ。

雄嗣『脳波と脈拍にまだ僅かな乱れはあるが、許容範囲内だ』

瑠璃華『システムチェック……AIも無事に引き上げられたようだな』

 雄嗣と瑠璃華の声が、無事の作業終了を告げる。

レミィ「よかった……」

 二人の言葉を聞き、レミィは安堵と共に胸を撫で下ろし、その場で仰向けに倒れた。

ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ、大丈夫!?』

レミィ「ん、ああ……大丈夫だ……ちょっと疲れただけだ……」

 慌てふためくヴィクセンに、レミィは疲れ切った様子で返す。

 何とかやりきったが、これで終わりではない。

 戦いはまだ終わってはいないし、助けなければならない仲間達もいる。

 レミィは力を振り絞り、ヴィクセンの嵌められた右腕を高く掲げた。

ヴィクセン『今度こそ……絶対に助けましょうね。……あなたの妹を』

レミィ「……ああ、今度こそ、絶対だ」

 高く掲げた右腕から聞こえる声に、
 レミィは万感の想いと、以前よりもさらに強くなった決意を込めて応えた。


第18話〜それは、甦る『輝ける牙』〜・了
202 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/11/16(日) 22:22:49.50 ID:08Zn517zo
今回はここまでとなります。
空の称号に漏れインに続きゲロインが追加されました………僕はこの子をどうしたいんでしょうか?w

久しぶりに安価置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/11/17(月) 22:50:35.11 ID:oukw9DMU0
寒さも徐々に深まる中、乙ですた!
アッカネーン……にならなかった事にホっとしたのも束の間、ホンぇ……えー、王に本物も偽もありませんけど、王を名乗る以上その双肩にかかる責任は理解して欲しいものであります。
ンが、その後のユエからの話しを聞く限り、それは無理な話のようですね。テロお纏める手段としての”王朝”なのは理解出来ますが、第三者がそう理解できることほど渦中の、
中心にいる人物には理解し難いというのはいつの世も変わらぬものですね。
そしてユエの”はぐらかし”……それまでの饒舌との対比で、どうも実は不器用な人物なのでは?という印象を受けましたが、はてさて。
そして空……ええ、Gと振動って辛いんですよ……子供の頃、車酔いが酷かったのでよ〜く解りますww
反面、ダメージを受けている明日美……コーチが吐血するのは、特訓にはお約束ですね!翻って、ユニコルヌとの会話に何とも言えぬ温かさを感じます。
さて、空の訓練も順調に進み、レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と整ってきましたが、どうなる事か。
続きを楽しみにさせて頂きます!
204 :モ○Pにかわりまして○督がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/11/18(火) 20:42:27.32 ID:myL0Y+Ygo
お読み下さり、ありがとうございます。

>ホンの立場
正直な話、彼は御輿ですらないんですよね。
御輿なら回りが担ぎ上げますけど、彼の場合は彼自身が臆病な事もあって、
望む物さえ与えておけば、大人しくシェルター代わりのコンテナに引きこもってくれているので、
何かにつけて担ぐ必要が無いので、操り人形としては理想的な担ぎやすさです。
そして、外部に顔を見せる必要がある時だけ使う……こう言う部分は操り人形と言うより、むしろ隠れ蓑ですね。
ただ、単なる隠れ蓑と言うには少々、我が強いので、ユエの側にも多少の不自由さ(11話のような事)も有ります。

>ユエの“はぐらかし”
この辺りはミスリードも含めて色々と想像の余地があるようになっています。
ですが、基本的に自分の書く技術屋は不器用な人が多いので、彼の本性と言うか、本質の顕れみたいな所はあると思います。

>Gと振動って辛い
立体駐車場の上り下りすらGを体感できますからねぇ。
今回はシミュレーター停止から意識が身体に戻るまでの一瞬で、
長距離・大高低差・急カーブコースのジェットコースターを味わったような感覚となっております。

空のバランスの良さは、既に何度か出しているように平衡感覚以上に体幹の良さなので、
自発的だったり突発的な物を立て直そうとしたりする能動性の高い揺れには強いですが、
今回のように自分で何も出来ない状態、対処できない状態にされての受動性の高い揺れには人並みに弱いです。
早い話がバランスが崩されそうになったら力業で耐え、崩されたら力業で立て直すバランス脳筋ですw

>車酔い
自分も、学校の遠足や旅行でバスに乗る時は前の方であってもタイヤの上はアウトな人種でしたw
今でも他人の運転する車に30分以上乗っていると、ほぼ九割から十割に近い確率で酔います(車酔いあるある

>明日美@コーチが吐血する
吐血するコーチと言うと、個人的にトップのオオタコーチが思い浮かびます。
と、同時にスパ厨なので、第一次αで原作五話終了まで進んでいた割に第三次αでも終盤までピンピンしていたのを思い出します。

そして、ユニコルノはアレです。
基本的に起動者の深層意識の現れなので、両親を反映してエールをややお堅くした感じとなっています。
……クライノートと大差が無いのは秘密です(白目

>レミィとヴィクセンも復活して、反撃の準備も着々と
暗い展開が続いた中で、ようやく一筋の光明が、と言う感じですね。

次回は遂に新型のヴィクセンMk−Uがお披露目です。
クライノートとヴァッフェントレーガーのお披露目も含むので、偏らないように頑張ります。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/12/11(木) 23:11:22.18 ID:Am0AOydw0
捕手
206 : ◆22GPzIlmoh1a [sage]:2014/12/14(日) 19:57:02.69 ID:c4YXF2eHo
保守ありがとうございます。
ちょいと私事でゴタついておりますので、投下は年末頃になるかもしれません。
207 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/12/31(水) 22:15:41.25 ID:GHB5lTWGo
何とか年末に間に合ったので、最新話を投下させていただきます。
208 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:16:34.75 ID:GHB5lTWGo
第19話〜それは、響き渡る『涙の声』〜

―1―

 7月9日、午前六時過ぎ。
 第七フロート第三層中央、旧山路技研、通称“城”。

 その最奥区画にあるユエの研究室――


 囚われの身となって十一時間が経過した頃、茜は目を覚ました。

茜(睡眠時間は四時間程度か……敵の膝元で眠れるとは思わなかったな)

 茜はそんな事を考えながら、自嘲の嘆息を漏らす。

 睡眠時間はやや短く、気怠さも感じるが、
 早起きが習慣ついているせいか、普段よりは遅かったもののすんなりと目が覚めた。

 ここはユエの研究室と扉一枚隔てた寝室だ。

 元々、研究者用の宿直室だった場所を改装しただけの簡素な作りだったが、
 物置代わりに使われている棚で仕切られているお陰でそれなりにプライベートな空間は確保されていた。

 如何せん狭いと言う難点はあったが、身の安全が保障されているだけマシである。

 そう、信じられない事に、茜は囚われの身でありがなら、身の安全が保障されているのだ。

茜(いくら何でも、おかしいだろう)

 茜は自身の手首を見遣ると、そこには昨夜と変わらず魔力抑制装置が取り付けられていた。

 だが、この研究室に入って以来、それ以外で何かをされたと言う事は無い。

 むしろ、この研究室の主……ユエ・ハクチャによって客人としての扱いを受けていたのだ。

 この研究室の外には出られない軟禁状態ではあったものの、洗脳や拷問を受ける事はなかった。

 むしろ、特定の端末以外に触れて情報収集する事すら許可されており、
 以前は知り得なかったテロリスト達の情報や、現状を把握する事も出来ていた。

 テロリスト達の構成員や、別のテログループとの横の繋がりを証明する情報、
 さらには政府側に入り込んでいる内通者の情報に至るまで、手に入れる事が出来た物はどれも重要な情報ばかりだ。

 400シリーズと呼ばれるテロリスト達のギガンティックも、名前やカタログスペックは入手できた。

 しかし、ユエにとってはその程度の情報は機密にも当たらないのだろう。

 逆に彼が隠したいのは、今も彼が開発中のギガンティックに関する情報のようで、
 そちらは専用の権限が無ければ閲覧できない端末に保存されていた。

茜(レミィ……フェイ……)

 様々な情報を入手できた茜だったが、端末を通して知り得た仲間達の現状に、
 むしろ彼女は心を痛める事となった。

 自分と一緒に連れて来られなかった時点である程度、予想はしていたが、
 空は辛うじて虜囚の身になる事は避けられたらしい。

 だが、レミィはオオカミ型ギガンティック……402・スコヴヌングとの戦闘でヴィクセンを大破させられ、
 フェイはダインスレフの攻撃によって機体ごと爆散してしまったと記録されていた。

 空やレオン達部下の事は細かく記録されていないが、残りは“逃げられた”との報告を受けているようだ。

 無事……とは限らないが生きているのは間違いない。

 レミィに関しても、確証は無いが生きている可能性はまだある。

 昨夜はその結論に至るまで寝付く事が出来ずにいた。

 だが、その結論に至ったお陰でするべき事は決まった。
209 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:10.89 ID:GHB5lTWGo
茜(先ずは――)

 茜が昨夜の内に決めた事を指折り数えようとした、その時だ。

??「食事、持って来ました」

 茜用のプライベートスペースの隅で抑揚の少ない幼い少女の声が聞こえた。

 茜がそちらに目を向けると、声そのままと言った風体の少女……ミッドナイト1がいた。

 ミッドナイト1は食事の盛り付けられた食器の載った大きなトレーを抱えており、
 身じろぎもせずに茜の返事を待っている。

茜「ああ、君か……そこに置いて……いや、一緒に食事を摂ろうか」

 茜はベッドの端を指差してから思い直したように頭を振ると、ミッドナイト1を手招きした。

 手招きされたミッドナイト1は、キョトンとした様子で立ち尽くしていたが、
 昨夜の内にユエから“幾つかの事柄を除いて、彼女の言う事を聞くように”と申しつけられていた事を思い出し、
 “失礼します”とだけ言って茜の横に腰を降ろす。

 説明するまでも無いが、ユエの言った“彼女”とは茜の事だ。

 ミッドナイト1は自分と茜の間にトレーを置くと、自分の分の食器を取り、
 チーズを囓ってはパンを、パンを頬張っては牛乳を、牛乳を飲んではチーズを、
 と三角食べの見本のような食事を始めた。

 しかし、コーンポタージュには手を出していない。

茜「残している物は、嫌いなのか?」

M1「……いいえ」

 怪訝そうに尋ねた茜に、ミッドナイト1は食事の手を止めて僅かな思案の後に返す。

茜「……なるほど、好物は楽しみに取っておく方か……」

 茜は微かに微笑ましそうな笑みを浮かべそう言うと、納得したように頷いた。

M1「………?」

 ミッドナイト1はワケも分からず首を傾げたものの、すぐに食事に戻る。

 ミッドナイト1のその様子と、自分の食事を交互に見遣りながら、茜も食事を始めた。

茜(ロールパン二つにチーズ二つ、コップ一杯の牛乳にスープ。
  全て合成食品だがプラントで賄える食事だな……。

  味に異常もない……つまり、毒は入れられていない、と言う事か)

 茜は全て一口よりも少ない量だけを味見しつつ、そんな事を考える。

 食事の量は申し分無いし、味も合成食品なりに悪い物ではないようだ。

 量と味はともかく、毒や自白剤の類が入れられている様子も無い。

茜(この子も扱いや立場は悪いが、恒常的に暴力を振るわれたり、
  常に不当な立場にいるワケではないのか……)

 茜は傍らのミッドナイト1をつま先から頭の天辺まで、じっくりと観察する。

 一晩明けて治療は終わったのか、治癒促進用のパッドも、傷痕も無い。

 ユエや研究者の対応を見る限り、暴力を振るうのはテロリストの中でも兵力として数えられる側の人間の仕業だろう。

 だが、彼女を丁重に扱うユエ達も、彼女をエールに同調するための生体部品としか見ていない。

 彼女自身は無自覚なようだが、彼女も被害者だ。
210 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:17:49.71 ID:GHB5lTWGo
 茜は食事を続けながら、先ほどやろうとしてた“やるべき事”を改めて考える。

茜(先ずは可能な限りの情報の入手……これは端末から収集できるだろう)

 少々……いや、甚だ疑問ではあるが、先に述べた通り情報収集の自由は確保されていた。

茜(二つ目は、コレの解除だな……)

 茜は視線だけを手首の魔力抑制装置に目を落とす。

 魔力錠であるため、外そうと思って魔力を流し込めば簡単に解除できる。

 だが、茜の魔力はこの抑制装置によって自然放出されてしまうため、解除する事が出来ない。

 コレはユエの研究室に他の研究者が入ってくれば、その人物を素手で制圧すれば解決できる可能性がある。

 或いは、別のもう二つの手段だ。

茜(……三つ目は脱走経路の確認と確保)

 正直、これが一番難しいだろう。

 端末で入手できた情報は、この技研が今のような構造に改造される以前の見取り図だ。

 以前はもう少し風通しの良い構造だったようだが、昨晩歩かされた通路とは明らかに構造が異なっている。

 おそらく、最奥にあるホンの居室やユエの研究室を守るため、
 通路だけでなく壁や階段を追加して迷路のように複雑化させたのだろう。

 昨日、覚えた一本道を使った場合、何処で警備兵や警備用ドローンに見付かるか分かった物では無い。

 抑制装置を外せても、十分に戦闘可能になるまで魔力を回復するには、相応の時間がかかる。

 出来るだけ短い移動で気取られずに抜けられる新たな脱出経路を見付けるべきだろう。

 しかも、これは時と場合によっては時間制限がある。

 ユエ以外の研究者がいつ現れるか分からないからだ。

 ずっと現れないかもしれないし、すぐにでも現れるかもしれない。

 加えて、この脱出経路の確保はクレーストとエールの奪還も含まれる。

 状況次第だが、クレーストでエールを抱えて脱出する事も念頭に置かなければならない。

 それが“一番難しい”理由である。

茜(そして、四つ目……)

 茜は物憂げな視線をミッドナイト1に向ける。

 先ほども考えた事だが、彼女はどちらかと言えば被害者の側だ。

 出来る事なら、こんな場所からは連れ出してやりたい。

 そして、それが叶うなら彼女に抑制装置を取り外して貰う事も出来るだろう。

 多少の打算は入るが、それでもミッドナイト1を助けたいと言う思いは本物だ。

 ともあれ、ミッドナイト1に外して貰う、と言うのが考えた非常手段の一つ。

 もう一つは、両手首の切断だ。

 予め止血準備を整えた後で手首を切断、装置を取り外し、回復した魔力でさらに止血する方法だが、
 これは本当の非常手段として最後の最後まで温存して使わずに終わりたい物である。

茜(いざとなれば、甘えた事は言っていられないだろうがな……)

 茜は心中で溜息を漏らすと、改めて食事に集中する事にした。
211 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:18:16.12 ID:GHB5lTWGo
 昨晩は食事もままならなかった事もあって、落ち着いて食べると空きっ腹に染み渡るようだ。

 空腹が満たされ、人心地ついた茜は両手を合わせる。

茜「ごちそうさま、ありがとう」

 茜は傍らで食器の片付けを始めたミッドナイト1に向け、穏やかな表情でお礼を言った。

M1「……マスターの言いつけに従っているだけです」

 対する、ミッドナイト1は努めて淡々と返すばかりだ。

 だが平静でいようとしている様子は、何となく察する事が出来た。

 おそらく誰かにお礼を言われた事など無く、始めての事に戸惑っているのだろう。

茜「それでも、この部屋から外に出られない私のために、この食事を持って来てくれたのは君だ。
  お礼を言わせてくれ」

 茜は穏やかな笑みを浮かべて言った。

 他の誰も、彼女を一人の人間として扱わないなら、自分だけでも彼女を人間的に扱うべき。

 茜はそんな使命感にも似た考えで彼女に相対していた。

 そこに彼女を絆そうとする打算的な物が欠片も無かった、とは言い切れない。

 だが、紛れもない本心である事は、自信を持って言い切れる。

 そんな彼女を見て、やはり結・フィッツジェラルド・譲羽と言う人物を知る者は口を揃えて言うだろう、
 “ああ、間違いなく、あの猪突猛進な正義感の塊の孫だ”と。

 そして、奏・ユーリエフを知る者はこうも言うかもしれない、
 “ああ、クレーストが彼女を選んだのは、血縁だけが理由ではない”と。

 ともあれ、真摯な態度の茜に、ミッドナイト1はさらに動揺を隠せないようで、
 いそいそと食器を片付けると無言でその場から立ち去った。

茜(……慣れていないだけ、なんだろうな)

 そんなミッドナイト1を見送った茜は、胸中で寂しそうな溜息を漏らした。

 一つの人格として見て貰えない。

 生まれた時からそのようにしか扱われていないとは言え、彼女とて人間だ。

 それがどれだけ幼い子供の心に傷を穿つかは、想像を絶するが、それだけに想像に難くない。

 彼女はそんな扱いをされる事を、どこかで諦めているのだろう。

 だからこそ、ユエからの扱いも受け入れられてしまう。

 だがあの反応を見る限り、本心では人間として扱われる事を望み、もがき苦しんでもいる。

茜(………あの子はテロリストの仲間だ。
  だけど、それ以上にテロリストの被害者だ)

 繰り言のような事実を、茜は改めて心の中で反芻した。

 自身の中にある決意を確認した茜は、早速、プライベートスペースに置かれた据え置き型の端末に向き直る。

 彼女……ミッドナイト1の事も重要だが、情報収集も重要だ。
212 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:03.67 ID:GHB5lTWGo
 茜は端末を起動すると、内部のネットワークにアクセスする。

 使うIDとパスワードはミッドナイト1用に発行されている、組織内の重要度で言えば中の上ほどの物らしい。

 前述の通り、重要データにはアクセス出来ないが、必要なデータの幾つかは簡単に入手できたので、これで十分と言える。

茜(ユエ・ハクチャ……か)

 今日、確認したいのはユエの事だ。

 組織の首魁であるホン・チョンスを裏から操る、おそらくはテロリストの本当の首魁。

 彼に関する情報を、せめてその手がかりとなる物だけでも探さなくてはいけない。

茜(漢字で書けば月・博士……偽名だろうな、さすがに)

 創作ならば学者肌の人間にそれらしい名前がついている事はあり得るが、現実でそんな名前を付ける事はごく稀だ。

 しかも、ストレートに“博士”と来たら、偽名を疑わないワケにもいかない。

 加えて、彼は“ここのセキュリティを作ったのも手を加えたのも自分”とまで言っていた。

 彼の正体に関しては、旧技研の研究者か関係者辺りを疑った方が良い。

茜(見た目の年齢は四十代半ばから五十歳前後……60年事件の頃は三十歳代と見ていいか)

 茜は先ず、技研の研究者名簿にアクセスする。

 この辺りのデータが削除されていないのは有用性があるからだろう。

 尤も、更新はされていないので十五年前時点のデータばかりだが……。

茜(セキュリティの製作までしていたとなると、プロジェクトの主任クラスが一番怪しいか……)

 茜は思案げな表情を浮かべ、データベースに幾つかの検索条件を入力した。

 合致した人間は五名。

 オリジナルギガンティックのドライバーを務めているせいか、見知った名前も三人いる。

 彼らは技研占拠の折、辛くも脱出に成功し、その後もメインフロートの新技研で働いている事は茜も知っていた。

 そして、残りの二人と言えば、ユエとは似ても似つかない顔だ。

 しかも、一方は黒人系でもう一方は女性だ。

茜(性転換もあり得るだろうが、さすがに発想が飛躍し過ぎだな。
  精々、整形が関の山か)

 茜は小さく溜息を漏らし、沈思黙考する。

 違法な整形手段を使えば、骨格をマギアリヒト製の人工骨格と入れ替える方法もある。

 が、これもさすがに無茶があるだろう。

 顔のパーツを全て整形したとしても、個性を削ぎ落とすようなカタログ整形をしない限り特徴的な部分は残る物だし、
 それはそれで人工物のような不自然さを醸し出す筈だ。

 昨夜もユエの顔を観察してみたが、仮に整形しているとしてもそこまで不自然になる整形をしているようには見えなかった。

茜(セキュリティを構築した人間にだけ絞って再検索だな。
  そこから少しずつ怪しい人物を絞り込んでみるか……)

 茜はそう考え、今度は単純な検索条件を入力し直す。

 そうして合致したのは二十三名。

 年齢別に並べ替え、先ほどの五名を除外すると、上から順に照合を始める。

 と、すぐに茜は驚きの表情を浮かべた。

茜「一人目が、コイツか……」

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を口元に浮かべて、そんな言葉を漏らしてしまう。

 月島勇悟。

 少々、予感めいた物を感じていたが、
 改めてその名前を目にすると、前述のような表情を浮かべるのも無理からぬ、と行った所だ。
213 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:19:35.13 ID:GHB5lTWGo
 年齢は六十五歳と表記されているが、古いデータベースが十五年も更新されないまま放置されている結果だろう。

 しかも、技研の副所長当時のデータのようで、旧魔法倫理研究院側のデータも併記されている。

 旧魔法倫理研究院の組織としての性格上の問題なのか、研究エージェントとして登録もされていた。

 不安定な戦後下で動き出したプロジェクトと言う事もあって、
 エージェントのランクが記載されているのは護身術代わりに魔導戦の指導でもしていたのだろう。

 母方の亡き祖父・アレクセイも、全盛期はAランク相当のエージェントだった事を、
 大叔母の藤枝明風から幾度となく聞かされていた。

茜「Bランクのエージェント、か……。
  そこそこの手練れだった、と言う事か」

 茜は何の気無しに目に入ったデータを、ぽつり、と呟くように読み上げた。

 要は手練れの警官や軍人程度の魔導戦が出来る腕前だったと言う事だ。

 と、不意に何かの引っかかりを感じる。

 Bランクのエージェント。

 その聞き慣れない筈の古い言葉に、茜は聞き覚えがある事を思い出した。


――研究者とは言え、これでも若い頃はBランクそこそこのエージェントとしてならしたものだからね――


 そう、確かにユエはそう言った筈だ。

 だからと言って、“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”などと言う三文推理小説じみたこじつけは出来ない。

 六年前、月島勇悟は確かに自殺しているのだ。

 死体から検出されたマギアリヒト、DNA、歯の治療痕など、全ての情報が月島勇悟本人の死を立証している。

 百パーセント同じDNAから純粋培養した魔導クローンでも、魔力が一致する事は稀だ。

 現代魔導クローン技術の母とも言われる祈・ユーリエフですら、純粋培養したクローンである奏の魔力を、
 自身と完全同一波長にするには頭髪の色と瞳の色が変化するほどの調整を要した。

 統合労働力生産計画に携わり、魔導クローンに対する造詣を深めた月島勇悟が、
 天文学的確率で完全一致の純粋培養魔導クローンが完成させ、それを身代わりに自殺させる。

 なるほど、筋は通るかもしれないが、過程における仮説があまりにも雑過ぎる。

茜(そんな物は計画じゃない……ただのギャンブルもどきだ)

 茜は至極当然、その結論に達した。

 ギャンブルもどきと言い切ったのは、それがギャンブルと呼べるかすら怪しい行為だからだ。

 自分の命を掛け金に、“万が一捕まりそうになった時”に備え、
 “完全一致の純粋培養魔導クローンを作っておく”などと、誰が考えよう。

 そこに至るまでの失敗回数は?
 かかる費用と魔力、そして、時間は?

 60年事件よりも以前から準備を始めたとしても、結局、金と魔力が動く事には変わりない。

 大金と大魔力の動きは企みを進めるために必要だが、同時に企みを気取られ易くする最大の欠点だ。

 月島とテロの繋がりに関しての捜査は行われたが、そんな大金と魔力が極秘裏に動いていた記録は存在しない。

 “発見されていない”ではなく、“存在しない”なのは、既にありとあらゆる資金経路が真っ先に調べ尽くされた後だからだ。

 ドローン数体や小型パワーローダー程度の物を作る金と魔力なら誤魔化せるかもしれないが……。

 ともあれ、天文学的数値で低い成功率でしかない類の魔導クローンを、
 金と魔力の動きを気取られない範囲で完成させ、自分の身代わりにする。

 その掛け金は自分の命。

 自分が助かる可能性が僅かに増えて、気取られる可能性が多いに増える。

 リスクと出目の悪さが目に見えるほど大き過ぎて、賭けとしては不成立だ。

 ギャンブラー……いや、ギャンブル依存症なら賭けるかもしれないが、
 仮に月島の座右の銘が“失敗は成功の母”であっても、そんなあからさまに不利な賭けはしないだろう。
214 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:04.39 ID:GHB5lTWGo
茜(死んだのは月島勇悟本人だ……クローンであるワケがない)

 幾つかの確証に繋がる証拠を思い起こしながら、茜はその結論を反芻した。

 分かり易く“ユエ・ハクチャ=月島勇悟”ではあり得ない事を立証しろと言うなら、
 状況証拠ではあるが確実性が高い物がある。

 先ず、ユエは月島よりも若い。

 仮にユエが月島のクローンであるならそれで良いワケだが、
 そうなるとクローンが生き残って月島が自殺した事になる。

 これでは本末転倒……茜がユエと月島をイコールで結ばないのも納得だ。

茜(Bランクどうこうは単なるブラフと見た方がいいか……。
  となると、やはりこのリストの中から、だな)

 茜はリストから月島を除外すると、残る十七名のリストを確認する。

 年齢は現在三十代の末から七十代までマチマチだが、
 やはりすっぽりとユエの年齢に合致しそうな年齢が除外されてしまっている。

茜(まさか、奴が言った情報の全てブラフなのか?)

 茜は怪訝そうな表情を浮かべ、肩を竦めて溜息を漏らす。

 だとしたら、どこまでがブラフなのだろうか?

 疑いだしたらキリが無い話だが、こちらの思考を見透かしたような言動もブラフと考え出すと、
 もう何が本当で何が嘘かなのすら分からなくなってしまう。

 茜は思考を一旦区切るため、片手で頭を掻きむしる。

 元から信頼も信用できない相手だったのだ。

 しかし、何の気まぐれかは知らないが、こうして身の安全だけを保障してくれている。

 だが、それだけだ。

 身の安全を保障された事で、どこか気が緩んでいたのかもしれない。

 相手は父を始め、多くの人々を死に追い遣ったテロリストの黒幕……少なくともその一人なのだ。

茜(別の角度から探りを入れてみるか。
  例えば……格納庫にいた二人の研究者から……)

 茜はデータベースの画面を切り替え、研究者のリストの顔が映ったフォトデータだけを呼び出し、
 それを一つ一つチェックして行く。

 二人の顔は一瞬見ただけだが、状況が状況だけに印象も強く、顔はしっかりと覚えている。

 地道な作業だが、ユエの正体に至る手がかりはもう殆ど残されていない。

茜(これが、最後の手がかりにならなければいいが……)

 茜は微かな不安を抱きながらも、記憶と画像の照合を続けた。
215 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:20:38.96 ID:GHB5lTWGo
―2―

 同じ頃、第七フロート第三層外郭区画――

 瓦礫だらけの殺伐とした区画に、無数のリニアキャリアが鎮座していた。

 軍用、警察用に混ざって、ギガンティック機関のリニアキャリアも並ぶその光景は、
 正に人類の戦力を一つ所に集めた壮観さがあった。


 その一角、ギガンティック機関のリニアキャリアの停車している場所に据え付けられた仮設テントで、
 空は作戦概要の記されたデータに目を通している最中だった。

空「ふぅ……」

 いや、もう作戦概要を読み終えたのか端末から目を離し、顔を上げると、
 軍の工作部隊によって設置された無数の投光器が照らし出す瓦礫の光景に目を向ける。

 昨夜とは打って変わって明るい光は、逆にこの惨憺たる光景を否応なく浮き彫りにしていた。

 空は寂しさと哀しさ、そして、怒りの籠もった複雑な表情を浮かべ、肩を竦める。

 現在は軍の工作部隊によって一部の瓦礫が撤去、マギアリヒトへと再利用され、
 急造の砦……中継基地が築き上げられている最中だった。

 加えて、空自身は今回の作戦概要に関しては既に報されており、先ほどまでは内容を確認していただけに過ぎない。

空(一気に決着、って言うワケにも行かないもの……一戦一戦、確実に勝って行かないと)

 空は今朝方、こちらに来る前に行ったブリーフィングの内容を思い出しながら、心中で独りごちた。



 時は遡り、早朝。
 ギガンティック機関、ブリーフィングルーム――


 深夜に特訓の第三段階を終えた空は、四時間足らずの短い睡眠を終えてブリーフィングルームへと出頭していた。

 明日美とアーネストを始め、各部門のチーフオペレーターのみならずデイシフトの全員が顔を揃えており、
 ドライバーも空と瑠璃華に加え、第二十六小隊の面々が揃っている。

 ブリーフィングに出頭するべき面子の中でこの場にいないのは、
 昨夜、変色ブラッドに冒されたエンジンと再度同調し、今も大事を取って休養しているレミィだけだ。

明日美「全員、揃ったようね……。
    では、マクフィールドチーフ代理、説明を」

 明日美に促されて立ち上がったサクラは、
 目の下にハッキリと分かるクマを作りながらも気丈な様子で周囲を見渡す。

サクラ「先日の戦闘に於ける敵ギガンティック、通称・ダインスレフと
    オオカミ型ギガンティックの急速かつ流動的な展開力に関して、
    解析映像を行政庁や山路重工など関係各所に問い合わせた結果、
    ダインスレフやオオカミ型ギガンティックの出現した地点付近の地下に、
    旧技研から直通の構内リニアの駅、或いは車輌基地がある事が判明しました」

 サクラの説明に合わせ、ブリーフィングルーム奥にある大型ディスプレイに先日の戦闘状況と、
 旧いフロートの見取り図が現れる。

空「これ……もの凄い密度ですね」

 フロートの見取り図に描かれた構内リニアの路線図に、空は驚愕の溜息を漏らさずにはいられなかった。

 他と仕様の異なる第七フロート……特に山路重工のお膝元であった第三層だけあって、
 大型リニアキャリア用の路線が所狭しと敷き詰められていた。

 正に網の目、正にクモの巣と言う密集ぶりで、駅も各街区に三つ以上が確認できる。

 確かに、これならギガンティックの走行よりも素早く移動し、見計らったかのように戦力を展開可能だ。

 それでも、あれだけ素早く展開するには、それ相応の準備は必要になるだろうが……。

 ともあれ、このまま放置しておくのは厄介だ。

サクラ「既に第七フロート第三層と繋がる各路線は封鎖、及び、レールの撤去が行われています」

紗樹「……最低でもリニアによる侵攻だけは無くなったワケね」

 サクラの説明を聞いていた紗樹が、ぽつりと呟いた。
216 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:10.48 ID:GHB5lTWGo
 サクラの説明はさらに続く。

サクラ「また、メインフロートと第七フロートの連絡通路には四重のバリケードを
    メインフロート側と第七フロート側の両方に、今朝までに設置済みです。

    以上が昨夜の戦闘における戦況解析の結果と実行済みの対策となります」

 再び画面が切り替わり、メインフロート側の連絡通路の出入り口が映し出された。

 どうやら軍部の工作部隊が作業している記録映像らしく、
 分厚い壁のような両開きの扉が設置されている様子が映し出されていた。

 結界施術も同時に行われているらしく、結界装甲を使う敵に対する防壁として、
 短時間で準備できる物の中では最善の選択だろう。

ほのか「では、次いで作戦概要の説明に移ります」

 そう言って立ち上がったのはほのかだ。

 彼女もサクラ同様、目の下に大きなクマを作っている。

 どうやら戦術解析部は技術開発部と同様、総出で徹夜だったようだ。

ほのか「先ず作戦の第一段階として第七フロート側の連絡通路出入り口に兵站拠点となる前線基地を築き、
    そこから第二段階へ移行、第一街区……テロリスト達の本拠地になっている旧技研跡に向けて、
    新たな兵站拠点を築きつつ徐々に進軍します」

 ほのかが説明を始めると、ディスプレイに表示される図面が地図へと切り替わり、
 彼女の言葉通り、第一街区へと向けて前線基地を現す凸字のマークが移動して行く。

ほのか「この際、敵からの襲撃の危険性を減らすため、周辺地域の構内リニアの路線の封鎖、
    或いは破壊を行いつつ、こちらの活動領域を広げつつ、敵の活動領域を削って行く事になります」

 ほのかの説明に合わせて、路線図に×印が付いて行き、
 そこから繋がる路線が黒から赤に変わり、徐々に敵の活動範囲が削られて行く事が分かった。

 放射状に広がる構内リニアの路線は、フロート深部に進むにつれて一ヶ所の封鎖の影響が大きくなり、
 扇形の安全地帯が加速度的に増えて行く。

 敵も側面からの強襲を掛ける事は出来るかもしれないが、リニアキャリアによる戦力の高速展開が不可能となれば、
 必然的に遠距離からの移動が主立った侵攻手段となる。

 そうなれば対応策も増え、また自陣への進軍が続けば防備を固めなければならない以上、
 そう言った強襲の頻度や規模も減少せざるを得ない。

 要はテロリストの侵攻手段を削りながら敵本拠地へと肉迫可能な、一石二鳥の作戦と言うワケだ。

ほのか「そして、第二街区外縁まで到達した時点で第三段階へ移行、
    第二から第五街区の路線を閉鎖し、テロリストを旧技研に封じ込めます」

 ほのかがそこまで説明を終えると、空は不思議そうに首を傾げてしまう。

空「あの、本当にここまでトントン拍子に作戦が展開できる物なんでしょうか?」

 空は首を傾げたまま挙手すると、そんな疑問を口にした。

 尤もな疑問だ。

 だが、その回答はほのかではなく、空の隣に座っていたレオンからもたらされた。
217 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:21:38.08 ID:GHB5lTWGo
レオン「テロリストの一番の強みってのは寡兵敏速……
    少なくて機動力のある兵力と単純な指令系統を活かした電撃作戦って奴だ。

    それが一番効力を発揮したのは今朝まで。

    構内リニアって侵攻手段を封じられた今、連中は基本的に籠城して防戦一方になるしか無いのさ」

 レオンはそう言うと、右手の人差し指の先に左掌で壁を作るようなジェスチャーを見せる。

 おそらく、敵の侵攻手段を塞いだ事を表しているのだろう。

 確かに、レオンの言う通りだ。

 ギガンティック機関とロイヤルガードのエース部隊による混成チームを相手に、
 奇襲とは言えあれだけの戦果を上げた戦力を持っているのだ。

 その奇襲を最大限に活かせたのも、構内リニアの路線が十全に使えた今朝方までの事。

 結界を施術された防壁により、ダインスレフ最大の売りである結界装甲による攻撃を半無力化され、
 一夜の内にテロリスト達は戦力を第七フロート第三層内に封じ込められてしまったのだ。

 封じ込めた、と言うには些か広い範囲かもしれないが、それでも行動範囲の制限……その第一段階は完遂できたと言える。

レオン「で、連中が初手をしくじった時点で、あとはこっちが物量に言わせて作戦を強行して行く、って事だな」

 レオンは説明を終えると“分かるかい?”と付け加え、尋ねて来た。

 さすがはテロ対策のプロ、皇居護衛警察の一員と言った所だ。

 テロの戦術やその対処法は心得ているのだろう。

 だが、それでも数頼りの危険な作戦であるには変わりない。

空「でも……相手は結界装甲を使えるじゃないですか?」

 空は躊躇いがちに疑問を投げ掛ける。

 彼我の戦力数はともかく、戦力の質が圧倒的に異なるのだ。

 如何に練度の低いドライバーが操るギガンティックでも、結界装甲を持つダインスレフが相手である。

 一手の指し間違えで一気に戦線が瓦解しかねない。

 用兵に疎い空でもそれくらいは分かっていた。

 だからこその質問だったのだ。

レオン「まあ、そこを突かれると痛いわな……」

 レオンは苦笑いを浮かべて肩を竦める。

 事実、昨晩の戦闘では最新鋭のアメノハバキリ……それもエース用のカスタム機を駆りながら、
 動けなくなったエールを抱えて逃げ回る他無かったのだ。

ほのか「なので対策方法は一つ。
    戦闘に於いては軍と警察の混成ギガンティック部隊は防戦に徹しつつ、
    朝霧副隊長に各個撃破で迎撃して貰う形になります」

 ほのかの口から漏れた、これまた行き当たりばったりの極致とも言うべき対策に、
 空は呆れと驚きと戦慄の入り交じった、何とも微妙な表情を浮かべた。

 要は“味方は守りに徹するから、戦える人だけで何とかして敵の数を減らしてくれ”と言う事だ。

 クライノートは一対多に特化した防衛戦向きの機体だが、“無茶を簡単に言ってくれる”と愚痴を漏らしたい気分である。

 だが、現状、人類側――と言うには些か語弊があるが――に残された手はそれしかない。
218 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:11.64 ID:GHB5lTWGo
リズ「第三フロートでの卵嚢群の除去は、予定より少し遅れて明日正午に終わる、との試算が届いています」

瑠璃華「戻り次第、徹底的にオーバーホールしてから戦線に復帰させる事になるな。
    しばらくはイマジンの卵探索はお預けだぞ」

 リズの読み上げた報告に続き、瑠璃華が当面の予定を口にし、さらに続ける。

瑠璃華「山路に発注していたヴィクセンMk−Uのパーツが届き次第、5号エンジンに合わせて改装する必要もあるから、
    今すぐに、と言うワケにはいかないが、敵の結界装甲対策は幾つか案がある。

    レミィとヴィクセンを送り出し次第、チェーロのオーバーホールと併行して幾つか試してみる予定だ」

 瑠璃華は思案げにそう言った後、ニヤリと不敵さと自信を窺わせる笑みを見せた。

 どうやら観察可能な未登録のエンジンのお陰で、思った以上にハートビートエンジンの構造解析が進んだらしい。

遼「戦略的には単なるごり押しですが、そうなって来ると最大の問題は、
  ヴィクセンを大破にまで追い込んだオオカミ型ギガンティックと変色ブラッドの存在ですね……」

 遼が肩を竦めて呟く。

雪菜「そちらに関しては、流石に対策は難しいわね……。
   解析も十分に進んでいるとは言えないし……」

 雪菜も無念そうな声と共に、小さな溜息を漏らす。

 エーテルブラッドを侵食し、マギアリヒトの構造体を侵食する変色エーテルブラッドの存在は厄介だった。

 瑠璃華達の見立てでは“マギアリヒトの情報を書き換える液体状のウィルス”と言う所なのだが、
 正直な話、その全容はまだ解析できていない。

 ただ、結界装甲相手でも驚異的な速さで侵食するため、
 今の所、接触部位を切り離して炎熱変換した魔力で焼き払う以外、対処方法は無かった。

 そして、厄介なのはその機動力と突進力だ。

 虚を突けばヴィクセンですら回避不可能な速度で肉迫し、
 ヴィクセンを咥えたまま廃墟のビル群を薙ぎ払って突進するパワーは脅威である。

 遠距離戦で対応できれば問題無いのだが、四つ足型と言う事で体勢が低く、
 ヴィクセンと戦えるだけの俊敏さに加え、周囲は身を潜められる廃墟も多い。

 こちらの遠距離攻撃の命中精度は推して知るべし、だ。

サクラ「該当する機体のスペックが回復したヴィクセンから獲得できた情報通りの場合、
    力比べならクライノートに分がありますが、機動性となると不安が残りますね」

 サクラは手元の端末の資料を確認し、嘆息混じりに呟く。

 軍、警察、行政庁との折衝や戦闘データの確認など、諸々で徹夜した事と
 慣れないチーフ代行と言うポジションもあってか、彼女の疲労もピークのようだ。

 加えて、このテロ騒ぎである。

 疲れるのも当然だ。

 だが、サクラは気を取り直して続ける。

サクラ「また、これも未確認……いえ未確定情報なのですが、オオカミ型ギガンティックと接敵したヴォルピ隊員によると、
    死亡したとされている統合労働力生産計画甲壱号第三ロット後期型の弐拾参号が、
    同機体の魔力源として組み込まれている可能性が高いそうです」

 サクラの言葉に、その事を知らされていた空を除く全員がざわめく。

瑠璃華「第三ロット……となると、オオカミか……」

 動揺から立ち直った瑠璃華が呟く。

 統合労働力生産計画甲壱号はご存知の通り、レミィのような人間と他の動物の特性を合わせて作られた魔導クローンだ。

 一から三のロットを前期と後期に分けて、一年毎に六度に分けて生産された。

 第一ロットはイヌ、第二ロットはキツネ、第三ロットはオオカミ。

 因みに拾弐号であったレミィは第二ロット前期に含まれる。

 瑠璃華自身も統合労働力生産計画乙壱号計画で生まれたデザイナーズチャイルドであるため、
 茜も目を通した件の月島レポートや計画の骨子は自身でも調べて熟知していた。
219 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:22:53.25 ID:GHB5lTWGo
レオン「こりゃまぁ……ゲスいゲスいとは思っていたが、ゲスな手段を重ねて来るなぁ」

 レオンは呆れたように漏らしているが、その目には明らかな怒りの色が籠もっている。

 紗樹や遼も無言で憤りを募らせているようで、オペレーター達の中には露骨な嫌悪感を顔に浮かべている者もいた。

 それは明日美も同様で、眉間に皺を寄せ、どことなく険が浮かんでいる。

 傍らのアーネストは努めて無表情を保っているが、堅く瞑った目の奥にはやはり怒りの色が浮かんでいるのだろうか?

空「……司令」

 空は挙手し、明日美に促される前に椅子から立ち上がる。

明日美「朝霧副隊長、何か意見があるのかしら?」

空「はい……難しいかもしれませんが、
  オオカミ型ギガンティックの魔力源となっているかもしれない被害者を助けさせて下さい」

 明日美の問いかけに、空は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐにその戸惑いを振り切り、ハッキリとそう言い切った。

 そして、空の言葉に、空以外の全員がやはり一様に驚きの表情を浮かべる。

 それもそうだろう。

 ただでさえ危機的状況で敢行される決死作戦だと言うのに、その矢面に立たせられる空が言うような台詞ではない。

 いや、空以外の者が言えば、それはそれで“一番前にいない者が勝手な事を言うな”と言う話になるが……。

 ともあれ、相手はオリジナルギガンティックと同等のスペックに加え、
 変色ブラッドと言う恐ろしい兵器を併せ持ったオオカミ型ギガンティックなのだ。

 ただでさえ前線でまともに戦える者が空しかいない状況で囚われの身の人間を救い出すなど、
 空にかかる負担を思えば許可できない。

 アーネストもそう考えたのか、困惑気味に口を開く。

アーネスト「朝霧副隊長、さすがにこの作戦中にそんな許可は……」

 だが――

明日美「朝霧副隊長」

 言いかけたアーネストの言葉は、凜とした明日美の声で遮られた。

 明日美はアーネストに視線で謝罪の意を示すと、改めて空に向き直る。

 空は姿勢を正し、明日美の視線を受け止めた。

明日美「……朝霧副隊長、救出を提案した理由を述べなさい」

 明日美は落ち着いた様子で空に問いかける。

 理由……と言うよりも、尤もらしい言い訳は幾つか考えていた。

空「敵のギガンティックを捕まえれば、天童主任のエンジンの構造解析や、
  ドライバーから敵の情報を聞き出す事が出来ると思ったからです」

 空はそんな言い訳の中から、理由として相応しい物を選んで答える。

 確かに、メリットは大きい。

 敵ギガンティックの結界装甲のカラクリや、敵の内情を知るのは重要な事だ。
220 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:24.75 ID:GHB5lTWGo
 だが、その答えを聞いた明日美は、僅かばかりの苦笑いを浮かべた。

明日美「……そう言った政府向けの耳障りの良い言い訳を考えるのは、私と副司令の仕事です。
    あなた自身が救出を考えた理由を言いなさい」

 明日美はすぐに気を取り直すと、努めて落ち着いた様子で空に語りかける。

空「私の、理由……ですか?」

 一方、空は面食らった様子で漏らす。

 流石に、それをこの場で口にするのは身勝手過ぎでは無かろうか?

 空が戸惑いながら視線を向けて来る仲間達を見渡し、再び明日美に向き直った時、ふと彼女の浮かべていた表情に気付く。

 明日美の目は、何かを待っているように見えた。

 そして、明日美はその“待っている”ものを受け止めようとする……言ってみれば寛大さにも似た雰囲気を漂わせている。

 何を待っているのか、などと問うまでも無い。

 自分が助けたいと願った理由……その答えだ。

 その事に気付いた空は、驚きで大きく目を見開いた後、何かを沈思するように目を瞑る。

 そして、目を開くのと同時に、意を決して口を開く。

空「正直、レミィちゃんの妹さんとは会った事が無いので、
  私自身がどうこう、って言うのは、正直、よく分かりません」

 空はどこか申し訳なさを漂わせながら漏らす。

 会った事も無い相手を助けたい。

 それは他人から見ればある種の偽善だろうし、それだけを聞けば“正義感に酔った勘違い”と称される事もあろう。

空「ただ、テロリストのやっている事は絶対に許せません!
  人間を魔力の電池みたいに使う事は間違っています……!」

 だが、空にはそこに駆り立てられるだけの怒りが……義憤があった。

空「レミィちゃんが助けたい、って言っていました……」

 そう、レミィは助けたいと言って泣いていた。

 空にとっては、それだけで十分だ。

 それが自分が斯くあるべきとした在り方なのだから。

空「だから私も、レミィちゃんの妹さんを助けたいです」

 義憤のため、仲間のため、斯くあるべきと決めた信念のため。

 色々と理由はあるが、空の言葉には強い決意が込められていた。

明日美「そう……」

 空から聞きたかった答えを聞き、明日美は満足げに頷く。

明日美「天童主任、確認したい事があるのだけど……。
    件の弐拾参号はオリジナルギガンティックと同調できると思う?」

瑠璃華「実際に波長を見てみないと何とも言えないが、
    少なくともあのギガンティックのブラッドラインはレミィと同じ若草色だったな。

    可能性は高いと思うぞ」

 自分に向き直った明日美からの質問に、瑠璃華は淡々と答える。

 どこか用意してあったように聞こえるその回答は、
 おそらくは空が救出作戦を言い出した頃から考えていてくれたのだろう。

 彼女も技術開発部主任として、司令や副司令の考えるべき言い訳の資料を準備していたのだ。

明日美「では、決まりね……」

 明日美はそう言って、アーネストに目配せする。
221 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:23:55.33 ID:GHB5lTWGo
 アーネストは一度だけ肩を竦めたものの、すぐに気を取り直して立ち上がった。

アーネスト「これよりギガンティック機関は軍、警察との合同で対テロリスト及び第七フロート第三層奪還任務に就く!

      なお、当機関はこれらの任務と併行し、敵ギガンティックに囚われていると思しき
      統合労働力生産計画甲壱号被験体弐拾参号の奪還を行う事とする!」

 そして、今後の行動についての概略を簡潔に説明する。

 弐拾参号救出作戦は、正式にギガンティック機関の作戦方針として認められたようだ。

 ただ、傍目には、空と明日美の我が儘をアーネストが不承不承に承認しているようにも見えるが……。

アーネスト「これより一時間後、本日〇八〇〇に作戦区域に向けて出立。

      メンバーは朝霧空、エミーリア・ランフランキ、セリーヌ・笹森、クララ・サイラス。
      加えてロイヤルガードよりレオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、加賀彩花の八名とする。

      また現地到着後は司令部よりの指揮を行うが、状況によっては現場判断を優先する事。

      以上!」

 ともあれ、アーネストは最終連絡事項を口にすると、質問や異議が無いか部下達の顔を見渡す。

 空達は頷くなどの納得したような素振りを見せる者しかなく、どうやら質問や異論は無いようだ。

 それを確かめたアーネストに目配せされ、明日美が立ち上がった。

明日美「……我々は緒戦で手痛い……取り返しのつかない敗北を喫しました。
    結果、三人の仲間が囚われ、二人の仲間を喪いました……」

 明日美は神妙な様子で朗々と語る。

 彼女は敢えて、オリジナルギガンティック達の事も“一人、二人”と数えていた。

 茜と共に囚われたエールとクレースト、そして、フェイと共に散っていったアルバトロスも、
 自分達と何ら変わる事のない仲間である、として。

 明日美の語りはさらに続く。

明日美「喪った仲間は戻っては来ません……。
    ですが、囚われた仲間は救い出す事が出来ます」

 伏せるように薄く閉じていた目を見開き、明日美は力強く言い放つ。

 明日美の言葉はブリーフィングルームに強い波を起こすかのように響き、空も身を引き締めた。

明日美「もう敗北は許されません。
    ここからは一戦一戦、確実に勝利し、
    囚われた仲間を救出すると共に与えられた務めを果たしましょう」

 力強く言葉を締めた明日美に、空達は頷き、拳を握り締め、目を閉じて意識を集中し、
 各々が各々の方法で決意を固める。

アーネスト「では解散!」

 そして、アーネストの号令でブリーフィングは終わり、
 出向を命じられた空達は取り急ぎ、出発の準備を整えるため寮に向かった。
222 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:25.79 ID:GHB5lTWGo
 再び、現在――


 明日美に言われた通りだ。

 一戦一戦、確実に勝たなければならない。

 こちらに来る途中も考えた事だが、そうやって追い詰めて行けば敵もエールを使う機会が増える筈だ。

 エールを駆ったテロリスト……あの少女との会敵の機会が増えれば、
 それだけエールを助け出すチャンスも増えるだろう。

 そして、それは例のオオカミ型ギガンティックにも言える。

空(レミィちゃんの妹さんも、茜さんとクレーストも、そして、エールも……!
  みんな……みんな絶対に助け出して見せる……!)

 決意を新たに拳を握り締めた空は、端末をジャケットの内ポケットに仕舞い込むと、再び顔を上げた。

 すると、不意に視界の端に見知った顔がある事に気付いた。

空「あれ……?」

 空は思わず声を上げて立ち上がる。

 視線の先には四十路半ばくらいの中年男性がいた。

??「三番機、作業遅れているぞ! 瓦礫の撤去が終了した区画は作業をフェイズ2へ移行!
   駅から五十メートル離れた地下道に防壁の設置だ!」

 動きやすいアーミーグリーンの作業着にヘルメットと言う作業部隊らしい動きやすい格好をした男性は、
 周囲に檄を飛ばすように叫んでいる。

 どうやら軍の工兵部隊の現場指揮官のようだ。

 そして、その声で確信に変わる。

空「えっと確か一佐だったよね……? 瀧川一佐!」

 空はその人物の階級を名を思い出すと、仮設テントから出てその名を呼ぶ。

 瀧川一佐と呼ばれた男性は、振り返るなり驚いたような表情を浮かべた。

瀧川「ああ、君は……真実の友人の」

 そして、思い出すように言ってからさらに続ける。

瀧川「そうか、ギガンティック機関に友人がいると言っていたが、君の事だったのか……」

 瀧川氏はそう言うと、納得したように頷いた。

 もうお気付きだろう。

 瀧川一佐とは、空の親友である瀧川真実の父親である。

空「はい、その節はお世話になりました」

瀧川「ああ、いや……こちらこそ、真実だけでなく歩実とも親しくしてくれているようだし、
   去年の末には二人の命まで救ってくれたそうで……本当にありがとう」

 空が以前……訓練時代の里帰りの際、瀧川家に宿泊させてくれた事で改めて礼を言うと、
 瀧川も連続出現事件の最後、アミューズメントパークで観覧車に取り残された真実達を救ってくれた事で礼を言う。

空「いえ……あの時は、たまたま真実ちゃ……真実さんと歩実さん、それに友達が取り残されていただけで……。
  私は私の仕事をしただけですから」

 すると、空は慌てたように恐縮し、思わず半歩後ずさってしまう。

 友人達と会う度に感謝され、半月ほど前――空の体感ではそろそろ二ヶ月以上前になるが――にも、
 歩実から最大限の感謝をされたばかりだ。

 その上、親友姉妹の父親からも改まって礼を言われては、空としては恐縮しきりである。

 百歩譲って、これが意図して彼女達だけを助けたならお礼を言われるのも満更ではないが、本当に偶然なのだ。

 むしろ、退っ引きならない所まで追い詰められていたとは言え、アミューズメントパークで遊ぶ約束をすっぽかした分、
 空は自分には非があると考えていたため、何とも言えない居たたまれなさを感じてしまう。

 無論、感謝そのものは非常に有り難いのだが、
 有り難いと思う気持ちと空自身の性格と信条の問題で恐縮してしまうのは別の問題である。
223 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:24:52.97 ID:GHB5lTWGo
空「っと、こちらの指揮は瀧川一佐がなさっているんですね」

 空はやや強引に話題をすり替える。

クライノート<空、少々強引過ぎます>

 一時だけの仮の主とは言え、空の強引な話題転換には、
 無口なクライノートもさすがに言葉を挟まずにはいられなかったようだ。

 だが、思念通話に止めてくれた事もあって、瀧川の耳には届いていない。

瀧川「あ? ああ……。この部隊は私の預かっている部隊でね。
   本当は第三フロートで作業中の例の件で交代要員として赴く筈だったんだが、
   昨日のあの騒ぎでこちらに配備される事になったんだ」

 瀧川は一瞬だけ訝しがったようだが、すぐに気を取り直して事情を説明してくれた。

 軍務である以上、本来は部外秘なのだろうが、
 相手が娘の友人であり恩人でもあるオリジナルギガンティックのドライバーと言う事もあって、
 言い淀む様子も隠し事をしているような様子も無い。

 むしろ、娘と同い年の少女とは言え、相手が特一級、自分が正一級の立場上、
 返答を求められれば断れないのが宮仕えの実状だ。

 勿論、空は返答を求めたワケではないので、後から言い訳が利く事も見込んで親切心で話してくれたのだろう。

 そして、“昨日の騒ぎ”と言う自らの言葉に引っかかりを感じたのか、瀧川は申し訳無さそうな顔をする。

瀧川「……すまない、昨日は大変だったのに思い出させるような事を……」

空「あ、いえ……気にしないで下さい」

 申し訳なさそうに謝罪する瀧川に、空は寂しそうな笑みを浮かべて返す。

 おそらく、フェイの事だろう。

 状況が切迫しているためと、戦死したフェイが統合労働力生産計画で作られたヒューマノイドウィザードギアと言う事もあって、
 不安や混乱を助長しないため民間の報道では未だに伝えられていない事ではあったが、
 軍人と言う立場上、瀧川も空の仲間の死は聞かされていた。

 対して、空は時間の上ではまだ二十時間も経っていないが、体感では既に一ヶ月半以上が過ぎている。

 気持ちの整理は出来ているつもりだ。

空「フェイさんが……大切な仲間が命がけで守ってくれた命ですから、
  今度は私が皆さんを守るために全力で戦います!」

 空は拳を強く握り締め、力強く言った。

 それは嘘偽りの無い本心だ。

 守るために全力で戦う、と言った以上、進んで命を捨てようと言っているのではない。

 自分が死ねば悲しむ人がいるのは知っている。

 その人達に、自分がフェイや海晴を失った時のような哀しみを味あわせるワケにはいかない。

 仲間達を守り、自らも生き残る。

 これは空の決意表明のような物だ。

瀧川「……無理をしてはいけないよ」

 瀧川もそれを察してくれたのか、戸惑いながらもそう言った。

 繰り言だが、空は娘の友人であり、その娘と同い年で今日十五歳になったばかりの少女である。

 いくら敵の結界装甲に対する対処法が一つしか無いとは言え、大の大人……
 それも民間人を守るべき軍人が、そんな年端もいかぬ少女を矢面に立たせて戦わせなければならないのだ。

 心中察して余りあると言うものだろう。

瀧川「我々の装備では相手の気を散らす程度の援護射撃しか出来ないが、
   それでも可能な限りの援護を約束させてくれ」

空「はい、ありがとうございます!」

 半ば祈るような思いを込めて言った瀧川に、空は深々と頭を下げた。

 その後、二言三言と言葉を交わし、現場指揮の任務に戻って行った瀧川と別れ、空はテントへと戻る。
224 :嫁艦金剛から代わりまして足柄でお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/12/31(水) 22:25:30.54 ID:GHB5lTWGo
 すると、テントに戻るなり驚いた様子の紗樹に声をかけられた。

紗樹「空ちゃん、軍の一佐と知り合いなんて凄いわね」

空「あ、いえ、学生時代からの友達のお父さんですよ」

 目を丸くして呟く紗樹に、空は苦笑いを浮かべ恐縮した様子で返す。

レオン「謙遜するなって。
    いくらダチの親父さんだからって、一佐が知り合いってのは十分なコネになるんだからよ」

 そんな空に、レオンが口の端に笑みを浮かべて言った。

 加えて“俺なんて巡査部長だから下から数えて三つ目だしな”と言って笑う。

 ロイヤルガード……皇居護衛警察は旧日本の皇宮警察の流れを組むため、
 階級的には上から七番目の皇宮巡査部長と言う事だろう。

紗樹「そんな事言ったら、私と徳倉君なんて名誉階級扱いの巡査長ですよ」

 紗樹は上司をジト目で見遣りながらボヤき、その傍らでは遼が無言で何度も頷いている。

 余談だが、皇宮警察の巡査長とは紗樹の言う通り、巡査長皇宮巡査と言う名の名誉階級だ。

 法的には職位として認められてはいるが、
 正式な階級では一番下の皇宮巡査と同じ扱いであり、それは皇居護衛警察となった今も変わらない

 無論、給料や手当に相応の色はつくが……。

 ともあれ、同じ正一級や準一級であっても、階級社会の関係上、
 レオン達に言わせてみれば一佐……大佐の瀧川は“お偉いさん”と言う事だ。

 皇居護衛のための特権は幾つも与えられているが、それはそれ、これはこれである。

 ちなみに、この場にいない茜は十七歳と言う若さだが第二十六小隊の隊長であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーでもある関係で、
 兄の臣一郎と同じく上から三番目の皇宮警視正の階級を与えられていた。

 加えて、空達ギガンティック機関所属のドライバー達は、
 現場での軍や警察との指揮権上の面倒を回避するため“将補相当”と言う不思議な階級が与えられている。

 ちなみに将補とは、旧世界の日本以外の軍隊で言う所の准将に相当する階級だ。

 閑話休題。

紗樹「それはそうと、空ちゃんの口から“学生時代からの友達”なんて言葉が飛び出すと、
   思わずドキッとしちゃうわね」

 紗樹は苦笑いを浮かべて戯けたように漏らす。

遼「学校に通っていた頃の友人と言う事は、大概は小中一貫だから……幼馴染みか何かですか?」

 遼も気になった様子で、そんな質問を投げ掛けて来る。

 レオンは部下二人の様子を見遣って笑みを浮かべていた。

 やや緊張感に欠ける気もするが、彼らなりに気を紛らわせているのだろう。

 普段から飄々として巫山戯ている印象のあるレオンだが、
 任務の最中、真面目に締めなければならない所は締める責任感も持ち合わせている。

 そんな彼が二人を放置しているのだから、レオンなりに不安に思う所が多いのだ。

 空も三人の雰囲気に合わせているが、彼らの不安感も同時に感じ取っていた。

 そして、遂にその時が来る。

『VWooooooo――ッ!』

 警報のサイレンが辺りに響き渡った。

オペレーター『哨戒中のセンサードローンより移動中の敵機確認!
       十時方向、距離八〇〇〇、速度毎秒一〇〇! 数は十!』

 軍のオペレーターの放送が辺りに響き渡る。

 つまり、正面よりやや左方向、最終防衛ラインから八キロ離れた場所から
 毎秒百メートルの速度で十機のギガンティックが接近中との事らしい。

 最終防衛ライン到達まで残り八十秒足らずだ。
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