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1 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:46:08.47 ID:FM5KuAEp0
(長くなるかもしれないので初めて酉付けました)

・・・・・

昔々の物語。


商人「子供達よ、都会のお土産は何がいいかな?」

長兄(20)「特に何も…どうしてもと言うなら、趣味の木彫に使う新しいナイフを」

長姉(19)「最新デザインの青いドレス♪」

次姉(18)「大粒真珠の首飾り♪」

次兄(17)「…なめしていない熊の毛皮…」

末妹(14)「私は欲しい物はないけど、元気に帰ってきてねお父さん」

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【クリスマス・年末・年始】連休暇ならアニソン聴こうぜ・・・【避難所】 @ 2024/04/30(火) 10:03:32.45 ID:GvIXvHlao
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VIPでガンダムVSシリーズ避難所【マキオン】 @ 2024/04/30(火) 07:03:33.32 ID:jpWgxnqGo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1714428212/

今日も人々に祝福 @ 2024/04/29(月) 23:42:06.06 ID:cZ/b8n+v0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1714401725/

ポケモンSS 安価とコンマで目指せポケモンマスター part12 @ 2024/04/29(月) 20:01:59.10 ID:OQox+0Ag0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714388519/

私が書いた文だ 一度読んでみて @ 2024/04/29(月) 13:03:50.96 ID:zomKow9K0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714363430/

私が書いた文はどう? @ 2024/04/29(月) 12:48:33.59 ID:6mJNXBCE0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714362513/

感情から生まれたものたちとの物語【安価】 @ 2024/04/29(月) 10:45:54.36 ID:0XsgiyN10
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714355153/

【安価】タイトルからあらすじを想像して架空の1クールアニメを作る 2024春 @ 2024/04/28(日) 16:37:54.07 ID:PHuiugtM0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714289873/

2 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:46:49.80 ID:FM5KuAEp0
長兄「ははは、末妹は本当に欲がないな」

長姉「ふん、何よ、いい子ぶって!」

次姉「お父さんに一番可愛がられているからって、調子に乗んじゃないわよ!」

商人「はっはっは、子供のくせに遠慮するんじゃない」

商人「赤珊瑚の指輪、ガーネットの耳飾り、何をねだっても構わんぞ」

末妹「じゃあ…お花、真っ赤なバラの花が一輪ほしいわ」



商人「では出かけるぞ。みんな留守を頼んだ」

馬車「ガラガラガラ」
3 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:47:21.44 ID:FM5KuAEp0
商人「やれやれ、どうにか仕事も順調だったし、ナイフもドレスも首飾りもすぐ買えた」

商人「熊の毛皮だけは少し苦労した。毛皮製品の工房にも在庫がなくて」

商人「郊外の村で、ちょうど家畜を襲った熊が仕留められた話を聞いて」

商人「仕留めた猟師から買い取ったのだが…」

商人「…加工していない毛皮は本当に臭いな…」

商人「末妹のバラの花だけが…今は時季じゃないのか、花屋にもなかった…」

商人「…おや、こんな道は通ったかな?まずい、一旦馬車を止めよう」

商人「どうどう」

馬「ひひん?」

商人「困った。真夜中なのに、本格的に道に迷った…しかも人家が見当たらない」

狼「わおおーーーーん」

馬「ぶひ?ひんひーん!」

商人「馬が怯えている」

商人「無人の小屋でもいい、どこか安全な場所を探さないと」
4 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:48:08.93 ID:FM5KuAEp0
馬の蹄「闊歩、闊歩…」

商人「おっ?遠くに灯りが見えるぞ。行ってみよう。ハイヨー!」

鞭「ビシッ」

馬「ひん!!」

馬車「ガラガラガラガラ」



商人「森の奥にこんなに大きな屋敷があったなんて…もしもし、どなたか…」

呼び鈴「カランカラン」

商人「誰も出て来ないが、門は開いている。入ってみよう」

商人「馬は庭木につないで、と。塀が高いから、門を閉めておけば狼も入れまい」

商人「玄関も開いていて、屋敷の中に入れたぞ。しかし誰にも出会わない」

商人「この部屋からいい匂いがする…温かい料理だ。おや、手紙が置いてある」

手紙『夜道に迷った旅人へ。ご自由にお食べになってください。料金は取りません』

商人「まるで私が来るのがわかっていたみたいだ。しかし、信用していいものか…」

料理の湯気「ほんわり」

商人の腹の虫「ぐううううううう」

商人「うう…我慢ができない。いただきまーす!」
5 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:48:44.73 ID:FM5KuAEp0
商人「ふう、美味しかった…どなたか知りませんがありがとう」

商人「ん?皿の下に手紙が挟まっている」

手紙『お腹は膨れましたか?では、この応接間の隣の客間でお休みください』

商人「なんと」

手紙『ベッドは整えてあります。朝までごゆっくり。但し、他の部屋の扉は決して開かぬように』

商人「本当に不思議な話だが、ありがたい。お言葉に甘えて休ませてもらおう」

商人「…そうだ、庭につないだ馬は?」

手紙の続き『馬にも水と飼い葉を与えて、休ませています。安心なさい』

商人「至れり尽くせりとはこのことだ。ああ、気が緩んだら眠くなって来た。客間に行くとしよう」



スズメ「チュンチュン」

商人「もう朝か…ふわあ、よく眠れた。おや、枕元にまた手紙が」

手紙『おはようございます。疲れは取れましたか?お目覚めのミルクティをどうぞ』

商人「いつの間に。淹れたてじゃないか。…これも美味いな。手紙の続きは…」

手紙『部屋の片付けは気になさらず、どうかこのままお帰りください』

商人「屋敷の主人に挨拶もしないのは気が引ける。それに、道が…」

手紙『街道に戻るための地図を馬車に置いてあります』

商人「…人に会いたくない訳でもあるのか?。ならば、早々に立ち去るのが礼儀だろうな」
6 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:49:16.98 ID:FM5KuAEp0
馬「ひひひん!」

商人「お前もゆっくり休めたようだな。…本当に地図もある。よし、帰ろうか」

商人「…おや?昨夜は気が付かなかったが…バラの香りがどこかから漂ってくる」

商人「バラ…赤いバラ…末娘への土産…」

商人「だめだ、人様の庭、人様のバラ。しかも、恩人の…」

商人「それとも…せめてこの目に焼き付けて、土産話として語ってやろうか?」

商人「そうだ、それがいい。きっと美しく咲いている事だろう、見るだけ…」フラフラ

馬「ぶるる…」トコトコ

商人「すごい、裏庭は一面バラが満開じゃないか!!」

バラ「色とりどり〜」

商人「あの赤いバラはひときわ見事だ…今まで見たことがないほど」

商人「…こんなにたくさん咲いているんだ、一輪、一輪だけ…」

商人「心優しいこの家の主人なら、許してくださるはず…」

バラの枝「パキン」
7 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:51:53.78 ID:FM5KuAEp0
恐ろしい声「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

商人「!?」

馬「ひいん!?」

恐ろしい声「親切の恩を仇で返すか、裏切り者!!許すわけには行かぬ!!」

商人「こ、このお屋敷のご主人様ですか!?」

恐ろしい声「暖かい料理と柔らかなベッド、帰路の安全、それでは足りぬと言うか!強欲な男め!」

商人「…あ、ああ、なんという恐ろしい姿の人物だ…」

馬「ガクガクガクガク」

商人「服を着て、二本の足で立ち、人語を発しているが…」

商人「その顔と体つき…まるで獣、荒々しい野獣だ…」
8 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:52:20.65 ID:FM5KuAEp0
恐ろしい声の主(以下野獣)「今までなぜ姿を現さなかったか、わかるか?貴様を怖がらせないためだ」

野獣「きっと善良な旅人だろうと、一宿一飯を与えた。なのに…盗人だったとはな!」

商人「ゆ、許してください、いえ…申し訳ありません!!」

野獣「土下座しても遅いわ!貴様が手折った大切なバラ、その命で償ってもらう!」

商人「わ、私の命でよいのなら差し出しましょう…」

商人「しかしその前に一度だけ…家に帰らせてください」

野獣「たわけた事を!」
9 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:52:49.08 ID:FM5KuAEp0
商人「い、家には5人の子供が私の帰りを待っています」

商人「最期の別れとして、一目会いたいのです…」

野獣「ふん、残念ながらお前の妻はこのまま子持ちの未亡人となろう」

商人「私の妻…子供達の母親は、何年も前に亡くなっています」

商人「特に末の娘はまだ14になったばかり」

商人「父親までこのまま帰らなければ、どんなに悲しむ事でしょう…」
10 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:53:24.95 ID:FM5KuAEp0
商人「ドレスも宝石もねだらない、欲のない子、お土産には赤いバラ一輪を、と…」

野獣「…その娘のためのバラだったのか?」

商人「は、はい。それも、最初は私が無事戻れば何もいらない、と言ったのです」

野獣「…」

商人「どうしても土産を持ち帰ってやりたくて、無理にねだらせたのは私です…」

野獣「…親の自己満足だな」

商人「返す言葉もございません」

野獣「全く、人間というものは…」
11 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:53:54.67 ID:FM5KuAEp0
野獣「よかろう。一度家に帰るがいい」

商人「ほ、本当ですか!?」

野獣「しかし、条件がある。その末の娘を伴って、ここへ戻って来るのだ」

商人「えええっ!?」

野獣「ちなみに、狩人や兵隊といった、お前の子以外の人間を連れて来てはならんぞ」

商人「そ、そんなことはしません!神に誓って!」

野獣「期限は一週間。戻って来なければ…どうなるか、察しはつくな?」

商人「…」

野獣「貴様にかける最後の情けだ。裏切るでないぞ?」

商人「…はい…承知致しました…」

野獣「あと、バラはそのまま持って行け。二度と元の木には戻れないのだからな」
12 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:54:35.17 ID:FM5KuAEp0
馬車「ガラガラガラ…」

商人「困ったことになった…」

商人「子供達に…末妹にどう言えばいいのか…」

商人「…本当に不思議な地図だな…現在地が赤い点で現れて馬車に合わせ動いている」

商人「しかも正確だ。もう見覚えのある街道に出て来た」

商人「…行きずりの旅人にこんな珍品を渡してくれたのか」

商人「なのに、ああ…私はなんという愚かな事を…」

商人「家まであと少しだが、こうも足取りの重い帰宅は初めてだ…」

馬「ひん…」
13 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 20:55:13.29 ID:FM5KuAEp0
長兄「ええっ、またその屋敷に戻るのですか、父さん!?」

長姉「末妹のせいよ!あんたがそんなもの欲しがるから!」

次兄「…あああ、まだ脂の残る熊の毛皮…むせかえる獣の臭い…堪らないよお」クンカクンカスーハー

次姉「あんたは相変わらずだこと、変態弟…」

末妹「お父さん、私をそこに連れて行って」

長兄「末妹、何を言うんだ!俺が代わりに行くよ、父さんと二人で説得しよう」

長姉「また末妹の偽善者発言が始まった!」

次姉「行けば最後、帰りたいと言っても通用しないわよ!」

商人「しかし、約束を破れば私だけじゃない、お前達もどんな目に会うか…」

商人「何しろ相手は不思議な魔法の力を使う…野獣なのだから」

次兄「…野獣?」ピクッ

次兄「父さん、屋敷の主人とは、人間ではなく、獣なんですか!?」ずいずいずい

商人「次兄よ、近い近い…あと獣臭い、毛皮を置け」

商人「…どんな決断をするにせよ、もっと詳しく話す必要があるな。実は…」
14 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:01:19.34 ID:FM5KuAEp0
商人「…という訳だ…」

長兄「やっぱり俺が末妹の代わりに行くよ。銃も持って行こう、野獣を倒してやる!」

長姉「だめよ、兄さん!お父さんだけじゃなく兄さんまでいなくなったら!」

次姉「そうよ、姉妹とこんな弟とだけ家に残されても、今までのように生活できない!」

商人「既に私は野獣を裏切ってしまった、もう約束は破れない」

商人「だが…その上でもう一度、野獣と話し合ってみよう」

末妹「私はもう決意ができています。約束通り、お屋敷に行きましょう」

次兄「一緒に行きます、お父さん、末妹!」

商人「次兄!?」

末妹「お次兄(にい)ちゃん!?」
15 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:02:11.50 ID:FM5KuAEp0
次兄「野獣は末妹を連れて来いとは言ったけど、二人だけで、とは言ってない」

次兄「それに父さんの子供以外の人間はダメだと言うなら、俺が同行しても約束破りにはならない」

長兄「そうだけど…なら長男の俺が…」

次兄「長男だからこそ家に残ってくれ。姉さん達を頼むよ!」キリッ

次姉「家に引きこもりで体力もないチビガリのくせに」

長姉「一日中毛皮を弄んで動物の絵ばかり描いているあんたが、何の役に立つのよ」

次姉「ま、でも、考えようによっちゃ…厄介払いになるかもよ、姉さん」

長姉「…そうね、小便臭い小娘と変人小僧…役立たずの食いぶちが二人減るのね」

次姉「残るのは働き者の兄さんと今の財産…お嫁に行くまではそこそこいい暮らしが続けられるわ♪」
16 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:02:39.98 ID:FM5KuAEp0
長兄「末妹…荷造りは済んだか?」

末妹「あまり多くの物は…カバン一つ分だけにしたわ」

末妹「お母さんの形見の十字架は持って行くけど」

末妹「その他のアクセサリーは…少ないけれど、お姉さん達にあげて?」

長兄「あの二人の事まで考えているとは…それなのにあいつらと来たら」

長兄「別れの夜になるかもしれないのに、伯爵家のパーティーに出かけるなんて」

末妹「前から楽しみにしていたもの、仕方ないわ」

長兄「これも持ってお行き。俺が作ったものだが、お守りにしてくれ」

末妹「木彫りの聖母様の像…ありがとう!」

次兄「兄さん、俺は毛皮…死んだ毛皮を卒業する」

長兄「唐突になんだ次兄」
17 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:03:28.01 ID:FM5KuAEp0
次兄「動かない毛皮のコレクションより、もっと素晴らしいことを始めたいのさ」

次兄「言わばそれは昨日までの自分との決別。男の決意の表れだ」

長兄「…よくわからんが、末妹のため勇気を奮い立たせてくれたお前を尊敬しているよ」

次兄「奮い立つのは勇気だけじゃないけどね。とにかくこれを受け取ってくれ」

長兄「お前が今まで溜めこんだ毛皮?」

長兄「…一番新しいはずの熊の毛皮…腐敗臭が混じってきてないか…?」

次兄「その毛皮だけは加工していないので仕方ない」
18 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:04:07.63 ID:FM5KuAEp0
次兄「しかし職人に頼めば、これからでも防寒具か何か作ってもらえるだろう」

長兄「わ、わかった。有効に使わせてもらうよ」

腐りかけの毛皮「臭気ぷ〜ん」

長兄「…オエエ」

長兄「…次兄は人付き合いは苦手だが、誰よりたくさん本を読んで、そのせいか妙な所で(だけ)頭が回る」

長兄「きっと俺には思いもよらない事を考え付いて、末妹の助けになるだろう」

長兄「末妹を頼んだぞ」

次兄「まかして」
19 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:06:07.25 ID:FM5KuAEp0
そんなこんなで、親子3人は野獣の屋敷に向かった…


野獣「期限いっぱいだが、約束は守ったようだな」

野獣「…これがその娘か。歳は14だったな」

末妹「はじめまして、お屋敷の御主人さま…」

野獣「ふ、しっかりした少女だ。それにこの愛らしさ、将来さぞ美人になるだろう」

次兄「はじめまして、野獣さまああああああああああああ!!」

野獣「!?な、なんだこの少年は!?」

次兄「馬車の陰に隠れて様子を見ていたが、もう我慢できない!!この巨体、この毛艶、この獣臭!!」

野獣「ちょ、鼻を擦り付けるな!しょ、商人、貴様の息子か!?」

商人「…ええ、この娘のすぐ上の兄です…」
20 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:06:46.64 ID:FM5KuAEp0
野獣「こ、こんな奴に用はない…今すぐ連れて帰れ、娘だけ残してな!」

商人「娘だけを!?」

末妹「お父さん、私のことは構わないで。この方の仰るとおりにして」

商人「し、しかし…」

末妹「私がバラを欲しがったのは事実。その償いは私がするの当然です」

野獣「聡明な娘だ。…く、小僧、しがみ付くな、吸うな!貴様はセミか!?」

次兄「ちゅーちゅー、ああ、生きた毛皮の味…血の通った、体温のある獣の味…」

末妹「お兄ちゃん…野獣さまの言葉に従って。お父さんとお家に帰って」

商人「末妹…」

次兄「…でも、惜しいのは香水の香りが少しする所だな。野生のままでいいのに、勿体ない」

野獣「貴様を喜ばせても嬉しくもなんともないわ…このっ!」ベリッ

次兄「あう」地面に尻餅
21 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:08:12.02 ID:FM5KuAEp0
野獣「…はあふう…奴の涎が付いてしまった…鼻水も…」フキフキ

野獣「商人、さっさと連れ帰れ!」

商人「は、はい…。帰ろう次兄!」次兄の襟首むんず

次兄「こ、このまま父と俺が帰ったら…妹はどうなるんです?」ズルズル

野獣「貴様の妹はこれからこの屋敷で暮らすことになる。赤いバラの償いだ」

商人「くうう…すまない、末妹…」

野獣「そして、馬車が立ち去ると同時に街道からの道は消え失せる。人間に探し出すことは不可能だ」

次兄「道が消えるのはどれくらいの間ですか?」ズルズル

野獣「言っとくが、一旦帰ったふりをして引き返そうとしても無駄だぞ」

野獣「今、馬車が出れば、今後ひと月は私でさえ門を開くことができなくなる」

次兄「ここのあるじの貴方様にも?本当にぃ?」ズルズル

野獣「以前の持ち主による自動の機械仕掛けだ」

野獣「解除装置が壊れてしまったので、厄介だがどうにもならぬ…」

次兄「ふむ」
22 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:09:19.29 ID:FM5KuAEp0
商人「どっこらしょ…っと。馬車を出すぞ、次兄。お前も末妹が心配だろうが…」

末妹「野獣さま、二人と今ひとたびのお別れを」

野獣「構わんぞ。長い別れになろうから、な」

商人「…本当に、私の軽率な行為で…」

末妹「もうそのことで苦しまないで。大丈夫、取って食べられるわけでもなさそうです…」

末妹「お姉さん達より先だけど、私の事はお嫁に出したと思ってください」

商人「…う、うう…」涙

野獣「キリがない、もういいだろう?」

野獣「馬車には自動的に家に帰るよう魔法をかけた」

馬「ぶっひひぶひんー(勝手に足がー)!?」

馬車「ガラガラガラ」

商人「末妹、末妹ーーー!!」
23 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:10:09.98 ID:FM5KuAEp0
末妹「お父さん、お兄ちゃん…!」

野獣「…寂しいだろうがな…」

野獣「名前は末妹と言ったか」

野獣「お前はこれからここで何不自由なく暮らせるようにしてやろう」

次兄「俺の名前は次兄です!!!!」シュバッ

野獣「うわあああああああああああああ!!!!!?????」

末妹「お兄ちゃん!?馬車に乗っていたはず…!?」

次兄「ふ、末妹…あれは俺の服を着せた案山子だ。馬車が出る直前にすり替わった」

次兄「こんなこともあろうかと道中の畑からひっこ抜いて、馬車に隠しておいたのだ」

末妹「なんて大胆な…。お兄ちゃん、私の事が心配で…」
24 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:11:00.90 ID:FM5KuAEp0
野獣「ええい小僧、貴様に用はないと言っただろうが!?今すぐ馬車を追って家に…」

門「ガシャーン」

次兄「野獣様ぁー、門が開きませーん、困ったなあ〜♪」

野獣「…遅かった…。…やむを得ん…」

野獣「一か月間は置いてやるが、門が開いたら即座につまみ出すぞ!」

次兄「ありがとうございます!『何不自由なく』は求めません、なんなら使用人として貴方のお世話を!」ガバァ

野獣「同じ手を何度も食うか!」ヒョイッ

次兄「いべ」ベチャ

末妹「お兄ちゃん、大丈夫!?」

次兄「あいたた、さすが獣の運動神経…華麗な身のこなし」

野獣「こんな奴でも末妹嬢の兄…くっ、一応、客人として扱ってやろう…」

野獣「二人とも、私について屋敷の中へ」
25 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:11:49.02 ID:FM5KuAEp0
野獣「腹が空いたろう、食事を用意してある」

野獣「…一人分だな。二人残ることは想定外だった」

末妹「野獣さま、せっかくですが、私一人でこんなに食べられません」

末妹「私、御覧の通り、歳の割にこんなチビですもの…兄と分け合います」

次兄「うーん、俺、偏食激しいだろ?俺が食べられない物を末妹にやるよ」

野獣「き、貴様の残り物を末妹嬢にだと…!?」ビキビキ

末妹「ごめんなさい、お行儀悪い事をしてはいけませんね。最初から取り分けますから」
26 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:12:17.31 ID:FM5KuAEp0
末妹「ただの好き嫌いではありません、兄は食べると体調が悪くなってしまう食材があるのです」

野獣「…ううむ…小僧、後でその食べられない食材を私に教えろ」

次兄「へ?」

野獣「貴様が病気にでもなれば、末妹嬢が心配するからな」

末妹「ありがとうございます、野獣さま!」

次兄「ふむ…意外と優しい面もあるようだな」

次兄「案外、妹がひどい事をされる心配は杞憂かもしれん」

次兄「実益(妹を守る)と趣味を兼ねるつもりでついて来たが、もう少し趣味に重きを置いても許されそうだ」
27 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:20:05.09 ID:FM5KuAEp0
末妹「ごちそうさまでした。とても美味しかった…」

次兄「うちも小金持ちだけど、こんな料理は滅多に食べられないや」

末妹「そうだ、野獣さま」

野獣「何だね?」

末妹「花瓶…一輪差を使わせていただけませんか?」

次兄「あれ、お前そのバラ持って来てたの?」

末妹「ええ、水がなくてもしおれない不思議なバラだけど…」

末妹「だからってカバンに入れっぱなしは可哀相だもの」

野獣「気に入ったのか。花は好きかね?」

末妹「大好きです。それに、お父さんからの最後のプレゼント」

野獣「…」
28 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:21:11.33 ID:FM5KuAEp0
末妹「!!ごめんなさい!」

末妹「私のわがままのせいで、このバラは木から切り離されてしまったのに」

野獣「切り花となったからには、そばに置いて可愛がってくれ。気に入ってもらえて嬉しいよ」

次兄「俺は貴方の体毛と獣臭が大のお気に入りです!!」

野獣「貴様は黙っとれ!おぞましい!!」

野獣「…一輪差だったな。メイドに持って来させよう」

末妹「お屋敷にあなた以外の方がいらっしゃるのですか?」

野獣「うむ、この機会だ、使用人達を紹介しよう」
29 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:23:02.13 ID:FM5KuAEp0
可愛いらしい声「ご主人様、一輪差を持って参りました」

次兄「!メイド服を着た二足歩行の兎!?」

末妹「まあ、可愛い!」

次兄「薄茶の体毛に黒い瞳。ノウサギならばもっと耳が大きく顔もやや面長のはず、こいつはアナウサギか」

次兄「小動物はサイズも体臭も物足りないが、兎の真価は丸い尻尾を備えたプリケツ。悪くないな」

兎のメイド「末妹様ですね。はじめまして。私はこの家のメイドです」

野獣「他の皆も入って来るがよい」
30 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:23:45.67 ID:FM5KuAEp0
次兄「料理人姿の、二足歩行の穴熊だ」

次兄「アナ『グマ』とはついてるがイタチの仲間、とは言えどっしり感と獣臭は捨てがたいものがある」

次兄「…やや年老いているが標準より大柄で固太り、かなりいい感じだ」

穴熊の料理長「わしは料理『長』…と言っても一匹しかおりませんが、今後よろしくお願いします、末妹様」

末妹「こちらこそ。お料理、とても美味しかったわ」
31 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:24:37.02 ID:FM5KuAEp0
猫らしき動物「僕は庭師です。末妹様、よろしくお願いします!」

末妹「元気で可愛い猫さんね、よろしく」

次兄「動きやすそうな服を着た二そ(略)の山猫」

次兄「ヨーロッパヤマネコ。家猫よりやや骨太で大柄だが、さほどサイズに大差はない」

次兄「せめて『オオヤマネコ』ならば大型犬サイズで抱きつき甲斐もあったのだが」

次兄「しかしさすが野生動物、家猫とは眼光が違う。なかなか良いぞ」

次兄「…親しくなれば肉球ペロペロできる機会も巡って来るかもしれん」
32 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:26:13.97 ID:FM5KuAEp0
野獣「そして最後が、執事の…」

次兄「!!」

次兄「来やがった!直球が来やがった!!」

狼の執事「わたくしが執事です、末妹様」

次兄「スーツ姿の狼、しかもなんて大きな!二本足で立つとうちの長兄より背が高い!」

執事「我々はかつてこの森の野生の獣でしたが、魔法の力で主人にお仕えできるようになりました」

次兄「縦のサイズだけじゃない、あのぶっとい前肢と広い前胸部」

執事「主人の命令は絶対、主人のお客様は我々にも大切なお方」

次兄「見事な尻尾…何よりあの首周りを覆う毛のふさふさ感!」

執事「困りごとがありましたら、どんな事でもご遠慮なくお申付けください、末妹様」

次兄「野獣様よりは確かに体躯で劣るとはいえ、2人並ばれたら俺はどっちを見つめていいかわからない」

次兄「なんという贅沢な悩み…」

次兄「楽園はここにあったんだ…!!」
33 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:27:14.01 ID:FM5KuAEp0
次兄「…しかし、誰一人として俺には挨拶がなかったのだが?」

執事「主人から云い付けられました」

執事「何やら呟きつつ粘っこい視線を向けてくる少年の存在は空気と思え、と」

次兄「いつの間に」

野獣「だが今ので皆の顔と名前は覚えただろう?」

野獣「執事、皆も、一応は末妹嬢の兄上だ。とりあえずは失礼のないように」

野獣「しかし最低限の我が身を守る行動に、私の許可は不要だぞ」

メイド「末妹様、これから私があなたに付いて、身近のお世話をさせていただきます」

末妹「ありがとう、メイドさん」

次兄「俺には誰が付きっきりで世話してくれるのかな?」

野獣「彼の世迷言は極力無視する方向で」

執事・料理長・庭師「「「仰せの通りに」」」
34 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/22(木) 21:28:56.91 ID:FM5KuAEp0

※今夜はここまで※
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2015/01/22(木) 21:50:03.85 ID:6609xl59O
美女と野獣と革フェチ
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/22(木) 22:08:53.46 ID:FT5/NUSXo
童話っぽくて好きだなあ
37 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:40:08.92 ID:sMPqzpoi0
数日後、商人の家

次姉「どうかしら、新しい髪形」

次姉「黒髪が肌の白さを際立たせるように、ってお願いしてみたんだけど…」

長姉「なかなかいいわ。私の髪型はどう?」

次姉「素敵ね、流行の先端だと思うわ」

長姉「実は床屋を変えたのよ」

長姉「北国の人のような天然の金髪はこの地方では珍しいから」

長姉「切るのだったら高く買いますよ、なんて、今までの店ではしつこかったの」

次姉「変えて正解だわ。4年かけてここまで伸ばしたのに」
38 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:40:41.98 ID:sMPqzpoi0
長姉「それにしても…私達はこんなに美しいのに」

長姉「先日のパーティーで知り合った殿方、誰一人連絡を寄越さないなんて」

次姉「姉さんは手紙が来ているじゃない、ほら、名前出て来ないけど、あの…」

長姉「幼馴染男!?冗談じゃない、あいつなんて数の内に入らないわ!」

次姉「父親が生きているうちは羽振りが良かったはずよね」

長姉「その父親が病死してから借金が発覚して、遺産で借金チャラにして」

長姉「プラスマイナスゼロの一文無しになったくせに」

長姉「私に相手をしてもらおうなんて図々しいのよ」

長兄「…お前達、相変わらずお喋りしかすることないのか?」
39 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:41:18.18 ID:sMPqzpoi0
次姉「あら、兄さん、お出かけ?」

長兄「商談に行って来る」

長姉「一人で?お父さんは?」

長兄「父さんは今日も自室に閉じこもったままだよ」

次姉「まだ末妹のことを引きずっているの?いい加減、諦めたらいいのに」

長兄「それだけじゃない。次兄が独断で屋敷に残った事も気に病んでいる」

長兄「自分が不甲斐ないばかりにあの子達を犠牲にしてしまったと思っているんだ」

長兄「そういうわけで、お前達…店番を頼む」

次姉「ちょ、なんでそうなるの!?」
40 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:41:47.98 ID:sMPqzpoi0
長兄「俺は商談、末妹も次兄もいない、今の父さんには無理…お前達しかいないだろ?」

長姉「私達、商売は素人なのに…」

長兄「次兄はともかく末妹は9つの時から一人で店番できたぞ」

次姉「わかった、わかったわよ!」

長姉「お客と世間話しながら品物を売ればいいんでしょ、こんなの簡単よ!」

長兄「任せたよ」

次姉「…末妹が小さい頃から手伝えるのは当たり前じゃない」

次姉「私と姉さんはそれくらいの歳には遠くの寄宿学校にいたのよ」

長姉「兄さんもよ。下の二人だけはずっと家で育って」

長姉「次兄は昔は病弱だったから、末妹はお父さんが手放したくないって理由でね」

次姉「…あーなんか面白くない!」

次姉「こうなったらガンガン売りまくって兄さんを驚かせてやる!!」
41 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:44:38.36 ID:sMPqzpoi0
そのころ、野獣の屋敷

野獣「ここに少しは慣れたかね、末妹」

末妹「野獣さま。ええ、野獣さまも、執事さん達も親切にしてくださいます」

野獣「退屈であれば庭に出てもよいし、本を読んでもよい、色々な楽器もあるから弾いてもよい」

野獣「それぞれの部屋はメイドに案内させよう」

末妹「…私は囚われの身なのに、遊ばせてもらってよいのかしら」

野獣「お前を囚人として扱う気はない。客人として置いているつもりだ」

末妹「…」

野獣「何だ、じっと私の顔を見つめたりして?」

末妹「あ、ごめんなさい、失礼致しました」
42 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:45:32.50 ID:sMPqzpoi0
末妹「あなたは本当に不思議な方だと思って…」

野獣「確かに、私のような怪物は初めて見ただろうからな」

末妹「いいえ、あの、見た目の事ではなくって…」

メイド「末妹様」

末妹「あら、メイドちゃん」

野獣「すっかり仲良くなったようだな」

メイド「庭師がご主人様の申付けで、庭を案内したいと」

末妹「野獣さま…」

野獣「行っておいで。お前は花が好きだと言っていたからな」

末妹「ありがとうございます」
43 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:46:28.70 ID:sMPqzpoi0
庭師「末妹様、メイドから聞いたでしょう?僕がご案内しますよ!」

末妹「嬉しいわ、お屋敷に入った日から、外に出るのは初めて」

庭師「メイドちゃん、君も手が空いていたらおいで」

メイド「…また私に雑草処理させる気でしょ?」

メイド「一緒に行くけど、その手には乗らないんだから!」



次兄「うーん、日向ぼっこしていたら眠ってしまったようだ」

次兄「ん、誰か来る…末妹と…小獣コンビか」

次兄「…実年齢はともかく10か11にしか見えない少女と」

次兄「服を着た猫と兎が花咲く庭を仲良くお散歩…」
44 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:46:59.75 ID:sMPqzpoi0
次兄「一般向けには無難な…女子供に好まれるモチーフ」

次兄「好んで描きたい題材でもないが、こんな光景を『現実に』目にする人間もそういまい」

次兄「せっかくなのでスケッチしとくか」

次兄のカバン「パカッ」

次兄「鉛筆と紙、と」



末妹「すごい!春と夏と秋のお花が一度に咲いてる!」

末妹「みんな庭師さんがお世話しているの?」

庭師「僕の事は『庭師』でいいです」

庭師「確かにそうですけど、へへ、庭の花達には魔法がかかっているんです」
45 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:52:52.23 ID:sMPqzpoi0
庭師「虫に食われもしなければ病気にもなりません。だから庭師のすることと言えば」

庭師「雨風で傷んだ部分を整えたり、咲き終えて枯れた花を取り除いたり…」

末妹「ここのお花も枯れるの?」

庭師「ええ」

末妹「私がもらった…父が折った赤いバラは、まだ活き活きして花弁一枚も欠けていないわ」

庭師「ああ、バラ達はまた特別なんですよ」

庭師「屋敷の裏庭、僕らはバラ園と呼んでいますが、あそこにだけは僕の手は入っていません」

メイド「バラ園だけはご主人様が世話をしているんですよ」

末妹「…よほど大切なのですね」

庭師「僕ら使用人が知っているのは、いつまでも枯れない『魔法のバラ』と言う事だけ」

メイド「ご主人様も、詳しい事は執事様にさえお話しされないんです」
46 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:54:01.41 ID:sMPqzpoi0
次兄「ふむ…描き始めると意外と興が乗ってきた」カキカキ

野獣「…何をしているのかと思えば」

次兄「野獣様!?」バッ

野獣「満面の笑みで振り向くな…続けろ。少し離れた所から見せてもらおう」

次兄「へいへい」

次兄(ちっ、さすがに行動パターンを覚えられたか、隙がなくなってきた)

次兄(しかし向こうから接近して来るとは新展開だ)

次兄(ここはおとなしくスケッチに没頭しておくか)
47 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:54:57.44 ID:sMPqzpoi0
野獣「なかなか上手いな、小僧」

次兄「いい加減、名前覚えてくださいませんかね」カキカキ

野獣「…そうであったな。次兄、いや、なかなかどころの腕前ではないぞ」



メイド「…やっぱりここのハコベは最高」

メイド「歯応えも甘さも絶品ね!」パリパリプチプチモグモグ

メイド「ああ、オオバコも美味しい!あ、こっちにはカラスムギ!!」

庭師「その調子でどんどん食べ尽くしてくれ」
48 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 18:56:25.11 ID:sMPqzpoi0
野獣「すごいな。庭師やメイドの立ち姿といい…」

野獣「白黒の鉛筆画だというのに、毛並みの風合いまで伝わって来る」

次兄「そう、俺は動物の絵は初対面の相手にも感心されるレベル」カキカキ

野獣「…褒めちぎってやるつもりでいたのに、なんだ?二匹の真ん中の…」

野獣「位置的に末妹嬢だと思うが…なんというか」

野獣「壊れた案山子とナメクジの融合体にしか見えん」

次兄「…これが、俺が画家を目指そうと思わない第一の理由」カキカキ…

次兄「人間を描こうと思った途端、デッサンもフォルムも総崩れ」
49 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:01:26.02 ID:sMPqzpoi0
次兄「しかし絵描きを仕事として成立させるには、肖像画や宗教画の依頼をこなさねば」

次兄「好きな物だけ描いても商売が成り立たない事くらいは俺にもわかる」

次兄「俺だって一応は商人の息子だからな」…カキカキ

野獣「…お前の素質ならば、勉強次第ではなんでも描けるようになると思うのだが…」

次兄「いかん、独り言の声が大きかったぞ」

野獣「獣の絵が商売にならんのなら、お前がその第一人者になってみてはどうだ?」

次兄「…は?」



末妹「…メ、メイドちゃん、大丈夫?」

メイド「…もぉ、だべられないよぉ…」ゲプゥ

庭師「やばい…途中で止めるべきだったかな…」
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/23(金) 19:04:54.44 ID:AvhcKSHG0
オリジナルのssは敬遠してたが面白いなこれ
何故か引き込まれる
51 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:17:05.67 ID:sMPqzpoi0
次姉「いらっしゃいませ〜」

客「あれ?確か…次姉さん、おや、長姉さんもいるじゃないか」

客「店であんた達に会うのは初めてだよ」

長姉「父の具合がちょっと悪いもので、きょうだい力を合わせなくては…ホホホ」

客「商人さんが…また腰痛の悪化かね?」

客「そう言えば末妹ちゃんの姿が見えないな」

長姉「…あの子は先日、野獣のえじk…いえ、遠くのお屋敷にお嫁に行きました」

客「えええ!?あんまり突然だなあ…」

客「それにうちの婆さんの世代ならともかく、13〜4で嫁入りは今時ちょっと早くないかね」
52 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:17:58.50 ID:sMPqzpoi0
客「あ、商人さんの具合が悪いってそのせいか」

客「末妹ちゃんの事は目に入れても痛くないほどだったものなあ!」

次姉「…」

次姉「相手の方に強く望まれて嫁いだのです、それにもう決まった事ですわ」

次姉「あの子がいなくたって、私達にも店番くらいできますのよ」

次姉「そう…末妹にすらできることが私にできないはずがない…」

次姉「というわけで、お客様!本日のお勧めはこちらになっております!!」

客「は、はいはいはい???」

長姉「…どうしちゃったの、次姉?」
53 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:19:24.78 ID:sMPqzpoi0
野獣「…3人から目を離していた間に」

野獣「メイドがひっくり返ってしまったようだが…?」

次兄「第一人者って、なんのことでしょうか」

野獣「ああ、思いつきで口から出ただけだが…」

野獣「動物を描いて一流になった画家が今までいないのなら」

野獣「お前がその分野を開拓して、成功した最初の一人になってはどうか、と」

次兄「…そう簡単じゃありませんよ」

次兄「何より俺には人脈がないし」

次兄「家だって人脈を金で買える程の大金持ちじゃない」

野獣「だがお前のその絵は…人間の絵は置いといて…見た者の心を動かすぞ」

野獣「次兄にその絵をもっと描かせたいと願う人間が…きっといるはずだ」

次兄「…」
54 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:20:34.07 ID:sMPqzpoi0
野獣「…すまんな」

野獣「もう何年も人の世と関わらずに生きて来た、世間知らずの獣の戯言だ」

野獣「だがな」

野獣「私にこんなことを言わせるほど、次兄の絵に力があるのは信じていいと思う」

次兄「…野獣様」

野獣「頼みがある、今考えたのだが」

野獣「屋敷にいるうちに、私の絵を一枚、描いてくれるかね?」

次兄「…!」

次兄「ぜひ!ぜひとも…描かせてください!」

野獣「ありがとう」

次兄「その時はどうか裸身で!布を一枚も身につけぬ、野生のままの荒ぶる裸身でぇぇぇ!!」ハァハァ

野獣「…やっぱり忘れてくれ…頼むから…」
55 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:21:18.22 ID:sMPqzpoi0
庭師「だめですよ、あなたにそんな事はさせられません!」

末妹「あら、いいのよ」

末妹「メイドちゃん、こんな小さな体だもの」

末妹「チビの私でも抱っこして運べるわ」

メイド「うええ…ぐるじぃぃぃぃ…」

末妹「…お薬が必要じゃないかな…?」

庭師「お屋敷の地下には、あらゆる薬草や薬効のあるスパイスの保管庫があります」

庭師「混じり合った香りが強烈だからって、嗅覚の鋭い僕ら使用人は入れない部屋ですけど」

庭師「食べ過ぎの薬くらいはご主人様があっという間に調合してしまうんですよ」
56 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:22:44.00 ID:sMPqzpoi0
次兄「…ほう」

末妹「あら、お兄ちゃん…と、野獣さま」

末妹「お兄ちゃん達も二人でお散歩してたの?」

野獣「『二人で』とか勘弁してくれ…」(小声)

次兄「俺は久しぶりに絵を描いていたんだ」

次兄「ほら、庭師くんとメイドさん」

野獣(末妹嬢の部分は切り取ったな)

庭師「うわあ、お上手ですねえ!」

庭師(…ただの変な人じゃなかったんだ)
57 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:23:24.03 ID:sMPqzpoi0
末妹「相変わらず素敵な絵ね。今度は他の皆さんのも見たいわ」

末妹「…って、それより野獣さま、メイドちゃんが」

野獣「ふう。調子に乗って食べた奴は回復してから説教するとして」

野獣「それを知りながら調子に乗せた奴もいたようだな」

庭師「ごめんなさい…」

野獣「メイドは私が預かって手当てしよう。すぐ治る、心配いらん」

野獣「庭師、手伝え」

庭師「は、はい」タタタ

末妹「…」
58 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:24:13.59 ID:sMPqzpoi0
末妹「…不思議に思っているの」

次兄「ん?」

末妹「お父さんを殺すと脅した恐ろしい野獣様と」

末妹「こうして私達が目にする野獣様が結びつかない」

次兄「…」

末妹「本当は、私、最初はとっても怖かった」

末妹「お兄ちゃんが留まってくれて、どんなに心強かったか」

次兄「今は馴染んでいるよな。メイド達とも仲がいいし」

次兄(俺ももっと野獣様及び執事さんとの距離を詰めたいものだ)
59 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 19:24:54.85 ID:sMPqzpoi0
末妹「メイドちゃんは可愛いし私に好くしてくれる、他の皆だって」

末妹「それでも…お家で…家族一緒に暮らすのが一番だと思う…」

次兄「末妹…」

末妹「一か月が過ぎて、お兄ちゃんがいなくなったら…私は一人…」

次兄「お前がここにいる限り、俺も一緒にここにいるよ」

次兄「どんな手を使っても残るつもりだ」

次兄「…どんな手を使ってもね…」
60 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:44:59.61 ID:sMPqzpoi0
その夜、商人の家

長姉「あーあ、疲れちゃった…」

長姉「お肌のためにも早く寝なきゃ」

長兄「長姉、今日は店番お疲れ様」

長姉「…あら、珍しいわね。兄さんが私に優しい言葉なんて」

長兄「二人で頑張ってくれたからね。本当はもっと早くこうなって欲しかったが」

長兄「しかし予想以上の売り上げで驚いたよ」

長姉「当然よ、私達の手にかかれば容易いわ!」

長姉(…ほぼ全部、次姉の働きだけどね。私は世間話担当で…)
61 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:45:47.45 ID:sMPqzpoi0
長兄「また頼むかもしれないが、もう安心して任せられそうだ」

長姉「…ねえ、あの子の…次兄の毛皮で作った防寒具」

長姉「あれ全部売れたのよ?」

長兄「うん、それも嬉しかったよ」

長兄「…次兄が撫でまわし顔を擦りつけ時々しゃぶってた毛皮だから」

長兄「もちろん洗浄済みとは言え、買ってくれたお客様には少し申し訳ないが…」

長姉「あれは正式に仕入れた品物じゃないから」

長姉「要するに、売り上げは臨時収入よね?」

長姉「だから…私達がもらっても構わないわよね?」

長兄「…はあ…珍しく褒める所があったと思えばすぐこれか…」タメイキ
62 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:46:36.06 ID:sMPqzpoi0
長兄「正直、今後の事は父さんがいつ仕事に戻ってくれるかにかかっている」

長兄「だから当分は家計を締めて、貯蓄にもっと勤しむべきだと思うんだ」

長姉「え…これからもっと節約しろって言うの?」

長姉「食いぶちが二人も減ったのに!」

長兄「自分の弟妹にひどい言い方だな」

長兄「あの子達の事で、家族にもいつ何が起こるかわからないとつくづく思った」

長兄「もしもの時のためにお金を取っておくのは悪い事じゃない」

長兄「それに、これは言いたくなかったが…父さん今までお前達二人に甘かった」
63 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:47:24.43 ID:sMPqzpoi0
長姉「甘いって、どういう意味よ!それなら末妹にだって…!」

長兄「お前と次姉が店を手伝わなくても、何も言わなかっただろ?」

長兄「小遣いも与えているのに、ねだられるまま高価な服や装飾品を買い与え…」

長姉「だ、だから、親孝行できる結婚相手を探しているの!」

長姉「そのためにお洒落をして、パーティーに顔を出して」

長姉「大金持ちと結婚して、今までの分を返せばいいじゃない!」

長兄「欲望のまま着飾って遊び歩いて異性を選り好んでいるとしか思えないが」

長兄「親孝行って、物は言いよう、か?でも俺には通用しないな」
64 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:48:11.64 ID:sMPqzpoi0
長姉「…次姉も、次姉だって納得しないわ」

長兄「あいつとはもう話をした」

長兄「渋々ながらも、納得してくれたぞ」

長姉「…!?」

長兄「次姉はこうも言ってた」

長兄「物を売る仕事ってちょっと面白いかもしれない、って」

長姉「な、何よ、何よ…あの裏切り者…」

長姉「看板娘だった末妹に今さら対抗しているつもり…?」
65 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/23(金) 20:48:58.08 ID:sMPqzpoi0
長姉「それなら…もう私は店なんか手伝わない」

長姉「次姉がやってくれるんでしょ!?あの娘にだけ頼みなさいよ!」

長姉「私は自由にさせてもらうわ!へそくりだって溜めてたんだから!!」ダダダダダ

長兄「おい、長姉…」

長姉の部屋のドア「バーーーン!!」

家「…ミシミシ…」

長兄「…家が揺れる勢いだ」

長兄「やれやれ…とりあえず、妙な事をしないよう目を離さないでおくか」

長兄「昔はあんな面倒くさい娘じゃなかったんだけどな…」
66 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2015/01/23(金) 21:14:48.12 ID:sMPqzpoi0

※今夜はここまで※
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/23(金) 21:44:46.10 ID:30fJ9T0c0

期待
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/23(金) 22:42:25.32 ID:kb3k7GYFo

今更だけどスレタイで損してる感はあるな
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/24(土) 02:42:32.05 ID:Dgjh/sFJ0

確かに間違えて開かなかったらスルーしてたな
間違えてよかった
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/24(土) 02:47:43.63 ID:LCVmBbego
それと>>1はあげたほうがいいんじゃいか
71 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2015/01/24(土) 10:42:29.86 ID:3p4t5DZU0
レスありがとうございます。
昼間も少し続けます。次兄のターンです。
あと、時代や国なんかは実に適当です…
72 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:43:24.98 ID:3p4t5DZU0
真夜中。野獣の屋敷、次兄の客間

次兄「昼寝したせいか眠れんな…」

次兄「ここらで今後の対策を練ってみるか」

次兄「まずは趣味部門」

次兄「毛皮ライフから生身の獣ライフへの移行は始まったばかり」

次兄「初心に帰る意味でも、全てが始まった日を振り返ってみよう」
73 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:45:42.08 ID:3p4t5DZU0
次兄「あれは5歳の秋だったか」

次兄「いい天気で暖かく俺もその日は珍しく体調がよくて」

次兄「たまには一人で出かけたくなった」

次兄「父さんは昔も今も忙しく」

次兄「既に母さんが亡くなって2年近く」

次兄「当時はうちに住み込みのばあやがいて」

次兄「小さな妹をつきっきりで世話していた」

次兄「確か兄貴が遠方の寄宿学校に旅立ってまだ日が浅く」

次兄「姉二人は寂しがって毎日泣いていた」
74 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:46:23.09 ID:3p4t5DZU0
次兄「…………あれ?」

次兄「今の今まで忘れていたが、あの二人にも昔はそんな可愛げがあったのか」

次兄「まあいい。とにかく俺はなけなしの小遣いを握りしめ」

次兄「誰も知らない秘密の大冒険と洒落込んだのだ」

次兄「病弱だった俺だがその日は本当に足取りも軽く」

次兄「潮の香りに誘われて港まで来ていた」

次兄「港の一角でその日はたまたま小さな祭のような催しが開かれていて」

次兄「肌の色や服装の違う異国人が市場や見世物小屋を開いてた」

次兄「歩いて腹も空いたのだろうが、偏食で食の細い俺にしては珍しく」

次兄「何やら食欲をそそる匂いに魅かれて」

次兄「とある店で見た事ない食べ物を買って歩きながら食べた」
75 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:47:30.74 ID:3p4t5DZU0
次兄「…アウトな食材が入っていたんだろうな」

次兄「食べ終えた途端に猛烈な吐き気に襲われて、その瞬間俺が思ったのは」

次兄『父さんやばあやに知られたら怒られる』

次兄「大急ぎで人影のない倉庫の裏に駆け込んで吐いて吐いて吐きまくり」

次兄「吐き気はおさまったが次にひどい寒気」

次兄「足にも力が入らなくなり倒れこんで震えている所に」

次兄「通りかかったのが、今思うと見世物小屋の男」

次兄「男は俺を抱きかかえて見世物小屋の裏に運び」

次兄「そこには見なれぬ大きな獣が二頭」

次兄「明らかに異種なのに仲良く寄り添って寝そべっていた姿を覚えている」
76 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:48:22.28 ID:3p4t5DZU0
次兄「男は俺を二頭の体の間に押し込んで、人でも呼びに行ったのかまた去って行った」

次兄「一頭は細かい斑模様があり、細長い巨大な猫のよう」

次兄「もう一頭は大きな犬のようだったが、縞模様で首にたてがみがあった」

次兄「後年調べたら、あれはチーターとシマハイエナという南国の猛獣らしいが」

次兄「よく馴れているのか嫌がりもせず俺を包み込んで温めてくれた」

次兄「本当に暖かくて…毛皮の感触と、獣達の息遣いで微かに動く大きな身体」

次兄「そして…強烈な獣の臭い」

次兄「俺はすっかり安心して、温もりと獣臭の中で眠り込んでしまった」

次兄「…そこからの記憶は途切れていて」

次兄「目覚めたらいつもの自分の部屋で、目の前には半泣きのばあやが」

次兄「ふとましい体に視界を覆い尽くされていたので他の事は全く思い出せんが」
77 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:49:58.00 ID:3p4t5DZU0
次兄「まあとにかく、俺はあの体験が忘れられず」

次兄「大きな犬を飼いたいと父さんにねだった」

次兄「しかしモノならなんでも買ってくれる父さんも生き物については厳しかった」

次兄『お前が面倒見きれるわけがない』

次兄「譲歩するつもりで小動物に変えても許されず」

次兄「家には昔から馬がいたが、父さんがとても大事にしていたし」

次兄「小さな子供は危ないから馬小屋に近付くなと言われていた」

次兄「そういう面では実に過保護だからな父さんは」
78 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:50:26.56 ID:3p4t5DZU0
次兄「仕方なくと言うか、動物に関する本を買ってもらい」

次兄「それはやがて他ジャンルの本への興味にも繋がったが」

次兄「次第に動物の絵を描くようにもなり」

次兄「一方では年齢と共に毛皮の感触がますます恋しくなって」

次兄「俺は14か15、ばあやが高齢で退職し姪や甥と暮らすと故郷に帰ったあたり」

次兄「その頃にはもうきっかけ自体は忘れていたのかもしれないが、毛皮を集めるようになって」
79 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:51:05.14 ID:3p4t5DZU0
次兄「やがて父と兄と妹は心配と生温かさの混じった視線で俺を見るように」

次兄「姉達には冷たい視線で変態と蔑まれ」

次兄「言っておくが俺には獣姦の気(け)はこれっぽっちもない」

次兄「と言った所で素人(姉)には理解できまいがな」

次兄「新しい通いの家政婦はプロ意識の高さゆえか華麗にスルー」

次兄「本で知ったがああいう職業の人は」

次兄「家人の浮気現場や性的な意味での変態プレイ等にも出くわすので気にしていられないとか…」

次兄「とにかく…そうしてこうして現在に至る」
80 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:51:41.47 ID:3p4t5DZU0
次兄「さて、この屋敷にはどんな動物とも違う野獣様と、人語を解する野生動物がいる」

次兄「千里の道も一歩から、フルコースも前菜から」

次兄「まずは兎メイドのプリケツ観賞から達成したいところ」

次兄「…む?」

次兄「尿意が来たか…」

次兄「遠いから面倒だが、トイレに行ってくるか」
81 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:55:06.09 ID:3p4t5DZU0
次兄の足音「ペタペタ」

次兄「窓からの月明かりのおかげで灯りがいらないな」

次兄「…問題は、スカートに隠れてしまっている点だ」

次兄「兎とは言え、言葉を喋り、着衣で過ごし、女子として振舞い」

次兄「そして末妹と仲が良い」

次兄「つまり…兄が自分の妹の友人に向かって『スカートの中を見せて?』と頼んだとしよう」

次兄「…」

次兄「一点の曇りもない変態、いや、もう犯罪者だ」
82 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 10:56:20.68 ID:3p4t5DZU0
次兄「俺は決してシスコンでもロリコンでもないが」

次兄「末妹の事は妹として普通に可愛いと思うし一番長い時間を一緒に過ごした家族でもある」

次兄「あの子に嫌われ軽蔑されたら凹むどころでは済まされないだろう」

月明かり「フッ」

次兄「う、月が雲に隠れてしまった」

次兄「廊下が真っ暗だ、面倒くさがらずランタンを持ってくるべきだった」

何かの物音「…ぴったん、ぴったん」

次兄「…?」

物音「ぴったん…」

聞き覚えのある声「あら、次兄様ではありませんか?」
83 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 11:55:51.02 ID:3p4t5DZU0
次兄「その声…メイドさんか?」

メイド「ええ、驚かせてしまったらごめんなさい」

メイド「人間さん達は夜目が利かないですものね」

次兄「…昼間の腹痛は治ったの?」

メイド「お気遣いありがとうございます」

メイド「ええ、夕方にはすっかり。ご主人様のお薬であっという間に」

メイド「その後こってりしぼられましたけど…恥ずかしいから忘れてくださいな」
84 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 11:56:26.96 ID:3p4t5DZU0
次兄「ま、よかったよ。末妹も心配していたし」

次兄(こんな夜中に、俺の進行方向から来たと言う事は彼女もトイレだったのか)

次兄(この棟のこの階にはトイレが一つしかないから、使用人と共用でも我慢してくれと野獣様が言ってたな)

次兄(俺の客間の右隣が末妹、そのまた右隣がメイドの部屋だからな)

次兄(そう言えば、野獣様と他の使用人はどこに部屋があるんだろう?)

月明かり「サーッ」

次兄「お、月がまた顔を出した」

メイド「では私はこれで」

次兄「…!?」
85 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 11:57:10.36 ID:3p4t5DZU0
メイド「どうかされましたか?」

次兄「メイドさん、裸…しかも、四足歩行…」

メイド「ああ、これはご主人様の私達への配慮です」

メイド「就寝時間から起床までは人間の真似事…服と二本足から解放されて」

メイド「ゆっくり身体を伸ばして休むがいい、って」

メイド「二本足の時も、魔法のおかげで身体に無理はかかっていないのですけどね」

メイド「では本当に、これで失礼します。おやすみなさい」ぴょん

メイドの足音「ぴったん、ぴったん…」トオザカルー

次兄「…月の光に照らされるプリケツと毛糸玉のような尻尾」

次兄「まさかこんな形でこんなに早くお目にかかれるとは」

次兄「…朝になったら忘れずにこの記憶をスケッチしておこう」
86 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 11:57:47.71 ID:3p4t5DZU0
次兄「…カマドウマめ」

次兄「便所コオロギの別名よろしくひっそりトイレの片隅に潜んでいればいい物を」

次兄「無防備な俺の尻にいきなり飛びつきやがって」

次兄「おかげでびっくりした拍子に頭を天井に打ってしまった…」タンコブー

次兄「あのトイレは極端に狭い上に天井が低い」

次兄「メイドや庭師は問題ないだろうが、背の低い俺でさえかなり窮屈だ」

次兄「あそこを野獣様や執事さんが使用するとは考えにくい」

次兄「就寝中に尿意に目覚めてもこの廊下を通る可能性はまずないだろう」
87 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 12:02:15.51 ID:3p4t5DZU0

※作者注※
カマドウマはアジア原産で、少なくとも現実の昔のヨーロッパにはいないはずですが…そこはファンタジーと言う事で…
88 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 12:07:49.43 ID:3p4t5DZU0
次兄「つまり、今回のように偶然裸体を目にするチャンスには期待できない」

次兄「まあ野獣様は眠る時も人間と同じ着衣だろうけどな」

次兄「全裸に香水だけ身につけて眠る趣味の人間もいるけれど…」

次兄「…」

次兄「…野獣様はなんのモンスターの仲間なんだろう?」

次兄「なんとなく、俺達のもならず、使用人達に対しても色々秘密が多そうなんだよな…」
89 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 12:10:03.99 ID:3p4t5DZU0
誤字

×俺達のもならず

○俺達のみならず
90 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 14:37:09.52 ID:3p4t5DZU0
誰かの夢の中

(その昔、ここは今は忘れ去られた小国の王の別荘だった)

(機械いじりの好きな変わり者の貴族から、王が無理矢理奪ったものだ)

(屋敷に仕掛けられた数々の罠、時計と連動して自動的に開閉する門)

(戦の技術に応用できると思ったのだ)

(王は周囲の大国に攻め込む準備という名目のため、王妃は自分の贅沢のため)

(国民に重税をこれでもかと課し、逆らう者…親身に忠告する者にさえ厳罰を与えた)
91 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 14:37:38.70 ID:3p4t5DZU0
(たった一人の世継ぎの王子は)

(贅沢にも興味がなく、戦はもっと馴染まなかったが)

(何しろ気が弱く、19にもなるのに両親に従う以外の生き方なぞ思いつかず)

(人形のように、ただただ言いなりになっていた)

(国には王家よりずっと歴史の古い魔術師のギルドがあった)

(王家さえ…傲慢な王でさえ口を挟めない、ある意味、聖域で)

(形だけの僅かな研究費を国から援助する事で、逆らわせないようにするのが精一杯だった)
92 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 14:38:17.31 ID:3p4t5DZU0
(ギルドにはいくつかの魔法を学費を払いさえすれば誰にでも教えるという部門があった)

(そこでは王族も物乞いも関係ない、教わりに来る者は分け隔てなく扱われた)

(城の暮らしになじまず、民の中にも身を置く場のない王子の息抜きは)

(そこで魔法を習う事だけだった)

(教えてもらえる魔法は人を傷つける力のない…王に言わせれば役にも立たない呪文ばかり)

(季節を問わず花を咲かせる魔法や、動物に人間の言葉を喋らせる魔法)

(王子にはそれが楽しかった、むしろ人を殺す術など覚えたくもなかったのだ)

(ギルドの図書館には本の貸し出しを手伝う若い娘がいた)

(貧しい出自で学もなかったが、本当の意味で賢く、勤勉で、心の優しい、明るい娘)

(いつしか王子と唯一冗談が言い合える、そんな仲になっていた…)
93 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 15:14:25.07 ID:3p4t5DZU0
末娘「ごちそうさま」

次兄「今日の朝飯も美味かった」

末娘「お兄ちゃん、ここに来てから前よりよく食べるようになったわね」

次兄「そうかな?ま、確かに美味いし…」

次兄「料理長さん、アナグマなのに上手だなあ」

末娘「料理長さんが言うには」

末娘「アナグマは人間と同じで雑食性だから味覚が近いので、料理人に選ばれたんですって」

次兄「…わかったようなわからんようなだが」

次兄「草食専門や肉食専門よりは、確かに扱える食材の幅が広くなるかもしれん」

メイド「食後のお茶ですよ」
94 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 15:46:57.18 ID:3p4t5DZU0
ティーポット「コポコポコポ…」

次兄(あの前足で器用に茶を淹れるなあ)

末娘「いい香り…」

メイド「紅茶に香草をブレンドしているんですよ」

メイド「紅茶の葉はご主人様が『どこかから』手に入れていますが」

メイド「香草はうちの菜園で育てた新鮮なものです」

次兄「菜園なんてあったのかい」

メイド「庭の一角の、小さなスペースですけど」

メイド「そこは庭師と料理長が共同で世話をしています」
95 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 15:47:25.19 ID:3p4t5DZU0
末娘「そこも見る事ができるのかしら」

メイド「ええ、いつでもご案内しますね」

メイド「野菜と香草が、少しずつですが常に何種類か育っているので」

メイド「花よりは地味ですが、あれはあれで美しい光景です」

メイド「それに、とっても美味しそ…」

メイド「…こほん」

メイド「見たくなったら、いつでも声を掛けてくださいませ、末娘様」

次兄「菜園か…」
96 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 15:50:48.76 ID:3p4t5DZU0
誤字

×末娘

○末妹

時々やらかすので、今度見つけたら脳内で変換お願いします…
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/24(土) 15:55:47.03 ID:LCVmBbego
なんか違和感あると思ったら
98 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 17:35:34.81 ID:3p4t5DZU0
次兄「何日か、屋敷の中をウロウロして気付いた事がある」

次兄「昨日は壁があった場所に今日は何もなかったり」

次兄「逆に何もなかった廊下に壁ができている事がある?」

次兄「俺達の客間がある階は今の所そんなことはないけどな」

次兄「…野獣様の魔法と解釈できなくもないが」

次兄「自動の機械仕掛けの門と同じで、この屋敷あちこちにからくりがあるのかもしれん」

次兄「その証拠にほら、あったりなかったりする壁は」

壁「コンコン」

次兄「叩くとこの軽い音」
99 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 17:36:09.40 ID:3p4t5DZU0
次兄「塗装で石造りのように見せかけているが木製で、しかもそんなに厚くない」

次兄「この屋敷を作った前の持ち主とやらは余程人間不信か」

次兄「さもなくば機械オタクだろう」

謎の音「…むぐ…むぐ…」

次兄「…?」

謎の音「むぐ…むぐううう…」

次兄「…鼾だな、重低音の」

次兄「この壁のすぐ向こうから聞こえるぞ」
100 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 17:36:51.86 ID:3p4t5DZU0
次兄「と言う事は、この壁がある間は西の端の階段から一階に降りて」

次兄「東の端の階段からまた登らねば辿りつけん」

次兄「ここは二つの階段の中間地点、面倒だな…だが」

次兄「これが野獣様か執事さんの鼾なら…」

次兄「労力を払う価値もあると言うもの」

次兄「寝顔ゲットの為に急がば回れ」

次兄「上手く事が運べば観賞しながらスケッチも出来るかもしれない」

次兄「さすがにあの二人なら、触れようものならすぐに起きるだろうからな…」
101 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 17:37:26.57 ID:3p4t5DZU0
次兄「…はあ…はあ…」汗ビッショ

次兄「け…けっこう早足で…駆けつけてみたら」

次兄「壁にもたれて眠っているのは…」

料理長「…むぐう…むぐう…」

次兄「料理長さんじゃないか…」

次兄「しかしぐっすり眠っているな」

次兄「お歳のせいかねえ…」

ズボンと上着の間から腹肉「たぷーん」

次兄「だらしないな」
102 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 17:37:54.88 ID:3p4t5DZU0
次兄「むしろそこが良い」

次兄「お年寄りにあまり過激な事は出来ないが」

次兄「…これくらいは許されるだろう」テヲダス

腹肉「むに」

料理長「…むぐう?…むぐ…」メヲサマサナイ

次兄「…腹の弛んだ贅肉」タプ

次兄「自分の父親のそれからは目を逸らしたいのに」タプタプ

次兄「それを覆っているのが毛皮と言うだけで何故こんなにも魅力的なのだろう」タプタプタプタプ

次兄「おっほおおおおおお気持ちいいいいいいいい」タプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプタプ
103 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 18:13:37.23 ID:3p4t5DZU0
次兄「…ふう」

次兄「要するに料理長の腹肉をタプタプしただけだが」

次兄「なかなかよかった…」

次兄「タプタプしすぎたせいで右手がちょっと痺れて…しばらく鉛筆を持てそうにないが」

次兄「この感触を覚えておく事はアナグマの絵を描く時にも役立つだろう」

料理長「…むぐう…むぐう…」

次兄「…本当によく眠っているな」

次兄「楽しませてもらったよ」

次兄「後でいつも美味い料理のお礼を念入りに言っておこう…」
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/24(土) 20:40:53.71 ID:C1jZfpFBO
面白い
この先 どういう展開になるかわからなくて、すごく楽しみですよ
105 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:20:42.02 ID:3p4t5DZU0
ある日、商人の家

長姉「あーあ、最近めぼしいパーティーもないから退屈…」

長姉「いつもと違うアクセサリーをつけて気分を変えてみようか」

長姉「と言っても…あれもこれも…最近使ったものばかり」

長姉「あ、これ…。末妹の持ってたブローチ…」

長姉「2、3年前は欲しかったけど」

長姉「今こうして見るとデザインが子供っぽくていまいちね…」

長姉「でもはまっている宝石(いし)はいい物のはず、次姉も言ってたわ」

長姉「そうだ、作り直しに行けばいいのね!」
106 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:21:59.20 ID:3p4t5DZU0
長姉「…かと言って…このために貴重なヘソクリを使うのも」

長姉「兄さんからお小遣い貰うのはあきらめたし」

長姉「お父さんの部屋にこっそり行って、気弱になっているお父さんを言いくるめて…」

長姉「…駄目か。きっと兄さんが目を光らせている」

長姉「…最近の次姉に頭下げるのはなんだかシャクだし…」

長姉「そうだ、あの地図…魔法の地図は?」

長姉「みんな忘れている頃だけど、確か居間のテーブルの引き出しにしまい込まれたはず」
107 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:22:24.28 ID:3p4t5DZU0
長姉「うまいこと見つからずに持ち出せた♪」

長姉「さて、質屋に…この恰好じゃ目立つわね」

長姉「学校に行っていたころのブラウスとスカート、まだ着れるかしら」ゴソゴソ

長姉「…久しぶりに見たけど、何の飾りっけもない、つまらない服」

長姉「仕方ないけどね。スカーフで髪も隠して…早速売りに行きましょう」
108 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:23:25.06 ID:3p4t5DZU0
その頃、野獣の屋敷

次兄「やあ、料理長さん」

料理長「次兄様、残さず食べてくださって嬉しいよ」

料理長「ご主人様から聞いたが、あなたは動物の絵が上手いらしいな」

料理長「わしは人間のゲージュツとかなんとかはさっぱりわからんが」

料理長「よかったら…アナグマの絵を一枚、お願いできないかね」

次兄「いいですよ、あなたをモデルに?」

料理長「…実は、メスのアナグマをだが」

次兄(?…アナグマ用のスケベなピンナップ…か???)
109 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:23:55.97 ID:3p4t5DZU0
料理長「アナグマ風情が可笑しいかもしれないが」

料理長「わしには森で暮らしていた頃に、長年連れ添っていた女房がいて」

料理長「この屋敷でご主人様にお仕えする前に、死んでしまったのだが…」

次兄「…」

料理長「この前、昼寝をしていた時に久しぶりに女房の夢を見てね」

料理長「あいつはわしのこの腹を、前足でタプタプ揺すって遊ぶのが好きだった」

次兄(あ)
110 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:24:40.92 ID:3p4t5DZU0
料理長「なんでよりにもよってその時の事を夢に見るのかわからんが…」

料理長「目が覚めた時、なんだかとても懐かしい気持ちになって…」

料理長「はは、本当に可笑しいな、ただの年寄りアナグマのくせにな」

次兄「いいですよ、描きます」

次兄「細かい特徴なんかは教えてくださいね」

料理長「ほ、本当かい!?ありがとう…」

料理長「お、お礼は何がいいかな…」

次兄「いいですよ、あなたはいつも美味しいもん作ってくれるから」

次兄(こっちも散々タプタプを楽しませてもらったし)

次兄(さて…次なるターゲットは…)
111 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:25:27.09 ID:3p4t5DZU0
その頃の長姉

看板『年中無休!あなたの味方、さわやか質屋』

長姉「主人が腰を抜かしていたわ」

長姉「なんでも、100年以上昔に失われた魔法技術だとか何とか」

長姉「詳しい事はわかんないけど、それならもう少し高い値段で買い取ってくれても…」

長姉「…って言ったら、貴重な珍品だけど価値が理解できる人はごく限られるから微妙なんだって」

長姉「ま、とにかく、ブローチの直し代としてはお釣りが来るわ」

長姉「残りはヘソクリに回しましょ♪」

若い男性「長姉?長姉じゃないか!」

長姉「あ」

長姉「…幼馴染男…」
112 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:26:16.96 ID:3p4t5DZU0
幼馴染男「いつも王女様みたいな恰好で歩いているから声が掛けにくかったけど」

幼馴染男「今日はどうしたんだ?まるで子供の頃みたいで…よく似合っている」

長姉「よ、よ、よ、よく似合っている、ですって!!!???」ビキビキブチブチ

長姉「好きでこんな恰好しているんじゃないわよおおおお!!!!!!!!!!」

幼馴染男「ご、ごめん!?気に障ったなら謝るよ」

幼馴染男「じゃあ店の手伝いか何かで?聞いたよ、お父さんの調子が悪いんだってな」

長姉「我が家には神に誓って借金はないからご心配なくっ!!」

幼馴染男「…うちの親父の事か、耳が痛いなあ…」

長姉「うちの店は兄と次姉がいれば安泰なんですって」

長姉「父も元気になればまた忙しく働くわ」

長姉「そしたらまた自由に買い物だって観劇だってパーティーにだって行ってやるんだから!」
113 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:26:53.31 ID:3p4t5DZU0
幼馴染男「なんだかわかんないけど…苦労しているようだね」

長姉「あんた程じゃないわよ、この貧乏人!!落ちぶれ成金(の息子)!!」

幼馴染男「君と次姉の通ってた女学校…修道院学校には、悪口の科目もあったのかい…?」

長姉「…相変わらず怒らないのね、このヘタレ」

幼馴染男「全部本当の事だからさ。でも、お金は少ないなりに平穏に暮らせているんだよ」

幼馴染男「仕事…収入だってあるし」

長姉「天文学者の助手とか言う、まっとうな人には理解不能の仕事でしょ?」

幼馴染男「君の言うまっとうな人がどういう人を指すかわからないけど」

幼馴染男「僕は本当は子供の頃から天文学者になりたかったんだ」

長姉「…それは初耳だわ…子供の頃から仲良くなんかしてやらなきゃよかった…」

幼馴染男「そうかな、子供の頃の君ならそうは言わなかったと思うけど…」
114 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:28:01.92 ID:3p4t5DZU0
幼馴染男「とにかく父も理解して、無理に後継ぎにならなくていいと」

幼馴染男「金銭的に応援をしてやるって言ってくれてた…実現しなかったけど」

長姉「あなたの師匠とやらに家政夫でいいから雇ってくれって頼み込んだって噂だけど」

長姉「プライドはないのかしら」

幼馴染男「今や先生は僕を信頼して大事な仕事も任せてくれている」

幼馴染男「何年先かわからないけど」

幼馴染男「いずれ本格的に独立の後押しもしてくれるとお言葉もいただいた」

幼馴染男「…そうなったらあの約束に一気に近付く事が出来るよ」

長姉「…あんたなんかと何か約束した記憶はないわよ?」

幼馴染男「君があの学校に行く前…8歳になって間もない頃」

幼馴染男「僕は言ったよ、『大きくなった天文学者になって…』」

幼馴染男「『新しい星を発見して、長姉の名前を付けるんだ』って」

長姉「 」
115 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:28:49.56 ID:3p4t5DZU0
次兄「庭師くん、庭師くん」

庭師「あれ、次兄様」

次兄「これ、なーんだ?」パッ

庭師「大きな麻袋とエノコログサ…」

庭師「僕をじゃれつかせようって魂胆ですか?」

庭師「その意図はよくわかりませんけど」

庭師「あいにく、仕事中はその程度で惑わされないように心掛けています」
116 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:29:22.99 ID:3p4t5DZU0
次姉「姉さん、出掛けていたの?」

長姉「あら…次姉」

長姉(…あんまり会いたくなかった)

次姉「珍しい恰好で、どこ行ってたのよ」

長姉「あんたに関係ないわ!私なんかいなくたって店は回るんでしょ!」腕ブンブン

長姉「…おー痛い」

次姉「…右手、腫れてない?」

長姉「ちょっとね…野良犬を一匹、殴って来たから」

長姉(あのあと思わず…反射的に幼馴染男をぶん殴ってしまった…)

長姉(倒れて気絶しちゃったので逃げて来たけど…あのくらいでは死なないわよね?)
117 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:30:07.83 ID:3p4t5DZU0
次姉「気をつけなさいよ、狂犬だったらどうするの」

次姉「あら?そのブローチ」

長姉「ギク」

次姉「この赤縞瑪瑙…末妹のブローチを作り直したのね」

長姉「う、うちのお金に手を出してはいないわ!」

次姉「…ヘソクリ貯めてたのは知ってたから」

次姉「でも、なんだか…デザインは一見よさそうに見えるけど」

次姉「土台の銀の質が…前より下がっていると思う」

長姉「ちょっと、ジロジロ見ないでよ、触らないで」
118 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:30:42.83 ID:3p4t5DZU0
次兄「さすがだね庭師くん。だが、これはどうかな?」

袋の口「くぱぁ」

庭師「開いた袋の中から、何かの香草の香りが…?」

庭師「…キャットニップか、考えましたね」

次兄「庭の菜園に生えていたのさ」

庭師「確かにネコ科の動物はその香りに弱いけれど」

庭師「キャットニップはご主人様が召し上がる料理やお茶にも使うので栽培しています」

庭師「庭師がいちいち酔っ払っては仕事にならないからと」

庭師「ご主人様の魔法で耐性をつけていただきました」

次兄「つまり君はこの香りでも惑わされないと。それなら…」
119 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:31:33.39 ID:3p4t5DZU0
次姉「あ、こんな所がメッキだなんて…直す前は純銀をもっと使っていたはず」

次姉「どこの店よ…これにいくら払ったの?」

長姉「たった○○(金額)で直してもらったの、お得でしょ」

次姉「これに○○も!?完全に足元見られたわ、カモにされたのよ!」

長姉「何言ってるの、そんなこと言ったって…あげないわよ!?」
120 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:32:26.79 ID:3p4t5DZU0
次姉「姉さん、お父さんが買ってくれた宝石は信頼できるからいいとして」

次姉「プレゼントの宝石は誰から貰ったかだけ重視して」

次姉「まともに宝石自体の価値を調べたことなんかないでしょ?」

次姉「私は違うわ、宝石や貴金属の本は出来る限り読んだし」

次姉「パーティーに行って身分の高い女性と知り合えば」

次姉「身に付けている宝石を褒めて気分を良くさせて、じっくり見せて貰って」

次姉「…質の高い物はどこが違うのか…だんだんわかるようになってきた」

長姉「ちょっとくらい目利きの真似ができるからって偉そうに…」

次姉「そうよ、私のやってる事はまだおままごと」

次姉「だからこれからもっと勉強したいの」

長姉「勉強って…あんた修道院学校を卒業した時、もう二度と勉強なんかするもんか!って」
121 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:33:14.96 ID:3p4t5DZU0
次兄「この、固く栓をした小ビンに何が入っているかわかるかな?」

庭師「茶色い粉末…さあ…?」

次兄「屋敷の地下の薬草とスパイスの保管庫にあったのさ」

次兄「まさか東洋の珍しい生薬まで揃っているとはね…」

小ビンの栓「ポン」

庭師「!?」

庭師「な、なんだろう、この香り…」

庭師「魔法をかけてもらう前の、キャットニップを嗅いだ時のような気分」

庭師「でも…この香り自体は初めてだ…」
122 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:33:50.30 ID:3p4t5DZU0
次姉「鞭で叩かれながら、お仕着せの古臭い…なんのためかわからない『お勉強』ならたくさんだけど」

次姉「自分の興味のある事はもっと知りたいのよ」

長姉「うちの店に宝飾部門でも作ろうっての?」

長姉「そんなことやってたら、行き遅れるわよ」

次姉「…納得行かない結婚なら、急いですることもないわ」

長姉「あんたもあの子みたいに化け物と結婚させられるかと心配なの?」

次姉「違うわ、そんなんじゃない」

次姉「今までの…4年前に家に帰って来てからの生き方が…急につまんなくなったのよ」

長姉「……!!」テヲアゲ

次姉「…その手をどうしたいの?」

長姉「…」フリーズ

次姉「私を引っ叩きたいならそうすれば?でもその理由は何なのよ」

長姉「何よ…偉そうに…偉そうに、偉そうに偉そうに!!」
123 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:34:29.65 ID:3p4t5DZU0
長姉「あんただってあの子が…末妹がいなくなって清々してたくせに!」

長姉「あの子の抜けた隙間に収まって、お父さんや兄さんに可愛がられたいだけのくせに!」

次姉「…」

長姉「ほら、何も言えなくなった!!」

次姉「…」ツカツカ

長姉「な、何よ、殴る気?あんたにそんな資格…!」壁ニオイツメラレ

次姉の右ストレート「ドゴッ」

長姉「 」
124 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:35:19.67 ID:3p4t5DZU0
長姉の顔の横の壁「穴ボコー」

次姉「…そうよ」

次姉「私に姉さんを殴る資格はないわ」

次姉「末妹と…ついでに次兄にも…詫びる資格だってありゃしない」

次姉「…わかってるわよ」

長姉「…」ヘナヘナ

次姉「ちょっと頭、冷やしてくる」クルッ

次姉「…あと、右手も…」

長姉「…」ヘタリコミ

長姉の心臓「ドキドキドキドキドキドキ」

長姉「…あの娘、私より細いけど背が高いから…は、迫力が…」

長姉「…」

長姉「…何よ…」
125 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:36:30.24 ID:3p4t5DZU0
次兄「これを袋の中にパッパとね♪」

次兄「更に袋の口の前で」

エノコログサ「パタパタパタパタ」

庭師「う、うわあ、理性が、理性があ…」

次兄「これはマタタビという東洋の植物を乾燥させたもの」パタパタパタ

次兄「あれだけ保管庫に膨大な種類があれば、野獣様も滅多に使わない薬草もあるだろう」

庭師「あああ…エノコログサが、袋が…未知の香りが僕を誘うよお…」

次兄「野獣様には黙っておくよ」パタパタパタ

庭師「うわああああああ、この香りに、あの粉にまみれたいいいいいいい!!」ルパンダーイブ

スボッ
126 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/24(土) 21:38:02.47 ID:3p4t5DZU0

※中途半端ですが、今日はここまで※

疲れました。あと誤字気を付けます…
127 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:26:40.92 ID:9MrKnSGI0
※とりあえず昼の部※
128 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:27:24.51 ID:9MrKnSGI0
麻袋の中

庭師「狭いよー薄暗いよー楽しいよー」ゴロゴロゴロ(転がる音)

庭師「いい匂いが、気持ちのいい匂いがするうううう」ゴロゴロゴロ(喉を鳴らす音)

庭師「…はっ…駄目だ駄目だ、まだ勤務時間中…」ザッ

庭師「…」

庭師「ふあああああもうどうにでもしてえええええええ」コロコロクネクネ

麻袋の外

次兄「…ふ、山猫も家猫も変わらんな」ノゾキコミ

次兄「しかしモノの本によるとあまり長時間トリップさせると体に負担がかかるとか」

次兄「早めにミッションを完遂せねば」
129 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:29:33.92 ID:9MrKnSGI0
次兄「この袋の端っこの糸。これを一気に引っ張ると…」

糸「シュルルルッ」

麻袋→麻布「バサッ」

次兄「麻袋から一枚の麻布になるのだ」

庭師「うふふふふ、ゴロゴロ…うふふふふ、ゴロゴロ…」ラリラリ

次兄「すっかりあっちの世界に旅立っている」

次兄「マタタビ凄い。東洋の神秘」

庭師「この世は天国だあああああ、バンニャーイ」両手ナゲダシー

次兄「これなら両前肢いけるかな」むんず

次兄「それでは本日のメインイベント…」

次兄「肉球ペロペロ祭の開幕です」
130 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:32:45.19 ID:9MrKnSGI0
午睡の夢…

(気弱で心の幼い王子と生真面目な娘の会話はいつも図書館のカウンター越し)

(それでも王子は満足だった)

(あの呪文を覚えるまでは…)

(民衆の不満はますます膨れ上がっていたはずだが)

(ここ十数年の間に何度も『反乱分子』の集団は潰されて)

(不満を持つ人々を率いるリーダーもそれからは現れず)

(重税に困窮する人々はひたすら疲弊しきっていた)
131 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:33:26.49 ID:9MrKnSGI0
(そんな中、王子の二十歳の誕生日を祝う舞踏会が開かれることになった)

(王妃の提案、いつも通り、王子を口実にして自分が楽しみたいだけの…)

(そして、王の提案で、会場は城ではなく例の別荘を使う事になった)

(他国から招待する来賓に、城下の悲惨な状態を見せたくなかったのだ)

(王子の二十歳の誕生日が近付く中、城に奇妙な客が現れた)

(彼は他国の魔法使いと名乗った)

(…魔術師ギルドを随分前に追放された男だと知ったのはずっと後の事)
132 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:34:16.45 ID:9MrKnSGI0
(客人は王子に、ギルドでも見た事のない魔法の指南書を差し出した)

(『人の心を読む魔法』)

(王子も存在は知っていたが、元々は戦闘中に使用される呪文)

(生きるか死ぬかの瀬戸際でなければ不要であるはずの呪文)

(それゆえギルドの魔法教授所では教えることは禁じられていた)

(…どころか禁じられた魔法の中でも最上位の呪文だった)

(他のどんな呪文より、人間関係を、社会生活を)

(ヒトの世界を破壊してしまう恐ろしい呪文だったから)
133 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:34:53.77 ID:9MrKnSGI0
(それが禁忌だと言う事も、その理由も、王子は知っていた)

(その一方で…王子はあまりにも単純で子供だった)

(自分に笑いかけてくれる魔法図書館の優しい娘)

(同時に彼女と立場の近い人々の間に広がる王家への不信、不満、憎悪)

(「彼女は本当は、私をどう思っているのだろうか?」)

(「彼女の心の内すべてを知りたいわけではない」)

(「たったひとつ、私への本心を、ただ一度だけ知りたい」)
134 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:35:44.36 ID:9MrKnSGI0
(…気付けば、王子は男に金貨を渡し、代わりに指南書を手にしていた)

(本人に自覚はなかったが、ギルドの魔法使いは皆知っていた)

(王子の魔法使いとしての素質は稀に見るほど高いものだと言う事を)

(現に、呪文の習得にそれ程の時間も労力も必要なかった)

(そしてこの呪文で心を読むためにはしばしの間)

(相手の体に触れ続けていなければならない)

(王子は彼女を舞踏会に誘おうと考えた…)
135 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 11:36:18.12 ID:9MrKnSGI0
※休憩※
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/25(日) 12:49:17.24 ID:uSvHMyMy0

キャラが生き生きしてて読んでて飽きが来ない
137 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 18:49:14.01 ID:9MrKnSGI0
商人の家

長兄「仕入れから帰って来たら」

長兄「今朝まで何もなかったはずの壁に穴が開いて」

長兄「妹達がどちらもそれぞれ右手に包帯を巻いている」

長兄「それに、二人ともどういうわけか非常に話しかけづらい雰囲気だ」

長兄「家政婦さんは何があったか知らない様子だし」

長兄「…父さんは相変わらずだし…」

長兄「たまには午後から完全に次妹に店をまかせて」

長兄「久しぶりに趣味の木彫に没頭しようと思っていたが…やめておこう」
138 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 18:50:07.32 ID:9MrKnSGI0
商人の部屋のドア「ガチャ」

長兄「父さん、昼食は食べたかなあ…」

商人「…」椅子に座ってボー

長兄「…家政婦さんや俺が促せば、着替えもするし顔も洗うし物も食べるけど」

長兄「少し食べてやめてしまうし…ほら昼食もパン半分かじっただけだ」

長兄「あとは日がな一日、あの椅子に座ってボーッとしているだけ…」

長兄「…身体はどこも悪くないと医者も言うし、父さんまだ四十代なのに」

長兄「老人介護ってこんな感じなんだろうか?」

商人「…末妹…」

長兄「口を開いたと思えば、ああやって末妹の名前を」

長兄「やはり全財産はたいてでも狩人や猟師を雇って行くべきだったのでは?」

長兄「…こういう事を言えば、次兄が『脳筋』って言ってくるんだよな…」
139 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 18:51:06.49 ID:9MrKnSGI0
長兄「魔法を使う獣…魔法なんてこの国ではもう殆ど忘れ去られた力じゃないか」

長兄「…でも、本当に魔法を使う相手なら…もっと多くの犠牲が…?」

長兄「やっぱりあの子達…次兄と末妹の決断が正しかったんだろうか?」

商人「うっうっうっ…」嗚咽

長兄「…父さん…」チカヨリ

商人「末妹…末妹!!」ガッシ

長兄「ちょ、父さん!?」

商人「末妹おおおおおお」

長兄「なんで末妹の名を呼びながら俺の頭を抱え込むんですか!?」

商人「末妹…妻と同じ、この髪…」

商人「母親譲りの、艶やかな栗色の髪…うううう」

長兄「…ああ、きょうだいの中で母さんと同じ髪の色は、俺と末妹だけだったな…」

長兄「しかし、性別といい体格といい他には全く共通点はないのに。」
140 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 18:51:48.62 ID:9MrKnSGI0
長兄「…ねえ、父さん?」

商人「…」

長兄「父さん、最近、次姉が店を手伝ってくれるようになったんですよ」

商人「…」

長兄「長姉は相変わらずですが…最近は割とおとなしくはしているようです」

商人「…次姉が…?」ハンノウガオソイ

長兄「末妹と次兄だって、帰ってくる可能性が全く無いわけではありません」

長兄「あの子達が戻って来た時に、4人で店で働いていたら…驚くでしょうね」

長兄「その時は元気な顔を見せてあげましょう、お父さん」

商人「…ううううう…」肩フルワセ
141 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 18:52:23.16 ID:9MrKnSGI0
商人「…私は…不甲斐ない…駄目な父親だ…」ウナダレー

長兄「父さん…」

長兄(こうやって、項垂れた父さんの頭を改めて見てみると…)

長兄(…髪は赤毛…次兄と同じ、いや、父さんの方が色が濃いな)

長兄(…量的には今や次兄の方が遥かに濃いけど…)

長兄(俺もいずれ『こんな感じ』になるんだろうなあ)

長兄(それでも父さんが『こんななった』のはここ5年くらいの話だが)

長兄(俺はこのままだとニ十代で『始まってしまう』可能性もなきにしも)

長兄(…早く家族全員が悩み無く笑って暮らしたいものだ…)
142 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 19:36:23.96 ID:9MrKnSGI0
野獣の屋敷

執事「ご主人様…?」入室

野獣「…」

執事「…お昼寝中か、よく眠っておられる」

執事「もうすぐお茶の時間だが、そうっとしておこう」退室

執事「末妹様達のほうはメイドが準備しているだろう」ロウカヲアルキナガラ

執事「料理長も午前中からはりきって胡桃入りのサブレを焼いているし」

執事「この離れた場所からでもいい匂いがする」
143 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 19:37:40.87 ID:9MrKnSGI0
執事「料理長が、胡桃は次兄様の好物だから、と言っていたが」

執事「しかもわざわざ末妹様から彼の好物を聞き出したとか」

執事「…」

執事「末妹様の兄上とは言え、初対面のご主人様に無礼を働いた…」

執事「…あの次兄様を喜ばせたい、のか???」

末妹「執事さん」

執事「おや、末妹様」
144 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 21:20:53.11 ID:9MrKnSGI0
調理室

メイド「料理長さん、まだ終わらないの?お三時になっちゃうわ」

料理長「待っておくれ、メイドちゃん」

メイド「…あら、胡桃のサブレのお皿には、予定通りの数があるじゃない」

メイド「もう運びますよ!?」

料理長「待っておくれったら…」

料理長「サブレの生地が余ってしまったのでね、楕円形に型抜きして」

料理長「真ん中にジャムを流し込んで、縁を砂糖菓子で飾って…」

料理長「鏡のクッキーを作っているんだ」
145 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 21:21:49.32 ID:9MrKnSGI0
メイド「鏡のクッキー…」

メイド「末妹様にぴったりだわ、とっても綺麗ですもの!」

料理長「次兄様の好物を教えてくれて、それを秘密にしてくれて」

料理長「末妹様は大事な協力者だからね」

料理長「こっちは末妹様へのお礼のつもりだ」

メイド「それならいつまでも待ちます、だから早く仕上げてね!」ワクワク

料理長「…矛盾していないかい?」
146 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/25(日) 21:28:53.71 ID:9MrKnSGI0
※短い上にまた中途半端ですが…今日はここまで※

久し振りに末妹の出番なので、可愛いシーンを挟んでみようかと。
進めてみてだんだん思うのは…意外と末妹中心で話作るのって難しい…
147 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 07:10:08.41 ID:keo0GFZa0
※昨夜貼り忘れた分ちょこっと貼って後は夜に※
148 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 07:12:48.43 ID:keo0GFZa0
執事「もうすぐお茶の時間ですよ、応接間へどうぞ」

末妹「ごめんなさい、いつもは来ない所まで来てしまって…」

執事「謝る事はありません」

執事「あなた様はこの屋敷のどこの廊下も歩いて良いし」

執事「鍵の開いている部屋には、どこに入っても構わないのですよ」

末妹「…ありがとう」

末妹「あの、執事さん…」フタリデアルイテイルヨ

執事「はい?」

末妹「お食事やお茶の時間は、私達と野獣様では違うのですか?」

執事「…いいえ、ほぼ同時刻にしています」
149 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 07:13:35.99 ID:keo0GFZa0
執事「大幅にずらしては、料理長の準備が大変になりますからね」

末妹「野獣様は、ご自分のお部屋でお食事やお茶を?」

執事「つまり、なぜ末妹様達と同席しないのか、それをお聞きになりたいのですね」

末妹「…はい」

執事「そのことを尋ねづらいのは当然でしょうね」

執事「あなた様のお家の、あなた様がご存知の」

執事「『客人』と『家の主人』…人間同士のしきたり、礼儀とは何かが違う」

執事「それに、今の末妹様は正直わからないのでしょう」

執事「自分は客人なのか虜囚なのか…立場的にこの屋敷の主とどのような置関係なのか」

末妹「…」
150 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:19:01.91 ID:keo0GFZa0
執事「主人に提案してみましょう」タチドマリ

執事「この家のあるじならば、この家のお客様と同じテーブルにつくのが礼儀でしょう、と」

末妹「…あの、私」

末妹「…」

末妹「ごめんなさい、私、?本当に物を知らない子供で…どう言えばいいのかわからないけど…」

執事「立場をわきまえない無礼な娘と思われるのでは、とご心配ですか?」

執事「主人はただ」

執事「あなた様を怖がらせたくないため、ご自分で決めた時間しか顔を出さず」

執事「話す時も距離を置き、ご自身の獣の臭いであなた様の食欲をなくさないよう」
151 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:19:30.16 ID:keo0GFZa0
末妹「…私は野獣様が…けもの臭いとは思いません」

末妹「…身体にぴったり寄り添えば少しは気付くかもしれませんが…」

末妹「それに…兄は『香水の匂い』と言っていましたが」

末妹「あれはバラの香り…野獣様からは微かなバラの香りがします」

末妹「ですから…そんなことは気になさらなくても」

執事「今のあなた様のお言葉を伝えれば、主人も納得するでしょう」

執事「もしかしたら今日のお茶から同席してくださるかもしれません」

執事「…そうなったら、次兄様もさぞかし喜ばれるでしょうねえ」

末妹「あ、いえ、そんなつもりでは…と言うか、そのあの」アワアワ

末妹「…兄が…ご迷惑、とんでもないご無礼を…本当にごめんなさい!」

執事「ふふ、いや、こちらこそすみません」
152 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:20:10.77 ID:keo0GFZa0
執事「…末妹様、主人や私に対し、聞きたい事や話をしたい事がある時は」

執事「メイド達と話をする時のように、あなた様の言葉で話をして良いのですよ?」

執事「あなた様は本来…もっと素直で率直なお方のはず」

執事「…と、主人が申しておりました。」

末妹「…」

執事「おや、メイドが待ち切れずに探しに来たようです」

メイド「末妹様、こちらにいらしたんですか!?」

執事「それでは、主人を呼んで来ましょうか」クルリ

執事「メイド、先に末妹様を応接室へお連れしなさい」

メイド「え…ご主人様??」

末妹「…もしかしたら、一緒にお茶を召し上がってくださるかも…と」
153 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:21:19.08 ID:keo0GFZa0
メイド「ええええ、本当ですか!?」

メイド「よかったあ、私、ずっとそうすればいいのにって思っていたんですよ!」

メイド「だっておかしいじゃありませんか、せっかく招いたお客様と」

メイド「一緒にお茶も飲まずお食事もせず、なんて…」

末妹「…」

執事の声「メイド!」

メイド「あ」

メイド「執事様、すっごい耳がいいんだった…」

末妹「執事さんの仰る通り、先に応接室に行ってましょう?」
154 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:21:55.52 ID:keo0GFZa0
屋敷の別の場所

次兄「庭師くんのネコ科肉球をペロペロにペロ尽くし、気が付いてみると…」

庭師「…すぴょー…すぴょー…」

次兄「気持ち良さそうに熟睡している」

次兄「彼の全身に付着していたマタタビ粉はブラシを使ってきれいに払い落し」

次兄「念のため固く絞ったタオルでも拭き取り」

次兄「マタタビ粉まみれの麻布も床にこぼれた粉も、この蓋付きの缶に密封した」

蓋付きの缶「カーン」

次兄「証拠隠蔽は完璧だが…問題は」

庭師「すぴょー…」

次兄「彼の記憶の中での一連の出来事」

次兄「実は、このやや強引な手口を、ちょっとばかり後悔している」

次兄「料理長さんとはいい話で終わっただけに…」
155 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:22:39.90 ID:keo0GFZa0
庭師「…うーん…」フニャ

次兄「!」

庭師「…くぅあああああああ、よくねたあああああ」のびーーー

次兄「庭師くん?」

庭師「あれぇ、次兄様…なんでこんなとこにいるんですぅ?」

次兄「…君こそ、どうしてこんな所で寝てたのかな?」

庭師「え…僕は、確か…ここで次兄様に呼び止められて…?」

庭師「…」

庭師「…そっから先の記憶が曖昧だ…おかしいな?」

次兄「きっと疲れていたんだ、そのせいだよ!」
156 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 18:23:05.35 ID:keo0GFZa0
庭師「…そうかな、そうかも…確かに目が覚めたのに、なんとなくだるい…」

次兄「そう、絶対疲れているせいだから!」

庭師「ですよねえ…もう今日は執事さんに話して、休ませてもらおうかなあ」

次兄「それがいいよじゃあ俺はこれでお茶の時間だ末妹が待っているだろう」イッキニシャベッタヨ

庭師「はい、次兄様、また明日…」テヲフル

庭師「…もうちょっと、ここで昼寝していこう…」ゴロリ

庭師「…すー…」

次兄「酒に泥酔すると、前後の記憶がすっぽ抜ける人間が時々いるが」

次兄「庭師くんは人間ならばそのタイプなのかもしれないな」

次兄「…助かった」
157 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 23:01:52.68 ID:keo0GFZa0
メイド「末妹様、お茶のお代わりいかがです?」

末妹「ありがとう、いただくわ」

野獣「昼前に調理室の前を通りかかった時に、いい匂いがしていたのはこれか」

野獣「こんなに胡桃がたくさん入った焼菓子は初めてだが、なかなか美味いな」

次兄「一体何があったというのか」ボリボリ

次兄「お茶受けのお菓子が胡桃ぎっしりのサブレと言うだけでも嬉しいのに」ボリボリ

次兄「…この場に野獣様が同席しているだと…」ボリボリ

末妹「お兄ちゃん、口に何か入っている時の独り言はお行儀が悪いわよ」

野獣「ふ、最初にお前達が来た日を思い出すな」

野獣「あの時も、食事の席で末妹嬢が次兄の面倒を見ていた」

次兄「…モムモム」租借中

次兄「ズーゴクン」お茶飲み
158 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 23:02:21.35 ID:keo0GFZa0
次兄「…あの日は俺達が食べ始めると、野獣様は席を外し、食べ終わると戻って来られましたね」

次兄「もちろんわざわざ遠路からやって来た俺達、というか末妹のために用意された食事だから」

次兄「屋敷の正式な食事時間じゃなかったけど」

次兄「次の日からは食事やお茶の前後に姿を現す事も無くなった」

次兄「野獣様のモンスターとしてのプライドかなあ、とか俺を警戒しているのかなあ、とか」

次兄「理由は色々推測していたんですけどね」

次兄「それが、どういう風の吹きまわしで…いや正直嬉しいんですけど…」

末妹「…」

野獣「…ちょっとな。私の気が変わった、それだけだ」

次兄「それだけですか…そう仰るならそれでいいか」

野獣「しかし次兄、お前は率直な奴だな」

野獣「…ま、初対面の事を思い起こせば…私を最初から怖がっていなかったことは明白だが…」
159 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 23:02:55.39 ID:keo0GFZa0
野獣「なんにせよ、お前は変わった奴だからさて置き」

野獣「末妹嬢は本当に私が恐ろしくないのかね?」

末妹「…私も、率直に言っても構いませんか?」

野獣「ん?ああ、構わん」

野獣「むしろそうしておくれ」

次兄(ほう)ボリボリ

末妹「…父から野獣様のお話を聞いて、私…もっと恐ろしいお姿を想像していました」

末妹「想像のお姿の恐ろしさが10だとすれば」

末妹「実際のお姿の恐ろしさは…6くらい?」

野獣「数値で表現されたのは初めてだよ」

末妹「だから、全然怖くなかったのとは、また違うんです」
160 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 23:04:13.69 ID:keo0GFZa0
末妹「…食べられてしまうのではと思っていたし…」

末妹「だから最初は一生懸命、怖がっていないふりをしていたのです」

野獣「…」

末妹「でも…私に対しての野獣様の態度は、とても優しく穏やかで…」

末妹「お料理はとても美味しかったし」

末妹「予定になかった(その上あんなことをした)兄の事まで気遣ってくださって」

末妹「使用人の皆さんを紹介してくださった時には、随分緊張もほぐれて…」

末妹「それと…初対面の瞬間…なんでだかわからないけど思ったのです」

末妹「このお方は『嘘はつかないはずだ』って」

次兄(お…野獣様がハッとした表情を)

末妹「あ、ごめんなさい!?生意気が過ぎました…!」
161 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/26(月) 23:06:25.78 ID:keo0GFZa0

※今夜はここまで※

ちょっと書き溜めたいので次回まで間隔が開く予定です

決まっているのはラストだけ…
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/27(火) 23:11:00.78 ID:IdUWXBZU0
ゆっくりと完結まで満足するようにお願いします
163 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/29(木) 21:56:56.57 ID:zdP0NqM+0
野獣「正直な感想なのだね、末妹」

末妹「は…はい」

野獣「それでいいのだよ」

野獣「お前の率直な言葉を私は怒りはしない」

野獣「尤もお前は、怒られるのが怖いという理由で」

野獣「言葉を選んでいるわけでもなかろうが」

次兄「俺はいつでも正直で率直ですから」ボリボリボリボリ

野獣「お前はもう少し私を怖がってくれ」

末妹「…ふふ…」
164 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/29(木) 21:57:23.17 ID:zdP0NqM+0
メイド「さてと…このへんで」

メイド「ねえ次兄様、今日のお菓子は美味しかったですか?」

次兄「あ、ああ。美味いのはいつもだが…」

次兄「胡桃ぎっしりで嬉しかった」ゲプ

メイド「ふふ、そうでしょう」

メイド「実はね、これ、料理長からの、絵を描いてくれるお礼ですって」

メイド「お礼は何もいらないと仰るので、せめて好物の胡桃が入ったお菓子をと」

次兄「お礼?まだ描いてもいないのになあ」
165 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/29(木) 21:58:08.37 ID:zdP0NqM+0
次兄「…あれ、なんで胡桃が好きなの知ってんの?」

メイド「うふふ、末妹様に協力していただきましたあ」

次兄「なるほど…そういう事か」

メイド「それで、こちらのお皿はぜひとも末妹様にって、料理長が」

末妹「まあ、とっても綺麗で可愛いお菓子…」

メイド「真ん中にはツヤツヤのジャム、周囲は砂糖菓子やザラメで飾って…」

メイド「女性の手鏡を模ったお菓子なんですよ」

末妹「素敵、料理長さん本当に何でも作れるのね」

メイド「勿論お二人の分もあります、どうぞ」

次兄(俺はとっくに腹一杯だから、部屋に持ち帰って夜食にでもしよう…)

野獣「ふむ…鏡、か…」
166 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/29(木) 21:59:11.97 ID:zdP0NqM+0

※とりあえずお茶会のシーンだけ終わらせました※

次回はもう少々?お待ちください…
167 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:40:17.07 ID:3zB0CEe50
商人の家、次姉の部屋

長兄「次姉、ちょっといいかな」

次姉「何、兄さん?」

長兄「手の怪我はどうだ?。昨日から包帯しているじゃないか」

次姉「…これはなんでもないのよ」

長兄「まあ詮索はしないよ。それより」

長兄「お前も、うちの地下室にある金庫の事は知っているだろう?」

次姉「ええ、あのすごく大きくて、とてつもなく重い」

次姉(持ち上げようと試みたことないから、本当の重さ加減は知らないけどね)

次姉「特別製の金庫の事でしょ?」

長兄「そうだ。あの金庫にはうちのほぼ全財産が入っていて」

長兄「必要な分のお金だけその都度取り出している」

長兄「今あそこの鍵を持っているのは父さんと俺だけだが」

長兄「そろそろ、お前にも一つ預けておこうと思う」

次姉「…!」
168 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:40:51.15 ID:3zB0CEe50
次姉「…信用していただいてありがたいけど、断るわ」

長兄「どうして?」

長兄「お前は真面目に店の仕事をやっているし、今の父さんの事を考えても…」

次姉「ううん、まだまだ、私、自分が信用できないもの」

次姉「お金が自由に出し入れできると思ったら…」

次姉「私はまた、浪費家で遊んでばかりの悪い次姉に戻ってしまうかもしれない」

長兄「そんなことは…」

次姉「兄さんがさせないわよね。でも、私は怖いの、自信がないの」

次姉「むしろ…」ゴソゴソ

長兄「どうした?」

次姉「私の持っている貴金属や宝石も、当分のあいだ金庫にしまってほしいの」ウンセウンセ

宝石箱「ドーン」

次姉「普段使いにしても違和感がない程度の物だけ、手元に残しておくわ」
169 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:41:22.00 ID:3zB0CEe50
長兄「………いったいどうしたんだ、次姉…」

次姉「その顔、いくらなんでも驚き過ぎだと思うけど」

次姉「パーティーに着て行くようなドレスも衣装箱にしまうわ」

次姉「もちろん永遠にじゃないけど…」

次姉「昔の私に戻らないって自信ができるまでの間ね」

長兄「…お前にしては大変な決意だと思うよ」

長兄「わかった、お前の気持ちは受け止めた」

長兄「金庫の鍵については現状維持、お前の大切な宝石は俺が責任持って預かろう」ヨッコラショ

次姉「ありがとう、兄さん」
170 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:42:36.98 ID:3zB0CEe50
またも誰かの夢。

(人形のような王子でも考えた事がないわけではない)

(「自分の治世になったなら」)

(「王族の贅沢より、意味のない戦の準備より、もっと有効なお金の使い方もできるはず」)

(…しかしそれはいつの話なのだろうか?)

(王はある日、面と向かって王子に言った)

(「お前が二十歳になったら早く嫁を取らせ子を作らせる」)

(「孫が生まれたらその教育は儂が引き受け、幼いうちからしっかりと儂の教えを叩きこめば…」)

(「お前のような腑抜けではない、頼もしい後継者に育つだろう」)

(もう自分には次代の王としての価値もないのか、と悲しくなったが)

(王子は『いつものように』黙ったまま曖昧に微笑み)

(そこで用事を思い出した振りをして)

(一刻も早く王の声が聞こえない場所へと逃げ出す事しかできなかった)

(…成程、自分は確かに腑抜け以外の何者でもない)

(これでは誰も、何も、守れやしない)

(こんな自分が彼女と結ばれることは…最初から諦めている)

(だから、彼女に知られずに彼女の自分への思いを知りたい理由は)

(この先も生きて行くための支えとなる『思い出』が欲しいだけ)

(それだけのためならば『禁じられた呪文』の使用も)

(…きっと許されるはず)
171 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:43:28.50 ID:3zB0CEe50
(城のある都から遠く離れた屋敷、機械仕掛けの屋敷、王家の別荘)

(自分の二十歳の誕生日を口実に開かれた舞踏会の場で)

(王妃に呼びつけられた理由、王子にはわかっていた)

(「なぜあんな卑しい身分の娘がここにいるのか」)

(魔法図書館で働く娘)

(もちろん王子が王妃に内緒で招待した)

(自分の誕生日に免じてただひとつのわがままを許して欲しいと頼むと)

(形の上では王子を溺愛していた王妃は渋々)

(舞踏会の後、他の招待客のように別荘に泊まらせる事は許さず)

(その晩のうちに馬車で都に送り返す事を条件に、承諾した)

(もとより娘自身が、早く家に帰りたがっていたのだけれど)
172 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:44:04.76 ID:3zB0CEe50
(「王子様、私がここにいるのはどう考えても場違いです」)

(「それに私、踊れません…」)

(「無理に誘って悪かった」)

(「しかし、それでも君と踊りたかったんだよ」)

(「私の動きに合わせて、足を動かしていればそれでいい」)

(「…さあ娘さん、私の手をお取りください」

(彼女は少し考えて、王子に言った)

(「偉い方は気まぐれだって言うけれど」)

(「王子様は優しいお方。今夜限りの夢を見せてくれると思うことにするわ」)

(彼女はそっと、王子の指に触れる)

(…王子も彼女も、いや、屋敷にいた人間全て、知らなかった事がある)

(ギルドの魔法使い達を金で雇った人々の集団があった)

(下級貴族から貧民窟の住人まで、職業や地位は様々だったが)

(各自が自分の生活水準の中で精一杯の…時には犠牲を払ってまで用意した金で)

(魔術師ギルドが受けた依頼は)

(『王と王妃と、王子の暗殺』)
173 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:44:40.52 ID:3zB0CEe50
(…王子は娘の手を握ると、彼女には聞こえぬ声で呪文の詠唱を始めた)

(唱え終わるか終らぬうちに)

(気が付けば彼は闇の中に一人佇んでいた)

(何が起きたかわからないまま、王子は彼女の名を呼び、辺りを見回す)

(自分の両脇に倒れていたのは自分の両親…王と王妃)

(二人とも苦悶と絶望の表情を顔に貼りつかせたまま微動だにしない)

(恐慌状態に陥った王子は娘の名を叫び続ける)

(彼女の無事を確かめたかったのか)

(…彼女に取り縋って恐怖から救い出して欲しかったのか)
174 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:45:22.47 ID:3zB0CEe50
(聞き覚えのある誰かの声が王子を呼び、周囲に光が戻る)

(そこにはやはり自分と、倒れ動かない両親がいるだけ…いや)

(聞き覚えのある声の主が目の前にいた)

(魔法教授所で一番熱心に自分を指導してくれた魔法の師匠)

(師匠はギルドが受けた依頼について話し、王と王妃は既に絶命していると告げた)

(魔法使い達は、王と王妃の心臓が止まるまでのほんの一瞬の間に悪夢を見せた)

(夢の中では数か月が経っており、王国に革命が起き二人は捕えられ裁判にかけられ)

(自分達が苦しめた民衆の手によって『彼らの行いに見合った最期』を遂げていた)

(「では王の世継ぎであった私も、ここで死ぬのですね」)

(「師匠、これだけは教えてください、彼女は…どうなりました?」)

(師匠が言うには、自分達が頼まれたのは3名の暗殺だけで)

(舞踏会の客…他国の来賓やこの国の貴族達、大金持ち)

(そして別荘に連れて来ていた城の使用人達は)

(明日の朝、何事もなかったかのように自分の家で目覚めるだろうと)

(王家に従うこの国の権力者がその後どうなるかは、魔法使い達の知るところではないとも)

(そして彼女については)

(舞踏会の招待状を受け取った時から王子の手を取るまでを)

(『本当に』夢だと思うように仕向けてあるということを、付け加えた)

(王子は安堵して…心置きなく死ねると呟いた)
175 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:46:05.64 ID:3zB0CEe50
(しかし師匠は)

(「言う事はそれだけか?…愚かな、心弱い、哀れな我が弟子よ」)

(「民衆にとっては、王子の存在は王や王妃の一部にすぎないが」)

(「我々の間ではお前の処遇について意見が分かれた、依頼を受けた上でもなお、な」)

(「王子として生きる道は失っても、お前自身を生かす方法はいくつかあった」)

(「しかし…お前は許されない事をした…」)

(王子はそこで初めて、禁忌を使った事を知られていたのだと気が付いた)

(「…指南書を手に入れた時点で、相談をしてくれれば」)

(「…いいや…せめて、己の死を前にして、禁を犯したことを罪と思い、告白してくれたなら…」)

(王子は心の底から悔いたが、すべては遅かった)

(師匠は続けた)

(「お前がこれから受ける罰は、まず、このままこの場所で200年の眠りに着くこと」)

(「目覚めた時には今と違う姿…」)

(「自身の心の内に相応しい姿に変わっていること」)

(「その姿である限りこの屋敷と、それを取り巻く森から出る事は叶わないと言うこと」)

(「森を抜け出そうと踏み出した足は、凍り付いたように動かなくなる、引き返すしかできなくなる」)

(「そして…屋敷の裏庭のバラ園。あれはお前が丹精したものだったな」)

(「王子のすることではないと王が蔑み、虫が出るからと王妃が嫌がったにも関わらずな」)

(「あのバラから目に見えぬ根を長く伸ばし、お前の心臓に根付かせた」)

(「お前が生きている限りバラは枯れも散りもせず、逆にお前が死ねばバラは枯れる」)
176 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:46:45.59 ID:3zB0CEe50
(「そしてバラの花が折り取られた時…正確には、バラを欲した人間が花一輪でもを手にした時」)

(「代償としてその人間に手を下さなければ、お前は死ぬだろう」)

(「ここでお前に、唯一の救い…救済される可能性も…与えよう」)

(「バラの花を手に入れた人間とお前との間に、揺るぎない信頼を築く事が出来たならば…」)

(「お前は運命を変えることが『できるかもしれない』」)

(「しかし、信頼を築きあげる途中でお前がそれを諦め、放棄した時は」)

(「お前はやはりバラと共に死にゆくだろう」)

(王子にとっては、200年の眠りだけで十分すぎる罰だった)

(目覚めた時、あの娘はとうにこの世からいなくなっているのだから…)
177 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:47:23.86 ID:3zB0CEe50
(師匠はなおも続けた)

(「眠りに着いている間、この屋敷には誰も入れないよう隠蔽される」)

(「お前が使える魔法の力はそのまま残してやろう、心を読む術を除いてな」)

(「今後、新しい魔法を覚えることはできないが、今の能力を上手く使えばここで生活はできるだろう」)

(「知性と記憶も手つかずにしておくが、お前の過去とバラの秘密に関する話だけは」)

(「誰かに語ろうとした瞬間に言葉を失う、誰にも話せなくなる」)

(「バラは雨風や鳥や獣、また人間であっても完全な過失によって傷付いたとて何も起こらない」)

(「しかし同時に、花に惹き付けられる人間を拒む事もできない」)

(「バラに人が近づくことを防ぐには、屋敷ごと誰も入れないよう閉ざしてしまう他にない」)

(屋敷ごとバラ園を閉ざし、人間と触れ合わず寿命を終えるか)

(屋敷に招き入れた、バラを傷付けるかもしれない人間と関わるか…)

(人を惹き付けるが故に手折られ傷付く運命にある美しい花)

(そんな儚い存在に託される自分の運命…)

(ならば、200年後と言わず、今すぐ誰かバラを折ってくれ、切ってくれ)

(そのまま共に枯れて散って朽ち果ててしまいたい、と)

(王子が叫ぼうとした瞬間、その意識は暗闇に沈んだ)
178 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:47:55.01 ID:3zB0CEe50
(…)

(どれ程の時間が過ぎたのか、夢を見たのか見なかったのか…)

(最後の叫び、悲しみの咆哮は、外に吐き出される直前に内へと呑み込まれた)

(そのまま『叫びたい心』は200年間くすぶり続け)

(王子の姿かたちを獣の咆哮が相応しい姿へとすっかり変えてしまっていた)

(それは確かに…恐ろしく、醜く、見た事もない大きな獣の姿だったが)

(あの愚かで、心弱く、哀れな王子の姿よりは随分と『まし』にさえ思えた)

(そう思うと、不思議と)

(しばらくは『野獣』として生きてみようかという気力が沸いて来た)
179 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:50:02.88 ID:3zB0CEe50
野獣「私の前では決して出さないけれど」

野獣「末妹嬢は家族の事で気を揉んでいるに違いない」

野獣「とりあえず、鏡の魔法で商人の家の様子を見てみよう」

野獣「久し振りに使う術だが」

野獣「見たい場所にある鏡に映った風景が、そのまま目の前の鏡に映し出される術だ」

野獣「音は一切聞こえないし、同じ鏡は1日に90秒間しか覗けないので」

野獣「あまり実用的でもないがな…」

鏡「もにょもにょもにょ」

野獣「お、何かが映った。これは…応接間か」

野獣「小さい鏡なのか、狭い範囲しか見えないな」

野獣「私は商人の顔しか知らないが、子供はあの二人の上に他3人」

野獣「末妹嬢の話では、上から兄1人と姉2人」

野獣「青年が家政婦らしき女に何かを指示している」

野獣「末妹嬢と同じ髪の色、この若者が上の兄なのか、鏡?」

鏡「ソウダヨー」

野獣「…長身で、なかなか逞しい体つきの好男子」

野獣「次兄とは似ても似つかんな…」
180 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:50:36.66 ID:3zB0CEe50
野獣「場面が変わった、これは商人の店の店舗だな」

野獣「広く内部を映している、店員が不審な客がいないか見渡すための鏡だろうか」

野獣「店番をしている若い女、これが片方の姉か」

鏡「ソウデスー」

野獣「黒髪で長身痩躯、美人の部類に入るが、ぱっと見は恐ろしく勝気そうな…?」

野獣「上質だが華美に過ぎない服装と装身具」

野獣「日用品からちょっとした高級品まで扱う店の店員としては、適切だろう」

野獣「客にはてきぱきと対応しているみたいだな」

野獣「この若さでなかなか商売の才はありそうだが…もう少し愛想も欲しいところ…」

野獣「末妹嬢とは似ても似つかんな」
181 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:51:11.14 ID:3zB0CEe50
野獣「また場面が変わった。女性の部屋か」

野獣「…こんな昼間から、まるで夜会のために着替えたかのようなドレス姿」

野獣「椅子から立ったり座ったり、部屋の中をうろうろしたり、落ち着かんな」

野獣「もう一人の姉なのか?」

鏡「ソウダケド」

野獣「生まれつきならばあの地方に珍しい金の髪はとても豊かで」

野獣「中背で女性らしい体つき、美人には違いないし、異性には魅力的なはずだが…」

野獣「なんだろうか、勝気以上に傲慢で高慢で鼻持ちならん女のように見えてならない」

野獣「…私の母親に重ねているのかもしれないが…」

野獣「とにかく末妹嬢とはますます似ても似つかん」

野獣「この3人、次兄、末妹」

野獣「私は一人っ子だったからわからんが、きょうだい個性バラバラにも程があるのでは」
182 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:51:50.49 ID:3zB0CEe50
野獣「もうひとつ、この部屋は…」

野獣「見覚えある中年男、商人だ」

野獣「しかし、会った時より一回りしぼんでしまったように見える」

野獣「…」

野獣「声は聞こえんが唇を読めば」

野獣「『末妹』とずっと呟き続けている…」

野獣「我が子を失った喪失感だけではないな」

野獣「『自分のせいで』という罪悪感が彼を苛んでいるのだろう」

野獣「たった一つ、これくらいなら許されるだろう、と」

野獣「甘い考えで犯した罪により、大切なものを失って、それを悔い、嘆く男…」
183 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:52:46.57 ID:3zB0CEe50
野獣「…まるで誰かにそっくりではないか」

野獣「…くそ…」

野獣「とにかく、こんな父親の姿は末妹嬢には見せられん」

野獣「もう少し元気ならば、彼女の客間の鏡にこの術をかけてやろうと思ったが…」

鏡の覆い布「ファサァ」

野獣「私だけは時々、この鏡で様子を窺ってみよう」

野獣「…解決するのは簡単だ」

野獣「末妹嬢をすぐにでも家に帰す、それだけで、この父娘は再び幸福に暮らせる」

野獣「しかし、そうなれば私は…」

野獣「…」

野獣「父親からあんなに愛されている娘を奪ったこの理不尽な行為も」

野獣「理由を話せたなら、彼の心も少しは救われるのかもしれないが」

野獣「それだけは不可能なのだ」

野獣「そして私の心臓を握っているのは、バラの花から一人の少女になった」

野獣「末妹は私の『希望』」

野獣「同時に、私の死をもたらす存在にもなり得る」

野獣「勿論このことを話す事も不可能だから、末妹は自分が私にとってどういう存在かを知る由もない」

野獣「何も知らない彼女は…どちらを選ぶのだろうか…」
184 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:57:30.21 ID:3zB0CEe50
夢の続き。

(半日かけて広い屋敷の中を探索し、もう半日で城の周辺を探索した)

(内部は殆ど傷みはなかったが、外側は長い年月を雨風に晒され)

(玄関についていた立派な大時計は原形を留めておらず、門はただの手動式になっていた)

(表庭は荒れ果てていたが裏庭では)

(今も人が手入れをしているかのように美しくバラ達が咲き誇っていた)

(それから何年か、何十年かは既に曖昧になってしまったが)

(野獣は屋敷で寝泊りをすることを除けば)

(本物の獣のように必要最低限の糧を森に求めて暮らした)

(幸いなことに、その大きさに関わらず野獣の身体は多くの食料を求めなかった)

(食べられる植物かどうかは魔法で鑑定できたので、効率よく採取を行い)

(1日に1匹だけと決めて川魚を捕る)

(やがて庭の片隅に食用の野草を育てる事を覚え)

(『収穫の日を楽しみにしている自分』に気付いた時)

(野獣はようやく『孤独な自分』を思い出した)

(更にそれは、今現在の外の世界を知りたい『欲』にも繋がった)
185 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:59:11.32 ID:3zB0CEe50
(野獣が目覚めて間もない数年間、盗賊の類が様子を窺いに来る事は何度かあったが)

(野獣の吠える声を聞けばそれだけで逃げ出し、やがて現れなくなった)

(魔法を駆使して手に入れた書物によると、この屋敷のある森一帯は)

(屋敷の前の持ち主、機械好きな伯爵の怨念が渦巻いていて、足を踏み入れた人間は呪われる)

(…王子が眠りについて間もない頃から、そういう話になっていた)

(王と王妃と、そして『王子』も)

(別荘での舞踏会の翌朝、森を遠く離れた王城で亡骸が発見された)

(苦悶の形相を浮かべた王と王妃のそれはまだ新しく、不思議な事に『王子』だけは)

(王子の服を着てはいたが、『まるで何年も前に埋葬されたかのような、完全な白骨』だった)

(舞踏会の場にいたはずなのに気が付けば家で眠っていた招待客達は)

(自分達に起きた不思議な出来事も含め、これは王を恨んでいたであろう伯爵の呪いだと言い始めた)
186 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 15:59:56.19 ID:3zB0CEe50
(呪いでなければ説明が付かないし、呪いであれば王子の亡骸の不思議も説明できる)

(王家に協力的だった貴族達は民衆よりも呪いを恐れたか)

(ある者は他国へ逃げ出しある者は今更になって王家への批判を始めた)

(一夜にして王家が滅びた小さな国は程なくして)

(あっさりと平和的に隣の大きな国に吸収されて消滅し、困窮していた人々の暮らしも改善されて行った)

(魔術師ギルドはそれとほぼ同時に各地へ分散し、その力を弱め)

(どこか別の地に居場所を求め去ったという説もあったが、とにかく)

(周辺諸国の人々の生活からも、徐々に魔法自体が忘れ去られて行った)
187 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 16:00:41.53 ID:3zB0CEe50
(王子の故国は歴史的にどう扱われて来たかと言えば)

(『圧政で国民の不満が溜まって来た頃、突然の流行り病で王家が死に絶えたため滅びた』)

(尤も人々の間では、あれは病なんかではなく、呪いだ、怨念だと言い伝えられて来たが)

(歴史書には公的に何も残さず二十歳になった日に『死んだ』王子については殆ど記載がなく)

(物語風に脚色された歴史読み物では、大概、王と王妃の尻馬に乗って民を虐める高慢で残忍な王子)

(「違う、私は…」)

(「…私は…」)

(…何もしていない、いや、できなかった、いや、目と耳を塞いでいた、目の前にある現実、人々の苦しみに)

(「私の『後世の評価を甘受する苦悩』など、苦しみの内にも入らないだろう…」)
188 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 16:01:19.41 ID:3zB0CEe50
(そして魔法図書館の娘)

(結局、彼女に触れていた時間は短くて、心は読めなかった)

(今となっては、自分の事は何とも思っていなかったと、そうであって欲しいと願うだけ)

(あの後、彼女はどういう生涯を送ったのか)

(下層階級に生まれしかも女性、更に国自体が今や存在しない)

(どこにも記録が残らない条件は、あまりに揃い過ぎていた)

(「…せめて、心安らかに平穏に一生を終えたと信じたい…」)

(その頃だったか、野獣は門の仕掛けを操作する機械をようやく発見した)

(大時計も時刻を知る道具ではなくなっていたが、門と連動する内部の仕掛けはまだ『生きて』いるらしく)

(仕組みは理解できなくても使い方は意外にも簡単だったので、しばらくは便利だった)

(何年か後、完全に壊れて制御ができなくなってしまう、その時まで)
189 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 17:49:16.33 ID:3zB0CEe50
野獣の屋敷、どこかの廊下。

次兄の足音「てくてく」

次兄「メイドさんのプリケツ、料理長さんの腹肉、庭師くんの肉球は攻略済み」

次兄「しかし次のステージは一気に難易度が上がる」

次兄「執事さんのふかふか首毛とふさふさ尻尾」

次兄「そして野獣様の、衣服に隠されたもっさもさの『胸毛』」

次兄「野獣様は世界動物図鑑でも幻獣百科でも見た事のない謎生物だから、裸体は想像の域を出ないが」

次兄「初対面でしがみついた時に服の上からでもわかったぞ、あの毛のボリューム…」

次兄「たまらん」

次兄「これが人間の胸毛ならば、逆に濃くなる程に、近付けられたら17の男が号泣する勢いでキモチワルイのに」
190 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:18:33.71 ID:3zB0CEe50
次兄「四匹ともかつては森の野生動物と言っていたが、執事さんは特に」

次兄「あの体格、大きな犬歯、そしてよく見ると顔に古い傷跡」

次兄「厳しい生存競争を戦って生き抜いた歴戦の勇士、森林の王者だったに違いない」

次兄「小獣でまだ成獣になりきっていないメイドさんと庭師くん、年老いた料理長さんのような隙は見せてくれまい」

次兄「不思議な力を持つ野獣様に至っては、もう不意打ちが成功しないであろう限り、言うに及ばずだ」

次兄「ん」ピタ

次兄「あそこにいるのは…野獣様じゃないか!?」

次兄「こんな廊下で何をやっているんだろう、使用人の誰かも近くにはいないようだし」

次兄「つまり俺と二人っきり」イベントハッセイノヨカン

次兄「まだこっちには気付いていないようだが、声を掛けない手はない…」
191 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:19:39.67 ID:3zB0CEe50
次兄「…?」

次兄「本当に何しているんだろう、壁の一部を…組まれた石のひとつを手で押している?」

次兄「俺には全く届かない高さだな」

石「ボコォ」

次兄「!」

次兄「押した石が飛び出して来た!?」

次兄「それをもう一度押した…と。元通り平らになった、と」

物音「…ゴゴゴゴ…」

次兄「低い唸るような音と、微振動…あっ」

次兄「俺と野獣様の間に、あの動く壁が降りて来た!」

次兄「また遠回りは面倒だ、と言うかその頃には野獣様が別の場所に移っているかもしれん!」ダダッシュ!

次兄「野獣さまああああああああああああああ!!!!」

野獣「!!??!!」フリムキ

次兄「滑り込みいいいいいいいい!!!!!」ズッザアアアアアアアア

動く壁「ピシャン☆」

次兄「…セーフ…」

野獣「…次兄か…」

次兄「ども」ウヘヘ
192 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:20:37.00 ID:3zB0CEe50
野獣「何をやっておる、壁に挟まれたら危ないではないか」

次兄「この壁って木製だし、見た目より軽いんでしょ、大怪我はしないのでは?」タチアガリ

野獣「怪我は大したことなくても、挟まり方では誰かが操作するまでその場から動けなくなるぞ?」

野獣「私は、お前だったら挟まれているくらいでは助けないし」

次兄「ひどい」

野獣「…ズボンが破れてしまったな。このやんちゃ小僧が…」

次兄「自分で繕いますよ。末妹やメイドさんにやらせたら怒るでしょ、野獣様が俺を」

野獣「裁縫なんかできるのか?」

次兄「昔、うちには住み込みのばあやがいて、母親が亡くなってからは」

次兄「俺達きょうだいの母親代わりにあれこれ世話をしてくれたんですけど」

次兄「俺は小さい頃は身体がずいぶん弱く病気がちで」

野獣(…そんな風にはこれっぽっちも思えないが)

次兄「遊ぶのもほとんど家の中で、末妹がばあやから裁縫や編み物を教わってる時は」

次兄「近くに行って、飽きるまでは一緒に教えてもらった事もあります」

野獣「色々と意外だな」
193 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:21:28.45 ID:3zB0CEe50
次兄「ところで野獣様、この動く壁は故意に動かしていたんですね」

野獣「ああ、これか…」

野獣「仕掛けは屋敷中の至る所にあるが、何日かおきに時々こうやって操作をしている」

野獣「内部が錆ついて動かなくなって、あの門のように住人の自由にならなくなっても」

野獣「例えば、こうやって降りたまま、二度と上がらなくなったら困るからな」

次兄「メンテナンス作業ってわけですね」

野獣「そういうことだ」

次兄「しかし高い位置に操作する仕掛けがあるんですね、俺には届かないや」

野獣「前の持ち主が何を考えていたかは知らないが」

野獣「あまり誰にでも手が届いても危険だからではないか、例えば子供が悪戯したり…」

野獣「特にお前のような悪童が」

次兄「…野獣様、俺の事をガキ扱いし過ぎ、と言うか」

次兄「末妹の『兄』とすら本当は思っていないんじゃないですか?」

野獣「確かに、見ているとお前の方が体が大きいだけで、どっちが『上』かわからなくなるな」

次兄「俺は見ての通り無邪気で純真ですからねー」プクー

野獣「ははは、そう拗ねるな」
194 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:22:28.84 ID:3zB0CEe50
野獣「とりあえずお前も背が伸びたら届くようになる(かもしれん)ぞ」

次兄「こー見えてももう17です、諦めてますよ身長の事は」

野獣「そんなことはない、17ならまだ伸びるだろう」

野獣「私だって少年の頃はずっと小柄な方だったが、18歳から急に伸びた」

次兄「…野獣様と比べたってなあ…」

次兄「…?」

次兄(そっか、逆の視点から考えたら辻褄が合う?)

次兄「ねえ野獣様?」

野獣「何だ?」

次兄「野獣様って、本当は人間なんじゃないですか?」

野獣「!!」

次兄「え」

沈黙「シーン…」

次兄「…」

次兄(一瞬だが燃えたぎるような眼光、まさに『野獣』と呼ぶに相応しい)

次兄(あんな野生剥き出しの眼で睨みつけられたら普段の俺なら大喜びのはずだが)

次兄(…今のはマジで怖かった…)

野獣「…」
195 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:23:12.39 ID:3zB0CEe50
野獣「…!」

野獣「…すまん、すまなかった、怯えさせるつもりはなかったのだ」

次兄「………」

野獣「そんな顔をしないでくれ…」

次兄(…俺、今どんな顔してるんだ?)

次兄(「気にしていませんけどぉ(ヘラヘラ)」…)

次兄(「とんでもない!むしろ御褒美です(ハァハァ)」…)

次兄(……何か言え、俺…)

野獣「すまなかった」クルリ

次兄「…」

次兄「…野獣様…」

次兄「…すみません、でした…」

野獣「お前が謝る理由はない」アルキダス
196 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:33:10.45 ID:3zB0CEe50
その夜の夢。

(『一回目』は旅の聖職者)

(道に迷い、冷たい風を避けるように森に入って来たが今にも倒れそうで)

(森を探索中に彼を見かけた野獣は、見つからないよう屋敷に引き返すと、門の外に灯りを灯し、門の鍵を解除した)

(まだ門が自分の自由になる頃だったので)

(次に、玄関から入ってすぐの場所に、本と同じように魔法で手に入れたパンとチーズ)

(自分が庭で育てた香草で作った暖かい茶をテーブルに置いた)

(玄関先だが、風がしのげるだけでも違うだろう)

(そして毛皮のマント、真冬に森で凍死した大きな雄鹿の死骸から作った物)

(ここに置いたパンとチーズと茶は自由に食していいと置き手紙)

(余ったら遠慮せず持って行きなさい、とも)

(しばらく休んで、ここを立ち去る時にはこのマントも着て行きなさい、とも書いた)
197 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:34:43.74 ID:3zB0CEe50
(灯りに導かれて現れた聖職者は、いちいち神に感謝しながら、置き手紙のとおりにして)

(最初よりは随分と元気になって、風がやんだ頃を見計らい、再び旅立った)

(裏庭のバラに気付く事すらなく…)

(その姿を窓からこっそり見送りながら、野獣は自分の行いを振り返った)

(「私は何を思ってこんな事をしたのだろう?」)

(「放っておけなかった?人恋しくなった?気まぐれ?…過去に犯した罪の罪滅ぼしのつもりか?」)

(一つ言えるのは、自分はまた同じ事をするかもしれない)

(どうかバラに気付かないでくれ、バラを欲しないでくれ、)

(私に人を殺させないでくれ、と祈りながら相手を見守るこの行為を…)
198 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:35:21.87 ID:3zB0CEe50
(『二回目』はそれから数年後)

(二人組の男、職業はわからない、中型犬を一頭連れていた)

(これで猟銃を持っていれば猟師だったかもしれないが、どちらも護身用の短銃しか持っていない)

(やはり置き手紙を置いたが、彼らは疑い深く)

(この時の食事は多めに用意したパンと燻製肉とミルク、これらを全て犬に毒見させてから口に入れた)

(…この時点で少しだけ、飛びきり恐ろしい咆哮を聞かせて男達を追い出してしまいたくなったが)

(問題ないと知るや、誰だかわからない相手に感謝しながら食べ始め)

(犬にも改めて分けてやったので、許してやることにした)
199 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:36:17.56 ID:3zB0CEe50
(彼らが出て行く際、ちょっとしたアクシデントがあった)

(庭に一匹の野ネズミが入り込み、犬が興奮してそれを追いかけ始めた)

(男達は慌てて犬を追いかけるが、野ネズミと犬はあっという間に裏庭へ回った)

(野ネズミは首尾よくバラの間を縫って奥へ奥へと逃げ、犬の牙から無傷で逃れる事ができたが)

(飛び付いた犬によってバラが一株、根元近くからへし折られてしまった)

(自分が押し倒したバラの棘に逆襲された犬はギャンと鳴き、尻尾を巻いて飼い主の一人に飛びつく)

(犬を抱きかかえた男は青ざめて相棒に話しかける)

(「おい、やべえよ、やっちまったよ」)

(もう一人も蒼白になって茎を手で起こそうとするが、無駄な抵抗)

(「見つかったら…弁償物だよなあ、こんな立派なバラ…」)

(「早く立ち去ろうぜ、犬の悲鳴を聞いても誰も出て来ないんだ、バレていない」)

(野獣は窓から一部始終を見ていたが)

(「そうだな、今のうちに…」)
200 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:37:03.20 ID:3zB0CEe50
(男達は、バラに付けられた腰の小さな傷に舌が届かずもどかしそうな犬を促すと)

(素早くその場から、敷地から逃げ去った)

(すっかり二人と一匹の姿が見えなくなってから、野獣が裏庭に来てみると)

(せめてもの…だろうか、銀貨が数枚、倒れたバラの近くに置いてあった)

(動物が傷付けても『何事も起こらない』)

(野獣が少し水を与えただけで、皮一枚で根元と繋がっていたバラの株は起き上がり、みるみる元気を取り戻した)

(「今回は少し肝を冷やしたが」)

(「見ただけで、面識のない相手の所有物であろうバラを欲しがる人間など、そういないのでは?」)

(その後また数年間、野獣の元に狼の執事が、穴熊の料理長が、兎のメイドが、山猫の庭師が現れ…)

(『三回目』が、あの商人だった)
201 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/01/31(土) 19:49:21.87 ID:3zB0CEe50

※今夜はここまで※

「夢の中」として語られる野獣の過去話はこれで一段落です。
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/31(土) 19:56:58.16 ID:RrDHdhp0o


こうして見ると声すら掛けずバラを盗もうとした商人ほんと非常識だな
203 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 17:24:38.90 ID:o2z8xfTi0
真夜中。次兄の客間。

次兄「…」

次兄「さっきもおしっこして来たのに眠れん」ゴロン

次兄「明日の朝食では必ず野獣様と顔を合わせてしまうわけだが」

次兄「1・いつも通り『おはようございます』」

次兄「2・それとも『昨日は本当にごめんなさい』」

次兄「3・『野獣様の正体が、過去が何であろうと俺の気持ちは変わりません!』」

次兄「(続き)『何故かって、大切なのは今!今の全身、特に胸毛が、フッサフサの貴方が全てなのです!!』」

次兄「…」

次兄「3は…俺の今の偽らざる本音なのだが…却下」

次兄「ストレート過ぎる」

次兄「自然な関係に戻ってから、もう少しソフトにさりげなく伝えるべきだろう」

次兄「2も…もう蒸し返すな、だよな。却下」

次兄「1しかないな…」

次兄「あまり普段と様子が違っていても、末妹を心配させてしまう」

次兄「…末妹と言えば…実益方面がここの所、すっかりおろそかになっていたのでは?」

次兄「『兄として妹を守る』」

次兄「…具体的な行動、なんも起こしてねええええ!」ゴロンゴロン
204 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 17:25:09.55 ID:o2z8xfTi0
次兄「末妹は屋敷の皆とうまくやってるし…俺も野獣様につまみ出すとか全く言われなくなった」

次兄「平穏すぎて緊張感がないせいだな」

次兄「…」

次兄「野獣様は本当に、どういうつもりで末妹をここに置いているんだろう…」

次兄「『父さんが折ったバラの償い』が何故」

次兄「客人として丁重にもてなし、不便のないよう使用人をつけ、外に出る以外は自由に振舞わせ」

次兄「罰を与えるよりよっぽど不可解な扱いじゃないのか?」

次兄「はっきりした理由は教えてくれないだろう」

次兄「末妹も疑問に思っているはずだが、教えてくれないのを察して、問い質したりはしないと思う」

次兄「きっと野獣様の正体と同じで、彼のトップシークレットに当たる」

次兄「そしてこの二つは密接に絡み合ってると見た」
205 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 17:25:40.31 ID:o2z8xfTi0
次兄「…屋敷に来て間もない頃は、門が開く一か月が過ぎる頃までに」

次兄「なんとかして、平和的に二人揃って家に帰る手も探せるだろう…と考えていたが」

次兄(ちなみに俺の虹色プランでは帰宅後も野獣様や執事さんとはペンフレンドとして関係が続く予定)

次兄「そう簡単な話ではないのかもしれない気がして来た」

次兄「でも」

次兄「まずは目先のこと…野獣様との親密な関係の修復」

次兄(今まで親密な関係かどうかはどうなんだろうか?と俺の冷静が囁くがそれは情熱で捻じ伏せて)

次兄「その…目的とか手段とか計算とかじゃなくて…」

次兄「あんな申し訳なさそうな寂しそうな顔をさせてしまった事を、なんとかしないと」

次兄「…だったらできる事は一つだけ」ガバ

次兄「どうせ眠れないんだ、灯りをともして、っと」
206 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:49:55.24 ID:o2z8xfTi0
翌朝

野獣の足音「コツ…コツ…」靴底ガ硬イカラネ

野獣「朝食で…次兄と顔を合わせるのだな」

野獣「まずは普段通り、おはようの挨拶…が良いだろうな…」

次兄「おはようございます!!」シュバァ!

野獣「おおおうっ!?」ビクッ

野獣「…次兄」

野獣「…なんなんだ、廊下の曲がり角で待ち伏せたりして…」

次兄「おはようございます。挨拶は大事なことなので2回言いました」

野獣「…おはよう」

次兄「実はですね。お渡ししたいもんがありまして」ゴソゴソ

次兄「これ…野獣様を描きました。あ、ちゃんと服着てます」

野獣「え…?」

次兄「どんなもんでしょ?」

野獣「…」
207 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:50:34.36 ID:o2z8xfTi0
野獣「…素晴らしい…な、目の前でモデルになったわけでもないのに…」

次兄「いっつも見てますからね」ボソ

野獣「嬉しいぞ…ありがとう、ありがとう…次兄」

野獣「描いてくれるとは思わなかった…本当に嬉しいよ…!」

次兄「…」

次兄(顔に毛がなければ、頬が紅潮しているのが見えるんだろうか)

次兄「野獣様って、なんか子供みたいですね」

野獣「…」ピク

次兄「やべ」タラーリ

野獣「お前には言われたくないぞ、と腹の中では思っているが…」

野獣「素晴らしい絵に免じて、言わずにいてやろう」

次兄「言ってるし」

次兄「…喜んでもらえて、俺も嬉しいです」

次兄「じゃ、先に応接間に行ってますよ!」タタッ

野獣「あ、おい…」

野獣「…」

野獣「ふ、本当に面白い少年だな…」
208 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:51:04.47 ID:o2z8xfTi0
同日、数時間後。

料理長「…小麦粉がそろそろ切れそうだな」

メイド「じゃあご主人様に『調達』してもらいましょう」

メイド「他にもう無くなりそうな物はないかしら?」

料理長「そうだなあ…人参は菜園で育てているし」

料理長「あ、砂糖もついでにお願いするか…」

メイド「小麦粉とお砂糖ね。じゃあ、頼んで来ます」ピョン

料理長「すまんね」



メイド「ご主人様…あ、ご本を読んでいらしたんですか」

野獣「構わんよ。料理長の用事かい?」

メイド「ええ、小麦粉とお砂糖がそろそろ切れそうで…」

野獣「わかった。『すぐに』用意できるだろう」

メイド「よろしくお願いしますね」ピョン

野獣が読んでいた本「パタム」

野獣「…さてと、小麦粉と砂糖だな」
209 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:51:36.93 ID:o2z8xfTi0
野獣「金貨の箱を開くか」

金貨の箱「がぱぁ」

野獣「かなり使ったが、まだこんなに残っている」ジャラジャラー

野獣「私の父が、舞踏会に呼んだ外国の王族への賄賂として用意した金貨…」

野獣「結局、当初の目的には使われずに終わったが」

野獣「さてと…小麦粉の大袋ならば、この革袋にこれくらいか」ジャラララ

野獣「砂糖はこんなものかな」ジャララ

野獣「金貨の入った革袋を魔法陣に置いて、呪文を唱える」

金貨の袋「フッ」キエタ
210 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:52:07.32 ID:o2z8xfTi0
とある町の製粉工場

作業員1「!?ここにあった小麦粉の大袋が消えたぞ!?」

革袋「ボトッ」

作業員2「…と思ったら、革袋が天井(?)から降ってきた!?」

作業員1「おい、この袋…金貨が詰まっているぞ」

作業員3「旦那様(製粉会社の社長)を呼べ!」



同時刻の砂糖を扱う店

店員1「!?ここにあった砂糖の袋が消えたぞ!?」

革袋「ポトッ」

店員2「…と思ったら(以下略)
211 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:53:02.84 ID:o2z8xfTi0
野獣の部屋の魔法陣の上

小麦粉の大袋「デーン」

砂糖の袋「テーン」

野獣「…森で採取も庭で栽培もできない物は、こうやって手に入れて来た」

野獣「相場がわからんのでいつも適当な金額だが…」

野獣「金貨と無生物の交換という魔法だから本当は金貨一枚でも成立するが、あまりに気が引けて」

野獣「…『魔術師ギルドの裏歴史』という特殊ルートでのみ出回った書物によると」

野獣「あの魔術師ギルドを追放された男は、この魔法の効果をを少し変えて」

野獣「人身売買に利用しようと目論んで除名されたとか…」

野獣「…奴に出会わなければ、私は…」

野獣「いやいや…そんな事を今さら考えるのはやめよう」

野獣「小麦粉と砂糖を運ばなくてはな」ヨイショ
212 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:53:44.61 ID:o2z8xfTi0
野獣「執事が気付けばすっ飛んで来るが、自分でやりたい気分なのだ」

執事「ご主人様!?わたくしが運びますよ!!」ビュン!!

野獣「ほらな」

執事「呼んでくださればすぐに参りましたのに」

野獣「せめて砂糖くらい運ばせてくれ…いい、いいから」

執事(小麦粉袋担いでる)「使用人の立場として、ご主人様にこんな事は…」

野獣(砂糖袋抱えてる)「…私だってたまには運動がてらやりたいのだ」

野獣「私とお前くらいしか、この屋敷では力仕事ができる者はいないし」
213 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 18:57:00.31 ID:o2z8xfTi0
執事「運動でしたら…末妹様と、なんでしたっけ、箪笥…ではなくて…だ…ダ…」

野獣「ダンスだな」

執事「それです…すみません、人間の言葉を使えるようになって随分経つのに」

執事「未だに、耳慣れない言葉はなかなか覚えられなくて…」

野獣「気にするな、しかし…ダンスか…」

執事「正直に申し上げますと、わたくしも具体的にはどういうものか、よく…いえ」

執事「どういうものか、『さっぱり』わからないのですが」

執事「人間やそれに近い生活をする生き物は」

(※作者注…使用人達は野獣の種族を亜人か魔族の類だと『漠然と』思っています)

執事「『音楽』に合わせて『踊る』のが楽しいのでしょう?」

野獣「誰でもと言うわけではないが、な」

執事「何より、末妹様もたまには体を動かされた方が健康に良いと思います」

野獣「…それもそうだな」

野獣(舞踏会以来だ…)
214 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 20:14:48.64 ID:o2z8xfTi0
商人の家。

長姉「あー…」

長姉「私のヘソクリ、残りこれだけになっちゃった…」チャリンチャリン

長姉「…あれは女学校に行く前だから、私が7歳くらいの時かしらね」

長姉「お昼休み中のお客がいないうちの店で、次姉とかくれんぼして遊んでいたら…」

長姉「目の前にあった売り物の紅茶の缶が消えて、小さな革袋が降って来たの」

長姉「びっくりして大声出したら次姉に見つかったんだっけ…」

長姉「お父さんに言っても最初は信じてくれなくて、でもその革袋の中には金貨が詰まっていて」

長姉「しかもデザインからすっごく昔の貨幣のはずなのに新品同様」

長姉「これは不思議だってことで、お父さんは憲兵さん呼んじゃって、正直に話したら…」

長姉「憲兵さん曰く『実は国内各地で、たまぁに同様の現象が起きています』」

長姉「『妖精か何かの仕業としか思えないのですが、人外相手の事件はぶっちゃけ我々にはお手上げでして』」

長姉「『大して治安にも影響が出ていないので、おおごとにしないで、黙って金貨は取っときなさい』…って」

長姉「…あれが今、私の目の前で起きてくれたらラッキーなんだけど」

長姉「どんな妖精か神様か悪魔か知らないけど、着なくなった服でも、金貨と交換してくれないかしら?」

長姉「…」

長姉「退屈…」
215 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/01(日) 20:15:15.13 ID:o2z8xfTi0

※眠いので今夜はここまで※
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/01(日) 20:27:29.27 ID:VEQGUzud0
乙っす、ゆっくり養生してくんなまし
217 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:08:58.33 ID:1LnbIbFu0
その日の午後。

メイド「執事様、例の物が『届いた』のですか?」

執事「ああ、そうらしいな。さっそくご主人様が末妹様に持って行ったよ」

応接室。

末妹「…赤いドレス」

末妹「綺麗…まるで赤いバラの花みたい」

野獣「気に入ったかね」

野獣「ここに来た最初の日、メイドが寸法を測っていただろう?」

野獣「いつかお前にプレゼントしたくて、用意したのだよ」

野獣(金貨と物品を交換する呪文と、自分の魔法を遅く発動させる呪文とを組み合わせて使用)ベンリデスネ

野獣(手紙付きの金貨を先に仕立屋に送り込み、時間差で出来上がったドレスと交換)

野獣(手紙には注文の詳細と多少…いや、かなり脅迫めいた内容も盛り込んで、完成日時を指定)

野獣(上手く事が運んでよかった)
218 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:09:51.07 ID:1LnbIbFu0
末妹「本当に、私がこれをいただいていいのですか?」

野獣「末妹嬢以外に誰がそれに袖を通すのかね」

野獣「無駄にさせないでくれ」

末妹「あ…ありがとうございます!野獣様!」

次兄(…欲のないこの子でも、やはり女の子、嬉しい事には違いないんだろう)

次兄「俺にはタキシードとは言いませんので、継当てのないズボンなんかを」

野獣「ふむ…執事用に入手したが、サイズが小くて一度も履いていないズボンがあったな」

野獣「さすがに庭師に履かせるには大き過ぎるが、そう言えば次兄には丁度よさそうだ」カルクチニマジレス

次兄「環境と家計に優しいリサイクル最高」

次兄(…せめて一度でも執事さんが履いたズボンなら嬉しかったが)

野獣「もうひとつ、渡したいものがある」

末妹「なんでしょうか…飾りのついた可愛い箱?」
219 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:10:30.87 ID:1LnbIbFu0
野獣「蓋を開くと」カパ

音楽「♪〜♪〜〜♪〜」

末妹「オルゴール!?オルゴールですね!」

野獣「見るのは初めてか?」

末妹「だって、うちのお店では扱っていないし…すごく高価なんですもの」ハツメイサレタバカリッテカンジ

末妹「音を鳴らす仕組みを作るのがすごく難しくて、職人さんがあまりいないのでしょう?」

末妹「一度、実際に見て…音を聴いてみたかったの…こんなに早く願いが叶うなんて」

野獣「気に入ってくれたかね」

野獣「見て聴くだけじゃないぞ、これは末妹嬢のものだよ」

末妹「…」ミアゲテル

野獣「そんなにポカンとするな、これもお前にあげるために用意した、何度も言わせるな」

末妹「…こんな…素敵なドレスとオルゴール…本当に、もらっていいのかしら…」ポー

野獣「ああ、勿論だ。ただ、代わりにひとつだけ私の頼みを聞いてくれ」

末妹「え…?」

次兄(俺空気)

野獣「そのドレスを着て、このオルゴールの音楽で、私と踊ってほしいのだ」
220 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:11:56.10 ID:1LnbIbFu0
その日の夜。無駄に広いから広間。

末妹「…着て来ました…」

赤いドレス「キラキラフワフワー」

野獣「やはりよく似合っている、いや、思っていた以上だ」

末妹「…何度も何度も言いましたが、私、踊ったことないんです」

末妹「姉達はダンスを習った事もありますし、パーティーにもよく行きますが私は」

末妹「ちっちゃい頃、ふざけて遊びで真似事でくるくる回っていたくらい」

野獣「気にしないでいいと私も何度も何度も言っている」

野獣「私だって最後に踊ったのは、とんでもない昔のことだ」

野獣「だから古い時代のステップしか知らないし」

末妹「古いも何も、本当にわかりませんから…」

末妹「私、野獣様の足を踏んでしまうかもしれませんよ?」

野獣「はは、お前の足に踏まれても、スズメがとまった程度にしか感じないだろうな」

野獣「さあ、手をお取り」

野獣「私の動きに合わせて、足を動かしていれば…それでよい」
221 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:12:58.86 ID:1LnbIbFu0
広間の一角

次兄「オルゴールを伴奏に」

次兄「振るような星の夜、二人っきりの舞踏会」チュルルチュルルチュルッチュー

次兄「ちなみにギャラリー及びスタッフはカウントしません」

次兄(←ギャラリー)「…ロマンティックな光景のはずだが」

次兄「こうも体格差が極端だと最早シュールな光景だな」

次兄「身長だけで野獣様は末妹のほぼ2倍、幅と厚みも加えたらその体積は末妹何人分か答えよ」

次兄「と、計算したくもなる程にシュールな光景なのだ」

次兄「…決して嫉妬でこんなロマンの欠片も無いことを言うのではない」

次兄「今、野獣様が屈んで末妹を胸に引き寄せたのはそういう振付だから」

次兄「う、羨ましくなんかないんだからね!」

メイド(←スタッフ)「次兄様、相変わらず賑やかな独り言ですね」

次兄「…あ、メイドさん」

メイド「次兄様は、あの『ダンス』とやらは嗜まれないのですか?」

次兄「音楽に合わせ相手を気遣いつつ手と足を別々に動かすとか、想像だけで脳がこんがらがる」

次兄「そもそも身体を動かす事は全般的に苦手だ」

メイド「でも時々、人間離れした動きをなさるようにお見受けしますが?」

次兄「愛の成せる技だ」
222 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:15:29.62 ID:1LnbIbFu0
メイド「愛と言えば料理長謹製、胡桃のプチケーキいかがです?」サッ

次兄「え?食べていいの?あの二人に持って来たんじゃないの?」

メイド「本当は六種類のプチケーキですけど」

メイド「ドライフルーツと木の実を一種類ずつ入れて、一口サイズの型で焼いたケーキ」

メイド「レーズン、リンゴ、サクランボ、ひまわりの種、栗、胡桃」

メイド「『次兄様に六種類の盛合せを差し上げたら胡桃ばかり選んで食べてしまうかなあ』…なんて思ったので」

メイド「だから最初から取り分けて」

メイド「あのお二人には『五種類のプチケーキ』としてお渡しするつもりです」

次兄「できたメイドだ」モグモグ「うめえ」

メイド「ふふ、それにしても…今日のご主人様は朝からずっとご機嫌で」

メイド「今もとっても楽しそう、こんなご主人様は久しぶりです」

次兄「…」モグ…

次兄(…俺の絵も、野獣様のご機嫌に貢献していたら嬉しいな)

次兄「確かに野獣様は楽しそうだし、踊り慣れているのかな、ど素人の末妹を上手にリードしている」

次兄「末妹も、ぎこちないなりに楽しんではいるようだ」

次兄「この光景に名をつけるのなら…『美少女と野獣』」

次兄「そのまんまだな」

次兄「…しかも美『少』女とつけると一気に背徳的でいかがわしい雰囲気が漂う気がするのは俺個人の感想か?」

メイド「次兄様の仰ることは時々ほんとうに理解不能です」
223 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:17:31.24 ID:1LnbIbFu0
末妹の足「むに」

末妹「ああっ!?ごめんなさい、またまた野獣様の足を!」

野獣「構わん、本当に痛くもなんともないからな」

野獣「それより慌てるとお前が足を挫くぞ、落ち着いて」

末妹「は、はい…」



庭師「次兄様、メイドちゃん」

次兄「庭師くん」

庭師「なんだか珍しい事をやってらっしゃると言うので見に来ました、へへ」

庭師「…二人でくるくる回って、あれがカブト虫と赤いテントウ虫なら僕の野生の本能を大いに刺激しますね」

メイド「お二人が昆虫サイズじゃなくてよかったわ」

料理長「わしらも仕事が一段落したので、見に来ましたよ」

次兄「料理長さん、わし『ら』…?」

執事「なるほど、これがダンスと言う行為ですか」

次兄「執事さん!?」ウレシイオドロキ

執事「…わたくしがご主人様に『ダンス』を提案してみたのですが」チョットドヤガオ

執事「なかなか面白い動きですな、興味深い」

料理長「そう言えば、ここにお仕えするようになって間もない頃」

料理長「森へキノコ狩りに行った時、野営中のジプシーとかいう人間の集団を見かけました」

料理長「彼らも『音楽』に合わせくるくる動いて、あれも『ダンス』だったのでしょうな」

料理長「しかしあれはかなり忙しない音楽と激しい動きで、こんなにゆったりとはしていなかった」

次兄「これは『ワルツ』というものらしいからな、こういうのを人間は『優雅』と呼ぶんだ」
224 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/02(月) 20:19:09.68 ID:1LnbIbFu0
誤字やっちまいましたが今日はここまで。踊るシーンもう少し続きます(すみません)

※タイトル回収しつつ元ネタ念押し回でした※
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/02(月) 23:33:58.73 ID:527JycvG0
226 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:46:26.09 ID:4UUnyLam0
野獣「ふむ、観客が増えたな」

末妹「…恥ずかしいわ…」

末妹の胸元「キラッ☆」

野獣「そのペンダント…十字架か、いつも着けているのか?」

末妹「え、ええ…普段着だとこのドレスほど襟元が開いていないから外から見えないけれど」

末妹「お母さ…母の形見なんです」

末妹「母が自ら、私のお守りとして、首にかけてくれたそうです」

野獣「そうか、お前達の母親はもう亡くなっているのだったな」

末妹「美しく、元気な人だったと聞きますが、私を産んだために体調を崩し、二ヶ月後に…」

末妹「だから私は全く母の記憶がなくて」

末妹「幼かった次兄もほとんど記憶がないとは言っていますが」

末妹「上の兄や姉達はよく覚えていて、甘えたい盛りに母を失って…」

野獣「…」
227 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:47:08.25 ID:4UUnyLam0
末妹「父は子供達にはちゃんとした教育を受けさせたいからと」

末妹「上の兄をかつて父が通った、姉達を母が通った寄宿学校に、それぞれ入学させました」

末妹「8つか9つの歳から14、5歳まで、年2回の帰省を除けば、家から離れて暮らすことに」

末妹「3人とも学業は優秀だったと聞きますが、寂しかったと思います」

野獣「お前と次兄は寄宿学校には行っていないのか?」

末妹「ええ、そうです。ずっと家で育ちました」

末妹「体の弱かった次兄といつまでも甘ったれの私を、父は心配したのでしょうね」

野獣「お前は、自分の兄姉に負い目を感じているのかね?」

末妹「…!」
228 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:47:50.10 ID:4UUnyLam0
野獣「そんなような口ぶりだからな」

野獣「兄姉を遠くの学校で学ばせたのも、お前が親元で育ったのも、それは父親の判断だ」

野獣「それに、母親が亡くなったのは、自分のせいとでも思っているのか?」

野獣「…父親がそうお前に言うのか?」

末妹「違います!父は…父から聞いたのは、母がどんな人だったかという話と」

末妹「…母がどれほど子供達…私達きょうだいを愛していたか、という話だけ…」

野獣「では、他の誰かが言ったのか?」

末妹「…」

末妹「今まで誰にも話した事はないのですけど」

末妹「上の兄…長兄が15歳で家に戻って来た時、私は8つでした」タンジョウビマエダカラ

末妹「それから間もなく、母方の親戚という人が3人、家にいらして」

末妹「後々知った話では、父が以前とても世話になった方々だそうで」

末妹「結婚して間もない時…父が祖父から店を継いだ頃、昔からのお客さんからなかなか信用をいただけず」

末妹「いちじ経営が傾いた時に、ずいぶん助けてくださった恩人なのだそうです」

末妹「で、その日は小さい頃可愛がってたという長兄に、何年かぶりに会いに来たそうです」

末妹「その時の会食の席に次兄がいなかったのは何故だ、という話になり」

末妹「次兄は熱を出して寝込んでいたので、それを父は説明して、詫びました」

末妹「その場はそれで済んだのですが、後で客間に、ばあやのお手伝いで、私が一人でお酒を持って行くと…」
229 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:48:49.11 ID:4UUnyLam0
(以下の回想シーンの内容を末妹は話しました)

(親戚1「次兄はまた寝込んでいるのか…この家の子供の様子を聞けば、いつもこうだな」)

(親戚2「長兄はあの歳でもう立派な若者だ、3つか4つしか違わないのに出来の悪さと来たら」)

(親戚3「まだ女学校に行っている長姉と次姉も、あれ等の母親以来の優秀な生徒らしい」)

(親戚2「全く、下の二人はいらなかったんじゃないか?」)

(親戚1「おい、末妹がそこにいるんだぞ」)

(親戚2「聞こえていないさ。それにこんな小さい子供が、なんの話かわかるものか」)

(親戚3「確かに、次兄は体も貧弱で碌に喋りもしないと言うし、病気ばかりして、15まで生きられるかもわからんし」)

現在時間の野獣「ちょっと待て。次兄は無口だったのか?」

現在時間の末妹「体が弱い頃はひどく人見知りで、それでも家族とは喋っていましたけど、口数は少ないほうでした」
230 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:49:25.94 ID:4UUnyLam0
(回想シーンの親戚3「末妹だってな、父親はそうとう甘やかして手放さないようだが…」)

(親戚3「次兄があんなのじゃなければ、下にもう一人作ろうなんて思わなかっただろうよ」)

(親戚2「その通りだ。おまけに末妹を産んだせいで死んでしまうなんてな」)

(親戚1「いくらなんでも言い過ぎだって…」)

(親戚2「事実じゃないか。葬式の時だって、上の3人と来たら可哀相で見ていられなかったぞ」)

(親戚2「赤ん坊だった末妹は何も知らないけどな」)

(親戚3「あの時も次兄は病気で葬式の場にはいなかったんだっけ、しかしどうせ覚えていないだろう」)

(親戚2「上の三人は、物心が付く頃に家を離れて丁度よかったかもしれないな」)

(親戚2「母親の思い出が残る家で、末妹を目の当たりにして暮らすのは辛すぎるだろう」)
231 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:50:16.44 ID:4UUnyLam0
現在時間の末妹「………」

現在時間の野獣「…当時のお前だって」

野獣「大人の話とは言え、自分に関わる話を理解できない程には、幼くもないのにな…」

末妹「…お酒を置くためのテーブルは小さい私にはちょっと高くて」

末妹「落としたりひっくり返したりしないように慎重に、と思ったら時間がかかってしまいました」

末妹「話をそこまで聞いて、ようやくお酒と水差しとグラスをテーブルに並べ終えて、客間を出る事ができました」

野獣「…で、誰にもその話はできなかったんだな?」

末妹「熱で苦しんでいた次兄には、もちろん言えませんでした」

末妹「口を開けば泣いてしまいそうで、父やばあや、長兄を心配させてしまいそうで」

末妹「…いえ、それ以上に、これは誰にも言ってはいけない話だ、と子供ながらに思って」

末妹「今まで…誰にも…」

野獣「…その親戚とやらは」

野獣「長兄と姉達…というよりも、お前達の母親にずいぶん思い入れがあったのだろうが…」

末妹「…」
232 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:51:07.59 ID:4UUnyLam0
野獣「ひどすぎないか?」

野獣「そもそもお前と次兄も同じ母親の子だ、なぜそこまで言われなくてはならない」

野獣「…その無責任な立場からの放言を、お前は本気にしているのかね?」

末妹「…理不尽だという気持ちと、事実だから仕方ないという気持ち、両方が常にありました」

野獣「事実であっても、お前が味わった苦しみは理不尽でしかない」

野獣「『仕方ない』などと自分を納得させる理由はどこにもないのだぞ」

末妹「『事実であっても』…?」

野獣「例え事実であろうとも、お前にとっての母親の『真実』は父親から聞いた話と」

野獣「お前が身に付けている形見の十字架、それだけではないのか?」

末妹「…そう…でしょうか…」

野獣「お前は母親に愛されて、お前の家の者もそれをわかっている、それで充分だろうが」

野獣「それ以上に何かを求めているのかお前は?」

末妹「…い…いいえ…」
233 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:51:37.88 ID:4UUnyLam0
野獣「…あ、す、すまん、詰問されているように感じたか?」

野獣「そんなつもりはない、ああ私の顔が怖いばっかりに、泣くんじゃない、な?」

末妹「平気です」

末妹「ただ…何だか、気が緩んでしまったのかしら」

末妹「本当なら、あの時、一人で自分の部屋に戻って泣こうと思っていましたが」

末妹「ばあやにお手伝いが終わったと知らせなきゃならないのを思い出して」

末妹「それから次兄にお薬を持っていたり、父に勉強を見てもらったり、と」

末妹「やらなくてはならない事が案外たくさんあった物ですから」

末妹「結局、そのまま涙は呑み込んでしまいました」

末妹「…その時の涙が今頃…5年以上経って出て来そう…」

末妹「やだ、踊りながら泣いていたら、皆が変に思いますね」

野獣「…私の大きな図体なら隠せるぞ、ほら」

野獣「見ている皆、こういう踊りは詳しくないのだ、こんな振付と思うだけだ」

末妹「や、野獣様、そんなに膝と腰を曲げたまま踊られては…」

野獣「私は頑丈にできている、この程度で筋肉痛を起こすほどヤワでも年寄りでもないぞ?」

末妹「…」

末妹「…ありがとうございます…」
234 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:52:37.69 ID:4UUnyLam0
次兄「またも野獣様の胸に末妹が」

次兄「しかもさっき以上に密着、いや、服越しに埋もれていると言ってもいい」

次兄「なんというけしからん振付、もっとけしからんのは末妹にその価値は全く理解できていない所」

次兄「兄として実の妹に嫉妬とかつくづくアレだと俺の理性は囁くが」

次兄「あああ禁断の語句が喉元まで出かかっている!『末妹、そこを代われえええ!!!』…と」

メイド「もう出ていますよお」

次兄「…ハッ」

次兄「やばいやばい、思わず我を忘れてしまった」

次兄「しかし本当に野獣様にはきつい体勢だな」

次兄「俺と執事さんなら身長差的にもう少し収まりいい感じにならないか?」

次兄「寄り添えば、ちょうど執事さんのふっさり首毛が俺の顔の正面に」

次兄「左右の頬を代わる代わる擦り寄せ、匂いを嗅ぎ、あわよくばペロペロちゅーちゅー」
235 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:53:20.93 ID:4UUnyLam0
執事「狼の聴覚とはどの程度かご存知ですか?次兄様」

次兄「…ちゅーちゅー…」

次兄「聞こえていたんですね」

執事「人間の子供は狼を恐れるものだと思っていましたが、貴方様と来たら恐れるどころか」

次兄「生まれ育ったのは港町でな、周辺地域にまとまった山や森もなく、鳥以外の野生動物などまず出会わない」

次兄「お伽噺の狼はそれはそれは恐ろしいし」

次兄「現実の狼は家畜を飼う人や、人里離れた土地を行く旅人が最大級警戒しなければならない獣なのも理解できる」

次兄「それでも野生の獣は基本人間を恐れるものだし、襲ってくるのはそれなりの理由と条件があるからで」

次兄「人間が闇雲に恐れたところでなんの意味があろうか?」

次兄「…これが俺の持論です」

執事「…次兄様は本当に珍しい人間ですね」

次兄「でもそんな持論さえどーでもよくなるほど執事さんと野獣様は俺の好みのど真ん中ですから」ゲッヘッヘ

執事(ああ耳を塞いでおけばよかった)

オルゴール「♪〜〜♪♪〜♪〜」
236 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/05(木) 22:54:18.63 ID:4UUnyLam0

※今夜はここまで※

武闘会じゃなかった舞踏会編終了。
読んでくださる皆さんありがとうございます。
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 23:42:34.54 ID:6FuNtAJE0

スレタイのBeastとKinkyはわかるんだけどYはなに?
YoungGirl?
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/05(木) 23:47:43.64 ID:0Iz5IBgIo
美女と野獣とケモナーだと思ってた
239 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:36:20.25 ID:IZ9wWqqN0
舞踏会翌日、野獣の自室。

野獣「…」

野獣「朝食で末妹嬢と会った時はなんとか誤魔化せたが…」

野獣「案の定、腰と膝に来た」

野獣「湿布薬を調合して、あとは出来るだけ安静にしていよう…」



屋敷内某所。

次兄「末妹」

末妹「お兄ちゃん」

末妹「あら、手に持っているのは棒付きキャンディ?」

次兄「昨夜はお楽しみでしたね」

末妹「恥ずかしいわ、合計7回も野獣様の足を踏んじゃったから」赤面

次兄「後半の振付は接触が多かったようだが」

末妹「ドキ(泣いていたの見られてた?)」

次兄「その件について率直な感想をお聞かせ願います」ずいっ

末妹(なぜ私の顔の前に棒付きキャンディ突き付けるのかしら)

末妹「感想と言われても…」
240 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:36:54.89 ID:IZ9wWqqN0
末妹「…そうね…とても暖かくて、気持ちが落ち着いた…かな」

次兄「温もりと安らぎですと!???」

末妹「うん、お父さんじゃないけどお父さんみたいな感じ?…とでも言えばいいかしら」

次兄「…そっちでしたか」

次兄(一瞬、末妹も俺と同様『目覚めて』しまったのかと思ったが)

次兄(さすがにそれはないか、とりあえず安心した)

末妹「…小さい子みたいで恥ずかしいから、今のは誰にも言わないでね?」

次兄「お、おう、心得た」

次兄「それから…キャンディはお前にあげる」ホイ

末妹「あら、私がもらっていいの?」

次兄「料理長さんの手作りだってさ。じゃあな」

末妹「…ありがとう」

末妹(結局何がしたかったのかしら)
241 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:37:42.82 ID:IZ9wWqqN0
野獣「さて…部屋から出ずにできる事と言えば…」

野獣「既に日課だな…商人の家を見てみるか」

鏡の覆い布「ハラリ」

野獣「元々は普通の鏡だが、ひとたび術者が魔法をかければ」

野獣「あとは使いたい者が誰でも、術者が決めた合い言葉を言うだけで」

野獣「『私の赤いバラ』」

鏡「オハヨッス」

野獣「その日一日『便利な魔法の鏡』になるというわけだ」

野獣「商人さえもう少し回復してくれたら、末妹が好きな時に見られるようにしてやりたいと思うが…」
242 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:38:48.42 ID:IZ9wWqqN0
次兄「『お父さんみたい』とか言われちゃったら具体的な詳細を聞く気が失せるじゃないか」スタスタ

次兄「胸毛の服越しのボリュームとか臭いとかそういう詳細を」スタスタ

次兄「尤も普通の女の子はそんな所に興味は最初から向かないか」スタスタ

次兄「…そう、末妹は普通の女の子、それが何よりだ」スタスタ

次兄「俺は別に『ライバル(?)が増えなかった事』に安堵しているわけではないぞ」スタスタ

次兄「さすがに妹にはノーマルな道を歩んで普通に幸福になってもらいたい」スタスタ

次兄「それに俺の影響でそっちの趣味に目覚めたとでもなろうものなら」スタスタ

次兄「父さんにも天国のお母さんにもあの子の兄として申し訳ないからな」スタスタ

次兄「…普通に幸福に…」ピタ

次兄「普通…の生活…が、あってこそ、だよな…」

次兄「今ここにこうしているのは楽しいが…」

次兄「いつかはこの日々にも終わりが来る」

次兄「俺が望むのはできるだけ誰も不幸にならずに済む終わり方、だけど」

次兄「俺はそのために何ができるのやら…」
243 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:39:32.13 ID:IZ9wWqqN0
執事「末妹様?」

末妹「あ、執事さん」

執事「昨夜は素晴らしいものを見せてくださってありがとうございます」

末妹「…あんなみっともないダンス、恥ずかしいです」

末妹「野獣様にもずいぶんお気を遣わせてしまいましたし」

末妹「素敵なプレゼントのドレスとオルゴールが勿体ないわ…」キャンディカジカジ

執事「それは料理長の試作品ですか」

末妹「試作品?」

執事「料理長は貴方達がここにおいでになってから、色々と新しいメニューに挑戦しているのですよ」

執事「ここ数日は特に、菓子のレパートリーを増やそうとしているようです」

末妹「試作品とは思いませんでした、とっても美味しいから」
244 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:40:20.31 ID:IZ9wWqqN0
執事「我々には菓子や凝った料理の味はよくわからないので、貴方様や次兄様や主人…」

執事「失礼ながらも、本番で食べさせたい方に味見もしていただくしかないわけですが」

執事「末妹様が美味しいと仰るのなら、料理長も自分の腕に自信を持てるでしょう」

末妹「…」キャンディペロ

末妹「執事さん達は、料理長さんのお料理は食べないのですか?」

執事「料理長が整えてはくれますが、主人や貴方様方とは違う『メニュー』ですね」

執事「素材そのままを我々の健康も考慮しつつ混ぜ合わせただけの…料理とも言えない料理です」

末妹「…時々忘れてしまいそうになりますが…皆さんは、動物さん、なんですよね」

執事「ええ」

末妹「失礼な質問だったらごめんなさい。なぜ、執事さん…達、は」

末妹「…このお屋敷で働くようになったのですか?」

執事「…メイドではなく、わたくしが淹れたものでもよろしければ」

執事「お茶でも飲みながら、応接室でお話ししましょうか」
245 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:41:04.36 ID:IZ9wWqqN0
野獣「…代わり映えせんな」

野獣「商人は椅子に座ってぼんやりしているだけ」

野獣「家政婦や上の兄が時々世話をしに来るが、ほぼ無反応」

野獣「黒髪の姉は今日も店で真面目に働いているようだ」

野獣「金髪の姉は部屋で暇そうにゴロゴロ…今日はいなさそうだな、外出でもしたか」

野獣「といっても家の仕事での外出ではなかろう」

野獣「商人の部屋だけ見えないようにしたら、末妹に使わせてもいいか?」

野獣「…」

野獣「父親が家族の食事の席にいない、店に顔も出さない、商談や仕入れに出掛けるのも兄だけ…」

野獣「余計心配するだろうな」

野獣「この屋敷に迷い込んだ時のように、取引のために旅に出ていると思わせるか?」

野獣「いいや、そんな誤魔化しは必ず綻ぶ…」
246 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:41:58.37 ID:IZ9wWqqN0
執事「ミルクティです。どうぞ」

末妹「…ありがとうございます」

執事「わたくしは紅茶抜きで」タダノミルク

執事「そうですね、主人と出会う前の話から始めましょう」

執事「他の三匹にも共通していますが、森で暮らしていた頃の事は、断片的にしか思い出せません」

執事「しかし、ここへ来るきっかけになった出来事はよく覚えています」

執事「森にいた頃、わたくしは森の狼の群れのひとつを統べていました」

執事「5年前の冬、森に雪が例年よりたいへん多く降ったせいか、主な獲物である鹿が激減してしまいました」

執事「鹿は深い雪が苦手です。おそらく、少しでも雪の少ない地域へ多くが移動したのでしょう」

執事「とにかく、そのためわたくしの群れは食料に困窮しました」

執事「…人間が飼っている家畜を襲えば手っ取り早いのかもしれませんが」

末妹「…」

執事「わたくしは『人間の恐ろしさ』を『嫌と言うほど』知っていましたので」

執事「もっと以前にわたくしと人間との間に何かあったためかもしれませんが、それが何かは思い出せません」

執事「とにかく、わたくしには家畜を襲うという選択はありませんでした」

執事「しかし、人間の恐ろしさを知らない群れの若い狼の中には『手っ取り早い方法』を選ぼうとする者がいて」

執事「結論から言うと、わたくしに従わない若い雄狼の数匹が結託して」

執事「不意を突いて集団で、わたくしに襲いかかって来ました」

末妹「まあ…」
247 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:43:39.45 ID:IZ9wWqqN0
執事「皆わたくしよりは一回り小さな体格で経験も少ない狼でしたが、『数』と若さには敵いません」

執事「こちらにも油断…驕りがあったのかもしれませんがね」

執事「相手にもいくらか傷は負わせましたが、深手を負って、命からがら逃げ出したのはわたくしのほうでした」

執事「ほとぼりが冷めた頃を見計らい、群れに戻ろうとしても、件の連中に見つかれば殺される勢いで追われ」

執事「傷のために、自分一匹のための小さな獲物を狩るのもままならず」

執事「それからは自分が率いていた群れの仲間から逃げ回りながら、細々と生き延びる日々が始まりました」

執事「日々と言ってもわたくしの体力が長くは続かず」

執事「ある吹雪の日、森の中の開けた場所で馬車を停め休憩している人間達がいました」

執事「人間は馬車の中ですが、馬は外」

末妹「…っ」

執事「…貴方様には恐ろしい話でしょうね、やめましょうか?」

末妹「いいえ…私からお願いしました。最後まで聞かせてください」

執事「承知しました」

執事「空腹と傷の痛みで、もうまともな判断はできなくなっていたのでしょうね」

執事「馬車に繋がれ丸々と太った馬は、手負いのわたくしでさえ仕留める事が出来そうに見えて…」

執事「その状況で風上から吠え声を上げて襲いかかる」

執事「群れを率いていた頃のわたくしならば、考えられない行動です」
248 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:44:09.87 ID:IZ9wWqqN0
執事「音と臭いで、馬はかなり距離のあったわたくしの存在に気付き、高く嘶きました」

執事「馬車の人間も当然、野生の獣のことは警戒していたはずです」

執事「銃声が轟いて、牙どころか爪さえ馬に掠りもしないうちに、わたくしは雪の上にもんどり打って倒れました」

執事「銃弾は右の後足の付け根にに当たり、そのせいでもう殆ど走れませんでしたが」

執事「吹雪で人間達の視界が利かないのをいいことに、どうにかその場から離れ」

執事「しかし、どこをどう逃げたのか、それこそ思い出せません」

執事「動かない足を引きずりながら、ずいぶん歩き回った気はするのですが…」

執事「ふと気が付けば、わたくしはそこの…この応接間の、そこの暖炉の前にいたのですよ」

末妹「え」

執事「森の中で…たまたまこの屋敷の近くで力尽き、そこを主人が拾ってくださったのです」

執事「勿論その時は『助けられた』などと思うはずもなく」

執事「自分がなぜこんな所にいるのかさえわからない状況で」

執事「熊のような巨体、人間のような仕草、それでいて見た事もないとしか言いようのない生き物が」

執事「何か話しかけながら近づいてくるのですから…わたくしは牙を剥いて唸りました」

執事「衰弱しきって、もう自分の頭を持ち上げる力もなかったのですけどね」

執事「そして不思議なのは、その時の私はまだ『ただの狼』であったにも関わらず」

執事「主人の言葉を今でもはっきりと覚えていることです」
249 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:45:12.54 ID:IZ9wWqqN0
(野獣「狼よ、私に出来る限りの傷の手当てはしたが、お前はこのままでは今夜一晩もつまい」)

(野獣「お前の森での一生は今日で終わりだが」)

(野獣「ある方法を使えばお前はまだ生きられる、いや、生まれ変わると言うべきか」)

(野獣「そこから先の一生を、私と共に、ここで送ってみないか?」)

執事「…後から主人は、いくつかの魔法を組み合わせてわたくしに使ったと言いました」

執事「魔法の事は理解できませんが、翌朝、どこも痛まない身体で久し振りに軽快な気持ちで立ち上がったわたくしは」

執事「自分の今後の一生を、この方の…目の前にいる主人のために捧げようと」

執事「生まれて初めて使う…主人が与えてくださった『言葉』で、忠誠を誓いました」

執事「…これが、わたくしがここにお仕えすることになった、全てです」

執事「そして翌年の晩秋、主人は死にかけた、年老いた穴熊を連れて来ました」

執事「猟師が撤去を忘れ、放置された古い罠にかかっていたとかで」

執事「一昨年の夏には、猟犬に追われ足を噛み砕かれた巣立ち前の仔兎を」

執事「同じ年の秋、散弾の弾が腹に当たった山猫の仔を」

執事「…いずれも、わたくしと同じように主人に命を助けられ」

執事「こうやって主人のために働く力、貴方様達と話せる言葉、人間並みの長い寿命を与えられました」

末妹「…皆、人間に傷付けられたのがきっかけで、ここに来たなんて…」
250 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:46:19.54 ID:IZ9wWqqN0
執事「主人に聞かれた事があります。人間を恨んではいないか、と」

執事「わたくしは、同族であっても、他の誰かが同じ目に遭った時に同じように思うかは全くわかりませんが」

執事「人間も動物と同じく自分の身を守らなくてはならないし」

執事「動物よりもっと複雑で面倒な『生活』の維持も必要らしいと最近わかって来ました」

執事「わたくしはただ、ひたすら人間とのトラブルを避け、かわし、逃げる、それを続けて来ました」

執事「あの冬の日、人間に殺されかけたのは自分のミスです、だからと言ってむざむざ死んでやるのも嫌だったので」

執事「必死に逃げた結果が今です、それだけの話です…と、答えました」

執事「他の三匹も、だいたい似たような答えを返したそうです」

執事「少なくとも、人間と同じような暮らしをする主人はわたくし達の全てであり」

執事「貴方様のことも主人の大切な客人であるだけでなく」

執事「過ごす時間が長いほど、なんだか親しみと言うものが沸いてきました」

執事「…次兄様は、わたくしの人間に対する知識を総動員しても未だに計り知れないお方ですが」

執事「どうやら『敵』ではないことは間違いないらしい…と認識はしているつもりです」

末妹「…本当にすみません」
251 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:47:22.57 ID:IZ9wWqqN0
野獣「それに」

野獣「何も見えず、知らずに、それ故に心配しながらも、家族はみな元気に違いないと信じている今の彼女と」

野獣「鏡に映る、意図的に一部が隠された光景を、父親が元気で働いている証拠として支えにする彼女」

野獣「どちらが見るに忍びないかは考えるまでもない…」

鏡「モイッスカ?ジカンギレッスヨ」

野獣「…ふ、結局は私の気分次第か…」

野獣「何が『大切な客人』だ」

野獣「私の気まぐれで弄ばれる哀れな虜囚、それ以外のなんだと言うのだ」

野獣「…」

野獣「とくに大きな動きがないのならば」

野獣「結論を急ぐ必要もあるまい…」

鏡の覆い布「ファサ…」
252 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/07(土) 20:48:15.16 ID:IZ9wWqqN0

※今夜はここまで※
執事達の過去をどっかで出したかったので。

読んでくださってありがとうございます。
レスありがとうございます。
>>238 が正解です…「ケモナー」の定義ってよくわからんのですがね
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/07(土) 20:54:16.34 ID:jkoRAOYqO
おつ
254 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:06:06.12 ID:3ia2bujo0
別の誰かの、夢の中。

(医者「…今のうちに、奥様とお話を…」)

(商人「わかりました…。子供達、もっと近くへ…」)

(商人の妻「…私の赤ちゃん…末妹…」)

(ばあや「奥様、末妹様ですよ」)

(商人の妻「末妹…あなたの事は、数えるほどしか胸に抱く事ができなかったのが心残り…」)

(商人の妻「私の分も皆から愛されて、優しい子に育つのよ」)

(商人の妻「これを…私の十字架をあげるわ、私に代わってあなたを守ってくれる…」)

(乳児末妹「ふにゅ…?」)

(商人の妻「次姉…次姉は一番の甘えん坊だから」

(幼次姉「おかあさまぁ…」ぐしぐし)

(商人の妻「凄く心配なのだけど、あなたはとっても賢い子」)

(商人の妻「皆に必要とされ尊敬される、素晴らしい女性になるわ」)

(商人の妻「次兄、おいで」)

(幼次兄「…おかーしゃま?」ジョウキョウガリカイデキナイ)

(商人の妻「まだこんなに幼いし、体も弱い子、申し訳ない気持ちでいっぱい…」

(商人の妻「元気に大きく育ってくれたら、それだけで私は嬉しいわ…」)
255 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:06:44.18 ID:3ia2bujo0
(商人の妻「長兄」)

(幼長兄「はい、お母さま」)

(商人の妻「あなたは強い子、妹達や弟と仲良くして、お父様を支えてあげるのですよ…」)

(幼長兄「ぼくがみんなをまもります。お母さま、しんぱいしないで」)

(商人の妻「長姉…」)

(幼長姉「おかあさま…」)

(商人の妻「私のお姫様、花のように美しく、お日様のように輝く子…」)

(商人の妻「あなたの笑顔は、家族を照らしてくれるわ」)

(商人の妻「どうかこのまま…このまま曲がることなく、真直ぐに育ってね…」)

ドアを叩く音「コンコン」

ドア越しの長兄「長姉、長姉、起きてくれ」

長姉「…何よぉ…兄さん、朝っぱらから…」もぞり
256 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:07:26.40 ID:3ia2bujo0
長姉「…ん、何かしらこれ」

長姉「涙…?寝ながら、夢見ながら泣いてたの、私?」

長姉「…どんな夢、見てたんだっけ???」オモイダセナイ

長兄「長姉!」

長姉「はいはい、起きたわよ兄さん!!」ガウンハオリー

長姉の足音「ドスドスドス」

ドア「バムッ!」

長姉「何よ!!!!!?」

長兄「…おはよう。朝からすまん」

長兄「父さんが部屋からいなくなった、どころか家の中にもいない」

長姉「お父さんが…!?」

長兄「悪いが、みんなで手分けして探したい。今日は店も開(あ)けない、協力してくれ」
257 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:08:11.72 ID:3ia2bujo0
野獣の部屋

鏡「ゴランノアリサマデス」

野獣「なんだ、商人の家が早朝から慌ただしいな」

野獣「商人の自室がもぬけの殻だ、このせいか」

野獣「…向こうに鏡さえあれば、家以外の場所も見える」

野獣「別の魔法をいくつか組み合わせれば、商人の居場所を探す事もできるはず」

野獣「………」

野獣「…ここか、港?船着き場?」

野獣「鏡ではなく、磨かれた金属だな。舟の一部かな」

野獣「あああ、複数の魔法を即興で混ぜたせいか、90秒ももたない、もう消えてしまった」ソウイウモノカ?

野獣「別の場面が映った、揺れている…水面だな、海面だ」

野獣「よく見えないが、商人が…海を覗き込んでいる?」

野獣「え、商人の体が鏡に、いや、海面に近付いて…」

野獣「!!」

野獣「商人が海に飛び込んだ!!?」

執事「どうされました、何事ですか、ご主人様!!」ダダダダ

野獣「執事か、本当に耳のいい奴だな…」
258 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:09:25.59 ID:3ia2bujo0
ドア越しの執事「ご主人様?何かあったのですか?」

野獣「執事よ、なんでもないのだ。用があればこちらから呼ぶから、今は下がれ」

執事「…は、はい」

野獣「騒がせたな」

野獣「…行ったか」

野獣「商人はどうなったか、使用時間を過ぎた、海面はもう覗けんな」

野獣「尤も乱れた水面では意味がないか」

野獣「居場所が特定できたので、あの港に焦点を合わせ、鏡の魔法だけ使おう」

野獣「ただのガラスでも、金属でも、映り込みさえすればなんでもいい」

野獣「…む、人がたくさん集まっている、港や停泊中の船にいた人々か」

野獣「救助しようとしているのだな、それも当然か」

野獣「さすが海の男揃い、あっという間に引き上げられた」

野獣「…息はあるようだ」

野獣「………よかった…」

野獣「老舗の店の主人、知人も多かろう、顔を見て驚いている人間がいる」

野獣「すぐ家に送り届けられるだろう」

鏡「キョウハコンナモンデスカネ」

野獣「…もうこの港の鏡(として使える物)は時間切れだ、商人の家も」

野獣「あとは明日以降だな…落ち着いてくれればいが」
259 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:09:58.09 ID:3ia2bujo0
数時間後、商人の家

長兄「と、父さん…どうしてこんなことしたんだ…」

次姉「お父さん…」

長姉「…」

医者「幸い、助け出されるまでの時間が早かったおかげで、命に別条ありません」

医者「念のためこのまま明日の朝まで安静に」

医者「…ですが」

医者「目の付く場所に刃物や紐状の物は決して放置せず」

医者「誰か一人は必ず側に付くようにしてください」

長兄「…はい…」

医者「では、今日はこれで。明日また来ますよ」

長兄「ありがとうございました。家政婦さん、見送りを…」

次姉「兄さん」

長兄「次姉、父さんには交代で付くようにしよう」
260 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:10:53.52 ID:3ia2bujo0
長兄「おそらく、これから、噂を聞いた常連のお客や取引先の人が押しかけて来ると思う」

長兄「そっちの対応は俺がするから、しばらくお前に父さんを任せたい」

次姉「わかったわ。どうせお店もしばらく休むしかないだろうし」

長姉「…」クル

次姉「姉さん?」

長兄「長姉、どこ行く」

長姉「どこって、自分の部屋に戻るのよ」ドアノブガチャ

長姉「お父さん、命に別条ないんでしょ。それに看病は次姉がやるんでしょ」ドアバタン

長兄「お前にも手伝って欲しいんだ。まだ話は終わっていない」ガチャバタン

長姉「放っておいてよ!」スタスタスタ

長兄「待てよ、待てったら」グイ

長姉「…」キッ

長姉「…どうせ末妹が戻って来なくちゃ元気になんてならないわ」

長姉「私でも次姉でも埋め合わせはできないの」

長姉「お父さんはあの子がいなきゃ駄目…あの子さえいたらいいの」

長姉「…もう末妹はいないのに」

長兄「だから残った俺達で父さんを励まさないと」

長兄「それに末妹達が戻って来ないとは限らない」

長兄「野獣は父さんに『末妹はここで暮らすことになる』と言ったそうだ」

長兄「あの子達が生きている限り、希望を捨てるべきじゃない」
261 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:11:50.90 ID:3ia2bujo0
長姉「化け物の言う事を信用するの?」

長兄「…本当はどんなにお金をつぎ込んでも、こちらから取り返しに行きたいさ」

長兄「しかしそれは奴との約束を破ることになる、相手はただの獣じゃない」

長兄「不思議な力…魔法が使えるんだ、怒らせたらどんなに恐ろしい事が起きるか」

長姉「つまり手も足も出せないってことでしょ?」

長姉「生きていても帰って来ないんじゃ死んだと同じよ」

長兄「だから、残ったきょうだいで父さんを支えなきゃ、って…」

長兄の握り拳「ダンッ!」

長姉「 」ビクッ

長兄「何度同じこと言わせるんだ!!?」

長姉の頭上の壁「無傷」

長姉「…に…」

長姉「…兄さんが…怒るなんて…」
262 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:13:19.28 ID:3ia2bujo0
長兄「…すまん」

長姉「…な、なんで、謝るのよ…」

長兄「出来ない事をやれと言った俺が悪かった」

長兄「お前に何かさせるのはやめた。が、せめて父さんが口を聞いてくれるようになるまで」

長兄「俺の目の届く所でだけは、おとなしくしていてくれ」

長兄「お前にお願いしたいのはそれだけだ」

長姉「…私には…期待しないって…?」

長兄「…」

長兄「俺や次姉を手伝いたくないんだろ?」

長姉「っ」

家政婦の声「長兄様ー、お客様がお見えですー」

長兄「は、はい!今行きます!」クルッ

長姉「…」

長姉「何よ…」

長姉「…なんで皆…なんで私ばかり…」
263 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/08(日) 21:14:02.09 ID:3ia2bujo0

※今日はここまで※

明日も少し更新する予定
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/08(日) 21:17:34.40 ID:5jKqWUhzo


商人ダメ過ぎだろ…末妹ばっかり可愛がり過ぎてお姉さん達可哀想。長姉が拗ねても仕方ないと思う
そもそもバラ泥棒だって末妹かわいさにやったことだし
265 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:23:17.59 ID:LNBIi/tR0
翌日、朝食後
野獣の屋敷、野獣の自室

野獣「商人の家はどうなったかな」

野獣「いつも1日1回に決めて集中的に窺っているから…」

野獣「今日は短時間ずつ複数回に分けて見てみようか」

野獣「30秒の砂時計を目安にして…」

鏡「アラヨット」

野獣「商人の部屋」

野獣「この時間だが商人はベッドにいるか、昨日溺れかけた人間ならば仕方ないな」

野獣「一応は目を開けている、今は眠ってはいない」

野獣「黒髪の姉が付き添っている」

野獣「何か話しかけているようだが無反応だな…」

野獣「昨日の様子を見るに、下手に動き回られるよりは安心かも知れないが」

野獣「ドアの近くに空になった食器の乗った盆、枕元には手をつけていない食事」

野獣「空になったほうは次姉がここで食事を摂った後で、もうひとつは商人のものだろう」

野獣「30秒は短いな。長兄はどこにいるか」
266 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:24:02.71 ID:LNBIi/tR0
野獣「自室にはいないが…」

野獣「机の上に何か作りかけの木彫りとナイフが出しっぱなし」

野獣「周囲は木屑だらけだ」

野獣「そう言えば、末妹嬢も長兄が作ってくれたという木像を持っていたな」

野獣「次兄の動物画に比べると趣味の域を出ないが、なかなか良いセンスだとは思う」

野獣「ベッドはきちんと整って…使った形跡すらないような印象だが」

野獣「まさか一晩中、寝ずに木彫に没頭していたのか?」

野獣「…寝ずと言うか、眠れなかったのだろうな」

野獣「もう一人の姉も自室だがまだ寝間着のまま」

野獣「身体は元気そうだが顔はいつにも増して不機嫌そう」

野獣「今の時間なら普段は服装も髪型も気合入れて整え終わっているはずだが」

野獣「この娘ですらそれどころではない気分なのか」

野獣「一旦、閉じよう」

鏡の覆い布「パサリ」

野獣「見るのを中断するには覆い布をかぶせるだけで良いのだ」

野獣「90秒の使用時間が切れていないことが前提だが、その日のうちに再び見たい時は合い言葉さえ不要」

野獣「後は、昼過ぎと夕食後にまた30秒ずつ見てみよう」
267 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:24:55.11 ID:LNBIi/tR0
同日、末妹の自室

メイド「おととい本のお部屋から持って来たご本、もう読んでしまわれたんですか?」

末妹「ええ、お屋敷に来るまで、町の図書館に通って半分以上読んでいた本なの」

末妹「ここで続きが読めてよかった…」

末妹「読み終わった本を返しに行ってくるね」

メイド「私もご一緒しますー」



末妹の足音「てくてく」

メイドの足音「ぽてぽて」二足歩行バージョン

メイド「それを返されたら、また新しいご本を持って来ますか?」

末妹「今日はこのあと庭のお花を見たいから…本はまた別の日にするわ」
268 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:26:40.24 ID:LNBIi/tR0
メイド「末妹様、バラ園はまだご覧になっていませんよね?」

末妹「…そうね…」

メイド「ご主人様のお時間が空いていたら、一緒に裏庭に出られてはどうでしょう?」

末妹「…」

メイド「…末妹様?」

野獣「メイド」

メイド「あ、ご主人様」

末妹「野獣様…」

野獣「メイド、本はお前が返してこい」

末妹「…そんな、これくらい自分でやります」

末妹「メイドちゃんにはこの本でも大荷物ですし…」

野獣「いい運動だ、最近のお前は少し引き締めた方がいいからな」

メイド「…秋は脂肪がつくんですもの」プクー
269 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:30:11.74 ID:LNBIi/tR0
野獣「その後、ついでだから久し振りに本棚の埃を払っておいてくれ」

野獣「お前の届く範囲で構わないからな」

野獣の右手「ヒョイ」

末妹「あ、本…」

野獣「しっかり持てよ」ホイ

メイド「げええ重い」ヨロメキ

末妹「メ、メイドちゃん…」

メイド「へ、へっちゃらです、ご主人様のお言い付けですからっ!」フンヌ

野獣「頼んだぞ。私と末妹嬢はバラ園を見て来る」

末妹「野獣様?」

メイド「はあい、行ってらっしゃいませえ」ヨタヨタトサッテユク

野獣「本は引き摺らなければ途中で下に置いて休憩して構わんぞー?」

メイド「お気遣いありがとうございますうう」トオザカル「ガンバレ私ー」

末妹「…本当に大丈夫かしら」

野獣「さて…裏庭に出ようか」

末妹「…」

野獣「さあ?」

末妹「は、はい」
270 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/09(月) 22:30:55.18 ID:LNBIi/tR0

※短いけど今日はここまで※
続きは明後日の予定。

商人が駄目トーチャンなのは同意です
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/10(火) 01:33:43.10 ID:iLuPjKzco
次男だってどうなってるかわからないんだから名前呼んでやれよ、オヤジ…とは思う
272 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:40:32.68 ID:AX1Q5Ghc0
野獣の足音「コツコツ」

末妹の足音「てくてく」

野獣(花の好きな末妹が、今までバラ園を見たいとは一度も言わなかった)

野獣(彼女があの場所をどう思っているか、私はおおよそ『わかったつもり』になって、誘わずにいた)

野獣(本当の所は、どう思っているのか)

野獣(一度きちんと末妹の口から聞いてから誘うかどうか決めようか、とも思ったが…)

野獣の足「ピタ」

野獣「この扉から裏庭に出られる」

末妹「…」

野獣「さあ、おいで」

末妹「…はい」

扉「ギギィ…」

バラ「色とりどり〜」

バラの香り「漂い〜」

末妹「…!」

末妹「…やっぱり…綺麗…」

野獣「…」

野獣「無理に誘い出してしまったね」

末妹「…わかってらしたんですね、私の気が進まないでいたの」
273 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:41:16.52 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「実のところ、お前はこの場所をどう思っているのだ?」

野獣「率直に答えて欲しい」

野獣「お前が話し終えるまで、私は何も言わないよ」

末妹「…怖かったんです、バラ園に来るの」

末妹「私が父にねだったお土産のバラ一輪、軽い気持ちで選んだのですが」

末妹「父の…人ひとりの命と引き換えになるとは思ってもいなかった…」

末妹「そう思うと怖くなってしまったんです」

末妹「気軽に、花一輪を木から切り取って私に下さい、と頼んだ自分の言葉が」

末妹「そして…それを気付かせるこの場所が」

野獣「…」

末妹「この真っ赤なバラ、私がもらったバラの木…ですよね?」

末妹「あの一輪をここに戻せたら一番いいと思っています」

野獣(それは私も考えたことがある)

野獣(誰かにバラを折られても、私が魔法で繋げば、無かったことにできるのではないか、と)

末妹「…それでも父や私がバラを盗んだ罪は消えないのでしょうけど」

野獣(一度自分で折り取って試してみたが、出来なかった)

野獣(動物や風がへし折ったバラは私の魔法を使うまでもなく生き返ったが)

野獣(意図的に折ったバラだけは繋げられなかった、ましてや他人が折った時は…)

末妹「自分の生まれた木に戻れるだけでもどんなにいいか」
274 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:41:56.39 ID:AX1Q5Ghc0
末妹「…でも、それは出来ないんですよね…」

末妹「だから私にできるのは、野獣様の仰ったとおり一輪差しのバラを可愛がって」

末妹「見る度に優しいお父さんを、懐かしい家を…自分のわがままを、思い出す」

末妹「それしかできないんです」

野獣(少女が父親に花一輪ねだった『わがまま』がなんの罪になろうか)

野獣(商人の命、末妹の幸福と引き換えになる価値を付加したのは、私なのだ)

末妹「…」バラエンヲミワタス

末妹「でも…こうして実際に来てみると」

末妹「バラ達はとっても綺麗、私がどう思っているのもお構いなしで、精一杯咲いている姿はとっても綺麗」

末妹「ただただ綺麗、だからこの場所は美しい場所だと今は思っています」

野獣(…そう言ってお前は、私に向かって笑顔を見せるのだな…)

末妹「…」

末妹「…このバラ園をどう思うかを、話し終わりました」
275 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:42:28.31 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「では…私も少し話をしようか」

野獣(『秘密』に抵触せず、どこまで話せるかな…)

野獣「私がこの屋敷に初めて来た時、裏庭のバラは人に踏み荒らされていた」

野獣(屋敷の機械仕掛けで自分達に害が及ばないかと、父が兵士達に調べさせた時に構わず踏み荒らした為だ)

野獣「私は水と肥料をやって、手入れをして…なんとか『バラ園』と呼べる程度に修復した」

野獣(父には馬鹿にされ、母には蜂や蛾が集まるからやめろと言われたが…)

野獣(花が咲いて、客に褒められるようになってからは何も言わなくなった)

野獣「確かに愛着もある、私には大切なバラだ、たかが一輪、たかが一株、とは思ってない」

野獣「でもな、知っているか、花は…植物は強い」

野獣「花一つもぎ取っただけでは死にはしない」
276 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:43:12.71 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「これは魔法がかかって枯れないバラだが」

野獣(枯れない以外に、このバラが例外なのは)

野獣「本来は、冬が来て枯れたとて、春になれば新芽が出て花の季節が来ればまた咲く」

野獣(根の先にある私の心臓が止まれば根も死んでしまう事だ)

野獣「根が死なない限り、そう簡単に命は終わらないのだ」

野獣(私には選べたはずだ、バラを折った人間に危害を加えない代わりに)

野獣「それを、花ひとつと人ひとり、引き換えだとお前の父に告げた私は」

野獣(バラに詫びながら共に朽ちて行く道を)

野獣「理不尽で残酷だと、お前は思わないか?」

野獣(それができなかったのは…今の私には守るべき存在、執事達がいたから)

野獣「…どう思う?」

野獣(そして、もしかしたらこの少女と心を通わせ信頼関係を結ぶ事ができるのでは、と思ったから)
277 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:43:52.25 ID:AX1Q5Ghc0
末妹「…私は」

末妹「野獣様が私に何を求めていらっしゃるのか、よくわからないままです」

末妹「もどかしいです」

末妹「それがわかれば、私は野獣様と…」

末妹「…こんな子供が、生意気でごめんなさい、でも他の言い方を知りません…」

末妹「私は野獣様と、本当に友達になれるのに、と思っているのです」

野獣「…」

野獣「お前は私と、友達になりたい…のか…?」

末妹「メイドちゃんとは随分仲良くなりました、執事さんも何故ここでお仕えするようになったか話してくれました」

野獣「執事が…」

末妹「料理長さんや庭師くんも、自分の知っている事はなんでも話してくれます」

末妹「でも野獣様は…嘘はつかないけれど、沢山の教えてくださらない事が、誰にも言わずにおられる事が…」

末妹「きっと、言いたくても言えない理由があるのだろうとは思いますが」

末妹「私はもっと…野獣様とお話がしたい、野獣様のお話が聞きたいのです」

末妹「おかしいですか?」
278 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:44:23.92 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「…いや」

野獣「ちっともおかしくはない、お前は優しい子だからな…」

野獣「私のような化け物の心を思い遣ってくれる」

野獣「…そうだな…いつか…洗いざらい話そう、言えなかった理由も含めて」

野獣(こんな良い娘を)

野獣「その時は、私を本当に友だと思ってくれるかね?」

野獣(家族から、普通の幸福から切り離すのはやはり許されない)

末妹「…野獣様はいいんですか?私なんかが…友達で」

野獣(近いうち必ず家に帰そう)

野獣「何を言う、こんなに嬉しい言葉をお前から聞けるなんて」

野獣(私も覚悟を決めよう…)
279 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:45:00.01 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「…少し風が冷たいな、そろそろ中に戻ろうか」

末妹「はい…」

野獣「今度からは、末妹から裏庭が見たいと言った時にここに来よう」

末妹「さっきのお話…いつか…」

末妹「いつか、ずっと先になってもいいから、約束してくださいますか…?」

野獣「ああ、いつか」

野獣「その日を迎えられるように、努力しよう」

野獣(…お前に初めて)

野獣(嘘をついてしまったな…)
280 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:46:11.02 ID:AX1Q5Ghc0
同日、数時間後。

野獣「商人は昼も今も朝の状態と変わらない」

野獣「あれ以来、末妹の名を呟いている様子すらないし」

野獣「5回に1回程度は呼んでいた次兄の名も」

野獣「…今は兄が付き添っているようだな」

野獣「食事の盆の内容は見る度に変わってはいるが、いずれも手をつけないまま下げられたんじゃないか?」

野獣「ガラスの水差しの水も朝から減っていないように見える」

野獣「食事はともかく、水も飲まないのでは安静にしていても身体がいくらももたないぞ」

野獣「目を開けてはいるし息もしてはいるが、まるで死人の顔…」

野獣「…」

鏡の覆い布「ファサッ」

野獣「執事!」



次兄「執事さんが俺達を?」

末妹「ええ、二人で一緒に野獣様のお部屋にって…」

次兄「夕食の席にもいなかったよな。何かあったのか?」

末妹「考え事があると仰っていたと、メイドちゃんは言ってたけど…」

執事「お二人とも揃われましたね。では、ご案内します」
281 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:47:29.34 ID:AX1Q5Ghc0
次兄「野獣様の部屋ってこのへんだったのか」

執事「ご主人様、お連れしました」

野獣「ご苦労、お前は下がって…いや」

野獣「部屋の外で待機していてくれ」

執事「畏まりました」

野獣「…さて、お前達、まずはそこの長椅子にお掛け」

次兄「なんのご用ですか、一体…」ヨッコイショ

末妹「…」トナリニトン

野獣「二人とも、今夜寝る前に旅支度をしておくんだ」

次兄「へ?」

末妹「え…」

野獣「明日の朝、お前達を家に帰す」

末妹「な、なぜですか?」

次兄「俺だけ追い返すならともかく妹も?どーゆーことです?」

野獣「落ち着いてお聞き。商人が…お前達の父親が、病床に就いている」

末妹「…お父さんが!?」

次兄「!?」
282 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:48:11.75 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「もっと詳しく話すと…ここ最近は塞ぎ込んで部屋に籠り、元気がなかったらしいが」

野獣(…この先はとても言いにくい…)

野獣「昨日の朝、一人で突然家を抜け出し…港に来て、海に飛び込んでしまった」

次兄「な」

末妹「…嘘…」

野獣「幸い港にはたくさん人がいたので、溺れるより前、あっという間に救助された」

野獣「今は自分の家にいて、お前達の兄姉と一緒だが、そのまま寝込んでしまったようで」

野獣「自由に出歩くより安全かもしれないが…ひどく気落ちしている事には変わりないだろう」

次兄「父さん…何やってんだよ…」

末妹「…ああ、お父さん…」カタカタ

次兄「…野獣様、どうして貴方がそれをご存じなのですか?」

野獣「こちらの鏡とあちらの鏡、鏡同士を通じて見たい場所を見られる、という魔法がある」

野獣「お前達の家の様子をそっと窺ったのだ」

野獣「この屋敷では、他所の場所と手紙のやり取りなどはできないからな」

野獣「何か変わった事があれば知らせるつもりで見ていたのだが、ここまで大変な事が起きるとは…」

末妹「…それなら…それなら、私にも…今の家の様子を、父の様子を見せてください…お願いです」

末妹「お願いです、お願い…!!」

野獣「…いいだろう、少し待て」
283 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:49:13.18 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「執事」

執事「ご用ですか、ご主人様」

野獣「お前の聴力(みみ)ならば中のやり取りは聞こえていただろう」

野獣「ここにいてくれ。『一人』はちょっと耐えられそうにない…」

執事「仰せのままに」

野獣「先に言っておこう。音は聞こえないし、同じ鏡は一日に90秒しか使えん」

野獣「大きな姿見は私がさっき見ていたのでもう使えないが、部屋にもう一つ、小さな鏡のついた置物がある」

次兄「元はお母さんの部屋にあった置物だ」

鏡の覆い布「ペラリ」

野獣「…これだな」

野獣「少し見づらいが、我慢してくれ」

鏡「ドウゾ」

末妹「…お、お父…さん?」

次兄「…生きてはいるみたいだけど…こんな…」

次兄「こんな、まるで、別人、いや…抜け殻…」

野獣「…」
284 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:50:07.80 ID:AX1Q5Ghc0
末妹「私の…私のせいで…お父さんが…」

野獣「末妹」

次兄「野獣様、こっちの様子…俺達の無事をあっちに伝える手はないんですか?」

野獣「双方向にする方法もある、ただし…」

野獣「…誰でもよいが、誰かが、向こうの鏡に同じ合い言葉を使わなければならない」

次兄「…」

末妹「…お父さん…私は無事です、元気です、心配しないでください…」

次兄「末妹…」

末妹「…ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい…今すぐ、私は」バシ

次兄「鏡を叩くな、危ない」

末妹「お父さんの所に、帰ります…帰りたい…」バシ、バシバシバシバシ

次兄「やめろって!!」グイ

鏡「ミガイタ銀板ナノデヘイキッスヨ」

末妹「帰りたい、帰してください、帰して…帰るの…!」

次兄「…」ギュ
285 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:51:36.99 ID:AX1Q5Ghc0
野獣「次兄」

次兄「…野獣様…」

野獣「末妹嬢の荷造りは、メイドと…お前も手伝ってやれるか?」

次兄「…帰れる、んです…か…?本当に?」

野獣「私の使える魔法に、門が閉じていようが道がなかろうが、一瞬で帰せる呪文が一つだけあるのだ」

野獣「本当なら今すぐにでも帰してやりたいが」

野獣「…呪文を『掛けられる』側が二人とも取り乱していては、成功しない恐れもある」

次兄「俺は冷静ですよ、俺がしっかりしなくちゃ」

野獣「お前もさっきからひどい顔色だが」

次兄「…」

野獣「する必要のない無理はするな」

野獣「だから荷造りを終えたら今夜はもう休んで、明日の朝…発てるようにしてやろう」

末妹「…お父さ…う、うう…ああ…」シクシク

野獣「…」メヲソットソラス

野獣「執事…メイドを呼べ」

執事「…皆も獣の耳と獣の勘を持っています」

執事「全員、部屋の外で様子を窺っていますよ」
286 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:52:10.51 ID:AX1Q5Ghc0
末妹の客間。

メイド「末妹様のお荷物は、こんな感じでよろしいでしょうか」

次兄「…うん。万が一、後で妹から不平不満が出ても俺が責任を持つ」

メイド「さすがはお兄様」

次兄「…」

メイド「今のは冗談でも皮肉でもなく、心からです」

メイド「次兄様がいてくださって、本当によかった、本当に…」

末妹「すーすー…」ベッドノナカ

次兄「…よく眠っている」

メイド「ご主人様のお薬がよく効いているようで」

次兄「薬を飲ませてから、しばらくメイドさん(兎)を撫でていたのも良かったと思うよ」イヤシコウカ

メイド「でも、今夜はそばにいてあげてくださいね」

次兄「言われなくても」

次兄「…俺も一人でいたくないし」
287 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:52:59.10 ID:AX1Q5Ghc0
メイド「…では、私はこれで失礼致します」ペコリン

メイド「いつも通り隣の部屋にいますから、何かあればご遠慮なく」

次兄「うん、ありがとう」

次兄「…」

次兄「末妹?」

末妹「すやすや…」

次兄「…ぐっすりだ」

次兄「末妹とよく遊ぶようになったのは、お前が4歳くらいの頃からだっけか」

次兄「俺が具合悪くて寝込んでいる時は、チビのくせに何かと世話を焼いてくれて」

次兄「本を読んでくれたり、水を持ってきてくれたり」

次兄「何もしなくても、側にいてくれるだけでずいぶん元気付けられた」

次兄「お返しに、お前が辛い時は、今度は俺がお前を元気付けてやりたい」

次兄「って、思っているよ。ずっと前からそう思っている」
288 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:54:01.11 ID:AX1Q5Ghc0
次兄「…思っているけど、お前はいつも元気で明るいし、俺は稀に見るダメ兄だから…」

次兄「自分の楽しみを優先したり、趣味を優先したり、欲望を優先したりしている」

次兄「まあ内容的にはこの3つは全部同じようなものだがとにかく」

次兄「こんな兄でごめん」

次兄「それでも今後一生、お前がどんな人生を送ろうと俺がお前の兄ちゃんなのは変わらないから」

次兄「俺にできる事であれば頑張る、頑張りたい」

次兄「…頑張りますから見捨てないでくださいこの通り」土下座

メイド「見捨てられたりしませんよ、安心してくださいな」ヒョッコリ

次兄「独り言聞こえていましたか」

次兄「…むしろ安眠妨害してたか、ごめん」

メイド「ほどほどにされて、お休みくださいね」ヒッコミ

次兄「…」

次兄「自分の部屋から布団持ってきて…この部屋で寝よう」ジブンハユカノウエ

次兄「しっかり眠ろう、俺がひっくり返るわけには行かないもんな」
289 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:54:32.44 ID:AX1Q5Ghc0
次兄「…思っているけど、お前はいつも元気で明るいし、俺は稀に見るダメ兄だから…」

次兄「自分の楽しみを優先したり、趣味を優先したり、欲望を優先したりしている」

次兄「まあ内容的にはこの3つは全部同じようなものだがとにかく」

次兄「こんな兄でごめん」

次兄「それでも今後一生、お前がどんな人生を送ろうと俺がお前の兄ちゃんなのは変わらないから」

次兄「俺にできる事であれば頑張る、頑張りたい」

次兄「…頑張りますから見捨てないでくださいこの通り」土下座

メイド「見捨てられたりしませんよ、安心してくださいな」ヒョッコリ

次兄「独り言聞こえていましたか」

次兄「…むしろ安眠妨害してたか、ごめん」

メイド「ほどほどにされて、お休みくださいね」ヒッコミ

次兄「…」

次兄「自分の部屋から布団持ってきて…この部屋で寝よう」ジブンハユカノウエ

次兄「しっかり眠ろう、俺がひっくり返るわけには行かないもんな」
290 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/11(水) 21:56:49.28 ID:AX1Q5Ghc0
作者「ぎゃあああああ二重投稿」

>>289はなかったことにしてください…

※今日はここまで。そろそろ帰郷編です。次回は明後日以降でしょうか※
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/11(水) 23:37:42.56 ID:ERkk2JmXo
292 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/13(金) 21:53:14.22 ID:J6nw3P7V0
翌朝。末妹の客間

次兄「……ふにょ?」

次兄「もう、朝か…」モゾリモゾリ

末妹「おはよう、お兄ちゃん」

次兄「っと、お前も起きたのか」オキアガリ

次兄「…もう着替えてるのな。寝起きいいなお前」

末妹「皆のおかげで、ぐっすり眠れたから」

末妹「…昨夜は…心配掛けて、本当にごめんなさい…」

次兄「謝ることじゃないし」

次兄「とりあえず、今は落ち着いてるか?」

末妹「うん」

次兄「そんならよかった」

次兄「…俺は昨日の恰好のまま寝ちゃったから、服はこのままでいいや」

メイド「おはようございます、次兄様、末妹様」

次兄「おはよ、メイドさん」

執事「おはようございます」

次兄「執事さんまで!?」

末妹「おはようございます…」
293 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/13(金) 21:55:23.55 ID:J6nw3P7V0
メイド「お二人とも、お食事の用意ができましたよ」

末妹「でも…」

執事「急ぐお気持ちはわかりますが、貴方様達を空腹のまま送り出したくないのが、わたくし達の総意です」

執事「かと言って時間も確かに惜しいので、軽い朝食をこちらにお持ちしました」

執事「メイドひとりでは運べないのでわたくしが」

ワゴン「ガラガラ」

メイド「お二人で気兼ねなくどうぞ。終わった頃を見計らって下げに来ます」ペコリ

次兄「執事さん、メイドさん、ありがとう」

次兄「末妹、食べよう。せっかく用意してくれたんだ」

末妹「…うん…」

(食事中)

次兄「サンドイッチうめー」モムモム

末妹「…」

末妹「私の分も荷造りしてくれて、ありがとう、お兄ちゃん」

次兄「メイドさんも手伝ってくれたよ。女の子の荷物は俺にはよくわからないから」

次兄「でも総責任者は俺だから、お気づきの点がありましたらお兄ちゃんまでお知らせください」

末妹「ふふ…」
294 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/13(金) 21:55:57.96 ID:J6nw3P7V0
末妹「…オルゴールとドレスはこの部屋に置いて行くのね」

次兄「オルゴールは繊細な機械だから迂闊に持ち歩きたくないし」

次兄「あっちでドレス着る機会もないだろ?」

次兄「それにどっちも高級品だから、姉さん達には目の毒だ」

次兄「ドレス本体は二人ともサイズが合わないけどさ」

次兄「付いている一番大きい飾りは、本物のルビーだって執事さんが言ってた」

次兄「野獣様から聞いただけで、執事さん自身は色ガラスと何がどう違うのかわからないって言ってたけど」

末妹「…知らなかったわ…」チョットアオザメ

次兄「姉さん達がルビーやオルゴールを奪い合う姿は見たくないからなあ」

次兄「第一…少なくとも一度はまたここに戻って来るんだし」

次兄「俺だけは『もう来るなよ』って言われそうだけどね」

末妹「…戻って…」

次兄「…来るんだろ?家に帰りっぱなしじゃないだろ?」
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/13(金) 21:56:55.55 ID:sgCaIYuP0
支援
296 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/13(金) 21:56:57.42 ID:J6nw3P7V0
次兄「いつになるかわからないけどさ、父さんが元気になったら」

次兄「家にいつでも帰れるってわかったんだから、いつでもこっちに来れるじゃないか?」

末妹「いつでも…」

末妹「考えたことなかったわ」

次兄「ま、父さんの…家の状況次第だけど」

次兄「って言うかさ、お前にまたここに来る気があるのが前提だけどさ」

末妹「…うん…」

(野獣「…そうだな…いつか…洗いざらい話そう、言えなかった理由も含めて」)

末妹「そうね、私…またここに来る」

(末妹「さっきのお話…いつか…」)

(末妹「いつか、ずっと先になってもいいから、約束してくださいますか…?」)

(野獣「ああ、いつか」)

(野獣「その日を迎えられるように、努力しよう」)

末妹「約束したから…」
297 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/13(金) 21:58:43.39 ID:J6nw3P7V0

※繋ぎ回で短いけど今夜はここまで※

支援ありがとうございます
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/14(土) 01:43:06.56 ID:jVhMPT0co
299 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 18:03:48.48 ID:rCp0WQdq0
少しのち、野獣の自室。

メイド「末妹様、末妹様に会えばお父様はすぐ良くなりますよ。だから元気出してくださいね」

末妹「ありがとう、メイドちゃん」

末妹「また来るからね」ナデナデ

メイド「待っています…」スリスリ

次兄(末妹とメイドさんが抱き合って別れを惜しんでいる)

次兄(正確には末妹に抱き上げられたメイドさんが短い前足を肩に立てかけている状態だが)

次兄(とにかく俺も執事さんと別れの熱き抱擁を交わしても許されるのでは?)チラ

執事「…」ジー

次兄(…こっち見てる)

次兄(野生の勘で何かを察したか、さすが執事さん、隙がない)

次兄(でもそんな執事さんやっぱり素敵)

末妹「料理長さん、庭師くん…」

料理長「人間は疲れた時には甘い物を食べるといいと聞きます、これは少しですが…」

料理長「日持ちのするお菓子を作りました。お二人で食べてください」

庭師「今回は僕も手伝いました…へへ」

末妹「ありがとう…嬉しいわ」
300 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 18:04:44.55 ID:rCp0WQdq0
野獣「…さあ、お前達。気持ちはわかるが、そろそろ…」

メイド「…はい。またお会いできますものね」

庭師「『しばしのお別れ』ですよね」

料理長「強い魔法を使うにはご主人様も集中しなくては、無関係なわしらは退室しよう」

メイド「末妹様…」

末妹「また会おうね、メイドちゃん」

野獣「執事、お前は立ち会ってくれ」

執事「そのつもりです」

野獣「…さあ…始めようか」

野獣「まず末妹にはそこの魔法陣に入ってもらう、当然、次兄にもだが」

次兄「複雑な形だなあ、描くのに時間かかりそう」

末妹「…」

野獣「不気味に見えるだろうが、怖い物ではないぞ、安心しろ」

末妹「は、はい…」

野獣「真ん中の小さい円の中へ、そう…次兄はその隣に」
301 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 18:06:00.18 ID:rCp0WQdq0
野獣「ここで末妹に魔法をかけるが、そのためには」

野獣「お前自身が心を平穏にして…家に帰りたいと強く願うことが大切だ」

野獣「どんなに家に帰りたいと思っても、心が乱れていては、うまくかからない恐れがあるのだよ」

野獣「大丈夫か、末妹…?」

末妹「…ええ…」コクン

次兄「んで、この屋敷に戻る時はどうすればいいんでしょ?」

野獣「…」

野獣「…うむ…これは往路と復路、1回ずつ有効なのだ」

野獣「戻る時は魔法陣は必要ない、他に誰もいない静かな部屋で同じように強く念じれば良いだけ」

野獣「ただし、今回はこちらに戻る魔法を安易に使えないようにしておく」

野獣「お前には親孝行に専念して欲しいからね」

野獣「二週間を過ぎなければ、どれだけこっちに戻ろうと思っても何も起こらない」

次兄「時限装置つきの魔法ですか」

野獣「そういうことだな。末妹よ、準備はいいか?」
302 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 18:06:40.00 ID:rCp0WQdq0
次兄「…あの、俺には?」

野獣「この魔法は魔力を一度に消耗するので、一回一人分しかかけられないのだ」

野獣「しかし、末妹嬢としっかり手をつないでいれば」

野獣「荷物と見なされて一緒に運ぶことができるから安心しろ」

次兄「俺の扱いはついに手回り品にまで堕ちた模様」テツナギ

野獣「次兄は手荷物だから、雑念や邪念しか心になくても一向に構わんぞ」

次兄「手荷物だって帰りたいパワーの援護射撃できますよ」

野獣「さあ、末妹…心は落ち着いているか?」

末妹「大丈夫です、野獣様」

野獣「家に帰りたい、父親の元に行きたいと、強く願うのだ」

末妹「…野獣様、ありがとうございます」

末妹「向こうが落ち着いたらお父さんにきちんと話をして、安心してもらった上で」

末妹「正々堂々とまたここに来ます、約束します」

野獣「…」

野獣「家に帰ることだけを考えて…集中しなさい」

末妹「はい…」
303 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 19:39:41.91 ID:rCp0WQdq0
野獣「二人とも、ここから先は何も喋ってはならぬ。目を閉じるのだ」

末妹「…」

次兄(…野獣様と執事さんもしばらく見おさめ…)

野獣「…ブツブツ…」(小さな声で詠唱)

野獣「…っ」

執事「!!」

執事(…二人の姿が、消えた…)

野獣「…終わった…」

野獣の膝「ガクン」

野獣の尻「床にドスー」

執事「ご主人様っ!?」

野獣「だ、大丈夫だ、緊張と共に足の力も抜けただけ…」
304 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 19:40:56.99 ID:rCp0WQdq0
野獣「…執事よ…私は不自然ではなかったか…?」

執事「何を仰っているのかよくわかりませんが」テヲカシナガラ

執事「お寂しいのを我慢しておられたのですね、無理もありません…」ヨイショ

野獣「…」

執事「しかし、また戻って来られますよ。あちらが早く平穏になって、末妹様も安心できますよう…」

執事「こういう時は、祈る、と言うのでしたっけ。祈りましょう」

野獣「そうだな…末妹の心が安らかであるよう…」

野獣「…家族と幸せに過ごせるよう…」



商人の家の裏庭

末妹「…」

次兄「…末妹…?」

末妹「…お兄…ちゃん?」

次兄「なんか…そろそろ目を開けてもいいような気がするんだけど…」

末妹「私もそう思う、なんだか懐かしい…潮風の香りがするもの…」
305 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 19:42:23.30 ID:rCp0WQdq0
家政婦「…末妹様?次兄様?」

末妹「その声は」

次兄「(東洋人を祖母に持ちご近所からはクールビューティーと評判の)通いの家政婦さん(24歳)」

家政婦「…そんな所で、何をされているのです?」

末妹「え?」目パッチリ

次兄「そんな所?」目パカ

末妹「お兄ちゃん、ここ、屋根の上…!!」

次兄「のおおおお!?」煙突ニシガミツキ

家政婦「連絡もなしに久し振りにお家に戻られたのはいいとして…お転婆が過ぎましてよ、末妹様」梯子テニトリ

家政婦「次兄様も、女の子をやんちゃな遊びに付き合わせないように…」梯子タテカケ

次兄「…しばらく顔を見なかった我々が忽然と屋根の上に現れたという最大の突っ込みどころを軽くあしらい」ソローリ

次兄「淡々と適切に対処する家政婦さん、さすがだな」梯子オリオリ

裏庭に通ずるドア「バタム」

長兄「どうした、何の騒ぎ…」

末妹「お兄さん」梯子ノトチュウ

次兄「やあ兄さん」

長兄「 」フリーズ
306 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 20:50:02.54 ID:rCp0WQdq0
商人の家、商人の部屋

末妹「…お父さん…」

商人「…ぐー…ぐー…」熟睡

長兄「横になったままだというのに、こんな事になってからは殆ど眠っていなくてね…」

長兄「このままでは身体がもたないので、今朝、往診に見えた先生(医者)が薬で眠らせることにした」

長兄「一応安全な薬だが、切れるまではちょっとやそっとでは目覚めないそうだ」

長兄「…しかし…こうして目の前にお前達がいて」

長兄「お前達からどうやって帰って来たのかを聞いた後でも、まだ信じられんのだが…」カイツマンデハナシタヨ

次兄「兄さんは堅物だから自分の目より常識による判断に重きを置くタイプ」

長兄「…本当に…その野獣というのは魔法の使い手なんだな…」

次兄「姉さん達は付き添いもしないのかい?」

長兄「…次姉は俺以上に父さんに付いていてくれているんだ」

長兄「お前達がいなくなってしばらく後、店の手伝いもしてくれていたんだが」

次兄「次姉ねえさんが…」
307 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 20:51:10.39 ID:rCp0WQdq0
長兄「父さんがあんなことになってから店を閉めて…看病は次姉が主に引き受てくれている」

長兄「しかし、今日はどうしても出掛けなければならない用事ができてね」

長兄「早い話、クレーム客の対応なんだが、その品物を直接売ったのが次姉だったから」

長兄「相手方も俺が代わりに行くどころか、付き添っても、納得してくれないみたいで…」

長兄「次姉ひとりじゃどうかと言ったんだが、あいつも頑固でね」

次兄「…長姉ねえさんは何をやってるんだ?」

長兄「…だいたい部屋に閉じこもっているみたいだな」

長兄「たまにどこかフラっと出掛けるが、もう殆ど小遣いもないからあまり派手な事もしていないようで」

長兄「どっかで時間を潰して戻ってくるんだろう」

次兄「…」
308 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 20:52:06.17 ID:rCp0WQdq0
末妹「お父さん、こんなに痩せてしまって…」

次兄「痩せたと言うよりしぼんだ感じ」

次兄「身体は悪い所ないって本当に?」

長兄「ろくに飲み食いしていないから、脱水症状はあるらしいけどな、今の所はそれだけ」

長兄「ただ、この状態が続くと身体のあちこちどんどん弱ってくるから、そうなると…」

次兄「でも末妹が帰って来たからね」

末妹「…早く目を覚ましてほしいわ。私はここにいますよ、お父さん…」



同時刻、野獣の部屋

鏡「…ダソウデスヨ」

野獣「…とりあえず、父親に会えたようだな…」

執事「無事に帰られてよかった」

野獣「よし…また後で様子を見るようにしよう」

鏡の覆い布「ファッサリ」

メイド「ご主人様、魔法の鏡の合い言葉をお二人にも教えておけばよかったですね」

野獣「…ん?」

メイド「お二人だって、お父様が落ち着かれたら今度はご主人様の様子を知りたくなると思いますよ?」

野獣「…」
309 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/14(土) 20:53:00.96 ID:rCp0WQdq0

※今夜はここまで※
310 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:24:40.28 ID:IvB3Y90t0
午後、引き続き、商人の部屋。

長兄「父さんはそろそろ目を覚ましてもおかしくない頃だが」

長兄「しかし、お前達も旅の疲れがあるだろうに」

次兄「マジで一瞬にして帰って来たんだってば、言っただろ?」

長兄「そ、そうだったな…どうもお前の言うとおり、常識が先立ってしまうんだよな…」

末妹「…お父さん、私は元気でしたよ、怖い目にも一度も遭いませんでした」

末妹「野獣様が本当は優しい方だと最初からわかっていれば、お父さんも安心だったのに…」

商人「…む…?」ピク…

末妹「お父さん?」

商人「…うー…ん…?」モゾ…

末妹「お父さん!私ですよ、末妹です…!」

商人「…う?む?」マバタキ

末妹「こっちを見てくれた…お父さん…」
311 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:25:34.31 ID:IvB3Y90t0
商人「…お、お、おお…」ワナワナ

商人「あああ神様…ありがとうございます」ウルウル

商人「…最後の最期に、末妹の幻を…見せてくださるとは…」

商人「これで…これで、幸せに妻の所に旅立てます…待ってろよ妻…」

次兄「ちょ、ちょっと待て父さん」ズズゥイ

次兄「今際の際の幻覚に俺までいるのに疑問は持たないのか?」

次兄「しかも今ほら、こんなすごい変な姿勢で父さんの視界に割り込んでいるのは不自然だろ?」

商人「…次兄…」

商人「お前のことだって忘れてはいなかったよ…一日何回かは思い出していたからね…」

次兄「それ以外の時間は忘れていたと言っているのと同じだ」
312 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:26:41.57 ID:IvB3Y90t0
次兄「とにかく、父さんはまだ死なないから」

次兄「死にかけ経験についてはベテランの俺が言うんだから間違いない」

次兄「今も父さんを診に来る先生から過去3回は『覚悟した方がいいでしょう』発言を引き出したんだからな?」

商人「…」

商人「…次兄…本物の…実体の、生身の次兄…なのか?」

次兄「俺だけじゃない、末妹だって実体だ」

長兄「父さんの手を握ってあげて」

末妹「お父さん、私は本当に目の前にいますよ」ギュ

商人「…暖かい…本当に…本物の末妹…」

商人「末妹、ああおうおあああおおおおおおおお」ガバァ

末妹「お父さん…」ヒシッ

長兄「父さんが久し振りに生きた人間らしく…よかった…」

次兄「父娘の再会。涙の抱擁。俺は混ざらないで暖かく見守る所存」
313 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:27:38.26 ID:IvB3Y90t0
長兄「…しかし…次兄、こうして見ると、少し成長したんじゃないか?」

次兄「そうかな、一か月も経ってないけど」

長兄「15と言っても通用するかも」ワルギナシ

次兄(17)「そうですか」

次兄「兄さんにはずいぶん苦労をかけたみたいだね」

長兄「…今、額の生え際を見て言ったよな?????」ソフトクビシメ

次兄「自意識過剰被害妄想」ジタバタ

商人「本当に…お前達が無事でよかったよ…」グスッ

商人「末妹…落ち着いて見てみると、少し大きくなったようだな」

末妹「そうかしら、そんなに長いこと経っていないけれど」

商人「12と言っても通用するかも」スナオナカンソウ

末妹(14)「そうなのね」
314 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:28:41.64 ID:IvB3Y90t0
商人「…よし着替えるぞ、いつまでも寝間着を着ていては末妹に心配をかける」ヌギカケ

末妹「お父さ」

次兄「ちょっと待て父さん、実の娘とは言え思春期の乙女の目の前でいきなり裸体を晒すのは紳士失格だ」

長兄「そうそう、落ち着きなよ。俺と次兄で手伝うからさ」

商人「そ、それもそうか、すまんすまん」

長兄「着替えたら少し何か食べようか、父さん?」

次兄「そもそも俺だって実の父とは言え人間の中年男性の緩んだ腹肉だの存在意義のわからない胸毛だの本当は見たくもない」

長兄「おい、父親に向かってひどすぎないか?」

商人「…よくわからんがとりあえず謝ろう」
315 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:30:45.91 ID:IvB3Y90t0
末妹「…自分の部屋も久しぶり」

末妹「荷物と言っても大した数はないんだけれど」

蓋付きの小さな缶「カラン」

末妹「…料理長さんのお菓子」

末妹「今朝の話なのに、ずいぶん前の事のような気がする…」

厚紙の筒「コロン」

末妹「…バラの花」

末妹「身近に置きたくて持って来ちゃった」

末妹「うちの一輪差しはどこにあったかな、家政婦さんに聞いた方が早いかも?」

次姉の声「…あの子達が帰って来たって本当!?」

家政婦の声「ええ、次姉様がお出かけになられてすぐ…」

長兄の声「次姉戻ったのか、あの客は」

次姉の声「その話は後!!末妹は!?」

長兄の声「…自分の部屋に」

次姉の足音「ダダダダダダダダ」チカヅイテクル

末妹の部屋のドア「バン!!」

次姉「…末妹…」

末妹「お姉さん」
316 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:33:13.72 ID:IvB3Y90t0
作者「一つ間違えました」

>>314>>315の間に↓これが入ります…※
317 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:34:09.23 ID:IvB3Y90t0
>>314

次兄「父さんが悪いんじゃない。神様からつるすべの肌と面白味のない体毛しか与えてもらえなかった人類全体の不幸だ」

次兄「何故、神は人間をわっざわざ御自身の似姿に創りたもうた」

次兄「獣達を作った素材と勢いで一緒に創造してくれたら充分だったのに余計なひと手間加えやがって」

商人「次兄次兄、ちょっと危険な発言だよ」アワアワ

長兄「末妹、次兄は向こうで何かあったのか?」

末妹(ふっさふさの獣さん達に囲まれて暮らしていた所を、突然この家に戻って来たから…)

末妹(でも迂闊に言うともっと心配されそうだし)

次兄「着替えは渋々手伝うよ、嫌々手伝うから、末妹は席を外して」

長兄「だからどうして余計な副詞をつける」

商人「…見苦しい父親で本当にすまん…」

末妹「わ、私、部屋で荷物を片づけてくる!」ピュン

>>315
318 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 09:35:20.21 ID:IvB3Y90t0

※投下ミス本当にごめんなさい…続きは夜にでも※
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/15(日) 10:11:23.97 ID:jwsa3gTUo
おつ
320 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:39:38.87 ID:IvB3Y90t0
次姉「末妹…本物なのね…幽霊でも妖精でもないのね…?」

末妹「ええ、本物よ」ニコ

次姉「…」

次姉の涙「ポロッ」

末妹「え」

次姉の涙「ポロポロボロボロボタボタボタボタ」

末妹「お姉さん!?」

次姉の足腰「床にヘナヘナペタン」

次姉「…い…生きてた…生きてたなんて…」ぐしぐし

末妹「…お姉さん…」ヨリソイ

次姉「しかも元気で…生きていても、酷い目に遭ってるだろうとか…」ぐしぐし

末妹「…野獣さ…お屋敷のご主人様は、親切な方だったのよ」

末妹「お姉さんにも心配かけちゃった…ごめんなさい、泣かないで」

次姉「…この涙は違うのよ…」ぐじぐじ

次姉「確かにあんたが生きててよかったとは思ったけど…」ぐじ

次姉「これで私は許されるって…」ハンカチダシ

次姉「あんたがいなくなってせいせいした、いなくなってよかったと思った私が許されるって」ズビー

次姉「…そう思って安堵した、身勝手極まりない醜い涙よ…!」ぐしゅ
321 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:40:38.16 ID:IvB3Y90t0
末妹「…」

末妹「私も…お屋敷ではお姉さん達がいなかったから…」

末妹「誰にも嫌味とか言われないのは気が楽だなあって思ったことあるんだ」

末妹「…『せいせいした』はお互い様だと思うの」テヘ

次姉「一緒にしないでよ…悪いのはこっち」

末妹「でも私、小さい頃からお父さんを独り占めして…お姉さん達はいつも…」

次姉「その話はやめて」

末妹「…」

次姉「『今は』やめて、そのことについては私も話し出したら止まらなくなるから」

次姉「今さら仲良し姉妹になろうなんて、虫のいい事は考えていないけど」

次姉「あんたが嫌じゃなければ…私達これからもっと…」

末妹「もっと…?」

次姉「!…ごめん、なんでもない!忘れて!」

末妹「お姉さん、私達もっと色んな話をした方がいいと思う、時間はこれから沢山あるから」

末妹「私もそう思っていたの」

次姉「末妹…」
322 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:41:55.01 ID:IvB3Y90t0
商人の部屋

長兄「次姉と末妹はまだ話をしているのか」

商人「…次姉にもすっかり心配かけてしまったな」

商人「ずっと付いていてくれたのに、海に飛び込んでから末妹に会うまでの記憶が殆どないんだ…」

ドア「カチャ…」

次兄「お、末妹」

次兄「…と、次姉(ねえ)さん」

次姉「…お父さん!?」

商人「おお、本当にすまなかったな次姉…もう心配いらないよ」

長兄「まだ歩き回るのは無理だけどさ」

長兄「さっき久し振りに食事もできたんだ、きっと近いうち元の生活に戻れるよ」

次兄「姉さんと話をしてたのか?」

末妹「うん、でも…まだまだこれからよ」

次姉「次兄、あんたも生きてたのね…」

次兄「姉さんのそんなシンプルで堅実そうな服装と髪型は何年ぶりかな」

次兄「でも意外と似合っているよ」

次姉「褒めたって何もあげないからね」
323 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:43:15.15 ID:IvB3Y90t0
次兄「…あれ、姉さん、目が赤い?」

次姉「…」ヒュッ

次姉のミドルキック「ズム」ニブイオト

次兄「 」ドサリ

末妹「お、お兄ちゃん…!?しっかり…」ユサユサ

商人「これこれ、年頃の娘が…弟を蹴っちゃいかん」

長兄「年頃とか関係ないと思うけど」

次兄「 」



商人の部屋のドアの前

長姉「…何よ、この家族団欒風景…」弟シロメムイテイマスガ

家政婦「あら、長姉様、そんな所で何をなさって」

長姉「しーーーーーーっ!!」

家政婦「…」

家政婦「黙っておけと仰るのなら黙っておきます」

家政婦「ところで…お夕食は今日もお部屋に運びますか?」

長姉「…」コクコク

長姉「…夕食まで、少し出掛けるわ」(小声)

家政婦「承知致しました」
324 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:44:41.38 ID:IvB3Y90t0
街のちょっとした広場、のベンチ。

長姉「二人が帰って来てお父さんが元気になって」

長姉「いよいよ私が家の手伝いをする理由も入る場もないじゃない」

長姉「次姉だって…末妹が帰ってきたらもう用済みになるんだから」

長姉「私と違って賢いくせにわからないのかしら?」

長姉「…そうよ…」

長姉「…何が『姉妹揃って成績優秀』よ…」

?「…長姉?」

長姉「!?」バッ

幼馴染男「そ、そんな激しい勢いでしかも怖い顔で振り返らないでくれる?」ドキドキ

長姉「…幼馴染男」

幼馴染男「ベンチの隣…いいかな?」

長姉「隣のベンチなら座っていいわよ」

幼馴染男「…ありがと」トン
325 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:46:22.15 ID:IvB3Y90t0
幼馴染男「あの…君んち、何日か前からお店も閉めて…お父さんが前よりもっと大変だって…」

長姉「にも関わらずブラブラしている不良娘でございます」

幼馴染男「そ、そんな事が言いたいんじゃない」

幼馴染男「…君がわりと元気そうなだけでも…よかった。心配したよ」

長姉「…近々店は再開すると思う。お父さんも何日かしたら仕事に戻るんじゃないの」

幼馴染男「え、本当かい?」

長姉「末妹が…次兄もだけど…今日突然帰って来たの。寝たきりがあっという間に起き上がって」

幼馴染男「そうなんだ、嫁ぎ先から…って、次兄くんも家にいなかったのか?」

幼馴染男「街の噂じゃ末妹ちゃんが嫁いだらしいって話だけで、次兄くんの話は一切出て来なかったなあ」

長姉(…次兄は引きこもりだから誰もいなくなったのに気付かなかったんだ)

長姉「正確には嫁いだとはちょっと違ったんだけど…表向きそっちの方がわかりやすいからよ」

幼馴染男「何やら色々事情があるみたいだが…」

幼馴染男「まあ…よかったよ。これで一安心だね」

長姉「あんたもあの子が帰って来て良かったと思う?」

幼馴染男「…だって、そのことでお父さんが元気になったんだろ?」

幼馴染男「君の心配や負担が軽くなったのはいい事だ」
326 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:47:37.31 ID:IvB3Y90t0
長姉「別に私には負担なんてかかっていなかったわ」

長姉「お父さんが寝込んで忙しかったのは兄と次姉だけ」

長姉「私なんか役立たずだもの、二人とも私には期待しないで、私抜きで、店や家を取り回していたの」

長姉「私はヘソクリの残額ばかり心配していた、やっぱり不良娘よ」

長姉(…なんで私、こんな話を幼馴染男にしているんだろ…?)

幼馴染男「…人には向き不向きってものがあるよ」

幼馴染男「僕が父親の仕事を引き継ぐには適性がなかったのと同じで」

幼馴染男「たまたま、今回の事では君を活かせる場面も仕事もなかったんだけなんだろう」

長姉「…慰めているつもりかしら」

長姉「じゃあ、私はどんなことなら向いていると思う?私の役目って何?」

幼馴染男「君は…」
327 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:49:18.35 ID:IvB3Y90t0
幼馴染男「…美しいことが大切な役目」キリッ

長姉「ああん!!!???」ビキビキビキブチブチブチブチブチブチィ

幼馴染男「はぅ!」防御態勢「…違うベンチに座っててよかった」

長姉「バ・カ・に・し・て・る・の!?」ゴゴゴゴゴゴ

幼馴染男「そんなメドゥーサみたいな表情で睨まないで…石になりそう」

長姉「なるものならなればいいのよ!学者で成功するより早く広場の名物オブジェとして歴史に残るわね!」

幼馴染男「別にふざけて言ったんじゃない。人を和ませるのも才能だと考えている」

幼馴染男「子供の頃の君はとても…昔から顔立ちも整っていたとは思うけど」

幼馴染男「それ以上に…すごく笑顔のきれいな女の子だと思っていたんだ」

幼馴染男「笑顔だけじゃない、君の話し方、仕草、人の話を聞く時の表情…」

幼馴染男「全部がすごく…なんて言うのか、キラキラしててさ」

幼馴染男「ここ何年かの、着飾って歩いてた君よりよほど…お姫様みたいで、花みたいで、太陽みたいで」

幼馴染男「星みたいで…僕は大好きだったんだよ?」

長姉「 」
328 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:51:47.34 ID:IvB3Y90t0
幼馴染男「…今度はベンチごと僕をひっくり返すつもりか」

幼馴染男「無理だよ、固定してあるから」

長姉「…ハァハァゼェゼェ」汗ダクー

長姉「…なんなの、なんなのあんた、なんなのよ…」

長姉「ご機嫌取ったって相手になんかしてやらないんだからね貧乏人!!!!!」ブンッ

長姉の右靴「ビュン」

幼馴染男「おうっ!?」キャッチ!

幼馴染男「…そうそう何度も痛い目に会うわけには行かないぞ」ホッ…

幼馴染男「…長姉…」

幼馴染男「片足しか靴履いてないのに、もうあんな遠くへ走り去って」

幼馴染男の目「手に残った靴をジー」

幼馴染男「…僕のシンデレラは短気だなあ…前途多難だ…」
329 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/15(日) 20:53:43.63 ID:IvB3Y90t0

※今日はここまでです※
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/16(月) 06:12:44.84 ID:cUh0onFJo
331 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/16(月) 21:55:01.52 ID:w52d3Eh60
野獣の館。

野獣「私の様子を知りたくなる…か」

野獣「次兄と末妹もだが、メイド達も何も知らないからな」

野獣「私が既にあの兄妹に嘘をついていると言う事を」

野獣「末妹にかけた魔法は往復ではない、家に帰るだけの片道の魔法だった」

(師匠「信頼を築きあげる途中でお前がそれを諦め、放棄した時は、お前はやはりバラと共に死にゆくだろう」)

野獣「…末妹を裏切ったことで、私と裏庭のバラの余命はどれ程になるのか」

野獣「今のところ、バラは相変わらず瑞々しいし、私の身に何か変化が起きている様子もない」

野獣「彼女が気付かないうちは、何も起こらないのかもしれないな?」

野獣「…」

野獣「確かに、裏切った相手の悲しみや怒りも知らずに死ぬのでは罰とは言えまい」

野獣「末妹の失望する姿を見届けるまでは生きていなくてはならない、ということか」

野獣「彼女は純真ゆえに傷付くだろう…が、家族の愛情で癒される傷だ、実際それだけ愛されてもいる」

野獣「向こうからこちらの顛末を知る手立てはないのだから、私が死にゆく事も知らないまま」

野獣「所詮は人と相容れぬ存在、気まぐれで弄んだ人間を不要になったから手放しただけ」

野獣「そう思って、二度とこのような化け物とは関わらぬよう、平穏に暮らしてくれればいい」

野獣「末妹が騙されたと知れば、あの次兄さえも私に愛想を尽かすだろう」

野獣「…あとは、使用人達…皆の事もきちんと方を付けてやらなくては…」
332 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/16(月) 21:56:31.40 ID:w52d3Eh60
商人の家の居間。

次姉「…つまり、弁償金目的の完全な言いがかりだったのよ。品物には何の問題もないわ」

次姉「口煩い小金持ちのマダムが、たぶん他の店相手に上手く行ったので味を占めたんでしょう」

次兄「小金持ちの店と小金持ちの客の一騎打ち」

次姉「小娘1人なら言いくるめるのは容易いと思ったみたい」

次兄「ノッポの大娘だけどね」ボソリ

長兄「本気出した次姉の頭と口の回転には敵わないだろうよ」

長兄「お前もすっかり頼もしくなったもんだ」

長兄「…これで、長姉とせめて普通の会話ができるようになれば文句なしなのに…」

次兄「食事の時も顔を出さないの?」

長兄「家政婦さんに部屋に運んでもらっている」

長兄「俺としては長姉から歩み寄ってくれるのを待ちたいので、あまりこちらから構わないようにしているが…」
333 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/16(月) 21:58:12.66 ID:w52d3Eh60
次姉「私の事も最大限避けているみたいで」

次姉「たまに視界の端を一瞬横切るから呼び止めても、無視、徹底無視よ」

次兄「…次姉ねえさん相手にもそんななのか」

次姉「誰とも顔を合わせないよう、外出時も窓から出入りしているくらいだもの」

長兄「次兄も心配だろうが…長姉の事はとりあえず俺と次姉に任せてほしい」

長兄「末妹にもそう伝えてくれ」

家政婦「長兄様」

長兄「なんですか、家政婦さん」

家政婦「先程、お店の入り口の前にこれが」

次姉「…姉さんの靴だわ?」

次姉「きれいに磨いてあるけど…どうしてそんな場所に、しかも片方だけ?」

長兄「…よくわからんが長姉の部屋の前に置いておくか」

長兄「そうしておけばいつの間にか部屋の中に回収されていると思う」

次兄「野生動物の餌付けに近いものが」

長兄「餌じゃ釣られてくれない分だけ、動物より厄介かもしれないな」フゥ
334 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/16(月) 21:58:42.76 ID:w52d3Eh60
商人の部屋。

商人「…すこー…」ネイキ

末妹「お父さんたら、お話ししているうちにソファに座ったまま眠っちゃった」

末妹「毛布を掛けておけば…今日は暖かいし、風邪はひかないと思うけど」ファサ

商人「…うーん…末妹…」ネゴト

末妹「はいはい、私はここにいますよ?」

末妹「…」

(野獣「お前には親孝行に専念して欲しいからね」)

末妹「…野獣様の優しいお心遣い」

商人「…くこー…末妹…無事でよかった…くかー…」

末妹「お父さんがもっと元気になったらきちんと話そう。きっとわかってくれる…」
335 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/16(月) 21:59:15.07 ID:w52d3Eh60

※短いけど今日はここまで※
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/16(月) 23:10:59.00 ID:cUh0onFJo
おつ
337 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2015/02/21(土) 10:52:21.60 ID:iOZXJcJ00
※体調ちょっと崩していました。ぼちぼち再開します…※
338 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:53:20.38 ID:iOZXJcJ00
誰かの夢の中。

(幼長姉「ねえ幼馴染男くん」)

(幼長姉「わたしの名前をつけてくれるお星さまはいつ見つかるの?」)

(幼幼馴染男「ぼくが大人になって、りっぱな天文学者になってからだよ」)

(幼長姉「…じゃあ、ずーっと先の話なのね」)

(幼幼馴染男「そうなんだ、ごめんね…」)

(幼長姉「ううん、ずっとまってる。楽しみは長いこととっておくほうがワクワクがつづいてすてきだもの」)

(幼幼馴染男「ほんとうに?まっててくれる?」)

(幼長姉「うん、10年でも20年でも30年でもまってる!やくそくする!」)

(幼幼馴染「ぼくもできるだけ早く見つけられるようにがんばるよ!!やくそくする!」)

目覚まし時計「ジリンジリン」

長姉の右手「ベシッ」

目覚まし時計「ジリ…シーン」

長姉「…」ノソリ

長姉「…そう言えば…確かに幼馴染男とそんな話をしたような気がする…」

長姉「だからって、しょせん、たかが、小さな子供の頃の約束じゃないの…」

長姉「…」

長姉「質屋の帰りにぶん殴った時のこと、まだ謝ってなかったわ…」
339 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:53:48.67 ID:iOZXJcJ00
商人の家の居間。

次兄「家に帰ってから数日が経ったが、実に平穏」

次兄「父さんは日毎に体力も回復し、既に仕事以外の日常生活はすっかり通常モードに」

次兄「昨日からは、心配してくれた昔馴染みのお得意さんの家を何件かずつ回っている」

次兄「兄さんと次姉ねえさんは明後日から店を再開する準備」

次兄「長姉ねえさんは未だに家庭内レアキャラだがいることはいる」

次兄「我が家の馬は父さんが引き篭もってからすぐに兄さんの判断で他所に預けているそうだが…」

長兄「ちょっと出掛けるよ。馬を引き取ってくる」

次兄「…今日中に戻ってくるようだ」

末妹「後でお長兄(にい)さんに乗馬の練習をさせてもらう約束をしているの」

末妹「ポニーには何度か乗ったことあるけど、うちの馬は大きいから危ないってお父さんが言うから…」

次兄「あいつ(うちの馬)は賢いし、お前も意外と運動神経いいからすぐ上達するさ」

次兄「って言うか、まさか父さんには内緒?」

末妹「…えへへ、お兄ちゃんも内緒にしていてね?」

次兄「秘密が増えるごとに少女は大人にまた一歩近づくのです」

末妹「お兄ちゃんは馬に乗らないの?乗馬の本はたくさん読んでいたのを覚えているけど…」

次兄「俺は運動音痴だし、そもそもあいつにはなんとなく嫌われているから」

次兄(俺に対し何やら薄々感づいていて、触られたくないんだろうなあ)

末妹「唯一の身近な動物さんなのにね」

次兄「…むむむ」グウノネモデネエ

末妹「お屋敷の皆、どうしているかなあ…」

次兄「…」
340 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:54:23.29 ID:iOZXJcJ00
少し後、次兄の自室。

次兄「…今の俺にできるのは野獣様と執事様の姿を思い起こしてはその記憶を絵に留めることと」

次兄「リアルタイムで野獣様に魔法の鏡で覗かれているのでは?と妄想してはニヤニヤすること」

次兄「…俺だけは鏡に映れば速攻で場面転換させられるのが現実だろうとは自覚しているが…」

次兄「…?」

次兄「しまった!合い言葉を知ってたらこちらからお屋敷を覗くこともできるんだった!!」

次兄「…あの時はさすがに動転していて、そこまで頭が回らなかったからなあ…」

次兄「まあ、親孝行に専念しろと言ってくれてたし…聞いた所で教えてはもらえなかっただろう」

次兄「末妹と改めて話し合う必要はあるが、二週間を過ぎれば例の魔法で手荷物として戻れるんだし」

次兄「…妹にしか魔法を掛けてくれなかった真の理由は俺が単独で戻ることを警戒したためであろう…」

次兄「深く考えると悲しくなってくるが俺は強い子めげない子」

次兄「別方面のアプローチから野獣様との距離を縮める方法がないわけではない」

次兄「漠然とした知識で『この国の某所には呪われた地として誰も近寄らない森がある』というのはあの森の事を言うのだろう」

次兄「俺が習った家庭教師も末妹が通ったこの町の初等学校もそのへんの歴史はスルー」

次兄「野獣様の口から何も語られなくても、もう少しお屋敷と森の知識を仕入れたいところ」

次兄「野獣様の正体にこだわるつもりはないが、ほら、好きな人の事は色々知っていたいでしょ?な気持ち」

次兄「というわけで、図書館に行こう」
341 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:55:05.21 ID:iOZXJcJ00
図書館近くの屋外。

老人「…さて、久し振りに外に出てみたが…建物自体はほとんど変わってはいないが周辺はまるで違う」

老人「当時は畑しかなかったのに、どうやら古くから栄えていた港町と合併し一つの都市として開発が進んだな」

老人「女子供が普通に歩いているから治安は穏やかなようだが…」

老人「ちょっと通行人に話を聞いてみようか」

老人「一見、14歳前後と思しき赤毛の少年が近付いてくる。あの子に聞いてみよう」

老人「おーい、そこ行く少年」

次兄「え?俺のこと?」

老人「坊や、今は何年の何月何日かね、教えてくれないか?」

次兄「…爺さん、認知症で徘徊中とか?」

次兄「教えるけどさ…○年○月○日だよ」

老人「な、なんと!?」

老人「…数十年余計に寝過ごしてしまったわ…あの愚か者も生きていればいい歳だな…ブツブツ」(小声)

次兄「…もしもし?」

老人「ああ、ありがとう坊や。親切ついでに教えてほしいのだが、この建物は何かね?」

次兄「いよいよ本物っぽいな…図書館だよ」

老人「ほう…地方支部の跡地が図書館とはね」
342 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:55:39.52 ID:iOZXJcJ00
老人「誰でも入れるのか?誰でも中の本を読めるのか?」

次兄「貸し出しには面倒くさい登録が必要だけど、持ち出さず閲覧のみなら誰だってできるよ」

老人「そうか…本当に親切だな。ではお主もここへ本を読みに?」

次兄「そうだけど」

老人「ふむふむ、見るからに賢そうな少年ならともかく、こんな落ち着きなさげで妙にヒネた小童が本好きとは感心だ」

次兄「喧嘩売ってますか」

老人「いや、すまんすまん。いい情報をありがとう…」

老人「ワシは少し町の中を巡ってみるよ。これは親切のお礼だ、手をお出し」

金貨「チャリン」2マイ

次兄「…まじで?」

老人「小遣い程度の額だ、気にせず取っときなさい」

老人「お主が今後も図書館を訪れるならば、また会うかもな。では…」

次兄「…あ、ああ。じゃあな…」

次兄「徘徊老人にしちゃしっかりしてるかな…変な爺さんには変わりないが」

次兄「…(図書館の)中に入るか」
343 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 10:56:59.74 ID:iOZXJcJ00

※続きは夜の予定です※
344 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 21:16:27.75 ID:iOZXJcJ00
図書館の中

次兄「もちろん俺だって野獣様本人に関する記録がどこかにあるとはさすがに思っていない」

次兄「知りたいのは正確な場所とか呪われた地と呼ばれる由来とかそんなところ」

次兄「実際、父さんは迷い込んだのに呪われたりなんかしていない」

次兄「野獣様に出会ってからが父さんには災難だったかもしれないがバラの件がなければ無事に帰れたと思われる」

次兄「まともな人間は自分の意思で踏み込もうと思わない場所ってことで、長いこと野獣様もお屋敷も守られて来たんだ」

次兄「我が家の人間は一連の出来事を大っぴらに口外はしていないしそのつもりもないが」

次兄「また誰かがあの森に、お屋敷に迷い込んで、呪いの存在を疑い出したら?野獣様の魔法を恐れない人間だったら?」

次兄「魔法だの呪いだの恐るるに足らんと豪語する人間だって少数派とはいえ今の世の中には少なくないし」

次兄「うちだって兄さんがちょっと脳筋程度だが、もし家族全員がガチで脳筋だったりしたら本気で武装して乗り込んでいたかも」

次兄「呪術師や魔法使いがどこの町や村にも暮らしていた時代とは違うんだ」

次兄「俺が野獣様達を守ろうとか言うのはおこがましいけどさ」

次兄「いつかもしかして人間と接触せざるを得なくなった状況が来たら、アドバイスくらいできたらいいじゃん?」

次兄「…まずは場所の特定」

次兄「古い時代の地図と現在の地図を比較するところから始めようか」
345 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 21:17:38.01 ID:iOZXJcJ00
数時間後

次兄「父さんが仕事で訪れたのは首都で、その帰りに迷った、と」

次兄「通常使われるルートを…こう、こっちに外れたとすると…」

次兄「250年くらい前の地図にはきちんと書きこまれているが、最近の地図だと曖昧になっている地域があるな」

次兄「この場所だとしたら、古い地図の時代には別の小さな国だったあたりだ」

次兄「…この町との距離がどう考えてもおかしいけど」

次兄「馬車で数日かかる場所のはずが、父さんと末妹で行った時は数時間で移動している」

次兄「それも魔法の力かもしれないな」

次兄「父さんはお屋敷から戻る時も末妹を連れて行く時も、ただ魔法の地図上の動く赤い点に従っただけだと言うし」

次兄「野獣様から貰った魔法の地図…すっかり忘れていたが、あれはどうなったのか帰ったら父さんに聞いてみよう」

次兄「馬車の中で父さんが見ているのを覗きこんだ時は、赤い点以外は街道しか描き込まれていない雑な地図だったと思うが…」

次兄「とりあえず森の位置がここだと仮定して、あとは歴史書漁りだな」

次兄「かつて存在した小国の名前だけは、ちらっと習った記憶もある…」
346 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 21:18:16.75 ID:iOZXJcJ00
老人の回想。

(老人「この地方支部も、おおかた撤退のための整理が付いた」)

(老人「後はお前達だけでなんとか始末ができるはずだ、頼んだぞ」)

(魔法使い1「支部としてはたった10年の歴史ですが…これも時代ですかねえ」)

(魔法使い2「しかし先生、お考えは変わりませんか?」)

(老人「ワシはもう今の時代での仕事はすべて終えた、個人的な心残りももう持っていない」)

(魔法使い2「魔法図書館の手伝いだった娘の事ですか」)

(老人「彼女を辛抱強く待ち続けた男の求婚を、あの娘が受け入れたのが2年前」)

(老人「19で知り合った娘が27の年増になるまで、熱心に求婚し続けた男も実に粘り強いが」)トシマウンヌンハムカシノハナシナノデ

(老人「接吻どころか告白もしないまま『死んでしまった』相手を理由に、男を拒んできた娘も相当な頑固者よ」)

(老人「とにかく、あの夫婦がどうにか円満で子供も生まれたのを見届けたワシには本当に『この時代に』思い残す事はない」)

(魔法使い1「あとは、200年後…いや、190年後に心残りがあるのみ、というわけですね」)

(老人「ああ、あの愚か者をワシらの誰もがいない時代に送り出すのは色んな意味で…その、気になると言うか」)

(老人「とにかく、結果を見届けすらしないのはあまりにも無責任だと思ってな、当事者としては」)

(魔法使い1「元師匠として元弟子が心配だって正直に仰っても別に構いませんよ?」)
347 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 21:20:22.31 ID:iOZXJcJ00
(魔法使い2「約束通り、先生が眠りに付いたら地下室は封印して、中からあなたしか開けられないようにしますが…」)

(魔法使い2「190年後がどんな時代になっているかは誰にもわかりません」)

(魔法使い2「目覚める前に地下室ごと埋もれる危険もあれば、魔法使いが迫害される時代になっているかもしれません」)

(老人「目埋もれる危険があるのはともかく、後半はお前らが頑張らんかい」)

(老人「我々は『円満に』この国や周辺諸国から姿を消す努力をして来た、お前達もこれから何年もかけてその仕事を続けるのだ」)

(魔法使い1「この建物の跡地は、何か住民に役立つ施設として利用してもらえるよう有力者に交渉中です」)

(魔法使い1「とにかく堅牢で見た目も優美ですからね、これを壊そうって人間は今後少なくとも200年は現れやしませんよ」)

(老人「では、そろそろ行くぞ。世話になったな、重ね重ね、後を頼む…」)

(魔法使い1「…この言い方が正しいかわかりませんが、お達者で、先生」)

(魔法使い2「190年後の世界がよい世界でありますよう、祈って…いえ、そうなるように、頑張ります…」)

現在。

老人「…結局、ワシは190年プラス数十年後の世界で目覚めたわけだが」

老人「あいつらもどういう人生を送ったのだろうな」

老人「そして、あの娘…夫になった男は平民ではあったが貧しくもなく…だったが、子孫の家系は今でも続いているのだろうか」

老人「さて…古い貨幣とは言え金は持っている、今の時代を知るためどこかに宿を求めて、しばらく滞在するとしよう」
348 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/21(土) 21:21:08.76 ID:iOZXJcJ00

※今日はここまで…一応、物語後半にはとっくに突入しているつもりです※

…あとモブ&回想以外の新キャラは老人で最後なのでご安心?ください…
349 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 21:58:57.16 ID:y0hHTyj/0
まだ図書館の中。

次兄「関係しそうな本を読んだ内容をまとめてめると」

次兄「昔、あの森を含む一帯を治めていた小国の王家はある日…何年の何月何日かまではっきりしているが、突然滅んだ」

次兄「歴史書では、王と王妃、そして唯一の後継ぎだった王子の3人が流行り病で死亡したため」

次兄「尤も、人々の言い伝えでは呪いとか怨念とかで殺された説が有力」

次兄「例の屋敷の最初の持ち主だった伯爵が屋敷を無理矢理奪った王家を恨んで…と」

次兄「王家が滅びて以降、呪われた地として人々が近づかなくなり、そのまま現在に至る」

次兄「…ここから先はなんの記録も見つからないので、俺の推測」

次兄「王家が滅んでから、いつ頃からかはわからないが空家になった屋敷に野獣様が住み付いた」

次兄「伯爵の呪いとやらは野獣様がなんとか出来る程度のものか、やっぱり最初からなかったか、だろう」

次兄「そもそも…屋敷を明け渡してからの伯爵がどうなったかの記録がない」

次兄「人を直接殺すほどの怨念を持つならよっぽど残忍に殺されたとか、そんな最期なんだろうけど…」

次兄「固い歴史書でも脚色された歴史読み物でも、筆者により伯爵の最期の描写はまちまちなんだよな」

次兄「要するに真相は後世の歴史家にも不明ってことで」

次兄「とりあえず、閲覧した本を書架に戻すか…」ヨイショ
350 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 21:59:40.74 ID:y0hHTyj/0
次兄「えーと、確かこのへんに置いてあったはず…よし、この隙間に戻して、と」

次兄「…ん?なんだ、ここにある歴史書らしからぬ変なタイトル」

次兄「背表紙には『今だから話せる!あの真相』…ゴシップ本じゃないの?」

次兄「オモテ表紙には副題が…『私は機械仕掛けの屋敷を作った伯爵の子孫だ!』…」

次兄「…なんですと???」

次兄「薄いけどまだきれいな本じゃないか?最近入ったのか?…司書さんに聞いてみるか」

…数分後。

次兄「何年か前に、町の本屋から売れない本を買い取ったその中の一冊だそうだ」

次兄「私家版なので最初から数冊、現存する物は2〜3冊もないらしいが…見てみるか」パラリ

次兄「『前書き・私(筆者)は家の物置から先祖の手記なる物を見つけた』」

次兄「『なんと、手記を書いた7代前…私の曾祖父の更に高祖父とは』」

次兄「『忌まわしき伝承込みで語られる【呪われた森の機械仕掛けの屋敷】を作った伯爵だったのだ』」

次兄「…まじですか」

次兄「この本、借りて帰ろう」
351 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:00:26.30 ID:y0hHTyj/0
野獣の屋敷。

メイド「ご主人様は最近元気がありませんね、執事様」

メイド「お二人がいなくなった次の日に、末妹様の客間にかけてあった赤いドレスとオルゴールをご自分のお部屋に運んで…」

メイド「次兄様が描いてくださったご主人様の絵と並べて壁に飾って」

メイド「お暇な時は、オルゴールの音楽を聞きながら、黙って眺めていらっしゃいます…」

執事「…鏡の魔法で末妹様達の様子は時々見ておられるようだが」

執事「やはり寂しいのだろうな…」

メイド「でも…商人様もお元気になられたようだし」

メイド「あと一週間後、帰りの魔法が使える日が来たら、きっとすぐこちらに戻られますよ」



野獣「…あと一週間、か」

野獣「あの日、伯爵に『あと一週間与える、よく考えておくように』と告げたのは私だったな」

野獣「告げた、というより『告げさせられた』だが…」

野獣「結局、一週間後も最後まで渋ったために、父の兵隊に捕えられて王城で処刑されたと父から聞いたが」

野獣「…私の事も含めてさぞかし恨んだろう」

野獣「今思えば…伯爵の呪い云々は、単なる噂を、魔術師ギルドが暗殺行為を隠蔽するため利用して積極的に流布したのだろうが」

野獣「本当に呪われても仕方ない事を、私含む王家は彼にしてしまったのだ…」

野獣「つくづく、私はお前達に好かれる要素など持ち合わせていないのだよ、末妹、次兄…」
352 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:01:20.41 ID:y0hHTyj/0
商人の家、次兄の自室。

次兄「…」パラパラ

次兄「手記によると、王は伯爵に最初は書簡で屋敷の明け渡しを要求して来たが…」

次兄「色よい返事が得られなかったので、その時わずか13歳の王子を交渉役に寄越したらしい」

次兄「公務で忙しい父王の代理と名乗った王子は、以前面識のあった王と王妃から生まれたとは信じられないほど可憐で愛らしく」

次兄「強面の大勢の付き人に取り囲まれながら、言わされている感まんまんで屋敷の受け渡しを要求してきた」

次兄「以下、伯爵の手記の文体そのまま」

(「いや、私も思ったよ、王子様すっごく可哀相でさ、だけどこればっかりは簡単に首を縦に振るわけに行かなくてさあ」)

(「王子様、だんだん涙目になっちゃって、ますます気の毒で、これも含めて王様の作戦かなーって思ったけど…」)

(「結局、お付きの人に耳打ちされたであろう『あと一週間与える、よく考えておくように』が最後のセリフでね」)

(「帰って行く時も、ちっちゃい背中が小刻みに震えていて」)

(「本当にこの役目が嫌だったんだろうなってのと、帰ったら折檻なのかなあ、なんて思ったけど、どうにもできないし?」)

次兄「軽い文体だが終始この調子」
353 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:02:28.85 ID:y0hHTyj/0
(「三日後、隣国の某貴族、実は機械いじりの趣味仲間なんだけど、その彼の使者がこっそり屋敷にやって来て」)

(「屋敷を王に明け渡して、うちの国に逃げて来い、その後の生活は保障してやる、って手紙を渡された」)

(「確かに、交渉から一週間後、私が無事で済む保証なんかないのよね」)

(「ぶっちゃけ趣味で面白がって仕掛けを増やしただけだから、考えようによっちゃ自分の命と天秤に掛けるのもどうかなって」)

(「廊下を遮断する壁もまだ仮設置の木製だから、王様的な意味での実用には耐えないだろうし」)

(「第一、機械仕掛けをメンテナンスし続けるのは大変だと思うんだけど、王様そこまで考えちゃいないでしょ」)

(「それに手紙をくれた彼は機械いじり仲間の中でも大親友と言っていいくらいの間柄」)

(「これは最後の私の生きるチャンスだろうと思い直して、天涯孤独で身軽だったし、そこから先は早かった」)

(「四日後、王様の兵士達が訪れた時は、屋敷はもぬけの空だったというわけ」)

(「王様あっさり屋敷を手に入れたはいいけど、少し悔しかったんだろうね、故国では私は処刑された事になってると後で聞いた」)

(「それから7年後、皆も知っている王家が一夜にして滅ぶ事件が起きて、すぐに私の呪いだの怨念だのって噂が立った」)

(「私も名前を変え過去を隠し別人として暮らしていたから、今更否定しようとは当時は思わなかったけど」)

(「ただ本当に私が王家を呪ったとしても、可哀相な王子様を一夜で白骨にするなんて恐ろしい殺し方だけはしないからね?」)

(「あれからまた何十年も経って、これは今まで誰にも言ったことないけど」)

(「王子様だけどっかで生き延びててくれないかなあ…なんて、時々思っているよ。」)

次兄「やっぱり呪いなんて最初から噂に過ぎなかったのか。…あと伯爵は単なる機械オタクだった」

次兄「今日の収穫って言えば収穫かな?」
354 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:03:29.45 ID:y0hHTyj/0
商人の家、居間、夕食時。

商人「ん?野獣にもらった魔法の地図かい…?」

商人「確か…野獣の屋敷から帰って来て、居間のテーブルの引き出しに放り込んで…私が覚えているのはそこまで」

次兄「『この』テーブルに?」

商人「いや、食卓として使っている『これ』じゃない、窓際にある、あの小さいテーブルのほうだよ」

長兄「魔法の地図…俺も今のままですっかり忘れていたな」

次姉「私も…そう言えばそんな物があったわね、程度だったわ」

次兄「みんな忘れているくらいだから、きっとまだ引き出しの中か」

次兄「一応貴重品だから、金庫にしまっておいたらどうかな?」

商人「貴重品ねえ…確かに魔法技術が使われた品なんて今時は珍しいが」

商人「引き出しに入れる前に畳んだ時は…私もじっくり眺めようって気分ではなかったけど…赤い点も消えていたはずだよ」

商人「そうなればただ街道が真ん中に描かれただけの、普通の…むしろ普通以下の地図だったね」

長兄「でも魔法系のアイテムは見る人が見れば価値があるらしいから、次兄の言う事も一理あるかも」

長兄「そのうち金庫に入れておこうか」

末妹「…」

商人「どうした、末妹?」

末妹「…長姉おねえさん、いつになったら私達と一緒に食事してくれるのかしら…」

次姉「…」

長兄「お前が心配する事じゃないよ。兄さん達にまかせておきな」
355 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:04:17.70 ID:y0hHTyj/0
ドアの外

長姉「…」

長姉(どうしよう…引き出しに地図がないのがバレちゃう…)

長姉(みんなが騒いでも、しらばっくれるしかないわ)

家政婦「…」スッ

家政婦「今のうちに、入浴を済まされますか?長姉様…」ヒソヒソ

長姉「…入るわ」ヒソヒソ

家政婦「長姉様も頑固ですねえ」ヒソヒソ

長姉「何か言った!?」ヒソヒソ!

家政婦「…これ、着替えです」ヒソヒソ

長姉「…」

長姉「…一応、感謝はしているのよ、どうせ兄の差し金でしょうけど」

長姉「あなたが協力してくれないとこんな生活も続けられない…」

家政婦「正直に言いますと、長兄様からは『当面は長姉の気の済むように手伝ってやってくれ』とだけ」

家政婦「長姉様が黙っていてくれと仰る事は、本当に長兄様達にも旦那様にも話していませんよ」

長姉「………ありがと…」ボソ
356 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/22(日) 22:05:27.54 ID:y0hHTyj/0

※今夜はここまで※

まだ読んでくださる人がいるかわかりませんが、次回は2、3日中に?
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/22(日) 23:22:37.28 ID:ejZjAPyh0

舞ってる
358 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/25(水) 20:50:25.20 ID:wILnuiZs0
翌朝、居間にて。

長兄「金庫から今日の生活費を出して来よう…ついでに、例の地図もしまっておこうか」

引き出しゴソゴソ…

長兄「この封筒だな。他にそれらしい物もなさそうだし」

長兄「鍵とランタンも持って、と…」



地下室へ続くドア「ギー…バタン」

廊下の観葉植物「兄さんが封筒を持って地下室へ行ったわ」

観葉植物に隠れた長姉「夜中のうちに引き出しに、地図のダミーを入れておいてよかった…」ホッ

長姉「だって、もう質屋から受け出せるお金なんて私持ってないし」

長姉「…」

長姉「以前のようにお小遣いもらってたら、こんな事しなくてよかったのよ…」
359 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/25(水) 20:51:40.93 ID:wILnuiZs0
同時刻、同じ町のとある安宿。

老人「ふわあ、よく寝たわい」

老人「さてさて…あの愚か者は…生きていればだが、まだあの屋敷にいるのかな?」

老人「鏡の魔法を使うか」

老人「教授所で教えていたこの魔法には使用制限があるが、オリジナルはいつでも何度でも使えるし音も聞こえるのだ」

鏡「もわもわもわ〜」

老人「…この服を着た褐色の毛むくじゃらの巨体がそうなのか?うむむ、顔も恐ろしいな」

老人「なるほど、泣き叫びたくても出来ない苦しみが200年積み重なってこの姿を作ったか」

老人「かつての砂糖菓子で拵えたような若造とは似ても似つかんわ、これでは人間だれもが恐れをなすだろうて」

老人「…?」

老人「服を着た狼と話をしているぞ」

老人「狼だけではない、小さな動物達も同じように…全部で4匹いるな」

老人「あの寂しがり屋め、自分の魔法の力があれば一人でじゅうぶん暮らして行けるだろうに」

老人「話し相手が欲しかったか…」

老人「このまま人間と関わらず、獣の屋敷の主として暮らすつもりか?」

老人「その方が確かに平穏かもしれんが…」

老人「ま、とりあえず様子を窺うか」
360 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/25(水) 20:52:55.53 ID:wILnuiZs0
覗かれているとは露知らずの野獣の屋敷での会話。

メイド「ご主人様、そう言えば、次兄様の客間を掃除していたらこんなものを見つけたんですよ」

料理長「何だね、紙切れかい?」

野獣「それは…」

メイド「次兄様が描いた『絵』でしょうか?でも…何でしょう『これ』は??」

執事「葉っぱが貼り付いた干からびかけの蛙にしか見えませんが」

野獣「…これは、次兄が末妹を描いたものだ。庭師とメイドと、前庭を散歩した時のな」

メイド「末妹様ですって????????」

庭師「でも僕やメイドちゃんの絵はすごく上手で…どうしてこんな…?」

野獣「次兄はな、人間だけはまともに描く事ができないのだ」

料理長「ご自分と同じ人間を、ですか?…不思議ですねえ」

野獣「ああ、全く変な奴だ…あんなに仲の良い妹だというのに…ふふ…」

執事(何日か振りに、笑われましたね)

野獣「これも私の部屋に飾っておこう」

メイド「こ、んなもんをですかあ?」

野獣「これだって、末妹の絵姿だし、次兄の『作品』だからな」

庭師(確か『ぜんえーげーじゅつ』ってこういう物だったかも?)
361 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/25(水) 20:53:38.00 ID:wILnuiZs0

※短い上に変な切り方ですが今日はここまで※

待ってくださる方も舞ってくださる方もありがとうございます
明日か明後日も可能だったらまた少し。なお今週末は更新ありませんすんません
362 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:28:10.37 ID:oQtc1c9s0
商人の家、居間。

商人「はああ…」タメイキ

末妹「どうしたの、お父さん?」

商人「ああ、末妹…実はね、お父さん、自分で持っていた金庫の鍵を外で失くしてしまったんだ」

末妹「え、確か、お父さんと長兄おにいさんしか持っていない鍵でしょう?」

商人「私の具合が悪くなった頃から、長兄か次姉が預かってくれているとばかり思い込んでいたんだけど…」

商人「2人は私が家のどこかにしまってあると思っていたらしいんだ」

末妹「それなら、探しましょうよ?」

商人「見つからないと思うよ。それに…万が一、誰かが拾って保管してる可能性もあるが」

商人「他所の家の大事そうな鍵を『親切で』拾う人間ばかりとは限らないからね…残念だが」

末妹「…」

商人「だから、探すより金庫の錠前ごと付け替えた方がいいだろうと、3人で相談して決めたんだ」

商人「さっそく長兄が錠前屋に相談に行っているが」

商人「特注の錠前だから時間もお金もかかる…私のせいで、余計な出費と心配を掛けてしまった…はあ…」タメイキ

末妹「済んでしまった事でクヨクヨしても仕方ないわ。元気出しましょう、お父さん」

商人「ありがとう…お前は本当に優しい子だ…」ヨシヨシ
363 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:28:47.06 ID:oQtc1c9s0
次兄の部屋。

末妹「…お父さんにそろそろ、お屋敷に戻る話をしようかと思っていたけど」

末妹「鍵のことで落ち込んでしまって…話し辛くなっちゃった」

次兄(おそらく、肌身離さず持っていたのが仇になり、自殺未遂騒動で海に落とした可能性が高いんだろうな)

次兄(末妹の心情をおもんぱかって、そこまでハッキリ説明しなかったんだろうけど)

次兄「それは話し辛くなるのも仕方がない。しかし俺がその場にいなくて良かったよ」

末妹「あら、なんで?」

次兄「父さんが鍵を失くしたと聞いた時点で、反射的に率直かつ辛辣な感想を述べて大打撃を与えていた可能性がある」

次兄「文例『何やってんの父さん』『粗忽者だな父さん』とかね」

末妹「…う、うん、有り得るね…」

次兄「とにかく、兄さんも次姉ねえさんも責める言い方はしなかったんだろ?それならじきに立ち直るさ」

次兄「当面のお前の任務は父さんをさりげなく慰め少しでも早く元気にさせる事だ」

長兄の声「…ただいま」

家政婦の声「お帰りなさいませ長兄様」

次兄「兄さん帰って来たな」

末妹「新しい錠前はできたのかしら?」
364 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:29:33.73 ID:oQtc1c9s0
長兄「やはり最初の錠前と同じように、特注で作る事にしたよ」

長兄「ただ、当時作ってくれた職人が別の町に移り住んでしまったので…」

長兄「今この町には、同じレベルの長持ちして頑丈で開けにくい錠前を作れる人はいないらしい」

次兄「…ということは…」

長兄「錠前屋を通して、同じ職人に作ってもらうよう依頼したよ。依頼の手紙が着く日数・作成日数・輸送日数合わせて…」

長兄「早くても一週間かな」

商人「それまで…鍵を拾った泥棒が入るかも…という心配をしなくちゃならないのか…」ズウゥゥゥゥゥン

末妹「お父さん、しっかりして。もし誰かが拾っても、うちの金庫の鍵だなんて誰にもわからないわよ?」

長兄「一時的だが対策も考えている。出来合いの品だけど新しい錠前を2つ買って来たから、これを補助用につけよう」

長兄「あと、元の鍵の他にも補助の鍵、3つとも全て俺が持ち歩くことにした」

長兄「新しい錠前の鍵は、今まで通り俺と父さんで持つよう2つ作ったけど…」

商人「…私は自信がないよ。新しい鍵が届いたら、ひとつは次姉が持っていてくれ」

長兄「ちょっと父さん、何言ってるんだ、しっかり!たった一度の失敗で!」

次姉「そうよ、かよわい女の子の私に2本のうち1本を預かれって、気が重いわ」

次兄「…『かよわい』?」

次姉「…」ギロリ
365 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:30:22.31 ID:oQtc1c9s0
長兄「父さん、鍵のことはまだ日にちがあるから改めて話すとして」

長兄「明日から店も再開するんだ。同時に、店の主人の快気をお客様にもお知らせしないと」

長兄「その場で父さん本人が、そんな…」

次兄「そんな辛気臭く暗澹としてしみったれた鬱陶しいシケた表情だったら正直ウザいし、兄さん達も困るだろ?」

商人「ううううう」グサグサ

末妹「だ、だから…元気出して、お父さん!私、陽気なお父さんが好きよ!?」

末妹(…ちょっとわざとらしかったかしら)

商人「そ…そうか…?」

商人「末妹が言うなら…がんばって元気出してみようかな!?」

商人「と、父さん元気だぞ!心配するなよ末妹、はっはっはっはっは(棒)」頭ナデナデナデ

次兄(カラ元気)

次姉「…その調子で明日も頼むわ、お父さん」

次姉「ねえ、ここ2〜3日ずっと、お父さんに帳簿を確認してもらっていたから目が疲れたんじゃない?」

商人「…うん、確かに言われて見れば…」

次姉「肩に来るのよ、ちょっと揉んであげる…」モギモギモギモギ

商人「…ふおおおお!?」

次姉「痛い?」

商人「い、いや、いい感じ…ぬおおおお!?」

次兄(次姉ねえさん指も長いし意外じゃないけど力持ちだから適任)

長兄「…こういうところ、女の子には敵わないな」

長兄「父さんのフォローは妹達に任せておくのが良さそうだ」
366 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:31:34.28 ID:oQtc1c9s0
野獣の屋敷、野獣の自室。

鏡「テナカンジ」

野獣「今日は商人が落ち込んでいたし、子供達も慌ただしかったが…」

野獣「とりあえず平和な一家団欒が戻ったようだな」

野獣「…末妹も笑っている、何よりだ」ウンウン

メイド「ご主人様、お茶ですよ」

野獣「ありがとう」

メイド「ご主人様、鏡越しとは言え、なんだか末妹様を見守る目が…」

野獣「なんだ?」

メイド「こういうの、人間は『孫でも見るような気持ち』って呼ぶんじゃなかったでしょうか?」

野獣「 」

野獣「い、言われてみれば私は…(200年の眠りから目覚めた以後の年数だけでも)…商人より確実に年上のはずだが…」

野獣「そうか、今まで自覚がなかったが…これは祖父が孫娘を慈しむ感覚に近いのか…」コドモモイナイノニ

野獣(確かに孫とでも思わなければあの次兄でさえ可愛らしく見えて来た最近の感情が説明できん)
367 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:32:51.08 ID:oQtc1c9s0
メイド「わ…私、何か失礼な事を言ってしまったのでしょうか…?」アタフタ

野獣「気にするでない。妙に納得できたし、それに…」

執事の声「メイドー」

メイド「執事様が呼んでる…ではこれで!」ピョーン

野獣「…それに…寿命が尽きかけている私には似合いかもしれない」

野獣「メイド、執事、料理人、庭師…」

野獣「お前達にもなかなか切り出せないな、あまり残された日数も無いというのに…」

とある安宿。

鏡「ゴランアレ」

老人「…」

老人「あいつが覗いてる鏡の映す先がどこなのかと思っていたが…」

老人「どこかの人間の家庭、その中にあの少年がいるではないか」

老人「そして、奴の部屋にかかっている小さな赤いドレス」

老人「この家の幼い娘…少年の妹か?この娘の物とすれば丁度良い大きさだが」

老人「…うーむ…」

老人「少年にちょっと接触してみるか…」
368 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2015/02/27(金) 20:34:50.32 ID:oQtc1c9s0

※今日はここまで。次回までしばらく間が開きます※

目標は600いかずに完結。誤差はあるかもです。
369 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2015/03/02(月) 18:38:12.46 ID:J5Rbz3iB0

※ここまで読んでくださった皆様へ※
大変申し訳ありません、このスレは後日立て直しします!

以下主な理由(言い訳)です…

・擬音や擬態語、情景描写の書き方を全面的に見直したい(特にシリアスな場面で)
・各キャラがどのようなエンディングを迎えるかは固まっているがそこに至る過程が練り込み不足で行き詰まる(見通しの甘さ)
・一部のキャラの設定と物語中での言動の不一致に耐えられなくなった(元はと言えば描写力付不足)
・読み返してみたら削った方がいい、削っても構わない部分ばかり目につくようになった(冗長)…等

需要はないかもしれませんが(例えなくても…)構成を最初からやり直し、HDD内で完結させて改めて立て直します。
その時はタイトルは少し変えるかもしれませんが、酉はそのままで、>>1で立て直しとわかるようにする予定です。

というわけで、HTML化依頼を出して来ます。本当に申し訳ありません…
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/02(月) 18:49:29.30 ID:ykme6sSY0
えー
ここまで期待させてそりゃねーべ
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/02(月) 18:50:55.39 ID:77d2tB33o
完結してからにしてほしい
もうすぐクライマックスだと思って盛り上がってたのに
372 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2015/03/02(月) 19:13:08.62 ID:J5Rbz3iB0
(これで作者のレスは最後にします)

>>370-371
ありがとうございます。本当にごめんなさい…

自分としてもこのまま完結させたい気持ちは大きかったのですが、今のモチベーションで続けたとしても
黙って放置して逃亡もやりかねないと判断し、それよりは…と立て直しを決意しました。
(物語的にはこの先がまた正直600では足りないくらい長くなりそうで、そこも見直したいのです)

可能な限り早く「完結させてから」戻って来ます…
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/04(水) 03:57:03.02 ID:UZsBWCDAO
専ブラ使ってるから同じスレタイだったら勝手にお気に入り入れてくれるから、できたら同じスレタイだとありがたい
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