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風俗嬢と僕

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535 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/26(火) 18:29:53.33 ID:AfOQNJhAO
>>534
面白いの知ってるからsageてくれないか
536 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/27(水) 00:50:51.45 ID:h3TVKyXX0
その一言を言い残して、彼女は厨房に向かっていった。

ふと、向き合ったカズヤと目が合った。……うわ、何か急に緊張してきた。

この間は私の話を聞いてもらっていたし、お店ではカズヤからの相談を聞いたりしてたけど、今日みたいにゆっくり話せる状況に改めてなってしまうと、何を話そうって頭の中がパニックになる。

「今日、見に来てくれてたんだよね、ありがとう」

「あっ、ううん、楽しかったから。サッカーってカズヤに会うまでちゃんと見たことなかったけど、面白いんだなって最近思うようになってきたの」

実際、凄いパスとかシュート……としか形容できない時点で素人なんだけど、そういうのがビューンっていくのは見ていて面白い。あんな風に思い通りに蹴れたら楽しいだろうなって。

「本当に?」

そう言って目を輝かせる彼は、少年みたいで。同い年のはずなのに、何だかお母さんみたいな気持ちになってしまう。

「本当に。ねぇ、カズヤは何でサッカーを始めたの?」

それは純粋な興味本位だった。サッカーが楽しいからっていうのはわかるんだけど、それは始める理由じゃなくて続ける理由だろうし。

「えっとね、憧れている選手がいるんだ。分かるかな」

そう前置きをして伝えられた名前は、私でも聞いたことのあるサッカー選手だった。数年前までは日本代表だったかな? 海外で活躍していたころ、流し見ていたスポーツニュースとか、父親が読んでいたスポーツ新聞なんかで見たことがある気がする。

「その選手がさ、凄いフリーキックを決めた試合があって。それをテレビで見て、あんな風になりたいなって憧れて」

結局、なれなかったんだけどね。

そう言い足した彼は、少し照れくさそうで、でも寂しそうで。

「なれてるよ」

つい、私は無責任にそんなことを言ってしまった。無神経だったかなとは思ったけど、私の本心は止められない。
537 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/28(木) 02:47:32.59 ID:y3QVFkIH0
「私はさ、カズヤの試合を見てサッカーって面白いなって思ったの」

私がカズヤに惹かれているからとか、知ってる人たちが試合をしているとか、そんな理由もあったのかもしれない。

それでも、最初は何でサッカーをしているのか理解すらできなかった私にとっては、それは長足の進歩だと思う。

理由があって何かをするわけじゃないって、こういうことなんだって教えられた気がする。

「だからさ、私にとってカズヤは、カズヤにとってのその選手みたいなものなんだよ」

誇張表現なんかじゃなくて、これは本心だ。憧れているといっても、過言ではない。

試合中の彼のまっすぐさに、情熱に、ひたむきさに。それに惹かれて、私は彼から目が離せなくなってしまったのだから。

「本当に?」

「本当だよ。だって私、最初はサッカーのことなんて分からなかったもの。それなのに、今じゃ試合を見に行くのが楽しみで仕方ないの」

不思議だよねって自分で思う。

「うん、ありがとう。そう言ってもらえるなら、次も頑張らないと」

「あ、そっか。次って……ヒロさんが昔いたチームなんだっけ?」

そんなことを、以前このお店に来た時にヤギサワさんが話してた気がする。

「あれ、詳しいね」

そう呟いたカズヤは、少し複雑そうな顔をしていた。
538 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/28(木) 02:58:18.69 ID:y3QVFkIH0
「どうかした?」

「あっ、いや、何でもないよ」

そうかな。それにしては、ちょっと気になる感じだったけど。

カズヤが何でも無いって言うなら、何でもないんだろう。それならそれでいいや。

「でも、ヒロさんが昔いたチームってことは……プロのチームなんだよね」

「あれっ、そんなことまで知ってるの?」

まただ。少しだけなんだけど、ちょっと不機嫌そうな、複雑そうな表情。

「それも前教えてもらったから。ね、やっぱり、どうかした?」

「うーん……」

今度は思案染みた顔になっていた。言って良いのかな、ダメかなってちょっと躊躇っている表情。

「あ、言いたくないならいいよ。ごめん、何回も聞いちゃって」

カズヤにだって、言いたくないことはあるよね。今まで色々相談してくれたから、つい無神経に踏み込みすぎてしまった。

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

少しうつむいた後、彼は私の目を見つめた。改めて視線が合うと、少しドキッとしてしまう。

「呆れないでほしいんだけどさ、一つ聞いていい?」
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/28(木) 08:14:33.96 ID:nmvnXuIt0
一旦乙してイイのかな?
540 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/28(木) 15:39:17.45 ID:bQDpXI9AO
俊輔かな?
541 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/30(土) 02:24:08.11 ID:7wBlEefp0
「えっと、うん?」

改めてどうしたんだろう。何かあった? 私が何か気に障るようなこと言っちゃった?

ドキドキしながら彼の言葉を待つ。ほんの一瞬のはずなのに、何だか凄く長い時間にも思える。

「あのさ、えっと……」

歯切れが悪いまま、彼は言葉を続けた。

「ヒロさんのこと、好き?」

「はっ?」

それはあまりに予想してなかった質問で、思わず間抜けな声が出た。

好きって、私が? ヒロさんを? どうして?

その『好き』ってどういう意味で? もちろん、人としてはいい人だと思う。でも、それはカズヤの聞いてる『好き』とは、きっと違うニュアンスだと思うし。

「良い人だとは思うよ。でも、そういう意味での好きではない、かな」

「そっか……うん、わかった」

「何で? どうしてそう思ったの?」

そう聞くと、凄く気まずそうに、そして恥ずかしそうに彼は言葉を漏らした。

「いや、だって……結構ヒロさんのことについて詳しいし。一緒に食事もしてたし。僕が女の人だったら、ヒロさんみたいな人を好きになるかなぁ、って……。ごめん、変なこと聞いた。忘れて忘れて」
542 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/30(土) 02:33:04.34 ID:7wBlEefp0
あれ、もしかして、これって嫉妬? 嫉妬されてる?

嬉しいような、ちょっといじってみたいような。道中ののデート発言じゃないけれど、ちょっとつっついてみたくなる好奇心が沸いてきた。

「ね、嫉妬してる?」

ちょっと煽るみたいにニヤニヤしながらそう言ってみると、彼は俯き気味に頭をかきながら頷いた。

「そうだよ、嫉妬してたよ。だから、ヒロさんが羨ましくて今日ここに誘ったんだよ」

そんなことしなくても、私が好きなのはカズヤなのに。子供みたいな嫉妬心も可愛く思えてしまうっていうのは、さすがにちょっと惚気過ぎなのかな。

嬉しくてつい頬が緩んでしまいそうなのを、どうにかこらえてニヤけ顔をキープする。

「へぇ……そっかそっか、嫉妬してたんだ。そっかそっか。何で?」

どうせまた照れて、彼は言葉を止めてしまうんだろう。

「何でって……いや、好きだからだけど」
543 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/01(日) 14:54:13.70 ID:E/OwCTHTo
白熱した試合から一転二人のやり取りにニヤニヤする乙
544 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/02(月) 10:06:53.34 ID:lBPRFmlEO
電話後のサキの反応が見たいねぇ
545 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 02:41:00.03 ID:Xk4gwRi70
えっと……好き?

いくらネガティブなことを自覚してる私でも、これは浮かれて良いのだろうか。好きって、そういう意味で? そういう意味の好きじゃないと嫉妬はしないよね? ね?

さっきまで意地悪をしてたのは私だったはずなのに、気づけば立場は逆転してしまっていた。手をつなごうってなった時もそうだったけど、こういう不意打ち、本当にズルい。

つい俯いてしまった顔をあげて、チラっとカズヤの顔を様子見してみた。

意地悪で言われたのかな。でも、彼の顔からはそんな嫌らしい表情は読み取れなくて。

きっと、本心で言ってくれてる。照れもせず、変ないやらしさもなく、だからこそ言われた私は顔を真っ赤にしてしまう。

何ていえばいいんだろう。私も好き? でも聞かれてるわけじゃないもんね。でも言わないのもおかしい? ああ、どうしよう。

「えっと……うん」

うん、じゃないよ私! それだけじゃないでしょ! もっと言いたいことはあるはずなのに、あるはずなのに口に出来ない。

でも、今までの、そして今日のカズヤの試合を見て思ったのは、変わらないと思ったなら行動しなければいけないということだったはずだ。

行動するって……そういうことだよね。
546 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 02:50:01.73 ID:Xk4gwRi70
「私も好きだよ」

とうとう言ってしまった。……言ってしまった!

好きって口にするの、いつ以来だろう。何かさ、そういうことを口にするのって恥ずかしくなってしまってた気がする。

アキラに対しても言ったことはなかったし、その前の遊びの人に対してなんかもってのほかだ。

捨てちゃいけないはずの純粋さを捨ててしまって、代わりに間違えた『大人像』を手に入れたつもりになってたのかな。

そんな勘違いを捨てさせてくれたのは、まぎれもなく彼の純粋さだ。

それが私に向けられた純粋さじゃなくて、サッカーに対する純粋さっていうのにすら妬けてしまいそうなほど、私は彼に惹かれている。好きになってしまっている。

気持ちを言葉にするのって、こんなに緊張することだったかな。

彼の反応を見たいような、でもやっぱり怖いような。
547 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 07:25:34.62 ID:T8VOPqhH0
乙だわ
548 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 07:40:42.01 ID:yfZemoTbO
くそビッチでも風俗嬢でもいい!

いいかな?
いやー、どうかな
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 11:59:31.33 ID:1sAlOaXp0
やっと追いついた!
結構ドロドロしてるのにめちゃくちゃ面白いな!
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/07(土) 00:48:27.73 ID:k7GeINyw0
恐る恐る、彼の顔を覗くように視線を上げてみる。

視線が合った。逸らしたくても逸らせない。……いや、逸らしたくなんてない。

やっと、彼と本当の意味で向き合っている。自分の気持ちを隠さずに伝えることができた。気恥ずかしいけれど、これは私の本心だ。それを伝えたのだから、もう逃げはしない。

ニコッと微笑んだ彼も、少し照れている。これは、私の言葉を喜んでくれたから……ってことで良いんだよね?

「ありがとう」

その一言で、何だか報われた気持ちになる。

「私こそ、ありがとう」

本当に。

出会ってから半年も無い期間。それに、お店の外で会うようになってからはもっともっと短い期間のはずなのに、彼にはいろんなことを教えられた。救ってもらった。

その彼に、好きだと言われてしまった。こんな幸せが、私に訪れて良いのだろうか。
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/07(土) 01:16:28.88 ID:k7GeINyw0
「お待たせしました」

幸せに浸ろうとしていると、ヤギサワさんの奥さんがオムライスを持ってきてくれた。

そうだった、レストランの中で何を告白し合っているんだろう。思い出すと、少し顔が熱くなってきた。

ご飯を食べる前に、手を合わせて。

「「いただきます」」

と、声が被った。オムライスから視線を上げて、再びカズヤと向き合う。

ふふ、と笑みがついこぼれてしまう。何だろう、どうでもいいことのはずなのに、こんなところまで気が合うと嬉しくなってしまう。

「息の合ったカップルで羨ましいわぁ」

厨房に戻ろうとしていた奥さんにそう声をかけられた。

違います……とは言いたくないし。でもそうなの? 本当にそういうことで良いの?

「あはは、ありがとうございます」

ちょっと恥ずかしそうにそう言って、カズヤはこちらをチラッと見てきた。

少しニヤけた顔で、首だけ上下に動かしちゃった。カズヤも、ちょっとだけ頷き返してくれて。

……うん、そうだ。そういうことだよね。
552 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/07(土) 01:27:57.83 ID:k7GeINyw0
「ごちそうさま……は私だけか。出来立てのうちに召し上がれ」

奥さんはそう言い残して、今度こそ厨房に入っていった。

良いの? って聞き返したくなるけれど、それはそれで何だか悪い気もして聞き出せない。

「……嫌じゃない?」

スプーンに手を伸ばしたところで、小声で問いかけられた。

その言葉の真意をすぐには読み取れなくて、首をかしげてしまった。嫌じゃない……嫌なことなんて、何もない。

それが『自分が恋人で嫌じゃない?』という問いかけならば、私が聞き返したくなるくらいお門違いだ。

今、私が嫌に感じたことなんて何もない。

「嫌じゃないよ」

そう言って、小さく首を横に振った。それを見て、安心したようにカズヤは息を吐いた。

「じゃ……よろしくお願いします」

小さく頭を下げて。そして照れ隠しのように言葉を重ねた。

「ほら、冷めないうちに食べよ」

ほらほら、と今度はカズヤに急かされた。

さっきまでより幸せで、その気持ちだけで以前のオムライスより美味しく感じてしまう。

ああ、今日は何て素敵な日なんだろう。
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/07(土) 03:03:26.60 ID:k7GeINyw0
ちょうどオムライスを食べ終えた頃、ヤギサワさんがお店のドアを開いた。

「あれ、カズくん……へぇ、上手くいった?」

カズヤと私の顔を見比べながら、楽しそうにそう言った。この間の経緯を知られていると、ちょっと恥ずかしい。

「おかげさまで。その節は色々と……」

「どういたしまして。それにしても、今日はナイスゲームだったね。おめでとう」

「ありがとうございます」

そこまで返事をしたところで、ヤギサワさんは厨房にいる奥さんに名前を呼ばれた。

「おっと、忙しくなる前に着替えないと」

言い残して、彼も厨房に向かっていった。先日も手伝いで入ってたみたいだし、結構忙しいのかな。オムライスしか食べたことは無いけど、味は確かだし。

「美味しかった……」

空っぽになったお皿を目の前に、カズヤがそう漏らした。うん、私も初めて食べたとき、そんな感動を覚えたんだっけ。

ギャルソンスタイルに着替えて出てきたヤギサワさんに、コーヒーの追加オーダーをお願いした。

コーヒーを持ってきてくれたヤギサワさんは、小さいガトーショコラと生クリーム、そしてフルーツが添えられたプレートを二枚、テーブルの上に置いた。

「あれ、頼んでないですけど……」

「初戦突破祝い……と、まあその他色々のお祝い。まだ忙しくなるまでには時間あるから、ゆっくりしていってよ」

ありがとうございます、と頭を下げて、ありがたく頂くことにする。こういう好意には、甘えないほうが失礼ってものだ。

フォークで小さく切って、ガトーショコラを一口。

「……美味しい!」

思わずそう言ってカズヤと目を合わせ、ヤギサワさんを見てしまう。

甘すぎず、ビターすぎず。淹れてもらったコーヒーに絶妙にマッチしている。

「今日はオムライスもだけど、妻が手作りしてるからね。自慢じゃないけど、料理は上手いんだ」

「本当ですか?!」

美味しい市販品を見つけてるのかなぁと思うほど、それはよくできた味だった。

手作りでこんなケーキを作れたら楽しいだろうなぁ。オムライスもあんな風に作れるなんて。

「魔法使いみたい……」

そんな子供じみた感想を、つい漏らしてしまった。

「あはは、魔法使い。良いね、聞かせてみよう」

そう言って、ヤギサワさんは奥さんを呼び寄せた。
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/07(土) 03:08:13.84 ID:k7GeINyw0
「ちょっと、邪魔しちゃ悪いでしょ……」

そんな文句を漏らしながら、でも楽しそうに奥さんはこちらにやって来た。

「彼女がね、お前のことを魔法使いみたいだって。オムライスもケーキも褒めてくれてたよ」

「あら、本当に?」

その問いかけに、カズヤと二人で頷いた。

「嬉しいわ。えっと、お姉さん……料理はお好きなの?」

作るのも、食べるのも、嫌いではない。でも、得意かとか趣味って言えるほど好きかと聞かれたら、それも違う気がして。

「うーん……得意ではないんですけど。でも、美味しいものは好きです。こんな風に作れたらなぁって思います」

「それじゃ、うちでバイトしない?」

「えっ」

あまりに突拍子もない提案に、つい声が漏れてしまった。

「おいおい、この子にも都合があるだろ。ごめん、気にしないで」

「あっ……そうよね、ごめんなさい。うちの店、人手不足だから、つい」
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/07(土) 10:20:03.55 ID:zY70wukH0
イイぞー
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/07(土) 10:41:48.52 ID:JO/ZXG8AO
乙!
ついに元風俗嬢になるのかな?
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 00:44:02.56 ID:y2NatuabO
3日かけてじっくり追いついた
めちゃくちゃ面白い
読みながらセンター試験に出てきそうな文章だなぁと

でも同じ場面を複数人の視点で何度も何度も見せられるとちょっと冗長かな、面白いんだけどね
558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/09(月) 01:16:17.44 ID:5lJkUKRR0
最初は驚いて声を漏らしてしまったけれど、私はむしろ乗り気になっていた。

いつまでも今の仕事を続けられると思ってもいなかったし。カズヤと付き合う……ってことになるなら、風俗嬢を続けるのは彼も良い気はしないだろう。というか、私が申し訳ない気持ちにもなってしまう。

「バイト……良いんですか?」

そう問い返すと、奥さんは「えっ、良いの?」と驚いた。さっきと立場が逆だと思うと何だかおかしい。「気を使わなくていいんだよ。思い付きで言っただけだから、本当に」とは、旦那さんの方のヤギサワさんからのフォロー。

「いえ、あの……やってみたいです。ご迷惑じゃなければ、お願いします」

幸い、貯金は少なくはない。アキラに貢いでいたとはいえ、将来の不安を感じ始めた時期から、ある程度のお金は貯金するのが癖になっていた。

今までふらふらしていた私がすぐに正雇用の職に就くのは難しいだろうし、何よりこのお店で働けるというのは魅力的だ。幸せな気持ちにしてくれる場所だなって、二回しか来たことはないけど思っていた。

「嬉しいわ。えっと……名前と電話番号と住所……」

それらを書くのに適切な紙が見つからなくて、奥さんは申し訳なさそうに紙ナプキンを渡してきた。「ごめんね、後でちゃんと他の紙に書き写しておくから」と。

アンケート用に備え付けられていたボールペンで記入していると、カズヤがぽつりと「……みたいだ」と漏らした。それを聞いたヤギサワさんも、プッと笑いをこぼす。

きょとんとして顔を上げると、カズヤは海外の有名選手のエピソードを話し始める。

「今、世界一じゃないかって言われてる選手なんだけど。子供のころの彼をスカウトしようとした人が、プレーを一目見て、今すぐにでも契約しようって紙ナプキンで契約書を作らせたって話があるんだ。だから、それっぽいな、って」

説明をした後、またおかしくなってきたのか彼は笑い始めた。
559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/09(月) 01:41:40.84 ID:5lJkUKRR0
「まぁ、うちの店からしたらそんな感じだよ。これで俺も手伝いに来なくて済む」

そう言い足して、ヤギサワさんもまた笑った。

「私からしてみたらそんなもんじゃないわ。待ち望んでいたんだから……今日はいい日だわ」

口々にそんな風に言われると、むずがゆい用な照れくさいような。実際、まだ働けているわけじゃないんだけど。

私は誰にも求められることもないと落ち込んだこともあったっけ。あの頃からしてみると、信じられないくらい進歩している。

記入し終えて奥さんに渡すと、彼女はそれをまじまじと見て、そして私に視線を移した。

「それじゃ、改めてよろしくね。えーっと……エリカちゃん?」

「はい、よろしくお願いします」

席を立ってぺこりと頭を下げると「礼儀正しいわね、良いわ」と一言。それだけでちょっと嬉しい。

「エリカちゃんって言うんだ? それで、あだ名はゆうちゃん? 珍しいね」

ヤギサワさんが当然の疑問を漏らした。そっか、この間ヒロさんと話してる時も源氏名を名乗っちゃったから、当然の疑問だ。

「そう呼ばれることが多くて」

そう返すと、ヤギサワさんはそれ以上深く問いかけてくることは無かった。こういうところが大人だなぁって思う。

ドアの開く音がして、新しいお客さんが入って来た。

「いらっしゃいませ」と声をかけ、ヤギサワさんが接客に向かう。

「……それじゃ、いこっか。忙しくなりそうだし」

カズヤにそう声をかけられて、私も頷いた。

「それじゃ、出勤日とかについては電話するから」そう言って、携帯番号の書かれた紙ナプキンを私に渡し、奥さんも厨房に戻っていった。

お会計を済ませて、ヤギサワさんに「ごちそうさまでした」と声をかける。「次も楽しみにしてるよ」って言われちゃった。二人でお礼を返して、扉を開けた。

夏の終わりを告げるような、ちょっとノスタルジーを感じる夕焼け空。それでも、寂しさとか切なさより、私は幸せな気持ちで満たされていた。

「行こう、エリカ」

そう言って、私に手を伸ばしてきた。……初めて名前で呼ばれちゃった。

返事をするのも恥ずかしくて、私は頷いて手を繋いだ。暖かい手だ。幸せをくれる手だ。いつか私も、彼に少しでも返したい。

これからのことなんて、何も不安はないと思っていた。

まだ、やるべきことはたくさんあるのに。
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 01:53:38.94 ID:Agp/XKpk0
とてもよい…
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/09(月) 02:28:53.16 ID:5lJkUKRR0
カズヤに拒絶された私は、何もする気がわかなかった。

ヒロくんからの連絡も、返しはするけど適当になってしまってる。もう、返さなくても良いはずなのにね。

私は結局何を求めているんだろう。何をしたいんだろう。

カズヤと別れたのは社会的な地位とかお金とか、そういうのが欲しかったから。そのはずなのに、その理由すら揺らいでしまっている。

何をもってカズヤを好きになったんだろう。何でヒロくんに惹かれつつあったんだろう。

そんなことばかりを考えていると、日が昇ってもすぐに沈む。答なんて見つかるのかな。というか、あるのかな。

気づけばあっという間に夏の終わりが近づいていて、ヒロくんから久しぶりに試合があるんだって内容のメッセージがきた。

もう見に行く必要もない。そのはずなんだけど、一方で期待もあった。

ヒロくんとカズヤをそういう気持ちで見比べて見れば、私の悩みを解消する種が見つかるかもしれない。

表向きは、応援に行くとは返事をしなかった。できなかった。罪悪感とかじゃなくて、単に面倒なことになるかと思って。カズヤにはヒロくんに乱暴されてるって言っちゃってるし。

返事は案外あっさりと「そっか、残念」くらいのもので、私も少し安心してしまう。

気づかれないように普段とは少し違ったラフな格好をして、好きじゃないけど眼鏡もかけた。こういう地味な格好の方が会場に溶け込みやすいっていうのは、以前見に行った時に気づいて良かった。

暑すぎる日差しの中、試合をする彼らをスタンドの後ろの方から眺める。カズヤもヒロくんも、今日も二人とも試合に出てるみたいだ。
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 02:46:30.76 ID:L+cH8nu8o
サキか
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 03:04:00.94 ID:ux7yyn/S0
 サッカーのことなんて全然分からない私は、ただ二人の走る姿を目で追うだけ。ピンチとかチャンスとか、何となくしか分からないし。

 ……来たの、間違いだったかな。

 これを見続けて、私は何かを得られるとは到底思えなかった。やっぱり私はダメな人間で、カズヤに惹かれてしまってたのも単に悔しかったからなのかな。

 考えるのも億劫になってしまった。前半が終わった笛が鳴ったところで、私はグラウンドに背中を向けて歩き始める。

 出口に向かって歩いていると、視界の端に見覚えのある麦わら帽の女の子が入って来た。……うん、可愛いけど、私ほどじゃないよね。きっとカズヤはああいう子を新しく好きになっただけで、私が彼女に劣っているというわけではない。

 そんな言い訳なのか、負け惜しみなのか。自分でも分かっているんだけど、言い聞かせてそのまま外へつながる階段へさしかかった。

 そこで、またもや見覚えのある顔の子が目に入る。それも、ここにいるのはふさわしくない気がする。俯き気味に歩く彼女に、私はつい声をかけてしまった。

「ミユちゃん?」

 私の問いかけに、彼女は驚いたように顔をあげた。しまった、今から帰ろうとしてるのに、何で声かけちゃったんだろう。ベンチじゃなくて客席にいることが驚きで、つい呼び止めちゃった。
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 03:04:31.84 ID:ux7yyn/S0
 ぺこりと頭を下げた彼女は、戸惑った感じで私を見つめ返してきた。うん、私もどうしようか困ってる。

「えーっと……」

 どうしよう。「一緒に試合見る?」っていうのは違うよね、そもそも私帰ろうとしてたんだし。「ベンチにいなくていいの?」っていうのも、何か問題があってこっちにいるんだったら、気分を害してしまうかもしれない。

 何も考えずに名前を呼んだ自分を責めながら言葉を探していると、彼女が口を開いた。

「今日も来てくれてたんですね。兄も喜ぶと思います」

 そう言って笑顔を作る彼女は、何だか以前の印象とはかなり違う気がする。

 以前会った時はもっと明るくて、愛嬌があって、自然と笑顔が零れている印象だった。その彼女が、今は無理して笑っているような。

 それに気づいたのは、私が男に対してキャラを作っているからかもしれない。自分でやっていると、自然な笑顔とそうでないものの見分けは案外簡単にできるようになる。

「……何かあった?」

 無神経にも、私はそこに踏み込んでしまった。というよりも、彼女の話を聞きたかったというのが本音かもしれない。

 自分が悩んでる時って、他人の悩みを聞きたくなるんだ。そうすると、悩んでいるのは自分だけじゃないって思える気がして。

 彼女に解決策をあげることはできないだろうし、そんな親切心で私が踏み込んだわけじゃない。単に、私の悩み、今のこのモヤモヤを、ミユちゃんの話で上書きしようとしているだけだ。

 とはいえ、それを私みたいな、ちょっと会ったことがあるだけの女に話してくれるかどうかは、また別問題なんだけど。

 戸惑った表情を見せた彼女は、どうしようと思案しながらこちらを窺ってくる。

 私は彼女に対しても表情を作って見せる。男を騙してきたように、親切心で声をかけているように見えるような表情。

「聞いてもらえますか?」

 彼女の確認には首肯で返事をすると、「立ち話も何なので」とスタンドの日陰になっている座席向かって行った。さっきとは逆方向だから、ヒロくんたちのチームの応援団からは離れてしまっている。良いのかな、こっちに来ちゃって。

 適当な席を見つけて腰かけた彼女に、一席分のスペースを空けて私も座る。近いような、遠いような。試合はまだ再開してないから、応援団の声も無いし話し声は聞こえるんだけどね。

「すみません、ありがとうございます」

 恐縮したように一言だけ残すと、彼女は語り始めた。
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 03:05:14.43 ID:ux7yyn/S0
 えーっと。私、こんなのなんですけど、一応彼氏……なのかな。まあ、そんな感じだと思ってた人がいたんですよ。

 で、その人、本当にダメな人なんです。女遊びの悪い噂もあれば、同じ大学なんですけど授業にも中々出てこなかったりで。

 少なくとも良い人ではないっていうのは分かってたんですけど、それでもたまに優しかったりかっこよかったりで、好きになっちゃって。

 すみません、こんな話で。惚気じゃないんですけど。

 それでですね、まあその、女遊びが激しいってところなんですけど。友達の彼女……彼女なのかな。好きな人? と一緒にホテルに入ろうとしてるところ、見ちゃって。

 噂では聞いてたけど実際に目の当たりにすると、凄いカッとなっちゃって。

 先日、友達とその女の子がいるときに、女の子につい手をあげちゃったんですよ。……最低ですよね。そういう人だって分かってて彼のことを好きになったのに。
566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/13(金) 00:59:57.60 ID:b0QbD1g00
「手をあげたっていうのは……」

一息ついたところで、私は問いかけた。

「平手打ちです。悪いのは彼女だけじゃないって、一番悪いのは私の彼氏だってわかってるんですけど、幸せそうなところを見てると、つい」

「そっか……」

何だろう、ドロドロしてるなぁっていうのが正直な感想だ。

この子に比べたら、私なんて悩むこともないのかもしれない。ヒロくんもまだ私の彼氏だったわけじゃないし、カズヤだってもう昔の男だ。

私がそう割り切ることさえできれば、それで終わってしまう。

「今日、ベンチに入ってないのもそれが理由なんです。友達……、うちのチームにいるから」

「えっ」

どういうこと? ということは、ヒロ君のチームメイトの彼女が、ミユちゃんの彼氏の浮気相手? 何それ、世間って狭いなぁ。

「カズくん……分かります? えっと、この間お会いした時に私が探してた、兄が可愛がってる子がいるんですけど」
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/13(金) 21:01:23.76 ID:iJuCtImAO
波乱来そうだなww
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/25(水) 11:20:43.74 ID:0lA12qEiO
期待
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 10:05:10.48 ID:u0Sn+xEBO
まだか…
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/06/12(日) 10:38:56.70 ID:z56s8hv10
出てきたのは、私にも覚えのある彼の名前。

「カズくんに罪が無いのは分かってるんですよ。……カズくんの彼女にも。だって、私が怒ってるのは二人に対してじゃなくて、彼氏に対してだし」

ミユちゃんの言葉を、私は黙って聞き続ける。言葉を挟む余裕なんて、私にはなくて。

「それでも、そういう人だって知ってて好きになった手前、彼を叱責することもできなくて。たまったモヤモヤが、その時爆発しちゃって。それ以来、気まずくて練習にも行けないし、カズくんにも会えないし」

辛さを誤魔化すような曖昧な笑みで「すみません、変な話をしちゃって」と彼女は言い足した。

頭の中をフル回転させて、何と言えばいいのかを考える。

「……大変だったんだね」

結局出てきたのは、そんなありきたりな言葉でしかなかったんだけど。

彼氏に対して、そこまで傾倒することが私にはできない。だって、私にとっては彼らは道具でしかなかったから。自分の価値を証明してくれる道具。

ダメになったら買い替えるし、不満ができればより良いスペックのものを求める。それは誰もが持つ欲求だと思う。不満を持ちながら、それでも相手を好きでいることが、私には理解ができない。

『じゃあ彼氏と別れて、他に好きな人を作れば良いじゃん』と、私なら考えてしまう。それでもこの言葉は、きっと彼女が求めているものとも違う気がして。
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/12(日) 12:52:16.71 ID:v2JCNuFAO
乙!
忙しいのかな?
572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/12(日) 20:42:52.26 ID:DVtT1gEkO
>>571
今年中の転職を目指して、勉強したり準備をしたりしつつ、仕事も忙しくなってきたのでどうしても更新がなかなかできなくて……

読んでくださってる方々には申し訳ないことではありますが、もう少し長い目でお待ち頂けたら嬉しいです。
ただ、何があってもこの作品は書き上げます。

更新が途切れ途切れですみません。
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/13(月) 01:04:04.92 ID:KMM7Kpnj0
「本当はちょっと、羨ましかったんです。カズくん、良い人だから。誰か他の人のものになっちゃうの、悔しくて」

「そうなの?」

昔は私の男だったのよ。

そんな自慢は虚しいからやめておこう。カズヤは今、あの麦わら帽の子に捕まえられてるんだから。

「良い人ですよ。私の愚痴にも付き合ってくれたし、サッカーも上手いし。……友達として、大好きです」

「友達として、で良いの?」

意識して付け足されたような言葉を、私は確認するかのように繰り返した。

「はい。だって恋してるのは、結局カズくんじゃなくて、彼なんです。カズくんみたいな彼氏を持てる子は幸せだろうなって羨ましいけど、カズくんと付き合いたいわけじゃないから」

「……そっか。大人だね」

私なんかより、よっぽど。

少しでもいいなと思ったら、そっちに移り気してしまう私なんかとは大違いだ。こういうのを誠実さって呼ぶのかな。少し違う?

「でも、彼とは別れようかなとは思うんです」

「えっ?」
574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/13(月) 05:12:38.96 ID:udUhlMwGo
実生活が転機なのか無理をなさらず
まったり楽しみにしてます
女同士の探り探りな会話はハラハラする乙です
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/14(火) 02:44:06.45 ID:FaKZ2dt10
思いがけない言葉に、私はつい声を漏らしてしまった。

「やっぱり、結構辛いんですよ。分かってたはずなんですけどね。好きだけど、それ以上にきつくなっちゃって」

そう言って淡く笑う彼女は強そうで、でも儚くも見える。

彼女の気持ちがいまいち分からない私は、どこか欠けてしまっているのだろうか。

好きなのに辛いっていう二項対立。辛いことからは逃げ出せば良いって思うのは間違いなんだろうか。

言葉を返すことができないままでいると、応援団から歓声があがった。どうやら選手たちが出てきたみたいだ。

「あ、ヒロ兄出てますよ」

どうやら彼女の気持ちもひとまず落ち着いたみたいで、目線はグラウンドに向かっていた。

うーん、帰りづらくなっちゃった。まぁ、あと一時間もないんなら見てあげてもいいか。どうせ今日で最後になると思うし。
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/19(日) 14:08:55.60 ID:+PBUR+yMO
試合が始まると、彼女は黙ってしまった。

この暑さの中、座ってるだけでも項垂れてしまいそうなのに、彼女は一生懸命応援している。

そんな彼女がここにいるのは何だか不思議な気がしてしまう。やっぱりベンチに行くべきだったんじゃないのかな。

途中で「帰るね」って声をかけたくなったんだけど、横を向く度にその真剣さにつられてしまって、ついつい目線を戻してしまう。

もうそろそろ終わりかな、負けちゃうのかな。

カズヤが相手を抜いてヒロくんにパスを出した瞬間、隣でミユちゃんが小さく呟いた。

「危ない」

えっ? という声は、言葉に出来なかった。

強い笛が鳴ったかと思えば、ヒロくんは綺麗な芝生の上に寝転んだまま起き上がれない。

「ヒロ兄……!」

声にならない声で、彼女は名前を呼んだ。

グラウンドの上では選手同士が揉めていて、カズヤはその中ヒロくんに駆け寄っている。

大丈夫かなぁ、心配だなぁ。

私としては、それくらいの他人事にしか思えなくて。

結局、私は当事者にはなれていなかったんだと思う。ただヒロくんからの好意を得ようというためだけに、ここに来ていたから。
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/19(日) 14:20:36.36 ID:+PBUR+yMO
担架に乗せられて、ヒロくんは外に運ばれていった。

ミユちゃんは心配そうな目線を彼に向けて、拳を握り締めていた。

何でそこまで、他人に感情を向けられるんだろう。家族だから、チームメイトだから、さっきの話で言えば恋人だから。

言葉に出来る繋がりだけで、人は他人をそんなに大切に思えるのかな。

哲学みたいなことを考えながらもグラウンドを眺めていると、ヒロくんが倒れた場所にボールを置いたのはカズヤだった。

「あの子、カズくんです」

言われなくても知ってるんだけど、私は黙って相槌をうった。

「たぶん、決まりますよ」

その直後、彼女は言い直した。

「決めます。必ず決めてくれます」

その言葉には、熱がこもっていた。不思議に思った私は、つい聞き返す。

「その違い、大事なんだ。彼、そんなに上手いの?」

「上手いですよ。でも上手いからっていうより……」

「いうより?」

「何て言うんでしょうね。信じてるというか、決めてほしいっていうか。あれだけサッカーに正面から向き合ってるカズくんが決めないと、他に誰が決めるんだっていう」

少し恥ずかしそうに「見てないと分からないですよね、すみません」と言い足されて。

フリーキックの準備ができて、笛が鳴った。

助走を始めたカズヤはボールを右足で蹴って、それは綺麗な弾道でゴールに向かって進んでいく。
578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/19(日) 17:37:02.38 ID:PFq81vKh0
乙、もっと読みたい
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 13:18:50.14 ID:fdSNJ6FZO
ゴールに突き刺さったそれは、強い歓声を呼び起こした。隣にいたミユちゃんも、立ち上がって拍手をしてる。

それでも、私の心は何も動かされることはなくて。

すごいなぁ、良かったね。

それで感想は止まってしまう。私は何でもないから。カズヤのチームメイトでも、ヒロくんの恋人でもない。

映画とか本とかでもそうなんだけど、結局私とは違う世界での出来事だから。

私が関わることは、私のいる世界の出来事で、だから感情を揺さぶられる。今回のは、私に関係のない世界の出来事だ。だから、何とも思えない。
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/07(木) 17:18:53.15 ID:LLnA+lIlo
きた!
581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/11(月) 02:22:21.45 ID:YpkBFOpf0
同点……ってことは、延長になっちゃうのかな。そうなったら、もう帰ろう。時間が無いからって言ってしまおう。

喜んでいるミユちゃんには悪いけど、カズヤが活躍してもそこまで興味を持てなかったし。

私の予想は的中して、同点のまま後半が終了した。

「ごめんね、この後外せない予定があって」

当然のように嘘を吐いて、私はスタンド席を立った。「それなら仕方ないですね」と残念そうに呟くミユちゃんにごめんねと伝えて、そのままグラウンドに背を向ける。

もう彼女にも、ヒロくんにも、きっとカズヤにも会うことは無いだろう。狭い世界だということは改めて思い知ったけど、やっぱり私には向いていない。

綺麗な恋愛をするには、私は汚れ過ぎているのかもしれない。もしくは、今までの罰が当たってしまったのかもしれない。

きっと彼らは世間一般で見るにはキラキラしている、純粋な人たちで。私はそれを食い散らかそうとする悪女。

悪女には、彼らを利用することはできても向き合うことはできない。眩しくて、目を背けてしまって、だから理解ができなくて。
582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/21(木) 14:42:09.58 ID:jscClB5AO
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 18:55:05.16 ID:rAg8Q7QEO
さようなら。

心の中で、ぽつりと呟いた。私には分からない価値観を持った彼らに、別れを告げる機会はきっともうないだろう。

否定するつもりはない。それでも、私は彼らと一緒にいることはきっとできない。

ヒロくんには悪いことしちゃったかな。それだけは少し申し訳なく思う。それでも、今までの行いを考えるとヒロくんだけに罪悪感を感じるのも変な感じだ。

私はただ、自分のためだけに動いてきたのだから。今までも、そしてこれからも、きっと。

さ、新しい男を探さなきゃ。私を満たしてくれる、新しい男を。

いつも通りのこと。今まで通りのこと。

それなのに、今はなぜか心が晴れない。
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 19:03:32.33 ID:rAg8Q7QEO
初戦を終えて家に帰ると、玄関の外でミユが気まずそうな顔で待ち構えていた。

「お疲れさま。勝てて良かったね」

「……おう」

「ごめんね、今日。行かなくて」

行けなくて、と言わないあたりが正直者だと思う。ミユは言葉を続けた。

「もう大丈夫だから。もう問題ないから。次から、ちゃんと行くよ」

何があったのか聞くのは、きっと野暮なんだろう。だから俺はただ信用する。妹のことを、ただ信じてやろうと思う。

きっとこいつも何かと戦っていて、それが辛くて休んでいただけなんだと。

「分かった。お前が来てくれると、みんな喜ぶよ」

「……本当に?」

「当然だろ。仲間なんだから」

妹に対してそんな言葉をかける自分に、少し気恥ずかしさも感じてしまうけど、それでも事実だ。
585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 20:28:09.32 ID:9xiZZOvAO
乙!
エタらなければいいからしっかり進めてくれ
586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/07(日) 04:55:54.84 ID:QwqbyeU00
いい感じに時々あげる
いやーにくいね
587 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/13(土) 11:51:32.59 ID:Vn+NJ4RTO
「ありがとう」

改めて言われたその言葉に返事をするのは、何だかとても恥ずかしくて。返事をせずに、俺はそのまま玄関のドアを開けた。

「そういえば、今日来てたよ」

「誰が?」

もっと言うなら、どこに?

「サキさん……? だよね、名前。スタンドにいたよ」

と言ったところで、ミユはしまったという顔になった。ベンチには入らなかったのに、スタンドから見てたっていうのが気まずいんだろうな。その辺はもう触れずにいてやろう。変につついて、また気まずくなる方が嫌だしね。

「あ、いや、ほら、たまたま隣に座ることになってさ、うん。忙しいからって、延長入る前に帰っちゃったけど」

「いいよ、もうそれは。そっか、来てたんだ」

嬉しいような、複雑なような。

スマホを取り出すと、サキちゃんからメッセージが入っていた。

『今日の試合、途中までしか見られなかったんだ。ごめんね。妹さんによろしくね。』

それだけ。

『ありがとう、伝えとくよ。今日も何とか勝てました』と返したら、すぐに返事がきた。

『これからしばらく忙しくなりそうだから、遊んだり試合見に行ったりできなくなりそうかも。ごめんね』

って。まあ何となく避けられてるなとは思ってたし。理由は分からないけど、まあ人間関係ってそういうものだろうし。

『そっか、了解です。またそのうちね。無理はせず』

既読表示はついても返事は来なかった。

きっともう、連絡をとることもなくなるんだろうな。なぜか分からないけど、それは確信めいていた。

寂しいけれど、でも俺にはサッカーがある。次は古巣との試合だ。

気持ちを切り替えるためにも、俺はシャワーを浴びるべく服を脱ぎ始めた。
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/13(土) 12:06:51.19 ID:Vn+NJ4RTO
夕飯のカレーを食べながらローカルニュースを見ていると、天皇杯の放送が始まった。

「さすが本大会。ちゃんとカメラ入ってるんだね」

と、ミユがニヤけながら言った。うん、もう普段のこいつだ。ちょっと安心するよ。

うちの失点シーンが流れたあと、アナウンサーがすぐに「しかしここから逆襲が始まります」と言葉を続けた。

カズがボールをセットし、フリーキックを決めたシーンが流れると、ミユが言葉を漏らした。

「これ、本当にすごかったよね。カズくん憧れの選手みたい」

Jリーグで歴代最多FKゴールの記録を持つ選手の名前を、ミユは呟いた。

そっか、あの選手のことが好きなんだったっけ。天皇杯で勝ち進めば、その選手とも試合する可能性があるもんな。

そのまま流れで俺の逆転ゴールが流れると、「よっ、ヒーロー!」とバカみたいな煽りがミユから聞こえてきた。

「まあ、次からだよ。次からが本番」

「勝たなきゃね」

「もちろん」

プロだからといって尻込みしてはいられない。元々、知ってるやつらがまだ多いチームだしね。恩返し、しないとな。
589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2016/08/28(日) 22:42:12.47 ID:/CEFldD/0
保守
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/03(土) 15:14:15.65 ID:NPdRmtosO
そのままテレビを眺めていたら、全国版のスポーツニュースにテーマが移った。

野球と比べると、サッカーの扱いは微々たるものだ。今日開かれたJリーグの試合が、ダイジェストで流れ始める。

「あっ、シンヤさん」

ミユがポツリと呟いた。画面の中では、シンヤが相手のディフェンダーをチンチンにしてやっている。ボールがまるでダンスパートナーのように、あいつは踊る。

『ディフェンダー二人の間を割って、シュート! これが決勝点となり……』

アナウンサーの言葉も途中で、テレビを消した。

昔のあいつより、段違いに上手くなってやがる。日本代表で揉まれてるからなのかな。

「……勝たなきゃね」

さっきの言葉とは違うニュアンスに聞こえるのは、俺だけだろうか。

そうだ、シンヤと試合するのは俺も待ち遠しい。勝たなければ、そこまで辿りつけられない。

カズのために、チームのために、自分のために。俺は勝たなければいけない。

「任せろよ」

根拠のない自信だ。アマチュアがプロに勝つなんて、年に1,2チーム出てくるくらいだ。その中に、俺たちは入る。
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/04(日) 00:34:04.82 ID:+xCM7QoiO
追い付いちまったぜ
乙!
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/09/14(水) 22:22:23.25 ID:Te9Pta6xO
そんな決心をするのは簡単だけど、現実にするには高い壁がある。とにかく、まずは目の前の一戦だ。

「ごちそうさま」

食器を下げようと椅子から立ち上がると、テレビから更に気になる言葉が続いてきた。

『今日の試合、大活躍だった彼ですが、気になるのは今日、スクープされた噂ですね。モデルから女優まで、幅広く活動をしているエミさんとの交際は事実なのでしょうか。プレーからもプライベートからも、目が話せない彼に今後も注目です』

あらら、いっちょ前にスキャンダルなんか撮られちゃって。もうすっかりスターだな、なんて。

「あれ、それってあれじゃん。ほら、サキさんに似てる……」

「あー、そうそう。似てるよな、本当に」

「どこかで見たことあるなー、って思ったもん。今日も私、見とれちゃった」

そんな軽いやり取りをしつつ、手に持ったままだった皿を運んでいく。

「洗い物、私がやるから置いといて。ゆっくり休んでよ」

「お、サンキュー」

気を使ってくれたのかな、試合後だし。何にせよ、今日は疲れた。お言葉に甘えてゆっくり休んで、次の試合に備えさせてもらおう。
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/16(金) 10:36:33.87 ID:KAHfpomAO
乙!
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/02(日) 00:54:13.35 ID:ILw/K0xA0
まだかな?
595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/15(土) 12:23:57.84 ID:nP2E820EO
一週間なんてあっという間に過ぎてしまい、とうとう初めてのJチームとの対戦を迎えた。

幸い、隣の県のチームだということもあり大がかりな移動はなかったが、それでもアウェーゲームという雰囲気を肌で感じ取ってしまう。緊張感は初戦の比ではない。

更に言えば、J2チームとはいえ、相手はプロ。胸を借りるつもりはさらさらないが、未体験のレベルになるのは間違いない。

そんな中、落ち着いてるヒロさんはさすがだ。昔所属していたチームということもあってか、リラックスした様子でアップをすすめる。

綺麗な芝の上でパス回しをしていると、相手チームのサポーターによるチャントが始まった。大声で選手の名前を叫んで鼓舞をする。スタンドでプロの試合を観戦したときに耳にするそれとは全く違う。圧倒される。

「おい、びびんなよ」

そんな僕の様子を見てか、ヒロさんが声をかけてくれる。頷いて、パスを返す。

「お前の対面、負けんなよ。タメだぜ、あいつ」

そう言って、ヒロさんはフォルツァの8番を指差した。

名前はよく聞く、ユース史上最高傑作。U17ワールドカップの試合をテレビで見たこともある、左サイドのスペシャリスト。タカギという名前を、僕たちの世代で知らないやつはほとんどいないだろう。

「任せてくださいよ」

「……カズ、変わったね、やっぱり」

驚いたように、ヒロさんは漏らした。

「変わった?」

「前はそんなかっこいいこと言えるやつじゃなかったから。自信ついた?」

ゆうちゃんのおかげ? とからかうようにヒロさんは笑った。軽く背中を叩いて突っ込みを入れてやる。

「悪いって。今日もかっこいいところ見せてやれよ」
596 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/17(月) 15:01:31.54 ID:JATGhYAA0
おつ
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/10/19(水) 22:01:53.18 ID:KPrggDHNO
その言葉を残した直後、フォルツァ側のゴール裏スタンドからヒロさんの名前がコールされた。

凱旋試合とは言えないかもしれないけど、相手選手として帰ってきたヒロさんに対する彼らからのエール。

ヤマさんに確認をとって、ヒロさんは小走りでバックスタンドに向かって行った。

最前列に陣取るサポーターと大声で何かを話しているのが遠目に見える。やっぱりすごいな、あの人。

数分のやり取りを終えたヒロさんは、そのままフォルツァのピッチ脇を通りながら戻ってくる。途中、顔見知りらしい選手やコーチにも声をかけられ、ハイタッチを交わしている。

戻ってきたヒロさんは、僕の隣に並ぶようにジョッグ。かけられた言葉は、熱が込められていた。

「今日、絶対勝つぞ。絶対に」
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/03(木) 01:29:16.42 ID:WH35j82A0
まだかな?
599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/03(木) 14:54:58.52 ID:7bU8ODSP0
円陣から放たれて、僕たちは各ポジションに着く。対面のタカギを見据えると、一瞬目が合った気がした。ぞくっと寒気がするような、一流プレイヤーの目つきだ。

少し怯えて視線をそらすと、今度はヒロさんと目が合った。タカギのそれとは真逆に心強い。

試合前、ヒロさんは『良い試合をしような』『頑張れよ』と、声をかけられたらしい。

「自分たちが勝つと信じて疑ってない。なめてんだよ、あいつら。俺たちのこと」

『たち』に力を込めて、悔しそうにヒロさんはそう言った。

僕たちがヒロさんの足を引っ張っているから、ヒロさんまでなめられてしまう。そう思うと、何だかいてもたってもいられなくなって。

「よっし、最初集中して入りましょう!」

大きな声で、チームメイトに声をかけた。驚いた目でみんなが僕を見つめて、すぐに「任せろ!」「最初な!」「落ち着いていこうぜ!」と返事が返ってきた。

そうだ、スタンドの雰囲気とか、相手の肩書なんかに負けるわけにはいかない。僕たちは僕たちなりの、できるプレーをやるしかない。

決意を胸にしまったところで、試合開始の笛が響いた。
600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/04(金) 00:21:09.59 ID:OANjHfL10
4-2-3-1の両サイドがフォルツァの強みだ。タカギがいる左サイドに、元日本代表がいる右サイド。

そのサイドアタックを中心に、1トップの長身の外国人フォワードにクロスを当てる。シンプルだけど、それだけに力強い。

190cmを超えるような相手FWに対抗できるようなセンターバックはうちのチームにはいない。どうにか自由にさせないように体を当てるのがいっぱいいっぱいだ。

「できるだけクロス上げさせるなよ。上げさせたら失点につながると思え」と、口酸っぱく言われていた。

タカギはイヌイみたいなドリブラータイプではなく、クロスの精度が高い、クラシックなタイプのウイングだ。整った顔立ちも相まって、元イングランド代表のイケメン選手を彷彿とさせる。

彼にボールが入った瞬間、前を向かせないようにプレスをかける。特別足元の技術が高いわけではないから、フリーで前を向かせなければイヌイ程は怖くない。

ガツガツしたプレスに仕掛けることを諦めたのか、受けたボールをバックパスで返した。

「あんた、やるじゃん」

それに合わせてポジションを取り直していると、タカギはニヤニヤしながら声かけてきた。

『アマチュアの割には』みたいなニュアンスがこもっているように思えるのは、僕が卑屈だからなのだろうけど。

「オオタさん、どう? そっち行ってから」
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/06(日) 15:33:54.89 ID:EQyTWh/vO
「どう、って……見ての通りだけど」

初のプロチームとの試合に浮き足立ってる僕たちを、引っ張ってくれている。実力だけじゃなくて、精神的にも。

「頼もしい先輩、かな」

「ふーん」

興味無さそうに、タカギは相槌をうった。何だよ、自分から質問したくせに。

「それじゃ、期待はずれかな」

そう言い残して、彼は僕から離れていこうとする。

期待はずれ? どういうことだ?

「言った通りだよ。今のプレーがオオタさんの今の実力なら、がっかりしたってこと」

気づかぬうちに声にしてしまっていたらしい。タカギは言葉を続ける。

「あの人、シンヤさんとポジション争ってたんだぜ? 正直、尊敬してたよ。それが今、都道府県リーグの王様気取ってるようじゃ、期待はずれだってこと」

試合するの楽しみにしてたのに、と最後に愚痴のように呟いた。

だったら。

「それなら、俺が楽しませてやるよ」

自信はなくても、不敵に笑って見せよう。僕がタカギを押さえる。チームを勝たせる。そしてヒロさんを認めさせる。

それしか、僕にはできないから。

「やってみな」

タカギも笑い返してきた。今度も馬鹿にはしてそうだけど、少しは楽しそうに。
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/11/06(日) 15:52:41.61 ID:EQyTWh/vO
どうにか前半の15分をスコアレスで乗り越えて、試合は膠着状態に入った。

一方的なサンドバッグ状態は避けられたけど、今度は攻め手に欠ける。

相手センターバックはしっかりとゴール前に蓋をしているし、ヒロさんにも相手のダブルボランチのうちの一人が常にケアをしている。

試しにアーリークロスを何度か上げてみたけれど、相手センターバックは冷静にそれを跳ね返す。高さ勝負じゃフィジカルで負けるうちには分が悪そうだ。

タカギにボールが入る、プレスをかける、ボールを下げさせる。

パスを受ける、出しどころがない、横パスを出すかアーリークロスをクリアされる。

ダメだな、じり貧だ。このままじゃ実力差が徐々に出て、どこかで一本取られてしまう。

格上相手には、ラッキーパンチでも先制点がほしい。

「来い!」

右サイドいっぱいに張って、ボールを要求する。トラップする前にルックアップすると、タカギが寄せてきているのが目にはいる。

「もっかい!」

トラップをせずにパスの出し手にリターン。そのまま前方に向かって全力でダッシュをかける。

こちらに全力で寄せに来てたタカギはストップはできても折り返せず、僕に向かって手を伸ばすも届かない。

よし、抜けた!

リターンボールをランウィズザボールの様に大きく前にトラップし、スピードに乗って相手陣地を割っていく。
603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 23:40:56.92 ID:byzfmiaA0
ほしゅ
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 00:23:54.12 ID:kUzttzMK0
ゴール前にボールを放り込んでも通用しないことは分かっている。できるだけ切り込んで、球足の速いクロスで混戦を狙うしかない。

相手サイドバックがこちらにプレスをかけに来たところで、ヒロさんとワンツーでそれをかわす。

よし、このままいける!

センターバックがスライドしてこちらにずれてきた。その穴を埋めるかのように、ボランチが一枚ポジションを下げる。そこだ!

ファジーな守備陣形をつくように、そこの間に低いクロスを蹴りこんだ。

逆サイドのセンターバック、そしてボランチの間にうまく通ったボールに、二人とも一瞬動きが止まる。

そこに走りこんだのはうちのフォワード。ワンタッチで上手くコースを変えたシュートは、キーパーが反応するよりも早くにネットを揺らした。

スタジアムの大半は静寂。そしてほんの一部の歓声。

「ナイッシューっす!」

「ナイスクロスだよ、バカ!」

異様な空気の中、僕たちは歓喜の輪を作る。プロ相手に、こんなにあっさり先制できるとは思ってもいなかった。

ジャイアントキリングを起こす時って、意外とこんなものなのかな。いや、油断するにはまだ早すぎるけど。

やれる、いける、勝てる! 根拠のない自信が、少し現実味を帯びてきた。

審判に促されて、自陣に戻っていくとヒロさんに声をかけられた。

「今の、続けろよ。まだ狙えるぜ、あのパターン」

「了解っす」

嬉しそうな笑みで頭を叩かれた。よし、もう一本だ。

「集中していきましょう!」

自分に言い聞かせるように大声を出す。そうだ、まだまだ始まったばかり。
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/20(火) 01:27:15.38 ID:aBTCGi43o
お、続き来てた
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/22(木) 02:38:52.07 ID:Zsd7dE1o0
試合が再開すると、タカギとのマッチアップは激しさを増してきた。

「粘るねぇ、アマチュア」

「リードされてるのはどっちだよ?」

そんな煽りあいが始まるくらいには、彼も僕もヒートアップしている。最初にヒロさんのことを馬鹿にされたからかな、ダメだ、落ち着け。

前半35分を回ったところで、タカギにボールが渡った。認めたくないけど、イヌイの時にも感じたような雰囲気を持っている。一流の雰囲気だ。

タカギの視線が一瞬中に向いた。ワンツー?

そう思った時には、半身で構えていた僕の両足の間をボールが通過していた。

油断していたわけではない。それなのに、フェイントもなく、意識をずらしてタイミングだけでここまで綺麗に股を抜かれるとは思ってなかった。

屈辱的なプレーに、つい手が出てしまう。横を通り抜けようとしたタカギのシャツを、つい掴んでしまう。

笛が鳴って、審判がダッシュで近づいてきた。やばい、カード貰う?

「落ち着いて! もう一回やったら出すから」

強い口調ではあったが、どうにか注意だけで済んだ。ほっと安心してるところに、タカギは不満そうに「カードでしょ、今の」と漏らしている。

あまり認めたくはないけど、確かに今のは出されても文句は言えないプレーだった。

「カズ、切り替えろ!」

ヒロさんの叫び声が聞こえて、手を上げて返す。そうだ、カードは出てない。結果オーライだ。
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/28(水) 15:02:11.46 ID:GcEMbh1A0
おつん
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 02:24:11.46 ID:XK3qITsA0
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/20(月) 02:34:47.67 ID:7Fv3Az0A0
まだかな?
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/26(日) 17:36:47.08 ID:F7FuLVqZO
ヒロさんに手を上げて返事をし、壁としてポジションを取ろうとした時だった。

タカギはボールをゴール前に放り込んだ。あれ、プレー止まってない?

ゴール前に走り込んだ相手フォワードはドフリー。キーパーは慌てて飛び出す。

間一髪、パンチングでボールは弾かれた。直後に衝突して倒れ混むキーパーと相手フォワード。

笛が二回鳴って、プレーが止まる。

「おい! プレー止まってただろ!」

「カードでしょう!」

うちの選手が主審に対して抗議に向かうが、審判はそれを拒絶する。

「うっせぇなぁ。一回しか笛鳴ってなかったでしょうが。ちゃんと聞いとけっつーの、アマチュア」

挑発するような言葉遣いに、うちの選手は激昂してタカギに詰め寄っていく。バカ、手を出すな。

タカギとうちのディフェンダー陣の間に立って、両者を引き離そうとする。
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/26(日) 18:34:37.91 ID:F7FuLVqZO
「ヤマさん!」

ゴール前から大きな声が聞こえてきたかと思うと、負傷したキーパーの負傷状況を確認していたディフェンダーが手で大きな丸を作っていた。

本大会は監督に徹しているヤマさんが、サムズアップで応える。

うん、よかった。相手フォワードもどうにか立ち上がっている。

「これ以上不要な発言したらお互いに警告だから!」

審判のその一言で、うちの選手もタカギもしぶしぶながらもバラけていく。

「アイツ、あんなやつだったか?」

争いを落ち着けに来てたヒロさんが、呆れたように呟いた。

「とにかく、カズも挑発にのるなよ。試合荒れてきてるから」

「分かってますよ」

荒れ試合になると不利なのは間違いなく僕たちだ。フィジカル面で、あまりにディスアドバンテージがありすぎる。

先程の衝突でキーパーチャージの判定が下され、ゴール前からロングボールが飛んだところで時計をちらっと見る。

まだ前半30分……長い試合になりそうだ。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 03:03:15.29 ID:ffAZ9hDz0
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/12(日) 16:24:46.51 ID:NACMq5V4O
試合は熱を加えつつも、膠着状態に入ってきた。相手サポーターのブーイングが耳に入ってくるのは、僕たちに対してなのか、それとも不甲斐ない自チームを奮い立たせるためなのか。

「出せ!」

タカギがボールを要求するも、相手の外国人ボランチはそれを飲まずに逆サイドに展開した。

「何だよ、出せよ下手くそ」

自チームの選手に毒づくタカギに目をやると、それは自分に回ってきた。

「金魚の糞みたいについてきやがってよ。邪魔なんだよ」

「僕程度が邪魔になるんなら、プロはもっと邪魔なんじゃない?」

挑発に挑発をもって返すと、一言「調子に乗るなよ」とだけ呟いて、彼は中にスライドして絞っていく。

悪くない、むしろ良い。イヌイのような超絶個人技持ちの選手よりは、僕としてはやりやすい相手だ。

再びタカギが外に開き、僕もそれに合わせて移動する。

要求された通り、タカギの足下にボールが入る、そこだ!

一気に間合いを詰めて、プレッシャーをかける。トラップミスでこぼれたボールをかっさらい、そのまま縦に向かってランウィズザボール。
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/12(日) 16:34:24.95 ID:NACMq5V4O
瞬間、後ろから足が伸びてきた。トップスピードに乗った勢いが、刹那でゼロになる。

何が起きたかも理解できないまま芝の上を転がって、空を見上げると強い笛が鳴った。

審判が早足に駆け寄ってきて、僕を見下ろすタカギにイエローカードを示した。

スタンドからはブーイング、うちの選手は「後ろからだろ?!赤でしょう!」と主張しに審判に詰め寄る。

「おい、カズいけるか?」

「……っす、たぶん」

争いには相変わらず我関せずなヒロさんは、心配そうに近づいてきた。

ちょっと右足首に違和感を覚えるけど、プレーできないレベルではない。打撲になりそこねた程度に、足を捻ったかな。

立ち上がって、右足を軽く左右に振る。……うん、いける。

「おっけーです、やれます」

「おう、無理すんなよ。厳しかったら外出とけ」

審判に詰め寄っている両チームの選手の熱も落ち着いてきたみたいだ。うん、残り時間はあとちょっと。このまま前半は締めて終わりたい。

「前半!集中していきましょう!」

声を出してチームメイトを鼓舞する。まずは前半、リードして折り返すために。
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/12(日) 20:42:57.76 ID:BGNiTeLao
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/14(火) 21:44:10.67 ID:n7q5LuoB0
こんな面白いSSを見逃してたとは…
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/20(月) 17:19:34.89 ID:tqKYbcyBO
前半終了を告げる笛が鳴ると、スタジアムからため息が聞こえてきた。

プロチームのサポーターである彼らが期待していたのは、アマチュアチームに上の世界の厳しさを見せつけることだったのだろう。

その期待も虚しく、拮抗したゲームで、スコア上ではビハインドでの折り返し。とても、彼らが満足できる試合ではないはずだ。

しばらくして、チャントが叫ばれ始めた。こういうの、ちょっと羨ましいけどね。うちのチームの応援団は、大して人数もいないし……っと。

そんな風に思ってたら、ゴール裏から名前を叫ばれた気がする。……あ、いた。

リーグ戦ほどの観客じゃないとはいえ、一人の声に気がつくことってそうそうない。……うん、でもあの帽子。あの声。

彼女がいるゴール裏に、煽るように両手を上げて見せた。

あと半分だ。乗り越えて、勝って、まだまだ僕たちは上にいく。
618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/20(月) 17:29:33.70 ID:tqKYbcyBO
カズくんたちの次の試合相手がプロチーム相手だとは聞いていたけど、いざスタジアムに到着すると雰囲気に圧倒されてしまった。

会場付近を歩いている人も今までより全然多いし、相手チームのユニホームを着ている人たちも大勢いる。スポーツニュースで見る、日本代表のサポーターの人たちみたい。

こんなところで試合するんだ。すごいなぁ。

でも、相手がプロってことはめちゃくちゃ強い? ぼろぼろに負けたりしない?

そんな、期待と不安とが入り交じってる。

あんまりサッカーのことを知らないのも何だか恥ずかしくて、あの日から少しずつサッカーの勉強も始めたんだ。

相手チームのフォルツァはプロ二部リーグで、四位。一部リーグに上がれるかどうかの狭間の順位らしい。

天皇杯はそういう昇格とかに関係ないみたいだから、それなら少しくらい手加減してくれないかな。失礼かな。

タカギって選手は私たちと同年代で、世代別日本代表にもずっと選ばれてる。……っていうのはカズヤに教えてもらったんだけど。

階段を上ってスタンドに着くと、逆側のスタンドは今までの人たちの数十倍ってくらいお客さんが入っていた。
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/20(月) 17:31:03.48 ID:tqKYbcyBO
>>618
すみません、一番最初の言葉は
カズくん→カズヤ
です……。

そして試合中の描写の時間軸がぐだぐだになっているのも更新後に気がつきました……
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/20(月) 18:28:11.08 ID:pJY5BMJ60
待ってた!
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:32:04.69 ID:edCU5veR0
「うわぁ……」

今までとの光景の違いに小さく歓声をあげながら、私は適当な席を探す。

後ろの方が見やすいんだけど、近くで応援したい気持ちもある。

どこがいいかな。悩んじゃうな。

うろうろしている私を、「あ、ゆうちゃん」と呼びかけてきたのは、聞きなれた声だった。

「こんにちは」

Tシャツにデニム、足元にはスニーカーというカジュアルな服装を身にまとったヤギサワさんが、私を手招きしている。隣には、奥さんの姿も見える。

「良かったら一緒に見ない?」

「はい、ぜひ!」

誰かと一緒に見たこと、今までになかったし。サッカーをよく知ってるヤギサワさんと一緒に見た方が、色々教えてくれそうかなってちゃっかり考えてしまったり。

「こんな暑い中応援に来るなんて、健気ねぇ。」

「お前なんて、この間の試合も見に来てくれてなかったもんな」

「あら何、私の応援が無いから負けたっていうの?」

そんな仲睦まじいやり取り。良いなあ、こういうの。なんかちょっと羨ましい。

「あ、出てきた」

やや劣勢になっていたヤギサワさんが、話を逸らすようにピッチを指さした。
622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:37:51.22 ID:edCU5veR0
「カズくん、今日もスタメンだね。良かったね」

そう言って私の肩をたたく奥さんに、ヤギサワさんが言葉を返す。

「あの子は外せないよ、チームの柱だから。あとオオタくん」

「分かってても、ドキドキするもんなの。ね?」

そう言って私に同意を求めてくるものだから、あいまいに頷いてしまった。

スタメンじゃない……というか、試合に出てないことは今までにあまり考えたことがなかった。けど、そうだよね。途中交代だってあるし、作戦とかによって選手って変わったりするみたいだし。

「お、タカギも出てるじゃん。同級生でマッチアップだ」

ヤギサワさんが呟いた一言に、つい反応してしまう。

「あの人……うまいんですよね? 大丈夫かな」

「うーん。上手いは上手いよね、プロだし。でも、期待されてたほど伸びられてないのかな」

世代別日本代表って、結構曖昧なものらしい。そこで選ばれてても、実際のワールドカップに出たりする日本代表までいけるのって更に一部。それに、世代別代表経験が無くて代表選手になる人も結構いるらしい。

「そういうもの……なんですね」

「ま、遅咲きの選手だっているしね。だからまぁ、カズくんのことだから、上手くやれると思うよ」
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:37:49.49 ID:edCU5veR0
試合が始まると、ヤギサワさんの言う通りの試合展開になった。

ボッコボコに負けるんじゃないかって不安はどこへやら、互角の試合を繰り広げている。

相手チームのサポーターが大声で応援しているんだけど、それに負けじと私も心の中でカズヤの名前を叫ぶ。

時折「あっ」とか「危ないっ」みたいな言葉になってしまって、ヤギサワさん夫妻はそれを見て笑っている。

オオタさんがゴール前でパスを受けると、相手チームからブーイングが聞こえることが多い気がする。不思議そうに見ていたのか、「昔の仲間だから。それだけ、怖がってるのさ」と教えてくれた。

そっか、そうだった。オオタさん、このチームにいたんだ。

「タカギとも負けてないね、カズくん。やるじゃん」

「は、はいっ」

何だろ、私のことじゃないんだけど、私のことみたいに嬉しい。

その返事をしたところで、少し客席がどよめいた。

カズヤがタカギを振り切って、相手陣地を切り裂くようにドリブルをしている。
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 08:54:07.48 ID:NK0UE/JN0
サッカー描写になるとコメが減ってる気がするが楽しみに読んでるよ。
頑張れ!
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 22:20:10.52 ID:ZIvsMT/AO
カズヤが蹴ったボールはゴールに繋がって、喜びの輪ができていく。

「すごい! すごいすごい!」

プロ相手に、リードを奪った!

技術的なことなんて何一つ知らない私だけど、スコアでは今、カズヤたちはプロより上にいる。それって、素人の私からしてもすごいことのように思える。

声を上げてはしゃぐ私に、奥さんが両手を上げてハイタッチを求めてきた。それに応えて、女二人できゃっきゃと騒ぐ。

「カズくん、やるわね! 堂々としてる!」

「また化けたな……何かあったのかな」

「何かって?」

旦那さんのヤギサワさんが漏らした言葉が気になって、私は問いかける。

「俺たちと試合したときよりさ。……さっき、こいつが言ってたけど、堂々としてるっていうか、自信を持ってるというか」
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 22:20:59.08 ID:ZIvsMT/AO
何て言っていいか分からないけど、何か良くなってる。言い足して、ヤギサワさんもカズヤ……というか選手たちに向かって称賛の拍手を贈った。

「楽しむようになった、って言ってました」

先日、ヤギサワさんのお店……今は私のバイト先だけど、あそこから帰ってるときにカズヤに聞いたんだ。

フリーキックでゴールを決めたときから、何でか変わって見えた気がして。

そしたら、言ってた。

「相手選手に言われたらしいです。もっと楽しめって。『失敗するかもしれなくても、挑戦しないと喜べる成功がないことに気がついて。だから、成功とか失敗とか抜きに、挑戦すること自体を楽しむようになった』って」

一息で言いきって、少し恥ずかしくなって顔が赤くなった。でも、もう少し言い足すべき言葉が、私にはある気がする。

「でも、カズヤの言う通りだなって、私も思うんです」

それを言葉にするのは、さっきより恥ずかしいけれど。

「私も変わりたいって思ってて。あの時、お店で働いてみないか誘われたとき、挑戦することを選んで良かったなって思うんです」

風俗は、やっと最後の出勤を終えたところだった。盛大に、とは言わないけれど、最後の日にはお客さんがプレゼントを持ってきてくれたり、別れを惜しんでくれた。

あそこではナンバーワンって立場になれてたけど、今の仕事はそれとは全然違う難しさがあって。

上手くいかないことも多くて、落ち込んじゃうこともあるし、収入も微々たるものになったけど、私は今の道を選んだことは間違ったとは思っていない。

あのお店で働くようになって、自分が料理を好きだって気がつけたし。自宅作るのは自分が食べるだけだから好きで当然だと思っていたけど、お店でもたまに調理を手伝わせて貰って、自分のためだけじゃなく、料理自体が好きだって気がついた。

「だから、あの時、誘ってくれて本当に嬉しかったです。……ありがとうございます」

最後に声が小さくなってしまったのは、こんなところで改めて話してることが、改めて恥ずかしくなったから。
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/31(金) 01:35:27.20 ID:yhPcKTWA0
おつ
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:11:29.25 ID:W50VAAH60
試合はその後も五分五分の展開が続く。がんばれ、がんばれ。

熱を込めて試合を見つめると、ピッチのカズヤとタカギもヒートアップしてやり合ってる。

でも、それだけプロの選手を、世代別? とはいえ、日本代表になれるような選手を本気にさせてるってことだ。それがすごいことだってことは、いくら私が素人でもわかる。

タカギにでたパスを、カズヤがかっさらった……その瞬間だった。

「危ないっ!」

背もたれのないベンチから立ち上がって、私は叫ぶ。

カズヤの後ろから、タカギの足がスライディングで伸びてきた。笛が鳴って、審判、続いて選手たちが一斉にその場に走り寄ってくる。

「うわ、黄色か。後ろからだし赤でもよかったと思うけど」

ヤギサワさんがそんな感想を漏らすと、奥さんがそれを窘めた。

「ばかね、そうじゃなくて、カズくん大丈夫かしら」

「うーん、ここであの子が抜けるときつくなるよなぁ。大丈夫だと信じたいけど……」

だからそうじゃないって、と奥さんは呆れたように呟いた。二人のやり取りを笑えないほど、私は動揺してしまって。
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 09:20:05.77 ID:YhDsud1WO
1から追いついてしまった
面白いです乙
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/03(月) 21:48:43.58 ID:eNQIYDr40
私がタックルされたわけじゃないのに、自分の足まで傷ついてしまったように感じている。痛い。

駆け寄ったヒロさんに少し返事をして、カズヤは立ち上がった。

「良かった……」

脱力して、私は腰を下ろした。奥さんも「良かったわね、大丈夫そう」と声をかけてくれたので、うんうんと頷く。

そのまま試合が再開して、走り出したカズヤを見てほっと息を吐いた。

サッカー選手がどれくらい怪我をするのかとか、どれくらいそれが辛いのかとか、私には分からない。

分からないけれど、彼からサッカーを取り上げてほしくないって気持ちは本物だ。

彼が私の希望であって、その希望から光がなくなるようなことは、あってほしくない。

ううん、そんな分かりづらいものじゃなくて、単純にカズヤがサッカーをしているところをもっと見たいんだ。それが楽しくて、刺激を受けて、だから私もがんばりたいって思わせてくれるからだ。

だから私は祈る。この試合も勝って、彼がもっと楽しめる試合が続くことを。私に光を見せてくれることを。
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/03(月) 22:02:54.46 ID:eNQIYDr40
前半終了を告げる笛が鳴ると、横にいる二人はお手洗いに去っていった。

その隙に、スマホのスポーツサイトで他会場の結果をちらっと見てみた。今日勝ったら、次にカズヤたちとあたるチームは……この試合の勝者だ。

気になって詳細を開いてみる。あ、前半で三点差もついてる……ってことは、次の相手はこのチームなのかな。

スタメンの選手……知らない人が多いけど、名前を聞いたことがある人も何人かいる。サッカーに関して素人の私が聞いたことがある時点で、たぶん日本代表クラスなんだろうけど。

その下に書かれてたベンチメンバーを見ていると、つい「あれ、この人……」と声が漏れてしまった。

「お茶とコーヒーと炭酸、どれがいい?」

ヤギサワさんが缶を差し出しながら戻って来た。私は立ち上がって「あ、お茶……いただきます。ありがとうございます」と受け取る。

「あの、ちょっと教えてほしいんですけど……」

「ん、何?」

「この選手って……日本代表の人ですよね?」

スマホの画面で気になった人のプロフィール画像を見せながら、私は問いかける。

「ああ、シンヤ。うん、そうだよ。今ブレイク中。どうしたの?」

「いや、今日勝ったら次にあたるチームどんなところだろう、って思ってたら、私でも知ってるような人がベンチにいたから……」

怪我なのかな? って。

「ああ、ターンオーバーってやつだよ。日本代表の試合があって、リーグがあって、天皇杯があって、他にもカップ戦があって。休憩しながら出てるのさ」

「へぇ……そういうもの、なんですね」

「天皇杯でアマチュア相手とかだと、若手の練習にもなるしね。だからって手を抜いてるとかではないんだけど」

そう言って、ヤギサワさんは冗談ぶって、でも目は本気で言い足した。

「今は目先の試合を応援しないとね。今日勝たないと、次はないんだから」

それは自分に言い聞かせてるような、私に向かって言ってるような、分かるのは本気で言ってるんだなってことだけで。

はいっ、なんて、大きな声で返事をしちゃった。
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/06(木) 23:12:05.52 ID:TwWpmhBA0
おつ
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/16(日) 13:30:31.79 ID:E9eMoFC00
後半に向けて、選手たちがピッチに戻って来た。選手交代は、どうやら無さそうだ。とは言っても、私が分かるのはカズヤにオオタさん、タカギに外国人選手くらいのものだけど。

「カズくん、良かったね。」

それがどういうことか分からなくて首を傾げていると、奥さんが言葉を足してくれた。

「交代してなくて、というか、怪我がなくて? 前半、痛がってたから」

「あ、ああ。はい、本当に」

「前半で様子見して、ハーフタイムで交代とかもたまにあるからね。でも、本当に何ともなさそうね」

頷いたと同時に、後半開始の笛が鳴った。

ここにいる私が出来ることなんて何もないけど、だからこそエールを贈ろう。

「がんばれ」

呟いて、ピッチを見つめる。がんばれ、がんばれ。
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/16(日) 13:38:55.73 ID:gwDi4sSeO
試合は膠着状態で進んでいった。

大きなピンチは無いんだけど、カズヤとタカギがマッチアップするところはどうしてもハラハラしてしまう。

「あっ」とか、「いけっ」とか、つい声に出ちゃう。

カズヤが仕掛けることより、タカギに仕掛けられることの方が圧倒的に多いしね。ポジションのせいなのか、試合展開が押されてるからなのかは、私には分からないけど。

後半も20分を過ぎたところ、カズヤがボールを受けようと縦に走り出した。

スタンドまで聞こえてくるような大声で、カズヤはボールを要求した。

そこにボールが届きそうな、瞬間だった。

前半の光景がフラッシュバックしてくるような、そんな光景。それなのに、嫌な予感はその時以上だった。

ボールに触れた瞬間、後ろから伸びて来た足がカズヤを刈り取った。

「いやっ……」

立ち上がって、ピッチを、カズヤを、呆然と見つめる。ああ、神様。
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