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風俗嬢と僕

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634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/16(日) 13:38:55.73 ID:gwDi4sSeO
試合は膠着状態で進んでいった。

大きなピンチは無いんだけど、カズヤとタカギがマッチアップするところはどうしてもハラハラしてしまう。

「あっ」とか、「いけっ」とか、つい声に出ちゃう。

カズヤが仕掛けることより、タカギに仕掛けられることの方が圧倒的に多いしね。ポジションのせいなのか、試合展開が押されてるからなのかは、私には分からないけど。

後半も20分を過ぎたところ、カズヤがボールを受けようと縦に走り出した。

スタンドまで聞こえてくるような大声で、カズヤはボールを要求した。

そこにボールが届きそうな、瞬間だった。

前半の光景がフラッシュバックしてくるような、そんな光景。それなのに、嫌な予感はその時以上だった。

ボールに触れた瞬間、後ろから伸びて来た足がカズヤを刈り取った。

「いやっ……」

立ち上がって、ピッチを、カズヤを、呆然と見つめる。ああ、神様。
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/18(火) 22:15:34.94 ID:1bppDGmwO
いつもそうだった。

子供の頃からサッカーエリートだった俺は、大した挫折もなくプロになった。小学生の頃からうちのユースに所属していて、県トレ、ナショナルトレセン、アンダー代表。そうやってステップアップしていくことにも、自分がプロになるってことにも、一度も疑問を持ったことがなかった。

アンダー12から代表にいたおかげで、同年代でそこそこやるなって奴らとは少なからず交流もあった。各地の上手い奴らがその時々で召集されて、次第に呼ばれなくなったり、いつの間にか常連になっていたり。

でも結局中心にいるのはガキの頃から一緒だったやつらで、俺もそこから外れることはない。

ずっと続いていくと思っていた。思い違いだった。

俺の所属しているチームは二部リーグだっていうのに、他の奴らは一部リーグ、それどころか海外で活躍し始めたやつだっている。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/18(火) 22:27:07.30 ID:1bppDGmwO
それは俺にとって耐え難い屈辱だった。

この世代のトップを走り続けて来た自負もあったし、プライドもあった。他の奴らに、俺が劣っているわけではない。

ただこのチームに、二部チームにいる限り、この劣等感が薄れることがないということも、何となく分かっていた。

俺が一部にあげてみせる。それが、俺の評価を上げる要因になるのなら。

言い聞かせながら、やっとの思いでスタメンを確保した時だった。

ついこの間まで同じチームにいたシンヤさんが、フル代表に選ばれたと耳にした。

これが一部と二部の差なのかな。注目度も違えば、評価も変わってくる。決心が強くなると同時に、焦りが出て来たことも、はっきりと俺は分かっていた。

サッカー選手の旬は短い。攻撃的なポジションの選手は、守備的な選手のそれより顕著に。

アンダーの世界大会で戦ったブラジル代表の選手は、スペインのビッグクラブでエース級の活躍をしている。あの試合、後半ロスタイムで勝ち越された雪辱も果たせていないというのに、俺はいつまでここで燻っているのか。

早く一部に上がりたい、もっと上の世界で戦いたい。

気持ちと裏腹に、チームは昇格圏内を確保しきれない程度に勝ったり負けたりを繰り返す。

くそ、こんなはずじゃなかったのに。
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/18(火) 22:34:32.01 ID:1bppDGmwO
リーグ戦もままならぬまま、アマチュア相手の試合が始まる時期に突入した。

カップ戦を舐めてるわけじゃないけど、俺は出ないかなって思ってた。リーグ戦に力を入れるために、ターンオーバーでベンチ要員かな、くらいに。

その予想は大きく外れて、うちは完全なベストメンバーで臨むと監督から指令が下った。曰く、「勝ち癖をつけるためにアマ相手にも全力で」ってこと。

悪いけど、俺はこいつらを相手にしてる場合じゃないんだけど。そんな不満を監督に言えるはずもなく、試合に向けてのミーティングで、興味深いことに気がついた。

シンヤさんとポジションを争ってたヒロさんが、相手チームにいる。

「オオタ以外はサイドバックのこいつ。ポリバレントな選手で、色んなポジションをこなしてる。バランスのいい選手だ」

コーチの解説を聞き流しながら、俺はヒロさんのプレーを見ていた。そう言えばこの人、元々はシンヤさんよりレギュラーに近かったんだよな。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/19(水) 01:29:54.11 ID:5fQyhq+A0
おつん
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/23(日) 18:11:35.05 ID:SUSH66j8O
俺には理解できない感覚だ。

プロになって、日本代表になって、海外にいって、世界最優秀選手賞を取る。

子供の頃からブレたことのない目標を持ち続けてきたからかな。今更アマになってサッカーを続けるということは、俺にとっては屈辱的なことに思える。

それでもヒロさんはサッカーを続けている。ビデオで見る限り、お世辞にも強いチームとも思えない。

都道府県リーグなんて、想像もつかない。ユース出身の俺は、学生時代のリーグ戦ですら日本を二分割したリーグだった。

今のヒロさんと試合をして、得られるものなんてある気がしない。

とはいえ、試合に出ろというのが監督命令なのであれば、それを拒否することだって当然できなくて。

あまり乗り気でないまま、俺は試合当日を迎えた。
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/04/23(日) 18:31:52.28 ID:SUSH66j8O
マッチアップの相手は、俺とタメのやつだった。もちろん聞いたこともない名前。

しょっぱいやつと当たってしまったな。ま、ポジション的にヒロさんとは被らないって分かってたし、せいぜい可愛がってやるか。

途中、うちのサポーターに挨拶するヒロさんにも頭を下げといたら、「負けないからな」だってさ。試合前は何とでも言えるしね。

試合が始まると、思いの外やるなってことは分かった。たかが都道府県リーグと思っていたけど、これならここまで勝ち残っていたのも分からなくはない。

とは言え、所詮その程度だ。アマにしてはやる、ってだけ。そして、そこで埋もれてしまっているヒロさんも、結局落ちぶれてしまっているんだなって。

彼の背中の10番は、アマチームだから与えられたものだ。うちのチームでは、つけることができなかった。

がっかりしたな、っていう気持ちが半分。やっぱりな、って安心感が半分。

ここまで勝ち進んできたことについて、驚きがなかったわけじゃなかったんだ。もしかしたらビデオで気がつかなかっただけで、誰かすごい選手がいるんじゃないかって。何かすごい戦術があるんじゃないかって。

でも違った。結局、ここまで来たのはただの実力で、そしてそれ以上ではない。

つまり、ヒロさん達の挑戦はここまで。俺達がプロの壁を見せつけて、それで終わりだ。ここから先は、上に行くやつらの世界だ。
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/30(日) 13:05:09.52 ID:ezHQFlEQO
俺が、上の厳しさを教えてやる。

それは過信だった。

一瞬の隙を疲れて、先制点を奪われる。喜ぶヒロさんたちを見ながら、苛立ちは募っていく。

あんなマグレでここまで喜べるなんて、幸せなやつらだ。喜べば喜ぶだけ、負けた後で辛くなるだけなのに。

そう思っていたのに、試合が再開しても俺たちは点を奪うことができない。たかがアマチュア、格下だと思っていたやつらに。

目の前に立つこいつも、イライラさせてくれる。

同世代なのに、今まで一度も名前も聞いたことがないような。今日試合をしなければ、一生会うこともなかったようなレベルのやつに、スコア上では負けている。

耐えられない。

俺は上に行くんだ。下のやつらを見ている余裕はない。俺は勝つ。勝って勝って、「タカギは落ちたな」なんて言ってる奴らを見返してやる。
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/30(日) 13:13:19.51 ID:ezHQFlEQO
こんなアマチュア相手にしてられない。

勝つ。

勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ。

苛立ちと焦りと、いろんな感情がごちゃ混ぜになる。こんなことをしてる場合じゃない。こんなところで負ける場合じゃないんだ!

それなのに、点は取れない。目の前に立つアマチュアを相手に、満足に崩すことも出来ない。油断した隙にフリーキックを放り込んだくらいだ。

俺の横をすり抜けて、スペースに駆け出そうとするこいつを、俺は後ろから刈り取った。

フラストレーションから出たプレーだ。これでいい、大人しくしろ。お前らなんて、すぐに俺たちに蹂躙されるんだから。

イエローカードが提示されて、それがより一層苛立ちを際立たせる。

まるで、警告をもらわないと俺がこいつを止められないと。俺がこいつに劣っているという証明のような気がしてしまう。

そうじゃない。そうじゃないんだ。

俺はプロだ。俺は上手い。このピッチにいる誰よりも、俺が一番上手い。
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/30(日) 13:21:41.91 ID:ezHQFlEQO
その後、ろくなチャンスを得られないまま、前半終了の笛が響いた。

ロッカールームに向かっていると、ピッチを出る間際にヒロさんが話しかけてきた。

「お前、そんなやつだったかよ。ラフプレー、気をつけろよな」

何を甘えたことを言ってるんだろう。自由契約になって、気持ちまでアマチュアになってしまったのか?

「何言ってるんすか、あんなの、こっちじゃ当たり前ですよ。アイツこそ、痛がりすぎじゃないっすか?」

「お前……」

何か言葉を言いかけて、それを飲み込んだヒロさんは相手のロッカーに足早に向かった。

何だよ、言いたいことがあれば言い返せよ。

ロッカールームに戻ると、監督の怒声が響き始めた。

「何という体たらくだ! お前ら、相手は都道府県リーグだぞ?! あんなのに苦戦してるから、昇格争いだって泥沼にはまってるんだよ!」

ぎゃーぎゃー感情を叫んで、改善の策を与えられない無知さを棚にあげた監督の怒りが爆発している。

「タカギィ! お前、あんなところでカードを貰う必要あったか?! 考えてプレーしろ!」

その言葉が、俺にどう響くと思ってるんだろうか。少なくとも、プラスになると思ってるならこいつは本気で無能だ。

「っす、気を付けます」

適当に返して、この場を切り抜ける。

監督の怒りはゴールを決められないFW、そして失点をしてしまったDFとどんどん矛先を変えていく。

「……とにかく! 後半はさっさと一点返して、落ち着きを取り戻せ! いいな!」

落ち着きを取り戻すのはどっちだよ、と心の中で苦笑しつつ、円陣を組んで声を出した。
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/30(日) 19:14:58.42 ID:tLHmkWWu0
カズヤ無事でいてくれ……
645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/30(日) 21:49:32.42 ID:docCXD5A0
おつ
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/03(水) 17:52:34.80 ID:A6YdLulvO
後半が始まっても、試合は思ったように進まない。J2のリーグ戦と変わらないような、五分の試合展開だ。

勝って当然と思っていた試合で、この時間帯までビハインドだということが、俺だけじゃない、チーム全体の焦りになっている。

雑なロングボール、パスミス、シュートミス。ミスさえなければまだやりようはあるのに。

「出せ!」

サイドからピンポイントのクロスをあげて、さっさと追い付いてやる。

その要求に対して馬鹿正直なボランチがパスを出した。そのボールだった。

俺の鼻っ面を掠めるように、トラップする直前のボールをかっさらわれた。

邪魔なんだよ。ここで勝ったところで、お前たちに何が残る? お前たちとは、やってるサッカーが違うんだよ!

後ろから伸ばした足に、引っ掛かってカズは倒れ混んだ。

笛が鳴って、主審が近づいてくる。

「退場だろ!」

「赤出せよ、赤!」

相手チームの選手が怒鳴り続け、うちの選手は主審の行く手を阻むように取り囲む。
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/03(水) 17:58:59.28 ID:A6YdLulvO
「次やったらもう一枚出すからね? 落ち着いて!」

主審から告げられたのは、警告の言葉だった。

「甘いでしょう?! 何で?!」

「何回目だと思ってるんですか?!」

口々に抗議の声が聞こえてくるけど、主審のジャッジは覆らない。そうだよな、ここで俺に赤を出してジャイアントキリングの一因を作る、そんな判定を下す勇気がないから、前半から判定が甘かったんだもんな。

目の前で倒れたままうずくまるカズに、主審とヒロさんが声をかけている。

ヒロさんはベンチに向かって大きく×マークを出した。これでやっと、こいつが消える。

「大丈夫っす、ただの打撲……」

「バカ、次があるんだよ。休んどけ。任せろ」

次がある? 次ってなんだ? 俺たちに勝つってことか?

おかしくなってきて、つい苦笑。まだあと20分もあるのに、一点のリードだけで俺たちに、プロに勝てると思ってんのかよ。

「本気っすか?」

安い挑発だと分かっていても、それを口にせずにはいられなかった。苛立ちを隠せない。

「お前みたいなヘタクソ相手に、カズを重症にするわけにはいかないんでな」
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ssga]:2017/05/03(水) 18:07:38.67 ID:A6YdLulvO
カズと交代で出てきた16番は、いかにもアマチュア選手って感じだ。

こいつならいつでも抜ける。……いや、あいつを抜けなかったと認めている訳じゃないけど。

プレッシャーをかけようとしてるんだろうけど、全然甘い。どうぞ抜いてくださいと言われているようなもんだ。

16番の横をするっと抜けて、ゴール前にセンタリングを上げる。うちのFWが競り勝っても、シュートは枠を外れてしまった。

うん、リズムはできた。この調子ならいつでも追い付ける。

時計をちらっとみると、後半30分を経過したところだった。ロスタイムをいれると20分近く残っている。これなら、延長までいくこともなく逆転できるな。

ゴール前の人員を増やすべく、センターバックの一枚が同点になるまで相手ゴール前に張り付いている。ターゲットが増えた分、俺もクロスをあげやすくて助かる。

両サイドからどんどんクロスをあげて、波状攻撃を繰り返す。それなのに、なかなかゴールを決めることができない。

まだか、まだか、そろそろ決めてくれ。
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/03(水) 18:14:13.40 ID:A6YdLulvO
ゴール前、最後のところで跳ね返される。ブロックされる。枠を外れる。

運がない。少しでもこっちに運があれば、もう大差をつけていてもおかしくないのに。

「ヨアン!」

シュートを外し続ける、頼りにならない外国人フォワードの名前を苛立ちと共に叫びながらクロスをあげた。いい加減決めやがれ。

頭一つ、相手ディフェンダーより高く飛んだヨアンが放ったヘディングは、クロスバーを叩く。

「クリア!」

相手チームの誰かが叫んだその声と共に、ボールが再び跳ね返された。

……まずいっ!

守備にほぼ全員を割いていた相手チームのうち、数少ない前線に残っていた選手。そのうちの一人のヒロさんの足下に、それは渡ってしまった。

前を向いてドリブルを始めるヒロさんに、もう一人残っていた相手の9番が連動して動き出す。

うちのセンターバックは一人少ない状況だ。数的にはまだ一人勝っているとはいえ、これはヤバイ。
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/03(水) 19:34:31.97 ID:UuohwW+A0
ヒロさんやってやれ
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/05/14(日) 19:23:59.99 ID:EikfOrmf0
「ディレイ!」

遅らせろと声を張って叫ぶけど、半端な間合いで止まってしまったうちのボランチを、ヒロさんはパスフェイク一本であっさりと抜け出す。これで数的同数。

全力でヒロさんの背中を追いかけながら、どうにか遅らせてくれとチームメイトに祈る。

実力の上では、どう考えてもうちが上なんだ。枚数さえ負けてなければ、失点はない。

残る2人のうち、サイドバックがパスコースを切りながらヒロさんにプレスをかけていく。そうだ、それで良い。

少しず減速をして、速攻から遅行へ切り替えようと、ヒロさんは一旦ボールを右足裏で転がす。その隙に、サイドバックが更に近づいて圧をかけようとした、その時。

アウトサイドでちょこんと触ると、股を抜いて抜け出された。くそっ、遅行はフェイクか。あんな初歩的なもんに引っ掛かんなよ!

心の中で呪詛を吐きつつも、少しずつヒロさんの背中は近づいている。まだ間に合う。

センターバックがシュートコースを消すべく、9番のマークを緩めて、少しずつ近づいて行く。それで良い。ボカしておいてくれ。
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [Saga]:2017/05/14(日) 19:30:23.61 ID:EikfOrmf0
しかし、そんなものを気にしないといった風に、ヒロさんはドリブルを続ける。もうすぐ、ペナルティーエリアにまで入られてしまう。

さすがにまずいと、ボカしていたセンターバックが寄せに行った時、また一度減速。9番のポジショニングを確認するようにルックアップ。

シュートモーションに入った、その軌道に体を投げ出すうちのディフェンダーを嘲笑うように、右足アウトでパスを出そうとした、その時だった。

止める!

近づいたヒロさんに向かって投げ出すように、俺は滑り込む。ボールを目がける余裕はなかった。どんな形であれ、ここは止めないとダメだっていうのは分かる。プロフェッショナルファールってやつだ。

あーあ、やっちまった。

強い笛がなって、主審が近づいてくる。さすがにこれは、退場だろ。自分で分かる。

イエロー二枚目、ではなくて、一発でのレッドカードが掲示された。

怒号とともに詰め寄ってくる相手選手を無視して、倒れ込んでいるヒロさんに近づく。
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 20:35:49.02 ID:43HE3CxqO
「大丈夫っすか?」

この人が後ろからのタックルに恐怖心があるのは覚えていた。悪いことをしたかなと思う一方で、これで精彩を欠いてくれればと思う自分もいる。

いつの間に、こんな風になってしまったんだろう。

焦ったり、勝つために手段を選ばなかったり。勝つことでしか、自分の存在意義を示せないと。

でも、それがプロってことだ。タックルにビビる、臆病者のあんたとは違う。プロとして戦うっていうのは、こういうことなんだ。

「……お前さ」

立ち上がりながら、ヒロさんは口を開いた。

「楽しいか? サッカーやってて」
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 20:40:30.25 ID:43HE3CxqO
真っ直ぐな目で、見つめられた。どこかで見たことのある目だ。

ハーフタイムに言おうとしたのはこのことだったのかな。

「楽しいか、って……」

俺にとって、サッカーは。

「……」

あれ、俺にとって、サッカーって何なんだっけ。仕事。上に上るための手段? 上ってなんだ? 何で俺は、上を目指してるんだ? 稼ぐため?

いや、そんなことじゃなかったはずだ。

「ほら、早く出ていって!」

答えを見つける前に、主審が笛を吹いてタッチラインに向けて背を押してきた。

そうだ、何で俺は、上を目刺し続けてきたんだろう。
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 20:45:04.29 ID:43HE3CxqO
ペナルティーエリア少し手前。距離は大体、20mくらいかな。

ボールをセットして、先程の出来事を振り返る。

タカギ、上手かったのに。何であんな風になっちまったんだろうな。焦って、苦しみの中プレーしているみたいで。

「いや、俺も同類だったのかな」

少なくとも、クビになった直後は。カズと出会ってなければ、俺もあんな風になっていたのかもしれない。

右足の爪先で軽くピッチを叩くと、少しだけ違和感。でも打撲ではなさそうだし、これならいける。

意識をゴールに向けて、審判の笛を待つ。残り時間はあとわずか。このチャンスを外すわけにはいかない。
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 20:51:37.23 ID:43HE3CxqO
壁に入っているのは、かつてのチームメイト。何人か初顔合わせもいるけど、何だかあの頃の練習を思い出すようで懐かしい。

俺の癖……なんてものがあるのか分からないけれど、少なくとも得意なコース、苦手なコースは知られている相手だ。

やりづらさはあるけれど、だからこそ破り甲斐があるってものだ。

あの頃の自分から、成長しているところを見せるために。自分を獲得していたことは間違えてなかった、そして自由契約にしてしまったことは間違っていたと、試合後に思わせられるように。

狙うコースは決めている。成功するかどうかは五分ってところ。けれど、不思議と失敗する気はしない。

強い笛がなって、助走を始める。キーパーはギリギリまで動かない。

狙いは変えず、右足インステップで強くインパクト。壁に入った選手たちはそれを遮るように懸命に飛ぶ。
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:03:32.70 ID:43HE3CxqO
その下を、ボールは通りすぎていく。

あの頃いつも狙っていた、壁を越えるカーブ気味のシュート。

その面影すら感じさせないような、速い弾道のグラウンダーのボール。コースをギリギリまで見極めようとしたキーパーは最後まで動けずに、ネットを揺らすそれを視線で追いかけることしか出来なかった。

「っしゃぁ!」

叫んで、ベンチに向かって一直線に走る。それを後ろから追いかけてくるのは、今のチームメイトだ。かつてのチームメイトは、下を向いて繊維を喪失している。

「ヒロさん!」

氷嚢で足を冷やしていたカズが、タッチライン際まで出てきて名前を叫ぶ。

そこに飛び込んだ俺、そして他の選手たちで、大きな輪が完成した。

「ヒロ! お前やっぱすげぇよ!」

「いくぞ、勝つぞ!」

頭はグシャグシャに撫でられて、背中はバシバシ叩かれて、でもそれが気持ちいい。

主審にポジションにつくように指示を受けて、自陣に戻っているとカズの大きい声が聞こえた。

「一本集中! ゼロでいきましょう! ゼロで!」

二部相手とはいえ、プロを相手にこんな声を出せるやつじゃなかったのにな。

頼もしい後輩の成長に負けたくなくて、俺も大きな声でそれに応える。

「もう一本! とりにいきましょう!」
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:13:33.47 ID:43HE3CxqO
試合終了を告げる笛は、それから10分ほど経って鳴り響いた。

スタジアムからは、何とも言えない声が盛れている。決して歓声ではなく、かといって落胆でもない。

整列をして、審判、次いでフォルツァの選手と握手を交わす。

「やられたよ、次もがんばれよ」

「あんなコースに撃たれるとは思ってなかったよ。やられたわ」

「オオタ、お前、上手くなったな」

そんな声。

上手くなったな、っていうのはやっぱり嬉しいね 。クビになったけど、それから成長できているってことなら、そうなったのにも意味があったと思えるから。

握手を終えると、ベンチメンバーと一緒にゴール裏のサポーター席に向かった。

大勢いる訳じゃないけど、お金を払ってまで応援に来てくれている、心強い仲間だ。

一礼して頭を上げれば、前の方にヤギサワさん、奥さん、それにゆうちゃんがいる。

「ほら、行ってやれよ」

カズにそう言うと「もう、やめてくださいよ!」と恥ずかしがるフリをしつつも、嬉しそうに近づいていった。

それをニヤニヤしながら眺めていると、今度は逆のゴール裏からうちのチーム名のコールが聞こえてきた。エールを送ってくれてるのかな。

みんなでそっちに向かって頭を下げると、今度は「オオタ」コールが響き始める。

ヤマさんに「行ってこいよ」と声をかけられ、試合前と同様に小走りでそちらに向かった。
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:18:55.88 ID:43HE3CxqO
「ありがとうございました! 次も頑張ります!」

辿り着いて、大きな声を張って叫んだ。

「オオター! お前、嫌なくらい、良い選手になったな! 今更上手くなりやがって!」

コールリーダーの中年のおじさんが、拡声器で叫ぶと他のサポーターが笑い声をあげた。

「次も勝てよ! ジャイアントキリングに期待してるからな!」

そう言って、再び大きな声でチャントを叫び始めた。クビになったとき、もう聞くことはないと思った声援だ。

熱くなるものを感じながら、俺は頭を下げた。この気持ちは、次も勝つことでしか返すことができない。

「ありがとうございました!」

もう一度叫んで、小走りでロッカールームに向かう。同じくロッカールームに戻ろうとしてたカズと、俺しかもういない。
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:23:42.04 ID:43HE3CxqO
「ナイッシューです」

プレイヤーズトンネルの手前でちょうど合流したカズに、そう声をかけられた。

「俺も決めとかないと、プレースキッカーをカズにとられるからな。あれから焦って練習したのさ」

「またまたー、そんなの、ありえないっすから」

こういうところは昔と変わらないんだな。プレーしてるときは、あんなに雰囲気が変わったっていうのに。

トンネルの中に入ると、一人、待ち構えてるやつがいた。

「……すみません、大丈夫でしたか?」

カズと俺にラフなタックルをかましてきたそいつは、まず最初にそう言った。

「大したことないよ。なぁ、カズ?」

「冷やしてたらもう大分良くなったんで」

「……よかった」

何と言って良いのか分からず、言葉を探すように、そいつは口を開く。
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:31:57.94 ID:43HE3CxqO
「……サッカー、楽しくなかったです」

それがどういうことかは、すぐに分かった。

「苦しかったんだな」

その場にいなかったカズは何がなんだか分からない、といった顔で、俺の表情を窺うように視線を寄越してきた。

「僕、戻っときますね」

気を使ってそう言ったんだろうけど、敢えて「いや、いてくれ」と返す。カズがいてくれた方が、たぶん分かりやすい。

「勝たなきゃ意味がないと思ってました。代表に入れなきゃ、やってても仕方ない。俺、プロだし。勝つことが仕事だし」

自分に言い聞かせるように、言葉を続けていく。

「ヒロさんのことも、最初はバカにしてた。クビになったくせに必死こいて勝ち進んで、バカみたいだなって。勝ったところで何にもならないじゃないですか。なのに何で? って」

そうだ。俺も最初はそうだった。

フォルツァをクビになって、県リーグなんかでサッカーを始めたのは、ただの惰性だって。

「でも、何か違ったんです。何か分からないけど……何か……何か……」

その感情を表現するのが難しかったのか、言葉を詰まらせながら俯いて、少し間を開ける。俺たちは、ただ黙って言葉を待つ。

「……羨ましかった」

そう言ったタカギの目からは、雫が伝っていて。
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/15(月) 21:40:05.85 ID:43HE3CxqO
「楽しそうだな……羨ましいなって。俺、ずっと、そんな風に、おも、思えなくて」

ずっとエリートコースを歩んできてたこいつが、そういう風に感じるのも分からなくはない。

フォルツァはプロリーグ発足当時は名門で、ユースも力を入れられていた。だけど、一度二部に降格してからは、メインスポンサーも離れてしまったせいか大した補強はできなくなってしまった。少なくとも、強豪というイメージはなくなってしまいつつある。

「代表のやつらに置いていかれてしまうって。悔しくて! でもどうにもできなくて……何で? 何で俺はこんなところにいるんだ? って……」

「分かるよ」

その同意は、俺の本心だった。

「俺も最初はそうだった。クビになったあと、うちに参加したのだって、ただ『サッカーをしない自分』がイメージできなかったから。ただそれだけだったから」

横で黙って話を聞いてたカズが、視線だけこちらに向けてくる。
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/15(月) 22:53:49.20 ID:nW2oG+4A0
大量更新おつ
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/15(月) 23:04:37.38 ID:fy4wX1Ws0
乙です
いつも楽しみにしてます
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/15(月) 23:24:29.28 ID:4KTW6XER0
おつ
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/16(火) 07:18:55.65 ID:zPftSAJ7O
ヒヤヒヤするな
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/16(火) 12:17:30.54 ID:38njs9txO
更新おつ
ドキドキですわ
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:00:21.51 ID:bECh8MqdO
「レベルだって、今までにいたどのチームより低かったよ。周りを駒扱いして、王様プレーして自己満足するつもりだった」

「そうなんすか? 全然」

全然気づいてなかった、とカズは漏らした。そんなカズに視線を送って、俺は言葉を続ける。

「こいつ、カズとマッチアップして、タカギはどう感じた?」

「どうだった……って」

考え込むように言葉を止めて、タカギはカズを見つめる。

「ウザかったっす。マッチアップしてて、あんなに楽しそうにプレーされると」

「だろ、そういう奴なんだよ、こいつはさ」

呆れ声をわざと作って、肩を竦めて見せる。

「こいつがさ、今よりもっと下手くそだったくせに、『サッカー教えてください!』ってさ。うぜぇくらいグイグイ来るんだよ。でもさ、そういうの、今、お前はあるか?」

好きだから上手くなりたい。好きだから高い世界を見てみたい。その順番であるべきなんだ。

少なくとも、俺にとってのサッカーは。
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:01:43.07 ID:bECh8MqdO
返事をできずに俯くタカギから、今度はカズに向かって言葉を渡す。

「なあ、カズ。お前は何でサッカーしてんの? 高校でも大した実績も残せなくて、それでも今までサッカーをしている理由は?」

本当は、今となっては大した選手になっているんだけど。言っても謙遜するだろうし、黙っておこう。

「何でって……好きだから? としか……理由……ないっすね」

その言葉に満足した俺は頷いて、並んで立つカズの背中を叩いた。

「そういうことだよ。こいつも、お前も、俺も。最初は好きで始めたサッカーだろ。それはさ、プロだろうがアマチュアだろうが、変わらないんだ」

俯いていた顔をあげて、タカギは俺の言葉に耳を傾ける。

「勝つから楽しいサッカー、っていうのもあるさ。プロなら尚更だ。でもさ、『負けても楽しいサッカー』があるっていうのも、真理じゃないか?」

今となってはアマチュアになった俺の遠吠えに聞こえるかもしれない。それでも、俺のこの言葉が少しでもタカギに届けば良いと願う。

「こいつな、最初は本当に下手くそだったんだよ。選抜も県トレ止まりだし、個人戦術もろくなもんじゃない。二年前のタカギと比べたらお話にならないよ」

それでも、カズは上手くなった。上手くなるまでやめなかったから。上手くなるまで諦めなかったから。

その根元にあるのは、『サッカーを好きだからやめられない』という気持ちだ。
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:02:40.87 ID:bECh8MqdO
「タカギはさ、上手いよ。技術もある。でもさ、カズは技術がお前程は無くても、すげぇ才能を持ってたんだよ。分かるか?」

サッカーの世界には才能は二つある、っていうのが俺の最近の持論だ。

先天的にサッカーが上手いという才能。ボールタッチだったり、キックセンスだったり。世間一般が言う天才っていうのは、はこっちなんだと思う。

でも、もう一つの才能こそが、簡単なようで難しい、真の才能なんだと思うんだ。

「勝ちたい気持ちが悪いわけじゃないさ。でもさ、そのために苦しいサッカーを続けるのって、嫌だろ?」

頷くタカギを見て、言葉を重ねた。

「カズはさ、いつ見ても楽しそうなんだよ。勝ちたい気持ちを持った上で、サッカーを楽しんでる。それってすげぇ才能だと思うんだ」

サッカーに限った話じゃない。全て、そういうことなんだと思う。

何かを本気で取り組むと、そこに辛さや苦しさは現れてくる。

問題は、その辛さや苦しさをひっくるめて楽しめるかどうかだ。その壁を見ても、そいつを好きになれるかどうかだ。
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:03:11.92 ID:bECh8MqdO
「わりぃ、説教臭くなっちまったな。要は、もっと楽しめってことだよ。偉そうに言えた義理じゃないけどな」

纏まりなく話してしまったことを反省しつつ、数歩歩み寄った俺はタカギの肩をポンと叩いた。

「ちょっと忘れてしまってただけで、お前もサッカー、好きだっただろ?」

キザだったかな、なんてこんなシーンで思うことじゃないんだろうけど。

「……はいっ。ありがとうございます!」

そう言って、タカギは頭を下げた。

居心地悪げにカズも俺の隣まで出てきた。そりゃそうだよな、悪い悪い。

「じゃ、お前もリーグ戦頑張れよ。俺たちも次頑張るわ」

言い残し、立ち去ろうとしたところで、タカギは「あ、ちょっと待って」と言い足した。

「ユニホーム交換……」

ゲームシャツを脱いでアンダーシャツ姿になったタカギは、緑色のそれを右手にカズに差し出した。

「えーっと……」

困ったようにカズは頬をかく。

すぐに代わりのユニホームが準備できるプロとは違って、うちは自前でユニホームを用意している。同じ番号の予備なんて、あるはずもない。

不思議そうに首をかしげるタカギに何と伝えるべきか。

……まぁ、良いか。次の試合までにもし間に合わなくても、空き番号にガムテープを貼ったり、やりようはある。

「いいよ、カズ、交換しなよ」

責任は俺がとるから、と心のなかで付け足して、カズに促す。

大丈夫かな、という表情は隠せないまま、お互いの手にはさっきまで相手が着ていたユニホームが渡った。

「カズ、次は負けないから。またやろうぜ」

タカギの目は、それまでの色とは違う気がした。ガキの頃、どうしても勝ちたいライバルを見つけたような、まっすぐな瞳だ。

「こっちこそ。もっと上手くなってやるから」

試合中の口八丁なやりとりとは違う、認めあった相手に対するやり取り。こいつら、良い関係になるかもな。
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:04:18.98 ID:bECh8MqdO
お姉ちゃんが日本代表のサッカー選手と噂されていることを、情報番組で見かけた。

私の相手は元プロのヒロくんだった。

そんな、比べる必要がないようなところまで比べてしまう私が自分で嫌になる。嫌になるけど、やめられない。

私の幸せの基準はいつまでたってもお姉ちゃんだ。そこを目に見えて越えられない限り、私は幸福になることはできない。

「……歪んでるよね」

分かってるんだけど。

分かっているからやめられるんだったら、とっくに私は幸せになれていた。

人と比べることって、明らかな優越感を得ることもできれば、代わりに劣等感も容易く与えられてしまう。
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/17(水) 04:48:48.94 ID:NwCcj5y80
おつ
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/17(水) 19:17:07.52 ID:68wvyO3p0
カズ、ヒロさん、良かった……!
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/18(木) 01:51:04.01 ID:gxCNuq3V0
あの日から、色んな男と遊んだ。

イケメンもいれば、お金持ちもいた。私の虚栄心を満たしてくれそうな人が、外見目当てで私にすり寄ってくる。

バカばっかりだ。みんなバカ。

私みたいな女のどこが良いんだろう。顔がよくて、愛想を振り撒いて。結局表面上しか見られないから、付き合いも表面上だけになってしまう。

本当はもっと踏み込んでほしい。もっと私のことを知ってほしい。

お姉ちゃんに対する妬みも劣等感も、それを男で解決しようとしているところも。汚いところを見た上で、私を選んでほしい。

でもそんな汚いところを晒すこともできなくて。

綺麗な私、愛想よく振る舞う私しか見せてないのに、汚い私に気がついてっていうのは、少女漫画とかファンタジーの世界だ。

全部分かってるのに、それでも私はその願いを諦められなくて、そして沼にはまっていく。
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/18(木) 02:03:18.96 ID:gxCNuq3V0
日本代表の選手と付き合う姉への劣等感を、そこんじょそこらの男で拭うことはきっとできないだろう。

こうなったら質より量?

そんなことを考える自分に嫌気がさして、テレビの電源を切る。

幸せを誰かと比べることは、間違ってる。

小学生が道徳の授業で習うようなことを頭の中で呟くけど、それでもどうしても、と思ってしまう自分は打ち消せない。

私が幸せになれない最大の理由は、幸せなはずなのに「でもお姉ちゃんはもっと幸せだ」って思い込んじゃう自分自身。

「……幸せになりたいなぁ」

その幸せが、どういうものなのか自分自身では分からないけど。

いっそ、お姉ちゃんがいなければ良かったのに。それなら、私と比べる相手もいなかったのに。

それが八つ当たりだってことが分かってはいるんだけど。
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/18(木) 05:45:47.97 ID:HpJigkRU0
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/06(火) 02:02:43.57 ID:7qp53+Df0
何となくいいな。でもやっぱり違う。この人かな? うーん、だめだ。

ちょっとした小金持ち、ちょっとしたイケメン、そんなんじゃ、お姉ちゃんに勝てない。

そう言い聞かせては、この男でもない。あの男でもない。

そんなことを繰り返していては、堕ちるところまで堕ちてしまうということも、分かってはいる。

色んな事を分かったうえで、それでも私は止められない。病気みたいなもので、意地みたいなものでもある。

ああ、誰か私を肯定してほしい。お姉ちゃんと私が並んで、私を選んでくれる人がいてほしい。

それが『身の丈にあっているから』とか、『女優にまでなったお姉ちゃんは遠い人だから』とかいう理由ではなくて、私を私だから選んでほしい。

でも、そんな王子様がいたとしても、今の私はきっと選ばれないだろう。

欲にまみれた、悪女の私を。

外見だけでなく、きっと内面もお姉ちゃんに遠く及ばない。それなのに、お姉ちゃんより幸せになりたいと願うのは、それこそ身の丈に合わない願いだ。
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/06(火) 19:35:26.06 ID:dSZncVhC0
ドキドキ……
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/07(水) 08:29:08.27 ID:byu+qf0TO
一気に読み耽ってしまった……
無理のない更新、楽しみにしてるで!
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/11(日) 17:36:11.55 ID:iwI8FSy90
身の丈に合わない幸せを求めた先に待つ破滅へ、私はただ進んでいっている。

その日の合コンは、読モをやってる同級生がセッティングしてくれたメンバーだった。相手は同じく読モ、売れかけの俳優、ローカルアイドル。

顔はそこそこ。うーん、将来性を考えたら俳優くんが良いのかな。

品定めをしながら可愛い子ぶってお酒をちびちび飲んでたら、俳優の子……タイシくんが隣に座って来た。

「サキちゃんって大学生なんでしょ? サークルとかやってないの?」

「私? ううん、何も。バイトと勉強で……。タイシくんは?」

いや、勉強なんて全然なんだけどね。男漁りをしてるなんて、間違っても言えないから。

彼は大学に通いながら仕事をやっていると聞いた。正直そんなに興味があるわけじゃないけど、社交辞令として問い返した。

「うん、サッカーのサークルに」

「へぇ、サッカー」

何だろう、今はサッカー少年期間なのかな。サッカーをやってる人との出会いが多すぎる。
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/11(日) 17:51:00.37 ID:iwI8FSy90
「あれ、その反応。サッカー好きなの?」

その問いかけには、首を傾けて「少し?」と返すだけにしておいた。

その返答に苦笑する彼に、私は問い返す。

「サッカー、好きなんだ。プロになりたいとか思わなかったの?」

「思ったよ!」

力強く返された。一瞬場が止まってしまうほどに。

ごめんごめんと周りに謝って、言葉を続けた。

「ごめんね、力はいちゃったよ。プロにね、なりたかった。なれなかった」

曰く、高校生の時に試合で戦った相手に敵わないと思った。曰く、そこまでの才能が無いと気が付いた。

「でもね、好きなんだ。だから、やめられなくて」

「そっか。でも、良いね。そういう好きなものがあるって」

私には、無いから。

悲しくなるからそれは言葉にしないけど、できないけど、それをきっと彼も察したみたいで。
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/11(日) 18:15:16.86 ID:iwI8FSy90
「嫌いとかじゃなければ、サッカー、見に行かない? 今度の試合のチケット、二枚持ってて」

会場は、ちょっと遠いけど行けなくはない、コンサート会場にもなるような場所らしい。

もうサッカーは見ないと思っていたんだけど。キープ候補からのせっかくのお誘いだし。断るのも悪いかな。

「いつなの?」

返って来た日程は、たまたま予定が空いていた。こういうの、運命っていうのかな。なんちゃって。

「うん、大丈夫。楽しみ!」

その返事に、彼は嬉しそうに携帯を差し出してきた。連絡先を交換しよう、ってことらしい。

頷いて、私は携帯電話を操作する。こうやって、私はどんどん罪深くなっていく。どんどん深くはまっていく。

これで良い。これで良いの。

これが私の生き方だから。
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/12(月) 21:18:49.43 ID:h/s2X/Tw0
フォルツァとの試合を終えた私たちは、ヤギサワさんのお店にお邪魔していた。祝勝会の準備をしてくれていたらしい。

もし負けたら残念会で……ってことで、気を利かせて店休日にしてくれてたんだって。すごいよね。

ヒロ兄、カズくん、ヤマさん、他にも都合がついたチームメイトに、そしてゆうちゃん。

ゆうちゃんは最初は「私は部外者だし……」って遠慮してたんだけどね。ヤギサワさんたちが半ば無理やり。

謝らなきゃ。この間のこと。急に叩いちゃって。酷いこと言っちゃって。

そう思ってはいるんだけど、カズくんも微妙に気を使ってるし、彼女は彼女で色んなところでカズくんとのことを冷やかされててたり、お手伝いをしてたりでタイミングをつかめない。

「ね、ミユちゃん? よね? 悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれないかしら」

ヤギサワさんの奥さんからそう言われて、私は厨房の中に入る。大皿に盛られた料理を見て、「うわぁ」と声を漏らす。

「すごい、美味しそう」

「すごいでしょ? それ、あの子が作ったのよ」

「えっ、そうなんですか?」

可愛いだけじゃなくて、料理も得意なんだ。すごいなぁ。
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/12(月) 21:23:48.12 ID:h/s2X/Tw0
「それ、運んでくれる? それが終わったらこっちも」

奥さんからの指示を受けて、いい匂いがするお皿を運び始めた。

ホールに出ると、男たちはただお酒を飲んで、料理を食べて、大騒ぎしてる。

うん、貸し切りにしてくれてなかったら、こんなテンションの男を受け入れてくれるお店はきっとない。

「いやほんとさぁ! 勝てるとは思ってなかったぜ、マジで!」

「ヒロのフリーキックよ!」

「ていうかカズ、お前ちゃっかりタカギと交換してんじゃねぇよ! 羨ましいわ!」

とにかく声がでかい。そして料理を持っていくとそれに群がっていく。とても、数時間前に死闘を繰り広げていたのと同じ選手には思えない。

それでもまぁ、今日くらいは特別だ。プロに勝ったんだしね。ヒロ兄も、普段よりお酒が進むのが早いみたい。

今日くらい、大騒ぎしていてもきっと罰は当たらない。
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/12(月) 21:30:43.76 ID:h/s2X/Tw0
料理の提供も落ち着いて、みんな酔っ払い始めた頃、やっとゆうちゃんが解放されたみたいでキッチンに戻って来た。

「二人ともお疲れ様。もう大丈夫だから、ゆっくりして。何か飲みたいなら、ご自由にどうぞ」

そう言われて、二人で顔を見合わせちゃった。奥さんはそのままホールに向かって行って、ヤギサワさんと何か話している。

何となく気まずい空気が流れて、無言になってしまった。

口を開かなきゃ、と思えば思うほど、それができなくて。どうしよう、何て言えばいいんだろう、って。

「あの、ちょっと、外で話せないですか?」

私が言いたくてたまらなかったその言葉を、彼女から口にしてくれた。

頷いて返事をして、裏口から外に出る。

どうしよう、何を話されるんだろう。仕返しされちゃう? 怯えながら、それでも仕方ないと私は彼女の言葉を待つ。
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/12(月) 21:47:47.30 ID:h/s2X/Tw0
涼しげな風が吹いて、彼女の長い髪を揺らした。それを視線で追っていると、目が合って。

「あの……」

言いづらそうに、彼女が漏らして、続いた言葉は。

「ごめんなさい」

その言葉がどういう意味なのか、なぜ彼女から言われたのか、つい考えてしまった。私が言おうとしてた言葉なのに。

きょとんとした顔を見て、彼女が言いづらそうにしながらも口を開く。

「あの、えっと……アキラ……っていうか、あの、うん……」

「アキラ?」

「あっ、そっか源氏名……えっと、彼氏……さん?」

ああ、そういうことかと納得しつつ、何か釈然としない。アキラって何だ? 誰?

「えっと……ううん、私こそ、すみませんでした。急にぶっちゃって。酷いこと言っちゃって。ごめんなさい」

謎を感じているうちに、言いたかった言葉はするっと出てきてくれた。

彼女が首を横に振って、「ううん、私こそ。ごめんなさい」と。

埒が明かなくなるので、「謝り合いはここまでにしましょ」と提案して、ゆうちゃんもそれに頷いた。

「あの、アキラって?」

もしかして、私が勘違いでぶっちゃたのかな。そうなら、謝っても謝りきれないことをしてしまった。どうしよう、どうしよう。

「あの、私、彼のお客さんだったの」

「お客さん?」
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/13(火) 09:23:06.40 ID:3gOqQ80O0
wktk
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/14(水) 00:46:26.18 ID:STrAxEfA0
女って隠し事隠さず話したら許されたって勘違いするよね
自分に酔っちゃダメ
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/24(土) 14:46:43.43 ID:O7h0x+ZiO
彼女の話す事実は、まるでフィクションの物語みたいで。そんなことが本当にあるのだろうかと思ってしまう。

でも、納得してしまうところもあって。

ホストしてたから、朝の授業落としちゃったんだ、とか。女遊び激しいって噂があったんだ、とか。

そもそも彼のバイトが何なのかをはっきりしらなかった私もダメだったんだろうけど。

「ゆう」が源氏名で、「エリカ」が本名だとか。ホストの私の彼氏? なのかな、に、貢いでいたとか。

彼女の言葉が、私の耳にすらすら流れてくる。

カズくんに会って、このままじゃダメだと思ったこと。ホストに貢ぐのをやめたこと。

そこまで話して、彼女は意を決したような視線を私に向けた。

「でも、そんなの言い訳にしか聞こえない……ですよね」
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:42:49.25 ID:5vA409IiO
許してほしくて話しているのではないと、彼女は続けた。

「じゃあ、何で……?」


「あなたにしてみれば、私の秘密を知ったからといって辛かったことがなくなるわけじゃないだろうし。私の事情なんて、知ったことじゃないだろうし」

自虐めいた口調で、彼女は口を開いた。

「私は弱いから、だから、あなたにこの話をしないわけにはいかないなって」

自己満足に付き合わせちゃってごめんね、って。

「過去の私を無くすことはできないから、あなたの辛かったことを無くすことはできないし。それでも、聞いては欲しかったの。言い訳にしか聞こえないのも分かってる。分かってるけど……」

ごめんなさい、って言葉が、聞こえた気がした。
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 15:50:55.43 ID:5vA409IiO
「……もういいです」

だって、私が辛かった事実は無くならないから。そんな言い訳を泣きながら言われても何になるわけでもない。

私の彼氏と寝た事実は、無くなるわけではない。

それでも、彼女はその事実に向き合っている。

辛いこと、苦しいこと、嫌なことから逃げ出さない道を選んで、私の目の前にいる。

カズくんだったりヒロ兄だったり、私の尊敬する人たちと同じ道を、彼女は選んだ。

「……もう昔のことです。気にしないでください」

そもそも、私が被害者ぶるのも変な話なんだから。

女癖が悪いことも知っていて、そういう現場を目撃することを覚悟した上で付き合って、なのにいざ直面すると悲劇のヒロインを気取って。

喜劇でも、もうちょっとまともな台本があるんじゃないかな。
693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 16:07:37.26 ID:5vA409IiO
私は可愛そうな子だって思ってた。

だって、浮気されちゃったから。彼がホテルから女と出てくるのを見ちゃったから。

でも、それって私が最初から覚悟してたことだった。覚悟した上で、私はその道を選んだんだった。

それなら、その痛みを受け入れこそすれど、彼女に向けるのは間違ってた。

「……私の方こそ、ごめんなさい。ぶっちゃって」

言いたかったそれは、すんなり滑り出てくれた。

「ごめんなさい。私、羨ましかったんです。カズくんと幸せそうで。いいなって。妬ましかった」

私は辛いのに。私は大事にされてないのに。

「だから、嫉妬しちゃって。……ごめんなさい」

「ううん、私がきっかけだから……」

「いえ、私の彼氏が……」

言い合ってると、つい笑いそうになっちゃった。そんな状況じゃないのにね。

「……やめましょ、謝り合いは。……よし! おわり!」

二度手を叩いて、赤くなった目で彼女は私に微笑みかけた。

「こんなこと言うと、虫がいい話と思われるかもしれないけど……」

躊躇うように言葉をためて、問いかけられた。

「私と友達になってくれない?」
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 17:13:34.46 ID:KqtMZj4G0
おつ
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 20:05:35.86 ID:5vA409IiO
「友達……」

聞き慣れた言葉のはずなのに、彼女から聞こえたそれは不思議な響きがした。

私の彼氏と寝た女。私がビンタした女。

でも、カズくんの彼女。私の大切な友達の、とても大切な彼女。

「……私でよければ」

悩むことなんてなかった。カズくんからの話を聞いても、ヒロ兄からの話を聞いても、彼女が悪い人とは思えないから。

ううん、むしろあの二人と似ているのかもしれない。人間らしくて、でも眩しくて。

「えっと……お名前……」

彼女から問われて、私はつい笑っちゃった。名前も知らないまま、何を話していたんだろう。

「ミユ、です。えっと……」

「エリカ、でお願いします。あっちの名前は、もう捨てちゃったから」

はい、と返事をすると、エリカさんはそれを嗜めた。

「友達なんだから、敬語もさんもい要らないから。……良いよね?」

上目使いで見られて、つい女の私でもドキッとしてしまった。やっぱりカズくんは面食いだ。

「う、うん、分かった」

「やった、嬉しい。私、そういう仕事してたから友達少なくて。仲良くしてくれたら嬉しいな」

きゃっきゃとはしゃぐ彼女を見て、ふと疑問が頭に浮かんできた。

「でも、どうやってカズくんと知り合ったの? 友達の紹介とかなのかな、って思ったんだけど……」

さっきの言い分だと、そんなわけでも無さそう?

「うーん……えっとね」

他の人たちには内緒だよ、ってお決まりの台詞を枕詞に、彼女は口を開いた。

彼と彼女の話もやっぱり不思議な、それでも素敵な物語。幸せな物語を聞きながら、彼女と私の微妙な距離感も近づいていく。

夜風に吹かれながら、綺麗な月の下で過ごす時間は、とても良い夜だった。
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 20:37:15.13 ID:5vA409IiO
二回戦から三回戦までは二週空く。

間の週末で、エリカと二人でうちの大学を散歩することにした。大学に通ったことがないから、どんなところなのか来てみたかったらしい。

「わー、こんな感じなんだ。広いね、すごい。ちっちゃい町みたい」

「それは言い過ぎだって」

苦笑しつつ、気持ちは分からないこともない。棟移動の授業の時は、もう少し狭くしてくれと呪いたくもなる。

「ね、学食とか、私も入れるのかな?」

「あー、うん、大丈夫……と思う」

ちょうど近くにカフェ風に造られた、落ち着いた雰囲気の学食があったから、そこに入ってお茶をすることにした。

休講日の昼過ぎということもあって、部活やサークル終わりの学生で少し混雑していたけど、座れなくもない。

僕の手帳を二人掛けのテーブルに置いて、二人でレジに向かう。

「色々あるんだねぇ」

何を食べるか決めかねて、彼女はメニューとにらめっこしている。

「お勧めはオムライスかな」

「どこにいってもそればっかりじゃんかー」

そんな夫婦漫才を挟みつつ、僕はオムライス、彼女はメンチカツを頼んでシェアしようってことで落ち着いた。

「メンチカツ、今のお店に無いから。あったら良いな、とは思うんだけど」

そんなことを考えて注文を決めるあたり、仕事意識高いなぁ、なんて。

二人まとめて支払うとレジのパートさんに告げると、表示された金額を見て「安い……!」と驚く姿も何とも新鮮で。

「ごめんね、支払、ありがとう。頂きます」

「いやいや、今日は僕のホームだからさすがにね。安かったでしょ?」

「うん、驚いた! 凄いね、学食って」

話しながらテーブルに向かうと、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「あれ、エリカ?! 何で? あ、カズくん!」
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/26(月) 13:21:31.12 ID:rPwqEQNR0
おつおつ
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:18:25.29 ID:DjAdNFrj0
確保してたテーブルの二つ手前の女子グループの中に、よく知った顔が混ざっていた。

「えっ、何で二人で?」

問われて、事情を説明すると「あー、そういう……なるほどね」と頷き始めた。

一体何があったのか分からないけど、あの食事会以降、二人は連絡を取りあったり仲良くなってるようだ。

とてもそんな仲になれるような関係とは思わなかったけど、女って不思議だ。

二人して消えたと思ったら、いつの間にか楽しそうに話しながら戻ってきて、『カズくんがエッチだってことを教えてもらったよ』なんて。

まあ、いいや。僕も好きな二人が仲良くしてくれるのは嬉しい。

「今日の練習一緒に行こうよ〜」

「え、私も行って良いの?」

本当に、仲がよろしいことで。

少し離れたところで二人を見ていると、女子グループのうちの一人から「あれ、もしかして……」と声をかけられた。
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:26:31.42 ID:DjAdNFrj0
「ミユのいるチームの……カズヤくん? だよね?」

「あぁ、はぁ……」

今週に入って、何度かこういうことがあった。

ローカルニュースとか、友達づてとか。サッカー部ではないやつが、天皇杯でプロに勝ったらしいっていうのは、体育会系の部活があまり活発でないうちの大学では面白い話題の一つみたいで。

体育会系サッカー部のやつには入部しなよと勧誘されるし、ちょっと面識がある、くらいのやつには今みたいに興味本意で話しかけられたり。

そういうのに慣れてない僕は、ただ焦るだけなんだけど。

「すごいね、がんばって!」

でも、こんな風に応援してくれるのは素直に嬉しい。今までは『部活にもサークルにも入ってない、ちょっと変なやつ』みたいに見られてたしね。

「うん、ありがと」

チラッとエリカとミユに視線を向けると、その子は「ほら、デートの邪魔しちゃ悪いでしょ」と声をかけてくれた。

「あ、ごめんごめん。それじゃ、またあとでね」

エリカもそれに頷いて、僕たちはやっと席に着いた。
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/27(火) 02:32:07.50 ID:DjAdNFrj0
頂きます、と二人して呟くと、続けて尋ねられた。

「さっきの子、知り合い?」

「ううん、知らない。ミユとも大学の中で話すことって、あんまりないし」

ミユはうちのマネージャーだけじゃなくて、インカレのテニサーにも入ってるらしく、学内の顔は広い。社交性って、そういうところに出てくるよね。

「へぇ……そっか。さっきみたいなことってよくあるの?」

「さっきみたいな?」

「知らない子に話しかけられたり?」

「先週の試合のこと知ってる人からはたまに、かな?」

「そっか……」と呟く彼女を見て、「どうした?」と問いかけると、モジモジと返事を聞かせてくれた。

「何て言うか、遠い人だなって。すごいなって。知らない人がそんな風にカズヤのこと知ってるって、凄いよね。」

「いや、全然……」

この間の試合だって、ヒーローだったのはフリーキックを叩き込んだヒロさんだし。
701 :1 [sage]:2017/06/27(火) 02:34:50.06 ID:DjAdNFrj0
だらだらと二年以上書き続けてしまってますが、今もお付き合いくださってる皆様には感謝しかないです。
励ましのコメント等々、いつもありがとうございます。

今回の天皇杯はいわきFC以外にも番狂わせが多くて個人的には嬉しい限りです。

今後も書けるときには書き進めていくので、どうか最後までお付き合い頂けますと幸甚です。

という、700区切りの挨拶でした。
ではではまた本編で。
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 11:29:51.98 ID:R9wWweFoO
おつ
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 20:00:31.35 ID:qml94SgA0

ここまで付き合ったんだから最後まで付き合うさ
しかしジャイキリ多いな今大会
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 18:22:44.48 ID:WNEfc9Vlo
乙乙 いつまでだって付き合うぜ
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/28(水) 21:13:05.48 ID:Al3/FdnyO
「凄いよ!」

ちょっと語気を強めて、彼女は続けた。

「この間の試合だけじゃないよ。ずっと前から、凄いなって……うまく言葉にできないけど、嘘じゃなくて」

何て言って良いのか言葉を探すように、一瞬の間が出来て。

「パワーを貰えるっていうか……見てて『すごいな』で終わらない感じ? 私もやらなきゃって。だから私は、今ここにいるの」

ニコッと、彼女は笑った。そんな風に誉められることなんてないから、ぎこちなく笑い返してしまったよ。

「本当だよ?」

付け足して、彼女はお箸を手に取った。

「ここで話すの、恥ずかしいね。食べよ食べよ」

二人して頂きますと呟き、僕もスプーンでオムライスを削った。

「……うん、美味しい」

そう言って笑う彼女の目に映る僕も、今度は上手く笑えているみたいだ。

食事を進めて、お互いの注文をシェアしてみたり。うん、メンチカツも美味しいね。

「何か、夢みたい」

呟いた彼女に「何が?」問うと、ニコニコしながら答えてくれた。

「こんな風に、カズヤとデートが出来て。ミユって友達が出来て。遊びにだけど、大学にも来れて」
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/10(月) 01:41:42.75 ID:yogUl4Q30
「夢じゃないよ……うん、夢じゃない」

僕からしても、夢みたいなんだけど。

あんな形で知り合って、こういう風に付き合って、天皇杯も勝ち上がって、出会ってから今日までのことが本当に夢みたいで。

「……うん、そうだよね」

噛み締めるように、彼女も言葉を繰り返した。頷いて見せると、頬を緩めて頷き返してくれた。

ああ、何かこう、幸せだね。これで良し。

そう思ってた。

一瞬、エリカの顔が曇ったのが分かった。僕がそれに気づくが早いか、俯いて顔を隠す。

「……どうかした?」

「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけ待って」

小声で返されて、無言で頷くと沈黙が続いた。

何があったのか分からないけど、数十秒が過ぎて、恐る恐るエリカは顔をあげた。
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/10(月) 01:51:56.76 ID:yogUl4Q30
「……アキラ……あの、ホスト……が、いたから……」

ああ、そうか。今の幸せにボケていたから、忘れてしまっていた。その男、つまりミユの彼氏になるんだろうけど、そいつも同じ大学だったんだ。

「……行こっか」

「ううん、ちょっと待って」

あれ、なんで。

「ミユの席に向かってる……ちょっと様子見してもいい?」

問いかけには、頷いて返す。何もなければ良いんだけど、何かあるなら備えておいた方が良いだろうし。

二人して無言で向かい合い、交互にちらちらと視線をミユの方に向ける。

そんなミユはというと、向かい合って座っていた友達と一緒に立ち上がり、外に出る準備をしている。

「……もしかして、今から別れ話?」

エリカがぽつりと呟いた。

「別れようと思ってるとは、聞いてたから」
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/29(土) 10:44:21.27 ID:obttIvsFO
別れ話って、こんなにドキドキするものなんだ。

今までフラれたことはあっても、自分から別れを切り出したことはなくて。ずるいのかもしれないけど、友達についてきて貰ってて良かった。

呼び出した場所に、まさかエリカとカズくんがいるなんて思いはしなかったけど。

慌てて移動しようって言っちゃった。

席を立って、三人で敷地内の別のカフェへ歩いて向かう。

……うん、良かった。エリカのことには気がついてないみたい。もうこれ以上、あの二人に迷惑をかけるわけにはいかない。

外に出ると、残暑の陽射しが私たちを襲ってきた。

「あっちぃなぁ……」

ぼやく彼の気持ちも分からなくもない。

足早に移動して、三人分のアイスコーヒーを注文すると奥の方の席に座った。

「……で、何? 話って」
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/29(土) 13:32:32.94 ID:WkhTzJWk0
久しぶりだ
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/29(土) 22:47:30.96 ID:BxlM7D7A0
おつん
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 10:56:59.93 ID:Q66i7EaIO
「あの、ね。うん、あの、別れて、ほしいの」

言葉が途切れ途切れになったのは未練ではなくて。

かつて抱いていた好意を、もう持っていないということを告げるのは、相手を傷つける言葉の気がして。

今までに言われたことはあっても、自分からそれを口にしたことはなかったから。慣れてなくて、戸惑っちゃって。

私のそんな戸惑いを意に介せず、彼の反応はあっさりしたものだった。

「あーー……そう。そっか、分かった」

その言葉に、何だかほっとしたような、拍子抜けのような。

特に引き留められたり理由を聞かれたりもないあたり、やっぱり私は都合の良い女だったんだろう。

情けないような、気がつけて良かったような。
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 11:07:54.75 ID:Q66i7EaIO
「話って、それだけ?」

尋ねられて、一瞬止まってしまった。

聞きたいことは、色々とある。

何で私と付き合おうと思ったのか。都合の良い女なら、彼にはきっと他にいる。

それならなぜ、彼は私を選んだのか。

ただ、それよりも先に口から出てきたのは。

「私のこと、好きだった?」

聞くべきではないことなんだろうね、きっと。

それでも、口から滑り出てしまった。一番気になってしまった。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/30(日) 11:37:53.05 ID:Q66i7EaIO
私がもう持っていない好意を、彼に求めるのはきっとお門違いな話。

「好きだったよ」

その言葉で、残念そうな作り笑いを見せる彼。

私たちは嘘をついてサヨナラをする。

「ごめんね……」

思ってないけど。

本当に妥協も打算もなく、お互いが純粋に、ただ好きなだけな人と付き合うことって、難しいことなんだろう。

だから恋愛小説や映画の中の恋愛に憧れてしまう。あれも一種のファンタジーなのかな、たぶん。

立ち上がって、彼は言った。

「それじゃ、また」

またね、を返す前に、彼は渡しに背を向けた。

あまりにもあっさり、私たちは終わってしまった。友達に「お疲れさま」と声をかけられても、何だか実感がわかないくらいに。
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/06(日) 22:15:56.12 ID:ou2lTVEyO
執着されるほどの魅力もなくて、やっぱり私はたまたま選ばれた、都合の良い女の一人だったのだろう。

付き合ってて疲れるとか苛立つとか、そういう歪んでいる関係性。不健康な付き合い。

それを断ち切る勇気を得られたのは、きっとあの二人のおかげだよね。

ファンタジーな、映画やドラマのような恋をしていた二人。ある意味私も出演者なんだろうけど。

憧れているだけじゃなくて、私もその舞台の主演になりたくなってしまった。だから、悲劇のヒロインをいつまでも続けているわけにはいかなかった。

今日の練習、エリカも見に来てくれるらしいし、みんなカズくんを冷やかすんだろうな。私もそこに混ざってやろう。

今はそんなモブキャラだけど、いつきっと。
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/06(日) 23:19:55.21 ID:JqtyxxTA0
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/12(土) 15:47:47.72 ID:53aqxMJeO
彼女と付き合い始めたのは、気まぐれのはずだった。

子供の頃から容姿に恵まれていたおかげで、女に不自由したことはない。小中高、恋愛というものに関心を持つような年頃になってから、頭が悪そうな表現になるけど、とにかく俺はモテ続けてきた。

女に一方的に好かれるということは、言い換えれば男からの顰蹙を買うということでもあり。

ヤンキーのボス的存在の女に好かれたという理由で呼び出された……のは中学の時か。高校だと、友達の彼女に手を出したと噂されて、弁解も通じずに縁が切れたり。

いいんだけど。結局嫉妬だし。

ただ、その開き直りのなかに、空しさも混在していた。気がついたのは、高校生の時だった。

顔が良いからという理由で釣れているのであれば、例えば大事故に遭うとか、野球のライナーがぶつかったとか、何かのせいでこの顔を無くしてしまうと、俺には何も残らない。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/12(土) 18:02:10.21 ID:X9gCjw1NO
それを解消する方法が何なのか分からなくて、とりあえず勉強をした。

勉強ができればそこそこの大学に行けるだろうし、そうなれば就職だって上を目指せる。特に目標もやりたいこともなかった俺は、漠然としたゴール、空虚感の解消を目指して勉強して、その甲斐か運良くか、今の大学に合格できた。

そしたらまぁ、今まで以上にモテたね。

今まで勉強ばかりしていて、大学デビューしたての女。学外だと、学歴でも釣れるし。

社会的地位と容姿……社会人になれば金もなんだろうけど。それがあれば、女は一方的に寄ってきた。

俺はそれを選ぶ側、遊んであげる側だった。

ある時、悪友に合コンに誘われた。誘われたというより、女を呼ぶエサになってくれってことなんだけど。

それを俺本人に言ってくるあたり憎めないやつで、了承したんだよね。

そこに彼女はいた。

名前は、サキといった。
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/13(日) 12:50:50.97 ID:yaieLSd/O
おつ
719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/10(日) 15:03:14.82 ID:cMFSB1fiO
一目見て、彼女がこちら側の人間だってことは分かった。

そして、同族嫌悪のような、親近感のような、不思議な気持ちを抱いた。

近づいてはダメな気もしたし、もっと彼女を知りたいとも思った。

合コンが進んでいくと、彼女から誘われた。

危ない臭いを感じながらも、やっぱり俺は逃げられない。

事を終えて部屋を明るくすると、彼女がどことなく今流行りの女優に似ていることに気がついた。

「よく似てるって言われない?」

何気なく、投げ掛けた一言だった。

「あはは、分かる? また言われちゃった」

さも慣れてる、という様子で、サキは笑った。空しい笑顔だった。

「何か、ごめん?」

誉めたつもりだったんだけどな。でも、あの女優を好きじゃない可能性だってあるわけで。軽率だったかな。

「ううん、嬉しいよ?」

そう言って、今度は彼女が問い掛けてきた。

「……どっちが可愛いと思う?」

真っ直ぐな目だった。合コン中はもちろん、事の最中だって見せなかった、鋭い視線だ。怖ささえ感じるくらい。
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/10(日) 15:16:08.46 ID:cMFSB1fiO
「そりゃ、サキちゃんだよ」

そう返す以外に、何と言葉にできようか。

「女優さん、テレビでしか見たことないし。サキちゃんの方が、いい女だよ」

普通だったら半笑いでしか言えないような言葉が、すらすらと出てきた。

「……嘘ばっかり」

その言葉を残して、彼女はうっすらと涙を浮かべた。そこから先の言葉は、なかなか出てこなかった。

俺はただ彼女を見つめるだけで、彼女も俺を見つめるだけだった。

数十秒か、数分か、数十分か、沈黙が無くなるまでの時間は長かった。

そして、それを壊したのは。

「……優しいね」

その一言だった。その一言だけ残して、彼女はシャワーを浴びるべく、俺に背を向けた。

どうしたんだろう。何の涙なんだろう。

頭のなかで考えても勿論答えは出ないけど、代わりに彼女はさっさとシャワーから出てきた。今度はちゃんと、悲しくない笑顔だった。

ホテルを出る前に、連絡先だけ交換した。

きっと連絡を取ることはないんだろうけど。

またね、と言い合って、俺たちは分かれた。
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/27(水) 00:05:05.52 ID:5ALVQ5b10
待ってる。
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/01(日) 22:27:17.20 ID:Pkprf/yC0
それからほどなく、俺はホストを始めた。

楽して……ってわけではないけど、他のバイトより稼げたし、長所も活かせた。向いてるなって、自分でも思ったよ。

そこにいるのが楽しくて、朝まで働いて昼から寝ぼけ眼で大学に向かう。

そんな日々を過ごしていたら、必修単位を落としてしまった。

進級後、再履すれば良い授業だったから助かったけど、留年なんかしてしまったらたまったもんじゃない。

新入生の女にチヤホヤされながら、年下に混ざって講義を受けた。それを受けている時点で、チヤホヤされるべき先輩じゃないのにね。

あまり大人数の講義じゃないから、ほぼほぼ仲良くなった時だった。そこに群れない数少ない女に、ミユがいた。

大学デビューした女、元々ヒエラルキー上位にいた女は、少なからず俺に友好的な態度をとっていたし、そうじゃない奴は僻んでいるような奴ばかり。

そうじゃない例外だったミユに、俺は興味を持ったんだ。

話を聞けば、兄貴のいるサッカーチームの手伝いをしているとか。マネージャーをしたいなら大学でやればいいのになんて思ったりもしたけど、そういうところを含めて気を惹かれてしまった。
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:27:07.35 ID:jn0x98rP0
プライドもあったのかな。いままで女に無関心な態度をとられたことがあまりなかったから。

被ってる授業でこっちから話しかけたり、ちょっかいを出したり。

向こうも嫌ってるわけではないみたいだから、普通に仲良くなれはした。でもそれ以上、踏み込んでくる感じでもなくて。

ミユのその態度が、何となく懐かしい気持ちを呼び起こした。初恋っていうか、初心っていうか。

こう……言葉にできないもどかしさ、みたいな? もっと近づきたい、でも何だか恥ずかしい、みたいな?

付き合った後にわかったけど、俺と付き合うまで彼氏がいたこともなかったらしいし。

そんなミユのもどかしい態度に焦らされて、俺もつい本気になってしまったよね。
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:28:02.97 ID:jn0x98rP0
付き合い始めて最初の頃は、その新鮮さに俺もドキドキした。本気だった。

でもそれって、やっぱり新鮮で久しぶりだったから美味しく感じただけであって、俺の根本的な人間性は変わってなくて。

やっぱりミユより気軽にあそべるような、遊び慣れた女だったり、弁えてる女の方が性に合っていたんだ。

基本的には貢いでくれる客へのサービスだったんだけど、一回だけ、サキちゃんに呼ばれたこともあったな。

「彼氏と別れちゃったから」

フラれちゃった、じゃないあたりがやっぱり俺と同じ人種だなって思う。

「君と一緒の大学なんだけど。真面目すぎるっていうか、飽きたっていうか……」

聞いてもいないのにそういう事情まで話してくるのは、何度も会ったわけではないけどらしくない気がした。
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:31:18.07 ID:jn0x98rP0
「悪い子じゃなかったんだけど……」

「けど?」

「私が悪いから……悪い女だから、っていう開き直りのために、抱かれたかったの」

分かるような、分からないような。

「俺じゃなくても良かったんじゃん?」

「そうね、でも君が、一番後腐れなく抱いてくれそうだから」

だって何か、私と似てる気がするし?

そう笑う彼女には、敵わないなと思ったよ。心から。
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/25(水) 01:32:03.74 ID:jn0x98rP0
私と似てる気がする。

その言葉が、それからも頭に残ってはいた。

ミユのことは、嫌いじゃない。それどころか、今まで知り合った女の中では一番惹かれているとすら思う。

それを自認しているのに、俺は他の女と遊んだり抱いたりするあたり、間違いなく褒められた人間性ではないだろう。少なくとも、マジョリティな倫理観では。

とはいえ、それをやめることも俺にはできなかった。言ってしまえば、それが俺の人間性だから。

サキちゃんが言っていた「自分が悪いことを開き直る」って、たぶんそういうことだ。自分がそういう人間だから仕方ないと、それを悪だと認識していると自分に言い聞かせている。

いつか罰があたるとは思っていた。思っていたけど、それがこんなに唐突だとは思っていなかった。
727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/26(木) 23:11:32.03 ID:Nt2KdQnA0
おつん
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 17:17:22.27 ID:g59PQsgnO
平静を装ってその場を去ったけど、無性にムシャクシャした。

悪いのは俺だし、それは元々分かってたし、それでも何だか落ち着かない。誰かにこの苛立ちをぶつけたかった。

そうだ、あいつを呼ぼう。別にミユじゃなくても、俺には女がいる。

俺に貢いでくれる女。最近はあんまり会ってなかったけど、俺から連絡したらきっと拒みはしないだろう。

メッセージを飛ばしてみたけど、既読はすぐにはつかなかった。以前なら即レスで来てたのに。

大学にいてもやることはないし、一旦家に帰ろう。夜は仕事だし、あいつから返事もあるかもしれない。

裏口に抜ける坂を下っていると、楽しそうに歩くカップルを見かけた。

休校期間まで、学校でいちゃついてんじゃねーよ。どうせブスだろ?

馬鹿にするつもりでそいつらの顔を横目に眺めた。
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/28(土) 17:35:47.31 ID:g59PQsgnO
「あれ、何で?」

聞き慣れた……いや、慣れていた声で呼びかけられた。

おずおずと視線をそちらに向けると、予想通りの顔があった。タイミングが悪いというより、持ってないというか、何ていうか。

「いや、彼と会いに……」

そう言って、カズヤを紹介すると、一歩前に出て「ども」って挨拶をした。気まずそうに。

「何、彼氏? こいつの?」

その言葉には、強い苛立ちが込められているようで。フラれた直後なわけだろうから、そりゃそうか。

プライドが高いのは薄い付き合いだった私でも十分に分かったし。

「そうですね、彼氏です」
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/31(火) 08:32:02.91 ID:qsJXtJHg0
動き出したか……
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 17:46:32.49 ID:mHnjUuUA0
おつ
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/18(土) 14:38:39.28 ID:HAf/Zh9XO
「へー、カレシ、カレシね……」

値踏みするような目で、カズヤを見る。隣にいて不快になる、攻撃的な視線。

やめてと叫びたくなる気持ちをグッと堪えて、時間が過ぎるのを待つ。

「それじゃ、こいつのこと知ってんの?」

何を、とは言わなかったし聞かなかった。

私たちの関係を。私たちの過去を。

「聞いてます、全部」

その言葉を聞いたアキラに、同様の色が見えた。そうだよね、眩しいよね。昔の私と同じ貴方には、彼は眩しすぎる。

「へぇ、物好きもいるもんだ」

吐き捨てるように呟いた言葉は、暗い何かを孕んでいた。私たちのことを羨んでいるのに、それを認めたくないから。
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/10(日) 01:03:53.97 ID:uJGfHq7A0
まだか?
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