【ゴッドイーター2】隊長「ヘアクリップ」

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359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 17:36:36.17 ID:6E3/K4BeO
最近ゴッドイーターを始めた俺にタイムリーなスレ
頑張ってください
面白いので支援
360 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:30:34.49 ID:sXugDQCbo
>>359
ありがたい…
投下します
361 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:32:25.09 ID:sXugDQCbo


「――ロミオ先輩。先輩の仇、取ってきたよ」

そう墓碑に語りかけるナナの後ろで、私達3人は各々の思いを馳せる。

遠征作戦の後日、一人のフライア職員が"アナグラ"を訪れた。
"区画を限定した上で、あなた方の入場を許可します"
という旨を事務的に語った彼は、私達をフライアへと誘う。

私達が見られる範囲でのフライアは、以前とほとんど変わらない。
ただ、妙に静かだった。

元々、ここは極東ほど騒がしい場所じゃない。
だけど、今のフライアにはどこか居心地の悪い、異質な静けさがあった。
目にする職員の硬い表情も、心なしか不信を押し殺しているかのように感じられる。
直感に過ぎない懐疑心を抱いたまま、"ブラッド"が通されたのは、今や鎮魂の場となった、高層庭園だった。
362 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:33:23.03 ID:sXugDQCbo

私達が行き来を許されたのは、ここと中継地のロビーのみ。
区画どころか、一室でしかない厳重ぶりだ。

けれど、その分、このような形にしてまで私達を通したがったのが誰なのか、察しはつく。
その誰かに報いるためにも、私達は少しの間、疑念を忘れることにした。
どのみち、"ブラッド"だけの立場ではどうにもならない領域の事柄なのだ。
今はただ、ここで眠る命を背負い直す。

「……あれ、この花――」

墓前には、一輪の花が添えられていた。

363 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:42:25.16 ID:sXugDQCbo

7

 何もかも、都合よくは出来ていない。
特に明確な人類の敵を抱えた現代で、それは自然と身につく認識ではあると思うけど。
自分とその周囲は不思議と上手くいく、なんて思ってしまうのもまた、人間の悪い癖で。
予感はあれど、私も例に漏れず、知らない内に錯覚していた一人だ。

そう思い知る発端は、サツキさんの訪問にあった。

「すいませんね、こんな時間に」

その日の私は、任務を終え、エリナの買い物に付き合った後、ハルさんからの誘いを受けた帰りだった。
期せずして、互いに復讐者を身近に持つことになった気持ちの共有や、グラスゴー時代のハルさん達の話。
私は酒も飲めず、ほとんど聞き役に徹していたけど、
会話の中で改めてロミオへの整理がつけられた事も含め、有意義な時間だったように思う。

それだけに眠気も勝ってきた夜の道程、私の部屋の前で待ち構えていたのが、サツキさんだった。
364 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:55:04.26 ID:sXugDQCbo

「ま、こういうタイミングでもなきゃ都合もつかないのが神機使いって認識なんで、そこは大目に見てくださいねー」

そう開き直りつつ、サツキさんは通された部屋のベッドに遠慮なく腰掛ける。

正直言って、私は彼女が少し苦手だった。
別に、性格が嫌いなわけじゃない。
遠慮のない発言に関しても、自分の立場から考えさせられる事はある。
ただ、彼女のように、悪意も好意も明け透けな人物に対して、耐性がないのだ。

そのサツキさんが、一転して神妙な口調で仕切り直す。

「……うちのユノがね、アスナちゃん……あなたも、会ったことありますよね……その子に、フライアまで会いに行ったんですよ」

「えっ……でも、アスナちゃんにはメールしたって」

アスナちゃんは、サテライトの野戦病院にいた、"黒蛛病"患者の少女だ。
ユノが足繁くサテライトの慰問に通うようになって以来、彼女とは特別親しい間柄だったらしく、
私もアスナちゃんが"アナグラ"にいた頃には、何度か彼女の話し相手になっている。
"黒蛛病"患者達がフライアに収容されて以降、向こう側からの連絡もない現状は、ユノにとっても気がかりになっていた。


365 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:57:07.00 ID:sXugDQCbo

「そうなんですけど、結局代理の返信すらなくて。だったら直接会いに行けばいいんだって、ユノがはりきっちゃったんですよ」
「そしたら、ラケル博士、でしたっけ……あの人がどうしても会わせてくれなかったんですよねー」
「んで、慰問はおろか、メールの使用も禁止。要するに、外部からの接触が全くできないんです」
「感染予防って話ですけど、なんか色々おかしいなー、と思いましてね」

少し前に訪れた、フライアの不穏な空気を思い出す。
あの日、結局ジュリウスやラケル博士の姿を見ることはなかった。
病と使命のあるジュリウスはともかく、ラケル博士は"黒蛛病"患者の受け入れを境に、不自然なほど表に顔を見せなくなっている。

彼女への恩義を踏まえれば、疑うべきではないとは思うけど。
……未だに信用しきれていないのもまた、主観の範疇だった。

「……それで、どうして私に?」

「いやね、あなた達"ブラッド"だって元々はフライアの所属じゃないですか……たとえ、今は捨てられた身でもね」
「中でも人たらしのあなたなら、誰か信頼の置ける方を知ってるんじゃないかと思いまして」
366 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 12:59:34.91 ID:sXugDQCbo

「誑し込んだ覚えはありませんけど……」

「あらま、ここの言語に堪能なんですねー……まあ、褒め言葉ってことで」
「ちなみにジュリウスさんには真っ先に連絡したんですけど、向こうが出てくれなくって……他の人で、お願いします」

ジュリウスは、"黒蛛病"患者達の現状を知らない。
ラケル博士が彼に報告できるだけの進捗状況ではなかったのだろうと、あの時は解釈していた。
だけど、今の私の心理ではこれも、懐疑の燃料になってしまっている。
その上、この問題に関しては末端に位置するジュリウスにまで連絡がつかないとなると、不安はより強まっていた。

「あ、その人に迷惑をかけるつもりはないのでご心配なく!かるーく、取材させていただくだけですから」

恐らく、私を含めた極東支部の人間では、情報の開示どころか、接触もままならない。
こちら側でそれを打開できるのは、あくまで無関係の立場を装える、サツキさんだけだ。

「……ユノの、ためですか」

「はい?」

「あなたの立場でも……いや、市民なら尚更、リスクはあるはずです」
「とても自分のためだけじゃ、出来ない事だと思って」
367 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 13:06:05.04 ID:sXugDQCbo

「……こっちで先に手を打っとかないと、あの子はすぐ暴走しちゃいますからねー」
「それに、多少は危ない橋渡らないと、ジャーナリストとは言えませんよ」

何でもないように言い放つサツキさんの目は、笑っていなかった。
この疑惑の内実によっては、ユノの不安だけでなく、フライアに収容されているサテライト市民の命がかかった事態にもなりかねない。
その究明にかける彼女の覚悟は、私が問い質すまでもなく、決まり切っていた。

「……一人、心当たりがあります」

私も、真相を確かめたい一人だ。
己の想いも預ける形で、私はサツキさんに応える。


フラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュ。
特徴的なフルネームの彼女は、フライアに所属する16歳のオペレーターだ。
"ブラッド"がフライアにいた時期、フランの少ない経験ながらも優秀な手腕には、私達も世話になっていた。
無駄のない立ち振る舞いと切れ長な目つきから、一見して冷徹な印象を与えるフランではあるけど、
真摯に自分の仕事と向き合い、常に仲間を気遣える彼女の人柄は、十分信頼に足るものだと言える。


「――なるほどねー、突破口はそのフラン某さんですか……」
私からの情報を聞いたサツキさんは、少し考え込むような仕草で顎に手を添える。
368 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 13:09:06.35 ID:sXugDQCbo

「……よし!そうと決まれば今すぐ準備!」

かと思えば、彼女は勢いよく立ち上がった。

「情報感謝します、お邪魔でしたっ!」

挨拶もそこそこに、サツキさんは駆けていく。

「……あ、そうだ」

目まぐるしさに唖然としていると、彼女は開いた扉の先で急停止した。

「フェンリルもフライアもやり方が気に入りませんけど、ここの方々とあなた達は嫌いじゃないですよ」
「それだけ言っときたかったんです。じゃ!」

私が言いかける前に、サツキさんは見えなくなってしまう。
彼女なりに、以前の発言を気にしていたんだろうか。
意外な気遣いが心に沁みる一方で、少し複雑でもあった。
最もその言葉を伝えられるべき人物は、もう"アナグラ"にはいない。
369 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/10(日) 13:11:32.62 ID:sXugDQCbo
ここまで
ジュリウスが突然一人相撲とか言い出してたのはアレです、きっと彼も色々勉強してたんです
370 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/18(月) 00:53:08.35 ID:+KNnI7jio



「――そういえばさー」

「うん」

「今の"ブラッド"って、女の子ばっかりだよね」

「確かに、比率は偏っていますね」

「それがどうしたんだ」

「色々大変なんじゃないかって。ギルが」

「……もう慣れたよ。別に、部屋まで共有してるわけでもないしな」

「そっかー……あ、誰か気になる子とかいないの?」

「何でそうなる」

「えーっと、何かこう……女の子っぽい話?みたいな」

「私達だけでいる時も、そういう話はあまりしませんけど……」

「外部居住区でこんな話を聞いたとか、アーカイブスでどんな番組を見たとか、そんな話ばっかりだよね」

「俺がいる時とそう変わらないな」

371 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/18(月) 01:05:17.59 ID:+KNnI7jio

「……ギル!女の子らしさって何!?」

「俺に聞くな……ん?隊長、上着の裾、解れてきてないか」

「え?あ……さっきの攻撃で巻き込まれちゃったのかな」

「貸せ。繊維素材のストックはあるから、縫っといてやる」

「いいよ、これぐらいは自分で……」

「どうせ忙しさにかまけて忘れちまうだろ、ほら」

「うっ……あ、ありがと」

「……ギルは女子っぽい、というか」

「お母さんみたい、ですね」



……取り留めのない会話も挟みつつ、サツキさんの訪問から少し経った、ある日。
彼女からの報告を待つ私と"ブラッド"に、遭難者の救援任務が発行された。

幸い、"赤い雨"は予報も出ていない。
私達はいち早く周辺のアラガミを退け、救難信号の発信元に向かう。
372 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/18(月) 01:08:15.39 ID:+KNnI7jio

遭難者は1人。
アラガミから逃げる過程で、あちこちに擦り傷を作ってはいるけど、容態に影響はないようだった。
通常なら、このまま彼女を伴って"アナグラ"まで帰投すれば、この任務は終了する。
だけど、それを私達に躊躇させたのは、彼女の存在だった。

「――どうしよう、とりあえずフライアに連絡した方が」

「いいえ、やめて頂戴」

困惑の中、ひとまず切り出されたナナの提案を、彼女は強い口調で制止する。

「極東支部の……支部長に会わせてください」
「フェンリル幹部職員としての処遇と、身柄の保護を求めます」

代わりに毅然とした態度で答えた女性は、本来フライアにいるはずの人間だ。
それも、前線で活躍を続ける"神機兵"を始め、フライアの開発部門を総括する立場にいた彼女が、なぜ。

「……話は戻ってからにした方がいいな、隊長」

予兆や前触れという言葉は既に、ふさわしい言葉ではなくなっている。
ここでのレア博士の登場は、フライアの異変を如実に表していた。
373 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/18(月) 01:10:42.60 ID:+KNnI7jio
短いけどここまで
出来るだけ週一、よくて週二ペースでいけるといいな…
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/22(金) 16:04:25.07 ID:cKrGBv0ko
がんばれ
375 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/24(日) 23:12:29.14 ID:ueelxhzRo
がんばる
376 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/24(日) 23:14:02.17 ID:ueelxhzRo


 整った赤い髪に、香水の甘ったるい匂い。
制服に白衣を羽織ったその肢体は、過度な露出もないまま色香を醸し出し、
挑発的とも取れる、余裕に満ちた瞳には、絶えず微笑を飾り付けている。

大人の女性。
それが語彙に乏しい私から見た、普段のレア博士の印象だった。

けれど、救助後に"アナグラ"の病室に収容された彼女の姿は、随分と様変わりしていた。

「――まさか貴方達に、頼る事になるなんてね」

乱れた髪に、落ち窪んだ目元が美貌を損なわせ、揺れる瞳は定まらない。
折れ曲がった背筋は、誰かに許しを請うかのようだった。

"ブラッド"がフライアから切り離されて以降、レア博士の姿を見たのは、これが初めてではない。
377 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/24(日) 23:16:31.31 ID:ueelxhzRo

先の大規模作戦で起きた、"神機兵"の機能停止騒ぎ。
その全責任を取らされる形で処分されたクジョウ博士に代わり、
レア博士は正式に、反目していた無人制御思想の指揮を執ることとなった。

"神機兵"研究の第一人者として、彼女は名誉回復の意味でも"朧月の咆哮"作戦に参加していて、私達もそこで顔を合わせている。
ここまでの経緯もあってか、当時の彼女の佇まいには気苦労も見られたものの、今のような消耗ぶりは見せていなかった。

病室への面会に私とシエルを通したヤエから言わせれば、レア博士の様子はこれでも落ち着いた方なのだという。
憔悴の理由は今から聞き出すところだけど、今のレア博士にとって、保護時のあの態度と言動は精一杯の虚勢だったのかもしれない。

「レア先生……」

「やめて、シエル」
「もう、"先生"なんて呼ばれる資格はない……こんなことになったのは、私のせい……」

彼女への面会を許されたのは、私とシエルだけだった。
隊長の私はともかく、シエルの同行は他ならぬレア博士が指定した条件だ。
マグノリア=コンパス時代からレア博士はシエルと近しい関係にあったようで、
シエルがフライアに配属されたばかりの頃も、レア博士は"ブラッド"に馴染めない彼女を気にかけていた。
378 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/04/24(日) 23:17:50.88 ID:ueelxhzRo

そのシエルを前にしてか、レア博士もいくらか調子を取り戻してはいるようだけど、その瞳は曇ったままだ。

「……ジュリウスと"神機兵"の活躍、聞いているでしょう?それを可能にしたラケル……」
「フライアはもう、彼らのものよ」
「私が逃げ出したところで、誰も追いかけてこなかった……ただ、アラガミに襲われただけでね……」

俯いた彼女はこちらを向くことすらなく、語り始める。

「先生の話では、ジュリウスとラケル先生がフライアを私物化しているような印象ですが」

「現に"神機兵"がアラガミを掃討している以上、悪いことではないわ……でも、私は……」
「"神機兵"にアクセスできず、研究棟にも入れない……パージされたの……研究者としても、姉としても……!」

「……それでは、フライアの内部については、レア博士もわからない……ということでしょうか」

「そういうことになるかしらね……ラケルが、全てを……」
「いえ!そうじゃないわ……いい子なの、ラケルは!……私達、仲が良かったし……!」
「悪いのは全て私で、あの子は何も――」
379 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/02(月) 01:10:11.37 ID:KF4YG9vao

両手で顔を覆い、レア博士が言葉を打ち切る。
……少し、気を急いてしまったらしい。
私の追及を引き金に取り乱し始めたレア博士は、間違いなくラケル博士にまつわる何かを握っている。
それが今の状況につながるかは別として、まずは彼女を落ち着かせなければならない。

「……少し、整理が必要ですね」

そう呟くシエルに頷いた私は、彼女にこの尋問の主導権を預けることにした。
レア博士から情報を引き出すにはシエルが適任だ、と判断したのもあるけど。
この時点で焦れてきている私では、余計に事態を混乱させてしまうのでは、という危惧もあった。

「あの、レア先生……私達に何か、お手伝いできることはないでしょうか……?」

「まだ、先生と呼んでくれるのね……全ての原因は、私なのに」

「原因……というのも、聞いてみないことにはわかりませんから」
「それに、幼い頃から教わってきた私にとって……先生はいつまでも先生なんです」

面を上げ、初めてこちら側にレア博士の顔が向く。
見開かれた目でしばらくシエルを見つめ、視線を戻した彼女は、少しの逡巡の後、耐えかねたかのように口を切った。

「……これは、昔話よ」
380 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/02(月) 01:11:47.68 ID:KF4YG9vao
キリよく区切れなかったのでとりあえずこれだけ
次回は水曜か木曜に投下します
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/02(月) 01:28:23.03 ID:Ci8gF9PDO
GE2RBのトコロン目指し今も頑張ってる俺
やっぱキャラは女だよな
382 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/06(金) 00:41:46.80 ID:q3Mx+MdFo
RBのトロコン…おしゃれ神喰い見つけた人は凄いと思う
GEは女主寄りだけど毎回男女一週ずつはやるようにしてます…新作はよ…

休日中にほとんど進まなかったのでやっぱり土日に投下します
予告破ってばっかで申し訳ない
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 01:01:28.65 ID:RTWULlQNO
トロコン目指してたが挫折
なんだよ衣装400種とか…
384 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/09(月) 00:38:30.87 ID:xCZG2UL5o
>>383
み、店売り素材と上位素材の下位変換でなんとか…
385 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/09(月) 00:44:41.19 ID:xCZG2UL5o


彼女が父に憧れ、科学者を志す少女だった頃、彼女は妹が嫌いだった。
滅多に喋らなくて、こちらが何を言っても手応えがなくて、そのくせ、身に覚えのないことで笑ってきて。
そんな妹の態度が不気味で、癇に障って、苛立ちをぶつけてしまうことも珍しくなかった。

あの日も、いつもの調子で。
黙って彼女の人形を持ち出して、怒っても素知らぬ顔で、終いには薄ら笑いまで浮かべてきたから。
我を忘れた彼女は、下り階段を背にした妹を突き飛ばしてしまった。

妹は半身不随の重傷を負いながらも、何とか一命を取り留めた。
その少し後、彼女が父から聞いた話によれば、妹の治療にはある特殊な措置が施されたのだという。


P73偏食因子。
人体の細胞を"オラクル細胞"に変質させ、驚異的な身体能力の向上と捕喰への抵抗性を与える、アラガミへの最古の対抗手段。
21年前、フェンリルのアラガミ総合研究所で開発されたそれは、現在用いられる"偏食因子"の実用化に大きく貢献した祖とも言える。

当時の開発段階では、ほぼアラガミの"オラクル細胞"そのものであったP73偏食因子は、人体への投与に適さなかった。
事実、"マーナガルム計画"の一環として行われた転写実験では"オラクル細胞"の暴発捕喰を引き起こし、
母体を介して、胎児段階で投与を施された被験者の子と、予め防衛手段を持っていたその父のみが生き残る結果となっている。
386 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/09(月) 00:47:31.71 ID:xCZG2UL5o

それだけのリスクが伴う上、前例のない後天的な投与でもあったにも関わらず、
彼女達姉妹の父は"オラクル細胞"の回復力に賭け、娘の治療を断行した。
結果として、妹の命は繋ぎ止められたものの、当時の彼女にとって、その過程はどうでもよかった。

一度失いかけた事で妹への感情が裏返って、犯した罪への償いで頭がいっぱいになって。
お人形も、大好きなお菓子も、自分自身までも。
彼女は全て、妹に捧げることを目の前で誓った。
事故を境に饒舌になった妹は快く彼女を赦して、姉妹の関係は変化した。
それからしばらくの間は、仲良くお喋りしたり、一緒に父への誕生日プレゼントを考えたり、幸せだった、と彼女は言う。

けれど、いつしか彼女は、妹の素顔を見ていない事に気づいた。
思えば事故の前から、妹が感情を露わにした場面を見たことがない。
その機会はあったかもしれないし、今でも実際、穏やかに微笑えんではいるけれど。

妹はどんな笑顔をしていただろうか。
どのように悲しんで、どう怒っていたのだろう。
以前よりずっと近くにいるはずなのに、靄がかかったように、何も思い出せない。

387 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/09(月) 00:55:44.43 ID:xCZG2UL5o

それでも、彼女は不安を口には出さなかった。
いや、出せなかった。
罪と誓いが枷になって、つながれた鎖の主は雲の上から、いつまでも彼女を見下ろし続けている。
その図式を打ち崩したところで、改めて喪失感に押し潰されるのは、妹の方ではない。
彼女が逆らえないことを意識するようになった頃、妹も次第に、躊躇なく彼女を利用するようになった。

姉妹が共に科学者となった後も、その関係は変わらない。
それどころか、妹は父の"神機兵"思想の実現とは別の思惑で、後ろ暗い研究に手を出すようになっていた。
孤児院の運営を隠れ蓑に、片端から子供達を引き取っては、不自然な速度で、どことも知れぬ里親の元へ送られていく。
妹が地下の一室で何を繰り返していたかなんて、知りようがなかったし、聞きたくもない。
当然、口封じには彼女が使われて、気がつけば妹はフェンリル本部と繋がりを持つようになった。

もう誰も、妹に口を挟む者はいない。
唯一、真っ向から妹を咎めた父も、アラガミに殺されたことになった。
彼女はただ、目を瞑るだけ。
388 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/05/09(月) 01:00:38.63 ID:xCZG2UL5o
ここまで
まずエロくはないけどほんの少しグロい気はするしどうなんでしょう
もし移転になったらあっちでまたよろしくお願いします
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 01:16:44.46 ID:jUVgQYulO

衣装作るのに同じような素材ばかり使う
しかも拾わなきゃいけないから面倒
下位チケットがすぐ尽きる
ちょっとー衣装トロフィーとか酷くないですか?バンナムさん…
390 : ◆6QfWz14LJM [sage]:2016/05/30(月) 00:48:59.15 ID:aUbbOCYLo
リアルの色々とGE離れで滞ってるので報告だけ
出来れば来週には投下します
391 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/06/20(月) 00:55:16.14 ID:7u8uPzXLo


少しずつ、レア博士が落ち着けるだけの時間を見計らって、私達は彼女の聞き役になった。

全ての原因。
彼女らの家庭を歪めたのは姉の過失であり、父の驕りであり、妹の身に起きた奇跡だった。

"神機の適合率が高いと、稀に人格に影響を及ぼすことがある、という噂を聞いたことがあるけど、そのためなのかもしれない。"

――レア博士が語った一切は、これまで公にされてこなかった事なのだろう。
28という彼女の年齢から考えれば、当時ひとまずの成功例となった"偏食因子"は、P72偏食因子のみのはずだ。
それも、"マーナガルム計画"からそれほど時間は経っていない。
本部が関与していないとも思えないけど、もし公表されている事柄なら、ラケル博士の立場は現在とは異なったものになっているはずだ。
……又聞き程度とはいえ、"マーナガルム計画"で産み落とされた赤子が何と揶揄されていたか、私は知っている。
392 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/06/20(月) 00:58:24.76 ID:7u8uPzXLo

人間の所業ではない。
姉妹の父がラケル博士に詰め寄った際、彼女の繰り返していた実験を指して言い放った言葉らしい。

"血の力を初めとした強力さもこれで納得がいかないわけでもないけど、
その理論をこうして再現するまでに、どれほどの試行錯誤が重ねられたのであろうか。"

――レア博士は言葉を濁していたけど、その内容も見当はつく。
記録にない犠牲の上に立っているのは、他でもない。
私達の身に宿った、都合のいい程に強大な力なのだ。

確かに、人間がやっていいことじゃない。
だけどそれは、娘を救おうとした父の行為も同様だった。
彼自らが動いた背景には、贖罪の意もあったのだろうか。
今となっては、知る由もない。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/21(火) 09:43:23.02 ID:xzNS4ef60
394 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/04(月) 00:52:14.40 ID:aKA3ejTTo

「――ずばり、フライアにおいて、患者の治療は行われていない……としか、思えない」

レア博士の言葉を待つ期間と並行して、"アナグラ"にはサツキさんも帰ってきていた。
"アナグラ"内の指定の場所に呼び出された私は、そこで彼女の取材結果を聞く。

「それは何故か?まず、医薬品の納入記録ね。病院開設から、頭痛薬ひとつ納入されてない」
「それから、医師および看護士の雇用状況だけど……なんと、全員が本部または支部に転属――」

……私も、全く気づいていなかったわけじゃない。
何も知らない学生だったからこそ、不自然な部分はすぐ目についた。
降って湧いたような異能に首を傾げた、あの一瞬。

だけど、何も言わなかった。
保身のため、現実逃避のための過失。
あるいは、"そういうもの"だという割り切りが意識の根底にあったのか。
395 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/04(月) 00:58:04.80 ID:aKA3ejTTo

「――ともかく、目的がわかんないんですよね……だっておかしいでしょ?どうして、わざわざ"黒蛛病"患者の受け入れなんか」
「政治的なパフォーマンス?……にしては、ちょっと大がかりですよねぇ――」

いずれにせよ、過ぎた事だと思っていた。
事の大小に関わらず、神機使いとなった時点で、その身に宿るのはけして潔白な代物ではない。
あの時脳裏をよぎった予感にしても、確かな根拠も持たない当時の私にとっては、いきすぎた妄想でしかなかった。

だからこそ、私は少しでも報いるために、この力を躊躇なく人のために振るう決心をしたし、
ラケル博士を伴ったジュリウスのサテライト支援策に賛同もした。
レア博士の暴露にしたって、彼女とラケル博士が犯した過ちを度外視すれば、結局は過去の出来事なのだ。
追及は行わなければならないけど、現在の問題にはつながらない。
396 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/04(月) 01:02:10.72 ID:aKA3ejTTo

「――これで報告はおしまい……くれぐれも、ユノには内緒でお願いしますね」

……正しくは、つながらないと思っていた。
ラケル博士の研究は、今も続いている。
しかもそれは、いいように扱ってきた姉の離脱と、こうした情報の漏洩を許すほどの段階に達していた。

「……あぁ!忘れてた!このスクープに大いに貢献してくれた、フランさん!」
「なんかフライアがキナ臭いし、本人の希望もあって、サカキ博士が極東支部に連れて来たみたいですよ?」

尤も、後者に関してはサツキさんがタイミングを見計らったのもあるだろうけど。

ともかく、ラケル博士はまだ患者達を手放してはいない。
前例を考えれば、既に手遅れになってしまっている可能性もある。
だけど、まだ私達で食い止められる範囲である可能性も残っている以上、確かめない手はなかった。

一連の報告は、既にサカキ博士に通してある。
アスナちゃんの件に関してジュリウスに送ったメールは、まだ返ってこない。
397 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/04(月) 01:02:55.32 ID:aKA3ejTTo
ここまで
次回は多分戦闘も挟むのでまた長引くかと…
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/05(火) 16:04:03.18 ID:RFrXHIkwo
おつおつ
399 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:18:45.90 ID:BGzsMdD4o


 アラガミに食い荒らされ、緑と文明が絶えて久しい地表を、数台の輸送車両が駆ける。

サカキ博士の決断は迅速だった。
ほぼ極東支部の独断で発行された潜入作戦には、フライアに所属していた経験と、
レア博士がもたらした情報を円滑に汲めるという名目から選出された"ブラッド"を中心に、"黒蛛病"患者の搬出要員で構成された救出部隊が向かう。

無人制御式"神機兵"の本格的な実戦投入以降、フライアは物理的にも極東支部から距離を取っていた。
道中でアラガミに妨害される可能性も含め、事を確実に進めるためには、神機使いの存在が不可欠になる。
こちらもまだ可能性の段階ではあるけど、そう断じられる根拠はフライアの内部にもあった。

車両から降り立った私の視線が、無意識に上がる。
フライア、この場合、移動要塞としてのそれには、"独立機動支部"という呼称がある。
支部単位での活動を可能にするべく、駆動部の上に並び立てられた膨大な設備群は、
長じて莫大な質量を誇る移動要塞の外観を形成し、見る者に威容すら感じさせる。
400 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:29:23.45 ID:BGzsMdD4o

潜入に備え、私も含めた部隊の構成メンバーは"黒蛛病"対策の防護スーツを着用していた。
接触感染を防ぐため、普段の衣服以上に幾重もの特殊繊維層が全身を覆っている。

しかしながら、私がまずここで果たすべき役割は、嘗ての拠点への突入ではない。
視線を戻し、私は目標に歩み寄る。

「あんまり、サツキさんを心配させない方がいいよ」

なるべく朗らかに務めた声に、フライアを見据えていた人影が振り返った。
ネープルスイエローの長髪を揺らし、安堵の表情を見せた彼女は、すぐに眉尻を下げ、以後の追及を逃れるように目を伏せる。

「……ごめんなさい……急に、サツキが行き先も言わずに取材に行く、なんて言うから気になって」
「……帰ってきたサツキが、君を連れて行くのを偶然見たから、それで……」

出撃前、既にサツキさんから報告は受けていた。
ユノは意図せずして、絶好の機会に彼女の車両を無断で使用し、私達よりも一足先にここに辿り着いていたのだ。
私の格好に後方の車両群を見て、私達がただ自分を連れ戻しに来たわけでもない事を察知したのだろうか、
ユノは顔を上げ、今度はむしろ私を逃がすまいと、瞳を合わせてくる。
401 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:37:04.04 ID:BGzsMdD4o

「……お願い!私も連れて行って!」

「今のフライアは、ユノが来ていい場所じゃない」

「足手まといなのはわかってる……今だって、助けに行こうとしてくれてる皆まで引きとめて……」
「……だけど、知ったからには放っておけない。一民間人として、同じ境遇で生きてきたアスナちゃんを……みんなを助けたいの!」

それは私を、というより、彼女自身を逃がさないための手段なのかもしれない。
ユノの脚は微かに震えていた。

「――気持ちはわかるが、我儘を聞いてる暇はねえんだ」

後ろから割って入ってきたのは、ギルだった。
私では厳しく言い含められないという判断からだろうか、その語調は若干刺々しい。

「さっさと戻れ。アンタに何かあれば、サテライトの住民にも影響が出る」

「……帰るつもりはありません」
「認めてくれるまで、ここに居続けます……!」

恐らく、ユノの発言は誇張でも何でもない。
以前の防衛作戦然り、今まで接してきた経験から鑑みれば、この強かさが彼女を彼女たらしめている。
402 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:42:27.09 ID:BGzsMdD4o

とはいえ、携帯しているであろう護身用のスタングレネードだけでは心許ない。
強引にユノを帰らせるにしても、救出対象の規模を考えると、今の部隊から人員を割くのは現実的じゃない。
そもそも、ここまでの行動を起こせる人物がこれ以上何をしでかすか、わかったものじゃない。

「……いい加減に――」

「いいよ」

ギルの前に立ち、故意に力を込めて、神機を地面に突き刺す。
存外大きな音が響いたけど、ユノは私から眼を逸らさなかった。

ギルが押し黙った隙に私はスーツのファスナー部に手をかけ、脱ぎ去った上着部分をユノに差し出す。

「加わる以上、指示は守ってね」

「おい……!」

「傍に置いておく方が安全でしょ?……大丈夫、責任は私が取るから――」

押さえつける方法は、他にいくらでもあるだろうけど。
結局行き着くところは、情に絆された自分への言い訳をしたかっただけなのかもしれない。
たけど、些事に取られるほどの時間がないのも事実だ。
そうやってまた、自分に言い聞かせておく。
403 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/19(火) 00:45:01.03 ID:BGzsMdD4o
フライア周りの設定どうなってんのとかユノはどうやって入り込んだのとか考えてたら戦闘にすら入らなかった…だと…
結局力技でゴリ押したので考えなくてもよかったかもしれない
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 04:25:09.43 ID:Lc9LgGP9o
おつおつ
405 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:41:42.76 ID:GwOmwNNvo


 レア博士のアクセス権限がまだ生きていたおかげで、フライアへの入場自体はあっさりと成功した。
彼女がここを離脱してから、情報を修正できるだけの時間は経っているはずだ。
こちらの侵入も察知しているだろうに、周辺の警備も少数というより、もはやないに等しい。
おかげでこうして楽に歩を進めてはいるものの、この奇妙なほどの無警戒ぶりは、対照的に部隊の緊張を高めていた。

フライアの下層部に到り、人間には不釣り合いなほど大きな扉をこじ開けた私達は、ついに目的地に到着する。

"黒蛛病"専用病院。
レア博士から聞き出した情報によれば、この施設に"黒蛛病"患者が収容されている事自体は間違いないそうだった。
だけど、今目の当たりにしている光景は、とても病院や病室のそれとは思えない。
室内側面に張り巡らされ、奥の扉の、さらに奥まで伸びた、"オラクル細胞"由来のものと思われる有機素材のチューブ。
それらに繋がれた、カプセル状の装置が夥しく並べ立てられているのみの空間。

「ひどい……」

ナナが見たままの感想を漏らす。
カプセルの透明なハッチカバー部から覗くのは、ひどく衰弱した"黒蛛病"患者の姿だった。
406 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:47:08.69 ID:GwOmwNNvo

ここを病室とするなら、彼らはフライアに運び込まれてから今まで、少なくとも医療装置ではないそれに繋がれ続けていたことになる。
治療どころか、生活もない。
かろうじて生かされてはいるようだけど、ここから見渡せる範囲だけでも、みな無事とは言い難い状態だった。
憤然とした感情を抑え込み、カプセルの開閉装置と思われる箇所に指を伸ばした瞬間、

『待て。これ以上の勝手な行動は許さん』

平坦で、無機質な音声が制止をかける。

「……ジュリウスか」

「……この状況の説明を要求します」

『お前達に言う事はない』

それが人の、ジュリウスの声だと認識する間に、反応が遅れた。
彼はここまで、無感情に振る舞える人物だっただろうか。

407 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:48:56.52 ID:GwOmwNNvo

「……フライアで患者の人達を治療しようって、ラケル博士に掛けあってくれたのはジュリウスだよね」
「ここにいるユノちゃんだって信じてたのに……どうしてこんなことになってるの!?」
「答えてよ!また何も言わずに離れて行っちゃうつもりなの!?」

『二度は言わんぞ』

気色ばむナナの訴えにも、ジュリウスは応えない。
そのたった二言に、私はやはり違和感を拭い去ることが出来なかった。
確かにそれは肉声だけれど、極めて精巧なようでいて、どこか歪だ。
それに、この調子はどこか覚えがある。

408 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/07/31(日) 03:53:10.43 ID:GwOmwNNvo

でも、こちらとしてもこれ以上、議論を差し挟む余地はなかった。
彼の説得は目的にない。

「……もう、準備はしてあるんじゃない?」

疑念を振り払い、部隊の先頭に歩み出る。
単純に考えればいい。

「やるなら、早く始めようよ」

少なくとも、今は。

『察しが早くて助かるな、"ブラッド"隊長』

私達が入ってきた場所とは反対側の、同形状の扉が開き始める。
隙間から漏れる光を遮るのは、一体の"神機兵"だった。
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 22:19:29.65 ID:B4TSXM+70
久々にRB引っ張り出したくなった
410 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:21:48.26 ID:e5rvTB2yo

「シエル、後はお願い」

「了解。……無理は禁物ですよ」

シエルとナナに、頷きを返す。
彼女らの表情から落胆の色は消えずにいるものの、優先すべき事柄に異議を唱えようとはしなかった。
傍に来たギルと視線を交わし、私達は二人、隊列から離れる。
神機使いとして部隊に組み込まれた、その役割を果たす時が来た。

扉が開き切らない内に駆け出した私は跳躍し、展開した神機の盾で呆けた"神機兵"の胸部を殴りつける。
よろめいた傀儡にギルが追撃を加えると同時に、私達はこれまた人が使うには広すぎる通路に押し入った。
411 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:27:01.03 ID:e5rvTB2yo

その直後、頭上で光が弾けた。
続く閃光は天井に穴を開け、崩れた瓦礫が私達の退路を塞ぐ。

手筈通り、シエルが分断を実行してくれたおかげだ。
あちらも動き始めた頃合いだろう。

意識を正面に向ける。
体勢を立て直した一体の後方では、既に複数の"神機兵"が列を成し、その赤い眼で私達の識別を終えていた。

ここから伸びる通路を抜ければ、あるのは"神機兵"の保管庫だ。
フライアがレア博士の知る頃と同じ体制を取っているのなら、出撃を待つ"神機兵"の大半はそこで眠っている。
"黒蛛病"との関連性は見えないけど、フライアの戦力を足止めする最適解は、まずここを抑えることだ。

412 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:29:48.32 ID:e5rvTB2yo

どのみち防護スーツ一式をユノに貸し与えている以上、私は救助側に参加できない。
不測の事態に備え、シエル達は護衛としてあちらに残してある。

つまり、当面の間はギルと二人きりだ。
銃形態に神機を変形させた彼を横目に、私も提げていた神機を構え直す。
普段なら、いちいち何気ないやりとりにどぎまぎしているところだけど。

「深追いは駄目だよ」

「わかってる」

生憎、ここには諦めと怒りしかない。

413 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/08(月) 01:30:28.24 ID:e5rvTB2yo
ここまで
あれ、もう1年経ってる…
414 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/08/29(月) 01:15:31.99 ID:/vQFvLZIo
そもそも、今は任務中だ。

"神機兵"が、その身の丈以上の大剣を振るう。
元々人間の搭乗も可能な設計だけあって、持ち主からして巨大な剣の横薙ぎに、私達を生かして捕らえようという意思は感じられない。

腰を落とし、上体を倒して地を蹴る。
剣を潜り抜け、相手の懐に飛び込む形になった私は、携えた長剣型神機のオラクル流量を増加させた。
オラクルエネルギー刃で射程を伸ばした"ブラッドアーツ"の切り上げが、頭上を渡る"神機兵"の右腕に直撃する。

肘から先を失った"神機兵"の頭部に飛び乗り、私はこの通路を見渡せる視界を確保した。

415 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:21:44.45 ID:GCTcsMTAo

得物を携え、アラガミと対峙するという点で、神機使いと"神機兵"にさほど差はない。
後者には全身を覆う鉄装甲もあるけど、どちらにせよ、その大剣が戦力の大部分であることに変わりなかった。
"神機兵"の挙動がジュリウスを基にしているというのなら、尚更だ。

前方に跳躍し、次の標的に見当をつける。
刹那、傍らにいた別の"神機兵"が、先ほどまで私のいた足場を叩き潰した。

だから私達は、"神機兵"の行動パターンもそれに即したものだと仮定した。
いくら相手が高い実力を有していようと、それはアラガミに対してのものだ。
今のように、力をそのまま神機使いに向けるのであれば、まだやりようはある。

剣を引き抜く"神機兵"の右腕の関節部に、ギルの吸着弾が着弾する。
起爆を見届けることなく、私は数体の傀儡を飛び越え、壁面に足を貼りつけた。
次いで蹴り出し、その勢いのまま、反応の遅れた目標の得物を側面から叩き落とす。
416 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:23:00.06 ID:GCTcsMTAo

……けれど、こうした無力化は、あくまで策の一つだった。
ジュリウスが統率する神機兵団相手では、こうも簡単には御せないだろう。
"神機兵"の体躯が動き回るには狭所となる、この空間の存在もあるけど、
それを差し引いても、先の戦いに比べ、明らかに立ち回りが単調だ。

むしろこちらが足止めされている線も考えたけど、搬出が続けられている以上、黙って通すわけにもいかない。
懸念を抱きつつ、しばらく二人で“神機兵”を攪乱し続けていると、私の携帯端末に連絡が入った。

417 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/04(日) 23:25:02.49 ID:GCTcsMTAo
とりあえずちょっとだけ
明日からちょっと忙しくなるので時間取れたらまたちょびちょびやっていきます
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 00:17:55.24 ID:tiEeZ9uYo
おつ
419 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/12(月) 05:06:47.94 ID:4XvaLmvho

『こちらブラッドβ。搬送作業、残り数名で完了します』

「こちらブラッドα、了解。撤収のタイミングは――」

剣を躱す。
奥の"神機兵"が大剣を折り畳み、内部に仕込まれた銃身を引き出す様を視認する。

『――それは、もう少し先になりそうですね』
『3機の"神機兵"が外壁を破壊、ルート上に侵入しました。応戦します』

前方に飛び込み、銃撃を回避する。
前転の起き上がり際に反撃を加え、弾丸が相手の頭部を直撃する。

「了解。敵が少数なら、ひとまず非戦闘員の安全を――」

『――っ!?』

「今度は何?」

『……ナナから、ユノさんが隊を離れたと』
420 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/12(月) 05:08:28.26 ID:4XvaLmvho

突き出された剣先が、私の頬を掠める。
伸びきった腕の関節部を、背後から奇襲をかけたギルの槍が貫通する。

「……わかった、こっちに任せて」

どうやら、アスナちゃんはまだ運び出されてはいないらしい。

「ギル、聞いてた?」

『おう、さっさと行け』

「そうする」

敵に背を向け、来た道を駆け戻る。
流れ弾や、あるいは直接こちらを狙う攻撃をすり抜け、私は正面を塞ぐ、瓦礫の山に辿り着いた。

銃撃が人間一人は通り抜けられる穴を作ったところで、轟音と地響きを感じ取る。
一拍遅れた悲鳴をも聞き届け、再度"病院"に躍り出た私の眼前には、立ち尽くすユノと、彼女を見下ろす"神機兵"の姿があった。
421 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:52:38.83 ID:ZdJOQ53Yo

ユノの背後には、カバーは開いているものの、いまだ装置に寝かされたままのアスナちゃんの姿が認められる。
"神機兵"は1体。
ユノの前方にあたる外壁は崩れ、空になった装置群の一部が破片の下敷きになっている。

"神機兵"が大剣を振り上げた。
ユノはまだ動けずにいる。
よしんば我に返ったとしても、彼女は真っ先にアスナちゃんを庇おうと動くだろう。
けれど、"神機兵"の狙いはあくまで侵入者のはずだ。
それでは、道連れと変わらない。

銃を使うには、ユノと敵の距離が近すぎる。
スタングレネードを使うにしても、"神機兵"が行動を中断するとは限らない。

剣が振り下ろされる。
ならば。
422 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:54:46.59 ID:ZdJOQ53Yo

"神機兵"の動きが止まる。
その隙に、私はひとまずユノの元に辿り着く事には成功した。
両手に持つものは何もない。
私の神機は、硬直した"神機兵"の脇腹に投げ込まれていた。

「ユノ!」

「……あ、隊長、さ――」

――金属同士の不協和音が、頭上に響く。
咄嗟の判断だった。
見上げることもせず、アスナちゃんとユノを両脇に抱え、その場を脱する。

煙の上がった方を見据えつつ、ユノを下ろす。
行動を終えた傀儡は微動だにせず、今度こそその機能を停止させていた。
ユノの方に視線を戻し、私は腰を下ろす。

「大丈夫?」

「……ごめんなさい、ごめんなさい。私……」

敵と直面した恐怖だろうか。
私はともかく、助けるはずのアスナちゃんまで巻き込んでしまった負い目だろうか。
弱り切ったユノの姿を見るのは、これが初めてだった。
423 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 22:57:08.57 ID:ZdJOQ53Yo

声と共に、震える彼女の肩を抱く。

「……まだ終わってないよ。アスナちゃん達を、助けに来たんでしょ?」

「あ……」

顔を上げたユノに、抱き直したアスナちゃんを差し出す。
少し苦しげだけど、確かに息はあった。

「シエル達も、もうすぐ戻って来る」
「私にはもう少しやる事があるから……後は頼むね」

「……うん」

アスナちゃんが、私の手から離れる。
彼女をしっかりと抱き止めたユノの瞳には、元の気丈さが戻りつつあった。

私が神機を拾い直した頃には、"神機兵"を退けたシエル達も合流を果たしていた。
残りの患者達の搬出も完了し、私達は神機兵団の追撃を躱しながらも、フライアを後にする。
車両が外に出れば、敵もそれ以上の攻撃を仕掛けることはなかった。
424 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/19(月) 23:01:28.39 ID:ZdJOQ53Yo
ここまで
何か知らない間に隊長の故郷が壊滅してる件
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/19(月) 23:57:27.15 ID:5dGrR6JDo
おつ
426 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/23(金) 01:29:47.90 ID:sbL4yhKIo


 私達が"アナグラ"に戻って少しした頃には、フライアは次の行動に移っていた。
"神機兵"によるアラガミの根絶を題目とした、フェンリル各支部への"黒蛛病"患者の引き渡し要求。

これは救出した"黒蛛病"患者の再検査と、調査目的で一部を奪取した、彼らが収容されていた装置の解析で分かったことだけど、
"黒蛛病"患者からは、微量ながら偏食因子の反応が検出されている。
今まで医学的な見地から研究を進められてきた症例だけに、体よく発見を逃れてきたこの性質は、現行の"神機兵"にも利用されていた。
つまり、あの装置は収容した"黒蛛病"患者から偏食因子を抽出し、“神機兵”に投与するためのものだったのだ。

――"今は俺の血の力を用いて、教導過程……戦いの学習をさせているところだ"

"統制"の"血の力"による制御と教導には、偏食因子の投与が必須だった。
……それらをより効率的に運用するためには、母体のものと同種であることが望ましい、というところだろうか。

そうなれば、ジュリウスの病状を榊博士に伝えないわけにはいかなかった。
知らせなくても辿り着きそうな答えではあるし、発表されたフライアの声明を額面通りにも受け取れなかったからだ。
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/25(日) 12:54:17.14 ID:l4fp0pLUO
少なくてもこまめに更新あると嬉しい

乙です
428 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:41:43.17 ID:Zi3/t7m8o
最近は大体週刊どころか隔週ヘアクリップだもんね……ごめんね……
それでも読んでくださる人がいてありがたい

またちょっとだけ投下
429 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:43:42.16 ID:Zi3/t7m8o

それはともかくとして、報道上のフライアでの事件は、ジュリウスが独断で起こしたクーデターという体になっている。
実際、現状で表に出ているのが彼のみである以上、そう取るのも不思議ではない。

ジュリウスと"神機兵"スタッフを除いたグレム局長以下、フライアの構成員は人質と見なされ、現在はその一部が解放、保護されている。
当然と言えばいいのか、その中にラケル博士の名前はない。
私達が集まるラウンジのテレビ画面では、グレム局長が自らの身の潔白を証明しようと躍起になっていた。
彼もレア博士と同じく、何も知らされていなかった側の人間らしい。

「……なんだか、腑に落ちないですね」
430 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:51:04.99 ID:Zi3/t7m8o

「シエルちゃん、何が?」

「同調するわけではありませんが、グレム局長が会見で言っていた通り……」
「“神機兵”の武力のみでアラガミを滅ぼすなんて、絵空事のようにしか思えなくて」

「現状、何か具体的な策を講じているわけもなさそうだしな」
「……となると、大仰に掲げてるのはブラフってことか」

「……確証はありませんが、レア先生の話もありますからね」

「……それが何でも、ジュリウスは間違ってるよ」

「ナナ」

「ジュリウスの病気の事、隊長が黙ってたのはショックだったけど……あの子も約束があったから、今まで秘密にしてたんだよ」
「そんな隊長や、心配してくれてるシエルちゃんの気持ちまで台無しにして……」
「こんな事やってるジュリウスを、私はやっぱり許せない……!」

「……そうだな、まずはあいつに目を覚ましてもらわないとな」
「……・殴る程度で、済めばいいが」
431 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/09/26(月) 01:54:30.89 ID:Zi3/t7m8o
ここまで
漫画版GE2はいいぞ
432 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/03(月) 02:50:07.00 ID:4jVrThuTo

離れの席で、彼女達の声を聞く。
フライアへの潜入以降、私は一人でいる事が増えた。
正確には、こちらから遠ざけているんだけど。
今だって、本来ならここにいるべきではない。
それでも居座っているのは、情報が欲しいからだ。

――部屋に引き籠もっていたって、ニュース程度は見られるはずだけど。

……話を、戻す。
私としても、フライアの暴走が戦力拡大に止まるとは思えない。
推測の通りなら、ジュリウスによる"神機兵"の運用は、彼の"黒蛛病"への感染が前提だったということになる。
その点だけ見るなら、あくまでジュリウスの容態を見越し、効率を重視するために用意した手段と言えなくもないけど、問題はそこじゃない。

ラケル博士は当初から、"黒蛛病"の性質を知っていたということだ。
433 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:40:35.32 ID:HiGTCtqho

彼女か、あるいは本部の研究者か。
誰が解明したにせよ、どうしてそれを秘匿しておく必要があったのか。
私達の介入があったとはいえ、なぜ今になって明かそうと考えたのか。
それも、支部の乗っ取りという混乱を世界に与えた上でだ。

この状況そのものが、相手の狙いだとすれば。
クーデターを隠れ蓑に、次の段階へ駒を進めているとしたら。

どう頭を捻ったところで、単なる邪推に過ぎない。
現在、"アナグラ"では榊博士を筆頭に、新たな"黒蛛病"の研究が進められている。
こうしてフライアがヒントを提示してきた以上、畑違いの私が出来るのは彼らの成果を待つ事だけだ。
たとえフライアの真意に結びつくことがないとしても、治療には役立つ。

それに、本気でフライアが絵空事を信じている可能性だってある。
ジュリウスが本当に首謀者、だなんてことも。
そもそも私達がラケル博士を疑ってかかっているのだって、レア博士からの伝聞が根拠だ。
何とでも言える。
434 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:42:02.47 ID:HiGTCtqho

……だけど、フライアが手段として患者達を利用し、ジュリウスがそれに加担している事実は覆らない。

フライア収容時に記された"黒蛛病"患者の名簿と、救出した患者の人数は合わなかった。
"アナグラ"にいた頃から、容態の悪化している患者もいる。
フライアが市民とサテライト住民の敵となるのに、時間はかからなかった。

もちろん、容易くフライアの暴挙を許した極東支部への批判がないわけでもない。
ただ、怒りの矛先は、その多くがジュリウスに向けられている。

サテライトへの支援をフライアに取り付けたのは彼だ。
患者達の現状だって、私達が直接会った頃のジュリウスは知らなかった。
その彼が、なぜ自分の意志さえも踏みにじる行動をとったのか。
任務中は考えまいとしていた事柄が、頭をもたげる。
435 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:43:18.84 ID:HiGTCtqho

……私が、その原因だったとしたら。
朧月の夜。
無根拠に綺麗事を並べ立てて、中途半端に希望を持たせて。
フライアに戻ってみれば、治療なんてやってもいないことがわかって。

ジュリウスは、今度こそ諦めてしまったのかもしれない。
残された使命のために、手段を選ばなくなってしまったのかもしれない。

これも仮定だ。
だとしても、私はどうすればいい。
自身が歪めてしまった相手を、どうして止められる――

―――少し、眩暈がする。
思考が氾濫して、まともに頭が回らない。
436 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:47:43.82 ID:HiGTCtqho

「――よう、お一人かい」

声のした方に、咄嗟に振り向いた。
思索の渦が一旦止み、少し滲んでいた視界が、徐々に晴れていく。

「隣、いいか?」

一つ、席を空ける。

「つれないね」

声の主は小さく苦笑を浮かべ、空けた席の隣に腰を下ろした。

「……今は、そういう気分なだけです……ハルさん、何か?」

「ちょっと相談事があってな……ちょうど、後輩達も行っちまったことだし」

ハルさんの言葉に視線を向ければ、シエル達は既にラウンジを退室していたようだった。
437 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/11(火) 00:49:44.59 ID:HiGTCtqho
ここまで
438 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/17(月) 01:24:17.43 ID:Ct73dGBso
「お節介焼くつもりはないんだが、ついて行かなくても――」

「――相談しに来たんじゃないんですか」

「おっと」

本心から突き放したいわけじゃない。
でも、距離を取らなければ彼や"ブラッド"にも危険が及ぶ。
必要があるから、やっている。

――本当に?
――必要なのは、みんなに全てを伝えることじゃないの?

……頬が、仄かに熱い。
少しだけ、気怠い感覚もある。

「まあ、ちょっと気になる事があってな」

「はい」

「お前さん、最近悩んでる事とかないか?」

「……はい?」

「だから、悩みだよ。ちょっとしたのでもいいから」

「あの、話が見えてこないんですけど」

「うん?あぁ、相談だよ、相談」
「潜入任務からこっち、ずっと浮かない顔してるもんだからさ」

一見して軽薄な笑みと、余裕を崩さないまま、ハルさんはそう言ってのける。
今の話題の方が、よほどお節介だと思うけど。
439 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:07:53.29 ID:mMb+xbdCo

「別に、気を遣ってもらわなくたって」

「……あんまり距離が近いと、言えない事もあるんじゃないか?例えば……」
「向こうのお友達の事とか、さ」

私を取り巻く状況を顧みれば、選択肢自体は多くない。
ただ、それを踏まえても、彼の声音は確信に満ちていた。

「……聞く必要もなかったんじゃないですか」

「この手の話に覚えがないわけじゃあない、ってだけだよ」

あくまで冗談めかすハルさんの瞳は、常に私の姿を捉えている。
このまま帰すつもりはない、ということらしい。
440 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:12:16.46 ID:mMb+xbdCo

短く、息を吐く。

彼の言う"悩み"だけなら、安易に言いふらしたくはないけど、意固地になって隠し通す必要もない。
それに、方向が定まりかけている"ブラッド"に、今更個人の迷いを持ち込みたくないのも事実だった。
どのみち、現状の私では整理しきれない課題だ。

だから私は、

「……もしかしたら、なんですけど」

ハルさんの相談に乗る事にした。
441 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/10/31(月) 02:19:44.38 ID:mMb+xbdCo
ここまでというかこれだけ
環境が安定しない…
442 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/11/21(月) 01:26:19.39 ID:7YpmgUI6o

「……あの人が間違いを起こしたのは、私のせいかもしれない」
「私の言葉が彼を追い詰めたんだって、一度そう考えたら……私が彼を止められるのか、わからなくなって――」

少しずつ、確かめるように、経緯を語った。
全ては話せないまでも、断片を誰かと共有する分、気を紛らす助けにはなる。
それだけでもよかった。

語る間も、懊悩は続く。
このまま結論を出さずに、先送りにしてしまいたい。
だけど、逃避できる絶対的な時間がないと理解しているから、私はこうして人を頼っている。

もはや"ブラッド"のみに止まらず、ましてや私だけで思い悩めるような段階はとうに過ぎていた。
……それは恐らく、私が抱えるもう一つの問題にも直結している。
443 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:05:11.11 ID:u+Z2oVxzo

「――そうだな……」

相槌を打つわけでもなく、ただ私を見据えて黙するだけだったハルさんが、初めて言葉を返す。

「お前さんは、もうちょっとそいつを受け入れてやった方がいい」

口から出まかせを言った風でもなく、塾考の末、絞り出したというわけでもない。
言うなれば、予め備えた手札を切っているとさえ思えるような簡潔さで、彼は答えてみせた。

「……彼を拒絶しているつもりはありません」

それだけに、私はすぐさま、言葉に含まれた否定的な意味合いに目を光らせる。

「今ジュリウスのやっていることがわかっているから、その原因を作ってしまったかもしれない私が――」

「それだよ」

「――それ?」
444 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:06:23.22 ID:u+Z2oVxzo

「その"私のせいで"ってやつなんだ、俺が引っかかってるのは」

確かに、まだそうと決まったわけじゃないですけど。
反射的に飛び出しかけた言の葉を、寸前で飲み込んだ。
わかりきった文句で噛みつくより、先を待った方が結果は早い。
それをわかっていながら焦れているのは、ただ据わりが悪いから、というだけだろうか。

……多分、違う。
否定された姿勢を最善と信じる心驕りが、きっと私の中にもあった、ということだろう。

「……別に、その考え方が丸ごと悪いってわけじゃない。すぐ誰かのせいにするのもよくないしな」
「ただ、お前みたいな真面目な奴は……まあ、少し意地の悪い言い方になるんだが」
「……何でも自分の責任にしちまうことで、楽をしようとする節がある」
445 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/05(月) 02:17:48.10 ID:u+Z2oVxzo
レス番が不吉になったところでここまで
年明けまでこの体たらくかもしれないし来年になってもこんなんかもしれない
あと去年の今頃の日付見直してたら投下量に眩暈がしました
446 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:48:27.27 ID:ocVP7Ngho

あくまで持論だけどな、と付け加えると、ハルさんはこちらの返答を待つ事もなく、話に戻った。

「そりゃあ、誰にも負担をかけさせないって姿勢は立派だぜ」
「……だが、それも見方を変えれば、自分の事だけ考えてりゃいい状況を作っているとも言える」
「そうなると、自然と視野も狭くなる……そんな経験、お前にもあるんじゃないか?」

今度は、自分を抑える必要もなかった。
確かに心当たりはあったし、否定する気にもなれなかったからだ。

「……今も、そうだと?」

問いで返した私に、ハルさんは首を横に振る。

「迷っている内はまだ、かな。厄介なのは、それすらも捨てて、何も見えなくなった後だ」
「なまじ気兼ねをしなくていいもんだから……壊れるまで歯止めが効かなくなっちまう」

単なる気まぐれか、彼の言う"覚え"への追想なのか。
心なしか、ハルさんの声の調子が落ちたように感じた。
447 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:50:21.97 ID:ocVP7Ngho

「……だから、まだ踏み止まれるうちに言っておく」
「自分におっ被せる前に、もう一度、そいつのやった事を受け止めてみろ」
「俺は"ブラッド"の元隊長と特別仲が良かったわけじゃないが……そいつは本当に、お前に何か言われただけで信念を曲げちまうような奴なのか?」

「……いいえ」

漸く、鈍っていた頭が回り始めた。

「私の知る彼は……それこそ、私達から離れてまで、自分の意志を貫こうとする人物でした」

その認識だけは、忘れてはならない。
だから私は、何故彼がこんな行動を取ったのか、不思議だった。
信じたくないから、受け入れたくないから、自分に責を求めて、無意識の内に押し込めようとしていた。

「……だったら、どうする?」

その在り方が、彼を遠ざけていると言うのなら。
受け止め、許容するために、今私がやれる事は一つしかない。

「まだ、正解はわかりません……けど、彼が道を踏み外している以上は」
「私が……"ブラッド"が、ジュリウスを止めます」

未だ引かない微熱と、泥の詰まったような意識が、私を弱気にさせていたらしい。
既に犠牲は出ている。
動機の是非を求めるのは、止めた後でだっていい。
私の言動が原因にあったとしても、尚更だ。

448 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:51:46.65 ID:ocVP7Ngho

「吹っ切れたな」

ハルさんの口元が緩む。
その瞳に、私は思い当たるものがあった。

「はい……あの、ありがとうございます」

「いいさ、こっちも世話になってるからな」
「……それじゃ、俺もそろそろ――」

「ケイトさん、ですか?」

傍から見れば不明瞭に尽きる一言で、退席しようとしたハルさんの動きが止まる。

ギルだけじゃない。
彼もそんな目をするのだと感じた頃には、既に言葉が飛び出していた。

よく考えなくたって、当然の話だ。
距離で言えば、ハルさんが最も彼女に近い位置にいた。
だというのに訝しみもしなかったのは、彼が私を捉えていたからだ。
その彼の瞳の中から私の姿が消えたからこそ、私は聞いてみたくなってしまった。

「私が彼女に似ているから……あなたも、こんなに良くしてくれるんですか……?」

449 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2016/12/31(土) 22:53:44.67 ID:ocVP7Ngho
ここまで
年末のデスマーチには勝てなかったよ…
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/10(火) 12:34:25.99 ID:9J+4dKZgo
このSS誰に需用あるの
451 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:45:41.70 ID:rZAVV3Sxo
誰にもないから自分で書いてるんだよ!
452 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:47:19.86 ID:rZAVV3Sxo

私が安易に手を出していい問題じゃないから。
下手にかき乱して、今の関係を壊したくないから。
そう理解していながら、私はまだ未練を断ち切れずにいる。

「……どうして、そう思った?」

「私にも、覚えがあるんです」
「……そういう目で見られる事には、特に」

初めに違和感を持ったのは、父との仲が一方的に冷え込み始めた頃だった。
彼は確かに私を所有物として扱っていたけど、私を私として見たことはない。
見下ろす瞳は澱んでいて、常に私じゃない誰かを見つめている。
それはきっと、私と同じ髪の誰か、だと思う。
453 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/12(木) 00:48:29.91 ID:rZAVV3Sxo

父と暮らす上で私が身につけたのは、湧き立つ嫌悪を抑えつける術だった。
誰に重ねられようと、私は私でしかないのに。
その視線に晒されると、まさに内面まで父の妄執に侵されていくようで、落ち着かなくなる。

自分がどこからもいなくなるような疎外感に耐え続けていると、私はいつしか人の目元を窺うようになっていた。
期待、失望、喜び、嘲り。
中でもギルの瞳は、とりわけ父のそれに近い。

「……こりゃあ、後でお説教かな」

大袈裟に溜め息を吐いた後のハルさんの呟きは、私にはよく聞き取れなかった。
454 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:47:18.99 ID:9gwLykoUo

「……その、一見怯えているようで、ただの一度も折れる気はないって顔……新人だった頃のあいつもよくしてたっけな」

立ち上がったハルさんが、私の方を見やる。

「確かにお前はケイトによく似てる。優しさも、頑固とも言える真っ直ぐさもな」

言葉を切った彼の眼は、未だ澱んでいた。
だけど、それもすぐ瞼に覆われて、清濁の判別がつかなくなる。

「……でも、結局は似ているだけ、なんだよなぁ」

再び現れた瞳には、侮蔑に染め上げられていた。
雰囲気の変化に戸惑う私の姿が、鏡のように映し出される。

「まず、見た目だな。あいつはそもそも金髪じゃないし、目の色も形も違う」

「えっ……いや、あの――」

「背丈も結構違うよな。後は……まあ、色々だ」

やや下方に伸びたハルさんの視線に対し、私も少しばかり、抗議の目で返す。
今の議題に、そういう外見的な部分は関係ないと思うんだけど。
そんな事は意に介さず、彼は尚も捲し立てる。
455 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:49:24.96 ID:9gwLykoUo

「うん?今度はそりゃ当然だろうって顔だが、実際そうだろう?」
「内面の性格や仕草だって、横で見ている分にも細かい差はわんさか出てくる。それこそキリがないぐらいにな」
「正直、お前じゃあケイトの代わりにもならないよ」

ハルさんの真意はわからない。
けれど、こうまで嘲笑混じりに言われてしまっては、流石にいい気はしない。

「……そんな事言われたって、どうしようもないじゃないですか」
「こっちはケイトさんに会ったこともないのに、やれ似てる、やれここがダメだって……!」

「俺は印象で語っているだけさ、よくある事だろう?」

まんまと乗せられている、と思わないでもなかった。
それでも、面と向かってぶつけられたからには、吐き出さずにはいられない。
……積もり積もったものも、あることだし。

「だからって、個人の基準を一方的に押しつけないでください!」
「あなた達にとっては大事な人かもしれないけど、私は私――」

立ち上がり、声を荒げた後で、私の行動がラウンジの注目を集めていることに気づいた。
削がれた勢いのまま座り直し、視線と囁き声が収まるまで、俯き続ける。
そっと横を向けば、笑いを噛み殺しているハルさんの姿が視界に入った。

456 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:51:37.01 ID:9gwLykoUo

「……笑わないで、ください」

「くく……いや、悪い悪い」
「……いいんじゃないか、"私は私"で」

「えっ……?」

気づけば彼の声色は穏やかで、毒気もすっかり顔から失せている。
この会話で何度驚かされたか知れない私の様子を察してか、ハルさんが口を開く。

「ごめんな、試すような真似して……当事者としては、そっちの本音も知りたくてさ」

「いえ、私の方こそ、自分勝手な事を……」

「でも、それが事実だ」
「似てると同じはイコールじゃない。どこまで行ってもケイトはケイトで、お前はお前のままなんだよ」
「……俺もそう割り切れているつもりだったんだが、本人から突っ込まれちゃあ、仕方ないよな」

自嘲気味な微笑みを向けた直後の彼は、今度こそ澱みのない瞳で、私の方を見据える。

「てなわけで、さっきの質問の答えとしては……まあ、お前自身を気に入ってる、ってことだ」

それじゃあな、と背を向けるハルさんの様子は、彼にしては珍しく、少し気恥ずかしげだった。
457 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/19(木) 22:54:45.87 ID:9gwLykoUo

ハルさんを見送る中で、私の胸奥に宿る思いは変化しようとしていた。

私は私。
その言葉を伝えたくて、真に認められたいのは、やっぱりハルさんじゃなくて。

私自身が諦められるように、ずっと秘めたままにしておこうと思っていた。
時間が解決してくれるのなら、とも。
だけど、私にはもう、それを見届ける猶予は許されていない。
ならばいっそ、今みたいに。

……ぼやけた視界を、無理矢理引き絞る。

優先すべき事柄を、履き違えるわけにもいかない。
ジュリウスを止める、その覚悟はできた。
後は意地を通すための、味方が要る。
458 : ◆6QfWz14LJM [saga]:2017/01/24(火) 21:26:54.95 ID:cwapklYdO


「――し、失礼します」

「いらっしゃい。お茶淹れるから、そこに掛けてて」

緊張で、少し上擦った声を迎え入れる。
L字型の6人掛けソファーとテーブルが常備され、一人用の個室としては少し広いこの空間は、"アナグラ"における私の部屋だ。
元々"ブラッド"の使用している区画一帯が、迎賓用のものを一部改装しただけあって、
特に隊長でもある私の部屋の場合は、軽いミーティングや会合といった集まりに用いられる機会も多い。
もちろん、こうして個人的な用事に使うことも珍しくはないんだけど。

「お待たせ……シエル、もうちょっと楽にしてもらってもいいんだよ?」

「ありがとうございます……ここも何度か使わせてもらっていますけど、君と二人きりだと思うと、その……」

カップに注いだ紅茶を、シエルに振る舞う。
任務に付き合った礼として、以前にエミールから貰った品だ。
私の淹れ方がよほど不味くなければ、味は保証できる。

「二人きりだと……?」

「い、いえ!何でもありません!」
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