魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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1 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage]:2015/08/29(土) 19:54:02.21 ID:tNq3pxyB0




※※※諸注意※※※




・剣と魔法が飛び交いドラゴンが火を吹く、
 ありがちなファンタジー系です。
 使い古されたジャンルですがお付き合いください。

・めっちゃ長いです。
 書き溜めが全体の1/4溜まるごとに投下します。
 進捗は予備が1/4あります。
 ツキイチ連載のペースで行こうと思ってます。
 SSにあるまじき長さですが自己満だし許してお願い…お願い…。

・矛盾点などは笑ってスルーしてお願い…お願いします…。






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440845641
2 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 19:55:11.08 ID:tNq3pxyB0



主観ではあるが、

この世にはどうしても変えられない事が3つある。

まず1つ。個人の都合で戦争は終わらない事。
11の時、私は生まれ育った小さな町を飛び出した。
故郷は、近くの森に棲む魔物たちの襲撃に苦しんでいた。
魔物の襲撃により月に一人死者が出た。
森から漏れだす瘴気に当てられ、月にまた一人死者が出た。
常に物資は不足していて、近くの町との小競り合いで、月にまた一人死者が出た。

故郷の民はみなどこかいじけて見えた。
青人草どもが口々に嘆こうとも、魔物は居なくならないし、
森を焼き払おうという勇者も現れない。
長く争った町と町が手を取り合う事は決してないし、
王国の助けも決して来ない。

みな戦う日々に疲れすぎたのだ。
戦いとは、状況に抗う事であると私は結論づける。
つまり故郷は戦う事を諦め状況に甘んじたに過ぎない。
月に3人の人柱は果たして本当に必要な犠牲なのか。
町民は5000人ほど。
決して多くはないが、決して少なくもない。
来月命を落とす事になる、その5000分の3に、家族だとか、恋人だとか、
大切な人が選ばれる可能性に、誰も目を向けない程度には。

ある日父が死んだ。
最後の家族だった。
私はそんな町に嫌気が差し、故郷を捨て魔法使いになるために魔法の王国へと向かった。
魔法使いになる事は私の夢だった。
魔法とは本来、人々の生活をほんの少し豊かにするためのものに過ぎないはずだった。
私が魔法の王国で学んだ事は、魔物を効率良く殲滅する方法だった。
それは学問の一分野として、国家試験や、学閥にまで食い込んでいた。

私は、魔物との争いが、青人草どもにとって、もはや欠かせないものになっている事を悟った。




3 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 19:56:50.39 ID:tNq3pxyB0



そして2つ。報われない努力もあるという事。
11歳の私は魔法の王国へ向かう街道で、盗賊たちに捕まってしまった。
盗賊たちが私の目的地である魔法の王国に立ち寄ったのは偶然だった。
私を買ったのは童子趣味の変態貴族だった。
故郷に想い人がいる、純潔だけは守らせてくれ、と泣き崩れたら、変態貴族の目が踊った。
純潔だけは守らせてくれたが、その他ひと通り犯され続ける日々の中、ピロートークがてら魔法を習った。
私はどうも魔法の才能を持ちあわせていたようで、
変態貴族に後見人になってもらい、魔法学院に入学した。

2年も経つ頃には私は学院の鬼才と呼ばれるようになっていた。
奴隷出身の私は良い成績を残すほど生徒たちに疎まれた。
学院の研究室で私が編み出した術式の数々はどれも高く売れたようで、
後見人の変態貴族はさぞかし儲けた事だろう。
物理エネルギーを魔力に変換する技術は私の力作だ。
だが、魔法の格式を貶めたと中傷され権利を剥奪された。

使用権は学院名義になっていた。
どうせ鉱山都市あたりからリース料をせしめているのだろう。
私は学院を追われる事になったが、
学院で学ぶ事はもう無いし、私は野に下り研究を続けた。

変態貴族にとって成長した私は性的対象として使い物にならないらしく、
学院を追放された事も重なり、変態貴族からも捨てられた。
腹癒せにほんの悪戯心で、体毛という体毛がねじれて体中に突き刺さる呪いを残してきた。
1か月後に変態貴族は死んだ。
謎の病だと聞いた。

こんな事をするために魔法を身につけたわけじゃないのに。




4 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 19:58:01.81 ID:tNq3pxyB0



魔女「やぁ、変わらないね。
   別れを交わした時と同じように血塗れじゃないか」

戦士「なんだ、帰ったのか」


背に担いだ魔物の死体をものぐさそうに投げ捨て、
身の丈以上あるハルバードを振り回し、彼は器用に魔物を解体した。


戦士「魔物食をどう思う?ここ数年、瘴気の侵食が進んでな。
   狩りをしようにも魔物しか居ないんだ」

魔女「ふふふ、そう言う君が一番平気じゃなさそうだが」

戦士「…そうだよ。
   まぁ、料理しちまえば似たようなもんなんだが、
   生きた姿はとても人類の狩猟対象には見えねぇよなぁ」


9年ぶりの再会には、期待していたようなロマンチシズムは感じなかったが、
幾星霜を数日に感じさせるように自然に、私たちは再会した。
9年前、彼は私を泣いて止め、父を振りきり丘を転げ落ち、大岩に頭から激突した。
割れた額から夥しい血が流れ、もはや涙が出ているのかどうかすらわからないまま、
彼は私を引き止めた。
その彼は今、魔物の血で赤く染められている。


魔女「辺境に勇壮なる斧槍使いがいると聞いたが」

戦士「ここいらにハルバード使いは居ねぇよ。
   他を当たれ」

魔女「君が手に持っているものはなんだ。
   …再会を喜んではくれないんだな」

戦士「俺も似たような話を聞いたんだ。辺境に国を追われた魔女が棲むって噂だ。
   危険すぎて中央王国も手が出せないんだと」




5 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 19:59:06.07 ID:tNq3pxyB0



魔女「それは厄介な者もいるものだね、ふふ」

戦士「…まぁ、ここにいちいち素性を詮索するような者は居ない。
   旅の方、ゆるりと休まれよ」

魔女「あいにく、私の旅はここで終わりなんだ」

戦士「………マジで?」

魔女「帰ってきたんだよ。祝ってくれ、戦士」

戦士「…俺ぁ、てっきり立ち寄っただけかと」

魔女「約束したじゃないか。20になったら、帰ってくると」

戦士「何度か顔を見せに来るともな」

魔女「…悪かったよ。
   ただいま、戦士。また会えて嬉しい」

戦士「まったく、会わないうちにすっかりお尋ね者か。
   こんな辺境の町にまで学院の使いが来たぞ。
   魔女が現れたら知らせろとのお達しだ」

魔女「…………戦士」

戦士「ま、あいにくどこへ知らせればいいかを忘れてしまったよ」

魔女「………………」

戦士「お前は身寄りもないし。待ってろ、新しい素性を…どうした」

魔女「そうか。そうなのか」

戦士「どうした?」

魔女「君は、まだ、私を友と呼んでくれるんだな!!」

戦士「は、はぁ?」




6 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:00:31.20 ID:tNq3pxyB0



魔女「戦士。私はひとつ心に決めていた事があるんだ。
   私の世界の3つだけの、変えられないもののひとつだ」

戦士「な、なんだよ」

魔女「だが、それはあえて言うまい。
   私には住むところが無いんだ。
   …9年間の間に、こんな防壁が出来ていたとはな。
   君の暮らすこの大門なら、外敵もすぐに察知できる」

戦士「言っている意味がわからん」

魔女「私を友と呼ぶのなら、私と暮らしてくれ。
   親愛なる友として、頼む」

戦士「なんでそうなるんだよ。
   うちに部屋はもうないんだ。大門に住みたきゃ、番兵の資格を」

魔女「それはできない。10年の居住履歴がなければ番兵にはなれないだろう」

戦士「…よく知ってるなぁ。でもな、肝心な事を忘れてるぞ。
   大門には、番兵しか住めないんだ」

魔女「無論、考慮済だ。この大門には非戦闘員が多く暮らしている事も事実だろう」

戦士「はぁー?それは………あ」

魔女「やっと気付いたか、ふふ」

戦士「いや、そりゃ、結婚してるヤツらも居るが」

魔女「その通りだ。配偶者を持つ番兵たちは、大門のファミリーエリアを借り受ける事ができる」

戦士「いや、待てよ。いきなり帰ってきてそりゃねえよ」

魔女「今こそ言おう。戦士、約束を果たしてくれ」

戦士「約束って、先に破ったのはお前じゃないか」




7 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:01:52.56 ID:tNq3pxyB0



魔女「そうじゃない。言ってくれたじゃないか。20になって、私が帰ってきたら」


―――けっこんしようね!―――


戦士「……………ああ……」

魔女「忘れて、しまった、のか?」

戦士「いや、待てよ。俺にも生活が」

魔女「私は魔女だぞ。君の交友関係くらい、調べるのは容易だ。
…ここの番兵だった君の父上が死去していたのは少しショックだが、
   父上の跡を継いで、君は4年前から番兵をしているそうだね。
   現在交際している女性は居らず、
   言い寄られる事も無くはないが、肝心の君にその気がない。
   職務に忠実な君の女性関係は蛋白なもので、典型的な労働疎外といえる。
   番兵である君の場合、物的資本は町民の安全なので、君は使命感に生きるタイプに育ったようだ」

戦士「お前の使い魔って蛾か?」

魔女「だけではないが、基本は昆虫だ。
   彼らはなりが小さいぶん本能が強いからな。扱いやすいんだ」

戦士「…最近、やけに虫に集られると思ったんだ」

魔女「私が魔力を通せば滅多な事では死なんはずだが…。
   使い魔には私の意識が少しだけ乗り移っているんだぞ。
   君には何度も殺されたな。責任を取ってほしいものだ」

戦士「勝手に監視しといて何を」

魔女「つまりだ、何ら支障はないと言いたいんだ。
   戸籍ならある。山向こうの町のものだが」

戦士「でもだなぁ…」

魔女「なにが不満なんだ。
   私は魔女だから調合の腕に関しては自信があるぞ。つまり料理は得意だ」

戦士「料理は妖しげな薬品じゃねぇよ」




8 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:03:58.43 ID:tNq3pxyB0



魔女「あと、潔癖な面もある。
   室内の汚れはすぐに目につくたちなんだ。
   研究室内が汚れていては良い発想も浮かばないというものだろう」

戦士「研究室じゃないって。俺の家だから」

魔女「繕い物もお手のものだ。たとえ種族が違っても繋ぎ合わせる事だってできる。
   絹糸のごとき脈管や神経の吻合だろうと、私なら容易だ」

戦士「あーキメラね。キメラの事ね!」

魔女「ええい、つまり応用が効くという事だ。
   家庭の屋台骨を支える良き妻になる自信はある。
   まぁ待て、容姿に関しては、私は学者肌だから、日光による損傷も少ないし、
   精一杯のケアは施しているのだが…それほど…
   生活は不規則不摂生の極致だったし…
   いや、しかし化粧品に関しては一廉の腕前だと自負している。
   半刻ほどくれれば絶世の美女とまではいかないが10人並の顔には仕上げれるだろう。
   体型に関しても体脂肪率は高めだ。私は運動が苦手だから…とりたてて鍛えられてはいないが…
   しかし痩せ薬だって作る事はできるんだ。私は魔女だからな。
   君が痩せ型が好みだというなら立処に痩せてみせよう」

戦士「容姿はともかく、一番大事なところを忘れてるぞ」

魔女「む、この他になにかあるのか?」

戦士「夫婦ってのは愛し合っていなければいけないだろう」

魔女「なに、その点は問題ない。私は君を深く愛している」

戦士「………はぁ?」

魔女「私とて好き合っていない者同士がつがいになる事に抵抗くらいある」

戦士「待て待て、9年間会ってないんだぞ」

魔女「私は4日前にもう君に会っているんだぞ。私は昆虫の姿だったが」

戦士「使い魔じゃねえか」

魔女「私の世界で3つだけの、変えられないものの3つめだ。
   それを確信したんだ」

戦士「なにが変わらないんだよ」

魔女「あの約束は、私の中で決して色褪せる事はない」




9 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:04:33.88 ID:tNq3pxyB0



戦士「………でも、だなぁ」

魔女「君はどうなんだ」

戦士「どうって」

魔女「私をもう、愛してはいないのか。
   君は、結婚してもいい相手は一人だけだと、常日頃から言っているんだろう?」

戦士「…ああ、そりゃ、まぁ」

魔女「いや、待て。
   なにも思い上がるわけではない。
   私もあの時とは、随分変わったからね…」

戦士「わかったよ。
   結婚しよう」

魔女「真っ当なら、お互いを理解し合う時間が必要だし、
   9年という時間は歴史の中で見れば短いが私達にとっては半生に等しいわけだし、
   第二次性徴という多感な時期に別の人生を歩んだというのは、
   性器型発育曲線上で言えばまだ2〜3割しかお互いを理解していないという事だし…
   しかし私にはもう時間が…駄目か?駄目なのか?
   私は、君にはもう愛されないのか?」



10 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:05:47.53 ID:tNq3pxyB0



戦士「だから、結婚しようって」

魔女「え?」

戦士「結婚しよう。
   俺、本当は、お前の事が忘れられなかったんだ」

魔女「自棄になったのか?」

戦士「お前の提案じゃないか」

魔女「私は魔女だぞ?お尋ね者だぞ?いつ命を狙われるかわからないし、
   この大門では学院の魔法使いたち相手には1夜と持たないぞ」

戦士「学院の鬼才どのがおられるじゃないか。
   なにか考えがあるんだろう」

魔女「…まぁ、ない事もない。
   迷惑をかける訳にはいかないからな」

戦士「なら安心だろう」

魔女「…私は、この時をずっと夢見ていたんだ」

戦士「思っていた形とはずいぶん違うが、俺もだよ」

魔女「すまない。君を、私のエゴで振り回してしまうかもしれない」

戦士「いいんだ。お前の思うところはわからないが、
   これから解り合っていければいい」

魔女「なにも聞かないんだね」

戦士「話す気になれば話してくれ」

魔女「…ふふ。やはり君は、私の夢だった」




11 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:06:39.42 ID:tNq3pxyB0



果たして彼女は本当に戸籍を持っていた。
番兵としては経歴の齟齬を絶対に見落とさない自信があったが、
一点の曇りもないほど、彼女の戸籍はクリーンだった。
婚姻はすんなりと受理された。
元々俺の部屋には荷物が少ないので、その日のうちにファミリーエリアに移る事ができた。

引っ越しといえば、男手を集め、荷車に大荷物を載せ、1日がかりでやるもの、
というのが一般的なイメージだが、
魔女の手にかかれば引っ越しは2分で終わるらしい。

彼女が白墨で床になにかを描き、手を掲げなにやら呟くと、
我が家には少しの揺れと共に、白墨で書かれた線に寸分の狂いなく、どこからともなく家具が現れた。
なかなか質のいい調度品だ。
彼女の言うところでは、あまり魔法を使うと素性が露見する恐れもあるが、
せっかく魔法が使えるのだし、挨拶がわりのようなもの、だそうだ。


魔女「指輪は必要ないか?」

戦士「指輪なんてしてたら武器を振るえないだろう」

魔女「…私が珍しく制作意欲に燃えているというのに。
   容易いものだぞ、金属いじりは得意なんだ」

戦士「錬金術士なのか?」

魔女「錬金術も必要な知識だが、似て非なるものだ。私の専門は機械工学でね」

戦士「…それ、魔法使いなのか?」

魔女「魔力に動力を求めるのなら魔法だと主張したが、受け入れられなかったね。
   相反する分野だが、得手不得手を補い合う感性はまだ一般的でないといえる。
   少なくとも、学院では」

戦士「だから異端児、か。
   新しい風は逆風を呼ぶ事が多いからなぁ」

魔女「学院の研究室に居た頃鉱山都市の技術者たちと会う機会が多かったが、
   彼らの方がまだ話がわかるな。
   あの技術者たちのレベルが旧態然とした魔法学院のノウハウを脅かせば、
   きっと学院も価値観を変えざるを得ないだろう」

戦士「遠い未来の話だな」




12 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:07:20.67 ID:tNq3pxyB0



魔女「なに、専門といっても、研究分野の話だ。
   私は4年で魔法百般を究めたんだ。
   機械工学が現在の文明レベルなら、魔法で私にできない事はない。
   …ああ、ひとつだけあるけど」

戦士「ひとつだけ?」

魔女「これは古臭い自然干渉系の魔法使いたちにとって永遠の命題であり、悩みの種でもあるんだ。
   まぁ、代用は効くものだし、使えて得になる事でもない。
   気にせずともいいよ。
   …指輪が駄目なら、他のものをあげる」



13 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:08:40.87 ID:tNq3pxyB0



彼女は指輪の代わりに、ものの数分でチョーカーを作ってくれた。
銀のインゴットに彼女の細い指が触れると、
インゴットはまるで粘土細工のように形を変えた。
細い革紐の先に、大樹に繁る枝のような繊細な意匠が凝らされた銀と、
小さな天然石が落ち着いた光を放っていた。
手渡す彼女はどこか誇らしげで、俺の胸元に光るチョーカーを見て、少し念を込めると、
とても嬉しそうな顔をした。
幸せを運ぶおまじないらしい。

その日から彼女は、良き妻として家を守ってくれている。
口調は物々しいが、性格は昔と変わらないようで、
俺の中で、9年前まで彼女と暮らした記憶が日に日に鮮明さを増していく。

彼女は魔法使いらしくなく、活動的で外出が好きで、
妙に所帯じみていた。
限られた資金で研究を続け結果を残してきた名残らしい。
ある日帰宅すると、部屋の隅に扉がひとつ増えていた。
そんな間取りはなかったはずだが、魔法使いにそういう事を聞くのは野暮というものだ。
話を聞くに本来は別にある彼女の研究室に繋がっているそうで、
彼女は日に2時間ほどその部屋に消える。

俺は過去に何度か魔法使いたちと会う機会があった。
敵もいれば味方もいたが、彼らはみな黒いローブを羽織り杖を隠し持っていた。
鼻につく薬品の匂いと青白い肌がより一層その妖しさを増していた。
だがそれらは彼女に言わせれば、魔法使いの神秘性を守るための演出の一環、だそうだ。
彼女はローブではなく、自ら考案したという上下の縫い合わされた作業着や、長白衣を好んだ。
薬品の匂いもしない訳ではないが、潤滑油や蝋、石膏の匂いが主だった。




14 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:09:47.35 ID:tNq3pxyB0



魔女「君は魔法使いたちを見て、『妖しい』と思ったんだろう?
   魔法とは神秘的でなければならない、というのが彼らの考えでね。
   君たち兵士が攻撃的な意匠の鎧を身にまとうのと同様に、
   魔法使いたちは常識の埒外を演出する事で魔法の秘匿性を高めているんだ」

戦士「ほほー。
   理解しようもないものは確かに怖いからな」

魔女「古臭い考え方だ。魔法とは技術に過ぎない。
   大仰に呪文を唱え業火を生み出せたとしても、
   そんなもの油をかけた山のような巻藁に火をつければ代用は効く」

戦士「それは極論だろう」

魔女「つまり、その業火を意のままに操れねば意味がないという事だ。
   戦場で敵軍に業火を浴びせたとして、自軍と敵軍が入り乱れていたとしたら、
   敵軍だけを選択的に焼ければ戦略の幅が広がるだろう?
   技術とは用い方にこそ真理が宿るんだ。
   ただ大きい火が出せるというのみでは巻藁と油に劣る。
   だが、学院は『魔力を使って業火を出せる』過程をこそ重要視する。
   過程、つまり術式だ。
   術式を数多く生み出す事で体系に差別化を量っているわけだな」

戦士「いい事じゃないか。
   結果より過程を重視するってのは、
   ………慰みだな」

魔女「そうだ。慰みだ。
   彼らはその慰みで自尊心を保っているんだ。
   それでは進歩がないだろう?
   本来は、結果をどこに見据えるかが問題なんだ。
   彼らは火を生み出して満足している。
   我々は道具を用いず魔力のみを用い火を生み出すので特別な人種なのだ、と本気で信じている。
   だが広場でただ火を生み出すだけでは意味がない。
   火はなにかを燃やさなければ結果を残せないのだから」




15 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:10:59.29 ID:tNq3pxyB0



…なるほど。
彼女は魔法を実践的に捉えすぎたんだ。
魔法とは祭儀的な側面を持つと聞く。
魔力を用い業火を生み出して、それがゴミの焼却のために用いられては、
魔法使いたちも気分が悪いだろう。

だが学院が居を構える魔法の王国の首都は眠らない町で有名だ。
国民のほとんどが多少の魔力を操れるかの王国では、
身体からわずかに漏れ出る魔力に反応し、意のままに照明が点滅するという。
それは初歩的な光魔法がほとんど魔力を消費しないからであり、
魔法使いたちにとっては息をするも同然に行使できる魔法であるから、というが…

つまり「これくらいなら民たちに与えても良い」と判断されたクズみたいな魔法という事か。


魔女「全く、また嫌な話をしてしまった。すまない」

戦士「馴染みのない話は面白いよ」

魔女「…君は優しいな。ふふ」


彼女はよく学院にいた頃の愚痴をこぼした。
学院の体質を聞けば聞くほど、なるほど、引っ越しに魔法を使うような魔法使いの居るところではないような気がする。
愚痴をこぼした夜は必ず、彼女は俺に甘えてきた。
胸に頬をこすりつけ、少し泣いた。

ふた月も経つ頃には、俺もまた彼女を深く愛するようになっていた。

泣いた彼女は一晩で元に戻る。
彼女がこの町を離れていた間、どんな苦労があったのか、俺は知らない。
きっと苦労をしたのだろうが、彼女は今とても溌剌としているので、
俺と暮らす事が彼女の傷を癒している、というのは、夫として気分の悪い話ではなかった。




16 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:11:53.08 ID:tNq3pxyB0



魔女「今夜は外出しよう」

戦士「いいが、どこへ?」

魔女「久しぶりに星を読んでみたい気分なんだ。
   今日の天候パターンなら、今夜はきっと星がよく見えるはずだ」

戦士「星読みなんてするのか」

魔女「…む。私だって、女だぞ。
   愛する人と星を読んでみたいと思うくらい、いいじゃないか」

戦士「はは。悪かった悪かった。
   でも俺は星読みなんてした事ないよ」

魔女「私が教えよう。丘で星明かりだけを頼りに寄り添って、
   2人のこの先を占うんだ。
   昼に作ったパンチェッタのサラダが残っているから、パンに挟んで携帯食にしよう」


彼女は俺との外出を好んだ。
歩く時は俺の腕を抱き、よく顔を覗き込み笑いかけてきた。
陳腐なロマンチシズムを愛し、学者らしからぬ希望的観測をよく口にした。
天文学も気象学も立派な学問だと顔を真っ赤にして怒るのだが、
言っている事は夢丸出しで、
眉唾な占いを、いつも自分なりに前向きに解釈した。
そんな時は、彼女の魔法使いの仮面が外され、その表情は年頃の女性の顔を覗かせた。
俺はどちらの顔の彼女も好きだ。



17 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:13:04.43 ID:tNq3pxyB0



戦士「で、どうなんだ。星は、まぁ、綺麗だな」

魔女「…うーん。
   肝心の、私の星が見えないんだ」

戦士「お前の星?」

魔女「私の誕生月の星がね、光の加減なのか…。
   見えなくては占えない…」

戦士「まぁ、いいじゃないか。
   2人でこうして星を眺めるだけでも」

魔女「駄目だ。…どうして見えないんだ…。
   これではホロスコープが作れない。
   私達の行く先を教えてもらえないじゃないか…」

戦士「ほら、指先に光集めるヤツ、あれやってくれよ」

魔女「…これか?星がますます見えなくなるだろう」

戦士「これがお前の星って事でいいだろ。
   お前の星は、お前ごと俺と結婚したから見えなくなったの。
   だから、俺が教えてやる。俺達は、幸せになれる」

魔女「…………ば、ばかっ…」

戦士「いやー、星が綺麗だ」

魔女「…たまに」

戦士「ん?」

魔女「こうして、星を見に来ないか。
   星を眺めるのが…好きなんだ。
   それが君となら、嬉しい」

戦士「いいよ。星の見える夜は、こうしよう」




18 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:13:56.58 ID:tNq3pxyB0



魔女「……………静かだ」

戦士「ああ。ここいらには誰も来ないからな」

魔女「君は、私と結婚すると決めた時、…何も聞かなかったね」

戦士「そりゃあ気になるが、すぐにとは思わなかったんだよ。
   お前は帰ってきたわけだし、お前の故郷はここだから」

魔女「…すまない。
   なにも話せない私を許してほしい。
   けど、いずれ話せる時が来ると思う。
   ただ私は事実、君を愛している。
   信じてほしい」

戦士「信じてるよ。もう、疑いようがないから」

魔女「それと、もう1つ。
   …私は間違った事をして追われているわけじゃない」

戦士「それに関しては疑った事がないよ、はは」

魔女「…私は、戦争を止めたかったんだ。
   学院で魔法を修めた私になら、その力があると思った。
   でも、…できなかった。私は、失敗したんだ」

戦士「魔物退治か?」

魔女「魔物は魔界の生き物だろう。
   あれらは時空のひずみからこちら側にやってきているだけだ。
   個体差も激しいし、群体ではない。
   上位のものになると知性を持っていたり、魔法を扱えたりもするが、
   徒党を組んでいないから戦争とは言わないよ」

戦士「じゃ、戦争なんてほんとはないんだろう」

魔女「私が止めたかったのは…」



19 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:15:35.30 ID:tNq3pxyB0



突如、轟音が鳴り響く。
弾かれたように音のした方角を見やると、
大門の方角に黒煙が立ち上り、赤い光が夜空を照らしていた。
人の叫び声。
警報を知らせる鐘の音が、夜風に混じって微かに聞こえてくる。


戦士「襲撃かっ!!」

魔女「かなりの規模だ。
   あの光、魔力で編まれたものだが、
   学院の用いる術式じゃないな。…魔物の仕業だ」

戦士「俺は町へ行く。避難を手伝わないと。
   お前は、どこかに隠れててくれ」

魔女「…私も手伝うよ。
   ここには居られなくなるが、故郷が滅びゆくのは偲びない」


彼女が指を振ると、俺の足にほのかな緑色が浮かんだ。
足に風がまとわりついてくる。
身体が軽い。
吹いていた夜風が、俺の身体を避けるように流れるのがわかる。


魔女「旅をしていた折、たまさかシルフを手懐けてね。
   君の足に封じた。
   これで君は、風を踏むように走る事ができる」

戦士「…ありがとう。
   でも、できればお前には隠れててほしいんだ」

魔女「ふふ、夫がそう言うなら仕方ない。
   私は転移魔法で先に部屋に戻っているよ。研究室にいれば心配はない。
   君たちの手に負えないと判断したら、住民の避難くらいは手伝おう」

戦士「ああ。頼む。
   数区画をまわったら、装備を取りに俺も戻る」


言い終わるなり、町へと駆け出す。
彼女の言う通り風の精霊の加護は、まるで空気の壁を感じさせない。
…町は、魔物だらけだ。
遠くまた聞こえる轟音が、破られた防壁が一箇所だけではない事を知らせる。


戦士「聖堂へ避難しろ!動けない者が優先だ!男たちは武器を取って戦え!」


魔物たちはさして強くない。
この程度なら2刻もしないうちに鎮圧できる。
…だが、魔法を扱える魔物がいるという事は無視できない。
デーモン種。魔界の住人。
彼らはみな知性的、そして文明的であり、言語を解し魔法を扱い、
武装し、独特の美学まで持ち合わせている事もある。
年輪を重ねたドラゴンや、元が人間のバンパイアたちは魔法行使も可能だそうだが、
彼らは人間の前に滅多に姿を見せない。
魔法を扱い人間を襲撃する魔物は、ほぼ間違いなくデーモン種だと言っていい。

なら恐らくは、魔物たちはデーモンに率いられている。
何体いるかはわからないが、1体でも強敵だ。
少なくとも装備がなければ、太刀打ちできない。

まだ2区画しか回っていないが、随分と時間を取られた。
先に装備を取りに戻ろう。
大門はいずれ落ちる。
彼女を巻き込むわけにはいかない。



20 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:16:50.63 ID:tNq3pxyB0



魔女「まずいなぁ。
   隠れていると言ったが、やはりこんなヤツが居ては、どうしようもない」


物見の水晶は、プロジェクターのように彼女の使い魔のトンボの視界を映し出している。
大門は容易く破られた。
魔物たちがなだれ込み、町は殺戮の限りを尽くされている。

尖兵の魔物より少し遅れて悠然と町への橋を渡る、黒い肌をした人型の魔物。
3メートルほどだろうか。
魔物としてとりたてて大きな部類ではないが、竜のような翼を持ち、人とは質の違う頑健な筋肉が浮かび、
額から大きなヤギのようなねじれた角が生え、虹彩の無い朱いだけの目がその攻撃性を如実に物語る。
何より禍々しい漆黒の鎧と大剣で武装している事が、ただの魔物ではなく、知性を持つ事を悟らせる。


魔女「爆発はこいつの仕業か。
   魔界の術式は本当に、礼儀がなっていないね。
   威力だけが先走っている」


デーモンを倒すには手だれの前衛に、熟練した魔法使いの助けが必要だ。
…この町に、熟練した魔法使いは一人。


魔女「………私、か」


彼は一人でも戦おうとするだろう。
だがそれでは勝てない。
魔法には魔法の戦い方があるのだ。

…ふと気付いた。
いつの間にかデーモンが、こちらを見ている。


魔女「ふふ、気付かれたか。
   少し接近しすぎたな」


途切れる視界。
虎の子のトンボだったが仕方ない。
町に出よう。
彼の武具も届けてやらなければ。
棒きれ1本と鍋の蓋で強敵に挑ませるわけにはいかない。




21 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:19:09.14 ID:tNq3pxyB0



やはり雑兵は大した事がない。
棒きれだろうが打ち据えるだけで、容易く倒せる。
だがそれだけでも民たちにとっては脅威だ。
彼らも応戦してはいるが、5年前この防壁が出来てからというもの、
戦闘に慣れていない民が増えた。

本当は、いつこんな事態が起きても、おかしくなかった。
だが5年間の平穏は、戦意を腐らせるには、充分な時間だったようだ。


戦士「戦える者は居ないのか!!
   怯えている暇があるなら逃げろ!」


兵の亡骸から拾った剣だが、なかなか良い剣だ。
剣には慣れていないが贅沢は言えない。
兵は顔見知りだった。
確か、王国から派遣された、駐留軍の兵士だったはずだ。
彼は去年結婚したと聞いた。

亡骸は、誰かに覆い被さるように倒れていた。
きっとその誰かを守り戦い抜いたのだろう。
傷跡は多く、四肢は引き裂かれていようと、剣を握る手には、
まだ力が残っていた。


戦士「ぜぇ、ぜぇ、…くそ」


戦える兵はどれだけ残っている?
魔物の数は多い。
個体として弱くとも、これだけ数がいれば、いつかは押されてしまう。
加えて率いている魔物の存在を、確かに感じる。
これだけの魔物が徒党をなして攻めてくる事は今までなかった。

…ふと、耳許に羽音を感じた。
羽音は一定で、なにかの意思を感じるように耳許から動かない。


戦士「魔女、か?今どこにいる?」

―――やはり私も戦おう。
   大門の近くに、デーモン種がいる。
   君たちでは、手に負えない。約束だ。

戦士「そう、か。強敵だ。早いとこ装備を、取りに戻らないと」

―――そこから1区画のところに、この間陣を敷いておいたんだ。
   武具を送ってある。宿の横の路地だ。
   避難が遅れた者達を見つけてね。
   まず彼らを避難させるから、あとで合流しよう。



22 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:19:44.17 ID:tNq3pxyB0



戦士「わかった。無事でいてくれ」

―――ふふ、余計な心配だよ。
   私にも、魔―と―――経験く―――

―――――ら―が―――?―――

戦士「…どうした?」


彼女の虫が、燃え出す。
燃えた端から、光となって、霧散していく。
虫を縛っていた魔力が、散っていく。


戦士「どうした!?おい!!魔女っ!!!!」


間違いない。
彼女の身に、なにかあったのだ。
もしデーモンと遭遇すれば、いくら卓越した魔法使いといえど、
容易く殺されてしまうだろう。


戦士「どこだっ………!?
   避難が遅れた、場所…っ!!」


装備が送られたという宿に向かう。
冗談じゃない、結婚してまだ3ヶ月しか経っていない。
彼女を今失うわけにはいかない。

精霊の加護を受けた足なら、10分ほどで町を駆け回れる。
早く彼女を見つけないと。
俺は、また彼女を手放してしまう事に、なるかもしれない。




23 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:20:47.41 ID:tNq3pxyB0



魔女「これで君たちはしばらく、魔物たちから見えなくなる。
   聖堂に急ぐんだ。
   あそこではまだ、兵たちが頑張っている」

町民「あ…ありがとうございます…」

魔女「道を拓こう。
   下がっていて」


町民たちには、ついでに忘却魔法もかけておいた。
研究室に眠っている自動人形たちを起こす事も考えたが、
私の素性が割れてしまう。
あれらを扱えるのは私だけだ。
古典的な念動力や自然干渉でなんとかするしかない。

腕を振ると同時に、道にいる魔物たちは次々と壁に打ち付けられていく。


町民「ま、まほうつかい」

魔女「そう。意外という顔だね」

町民「いえ、服装が…。
   …ありがとうございます。ご無事で」

魔女「魔法は10分ほどで消えてしまうから、早く」


さて、向こうにも確か、避難の遅れた者達がいる。
…使い魔が、彼の元に着いたようだ。
連絡をしておかないと。




24 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:21:31.06 ID:tNq3pxyB0



―――わかった。無事でいてくれ。

魔女「ふふ、余計な心配だよ…」

魔女「……っち」


しまった。
囲まれている。


魔女「私にも、魔物と戦った経験くらい…。
   私は…。
   彼よりもずっと長く、お前たちと戦ってきた。
   来るがいい。この距離なら、雑兵の魔物程度、一掃してやる」


使い魔への魔力を切る。
この先は、彼には聞かせたくない。


魔女「どうした?魔界の『獣』たち。
   知性と魔力を持つ者には、本能的に従うのか」


魔物たちが一斉に駆けてくる。
この程度の数なら、さっきと同じように………

びくん、と耳の奥で音がした。

身体が、

動かない。

魔物の爪が迫る。
何が起こったのかわからないが、
麻痺はすぐに解けた。

しかし。間に合わない。


魔女「………くぅっ……!!!」


腹部を抉る、魔物の爪。
溶岩のような血が、口へとこみ上げてくる。


魔女「う…ああああああ!!」




25 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:23:04.03 ID:tNq3pxyB0



魔女「……う…」


咄嗟に放った念動力で、魔物たちは一掃できた。
傷は深い。治療魔法で応急的に出血を止めてはいるが、
研究室に戻らなければこれ以上の治療はできないだろう。
この傷では、彼の援護はできそうにない。


魔女「すま、ない……ふふ……。
   やっぱり、かくれて、いれば…」


そして。
行く手に、漆黒の鎧を着た、悪魔がいる。


魔神「強力な魔力の揺らぎを感じたが。
   まさか人間の小娘だったとは」

魔女「そう、いう、きさまは、魔界の青二才、だろう?」

魔神「く、く。多少は我等について知識があるらしい。
   我を見ていた虫の飼い主は、貴様だろう。
   いみじくも言い得ている。我はまだ若い」

魔女「デーモンが、こんな辺境の町に…。
   なにが、望み…だ」

魔神「なに、請われただけの事。
   我に目的はないが、…そうだな。今は、目的もある」

魔女「…………く、ぅ…」

魔神「くくく、逃げるのか。転移魔法は通じんぞ。
   魔力の残滓を追えば良い」

魔女「…転移………っ」

―――彼の許へ。
デーモンは追ってくるだろうが、
私の命が尽きる前に、彼に伝えなければならない事がある。




26 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:24:13.70 ID:tNq3pxyB0



突然、空から彼女が降ってきた。


戦士「お、おい!!
   …傷を負ったのか!?」

魔女「せ、んし…武具は…」

戦士「見つけたよ。…避難しないと。
   傷は、深いのか?」

魔女「そう、か、ふふ…妻の、かがみ、だろう?
   避難は、だめ、…だ。…じかんが、ない。
   デーモンが、追ってくるんだ」

戦士「…デーモンに、やられたのか」

魔女「…ちがう。この町、には、まものたち以外に、なにかの意図がはたらいて、いる。
   おそらく、わたしを、追って、」

戦士「喋るなっっ!!治療を…っ!」

魔女「まて、まだ、はなしが、」


魔神「…それは、貴様の想い人か?」


戦士「………っっ!!!」

魔女「ふふ、ふ、夫だ。いいおとこ、だろう?
   きさまと、契約は、できん」


気付けば、周囲は魔物たちに囲まれていた。
加えて、目の前にデーモンがいる。
…逃げ場は、ない。


魔神「…そうか。…待て。彼らは最後の言葉を交わしている。
   殺すのは後にしろ」

魔女「なかなか、はなしが、わかるじゃないか。
   …戦士、よく、聞いてほしい」

戦士「…な、なんだよ…」




27 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:25:17.73 ID:tNq3pxyB0



魔女「3つだ。3つ、約束を、してほしい」

戦士「あ、ああ。なんでも、聞いてやる」

魔女「1つめ、わたしは、助からない」

戦士「………っっ!!」

魔女「だから、きみは、ここからいきのびて、
   わたしの研究室に、たどりつけ。
   きみなら、できる」

戦士「…わかった。次は?」

魔女「2つめ、ここから逃げるとき、
   なにがあっても、ふりかえってはいけない。
   わたしが死んで、そのあとなにが起こっても、
   けっして、ふりかえってはいけない」

戦士「わかった、振り返らない」

魔女「……さいごだ。ここをいきのび、王国、へ、向、かえ。
   そして、きみに、…みきわめてほしい。
   ほんと、うの、せんそう、を」

戦士「…わかった。一緒に行こう」

魔女「う…く…だめ、だ。
   わたし、は、いけ、ない、んだ。
   やくそ、く、を、…まもって、…ほし、い。
   きみ、は、いき…て…、
   すま、ない、……わたしは、きみに、…もっと、はなしが…」

戦士「おい…続き…」

魔女「―――――」

戦士「……………お、ぉぃ、起きろ…」

戦士「………起きて、くれよ…………」




28 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:25:57.91 ID:tNq3pxyB0



魔神「終わったか?」

戦士「………まだ、終わってない」

魔女「――――…―――」

戦士「まだ、息があるんだ。
   …頼む。治療を」

魔神「そこまでする義理はない」

戦士「………なら、仕方ない。
   お前を倒して、………彼女を、助ける」

魔神「…面白い」


斧槍を構える。
…敵はデーモン種。
容易い敵ではない。

だが。


戦士「……………いくぞ」

魔神「そもそも、息がある事は、我にとっても僥倖だ」

戦士「オオオオオオオオオ!!!」


魔神の剣は鋭く、俺の身体ひとつはありそうな太い大剣を、
まるで細身の剣を振るうかの如く打ち付けてくる。
斧槍の柄は鉄製だが、
それでも、いなさずに受けてしまっては、折れてしまう事は明白だ。


魔神「人の身でそれだけの武器を鞭のように振るえるとは!
   惜しい、そこの魔法使いと2人なら、心ゆくまで戦えたものを!」

戦士「うおおおおお!!!」

魔神「だが一人では、な!
   魔法に対抗する手段が無いだろう!」




29 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:26:45.61 ID:tNq3pxyB0



そうだ。
それが分の悪い理由。
俺には、魔法を防ぐ手立てがない。
デーモンの手に魔力の奔流が見えた瞬間、
腹に衝撃を感じ、簡単に壁まで吹き飛ばされてしまう。


戦士「…ぐ、はっ…」

魔神「まぁ、そもそも、契約などとは言わずともな」

戦士「なに、を、する気だ…」


デーモンが、魔女の首を掴んでいるのが見える。


魔女「…………ぅ…」

魔神「なに、これだけの魔力だ。さぞ美味かろう」

戦士「おい、よせ、やめろ」

魔神「この小娘はなにか言っていたな。
   死んだ後なにが起こっても振り返るなと。

   …貴様はどうするのだろうな。
   約束を守り逃げるのか、
   我を止めようと挑みかかってくるのか」

戦士「…やめろっっ!!!やめてくれええええええ!!!!!」


デーモンの腕が、彼女の腹に突き刺さった。
血は、出ていない。
まるで最初からひとつだったかのように、彼女の身体は、デーモンに吸い込まれていく。


魔神「ふ、ははははは!!!
   これは良い、これだけの魔力、魔界でもなかなか巡り会えん!!
   戦闘になっていれば我も無事ではなかっただろうが、
   既に手負いの状態で眼前に現れてくれるとは!!!!」

戦士「やめろ、やめろぉぉぉぉ!!!」




30 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:27:44.08 ID:tNq3pxyB0



魔神「人間、約束はどうした!?
   吸収にはしばし時間がかかる、魔物を蹴散らし逃げるが良い!
   なに、事が済めば追跡してやるが、
   仇を討ちたいのならそこで待っていろ!!
   我の力がどれほど増すのか測るには、
   貴様のような手練が相応しい!!!」

戦士「う、おおおおおおおお!!!!!」

魔神「くくく、悲しいな。
   約束は守られんようだぞ」


デーモンが手を翳しただけで、身体が動かなくなる。
拘束魔法のひとつだろうか。
四肢はまるで、空間に縫い付けられたように動かない。


魔神「では仕方ない。そこで見ておくがいい。
   貴様の妻が、我とひとつになるところをな―――」


時間にして、5分ほど。

彼女の身体は、半身が消え、腕だけになり、
…指1本だけを残し、
その指も、
数秒でデーモンの身体に消えた。




31 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:28:57.02 ID:tNq3pxyB0



魔神「くく、く、ははははは!!!
   素晴らしい、力が漲ってくる!!
   転生を果たした気分だ!!!」

戦士「あ…あ、あ…」

魔神「武器を返そう。
   さぁ、来るがいい。
   先ほどとどれだけの差があるのか、我も知りたい」

戦士「……………」

魔神「どうした?拘束は解けているはずだ。
   …しかし、フェアではないな。ではこうしよう。
   貴様の妻を貰った分、我は魔法は使わん。
   純粋に武力だけで、貴様と戦ってやろう」

戦士「………なめ、やがって」

魔神「なに、今の我なら、武力だけでも、もはや貴様を上回るだろう。
   誇るがいい。先ほどの剣戟、貴様は我と伯仲していた」

戦士「好きに、しろ。殺して、やる……」

魔神「なに、信じろ。悪魔は約束を守るものだ、くく」

戦士「………?」

魔神「………なにをしている?武器を取れ。
   先ほどのように、挑みかかってくるがいい!」

戦士「…鬨の声」

魔神「…なんだ?」

戦士「…鬨の声が、聞こえる」




32 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/08/29(土) 20:29:47.26 ID:tNq3pxyB0



聖堂の方からだ。
兵たちの鬨の声が聞こえる。

…ここに、魔物とデーモンが引きつけられている事で、戦局が覆されたのか。


魔神「…そうか。
   人間の兵も侮れんものだな」

戦士「……………」

魔神「だが本来、魔物どもなど必要ない。
   …力はあの小うるさい兵たちで試すとしよう。
   貴様は、ここで死ね」

戦士「………いいだろう。相手になってやる」


斧槍を構えたその時、見知った声が響いた。


兵長「こっちだ!!!隊列を組み直せ!!!」

戦士「兵、長。無事だったのか」

兵長「突撃いいい!!!!」

魔神「…ふん。存外早かったではないか。
   人間に対する認識を改めるべきか」

戦士「おい」

魔神「な―――ぐおお!!?」


斧槍の一撃で首を薙ぐ。
…手応えは充分に感じたが、傷はひとすじのみだった。


魔神「き、さまっ」


怒りに任せるがままの大剣を、なんとかいなす。
どうやら本当に、魔法を使わないらしい。



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