末妹「赤いバラの花が一輪ほしいわ、お父さん」(最終章と後日譚)

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199 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 02:25:38.28 ID:+u0xSqqH0
長兄「……だいたい、家政婦さんには父が塞ぎ込んだり長姉が閉じこもったりした時期には」

長兄「何かと仕事以上、お給料以上の事をお願いしてしまって……それどころか」

長兄「俺が頼んだ以上に、あれこれ細やかに気を配って動いてくれた」

長兄「特に、長姉は家政婦さんが支えてくださらなかったら……どうなっていたかと……」

家政婦「さすがに買いかぶり過ぎですわ、長姉様を支えたのはご家族の皆様、そして幼馴染男様」

家政婦「……ですが、そう仰っていただけるのは正直……嬉しいですね」

長兄「……家政婦さんの所属する紹介所の契約は1年ごと、年が明けたらどうなるのか最終的には紹介所が決める」

長兄「しかし……ぜひ来年も、我が家との契約を続けてほしい」

長兄「父も弟や妹達も頼りにしているのです、もちろん俺、いや、私も」

家政婦「……」

家政婦「……光栄ですわ長兄様、家政婦として」ニコッ

長兄「あ」

家政婦「ですが今は、お店で商人様がお待ちではありませんか?」

長兄「っぅえ!? 忘れてた!?」

長兄「あ、改めてありがとうございました!! それじゃ!!」バタバタバタ

家政婦「……うふふ……」

家政婦「ばあや様、本当に素敵なご家族ですね、この家の皆様は……」



長兄「……ああ、何やってんだ俺、だいたい俺は年下」

長兄「って、いやいや、そーゆー話じゃないし!?」

長兄「……本当に何やってんだろ、俺……」ハァ

商人(……何をブツブツ言ってるんだろう、あ、溜め息)

商人(この子は一人で抱え込むからなあ……)

…………
200 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 02:26:10.96 ID:+u0xSqqH0

※ここまででした。続きは近いうち……※
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/29(日) 06:10:08.25 ID:9feIS0IKO

長兄よ、年上の女房はゴールドのサンダルを履いてでも探せと言ってだな…
202 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 22:35:22.20 ID:yzLsY11j0
商人の家の庭……

……に置かれたテーブルを挟む兄妹……

次兄「……というわけで、今回はわりと簡単です」

次兄「いち・俺と末妹が魔法の鏡で何をしたいのか」

次兄「に・野獣様やおっさん始め屋敷のみんなと、どんな約束を交わしたか」

次兄「さん・これから父さん達とどんな約束をするのか」

次兄「……こんな感じ、実にシンプルでしょ?」

末妹「うん、でも『二』まではともかく、『三』はどうなるのかな?」

次兄「それは父さんの出方しだい」

次兄「しかし俺と末妹の目的地は明確ゆえに、其処へ至る道も自ずと見えて来ることでしょう!!」ビシィ

末妹(今のはわかりやすいカッコつけのポーズ……)

末妹「そうね、誠心誠意お話しして、わかってもらうことが全てよね」コクン

次兄「そういうこ、ふひぇっくしょんっっ!?」

末妹「だ、大丈夫!?」ガタッ

次兄「……さすがに夕方は冷え込みますわ」ジュル

末妹「もう中に入ろう、風邪ひいちゃう」

次兄「うむ、中であったかいお茶でも……お?」ピタ

末妹「どうしたの?」ピタ

次兄「ほらあの窓越し、兄さんの部屋の前の廊下だけど」

次兄「兄さんに家政婦さんがぴったり寄り添っとる!?」

末妹「えええっ!?」
 
203 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/05/29(日) 22:36:48.71 ID:yzLsY11j0
末妹「……っと……よく見て、家政婦さんの手元」

次兄「お? あの動きは裁縫の……えらい高速ではあるが針と糸を持った手の動きだ」

末妹「ええ、ボタンをつけてあげてるみたい……」

末妹「糸を切って……終わったのかな?」

末妹「……何かお話ししているようね」

次兄「あ、兄さんが踵を返した」

末妹「……慌てた様子で走り去って……家政婦さん……後ろで笑っている」

次兄「…………」

次兄「……俺も、廊下で出くわした家政婦さんにシャツのボタンが取れかけていると指摘されて」

次兄「なんかどこからともなく取り出した針と糸で、着たままつけてもらったことはあります」

次兄「……だから、よくあることだよね?」

末妹「え、ええ……私はないけど……」

次兄「末妹の場合はボタン取れかけを放ったらかしで着ていること自体あり得ない」

末妹「それもそう……ね」

次兄「……よくあることだけど、なんとなく……誰にも黙っておかないか? いま見たことは……」

末妹「う、うん……私もそうした方がいいと思う……なんとなく」

…………


  お兄ちゃんと私が、お屋敷の皆さんとの『これから』を手探りしているのと同じように……

  皆も、誰もが、過ぎて行く日々の中で、自分の……または自分と他の誰かとの『これから』を手探りしているのでしょう。

  ある人は自分の信じる目的地に向かって、ある人は流れに任せて、ある人は自分がどうしたいのかもわからないまま

  ただひとつ言えるのは、誰もが今のままではいられないこと、遅かれ早かれ、多かれ少なかれ……


…………
204 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/05/29(日) 22:37:23.00 ID:yzLsY11j0

※ここまで。そろそろサクサク進ませる予定です……ホントかな……orz※
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 00:50:23.22 ID:gShUYcoDO

家政婦は見られた!
206 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 20:59:38.52 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

門扉:カシャン……

家政婦「おやすみなさいませ皆様、また明日……」

家政婦「さて、いつものカフェの前で辻馬車を拾いましょう」コツ

末妹「家政婦さん!!」ピョコ

家政婦「末妹様!?」

家政婦「もう暗いのにお一人で門の外におられるとは、いったいどうなさいました?」

末妹「これ……野獣様のお屋敷のお土産です、焼き菓子と紅茶……」スッ

家政婦「あら、けさ末妹様からお預かりした分は、全てお茶の時間に皆様に召し上がっていただいた筈ですが……?」

末妹「実はあらかじめ取り分けておいたのです、家政婦さんの分」

末妹(それより前にお兄ちゃんが胡桃のサブレだけ何枚か抜き取っているけど……)

末妹「ほんの少しですが、お裾分け」

家政婦「駄目です、受け取れませんわ、紹介所の規則ですから……」

末妹「知っています、だけど……家政婦さんは今日のお仕事の時間を終えて、我が家の門の外にも出ています」

末妹「それなら、プライベートな時間に知人からお菓子と紅茶をもらった」

末妹「……それだったら家政婦さんにご迷惑はかけませんよね?」

家政婦「…………」クス

家政婦「末妹様、本当に貴女には敵いませんわ」クスクス

家政婦「ありがたくいただきます、ね?」ニコッ

末妹「家政婦さん……ありがとう!!」

家政婦「まあ、お礼を言うのは私の方ではないでしょうか?」クスクス

…………

……………………
207 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 21:01:32.23 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

末妹「短い時間だったけど、お互いの声が思っていたよりはっきり聞こえて、お話ししやすくて助かったわ」

末妹「メイドちゃん、すごく喜んでピョンピョン跳ねていたね」

末妹「菫花さんもお元気そうで……師匠様とお二人で、騾馬の生産者さん達に会いに行く旅の準備ですって」

末妹「料理長さんは冬の間の保存食の準備、庭師君は庭の植物を越冬させる準備……と季節のお仕事が忙しい」

末妹「執事さんは……自分のことは『相変わらずです』とだけ言ってたけれど」

末妹「……鏡越しに執事さんばかり見つめていたお兄ちゃんの事も『相変わらずですね』って……」

次兄「執事さん……相変わらず……」

次兄「そう、執事さんは相変わらず優雅で渋く気高く、内なる勇猛さを秘めてなお美しく……とにかく、よかった……」ウットリ

末妹「……」フゥ

末妹「これも魔法の鏡を使うのを許してもらったおかげ」

末妹「お父さんが私達の気持ちをわかってくれて、信用してくれて、本当によかった」

末妹「……この次は、それぞれの将来の夢の話」

末妹「菫花さんから野獣様の伝言もいただいたよね?」

末妹「『本当に心から望む夢を叶えるためには真の勇気と覚悟が必要だ、頑張れ』って……」

末妹「しっかり自分の気持ち、お父さんに伝えようね、お兄ちゃんも私も」

次兄「野獣様」

次兄「野獣様! 野獣様の激励! 野獣様の鼓舞! 野獣様の期待! そう……俺達には野獣様がついている!!」ドドーン

次兄「…………父さん、俺の口から美術学校に行きたいなんて聞いたらビックリ仰天するだろうなあ……」

末妹「……」

末妹(お酒を飲んだ夜のことは練習、次こそ一回きりの本番よ、頑張ってねお兄ちゃん……)

…………

……………………
208 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 22:51:27.45 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

末妹の通う、南の港町の学校……

末妹「先生!!」タタタッ

女教師「あら、末妹さん」

女教師「二か月近くお休みして、どうなるかと思ったけれど……今の授業にも問題なくついて来ているようね」

女教師「お友達の皆も安心しているわね」ニコ

女教師「……で、何かご用かしら?」

末妹「あの……先生は、この町のご出身で母校の代用教員からお仕事を始めて」

末妹「隣の市の教員養成学校で集中講義や資格試験を何度も受けて……正規教員になった、と仰っていましたよね?」

女教師「ええ、当時は家庭の事情で長く実家を離れることができなかったので……」

女教師「……楽な道ではないわよ、養成学校に正式に入学し勉強に専念するのと、少なくとも同じくらい大変でしょう」

女教師「尤も、あなたは安易であることを理由に進路を選ぶような子ではないわね」

末妹「」

末妹「どうしてわかったんですか、先生!?」

女教師「おやおや、末妹さんには天職だなあ、とずっと前から思っていたのよ?」

女教師「友3さんにやる気を出させるのなんて、本職より上手なくらいですもの」フフッ

末妹「先生……」

女教師「さて、来年の卒業後の進路相談……で良いのかしら?」

末妹「は、はい、そうです……まだ父には話をしていませんが……」

女教師「それじゃ、取り敢えずはもう少し詳しく話を聞かせてね……相談室にいらっしゃい」

女教師「目標に向かって、これからどのような方法が本当にあなたに向いているのか一緒に考える、今日はその第一歩よ」

末妹「はい、よろしくお願いします!!」

…………

……………………
209 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/04(土) 22:53:46.63 ID:k1TrdIsi0
……………………

…………

次兄「父さん……兄さんもいるんだ、それではこの際だから一緒に聞いてもらっちゃいましょう」

次兄「何の話かって? 俺の将来に関する大事な大事な話です!!」バァーンッ

〜〜〜〜〜〜

次兄「えっ知ってた? えっ二人とも? えっお酒飲んだ夜? えっ?? えっ????」

……………………

次兄「なぁ末妹、俺は生涯お酒を飲まないと固く固く心に決めた……」ガックシ

末妹「それで、お父さんのお返事はどうだったの!?」

次兄「ああ、それはね……」

……………………

幼馴染男「やあ、次兄くんじゃないか」

次兄「ふへへ、こんにちはぁ……お義兄(にい)さん予定の幼馴染男さん」

長姉「っちょ、なんで次兄が料理教室にいるのよ!?」

次兄「賄い付きの下宿を探すとはいえ、これを機に料理の基礎だけでも覚えておくといいって、父さんが……」

次兄「俺の場合は食べたらアウトになる食材もあるから、それならなおさら自分で作れる方が、とも言ってた」

次兄「あと兄さんは『外に出て人間と関わる事にも慣れるべき』って」

長姉「…………お父さん達の意向なら仕方ないけど、私に恥かかせるような真似だけはしないでね!? く・れ・ぐ・れ・も!!」

幼馴染男「まあまあ……講師の先生も君の弟なら大歓迎さ」ノホホン

受講生1「……また新しく若い男性が入って来ると聞いたけど、アレの事?」

受講生2「ガキんちょじゃない、しかも将来性も乏しいわぁ(あくまで容姿の面で)」

…………

……………………

そのころ、野獣の屋敷……

……………………
210 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/04(土) 22:54:14.80 ID:k1TrdIsi0

※今回はここまで。次回は久しぶりに屋敷サイドを。あと女教師は既婚者※

>>205 あらやだ
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 01:38:40.49 ID:vshSBc8dO

野獣成分が足りないわぁ(次兄並感)
次兄の良さを分かってくれる淑女がいつか現れたらいいな
212 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:01:54.37 ID:6a3lF7RW0
…………

ある朝。

メイド「おはようございます、お庭が真っ白!! 雪ですよ、執事様!」

執事「おはよう。最近ちらつく程度にはあったが、ここまで降ったのは初めてだな」

執事「このまま根雪になるかもしれん」

庭師「通りで冷えると思ったよ、植物たちの冬囲いが終了していてよかった……おはようございまーす」

執事&メイド「「おはよう」」

メイド「そうだ、今日は金曜日ですよね!?」

メイド「今夜はお庭に銀板鏡を持って行って、末妹様達に雪を見ていただくのはいかがでしょう!?」

庭師「えー、この寒いのに外でお話しするのぉ?」

執事「そうだな、窓辺に鏡を持って行くのはどうだろう?」

執事「カーテンを開ければガラス越しに雪が見えるはず」

ドア:カチャ

料理長「メイドちゃん、厨房を手伝ってくれないかね」ノソリ

メイド「はぁい、今行きます!」ピョン

庭師「僕も……寒いけど、バラ達の様子を見て来ようっと」ヒタヒタ

執事「さて、わたくしも師匠様と菫花様がお目覚めになる前にもう一仕事しようか」カチャカチャ

…………

夢の世界。

(野獣「屋敷の庭に雪が積もったか」)

(王子「庭師君と僕の作業が済んだ後でよかったけど……バラ達はあれで本当に冬を越せるのかな……」フアンゲ)

(野獣「もう『魔法の』バラではないからな……」)

(師匠「ふむ」)
213 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:03:17.57 ID:6a3lF7RW0
(師匠「昔、魔術師ギルドの花壇に誰も植えた覚えのないバラがあってな」)

(師匠「誰か出入りの者が鉢植えを持て余したかして、人目を忍んでこっそり植え替えて立ち去ったのだろうが」)

(野獣(花泥棒の逆は何と呼ぶのだろうか?))

(師匠「もちろんそんな状態だったから、皆、花壇の世話の際に水をやるくらいはしていたが基本ほったらかしで」)

(師匠「毎年、春先に雪の中からボロボロの茎だけの状態で表れるのに、時季にはしっかり花が咲いていた」)

(師匠「それよりは間違いなく屋敷のバラは手をかけられているのだ、心配するな」)

(王子「……丈夫な種類は本当に丈夫ですからね、でもうちのバラには本来は繊細な種類もあるのです」)

(野獣「それにうちのバラは末妹が楽しみにしているバラですよ、ただ咲けば良いのではなく『美しく』咲かせなくては」)

(師匠「わかったわかった、デリカシーに欠ける発言をして悪かった」)

(師匠「それはそれとしてな、菫花。お前と儂はしばらくこの屋敷を留守にするのだから、心配しても仕方ないのも事実だぞ」)

(師匠「庭師を信用して任せるがいい、野獣だって助言できるのだからな」)

(野獣「そう言えば明日からでしたか、紹介していただいた騾馬の牧場を訪ね歩く旅行は」)

(野獣「……しかし森を出るまで瞬間移動ならば、全部瞬間移動にしてしまえばすぐ済むのでは?」)

(師匠「お前はわかっとらん」)

(師匠「敢えて魔法は使わず普通の人間として旅をすることに意義があるのだ、菫花にとってはな」)

(師匠「この時代で人々がどんな暮らしをし、そして200年以上の間にどれほど人の世が変わったか肉眼で見て手で触れ」)

(師匠「あの兄妹以外の人間と出会うことで得るものも大きいだろう」)

(王子「……君の分まで外の世界を見て来るよ、野獣」)

(王子「僕が一生かかって見る世界の、今回はその第一歩に過ぎないけど」ニコ)

(野獣「……もう、恐れはないのか?」)

(王子「うん、末妹さんと次兄君が勇気をくれたし」)

(王子「……まあ、何よりも師匠が一緒ですから、ね?」)

(師匠「…………」ニヤリ)

(野獣「 」)
214 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/05(日) 22:04:15.56 ID:6a3lF7RW0
(野獣(企んでいる、絶対何か企んでいる……)ドキドキ)

(王子「どうしたの、野獣?」)

(野獣「い、いや……頑張れよ、何事にも負けるではないぞ?」ポン)

(王子「あ、ありがとう??」??)

(王子「……僕はそろそろ『目覚め』ますね、庭師君がバラ園の様子を見に行ったので、話を聞かないと」)

(師匠「ああ、また朝食の時にな」)

(野獣「また夜に会おう……」)

(野獣「……」)

(野獣「……鍛えるためとか言って、旅先であまり菫花を苛めないでやってくださいよ?」)

(師匠「うん? 何の事かなぁ?」ムフフ)

(野獣「……」フゥ)

(野獣「……少なくとも月末までは戻らないんでしたっけ」)

(師匠「ああ」)

(野獣「師匠達がいないと、使用人達には屋敷を守る以上の仕事がなくなりますね」)

(師匠「うむ、そう思って騾馬小屋の内装の仕事を頼んだ」)

(師匠「器……外観だけは出来上がっているが、今はまだ何もないただの小屋」)

(師匠「必要な材料は調達済みだが、何枚も図面を描いて、この通りに作ってほしいと」)

(野獣「それは……いくら一頭分の小さな飼育小屋とはいえ、あの者たちには荷が重い作業ではありませんか?」)

(師匠「執事は優秀だ、皆も働き者だ」)

(師匠「それに、困った時はお前が助けてやれる」)

(師匠「だいたい我々が旅から帰るまでに完成していなかったとて、彼らを責め立てるつもりは毛頭ない」)

(野獣「……優しいですね、師匠」)

(師匠「ん? 儂が厳しく当たるのはお前と菫花くらいだぞ?」)

(野獣「いや、執事達を叱らないという話ではなく、皆が寂しくならないように仕事を与えてくださったのでしょう?」)
 
215 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/05(日) 22:04:56.07 ID:6a3lF7RW0

※ごめん、めっちゃ半端だけど眠い。もう少し屋敷サイド続く……※
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/06(月) 01:16:39.08 ID:6J8iONPpO
おやすみ
師匠が楽しそうで何より
217 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:07:20.96 ID:boZV8Xhq0
(師匠「本来はお前に尽くすことが、今はお前の意思に従って、菫花や儂のため目に見える仕事をすることが」)

(師匠「あの者たちの存在意義だからな」)

(野獣「本当に……師匠には感謝しています、私の使用人達を受け入れ、仕事を与え、守ってくださる」)

(師匠「儂が動物嫌いじゃなくてよかったな?」)

(野獣「全くです」)

(師匠「……お前達に、この屋敷に関与することができず、鏡で見守るしかできなかった頃」)

(師匠「獣の使用人達も、あの兄妹も、実に健気にお前の事を想い続け再会の日を楽しみにしていた」)

(師匠「……彼ら彼女らの存在を知らずにいたままならば、お前や菫花との儂の関わり方も、もしかしたら違ったかもしれん」)

(野獣「師匠」)

(師匠「もしもの話を始めたら果てしが無いわな。重要なのは未来と……現在だ」)

(師匠「さしあたって儂は現在、腹が減ったので目覚める」)

(師匠「で……今日は金曜日だな、末妹や次兄に伝言があれば承るぞ?」)

(野獣「二人も家族も息災ならば言う事はありませんが」)

(野獣「……師匠と菫花の旅の無事を二人にも祈っていてほしいと、それくらいでしょうか」)

(師匠「わはは、わかった、伝えておこう」)

(師匠「では、また今夜に、な」)

(野獣「は、はい。お疲れ様でした……」)

(野獣「……」)

(野獣「師匠と菫花のこの世界での旅……どんなものになるのか、不安要素がないでもないが」)

(野獣(今回の不安とは主に身内にあるわけで))

(野獣「それでも楽しみの方が大きい……菫花よ、私の分まで世界を見て来ると言ったな」)

(野獣「旅から帰った時、お前の目に映ったものを余すことなく私に教えておくれ……」)

……
218 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:08:02.28 ID:boZV8Xhq0
その夜……

末妹「まあ、師匠様と菫花さんが?」

鏡越しのメイド『ええ、あっちこっちの騾馬さんの牧場を巡る旅行ですよ!』

鏡越しの王子『君達ふたりのおかげで、前向きな気持ちで旅立てます』

末妹「きっと素敵な旅になりますよ、それに師匠様がいらっしゃれば怖いものなしですね!」

末妹「野獣様も楽しみにしていらっしゃるでしょうね……」

王子『ええ、野獣も頑張れと応援してくれたし、彼にも良い報告ができる旅にしますよ』

鏡越しの師匠『……』ニヤァ

次兄(……今、執事さんの斜め背後にいたおっさんの口角がイヤな感じで持ち上がったような……?)

鏡越しの執事『おふたりが不在の間に、我々は馬小屋の内装作業を仰せつかりました』

鏡越しの庭師『へへ、お屋敷から渡り廊下でつながっているんですよ!!』

鏡越しの料理長『快適な場所になるよう、わしらも頑張ります』

王子『僕も今から完成が楽しみです』

次兄「……しかし、飼うとしたら若い騾馬でしょ? 執事さんを怖がらないかな」

執事『鏡越しにわたくしを見つめたまま普通に会話に参加されるのはいかがなものでしょう』

王子『執事さんの使い古しの手袋と、換毛期に出た抜け毛を少し、瓶に密封して持って行きます』

次兄「」ピク

王子『道中、執事さんの匂いに慣れさせておけば、家に来てから少しでも早く馴染んでくれるのではと……』

次兄「……その瓶詰め、旅行から戻ったら俺に譲っ、いや売ってくれません!?」

鏡越しの師匠『はいはいそろそろ時間切れだ、君達も儂とこいつの旅の無事を祈っていてくれ』
219 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/09(木) 23:09:11.47 ID:boZV8Xhq0
末妹「はい、お元気で……頑張ってくださいね菫花さん」

王子『ありがとう、今度は来月の第一金曜日にお会いしましょう』

メイド『また来週、末妹様ぁ』フリフリ

末妹「メイドちゃん、皆さんも……小屋造り頑張ってね、野獣様によろしく」

次兄「あのー、執事さんの瓶詰めはぁぁぁ」

鏡『ジカンギレデース』フッ

次兄「そんな殺生なぁぁぁぁぁ」

次兄「……くっ、今後も粘り強い交渉が必要だな……まだ諦めてはいけない」ブツブツ

末妹「……本当に、良い旅になりますように……野獣様のためにも……」

末妹「……あちこちって、この国のいろんな地方だっけ」

末妹「うちの馬が生まれたお父さんのお友達の牧場、確か騾馬も育てていたはず……」

末妹「旅の途中で、師匠様がまたうちの店にふらりと紅茶を買いに来たりとか?」

末妹「……なんて、そんなことないか」フフッ

……

師匠「さぁて、路程を確認するぞ菫花」ガサガサ

王子「はい、あれ……地図上のこの印、南の港町の郊外に?」

師匠「おお、ここの牧場も立ち寄るぞ、宿も儂の知っている宿に決めてある」

師匠「ついでに商人の店で買い物もしような」

王子「いいですね、商人さんのお店はいい品揃えだと思っていたんですよ」

師匠「……一人でお使いできるかなぁ?」ククク

王子「え? 何か言いました?」

…………
220 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/09(木) 23:09:52.08 ID:boZV8Xhq0

※今夜はここまで。こんどの週末はちょっと多忙なので更新ないと思ってください……※
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/10(金) 00:44:30.39 ID:2nMnQtNKO

誰にも内緒で(王子にすら)お出かけなんです?
222 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:48:36.38 ID:BspspYZr0
少し時間を遡って数日前、野獣と師匠……

(師匠「お前、魔法を学びに来る時の色眼鏡とか平民らしい服とか……どうやって手に入れた?」)

(野獣「ああ、それは……まず、園丁の作業小屋にお金と欲しい物を書いた手紙を置きます。夜中にこっそりと」)

(師匠「ふむ」)

(野獣「数日くらい後、私が寝床に就く頃、掃除婦が私の部屋を5回ノックしたなら合図です」)

(野獣「園丁の作業小屋に届いている注文の品物を取りに行くのです。夜中にこっそりと」)

(師匠「ちょっと待て」)

(野獣「何か?」)

(師匠「王や王妃が用意した物以外の……」)

(師匠「お前の個人的な所有物は、何もかもその方法で手に入れたのか?」)

(野獣「その園丁はお金さえ払えば両親には秘密に頼まれた通りをこなしてくれる人物でしたから」)

(師匠「品物の代金、園丁自身の手数料、協力する掃除婦……だけではないな、実際に店に向かう者達の交通費と手数料……」)

(師匠「例えばお前がギルドに来る時にいつもかぶっていた帽子、あれにはいくら使った?」)

(師匠「帽子の代金とその他の経費全て込みで」)

(野獣「えーと……あの時は確か、金貨で……●●枚ほど」)

(師匠「…………釣り銭は受け取ったか?」)

(野獣「お釣りをもらったことはありませんが?」)

(野獣「余ったら全て園丁のものにしてくれと、あ、もちろん不足分は間違いなく請求してくれともちゃんと伝えています」)

(野獣「不足があったとは一度も彼は言いませんでしたが」)

(師匠「世間知らずにも程があるわ!!」)

(野獣「」)
 
223 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:50:22.50 ID:BspspYZr0
(師匠「あの安物のペラッペラの帽子のために……金貨●●枚……」トホホ)

(師匠「……しかし、それから一人で外出するようになって理解しただろう? 世の中の、相場というものを」)

(野獣「……個人的な外出は魔法を習いに行く時だけでしたが」)

(師匠「寄り道もせず、城と魔術師ギルドを往復するだけだったのか?」)

(野獣「余計なことをして身分が知られても困りますし」)

(師匠「それはそうだが……」)

(野獣「あ、そう言えば園丁の小屋に取りに行く以外の買い物をした事ならありますよ?」)

(野獣「配達先をこの屋敷……当時の父王の別荘にしてもらったことはあります。バラ園のための肥料」)

(師匠「同じことだバカタレ、と230年前の貴様を今さら叱りつけたとて……」)

(師匠「…………」)

(師匠「今度の旅行で、儂はあいつに社会経験を積ませるつもりだが……」)

(師匠「……………………」)

(師匠(よし、決めた!!))

…………

……………………

旅先の師匠と王子……南の港町のとあるカフェにて

王子「え? 宿に入る前に買い物ですか?」

師匠「おう、主人と従業員二人だけで切り盛りしている宿だが、儂が長期滞在した際に何かと親切にしてくれて、な」

師匠「ちょっとした手土産でも渡して、感謝の気持ちを表したい」

王子「そうですか、では師匠にお供しますよ、お店に向かいましょう」
 
224 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/15(水) 22:52:12.83 ID:BspspYZr0
師匠「……話は終わっとらん。ここはぜひ、儂の自慢の息子が選んでくれた品を送りたくてなぁ」

王子「は?」

師匠「予算はこんなものか」チャリンチャリン

師匠「今の時代の貨幣に両替済みだ、商人の店だぞ、このカフェからはほど近い」

王子「商人さんの」

王子「……って、地図はあるんですか!?」

師匠「近いと言っただろう、通行人に聞けばすぐにお前ですらわかる」

王子「そうだ、手鏡に呪文をかけて魔法の鏡に」

師匠「今回の旅で魔法は使わせんと言っただろうが」

師匠「なあに、この町の人間は割と親切だぞ、心配するな」

王子「ぼ、僕のセンスの悪さはご存知でしょう!?」

師匠「店員にお勧めを聞けば良いではないか、予算と目的を伝えれば、いい感じに見繕ってくれる」

王子「いいかんじに」

王子「店員……そうか、末妹さんや次兄君がいるんだ」

王子「それなら安心です、気が楽になりました」ホー

師匠「ああ、頑張って行って来い。期待しているぞ?」

師匠「お前が戻るまでここで時間を潰している、カフェオレが美味い、気に入った」

王子「はい、行って来ます」

師匠「…………」

師匠「少女は学校にいる時間、少年はさきほど図書館へ出かけたばかり」

師匠「鏡の魔法でこっそり確認済み」

師匠「さて、誰が出るかな……」ククク
225 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/15(水) 22:52:41.27 ID:BspspYZr0

※今回はここまで。次回、王子に最大の試練が訪れる(のか?)※
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/16(木) 00:56:07.10 ID:VxWS7ViaO
はじめてのおつかい!
店番があの人だったら、王子どうなってしまうのん(ワクワク
227 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:02:21.76 ID:HClA/mqo0
師匠「……そう言えば『あの恰好』そのままで行かせてしまったが」

師匠「一人で行動中の姿が『アレ』では不審がられるかもしれん、ま、それも勉強の一環だわな」

師匠「世の中には様々な人間がいると改めて体で学ばせ、そして自分の頭でモノを考えて行動させなくては」

師匠「ああ給仕さん、カフェオレおかわり」

……

王子「……」ウロウロ

王子「あそこにいる男の人に道を聞いてみよう」

王子「あ、あの、すみません……」

中年男性「」ビクッ

中年男性(な、何者だ? 確かに今日は少し寒いがマフラーで口どころか鼻まで完全に覆って)

中年男性(帽子は目深に被って、どころか目元までほぼ隠れているぞ、人相がわからん)

中年男性(怪しい、ま、まさか辻強盗ではあるまいな!?)

中年男性「い、急いでいるので、じゃっ!!」ソソクササササササ

王子「あ、待っ……」

王子「……行ってしまった」

王子「もしかしたら、この恰好がまずかったかな?」

王子「……屋敷を出て、森を抜け、最初の町に着いたらやたらと女性がこっちを見てきたりじわじわ近付いて来たり」

王子「初めは『僕と師匠を』見ているのかなと思って口にしたら」

王子「師匠に馬鹿にされたっけ、『お前しか見とらんわ』って……」

王子「数日間の滞在中、だんだん町の女性達がやたらと親しげに話しかけて来るようになって」

王子「町の男性達は逆になんとなく冷たくなって」

王子「……考えた末、次の町では顔を隠すようにしたら、ぱたりと収まった」
 
228 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:04:39.96 ID:HClA/mqo0
王子「……」

王子「なんというか、女性が230年前に比べたら積極的と言うか」

王子「尤も、昔の僕の立場とか、あの時代の小国の庶民はみんな困窮していたのもあるし」

王子「とりあえず今の自分の気持ちだけで言うと」

王子「率直に、怖い」

王子「…………慣れれば平気になるのかなあ」フゥ

王子「しかし今の僕には優先すべき目的がある」

王子「こんどはあっちの若い男性に尋ねてみよう」トトト

王子「……あの、すみません、(こんな格好ですが)怪しい物ではありません」

幼馴染男「え、僕ですか?」

王子(よかった、警戒している様子はない)

王子「えーと、実は……商人さんのお店に行きたいのですが……」

幼馴染男「ああ、それでしたら……この道をこう行って、緑の屋根の三階建の家の角を左に曲がって……」

王子(わかりやすくて丁寧だ、ありがたいなあ)

幼馴染男「……本来ならご一緒して道案内差し上げたい所ですが」

幼馴染男「これから仕事の関係で、港まで人を出迎える用事があるので、申し訳ありません」

王子「いいえ、非常にわかりやすく教えていただき、これなら辿り着けそうです」

王子「お忙しいところ引きとめて申し訳ありませんでした、ありがとうございます」

幼馴染男「お役に立てたなら光栄ですよ、では」ニコ

王子「……いい青年だな、僕と同い歳くらいに見えたけど……」

王子「さて、方向はこっちだったな。緑の屋根緑の屋根……」

……
229 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:06:14.16 ID:HClA/mqo0
商人の店

次姉「無理して手伝ってくれなくてもよかったのに、私一人で充分よ」

長姉「だって……料理教室がない日、お父さんと兄さんは取り引き先へお出かけ」

長姉「末妹は学校、次兄には図書館へ逃げられた」

長姉「……天文学者先生ご夫婦が旅から戻られて、今日は西の島国から来る研究者さんをお迎えするからって」

長姉「幼馴染男も忙しい」

長姉「暇しているくらいならあんたと二人で店番している方がずーーーっと有意義だわ」

次姉「有意義、ね」

次姉「姉さんからそんな言葉が出てくるなんて、でも素直に嬉しいわ、ありがとう」フフ

呼び鈴:チリリン…

長姉「お客様ね」

次姉「いらっしゃいませ」

王子「」

長姉「」

次姉「……(顔が見えない)」

長姉「ちょ、次姉、お客様とは言えなんなのこの怪しいの!?」ヒソヒソ

次姉「しっ、様子を見て、話が通じそうな相手ならやんわり注意してみる」ヒソヒソ

次姉「とりあえず姉さんは私より後ろにいて?」ヒソヒソ

長姉「乙女だけの店番の日に限って、なんでこんなのが来るのよ……」ボソボソ
 
230 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/19(日) 01:07:52.53 ID:HClA/mqo0
王子「…………」

王子(どうしよう……野獣として鏡越しに初めて見た時から)

王子(このお二人はなんか苦手だ)

王子(次兄君と末妹さんのお姉さんだし、最初の頃よりずっとあの子達への態度が柔らかくなったとは言え)

王子(実際にお会いしてわかった、自分でも認めざるを得ない)

王子(単純に僕自身、こういうタイプが怖いのだと……)

次姉(……なんなの、突っ立ったまんま動かないし一言も発しない)

次姉(だからと言って、敵意は全く感じないのだけど、それどころか)

次姉(なんだか……私の暴力を必要以上に恐れている時の次兄のような空気を纏っている……?)

次姉(あと……おそらく男性? で、身長は私と同じくらいだけど、まるで鍛えてはいない、明らかに鍛えた試しはない、と見た)

次姉(よし、変だけど少なくとも危険なお客様ではないと確信したわ!)

次姉「お客様、どのような品をお探しでしょう?」ニコリ

王子「」ビクッ

王子「えええええ、ええと、師しょ、いえ、父からですね、つつつつつ、使いを頼まれまして」カタカタカタカタ

長姉「……何これ?」

次姉「姉さん、声もっと潜めて」ヒソヒソ

次姉(……どうしよう、うちの店はそんなに格式高いつもりはないけれど、やはり顔が全く見えないお客様と言うのは……)

次姉(何か気の毒な深い事情があるのかもしれないから、無理強いはしないけれど)

次姉(一度だけ、注意を促してみようかしら?)
 
231 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/19(日) 01:08:22.59 ID:HClA/mqo0

※今回ここまで。王子の受難(?)は現在進行形※
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/19(日) 01:50:53.54 ID:utIjduf2O

幼馴染男とかいう誰とでも仲良くなれそうな聖人
233 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:26:35.93 ID:WjQSXcpS0
次姉「あのうお客様、失礼は承知で申し上げますが……」

次姉「店内では……そのマフラーは少々……暑苦しくはありませんでしょうか??」

王子「」ビクッ

王子(そ、そうだよな、こんな異様な風体の客を相手にするのは、しかも女性店員だけで)

王子(ちゃんとここで買い物をしなくては師匠のお使いにならないんだ、ここは……)グッ

次姉「あ、お客様がお困りでなければ」

スルスルスルスル……パサリ

王子「……仰る通りです、こちらこそ失礼致しました」

長姉「ちょ」

長姉「ちょちょちょちょっと、なんなのなんなの、このあり得ないほどの美形!?」ペチペチペチペチ

次姉「姉さん私の背中を連打しない」

次姉「お客様、気になる品物がありましたら、どうぞお手に取ってじっくりご覧くださいませ」エイギョウスマイル

王子「……は、はい」

長姉「あんたなんでそんな冷静でいられるのよ!?」ヒソヒソ

次姉「姉さんこそ何はしゃいでいるのよ、そもそも婚約中の身で」ヒソヒソ

長姉「目の保養よ、目の保養!! 恋愛感情とかテーソーカンネンなんかとは別のもの!!」ヒソヒソ

次姉「調子いいんだから、全く……」ハァ

次姉(……目の保養って言葉で思い出した)

次姉(このお客様、元王子様の菫花さんて人の、末妹が話していた容姿そのまんまな気がするけれど……?)

次姉(……元王子、元とは言え王族……)

王子「……」
 
234 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:28:08.29 ID:WjQSXcpS0
王子(どうしよう、お手に取ってとか言ってくれたけど、そもそもどういう系統の物を買えば良いのかすら……)コンワク

次姉(……普通は若くても威厳とか貫禄とかを、もっと醸し出しているのでは??)

次姉(やっぱり違うのかしらねぇ)

長姉「ちょっとっ、次姉だって見惚れているじゃない!!」ヒソヒソ

次姉「って姉さん、そんなんじゃないわよ」ヒソヒソ

次姉「このお客様、末妹と次兄の友達って人じゃないかしら、って思っていたところ」ヒソヒソ

長姉「!?」

長姉「……た、確かに言われてみれば……」ヒソヒソ

長姉「背丈、体格、髪の色、ひとみの色、肌の白さ、見た目年齢……」ボソボソ

長姉「よーし、ここは長女の役目として可愛い弟妹のお友達を」ズイ

次姉「待って」グワッシィ

長姉「あう」

次姉「まだそうと決まったわけじゃないし、こうやって店に来たからにはお客様よ」グググ

次姉「私の勘ではこの人ちょっとめんどくさいタイプと見た、だから好奇心に任せた余分な行動は慎んで、ね?」ググググググ

長姉「わ、わかったわかった、だから両肩に食い込む指をちょっと緩めて……」

長姉「……あっ、でも、ちょっとツボに入っていい感じかも……」

次姉「確かに肩張っているのね、ついでだからちょっとだけマッサージしたげる」ワッシワッシ

長姉「はうう〜」

次姉(やっぱり胸が重いせいかしら)

長姉「……ありがと、なんかおかげで気持ちも落ち着いたわ」ホゥ

次姉「たった5秒のマッサージに思わぬ効果が」

王子(……どうしよう、何を買おう、やはり相談したほうが良いのだろうか……うむむむ……)チギシュンジュン

……
 
235 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/20(月) 00:29:35.14 ID:WjQSXcpS0
再びとあるカフェ……

手鏡「……イカガデス?」

師匠「ふむ、次女はともかく、長女が店にいるとは読めなかったのう」

師匠「とは言うものの、菫花が世間に出れば顔で難儀するのはわかっておった」

師匠「女性をほどほどにあしらう技も少しは身につけねば」

師匠「それ以前に、気の強そうな女性はあいつの母親を思い出させて苦手かも知れんが……」

師匠「『気の強い女』で一括りにして逃げ回っていても進歩はないからな」

師匠「馬は乗ってみなければわからんのと同じ、人も接してみなければわからん」

師匠「……まあ、なんにせよ儂は楽しいぞ」グフフ

手鏡「ダンナモワルデスナァ」

師匠「どれ、ちょっと別の場所を」

師匠「……お、だれか住居側の玄関に帰って来たようだな?」

鏡越しの家政婦『……様、お帰りなさいませ……』

……

商人の店……

次姉「……迷っておられるようですねお客様、よろしければ用途を教えていただけますか?」

王子「よ、よーと……?」

次姉「ご自宅でお使いになりますか、ご贈答用ですか?」

王子「あ……」

(師匠「店員にお勧めを聞けば良いではないか、予算と目的を伝えれば、いい感じに見繕ってくれる」)

王子(よし、ここは意を決して……!)キリッ
 
236 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/20(月) 00:30:32.98 ID:WjQSXcpS0

※ここまで。お買いもの編、引っ張りすぎてすみません……※

>>232
長姉を子供のころから好きであり続ける男子……と思ったら、おおらかでやや天然系しか思い付かなかった
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 02:21:32.66 ID:pHFOF6TIO
師匠の楽しい気持ちが解り過ぎて困る
なんだかんだで仲良い長姉と次姉にもホッコリ
238 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:36:33.74 ID:MoorvJR70
…………

家政婦「末妹様、お帰りなさいませ……と、次兄様もお帰りなさいませ」

次兄「ただいま」ニョン

末妹「帰り道でぐうぜん出会って、一緒に帰って来たの」

次兄「さて、俺は早いとこ店に出ねば」

次兄「末妹から聞くまで、兄さんが今日は家にいる日だと思ってたよ」

末妹「お父さん、今朝は冷え込んだせいか腰が痛いって話していたから……心配で一緒に行ったの」

次兄「マジで知らなかったんだよ」

次兄「姉さん達は俺が図書館に逃げて長姉ねえさんに店番を押し付けたと思っているだろうなあ」

次兄「今頃、俺の悪口大会で盛り上がっていると思うと」ガクブル

末妹「考え過ぎよお兄ちゃん、ありのまま話せばふたりとも怒ったりしないわ」

次兄「……末妹を疑うわけじゃないけれど、俺への信用なさはお前の想像を超えている……ん」

次兄「家政婦さん、そこの……籠に盛ったほんのり甘い香りの物体は?」

家政婦「あ、これはご休憩の際にお二人に召し上がっていただこうと用意した焼きメレンゲです」

家政婦「と言ってもお客様の訪れる合間に不定期なお休みしか取れませんから」

家政婦「口に長く残らず軽くつまめるお菓子を、と……」

次兄(……ひらめいた!)ピコーン

次兄(いかにも女子ウケの良いアイテムを携えて登場すれば、どさくさに紛れつつご機嫌取りができるに違いない!!)

次兄「家政婦さん! それ運ばせてください、俺どうせこれから店に出るんだし!!」

末妹「お兄ちゃん?」

…………
239 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:38:27.40 ID:MoorvJR70
次姉「ご自宅でお使いになりますか、ご贈答用ですか?」

王子「あ……」

王子「…………あ、あの……お世話になった方への、お

住居と店舗を繋ぐドア:バーン!!

次兄「美しく働き者の素晴らしいお姉様がた、小休止にしませんこと!?」

末妹「待ってったら、今はお店にお客様が」

次姉「」

長姉「  」

王子「        」

末妹「……!?」

次兄「                    っうぇ??」

次姉「……お客様がいるのに何やってんのよあんたは!?」

末妹「ご、ごめんなさい!!」

次姉「末妹じゃなくて」

長姉「何が素晴らしいお姉様だか、逃げたくせに」

末妹「それは誤解で」

次兄「俺の口からちゃんと説明するよ、ささ、まずは座ってお菓子でも」

次姉「だから、お客様がいるのよ!」

王子「ぼ、僕のことならお構いなく、ご家族の問題を優先してください!!」

次姉「お客様は黙っててっ!!」クワッ

王子「 」
240 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:40:52.99 ID:MoorvJR70
次姉「……じゃなかった!! あわわ、失礼しました!? ……ああもう何がなんなのよ!?」

長姉「あんたのせいよ次兄!!」

末妹「あの……菫花……さん……?」

次兄「……あ、立ったまま気絶してる」

次姉「なんですって!?」

長姉「た、確かにさっきの次姉は怖かったけど」

…………

師匠「……どうしたことだこの混沌は」

師匠「とりあえずもう少し見守るか」

…………

末妹「しっかりしてください、しっかりして、菫花さん」

長姉「ってことはやっぱり、この人あんた達の友達の」

次姉「あああ目は開いているのに意識がないわ」オロオロ

長姉「あれ、元凶(次兄)はどこ行ったの」

次兄「ちょっと皆よけて、これがあれば……」トテテ

毛布:ブワサァ

次姉「ちょ、あんた何を」

スボッ

次姉「お客様!?」

次兄「末妹、完全にくるんであげて」

末妹「う、うん」ゴソゴソ
241 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:42:52.79 ID:MoorvJR70
毛布の塊「……」

末妹「……菫花さん……?」

毛布「…………はい」ボソッ

長姉「喋った」

毛布「……み、皆さんには、みっともない所を……」ボソボソ

次姉「ハッ」

次姉「お、お客様、椅子をお使いください」ズリズリ

末妹「ありがとうお姉ちゃん、ほら菫花さん、このまま座って?」ユウドウ

毛布「……」トン

末妹「……落ち着きました?」

毛布「ええ……お陰様で、ごめんなさい」

次兄「うーん、安定のメレンゲより脆いメンタル」

次姉「誰のせいで……いやそれより」

次姉「お客様、本当に先程は失礼致しました……勢いでつい」

次兄(鬼の形相でした)

毛布「わ、悪いのはこちらです、僕が頓珍漢な事を口走ったばかりに……」

毛布「……そもそも、買い物が目的であっても次兄君と末妹さんのご家族に、最初の挨拶もなしに」

次兄「おっさんは一緒じゃなかったの?」

毛布「僕一人で買い物に行けと……おつかいを頼まれました」

末妹「もしかして、この町の郊外の牧場へ?」

毛布「え、ええ……騾馬の生産もされているとのことで」
242 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:46:43.51 ID:MoorvJR70
毛布「滞在はこの町の宿ですが、以前に師匠が泊まった時にお世話になったとかで」

毛布「ご主人と従業員の方に、手土産を渡したいと、それでおつかいを」

次姉「……先方様について、もう少し詳しく教えていただけますか?」

毛布「あ」

毛布「えーと、確か……北通りに位置する宿で……」

毛布「ご主人は40代半ばの男性、従業員さんは20歳前後の若い女性ひとり、と聞いています」

毛布「あ、あと預かった予算の金額は……」

次姉「……承知いたしました」スッ

次姉「ちょっと手伝って、姉さん」

長姉「私? いいけど」スッ

次姉「末妹と次兄はお客様のそばにいてね」

末妹「は……はい」

次姉「心当たりのある宿屋はあるわ、うちから年一回、宿泊者用の石鹸をまとめて届けている小さな宿よ」

長姉「ん? うちから消耗品を定期的に仕入れている宿は二軒、どっちもそこそこ大きな所じゃなかった?」

次姉「お得意様名簿に載ってはいるけど、正式契約してはしていないの」

次姉「ぶっちゃけた話、消耗品全てをうちから仕入れられるほど儲かっている宿じゃないもの」ヒソヒソ

次姉「それでもご主人のこだわりなのか、せめて石鹸だけでも良い品を使いたいらしく」

次姉「同じ品では微々たる差とは言えうちが一番安く、それ以上に粗悪品が混ざらないって信用もあるから……でしょうね」

次姉「ま、とにかく、予算内でとなると」サッサカ

次姉「姉さんはこっち持ってて」ホイ

長姉「う、うん」
243 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:50:52.76 ID:MoorvJR70
次姉「お客様、こちらの商品はいかがでしょう……っと」

毛布「」

末妹「菫花さん、もう、大丈夫……ですよね?」ソッ

毛布「ハッ」

毛布「す、すみません、いつまでも何やっているのでしょう、僕ときたら本当に……」モゾモゾ

次兄「では御開帳〜」ピラッ

毛布:バサリ

王子「……選んでくださったんですね」

次姉「宿のご主人にはこちらのサスペンダー」

次姉「従業員の女性には姉が手にしておりますこちらのスカーフを」

次姉「いずれも最近入った品ですので、お手持ちと被ることもまずないと思われます」

次姉「お値段は……になりますが、よろしいですか?」

王子「……どちらも素敵に見えます(が、僕のセンスでは正直よくわかりません)」

王子「(でも、選んでくださったのだから)きっと気に入ってくれますね(たぶん)」

次姉「ではこちら、お包み致しますね」

長姉「好みもわからない相手に装飾品?」ヒソヒソ

次姉「これなら価格的には普段使いのレベルよ、無難なデザインだし」

次姉「それにね、年一回の石鹸を届ける日がちょうど先月末でね、私が行ってきたの」

次姉「出迎えてくれたけど、革の擦り切れたサスペンダーと色褪せてほつれかけたスカーフで……そういうこと」

長姉「それを早く言ってよ、あんたったら」

次姉「ふふ、ごめん」
 
244 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/06/26(日) 20:52:22.59 ID:MoorvJR70
王子「…………」ボー

末妹「……菫花さん、のど乾いていませんか? はい、お水」ニコ

王子「は、はい、ありがとう……」ゴクゴク

次兄「うちのスタッフの休憩用でよければ、メレンゲの焼き菓子……お好きなフレーバーをお選びくだされ」ニヘヘ

次兄「あ、この薄茶色いのは胡桃が入っているから駄目(俺のもの)ね」

王子「は、はい……じゃあこのピンク色の、木苺味かな……」サクサク

王子「……甘酸っぱくておいしい」サクサク

王子「……ふう、ありがとう、おかげですっかり落ち着いたよ」

末妹「よかった」ホッ

次姉「お客様、緑のリボンが掛かっているのがサスペンダー、赤いリボンの包装がスカーフです」

師匠「これは丁寧な包装だの、ありがとうお嬢さん」ヌッ

次姉「!?」

末妹「師匠様!?」

次兄「おっさんっ!?」

長姉「いつの間に!?」

王子「し、師匠ぉぉ!?」

師匠「お、すまんすまん、驚かせるつもりはなかったのだが……呼び鈴をもっと派手に鳴らすべきだったかな?」

師匠「儂は、実に地味でおとなしくて物静かで目立たなくて控え目な人柄……とよく言われるのでなあ」ハッハッハ

王子(誰に?? 誰に言われるんですか??)

次姉(物音どころか気配すらしなかったけど……)

次兄(魔法だ、ぜったい魔法使って入って来たんだ)
 
245 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/06/26(日) 20:53:21.53 ID:MoorvJR70

※とりあえずはここまで※
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 01:03:37.56 ID:cxeHZxJkO
毛布ww
王子のヘタレさを嘆くべきか、次姉の恐ろしさに戦くべきか…
247 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/02(土) 00:09:04.72 ID:WpDFpOFz0

※土日更新なしです、ごめんなさい…※

余談:留守番アニマルズの食事は王子による食材購入魔法を師匠の力で遠隔操作して解決
夢で毎晩野獣とお話ししています
いずれ閑話休題的に、獣しかいないお屋敷の様子も本当にちょっとだけ書くつもり…
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 01:05:31.00 ID:hosMemWaO
oh…残念
でもその設定に癒された
249 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/07(木) 20:24:34.11 ID:puF4Wqry0

※お知らせ※
今週入ってから熱出してダウンしていました……回復してきたので近日中に復帰予定です
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/08(金) 05:09:42.38 ID:MrA8hBVkO
なぁに、>>1を病弱な愛されキャラの次兄だと思えば余裕で待てる…のか?
251 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:39:13.22 ID:zMrWG4Rp0
商人の家の中庭……

馬「ぶるる……」

長兄「さてと……今日も馬車を引いてくれてごくろうさん」ポンポン

馬「ひん♪」

商人「長兄もありがとう、馬車の乗り降りに手を貸してくれたおかげで、腰も悪化せずに済んだ」

風:サァッ……

商人「ん、風向きが変わったか」

馬「!?」ピクッ

馬「ひひひんひぶひん、ぶるるひんー(懐かしい匂い、友達ー)!」

長兄「おっ、急にどうした? 落ち着け、どうどう」

商人「何かに怯えたり嫌がったりする時の騒ぎ方ではないが、どうしたんだろうな?」ナデナデ

商人「……落ち着いたか、じゃあ我々も家に入って休もうか」

長兄「うん、末妹も下校している頃だろう、夕食前にみんなで軽くお茶でも」

……

長兄「え、次兄と末妹が帰宅してすぐ店に出て、なのに長姉も次姉も戻って来ないって?」

家政婦「ええ、かなり時間は経っていますが」

商人「うーん、4人で手が離せないほど忙しいのかな……?」

長兄「様子を見てくる」タッ

商人「あ、私も行くよ」

……
252 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:40:00.70 ID:zMrWG4Rp0
……

師匠「さて……お嬢さんがた?」

長姉「わ、私達?」

次姉「そのようね」

師匠「この店を訪れる度、品揃えと接客に気持ち良くさせていただいているが」

次姉「ご贔屓にしてくださって、ありがとうございます……」

師匠「改めて……弟さんと妹さんには、『息子』が非常にお世話になっておりまして、な」

次姉「え、ええ、この子達からその話は」

師匠「だと言うのに、未熟者で世間知らずで小心者で臆病で内向的で卑屈で幼稚なこいつが、こちらで粗相を働いたようで」

末妹「し、師匠様……」オロオロ

王子「」

次兄「ボロクソ」

師匠「保護責任者として心からお詫びを申し上げます……お前も頭を下げい」

王子「は、はい、ごめんなさい!!」

長姉「王子様に頭を下げられるって……複雑」

次姉「そ、そんな、頭を上げてください!!」アワアワ

次兄「お客に頭を下げられるのは商売人の矜持が許さない次姉ねえさんであった」

師匠「その上で図々しいお願いではありますが、どうかこいつが弟さん妹さんの友人でいることを許してほしい」

長姉「許すも何も……ねえ」

次姉「私達こそ……この町でこの店を選んでくださった事、本当に感謝していますのよ?」

次姉「これからもご贔屓にしていただきますよう、お願いしたいのはこちらですわ」

次兄「リピーターのお客は絶対離さない次姉ねえさんでもあった」
253 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:40:35.73 ID:zMrWG4Rp0
師匠「本来ならばお父上にご挨拶をするのが筋でしょうが……お留守のようで」

次姉「申し訳ありません、父は取引先に」

師匠「はは、お忙しいのは繁盛の証拠、結構なことです」

師匠「3〜4日この町には滞在する予定なので、日を改めてお伺いしましょう」

師匠「……時に菫花、支払いは済ませたか?」

王子「!? わ、忘れていましたっ!? こ、これ、代金です!!」チャリンチャリン

師匠「儂に払ってどうする阿呆」

末妹「慌てないで菫花さん、落ち着いて……次姉(あね)はこっちですよ」

王子「……は、はい……」チャリン

次姉「確かにいただきました、ありがとうございます」ニコ

王子「……こ、こちらこそ」

師匠「ふむ、生まれて初めての、店での買い物ができたな?」

末妹「生まれて初めて」

長姉「……さすがは王子様」

王子「は、はい…………」

王子「……その後に何が続くんですか師匠?」

師匠「ん?」

王子「例えば『小さな子供でもやってのける事をお前はどれだけ手間をかけて……』くらいは」

次兄(菫花さんマジ卑屈)

師匠「お前がこちらのお嬢さん達に迷惑をかけたことはもう謝った」

師匠「ちゃんと店は代金を受け取って品物は我々の手にある」
254 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:41:36.14 ID:zMrWG4Rp0
師匠「結果で言えば、お前は儂が頼んだおつかいをやってのけた」

師匠「今回に関してはこれ以上何もないわい」

王子「……そ、そうですか……」ホッ

末妹(よかった……)ホッ

師匠「というわけで、今日のところはこれで」

住居と店舗を繋ぐドア:ガチャ…

長兄「次姉、店で何かあったのか?」

商人「何か困った事になったのかい?」

次姉「兄さん」

末妹「お父さん」

王子「あ」

商人「え」

……

応接室……

家政婦「紅茶のおかわりはご遠慮なくお申し付けくださいませ」

師匠「ありがとう。うむ、きれいな色が出ている、それにこの香り……儂の好きな銘柄だな」

王子「……………………」

商人「…………………………………………」

師匠「クッキーにはオレンジの砂糖漬けが入っているのか、甘酸っぱさと渋みが良いアクセントだ」

……
255 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:42:32.08 ID:zMrWG4Rp0
応接室のドアの鍵穴……

誰かの目:ジー……

長姉「ちょっと、そろそろ代わりなさいよ」ヒソヒソ

次姉「代わり映えしないわ、あの二人は黙ったまま、お師匠様とやらはどこ吹く風」ヒソヒソ

長姉「末妹の『男友達』なんて、お父さんも身構えるだろうけど……」ヒソヒソ

次姉「うーん、あのお父さんの様子は……そういう意味なのかしら……?」ヒソヒソ

……

店舗……

末妹「……」

常連客「……末妹ちゃん?」

末妹「……は、はいっ!?」

常連客「びっくりさせちゃったか、ごめんよ」

末妹「い、いいえ、私がぼーっと考え事していたからです……ごめんなさい」

末妹「……こちらのロウソクですね? ……はい、おつりです」

常連客「疲れているのかい、学校終わればお店も手伝って……家でも勉強してるんだろ?」

常連客「立派だけど、無理はするんじゃないよ? ……じゃ、またね」チリンチリン

末妹「あ、ありがとうございました!!」

長兄「毎度ありがとうございます」

次兄「まいど」

長兄「……末妹、常連客さんも言ってたが、無理しなくていいんだぞ?」

長兄「店だったら俺がいるから心配いらないよ」

次兄「俺も頑張るよ(但し接客は除く)」
256 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/10(日) 23:46:29.27 ID:zMrWG4Rp0
末妹「二人ともありがとう、でも大丈夫、もうボンヤリ考え事なんかしないから」

長兄「……気になるんだろ?」

長兄「お客さん……師匠さんだっけか、父さんに挨拶をしておきたいなんて言って」

長兄「あの二人と父さんが応接間に通されて話をしている所だからな」

次兄(更に言うなら、俺達と交代して休憩に入った姉さん達が……俺の勘では応接室のドアの前で聞き耳立ててる)

末妹「き、気になるなんて、そんな」フルフル

末妹「お父さんも、師匠様も、菫花さんも大人だもの」

末妹「大人のひと同士がどんなお話をしているかなんて、私があれこれ気にしても仕方ない……でしょう?」

次兄(現状での菫花さんは大人として分類してよいものでしょうか、社会的な意味で)

長兄「そうか、ま、お前が大丈夫だと言うのなら……」

長兄「……二世紀前の時代から来た魔法使いと王子様……動物達がお仕えする屋敷の住人、か」

長兄「お前達から話を聞いて、目の前で不思議な出来事を見て、それでも俺にはいまだにピンと来ないが」

長兄「少し変っちゃいるが、少なくとも悪い人ではないし、お前達のことを良く思って親切にしてくれる」

長兄「弟と妹の友達として、兄から文句をつけるような相手ではないよ」

次兄「兄さん」

末妹「お兄さん……」

長兄「……で、物は相談だが、末妹?」

末妹「なあに?」

長兄「お、俺のことも……『お兄ちゃん』って呼んでみてくれてみようとか物は試しでどうかなあ?」

末妹「 」

次兄「なんと」

……
257 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/10(日) 23:47:20.86 ID:zMrWG4Rp0

※長らく休んですみません……今回ここまで。眠い……※
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/11(月) 01:15:50.90 ID:4neKz+FVO

病み上がりだしお大事に
259 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:02:41.43 ID:V7A/ANY60
応接室の3人。

師匠「……家政婦さん? ちょっとこちらへ」

家政婦「はい」サッ

師匠「……鍵穴から…………」ヒソヒソボソボソ

家政婦「……畏まりました」コクリ

家政婦「それでは皆様、ごゆっくりお過ごしください」スッ

家政婦「……私にご用がございましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてください」リン♪

ドア:カチャリ……パタン

師匠「さてと……商人さん、でしたな?」

商人「! は、はい!?」

師匠「次兄君と末妹さん、ふたりとも本当によいお子です、お父上の教育が素晴らしかったのでしょうな?」

師匠「あの子達のおかげで、この不出来な息子もようやく真人間になりつつある……どころか」

師匠「あの子達に、生きていることを許されたとさえ思っております」

商人「そ……」

商人「そんな大それたことは、あの子達はただ……友達の力になりたくて、出来ることを頑張っただけです」

商人「出来ることを、皆さんと……貴方と、使用人の皆さんと……野獣と……何より王子さ……息子さん自身と」

商人「力を合わせて頑張った結果、息子さんが救われたと仰るのなら」

商人「……あの子達の親として、これほど嬉しいことはありません……」

……
260 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:04:31.68 ID:V7A/ANY60
廊下の2人→3人。

家政婦「……私にご用がございましたら、こちらの呼び鈴を鳴らしてください」リン♪

長姉「ちょ、家政婦さんが出て来るわ!」アワアワ

次姉「隠れて、姉さん、こっち!」バタバタ

ドア:カチャリ……パタン

家政婦「……」

観葉植物「…………」

家政婦「……隠れたりなさらなくても、旦那様に言いつけたりしませんよ?」クス

次姉「……ごめんなさい」ゴソゴソ

長姉「……家政婦さんの目はごまかせないって、わかっちゃいたけど」ゴソゴソ

長姉「子供っぽいことしたわ、次姉は私が誘ったの」

次姉「私も乗り気だったもの」

家政婦「これは独り言ですが……師匠様は偉大な魔法使いさんなのでしょう?」

家政婦「私が黙っていても、もしかしたら?」チラ

長姉「 」

次姉「た、確かにそうだわ……」

次姉「やっぱり私達、部屋に引っ込んでいましょう姉さん」

家政婦「大丈夫です、お客様達とどのようなやり取りがあったか、きっと旦那様は貴女達にもお話ししてくださいますよ」ニコ

……
261 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:05:34.76 ID:V7A/ANY60
店舗の3人。

末妹「え……と、長兄おにい……ちゃん……?」

長兄「」

長兄「…………ああああ、ごめん、俺が悪かったああああ」モジモジモジモジ

末妹「お兄……」

微振動:カタ……カタカタ……

次兄「兄さん、185cm83kg(推定)の図体でモジモジされたら割れ物の陳列棚が心配だ」

次兄「ちなみに体重の殆どは骨格と筋肉です」

長兄「……」フゥ

末妹「だ……大丈夫……?」オロオロ

長兄「マジで悪かった、ごめん末妹」

長兄「嫌だとか気持ち悪いとかそういう意味ではないが……やはり呼び慣れていないと違和感が……」

長兄「俺を『お兄ちゃん』呼ばわりしていたのは寄宿学校に進む前の長姉と次姉だけ」

長兄「その二人も寄宿学校に入った翌年に帰省の時に顔を合わせれば既に『兄さん』」

次兄「……そう言えば俺と末妹は兄さんに関してはチビの頃から今の呼び方……だったかな?」

次兄「物心つくかつかぬかで大人に教えられた通りの呼び方が定着し、すぐに年に数回しか会わなくなり」

次兄「そこへ来て姉さん達も『兄さん』になれば自然とそれに倣ったのかもしれん」

長兄「そうなんだ、既に人生においては『兄さん』『お兄さん』呼ばわりの方が長い」

長兄「そもそも……長姉達に『兄さん』と呼ばれるようになった時も」

著啓「ああこいつらも寄宿生活で大人びたのか、くらいの感想しか持たなかった……な」

次兄「じゃあ無理にお兄ちゃん呼ばわりさせることもなかったのに」
 
262 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:06:50.61 ID:V7A/ANY60
長兄「……な、仲間外れは……長姉と次姉もすっかり『お姉ちゃん』呼びが定着して……」

次兄「……」ジー

次兄「……誰かに何か言われたんでしょ?」

長兄「 」

長兄「……この間、町の初等学校で同学年だった連中と……幼馴染男の婚約祝いを口実に酒場で飲んだ」

長兄「で、幼馴染男が帰った後の残った奴らと、話の流れで」

次兄「ちょっと待った、主役が帰ったのにまだ飲んでたの?」

長兄「……酒の付き合いにはそんなしょーもない側面もあるんだよ、次兄」

長兄「話を戻すと、話の流れで幼馴染男の相手の長姉の話からうちの他の弟妹の話題になり……」

次兄「わかった。末妹が兄さんだけに他人行儀……ひいてはあまり好かれていないんじゃないか、とか言う人がいたんだろ?」

長兄「ああ、お前の読み通りだ、全員ではないが2〜3人ほど」

末妹「そんな」

長兄「もちろん俺自身は末妹に好かれていないなんて思っちゃいないぞ」

長兄「ただ……そういうふうに見る人もいるんだな、とはその時に思った」

長兄「親兄弟はわかっていても、他の人から見れば……と」

次兄「だから、とりあえず形だけでも取り繕えないかと浅薄にも考えた」ズバッ

次兄「己の五感より世間体を優先する兄さんらしい」バッサリ

長兄「……うぐぐ……そこまではっきり言わんでも……」ダメージ大

末妹「お兄ちゃん……」

次兄「安心せい末妹、別に俺は兄さんを苛めたいわけではない」

次兄「兄さんとて酒の席での野郎どもの軽口なぞいちいち気に留めるほど細かい男ではありますまい」
 
263 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:07:47.29 ID:V7A/ANY60
次兄「……でも、もしかしたら『それ以外の誰か』にもそのように見られてるかもしれない」

次兄「そんな疑念が湧いて不安になっちゃったんでしょ?」

末妹「それ以外の誰か……?」

次兄「末妹が兄姉達をなんて呼んでいるか日頃から聞いている人ですよ」

末妹「あ」

長兄「う」

次兄「いい? 兄さん」

次兄「あのひとの、洞察力に優れ細やかな心遣いで我々家族を支えてくれる彼女の目は、しょーもない節穴だと思うのか!?」

長兄「ちょっ」

長兄「ちょっと待て!? 『彼女』って!? 『家族を支えてくれる』って!?」

次兄「しらばっくれてもダメ」チッチッ

次兄「ボタンつけの件は、たまたま目撃してしまった俺と末妹の秘密ですが」

長兄「ボタンつけ……」

長兄「……末妹……ほんとに?」

末妹「……二人で庭にいる時、窓から……見えちゃったの……」

長兄「い、いや、そもそも前提がおかしい、ボタンの取れかけをつけてもらうなんて、次兄だってあっただろ?」

次兄「ボタンつけ云々ではなく今の兄さんの様子のおかしさが何よりの証拠」ビシィ

長兄「おかしい……そうか、俺の様子、おかしいのか……」

次兄「ちょろい兄」グフフ

末妹「……お兄ちゃん」
 
264 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/15(金) 00:08:37.29 ID:V7A/ANY60
次兄「ま、今回は家政婦さんの事は置いといて、っと」ゼスチャー

次兄「末妹の『お兄さん』には、愛情と尊敬と信頼が込められている、そうは思わないか兄さん?」

長兄「尊敬……信頼……」

次兄「次姉ねえさんが末妹に『お姉ちゃん』呼びを持ちかけたのにはそれなりに立派な経緯がある」

次兄「今まで冷淡で無関心だった態度を改め、末妹との新しい関係を築こうとする」

次兄「そんな想いが込められた、いわば通過儀礼だったと言えましょう」

次兄「長姉ねえさんの場合は半分くらい便乗ぽいけど、それも置いといて」ゼスチャー

次兄「兄さんと末妹の関係はずっと良好だったじゃないか?」

次兄「末妹とほぼ対等に遊べるし時には逆に諌められる俺とはまた違った関係になるけど」

次兄「兄さんは妹達を……弟も? ……ずっと慈しみ守り続けてきたと俺達は充分承知しているよ」

末妹「そうよ、私だってお兄さんのこと、ずっと頼りにしているし、ずっと大好きよ?」

長兄「大好き」

次兄「ね、兄さん、呼び方なんて兄さんと末妹の間ではどうでもいいじゃない」

次兄「父さんも姉さん達も、それから家政婦さん、遠くで隠遁生活を送るばあや、そして天国のお母さん」

次兄「少なくとも、我が家の皆はわかってくれているはずだよ?」

長兄「次兄……」

長兄「すまん……ありがとう、ありがとう!! 俺もお前達が大好きだぁ!!」ガバッ!!

末妹「きゃ、お兄さん……」クスクス

次兄「脳筋的愛情表現ですなあ」フヘヘ

……
265 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/15(金) 00:09:53.48 ID:V7A/ANY60

※今回ここまで。次回は応接室の顛末です(たぶん)※

>>258 ありがとう
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/15(金) 00:52:48.69 ID:nDRhSK6UO
次兄はたまに洞察力がゴイスー

ところで長兄のガタイが想像以上だった件
267 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/16(土) 08:42:02.29 ID:04HjTBtt0

※次回はたぶん7/18頃に……※

体重は次兄の推測にすぎないのと着痩せするタイプなので見た目さほどガチムチでもないが
実家に戻る前はあらゆる肉体労働関係からスカウトが来たくらいにはいい体です、長兄
268 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/19(火) 00:07:58.16 ID:EIH4rIN30
そして応接室。

商人「……道に迷い、屋敷に導かれた私がバラ一輪を盗むことなく帰宅すれば、あの子達はあなた達と出会うこともなく」

商人「……少なくとも次にバラを誰かが折るまでは、おそらくは野獣も何事もなく……その後もあの屋敷で」

王子「…………」

師匠「そのことは」

師匠「既に、あの子達もそしてこの子も、充分過ぎるほど思いを馳せ、何度も考えました」

商人「ええ、私もわかっているつもりです」

商人「ですから……野獣が私達と同じ世界に暮らせなくなったことを悲しむより、きっかけを作ってしまったことを悔いるより」

商人「いまだ夢を通じて彼の愛するひとびとと繋がっていられることを、素直に良かったと今は思いたい」

商人「と言うか……それを喜ぶあの子達に同意できる自分でありたい」

商人「……ありたいが、その前に」

商人「菫花君、でよかったですか?」

王子「! は、はいっ」

商人「君は、この世界でいま幸せですか?」

王子「はい、幸せです!!」

師匠(即答しおった)

王子「……目が覚めて、この姿だった時」

王子「野獣は僕ではなかった、そして僕が再び存在することで野獣が消えてしまった、と思うと」

王子「混乱して、絶望して、悲しくて、消えてしまいたくて」
 
269 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/19(火) 00:08:55.34 ID:EIH4rIN30
王子「……それでも、使用人の皆さん、次兄君と末妹さん」

王子「野獣を好きだったみんなの為には、暫くは死ぬわけにはいかない」

王子「それがとりあえずの生きる理由になり」

王子「……そして、夢の世界で生きている野獣と、そして僕を追いかけてきてくれた師匠と出会い」

王子「みんなと屋敷で過ごす中で僕の考えも変わり」

王子「今ここにこうしていることは、本当に幸せだと思っています」

王子「……まだまだ知らなければならないことも乗り越えなくてはならないこともいっぱいですし」

王子「僕自身が必要以上の臆病者で、しかも簡単には治らないと思い知らされてはまた落ち込みますが」

王子「それでも、です」

商人「……そうか」

商人「それを聞いて、安心して君に頼むことができる」

王子「何を……でしょう」

商人「君から野獣に、私のさっきの言葉を、想いを伝えてほしい」

王子「……僕でいいのですか……?」

商人「ええ、ぜひ君に」

王子「……はい!」

師匠「ふむ」

…………
270 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/19(火) 00:10:24.68 ID:EIH4rIN30

※短いけどここまで。次回は近いうちに※
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 05:06:33.19 ID:RB6FuxgSO
272 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:20:56.00 ID:VB8G/fvJ0
店舗。

ドア:カチャ……

商人「次兄、末妹」

末妹「お父さん?」

次兄「どしたの?」

商人「お客様達がお帰りになる前にひとことお前達に挨拶したいと……どうぞ」

師匠「やあ、お忙しい所をお邪魔したね、我々はこのへんで失礼するよ」

師匠「今日はこのあと宿でゆっくりして、明日から牧場に行ってみようと思う」

王子「楽しみです、商人さんのお友達の牧場とかで」

末妹「ええ、うちにいるあの子の生まれた牧場です」

末妹「猫さんや犬さんもいるんです、みんな馬さんと仲良しで……素敵な牧場ですよ」

次兄「肉食獣は猫と小型犬と中型犬しかいないのでちょっと俺には物足りないです、まあ行ったことはないんですけど」ボソ

師匠「そんなわけで、この町には2〜3日滞在するので……いずれまた君達に会いに来るよ」

師匠「なんだったら……道も覚えただろう、今度はこいつ一人でな」ポン

王子「え、僕ひとりで?」

師匠「『え』はないだろうが……いい歳して、友達に会いに行くのに保護者同伴がいいのか?」

王子「い、いいえ……ただ……そうか、友達に会いに……」

次兄「菫花さんも友達いなかったから、今までそういう発想なかったんだよねー?」

長兄(『も』か……次兄よ……)シンミリ

師匠「ま、とにかく今日はこれで……土産も早く渡したいしな」

王子「ええ、そうですね師匠……それじゃ」
 
273 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:22:04.27 ID:VB8G/fvJ0
商人「またおいで菫花君、この子達に会いに」ニコ

王子「……ありがとうございます!」

末妹「お父さん……!」

次兄「ほう、なんか父さんと菫花さんの間の雰囲気が変わったかも?」

次兄「……おっさん魔法で何かした?」ポツリ

師匠(そんなわけあるか、突っ込まんがな)

……

宿への道……

師匠「手紙で予約は入れてはいるが、チェックインはあまり遅くならん方がいいだろう」

王子「ええ」

通行人達「アノヒトステキー」「ホントダ、カワイイー」

師匠「……そう言えばお前、顔を隠すのはやめたのか?」

王子「はい」

王子「……面識なのない人や親しい人とは違うタイプの人は怖いです、でもそれは……自分にしか目が向いていないから」

王子「落ち着いて周囲を見渡せば……なんのことはない」

王子「…………のかもしれないと、そう思えるような気がしてきたので」

師匠「ふむ……それなりに実りのある訪問だったか?」

王子「はい、野獣に早く伝えたいことができました」

師匠「そうか、まあ……よかったな」フフ

……
274 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:23:53.44 ID:VB8G/fvJ0
安宿のフロント……

主人「ほ、本当にいいんですか、こんな高級品……」ジー

従業員「ほげぇ、綺麗だしすっごく手触りいいスカーフっす!!」スリスリ

師匠(価格帯的にはあくまでも普段使いの範囲で、『そこそこ良い』程度の品物なのだが)

師匠(新品というのはそれだけで価値があるのかな)

主人「こんなに喜んで……俺がいいもの買ってやれないばかりに」

従業員「何を言うんすかおやっさん!! あたしこそもっと亭主の服装を気遣ってあげなきゃならない立場なのに……」

師匠「ん? 亭主?」

主人「ああ、言ってませんでしたっけ」

主人「仕事中は宿の主人と従業員ですが、実はこれ……うちの女房でして」

従業員「えへへ……もちろん最初は従業員と雇い主として知り合ったから、おやっさん呼びの方が慣れてんすけどぉ」ポッ

師匠「……まあ、歳の差の夫婦も珍しくはないわな」

従業員「ははは、うちの亭主老け顔ですけど、こう見えてもまだ30代入ったばかりなんすよ?」

主人「10歳離れているから、そこそこ年齢差はあるのですがね」

従業員「でも老けているのは顔だけで、脱いだらいいカラダしてんす!! 男はやっぱ筋肉、筋肉ですよ!!」

主人「こ、こら、お客様の前で……すみません、こいつ筋肉に目がなくて」

従業員「だってそう思うでしょ、男は筋肉っすよ、あ、もちろん今となっちゃおやっさん以外の筋肉は目に入りませんよ!?」

師匠「…………道理で、菫花が顔を隠さず宿に入っても特に反応しなかったわけだ」

師匠「この宿では平穏に過ごせそうだな、菫花」

王子「……そのようです」

…………
275 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/22(金) 00:25:57.09 ID:VB8G/fvJ0
その夜のこと……

(末妹「……あら?」)

(末妹「これは夢ね、野獣様の夢に似ているけど……でも、家にいるのに……?」)

(次兄「……あれ?」)

(末妹「お兄ちゃん!?」)

(次兄「よう、なんかお屋敷にいた時の、野獣様の夢みたいな感覚だよな?」)

(末妹「お兄ちゃんもそう思う?」)

(王子「……」)ポカーン

(末妹「菫花さん!?」)

(次兄「いつの間にそんなところに棒立ちで」)

(王子「……どうして、ふたりとも……僕は宿のベッドで休んでいたはず……」)

(師匠「ふむ、これはさすがに予想外」ヌッ)

(次兄「おっさん!?」)

(王子「師匠!」)

(師匠「気が付いたらここにいたのだ、まあいくつかの推測はできるが……その前に」)

(師匠「……そんな所に隠れて様子を窺っていないで、出て来んか?」)

(バラの茂み「……」)

(末妹「え……まさか……」)

(野獣「……私には何が何だかさっぱりで、執事達と話をした後、今夜はもう休むつもりでいたら……」ノソリ)

(末妹「野獣様!?」)

(王子「……ど、どういうこと?」)

(次兄「           」コキーン)

(師匠「……少年、嬉しさが振り切れて固まっておるわ」)

……
276 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/22(金) 00:27:04.11 ID:VB8G/fvJ0

※今夜はここまでです。※
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 04:57:27.57 ID:V6rTZufdO

バラの茂みに隠れる師弟
278 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:45:45.24 ID:BiZYJHSM0
何故か、野獣の夢の世界。

(王子「……つまり、みんな気が付いたらここに、『バラ園』にいた……そういうわけですね?」)

(末妹「お兄ちゃん、動けるようになった?」)

(次兄「おっさんの魔法でなんとか」)

(野獣「師匠と菫花が旅立ってから日は浅いが、それでも森の外に出てから昨日まで何泊かしているはずなのに」)

(野獣「なぜ今夜いきなりこんな事が起きたのだろう」)

(師匠「儂等が旅立ってから、今まではなかった、今日が初めての出来事がひとつだけあるぞ?」)

(王子「……?」)

(師匠「商人の家と我々の宿、距離にして……屋敷のある森に当てはめると、どれくらいだ?」)

(王子「距離……そうですね、僕らが歩いた屋敷から北東の『森の出口』までの……半分にも満たないと思いますが」)

(次兄「ピクニックの時か」)

(師匠「それだけの近距離の範囲内に、儂の魔力に」)

(師匠「野獣を強く想っているこの子達、そして魔力を持つと同時に野獣と表裏一体の菫花」)

(野獣「あ」)

(師匠「これだけの条件が揃って……或いは、更にこの条件に引っ張られて、君の」)

(末妹「私?」)

(師匠「そう、君の持っている野獣の欠片が、またも何やらの作用を起こしたかもわからんが」)

(師匠「最低でも菫花と少女と儂が揃っていなければ起きなかったのだろう」)

(次兄「……俺は?」)

(師匠「そうだな……君は言うなれば末妹嬢の『おまけ』かな?」)

(次兄「むうう」プクー)
 
279 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:46:23.17 ID:BiZYJHSM0
(末妹「お兄ちゃんも野獣様を想う気持ちは私と同じよ?」)

(末妹「今夜のことに私が何か関係していると言うのなら、私とお兄ちゃんと2人の……力? ……だと思う」)

(次兄「フォローありがとう末妹はやはり俺の最初にして最後の味方です」ウルウル)

(野獣「……あながち単なる慰めではないかもしれんぞ?」)

(野獣「次兄の私への思い入れと言うか執着と言うか欲望というか……は常軌を逸しているから」)

(野獣「常軌を逸したお前ならば、魔法云々を飛び越えて今回の事態に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できない」)

(次兄「常軌を逸したって2回も言われました」イマサラ)

(師匠「……可能性か、可能性なら儂もゼロとは言い切れんが」)

(師匠「ま、とにかく、君達兄妹と菫花と儂が狭い範囲に集合しているが故に、野獣の夢の世界が屋敷や森の外に現れた」)

(師匠「今のところ、起こっている事実から分析できる答えはこれしかないかな」ヨッコラセ)

(王子「師匠、どこかへ行かれるのですか?」)

(師匠「うむ、この夢の世界でどれくらい『遠く』まで行けるのか、一度試してみたかったのだ」)

(野獣「相変わらず旺盛な探究心ですねえ」)

(師匠「初冬の夜は長い、と同時に、明けない夜はない。限りある時間を有意義に楽しく過ごそうではないか、お互いな」スタスタ)

(王子「……バラ園の向こうまで行っちゃった」)

(末妹「……限りある時間を……」)

(次兄「有意義に楽しく……有意義に楽しく……よし」キリッ)

(次兄「菫花さん!! 有意義におっさんの後を追い魔法使いとして探究心を満たしていらっしゃい、ほれほれほれ!!」シッシッ)

(王子「えっ? ええ?」オロオロ)

(野獣「こ、こら、体良く追い出そうとするんじゃない!」)

(末妹「お兄ちゃんたら、菫花さんを仲間外れにするなんて!」)

(次兄「あう」)
280 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/25(月) 00:47:06.06 ID:BiZYJHSM0
(王子「ぼ、僕だって野獣に一刻も早く話をしたいことがあるんだ、そう簡単に追い出されないよ!!」)

(次兄「菫花さんが自己主張をしている!? 自我が芽生えたぁ!!」ショッキング)

(野獣「……次兄はどこまで菫花に失礼なのだ」ハァ)

(野獣「一応こいつは私と別人格でありながら同一人物でもあるのだぞ?」)

(末妹「そうよ、それにお兄ちゃんより年上なのに」)

(次兄「……しゅんまへん」ショボン)

(野獣「まあなんだ、この状況は言わば嬉しい摩訶不思議」)

(野獣「また屋敷に遊びに来た時には次兄と二人きりの時間も取ってやるから」)

(野獣「今夜はあり得ない状況を皆で楽しい物にしよう、な?」)

(次兄「……あい」コクリ)

(野獣「しおらしくしておればお前も少しは可愛げなくもないのに」)

(野獣「さて、菫花よ、私に話をしたいこととは何だ?」)

(王子「あ、えっと……」)

(王子「ぼ、僕より先に末妹さんのお話を……」)

(末妹「え、あの……な、何からお話ししましょうか」)

(野獣「なんでも構わんぞ、まとまっていなくても」ニコ)

(末妹「……そうだ」)

(末妹「ええと、私達がお屋敷から家に戻って、お屋敷の出来事を家族に話した時に……父が」)

(末妹「……父が……野獣様といつかゆっくりお話をしたかった、って、それができないのが寂しい、って……」)

(野獣「商人が」)

(野獣「……そうか、私に対して、彼がそう思ってくれるのか……」フフ……)
281 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/25(月) 00:48:02.26 ID:BiZYJHSM0

※このエピソードもうちょっとつづく※
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/25(月) 02:06:42.79 ID:8QlvTxkVO
むきになる王子が微笑ましい
もうすっかり好きなキャラクターの一人だ
283 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:08:03.55 ID:uN9Yd4tz0
(末妹(野獣様、優しい笑顔……))

(王子「それでは……僕は、その『続き』を伝えるよ」)

(末妹「続き?」)

(王子「商人さんは、僕から野獣に伝えて欲しい、と……」)

(王子「同じ世界に暮らせなくなったことを悲しみきっかけを作ってしまったことを悔いるよりも、野獣(きみ)が」)

(王子「……『いまだ夢を通じて彼の愛するひとびとと繋がっていられることを、素直に良かったと今は思いたい』って」)

(王子「続けて、『と言うか……それを喜ぶあの子達に同意できる自分でありたい』とも」)

(末妹「……今日、菫花さん達と父とは、そのことをお話ししていたのですね?」)

(王子「うん」)

(王子「それでね……商人さんは僕に、この世界で幸せか、って」)

(末妹「お父さんが」)

(王子「……230年ぶりに目を覚ました僕は、正直言って自分が幸せだとは思えなかった、それは知っているよね……」)

(王子「でも、野獣を大好きな皆のおかげで、野獣が消えずにいてくれたおかげで、今は幸せだと答えた」)

(王子「そしたら、安心して僕から野獣への伝言を頼める、って……」)

(末妹「お父さん……」)

(野獣「……商人がその心境に至るまでは色々と考えただろう、葛藤もあっただろう」)

(野獣「……私だって……しかし……今はただ彼の言葉が、彼の気持ちが嬉しい、心から嬉しい」)

(野獣「商人の言葉を伝えてくれてありがとう、末妹、菫花」)

(次兄「…………」)
284 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:09:17.30 ID:uN9Yd4tz0
(野獣「どうした、いつになくおとなしいではないか次兄?」)

(次兄「この心温まる場面には俺が口もしくはそれ以外の何かを挟める隙がないので」)

(王子「……でも次兄君、今日は機転を利かせて僕を助けてくれた」)

(王子「そうだ、あの時のお礼を言ってなかったね……ありがとう」)

(次兄「助け ?」)

(末妹「そうよ、お兄ちゃん、菫花さんに毛布を持って来てくれたじゃない」)

(末妹「私なら咄嗟に思い付かなかったわ」)

(王子「お陰で緊張がほぐれて、恐怖心も消えて、正気を取り戻せたんだよ」)

(野獣「ちょ、ちょっと待った、今日はどんな物騒な目に遭ったのだ!?」)

(次兄「……あれは、一番手っ取り早いと思ったから」)

(次兄「姉さん達にも、菫花さんは重度のヘタレで引き籠りで小心者で……とか説明するよりも百聞は一見になんちゃらで」)

(野獣「な、何があったのだ、本当に……」)

(王子「買い物……だよ」)

(野獣「……か……」)

(野獣(師匠が企んでいたのはそれか……))

(野獣「では……最初から話しておくれ」)

……………………

(野獣「……なるほどな……」フゥ)

(野獣(菫花の不安と混乱が、手に取るようにわかってしまう……わかりたくないのに))
285 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:10:46.60 ID:uN9Yd4tz0
(王子「でも、次からは大丈夫」)

(王子「……だと思う」ボソ)

(末妹「ええ、きっと大丈夫です」)

(末妹「菫花さんは、今までだって一つずつできなかった事を乗り越えて来たじゃないですか、だからこれからも」)

(王子「……末妹さんが大丈夫と言ってくれるなら今度も本当に大丈夫な気がする、不思議と、いつもそうだ……」)

(末妹「菫花さんの努力のたまものですよ」ニコ)

(野獣「…………」)

(野獣「ああ有言実行だ、今度からは最初から最後まで一人でうまくやれよ菫花、な!?」バンバン)

(王子「あぅ、君の大きな手で背中叩かないで……」ケホケホ)

(次兄「野獣様の言うとおりー、たかが買い物、男だったらドンと行けー」)

(野獣「さて、今度は……末妹、逆に私から聞きたい話はあるかね?」)

(末妹「あ、あります!」)

(末妹「メイドちゃん達の様子を聞きたいです、元気で過ごしているんですよね?」)

(次兄「俺も執事さんの様子聞きたいでっす!!」)

(野獣「うむ、4匹とも騾馬小屋の内装作業を毎日がんばっているぞ」)

(野獣「しかしな……メイドは、自分にできる仕事があまりないとこぼしていた」)

(末妹「メイドちゃんが」)

(野獣「今夜もな、あいつが言うには、菫花も師匠もきれい好きだから留守の部屋掃除はホコリを払うくらい」)

(野獣「二人が留守だから、料理の手伝いもなし」)
286 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/07/27(水) 00:13:00.14 ID:uN9Yd4tz0
(次兄「言われてみれば執事さん達も食材そのままの方がいいから、料理長さんも4匹だけの時はわざわざ料理をしないよなぁ」)

(野獣「騾馬小屋の内装だって重い板を運んだり、高い所に登って釘を打ったり、なんてあいつには無理」)

(野獣「師匠が用意した材木は執事か料理長しか運べない、庭師は力仕事は無理でも高所の細かい作業を一手に」)

(王子「……でも、人間だってそもそも大工仕事は女の子の仕事ではないよね?」)

(野獣「だがな、メイドにとって今は家の中の仕事は無いに等しい」)

(野獣「師匠も菫花も、滞在する客人も……私も……いない状態では」)

(野獣「掃除も料理も、お茶の時間も必要ないのだから」)

(王子「それもそうだね……」)

(野獣「……あと、私の憶測だがな……単に手持無沙汰が不満なだけではあるまい」)

(野獣「屋敷の主の世話が必要なくとも、留守中に言いつけられた仕事を手分けしてこなしている執事、料理長、庭師」)

(野獣「実質それを見ているしかできないあいつは、きっと寂しさを感じている」)

(野獣「師匠もそこまでは読めなかったかもしれないが」)

(野獣「メイドがそのように思っている状況を望んでもいないだろう」)

(末妹「……寂しがっている……メイドちゃん……」)

(野獣「で、私は考えた」)

(野獣「……こういう時、末妹ならば何か考えついてくれないだろうか、と」)

(末妹「え?」)

(王子「確かに、末妹さんには僕らには思いもよらない思い付きがあるかもしれない!」)

(次兄「確かに、乙女心は乙女こそ理解できるかもしれない、少なくともここにいる男子達(自分含む)に比べたらー!」)

(末妹「メイドちゃんの……できること……?」)
287 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/07/27(水) 00:13:28.56 ID:uN9Yd4tz0

※つづく。読んでくれてありがとうございます。あつはなついね※
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/27(水) 06:12:18.97 ID:tDXugaBEO
289 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:32:28.02 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「……メイドちゃんがうちの家政婦さんに送ったクローバーの押し葉ですけど」)

(末妹「自分で作った押し花のしおりを、お屋敷で読書している時に使っていたらメイドちゃんが興味を持ったので……」)

(末妹「簡単な押し花の作り方を教えてあげたのです」)

(末妹「だから……メイドちゃんが作った押し花を小さな額に入れて」)

(末妹「騾馬小屋とお屋敷をつなぐ渡り廊下に飾ったら素敵じゃないかな……と」)

(野獣「ほう、渡り廊下をね」)

(王子「確かに師匠も僕も実用的な内装ばかり考えて、装飾までには思い至らなかったな」)

(末妹「あ、でも……今の季節は、もうお花はないですよね」)

(野獣「うむ、現実世界は冬だからな……」)

(次兄「……そうだ末妹、昔ばあやに教わったアレは?」)

(末妹「え?」)

(次兄「小さい頃、裁縫の練習用にばあやが余った端切れをくれたじゃないか、その時に教えてくれただろ?」)

(末妹「ああ、あれなら季節に関係なくできるわ! メイドちゃん器用だし」)

(野獣「ふむ? 何を思い出したのだ?」)

(末妹「色とりどりの布でお花を作るんです、花びらや葉っぱに少しずつの布でいいから、端切れがあれば充分です」)

(王子「なるほど、造花ですか」)

(末妹「本物の花そっくりには作れませんが、あえて布の材質を活かしても可愛らしく仕上がりますよ」)

(野獣「……末妹、お前が作った造花は家のどこかに飾ってあるか?」)

(末妹「私が作った……ですか?」)
 
290 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:34:52.88 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「ええと……友達にあげてしまったり、コサージュにして普段は箪笥にしまっていたり……飾ってあるのは……」)

(末妹「あ、2年前に作ったものを、父が書斎の机に飾ってくれています」)

(野獣「商人の書斎だな?」シュパッ)

(王子「あ、仮想の窓」)

(野獣「……ふむ、これか。なるほど、可愛らしいベゴニア……かな?」)

(末妹「……恥ずかしいです、そのつもりで作り始めたのですが、どんどん見たことないお花になってしまって……」)

(野獣「いやいや、きれいに作ってあるし、一株に黄色と白とピンクの花が同居しているのがまた可愛い」フフ)

(末妹「同じ色の布が足りなくて……」)

(野獣「うむ……これならばメイドも楽しく作業ができるだろう、あいつ裁縫は得意だものな」シュン)

(次兄「…………でも、それをメイドさんにどうやって作り方を伝えるの?」)

(次兄「また俺達がお屋敷に行く時より、おっさんや菫花さんが旅から戻る方が先ですよね?」)

(野獣「む、それは……鏡で末妹が造花をメイドに見せてだな」)

(王子「完成品を見せただけで作れというのは……いくらなんでも、ねえ末妹さん?」)

(末妹「ええ、菫花さんの仰る通りです……」)

(野獣「む」)

(王子「末妹さんが鏡の前で作る手順を見せては?」)

(野獣「いやいや待て、週に一回の交流で鏡を使える時間を考えると、完成まで何週間かかるのだ?」)

(野獣「時間を長くしたり、回数を増やすのか? 皆で決めた約束事を破るのもどうかと思うが?」)

(王子「そ、そうだね……でも、メイドさんのことを考えると……」)

(野獣「む、むむむ……」)
291 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:37:07.20 ID:Rsjq9VVA0
(末妹「……そうだ、私が野獣様に作り方を教えて、野獣様からメイドちゃんに教えてくだされば!!」)

(野獣「え」)

(次兄「いいね、仮想の窓だっけ? おっさん達がこの町に滞在中、あの魔法で家の様子が見えるなら……」)

(末妹「……私は野獣様が目の前にいらっしゃるつもりで……初心者向けのお花を、少しずつゆっくり作ればいいのね……うん」)

(野獣「あの」)

(末妹「基礎さえわかれば、色や形を変えたり花びらを増やしたりするのは応用ですもの」)

(野獣「……えーと」)

(末妹「……あ! ごめんなさい野獣様、私ったら勝手に……」)

(次兄「野獣様、この末妹のアイディアは机上の空論の先走りでしょうか……いかがでしょ?」チラッ)

(野獣「むむむむむ……」)

(次兄「そもそも末妹の力を借りたいと仰ったのは……ねえ?」チラチラッ)

(野獣「…………わかった、末妹……明日から、一番簡単な造花を作ってみせろ……」グウノネモデネエ)

(末妹「まあ、野獣様!!」パァァ)

(末妹「ありがとうございます、7歳の時に最初に教わった一番簡単なお花ですから、すぐに覚えられますよ!!」)

(野獣「う、うむ……頑張るぞ、メイドのためだ、頑張るぞ」)

(野獣「7歳児でも作れるならば……私でもなんとか、じゃなかった! 私には造作も無かろう!!」)

(野獣「何より人に教えるのが上手な末妹の事だ、うむ、心配ないぞハハハハ……ハァ」)

…………
292 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:40:29.73 ID:Rsjq9VVA0
(師匠「子供達(菫花含む)はもう眠りについて、この夢の世界にはお前と儂だけ」)

(師匠「……で……明日からお前は手芸の造花を教わるのか」)

(野獣「……メイドのため、そしてメイドのため一生懸命考えてくれた末妹のためですから」)

(師匠「自信ないか、まあ、魔法抜きで裁縫などやったことないものなあ」)

(師匠「魔法なしで出来なくては、メイドに教えることはできんしな、頑張れ」ニヤニヤ)

(野獣「い、一度約束したからには守りますよ、少なくとも努力しますよ!!」)

(野獣「それより師匠、遠くってどこまで行けたのですか!?」)

(師匠「強引に話題を変えおって」)

(師匠「そうだな、お前達にはこちらは見えていなかったようだが、儂からはお前達の様子が見えていたぞ」)

(野獣「……それはどういう仕組みで?」)

(師匠「儂にもよくわからんが、とりあえずお前が見えなくなってしまうほど遠く離れることは無理なようだな」)

(師匠「会話も全て聞こえていた、だからさっきの話も、実はお前から聞くまでもなかったのだ」)

(野獣「不思議ですね、今度いつか、逆に私が師匠のいる場所から離れてみる実験をしてみましょうかね……」)

(野獣「……見えていた、聞こえていた……」)

(師匠「……『末妹さんが大丈夫と言ってくれるなら今度も本当に大丈夫な気がする、不思議と、いつもそうだ』」))

(師匠「『菫花さんの努力のたまものですよ』……だったかな」)

(野獣「ちょ」)

(師匠「激励しつつ、ドサクサでばしばし叩いていたのは嫉妬か?」)

(野獣「ちょっと待ってくださいよおおおおおおおおお」)

(師匠「恥ずかしがらんでも」)
293 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/01(月) 00:41:41.09 ID:Rsjq9VVA0
(師匠「前にも言ったろう、お前は生きて心がある限り、生身の存在に嫉妬するのは仕方ない、と」)

(師匠「それでも自分の心を手放したくない、とはっきり儂に告げたではないか?」)

(野獣「確かにそうですけど……」)

(師匠「まあ……今のところあの二人は教師と生徒、きょうだいの上と下、親と子、そんな関係だな」)

(野獣「どっちがどっちの……って、聞くまでもありませんね……」)

(師匠「末妹嬢は菫花相手にすら年長者としての敬意を払っておるが」)

(師匠「無意識の中では『手のかかる次兄が増えた』という認識が一番近いのではないだろうか?」)

(野獣「……彼女にとっての次兄のようなものですか……」フクザツ)

(師匠「今のところと、おそらくこの先しばらくは、な」)

(野獣「……」)

(野獣「……私は、末妹にも、菫花にも次兄にも、幸せな人生を送って欲しいと思っています」)

(師匠「ああ、その言葉に偽りがないのはわかっている」)

(師匠「だからお前は思う存分……泣いて笑って怒って沈んで凹んで萎れて腐って、構わんのだぞ?」)

(野獣「……構わないのですか」)

(師匠「儂はお前の味方だ、お前だけの味方ではないが」)

(野獣「……甘い父上ですね」フフ)

(師匠「甘いとも、出来の悪い『長男』よ」フフ)

……………………
294 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/08/01(月) 00:42:08.82 ID:Rsjq9VVA0

※ここまででした、また次回※
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 02:56:18.65 ID:hopBaCqqO

野獣が裁縫ww
296 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:55:55.14 ID:QmTXQ2QA0
翌日、末妹の部屋。

末妹「……野獣様と約束した時間になった、と……」

末妹「それでは……手芸教室を始めますよ、野獣様」

次兄「はーい、仮想野獣様の次兄ですー」オテテフリフリ

末妹「……野獣様がご覧になっているのはわかっていても、やっぱり目の前に誰かいた方がやりやすいと思いました……」

末妹「改めて」コホン

末妹「こちら……緑の布を切りぬいた葉っぱと『がく』です」

末妹「これは白い布で作った花びらです、それと……」

末妹「……切り抜いた部品はこうやって、並べておいて」

末妹「同じ物がこっちにあります、お花を作って行くのはこっちを使います」

……

同時刻、野獣。

(野獣「……なるほど、組み立ててしまうと部品の形がわからなくなってしまうから別に用意したのか」)

(野獣「さすが末妹は賢い」)

(野獣「……おっと、それより必要なものを用意せねば」ポワン)

(野獣「針と糸、それから末妹が用意したものと同じ切り抜いた布、と」ポワンポワン)
297 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:57:10.99 ID:QmTXQ2QA0
(野獣「思うだけで服を着替えるのと同じように」)

(野獣「現実世界に実際に存在するものはこっちの世界に出現させることができる」)

(野獣「但しごくありふれた無生物に限る、生き物のように『替えが効かない存在』では不可能だ」)

(野獣「要するに、厳密に言えば寸分たがわぬ作りの別物で」)

(野獣「末妹の部屋に同じ造花の部品が二つあるのと変わらん、私の目の前に三つめがある、こういうことだな」)

(野獣「……さて、針に糸を通す手順からやってくれるのか、いくらなんでもそれくらいの知識はあるぞ」)

(野獣「自分の手元が見えん老眼の爺さんでもないし、まだ、な」)

(糸→針穴)

(野獣「だから、ここまでは簡単……」)

(糸↑針穴:スカッ)

(野獣「……む」)

(糸↓針穴:スカッ)

(野獣「くっ……」ワナワナ)

(野獣「やむを得ん!」ポワン)

(糸→針穴→:シュルッ)

(野獣「い、糸通しの工程くらい魔法を使ってもバチは当たるまい、メイドには容易く出来て当たり前なのだからなっ!!」)

(野獣「……私の太い指にはかなり骨が折れるわ……」フゥ)

……
298 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/08/05(金) 20:57:51.25 ID:QmTXQ2QA0
末妹「……野獣様、いまごろ糸が通せたかしら?」

次兄「野獣様のこと、自分の手のサイズに合わせた針穴のでかい太い針とか用意してんじゃない?」

(野獣「その手があったか……まあ今更変えてもな、布も大きくしなくてはつり合い取れんし……」)

(野獣「ふむ、花びらの部品を大きさの順番に重ねて……ふむふむ」)

……

末妹「……野獣様、お疲れさまでした」

次兄「ほんと初心者向けなんだなあ、もう完成しちゃったよ」

末妹「うん、ばあやに最初に教わったお花だもの……でも……」

……

(野獣「……」ゼェハァ)

(野獣「末妹、私は頑張ったぞ、お前が懇切丁寧に教えてくれたおかげで最後までやり通せたぞ!!」)

(野獣「……」)

(野獣「この世界でも針で指を刺すと痛いものだな……何十回刺した事やら」ハァ)

(野獣「傷も残らんし血も出ないから良いが、物質世界ならば造花が血まみれになっていた所だ……」)

(野獣「だが……初心者にしては、我ながらなかなか良い出来ではないか?」テマエミソ)

(野獣「……メイドに教える前に、『講師』に見てもらわんとな」)

……
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