末妹「赤いバラの花が一輪ほしいわ、お父さん」(最終章と後日譚)

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384 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/03(木) 23:20:25.85 ID:IQETRAQv0
……………………

商人の家。

商人「うん、親戚1さんが設けてくれる、彼等と私の話し合いの場についての件だよ」

商人「初めはあちらの3人が南の港町に来てくれるつもりでいたのだが」

商人「私の方に、仕事で西端都市を訪れる用事ができたのでね、彼等さえよければ……とこちらからお願いしたんだ」

長兄「今回はそれを承諾してもらえた返事なんだね」

次兄「敵陣に単騎で乗り込んで行くとは……父さんの戦法やいかに?」

次姉「何を言ってるのよ」ハァ

商人「敵陣も何も……別に戦いに行くわけじゃないし、勝った負けたって話でもないからね」

商人「彼らの自宅でもない、4人でゆっくり話せる部屋を予約してくれたそうだ」

商人「……まあとにかく、そんな不安げな顔をしないでおくれ、な、末妹?」ニコ

末妹「あ」

末妹「私、そんな顔していたのね……ごめんなさい」

次姉「……」

次姉「これはもう、あんたとおじさま達だけの問題じゃないのよ?」

次姉「自分ひとりのためにお父さんに労力を使わせているとか、そんな風に思っちゃ駄目」

長兄「そうだよ、これは家族みんなの問題なんだから」

次姉「そうよ、更に言うなら、私達家族とおじさま達の家族、みんなのね」

末妹「みんなの、問題……」
385 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/03(木) 23:21:38.01 ID:IQETRAQv0
次兄「そだね、考えようによっちゃ……あの3人……て言うか、(感じ悪い)あの2人も」

次姉「どこかですっぱり、けじめを付けなくちゃ……世の中で暮らして、それぞれ守るべき家族もいる限り、ね」

次兄「そんな感じのセリフ、俺が言おうと思っていたのに……」フシュン

末妹「けじめ……」

長姉「みんな、お話は終わった!?」ババン

末妹「長姉お姉ちゃん」

長姉「幸い私が手間取って、スープのパイ包み焼きが正午に間に合わなかったからいいけれど……」

長姉「さすがにこれだけ待たされたら冷めちゃうわ、待っていられない!!」プンスコ

商人「わかった悪かった、とりあえずお昼ご飯にしよう」

次兄「うん、実はさっきからはらぺこ」グー

長姉「じゃあ、すぐ用意するからね!!」

末妹「私、手伝うわ」ガタ

次姉「ふふ、私も」ガタ

長姉「ありがとう、ああ、これで家政婦さんも一緒に食卓についてくれたら完璧なのにぃ」

長兄「……」

商人「規則だからね、仕方ないよ……彼女はとくべつ職務熱心だし」

次兄「残念だったね兄さん」ニヤニヤ

長兄「な、なんの話だ」ヒヤヒヤ

末妹「……」

末妹(けじめ、か……)

……………………

…………
386 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/11/03(木) 23:24:06.61 ID:IQETRAQv0

※超短くてすみません、王子サイドまで行けなかった……今週末はちょっと厳しいので次回は来週です※

あと>>383はなかったことにしてください、作者は3超えた数がまともに数えられない模様……
(親戚達と商人の合計人数をミスりました)
387 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/03(木) 23:26:50.12 ID:IQETRAQv0

本編もsageてた_| ̄|○

ほんとごめんなさい、もう寝る、おやすみなさい…
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/04(金) 01:17:51.27 ID:pvy8NT/pO
どんまい乙
長兄まで可愛く思えてきた、いかんいかん
389 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/11(金) 22:34:01.67 ID:OqJ3DZoK0

※お知らせのみ。とりあえず、明日土曜日に少し更新。時間帯未定です…※
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/12(土) 23:22:25.74 ID:qI3J5XkNo
土曜が終わってしまう
391 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/13(日) 00:26:17.13 ID:qZtnwQwa0
師匠と王子……

師匠「ほれ、見てみるがいい」

王子「……本当だ、お墓に花が供えてある」

師匠「儂も実際にここに来たのは初めてだが」

師匠「聞いた話では、30年ほど前から、真冬を除いて花が絶えたことはないそうだ」

王子「30年前……」

師匠「小国がとある国に併合されて200周年の年、ちょっとした催し物があったとかで」

師匠「それがきっかけらしいな」

王子「……人々の生活に余裕ができ始めた時代に(小国の存在を)思い出してもらえた、そんな所でしょうね」

師匠「ははは、お前にしてはいい考察ではないか」

師匠「さて……どうする? 魔法でさりげなく人払いをしてやろうか? ん?」

王子「へ?」

師匠「半径50メートル以内に足を踏み入れた人間がふと他の場所に行きたくなるような、緩く且つ強固な結界をだな」

王子「い、いりませんよそんな、大きな声で師匠と話をしたいわけでもないし」

王子「……世間からただの観光客に見えるくらい、自然にこの場にいたいのです」

師匠「ふむ」
 
392 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/13(日) 00:35:58.57 ID:qZtnwQwa0

※遅れてごめんなさい。昨日(土曜)は色々ありまして……続きは今日中のどこかで……※

あれ、しかもまたsageていた…なにやってんだまじでorz
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/13(日) 01:28:12.07 ID:49b27KuyO
>>1のペースでやったらええんやで
394 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/13(日) 22:45:25.06 ID:sFEOF2nO0
王子「……城は跡形もありませんが、庭園の一部はそのまま公園の花壇として活かされているのですね」

師匠「ああ、今の時季さすがに咲いている花はないが」

王子「二人とも、城の彩りとして代々受け継いだ庭園の花を育てさせてはいましたが」

王子「花そのものはあまり好きではなかったから、自分達の身近には置かなかった」

師匠「王はともかく王妃も、というのは珍しいかな、女とは花を好むものではないかと」

王子「茶色く枯れたり、花粉や葉を落としたり、虫を呼んだり」

王子「花も生きていますから、当たり前なのに」

王子「……実用以外の動物を好まなかったのと同じ理由ですよ」

王子「なので、当時のものとは銘柄が違いますが……花の代わりにワインを」コト

師匠(そこそこの高級品、我々が立ち去れば速攻盗まれそうだな)

親子連れ:キャーキャー コラ、ハシッタラアブナイヨー ハハハ…

王子「……」

王子「血を分けた我が子であろうと、出来が悪かった故に愛さなかった」

師匠「菫花」

王子「二人に安らかに眠りに就いてほしいと、肖像画の部屋で話したのは嘘ではありません、今もその想いは持っています」

王子「それでも、知りたいという想いも拭えない……」

師匠「何を、知りたいのだ?」

王子「……僕が生まれる前の両親、二人はどんな人達だったのでしょう」

王子「師匠は、ご存じ……なのですよね……?」

師匠「……顔色がいつにも増して青白いぞ、大丈夫か?」

王子「平気です、少しばかり寒いだけです!!」

師匠「強がりおって」ゴソゴソ「儂のマフラーも巻いとけ」ポイ

師匠「耳を塞がず喋れるようにもしておけば、顔も隠して構わん……儂は寒ければ魔法で暖まるからな」

王子「……師匠……ありがとうございます」

師匠「さて……どのへんから聞きたい?」
395 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/13(日) 22:46:09.97 ID:sFEOF2nO0

※これっぽっちですみません、次回は今週の後半あたりで※

師匠の過去語り、あまり長くはしない予定です……
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/14(月) 01:22:33.42 ID:mJ2Sjg0HO

師匠やさしい
397 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/19(土) 23:48:29.31 ID:ho+19fBH0

※ごめんなさい週が変わっちゃう、でもこの日曜日中に更新あります※
398 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:51:07.60 ID:Ubs41WGA0
王子「……僕が習った『王家のはじまり』は、都合良く書き換えられたものだった、そうでしょう?」

王子「当然、国民達に知らされた歴史も」

師匠「お前どころか、お前の両親も儂も生まれる前の話ではないか」

師匠「……そこから知りたいならざっくりと話してやるがな、儂の知る範囲で」

王子「お願いします」

師匠「そうだな、まずは……もともと小国は、周辺の国とあまり変わらない大きさだったのは知っているか?」

王子「え、知りませんでした」

師匠「400年ほど前……いや『現在から』600年ほど前、王家の始祖の『英雄』が王になる前の話だ」

師匠「で、その英雄、彼が人間に害をなす魔物から土地や人々を守った……それは嘘ではない」

師匠「そもそも、なぜ魔物と人間の間に争いが起こったかというと……」

師匠「……菫花、今のこの時代の常識は全て、お前が育った230年前から常識だったと思うか?」

王子「はい?」

王子「……いいえ、その……この時代には当時存在しなかったものがたくさんありますし」

王子「人々の生活もずいぶん変わりましたから」

師匠「だよな」

師匠「逆に今は存在が失われたものもあるが、それはさておき」

師匠「魔物の中でも知性があり文化を持つ種族」

師匠「600年前の彼等の『常識』の中には、後の世で言う『迷信』と呼ばれる考え方があった、人間がそうであったのと同じだ」

師匠「簡単に言うと、地表の世界を一度全て滅ぼせば太陽も滅び夜の世界になると、そう思ったらしく」

師匠「……太陽が滅びようものならこの星は『夜になる』どころでは済まされないし」

師匠「魔物でさえ半分くらいの種族は死に絶えるだろう」

師匠「それ以前に、この星の地表、薄皮一枚の上で何が起ころうが太陽はお構いなしだがな」

師匠「ま、自分達が住みやすい土地をもっと増やしたいために、人間に攻撃を仕掛けてきたわけだ」

師匠「儂のような魔術師達は当時から存在してはいたが、上位の……知性を持ち魔法を駆使する種族にはとても敵わず」

師匠「そこで英雄はかなり無茶な方法を選んだわけさ」

王子「……魔物達を倒すためですね」
 
399 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:52:52.69 ID:Ubs41WGA0
師匠「どうあっても聞き分けのない奴らは、確かに力でねじ伏せ叩き潰さねばならなかったが」

師匠「英雄が魔物と渡り合える力を手に入れた主目的は、『話し合い』をするためだ」

師匠「何しろ魔物の代表という奴……お前も知っての通り、便宜上は人間達に魔王と呼ばれている奴だが」

王子「便宜上ですか」

師匠「そいつは自分が強いと認めた相手でなければ話すら聞かんという価値観だったとか」

師匠「裏を返せば強い奴なら話を聞いてやると……そして見事に魔王と英雄は話し合うことになり」

師匠「魔物と人間は完全に棲み分けることで落ち着いた」

師匠「詳細は省くが、魔物達は自分達が安定して暮らすには充分過ぎる場所で今も生活しているはずだ」

王子「え」

王子「……始祖が結局は魔王はじめ半数以上の魔物を滅ぼしたのではなかったのですか?」

師匠「それさえも都合よく作り変えられた歴史よ」

師匠「逆に魔物の世界では、人間に勝利はしたが地表は棲み辛い土地だとわかった、そんな感じで言い伝えられているだろう」

王子「魔物の世界が、今この時にも存在している……」

師匠「お互い行き来する方法を敢えて破棄したから、あちらからこちらに来ることもなければこちらからあちらへ行くこともない」

師匠「……未来永劫そうだとは誰も保障できんがな」ボソ

王子「」

師匠「独り言だから聞き流せ」

師匠「とにかく英雄の活躍で、彼の故郷含むこの大陸のみならず、世界中に平和は訪れた」

師匠「英雄は周囲から国ひとつ治める王となることを強く望まれ、彼もそれを承諾した」

王子「そのくだりは僕が教わった通りですね」

師匠「……しかし英雄は信心深かった」

師匠「この大陸でもっとも力を持つ教会の熱心な信者であったが故に、魔物の力を自分に取り込んだことを後悔していた」

王子「……で、でもそれはあくまで手段に過ぎないでしょう、人間の世界が壊されてしまえば教会も信仰も成り立たない」

師匠「と、皆も説得したが、それでも彼は自分が手に入れた力の恐ろしさを知るが故に……」

王子「手に入れた力の、恐ろしさ?」
400 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:54:00.12 ID:Ubs41WGA0
師匠「彼が魔物から得た魔力は、我々のような人間の魔術師の魔力とは異質なものだが」

師匠「英雄と呼ばれるほどの人間だ、本来は魔物のものであった力を使いこなし同時に制御する」

師匠「それは彼が持って生まれ、また鍛錬により研ぎ澄ませた、自身の実力」

師匠「……それでも人間には過ぎたものでもあった、本人がどこの誰より知っていた」

師匠「最初にしたことは持ち得る権力を最低限にするため」

師匠「名目上は自分への罰のため没収されたという形で、周辺国へ自分の領土の多くを分け与え」

師匠「もちろん該当する土地に住んでいた民に対しては最大限の配慮をした上でな」

師匠「あと、自分とまだ見ぬ自分の子孫達に監視役をつけさせた」

師匠「大陸中の魔術師ギルドの総本山をすぐ近くに置いたのだ」

王子「……魔術師ギルドが……王家の監視役……」

師匠「もちろん、常に掲げていた旗印『民のため』が存在理由の主たるものだが」

王子「……ええ、ですから……民が望んだから、ギルドはあの夜……」

師匠「……」

師匠(儂が許可したとは言えマフラーで隠した表情はわからんな)

師匠「……さて、そんなわけで小国とその王家の歴史は始まった」

師匠「英雄改め初代王にも子が生まれ……しかし逞しい肉体を持つ彼とは似ても似つかぬ虚弱な赤ん坊」

師匠「他の虚弱な子供達と違っていたのはその原因だ」

師匠「地表の水や空気や日の光、魔物のいくつかの種族には不快どころか生命を脅かすほどの毒となる」

師匠「初代王は魔物の力と同時に魔物の負の要素まで自分の肉体に取り入れてしまい」

師匠「どちらも彼の血に乗って子へと引き継がれてしまったのだ」

師匠「心身ともに強靭な彼自身にはともかく、生まれたての赤ん坊にはあまりに負担が大きすぎた」

王子「……」

師匠「初代王と魔術師ギルドは協力して対処方法を見つけた」

師匠「……王家の子供が生まれてから数年間、毎月行う『儀式』、お前も受けただろう?」

王子「……ええ、普通は物心つく前に必要無くなると聞きましたが、僕は極端に弱かったから5歳くらいまで」
401 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:56:22.24 ID:Ubs41WGA0
師匠「成長と共に体力がつき、地表の環境に体質が順応するまでの数年間」

師匠「定期的にある種の魔力を浴びせることで、悪影響を最低限に抑える」

師匠「本来はギルドの高位魔術師がちょちょっと呪文を唱えてやれば済むのだが」

師匠「何故か……我々の時代には、わざわざ勿体つけた動作も取り入れて『儀式』になってしまったらしいがな」

師匠「話を戻して……初代王と当時の魔術師達は代を重ねて血が薄まれば影響も薄れると考え」

師匠「そして初代王はそのまま薄れ行くことを願った」

師匠「……仮説は正しかったが、代を重ねて薄れるのは血だけではない」

師匠「外部の血を取り入れて魔物由来の魔力を薄めながらも、初代王の子孫となる家系が拡がった頃」

師匠「国を統べる王室とそれに近い王家の者は敢えて血縁者同士の婚姻を選ぶようになった」

師匠「教会が禁止している近すぎる血族は避けて、あくまで合法の範囲でだが」

師匠「それでも祖先を何代も辿れば、みな初代王に行き着く」

師匠「初代王の意図に反し、彼の血は、魔物の力を得た代償は、再び濃くなった」

師匠「民や王家の子供に伝えられる歴史が書き換えられたのも、その頃からと言われる」

王子「……代を重ねて薄れたのは、始祖の願い……」

師匠「うむ、その頃の王家には領土を広げたいとか他国への影響力を高めたいとか、とにかく欲が芽生えて来た」

師匠「そのため、かつての英雄の魔力を取り戻したいと考えたのだろう」

師匠「しかし戦闘に使えるほどの魔力を持つ子は殆ど生まれることなく」

師匠「自然な状態では乳児期を乗り越えられない虚弱さだけが引き継がれた」

師匠「しかたなく王家は、英雄の魔力以外の方法で武力を強化する方針に乗り換え」

師匠「一方では英雄の血を残すそのものを目的として、しきたりを作り、血縁同士の婚姻を結び続ける」

師匠「……お前の父と母が従わざるを得なかった『しきたり』だ」

王子「……」

師匠「……ようやくお前の両親の話になるかな」

師匠「儂がお前の父親に初めて会ったのは……」
402 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/20(日) 23:56:48.85 ID:Ubs41WGA0

※ここまででした。次回は今週のどこかで……※
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/21(月) 01:11:43.27 ID:d6ERpmqUO

このお話の根底に、まさか勇者魔王のような歴史があったとはなぁ
404 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/11/27(日) 00:20:55.35 ID:fs0hX5wZ0

※明日、じゃなかった今日中に更新します…※
405 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:54:29.55 ID:euAQf+/I0
……………………

…………

商人の家。

長兄「……ごちそうさま。おいしかったよ、料理の腕が上がったなあ」

長姉「ふふ、ありがとう兄さん」カチャカチャ

長兄「お前が生まれて初めて作った『鱒のムニエル』なんて、油と混じった焦げ臭いほぐし身だったのに……」シミジミ

末妹「えっ?」

次兄「何何、それいつの話?」

長姉「ちょっ、兄さん、そんな昔の話を持ち出して!?」

次姉「……思い出した、兄さんが寄宿学校に行く前の年でしょ、私は今の今まですっかり忘れていたわ」

長姉「12年も前……7歳で作った料理と比べてどうするのよ!!」

次兄「そんな昔なら俺と末妹はほぼ記憶ないよな」

商人「そうだね、あれは夏だったから次兄は4歳になったばかり、末妹は2歳の誕生日も来ていなかった」

長姉「……ばあやに教えてもらいながら作ったけど、フライパンにくっついてどんどん焦げ臭くなってきて」

長姉「焦ってヘラで剥がそうとしたら崩れちゃったの……」

長姉「でも3枚だけよ、残りはばあやが焼いたからきれいにできたわ」

商人「ああ、私とばあやと長兄で、焦げ付いたムニエルを引き受けたんだよ」

商人「でも長兄にはやめておけと私もばあやも止めたのだが……お前ときたら聞かなくてね」

長兄「え? そうだったっけ?」

商人「そうだよ、それで私も根負けして、ばあやに『長兄の気の済むようにしてやってくれ』とね」

長兄「……なんか俺の記憶では、ベソかいてる長姉に無理矢理食べさせられたように……捻じ曲げられていたみたい」

長姉「ひどい!! 私、兄さんが食べると言ってくれたの」ベチーン「すごく嬉しかったのに!!」

長兄「」

末妹「 」
  
406 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:55:53.51 ID:euAQf+/I0
次兄「おお……兄さんのほっぺに手形がくっきり」

次姉「わ、私も止める暇がなかった……」

次姉「でもお父さんの言うとおりよ……兄さん『僕が食べるんだ!』と言い張って譲らなかったもの」

次姉「私は小さかったけどそれは覚えている」

長兄「……長姉がベソかいていたのは、間違いないはず」ヒリヒリ

長兄「色々と記憶が混じって、いつの間にか俺の中で無理矢理って……」

長兄「……ごめん、長姉!!」ドゲザ

長姉「……」

長姉「……私は引っ叩いたらスッキリしちゃったみたい」ケロリン

長姉「あのぐちゃぐちゃムニエル、私もばあやに一口だけ味見させてもらったの、ひっっっどい味だった」ベー

長姉「余りの味のひどさに兄さんの記憶が捻じ曲っても……おかしくないかも」

次兄「記憶が歪むレベルって、どれほどの不味さだったのでしょうか……」ゾゾー

末妹「でも長姉お姉ちゃん、本当は小さい時からお料理好きだったのね」

長姉「そうね……料理教室に通うまで、すっかり自分でも忘れていたけれど」

長姉「あの頃から……私、料理好きなお母様みたいになりたいって思っていたのね」

次姉「あら、じゃあ何年か空白があるけど、今もお母様みたいになりたいって思っているの?」

長姉「ええ、お母様のような……奥さんに、ね」

商人「……長姉……」フルフルフルフルカタカタカタカタ

次兄「と、父さんが小刻みに振動している」

商人「……うっうっうっ……長姉、幸せに……幸せになるんだよ……」ポロポロポトポトボタボタボタボタ

長兄「あああ、俺が余計なこと言ったばかりに父さんの変なスイッチが」オロオロ

次姉「ふふ、いいじゃない兄さん」
 
407 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/11/27(日) 23:58:57.92 ID:euAQf+/I0
次姉「お父さんもこうやって場数を踏んで精神を鍛えないと、姉さんが本当にお嫁に行っちゃう時にはどうなるやら」

商人「本当に……お嫁に」

商人「……びにゃあああああああ!!」ジョバー

長姉「っちょ、お父さん、お父さんたら!!」アワワ

長姉「やだなあもう、まだ1年くらい? 先の話でしょ、そして同じ町に嫁ぐのよ?」

長姉「それにまだ次姉だって末妹だってお父さんのそばにいるんだから……ね?」ポンポン

長姉(ほら、あんた達も慰めて!!)

次姉「お、お父さん、もう……どんどん天文学者さんと結婚式のお話を進めているくせに、何やってるの」ヨシヨシ

末妹「ねえ、どこに行っても、誰といても、この先もお姉ちゃんはお父さんの娘だもの……そうでしょ?」ヨシヨシ

商人「うううう、お前達……」グスグス

商人「すまんな……悲しいとか寂しいとかじゃないんだ、嬉しいんだよ……」グス

商人「お母さんが天に召されてからも、いつか私に寿命が来ても……」ズル

次兄「あ、父さんこれハンカチっす!!」ササッ

商人「ありがとう」グシュ

長兄「正確には食卓の椅子のカバーでは?」ヒソヒソ

次兄「咄嗟でハンカチは用意できず、でも鼻水が垂れるよりマシです」ヒソヒソ

商人「……私や妻の思い出や教え、こちらが意識していなくてもお前達がこの両親から受け取ってくれた色々なもの」グシュ

商人「それらを確実にお前達が引き継いでくれている……そう思うと……私はなんて、幸福なのだろうと……」ズビー

長姉「お父さん……」

末妹「お父さんやお母様から、引き継いだもの……」

…………
……………………
408 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/11/27(日) 23:59:31.71 ID:euAQf+/I0

※ここまで。遅れがちですみません、12月前半は少しだけペースが上がる予定です……※

409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 02:09:38.57 ID:4qsoJ86wO
椅子カバーww
410 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/03(土) 22:36:19.04 ID:YX5mFSe40

※更新明日です。作者のカレンダーは月曜始まり、ということで…すみません※
411 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/04(日) 23:00:21.23 ID:HNZWbc4X0
師匠と王子。

師匠「……お前も知っての通り、小国の王族の子供らは」

師匠「王子や王女、王の弟妹あたりは、城から出ることなく多くの家庭教師から勉強を教わっていた」

師匠「お前の母親、そして若くして亡くなったその兄王子達も」

師匠「そして……もう少し王位継承権が下位の者は、多くが近隣国のいわゆる名門校へ留学させられていた」

師匠「お前の父親……お前の祖父の従弟の息子であった彼も、その一人だった」

師匠「現在、この国の王都で最も古い男子校となっている学校に」

王子「……もしかして」

師匠「そう、今の時代は庶民でもそこそこの金と実力があれば普通に入学できるからな」

師匠「あの商人と長兄の母校だよ」

師匠「当時と現在は学校の制度だの教える分野だのなんだの少し違うが」

師匠「とにかくお前の父は13歳でそこへ留学してきた」

師匠「……で、実は、当時から信用ある推薦人と入学試験で上位を取れる力があれば、金持の子供でなくとも入学は可能でな」

師匠「同じ時期に同じ年齢で同じ国から留学してきた少年がひとりだけいた」

師匠「それがこの儂だ」

王子「師匠が……師匠にも、少年時代が……」

師匠「突っ込みどころはそこか」

師匠「儂だって生まれた時から『おっさん』ではないわい間抜けめ!」

師匠「……話を戻す」

師匠「同い年で出身も同じとのことで、儂とお前の父は同じクラスに入れられた」

師匠「子供の頃は王族だの貴族だのとの面識も一切なく、もちろん彼とも初対面でな」

師匠「彼からかけられた最初の言葉はこうだ」

師匠「『授業以外で俺に話しかけるなよ貧乏人』」

王子「 」

師匠「……ま、当時から可愛げはなかったわなあ」

王子「た、確かに……父の言動を思い起こせば、違和感はありませんが……」
 

 
412 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/04(日) 23:01:22.85 ID:HNZWbc4X0

※これだけでごめんなさい…こんな感じで少し師匠の昔語りを…※
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/05(月) 00:51:55.24 ID:b/Ouj4LxO
違和感ないのかよ…
王子はほんと親に恵まれなかったなぁ
414 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/11(日) 23:57:26.22 ID:vWtBYHFZ0

※諸事情で思ってた以上に多忙でした、ごめんなさい※

※明日か明後日に少し更新します……※
415 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:06:10.20 ID:/vDZD4tL0
師匠「……当時は次代の王となる3人の王子達の『はとこ』」

師匠「将来、自分が王位を継ぐなどとは夢にも思っていなかった彼は、どちらかと言えば気ままで奔放な性格で」

師匠「……第一王子は3歳上、第二王子と第三王子は2歳上の双子、王女は3歳下」

師匠「割と年代が近いのもあり、幼い頃から彼等は交流もあったが」

師匠「とことん生真面目な兄王子達とも、対照的に周囲から甘やかされ我儘に育った末の王女とも合わなかったらしく」

師匠「親しくなった学友に漏らしていた愚痴や悪口は、巡り巡って儂の耳にも入ってきた」

王子「僕にとっての伯父上達や、母上の」

師匠「優秀と言われた王子達と事あるごと比較される愚痴、幼いながらも気位の高い王女に対する……こちらは子供らしい悪口」

師匠「とりあえず、彼は自分の家も王家とも離れた異国の生活で、ようやく羽を伸ばせたらしい」

師匠「……伸ばし過ぎて、色々あったが」

王子「」

師匠「聞きたいか?」

王子「は、はい、両親の過去を知りたいと言い出したのは僕ですから」

師匠「最初の2年くらいはそれこそ子供らしい悪戯を……悪童仲間と一緒になって」

王子「子供らしい」

師匠「礼拝の最中に開いていた窓から、ヒキガエルを20匹ばかり放り込む」

師匠「お前の父親は見張りを進んで引き受けたらしいが、後で思うにカエルに触らんで済む係だな」

師匠「他にはそいつら一同で昼休みに酒を飲んで午後の授業は丸々サボるなど、しょっちゅうだった」

王子「こ、子供らしい……?」

 
416 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:08:00.60 ID:/vDZD4tL0
師匠「とまあ、小さな悪戯は枚挙にいとまがなく」

師匠「やがて15、6歳にもなると、まあなんだ……主に女関係かな」

王子「お」

師匠「……お前も知っての通り、彼の右目は水色で左が赤のひとみ」

師匠「左右の色違いも血の透けて見える虹彩も、小国の王族には時々現れるが、留学先ではあまりに目立つと」

師匠「国を出る時、侍医達と当時の魔術師ギルドが彼の左目に魔法的処置を施した」

師匠「隠蔽魔法の応用でな、左目も右目と同じ水色に見えるというものだ」

師匠「しかし、銀髪と青い目、加えてあの容貌、十代にして今のお前より長身、それだけで十分に人目を惹き」

師匠「ものすごくわかり易く言うと、女にもてた」

王子「」

師匠「更に言うなら、彼も選り好みはしたが好みのタイプには、それなりに相手をしてやったそうで」

王子「 」

師匠「そんなこんなで、留学期間を終えて17歳で帰国した際には、彼の名を呼び泣きながら馬車を追う若い娘達が……」

師匠「…………」

師匠「……おい大丈夫か? 気絶してないか?」ユサユサ

王子「だ、大丈夫です、言葉が出ないだけです……」

王子「……しかし、そんなに派手な女性関係で、その……あの、大丈夫……だったのでしょうか……」

師匠「ん? 異国の地にお前の腹違いの兄や姉がいたかもという心配か?」

王子「そ、そんな露骨に」アワワ

 
417 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2016/12/13(火) 23:11:42.10 ID:/vDZD4tL0
師匠「彼だけではなく、王族の長期留学の際には決まった魔法もかけるしきたりになっていてな」

師匠「帰国して魔法を解除するまで、もしも『そういうこと』になっても身籠らせることはできなかったのだ、安心しろ」

王子「……そんな魔法もあったのですか」

師匠「いわゆる尻軽な連中にしてみれば喉から手が出るほどの『便利な』魔法だろうが」

師匠「準備も魔力の消費も半端ではないし」

師匠「身体の構造を大きく変えてしまう魔法ゆえに、副作用もある」

師匠「十代の若者、一生に一度、数年間限りという条件が揃わんとな」

師匠「歴代の王族の男子が監視の緩い留学に出る年代が、だいたい決まっていたのはそのせいだ」

王子「でも、そこまでしなければならなかったのは」

王子「小国の英雄……初代王の血をひく子を、異国の民として産ませるわけには行かなかったからですね……」

師匠「ああ、魔法の補助なしではすぐに命を落とす子供、あるいは万が一、奇跡的に幼年期を乗り越えて成長する子供」

師匠「どちらであっても、な」

王子「……この先は、帰国してからの話ですね」

師匠「うむ」

王子「師匠も同じ時期に帰国を?」

師匠「そうだ、ほぼ同じだな」

王子「…………師匠はどんな少年だったのでしょう?」

師匠「儂はこう見えても真面目な優等生だった、成績上位の維持は後見人が儂に課した援助の条件だったからな」

師匠「……って、儂の話はさて置いて」

師匠「帰国の翌年、彼が18歳になった年だ……」

 
 
418 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/13(火) 23:12:25.83 ID:/vDZD4tL0

※次回は今週の後半で…近頃タイプミスが多くて時間かかります…※
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/14(水) 00:10:46.05 ID:SGBXmaD0O
420 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/12/18(日) 22:50:05.27 ID:LUcLd5Ud0

※作者です※

こまごました諸事情が重なって、予定よりも何かと余裕がなくなってしまい、ご覧の有様です……
次回更新はとりあえず年内です
少しの間、更新をお休みして書き溜めて来ます……お待ちの方がいましたら、本当に申し訳ありません
 
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 01:41:17.02 ID:fvwxYq1XO
年末は何かと忙しいからしゃーない
気長に待ってるからだいじょうV
422 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2016/12/30(金) 00:54:03.21 ID:Lvt3HdfQ0

※ごめんなさい、年内更新はけっきょく無理みたいです……嘘こきました※

本編はキリのいい部分までは一気に更新したいので(書き溜め中)年明けは閑話休題なエピソードで始める予定です。
それでは皆様、良いお年を……
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/30(金) 01:21:45.44 ID:AbR7CWgnO
了解
良いお年を!
424 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/10(火) 23:55:38.59 ID:1ov93sgN0

※あけました。ことよろ。近日中に更新します、報告のみでした……※
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 03:08:51.94 ID:EuWjWZJbO
あけおめやったー!
426 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/12(木) 22:15:20.01 ID:fLh1mxgF0
閑話休題。執事とも出会う前、独り暮らしの野獣……

…………

野獣「『よくも大切なバラを折ってくれたな、この代償はどう払う!?』」

野獣「……ううむ、いまいち……かな?」

野獣「幸い、この前ここに迷い込んできた旅人はバラに手を出さなかったが」

野獣「いつかそんな人間が現れた時のために、準備はしておくに越したことはない……よな?」

野獣「しかし人を怖がらせるのは父の真似をすればなんとかなると思っていたが、意外とうまく行かないものだ」フゥ

野獣「……」

(師匠「そしてバラの花が折り取られた時…正確には、バラを欲した人間が花一輪でも手にした時」)

(師匠「代償としてその日のうちに相手に手を下さなければ、残りのバラも枯れ、枯れ切った時にお前も死ぬだろう」)

野獣「……お前の命で償え、と、告げるまではまあ……できたとしても」

野獣「問題は……私が、本当に、その人間に手を下すことはできるのか、と……」

野獣「この腕、この爪、私の背丈なら熊のように振り下ろせば……普通の人間ならばひとたまりもなかろうが」

野獣「できるのか? この手で人間の脳天を、首筋を、叩き潰す」

野獣「この爪で人間の喉を、腹を、引き裂けるのか?」
 
427 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/12(木) 22:16:55.66 ID:fLh1mxgF0
野獣「……銃でも手に入れようか、一思いに、苦しませず」

野獣「それとも……」

野獣「直接殺傷能力のある魔法は使えないが、眠らせることはできる」

野獣「いくつか魔法を組み合わせれば、眠らせたままでそっと心臓を止められないか?」

野獣「いや、それよりも眠らせてから毒薬を飲ませようか?」

野獣「苦しまずに逝ける毒……まず毒薬の調合の本が必要か」

野獣「うちにある調合の本は、美味しい薬草茶や治療薬ばかりだからな……」

野獣「……」

野獣「……相手と心が通じ合い、信頼が生まれたら、バラの呪縛は解けて相手を殺さずに済む」

野獣「が、私にとっては……そちらの方が容易だとも思えない……」

野獣「もしも『その日』が訪れたなら」

野獣「バラには申し訳ないけれど、共に枯れて朽ちるしか……私には選べないのかもな……」

…………

まだ、執事達という守るべき『家族』もいなかった野獣……

……………………

428 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/12(木) 22:17:33.64 ID:fLh1mxgF0

※お久しぶりです。本編も近いうちに※

気が向けば今回の「続き」、商人が屋敷に泊まった時の舞台裏を書くかも(書かないかも)※
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 22:54:37.24 ID:/YJmkw3TO

冒頭の舞台裏は気になるかも
みんなバタバタしてたんだろうなww
430 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/19(木) 00:10:57.67 ID:rAAmjg0o0
閑話休題。森で迷った商人が野獣の屋敷を訪れた夜……

…………

野獣「そうか、旅人は眠ったか」

メイド「ベッドに入るなり、ぐっすりでした」

野獣「ごくろうだった、メイド、庭師」

庭師「へへ、あの人間さん、僕らの存在にはまるで気付きませんでした」

庭師「家具に隠れながら忍び足で歩くのはちょっと楽しかったです」

メイド「私はちょっと大人の男性の人間さんは怖いから、部屋の外で庭師君を待っていましたけど……」

メイド「でもなんだか、お腹のプヨッとしたのんびりした顔の人間さんです、よく見たらそんなに怖くなかったですー」

野獣「はは、では朝の目覚めの茶はお前が枕元に運んでやれ」

野獣「さあ、こんな遅い時間までご苦労だった……もうお休み、メイド」

メイド「はい、おやすみなさいませ!」ペコリン

庭師「じゃあ僕、今度は馬車に地図を置いて来ますね!」

野獣「頼むぞ、終わったらそのまま部屋に戻って休んでいいからな」

庭師「はい!」ピュン

執事「……わたくしが行ってもよかったのですが、馬を怖がらせたくはないので」

野獣「仕方ない、森での様子を見ていた庭師の話では、狼の遠吠えに怯えていたらしいからな」

料理長「では……お客様に明日の朝はミルクで煮出した紅茶を振舞いましょうか」

野獣「そうだな、頼むぞ」

野獣「……」
 
431 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:12:08.38 ID:rAAmjg0o0
野獣(本当に、何事もなく……旅人を送り出してやれれば良いのだが)

執事「ご主人様、お疲れですか? 黙り込んだりして」

野獣「ん……ああすまん、考え事をしていた」

野獣「人間を屋敷の中まで招き入れ、一泊の宿を与えたのは今回が初めて、しかし」

野獣「付き合いの長いお前達には話したこともあると思うが」

野獣「執事もまだいなかった頃、森に迷い込んだ人間に、食事と一時の休息を提供したことは2回ばかりあってな」

執事「ええ、そのお話でしたら確かに」

料理長「最初はお祈りをする仕事の人、二度目は犬を連れた二人連れ、でしたよね?」

野獣「そうだ」

執事「……ご主人様は『そのあと』の話が気がかりなのでしょう?」

執事「わたくしは忘れてはいませんよ、ご主人様に従います」

料理長「わしも覚えていますよ」

執事「ただ、お話を伺った時点との違いは、庭師とメイドの存在ですが」

野獣「……」

野獣「そうだな、あの時私は……」

……

(野獣「……もし今後この屋敷を訪れた人間が裏庭のバラを折り取ったら」)

(野獣「その時には私はその人間を……罰さなくてはならない」)

(野獣「厳密に言うと、罰さなくてならない可能性ができる」)

(野獣「理由は明かせないが、いちど屋敷の門に入ることを許した人間に対して、裏庭を遮断するのは不可能で」)

(野獣「だから私が人間を罰するかどうかは」)

(野獣「バラ園に立ち入るのか、バラに手を出すのか、その人間の行動……意思次第というわけだ」)
432 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:13:21.53 ID:rAAmjg0o0
(執事「罰する」)

(野獣「……罰する場合は、その者の命を奪うことになるのだよ」)

(料理長「ご主人様が、人間を」)

(執事「……穏やかな話ではありませんが、それがご主人様にとって必要であるのなら」)

(執事「当然それを妨害はしませんし、お手伝いできることがあれば」)

(料理長「わしもです、ご主人様のためであれば、なんでもお申し付けください」)

(野獣「……ありがとう」)

……

野獣「……お前達はいつでも詳しい訳など聞かずとも、私に従ってくれる」

野獣(実際に罪を犯すのは、手を汚すのは私だけで良いが)

野獣「明日……万が一の際には、ほんの少し手を貸してもらいたい」

野獣「あくまでも万が一、残り九千九百九十九は何事もなく過ぎるとしても、だ」

野獣「料理長よ」

料理長「は、はいっ」

野獣「明日の朝、客人が寝室から出たら、庭師とメイド……あの子達を裏庭からできるだけ遠い部屋に連れて行ってほしい」

野獣「何か仕事を与えて、ふたりともお前の傍から離さないでくれ、執事か私が呼びに行くまでは」

料理長「……かしこまりました」

野獣「執事」

執事「はい、ご主人様」
433 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/01/19(木) 00:14:17.22 ID:rAAmjg0o0
野獣「お前には私の近くに控えていてもらいたいが」

野獣「もしも私が裏庭に出る必要が起きたならば、私が呼ぶまでは出入り口から顔を出さずに待機していてくれ」

執事「はい」

野獣「……お前には何を頼むかはその時になってみないとわからんが」

野獣「人間の亡骸を運び出しどこかに埋める……最悪の場合はそれを手伝ってくれ」

執事「仰せのままに」

野獣「まあ、万が一の話だからな? ふたりとも」

執事「ええ、今の心構えが無駄に終われば、それが一番よい結果に決まっています」

料理長「メイドちゃんが恐れないほど優しそうな人間ですよ」

料理長「人間の世の中できつく禁じられている盗みを働くようなお方とは思えません」

野獣「そう、あの実直そうな、しかもバラがそう珍しくもない程度には裕福そうなあの男が」

野獣「他人の庭のバラをもぎ取るなど、するはずもないと……信じたい」

野獣(……それでも、起きてしまったら?)

野獣(その状況で、彼を生かし且つ屋敷での暮らしを守れる道を探れるだろうか?)

野獣(……私はもう簡単には死ねない、執事達と出会ってしまったから)

野獣(なのに……森で迷う旅人を放ってもおけなかった)

野獣(どうか、九千九百九十九であってくれ)

野獣(今となっては願うしか、祈るしかできない)

野獣(何事も起きるな、無事に過ぎてくれ、と……)

…………

万に一つが起きる、その前夜の野獣たち……

……………………
434 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/01/19(木) 00:14:46.01 ID:rAAmjg0o0

※結局書いてしまった、前回の続き。次回更新は本編です、たぶん※
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/19(木) 06:32:28.23 ID:kUGY5FqdO

今にして思えば、あの商人が花泥棒なんてなぁ
魔法の力で心も惑わす美しさだったのかな
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/22(日) 10:45:09.98 ID:z0n5eG5co
次兄(実際に を犯すのは、手を汚すのは私だけで良いが)
437 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/03(金) 00:03:59.61 ID:YGHk7Uwk0

※生存報告。こんどの金土日のどこかで、とりあえず更新あります※


>>435 >>436
登場人物の性格よく見ててくれて嬉しいです
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/03(金) 01:04:17.95 ID:Spqtyr/pO
楽しみ楽しみ
439 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/05(日) 00:49:47.27 ID:gWDZTuh80

※更新2月5日、とりあえず5レス以上は。時間帯未定…今夜は寝ます※
440 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:26:08.66 ID:51bwU4QR0
師匠「お前の母親,当時の王女」

師匠「彼女の15歳の誕生日を祝う祝宴が城で開かれた」

師匠「王族達……もちろんお前の父親も呼ばれ、あとは有力者連中」

師匠「魔術師ギルドの幹部もそこには含まれる」

師匠「……うち一人が儂の後見人でな、18歳の儂を自分の助手兼従者としてその場に連れてきた」

王子「師匠のそのまたお師匠様ですね」

師匠「幼いうちから魔法の修行は積んでいたとはいえ、庶民の生まれのまだまだ駆け出しの魔術師」

師匠「煌びやかな場所でお歴々に囲まれ、なんとも居心地の悪い思いの儂に向かって」

師匠「魔術師達を除けば、その場では数少ない顔見知りの『彼』が声をかけてきた」

師匠「居心地悪さにとどめを刺しにな」

王子「……ですよね」ハァ

師匠「とはいえ儂は少しばかり反骨心の強い若者だったから」

師匠「周囲の評価ではひねくれているとか天の邪鬼とか表現されたが」

師匠「彼の一言で逆に開き直ってどーんと構えて過ごす覚悟が出来たので、そこは少しだけ感謝しとるわ」

王子(そんなに若い時分からこんな感じだったのですね師匠)

師匠「……また脱線したな、それで……」

師匠「儂がお前の母親の姿を間近で見たのはその日が初めて」

王子「……」

師匠「確かに美人ではあった、お前とよく似た髪の色と目鼻立ち、違うのはくっきりと青いひとみの色と全体的な印象」

師匠「客観的に見ても、周囲がちやほやするのは理解できる」
 
441 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:28:05.22 ID:51bwU4QR0
師匠「……そんな彼女を見て、お前の父親がつぶやいた言葉、儂は自分の耳で聞いた」

師匠「『いい気なものだ、口ばかり達者で一人では何にも出来ないお人形さんが』」

王子「……」

師匠「お前の祖父の代、儂の師匠は王城によく出入りしていて」

師匠「子供の頃からの彼等のことも知っていたし、殊のほか仲が悪かったのがお前の両親だったことも知っていたので」

師匠「儂にはこっそり教えてくれていた」

師匠「尤も、その頃はさすがにどちらも露骨に態度に出すほど幼くはない」

師匠「彼も低い声で呟いた一言が、儂の耳に入っていたとはまさか思うまい」

王子「……まさか、何か魔法を使って父の呟きを……?」

師匠「阿呆、ギルドの幹部にも囲まれた公式のお堅い場で、助手身分の魔法使いが勝手に呪文の詠唱など出来るか」

師匠「通りすがりにたまたま聞いてしまっただけだわい」

師匠「彼は何かと神経質な男ではあったが、自分より下に見ている相手に対しては、だいたい油断していたからな」

王子「……」

師匠「そろそろ、そのふたりが結婚に至った話をしようか」

師匠「……お前がよければ、の話だが?」

王子「続けて……ください」

師匠「では歴史の授業の復習」

王子「は?」
 
442 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:31:11.81 ID:51bwU4QR0
師匠「第一問、今のこの『とある国』と、西の島国の戦はいつ始まったか?」

王子「え、えーと……僕が生まれた年の6年前だから……」

王子「今から256年前、です」

師匠「うむ、では第二問」

師匠「……当時、とある国の他に小国と国境を接していたのは?」

王子「……北の大国、いえ、後に北の大国の領土となる『山の王の国』です」

師匠「そうだ」

師匠「山の王の国は我らの小国よりは大きかったが、それでも周辺に比べれば小さく」

師匠「数百年ばかり周辺国と争いを繰り返した末に、山岳地帯のみが手元に残った……そんなところだな」

師匠「山の王には『とある国』の肥沃な大地は手が出るほど欲しいもの」

師匠「そこに件の戦の知らせが飛び込んできたものだから」

師匠「とある国が西の島国との戦に戦力を割いている状況を好機と見なし」

師匠「隣接するとある国の北半分を手に入れるべく」

師匠「二つの大きな国同士の戦が始まった翌年に」

師匠「まずは通過点にある小国を伸(の)して潰して魔術師ギルドの総本山も手に入れてから意気揚々と本命を攻め落とす!」

師匠「……山を越えて乗り込んで来た軍隊の総大将はそう宣言しおった」

王子「そ……そんな都合よく事が運ぶものでしょうか……」

師匠「お前ですらそう思うのだから」

師匠「そのような舐めた作戦を取った理由、山の王には山の王の事情とやらがあったのかもしれん」
 
443 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:34:08.10 ID:51bwU4QR0
師匠「しかし攻め込まれた側はそんなもの思い遣ってやる義理もない」

師匠「小国は全力で迎え撃つしかない」

王子「記録上、魔術師ギルドが関わった最後の戦争、ですよね?」

師匠「……などと呼ばれてはいるが」

師匠「お前が少年時代に本で読んだ、英雄と魔術師対魔王軍の時のような……派手な魔法戦はなかった」

王子「派手な魔法」

師匠「瞬時に町ひとつ焼き尽くす大火炎魔法、沖に見える島まで千人の兵士が渡れる氷の橋を作れる大氷結魔法……」

王子「『大』が重要なのですね?」

師匠「その他、あまりに強大な破壊の力を持つ攻撃魔法の数々だ」

王子「ということは、師匠もそのような魔法は使えないのですか?」

師匠「お前はお前の使った心を読む魔法がギルド最大の禁忌だと思っているだろうが、更に上の禁忌がある」

師匠「使えば罰せられるどころではない、もちろん習得からして禁じられてはいるが」

師匠「秘密裏に習得できたとて、いざ使うために詠唱を始めた瞬間にその者の心臓は止まる」

師匠「魔術師ギルドの正式な構成員になる際、そのための小さな魔方陣を心臓に刻まれるからな」

師匠「当然、儂にも刻みこまれているぞ」

王子「……使ったから罰を受ける、どころではないのですね」

師匠「お前の始祖、英雄王の時代は使われていたが、彼の在位中に破棄された」

師匠「英雄王いわく……これから後の時代の戦とは、人間同士のものだけになるだろう」

師匠「人間同士の戦いに、あまりにも強大な呪文は必要ない」

師匠「王や魔術師達に、それらを破棄する理性のある時代のうちに……と」
 
444 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:36:05.98 ID:51bwU4QR0
師匠「魔法に取って代わって、人間は武器をもっと発達させるだろう、とも」

王子「始祖達の、悩んだ末の決断でしょうね……」

師匠「それが本当に正しかったのかどうか、儂には正直わからんが」

師匠「また脱線してしまったな……要するに、我々の生まれた時代の魔術師達も」

師匠「攻撃魔法が得意と言っても……目に見える弓を持たぬ射手、目に見える銃を持たぬ銃士、に過ぎなかった」

師匠「しかも実際は補助魔法や治癒魔法のほうが重宝された」

師匠「要は最前線で戦う兵達の支援だわな」

師匠「……王が、魔術師達を戦場に駆り出しておきながら最前線に立たせ数を減らすのを惜しんだ、とも言われたし」

師匠「当時のギルド長がそのように王と約束を交わした、とも言われたが」

師匠「儂の師匠もそのへんは教えてはくれなんだ」

師匠「なんにせよ……儂にもあまり楽しい思い出ではない」

王子「……ですよね」

師匠「ので、手短に」

師匠「この戦には、お前の父親も、母親の三人の兄達も従軍していた」

師匠「戦の後半になるにつれ、小国は優勢に傾くという戦況だったが」

師匠「第三王子、彼は優秀なれどもやや短慮なところがあって……悪く言うなら『功を焦った』」

師匠「早い話、そのために命を落とし……双子の弟を助けようとした第二王子は深手を負う」

師匠「……ほどなく山の王の国を退ける形で一年間続いた戦は終わり」

師匠「お前の父親と第一王子はほぼ無傷で王都に戻れたが、ついでに儂も」
 
445 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:38:17.14 ID:51bwU4QR0
王子「……しかし第三王子は亡くなって、第二王子は……」

師匠「どうにか生きては戻ってきたが、起き上がることもできぬまま一ヶ月後には亡くなってしまった」

師匠「当時の王、お前の祖父の悲しみはどれほどの物であったか」

師匠「戦の後に国内が落ち着く頃には、病の床に就いてしまった」

師匠「その代行を務めたのは言うまでもなく第一王子」

師匠「病床の父、悲しみにくれる妹、戦の直前に結婚した妻、そして何より小国の民を」

師匠「それらが一気に彼の肩に」

王子「……」

師匠「元より、物心つくと同時に次代の王としての自覚と覚悟は持ち続けていたのだろうし」

師匠「陰では父親以上の立派な王になるだろうと、誰もが期待していただけはあった」

師匠「周囲の助けを借りつつ、少なくとも無難にはやるべき事柄をこなしていた」

師匠「一方で、王女には結婚の予定が前からあったが、戦と、二人の兄の喪に服すため、婚礼は延期され続けた」

師匠「……王族は異国人と、そうでなくても存在が認められない『隠し子』を持つことは許されなかったが」

師匠「正式な婚姻を結ぶのであれば、異国へ嫁ぐことは問題なかった」

師匠「お前の母は、『とある国』の第二王子……西の国との戦で成果を上げたその人物と、婚約していた」

王子「え……それって確か、南の港町にある、『英雄の像』の」

師匠「ああ、彼がのちに小国の民が安全に暮らせるよう尽力してくれたのは……果たして偶然かどうか」

王子「でも、母とは結ばれることはなかった……」

師匠「そうだ、王女の兄も妹のため手を尽くし、先方は何の問題もなく喪が明けるのを待ってくれるはずだったが」
 
446 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 17:40:10.83 ID:51bwU4QR0
師匠「その矢先、王女の兄さえも父親に先立ち逝ってしまった、理由は知っているか?」

王子「……一番上の伯父は事故で、とは聞きましたが、詳しくは」

師匠「彼は部下や下々の者にも思い遣りのある人物でな」

師匠「例えば国の大きな事業の現場に赴いて労いの言葉をかける、その行為が仇になった」

師匠「小国にあった『白い月の橋』を覚えているか?」

王子「ええ、僕が生まれる前からあって、今も残っている大きな橋でしょう?」

師匠「うむ、実は件の戦で一度は壊された橋でな、戦後に掛けられた仮設橋を本格的に掛け直す工事が始まったのだが」

師匠「嵐の日に現場に慰問に訪れ……土砂崩れに巻き込まれた」

王子「……」

師匠「お前の祖父が後を追うように亡くなったのは言うまでもなかろう」

師匠「そして、唯一の先王の実子となった王女は、異国へ嫁ぐことは叶わなくなり」

師匠「婚約は破棄された」

王子「その時の、『とある国』の王子様や王様は怒らなかったのですか?」

師匠「万一、王女が新しい小国の王妃となる場合はこの婚約は破棄される」

師匠「これは婚約当初からの条件だったので……国同士は『恨みっこ無し』」

師匠「当人の想いは置いといて、だがな」

王子「……」

師匠「あとはお前も知ってのとおりだ」

師匠「存命で、なるべく直系に近くありながらも王女の夫となれるほど離れた血筋の、男の王族」

王子「……父しかいなかったのですね」
 
447 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2017/02/05(日) 17:40:53.41 ID:51bwU4QR0

※小休止。続きは数時間後に※
448 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:09:17.68 ID:51bwU4QR0
王子「それもまた……当人達の想いは置き去りにして」

師匠「……」

師匠「正直……周囲も、人柄や適性の面で先王や第一王子には及ばないと充分理解はしていた」

師匠「当人達もお互い気の進まぬ婚姻ではあったが逆らえるはずもなく」

師匠「二人とも自尊心と義務感はあった、これからは国を支配する存在として生きなくてはならないとは決意したのだろう」

師匠「だから、世継ぎとなる子を成すのも必要だと理解していた」

王子「師匠」

師匠「ん?」

王子「……僕を身籠った頃の母は……父は……」

王子「何を、思った……でしょう……?」

師匠「ふむ……」

師匠「お前の母親が身籠った頃が、お前の父が王になって最も王宮の雰囲気は良かった頃かもしれん」

師匠「立て続きの兄や父の死、婚約破棄、それらからようやく王妃が立ち直ってきた時期でもあり」

師匠「亡くなった父や兄とも血の濃い世継ぎが生まれるのは喜ばしかったに違いない」

師匠「先王の直系ではなかった王も」

師匠「先王の孫である子の父となることで、その引け目を払拭できると思ったのだろう」

王子「……でも、期待されて生まれて来たのは……」

王子「今ならわかりますよ、比べられた義兄達に負けないほど優秀な王子が息子ならば、父はもっと僕を」

王子「自分の兄達の生まれ変わりのように優秀な息子ならば、母はもっと僕を……」

師匠「菫花……」
 
449 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:10:48.00 ID:51bwU4QR0
師匠「……儂が知る、お前の生まれる前の両親の話、は、これで終わりだ」

師匠「お前に接していた両親の様子は、お前が誰より知っている」

王子「ええ、そうです」

王子「二人とも、あの舞踏会の夜まで、最期まで……」

王子「……最期……まで……」

師匠(声が震えているな)

王子「……我儘に付き合ってくださって、ありがとうございました、師匠」

王子「想像していた両親と……だいたい同じでした」

王子「僕がそばにいるのも構わず、母が時々つぶやいてた独り言」

師匠「?」

王子「繋ぎ合せると、こんな感じでした」

王子「『上のお兄様の奥方、聡明なお義姉(ねえ)様、今は修道院に入っておられるけれど』」

王子「『お義姉様とお兄様との間にお子さえ生まれていたならば、今ごろ私は……』と」

師匠「お前……」

王子「…………父にはもっと面と向かって色々言われました」

王子「その中には、僕を結婚させて生まれた孫にこそ期待をかける、とも」

王子「全ては仕方がなかったのです、次々と周囲で悲劇が起きて、自分達にはどうすることもできなくて」
 
450 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:12:11.92 ID:51bwU4QR0
王子「望まずに国の頂点に立たされた二人の……期待をかけた王子が、期待外れと来ては」

王子「人間として、八つ当たりくらいしたくもなりますよね?」

師匠「おい、菫花」

王子「ええ、その八つ当たりの対象が何より大切な国民達なんて、それは決して許せません」

王子「王としても、人間としても……それは僕も充分わかっています、230年……いえもっと前から」

師匠「……親としてだけは、少しでもまともな面もあったとか、期待していたか?」

王子「そっそんなつもりでは!!」ブンブン

王子「そんなつもりでは……いいえ……だけど……」

王子「……もしかしたら両親の事が、少しは理解できるようになるかも、とは、期待したかもしれません……」

師匠「両親について、振り切れたわけではなかったのだな」

師匠「ま、それも当然か」

王子「……おかしいですよね、今の僕は」

王子「野獣の代わりに、どこにでも行ける自由を手に入れて」

王子「血は繋がらなくとも僕には勿体ないほどの家族ができて、素晴らしい友達もできて」

王子「今までにないほど幸せなのに……まだ、過去に囚われている……なんて」

師匠「……」フゥ

師匠「……今のお前は、ただ自分の過去と上手に折り合いをつけたい、それだけなのだ」

王子「……折り合いを……?」

師匠「過去の出来事は、忘れることはできても消せはしない」
 
451 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/05(日) 21:14:19.90 ID:51bwU4QR0
師匠「しかしお前からは前向きにしか見えない人々だって、過去を綺麗さっぱり忘却したから前を向けるわけではない」

師匠「自分の過去とどうにか上手くやる方法を見つけたから、前を向けるようになっただけだ」

師匠「お前はそれを見つけるのがド下手なので、何度も行きつ戻りつしながら足掻いている、それだけさ」

王子「……」

師匠「……いずれ話すつもりではあったが」

師匠「お前の両親の最期がどうだったか、気にはならんか?」

王子「……!!」

王子「そ、それは……師匠があの夜、教えてくださった以上のことが……!?」

王子「師匠達は、ふたりの心臓が止まるまでの一瞬の間に『悪夢』を見せた」

王子「その夢の中での『数ヶ月間』で、国に革命が起き王と王妃は捕えられ裁判にかけられて」

王子「民衆の手によって『彼らの行いに見合った最期』を遂げた、と……」

師匠「嘘ではないが、あの状況では可能な限り端折って話さねばならなかった」

師匠「お前の……お前がどう捉えるかは、お前の勝手」

師匠「この話はお前にとって救いになるとは限らん、却って苦しむかも、それは儂には判断できん」

王子「……」

師匠「……どうする?」

王子「……教えて……ください」

師匠「……わかった」

…………
 
452 : ◆54DIlPdu2E [sage]:2017/02/05(日) 21:15:36.72 ID:51bwU4QR0

※ここまで。次回は師匠の語りでなく回想シーン形式で……王と王妃の過去話だけに、内容暗くてすみません…※

453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/06(月) 00:56:39.27 ID:sW35PE7eO

悲劇だな
でも子供には何の罪もないのにね
454 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:22:55.49 ID:A6bjvzRP0
過去の出来事、王子20歳の誕生日、舞踏会の夜。

魔術師ギルド幹部…以下「幹部」

幹部2「……王と王妃はこのまま、『革命の悪夢』の中で死ぬ、もう後戻りはできん」

幹部1「王子はどうだ?」

幹部3「予定通り、両親の命が尽きるまでは目覚めない……我に返った時には過ぎた時間を一瞬にしか感じないだろう」

師匠(=幹部4)「本当に、心を読む魔法を使ってしまうとは、な……」

幹部3「幹部4……王子のほうも、もう後戻りはさせられない」

師匠「ああ、百も承知だ」

幹部3「……」

師匠「幹部1、そろそろ良いか?」

幹部1「そうだな、彼等の悪夢も終焉に近づいているだろう」

幹部2「既に記憶の中では数か月間の牢獄生活を送っているはずだ」

幹部1「いま王妃の暗示の『一部』を解いた、幹部4の言葉にだけは反応するようになっている」

師匠「わかった、では……」

師匠「……王妃様」

王妃「だから私は……止めたのよ、一のお兄様……あの嵐の日……」ブツブツ

王妃「なぜ世継ぎの王子自ら、橋を造る人足達を労いに行かなくてはならないの……」ブツブツ

師匠「王妃様?」

王妃「」ハッ

455 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:24:42.75 ID:A6bjvzRP0
王妃「……誰? 看守ではなさそうね……では処刑の執行人かしら?」

師匠「いいえ、以前にお会いしたことがありますよ」

王妃「ああ……魔法使いね、父王の代に王宮に出入りしていた老魔術師の弟子で、王の留学先での『学友』だとか」

師匠「よく覚えておいでで」

王妃「こんな監獄に足を運んで、惨めな囚人を見物に来たの?」

師匠「先ほど、何かつぶやいておられたようですが……?」

王妃「あら、魔法使いを相手に懺悔をしろ、と」

王妃「ふふふ……心底、惨めなものね……どんな重罪人も、処刑の前に教会の司祭を寄越して貰えるでしょうに」

師匠「……ええ、私は貴女のため祈ることはできません、ただ少しの間お話し相手になれるならば、と……」

王妃「なんのつもりか知らないけれど……よくよくの暇人なの?」

王妃「でも確かに、ひととき気を紛らわすのも悪くはないかも」

王妃「それに……地獄だって今の状況に比べれば……少しはマシでしょうね、ふふ……」

師匠(少なくとも、生き延びる可能性は諦めているようだな)

師匠(彼女の記憶では、どんな『数か月』を過ごしたのやら……)

王妃「暇人の魔法使いや、私の一番上の兄……先王の第一王子がなぜ亡くなったか、知っていて?」

師匠「はい、存じております」

王妃「私は止めたのよ、こんな嵐の日に、橋を造る現場へわざわざ慰問に行くことはない、と」

王妃「でもお兄様は『こんな日だからこそ、私が直に励ましの言葉を掛けなくてはならないのだ』と」

王妃「こうも言われたわ、『父上も我々三兄弟も、幼くして母を亡くしたお前を不憫だと甘やかしすぎた』」

王妃「『今さら私にはどうもしてやれそうにないが、隣国の第二王子に嫁げば色々とお前の世界も開けるだろう』」

王妃「『私よりずっと素晴らしい、自国の民の事をよく考えておられる王子だから』って……」
456 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:27:21.29 ID:A6bjvzRP0
王妃「それが、一のお兄様との最後の会話だった」

王妃「ねえ魔法使い」

王妃「お前は兄の……世継ぎの王子としての最後の行いを愚かだと思うかしら、それと立派だと思うかしら?」

師匠「国を背負う者として、実に立派な行いだと思っております」

師匠「……直後の出来事は非常に残念でしたが、それはどなたの落ち度でもありません」

王妃「やはり、お前もそう答えるのね」

王妃「……お兄様はあの日、行くべきではなかったと言っていたのは私を含め二人だけ、誰だと思う?」

師匠「……お兄上様の、奥方様ですか?」

王妃「ふふ、違うわ」フルフル

王妃「お義姉様は強くて聡明で立派な方よ、お兄様の選択を他の誰より正しかったと信じている」

王妃「私と子供の頃は会えば喧嘩ばかりしていた、相性最悪の、あの男……私の夫、国王よ」

師匠「王が」

王妃「『民は国のために在るのだから、国のために働くのは当然だ』と」

王妃「『国はすなわち王なのだから、危険を冒してまで次代の王から民のご機嫌伺いに出向く必要などなかったのに』と」

王妃「……後から考えたら」

王妃「一のお兄様が亡くなったせいで自分の人生を変えられてしまった腹いせとしか思えないけれど」

王妃「『兄上を誇れ』と言うばかりの周囲の慰めより、彼のその言葉に、私と同じ、愚かで身勝手で見識の狭い彼の存在に」

王妃「私は慰められたの……」

師匠「……」
457 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:28:37.18 ID:A6bjvzRP0
王妃「そんな王家が国を支配しているのですもの」

王妃「二人とも人生で何かひとつでも思い通りにしたくて、そんな二人がこの小さな国で『一番偉い人間』だった」

王妃「そうよ、民を、国を、玩具にしていたの」

師匠「王妃様……」

王妃「その通りでしょう? だから民の怒りが今の有様を引き起こしたのでしょう?」

王妃「この期に及んで言い逃れもしなければ誰に許しを斯うつもりもないわ、結末は同じですもの」

王妃「夫も……王も、この監獄のどこかにいるのでしょう? もうずっと会っていないけれど」

王妃「それとももう死んでしまった?」

師匠「いいえ……王妃様と同じような状況におられますよ」

王妃「お前は王とも話をしたの?」

師匠「……これから伺うつもりです」

王妃「そうなの、それではしっかりと話を聞いてあげてね」

王妃「あの人はお前の事が、本当は嫌いではなかったようだから」

師匠「……っ!?」

王妃「あ、その理由までは私はわからないから、質問なんか受け付けないわ。知りたかったら本人に聞くのね」

王妃「だからそろそろお行き、役人の許可を得てはいるのだろうけど、私もこれ以上話すことはないもの」

王妃「それに少し疲れた、一人になりたい」

師匠「……王子様のことはお聞きにならないのですね」

王妃「やめて」

王妃「せっかく王子の話題が出る前に会話を打ち切ったのに」

王妃「両親の所業の巻き添えで首を撥ねられるあの子のことなど考えたくもない、思い出したくもない!」
458 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:30:49.99 ID:A6bjvzRP0
師匠「母親としては当然の感情です、しかし」

王妃「違うの、王子を可愛がっていたお前に、最後だけは愛情深い母親だったとか思って欲しいのではない」

王妃「お兄様達にも流れていた父上の血を、その孫であるあの子で絶やしてしまうのが辛い」

王妃「あの子のそのまた子供は、もしかしたらお兄様達のように賢く強いかもしれない、それが潰えるのが悲しい」

王妃「ご先祖様達だって、無能な王の後に名君と呼ばれる王が出たことだってあったでしょう?」

王妃「あの子の、王子の罪は……罪があるとすれば、弱かったことだけ、親に逆らえなかっただけ」

王妃「民に対し処刑されるほどの事はしていないわ、できないわ、あっ、それに貧民の娘とも友人だったのよ!?」

王妃「そうだ魔法使い、庇ってあげられないの? お前はあの子を」

師匠「王妃様、王子……様は、民に対する罪を負わされてはおりません」

師匠「ただし残念なことに……魔法使いとして、我々に対する罪を犯してしまいました」

師匠「ですから、魔術師ギルドの掟によって罰せられます……が、『生きて償う義務』も課せられます」

師匠「王子様は生きて罪を雪ぐ、そして……」

師匠「私もまた王子様の魔法の師として、生涯かけて弟子が犯した罪の責任を取る所存でいます」

王妃「……あの子は、私達と一緒に死ぬことはないのね? 少なくとも生き延びられるのね? 神に誓える?」

師匠「誓いますとも」

王妃「そうなの、よかった……この監獄に来てからの数カ月、こんなに安堵できたのは初めて……」

師匠「王妃様、本当に貴女は、王子様のことを……?」

王妃「ふふ……自分でもよくわからないわ」

王妃「民への罪と同じよ、今さら言い逃れもしないし許しも請わない、あの子に対しても、ね」

459 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/02/18(土) 23:32:47.08 ID:A6bjvzRP0
王妃「さあ……本当にもう王の所へ行って頂戴、あの人によろしくね」

師匠「王様にお伝えするお言葉はありませんか?」

王妃「よろしく伝えて、それだけよ、どうせまた地獄で出会うでしょう……その前に処刑場かもね」

師匠「……畏まりました」

師匠「王妃様は少しご休息をお取りください、本当にお疲れのようですから」

王妃「ええ、そうさせてもらうわ、なんだか眠い」

王妃「……ありがとうね、暇人の魔法使い……」

師匠「……おやすみなさいませ」

師匠「……」

師匠「幹部1……幹部2、幹部3……王妃との話は終わった」

幹部1「では、彼女への最期の呪術を施そう……苦痛無き眠るような死、それで良いな、皆?」

幹部2「ああ、異存はない」

幹部3「彼女の現実での表情を見るに、そうは思えないけれど、ね……」

幹部2「明日の朝には人々に知れ渡り、一夜で滅びた王家として歴史に刻まれなければならないのだ」

幹部1「安らかな死に顔をさせるわけにも行かないだろう?」

幹部3「……わかっている」

師匠「では、次は王だな?」

幹部1「ああ、王も君の言葉にだけ反応するようにした……頼む」

師匠「……」コクリ

(王妃「あの人はお前の事が、本当は嫌いではなかったようだから」)

師匠(王妃のあの言葉は真実なのか?)

師匠(王……)

…………
460 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/18(土) 23:33:26.80 ID:A6bjvzRP0

※ここまで。次回も王の最期をこんなふうに一気に、日時未定ですがなるべく早く投下できたら、と※
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/19(日) 01:21:41.46 ID:maz3H3t+O

根っからの悪人ではないだけに、居たたまれないな
462 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:50:13.81 ID:u5aqlIxc0
……………………

そして、その頃……

(野獣「……」)

(野獣(……夢だな、これは……この世界でも、肉体のない私にも、休息や睡眠は必要だし))

(野獣(眠れば『夢』を見ることもあるが……この夢は……私の記憶や知識から湧き出したものと言うより))

(野獣(実際に起きていること……そう、師匠の声で……過去の出来事が語られている、きっと実際に師匠は語っているのだ))

(野獣(その相手は、紛れもなく菫花))

(野獣(二人の旅も終盤、かつての小国の領土に入って、距離が近くなったせいなのか))

(野獣(師匠の言霊の力なのか、それとも菫花の、過去を知りたいという強い思いが私と共鳴したのか))

(野獣(それら全ての要素が合わさったせいか))

(野獣(始祖である英雄王とギルドの関係、若い頃の両親、そして……))

(野獣(母上の、最期……))

(野獣(見かけは苦悶を浮かべた死に顔だったが、苦痛と絶望の中で息絶えたのではなかったのだな))

(野獣(師匠達、魔術師ギルドの幹部達が掛けてくれたせめてもの情け……慈悲を))

(野獣(これから罰せられる王子には明かせる筈もない))

(野獣(……))

463 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:51:17.05 ID:u5aqlIxc0
(野獣(屋敷で獣の姿で目覚め、30年間暮らした中で))

(野獣(私も相当、身勝手な振る舞いをして来た……罪と呼んでいい))

(野獣(気まぐれで旅人を助け……何も知らない彼らがバラを折ったらどうなっていたかわからないのに))

(野獣(そして森の獣を使用人に作り変え))

(野獣(またもや私の気まぐれで招き入れた商人の命を、実際に奪う寸前まで行き))

(野獣(末妹を家族から引き離した))

(野獣(結果的に、使用人達も末妹とその家族も私を許してくれただけの違い))

(野獣(……私の両親は、民に許されなかっただけの違い))

(野獣(しかし菫花は、昔の私として禁忌の魔法を使った罪は負ったが))

(野獣(野獣の罪とは無縁))

(野獣(私が、数々の過ちを犯した前には戻れないように、あいつも今の私ではない))

(野獣(師匠の話に何を思うか……私には想像しかできない))

(野獣(……そして今度は、父の最期が語られるのか……))

……………………

…………

464 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/02/26(日) 23:52:27.47 ID:u5aqlIxc0

※ここまで。一気に、と言いつつ後で出す予定のシーンをここで挟みたくなった…なのでsage更新です※
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 11:35:40.12 ID:uuiH64PZO
乙です
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/10(金) 23:39:51.02 ID:bjl/fpKvO
待ってる
467 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:36:24.05 ID:bgu+yfMr0
……

師匠「王様……国王陛下」

王「……なんだ、貴様か」

王「看守達もいなくなり、ようやく一人になれると思ったが……よりにもよって貴様とは」フン

師匠(記憶の中では彼もそれなりの獄中生活を送っているはずだが)

師匠(こういう所は相変わらず)

王「で……余に何の用だ?」

師匠「私ごときでも、しばし話し相手にでもなれれば、と」

王「ごとき、ね」

王「はん、学校でも成績優秀だった上に魔法の才能もあった貴様が何を言う」

王「どうせこの場に二人きりなのだ、『俺』を王とは思うな、昔の調子で口を聞いて構わん」

王「それとも、それもできないほどの臆病者だったか?」

師匠「……」フゥ

師匠「わかったよ、『君』はもう少し消沈していると思ったが……『学友』」

王「ははは、それで良い……」

王「……くだらんよな」

師匠「?」

王「俺の一生がだ、どうせ貴様もそう思っているのだろう?」

師匠「……くだらないかどうかはわからない、が……正直に言って、君は道を誤った、とは思う」

468 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:37:41.94 ID:bgu+yfMr0
王「俺を王にしたのが一番の間違いだ」

師匠「……」

王「ふん、わかっている、王になってからの振る舞いを言っているとは」

王「反発する者は処分し、忠告する物は追放し、逆らわぬが無力な者から枯れるまで搾り取り、役に立つ者へ与える」

王「先王ならばこんな愚かな事は……先王の王子が生きていれば……」

王「彼等が健在だった頃と同じようにまたも比べられた」

王「俺はこう思ったものだ、山の王の国から領土を分捕ってでも来れば文句を言ってた連中も黙るだろう、と」

王「山しかないと言いながら、あの国には近年発見された鉱物資源があり」

王「我が国に仕掛けた先の戦で消耗し、十年以上経ってもまだ立ち直れていなかった」

王「しかし失敗は許されん、俺なりに慎重に準備を進めた」

王「『あの屋敷』を手に入れたのもその一環だ、機械仕掛けを新しい戦術に活かせないか、とな……」

師匠(あの屋敷と言っても、我々は今まさにその屋敷にいるのだが)

師匠「……それが血も流さずあっさりと北の大国の領土になってしまったのは、今から2年ほど前だったな」

王「ああ、またも物事は俺の思い通りにはならなかった」

王「その上、高い魔力を持つくせに腰抜けで役立たずの王子は『戦がなくてよかった』と安堵している」

王「本格的に息子に期待するのを諦めたのはその頃だ」

師匠「……」

王「ふん……何故か貴様はあれをお気に入りだったよな」
469 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:39:25.02 ID:bgu+yfMr0
王「人一倍ひ弱な赤ん坊だと知った時から、新たな子供を成さねばと思ったが、妃には拒まれた」

王「あの女はもともと義務で世継ぎを産んだのだ、身籠り、産むという苦痛を、俺相手にこれ以上は味わいたくなかったのだろう」

王「だったら期待するのは孫しかないだろう?」

王「あれは始祖の血を濃く引いている」

王「従順で血統のよい嫁を取らせて三人も産ませれば一人くらいは当たるだろう」

師匠「王妃の発案した誕生祝いの舞踏会を承諾したのは、そのためか」

王「ああ、目を付けていた娘を何人か招いていた」

王「まさかあれ自身が貧民の小娘を招いていたとは思わなかったが」

師匠「そのことで王子を咎めたのか?」

王「妃は泊まらせずに追い返せと怒っていたが、俺は……こいつも男だったのかと見直したよ」

王「俺の選んだ娘を正式な妻に娶りさえすれば、あの小娘を寵姫にさせてやっても構わないとは考えたさ」

師匠「……君と言う男は……」

王「ははは……貴様が自分の娘のように目をかけて仕事まで世話してやったそうだな?」

王「なあに、俺と王妃がいなくなればお前の好きにしてやれば良いだろう、王子も小娘も」

師匠「……」

師匠「……それは、させてやりたくても……」ギリ

王「ん? あいつも反乱軍に捕まっているのか?」

師匠「……」

師匠(王妃にした話を、この男にもするか……)
470 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:40:31.41 ID:bgu+yfMr0
王「……ふむ、魔法使いとしての罪か」

王「くくくく……本当に馬鹿馬鹿しい、全てはくだらない……はーっはっは……」

師匠「何がそんなにおかしいのだ」

王「はは……もう恍けるはやめにしないか、ギルドの幹部よ」

師匠「どういう意味だ?」

王「……」

王「……山の王の国へ攻め入る準備を進めていた頃だ、俺は数代前から忘れ去られていた城の地下倉庫を探っていた」

王「固く封をされた一冊の書物」

王「150年、いやもっと前か、当時の先祖は本当に忘れたのか、敢えて封印したのか、そこまでは窺い知れなかったが」

王「……英雄王、我ら王族の始祖、人間でありながら魔物の力を取り入れた男」

王「子や孫の成長を見届けて亡くなったと言われているが……本当なのか?」

王「400年前の活躍を見るだけでも、既に人間の範疇を超えていたのは間違いない」

王「そんな男が、たった70年か80年しか生きなかった、と?」

師匠「……まさか」

王「貴様等の魔術師ギルドでも、幹部に選ばれた際に初めて知らされるらしいな」

王「……魔術師ギルド総本山の長とは、400歳を超えた英雄王『本人』であると」

師匠「……」

師匠「……ああ、儂も知った時には驚いた」
471 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:42:53.09 ID:bgu+yfMr0
師匠「我々でさえ直接顔を合わせることは滅多にないお方ではあるが」

王「そして小国王家の監視者の長でもある」

王「子子孫孫が自分の教えを忘れ去っても、自分の願いとは異なる振る舞いをしても、見守るだけで放置せよ、と」

王「他国との戦に勝とうが負けようが、民が反発しようが、流れに任せよ、と」

王「栄えようが滅ぼうが、子孫が選んだ道だと突き放す傍観者、そいつが我々の血の繋がった始祖だ」

師匠「……学友」

王「……その顔は、俺を哀れんでいるのか?」

王「はは、大概の先祖とは子孫のやる事なす事に干渉のしようがないのは当たり前」

王「始祖は過去の人間、つまり死人としての立場を貫いただけ」

王「最も悪いのは、次代への伝承を怠った150年前の王だ」

王「次に悪いのは、先祖を恐れ敬う心を失った俺自身だ」

王「貴様等の長を責める気はない」

王「ただ……ただ、くだらん、馬鹿らしい……王としての人生が」

王「俺は読み終えたそれら複数の書物を燃やした」

王「それまでの生き方を変える気も起きなかった」

王「自分の人生を気の済むように生きて、自分が死んだ後はどうなろうと知ったことではない」

王「そうでなければ不公平だと思った」

師匠「……」
472 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:43:49.21 ID:bgu+yfMr0
王「挙句の果て、今こうして民の反乱に屈し……死を待つ身になった」

王「王妃も、同じように死んで行くのだろう?」

師匠「……ああ」

王「ふ、今ごろ泣き喚いているだろうな」

師匠「……王妃様とは、先ほど少し話をしてきた」

王「ほう?」

師匠(この男が儂をどう思っているか云々は除いて、王妃との会話を教えてやるか……)

王「……は、妃なりに覚悟はできているのか」

王「まあ元から自尊心だけは高い女だ、取り乱さないだけ立派だと褒めてやろう」

師匠「王妃様は……君の事を気遣っていたぞ」

王「……」

王「共に過ごせば愛はなくとも情は沸く、女とは大なり小なりそういう生き物だ」

王「妃も夫が俺でさえなければこんな最期は迎えなかった、哀れだとは俺も思わないわけでもない」

王「王子も……」

王「……」

王「俺の望みを、王子に伝えてはもらえないか? 遺言だ」

師匠「?」

王「憎めと、お前を不幸にしたのは父だと、父を憎めと」

王「母を憎む時もあるかもしれない、しかしそれも元はと言えば父のせいだ、だから父だけを憎めと」
473 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:45:16.26 ID:bgu+yfMr0
王「……なんてな、俺の遺言をあれに伝える義務は貴様にはない、好きにしろ」

師匠「……」

王「またその顔か」

王「くく、本当に貴様は面白い、俺が嫌いなのではなかったか?」

王「貴様が本当のところ何を思っているかは知らん、しかし」

王「俺は……妙だな、貴様の前では己を取り繕う気が失せるのだ」

王「貴様は身分が低いのに、子供の頃から俺を恐れも媚もせず堂々と振舞っていた、他の人間を前にしたのと同じように」

王「羨ましかった、貴様は頭も良いし才能もある、しかし……それ以上に貴様の強さが羨ましかった」

師匠「な、何を言うんだ」

王「こいつは状況的に他人だの運命だのに振り回されていても、自分の今の全てを自分の責任にできるのだろう」

王「いつも……周囲の連中、親、先祖、立場、とにかく全てを他者のせいにしてきた俺とは違うのだ、と」

王「異国の学校で出会った時からそう思っていた」

王「貴様のような人間になりたかったと……牢獄に来てからはその想いが強くなって」

師匠「学友」

王「……時間があれば、時間をかければ、いつでも変われる」

王「しかし、もう俺に時間はない」

王「全ては遅い、遅かったのだ……」

師匠「学友、君は」

幹部3「幹部4!!」

474 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:46:23.93 ID:bgu+yfMr0
師匠「っ!?」

幹部1「……幹部4、あのままでは王の暗示も、偽りの記憶も解けるところだった」

幹部2「君の集中力が乱れて、この場の魔力に影響を与え始めていたのだ」

幹部3「強引ではあったが王との会話を打ち切らせてもらった、悪く思わないで欲しい」

師匠「彼……王は?」

幹部3「そこだよ」

師匠「……苦しんだのか?」

幹部1「表情はどうあってもこうする以外にないが」

幹部1「眠るような安らかな死を、とは行かなくとも……自分が死んだのにも気づいていまい、あっという間もなく心臓を止めた」

幹部2「自己を哀れむばかりで、王妃ほどの僅かな反省すらなかったけれどね」

師匠「……哀れ、か……」

幹部1「……王がギルド長の正体を知っていたとは」

幹部1「しかし、長がどれほど苦しんで暗殺の依頼を受けたかなぞ、想像もつかなかっただろうな」

幹部2「長は小国の民の今後のために、我々と共に働くと約束してくださった」

幹部2「……民の行く末を見届けてから、ようやく永遠の眠りにつかれるのだ」

幹部1「悲しいが、それが長の望みだからな」

師匠「……」

幹部3「……大丈夫か? 次は、王子に……」

師匠「心配いらん、すまんな、幹部3」
475 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:47:30.36 ID:bgu+yfMr0
幹部2「王子に……罰を宣告するのだな」

幹部1「やはり幹部4しか出来ない役目だ」

師匠(王子……菫花……)

師匠(いま我々が、いや、儂がお前にしてやれることは他にはない)

師匠(しかし……儂はお前の師匠として責任を取ろうと思う)

師匠(贖罪のさ中にいる間は見守るしかできないが)

師匠(子孫を見守る立場に徹した故に、長い年月を苦悩されたギルド長のようにな)

師匠(両親と違うのは、お前は贖罪を終えたら自由になれるのだ)

師匠(既に図書館の娘もいない世界だが……それでも、お前の幸せを……)

…………

……………………

…………

王子「…………」

師匠「……これが、お前の両親の最期だ」

師匠「ギルド長……かつての英雄王は、小国の民がどうにか無事に暮らして行く姿を見届けると、永遠の眠りにつかれた」

師匠「舞踏会の夜から5年後のことだ」

師匠「不老長寿の身ではあったが、いつでも死ぬ事は出来たのだ」

師匠「ただ、魔物の血を子孫に残した責任感から、監視役の立場を選ばれた……」

王子「…………」

師匠「……衝撃だろうな、まさか英雄王が、お前の生まれた時代まで生存していたとは」
476 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:48:43.70 ID:bgu+yfMr0
師匠「そして、我々がお前達親子に何をしたか、改めて知らされたのだ」

王子「……」グス

師匠(顔は覆ったままだが……泣いているな、当然だ)

師匠「……やはり人払いをしてやる、思う存分に泣くがいい」

師匠「半径50メートル以内に足を踏み入れた人間がふと他の場所に行きたくなるような、緩く且つ強固な結界を張ってやる」

師匠「ただし2時間だけだ、いろいろな意味でそれが限界だからな?」

師匠「……それから、少し……ゆっくり、儂とお前で話をしよう」

王子「……」グシュ

師匠(頷きもしないか)

師匠「儂は結界の外にいる、結界の中は見ないぞ、一人になりたいだろう?」

師匠「では、2時間後にな……」

結界:もよんもよん……

師匠「……結界の外からは、無人の墓しか見えん」

師匠「この結界に近付いても強制的に弾かれることはないが、通常の人間は、なんとなくそれ以上入って行く気が失せてしまう」

師匠「効果は実に地味だが実は非常に強い魔力が働いている」

師匠「周囲への思わぬ影響を考えても2時間が限度なのだ」

師匠「……」

師匠「結果的に、英雄王の子孫は、英雄王とその意思を受け継ぐ魔術師ギルドの掌の上にあった」

師匠「菫花も儂の掌の上にあった……」

477 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:49:26.56 ID:bgu+yfMr0
師匠「綺麗事を並べてもそれが真実だ」

師匠「菫花と再会して数カ月、儂は話せなかった、まだ早いと、機は熟していないと思っていた」

師匠「……本当は、話したくなかった」

師匠「お前と共に過ごす時間がもう少し長くなるまでは」

師匠「……恨むならば、王でもなく、王妃でもなく、民でもなく、ギルド長でもなく」

師匠「儂を恨め、今こうして生きている儂を……」

師匠「……そう、虫のよい話ではないか」

師匠「自由になったお前を引き続き見守る立場に徹すればよかった」

師匠「お前のためお前を受け入れるこの時代の人々ため関わる、それこそ綺麗事よ」

師匠「……使用人達と少年と少女、彼等彼女等がいる、あいつには」

師匠「夢の世界には、野獣もいる」

師匠「何が……儂の息子だ、あいつの父親だ、そんな虫のいい話があるか……」

師匠「考えたら、あの話をするまでもなく、あいつに好かれる理由があるものか」

師匠「いつも罵倒してばかりだったではないか……」ハァ

師匠「……儂も弱いぞ、学友よ、買い被り過ぎだ……」

…………

結界の内側。

王子「う……うう……」

王子「うわああああん」
478 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 01:50:33.35 ID:bgu+yfMr0
王子「……父上、母上」グシュ

王子「僕は……どうしたら」グスグス

王子「……僕は……どうしたいんだろう……?」グス

王子「う……うわあああああああああ……ん」

(野獣「……」)

(野獣「菫花、私もまさか始祖がギルドの長とは思わなかったが」)

(野獣「始祖の立場も師匠達の立場も……今の私は理解できる」)

(野獣「師匠が自分の全てを捨てて、私をお前を追いかけて来た決意のほども」)

(野獣「父と母は、改めて『ただの人間』であったと思い知らされて、悲しくなったか、哀れになったか?」)

(野獣「だが父と母の罪は罪なのだ、どれほどの人々が両親のために苦しんだか」)

(野獣「それに対し何もしなかった私も」)

(野獣「両親を哀れむ気持ちとは分けて考えなくては」)

(野獣「……私の声は、しかし、届かないのだな」)

(野獣「お前の嘆きは、まるで目の前にいるかのように感じるのに……」)



…………



   誰かが、泣いている、嘆く声が聞こえる



   不思議なことに、耳からではなく胸のあたりから、野獣様のかけらが溶け込んだあたりから……



…………

479 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2017/03/12(日) 01:52:33.20 ID:bgu+yfMr0
※ここまで。ごぶさたしてすみませんでした。余談ですが幹部1・2・3のうち、3だけは女性です。
師匠と同い年ですが見た目は凄く若いという誰が得をするんだ設定があったりする※
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/12(日) 02:22:45.84 ID:hD0AHnuUO

凄いな英雄王
481 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:52:57.08 ID:qgSk7P+h0
商人の家……末妹の自室。

末妹「明日は友3ちゃんの家で、友1ちゃんや友2ちゃんと一緒に、次の試験に向けての勉強会」

末妹「……半分くらいはお茶しながらのお喋り会になっちゃうかも?」

末妹「でも楽しみ」フフッ

末妹「さてと……宿題は済ませておかなくちゃ」パラ

末妹「……?」

末妹「人の泣き声?」

末妹「誰か……泣いているの?」

末妹「なんだか遠くから聞こえるような、微かな……でも、外からじゃないわ?」

末妹「かと言って、家の中というわけでもない……」

末妹「……」

末妹「あ」

末妹「……そうなのね、これは……わかった」

末妹「……どうすればいいの?」

末妹「……そうね、そうすればいいのね」

末妹「目を閉じて、心を落ち着けて……」

末妹「……」

……
 
482 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:54:40.26 ID:qgSk7P+h0
同じく、次兄の自室。

次兄「……あれ?」

次兄「地理の勉強用に借りて来た本の世界地図、なんかおかしい?」

次兄「うーん、このあたりは確か数年前に正確な測量が終わった地域と聞いたが……少し古い資料なんだな」

次兄「俺が家庭教師から習っていた時の地図帳は行方不明だし」

次兄「正直、発掘の手間を惜しんでいるだけですが」

次兄「最新の地図帳はやはり現役で学校に通っている末妹に借りましょう」スック

……

ドア:コンコン?

次兄「……返事はないがドアに隙間は空いている」

次兄「入るよ末妹……」カチャ

次兄「……ありゃ」

末妹「……すやすや」

次兄「シー」

次兄(勉強机に突っ伏して眠ってる、この子にしては珍しいなあ)ソロリ

次兄(フッ、優しいお兄様は毛布をかけてあげましょうね)ソロソロ

次兄(ベッドの上に綺麗に畳まれている毛布を持ち上げの)ソローリ

次兄(毛布を広げの)ファサ

次兄(末妹に近付きの)ソロソロ

次兄(そっとかけーの……)
 
483 : ◆54DIlPdu2E [saga]:2017/03/12(日) 21:55:24.93 ID:qgSk7P+h0
次兄(あ、あれ?)グラリ

次兄(なんだろう、末妹の肩に触れた途端、強烈な眠気)フラフラ

次兄(やばいやばい、いったい何が……)ヘナヘナ

次兄(あ、もうらめ……床と仲良くなっちゃう……)ズルズル

次兄「……ぐー」コテン

末妹「……すー、すー……」

…………

(末妹「……やっぱり、ここは……野獣様の夢の中……」)

(末妹「……に、よく似ているけど……なんとなく違うような気もする?」)

(次兄「……あれ、末妹」)

(末妹「あ、お兄ちゃんも来たのね」)

(次兄「いったいどうして……俺は末妹に地図帳を借りようとして部屋に入ったんだけど……」)カクカクシカジカ

(末妹「……そうだったんだ、私は……たぶんだけど、野獣様の欠片に導かれてここに来たの」)

(次兄「え、野獣様の欠片は、もう完全にお前に溶け込んだんじゃなかった?」)

(末妹「うん、その通りよ、だけど……だから、これはきっと」)

(末妹「野獣様から分けていただいて、今は私の力になった……私のたったひとつの魔法……かもしれない」)

(次兄「末妹の魔法????」)

(末妹「そんな気がするだけ、とにかく……私を呼んでいるの、だから行かなくちゃ」)

(次兄「な、なんかわからんけど俺も一緒に行くぞ?」)

(次兄(なんか一人じゃ帰れる自信ないし!!))

(末妹「もちろんよ、きっとお兄ちゃんがここに来たのにも意味があるはず……」)

…………
 
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