末妹「赤いバラの花が一輪ほしいわ、お父さん」(最終章と後日譚)

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93 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:18:43.86 ID:dkyA67w70
王子「では、覆いを開きます、皆さん……」グッ

末妹「はい……」

次兄「どきどきわくわく」

覆い:サーッ

師匠「……」

師匠(久し振りだな、王よ)

師匠(野獣よ、お前も仮想の窓で見ているのであろうな……)

(野獣「……父上、そして母上……」)

(野獣「菫花がこの部屋に入り、絵と向かい合ったあの日」)

(野獣「菫花はよくやった、頑張ったと私は思った、嬉しかった」)

(野獣「しかし、私自身は……」)

次兄「」

末妹「……っ」

王子「!」

(野獣「お前達……」)

王子「……なぜ、泣くのですか……?」

王子「二人とも……」

末妹「……何故でしょう、この絵は……とても立派で美しいと、芸術の知識がない私にもわかります」グス…

末妹「そして描かれている王様と王妃様……お二人も奇麗なかた、でも、でも」

末妹「……この絵を見たとたん、胸のこのあたりがぎゅっと……苦しくなって、涙が……」グシ

(野獣「末妹」)

(野獣「あの場所は末妹が……『私の欠片』を押し当て、そのまま溶け込んだ場所……」)

次兄「……俺は、これ、あくまで直感なんだけど」グシュ

次兄「俺こええよ、この絵……」

次兄「描かれている対象そのものがじゃなくて、なんというか、その……」ズビー

次兄「依頼をこなすだけ、それだけでよかったんだこの画家は、なのに」

次兄「頼まれていないものまで描いちゃったんだ、そしてそれは描いちゃ駄目なものだった……」

(野獣「次兄、お前にはそれがわかるのか……」)
 
94 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:20:01.81 ID:dkyA67w70
次兄「……なんて、さっきも言ったけどあくまでも直感」

次兄「見たとたん、俺の心にずっしり来たのを言葉にしたら、そんな感じなんだ……」グシュン

王子「君たち……」

師匠「……」

師匠「君等の家は庶民とは言え裕福ではあるが……ご両親の肖像画は家にあるかね?」

末妹「……あります」コク

末妹「ふたりが結婚した頃に、祖父が王都の画家に依頼したという……」

次兄「今はそこそこ名も売れているけど、20年前はまだまだ新人で」

次兄「じいさんが知人の伝手で紹介してもらったと聞いたけど……」

末妹「勿論こんなに大きくはありません、今は母の部屋に飾ってありますが……」

末妹「………………」

王子「きっと、幸せそうなお二人…ご両親の姿が描かれているのでしょうね」ニコ

末妹「菫花さん」

師匠「……次兄君、小国の歴史書を何冊か読み漁ったのならば……この王の先王は『何者』か、知っているか?」

次兄「ふぇ?」

次兄「……うん、確か、この王妃様のほうの父親が前の王様だって」

次兄「だから、王子様の……菫花さんの祖父には間違いないけど、王様は前の王様の子供じゃない」

王子「……その通りだよ」

師匠「ああ、小国では、女性には王位継承権がなかった」

師匠「そして、王妃がまだ王女だった頃、彼女には三人の兄王子がいたので」

師匠「次代の王はその王子達に間違いないと、誰もがそう思っていたが……」

師匠「戦や思いがけぬ事故が原因で、王子達は立て続けに若くして亡くなってしまった」

師匠「王子達に続く王位継承権の高い者も、同じ戦で亡くなったり重い病の床にあったりと……」

師匠「結局は先王の従弟の息子である『この男』に回って来た」

師匠「そして、この王家にはもうひとつしきたりがあった」

師匠「先王の王子は不在だが王女だけは存在している場合、強制的に次の王の妃にならねばならない」

師匠「先王の『直系の血』は残さねばならんのでな」

末妹「……」
 
95 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:20:57.88 ID:dkyA67w70
師匠「儂は『この男』を、そんな立場に立たされる前から知っているが」

師匠「…………彼の人生は彼の思い描いた通りに行かなかった」

師匠「おそらくは、『彼女』も」

次兄(……そうか、このきらびやかな衣装の美形王族カップルが漂わせる暗さは……)

師匠「だからってなあ、国を、民を、我が子を」

師匠「全てを王の名の元に自分の思い通りにしてやろうとはなあ、許された所業ではないぞ、わかっておるのか?」コンコン

次兄「お、おっさん、絵を杖で叩いたら絵具が剥がれるし」アタフタ

師匠「……この男とは少年の頃、机を並べて共に学んだこともあってな」

師匠「ま、それはどうでもいい」

師匠「この画家は間違いなく腕が良かった、天才と言っても良い」

師匠「……しかし既に名声が拡がっていたとは言え若くもあったのだ、思いがけず、彼らの複雑な心境まで筆に込めてしまった」

師匠「王と王妃自身が気付いていたかは今となってはわからんが」

師匠「……彼らの子である王子は、間違いなく敏感にそれを感じ取ったのは間違いない」

王子「…………」

師匠「そして、赤の他人であるにもかかわらず」

師匠「芸術的センス、若さゆえの感受性の強さ、野獣への想い、他にもあるかもな」

師匠「あらゆる要因が、この絵に向かい合った君達兄妹に涙を流させた」

師匠「……正直、君達がここまでの反応を見せるとは予想外で」

師匠「まだ幼く柔らかな心が傷付いたとすれば、すまないことをしたと儂は思う」

(野獣「……」)

末妹「……(お兄ちゃん)」チラ

次兄「……(うん)」コクリ

末妹「いいえ、師匠様」

末妹「兄も私も、この部屋に入った事を後悔してはいません」

末妹「私の場合は、最初に胸がとても痛く、苦しくなりましたが、その後は次第に落ち着いて」

末妹「……それから、今度は同じ場所がほんのりと……暖かくなったのです」

末妹「野獣様が夢の中で、ご自分の欠片を、泣き続ける私に分けてくださった直後のように」

(野獣「!」)
96 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:21:54.50 ID:dkyA67w70
末妹「今は、いつもと同じように何の違和感もありません」

末妹「……野獣様の欠片に野獣様の『心』が残っていたのかもしれません」

末妹「正直に言います、私は……あまりにも、自分の両親の結婚式の絵と、違い過ぎて」

末妹「とても切なくて、悲しくて……恐くって……」

(野獣「末妹……」)

末妹「その時…私自身のその感情と、野獣様の心が重なったような気がして、よけい辛くなって」

次兄「相乗効果で増幅されたのかもしれないな」

末妹「でも、涙と一緒に痛みも外へ流れたのでしょう、きっと」

末妹「だからもう大丈夫、ここにある野獣様の『心』の一部も」

末妹「……菫花さんや野獣様と同じように、絵に向き合う辛さを乗り越えたと思うのです」

王子「野獣の、心の一部……」

末妹「ええ、こういう言い方はおかしいかもしれませんが、野獣様から切り離されたがために」

末妹「菫花さんと野獣様に置いてきぼりにされてしまったのでしょうね」

末妹「でも、ようやく私の目を通して向き合う事ができました」

末妹「……それを終えて、今度こそ本当に、この欠片は完全に私に溶け込んだ」

末妹「そう思うのです、そんな気がしてならないのです」

末妹「同時に私自身の心も……今は穏やかです」

末妹「この絵を見て、切ない、悲しい、という気持ちはまだ拭えませんが」

末妹「『恐い』という気持ちは、もうありません。何故かはわからないけれど……」

師匠「……一度あいつから切り離され君に吸収された『あれ』に、あいつの要素が残っていたとは到底考えられんのだが」

師匠「が、あいつと君達が関わることで、儂の思いもよらぬ事象が今までも何度も起きた」

師匠「世の人が呼ぶ『奇跡』という事象かもしれんが」

師匠「ま、奇跡などと大袈裟な物ではない、そんな事もアリか、くらいの話だ」

師匠「信じたからと、誰も損はしない」

師匠「……少年…次兄君、君はどう思う?」
 
97 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:22:45.23 ID:dkyA67w70
次兄「うーん、俺の直感は案外当たっていたんでしょうね、おっさんの話によると」

次兄「この画家は天才で、この絵を描いたより後の時代にはもっと活躍した」

次兄「でもやっぱり、この絵はできるだけ忘れていたかったと思う」

次兄「……俺は画家になりたいし、そのために何でも描ける腕が欲しい」

次兄「そして、描いちゃいけないものまで描けるほどの力が欲しい、でも」

次兄「その上で、必要とあらばそれを抑える力も必要だと今は思うし」

次兄「抑える事で、絵としての完成度を上げる事が出来る、そんな力を身につけたい」

次兄「この画家もきっとそうすることで、より素晴らしい絵を残せたんだと思う」

次兄(でも趣味で描く絵はまた別の話)

次兄「だから、俺が最終的にこの絵からもらった物は前向きな気持ち」

次兄「夢を叶える意欲、そんな感じ……かな」ニヘヘ

(野獣「末妹、次兄、お前達は」)

(野獣「……お前達は……どれほど私から『ありがとう』という言葉を引き出したいのか……」)

王子「……」グス

次兄「お、おいおい、今度はあんたが泣いちゃうのか!?」

師匠「どうしたのだお前は」

末妹「菫花さん!」

王子「……はは、なんでしょうね、これは」グシュ

王子「僕は今、ものすごく嬉しいのです……」

王子「これは身勝手な思い込みですが……」

王子「君達の涙で、ようやく……僕の両親の魂は……浄化された、救われたんじゃないかな、って」

王子「君達にそんなつもりは毛頭ないとしても、結果として」

王子「これでようやく、穏やかに眠りに着けたんじゃないかって」
98 : ◆54DIlPdu2E [sage saga]:2016/02/28(日) 00:23:50.68 ID:dkyA67w70
王子「……そう簡単に許されてはいけない罪を犯したと、わかってはいますがね……」グス

末妹「……救われた……おふたりの魂が……」

師匠「……」

師匠(本当の所はどうか知らんけが)

師匠(なあ、王よ王妃よ、どうだ、お人好しのド間抜けの息子の言う通りに…もう穏やかに眠ってみないか)

師匠(自分の立場を利用して好き勝手に振舞いながら決して幸福ではなかったあんた達だが)

師匠(菫花の言葉で、菫花にこんな友達ができた事で、充分過ぎるほど報われたではないか)

師匠(なあ野獣)

師匠(お前ももう、それでいいよな? 両親の魂は穏やかであれ、と願ってやれるよな……?)

(野獣「……師匠」)

(野獣「ええ、私も末妹と次兄に感謝していますよ……」)

メイドの声「皆さーん、朝食ができましたよー」

末妹「メイドちゃんが呼んでいる」

師匠「おお、思ったより時間を取ってしまったな」

師匠「冷めないうちにいただくとするか、ほら、行くぞ」

次兄「そういえば腹ペコだぁ」グゥ

王子「ええ、用意してくれた皆を待たせてはいけませんね」

王子「……」

王子「父上、母上」

王子「僕はこれからもこの世界で生きて行きます、皆と一緒に」

王子「……またここに来る事もあるでしょう、しかし今は……」グイ

覆い:シャッ

王子「……おやすみなさい、さよなら……」

……
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