0079 -宇宙が降った日-

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1 :キャタピラ ◆EhtsT9zeko :2016/02/17(水) 17:13:37.14 ID:F4VZZddn0
*宇宙世紀ガンダム(UC0079)の二次オリ作です。

*原作キャラの登場有無はわかりませんが、出てきても道端ですれ違うレベルです。

*世界観だけお借りして勝手に話を進めていきます。

*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。

*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。

*レスは作者へのご褒美です。

*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします
ツイッター@Catapira_SS

以上、よろしくです。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455696807
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/17(水) 17:24:07.21 ID:F4VZZddno



 故事にはこうある。

 その男は根っからの心配性で、ついには「空が落ちてくる」というあり得ないことを恐れ始めた。

 起こりえない事象をむやみに心配する様を、その男の名を取って、“杞憂”というらしい。

 しかし、その男が心配した「空が落ちてくる」という事象は、今まさに俺達の頭上で起こっていた。

 ここは、オーストラリア南部にあるメルボルンの連邦軍基地。基地には今、膨大な数の一般市民が押し寄せて、混乱の一途を辿っている。

 数時間前、連邦政府からの緊急事態宣言が発令された。サイド2のスペースコロニー、アイランドイフィッシュが、地球の重力圏へ接近しているとの報だった。

地球全土に警戒態勢が敷かれる中、連邦宇宙軍がスペースコロニーを伴って接近しつつあるジオン公国軍を迎撃したが、ジオン側の新型機動兵器に壊滅させられた。

 ただし、その迎撃作戦はある意味では成功を収めていたらしい。ジオン軍の狙いは連邦軍総司令部のある南米だったはずだ。しかし、迎撃によってコロニーの軌道が逸れた。

そしてその結果が、これだ。

 俺は、小銃を構えて輸送機へと続く民間人の列を制しながら、青い空を見上げた。

そこに見えるのは、まるで昼間に浮かぶ月のように白く描き出されているコロニーの前面部だった。

 「くそっ…こんなペースじゃとても間に合わないぞ…」

傍らで、同期のカイル・スミス軍曹が押し殺された声色で呟く。

 滑走路脇のエプロンに詰めかけている民間人はそれこそ数え切れない海のようだ。全ての輸送機を回したところで、ここにいる人間の一割を運ぶことすらままならない。

それでもなお、俺達は混乱する民間人を怒鳴り付け、ときには銃口を突き付け、輸送機へと続く列に付かせる。ここに民間人がいる以上、避難誘導をするのが俺達の務めだ。

例えそれが間に合わないと分かっていたとしても、自分達だけ輸送機でトンズラするワケにはいかなかった。

 こんな事態になればただでさえ混乱するというのに、このオーストラリアにコロニーが落下すると見込まれた直後に出された二つの命令によって、俺達の初動は大幅に遅れた。

総司令部から直接飛んできたのは、最初に「全力迎撃せよ」で、各員が持ち場に走り始めたところで「離脱せよ」の指示。

 その頃には民間人が基地のあちこちの門から押し寄せて来ていて、そのときになってやっと俺達は、輸送機や車輌を回す準備に入るという具合いだった。

 「おい、列を乱すな!」

不意にカイルがそう怒鳴って、小銃を構えた。しかし、銃口を向けられた中年の男はカイルの胸ぐらを掴み

「たた、頼む…! 金なら払う、優先で逃がしてくれっ…!」

と懇願する。そりゃぁ、そうだろう。もし逆の立場だったら、俺だってそうしたい気分だ。

「無理だ。列に戻れ」

カイルが無碍にそう言い捨てると、中年男は突然に怒りの表情を剥き出しにした。

「貴様、俺がどれだけ税金を収めてると思ってるんだ! その辺の貧乏人と一緒にするな! 誰のおかげで飯を食ってると思ってる!」

男はそう怒鳴って、今にもカイルに殴り掛からんばかりだ。俺は慌てて男の体をカイルから引き離して腕の関節を固め、地面へと引き倒す。

「ぐぅっ…! 何しやがる! 民間人に手を出して良いと思ってるのか!?」

男はもがきながらそう俺に主張してくるが、俺の答えは明白だ。

「緊急事態宣言下ですので、公務執行妨害に当たります」

俺は、腰のポーチから手錠を抜いて男の手首に掛け、カイルに手首の手錠の鎖と交差させるようにして、足首にも手錠を掛けるよう言った。

 それから俺は男を引きずって列から離し、エプロン隅に放り投げる。命を選別する権利は、俺にはない。だが、俺達の仕事が滞れば、拾える命すら取りこぼす。

その可能性は排除して然るべきだ。そしてそれは、他の民間人に対しても混乱を制御する抑止になり得る。

抵抗すれば、逮捕拘束されて輸送機には乗れなくなる、と目に見えて理解してもらえるからだ。
 
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/17(水) 17:25:11.26 ID:OFeuK+H5o
既にセンスある
4 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/17(水) 17:25:14.19 ID:F4VZZddno

 「悪い、アレックス」

「気にするな」

互いに、そうとだけ声を掛け合う。

 俺達は、死ぬんだろう。あのコロニーが落ちてくるまで、俺達はここを離れられない。離れない。最後のひとときまで民間人の避難誘導をすることを、決めていた。

だから、目の前の任務に目を向ける。そうでなけりゃ…今すぐこんなところ放棄して逃げ出したい気持ちに飲まれてしまいそうだったからだ。

 不意に、耳に付けていたインカムから空電音が鳴った。

<おい、エプロンにいる陸戦隊! 誰か応答しろ!>

無線の向こうで、誰かが怒鳴っている。

「こちら陸戦隊、アレックス・キーン曹長」

<良かった、混信してて諦めようと思ってた! こちら防空飛行隊のニコル少佐! 輸送機はもう間に合わん! 一人でも二人でも良い、こっちへ回せ! 三番格納庫の前だ!>

少佐の声に俺は顔を上げてエプロンの隅を見た。そこには、発進準備を進めている防空飛行隊のセイバーフィッシュが複数機いる。

 見上げると、コロニーの白い影は先ほどよりもさらに大きくなっていて、さらに急速に拡大しているように見えた。

 俺は、胸が締め付けられる思いに駆られながら、行列に視線を走らせた。

老若男女、あらゆる民間人が、今にも泣き出しそうな、すでに泣き喚いている姿さえ見せて、いそいそとその歩を進めている。

「カイル、その人を止めろ」

俺は、その目をカイルのそばにいた女性に留めた。彼女はまだ幼い子どもをバックルキャリアに抱え、片手で十歳くらいの女の子の手を握っている。

 目に留まった理由は、その少女と視線がぶつかったから、ただそれだけだ。

「どうした、アレックス」

「良いから!」

俺は声を上げて、ライフルを担ぎ拳銃を引き抜いてその女性の腕を引っ張った。

 女性は悲鳴はあげず、しかし、全身の力を込めて抵抗してくる。

「お願いです、せめて子ども達だけでも…!」

彼女は、抵抗しながらも俺にそう訴え掛けて来た。だが、ここで事情を説明すれば、周囲にいる他の民間人が我も我もとなることは明白だった。

「おい、アレックス!」

カイルが俺を制止しようと肩を掴んできた。しかし、説明出来ないのは、同じだ。

「カイル、手を貸せ」

俺はそう怒鳴って、女性を力任せに引っ張った。

 女性は列から引きずり出されまいと抵抗するが、俺の言葉に従ってくれたカイルとの二人掛かりでなんとか列から引っ張り出す。

女性は、子ども達に要らぬ心配を与えないようにか、歯を食いしばり、ただただ黙って俺達の手から逃れようともがく。

「待って、お願い! その子達だけでも、どうか!」

不意に、列からそう声が掛かった。見ると、そこには、俺達が拘束している女性と同じ黒い髪の若い女性がいる。

「あなたは、この方の関係者ですか?」

「はい、妹です」

それを聞いた俺は、迷わなかった。
5 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/17(水) 17:26:00.97 ID:F4VZZddno

 子連れの女性をカイルに任せ、拳銃を突き付けて妹というその女性を列から引き離す。

彼女は、子連れ姉のように抵抗はせず、しかし、俺を鋭い視線で睨みつけてくる。

「やめて…! 母さんに乱暴しないで!」

娘の方が、カイルの脚に絡み付いて母を守ろうと暴れている。俺は、それを横目に妹の方を力任せに引き寄せて、その耳元で囁いた。

「着いてきてください、逃げます」

妹は、俺の言葉にハッとしてその表情を変えた。

 姉は芯の強い人なのだろう。妹の彼女は、頭の回転が早い人のようだ。

 妹は抵抗をやめて、カイルに拘束され、列から引き離した子連れの姉のところまで素直に着いてきてくれた。

 列からは十分距離が空いた。

「カイル、三番格納庫まで“連行”する」

俺がそう告げると、カイルもハッとして顔をあげ、格納庫を見やった。そして全てを悟ってくれたようで、戸惑いを見せていた顔に意思ある瞳を光らせる。

「なるほど」

カイルはニヤっと笑うと、片腕で脚に絡みつく少女を抱き上げた。俺はすかさず姉の方の手を取る。

姉には妹が抱きつくようにして体を近づけ、小声で何かを囁いた。途端に、姉の表情が変わる。

 「走れ!」

俺はそうとだけ叫んで姉の方の手を引いた。少女を抱いたカイルもすぐに駆け出す。

 妹は姉を支えるようにして、姉も、バックルキャリアに収まった赤ん坊の方を心配しながら、それでも抵抗はしていない。

 俺達はエプロンを横切り、フェンスの戸を開けて三番格納庫を含む兵装エリアへと駆け込んだ。

 格納庫の前では、すでに準備の整っているように見えるセイバーフィッシュが並んでいて、そのすぐそばで、俺達に手を振る整備兵が見える。

 格納庫前に到着すると、整備兵達が戦闘機のすぐそばまで先導してくれた。

 見上げたセイバーフィッシュは複雑タイプで、前席にパイロット、後席にはレーダー員が乗っている。それでも、コクピットに掛けられたハシゴは外されていない。

「登ってください!」

整備兵がそう怒鳴って、姉の体をハシゴの上へと押し上げる。コクピットからレーダー員が体をもたげて、後席へと姉を引っ張り上げようとし始めた。

どうやら折り重なって乗り込むつもりらしい。

 「ジェシカ、キャシーは私が!」

「お願い、ミシェル!」

姉妹はそう短く言葉を交わすと、姉はコクピットに乗り込み、妹はカイルが抱いていた少女を受け取って隣の戦闘機のハシゴを登って行く。

 「おい、次来るぞ! 急げよ!」

不意にそばにいた整備兵が声をあげた。見ると、俺達に続いて別の陸戦隊の兵士が民間人数人を引き連れて格納庫に走って来る姿があった。

 「ねえ、あなた!」

エンジン音がけたたましくなる中で、コクピットからそう叫ぶ声が聞こえて来る。振り返ると、姉の方が俺に手を振っていた。

「ありがとう…! 本当にありがとう…!」

その目には、涙が光って見える。

「どうか無事に…! 俺達の分まで!」

俺はそう声を返して、パイロットに合図を送った。パイロットは静かに頷き、コンピューターを操作してキャノピーを閉じた。
6 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/17(水) 17:27:41.89 ID:F4VZZddno

 整備兵達とともに距離を取ると、戦闘機はエンジン音を響かせて格納庫前から滑走路へと進んでいく。次いで、妹達が乗りこんだ機体もそれに追随して行った。

 その姿を見ていると、そばにカイルが駆け寄って来る。

「…これで、天国への切符は確定だな」

カイルはそんなことを言って誇らしげに笑う。

「そうだな…でなきゃ、俺は悪魔と契約したって良い」

俺もそう言ってカイルに笑みを返した。

 さらに別の戦闘機が二機、格納庫の前から滑走路へと進んで行った。もうここに戦闘機はない。あとは、あの輸送機の列に戻るべきか…

 そう思っていた矢先、パタパタと足音を響かせてあとから民間人を連れてきた兵士が俺達のところに現れた。

 軍曹の階級章を付けた彼女は、俺達のようにどこか誇らしげな顔をしている。

 「曹長」

軽く敬礼を掲げて来た彼女に、俺は手を振って笑みで応える。

 もう、そういうかしこまったやり取りは良いだろう。

「君、名前は?」

「アマンダ・ノースウッド軍曹です」

「そっか、俺はアレックス・キーン曹長。こっちは、カイル・スミス軍曹だ」

「よろしくな。向こうに行ったら、仲良くしようや」

カイルは再びそう言って、ニッと笑みを浮かべてみせる。その表情に、アマンダの頬も緩んだ。

 だが、そんな俺達に整備兵の一人が声を掛けて来た。

「皆さん! 基地北東に、旧世紀に使われていた耐核兵器用の地下シェルターあります! そちらへの避難誘導を頼めますか!?」

そう言えば、基地の北東部にある古い倉庫地下にはそんな物がある、って話は聞いたことがあった。

今でも機能しているかは分からないが、あれが落ちてきたとき、地表にいるよりは身を守れる可能性が高いかも知れない。

 「我々は先行してシェルターを開放してきます。そっちのホバーを使って、少しでもシェルターへ人を運びましょう!」

その整備兵の言葉に、俺は自分が諦めてしまっていたことを恥じた。カイルはカイルで

「それなら特等席の切符に昇格だな」

なんて言っているし、アマンダは真剣な表情で

「やりましょう、最期まで!」

と頷いて見せた。

 俺達は整備兵達と別れて戦闘機の武装搬送用のホバーに乗りこんだ。目指すのは、輸送機には確実に乗れないだろう列から最後尾だ。

 俺がハンドルを握り、カイルとアマンダが外に身を乗り出してすぐにでも民間人収容できる体制を整えておいてくれる。

 程なくして列ある場所最後尾に戻って見ると、そこには、子ども連れや体力のない高齢者随分と多く取り残されているのが分かった。

 この騒ぎだ。自由動けない親子連れ年寄りが前に進めないのも頷ける。

 「曹長はすぐに出す準備をしていてください!」

後方からアマンダの声が聞こえて来る。アマンダはホバーから降り、カイルが車内に残って民間人を引き上げ始めていた。

そこに、シェルターに向かったのとは別の整備兵達が乗ったホバーが数台やってきて、民間人の引き上げを手助けしてくれる。

 だが、この状況だ。輸送機以外にも助かる道があると思えば、そこに人が殺到して来るのは自然なこと。

 程なくして辺りはパニックになり始めた。

 そんな中でもカイルとアマンダは、必死に民間人を車内に押し込むのをやめない。

 そんなとき、辺り雰囲気が一瞬、変わった。民間人の殆どが空を見上げたのだ。

 俺もそれに釣られるようにして、運転席から上空を覗き込む。そこには、ほんのりと赤く輝き始めたコロニーのドッキングベイが見えた。もう、時間がない…!
7 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/17(水) 17:28:52.12 ID:F4VZZddno

 「カイル、アマンダ!出すぞ、乗り込め!乗れないやつは車体にしがみつかせろ!」

俺は後席そう怒鳴った。カイル車内に、アマンダは出入り口のすぐそばで、小さな子どもを抱えながら自分の体を入り口の安全バーにピストルベルトを回して体を固定している。

 それを確かめて、俺はアクセル踏んだ。ホバーに群がる群衆を押し退けその何人かは確実に轢いた。それでも俺は、一目散に北東の倉庫へとホバー辿り着かせていた。

 そこではすでに、整備兵達が受け入れの準備を整えてくれている。

「急げ、降りるんだ!」

俺はそう怒鳴って、運転席から車内の民間人を一気に押し込んだ。少し高くなった出入り口から民間人が溢れるよう車外へと飛び出していく。

 アマンダ抱いていた子どもを抱えて倉庫中へと先行して駆けながら、他の民間人を先導している。

 俺とカイルも、なんとか民間人車外に押し出して地上に降り立った。

 そのときになって気づいた。あたりがまるで夕焼けに染められたような色に包まれている。

ハッとして空を仰ぐとそこにあったのは、あの青かった空が真っ赤な雲に覆われている光景だった。

 来る…あと数分もない…!

それは、まごうことなき、“終末”の光景だった。

 「走れ!」

俺は怒鳴って民間人背を押しながらとにかく倉庫の奥にある階段へと民間人走らせる。途中で、人混みの中で転んで泣き出した少年を見つけた。

俺はその子を抱き上げて、自分も階段へと急ぐ。

 あとからまだホバー到着しているが、俺はとにかく階段へと向かい、そしてカイルとともにそれを駆け下りた。

どこまでも続く長い長い階段は、シェルターがよほど地中奥深くに作られているんだろうってことを想像させる。

 混乱と、喚き声が響く中で俺は踊り場で民間人先行して先に走るよう促している女の子を抱いたままのアマンダの姿を認めた。

「アマンダ!」

「このすぐ下がシェルターです! 曹長も、早く!」

「お前が行け、ここは俺は引き受ける!」

「いやいや、切符のランクアップは俺にやらせてくださいよ」

カイルまでもがそんな口を挟んできた。だが、こんな時間も惜しい。俺は抱いていた男の子を地面に下ろすと

「良いか、もうちょっとで良いから、とにかく走れ!」

と告げて階下へと走らせた。

 アマンダは女の子抱きしめたまま動かない。カイルは、いつの間にか背負っていたライフルを捨ててきたようだ。

 俺達の意思は決まっていた。まずは、民間人優先なんだ。

 その思いだけは通じ合っていて、俺達が頷きあって声をあげ、階段を駆け下りてくる民間人さらに奥へ奥へ誘導し始めた矢先だった。

 地鳴りが聞こえ、それに身を竦めた次の瞬間、俺は人生で感じたことない衝撃に体を弾かれ、コンクリートの壁に体を叩きつけられた。

照明が落ち、ガラガラとコンクリートが崩れる音が響き渡る中で、俺は意識を失ってしまっていた。



8 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/17(水) 17:29:33.56 ID:F4VZZddno

つづく。

更新は亀ペースになりそうですが、どうぞのんびりお付き合いくださいませ。
 
9 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/02/17(水) 17:36:09.06 ID:F4VZZddno
>>3
ありがとうございます!
ぜひとも、ご贔屓に!
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/18(木) 11:18:03.09 ID:MQpcVPphO
はよ
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/20(土) 08:11:19.67 ID:Er/9lIsiO


昔、巨大な旅客機が自分の近くに落ちてくる夢を見続けた事がある。日航機墜落事故の後だったか。
直接頭の上に落ちてくる訳ではないのになんとも言えない恐怖を覚えている。
その恐怖を思い起こす圧迫感があった。もちろん良い意味で。

どういう展開になるのかわからないけど、いつも通り楽しみに待っています。
12 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:05:12.52 ID:HzvmaPzwo
>>10
亀更新です、すんませぬ

>>11
日航機墜落ですか…世代ですな。
カレンの家族のことを考えてたときに思い浮かんだ本作です。

展開はまだわかりませんが、MSには乗らないと思われますw
 
13 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:15:26.91 ID:HzvmaPzwo


 声…声だ。

 声が聞こえる…

 俺は、ぼんやりとした意識の中で、確かにそれを聞いた。

 鳴き声だ。それも、子どもの声のように聞こえる。

 そのことに気付いて、俺の意識は急速にはっきりとし始めた。

 辺りは真っ暗。一寸先も見えず、一瞬、目を閉じているんじゃないかと自分で自分を疑った。

 目を凝らせど、何も見えない。しかし、鳴き声だけは確かに聞こえて来る。

 グスン、グスンという、か細い鳴き声だ。

 「誰だ? 誰かいるのか?」

俺はそう声を出してみる。声は響かず、まるで箱の中に頭を突っ込んで喋っているようにくぐもって聞こえる。

 だが、俺の声が届いたのか、不意に鳴き声が止んだ。

「生きてるのか…?」

自分が生きているかどうかすらあやふやだったが、とにかく俺はそう聞いてみる。

すると、思いの外、ごく近くから掠れた声の返事が聞こえた。

「どこ…? ねえ、助けて! お姉さんが動かないの…!」

お姉さん…? アマンダ軍曹か? まさかダメだったのか…?

 そう思いながら、俺は体を動かして見る。右腕は曲がらない。何かがつかえて自由には動かせなかった。

左腕は比較自由だが、どうやら正面にコンクリートの壁があるらしく、前には伸ばせない。

右脚は腹に引き寄せられる格好で、左脚は、これも何かに挟まっているようで思うように動けない。

 幸いなのかどうか、大きなケガをしているような痛みはない。

 俺は、なんとか動く左腕を折り曲げて、腰のポーチからペンライトを取り出す。先端をひねると、眩しいほどの光が周囲を塗りつぶした。

 目の前にはコンクリートの壁。左脚は、そのコンクリートの壁から覗く鉄筋の間にはまっている。

右腕は、コンクリートの壁と別のコンクリート塊の隙間に突っ込まれていた。

 何がどうなったかはわからないが、間一髪のところで一命を取り留めているらしいことは分かった。

 俺はペンライトの尻に付いていたストラップを指に引っ掛けて垂らしてみる。すると頭側が俺の顔の方を向いて、目が眩んだ。

 どうやら、ひっくり返った態勢になっているらしい。頭に血が登ったおかげで、覚醒が早かったのかもしれない。

 「光が見えるか?」

俺はペンライトを持ち直してそう声を掛けて見る。すると、ガサゴソと物音がして、コンクリート塊の向こうに突き抜けた右手に、何かが触った。

 一瞬驚いたが、柔らかく小さなその感触が、子どもの手だと気付くのにそれほど時間は掛からなかった。

 「これ…この手、生きてる人ですか?」

「ああ、俺の手だ」

俺は小さなその手をギュッと握り返す。と、手の感触とは別に、何か柔らかな物が手の甲に当てられる。

「怖かった…怖かったです…」

そんな震える声が聞こえるとともに、手の甲に生ぬるい何かが伝う。涙、か。
 
14 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:15:56.94 ID:HzvmaPzwo

 「大丈夫だ…今、そっちに行く」

俺はそう声を掛けて、左脚を捻って鉄筋の間から引き抜く。

 コンクリートの壁の隙間でなんとか態勢を入れ替え、ひとまず天地を元に戻した。

右腕を突っ込んでいたコンクリート塊の隙間は、俺が通れるかどうか、ギリギリの大きさに見える。

それでも俺は、無我夢中でそこに頭を突っ込んだ。

 するとそこには、上から垂れ下がる俺の手にすがるようにしている、一人の少女がいた。

 彼女は、あの衝撃の直前にアマンダが抱いていた少女だ。

ペンライトを握った左手を向けることは出来ないが、漏れ出ている光の中に、俺のと同じ連邦軍の軍服が微かに見て取れる。

この隙間の向こう、彼女達がいる場所は、俺が挟まれているところよりも随分と余裕のある空間らしい。

 それを確かめて、俺は隙間にさらに体をねじ込んだ。右肩と頭が抜ければ、通れないなんてことはない…はずだ。

 左肩が引っ掛かり、腰のベルトが引っ掛かっている。だが俺は、体が痛もうが隙間に体を這わせた。

 左肩が抜け、隙間から左腕を引っこ抜くことに成功する。

俺は、少女に手を離してくれるよう頼んで、両腕をコンクリート塊に突っ張って、一気に下半身を隙間から引き抜いた。

 途端に、思いもよらぬ方向へ重力が掛かって、ドサッと体が落ちた。背中を打って一瞬、呼吸が留まったが、それ以上の痛みはない。

 痛みを堪えて起き上がると、少女が俺の胸に飛び込んで来た。

「お兄さん、軍人のお姉さんが動かないの…!」

彼女は、俺の腕の中でブルブルと震えながらそう訴える。

 そうだ…アマンダ…!

 俺は我に返って、彼女を抱いたままアマンダにペンライトを向けた。

 アマンダは少なくとも体の原型は留めていた。見る限りでは大きな出血もない。俺は、恐る恐るアマンダの傍らに膝を付く。

 ペンライトを咥え、少女をコンクリート塊の上におろして、両手で彼女の体を確かめていく。腕も脚も肋も折れてはなさそうだ。

腹部触って見るが、内出血が起こっているような手触りはない…こればかりは検査をしなければ正確なことは分からないが…

 やや暗めのブロンドの上から頭にも触って見るが、頭部の骨折もなさそうだ。

 胸も微かに上下してるし、口元に顔を近付ければ吐息を感じられる。どうやら、生きてはいるようだ…今のところは、だが。

 「軍曹…アマンダ軍曹…しっかりしろ…」

俺はアマンダの肩を揺すりながら、耳元そう声を掛ける。首や背骨は確かめられていないから、揺するに慎重になった。

 しかし、次の瞬間、アマンダはカッとその目を見開いて、体を丸め盛大に咳き込んだ。

「うげっ…ゲホゲホゲホッ」

「アマンダ…!」

「お姉さん!」

俺がアマンダを支えるのと同時に、少女がアマンダに飛びついた。アマンダは呼吸を整えながら、彼女をしっかりと抱きとめる。

 「軍曹。体は無事か?」

「ええ、はい…あっちこっち痛いですけど…たぶん、平気です」

アマンダは少女の肩越しに、しっかりとした目で俺を見つめてそう応える。それから

「あなたも、大丈夫?」

と少女の顔を覗き込んで尋ねている。少女はコクっと頷いて、再びアマンダの胸に顔を埋めた。

 俺はとりあえずアマンダが無事らしいことを確かめて、ようやく溜息を吐いた。
 
15 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:16:32.92 ID:HzvmaPzwo

 地面となっているコンクリート塊にペタンと座り込んで、改めて自分達が置かれている状況を整理する。

 まずは、とにかく俺達は生きている、と言うことは確かなようだ。

だとすると、落下してきたコロニーはメルボルンを直撃はしなかった、ということだろう。

もしあれが真上にでも落ちてきていたら、こんなシェルターなんてまるごと抉られてしまうに違いない。

 だが、この惨状を見れば、落着したのはそう遠い場所でもなさそうだ。身を投げ出された瞬間のあの衝撃は形容し難い。

まるで、フルーツを絞るジューサーの中に放り込まれたような感覚だった。こうして大きなケガもなくいられたのは、奇跡とでも言うしかない。

 俺は、ペンライトで周囲を見渡した。広さは、1メートル四方ほどで、上には階段だったと思しき段状のコンクリート塊が覆い被さっている。

俺が出てきた隙間とは反対側の壁は無残に崩れて、岩盤らしい地肌を晒している。地面になっているのは、どうやらその崩れた壁の一部のようだ。

 おそらく、落着の衝撃波で地殻そのものが破壊されたのだろう。シェルターに延びるこの階段は、ひしゃげるように押しつぶされたようだ。

そして俺達は偶然にも、潰れた階段の隙間にはまり込めていたらしい。

 コンクリートで固められた階段が潰れるような衝撃が体に直接掛からなかったということが不思議でならない。

ひしゃげる瞬間の壁に打ち付けられていたら、それはおそらく生身で戦闘機に体当たりを食らう以上のダメージとなっていただろう。

形が残っていれば良い方、悪くすれば、ミンチになっていたっていおかしくはなかった。

 「曹長…カイル軍曹は…?」

不意にアマンダが俺にそう尋ねてきた。あの瞬間、俺達は階段の踊り場でひとかたまりになっていた。

俺とアマンダがこれほど近くにいたんだ。カイルやつも、どこかその辺りにいるかも知れない。

 「まだ、見かけてはない…でも、近くにいるかも知れないな…」

俺はそう答えてからふと、現実に立ち戻った。

「ミンチになっていなけりゃ、だけど」

その可能性の方が十分に高い状況だった。

 カイルとは入隊以来からの仲だ。一緒に訓練過程を過ごし、一緒にこの基地配属になった。

一緒に昇進テストを受け、俺は曹長に昇格し、不合格となったカイルは来月もう一度試験を受けるつもりで勉強と訓練に精を出していた。

俺のかけがえのな戦友だ。探してやりたいと思うのは、当然だろう。しかし、今のこの状態ではまずは自分達の身の安全を確保しなければならない。

 特に、アマンダにしがみついて離れない少女…彼女だけでも生かして、地上へ上げてやりたかった。

「許せよ、カイル…」

俺はそうとだけ呟いて、ペンライトでもう一度辺りを照らす。

階段は完全に潰れてはいるが、あちこちに隙間は見える。あの間を登って行けば、地上へ抜け出ることができるかも知れない。

 「アマンダ。先行して退路を探してくれ。その子は俺が運ぶ」

カイルの話をしていたところで、そう指示を出した俺の顔を見やったアマンダは、すべてを飲み込んでくれたうえで、黙って頷いてみせた。

 自分のポーチからペンライトを取り出したアマンダが、身軽に瓦礫を登り始め、あちこち隙間の中を覗いていく。

 程なくして、アマンダはその内の一つに上半身を潜り込ませて覗き込み、中を確かめてから俺達を振り返った。

「曹長、この穴、通れそうです」

「よし、とにかく脱出しよう…」

俺は頷いて、ピストルベルトを外して少女の体が離れないように固定する。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「あたし…ニコラ。ニコラ・ハウゼン」

「ニコラ、か。俺はアレックス。彼女はアマンダだ。必ずここから出してやるから、安心てしがみついてな」

俺はニコラにそう伝えて、彼女の頭を撫でてやる。ニコラは、そんな俺に沈痛な面持ちで頷き、そしてギュッと抱きついて来た。
 
16 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:17:16.78 ID:HzvmaPzwo

 俺はニコラの背をポンポンと叩いてから、アマンダを追って瓦礫を登り始めた。

 妙なもので、折り重なっているコンクリートの塊は相当な量であるにも関わらず、それほど位置関係が変わっているわけではなかった。

 アマンダが潜って行った先にはひしゃげた階段があり、その上に登って少し上がるとその先には別の方向へ伸びる階段だったらしいコンクリートの段が姿を表す。

 損壊状況からみて、どうやらこのシェルターへと続く階段のシャフトは、横からの強い圧力によって押し潰されたことが伺える。

瓦礫の多くは、その圧力に耐え切れなかったシャフトの壁の部分で、階段の構造そのものは、比較的形を留めて残っている。

こいつは、思ったよりも楽に外へ出られそうだ。ずっとロッククライミング続けるつもりでいたが、半分以上は階段を登る程度の要領で上がって行ける。

 ふと、先行していたアマンダがこっち振り返った。右手の指先を二本、自分の目に突き立てるような仕種を見せてから、今度はその目を片手で覆う。

 見るな、というハンドサインだ…俺に、じゃない。ニコラに、ってことか…

 「ニコラ、少し砂埃が立ちそうだ。目を瞑っていられるか?」

俺がそう尋ねると、ニコラは

「はい」

と小さく返事をして、俺の肩口に顔を押し付けた。

 それを確かめて、俺は改めてアマンダを見やる。アマンダは上方に続く空間の幾つかの方向を指差した。

そこに、ニコラに見せるべきではないものがあるんだろう。

 俺が頷いて返すと、アマンダは先へとゆっくり進んでいく。俺も、足元を確かめながらそれに続いた。

 大きなコンクリートの壁の隙間から、その先の空間足を踏み入れた俺が見たものは、人間の上半身だった。胸から下はない。

何かに挟まっているのではなく、完全に喪失しているのだ。

 ないはずはない、とは思っていたが、いざこうして目の前にすると、全身が寒気だつ。

おそらく、俺がこんな風になっていないことに特に理由はない。本当に、ただの偶然だってことが、改めて理解できてしまったからだ。

 俺は、それでもその遺体から視線を見切って前を向く。怖気づいている場合でもない。悲しんでいるときでもない。

今はとにかくニコラと、俺達自身の安全を確保することが第一だ。

 そうは思えど、足を進める先には、人の頭や、腕足…どこのだか分からない臓器…

それが最早人間だったと思うことすら無理があるような、擦り潰された肉塊…そんな物がそこら中にある。

 生存者の気配はない…ここいた連中は、俺達のようにはいかなかったようだ。

 不意に、アマンダが潰れた階段の途中で足を止めた。

「曹長、これ…」

アマンダがそう言って足元を照らしている。見るとそこには、血に濡れた足跡のような模様があった。

 形が崩れてしまっていてサイズや靴底の形状は分からないが、その足跡は、階段の先へと続いている。

 「生存者か…?」

「…まだ、新しい足跡のようです…私達の他にも、助かった人が居るのかもしれません」

アマンダ表情に、微かに希望の光が宿ったのを、俺は見た。

俺も、どこか心が明るくなるのを感じる。誰でも良い…無事で居てくれ…!

 そんな思いは、俺達の足に力を与えてくれた。一段一段と潰れた階段を登り、コンクリート塊をよじ登って、上を目指す。

 どれくらい登ったか、俺は上方に、何かが光るのを見た。瓦礫の隙間から、光が溢れている。

 「地上…?」

アマンダが、そんなことを呟く。日の光にしては弱々しい気もするが、それでもどうやら、幻やなんかではなさそうだ。

 俺はアマンダ顔を見合わせて、ホッと息を吐いていた。もうひと頑張り、あの光方へ向かってみよう。
 
17 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:17:54.43 ID:HzvmaPzwo

 そう思って、足を踏み出した矢先だった。

 突然に、シャフトの底から湧き上がるような地鳴りが聞こえ、シャフト全体が大きく揺さぶられた。

 まさか、崩壊が始まったのか…!?

 俺はとっさにニコラの頭を庇い、周囲から崩れて来るかも知れないコンクリートの塊の様子を伺う。

 ニコラは悲鳴すら上げずに、俺の首に回した腕に力を込めている。

 パラパラと小石や埃が落ちてきて、ミシミシと嫌な音を立ててコンクリート同士が軋んでいる。

立っていられないほど揺れで膝を付きながら、落下物を避けるべく、なるべく頑丈そうなコンクリート塊下へと移動した。

 一分か、もっと長い時間だったか、とにかく揺れは収まった。シャフト全体が崩壊する様子はない。

だとすれば今のは…地震か? コロニー落下の影響で、地殻に歪みでも出たのか…

もしそうだとすると、第二、第三揺れが起こる可能性がある。次の地震で、シャフトが崩壊しないとも限らない。

 「アマンダ、急ごう」

「はい、曹長」

俺達は言葉を交わして先程よりも急いで瓦礫を登っていく。

 頭上から漏れる微かな光が近付いて来ているの分かった。間違いない、あれは、外の光だ…!

 だが、そんな喜びと興奮も束の間だった。

 不意に、まるで滝のような音が聞こえたと思った次の瞬間、俺達の頭上から何かが降ってきた。

 バタバタと体に叩きつけられるそれが何かを悟るのに、俺はほとんど時間を必要とはしなかった。

 水だ。しかも、これは…海水…!

「そ、曹長…!」

俺達の一段上で、アマンダが悲鳴を上げ、必死に瓦礫にしがみついている。

 メルボルンは海すぐそばだ。だからと言って、この基地は海岸線から内陸に五キロは入ったところあるここに、津波が到達するだなんて…!

「アマンダ!手を離すな!」

俺はそう怒鳴りつつ、ニコラをきつく抱きしめてそばのコンクリート片から飛び出していた鉄筋を握る。

 ザザザザっという水が流れ込む音に紛れて、俺は声を聞いた。

「うわぁぁ! 水だ! 水が降ってきてる!」

「誰か、助けて! 動けないの! お願い!」

「溺れ死ぬなんて嫌だ…逃げ道はどっちだよ!?」

悲鳴だ。コンクリートに埋もれた下階層から、無数の悲鳴が聞こえてくる。

 まだ…まだ下には…俺達のように無事だった連中が…

 俺はそのことに気が付きつつも、歯を食いしばり、ニコラを抱きしめてただただ自分の身を保定していた。

 助けには、行けない。どこに、どのくらいの深さで埋まっているかすら見当がつかないんだ。

誰も助けられないどころか、二次災害の被災者になる…それは、避けなければならないことだ…でも…クソっ…!

そこに、生きてる人が居るって言うのに…!

 「アマンダ!」

俺は、アマンダの名を叫んだ。

「こっちに来てくれ、ニコラを頼む!」

「ダメです、曹長!」

アマンダは、そう酒びながら降り注ぐ海水に飲まれないよう、瓦礫に手を付きながら俺達のところまでやってくると、

俺とニコラを庇うようにして瓦礫に押し付けた。
 
18 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:18:30.17 ID:HzvmaPzwo

 ザバザバと降り注ぐ海水が容赦なく俺たちを打ち付け、呼吸すらままならない。

 「こんな状況じゃ、無理です!」

アマンダが俺の耳元で、息も絶え絶えにそう叫ぶ。アマンダにもあの叫び声が聞こえているらしい。

それでもなお、俺をニコラごとコンクリート塊に押し付けて制止を掛けてくる。

 分かってる…分かってるんだ…クソ…クソっ!

 俺はアマンダの体を押し返すことも出来ず、ひたすら、心の中で悔しさを噛みしめることしか出来なかった。

 そんなときだった。ガツン、という鈍い金属音がシャフトの中に響いた。

ハッとして上を見上げると、さっきまでの光が途切れてほとんど見えなくなっていた。

 まさか…波で流されてきた何かが、出口を塞いだ…?

 「そ、そんな…」

アマンダの、そんな弱々しい声が漏れる。

 俺はニコラごとアマンダを抱き寄せて、瓦礫にジッと捕まり身を寄せる。

 こんな死に方かよ…最期まで命を助けようとした挙句に、避難させた奴らを溺死させて…

俺達も、そうやって死んでいくってのかよ…!くそったれめ!

 行き場のない怒りが心の中で爆発する。

 カイルじゃないが、神様なんてのがもしいるんだったら…いったい俺達になんの恨みがあるってんだ!こんなのは…こんなのは、ナシだろうよ!?

 「おぉい、アレックスか?」

だが、そんなとき不意にどこからか声が聞こえた。

水音に紛れて、頭上から降って来たように思えて見上げると、そこには煌々と眩しくライトの明かりが光っている。

待てよ…今の声…!

「カイルか!?」

「ったく、天国への遊覧飛行かと思ってたら、地獄へ宙吊りだ! ふざけんじゃねえってんだよ!」

眩しく照らされる向こう、そこには、体にハーネスを巻きつけ、ワイヤーか何かで吊るされているカイルの姿があった。
 
19 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:19:42.92 ID:HzvmaPzwo

 カイルは水押し流されるようにして俺達のところに降りてくると、体に付けていたタンデム用のハーネスで俺達三人をまとめて絞め上げた。

そして、大声でインカムに怒鳴る。

「よし、良いぞ! 巻け!巻き取れ!」

<えぇ!? ど、どれですかぁ!?>

耳から外れていたが、ボディアーマーに引っかかっていた無線のレシーバーから、聞きなれない黄色い声で返事が返ってくる。

「黒い丸っこいのが付いたレバーだ、急げ!」

カイルが無線の声に再び怒鳴ると、ギシっという衝撃があって、ふわりと体が浮き上がった。

瓦礫の中を俺達はまさに釣り上げられた魚のように引き上げられていく。上から降り注ぐ水圧が、釣り上げられ上昇していけば逆らうこととなりより一層強くなる。

 俺はちょうどカイルと向き合うような格好で、アマンダとニコラを抱きしめてその水圧から可能な限り二人を庇う。

やがて、俺達の頭上に見えて来たもの、それは、鋼鉄製の板だった。その板際からこのワイヤーは伸びている。

 そうか、ウィンチか…!俺がそのことに気付いたのも束の間、カイルが再び無線に怒鳴る。

「よし、止めろ! ギアをリバースに入れて後退だ!」

<は、はいぃ!>

そんな叫び声とも知れない声が無線に響き、頭上に再び光が覗く。

やがて俺達は激しい水流が押し寄せる穴の出口に辿り着いていたそれでも戦車はさらに後退し、俺達は引きずられるままに穴からは脱したものの、押し寄せる水の中に没してしまう。

 そもそも呼吸がまともに出来ない状況から水中に引き込まれたせいで、すぐさま息の限界がやってくる。

そんなとき、俺達を引いていた力が弱まった。俺は水中の中で上下を確かめ、地面と思しき方に手を付く。

すると思いの外簡単に、呼吸が出来る空間に顔が出た。

 いや、それは空間なんてものじゃない。紛れもなく、地上だった。

 見回す限り、あたり一面が水に覆われ、空はまるで日没直後のような薄暗さではある。

殺到する水の勢いは、ますます強くなっているように感じられた。

 「アレックス、ぼうっとしてるな! 登れ!」

カイルの声が聞こえて俺はハッとして顔をあげる。そこにいたのは、特徴的な二本の155mm滑腔砲を備えた、連邦軍のMBT、61式戦車だった。

 俺はハーネスつながったままのカイルと息を合わせて立ち上がり、アマンダとニコラを抱えたまま、膝下までのところを急流よろしく流れて行く水を掻き分けて、61式戦車のすぐ前まで辿り着いた。

 「ニコラ、登れ!」

俺はハーネスによってアマンダとの間に挟まっていたニコラを抱き上げて戦車の上へと押し上げる。

その次にアマンダを上げ、俺とカイル戦車の主砲に手を掛けながらその上に登った。

 カイルはハーネスを体から外し、ついでワイヤーとハーネスの連結部外して水の中へと放り投げる。

そして、呆然とする他にない俺の肩をぶっ叩いて言った。

 「アレックス、主砲座の中に入ってろ! これ以上水かさが増えるとバッテリーをやられる、最高速で逃げるからな!」

「カイル…お前、無事で…」

だが、俺はただただ、そうとしか声が出ない。

自分達が助かった安心感と、カイルの頼もしい姿を見た安心感とで、全身が虚脱してしまうような感覚に襲われていた。

 カイルが操縦席へ潜り込んですぐ、戦車は猛スピードで発進する。

その直後、砲塔に捕まって座り込んでいた俺が、アマンダに主砲座へ引きずり込まれたのは言うまでもなかった。


 
20 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/20(土) 16:20:10.65 ID:HzvmaPzwo

つづく。

 
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/20(土) 17:00:02.11 ID:V3cGTGdd0

続きが楽しみ
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 08:38:15.05 ID:ihxjU1Gvo

子供にはトラウマ間違いなしの光景だな
生き延びる事が出来たら、だけど
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 13:41:43.20 ID:IWbtnX8xO
はよ
24 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:20:52.10 ID:ECJw3yxco
>>21
あざっす!
これからどうなるか…正直ノープランw

>>22
感謝!
トラウマですね…大人でも十分トラウマでしょうけど…
生き残れるんでしょうか…どうなんでしょうか…

>>23
週一ペースで勘弁してつかあさい!


つづきです!
 
25 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:21:33.13 ID:ECJw3yxco



 61式戦車は、それからほんの20分ほど懸命に走り、そして唐突にまるでブレーキが掛かったように減速し、ついには停止した。

 理由はごく単純。バッテリーかモーターが水に浸かってショートしたからだ。

普通なら浸水対策は厳重に施されているのだが、この61式は、すでにボロボロだ。

装甲にはあちこち亀裂が入り、主砲座に取り付けられていた自動制御の20mm機銃は、取り付けてあった銃座が根本からへし折れて無くなっている。

主砲座から良く見てみれば、二本の主砲は二本とも右方向に歪み、とてもじゃないが発射出来そうな状態には見えないし、そもそも車体の左側半分は高熱に晒されたように焼け焦げていた。

 戦闘をしたわけでもないのにこんな有様を晒してはいるが、あのコロニー落着の衝撃の中、動く状態で残っていたほうが奇跡に近い。

 主砲座から見えるのは、見渡す限りの水面。あの衝撃が地上にあった何もかもを薙ぎ払ったんだと想像するのは簡単なことだった。

人も、建物も、兵器も、全部、だ。いまや水面から飛び出しているのはこの戦車っきり。

 奇跡と言わないんなら…カイル流に、神様の贈り物か、だ。

 「もう…動けないんですか…?」

ニコラが主砲座から顔を覗かせてそう聞いてくる。その表情には、胸が詰らんばかりの不安の色が見て取れた。

「コイツはもうダメだな」

それを誤魔化しても、どうにもならない。

「だけど、水位はスカートより上には来てない。たぶん、流される心配はないはずだ」

水位のことは事実だ。それに、水の流れる勢いもさほど強くはない。いかに動力が止まったといえど、この61式戦車の重量は相当だ。

厚い装甲と二本の主砲はもちろん、そもそも一世代前のMTBと比較しても一回り以上はデカい。これよりも大きい戦車探すとなると、あの新型のRTX-65くらいなもんだろう。

あれはあれで火力特化に専念し過ぎて足回りが悪いらしいけど。

 とにかく、こんな鉄の塊を押し流すほどの勢いは、今の水量にはなさそうだった。

 「大丈夫。きっと水もすぐに引くよ」

不意にそう声がして、アマンダも主砲座から顔を出した。顔色を見る限り、体調は悪くはなさそうだ。

シャフトの中で見たときはある程度の覚悟はしていたが、それこそ、“杞憂”で終わって何よりだ。

 「ほら、もう用はないから、上へ上がってろ」

操縦席からそんな声が聞こえた。

 見ると、カイルが二人の子どもを操縦席から押し出している姿がある。一人は十五、六歳くらいの女の子。もう一人は、ニコラとさして変わりなさそうな年頃の男の子だ。

 聞けば、俺達を引っ張りあげてくれたとき、この戦車を操縦してたのがあの男の子の方らしい。

あんな状況で、黄色い悲鳴をあげながらでもカイルの指示に従って動けるなんて、恐れ入る。

 俺は手を伸ばして主砲座の上に二人を引っ張りあげてやる。カイルがそのあとに続いて、主砲座に登って来た。

 「助けてくれてありがとう。俺はアレックス。そっちの女兵士がアマンダ。チビちゃんはニコラだ」

俺がそう自己紹介をすると、

「わ、私は、グレイスです」

「お、おれ、テレンス…です」

と二人も名乗ってくれた。二人ともまだ戸惑ってはいるが…まぁ、当然か。普通でいられる方がどうかしてる。

 「二人とも、中にどうぞ」

アマンダはそう言って、自分が這い出し、変わりに二人を主砲座の中に促した。

 二人は素直に中へ収まって、俺達大人は主砲座の上にぼんやりと足を投げ出して座り込む他になかった。

 「真っ暗ですね…」

空を仰いだアマンダが言う。落着したコロニーが巻き上げたんだろう粉塵が空を覆い、まだ夏真っ盛りだったはずなのに、薄っすらと肌寒さを感じる程だ。

遥か遠くにぼんやりと筋のように光る帯が横たわっていて、そのお陰で辺りの様子がなんとか確認出来る程度だ。
26 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:22:04.68 ID:ECJw3yxco

 「蒸発や酸欠で死ななかったのも、運が良いのか悪いのか…」

カイルがそう呟いた。

 まったくだ。地下から這い出て見ても、あまり生きている心地はしない。だが、それを聞いたアマンダが

「…少なくとも、シャフトの中に生き埋めにならなかっただけ、幸運だったよ…」

と静かに呟く。

「確かにな…」

俺は、そうとしか答えようがない。あのシャフトの中で聞いた悲鳴は、もう脳裏に焼き付いてしまった。

どうしようもなかった…そうは思っても、生き埋めのままに海水が流れ込んできた人達のことを想像しないではいられない。

どれだけ怖かったか…どれだけ苦しかったか…そう思うと、癇癪でも起こして暴れだしたくなるような気分だった。

 「そう言えば、スミス軍曹は、どうして戦車なんか?」

きっと同じことを考えていただろうアマンダは、そんな気分を変えようとしてか、カイルそう話を振る。

「カイルで良いぞ。俺は、あのグチャグチャの中でも失神しなくてな…揺れが収まった直後には、上へ這い上がろうとしてた。

 その途中であの二人を拾い上げて、いざ出てみたらポツンとコイツだけがそこにあったんだ」

カイルはそんなことを言いながら、コンコンと戦車の装甲をノックしてみせる。まさに奇跡、か。

「で、避難しようと思ったら水が来るわ、シャフトから声が聞こえるわで、あとはもう無我夢中だな」

「ううん…良くやってくれたよ…お陰で、助かった」

「さてね、だから、良かったんだか悪かったんだか、だよ。殺しておいてくれればよかった、なんて言い出さないでくれな」

アマンダにそう言って笑ったカイルは、よっと、なんて声をあげて主砲座の上に寝転がった。

 俺はカイル自身が、そう思ってるんだろうと感じていた。こんな状況で…カイル自身が、果たして生き残ったことを良しと捉えられるのかが分からないんだろう。

 正直、俺はそうは思わなかった。少なくとも、こうして民間人の子ども三人を連れて生きている、ということは、任務を遂行出来たって証になる。

そして、これから先も生き残らなきゃならないと思える理由にはなる。良し悪しではなく、俺がすべきことをこなせたか、これからもこなせて行けるかどうかが重要だ。

そんな物にでもすがらなければ、たちまち心が折れてしまいそうだ。

 だから、同じようには思わないまでも、カイルの気持ちは理解できる。

 真っ暗に淀む空。見渡す限りの海水。食料なんてあるわけがないし、行く宛があるのかどうかも分からない。

 俺達は結局、希望の見えない文字通り真っ暗な世界に放り込まれたのだから。



27 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:22:34.56 ID:ECJw3yxco



 雨が降り出した。

 ただでさえ重い足取りが、濡れてへばりつく軍服のせいで、余計に重く感じられる。

 本当にこの判断は正しかったのか。一抹の不安が頭を過り、俺は無理矢理にそいつを思考の外へと追いやった。今更考えたって、答えは同じだ。

引き返したって、長くは持たない。それなら、少しでも生存出来る可能性の高い方を選ぶべきだった。

 「それでな、決め手はグリーンチリなんだよ」

俺は、そう先ほどからの話を続ける。

「北米で食べたのがやっぱり一番だったな。本場はイタリアらしいけど、ピザなら北米のに限るよ」

「そのグリーンチリって、辛いやつですか?」

「あぁ、ちょっと掛けただけでもヒリヒリしちゃうくらいのやつだ」

ニコラの質問に答えると、彼女は少し楽しげな声色で

「私、食べてみたいなぁ、それ」

なんて口にした。

 すかさず俺は

「とりあえずさっさと救助隊と合流して、そしたら北米でお腹いっぱい食べさせてやるよ」

と切り返す。

 「約束ですよ!」

ニコラはそう言ってニコッと微笑む。

 俺はそんなニコラの様子を見て少し胸を撫で下ろし、アマンダを見やった。

 「私は…そうだな…おすすめは、ニッポンお肉かな」

「ニッポン…? どこですかぁ、それ…?」

テレンスがションボリした表情でアマンダに聞く。すると横からグレイスが

「ジャパンのことだよ」

と口を挟む。するとテレンスは納得したのか、ああ、なんて声をあげて、アマンダの話を促す。

 この二人、話を聞けば姉弟ではないらしい。グレイスは茶色い髪をしているし、テレンスの方は見るからに髪の色も目の色も色素が薄い白人だ。

 そういえば、ニコラは…少しポリネシアン系の血が入ってるようにも見える。肌は焼けたような色だし、目も髪も黒い。

 俺達は、といえば、カイルはバカデカい白人で、俺は地元のヨーロッパ系。アマンダは生まれがヨーロッパらしい。短くカットされた髪は、明るい茶色。やや、赤毛にも近いかも知れない。

 ニコラは街の住人で、基地に避難してきていて俺達が拾い上げた。

グレイスとテレンスは、同じ学校の体験学習行事のために、シドニーからはるばるメルボルンに来ていた私学校の生徒だったらしい。

 そう言われると確かにグレイスは見るからに知的で、俺達大人が努めてやっているように、無駄な感情は表に出さずに笑顔でいてくれている。

 テレンスの方は少し頼りないが、仕方ない。こんな状況でしっかししていられてるグレイスの方が返って心配になるくらいだ。

正直、俺もかなりギリギリだが…

 足元は行けども行けども水の中。俺達は戦車から引っ張り出した配線ケーブルを命綱代わりにして、黒い雲の下、止めどなく降る黒い雨の中を歩いていた。

 遭難ケースのサバイバル訓練で習ったことによれば、危機状況を脱出したらやってみたいことを常に考えよ、だ。その思考がもっとも生存率を高めてくれるらしい。

 それを実践させて、今は脱出したら食べたいもの特集を話している。

今まで食べたものの中でうまかったもの、好物の話をして、最後の必ず「生きて返ってそれをみんなで食う」と話を閉じる。

そうすれば、少なくとも“仮染め”の希望くらいには輝いてくれた。
28 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:23:18.12 ID:ECJw3yxco

 戦車を出発する前、俺達はどこへ向かうべきかを話し合った。

落着直前の情報、被害状況、空の様子から、俺達は落着がシドニー周辺だと推定する。それを考慮してカイルが提案したのは、北西のアデレードだ。

アデレードにも津波が到達している可能性はなくもないが、少なくとも落着の余波はここよりも軽いだろうと思えた。

北のトリントン基地は落着の余波をもろに食らっているかも知れない位置にある。

 問題となるのは距離だ。どう考えてもアデレードまでは千キロ近くある。とてもじゃないが現状でそれだけの踏破が出来るはずもない。

 だがアデレードへの道中には街がいくつもあった。シドニーから離れれば、それだけ被害も小さいに違いない。それを当てにするより他にない。

 ただの遭難なら救助をまてばいいが、現状では他の地域がどうなってるかの検討がつかない。救助が来るころには、揃って餓死していても不思議ではないんだ。

 「ニッポンのお肉は、柔らかいんだ」

「柔らかいんですか?肉が…?」

テレンスがそんなことを言って首を傾げている。それは俺も驚いた。肉ってのはガッツリ硬いものしかないと思ってたんだが…

 そんな俺達を見てか、アマンダは少し得意げな様子で

「そうなんだよ!口に入れて噛むと、トロってトロけるくらいなんだから」

と言ってみせる。

 「それは…うまそうだな…」

思わずそう漏らしてしまう。

「それ、聞いたことあります。コービー、でしたっけ?」

「そうそう、そんな名前のブランド」

グレイスの言葉に、アマンダはこんな状況に不釣り合いなくらいに明るい表情と声色で答えた。不釣り合いではあるが、気分を好転させてくれるそんな雰囲気に、俺は心の中で感謝する。

 だが、食い物の話は今日いっぱいまでだろう。何しろ俺達は食料がない。この先飢えることは目に見えていた。そんな中で食い物の話を繰り広げるなんて拷問に近い。

明日からは、もっと別の話題を用意しておかないとな…

 俺は、黒い雨に汚れた顔を拭い、遥か前方に広がる光の帯をジッと見つめていた。

 
29 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:23:46.76 ID:ECJw3yxco

 

 時刻は夕方前。

 と言っても、相変わらず空は真っ暗で、時間の感覚はないに等しい。ただ、カイルの腕時計が四時過ぎを指しているからそうなんだろう、と思うほどだ。

 コロニーが降って来たのは、朝の9時前。

 シャフトで気を失っていたのがどの程度の時間かは想像の域を出ないが、落着と同時に発生しただろう津波が基地に到達する前には目覚めたことを考えれば、ほんの数分の出来事だったのかもしれない。

 シャフトから脱出して、戦車を捨てたのが十時すぎ。それからずっと歩き通しだった俺達は、ようやく、押し寄せた海水から抜け出すことが出来た。

 雨で濡れてはいるが、水の中をバシャバシャ言わせながら歩くことに比べたらこの上なく楽だし、気分的にも若干マシになる。

 あとは、明るい空でも見られれば根拠なく希望も見えそうな気もするが…それにはまだ時間が掛かりそうだった。

 俺は濡れた地面も気にせずに座り込んだまま、真っ暗な空を仰いだ。日が傾いたせいで、あの黒い雲が薄くなったんだかどうだかは分からない。

 雨は止んでいるが、一応、いつまた降り出しても良いようにと覚悟だけは決めておく。

 「ほら、これで大丈夫」

アマンダはそう言って、カイルが戦車からくすねて来たスキットルをニコラに手渡す。

 俺がここで休憩を取ろうと提案すると、アマンダはすぐさま腰に下げていた拳銃から弾を一発抜き取り、薬莢の中のガンパウダーと雷管を着火剤に湿った木の端材に火を付けた。

 いつの間に雨水なんて貯めたんだか、アマンダはそれを軍服の生地とファーストエイドキットの中のガーゼなんかを使って作った簡易のろ過装置で濾してから、

スキットルに入れて火に掛け、煮沸消毒までする手際を見せていた。

 あれだけ水に浸かり、あまつさえ雨まで降っていたのに、どうしてか喉には粘質の唾液が絡んでいて心地悪い。それに体もいくぶんか冷えている。

こういうときは、ただの水分ではななく、人肌に暖められたぬるま湯程度の方が体力維持には適している。

 ニコラがスキットルに口を付け、ホッと一息吐いて、隣にいたグレイスに手渡す。するとグレイスは、さらにその隣のテレンスにスキットルをそのまま渡し、

彼が水を飲んだのを確かめてから、改めて控え目に自分もゴクゴクと喉を鳴らした。

 「ほらよ、アレックス」

大人分は、別のスキットルに、カイルがアマンダを見よう見真似で作ってくれていた。

「悪い」

そう一言断って、俺はまだ熱の残るスキットルを受け取って、喉を潤す。

 程よく温まった水が喉を通り、胃の腑に流れて行って、自然にホッと溜め息が出た。

 雨が降る限りは、同じ方法で水分の確保は出来るだろう。それが有るか無いかは、極めて重要だ。それこそ、食料の確保をするよりも、遥かに優先度が高い。

人間、水分さえあればそう簡単には死なないものだ…と言ってたのは、確か訓練生時代の教官だったか。

 ただ、あくまでも雨が続くのなら、だ。これから俺達が向かう先は、“死の灼熱荒野”とさえ呼ばれるオーストラリアの中部一帯。

コロニーのせいで今みたいな気候が続くのなら良しだが、もし、向かった先で異常気象が出ていなければ、俺達はたちまち干からびてミイラだ。

 その辺りのことも考えておかなきゃならないのはやまやまだが、今の俺達には情報がない。気象観測も天気予報もない。本部からの無線も届くはずがない。

この状況では、考えてはみても判断は下せないだろう。

 少なくとも、水と食料がある程度安定している場所でなら、停滞しても良いだろう。アデレードへ向かうにしても、まずは、そんな場所を探す必要があった。

 そんなことを考えていると、前触れなくカイルが、ふぅ、と溜め息を吐いて立ち上がった。

 どうした、と聞く前に、カイルは片方の眉を上げて

「まったく、水は貴重だってのに、どうして体から出そうって気になるんだか」

と言い残し、フラフラと焼けただれた荒野へと歩いて行った。
30 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:24:24.33 ID:ECJw3yxco

 「カイル…?」

アマンダが不思議そうに顔をあげたので、俺は一言

「ちょっと“自然が呼んでる”んだそうだ」

と告げた。

「あぁ」

アマンダは納得したのか、空になったスキットルをニコラから受け取って、ポーチの中へと押し込んでいる。

 俺はアマンダから目を外してカイルの歩いて行った先を眺める。大地は黒く焼け、草の類は完全に焼かれて無くなっている。

アマンダが拾い集めた木々は、表面こそ真っ暗だったものの、中の方までは熱は届いていなかったらしく、少なくとも形は残っていた。

 よほどの高温だったのだろうが、それも一瞬だったんだろう。少なくとも、何もかもが無くなったメルボルンの基地とは僅かに様子が異なっているようだった。

 だが、仮に街があったとしても、食料の類が無事とは思えない。

せめて、ベンディゴ辺りまで行ければ多少はマシかも知れないが、徒歩では数日掛かる距離だし、そもそも正確に包囲を知るすべがない俺達が無事に辿り着けるかは分からない。

 何しろ俺達が歩いているのは、辛うじてそこがかつてアスファルトに固められた道路だった、と思える形跡の上だからだ。これがカルダーフリーウェイである確証は、ない。

 そんなとき、不意に視界の中で用を足していたカイルが飛び上がった。

 何かに驚いた様子のカイルは、そそくさと用事を済ませたのか程なくして振り返り

「おぉい、アレックス! ちょっと来てくれ!」

と俺を呼んだ。

 なんだって言うんだ…?俺はそんなことを思って、チラッとアマンダを見やる。アマンダは黙って頷き、三人を見守る役を了承してくれる。

 俺はそれを確かめて、カイルのそばに駆け寄った。カイルは、真剣な表情で真っ黒に焼けた大地を見つめている。

「どうした、カイル?」

俺が聞くと、カイルは地面を指差した。

「これ、見ろよ」

そう言ったカイルの指の先を視線で追うと、確かにそこには何かがあった。大地と同じく黒く焼け焦げた木の枝の様に見える…が…いや、まて…これ…

「なぁ、アレックス…」

カイルが、恐る恐るそう口を開く。俺は、その先が想像できてしまって、背筋に強烈な悪寒が走った。これだけは、どうしても苦手なんだ…本当なら、見るのだってイヤなくらいなのに…

 だが、そんな俺に構わず、カイルはボソボソっと、核心を声に出していた。

それは、アダムとイブに林檎を食べてみては、と唆した言葉の様に、ある意味強烈で、気分を動揺させる一言だった。

「これ、食えるんじゃないか…?」

 そう言ったカイルが指し示していたのは、オーストラリアでは郊外だろうが街中だろうが、木上だろうがトイレの中だろうが闖入してくる、

鍛え上げられた人間の腕のような太く長い体を持った、オーストラリアヤブニシキヘビの死体だった。


31 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:25:08.58 ID:ECJw3yxco



 「ヘビは臭いから、一旦煮て、それから焼くと良いらしいです」

俺の心境も知らず、そんなことを言ったのは、驚くことにグレイスだった。

「良く知ってるな?」

そう聞いたカイルにグレイスは

「お姉ちゃんが軍のパイロットで…撃墜されたあとを想定したサバイバル訓練、っていうので、そうやって食べるように教わった、って聞いて」

グレイスの表情が、一瞬だけ暗くなる。軍人、だったのか…どこに配属されたかは分からないが、この辺りの基地所属していたら…生きてはいないだろう…

 そんなことを感じてか、カイルもアマンダも、ニコラにテレンスもそれ以上深くは聞こうとしなかった。

「そうか」

俺は、まったく別の理由でその話題を切り上げた。何しろ俺はこれから、それこそ死んでもお近づきになりたくない生物の肉を口に運ばねばならないんだ。

正直、グレイスには申し訳ないが、そんなことに気を割いていられる状況ではない。

 「しかし、煮てから、か…」

カイルがポツリとそう言う。

「水、全部飲んじゃったね…」

アマンダがやや引き釣った声色でそれに答えた。

 いや、仮に水があったとしても、ヘビ肉を茹でるのに使うのは反対だ。水分は貴重だし、ヘビを煮た水をその後飲めるとは思えない。

いや、衛生的なことではなく、俺個人の精神的な理由ではあるが…とにかく、水は極力使わない方法を選ぶべきだった。

 だが、そうなると…

 俺は、カイルがちょうど小さなステーキのようにナイフで削いで来たヘビの肉を見やって、生唾を飲んだ。

ヘビ肉は、アマンダが拾い集めた木の枝同様、表面こそ焼け焦げているものの、中の方はまだ血が滴る程に文字通り生々しい。旨そうだなんて思ってない。

これから自分がしようとしていることを思えば、多少の吐き気を催したって仕方ないだろ…?

 「仕方ない…このまま焼いてみるか…」

カイルがそう言って、ナイフでその肉を刺し、火に掛けた。

 ジワリと血と油が滴って火の中に落ち、ジュッと音を立てる。グロテスクとしか言いようにのないその光景を俺は遠巻きに見つめていた。

 「な、なんか…お、美味しそうに見えますねぇ」

不意に、テレンスがそんなとんでもないことを口走った。

 だが、俺は息を飲んでいる間に

「言われなかったら、見かけはヘビって分からないかも…」

とニコラまでが口にし、更にはグレイスが

「お酒があったら、それでフランベしても臭みは取れるかも」

なんて、まるでフランス料理を語るような言葉選びで続ける。

 「案外…いけるんじゃないかな、これ…」

「ヘビは寄生虫の類が多いって話だからな。ウェルダンになるけど勘弁してくれよ」

アマンダとカイルまでそんなことを言い始める。
32 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:25:36.55 ID:ECJw3yxco

 おいおいおいおいおい!確かに食料の確保が出来れば御の字ではあるが…本当に…本当に食べる気なのか、ヘビだぞ?

ウネウネしてるくせに人間やワニを絞め殺せる程の力があって、あの二股の舌をシュルシュル言わせてて、テカテカのウロコに覆われた、あの、ヘビだぞ!?

 だが、声に出さない俺の絶叫が五人に届くはずもない。

 しばらくして、カイルがそっと火から肉をあげた。やや黒く焦げ付いてしまった肉は、色味こそステーキのそれとさして変わりはないが…

 そんな俺とは裏腹に、カイルはアマンダにライトを照らさせて、アマンダのナイフと自分のナイフを器用に使って肉を小さく切り分けた。

 どうやら、中までしっかり火は通っているようだ。

 カイルはそれを確かめると、一番小さな肉片をナイフで突いて目の前に掲げてしげしげと観察を始める。

一度、スンスン、と臭いを嗅いだカイルは、躊躇いがちにそれを口の中へと運んだ。

 血の気が引く感覚を覚えながら、俺はカイルを見つめる。他の五人は…期待と不安の入り混じったような表情で、同じくカイルを見つめている。

 一噛み、二噛みと肉を口の中で転がしたカイルは、ややあってゴクリ、とそれを咀嚼した。

 そして

「ん」

と、別の肉片を突いてナイフごとアマンダに手渡した。

「え…わ、私…!?」

戸惑うアマンダに、カイルは

「良いから、試せよ」

なんて言い、ナイフの柄をアマンダに押し付けた。

 アマンダもまた、恐る恐る肉を見つめて、覚悟を決めたように頬ばった。

 コリコリと音をさせて肉を噛み崩したアマンダは、

「……あれ………」

と、小さな声で呟いた。

 そして、あろうことか、カイルが細切れにした別の肉片を素手でヒョイっと口に放り込み、それをしっかりと噛みしめてからとんでもないことを口にした。

「……エミューなんかよりも美味しいんじゃない、これ…」

それを聞いたカイルがニヤリと笑う。

「だよな? グレイスが言ってたほど気になる臭みもないし、エミューほどクセがなくて案外あっさりしてる。チキンの胸肉に近いが…あれほどパサついてもない」

「ク、クロコダイルとも違うの…?」

「全然! 先ず、あれほど臭くない」

「ふむ、ワニは臭いよな。ヘビも水生のは、グレイスの言っていたように臭うのかも知れないな」

ニコラの問にアマンダは答えた。それにカイルがそう言葉を添える。
33 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:26:32.47 ID:ECJw3yxco

 それからアマンダは肉片を品定めし、そのうちひとつをヒョイとつまみ上げると、ニコラに差し出した。

ニコラは、やはり少しおどおどしながら、それでもアマンダの指先にパクっと食いついて、程なくしてアマンダ同様、

「……あれ、なんだこれ……」

と首を傾げつつも、グレイスとテレンスに

「…あのね、どういう味かって聞かれるとうまく言えないけど…食べれる…」

と報告した。

 それを聞いたグレイスは抵抗なく肉を口に運び、テレンスもそれほど不安がるような仕草も見せずに肉を食んだ。

「……ん、ホントだ…なんだろう、これ…」

グレイスはそう言ってキョトンとし、テレンスに至っては

「…あの、けっこう美味しい気がしますよぉ?」

と喜んでいるように見えるほどだ。

 そして…当然と言えば当然、

「アレックスさんも食べてください!」

と、ニコラが無邪気な笑顔でそう言って来た。

「まぁ、騙されたと思って行ってみろ」

とカイルが言う。

「食べておかないと持ちませんしね」

アマンダも柔らかな笑顔でそう言った。

「私達も食べますから、気にせずに召し上がってください」

グレイスは、まるで俺が遠慮しているかのように言う。

「美味しいですよぉ?」

テレンスは相変わらずの様子だ。

 俺は、再びゴクリ、と生唾を飲み込む。

 これからのことを考えれば、今の段階でこうして物を口にできる機会は貴重だ。次にいつ、固形物を食べられるかは分からない。

だから、無理矢理にでも食べることは、生き残るためには必要な選択だ。

 でも…だからって…あぁ、クソっ!

 俺は、息を飲み、呼吸を止め、意を決して肉片を指先で恐る恐るつまみ上げた。

 これは、ヘビじゃない。これは…カンガルー…そう、カンガルーの肉だ。カンガルー料理なら食べたことはある。

あまり好きではなかったが、それでも食べれないほどではなかった…そう、カンガルー。カンガルーなんだ。

 俺は心の中でそう自分に暗示を掛けて、胃の腑から込み上がるムカ付きを抑えつつ、肉片を口へと放り込んだ。

 硬い感触が舌に触れ、背中を悪寒が駆け抜け、熱い感覚が腹の中から一気に膨れ上がって来るのを堪える。そして、飲み込むには大きすぎるその肉片をひと噛みした瞬間だった。

 俺は、まるで………呼吸を忘れていて、苦しくて思わず息を吸ったらそこに空気があったことに気が付いた、と言うか…そんな、なんというか奇妙な感覚を覚えていた。

 そして、空気があることに気が付いて、改めてそれを確かめるための呼吸をするように、口の中の肉片をゆっくりと噛みしめる。

 それから程なくして、俺の意識の中で、ヘビという存在の認識があらぬ方向へと変わっていた。

 そんなことに気が付いたときの衝撃たるや、流石に不謹慎極まりないが、コロニー落着と比肩しうるほどだった、と個人的には思わざるを得なかった。



34 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:27:10.18 ID:ECJw3yxco

つづく。

 
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:31:19.55 ID:a3xNzvv90
乙です
どっかで似たストーリー見たことあるかと思ったら、タイタニックだ
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 04:05:47.80 ID:MuUj8xLwo
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 18:39:35.37 ID:pRf54TAmO


なんでヘビ喰う描写がこんなに詳細なんだww

大陸の距離感がピンとこないけど、安全な場所まで途方もないんだろうなあ。
falloutの世界観想像したらいいんだろうか。
マッドマックスまでは荒廃してなさそうだし。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 20:27:26.90 ID:STPXOadqO

水と食料は確かに大問題だな……
MGS3のスネークなら問題ないんだろうが
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 20:28:44.73 ID:wHmHTDK0O
スネーク、ヘビを食べたことは?
40 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/03/06(日) 00:43:44.07 ID:O3v60EF9o
>>35
感謝!
タイタニックこんなだっけ…

>>36
感謝!

>>37
感謝!!
ごめん、なんか書きたかったww
メルボルンから目的地(仮)のアデレードまでは、800キロくらいかな。
falloutが近いかもです。マッドマックスはたぶんちょっと荒廃の方向が違うww

>>38
感謝!!!
食料が手に入るのがちょっと簡単すぎやしないかと自問自答してます…

>>39
少佐…!?
い、いや、ギレン閣下!?


すみません、カリフォルニアの雪(仮題)の方がちょっとヤマ場なんでそっちに集中しておるため、こっちが遅れております。
今週末は間に合わない公算が大です…頑張ってはいますが!
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/06(日) 03:19:04.27 ID:0sG6vLfro
待ってる
42 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/03/21(月) 23:41:25.48 ID:PJQBOqvM0
おのれ年度末め…!
すみません、書けてません…
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 00:43:42.16 ID:OK7DpvE3o
この時期はしゃーない
44 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 02:50:15.69 ID:fdWoLKIUo

いろいろ煮詰めた結果、思いの外早いカミングアウトになってしまった。

どうなるんだ、この話w

お待たせしました、続きです!
 
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:51:00.70 ID:fdWoLKIUo


 夜が来たことに気が付いたのは、遥か彼方の空にうっすらと伸びた光の帯が消えていたからだった。

 俺達は、なんの色気もないただの焼け野原に腰を下ろして、そこを“野営地”だと言いはった。

 地面は微かに濡れてはいたが、昼間の雨濡れた場所ほどじゃない。

 テントもシュラフもあるわけがなく、少しでも柔らかい土の上ではあるが、それでも尻にはゴツゴツと硬い石があたっている。それでも、メルボルンの基地から歩いて来た道のりを思えば、これでも上等だと思えないこともなかった。

 火でも焚きたい気分ではあったが、銃弾の火薬は節約する必要があったし、辺りに燃やせそうな木がなかったのもあって、それは叶わなかった。

 「寝ておいた方がいいぞ」

カイルが、俺達一緒になって座り、どうでも良い話に参加していたグレイスにそう声を掛ける。しかしグレイスは肩をすくめて

「とてもそんな気分じゃなくて…」

と疲れ切った表情で笑った。

 ニコラとテレンスはその疲れのせいか、地面に座ったアマンダが投げ出している脚を枕に寝息を立てている。

 「皆さんこそ寝なくても大丈夫なんですか?」

グレイスがそんなことを言って来るので、俺は顔をあげてカイルアマンダと顔を見合わせた。

 疲れてはいるが…俺は、グレイスと同じで、とてもじゃないが眠れるような気分ではなかった。気持ちが張り詰めてしまって、体は怠いのに、目だけはバッチリ冴えている。

 「見張りは必要だろう?」

俺がそんな適当な言い訳をしてみとグレイスは

「交代しながらでも休んだ方がいいですよ」

なんて、ずいぶんと大人びたことを言い始めた。しっかししている、とは思ったが、ここまでとは恐れ入る。

 「俺達は鍛え方が違うんだ。陸戦隊の中でも選りすぐりの特殊部隊なんだぜ?」

カイルは俺が丸め込まれたのを聞くや、さらにそんなことを嘯き始める。

日がな基地の警備くらいしかやってない俺達は、予備役とだって大差ないかも知れないに、選りすぐりの特殊部隊とは威勢が良い。だが、そんなカイルの言葉も

「その襟章、軍曹課程のですよね?特殊部隊員って、軍曹でも入れるんですか?」

と切り込まれてしまう。しかしカイルは負けていない。

「階級なんて関係ないさ。俺達は…なんたってシーサイド・デビル隊の一員なんだからな」

そんなカイルの反撃は一瞬の抵抗にすらならず、すかさず口を開いたグレイスの

「シーサイド・デビル隊は海兵隊ですよね?陸戦隊の所属じゃないですよ」

という切り返しに、カイルはぐぬぬっと呻いた。

 いや、まぁ、何と言うか…同じ軍人から言わせて貰えば、これほど下手な作り話もそうないが…しかし、それにしても、グレイスはやはり軍務には詳しいようだ。

姉がパイロットだった、と言っていたな…

 俺はふと、昨日基地から次々と飛び立って行った輸送機や戦闘機のことを思い出していた。

 あの基地にも女性パイロットは数人いたが…まさかあの中にグレイスの姉が…?

 「なぁ、グレイス。君のお姉さんってのは…どこの基地にいたんだ?」

俺は、ほんの少し逡巡してからそう聞いた。

 こんなときに家族の話なんてすれば心配させるだけかも知れないし…それにもし、地球ではなく宇宙軍に配属されていたとしたら…

コロニーを使ったジオンの作戦を妨害した部隊に参加していた可能性だってある。もっと言えば、メルボルンよりもシドニーやキャンベラ辺りの所属だった可能性は低くはない。
 
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:51:56.04 ID:fdWoLKIUo

 でも、それでも、俺は確かめて置きたかった。

 俺はシドニー、カイルはキャンベラの出だ。アマンダは知らないが…少なくとも俺達の家族はそこに居た。両親や兄弟がどうなったかは…分からない。

だから、とは言わないが…もし彼女の家族が誰か一人でも生きてるのなら、そこに送り届ける、という目的が生まれる。

 それは、こんな状況でも足を止めずに進むためには必要不可欠なことだった。

 俺の言葉に、カイルとアマンダが緊張した表情になるのが分かった。しかし、当のグレイスは、さっきと同じように肩をすくめて言った。

「バイコヌール宇宙港基地、って知ってますか?」

バイコヌール…?確か、東欧かあの辺りじゃなかったか…?

「オデッサのそばだな」

カイルがそう口にすると、グレイスはコクっと頷いた。

 「そこの基地防衛の航空隊にいるって言ってました」

「北半球、ってこと?」

アマンダが会話にやや乗り遅れ気味にそんなことを聞く。地理には疎いのかもしれない。そんなアマンダにグレイスは頷いてみせ

「中央アジアにあります」

と答える。

「あぁ、アジアね」

アマンダはそう言うが、果たしてアジアと聞いた彼女がどの辺りをイメージしているかは…正直、掴みかねた。

 「ってことは…少なくともコロニー墜落の被害は出てねえか」

カイルがほんの少しだけ明るい声色でそう口にする。どうやら、俺と同じことを考えていてくれてるらしい。

「バイコヌール、か…そこへ君を送り届けるのが、俺達のゴールになる、かな」

言うほど簡単ではないのは当然だ。そもそも生きてオーストラリアから出られるかどうかすら分からないのに、中央アジアだなんて正気じゃない。

 だが、言ってしまえば俺達の中に正気なやつなんてただの一人だっていやしない。

 こんな状況で、明日以降のことを…いや、一時間先のことを考えられるようなやつなんて、頭がおかしいに決まってる。

それはただ、現実を直視したくないから、別のことに意識を向けて今の苦痛を忘れようとしている過ぎないんだ。

 だが…俺達にとっては、それが必要だった。そうでもなければ…歩くことも、ヘビを食うなんてこともせずに、飢えて死ぬまであの基地で茫然自失していたことだろう。

 「んんっ…」

不意に、アマンダの膝を枕にしていたニコラが小さく呻いた。

 そりゃぁ、こんな地面に寝転がっているんだ、呻きたくもなるだろう。アマンダがそんなニコラにそっと手を伸ばした。

 だが、アマンダの手の平が、ニコラの髪に触れた瞬間だった。

「いや…あぁっ…やああああぁぁぁぁぁ!」

 今の今まで寝息を立てていたニコラが、つんざくような悲鳴をあげたのだった。

 俺にカイル、グレイスは驚き、アマンダは反対側の足を枕にしていたテレンスを吹き飛ばしながら、反射的な素早さでニコラを抱き起こす。

 「ニコラ、ニコラ…!?」

「ヤダぁ、怖いっ…怖いよ…怖い…ヤダ…」

アマンダが声を掛けてはいるが、ニコラはそれが耳に届いていないのか、ただただ、そう繰り返しては悲鳴をあげ続ける。
 
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:52:23.91 ID:fdWoLKIUo

 「…どうしたんですかぁ?」

アマンダの膝から跳ね飛ばされたテレンスが、そんなことを言いながら体を起こす。

「悪い夢でも見たらしい」

カイルがそう言ってテレンスを引っ張り起こすと、ニコラとアマンダから少し距離を取って、今度は自分の膝を差し出す。テレンスは、ニコラの様子をそれほど気にすることなく、

「寝づらいですからねぇ」

などと言い、ゴロリと地面に身を横たえてカイルの膝頭を載せた。

 俺には、そんなテレンス様子もニコラと同じく、異常に思えた。

 いくらなんでも、落ち着き過ぎている…ニコラは、いわゆるフラッシュバックのようなものなんだろうということが、尋常ではない反応で理解できる。

対してテレンスは、極めて不自然に“自然体”だ。

 あれもまた、この現実から自分の精神を守るためには必要な方法なんだろう…俺やカイルが目的を探し、アマンダが献身的に子ども達の面倒を見ているのと同じように…

 そう思って、俺はふとグレイスを見やる。彼女もまた…何かで必死に自分を守ろうとしているんじゃないかと、そう思ったとき、俺達に寝ろと言った彼女の言葉が思い出された。

 そんな俺の考えを鋭く読み取ったように、グレイスは疲れた顔で笑って言った。

「アレックスさん達も交代で寝てください。私も、見張りの手伝いしますから」

俺はグレイスがそうして俺達のフォローに意識を向けることで、この状況から自分自身を守ろうとしているんだ、と理解した。

 それなら、少しでもそれを全うさせてやる方が良い…今はまだ、心を折られてしまうわけには行かなかった。

 だから、俺はそんなグレイスに応えていた。

「分かったよ。じゃぁ、悪いけど、先に休ませてもらうからな」

 体を硬い地面に横たえては見るが、やはり、とても眠れるような心理状態ではない。それでも俺は、グレイスの心を守るために、と、暗闇の中でまぶたを閉じていたのだった。



   
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:53:03.59 ID:fdWoLKIUo



 それから一週間。

 俺たちは、まだどうにか生きていた。

 時折降る雨を溜め、それを濾して飲み、道端に転がるヘビやカンガルーの死体から肉を切り取り炙って口にした。

 人間、物が口に入る間は本当に死なないものらしい。

粉塵に覆われていた空は幾分か明るさを取り戻し、最初の三日ほどまでは下がり続けているのが感じられていた気温も、どうやら横ばいか少し暖かくなって来ているようだ。

 体温維持へのエネルギー量が減れば、それだけ体力を温存出来る。暑過ぎればそれはそれで死に直結するが、それでも寒いよりは温かい方が良いのは確かだ。

 たが、生きてはいるものの、すでに精神的には極限状態に近かった。

 何しろ、俺はこの一週間、まともに眠れていない。地面が硬いから、とか、そんなことが理由ではなかった。

 いくら疲れようが、どれほど歩こうが、眠ろうと身を横たえ目を瞑り、意識が遠のき始めた瞬間に、頭の中で身を震わせるほどの轟音が鳴り響くのだ。

 それこそ、最初の一回はまたコロニーが落ちてきたのかと空を見上げていた程だ。

 しかし、周囲にはなんの変化もないことや、不審に思ったのか声を掛けてきたカイルに尋ねてみてもそんな音は聞こえない、と言われ、俺はどうやらそれが神経的に錯覚しているものだと理解した。

 これをトラウマのフラッシュバックと言って良いのかは分からないが、少なくともそのせいで睡眠に支障が出ているのは確かだ。それが、大地を抉り取ったコロニーのごとく、俺の精神を摩耗させていた。

 そして、それは俺だけには留まっていない。

 ニコラも眠りに落ちるたびにフラッシュバックで飛び起きて泣き喚く。その面倒を見ているアマンダも、もちろん睡眠時間が取れていない。

 テレンスは十分に眠れているはずなのに、日に日に口数が減り、目に見えて表情が暗くなって来ている。

 カイルも、口を開けば恨み言ばかりになっていて、それが俺を妙に苛立たせた。

しかし、言い争いをする気力もない俺は、その恨み言を風の音か何かだと聞き流すくらいのことしかできなかった。

 それでも、俺達がヤケを起こさず、意見を違わず、ただひたすらにフリーウェイ跡だと覚しき道を歩き続けていられるのは、ひとえに、グレイスのおかげだった。

 「アマンダさん、少し代わります」

「…うん、ありがとう」

グレイスが、半ば眠りこけながら歩いているニコラの手を引いていたアマンダに声を掛け、アマンダは沈んだ様子でそう応えて、ニコラをグレイスに託し、ふぅ、と大きくため息を吐いた。

 「テレンス、もう少しだけ頑張れそう?」

ニコラの手を引きつつ、グレイスは今度は、テレンスにそう言葉を掛ける。するとテレンスは微かに笑顔を浮かべて

「…はい、頑張りますよぉ」

と、地面に落ちていた視線を上げる。

 それを見たグレイスは、次にカイルを見やって

「カイルさん。お水飲むの我慢してませんか?」

と気遣いの言葉を投げかけた。

「…あぁ、大丈夫だ…」

カイルはそれに、疲れ切った表情ながら返事をする。

 「アレックスさん」

グレイスは、最後に俺の名を呼んだ。俺がグレイスに視線を向けると、彼女はニコラの手を引いているのとは反対の手を振り上げて、何かを指差してみせた。
 
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:55:24.66 ID:fdWoLKIUo

「あれ。今日はもう、15台目です」

そう言ったグレイスが指し示した先には、真っ黒に煤けた塊がポツンと佇んでいる。

 それが車であったことなど一見すると分からないほどに潰れて焼け焦げてはいるが、辛うじてエンジンルームやシャーシの名残が見て取れる。

 グレイスは…15台目、だと言ったか…?

 「数えてるのか…?」

俺が聞くと、グレイスは穏やかな表情で頷いた。

「一昨日は、3台。昨日は5台だったのが、今日は3倍です。被害が小さい方に進んで来れてるんですよ」

「だと、良いけどな…」

カイルの恨み言に苛立つ自分も、そうとしか返事ができなかった。だが、それを聞いてもなおグレイスは、穏やかな口調で

「明日は30台を超えるかも知れませんね。これなら、街もきっと無事ですよ」

と、微笑む。

 ここ三日ほど、グレイスはずっとこんな調子だ。

無理に鼓舞するわけでもなく、励ますでもなく、そっと寄り添うような言葉を掛けて来ては、今にも擦り減り、消滅してしまいそうな精神力を支えてくれている。

 そして、ニコラやテレンスだけではなく、情けないことに俺もカイルもアマンダも、それに縋り付かずにはいられない状態だった。

 グレイスの配慮は、それほどに心地良く、甘えてしまいたくなるような頼もしさを秘めていた。

 「そうだな…もう一週間も歩いているし…」

俺は、胸の重しを退けられたような軽さを求めて、つい、そう口にしてしまう。しかしグレイスは、それを聞くや、さらに変わらぬ口調で

「人間の歩くスピードは時速4キロくらいって話ですからね。一日六時間くらいは歩いてますから…もう100キロは超えてます。ベンディゴなら、明日くらいには着ける距離ですよ」

と簡単に明日、なんて口にする。

 その言葉を口に出すことがどれほど重く、そしてどれだけ希望を宿してくれるか…俺はそれを身を持って感じていた。

 「街に着いたら…シャワーが浴びたいですぅ」

不意に、テレンスがそんなことを言い始めた。

「私、ベッドで寝たいよ…」

今度は、さっきまでぼんやりした様子でグレイスに手を引かれていたニコラがそう口にする。

 「私は…甘い物が食べたいかなぁ」

二人に便乗して、アマンダが力のない声色でそう呟いた。

「チョコレートとか、あると良いですね」

グレイスは、明るい声色でアマンダにそう相槌を打つ。

 「酒は…流石に期待出来んかな」

「いえ、もしかしたらあるかも知れません。ヴェンディゴは大きい街でしたから、最悪いろんな建物が崩れてたって、その下にはきっとあると思います」

カイルのボヤキを聞き逃さなかったグレイスが、明るくそう言ってカイルを励ます。

 いや、励ますどころか…勇気づけてくれている。自分以外の、俺達のことを。

 「アレックスさんは、街に着いたら何がしたいですか?」

当然グレイスは、俺にもそんな質問をして来た。

 俺はそれに答えようと頭を回転させる。そう、俺が…俺が街に着いたらしなければならないことは…

「無線機の確保と、休める場所の確保だ。それが出来れば、今より少し、何とかなる」

そう答えると、グレイスは俺が考えていたのとは、斜め上の返答を返して来た。

「なるほど、さすがは曹長さんですね!頼りにしてます!でも、ほら、お仕事のことじゃなくって、アレックスさん自身のやりたいこと、なんですか?」

首をかしげる彼女を見て、俺は、自分で自分の首を絞めていたことを悟った。
 
 
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:57:58.18 ID:fdWoLKIUo

「すまない、グレイス…」

「大丈夫です、楽に行きましょう。それで、ほら、したいこと教えてくださいよ!」

グレイスのそんな明るい言葉に、ふと、俺はこれが、最初の日と翌日に繰り広げた、脱出出来たら何を食べたいか、って話合いと同じだと気が付いた。

 もしグレイスがそれを意識してやっているのだとしたら、最後はきっと、あんな風に締めるはずだ。

 そう思いつつ、俺はグレイスの再度の質問に

「俺もニコラと一緒で、ゆっくりベッドで寝たいよ」

 そう思ったときにはグレイスは、今の俺にはとても言えそうにない言葉を口にして、そして笑った。

「大丈夫です、きっと。フカフカのベッドが待ってますから、頑張りましょう!」

 それは俺の思った通り、初日と二日目に俺がやった、希望を得るための話題作りだった。

 まったく…情けない。こんな少女に励まされていることがじゃない。その励ましに甘えて心地良いと思ってしまっている自分がいることが、何より情けなかった。

 だが、そんな感情は俺のカラッカラになった心の底から、微かな精神力を染み出させてくれる。

そうだ…俺は、カイルやアマンダを支えながら、この子達を安全なところに送り届けなきゃいけない。それが俺の使命で、こんな地獄を生き抜くための、俺の希望だ。

 「フカフカのベッド、ねぇ」

不意に、カイルがそんな声を漏らした。

 せっかくグレイスになだめてもらって力が湧いてきた気持ちにピリッと微かな嫌悪感が走る。愚痴や皮肉は聞きたくない気分だ。

 そんな思いで、俺はカイルをジロっと見やる。するとカイルは微かに笑みを浮かべて、暗い空と地上との間に横たわる光の帯の方を顎でしゃくってみせた。

「どうやら、探せば酒もあるかも知れん」

 カイルが指した地平線に、奇妙なシルエットが浮かび上がっていた。角ばっていて、幾何学的な幾数もの塊だ。

 あれは…まさか…!

「街か…?」

「そうらしい…ベンディゴって、あんなに栄えてたかな?」

カイルがそう言って首を傾げてはいるが…そんなことはどうだって良い。少なくとも、雨露を凌げる場所は確保出来るだろう。

 食料は分からないが…あれだけ建物が無事なら、残っている可能性はいくらだってある。

 俺は、グレイスに引き出された気力がさらに勢い良く回復を始めたことに気が付き、ここ数日、口にすることはおろか、考えもしなかった一言を五人に向けて言っていた。

「もう少しだ。頑張ろう!」

 カイルもアマンダも、ニコラもテレンスも、そしてグレイスも、揃って俺に頷いてくれた。
 
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:58:25.52 ID:fdWoLKIUo




 それから、二時間と三十二分後、俺達はかつてそこが街だったと覚しき場所に到達していた。

 遠目に見ているうちは薄暗いこともあって分からなかったが、見えている建物のほとんどは表面が真っ黒に焦げ付き、ずいぶんと傷んでいた。

窓ガラスなんて一枚も残っていないし、地面に敷いてあっただろうアスファルトすら無残に剥がされたままだった。

 コロニー楽着の熱風は、この場所にも辿り着いていたようだった。

 俺は、落ち込みそうになるのをに堪え、大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 いきなりなんの不自由ない暮らしが出来るようになるほど、甘い状況ではないことは分かっていた。

 こんなにボロボロの街でも、雨露は凌げるだろうし、食料やフカフカのベッドがいっさい残っていないとも言い切れない。

 少なくとも、今の状態から多少でも良い状態になれると言う事は確かなように思えた。

 「さて、ベッドを探すとしようか」

俺がそう口にしてみると、傍らのカイルがヘヘっと笑って

「酒はありそうな雰囲気だな」

とおどけてくれる。それを聞いていたアマンダも

「曹長。私、甘い物が欲しいので、探しても良いですか?」

なんて聞いて来た。

 どうやら、考えることは同じのようだ。期待していたのとは違うが、それでも希望がないわけではない。

 「手分けして探すか。独り占めはするなよ」

俺は二人に目配せをして笑ってやる。すると二人も、すぐさま俺に笑みを返してくれた。

 だが、そんなとき、グレイスが少し強張った声色で声をあげる。

「あの…すみません」

「どうした、グレイス?」

俺は、その様子が気になって、グレイスの様子をジッと観察しながらそう聞いた。

 グレイスは、何かを言いかけ、それをグッと飲み込んでから、思い直したように

「ここで、少し休憩にしませんか?宝探しは、そのあと、で…」

と意見する。

 「グレイス、僕はまだ大丈夫ですよ」

「私も…もうちょっとがんばれます」

テレンスとニコラがそう口々に言う。

 しかし、そんな二人に、何かに気が付いたらしいカイルが

「まぁ、確かにな…焦って途中でへばっちまったら事だ」

と、さもグレイスの意見に耳を傾けるように言い、

「ちょうど腹も減ったしな。お前たちも、そろそろ給水したいだろ」

と二人に言い含め始める。
 
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:59:06.55 ID:fdWoLKIUo

 「んん、でも、早く探しに行きたいですよぉ?」

「焦らなくても、誰も横取りなんてしやしないさ」

「でも、お水はちょっと飲みたいかも…」

「ほらな。せっかくだから、休憩してその後で宝探しをしよう」

カイルがニコラとテレンスと、そんなやり取りをしている隙に、アマンダが俺のそばにやって来て、小さく耳打ちをして来た。

 「あれ、気が付いてますか?」

アマンダの低く小さな声の意味を、瞬間、俺は理解できなかった。だが、そんな俺を見たアマンダは、すぐそばに落ちていた瓦礫の方を小さく顎でしゃくる。

 その方向に視線を向けた俺が見たのは、あの日見た、真っ黒に焼け焦げた蛇のような何かだった。

 ほんの束の間、その蛇の胴体のようなものを見つめた俺は、程なくして背筋を走る悪寒を覚えた。それが何かを、理解できたからだった。

 その太く細長い物体は、地面からほぼ垂直に伸びていて、その先端は花が咲いているように広がっていた。

 花弁に見える広がった部分は五本の枝のようになっていて、その中央は、茎を押し広げたように平らになっている。

花のすぐ下と、茎の半ばほどには明らかな関節と呼ぶべき節くれが見て取れた。

 そう、それは、真っ黒に焦げた大地とほとんど同系の色に焼けただれた人間の腕だった。

 俺は、まさかと言う思いで周囲を見渡す。そうだと思ってしまったが最後、俺の目には確かに映っていた。

 辺りには、崩れた瓦礫に紛れて、人間の遺体らしきものが無数に散乱していたのだ。

 あのシェルターで見た遺体は、生々しさはあっても、俺が認めた限りではそう数は多くはなかった。

 だが、ここは違う。本当に、なぜ今まで気が付かなかったのかが不思議なほど、いたる所に転がっている。

 これに一番最初に気が付いたのが、俺やカイルやアマンダではなく、グレイスだったのか?

 彼女は…まだ幼さの残るあの身で、それでも正気を保って、俺達にそのことを知らせたっていうのか…?

ニコラとテレンスが気が付く前に…?

 俺はそう考え至って、すぐに声をあげていた。

「少し戻るが、あそこの平らになっている辺りで休もう。そこで作戦会議だ」

「…そうだな。グレイス、どう思う?」

俺の言葉に反応したカイルが、グレイスそう問いかける。グレイスはそんなカイル頷いて見せ、俺を見やって

「それが良いと思います」

と告げた。

 グレイスがいつから気が付いていたのかは分からないが、反応を見れば、あの辺りなら目視する可能性がないと分かっている、ってことは感じ取れた。

 「よし、それならさっさと移動して休みましょ!」

アマンダが急に声を張ってそう言い始め、テレンスとニコラ背を押して移動を促す。

 二人はほんの少しの不満そうにしながらも、アマンダに食べたい物の話を振られるやいなや、コロッとその話題に乗っかって、笑顔でアマンダが好きらしい甘い物の話をしつつ歩き始めた。
 
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:59:33.26 ID:fdWoLKIUo

 それを見届けた俺とカイルは、一瞬視線を合わせてどちらともなくため息を吐く。

 「ヤバイな、俺達も」

「そうだな…よほど参ってるらしい」

カイルも、精神的に追い詰められていたことを自覚していたようだった。俺のことは…言わずもがな、だ。

 「すみません…もうちょっと早く知らせたかったんですけど…」

そんな俺達の元にグレイスがやって来て、そう詫びをし始める。だが、さすがに俺とカイルでそれを止めた。

「いや、こっちこそすまない…守ってやらなきゃいけないはずが、自分達のことで精一杯だった…」

「情けない限りだ。気を使わせて、悪かったな」

俺達が揃って謝ると、グレイスは途端に表情を歪めた。そして、言いにくそうにしながら、それでも何かに迫られるようにして口を開く。

「あの…あそこの建物、見えますか…?」

そう言って指差した先に、俺とカイルは視線を向ける。そこには、低い建物の群れから少し外れた位置に建っている門のような大きな建造物があった。

「あれは、勝利のアーチって言います。旧世紀中の大きな戦争で功績を残した人物を讃えて作られた門だそうです」

「へぇ…詳しいんだな」

そうは言いつつも、カイルはその先を促すように言う。するとグレイスは、スッと息を飲み、声を掠れさせないためか、はっきりとした口調で俺達に言った。

「あの門は、ベンンディゴの街にはありません…あれがあるって言うことは、ここはベンディゴじゃなくて…たぶん、バララトです」

「「バララト!?」」

そんなグレイスの言葉に、俺もカイルも、思わずそう声を上げたしまっていた。


 
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 03:00:21.61 ID:fdWoLKIUo

 

 「じゃぁ、しっかり頼むぞ」

「そっちもな。危険があったら3発発砲しろ。何か有益なもだったら、五秒間隔で二発な」

「分かってます、曹長。二人共、グレイスと曹長…アレックスの言う事をしっかり聞いて待っててね」

「アマンダさん、独り占めしないでくださいねぇ」

「待ってますから!」

「二人共、気を付けて」

俺達はお互いに言葉を交わし、励まし合い、互いの無事を祈り合っていた。

 これからカイルとアマンダが、街の中に捜索に入る。俺とグレイス、ニコラにテレンスは居残りだ。

 居残りのテレンスとニコラは最初は納得しなかったものの、これまで頑張ってきたグレイスが少し休みたい、と漏らしたのを聞いて、途端にアマンダの代わりを名乗り出て、とにかく二人でグレイスのケアするんだと息巻いた。

 それもまたグレイスの気遣いから来る言葉のようだったが、二人はそんな言葉に乗せられ、アマンダに「お願い」と頼まれ、意気揚々と留守番を決めた。

 最初は俺とカイルで、とも思ったが、何かあったときのためにはどっちの分隊にも男がいる方が良いだろう。

しかしいくらグレイスが状況を読む力があり、判断力に優れているとは言え、死体だらけの街へと送り込むの気が引けた。

 そのため街にはカイルとアマンダが向かうことになり、俺とグレイスが、ニコラとテレンスの見張りをすることとなった。

 それにしても、グレイスの言葉には驚いた。俺はここがベンディゴなんだと疑っていなかったからだ。

どうやら俺達が歩きながら見つけたのは、ヴェンディゴを通過するメルボルンから北西に伸びたカルダー・フリーウェイではなく、もっと南側。

メルボルンから西北西に向かって伸びているウェスタン・フリーウェイ方だったらしい。

そもそもなんの根拠もないままに歩いていたわけだから、到着したこと自体は幸運で良かったとは思う。

 だが、同時に俺とカイルは、この先の道のりにはジャイロか方位磁針が必要だろうということを身を持って理解した。

 そういった物資を捜索も、二人には頼んである。

「なに、そうだと思わなきゃ、ヘビとたいして変わらん」

「つまみ食いくらいは許可してもらえますよね?」

捜索を頼むにあたって謝罪した俺に、カイルはあの遺体のことを思ってかそう言い、アマンダはそんなジョークで俺の気を紛らわせてくれた。

二人とも先ほどまでそんな様子はなかったはずなのに、と、やはり申し訳なくなる反面、俺達の気力を辛うじて支えてくれていたグレイスに感謝したくなるくらいだった。

 街へ向かって行く二人の背中を見送った俺は、元は駐車場か何かだったらしい平らなアスファルトの上に腰をおろして、ここ一週間で幾分か明るくなって来ている空を見上げた。

 ちょうどスコールが降り出しそうな空の色と良く似ていて、落着直後のあの夜ような空に比べたら、頭の上を塞がれている感じがなくなっていて良い。

 これならあともう二週間あれば青空が望める可能性がある…それはつまり、急激な気温の上昇に備えておかなければならない、ってことになる。

 大陸中部の荒野の夏は、それだけ危険だ。

 「ベッド、あると良いなぁ」

「僕はベッドよりもまずはシャワー浴びたいかなぁ」

ニコラとテレンスがそんな話で盛り上がっている。見る限り、電気が生きている様子はない。ガスを使う機器なんかも機能していないだろう。

ベッドはあるかもしれないが、シャワーは難しい。

この場合、シャワーでなくても、清潔な服に着替えることさえ出来れば、それでも十分だ。
 
55 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:01:37.12 ID:fdWoLKIUo

 「シャワーはちょっと難しいかもね」

不意に、グレイスがそう言った。

「やっぱり、そうですかぁ?」

「うん、あれだけ被害を受けていたからね…」

「うぅ、残念です…」

「そうだね、体は流したいかも…あ、そうだ。ドラムバスなら出来るかも…」

「ドラムバス…?」

 ドラムバス…?聞き慣れない単語に反応して、俺もグレイスを見やっていた。

「なんなんだ、そのドラムバス、って?」

「シャワーにするんですか?」

俺とテレンスからそう問われて、グレイスは優しく微笑むと

「ドラム缶を、バスタブにするんです」

と教えてくれた。

 「なるほど…工具があれば縦に割るくらいならなんとかなりそうだな…」

俺は話を聞いて、基地にあった燃料用のドラム缶を真っ二つに割ってみる工程をイメージする。

しかしグレイスは珍しく声をあげて笑い、

「いいえ、上の蓋だけ取り外せればいいんですよ」

と、可笑しそうに言った。

 なるほど…雨水用のドラム缶や、緊急時の飲料水用ドラム缶くらい、探せば出て来そうな気もする…そこに水を満たして…

 そこまで考えて、俺はあぁ、とそれが現実的ではないことに気が付いた。それだけの水をそもそもどうやって用意する?

雨水溜めたって、そんなにはならない。どこかから水道を引っ張って来れれば話は別だが、そもそもそれが望めるんならシャワーくらいなんとか出来る。

 そういう機能が生きてる見込みがないから、俺達はこんな状態なんだ。

 「お水はどうするの?」

不意に俺が聞かずに黙っていた事を、ニコラがグレイスに尋ねた。現実に直面してしまうのは辛いが…こればかりは仕方ない、か…

 だが、グレイスはケロっとした様子で

「それが問題だね。どこかに雨が溜まっているといいんだけど」

とニコラに優しく言って聞かせた。

 確かにグレイスの言う通り、もし運良く雨が溜まっていれば、少し濾すだけでも煮沸して飲める程度の水にはなる。

バスタブに貯めるにしても、一度煮沸になる程度まで温度を上げて、少し冷ましてから使えばちょうど良いくらいだ。

 それなら、気分もずいぶん切り替えられるだろう。

 俺はふと、暖かな湯に体を沈めるイメージを思い浮かべていた。

 そんな贅沢が出来たら、どれほど良いだろうか…

 そう思わずにはいられなかった。

「アマンダさん、チョコレート見つけてくれるかな?」

「溶けちゃったりしてないと良いよね」

「溶けちゃっても、もう冷えて固まってるんじゃない?」

「あ、そうか、そうだね!それなら食べられるね!」

テレンスとニコラは、すでにそんな話に花を咲かせている。
 
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