0079 -宇宙が降った日-

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22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 08:38:15.05 ID:ihxjU1Gvo

子供にはトラウマ間違いなしの光景だな
生き延びる事が出来たら、だけど
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 13:41:43.20 ID:IWbtnX8xO
はよ
24 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:20:52.10 ID:ECJw3yxco
>>21
あざっす!
これからどうなるか…正直ノープランw

>>22
感謝!
トラウマですね…大人でも十分トラウマでしょうけど…
生き残れるんでしょうか…どうなんでしょうか…

>>23
週一ペースで勘弁してつかあさい!


つづきです!
 
25 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:21:33.13 ID:ECJw3yxco



 61式戦車は、それからほんの20分ほど懸命に走り、そして唐突にまるでブレーキが掛かったように減速し、ついには停止した。

 理由はごく単純。バッテリーかモーターが水に浸かってショートしたからだ。

普通なら浸水対策は厳重に施されているのだが、この61式は、すでにボロボロだ。

装甲にはあちこち亀裂が入り、主砲座に取り付けられていた自動制御の20mm機銃は、取り付けてあった銃座が根本からへし折れて無くなっている。

主砲座から良く見てみれば、二本の主砲は二本とも右方向に歪み、とてもじゃないが発射出来そうな状態には見えないし、そもそも車体の左側半分は高熱に晒されたように焼け焦げていた。

 戦闘をしたわけでもないのにこんな有様を晒してはいるが、あのコロニー落着の衝撃の中、動く状態で残っていたほうが奇跡に近い。

 主砲座から見えるのは、見渡す限りの水面。あの衝撃が地上にあった何もかもを薙ぎ払ったんだと想像するのは簡単なことだった。

人も、建物も、兵器も、全部、だ。いまや水面から飛び出しているのはこの戦車っきり。

 奇跡と言わないんなら…カイル流に、神様の贈り物か、だ。

 「もう…動けないんですか…?」

ニコラが主砲座から顔を覗かせてそう聞いてくる。その表情には、胸が詰らんばかりの不安の色が見て取れた。

「コイツはもうダメだな」

それを誤魔化しても、どうにもならない。

「だけど、水位はスカートより上には来てない。たぶん、流される心配はないはずだ」

水位のことは事実だ。それに、水の流れる勢いもさほど強くはない。いかに動力が止まったといえど、この61式戦車の重量は相当だ。

厚い装甲と二本の主砲はもちろん、そもそも一世代前のMTBと比較しても一回り以上はデカい。これよりも大きい戦車探すとなると、あの新型のRTX-65くらいなもんだろう。

あれはあれで火力特化に専念し過ぎて足回りが悪いらしいけど。

 とにかく、こんな鉄の塊を押し流すほどの勢いは、今の水量にはなさそうだった。

 「大丈夫。きっと水もすぐに引くよ」

不意にそう声がして、アマンダも主砲座から顔を出した。顔色を見る限り、体調は悪くはなさそうだ。

シャフトの中で見たときはある程度の覚悟はしていたが、それこそ、“杞憂”で終わって何よりだ。

 「ほら、もう用はないから、上へ上がってろ」

操縦席からそんな声が聞こえた。

 見ると、カイルが二人の子どもを操縦席から押し出している姿がある。一人は十五、六歳くらいの女の子。もう一人は、ニコラとさして変わりなさそうな年頃の男の子だ。

 聞けば、俺達を引っ張りあげてくれたとき、この戦車を操縦してたのがあの男の子の方らしい。

あんな状況で、黄色い悲鳴をあげながらでもカイルの指示に従って動けるなんて、恐れ入る。

 俺は手を伸ばして主砲座の上に二人を引っ張りあげてやる。カイルがそのあとに続いて、主砲座に登って来た。

 「助けてくれてありがとう。俺はアレックス。そっちの女兵士がアマンダ。チビちゃんはニコラだ」

俺がそう自己紹介をすると、

「わ、私は、グレイスです」

「お、おれ、テレンス…です」

と二人も名乗ってくれた。二人ともまだ戸惑ってはいるが…まぁ、当然か。普通でいられる方がどうかしてる。

 「二人とも、中にどうぞ」

アマンダはそう言って、自分が這い出し、変わりに二人を主砲座の中に促した。

 二人は素直に中へ収まって、俺達大人は主砲座の上にぼんやりと足を投げ出して座り込む他になかった。

 「真っ暗ですね…」

空を仰いだアマンダが言う。落着したコロニーが巻き上げたんだろう粉塵が空を覆い、まだ夏真っ盛りだったはずなのに、薄っすらと肌寒さを感じる程だ。

遥か遠くにぼんやりと筋のように光る帯が横たわっていて、そのお陰で辺りの様子がなんとか確認出来る程度だ。
26 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:22:04.68 ID:ECJw3yxco

 「蒸発や酸欠で死ななかったのも、運が良いのか悪いのか…」

カイルがそう呟いた。

 まったくだ。地下から這い出て見ても、あまり生きている心地はしない。だが、それを聞いたアマンダが

「…少なくとも、シャフトの中に生き埋めにならなかっただけ、幸運だったよ…」

と静かに呟く。

「確かにな…」

俺は、そうとしか答えようがない。あのシャフトの中で聞いた悲鳴は、もう脳裏に焼き付いてしまった。

どうしようもなかった…そうは思っても、生き埋めのままに海水が流れ込んできた人達のことを想像しないではいられない。

どれだけ怖かったか…どれだけ苦しかったか…そう思うと、癇癪でも起こして暴れだしたくなるような気分だった。

 「そう言えば、スミス軍曹は、どうして戦車なんか?」

きっと同じことを考えていただろうアマンダは、そんな気分を変えようとしてか、カイルそう話を振る。

「カイルで良いぞ。俺は、あのグチャグチャの中でも失神しなくてな…揺れが収まった直後には、上へ這い上がろうとしてた。

 その途中であの二人を拾い上げて、いざ出てみたらポツンとコイツだけがそこにあったんだ」

カイルはそんなことを言いながら、コンコンと戦車の装甲をノックしてみせる。まさに奇跡、か。

「で、避難しようと思ったら水が来るわ、シャフトから声が聞こえるわで、あとはもう無我夢中だな」

「ううん…良くやってくれたよ…お陰で、助かった」

「さてね、だから、良かったんだか悪かったんだか、だよ。殺しておいてくれればよかった、なんて言い出さないでくれな」

アマンダにそう言って笑ったカイルは、よっと、なんて声をあげて主砲座の上に寝転がった。

 俺はカイル自身が、そう思ってるんだろうと感じていた。こんな状況で…カイル自身が、果たして生き残ったことを良しと捉えられるのかが分からないんだろう。

 正直、俺はそうは思わなかった。少なくとも、こうして民間人の子ども三人を連れて生きている、ということは、任務を遂行出来たって証になる。

そして、これから先も生き残らなきゃならないと思える理由にはなる。良し悪しではなく、俺がすべきことをこなせたか、これからもこなせて行けるかどうかが重要だ。

そんな物にでもすがらなければ、たちまち心が折れてしまいそうだ。

 だから、同じようには思わないまでも、カイルの気持ちは理解できる。

 真っ暗に淀む空。見渡す限りの海水。食料なんてあるわけがないし、行く宛があるのかどうかも分からない。

 俺達は結局、希望の見えない文字通り真っ暗な世界に放り込まれたのだから。



27 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:22:34.56 ID:ECJw3yxco



 雨が降り出した。

 ただでさえ重い足取りが、濡れてへばりつく軍服のせいで、余計に重く感じられる。

 本当にこの判断は正しかったのか。一抹の不安が頭を過り、俺は無理矢理にそいつを思考の外へと追いやった。今更考えたって、答えは同じだ。

引き返したって、長くは持たない。それなら、少しでも生存出来る可能性の高い方を選ぶべきだった。

 「それでな、決め手はグリーンチリなんだよ」

俺は、そう先ほどからの話を続ける。

「北米で食べたのがやっぱり一番だったな。本場はイタリアらしいけど、ピザなら北米のに限るよ」

「そのグリーンチリって、辛いやつですか?」

「あぁ、ちょっと掛けただけでもヒリヒリしちゃうくらいのやつだ」

ニコラの質問に答えると、彼女は少し楽しげな声色で

「私、食べてみたいなぁ、それ」

なんて口にした。

 すかさず俺は

「とりあえずさっさと救助隊と合流して、そしたら北米でお腹いっぱい食べさせてやるよ」

と切り返す。

 「約束ですよ!」

ニコラはそう言ってニコッと微笑む。

 俺はそんなニコラの様子を見て少し胸を撫で下ろし、アマンダを見やった。

 「私は…そうだな…おすすめは、ニッポンお肉かな」

「ニッポン…? どこですかぁ、それ…?」

テレンスがションボリした表情でアマンダに聞く。すると横からグレイスが

「ジャパンのことだよ」

と口を挟む。するとテレンスは納得したのか、ああ、なんて声をあげて、アマンダの話を促す。

 この二人、話を聞けば姉弟ではないらしい。グレイスは茶色い髪をしているし、テレンスの方は見るからに髪の色も目の色も色素が薄い白人だ。

 そういえば、ニコラは…少しポリネシアン系の血が入ってるようにも見える。肌は焼けたような色だし、目も髪も黒い。

 俺達は、といえば、カイルはバカデカい白人で、俺は地元のヨーロッパ系。アマンダは生まれがヨーロッパらしい。短くカットされた髪は、明るい茶色。やや、赤毛にも近いかも知れない。

 ニコラは街の住人で、基地に避難してきていて俺達が拾い上げた。

グレイスとテレンスは、同じ学校の体験学習行事のために、シドニーからはるばるメルボルンに来ていた私学校の生徒だったらしい。

 そう言われると確かにグレイスは見るからに知的で、俺達大人が努めてやっているように、無駄な感情は表に出さずに笑顔でいてくれている。

 テレンスの方は少し頼りないが、仕方ない。こんな状況でしっかししていられてるグレイスの方が返って心配になるくらいだ。

正直、俺もかなりギリギリだが…

 足元は行けども行けども水の中。俺達は戦車から引っ張り出した配線ケーブルを命綱代わりにして、黒い雲の下、止めどなく降る黒い雨の中を歩いていた。

 遭難ケースのサバイバル訓練で習ったことによれば、危機状況を脱出したらやってみたいことを常に考えよ、だ。その思考がもっとも生存率を高めてくれるらしい。

 それを実践させて、今は脱出したら食べたいもの特集を話している。

今まで食べたものの中でうまかったもの、好物の話をして、最後の必ず「生きて返ってそれをみんなで食う」と話を閉じる。

そうすれば、少なくとも“仮染め”の希望くらいには輝いてくれた。
28 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:23:18.12 ID:ECJw3yxco

 戦車を出発する前、俺達はどこへ向かうべきかを話し合った。

落着直前の情報、被害状況、空の様子から、俺達は落着がシドニー周辺だと推定する。それを考慮してカイルが提案したのは、北西のアデレードだ。

アデレードにも津波が到達している可能性はなくもないが、少なくとも落着の余波はここよりも軽いだろうと思えた。

北のトリントン基地は落着の余波をもろに食らっているかも知れない位置にある。

 問題となるのは距離だ。どう考えてもアデレードまでは千キロ近くある。とてもじゃないが現状でそれだけの踏破が出来るはずもない。

 だがアデレードへの道中には街がいくつもあった。シドニーから離れれば、それだけ被害も小さいに違いない。それを当てにするより他にない。

 ただの遭難なら救助をまてばいいが、現状では他の地域がどうなってるかの検討がつかない。救助が来るころには、揃って餓死していても不思議ではないんだ。

 「ニッポンのお肉は、柔らかいんだ」

「柔らかいんですか?肉が…?」

テレンスがそんなことを言って首を傾げている。それは俺も驚いた。肉ってのはガッツリ硬いものしかないと思ってたんだが…

 そんな俺達を見てか、アマンダは少し得意げな様子で

「そうなんだよ!口に入れて噛むと、トロってトロけるくらいなんだから」

と言ってみせる。

 「それは…うまそうだな…」

思わずそう漏らしてしまう。

「それ、聞いたことあります。コービー、でしたっけ?」

「そうそう、そんな名前のブランド」

グレイスの言葉に、アマンダはこんな状況に不釣り合いなくらいに明るい表情と声色で答えた。不釣り合いではあるが、気分を好転させてくれるそんな雰囲気に、俺は心の中で感謝する。

 だが、食い物の話は今日いっぱいまでだろう。何しろ俺達は食料がない。この先飢えることは目に見えていた。そんな中で食い物の話を繰り広げるなんて拷問に近い。

明日からは、もっと別の話題を用意しておかないとな…

 俺は、黒い雨に汚れた顔を拭い、遥か前方に広がる光の帯をジッと見つめていた。

 
29 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:23:46.76 ID:ECJw3yxco

 

 時刻は夕方前。

 と言っても、相変わらず空は真っ暗で、時間の感覚はないに等しい。ただ、カイルの腕時計が四時過ぎを指しているからそうなんだろう、と思うほどだ。

 コロニーが降って来たのは、朝の9時前。

 シャフトで気を失っていたのがどの程度の時間かは想像の域を出ないが、落着と同時に発生しただろう津波が基地に到達する前には目覚めたことを考えれば、ほんの数分の出来事だったのかもしれない。

 シャフトから脱出して、戦車を捨てたのが十時すぎ。それからずっと歩き通しだった俺達は、ようやく、押し寄せた海水から抜け出すことが出来た。

 雨で濡れてはいるが、水の中をバシャバシャ言わせながら歩くことに比べたらこの上なく楽だし、気分的にも若干マシになる。

 あとは、明るい空でも見られれば根拠なく希望も見えそうな気もするが…それにはまだ時間が掛かりそうだった。

 俺は濡れた地面も気にせずに座り込んだまま、真っ暗な空を仰いだ。日が傾いたせいで、あの黒い雲が薄くなったんだかどうだかは分からない。

 雨は止んでいるが、一応、いつまた降り出しても良いようにと覚悟だけは決めておく。

 「ほら、これで大丈夫」

アマンダはそう言って、カイルが戦車からくすねて来たスキットルをニコラに手渡す。

 俺がここで休憩を取ろうと提案すると、アマンダはすぐさま腰に下げていた拳銃から弾を一発抜き取り、薬莢の中のガンパウダーと雷管を着火剤に湿った木の端材に火を付けた。

 いつの間に雨水なんて貯めたんだか、アマンダはそれを軍服の生地とファーストエイドキットの中のガーゼなんかを使って作った簡易のろ過装置で濾してから、

スキットルに入れて火に掛け、煮沸消毒までする手際を見せていた。

 あれだけ水に浸かり、あまつさえ雨まで降っていたのに、どうしてか喉には粘質の唾液が絡んでいて心地悪い。それに体もいくぶんか冷えている。

こういうときは、ただの水分ではななく、人肌に暖められたぬるま湯程度の方が体力維持には適している。

 ニコラがスキットルに口を付け、ホッと一息吐いて、隣にいたグレイスに手渡す。するとグレイスは、さらにその隣のテレンスにスキットルをそのまま渡し、

彼が水を飲んだのを確かめてから、改めて控え目に自分もゴクゴクと喉を鳴らした。

 「ほらよ、アレックス」

大人分は、別のスキットルに、カイルがアマンダを見よう見真似で作ってくれていた。

「悪い」

そう一言断って、俺はまだ熱の残るスキットルを受け取って、喉を潤す。

 程よく温まった水が喉を通り、胃の腑に流れて行って、自然にホッと溜め息が出た。

 雨が降る限りは、同じ方法で水分の確保は出来るだろう。それが有るか無いかは、極めて重要だ。それこそ、食料の確保をするよりも、遥かに優先度が高い。

人間、水分さえあればそう簡単には死なないものだ…と言ってたのは、確か訓練生時代の教官だったか。

 ただ、あくまでも雨が続くのなら、だ。これから俺達が向かう先は、“死の灼熱荒野”とさえ呼ばれるオーストラリアの中部一帯。

コロニーのせいで今みたいな気候が続くのなら良しだが、もし、向かった先で異常気象が出ていなければ、俺達はたちまち干からびてミイラだ。

 その辺りのことも考えておかなきゃならないのはやまやまだが、今の俺達には情報がない。気象観測も天気予報もない。本部からの無線も届くはずがない。

この状況では、考えてはみても判断は下せないだろう。

 少なくとも、水と食料がある程度安定している場所でなら、停滞しても良いだろう。アデレードへ向かうにしても、まずは、そんな場所を探す必要があった。

 そんなことを考えていると、前触れなくカイルが、ふぅ、と溜め息を吐いて立ち上がった。

 どうした、と聞く前に、カイルは片方の眉を上げて

「まったく、水は貴重だってのに、どうして体から出そうって気になるんだか」

と言い残し、フラフラと焼けただれた荒野へと歩いて行った。
30 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:24:24.33 ID:ECJw3yxco

 「カイル…?」

アマンダが不思議そうに顔をあげたので、俺は一言

「ちょっと“自然が呼んでる”んだそうだ」

と告げた。

「あぁ」

アマンダは納得したのか、空になったスキットルをニコラから受け取って、ポーチの中へと押し込んでいる。

 俺はアマンダから目を外してカイルの歩いて行った先を眺める。大地は黒く焼け、草の類は完全に焼かれて無くなっている。

アマンダが拾い集めた木々は、表面こそ真っ暗だったものの、中の方までは熱は届いていなかったらしく、少なくとも形は残っていた。

 よほどの高温だったのだろうが、それも一瞬だったんだろう。少なくとも、何もかもが無くなったメルボルンの基地とは僅かに様子が異なっているようだった。

 だが、仮に街があったとしても、食料の類が無事とは思えない。

せめて、ベンディゴ辺りまで行ければ多少はマシかも知れないが、徒歩では数日掛かる距離だし、そもそも正確に包囲を知るすべがない俺達が無事に辿り着けるかは分からない。

 何しろ俺達が歩いているのは、辛うじてそこがかつてアスファルトに固められた道路だった、と思える形跡の上だからだ。これがカルダーフリーウェイである確証は、ない。

 そんなとき、不意に視界の中で用を足していたカイルが飛び上がった。

 何かに驚いた様子のカイルは、そそくさと用事を済ませたのか程なくして振り返り

「おぉい、アレックス! ちょっと来てくれ!」

と俺を呼んだ。

 なんだって言うんだ…?俺はそんなことを思って、チラッとアマンダを見やる。アマンダは黙って頷き、三人を見守る役を了承してくれる。

 俺はそれを確かめて、カイルのそばに駆け寄った。カイルは、真剣な表情で真っ黒に焼けた大地を見つめている。

「どうした、カイル?」

俺が聞くと、カイルは地面を指差した。

「これ、見ろよ」

そう言ったカイルの指の先を視線で追うと、確かにそこには何かがあった。大地と同じく黒く焼け焦げた木の枝の様に見える…が…いや、まて…これ…

「なぁ、アレックス…」

カイルが、恐る恐るそう口を開く。俺は、その先が想像できてしまって、背筋に強烈な悪寒が走った。これだけは、どうしても苦手なんだ…本当なら、見るのだってイヤなくらいなのに…

 だが、そんな俺に構わず、カイルはボソボソっと、核心を声に出していた。

それは、アダムとイブに林檎を食べてみては、と唆した言葉の様に、ある意味強烈で、気分を動揺させる一言だった。

「これ、食えるんじゃないか…?」

 そう言ったカイルが指し示していたのは、オーストラリアでは郊外だろうが街中だろうが、木上だろうがトイレの中だろうが闖入してくる、

鍛え上げられた人間の腕のような太く長い体を持った、オーストラリアヤブニシキヘビの死体だった。


31 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:25:08.58 ID:ECJw3yxco



 「ヘビは臭いから、一旦煮て、それから焼くと良いらしいです」

俺の心境も知らず、そんなことを言ったのは、驚くことにグレイスだった。

「良く知ってるな?」

そう聞いたカイルにグレイスは

「お姉ちゃんが軍のパイロットで…撃墜されたあとを想定したサバイバル訓練、っていうので、そうやって食べるように教わった、って聞いて」

グレイスの表情が、一瞬だけ暗くなる。軍人、だったのか…どこに配属されたかは分からないが、この辺りの基地所属していたら…生きてはいないだろう…

 そんなことを感じてか、カイルもアマンダも、ニコラにテレンスもそれ以上深くは聞こうとしなかった。

「そうか」

俺は、まったく別の理由でその話題を切り上げた。何しろ俺はこれから、それこそ死んでもお近づきになりたくない生物の肉を口に運ばねばならないんだ。

正直、グレイスには申し訳ないが、そんなことに気を割いていられる状況ではない。

 「しかし、煮てから、か…」

カイルがポツリとそう言う。

「水、全部飲んじゃったね…」

アマンダがやや引き釣った声色でそれに答えた。

 いや、仮に水があったとしても、ヘビ肉を茹でるのに使うのは反対だ。水分は貴重だし、ヘビを煮た水をその後飲めるとは思えない。

いや、衛生的なことではなく、俺個人の精神的な理由ではあるが…とにかく、水は極力使わない方法を選ぶべきだった。

 だが、そうなると…

 俺は、カイルがちょうど小さなステーキのようにナイフで削いで来たヘビの肉を見やって、生唾を飲んだ。

ヘビ肉は、アマンダが拾い集めた木の枝同様、表面こそ焼け焦げているものの、中の方はまだ血が滴る程に文字通り生々しい。旨そうだなんて思ってない。

これから自分がしようとしていることを思えば、多少の吐き気を催したって仕方ないだろ…?

 「仕方ない…このまま焼いてみるか…」

カイルがそう言って、ナイフでその肉を刺し、火に掛けた。

 ジワリと血と油が滴って火の中に落ち、ジュッと音を立てる。グロテスクとしか言いようにのないその光景を俺は遠巻きに見つめていた。

 「な、なんか…お、美味しそうに見えますねぇ」

不意に、テレンスがそんなとんでもないことを口走った。

 だが、俺は息を飲んでいる間に

「言われなかったら、見かけはヘビって分からないかも…」

とニコラまでが口にし、更にはグレイスが

「お酒があったら、それでフランベしても臭みは取れるかも」

なんて、まるでフランス料理を語るような言葉選びで続ける。

 「案外…いけるんじゃないかな、これ…」

「ヘビは寄生虫の類が多いって話だからな。ウェルダンになるけど勘弁してくれよ」

アマンダとカイルまでそんなことを言い始める。
32 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:25:36.55 ID:ECJw3yxco

 おいおいおいおいおい!確かに食料の確保が出来れば御の字ではあるが…本当に…本当に食べる気なのか、ヘビだぞ?

ウネウネしてるくせに人間やワニを絞め殺せる程の力があって、あの二股の舌をシュルシュル言わせてて、テカテカのウロコに覆われた、あの、ヘビだぞ!?

 だが、声に出さない俺の絶叫が五人に届くはずもない。

 しばらくして、カイルがそっと火から肉をあげた。やや黒く焦げ付いてしまった肉は、色味こそステーキのそれとさして変わりはないが…

 そんな俺とは裏腹に、カイルはアマンダにライトを照らさせて、アマンダのナイフと自分のナイフを器用に使って肉を小さく切り分けた。

 どうやら、中までしっかり火は通っているようだ。

 カイルはそれを確かめると、一番小さな肉片をナイフで突いて目の前に掲げてしげしげと観察を始める。

一度、スンスン、と臭いを嗅いだカイルは、躊躇いがちにそれを口の中へと運んだ。

 血の気が引く感覚を覚えながら、俺はカイルを見つめる。他の五人は…期待と不安の入り混じったような表情で、同じくカイルを見つめている。

 一噛み、二噛みと肉を口の中で転がしたカイルは、ややあってゴクリ、とそれを咀嚼した。

 そして

「ん」

と、別の肉片を突いてナイフごとアマンダに手渡した。

「え…わ、私…!?」

戸惑うアマンダに、カイルは

「良いから、試せよ」

なんて言い、ナイフの柄をアマンダに押し付けた。

 アマンダもまた、恐る恐る肉を見つめて、覚悟を決めたように頬ばった。

 コリコリと音をさせて肉を噛み崩したアマンダは、

「……あれ………」

と、小さな声で呟いた。

 そして、あろうことか、カイルが細切れにした別の肉片を素手でヒョイっと口に放り込み、それをしっかりと噛みしめてからとんでもないことを口にした。

「……エミューなんかよりも美味しいんじゃない、これ…」

それを聞いたカイルがニヤリと笑う。

「だよな? グレイスが言ってたほど気になる臭みもないし、エミューほどクセがなくて案外あっさりしてる。チキンの胸肉に近いが…あれほどパサついてもない」

「ク、クロコダイルとも違うの…?」

「全然! 先ず、あれほど臭くない」

「ふむ、ワニは臭いよな。ヘビも水生のは、グレイスの言っていたように臭うのかも知れないな」

ニコラの問にアマンダは答えた。それにカイルがそう言葉を添える。
33 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:26:32.47 ID:ECJw3yxco

 それからアマンダは肉片を品定めし、そのうちひとつをヒョイとつまみ上げると、ニコラに差し出した。

ニコラは、やはり少しおどおどしながら、それでもアマンダの指先にパクっと食いついて、程なくしてアマンダ同様、

「……あれ、なんだこれ……」

と首を傾げつつも、グレイスとテレンスに

「…あのね、どういう味かって聞かれるとうまく言えないけど…食べれる…」

と報告した。

 それを聞いたグレイスは抵抗なく肉を口に運び、テレンスもそれほど不安がるような仕草も見せずに肉を食んだ。

「……ん、ホントだ…なんだろう、これ…」

グレイスはそう言ってキョトンとし、テレンスに至っては

「…あの、けっこう美味しい気がしますよぉ?」

と喜んでいるように見えるほどだ。

 そして…当然と言えば当然、

「アレックスさんも食べてください!」

と、ニコラが無邪気な笑顔でそう言って来た。

「まぁ、騙されたと思って行ってみろ」

とカイルが言う。

「食べておかないと持ちませんしね」

アマンダも柔らかな笑顔でそう言った。

「私達も食べますから、気にせずに召し上がってください」

グレイスは、まるで俺が遠慮しているかのように言う。

「美味しいですよぉ?」

テレンスは相変わらずの様子だ。

 俺は、再びゴクリ、と生唾を飲み込む。

 これからのことを考えれば、今の段階でこうして物を口にできる機会は貴重だ。次にいつ、固形物を食べられるかは分からない。

だから、無理矢理にでも食べることは、生き残るためには必要な選択だ。

 でも…だからって…あぁ、クソっ!

 俺は、息を飲み、呼吸を止め、意を決して肉片を指先で恐る恐るつまみ上げた。

 これは、ヘビじゃない。これは…カンガルー…そう、カンガルーの肉だ。カンガルー料理なら食べたことはある。

あまり好きではなかったが、それでも食べれないほどではなかった…そう、カンガルー。カンガルーなんだ。

 俺は心の中でそう自分に暗示を掛けて、胃の腑から込み上がるムカ付きを抑えつつ、肉片を口へと放り込んだ。

 硬い感触が舌に触れ、背中を悪寒が駆け抜け、熱い感覚が腹の中から一気に膨れ上がって来るのを堪える。そして、飲み込むには大きすぎるその肉片をひと噛みした瞬間だった。

 俺は、まるで………呼吸を忘れていて、苦しくて思わず息を吸ったらそこに空気があったことに気が付いた、と言うか…そんな、なんというか奇妙な感覚を覚えていた。

 そして、空気があることに気が付いて、改めてそれを確かめるための呼吸をするように、口の中の肉片をゆっくりと噛みしめる。

 それから程なくして、俺の意識の中で、ヘビという存在の認識があらぬ方向へと変わっていた。

 そんなことに気が付いたときの衝撃たるや、流石に不謹慎極まりないが、コロニー落着と比肩しうるほどだった、と個人的には思わざるを得なかった。



34 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/02/28(日) 20:27:10.18 ID:ECJw3yxco

つづく。

 
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 21:31:19.55 ID:a3xNzvv90
乙です
どっかで似たストーリー見たことあるかと思ったら、タイタニックだ
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 04:05:47.80 ID:MuUj8xLwo
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 18:39:35.37 ID:pRf54TAmO


なんでヘビ喰う描写がこんなに詳細なんだww

大陸の距離感がピンとこないけど、安全な場所まで途方もないんだろうなあ。
falloutの世界観想像したらいいんだろうか。
マッドマックスまでは荒廃してなさそうだし。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 20:27:26.90 ID:STPXOadqO

水と食料は確かに大問題だな……
MGS3のスネークなら問題ないんだろうが
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/29(月) 20:28:44.73 ID:wHmHTDK0O
スネーク、ヘビを食べたことは?
40 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/03/06(日) 00:43:44.07 ID:O3v60EF9o
>>35
感謝!
タイタニックこんなだっけ…

>>36
感謝!

>>37
感謝!!
ごめん、なんか書きたかったww
メルボルンから目的地(仮)のアデレードまでは、800キロくらいかな。
falloutが近いかもです。マッドマックスはたぶんちょっと荒廃の方向が違うww

>>38
感謝!!!
食料が手に入るのがちょっと簡単すぎやしないかと自問自答してます…

>>39
少佐…!?
い、いや、ギレン閣下!?


すみません、カリフォルニアの雪(仮題)の方がちょっとヤマ場なんでそっちに集中しておるため、こっちが遅れております。
今週末は間に合わない公算が大です…頑張ってはいますが!
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/06(日) 03:19:04.27 ID:0sG6vLfro
待ってる
42 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/03/21(月) 23:41:25.48 ID:PJQBOqvM0
おのれ年度末め…!
すみません、書けてません…
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 00:43:42.16 ID:OK7DpvE3o
この時期はしゃーない
44 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 02:50:15.69 ID:fdWoLKIUo

いろいろ煮詰めた結果、思いの外早いカミングアウトになってしまった。

どうなるんだ、この話w

お待たせしました、続きです!
 
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:51:00.70 ID:fdWoLKIUo


 夜が来たことに気が付いたのは、遥か彼方の空にうっすらと伸びた光の帯が消えていたからだった。

 俺達は、なんの色気もないただの焼け野原に腰を下ろして、そこを“野営地”だと言いはった。

 地面は微かに濡れてはいたが、昼間の雨濡れた場所ほどじゃない。

 テントもシュラフもあるわけがなく、少しでも柔らかい土の上ではあるが、それでも尻にはゴツゴツと硬い石があたっている。それでも、メルボルンの基地から歩いて来た道のりを思えば、これでも上等だと思えないこともなかった。

 火でも焚きたい気分ではあったが、銃弾の火薬は節約する必要があったし、辺りに燃やせそうな木がなかったのもあって、それは叶わなかった。

 「寝ておいた方がいいぞ」

カイルが、俺達一緒になって座り、どうでも良い話に参加していたグレイスにそう声を掛ける。しかしグレイスは肩をすくめて

「とてもそんな気分じゃなくて…」

と疲れ切った表情で笑った。

 ニコラとテレンスはその疲れのせいか、地面に座ったアマンダが投げ出している脚を枕に寝息を立てている。

 「皆さんこそ寝なくても大丈夫なんですか?」

グレイスがそんなことを言って来るので、俺は顔をあげてカイルアマンダと顔を見合わせた。

 疲れてはいるが…俺は、グレイスと同じで、とてもじゃないが眠れるような気分ではなかった。気持ちが張り詰めてしまって、体は怠いのに、目だけはバッチリ冴えている。

 「見張りは必要だろう?」

俺がそんな適当な言い訳をしてみとグレイスは

「交代しながらでも休んだ方がいいですよ」

なんて、ずいぶんと大人びたことを言い始めた。しっかししている、とは思ったが、ここまでとは恐れ入る。

 「俺達は鍛え方が違うんだ。陸戦隊の中でも選りすぐりの特殊部隊なんだぜ?」

カイルは俺が丸め込まれたのを聞くや、さらにそんなことを嘯き始める。

日がな基地の警備くらいしかやってない俺達は、予備役とだって大差ないかも知れないに、選りすぐりの特殊部隊とは威勢が良い。だが、そんなカイルの言葉も

「その襟章、軍曹課程のですよね?特殊部隊員って、軍曹でも入れるんですか?」

と切り込まれてしまう。しかしカイルは負けていない。

「階級なんて関係ないさ。俺達は…なんたってシーサイド・デビル隊の一員なんだからな」

そんなカイルの反撃は一瞬の抵抗にすらならず、すかさず口を開いたグレイスの

「シーサイド・デビル隊は海兵隊ですよね?陸戦隊の所属じゃないですよ」

という切り返しに、カイルはぐぬぬっと呻いた。

 いや、まぁ、何と言うか…同じ軍人から言わせて貰えば、これほど下手な作り話もそうないが…しかし、それにしても、グレイスはやはり軍務には詳しいようだ。

姉がパイロットだった、と言っていたな…

 俺はふと、昨日基地から次々と飛び立って行った輸送機や戦闘機のことを思い出していた。

 あの基地にも女性パイロットは数人いたが…まさかあの中にグレイスの姉が…?

 「なぁ、グレイス。君のお姉さんってのは…どこの基地にいたんだ?」

俺は、ほんの少し逡巡してからそう聞いた。

 こんなときに家族の話なんてすれば心配させるだけかも知れないし…それにもし、地球ではなく宇宙軍に配属されていたとしたら…

コロニーを使ったジオンの作戦を妨害した部隊に参加していた可能性だってある。もっと言えば、メルボルンよりもシドニーやキャンベラ辺りの所属だった可能性は低くはない。
 
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:51:56.04 ID:fdWoLKIUo

 でも、それでも、俺は確かめて置きたかった。

 俺はシドニー、カイルはキャンベラの出だ。アマンダは知らないが…少なくとも俺達の家族はそこに居た。両親や兄弟がどうなったかは…分からない。

だから、とは言わないが…もし彼女の家族が誰か一人でも生きてるのなら、そこに送り届ける、という目的が生まれる。

 それは、こんな状況でも足を止めずに進むためには必要不可欠なことだった。

 俺の言葉に、カイルとアマンダが緊張した表情になるのが分かった。しかし、当のグレイスは、さっきと同じように肩をすくめて言った。

「バイコヌール宇宙港基地、って知ってますか?」

バイコヌール…?確か、東欧かあの辺りじゃなかったか…?

「オデッサのそばだな」

カイルがそう口にすると、グレイスはコクっと頷いた。

 「そこの基地防衛の航空隊にいるって言ってました」

「北半球、ってこと?」

アマンダが会話にやや乗り遅れ気味にそんなことを聞く。地理には疎いのかもしれない。そんなアマンダにグレイスは頷いてみせ

「中央アジアにあります」

と答える。

「あぁ、アジアね」

アマンダはそう言うが、果たしてアジアと聞いた彼女がどの辺りをイメージしているかは…正直、掴みかねた。

 「ってことは…少なくともコロニー墜落の被害は出てねえか」

カイルがほんの少しだけ明るい声色でそう口にする。どうやら、俺と同じことを考えていてくれてるらしい。

「バイコヌール、か…そこへ君を送り届けるのが、俺達のゴールになる、かな」

言うほど簡単ではないのは当然だ。そもそも生きてオーストラリアから出られるかどうかすら分からないのに、中央アジアだなんて正気じゃない。

 だが、言ってしまえば俺達の中に正気なやつなんてただの一人だっていやしない。

 こんな状況で、明日以降のことを…いや、一時間先のことを考えられるようなやつなんて、頭がおかしいに決まってる。

それはただ、現実を直視したくないから、別のことに意識を向けて今の苦痛を忘れようとしている過ぎないんだ。

 だが…俺達にとっては、それが必要だった。そうでもなければ…歩くことも、ヘビを食うなんてこともせずに、飢えて死ぬまであの基地で茫然自失していたことだろう。

 「んんっ…」

不意に、アマンダの膝を枕にしていたニコラが小さく呻いた。

 そりゃぁ、こんな地面に寝転がっているんだ、呻きたくもなるだろう。アマンダがそんなニコラにそっと手を伸ばした。

 だが、アマンダの手の平が、ニコラの髪に触れた瞬間だった。

「いや…あぁっ…やああああぁぁぁぁぁ!」

 今の今まで寝息を立てていたニコラが、つんざくような悲鳴をあげたのだった。

 俺にカイル、グレイスは驚き、アマンダは反対側の足を枕にしていたテレンスを吹き飛ばしながら、反射的な素早さでニコラを抱き起こす。

 「ニコラ、ニコラ…!?」

「ヤダぁ、怖いっ…怖いよ…怖い…ヤダ…」

アマンダが声を掛けてはいるが、ニコラはそれが耳に届いていないのか、ただただ、そう繰り返しては悲鳴をあげ続ける。
 
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:52:23.91 ID:fdWoLKIUo

 「…どうしたんですかぁ?」

アマンダの膝から跳ね飛ばされたテレンスが、そんなことを言いながら体を起こす。

「悪い夢でも見たらしい」

カイルがそう言ってテレンスを引っ張り起こすと、ニコラとアマンダから少し距離を取って、今度は自分の膝を差し出す。テレンスは、ニコラの様子をそれほど気にすることなく、

「寝づらいですからねぇ」

などと言い、ゴロリと地面に身を横たえてカイルの膝頭を載せた。

 俺には、そんなテレンス様子もニコラと同じく、異常に思えた。

 いくらなんでも、落ち着き過ぎている…ニコラは、いわゆるフラッシュバックのようなものなんだろうということが、尋常ではない反応で理解できる。

対してテレンスは、極めて不自然に“自然体”だ。

 あれもまた、この現実から自分の精神を守るためには必要な方法なんだろう…俺やカイルが目的を探し、アマンダが献身的に子ども達の面倒を見ているのと同じように…

 そう思って、俺はふとグレイスを見やる。彼女もまた…何かで必死に自分を守ろうとしているんじゃないかと、そう思ったとき、俺達に寝ろと言った彼女の言葉が思い出された。

 そんな俺の考えを鋭く読み取ったように、グレイスは疲れた顔で笑って言った。

「アレックスさん達も交代で寝てください。私も、見張りの手伝いしますから」

俺はグレイスがそうして俺達のフォローに意識を向けることで、この状況から自分自身を守ろうとしているんだ、と理解した。

 それなら、少しでもそれを全うさせてやる方が良い…今はまだ、心を折られてしまうわけには行かなかった。

 だから、俺はそんなグレイスに応えていた。

「分かったよ。じゃぁ、悪いけど、先に休ませてもらうからな」

 体を硬い地面に横たえては見るが、やはり、とても眠れるような心理状態ではない。それでも俺は、グレイスの心を守るために、と、暗闇の中でまぶたを閉じていたのだった。



   
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:53:03.59 ID:fdWoLKIUo



 それから一週間。

 俺たちは、まだどうにか生きていた。

 時折降る雨を溜め、それを濾して飲み、道端に転がるヘビやカンガルーの死体から肉を切り取り炙って口にした。

 人間、物が口に入る間は本当に死なないものらしい。

粉塵に覆われていた空は幾分か明るさを取り戻し、最初の三日ほどまでは下がり続けているのが感じられていた気温も、どうやら横ばいか少し暖かくなって来ているようだ。

 体温維持へのエネルギー量が減れば、それだけ体力を温存出来る。暑過ぎればそれはそれで死に直結するが、それでも寒いよりは温かい方が良いのは確かだ。

 たが、生きてはいるものの、すでに精神的には極限状態に近かった。

 何しろ、俺はこの一週間、まともに眠れていない。地面が硬いから、とか、そんなことが理由ではなかった。

 いくら疲れようが、どれほど歩こうが、眠ろうと身を横たえ目を瞑り、意識が遠のき始めた瞬間に、頭の中で身を震わせるほどの轟音が鳴り響くのだ。

 それこそ、最初の一回はまたコロニーが落ちてきたのかと空を見上げていた程だ。

 しかし、周囲にはなんの変化もないことや、不審に思ったのか声を掛けてきたカイルに尋ねてみてもそんな音は聞こえない、と言われ、俺はどうやらそれが神経的に錯覚しているものだと理解した。

 これをトラウマのフラッシュバックと言って良いのかは分からないが、少なくともそのせいで睡眠に支障が出ているのは確かだ。それが、大地を抉り取ったコロニーのごとく、俺の精神を摩耗させていた。

 そして、それは俺だけには留まっていない。

 ニコラも眠りに落ちるたびにフラッシュバックで飛び起きて泣き喚く。その面倒を見ているアマンダも、もちろん睡眠時間が取れていない。

 テレンスは十分に眠れているはずなのに、日に日に口数が減り、目に見えて表情が暗くなって来ている。

 カイルも、口を開けば恨み言ばかりになっていて、それが俺を妙に苛立たせた。

しかし、言い争いをする気力もない俺は、その恨み言を風の音か何かだと聞き流すくらいのことしかできなかった。

 それでも、俺達がヤケを起こさず、意見を違わず、ただひたすらにフリーウェイ跡だと覚しき道を歩き続けていられるのは、ひとえに、グレイスのおかげだった。

 「アマンダさん、少し代わります」

「…うん、ありがとう」

グレイスが、半ば眠りこけながら歩いているニコラの手を引いていたアマンダに声を掛け、アマンダは沈んだ様子でそう応えて、ニコラをグレイスに託し、ふぅ、と大きくため息を吐いた。

 「テレンス、もう少しだけ頑張れそう?」

ニコラの手を引きつつ、グレイスは今度は、テレンスにそう言葉を掛ける。するとテレンスは微かに笑顔を浮かべて

「…はい、頑張りますよぉ」

と、地面に落ちていた視線を上げる。

 それを見たグレイスは、次にカイルを見やって

「カイルさん。お水飲むの我慢してませんか?」

と気遣いの言葉を投げかけた。

「…あぁ、大丈夫だ…」

カイルはそれに、疲れ切った表情ながら返事をする。

 「アレックスさん」

グレイスは、最後に俺の名を呼んだ。俺がグレイスに視線を向けると、彼女はニコラの手を引いているのとは反対の手を振り上げて、何かを指差してみせた。
 
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:55:24.66 ID:fdWoLKIUo

「あれ。今日はもう、15台目です」

そう言ったグレイスが指し示した先には、真っ黒に煤けた塊がポツンと佇んでいる。

 それが車であったことなど一見すると分からないほどに潰れて焼け焦げてはいるが、辛うじてエンジンルームやシャーシの名残が見て取れる。

 グレイスは…15台目、だと言ったか…?

 「数えてるのか…?」

俺が聞くと、グレイスは穏やかな表情で頷いた。

「一昨日は、3台。昨日は5台だったのが、今日は3倍です。被害が小さい方に進んで来れてるんですよ」

「だと、良いけどな…」

カイルの恨み言に苛立つ自分も、そうとしか返事ができなかった。だが、それを聞いてもなおグレイスは、穏やかな口調で

「明日は30台を超えるかも知れませんね。これなら、街もきっと無事ですよ」

と、微笑む。

 ここ三日ほど、グレイスはずっとこんな調子だ。

無理に鼓舞するわけでもなく、励ますでもなく、そっと寄り添うような言葉を掛けて来ては、今にも擦り減り、消滅してしまいそうな精神力を支えてくれている。

 そして、ニコラやテレンスだけではなく、情けないことに俺もカイルもアマンダも、それに縋り付かずにはいられない状態だった。

 グレイスの配慮は、それほどに心地良く、甘えてしまいたくなるような頼もしさを秘めていた。

 「そうだな…もう一週間も歩いているし…」

俺は、胸の重しを退けられたような軽さを求めて、つい、そう口にしてしまう。しかしグレイスは、それを聞くや、さらに変わらぬ口調で

「人間の歩くスピードは時速4キロくらいって話ですからね。一日六時間くらいは歩いてますから…もう100キロは超えてます。ベンディゴなら、明日くらいには着ける距離ですよ」

と簡単に明日、なんて口にする。

 その言葉を口に出すことがどれほど重く、そしてどれだけ希望を宿してくれるか…俺はそれを身を持って感じていた。

 「街に着いたら…シャワーが浴びたいですぅ」

不意に、テレンスがそんなことを言い始めた。

「私、ベッドで寝たいよ…」

今度は、さっきまでぼんやりした様子でグレイスに手を引かれていたニコラがそう口にする。

 「私は…甘い物が食べたいかなぁ」

二人に便乗して、アマンダが力のない声色でそう呟いた。

「チョコレートとか、あると良いですね」

グレイスは、明るい声色でアマンダにそう相槌を打つ。

 「酒は…流石に期待出来んかな」

「いえ、もしかしたらあるかも知れません。ヴェンディゴは大きい街でしたから、最悪いろんな建物が崩れてたって、その下にはきっとあると思います」

カイルのボヤキを聞き逃さなかったグレイスが、明るくそう言ってカイルを励ます。

 いや、励ますどころか…勇気づけてくれている。自分以外の、俺達のことを。

 「アレックスさんは、街に着いたら何がしたいですか?」

当然グレイスは、俺にもそんな質問をして来た。

 俺はそれに答えようと頭を回転させる。そう、俺が…俺が街に着いたらしなければならないことは…

「無線機の確保と、休める場所の確保だ。それが出来れば、今より少し、何とかなる」

そう答えると、グレイスは俺が考えていたのとは、斜め上の返答を返して来た。

「なるほど、さすがは曹長さんですね!頼りにしてます!でも、ほら、お仕事のことじゃなくって、アレックスさん自身のやりたいこと、なんですか?」

首をかしげる彼女を見て、俺は、自分で自分の首を絞めていたことを悟った。
 
 
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:57:58.18 ID:fdWoLKIUo

「すまない、グレイス…」

「大丈夫です、楽に行きましょう。それで、ほら、したいこと教えてくださいよ!」

グレイスのそんな明るい言葉に、ふと、俺はこれが、最初の日と翌日に繰り広げた、脱出出来たら何を食べたいか、って話合いと同じだと気が付いた。

 もしグレイスがそれを意識してやっているのだとしたら、最後はきっと、あんな風に締めるはずだ。

 そう思いつつ、俺はグレイスの再度の質問に

「俺もニコラと一緒で、ゆっくりベッドで寝たいよ」

 そう思ったときにはグレイスは、今の俺にはとても言えそうにない言葉を口にして、そして笑った。

「大丈夫です、きっと。フカフカのベッドが待ってますから、頑張りましょう!」

 それは俺の思った通り、初日と二日目に俺がやった、希望を得るための話題作りだった。

 まったく…情けない。こんな少女に励まされていることがじゃない。その励ましに甘えて心地良いと思ってしまっている自分がいることが、何より情けなかった。

 だが、そんな感情は俺のカラッカラになった心の底から、微かな精神力を染み出させてくれる。

そうだ…俺は、カイルやアマンダを支えながら、この子達を安全なところに送り届けなきゃいけない。それが俺の使命で、こんな地獄を生き抜くための、俺の希望だ。

 「フカフカのベッド、ねぇ」

不意に、カイルがそんな声を漏らした。

 せっかくグレイスになだめてもらって力が湧いてきた気持ちにピリッと微かな嫌悪感が走る。愚痴や皮肉は聞きたくない気分だ。

 そんな思いで、俺はカイルをジロっと見やる。するとカイルは微かに笑みを浮かべて、暗い空と地上との間に横たわる光の帯の方を顎でしゃくってみせた。

「どうやら、探せば酒もあるかも知れん」

 カイルが指した地平線に、奇妙なシルエットが浮かび上がっていた。角ばっていて、幾何学的な幾数もの塊だ。

 あれは…まさか…!

「街か…?」

「そうらしい…ベンディゴって、あんなに栄えてたかな?」

カイルがそう言って首を傾げてはいるが…そんなことはどうだって良い。少なくとも、雨露を凌げる場所は確保出来るだろう。

 食料は分からないが…あれだけ建物が無事なら、残っている可能性はいくらだってある。

 俺は、グレイスに引き出された気力がさらに勢い良く回復を始めたことに気が付き、ここ数日、口にすることはおろか、考えもしなかった一言を五人に向けて言っていた。

「もう少しだ。頑張ろう!」

 カイルもアマンダも、ニコラもテレンスも、そしてグレイスも、揃って俺に頷いてくれた。
 
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:58:25.52 ID:fdWoLKIUo




 それから、二時間と三十二分後、俺達はかつてそこが街だったと覚しき場所に到達していた。

 遠目に見ているうちは薄暗いこともあって分からなかったが、見えている建物のほとんどは表面が真っ黒に焦げ付き、ずいぶんと傷んでいた。

窓ガラスなんて一枚も残っていないし、地面に敷いてあっただろうアスファルトすら無残に剥がされたままだった。

 コロニー楽着の熱風は、この場所にも辿り着いていたようだった。

 俺は、落ち込みそうになるのをに堪え、大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 いきなりなんの不自由ない暮らしが出来るようになるほど、甘い状況ではないことは分かっていた。

 こんなにボロボロの街でも、雨露は凌げるだろうし、食料やフカフカのベッドがいっさい残っていないとも言い切れない。

 少なくとも、今の状態から多少でも良い状態になれると言う事は確かなように思えた。

 「さて、ベッドを探すとしようか」

俺がそう口にしてみると、傍らのカイルがヘヘっと笑って

「酒はありそうな雰囲気だな」

とおどけてくれる。それを聞いていたアマンダも

「曹長。私、甘い物が欲しいので、探しても良いですか?」

なんて聞いて来た。

 どうやら、考えることは同じのようだ。期待していたのとは違うが、それでも希望がないわけではない。

 「手分けして探すか。独り占めはするなよ」

俺は二人に目配せをして笑ってやる。すると二人も、すぐさま俺に笑みを返してくれた。

 だが、そんなとき、グレイスが少し強張った声色で声をあげる。

「あの…すみません」

「どうした、グレイス?」

俺は、その様子が気になって、グレイスの様子をジッと観察しながらそう聞いた。

 グレイスは、何かを言いかけ、それをグッと飲み込んでから、思い直したように

「ここで、少し休憩にしませんか?宝探しは、そのあと、で…」

と意見する。

 「グレイス、僕はまだ大丈夫ですよ」

「私も…もうちょっとがんばれます」

テレンスとニコラがそう口々に言う。

 しかし、そんな二人に、何かに気が付いたらしいカイルが

「まぁ、確かにな…焦って途中でへばっちまったら事だ」

と、さもグレイスの意見に耳を傾けるように言い、

「ちょうど腹も減ったしな。お前たちも、そろそろ給水したいだろ」

と二人に言い含め始める。
 
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:59:06.55 ID:fdWoLKIUo

 「んん、でも、早く探しに行きたいですよぉ?」

「焦らなくても、誰も横取りなんてしやしないさ」

「でも、お水はちょっと飲みたいかも…」

「ほらな。せっかくだから、休憩してその後で宝探しをしよう」

カイルがニコラとテレンスと、そんなやり取りをしている隙に、アマンダが俺のそばにやって来て、小さく耳打ちをして来た。

 「あれ、気が付いてますか?」

アマンダの低く小さな声の意味を、瞬間、俺は理解できなかった。だが、そんな俺を見たアマンダは、すぐそばに落ちていた瓦礫の方を小さく顎でしゃくる。

 その方向に視線を向けた俺が見たのは、あの日見た、真っ黒に焼け焦げた蛇のような何かだった。

 ほんの束の間、その蛇の胴体のようなものを見つめた俺は、程なくして背筋を走る悪寒を覚えた。それが何かを、理解できたからだった。

 その太く細長い物体は、地面からほぼ垂直に伸びていて、その先端は花が咲いているように広がっていた。

 花弁に見える広がった部分は五本の枝のようになっていて、その中央は、茎を押し広げたように平らになっている。

花のすぐ下と、茎の半ばほどには明らかな関節と呼ぶべき節くれが見て取れた。

 そう、それは、真っ黒に焦げた大地とほとんど同系の色に焼けただれた人間の腕だった。

 俺は、まさかと言う思いで周囲を見渡す。そうだと思ってしまったが最後、俺の目には確かに映っていた。

 辺りには、崩れた瓦礫に紛れて、人間の遺体らしきものが無数に散乱していたのだ。

 あのシェルターで見た遺体は、生々しさはあっても、俺が認めた限りではそう数は多くはなかった。

 だが、ここは違う。本当に、なぜ今まで気が付かなかったのかが不思議なほど、いたる所に転がっている。

 これに一番最初に気が付いたのが、俺やカイルやアマンダではなく、グレイスだったのか?

 彼女は…まだ幼さの残るあの身で、それでも正気を保って、俺達にそのことを知らせたっていうのか…?

ニコラとテレンスが気が付く前に…?

 俺はそう考え至って、すぐに声をあげていた。

「少し戻るが、あそこの平らになっている辺りで休もう。そこで作戦会議だ」

「…そうだな。グレイス、どう思う?」

俺の言葉に反応したカイルが、グレイスそう問いかける。グレイスはそんなカイル頷いて見せ、俺を見やって

「それが良いと思います」

と告げた。

 グレイスがいつから気が付いていたのかは分からないが、反応を見れば、あの辺りなら目視する可能性がないと分かっている、ってことは感じ取れた。

 「よし、それならさっさと移動して休みましょ!」

アマンダが急に声を張ってそう言い始め、テレンスとニコラ背を押して移動を促す。

 二人はほんの少しの不満そうにしながらも、アマンダに食べたい物の話を振られるやいなや、コロッとその話題に乗っかって、笑顔でアマンダが好きらしい甘い物の話をしつつ歩き始めた。
 
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 02:59:33.26 ID:fdWoLKIUo

 それを見届けた俺とカイルは、一瞬視線を合わせてどちらともなくため息を吐く。

 「ヤバイな、俺達も」

「そうだな…よほど参ってるらしい」

カイルも、精神的に追い詰められていたことを自覚していたようだった。俺のことは…言わずもがな、だ。

 「すみません…もうちょっと早く知らせたかったんですけど…」

そんな俺達の元にグレイスがやって来て、そう詫びをし始める。だが、さすがに俺とカイルでそれを止めた。

「いや、こっちこそすまない…守ってやらなきゃいけないはずが、自分達のことで精一杯だった…」

「情けない限りだ。気を使わせて、悪かったな」

俺達が揃って謝ると、グレイスは途端に表情を歪めた。そして、言いにくそうにしながら、それでも何かに迫られるようにして口を開く。

「あの…あそこの建物、見えますか…?」

そう言って指差した先に、俺とカイルは視線を向ける。そこには、低い建物の群れから少し外れた位置に建っている門のような大きな建造物があった。

「あれは、勝利のアーチって言います。旧世紀中の大きな戦争で功績を残した人物を讃えて作られた門だそうです」

「へぇ…詳しいんだな」

そうは言いつつも、カイルはその先を促すように言う。するとグレイスは、スッと息を飲み、声を掠れさせないためか、はっきりとした口調で俺達に言った。

「あの門は、ベンンディゴの街にはありません…あれがあるって言うことは、ここはベンディゴじゃなくて…たぶん、バララトです」

「「バララト!?」」

そんなグレイスの言葉に、俺もカイルも、思わずそう声を上げたしまっていた。


 
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 03:00:21.61 ID:fdWoLKIUo

 

 「じゃぁ、しっかり頼むぞ」

「そっちもな。危険があったら3発発砲しろ。何か有益なもだったら、五秒間隔で二発な」

「分かってます、曹長。二人共、グレイスと曹長…アレックスの言う事をしっかり聞いて待っててね」

「アマンダさん、独り占めしないでくださいねぇ」

「待ってますから!」

「二人共、気を付けて」

俺達はお互いに言葉を交わし、励まし合い、互いの無事を祈り合っていた。

 これからカイルとアマンダが、街の中に捜索に入る。俺とグレイス、ニコラにテレンスは居残りだ。

 居残りのテレンスとニコラは最初は納得しなかったものの、これまで頑張ってきたグレイスが少し休みたい、と漏らしたのを聞いて、途端にアマンダの代わりを名乗り出て、とにかく二人でグレイスのケアするんだと息巻いた。

 それもまたグレイスの気遣いから来る言葉のようだったが、二人はそんな言葉に乗せられ、アマンダに「お願い」と頼まれ、意気揚々と留守番を決めた。

 最初は俺とカイルで、とも思ったが、何かあったときのためにはどっちの分隊にも男がいる方が良いだろう。

しかしいくらグレイスが状況を読む力があり、判断力に優れているとは言え、死体だらけの街へと送り込むの気が引けた。

 そのため街にはカイルとアマンダが向かうことになり、俺とグレイスが、ニコラとテレンスの見張りをすることとなった。

 それにしても、グレイスの言葉には驚いた。俺はここがベンディゴなんだと疑っていなかったからだ。

どうやら俺達が歩きながら見つけたのは、ヴェンディゴを通過するメルボルンから北西に伸びたカルダー・フリーウェイではなく、もっと南側。

メルボルンから西北西に向かって伸びているウェスタン・フリーウェイ方だったらしい。

そもそもなんの根拠もないままに歩いていたわけだから、到着したこと自体は幸運で良かったとは思う。

 だが、同時に俺とカイルは、この先の道のりにはジャイロか方位磁針が必要だろうということを身を持って理解した。

 そういった物資を捜索も、二人には頼んである。

「なに、そうだと思わなきゃ、ヘビとたいして変わらん」

「つまみ食いくらいは許可してもらえますよね?」

捜索を頼むにあたって謝罪した俺に、カイルはあの遺体のことを思ってかそう言い、アマンダはそんなジョークで俺の気を紛らわせてくれた。

二人とも先ほどまでそんな様子はなかったはずなのに、と、やはり申し訳なくなる反面、俺達の気力を辛うじて支えてくれていたグレイスに感謝したくなるくらいだった。

 街へ向かって行く二人の背中を見送った俺は、元は駐車場か何かだったらしい平らなアスファルトの上に腰をおろして、ここ一週間で幾分か明るくなって来ている空を見上げた。

 ちょうどスコールが降り出しそうな空の色と良く似ていて、落着直後のあの夜ような空に比べたら、頭の上を塞がれている感じがなくなっていて良い。

 これならあともう二週間あれば青空が望める可能性がある…それはつまり、急激な気温の上昇に備えておかなければならない、ってことになる。

 大陸中部の荒野の夏は、それだけ危険だ。

 「ベッド、あると良いなぁ」

「僕はベッドよりもまずはシャワー浴びたいかなぁ」

ニコラとテレンスがそんな話で盛り上がっている。見る限り、電気が生きている様子はない。ガスを使う機器なんかも機能していないだろう。

ベッドはあるかもしれないが、シャワーは難しい。

この場合、シャワーでなくても、清潔な服に着替えることさえ出来れば、それでも十分だ。
 
55 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:01:37.12 ID:fdWoLKIUo

 「シャワーはちょっと難しいかもね」

不意に、グレイスがそう言った。

「やっぱり、そうですかぁ?」

「うん、あれだけ被害を受けていたからね…」

「うぅ、残念です…」

「そうだね、体は流したいかも…あ、そうだ。ドラムバスなら出来るかも…」

「ドラムバス…?」

 ドラムバス…?聞き慣れない単語に反応して、俺もグレイスを見やっていた。

「なんなんだ、そのドラムバス、って?」

「シャワーにするんですか?」

俺とテレンスからそう問われて、グレイスは優しく微笑むと

「ドラム缶を、バスタブにするんです」

と教えてくれた。

 「なるほど…工具があれば縦に割るくらいならなんとかなりそうだな…」

俺は話を聞いて、基地にあった燃料用のドラム缶を真っ二つに割ってみる工程をイメージする。

しかしグレイスは珍しく声をあげて笑い、

「いいえ、上の蓋だけ取り外せればいいんですよ」

と、可笑しそうに言った。

 なるほど…雨水用のドラム缶や、緊急時の飲料水用ドラム缶くらい、探せば出て来そうな気もする…そこに水を満たして…

 そこまで考えて、俺はあぁ、とそれが現実的ではないことに気が付いた。それだけの水をそもそもどうやって用意する?

雨水溜めたって、そんなにはならない。どこかから水道を引っ張って来れれば話は別だが、そもそもそれが望めるんならシャワーくらいなんとか出来る。

 そういう機能が生きてる見込みがないから、俺達はこんな状態なんだ。

 「お水はどうするの?」

不意に俺が聞かずに黙っていた事を、ニコラがグレイスに尋ねた。現実に直面してしまうのは辛いが…こればかりは仕方ない、か…

 だが、グレイスはケロっとした様子で

「それが問題だね。どこかに雨が溜まっているといいんだけど」

とニコラに優しく言って聞かせた。

 確かにグレイスの言う通り、もし運良く雨が溜まっていれば、少し濾すだけでも煮沸して飲める程度の水にはなる。

バスタブに貯めるにしても、一度煮沸になる程度まで温度を上げて、少し冷ましてから使えばちょうど良いくらいだ。

 それなら、気分もずいぶん切り替えられるだろう。

 俺はふと、暖かな湯に体を沈めるイメージを思い浮かべていた。

 そんな贅沢が出来たら、どれほど良いだろうか…

 そう思わずにはいられなかった。

「アマンダさん、チョコレート見つけてくれるかな?」

「溶けちゃったりしてないと良いよね」

「溶けちゃっても、もう冷えて固まってるんじゃない?」

「あ、そうか、そうだね!それなら食べられるね!」

テレンスとニコラは、すでにそんな話に花を咲かせている。
 
56 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:03:44.37 ID:fdWoLKIUo

 それに微かに安心したようなグレイスに、俺はそっと声を掛けていた。

「ありがとう、グレイス」

「いいえ、このくらい、どうってことありません」

そう答えたグレイスは、屈託なく笑う。その表情からは、恐れも不安も感じない。

自分を誤魔化し現実を直視していないわけでもなく、ましてや何かが麻痺してしまっている感じでもない。

 グレイスに分け与えられた気力が心の余裕を産み、改めて彼女を観察した俺はそのことにようやく気がつけた。

 グレイスは、こんな状況でも、自分自身の力だけで、自分を保ち続けているようだった。

 「怖くはないのか?」

つい俺は、彼女にそんな質問をぶつけてしまう。しかし彼女は、肩をすくめて

「怖いですよ…怖いし、不安です」

と、平気な表情で肯定を示す。それから微かに笑顔を浮かべて言った。

「怖かったり不安になったりしたときは…自分の知識や経験、最後には勘に頼るべきなんです。そうすれば、どんな状況でも、少なくとも自分を見失わずに居られる」

「自分の知識や経験…」

俺がその言葉を噛み締めていると、グレイスははにかんで

「まぁ、姉さん受け売りなんですけどね」

とポリポリ頬を掻いた。

 グレイスの姉、か。空軍のパイロットってことは、さぞ優秀な人なんだろう。

 「どんな人なんだ、姉さんって?」

「姉さんは、真面目で、頭の回転が早くて、優しくて…ちょっと不器用で、いろいろ考え過ぎちゃうところがある人、かな。不器用だからトライアンドエラーを繰り返して正解を見つけて行ける、強い人でもあるのかも」

グレイスは姉の話を始めるなり、いっそう穏やかで嬉しそうな顔になった。それを見れば、彼女どれだけその姉好きだったのかが伝わって来る。

「好きだったんだな」

「はい。勉強の仕方も、友達付き合いのこととか物の考え方とか、全部姉さんに教わったんです」

そう嬉々として語ったグレイスは、その表情を急に暗く染めた。しまった、と俺が言葉を継ぐよりも先に、グレイスが口を開く。

「だから私…姉さんを支えてあげたいって思ってました。今だってそうです…こんなところで死んで、姉さんを一人にしちゃいけないって思って…だから、頑張ってるんです」

その表情に浮かんでいたのは、紛れもなく悲しみだった。それは、姉以外の家族を失ったことに対する悲しみ方とは、質が違うように感じられた。

グレイスの雰囲気には…悲しみの裏に、明確な怒りを忍ばせているようだった。

 「どういう意味だ?」

俺が聞くと、グレイスはすぐさまその“怒り”を、表情に顕にして話し始めた。

「姉さんは、うちを追い出されたんです。父さんと母さんに…。うちは、両親ともエリートの家系で、教育には厳しくって…姉さんの、不器用で、失敗も良くするところが許せなかったんだと思います。だから、どんなに頑張っても、姉さんはいつも叱られてばかりでした。

 反対に私や弟は、いつも姉さんに助けられていたから失敗は少なくて、成績も良かったし、私学校にも入れて、両親には褒められていました。でも、私も弟も、そうやって助けてくれる姉さんが好きでした。だから、私、うちで姉さんが一人ぼっちにならないように、って、ずっとずっと、仲良くしていたいって…そう思ってたんです。

 それなのに…両親は、姉さんが一流の大学に合格出来なかったって理由で、姉さんを軍に入隊させたんです…私、姉さんを庇ってあげられなかった…姉さんが家を出て行ってからは、メッセージのやり取りをするくらいしか出来なかった…その上、こんなことになって…姉さんはきっと今、悲しいって思ってる気がするんですよ。一人ぼっちになっちゃった、って。そんなの、あんまりじゃないですか…あんな優しい姉さんなのに…

 だから私、こんなところで死んじゃうわけには行かないんです。姉さんに会いたい…ううん、生きてるよって、その一言だけでも伝えたい。そうすればきっと姉さんに安心してもらえるって、そう思うんです」

グレイスは、そこまで言うと、ふぅぅ、と深く息を吐き出した。高ぶり過ぎてしまった気持ちを意識的に整えている様子の彼女は、深呼吸を何度も繰り返している。

 俺は、言葉が継げなかった。何を伝えて良いか…何を考えて良いかさえ分からなかった。

 グレイスが自身を保てているのは使命感だが、俺達のそれとは意味合いが違った。こんな焼け焦げた大地でも彼女は、この大地が存在する現実の世界に生きているだろう姉と感情
を繋ぎ、そこに使命感を芽生えさせているんだ。

 俺達のように、仮初の意思で任務に没頭し、現実を避けようとしているのとは違う。彼女は、この現実をすべて正しく認識し、正常に捉えているからこそ、そう在りたいという意思を芽生えさせている。

 その姉というのがどれほどの人かは、俺には分からない。だが、少なくともこの状況でもグレイスの心の内に在り、彼女を支えていることを思えば、きっと、優秀で思いやりのある人物だったのだろうって想像は出来た。
57 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:05:16.60 ID:fdWoLKIUo

 「姉さん、なんて名前なんだ?」

俺はグレイスにそう尋ねてみる。するとグレイスは、気持ちを整え終えたのか、明るい表情を取り戻して

「カレンです。カレン・ハガード…確か、今は、少尉、だったかな。私の、自慢の姉さんなんですよ」

と、また照れたような笑顔で笑った。

「そっか。ぜひ、会ってみたいもんだな」

俺がそう言ってやったら、グレイスはますます恥ずかしそう笑った。

 それにしても…一言でも、か。無線施設なんかがあれば連邦軍部に照会も取れるだろう…そこでカレンって名前とバイコヌール基地所属だと伝えれば、身元の確認にもなる。

無線施設を見つけたら、救助要請をするのと同時に…可能なら、バイコヌールへの無線を中継してくれるよう頼んでみよう。

 今の俺達は、紛れもなく彼女に支えられている。

そんな彼女に報いてもバチは当たらないし…無事に届けると約束でもすれば、それが現実と自分を繋ぎ止める線になる。

焼け爛れたこの荒野の先には、まだ無事な世界と無事な人達がいるんだと思えるようにもなるだろう。

 俺も…グレイスがそうであるように、この現状を乗り越えて行くためには、地に足を着け…目に映るすべてを誤魔化すことなく受け入れることが必要だと思えていた。

 「―――!―――ぅ!」

不意にどこからか声が聞こえた。

 ハッとして顔をあげ、声がする方を振り返ると、そこには俺達に向かって駆け寄って来ているアマンダの姿があった。

「アマンダさん…?」

「チョコレート、あったのかな?」

ニコラとテレンスはそんなお気楽なことを言っている。

 アマンダの腰のホルスターには拳銃が差さったまま。どうやら、何か危険があった、というワケでもないようだが…それにしても、アマンダの表情は必死だ。

 やがてアマンダは俺達の元に辿り着くと、報告もままならないほどに息を切らせてその場に倒れ込んだ。

 無理もない。そもそも疲労困憊の状態なのに駆け足だなんて、無茶にも程がある。

 「アマンダさん、しっかり…!はい、お水、飲んでください」

グレイスに差し出された水筒をすがり付くようにして手にとったアマンダは、それでも控えめに一口か二口、口を付けただけでグレイスへと水筒を押し返し、乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返す。

 「何かあったのか、アマンダ。カイルはどうした?」

俺の質問に、アマンダは途切れ途切れに呼吸をしながら、それでも明確に報告をした。

「曹長…生存者…生存者を複数名発見…!現在、カイルが確認中です…!」



 
58 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:06:56.33 ID:fdWoLKIUo


つづく。

グレイスに付いては話の当初から決定していたので、冒頭ではファミリーネームを名乗ってませんでした。

テレンスは…どうなるんでしょうね。
 
59 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/03/31(木) 03:08:24.69 ID:fdWoLKIUo

途中、酉抜けsage進行saga抜けになってますが、私の投稿です。

久しぶりで専ブラの操作を誤った。謹んでお詫び申し上げます。
 
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 06:35:46.06 ID:bWrN6PcAO
あの永井一郎さんのナレーションの下でこんなドラマが

ニュータイプの萌芽が大地から育とうとしているのか
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 16:20:19.91 ID:JDXO/qNxO

グレースすごいな
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/01(金) 15:02:12.21 ID:y1taPzLHO
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/01(金) 15:58:43.24 ID:7F9FnNVvo
おつ
毎回読み込まされてしまう
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/02(土) 21:14:31.57 ID:ENGClxQi0
カレンさんの妹かぁ
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/02(土) 22:00:12.73 ID:JSUGIrwSO
お姉さんがいる基地じおんにせいあつされたな 捕虜になってれば希望はあるか
サンダ―ボルトで任務中に暴行騒ぎを起こしたジオン残党がいるからそれも不安だが
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/02(土) 22:04:33.89 ID:JSUGIrwSO
カレン アマダの部下か
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/03(日) 01:09:42.90 ID:0j9dP/LQ0
たぶんこの作者の書くカレンさんは08小隊とは別のカレンさん。
「ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…」から始まるシリーズに出てくるほう。
68 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/04/03(日) 02:51:03.26 ID:NCLSM4XWo
>>60
いろいろ膨らんだ妄想を拗らせた結果、こうなってしまいました。

>>61
感謝!
グレイスはしっかり者です。

>>62
感謝!!

>>63
感謝!!!
楽しんでいただけていると幸いです。

>>カレンさんについて
08小隊に出てくるカレンさんは、「カレン・ジョシュワ」さんで
ここに登場する「カレン・ハガード」さんとは別人です。

→右上の人
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/karenn.png

詳しくは過去作で…読破に数週間は掛かりそうですけど。
ただ、基本、過去作お読みいただけてなくても問題ない作りになりますので、お構いなく。

ただ一つ言えるのは、姉のカレンさんに「グレイスが生きている」という報は結局届くことはありません。


以上、たくさんレスをいただけたので、反応までに!

続きはもう少々お待ちを!
 
69 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/05/02(月) 21:48:07.87 ID:ozGiI0Jz0
エタッてないんです、忙しくて手が回らず…
GW中には何とかしたいなぁ。

以上、生存報告。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 00:06:09.40 ID:LWnTLFhZO
GWも仕事とは……頑張れ、超頑張れ
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/17(火) 22:16:28.95 ID:k62dFdFX0
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 11:32:09.90 ID:9c7SJ4TqO
てす
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/20(金) 18:18:18.21 ID:vWV6+68o0
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 17:57:22.11 ID:AJJ+KsDfO
てs
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 18:38:08.21 ID:ikXHOsHvo
もうすぐ落ちそうなんだが大丈夫か……?
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [age]:2016/05/29(日) 01:55:58.38 ID:A30prR/E0
0702
77 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/05/29(日) 22:57:29.46 ID:ElhkMrDT0
保守!
もう少しで落ち着くのでもう少々、お待ちの程を!
78 : ◆95Pffsm3N2 [sage]:2016/06/26(日) 23:04:14.71 ID:kA0L1YP30
保守…(瀕死)
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 02:20:23.62 ID:FjSEvBFSo
大丈夫か?
気長に待ってるぞ
80 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:35:54.41 ID:rehK4jAb0
すみません、お待たせしまくってます。
徐々に落ち着いてきましたので、じんわり再開していけたらと思います。
81 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:37:15.43 ID:rehK4jAbo




 ライトに照らし出されている壁紙はくすんでいる。

熱波によって焼け焦げたのか、それとも単純に古いだけなのかは分からない。

 調度品の類はほとんどなく、俺達の目を釘付けにしているそれ以外では唯一と言っていいドレッサーの鏡は無残に割れてなくなっている。

しかし、破片の一欠片もないところを見ると、どうやら片付けを済ませてあったのだろう。

他の家具がないのも、そのせいだろうか。

 「こんな質素な部屋しか用意できずに申し訳ない」

 口ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年のミスター・ヒューは、しおれた表情でそう言う。

 だが俺達は、案内された部屋の様子に、ただただ、目を見張っていた。

 「ベ、ベッドがありますよぅ…?」

テレンスがそう、戸惑った様子で口にする。

 そうほとんどのものが運び出されたその部屋でただの一つ俺たちの目を引いていたもの。

それはクイーンサイズの立派なベッドだった。

 「隣のゲストルームにも、同じサイズのものはありますが…それでも全員が寝るには足りないんです。せっかく来てくれたというのに、申し訳ない…」

「いえ…これまでのことを思えば、天国のようです」

ミスター・ヒューの言葉に、グレイスが息を飲んで応える。

 全くその通りだった。

屋根があるところで眠れるだけマシ、くらいに思っていたが、まさか本当にベッドが残っているとは…

 「こちらこそ、申し訳ない…救助だと思わせてしまって期待を裏切ったような形になってしまったのに、こんなところを貸してもらえるなんて」

「いやいや、構いません。ここに残っているのは年寄りと子どもと、幼子を抱えた母親ばかり…

 若い男連中はほとんど逃げ出してしまいましたから、頼もしい限りです」

カイルが謝ると、ミスター・ヒューはさらにカイルにそう言って返した。

 「ありがとうございます、ミスター・ヒュー。俺とカイルは頂いたシュラフで十分です」

俺も、カイルに続いて礼を言う。ミスター・ヒューはそれでも、申し訳なさそうなその表情を崩さずに

「とんでもない…。のちほど、食料と水も運ばせます。とにかく今夜はゆっくり休まれてください」

と恭しく言い、まるでホテルのボーイのように黙礼をして部屋から出ていった。

 取り残された俺達は立ち尽くしていたがそれもつまの間で、不意にニコラが俺を見上げて言った。

「あの…アレックスさん…ベッド、横になっても良いですか…?」

そんなニコラの言葉に俺はハッとして、正気を取り戻す。

「…いや、その前に、汗を流そう。貯水池から取水機で水を引いてるらしいし、浄化槽もあるみたいだからな」

取水機は手動で動かす他になさそうだが、それでも。こんなことがあるなんて、願うことはあっても現実になるとは想像していなかった。
82 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:37:44.81 ID:rehK4jAbo

 アマンダの報告を受けた俺は、グレイスとニコラ、テレンスを連れて生存者達を見つけたという街の西側の市街地へと向かった。

 そこで俺達が見たのは、焼け残った中層アパートの前に集まる人々と、彼らに事情を説明しているカイルの姿だった。

 聞けば、彼らはこの街の住人で、あの落着の衝撃波から運良く生き延びたらしかった。

もともとは百人ほどいたらしいが、動ける者は街を捨てて西へ向かったらしい。

 残っていたのは、高齢者と子ども、そして母親や怪我人が合わせて50ほどだった。

 軍服姿のカイルを見て救助だと思い込んでいたところにカイルが事情を説明し、一度は落胆したものの、

それでも「若い男手は歓迎だ」と俺達を受け入れ、こうして、生存者達が住まいにしていたアパートからほど近い建物の空き部屋まで与えてくれた。

 部屋でさえありがたいのに、生存者の代表をしているミスター・ヒューは、食事や生活水までをも融通してくれると言った。

 このバララトには生活水を貯めるためのウェンドリー人造湖がある。

一時期は枯渇仕掛けていたらしいが、近年新しい水脈が発見され、あの熱波を受けてもなお湖は潤沢な水源になっているようだ。

 地球を食い潰すアースノイドとはよく言ったものだが、地下資源なしには生き残れないのは今に始まったことではない。

どこの誰が環境保護を訴えたところで、切り離して生活するには俺達アースノイドは増えすぎた…それこそ、こんな戦争を始めてしまうほどに、だ。

 それはともかく…どうやら俺達は幸運にも、あの壊滅したメルボルンから、ようやく腰を落ち着けられそうな場所にたどり着けたようだった。

 「それなら、俺は取水機の方を見てくる」

カイルがグッと体を伸ばしてそう言う。

「私は、ニコラ達と一緒に浄化水槽を見て来ますね」

アマンダも、ニコラとテレンスを代わる代わる見つめて言った。
83 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:38:25.25 ID:rehK4jAbo



 「つ、冷たいですぅ!」

「泣きごと垂れるな、男だろっ」

シャワールームからは流れ出る水音とともにそんな声が聞こえてくる。

 街にたどり着き、この部屋に通されてから三時間と少し。

 俺達は電源が落ちた取水ポンプを手動で動かし。タンクのような形をした浄化槽へと水を引き込んだ。

この浄化水槽も本来は電力を利用した滅菌処理が施されるタイプのようだったが、そんなものは使えない。

ただ、見たところ幸いにしてタンクの中には細かな粉塵を取り除ける極細のフィルターが内蔵されているらしい。

落着の衝撃波で吹きあげられ、待機中の水蒸気の核となって地上に雨とともに降り注いだ粉塵で真っ黒だった貯水池の水が、

浄化水槽を通ると少なくとも肉眼では透き通っているように見える程になった。

 飲むとなると煮沸は必要だろうが、浴びる分には、冷たいことを覗けば問題はないだろう。

ミスター・ヒューが届けてくれた燃え残った固形石鹸もある。

ついさっきまで、荒野をただひたすらに歩いてきた俺達にとっては、望むべくもなかったはずの贅沢だった。

「ひぃぃぃ!」

テレンスの嬌声とも悲鳴とも取れない叫び声が聞こえ、あはははとカイルの笑う声も響いてくる。

まぁ、楽しそうならなにより、か。

 俺はそんなことを思いながら、一番最初にシャワーを浴び、今はグレイスの膝を枕にベッドで寝息を立てているニコラを見やった。

「…テレンスは、元気ですね」

グレイスが、膝に乗ったニコラの頭を撫でながらそう言う。

「…そうだな…」

俺も、グレイスの言わんとしていることを理解しているが故に、シャワールームから聞こえる声を、心安くは聞いていられなかった。

 テレンスには、まるで今の状況が正しく認識されていない。まるで、ハイキングかピクニックに来ているようなテンションが続いている。

そのくせ、いざ眠るとパニックを起こしたとうに泣き喚いて目を覚ますことがたびたびだ。
84 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:39:17.43 ID:rehK4jAbo

 ニコラの方も同様に恐ろしい夢を見て泣きながら目を覚ますことがあったが、

それでも、ちゃんと”消耗している”だけ、テレンスよりも正常な反応のように思えた。

「ケガとかなら、応急手当も出来るんですけど…」

グレイスが静かな声でそういう。彼女なら、それくらいは当然やってしまうだろうってことに、何の疑問も持たなかった。

「これは、あれだろう、精神科医か、カウンセラーってやつの仕事だ」

心の異常ってのがどういう理屈なのかは、俺には分からない。

俺もグレイスと同じで、野戦での応急手当くらいなら出来るが、目に見えない心なんてものの“傷”なんて、どう扱っていいのやら見当がつかない。

 そもそも、俺自身が、今ようやく心を休ませられるようになったばかりだ。仮が心の傷への対応をしっていたとしても、それを実行できたかはあやしい。

俺がそんな状態にもかかわらず…落ち着いた様子を崩さないグレイスも、よくよく考えてみれば普通ではないように思える。

それも、姉さんのため、か。

「…まぁ、とにかく一息吐けるのはありがたい。無線機の類でも手に入れば、それで救助要請も出来そうだしな」

「無線機、ですか…そんなもの、残っているんでしょうか…?」

「普通に考えてみれば、吹き飛ばされているか、溶けてしまっているか、だろうけど…これまでの荒野に比べたら、どこかに使えるのがある可能性は高いだろう」

俺が言ったら、グレイスはクスクスっと笑い声をあげる。

「そりゃ、あんな場所と比べたらあるかも知れないですけど…」

俺は割と真面目な話をしたつもりだったが、グレイスにはジョークに聞こえたらしい。

本心はともかく、笑ってもらえたんなら、それでも良いだろう。

「うぅっ、寒いです!」

不意にそう声がして、テレンスがシャワールームから飛び出してきた。

落着のあった日からずっと着ていた服を脱ぎ棄て、この部屋で見つけた少し大きめの女物の服に袖を通している。

 後ろに続いてきたカイルは、くたびれたランニングにトレーニングパンツ姿。

シャワーで手洗いしたと思われる軍服のズボンを指先でつまんで、干せそうな場所を探している。

「縮み上がりそうな温度だったが…それでも、生きてるって心地がするもんだな」

「ぼ、僕、寒くて凍え死んじゃいそうですぅ」

テレンスが大袈裟でもなさそうに身を震わせて言う。

「ほら、テレンス。髪ちゃんと拭いて。風邪ひいちゃうよ」

グレイスは苦笑いを浮かべながら、テレンスを促した。

「ん…そういえば、アマンダはどうしたんだ?」

そんな二人をよそに、洗った軍服をひん曲がったカーテンレールに掛けながらカイルがそう聞いてくる。

「あぁ、アマンダなら、物資を受け取りに行ってる」

「ミスター・ヒューか?」

「いや、物資の管理を任されてる別の人のところだ」

「へぇ」

カイルは俺の言葉を聞くと、少し表情をしかめてそう鼻を鳴らし、ベッドにどっかりと腰を下ろした。

 先ほど、グレイスの次にニコラと共にシャワーを終えたアマンダは、カイル達がシャワーに入ってすぐの頃に、

窓の外から物質を取りに来てほしいと催促を受けて、部屋を出ていった。

じきに戻ってくる頃合いだろう。
85 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:40:15.36 ID:rehK4jAbo

「あいつ、銃を携帯してったか?」

不意に、カイルがそんなことを聞いてきた。

 アマンダが、銃?

そういえば、アマンダも着替えは済ませていたが、ガンベルトは用意されたパーカーの上から付けて行ったはずだが…

「持って行ったとは思うが…」

俺が答えると、カイルは浮かない表情をしながらも

「そうか」

と小さく息を吐く。

 俺は、そんなカイルの様子が気になって、思わず訪ねていた。

「どうかしたのか?」

するとカイルは、しばらく黙りこくってから、不意に顔を上げて言った。

「この街には、長いしない方がいいかもしれない」

「…どういう意味だ?」

「あのミスター・ヒューって男、何か俺たちに隠していることがある。いや、あの男だけじゃない。キャンプ全体が俺たちに対して、警戒心を持っているような、そんな感じだ」

カイルの言葉の意味が分からなかった。

 ミスター・ヒューは、現実にこうして俺達に部屋をあてがい、物資まで準備してくれるというのに、それを「信用できない」ような言い草だ。

だが、なんの根拠もなしに、カイルがこんなことを言うはずもない。

「何かあったのか…?」

俺が尋ねると、カイルははぁ、とため息を吐いてから言う。

「…雰囲気…とでも言うより他に言葉を知らねえが…そうだな、細かいことを上げれば、ここに若い男手がいないってことだ」

それは…ミスター・ヒューの話なら、街を出て行ってしまったから、なんだろうが…

「それのどこが気になるところ、なんだ?」

「考えてもみろ。この街には物資が残ってるんだ。俺達に分けてもらえる程度には、な。そんな場所から、どうして移動しなきゃいけないと思うんだ?」

「…それは、私達が何もない生活を送ってきたからなんじゃないですか?」

カイルの言葉に口を開いたのはグレイスだった。

「私達にとってここは、確かに安心できる場所です。でも、ここにいた人たちが私達と同じように感じるとは限りません…街がこんな有様になってしまったんなら、逃げだしたいって思っても、おかしくはないと思うんですが…」

「でもよ、こんな有様の街だからこそ、どうやって逃げ出そうだなんて思うんだ?俺達は裸同然で荒野に投げ出されたんだから仕方ない。だが、ここにいたかもしれない連中は、すくなくとも雨をしのげる建物も、食い物もあった。それなのに、あえてあの荒野に逃げ出そうなんて考えるやつがいるか?」

「それは…そうかもしれないですけど…」

カイルの言うことには一理あった。

 確かに、衝撃波と熱風で焼け焦げたこの街から逃げ出したいって思う人間がいてもおかしくはないとは思う。

だが、実際に逃げ出すかどうかってことを考えると、それはそれで現実的じゃない。

何しろ、たとえ次の街に行こうったって、ここはオーストラリアの南部だ。一日や二日歩いたところでたどり着ける街なんてない。

車があればその気にもなるかもしれないが、そんなものが残っている気配はない。

街から避難しようと思うなら俺達が歩いてきた道のりのように、一週間近くは道しるべのない荒野を歩くことになる。

それは住み慣れた街がいくら破壊されたところで、取り得る選択肢に含まれるようには思えなかった。
86 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:41:09.51 ID:rehK4jAbo

 「…でも、もしそうだったとして、生存者の妙な雰囲気、ってのは…?」

「さて、そこは本当に俺が感じただけだからな…根拠はない。だが、連中は何か…俺達を受け入れるそぶりをみせて、その実避けているように思う」

カイルが腕組みをしてそう言い、黙り込む。

「……私、嫌な想像しちゃいます…ありますよね、映画なんかで。秩序がなくなると、それに代わっておかしな思想が伝染する、みたいなこと…」

グレイスも、暗い声色でそう言った。

 その可能性は…否定できない。

 俺達はメルボルンの基地でそのことを身をもって理解していた。

命や生活を脅かされた人間の理性がどれほど脆弱で、そしてどれだけ感情に思考が支配されてしまうのかを。
 
 グレイスの言うことはあり得るし、カイルが違和感を覚えたのなら、警戒しておく必要はある、か…
 
 そんなことを考えていたら、不意に何か硬いものがコツコツとあたる音が部屋に響いた。

 話していた内容が内容で、息を飲んでしまっていた瞬間だけに、俺はヒュッと息を飲み込んでしまう。

だが、次いで聞こえてきたのは

「曹長、開けてください」

というアマンダの声だった。

 鍵をかけているわけではなかったが、俺はやおら立ち上がってドアを開け放ってやる。

 するとそこには、大きなダンボール二つが重なって宙に浮かんでいる光景があった。

ダンボールのせいで、アマンダの姿が見えないから、なのだが…

 「気前がいいんだな」

俺はそう言いながら、上に載っていた方のダンボールを受け取ってやる。その向こうからアマンダがひょっこり顔を出した。

 彼女はホッと一息ついてから

「これだけじゃないんです」

と後ろを振り返る。

 するとそこには、ちょうどグレイスと同い年くらいの少女の姿があった。

暗いブロンドの髪に、茶色の瞳。まつ毛の長い、整った顔立ちの少女だ。

 彼女もアマンダと同じく、大きなダンボールを抱えてくれている。

 彼女の存在に、俺とカイル、グレイスはつぶさに緊張した。

今の話、聞かれていない…よな…?

 「手間を掛けさせてすまない」

俺は少しあわてた様子を見せつつアマンダから引き取った段ボールを床に置き、改めて彼女が抱えていた段ボールを受け取る。

「ありがとう。助かったよ、」

そんな彼女に、アマンダがダンボールを置きながら笑顔を見せて礼を言った。

 すると彼女は、ふと顔を伏せた。いや、目礼、か?そんな、どこか曖昧な感じのする仕草だった。

 それが礼だったのか、ただうつむいただけなのかは分からない。

ただ、彼女は、まるで何かに縫いとめられたようにその場を動かず、ジッとしている。

口をぎゅっと引き結んで、体を強張らせている。

まるで、俺達の次の言葉を待っている様子だった。

カイルの言っていた違和感、ってのは、これのことか…?
 
87 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:41:41.99 ID:rehK4jAbo
 
 「……アマンダ、何をもらったんだ?」

「はい。インスタントフードの類と、それから、お酒も少し」

「酒だって!?」

思わぬところでカイルが割り込んでくるが、俺は無視して

「他には?」

とアマンダに聞く。

「お菓子の類もありますよ。チョコレートはないみたいでしたけど、スナックの類なら。それから、パンじゃなくって、小麦粉を分けてもらえました」

アマンダがそう言いながら、床に置いた段ボールから次々と品物を取り出しながら報告を始める。

「小麦、って…手でコネて自分らでパンを作れ、ってことか」

嫌なのかどうか、酒瓶を探しにダンボールを覗きにやってきたカイルがそう言いながら笑っている。

 俺は、そんな品物の中からスナック菓子の袋を手に取って、パフッと引っ張り開けた。

 そして中身のやや砕けたスナックの欠片をつまんで口に放り込み、それから袋をダンボールを運んでくれた彼女に差し出す。

「ありがとうな。お礼はこれくらいのことしかしてやれないけど」

すると彼女はハッとした様子で唇の力を緩め、そしてようやく、その瞳に意志を宿らせた。

「あの…その、私…」

「俺はアレックス。向こうがカイルで、彼女はアマンダ。それから、ベッドにいるのがグレイスで、寝てるのがニコラ。で、そっちのチビがテレンスだ」

俺は、間髪入れずにそう全員を紹介する。

そしてすぐに、彼女に投げかけた。

「君、名前は?」

 何か特別な確信があるわけではなかった。

しかし、話を聞かれていた可能性もあるし、そうでなくても、彼女と少し話をすれば、情報のいくらかは引き出せるかもしれない。

「私…シンシア。シンシア・ノエル…です」

「そうか、シンシア。ありがとう…ほら、食べてくれよ」

俺は彼女に努めて穏やかにそう言い、さらにズイっとスナック菓子の袋を彼女に突きつける。

 彼女はためらっていたものの、ほどなくして恐る恐る指先でスナックを一欠片つまんで、自分の口に運んだ。

そしてその次の瞬間、固く緊張していた彼女の頬が、かすかに緩んだことを俺は見逃さなかった。

よし…ひとまず、敵と認識されることだけは避けたいからな…話を聞かれているかどうかにかかわらず、敵対する気持ちはない、ってのはほんの少しだけかもしれないが、伝わってはくれているようだ。

 それを確かめた俺は、すぐさまキャンプのことを訪ねようと思って、思考を走らせる。

あまり突っ込んだ探るような質問を浴びせかけるのはマズイ。

少し遠回りしてでも、まずは大変だったことの話を聞くべきか…それなら、いずれキャンプがどんなところか、って話にも持っていけるはずだ。

 だが、俺がそう考えていたわずかな間に、シンシアは言った。

「ありがとうございます。では、戻ります」

そして、くるりと俺達に背を向ける。

「ま、待って!」

それにいち早く反応したのは、グレイスだった。

シンシアは踏み出しかけた足を止め、グレイスを振り返る。

「はい、分かってます…いいえ、その…」

彼女は、戸惑っているような口ぶりながら、その視線をまっすぐにグレイスに送っていた。
88 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:42:11.10 ID:rehK4jAbo

そして次の一言、

「戻らないといけないので」

と今度ははっきり口にすると、呼び止める俺やカイルの言葉を背に受けながら、部屋を出て行った。

 パタン、と控えめに音を立てて閉まったドアに視線を送っていた俺達は、しばらくそのまま黙りこくるほかになかったが、そんな様子を見たアマンダが当然何のことかわからない、と言った様子で

「どうしたんですか、二人とも?グレイスまで…?」

と俺達を代わる代わる見つめて言う。

「アマンダさん…キャンプの様子は、どうでした?」

「キャンプの…?別に、何もなかったけど…みんな寝ている時間だったし…あぁ、あの子はどうしてか起きていたから手伝ってくれたけど…なにかあったの?」

果たしてさっきまでの話をアマンダに今、話して良いかは微妙なところだ。

さっきの彼女が、ドアに聞き耳を立てているとも限らない。

しかし、それを確かめに行くのも悪手だ。

 「…いや、別に…ミスター・ヒューに尋ねたいことがあったんだが、もう寝ている時間だよな」

俺はそう言いながらカイルとグレイスに視線を送る。

 カイルは俺のこれ以上は話さないという意図を理解してか、かすかにうなずいてくれる。

しかしグレイスは、唇に手を当てて何かを考え込んでいるような、そんな仕草をしていた。

「そうなんですか?朝は早いみたいですから、明日の朝でも大丈夫だと思いますよ」

アマンダは、相変わらず首をかしげてはいるが、それでも話を合わせてくれている。

 でも、そんなとき、アマンダが静かな声色で言った。

「あの…アレックスさん、カイルさん」

俺とカイル、そしてアマンダの視線がグレイスに注がれる。

 俺達の視線を浴びながら、それでも口元に手を当てて宙をにらみつけているグレイスは、言った。

「『はい、分かってます…いいえ』…」

一瞬、グレイスが何を口にしたのかがわからなかった。

「Roger(はい), Understood(分かってます)…No(いいえ)…」

カイルが、その言葉をなぞって、表情を曇らせる。

「頭文字、か」

「はい…考えていた時間は長かったのに、回答しては変だな、って思って」

カイルとグレイスはそう言ってうなずき合っている。

「おい、なんだよ、説明してくれ」

俺がそう言い募ると、二人は顔を見合わせ、そして大きなため息を吐いたグレイスが俺に言った。

「頭文字です、アレックスさん」

「頭文字?」

「あの女の子の言葉の、頭文字だ」

俺は二人に言われて、改めて口に出して繰り返す。

そして、二人の言わんとしていたことに気付いた俺は、息を飲むよりほかになかった。

「Roger, Understood…No…R、U、N……Run…『逃げろ』…?」
89 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/07/19(火) 00:43:23.39 ID:rehK4jAbo

つづく

 
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 01:41:04.09 ID:NwwQ3Yxko

まさか人食いとかじゃないよな……?
フォールアウト思い出しちゃったよ
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 12:13:52.30 ID:gD1SD+EHO


ミス・マープルかエラリークイーンか。
名探偵グレイス誕生。

ともかく復帰おめでとう&続きありがとう
一回の分量が多いのがキャタピラさんの特徴ではあるけれど、これくらいの量でもきちんとしたヒキを作ってくれてるからとても読みやすいと思いますよ。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 12:59:33.80 ID:FwXUOy/70
さあああ
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 13:01:51.38 ID:73s53pbR0
ああt
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 15:37:13.66 ID:Kp4SbWQXO
乙カレー
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 21:43:52.42 ID:+gPvbLTDO
日曜に確認し
月曜に確認し
ろくに期待してなかったけど

96 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/08/11(木) 13:13:05.25 ID:dSKFM5gy0
レス感謝!!もう少しで続き書き終わるのでお待ちください。

>>91
たぶん、幼女とトロールの中盤くらいから、一話読み切りな感覚での投下が続いたせいで、
ペースが変わってしまったのだと思います…
読み返してみれば、アヤレナの頃は1パートがそれほど長くなかった気がする…
小出しにできるように、ちょっと調整しております。
97 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:04:57.12 ID:FKmAyK7Ho



 「アレックスさん、どうですか?」

薄暗い中、ライトの明かりを頼りに基盤を睨み付けていた俺に、グレイスがそう声を掛けて来た。

「さぁな…さすがに専門外だし、なんとも言い難い」

俺は肩をすくめてそう正直に言ったが、それでもグレイスは微笑んで

「そうですか…でもきっと、なんとかなりますよ!」

と、明るい口調で言った。

 そんなグレイスにわざと渋い表情で答えてやったら、彼女はニヤッといたずらっぽく唇を緩ませて、俺が頼んだ工具一式を手渡してくれた。

 街にたどり着いてから2日。

 俺達は、バララット郊外の小さな空港の跡地にいた。

 跡地、とは言っても、ここへ来る道のりを考えれば、建物の構造どころか管制塔の内部の機材まで形が残っているここは、俺達にしてみたら奇跡だと思える。

 だが、いざ機材を使うとなると、それはそれで別の話だ。

 外郭の形が残っているとは言え、人間が真っ黒に焦げ付く程の熱波を浴びたんだ。

当然、シリコンや樹脂と薄い金属で出来ている航空用通信器の基盤は、見るも無残にとろけている。

 機械科の連中だってこんなものを見たら投げ出すに違いないだろうとは思う。

 それでも俺は、ミスター・ヒューからの依頼でこいつの修理を引き受けた。

 理由はいくつかある。まず単純に、修理することが出来れば救助を要請できる可能性があるからだ。

航空用の無線ともなれば、周波数帯は少なくともオーストラリア全土には届く。

 コロニーが落下したのは東部だから、西部方面隊は無事に生き残っている可能性が高い。

 そして、別の理由としては、やはりあの晩にグレイスが気付いたシンシアのメッセージだ。それ自体は穿ち過ぎた見方である可能性は否めない。

 しかし、カイルが言う妙な雰囲気というのを、俺は昨日と今日、実際に感じ取っていた。

 工具の一式から引き抜いたドライバーで、基盤を固定しているビスを緩めていると、カツン、カツンと階段を上がって来る足音が聞こえた。

 俺が振り返るまでもなく管制室に姿を現した足音の主に、

「ヒューさん」

とグレイスが声を掛ける。

「あぁ、グレイスちゃん。曹長さんの様子はどうだい?」

「今、作業に取り掛かったところですよ」

二人がそんな言葉を交わし、視線が向けられた気配を感じた俺はチラッとだけ二人を見やり

「これは、基盤を一からでっち上げないと無理ですね」

と、通信器の状態を端的に説明する。

 しかし、そんな俺の言葉を聞いていたのかどうか、口ヒゲを蓄えた恰幅の良い中年のミスター・ヒューは、

「そいつが治れば、救助を呼べますからね。協力は惜しみませんよ」

と、グレイスに負けず劣らずの前向き発言で、俺を叱咤して来る。

 そう言われてしまった手前、どうして良いか見当がつかない、とは口が裂けても言えやしない。

 代わりに俺は

「それでしたら、街の中を探して何でも良いんで配線を見つけ来て貰えませんか? 木の板にでもそいつを這わして、簡単な基盤代わりを作りたいんです」

と代替案を提示する。するとミスター・ヒューは事のほか嬉しそう笑みを浮かべて

「任せて下さい!若い連中に頼んで来ましょう!」

と言うが早いか、身を翻してテンポ良く階段を駆け下りて行った。
 
98 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:05:42.02 ID:FKmAyK7Ho

 そんな姿を見送ったグレイスが、改めて俺に視線を戻して、何かを聞きたそうな顔をしている。

「なんだよ?」

俺が言うとグレイスは肩を竦めて

「いいえ…シンシア、大丈夫かな、と思って…」

と暗い表情を見せた。

 あの街に着いた晩と、それから昨日。俺はカイルと交代で、用意された部屋の窓から生存者達のキャンプになっているアパートを監視していた。

 ミスター・ヒューの説明や、実際に現場を最初に見たカイルの言葉通り、アパートには高齢者と小さな子どもを連れた女性に子どもしかいなかった。

 そして、女性や子供達は、常に何かに怯えるような、そんな表情を浮かべたままだった。

 こんな事態だ。悲観したり絶望したりしてしまいたくなる気持ちは分かる。

だが、彼らの表情のそれは、決してコロニー落着だけの影響ではないことは理解できた。

 キャンプを監視している間に俺達は、生存者の中にある種の上下関係のようなものがあることに気が付いていた。

 おそらく、代表を名乗るミスター・ヒューはその筆頭。

そして、ミスター・ヒューよりもやや若く軍人のようなガッシリとした体付きの中年男がナンバーツー。

さらに、中年太りの域を逸脱しているほどの太り方をしたやたら声の大きい中年女性がその下に位置しているようだった。

 その光景は…生存者キャンプの代表者格などという雰囲気ではなく…

しいていえば、前世紀初頭にヨーロッパに乱立した王族で、他の生存者達はひれ伏さざるを得ない貧民のような、そんな関係性に見えた。

 そんな中で、女性的な特徴が発現していながらも非力な年齢のシンシアがひどい目に合わされていないかどうか…

 グレイスがそんな想像をしてしまうのは仕方のないことだろう。

 「今はまだ、祈るより他にない…俺達の明日だって、不透明だ」

俺はグレイスにそう言葉を返した。

 無線の修理が出来ないと応えた俺達は、とたんにタダ飯食らいの無用の長物となる。

 そうなったとき、“王族”達が俺達をどう扱うか。

 今すぐの救助が望めないのなら、食料や物資節約の観点から、余所者は間引かれる可能性すらある。

 そんなリスクを、カイルやアマンダならまだしも、グレイス達に負わせるわけにはいかない。

 それが、通信器修理を引き受けたもっとも大きな理由だ。

それと…やはり、この軍服を着ている以上は、市民を守るのが俺達の仕事、だ。

「…そうですね…私は、何したら良いですか?」

「今は…俺のそばを出来るだけ離れるな」

 俺はグレイスにそう言いながら、通信器の本体から基盤を取り外す。溶けてはしまっているが、それでもなんとか形は保っているようだ。

 しかし、どんな回路が走っていたのかまではさすがに見て取れるわけはない。

 通信器自体の構造は学科でなら学んだことがある。発信にはモジュラーとブースターが必要で、受信にはデモジュラーが要る。

特に広域に発信するとなればブースターは必須だ。当然、原始的な回路を作るにしても、マイクと、スピーカーは調達しなければ話にならない。

そうした装置を、この焼けただれた荒野の廃墟でどう仕入れるかは、正直アテがない。

 発信にも受信にも必要なアンテナに関しては、カイルが指揮をとって、

アマンダやニコラ、テレンスの他、街の生存者の中からグレイスと同じくらいの年頃の子ども達が手伝ってでっちあげてくれる手筈になっている。

 やはり問題は、通信器そのものを俺が再現出来るかどうかだろう。正直に言って、欠片ほどの自身も見通しもないが…
 
99 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:06:30.45 ID:FKmAyK7Ho

「パーツがあれば良いんだがな…」

「電気回路のことはあまり詳しくないんですけど…チップとか、そういうものですか?」

「それもあるが、スピーカーやマイクなんかも必要だろう」

俺はひとまず、訓練校時代の記憶を引っ張り出して、黒く焦げた壁をドライバーの先で引っ掻き回路の図面を書いてみる。

だが、受信はともかく発信となると、やはり複雑になる。

そもそも、それだけの出力を出せるような電気をこの街でどのように調達するかは、まだなんの当てもない。

 まずは、受信の方だけでも組んでみるか…発信の方は、カイルやアマンダと回路や電気の確保について相談したい…

 「パーツ探し、ですかね…」

ふと、思いついたようにグレイスが俺に声を掛けてきた。

 そう、そうだな。受信器をでっちあげるためのパーツを探さなければ。

 俺はグレイスに

「そうだな」

とうなずいて見せる。

「どこを探しましょう…?」

グレイスはそう言って、窓の外に視線を投げた。つられて、俺も少し離れたところに広がっている街並みに目を向けた。

 キャンプに案内される前に確かめたが、立ち並ぶ建物は、爆心地の方角にあるものは半壊し、その陰になっていただろう建物も、熱波に中を焼かれてがらん洞になっていた。

窓ガラスは割れたのではなく、溶けて蒸発したのだろう。

破片の一つも見当たらず、コンクリートや剥がされた道路のアスファルトはあちこちに転がっているが、

やはり、生活に必要な物資のことごとくは見当たらなかった。

 ガラスと同じように高熱にさらされて燃え尽きたのか、それとも、あのキャンプの連中が回収したのか…

おそらくは、前者だろうとは思う。人の手で持ち去られたにして、なにもなさすぎる印象だった。

 「建物に入って探しましょうか…」

グレイスがそう言って俺の顔色を窺うように聞いてきた。

 それを聞いて、俺は管制室から一番近くに見える建物に目を向ける。

 グレイスの言うとおり、もし燃え残りがあるとすれば、外より中の方だろう。

だが、衝撃波と熱波を浴びて朽ち果てたような姿を見せている建物に入り込むのは、やはり不安だ。

 「入り込んでる間に倒壊でもしたら、たまらないな」

俺の言葉に、グレイスも賛成らしい。

「確かに…考えただけで、ゾッとします…」

彼女は両腕を抱えて、身を震わせてみせた。

 昨日確かめた様子から見るに、おそらくは建物の中も外と同じような状況だろう。

冷蔵庫のように大きな機械の固まりなら燃え残っている可能性もあるだろうが、そんなものが残っていても、使い物にはなろうはずもない。

 衝撃波と熱波の被害が少ないところを、まずは探す必要性がありそうだ。
 
100 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:06:59.36 ID:FKmAyK7Ho

 「確か、俺達のアパートやキャンプがあるのは、街の西側だったな」

「はい。爆心地からは、一番離れた場所ですね」

「どうしてあの辺りは無事だったのか…距離的には被害の大きい東側と、それほど離れているとも思えない」

俺はそんなことを思って首をひねる。

 キャンプからさらに西に空港があり、倒壊したり焼け焦げた街並みは東側に広がってはいる。

しかし、その距離は今回の事態の規模を考えれば、ほとんど誤差の範囲でしかない。

 「もしかしたら、地形の影響かもしれません」

「地形?」

俺は、思わぬ言葉にグレイスを振り返る。

「はい。ちゃんとした等高線の描いてある地図が分かれば確かなんですけど…

 キャンプ地の辺りは、辺りに比べて少し標高が低いと思うんです…

 バララトの西側は、ウェンドリー湖の開発と常に関連していたって、郷土史の授業で聞いたことがあります。

 ウェンドリー湖も、前世紀から何度も干上がったり再生したりを繰り返して、位置も徐々に移動している、って聞きました。

 キャンプのあるあたりは、もしかしたら元々は湖底だった辺りなのかもしれません」

…なるほど、その話は、俺も聞いたことがある。

前世紀にはオーストラリアの乾燥地帯ではウェンドリー湖をはじめとする貯水池や大規模な井戸が各地でが掘られた。

その結果、地球が何億年とかけて蓄えてきた地下水源をたった百年強で涸らしてしまった、と言われた時期があったのだと言う。

 その後の調査で、実際に地下水源の量が減っていることは明らかにされたが、

涸れたと認識されたのは、量の減少により地下水源の水位や圧力が下がったためで、採掘する地層をやや深めにとると、すぐに全盛期と同様量の水が出たって話だ。

 …やはり、俺達人類は地球を食いつぶしているのかも知れないな…

 「…その仮定が当たっていれば、街の中でも低地にある個所を探せば、キャンプ地のように無事な物もあるかもしれないな」

俺は、逸れてしまった思考を元に戻して、グレイスにそう提案してみる。

「その可能性は、ありますよね」

グレイスも、コクリと頷いて答えた。



 
101 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:07:48.09 ID:FKmAyK7Ho



 空は相変わらずの灰色だが、雨が降る様子はない。晴れ渡る空を臨むにはまだしばらくかかりそうだが…

現状では、気温があがってしまうことを考えると、今のままであってほしい、か。

 そんな俺の考えを読み取ったように

「涼しくて良いんですけどね。やっぱり、ちょっと気が重くなります」

と空を仰いで言う。

「そうだな…無事にオーストラリアから脱出できたら…空がきれいに見えるところにでも行きたいもんだ」

俺もそう答えてため息を吐く。これも、仮初の希望に過ぎないからだ。

 俺達は、管制室を出て、焼け焦げた階段を下って、この元は滑走路だったエリアに降りてきていた。

 滑走路は市街地のようにアスファルトが剥がれているような箇所は少なく、一見すると被害は小さいようにも見えるが、

建物の方はすべてが管制室と同じように真っ黒に焼け焦げていた。

もちろん、物資の類も同様に真っ黒になっているか、さもなければ形を失うほどに溶けているか、だ。

 「さて…じゃぁ宝探しに行くか。セルフォンでも落ちてればいいんだがな」

「さすがに軽そうですから、飛んでっちゃってるかもしれませんね」

せっかく前向きなことを言ってやったのに、グレイスが現実的な返答をしてくる。

渋い顔を見せてやったら、グレイスはエヘヘ、といたずらっぽく笑った。

そんな彼女の笑顔が心に余裕をくれる気がするのは、今回に始まったことではない。

本当に、グレイスには助けられてばかりだった。

 「少し距離はあるが…行ってみるか」

俺がそう言うと、グレイスはニコッと笑顔を見せて

「はいっ」

と明るく頷いた。

 腰の拳銃の弾倉を確認してから、そのまま二人で空港の跡地を離れ、元は市街部だった方へと歩き出した。

 ほどなくして滑走路を抜け他俺達は黒に染まった市街地区へと足を踏み入れた。

 街の中は想像していた以上に瓦礫の類はなく、歩きやすい。

もちろん崩れたビルやアパートがないことないが、細かな瓦礫は吹き飛ばされたのだろう。

もともと道路だった箇所が塞がれているようなことも少なかった。

 管制室を出る前にあたりの地形を確認した。

どうやら、キャンプ地以外の場所では、街の北部にやや低い地形があるのが管制塔から見えたので、ひとまずはそこへと向かうことにしていた。

 そして、北へと進んでいると、不意にグレイスがポツリと声をあげた。

「アレックスさん…あそこ、見てください」

ふとグレイスを見やると、彼女は遥か前方を指差している。

その方向に視線を移した俺が見たものは、真っ青な車体の車高の低い、スポーツカータイプのエレカだった。

それも、一目でそうと分かる程度の損傷しか受けていない。
 
102 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:08:26.11 ID:FKmAyK7Ho

 「…動く…だなんて期待はしない方が良いんだろうけどな…」

俺はそうつぶやきながら、拳銃を抜いてグレイスに下がるよう合図を出す。

 彼女が俺の背後に回ったのを確かめて、そっとアスファルトの剥がれた道を進んでいく。

 どうやら、車の中や近くに人影はない。

 近くに寄って見れば、車もけっして被害が小さいとは言えるような状態ではなかった。

 だが、それでもこれまで見てきたどんな車よりも状態は良い。

 俺は割れた窓から中を覗き込む。

内装はだいぶ派手に焼け焦げていた。カーラジオが付いていたとしても、とてもじゃないが、使いものにはなたないだろう。

 だがそれでも、グレイスが考えたようにやや低い位置にあるこの場所は被害が比較的少なかったと言うことになる。

これなら、多少の希望が持てそうだ。

 そう思ってグレイスを見やったら、彼女は今度は心配そう表情で俺を見ていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ。危険はなさそうだ」

俺がそう答えて拳銃をホルスターにしまうと、グレイスはホッとため息を吐いて笑顔を見せた。

 「何か掘り出し物がありそうな雰囲気じゃないか」

「そうですね…あ、ほら、見てください!あっちは、看板が残ってます」

グレイスがそう言うので俺が再び目を向けると、確かにそこには、赤い小さな商店の看板が、建物に残ったままになっている。

大部分は割れて読むことは出来ないが、見たところアクリル製だ。

熱には弱いハズのアクリルの看板が残っている、ってことは、この辺りは熱波を避けられたのかも知れない。

 と言うことは…あの中も無事である可能性がある…

 「グレイス」

彼女を呼んでその顔を見れば、すぐにまた俺の影に隠れように移動して身を強張らせる。

 良い心がけだな…俺はそんなことを思いながら、拳銃を抜いてその店へと近付いて行く。

 踏み込んだ足がジャリっと音を立てたので足元を見ると、そこにはガラスの破片が落ちていた。

ハッとしてあたりを見渡せば、至るところにガラス片が散らばっている。細かな瓦礫も、ここに来るまでよりも多い。

 ガラス片が残っているということは、熱波に晒されていない証拠…瓦礫が多いのは、吹き飛ばすほどの衝撃波が来なかった証拠だ…

 やはり、あのアクリル製の看板が残っているあの建物の中には、何か物資が残されている可能性が高い…!

 俺は自分でも興奮しているのが分かった。そしてそれをグッと自分の胸の中に抑え込む。

 胸は高まるし、呼吸が浅くなるほどだ。走り出したい気持ちを抑えて、慎重に砕けた看板の店らしい建物へと近付いて行く。

 そこはどうやら個人商店か何かだったようだ。

 なんでも売ってる、個人のコンビニエンスストアと言えばいいのか、とにかく食料や酒を確保出来る可能性だってある。

もちろん、無線器のパーツも、だが…

 俺たちは店舗の前に来て中を覗き込んだ。床には商品らしきものがあちこちに散乱している。

 それも、スナック菓子やジュースのボトルなんか、だ。

 まだ中身の入っていたそのボトルを拾い上げようとして、俺はふと、顔をあげた。

 何かの音を聞いたからだ。耳をすませば微かに聞こえて来る。

まるで液体か何かをすすっているような、そんな音だ。
 
103 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:08:54.30 ID:FKmAyK7Ho

 誰か、いるのか…?

 俺は咄嗟に気持ちを切り替えて、グレイスにそっと人さし指を立ててみせる。

グレイスもとたんに表情を引き締め、ヒュッと息を飲んで頷いた。

 それを確かめた俺は、音の出処を耳を頼りに探す。

 どうやらその音は、店の奥のカウンターの向こうから聞こえているようだった。

 商店の床に転がっている品々を踏みつけないように注意しながら、俺は足音を殺してカウンターに近づく。

 商品が散らばり、完全に無人のはずの商店の中は、日の光も届かず照明がともっているはずもないので薄暗く、薄気味が悪い。

自然と、胸に緊張感がこみ上がってきて、拳銃を握っている手が汗ばんでいるのが感じられる。

ドクンドクンと、心臓が脈打つ音も高く大きく聞こえてくるようだ。

 俺は、背後についてくるグレイスにも気を配りつつ、俺はカウンターのすぐそばまでたどり着いた。

そして意を決して、そっとその中を覗き込む。

 そこには、確かに人間がいた。

 身体を丸くし、何かを貪り食っている。

 崩壊した街の、電気もなく薄暗い、荒れ果てた商店の中で一人、何かを食う人間らしき姿…

 意識していたわけではないが、おそらくこの手の状況もまた、人類の根源的恐怖の一つの形なのだろう。

 不気味で、おぞましい、想像が脳裏にもたげ、背筋を悪寒が貫いた。

 そして、一歩後ずさりしようとした俺の足が、転がっていたスナック菓子の袋を踏んだ。

 バフっと袋が割れる音が店内に響いて、カウンターの中の人間はびくりと跳び上がった。

俺もとっさに銃口を向ける。

 だが、次いで俺が見たものは、想像の中のおぞましいものなどではなく、昨晩見かけた少女の顔だった。

 「ご、ごめんなさい…こ、殺さないで…!」

彼女は、俺が誰かを確かめる様子もなく、身を丸めてカウンターの中にうずくまる。

 その声を聞きつけたのか、グレイスが俺の袖口をクイっと引っ張った。

「今の声…シンシア…?」

「ああ。そうらしい」

 俺はそう答えて、いつの間にか詰まっていた呼吸を取り戻そうと深く息を吐き、大きく吸い込んで、また吐いた。

 拳銃をホルスターにしまう間に、グレイスもカウンターの向こうを見やって、

それが昨晩俺達にあの“暗号”を残したシンシアという少女であることを確認する。

 「シンシア…大丈夫…?」

怯えるようにして体を丸めていた彼女に、グレイスの優しい声が投げ掛けられる。

それを聞いたシンシアは、ハッとした様子で身震いを止め、恐る恐るその顔を上げた。

 薄暗くて良くは見えないが、口元には赤い何かがこべりついている。
 
104 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:09:22.05 ID:FKmAyK7Ho

 「ここで、何してるの…?」

「あの…ち、違う…私、違うんです…」

グレイスの穏やかな口調にも、シンシアはぎこちない様子でそう答えた。

と同時に、彼女は身を翻らせて、背後への視線を不自然に遮ろうとし始める。

 「大丈夫…何もしないから、大丈夫だよ」

グレイスは相変わらずそう優しい声色で言い、カウンターの中に入ろうと一歩踏み出した。

 その瞬間、シンシアもグレイスから距離を取るようにして一歩後ずさる。

 俺は、そんなシンシアを見て気づいた。彼女は右腕を自分の背後に回していた。

まるで、握っている何かを見られたくないような、そんな感じだ。

 口元の真っ赤な跡…右腕に握られている隠したい物…

荒廃した街の真っ暗な商店の中の、しかも外からは見えないカウンターの中で、何かをむさぼるようにして食べていた彼女…

 先ほどの悪寒が、再び俺の背筋を駆け抜けた。

 まさか、この子…!

「グレイス、待て!」

俺は反射的にグレイスを引き留め、拳銃を引き抜いてシンシアに銃口を向けた。

 「ア、アレックスさん!」

「両手を上げろ…さもなければ、撃つ…!」

グレイスが俺を制止しようとしてくるが、俺はシンシアから視線を離さなかった。

 ありえない話じゃない…俺だって、食うに困って大嫌いだった蛇を食らったんだ。

この街に残った食料があるとしても、それが一部の人間に独占されていて、他の者へ行き渡っていないのだとしたら…

 人間の理性なんてものは、細い糸も同じ。いつどこで切れてしまってもおかしくはない…

その結果、そんなおぞましいことが起こっても、不思議ではない…

 シンシアは震えていた。どうして良いのか分からず、ただ、身をガタガタと震わせている。

 「手をあげろ」

俺は、撃鉄を起こしてもう一度そう通告する。

 するとシンシアは、震える体を何とか制御して、その両腕を頭の上に掲げた。

見れば、その右手には…フォークが握られている。

 薄暗い店内でもそのフォークに付いた赤い液体が、油脂の類を含んだ輝きしているのが見て取れた。

 やはり、そうか…ここは…そういう街だったのか…!

 俺がそのことを直観した次の瞬間、グレイスが俺の握った拳銃に飛びついてきた。

 「おい、グレイス!」

そう叫んで彼女を引き離すと、グレイスはその手に、弾倉を握っていた。

 しまった…!

 「アレックスさん、落ち着いて!」

「グレイス、それを返せ!」

「ダメです!落ち着いてくれないと返しません!」

俺の抗議にそう言い放ったグレイスは、頬を膨らませて俺に一瞥をくれてから、シンシアを刺激しないようにか、ゆっくりとカウンターの中に入り、

そして彼女をそっとカウンターの外へと促した。
 
105 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:09:49.75 ID:FKmAyK7Ho

 シンシアは、グレイスに危害を加えるでもなく、背を押されるがままに、素直にカウンターの外へと出てきた。

 グレイスとシンシアが目の前を通り過ぎたとき、ふと、俺は何かが香った気がして、鼻をスンと吸い上げた。

 そして、すぐにその匂いがなんのものであるかを想起する。

 …この匂い…もしかして…!

 俺はハッとしてカウンターの中に身を乗り出し、シンシアが背後に隠した“それ”を目にした。

 開け放たれた缶からこぼれているのは、脂ぎった赤い液体。

そのすぐわきには、その液体が黄白色をした細いひも状の塊と鍋の中でグチャグチャに混ぜられている。

 「落ち着きました、アレックスさん…?」

不意にグレイスがそう言ってくる。彼女を見やれば、ほんの少しあきれたような表情で、彼女が俺を見つめている。

 「……あぁ、すまない…」

「私も一瞬考えちゃいましたけどね…」

俺が誤ると、グレイスはそう言ってなんとか笑顔を見せてくれる。

だが、さすがにバツが悪くて、俺はシンシアに向き直って素直に謝る。

「驚かせてすまなかった。ちょっと、その…勘違いだ…」

そんな俺の謝罪の意味が伝わったのかどうなのか、シンシアはやはり、怯えた様子で

「あ、あの…ち、違うんです、これ、違うんです…私…」

と震えるばかりだ。

これはひとまず、彼女を落ち着かせる時間が必要そうだ。

 俺は、目の前の状況と自分の今の体たらくに、思わずため息を吐いてしまっていた。

 まぁ、言い訳ではなく、そう思ってしまったのも無理のない状況だ。

だからといって、あそこまでビビッてしまうのも、大人として甚だ遺憾だ。

 だが、シンシアも悪い。事情はあるんだろうが…こんな人気のない、荒れ果てた商店のカウンターの中で食事をしなくてもいいんじゃないのか。

 俺は、直接は言ってやれないことを悟って、カウンターの中の“それ”を見やる。

 真っ赤でこってりとしたミートソースが絡んだスパゲティは、視覚的にも嗅覚的にも、どうしたって食欲をそそる。

 まったく、あれをどうして“おぞましいもの”だと思い込んだのだか、

俺は数分前の自分に「落ち着け」、ととにかく言って聞かせたい気持ちに駆られていた。


 
106 : ◆EhtsT9zeko [saga]:2016/08/12(金) 20:10:16.38 ID:FKmAyK7Ho

つづく

 
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 09:59:51.77 ID:ubwmqXUDO
乙乙
楽しく読ませてもらってるけど、グレイスの年齢設定を忘れる不具合が頻発する問題
108 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/08/13(土) 11:47:01.63 ID:W956cP2FO
>>107
レス感謝!!

グレイスの年齢は15〜16で固まっているつもりです…
おそらく、グレイスを比較に出したシンシアの方の設定がブレブレなのかとw
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/13(土) 14:37:19.40 ID:bK/wVuDJo

グレイスが頼りになりすぎて困る困らない
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/14(日) 12:11:56.76 ID:jVfNsdfCO


まあ待て。空から100万人レベルの人間が生活できる空間が落っこちてきたんだ。しかもそのほぼ爆心地にいたんだ。
自分を保つ方が難しい。

自分なら5歳くらいまで幼児化するね!
111 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/08/14(日) 23:40:15.52 ID:2XdR0e3P0
>>109
レス感謝!
グレイスの精神がいつ折れてしまうのか、心配でなりません。

>>110
フォロー感謝ww
確かに精神おかしくなっても不思議じゃないですよね…
設定ミスったり誤字ったりしても不思議じゃないですよね…ww
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/18(木) 10:05:51.68 ID:TQQeP3T3o
もうアメイジンググレイスだわ
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/18(木) 16:51:34.75 ID:tfJzP0Kgo
これはグレイスがスピンオフで主人公になるパターン
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/06(火) 17:06:13.55 ID:qNprhNYSO
せっかくリアルタイムで出逢えたのに、止まってるし(T_T)

キャタピラさん、頑張って。
115 : ◆EhtsT9zeko [sage]:2016/09/07(水) 21:02:49.73 ID:3tbwXok1o
ほ、保守…!(ひん死)
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/07(水) 23:48:25.51 ID:7xs2/OBnO
がんばれ
生きるんだ
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/09(金) 18:45:10.98 ID:j/nvEkoSO
君は生き延びる事が出来るか?!



とりあえず、また「アヤレナ(マカレ)」を読み返してきます(^_^)
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/05(水) 12:33:13.08 ID:PdPZe0Uq0
保守(サバイバル中)
119 : ◆EhtsT9zeko [saga ]:2016/10/05(水) 19:59:36.60 ID:em4kvad4o




 それからしばらく経った頃、俺達は商店のカウンターの奥にあったリビングのような居住スペースにいた。

 商店が無事だったことにも驚きと喜びを感じる。

 おそらく、建物の奥に入ったこの部屋は、窓がないぶん、熱波や衝撃波から守られたのだろう。

 居住スペースにはソファーやテーブル、映らなくなったテレビなんかが、そのまま置かれていた。

 シンシアはあれからも俺達に怯えた状態でこちらの問いかけにも「ごめんなさい」を繰り返すだけ。

 グレイスが穏やかな声掛けを続けるとともに、商店内に散らばっていたお菓子なんかを食べさせようとしてもうまくはいかなかった。

 そこで、とにかく場所を変えた方がいいのでは、とグレイスの発案で、商店の奥まったこの部屋に来てみたところ、シンシアはようやく少し落ち着きを取り戻した。

 俺が手渡したチョコレートをほおばり、グレイスが見つけてきたミネラルウォーターに口を付けたシンシアは、ふぅ、とため息を吐いたあと、ポロポロと涙をこぼし始めた。

 それをグレイスと一緒になだめることしばらくで、シンシアはどうにか気持ちを整え直してくれた。

 「ねえ、いくつ?」

「私…今年で12…」

「そうなんだ。私の2つ下だね」

「皆さんはどこから…?」

「メルボルンから、歩いてきたんだ」

「メルボルンから?」

「そう。すごい距離だったんだから」

どうにか心を許してくれたらしいシンシアは、グレイスとそんな話題に花を咲かせている。

いや、これはグレイスの気遣いのなせる技、か。

 「そっか…メルボルンも、そんなことになっちゃってるんですね…」

「うん…たぶん、コロニーはシドニーかキャンベラの辺りに落ちたんだと思う…大勢死んじゃった…」

「…ここも…似たようなものだよ…」

グレイスとの会話に、シンシアがポツリとそう言った。

 もし話を聞くなら、このタイミングだろう。

「この街はどうなってるんだ…?昨日のあれは、逃げろってことだったんだろう?」

俺の問いかけに、シンシアは深くうつむいたあと、大きく深呼吸をして顔を上げた。

 「あの…私を、連れて行ってくれますか…?」

「連れて行く…?」

「はい…私の話を聞いて、私が逃げたいって言ったら、皆さんは私を連れて逃げてくれますか…?」

シンシアは、震える瞳で俺を見据えて言った。

 その眼には…恐怖と戦うための、か細い決意が宿っているように、俺には見えた。

 「途中で行き倒れになるかもしれないが、それでも良いんなら、な」

「あと、ヘビの丸焼きが主食になるかもしれないけど、それでも良いんなら」

俺の言葉に続いて、グレイスがそんなことを言って茶化す。

 シンシアはそれを冗談とでも思ったのか、クスっと笑みを浮かべて頷いた。

「行き倒れでも、ヘビを食べることになっても…ここにいるよりはマシです」

その言葉とともに、彼女が浮かべた笑みは鎮痛の中に消えていく。
120 : ◆EhtsT9zeko [saga ]:2016/10/05(水) 20:00:08.82 ID:em4kvad4o

 「…もともと、この街にはもう少したくさんの生き残りの人がいたんです」

 シンシアは、そう言って静かに語り始めた。

「コロニーが落着してすぐ…この街は大きな爆発に巻き込まれたみたいになって…
キャンプのある街の西側の一部と、それから北部のこの辺り以外は焼かれてしまいました。でも、それでもずいぶん多く生き残っている人たちがいたんです」

「その人たちは…ミスター・ヒューの言ったように、出て行ったのか?」

「はい、かなり早い段階で、街から非難した人たちはいました。生き残った、半分くらいの人達だと思います。みんな、西へ向かっていきました。残った人たちは、ここよりも被害が少なかった西側の街へ避難して、あのキャンプを作ったんですけど…

 実は、皆さんが使っている建物にも、住んでいる人がいたんです…兵隊さんくらいの歳の男の人も、たくさんいました…でも、でも…」

シンシアは、そういって震える体を両腕で抱きしめる。そして、強張った声を絞り出すようにして言った。

「でも…みんな…死んじゃいました…」

シンシアの言葉に、グレイスが息を飲む音が聞こえた。

 俺も、この街に着いてからアパートを観察していて、ある程度のことは想像していたが…まさか…

「ミスター・ヒューか?」

「はい…みんな、あの人達に…ボブ・ヒュー達に殺されたんです…!」

シンシアは一層体をこわばらせて言った。

カチカチと歯が触れ合う音が漏れも、震える体のガダガダという音すら聞こえてきそうだった。

 そんな様子を見て、グレイスがシンシアの肩をギュッと抱く。それでも俺は…何があったのかを、聞いておきたかった。

「…何があった…?」

「あの人達は…若い男の人達にたくさんの頼みごとをして、それが果たされないと、街の外へ連れ出して、銃で殺して…

 その死体を焼いてしまいました…東側には真っ黒になった人間の死体がたくさんあるのを知ってます。

 同じように焼かれたら、見分けがつかない…」

…その光景を、彼女は見ているのか…

「他の連中は、そんなことを黙って受け入れてたってのか?」

「…そ、そうするしかなかったんです。あのキャンプの食料も銃も、全部ヒューの持っていた倉庫に保管されていたもので…

 その他の食料も、誰かが管理したほうが良いってことになって、ヒューが引き受けることに…」

しかし、その直後、彼女はパッと顔を上げて俺に言った。

「言う事を聞くと…私みたいに、焼け残ったお店の残りを自由にする許可がもらえるんです…」

シンシアの表情は、まるで気が触れたように場違いな笑みに染まっていた。
121 : ◆EhtsT9zeko [saga ]:2016/10/05(水) 20:00:38.60 ID:em4kvad4o
「私も…勝手に食料を探そうとしたジェニーって子のことを報告したり…赤ちゃん用の粉ミルクを盗んだ人を見つけたり…

 夜に部屋に行って“相手”をすることもあるんですよ。そうすると、こうやって食べたいものを食べさせてもらえるんです」

その笑みが自嘲なのか、それとも自己防衛のためのものなのか、俺には分からなかった。ただ、その気味悪さだけが脳裏に擦る込まれる。

「私、今はみなさんのことを監視するように言われているんですよ。このお店も、そのおかげで好きにして良いって言われて」

シンシアは、嬉々とした表情にも見える奇妙な笑みでそう続けた。

「…俺達のことも、報告するか…?」

思わずそう聞いてしまった俺の言葉に、シンシアは表情をハッとさせてブンブンと首を横に振った。

「もう…イヤなんです…誰かを殺すの…」

一転して沈んだ様子を見せた彼女は、背中を丸めて先ほどとは違う理由で肩を震わせた。

 ヒタリ、ヒタリと、涙が床に零れる微かな音が、薄暗い室内に聞こえる。と、不意に体を起こした彼女は、俺の手に縋り付くように飛びついてきた。

「お願いします…私をここから助けてください…もう、こんなところにはいたくないです…行き倒れでも、ヘビを食べるんでも良いですから…お願いします…お願いします…」

シンシアは、俺の手を握って繰り返し、繰り返し、うわごとのようにそう呟き始める。

 しかし、俺はそんな彼女から視線を外して、グレイスを見つめていた。

 シンシアの肩を抱き寄せて撫でていた彼女は、俺の視線に気付いてこっちをジッと見つめ返し、僅かに首を傾げてみせた。

 そんなグレイスに俺は頷き返して、勤めて穏やかにシンシアに伝えた。

「分かった。逃げるときは必ず連れ出してやる。だから、この街についてもっと教えてくれないか?」
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