【艦これ】女提督「それはね」

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76 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 03:23:49.10 ID:5JwIXqGBo

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ艦内


伊艦推しD「海兵! 海軍の者は誰か居ないか!!」

海兵「お兄さん、どうかしたんですか」

伊艦推しD「一人拘束してもらいたい人物が、この艦内に居る」

海兵「お兄さん落ち着いて、どうしたの。誰かと喧嘩でもしましたか」

伊艦推しD「……これを見ろ」スッ

海兵「陸軍の、この認識桁まさか特務……!!!? 少尉殿、失礼しました!」

伊艦推しD「構わない。艦長に説明する。案内してくれ」

海兵「りょ、了解! こちらへどうぞ!」





夕方 千葉沖 駆逐艦カイヨウ 艦長室


軍令部総長「なに? ウネビに不審者? そんなもの適当にあしらっとけ。艦長判断で良いだろう。情報を上げてくるな」

「それが……発見者は陸軍特務機関の少尉で、その不審者の身体的特徴が元海軍の比屋定海月氏と一致しているそうです」

軍令部総長「はぁ? 大体、何故陸軍の特務が観艦式に参加している。その時点から……待て、何と言った、身体的特徴が誰と一致している」

「比屋定海月です。霊装魂計画の責任者だった人物になります」


軍令部総長(何故その名前が出てくる。死んでいるのだろう)

軍令部総長(……八雲、また何か企んでいるのか。俺の顔に泥を塗って引っ掻き回す気だな)


「いかが対処致しますか」

軍令部総長「海では駄目だ。確保するタイミングはオカに上がった瞬間とする」

軍令部総長「横須賀と連絡を取り、陸戦隊を1個中隊、いや、1個小隊を待機させておけ」

「はぁ、陸で、ですか。しかし、陸軍少尉殿からは大至急とのことですが」

軍令部総長「リエゾン如きが俺に指図するのか」

「りょ、了解! では艦内での確保は無し、現状待機という旨でよろしいでしょうか」

軍令部総長「ああ。陸軍の少尉ごときが何を言おうと適当にあしらっておけ。ウネビ艦長はこの命令を順守するように」
77 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/12(月) 03:33:28.31 ID:5JwIXqGBo

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ艦橋


「艦長、総長からの返信です。ご確認下さい」

艦長「……総長は何か勘違いされているようだ。嘆かわしい」

伊艦推しD「総長は何と」

艦長「現状維持です。確保は下艦時で充分との判断ですな」

伊艦推しD「馬鹿な! 何故後手に回る必要がある」

艦長「自分が居る場所で大事を起こしたくないのでしょう。小規模とはいえ観艦式だ」

伊艦推しD「政治的な判断だとでも言うつもりですか! 今すぐ確保するよう私が直接交渉します! もしくは参謀総長殿に連絡を取らせて下さい! 最悪、大本営からの命令ということで___」

艦長「陸軍少尉殿に勝手なことをされるなと私は下命されておりますし、その必要ありません」

伊艦推しD「……これが海軍のやり方ですか」

艦長「その発見した人物は、間違いなく比屋定海月氏なのですな」

伊艦推しD「私は一度見た人の顔は忘れない! そう訓練されている! 間違いない!」

艦長「……」

伊艦推しD「このような問答で時間を稼ぐのか! 恥を知れ!」

艦長「分かりました。貴方の言葉を信じましょう。艦長判断で確保に移ります」

伊艦推しD「はっ?」

艦長「比屋定氏の身体的な特徴と服装を教えて下さい。部下に伝えますので」

伊艦推しD「いや、えっと、その、よろしいのですか」

艦長「大本営越しに陸軍の意思を海軍内部に通す前例を作るわけには行きません。今なら私一人の首で事が落ち着きます」

伊艦推しD「……分かりました。艦長、その判断は決して無駄にはなりません。諜報部員として、確証を持ちお約束します」

艦長「君がこのフネに居てくれて良かった。助かります」

伊艦推しD「事態のいち早い収束に向けたご協力に、感謝します。軍人としての貴方の判断も、尊敬しています!」

艦長「そうかな。内ゲバでみっともないと思うけどね。というよりも、軍人や海軍どうこう、というのも実は建前で」

伊艦推しD「??」

艦長「私は八雲さんとその人を一刻も早く会わせてあげたいと思うんだ」ニッコリ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/12(月) 09:14:48.89 ID:l9+3ktXm0

さぁ、盛り上がってまいりました
しかし艦これSSで有能な陸軍ってのはあまり見ないな
大抵は暴走するイメージなんだがw
イタ艦のヴィットリオはヴィットリオヴェネトなのかリットリオの間違いなのかどっちなのだろう?
ビッグEはいつでるのかねぇ…
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/13(火) 09:31:59.42 ID:WzsI5sF7O
乙乙
面白くなってきたな
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/27(火) 23:55:43.52 ID:22zuknzCO
そろそろ来るかなほしゅ
81 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:49:14.76 ID:NBdSDHsho

夕方 千葉沖 駆逐艦ウネビ 後部デッキ


「は〜い皆さん! ドイツ艦のお二人が来てくれましたよ〜」

グラーフ「よろしくお願いする」

ビスマルク「よろしくね」


ウォォォォォ カワイイィィィィィィ ホンモノダァァァァ


ウネビの後部デッキには人だかりが出来ていた。

横須賀へと帰港する道中で行われる、観艦式最後のイベントである握手会の影響である。


「では、お一人様十秒ほどの短い時間にはなりますが、どうぞ艦娘さんたちに激励のお言葉をお願いします!」


言葉を合図に、整理役の海兵が列を開放した。

一般人が雪崩のように艦娘の前へ押し出される。


「うぉぉぉ! ビスマルクさん握手して下さい」

ビスマルク「今日は来てくれてありがとう」

「あああ、感激です!! この手は一生洗いません!」

ビスマルク「いや、洗ってね?」

海兵「はーい時間です。次の人」



「はじめまして私、神奈川県三浦市在住で、地元の名士をやっている加羅と申します。ずっと前からビスマルクさんのことが」

海兵「はーい時間でーす。次の人〜」グイグイ

「短っ!!」

ビスマルク「あ、あははは」
82 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:50:08.01 ID:NBdSDHsho

「こんにちは!」

ビスマルク「こんにちは、小さなフロイライン」

「握手して下さい!」

ビスマルク「ええ。勿論」

「ダンケ!」

ビスマルク「こちらこそ。ダンケ・シェーン」

海兵「お嬢ちゃん、もう良いのかい?」


オイキタネーゾ! アキラカニジュウビョウコエテルダロウガ! ジョジョジャネーンダゾ!


海兵A「はーい。外野は黙ってて下さいね〜。貴重な十秒ですから」


「どうしたら私も艦娘になれますか!」

ビスマルク「そうね、立派な女性になれば艦娘になれるわ」(適当)

「分かりました! 私もビスマルクさんみたいな女の人になります!」

ビスマルク「……ええ。一緒に世界の海を守りましょう」ニッコリ

「はい! ありがとうございました!」

海兵「お嬢ちゃん、そろそろ時間だから」

「うん! 海兵さんもありがとう!」

海兵「どういたしまして」


タイオウオカシイダロ!!! オレニビョウナカッタゾ!!


海兵A「はいはい。大人と子供は体感時間が違いますので、ご注意下さいね〜次の人〜」





「あ、あの、グラーフさん」

グラーフ「ん? どうした。早くしないと時間切れだぞ」

「サイン下さい!」

グラーフ「お安い御用だ。貸してみろ……ほら」

「ありがとうございます! 家宝にします!」

グラーフ「そうか。こちらこそありがとう」

海兵「はい次の人〜」
83 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:51:26.26 ID:NBdSDHsho

「ぐふぅ、グラーフ氏」ムワァ

グラーフ(小汚い男だ)

「おおお、おっ、おっぱ」 海兵「はい時間でーーーーす」グイグイグイグイ

「おおおおおおおお!!!!!!」

グラーフ(……オッパイと言いたかったのか? 一体その発言に何の意味が……)

海兵「ネクスト!」



「握手して下さい!」キャッキャッ

グラーフ「ああ。勿論だ。今日は来てくれてありがとう」

「いえ! そんな! あの、グラーフさんて、何かお化粧とかされてますか?」

グラーフ「ん? ああ、いつもはしてないんだが。今日は特別にメイクさんがやってくれた」

「えっ、凄い。いつもお化粧してないのにコレって! ズルい!」

グラーフ「そうか? 何もずるくは無いと思うのだが」

「えーだって〜」

グラーフ「自分のことは分からないが、君は充分綺麗じゃないか」

「…………」ポッ

グラーフ「?」

海兵「いやーイケメンですねー。時間でーす。次の方」
84 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:53:06.63 ID:NBdSDHsho

「フヒッ、フフフ!」

グラーフ「……」

「自分軍事の、その中でも西洋の軍事史を極めんと試みている者なのでござるが、やはり人間の感情に着目し得ない歴史というのは学問的観点から考えても」

海兵「はい時間でーす」

「ぐぐぐぐぐう!? よ、要するにですなぐら、ぐら、グラーフ・ツェッペリン殿はドイツ海軍を多く沈めたイギリス艦、その艦娘について」

海兵「だから時間だ……ですよ〜!!」


グラーフ「構わない。聞かせてくれ」


海兵「……」

「は、はひぃ! イギリス艦娘について憎いと思わないのでござろうか!」

グラーフ「かつては恐るべき敵でも今は味方だから頼もしく好ましい、などという分かりやすい答えが私は嫌いだ」

グラーフ「私はあいつらが憎いし嫌いだ。だが、命令があればその気持ちも忘れる」

グラーフ「そして全部が憎くて嫌いなわけでもない。好きなところもある。何故ならば今の我々は同じ人間であり、今の私には昔は見えなかったものも見えるからだ」

グラーフ「何もかも許したわけではないが、何もかも許さないわけでもない」

グラーフ「玉虫色だが、一つの真実だと思う。どちらかと言えば嫌いだが、ただ昔の因縁で問題を起こす、なんて気は私個人としては無い」

グラーフ「こんな感じだ」

「率直なご意見、ありがとうございます。仰るとおり、それもまた、真実なのでしょう。直接聞けて良かった」ウンウン

海兵「キャラが、変わった……?」

グラーフ「一つ覚えておけ。イギリスだけは絶対に信用するな。これは歴史の真実だ」

「ああ、今も信じてませんからそこは大丈夫です。今日はありがとうございました」

グラーフ「ああ。素晴らしい心構えだ。機会があればまた、いずれどこかで」

「はい。失礼します」

海兵「つ、次の人〜」
85 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:54:15.06 ID:NBdSDHsho

独ヲタA「……」フーフー

ビスマルク「……」

海兵「はい時間でー」 独ヲタA「いや!? 拙僧まだ呼吸しかしてござらんが!?」

海兵「チッ」

独ヲタA「舌打ち!?」

ビスマルク「貴方、ラインの護りを歌ってた人の隣に居たわよね」

独ヲタA「あ、は、はい! 居ました! 隣に居ました!」

ビスマルク「あの人に伝えて欲しいの。『今日はありがとう。勇気が出たって』」

独ヲタA「……」ポロポロ

ビスマルク「ど、どうしたの?」

独ヲタA「俺も……ビスマルクさんに、そんな言葉をかけられてみたかった」

ビスマルク「あ、確かに少し貴方を飛ばして話をしていたわね。ごめんなさい」

ビスマルク「でも、貴方が来てくれたからこそ伝えられるのよ。だから……今日は来てくれて本当にありがとう」

独ヲタA「うううううう」

ビスマルク「今度から歌うなんて無茶は真似しちゃ駄目よ。観艦式に来れなくなるなんて、寂しいことだもの」

独ヲタA「分かりました。わがりまじだぁ!」

海兵「ほら……面会時間は終わりだ。お前の独房へ戻れ」

独ヲタA「ばい゛! 看守ざん゛!!」

海兵「次の人」
86 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:56:56.68 ID:NBdSDHsho

「こんにちは売春婦さん」


ビスマルク「……は?」

海兵「」ピクッ


誰もが聞き間違えだと思った。

艦娘の目の前に立っている背の低い娘の口から、そのような言葉が出てくるはずがないと。

「あら、おかしかったかしら? 金で自分の身体を売る存在を、この世界では売春婦と呼ぶんじゃなくて?」

ビスマルク「……聞き間違えでは無かったようね」

「いえ、売春婦のほうが艦娘なんて賤業より健全ね。だって、艦娘よりは尊敬できるんですもの」

海兵「ちょっと、お嬢さんピギュッ」


列整理の海兵から出た奇声は自らの意志によるものではない。

殴り飛ばされ、壁にめり込んだことにより肺が潰れてそのような音が出たのだ。


ビスマルク「っ!!!」

「うるさいわねぇ。今話してるんだから邪魔しないでよ」

ビスマルク(今、この子が殴ったの……?)



グラーフ「ビスマルク、どう……!?」

隣の雰囲気は、諍いを起こしていると言うには度を超えていた。


グラーフ(それだけじゃない。保安要員が武装している)


並ぶ一般人の列の中に『艦への侵入者』を無力化するため用意された、近接武器を装備した海兵が数多く紛れていた。


海兵C「C班、対象を後部デッキにて確認、応援を求む」ボソボソ


ナンダナンダ ドウシタンダ ザワザワ ナニカアッタノ ガヤガヤ


グラーフ(……この子には何かある)


ビスマルク「艦娘として戦うことが賤業だと言いたいの」

「いいえ。戦うことは素晴らしいことよ」
「でも艦娘は戦うことをせず、他人を巻き込んで下らないものを押し付けているだけじゃない」

ビスマルク「取り消しなさい! それは単なる侮辱では済まされないわよ!」

「歌って踊って握手会。戦ってないじゃない」

ビスマルク「……」


「戦った経験なんて無いんでしょ」


戦った経験が無い。

実戦経験が無いことは、ない。

無いなんてことはない。

例え定期便のようにやって来る敵の偵察部隊だけだとしても、私たちは命懸けで戦っている。

昔の世代の艦娘たちに比べれば全く戦っていないように見えたとしても、戦い自体は存在する。
87 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 06:59:53.91 ID:NBdSDHsho

ビスマルク「あ、あるに決まってるじゃない!」

「今の艦娘がやっているのは戦いなんかじゃなく、おままごとと一緒」

ビスマルク「貴女ね、何様のつもりよ」

「元納税者様よ。その立場から艦娘は理想語るだけのケツの青いガキだって言ってんのよ」


受け入れたくない。違うのに、胸に刺さる。


「今の艦娘は自分が存在だけを消費する、無価値な存在だもの」


私は小さい頃から艦娘になりたかった。

候補者になれたのも、艦娘になったことも嬉しかった。

皆を守ることが出来ると思った。


ビスマルク「違う」


だが現実はどうだ。

演習と歌と、握手会ばかりじゃないか。私はこんな些細なことにすら緊張して。



「艦魂が見せてくれる戦艦の幻想はさぞ重荷でしょうね」ケラケラ



ビスマルク「違うっ!!! 私は命を賭して!!」


何かが頬を伝う。


「あ……っ。……自覚もあるみたいね」


ビスマルク「っ」



私は泣いてしまっていた。




グラーフ「小娘、言いたいことはそこまでか」


私の戦友、彼女は左手で優しく私を抱き寄せる。


グラーフ「確かに私たちの実戦経験は、先の代の艦娘から見れば劣ったものだろう」


「……」
88 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:02:45.00 ID:NBdSDHsho

グラーフ「だが単に情勢が変わったに過ぎない。何ら恥ずべきことではない」

「へぇ。開き直ってるわけ。自分の正しさを信じられているの?」

グラーフ「正しい。信じるに値する。この行いは秩序を守る行為だ。逆に私には貴様が、時代錯誤に無駄な血を求める狂者にしか見えないが」

「ふふふ。そう?」

グラーフ「ああ。価値観は、とても相容れないだろう。ならば話す価値もない」


伊艦推しD「間違いありません。あの女です」ボソボソ

艦長「……そうだ。あれは比屋定さんだ。写真で見たものと一致している」

伊艦推しD(一体どんな仕掛けなのやら)


「例え時代が変わろうとも、人として大切なことは変わらない」

グラーフ「そうだな。そこは同意だ」

「でもまぁ、私も話して分かり合う気なんて無いし」

ビスマルク「……」ポロポロ

「狂信者さんより、自分の誇りを信じきれてない愚か者の方が私は愛おしいかも」


艦長「貴女は比屋定海月さんですね」


艦長の声は、海兵による包囲が完成したことと同義だった。

いつの間にか一般人が押し下げられ、厳つい顔をした男たちによる囲いが生まれていた。


日の沈んだ暗い海。

甲板上の灯りが眩しいほどに、夜の帳が海を覆い尽くす。


「だったら何かしら」


艦長「ご同行下さい。私たちは貴女の味方です」


「私の味方はこの世に一人だけよ。海軍だって敵」


艦長「私も八雲さんの仲間です」


「……そう。艦長さん、八雲は今何してるの」


艦長「大湊で艦娘たちの提督をしています」


グラーフ(!!)


「あの子ならまだ残ってても不思議じゃないけど……ふっ、あは」
「あはは! 冗談でしょ? 霊素体の女が艦娘のお守りだなんて皮肉にもなりやしない」


ビスマルク(……霊素体?)


艦長「本当です。海軍は変わりました。比屋定さんに会えば八雲さんもきっと喜びます。どうか、お願いします」


「結構よ。今日は挨拶しに来ただけだから。八雲によろしくね」


艦長「っ!? 取り押さえろ!!」
89 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:04:55.36 ID:NBdSDHsho

結果として艦長の指示は無駄になった。


彼女は走り出し、海兵による包囲を力任せに突破すると瞬く間に甲板の手すりの上まで到達したからだ。

「な、なんだ! やめてくれ」

「おがあさぁぁぁぁん!!」

「夜の海は危険がいっぱい。日本海軍さんはこの場合、何を優先するのかしら」


右脇に小さな女の子を抱え、左手で成人男性の首根っこを抑えた彼女は口だけで笑う。


ビスマルク「あの子、さっき私と握手した……!」


「ほら、落ちるわよ」


ビスマルク「え」


小石でも投げるかのように、彼女は左手を振りかざす。

伸ばされた左手の指先は何も掴んでいなかった。


手すりのすぐ向こう側へ、暗く静かな夜の海へ吸い込まれるかのように男性は落ちていく。


「か……海中転落! 海中転落だ!!!」


一般人がパニックに陥るのと、海兵の一人が叫んだのはほぼ同時だった。


「落ちたぁぁぁ!  人が落ちたぞぉぉぉ!!」

「キャーッ!!! キャァアァァ!」

艦内へ逃げ込もうとする人の流れに、海兵たちは完全に飲まれてしまう。

海兵B「どいてください!! 皆さん落ち着いて!」

「逃げろ! 襲われるぞ! 助けてくれぇぇぇ」

独ヲタA「みんな! 落ち着けよ! 大丈夫だ!」

「おい、押すなよ! 落ちちまぁ……あっ」……ドボン

「う、うわぁぁぁ」

海兵C「こ、こちらでも海中転落っあああああ」ドボン


甲板後部デッキの混乱が極に達したタイミングを見計らい、彼女は女の子に喋りかける。


「手間をかけさせないでよね。……さ、行きましょうかお嬢ちゃん」


そして自らも甲板手すりの向こう側へ、海へと落ちていく。


ビスマルク「どきなさい! どきなさいってば!!」

グラーフ「これでは我々が動けない!」


艦娘の声すら今の一般人たちには届かない。


「艦長! 停止せねば転落者がスクリューに!」

艦長「……もう遅い。観閲部隊旗艦へ打電。緊急事態、海中転落発生、転落者は複数、推進器巻き込みの可能性あり。送れ」

横須賀へと帰港しようとする単縦陣の観閲部隊、そのほぼ中央に位置していたウネビで起こった混乱と事故は、全ての始まりに過ぎなかった。
90 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:09:14.22 ID:NBdSDHsho

夜 千葉沖 駆逐艦カイヨウ CIC


軍令部総長「何がどうなっている!」


怒りで顔を真っ赤にした男が入ってきた。


「詳細については現在交信を続けていますが、比屋定海月と思われる人物を確保しようとし、その過程で転落事故が起こったようです」


軍令部総長「そんなことは今は良い! 敵はどこにいる!」



『敵』



そう、敵が現れたのだ。


「第一管区の45-99、47-78、54-71から水上艦隊目掛け押し寄せています。速さから見て駆逐艦。総数で400を超えるものと思われます」

「同上海域において、警備部隊が交戦状態へ突入」


軍令部総長「戦況は」


「良くありません。突破されつつあります。警備部隊統括司令官より、総長殿に羅針盤起動の要請が入っています」

軍令部総長「起動無しで撃退できないのか」

「艦娘は20程です。押し留めるにも頭数が足りません。空母も夜間着艦は困難です」


相当な権限を委ねられた現場指揮官でもなければ、羅針盤の起動と停止は大本営もしくは軍令部のトップが管理している。


軍令部総長「……起動を許可する。後の戦闘は現場指揮官に任せるぞ」


軍令部のトップとして、彼には少しだけ逡巡があった。

日本近海は安全な海であるという最早誰しもが持ちえる常識。

起動すればソレが揺らぐ。

だが、これ以上民間人及び海軍軍人の犠牲を出すわけにはいかない。


常識が揺らぐ以上に、海軍に傷を残すわけにはいかないのだ。


ここで羅針盤について少し説明しておこう。

羅針盤と呼ばれる妖精の産物は、艦娘と組み合わせ運用することにより効果を発揮する。

要は艦娘と深海棲艦による陣地取りゲームを行うための舞台装置と考えてもらってよい。

起動することによりだだっ広い海域をボードゲームの盤面のように区切り、彼女たちはマスを取り合う。

だだっぴろい海を狭くすることで恩恵を被るのは深海棲艦ではなく艦娘である。

羅針盤によって制限されて困るのは数の多い深海棲艦の方なのだから。


軍令部総長「何が起こっているんだ」


呟くように吐き出されたその疑問に答える者は誰も居なかった。
91 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:11:11.71 ID:NBdSDHsho

夜 千葉沖 交戦海域 


戦闘機動で不自然に波立つ海面、波音をかき消す砲音、踊る女たち。


雲龍「……」


『空母による夜間戦闘は望ましくない』

海軍教本にもあるように、彼女は現状戦力外となる。

頭数の少ない艦娘による迎撃、戦況は芳しくなかった。


八雲「雲龍、聞こえてるかい」

雲龍「提督! ご無事ですか」

八雲「総長殿から羅針盤起動の許可が降りた。護衛部隊を正規戦闘用に振り分けな」

雲龍「そのことは統括司令官から既に」

八雲「上々。現場まで混乱して無くて良かったよ。ならアンタも艦載機を出しな」

雲龍「ですが、夜間ですので」

八雲「ここは遠洋じゃない。常識に囚われるんじゃないよ」

雲龍「! 可能なのですか」

八雲「ああ。館山でも何でも使えるものは使う。基地の着陸許可なんて気にしなくていい」

雲龍「ありがとうございます。他の空母にも伝えます」

八雲「絶対に帰ってくること。命令だよ。……武運を」

雲龍「はい!」
92 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:14:10.29 ID:NBdSDHsho

朝 横須賀鎮守府 長官室 +13日


観艦式の騒動が収束して半日、手狭な長官室には四人の男たちが集まっていた。

寝ずの夜を過ごしたそれぞれの目の下には黒く大きな隈があったが、眠気は顔に出ていない。


軍令部総長「内閣へ提出する草案は?」

海軍次官「ゴホン。はい。多くの混乱がありましたが、一般人及び海軍内での死亡者はゼロ。ですので、羅針盤起動と国民混乱の責任を取り、観艦式を自粛する流れに持っていきたいと考えています」

海軍大臣「やーやー。少し軽すぎやしないかい。総理に会見で平謝りさせたのに、それじゃ駄目でしょう」

横鎮長官「ウネビの艦長は当然として、この場の誰かの首が飛ぶことになるのかなぁ」

軍令部総長「……」


トップが問題の責任を取るとはそういうことだ。……馬鹿らしい。何故俺がこんな些事で。


海軍次官「辞職の件ですが、陸軍からの援護射撃がありました。『不測の事態を予測していなかった責任は官民両者にあるのではないか』と」

横鎮長官「ほう。ウチが言うと責任逃れに聞こえるけど陸さんが言うと説得力が違うね」

海軍大臣「うんうん。報告は受けているよ。でも、それに甘えちゃ借りを作ることになる」

軍令部総長「いや、今回は甘えよう。観艦式は軍政、軍令どちらにも関わる事態だ。両者が責任を取るとなれば相応の痛みを伴う。現状では避けたい」

海軍大臣「おやおや、君にしては随分と腰が引けてるじゃないか」

軍令部総長「率直に言うなら、俺はこの地位にしがみつきたい。この有事に、俺以上に有能な総長は望み得ない。客観的な判断だろう?」

横鎮長官「あー、なんともまぁ、大胆というか」

海軍次官「ゴホン。艦母会は総長の更迭を求めていますが」

軍令部総長「意味不明な上に生っちょろい。願うだけなら市井でも出来る。俺を変えたきゃピストルでも持って来いと伝えておけ」

海軍次官「ゴホン。分かりました」
93 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:17:14.34 ID:NBdSDHsho

海軍大臣「ではでは、次官君に海軍声明の草案は任せるとして。何が起こったかを話しましょう」

軍令部総長「責任のやり場を優先して、原因と事態の把握を後回しとはなんとも」

海軍大臣「平時とはこういうものだと思うよ」

軍令部総長「今は戦時だろう」

海軍大臣「感覚が麻痺するほど長い戦時など、平時だよ。もっと言うと、昨日から我々は新たな戦時に突入したのかもしれないね」

軍令部総長「……」


九十九里の観艦式で起こった一連の騒動は世間を賑わせていた。

情報統制を徹底する前に、騒動は深海棲艦との開戦時とは比較できないほど発展した各種SNSを通じたネット上でパンデミックを起こしていた。


・日本の近くに深海棲艦が出たらしい。

・横須賀では陸戦隊1個連隊が臨戦態勢で待機している。

・海中転落で本当は死亡者が出ているのに海軍はその事実を隠蔽している。

・本当は艦娘に戦死者が出たらしい。隠蔽している。

・海軍大臣と総理は何故観艦式に出席していなかったのか、襲撃は予測できていたのではないか。ユダヤの陰謀だ。

・襲撃を何故察知できなかったのか、日本の守りは万全ではなかったのか。



騒動に関して真実が1%、虚実が99%。大元が間違っているのだから正しい判断など出来ようもない。


そこに溢れているのは無力な人間が持ちうる、不満と、疑念と、恐怖だ。


本来ならば一人の感情や内面でしかない筈のモノが、電子の海に放たれる。

黒色をした情報は希釈されること無く、他の者が持つ偏見という名のフィルターに通され濃度を増す。

希望よりも絶望がよく馴染む海。現実と同じだな。

賢く泳いでいるつもりがいつの間にか溺れているマヌケ共め。

そもそも、ネットは自分が欲しい情報しか与えてくれないのだ。

集合知による善意の場などではなく相互監視装置でしかない。

だからこそ軍は……もういい。馬鹿に馬鹿と言っても仕方がない。


俺はたった一つの事実だけ見つめれば良い。

国民の手に再び近づきつつあった平穏な海。

そいつはやはり夢だった、という事実を。
94 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:25:35.20 ID:NBdSDHsho

海軍大臣「まずは諸悪の根源である……比屋定さんの存在の確認と、その正体だ」


ウネビで何が起こったかをこの部屋のメンバーは把握していた。だからこそ、気になる。


横鎮長官「あー。正体も何も。写真と動画で確認したけど、間違いなく比屋定さんだったよ」

軍令部総長「顔を似せているに違いない。本人なわけがない。四十年前の亡霊とでも言うつもりか」

海軍次官「ゴホン、私も総長に同意です。有りえません」

横鎮長官「あー、いや〜本人の可能性もあるよ」

軍令部総長「老化しない人間が居るわけ無いだろう」


海軍大臣「えーえー……本当に最悪の想定だが、比屋定さんが八雲さんと同じ状態ならどうかな」


自分の体温が下がるのと、部屋の空気が凍りついたのが分かった。


比屋定海月を名乗る存在が持つかもしれない不老の肉体。


救出された少女、現場に残った証拠。


逃亡と駆逐艦による攻撃のタイミング。


両者は何らかの形で手を結んでいる?


まさか、それは無い。


…………いや違うだろう。お前が無いと信じ込みたいだけだ。


残った証拠から、どう考えても自称比屋定海月は霊素体であるかもしれず、深海棲艦と協力関係にある可能性は非常に高い。


軍人たるもの最悪を想定して動け。



軍令部総長「海軍省や外局に存在する、凍結された霊装魂計画に関する資料を全部持って……いや、俺が省まで出向く。用意してくれ」

海軍次官「……了解しました。連絡しておきます」

海軍大臣「やっぱり……やっぱりその結論に行き着いちゃうよねぇ。僕も海軍省に戻る」

軍令部総長「軍令部の部長、課長クラスも事情を話し同席させるぞ」

海軍大臣「うんうん。問題ないよ。広い部屋を用意させよう」

横鎮長官「あー、自分も同席したいが駄目かね」

軍令部総長「横鎮長官殿、残った深海棲艦対策……いや第一管区の海を頼みたい」

横鎮長官「あー……了解した」


軍令部総長「敵が霊装を使う深海棲艦の群れであった場合、艦隊保全を優先するように」

95 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:33:48.71 ID:NBdSDHsho

昼 横須賀基地 将官用の割り当て部屋


女はただ物憂げな表情で天井を見つめていた。

いつもの起床時間をとうに過ぎているのに、布団から出る気も起きない。

寝る前はいつも通り気丈に振る舞えたのに、今は何かスイッチが切れてしまったかのように身体が動かない。

枕元に置いていた携帯は、私を心配する年下の男どもからの着信でうるさいため昨日から電源を落としてある。

何人か扉を叩く者が居た。それも全部無視した。

私の意識と興味関心は、まだ観艦式での出来事にあったから。




「比屋定さん」



ミヅキさん。いいや、あれはクラゲちゃんか?


何故生きている。何故あの時と同じ姿をしている。…………嫌だ。考えたくない。



「……なんで今さら出てくるんだよ」



私は確かに呟いた。



口から飛び出してきた言葉は、自分自身にとっても意外なものだった。

私はこの何十年、比屋定海月という存在を追い求め続けていたのに、何故私は困っている?


『比屋定さんの死の謎を明らかにする』


それは私にとって大切な仲間である比屋定さんとの絆のために。

比屋定さんと、自分自身の誇りのために。

比屋定さんと私が居た、私が大好きな海軍という組織における、私が信じ守るべき秩序のために。
96 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:39:56.95 ID:NBdSDHsho

「ああ……だからか」


いつの間にかすり替わっていたのだろう。目的が手段に変わるように。私の心は変わってしまっていた。


「私はアレだけアンタの名前を口にしてたのに、存在を忘れかけてたんだ。自分ばっかり見つめてアンタの名前に縋って生きて」


熱いものが頬を伝う。


お前は何様だ。何故一人だけ無様に生きながらえた。何のために、私は何のために……?



『好きよ、八雲』



脳裏をよぎる彼女の優しい表情と言葉。


ごめんなさい、と。私は子供のように何度も呻く。


苦しみながら言葉を吐き出し、また飲み込み、吐き出す。



誰にも届かない自分の気持ちが今はただ苦しい。
97 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 07:41:11.38 ID:NBdSDHsho

小休止
98 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:28:45.01 ID:NBdSDHsho

昼 横須賀鎮守府 ドイツ艦娘用控室


雲龍「駄目。提督はどこにも居ない」

グラーフ「……何をしているんだこんな大事なときに」

ビスマルク「……」


グラーフ「比屋定について聞きたいことが山ほどある」


ネットでパンデミックを起こしたのは国民の黒い感情だけではない。


『比屋定海月』


この名前は日本サーバーのデイリー検索ワードランキングで1位をとっている。

まだ日付を跨いで半日も経っていないというのに。

仮に昨日の夜から集計しているとしても異常なペースだ。


グラーフ「……」


手元のスマホに視線を落とし、自分でも検索してみる。

関連ワードとして『霊素』『自殺』が出てきた。一先ず上から順に読んでいくことにした。

Wikipediaを開く。

ふむ。どうやら彼女は新元素を発見した科学者であることは間違い無いらしい。

そして発見された新元素『霊素』に関して日本における第一人者であり、その手腕を買われ様々な方面から誘わるも海軍の艦政本部からの誘い以外すべて断った、あ、要出典とある。

艦政本部においては造船を担当する第四部に配属され、特ヒト課(特1課)と呼ばれる対深海棲艦兵器の開発にプロジェクトリーダーとして参加する、ここも要出典。


グラーフ「これはもしや霊装魂計画を指しているのか……?」
99 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:30:26.62 ID:NBdSDHsho

艦娘に関するゴシップあるいは都市伝説のようなものかもしれない。

歯切れの悪い言葉になるのは、ソレらが噂の域を出ない代物だからだ。

現在のような艦娘による迎撃システムが構築されてない時代、つまり約40年前には……新たな敵に備えるための様々なアイディアが試されていた。

アメリカで核兵器開発に関わったマンハッタン計画のように、艦娘開発に関しては、大きく分けて3つのプランが日本には存在したと言われている。

・自律機動戦闘艦計画

・艦娘計画

・霊装魂計画

見て分かる通り、艦娘計画が発展したものが現行の迎撃システムに採用された訳だが、残り2つに関しては、私の主観で言わせてもらえば……端的に言うと狂っていた。


ナノマシンで構成された疑似生命に人格を与え人間の代わりに戦わせる自律機動戦闘艦計画

多くの適合者が見込めるが、使うたび装着者の命を削る霊装魂計画


特に後者に関しては実験段階で多くの死者や廃人を出す苛烈なものであった、と言われている。


本当に、このような正気の沙汰とは思えない計画なぞ存在自体がおぞましい。

だが当時の人々の心境を考えればまたやむ無し、なのかもしれない。

……ま、単なる噂なのだが。


グラーフ「記事の続きを読むか」


横道に逸れてしまっていた。私の悪い癖だ。
100 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:31:17.17 ID:NBdSDHsho

グラーフ「む? 入水自殺?」


出典として示された数字をタップしリンクへ飛ぶ。更にリンクをタップすると神奈川地方紙の記事へと飛んだ。



6日未明、神奈川県横須賀市の海岸において、入水自殺。「不甲斐ない私を許して下さい」

6日午前3時50分ごろ、横須賀市郊外にある海岸近くの住民から「女性が入水自殺している」との通報があった。
警察と海保が駆けつけ海中捜索も行われたが、現場付近は海流が複雑に入り乱れる海域であり、未だ発見には至っていない。
海岸近くに停められた車には、遺品、遺書と思われるものが多数残されており、そこから行方不明者の身元は比屋定海月(ひやじょう みづき)氏(33歳)であると確認され、動機などについて警察が調べを進めている。

氏は日本海軍艦政本部に勤務する研究員であり、三日前から無断欠勤が続いていた。
また、時折同僚らに「死にたい」と漏らすこともあったという。
遺書には「計画は失敗しました。不甲斐ない私を許して下さい」等と書かれていた。
氏は研究チームの主任を務め、日々この重責に耐えていたのではないか、と関係者は語っている。
自殺について海軍報道官は「自殺を事前に防げず誠に遺憾である。事実関係を明らかにし、問題点を探った後、再発防止に努めたい」とコメントしている。
101 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:32:22.93 ID:NBdSDHsho

グラーフ「おかしな記事だ」


目撃者が彼女を発見した時間帯が怪しい。

というより文章全体から胡散臭さが伝わってくる。


グラーフ「自殺に関する記事とはこのようなものなのか?」


普段自殺した人間の記事にはあまり詳細に目を通さないため、よく分からないが。


後半はどことなく『この女は死んだんだぞ』と思わせたがっているようにも見える。


Wikipediaは自殺記事で終わっており、検索結果へとバックした。

後はSNSのまとめ記事ばかりが引っかかった。
102 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:34:06.69 ID:NBdSDHsho

某匿名掲示板のまとめ記事。アクセス数を稼ぎたいだけあって、見やすい作りになっている。

そこには比屋定海月に関する過去の記事にある顔写真と、ウネビで撮られた女の写真が並べられていた。


グラーフ「やはり似ている」


過去の記事の顔写真は彼女が20代だった頃のものだが、素人目に見てもウネビの写真とほとんど一致していた。

単なる童顔の可能性……は絶対にない。彼女が元から幼い顔つきをしていたとしても、40年経って同じである訳がない。


グラーフ「……」クイクイ


下にスクロールすると、掲示板の住人による書き込みが続いていた。


「顔が違う。解散」

「どう見ても同じだろw」

「深海棲艦が化けてるんじゃね?」

「艤装の無い深海棲艦なんて雑魚だろ」


中には色文字になっているものもあった。


「比屋定研究員の死亡記事は嘘。秘密裏に研究は進んでいて、観艦式のタイミングで彼女は裏切った。加齢が外見に出てないのはナノマシンの影響。技術流出で敵の攻勢が始まる。」


グラーフ「ふむ」


それらしい意見だ。ナノマシン体であれば顔が変わっていないことも説明できる。


グラーフ「だが信じるには値しない」ンフー
103 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:42:15.24 ID:NBdSDHsho

雲龍「グラーフさん、さっきから一人で何を……?」

ビスマルク「……」

グラーフ「少し調べ物をな。そうだな。お前の話も聞かせてくれないか」

雲龍「なんについて?」

グラーフ「今回の騒動について。私たちは外国艦、日本海軍が情報流出を恐れて蚊帳の外にある」


小部屋に閉じ込められるような形で待機を命じられているのが、証左だ。


グラーフ「別に漏らすわけではない。知れる限りのことを私は知りたい」

雲龍「分かった。でも、私も大したことは知らないわ」

グラーフ「構わない。今は少しでも情報が欲しい」


雲龍が語ったのは羅針盤が起動した後の自分の動きだった。

護衛部隊の艦娘は錯綜する情報の中にあったこと。

指揮官の指示の下、先の見えない戦闘を開始したこと。


雲龍「あれは我武者羅な攻勢じゃ無かった。時間稼ぎや、陽動の類の動きだった……と思う」


彼女の話はすぐに終わった。

最後は『と思う』か。仕方ないだろうな。断言できる筈もない。


グラーフ「そうか」


雲龍「私が知っているのはここまで。後は知っての通り殲滅戦に近いものだったから」


グラーフ「観閲部隊の各艦で握手会をしていた艦娘が補給を済ませ合流したのか」


合流してからの展開は一方的だった。敵は羅針盤上に構成された艦娘による防御線を突破出来ず撤退。艦娘の被害は存在しなかった。と聞いている。



雲龍「ええ。貴女たちは救助に当たっていたと聞いたけど」


グラーフ「ああ。まぁすぐ終わったわけだが」


こちらも歯切れの悪い答えを雲龍に返す。


ビスマルク「……スクリューに巻き込まれて当然の落ち方だった」



おいおいビスマルクよ。今日の第一声はそれか?



グラーフ「だがそうだな。言う通りだ。逆に、巻き込まれていなかったの不思議でならない」



要救助者はすぐに見つかった。誰一人、死ぬこと無く、見つかったのだ。
104 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:45:50.69 ID:NBdSDHsho

海上艦のスクリューは殺人的な質量と回転数を誇る。

艦の前方で落ちたのなら波は外側へ向く。だが、後方であれば。


グラーフ「巻き込まれていなければおかしい。ましてや後部デッキの側面からだぞ」

雲龍「そうね。大規模な戦闘と混乱があったにも関わらず、一人も死んでないなんて」


助かったのが許せないとか、死ぬべきだったと言う気は勿論無い。全員助かって良かった。だが、


グラーフ「作為的と言わざるをえない」


ビスマルク「……」

雲龍「誰の作為?」


グラーフ「分からん。だが、誰かの作為だ」キリッ


ビスマルク「……呆れた。グラーフって意外と頭悪いのね。さっきも2chまとめ見ながらニヤニヤしてたし」

グラーフ「なっ!? ……ならお前には分かるのか」

ビスマルク「比屋定以外に誰が居るのよ」

雲龍「ですよねぇ」

グラーフ「……私は比屋定の後ろにいる存在も含めて考えてだな」ブツブツ

ビスマルク「言ってたじゃない。味方は世界で一人だけって。それも私たちの提督の可能性が高い」


グラーフ「お前、意外と聞いていたんだな。泣いてたのに」


雲龍「え、ビスマルクさんは泣いてたんですか?」

ビスマルク「い、いいえ。ちょっと心を折られて挫けただけよ。泣いてないわ」

グラーフ「反論内容だったほうがみっともない気もするが」

ビスマルク「うるさいわね。ほっぺた舐めるわよ」

グラーフ「なぁ雲龍、コイツ……壊れたか?」

雲龍「ふふっ。元気になられて安心しました」

グラーフ「え、えぇ……?」
105 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:53:39.36 ID:NBdSDHsho

ビスマルク「比屋定の私たちへの突っかかり方、どこかで見覚えがない?」

雲龍「もしかして」

グラーフ「風呂場での提督、か」

ビスマルク「そうよ。自分が気に食わないからって言いがかりでねじ伏せようとする姿。そっくりでしょ」

グラーフ「……ビスマルク大丈夫か?」


ビスマルク「大体ね、何で私があんなクソガキに心を折られなきゃならないのよ」


雲龍「さぁ……?」

ビスマルク「雲龍、あなたは比屋定に興味は無いの」

雲龍「私ですか。私は……直接会ってお話がしてみたいです」

ビスマルク「グラーフは?」

グラーフ「色々と聞きたいことがある」


ビスマルク「では大湊に招集されて以来、私たちは今初めて本当の意味で団結しようとしているわ」


雲龍「?」

グラーフ「そうか。良かったな」

ビスマルク「良かったな……ってね。もっと喜びなさいよ」

グラーフ「何故喜ぶ必要がある」

ビスマルク「同じ目的に向かって進もうとする仲間が二人も居るのは喜ばしいことだからよ」

雲龍「なるほど。確かにそうかもしれません」

グラーフ「日本のワビサビは分からんからドイツ語で頼む」

ビスマルク「Fest steht und treu die Wacht, die Wacht am Rhein!」

グラーフ「……勢いでなんとなく察しはついた。なるほど、喜ばしいことだ」クス

ビスマルク「Gut!」

雲龍「私たち三人でラインを護りましょう」

グラーフ「私は別にいいが、雲龍よ、お前はそれでいいのか」

雲龍「何か問題でも?」

ビスマルク「良いわよ。フランス艦が憤死するなんて、大した問題じゃないわ」

グラーフ「はいはい。で、我々ラインの護り三人組はまず手始めに何をする」

ビスマルク「観艦式で起こったことの情報収集! まずは私たちの提督を当たりましょう」

雲龍「了解」

グラーフ「うん。妥当だな。了解だ」
106 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 10:54:55.66 ID:NBdSDHsho

小休止
107 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/09/28(水) 11:02:08.37 ID:NBdSDHsho
男巡って言い争いしない三人組、初めて書いたかも。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/28(水) 13:29:19.77 ID:lkNv1Nwt0
>>107
草生える
日向に鶴姉妹…時雨もか
今作もキャラ立ってていいな
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/28(水) 19:06:39.35 ID:qO3NB/0tO
待ってた乙乙
確かに前は諍いが絶えなかったなww
この3人意外とかみ合ってて良いな
110 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/10/01(土) 11:55:17.50 ID:sqkS6+yQo

↓1 コンマ判定 奇数偶数
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/01(土) 13:53:37.79 ID:AJS3hT5S0
おお、安価レスはじめてリアルアイムで見たわ
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/19(水) 17:55:52.38 ID:HZ1UXbBC0
そろそろかな
まだ保守はいらんけど待ち遠しいわ
113 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:30:49.87 ID:u1AXXBNco

寝るつもりは無かったのに、いつの間にか夢を見ているのに気づいた。

懐かしくも寂しい日々。

彼女と出会った記憶。
114 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:31:54.31 ID:u1AXXBNco

刑事「八雲、お前なぁいい加減カタギに戻れ」

八雲「んだオッサン、私がカタギじゃねぇみたいじゃないか」

刑事「高校と暴走族の掛け持ちなんてカタギから片足抜け出してんだよ」

八雲「チッ」

刑事「他の奴らとお前は違う」

八雲「あぁ?」

刑事「目が違う。毎日毎日、楽しくないだろ。最近は走るのもツルむのも妙につまらない」

八雲「……」

刑事「速さのスリルは満足には繋がらねぇよ。んなもんただの暇潰し、最後はガードレールと心中だ」

八雲「だったとして、じゃあ私は何をすれば良いってんだ」

刑事「お前大学なんて行かないだろ。仕事を探してみるのなんて面白く無いか。一生かける価値のある奴をな」

八雲「そんなモンあるかよ」

刑事「俺はこの仕事に誇りを持ってるし、命かけてるぞ。お前の場合なら、そうだな、パイロットなんてどうだ?」

八雲「パイロットぉ?」

刑事「戦闘機パイロットは良いぞ。二輪なんて比べ物にならない程速いし、何より男のロマンだ」

八雲「私は女だ」


先なんて考えたこともなかった。

未来においても、この怠惰で生ぬるい時間が永遠に続いていくように思っていた。


刑事「今回は単車も返してやる。もう来るなよ」

八雲「死ねオッサン」

刑事「パイロットだぞ。忘れるなよ」


……仕事、か。

115 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:33:07.10 ID:u1AXXBNco
教師「ん、八雲くんじゃないか。高校に来るなんて珍しいな」

八雲「なぁ担任のセンコー、軍隊に入るにはどうすりゃいい」

教師「センコー呼ばわりはやめたまえ! 駅前の地方協力本部に行けば、詳しく話が聞けるだろう。パンフなら職員室前にあったはずだ」

八雲「へー、ありがとよ」

教師「待ちたまえ八雲くん。君は軍隊で何をしたいのかね」

八雲「金貰いながら合法的に人をぶっ殺したい」

教師「ははは。先生嬉しくて涙が出てきたぞ」

八雲「どうでも良いだろ。もう話しかけんな」

教師「ちなみに私のオススメは海軍だ」

八雲「私は空軍に入ってパイロットになるんだよ。海軍は関係ねぇ」

教師「……日本に空軍は無いぞ」

八雲「は!? そうなのか!?」




八雲「〜〜ま、てなわけで、いっちょパイロットのなり方でも調べてやろうかなと思ったまでよ」

教師「そうか、刑事さんにパイロットを勧められたか……え? 君警察のお世話になってんの?」

八雲「まーちょっと、考えてやろうかと思ったまでよ」

教師「ふむ。しかし君はスケバンなのに意外と素直なんだな」

八雲「な、舐めてんじゃねぇぞ! 素直とかじゃねぇし!」

教師「ははは。うんうん。分かった分かった」

八雲「……陸軍と海軍ってどっちが良いんだ」

教師「八雲くん、僕の爺さんに会ってみないかい?」

八雲「質問に質問で返すんじゃねぇ。なんでいきなりテメェのジジイに会わなきゃいけねーんだ」

教師「は、はい。陸軍のお偉いさんだったので、話を聞いてはどうかなと」

八雲「へぇ、そいつは少し面白そうだ」


八雲(軍人てのがどんな人種か、見定めてやろうじゃねーの)

116 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:34:05.40 ID:u1AXXBNco

爺「君が八雲君か。孫から話は聞いておる」


目の前に居たのは、軍人という初めて見るタイプの大人だった。


八雲「どうも。爺さん、陸軍と海軍は入るならどっちが良い」

爺「なにゆえ軍隊に入りたがる」


平坦な一言一言が、重く響く。怖かった。

出来ることなら今すぐにでもこの場から逃げたかった。


八雲「パイロットってのが面白そうだからな」


だからこそ、私は逃げるわけには行かなかった。


爺「娘っ子がパイロット志望か。時代は変わる」ケラケラ

八雲「昔は男だけだったのか」

爺「ああ。空は女には贅沢だ、実に惜しい」

八雲「寝言はアメリカに勝ってから言えや。で、どっちが良いんだ」

爺「陸軍が良いだろう」

八雲「根拠は」

爺「君は馬鹿だが元気だから陸の兵卒くらいにはなれる」

八雲「よしかいぐんだな」

爺「かっかっか。航空機の定数としては陸軍のほうが上だ」

八雲「なりやすいってことか」

爺「まぁ、そうなる」

八雲「なら爺さん、陸軍ってのはどんな組織なんだ。ウゼエとこは私は嫌いだ」

爺「ウゼェ……かどうかは知らんが、話してやろう。だが長い話になるぞ」

八雲「面白けりゃ別に聞くさ」
117 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:35:22.76 ID:u1AXXBNco

〜〜〜〜〜〜

爺「そして石原莞爾の画策により陸軍大臣任命は流れ、宇垣さんによる内閣は組閣を断念せざるを得なく――」

八雲「爺さん、もう良い。もう分かった。アンタ、話は上手い、けど……長い!」

爺「何が分かった小娘。もうすぐ盧溝橋事件だぞ」

八雲「さっきから茶番ばっかりじゃないか。しかも、大体陸軍が悪い」


爺「そうだな。切っ掛けは関東軍だが」

八雲「石原莞爾も、宇垣内閣の中で頑張れば良かっただろ。目先の利害は一致してた」

爺「神の視点じゃ。当時は無理だった……石原本人も後にお前と同じように回顧している」

八雲「なんだそれ。さっきからすれ違いばかりで、もどかしいったら無いよ」

爺「ああ、本当にもどかしいなぁ」

八雲「しかも最後はボロ負けするんだろ? ろくでもない物語だ」

爺「……お前の目の前に居るのは、その物語の登場人物だぞ」

八雲「あ……。あぁー!? だから、何だってんだよ。もっと讃えろってか」

爺「すまんな小娘。儂たちは仲間同士ですら分かり合うことが出来ず、誰の目にも惨めに負けた」

八雲「……いきなり謝るなよ。どう考えてもアンタだけが悪いんじゃないだろ」

爺「しおらしくなるな。調子が出ん」ケラケラ

八雲「じ、爺? そろそろ潰すぞ?」ビキビキ

爺「自分だけが悪いのではない、誰もがそう思い生きて死んで行っただろう」

爺「だが本当にそうなのかの。時折、ただの言い訳のように思えてならない」

爺「本気で動けば、儂が繋ぐ役目を担えたのではないか。今はそう思ってしまうんじゃ」

八雲「……」

爺「いや、もう言うまいよ。済んだことだ」

八雲「自分の中で完結してるなら話すんじゃねーよ」

爺「若いな。人の思考に完結など無い。ん、これ儂良いこと言ったの? 今のぉ?」

八雲「は? 終わりは何でもあるだろうが」

爺「考える事に関しては、終わらせているだけだ」
118 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:35:56.47 ID:u1AXXBNco

爺「軍隊は分かりやすいぞ。階級が上か、下か、同じか。そして人の織りなす組織だ」

八雲「……」

爺「小娘、入るなら陸軍はやめておけ。海軍にしろ」

八雲「手のひら返しかよ。何でだよ」

爺「平等参画を謳おうと、未だ陸は男の世界だ。海なら少しは開明的と聞く」

八雲「……分かった。ありがとよ」

爺「お前を気に入った。また話を聞きに来い」

八雲「死んどけ爺。またな!」
119 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:37:00.56 ID:u1AXXBNco

教師「八雲君、聞いたよ。祖父が随分と君のこと気に入ってたみたいでね」

八雲「おいセンコー。……あんな怖い爺さんだなんて聞いてないぞ」

教師「敢えて教えなかった」

八雲「試したのか」

教師「うん。あの程度でビビって喋れなくなるタマなら、軍人なんてならないほうが良い」


男はいつもとは違う、教師らしからぬ汚い言葉を平然と言い切った。素はガラが悪いのだろう。


八雲「……テメェ」

教師「軍は人の組織だ。中に入るのもまた人なり、だよ。今回、君なら大丈夫だと分かって僕も安心した」

八雲「面白いじゃねぇか。ちょっとは見直したぜ。学校のセンコーなんて下らない奴ばっかりだと思ってた」

教師「君に下らないものしか見えてなかったのと違うか?」

八雲「ケッ。お前、生意気なんだよ」

教師「さて、どうする。パイロットになるには、大学出てからのコースと、高校から――」

八雲「海軍の兵学校とやらへ行く」

教師「本気かい? パイロットは?」

八雲「色々調べたが、パイロットなんてやめだ。私は将軍になる。歴史を動かす女になるんだ」フフン

教師「海軍の場合は将軍じゃなくて提督なんだけど」

八雲「……細かいことをネチネチと。それでもあの爺さんの孫かよ!」

教師「まぁ分かった。僕も応援するから、頑張ろう。海軍女性士官てのは良い。ロマンがある」

八雲「またロマンかよ。今度は誰にとってのロマンだよ」

教師「僕だ!」

八雲「自分勝手な男ばっかだな、おい」
120 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:38:53.20 ID:u1AXXBNco

八雲「おーガキども、帰ったぜ」

「八雲おかえりー」

「おかえりー」

「おみなげなに?  おみなげ!」

「おみやげ、ね」

八雲「今日の『おみなげ』はな……じゃーん! ジュースだ!」

「やっら! ありあとう!」

八雲「正しい日本語を使え、正しい日本語を。園長のオッサンはどこに居る?」

「部屋に居ると思う。あ、晩ごはんはカレーだよ」

八雲「ラッキー。私は大盛りな」



八雲「おっさん、居るか」

園長「どうぞ」

八雲「おっさん、居たか」

園長「……繰り返しおっさん言うな。どうかしたかい?」

八雲「高校出たら私は海軍に行こうと思う。それを伝えに来た」

園長「どうしてだい」

八雲「まー最初は刑事のオッサンによ―――」




八雲「とまぁ、こんな感じだ」

園長「……」

八雲「誇りを持てる仕事ってのが何か、まだイマイチ分からないけど、軍人てのは多分一番私の理想に近い」

園長「小さい子どもたちもお前に懐いている。背中を見せる意味でも、出来れば大学進学までして欲しい」

八雲「私には大学に行ってやりたいことなんて何も無いよ」

園長「……そうか。分かった。なら頑張れ。父親として、応援する」

八雲「ま、兵学校に落ちたらまた色々考えるつもりだよ。落ちないだろうけどね」ケラケラ
121 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:39:56.79 ID:u1AXXBNco

八雲「……おいセンコー、こりゃなんだ」

教師「何って、これから君が覚えるべき本だけど」

八雲「天井くらいまで高さあるじゃねぇか! 出来るかこんなんが!」

教師「いやー良かったよ。犯罪歴があったら受験前に一発アウトだったからね」

八雲「話を聞け、話を!」

教師「読み書き含めた英語、世界史、日本史、物理、化学、生物、国語。兵学校ではこれが学科試験で課される。しかも上位国公立レベルのものだ」

八雲「うっ……国公立!? マジかよ」

教師「ビビってるのか。情けない」

八雲「び、ビビってねーし。はぁ!? 上等だよ、要は東大行く気で勉強すりゃ良いんだろ!」

教師「そうさ。もうやるしか無いのさ」

八雲「ならさっさと始めろ! この腐れ教師が!」

教師「覚悟しとけよ。僕はロマンの為なら一身だって賭す」

八雲「私はアンタのロマンじゃねぇ!」
122 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:41:07.49 ID:u1AXXBNco

八雲「……よぉ爺さん」フラフラ

爺「……大丈夫か」

八雲「……おう、この八雲様がこれくらいで」フラフラ

爺「横になれ。少しは楽になるだろう」

八雲「アンタの前で、そんな醜態晒せるかよ」

爺「意地になるな。何も切った張ったをしとる訳じゃあるまいに。ほれ、儂の膝を枕にしてもええぞ」

八雲「……あ、もう駄目だ」バタン

爺「おうおう、倒れおったわ」



八雲「ん……」

爺「気がついたか」

八雲「……爺さん、私がアンタに膝枕を頼んだか」

爺「いや。儂の趣味じゃ」ケラケラ

八雲「もう良い。帰る」ムクッ

爺「ああ、急に起き上がると」

八雲「うっ」クラッ

爺「貧血気味なのだから、まぁそうなるわな」

八雲「……もうちょっとだけ足を貸せ」ゴロン

爺「最初から素直になっておけ馬鹿モンが」

八雲「チッ」



爺「そうじゃ、ついでに耳かきもしてやろう」

八雲「……爺さんが女に耳かきかよ。絵にならねぇなおい」

爺「老いたりと言えども、まだまだ若いモンには負けんわい」

八雲「何をだよ」クスッ

爺「ひょっひょっひょ。ほれ、耳を出せ耳を」
123 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:41:53.91 ID:u1AXXBNco

爺「どうじゃ」ゴソゴソ

八雲「……久しぶりに耳掻きなんてしたよ。気持ち良いな」

爺「随分と忙しく動き回っとるみたいじゃの」

八雲「やることが多くて、寝てらんねーんだよ」

爺「良いもんじゃろう」

八雲「は?」

爺「目的があるというのは、放浪よりも遥かに素晴らしい。そうは思わんか」

八雲「……そうかもな」

爺「ひっひっひ。まぁ無理はするでないぞ」


八雲「殺しが目的だとしても素晴らしいかな」

爺「それは軍のことを言っておるのか?」

八雲「まぁ、多分な」

爺「殺したのは結果に過ぎん。自分自身と、何かを守るためにやったことだ」

八雲「人間にとって守るべきものなんて本当にあるのか」

爺「真理を求めたがるか。良いのう。若さが、良い」

八雲「こっちは真面目なんだよ」

爺「老人にはそれも又、な。自分以外と関わりたいと願うのなら、お前にもいつか生まれるさ」

八雲「……そんなもんかね」

爺「そんなものじゃ。ほれ、次は反対の耳」
124 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:43:02.55 ID:u1AXXBNco

八雲「私には父さんも母さんも居ない」

爺「そうか」

八雲「孤児院の奴らだけだ。なぁ、本当の家族ってのは守りたくなるモンなのか」

爺「お前が今、院で共に暮らす者たちに抱いている感情と同じだろうよ」

八雲「家族ってのは……もっと暖かかったりするんじゃないのか」

爺「人による。持ってないと良い物に見えるじゃろうな」

八雲「欲しがってる訳じゃないけど、どうしてもそう思っちまうんだ」

爺「そうか。まぁ気持ちは分からんでもないぞ」

八雲「……野暮なこと言っちまったね。らしくもない」

爺「少し野暮なくらいが愛嬌があってええわ」ケラケラ

八雲「……おう」

125 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:43:44.11 ID:u1AXXBNco

教師「この場合、解の公式ではなく解と係数だね。4乗にそのまま代入するのは駄目だよ」

八雲「……」イライラ

教師「少し休憩にしようか」

八雲「勉強全体の進捗はどうなってる。このペースで間に合うのか」

教師「……」

八雲「ならもっと頑張らないと駄目だろ」

教師「小学校レベルからここまで来たのは凄いよ。うん」

八雲「甘ったれたこと言ってんじゃねぇ。合格できなきゃ何の意味も無いだろが!」

教師「甘ったれてるのは君だろう。実力を受け入れず、こんな風に苛立って」

八雲「あ゛あっ!?」

教師「まず何が出来るか考えよう。な?」

八雲「……先生」

教師「ん?」

八雲「真面目に生きるのって大変だな」ハァ

教師「あはは。僕もそう思うよ」
126 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:44:12.02 ID:u1AXXBNco

八雲「おっさん」

刑事「おう、八雲じゃねぇか。何してんだ」

八雲「実は今、兵学校を受けようと思って勉強してんだよ」

刑事「おう兵学校入ってパイロットもいいな」

八雲「パイロットはもうならねーよ」ケラケラ

刑事「そうかよ」ケラケラ

八雲「中々思うように行かなくてねー。あ、煙草くれよ」

刑事「火はあるか? ま、出来るだけ頑張ることだな。……って未成年にはやらねーよ!!!」
127 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:45:03.95 ID:u1AXXBNco

教師「一応、範囲はこれで終わりだ」

八雲「……ぶはぁ。すげぇ量だったな」

教師「よく頑張ったね」

八雲「っせぇ。まだ何も終わっちゃ居ねぇだろが」

教師「いや。それでも君は偉いよ」

八雲「先生、その。あの、な」

教師「どうかしたかい」

八雲「ひとまず、あー。お、教えてくれて、…………ありがとうございます」

教師「……ああ。良いんだよ。僕は求められたモノに応えたに過ぎない」
128 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:45:42.01 ID:u1AXXBNco

「姉ちゃん、明日試験なの?」

八雲「おう、ちょっくら長く居なくなるけど泣くなよ」

「泣かねぇよー」

「姉ちゃん頑張れ!」

八雲「おう! 次の『おみなげ』は兵学校の合格だ!」
129 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:46:09.51 ID:u1AXXBNco

教官「ではこれより、学科第一日、英語の筆記試験を開始します」



八雲(かかってこい。相手になってやる!)
130 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:47:07.51 ID:u1AXXBNco

爺「思いの外、あっさりと合格してつまらんの」

八雲「なんだそれ」

爺「これからは陸軍の敵となるわけだが、頑張るんじゃな」

八雲「……爺さん」

爺「どうした?」

八雲「色々とありがとう。アンタが居なかったら私は潰れてた」

爺「……」

八雲「……違うな。ありがとう、ございます」ペコリ

爺「八雲らしくもない。そういうのはやめろい」

八雲「自分でも不思議だよ。人に感謝してるってこんな気持ちなんだな」

爺「……今日はもう帰れ。また明日以降会いに来い」グイグイ

八雲「えっ、は、ちょ!?」

爺「感謝の言葉は育て親や家族にも言うんじゃぞ。ではな」ピシャリ

八雲「お、おい爺さん!?」


八雲「……耄碌すると涙もろくなるってのは、本当なんだね」クス
131 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:48:02.78 ID:u1AXXBNco

教官「他のチームに負けてるぞ! 白熱する精神さえあれば物量にも打ち勝てる! 頑張れ! 頑張って漕ぐんだ! ソー キャッチ ソー キャッチ!」

八雲「フンッ、フンッ! 精神でっ! 勝てるならぁ!」

教官「なんだ八雲! 言いたいことでもあるのか!」

八雲「戦争に負けてんじゃねぇぇぇぇ!!!! フンッガッ!」




八雲「あーだりー」ドカッ

「いや〜でも三位から巻き返せるとは思わなかったな」

「八雲、お前ほんとはキンタマついてんじゃねぇか?」

八雲「あ? 殺すぞ?」

「木村この馬鹿野郎、八雲にはついちゃいない。俺は知ってる」

「ヤッたのか田城」

八雲「童貞二人がホラふいて滑稽だなオイ」ケラケラ

「昼間からやめてよね。ほんと男って不潔」


教官「……」
132 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:53:25.26 ID:u1AXXBNco

八雲「おー帰ったぜお前ら〜」

「八雲おかえり〜」

「おみなげ何〜〜!」

八雲「兵学校で売ってた文房具だ。地味で悪いけどな」

「ありがとう!」

「文房具とかマジでいらね〜〜〜。食いもん買ってこいよ〜」

八雲「姉ちゃんが買ってきただけで嬉しいだろぉ?」グリグリ

「う゛れ゛じい゛!!」

八雲「良かった良かった」ケラケラ

園長「八雲、お帰り。兵学校の制服も似合ってるな」

八雲「……ただいま。……と、父さん」

「んだ〜八雲〜トーちゃんに挨拶するの照れてるのかぁ??」

八雲「う・る・せ・ぇ」グリグリ

「ぢがら゛づよ゛い゛ぃっ!!!!」
133 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:54:23.41 ID:u1AXXBNco

教官「校長殿、少しお話が」

校長「どうした」

教官「もうすぐ卒業です。一人の生徒の進路についてご相談が」

校長「ああ、配属を決める必要があるか。で、誰だ」

教官「八雲のことです」

校長「……あのじゃじゃ馬を欲しがる部署や艦は無いだろうな」ケラケラ

教官「私が欲しいです。教官補佐として配属することをお許し願いたく、参りました」

校長「ほう、そうなのか。君はあの娘が嫌いだと思っていたが」

教官「生意気ですし、嫌いですがアレは性根が優しく筋が通った女です。生徒に良い影響があると考えています」

校長「善処しよう。乗りこなせよ?」

教官「ありがとうございます」
134 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:55:07.62 ID:u1AXXBNco

八雲「オラ抜かれてんぞ! テメーらキンタマついてんのか!? 死ぬ気で漕げや! ソー キャッチ ソー キャッチィ」

「きょ、フンッ! 教官補佐殿ッ! 発言をッ!」

八雲「おー中村。漕ぎながら言ってみろ」

「女子生徒もっ! 居ますのでッ!! フンッ! そのようなっ、はつげんっはっ!」

八雲「よく言った中村! それでこそ男だ! ならぶっ倒れるまで漕げ!」

「お、おっす!!」

八雲「オラ女子共、カッコつける男なんかに負けんなよ」

「「「はいっ!」」」
135 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:56:02.76 ID:u1AXXBNco

八雲「渡辺、こんなとこで何してる。もう消灯時間は過ぎてる。規則違反だ」

「……」

八雲「……脱走か」

「……うぅ」コクリ

八雲「当直室まで着いて来い。話くらい聞いてやる」

「……」

八雲「怒りやしないよ。誰かに話してみると意外と楽になったりするんだぞ」ニッ
136 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:58:41.59 ID:u1AXXBNco

教官「こちがら今期の成績書です。目通しをお願いします」

校長「分かった。ご苦労」

教官「いえ」

校長「今年は退学者が少ないな」

教官「ええ」

校長「成績を見る限り優秀なものが多いというわけでも無いようだが」

教官「ええ、そうですね」

校長「……君、何か隠してるのかね」

教官「補佐の者が隠れて頑張っているようです」

校長「10代後半でも意外と子供だからな。彼女は頼もしい姉というわけか」

教官「姉というか、落ち込んだ者を優しく包む様子などはもう母に近いですがね」

校長「あまり行き過ぎることの無いようにな」

教官「生徒たちも分かっています。関係を持つ等はありません」

校長「違う。八雲教官補佐にとっての負担のことだ」

教官「……彼女も線引をわきまえていると思いますが、一応注意して見ておきます」

校長「ああ。私も気をつけておく」


校長(母を知らぬ者が擬似的に誰かの母代わりとは、歪なような気もするが)
137 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 04:59:14.74 ID:u1AXXBNco

校長「今日集まってもらったのは他でもない、戦争が始まった」

教官「なっ!?」

八雲「中国か、いやこのタイミングということはソ連ですか?」

校長「敵は深海棲艦と呼ばれる存在だ」
138 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:06:10.59 ID:u1AXXBNco

八雲「八雲少尉です。本日より艦政本部付きとなりました。よろしくお願いします」

艦政本部長「八雲少尉、噂には聞いていたよ。よろしく頼む……君はこっちの開発チームに所属してもらう」

八雲「了解。これは、れいそう……たましいですか?」

艦政本部長「読みはレイソウコン、だ。詳しくは部署の者に聞くと良い」

八雲「はい」




研究助手「は、はじめまして。じ、助手と申します」

八雲「本日より第四部特ヒト課所属になりました八雲少尉です。以後よろしくお願いします」

研究助手「よろしくお願いします。研究を進め、じ、人類を救いましょう」

八雲「その心づもりです。臨床実験に入るまで暇ですし、研究の補佐雑用に関することは私に任せて下さい。精一杯お手伝いします」

研究助手「……本当にご苦労様です」

八雲「まーなるだけ死なないようにお願いします」ケラケラ

研究助手「あ、貴女はとても勇気がある方だ。わ、私などとても志願できない」

八雲「勇気というか開き直りというか、蛮勇というか。まぁなるようにしかなりませんし」

研究助手「さ、早速雑用を任せたいのですが。よ、よろしいでしょうか?」

八雲「はい。研究に関すること以外なら何でもお申し付け下さい」
139 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:10:49.18 ID:u1AXXBNco

八雲「この辺の筈だけどね。ったくあの助手、名字しか言わないって探させる気無いだろ」

「ちょっと」

八雲「ん?」

「貴女、艦政本部からの出迎えの人?」

八雲「お嬢ちゃん、ちっちゃいな〜。ここは海軍の施設だから入っちゃいけないよ。危ないんだから」ナデナデ

「頭を撫でるなぁ!」ムッキャァ

八雲「お父さんとお母さんは? ここで働いてるの?」ナデナデ

「わ・た・し・が。ここで働いてるのよ」

八雲「まったまた」アハハ

「む、ムカつくわね……貴女、名前と階級は?」

八雲「艦政本部第四部所属、八雲少尉であります」ビシィ

「わー軍人さんかっこいい〜……なんて言うわけ無いでしょ」

八雲「で、お嬢ちゃんのお名前は」

「比屋定海月、艦政本部第四部特ヒト課所属、『霊装魂計画』主任研究員、階級は中尉よ」

八雲「ひやじょう・みづきちゃん? 凄いなぁ。比屋定って私が迎えに来た独身中年ババアと同じ名前だよ。そうある名字じゃ無いのに」ケラケラ

比屋定「ええ。きっと、私こそが貴女が迎えるべき羊水腐りかけ独身中年ババアだと思うんだけど」ビキビキ

八雲「えーっと。あー、そういうことか。……すいませんでしたっ!!!!」

比屋定「初回だから許してあげるわ。車はどこ?」

八雲「あちらです中尉殿」

比屋定「態度変えすぎでしょ!? いいわよ。もう普通にしてなさいよ」

八雲「分かった。行くぞガキ」

比屋定「中庸という言葉があるんだけど、貴女は知らないようね」
140 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:32:38.06 ID:u1AXXBNco

八雲「じゃあシートベルトだけはしっかりとお願いしますよ」

比屋定「ええ。でも事故はしないでよね。人類の叡智を失うことになるんだから」

八雲「アンタ、調子に乗りすぎでそのうち足元掬われるぜ」

比屋定「調子に乗ったくらい許されるわよ。私は凄い科学者なんだから」フフン

八雲「アンタが見つけたその……霊素ってそんなに凄いのか」

比屋定「次世代エネルギーに繋がりうる新元素って言えば貴女も少しは想像がつくでしょ」

八雲「あーなるほど。なるほど。すごいすごい」ホジホジ

比屋定「ねえあの? 本当に理解してるの?」

八雲「そんなに大事だったら自分で運転しないのかい」

比屋定「残念ながらセンスが無さ過ぎて出来ないのよ」

八雲「そうかい。足の長さが足らないとな」ケラケラ

比屋定「ちょっと、私は年上だし階級も上なのよ。敬意を持ちなさいよ敬意を!」


八雲「ごめんごめん。どうしても、ウチの園に居たガキにしか見えなくてさ」

比屋定「……慣れたことだけど、ここまで子供扱いされるのは中々無いわ」

八雲「へいへい。今後ともご贔屓にお願いしますよ主任研究員様」
141 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:35:15.80 ID:u1AXXBNco

比屋定「妖精に安全保障を丸投げするなど、正気なの?」

「確かに即座に結果を出すことは難しいかもしれません。また敵対する筈の異種生命体との共同戦線に不安があるのも事実でしょう。ですが味方となった彼らは全面的な協力を惜しまないと明言しておりますし、既に開示された艤装技術は信用に値します。我々造船部も長期的な視点に立ったとき、えーつまり日本が今後国際政治で主導的な立場を維持するためにも『霊装』より『自律機動戦闘艦』の方が遥かに良い」

比屋定「この場は開発の進捗を報告する定例会の筈でしょ。ナノマシン体が技術的に困難だからって話をすり替えないで頂戴。特フタさんは私たちに対して優位を取るためのカードが無いって明言してるようなものよ?」

「すり替えではない。技術の妖精一元化はメリットが多いという事実の提示だ。開発進捗に関しては『霊装魂』だって我々と同じような状況だろう」

少将「いいや。『霊装魂』の理論研究は既に完成している」

「……第四部長殿、大本営の許可さえ頂ければ、現在抱えている技術的な諸問題に関しては妖精たちの全面的な協力が得られ解決できます。ナノマシンによる自律機動戦闘艦の建造は決して不可能ではない。計画は一挙に軌道に乗ります」

少将「妖精の内戦に巻き込まれているのではないか、という疑いも強い。協力関係にあるとはいえ全幅の信頼を置くのは早計と上層部は考えている」


比屋定「大本営のくせにいい判断ね。同等の力を持たない協力関係など隷属と同義よ」

「日本が無くなるかもしれない時局に至ってまでソレを優先しますか」

比屋定「誇り無しで生きるなら死んだほうがマシだもの」

少将「比屋定君、やめたまえ。ともかく猶予は無い。艤装による沿岸砲台と妖精航空隊に頼り続けるのは限界もある。大本営はいち早く成果を得られた計画の採用を約束するとのことだ。期待しているぞ」

比屋定「はい。お任せ下さい」

「……承知しました」

比屋定「では進捗の報告へ移らせて頂きます」


八雲「おーおーやりあってるね〜」
142 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:36:54.41 ID:u1AXXBNco

比屋定「八雲、帰るわよ」

八雲「特フタの課長さん見るからに激怒してたが?」

比屋定「あら覗き見してたの。でも売国奴は気にしなくて良いわ」

八雲「へいへい。手厳しいことで」

比屋定「今日は外でカツ丼にしましょう」

八雲「へいへい。店までの運転は?」

比屋定「頼もしいゴリラのお姉さんに任せるわ」

八雲「クソババア」

比屋定「は? 卵子全部溶かすわよ」

八雲「勘弁。あ、鍵を待合室に忘れちまった。ちょっと待っててくれ」

比屋定「私の気は長くないわよ。急ぎなさい」

八雲「へいへい」
143 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:37:40.06 ID:u1AXXBNco

「……」

艦政本部長「定例会は終わりかね」

「はい。つつがなく、とは行きませんでしたが」

艦政本部長「個人的にはナノマシン体の方が好ましいと考えているの」

「本部長殿から大本営へ進言して頂けないでしょうか」

艦政本部長「勿論可能だ。しかし説得の道具が足りない。特ヒト課の連中が粗相を起こしてくれればな」

「……彼らは臨床実験の段階で人死を出す可能性があります」

艦政本部長「国民感情は多少の犠牲を許容するだろう。なぁ課長君」

「何でしょう?」

艦政本部長「君もあの女は嫌いだろう? 私の部屋で少し世間話でもどうかね」


八雲「……」
144 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:52:17.95 ID:u1AXXBNco

比屋定「カツ丼の並盛り、御飯少なめで」

八雲「ダブルのカツ丼。特盛りで」



八雲「臨床実験はいつから始めんだ」

比屋定「一ヶ月後ってところね。……貴女は怖くないの?」

八雲「海軍内から被験者出さなきゃ体面に関わるって理屈は理解できるつもりだぜ」

比屋定「下らないわね」

八雲「カッコつけるには体面も大事だよ。私も昔スケバンやってたから分かる」

比屋定「体面もスケバンも論理的じゃ無い」

八雲「論理で世界が回ってるわけじゃない。組織ってなそういう面もあると思うよ」

比屋定「驚いたわ。全部筋肉かと思ったのに」

八雲「潰すぞチビガキ」

比屋定「なっ!? この、このっ!」ポコポコ

八雲「いたくねーいたくね〜」
145 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 05:54:34.26 ID:u1AXXBNco

研究助手「ひ、比屋定さん。拘束台の装置で何か問題はありますか」

比屋定「拘束具はコレだと弱いわね。八雲、秘密警察の方からもっと強いの貰ってきて」

八雲「秘密警察ね〜。了解」

研究助手「ひ、秘密警察……」

比屋定「お願いね。あとは問題ないわ。助手は実験に必要な機材の配置を、引き続き」

研究助手「り、了解です」

少将「失礼する。八雲君、ちょっといいかね」

八雲「はい。どうせ暇ですので」

比屋定「はぁ?」

八雲「申し訳ございません少将殿。私には重大な任務があるのです」キリッ

少将「廊下まで聞こえていたよ。君の任務に私も同行しよう。話は道中で良い」

比屋定「いや、えっ。少将殿のお話ならそちらを優先しても大丈夫です」

少将「分かった。ちなみに比屋定君、私が話すのは例の相談だ」


比屋定「う……」

少将「行き帰りの車内なら聞かれずに持って来いだと思う」

八雲「?」

比屋定「……お願いします」
146 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:11:16.08 ID:u1AXXBNco

少将「急に同行なんて悪かったね」

八雲「いえ。私が事故らないように祈ってもらえると幸いです。シートベルトはお願いします」

少将「ははは。比屋定くんと随分上手くやってるみたいじゃないか」

八雲「そうでしょうか? いがみ合ってばかりな気もしますが」

少将「科学者としての実力は確かなのだが、皮肉屋なところが目につくだろう」

八雲「問題ないです。ウチの園に居たガキみたいで可愛いもんですよ」

少将「比屋定くんは君より歳上なんだけどね……『艦政の凸凹』というあだ名を知っているかな」

八雲「いえ? それはなんでしょうか」

少将「身長180を超える君と140程しかない比屋定くんにつけられたものなんだが」ケラケラ

八雲「………」

少将「喜んでくれて何よりだ」

八雲「喜んでないです」


少将「比屋定くんは敵が多い。心を許せる仲間など居ない」

八雲「そっすか」

少将「彼女の言葉はとても強い。そして正しい。誰も彼女の隣には居られない」

八雲「……」

少将「私も可能な限りフォローはしているが、中々な」

八雲「なんでソレを私に話すのでしょう」

少将「君に彼女と一緒に暮らして貰いたい」

八雲「は? 嫌です」

少将「別に構わない。命令するまでだ」

八雲「……」

少将「比屋定くんが君に向ける視線は親しみの情を帯びている。君も気付いているんじゃないかな」

八雲「余計意味が分かりません。少将殿、大丈夫ですか」


少将「なら言い方を変えよう」

少将「彼女を危険から守って欲しい。また、被験体となる君の経過を観察する意味もある」

八雲「危険」

少将「彼女は恨みを多方面から買っている。計画の完遂の為なら私は何だってしよう」

八雲「あー、なんとなく心当たりはあります」

少将「護衛役には君が一番適任だと思う」

八雲「はぁ〜、分かりました」

少将「ありがとう。君の献身には本当に感謝する」

八雲「どうせ何言っても引き受けさせられるんですよね」

少将「まぁそうなるね」
147 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:13:31.64 ID:u1AXXBNco

八雲「邪魔するぜ〜。今日から私の家になるわけだが」

比屋定「……いらっしゃい」

八雲「おう。荷物は手持ちバッグ分だけだからスペース空けてくれ」

比屋定「単細胞は持ち物も少ないのね」

八雲「興味無くてな。私は好きなものにしか執着しないんだ」

比屋定「えーっと、要らないものは」ゴソゴソ

八雲「……にしてもきったない部屋だなぁ」

比屋定「か、科学者は時間が無いのよ!」

八雲「へいへい科学者が悪い科学者が悪い。なぁベッドってあるか」

比屋定「一人用のがあるけど」

八雲「まぁアンタ小さいし、二人で使っても問題無いよな」

比屋定「はぁ!?」

八雲「ま、今日からよろしく頼むわ」

比屋定「いやいやいやいや!? ソファで寝てね?」

八雲「へいへい」
148 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:16:23.44 ID:u1AXXBNco

比屋定「ただいま〜」

八雲「おかえり〜。設営はどうだ?」ジュージュー

比屋定「霊素注入用の機材の調整がまだできてなくてね。来週中には実験を開始できるわ」

比屋定「っていうか料理?」

八雲「カップ麺の空きを流しに溜めるのやめろ。ていう溜めるにしてもせめて水で洗ってからにしろ。コバエがわんさか」「わーわー!! もう言わないで!」


比屋定「何作ってるの?」

八雲「ハムエッグ。卵もハムも値上がりしてんだけどたまに食べたくなるんだよなぁ」

比屋定「……早く成果を上げないとね」

八雲「ま、気負うなや。飯食って寝ようぜ。ケチャップかければ完成だ」

比屋定「貴女はもっと……ううん。ご飯にしましょうか」



比屋定「!! 美味しい」

八雲「ガキどもも喜んで食うからな。多分美味いんだろうな」

比屋定「ガキって言うと孤児院の……ねぇ、明日からも何か作ってよ」

八雲「残念ながらコレしか作れねぇんだよな。後はてんで駄目。やる気も起きねぇ」ケラケラ

比屋定「がっかりね」

八雲「悪かったよ」

比屋定「……また作ってよね」

八雲「ああ。航路が平和になって、色々安く輸入できるようになったら好きなだけ食わせてやる」
149 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:16:59.74 ID:u1AXXBNco

八雲「ただいま〜。あ〜教え子の話聞いてて飲み会になっちゃってよ〜」

比屋定「おかえりー」ゴォーゴォー

八雲「一応聞いておくが、エプロン姿で何ヤッてんだ?」

比屋定「料理だけど」

八雲「その音は?」

比屋定「レシピ通りチャーハンを作ってるの」

八雲「ふざけんな!! 色々おかしいだろう!! 音とかニオイとか煙とか!!」

比屋定「おかしいわねぇ。レシピ通り作ったんだけど」


八雲「……いただきます」パクッ

比屋定「いただきます」パクッ

八雲「……」

比屋定「マズイわね」

八雲「分かってるなら……」

比屋定「試すのが大切、でしょ」

八雲「知るかよ。もうお前の飯は食わねぇ」

比屋定「駄目よ。人が食べてくれないと盛り上がらないもの」

八雲「勝手な奴だなぁおい」
150 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:18:19.14 ID:u1AXXBNco

八雲「ただいま〜」

比屋定「ただいま〜」

八雲「あー疲れたなぁ」

比屋定「私もよ〜」

八雲「飯どうする」

比屋定「何か作って」

八雲「しょうがない」



比屋定「不味かった」

八雲「ハムエッグ以外出来ないんだって」

比屋定「でも、ありがとね」

八雲「……ん」

比屋定「ねぇ」

八雲「ん〜」

比屋定「実は貴女を被験者に選んだのは……私なの」

八雲「へ〜」

比屋定「怒らないのね」

八雲「人はいつか死ぬんだ。怒るわけない」

比屋定「ソレはそれで歪んでない?」

八雲「私は納得してる。だから良いじゃねぇか」

比屋定「良いけど」

八雲「罪悪感を覚えてるんだったら、私を選んだ理由を教えてくれよ。なんで私だったんだ」

比屋定「身体能力が高いこと、女性故に霊装魂に対して適性が高いこと」

八雲「隠すな。霊装魂は汎用性に価値がある。体が丈夫な女性士官なんて今時珍しくもないだろ」

比屋定「……両親が居なかったから」

八雲「はぁ?」
151 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:48:16.29 ID:u1AXXBNco

比屋定「私にも居ないのよ。何か共感したっていうか」

八雲「お、奇遇だなあ。にしても変な理由で選ぶんだな」ケラケラ

比屋定「それにね、霊素は寂しがり屋の元素なの。だから私には見つけられた」

八雲「へ〜」

比屋定「寂しがり屋の貴女にもきっと適合してくれる」

八雲「私って寂しがり屋か?」

比屋定「ええ」

八雲「自覚無いなぁ」

比屋定「きっといつか分かるわよ」

八雲「はいはい。あーならもう寝ようぜ。眠い」

比屋定「ねぇ」

八雲「んだよ」

比屋定「今日は一緒に寝ない?」

八雲「すまん。私はノンケだ」

比屋定「な、何の想像してるのよ!? ……ずっとソファなんて体痛いでしょ」

八雲「ん〜。比屋定さんが一緒に寝て欲しいって言えれば、考えてやるよ」

比屋定「考えてやるって生意気じゃない」

八雲「なら私は別に。ずっとソファで良いですし」

比屋定「な、なら…………」ゴニョゴニョ

八雲「ん〜??  聞こえないですよ〜?」

比屋定「一緒に寝たいって言ってるの!」

八雲「……アンタ変な人だな」

比屋定「うっさい! 黙れ!」
152 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:49:29.20 ID:u1AXXBNco

比屋定「一つのベッドに寝ると……体熱凄いわね」

八雲「私はゴリラにしては普通だ」

比屋定「あはは」

八雲「比屋定さんだって暑いよ」

比屋定「そうなの? 自分では分からないものなのね」

八雲「いい歳してるくせに男と一緒に寝たこと無いのか?」ニヤニヤ

比屋定「うるさいわね。ゴリラさんはあるの?」

八雲「元スケバンにそれ聞くか普通」

比屋定「……エロというよりグロね」

八雲「……」ベシッ

比屋定「ちょ、痛っ!?」

八雲「寝ますよ」

比屋定「ねぇちょっと理不尽すぎない?」
153 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:53:38.57 ID:u1AXXBNco

比屋定「ただいま〜」

八雲「……」スゥスゥ

比屋定「あら、ゴリラさんはお休みですか」

八雲「……」スゥスゥ

比屋定「狸寝入りじゃないみたいね」


頬に指先を這わせても彼女は気にせず寝息を立てている。


唐突な自分語りだが私は世の中への憎しみで動く存在だった。

幸せそうな家族が、男が、女が、憎くて仕方なかった。

私は何も持っていないのに何故お前たちは持っている。

憎しみでガムシャラに動いているうちに天才と呼ばれるようになった。


光り輝く舞台は私を暖かく迎え入れた。

家族的なハンディや不遇を乗り越え続け成功した努力家として。

まったく世間とは綺羅びやかで呑気なものだ。

私はいい気になった。

どこにも所属したことの無かった私は、自分を祭り上げてくれる環境を守りたくなった。

分かりやすく言えば深海棲艦を倒して世界を守ろうと思った。


比屋定「貴女は変な奴ね」


可哀想な孤児でも天才科学者としてでもなく、比屋定海月として扱ってくれる存在。

乱暴に私の頭を撫でる大きく柔らかな手。

粗暴でも真っ直ぐに私を捉えた言葉。

彼女の隣を歩くときの安心感。



比屋定「私、こんなの知らなかったよ」



神様が居るかどうかは知らないが、神様を信じている人が居るのは知ってる。

好きという感情だって同じこと。


比屋定「八雲……」


科学者は観測した事実を決して取り消しはしないのだ。

誰かを想って流れる涙を私は初めて知った。


八雲「……」
154 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:54:18.00 ID:u1AXXBNco

比屋定「ただいま」

八雲「おかえり」

比屋定「ゴハンは?」

八雲「お惣菜買ってきた」

比屋定「それね、大正解」クスッ


八雲「美味しい」

比屋定「うん。とても良いわ」

八雲「コレくらい作れるようになりて〜な〜」

比屋定「貴女が同じような味を作れるようになったら、私と結婚してくれない?」

八雲「良いぜ」

比屋定「えっ」

八雲「は?」

比屋定「いいの?」

八雲「いや、何をマジになってるんだよ」

比屋定「そ、そうよね。あはは」
155 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 06:55:35.70 ID:u1AXXBNco

八雲「やっぱ気になる男とか居ないのか」

比屋定「だから居ないわよ」

八雲「助手なんてどうだ。あいつ確か独身だろ」

比屋定「え〜あの人は男として無しでしょ」

八雲「酷くないか? 私も同感だけどよ。なんかキモいし」

比屋定「分かる! なんかキモいわ!」

八雲「あはは! だよなぁ」

比屋定「あはは!! ……八雲こそ、いい人居ないの? 貴女も三十路でしょ」

八雲「う〜ん。色々求婚はされるんだけどね」

比屋定「はぁ!?」

八雲「……は?」

比屋定「えっ、なんでゴリラが人間から? 求婚の意味分かってる? 発情期にオスを好きになるって意味じゃないのよ?」

八雲「お前は私を何だと思ってるん、だっ!」ゴチン

比屋定「ぷぎゅう」


比屋定「八雲に目も鼻の穴も手も足も二本ずつあるからって、求婚なんて有り得ない!」

八雲「えーっと、ゴリラにも同じものがついてるってツッコミは無しか」


比屋定「誰からよ」

八雲「ん〜、大体教官やってた頃の生徒だな。たまに先輩とかが入る」

比屋定「うそ……」

八雲「嘘ついてどうすんだよ」

比屋定「……貴女やけに慕われてるわよね。一緒に歩いてると挨拶されてばっかりだし」

八雲「普通だろ」

比屋定「私で考えてみなさいよ」

八雲「あー確かに少ない、っつーかほとんど無いな。まぁ人間色々あるだろ」ケラケラ

比屋定「……」

八雲「え、なんだよその顔は」

比屋定「やっぱり貴女、本当は私のこと見下してるんでしょ」


八雲「は?」


比屋定「友達も知り合いも全然居ないみっともない奴だって」
156 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/05(土) 07:06:41.00 ID:u1AXXBNco

比屋定さんは怒っている。

さっきまで一緒に笑っていたのに、もう見たことが無いほど激怒している。


八雲(……?)


たまに居る感情がピーキーな人、とは少し違っているように見えた。


比屋定「三十路のチビの貧乳が天才科学者っていい気になって、形而下でも形而上でも薄っぺらい人間で!」

八雲「比屋定さん……その、生理か?」

比屋定「貴女なんか大っ嫌いよ!! なんで私の隣に貴女が居るのよ!」


八雲「あ、アンタが私を呼んだから」


比屋定「呼ばなかったら来なかったんでしょ!? 私たちはその程度の関係なのよ」


もう滅茶苦茶だ。


八雲「そうか。生理か。なら仕方ないな」

比屋定「いなくなれ!! いなくなれ!! 消えろ!」

八雲「おい」

比屋定「な、何よ!」ビクッ

八雲「嫌いなら殴っていいよ」

比屋定「なぐ」
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/07(月) 15:45:40.81 ID:LtHh+d0Z0
書き込んでいいか悩むところで切れてるな
ともかくお疲れ
待った甲斐があったわ
八雲さん長身のイメージだったが180もあんのかよw
続きも期待してるわ
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/07(月) 15:47:44.57 ID:LtHh+d0Z0
書き込んでいいか悩むところで切れてるな
ともかくお疲れ
待った甲斐があったわ
八雲さん長身のイメージだったが180もあんのかよw
続きも期待してるわ
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/09(水) 09:18:26.13 ID:ztibzgNdO
乙乙
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/26(土) 04:02:43.05 ID:4Jr4fidjO
ほしゅ
161 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:07:02.94 ID:6UrSFTGKo

強い感情が篭っているのであろう八雲の目に一瞬たじろく。


比屋定「今までは手加減してたけど私が本気で殴ったら痛いわよ」

八雲「構わない」

比屋定「ほんとに痛いんだからね!」

八雲「いいよ。全力で来な。座ってちゃやりにくいだろうし、寝室へ行こうか」


私は寝室で同居人の女と棒立ちになって、何をしているんだろう。


比屋定「アンタなんて大っ嫌い。年上に敬意は払わないし、生意気だし、キモいのよ」

八雲「それだけか」

比屋定「もっとあるわよ! 黙ってて!」

八雲「なら気持ちを全部乗せて私を殴れ。絶対気持ちいいから」

比屋定「頭おかしいんじゃないの!?」

八雲「嫌いな奴はぶっ飛ばしてきた。気に食わない奴もぶっ飛ばしてた。この私が言うんだ、間違いない」

比屋定「ええ、良いじゃないの。殴るわよ」

八雲「ああ」

比屋定「澄ましたツラしてるんじゃないわよ!」
162 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:08:47.32 ID:6UrSFTGKo

八雲「してないよ」

比屋定「してるわよ」

八雲「そっか。分かった」

比屋定「……?」

八雲「っラァ!」ボッコォ

比屋定「なっ」


八雲は自分の右手で自分の右頬を殴った。


八雲「イッテェ!!!! 初めて自分で自分殴ったけど私、筋力ありすぎだろ!! ゴリラかよ!」

比屋定「何してるのよ、本当に頭おかしいんじゃないの……」

八雲「信じてくれ。私はアンタの前で澄ましてなんかない」

比屋定「証明するためだけに殴ったの……?」

八雲「ああ。それ以外の方法、私は馬鹿だから分からないよ」

比屋定「ば、馬鹿じゃないの」

八雲「私が嫌いなら殴れ」

比屋定「……分かった。分かったわよ。思いっきり殴ってやるわよ」

八雲「顔に届かないだろうから、膝折るよ」

比屋定「ええ、良いわよ。さっさとしなさい」

八雲「はい、どうぞ」
163 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:09:29.76 ID:6UrSFTGKo

彼女は本当に膝を折る。私が顔を殴りやすいように『配慮』までしてくれる。

自分で殴った右頬が腫れて痛そうだ。


比屋定「生意気なのよ」

八雲「好きなところを殴ってくれ」

比屋定「……」

八雲「……」


八雲は覚悟を決めたかのような表情でこちらを見つめる。

自分は何でも受け入れるみたいな顔をして……気に食わない!

爪の先が掌に食い込むほど力を込め握りこぶしを作り、振り上げる。


比屋定「……」プルプル

八雲「……」

比屋定「……えいやぁ!!!」ボコッ

八雲「ぶっ」
164 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:10:23.20 ID:6UrSFTGKo
左頬に良いのが入った。八雲が少し仰け反る。

比屋定「このっ! このぉっ!!」ガッ ポコ

八雲「………っ」

比屋定「えいっ! っ!」ポコポコ

八雲「……」

比屋定「……! ……っ!」

八雲「海月さん」

比屋定「最初っから……」

八雲「スッキリしたかい?」

比屋定「私の気持ちなんて分かってるんでしょ……馬鹿ゴリラ」ポロポロ

八雲「知ってることしか分からないよ」

比屋定「……うぅ」

八雲「卑下なんてしなくていい。アンタは立派な女だ」

比屋定「なんで怒らないのよ」

八雲「……」


彼女は多分私のことを分かっている。

私がいきなり感情を爆発させた意味不明な行動の意味も。

私の言葉は八雲でなく、大嫌いな私自身に向けられていた。

自分が自分をどう認識しているかを吐き出したに過ぎない。

八雲はずっと、私を優しく抱きしめるでもなく、呆れるでもなくひたすら見つめ続けている。


比屋定「全部全部、分かってるんでしょう」

八雲「……」
165 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:11:14.14 ID:6UrSFTGKo

比屋定「私はこんなに……ちっぽけで」

八雲「誰かと比較しちまえば、背も器もちっちゃい魅力の無い女だと思うよ。皮肉屋でズボラで化粧もしない髪もボサボサ」

比屋定「うぅ」

八雲「良いじゃないか。比屋定海月なんてそんなモンだろ」

比屋定「良い?」

八雲「良いよ。てっぺんから足の先まで、私の知ってる比屋定さんだ」

比屋定「良くないじゃない!」

八雲「アンタが自分をどう思ってるか知らないよ? 私はそういうの良いと思うけどな」

比屋定「……」

八雲「まー三十路に入ると今までとは勝手が違うから、今更無理〜なことも増えるから色々早めにした方が良いぜ」アハハ


比屋定「会って一ヶ月くらいしか過ごしてないじゃない」

八雲「なのになんでこんな風に言うのかって?」

比屋定「……」コクコク

八雲「私は私を助けてくれた人たちと同じように自分以外と向き合う」

比屋定「理解出来ない」

八雲「助けられた分だけ恩返しさ。まぁそういうことにしといてくれ」

比屋定「誰にでも同じように?」

八雲「ああ、可能な限り。命が尽きるまで同じようにするつもりだよ」

比屋定「だからお金が貯まらないのよ」

八雲「そうかもしれないね。でも、信じて裏切られる方がずっと気が楽さね」
166 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:12:33.42 ID:6UrSFTGKo

比屋定「私が大切だからこんな風にしてくれるんじゃ無いの」

八雲「みんな大切だよ」

比屋定「気持ち悪い答えね」

八雲「私は今アンタを大切に出来てないかい。気持ち悪いって思わせちまうかな」

比屋定「……」

八雲「私自身はそうは思わないんだ」




自分のために、他人の気持ちなど関係なく主観で全肯定して受け入れる。

文字で読んでみれば独善極まりない。

そして私をどこまでも一人の比屋定海月として扱ってくれているのか。

頭の悪い彼女には、自分の感情と自分を取り巻く現実を擦り合わせ共生させるには、この方法しか無かったのだろう。


彼女は私を抱きしめない。安っぽい言葉とお世辞で慰めもしない。

ただ自分が知り感じた事実だけを述べる。

彼女が私に与えようとしているのは何だろう。救済? 友情?

……違う。彼女にとっての大切にするとは与えるのではなく自らを曝け出し一緒に居ようとすることなのだろう。

押し付けがましく与えるのではなく、堂々と叩き付ける。



余りに残酷じゃないか。



比屋定「分かってるんでしょう」

八雲「さっきからソレばっかだな」

比屋定「……」


客観視してワガママなのは私だろう。思い通りにならないからキレるロリ三十代。

八雲は向き合わせてくれ、とだけ言う。

残酷だ。


だって私は弱いのに。

167 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:13:10.88 ID:6UrSFTGKo

八雲「本当に欲しいなら言葉にしろ。私は逃げない」

比屋定「……あはは」


清々しくて笑いすら出て来た。

何もかも分かっているからこそ、私が本当に言って欲しい言葉は出さない。


その日は久しぶりにベッドとソファで別れて寝た。
168 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:14:01.38 ID:6UrSFTGKo

八雲「うー」

少将「八雲君、今日は顔が腫れている気がするのだが」

八雲「ちょっと殴り合いしたので」

少将「……比屋定くんと?」

八雲「はぁ、まぁ」

少将「大丈夫なのか?」

八雲「男同士で腹を割って話さなきゃいけない時もありますから」

少将「私は突っ込まないぞ。明日から臨床実験だが、本当に良いんだね?」

八雲「はい。死んでも構いません。まー理論的に死ぬことは無いそうですし」

少将「理論の穴を埋めるための実験だ。仮に成功しようとも、先に待っているのは」「分かってます」

少将「……すまない。私も少し動揺しているのかもしれない」

八雲「世界の海を守ろうって計画なんですから」

少将「世の男どもが君くらい肝が据わっていたらな」

八雲「私と同じのばっかりの世界なんて嫌ですよ」ケラケラ
169 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:14:50.33 ID:6UrSFTGKo

比屋定「……ただいま」

八雲「おかえり」

比屋定「……ご飯は」

八雲「おかずにハムエッグ作っといた。私は食ったから大丈夫」

比屋定「ありがとう。もう、寝るの?」

八雲「おう明日も早いし寝ようぜ」

比屋定「明日なんだよ」

八雲「そうだな」

比屋定「怖くないの」

八雲「アンタの理論なら多分死なないんだろ。なら大丈夫だろ」

比屋定「私が不安なのよこの馬鹿!!」

八雲「なら最初っからそう言えや。慰めてやろうか?」ニヤニヤ

比屋定「私がご飯食べる間一緒に居てよ」



比屋定「……」モグモグ

八雲「美味いか」

比屋定「ええ」

八雲「そっか」

比屋定「昨日はごめんなさい」

八雲「いや、謝ること無い。見たところ昨日よりスッキリしてるし」

比屋定「気のせいよ」



比屋定「ごちそうさま」

八雲「明日も早いし寝ようぜ」

比屋定「待って」

八雲「?」

比屋定「今日で最後かもしれないんだから、お礼をさせて」
170 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:15:36.06 ID:6UrSFTGKo

比屋定「上手でしょ」

八雲「……別に」

比屋定「身体は正直なものね」

八雲「ちっ」

比屋定「ふふっ」


お礼とは、八雲への耳掻きだった。


八雲「よりにもよって耳掻きたぁ、何だかなぁ」

比屋定「何か因縁でもあった?」

八雲「命を吸い取る手をしてる爺さんのことをちょっとな」

比屋定「?」



八雲「なぁ」

比屋定「ん? どうかした?」

八雲「なんでアンタは、ここまで霊装魂に拘るんだ」

比屋定「さぁ。どうしてかしらね」

八雲「ナノマシンを使った自律機動戦闘艦の方が面倒は少ないし、実現可能だ」

比屋定「何故そう思うの」

八雲「私だってある程度はお勉強も出来る」

比屋定「そうね。実は助手にも同じことを言われてるわ」

八雲「自分の言い出したことだから意地になってるのか」

比屋定「あら、私がそんな女に見える?」

八雲「……」

比屋定「ま、まぁ見えるわよね……」
171 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:17:14.81 ID:6UrSFTGKo

比屋定「自律戦闘艦を作ることは、人間が深海棲艦を作ることと同義なのよ」

八雲「敵の戦車を潰すために自前で戦車を作るのは合理的な判断だ」

比屋定「そして同数以下しか作れないなら、より質の勝る戦車が必要になる。ここが気に食わないの」

比屋定「自律戦闘艦は人の外の存在。女の肉体を模した器と敵に無い知性と感性が与えられるそうよ」

八雲「知ってるよ。自我を持つ擬似生命を創りだすのが嫌ってか」

比屋定「ちょっと違うわ。私は兵器とはあくまで道具でなければならないと思う。人の手によって動かされる人のためのもの」

八雲「セーフティだって整備する。根本が人のためのもの、って部分で変わりない」

比屋定「アテにならないわ。自我を持つ兵器はいずれ私たちの支配から外れ……人そのものに影響力を与えようとするでしょう」

八雲「根拠は」

比屋定「イブよ。創造主の言いつけを破って果実を食べてしまうのだから。女型の自律戦闘艦だって、きっとそうなる」

八雲「宗教を引き合いに出すなよ」

比屋定「女がいかに邪悪な生き物か、この星のベストセラー本に書いてるのよ」

八雲「へいへい」


比屋定「そもそもがこの戦争は誰の戦争?」

八雲「人間と深海棲艦だろ」

比屋定「深海棲艦と自律戦闘艦はナノマシンによって妖精が生み出したもの。海でそれらが戦うとすれば、人間はどこに居るの?」

八雲「……確かにそうだけど。なんていうか、アンタの言うことは承服しかねるよ」

比屋定「そう?」

八雲「霊装魂にすれば人の血が流れる」

比屋定「自律戦闘艦なら誰も傷つかない?」

八雲「……そうだよ」

比屋定「……」クスクス

八雲「あー! もう! 私にらしくないことを言わせるな!」

比屋定「貴女らしいわよ」

八雲「自分の誇りを守るために誰かの血を求めるのは、軍人以前の邪道だ」

比屋定「なら貴女は邪道を行こうとする私をどうする? 殺す?」

八雲「……なんでそうなるんだよ」

比屋定「自律戦闘艦は希望になるのかもしれない。戦争を終わらせ、全ての人と妖精を繋ぐ架け橋にも」

八雲「……」

比屋定「でもそれは、色んな奇跡が起きなければ実現しない。そもそも、彼女たちの自我が、人の幸福を願わなければ叶わない未来」

比屋定「セーフティとして誇りと愛情を植え付けられた彼女たちが学び、その偽りの自分と向き合った時にどんな悲しみを背負うのか」

比屋定「全てを知って尚、人でない彼女たちは人と共に生きる道を選ぶかしら?」

八雲「それは……」

比屋定「私だったら人間を憎んで全部壊しちゃうかもしれない」
172 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:18:47.67 ID:6UrSFTGKo

比屋定「今まで私は自分が築き上げてきたものを守りたいと思ってた。今は違う気持ちで守りたいと思う」

八雲「……」

比屋定「誰かを想う気持ちって皆が持っているんでしょう?」

八雲「私もそう信じてるよ」

比屋定「論理的じゃ無いし科学者失格かもしれないけど、感覚だとしても自分が知ってることはやっぱり無視できない」

八雲「おぉ!」

比屋定「こんな日が来るとは思わなかったわ」


比屋定「一人の人間が持つ可能性と未来、それを尊重出来る社会。今は色んな物に邪魔されて難しいけど。いつか、きっと理想の場所へ辿り着くために」

比屋定「私は人間の誇りと皆の気持ちを守りたい」

比屋定「人の可能性と言いながら……自分以外の血を流す道を行くことが他の誰かから矛盾に見えるとしても」

比屋定「私は自分の信じる道を進み続けるよ。自律戦闘艦の可能性でも、妖精の可能性でもなく、人間の可能性を信じるのなら霊装魂しか無いと思うから」

比屋定「私たちは他のものに頼らなくたって、自分で平和への道を切り開ける」

比屋定「奇跡は私たち人の手でこそ起こすべきよ……貴女はどう思う?」


八雲「アンタが人間の可能性って言葉に酔ってるようにしか見えないね」


比屋定「ふふっ。かもね。だってとっても眩しいんですもの」

八雲「いんや、私も同じさ。私も多分そいつを信じ続けてここに居る」

比屋定「自問自答したって壊れない、納得できる強度を持ったモノを科学者は事実と呼ぶ」

比屋定「私にとって自分の気持ちは確かな事実よ」

八雲「……」


比屋定「祈りなんて軍人には必要ない。一緒に動きましょう」

比屋定「救済を与える神の居ない国に生まれた人間として、自分の信じるように」

比屋定「自分自身と未来に生まれてくる私たちと同じ気持ちを抱く存在のために」

八雲「吹っ切れたみたいで良かったよ」

比屋定「八雲」

八雲「おう」

比屋定「……」

八雲「最後まで聞きたい」

比屋定「好きよ、八雲。だから私とずっと一緒に居て欲しい」

八雲「良いよ」

比屋定「……馬鹿。こんなの女から言わせるんじゃ無いわよ」

八雲「ウホウホ」

比屋定「あはは!!」
173 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:20:07.71 ID:6UrSFTGKo

実験室は悲鳴で満ちていた。


比屋定「……」

研究助手「主任、被験者が耐えられるかどうか」

八雲「まだだぁ!! 私はまだ耐えられる!」

比屋定「……霊装の同調率と出力を理論計算値の限界まで上げなさい。実験第三段階を達成します」

研究助手「しかし」

比屋定「上げろと言っている」

研究助手「……了解しました」

八雲「がぁぁぁぁぁぁ!!!!」


研究助手「……理論計算値限界に到達。これ以上は被験体が霊装と融合を始めます」

比屋定「それはまだ仮説よ。第三段階クリア、実験を第四段階へ移行します」

研究助手「本気ですか!? 被験体が人間としての生活を捨てることになりますよ!!」

比屋定「何故冗談を言う必要があるの。分かっていたことでしょう。同調率と出力を十秒ごとにコンマ1ずつ上げていって」

研究助手「で、ですが」

比屋定「分かりました。私がコンソール操作をします。どきなさい」

研究助手「………」

比屋定「被験体、聞こえてたわね。覚悟を決めなさい」

八雲「望む……ところ……」

比屋定「……」

八雲「迷うんじゃあない!! ここは立ち止まる所じゃ無いだろうが!!!」

比屋定「……ええ」


比屋定「その通りよ」
174 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:21:06.14 ID:6UrSFTGKo

〜〜〜〜〜〜


八雲「……」


研究助手「被験体が意識を失いました。全身の細胞核霊素汚染率……83%。加えてコアの形成を確認」

比屋定「よろしい。第九段階をもって実験を終了。推移データを全て私の自室デスクへ」

研究助手「……霊装同調率と霊装出力増強に伴うフィードバック臨床実験を終了します」

比屋定「被験体を医務室へ。私は自室で報告書をまとめます。お疲れさま、後はよろしく」

研究助手「……」
175 : ◆mZYQsYPte. [sage saga]:2016/11/29(火) 20:22:16.48 ID:6UrSFTGKo

八雲「……よう」

比屋定「……! 八雲! 良かった、もう目を覚まさないのかと」

八雲「まだ逝けるもんかよ」

比屋定「……だって、三日も!!」

八雲「アンタが泣くなよ。私一人の身体くらい、人間全体に比べりゃ安いもんさ」

比屋定「霊素汚染で貴女の染色体は……心臓の横にはコアまで……」

八雲「分かっている」

比屋定「……」

八雲「で、いつまで生きられるんだ。三日か? 一週間か?」

比屋定「貴女は死なない。既にコアが生きていくのに必要な霊素を、体内で生成し始めている」

八雲「人間としての話だよ」

比屋定「……現在の汚染率は89%、このまま行くと三週間後には全身にまわる」


八雲「人間に戦わせるためのシステムが、非人間を生み出しちまうわけかい。なんとも」

比屋定「……」

八雲「そうだ。謝らなくていい。私もお前も、好きなようにやったんだ」

比屋定「違うよ……何て言えばいいのか、全然分からないの」

八雲「謝ったら怒るよ」

比屋定「謝らせてくれないの」

八雲「ああ。それはしちゃ駄目だ。これから流れる血に対しても笑顔でありがとうと言え」

比屋定「私、そんなに風には――――「駄目に決まってんだろ」

八雲「もう折れる気か? アンタの人間への想いはそんなもんなのか?」

比屋定「……」

八雲「私は進んで被験体になったんだ。これで良いんだ。私たちは強くならなきゃ駄目なんだよ」

比屋定「良くないよ。八雲が納得出来たって、私は出来ない」

八雲「納得しろ」
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