【ガンダム00】沙慈「僕の義兄はフラッグファイター」

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263 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/14(土) 05:57:17.65 ID:9HfvohLM0
ビリー「……随分肩入れしているようだね、君も」

グラハム「どうした、少し呼吸が乱れたぞ」ピピ

ビリー「いや、なんでも。ただ僕と君の会話で空とガンダムが介在しないのは彼女くらいのものだからね」

グラハム「ガンダムは関わっているぞ」ピッ

ビリー「そういうことじゃあ……あぁ、うん、いいよ。僕のほうが纏まらないようだ」

グラハム「改めて纏まったら聞かせてくれ、戦友に対する盟友の見解を、私も所望する」

ビリー「戦友……ね」

ビリー(はてさて……【障害】にならなければいいけれど)


グラハム「……」

「【英雄無き町】……か」



 《私が発見した前述の二児をかばっていたA氏の奥方、彼女は私が止める間もなく安楽椅子から立ち上がり、両の手を握って、微笑んだ》

 《私のダーリンは格好良かったでしょう、と。あの人は私のヒーローだったの、と。》

 《感謝の言葉とともに重ねられた思い出の端々は、掠れて、震えていたように思える》



ルイス母「A氏はメディア、ネット、内外で身を呈し子供らを救った英雄と称えられている」

ルイス母「だが……彼女の言葉から思い起こされるA氏の人物像は、おおよそテロから児童を救ったヒーローには程遠い」

沙慈「……」

ルイス母「昼は友人とカフェでチェスをたしなみ、夜は彼女の焼くパイと珈琲を読書のともに」

ルイス母「過ぎゆく時に微睡む、一人の老人の等身大の生活そのものだった」

ルイス母「毎晩、うたた寝に沈む彼の膝に毛布をかけるのは孫の日課だったそうだ」

ルイス母「軍人でもない、ましてや若い頃も文筆業で本の虫だった彼に戦うすべはなかった」

ルイス母「そんな彼を【英雄】に変え葬ったのは、誰か」


ルイス母「そんなものは、本当に彼とその家族にとって必要な肩書であっただろうか……」


沙慈「……」

ルイス母「大変だったわね、お姉さんも、あなたも」

沙慈「ありがとう、ございます」

ルイス母「もう少し、ここで読ませてもらってもよろしいかしら」

沙慈「願っても、ないことです」

ルイス母「……ありがとう」


ルイス(私の端末……)
264 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/14(土) 05:59:03.56 ID:9HfvohLM0
 《ガンダムが取りだたされ、世界の目は新たな楔に向いている》

 《だが、あのようなものを生み出したのは我々が目を瞑り続けた醜悪であり、聴くことを避けてきた悪辣な悲鳴そのものである》

 《戦うべきはそれらである、と私は考えている。国際テロネットワーク、弱者の生命のビジネス循環という三百年間の汚点こそ、我らの対峙すべき悪であるはずだ》

 《ある人は囁く。ガンダムが、ソレスタルビーイングがそれを為すならば、その存在意義はあるのかも知れないと》

 《ならば私はこう叫ぼう。とんでもない、それを成すのは我々であるべきだ。繋がり、語り合い、助け合っていくべき我々が為していくことだ、と》


 《この世界に英雄は要らない。怠惰の犠牲、悪意の贄を許容し続ければ、次の百年をまた無為に重ねるだけに終わるだけだ》


グラハム「…………」ピッ


「やってくれたのう、彼女も」


グラハム「……」ニコッ

エイフマン「……」ニヤッ


エイフマン「彼女は【ソレスタルビーイングを受け入れつつ否定】しておる」

エイフマン「彼らがなそうとする目的に添いつつも、その存在自体は赦しておらん」

エイフマン「ゆえに彼らの活動を【世界の怠惰の犠牲】と称した……なるほど、らしいのう」


グラハム「彼らの存在意義を断ってしまえば、ソレスタルビーイングの存在自体が不要になる」

グラハム「確かに、テロリストを追っていたほうが勝ち目がない怪物相手に槍を向けるよりは有用でしょう。ガンダムは、民間人を攻撃しないのですから」

エイフマン「今回ユニオンとAEUの示した領域外不干渉宣言に関してはこれに近しい部分もある……が」

グラハム「これはそれ以上の狂気……日本人らしい発想だ」パシンッ

エイフマン「あぁ」


グラハム「彼女は、【国境を無くせ】と言っているのです」
265 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/14(土) 06:07:17.50 ID:9HfvohLM0
 エイフマン「くっくっ……今回ソレスタルビーイングが上手くハマッていたのは、国境という境界と情報の軋轢の影響を受けない立ち位置に寄るもの」

グラハム「それすらも否定するのであれば、何としてでも避けねばならないのはこのままソレスタルビーイングが例外の機構として収まってしまうことであるが」

エイフマン「その枠を埋め、かつ彼ら無くして解決し得なかった問題を解決し続けるためには、垣根をなくし情報伝達をスムーズにすること。単純な話よな」

エイフマン「この歴史の大事件を利用しろと言外に言っておるわ、この娘は」

グラハム「紛争根絶は不可能でも、その努力をする枠組みに彼らを据えてはならない」

グラハム「その役割を今までになってきたもの達が変わらず、英雄ではなく兵士として取り組むべきと、そう述べているように感じます」

エイフマン「そういう、お前さんはどうなんじゃ」

グラハム「私、ですか?」

エイフマン「とぼけるでない、彼女の忌避する英雄そのものじゃろう、お前さんは」

エイフマン「誰も到達し得ない領域で、未知の境界にひたすら挑み続けるその様を、古来より人は英雄と称えた」

エイフマン「誰も助けられぬ果で朽ちる定めを嘲笑いもして、な」

グラハム「……私は、己が市民らに尊敬されうる人格と考えてはおりません」

グラハム「仮に誰も届かぬ空で死ぬのであれば、それは本望というものでしょう。望むべくして辿った末路です」

エイフマン「……絹江嬢には言うなよ、結果が見えておる」

グラハム「ええ……口が避けようとも口外は出来ません」


グラハム「……国境、といえば」

エイフマン「ん?」

グラハム「かつて、国家が統合され経済特区に変わってしまう兆しの折、日本人はそれを大した混乱もなく受け入れたとされます」

グラハム「結果、流入する文化の蹂躙の尽くをねじ伏せ、むしろユニオン領内に広く自文化を拡散してさえ見せた」

グラハム「驚異的なメンタルと努力です。彼らは国家を無くした代わりに、文化共有圏を国土の数十倍に拡げてみせたのですから」

エイフマン「知っとるか? タコヤキはテキサス固有のフードではなく、元々日本の文化なのだそうだ」

グラハム「……それは、初耳です……本当ですか?」

エイフマン「マジマジ、本当と書いてマジじゃ」

エイフマン「ふふ、彼女の精神性にその片鱗を見出すか?」

グラハム「……日本人は学んでいたのかもしれません。【文化と国家は同一ではなく、合一されるものでもない】と」

グラハム「故に彼女のように、それを忌避することこそ怠惰の悪習とさえ言い切ってしまうのやも」

エイフマン「一愛国者としては耳が痛い……ユニオン結成に於いても、国家を守り中心に据えたアメリカ合衆国民としては、容易くは学べんメンタルじゃ」


エイフマン「くふふ……全く、よく似たもんじゃ……」

グラハム「え?」

エイフマン「んっん、失言じゃ。忘れろい」

グラハム「……?」
266 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/14(土) 06:20:04.90 ID:9HfvohLM0
エイフマン「まあ早急にはいかんだろうが、ほれ」

グラハム「む」

グラハム「……っ?!」

エイフマン「大統領直々のお呼び出しでな。明後日からしばらく人革含めて密談タイムじゃ」

グラハム「高度な政治判断にプロフェッサーの叡智が活用されると?」

エイフマン「まさか。あの戦車擬人化フェチの変態(テラオカノフ)と意見を交わす程度じゃよ」

グラハム「ふふ……お二人は相変わらずの仲のようで」

エイフマン「ワシのことを年寄りの冷や水扱いしてきおったら、リニアライフルを叩き込んでやってくれ」

グラハム「そうなったら、ロシアの荒熊との一騎打ちでしょうかね」



エイフマン「ドリームマッチは結構じゃが……【勝てるのか】?」ニヤリ

グラハム「【今ならば勝機あり】、そうお答え致しましょう」ニコリ


――――

絹江「……ありがとうございました」


パタン


同僚「んー……手がかり、なんすかね、これ」

絹江「手がかりも手がかり、重要な足取りよ」

絹江「二百年前、この松原氏の曽祖父は材料工学の権威だった」

絹江「その権威が何の前触れもなく、身辺を整理し蒸発」

絹江「これを彼らNSAが追っているのであれば間違いない」

絹江「ソレスタルビーイングは、当時の事実を辿ることでのみ真実に近づける――!」


同僚「それから、どうするんです?」

絹江「え?」

同僚「いや、ね……連中が本当にしたいこと、そしてその欺瞞を暴きたいってことは分かるんですけどね」

同僚「今、何が起きているかってとこに重点がないと、軽いんじゃないかっていうんですかね……例の記事も、簡単に言っちまうなあって、思っていたりなかったり」

絹江「……貴女のそういうとこ好きよ。忌憚ない意見ってやつ?」

同僚「どーも」

同僚「これで、特集番組は組めそうで?」

絹江「お陰様で。まだまだ裏付けは必要だけれどね」

同僚「じゃー前夜祭で焼肉行きましょ焼肉。最後のシャバの飯になるかもだし」

後輩「最後?! 最後ナンデ!?」


絹江「……今の目が足らない、か……」
267 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/14(土) 06:21:03.86 ID:9HfvohLM0
ここまで
また来週
ようやくアザディスタン
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 08:55:58.21 ID:e3UkeF3O0
超乙

たこ焼きがテキサスのソウルフードになってるとか、ちょっとあり得そうだなw
テキサスコーンのタコヤキ味しか知らないけど
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/15(日) 01:16:26.11 ID:nNE2UGnXo
なんかグダグダになってきたな
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 10:35:27.35 ID:kzfR4E0S0
テキサスでタコヤキってタコスと混じった結果か?
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/17(火) 18:56:11.01 ID:1wyRuMJPO
タコってついてるし似たようなもんだなきっと
272 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 09:29:37.32 ID:xXnfJEIM0


――――


 時計を、眺めていた。
 長い、長い、長針の傾きの度にため息を漏らす。
 何時間にも思える一分を積み上げて、日は昇り、傾き、朱に染まり――夜が訪れる。


「……行こうか」


 予定時刻にはまだ早く、長針の半周を待つ必要があった。
 だが、自分は我慢弱い。
 猶予という名の焦りに背を押されるまま、部屋を後にする。

 休暇を空の下で過ごす、中々にない経験だ。
 堪能させてもらおう。我が戦友よ。


――――


絹江「…………」

グラハム「…………」


絹江「……なんでもういるのよ……」ガクッ

グラハム「それはこちらの台詞だ、予定集合時間より45分も早い」

絹江「そりゃあ移動手段とかタイミングとか……まぁ、楽しみだったし、色々よ。色々」

グラハム「それは良かった。少なくとも両者ともにこの時間には意欲的らしい」

絹江「そういうことね。じゃあ、エスコートはお任せしても?」スッ

グラハム「承った、姫君。かぼちゃの馬車は裏に停めてあります、どうぞこちらへ」スッ

絹江「ふふ……よしなに」


 ・
 ・
 ・
 ・

 
273 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 09:53:38.26 ID:xXnfJEIM0


――ユニオン領内・某ホテルBAR――


絹江「…………」キョロキョロ

グラハム「予約していた者だ」

バーテンダー「照合が完了いたしました。いらっしゃいませ、Mr.エーカー」

グラハム「行こうか。窓際の席になる、高所が苦手でなければいいが」


絹江「予想はしてたけど……ほんっと全力ね……貴方」ハァ

グラハム「こういうところは得意ではなかったかな?」

絹江「いいえ、でも格好だけまともにしてきて良かったわ」

絹江「……今回は、ちゃんと自分の分は支払うからね?」

グラハム「結構。それも想定済みだ」

絹江「あら意外、すんなり引き下がったわね」

グラハム「金だけで矜持を示すほど、薄い男になったつもりはないさ」


グラハム「では、いい夜にしよう」

絹江「乾杯」


 ・ 
 ・
 ・

グラハム「例の記事を読んだ」

絹江「どうだった?」

グラハム「あの後、彼の家族に会っていたというのは初耳だった」

絹江「男性のご家族に問い合わせて、二人の子供の家族と会ってもらってた合間に、少しね」

絹江「二人を救えたのは彼の献身あってのこと、それを知ってほしかっただけだったんだけど」

絹江「付け込んだインタビューって、言われたりもしてね。要反省よね、こればっかは」

グラハム「君は正しいことをした、そう確信できる内容だった」

絹江「……ありがとう、グラハム」
274 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 10:26:38.98 ID:xXnfJEIM0

グラハム「……教授から」

絹江「ん?」

グラハム「プロフェッサー・エイフマンから、指摘を受けた」

グラハム「君の記事にある英雄不要論だが……私自身、その英雄の条件に合致しているのではないか、という指摘だ」

絹江「……」

グラハム「私は、この指摘が正鵠を射ていると思っている。少なくとも、君が意図したものに対して、だがね」

絹江「……流石は教授ね、見透かされているってわけか……」

グラハム「私自身は疑問視している」

絹江「そうね、世界のためにその身を捧げる存在……英雄をそう定義するなら、軍人をその枠にあてがうのは正しいとは言い難くもある」

グラハム「そうだな、あくまで身命を担保に給金を得る存在、そのような者も多く、私も……」

絹江「あなた達軍人は軍事力として平和と治安維持に貢献するもの」

絹江「故に法と秩序を護るものであり、かつそれらに護られるものでもある。捧げられるものではなく、そうあるべきものでもない。それが大きな違いよ」

グラハム「……興味深い答えだ」


絹江「まあ、そういった条件を無視しても……かねがねご指摘通りってところかしらね、ヒーローさん?」チン

グラハム「過大評価だ、私は自分の欲求に殉じて飛んでいる。高尚な理念も持ち合わせず、人間的な魅力にも欠落した異常者だ」チン

絹江「そういうところが、英雄らしいと言えばらしいのよね?」

グラハム「ふ、玩具を振り回して遊ぶ幼児と同格の精神構造のこの私がかね?」

絹江「でも、貴方は言ったわ。それでも、誰かを護るために、相手が何であってもその前に立つって」

グラハム「!」

絹江「貴方の言葉だからこそ信頼できるのよ。嘘が下手な、貴方だからこそ……ね」

グラハム「ッ……」グイッ

グラハム「ふぅ……褒め上戸のようだな、君は。酔いが回っていると見える」

絹江「あら、まだ駆けつけ三杯にも及ばないわ」クスクス
275 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 11:10:23.20 ID:xXnfJEIM0

絹江「……聞いたわ。人革連とユニオンの上層部が秘密裏に会合を重ねているとか」

グラハム「秘密裏とは何だったか、という気分だな」

グラハム「情報においては君のほうが精度は上だろう。間違いはあるまい」

絹江「むー……なんか知ってるわね、その口ぶり」

グラハム「仮に認知していても守秘義務がある、我が口は貝の如しだ」

絹江「知る権利!」

グラハム「ははは、部外者に口を滑らせる馬鹿はユニオンにはおらん」

絹江「だいぶブーメラン投げてない? それ」

グラハム「あぁ、既に手遅れという奴だ。だが、正確な情報はこちらにも降りては来ていない」

グラハム「仮に共同戦線ともなればこれ以上無い心強さだが……なにせ我らは自国領内以外での武力介入には介入しないと宣言してしまっている」

絹江「やるからには、相応の搦手が必要……か」


絹江「……」

グラハム「何を考えているかは分かる。肝心要の搦手がどうなるか、だろう」

絹江「可能性として一番考えられるのは、ユニオン側が他国の治安維持に乗り出すパターンね」

グラハム「世界の警察機構を自認し、国連軍とも関係深いユニオンであるからこその手段だな」

絹江「分かっているつもりなのよ、そういうの……ありきたりなものだってね」

絹江「でも……それは対象国の内情を考慮されて行われるわけじゃあない」

グラハム「熟知している」

絹江「貴方は……どう思うの?」

グラハム「……私の存在意義は、ガンダムの打倒と機体の回収にある」

グラハム「舞台を整える力もない以上、与えられた環境に異を唱えることは単なる自己否定以上の矛盾だろう」

絹江「でも……!」

グラハム「絹江」

グラハム「私は、軍人だ。命令には従う、それだけだ」
276 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 11:38:46.19 ID:xXnfJEIM0
絹江「っ……」グイ

グラハム「……」コク

絹江「……」チリンチリン

バーテンダー「お伺いいたします」

絹江「ギムレットを」

グラハム「私はマティーニを頼む」

バーテンダー「かしこまりました」


絹江「はぁ……そうね、そう……軍人だもの、貴方は」

グラハム「現実は虚構のようには行かないものさ」

絹江「その現実を知らない以上何も言えやしない、ええ、そうなのかもね……」

絹江「でもね、グラハム……私は……貴方に、自分を誇れないような戦場に立ってほしくないのよ」

絹江「素晴らしい人だって知っているし、それに……」


絹江「……それに……私は……」


グラハム「そこまでだ。これ以上は杯にばかり手が伸びてしまう」

グラハム「なに、私は十分すぎるほど報われている。このような落伍者を気にかけてくれる友人にも恵まれた」

グラハム「こうしているだけで、いいのだ。飛ばぬときにも安らげる、それだけで、いい――」

277 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 12:27:37.75 ID:xXnfJEIM0

絹江「ッ……駄目ね、私。世間知らずってのがバレバレ」

グラハム「過ぎた謙遜だ。見知った世界の広さなら、同年でも君に並びうる者はそうはおるまい」

絹江「うん、言い換える。きっと、もっと知りたいんだわ、私」

絹江「もっと知りたい……もっと見たい……もっと解りたい。だから、焦ってる」コク

グラハム「は……その様子だと何か言われたか。構うことはないよ、君はまだ若く、学ぼうという意欲も総身に滾って余りある」

グラハム「足元を疎かにして駆けずり回っても、ひとたび転げ回れば全て台無し。よくある話だろう」

絹江「……」コク

グラハム「一歩一歩、踏みしめていくべきだ。ただでさえ君の歩幅は常人の倍はあろうというのに」

絹江「……」コク


グラハム「せっかくの視野と見地まで投げ捨てて……?」


絹江「……」コク


グラハム「……絹江」

絹江「……」

グラハム「それは私のマティーニだ」

絹江「……」

グラハム「…………」


絹江「  」グラァ


 ・
 ・
 ・
 ・

グラハム「君といると、本当に飽きることがない」

絹江「……ごめんなざい……」グター

グラハム「気にするな、皮肉だ」
278 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 12:55:22.46 ID:xXnfJEIM0
――車内(グラハムのマイカー)――


グラハム「飲み方は、手慣れていると感じた」

絹江「……」

グラハム「だから、君は飲めるものだと考えた。いける口だとね」

グラハム「私も飲むときはそこそこに飲む質だ、だから……勢いもそのままに来てしまったんだが」

グラハム「いや、言い訳はいい……済まなかった。付き合わせてしまったのだな、君には……」

絹江「あなたに、ね」

グラハム「!」

絹江「電話で話してて、このお誘い受けた時、正直、舞い上がったの」

絹江「こういう経験、あんまりないから。貴方と行くところって普段行かないようなところばかりだし、それもコミコミ」

グラハム「……そうか」

絹江「でもね、いざ行こうかってなった時、何でかしらね……足がすくんじゃって」

絹江「……うん、先に、煽ってきてたの。それなりに」

グラハム「……何だ、それは……」ハハッ

絹江「気づかなかったでしょ……貴方は、一歩引いて接してくれるから」

絹江「香水強めにしなくても大丈夫って思ってたら、足元を掬われたわ……ほんと、馬鹿な話ね」

グラハム「なに、気にするな。それなりに長くいた、話もした。楽しい夜だった……気分は?」

絹江「だいじょうぶ・・・」

グラハム「休んでいてくれ、宿泊先に着いたら起こすさ」

絹江「ん……」


(まあ……)

(言いかけた言葉に……何を言いそうになってたかってことに……)

(自分で動揺して、こうなったとは、言えないわよね…………)


 ・
 ・
 ・

279 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 13:11:33.86 ID:xXnfJEIM0
――翌日・早朝――


絹江「…………」





絹江「どこ、此処?」



――マンション・グラハム宅です――


絹江「それはどうも……」

絹江「……」


絹江「……ええ……?」




280 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 13:30:11.72 ID:xXnfJEIM0
――――

同僚「ここんとこ、もうちょいわかりやすく行けないかな……表現硬いよね」

後輩「やってみます!」


PPPP


同僚「おっ……はいはい、私ですよっと」

同僚「あぁ……ええ、やっておきましたよ。いつも通りに、滞りなく」

同僚「えぇ、またタダ働き? 休暇もなくこんなこと……へいへい了解」

同僚「……は、んなわけ無いでしょう。一番知ってるくせに」


P

同僚「ったく……絹江サンはうちらに任せてどこで何やってんだか」

後輩「例の失踪者、ユニオン西海岸で一番新しい人がいるんですってよ」

同僚「口実でいちゃついてんじゃねえだろうね全く」

後輩「あっはっは、まっさかー」


――――


「おう、お前ら。準備しろ、移動を再開する」

「了解」

「ジジイはどうだ?」

「相変わらずですね、荷物の一部です。ピクリともしねえ」

「ほっときゃいいさ。肝心なのはこっからだ」

「向こうの諜報役にも指示は出しといた、内情は筒抜けだ」



サーシェス「さあ、掻き回してやるぜアザディスタン……誰も彼も死に腐る、泥沼の内戦までなぁ!!」
281 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/01/21(土) 13:32:11.88 ID:xXnfJEIM0
ここまで
アザディスタンまでいってない?なんのことだか
次は日曜日〜月曜日に一回。次金曜日。
ではまた
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 14:41:11.55 ID:iBSk43y30
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/22(日) 07:49:05.99 ID:muF8UBlE0
カボチャの馬車って言い回しすこ
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/27(金) 19:59:30.74 ID:5KMFN7fGO
12時に魔法が解けて酔い潰れてしまったんやな
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/29(日) 10:09:38.56 ID:++HKK52Ao

ハムさん飲酒運転って思ったけど、アメリカは飲酒運転も問題ないか
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/31(火) 10:05:05.67 ID:PCBtRqAP0
子ブッシュは飲酒運転で切符切られた経験あるとマジレス
たぶん自動運転なんだろ
287 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 01:17:28.96 ID:zSFv4luf0
済まない、罵倒してください
では続きを
288 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 01:26:54.85 ID:zSFv4luf0
――――

絹江「……」

絹江(殺風景な部屋、ベッドとクローゼット、時計に鏡、目立つ小物は殆ど無し)

絹江(時間はお昼前……すごいな私、半日近く爆睡してたってわけ)

絹江(……えーーーっと)ポリポリ

絹江(ここがどこかなんて、考えられるとすれば一つだけだけど……)


絹江「……」ササッ

絹江(よし、はいてる。上着だけ、脱いでる。あ、壁に掛かってた)

絹江(まー、なんかあったとかって感じじゃないし、あの人に限ってそういうのは有り得ない訳だけど)

絹江「……なんでまた……??」

絹江「!」

絹江(……大きいベッド……きれいなシーツ)シュル

絹江「……いつもここで寝てるのかな……」


絹江「……」クン

絹江「…………」クンクン


ガチャッ


ビリー「……あれ?」

絹江「」マンマル

『どうだ、カタギリ』

ビリー「ん〜、まだ寝ているみたいだ。物音がしたかと思ったんだけれどね」

『疲労が溜まっているのだろう、そっとしておいてやってくれ』

ビリー「そうしよう、レディの寝所を覗いた不届きを自ら晒すほど僕も命知らずじゃない」


パタン


絹江(いるんならノックして……っ!!!!)


『さて、何処まで話したんだっけ』

『我が不貞の濡れ衣を晴らす途中だったと記憶しているが』

『あぁ、OK』

絹江「……」
289 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 02:27:25.99 ID:zSFv4luf0
――――

ビリー「昨晩、酒気を漂わせた君から救難連絡を受けたときは何ごとかと思ったけど」

ビリー「叔父さんも空気の読めないお人だよ、君の逢瀬の最中に呼び出しとはねぇ」

グラハム「タイミングとしては最悪だった。自動運転では法定速度以上を出さない上に、彼女のホテルは基地と正反対」コポポ

グラハム「将官殿を一時間以上待たせる度胸は私も持ち合わせていない、故の援軍、感謝するよカタギリ」カタン

ビリー「なんのこれしき、君と僕の仲だろう、盟友?」ズズ

ビリー「うーん、良いブレンドだ。相変わらずあの喫茶から買い付けているのかい、グラハム?」

グラハム「休暇中くらい真の珈琲を飲まねば、基地で頂く融かした暗黒物質をそれであると脳が誤認しかねん」

ビリー「同感だ。これが貰えただけ一晩アシを務めた甲斐があったというもんだよ」コク


――――

絹江「……」コソコソ

絹江(そういうことか……確かに夜間市街地でも30マイル出ないもんね、あれ)


『しかし、君に付き合えるとはね。想定外の酒豪のようじゃないか、クロスロード嬢は』

『お前が言うか? その顔で毎回平然としているのだからな、全く』

『いや、はっは。正直ね、君がぐったりしている彼女を抱いて車から出てきたときは、【シット、この野郎やりやがったな】って中指立てたもんだけど』

『正直も過ぎると友情破綻のきっかけになるぞ、カタギリ』

『杞憂で良かったよ、そういう輩は教授の逆鱗のお隣さんだからねえ』

『私も鉄面皮ではない。あのまま基地に向かうことの危険性と無人さは理解しているつもりだ』

『ほう?』

『ほう、じゃない。後部座席に寝かせた紅頬の絹江嬢を見られて、弁解だけでどうにか出来るはずがあるまい?』

絹江(一応そういう体面気にするだけの常識は持ち合わせてたか……)

『一応そういう体面気にするだけの常識は持ち合わせてたか……』

『思考が完全に射出されているぞ、カタギリ』


絹江(でも、深夜にホーマー・カタギリほどの大物が彼を呼び出すって……?)

――――

ビリー「それで、いよいよだけれど、どうするんだい? グラハム」

グラハム「どうもこうもあるまい。軍人である以上、職務と命令に殉じるのみ」

ビリー「その割には、司令に随分突っかかっていたみたいだけれど……」

グラハム「考慮すべき点を予め確認していたに過ぎんよ」

ビリー「そう、そこだ」

グラハム「?」

ビリー「君はいい意味で人の話を聞かない男だ。【予測不可能な事態に対処する】、その二言なしの思念に基づき無用な心配は聞く耳さえ持たない」

ビリー「その君が、作戦概要なんて【想定通りのことに固執した】から、叔父さんは怪訝な顔をしたんだよ」

グラハム「…………」

290 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 02:58:28.38 ID:zSFv4luf0
グラハム「なあ、カタギリ」

ビリー「ん?」

グラハム「気にはならないか、今回の対外派兵……」

ビリー「中東の火薬庫、火の点いた導火線付き」

ビリー「確かに君が心配するのは分かるよ。なにせ今回の一件はそもそも軍部も及び腰だったからねえ」

ビリー「政治家連中はそれに業を煮やして国連決議の支援プロジェクトまで立ち上げる始末だ。コーナー氏は何を考えているんだか……」

グラハム「問題点が保有戦力や武装勢力の範疇にない、我々が向かったところで出来ることは皆無だろうよ」

ビリー「だが、紛争になりうるなら彼らは来る」

ビリー「それこそが軍上層部の思惑じゃないのかい。数少ない火種の中で、最も集約率の高い展開が可能だ」

ビリー「僕の中の君は、喜々として作戦参加を受領するとばかり思っていたんだけれど……?」

グラハム「…………」

ビリー「まいったね、こりゃ……無自覚にも程がある」ズズ

グラハム「命令には、服従する」コポ

ビリー「ありがとう。そもそも、君らは君らの仕事をこなすだけ。命令も強制もされない、作戦範囲内での独自行動が確約されるはずだ」

ビリー「何が面白くないのかは分からなくもないけれど、集中はしておくれよフラッグファイター」





ビリー「相手は……あのガンダムなんだからね」



ガタンッ
ドタタッ


グラハム「ッ!」

ビリー「おぉ?!」


絹江「あいたた……っ」


絹江「…………あ」

グラハム「……!」

ビリー「やれやれ……」


 ・
 ・
 ・
 ・



291 :初登場 ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 03:32:11.47 ID:zSFv4luf0


――ソレスタルビーイング・エージェント機――

王留美「――という訳でしてよ」


ロックオン『おいおい、遂に来たかって感じだな』

刹那『アザディスタン……!』


王留美「そのご様子ですと、既に概要は知られていると考えてよろしいですね?」

ロックオン『あぁ。ミス・スメラギがいつも苦い顔してにらめっこしてたからな、嫌でも焼きついちまうよ』

ロックオン『アザディスタン王国……中東という往来に埋まった見えてる地雷ってな』



――アザディスタン王国。

――旧き王家を擁立し象徴に据えることで成立し、周辺の小国を外交的、もしくは武力によって統合した中東の振興国である。

――中東全体の石油輸出規制の影響、そしてそもそもの石油資源の枯渇。

――そして統合した諸国との軋轢、保守派と改革派の宗教対立、それらを起因とした国内情勢の悪化。

――今、最も火種を多く抱えている国家と、誰もが名指しするであろう、発火寸前の火薬庫であった。




紅龍「現在象徴として第一皇女・マリナ・イスマイールを擁し、政治は議会制で執り行っておりますが」

紅龍「経済支援外交で各国に飛び回らざるをえない彼女では、第一党の改革派の勇み足を留めきれず、保守派の不満は増す一方」

紅龍「それも宗教的指導者であったマスード・ラフマディ師が受け止めることで一線を越えずに済んでいましたが……」

ロックオン『そのラフマディの爺さんが、今回何者かに拉致された……か』

紅龍「おっしゃる通りです」

刹那『改革派の手の者か?』

王留美「ヴェーダの予測ではその可能性は8%を割りますわ」

ロックオン『へえ、低いな?』

王留美「改革派からすれば、保守派の不満をせき止めてくれる唯一の防波堤が彼ですもの」

ロックオン『いなくなって困るのは、好き勝手のツケを払わされる自分たちってわけか……』

王留美「ところで、スメラギ・李・ノリエガはどのような予測を?」

ロックオン『聞いて楽しいもんじゃあねえさ……なに、簡単なことでな』


ロックオン『普通に武力介入したところで紛争は終わらない……相手が【市民】であるアザディスタンではな』


刹那『っ……』
292 :初登場 ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 04:01:40.92 ID:zSFv4luf0


――後に、局地的戦略概念として語られる学問の貴重な資料として挙げられる、クルジスの紛争。

――ここでは、【少年兵】という存在がクルジス側の武装勢力で多用されたことの「効果」が注目を集めた。


――大別すれば、二つ。

――一つは、少年兵が対象問わずMSや成人兵士によって殺害されることで、その映像が「善悪の内情を飛び越えて彼らに同情的な世論が作られる」という【偶像性】によるもの。

――そしてもう一つは、彼らとの交戦による相手兵士側への強い心的ストレスと、その影響。継続的作戦構築を困難にさえさせた【倫理的攻撃性】によるものである。


――これらが重なった結果、クルジス紛争では、戦場カメラマンたちの連日に及ぶ決死の取材で集められた映像資料が、あろうことか戦争そのものを長引かせたのではないかという統計結果すら報告されていたのだ。


王留美「……これらは、正式にクルジスが併合されてからも無差別に繰り返されておりましたものね」

ロックオン『併合確定の後から蒸し返しによる混乱、国軍及び派兵国連軍のPTSD被害の保障、アザディスタン側との軋轢、問題の押し付け合い、二転三転する軍事裁判……』

ロックオン『アザディスタンの現在の情勢悪化も、初動を狂わされた足並みの乱れが少なからず影響してるって見方も多い』

王留美「この作戦を指揮した存在は……」

紅龍「っ、お嬢様」

王留美「……全く、唾棄すべき存在であると言わせていただきますわね」

刹那『…………』


王留美(殆ど資金的に猶予の無くなった戦後状態でさえ継続可能で、どう転んでも敵側に混迷をもたらしうる、安価な肉の奴隷)

王留美(この一件、【少年兵をどうやってあの短期間で大量に集めて投入できたか】が議論されるほど、運用側の手腕が【高く評価された】ものなのだけれど)

王留美(流石に口を滑らせる訳にはいきませんわね……相手が彼であれば尚更、ね)


ロックオン『まあつまり、本気で情勢が悪化した場合、【勝ち目度外視で人間が突っ込んでくる】わけで』

ロックオン『それを世間に見せちまった場合、俺達の評判が悪くなるだけじゃなく、俺達自身にも悪影響があるだろうってのがミス・スメラギの第一の懸念だ』


王留美「(今更ですわね)……第一?」


ロックオン『はは、第二の懸念は簡単だ。同じ理由で対外派兵の国連軍も人間相手にMSを出さない』


ロックオン『つまり、出て来るMSは全部、もしくは大半俺たちガンダムに襲い掛かってくるって寸法だ』

王留美「……成る程、上辺の派兵にも意味を持てる……と」

293 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 04:29:00.71 ID:zSFv4luf0


刹那『第三の懸念もあるだろう』

ロックオン『おぉ?!』

王留美「……それは?」

刹那『俺達が対外軍を攻撃して防備が手薄になった場合、もしくは国連の支援が撤退した場合』

刹那『アザディスタンが切望している太陽光発電の受信システム建設支援はテロの格好の標的となり、根本的な紛争根絶が不可能になるであろう、ということだ』

紅龍「……確かに、技術者に対するテロ行為は完璧には防げません。ましてや現地民ですら信用できなくなっては……!」

王留美「……つまり、我々が取るべき道は」


 ・大規模戦闘は避け、支援施設を防護し、市民軍への攻撃及び介入を最小限にし、国連支援が継続できる範囲での作戦行動で、この紛争を終わらせる。


ロックオン『……絶望的だな、ガンダムの出る幕かい、これは』

刹那『ガンダムでなくては出来ないことだ』

刹那『ガンダムマイスターである俺たちにしか出来ない……俺たち無くしては終わらない戦いだ』


ロックオン『いつになくやる気満々だな、刹那。そう来なくっちゃな……!』


刹那(今度こそ、俺は……ガンダムになる!)


 ・
 ・
 ・
 ・


――ユニオン・ホテル途中道路――


絹江「…………」

グラハム「…………」

絹江「…………」



グラハム「……………………」


絹江「きまずいっ……!!」クゥッ

グラハム「言葉に出ているぞ」
294 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 06:11:01.83 ID:zSFv4luf0


グラハム「……私は、自ら考えて意見をし、確認を取ったに過ぎない」

絹江「……」

グラハム「君に影響を受けたということは何一つ無い」

絹江(それはそれでジャーナリスト失格っぽいけどなあ)

グラハム「それに言動一致は揺るぎない。私は命令に背くつもりはない、軍人としての責務をまっとうするだけだ」

グラハム「……君との意見の相違に思うところがないわけではないという意味では、君の琴線に触れていてほしくもあるが」

絹江「はー……」

絹江「よりによってアザディスタン……それもガンダム目当てが丸分かりの、形骸的派兵か」

グラハム「不快か」

絹江「不毛よ。仮にガンダムを鹵獲出来ても、中東の対三国意識はますます悪化する」

絹江「自国内で面倒見なくちゃならないところに貴方達が行っても、責任転嫁されるだけ」

絹江「道化も良いところだわ、何一つ改善されない、何も解決なんかしない……馬鹿みたいじゃない……!」

グラハム「……同感だ」

絹江「なら何故……?!」


グラハム「私が、ガンダムと戦いたいからだ」


絹江「…………」ガク

絹江「ほんと……そこでユニオン軍としての使命も、対ガンダム調査隊の矜持も出さないところが……貴方らしいわ」クシャ

グラハム「もっとも強い感情を表明しただけにすぎない、他意はないさ」

グラハム「……軽蔑したか」

絹江「少し……ううん、けっこうキテるかも」

絹江「そういう人だって知ってたつもりだし、立場が他の方法を取らせてくれないことも分かってるけど」

絹江「……何か思っていて欲しいと思うこと自体、私のエゴですもの、ね。分かってるわ」


グラハム「……到着した。私はここまでだ」

グラハム「私の事情に付き合わせてしまった、無礼の埋め合わせが許されるならまた後日に」ガチャ

絹江「最初に粗相をしたのは私でしょう。気にしないで」

グラハム「手を」スッ

絹江「結構よ、車くらい一人で降りられる」

グラハム「……あぁ、済まない」




絹江「……それじゃあ」


グラハム「あぁ」





「さようなら」
295 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 06:28:26.26 ID:zSFv4luf0



――――

『儂じゃ』

「おはようございます、プロフェッサー」

「今、貴方のお時間をこの若輩者に割いていただくことは出来ますでしょうか」

『……良かろう。何じゃ?』

「アザディスタンへの、派兵が決定いたしました」

「対ガンダム調査隊も同行し、独自行動による鹵獲作戦決行が予定されております」

「私も、フラッグを駆ってガンダムと相まみえることでしょう」

『ようやく面目躍如と言ったところか。待ち望んでおった展開だろうて、なぁ?』

「……プロフェッサー・エイフマン、私は分からないのです」

『……何が、かのう?』

「あれだけ渇望しておりました。これだけ切望してきました」

「各国の精鋭がぶつかり、敗北し続けている存在への切符が、ようやく手元に転がり込んできたのです」

「ですが、歓喜は鳴りを潜め、狂喜は何処吹く風……嬉しいはずなのに、何故なのか」

「こうなったことを、何処かで喜べない……私がいる、そんな気がするのです」

「プロフェッサー、単刀直入にお答え下さい」



「このような私に、フラッグを駆る資格は、あるのでしょうか?」



――後日――


――JNN――


デスク「……絹江、今お前何つった」


絹江「…………」

後輩「っ……」ビクビク

同僚「……アチャー」

同僚(焚き付けすぎたかな……?)


デスク「もう一回言ってみろ、そうしたら特番の話は無しだ。お前を外す」

絹江「……何と言われようと、お答えできることは一つです」

後輩「せ、先輩?!」



絹江「私を、アザディスタンへ特派員として派遣してください!!」
296 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/02/18(土) 06:32:42.13 ID:zSFv4luf0
ここまで
ほんと申し訳ない

次回、金曜日までに必ず。


【アルコール耐性個人評】

絹江:趣味がおっさん。あの顔で結構強い。絡み酒

グラハム:どっちかというと蒸留酒好き。あの顔でかなり強い。笑い上戸

ビリー:その顔でユーヌ・ピュレ(高度数のアブサンメイン)とか嘘だろ?なので強い。翌日に残るタイプ

レイフ:こんなイケメン爺さんがバーで飲んでたら初恋してる乙女みたいな目でずっと見てると思う。



コーラサワー:甘いものやスッキリしたものが好き。ワク。

マネキン:あんまりお酒強くない。

セルゲイ:ビール好き。強いけど奥さんには一回も勝てなかった。



アブサン系は駆けつけに飲むには味が独特過ぎる(あれ無理、臭い)ので最後に飲むのがいいと聞くが、いきなり飲みだす辺りビリーって実はスメラギ並の酒豪なのではないかと考え出している。

アブサン 30〜60ml
グレナデンシロップ 15ml
ミネラルウォーターで満たす
ビルド/タンブラー
という感じ。誰か試して。


ではまた。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/18(土) 10:54:49.75 ID:CbP/gEVrO
乙だと言わせてもらおう
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/18(土) 13:34:06.28 ID:ZzOtqjvNO
乙!
マネキンさんは確かに弱そうだ…すぐ顔が赤くなりそう
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/20(月) 09:24:17.07 ID:tBeIGjT00
せっちゃんは飲めなさそう
仮に飲んだとしたらタイプR35になりそう
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/13(月) 07:06:12.00 ID:T4lYVCyMO
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/22(水) 18:21:48.63 ID:ULFad9VR0
タイプr3t
302 : ◆AvaUNpQJck [sage]:2017/03/29(水) 04:33:15.12 ID:SkN4kyuo0
長らくお待たせいたしました。
個人的諸用に何とか今区切りがついたもので、明日深夜より再開したく思います。
303 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/03/30(木) 04:33:12.78 ID:sVF1DYSf0
ようやく帰宅。
可能な限り進めます
304 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/03/30(木) 04:42:21.15 ID:sVF1DYSf0
――アザディスタン――


 荒涼とした大地に、それは一夜にして現れた幻のように灰色を広げていた。
 地上戦力の航空輸送展開と高度な建築技術により構築された、仮設前線基地。
 世界の警察を自負するユニオン軍だからこそ可能とするの十八番、他二国に追随を許さない展開力であった。

 
「まさしくヒデヨシ・トヨトミの再来だねえ。いつ見ても惚れ惚れする陣容だよ」

「……誰だ、それは」

「古代日本のキングだよ。一夜にして城を敵陣の目の前に打ち立てたとされる築城の名人だとか」

「博識だなカタギリ。だが、あくまで燃料弾薬の補給用中継点に過ぎない、過信は禁物だ」

「合点承知、ケツまくる準備はいつも万全さ」

「それは重畳」


 興奮してまくし立てる白衣の盟友を窘めながら、今なお構築半ばの基地を歩く。
 砂塵交じる乾いた風に顔をしかめて歩いていると、会う者が皆敬礼を送ってくれる。
 全て、本作戦への要たる最精鋭への期待と敬意を込めた礼。
 それに対する軽い答礼も途中から返せなくなる。
 出来たばかりで行き違う波のような人々全てに反応など、とうてい無理なのだから。

 時折、空から大きく影が落とされ、航空輸送機が物資とMSを満載して基地に降り立つ。
 日本由来の、MS技術にも貢献した技術は荒野を滑走路に変えることも容易く行ってみせる。
 既に基地には、陸戦型フラッグや地対空ミサイルを始めとした【仮想敵への戦闘準備】が着々と構築されつつあった。
 アンフやヘリオンを相手取るには明らかな過剰戦力。
 露骨なものだと内心毒づく自分に、何処かで気づかないふりをした。

 積み重なったコンテナ、内容物が特殊な暗号バーコードで記されているそれらの林を抜け、日差しから逃げるように横長の建物へと入る。
 即座に中にいたスタッフ全員の敬礼が彼らを迎えた。
 全員、MSWAD基地から追従してきたMS技師、整備兵、研究者たち。
 世界を揺るがす【天使】を相手取るために集められた、有数のバックアップ。
 ただ一名を除いて、彼が望む全ての支援体制がここに集っていた。


「……ご苦労、ゆっくりしてくれ」
305 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/03/30(木) 04:57:04.31 ID:sVF1DYSf0

「エイフマン教授は……結局こっちには付いてこなかったね」

「現地におけるガンダムとの交戦は最小限になる、との予測だったな」

「だから現地で交戦データを元にした戦術改善案を考案するのは無用、自分が向かう意義も皆無……だそうで」

「その予測が的中しないことを願うしか無い。成すべきを為す、ただそれのみさ」

「グラハム、君は……」

「真意ならば、理解しているつもりだ」

「なら……良いんだけど」


 肩をすくめる盟友。その姿から視線を外すことは出来ても、胸中の暗雲は振り払いきれずにいた。
 それは、かの教授がこちらに来なかった理由が、それだけではないと知っていたから。
 この作戦が正道にないこと……【ガンダム鹵獲のための口実的軍事支援】であることへの不快感が起因していることを感じていたからに他ならない。


(……大義だけで、舞台が整うはずもない)

(軍事活動は慈善事業ではなく、明確な経済行為の延長にすぎないことも自覚していた)

(表向きに対外介入では軍を動かさないとしてしまった以上、こうなることは明白だった)

(――あぁ、分かっていたはずじゃないか。偽善と欺瞞の上を飛ぶことが、自分の唯一の飛び方だってことは)

(分かっていた、はずじゃないか……)


 ただ、戸惑っていた。
 恩師の子供じみた抗議が、現実ではなんら役に立たないことも理解していて。
 この機を逃せば、ガンダムとの対峙など何時になるかわからないことも危惧していて。
 ただ飛べるだけで、戦えるだけでいい、それが自分の人生なのだと規定もしていて。

 なお、この青く澄み渡った空を飛ぶことに対し、戸惑っていた。


 恩師の答えは、ただ一つ。

【飛ぶかどうかは、自分で決めろ】

 ずっとそうしてきたはずなのに、何故か酷い難問を投げられた心地だった。



「……ん?」
306 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/03/30(木) 07:36:53.66 ID:sVF1DYSf0

 ふと、その蒼に陰りが浮かぶ。
 飛来する機影は、軍用輸送機。
 MS搬入には扱えない、旧型のものだった。
 基地の隅、物資搬送には遠い位置に着陸する機体。
 揺らぐ陽炎に降り立つそれに、何故だろう。
 強く、視線を釘付けにされた。


「なんだろうね、あれ」

「物資輸送の場合はあの滑走路は使わない……仮設居住区か?」

「軍施設から遠いねえ。というと民間人かな?」

「民間人」

「あぁ。今回のアザディスタンは排他的な思想が蔓延しつつあるからね」

「こっち側の外国人関係者は、軍からある程度の支援体制を組むそうだよ」

「関係者……例えば……?」

「そりゃあ、たとえば……ほら」


「報道関係者、とか……?」


 嫌な予感というものは、大抵の場合感じたときには手遅れなものだ。
 こと自分の勘というものを重視する、私のような原始的思考をしたものには。



――――

――輸送機内――

絹江「…………」

イケダ「着いたぞ、クロスロード」

絹江「はい、アザディスタン……ですね」

イケダ「……後悔、してんのか」

絹江「自己嫌悪は、しています」

絹江「でも、それが止まる理由になるなら、今の私は此処にはいません」

イケダ「……」ポリポリ

イケダ「紛争地帯の特派員は、自分の墓穴の横で蕎麦啜ってるようなもんだ」

イケダ「気を抜くな、自分の命を最優先に考えろ、そんで……スクープの匂いがしたら俺に言え」

イケダ「最大限安全を確保してから、GOサインを出してやる。先走んなよ、絶対にな」

絹江「はい……!!」


兵士「アザディスタンにようこそ、ニホンのご友人方」

兵士「これから宿舎に誘導させていただきます。外出、取材等の要件は手元端末の基地要項にてご確認ください」

兵士「あなた方が我々ユニオンの人道的支援の証人になってくださることを望み、またそのように振る舞うことを誓います」


絹江「…………」
307 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/03/30(木) 09:17:22.77 ID:sVF1DYSf0


絹江(わざわざこんな取り決めで囲う理由……解りきってるわね)

絹江(支援体制のない二国の記者団の動きをアザディスタンの国内情勢で制限させ、効率的に情報発信できる体制を組むことでイニシアティブを確立させる)

絹江(また事態を過剰に煽ることでも情報の比率を意図的に偏らせ、MSの大量投入をカモフラージュする)

イケダ「万が一MSの導入数を指摘されても、それの対処は一言で済む上にそれが自然と来たもんだ」

絹江「!」

イケダ「そういう感じのこと考えてたろ。ブンヤの頭ン中はだいたい一緒だよ」

イケダ「俺たちも、契約書書かされてるわけじゃあ無いが、庇護を受けちまってる以上下手なこと書いたらおしまいだ」

イケダ「嫌なとこで繋がっちまってるよな。JNN(うち)は上が軍と仲良しってことがよ」

絹江「……こうなってからでは、もう遅いんでしょうか?」

イケダ「さあね、まあどうあれ俺達がやることは……」


「人の置かれる何時如何なる状況下に於いても、その行動が真に無為となることは有り得ない」


絹江「!」

イケダ「おぉ?!」


グラハム「……少なからず正義の御名の下、その者の歩みが止まらぬ内は」

絹江「っ……」

イケダ「ぐ、グラハム・エーカー……中尉!」

グラハム「お久しぶりです、絹江さん……まさか、こちらに来るとは思っておりませんでした」

イケダ(無視!?)
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 13:29:42.52 ID:3drKm1WwO
イケダさん変につつくと馬に蹴られますので諦めてくださいww
309 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 08:44:54.12 ID:CdvwmRlp0
絹江「……レイフ・エイフマン教授の講義の決まり文句でお出迎えとはね」

絹江「あの方も此方に?」

グラハム「来ているとお思いですか、あの御方の高潔さは貴女のそれに近いものがある」

絹江「そう……で、その嫌がらせみたいな口調、続けるつもり?」

グラハム「公務中です。当てつけというなら、お互い様と言わざるをえない」

絹江「私も、自ら考えて要望をして、正式に特派員としてアザディスタンに来たにすぎないわ」

グラハム「!」

絹江「勘違いしないで。あなたに影響されるほど軽い取材はしてないの」


グラハム「…………」


絹江「…………」


イケダ「え、何この空気」

兵士「喧嘩別れ一週間頃の学生カップルみたいな会話ですね……」

イケダ「やめろそういう具体的なの」


絹江「……まあ、いいわ。お出迎えご苦労様」

グラハム「!」

絹江「さ、とっとと案内してちょうだい。今日中に宿舎回りは作っときたいのよ、仕事用に……っ!」ボフン

グラハム「っ、おも……?!」

イケダ(荷物持たせた!?)

絹江「明日から特番一回分はネタ稼いでかないと干されちゃうの。インタビューするかもしれないから、そのときはよろしく」ニコ

グラハム「……魔性だな」

絹江「? なんか言った? 悪口?」

グラハム「三割方は。さあ行きましょう、車を用意してある」

ビリー「ハーイ」

絹江「あ、ちょ、ちょっと!!」





イケダ「……荒れそうだなあ、色んな意味で」

兵士「元カノにズルズル付き合わされてキープくんにされるパターンですね、分かります」

イケダ「だからやめろってそういうの……!」

310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 08:56:54.91 ID:DWim9rWZO
自分が、とまでは言わずともそうなっていった知り合いを見てきたかのような一般兵の評価やめろwww
311 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 09:29:08.23 ID:CdvwmRlp0
――――


――日本・JNN――


同僚「行っちまいましたねー」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「良かったんですか? いくらハイパー特派員のイケダさんがいるからって、あの人中東は初めてでしょ」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「特番の方はもともとデータマンみたいなもんだからいいすけどね―」

デスク「そうだな」カチカチ


同僚「……聞いてます?」

デスク「そうだな」カチカチカチカチ

デスク「…………」ウツラウツラ


同僚(……睡眠不足になるまで心配するくらいなら行かせなきゃ良いものを)

同僚(俺も物分りが良いほうじゃあ無いが、全く不器用なもんさ)


同僚「……上の連中、よくまあ絹江さんの特派員ぶっこみに許可出しましたね」

デスク「……」ピク

同僚「やっぱりあれですか、血筋パワー……ってのに上もまだ期待してるわけだ」

デスク「あいつがアザディスタンでも活動できると確信した上での取り為しだ。他意はない」

同僚「お、聞いてた」

デスク「ずっと聞いてる。ケツを机から降ろせ、減給するぞ」

同僚「失敬失敬……っと」


デスク「……絹江のやり方に、クロスロード氏のやり方は含まれちゃいない」

デスク「お前は知らないだろうけどな、ありゃあ真似しようとして出来るもんじゃないんだよ」

同僚「格が違うと?」

デスク「質が違うってのが正しいな」


デスク「何ていうかな……あれは取材と言うよりは……」

デスク「答え合わせだ」

同僚「……へえ……」
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 09:33:06.82 ID:P1hw/rhZ0
この一般兵、絶対修羅の道を見てるよ。いろんな意味で(笑)
313 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 09:49:03.03 ID:CdvwmRlp0
デスク「ほれ、油売ってないで、仕事にもどれ、仕事に」シッシッ

デスク「材料が良くても拵えが悪けりゃあ食えたもんは出来ねえぞ。絹江に言い訳は通用しねえの、分かってんだろ」

同僚「あはは、絹江さん叱り方も可愛いからなあ」ケラケラ

デスク「ったく……お前も物好きだよ。今回の尻拭い、全部引き受けたらしいじゃねえか」

同僚「乗りかかった船ですから。沈めるのは忍びねえ」

デスク「……それのお陰で引き継ぎもスムーズに済んだってのはあるが、でけえヤマだってのに呑気にしやがって」ハァ

デスク「あー……お前、そっちか。いや、そういうんなら応援するぞ。今更男だ女だってのも……あれ?」

同僚「はは、ご冗談。今更色恋にかまけるほど若かねえですよ、あたしゃ」

デスク「……急にジジ臭いこと言いやがって……」

同僚「ええ、御年百五十五でござい」

デスク「あーはいはい、ギネスギネス。ほれいけ、すぐいけ、さっさといけ」シッシッ

同僚「雑―! せっかく虎の子のギャグだってのにー」ブー


デスク(あれ、あいつ旦那いるって言ってなかったっけ……?)シュボ

デスク(あの中尉といい、あいつも変なのばっか寄せ付けんなあ……)フー


同僚「……」ニヤ


 ・
 ・
 ・
 ・

――アザディスタン――

マリナ「どうして、ユニオン軍をこの地に招き入れたのですか!?」

改革派議員「…………」
314 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 10:06:18.19 ID:CdvwmRlp0
マリナ「ラサーのいない今、保守派の神経を逆なですることがどれほど危険なことかは、貴方がたも分かっていたはずでは……!」

改革派議員「ッ……どうやら、一部の有力議員派閥がユニオンの申し出に折れたのが原因であると……」

マリナ「申し出って……?!」

シーリン「決まっているわ、大方大義名分と引き換えの機会提供と言ったところでしょうよ」

マリナ「シーリン?」

シーリン「ユニオンはソレスタル・ビーイングの自国領内以外の活動を黙認する声明を出したわ」

シーリン「それはつまり、単独での対ガンダム戦略を放棄したとも取れたわけだけれど」

シーリン「このアザディスタンは、かつてのクルジス紛争……いえ、戦争においてMS戦術の非有効性を証明してしまった土地」

シーリン「あれだけの軍勢……まず間違いなく全てガンダムにぶつけるつもりで連れてきているでしょうね」

マリナ「そんな……っ」

マリナ「この国は、ガンダムの生き餌として放られたのに等しいと、そういうのですかシーリン!?」

シーリン「生き餌とすら見られてないかも。少なくとも利用するだけするつもりなのは間違いないわ」

シーリン「国連の援助だって何考えているかわからないというのに、彼らが善意で手を差し伸べたわけがないのは当然と言えましょうね」

改革派議員「申し訳ありません、マリナ様……貴女の外交努力で、せっかく太陽光発電受信システムの支援がこの国に来たというのに……」

マリナ「……っ」グッ

シーリン「出来ることをしなさい、マリナ」

シーリン「猶予は殆ど残されていない……国内の不満が最高潮に達する前に、手を打たないと」


シーリン「……アザディスタンは、内戦に突入することになるわ」

315 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 10:48:59.04 ID:CdvwmRlp0


――宿舎内・食堂――

イケダ「改革派と保守派、双方の議員に取材許可が降りたぁ?!」

絹江「現地の特派員に仲介を頼んで、明日と明後日。それぞれ30分も貰えませんでしたけど」

絹江「イケダさんは報道の方で忙しいと思うので、どっちも私が自分で行ってきます」

イケダ「い、いやおまえ……確かに一人だけ余分ではあるし、しばらくは頼むこともないとは言ったが」

絹江「はい、なので自分で使わせてもらいますけれど」

イケダ「……あー、いや、構わん」

絹江「?」


イケダ(イヤミのつもりはなかったが、牽制目当てで結構強めに言ったはずなんだがなあ)

イケダ(まいったな、デスクの言うとおりだ。特攻娘……クロスロード氏とは逆ベクトルでヤバイ奴だこれ)


イケダ「……で、俺がOK出せる奴なんだよな?」

絹江「この二人です」スッ

イケダ「どれ」チラ

イケダ「……端役もいいとこじゃねえか、新人の改革派議員に数合わせの保守派閥。なんでこれを?」

絹江「私は情報でしかこの国を知りません。だから、知っていることを感じたいと思ったんです」

絹江「その結果に新しいことがなくても、次が見えてくると、そう思うから」

イケダ「あぁ……事実を積み重ねて、ってやつか」

絹江「知ってるんですか?」

イケダ「有名というか、ブンヤの格言みたいなもんだからなあ」

イケダ「いやほんと、そういう意味では夢みたいだな。まさかあの人の娘と仕事とはね」

絹江「そう、ですか……」

イケダ「あれ、気にならない?」

絹江「参考にならないですから。父のやり方を聞いて肩透かしを食うのは、もう両手に余っちゃうくらい」

イケダ「クールだねえ……ま、確かにそうか。ありゃ真似出来ん」

イケダ「端末で軍に外出許可申請のメール、送っとけよ。軍隊ってのは頭が固くてな、送るのが遅れた分だけ返信も遅えんだ……」

絹江「はーい……」


――宿舎内・自室――


絹江「…………」ドサッ

絹江「……来ちゃったなあ」
316 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 11:28:41.68 ID:CdvwmRlp0
――――

デスク『行って来い。特ダネ掴むまで帰ってくるんじゃねえぞ』

デスク『あー……あと、死ぬなよ。弟さんの前で土下座すんのだけは簡便だ』

――――

同僚[空港で笑って手を振っている。謝罪も挨拶もさせないまま、何を考えているのやら……]

――――

沙慈『いいよ、行ってきな』

沙慈『……なに、行きたいんでしょ? なら何時も通りじゃないか』

沙慈『うん、ずっと決めてたことだからね。姉さんが取材したいって言ったなら、それがどんなことでも止めはしないって。絶対に』

沙慈『……僕のことを、枷じゃないって言ってくれるんなら、ね』

沙慈『うん……行ってらっしゃい、姉さん。必ず帰ってきて、約束だよ』


――――


絹江「…………」ギュ

絹江(もし……もし、ガンダムが現れなかったらすぐにでも帰ってこられるのかもしれない)

絹江(でも、それじゃあ駄目だ。分かっている、自分が得ようとしているものが、この国の混乱と天秤にかけられているってことくらい)

絹江(こうやって見れば、私の仕事だって変わらない。世の中が荒れてなければ、一筆だって進まない生業だ)

絹江(……強く、言っちゃったな)

絹江(怒って、るんだろうな)

絹江(また、話してくれるかな……前みたいに)


 ゴゥッ


絹江「!」

絹江(水素ジェットの噴出音……アザディスタン領内はまだ飛べないはず)

絹江(ラフマディ師の捜索も含めたら、事態は一刻を争うはずなのに……何もかも噛み合ってない)

絹江(彼らは、ソレスタル・ビーイングは……この指揮者のいない演奏会で何を演じるつもりなの……?)


絹江(……いやな女だなぁ、私……使い分けてる)

絹江(どうしようかな……なんて……謝れば……)

(…………)スヤァ


――――


317 : ◆AvaUNpQJck [ saga]:2017/04/01(土) 12:09:30.06 ID:CdvwmRlp0
――翌日――

絹江「…………」

グラハム「おはようございます、絹江さん」

絹江「……え、外出許可、え?」

グラハム「えぇ、下りておりますよ。アザディスタン領内で購入可能なジープです、軍用では悪目立ちだ」

グラハム「私もこの地の衣装に着替えていますが、何分肌の色までは誤魔化せない。了承ください」

ビリー「結構似合ってるんじゃないかい、グラハム。君はいい意味で普段変わり映えしないからねえ、こういった一面は貴重だよ」

グラハム「そうか……? 今度からは少し気を遣うとしよう」


絹江「え、え?」

ビリー「それに引き換え……彼女のはすごいな。頭からすっぽりだ。文化の違いとは言えこれでは道行きの華も愛でられない」

グラハム「こういった情勢では好都合だろうよ。しかし、視界はすこぶる悪そうだな」

イケダ「あー、実際に横が見えないから結構危なっかしいんですよ。エスコート、任せていいですかね?」

グラハム「任されました。送迎の大任、必ず無事に果たして見せましょう」


絹江「……えぇ……?」

イケダ「まー頑張れ、絹江。向こうさんからの申し出でな、知らない兵士よりは気が楽かと思ってな」

イケダ「気をつけていけよ。まだそこまでではないにせよ、どこで何が起きても不思議じゃない。気を張ってけ」


 ・
 ・
 ・
 ・
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/03(月) 18:53:31.09 ID:x3x2IfWF0
ひりつくような緊張感が常に漂うロマンス
更新が楽しみだわ
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/27(木) 00:49:49.22 ID:XSzZuBu1O
320 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/05/02(火) 01:47:53.67 ID:Yg/XneBO0


 均されただけの荒野の道を、がたりがたりと揺さぶられ一直線。
 軍用ではない安物のジープは、お尻を何度も宙に浮かせ視界を揺らす。
 着慣れない中東の民族衣装に肌をくすぐられ、どうにもむず痒く、落ち着かない。
 
 いや、多分違うんだろう。

 本当に落ち着かないのは、きっと隣に彼がいるからだ。


絹江「気まずいなぁー……!」

グラハム「少し口を閉じる修練が必要ではないかな。こと最近の君は、精神と舌がリンクしているようだ」

絹江「! あれ、喋り方……?」

グラハム「っ……職場で部下のど真ん前、君に軽い口調を向ければどうなるかくらいは察せると思ったんだがな!」

絹江「う、だって……っ」

グラハム「あぁ、そうだったな。君は自分の意志で此処に来ることを決めた、何があっても構うことなど無いと」

グラハム「私に連絡して、時勢と状況を判断材料にしようなどと思う必要もなかったと! そういうのだものな!」

絹江「ちょ、なんでそんな、怒んないでよっ……!?」

グラハム「怒りではない! ……どうしようもないのだよ、本当に」


 低く、唸るような声でまくし立てながら、彼は窓を開ける。
 目の前を乱暴に横切る右腕が指差す遠方、白い米粒大の軍用オートマトンが数体犇めいているのが見えた。
 何だろう、そう思う間もなく、彼の思惑が判明する。
 炸裂音と煙。
 それらの直下から、ここからでは爆竹のような大きさの爆炎が吹き上がったのだ。


絹江「っ……?!」

グラハム「チッ、都合がいいな。忌々しい……あれが、理由だ」

グラハム「基地の構築と同時に未確認の動体反応が山ほど基地を取り囲んだ。超過激派と目されるアザディスタンの【暴徒】と目されているが、真相は分からん」

グラハム「地雷だよ。毎時点検の入る舗装道路以外は通るなよ、どこで脚を飛ばされるか皆目検討もつかん」

グラハム「……もっとも、この道が安全かどうかなぞ、明言出来はしないがね」

絹江「そんな……!」

グラハム「ああやって、本来街中でテロ監視に使う機体まで駆り出して」
321 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/05/02(火) 02:34:57.65 ID:Yg/XneBO0


グラハム「毎朝毎晩地雷除去だ。専用装備が腐らず済んだと上は笑っていたが……」

グラハム「……何がしたかったのかと問われれば、何がしたかったのかなと、首を傾げるしか無いよ」


 こっちの言葉なんて待つまでもないと続けた言葉が、止まった。
 憤りと、迷い。
 軽く噛み締められた彼の唇が、吐くに吐けぬと堪えているようでもあった。


絹江「……ごめんなさい……」

グラハム「止めろ。くだらない体面で提言の機を逃したのは私の方だ」

グラハム「お互い泥を投げ合う必要はあるまい。己の職務を全うするために、此処にいるはずだろう」

絹江「……怒ってない?」

グラハム「何故?」

絹江「……この前、つい言い過ぎたかなって……」

グラハム「馬鹿馬鹿しい。あれしきで機嫌を悪くしていたら、【上官殺し】の汚名など着ていられん」

グラハム「もっとも、着たくて着ているわけではないが、ね」

絹江「反応に困る自虐止めてよ……一番きついやつじゃない、それ」

グラハム「はっ……あぁ、済まない」


 本日、初の笑顔は、何処か空虚で、悲しげで。
 そういう笑顔が見たいわけじゃないのにとか、そもそも笑う顔見たくて来たわけじゃなかったはずとか、思考は堂々巡り。
 気まずさを増した空気を読まないジープのロデオに、強く尻を叩かれる。
 何か言えよと、背を押されているような心地だった。
 誰に? ……多分、酷くばつの悪い顔をした、サイドミラーの中の人に。
 

グラハム「とにかく、だ」

絹江「!」

グラハム「来たからには君は君の使命を全うすればいい」

グラハム「私から言えることがあるとすれば、軍の【要請】には必ず従うことと、相談は私かカタギリに通すこと」

グラハム「私の微々たる権限と能力の及ぶ限り、君の身命を庇護すると誓うこと……くらいかな」

絹江「……えーっと、それって」


グラハム「君が此処にいる限り、私が護ると言っているんだ」


グラハム「だからいい子にしていてくれ、手元にいなくては、あの日のように庇うことも出来ない」
322 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/05/02(火) 03:48:21.44 ID:Yg/XneBO0

絹江「――――」

グラハム「……肯定の沈黙と捉えるが、構わないかな」


 フードをすっぽり被って、無言のOKサイン。
 この民族衣装、外からは顔も見えないくらいの女子力マイナス全身要塞コーデ。
 それでも強い日差しを防いですごく涼しい。いつも日陰の中にいるような現地の知恵の結晶なのだ。

 ……うん、全くの無意味。全身、燃えてるみたいに熱い。
 何なんだろう。なんでそんな急に、優しく出来るんだろう。
 今まで見てきたのと同じ笑顔で、どうしてそういうことが言えるんだろう。
 こちとらこのまま無視かギスギスかと覚悟してて、胃痛までしてたっていうのに。

 
絹江「……たらし……」

グラハム「? 今のは日本語か。何と言ったんだ?」

絹江「教えない……っ」

グラハム「ふむ、後学の余地というわけだ。奥ゆかしい」


 見えてはいないはずだけれど、そっちを向けない。
 もう何も気にしてはいないという素振りで運転を継続する彼が、小憎らしい。
 
 割りと女性扱いしてくれる、数少ない男の人だったけれど。

 それでも、「守ってやる」が、ここまで破壊力を秘めてるなんて。
 
 病院での、体温と鼓動までセットで思い出す特効ぶりに、正直自分でもびっくりで。

 自分、もしかしてちょろいのかな。

 あぁ、多分あの日のこの人のように、耳まで真っ赤だ。

 ――あれ、じゃああの日、彼って……?


グラハム「……街が見えてきた。フードはそのままに、まずは改革派議員の方だったな」

絹江「え?! あ、うん、いやはい!」

グラハム「気負うなよ。いくら緊張状態とは言え、いきなり街中で騒動を起こすとは考えづらい」

グラハム「いつも通り歩を進めればいい。雑踏の喧騒を、無人の野を征くが如く……君にはそれがよく似合う」
323 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/05/02(火) 03:50:48.80 ID:Yg/XneBO0
また明日。
いい加減放置しすぎたので、この期間に進めたいところ。
ちょろい
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/02(火) 10:48:37.90 ID:/9spur3Wo
乙〜いいね
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/03(水) 17:21:07.53 ID:24Sef11Co
326 : ◆AvaUNpQJck :2017/06/03(土) 04:03:28.56 ID:i0JCxRoB0
――――


「アザディスタンという国が生まれたのは、先の【太陽光発電開発事業】に強く影響を受けてのことです」

「軌道エレベーターと大規模太陽光発電システムによる恒久的なエネルギー需要の解決……それはオイルマネーの終焉を意味していました」

「この計画が提示された時、中東諸国は強く反発しましたが……同時に、啓示を受けたような心地を思えていたと、当時の官僚は語っています」

「いよいよこの時が来たか。有限の石油に頼った安寧はもう終わるのだ……と」

「多くの国家が電力受信権を得るために建設支援を表明しましたが、中東国家はその枠組に入ることを拒みました」

「自分たちの売りであるオイルマネーの代替存在を容認するわけがない。中東の連盟は全会一致を当然と、宣言に踏み込みます」

「その結果、アザディスタンの今があるので……自業自得と言われれば、そうですね、そう言えると思います」


――――

『だがその理念は御為ごかしに過ぎなかった。それを受けた奴らが、三大国がまずやり出したのは我らの【切除】だったのだ』

『国連は、軌道エレベーター建設などにおける最低限の産出を除いた、大規模な石油輸出規制を一方的に決議で押し付けてきた』

『理由は明白だ。三大国をして、それだけ軌道エレベーターと発電システム建設は大事業だったということ』

『つまり、退路を断ち、日和見を悉く引きずり出すこと。太陽光発電開発へ地球圏全てのリソースを組み込む下準備に他ならなかったわけだ』

『オイルマネーの既存経済基盤を破壊し尽くし、太陽光発電のみの土台に全員座ることを強要した、悪辣な手法だ』

『……言いたいことは分かる。枯渇の危険性が常に付きまとう石油への執着は袋小路だったと、そういうのだろう?』

『ならば聞かせてくれないか。【石油が無二の経済基盤であった国々が、どうやって石油無しで建設支援をこなすのか】と』

『国家運営の全てを世界銀行に掴まれ、電力受信の権利と引き換えに傀儡化した小国家群に、今なお自由がないのはなぜか、と』

『……分かるだろう。これは最後通牒だったのだ』

『隷属か、枯死か。三大国は、中東に最初から尊厳など持たせる気はなかったのだ』
327 : ◆AvaUNpQJck :2017/06/03(土) 04:08:56.85 ID:i0JCxRoB0
――――




「その動きに反発した一部中東国家……いえ、多くの国から怒り猛る人々が武器を手に飛び出しました」

「彼らは軌道エレベーター建設事業への反対と報復を叫び、各地でテロなどの武力行使を決行」

「えぇ……聞いたこともあるでしょう。二十年間、五回にも渡る【太陽光発電紛争】の勃発です」

「……私の口からは、とてもではありませんが間違った行動であったとは、言えません」

「止めようなどありはしませんでした。だってそうでしょう?」

「我らの乾きを癒す唯一の井戸は固く閉じられ、余所者達は笑いながらその鍵を目の前でへし折って見せたのです」

「えぇ、本当に……誰が止められましょうか」

「にも関わらず誰しもが【仕掛けてきたのはあいつらだ】と指差しながら、泥沼の中で汚れ続けるしかなかったのですから」


――――


『多くの同胞が血を流した。異教徒とは言え、無辜の人々が涙を流した』

『……それを正しかったと、必要なことであったと言えるほど私も鬼畜ではないつもりだ』

『だが想定以上の規模と、想定外の方向に事態が転がっていったのも事実なのだ』

『PMC、国際テロネットワーク、各地域の反政府組織……悪鬼共がこぞってこの流血の宴に飛びついた』

『破壊行為と紛争が混乱を生み、また違う混乱とテロを呼ぶ……』

『我々が疲弊し、全てに終結宣言が発せられた後……この大地には、何一つ残ってはおらなんだ』


『何故、と問えるなら……何故、もう幾ばくの猶予を与えてくれなかったのか、と……そう問いたいものだな』

『我等とて、尽きゆく石油資源に固執し続けたわけではない』

『議論は荒れ、もしかしたら争いにもなったかもしれないが……それでも、世界との繋がりだけは、残せたかも知れなかった』

『見限るのが早すぎたのではないかと……あぁ、止めよう。泣き言だな。これは……』

『理由はどうあれ、引き金を引いた者が言えることではない……』



――――

328 : ◆AvaUNpQJck :2017/06/03(土) 04:17:43.86 ID:i0JCxRoB0
グラハム「……大丈夫か?」

絹江「えぇ、これしきの外出でへこたれやしないわ。海外出張には慣れてるし」


 二つのインタビューを終え、市内の軽食店で小休止。
 路地裏の穴場、特派員イチオシの静かな食堂での一服は、乾いた身体に染み渡る。
 どちらの邸宅でも食事をと勧められたが、初めての国では外でその国の食事をすると決めていた。
 状況の悪さもあって、彼を付き合わせてしまうのは心苦しかったが……


グラハム「なに、以前は良好な幕切れではなかった。再演と思えば悪くないシチュエーションだ」

絹江「……心を読むんじゃありません!」

グラハム「読んだのは表情だ、特別なことはしていない」

絹江「見えないでしょ……この服着てたら」


 この態度だ。
 最初から、変に気を遣うこと自体間違っていたようだ。



グラハム「過去と現在、当事者たちの言葉に紡がれると……さしもの君にも噛み砕くのは容易ではないかな」

絹江「……分かってたこと。そう思ってた」

絹江「白状すれば、知ってることを聞かされるくらいかなって油断もあったのよ」

絹江「でも……知識と実感の差は、重いわ」


 どちらのインタビューも、思っていた以上に快く受け入れられた。
 どちらもそこまで影響力の高い議員ではない為、策謀や権威に組み込むことさえ出来ないようでもあった。
 それもそうだろう、ここまで荒れた情勢で一介の下流議員が他国を巻き込み流れを生もうなど、自殺行為でしかない。
 故に、彼らの言葉には彼らから見た歴史認識、彼らが立つ派閥の思想が色濃く滲んでいるように感じた。


 面白いことに、他国を知る改革派からは歴史への強い敵愾心が感じられ、国内を憂う保守派は互いの凶行を打算無しで直視しているように思えた。
 知識の差ではない。見ているものの差なのだろう。
 敵を知った改革派はどうあれば勝てるのか、生きられるのかをそこから見出し。
 味方を失い続けた保守派は神の教えを支えとしたことで、倫理的な面で物事を見つめるようになっている。
 保守派が強硬的な対決姿勢を取るのは、あくまで【改革派の一方的な対立路線に対する拒否反応】に過ぎない。
 超改革派……ユニオンを招き、保守派と徹底的な対決姿勢を取る彼らもまた、この国にとっては過剰な劇薬となりつつあると感じられた。

絹江「一人ずつ話を聞いたくらいじゃ、こうだああだは言えないけれど……」

絹江「ユニオンに救われても、国連に助けられても……このままじゃ、この国に先はないわ」
329 : ◆AvaUNpQJck :2017/06/03(土) 04:23:34.70 ID:i0JCxRoB0
グラハム「そうだろうさ。ここは見捨てられた地だ」

絹江「……そこまで言えとは言ってないわ……!」キッ

グラハム「事実だ。産油国の矜持、三大国の傲慢、持たざる者の抵抗手段、知らざる者の無関心……様々な要素が絡み合った、忘却の大地」

グラハム「その多額の負債とすり減った精神を、隣国の統合吸収の優越でのみ癒やし続けた結果がこれだ」


グラハム「……哀れな国だよ」

絹江「 」ゲシッ 


 無言で一発、蹴りを入れてから辺りを見回す。
 隅の窪んだテーブルに座っていたからか、回りには現地民はおらず、近寄ろうともしてこない。
 聞かれず幸い、そもそも聞かれていい内容ではあり得なかった。
 ……もっとも、聞こえないのが分かってて言った節はあるが。


グラハム「蹴るならブーツより上にしろ。痛みがなくては罰にならん」

絹江「痛くしてほしかったら自分で頬でも抓ってて! 私にさせるためにそういう言い方したでしょ、今……!」

グラハム「……あぁ、今、確かに君に甘えた。済まなかった」

絹江「っ、もう。私以外に言っちゃ駄目よ、誤解されちゃうんだから」ズズ

グラハム「誤解も何も本心だ」

絹江「な〜に言ってんだか……そう言ってる本人が自己嫌悪してるくせに」

グラハム「っ…………」ズズ

絹江「図星ね」

グラハム「かと言って口にして良いものではなかろうさ……」

絹江「貴方らしくもない。何処で誰が聞いてるかなんて、分かんないんだから」

グラハム「……浮かれているのかも、しれんな」

絹江「ん、なんて?」

グラハム「っ……気が逸っていると言った。奴らは、まだ姿を現さない」

絹江「そう簡単にぽんぽこ出てこられても困るんだけど……取材になんないわ」

グラハム「だが、事態の収束には間違いなく姿を見せる」

絹江「そうね、間違いない」


「ソレスタル・ビーイング」



――――
330 : ◆AvaUNpQJck :2017/06/03(土) 04:29:17.35 ID:i0JCxRoB0
「えぇ、ご存知の通りです。ラサー……マスード・ラフマディ師は我々改革派とは違う派閥に身を置かれておりました」

「ですが……彼の行動は冷静にして沈着。超保守派の甘言にも惑わされず、ただ静観にのみ徹してらっしゃった御方です」

「はい、彼を派閥で称することは冒涜にあたるとさえ私は思っています。我らの、アザディスタンの信仰の父です」

「統合後のクルジス残党勢力暴徒へ救いの手を差し伸べ、沈静に至った逸話も彼の仁徳と信仰心の証明と言えるでしょう」

「もし彼が保守派の獣を抑え込んでくださらなかったら……その懸念が今現実になりつつあるのですが」


――――

『改革派の若い連中は言うよ。今食べる糧が無いのに、何故信仰と伝統に固執するのか、と』

『飢えた子に教義を説く時間があるなら、憎い相手と組んででも腹を満たしてやるのが大人の仕事だろうとな』

『忘れておるのだ、人とは元来、獣であることを』

『クルジスへ自国の道理を説いて攻め入った過去を良いように解釈し、後足りぬものはと、他に満ち足りているかのように振る舞っている』

『大人ですら腹が満たせぬこの国が持ちこたえているのは、唯一心を信仰で支えていたからに他ならないというに』

『食うに足りず、更には信仰まで踏みにじられた人々が獣に変わりつつある現状、それがさも忍耐のない不信心の所業とでも言うように糾弾してきおる』

『そんなざまだから、その信仰そのものを支えてくださっていたラサーの不在に、そこのそいつのような輩を招き入れられるのだろうな……ふん、自業自得とはこのことだ』

『悪いことは言わん、異国の報道者。この国が血獄と化す前に、祖国へと帰るのだな』

『……いずれはこうなると思っておったが、最期はやはり同胞同士の喰らい合いか。神も我らをお見捨て給うたな……』


「大丈夫……?」

「気にするな。彼の発言は全て事実といえる」

「我々は、この国では招かれざる客だ。無論……弁えている」


――――

「……確かに、今回の一件でユニオンの軍事支援を受け入れたのは、改革派の暴走と呼ばれて仕方のないことかもしれません」

「ですが、仕方なかった、というのは分かっていただきたいのです」

「仮に暴徒化した民衆に太陽光発電の受信システムを破壊されたり、国連から派遣された技師を害されたりすれば、この国は自立の機会を永遠に失うでしょう」

「伝統に従って千年前のレンガや織物で国を運営していくことは出来ません。何に於いても、先立つものは無くてはならんのです」

「ええ、我々は真にこの国を憂う者達の……あ、失礼、こういう話はお求めではありませんよね……済みません」

「はー……最近は、こういった定形の文句も、一字一句、古参の改革議員に指示されて話すんです」

「発言権なんてもらえないままでね。何のために自費を割いて海外の大学に通ったのやら」

「議員より海外の活動家の方が市民援助に熱心な有様です、お恥ずかしい限りで」

「今回の一件も、マリナ様と【彼女】がいらっしゃらなかったらどうなっていたか……え、彼女のこと、ですか? あぁいや、それはちょっと……」

「いや、済みません、近い、近いですって……ちょ……!!!」


『クロスロード女史、そこまでだ』

『もう、あと一歩だったのに!』


「ニホン人ってこういう民族だったっけ……?」

――――

331 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/03(土) 04:37:46.29 ID:i0JCxRoB0
――――



絹江「……そうね……この国が這い上がる手段は一つしか無い」

絹江「太陽光発電の受信権の支援、施設誘致以外には、もう再生の道は残ってない」

グラハム「……最初から分かっていたことだ」

絹江「でもやりきれない、みんなそう思ってる」

グラハム「血を流すよりはずっといい」

絹江「それには同意」


グラハム「クルジス侵攻に関しても、あの保守派のご老人が良識を持ち合わせていただけのこと」

グラハム「他の、超保守派に至っては、他国侵攻と援助誘致の二択で迷わず銃を取る蛮族の集まりだ」

絹江「改革派の国賊を排し、全ての恵みを我等の手に……か」

グラハム「そんなものがどこにある。石油もない、資源もない、技術も人材も無い、あるのはただ信仰のみだ」

絹江「えぇ、でもまだ信仰がある」

絹江「国がまとまるための共通の文化がある。その教えは、死んではいないはずよ」

絹江「まだ……諦めるには早すぎるわ。彼らは、まだ沈みきってない」


グラハム「……意外だな」

絹江「?」

グラハム「君のことだ、国家という枠組みに囚われて先行きを見失うこの国に、もう少し硬化した態度を取ると思っていた」

絹江「あら、世界主義(コスモポリタニズム)って言えるほど明確なビジョンがあるでもないのよ、私」

絹江「国家がなければ文化が維持できないってわけじゃないといいたいだけ。ふふ、幻滅?」

グラハム「いや、好意を抱くよ。とても君らしい……さて、そろそろ帰るか」

絹江「あら、もう時間?」

グラハム「聞こえるか、外が少し騒がしい。揉め事でも起きたか、ざわついてきている」

絹江「あー……?」

グラハム「君子危うきに近寄らず、だ。かいなに姫君を抱いたまま乱闘騒ぎに乗り込む従者はいない、だろう?」

絹江「喩えが華やかですこと。えぇ、従いますわナイト様」


絹江「護ってくれるんですもの、ね?」

グラハム「……………………」

絹江「……ちょ、答えてよ……ねえってば、ね……!」

グラハム「下がれ」


グラハム「……囲まれている……」

絹江「……え?」
332 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/03(土) 05:00:26.87 ID:i0JCxRoB0



――――

 不覚だった。
 店の前には、ぎらついた眼差しの群衆が今か今かと異国人を待ち構えていた。
 窓から見るに、素手の現地民、ざっと二十人弱。
 成人男性、中年女性、老人、雑多な種別。
 息を殺しているようだが、それでも分るほど殺気づいた呼吸が暖簾一枚向こうで繰り返されている。


グラハム(こっち側は改革派の人間が多いと聞いていたが……タレコミか?)

グラハム(しかし、ここまで暴徒化しているとは聞いていなかった。運悪く当たったか、それとも議員殿の癇に障ったか?)


 市内の状況の悪化があれば、メディア関係者には逐次速報が届き勧告が下される。
 勿論そんなものはない。彼女の端末は静かなものだ。
 ともすればたまたま不運にも気性の荒まった集団に目をつけられたか。
 とにかく、このままここにいるのもまずい。
 店主からの「さっさと出てってくれ」という無言の嘆願が、彼らが踏み込んでくる可能性に言及していた。


グラハム「性急な展開だな……退屈な神々が痺れを切らしたか?」

絹江「異教徒がお嫌いなのかも……どうするの?」

グラハム「正面突破……は愚策だな。武器こそ持っていないが数が多い、下手にことを構えたらそれこそ危険だ」

グラハム「……今日はヒールではないな? 走るぞ」

絹江「いつでもどうぞ……!」


 彼女がフードを取る。
 少し汗ばんだ髪が艶やかに跳ねた。
 呼吸を整える。
 いよいよ、外が騒がしくなりつつある。
 そして、二人ほぼ同時に振り返ると。
 仰天する店主へと突撃。
 カウンターを乗り越えて、一気に厨房を駆け抜けた。

絹江「裏口から抜ける!」

グラハム「それしかあるまい……!!」


グラハム「あった……!」
333 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/03(土) 05:22:15.85 ID:i0JCxRoB0

 トタンの補強のなされた片開きの裏戸。
 手を伸ばして、ドアノブに触れた瞬間。

 自分の意志よりも速く、扉は遠のいて、開かれた。


グラハム「!?」

絹江「え、えっ?」


「――こっちだ」


 外の光、熱風と熱気が肌に当たる。
 そこにいたのは、フードを被った、絹江と同身長ほどの人物。
 此方が認識すると同時に、一声だけかけて走り出したではないか。


グラハム(男の声……かなり若い、少年か? )

グラハム「っ、こっちだ!」

絹江「きゃ……?!」


 考える間も用意されず、彼女の手を取りその背を追う。
 事態は理解している。
 周囲の人間は何事かと此方を見るが、それを気にする猶予も惜しい。
 フードの人物は、馴れたように路地の奥へと走り込み、時折ついてきているかと後ろを振り返る。
 確かな動き、そして速度。
 自分が彼女を牽引していても追いつけぬとは、恐れ入る。


グラハム「…………」


 釣られるように振り向いた。
 必死についてくる絹江の苦悶の表情以外、特筆するものは何もない。
 追跡はされていない。
 

グラハム「おい、もういいのではないか!」

「黙って付いてこい!」

グラハム「彼女が限界だと言っている!」

「……もうすぐだ、頑張れ」

グラハム「ちっ……!」


 聞く耳も持たない様子だったが、彼女の話題で何か引っかかったらしい。
 明らかに態度が軟化した様子だった。

グラハム(これで、罠であったなら……)


 最悪、抜かねばならんか。
 懐の銃を確かめる。
 使わぬ展開を切に望むが……


グラハム(予測不可能の事態に対処してこそ、であるな)


 ・
 ・
 ・
 ・

「ここでいい」

「自警団もここまでは見回りに来ない、安全だ」

グラハム「…………」
334 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/03(土) 05:40:05.37 ID:i0JCxRoB0


 あれから五分ほど。総合して十五分といった位置。
 建物からは明らかに人の気配が消え、器具なども使われなくなって久しい様子。
 ゴーストタウン、というべき様相。
 建築物の様式事態が市街地と何ら変わらないことが、不気味さを引き立てているようだった。

絹江「ぜっ……ひゅ、かふ……おぇ……ふひ、っ……!!」

グラハム「絹江、大丈夫か。女性が発してはいけない音声が漏れている」

絹江「っっ…………!!!」

グラハム(重症だな)

「これを渡せ」

グラハム「!」


 未だ息の整わぬ彼女に与えろと、ミネラルウォーターが投げ渡される。
 訓練している自分はともかく、彼もまた既に平常な呼吸に移行しているようだった。
 口は空いていなかった。
 怪しんでいると、手を差し出してきた。毒味をするというのだろう。
 ……何故だろう。安全の証明以上に、酷く不愉快な展開を予期した。
 そのまま彼女に与える。
 この場で毒を盛る意味も薄いが……何より、勘が告げていた。
 彼は、敵ではないと。


絹江「ぷはっ……ありがとー……!!」

グラハム「自警団、とは、穏やかではないな」

「あの地域はもともと派閥の争いが頻発している場所だ」

「先日、ボヤ騒ぎと暴行事件が相次いで起きた。保守派の人間に対してのみだ」

「だからああやって保守派の自警団が徘徊していた。あの店の場合、野次馬も混ざっていたようだが」

グラハム「徘徊、か。君は改革派か。それともこの地の人間ではないのか?」

「……答える必要性を感じない」

グラハム「大有りだ。私は君を信用したわけではない」

グラハム「何者だ。何故助けた? 所属は何処だ?」

「…………」

グラハム「無言は、疑心を掻き立てるだけと認識して欲しい」

絹江「グラハム……!」
335 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/03(土) 05:46:34.35 ID:i0JCxRoB0

 睨み合い、とはいえ表情も分からぬ以上一方的なもの。
 観念したのか、彼はフードに手をかけ、そっと目の前で下ろしていく。
 そこにあった顔、それに一切の見覚えはなかったが。


絹江「……あ……」

グラハム「ん?」


 絹江の表情は、大きく変わった。
 驚愕と、困惑。
 何故、という疑問が全面に押し出された、彼女らしい快活な感情表現。
 

絹江「あーーーーーーーー!!!」


グラハム「……どうやら、知り合いだったらしいな? 少年」


刹那「……覚えられていたとは意外だった。だが、知っている顔だ」



 ・
 ・
 ・
 ・
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 08:16:21.12 ID:gYGBW+UD0
これは予想外の展開だ
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 13:42:31.50 ID:I8DxkyXJ0
そういやいたんだっけソラン君は
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/05(月) 19:06:46.68 ID:xDg6qiMn0
そっかおとなりさんだっけか
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 07:58:57.51 ID:1gDJfIODo
間接キスの可能性に不快感を覚えるグラハムにニヤニヤした
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/12(月) 20:12:42.68 ID:3Fc4JNclO
乙です
341 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/27(火) 05:12:01.97 ID:yCXjXdjX0


グラハム「…………」

 憮然。

 少し離れた場所で、軍人は護衛対象とその隣人の会話を恨めしげに見つめていた。
 無論自分のこと。
 彼女に言われるまま、彼から離されたというのが正しかった。
 

絹江「……そう、この国が貴方の故郷だったのね」

刹那「正確には違う。その中に併合されたクルジス共和国が俺の生まれた国だ」

絹江「そっか……日本には、何をしに?」

刹那「この国では学べないことが何でも学べる。それだけであの国にいる価値はある」

絹江「建築業とか?」

刹那「最近は農業にも興味が……」


グラハム「…………」


 この距離では聞こえてくる声は僅か。
 会話の内容など察することさえ難しい。
 だが、はっきり判別できるものもある。
 それは、時折見せる彼女の楽しそうな笑顔。
 インタビュー時やスクープを追うときに見せるものとは違う朗らかなもので。
 自分にも見せてくれたことがある、彼女の心根を垣間見るような可憐な表情の一つであった。


グラハム「…………」


絹江「貴方の家は近いの?」

刹那「かなり遠い……と言うのは語弊だ。日本に行くときに、一通り処分していて……」


グラハム(当然、か……)


 我ながら、名状し難い感情だった。
 彼女の笑顔に、【残念】に近い感想を抱いていること。
 笑っている事実よりも、会話も聞けない距離や、反応が向かない意識の問題に、失望と近似の体感を覚えていることだった。
 

グラハム(あの少年が気に食わないわけではない、疑念は晴れないが危険な存在でもない)

グラハム(彼女の態度も悪くはない、ああやって笑えていること自体に問題などあるはずもない)

グラハム(だが、しかし――)


グラハム(私以外にも、見せてしまえるのだな)

グラハム(あんな、笑顔を)


グラハム(……いや、馬鹿馬鹿しい)

グラハム(気の迷いだな、飛行時間が少ない証拠だ)

グラハム(帰投したら本部に直訴するか、いっそ許可された空域を延々回ってみせようか)

グラハム(そうすれば、こんな……)

グラハム(……あぁ……馬鹿馬鹿しい……)




 
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 09:10:36.43 ID:ItGwOxuaO
グラハムさん……それは愛ですね分かります
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 20:26:02.19 ID:oDEnDiUBO
今のハムは飛べば飛ぶほどモヤモヤが溜まるだけだな
344 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/06/29(木) 05:04:57.14 ID:gDtWp2PT0


 そうやって無為な脱力に身を任せて――辺りの警戒だけは怠らずに、だが――いるうちに。
 ようやく、彼女からお呼び出しの合図がかかる。
 人の気も知らないで、凶器のごとくその微笑みを突きつける我が姫君の残酷さよ。
 観念して立ち上がる、その時。


刹那「……」

グラハム「!」


 ほんの僅かな、体幹の移動。
 恐らくは無意識的な動き。
 染み付いた反射神経の為した悪戯であろうが。
 右手側を逃がすような、不自然な動きを此方に向けた。


グラハム(……武装しているな。携行可能な、恐らくは銃器)

グラハム(右利きか。仮に交戦すれば、左手側の絹江は盾にされる)

グラハム(訓練された初動、一般人の自衛にしては鮮鋭に過ぎる予備動作だが……)


 やはり彼女から離すべきか。
 よぎる思考は最速で銃を構える動きをシミュレートした。
 ……が、彼女の前に立つまで、それが実行されることはなかった。
 敵では、ない。
 その何一つ確証に足る根拠を持たない直感が、腑に落ちたまま居座っていたからだった。


絹江「? どうしたの、怖い顔」

グラハム「心配無用。番犬は主を護るためなら牙を衆目に晒すものだよ」

絹江「まだ彼を疑ってたりする……?」

グラハム「ふ、もしそうであったなら、君に嫌悪されようと二人きりにはしなかったさ」

刹那「信用はされていると思っていいのか?」

グラハム「ここから徒歩で帰りたくはないのでね、道案内か代行車の手配がしたい」

刹那「手間は取らせない。車の回収と滞在場所への帰還の為に最善を尽くす」

グラハム「甲斐甲斐しいな、この上ない提案だが……いくら出せばいい?」


絹江「ちょ、グラハム!?」

グラハム「ギブ・アンド・テイクはビジネスの基本だ。最初に取り決めておけば後のトラブルは未然に防ぐことが出来る」

グラハム「彼に危険が及ぶなら尚更のことだ。私は彼との親交も無いのでね、これが誠意と思っていただこう」

絹江「むう……」


刹那「……不要だ。案内はするが、礼はいらない」

グラハム「気に障ったなら謝ろう」

刹那「いや……」


刹那「すでに受け取っている、前払いでな」

絹江「! あ……」

345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 02:14:08.68 ID:cjgx9tkUo
これはお裾分けのことかな?
1期で刹那がご近所付き合いしてるシーンは好き
346 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/07/14(金) 04:09:01.74 ID:fWAvYQs50


グラハム「……?」

刹那「あんたが知る必要はない。俺と彼女の問題だ」

グラハム「……そう、か。私は部外者か」


 彼は答えなかった。
 必要が無いと思われたのだろう。
 自分で発した【部外者】というレッテルが、糊付けされたような気分だった。
 何故か絹江は上機嫌。
 何故だろう。
 ここまで、喜ぶ彼女を見たくないと思ったのは初めてだった。


絹江「〜〜〜♪」

刹那「旧市街地を迂回して、先程の区画に反対側から向かう」

刹那「あそこは一回騒ぎが起きると治安用のオートマトン群が展開される、群衆と自警団はいないはずだが……万が一もある」

グラハム「……好きにしてくれ」

刹那「懸念があるなら今のうちに言っておいてくれ、後から言い出されては敵わない」

グラハム「二度は言わん……」

刹那「絹江・クロスロード、そちらは問題ないか」

絹江「任せるわ、刹那くん。ふふ」

グラハム「…………」


絹江「というか君、そういう感じの子だったのね……まともに話したこと全く無かったから、ちょっと意外だったわ」

刹那「沙慈・クロスロードからは聞いていなかったのか?」

絹江「んー、【みんな中学生くらいに一回はああなるよねって感じの子】って沙慈は……」

刹那「今後あいつとは距離を置く」

グラハム(悪意の無い讒言とは恐ろしいものだな……)


 ・
 ・
 ・
 ・


グラハム「着いたな。迅速かつ的確な案内、見事だ」

刹那「当然のことをしただけだ」

絹江「良かったぁ……張り込まれてたりしてないみたい」

グラハム「予定より大幅の遅延を強いられはしたが、な」


絹江「さて、それじゃあ早速帰ってインタビューのまとめでも……」

グラハム「触るな!!」

絹江「っ」ビクッ

刹那「!」
347 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/07/14(金) 04:23:26.78 ID:fWAvYQs50

絹江「ど、どうしたの……?!」

グラハム「ふう、君はもう少し警戒心を練磨すべきだ。絹江」

グラハム「ここはアウェー、問題が発生した以上その爆心地にほど近い我らの所有車に細工がされている懸念は、抱いて当然と思うのだが?」

刹那「待て、それは……」

グラハム「黙っていてくれ、私は最悪を想定した提言をしている」

刹那「! ……」

グラハム「……」

絹江「そ、そうよね……ごめんなさい。ちょっと浮かれてた」

グラハム「謝罪には及ばない、その為に私がいる」

グラハム「君はジャーナリストの同僚たちにこの区画の危険性を連絡してくるといい。情報の共有は早いほうがいいだろう?」

グラハム「その間に軽く点検をしておくさ。近くにいては困るが、離れすぎないように頼む」

絹江「うん、わかったわ。じゃああの看板の前にいるから、終わったら教えて」

刹那「…………」



グラハム「さて、手伝ってもらおうか」

グラハム「自動車整備の知識は皆無でも……【見るフリ】くらいは出来るだろう?」

刹那「……今回の件はあくまで自警団の過剰防衛行動に過ぎない、発信機も爆弾も、仕掛けるに足る時間もノウハウもあったとは思えない」

刹那「お前は……絹江・クロスロードを俺から離すために虚偽の懸念を伝えたのということか」

グラハム「……引っかかる言い方だが……間違ってはいないな、否定はしない」

グラハム「あまり彼女を待たせるわけにもいかない、単刀直入に言おう」

刹那「俺と彼女はただの隣人だ。深い関係はない」

グラハム「そっちじゃない!! ……コホン」


グラハム「君は、何者だ?」

グラハム「何故この国に来た、いや……何故、戻ってきた?」


刹那「…………」

グラハム「怖い顔だ。ようやく君の素顔に迫れた気がする」
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 07:36:12.27 ID:t0cJtTFpO
でも大事なのはそっちだろ?
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 12:05:06.21 ID:Tm05RBpJ0
読者の聞きたい話、おそらくは前者だっ!!
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 17:11:23.72 ID:/XQGTl9m0
そっちじゃない!(ちょっと気になる)
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/14(金) 22:47:11.54 ID:gvNezDxKO
刹那がハムを翻弄する珍しい図
352 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/07/15(土) 05:47:17.98 ID:2Icd+a780

刹那「俺が、テロリストの一味だといいたいのか?」

グラハム「先刻告げたとおり、疑念はない。だが理由もない、今、君がこの国に来る理由がだ」

グラハム「君は絹江に言っていたな? 家財一式は既に処分していると」

グラハム「此処アザディスタンで、クルジス人の境遇と扱いを知らぬほど、私も無学ではない」

刹那「…………」

グラハム「親戚がいるわけでもない、家も残っているわけではない。針のむしろに自ら飛び込むが如き所業」

グラハム「何が、君を駆り立てるのか……」

グラハム「その、懐に隠したものの説明とともに聞かせてもらいたいと思ってね」

刹那「銃は、護身用だ」

グラハム「ふむ、情勢を鑑みれば違和感はない」

刹那「そして……被差別部落民が、仇敵アザディスタンの不幸を笑いに来たと言えば、不思議ではないだろう」

グラハム「あり得ない。君の眼はそんな濁りを宿してはいない」


グラハム「君の眼は、戦う者の眼だ」

グラハム「君は、此処に戦いに来た。違うかね?」

刹那「……勝手な想像だ」

グラハム「これでも、人を見る目だけは自負しているのだがね」


刹那「……この世界に、神はいない」

グラハム「!」

刹那「紛争で見てきたものの全てが、俺にそう教えてくれた」

刹那「ならば、今この国で何かを成すのは、人であるはずだ」

グラハム「神はいない、か……アザディスタン、いや中東出身者からそれを聞くとは意外だった」

刹那「俺は、人が何を為すのか、そして為したものが何かを、この目で見たい」

グラハム「命を懸けても、か?」

刹那「人は死ぬ。何もしなくとも……こうしている間にも、人は死んでいく」

刹那「だから此処に来た。行き着く先を、見届けるために」

刹那(ガンダムとともに……)


グラハム「……人は死ぬ、か」
353 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/07/15(土) 06:19:17.94 ID:2Icd+a780
刹那「――爆弾のチェックは終わったな。下がってくれ、ボンネットを閉める」

グラハム「! あぁ、済まない」

 バタンッ

刹那「知りたかったことは、これで分かったのか?」

グラハム「まだ得心とまではいかないがね」

刹那「武器を取らない戦いもある。彼女のように、ペンを取る者もいる」

グラハム「……このグラハム・エーカーをはぐらかすか?」

刹那「だが否定は出来ないはずだ。絶対に」


グラハム「チッ……狡猾な。分かった、認めよう。私の敗北だ」

刹那「俺には俺の戦いがある」

刹那「彼女にも、そしてお前にも」

刹那「余計に気を回すな。そこまで要領のいい男ではないはずだ、あんたは」

グラハム「見透かすような発言をする……」

刹那「実際、分かりやすい男だ」

グラハム「自覚はあるが、直接言われるといい気分ではない」

刹那「ならもう会わない方がいい」

グラハム「同感だ、だが……物怖じしない性格は、気に入った」

グラハム「無論、その眼も含めて、だがね」


『そろそろ大丈夫〜?』


グラハム「っと……姫君の忍耐にも限度が来たか」

刹那「俺は此処で別れる」

グラハム「送迎の礼くらいは受け取ってもいいのではないか?」

刹那「近場で友人を待たせている、改革派だが外国人を見せて機嫌を損ねさせたくはない」

グラハム「はっきり言ってくれる」


グラハム「……聞きそびれていた、君はどちらを支持する?」

刹那「どちらでも、内戦が起これば関係はなくなる。全員が被害者で、加害者だ」

 ・
 ・
 ・
 ・
354 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/07/15(土) 06:51:52.70 ID:2Icd+a780


――帰路――



絹江「んー……風が気持ちいいー」

グラハム「乾燥地帯とて、日が傾けばなかなか過ごしやすくなるものだな」

グラハム「だがあまり気温自体は下がらない、油断して熱中症にならぬように」

絹江「はーい!」


グラハム「そう言えば、別れ際に彼に何か手渡していたようだが?」

絹江「連絡先の書いた紙よ。現地の案内役がいたほうが良さそうだって、今日分かったものね」

グラハム「ふふ……私はお役御免かな?」

絹江「その前に、そんな暇ももう無くなるんだから」

グラハム「……何?」



 彼女の言葉を待たずして、基地の方角から大きな影が車上を通過した。
 見紛うはずもない。
 ユニオンフラッグ。太陽光発電受信施設方面へ、一編隊が一直線に向かっていった。
 風に彼女の淡い栗色の髪がたなびく。
 もう、この国で、この距離で眺めることは叶わないだろう。


絹江「飛行可能空域の大幅な解放……アザディスタン領内の空域警護をユニオン軍に全面委任することがさっき議会で正式に決まったそうよ」

グラハム「忙しくなるな」

絹江「……嬉しそうじゃないわね?」

グラハム「嬉しいさ。君がいなければ、アクセルを全力で踏み抜いているところだ」

絹江「そっか」



 本心だ。ようやく飛べる。
 思うところが無くなったわけでもない。
 むしろ懸念は増えたと言っていい。

 だが、私も戦うことにしたのだ。
 慚愧も逡巡も抱えて、今できることを為す。
 彼に出来て、私に出来ぬことはあるまい。

 彼のような眼で、飛んでみたくなったのだ。
 理由は、自分でもよく分からなかった。



グラハム「聞かないのか」

絹江「何を?」

グラハム「彼と私の会話の内容さ」

絹江「気になってはいる、かな」

グラハム「話して利になるほど確信は得られなかったがね」

絹江「でもね、貴方が敵じゃないって言ったし、彼についてはあんまり心配してないのよ、私」

グラハム「結構。信用されているようで何よりだ」

絹江「信頼よ。貴方が口に出したことは、疑うつもりがないの」

グラハム「……そう、か?」

絹江「あとで教えてね。あるはずもない爆弾探しの件は、それでチャラにしてあげる」

グラハム「……やはり気付いていたか。悪い女だ」

絹江「伊達に母親と姉を兼任してきませんでしたもの」

355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/15(土) 12:36:07.81 ID:HzYO2CqF0
これだけ人として成長したハムが変なお面つけるようになるのか先が気になる
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/20(木) 19:15:34.01 ID:y54jzuB80
グラハム子供扱いされてて笑う
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/16(水) 02:45:09.33 ID:VLpfipn70
保守
358 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/08/18(金) 06:05:53.90 ID:ONyzrAD30


 基地の入り口に到達する。
 ――あぁ、爆発しなくてよかった!
 そんな、彼女の唐突な冗談に、釣られて笑ってしまった。

 こんな時間が、彼女との最後になるかもしれない。
 【奴ら】との対峙は、誰であっても分の悪い全賭けの強要だ。
 それが分かっていない、こともないようだ。
 そっと広い袖の中に隠した、震える指を見て見ぬふりして、アクセルを踏み込んだ。


 ・
 ・
 ・
 ・


ビリー「やあ、グラハム。白馬の騎士の役目は無事に完遂できたようだね?」

グラハム「それがなカタギリ、思わぬ黒騎士の来訪で落第の烙印と相成った。どうか笑ってくれ」

ビリー「OK、じゃあ空で汚名を雪ぐとしようか。君の得意分野だ、そうだろうフラッグファイター?」

グラハム「ふっ……と、いうことは?」

ビリー「新型水素ジェットは万全快調だよトップガン。往っておいで、君の空だ」

グラハム「そうこなくてはな。恩に着るぞ、盟友!!」


 何を言う間もなく、身に着けていた民族衣装を脱ぎつつMSドックへと早足で駆けていったグラハム。
 盟友……ビリー・カタギリが彼を出迎えた時点で、そんな予感はしていたのだけれど。
 まさかこうもあっさり置いていかれるとは、流石に思っていなかった。


絹江(……お礼、言いそびれちゃったな……)

ビリー「さて、お隣は空いていますか? お姫様」

絹江「えっ、はい?」

ビリー「失礼。ここから報道宿舎は遠いですからと、グラハムにね」

絹江「彼、何も言ってなかったと思うんですけど?」

ビリー「盟友ですから。信用できません?」

絹江「……いーえ、お任せいたします、カタギリ技術顧問」

ビリー「合点承知。ささやかなドライブと洒落込みましょうか」


 ジープは走り出す。
 不満げな私と、ご機嫌なビリー氏を乗せて。
 何故不満かなんて、自分にだって分からない。
 ――彼には分かって、私には分からなかった、あの人の仕草?サイン?……そんなものの有無に。
 ここまで心を掻きむしられるとは、思ってなかったんだ。


ビリー「どうだい、彼との関係は?」

絹江「へ?」

ビリー「今回の護衛の一件、聞いてたと思うけど彼から言い出したことでね」

ビリー「上官の待機命令に貴重な士官用外出許可まで消費しての押し通りっぷりだ」

ビリー「激戦も間近のユニオン陣営に青天の霹靂と……我々の間でもっぱらの噂でね」

絹江「なっ……?!」
359 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/08/18(金) 06:56:49.48 ID:ONyzrAD30


 いきなり、何てことを言い出すんだろう。
 知らない顔ではないにせよ、デリカシーの欠片もない。
 沸々と湧いた言葉をぶちまけようとして、彼を睨みつけ――


絹江「っ……!」

ビリー「――で? 勿論、言いたくないのなら構わないよ」

ビリー「大体は察せるけど……本人の言質がある方が【上】への説得力は増す、というだけさ」


 言葉を、飲み込んだ。
 全く笑っていない、彼の眼を見て。
 これが下世話な野次ではなく、本気の懸案事項であると、察したからだ。


ビリー「……失礼。こういうところで駆け引きを使えるほど僕は器用じゃないものでね」

ビリー「ただ、分かってもらいたい」

ビリー「これから、世界を揺るがす存在、【ガンダム】にぶつかろうという我らのエースが」

ビリー「唯一無二のカスタムフラッグと戦術マニューバを持った、代えがたい切り札が」

ビリー「予想外のことで外出を強行し、暴徒に囲まれあわやという事態を招いた」

ビリー「そのことが、どれほどユニオン軍にとって重大なことであるか、ということをね」


 忘れていた、訳じゃない。
 ただ、足りなかったんだと思う。
 【ただ一人の兵士が、性能も劣るカスタム機で、上位の怪物に立ち向かう】という事実。
 彼の存在自体が、自分など比較にならないほど重要な【要素】であるということへの、実感が。


絹江「……どうなりますか?」

ビリー「上は君を日本に強制送還したがった。しかしそれは却ってグラハムへの悪評を増やすだけだと、説得してくれた上官(叔父)がいてね」

ビリー「現状維持で決着。少なくとも、しばらくは近寄らないほうがいい。したくても厳しいだろうけど」

絹江「分かりました……」

ビリー「……君を非難したつもりではないんだ、済まない」

ビリー「予想外の事態であったことも分かるし、そも君の無理な行動で起きたわけでもない。情報不足が招いた側面もある」

ビリー「ただ運が悪かっただけ。その不運が、君たちの関係を他に邪推させるきっかけになったという、ただそれだけのことなんだ」

絹江「っ……私は、無二の英雄を誑かす毒婦と、そう思われているわけですか」

ビリー「説明はした、説得もした。だがグラハムの友情への姿勢が悪目立ちしたと言うだけさ」

ビリー「分かってると思うけどね、彼自身、評判がいい方じゃないんだ。あぁ、ほんと、間が悪いとしか言いようがない……」


 ため息から伝わるのは、少なくとも彼が味方してくれたという事実。
 少し目が合うと、ばつが悪そうに困った笑みを向けてくれた。


絹江「ご迷惑をおかけしました、カタギリさん」

ビリー「いや、こちらこそもう少し話し方を考えるべきだった。ごめんよ、どうもこういうのは僕の手じゃないな……」

ビリー「まあ、しばらくはお互いの仕事に専念しておこう。君はジャーナリスト、彼はパイロット」

ビリー「君の仕事への邪魔はさせないよ。それは――彼に託された僕の役目でもあるからね」

360 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/08/18(金) 07:18:39.06 ID:ONyzrAD30

 ジープは宿舎の前で止まる。
 短い時間、そのはずだったのに、ひどく長い間走り回っていたような心地だった。


『おーい、絹江ー!!』

絹江(あ、イケダさん)

ビリー「じゃあ、僕は失礼させてもらいますよ」

絹江「! 重ねて、迷惑をお詫びいたします。申し訳ありませんでした」


ビリー「……これだけは言っておこうかな」

ビリー「今回の件は僕としても不本意の出来事だ。今までその手の問題と無縁だったグラハムに湧いた与太話と、どいつもこいつも食いついてきている」

ビリー「尾鰭が付く前に、そういった羽虫は黙らせたいと思ってる。彼は戦場で、君は筆を執って、ね」

ビリー「任せてもいいと思えるからこその提案だ。活躍を期待するよ、未来の名ジャーナリスト」


 此方の返答を聞く前に、朗らかに笑んで走り去ってしまうポニーテールの紳士。
 言われるまでもない。そんな下らない風評を真実で流しきってこそ、ジャーナリストだ。
 ……ただ、そう、ただ、一つだけ、気にはなった。

 あなた自身は、どう思ったのか。
 私に向けた目は、悪評への怒りだけだったのかと。
 少しだけ、聞いておきたかった。


 彼が去って暫くして。
 アスファルトを切りつける風を伴い、漆黒のフラッグが暮れなずむ大空へと飛び上がっていった。
 夕焼けに照らされた装甲、翼、主砲に至るまで。
 男の子のロマンになんて、何の興味も惹かなかったはずなのに。
 ――彼の乗機だと思うだけで、酷く格好のいいものに見えてしまう自分がいた。


――――

「動かないで下さい、刹那・F・セイエイ」


「此方を見ないまま、先程彼女に渡された紙を頭上へ」


刹那「…………」スッ
361 : ◆AvaUNpQJck [saga]:2017/08/18(金) 07:41:18.53 ID:ONyzrAD30
「……たしかに」

「…………」

刹那「……もういいのか?」

「一つだけお答えを」

「この連絡先の下にある言葉」

「【一番美味しかったのは何だった?】というのは、どのような意味でしょうか」


「ブフッ……!」

「おやめになって……クク……うふっ……!!」


刹那「そのままの意味だ、他に意味があるなら教えて欲しい」


「なっ……!」


刹那「連想できるものがあるなら提示して確認を取るべきだ」


「そ、それは……その……!」


「だ、ダメだ……もう……!!」

「ッ……ッッ」バンバン


紅龍「ッ、お嬢様、もうよろしいでしょう! 刹那・F・セイエイ、帰還を歓迎します!!」

刹那「あぁ、特に問題はない。どうやら例の事態も把握しているようだ」

紅龍「……はい、ヴェーダを介して市街監視カメラを傍受しておりました」

刹那「そこで笑いながら転がっている二人は?」

紅龍「っ……トライアングラーがどうとか言って、先程から勝手に……」

刹那「そうか。俺は部屋で休む。ガンダムでの野外監視は予定時刻で行う」

紅龍「はい……ごゆるりと……」


刹那(……筑前炊き、だったか……あれが一番良かったかもしれない)




――――
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/18(金) 12:54:20.28 ID:kA0zifj90
ハムとビリーの友情が眩しい
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