【蒼の彼方のフォーリズム】【オリキャラss】 蒼の彼方に光が見えた

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

71 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:28:35.23 ID:1/d0bfd50
美亜「お、ついたか。さっさとそこの男子更衣室で着替えて。高度制限きったら、さっさと上来なよ」

 女子更衣室からフライングスーツで出てきた美亜先輩が言った。

颯汰「俺も?」

美亜「ん、そうね。颯汰も一応、タイム測っとこうか」

 美亜先輩に言われた通り、男子更衣室に入った。

 間違えて、そういうイベントが起こったりは……。

洸輝「……え?」

悠佳「……あ」

 そこには、悠佳がいた。
72 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:05.29 ID:1/d0bfd50
 部長に言われるまま男子更衣室に入ると、悠佳がいた。

 男物のフライングスーツを広げて。

あ、悠佳自身は服を着ていた。

 颯汰はそういえば、まだフライングスーツを買ってはいなかった(着替えはランニング用のジャージから下に水着を着るらしい。海上で練習をするからだ)から……どうしても、あのフライングスーツは俺のものだ。

悠佳「え、えっと……」

颯汰「え? え?」

洸輝「えっと……悠佳? そこで何」

 を、と言おうとした。

悠佳「キャー!!!!」
73 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:29:55.09 ID:1/d0bfd50
美亜「どうした悠佳っ!」

 軽くドア前で引いている俺を押し倒し、腕を後ろにねじあげ、そして美亜先輩は言った。

美亜「大丈夫か悠佳!」

洸輝「大丈夫じゃないのは俺です!」

美亜「ん? なにか弁解することがあるのかい容疑者後輩」

洸輝「呼び方変わってるし……。というか完全に誤解じゃないですか、ここ男子更衣室だし悠佳着替えてるわけでもないし」

美亜「手を出したとか」

洸輝「とか、って言ってる時点でもうそんなに疑ってないでしょう……。こんなに離れてるのに手の出しようがないです」

理亜「つまり、近ければ手を出していたと?」

洸輝「言葉の綾です!」
74 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:30:31.05 ID:1/d0bfd50
美亜「じゃあ、なんで悠佳は叫んで……」

 美亜先輩は、そこで初めて悠佳の方を見たようだった。

美亜「おっと……。ま、まあ? 人の趣味って? 人それぞれだから……。許容してやりな、洸輝クン」

悠佳「あ、えっと、その、私は――」

美亜「なにも言わずともわかっているとも、悠佳クン。大丈夫、それで差別なんてしたりしないから」

悠佳「だから違うんですー!」
75 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:31:28.98 ID:1/d0bfd50
理亜「どうしたのですか?」

悠佳「そ、それは……」

詩緒「……あ、このフライングスーツ、悠斗さんのと……」

 詩緒が、かすかにつぶやいた。

洸輝「……悠斗?」

詩緒「……悠佳。どうするの?」

 詩緒は、俺を無視して悠佳に聞いた。

 ……始めて教室で話した時も、こんな話し方だった気がする。

 悠佳に、アルビノのことを話された時。

悠佳「……ごめん、今は……ちょっと、無理……」

詩緒「そういうことだから。先輩も、洸輝も、詮索はなしね」

美亜「わかったよ。まあ、誰にでも心に入られたくない部分はあるからね」

理亜「……そうですね」

 理亜先輩が美亜先輩を見ながら話したのが、少し気になったけれど。

洸輝「……なあ、悠佳」

悠佳「な、に?」

洸輝「いつか、話してくれ。それを、約束してほしいんだ」

詩緒「ちょっと、おま――」

洸輝「あんまり一人で、抱え込むなよ。そうしてくれないと、俺のフライングスーツ、ちょっと着にくくなる」

 冗談めかして、軽く笑いながら悠佳に持ちかけてみた。

 詩緒はあっけにとられていた。

詩緒「……どういう、意味?」

洸輝「そのままだよ。悠佳が俺のフライングスーツを見るたびに嫌な思いをするのならその理由を知りたい。俺は、フライングスーツにこだわりなんてないからな」
76 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/18(土) 12:37:12.86 ID:1/d0bfd50
美亜「悪かったね少年。疑って」

 着替えた後、外で待っていた美亜先輩が言った。

 悠佳はしばらく深呼吸をした後、「大丈夫」と言って男子更衣室から出ていった。

洸輝「いえ。俺は俺で、悠佳に辛い思いをさせたかもしれないんで……」

 知っていてあえてする、というのは悪意がある。

 でも知らずに傷つけることも、悪意はなくとも悪であることには変わりないと、俺は思う。

美亜「うーん……。ボクも知らないからねえ、悠佳ちゃんたちのことは……。ま、あれこれ悩んでも彼女が教えてくれるまでボクらは知ることはできない。彼女自身が大丈夫と言ったのだし、今はそれを信じよう。彼女がもし辛そうなら、それはその時に対処すればいい。今は、何もできないよ。無力だけどね」

洸輝「……はい」

美亜「さ! さっさとテストを始めようか!」

洸輝「……はい!」
77 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:18.34 ID:3WF+yruq0
洸輝「来ました」

 初めての、安定した高度飛行。

 真下には、海。

 体育館の床じゃない。

 俺は今、海の上で浮いているんだ。興奮しないわけがない。

美亜「よし。FCのスタートの姿勢はわかる?」

洸輝「はい」

 FCのスタートの姿勢は、柔軟の立ったまま開脚し、前屈したような姿勢だ。

美亜「じゃ、それで始めよっか。私がホイッスルを鳴らすから、なったらここファーストブイからセカンドブイに飛んで。で、そのままタッチ。向こうに理亜がいてタイム測ってるよ。おーい」

 美亜先輩が手を振ると、セカンドブイ付近で浮翌遊している理亜先輩が手を挙げた。

美亜「飛び方は自由。できないとは思うけど、ローヨーヨー・ハイヨーヨー、その他の使用は自由よ。とりあえず、ファーストラインを40秒以内に飛んでみな」

洸輝「頑張ります」
78 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/21(火) 19:22:51.60 ID:3WF+yruq0
 スタートラインに浮き、スタート姿勢をとる。

美亜「それじゃ、行こうか!」

洸輝「はい」

 フィイィィ!

 俺にとっての初めてのホイッスルが、鳴った。
79 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/21(火) 19:26:15.37 ID:3WF+yruq0
あおかな原作及びアニメを知らない人に



ローヨーヨーハイヨーヨーは後々説明しますので、今はあまり気にしなくておkです。
80 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:02:59.80 ID:twr3JhCv0
 スタートはスムーズだった。

 前方への移動は、低空と同じだ。前傾姿勢。

 ハンモックの上でイメージしたアレを、ちゃんと実行できている。

 ただ……

洸輝「……遅い」

 速くない。

 低空飛行ゆえにビュンビュンと飛び回ることがなかったから、安定感はあっても非常に遅い。
81 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:03:29.61 ID:twr3JhCv0
美亜「うーん……やっぱ経験値?」

小梢「かね」

 ファーストブイ付近、空中で洸輝の飛行を見ながら二人は話す。

小梢「しっかしまあ、りーちゃんも無理とまでは言わないけど難題をふっかけたね」

 洸輝が感じているのと、同じことを考えながら小梢は言った。

 低空飛行のみの練習だったから、上下のスムーズな移動とタイミングを計る慣れが必要な加速技の基本、ローヨーヨーは使えない。

 よしんば使っても、失敗して逆に減速する結果になりかねない。

 そして、詩緒の言った「20秒」は、日本でFCが最も活発な地域、仇州・四島の選手が、ローヨーヨーなどを使った結果の話だ。

 倍の40秒といえど、空中に浮いたことすらなかったド素人が一週間で目指すには、少々高い目標だ。
82 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:04:31.83 ID:twr3JhCv0
 ――そんなことは知っている。

 詩緒が「どうせ目指すのはそこでしょう?」と提示した20秒。一週間程度でできることじゃないことぐらい、わかっている。

 実感として、わかる。俺は、まだあの『光』の領域すら見えない。そこから漏れ出た明かりが見えていただけだ。

 でも。どうせなら、近づきたいよな。

 ハンモックや低空で、ひたすらにイメトレした。

 悠佳が目を話したタイミングで、試してみたりもした。

 このままだと、40秒すらきれない。

 試してみるだけ、試さないと!

洸輝「エンジェリックヘイロウ……の応用版!」
83 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:06.05 ID:twr3JhCv0
 テレビやPCなんかの画面にかじりついて(そしてそのたび画面から離れろと怒られて)何度も見た、日向昌也のFC。

 『飛べる』――canだと自分に思い込ませながら、メンブレン(反重力の膜)を操れるんだと言い聞かせながら、手元をバタつかせる。

 上手くいけば、メンブレンが動いて、急加速が実現する。

 失敗すれば、バランスを崩して飛行の制御を失う。まず、40秒はきれなくなる。

 でも……成功させないと、どうせきれないんだ。

 やらないわけには、いかない。

 それに、あともう一つ。

 倉科明日香は、初めてのFCでエアキックターンというFCの技……逆向きへの方向転換の技を成功させたという。

 俺に彼女のような天才性があるかはわからないし、あるとは思ってない。

 でも……最初にエンジェリックヘイロウの応用版、急加速を成功させたら、そいつは最高にかっこいいじゃないか。
84 : ◆oUKRClYegEez :2017/02/25(土) 10:05:36.22 ID:twr3JhCv0
 バタつかせた。

 メンブレンは目に見えない。

 でも、なんとなく、手元でメンブレンがぶれたような気がした。

 波は手元から足先の方へと伝わり、やがて体全体に伝わる。

 そして――加速が、始まる。

洸輝「きたあっ!」

 ぎゅいんっと前に加速した。

 エンジェリックヘイロウの加速は一時的なもので、すぐにその加速感は薄まる。

 そして、短時間に回数を重ねるとメンブレンの制御が著しく難しくなる。

洸輝「でも……コツは、つかんだ」

 たぶん。同じ状態でまたチャレンジすれば、成功する。

 あと、数秒もすれば、メンブレンが安定する。

 そうしたら、もう一度だ。
85 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/02/25(土) 17:23:27.08 ID:twr3JhCv0
感想お待ちしています。
86 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:19.65 ID:IFyOdzSE0
理亜「……33秒。合格です」

洸輝「っしゃあ!」

 セカンドブイの近くで思わずガッツポーズをとり、それでバランスを崩したから両手両足を広げてもち直す。

 すると理亜先輩が微笑みながら俺になにか黒いものを差し出した。インカムだ。

詩緒『おめでとー! やったわね!』

 下にいる詩緒だ。

美亜「おめでと。びっくりしたわ」

小梢「エンジェリックヘイロウの応用かー。うちの部も安泰かな?」

洸輝「そんな。完全にたまたまです」

 ファーストブイから飛んできた美亜先輩と小梢先輩が俺の背中を叩いてねぎらおうとして、メンブレンの反発で俺が弾き飛ばされる。

美亜「さ、次颯汰行ってみよっか!」
87 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:00:59.93 ID:IFyOdzSE0
颯汰「……」

 スタートラインに浮かび、静止する颯汰。

美亜「じゃ、いくよー」

 スタートラインに戻った美亜先輩が、ホイッスルを鳴らした。

 颯汰の飛び方は、普通のスピーダー。

 下降して重力の力を借り、加速してからタイミングよく上昇してブイタッチを狙うローヨーヨーを使った。

 基本的な技の一つで、反復練習を積めばそう難しいものでもない、らしい。俺できないから何も言えないけど。

 上手く上昇に転じ、そのままブイタッチ。

理亜「32秒」
88 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:04.76 ID:IFyOdzSE0
美亜「うん。まあ、そんなもんじゃない?」

小梢「いや、むしろこっちが普通でしょ。コーキは運がよかっただけだと思うよ?」

颯汰「……」

洸輝「一秒負けたー」

 悔しい。

 ただ、颯汰も同じ顔をしていることにその時の俺は気づかなかった。
89 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:02:32.61 ID:IFyOdzSE0
洸輝「あー、つっかれた……」

 初めてのチーム練習への参加。

 慣れない練習、先輩の飛び交う指導。

 迷惑かけてばっかりで、申し訳ない気持ちになる。

 詩緒は「はじめはみんなそんなもんだって」と慰めてくれたが、凹むものは凹む。

美亜「みんな今日もお疲れー」

 練習後、下に集まってミーティングをする。

美亜「今日から一人、また一年生が加わりました。これからビッシバッシ鍛えてあげてくれ」

 とそこに、一人の若い男性がやってきた。白衣を着ている。

洸輝「あれ、誰?」

詩緒「先生」

洸輝「え?」

詩緒「顧問の坂巻先生よ」
90 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/04(土) 12:03:14.24 ID:IFyOdzSE0
「みなさん。今年度初の外練習どうでした?」

美亜「いいスタートは切れたと思いますよ」

 美亜さんが先生に言った。

「お。男子部員……ですが、知らない顔が」

美亜「新入部員です。ほら、自己紹介」

颯汰「水無月颯汰、スピーダーです」

洸輝「伊泉洸輝、オールラウンダー」

「坂巻洋行(さかまきようこう)、専門は化学。FCのことに関しては素人なので技術的な指導はできませんが、これからよろしく」

 坂巻先生は優しそうな顔で笑った。
91 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:06:29.41 ID:I1TkvR3G0
洋行「そういえば二人は、FCの試合を見たことがありますか?」

 ミーティング終わりに先生に呼び止められて、颯汰と二人で話を聞くことになった。

 初めての練習で汗かいてるから、できれば早くシャワーあびて帰って休みたいけれど。

颯汰「はい」

洸輝「テレビでなら」

洋行「そうですか。実体験はどうです、水無月君」

颯汰「ないです」

洋行「伊泉君は?」

洸輝「いえ、全く」

 坂巻先生はそうですか、とつぶやきつつ、考えるようにあごに手をあてた後、こう言った。

洋行「実は東ヶ崎さんに、今日は最初ですし、少し早めに切り上げてもらったのです」

 いつもより短くて「これ」なのか。いや、短いからこそやることを圧縮して大変だったという見方も……。

洋行「なので、まだ海は使えます。どうですか? お二人で試合をやってみては」
92 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:08:58.03 ID:I1TkvR3G0
美亜「いいですね! よっしお前らー、ブイ……はしまってないからいっか。タイマーとインカム3セット準備!」

 まだ残っていた美亜先輩が割り込んできて声をあげた。

洋行「ホイッスルが必要でしょう?」

美亜「そうでした。ホイッスルも頼む、カエデ!」

楓「はーい。悠佳ちゃん、道具の場所と使い方教えるから、ちょっと来て」

悠佳「はい」

 マネージャーリーダー、寺本(てらもと)楓先輩。3年生。

美亜「ボクが入部してって頼んだら、スポーツは苦手だけどマネージャーならって引き受けてくれたいい友人だよ。ちなみに脱いだら嫉妬するほどにすごい」

 二カッと笑って美亜先輩が言った。

美亜「さて! ボクは審判をしよう。誰か、颯汰と洸輝クンのセコンドを頼むよ」

 セコンド。

 従来のスポーツと違い、三次元的な動きをするFCでは、選手が相手を見失うということが多々あるらしい。

 見失った後に一方的な展開になることを防ぐために、FCには地上から相手の位置を教えたり、選手の決断・作戦をサポートしたりするセコンドが認められている。
93 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:10:18.88 ID:I1TkvR3G0
颯汰「りー先輩、頼めるかな」

理亜「ええ。構いません」

美亜「洸輝クンのセコンド、誰かやってくれないかー?」

 うーん、と顔を見合わせる部員の先輩たち。……あの、ちょっと悲しいんですけど……。

小梢「じゃあ私が!」

美津希「小梢先輩だと指示がわかりませんよ」

小梢「そうかあ?」

美津希「部長ならともかく、私にはわからないですよ。今でも。フィーリングで感じるタイプじゃないと無理です」

小梢「洸輝くんがフィーリングじゃないっていつ誰が決めた!」

 フィーリングはタイプであって俺自身ではないですけど。

美津希「始めたばかりの初心者にフィーリングを求められても困惑するだけですよ」

小梢「そういうもんかあ……?」

 首をかしげる小梢先輩。

美亜「そう言う美津希はどう?」

美津希「私は逆に、咄嗟のことに対して口頭で説明すると時間がかかりすぎる気がします。今までだってセコンドしたことありませんし」

 冷静沈着な美津希先輩は、状況の説明を綺麗にしすぎ、そのせいで指示が遅れるのだとか。

美亜「そういえばそうだねー。どうしよっか」
94 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:13:30.60 ID:I1TkvR3G0
理亜「詩緒さんはどうですか? 同じ一年生ですし」

 練習用のフライングスーツの上に一枚羽織り、ヘッドセットをつけた理亜先輩が言った。

詩緒「私ですか?」

美亜「そーだね。いいかも! さ、颯汰も詩緒ちゃんも洸輝クンも! ちゃっちゃと準備済ませちゃってくれたまえ!」

詩緒・颯汰・洸輝「「「はい」」」
95 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:14:04.15 ID:I1TkvR3G0
夏希「美津希ー」

美津希「なによ」

夏希「私セコンドしてみたかったー」

美津希「そんなことを言われても……。それなら立候補すればよかったじゃない」

夏希「恥ずかしい」

美津希「……。今更のような気もするけれど……」

夏希「うっそお!?」
96 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:23:53.37 ID:I1TkvR3G0
颯汰「FLY!」

洸輝「光へ!」

 俺と颯汰は準備を終えると、ほぼ同時に飛翔した。

颯汰「やるぞー、洸輝」

洸輝「お手柔らかに」

詩緒『聞こえてるー? 返事してー』

 耳に当てているインカムから、詩緒の声が聞こえた。

洸輝「詩緒か。聞こえてる。ってか、これ地上でやっとくべき確認作業だろ」

詩緒『細かいことはきにしない。どーせ練習だし』

洸輝「初めてだからこそちゃんとしてほしかった……」
97 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/11(土) 13:25:30.19 ID:I1TkvR3G0
 ファーストブイ、スタート位置。

 先にインカムをはめて下と連絡が取れる状態になっていた美亜先輩が、ホイッスルを持って浮いていた。

美亜「さて! 準備はいいかな少年たち!」

颯汰「いいよ」

洸輝「同じく」

 心臓の鼓動がわかる。緊張している。

 練習とはいえ、初めてのFCだ。

美亜「そういえば、時間どうしますか? 十分は長いと思うのですが」

洋行『半分くらいでいいのではないですか?』

 美亜先輩が耳に手をあてた。その方が聞きやすいからだろう。

美亜「ですね。通常は十分だけど、今回はおあずけで半分の五分間、模擬試合をします!」

颯汰・洸輝「はい」

美亜「依存ないね!? よーし。位置について。よーい」

 フィィィィィィィィ!

 ホイッスルが鳴らされた。スタートだ。
98 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:12:19.91 ID:iE2K0pGf0
洸輝「っ!?」

 颯汰がスタートダッシュを決めた。

 俺は出遅れた。

洸輝「しまっ」

詩緒『悔やむのは後! セカンドラインにショートカットしなさい!』

 あせってエンジェリックヘイロウの応用版で加速しようとしたところを、詩緒に止められた。

詩緒『相手はスピーダーなのよ! 私ならそうする!』

洸輝「私ならそうする、は次からいらない! どんどん指示だしてくれ!」

詩緒『それだとあんたの判断にならないじゃない! 洸輝の試合にならない!』

 詩緒が叫ぶように言った。

 そんな詩緒に負けじと俺も叫んだ。そんなことせずともインカムはちゃんと音を拾うのだが。

洸輝「まだ咄嗟に自己判断ができるほど慣れてねえよ! むしろセオリーを叩き込むために、頼む! 詩緒!」

詩緒『わかったわ』
99 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:16:58.93 ID:iE2K0pGf0
 セカンドラインにたどり着いた時、颯汰はローヨーヨーを使って加速して、セカンドブイにタッチしたところだった。

楓「お、得点入ったね。悠佳ちゃん、準備はいい?」

悠佳「はい?」

楓「一年生マネージャー、今のところ悠佳ちゃんだけだから得点のつけ方なんかを教えてあげる。私的にも、覚えてもらわないと困るし」

悠佳「はい」





>>52 さんの書いてくれた図を見ながらどうぞ
100 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:20:10.40 ID:iE2K0pGf0
理亜「ブイタッチ。……よし。一度上昇してください」

颯汰『上昇?どうして』

理亜「FCは上の位置が有利です。先ほどのローヨーヨーで稼いだスピードを[ピーーー]ことにはなりますが、相手は完全に静止していますし、上に行けば加速も容易です。今の段階から、上を取ることを意識していきましょう」

颯汰『了解』

 私は、そんな理亜さんたちの声は聞こえないところまで離れている。

詩緒「上がった……。洸輝、上から勢いと加速をつけてくるわ。ブイの中間地点で待って、接触で止めなさい。触るのはどこでもいいわ」

洸輝『了解』

 FCはそのルール上、ショートカットの後はブイタッチをした選手と交錯しないと次のブイタッチが認められない。

 スピーダー相手にスピード勝負をしかけるのも、愚策というものだし。待ち構えて相手のスピードを殺してから、ブイタッチなり背中タッチなりを狙うのが正攻法だ。
101 : ◆oUKRClYegEez :2017/03/18(土) 12:22:52.09 ID:iE2K0pGf0
 颯汰が、来た。

 高い位置からぐっと加速して。

洸輝「これは!」

 そして、俺と接触する少し手前の位置で、左右へとゆさぶりをかけた。

 ふらりふらり。フェイントだ。

詩緒『シザース! どっちか見極めて!』

 勢いにのった選手が、左右に揺さぶりをかけて待ちかまえる相手を混乱させるための技、シザース。

 そうは言われても、初めて実際に見るのに見極めろなんて――

詩緒『こういう時は直感よ!』

洸輝「なら!」

 右!

 と思い右にばっと手を伸ばす。

 しかし当然、ゆったりと俺の動きを見ていた颯汰はこれを回避し、するりとサードブイへ。

詩緒『ショートカットよ! サードライン! 急いで!』
102 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/03/25(土) 21:18:03.68 ID:DBqd1WW+0
保守レス
103 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:03:22.01 ID:NzErZ20v0
理亜『よくできました。ブイタッチしましょう』

颯汰「危なかった……。左右にわざと揺らすだけでかなりバランスくずれそうでしたよ」

 俺は今まで、安定して飛行することしかしていなかった。緩やかなカーブ、急なカーブは練習しても、わざとふらふらした飛行なんて練習したことがなかった。今日初めて教わり、なんとかひっくり返らないところまで練習した。

 それでもフェイントの回数を増やせば失敗しそうになるし、持っていたスピードも落ちる。プロや全国大会上位の実力者はシザースでスピードをあまり落とさないこともできるらしいけれど、今日習ったばかりの俺にはとてもじゃないが無理だ。

理亜『初めはみんなそうですよ。これから頑張っていきましょう』

颯汰「うん。よろしくりー先輩」

理亜『……』
104 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/01(土) 19:04:13.28 ID:NzErZ20v0
洸輝「詩緒。詩緒は相手がシザースしかけてきた時はどうやって対処してる?」

詩緒『私? 私、いつも直感でやってるからなぁ……。そうね。今回だけの手だと思うけど、あるにはあるわよ』

洸輝「まじか! どんな?」

詩緒『来るわよ! とりあえず指示出すからその通りに!』

洸輝「りょ、了解!」

一瞬が命取りのスポーツだ。疑問を持つのは、ある程度猶予のある時でいい。今はただ、頼れる経験ある相方を信じる。それだけ。
105 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:08.23 ID:rvHs98oj0
颯汰がまっすぐ……いや、まだまっすぐだが恐らくまたシザースを仕掛けてくる。

詩緒『前につっこみなさい! エンジェリックヘイロー!』

詩緒の指示は、そんなものだった。

エンジェリックヘイローは加速技。初速はどうにもならないけれど、方向さえ決まればぐんっと引っ張られるように加速する。

真正面から飛んでくる颯汰相手に向かっていくのは、相対性理論的にも止めるのは難しいはず。交錯時間は、待ち構えている時よりも短くなる。
106 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:56:47.61 ID:rvHs98oj0
それでもあえて、向かっていくのにはなにか意味があるはず。そう信じて。

洸輝「っっしゃぁぁああ!!」
107 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/08(土) 13:59:00.07 ID:rvHs98oj0
理亜『シザースです!』

りー先輩の声が聞こえた。

2回目のシザース。

二回目で慣れるはずもなく、内心ではひやひやしながら洸輝に向かっていく。

洸輝に近づいていく。ぐんぐんと。

俺は洸輝がどっちに手を伸ばすか、見極めようとした。

だが。

颯汰「な――」

急に、正面! ぶつかる!


バチィッ!

洸輝「よしっ!」

手を伸ばした。エンジェリックヘイローは成功した。

颯汰を止めるべく伸ばした手は颯汰の頭に触れた。

正確にはメンブレンの影響で肌には触れなかったけれど、 見た目はそんな感じ。

 これで接近戦、ドッグファイトに持ち込める。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/08(土) 15:12:52.76 ID:xr7Gv6Mso
エンジェリックヘイローは円軌道の加速による閉じ込め技
109 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/04/08(土) 22:05:43.18 ID:rvHs98oj0
>>108
すみません
ずっと「応用版」とか「エンジェリックヘイロー応用版」って言い続けるのもなぁ……とか、試合中にエンジェリックヘイロー応用版って言う時間があるのかなーとか考えた結果省略しました。中身はエンジェリックヘイローの応用、使い続けて円軌道を描くのではなく一時的な加速を得る方をここでは使っています。紛らわしいことをしてすみません
110 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/15(土) 22:41:36.29 ID:NIJaoKwn0
詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻め! 攻めてけぇぇぇぇぇ!』

 ……詩緒の性格が変わった。

 接近戦に持ち込めたことでファイター魂に火が着いたらしい。

 細かな指示など何もない、ただその熱い言葉の連呼。

 だからか、実際に動いている俺は冷静になれた。

 ぶつかった後もドッグファイトは分が悪いと思ってか、ローヨーヨーで加速しようとする颯汰の背中を狙いに下降する。

 初速はオールラウンダーグラシュである俺の方が速い。そのままタッチできる。

詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻めぇっ!』

洸輝「わかったから!」

 俺だって、一点をとりたいから。
111 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:18:40.39 ID:x51nNznz0
 洸輝を後ろに感じる。

 燃える闘志を、熱意を感じる。

 俺が今、FCに対してもっていない異様なまでの”熱”を、洸輝が持っている。

 ……心で負けるって、こういうことなのかなとふと思った。

 気迫が違う。何が何でも一点を取る、そしてその先で勝利する。そんな意思がはっきりと見える。

 俺はそこで、負けた。
112 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/21(金) 22:20:18.98 ID:x51nNznz0
 颯汰の背中が迫る。颯汰の加速が、思ったより遅いからだ。

洸輝「立て直しがやっぱり慣れてない?」

詩緒『…………』

 俺のそんな独り言とも質問ともとれるだろう言葉に、詩緒は反応しなかった。

洸輝「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気合を入れた。

 俺の、初めての一点だ。

 ――ピキィィィン!

 という音とともに、颯汰の背中にグラシュと同じ色の三角形が広がった。

 背中のタッチによる得点だ。


詩緒『追い込め! 連続で狙っていけ!』

 復活した詩緒の声が耳元で響く。というか、普通に大きすぎて正直ちょっとトーンダウンしてほしい。

洸輝「了解!」

 それでも詩緒に従い、颯汰の落ちていく背中を追っていく。

 颯汰の体勢が崩れている今が、好機。
113 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:47:43.20 ID:Fu7v2gFK0
理亜『両手両足を広げて! もう一点取られることは仕方ありません、ここは体勢をたて直して!』

 りー先輩の声が耳元でした。

理亜『まだ、全然負けていない!』

 ああ。そうだね。得点は全く負けてない。

 りー先輩の声に従えば、もしかしなくても勝てるだろう。

 でも、そうじゃない気がする。

 もう、心で俺は負けてる。これ以上やっても、無意味な気がしてならないんだ。

 俺は、もう――

洸輝「颯汰」

 上から、声がした。

 崩れていた体勢も、安定を取り戻そうと体が勝手に動いていたのか、ゆっくりと止まる。

 洸輝は、そのまま上から言った。背中はがら空きだ。タッチすれば、2-2、洸輝は俺に追いつけるのに。

洸輝「無理に勝負しろなんて言わない。言えない。でも、試合中は諦めるなよ。空にあがってホイッスルが鳴って。それからブザーが鳴るまでは足掻いてみせろよ。一度上がったのなら、最後まで飛んでくれ。最低限の礼儀だろ」
114 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/22(土) 13:52:23.51 ID:Fu7v2gFK0
 なんとなく、颯汰が『飛ぶこと』を止めたような気がした。

 勝利すること、試合をすること。その権利を投げ捨てたような気がした。

 無理に飛べなんて言えない。それはこっちのわがままの押し付けだ。

 でも、スポーツをする人として、譲れないものはある。

 一度試合を始めたのなら、最後までやり抜くべきだ。

颯汰「……洸輝」

洸輝「俺は、空を飛ぶことが楽しい。見ていて面白いと思って、やってみたいと思って、ここにいる」

颯汰「……」

洸輝「改めて、誘うよ。”FC”を、しないか? 颯汰」
115 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:13:51.67 ID:OvoQUz210
洸輝「一度勝負を受けたんだから、最後まで付き合ってくれよ」

 そう言って、洸輝は笑った。

理亜『……』

 りー先輩は何も言ってこない。

颯汰「……悪いな。やるだけ、やるよ」
116 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 17:15:37.57 ID:OvoQUz210
  誘われたからとはいえ、元は俺から最終的には俺が『やる』と言ったんだ。

 ならせめて、この一回でも言葉に責任を持つべきだろう……。

 そう、思った。
117 : ◆oUKRClYegEez :2017/04/29(土) 22:57:21.73 ID:OvoQUz210
洸輝「さて。じゃあ、仕切り直しだ」

颯汰「は?」

 そう言って俺はフォースラインに飛んで行こうとした。

詩緒『は!? アンタ何やってんの!?』

 詩緒が叫んだ。耳元が痛い。

洸輝「仕切り直しだ、颯汰。このままドッグファイトをしても面白くない。だろ? だったら一度仕切りなおして、俺はやりたい。ダメか?」

詩緒『わからないでもないけど……』

美亜『いいんじゃないかい? 練習試合だ』

 試合中初めて美亜先輩が会話に混ざってきた。というか入れたんですね。

 地上で両方の通信を管理しているわけだし、不可能ではないのだろうけれど。



理亜『どうしますか?』

 おそらくは理亜先輩が何か言ったのだろう。それは俺たちの通信には聞こえないようにしていたけれど、何を言ったかは想像がつく。

 たぶん、颯汰への最後の一押しだ。

颯汰「やります」

 その声は、通信への返答ではなく、俺に対する決意表明のようなものでもあった。
118 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/06(土) 10:49:35.45 ID:9n/6kzYp0
残り時間は一分半。

時計は止まらず、進み続けていた。

 1-2のまま仕切りなおして、再び飛び始める。

 フォースブイの位置から、まるでスタートをし直すかのようにFCを始めた。

 耳元で詩緒がやれ攻撃しろだの突貫しろだのと騒いでいるが、無視した。

颯汰はファーストブイにタッチし、俺はショートカットを選択する。

 再び、シザース。

 右へ左へぬるりぬるりとフェイントをかける颯汰。俺はそれを見ながら、飛びついた。

 前に出るのではなく、下方向に。

 両手両足を閉じて急降下の姿勢を取ると、体はぐんと下に落ちる。

 そして、足に衝撃が伝わった。

 バチイッ!

 颯汰の背中にキックした形だ。手でのタッチではないから得点ではないが、勢いは殺せた。

 残り時間は一分を切っている。

 1-3のビハインドを追いかける俺としては、正真正銘最後のチャンスだった。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 12:03:43.21 ID:9YMkd1Ei0
面白いssを見つけた
洸輝と颯汰の成長、他のキャラとの関係がどうなるかに期待
120 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:02.12 ID:T2E98pP60
 すぐに方向転換して落ちる颯汰を追いかける。

 そしてそのまま、体勢が崩れたままの颯汰の背中にタッチした。

 ピキィン!

 颯汰の背中に俺のグラシュと同じ緑の三角形が広がる。

 2-3。

詩緒『立て直される! ブイタッチよ!』

 耳元で詩緒の声がした。なぜかちょっと鳴き声だった。

洸輝「了解!」
121 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/13(土) 07:32:49.90 ID:T2E98pP60
詩緒「酷いじゃないですか先輩……つねらなくても」

美津希「詩緒は自信あるんだろうけど、ドッグファイトで点を取りたがりすぎる。もう少し冷静になって見てみれば、結果的にどういう選択肢が一番点を取れて、取られないかがわかる」

詩緒「でもあたし、けっこう直感でプレーするとこあるしなあ……」

美津希「それで勝てるのは中学までだよ。どんなスポーツでも、みんな高校からは考えながら、先を読み合いながらプレーしてる。先を読める冷静さと、チャンスの一瞬に対してどれだけ貪欲になれるか。それをコントロールしながら戦わないと」

 背中を狙っていく貪欲さは必要だけど、時にはファイターだってブイを狙うことが正解の選択肢の時もある。

 実際あたしは練習の時、美津希先輩からまだただの一本も取れていない。

 中学の閑東大会で二位でも、高校に入ってそれが通用するわけじゃあない。

 まだあたしは、発展途上だ。上に行ける。

詩緒「……頑張ります」

美津希「少しずつでいい。ちょっとずつ、『考える』ことになれていけばいいよ」

 美津希先輩はそう言って笑った。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 08:09:06.61 ID:npSusECA0
>>109
超亀だけど応用版とかが嫌なら名前付けたらよくね?
オリキャラがいるならオリ技くらい問題無いだろ
123 : [sage]:2017/05/14(日) 09:05:35.96 ID:25Tvrj2G0
>>122
一応考えているのはありますが、登場(?)もう少し後の話です……ゴールデンウィーク周辺の第2部ラスト予定です。ネタバレかもしれませんが……
まだしばらくお待ちくださいませ。
124 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/20(土) 19:34:05.74 ID:CcNvjSRa0
 速度を落とした颯汰が戻ってくるより早く、ブイに向かった。

 ブイに触れる。これで、3-3。

詩緒『残り三十秒! ブイに飛びなさい! 勝ちたいなら、それがべスト!』

洸輝「なんでベスト?」

詩緒『あとで言うわよ! 颯汰がショートカットしているから、かわして!』

 さっきとは、立場が逆になったわけだ。

 止めなければいけない颯汰。抜けなければいけない俺。

洸輝「了解!」
125 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:27:02.32 ID:g2YnP7Uz0
 相手は速度0のスピーダー。

 俺も詩緒も、そうたかをくくっていたところがあったかもしれなかった。

理亜『左です』

 俺がかわそうとした方向に、颯汰は移動した。

 勘じゃないかと思うほどの勢いのよさ。だが俺はなんとなく、そこに賭け以外の何かを感じた。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 すぐに颯汰が背中に迫って――

 ――――ピキィィィン!

 一点を、絶対に取られてはいけない一点を取られた。
126 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:35:39.48 ID:g2YnP7Uz0
 洸輝くんのセンスには、確かに目を見張るものがあります。

 一週間で本当にここまで飛べるようになるとは思いもしませんでした。羨ましいほどの上達が早い。

 でも……短いからこそ。

 癖というものは出やすい。

 彼が一番初め、颯汰を止めるために動いた方向は右でした。ならば、右に行く動きにすこしの慣れがあると考えていい。

 なら、颯汰に出す指示は一つ。

理亜『左です』
127 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/05/21(日) 23:48:54.51 ID:g2YnP7Uz0
>>126 修正
理亜「左です」

 かっこの形を変えました。
128 : ◆oUKRClYegEez :2017/05/21(日) 23:52:40.21 ID:g2YnP7Uz0
洸輝「……ぐっ」

詩緒『体勢を立て直しなさい! また点とられるわよ!』

洸輝「んなこと言ったって!」

 連続でやって来る颯汰に、なんとか背中を取られまいと必死に体をねじり、どんどんバランスを崩していき……そして、試合終了のブザーが鳴った。

 その後、オープンチャンネルで美亜先輩の声が伝わる。

美亜『はいそこまでー! 二人とも地面に下りて―!』
129 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/05/27(土) 10:19:32.28 ID:DgZ+achp0
保守レス
130 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/03(土) 16:09:13.12 ID:t8my5Gke0
詩緒「お疲れ」

洸輝「……おう」

 詩緒の隣でおろおろしながら俺の様子をうかがう悠佳から自分のハンドタオルを受け取り、首にかけた。

 汗を拭く気力が出てこない。

 地上に降りて緊張から解放され、途端に実感が出てきた。

 ああ負けた、と。

 数歩ふらふらと歩いて、よろめき、そのまま砂浜にばたんと突っ伏した。

 汗ばんだ顔やスーツに砂がつき、やや不快に感じる。でも、この喪失感以上の不快感ではなかった。

 ごろん、と仰向けになると、詩緒が俺を見下げてぴしっと言い放った。

詩緒「先生の話聞いたりする方が先でしょうが」

洸輝「……そういうものなのか?」

詩緒「試合の後は、試合の片づけをしたら先生の所へ行って話を聞く。……そういえば、運動部初めてなんだっけ?」

洸輝「ああ」

詩緒「片づけはやっといてあげるから、先生のとこ行きなさい。颯汰はもう行ってる」

洸輝「悪いな」

詩緒「ええ、感謝しなさい? それと、悠佳にも感謝しときなさい。流石にタオルもらって一言もないのは人としてどーなの」

洸輝「……そうだな。そうする」
131 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/04(日) 17:00:40.47 ID:4yzwQdSS0
洋行「まずは二人とも。お疲れ様でした」

 颯汰と先生の待つ場所へ急いで行くと先生は話し始めた。待っていてくれた。

洋行「二人とも、初めて一週間なのですよね? 驚くほどよく飛べています。僕なんていまだにさっぱりで」

 ははは……と笑いながら頭の後ろをかく坂巻先生。

洋行「さて。早速ですが、勝敗を分けた要因はなんだと思いますか? まず水無月君から」

颯汰「要因……ですか」

 早速の質問にやや驚いたような颯汰だったが、それでもすぐに答えを返した。

颯汰「洸輝が、改めてFCをしようって誘ってくれたから、だと思います。あそこでやめてたら、気持ちが切り替わらなかったら……。勝負以前の問題でした」

洋行「そうですね。それは確かに大きな要因です。まあ若干僕の意図したものとは答えが違うのだけど、まあ最初ですし……。伊泉君はどうですか?」

 先生は続けて、俺に振ってきた。

洸輝「気持ち……で負けていたとは思いません。技術、も、颯汰とはいい勝負だったと思います」

 それを聞いて坂巻先生がチラリと颯汰に目を向けた。

颯汰「そう思います」

 颯汰が同調した。

洸輝「すみません、今ちょっと考えがまとまらなくて……」

 考えるも何も、これだけ出せた自分に少し驚いていた。胸の中は悔しさで満たされていて、これ以上ないほどにいっぱいいっぱいだ。

洋行「構いませんよ。考えることが大切です。何が足りなかったか、何がいけなかったか。考えることを習慣づけていけば、自分で考えたことですから、試合中により思い出しやすくなって、『次同じような場面がきた時』の判断材料になります」
132 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/04(日) 17:09:03.42 ID:4yzwQdSS0
洋行「わからないときは、ちゃんと答えを提示するのが教師の仕事です。情けないことに、僕は技術的なことはなにも言うことはできませんが……今回、勝敗を分けた一番の要因は、言うことができます」

 そこで一度区切った先生は、片づけをしている女子部員の方を見ながら言った。

洋行「サポーターへの信頼、です」

洸輝「信頼……」

洋行「なにも、伊泉君が内山さんを信用していないわけではないでしょう。けれど、それよりも水無月君が理亜さんに抱いている信用の方が大きかった」

 理亜先輩は詩緒たちに指示を出して、機器をしまったりテントを片づけたりしていた。

 女子だけでテントを片づけていることに驚いたが、先輩たちは手慣れた様子で連携しながらぱっぱと片づけていく。

洋行「例えばそれが試合に出たのが、最後のドッグファイトの起点となった背中タッチ。あの動きは、水無月君の考えではありませんよね? 明らかに洸輝君が動くのを見てのタイミングではなかった」

颯汰「……はい。りーせんぱ――理亜先輩の指示です」

洋行「呼び方はなんでもいいと思いますよ。相手が嫌がらないものならば。僕もまだ、彼女たちに『名前で』と言われて逃げ回っている状態ですから」

 美亜先輩とか小梢先輩のぐいぐい迫ってくる恐怖の笑顔がすぐに想像できた。

洋行「冷静な分析に長けた彼女なら、伊泉君が飛ぶことに不慣れだということを計算に入れて指示を出すでしょう。水無月君が信頼を置いているのなら、その指示に従わないはずがない。そして内山さんは感覚でFCをするタイプの選手です。伊泉君が同じタイプの選手ならまだ違ったのかもしれませんが、『感覚で体勢を立て直せ』と言われても、その感覚が養われていない初心者では難しい話でしょう。僕がそうですし。彼女、よく見えてはいるのですが……初心者向きのサポートは難しいのかもしれませんね」

 自分で考えたことを脳内で書きとめるように、少し先生は話をとめた。

洋行「すべてサポーターが悪いわけではありません。もちろん、技術がしっかりしていればもっと試合結果は変わってくるでしょう。それでも、今回の一因にサポーターの相性があったのは事実です。まだ慣れないうちは、二人とも東ヶ崎さんに基礎を教えてもらうといい。それが身についてきたら、内山さんの言うことも理解できると思いますよ」
133 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/11(日) 17:09:58.47 ID:exq8fyrV0
洸輝「悪い詩緒、負けた」

 先生の話を聞き終え、学校への帰り道。

 俺は詩緒、悠佳と共に帰っていた。

詩緒「初試合でしょ、気にしない。というか、むしろ私の方こそ悪かったわ」

 詩緒のサポートで勝てなかったことを俺が謝ると、逆に詩緒の方が謝ってきた。

詩緒「理亜先輩に言われたのよ。グラシュを履いて一週間の人間に出す指示じゃなかったって」

 確かに、体勢を立て直せと言われても咄嗟には反応できない。

 体が覚えていないからだ。

洸輝「でも……詩緒がいてくれてよかったと思う」

詩緒「? どうして」

洸輝「日向昌也っていう、ただひたすらに遠い光を追い求めるより……近くにわかりやすい目標がいてくれた方が、モチベが上がる」

詩緒「ふぅん? じゃ、私を倒すつもりなんだ?」

 ニヤッと笑いながら詩緒が言った。でも俺は、それに首を振った」

洸輝「まずは、詩緒の言うことを理解して実行できるようにしないと。それが第一目標だ」

悠佳「その次、は?」

洸輝「颯汰、詩緒、先輩たち。最終的に、日向昌也」

詩緒「ひゅー。私たちの代も、二年前と同じような強豪揃いの代だよ?」

洸輝「やるからには、上を目指すさ。いつか、あの光に届くところに行きたいからな」
134 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/06/11(日) 17:12:22.31 ID:exq8fyrV0
今週短くてすみません
ともあれ、第一部終了です。

今後の詳細はtwitter @amanagi2 をご覧ください
まだこのスレで続いていきますので、これからも応援お願いします。
135 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 22:17:01.60 ID:47Ir7z+n0
幕間 黍斗とショッケン




黍斗「こ、こんにちはー……」

 伊泉くんと別れた後、ぼくは食品研究部――通称ショッケンに来ていた。

 数年前に『学校構造再構築』とすら言われる大改革を成し遂げた生徒会長が、ここ食品研究部の部員だったということが高藤学園のホームページに載っていて、それで興味をもった。

「あ、もしかして見学者? おいでおいで!」

黍斗「え、あの、ちょっ」

 ぼくが『食品研究部』というプレートのかかった部室の前でどう入ろうか躊躇していると、中から出てきた先輩に引きずり込まれてしまった。
136 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 23:33:56.68 ID:47Ir7z+n0
「新入部員だ―!」

 ぼくを勢いよく引き連れた先輩(?)が言った。

「深山の感が当たってたのか……。珍しいこともある」

「酷いわね! 私がカンを外すときはスポーツと創作料理だけよ!」

「自覚はあったのか……」

「しかし……大島が本当にすごかったのね。あいつレベルのロールケーキ食わせてくれる生徒を私は知らない」

「姉さんは……。今日は見学者さんもいるし、ちょうど彼からも来たから久々にみんなで分けようと思って持ってきてるのよ」

「それはいい。早くしよう」

「もう……」

 中にいた人は6人。思ったより多くない……。伝説の会長なんて話題の人がいた部活なんだから、もっと人がいてもいいのに。
137 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/16(金) 23:36:04.51 ID:47Ir7z+n0
茜「私は3年、ショッケン部部長の深山茜(みやまあかね)よ」

成生「同じく三年、綴成生(つづりせい)だ。副部長をやっている」

照美「二年の大橋照美(おおはしてるみ)です!」

照真「同じく二年、須ア照真(すざきしょうま)。よろしく」

皐月「ショッケンOBの東雲皐月。大学が近いだけだけど、たまに来るわ」

葉月「んーっ! うまいっ! やっぱこのビールサーバーうまいわ! あ、顧問の東雲葉月。よろしく」

 六人が六人の挨拶をした。

茜「君の名前は?」

黍斗「え、えと、神宮黍斗って言います」

茜「よろしく、神宮くん」

皐月「甘いもの、食べられるかしら?」

照真「たとえ無理でも、一度は味わった方がいい。そんな逸品だ」

黍斗「え、えと……」

 その後、大島ロールのとりこになった黍斗は、次いつ食べられるかわからない大島ロールに惹かれつつ、『伝説の会長』のときの副会長だったという東雲皐月さんに話を聞くために、食品研究部に入部し、『やおいぼう』の貴重な10代モニターの一人となった。

 幕間1 END
138 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/24(土) 20:11:20.41 ID:W+PV/7qa0
詩緒「はー……」

 颯汰との試合から二週間。4月も終盤だ。

 教室にもようやく弛緩し始めた空気が漂う。

 結局FC部には俺と詩緒、悠佳、颯汰の4人しか入部しなかった。

 総勢20人。それが今の高藤学園閑東校FC部だ。

洸輝「どうした?」

悠佳「今日、日本フライングサーカス協会のU20強化指定選手の発表の日なんだよ」

 机に伏せて「ぐぁー」という声を出している詩緒を横目に見ながら悠佳が答えてくれた。

洸輝「ふうん?」

悠佳「詩緒ちゃん、中学生の時中学生の指定選手に選ばれたから、そわそわしてるんだよ」

洸輝「……そわそわ?」

颯汰「選ばれる可能性があるから?」

悠佳「ううん。憧れの鳶沢さんが選ばれるかどうかでそわそわしてる」

洸輝「お、おう……そうか……」

 俺もそれがあることを知ってはいるが、まあ目標の日向昌也は強化指定どころか代表選手だし、あまり気にしてはいなかった。

洸輝「ここまでくるとアイドルのファンみたいだな」

悠佳「似たようなものかな……」

 悠佳が遠くを見る目をしていた。
139 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/27(火) 22:36:31.57 ID:UAuKVA4V0
洋行「皆さんお疲れさまでした」

部員「おつかれさまでーす」

 その日の部活後、先生からの話の時間。

詩緒「先生っ!」

美亜「ちょっと、詩緒。落ち着きなさい、話してくださるから」

詩緒「えっ?」

洋行「寺元さんに伝言されましたからね。伝えますよ、今回の強化指定選手」

 おおっ、と部員がざわめく。先生はその様子を見て苦笑していた。

 FCは競技人口が少ない分、強化指定選手に選ばれる人数も当然少なく……それゆえ、選ばれる選手はすぐに有名になる。たいていはすでに有名な人なのだけれど。

洋行「今年の指定選手は高校生から3人、大学生から2人、現役プロから4人ですね。久奈浜高校の3年有坂真白さん、2年柏千代美さん。仇州の高藤から3年一ノ瀬莉佳さん。大学生は仇州の鳶沢みさきさん、佐藤麗子(さとうれいこ)さん。現役プロは、まあ説明することもないとは思いますが、日向昌也選手、倉科明日香選手、乾沙希選手、真藤一成(しんどうかずなり)選手です」

詩緒「キッター! みさきさぁぁぁぁぁんっ!」

理亜「ちょっと詩緒さん、まだ途中です」

詩緒「す、すみません」

洋行「まあ、詩緒さんは鳶沢選手のファンですからね……。それと、今回発表されたことがもう一つありまして」

 その言葉に耳を傾けるように、しん……と体育館が静まり返る。

洋行「FCを広く知ってもらう活動の一環として、今度大学であるFCの大会、そのエキシビジョンマッチが仇州でなく閑東で開かれます!」
140 : ◆oUKRClYegEez :2017/06/27(火) 22:38:41.04 ID:UAuKVA4V0
部員「………………」

 先輩たちにも詩緒たちにも、「なぜに?」という疑問符が浮かんでいた。

洋行「人口の多い閑東で多くの方に見てもらう、というのが目的だそうですよ。その効果はともかく、個人的に先生が頑張ったことで皆さんに報告があるんです」

 そこで一度先生は言葉を切って、言った。

洋行「エキシビジョンマッチに参加する高藤学園仇州校のエース、一ノ瀬莉佳さんが、ここ閑東校に来てくださいます!」

部員「おおおおっ!」

 部員みんなで歓声をあげた。

 一ノ瀬さんは3年生、部長や小梢先輩からすれば同級生なわけだが、仇州と閑東では、練習環境から生まれる実力の差が、圧倒的だ。

 特にさっき呼ばれた強化指定選手全員がバランサーオフという一つの限界点にいる。

 普段は飛びやすいように、グラシュはバランサーという機能で反重力子の膜メンブレンを制御している。

 バランサーを切ると、グラシュ本来の出力がされるかわりに自分でのコントロールが非常に難しくなる。それこそ慣れないと、その場で回り続けることなんて当たり前らしい。

 それに一ノ瀬さんはこの前の全国高校生FC選手権、つまりは全国大会の覇者でもある。先輩たちにとっても、いい経験になるのだろう。

洋行「一ノ瀬さんと交渉して、大会二日前に閑東に来ていただき、ここで最終調整に入ります。その時に一緒に練習してくれるようにお願いしました」

美亜「すごいですね。全国覇者が閑東の高校に来てくれるなんて……」

洋行「ええ、チャンスです。同じ高藤ということで無茶が通りました。一週間後、しっかり勉強しましょう!」

部員「おおっ!」
141 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/02(日) 22:18:50.64 ID:YAgl3y500
詩緒「みさきさんがよかった……」

洸輝「試合見に行けばいいだろ?」

詩緒「それは見に行くけどさ。どうせなら直接教えてもらいたいじゃん? いくらバランサーオフでもさ、あたしはファイタータイプのスカイウォーカーなんだよ? 一ノ瀬さんだって相当強いのは知ってるけどさ、タイプ合わないんじゃ技術奪いにくいわよ……」

洸輝「そうか? 思い込むことがよくないと俺は思うが」

詩緒「わかるよ、テレビなんかの中継見てたら。わたしとは方針が違いすぎて、そこまで参考にはならなかった」

洸輝「ふうん……。俺は、どっちかっていうと『持ち込まれれば応じるオールラウンダー寄りのスピーダー』のイメージだったけど」

悠佳「詩緒ちゃんは最初から仕掛けていくから、必要な技や駆け引きとか、あまり参考にならないの」

洸輝「なるほどな」

颯汰「……やばい、そこそこ会話についていけない」

 俺はたぶんFCオタクだから高校生の有名選手の名前なんかを知っているけど、普通の人はしらないもんな。俺だってFC以外の高校生選手なんて一人も把握してないし。
142 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/15(土) 23:53:04.20 ID:SOXWCuc10
 寮の空き部屋がFC部員(の一年、つまり俺たち)によって掃除され、着々と一ノ瀬選手を迎える準備がされていた。

 そして、一週間が過ぎた。

莉佳「四島列島の高藤学園から来ました、三年の一ノ瀬莉佳です! 短い時間ですが、よろしくお願いします!」

 試合は日曜。その二日前なのだから、金曜日だ。体育館練習の日。

 ので、基本的な飛行姿勢を一ノ瀬選手に見てもらったり、休み時間中に駄弁ったり。そういうことに時間を使った。

 全国選抜レベルの選手とはいえ、高校三年生。美亜先輩や小梢先輩たちと話が弾んでいた。

 そして後輩組はというと。

詩緒「先輩、アレ、目測でわかりますか?」

夏希「G……いやHか……?」

美津希「もしかするとそれ以上……。いいえ、気にしてはだめよ美津希、あれは規格外、あれは規格外…………。何食べてるのかしら、やっぱりうどん?」

 美津希先輩がかなり病んでいた。ちなみに仇州は「うどん県」ほどではないもののとびうおを出汁に使ったうどんが有名だ。
143 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/17(月) 21:52:21.92 ID:RjTDmZpV0
莉佳「ちょっとバランサーオフで飛んでみない?」

 練習も終わりの時間が近づいてきたころ。

 一ノ瀬選手がそんなことを言い出した。

小梢「さすがに無理……」

美亜「莉佳ちゃんが言うならやってみよーかな? おーい楓ー、ちょっと端末持ってきてー。部員ども集まれー! 莉佳ちゃん直々の指導だぞー」

 マネージャーの楓先輩がグラシュの設定を変えるための端末をもって美亜先輩のところに走る。

 俺も美亜先輩の「集合」に反応して体育館の床に降りる。

 特に何もしていない休憩中だけど、両足を広げてバランスを保ちつつ、水分を取って休憩していた。

 可能な限り浮いて、空中に慣れるためだ。一ノ瀬選手に言われたわけではなく、悠佳や他のマネージャーの先輩たち協力のもと、先生の発案でそうしている。

 最初は慣れなかった「浮く」という感覚も、飲み物を飲むや、休憩するというリラックス状態を作り出す時間に続けることで、普段の練習にも以前よりは慣れが出てきた。

小梢「お、やるかい洸輝」

洸輝「チャレンジすることは悪いことではありませんし。それに、俺の夢は日向選手の隣に立つことですから」

莉佳「日向さんの?」

 俺と小梢先輩が話していると、一ノ瀬選手が会話に加わった。明るい口調。けっこう気さくな方みたいだな。
144 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/17(月) 22:09:15.53 ID:RjTDmZpV0
洸輝「はい。中学生の時に日向選手をテレビの中継で見て、それからFCに興味を持って」

莉佳「へぇ〜……。倉科さんも日向さんも、どれだけ伝説的な人になるのかな……。始めてどのくらい?」

洸輝「三週間半……ですかね」

莉佳「へっ?」

小梢「そうか、もうそんなに経つか。早いもんだ」

莉佳「グ、グラシュを履いたのは?」

洸輝「飛んだのもここの部に来てからが初めてです」

莉佳「嘘……。体育館だし、レベルも四島ほどではなくても……それでも、ここまで違和感ないレベルで練習できるものかな……」

小梢「こいつまだ不慣れだぞ?」

莉佳「ちゃんとした姿勢で飛べてるのが凄いんですよ。倉科さんだって、最初は変な格好で飛んでたって聞きましたし……」

小梢「私は……どうだったかな。覚えてないや」

莉佳「……それだけ普通のグラシュが早く習得できたなら、バランサーオフももしかしたら早いかも……。やって、みませんか? 私は見てみたいです」

 後にこの時の話を一ノ瀬選手が日向選手にしたところ、「俺と明日香みたいだな」と言われたそうだが、それはまた後の話。
145 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/07/17(月) 22:11:27.80 ID:RjTDmZpV0
すみません、文章中で一週間+二週間+一週間で四週間経ってるはずなんですけど、ここの二週間を一週間に訂正させてください。四月が終わってしまうことに今更気が付きました。
146 : ◆oUKRClYegEez [sage]:2017/07/23(日) 08:38:22.78 ID:Aa2nbsTm0
保守レス
147 : ◆oUKRClYegEez :2017/07/28(金) 19:33:37.88 ID:YKRH0R630
 バランサーオフ。

 『天才』『神童』『FCの申し子』『日向昌也の彼女兼秘密兵器』。その異名は数知れずの倉科明日香が、二年前の仇州秋大会で切り開いたFCの新境地。

 より速く。より激しく。

 高みを目指したFCの結果。新たな境地。

 そこに一歩足を踏み入れる。

 楓先輩に脱いだグラシュを渡し、バランサーを切る操作をしてもらう。

莉佳「教えられるかわからないけど、準備はしておくね。『飛びます』!」

 ブゥゥゥゥゥン

部員「おお……」

 部の誰のグラシュよりも大きな水色の羽を広げ、グラシュが起動した。

 そしてそのまま浮かび上がる。



楓「はい、終わった」

洸輝「早いですね」

楓「バランサー切るだけならそう手間じゃないからね」

 俺は早速グラシュを履き、かかとの起動ボタンに触れた。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/28(金) 19:34:11.85 ID:YKRH0R630
 ブゥゥゥゥゥン

 グラシュが起動し、緑の羽を広げる。

洸輝「お……」

 今まで見たことのない、いやさっき一ノ瀬選手のグラシュで見たものとほぼ同じ大きさの羽。

 翼、と言い換えてもいいだろう。まさに進化したって感じだ。

莉佳「さ、怖がるとバランス崩すよ。おいで!」

 こくっとうなずき、返事にした。

洸輝「光へ!」
149 : ◆oUKRClYegEez :2017/08/06(日) 13:50:58.46 ID:UN7L6Rt40
 ふわり、と体が浮き上がるいつもの感覚。

 でも何か、違和感がある。

 気を抜くとすぐにバランスを崩してしまいそうな……。平均台の上を歩く練習をしていた状態から、いきなり綱渡りを始めたような危うさ。

莉佳「かたいよー。バランスが崩れたら大の字になって止まればいいから、あまり気を張らずに!」

 上を見る余裕すらない俺に、一ノ瀬選手のそんな言葉が届く。

洸輝「ふぅぅぅ……」

 肩に入った力を、深呼吸することで意識して抜く。

 ただ……それだけの動作で、少し体が動く。

 右に左に、ふわふわと。

 バランサーをオフにした状態は、ほんのちょっとの動作で体全体が動く。

 とりあえず最初よりは力を抜けた気がする。上昇、してみようか。
150 : :2017/08/19(土) 17:37:31.52 ID:Hh2TRBQW0
 片足を少し上げ、階段を上がりかけるような姿勢。

 いつも通り、より少し動きは小さめに。

 それで充分。バランサーを解除したグラシュは反応し、俺を空へと運んでいく。

 ひゅるっ、と飛んだ一ノ瀬選手とは比べ物にならないほどのゆったりとしたスピード。

 それでも基本に忠実に、バランスを崩さずゆっくりと上がっていく。

美亜「おおー……」

小梢「やればできるもんだねー……」

 俺はまっすぐ、上にいる一ノ瀬選手を見た。

莉佳「その調子〜」



 そのころ下では、詩緒がバランサーを切ったグラシュを起動させていた。

詩緒「よっし。〈飛ぶにゃん〉!」

 ふわりと浮かび、そしていつものように上昇しようとして――

詩緒「ふぎゃー⁉ まーわーるー!!」
151 : :2017/08/19(土) 18:48:22.38 ID:Hh2TRBQW0
洸輝「詩緒?」

 すぐ下で大声を出した詩緒に一瞬気をとられ、

洸輝「あっ」

 俺もバランスを崩した。

莉佳「二人とも、手足広げて広げて!」

 バランスを崩してぐるんぐるん回る俺たちに、一ノ瀬選手が声をかけてくれたおかげで、なんとか冷静さを取り戻して安定する。

 ほっとして下を見ると、一ノ瀬選手と違い、先輩たちは爆笑していた。なんなんだあの人たち。
152 : :2017/08/26(土) 23:21:34.19 ID:oF5uxnsg0
 その後先輩たちもバランサーを切って飛んだが、詩緒と似たり寄ったりの結果になった。

 その後練習を終え、寮で食事を一ノ瀬選手と共に食べた。

莉佳「わあぁぁ……! ごはんとお肉、ですっ!」

 興奮した一ノ瀬選手の喰いっぷりに圧倒されながら、先輩たちが

「あの食が胸にいってるのか……? お腹出てないし……。羨ましい……」

 とひそひそと話しているのは聞かないことにした。一ノ瀬選手も、食べるのに夢中で聞いてはいなかった。
153 : :2017/08/26(土) 23:23:50.49 ID:oF5uxnsg0
 夕食後、俺はストレッチをするために外に出た。

 いつもは部屋でするのだが、今日は何となく空を見たい気分だった。

 日向昌也。俺の見た光。

 その光に近い場所にいる、一ノ瀬莉佳。

 彼女自身も強い輝きを放っていて、まぶしすぎる。


 バランサーオフ……。あれを習得するのに、彼女はいったいどれだけの時間と努力を費やしてきたのだろう。

 ついこの間グラシュを初めて履いたばかりだからこそ感じる、立ちはだかる壁、扉の違い。

 グラシュを履いて飛ぶことが、一つ鍵穴のある扉を開けることだとするならば、バランサーオフは三つや四つの鍵穴のある扉。それも、鍵の場所も鍵穴の場所も知らされてはいない。

 鍵とはつまりコツであり、自分の中でしか持つことのできないもの。

 開いていない扉の向こうに、それでもなお伝わる輝きを放った日向昌也や一ノ瀬莉佳がいる。

 俺がこの扉を開くときはくるのだろうか。いや、開かなければ、それも早くしなければいけないのに、俺は何をやっているんだろうか。

 足にはグラシュでなく、運動靴を履いている。いつも土曜日練習の時にランニングする靴だ。

 ふう、と息をつく。

 こんな状態で、果たして俺は光の場所に行けるのか――。

莉佳「ちょっと、いいかな?」
154 : :2017/09/03(日) 11:18:46.49 ID:ni2uGgWK0
 あまり聞きなれない声に振り向くと、そこには一ノ瀬選手が立っていた。

洸輝「あ、はい。どうかしましたか?」

 ……俺に聞くことなんてあるのだろうか。学校設備のことなら、部長たちに尋ねた方が早いし確実だろうに。

莉佳「美亜たちに聞いたよ。きみ、まだFCを初めて日が浅いんだって。……ごめん、名前を聞いてもいいかな?」

洸輝「伊泉洸輝です。確かに、まだ一か月たってませんが……。それがどうしたんですか?」

莉佳「すごいなあ、と思って。たいていの人は一か月であそこまで飛べないよ」

洸輝「あまり自覚はないですが。まだまだ部長やりー先輩、一ノ瀬さんには……」

莉佳「それはそうだよ。美亜たちは知らないけど、私は高校に上がる前からやってたから。どこの世界にも天才とか、才能ある人っていうのはいるものだけど、そんな人たちでも基礎の基礎は努力で固めてるんだよ。努力が実になる量と速さが凄いのが天才って呼ばれてる人たち。だから、時間さえ作っていれば、努力家は天才に勝てる。もし君が天才だったとしても、数年の私や美亜の努力は抜けないと思うよ?」

洸輝「……。そうですね」

 早く、早く、あの光の向こうへ。

 思うことは悪くはないはずだ。けど。

莉佳「焦りすぎても結果はついてこないよ。体だってやりすぎるとオーバーワークになって壊れちゃうし。自分で自分を追い詰めないことが大切かな」

 体も心も、休憩なしではもたないよ。

 そういわれて俺はようやく、体の疲れをしっかりと感じることができた。
155 : :2017/09/03(日) 11:41:19.96 ID:ni2uGgWK0
 慣れない一ヶ月。

 その間にたまった疲労は、身体的にも精神的にも、不調をきたしても仕方がなかった。

 それを焦りという感情が覆い隠して、見えない状態にしていた。

莉佳「空を見ろ。空を見続けろ。答えはそこにある」

洸輝「……」

 俺が無言でクエスチョンマークを頭上に浮かべていると、一ノ瀬選手が笑って答えた。

莉佳「ごめん、知らないよね。これ、各務先生が昌也さんにずっと言ってたことなんだって」

洸輝「どういう意味ですか?」

莉佳「そのまま。私たちスカイウォーカーの求めるものの答えは、空に全部あるんだよ」

洸輝「……」

莉佳「勝ち負けとかだけじゃなくて、FCを楽しいって思う気持ち。空を飛ぶ快感。文字通り天井のない空間。どこまでだって行ける。私たちが求めさえすればね」

洸輝「どこまで、でも……」

莉佳「宇宙空間は飛べない、とか言い出したらキリはないんだけどね。スカイウォーカーとして、一番大切なものを常に持っているための言葉なんだと、私は思うよ」

洸輝「……FCへの熱意と、空へのあこがれ……」

莉佳「そして楽しいって気持ち。何事も、それが一番継続させるのに重要な気持ちだからね。継続は力なりって言うし」

 そう言って、いつの間にか隣で座っていた一ノ瀬さんは立ち上がって。

莉佳「君がFCで何をしたいのか。何を求めるのか。今日は一日ゆっくりそれを考えてみて。がむしゃらにやっても体を壊すだけだよ。美亜が、他の先輩が、洸輝くんの同級生が、そして今だけなら私がいる。練習くらい付き合うから、とりあえず今夜はゆっくり休んでね」

 そう言って、寮の方に帰っていった。
156 : :2017/09/03(日) 11:41:46.64 ID:ni2uGgWK0
 その夜、一件のメールが携帯端末に届いていた。


From 一ノ瀬莉佳
件名 無し

 一ノ瀬莉佳です! 美亜に教えてもらいました。
 言い忘れていたことを一つだけ。私のことは莉佳でいいよ。
157 : [sage]:2017/09/10(日) 22:28:51.53 ID:qTNdRwnL0
保守レス
158 : [!蒼_res]:2017/09/10(日) 22:29:26.89 ID:qTNdRwnL0
蒼の彼方のフォーリズム
159 : [sage]:2017/09/24(日) 00:45:21.44 ID:kThavuYf0
保守レス
160 : :2017/09/24(日) 22:16:41.25 ID:kThavuYf0
 今日は土曜日。週に一度、海岸線で自由に飛べる日だ。

 いつものように校門からランニングで海へと向かう。

 割と早めに出発したにもかかわらず、次々と先輩たちに追い抜かれていく中、後半にさしかかったところで部長たちに追い抜かれた。

 が。

美亜「ぜーっ、はーっ。莉佳ちゃん、速すぎ……」

小梢「ペースはっや……。これが、全国……。てか、あんだけ重たいもん持っててなんでそんな速いの……。あれか、エネルギー源はそこだって言いたいのか……」

莉佳「違うからね!? 変なこと言わないでよ小梢! 常日頃から体力アップのために走ってるだけだから!」

 ランニングの意味を改めて感じるとともに、あの部長たちですらついていくのがやっとのペースで走り続け、息を切らしていない莉佳さんに、ちょっとした怖さを感じた。
161 : [sage]:2017/10/01(日) 21:21:14.76 ID:xJip8bGp0
保守レス
162 : :2017/10/08(日) 23:33:14.27 ID:zXOpH0n80
美亜「莉佳、練習どうしようか?」

莉佳「どうしよう、って?」

 俺がようやく浜に着くころには、とっくに部長の息は整っていて、莉佳さんと今日の練習について話していた。

美亜「明日が試合、ってことで来てもらってるんだし。メニュー軽めにするとか、実戦に近いものにするとか、試合〈ゲーム〉をするとか、そういう風に変えなくていいのかなって」

莉佳「ああ、それは大丈夫だよ。いつも通りで頼めるかな。確か、時間限られてるんだっけ?」

美亜「うん、そうだけど……」

莉佳「なら、美亜たちのその時間は大切にしないと。私は、筋肉痛にならない程度に軽めに練習していくから。私のことは気にしないで、普通にいつもの練習をやってよ。私は、それにアドバイスするためにここにいるんだからね?」
163 : :2017/10/14(土) 15:44:28.84 ID:sO/oyAfV0
美亜「そんじゃ、始めるよー! まずは200m飛行10本! 三人組になってラストだけタイム計って!」

部員「「「はい!」」」

 空中に浮き、適度に離れて浮かぶ。インカムで部長から指示が飛び、それを聞いて練習を始める。

 俺のパートナーは詩緒と、なぜか――莉佳さん。

莉佳「よろしく二人とも!」

詩緒「なぜ市ノ瀬さん……」

莉佳「バランサーオフにして飛んでるの、見たくない?」

詩緒「いやまあ、参考にはなりますけど……」

莉佳「今や世界大会はバランサーオフが当たり前、四島でなくても高校生でバランサーを切っている人はそこそこいる。そんな人たちに対抗するには、やっぱりバランサーを切るのが手っ取り早いんだよ」

洸輝「俺たちにもしろと?」

莉佳「まだ時間のあるうちから練習すれば、できるようになるよ。慣れれば飛べる。私も最初、明日香先輩がバランサーを切って飛んだときは驚いたよ。よく飛べるなって。でも日向先輩にも誘われて練習してたら、次の仇州大会では飛べるようになってた。明日香先輩や沙希さんには敵わなかったけど」
164 : :2017/10/21(土) 23:31:43.40 ID:cOcE9OJT0
莉佳「何事も練習と慣れ。最初から無理だって思ってたらできない。できる人を見て、『できるんだ』って思うことが、上達への近道だと思うな」

洸輝「上達への近道、ですか」

莉佳「空に憧れること。人に憧れること。同じ場所に行きたいって、飛びたいって願えば、自然と届き始めるんだよ。私たちには、翼があるんだから」

 そう言って莉佳さんはグラシュを指して、片目をつむってみせた。
165 : :2017/10/28(土) 15:29:41.36 ID:otdmnjsn0
莉佳「ちょっといい? 美亜」

 莉佳さんが『やりたいメニューがある、と言い出した。

莉佳「一対三をしない?」

美亜「一対三?」

 部長が訝しく思うのも当然で、FCは一対一の競技。チーム戦のバスケやサッカー、ラグビーだと複数対一の状況は生まれるが、FCではそれはありえない。

 なぜわざわざ、一対三という本来ありえない状況を作り出して練習する?
166 : :2017/10/28(土) 15:30:25.56 ID:otdmnjsn0
莉佳「これは日向さんが、倉科さんと乾さんのバードケージ対策をするために思い付いた練習法でね?」

 莉佳さんが話し始めた。ちなみにバードケージは戦略の一つで、ひたすらFCで有利とされる上のポジションを取り続けるというもの。

 直訳である『鳥かご』というその名前から、その恐ろしさが垣間見える。

 ――一番初めにこの練習を始めたのは、誰あろうバードケージの開発者である乾沙希とイリーナ・アヴァロンで、日向昌也はそれを真似ただけなのだが、それを知るものはこの場にはいなかった。

莉佳「複数を相手にすることで、個人個人ではありえない『常に囲まれている』状況を作り出し、それを突破する練習をする」

美亜「それで?」

莉佳「バードケージ対策だけじゃなくて、『自分と同じチームの誰よりも強い相手』の対策にもなるんだよ。上手い人は何度かわそうとしてもかわし切れないことが多々あるし、ブイを取った後にショートカットでまちぶせされて勢いを止められることもある。一対三なら、誰かが一人が止められなくても他のもう一人が止めて、すぐさまもう一人に背中を狙われる。この練習をしてると、崩された時の立て直しと広い視野、予測を立てていく運動脳がすごく鍛えられるんだよ」

 最後にはぐっと拳を作ってまで力説した。
167 : [sage]:2017/11/13(月) 00:43:53.78 ID:MgPz41T40
保守レス
168 : :2017/11/17(金) 22:33:33.34 ID:0tx8u/gH0
洸輝「つまり、効率のいい練習方法ってことですか?」

莉佳「そう! そうなの!」

美亜「うーん……そうだね、やってみようか。初めてだからうまくできるとは思わないけど」

莉佳「いいよ! 私も教えるし、難しいようなら二対一から始めてみるといいかも」



 そんなわけで、多対一という、通常あり得ない状況を想定した練習が始まった。

 飛んで空中で、三列に並んで待機。

 もう静止くらいなら十分に安定している。

美亜「よし、次の組! ごー!」

 美亜先輩の掛け声で次々に二対一が始まる。

 三列のうち、真ん中の人がブイを狙い、あとの二人がその人の背中を狙う。

 最初はシンプルに、わかりやすいルールで。
169 : :2017/12/02(土) 23:45:29.19 ID:Yihjs7B50
詩緒「ほっ!」

莉佳「へぇ、あの子うまいね」

 詩緒がブイを狙っているとき、莉佳さんが呟いた。

洸輝「そうなんですか?」

 俺の目には、美亜先輩、小梢先輩の方が捕まっていないように見えるが……。

莉佳「確かに、何度か捕まってはいるんだけど……。他の人と比べて、『終わる』捕まり方をしてないからね。1ポイントを捨てても、相手の連続ポイントを防ぐ。その判断が早いから、決定的な負けにつながる捕まり方をしない」

洸輝「……」

 言われてみれば、そうだった。

 すでに二、三回練習をしているが、美亜先輩たちは捕まる回数こそすくないものの、捕まった時には大勢が大きく崩れ、そのまま二人に潰されて連続ポイントを許してしまうことが多かった。というか、一度捕まると必ずその流れになっていた。

 それに対して詩緒は、捕まるとはあっても立て直しやすい体勢で捕まり、むしろ勢いを利用して、二人がかりの包囲を抜け出すことすらあった。

莉佳「サポーターの情報なしでも、ちゃんと周りを見て自分で判断できている。これが今できているなら、たぶんこの先、急に化けるときがくると思うよ」

 莉佳さんがわくわくした顔で言った。
170 : :2017/12/07(木) 23:08:05.43 ID:HvnjcYHj0
莉佳「ねえねえ! えっと、名前は?」

 詩緒が列に戻ってくるなり、莉佳さんが聞いた。

 ブイを四つ立てて、右と左の二カ所で、二対一をしている。

 ただ並ぶ場所は自由で、あまり偏りすぎないように、同じ人と組まないようにあっちこっち行く、というのが、他の練習でもよくする閑東高藤の練習スタイルだ。

 今回もその例には漏れていない。

詩緒「内山詩緒、です」

莉佳「詩緒ちゃん! 次、私としよう!」

詩緒「え……でも……」

莉佳「お願い! 内山さんスタイルはファイターだよね? 参考になるようにファイターに寄せてみるから、相手をお願いできないかな?」

詩緒「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら……」

 最初嫌がっていた詩緒も、莉佳さんの押しに負けたらしい。自分が押していくことはできても、押されるのは弱いのかもしれない。

詩緒「あと一人は誰ですか?」

莉佳「それはもちろん、バランサーを切った洸輝くん!」

洸輝「え」

莉佳「お姉さんの胸を借りて、ドーンと来てね!」

 ドーンとした胸をドーンと強調するように反らす(ただし空中でのバランスは崩していない)莉佳さんに、詩緒が聞こえないような舌打ちをした。……先輩だぞ、やめろよ……。
187.52 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)