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新田美波「わたしの弟が、亜人……?」

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802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/03(日) 02:09:25.72 ID:Zvp9ZrOr0
漫画と変わらないところは飛ばしても良いんじゃないか?
803 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:13:43.74 ID:6D6vTS+OO
亜人捕獲の報せを受けフォージ安全ビルに赴いた刑事はビル前に集結し騒ぎ立てているマスコミの姿を見て、既視感とともにうんざりした気分を味わった。

永井圭が亜人だと発覚したときの美城プロダクションの前もこのような光景だった。報道陣がわらわらとつめかけ、現場整理にあたっていたこの刑事は身体を押しつけられてはフラッシュを焚かれ罵声を浴びせられ、こちらもマスコミを押し返し罵声を浴びせ返した。プロダクションに侵入しようとした記者をひとりとっ捕まえたがそのせいで左小指の爪が割れたし、あとからそいつに訴えられた(とうぜん、特別な説得をもって訴えはすぐに撤回してもらった)。

パトカーから降りてフォージ安全へと歩いてるいくうちに、この刑事は自分が抱えているうんざりした気持ちはマスコミのせいではなく、この会社自体にあるのだと認めざるを得なくなった。社長の甲斐はもともと警察批判で有名で、ここ最近は業績を上げるためか──実際上がっているらしい──舌鋒をさらに鋭くしている。しかも、亜人のテロには警察力より民間セキュリティのほうが有効だということを今日証明してしまったのだ。

彼はフォージ安全の社員にどんな対応されるのかと考えると気が重くなった。最近見たドラマの大企業の幹部のように下請け会社の社員にとる尊大で居丈高な態度でもとるのだろうか……。
804 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:15:05.89 ID:6D6vTS+OO
undefined
805 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:16:15.33 ID:6D6vTS+OO

正面入口で刑事を待ち受けていたのは三十代前半の男性社員だった。警備員二人を従え、刑事にむかって慇懃に挨拶すると一階エントランスへと招き入れた。そんなことはないとは思っていたが、男性社員にこちらを見下すような態度は感じられなかった。刑事は独り合点かつフィクショナルな思い込みに心持ちをすこし悪くした。

入り口を通り、エントランスに足を踏み入れる。眼に飛び込んできたのは、さながら災害が起きた直後の病院のような光景だった。エントランスに負傷者が集められ、床に座るか仰向けに寝かされ、傷口を抑えながら痛みに耐え、あるいは呻き声を洩らしている。タオルやハンカチ、包帯、シャツ、ジャケット、ネクタイ、社員証などが赤く染まり、付き添いの者が傷口を抑えている場合もある。救急隊員が駆け寄って、慎重に傷口を覆う手を剥がしながら処置を行っていく。同じ動作を行なっている私服姿の者もいて、きびきびとした的確な動作や救急隊員に指示している姿から見てボランティアでかけつけてきた医師なのだろう。かれらの奮闘を示す張り上げた声と苦痛に歪んだ声がエントランスを満たしている。
806 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:17:02.02 ID:6D6vTS+OO

刑事という職業をしていても、生存者が多数いる現場に立ち会うことはほとんど経験したことがなかった。複数の死傷者が出た通り魔事件を担当したことはあったが、現場に到着したときには負傷者は既に病院に搬送されていて、死亡したスズキという若い女性も同様だった。だから、このような光景はテレビ画面越しに見るのが常だと記憶していた。そこではヨーロッパがテロが起きたときの夜の光景が警察車両の青い光が警官が羽織る蛍光色のジャンパーと埃まみれか血だらけの怪我人たちを記号的に記憶されている。国名は置き換え可能であり、ジャンパーの色も回転灯の色もべつの色彩に置き換え可能な記号にすぎない。黒尽くめの特殊部隊の様相など、匿名性がきわまって置き換えても置き換えても区別がつかない。眼球に映る現在と記憶のなかの映像とのちがいはひと言でいえばリアリティの有無であるが、それは視野が三次元的な立体感を獲得しているか否かが問題なのではなく、眼の前で生起している/しつつあるできごとの総体が認識の受容範囲の限界を越えようとしてるのが問題で、できごとのリアリティはたやすく人間を自失や失語の状態に持ち込む。置き換えることなどとうてい不可能なことなのだと思い知らされる。とはいえ、テロ自体はもう収束しているのだから、あまりおおきく動揺するのも……
807 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:18:15.23 ID:6D6vTS+OO

刑事を出迎えた社員はつかつかと淀みなく負傷者のあいだを歩いて行った。歩みがあまりにスムーズなので、あらかじめ彼が歩くところには誰も座らせたり寝かさないようにと指示がされているみたいだった。その様子を見た刑事は先ほどとは別種の居心地の悪さを感じた。

防犯シャッターのところまでやってきた。そこにシートを被せられた遺体が何体も並べられていた。何度も見てきた光景だが、これほどの数を一度に視野に収めるのは初めてだった。


「防犯シャッターはまだ開かないのか?」


刑事はシートのふくらみから眼をはずし、遺体が並べられているのとは反対側の床に視線をやりながら言った。


「ウイルス攻撃の影響とのことです。順次復旧するはずです」


刑事に応えた社員のしゃべり方は平坦そのものだった。感情めいたものをいっさい見せず刑事に正対しその顔を見つめている。
808 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:19:04.22 ID:6D6vTS+OO


「亜人はしっかり拘束できてるのか?」

「もちろんです」


さきほどと変わらない平坦な声でフォージ安全の社員は言い切った。


「現在ビル内の仮眠室にて麻酔医の資格を持った研究員のもと、厳重に隔離しています。シャッターが開き護送車が到着し次第受け渡しできます」

「けが人の搬送が優先だ。中の社員の帰宅にはどれくらいかかる?」

「かかりません」


淀みない返答をうけた刑事の表情が面食らったように固まった。音声として聴き取れた言葉の意味がある汲み取れなかったのだ。


「被害のあった区画以外は通常営業を続けます。それが社長の方針なので」


面食らったままの刑事にむかって、フォージ安全の社員はことなげもなくそう告げた。


ーー
ーー
ーー


809 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:20:00.99 ID:6D6vTS+OO

機械室に人が戻ってきて、かれらはのびをしてからめいめい作業を再開し始めた。さまざまな種類の機械ががなり立てる騒音は耳栓がほしくなるくらいうるさく、機械や張り巡らされているダクト類の表面を微振動させるほどだった。天井のすぐ近くのダクトにもかすかな振動は伝わっていて、そこに寝転がって身を隠している永井と中野の後頭部や背中に鬱陶しい感覚を送っている。


中野「平沢さんたち、みんな無事だってよ。よかったな」


中野が左に顔を向け、上を見上げたままの永井に言った。ダクトに積もり積もった埃はエアホースから噴射された空気できれいに吹き払われていたので中野は遠慮なくおおきく挙動した。


永井「いいから、そういうの」


永井は顔を向けずとも中野の無遠慮さを感じ取っていて、ちいさく顔をしかめながらうんざりした口調で応えた。


中野「いやほんとすげえって。みんなの安全も考えて」

永井「犠牲者は出ると思ってたよ」

中野「余裕だったじゃん」

永井「佐藤がいなかったからな」


気の緩んだ中野を引き締めるかのように永井は口を開き、きっぱりした口調で言う。


永井「本番はこれからだ」

810 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:20:49.88 ID:6D6vTS+OO

さきほど戸崎と会話したとき、永井は佐藤が今回の暗殺に不参加だった理由をたった一言で簡潔に述べた。うすうす予感していた嫌な可能性が実現してしまったときに出す、口ごもりと運命に対する呆れ果てた感情を交えた声音で永井は「あの人、飽きてる」と戸崎に言った。
佐藤はその本名をサミュエル・T・オーウェンといい、イングランド系の父親と中国系の母親とのあいだ生まれたアメリカ人であることがすでに戸崎たちには判明している。一九六九年、サンディエゴの新兵訓練場でサミュエル・T・オーウェンに出会った元海兵隊員カーター氏が語るところによると、ポーカーフェイスとの呼び名を持っていたサミュエルは徴兵された若者たちのなかでも際立って若く見えたとそうだ。

「アジア系の顔つきというのも理由だが、それ以前に彼は年齢を偽って入隊していた」とカーター氏は言った。つづけて彼は「身長一七三程度の小柄な男がココでやっていけるのか?」とサミュエルに対して最初に抱いた印象を戸崎に語った。

「犯罪者の片鱗などは?」という戸崎の問いかけにカーター氏は「なかった」と即答し、戸崎がさらに質問を続ける前に「というより、かれは二週間で群を去った」と思い出にも満たない当時の短いできごとを回想した。本格的な戦闘訓練が始まった頃、担当教官が一言、ポーカーフェイスは重病のため使い物にならなくなったと告げた。
811 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:21:44.64 ID:6D6vTS+OO

カーター氏の次の回想はベトナム戦争終結後、米軍の完全撤退が完了してから一年が過ぎた、一九七六年のことだ。シアトルの自宅にいた彼に軍から一本の電話がかかってきた。アメリカ兵パイロット一名がいまだベトナム国内に捕虜として囚われているとの情報を入手した米軍は、とある理由からカーター氏をサミュエルが所属していた特殊部隊「チーム」に同行させ、ベトナムの奥地まで送り込んだ。そこは、戦争終結後も戦いはまだ続くと信じていた、ベトコンのなかでもとくに狂信的な集団百人ほどが潜伏している地域だった。危険極まりない地域だったが、そこへ侵入してゆく「チーム」の隠密行動は芸術的だった。身体の輪郭を暗闇に溶け込ませるすべを持ち、葉っぱひとつ揺らさずにジャングルを潜り抜けるすべを持ち、月明かりに立つ歩哨を音も無く暗闇に引きずり込み永遠に寝かせるすべを持っていた。「チーム」の技能をまの当たりにし、また自らも同様の行動(みずから技能をはるかに越えた行動をとれたのは、「チーム」の、とりわけサミュエルのおかげといってよかった。)をとったカーター氏は、得も言われぬ興奮と感動が胸に満ちていた。厳重な警備を瞬く間に抜け、サミュエルら「チーム」三名とカーター氏は捕虜を救出。カーター氏は捕虜となっていた弟を抱きしめると、弟もまたか細くなってしまった腕で兄を抱きしめた。これには「チーム」のメンバー二人も微笑みを浮かべた。あとはピックアップポイントまで後退すればそれで任務はおわる。

カーター氏は尊敬のまなざしを向けながら、サミュエルに脱出をうながした。カーター氏はにわかに興奮していた。またあの素晴らしい「チーム」の技能を眼にできる、その動きに加わり、弟とともに故郷に帰れる。
812 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:22:42.43 ID:6D6vTS+OO

サミュエルが、拳銃を抜き取り、銃口を地面に向けた。カーター氏は突然の行動にぽかんとし、「チーム」の二人も意味不明な行動に戸惑っている。二人はサミュエルの指が引き金にかかっているのを気にしていた。「チーム」のふたりと違って、カーター氏はサミュエルの表情を見ていた、いつものポーカーフェイスが、別の表情に変わるのをはじめて目撃した。


「プレイボール」


サミュエルは笑顔を浮かべて、引き金を引いた。

一発の銃弾が、百人の敵を呼びよせた。おびただしい数の敵との戦闘。まるでジャングルを形成する植物と熱帯の気候と闇が敵意を剥き出しにしてきたかのよう。戦闘中、サミュエルは笑みを絶やすことはなかった。茂みから飛び出してきたベトコンに銃剣で腹部を刺されても、お礼のように笑いながら水平に寝かしたナイフを心臓に送り返す。手榴弾がジープの荷台に転がり、炸裂しサミュエルの右脚を吹き飛ばす、「チーム」のひとりの顔面が半分になり、もうひとりの方は腹から多量の出血。カーター氏は耳鳴りに苦しみ、現実が遠のいていく感覚に襲われる。

認識が戻り、現実感を取り戻したとき、カーター氏は自分が自軍のヘリに乗っていることに気づいた。しばらくは茫然としていた。浮遊感をおぼえてからだいぶ経って安堵を覚え、カーター氏は弟の無事を確認しようと顔をあげた。サミュエルがいた。

もうその顔に“表情”はなく、その無表情は右脚が失われたことを惜しむというより、右脚が失われた状況が失われたことを惜しんでいるように見えた。

帰国後、サミュエル・T・オーウェンは軍法会議にかけられ不名誉除隊となる。
813 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:24:08.79 ID:6D6vTS+OO

本来ならそこで悪夢は終わるはずだった。あるいは、カーター氏の個人的な悪夢としてときおり思い出される程度のものとなるはずだった。

「だが、神は彼に……第二の戦場を与えてしまったのだ」カーター氏は消え去るような声でつぶやいた。

「亜人」と、戸崎が語り継いだ。

「もうその戦いに終わりなどない」


そう言ってカーター氏は述懐を終了した。

カーター氏の述懐は永井が抱いていたある予感を再確認させる類の話だった。つまり佐藤はたのしいから殺しをしているという予感、つまりたのしくなければ殺しをしない、そしていま佐藤はたのしくなくなってきている。

佐藤のきわめてシンプルな個人的感情へ対応しなければならないなんて。永井はみずからの合理性を放棄したくなった。
814 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:25:13.04 ID:6D6vTS+OO

中野「佐藤にはどんな作戦でいくんだ?」


中野がまた首を横にむけ訊いた。


永井「さっきと同じ作戦でいく。だからまだこの部屋にいるんだよ」

中野「大丈夫なのか? おんなじで」

永井「注射器は百五十年かたちが変わらない。それがベストだからだ」


さも当たり前のように永井は言う。


永井「だいいち佐藤は僕らの介入は知ってても作戦の中身までは知らない。だが問題もひとつ。敵の戦力を削ってくれる警備員が田中との戦いで減ってしまったこと。だから一階のシャッターを開き、実況見分に来た大勢の人間を招き入れる」


永井の口調は淡々としていて、すくなくとも永井にとって問題はたいしたことはないと言いたげだった。


永井「こうやって警察官を警備員の代用品にするんだ」

中野「どういう意味だよ」

永井「言ってるだろ。他人の安全なんか気にしないって」


永井はこのとき、はじめて視線を中野にむけた。中野は身体を起こして永井の顔を見下ろすかたちをとりながら、疑問を口にした。


中野「注射器がどうのって……どういうこと?」
815 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:26:43.84 ID:6D6vTS+OO

一階ではシャッターが開けられ、永井の作戦通りに多くの警察官がビル内に入ってきた。

戸崎はセキュリティ・サーバー室から田中の侵攻ルートを説明して、警官を各階に配置していった。

救急隊員が怪我人を見、手当が済んだ者から一階へと運んでいく。警官のほうは聞き取りをおこない、田中たちの足取りを確認する作業に没頭していた。

無線からは業務的な報告が聞こえてくるだけで、佐藤が現れる気配はまだなかった。

中野は無線の雑音と警官の口ごもりや言い直しが混じる報告を耳で受け止めながら、また永井に質問した。


中野「永井、さっき敵はまずセキュリティ・サーバー室を狙うって言ってたよな。佐藤一人じゃ侵入すらできねえんじゃねーの?」

永井「こちらでシャッターを開けっぱなしにしておく。不審がられたっていい。罠だと知っててテーマパークに飛び込んでくるんだから」


ふと永井が言葉を切った。


永井「正直、佐藤がどんな作戦で来るのかまったくわからない」


声の調子が低くなり、それとともに永井の表情が懸念に眉をよせるのを中野は見た。


永井「だが物理的に入口はひとつ、絶対、田中達とおなじ順路を辿るほかないんだ。それだけわかってれば十分! やつは怪物でもなんでもない、死なないだけのただの人間だ!」


永井は腕組みしている手に力を入れていた。指にかかる握力のせいか、声も少し荒っぽい。言い終わったあと、力を抜き、拳になっている手をゆるめる。そして、自分自身に言い聞かせるようにちいさくつぶやいた。


永井「だれがビビるかよ」
816 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:27:34.74 ID:6D6vTS+OO

アナスタシアは無線越しに永井の声を聞いていた。永井の口から無意識のうちに溢れ出た不安の感情はアナスタシアをむしろ納得の気持ちにさせた。それは永井のつぶやきがアナスタシアの内面の心情と一致するからだったが、それ以上に責任感と重圧の間隙から感情が垣間見えるという心理的葛藤のあり方に姉と弟とのつながりを見出したからだった。

アナスタシアはいまになってようやく、ここにいる明確な動機を掴んだ気がした。


アナスタシア「だれが、ビビるかよ」


アナスタシアは永井と同じ言葉をゆっくり口にした。恐怖を否定するためでなく、恐怖と戦う覚悟をするために。


ーー
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817 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:28:26.96 ID:6D6vTS+OO

黒服たちはめいめい装備を点検し、ソファやキャビネットを応接室の入り口付近に縦に配置し身を隠す壁代わりにした。

準備が終わり、静かな待機の時間がまた戻ってきた。

真鍋はふと思いつめた表情を浮かべ、隣の平沢に話しかけた。


真鍋「平沢さん、今のうち返しておくよ」


真鍋は拳銃を取り出し、平沢に渡したい。


真鍋「あんたから貰った銃だ」


ベレッタM92F。真鍋が言った通り、平沢が譲渡したもので、平沢がその手でこの拳銃を持ってからかなりの時間が過ぎていた。

平沢はベレッタの銃口を床に下げ、真鍋を見つめた。

真鍋が口を開いた。

818 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:29:16.34 ID:6D6vTS+OO

真鍋「今回の仕事が終わったら、この稼業から足を洗おうと思ってる」

黒服2「やめてどうする、真鍋」


年嵩の黒服が茶化すように話しに入ってきた。


真鍋「伊豆にいい物件があってな、そこでのんびりするよ」

黒服2「隠居ってやつか」

真鍋「こっちが死なねえように敵を殺す。それだけをやってきたってえのに、死なねえやつなんてのに出てこられちゃあよぁ……」


真鍋は口調には倦んだものが感じられた。十数年続けてきた仕事でときおり去来しては振り払ってきた考えに追いつかれて観念したかのように真鍋はつぶやいた。


真鍋「潮時だろ」

黒服2「おれは好きでやってんだ」


年嵩の黒服は真鍋の諦観を受けても即座に自分の意志を口にした。
819 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:30:08.46 ID:6D6vTS+OO

黒服2「平和なんてハリボテの上で暮らすなんざ、いまさら気乗りしねえからな。なあ?」

黒服1「金が貰えればなんでもいい」


若い黒服は文庫本からからいちども眼を逸らさず、我関せずの態度のまま返事をした。読んでいたのはウラジミール・ナボコフ『青白い炎』で、開いてあったページにはこんなことが書かれていた。


── 三段論法。他人は死ぬ。しかしぼくは
他人ではない。ゆえにぼくは死なない。

[註釈]これは少年を面白がらせるかもしれない。年を取ってからわれわれは自分たちがその「他人」であることを知るのである。


年嵩の黒服は年下の仲間の態度をかるく笑い飛ばしながら、また何事かを話しかけた。

真鍋は仲間の話し声を耳にしながら、感慨深げに口を開いた。


真鍋「湾岸でも……そのあとも……平沢さん、あんたにはいろいろお世話になったなあ」


平沢はただ黙って、真鍋の言葉に耳を傾けていた。


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820 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:31:01.22 ID:6D6vTS+OO

佐藤「ちゃんと整理してよー……田中君たち……」


食べ残しや食べかけが乱雑に詰め込まれた冷蔵庫は、肥満体を維持しようとする健啖家の胃の中身のようだった。佐藤は冷蔵庫のまえでしゃがみこみ、中を覗きこんだ。ソースや脂がこびりついた食品のパッケージデザインが幾重にも折り重なって浅薄な資本主義批判が主題の現代アートもどきの森とでもいうべき光景をかたちづくっている。実際の胃のように蠕動運動と攪拌運動がこの冷蔵庫の中の光景を蠢かしていたら、宇宙的な混沌の最中にいるように感じられただろうが、冷蔵庫は冷蔵庫でしかなく、どれだけ乱雑でも手を加えないかぎり食べ物が位置を変えることはなかったので、しばらくして佐藤はおあつらえ向きのものを見つけた。

佐藤は冷凍バイク便に電話で配達を依頼すると揚げ手羽先のレシピをプリントアウトし、あとひとつ手羽先をつくるのに必要な調理器具と調味料を用意した。食材の用意はいまからする。

佐藤は鍋に油を入れ、コンロに火をかけた。油の温度が揚げ物に適したことを確認すると、中華包丁を握り、まな板の上に置いた自分の左手首に勢いよく振り下ろした。
821 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:31:53.84 ID:6D6vTS+OO

右手で左手首を掴み、油の中にいれる。人間の手首を揚げているにもかかわらずジューっという音だけはおいしそうだった。片手での調理ははじめてだったが、揚げ上がりはうまくいった。タレを絡めるとほかの手羽先と見た目はあまり変わらない。

ビニールパックに手首と手羽先を詰め終わったちょうどそのとき、バイク便がやってきた。

佐藤は包帯を巻いた左手をポケットに入れて隠しながら配達物をバイク便のドライバーに手渡した。

バイク便が行った後、佐藤は近くの材木工場へ自転車で向かった。帰路を考えると、自動車を使うわけにはいかない。

ズボンのポケットに拳銃と左手を忍ばせながら自転車を漕いで行く。夕暮れから夜へと変わる頃。影が道路にのび、車輪がカラカラと音をたてながら回った。

豊郷林業の駐車場に停まっている車は二台しかなかった。佐藤は自転車を乗り捨てると、工場へ歩いていった。

工場の前で二人の人間がなにかを話している。現場の作業員とおぼしき帽子を被った男が木製のパレットを事務所の人間らしい若い社員に見せて、何事かを説明していた。

佐藤は帽子を被った作業員を撃った。

もう一人の社員が同僚が即死したことも理解しないうちに、佐藤はその社員に話しかけた。


佐藤「ある機械を貸してくれないかな?」


ーー
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822 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:32:52.34 ID:6D6vTS+OO

「あのー」


各階の様子を無線で聴きながら被害状況を整理してきた刑事にのんきな呼びかけがかかった。


「配達なんすけど」

「はあ? 何の」

「食べ物っす」


バイク便のドライバーは規制線のテープ越しに刑事に配達物を手渡した。


「サイン貰わないと帰れないんすよ」


刑事が手渡された紙袋を開けると、ビニールパックが入っていて、取り出して確認してみると冷凍された揚げ鳥がパック詰めされていた。


「こんなときに……ここの社員はどうかしてるな」


ビニールパックにはラベルが貼ってあり、「手料理おとどけねっと」という社名が行書体で印刷されていた。ラベルの右上には手書きのスマイルマーク、左下には小さな文字で「“余分な手”を一切加えず、まごころを込めて……」というメッセージが添えられている。


「ちょっと! うちの荷物ですよ」


刑事をエントランスに案内したフォージ安全の社員が駆け寄ってきた。社員ら刑事からの許可も貰わないうちに荷物を掴み取り、紙袋にビニールパックを戻すと連れ立ってきた警備員に手渡した。


「爆発するかもよ」

「警察署より厳重な検査を経て搬入します。ご安心を」


揶揄を嫌味で返された刑事は「けっ」と、ちいさく悪態をついた。
フォージ安全の社員が言ったとおり、配達物は即座にX線検査にかけられた。モニターには揚げ鳥の骨しか映らず、不審なものは何一つ見えなかった。


「異常なし」


警備員のその言葉とともに、紙袋は十階にある機械室へと運ばれていった。



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823 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:34:01.20 ID:6D6vTS+OO

中野「永井、なんか食べもの持ってねえ?」


永井は考え深げな様子で中野を無視した。

中野は永井が呼びかけに応じないのに慣れてしまったので、どうにかして空腹を誤魔化す方法を自分で考えることにした。胃の中には胃液があることを思い出し、それを意識することで空腹を感じずに済むのではないかと思いついた中野は胃液がたっぷり分泌されているところを想像して、空腹によるキュっーとする痛みににた感覚が胃液のせいではないかと思い始めた。

中野をよそに永井はじっと腕組みして動かないでいる。そのとき、戸崎が無線越しに呼びかけてきた。


『永井、一時間以上待ってるぞ。仕切りなおすべきじゃないか?』


応えはなかったが、戸崎は永井が考えを巡らせている気配を感じた。熟考になりそうな気配、戸崎は別の角度から疑問をぶつけることにした。


『さっきは聞く時間がなかったが……おまえの介入を佐藤が知って楽しいことが待ってるなんて思うのか? 佐藤にとっておまえは何でもない』


永井は、戸崎の疑問に対し、しずかな声で、思い出を語るときのように話し出した。


824 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:34:48.41 ID:6D6vTS+OO

永井「前、佐藤さんと記憶が交差したとき、一瞬だけど僕は、動悸が治り汗が引いた……たぶんあのとき、記憶だけじゃなく、精神状態も交差したんです。佐藤に僕の恐怖が伝わり、僕には佐藤の冷静さが……いや、冷静さだけじゃない、高揚感も」


感覚的に理解していたことを言葉にして語り直したとき、佐藤のパーソナリティがくっきりとした輪郭をともなって見えてきたように永井は感じていた。


永井「あのひとはこんなガキの一挙手一投足を気に入ってた……理解してくださいなんて、無茶なことは言いません」


そして、永井は確信を込めて言った。


永井「これは、僕と佐藤にしかわからない」


すこしのあいだ、沈黙が流れた。中野はまだ空腹に気を取られていて、唸るように息を吐いた。

戸崎は永井と佐藤のあいだに思った以上につながりがあること、そのつながりを永井が認め、告白した声の調子から永井の感情の機微が感じ取られ、自分でも予想しなかったことだが、そのことに感慨深い気持ちになっていた。

やがて、無線から戸崎の声が聞こえてきた。


『きみはいるべくしてここにいる気がしてきたよ』

永井「迷惑ですね」


すぐに返事をした永井の口調は、いつもと同じできっぱりしていた。


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ーー
825 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:36:21.01 ID:6D6vTS+OO

佐藤が案内された工場はメインとなる敷地中央の工場の南側にあり、トタン張りの壁に埃がこびりついた、老朽化した小さな作業場だった。

シャッターを閉め明かりをつけると、天井の照明が目的の機械を照らし出した。その機械は正面シャッターからいちばん奥まった場所に置いてあった。



「木材破砕機……丸太を五センチ四方のチップに砕きます」


機械を前にした佐藤に向かって震える声で社員が説明した。

真上にある照明のはたらきのせいもあって木材破砕機は舞台装置めいて見えた。スポットライトをあびて、クライマックスでの活躍をいまかいまかと期待しているようだ。


佐藤「そろそろかな。動かして」


壁時計を見た佐藤は、時刻がバイク便に電話したときに聞いた到着予定時刻を二十分ほど経過していることを確認すると、材木工場の社員に向かって指示を出した。震える指でなんとか起動スイッチを押し、カッタードラムの回転を最速に設定する。

佐藤は丸太をカッタードラムに送り込むためのベルトコンベアの両端に足を乗せた。


「なに……する気だ?」


佐藤の行動はたちまち結果を想像させ、材木工場の社員は堪えきれず、まさかという気持ちで訊いた。


佐藤「運が良ければめずらしいものが見れるよ、ミスター・スポック」


佐藤は社員の恐怖をよそに応えた。
826 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:37:03.65 ID:6D6vTS+OO

佐藤が破砕機と相対していたとき、フォージ安全の機械室に例の紙袋が届けられた。

紙袋を運んできた作業員が中身を見て、言った。


「なんか届いてるぞー。揚げ鳥だって」

「いいねえ、休憩にしよう。チンすりゃいいのか?」

「だれだ? 注文したの」


休憩室にした三人ともだれが注文したのかわからずじまいだったが、さほど気にもとめず、人数分の紙皿を用意して揚げ鳥を分けていった。
サスペンダー付きの工具ベルトを腰に巻いた作業員がひとりにつき三個ずつ、冷凍された揚げ鳥を皿にあけていく。最後に自分の分を皿にあけたとき、三つある揚げ鳥のうちのひとつが妙なかたちをしているのに気づいた。
827 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:39:42.79 ID:6D6vTS+OO

佐藤「亜人は最も大きな肉片を核に再生する」


ビニールパックからごろんと転がり出てきたひときわ大きな塊は、人間の左手首だった。


佐藤「転送だ」


佐藤が破砕機に飛び込んだ。

左手首が突然黒い粒子を噴出して舞い上がった。粒子は螺旋状に回転したかと思うと、たちまち血肉となって人体をかたちづくる。

距離を隔てた死と再生。A地点で死に、B地点で復活する。

転送を果たした佐藤は眼前の作業員の工具ベルトからドライバーを奪い取り、切っ先をこめかみに突き刺した。

佐藤が旅立ったあと、ひとり取り残されていた材木工場の社員は嘔吐し、床を汚した。がたがたと身体の震えが激しくなった。

カッタードラムの刃と受け刃が木材を挿入されたときと同じように人間を細かく砕いたのを見たのは一瞬だったが、破砕音は始めから終りまで聞いていた。

木材破砕機もまた振動を続けていた。排出口から吐き出された佐藤の血と肉片が床にぶちまけられている光景とあいまって、まるで悪いものをたべてしまったかのようだった。


ーー
ーー
ーー

828 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:40:37.38 ID:6D6vTS+OO

機械音が鳴りわたっている空間に人間の声がかすかに混じったのを永井は聴き取った。


永井「聞こえたか!?」

中野「どうした永井」


永井の表情は眼を見開いたまま固まっていた。口もぽかんと開いたままになっている。ほんのわずかに聞き取られた人間の声は、永井の思考の方向をすべてそれについて向けさせた。それとは耳に届いた人間の声が悲鳴で、一階から上ってくるだろうと想定していた悲鳴が、同じ階から聞こえてきた原因と可能性についてだった。


永井「今、なにか……」

中野「何かの音はするだろ」

永井「だよな……いきなり侵入する方法なんか……な」


永井はひとつの可能性に思いあたった。


いや、そんなはずない……そんな方法……


永井は感情的な否定を心中でつぶやいていた。


だってそれは……普通の人間がやろうと思うような方法じゃない……


だが、思考のほうはこれまでの知識から論理を構築していて、それは十分な可能性を持っていた。
829 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:41:44.63 ID:6D6vTS+OO

永井「そんなはず……ない……」


永井は否定の言葉を口にしながら、天井パイプからぶら下がって、着地した。

着地したさいの膝を曲げたままの姿勢で顔を上げ、通路の先を見る。誰もいない。無人の空間のまま。通路の両端に配置された機械類がゴウンゴウンと作動音を響かせている。単純な文字通り機械的な音の繰り返し。だがその繰り返しは、しだいに人間の声が染み付いたかのような響きへと変貌していた。

それは永井の心象的な音的イメージに過ぎなかったが、機械類がたてる騒音とは別の種類の音を実際に永井は耳にした。

人間の足音。

通路の左側から人影が現れた。


佐藤「あっ、永井君」


永井と佐藤は同時に互いのことを認めた。佐藤は立ち止まって両手を広げ、言った。


佐藤「来ちゃった」


家に突然訪問してきた友人然とした身振り。右手に握ったドライバーから血が滴り落ちる。佐藤は作業用のつなぎとサスペンダー付きの工具ベルトを身につけていた。それらが奪いとったものであることは、染み込んだ血の跡を見れば一目瞭然だった。

830 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:42:27.79 ID:6D6vTS+OO

永井「佐藤さん、なんでそんな方法……できる……」


佐藤がほんとうに現実に存在しているのか、眼に見えている光景を信じきれない感情が渦巻くまま、永井は茫然と訊いた。


佐藤「社長室に直はさすがに無理そうだし、ここなら武器になりそうなものがありそうだし、それに……」

永井「死んだんだぞ!?」

佐藤「気にしないよ、私は」


佐藤はのんびりとした口調で応えた。

あまりの理解しがたさに永井の顔が歪んだ。

眼の前に立っているのはいくつもの矛盾が重なりあった幽霊ともいえる存在だった。肉体を持った幽霊。殺すために喜んで死んでいまも笑顔を浮かべている生きた幽霊。

永井はこれは何かの間違いではないかと思い始めていた。佐藤がここにいることではなく、自分がいてしまっていることが間違いだったのではと……


中野「佐藤オォ!」


根本的な理解の過ちを思い知って言葉を失っている永井の背後から中野の怒声がとんできた。


佐藤「きみは!」


佐藤はそこで言葉を切り、少し間をあけてから「だれだっけ?」ととぼけた返事をした。

831 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:43:37.40 ID:6D6vTS+OO

佐藤「でも意外だなあ。永井君が十階にいるなんて。どんな作戦なんだろう?」


中野への関心もそこそこに佐藤は興味深げに周囲を見回して、言った。

その発言を受け、わずかなりとも永井はショックから回復した。


永井 (こっちの思惑はバレてない!)


永井はすぐさま思考を働かせた。


(予想外の侵入だったが十階分とばしただけ、しかも非武装)(まだ作戦は生きてる)(あとはどうやって僕らをスルーさせ上に行かせるか)


現状認識と作戦の修正案の検討が同時的かつ無数におこなわれる。


佐藤「安心して」


佐藤は見守るようなおだやかな声で言った。周囲に彷徨わせていた視線を永井に戻し、宣言する。


佐藤「ルールは変えないよ。私はこのまま甲斐敬一と李奈緒美を暗殺しに行く」


永井の口の端が上向いた。好戦的ともいえる笑みを作り、同時にまだ焦燥の色もその表情に浮かんでいる。

佐藤の出現に戸崎たちも驚愕していた。モニターを見上げながら緊迫した眼で事態の推移を睨んでいると、突然警報が鳴り出した。

戸崎が無線機に飛びつき、叫んだ。


戸崎「永井! ガス漏れ警報が鳴ってるぞ!」


無線を聞いた永井の表情が固まる。視線は佐藤に固定され、佐藤の動き、佐藤の動きだけが空間から独立して唯一の運動体のように永井には見える。

佐藤の表情がかわる。にっこり笑って話し出す。

832 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:45:55.52 ID:6D6vTS+OO

佐藤「止めてみせてよ、永井君」

永井「戸崎さん! スプリンクラ……」


二箇所が切開されたガス管、そのすぐ近くにはタバコと包装フィルムとマッチで作られた手作りのおもちゃめいた発火装置な置いてあった。タバコの火が根元までじりじりと迫っている。火がマッチの薬頭に届く。火がぼっと膨らむ。空気を求め海から顔を出した哺乳動物のように、包装フィルムを破って外に出た。

次の瞬間、爆発が起きる。

伝播した火炎によって温度上昇が引き起こされ、室内の気体の体積が一気に膨張する。ガス管のある部屋は密閉されていて室内の圧力の急激な上昇が閉じられた空間を吹き飛ばした。閉鎖空間内から凄まじい勢いで高圧の気体が噴出する。熱と衝撃が波となって襲いかかり、永井と中野、そして佐藤も飲み込んでいった。

ビルが揺れる。

眼覚めた永井は腹部に熱を感じた。ネクタイに火が付き、半分ほど燃えてしまっている。中野に至ってはシャツ全体が燃えおちていて、ばたばたともんどりを打ちながら燃えるシャツを脱ぎ捨てた。

永井はネクタイの結び目を乱暴に引っ張った。


永井「戸崎さん! 被害は!?」

『その区画だけだ!』


周囲を見渡すと、あちこちに火が飛び散っている。床にはバラバラになった部品が無数にあり、機械類は激しく損傷し、パイプは歪曲している。

永井が嫌な予感に振り向く。そして叫ぶ。


永井「ファンが壊れた!」


急ぎ、戸崎に叫ぶ。


永井「佐藤はどこに!?」

『今探してる!』

永井「僕らがこの部屋で何をするかはわからない、だからすべて吹っ飛ばしたのか!?」

中野「黒い粒子を送れなくたって……平沢さんたちなら……」

永井「ダメだ、ゴリ押しじゃ!」


吸い溜めていた空気を一気に吐き出すような大声を永井は出した。

833 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:46:56.35 ID:6D6vTS+OO

永井「眼が見えなきゃいくら佐藤でも闘えないはず。だからリセットできない方法で資格を奪う……そこに勝機があった」

中野「じゃあなにをすればいい、永井」

永井「こっちは大勢、やつは一人でたいした武器もまだない。平沢さん! 無勢が多勢に挑むときのセオリーは!?」

『動向をつかまれないよう行動し、撹乱・奇襲を繰り返し徐々に戦力を削っていく。いわゆるゲリラ戦だ』

永井「だがいまセキュリティ・サーバー室はこっちの手中、佐藤の動きは掌握できる。警官・警備員を誘導、僕らも加勢し一気に強襲すれば……なんとか……」

中野「ゴリ押しじゃねえの!? それ」

永井「……戦略的ゴリ押しだ!」


永井は苦しげに押し通した。

さっきからスマートフォンが鳴っている。永井はいらだたしげに電話に出た。


『ケイ! ヴズルィーフ! ばくはつ!』

永井「まだ待機!」


乱暴に指示を出し、アナスタシアからの通話を一方的に切った。


下村「あ、いました!」

戸崎「永井! 佐藤がいたぞ! まだ同じ十階にいる」


セキュリティ・サーバー室のモニターに佐藤の姿が映った。戸崎は映像がどこから送信されているのかを確認し、無線に叫んだ。


『電力区画だ!』
834 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:49:04.49 ID:6D6vTS+OO


それを聞いた永井は一瞬で佐藤の目論見を悟った。


永井「ちがった……」


永井の思考が止まり、すべてが遅すぎたといいたげに暗くなった眼をある方向に向けた。


永井「ここを、爆破したのは……予備発電機を使用不能にするため……これで、主電源が落とされれば」


おそれを滲ませた声で永井がつぶやく。


永井「すべてがとまる」


突如、暗闇が降ってきた。あらゆる機械の作動がいきなり停止し、ビル全体が深い眠りについたかのように静まり返る。

空間を区分するあらゆる物の輪郭が暗闇に沈み、飛び散った小火も消えようとしている。


中野「永井」


中野が永井に呼びかける。その声は荒くなろうとする呼吸を抑えつけようとして非常にゆっくりと口から出た。


中野「つぎは?」


返事はなかった。


ーー
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835 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:49:47.34 ID:6D6vTS+OO

九階にある人事部。ひとりの社員が後ろめたさと自己正当化に苛まれて自分のデスクから動けないでいる。名前は青島。この青島が今回の内通者だった。

田中たちが捕獲されたときから、青島の内心は異常な勢いで焦燥し出した。内通の露見、共犯扱い、有罪、懲役刑、出所後の人生など考えたくもない。

みずからの手引きによって大勢の犠牲者が出たことにもちろん後悔はした。だがそれもすぐに自己弁護に埋め立てられてしまった。
だって、脅されたんだ。協力しなきゃ絶対殺されていた。やつらは弱みを握っていたんだ。断れるわけがない。弱み、弱みさえなければ。こんなことはしなかったのに。働いた分だけ評価されてれば、弱みなんて持たなかったのに。ずっと働きづめで、疲弊ばかりして、未来なんかなくて、みじめになって……

窮地に立たされた青島は、いっそのこと自首してしまおうかと一瞬だけ考えたが、結局それはできもしないことを夢想してわずかな慰めを得るだけの無駄な行為に過ぎなかった。

爆発とそれに続く停電が彼の心をさらに引っ込ませ、すべてが終わるまで何もしないでいようと逃げの決心をした。

何もしないでいたら、何も起こらないかもしれない……青島は淡い逃避の希望を抱いた。

突然、口を塞がれた。強い力で?が締め付けられパニックになる。


IBM(佐藤)『きみだね? 例の内通者は』


背後から声がした。聞き覚えのある声……ぞわりと、背中に戦慄が走った。
836 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:50:34.67 ID:6D6vTS+OO

IBM(佐藤)『田中君たちが捕まってしまって、このままじゃいずれきみの関与がバレるよ。そこでコレだ』


背後の何者かがデスクの上に何か物を置いた。暗くてよくわからないが、黒い塊からアンテナのようなものが伸びている。


IBM(佐藤)『警察と警備員の無線機。これで嘘の、私の位置情報を流し続けて欲しい』


口を塞いでいた手が青島から離れた。手が闇の中に退いていく。その際、手は青島の?にメッセージを残していった。


IBM(佐藤)『じゃあ、お互いがんばろう』


声が聞こえなくなってしばらく、青島は?の切り傷から血を流したままにしていた。詰めで引っ掻かれたような薄い切り傷。デスクには二個の無線機が紛れもなく存在している。

青島の内心は拒否の気持ちでいっぱいだった。それをやってしまったら、もう言い訳できない。完全な共犯だ。そんなことになったら……
青島は気づいた。すでにもう、そうなのだ。後戻りできるタイミングはとっくに過ぎ去っていた。いや、そもそもそんなタイミングはなかった。内通を持ちかけれた時点で、選ぶべき道はひとつしかなかったのだから。

もはや、降りることは叶わない。

青島は無線機を手に取り、席を立った。

誰もいないところまで移動し、無線機にむかって嘘を言い始める。
佐藤に暗殺を成功させるため、青島は必死になって嘘をまくし立てる。


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837 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:51:25.99 ID:6D6vTS+OO


更衣室のロッカーに鍵はかかっていなかった。佐藤はそのうちのひとつを開け、ゆうゆうと着替えを始めた。作業用のつなぎを脱ぎ、スラックスとワイシャツに着替える。服の上に身につけたサスペンダー付きの工具ベルトにはさきほど殺害した警官と警備員から奪った二丁のリボルバーと麻酔銃があった。ほかに使えそうな工具も何本かある。

サスペンダーを肩にかけ、ロッカーを閉める。更衣室から出ようとしたとき、佐藤の視界にあるものが映る。

ハンチングだった。


佐藤「いいねえ」


佐藤は帽子を手に取り、頭に被った。いつものスタイルが出来上がった。


佐藤「ブチかまそう」


頭部に馴染みの感触を得ながら、佐藤は暗闇に笑った。


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838 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:52:15.63 ID:6D6vTS+OO

『佐藤らしき男の目撃情報が』

「そんなバカな!」


ビル内からの無線連絡にフォージ安全の社員ははじめて感情を表した。亜人によるテロを防いだとしてメディアの取材を受けていたこの男性社員は爆発と佐藤出現の報によってすっかり冷静さの仮面が剥がれていた。

刑事は報告を苦渋の表情で聴いてきた。数秒の逡巡のあと、刑事は振り返り取り乱した様子のフォージ安全社員に向かって言った。


「あんたら、麻酔銃使ったんだろ?」


その言葉を聞いた男性社員の顔が一瞬で元に戻る。彼は刑事と対面した時と同じ顔と声を作り、言った。


「害獣対策用の麻酔銃を開発しています。田中侵入時、警備の数名が無断で使用してしまったようです」


会社の不利益になる可能性のある言葉は徹底して排除されていた。

刑事はそのことに興味はなかった。麻酔銃が使用可能かどうか、それが聞きたかった。


「なかにいる警官用に用意してくれ」


刑事の言葉にそばにいた制服警官が驚き、詰問口調で「いいんですか!?」と声を上げる。


「そういう組織の体質がやつらを野放しにしつづけてるんだろうが!」


刑事は叱責を返した。無線機を口元に寄せて、勢いに任せありったけの声量で叫ぶ。


「全班麻酔銃を受け取り、使用しろ! 全責任はおれが取る!」


「了解」と無線機から声が返ってくる。それを聞いた刑事は頭を下げ、後悔が混じったため息を吐くかのようにつぶいやた。


「クビだちくしょー」


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839 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:54:40.19 ID:6D6vTS+OO


麻酔銃と麻酔ダートが入ったケースを警備員が床に置いた。周辺にいた警官がケースの近くまで集まったことを確認すると、警備員はケースを開け麻酔銃を取り出し、使用法とダートの装填の仕方を実演でレクチャーした。

質問もそこそこに麻酔銃を受け取る警官たち。警備員が実演してみせたように麻酔ダートを装填していると、こつこつと靴音が近づいてくるのが耳に届いた。

警官が振り向く。

キャンバスを担いだ佐藤がゆっくりとこちらに向かっていた。


「佐藤発見! 十一階、プラントルーム前です!」


麻酔銃の引き金を固定しているピンを引き抜き、正面に構える。佐藤は通路の左側面がプラントルームのガラス張りの入口であることを見てとると、いきなりダッシュし真正面から突っ込んできた。警官は麻酔銃を撃った。佐藤は速度を落とすことも避ける動作をする事もなく、キャンバスを盾のように構えた。通路を見栄えさせる油彩画が麻酔ダートを止めた。次々に麻酔ダートが突き刺さる油彩画の裏側で佐藤が拳銃を持ち上げた。キャンバス越しの当てずっぽうの射撃。五発全弾撃ち尽くし警官三人を負傷させたが、死に至らしめることはできなかった。


佐藤「うまくあたらないなあ」


リボルバーとキャンバスを投げ捨てながら佐藤は通路を左に折れ、プラントルームに進入する。キャンバスは前方に投げられ、正面の警備員から佐藤の姿を隠した。警備員は視界から消えた佐藤を追って、無理に身体を捻って右側にいる佐藤に麻酔銃を撃った。

麻酔ダートが、ガラスに弾かれた。


「あ!」


失態に気付いたとき、佐藤が眼の前で鏡写しのようにリボルバーを構えていた。その銃口が自分の視線と同じ高さにあることを警備員は視ていた。

佐藤が二連射し、警備員と警官を射殺する。


「あっちから銃声だ!」


警官の声が通路の奥から響いてきた。

その声を聞き取った佐藤は工具ベルトからナイフを抜き、ふたたび闇の中を走り出した。

右手にナイフ、左手に拳銃、顔には笑み。

まだまだ序盤。それでも佐藤は楽しくてしかたない。


ーー
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ーー
840 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:55:39.59 ID:6D6vTS+OO

『十一階で佐藤と交戦中!』『六階で佐藤らしき男が……』『いや二十階だ!』


無線機から流れてくる情報はどれもバラバラで、佐藤のいる位置を伝えるどころかむしろ混乱を大きくさせることが目的のようだった。


永井「情報が錯綜してる、佐藤の現在地を確認しないと」


無線機からの情報はあてにならないと判断した永井は無線機をポーチにしまい、中野に向かって「行くぞ!」と叫ぶやいなや、走り出す。
中野は社長室に向かおうと機械室のすぐ近くにある南階段へ走っていこうと身体を前に倒すが、永井が階段のある方とは反対に向かって走っていくのを見て思わず叫んだ。


中野「社長室に直行じゃねえ!?」

永井「そのまえに田中のところに行くと思う! やつらの使ってた武器を調達できるしな!」

中野「佐藤は田中の場所しらねえだろ!?」

永井「職業意識の低い公務員なんかいくらでもいるだろ! 脅せば吐く!」


機械室から飛び出した二人は一つ上の階の南側にある仮眠室にむかって、まず通路を突っ走った。

走りながら永井はスマートフォンを取り出し、アナスタシアに電話をかけた。

841 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:56:43.06 ID:6D6vTS+OO

『もしもし? ケイですか!?』

永井「いいか、おまえの存在を正体は隠したままこっちの仲間に明かす。平沢って人から佐藤と遭遇したと連絡が来たら、おまえはIBMを平沢さんたちのところまで送れ。やつにIBMを消費させ、できるだけ長く引き付けるんだ!」

『わかった!』


躊躇いのない返事。通話を終えたあと、永井は無線機で平沢に先ほどのアナスタシアとのやり取りのことを告げる。平沢から了承の返事。立て続けに喋り続けたせいで、呼吸がとてつもなく早くなっている。永井は肺が破裂したかのように大きく息を吐くと、足に力を込め階段を駆け上がった。

十一階に到着、永井は戸崎に連絡する。


永井「戸崎さん、電力区画の状況は!?」

戸崎「こちらセキュリティ・サーバー室、電力の復旧はできそうか?」


『こちら電力区画、主電源が物理的に破壊されています。修理が数分で済むか数時間かかるか……まだ、なんとも……』


戸崎「だそうだ」

永井「クソ!」


永井の口から悪態が飛び出た。


永井「佐藤にIBMを消費させるためスプリンクラーを切っといたのが裏目に出たか……予備電源の破壊は防げたかも……」


過去の判断を悔やむ発言を口ごもり気味に言い終わった永井は即座に感情を切り替え、戸崎に指示を出した。


永井「戸崎さん、あなたは電力が復旧したときのためにそこを動かないでください。これから講じるすべての策が失敗に終わった場合……わかってますね?」

戸崎「ああ」

中野「永井! そこが仮眠室だ!」


顔を上げると、仮眠室と書かれた室名札が眼に入った。通路を右に折れた先を示している。永井も先頭を走る中野もスピードを緩めず、仮眠室へ走っていく。

仮眠室のドアが開いた。中から負傷者を寝かせた担架を搬送する救急隊員二名と制服警官一名が出てきた。通路を曲がった永井たちと警官の視線が合った。


842 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:57:29.45 ID:6D6vTS+OO

永井「あっ!」


警官の格好をした田中がリボルバーを抜き、二連射する。中野が被弾。腹部を貫通し、銃弾が背後の壁に粉塵を飛ばしながら埋まった。


永井「もう佐藤が来た後だ!」


永井が床に倒れた中野を引きずりながら、無線機に叫ぶ。近くにいた女性社員が悲鳴をあげた。


平沢「佐藤はこっちに向かってるようだ」


悲鳴混じりの連絡を聞いた平沢が即座に動いた。


平沢「IBM粒子もスプリンクラーも無い以上、こんな狭い部屋でIBMを使われたら一瞬で全滅だ。廊下へ出るぞ」

真鍋「平沢さん、作戦は?」


平沢は何も言わずに真鍋を見つめ返した。真鍋もまた無言で平沢の答えを受け取る。


李「あの、わたしは……なにをすれば……」


立ち去ろうとする平沢の背中に李がいまにも消えそうな声で呼び止めた。ソファから腰を上げ、肘掛に手をついた姿勢のままで動きを止めていた。だが、その全身は恐怖によって震えている。


平沢「逃げるなり隠れるなり好きにしろ。その状態じゃ邪魔になる」


平沢はそれだけ言い残し、社長室から出て行った。

843 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:58:25.29 ID:6D6vTS+OO

田中は永井と中野が隠れた通路の角を睨みながら、背後の仲間にむかって叫んだ。


田中「おまえら先に逃げろ!」

高橋「は!? おまえは!?」

田中「少しやりたいことがある!」


麻酔銃を左手で引き抜き、ふたたび二連射。


中野「逃げちまうぞ!」

永井「ほっとけ!」


通路の角を銃弾が削り、内壁材の粉塵が飛んだ。


永井「田中だけは残って何かするみたいだな」

中野「銃使うか!?」

永井「麻酔銃だ!」


永井に言われて中野が麻酔銃をポーチから引き抜いたとき、腹部の銃創が熱くなった。


中野「いってーな、くそッ!」


激しい痛みを堪えながら、しっかりと両手で麻酔銃を握る。


永井「田中は無力化しとくぞ!」


二人は角から飛び出した。
844 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/24(日) 23:59:39.54 ID:6D6vTS+OO
undefined
845 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:01:22.61 ID:SzhTzFDuO

田中のIBMがすぐ眼前に迫っていた。右脚の踏み込みが大きく振り上げた右腕を鞭のようにしならせ、鋭い爪が横薙ぎのギロチンのような作用を見せながら中野の首にかかる。


永井「中野!」


永井はとっさに中野を突き飛ばす。反射的な行動は二人のバランスを崩し、中野だけでなく永井も床に倒れる。IBMの攻撃は頭上を通過し、反対側の通路にいた女性社員の二の腕をシャツの上から切り裂いた。振り抜いた腕とともに飛び散った血が宙に軌跡を描いた。


中野「てめえ!」

永井「よせ中野!」

うずくまり悲鳴をあげる女性を見た中野が床から飛び起きる。倒れたままの永井の制止を振り切って中野はIBMへ突進した。IBMが振り返って迫り来る中野に顔を向ける。同時に中野がIBMに飛び掛かり、黒い無貌めがけて頭突きをぶつける。次の瞬間、中野の腹部が弾けた。IBMの左腕が中野の右脇腹を肘のあたりまで貫き、まとわりついた羽虫を追い払おうとするかのように振り回し始めた。


「う」「お」「お」


まだ生存している状態にあった中野の口から洩れ出てくる叫び声がブレを含みつつ、左右に振り回される身体の残像と微妙にズレながら聴こえてきた。

その光景に見覚えのある永井は一瞬だけ対応に悩む。その一瞬のロスを後悔するかのように永井は身体を前に突き出し、IBMを発現した。
846 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:02:45.11 ID:SzhTzFDuO

永井「中野よけろ! こいつはおまえが嫌いだ!」


渦巻くように生成される黒い幽霊の肉体。永井のIBMは床を蹴って一直線に中野めがけて突進する。永井の言葉に頭だけ振り向いていた中野が敵意剥き出しのIBMを目撃する。中野が頭を仰け反らせる。その直後、さっきまで中野の頭部があった場所に永井のIBMが攻撃を打ち込まれる。田中のIBMがその攻撃をまともに喰らい、その頭部と突き出された腕が対消滅する。永井のIBMは突進の勢いそのまま前進を続け、崩壊する田中のIBMと中野を下敷きにして床に倒れた。

うずくまっていた女性社員は突然眼の前で展開された異常な出来事に慄いていた。声も出ないほどの恐怖、喉の強張り、中野が床に倒れたときやっとのことで、「ひっ」という短い悲鳴が口から洩れる。悲鳴に反応したIBMが黒い無貌を女性に向ける。腕を押さえている女性を見た瞬間、IBMは一切躊躇せずに残った左腕を振り上げた。


中野「あっ!」


咄嗟に田中のIBMの爪を掴み、頭上にあるIBMの顔にぶつける。死角からの攻撃がクリーンヒットし、永井のIBMは制御を失った操り人形よろしく背後に倒れた。

IBMの頭部の粉砕を確認した永井は、注意しつつ通路の角から顔を出し、仮眠室前に視線を向けた。 田中の姿はない。


永井「クソ」


永井は視線を中野に戻す。復活し、起き上がろうとしているところだった。


永井「中野、無茶すんじゃねえ! 断頭の話が理解できてないから、おまえは……」


永井はいらだたしげに中野を怒鳴りつけた。


中野「あの話はよくわかんねえけど、とにかく死ぬんだろ?」


めまいでも起きたのか、目元を手で押さえながら中野は静かに言った。一息ついてから起き上がり、永井と視線を合わせた。


中野「死ぬってことがどんなことかってくらいは、わかってるよ」


永井は何も言わず、中野を真っ直ぐ見つめ返した。

847 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:03:59.91 ID:SzhTzFDuO

電力の復旧の目処はまだ立たない。戸崎は永井が田中を見失った瞬間、復旧と同時に佐藤の居場所を見分けられるようにとモニターを見上げつづけている下村に向かって指示を出した。


戸崎「下村君、行け。十五階へ向かう佐藤を階段で待ち伏せし、一体でも多くのIBMを消費させるんだ」

下村「戸崎さん、ここに佐藤が来るかも……」


椅子から立ち上がりかけたところで、下村が戸崎にもしものときのことを訊いた。


戸崎「行け」


戸崎の命令に下村は真っ直ぐサーバー室から出て行く。イヤホンを耳に付け、永井に指示を仰ぐ。


下村「永井君、北・南、どっちの階段に行けばいい?」

永井「わからない!」


率直な答え。佐藤は田中たちと別行動を取っているのか、それとも田中と合流し暗殺にむかっているのか、情報の錯綜はいまだ解消せず、判断の根拠はほとんどない。


中野「ヤマはるしかねえぞ」

永井「二分の一だ」

下村「じゃあ、わたしは近い北階段へ行く」


下村は現在位置から判断を下した。


永井「中野! 僕らは南階段で行くぞ!」


二人は階段に向かって走り出した。廊下を駆け抜けている途中、中野が永井に訊いた。


中野「永井! いまはどんな作戦だ!?」


永井は走り続けた。返事をするまですこし間があった。永井は、狭まった喉からやっとのことで絞り出したような苦渋に滲んだ声で言った。


永井「こんなの、すでに、作戦じゃない」

848 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:04:51.44 ID:SzhTzFDuO

下村が階段に到達した。ドアを開け、十四階廊下から階段の踊り場に足を踏み入れる。


下村「北階段に着きました。佐藤は……」


階段に足をかけた警官と視線がぶつかる。見覚えのある顔。


田中「病院……以来だな」


階段を挟みながら、下村と田中が対峙した。
849 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:05:30.50 ID:SzhTzFDuO

永井と中野が十二階を通過する。


中野「永井! さっき戸崎さんと話してた全部失敗に終わった場合って……なにをするんだ!?」


手すりを掴んで崩れかけた体勢を立て直した永井にむかって中野が大声で訊く。


永井「最終手段だよ」


永井は振り向き、またすぐに正面を向いて階段を上った。


永井「電力が復旧し次第、屋上、一階の出入り口をロックしてビル自体を巨大な檻にする。佐藤が暗殺に成功しようがしまいがこのビルからは出られない」

中野「でもそれじゃ、ほかの人たちも出られないぜ!?」

永井「ああ! だが、佐藤がこのビルの全人間を殺そうが僕らは死なない! 何日何週間かかろうが、奇跡的に佐藤を拘束できるまで闘い続ける!」

中野「全人間って……本気かよ!」

永井「もちろんだ! 何人死のうが僕の知ったことか!」


中野の声に負けないように永井は大声で言い返した。

言葉を投げっぱなしにしたまま、永井は踊り場を曲がった。十三階へと続く階段を足で蹴る。


永井「だが、そんなことはさせない」


決意の言葉を永井はつぶやいた。


ーー
ーー
ーー

850 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:07:29.90 ID:SzhTzFDuO

十五階、黒服たちが十字になった通路で左右に展開し伏撃の体制で佐藤を待ち構えている。

下村から南階段で田中と遭遇したとの連絡、黒服たちは北階段からつづく通路を伏撃の地点に選んでいた。


黒服2「平沢さん、あんたはなんでこの仕事を?」


平沢と並んでシグザウエルを正面に構えている年嵩の黒服が訊いた。


平沢「忘れたよ」

黒服2「家族はいるのか?」

平沢「長いこと会ってないな」


オープンサイト越しに通路の暗闇に視線を固定する。真鍋と若い黒服は横に貫く通路にそれぞれ銃口を向けている。

平沢の眼が暗闇の中での黒い影の微妙な動きを捉える。影は通路の陰に消え、同時に動きの気配も消える。数秒間そのままで、眼が間違いを起こしたのかと思い始める程度の時間が過ぎる。

突然、暗闇の中にパステルカラーの脚の生えた抽象画が出現する。

平沢は躊躇せず引き金を引いた。


佐藤「ぬ!?」


抽象画越しの銃撃が佐藤の膝を貫いた。床に倒れた佐藤の頭部はキャンバスで隠れ、平沢からは狙えない。キャンバスが傾く。年嵩の黒服が狙えるようになった佐藤の頭部に照準を合わせる。

佐藤が先に引き金を引いた。牽制のための連射。平沢と黒服が身を隠している隙に佐藤は這いずって通路の角まで後退した。


851 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:08:34.16 ID:SzhTzFDuO

佐藤「きみら、警備の人間じゃないな!」


佐藤は喜ばしさを口にしながらリボルバーを口に咥え、自殺した。笑い声が銃声で途切れた。


平沢「南階段前の通路で佐藤と遭遇」


平沢が協力者にむかって無線で告げる。

アナスタシアはIBMを放出し、十五階へ走らせる。


平沢「やつには麻酔ダート程度の弾速なら一、二発かわす反射神経がある。殺し続ける方法と麻酔銃での無力化、臨機応変に使い分け、やつを拘束するぞ」


暗闇を見張りながら、平沢が指示を出した。


佐藤「この国の、兵士に相当する職種の人間は……戦闘に身を置く覚悟がぬるい」


佐藤が復活した。黒い粒子を口から噴き出している口から言葉が洩れる。


佐藤「だが、きみらはちがう。ちゃんと殺し合いをしてきた風情を感じる」


佐藤はポケットからスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。


佐藤「SAT相手よりよっぽどエキサイティングな時間になりそうだね」


ーー
ーー
ーー
852 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:09:21.01 ID:SzhTzFDuO

田中「女だからって容赦はしねえ。てめえは特にだ」


踊り場に突っ立ったまま、独白するような調子で田中がつぶやいた。


田中「十年……十年だぞ?……佐藤さんが来るまで十年間……おれは実験施設にいた……」


俯きながら身体を震わせて独白を続ける田中を下村は表情一つ変えず見下ろしていた。スーツのジャケットのボタンを外し、前を開ける、脇を圧していたショルダーホルスターが解放される。時間が差し迫っている感覚。


田中「てめえとエレェ違いじゃねえか」


下村を睨めあげた田中が怨みがましい声を出した。


田中「連中に色目でも使ったかよ」

下村「好きに言って」


八つ当たり的な挑発の言動を下村は意に返さなかった。


田中「あんな仕打ち、間違ってると思わねえのか!?」

下村「わたしは与えられた仕事を最後までやりたいだけ」


いらだちを募らせる田中とは対照的に、下村は冷静な態度を取り続けた。下村の黒い瞳は田中の苛立ちが復讐心によるものだけではないことを見て取った。


下村「ていうか」


別の理由による動揺、下村はそれを指摘した。

853 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:10:06.05 ID:SzhTzFDuO

下村「あなただって正しいと思ってこんなことしてるわけじゃないでしょ?」

田中「あぁ!?」


田中のIBMが発現される。怒りに身を任せた突進。下村もIBMを発現、闇雲だが激しい攻撃をなんとか凌ぐ。田中のIBMが背後に回り込もうと壁に向かって跳んだ。下村のIBMがその動きを追いかけ、左脚を軸に身体を反転させる。


IBM(下村)『あ』


下村の視界から三角形の頭部が消える。IBMは足を踏み外し、転んでいた。下村と田中の視線がふたたびぶつかる。田中は麻酔銃を持ち上げようとしていた。

下村は即座に飛び退いた。麻酔ダートが壁に突き刺さる。両脚で着地し、顔を上げる。田中のIBMが逃げ道を塞ぐようにドアの前から下村を睨んでいる。壁を踏んでいた右脚を強く蹴り、IBMは下村に向かって飛び出した。


下村「……来いよ!」


下村は左肩を前に出した姿勢を取り、開いた左手を前に、握られた右手を胸の前に構える。IBMの爪が振り下ろされる。攻撃の呼吸に合わせ、下村は身体を後退させる。下村の左手を切り落とされ、指の付け根から落下していく。爪はそのまま下村の腕に進み、コピー紙が裂かれるみたいに前腕の半ばあたりまで入り込んだ。下村は激痛に眼を細めながら、手を切断した左側の爪が肘にひっかかり勢いが止まったのを見た。爪が引っかかったままの左腕を引き、右肩をIBMの前に入れる。IBMの伸びた左腕の肘を掴み、足が床から離れた瞬間に身体を捻った。


IBM(田中)『お!?』


IBMの上下が反転し、反対側の壁に投げ飛ばされる。下村は体重移動を行い、踊り場から階段の下に身体を出した。途中、麻酔銃をホルスターから抜き、下に向ける。ダートを装填していた田中と眼が合う。焦りを浮かべた表情。下村が麻酔銃を撃ち、ダートが田中の胸に突き刺さる。


ーー
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854 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:11:40.47 ID:SzhTzFDuO


平沢が通路に備え付けられている消火器を取り出し、床を滑らす。若い黒服が膝で受け止めたのを見ると、平沢は言った。


平沢「やつがIBMを発現させたらそれで煙幕を張り、消滅までやり過ごせ」


スマートフォンのカメラで床を滑る消化器を見た佐藤がつぶやく。


佐藤「消化器? 何に使うんだろう……幽霊対策かな?」


疑問を解消した直後、年嵩の黒服がスマートフォンを狙撃した。佐藤は気にかけず、顔を出さないように角に頭を寄せながら、暗闇に向かって呼びかけた。


佐藤「大丈夫! 幽霊をこんなタイミングじゃ使わないよ」


佐藤は身体をもとに位置に戻し、腰に巻いた工具ベルトを探った。ダクトテープを取り出す。


佐藤「面白みがないじゃない。せっかく不死身なんだから」


テープを剥がしながら、佐藤は黒服たちの戦略を推察する。

佐藤の動向を見張りながら、平沢がハンドサインで仲間に指示を出す。平沢と真鍋が通路を回り込み佐藤を背後から襲撃、挟撃を目論む。年嵩の黒服が了解のサインを返し、平沢と真鍋が移動を開始する。残った黒服二人が左右の角から佐藤を見張る。


佐藤「彼らの装備から見て、SATの時と同じ無力化の方法かな? だったら……」


壁から張り出した細い柱を掴み、テープで固定した佐藤は高橋のAKMを持ち上げ、銃口を右手首に押し付けた。


佐藤「これで壁から誘い出そう」


855 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:13:24.47 ID:SzhTzFDuO

通路の陰から銃火の閃きを見えた。黒服は意図の掴めない銃撃に疑問を持ちつつ、視線を固定していると、銃声が止んだ。

佐藤がリボルバーを乱射しながら飛び出してきた。佐藤から見て右側、年嵩の黒服がいる角に向かって集中的に発砲を続け、前進する。

若い黒服がイングラムM10で佐藤の頭部を狙撃した。


黒服2「目標射殺」


倒れた佐藤を確認した年嵩の黒服が平沢に告げる。


黒服2「殺し続け接近、拘束する。頭部を狙え」


殺し続ける方法を取りながら、黒服二人が佐藤に接近する。撃たれ続ける頭部からは血と黒い粒子がとめどなく飛び出していた。黒い粒子は右手首からも放出されていた。手首の切断面はズタズタで、自動小銃で千切ったためだった。手首の粒子は頭部のそれとは違い、柱に固定されている右手に吸い寄せられるように通路の陰に伸びていった。黒い粒子が連結し、手首と切断面がすこし持ち上がる。黒い粒子が磁力のように互いに引っ張り合った結果、突然、佐藤の身体が滑り出した。若い黒服が頭部を狙って引き金を引くが、通路の角に邪魔され佐藤の姿が視界から消える。

黒服たちは射撃を中断し、歩みを遅くしながら佐藤のいる位置を注視する。靴音を殺すようなゆっくりとした前進。十五階全体が静まり返っている。
856 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:14:34.28 ID:SzhTzFDuO

佐藤が若い黒服を二連射した。銃弾は右耳の下にあたり、イヤホンのランヤードを切断、そのまま首を貫通した。若い黒服が頭を下げたため、二発目は壁に埋まった。沈み込む黒服から銃口を移し、佐藤は通路の右に位置する年嵩の黒服に向かって二発撃った。身体を下げていたため、弾はあたらなかった。

最後の一発が年嵩の黒服の額に穴を開ける直前、佐藤の首に麻酔ダートが刺さった。平沢が回り込んできたことを確認した佐藤は、通路を横切るように跳躍し、リセット。ふたたび佐藤の姿が隠れる。

年嵩の黒服が銃口をあげる。


黒服2「こっちからは狙えない」


膝撃ちの姿勢で佐藤を狙撃しようとするが、帽子をかぶった頭部はインテリアに隠れて見えない。

若い黒服は射出口を押さえながら、噴き出してくる血の勢いを手のひらで感じていた。激しい脈動に従う血の勢いは、止むことはなさそうだった。若い黒服は傷口から左手を離し、MAC10のストラップを肩から外す。床に放り投げると、MAC10はがちゃんと音を立てた。年嵩の黒服と眼が合う。

若い黒服は右手をあげた。

857 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:16:56.57 ID:SzhTzFDuO

黒服1「お先」


年嵩の黒服は黙って頷いた。

平沢と真鍋が通路を進行、佐藤が倒れた地点を確認するが、姿はなかった。床の血痕は近くのドアまで続いていて、ドアはかすかに開いていた。

年嵩の黒服が合流した。肩からMAC10のストラップをかけている。

若い黒服は足音が遠ざかっていくのを聞いていた。視覚も暗くなっていく。通路の覆う物理的な暗闇以上に暗く黒い闇が、頭の先から下りてきて、手足の先端まで染み渡っていくのを感じる。感覚のすべてが遠くなっていき、力が抜ける。使えるものがなくなる。身体を動かす意識が小さくなる。


天国への扉を叩くような感覚……


傷口を押さえていた黒服の左手が床に落ちた。


黒服2「一名死亡」


かすかな気配の消失を感じ取ったかのように、年嵩の黒服が無線にむかって静かに言った。


ーー
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ーー

858 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:18:04.95 ID:SzhTzFDuO

『一名死亡』


耳のイヤホンから黒服の報告が聞こえる。永井は十二階と十三階のあいだの踊り場いて、階段に転がっている警官の死体を眺めていた。階段を駆け上ってきたためか呼吸は荒く、頭の横にあげた両手が呼吸に従って上下している。

永井はゆっくりと視線をあげ、死体から眼を逸らした。名前はなんだった、と永井は一瞬考えた。眼の前で横たわっている警官の名前も、十五階で死んだ黒服の名前も永井は知らなかった。


「動くなぁぁっ!」


上の踊り場の警官が永井にむかって怒鳴った。その声をきっかけにその場にいる全員の視線が永井に集まった。


「永井……圭だな……」


警官が緊張感を抑えた声で言った。手に麻酔銃が握られ、永井に狙っていた。


永井「うるせえよ」



この上ない苛立ちを感じながら、永井はぼそりと言い捨てた。




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ーー
859 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:19:52.06 ID:SzhTzFDuO

両腕をだらんと床におろし、田中がうなだれている。踊り場のIBMも田中と同様に床に尻をついて、突然いなくなった飼い主を探す忠犬のように虚空に顔を上げじっとしていた。

下村は麻酔銃を捨て、右脇のホルスターからH&K USPを引き抜いた。右手で拳銃を持つのは痛みのせいもあり、かなり苦労した。

騒ぎを聞きつけたフォージ安全の社員が動く様子のない田中に駆け寄って、声をかけようとする。


下村「どけ!」


拳銃を左右に振りながら、下村が怒鳴りつける。踊り場まで下り、銃口を田中に向けながら俯いてる顔を覗き見る。半開きになった口、眼は閉じられている。

下村は一息つき、拳銃を持った右手の親指でイヤホンを押さえ、報告した。


下村「田中を無力……」


突然、下村は何者かに後ろから突き飛ばされた。衝撃で拳銃が手から離れ、宙を舞った。右手が壁と顔に挟まれ、背中を圧迫する凄まじい力によって抜くことは不可能だった。下村は必死に首を伸ばし、何が起きたのか把握しようとする。田中がゆっくりと瞼をあげ、下村を眺めた。


下村「防弾……ベスト……厚み」


田中のIBMが抵抗を示す下村に顔を寄せ、威嚇するように短く吠えた。噛みつかれるのを怯んだ下村が反射的に頭を下げると、田中が麻酔ダートを装填し直す動作が眼にうつる。
860 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:20:55.69 ID:SzhTzFDuO

下村は即座に自身のIBMに命令した。

三角頭のIBMが踊り場に向かって降りかかってくる。頭部めがけて突き出された拳は、田中のIBMが頭を右に振ったことによって壁を強く打つだけにおわった。続けざまに左の拳が繰り出される。壁に張り付いて下村の動きを封じていた田中のIBMは、唯一可能な反撃に打って出る。思いっきり頭を仰け反らせる。田中のIBMの後頭部が三角形をした下村のIBMの頂点に触れたかと思うと、二つの頭部の境界線が混じり合い、黒い塊が溶け合った。


(おそ……いよ…)

(すげーじゃねーか)


精神が混線し、互いの記憶を体験する。田中の意識が混線から回復したのは、二体のIBMと下村の身体の床に倒れた音が続けざまに耳に届いたときだった。

下村は左手の傷口を床に押し付け、上体を起こした。右手ですぐに拳銃を掴むため、そうする必要があった。激痛に襲われながら、下村は拳銃に手を伸ばす。

田中は下村の指が拳銃のグリップに触れたのを見て、ようやく麻酔銃を撃った。

麻酔ダートが首の付け根に刺さり、下村から意識を奪う。田中は手錠で下村の無事な方の手首を手摺のポールにつないだ。その様子を社員たちが覗き込んでいる。手にスマートフォンを持っていたが田中は気に留めず、麻酔銃にダートを込めながら階段を上った。


「え!?」

「なんだ!?」

「嘘だろ!?」


振り返ると、下村が復活していた。

何かする前に田中は下村を撃った。

何事もなかったように階段を上ろうとする田中を、フォージ安全の社員が慌てて呼び止める。

861 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:22:00.13 ID:SzhTzFDuO

「お巡りさん、放置でいいのか!?」


田中はしばし考え、思いついた言い訳を口にした。


田中「……あとで担当の人がくるから……あんたらは早く避難しろ」


社員たちが田中の発言に戸惑っていると、階下から足音が響いてきた。「凄い音がしたぞ?」と言いながら、警備員たちが階段を駆け上がってきた。

田中は背後の物音を意識して遠ざけ、自分の足音に聴覚を集中させた。


「あ、警備員さん! この女、亜人ですよ!」

「何!?」

「佐藤の仲間か?」

「動画も撮ったんで見てください。グロかったすよ?」

「これーーー」

「ーーーうです」


いやでも耳に入ってくる音声の意味が捉えられなくなったところで、田中が足を止めた。数秒の逡巡のあいだにさまざまな考えが頭を過ぎった。十年にわたる自分の時間と正確な年月は不明だが数年に及ぶ下村の時間が重なり、最期の瞬間の記憶と感情が自らの体験のように再生された。


田中「クソがっ」


田中はリボルバーを握りながら、階段を引き返していった。


ーー
ーー
ーー

862 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:22:49.00 ID:SzhTzFDuO


黒い星十字が打ち上げられたロケットのようにフォージ安全ビルを昇っていく。アナスタシアのIBMは手摺を足がかりにして跳躍し、人ひとりぶんしかない手摺と手摺のあいだをすり抜けた。真上に跳躍すると伸ばした手を上の手摺にかけ、身体を持ち上げる。この動作を二回繰り返すと、一階分上ることができる。

はじめは階段を利用していた。だが、階段には想像以上に社員の数が多く、焦る気持ちもあわさってIBMを思うように移動させることができなかった。十一階に辿り着いたとき、IBMが降りてきた女性社員とぶつかりそうになった。IBMと人間が激突すれば、後者が重傷を負うことは目に見えている。アナスタシアは咄嗟にIBMをジャンプさせた。偶然にも手摺の上にのったIBMはそのまま真上に跳びが上がり、踏み込みひとつで上の踊り場まで到達できた。

手摺と手摺のあいだはとても狭く、跳躍のたびにIBMは身体のあちこちをぶつけた。踏んだり掴んだり頭や肩や膝がぶつかったところが凹んだり傷がついたりしたが、もはやそんなことを気にするアナスタシアではなかった。

十三階から上の踊り場まで跳躍する。手摺を掴み、星十字の頭部を隙間から出したとき、永井と眼があった。永井は警官に撃たれ、出血し床に倒れていた。周囲には麻酔銃によって意識を失った警官、壁際に永井と同様、腕と腹部が撃たれた中野がいた。



IBM(アナスタシア)『ケ……』

永井「十五階、プール室!」


その大声を聞いたとたん、星十字はふたたび直線的に上昇した。落ちるような速さでIBMが姿を消したのを見届けると、永井は拳銃を取り出し中野に向けた。中野は銃口をぼんやり睨んだ。


永井「先を急ぐぞ、中野」

中野「とっととやれよ」


永井は引き金を引いた。すぐに乾いた銃声が連続し、踊り場に響いて消えた。


ーー
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ーー

863 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:24:08.55 ID:SzhTzFDuO


プール室のドアの前で平沢たちは一旦足を止めた。


平沢「佐藤の装備だが、警官から奪ったであろうリボルバーが五、六丁。麻酔銃も見えた」

黒服2「さっきの行動から見ても腕を一気に叩き切れるような刃物は無いようだ」


情報を共有を済ませ、真鍋がドアの右側に移動する。ドアノブに手をかけると、年嵩の黒服がMAC10を構えた。社長室のある十五階が主戦場になるだろうという想定から、黒服たちは同階の空間構造を把握している。プール室のドアを開けてすぐ正面に身を隠すのに最適なコンクリート柱がある。柱はドアから入って正面と右側、それぞれ縦に二本ずつ並んでいる。まず佐藤がどの柱の陰で待ち構えているか特定する必要があった。

真鍋がアイコンタクトを送った。二人はうなずき、ドアが開け放たれる。年嵩の黒服がMAC10の銃口を正面に向ける。ドア正面手前の柱の陰から佐藤がリボルバーを連射する。黒服はすぐに身を引き、五回の発砲を数えると手前の柱をフルオートで撃った。


黒服2「行け! 行け!」


銃撃が続けられるうちに平沢と真鍋が室内に突入する。右奥の柱まで走り、手に持った消火器を床に置くと、真鍋が麻酔銃を構えた。佐藤から見て平沢は十二時の方向、真鍋は九字の方向に位置している。

佐藤はコンクリート柱の左側から腕をまっすぐ伸ばし、年嵩の黒服を銃撃した。黒服がドアの陰に隠れたあとも佐藤は撃ち続けた。真鍋は無防備にさらけ出された佐藤の背中を麻酔銃で狙った。引き金を引く直前、帽子の庇がかすかに傾くのを真鍋は見た。麻酔ダートが発射される。佐藤はダートを左腕で止め、リボルバーの銃口をこめかみに押し付けた。


佐藤「あ」


かちんという撃鉄が空ぶった虚しい音がし、佐藤が仰向けに倒れる。
864 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:24:53.05 ID:SzhTzFDuO

真鍋「麻酔ダートが腕に命中……目標を眠らせた」


真鍋の報告は結果に対する疑問が滲んでいた。


平沢「奴を撃ったとき、不意打ちだったか?」


佐藤に視線と銃口を固定したまま、平沢が訊いた。


真鍋「いや、眼が合った。手で防がなくともかわせそうなもんだ」


『平沢さん、喉を見てください』


永井が無線越しに平沢に指示を出した。


『睡眠時、唾液の分泌は著しく低下します』


平沢の眼が佐藤の喉に焦点をあわせる。


『だから本当に寝ているのなら、そう簡単に』


平沢は佐藤の喉を見ている。


『唾を飲み込んだりは……』


佐藤の喉が動いた。平沢と佐藤が同時に撃つ。佐藤の左耳の上半分が吹き飛ぶ。


865 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:26:07.41 ID:SzhTzFDuO


佐藤「バレちゃった?」


佐藤はシャツの袖を捲り上げ、左上腕を縛る布をナイフで切断。そして拳銃で自殺。銃声の後、シノ棒代わりのドライバーが床に転がる音がかすかに鳴った。

年嵩の黒服は銃声と同時に部屋に飛び込んだ。柱の裏に佐藤の姿が見える。銃口を頭部に向け、引き金に指をかける。

佐藤がリボルバーを胸まで持ち上げ、二発撃った。二発とも胴にあたり、着弾の衝撃によって黒服の背中は壁に打ち付けられた。黒服は壁からずり落ちながら、リボルバーめがけてMAC10を撃った。佐藤の右手の指がリボルバーごと吹き飛ぶ。銃弾を受け、佐藤の身体が柱からはみ出る。平沢と真鍋が佐藤を狙撃、佐藤は柱に隠れて代わりのリボルバーを抜こうとする。佐藤の左手が吹き飛ばされる。年嵩の黒服が佐藤を撃った。黒服はなおも引き金を引くが、MAC10が弾切れを起こす。

佐藤の首の後ろに麻酔ダートが刺さった。平沢は佐藤が柱の陰に隠れた瞬間に接近を始めていた。

佐藤は両手を見た。指が六本欠けている。

佐藤はIBMを発現した。


佐藤「使っちゃったよ」


幽霊を使用したことに対して、佐藤は残念そうに、反面どこかはんぶんは嬉しそうに言った。わずか四人との戦闘で幽霊を放出せざるをえなくなった。エキサイティングな時間のピーク。

IBMが佐藤の脊椎めがけて腕を振り下ろそうとする。

そのとき、スプリンクラーが作動する。散水される水滴にIBMの挙動が停止した。


『電力の復旧した』


戸崎が無線で告げた。
佐藤が演技ではない倒れ方を見せる。


真鍋「IBM、沈黙」

平沢「麻酔ダートは首に命中。リセットもされてない。小細工のしようがない」


佐藤を見下ろしながら、平沢は言った。


平沢「確実に寝ている」

866 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:27:33.43 ID:SzhTzFDuO

永井「……考えろ。まだ何かあるんじゃ……」


平沢たちは眠っている佐藤が失血死しないよう止血処置を施している。


平沢「動けるか?」


平沢が年嵩の黒服にむかって問いかけた。


黒服2「ああ、肋骨が折れただけだ。防弾ベストにあたった」

平沢「田中を警戒しろ」

黒服2「了解」


年嵩の黒服は消化器を手に持ち、入口へ向かった。


永井「田中が何かするのか?」


永井はまだ佐藤が状況を打開する可能性を検討していた。


永井「奴はIBMを僕らに一回、下村さんにも一回使ったようだった……恐らくもう出せない……田中ひとりでどうにかできる状況じゃない……」


田中がIBMをまだ使用できると仮定しても、こちらにはアナスタシアがいる。

867 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:29:02.76 ID:SzhTzFDuO

永井「アナスタシア、おまえのIBMはいまどこだ?」

『十五階に着きました』

永井「プール室に向かわせろ。途中、田中を警戒しろ」

『ダー』


アナスタシアはIBMをプール室に向かって進ませた。真っ直ぐ進み左に曲がるとプール室にたどり着く。アナスタシアのIBMがまず右の通路を確認する。若い黒服が背中を丸めて動かなくなっている姿が見えた。一瞬、呼吸が止まり、心が千切れるほどの悲しみがアナスタシアを襲った。星十字のIBMも、打ちひしがれたように突っ立って動けなくなった。

永井はまだ十四階で、意識の全てを思考に捧げていた。


永井「他に何かあるか? 他に……」


可能性のひとつが消え、永井は別の可能性の検討に移った。そして、ひとつ思いつく。


永井「いや、それはない……」


永井は即座に否定した。


永井「それは僕にしかできない……」

868 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:30:32.79 ID:SzhTzFDuO

IBM(佐藤)『プ……プレイ……ボール』


佐藤のIBMが発することのないはずの声を発した。

IBMは素早く身体を回転させ、年嵩の黒服の背中に右手を埋め込んだ。


黒服2「佐藤の……」


黒服の足が床から離れ、身体は宙に浮いた状態で柱に押しつけられている。年嵩の黒服は苦痛にあえぐ声で報告を続けた。


『IBMが……』

永井「自走……!」


黒服からの報告に永井が戦慄する。すぐに階段を駆け上がり、戸崎に向かって無線機越しに叫ぶ。


永井「戸崎さん! 完全封鎖しろ!」

『封鎖実行』

永井「封鎖が完了したら、誰にも解除されないようにシステムを破壊してください!」


ビル内の至る所で防犯シャッターが下り、ロックがかかる。


永井「あいつはまだかよ!」


永井は階段を駆け上がりながらどこか悲痛な感じがする声で叫んだ。
黒服からの報告はアナスタシアの無線機にも届いた。自走を告げられた瞬間、アナスタシアのIBMは射出された銃弾のようにプール室のドアに飛びついた。ドア越しに笑い声 ──『は、は、は』──が聞こえた。

自走を始めた佐藤のIBMは存分にみずからの力を振るった。年嵩の黒服をコンクリート柱に押しつけたまま、入口に向かって走り出す。


黒服2「真鍋! 消化器で煙幕を張れ!」


黒服が激痛を無視して叫ぶ。凄まじい摩擦によって額の皮膚が破れている。真鍋が消化器に飛びつく、IBMは黒服を床に叩きつける。肩から落ち、両脚が真上を向いた。年嵩の黒服は振り上げられたIBMの黒い拳を見て、言った。

869 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:36:05.69 ID:SzhTzFDuO

黒服2「来いよ」


ドアが開いたのはその瞬間だった。アナスタシアはIBMを突進させようと奥歯を噛み締めながら命令する。星十字のIBMの動きが部屋に入ったとたんに停止した。スプリンクラーが機械的な非情さで散水を続けていた。佐藤のIBMが黒服の頭部に拳を打ち下ろす。

アナスタシアはIBMの操作に集中するために瞼を閉じ、星十字の頭部と視覚をリンクさせていた。だから、佐藤のIBMが黒服の頭部を砕く光景から、眼を閉じて流れることも、顔を背けることもできなかった。


平沢「真鍋、スプリンクラーを撃て!」


消化器から手を離し、真鍋は拳銃を天井に向けた。平沢も同時に発砲し、天井に備え付けられている四つのスプリンクラーヘッドが砕けた。

アナスタシアとIBMのリンクが回復する。


IBM(アナスタシア)『あ、あ、あ、あああ゛! あ゛ああ゛あ゛!』


怒りに染め上げれた叫びを発しながら、星十字のIBMが怒りに身を任せて突進する。

佐藤のIBMが顔をあげる。放射状に砕けた頭部から拳を引き抜くと、口角をあげ笑顔を浮かべた。IBMの笑顔は、サミュエルが「プレイボール」といったときと同じような“表情”だった。


IBM(佐藤)『は、は、は』


自身に迫る黒い星を正面から捉えながら、佐藤のIBMは喜びの声をあげた。



870 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 00:56:15.66 ID:SzhTzFDuO
今日はここまで。

黒服たちの最期を書いていると、ふとボブ・ディランの「天国への扉」のメロディが頭の中で鳴りました。

この曲はサム・ペキンパーの『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』のために提供された楽曲で、歌詞の内容は映画のストーリーに合わせるなら西部ももう終わろうとしている時代、進歩から取り残されたガンマンが死にゆく時の最期の心情を歌っていると解釈できるでしょう。

「天国への扉」はさまざなアーティストにカバーされ、多くの映画のサウンドトラックにも使われていますが、個人的に最高だったのがマイケル・マンの『ブラックハット 』でした。実は予告編にアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズのカバーが流れるのみで本編では使われてないのですが、とあるシーンを見て頭の中で自動的に「天国への扉」の歌詞が再生されました。

『ブラックハット 』の評価はじつは散々なんですが、一部のシネフィルには高く評価されていて、蓮實重彦やジャン・ドゥーシェなんか絶賛も絶賛で、個人的は21世紀の映画ベストだと思ってます(ちなみにディレクターズカット版の評価は高く、わたしも観たいんですがソフト化も配信もないんですよね……)。

というわけでこちらが『ビリー・ザ・キッド』と『ブラックハット 』の該当シーン。

https://youtu.be/yjR7_U2u3sM

https://youtu.be/SQCluffO3Wc

後者は激しくネタバレなので注意。

これらを見たあとで「天国への扉」を聴きながら、『亜人』8巻を読むとやべーです。やべーほど泣けます。

871 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/03/25(月) 01:11:22.19 ID:SzhTzFDuO
>>869
訂正
流れる→逃れる
872 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/25(月) 15:10:13.04 ID:W4wphvD70
更新キテル
お先の人の補完具合がいい塩梅で好き
873 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 21:12:47.72 ID:UfIKOYeM0
おつ

スワンプマンの話から久々に読んだ
最新刊の佐藤は腕切ってから自爆するまでの間に
永井を見つけたのを
腕から再生した佐藤も覚えてるんだよな
腕の方に記憶は残ってないはずなのに
874 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/04(木) 15:27:08.12 ID:I7DaQecR0
佐藤さんとの決着の付け方めっちゃ気になるから最後まで頑張ってほしい
875 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 21:58:06.94 ID:kdA8uLchO

脚が千切れてしまうかもしれないと思うほどの強い踏み込みをみせ、アナスタシアのIBMは佐藤のIBMへと猛進する。拳を振りかぶり、爬虫類のそれに似た偏平な頭部めがけて打ち下ろす。

流れ星のような直線的な軌道を描く星十字のIBMの攻撃は、コンクリート柱をはげしく揺さぶった。鈍い衝撃音が重く響く。コンクリートがひび割れた。

怒りに任せた発作的で衝動的な攻撃は、佐藤のIBMからみればただのテレフォン・パンチでしかなく、ヘッドスリップでたやすく躱し、流れるような動作で後ろへと回り込む。佐藤のIBMがうしろから蹴りを放つ。鞭のような鋭い一撃ではなく、足裏を押し出すようなかたちでアナスタシアのIBMの膝裏を突いた。膝が折りたたまれたかのようにガクンと落ち、頭の位置が下がる。アナスタシアはIBMの体勢を整えようと床に手をついて身体を押し上げようとするも、それが判断ミスだと瞬時に悟った。手をついた瞬間、星のかたちをした頭部が一点に留まった。その位置はただ腰を回してフックを打つだけで、佐藤のIBMの拳が地球に衝突する巨大隕石のように放たれる一点だった。

アナスタシアの頭が真っ白になる。背後で佐藤のIBMの動作、その右肩がピクリと動くのを感じた。
876 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 21:59:10.19 ID:kdA8uLchO

消化器から吹き出す白煙によって、IBM二体の黒い肉体が互いの視界から隠された。柱の側の消火器を真鍋が撃ち、銃弾で射抜かれてできた孔から噴出された消火剤が猛烈な勢いであたりを包んだ。真鍋にはアナスタシアのIBMが視認できていなかった。だが、佐藤のIBMの淀みない動作から味方の危機を察知し機転を利かせたのだった。

噴出の勢いで消火器が倒れ、赤い本体を煙幕で隠しながら床を転がっていく。アナスタシアは即座にIBMの手を床から離させた。肩を動かし腕を折りたたみながら勢いをつけてタックルをするみたいに床に倒れると、頭のすぐ上を空気が流動していくのを感じた。佐藤のIBMの六本目の指とアナスタシアのIBMの十字形の頭部の右端の先端がぶつかり、互いに打ち消しあう。

アナスタシアはIBMの右脚をあげ、横になった姿勢のままおおきく足払いをした。こちらの脚一本を犠牲に、あちらの機動力を完全に無効化させるつもりだった。白い煙が切り裂かれ、視界がひらけたところから黒い足首が見えた。さっき佐藤のIBMが立っていた位置から一歩後退したところにいる。

アナスタシアはそのままIBMの右脚をぐるりと一周させ、ブレイクダンスのウィンドミルの要領で身体の上下を反転させる。そのとき手で床を掴み上体が持ち上がらないようにし、首だけあげた。白い煙幕はまだあたりに充満している。アナスタシアのIBMの回転のせいで煙幕には流動が見られたが、伏せっている姿勢を保っていたので消火剤が滞留している位置に身を隠すことには成功していた。佐藤のIBMが動けば、煙幕によって視覚化された空気の流動によってその行動を予期できる。
877 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:00:45.93 ID:kdA8uLchO

アナスタシアは、周囲を包み漂う白い煙幕にじっと眼を凝らした。

煙の中を黒い影が横切った。物体の運動によって押し退けられた煙がもとの空間に戻ろうとする。アナスタシアは、左側にあるプールから大きな水音が起ち上がるのを聞いた。

平沢と真鍋もその水音を聞いていた。平沢は佐藤の止血に集中していた。何が起き、どんな音がしようと止血が終わるまで顔をあげようとしなかった。

真鍋は握っていた拳銃を、落ち着きつつある消火剤の煙幕から飛び出してきた物体に向けた。プールの水が拳銃と真鍋の顔にかかる。微動だにせずプールに視線を固定していると、水が赤く染まり出すのを目撃する。

投げ込まれたのは、年嵩の黒服の死体だった。


真鍋「罠だ!」


真鍋は叫び、銃口を反対側の壁に向ける。巨大な爬虫類の怪物のような黒い影が高速で壁を移動している様子が眼に写る。佐藤のIBMが這っていた壁から跳躍し、大口を開け真鍋に飛びかかった。
878 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:01:50.08 ID:kdA8uLchO

その牙が真鍋の顔に喰らいつこうかという瞬間、もうひとつの黒い影が白煙から飛び出してきた。星十字が爬虫類にぶつかり、平沢の頭上を通り越しながらその斜め背後の壁に激突した。

アナスタシアのIBMは佐藤のIBMの両腕をがっしりと抱きかかえたまま前進し、入口の反対側のいちばん奥まった壁まで押しやった。

IBM同士の眼のない顔が向き合う。佐藤のIBMは口を閉じていた。口角はもう上がっていなかった。笑ってはいなかったが、ほかのどんな感情も現れてはいなかった。

アナスタシアは自身のIBMをさらに前進をつづけ、佐藤のIBMを分身と壁に挟んで圧迫させ、動きを完全に封じ込めようとする。動き回らせてはいけない、とアナスタシアは強く思った。膂力は等しくても、技術や駆引きではまったく劣っていると先ほどの攻防で思い知らされた。さらに時間的なハンデ。IBMを先に発現したのはアナスタシアのほうであった。星十字の頭部のほうがおそらく先に崩壊をはじめるだろう……

アナスタシアはIBMの両脚に力を込めさせた。鋭く尖った足の爪で床に引っ掻き傷がついた。

一歩踏み出したしたところで、前進が止まった。佐藤のIBMは壁に左足をつき、アナスタシアのIBMの前進を押し返すかたちで阻んでいた。偏平頭のIBMはさらに右側面の壁を蹴ることで両者の体勢を崩し、互いの身体をよろめかせた。床に衝突するさい、佐藤のIBMは身体を縛り付けているアナスタシアのIBMのその右腕を、拘束されているにもかかわらず身体を捻ることで床に向かって突き出し、ぶつかった衝撃を利用して消失させた。佐藤のIBMの左腕の半分もそのとき消え、くっついていた両者の身体が離れた。
879 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:02:56.54 ID:kdA8uLchO

倒れたままの二体。アナスタシアが急いでIBMの体勢を立て直す。佐藤のIBMは尻もちをついた格好で黒い星十字を見上げている。

アナスタシアのIBMが上体を素早く起こし、残された左腕を偏平な頭部めがけて振り下ろそうと拳を握った。

あらゆる戦いは駆引きのゲームである。アナスタシアはそのことを学んだはずなのに、焦りのせいで駆引きの方針を放棄してしまった。

間違いに気づく……絶望感……凍てつくような感覚だった……

腕を振り上げたせいで大きく開いた脇に佐藤のIBMが蹴りを入れた。上体が押し出され、真下に打ち下ろすはずだった拳は偏平な爬虫類頭から大きく外れた。

佐藤のIBMは脚で脇を押したさいの反動を利用しアナスタシアのIBMの左側へするりと身体を移した。その途中、直下してゆく左腕の関節を右手で絡めとり床に押し付けると、半分になった前腕を大鉈のように拳めがけて叩きつけた。

手を構成していた粒子がはじけ飛び、空気の中へ消えていく。

手を喪失したIBMの両腕は、餌を取れずに身体が腐り動けなくなってしまった黒い芋虫のように役立たずになって垂れ下がっていた。

なす術がなくなった。だが、アナスタシアは哀れな反撃を試みる。手首の断面を突き出し、頭部を狙う。佐藤のIBMがスウェーする。腕の長さを完全に見切られ、ほんの僅か届かない。ゼノンのパラドックス──アキレスと亀のたとえのように、永遠に届かない距離。伸びきった手首の断面が下がる。佐藤のIBMのカウンター。肘のところまでしかない左腕が星十字めがけて真っ直ぐ走り──
880 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:04:19.68 ID:kdA8uLchO

消化器が赤い水平の弧を描きながら偏平な頭部を打った。真鍋が振り抜いた消化器に頭部を殴られたIBMがよろめく。しかしスリッピング・アウェーで頭部を消化器と同一方向に反らしていたので倒れるまでにはいかず、佐藤のIBMはすぐに体勢を立て直しはじめる。

平沢が上向いた偏平の頭部に全弾叩き込む。

佐藤のIBMの頭部が後方に倒れる。

アナスタシアがIBMを復帰させ、追撃をしかける。

星十字の動きを見た佐藤のIBMはそのまま床を転がり、壁際まで飛び退る。

アナスタシアはそれを追いかけ、IBMが飛び出そうとする。


平沢「待て、深追いするな!」


平沢の言葉にアナスタシアはIBMの動きを止める。

佐藤のIBMはこちらをうかがいながら、最後の攻撃をしかけるタイミングを図っている。じりじりと距離を詰めようとするが星十字のIBMを気にしてか、突発的な行動の前兆は見受けられない。
881 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:05:47.70 ID:kdA8uLchO

アナスタシアがIBM越しに敵を注視していると、肩を叩かれる感触が伝わってきた。

わずかに振り返ると、真鍋が拳銃を左に振っていた。拳銃を振った先には平沢がいて、真鍋と同じように拳銃を構えながら佐藤のIBMの前に立ちはだかっている。

平沢の背後、コンクリート柱の裏側に位置するところに佐藤が寝かせられ、帽子をかぶった頭部が入口の方へ向けられている。上腕部がきつく締め上げられた両腕を胸で交差させて深く寝入っている。まるで平沢が佐藤を護衛しているかのような光景だった。

アナスタシアはIBMを平沢の前まで移動させた。その背中に隠れながら真鍋があとをついていく。

黒い幽霊がこちらにやってくるのを平沢は視界の端で認める。

この星十字のIBMを平沢と真鍋が視認できるようになったのは、真鍋に襲いかかる佐藤のIBMに飛びついてその命を救ったときのことだった。IBMは、強い感情を向けられれば人間にも視認できるようになる。アナスタシアの二人に向けた「絶対に死なせない」という感情が、すべての光線を透過させるIBM粒子で構成された肉体を黒く浮かび上がらせたのだった。

偏平頭のIBMがアナスタシアから見て右に移動する。プールサイドの中ほどまで、プールを斜めに挟み、柱の裏側の佐藤の頭部が見える位置。

アナスタシアもIBMを移動させる。平沢も同時に横に移動し佐藤のIBMの視線を遮るような位置につく。佐藤の上半身がアナスタシアのIBMに、下半身が平沢の陰に隠れる。真鍋は佐藤とは反対側の柱の側面で敵に銃口を向けている。

佐藤のIBMの頭部が崩壊し始める。ほぼ同時に星十字型の頭頂も崩れはじめたのがわかった。

882 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:07:18.14 ID:kdA8uLchO


平沢「仕掛けてくるぞ」


平沢の発言に緊張感が高まる。

アナスタシアの視線はIBMの足元に向けられている。

佐藤のIBMが右に一歩動く。

三者はすぐに反応する。平沢と真鍋は銃口を動かし、アナスタシアはIBMの向きを敵の正面になるように動かす。

アナスタシアは敵のIBMの右手がかすかに動いたのを見てとる。


次の瞬間、真鍋が咳込む。


真鍋は喉を手で押さえて背中を丸めている。咳込みは一回だけで、いまは苦痛に喘ぎながらヒューという音を口から漏らしている。呼吸するたびに指の隙間から赤い血がこぼれ落ちていく。

アナスタシアのIBMが真鍋に手を伸ばす。手が届く前に前髪を逆立たせた頭部ががくんと仰け反り、後頭部がコンクリート柱に打ちつけられた。ズルズルと真鍋が床に沈み込む。

真鍋の額に穴が開いていた。

平沢が前進しシグを連射する。

佐藤のIBMは大きく開脚し上半身を床すれすれまで沈ませる。右手をアンダースローの要領で平沢めがけて振り出す。

親指で弾き飛ばされた銃弾が平沢の胸部に撃ち込まれる。平沢が仰向けに倒れ、右手がプールに投げ出され、持っていた拳銃がプールの底へと沈んでいく。

黒服二人が倒れ、佐藤の護衛がいなくなる。
883 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:08:49.59 ID:kdA8uLchO

佐藤のIBMは年嵩の黒服の死体を囮としてプールに投げ込む直前に、ショルダーホルスターのポーチから予備のマガジンをくすねていた。そして、飛び道具を持っていることに気づかれないようにマガジンを口腔に隠したまま戦闘を続け、不測の事態に備えていたのだった。

自走するIBMは残りの銃弾を使って佐藤を起こすことにした。親指で弾き出された銃弾が音もなく帽子をかぶった頭に飛んでいく。

星十字のIBMが佐藤に覆い被さる。背中に銃弾が埋まる感覚。

佐藤のIBMがすぐさま次の行動に移る。肘にマガジンを持った右手をのせ安定させながら前進をはじめ、銃弾を指で撃ち出しつづける。

銃弾が絶え間なく背中にあたる。

頭部の崩壊は三分の一ほどまで進行している。

突如、銃弾の飛来が途切れる。

振り向くと、佐藤のIBMの姿が消えている。壁を引っ掻く音が耳に届く。

アナスタシアはIBMをその場から動かさず、じっと待つ。壁を引っ掻く音がピタッと止む。

一発の銃声がプール室に轟いた。
884 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:10:00.77 ID:kdA8uLchO

佐藤のIBMは真鍋のシグザウエルP220を右手で握り、目覚めの引き金を引いていた。 銃弾が帽子に焦げ目をつくる。

十指の欠けた手を脇腹にそえた姿勢での佐藤の眠りはまだ守られていた。

アナスタシアのIBMが拳銃を握った敵の右手に左手首の断面をぶつけ、消失させていた。拳銃を握った右手が床に落ちる。がちゃんという金属音がいちど鳴り響く。

アナスタシアはIBMの頭部をそのまま前に突き出し、直進させる。星十字が偏平な佐藤のIBMの頭部に迫る。互いに頭部は半分ほどになっている。

黒い頭部に視界が占められるなか、アナスタシアは佐藤のIBMの?が窄まるのを目撃する。口腔内にあるものを吐き出すときのような、まさに吐き出すというときに見せる?の筋肉の運動。

星と爬虫類を形象する頭部が衝突し、IBM粒子が溶け合い、交流が為され、消失する。佐藤の記憶がアナスタシアに流れ込む。

平沢が復帰して、行動を起こせるようになる。防弾ベストを着ていても、銃弾があたったときの衝撃は身体につたわる。胸部に浸透した衝撃が軽度の肺挫傷を引き起こしていた。

自分の銃がなくなっていることに平沢へ気づいた。平沢は佐藤から押収し、離れたところに置いたリボルバーに手を伸ばす。

腕を伸ばす作業には苦痛が伴った。呼吸することにすら苦痛が入り込んでくる。

平沢の手がリボルバーに触れるまえに佐藤が目覚める。
885 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:11:38.36 ID:kdA8uLchO


佐藤「え、やっちゃったの?」


起き抜けの佐藤があたりを見渡してぼやく。

佐藤はIBMが落としていった真鍋の拳銃に素早く手を伸ばし、平沢に銃口を向けた。

引き金を引くのは、佐藤のほうが早かった。

銃弾が平沢に放たれる。

銃弾よりもはやく永井が平沢に飛びついた。


佐藤「永井君!?」


佐藤は驚きながらも即座に二連射する。そのうち一発が永井の左肩にあたる。永井が苦悶する。

壁から張り出したところに側頭部がぶつかり、平沢は気を失う。

永井はそれに気づく余裕もなく、ポーチから麻酔銃を引き抜くが、佐藤に頭部を二連射される。麻酔銃を握った右手が頭部の仰け反りにつられてくんと上がり、力なく床に落ちる。

遅れて部屋に飛び込んできた中野が佐藤めがけて麻酔銃を撃つ。

佐藤は余裕をもった動作で麻酔ダートをかわし、自分の持ち物だった麻酔銃を拾い上げると背中を丸めた姿勢のまま引き金を引いた。

中野の右脚に麻酔ダートが刺さる。

復活した永井が見たのは、水煮濡れた床、壁に投射された水面の波紋の揺らめき、光を反射する血に染まったプール、そして帽子から水滴を垂らしながら自分を見下ろす佐藤の顔だった。

永井は片膝をついて麻酔銃を佐藤に向ける。

そんな永井を佐藤はとくにおもしろくもなさそうに見つめ、言った。

886 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:12:42.50 ID:kdA8uLchO

佐藤「どのあたりが作戦だったんだ? 永井君」


永井が麻酔銃を撃つ。

佐藤は止血処置が施された左腕をあげ麻酔ダートを受けると、なめらかに滑るようなフットワークで永井の眼前まで接近する。

視界から一瞬で消え失せ、その位置を探そうと視線を変える一瞬の猶予もあたえず、佐藤は永井のふところに入り込んだ。

佐藤の右ストレートが永井の顎をとらえる。衝撃に脳が揺れる。

永井が床に倒れる。床はスプリンクラーによって濡れているので水が跳ねる音が倒れる音に混じる。

壊れたスプリンクラーから水滴が落ちた。ぽちゃんという音を立てて、プールの水面に波紋をつくった。

波紋が赤い水を揺らめかせる。

それもすぐに止む。



静寂。



プール室に立っている者は佐藤以外、誰もいなくなる。


ーー
ーー
ーー

887 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:13:49.64 ID:kdA8uLchO


戸崎「永井、聞こえるか? 完全封鎖完了。システムも破壊した」


セキュリティ・サーバー室にひとり残った戸崎が無線に呼びかける。

サーバー室は徹底的に破壊されていて、最低限の空調や水道を保つほかにはあらゆるシステムが動作不可能な状態になっている。

戸崎はイヤホンに耳を澄ませるが、いくら待っても返答はなかった。


戸崎「ダメか……下村君と合流しよう」


戸崎は廊下を麻酔銃を構えながら進む。

動かない闇が眼の前にある。いつ闇の中に影が動くかわからない。緊張感に震えが起こる。

ジャケットのポケットが突然振動しだす。戸崎は過敏に反応するが、振動しているのは私用の携帯電話だとすぐに思い当たる。


戸崎「誰だ、こんなときに……」


戸崎は電源をオフにしようと携帯を取り出す。

画面に表示された通話先を見て、戸崎は電話に出る。


戸崎「戸崎です。いま取り込み中でして、後で……」


麻酔銃を構えた右手がゆっくりと下に下がる。

眼の前にひろがる闇はもう見えていなかった。想像上の敵も頭から消えていた。戸崎の知覚で働いてるのは聴覚だけだった。

戸崎は電話越しに声を聞いた。その声もやがて遠のいていく……


ーー
ーー
ーー

888 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:14:49.35 ID:kdA8uLchO

佐藤が社長室に侵入する。すばやいクリアリング。安全を確認すると、佐藤は入口から来客用のスペースへと進む。


佐藤「この部屋……」


佐藤は部屋を一瞥しながら言った。


佐藤「青写真より、すこし狭いよ」


来客用のスペースに視線を向けたときから生まれた違和感を佐藤は口にした。青写真の情報から部屋の面積と立体的な空間イメージを頭の中に描いていたが、実際の社長室と比べると明らかに狭い。

佐藤はいくらか結論を出していた。こういう場合は……

佐藤は壁のモニターへと歩み寄った。


『やあ、佐藤君』


モニターが点灯し、甲斐の顔を映し出した。余裕を隠そうともしない表情。


佐藤「セーフルームだね」


佐藤は納得した表情をして、言った。


『ご足労悪いが、ここで終わりだ』

『破ることはできないよ。このセーフルームがビル内で終わりいちばん頑丈だからね』

『君がこのあと、逃げるか捕まるかは知らないが、私を殺すことはできない』


甲斐の得意げな呼びかけを聞き流しながら、佐藤は何事かを確かめるように壁を拳で叩いた。

佐藤は不意にモニターの正面に戻り、作業用ナイフと拳銃をそれぞれ手に持ちながら、掲げるようにして甲斐に見せた。


佐藤「これしか道具がないから少し時間がかかると思うけど、いいかな?」

『好きにしてくれ。コーヒーでも淹れようか?』


甲斐はブランデーの入ったグラスを持ち上げながら言った。


ーー
ーー
ーー

889 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:15:37.73 ID:kdA8uLchO


平沢「起きろ、永井」


復活した永井が平沢の呼びかけによって意識をはっきりさせる。

起きながら状況を確認する。平沢以外の黒服は全滅していた。


永井「どれくらい寝てました!?」

平沢「おれも気を失っていたが、数分てところだろう」

永井「佐藤は?」

平沢「我々を無力化してすぐ社長室に向かったようだ」

永井「中野を起こして奴を追いましょう」


平沢が中野のこめかみを撃つ。

三人は拳銃を構えながら、社長室に向かう。


ーー
ーー
ーー

890 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:17:27.24 ID:kdA8uLchO

アナスタシアは激しく嘔吐していた。

胃がひくつき、痙攣している。もう吐き出せるものもないのに吐気は治らず、喉に酸っぱい胃液がせり上がってくる。

アナスタシアがふたたび嘔吐する。胃液混じりの唾が唇から垂れる。泣きながら、呻きをあげる。

アナスタシアは佐藤の記憶を見た。IBM同士の頭部の衝突によって流入してきた佐藤の記憶は、フォージ安全に現れる直前のものだった。

木材破砕機で全身が五センチ四方の肉片に刻まれたときの鮮明な記憶。

流入してきた記憶は映像的なものだけではなく、視覚が捉えたカッタードラムの回転のほかに、機械の作動音、ベルトコンベアから伝わる振動といった聴覚と触覚が知覚した感覚も記憶には含まれていた。



痛みも。



足の先からはじまった痛みがどこで終わったのかは定かではないが(心臓のある胸のあたりか? それとも脳は完全に破壊されるまで知覚を保っていたのか?)、ともかく痛覚は数秒のあいだ持続していた。

それは痛みというより一個の肉体の滅亡だった。魂を容れておくための大事なからだが無意味な肉片に変容するまでの数秒間、破滅の体験。

おそろしくて、震えた。永井が“断頭”をおそれる理由をほんとうの意味で理解した。あんな死に方をしてなお、復活した自分が前の自分と同じ自分だと信じる事はとてもできないことだった。
891 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:18:46.96 ID:kdA8uLchO

だが、アナスタシアをほんとうに戦慄させたのは痛覚の追体験ではなかった。

そのときの、“転送”のときの佐藤の感情、それもいっしょに流れ込んできた、特別な感情ではなかった、アナスタシアも抱いたことがある、たとえばライブ前のステージ袖、となりにいる美波といっしょに星のような輝きの前に歩み出し、歌を歌うときの心のはたらきとまったく同じだった。



佐藤はワクワクしていた。



永井が待ち構えているのを楽しみにしていた、人を殺すのを楽しみにしていた、“転送”そのものを楽しみにしていた、“転送”のあいだ、機械が身体を砕いている最中も佐藤はずっとワクワクし続けていた。

恐怖だった。

佐藤が自分と同じ感情を持っていることが。まぎれもなく死んだのに、その感情が存続していることが。その感情の存続によって行われ、これから行われようとしていることが。

アナスタシアは、もはや佐藤を敵だと思うことができなかった。


892 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:20:05.31 ID:kdA8uLchO


アナスタシア (かいぶつ、サトウはかいぶつ、ころせないかいぶつ……)


不死身のコシチェイというスラヴ神話に登場する老いた悪人のことが頭を過る。コシチェイの命、魂は体と分かたれており、卵の中に隠された魂が宿る針(卵それ自体も幾重にも隠されている)を壊さないかぎりコシチェイは死なない。

佐藤もある意味ではコシチェイといえた。だが、佐藤は卵を別の場所に隠したりはしなかった。佐藤の頭は卵で、脳は針。卵と針といっしょに死んだ。なのに、魂も体もいっしょになってよみがえった。

亡霊のような存在が肉体を使って歩きまわっている。自分のことを亡霊だとも思わない亡霊が肉体を使って楽しみながら人間を殺しまわっている。

アナスタシアの心が完全に折れた。友達や黒服たちを殺されたことに対する怒りも、佐藤を止めるという使命感も心の中のどこにも見当たらなかった。

アナスタシアの泣き方が変わった。はじめは身体的な反応に従うように連続的にしゃくりあげる声を出していたが、今では唇から垂れる唾液のように長く尾を引く呻き声になっていた。敗北感に打ちのめされてしまっていた。

しばらくのあいだ、アナスタシアは泣き臥せっていた。挫折と絶望に頭を上から押さえつけられたかのようにジャケットの袖に顔をうずめていたので、涙滴や口から漏れる唾液が染み込んで袖はすっかりベタベタになってしまった。顔に冷たさを感じた。



そのとき、記憶が浮上した。



893 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:21:06.48 ID:kdA8uLchO

停電の暗闇のなかで白いものが混じった頭を見下ろしている光景、視線の高さや位置から主体は男の背後にぴったりくっついていて口を手で押さえている、無線機が二つデスクに置かれている、その無線機はさっきまで持っていたものだ、男に向かって無線機を使えと言う、『じゃあ、お互いがんばろう』と言いながら男の?を爪で引っ掻いく、鋭く黒い爪、指まで黒い、指が六本あることにアナスタシアが気づく……

佐藤の記憶──一体目のIBMを使用したときの。

アナスタシアが顔をあげる、顔はまだ涙で濡れている、すんすんすん、と鼻をすすって涙を止めようとする、効果はなくアナスタシアはジャケットの袖でごしごし擦る、濡れた袖で顔を擦るのは不快でしかない。

アナスタシアが考えていること、──サトウはもうIBMを出せない? そしてわたしはまだ……

しかし、その考えから行動までには発展しない。

佐藤のことがおそろしくてたまらない。精神に入り込まれ、身体が拒否反応を起こしている。

亜人には生と死の境界線はないものと思っていた。だが、あると思い知らされた。そして、佐藤は境界線など気にもとめない。

自分のも他人のも。

894 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:27:26.55 ID:kdA8uLchO


アナスタシア「ムリ……アーニャには……ムリです、ケイ……」


「誰がビビるかよ」と永井は言った。アナスタシアもその言葉を繰り返した。いまはもうそんな言葉は口にできない。佐藤の中身を知ってしまったいまでは……



……ケイはどうしてあんなことを言えたんだろう、ケイだってサトウの記憶を見たのに、それだけじゃなくて精神状態も……そうだ、ケイもアーニャと同じ、同じだけどアーニャと違ってケイは戦ってる、こわくても戦ってる……
……ミナミがこわがっているなら、わたしはミナミの手を握る、でもケイはそんなことはやってほしいと思ってない、わたしもこわがってるから手を握ってもケイはいやがるだけ、ケイがやってほしいのはわたしがやると言ったことだけ、わたしはケイにサトウと戦うとたしかに言った……



アナスタシアは変装用のウィッグを頭から剥ぎ取り、カラーコンタクトも外した。コンタクトを外したとき、レンズにたまっていた涙が床に溢れた。

袖の濡れていない部分で顔を拭う。ゆっくりと呼吸する。恐怖はまだじっとりと胸の奥にある。

アナスタシアは震える足でよろめきながら立ち上がり、トイレから廊下へ出た。暗闇に包まれた廊下を見て、アナスタシアはトイレのセンサーが作動していなかったことに遅れて気づいた。

スマートフォンを取り出し、廊下を照らす。階段が見える。
895 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:28:23.04 ID:kdA8uLchO

アナスタシアは階段を上り始める。はじめは踏段を照らしながらだったが、歩幅と踏段の高さの感覚を把握したあとはスマートフォンのライトを下に向ける必要もなくなった。

一定の速さで階段を駆け上る。右の足と左の足を一定の高さまで上げ、一定の歩幅で前に出す、体勢を保つ、スピードを保つ、それだけを考える、佐藤のことは考えない、それをするのはケイに会ってから、アナスタシアは自分にそう言い聞かせる。

十一階を通過し、十二階へ。激しく息切れしている。呼吸のリズムを整える、もう一度足をあげる高さと前に出す距離を意識する。

永井にまだ戦えると伝えるためにアナスタシアは十五階へ駆け急ぐ。



後ほど、アナスタシアはこの決断を後悔することになる。



ーー
ーー
ーー
896 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:29:28.05 ID:kdA8uLchO


『正直、感謝してるんだ、君が来てくれて』


いちど部屋から出て行った佐藤が戻ってきたのをモニターで確認した甲斐が言った。


『いま話題の亜人・佐藤がセキュリティ会社社長の暗殺に失敗……これ以上の宣伝文句があるか?』


佐藤はあいかわらず甲斐の言葉を聞き流している。モニターの前を通り過ぎると、そのすぐ横で立ち止まり、おもむろに左腕をあげた。


甲斐「ところでさっきから何をしているんだ?」


優越感と自尊心に満ちていた甲斐だったが、佐藤が一向に反応を返さないことに不満なのか、多少の機嫌を損ねながら訊いた。


甲斐「いい加減諦めてかえったらどうだ? 飽きてきたよ」


不意に乾いた音がした。甲斐が耳にしたのは外のマイクが拾った音声だった。

甲斐は椅子に坐ったままなんとなくゆっくり動き、背後を振り返った。
897 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:30:34.35 ID:kdA8uLchO

じっと眼を凝らすと、違和感が眼にはいった。セーフルームの入口、スライド式のドアがある場所、肩の高さくらいの位置、セーフルームの内部は別電源による照明によって薄暗く照らされているのだが、そこだけ暗闇の濃度が違った、まるで外との通り道ができてるいるみたいに……

何よりも頑丈なはずの壁に穴が開いていた。そこからリボルバーが現れ、そして腕が伸びる。


甲斐「ちょっと……」


佐藤は声のした方向を撃った。


佐藤「一人目」


佐藤は穴から腕を引き抜き、言った。


佐藤「女性のほうはどこかな?」


部屋から出ていくとき、佐藤はモニターを一瞥すらしなかった。

モニターには頭部を撃ち抜かれた甲斐が眼を見開き、恐怖が張り付いた表情で天井照明を見上げている姿が映し出されていた。


ーー
ーー
ーー

898 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:31:43.03 ID:kdA8uLchO

復活した下村がはじめに眼にしたのは、自身を見下ろしている戸崎だった。

思わず、「あ……」という声が洩れる。田中との戦闘に敗れたことを嫌でも思い知る。戸崎の表情から感情がまったく読み取れないのは、失望しているからだろうか……、


戸崎「立てるか?」

下村「はい」


敗北感を飲み込みながら、下村は顔を上げた。踊り場にフォージ安全の社員や警備員たちの死体が転がっていることに下村は気づいた。彼らのものと思われるスマートフォンは念入りに破壊されていた。

下村は一瞬、戸崎の仕業かと思ったがすぐに考え直した。戸崎がここにいるということはすでにセキュリティ・サーバー室のシステムは破壊されている。その作業を済ませるまでのあいだ、警備員はともかく社員がここにとどまる理由はなかった。それに携帯電話。それをわざわざ破壊しなければならないと知っていたのは、下村が亜人だと知られたあのとき、あの場所にいた人間だけだ……


戸崎「永井達と合流するぞ」


戸崎の呼びかけに下村は思考を中断した。右手の手錠を外すため左手でつながれた方の腕を掴み、欄干に足裏をつけ思いっきり引っ張る。


899 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:32:26.55 ID:kdA8uLchO

下村「くそっ」


下村ひとりの力では手錠を外すことは叶わなかった。


下村「引き抜くの、手伝ってください」


戸崎は下村に応じて手錠につながれた手と肩を掴んだ。


下村「いきますよ」


下村がグッと力を込める。手錠が食い込み、皮膚が裂けたところから出血する。

戸崎は突然手を離した。


戸崎「鍵を探してくる」

下村「は!?」


戸崎の意味不明な行動に下村が面食らう。

戸崎は困惑する下村に背を向け、階段を下り始めた。


下村「ちょ……戸崎さん!?……戸崎さん!」


下村は追いかけるように腕を伸ばし、下階へむかう戸崎に呼びかけ続けるが、戸崎はまったく意に返さなかった。


ーー
ーー
ーー
900 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:33:50.36 ID:kdA8uLchO

李奈緒美はあてもなく廊下を彷徨っていた。

田中の捕獲、佐藤の侵入、甲斐の逃亡、めまぐるしい事態の展開に惑わされ、そして銃撃戦が始まった。

逃げなければいけないとはわかっていたが、どこへ逃げればいいのだろうか、そもそも、逃げていいような人間なのだろうか、殺されてもしかたがない人間だと自分でも思っていたのに……

李の心中は罪悪感と恐怖がないまぜになっていて、歩む方向を定められずにいる。

李はゆっくりと重い足乗りで廊下を進む。

ふと、通路の先に人影を認める、両手を身体の前に掲げるような姿勢、その姿勢には見覚えがある。


田中「ここにいたのか」


警官の制服を着た田中が言った。やはり拳銃を持っている。

李は眼を閉じた。恐くないわけではなかったが、半分くらい彷徨い歩く時間の終わりにどこか安堵しているようだった。フッーとゆっくり息を吐いた。

足音がだんだん近づいてくる。心臓が早鐘を打っている。呼吸は意識して落ち着かせている。

李は動かず、三つに重なるの音にだけ意識を集中する。

田中が李の手首を掴み、言った。


田中「付いて来い、逃がしてやる!」

李「え!?」

田中「おれの後ろにいろ! 離れるなよ!」

901 : ◆8zklXZsAwY [saga]:2019/05/06(月) 22:35:16.79 ID:kdA8uLchO

暗闇を切り裂くように一発の銃弾が飛んできた。

田中の肩から血が飛び散り、つながれていた手が離された。


佐藤「あ! 田中君!?」


田中の顔を見た佐藤が驚く。


佐藤「ごめん、警官かと思ったよ」


佐藤は銃口を床に向けながら、田中に近づいてきた。李はおろおろしつつもしゃがみこみ、田中の肩の傷を心配そうにのぞきこんだ。佐藤の拳銃が李の動きをなぞるように動いた。

田中が銃口の動きを見て取る。

側による李の手を取って引っ張り自分の背中に隠すと、田中は中腰の姿勢になった。下村から奪った自動拳銃を手に持ち、銃口を正面に向ける。

銃口同士がまっすぐ見つめ合う。


佐藤「何をしているんだ? 田中君」


佐藤が田中に訊く。フロントサイトと効き目は直線上に結ばれている。


田中「佐藤さん……おれが暗殺リストを作ったことはわかってる……」

佐藤「どくんだ」

田中「だが、この人は違う……」


田中はいったん言葉を切った。肩の痛みは燃えるようだった。出血も激しく、銃を持つ手が安定しない。田中は右手の位置がすこし下がっていることに気づいた。しかし、元の位置に戻すことはしなかった。したくなかった。

田中は真っ直ぐ佐藤を見据えて、言った。


田中「この人を殺すのは、間違ってると思う」


佐藤は無言で田中を見据えている。銃口も視線も微動だにしない。李は怯えて震えている。田中の額を汗がつたい、息をのむ。

数秒間の沈黙……


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