俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2

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35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/18(土) 22:42:17.18 ID:yOvr/5+fo
乙カレー
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/19(日) 02:06:17.30 ID:+Rb/pRc2o
乙です
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/19(日) 18:20:50.18 ID:NrfzOndA0
乙っす
38 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:33:22.85 ID:3th41DbN0

生徒の服装のチェックを風紀委員に任せ、平塚先生は俺を少し奥まった場所へと連行する。この場合、拉致ると言った方がより的確な表現かもしれない。

…… もしかして俺、本当にボコられるんじゃないでしょうね?

俺の心配をよそに、平塚先生は慣れた手つきで白衣のポケットからタバコを取り出すとそれを口に咥え、淀みなく流れるような動作で火を点けた。


八幡「 …… いいんすか?」

近年はどこの学校でも校内全面禁煙が常識だ。生徒の前で堂々タバコを吸う教師ってのは倫理的に問題ないのだろうか。


平塚「なに、この学校の生徒たちは至極真面目だからな。形の上だけでやってるだけのことだ。外部への体面というものもあるしな」

…… いや、そっちじゃないし。つか、教師がそれ言っていいのかよ。

もしかしてこの先生、俺を口実にして実はタバコ吸いたかっただけなんじゃねぇの?


平塚「ま、キミという問題児の指導も、ある意味、生活指導の一環と言えなくもない」

そう言ってニヤリと笑った。

39 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:35:51.26 ID:3th41DbN0


平塚「 ――― ときに比企谷。雪ノ下の件は既に私の耳にも入っている」


いかにもさり気ない調子で切り出したが、多分、そちらが本題なのだろう。


八幡「 ……… そうですか」

確か一色も職員室で小耳に挟んだと言っていた。ならば当然、先生方の間で話題になっていたとしてもおかしくはあるまい。


平塚「彼女が急に留学を希望するとはな。最初聞いた時は思わず自分の耳を疑ったものだが …… 」

八幡「だからそれは単に耳が遠くなってきただけ ……… はい、嘘です。冗談です。反省してます」


平塚先生がポキポキと指の関節を鳴らしながら威嚇するので、発言を中断せざるを得なくなった。

こういうのってパワハラって言わないのかよ。メンタルとフィジカル両面に渡るパワハラ。

っていうか、いつの間に日本は言論の自由が認められない国になっちゃったんだよ。図書館で戦争が起こっちゃうだろ。

40 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:38:31.96 ID:3th41DbN0

平塚「雪ノ下と直接話はしたのかね?」

八幡「 …… しましたけど、俺には関係ない話だと一蹴されました」


平塚「ふむ。それで?」

八幡「それでって ……… いや、それだけですよ。あいつが自分から言い出した事に俺がとやかく言えるような立場でもありませんから」



平塚「 ――― どうもキミは物事を理屈で考え過ぎる嫌いがあるようだな」

ほんの僅か不可思議な間を置き、平塚先生がいかにも気持ちよさそうに紫煙を吐き出しながら口にする。


平塚「よく言うだろう、“考えるのではない、感じるんだ”と、な」

八幡「 ……… それって、確か映画のセリフでしたよね?」

平塚「ほう、若いのによく知っているな」

八幡「まぁ、それくらいなら。えっと …… スターウォーズのヨーダ …… でしたっけ?」

平塚「 ……… いや、私が知っているのは“燃えよドラゴン”のブルース・リーの方なのだが」

八幡「 ………… は?」


ゲフン、ゲフンとわざとらしい咳払いでお茶を濁そうとしているようだが、例えこの場は誤魔化せたにしてもさすがに年齢(とし)は誤魔化せない。

うん、八幡知ってる! これっていわゆるジェネレーションギャップっていうヤツだよねっ!

41 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:41:12.72 ID:3th41DbN0

平塚「ま、まあ、それはどうでもいい。それよりも今後の奉仕部の体制について、キミとよく話し合っておいた方がいいと思ってな」

八幡「 …… 体制、ですか?」

奉仕部の方針を決めるということであれば俺だけではなく由比ヶ浜も交えて話をすべきだろう。


平塚「雪ノ下は自分の後任として、キミを部長にと強く推薦している。意味は言わずとも …… わかるな?」

恐らく、雪ノ下は自分が去った後も奉仕部の存続を願っている、ということなのだろう。

いかにも責任感の強い彼女らしいが、もしかしたらそこには自分の過ごした場所に対する愛着というか、感傷のようなものが含まれているのかも知れない。

もしそうだとすれば、俺がそれを受け入れることによって雪ノ下の残す憂慮がひとつ消えることとなる。そしてそれは彼女の新たな門出に対する手向けとなることだろう。


―――――― だが、


冗談ではない。そんなのは真っ平ゴメンである。


今まで俺たちがしてきた奉仕部の活動を、雪ノ下と共に過ごしてきた時間を、どのような理由であれこのまま過去の出来事として記憶の片隅に追いやることなどできる訳がない。

誰しもが当然のように雪ノ下のいない未来を仮定する。そのこと自体が無性に腹立たしかった。

しかし、それ以上に赦せないのは、何もせずに指を咥えて見ていることしかできない自分自身だ。

42 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:46:03.20 ID:3th41DbN0


平塚「まぁ、そう恐い顔をするな。私はあくまでも雪ノ下の意向をキミに伝えたまでだ」


そんな思いがつい顔に出てしまったものか、平塚先生がとりなすように言い添える。


八幡「 …… もう行っていいすか? 朝のホームルーム、始まっちゃうんで」

平塚「うむ、いいぞ。引き止めて悪かったな」

八幡「 ……… いえ」


ささくれだった言葉と不躾な態度を諫(いさ)めることなく、先生は苦笑のみを浮かべそれに応える。

43 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:49:35.12 ID:3th41DbN0

平塚「 ――― ま、この件に関しては当面は保留にしておく。キミもよく考えておきたまえ」


背に向けて投げかけられた言葉に、足を止めることも、振り返ることもせず、ただ黙って自転車を押しながら駐輪場へと足を向ける。


けれども、その言葉を口にしている平塚先生もよく分かっているはずだ。

俺が雪ノ下の代わりに奉仕部の部長を引き受ける気などこれっぽっちもないことも、そして、彼女のいない奉仕部にどのような形であれ“今後”等あろうはずもないことも。


先程まであれほど晴れていたというのに知らぬ間に空は雲で覆われ、いつ降り出しても不思議のないその空模様が俺の気持ちを酷く滅入らせていた。

44 :1 [sage]:2017/02/21(火) 00:50:27.43 ID:3th41DbN0

短いですが、キリのいいところで。ノシ
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/21(火) 02:15:42.27 ID:my3rkN2Eo
乙です
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/21(火) 12:22:55.36 ID:gwlBNaXyo
乙ー
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/21(火) 13:49:12.83 ID:aZT6/BAco
おつでっしゃ
48 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:36:03.83 ID:LmPfWidG0

教室から見える窓の外の景色はひたすら殺風景で、昨年の秋頃までは色づいていた木々も季節の移り変わりと共にその葉を散らし、今となっては見るからに寒々しい姿を晒すばかりだ。

人間だって所詮、地位だの名誉だのその身を飾るものを全て剥ぎとれば、案外こんな風に侘しいものなのかも知れない。ふとそんな事を思う。

ちなみに俺の場合、懐具合も相当寒々しいが、それはオールシーズンだからあまり関係ない。

昼休み、さすがに北風の容赦なく吹きつける屋外でのひとり飯は身も心もキツいので、自席でもそもそと購買のパンを食べていると、


「 ―――――― 八幡?」


びっくう!

背後からいきなり名前を呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん、って俺、ナニ大魔王なわけ?

クラスメートにさえ名字さえも碌に覚えられていない俺のことを名前で呼ぶ人間なんぞ、この世界広しと雖も家族をおいては他に数えるほどしか存在しない。

しかも、ここF組の教室内で俺をその名で呼ぶことが許されているともなれば ――― 、

そう、それはもう言うまでもなく、ラブリー・マイ・エンジェル、戸塚彩加ただひとりのみである。

49 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:39:10.23 ID:LmPfWidG0

八幡「お、おう。戸塚か」 

少女と見紛う可憐な笑顔、小柄の体躯に細い線、さらっさらの髪に浮く天使の輪。背中にはもしかしたら羽根だって生えているのかも知れない。

八幡「昼飯もう済んだのか?」

つい上擦った声で、しかも喰い気味に訊いてしまう。まだなら一緒にどう? 席なら空いてるぜ? なんなら俺の膝の上に座っちゃう?

戸塚「うん、僕は今終わったとこ。これからちょっとだけ昼練に行こうかと思ってるんだけど …… 」

そう言って後ろ手に持っていたテニスラケットをそっと示す。

八幡「お、おう、そうか、そりゃ残念。で、どうしたんだ? 俺になんか用でもあんのか?」

戸塚「ううんん … 特に用があるって訳じゃないんだけど …… 」

もじもじとしながら、遠慮がちに小さく手を振る。そんな仕草も可愛いぜ。もう千葉市は早急に戸塚保護条例とか制定すべき。

50 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:41:21.05 ID:LmPfWidG0

戸塚「八幡は今日もパンなの? 育ち盛りなのに栄養偏っちゃわない?」

そう言って心配そうに俺の手元を覗き込む。

俺の場合、今日に限らず昼飯は早く済ませるために簡単なパンで済ませることが多い。
だがその分、朝と夜は栄養と愛情の詰まった妹メシを食べているのでそれだけでもうお腹いっぱい胸いっぱいである。

だが、つましい俺の昼食を見られたうえに食生活の心配までされてしまったからには、これはもう責任とって戸塚に結婚してもらうしかない。


51 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:46:41.36 ID:LmPfWidG0

戸塚「はい。良かったら、これ」

八幡「ん?」

小さな掌に載せて差し出されたものはと見れば、バータイプの栄養補助食。しかもチョコレート味。


戸塚「遅くなったけど、友チョコ、かな?」 照れたように頬を赤らめながら笑顔で付け加える。

八幡「 ……… ホモチョコ?」

戸塚「 ……… え?」

思わず呟いてしまった俺の言葉に、戸塚がキョトンと目を丸くする。


八幡「い、いや、なんでもない。忘れてくれ」

条件反射的に由比ヶ浜と一緒にお弁当を囲んでいる海老名さんの方をチラリと見てしまう。

そこにはいつも一緒にいるはずの葉山や三浦、戸部の姿が見えないが、三人一緒とは考えにくい。何かしら別の理由で席を外しているのだろう。

52 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:49:58.82 ID:LmPfWidG0

それはともかく意外なことに、自然界のそれと同じく数キロ先からでも腐臭を嗅ぎ付ける生粋の腐肉漁り(スカベンジャー)であるはずの海老名さんが、どうした訳かまるで反応を示さない。

基準はよくわからないしそれ以上にわかりたくもないのだが、どうやら彼女の中に“さいはち”というタグはないらしい。

恐らく、海老名さんにとっての物事の基準とは、何事によらず至ってシンプルで、萌えるか、萌えないかの二択しかないのだろう。

どうでもいいけど腐女子って不燃ゴミの日に出したら回収してくれないのかなぁ。ある意味産廃だろアレ。BL産業は最後まで責任を持ち、引き取って処分すべきだと思う。


53 :1 [sage]:2017/02/24(金) 01:56:25.56 ID:LmPfWidG0

戸塚「最近、なんかちょっと元気ないみたいだから」

戸塚の優しい言葉とその心遣いに、感動するあまりホロリと涙さえ出そうになる。

八幡「 ……… ありがてぇ、ありがてぇ、尊い、尊い」

思わず手を合わせ声に出して伏し拝んでしまう。食べるなんてもったいない。比企谷家の家宝として床の間に飾り、子々孫々に至るまで伝えるしかあるまい。

戸塚「あはは、大袈裟だなぁ。でも割と元気そうでよかったよ。少しだけ心配してたんだ」

まるで死んだ魚のようだと腐った目には定評のあるこの俺が活き活きしているのもどうかとは思うのだが、もし今の俺が元気そうに見えているのだとすれば、それは間違いなく戸塚と会話してるからだと思うぜ。

俺に向けた照れたような、はにかんだ笑顔が、お気に入りに登録しちゃうくらいに超可愛い。

戸塚かわいい略してとつかわいい。この笑顔を守るためにも国は戸塚保護法を策定すべき。


54 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:03:25.57 ID:LmPfWidG0

戸塚「ねぇ八幡、ボクからひとつお願いがあるんだけど」

うって変わってやや真剣な面持ちで戸塚がおずおずと切り出す。

俺にとって戸塚の存在自体が既に最優先事項だ。それが戸塚の願いとあらば、もし仮に俺に彼女がいたとしても即座に別れる。しかもそのあと戸塚と付き合っちゃうまである。


はっ? ちょっと待て。ってことはそれはつまり ……………………… 結婚?

よし、あいわかった。皆まで言うな。

今すぐ戸塚を連れて最寄りの稲毛区役所の総合窓口まで婚姻届を出しに行こうと腰を浮かせかけたが、そこではたと我に返り、冷静になって思い止まる。


………… っべー、っぶねー。トチ狂って危うく大惨事を引き起こすところだったぜ。


よく考えたら俺ってまだ十七じゃん。とりあえず十八歳になるまで戸塚には待ってもらおう。

55 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:14:21.83 ID:LmPfWidG0

戸塚「 ……… もし、なにか悩み事があるんだったら、ボクにも話してくれると嬉しい …… かな」

言いながら、戸塚が上目遣いでそっと俺を見る。もしかして、ちょっと責められてる?

八幡「当然だろ?なにかなくても戸塚には真っ先に話すに決まってる。というか、俺に悩みなんてないし悩みがないこと自体が俺の悩みと言えるまであるからな」

我ながらテキトーぶっこいて誤魔化すと、

戸塚「ホントに? でも、何かあったらきっとボクにも話してね? 約束だよ? 」

余程俺のことを心配してくれていたのだろう、珍しく念押しするように言ってから、じゃあ、と小さく手を振り、そのまま教室から出て行った。

56 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:28:08.96 ID:LmPfWidG0

そんな戸塚の小さな背中をじっと見送りながら、ちくちくと罪の意識が俺の心を苛む。

―――――― 相談、か。

今まで俺の生きてきた人生の中で、彼女達に逢うまではすることもされることもなかっただけに、今更他の人間に対していったい何をどのように相談すればいいのかすらよくわからない。

だが、話すだけでも気が紛れる、というのは多分嘘だ。少なくとも今の俺には当て嵌まらない。

それは自分の悩みを他人に打ち明けることで、その重みのいくばくかを相手に負わせる行為に他ならないし、結局のところ最後は自分でなんとか解決しなくてはならないことにも変わりはないからだ。

特に、それが自分の蒔いた種である以上、やはりそれは責任をもって己が手で刈り取る他ないのだろう。

例えそれが、どのような結末を迎えることになったとしても。

57 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:30:14.92 ID:LmPfWidG0


三浦「 ――― 結衣! 姫菜! いるっ?!」


戸塚と入れ替わるようにして、慌ただしく三浦が教室に駆け込んできた。

三浦「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、あーし、ちょっとマジで超ヤバイかもっ!?」

息を切らしながらふたりに向けて興奮気味に話しかける彼女のテンションが既に超ヤバイ。

昨日から葉山の件でずっと落ち込んでいたはずだけに、妙に弾んだ声と浮かれたような姿が、ある意味違和感すら感じさせる。何か余程いいことでもあったのだろうか。


結衣「どうかしたの?」

そんな三浦に、由比ヶ浜がやはり戸惑いがちに応じる。

58 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:32:36.78 ID:LmPfWidG0

三浦「さっきー、なんか学校の中で迷ってる女の人がいてー、あーし、職員室まで案内したげたんだけどー」

普段の傍若無人傲岸不遜を絵に描いて額縁に入れたような振る舞いからして、一見わがまま言いたい放題したい放題の女王様キャラと思われがちだし、実際のところそうなのだが、三浦はあれでいて姉御肌、というよりか、むしろ面倒見のいいおかん気質みたいな一面も持っている。

恐らくは困っている人を見ると見過ごせない質(たち)なのだろう。しかし、

海老名「 ……… 迷うって、校内で?」

海老名さんが首を傾げるのも無理からぬことで、そもそもさして広い学校というわけでなし、それに職員室は正面玄関から目と鼻の先だ。
よほどの方向音痴でもない限り、校内で迷うことなどまず考えられない。


――― 方向音痴? 自分で思いついたそのフレーズに、俺は何かしら引っかかるものを覚える。


だが、そんな些細なことなどまるでお構いなしとばかりに三浦が捲し立てる。


三浦「 ―――――― もしかしたら、あれ、隼人のお母さんだったかも?!」

59 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:35:24.39 ID:LmPfWidG0

三浦「あーしがF組だって話したら、“もしかして隼人くんのお友達?”“隼人くんのことよろしくね”みたいなこと言われちゃって?」

頬を両手で抑え、まるで乙女のように身を捩る。いえ、肉食系の彼女のことですから乙女なのかどうかは知りませんけどね。

三浦「やだもうどーしよう。あーし、もしかして隼人のお母さんに気に入られちゃったりなんかして?」

つい先ほどまでの声をかけるのすら躊躇われるような沈んだ空気はどこへやら、急にはしゃぎまくる三浦に由比ヶ浜と海老名さんが顔を見合わせる。

しかし、その傍らで、

戸部「 ……… や、でもなんつーか、その、何? あれ、どっか見たことある系っつーか?」

どうやらその場に一緒にいたらしい戸部が、長く伸びた襟足を掻き上げ掻き上げ、しきりに首を捻る姿があった。

三浦「はぁ?! ちょっとあんた何言ってるわけ? 絶対そうに決まって …… 」

60 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:41:01.09 ID:LmPfWidG0


葉山「 ――― どうかしたのかい?」


その時、それまでどこぞへ席を外していたらしい葉山が教室に姿を現し、ごく自然にその話の輪に加わった。

結衣「ね、もしかして隼人くんのお母さん、今日、学校に来てたりしてなかった?」

昨日の今日とはいえ、しばらく距離を置いていただけに急に何事もなかったかのように接するのも何かと気恥ずかしいものがあるのだろう。
そんな三浦の意を汲んでか、代わりに由比ヶ浜が葉山に尋ねる。さすがは空気読みガハマさん。

当の三浦はといえば白々しく葉山から顔を背けてはいるものの、くりんくりんとゆるふわ縦ロールに指を絡めながら、そわそわと耳を欹(そばだ)てている。

61 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:43:04.72 ID:LmPfWidG0

葉山「俺の? いや、そんな話は聞いてないけど …… 」

葉山の返事に、三浦の表情がみるみる曇る。


三浦「で、でもー、その人、なんか隼人のことよく知ってるっぽかったし? うちらの担任ともなんか超親し気に話してたし?」

三浦にしてみればやはりどうあっても葉山の母親説は捨て切れないらしく、それまでの素知らぬふりをかなぐり捨てて食い下がる。

葉山「 ……… その人?」

途中から話に加わったため、いきさつのわからない葉山が当惑気味に問うと、皆の視線が自然と三浦へと集まった。

しばらくもじもじしていた三浦だが、やがて観念したのか、やっと葉山に向き直り、それでもやや目を伏せがちにしたまま付け加える。


三浦「 ―――――― うん、和服姿の、超キレイ系の女性(ひと)」

62 :1 [sage]:2017/02/24(金) 02:44:22.07 ID:LmPfWidG0

本日はここまで。ノシ
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/24(金) 12:55:08.51 ID:1ZqSz4xZo
乙です
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/24(金) 13:19:32.24 ID:oR9LTUceo
乙カレー
65 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:00:02.07 ID:0NbR3e6/0


葉山「 ……… 和服姿? 」


三浦の言葉を受けた葉山は顎に手を当て、束の間、何事か考え込むかのような素振りを見せる。

その内に何かの拍子に先程から向けていた俺の視線に気が付いたらしく、ついとこちらに目を向けたかと思うと、そのまま暫し互いの目線が交錯した。

俺の顔に浮かんだ表情から何を察したものか、葉山のその目が僅かに見開かれる。恐らく、お互いの出した結論については敢えて口にするまでもないだろう。

三浦の出会ったというその和服姿の女性の正体に、もし、心当たりがあるとするならば、それは当然 ――――――

だが、それと同時に、その人物がわざわざ学校まで何をしに来たのか、という疑問が湧き起こる。

次第に俺の胸の奥から呼吸器を押しのけるようにして、吐き気にも似た嫌な予感がせり上がってくるを感じとっていた。

66 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:10:58.95 ID:0NbR3e6/0

それよりも、まずもって当面の問題は三浦の事だ。

今は多少なりとも浮かれている様子の彼女ではあるが、もし俺と葉山の予想が正しければ、三浦のかけられた言葉の意味合いも180度変わってしまう。
そうなれば、真実を知らされることで彼女が更に手酷く打ちのめされてしまう可能性は十分にある。

本来であれば俺にとって全くの他人事であり、ある意味対岸の火事ともいえる出来事なのだが、なぜかいつものように上手く無関心を装う事ができない。

仕方なく俺が素早く葉山に目配せして見せると、葉山も俺の意図を察してか、すぐにそれとわかる程度に小さく頷き返して来た。

取り敢えずこれで大丈夫だろう。あと、もし問題があるとすれば ―――


戸部「あ ――! 思い出したわ ―― ! あれあれあれっしょ、あれって、ほら、あの、じぇ ――― 」


次の瞬間、それまでしきりに首を捻っていた戸部が急に何事か閃いたかのような声を上げたことで、俺の危惧していた事が起きてしまったこと知る。

恐らくは“J組の ――― ”と言いかけたのだろう、その言葉にいち早く反応した葉山の注意が俺から戸部へと移った、まさにその瞬間、




海老名「 ―――― とべっち、いい加減にしたらどうなの?」




思いもよらず、海老名さんの鋭い声が教室内に響き渡っていた。

67 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:14:38.23 ID:0NbR3e6/0


戸部「じぇ、じぇ……、じぇじぇじぇ?!」


驚きのあまり、戸部が思わず最近芸名を変えたばかりの懐かしの朝の連ドラヒロインみたいなセリフを口にしてしまう。


海老名「 ……… 私、そういうのって関心しないな。デリカシーに欠けるっていうか …… 正直、どうかと思う」

一転、静かな声で淡々と告げる海老名さんの顔にはいかなる表情も浮かんでいない。しかしながらその声からは、それとわかるほど怒りが滲み出ているのが感じ取れた。


戸部「えっ? やっ? ちょっ? お、俺? 俺、何かしたっけか?」

知らず機嫌を損る想い人に、戸部の方は理由もわからず叱られた子供のようにただオロオロと狼狽えるばかりだ。

68 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:22:05.50 ID:0NbR3e6/0

海老名「なんかしたっけか、じゃないわよ。少しは気を遣うくらいしたらどうなの? 知らなかったじゃ済まされないことだってあるんだよ?」

“腐”の感情ならまだしも“負”の感情など滅多に見せることのない海老名さんだけに、その姿は意外であり、事実、虚を衝かれたのか三浦もまるで呆けたような表情を浮かべて彼女を見ている。

気が付くと、それまで好き勝手にさざめいていた教室も俄かに水を打ったように静まり返り、滅多にないトップカーストグループ内の諍いに注目が集まっていた。

ゴシップ好きの口さがない女子等は既に憶測を交えて何やらひそひそと囁き合っているらしく、その中には当然のように文化祭と体育祭で一世を風靡した、あの相模南の姿も見えている。

69 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:27:59.33 ID:0NbR3e6/0

海老名さんのその様子からして、彼女も三浦の案内した人物がいったい誰であるのか、その正体に気が付いたに違いない。

だが、友達を気遣う彼女の気持ちはわからんでもないが、だからといって全く事情を知らない戸部をそうまでして責めるのは、さすがにいくらなんでも門も筋も違うというものだろう。

咄嗟のこととはいえ、人あしらいの上手な彼女のことだ、もっと他に上手い遣り方はいくらでもあったはずだ。

そのいつになく感情的とさえ見える海老名さんの姿は、それまでグループ内で常に中立的かつ第三者的立場を堅持してきた彼女らしくもなく、まるで三浦に対して何かしらの共感や同情すら抱いているかのようであった。

今や静寂に包まれてしまった教室では、窓の外を吹く風の音や、誰かの身じろぎする衣擦れの音でさえもがやたらと大きく響いて聞こえてくる。

そして、彼女の一挙一同、一言一句に皆の耳目が集中する中、海老名さんが再び口を開く ――――――

70 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:29:16.36 ID:0NbR3e6/0



海老名「せっかく、―――――― せっかくハヤハチが捗ってたのにっ!!!」








…………………… って、そっちかよ。


71 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:37:01.91 ID:0NbR3e6/0

戸部「は、はやはち? 捗る? ……………… って、何が?」


海老名「私 が 捗 っ て た の っ !!!!!!!!」


戸部「うひぃ?!」


海老名さんの剣幕に驚くあまり、戸部が咄嗟に葉山に縋りつこうとすると、


海老名「そこはあなたの場所(ポジション)じゃないでしょ!!!」


更なる追い討ちに半ば涙目になって葉山に助けを求めるのだが、当然のことながら葉山の方は困ったような笑みを浮かべ、ゆっくりと頭(かぶり)を振るばかりだ。

その間も海老名さんは「ハヤハチが穢れる」だの「でもネトラレもアリかも」だのとブツブツ言いながら、何やらひとりで葛藤している。

だがしかし、彼女のことだ。それもこれも全てはこの緊迫した局面から脱するための芝居なのかも知れない。

……… などと勘繰ってはみたものの、恐ろしいことに彼女の目を見る限りかなりのところマジだった。しかも"本気"と書いて"ガチ"と読む例のアレ。

72 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:39:19.29 ID:0NbR3e6/0

葉山「 ――― 優美子が会ったのは、もしかしたら、うちの母の知り合いだったのかもしれないな」

機転を利かせた葉山が、当たり障りのない言葉を選んでそう告げると、


三浦「 ……… ふ、ふーん、そうなんだ」

少しばかり残念そうではあるものの、三浦の方も満更でもなさそうだった。彼女としても将の乗る馬を射たような心境なのだろう。

73 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:41:39.68 ID:0NbR3e6/0

そんな三浦に対し、海老名さんが今度は泣きつかんばかりの勢いで言い募る。


海老名「あ ――― ん! 優美子ぉ―――。こんなことなら、私やっぱり全寮制の男子校に通えばよかった」

三浦「 ……… いやそれ、むりっしょ」


海老名「っていうか、そもそもなんでここ男子校じゃないんだろ」

三浦「 ……… そりゃ、あんたがいるからっしょ」


海老名「もうこうなったらいっそのこと、今からでもここ、男子校にすべきだと思わない? あ、それいいっ! 私、今すぐ校長先生にかけあってくるっ!」

三浦「 ……… いや、したらあんたもここにはいられなくなるっしょ。…って言うか、いいから所かまわず妄想垂れ流すなし、擬態しろし!」」


呆れ顔で、それでも律儀にも再三のツッコミを入れる三浦は、海老名さんに毒気を抜かれたのか既にいつもの調子を取り戻している。

そうこうしているうちにやがて予鈴のベルが鳴り始め、結局その話題は有耶無耶のうちに立ち消えとなった。




しかし、俺が先程感じた嫌な予感をまるで裏付けるかのように、


――― その日、雪ノ下は何の連絡も寄越さないまま、遂に最後まで部室に姿を現すことはなかった。


74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/26(日) 23:45:34.53 ID:HdbJU+8RO
>海老名「 ……… 私、そういうのって関心しないな。デリカシーに欠けるっていうか …… 正直、どうかと思う」

この台詞ってどっかのお花畑のピンクにも思いっきり当て嵌まるよな
この台詞を軽薄な糞女にも面と向かって突き付けてやって欲しい
75 :1 [sage]:2017/02/26(日) 23:46:55.36 ID:0NbR3e6/0

短いですが、今日はここまで。ノシ
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/26(日) 23:51:35.90 ID:cMUOn9znO
乙です

>>74
電池さん、あなたの居場所はここではありません
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 00:30:02.39 ID:qkIaKqvWo
乙です
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 02:55:46.31 ID:lRvHAXGGo
おっつー
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 12:38:50.32 ID:rC9PnO5OO
何かガハマの批判に過剰反応してる人がいるけど
ガハマを擁護して持ち上げるのって匿名掲示板のごく一部のみでむしろガハマに対して嫌悪感を抱く人間の方が多いんだよ

それだけがガハマが叩かれるSSが増加してる原因だとは思わないけど、ガハマが大多数から嫌われてる事そのものが一番の原因なのは間違ってもいないんじゃないかな?
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 13:05:14.69 ID:wdoFKb4ho
そうだなお前が一番だわ
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 22:16:35.94 ID:lWPy5xJU0
電池くんが言ってた共感って言葉にすごい違和感を覚える
どのキャラに共感してんの?
82 :1 [sage]:2017/02/28(火) 00:42:02.59 ID:yQveVbmA0

先を焦るとやっぱり更新が雑になりますね。
あまりにも多過ぎてスルーするつもりだったんですが、気になった場所だけ。

>>65 7行目 がせり上がってくるを感じとっていた。 → がせり上がってくるのを感じとっていた。

>>66 8行目 俺の危惧していた事が起きてしまったこと知る。→ 俺の危惧していた事が起きてしまったと知る。
83 :1 [sage]:2017/02/28(火) 00:42:38.63 ID:yQveVbmA0

ついでに思い付きでちょっとだけ更新。
84 :1 [sage]:2017/02/28(火) 00:48:25.57 ID:yQveVbmA0

放課後。

帰りがけに由比ヶ浜からは“今日は優美子たちのカラオケにつきあうから”と、部活を欠席する旨の報告を受けていた。

どうやら言い出しっぺは海老名さんらしい。

もしかしたら、やはり彼女は彼女なりに三浦の事を気遣ってのことなのかも知れない。

由比ヶ浜によると海老名さんの十八番はアニソンで、滅多歌わない代わりに一度歌い出すとなかなかマイクを手放さない、とも聞いている。

意外な一面である。

しかも、時々アニメの主題歌をBL風の替え歌で歌うらしいのだが、そちらの方は意外でもなんでもない。

85 :1 [sage]:2017/02/28(火) 00:51:01.57 ID:yQveVbmA0

意外と言えば今朝方、由比ヶ浜が素知らぬ顔で吐いた嘘にも少しばかり驚かされた。

もちろん、彼女が吐いたのは日常生活の上で誰もがごく普通にするような些細な噓に過ぎない。

とはいえ、それでも彼女も嘘を吐く、という、考えてみればごく当たり前の事に当惑する俺がいた。

案外、雪ノ下にしろ由比ヶ浜にしろ、知っているつもりでいて、実は俺の知らない面がまだまだたくさんあるのかも知れない。


86 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:01:21.73 ID:yQveVbmA0

そんな事をつらつらと考えている内にいつの間にか部室の前まで辿り着く。

由比ヶ浜はいないので、今日は当然、雪ノ下と俺のふたりだけ、という事になる。

どういう顔をして会えばいいのか、どんな話をしたらいいのか、ここ暫くふたりだけになることなど滅多になかっただけに対応に困ってしまう。

暫し迷った挙句、深呼吸をひとつ、ままよとばかりに覚悟を決めて扉に手をかける ――― と、


普段は開いているはずの部室の鍵が、今日に限ってはなぜか閉まったままだった。

と、いうことはつまり、雪ノ下はまだ部室に来ていない、ということになる。

今日の昼の出来事の件もある。何やら胸がざわつくのを感じながらも、そのまま暫く廊下で待っていたが、5分経っても10分経ってもやはり雪ノ下は姿を見せる気配がない。

由比ヶ浜は雪ノ下から暫く部活には出れないかも知れないと聞いている、とは言っていたが、まさかあの厳格な雪ノ下が無断欠席するようなことはあるまい。
遅れてくるからには何かしらの事情があるのだろう。

仕方なく俺は彼女の代わりに職員室まで部室の鍵を取りに戻ることにした。

87 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:07:50.48 ID:yQveVbmA0


八幡「 ――― 失礼します」


職員室の扉を潜った途端、急に身体が温かな空気に包まれたことで、外がかなり冷え込んでいたことに改めて気づかされる。

そのままふと室内を見回すと、平塚先生が自席に着いているのが見えた。

俺の声に気が付いた様子もなく、何やら難しい顔をして作業に没頭しているようだ。
素は美人だけに、真剣な顔をしている時はおいそれと声をかけるのも憚られる雰囲気がある。

今朝のこともあって少しばかり気後れするのを感じながらも、興味の惹かれた俺は、何をしているのかしらん?と邪魔にならないように背後からそっと覗き込んだ。

机の上には少年ジ○ンプやらチャ○ピオンやらと一緒に、ジン○ャーだの○ギーだのといったアラサー向けの女性誌うず高く積まれ、その表紙にはいずれも“婚活特集”の文字がデカデカと踊っている。


………… うん、とりあえず見なかったことにしよう。

88 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:09:55.86 ID:yQveVbmA0

俺は足音を忍ばせながらその場を離れると、少し離れた位置から改めて声をかける。


八幡「 ―――― 平塚先生?」

平塚「ひゃう!」///


慌ててそれまで開いていた雑誌を閉じて重ね、更にその上に書類を載せたかと思うと、上体をおっ被せるようにしてひた隠しに隠す。

その必死という言葉ではとても言い尽くせないような涙ぐましいまでの努力に、さすがの俺も同情を禁じ得ない。
思わず後ろからひしと抱きしめたくなるくらい切ない。


平塚「 ………… ひ、比企谷か? い、いつからいたのだね?」

八幡「 ………… 今、来たばかりです」 


いいんです。わかってますから、とばかりにうんうんと頷いて見せる。

89 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:11:46.12 ID:yQveVbmA0

平塚「み、見たのかね?」

八幡「いいえ、天地神明に誓って俺は何も見ていません」


神聖な宣誓でもするが如く、右手を胸の高さに上げて応える俺を半信半疑の目で見る平塚先生。


平塚「 ……… そ、そうか。な、なら、いいのだが」

それきり二人の間になぜか超気まずい沈黙が落ちる。



………… どうすんだよ、これ。

90 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:17:14.02 ID:yQveVbmA0

平塚「ち、丁度良かった、実はキミにちょっと話があってな。こ、ここは不味い。とりあえず場所を変えよう。コーヒーでもどうだ?」

八幡「 …… でも俺、これから部活なんで。雪ノ下の代わりに部室のカギを取りに来たところなんですけど?」

今朝の件もある。警戒心を顕わにする俺に対し、そこは心得たもので平塚先生が懐柔を図る。

平塚「少しくらいならいいだろう? 奢るぞ?」

八幡「奢りとあらば、地の果てまでもお供します」

もし一生養ってくれるんなら、人生のパートナーだって務めちゃいますよ?

91 :1 [sage]:2017/02/28(火) 01:18:22.04 ID:yQveVbmA0

ではでは。ノシ
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 08:52:46.72 ID:Xp2gnqBco
乙です
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 11:54:14.64 ID:eU4/ZbzQo
乙カレー
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 17:07:00.86 ID:xmy+zLlKo
おつーな
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 20:56:02.13 ID:W6RL9jlHO
おつん
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/01(水) 07:56:51.25 ID:Kv753tyX0
おつです.
97 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:19:25.03 ID:sjPlVRts0


八幡「 ――― 雪ノ下の留学申請が正式に受理された?」


校舎の外に設置された自販機コーナーでマッカンを啜りながら、今しがた言われたばかりの言葉をまるで間の抜けたオウムのように繰り返す。

ちなみにマッカンは平塚先生の奢りだ。ただでさえ美味いのに、加えて他人の奢りともなればその味はまた格別のはずである。

しかし、普段は心地よく感じるはずのその甘さも、今日に限ってはなぜか苦みばかりを口に残すのみだった。


平塚「うむ。それも、少しばかり時期が早まるらしい」

平塚先生は既に缶コーヒーを飲み終え、今はその空き缶を灰皿代わりに一服つけている。

……… だから学校は敷地内全面禁煙じゃありませんでしたっけ? まぁいいや。見つかっても怒られるのは俺じゃないし。


八幡「早まるって …… それ、いつ頃になりそうなんですか?」

平塚「なんやかやあって色々と前倒しになってな。早ければ来月の頭くらいか」

という事は、せいぜいあと2週間足らず。つまり、雪ノ下は終業式を待たずして海外に旅立つことになる。

98 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:21:53.91 ID:sjPlVRts0

八幡「 ……… 随分と急な話ですね」

平塚「今回の件は異例づくめでな。学校側も当初は難色を示していたのだが …… 」


八幡「 …… もしかして、今日、雪ノ下の母親が学校に来てたってのは、その件ですか?」

平塚「ほう、さすがに耳が早いな」

八幡「 ……… ええ、まぁ」

自慢ではないが、こう見えて早いのは耳だけではない。逃げ足だって速いし、仕事を投げ出したり諦めたりするのはもっと早い。


平塚「彼女の母親がわざわざ学校まで足を運んで、校長らと直談判に及んだ、というわけだ」

何分、相手が相手だ。校長の方でもさぞかし慌てた事だろう。

99 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:23:34.59 ID:sjPlVRts0

平塚「ま、結果から言えば、いわゆるツルの一声、というヤツだな」

そう言って皮肉な笑みを浮かべる。校長はハゲているので、もしかしてツルとハゲを掛けているのかも知れない。


平塚「こうなることは、ある程度予想してはいたのだが ……… 」

チラリと俺に目をくれ、そこで一端言葉を切る。

そして、ポケットから二本目のタバコを取り出すと、手で風除けを作りながら、どこぞの飲み屋の名前の入ったライターで火を点けた。

どうでもいいけど、パリっとした美人のくせに要所要所でおっさん臭いのな、このひと。

100 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:26:21.63 ID:sjPlVRts0

平塚「 ……… 色々と複雑なのだよ、彼女も、彼女達の家庭も、な」

言外に何かを含ませつつ、先程言いかけた言葉の先を濁す。敢えて用いた“彼女達”というフレーズに、何かしら引っかかるものを覚えた。


八幡「その雪ノ下の母親のことなんですけど …… 」

平塚「うん?」

八幡「俺らの担任とも、随分親しげだったって話を聞いたんですが?」

平塚「ん、ああ、その事かね。確かにキミたちの担任は、以前、陽乃のクラスを担当していたことがあるからな」

ああ、なるほど。そういうわけ、ね。

101 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:29:06.45 ID:sjPlVRts0

八幡「 …… 雪ノ下さん、いえ、陽乃さんは、在学中はどんな生徒だったんですか?」

平塚「前にも話しただろう。優等生ではあったが良い生徒ではなかった、と」

答えと共に空に向かって白い煙をふぅと吐き出す。

なんとなくだが想像はつく。あれだけ自由奔放で、かつ、バイタリティのある人だ。しかも県議の娘ともなれば先生方も相当手を焼いたことだろう。

平塚「誰とでも分け隔てなく接し、しかし実のところ誰に対しても本当の意味では心を開かない。一見してサバサバと砕けているようでいて、他人との間に頑なまでに一線を引いているところがあったな」

そんなところは葉山に似ているのかもしれない。いや、この場合、葉山の方が陽乃さんに似ている、というべきか。

102 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:37:21.41 ID:sjPlVRts0

八幡「特別仲のいい友達とかはいなかったんですか?」

平塚「もしもそれが、“男はいたのか”、と言う意味で訊いているのだとしたら、その通りだな」

え? なにそのイヤそうな顔。別に先生の話じゃありませんから。

平塚「やはりそれなりにチヤホヤされてはいたようだが、不思議と卒業するまで浮いた話はひとつも出なかった」

八幡「まぁ確かに意外といえば意外ですけど、あの通り超のつく美人ですからね。男の方でもおいそれと近寄りがたかったのかも知れませんよ?」

平塚「そうか、比企谷もそう思うか。うむ、そうだろう、そうだろう。ならば例え高校三年間で彼氏のひとりもできなかったとしても、それはそれで仕方あるまい。なんせ美人だからな。ガハハハハハ」

…… だからなんでこの人ってばそんな嬉しそうな顔してんだよ。あんたの話してんじゃねっつーの。

だが、そうは言ってもあの人の事だ、きっとその影では童貞達が屍の山を築いていたに違いない。そう考えると思わず名もなき墓標に向かって黙祷を奉げてしまうまである。


103 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:42:39.98 ID:sjPlVRts0

平塚「陽乃が2年の時、つまり丁度今の君たちと同じ頃なのだが、ひとりだけ特に仲の良い生徒がいたことがある」

八幡「 ……… いたことがある?」

不意に語りだした先生の口調の変化と、その言い回しに違和感を感じた俺が、つい声に出して訊いてしまう。

平塚「その女子生徒は、キミのように絶望的なまでに人付き合いの下手なぼっちでな」

平塚先生の語るところによると、なかなかクラスに打ち解けられずにいた彼女を見かねた陽乃さんが、なにくれと面倒を見ているうちにいつの間にか仲がよくなっていたらしい。

…… つか、わざわざ“キミのように”って付け加える必要あんのかよ。それって、もしかしてぼっちにかかる枕詞かなんかなの?

平塚「珍しく彼女と余程ウマがあったのかも知れないが、今考えると、どこかしら雪ノ下に ――― 妹に似たところもあったのかも知れない」

タイプは違うかもしれないが、由比ヶ浜と雪ノ下みたいなものか。凸凹コンビ、という言葉が頭に浮かぶ。

やめたげてよぉ!どこがどんな風に凸と凹かなんて言うの、やめたげてよぉ!

104 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:47:58.71 ID:sjPlVRts0

平塚「伝え聞いたところによると、陽乃の母親は彼女がその生徒と親しくするのをあまり快く思っていなかったらしくてな」

娘の交友関係にまで干渉する親であることは既に陽乃さんの口から直接聞いている。
恐らくは裕福な家の親にありがちな過干渉というヤツなのだろう。ウチのようにあまりに自由過ぎる放任主義もそれはそれでどうかとは思うが。

平塚「その生徒が、急な父親の転勤にともなって、2年の最後に遠方に引っ越すことになってしまったのだが」

先生の口調が僅かに苦みを帯びる。

平塚「後になってわかった事なのだが、どうやらその生徒の父親の勤め先が ―――― 陽乃の父親の経営する会社の子会社だった、という訳だ」

八幡「 ……… それって、もしかして」

平塚「ああ。恐らく陽乃も母親が裏で手を回したとのではないかと考えたのだろう。――― ま、今となっては真相は藪の中だが」

あねのんの母親に対する含みのある言い方も、それで頷ける。

平塚「あんなに落ち込んだ彼女を見たのは、後にも先にもあれが初めてだったよ」

何かしら思うところでもあるのだろう、平塚先生が忌々しげに、既に空になったらしいタバコの箱をくしゃりと握り潰す音がした。

105 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:53:06.09 ID:sjPlVRts0

ふと気が付くと、平塚先生が無言のままじっと俺を見つめていた。

その様子からして、まだ話には続きがあるようだった。それも、俺にそれを言うべきかどうか、かなり迷っている節が身受けられる。

ややあって平塚先生は両手を白衣のポケットに突っ込むと俺から目を逸らし、深々と溜息を吐きながら、まるで覚悟を決めたかのように言葉を継いだ。




平塚「 ――― その子会社なのだがな …… 。実は、由比ヶ浜の父親の務めている会社でもあるのだよ」

106 :1 [sage]:2017/03/04(土) 01:54:50.68 ID:sjPlVRts0

それでは今日はこの辺で。ノシ

忙しいですが、次回の更新はできればもう少し早めに。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 02:40:50.73 ID:9WBKWFbwo
乙です
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 03:48:38.51 ID:XHAJPKJ5o
ママのんモンペだったのか
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 04:04:10.14 ID:euBR17D3O

ゆきのんの母親超いい人やん( ゚∀゚)
悪影響ばかりを引き起こすピンクの腐れビッチを遥か彼方へ追いやってくれるかもしれないんだから
そのまま八雪の前から消えてくれれば超ハッピーじゃん

後はゆきのん母に雪乃と八幡の仲を認めさせて留学を取り消せば最高のハッピーエンドだな
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 04:15:15.18 ID:r2dtx0pZ0
原作からして母親強烈やしなあ
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 04:22:08.27 ID:euBR17D3O
>>110
ガハマの件に関してだけはいい母親だけどな
合法的にピンクの汚物をフェードアウトさせてくれるんだから
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 06:30:06.99 ID:wzr2Qin/O
電池くん!
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 07:34:51.83 ID:VQIZbfjeo
乙カレー
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 07:41:02.88 ID:K5Y3ce4HO


昨晩敵前逃亡した電池がこんなところに!
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 07:48:33.55 ID:5b+gYiFEo
>>109
親父が子会社→由比ヶ浜が飛ばされる→じゃあ私が留学しますから→ママのんも男の影気になってたしオッケー

の流れかと思ったんだけど、そっち?
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 09:03:24.82 ID:QtgxyEHA0
乙。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/06(月) 12:09:07.85 ID:FhsgM2cBo
乙です
118 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:15:29.04 ID:6uHVd2UB0

八幡「 ……… 雪ノ下はそのことを知っているんですか?」

平塚「さぁ、な。だが、聡い彼女のことだ。やはりその辺りのことは察しているのかも知れん」


八幡「由比ヶ浜の方は?」

平塚「それこそわからんよ。キミとて自分の親の務めている会社の事など、いったいどれほど知っていると言えるのだね?」

小さく肩を竦めて見せる。

言われてみれば確かにその通りだ。俺の知っていると事と言えば、残業で毎晩帰りが遅く、休日出勤も多い。そのくせ大した手当も出ない。つまり、限りなくブラックに近い、という事くらいだろう。


八幡「もしかして、雪ノ下が留学を決意したのも、その事に関係があるんじゃ …… 」

平塚「そうかも知らんが、そうでないかも知れん。陽乃の件についてはあくまでも伝聞に過ぎないし、私も彼女に直接問い質した事があるわけではないのでな」

結局のところ、要は何もわからない、ということである。……… 案外、使えねぇな、この先生。

平塚先生はその事に関してはそれ以上何も言わず、俺も敢えて聞こうとはしなかった。

その口から吐き出される最後の白い煙を見るともなしに目で追うが、それはどこからか吹き付ける風に紛れ、すぐに消えてなくなる。

119 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:18:03.42 ID:6uHVd2UB0


平塚「 ――― それで、キミはどうするつもりなのかね?」


タバコを吸い終えて急に手持無沙汰になったのか、腕を組み壁に背を預けるようしてながら平塚先生が俺に向けて問うてきた。


八幡「 …… どうするって。今朝の話の続きですか? だったら俺は」

平塚「そうではない。言っただろう、あれはただ単に雪ノ下の意向をキミに伝えたまでだ、と」

まるで煙を払うかのように、うるさそうに目の前で手を振る仕草をする。


平塚「私が聞きたいのは、このまま黙って彼女が留学するのを見過ごすつもりなのかね、という事だよ」

八幡「見過ごすも何も …… 」

平塚「今回の件が彼女の本心ではないことくらい、キミにもよくわかっていよう?」

だが、例えどんな事情があるにしろ、最後に決めるのは彼女自身だ。
彼女が自分自身で留学という手段を選択した以上、それを止める手だても、明確な理由も俺にはない。

120 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:21:51.31 ID:6uHVd2UB0

平塚「ふむ、どうやらキミは、何かしら思い悩んでいるところがあるみたいだな?」

俺の態度に何を感じとったのか、先生が重ねて問うてくる。


八幡「 ……… いえ、別に何も悩んでなんかいません」

答えとは裏腹に、逸らした目が意に反してそれを肯定してしまう。


平塚「ふっ、まぁ、いいだろう。どうせ訊いたところで、キミが素直に口にするとも思えんしな」

八幡「 ……… はぁ、そりゃどうも」

オキヅカイイタミイリマス、と茶化したように付け加える。 


平塚「だがな、比企谷」

八幡「 ……… はい」

平塚「余計なお節介かも知れんが、自分が良かれと思ってしたことでも、それが逆に誰かを傷つけることがあるということをよく覚えておいた方がいい」

いつになく鋭い言葉は、俺の心の無防備な部分をまるで狙ったかのように穿つ。

平塚「優しさとは、時に意図せずして人を傷つけるものだ。それがわからぬキミでもあるまい」

俺は答えない。敢えて応えるまでもなく、それはこれまでの俺の人生の中で、既に嫌というほど経験しているからだ。

121 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:24:06.10 ID:6uHVd2UB0

平塚「キミは優しい。だが、その優しさが他人には理解しにくい。だから誤解を生む ……… キミの行動は見ていて痛々しいのだよ」

揶揄するでも、叱るでもなく、淡々と諭すようなその言葉に羞恥のあまり自分の顔が赤らむのを感じる。


平塚「それに、な ――― 全ての人間を救おうとするのは無理だ。そんなことは誰にもできはしない」

八幡「 ……… そんな殊勝なことは考えていません」


平塚「高校生活というのはある意味社会の縮図だ。だが、現実社会はもっと汚い。キミがキミと関わるすべての人間を助けようとしていたら、今度はキミの方が磨り減ってしまう」

平塚「それでもキミが犠牲になることで他の全員を救うことができると思っているならば、それは慢心だ。それこそ、キミの嫌いな欺瞞にすぎない」


八幡「だからっ!」


苛立ちのあまり、知らず返す声も強く高くなってしまう。

122 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:27:28.80 ID:6uHVd2UB0

平塚「“幸福の王子”の話を知っているかね」

不意に先生が話題を変える。だが、それがまだそれまでの話の延長線上にあることは声の調子でわかった。

八幡「 ……… オスカー・ワイルドはあまり好きじゃないんで」

あのひねくれた感性に対する反感は、もしかしたら近親憎悪なのかもしれない。それに、今どきワイルドでも許されるのはせいぜいスギちゃんくらいのものだろう。

平塚「キミのことだ、あの物語で王子が最後にどうなったかくらいは知っていよう?」

俺は先生から逸らした目をコンクリートの三和土(たたき)に落とす。白と灰色の作る斑模様の床から今更のように冷気が足を伝って這い登るのを感じた。


平塚「キミのその優しさが自分自身を傷つける。そして、最後にはキミを慕うものまで傷つけることになるのだよ」

その言葉は俺に向けていながらも、その目は恐らく俺を捉えていない。まるで俺の背後にある何かを遠く透かし見ているかのようであった。

平塚「キミがぼっちでいる限り、他人との繋がりを絶ってなおかつ人を救おうとする限り必ず限界はくる。それを今のうちに理解しておいた方がいい ――― 手遅れになる前に、な」

123 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:29:25.60 ID:6uHVd2UB0

そんなことはわかっている。しかし、どうしようもないことだってある。

誰も傷つけたくない。だったら傷つける前に自分から遠ざかればいい。物理的な距離が遠ざけられないのなら、せめて心の距離だけでも。
今までもずっとそうやってきたし、恐らくこれからもそうだろう。

ぼっちにとって間合いの見切りは必須だ。適度な距離を置けば誰も傷つけずにすむし、少なくとも傷は浅くてすむ。
だからこそ、誰に対しても彼我の適切な距離を保ってきた。

期待して裏切られるよりも、期待させておいて裏切ってしまうことの方が、より深く自分を傷つけるのだから。

だったら最初から期待なんてさせない方がいい。期待に応えることができないことがわかっているなら尚更だ。

そして今ならまだ間に合う。俺にとっても


―――――― 彼女にとっても。


124 :1 [sage]:2017/03/06(月) 14:30:57.54 ID:6uHVd2UB0

次回の更新はできればまた近日中に。ではでは。ノシ
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/06(月) 16:08:25.73 ID:VsnQZErno
おつ
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 02:42:42.02 ID:H1tZ+Esjo
乙です
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 12:33:58.78 ID:WYZdmNNko
おっちゅ
128 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:02:07.02 ID:Q0dm+vWz0

顔を上げると平塚先生が“それみたことか”と言わんばかりの表情を浮かべて俺を見ている事に気が付いた。

内心の葛藤や動揺を気取(けど)られまいと、素知らぬ顔をしてマッカンに口をつける。
だが冷えた缶の中身はいつの間にか既に空となっており、空気を吸い込むやたら間の抜けた音だけが虚しく響くばかりだった。

腹立ち紛れにゴミ箱に向かって放り投げた缶はものの見事に狙いが外れ、壁に当たって跳ね返ると、まるで嘲笑うかのような甲高い音を立てて俺の足元へと転がり戻って来た。

その一部始終を平塚先生が面白そうに眼を細めて眺めている。

129 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:06:04.45 ID:Q0dm+vWz0

八幡「 ――― それで、先生はいったい俺にどうしろって言うんですか?」

諦めたような溜息をひとつ、俺は足元の缶を拾い上げると必要以上の力を込めてゴミ箱に押し込みながら仏頂面になって訊ねる。

まるでその話題から逃れるかのような問いかけに、何を感じたのか平塚先生が口角を緩めるのが見えた。
俺の向ける憮然とした表情に気が付くと笑いを噛みころすようにして口許を手で隠す。


平塚「なに、結果として雪ノ下が後悔することのないようにしてやってくれればそれでいい。やり方はキミに任せる。好きにしたまえ」

なにそれあまりにもふわっとしてね? うちのカマクラだってそんなふわふわしてねーぞ。いやあれはどっちかっつーともふもふ?


八幡「なぜ俺が?」

平塚「キミが適任だと私が判断したからだよ」

……… しかもそれ全然理由になってねぇし。

130 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:07:39.99 ID:Q0dm+vWz0

八幡「俺が余計なことをして、雪ノ下が嫌がったりしませんかね?」

いらぬお節介を焼いて全てを台無しにしてしまったのでは元も子もない。


平塚「それはまずないだろう。ああ見えて、彼女はキミのことを信頼している。口ではなんと言っていようが、な」

八幡「あいつが? 信頼? 俺を?」

思いがけない言葉に、つい訊き返してしまう。


平塚「好意を持っていると、そう言い換えてもいいかも知れんな」

八幡「なっ?!」///

いかにもさらりと告げられたその言葉に、先程とはまた違う意味で顔が熱くなる。

131 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:14:13.86 ID:Q0dm+vWz0


平塚「なんだ気が付いていなかったのか。キミらしくもない。いや、それともこの場合、いかにもキミらしい、と、そう言うべきかな」


――― あの学年はおろか、全学年を通じてトップクラスの美少女である雪ノ下が冴えないぼっちに過ぎないこの俺の事を?

俄かには信じ難いが、それは同時に、過去幾度となく同じような勘違いを繰り返してきた俺が、二度と同じ轍を踏むまいと常に排除してきた可能性でもあった。


八幡「 ……… どうしてそう思うんですか?」

逸る気持ちと動悸を抑えつつ、できるだけ平静を装って低く訊ねる。我ながら噛まなかったのが奇跡だ。


平塚「彼女のキミを見る目を見ればわかる。ま、強いて言うならば、勘、というヤツだな」

そう言って、指先で自らのこめかみをとんとんと叩いて見せるその仕草に、なぜか妙にイラっとさせられた。


八幡「 ……………… それってもしかして“野生の”ってヤツですか?」

女の子の年齢さえも見抜いてしまうという、例のアレ?

平塚「オンナだ、オンナっ! 女の勘だっ! キサマ、わかっててわざと言っておるだろう?!」

声を荒げて抗議する平塚先生を、

八幡「あー、なるほど、はいはい。あの何の根拠もないくせにやたらと的中率だけは高いという、あっちの方ですね」

小指で耳をほじくりながら超テキトーに受け流す。


……… でもこの先生の場合、男前過ぎちゃって、正直、あんま説得力ないんだよな。

132 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:16:35.49 ID:Q0dm+vWz0

八幡「 ……… 一応確認しときたいんですが、これって命令ですか?」

もしそうだとしても、それだけでは動機としてあまりにも不十分だ。

常に日頃から、仕事と名の付くものから逃れるためとあらばいかなる苦労も厭わず、“働いたら負け”を座右の銘とする俺という人間に対しての言い訳が成り立たない。
その労力を最初から仕事に活かした方が遥かに効率的かつ建設的ではあるのだが、これはあくまでも俺という人間にとってはポリシーの問題なのである。

133 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:26:28.44 ID:Q0dm+vWz0


平塚「 …… やれやれ、キミという男はつくづく面倒臭いヤツなのだな」


平塚先生がほとほと呆れ果てたような顔をしながら、壁に寄り掛かったままそのすらりと伸びた長い足を無造作に組み変える。


平塚「私個人としては、キミには自発的にやってもらえればありがたいと思っていたのだが ……………… キミの先程からの態度を見ていて少しばかり気が変わった」

八幡「気が変わった? それ、諦めたってことですか?」

思いのほかあっさりと引き下がる先生に、逆に俺の方が慌ててしまう。


平塚「そうではない。これは“命令”ではなく“依頼”だ」

八幡「 …… 依頼?」

その言葉をそのまま額面通りに受け取るとなれば強制力は更に弱まってしまう。必ずしも俺がその依頼とやらを引き受けなければならないという理由はないからだ。


平塚「どうやらキミは何か勘違いしているようだな」

そんな思いが伝わったのだろう、キツネにつままれたような顔をしているであろう俺に、ゆっくりと頭(かぶり)を振りながら先生が言葉を継ぐ。

八幡「 ……… どういう事ですか?」


平塚「わからんかね? この件はキミ個人ではなく、奉仕部に対しての正式な“依頼”として扱う、という意味だよ」

134 :1 [sage]:2017/03/10(金) 10:30:14.16 ID:Q0dm+vWz0


八幡「 ……… は?」


平塚「ところで比企谷。キミを初めて奉仕部に連れてきた際に話した例の勝負の件だが、まだ覚えているかね?」

戸惑いを隠せないでいる俺に対し先生がさりげなく尋ねてきた。
なんとはなしにだが、やけに白々しく感じるのは気のせいか。それどころか何やらきな臭いものまでプンプンと漂ってくる。


八幡「 ……… え? あ、はい。もちろん。それって確か、昨年の生徒会長選の時にも確認してますよね?」

結局、あの時は色々とゴタゴタが続き有耶無耶の内に終わっている。


平塚「私の厳正な審査によると、今のところ僅差で雪ノ下が勝っている。二位はキミだ」

八幡「 …… はぁ。そうスか。でも、それが何か?」


色々と言いたいこともあるにはあるのだが、それ以上になぜここでいきなり例の勝負の話を持ち出したのかという方が気になり、よせばいいのについ話の続きを促してしまう。

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