俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』 その他 Part2

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720 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:00:12.63 ID:Ls+QV4MJ0

彼女に向けられた視線を逸らすこともできず、熱にうかされたように頭の中心が痺れたまま、ゆっくりと、まるで吸い寄せられるように互いの顔が近づく。

そして、ふたりの唇が重なるかと思われた、まさにその瞬間、




雪乃「 ―――― ねぇ、比企谷くん?」


それまでとはうって変わって地の底から響いてくるような、低くくぐもった声が俺の耳へと届いてきた。





雪乃「 ……… 気のせいかしら。なぜかあなたから姉さんの香りがするみたいなのだけれど?」


721 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:05:45.66 ID:Ls+QV4MJ0


* * * * * * *

722 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:08:02.01 ID:Ls+QV4MJ0

雪乃「 ―――― そう、姉さんがあなたの家に。あの人の考えそうなことだわ」


雪ノ下が深々と溜息を吐きながら首を振る。

しどろもどろの釈明に追われているうちにいつの間にか観覧車は一巡を終え、今、俺達がいるのは再び地面の上だ。

俺のたどたどしい言い訳でもなんとか納得してもらえたのは、俺が信用されているというよりも、むしろ好むと好まざるとに関わらず彼女が姉の行動パターンを熟知しているが故だろう。


723 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:11:19.72 ID:Ls+QV4MJ0

八幡「一応、お前のこと心配してってことなんじゃないのか?」

雪乃「そうかしら」

いもうとのんの方は半信半疑といった様子だが、普段の行いがアレなだけに、こればかりは何と言われようとも仕方あるまい。


―――― と、その時、急に雪ノ下の身体がびくりと強張る。


明らかに何かに怯えるような彼女の視線を辿って首を巡らせば、

そこにはどこからか現れた白と黒と茶の混じった仔犬が一匹、こちらに向けて一目散に駆け寄って来る姿があった。

何が嬉しいのか空気なんぞお構いなしとばかりにひゃんひゃん吠えながらまとわりついてくる犬に対し、雪ノ下の方は俺を盾にしながらくるくると逃げ惑う。

724 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:15:11.69 ID:Ls+QV4MJ0

雪乃「ひ、比企谷くん、そ、その子、な、なんとかしてくれないかしら」

これが大型犬だったらさすがに俺も腰が引けてしまうところだが相手は小型犬、しかもまだ仔犬に過ぎない。

苦笑しながらも、しゃがんで手を差し出すと、せわしなく尾を振りながら、ざらざらした長い舌で嬉しそうに俺の掌をぺろぺろと舐めはじめた。

雪乃「か、飼い主はどうしたのかしら」

俺の背後に隠れたままの雪ノ下が覗き込むようにしながら、こそっと口にする。

八幡「さぁ、な。大方、はぐれでもしたんだろ」

仔犬の頭を撫でながらあたりを見回すが、それらしき姿はどこにも見えない。

確かこの公園はペット同伴の散歩も許可されていたはずだ。首輪もしているし、毛並みも整っているところを見る限り野良犬というわけでもあるまい。


雪乃「 ……… そう、この子も迷子、なのね」

迷子の仔犬の姿が今の自分の境遇と重なりでもしたのか、複雑な表情を浮かべてしんみりと呟く。どうやら警戒レベルも少しだけ下がったようだ。

725 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:17:49.85 ID:Ls+QV4MJ0

八幡「そういやこないだ、お前の姉ちゃん、犬を飼うみたいなこと言ってたぞ?」

先日ミスドで出くわした折に陽乃さんと交わした会話を思い出す。

雪乃「昨日の晩も、あの後、部屋に帰ってからお酒を飲みながらそんな話をしていたわ」

言いながら小さく肩を竦めて見せる。

八幡「 …… まだ飲んでたのかよ」

つか、よく考えたらあのひとまだ未成年だろ。お酒は夫婦かハタチになってからって、学校で習わなかったのかよ。

雪乃「姉さんはいつもそう。私の嫌がることばかりするの」

拗ねたように恨みごとを口にする。

八幡「お前んちでも昔、犬飼ってたことがあったんだって?」

雪乃「 ……… 驚いた。そんな話までしたの?」

素で意外そうな顔をする。

一見サバけているようでいて実のところ本心では何を考えているのかわからないあのひとのことだ。
例え話の流れとはいえ、他人に対して自分のことを話すこと自体、そうそうあるものではないのかもしれない。

726 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:20:34.58 ID:Ls+QV4MJ0

八幡「だったらお前も今のうちに少し慣れといた方がいいんじゃねぇのか? どうせ家に帰ったら嫌でも顔を合わせることになるんだし」

雪乃「それはそう ……… なのかも知れないけれど」

その様子からすると、どうやらまだ及び腰のようだ。

八幡「まだ …… 恐いのか?」

雪乃「こ、恐くないんかないわ」

少しばかりむっとした様子で応じる。
陽乃さんから色々と事情を聴いている俺としては気を遣って言ったつもりだったのだが、雪ノ下の方はどうやらそれを挑発と受け取ったらしい。


雪乃「で、でも、ただ、ちょっと、なんていうか、その …… か、咬んだりしないかしら?」

しかし威勢がよかったのは最初だけで、言葉尻にかけて次第に声が不安げに窄まる。


八幡「大丈夫だろ、多分。―――― いや、よく知らんけど」

俺の言葉に、そっと伸ばしかけていた手がぴたりと止まる。


雪乃「 ……… あなたって、こんな時にまで随分と無責任なことを言うのね」

727 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:22:38.58 ID:Ls+QV4MJ0

呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で仔犬に向けて再び手を伸ばす ――― と、


雪乃「ひゃうっ!?」


ぺろりと指先を舐められた雪ノ下が手を引っ込めながら、すっとんきょうな声を上げる。

八幡「って、お前いったいどっから声出してんだよ?!」

雪乃「し、仕方ないじゃない。びっくりしたのだから」

だが、戸惑いながらも先程よりも幾分落ち着いた様子でそっと頭に手をやり、仔犬の方も今度は大人しくされるがままになっている。

728 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:26:49.91 ID:Ls+QV4MJ0

雪乃「 ―――― 昔、姉さんとふたりでお父さんにおねだりして仔犬を買ってもらったことがあったの」

犬の頭をそっと撫でながら、遠い目で、独り言のようにぽつぽつと語り出す。

雪乃「でも、その子が私たちの見ている目の前で車に轢かれてしまって……」

その話なら姉のんからも聞いていたが、敢えて口を挟むような野暮な真似はせず、黙って耳を傾けながら頷いて見せる。


八幡「ショック、だったんだろうな」

まるで初めて聞きでもしたかのように相槌をうつ。

雪乃「ええ。もちろん私もショックだったのだけれど、姉さんたら、その仔犬抱いたまま、ずっと泣いてて。あんな姉さん、初めて見たわ」


……………… ん? 


ちょっと待て。何か俺の聞いた話と若干食い違うような?

729 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:30:37.78 ID:Ls+QV4MJ0

雪乃「 ……… どうかしたの?」

思わず反応してしまう俺に、雪ノ下が怪訝そうな表情を浮かべる。

八幡「え、あ、いや、それって ……」


ン・ヴヴヴヴ、ン・ヴヴヴヴ ……


と、ちょうどその時、間の悪いことに俺のポケットでスマホのバイブ音が響き始めた。

どうせまたいつものダイレクトメールか何かだろ、と、そのまま放置しておいたのだが、なかなか鳴り止む気配を見せない。

八幡「すまん、ちょっといいか?」

スマホに気をとられるあまり、返事を聞かないうちに雪ノ下に仔犬を押し付ける。

雪乃「え? や? ちょ、ちょっと、あ、あの、ひ、比企谷くん?」

手にした仔犬を明らかに持て余し、わたわたと慌てる雪ノ下を他所に、未だ鳴り続けるスマホを取り出して着信画面を見ると、――― そこには“由比ヶ浜”の文字。

そういえば雪ノ下がスマホの電源は切られたままだったはずだ。
ということは、多分、連絡が取れない事を心配するあまり、由比ヶ浜は迂回して俺のところに電話をしてきた、といったところなのだろう。

出るべきものかどうなのか、それ以前に着信相手が由比ヶ浜であることを知られていいものか逡巡しながら、そっと雪ノ下の顔を窺う。


雪乃「もしかして、……… 由比ヶ浜さん ………?」

俺の様子を見て何かしら察したのだろう。やはりというかなんというか、勘が鋭い。


八幡「 ……… うん、まぁ、そうだな」

ここで嘘をついても彼女に通じるとも思えない。素直に告げる。その間もスマホのバイブは鳴りっぱなしだ。


雪乃「出なくて、……… いいの?」

八幡「 ……… 今は、いいだろ」


ふたりの間に落ちた沈黙とは対照的に、スマホのバイブ音だけが、まるで責めるかのようにやけに大きく鳴り響く。

やがて、その音も唐突に途絶え、後には息苦しくなるような重い沈黙だけが残された。

730 :1 [sage]:2020/03/31(火) 11:32:36.64 ID:Ls+QV4MJ0

それでは、本日はこれにて。ノジ
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/01(水) 19:00:03.93 ID:YIqytHJ70
乙です。
732 :1 [sage]:2020/04/05(日) 09:48:05.75 ID:f0RhZ2+m0

ちょっとだけ更新のついでにちょっとだけ訂正。辻褄が合わんかったぞなもし。

>>727 1行目

呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で仔犬に向けて再び手を伸ばす ――― と、

              ↓

呆れたように小さく首を振りながら、それでも彼女自身も何かしら思うところでもあったのか、覚悟を決めるかのような吐息をひとつ漏らし、おずおずと、いや、明らかに恐る恐るといった態で、俺の抱き上げた仔犬の頭に向けて再び手を伸ばす ――― と、

733 :1 [sage]:2020/04/05(日) 09:50:02.12 ID:f0RhZ2+m0

あれほど怖がっていた仔犬を手にしたまま物思いに佇む雪ノ下の顔には隠しようのない翳りが浮かんでいた。

彼女が今、心に抱いているそれは、ここにこうして俺とふたりだけでいることに対する後ろめたさ、――― 罪の意識なのだろう。

普段は滅多に感情を面に露わにすることのない雪ノ下だが、今の俺にはその気持ちが手に取るようにわかる。

なぜならば俺もまた、ここに来るまで、そして、ここに来てからも彼女と同じ想いをずっと胸に抱え続けていたのだから。

同じような完璧超人でありながら雪ノ下にはあっても葉山にはない弱点、それは由比ヶ浜という存在である。

それは彼女がこれまで生きてきた十七年の人生の中で、唯一、心を許した友達だからこそのなのだろう。

そして、立場や形こそ違えど俺にとってもそれは同じだった。

734 :1 [sage]:2020/04/05(日) 09:56:41.68 ID:f0RhZ2+m0

―――――――――― 恋愛と友情。


本来は天秤にかけるようなものではなないはずのものなのに。

譲ったり、譲られたりする類のものではないはずなのに。

頭ではわかっていながらも、彼女のその誠実さと優しさが、たったひとりの友達の心を傷つけてまで自らの望みを叶えることを頑なに拒んでいた。

それがわかっていながらも、いや、わかっているからこそ、どうすることもできない俺がここにいる。

そんな自分の無力さ、不甲斐なさがいつになく――――― 腹立たしい。

しかもそれは、いずれこうなると薄々感づいていながらも見て見ぬふりを続け、いつの間にか袋小路に迷い込ませ、追い込んでしまった俺自身の責任でもあるのだ。

誰も傷つけることなく、誰ひとり傷つくことなく全てを丸く納める。そんなご都合主義な解決方法など、どこを探しても見つかりはしない。

例えここで全てを投げ出し、全てを忘れるとことにして逃げ出したとしても、それは近い将来必ず俺達三人の心に深い影を落とすことになるだろう。

735 :1 [sage]:2020/04/05(日) 10:00:25.22 ID:f0RhZ2+m0

雪ははらはらと静かに舞い降り、運命の瞬間は刻一亥と迫りつつあるのが分かった。

振る雪は止まらない。決して時間が止まらないように。


やがて、彼女は浅く噛みしめていた美しい唇を解く。


雪乃「 ……… 今日、あなたに会えて本当に良かったわ」

努めて明るい口調だが、そこには惜別の悲しみが滲む。


雪乃「 ……… あなたに対する気持ちは本当よ。それは決して嘘ではないの」

こみあげてくる何かを無理やり飲み下し、震え声で絞り出すように一語一語をはっきりと告げる。

全てを聞くまでもなく、彼女が何を言わんとしているか察した俺の胸の奥で何かが押し潰され、外気の寒さとは違う理由で身体が震え始める。


雪乃「 ――― でも、」


やめてくれ。それ以上は何も聞きたくない。頼むからその先は言わないでくれ。


雪乃「それでも私は、やはり友達を ――― 由比ヶ浜さんの気持ちを裏切ることはできない」


深い悲しみと、それ以上に固い意思の宿るその瞳を見た瞬間、どれほど言葉を尽くしたところで彼女の決意を覆すことなどできはしないと悟っていた。

736 :1 [sage]:2020/04/05(日) 10:02:00.22 ID:f0RhZ2+m0

ではでは。ノジ
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/05(日) 10:07:27.83 ID:fn/kz9Nu0
乙です。
738 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:19:28.00 ID:Qd5hvHO10

ぽっかりと空いた胸の穴に冷たい空気が流れ込む。

こうなるであろうことはある程度予期していたはずなのだが、いざそれが現実と重なると思考に感情がうまく追いつかない。

失意のあまりその場に立ち尽くす俺の耳に、どこか遠くで誰かを、或いは何かを呼ぶような声が聴こえた気がした。

男なのか女なのか、子供なのか大人なのか。もしかしたら空耳だったのかも知れない。それに今はそんなことはどうでも ――――

だが、それまで大人しく雪ノ下の腕に抱かれたままだった仔犬の垂れ耳がぴくりと動き、もたげた首をあらぬ方向へと巡らす。

そして次の瞬間、いきなり小さな身体をめいっぱいくねらせ彼女の腕から抜け出たかと思うと、短い脚を目いっぱい動かしながら一目散に走り出した。


雪乃「 ――――― え?」


咄嗟の事に何の反応もできず、言葉を喪ったまま茫然と仔犬の走る姿を目だけで追う ―――― と、

間の悪いことに、ロータリーの周辺に植えられた街路樹の陰、ちょうど俺達の死角になる位置から、音もなく一台の車が滑るように侵入してきた。

739 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:21:49.62 ID:Qd5hvHO10


―――――――――― マズい。



考えるより早く体が動く。


ヘッドライトに照らされ驚きのあまり車道の真ん中で竦む仔犬に覆い被さるように抱きかかえ、そのままの勢いでつんのめるようにして反対側まで走り抜けた後、足が縺れて無様にすっ転んだ。

冷たいアスファルトの感触、空気を切り裂くブレーキの音、目まぐるしく回転する景色、網膜に焼き付く眩いばかりのライトの輝きが、時系列をまるで無視して立て続けに俺の脳裏に混然一体となって押し寄せる。


そして、一瞬の後に訪れた静寂の中で、俺は泥まみれ擦り傷だらけになりながらも、なんとか自力で身体を起こすことができた。

740 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:23:18.72 ID:Qd5hvHO10

普段の運動不足が祟ったのだろう。急激な動きに耐えかねた身体の節々は悲鳴を上げてはいるものの、幸いなことに仔犬も自分も大した怪我はなさそうだ。

車の運転手にどやされる覚悟でいたが、一度止まった車は再びゆっくりと動き出し、申し訳程度に小さくクラクションをひとつ鳴らすと、そのまま俺の脇をのろのろと通り過ぎて行ってしまった。

スモークガラスのせいで車内の様子を窺うことはできなかったが、こちらに向けて注がれる視線のようなものを感じた気がした。

741 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:25:55.28 ID:Qd5hvHO10

とりあえずは大事に至らず安堵の溜息を漏らす。

余程驚いたのか、腕の中で身じろぎもしなかったが仔犬も、甘えるように小さく鼻を鳴らすとぺろりと俺の顔を舐め上げた。


八幡「 ……… ほらよ」

苦笑しながら仔犬を地面に下すと、小さな尻を振り振り先ほどの声のしたであろう方向にそのままとことこと駆け去ってしまった。


ふと目を向ければ車道の反対側で、蒼白な表情を浮かべ手で口を覆った姿で固まっている雪ノ下に気が付く。

照れ隠しに軽く手を挙げて無事を伝えると、まるで何かの魔法でも解けたかのように、こちらに向けて小走りで駆け寄って来る彼女の姿が見えた。

742 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:27:36.37 ID:Qd5hvHO10

 ぱんっ


八幡「 ―――――― てっ!?」


服についた汚れを払い、立ち上ろうとするや否や、いきなり左頬を張られた。

訳が分からず、頬を押さえつつも、ただただ茫然として俺を叩いた雪ノ下の顔を見つめてしまう。


 バキッ


八幡「あがっ」


今度は左のフック。しかも腰の入ったいいパンチ。恐らくは世界を狙えるまである。

もしかしたら車に跳ねられた方がまだマシだったかもしれない。

っていうか、二度もぶった!? オヤジにもぶたれたことないのに!?


743 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:29:01.43 ID:Qd5hvHO10

八幡「って、ちょっ、おまっ、女がグーで殴るかよフツウ!?」

俺の抗議する声も聞かず、雪ノ下がたて続けに殴ってこようとするのを見て、咄嗟にその細い手首を掴んで止める。

単純な腕力のみに限って言えば、男である俺の方が強いはずだ。

だが、それでも雪ノ下は腕を掴まれたまま全力で抗い、その動きを止めようとしない。


………… やばい。なんかフツウに力負けしそうなんですけど。

744 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:31:38.60 ID:Qd5hvHO10

八幡「いい加減に ……… 」

さすがに堪りかねて声を荒げると、雪ノ下は俺の手を振り解き、今度はまるで子供のように握った拳で俺の胸を叩き始めた。


雪乃「 …… て …… は」

身の内から溢れ出る何かに耐え切れないないかのように意味を為さない言葉を漏らすが、顔を伏せているせいでその表情までは見えない。


雪乃「 ………… どうして、あなたは、いつも、そうやって」

いつもは冷静沈着な雪ノ下のここまで取り乱した姿を見るのが初めてだったせいもあり、驚きのあまりされるがままになってしまう。

雪乃「平気で自分を …… 傷つけようとするの …… 私の …… 気持ちも …… 知ら …… ない …… で …… 」

顔を俯けたまま、しゃくり上げながら途切れ途切れに言葉を継ぐ。その形の良い頤から伝い落ちるのは、溶けた雪の滴 …… ではないのだろう。

745 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:34:54.33 ID:Qd5hvHO10

雪乃「 ……… どうして? どうしてなの? あなたはどうして ………」

まるで幼子のように同じ問いを何度も投げかける雪ノ下に、


八幡「 ………… それは、多分、俺が俺だからだろ」

俺は無意識のうちに、呟きで答える。


恐らく、彼女の聞きたい答えは別にあったのだろう。俺の言うべき言葉も他にあったのだろう。

だが、俺にはそれに応える術がない。

ずっと答えを出す事を先延ばしにしていたのは俺なのだから。変化を恐れて逃げていたのも俺なのだから。

できればふたりとは今までのような関係でいたい。しかし、今となってはそれも叶わぬ夢なのだろう。

だとしたら、例え三人の関係がこれで終わってしまうにしても、せめてこれ以上ふたりを悲しませるような真似だけはしたくなかった。

この期に及んでなお、自分の気持ちを偽っているのは百も承知だ。嘘に嘘を重ねてきたせいで、いつの間にか自分でさえも真実が見えなくなる。

自分に対してだけは決して嘘はつかない。そう心に決めていたはずなのに。それはいったいなんのためだろうか。誰のためなのだろうか。

746 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:37:07.20 ID:Qd5hvHO10

雪乃「 ……… そうね。あなたはそういう人だものね」 

雪ノ下が諦めたように涙声で呟く。

雪乃「だから、だから私は ……… 」

そして、彼女は顔を上げ、涙で濡そぼってなお吸い込まれそうなほど美しい瞳で俺を真っすぐに見据えながらこう告げる。


雪乃「 ……… あなたのことが …… 大嫌い」


それは、俺の憧れであり、理想であるはずの雪ノ下の口から初めて聞く、―――― 自らの意思で吐いた“嘘”だった。

747 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:43:10.75 ID:Qd5hvHO10

雪はいつの間にか糸のように細く冷たい雨へと変わり、ふたりの上にぱらぱらと降り注ぐ。


八幡「 ………濡れちまうぞ 」

ともすれば、感情の波に呑まれて彼女の身体を掻き抱いてしまいそうになる気持ちに抗い、ゆっくりと引き離そうとする。

ここ数日、いや、それ以前からずっと悩み続けていたのだろう。元々線の細い雪ノ下だが、その肩は触れただけで折れてしまいそうなほど華奢だった。

八幡「それに、 ……… お前も汚れちまうだろ」

ひび割れ、掠れた他人のような声が俺の耳に届く。

嫌われ者は俺ひとりでいい。汚れ役も俺ひとりでいい。

誰かが汚れ役をやらねばならないなら、それが結果として大切な何か、かけがえのない誰かを守れるなら、本当の本物が守れるなら、俺が喜んでその役を引き受けよう。

そのためだったら俺はどんな犠牲だって払うし、どんな道化だって演じて見せる。

だからこそ、今の俺にできることといえば、せいぜい自分の気持ちに蓋をして、どちらも選ばないという選択肢しか思いつかなかった。

雪ノ下にこれ以上負い目を感じさせないため。彼女たちふたりの関係を守るために。


しかし、その一方で、俺の頭の片隅で覚めた声が囁きかけてくる。

だとしたら、もしそうなのだとしたら、俺の求めて続けてたいた"本物"とは一体何だったのだろうか、どこにあるのだろうか。


だが、雪ノ下がいやいやするかのように首を振り、そのまま俺の胸に顔を埋める。

そして、俺の自らに対する全ての問いかけを否定するかのように、くぐもった震え声が耳朶をうつ。



雪乃「もう、いいの。構わないわ …… あなたと一緒なら …… 」


748 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:44:00.75 ID:Qd5hvHO10



「 ―――――――――――― あらあら、文字通り濡れ場、ね」



749 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:46:14.51 ID:Qd5hvHO10

八幡&雪乃「 ――――――― ?!」


突如としてかけられた聞き慣れた声にふたりして愕然と振り向く。


「それにしても比企谷くんったら、うちの車に何か怨みでもあるのかしら?」


そこには、いつの間にか俺たちのすぐ傍らで、こちらに向けて傘を差し出しながら呆れ顔で立つ ―――― 陽乃さんの姿があった。

750 :1 [sage]:2020/04/06(月) 08:47:24.52 ID:Qd5hvHO10

では本日はこんなところで。ノジ
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/06(月) 12:14:10.06 ID:vEQ/4ijxO
乙です。
752 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:00:50.97 ID:dU5Rz+gv0


* * * * * * *


753 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:03:23.49 ID:dU5Rz+gv0


雪乃「 ―――――― お母さんに直接会って話をしようと思うの」


開口一番、雪ノ下が真っ直ぐに話を切り出した相手 ――― 陽乃さんがまるで至近距離から豆鉄砲食らった鳩、というか、陽電子砲を喰らった使徒みたいな顔になる。どんな顔だよ。

場所は雪ノ下が住むマンションのすぐ近くにある喫茶店。あの後、ここまで車で送ってくれたのも陽乃さんだ。

毎度のことながらいくらなんでもタイミングが良過ぎだろ、と思ったら案の定、道すがら本人の口から悪びれもせずに俺を囮に使ったと聞かされた。

雪ノ下が姿を消したと知れば必ず俺が探しに行き、そして十中八九見つけ出すであろうと予測した上でのことらしい。

買い被りもいいところなのだが、「事実そうなったでしょ?」と言われては、さすがに返す言葉もない。

それ以上突っ込んだ話はしなかったが、もしかしたら俺のスマホにもいつの間にか怪しげなマルウェアがインストールされているのかも知れない。

だとすれば必ず共犯者がいるはずだ。

一瞬、頭をコツンとやりながら、てへぺろしている小町の姿が頭に浮かんだ。

754 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:05:41.90 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「 ……… ふーん。いったいどういう風の吹き回し?」

陽乃さんがなぜか妹ではなく、隣に座る俺の顔をまじまじと見つめる。

陽乃「おやおや、もしかしたら、お赤飯でも炊いた方がいいのかな?」

からかうような露骨な言い回しに、思わず自分の顔が赤くなってしまうのがわかった。

雪乃「ふ、ふざけないで」///

雪ノ下が姉に向けてぴしゃりと言い放つが、その頬もまた赤く染まっているせいか迫力は半減以下だ。


陽乃「別にふざけてなんかいやしないわよ。それにしても、まさか雪乃ちゃんに先を越されるとはねぇ」

やれやれ、と軽く肩を竦め、深々とした溜息混じりに呟いたかと思うと、


陽乃「 ……… やっぱりあの時、ひと思いに押し倒してしまえばよかったかしら」

聞こえよがしにぼそりと不穏なセリフを付け加える。

雪乃「 ……… あの時?」

雪ノ下がきょとんとした表情を浮かべ、次いで突き刺すような視線で俺を睨み付ける。おいよせやめろこっち見んな。

思い当たる節があり過ぎるほどある俺は反射的に顔を背けてその視線から逃れようとはしたものの、


八幡「 ……… ってっ!」

何か言う代わりに思いっ切り太ももをつねられてしまった。しかも姉と同じ場所。姉妹揃って手加減なし。絶対、痣になってんぞこれ。

755 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:07:26.33 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「 ……… ま、いいわ。帰ったら、ひとまず“あなた達”がお母さんと会えるように私の方でセッティングしといてあげる」

突然の思いも寄らない申し出に、ふたりしてまるでキツネにつままれたような顔を見合わせてしまう。

しかも“あなた達”と口にしているのを聞く限り、どうやら俺達の意図は正確に見抜かれていたらしい。

雪ノ下ひとりなら母親に会うためにわざわざアポなどとる必要はない。だが、どこの馬の骨ともわからぬ男が一緒となれば話は別だ。

いきなり押し掛けたところで門前払いされるのは目に見えているし、かといって彼女ひとりに全てを任せるわけにはいかない。

勝ち目があるなしに関わらず、これは俺の責任でもあるのだから。

756 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:08:31.05 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「 ――― ただし、ひとつだけ条件があるわ」

そう言って、陽乃さんが、なんとも形容し難い笑みを浮かべて妹と俺の顔を交互に見る。

そらきた、とばかりに身構える俺達に、蠱惑的な笑みを更に深くしながら涼し気に言葉を継ぐ。


陽乃「その時は私も同席させてもらうってことで、どう?」

雪ノ下が面食らったような表情を浮かべ、次いで何かを探るかのようにまじまじと姉の顔を見つめていたが、やがて、どうかしら、とばかりに俺に目で問うてきた。

757 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:11:47.56 ID:dU5Rz+gv0

八幡「なぜ ――― ですか?」


当然の質問だ。相手は俺達を合わせたよりも更に一枚も二枚も上手な陽乃さんだ。

それにこのひとの性格からして、ただの好意だけでそんなことを言い出すはずもない。


陽乃「 ――― あら、だって面白そうじゃない」

聞いたところで素直に答えてくれるとも思わなかったが、意外にもあっけらかんとした表情で至極あっさりと言ってのける。しかも面白そうて。

どうやらこの女性(ひと)にとっては、これもまた座興のひとつに過ぎないということなのだろう。相変わらずまるで掴みどころがない人である。

しかし、一緒にいたところで助けになるとは決して思えないが、かといってあの母親のいる手前、いつものように悪戯に引っ掻き回すような真似もできまい。

それでも姉の真意が掴めず態度を決めかねているらしい雪ノ下に黙って頷いて見せると、


雪乃「 ――― わかったわ」

深く濃い諦観の滲んだ溜息をひとつ吐き、渋々といった感じで姉の出す条件に応じる。

その時の陽乃さんの顔に浮かんだ何やら怪しげな笑みが少しばかり気にかかったものの、とりあえず今は肯(よし)とするしか他に方法はなかった。

758 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:13:49.32 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「ところで、私は今日はもう家に帰るつもりなんだけど、あなたたち、――― 」

交渉は終わり、とばかりに席を立つ陽乃さんが、テーブル越しに乗り出すようにして俺たちに顔を寄せ、いつになく真面目な口調で切り出す。


八幡&雪乃「 ―――― ?」 


陽乃「まだ高校生なんだから、ちゃんとヒニンくらいはした方がいいわよ?」

言いながら左手の人差し指と親指で作った輪に、右手の人差し指をすこすこと出し入れする仕草をする。


八幡&雪乃「し・ま・せ・ん !」


陽乃「あら、しないの? ま、大胆!」


口に手を当て、大袈裟に驚いた素振りが超わざとらしい。


八幡&雪乃「 ……… だから」「 ……… そうじゃなくて」


頭痛と眩暈を一緒くたに覚え、思わずふたりしてこめかみを手で押さえてしまう。

759 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:15:13.65 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「ま、もっとも例えあなたたちがいくら既成事実を作ったところで、それだけでお母さんを説得することは不可能なんだけどね」


八幡「 …… どういう …… 意味ですか?」

既成事実云々はともかく、何かしら含みのあるそのセリフを聞き咎め、思わず問うてしまった俺に、

陽乃「わからない? 例えキズモノでもコブツキでも構わないから雪ノ下(うち)とお近づきになりたいって考えている輩は掃いて捨てるほどいるってことよ」

まるで出来の悪いに生徒に接する教師の如く懇々と諭す。

なるほど。県内有数の建築会社を経営し、県議会議員も輩出した“雪ノ下”の看板には当然それだけの価値がある、という意味なのだろう。


760 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:16:40.89 ID:dU5Rz+gv0

陽乃「 ――― ああ、それと」

雪乃「まだ何かあるの?」

いささか棘と倦怠の器用に混じりあった妹の口調を気にも留めず、あねのんが俺に向けて話しかける。


陽乃「この場合、もうひとり役者が必要ね」

そう言って、そうでしょ? とばかりに俺の目を真っすぐ覗き込む。どうやら考えていることは同じらしい。


雪乃「 ――― もうひとり?」

訝し気な顔をする雪ノ下にも聞こえるように、俺はきっぱりと断言する。


八幡「ああ。今回の件については、もうひとり同席してもらうつもりだ」

もし、イヤだとぬかそうものなら、無理やりにでも引っ張り出すつもりだった。

761 :1 [sage]:2020/04/07(火) 21:17:20.15 ID:dU5Rz+gv0

短いですが、本日はこれにて。ノジ
762 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:06:47.31 ID:u2V0dNLU0


* * * * * * *

763 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:09:13.82 ID:u2V0dNLU0

店を出て陽乃さんが立ち去ると、残されたふたりの間には先程とはまた違った意味での何やら不自然で、少しばかりそわそわするような沈黙が落ちた。

雪は積もるほど降る前に雨へと変わり、それすらもいつの間にか上がってしまったようで、濡れた路面が街灯を受けて黒々とした光を放つ以外、その痕跡すら残っていない。


雪乃「 ――― 結局、私の家の事情にあなたまで巻き込むことになってしまったわね」

俺の傍らに立つ雪ノ下が申し訳なさそうに呟く。

八幡「 ……… いや、まぁ、あれは俺が勝手に言い出したことだからな」

事前にふたりで示し合わせていたというわけでもないのだが、雪ノ下もあの場で異を唱えるようなことはしなかったのだから、事後承諾みたいなものだろう。

成り行きとはいえ乗りかかった舟だ。既に腹は括っていた。それに策も ――― ないこともない。


764 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:12:55.50 ID:u2V0dNLU0

八幡「さて、明日は学校だし、俺もそろそろ …… 」

昨日今日と急な展開で疲れ果てていたし、ラスボス戦に向けて今のうちに英気を養っておく必要もある。

多少、後ろ髪を引かれる思いはしたが、それでも努めてさりげない風を装いながら駅の方角に向けて歩き出そうとすると、


雪乃「 ―――――― お待ちなさい」 


いきなり雪ノ下に引き止められてしまう。

雪乃「 ……… 服、濡れたままじゃない。その格好で帰るつもり? 風邪を曳くわよ」

八幡「や、ほら、水も滴(したた)るいい男って言うだろ? それに、俺にとっては濡れ衣を着せられるのだって毎度のことだからな」 

言った途端にクシャミが出てしまう。


雪乃「ほらごらんなさい。言わないことじゃない。大丈夫?」

いつになく優しく気遣うような態度に、俺としてもどう反応していいものか困ってしまう。

八幡「や、心配すんなって。 これくらいで風邪曳くほど ―――

雪乃「そうではなくて、私に感染(うつ)らないかって意味で聞いたのだけれど?」

八幡「 ……………… ああ、そうだろうよ」


雪ノ下がくすりと笑い、俺の口の端も自然に綻ぶ。

まだ少しぎこちないものがあるが、それもおいおい慣れるだろう。手探りで距離を確認しながら、ゆっくりと縮めていけばいい。

互いの事など何も知らずにただただ反発しあっていたあの頃に比べれば、それは遥かに容易(たやす)いことのようにさえ思えた。


765 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:16:53.15 ID:u2V0dNLU0

雪乃「 ……… 私の家、すぐそこだし、乾燥機もあるから少し寄っていったら?」

雪ノ下が目を伏せながら、それとなく申し出る。

八幡「あ、や、さすがにそれは ……… 」

わざわざ時刻を確認するまでもなく、世間一般の常識に照らし合わせても、男がひとり暮らしの女性の部屋を訪れていい時間帯ではなくなっていた。

いつぞやのように管理人に見咎められる危険性もさることながら、それ以上に陽乃さんが余計なことを言ったせいで、実は先ほどから変に意識してしまっているのは思春期全力真っ盛りのどうも俺です。

だが、途中で邪魔が入ったお陰で色々と中途半端な状態になってしまったこともあり、このままでは何やら決まりが悪いのも確かだ。

ちらりと様子を窺えば、雪ノ下がそわそわと俺の返事を待っているのがわかった。

766 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:28:15.36 ID:u2V0dNLU0

仕方なく、照れ隠しに頭をガシガシと掻きながら口を開く。


八幡「 ……… あー…、そういやさっき、お前、自分が本物じゃないみたいなこと言ってたけど ……… 」

雪乃「 ………そうね。残念だけれど、私はあなたの求めている本物には程遠いわ」

目を伏せたまま肯い、その黒い髪と白い息をさらうようにして冷たい風が吹き抜ける。


八幡「 …………… だったら、俺は本物なんていらない」


俺の言葉に、雪ノ下が驚いたように目を瞠る。そして俺はそんな彼女を真っすぐに見つめながら続けた。


八幡「 ……… 例え本物でなくても、俺は、お前が欲しい」


今ならはっきりとわかる。俺が欲しかったのは本物ではない。
いや、そうではない。例え完璧でなくとも、あるがままの雪ノ下こそが俺にとっての唯一無二の“本物”だったのだ。

もし俺の理想であり、憧れでもある雪ノ下が本物ではないのだとしたら、俺の求める本物など、この世界のどこを探しても存在しないということになってしまうのだから。

767 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:31:44.35 ID:u2V0dNLU0

雪ノ下が俺から目を逸らし、夜目にも明らかに寒さとは違う理由で頬が朱を帯びる。もじもじと身を捩るその仕草が普段の凛とした姿のギャップと相俟って妙に可愛らしい。


雪乃「………… あの、それって ………… もしかして、今すぐってことかしら?」


八幡「 ………… ん?」


想定外の返事に、今、自分が口にしたセリフを脳内再生し、すぐにあらぬ誤解を抱かせてしまった事に気が付いた。

八幡「あ、や、違っ、そうじゃなくて、今のはアレだ、なに、その、言い方に語弊があったっていうか言葉の綾波レイっていうか?」 

何だよそのヱヴァ〇ゲリオン。


雪乃「でも、ごめんなさい。私、今までそういう経験がないものだから何の準備もしてなくって。だから、その …… 急に言われても、困るというか …… 」

雪ノ下が真っ赤になりながらわたわたと言葉を連ねる。しかもどさくさに紛れてなんか凄いことカミングアウトしてるし。

768 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:33:20.87 ID:u2V0dNLU0

どうやら俺の不用意な発言のせいで雪ノ下に変なスイッチが入ってしまったらしい。

恐らく彼女の言う“準備”とは、陽乃さんが口にしていたアレのことなのだろう。
こいつってば、そっち方面の免疫とかまるでないくせに、知識だけはやたらと豊富だからな。

っていうか、いくらなんでも色々すっ飛ばして性急過ぎるでしょ。それこそ性的な意味で。
そういうのはちゃんとした段階を踏んでするもんだろ? そうだな、とりあえず先ずは交換日記あたりから? なにそれどこの昭和だよ。

769 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:35:50.31 ID:u2V0dNLU0

それに、例え俺にそんなつもりがあったにしても、当然のことながらそんなものを都合よく持ち合わせているわけがない。

いざとなれば近くのコンビニで買うという選択肢もあるのだろうが、いくら年齢確認が不要とはいえ俺のような健全な高校生にはあまりにもハードルが高過ぎる。

しかも、もし、レジの店員さんが若い女性だったりなんかした日には、難易度ドン、更に倍、で巨泉さん並みの倍率のミッション・インポッシブルだ。

770 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:40:37.71 ID:u2V0dNLU0


〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪ 〜♪♪〜♪〜♪〜♪〜♪


そんな事を考えながらひとり勝手にテンパっていると、不意にどこからか耳慣れた曲が流れてきた。

既にスマホの電源を入れ直していたのだろう、音の出所は雪ノ下のスマホからだ。


―――――――― もしかして、由比ヶ浜?


同じことを考えていたのか、雪ノ下に緊張が走る。

だが、スマホの着信画面に目を走らせた顔に、たちまち安堵の表情が広がるのが見えた。

771 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:42:36.47 ID:u2V0dNLU0


雪乃「 ………… 何かしら?」


通話モードにするや否や、そのあからさまに突慳貪(つっけんどん)な、それこそまるで赤穂の特産品みたいな塩対応からして、どうやら相手は先ほど別れたばかりのあねのんのようだった。


「 ―――― ○%×$★♭♯▼!」


漏れてくる声は俺にも聞こえるが、何を言ってるのかまではさっぱりわからない。何か言い忘れた事でもあったのか、それとも ―――――


「 ―――― ◆%×☆$、♭♯▲!※%△♯?%÷&@□、■&○%$■☆♭*!:」


雪乃「 ………… え?」 雪ノ下の顔色が変わる。


「 ―――― ※%△♯?%★$♭♯▲÷&@□」


雪乃「なっ? い、いつの間にっ?! ちょっ、姉さん?!」

 
「 ―――― ●%△♯?%◎★&@□!」


唖然としながらまじまじとスマホの画面を見る様子からして、一方的に言いたい事だけ言ってそのまま切ってしまったに違いない。
いかにもジーニアスハイテンションにしてゴーイングマイペースなあの人らしい。


772 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:46:08.02 ID:u2V0dNLU0

八幡「姉ちゃんから、 ……… か?」

雪ノ下が無言でこくんと頷く。

八幡「んで、 ……… なんだって?」

何も答えないところを見る限り、急に気が変わった、とかそんなところなのだろうか。

例えもしそうだとしても、それならそれで仕方あるまい。多少遠回りになるかも知れないが、ははのんに会うためには何か別の方法を考えればいいだけだ。

いずれにせよ、今日はもう遅い。この件については改めて仕切り直しということになるのだろう。

残念なような、それでいて少しほっとしたような複雑な心境だった。

773 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:50:37.91 ID:u2V0dNLU0

雪乃「 ……… 違うの。そうじゃなくて」


俺の考えを察したらしい雪ノ下が、逸らせた視線を昏いアスファルトに落としたたまま、ふるふると首を振る。


雪乃「 ……… 姉さんが」

八幡「姉ちゃんがどうかしたのか?」


よほど言いにくいことなのだろう。何を言われたものか先程より更に朱を深くし、しかもよく見れば少しばかり涙目になってる。

そしてそのまま待つこと暫し、やがて消え入りそうなほど小さな声で続ける。



雪乃「 ………… リビングの引き出しに入れてあるから、ちゃんと使いなさい ……… って」

774 :1 [sage]:2020/04/17(金) 09:52:15.09 ID:u2V0dNLU0

ではでは。ノジ
775 :1 [sage]:2020/04/18(土) 22:24:14.59 ID:+7z8dsQm0


* * * * * * *

776 :1 [sage]:2020/04/18(土) 22:27:31.49 ID:+7z8dsQm0

胸の上に何やら圧を感じて目を覚ます。

冬になると、いつの間にかカマクラが俺の上で丸くなって寝ている、ちょうどあんな感じだ。

夢現で目を薄く開けると、窓から差し込む淡い光に照らされ、染み一つないまっさらな白い天井が視界に広がっていた。

俺の部屋のものではない、見慣れない天井だ。

互いの家に泊まりに行くような仲のよい友達のいなかった俺としては、自分の部屋以外で目覚めることなど滅多にない。

だが、まるで馴染みのないはずのその白さにはどこかしら既視感があった ――――― 病院だ。

って、もしかして夢オチ? もしかして俺、また車に撥ねられちゃったとか? つか、我ながら真っ先に思いつくのがそこかよ。

やがて意識に記憶が追い付いてくると、糊の効いたシーツのたてるさらさらという衣擦れの音、肩にかかるすやすやと心地よさそうな寝息に気がつく。


――――― 胸の上に乗っているのはふてぶてしい猫などではなく、細くたおやかな白い腕。


時折、彼女がもぞもぞと動くと、ベッドのスプリングが僅かに軋む音がする。

掌には柔らく滑らかな感触、耳許には甘い吐息が鮮明に残っていた。

そして俺は深々と溜息をつきながら、自問自答する。


ちょっと乾燥機借りる間だけだったはずなのが、なぜこうなってしまったのだろうか。

777 :1 [sage]:2020/04/18(土) 22:28:45.23 ID:+7z8dsQm0

おまけみたいなもんです。ではまた。ノジ
778 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:39:22.75 ID:NPWzZ8gS0


* * * * * * *

779 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:43:16.81 ID:NPWzZ8gS0


一色「 ―――――― あ、先輩!」


次の日の放課後、グランドの端に立つ俺の姿に気が付いた一色が手を振り、俺も軽く手を挙げてそれに応える。

拝み手を切るような仕草で他のマネージャーに断りを入れると、一色はすぐさま俺に向かって小走りで駆け寄って来た。

一色「珍しいですね。今日はどうしたんですか? 」

軽く息を弾ませ、頭の天辺から爪先まで俺の姿をつぶさに見ながら訊ねる。

俺と言えば授業中でもないのに上下ともジャージ姿だ。不思議に思われても仕方あるまい。

八幡「ああ、ちょっと大事な話があってな」

一色「 …… え? 大事な話? それって …… 私に …… ですか?」

八幡「ん? あ、いや …… 」

そうじゃなくてだな、と続けようとした刹那、「やべっ!」という声とともに、いきなり俺達の居る場所に向けて放物線を描きながらサッカーボールが飛んで来た。

780 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:46:34.97 ID:NPWzZ8gS0

小さく悲鳴を上げ、首を竦める一色の前に出た俺は、反射的に胸でボールをトラップし、そのまま膝と足を使って数回リフティングすると一番近くにいた部員に向けて正確に蹴り返す。

以前かなりやり込んだことがあったせいか、身体の方が勝手に反応してしまったらしい。


一色「 ……… え?」


ざわっ


だが、次の瞬間、サッカー部の間に静かなざわめきが走り抜け、当然のように俺と一色にその視線が集まる。


「今の見たかよ?」 「誰よ、あいつ?」 「素人の動きじゃねぇべ」



…… つーか、戸部。なんでお前まで混じってんだよ。一応クラスメートなんだから顔くらい忘れんなっつの。


781 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:49:29.03 ID:NPWzZ8gS0


「 ―――――― テニスだけじゃなくて、サッカーもうまいんだな」


俺の蹴り返したボールを手にした葉山がゆっくりとこちらに近づいてくる。

八幡「言ってなかったか? お前や雪ノ下ほどじゃないにせよ、基本俺はそこそこのスペックホルダーなんだぜ?」

顔立ちだってそれなりに整っている方だし、成績だって現国は常に学年3位をキープしている。見ての通り運動神経だって決して悪くない。
目が死んでることと働いたら負けだと考えているという欠点にさえ目をつぶれば申し分なしだ。まぁ、目をつぶったら何も見えなくなってしまうわけだが。

葉山「 ……… そうだったね」

相手が相手だけに、それこそ鼻先であしらわれるかと思いきや、あっさりと肯定されて逆にきまりが悪くなる。

葉山「よかったら一緒にプレイしてみないか?」

しかも冗談か本気かそんな事まで言い出しやがった。

八幡「断るに決まってんだろ。なんでわざわざお前の引き立て役なんかしなきゃならねぇーんだよ」

俺はヒキタニであってヒキタテじゃねぇっつの。いやホントはヒキガヤなんですけどね。

782 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:54:07.03 ID:NPWzZ8gS0

葉山「もしかして、俺に何か用でも?」

いつもの爽やかな笑みを浮かべ、それとなく俺に水を向けてくる。

八幡「用もないのにわざわざこんなところまで来るとでも思ってんのか?」

思わず憎まれ口を叩いてしまったが、正直自分で言っておきながらなんだかツンデレっぽいなこれ。

し、仕方なく会いに来てあげただけで、べ、別にあんたのことなんて、[ピーーー]ばいいのに、くらいにしか思ってないんだからねっ!


葉山「 ……… それもそうだな」 苦笑を浮かべながら頷き、

葉山「いろは、すまないがちょっと頼まれてもらってもいいかい?」

気でも利かしたつもりなのだろう。さりげなく人払いするために一色に声をかけはしたものの、当の本人からの返事が、 ――――― ない。

葉山「 ――― いろは?」

再度、葉山が声をかける。つられて隣に立つ一色に目を遣ると、なぜか呆けた表情でじっと俺の顔を見つめている彼女と目が合った。


一色「え? あ? はへ?」


我に還ったらしい一色に、葉山が再び同じ言葉を繰り返し、ひとことふたこと簡単に指示を付け加える。

一色は慌ててコクコクと頷きながら、再度チラリと俺を見て、すぐにその場から離れていった。


783 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:56:00.62 ID:NPWzZ8gS0

八幡「 ――― 雪ノ下の家に話をつけに行くつもりだ」

一色の背中を見送りながら、十分な距離をとった頃合いを見計らって俺から話を切り出す。


葉山「 ……… そうか」

多少なりとも驚いた様子を見せないところからして、やはり俺がここに来た理由を最初から察していたのだろう。

八幡「で、お前はどうする?」

葉山「 ……… どうするって、何をだい?」 

八幡「このままでいいのか?」

葉山「 ……… このまま?」

敢えてなのだろうが、その白々しいまでの落ち着き払った態度がいつになく癇に障り、自然、俺の口調も荒く尖ったものへと変わる。

八幡「これからもずっとそうやって親や家のせいにしながら、自分の責任から逃がれ続るつもりなのかってことだよ」

784 :1 [sage]:2020/04/19(日) 20:58:52.53 ID:NPWzZ8gS0

俺の発した問いには応えることなく、葉山は手にしたボールをじっと見つめている。
元は白かったのだろうが今は泥に汚れ、ところどころけばだったそれは練習の激しさを物語っていた。

スポーツ万能にして頭脳も明晰、成績は全科目常に学年トップクラス。人並み以上の才能に恵まれながらも決してそれに溺れることなく努力も惜しまない。

それもこれも、唯ひとりの女性に“弟”ではなく“男”としてと認めてもらいたい、というのがその動機であるとするならば、それも頷ける。
そして、それが今の葉山隼人という、一見して完全無欠ともいえる人間を形成してきたのだろう。

例えその結果、相手からは“面白くない”と言われようとも、葉山は葉山なりに、常にその時点で一番ベストと思われる方法を模索し、選択し、実践してきたに違いない。

785 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:01:13.47 ID:NPWzZ8gS0

葉山抜きで練習を再開したサッカー部の動きは先程よりも明らかにキレが悪く、メンタルでもフィジカルでもその存在の大きさを感じさせた。

総武高校もお題目として文武両道を校訓に掲げてはいるが、県内有数の進学校だけあって真剣に部活動に打ち込む生徒の数は少ない。

一見真面目そうにやっているような連中でも、実のところではせいぜい内申点稼ぎが目的の場合がほとんどだ。

そんな中にあってもサッカー部は県大会で上位に食い込むほどの実績を残している。それもひとえに葉山の持つカリスマ性やリーダーシップによるところが大きいのだろう。


786 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:04:25.16 ID:NPWzZ8gS0

葉山「 …… お前にいったい何がわかる」

俺の耳に、ぼそりと呟く声が聴こえた。恐らくこれがこいつ本来の声なのだろう。そう思わせるような錆の含まれた低い声音だった。

いつもの快活で爽やかな外見そのままに、中身だけが入れ替わる薄ら寒い感覚に襲われる。朱に交わってなんとやら。そんなところはやはりあの女性(ひと)と同じだ。

目には見えないが明らかに俺に向けて放たれた圧に対し、いつもであればあっさりと屈してさっさと逃げを打つところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。

八幡「はぁ? 甘えてんじゃねぇよ。お前の気持ちなんざこれっぽっちもわからねぇし、わかりたいとも思わねぇーっつーの」

だが、俺の返す憎まれ口に、葉山はまるで反応を示さない。ならばとばかりに、

八幡「 ………… ま、勝手に親の敷いたレールの上を走っているだけで黙ってても好きな女が手に入るかも知れないんだ。タナボタもいいところだけどな」

続けて放ったそのひと言で、予想通り葉山の顔色が変わった。


787 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:07:43.46 ID:NPWzZ8gS0

胸倉に伸びてくる手を最小限の動きで捌いて躱(かわ)す。

こいつのこの動きは文化祭の時にも一度見ている。あの時はわざと譲ってやったが二度目はない。自称スペックホルダーの本気の逃げ足の速さ嘗めんなよ。

別にずっと根に持っていたというわけでもないのだが、ついでとばかりに足も引っ掛けてやった。わざとじゃないよ。じょうけんはんしゃ。だから、ふかこうりょく。

いつになく頭に血が上っていたらしい葉山はものの見事に俺の策略に嵌り、前のめりに倒れてがっくりと手と膝をついた。

滅多にない醜態を晒した羞恥のためなのか、俺を振り仰ぐその目に明確な殺気が宿る。いや、それは殺意とすらいっていいかも知れない。

ゆっくりと立ち上がる葉山の拳は白くなるほどきつく握り締められていた。


……… あー、さすがにちょっとやりすぎたか。これはもうダメかもわからんね。

788 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:15:08.83 ID:NPWzZ8gS0


「 ―――――― ダメっ!」


殴られるのを覚悟して目をつぶった刹那、俺と葉山の間に素早く割って入る小さな影があった。

恐る恐る目を開けると、両手を広げて俺を庇うようにして葉山の前に立ちはだかる ――― 小刻みに震えた一色の華奢な背中が見えた。


一瞬、葉山の顔に驚きの色が浮かび、すぐに気まずそうに目を逸らし、固く握りしめていた拳を解いて力なく身体の脇へと垂らす。


八幡「来るか来ないはお前の勝手だ。自分で考えて決めればいい。強要はしない」

だがな、と、続ける。一色の背中越しというのが今イチ格好つかない。


八幡「雪ノ下がこうなった責任の一端はお前にもあるはずだ。それはわかってるんだろ?」

俺のその言葉に葉山が驚いたように目を瞠り、次いでその顔が苦し気に歪む。

789 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:21:06.50 ID:NPWzZ8gS0


“ ―――― もしかして俺のせいかも知れない。”

先日の踊り場の一件で、葉山は自らそう告白している。
その時の俺は、それを両家の間で交わされた約定のことだとばかり思い込んでいたし、事実、葉山もそのように仄めかしていた。

だが、陽乃さんの口から今回の雪ノ下の留学を決めたのが彼女達の母親であり、その直接の原因となったのは俺が文化祭準備期間中に彼女のマンションを訪れたことだと聞かされた時から俺の中にはある疑念が生じていた。

四六時中母親の監視下に置かれているならともかく、あの時に限ってたまたま目撃されるという偶然があるものだろうか、と。

それがもし単なる偶然ではないのだとしたら、恐らくはあの日、俺が彼女の処に行くことを母親に知らせた人間がいたはずだ。

それが誰であれ、その目的は、雪ノ下の周りに男の影があることを匂わせ、彼女を貶めることで、“誰か”或いは“何か”から排除しようとしていたのに違いない。

もしかしたら、雪ノ下の父親が倒れた事も、タイミング的に今回の件と全く無関係というわけではないのかも知れない。

いすれにせよ、俺が彼女の見舞いに行くことを知っていた人間はごく限られている。 そして、あの時、俺をそう仕向けたのは ―――――――― 、


790 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:24:53.65 ID:NPWzZ8gS0

葉山「―――― 俺を脅しているつもりか?」 

抑揚を抑えた静かな声に僅かだが動揺の色が混じる。そのひと言で俺の憶測はある程度の確信へと変わった。

八幡「どう取ろうがそれはお前の勝手だけどな」

敢えて核心に触れずにおいたのは、一色のいる手前、葉山を庇おうとしたわけではなく、仄めかす程度に留めておいた方がより効果的だと判断したからに過ぎない。

葉山「俺がお前の脅しに屈するとでも?」

八幡「俺にとって一番大切なものを守るためだ。手段は選ばないし、選ぶつもりもない」

不穏な空気が流れる中で、俺と葉山の間に睨み合うかのような硬い視線が交錯する。

791 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:27:15.85 ID:NPWzZ8gS0

葉山「 ……… やっぱりキミとは何があっても友達にはなれそうにないな」 

俺を睨みつけたまま、葉山が苦い物でも吐き捨てるかのように呟く。

八幡「 ……… そうだろうよ。前にも言ったろ? 俺はお前のことが大っ嫌いだからな」

葉山「ああ、そうだったね」


八幡「それに ――――― 、」

俺の口から最後に零れた言葉に、葉山が怪訝そうな表情を浮かべる。



―――――――― “友達”だったら、もう十分間に合ってる。



その時、俺の脳裏を過ったのは、とある少女が浮かべた寂しそうな笑顔だった。

792 :1 [sage]:2020/04/19(日) 21:29:11.87 ID:NPWzZ8gS0

それではでは。ノジ
793 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:28:44.91 ID:cXkTTvye0

葉山が無言で俺に背を向け練習へと戻って行くと、それまでの緊張が一気に解けたものか一色がその場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。

八幡「葉山から頼まれた仕事はもういいのか?」

俺が声をかけてもしばらく心ここにあらずといった様子だったが、やがて思い出したように首だけ回して俺を見上げる。

一色「え? あ、はい。さっきのあれならちゃっちゃと …… 」

八幡「済ませたのか? 随分と早いな」

日頃いい加減な姿ばかり目にしているが、もしかして実はこいつ思いのほか有能だったりするのかも知れないと、見直し ………

一色「いえ、全部、戸部先輩におっつけてきちゃいました」 

八幡「 ……… って、またかよ」

こいつ生徒会やマネージャーの仕事もそうだけど、それ以上に戸部の扱いがどんどんぞんざいになってきてねぇか? まぁ、仕方ねぇか、戸部だし。

794 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:32:45.65 ID:cXkTTvye0

一色「そ、そんなことより」

ぐいぐいと強引にジャージの袖が腕ごと下に引っ張られ、俺の頭ががくがくと揺れる。

八幡「って、お前、ひとの話全然聞いてねぇだろ」

一色「ダイジョブです! いつものことですからっ!」

八幡「 ……… いつもなのかよ。つかそれ全然大丈夫じゃねぇやつだろ」

一色「それより先輩って、もしかしてサッカーとかやってたんですかっ?!」

八幡「はぁ? んなわけねーだろ」

個人競技ならそこそこいけるつもりだが、団体競技はからっきしである。
運動神経は決して悪くはないとは自負している。しかしいかんせん、チームプレイと名の付くものが超苦手なのだ。そもそも仲間に混ぜてすらもらえない。

俺がいる、というもうそれだけでなぜかチームの輪は乱れるわ、凡ミスも増えるわで、場の雰囲気がどんどん悪くなり、モチベーションもだだ下がりとなる。

我ながらこれほど敵に回して頼もしく、味方に回して恐ろしい相手もそうはいないだろう。

795 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:35:41.99 ID:cXkTTvye0

一色「で、でも、さっき、なんか、こう」

そういってむんとばかりにない胸を無理に張ってみせる姿が妙に痛々しい。無い袖は振れないって言うけど、無い胸も張れないのな。

っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフィティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。

八幡「あれはみんなで遊んでても俺だけ声かけてもらえなかったんで、気を引こうとして公園の隅でずっとやってたらいつの間にかうまくなってたんだよ …… って、言わせんな、恥ずかしい」

一色「うわー…、確かに死ぬほど恥ずかしい過去ですね、聞いてる方が」

八幡「うるせーよ、ほっとけ」

一色「あ、でもそれって、いわゆる"昔掘った貝塚"ってヤツですか?」

八幡「それはもしかして"昔とった杵柄"って言いたかったのか?」

いるんだよなぁ、聞きかじりの難しい言葉使おうとしてスベるヤツ。はい俺のことですね。

一色「え? えっと、やだなぁ知らないんですか? 最近はみんなそう言うんですよ?」

八幡「 …… 言わねーし、聞いたこともねーよ」 

796 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:39:50.27 ID:cXkTTvye0

一色「えっと、それで、あの、その、さ、さっきはありがとうございました」

いきなり、一色が小さくぺこりと頭を下げる。

八幡「あん? いや、どっちかっつーと礼言わなきゃならんのは俺の方だろ?」

一色「そ、そんなことないです!」

両手と首をぶんぶん振りながら俺の言葉を否定する。

八幡「まぁ、あわよくば暴力沙汰にして、それをネタに葉山を強請(ゆす)ってやろうとした俺の目論みは外れちまったけどな」

一色「 ……… うっわー、先輩ってホンットいい感じに性格が歪んでますよね」

俺としても「なるほど、その手があったか」などとブツブツ言いながら真剣な顔で考え込んでいるこいつにだけは言われたくない。


一色「それと …… ちょっとだけカッコ良かったです。あ、ホントにちょっとだけですけど」

人差し指と親指でほんの僅かな隙間を作って見せながら付け加える。

八幡「 ……… いや別にわざわざ二回言わなくてもいいから」

一色「やだなぁ、ですからほんのちょっとだけですってばぁ」

八幡「だからって何も三回も言うこたぁねぇだろっ!!! 」

しかも、さっきよりだんだん指の間隔が狭くなってねぇかそれ?

797 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:43:37.55 ID:cXkTTvye0

まだ何か言いたいことでもあるのか、一色が口をもにゅもにゅさせながら俺の顔をじっと見つめている。

それでいて先程からずっと気になっているくせに葉山との間に何があったのかストレートに聞いてこないのは、やはりこいつなりに遠慮しているのだろう。

八幡「………んだよ。俺の顔に何かついてんのか?」

少しだけ面映ゆくなった俺が誤魔化すように嘯くと、

一色「あ、はい。土がちょっとはねてます」

そう言って手にしているタオルではなく、わざわざポケットから取り出したきれいなハンカチで俺の顔についた土を拭おうとした。

八幡「い、いいよ、汚れんだろ」

傍から見たらまるで彼女のような甲斐甲斐しさに照れ臭くなり、思わず避けようとすると、


一色「そんなの全然気にしないでください。それにこれ、どうせこないだ先輩からもらったハンカチですし」

八幡「 ……… お前はそういうところを少しは気にした方がいいんじゃねぇのか?」

798 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:46:50.95 ID:cXkTTvye0

一色「えっと、それから ……… 」

手にしたハンカチをぐしゃりと握りしめながら、俺から目を逸らす。だからそれ俺のやったハンカチだろ。

一色「私、あれからひとりで色々と考えてみたんです」

八幡「ん?」

一色「それで、あの、やっぱり、その、わ、私、先輩のこと ……… 好き ……… みたい ………… です」

言葉尻にかけて次第に声が小さくなり頬が微かに染まる。その言葉の意味が頭に浸透するまで少しだけ時間がかかった。

一色「だって、先輩が卒業するまでまだ一年もありますし、こういうのって断られてからが勝負だって言うじゃないですか」

俺が何か言おうとする前に、まるで照れ隠しするかのように早口で捲し立てる。

八幡「 ……… いや、断られてからが勝負って、それ営業の話じゃね?」

しかもブラック企業の社畜営業が初日から繰り返し繰り返し叩き込まれるという例のアレ。
でも俺の経験上、キッパリと断られてからいくらしつこく食い下がっても印象悪くするだけなんだよなぁ。下手すると警察呼ばれるまであるし。

一色「それに私の一番好きなマンガでも、あきらめたらそこで試合終了だって」

八幡「だからお前一応サッカー部なんだよな?」

なんで一番好きなマンガがバスケなんだよ。そこはとりあえずキャプテンなにがしとか、ジャイアントなんちゃらとかにしろよ。他にもいろいろあんだろ、俺もよく知らんけど。

799 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:51:18.40 ID:cXkTTvye0

八幡「っていうか、ちょっと待て。さっきからお前、先輩、先輩って言ってるけど …… 」

一色「あ、ごめんなさい。もしかして、また勘違いさせちゃいました?」

顔を上げ、にやぁっと、それこそ腹の底まで透けて見えそうなほど真っ黒な笑みを浮かべる。
どうやらこの期に及んでまでまだ俺をからかっていたらしい。

八幡「いいか、一色。ごめんなさいで済んだら第三者委員会も報告書格付け委員会もいらないんだぞ?」

一色「でも、私が葉山先輩に振られたのだって元を正せば全部先輩のせいじゃないですかっ? だったら先輩が責任取るのが筋ってもんじゃないですか?」

八幡「どうしてそうやってありもしない責任の所在を無理やり俺に押しつけようとするわけ?」

一色「それが無理だったら、せめて代わりにいい男子(ひと)紹介するくらいしてください!」

八幡「アホかっ! 俺に他人を紹介できるほど人脈あるわきゃねぇだろ!?」

一色「そんなこと、最初から知ってますぅ〜」

下唇をつきだし、変顔で返してきやがった。 先生、こいつ殴っていいですか?


……… でも、正直変に猫かぶっているよりか、こいつのこういう強(したた)かなところ、決して嫌いじゃないんだよなぁ。

800 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:53:56.40 ID:cXkTTvye0

八幡「あ〜、先輩ならなんでもいいんだったらアレなんかどうだ、アレ?」

たまたまタイミングよく視界に入った校門に向かう後ろ姿に向けて顎をしゃくって見せる。

一色「えっ?! いたんですか、知り合い?!」

八幡「いや、いくらなんでも知り合いくらいいんだろ」

一色「先輩は知ってても向こうは先輩のことなんか知らないかもじゃないですか」

ぶつぶつ文句を言いながらも、俺の示す方向を目で追う一色。

しかし、その姿を一瞥するや否や速攻で、

一色「 ……… ごめんなさい。さすがにあれはいくらなんでもムリです、死んでも」

八幡「 ……… 酷ぇ言われようだな 」

一色「あ、でも、死んでもっていうのは、もちろん私がじゃなくって、あの人がってことですよ?」

八幡「 ……… そっちの方がもっと酷ぇだろ」


へぇぶしっ


ちょうどその時、件(くだん)のそれ、トレンチコートを羽織った人影から放たれた盛大なクシャミが遠く俺たちの耳にまで聞こえてきた。

801 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:57:50.66 ID:cXkTTvye0

八幡「さて、と。じゃ、部活中なんでそろそろ戻るわ。その話はまたいつか、そのうちてきとーにな」

俺がそう告げると、意識の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。


一色「わかりました。約束ですよ? それじゃ、また。―――――― 比企谷先輩」

背後からかけられたその声に、ふと足が止まる。俺は少しだけ躊躇ったが、結局、振り返ることもなく応じる。


八幡「おう、またな、―――――― いろは」


その瞬間、小さく息をのむ気配が伝わってきた。そして ――――――


一色「はっ!? 後輩女子に告られただけで名前呼び捨てとかもしかしてもう彼氏面ですか? 別にイヤというわけじゃありませんが都合のいい女とか思われるのは私のプライドが許さないのでやっぱりごめんなさい!」

立て板に水とばかりに一息に捲し立て、慌ただしくぺこりと頭を下げる気配も続く。


八幡「 ……… いや、だからもうそういうのいいから」

802 :1 [sage]:2020/04/20(月) 19:58:34.40 ID:cXkTTvye0

では続きはまた明日にでも。ノジ
803 :1 [sage]:2020/04/21(火) 19:53:12.48 ID:kSaMdh750


雪乃「 ―――――― 遅かったわね。たかがお遣いごときにいったい何時間かかるのかしら?」


部室に戻るや否や、聞き慣れた罵倒が俺を出迎える。

雪ノ下と由比ヶ浜が揃って俺と同じ恰好、つまりジャージ姿なのは、久しぶりに部活を再開する前に一度みんなで部室を掃除しようということになったからだ。


八幡「悪りぃ。途中でちょっと一色につかまっちまってな」

言いながら机の上に校内の自販機で買ってきた飲み物を並べる。

少し前にちょっと休憩しようかという話になり、俺が自分から買い出し係を買って出たのである。

パシリならまかせとけ。慣れたもので、ふたりが午後茶なのは今更聞くまでもなかったし、俺がマッ缶であることはそれこそ言うまでもない。

ついでといっては何だか、途中で寄り道して、“ちょっとした用事”も済ませてきた。

だから別に嘘はついていない。ただ単に全てを口にしなかっただけの話だ。

804 :1 [sage]:2020/04/21(火) 20:01:35.84 ID:kSaMdh750

それぞれが俺の買ってきた飲み物に手を伸ばし、思い思いの場所で一服する間、それとなく雪ノ下と由比ヶ浜の様子を窺う。

今朝早く家に帰ってから(小町に見つかってしこたま怒られた)、登校するまでの間に由比ヶ浜にはひと言“任務完了”とだけメールしてある。

早朝だというのにすぐに返信があり、そこには“ありがとう”の文字。

俺と雪ノ下のことについては薄々察しているのだろうが、あえて聞いてはこなかった。

ふたりだけで話したい事もあるだろうと、わざと気を利かせて席を外したのだが、ぱっと見、ふたりの様子は今までとさほど変わりない。

しかし、それは俺が気が付かないだけであって、良くも悪くも今回の件がふたりの関係に大きく影響したことは確かだった。

だが、それはあくまでもふたりの問題である。俺がしゃしゃりでる幕ではないのだろう。

三浦ではないが、友達だからといって変に遠慮することなく、言いたいことをはっきりと言い合える仲になってこそ、正しい人間関係と言えるのだから。

もっとも、雪ノ下や三浦のように思ったことを全てズケズケ言ってたら友達を作るよりも失くす方が早いと思うのだが。

それでも、もし、それで壊れてしまうようならば、それはやはりそれまでの関係に過ぎなかった、ということになるのかも知れないが、このふたりならば多分、大丈夫だろう。

俺はふたりを信じているし、ふたりは俺を信じてくれている。とりあえず今はそれだけで十分だった。

805 :1 [sage]:2020/04/21(火) 20:04:24.83 ID:kSaMdh750

結衣「ところで、いろはちゃん、ヒッキーに何の用事だったの?」

由比ヶ浜が午後茶に口をつけながら、思い出したように俺に尋ね、

雪乃「もしかして、何か頼まれごとかしら? また生徒会絡み?」

暖をとるように両手で缶を持つ雪ノ下がその話に加わる。

動いている最中はさほど気にはならないが、換気のために開け放たれた窓からは、時折カーテンを揺らして冷たい風が舞い込んでくる。


八幡「ん。あー、ほら、また、なに? その、いつものアレっつーか ……… 」

あまり深く突っ込まれても困るので、曖昧な言葉で誤魔化す。

ひとつ嘘を吐くと、その嘘を糊塗するために別の嘘を吐くことになり、更にその嘘を隠すためにまた新たな嘘を吐く。
こうしてどんどん雪だるま式に嘘が増えていき、最後はにっちもさっちもいかなくなるので、嘘を吐く時はいつでも言い逃れができるように適当に暈(ぼか)しておくに越したことはない。

だが、ふたりは俺の言葉に疑問を挟むことなくそのまま納得してくれたようだった。


雪乃「あなたに頼るなんて ……… あの子、よっぽど友達がいないのね」

雪ノ下が心底気の毒そうに言いながら、小さく首を振って見せる。


八幡「 ……… だからそうやって話の腰を折るついでにさりげなく心まで折りにくるのマジでやめてもらえませんかね?」

806 :1 [sage]:2020/04/21(火) 20:06:41.50 ID:kSaMdh750

結衣「それで、ヒッキーは、またひとりで手伝うつもりなの?」

由比ヶ浜がおずおずと問うてくる。その顔には心配している様子が窺えた。

八幡「ん? あ、や、今回は大した依頼でもないし、あいつにはちょっと個人的に借りもあるんでな」

雪乃&結衣「 ……… 借り?」

八幡「あー……、ま、とりまひとりでやってみるつもりではいるんだが」

チラリとふたりの様子を窺いながら、照れ隠しに人差し指で頬を掻く。


雪乃&結衣「 ――――― ?」

揃って不思議そうな表情を浮かべ、俺の次の言葉を待っているのがわかった。


八幡「もし困ったら、そん時はお前らも力を貸してもらえる ……… か?」


「うん!」 「やれやれ仕方ないわね」


やや間をおいて、異口同音に答えるふたりの顔には、いつもの見慣れた、柔らかな笑みが浮かんでいた。


807 :1 [sage]:2020/04/21(火) 20:08:38.11 ID:kSaMdh750

短いですが、本日はここまで。

次回いよいよラスボス戦です。申し訳ないですが今のところ更新時期は未定。
予想を覆し、期待を裏切るクライマックスに向けて、がんがりますです。ではでは。ノジ

808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/24(金) 08:34:08.73 ID:pksKZZgbO
乙です。
完結まで頑張ってください!
809 :1 [sage]:2020/04/25(土) 23:49:04.49 ID:pCPdShfR0
>>808 あざーす!
810 :1 [sage]:2020/04/25(土) 23:49:33.59 ID:pCPdShfR0
スミマセン、いつもの訂正です。油断するとすぐコレだ。

>>795 三行目

っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフィティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。
                        ↓
っていうか、お前一応サッカー部なんだから、いい加減トラップとかリフティングって用語くらい覚えたらどうなんだよ。


>>801 二行目

俺がそう告げると、意識の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。
              ↓
俺がそう告げると、一色の顔を少しだけ寂しそうな表情が掠める。
811 :1 [sage]:2020/04/25(土) 23:52:43.95 ID:pCPdShfR0


そして、いよいよ当日 ―――――――



雪ノ下の実家は市街地から程よく離れた郊外にあるらしく、バスや電車だとあまり便が良くないというので陽乃さんが手配してくれた車で向かうことになった。

指定された場所に着くと、待ち合わせの時間にはまだ間があるというのに既に黒塗りのハイヤーが停車しており、後部座席ではひとり雪ノ下が俺を待っていた。

八幡「すまん、待たせたか?」

俺が声をかけると雪ノ下は黙したままふるふると首を振る。

そしてそのまま彼女の隣の席に乗り込むと、


雪乃「 ――――――― 出して頂戴」

慣れた調子で雪ノ下が運転手に声をかけ、車は静かに動き始めた。


812 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:09:01.65 ID:bGpQd3+80

先程から彼女がいつになくピリピリしているのが伝わって来てはいるのだが、何分これから会おうとしている相手が相手だ。その気持ちも決してわからんこともない。

かといって到着までずっとこのままふたりして黙って座っている、というのも俺的にはなんかアレなので、何かしら会話の糸口はないかと考えていると、


雪乃「今日はネクタイ、してるのね」

ぽつりと雪ノ下の方から話しかけてきた。

八幡「あ、や、まぁ、一応、な」

学生の正装と言えばやはり制服だろう、ということで、今日の俺は休みの日であるにも関わらず制服姿だ。しかも普段はしないネクタイまでしている。

ウチの学校は、本来であれば校則で男子のネクタイ着用を義務づけているはずなのだが、夏場はクールビズで免除されているということもあり、そのままなし崩し的に年間を通して着用せずに済ませてしまう生徒も多い。

県内有数の進学校だけあって、それで著しく風紀が乱れるようなこともないせいか、余程だらしない恰好でもしていない限り学校側も黙認しているような状況だった。

813 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:14:00.45 ID:bGpQd3+80

雪乃「少し曲がってるわよ」 

いきなり雪ノ下に指摘されてしまう。

八幡「おっと、そりゃすまん」

だが、そうは言われても普段あまりネクタイをする習慣がないだけに、うまく結び直すことができない。そもそも、ネクタイなんぞ一生せず済めばそれに越したことはないだろう。

雪乃「仕方ないわね。ほら、かしてごらんなさい」

俺がもたついているのを見かねた雪ノ下が溜息交じりに手を伸ばし、丁寧に結びなおしてくれる。

本人は特に意識していないのかも知れないが、あの晩以来、彼女の何気ない所作の中にも今までにはなかった艶のようなものを感じる事が増えた気がする。

しかも、こうしてふたりきりで会うのも久しぶりである。


雪乃「 ――――――― できたわよ」


そんな事を考えていたせいか、雪ノ下が手を止めて顔を上げるまで、互いの顔がすぐ近くまで寄っていたことにさえ気がつかなかった。

目の合った瞬間、それまでは白かった彼女の顔が急に赤くなる。多分、俺も似たようなものなのだろう。

814 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:20:39.96 ID:bGpQd3+80

雪乃「 ……… こほん。 比企谷くん、服装はともかく、そのだらしない顔と腐った眼はなんとかならなかったのかしら?」

照れ隠しなのか、俺のネクタイを結び終えた雪ノ下が顔を背け、躙(にじ)るようにして少しだけ距離をとる。

八幡「 ………… 今更無茶言うなよ」

生まれて此の方ずっとこの顔で生きて来たんだから、文句があるなら親に言っとくれ。

雪乃「それと、姿勢が悪いわよ、姿勢。猫背 ……… なのは、えっと、まぁ、いいとして」

八幡「お前、ほんと猫ならなんでもいいのな」

雪乃「それより、今からでも遅くないから斎戒沐浴精進潔斎して身を清めて邪心を祓ったらどう?」

八幡「いいから少し落ち着けって」

雪乃「 ………… ごめんなさい。つい緊張してしまって」

言いながら雪ノ下が萎れたようにして項垂れる。

雪乃「 …… それに、あなたから邪心を祓ってしまったら後には何も残らないんですものね」

八幡「うるせーよ。つか、お前、今からそんな調子で、本当に大丈夫なのかよ?」

雪乃「私の方は全然問題ないと思うのだけれど、あなたの方こそ随分と心配性なのね。そんなんじゃ将来きっとハ〇るわよ?」

八幡「おい〇ゲとか言うな、ハ〇とか。失礼だろ! 髪の毛の不自由な人と言えっ!」

言いながらも、思わず髪の生え際を確認してしまう。

雪乃「でもあなたの場合、どちらかというと不自由なのは髪の毛ではなくて、頭の中身の方じゃないのかしら?」

八幡「 ………… いいよ。わかったから、お前もう帰れよ」

雪乃「あら、もう忘れてしまったの? 今から向かってるのが私の実家なのだけれど」

815 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:23:31.19 ID:bGpQd3+80

そんな感じで、三、四十分ほど車を走らせた辺りからだろうか、目的地が近づくに連れて道沿いに同じような白い壁がずっと続いていることに気が付いた。

聞いた話だが、雪ノ下の家はこの辺の大地主であり、少し離れているが最寄りの駅から家まで歩いたとしても、自分の土地以外に足を踏み入れることなく辿り着けるらしい。

そうこうするうちに、やがて車は減速し、大きな屋根と袖のついた腕木門の前で音もなく停止した。


雪乃「 ―――― 着いたわよ」

彼女がそう告げると同時に後部座席のドアが、がちゃりと音を立てて開く。

雪乃「ありがとう。ご苦労様」

車を降りた雪ノ下が労いの言葉をかける。運転手は無言で頭を下げ、そのまま何処へともなく走り去ってしまった。
料金を支払った様子はないのだが、どういうシステムになっているのかは俺にもわからない。

816 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:27:20.43 ID:bGpQd3+80

振り向いて見上げれば、門の上に覆いかぶさるように松の枝が伸びている。これがいわゆる迎えの松というやつなのだろう。

門扉は大きく開け放たれたままになってはいるが、正門はそれなりの身分のある者しか通ることが許されなかったと聞く。

DNAレベルにまで刻みこまれた先祖代々由緒正しい庶民生まれの俺としては、とりあえず袖にある小さな通用口の潜り戸からそろりと入ろうとすると、


雪乃「 ―――― 何をしてるの、こっちよ」


当たり前のように正門の前に立つ雪ノ下に手招きで促される。

こうなってしまった以上は仕方あるまい。だが、こんな時の正しい作法も一応は心得てはいる。俺はやおら息を大きく吸い込むと、


八幡「たのも …… 」

雪乃「いいから、早くなさい」


言いかけてる最中に強引に袖を引っ張られてしまった。



やれやれ、―――――――― “汝等こゝに入るもの、一切の望みを棄てよ”、か。



俺は再度その大きな門を見上げ、改めて覚悟を決めると、黙って雪ノ下の後に従った。

817 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:28:58.51 ID:bGpQd3+80

門を抜けると、そこには散策どころかちょっとしたピクニックまでできそうな日本庭園が広がり、遠く母屋と思われる屋敷まで白い石畳の道がずっと伸びている。

庭には天に向けてうねる松の木が植えられ、ハンマーで殴っても壊れそうにない石橋の架かった池には、うちのカマクラくらいはある錦鯉が何匹も泳いでるのが見えた。

いずこからともなく聞こえてくるカポーンという音は、間違ってもここが銭湯だからなのではなく、恐らくは鹿威(ししおど)しなのだろう。時代劇かよ。

しかし、金ってのは、あるところにはやっぱりあるもんなんだな。


818 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:31:30.24 ID:bGpQd3+80

俺の予想に反して、母屋は日本家屋ではなく瀟洒な赤煉瓦の洋風造りだった。

この分だと、地下にはワインセラーどころか核シェルターくらいがあっても不思議ではない。

そして体温の低い覗き見が趣味の家政婦とか、沈黙した執事が数えているうちに眠くなってしまうほど雇われているのだろう。
しかもメイド長は“なんちゃらの猟犬”とか渾名される元凄腕のテロリストだったりして。
さすがに冥途・イン・ジャパンだな。

雪ノ下の話では、旧宅は海外の著名な建築家のデザインだったらしく、国だか県だかの重要文化財に指定するだのされるだのという話が持ち上がっていたのだが、先代の時代にさっさと壊して建て替えてしまったらしい。

文化財に指定されれば、修繕や改修する際に補助金が出るのだが、その度にいちいち申請が必要で、それはそれで色々と面倒臭くて不便なのだそうだ。

災害時でもないのに修繕するだけで金がもらえるなら少しくらいの不自由は我慢してもよそうなものなんだが。なるほど、金持ちの考えることはよくわからん。

819 :1 [sage]:2020/04/26(日) 00:36:56.98 ID:bGpQd3+80

そのまま雪ノ下に付き従って玄関までたどり着くと、まるで俺たちの到着を待ち構えていたかのように中から扉が開けられ、陽乃さんが出迎えてくれた。

陽乃「いらっしゃーい。比企谷くん、遠路はるばるご苦労様」

今日は普段着らしく、胸元の開いたざっくりとしたセーターといういつもよりずっとラフな恰好に加え化粧も控えめだったが、元の素材が素材だけに、そのままファッション誌の表紙を飾ってもおかしくないくらい魅力的に見えた。


陽乃「あら、ふたりだけ?」

小さく首を傾げる様子からして、どうやらもうひとりの来訪が予定されていた人物、つまり葉山はまだここには来ていないらしい。

ちゃんとした約束を交わしたわけでもなし、今日ここに現れるかどうか確率は五分五分だったが、来ないなら来ないでそれは仕方あるまい。

陽乃さんの方も特に気にした風でもなく、それ以上は何も聞かずに俺たちを中に招き入れてくれた。

玄関をくぐるとそこはちょっとしたホールになっており、吹き抜けから下がる年代物のシャンデリアから透明な宝石のように上品な輝きが放たれている。

見回せばそこかしこに、いったい何に使うのかわからないほどでかい壺やら畳一畳分はありそうな絵画が飾られ、素人目にもかなり高価なものであることがうかがえた。

思わずそのうちのひとつふたつを手に取って、ルーペでも使いながら「いやぁー、いい仕事してますねー」とかやりたくなるのをぐっと堪(こら)える。

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