会長「音が紡ぐ笑顔の魔法」

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384 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/02(木) 02:27:19.05 ID:uzY/yNrro






同時刻、部室。

作詞「昔、私はねロリちゃんを追い出そうとしていたんだ」

会長「どうしたんですか、急に」

作詞「そろそろ話しておこうと思ってさ」

不良「以外とえげつねーなお前」

会長「貴女ならやりかねませんね、当時の副会長の気持ちを思うだけで心が苦しい」

作詞「あはは、面白い事を言うね。そう見えるかな?」

会長「少なくとも生徒会長時代のあなたを知っていたらそう思いますよ」

不良「え?こいつ生徒会長だったの?」

幽霊部員「生徒会長として話す時とこの部室にいる時は全然キャラがちがったんすよ〜?あっ、部室では今みたいな感じっす」

幽霊部員「前はどうしてか部長と喧嘩ばっかだったっすね、気に食わなかったんすか?」

作詞「ふふっ、私は彼の優しさが大嫌いだったのさ」

作詞「でも、その優しさが結局は正しかったな――」

作詞「この部の部長だって本当は私が務めると“思い込んでいた”のさ」

不良「ふーん?」

作詞「そう、あの時は――」

会長(いつもは作詞先輩の長い話を聞く人間なんて一人も居なかった。けど、今から明かされる過去だけは別だった)
385 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 14:50:51.37 ID:3Yjki+0Uo




一年前

作詞「君、この資料は何?」

「へ?」

作詞「三箇所も誤字がある」

「あ、す、すみません」

作詞「私はこれから用事があるのにも関わらず君の手助けをしなければならない。生徒会長だからね?分かるかな?」

「あ……ぁあ……うぅ……」

作詞「それに比べて見てごらん?あの二人は真面目に仕事をこなしているよ。同い年だよね?」

「ひぃ……」

作詞「見てごらん?」

「え?」

作詞「ほら、簡単なところで間違えてしまってる。君は抜けが多いからしっかり書類を見て書けば良いだけだよ、普段は真面目なのに勿体ないじゃないか?」

「かいちょお……」ウルウル

作詞「ほら、涙拭いて鼻かんで。ほらハンカチ」スッ

「……」チーン

作詞(私のハンカチで涙を拭くのはいいけど鼻をかむのはおかしいよね?……)

作詞「急いでいるから先にいくよ、ハンカチはあげる」

「ありがとうございますぅ……」

作詞(生徒会長が私の役割、求められる仕事をこなして求められる人であろうとする)

作詞(とんだピエロだよね)

作詞(だけれどもあの場所、自由天文部なら私は私らしくなる事ができる)

作詞(今回のライジングロックは散々だったそれでも次、廃部がかかっている来年こそ――)
386 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:08:51.44 ID:3Yjki+0Uo




作詞「やぁ」ガチャ

部長「よう」

副部長「あっ!作詞ちゃん!待ってたよ!早くギター教えて!」

作詞「ふふっ、仕方がない後輩だね?私の練習時間を平気で奪おうとする。しかし、それでも私は構わないよ、何故なら君の上達こそがこの部の未来を左右すると言っても過言ではないのだからこそ私は今こうし――」

幽霊部員「あっ、幼馴染ちゃんが珍しく来てるっす」

幼馴染「あんたにだけは言われたくないわよ」

副会長「すみません、遅れました」ガチャ

作詞「珍しいね、どうしたの?」

副会長「珍しくあの人が生徒会を休んだから、私が代わりをこなしたのもあったので」

作詞「へぇ……そういえば珍しく居なかったね。どうしたんだろう?」

作曲「……」

幼馴染「あれ?ロリはどうしたの?珍しく居ないわ」

「えっとまぁ、なんだ、今日は休みだよ」

作詞(この時、ロリちゃんが病魔に侵されている事も留年を繰り返している事も知っているのは二年生と三年生だけだった。そして今日は先輩方が引退する日でもあった)

「こほんっ」

部長「先輩が話したいってよ」

副部長「あっ!ごめんね先輩!」

「こいつら……まぁいいや」

「今まで後輩に恵まれてきたと思うよ」
387 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:19:20.97 ID:3Yjki+0Uo
部長「なんだよ急に」

「私達もやめることになるから改めてな」

作曲「最後だけ良い人……」

部長「あんたに殴られてきた事は忘れないわ」

「やかましいわ」

「それで、まあ次の部長だけど私たちは三年生誰かにやってもらいたいと思っている」

作曲「私は論外」

幽霊部員「そのとーり!」

幼馴染「作曲だけは無いから事実上、部長か作詞ね」

「作曲はそう言うと思ったけどたまにはお前も怒れよ?」

作詞「私と部長……」

部長「俺パスー」

「最後まで聞けって、殴るぞ」バキッ

部長「殴ってる!殴ってる!」

作詞(正直言って私が適任だろう。人をまとめる事は得意だし来年に向けての指針も固めている)

「そこでだ」

「作詞、前に言ってた事は本気なのか?」

作詞「はい」
388 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:51:42.52 ID:3Yjki+0Uo
作詞「体調を壊しがちでよく休むロリ先輩を今後一切練習に含めない事」

幼馴染「何それ?どうせ卒業でしょ?」

副部長「過激だねー、もう引退だよね?」

副会長「理解が追いつきません。副部長の言う通りでは?」

作詞「いや、彼女は来年も居るよ?どうせ留年だからね」

「おいおい、やめろっての。こっちから話す」

作詞「続けますね」

作詞「今後活動するメンバーはメインだけでやりたい」

作詞「私、部長、幼馴染、幽霊部員、副会長……あとは作曲担当、よろしくね?」

作詞「幼馴染と幽霊部員は出来るだけ出てね?」

作曲「……」

部長「おい、黙って聞いてれば好き放題……何考えてんだお前?」

作詞「何って現実さ、こうした方が良いに決まっている。時間は残されていないのに“今までのように”無駄な時間を過ごすつもりかい?」

部長「……てめぇ!」

部長「副部長はどうする!?たった一人で……」

作詞「皆を手伝えば良いじゃないか?それとも私よりも上手くなれるのかい?」

作詞「たったの一年で」

部長「分かんねぇだろ……そんなの」

作詞「分かるさ」

副部長「あはは〜」

作曲「……」ナデナデ

副部長「ありがとう作曲ちゃん……分かってるけど悔しいね」

部長「ダメだ、全部許せねぇよ」

作詞「ロリについても許せないのかい?」

部長「当たり前だ、あいつが居てこその“自由天文部”だろ」

作詞「そのロリのためなのにどうして?」

部長「俺達にはあいつが必要だし、あいつ抜きには何も進まねぇ。お前がロリに誘われなきゃ今こうして話してなかった」

部長「せめてロリを居させてやれ」

作詞「呆れたよ……また倒れ――」
「やめろ!」

作詞「……」

部長「……」

「私達、卒業していった人達もお前と同意見だよ」

作詞(先輩達全員が部長を見ている)

「お前が部長をやれ、作詞は部長を支えてやれ。じゃっ帰るね」

部長「……」
389 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 01:43:18.59 ID:6Y7OspCWo
作詞(帰ってしまったか)

作詞「部長、今からでも遅くない。お互い頭に血が上っていたんだ。私の言う通りにしよう、必ず結果が出るさ」
部長「断る」

作詞(こうなってしまった以上、部長は頑なだ。何を言っても無駄)

作詞(正直に言うと私の方が言っている事は正しいと思っている。ロリちゃんにこれ以上無理させないためにも)

作詞(あっ……そうか)

作詞(私は自分自身が考えている本当の気持ちを何一つ話していなかった)

作詞(副部長にはこれから入る新入生と頑張って欲しい、次の部長を任せたいなんて一度でも話したか?)

作詞「ち、違うんだ……私は決して」

部長「正直さ……お前ってギターもすげぇ上手だし頭も人一倍キレるから尊敬してたよ。でも、今日は流石に軽蔑したわ」

作詞(自由天文部でならありのままで居られると、本当の自分で人と向き合えると思い込んでいた)

作詞(でも違った)

作詞(周りに甘えていただけだ)

作詞(勘違いした結果がこれだ)

幼馴染「私は誰が上でも良いし私には関係無いけど……ロリの事は見てあげてよね」

幼馴染「私は他の事で忙しいからこれからも顔を出せる回数は少ないわ、じゃっ」

ガララッ

作曲「私も……気にしない……曲はこれからも家で作るから安心して」ニコッ

作詞「えっと……うん……今回の所は去ることにするよ。ただ、これからの活動は嫌でも君達のみになってしまいそうだね」ハハッ

部長「好きにしろよ」

幽霊部員「え〜!?辞めるんすか!?幼馴染ちゃん含めた三人のバンドはどうするつもりっす!?」

作詞「……辞めないよ、ただでさえ人が少なくて廃部の危機なんだ。ライジングロックを見届けるまでは辞めない。それに、これからは作詞に専念しようとも考えていたんだよ。副部長はライジングロック頑張ってね」

幽霊部員「なら良かったっす〜」

作詞(当てつけのような言葉を吐いてしまった。最低だ、私は)

副部長「そんな……」

作詞「じゃあね、暫くは頭を冷やしてるよ」

作詞(このままここに居たら泣いてしまいそうだ。どうして私は……)
390 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 02:16:42.95 ID:6Y7OspCWo




現在

幽霊部員「そんな事があったなんて……」

作詞「君はあの時居たからね?どうして覚えていないのか逆に聞きたいよ」ピクッ

幽霊部員「う〜ん、思い出せない」

不良「あんたも前はキツいとこあったんだな、ロリに出るななんて普通は言えねーよ」

作詞「うん、あの時の私はどうかしていたし実を言うとロリちゃんの身体も今程悪いとは考えていなかった」

作詞「当時の私は自分自身の事しか考えていなかったんだよ」

会長「結果的には正解だった」

作詞「結果論さ、部長たちの停滞もね」

不良「そういや幽霊部員はどうして、今までは部に出なかったんだ?」

幽霊部員「……」

幽霊部員「自由天文部の事は大好きっす。でも、部長のバンドには何も惹かれる物がなかったんす」

幽霊部員「毎日顔を出すのが苦痛で苦痛で……」

不良「聞いといて悪いけど想像通りで安心したわ」

幽霊部員「怒らないんすか?」

不良「もう慣れたわ、少なくとも今は気に入ってんだろ?」

幽霊部員「……優しいっすね」

不良「はぁ!?気色悪いわ!」

作詞「ふふっ……このバンドで良かったな」

会長「……」

作詞「全員が愚直だよ、こんな事は滅多に無い」
391 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 03:18:56.25 ID:6Y7OspCWo
不良「愚直って……そんな立派なもんじゃねーよ」

不良「色々あって追いつけてないだけ……」

不良「それに最初は男、会長、ロリと一緒にやってたのが今では最近まで知らなかった奴らとやってるからな。ほんと、何があるかわかったもんじゃねーよ」

会長「全くだ」

幽霊部員「それはそうと男君は急にどうしちゃったんすかねー?」

作詞「女の子の真似をするようになったよね」

不良「前から気付いてたけど……吹っ切れるなんて……」ボソッ

会長「何か言ったか?」

不良「い、いや!何も!」

幽霊部員「気分的に女の子の格好をしないと歌えないんすかね?女性の歌ばっかっすよね」

会長「どうだろうな」

作詞「それにしても男君は素晴らしいよ、今の体制をいとも簡単に作ってしまった」

不良「あんた的には正解なのか?」

作詞「うん、私が過去にしようとした事をなんのわだかまりもなく実現した」

会長「わだかまりか……」

作詞「あれ以来会長は男君と話していないね、喧嘩しているのかい?」

会長「……分からない」

不良「男も変わったからな、会長に対しての当たりは特にキツいわ」

幽霊部員「分かるっす!ツンツンちょいデレがツンツンツンっすよね〜!」

作詞「ははっ、思春期男子だね」

392 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/28(火) 09:35:00.87 ID:Kp60FlGCO
会長「……」

会長「結果的に全員が団結しているのは男のおかげだが」

作詞「露骨に話を逸らさないでよ、今気付いたけどタメ口と敬語のどちらなのかハッキリして欲しいな。聞いてる?」

不良「最近は男の事になるとすぐにおかしくなるんだよな」

幽霊部員「ふーん」ニマニマ

幽霊部員「好きなんすか?好きなんすか?」ネェネェ

会長「うっ、うるさいな……好きとかそんな事では……ない……だろう」モニョモニョ

女「うーん……青春って奴だね」

不良「居たのかよ!」

幽霊部員「最初から一緒だったじゃないっすか」

女「好きとかだか聞いてると……懐かしいな」ボソッ

作詞(それよりも気になるのはこの人は一体誰なのかと言うこと、間違いなく私の一年二年ちょっと上ではない)

作詞(もっと上?ロリちゃんなら知っているとは思うけど中々聞き出せない)

幽霊部員(あ〜、作詞ちゃんが勘繰っている……お姉ちゃんから全部聞いているなんて言い出せないしなぁ)

会長(私が男を好き?そんなはずある訳ない。男が私を心配させるのが悪いだろう、同じバンドのメンバーだから気になるに決まっている……)
393 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/28(火) 20:30:23.42 ID:Kp60FlGCO
会長(同じバンド……?)

会長(今は違う)

会長(元、だ。恥ずかしい……いや、そもそも何が恥ずかしいのか分からない――)グヌヌ

作詞(そもそも今のロリちゃんは会長だけに身を捧げている気すらしてしまう)

女「ねぇ、会長……だよね?名前」ゴキュ

会長「……はい」

幽霊部員「あっ、また変なの飲んでるっ」

女「水筒なら酒ってバレない……」

幽霊部員「アル中っすね」

女「私も好きな人、居たんだ」

会長「私も?言い方がおかしい気はしますが、続きを聞きましょう」

幽霊部員(それは……気になるっす。同じ自由天文部の初期メンバーっすかね?)

女「今のこの時間も、場所も私が作った……作ってしまった……」ボソッ

作詞「えっ?」

女「なんでもない」

女「それよりも……好きな人には告白した方が良いよ。何かを達成したらなんて特にね……勇気を出すためにある目標なんていうのは目標が大きければ大きいほど叶わない」

女「つまりさ、高校生なんて付き合った後からでも仲良くなれるよ……」

女「当たって砕けよう?」

394 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/29(水) 00:39:51.68 ID:p7s6yLjgo
会長(……目が澱んでいる)

会長(嫌な事ばかりを経験してきたのか、そんな目が信ぴょう性を持たせている)

幽霊部員「悪い奴に見えるっすよ」

会長(そもそも私は好きな人なんていないから全くもって見当違いな話なのだが)

作詞「これは参考にしない方がいいよ」

会長(酔っぱらいとは皆こうなのか、歳は取りたくないな)

会長「そもそも、好きとかそんな訳がない」

女「……」ジロッ

女「ねぇ、ベースは君がやるの?」クルクル

会長「やむを得ず、私がやる事になりました」

幽霊部員(あぁ〜!なんだか恥ずかしいっす〜っ!ゾクゾクする〜っ)ワシャワシャ

幽霊部員(それもこれもお姉ちゃんのせいっす……帰ってこなければ良かったのに〜っ)

幽霊部員(聞かなきゃ良かった……聞かなきゃ思い入れなんて何一つなかったのに)

幽霊部員(らしくないっすよ、ほんと)
395 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/01(金) 20:36:36.93 ID:Xx6bEHxOO






数週間前

女「幽霊部員……今までありがとう……じゃっ」ググッ

ズルズル

幽霊部員「ちょっと!どうしてお姉ちゃんが帰って来るって言ったら急に出て行こうとするんすか!」ググッ

女「お姉ちゃん……は関係……ない」ニヘラッ

幽霊部員「笑顔が凄くギギギッてなってるっす!!それにうちを出ても野垂れ死ぬだけっすよ!!」ギュゥゥ

女「それもまた……一興」ググッ

幽霊部員「お姉ちゃんから逃げ出す事をあたかも大河ドラマの主人公みたいにカッコつけんなーっ!」グイッ

女「べ、別にキーボードは関係無いし……引っ張って止めないでよ……服が伸びる」グイ-ッ

幽霊部員「私の体操着を着て何言ってんすか!!!って、ほら!やっぱりお姉ちゃんの名前知ってる!!なんで知ってるんすか!!あんた誰っすか!!?」ググッ

ガチャッ

キーボード「ドアがちゃー!おろ?幽霊部員は玄関でなにして……って女ぁ!?」

女「」

幽霊部員「ねぇちゃんもやっぱり知ってんすか?」
396 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 03:45:55.93 ID:K5Ht9MVTo
幽霊部員(あっ、空気が変わった)

幽霊部員(他人が怒ってたり悲しんでたりしても分からないけど、お姉ちゃんは別。些細な感情の変化でさえ分かる)

キーボード「いままで何してたのかい?」

女「どちら様?」

キーボード「ぴきりっ、女でしょ?」

女「人違いですよ、私と貴女は他人です」

幽霊部員「自分で女って言ってたじゃないっすか」

女(少しの間タダ飯にありつけたら良いと考えていたけど、居座るタイミングを完璧に間違えたな)

キーボード「幽霊部員、“コレ“が自由天文部を作った人」

幽霊部員「まじっ?“コレ”が伝説の先輩?」

キーボード「ピッコーン。ロリも現役達に名前までは教えなかったみたい、よかったね」

キーボード「全く、勝手にひきこもって退学してさ連絡一つも寄越しはしない」

女(あーあ、そりゃあキーボードも怒るよな)

女「……ごめん」

キーボード「謝らなければいけないのは私たちの方だよ、いろいろ背負わせてごめん」

女(嘘だ、“あの時”盛大に過ちを犯した私に怒らない訳がない)

キーボード「ロリもドラムも女に謝りたいって、ずっと言ってる」

女(吐きそうだ、今更どの面を下げて会えばいい)

女「……ごめん」カタカタ

幽霊部員(震えている、ロリちゃんやお姉ちゃんから聞いていた“伝説の先輩”とはかけ離れた姿。少なくとも私たち現役の部員が聞いてきた上での女先輩像はもっと豪快で自信に満ち溢れている印象を全員が持っている)

女「会いたく……ない、ほんとにごめん」

幽霊部員(実際にはあまりにも弱々しい)

キーボード「そっか、仕方ないよね。うん」

キーボード「――吸う?」

女「……うん」
397 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 04:32:54.18 ID:K5Ht9MVTo
幽霊部員「あー!リビングでたばこ吸ってる〜」

キーボード「モクモク。今日だけ今日だけ、どうせお母さんもお父さんも帰ってこないしー」

幽霊部員「プンプン。今日だけっすよ」

女「……」

幽霊部員(二人とも落ち着いたようにようには見えるけれど吸うペースが異常に早い。本当は緊張をしているのだろう)

キーボード「クルクル。変わったね」

女「……」

キーボード「女」

女「あぁ、私?」

キーボード「うん、顔と声以外全部変わった」

女「そうだね」

キーボード「……」

女「……」

幽霊部員(興味半分でこの場所にいるけれどすっっっごく居心地が悪い……コンビニでも行こうかな)

女「キーボードも変わったね……昔よりずっと落ち着いている」

キーボード「うん……よく言われる」ニコッ

キーボード「あれからなにを?」

女「あー……先輩に会わす顔が無いと思ってさ、ずっと逃げてた」

キーボード「逃げてたか……先輩って、あの創設者の?」

女「うん、無理やり歌詞まで書かせたし」

幽霊部員「キョトン。創設者?女さん以外に居るの?」

キーボード「ふっふっふ。本来の天文部としての元祖創設者が居るのだよ、女は“自由”天文部の創設者」

女「元々は普通の天文部だけど、部員が足りないから軽音楽部を混ぜたんだ」

幽霊部員「そっ、そういうことだったんすね……」

女「先輩が好きな天文部を残すためにね……でも廃部の危機なんだよね」

キーボード「女、それがね……」

幽霊部員「それだったら話は早いっすね、“天文部”は残るっす」

女「……え?」

キーボード「私の妹、すっっごく頭いいから奨励賞とか最優秀賞とか総ナメにしてさ」

幽霊部員「顧問のおかげっすよ〜」
398 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 04:54:59.88 ID:K5Ht9MVTo
女「って事は、当初の目的は……達成?」

キーボード「図らずしもそうなるけど……」

キーボード「自由天文部は無くなるんだよ?」

女「そういう事か……まぁ私としては……」

キーボード「ふんす。ロリが今も待ってるのは知ってる?」

女「うん、でもべつにもう良い……」

キーボード「――ワケ」

幽霊部員「あっ、完全に怒った」

キーボード「良い訳無いでしょ!!!」

女「……」

キーボード「ロリが今までどんな気持ちで待ってたか分からないの!?」

キーボード「貴女が何も言わないから“自由”天文部を残そうとして何度も何度も留年してたんだよ!?」

キーボード「どうしてか分かる!?」

キーボード「“女が”作った自由天文部を残すためだけに!!それだけのために人生賭けてたんだよ!?」

女「べつに、そこまで頼んじゃ」

キーボード「!」

幽霊部員(乾いてるけど凄い音……お姉ちゃんが人の顔を叩いた所なんか初めて見たっす)

キーボード「……ごめん」

女「いいよ、母親で慣れてる」

キーボード「これだけは言わせて貰うけど……ロリの身体が悪いのは知ってるよね?詳しくは聞いていないけど、ドナーが見つからないと死んじゃうって」

女「えっ?」
399 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:20:32.18 ID:K5Ht9MVTo
キーボード「この前、倒れちゃってもう楽器も弾けないんだってさ」

女「あいつ……どうして……」

キーボード「無理に会えとは言わない、でも」

キーボード「女の後に入った後輩達も皆、全員が女の、あなたの夢にかけて……破れていった」

キーボード「ロリは皆の涙を見てきたの……本当に強い子だよね」

女「……」

幽霊部員(女さんは黙りきってしまい、私達に背中を向けると更にもう一本たばこを吸った)

女「馬鹿……」

キーボード「どうするの?まだしばらくは匿うけど、このまま逃げ続けるつもり?」

女「現役に一人、センスある子が居る……」

幽霊部員「会長の事っすね」

幽霊部員「ちなみにベースも会長がやる事になったっすよ」ニコ-ッ

女「!」

女「……その子に歌くらいは教えてあげようかな……それしかできないし」

キーボード「――!」

女「あっ、お酒は用意してね……」
400 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:32:58.55 ID:K5Ht9MVTo
キーボード「喉は大丈夫なの?」

女「母親が……すぐに病院に連れてってくれたおかげで無事……」

女「キーボードとドラムはあれから何を?」

キーボード「私は留学したりして、外国で演奏してるよ」

キーボード「ダンッバンッ。ドラムは会社員やりながらソロで活動中……私達は待ってるよ、女の事」

女「もう、ギターなんて弾けないよ……」




現在

幽霊部員(あんな事を聞いたらそりゃ、この部のために尽くさなきゃって私ですら思うっすよ……ほんと)

女「ねぇ、歌って誰から教わってるの?」

会長「え?」

女「いや、もしかしてとは思うけど……うぅん、なんでもない」

会長「○○駅のスタジオの――」

女「っ!」

女「そう、いいよもう」

会長「自分から聞いておいてその言い草は些か理解に苦しむが――」

女「ごめんごめん、なるほどね、うん納得」

ゴキュゴキュッ

クシャッ

幽霊部員「あっ、飲み干した」

作詞「なんなんだい?あの人は全く……」

女「歌、全然ダメだから教えてあげるよ」
401 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:50:41.68 ID:K5Ht9MVTo
女「本腰を入れて……ね」

会長「……お言葉ですが、貴女に教わろうとは全く思わない」

会長「普段の貴女からは何も魅力を感じないし、借りを作りたくも無い。破綻者から教わることは何もない」

女「言ってくれるね、私のセンスと実力……感覚で分からない?」

作詞「私も会長と同意見かな」

幽霊部員「前、聞いた事あるけどあの人は会長より歌やべーっすよ」

女「〜♪」

会長「!!」

会長「あれは……先生がいつも練習の時に歌う曲」

会長「偶然か?」

女「まぁ……まだ私の方が歌えるね」

会長「……正直驚いてます」

女「そうかな?じゃあ……教えるよ?」

会長「これは……真面目に聞くしかないようですね」

女「自分より出来る人から教わるのは当然の事、世の常だよ……ちなみに音楽が凄い人は皆破綻者……」

作詞「偏見が凄いね、実力は認めるけど」

幽霊部員「なるほど、作詞ちゃんのギターが凄いのも…… 」

作詞「ん?君のキーボードほどでは無いよ???」
402 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/12(火) 06:00:26.38 ID:13dTo6p4o
会長(あの歌い方……先生と瓜二つ、まるで生き写しかのようだ)

作詞(凄く荒荒しく歌っていたけれど並々ならぬ下積みがある。技術がある上で激しくしている)

幽霊部員(凄い声量、窓が割れるかと思った……何はともあれ)

幽霊部員「会長!女さんの言う通りにした方がいいっすよ!」

会長「分かってる!」

作詞「音楽以外でも素直だと可愛いんだけどねぇ……ははっまぁ彼女には土台無理な話かな」

幽霊部員「作詞ちゃんと不良ちゃんもうかうかしてられないっすね」

不良「やっと名前で呼びやがった」

作詞「君に言われるまでも無いよ」

幽霊部員「うーん、なんか違うんすよね〜エモさが無いというか、曲に対する思いが足りないと言うか……このままだとダメな気がするんすよ」

幽霊部員「キリッ!じゃなくて、グイッて感じ?顎クイじゃなくて壁ドンみたいな」

不良「なに言いたいのこいつ」

作詞「急にやる気を出しても何を言っているか分からないのが玉に瑕なんだ」

不良「言うほど玉にか?」

幽霊部員「言語化すると、不良ちゃんはもっと力強く鳴らすことも覚えた方がいいって事っすね。例えばだけど二曲目予定のサビの切り返し部分でいつも曲に似合わない繊細な叩きになってるんすよ」

幽霊部員「作詞ちゃんは単純にBをB7にしないでBでやりきって欲しいっす。作詞ちゃんなら弾けると思って作曲ちゃんも忙しい中でこの曲を作ったんすよ!きっと寝不足っす!」

作詞「うっ……痛い所を……皆の歌詞を書いてる私も寝不足だけどね」

幽霊部員「つべこべ言わないでやるっす!」

不良「ちゃんと話せるじゃん」
403 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/17(日) 19:41:44.43 ID:3nLZrPseo
不良(しっかし、まぁこいつが天才とか言われてる理由が分かる気がするな)

不良(センスが段違いとしか言いようがねーよな)

不良(あのいけ好かない眼鏡野郎と同じ……私はアイツに勝てるのか?)

不良(いや、勝つか負けるかじゃねぇだろ)

不良(――全員でやってやるんだ)

作詞(私達なら本当に成し得てしまうかも……ね)

作詞(しかし、最大の長所は会長であると同時に最大の短所も会長だ)

作詞(ベースはロリちゃんの指導の賜物かな、本当に上手になった。しかし、それでもロック・スターのレベルではない)

作詞(会長が1番わかっているのは重々承知の上だけど私は心配だ、歌っている場合なのかどうかね)

作詞(違う……全員で補っていかなければならない、なにも会長だけに当てはまることでは無い)

作詞(会長も不良も幽霊部員も私自身も、全員が互いを支え合わなければならない)
404 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/17(日) 20:40:22.20 ID:o22JW/PhO

翌日、部長の友人がライブハウスで演奏する機会を作ってくれた。

枠が中々埋まらないため、チケットを捌かないでもいいから演奏して欲しいとの事情を聞いた俺たちはその誘いを喜んで受け入れた。

俺達に足りないのは場馴れだろう、俺と幼馴染と作曲先輩はとにかくとして部長と副部長と副会長は本番にどうしようもなく弱い。

今回を機に出来るだけ本番に慣れて欲しいのが本音だ。

友「こんにちは〜」

ライブハウスのすぐ側にあるファストフード店に少しだけ遅れてやって来た友は背筋を伸ばしながら深々と礼をした。

幼馴染「男、この子は誰なの?」

男「幼馴染も挨拶くらいはしろよ、俺の親友だよ」

友「私は友って言います、男と同じクラスで仲良くやってます。雑用とか煩わしい事は全部任せてください」

幼馴染「アンタ、親友に雑用をやってもらう訳?本当に親友なのかしら?」

男「違う、友から申し出てくれたんだよなぜ疑う」

俺と友は毎日のように連絡を取り合っている仲でふとした拍子に自由天文部の状況を話した結果、友の方から是非とも自由天文部を手伝いたいと申し出てくれた。
俺はしみじみと感じた、持つべき友だと。

友(男……私ほど良いお嫁さんにになれる人間は居ないからな?分かってくれるよな?)

部長「何この子、めっちゃ可愛いんですけど……男の友達?」

作曲「……友達居たの?」

男「あ?」

副会長「意外ですね」

部長「だから言っただろ同い年の友達の一人や二人は居るって」

副部長「まとめて言うと男君に不良ちゃん以外の友達が居ないなんて皆は冗談のつもりで思ってただけだよ!」

男「それは完全にトドメですって……絶対に本気で友達が居ないって思っていただろ、先輩でも許せないって」
405 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/21(木) 00:48:14.14 ID:NvH4qb5do
副部長「あはは!ごめんね!」

男(今笑ったのってどういう意味だろうか)

友(男ってやっぱり友達が居ないと思われていたんだなぁ……ところでさ、不良って誰だよ)

男「偏見も甚だしいなぁ……」

副会長「偏見?客観的に見た事実では?もしかして人の事は散々好き放題言う癖に自分自身の事は客観的に見れないとでも?」

男「そこは掘り下げないでください。分かってるって」

作曲「分かってる……」

男「……全員揃ったから話します。このバンドだけで演奏するのは初めてですよね?」

男「いつもは会長たちが居る、同じ部員同士で平等に取り組もうとしている」

部長「だな」

男「今回のように外部での演奏は全員がが揃っていた方が勇気も出るし頑張れると思います」

副会長「そうですね、もう一つ枠があったならとは思います」

副部長「みんな揃った方が楽しいよね!」

男「でもね、それって凄いチャンスなんですよ」

幼馴染「ケッ」

男「おいおい、幼馴染……口が悪いぞ?どうしてわかりやすい舌打ちをした?」

幼馴染「馴れ合いはいらないって話でしょ?分かりやすいわね」

俺の話に対して徹頭徹尾、不快感を顕にした幼馴染は目を合わせようともせずに彼女自身が思っている事を言い切った。

彼女の不快感を後目に俺は言いきった。

男「その通り!周りに気を使う必要なんて無い!」

グループアイドルをやっていた影響だろう、だからこそ幼馴染は一番になる事ができない。周りを気にしてしまうから綺羅星ソニアよりも高い評価を得る事が出来なかったのだ。

上に立つ人間は周りの目なんて気にしない。その事は幼馴染、ツンデレ自身が一番分かっている事だろう。

男「正直、俺達自由天文部が青春物語の一部なら会長達だって何一つ文句を言わずに合わせてくれていたと思いますよ」

男「しかし」

男「実際にそんな事は有り得ません」

男「改めて言いますけど、自由天文部同士もライバルです。きっと会長達は俺達を出し抜いていますよ」

男「ほら、どうせなら自分が主役になりたいでしょう?」

あっけらかんと言い切ってやった。
本当に同じ事をしているかは分からない、けれども俺達は同じ人間。同じ人間だからこそどこかしらで“周りを差し置いて”演奏している筈だ。

人間である以上は“清く正しく競い合う”事なんて無いのだから。

男「俺達が与り知らぬ所でライブをしていますよ、俺はそれが悪い事とは思わないし自由にすればいいと思う」

あたかも会長達を誘ったかのような口ぶりで話しているが、実際には俺が握り潰した。
部長にも釘を刺し、俺たちの中で話を留めた。
ライバルなんだ、事実上ひとつの枠を争っている以上は当然のことだと思う。
406 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/08/24(月) 00:06:24.47 ID:ZeQATGkpo
全員が黙り込んでいる。
良心の呵責とでも言うのだろうか、部長なんて今にも死んでしまいそうだ。

今すぐにでも消えてしまいたいと言った顔をしている。

幼馴染「待って、アンタまさか――」

男「あっ」

しまった、これでは俺が握り潰した事が全員に気付かれてしまう。
言葉選びを間違えてしまったのは明らかだ。
あまりにも迂闊だった。

幼馴染「間抜けな声出して……化けの皮が剥がれたわね」

副会長「幼馴染、私が言います」

副会長が幼馴染を制すると幼馴染は嫌々口を噤んだ、

副会長「男君、人として最低ですよ」

薄ら笑いを浮かべる副会長の瞳はどこまでも冷たい、俺を軽蔑しているかのようだった。

副会長「私は他人を蹴落としてまで上に行きたいとは思いません」

副会長「いつもこうして来たのでしょうか」

違う、そんな事は無い。
正直に言うと初めてだ、ここまでしなければ勝てないと思ったのも、露骨に人を蹴り落とそうとしたのも初めてなんだ。

副会長「先程は会長も同じような事をしていると話していましたね、訂正してください」

副会長「会長が私たちに隠し事なんてする筈がありません」

男「……すいません」

部長「あ〜っと、もう時間だぜ?早く行こうぜ」

友「そうだな……ですね、早く行こましょう」

副部長「絶対に敬語下手だよね?無理しなくていいよ?行こましょうって中々出ないよ?」アハハ

友と部長の気遣いが俺の心をさらに締め付ける。
自分でも気づいているのにも関わらずウィッグの毛先の束を指で何度も巻いてしまっている、分かりやすい逃避行動だ。

副会長「正直に言うとそんな気分では」

副部長「空気悪いけどね……」

「「駄目」」

男「だ……」
幼馴染「よ……」

男・幼馴染「「……」」

幼馴染「用意してもらったステージには必ず立たないとダメ、観客は私たちのいさかいなんて知ったこっちゃないもの。枠がある以上は割り切らなきゃ」

男「何があろうともステージには立つ、それだけは譲れません」

作曲「……」キョトン

友「……」イラッ

友以外の全員が呆気に取られた表情で俺と幼馴染を見つめていた。
幼馴染がツンデレって事を忘れてしまうところだった、アイドルを辞めたとしても失われることのない誇りと矜恃は常にアイツの中にあるのだろう。

幼馴染「男……噛んだら許さないわよ」

男「分かってるよ」

各自思うことはあるのだろうが、揺らめく感情を胸にしまいこんでライブハウスへ向かった。

昼下がり、茶色く錆びたガードレールを越えた先にあるライブハウス。入口手前の地面からは陽炎がのぼり、アスファルトの隙間から生える雑草まで揺らめいて見えた。
407 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/09/12(土) 14:55:16.37 ID:87Ryfje3O
数十分後、俺達は帰路についていた。
駅のホームのベンチでは全員が何も話すこともなく、俯いていた。

ライブの結果としては普通、良くも悪くも無い。悪ければまだ何かしらの起伏や改善点を発見することが出来ていのだが、俺達メンバーは冷静に、面倒な作業をこなすかのように演奏を終えていた。

このバンドは完全に終わった。
心が離れてしまったのなら俺に取り返す術は無い。

全ては俺自身の責任。
俺以外の全員は主役になることなんて考えてすらいなかった、自由天文部が存続さえしたらそれだけで十分だったのだ。

副会長達にとって男という人間はさぞかし傲慢に見えただろう、その通りだ。
音階の低い歯ぎしりのような音が煩わしくこだまして、やがて無音になる。
地獄に叩き落とされたかのような時間が無限に続いているかのように思えた。

ぷしゅうと扉の開く音がしてからは早かった、電車に乗ろうと立ち上がった頃には同じ音がした。

ホームには俺と……作曲先輩だけが残されていた。
408 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/07(土) 18:08:46.26 ID:HMRN90vKo
テス
409 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:34:27.21 ID:/k/kpvsQo
作曲「みんな……帰ったね」

男「……」

どうすれば良いのか分からない。
言葉の発し方を忘れてしまったかのようだった、口を閉じているのにも関わらず口の中が乾いて仕方がない。

男「ぁ……うんっ……ごほっ!」

作曲「男君はどうしてこの部活に入ったの?」

やたらと話す。
いつもは喋ることもままならない作曲先輩も俺の失態を見てさぞかし気分が良いのだろう。
俺としては感謝してほしいくらいだね、貴女に言葉を与えたのだから。

冗談はさておき間の悪い質問に答えることにしよう。

男「会長に連れられて……あれ?」

会長に勝つため?
違うはずだった、俺はもともとは負けず嫌いの子供じみたことなどは考えていなかったはずだ。

男「わからない……忘れました」

作曲「男君なら必ず明確な答えを持っていると思っていたよ、どうしちゃったのかな?」

男「おかしいな、あはははは、あは」
410 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:35:01.12 ID:/k/kpvsQo
作曲「気にしないでいいよ、ちょっと驚いただけだから」

作曲「私はね、中学2年生の時から不登校だったの」

作曲先輩は空を仰いでいた。
どのような表情をしているのかは分からないが、俺には泣くことを我慢しているかのように見えて仕方がなかった。

いじめがきっかけの不登校は今更珍しくともなんともないと思う。
人と関わる事が苦手でも多種多様の人物を押し込める箱で過ごさなければならないのが学校。
子供達はその箱の中で最低限の社会性と教養を身に付けていかなければならない。
人間として未成熟な子供が集まれば当然の話、いじめも起きてしまうのだ。

作曲「クラスの人気者で勉強も運動もできたのに馬鹿だよね?」

男「え?」

失礼な考えに思い耽っていたようだ、人をガワだけで判断するなんてことはしてはならない。

作曲「負け続きなんだよね、好きなことだけ」

作曲「最初はピアノ、近所ではかなり賞をとっている方で自分のことは当然のことを天才ピアニストだと勘違いしていたよ」

作曲「そんな自信に満ち溢れていた私の心を粉々に砕いたのが幽霊部員」

男「幽霊部員先輩ですか……」

幽霊部員「思ったよりも合うのが早いと思ったでしょ」

図星、俺の中では作曲先輩が幽霊部員先輩より劣っていることに気付いた結果作曲の道を選んだと断定こそしていたが、中学生の頃から因縁があるとは考えもしていなかった。

作曲「この時からだよ」

作曲「――たった一人の人間に負け続けることになったのは」
411 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:36:18.51 ID:/k/kpvsQo
作曲「勘違いをしていた私は少し大きいコンクールに出ることにしたの」

作曲「当時の友達もたくさん来てたっけな、今思い出しても憎たらしいよ」










数年前

すべてがつまらないしくだらない。
県上位クラスと聞いて期待をしていたが、はっきり言ってこれではレベルが低い。
私が金賞をとって終わりだろう。

金賞は友達にあげることにしよう。
そうして喜びを分かち合えると思うと尊い気持ちになる。

幽霊部員「みんな素敵っすね〜」

たまに居るマナーを知らない子、一人?
襟も崩れているし本当にだらしない。

作曲「もっと小さな声で話さないと駄目だよ?」

小さな声で優しく教えてあげることにした。
これで少しはおとなしくなるだろう。

幽霊部員「あっ、呼ばれた」

人の好意を知ってか知らずか、マナーの悪い子は席を立ってステージへと上がっていった。

作曲「……」

次の番は私。

いつからか人前で演奏をすることに対して緊張することが無くなってしまっていた。
緊張はすること自体は非常に大事なこと、ある一定の緊張がなければ良い集中は得ることができない。
停滞を感じているのは間違いない話、もっともっと高いレベルに身を置かなければならな――

作曲「なに……これ?」
412 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:36:50.55 ID:/k/kpvsQo
私は耳をほんの少しだけ傾けた。傾けなければよかった。

技術の差というものはこれほどまでに残酷な現実を突きつけるのか、私は今この瞬間になって初めて本物の天才と出会った。

僅かな強弱が凡百との旋律に大きな差を、絹糸を結うかのように滑らかかつ繊細な手指の動きが旋律に命を吹き込んでいた。

幽霊部員「♪」

演奏が終わったあとには中学生の演奏とは思えないほどの歓声が沸き上がっていた。
私が今まで経験してこなかったことばかりだ。

今にも崩れ落ちてしまいそうな足を精一杯の力でステージまで運ぶ私の姿はさぞかし滑稽だっただろう。

幽霊部員「あーあ」

歓声の中ですれ違う凡百と天才。
天才はすれ違いざまに信じられないことを吐き捨てた。

幽霊部員「久しぶりに弾いたけどまあまあうまく弾けたっす」

作曲「えっ――」

思わず足が止まってしまった。
無視してしまえばどれほど幸せだったことか。

作曲「ぃ……いっ……いつぶりなの?」

幽霊部員「1年ぶり?くらいっすね」
413 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2020/11/11(水) 14:15:52.29 ID:56XvyhM60
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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414 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/21(土) 19:04:03.51 ID:0SHkGLZeo
現在



作曲「――これが中学生の時」

幽霊部員らしい話だと思った。
中学生のときから人の心が分からない。
図に乗るような素振りや見下すことをしない事がかえって人を傷つける。

男「腹の立つことに天才ですからね、向きにならない方がいい。相手にない要素を真剣に突き詰めていった方が身のためになる」

作曲「そうだよね。わかっているけど未熟な私にはあの怪物の存在を受け止めきることができなかった」

作曲「悔しくて悔しくて……でも分かるよね?」

男「自分なんて眼中にもなかった」

作曲「うん……その事実が何よりも耐え難かった」

話が見えてきた。
これから何が起きるのかも、作曲先輩が今の道を選んだ理由も何もかもが俺には分かってしまったのだった。
415 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/21(土) 19:05:04.99 ID:0SHkGLZeo
数年前



引きこもっていた間も勉強だけは欠かさなかったこともあり、無事に高校へ入学することはできた。

作曲「……」

昔の友だちがいないであろう高校に進学できたことはよかったけれど、これからどうしていけば良いのかがわからない。
中学生の私が途中までの間、学生生活を満足に送ることを出来たのは友達の存在と私個人の能力が大きい。
今現在、友達は一人も居ない。
運動は引きこもり生活で鈍っているだろうし勉強も上には上が居る……

作曲「憂鬱……」

「君、一人……?」

作曲「えっ……あっ、その、えっと」

人とまともに話す機会が減ったせいか、言葉を発することにも一苦労してしまうことになっていたのには私自身たった今気付いたのだった。

「楽器は弾ける?」

軽いカールのかかった金髪ロングの小柄な女生徒、上履きを見る限りでは三年生だ。
彼女の外見とは裏腹にとても大人びた印象を受けていた。

作曲「……ピアノなら」

大人しい彼女なら私も心を開くことができるのではないか、そんな勘違いを胸に答えてはいけないことを答えてしまったのだ。
416 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/12/09(水) 22:39:55.60 ID:FzhMKkHXo
ロリ「ウェーイ!!!」

「よっしゃラッキー!!」

ロリ「3人目ゲットだにょ!」

騙された。
つい先程までは私と同じ種類の人間かのように振る舞っていたのだが……

ロリ「私達は『自由天文部』だにょ、かんたんに言うと軽音楽部!」

「目標はライジングロック入賞!!」

ロリ「君達新入部員がこの部の未来なんだにょ〜」

「私達の時も言ってたよなそれ」

ロリ「弾いてみてほしいにょ」

分からない単語。
勝手に未来を託される。

作曲「キーボードなんて……」

ポーン

作曲「……」

世界が変わった気がした。
この瞬間、自由天文部は私の干からびた心を満たしてくれる十分な居場所になった。

必要とされる以上、全力応えたいと思った。
ピアノの次はキーボードに没頭していくのだった。

『彼女』が現れるまでは。
417 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2020/12/10(木) 03:04:28.86 ID:cl/WEtKj0
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418 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2021/02/15(月) 02:08:50.82 ID:USQOpFN2o
1年後

作詞「今日は新入部員が入るって聞いたかい?そう、かなりの天才児かつ問題児らしい。なんでもロリちゃんの友達の妹だとか。おっと勘違いしないでいただきたいけれど私は天才などという言葉は嫌いだけどね私の経験上天才とい」
作曲「私も嫌いだけど……見たことがあるよ」

作詞の話はいつも長くなりがちだった。
自信家で曲がったことが大嫌い。そんな彼女だからこそ私は長話も苦ではないし心地が良い。
高校生になってからできた初めての友達、いつまでも大事にしたいしこれからも話を聞きたい。

作詞「私は無いのかもね。わからないよ」

作詞「例の天才児は作曲と同じキーボードらしい。うかうかしていられないね?」

作曲「負けない……」

作詞「うん、心配には及ばないね」

自由天文部に入ってから心が満たされていくのを感じていた。
また1からやり直せる。
キーボードという楽器が私を変えてくれた。

作詞「さぁ着いたよ」

作詞「可愛い後輩の顔を拝むとしよう」

ガチャ

部室の扉を開く音も好きになっていた。
自分で開けるよりも誰かが開ける音のほうがが好き、鉄の軋む音がこれ以上になく心地良い。

作詞「やあ、初めまして私は作詞」

「初めましてっす!幽霊部員っす!」

作曲「……」

先輩達が泣く姿を見て私も頑張ろうと考えていた。
キーボードとしてライジングロックに立つ姿も想像していた。
入賞して廃部を免れて、皆で笑って卒業できると思っていた。
ロリちゃんのことを聞いてからは必ず役に立ちたいし立てると思い込んでいた。

そんな浅ましい私のすべてが音をたてる間もなく崩れ去っていった。

作曲「ひ……久しぶりだね」

幽霊部員「えっと……会ったことあるんすか?」

吐き出してしまいそうだ。
そんなことが許されるはずが無い、何も覚えていないなんてふざけた話があってたまるものか。

今まで私がどんな気持ちで――

作曲「……」

幽霊部員「???」キョトン

作曲「ううん、私の勘違いみたい」

作詞の話によれば、私は無表情を保ちながら涙をこぼしていたらしい。
419 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2021/08/24(火) 05:25:24.42 ID:HbOh8YX2o
現在

作曲「……」

作曲先輩は俯いたままだ、正直なところこれ以上口を開くのかも怪しい。

男「これ以上は察しろと?」

俺は作曲先輩がこれ以上何を話したいかも分かっていた。

作曲「うん。喋るのに疲れた……」

男「……」

作曲先輩は幽霊部員の存在によってキーボードを諦めたのだ。持て囃されてきた秀才の自信と積み重ねはたった一人の天才によっていともたやすく崩れ去ったのだ。

男「どうして曲を作るようになったのかは教えてもらえますか?」

作曲「適材適所ってやつだよ」

重々しい口取りで言葉を連ねる。

作曲「やる人が居ないしこれ以上自分の居場所から逃げたくなかったから」

鉄の摩擦音が鳴り響く。かける言葉が思い浮かばない俺の心をまるで気遣うかのように電車が通りすぎた。

作曲「正直に言うとピアノよりもキーボードよりも死に物狂いで打ち込んだと思う……ほんの少し覚えがあるだけで好きでもないことに私は打ち込んでいた」

俺にとってのアイドルと同じだった。

作曲「馬鹿みたいだよね?自分で手放したくせにまた欲しがって……」

作曲先輩の場合、それは居場所だ。

この人は自由天文部に本当の居場所を見出していたのだ。

作曲「初めて作った曲を……」

作曲「幽霊部員は褒めてくれた……って信じられる?」

皮肉な話だ。
幽霊部員が褒めるという事は本当に良かったという事になる。あの人は音楽に関しての嘘をつくことがない。
俺自身も作曲先輩が作る曲には非凡なものを感じていた。

男「信じますよ、うん」

作曲「だからこそ今も曲を作り続けることができたと思う」

作曲「そうだ」

作曲「会長達とロックスターに向けての意見を交換したよ、恥ずかしげもなく話してくれた。喜怒哀楽のすべてを」

何を勝手に行動しているのかと訝しむが無理も無い事だった。
自由天文部の楽曲すべてを作曲先輩が担当しているから当然のことだろう。
各バンドが意見を言うことがあっても基本的には作曲先輩が形にする。作詞先輩の作詞も然りだ。

作曲「会長たちはロックスターに向けての曲作りがしたい。新曲を披露したいからって私に連絡してくれた」

恥ずかしいことに人を貶めてまで勝ちたいと思っていたのは俺だけだった。
遠回しに思い知らされた気分だった。俺は自分自身のことしか考えていなかったのだ。
愚直にやってきたつもりだった。競争を促して仮想敵を作り出すことによって奮起を促すことができればと考えていた。

作曲「とても良い曲ができたと思う。贔屓目なしにロックスターでの入賞も夢ではない……よ」
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