メイド「私の嫌いな貴方様」

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80 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:04:05.99 ID:rlpAyYI4O
正直足も痛いし息をするのも辛い。

だが、疲れたのにも価値がある。


これでお姉ちゃんも手放しで褒めてくれるぞ、すごーいって。


校門の淵に背を預け、お疲れの言葉をくれたお姉ちゃんを見上げる。



女「ぜえ……ぜえ……おつ、つ、かれさ……はあ……ぁまです……」



女教師「……ほんとに疲れてんじゃん……大丈夫?」



その声音には呆れが含まれているように感じた。

……あれ? ひょっとして引かれてない?

誰だよ、褒めてくれるっていったバカは。
81 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:05:23.77 ID:rlpAyYI4O
いや、いやいや、頑張ったじゃん、私。

努力に対して、正当なご褒美貰えてもいいじゃん。


お陰でこっちは、未だに呼吸が落ち着かないよ。

ぜえはあしてる。ぜえはあ。まるでお姉ちゃんに発情しているみたいじゃないか。最悪だ。



疲労した頭ながらに現実逃避の文言をつらつらと並べ、おずおずとお姉ちゃんの出方を見る。見上げる。


お姉ちゃんは――


女教師「ははっ、お疲れ……これタオル。汗拭きな」


優しげな笑みを浮かべていた。

82 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:06:46.62 ID:rlpAyYI4O
女「あ、ありがとう……」



女教師「あと……はいこれ。皆には内緒よ」



そういって私に差し出されたのは、ペットボトルだった。



女「え?」



女教師「頑張ってたから差し入れ。女ちゃんにしか買ってないからホント内緒にしてね」



内緒にしてねと茶目っ気たっぷりにウインクする様は非常に愛らしい。

きゅんとした。

同時に心臓が苦しい。

これが、恋?

断じて走りすぎたせいではない。

決して走りすぎたせいではない。


おずおずと手を伸ばしてペットボトルを握る。

結露が指に浸透する。

清らかな冷たさが私の頬を熱くした。


お姉ちゃんが私のために――私『だけ』のために。

その事実が私の心に思慕の炎を燃え上がらせた。

83 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:08:26.10 ID:rlpAyYI4O
女「お姉ちゃん――――!」



女教師「な……なに?」



突然呼ばれたことに若干面喰いつつも促してくる彼女の瞳を捉え、告げる。



女「私――」


気分は最っ高に高まった。鼓動はないぐらいに昂っている。

口から溢れ出そうになるこの言葉を、私は、もう、抑えることなんてできない。

作戦がなんだ。お姉ちゃんはそこにいて私のことを思ってくれていた。

それだけで私は、私の想いを伝えるのには十分じゃないか。


口は形を作る。

好きだと、そう告げるために。


女「お姉ちゃんのことが――――」



お嬢様「うげ……ぜえ、っはあ――うげぇ」



女「す…………って、はあ!? お嬢様!?」



私の口から想いが漏れる前に、現れたのは、死に体といっても過言ではないほど疲弊に疲弊を重ねたお嬢様だった。

重ねすぎてカードゲームなら進化してるところだ。


いや、冗談綴ってる場合じゃない。



女「だ、大丈夫なの!? ちょっとお!?」



お嬢様「は、はあ、あ……し、はやい――ね、ぉんな」

84 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:09:32.99 ID:rlpAyYI4O
女「そんなことどうでもいいでしょ!? ほら、座んな。なんだったら膝枕するから横になりな! ほら!」



お嬢様「そ、そんな……わる――――ぃ」


言い切れずに倒れこんでしまった。

慌てて抱き留める。


女「ちょっと!?」



お嬢様「ん……んんっ」



女教師「気を、失ってるわね」



女「は、ははっ」



私の腕の中でスヤスヤと眠るお嬢様。

その向こうには、さっきよりも呆れの色を深くしたお姉ちゃんの顔があった。



…………。

なんでこうなった……。


85 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:14:08.23 ID:rlpAyYI4O
お嬢様「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



女「わかった。わかったからそんなに謝んなくていいから」



お嬢様「でも、私、大変失礼なことを」



女「気にしてないから。一人でつっぱしった私も悪いから」



太陽が暮れに暮れ、オレンジ色の陽光が窓ガラスから差し込み、もうすぐ夜になることを告げる。

そんな時間の保健室。


私は、ベッドから長坐位の姿勢で、ひたすらに謝罪の言葉を吐き出すお嬢様をなだめていた。



お嬢様「でも……」



女「デモもストないの。何も言わずに置いていった私が悪いから」


それよりも、


女「もう体は大丈夫なの?」



お嬢様「う、うん、もう大丈夫――」


86 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:15:13.21 ID:rlpAyYI4O
その言葉にひとまずほっと息を吐き、なんであんなになるまで走ったのかを聞いた。

ひょっとしたらこの娘も先生のことを……という思いが鎌首をもたげたから。


何を言われてもいいよう身構えると、よどみながらもお嬢様は口を開いた。


掻い摘んで言ってしまえば、私に置いて行かれたくなくて一所懸命走ったそうだ。

何を馬鹿な事をと感じたのと同時に、はたと思い出した。


彼女には私しか友達がいないのだということを。



別に今までいたかどうかは知らないが、それでも今彼女の友達は私だけ。

……それにたぶんだが、お嬢様は今までまともに交友関係を築けなかったんじゃなかったのか。


思い出されるのは、彼女のおどおどした態度。

彼女はお金持ちらしい。普通それだけのポテンシャルがあったら自信にあふれているものだろう。

少なくとも、お嬢様のように自信なさげにおどおどするのはおかしい。



そういったところからお嬢様にはまともに友達がいたことがなかったんじゃないかと考え至ったわけだが。



ようは人との距離の取り方がわからないのだ。

だから、なりふり構わず突っ走り始めた私に無理して追いつこうとした。
87 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:17:00.33 ID:rlpAyYI4O
女「うーん」



問題だ。問題なのだろう。

いや、彼女のおうちはお金持ちなわけだし、このままでも大丈夫かもしれないが。

それでもやっぱり、今のままじゃまずいだろう。


言ってしまえばコミュ障。社会に出たら間違いなく自分自身の足を引っ張る障害だ。



何とか今のうちに治しておいたほうがいい気がする。


と、言ってはなんだが、私も高校に上がってから友達はお嬢様しかできていない。

スタートダッシュが最悪だったから仕方がないが……。

これじゃあ私の友達を紹介して交友の輪を広げよう作戦もできないしな。


うーん。


……ま、いっか。

高校生活も丸々三年ある。焦る必要はない。

部活にも入ったのだ。ぼちぼち治っていくだろう。


それに外はもうじき夜になる。

ここでグズグズしていたら家に着くころには九時を回ってしまう。



そう思い、丸椅子から立ち上がる。

88 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:18:27.44 ID:rlpAyYI4O
女「ほら、帰ろう。着替えておいで。ジャージ下校はダメなんだってさ」



お嬢様「え……はい」



女「じゃあ私先生にお嬢様が目を覚ましたこと伝えてくるから。そしたら下駄箱で待ってるよ。途中まで――」



お嬢様「あの、私、車で、その……迎えが来るんです……」



女「あぁ――そういえば今朝も来てたね。暗くなるし送り迎えがあると安心できていいよね」



お嬢様「う、うん。安心! そう、安心なの! だから、その――」



お嬢様は一呼吸置き、振り絞ったのは声と、勇気。



お嬢様「一緒に帰りませんか!!」






女「すみません、わざわざ送ってもらっちゃって」



爺や「いえいえ、良いんですよ」



人当たりのいい声音は運転席から。


えーただいまわたくしリムジンに乗っております。

ご覧ください。車内に冷蔵庫がございます。

光量を抑えたライトの下にはテレビがすえおかれております。


それにこの窓、ライフルだって通さない防弾ガラスでできているんですって。



……えらいものに乗ってしまった。



件の車窓から見る空は真黒く塗りつぶされとっくに日が沈んだことを語っていた。



空に黒いペンキがぶちまけられる前、暮れたオレンジに染められた保健室でのお誘い。


一緒に帰りませんか。


そういったお嬢様に私は、頷いた。

せっかく勇気を出してくれたであろう誘いを無碍にするのは悪い。

そんな思いで誘いに乗ったら、校門前にいたのは今朝も見た顔。

それに向けられる視線が痛くてそそくさとそれの前から退散したのを思い出した。


黒塗りのリムジンがそこにいた。

89 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:21:12.66 ID:rlpAyYI4O
というわけで私はその車に乗っている。

乗って私の家に向かっている。


なかなかにビビる。

だってもし車の中で何かをこぼしたり、汚してしまったりしたらと思うと。


慎重になって当たり前。


となりにはお嬢様が座っている。

彼女は彼女で、私に話しかけようとしているのか妙にそわそわしている。


女「はう……」


思わずため息が漏れた。



お嬢様「ど、どうかした? やっ、やっぱり、一緒に帰りたくなかった?」



女「ううん。ただちょっと気疲れ……? 空回り? とにかく疲れちゃって」



お姉ちゃんに想いを伝えようとしてから回ったり、友達に振り回されたりと、

濃い一日だった。



女「…………」


ここ最近のことを思い返すと自分の感情に振り回されている気がする。


悪いことではないのだろうが、疲れてしまう。



窓から外を見る。

高速に移り変わってゆく風景が網膜を焼く。

知らない道路に街並み。

それらはいくら見ても主張してこないけれど、私の横にいる彼女は違う。


さっきから私に話しかけたいのかうずうずちらちらとせわしない少女が私の隣にいる。


私は心のうちでため息をつき、お嬢様に今日の学校はどうだったか聞くのだった。

嬉々として話しかけてくるお嬢様を尻目に、爺やさんが柔らかく綻んだのを見逃さなかった。




90 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:22:36.42 ID:rlpAyYI4O
思えば変な一日だ。


お姉ちゃんからもらったネックレスを撫でる。

湯船につかった半身がジンジンと刺激される。


風呂は命の洗濯だなんて言うけれど、確かにその通りだ。


おかげで変な一日のせいで疲れた体が軽くなる。




女「好きな人……」



走り切った私はその高揚感、

そしてお姉ちゃんが私だけにプレゼントをくれたという事実に気持ちが天井をデストロイして上限知らずに高まり、

ついには溢れ出た気持ちを言葉にしてしまいそうだったけれど……


いや……けれど、じゃない。


そういうところだ。

そういうところが感情に振り回されている、と感じた理由だ。


変な一日。

そう思ったのも感情に振り回されたいるからか。


女「疲れた……」



人を好きになるって物凄いエネルギーのいることだ。

なんたって感情に振り回されるからね。



…………。

思考の堂々巡り。

こんなくだらないことを独り考えるくらいには、疲れてるのだろう。



でも、お姉ちゃんのことを忘れようと四苦八苦していた頃に比べれば、楽しい。

明日という日に希望が見える。



思わずふふっと笑みが漏れる。


こんな気持ちでネックレスを撫でる日が来るとは思わなかった。



女「あ〜あ、明日が早く来ないかな」


言って、湯船に口元まで使った。

ぶくぶく。と、湯船を揺らす。



少し世間ずれしているけど友達もいて、憧れの好きな人もいる。

恵まれている。そう思った。


91 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:23:30.59 ID:rlpAyYI4O
恵まれてる。

そうはいっても、この退屈な時間は如何ともし難い。

しいて言うなら、この時間――登校にかかる時間は恵まれていない。


いや、私が望んで片道三時間の高校を選んだのだが……。



演劇部に入部した翌日。

当然の様に朝になり、私は当たり前のように登校し、言うまでもなく……というか、言うのも面倒くさいくらい長い通学の途中。

時間つぶしの文庫本がその甘ったるい結末を語り終えてから電車は三駅ほど経過した。



満員電車の中、席に座れているのは幸い。

人にもまれながら立っているのは大変だからね。


ふと、『幸い』という字と、『辛い』という字が似ていると思った。

棒が一本あるかどうかの紙一重だ。

……案外、辛いことも幸せなことも似ているのかもしれない。

そうなると恵まれている新生活は、幸せなのかどうなのか。


そんなくだらなさに輪をかけた些末事を思いながらボケっとしていると、電車は停車しドアを開いた。


多少人は下りたが、それでもやっぱり満員は満員だ。



大変なことで。

席に座れし者の余裕の目で見ていると、ふと視界にある人物が目に入った。



ギャル「あっ」



女「……」



目が合った。

どこかで見たような顔だ。


ああ、思い出した。

よく同じ電車に乗り合わせる人だ。昨日も一昨日も見た。



ギャル「やあ、また会ったね」



女「はあ……」



ギャルは人をかき分け無理矢理にこちらにやってくる。

え、ちょっと、なんでこいつこんなにフレンドリーなの?


そこのサラリーマンさんごめんね。その子無理矢理こっちにくるのうざいよね。

いかにも迷惑そうな顔に私は申し訳なくなっているというのに、目の前のギャルにはそんなことどこ吹く風といったようで。


すぐに私の前にやってきた。
92 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:25:34.16 ID:rlpAyYI4O
ギャル「あんた、昨日はすごかったねえ」


女「は、はあ……」



突然何を言ってるんだこの女は。

そんな気持ちを隠そうともせずに、怪訝を目に浮かべて見つめると、ギャルは苦笑。



ギャル「ははっ、そういえば誰だかぼかしたままだったか」



そういうと胸ポケットからスマホを……それはもう大層ご立派な山頂の頂から、スマホを取り出すと、

すっすぃっと指先を遊ばせると、ほれと言いつつ画面を差し出した。


何のことだと訝しみつつも画面を覗いてみると、そこには、お姫様が映っていた。

昨日見た演劇部のお姫様だ。


背景は教室。後ろの黒板には、大成功だの満員御礼だのの文字が。

お姫様自身、笑顔を浮かべているのは達成感からか。


察するに演劇終了後のプライベートな写真。それを目の前のギャルは差し出した。

つまり、このギャルは演劇部の関係者……



ギャル「これ、あたし」


そういって指さしたのは写真の真ん中。にこやかな笑顔を浮かべているお姫様。



女「は? 嘘でしょ?」



嘘をついたら地獄に落ちるんだぞと言おうとして、目が留まった、一か所に。



女「ん……むう」



唸り見つめる。私の視線を一手に引き受けているそこ。

母性の象徴であり、トップ装甲。三つある女の武器の一つ。



BWHのB。ゆうにFは越えてるであろうマストに目が行った。


まず写真のなかのお姫様だ。

でかい。メロンに例えてもいいくらいだ。


次に目の前のギャル。

これまたでかい。メロンに例えてもいいくらいだ。



そこに気付いた後に顔を見ると、似ている。というか、同一人物だ。



女「まじか」


何故だか知らないが、したり顔をしているギャルに私ができたことは、そう呟くだけだった。
93 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:26:46.64 ID:rlpAyYI4O
ギャル「いやほんとやる気のある新入生が来てくれて嬉しい限りなのよ」



相変わらずの満員電車の中。


女「はあ、そうですか」



どうやら先輩にはここがパブリックなスペースだという認識がないようで、

さっきからボリュームあっぷあっぷで話しかけてくる先輩がはっきり言ってうっとおしかった。


返事もおざなりになろうて。



そんな私の態度に気に入らないものがあるのか(あるんだろうな……)

先輩はつまらなそうに唇を尖らせると、


不意に、にこりと微笑んだ。


女「っ……!!」


私にはその微笑みがどうにも嫌なものに見えた。


不審に思おうがもう遅い。私が何か言う前にギャルは口を開いていた。

その速度はまさにかの大剣豪佐々木小次郎が繰り出すといわれる燕返しもかくやというほど。


それほど彼女の口から放たれた言葉は衝撃的で、そして――



ギャル「あたし、あんたみたいの好きよ」


破壊力に満ちていた。



女「は? ……はあっ!?」



ギャル「素直で、一生懸命で、おまけに正義感もある」



女「正義感……?」



ギャル「見てたわよ。一昨日、一緒にいたおどおどした子を痴漢から助けてたでしょ」



見られてたのか。いや見られてたからってなんだって話だが。

だが、先ほどの発言と相まってなんだか彼女には知られてはいけない気がした。
94 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:27:56.90 ID:rlpAyYI4O
にやにやと口元を歪めながら私を見つめるギャル。

そのある種不快な口元を再度言葉の形に変えた。



ギャル「今度の劇に出してあげようか」



女「一年生は裏方だと聞きましたが」



ギャル「だからお誘いしてるの。出たいでしょ。昨日あんなに頑張ってたもんね」



なんだこの先輩は。 

後輩一人をえこひいきしたらどうなるかわからないのか。 

ほかの新入生がすぐには劇に出られないと聞いてつまらなそうな顔をしていたのを思い出す。お嬢様もだ。残念そうな顔をしていた。 


それなのに先輩に気に入られたから私一人だけ劇に出られるとなったらやっかみの嵐だ。

女子トイレで陰口とかされちゃうんだ。知ってる漫画で見た。



ギャル「ああ、ひょっとして劇に出ることでほかの一年にいじめられるんじゃないかと思ってる?」


女「ええそうですね。だから――」



ギャル「だったら大丈夫。誰にも文句は言わせないから」


ギャル「わたしの恋人になればいいの」



私は言葉を失った。






告白されてしまった。


意味が分からない。何で朝の満員電車で告白さえなくてはいけないんだ。

しかもまともに話したことのない先輩に。



お嬢様「ど、どうしたの、女!」



女「なんでもないよ」



心配そうな友達に手を振りつつ、今朝のことを思い返す。

電車内で告白されしどろもどろになり、はあとかええしか言えなくなった直後、電車は高校の最寄り駅についた。ギャルはニヤついた笑みを引っ込めると一転、さわやかな笑顔を浮かべ、



ギャル「良い返事を期待しているよ」



そういって先に降りてしまった。慌てて電車から降りると、もうホームに先輩の姿はなかった。
95 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:30:06.47 ID:rlpAyYI4O
undefined
96 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:32:18.76 ID:rlpAyYI4O
undefined
97 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:33:05.56 ID:rlpAyYI4O
ギャル「こうやって、お昼休みのわずかな時間も、彼女とイチャイチャしたいと思うのはいけないことかね?」


女「――――っ!!!」


ぞぞけが私の腕を全力疾走した。
たまらず振りほどこうとするががっちりと組まれていえままならない。


ふざけんなよ!!

そんな思いを隠さず睨んだ。
間違ってもここで大声を出してはいけない。クラスの人たちに気づかれたら終わる。

――あ、あの人先輩と付き合ってるんだって、しかも女の

――え、それってレズってやつ? ないわぁ〜

――しかも演劇部の先輩だから劇で良い役斡旋してもらってるんだって、屑くね?

――クズクズ。


なんてこと言われるに違いない。
我慢。騒ぎ立ててはいけない。断固として我慢だ。

だというのにこの女は。


ギャル「へぇ、ほどかないんだ。もしかしてまんざらでもない感じ?」


あぁっ? いまなんつった、こいつ。

言うに事欠いてまんざらじゃないだぁ?
たしかに私はお姉ちゃんが好きで、レズビアンかもしれない。
だが相手が誰だっていい訳じゃない。てめぇじゃ役者不足もはなはだしいわ!

思わず怒鳴りそうになる。
というかもう怒鳴り散らそうと思った。心のうちをマーライオンのように吐き散らかしてやろうと。げろげろに、それはもうげろげろに。


お嬢様「ええっ!!?」


だが、しかしそれは驚きのあまり椅子を倒す勢いで立ち上がったお嬢様に遮られた。

何事か。
クラス中の注目が集まった。
私は息を吐く。今朝から溜めに溜めたため息をだった。




98 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:43:39.78 ID:rlpAyYI4O
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99 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:48:55.03 ID:rlpAyYI4O
>>95
女「……」



ため息が出そうになるのを寸でで抑える。


ぶちゃけてしまうと、この学校でお姉ちゃんと再会しなければ靡いていたかもしれない。

お姉ちゃんのことを忘れるにはちょうどいい相手だと。なんだったら見た目もいいし……。


おまけに、奴は部活の先輩だ。これが一番のネック。

部活にはお姉ちゃんがいるから辞めたくないし、だからといって部活を続けてギャルに好意を持ってると勘違いされたら嫌だし。


そんな相手だからこそ、めんどくさいことになったとため息を吐きたくなってしまう。



女(なあなあにして誤魔化すのが妥当かな)



幸い私は舞台に出たいわけではない。

むしろ靡かないことに腹を立てて私に役を与えないよう意地悪してきても、望むところだ。

舞台裏でお姉ちゃんとイチャイチャしてやる。



よし、ギャルへの対応は決めた。

あとは臨機応変に頑張ろう。






通常授業が始まった。

といっても大半が自己紹介と一年の流れを教えるだけで勉強らしい勉強はそこまでない。


ただ話を聞くだけというのは退屈だ。


時間は進んでお昼。

四限目の授業が終わり、おのおの昼食を取ろうと席を立っている。



私も昼食を取ろうと席を立った。

100 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:50:01.87 ID:rlpAyYI4O
女「お嬢様、私購買でお昼買ってくるから」



お嬢様「……ぉ、お弁当は、ないんですか?」



女「そんなの作ってる余裕ないんだよなあ」



お嬢様「あ、あの……だったら」



女「……なに?」



お嬢様「わ、私のお弁当、食べませんかっ!!?」


ちょっと待っててくださいというと、廊下に出ていった。


もしかしてと思うと同時にお嬢様は戻ってきた。


そして、ドンと置かれたのは三段のお重だった。



お嬢様「恥ずかしい話、そ……その学校が楽しみすぎて、その気持ちを、ぶつけたらこんなことに……」



女「これは……一人じゃ食べきれないね……」



量がエグイ。

たしか彼女は自分で弁当を作っていたはず。
よくもまあこんなに作ったなと感心してしまう。



お嬢様「その……女と、一緒に食べようと思って……」



女「……なるほど」



同じ釜の飯を食べて仲良くさせよう作戦ですね。わかります。



女「じゃあ遠慮なく」



お嬢様「は、はい! どうぞどうぞ」



差し出された割り箸を手に取り、いただきますと言ったところで――



ギャル「お、いいもん食べてんじゃん」



なんて軽々しく話しかけられた。
101 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:52:13.70 ID:rlpAyYI4O
>>96
女「……先輩、なんでいるんですか?」



ギャル「いいじゃんいいじゃん。演劇部の期待の新人と仲良くしとこってとこよ」



そう言うとギャル先輩は適当に椅子を見繕いドカリと私の横に座った。


こいつは危険だ。頭がトンでいるといっても過言ではない。

何せ電車内で告白してくるような奴だ。


隙を見せたら殺されるくらいの心持でいいかもしれない。


しかも告白されたのは昨日の今日どころか、今朝の今だ。

何を言われるのだろうか、思わず身構えてしまう。


ぶっちゃけギャル先輩のことをよく思っていない。そのことが顔に出ていたのだろう。



ギャル「何、その目……傷つくなあ」



女「すみません。何せ先輩が突然現れたもので、どう反応していいか困ってるんですよ」



ギャル「…………わっかるぅ〜〜私も一年のころ先輩に話しかけられるとびっくりしたもん。あ、私もお弁当貰うね〜」

102 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:53:53.87 ID:rlpAyYI4O
>>96
私の言葉に胡乱げな視線を向けてくるも、まあいいかと言わんばかりに会話を放った。


先輩の次の意識はお嬢様のお弁当へと向かった。



お嬢様は、ぁい、どど、ぞ、とキョドリ過ぎてもはや新種のポケモンの鳴き声のような声でギャル先輩に弁当を勧めた。


……君はもっとはきはきと話そうよ。



お嬢様「ぁ……あの……」



ギャル「ん、なに? ……もしかして食べちゃいけないものでもあった? だとしたらごめんね、食べちゃった」



お嬢様「そ、そうでは、なくて、ですね……その……どなた、ですか?」



……そういえば、お嬢様は知らなかったな。

彼女が誰なのか教えた。


 
 

ギャル先輩が演劇部のお姫様だと知り驚いたお嬢様。


そんな彼女の反応になぜか気をよくしたギャル先輩は上機嫌で弁当をつついた。


というかなんでこの人はこうナチュラルに下級生のクラスで弁当を食べてるんだ。
同級生に友達はいないのかよ。
 
女「……」
 
ギャル「お、なんだよ、不機嫌かよ。もっと笑いなって、かわいい顔とおいしいご飯が台無し」
 
うるせぇ。
なんでこの人はこう人の神経を逆撫でするような話し方をするのだろう。
おかげで腹が立ってしょうがない。
 
ちらりとお嬢様の方を見る。
きっと彼女も腹が立って仕方ないことだろう。


お嬢様「はわぁ〜」

なんて思ったが、なんかお友達に囲まれて満足って顔をしている。
くそうこれだからぼっちは!


女「で、本当にご飯をたかりにきただけですか? だとしたら先輩のことクラスに弁当を分けてくれる友達がいない人、もしくは購買でパンを買うこともできない貧しい人って認識に修正しなくてはいけなくなるんですが」



ギャル「お、喧嘩売ってる? けど悪いね、君の言うところのパンも買えない状態なんだ、そんな安っぽい挑発も買えないくらいにね」

103 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 09:56:20.25 ID:rlpAyYI4O
>>96
減らず口を、と歯噛みした。

この人は何をするか分からない。だから人目のあるところで一緒にいたくないのだが。……よく考えたら人目のないところでもやだな。

ともかく、この先輩と一緒にいたくないのは確かだ。
なんて考えていると、ずずっとイスが引きずられる音がした。


女「なっ――!?」

ギャル「ふふっ――」

引きずられた音は私の横で止まる。
突然密着した体温。
肩口に乗っかる柔らかく手入れされている髪と、その頭。

ギャルが私の横にピタリとくっつき、無理矢理腕を組んできた。


104 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/11/02(金) 10:10:45.04 ID:rlpAyYI4O
>>97
ギャル「こうやって、お昼休みのわずかな時間も、彼女とイチャイチャしたいと思うのはいけないことかね?」


女「――――っ!!!」


ぞぞけが私の腕を全力疾走した。
たまらず振りほどこうとするががっちりと組まれていえままならない。


ふざけんなよ!!

そんな思いを隠さず睨んだ。
間違ってもここで大声を出してはいけない。クラスの人たちに気づかれたら終わる。

――あ、あの人先輩と付き合ってるんだって、しかも女の

――え、それってレズってやつ? ないわぁ〜

――しかも演劇部の先輩だから劇で良い役斡旋してもらってるんだって、屑くね?

――クズクズ。


なんてこと言われるに違いない。
我慢。騒ぎ立ててはいけない。断固として我慢だ。

だというのにこの女は。


ギャル「へぇ、ほどかないんだ。もしかしてまんざらでもない感じ?」


あぁっ? いまなんつった、こいつ。

言うに事欠いてまんざらじゃないだぁ?
たしかに私はお姉ちゃんが好きで、レズビアンかもしれない。
だが相手が誰だっていい訳じゃない。てめぇじゃ役者不足もはなはだしいわ!

思わず怒鳴りそうになる。
というかもう怒鳴り散らそうと思った。心のうちをマーライオンのように吐き散らかしてやろうと。げろげろに、それはもうげろげろに。


お嬢様「ええっ!!?」


だが、しかしそれは驚きのあまり椅子を倒す勢いで立ち上がったお嬢様に遮られた。

何事か。クラス中の注目が集まった。
私は息を吐く。今朝から溜めに溜めたため息をだった。
105 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2018/12/13(木) 18:24:44.25 ID:YCZvx58E0


とりあえず場所を移した。

人通りの少ない渡り廊下。
随分と薄暗い。
分厚い雲が空を覆っているからだ。
雨が降るかもしれないなと思いつつ目の前の女を睨み付ける。



とにもかくにもだいぶ目立ってしまった。変な噂がたたないといいけど。

頭が痛くなる。
それもこれもこの女のせい。


女「どういうつもりなんですかあなた!!」


ギャル「……そんなに怒鳴らなくてもいいじゃん」


びっくりしたように目を丸くするギャル。
なんでこの人はあんなに無遠慮に物を言えたんだ。
むすっとした顔を浮かべるギャル先輩。反省しろとまでは言わないが、もっと慎みをもって行動してほしい。


――ああっもう! 腹立つ!! やっぱり反省しろ! あんな無遠慮にベタつきやがって。セクハラだぞ。

106 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/01/31(木) 10:57:45.87 ID:yj8VRS1W0
お嬢様「あの……」


おずおずとお嬢様が手を挙げる。


お嬢様「その、えっと、そ、その……! お、お二人は、つ、つつつ、っつ……付き合ってるんでしょうか?!」


女「寝言は寝て遺影!!」


ギャル「それ永眠してる! もう目を覚まさないタイプの寝るだから!!」


女「うるせぇ! 鬼籍入れ!!」


ギャル「奇跡的に?」


女「うるせぇ!!!」


上手くねぇよ。
がなりちらしたせいで呼吸がままならない。肩で息をする。

107 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/05(火) 12:06:45.16 ID:JVadsxx40
お嬢様「ぅ……うぁうぅ……」


見るとお嬢様はたいそう怯えていらっしゃった。


女「ああっ、怒鳴ってごめん!!」


お嬢様「い、いえ……いいんです。だって、それって、お二人にとって、わ、私が邪魔ってことですよね……恋人と一緒にいたいんですよね」

しくしく。

お嬢様「さようなら――」


女「ちょっとまてい!」


走り去ろうとするお嬢様。
彼女の腕を握り引き留める。


お嬢様「は、放してください〜。気にしないっていう、やさしさが、私を、傷つける〜」


女「付き合ってねぇわ!!」

108 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:40:53.35 ID:XWj0qJN60
ピタリとお嬢様の動きが止まる。

お嬢様「ほんとうに?」


女「マジマジ。この人と付き合うなんて、隕石が降ってきて自宅が全壊するくらいあり得ないから」


ギャル「そこまで言う……?」


お嬢様「でもさっきあんなに仲良さそうに……」


どこが?


女「とにかく、ほんとにないから!」


ギャル「そこまで否定しなくても……」


お嬢様「ほ、ほら……先輩も、こんなに、かわいそう」


女「質の悪い冗談で迷惑してる私がかわいそう」


ギャル「あ、今の台詞ナルシっぽい。うける」


女「笑えるか」


質の悪い冗談の横行に辟易とした。
もういい、疲れた。この人置いて教室帰ろう。

お嬢様「あ、ちょっ……」

お嬢様の手を引き、先輩に背を向けた。
さよならは言わない。


ギャル「あ、でも……」


もうこれでばいばい。
怒鳴ったり、悪態をついたり、さんざっぱら嫌い嫌いオーラを出したんだ、もう話しかけてくることはないだろう。これで話しかけてきたらどんだけ面の皮が厚いんだって話。

そうおもった私の背にギャルはこれ以上にない爆弾を投げつけてきた。


ギャル「レズなのはまちがいないっしょ?」


気づいたらお嬢様から手を放し、ギャルの顔を平手していた。
109 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:42:28.61 ID:XWj0qJN60

やけに渇いた音だった。
びりっと掌中に熱が走る。


女「馬鹿にすんな!」


ギャル「馬鹿にはしてないよ、馬鹿にはね」


そういうギャルの目は私を睨み、見下している。ニヤニヤとした笑みを崩すことなく。
馬鹿にしてる、と私は思った。


ギャル「えっと……お嬢様ちゃん、だっけ? ごめんだけどちょっと席離れてくれるかな」


お嬢様「え……?」


ギャル「どこかにいって。私たちから離れて。意味、わかる?」


お嬢様「おんな、ちゃん……」


女「ごめん、この人と話したいことがあるから」


二人きりにさせてくれと。


ギャル「くれぐれも先生は呼ばないでね。私をひっぱたいた過失10割の女ちゃんが先生に怒られちゃうから」

ギャルを睨み付ける。
苛立ちを隠さない。


ギャル「……うぅん、2:8でそっちの過失かな?」


女「9:1にしてもらっていいんでもう片方の頬張らせて貰えません?」


ギャル「ごめんね、私はキリストじゃないから差し出さないよ」


ああ。あああ、ああ。
いちいち、ぐちぐち、本当に。
この人の一言一言が私の神経を逆撫でする。
逆鱗か。この女が私の逆鱗なのか。


ギャル「それに私も、顔はちょっとイラついたかな」

なんていって頬をさする。


気づけばお嬢様はいなくなっていた。

眉根をつりあげ、目の前の女を睨み付ける。

ここからだ。



110 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:43:37.99 ID:XWj0qJN60


………………。
…………。
……。


ああ、こいつは恋をしているんだと思った。
一目見て分かった。

なぜ分かったかと言うと、私と同じだったから。
気づけばいつも目で追って、見つけると嬉しくて自然と笑顔が浮かんで。

私もそうだった。

違うのは彼女が眩しいということ。

私だって一年生の時に演劇でお姫様役をやれるほど認められていた。人望もあった、もっといえば見た目も良かった。

でもきらきらと輝いているかといえば首を傾げるものがあった。

確かに舞台の上では私は輝いていたのだと思う。
でも、それは私じゃない。
私が演じているお姫様が輝いていたのだ。

劇の上で輝けば、私の好きな人は誉めてくれる。
でも誉めるだけだ。私のものにはならない。

どうすれば私の思いは届くのだろう。
決まっている。私が一歩踏み出せばいいのだ。
好きです、と思いを伝えればいいのだ。

だが、私は一歩踏み出せずにいた。

だって、彼女と私の間には見えない溝があるってしっていたから。
踏み出したら溝に足をとられてこけてしまう。
こけても彼女は私に手を貸してくれないだろう。
私は惨めったらしく、もがいて立ち上がるのだ。
きっと立ち上がった場所に私の居場所はない。

それだけだったらまだいい。

溝が、溝だと思っていたものが深い深い崖だったらどうだ。

私は崖から落ちて二度と目を覚まさないかもしれない。
運良く死ななくても、もう上まで上れはしないだろう。


だから、私は崖の向こうの彼女を見つめるのみ。
ここにいたら触れることはできない。私のものにはできない。
けれど、見つめることはできる。
見つめ、時には亀裂越しに言葉を交わすことができる。
これは恋ではなく、憧れだと思うようにした。

それで満足だった。
満足だと思うことにした。

諦念のうちに私は私の初恋を棄てた。

そう思っていた矢先、女ちゃんがあらわれた。


111 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:44:26.97 ID:XWj0qJN60

ある朝、満員電車の中、私は痴漢されている女の子を見つけた。

私と同じ制服の少女。
おどおどとし声をあげなさそうな少女は、痴漢する男にとっていいカモなのだろう。

助けなくてはと思った。
でも、体が動かなかった。

おどおどした少女は怯えて何も言えないでいる。体を震わせている。

気づいているのは私だけではないのだろう。
それを証拠にちらちらと見ている人が何人かいる。
どうにかしたいけど声をかける勇気の無さそうな人、そもそも無関心な人。
他にも色々な人がいるけど、その人たちが少女を救おうとするのに一歩踏み出せないでいるのは見て分かった。

だからこそ私がいかなくてはいけないと思った。

だって私が一歩を踏み出さなくちゃ、あの子はこのままだ。

私が、私が一歩をださなくちゃ。
私が――


それでも足は動かなかった。




どうして。

そんなの分かっている。
怖いんだ。私も。

男にやり返されたらどうしよう。ひどい目にあったらどうしよう。

そんな考えが浮かんで足が動かないのだ。


たった一歩踏み出すだけ。
でも、私はその一歩が踏み出せない。
いつもいつも――。

勇気なんて、私には。


――カシャリ


その時、味気のない機械音が切られた。

それがカメラのシャッター音だと気づいた瞬間。


?「そこの人、痴漢です!!!」


女性の声だった。
その声は車中に瞬く間に響き、乗客の視線を一点に集める。


その女は指の先を痴漢している男へと伸ばしていた。

そこからはすぐ。
男は取り押さえられて、次の駅についた途端、ホームへと引きずり下ろされた。

かっこいい。
その少女を見て、そう思った。

憧れた。私は少女に憧れたのだ。

ああなりたいと、一歩踏み出せる人になりたいと。




眩しいと、思ったのだ。
112 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:45:26.06 ID:XWj0qJN60

………………
…………
……

女教師「今日すごいことがあってね!!」


なんてテンション高く話しかけてきた。

私たちは明日に迫った新入生に向けての部活動説明会の準備をしていた。
といっても、舞台の上で、新入生のみんな、ぜひ入部してねー、というだけだ。部員間での打ち合わせは終えてあり、あとは使う小道具と衣装の準備であったり、映像の確認であったりと、そんなに手間のかからない作業だけだった。
世間話しながらでも十分進められる。

だからだろう。
先生が若干興奮して話しかけてきたのは。
なんだったらミーティング中から、わきわきしていたので、なにか話したいことがあるんだろうなとは察していた。


「なに〜? いいことでもあった?」

作業の手を止め、努めて自然に言葉を返した。

この人と話すときは緊張する。
おかしなところを見せて訝しがられたら、ぽろっと私の気持ちをこぼしかねない。

しかしさりとて、これでも演技はうまい方なのだ。
先生はなにも不審に思うことなく、その声音を保ちながら続けた。


女教師「むかしの知り合いにあってね〜」


「ん? 今日? ってことは新入生かなにか?」


女教師「そうそう、昔仲良くしていた女の子なんだけどね。今でも私のこと覚えててくれて」

女教師「もう最後に会ったのが五、六年前になるのかな。ほんとすっごく大きくなっててね、おお、大人になったんだなぁって」

女教師「あとあと、隠してるみたいだけど私があげたネックレスを今も大事につけててくれてるみたいで。嬉しいなぁ」


女教師「いやー受け持ちの新入生が痴漢にあって最寄り駅で降りたから迎えに行ってこいって言われた時は正直、めんどくさ! って思ったけど、いやぁ女ちゃんに会えて良かったよ」

113 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:46:17.54 ID:XWj0qJN60
そうなんですか〜、と相づちを打ちつつ、その少女について考える。

もしかして、と思った。

痴漢にあって電車から下車。
私はそれをした少女を見た。今朝見た。

先生の懐かしいと言う少女は、今朝痴漢から少女を助けた、あの眩しい少女なのではないか。


「その女の子ってどんな子なの?」


女教師「ん? もしかして気になる?」


「別にただの世間話だよ」


嘘をついた。
本当は興味を引かれていたが、それを先生に悟られるのはなんとなく嫌だった。





女教師「んーそうね、昔は私の後ろについて回るかわいい妹みたいな感じだったかな」

女教師「でも、しばらく会わないうちに大人っぽくなってたかな」

女教師「あ、さっき痴漢にあった子を迎えにいったって言ったけど、その女の子――女ちゃんっていうんだけどね」


「女ちゃん」


女教師「その子が痴漢にあったわけじゃないんだよ」

女教師「むしろ痴漢にあった子を助けたの。痴漢にあった子も私の生徒なんだけどね、女ちゃんも私が副担するクラスの生徒なの」

女教師「すっごい偶然じゃない? ……でも、女ちゃんちょっと怒ってたんだ……」

女教師「あはは……私が約束破ったのがいけないんだけどね。毎年、実家に帰るからその時遊ぼうねって約束してたの……」

女教師「ほら、親と折り合いが悪くて実家に帰ってないって前言ったじゃない。そのせい」

女教師「親に会わないのはべつにいいけど、女ちゃんのことは気にかかってたから……うん、また会えて良かった」


やけに饒舌に話す先生に、そですかと相づちをうつ。

嬉しそうな先生の顔。
私には一度も向けられたことのないその顔を見て、ああ、あの子は先生の大切な人なんだと思った。

114 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:47:28.18 ID:XWj0qJN60

部活動説明会はつつがなく終了。

部活が始まり新入生をまつ。
さて、説明会の釣果は……。

演劇部にきた新入生はすでに三人。

新入生全体の数がそこまで多くないから三人もいれば重畳。

重畳なのだが、昨日先生と話題にした一年――女ちゃんはきていない。

少し苛立ちにも似た感情が沸き上がった。

あれだけ先生に目をかけられて来ないのかと。
……今の言い方だと例の少女に演劇の才能があるかのように聞こえるな。

私が言いたいのはそういうことじゃない。

ようは二人が幼馴染みのような関係で、先生が女ちゃんのことを気にかけているのに、女ちゃんの方はそれを無下にするとはどういう了見だ、とムッとしたのだ。

もう待つのは止めて新入生に説明を始めてしまおうか、などと考えていると、新たに新入生がきた。

昨日打ち合わせた通りに声をかける。

と、そこで気づいた

女ちゃんだ。

ふーん、やっぱり来たんだ。

女ちゃんは友達を連れてきた。
というかその友達はおどおどとして痴漢されてた子だった。


おどおどしている子はともかく、例の少女の方は私がだれか気づかなかった。

今は化粧もしている衣装も着ている。当たり前と言えば当たり前だ。

まあ、私に気づかないのなら別にいい。
適当に話を切り上げて二人から離れた。

……。
少し残念だと思った。

その後二人は先生と話をしていた。

嬉しそうに笑う先生。
そして少女を見て……ああ、そうか。

私はその時理解した。
少女を見てすぐに察することができた。

熱びた目。
嬉しそうにはにかむ顔。
弾んでいる声のトーン。

ああ、この子は恋をしてるんだ。
先生のことが好きなんだ、と。
いつかの私と同じように――。

……ああ嫌だ。
少女と先生が輝いてみえる。
私がなりたくてなれなかったやつだ。

きらきら輝いてみえる彼女を一目見て、恋をしているんだと分かった。

苦しくなって彼女たちから目をそらした。
どろどろとした感情が私の胸につっかえる。
その感情をなんと言っていいのか分からなかった。

だけど、ただ自分が惨めに思えた。

115 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:48:21.51 ID:XWj0qJN60

………………
…………
……


女「正直、なんで先輩が私のことをご執心なのかわからないんですけどね」


ギャル「そんなのかんたんかんたん、輝いてみえるからよ。きらきらってね」


女「ああっぁ?」

やっぱりバカにしてる。
私は夜空のお星さまか?

女「は、先輩って鏡もってないんですか? そんな派手な見た目してて輝いてないってことはないでしょ」


ギャル「…………」


けばいんだよ化粧が、と続けざまに言おうとして、叶わなかった。

見てしまった。
いや、睨み付けているのだから見るのは当たり前なのだが。
それでも見てしまったと、見てはいけないものを見てしまったと、たじろいでしまった。

ここで私は一歩も引くことなく大嫌いな先輩に立ち向かうべきだったのだろう。

でも、無理だった。
一歩引いてしまった。


思えば先輩はにこにこと笑顔を崩さなかった。
頬を張られたときでさえも。
まるで演技しているみたいに。

けど今、目の前にいる先輩の顔からは人を馬鹿にしたような笑みは消えていた。

代わりに浮かんでいたのは――


ギャル「なれないんだよ! 出来ないんだよ! 私は、輝くことなんて!」


アイシャドウとつけまつげでバッチリと開いた目が細められ、私を睨み付ける。怒りを隠そうとしない形相だ。

地雷を踏んだ。
怒鳴り声と、怒りに満ちた表情が私にそう思わせた。


正直に言うと、この先輩のことをなめていた。
どれだけ私が失礼な態度をとっても嫌らしい笑みを浮かべてひょうひょうとするだけだと思っていた。


ギャル「見た目どんなに磨いたって、人との付き合い薄っぺらいし、辛いし、めんどくさいだけだし、楽しいって思えないし」

ギャル「だけど、一人でいると――周りがワイワイしてるなかで一人でいると自分が惨めに思えるし」

ギャル「変わりたくって、だから見た目を良くしようと、明るくみえる方法勉強して。努力して。私のこと誰も知らない高校に来て。演技して。がんばって……がんばったんだよ」

ギャル「私だって――私だって輝きたい。でも、なれないんだよ! お前みたいに!」


116 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:49:27.91 ID:XWj0qJN60
…………。
つまりは、その、なんだ……。

ほんとは内気だけど、それがコンプレックスだから見栄をはってるってこと?


女「……で、なんでそれが私に付きまとうことになるんですか……?」


正直ひいた。いきなり感情をぶつけられて戸惑った。
なんでこの人は出会ったばかりの私に高校デビューしたことを激白したのか。


……だけど、先輩の話を聞いて共感できるところがあった。

私も変わりたくてこの学校にきた。誰も知らない、私を知ってる人がいない場所でやり直そうと思ったんだ。

だから、分かる。

けど、分かるなんて軽々しく言ってはいけない気がした。
だって彼女は自分を変えたくて努力した。対して私は逃げた結果ここにいる。

その差は歴然。
だから口には出さない。


ギャル「わたしと、似てると思ったから」


返ってきた答えは意外なものだった。
確かに彼女の話を聞いて共感できると思った。

けど、それはあくまで私目線での話だ。
目の前の先輩には知るよしもないはずだ。

ギャル「見たよ、あなたが先生のこと目で追ってるの」


女「……? なんでいまそんなこと……まさか――!?」


ギャル「……ああ……しまったなぁ……失言しちゃったなぁ」


気づけば先輩に先程までの勢いはない。
自嘲気に口元を歪ませ、目を伏せている。


ギャル「そうだよ、その通り……好きだったんだよ、わたしも――先生のことが」
117 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:50:21.86 ID:XWj0qJN60

先輩の告白に頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。

ギャル「私と同じ人を好きになって、私と同じような表情をして……でもね、気づいちゃった、それは私と“似た”なの。同じ“ような”なの。決して同じじゃないね」

ギャル「私とあなたの違いは一つ。輝いてるか、くすんでるか」

ギャル「だってそうでしょ。私には先生を楽しそうに笑わせることなんてできないし、例え先に一人で行っても一生懸命追いかけてきてくれる友達もいない。――一歩踏み出す勇気もない」

ギャル「羨ましいって思った。憧れた。あなたみたいになりたいって思った」

ギャル「でも無理だった。三つ子の魂ってよくいったものだわ。変われないもん、そうやすやすと」

ギャル「だから――だから、私は、あなたみたいになりたくて、でも、無理だから、代わりにどうしようか思い付いたの」


女「それが、付き合うですか……?」


ギャル「そう、私のものにしちゃえばいいと思ったの」


その言葉を聞いて、ああ、そうかやっぱり似てると思った。

だって、先輩……その考えは……

女「逃げたんですね、先輩は自分の気持ちから」

私と同じ。
逃避した先で別の何かに妥協すればいいだけの話。

だからか、だから私は先輩にイラついたんだ。

妥協で選ばれたのが感じとれたからイラついたんだ。

思えばレズと言われて思わず手が出たのも、まるで女の人なら誰でもいいと言われたみたいだったから。


女「私は、先輩のものにはなりません」

女「確かに私は一度逃げました。逃げた先にたまたま忘れたかった人がいて、気持ちを捨てるというところまでいきませんでした」

女「本当にたまたまだったんです。ひょっとしたら私も先輩みたいになってたかもしれません」


先輩に対する気持ちをあるいは同族嫌悪と言うのかもしれない。


女「先輩、悪いですけどあなたの気持ちには答えられません――だって」


女「――好きな人がいますから」

118 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:51:24.36 ID:XWj0qJN60

ギャル「……」

先輩は私の返事を聞き.切なげに顔を伏せた。


ギャル「告白、しようとしてたもんね」


女「見てたんですか……」

昨日のことを言ったのだろう。

ギャル「流石にあそこは人目がありすぎ。よくしようと思ったね」


女「だって好きだから。これ以上ないくらい愛しくて、我慢できなくて、気づいたら言葉になっちゃったんです」

しょうがないね。


ギャル「そう……」


どうでもいいとばかりに先輩は短く一言呟き、ついでため息をつくと……

ギャル「先生に向かって一歩踏み出すのもうやめた方がいいよ」

つまらなそうに警告を吐き捨てた。


女「まだ言いますか……私はあなたに何を言われようと――」


ギャル「ちがうちがう。そういうことじゃない。口説くのはさすがに萎えたよ」


ギャル「……少し自分語りしようかな。もう散々しただろって野暮なツッコミはなしの方向でよろしく」

ギャル「私ね、先生への気持ちを自覚してから、先生と仲良くなろうといろんなことを話したんだ」

ギャル「まあ、もともと先生とは信頼関係って言うのかな……そういうのあったし、仲良くなるのは簡単だったよ」

ギャル「でね、プライベートなこと何回も聞いたの」

ギャル「聞いてるうちに私と先生との間には溝があるなって、ああ……私の気持ちは絶対に届かないなって気づいたの」


女「……? それが先輩の言ってた、輝いてるか、くすんでるかってことですか?」


ギャル「ん? あぁちがうよ。そりゃコンプレックスも先生のこと諦めるきっかけになったけど……」

ギャル「私が言いたいのは、もっと決定的なの――」

ギャル「先生には――」
119 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:52:12.52 ID:XWj0qJN60

女教師「ちょっとあなたたち!!」


女「へ――?」


先輩の言葉を遮るようにして現れたのは、渦中の人物。


女「お姉ちゃん……なんで」


女教師「お嬢様さんが呼んでくれたの……」


見れば、お姉ちゃんの後ろにお嬢様の姿が見える。


女教師「ちょっとギャルちゃん。何やったの。お嬢様さんすっごい取り乱してたよ!!」


ギャル「ははっ、まっさきに私にきたな。そんなに信用できません?」


女教師「信用も何も、あなた空気読まないことあるじゃない」


ギャル「読まない……か。読めないじゃなくて……はは、こういうときはイイエテミョーって言うんだっけ」

ギャル「そうですね、じゃあついでにしちゃおうかな、空気読まない発言」

一呼吸おいて、

ギャル「先生、彼氏さんとは順調? ……ああっと婚約者さんだったか」

……。
……。
……。


女「はあぁ!?」

変な声が出た。
120 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:53:22.70 ID:XWj0qJN60


その後、何をしたのか覚えていない。

気づけば放課後になっていた。

分厚い雲が空を覆っている。
まるで私の心のよう。
今にも雨が振りだしそうだ。


お嬢様「女……女ってば!!」


女「ん……なに?」


お嬢様「だ、大丈夫? さっきから、そ、その……な何回も呼んでるのに、無反応だったから」


女「ん? んん。大丈夫……じゃないなぁ」


お嬢様「……お昼のこと?」


女「ん、うん。……ねぇ先生がきてからどうなったっけ?」


お嬢様「え? せ、先生がきてから? えっと……たしか……」

お嬢様「先輩が、先生にか……彼氏と仲良くやってるかってきいて……」


女「そこはいい」


お嬢様「あ……うん。えっと、そしたら先生が怒って」

お嬢様「で、先輩がその、女に告白して振られたって、だから先生も振られてたりしないかなぁって、言ってて」

お嬢様「また、先生怒って。彼氏さんとは仲良くしてるし、他人の不幸を喜ぶようなこと言っちゃ駄目だって……そ、そんなだから、ふられるんだって」

お嬢様「そ、そこまで聞いて突然、女がふらふらって歩きだして」

お嬢様「先生の言ってることも、先輩のことも、わ……私のことを無視して教室に」


で、いまに至ると。

お嬢様の話を聞く限り、ずっと私は心ここにあらず状態だったのだろう。

……今になって正気を取り戻したのは放課後になったからか。

つまり、部活の時間。


女「帰ろう」


お嬢様「え、帰っちゃうの……? あ、そ、そうだよね、せん、先輩がいるもんね」

お嬢様「わ、わたしも、帰るよ……いっしょにかえろ……――え、女……」
121 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:53:53.82 ID:XWj0qJN60

お嬢様を無視して立ち上がる。
やけに現実味のない光景に、ふわふわとした足取り。
それでも足は重く、きりきりと痛むお腹は、これが――こんなのが現実だと突きつけてくる。
糞みたいだね。


誰かの声が何事か後ろから聞こえるけど、なんて言ってるのか分からなかった。

教室を出て、階段を降ると窓から雨が振りだしたのを見た。

関係ない。

靴を履き替えはした。
相も変わらず重い足を引きずって。
わたしは、外に、出た。


雨が私を濡らす。
土砂降りだった。
これまでにないほど昂った気持ちは既に氷点下を下回っている。
今更雨に濡れるくらい気にするものか。

何度かグラウンドのぬかるみに足をとられつつも、学校を出る。

薄暗い景色。
コンクリートに打ち付ける雨音。

灰色の世界。
ずっとずっと私が見てきた世界。
色のない世界。


女「バカじゃないの……」


渇いた口から出た呟きは雨音に紛れた。

私は歩き続けた。
122 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:55:26.25 ID:XWj0qJN60
――――――
――――
――

万華鏡の中に私はいる。

赤、黒、黄色に白。他にも色とりどりと。
くるくると一瞬一瞬、様々に変わる模様と色。
綺麗で不可思議、あるいは妖しく蠢く様はまるで汚染された海が迫ってきてるみたいで心を壊してしまいそうになる。

酔ってしまいそうなその景色を私は――


女「好きな人いたんだ」

話しかけた先には彼女――お姉ちゃんが。

彼女は今現在、女教師として私の目の前にいる。

彼女も彼女で私から体を背け、とろんと頬を上気させ熱びた目で景色を見ていた。


女「そっか……そうだよね、男がいたから、帰ってこなかったんだ。私との約束反故にしたんだ」


なおも何も言わないお姉ちゃん。


女「あはは、そりゃそうか。私より好きな人をとるのは当たり前か、はは……」
123 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:55:56.09 ID:XWj0qJN60
ふいにお姉ちゃんがこちらを向いた。
その顔は冷めたものに変わっていた。

「―――、―――?」


女「――っ」


お姉ちゃんが何事か呟く。
虚ろな視線をこちらに向けて。

その呟きを理解することを頭は拒否しようとしたが、しかしけれどもそんなわけにはいかない。

その言葉の意味を理解した瞬間、万華鏡がぐるぐると高速で回転しだした。

幾億と姿を変えるそれ。
色とりどりの世界から次第に色が薄れ始めた。

急速に灰色になっていく視界。
そんな世界から切り離されたように色を保ったお姉ちゃんはそこにいる。

ああ……あああ、灰色になって世界に溶け込んでいく私。

徐々に色を失う私は、それでもお姉ちゃんから目を離さなかった。

未だにニコリとも笑わないお姉ちゃんの顔はやっぱり綺麗で。


女「――……はぁ……」


その顔を見てるとさっきの呟きが思い起こされた。

体から力が抜けた。
その場にへたりこんだ。

顔を伏せ、すっかり色を失った味気のない地面を見つめる。

脳裏には、面影はあるが記憶とは違う大人の女性が。

よもや知らない女性だ。
なにせ今の彼女のことをほとんど知らないのだから。
見た目も、中身も。

彼女は、初恋の人じゃない。
変わってしまっている。

そんな彼女の呟き。


「あなた、だれ?」


あんたが誰だよ。



色のない万華鏡のなんとつまらないこと。

ついには視界が真っ黒になった。
お姉ちゃんはもう見えない。自分も見えない。
124 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:57:59.20 ID:XWj0qJN60
………………。
…………。
……。


目が覚めると、そこは知らない場所だった。
ベッドの上からおずおずと体を起こす。

辺りを見渡すと他にもベッドがあった、三台も。
それぞれベッドの周りにテレビがある。というかテレビぐらいしか特筆すべきことがない。

ベッド四台にテレビも四つ、あと私。
窓もあるっぽいが、カーテンが閉められていて、外の景色は分からない。
基本は白を基調にした部屋。
さっき見た気色悪い夢に比べたら大分落ち着く場所だ。

あと特筆すべきことは、そうだな……私の腕から管が延びていることくらいか。
その管は吊られている液体の入った袋に繋がっていた。


女「はぁ……」

思わずついたため息。
心の整理がつかない。

だが、一つだけ分かったことがある。

女「失恋……しちゃったな……」
125 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:59:09.48 ID:XWj0qJN60


ふいに引き戸のドアががらがらと音をたてて開いた。

入ってきたのは母だった。


女「あ、おかあさん、おはよう……になるのかな」


母「…………」


母は無言で近づいてきた。


母「……はあ――ッ!!」

私の目の前に立つとおもむろに手を振り上げた。


女「うごぁ――!!」

メゴっと鈍い音が響く。

母に頬を殴られた▼

私に300のダメージ▼


母「ふん――!」


女「ふべラァっ!!」


ツイゲキをくらった▼
カイシンのイチゲキ▼
51000のダメージ▼


女「ちょっ、ちょっと――ストップ、ストップストップ、ストーーップ!!」

女「なんでわたし、殴られてんの!?」


尚も手を休めようとはしない母の腕をつかんでなんとか制し、対話を試みる。

暴力ダメ、絶対だ。暴力追放だ。暴力を私は許しません、だ。

今こそガンジー先生のガンジーイズムを持ち上げるとき。
人は話し合うことでしか理解しあえないんだよ!?

母「あんた、ぬけぬけとよく言えるわね」

母「こっちはどれだけ心配したと――」
126 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 19:59:49.45 ID:XWj0qJN60

女「いやいや、私いまどんな状況かわかってないの! 眠ってる人が突然サバンナに投げ出されて家に帰れると思う? 答えはノーだね!」

意味不明な例え話が功を奏したのだろう。
掴んでいた腕から力が抜けた。


母「……あなた、三日間寝たきりだったのよ」


女「はあ?! 三日!?」


母「そう三日間。……あなたどこまで覚えてるの?」


女「え……? 雨のなか歩いて帰って……あれ?」

おかしい。歩いて帰れる距離じゃないぞ。だけど電車に乗った記憶もない。


女「まさか……」


母はそんな私を見て一息つくと言った。


母「あなた雨のなか倒れたのよ。見つかるのがあと三十分遅かったらもうここにはいなかったかもしれないって……」


女「……まじすか」


母「……そんなことで嘘つかないわよ」

母「肺炎にもなるし、ものが食べれないから点滴だし、助からないかもってお医者さんにも言われて」

母「もう、貴方しかいないのよ、私に、家族は」

母「バカなことしないでよ……」


女「お母さん……」


母「女……」


抱き締められた。
久しぶりの抱擁は温かく、頬に走る痛みを許してあげようという気になった。

心配かけた私が悪かった。

だから、お母さんの目から溢れたものは見なかったことにした。


女「ごめんなさい」

返事の代わりにきつく抱き締められた。

私は抵抗することなくしばらくそのままでいた。
127 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:00:21.76 ID:XWj0qJN60



見舞いには何人かきた。

といっても私の交遊関係の狭さたるやレゴ〇ンドがごとくなので、ほんとに数人しか来なかったが……。

見舞いにきた人を数えるのに片手だけあれば事足りる。むしろ余った。


最初にきたのは先生だった。
お姉ちゃん一人だ。


女教師「大丈夫?」


女「久しぶりに会った第一声がそれですか?」


女教師「……もう意地悪言うのはやめなさい。ほかに何て言うのよ」


女「ああぁん、かわいい女ちゃん……目が覚めてないならキスして起こしてあげるわよ、お姫様みたいに。ピスピス――とか」

ダブルピースで言ってみた。
若干白目を剥いて。


女教師「……」


あ、引いてる。
おかしいな昔のお姉ちゃんならこれくらい余裕綽々で言ってたんだけどな。


女教師「……何て言うか、変わったね、女ちゃん。昔はそんなこと言う子じゃなかったのに……」

女「むしろ、お姉ちゃんが言いそうだと思ったけど」

女教師「やめて、黒歴史!!」


そう言い合って二人で笑った。

笑うお姉ちゃんを見て、ああ、ほんとにこの人は変わったんだなと思った。


その後、学校関連の話をして帰った。
また来るそうだ。

自然に笑えていたと思う。

今度来たときは多分、なんで雨のなか傘も指さずに倒れるまで歩いたのか聞かれるんじゃないかと思う。

そのとき上手く笑える自信はない。

128 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:01:09.49 ID:XWj0qJN60


次にきたのは、先輩だった。


女「学校どうしたんですか?」


ギャル「おや、三日間も寝てたら曜日感覚なくなるんだ、新発見」


女「すみません。先輩のことだから補習で土曜日も学校なのかと思いこんでまして」


ギャル「失礼極まりないなぁ……これでも優等生よ、私。学年で三本指に入るくらいには。……ん、三本指? ちょうどあなたの友達の数と同じね」


女「失礼ですね。お嬢様だけですよ、友達は」


ギャル「あら悲惨」


女「ほっとけ」


鉄を打つような会話の応酬。
悪くはなかった。


ギャル「で、あとどれくらい入院するの」


女「二週間。ずっと点滴だったうえに、肺炎にもなって体力落ちてるから、その様子見で」


ギャル「確かに痩せたもんね。ガリガリちゃんだ」


女「言うほどそこまでガリじゃないんで、そのラクトアイスみたいなあだ名浸透させないでくださいね」


ギャル「ぶっぶー、ガリガリくんはラクトアイスじゃなくて氷菓でした」


女「うるせぇ」


何が面白かったのか先輩はコロコロと笑った。

その様子を見て、はぁ……とため息をつく。
だけど前に比べれば彼女との会話に苛立たなくなった。

むしろ……。


いや、むしろなんだ。
そこまで気を許したわけじゃないぞ。
否定するためぶんぶんと頭をふる。

129 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:02:12.42 ID:XWj0qJN60

ギャル「……」

そんな私を不審げに見る先輩に気づいて、こほんと咳払い。


ギャル「まあ、元気そうで良かった良かった。何日間か面会謝絶で心配したけど、大丈夫そうで安心」


女「先輩以外のおかげさまで……あれ? 何日間か……? それ知ってるってことは先輩、会えるか分からないのに連日見舞いにきたんですか?」


私の問いに先輩ははっとした……ように見えた。ついで顔がぼっと赤くなり、おもむろに立ち上がるとドアに手をかけて言った。

ギャル「今回のこと、悪いことしたって思う。ごめん。……あと……」

ギャル「あなたの友達の二本指に入ったから!!」


それだけいうと先輩はそそくさと病室を出た。


……なんというか、素直じゃない人だ。
ま、私が言えたことじゃないけど。

そうして私に友達が一人増えた。
130 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:03:12.37 ID:XWj0qJN60

最後はお嬢様。大トリだ。ジャンプで言えばピューと吹くジャガー。もう大分前に連載終了したけどね。

時刻は夕方近い。
もう一時間もすれば面会終了時間だ。

がらがらと音をたててドアが開く。

文庫本から顔をあげ、音のした方を見やる。


そこにはドアとの隙間から覗き見るようにこちらを窺うお嬢様の姿があった。


女「どしたの、お嬢様」


お嬢様「い、いえいえ……そ、その、お気に、お気になさらずに」


女「いや、気になるから」


私は手にした文庫本をおくと、ちょいちょいと手招きした。

それを見たお嬢様は諦めたようにドアを引くと、中にはいり、私の横にある丸椅子に腰かけた。


お嬢様「ひ、ひとり……なんだね」


女「そうだね。四人部屋だけど誰もいないから貸し切り状態。親も仕事に行っちゃって、見舞いに来たのもこれで三人目。暇で暇でしょうがないね」


お嬢様「そ、なんだ……」


それきり黙ってしまう。

開いた窓から風が吹き込みカーテンを揺らす。

秒針がかちりかちりとなる音がやけに大きく感じた。


お嬢様は何も言わない。
私も何も言わない。


ときおりお嬢様はちらちらと窺うように私を見るも目が会うたびにばっと勢い良く下を向いた。
ということを先程から繰り返している。

こうもあからさまな態度をとられると嫌でも察せられてしまう。
あ、こいつ何か言いたいことがあるな、と。

しょうがない。こっちから切り出すか。

女「お嬢さ――」


お嬢様「あの――」


なんて思ったらお嬢様も同時に口を開いた。


女「なにか話したそうにしてたから話しかけただけだから、どうぞ話して」


お嬢様「う……うん、あ、あのね――ギャル先輩と、話をしたの」


お嬢様「あ、あのね、わたし、女が倒れたのは、その……先輩のせいだと思ったの」

お嬢様「だから――」

そう言ってたどたどしくも語られるお嬢様の言葉に耳を傾けた。
131 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:04:41.82 ID:XWj0qJN60

………………
…………
……



昨日から続いた雨はまだ上がりません。

重くのしかかるような雲は、まるで世界に蓋をしているようで、息が詰まってしまいそうになります。


こんな話があるのをご存じでしょうか。

その話をしてくれたのは、私の叔母。
酔ったあの人はよく与太話をしてくれました。
まるで天に蓋をするような曇天を見て思い出したこの話もその一つ。


複数のロブスターを生きたまま蒸し焼きにするとき、オスの場合は蓋の上にさらに重りをのせるそうです。
それは、なんとただ蓋を乗せただけでは出てきてしまうから。
オスのロブスターは個よりも種を尊重するため、自分の身を踏み台にして犠牲にしてでも、仲間が助かる方を選ぶそうです。


じゃあメスは?

私はその話を聞いたとき、そう思いました。


そのことを叔母に伝えたところ、ひひひっと薄気味悪い笑い声をあげて言いました。


メスのロブスターは互いの足を引っ張りあう。
自分が助からないなら他のやつらも助からないように邪魔をする。
結果全員蒸し殺しさね。

語り終え、なおもひひひっと薄気味悪く笑う叔母。


その話を聞いて私は恐ろしくなってしまいました。

叔母の語る姿におぞましいものを感じたからというのもありますが、それだけではありません。
ですが、当時の私はその恐ろしさを言葉にできませんでした。なんと言っていいか分からなかったんです。
ただただおぞましく、悲しくもなったんです。
だから泣くことしかできなくて……。


今なら、その恐ろしさの正体が分かる気がします。

そのロブスター同士は仲が良かったのではないかと、思ったんです。
なんでかは分かりません。
でもそのロブスターたちはきっと互いのことを思いあってたと、そう思ったんです。

大切だと思った。だからこそその人と離れてしまわないように押さえつけたんです。
執着、と言うのでしょうか。
自分の近くに置いておきたかったんじゃないでしょうか。
その場にいてはいづれ死んでしまうとしても。
死ぬ間際まで逃げないように二人は互いに邪魔をして、最後の時まで一緒にいたんです。

他人のものになるくらいなら、手の届かないどこかにいってしまうくらいなら、いっそのこと殺してしまおう。一緒に死んでしまおう。
そんな思いがあったんじゃないかって思うんです。



もう一度、空を見ました。
やっぱりそこには重々しい雲の蓋が。


ふと、思いました。
大切な人と最後の瞬間までいられたのなら、それはとても素敵なことなのではないかと。

ついでこうも思いました。
オスのロブスターみたいに他の全てを蹴落として蓋の上に出たところで、一人で見る空は物悲しいだけなのではないかと。
132 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:05:26.29 ID:XWj0qJN60

ギャル「あ――」


上級生の教室が立ち並ぶフロアに足を向け、やっと見つけた目当ての彼女。


「せ、せんぱい、ぃ……は、はな、話があり、っます……!」


どもりながらも勇気を出して言った言葉。

ギャル先輩はめんどくさそうに頷いた。


窓の外には蓋に覆われている景色。


私は、息苦しくて居心地の悪い世界の中でもがき続ける。
決して誰も外には出しはしない。

133 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:06:10.29 ID:XWj0qJN60


「お、んなが、たおれました。がっこ、きてないです」


ギャル「はあ!?」


渡り廊下に場所を変えて話を始めました。
時刻はお昼。
ちょうど昨日女と先輩が話していた場所と時間と同じ



一つ違うとすれば先輩の顔から余裕がなくなっているということでしょうか。


ギャル「それって、入院したってこと? なんで……何があった――倒れるって……ああ……」


女が倒れたと聞いて詰め寄ってきましたが、次第にその勢いは衰え、代わりに嘆くように顔を伏せました。


「……」


取り乱しているその様子から、この人は知ってるな、女が倒れる原因を、と自分の推測が正しいことを直感しました。


お嬢様「なにを、したんですか……」



ギャル「……地雷をふみぬいちゃったかなぁ……」

お嬢様「じ、らい……?」


ギャル「言っていいのかな? どうだろう、プライベートでプライバシーに関わることだからなぁ……はは」


お嬢様「……?」


ギャル「性癖の話さ」


先輩はそう言うと空を仰ぎ見ました。

134 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:07:24.24 ID:XWj0qJN60
性癖、と言われ一つ思い当たることがあります。


お嬢様「昨日の……」


ギャル「そう、昨日揉めたその事だねー」


先輩は嘲笑一つ浮かべると、天から目を背け、けれども私と目をあわそうとはしませんでした。

不思議、と私は思いました。
まるで先輩の浮かべた嘲笑が、先輩自身を嘲笑ってるように感じたからです。


ギャル「あの子の好きな人と、私の好きな人とが同じだったという話さ」


笑えるだろ、と先輩はその表情を崩すことなく言いました。

好きな人。
そう言われ、女がある人物と話すときにやけに嬉しそうにしていたのを思い出しました。
好きな……まさか、と。

まさか、まさか……だって、でも――

ギャル「その感じ、誰のことか分かっちゃった?」


思い出したのは、レズといわれ先輩の頬を張った女の姿。
どくんどくんと鼓動が一際強く体を打ちます。
まさかと、嫌な予感が加速しました。


ギャル「そうだよ、私と、女ちゃんは、先生のことが好きなんだ」


すぐ女から元気がなくなった理由に思い至りました。
だって――先生には婚約者がいる。


お嬢様「まっ……まってください! っだ、だって……先輩は、お、おんなと、っつき、付き合ってるって、冗談言ったじゃないですか」


それって、女の事が好きだったからじゃないのかと、仮に先輩が女の気持ち――同じ人を好きだということに気づいて嫌がらせしたのなら、それはまったく意味のないことではないのかと。

だってその場合先輩がすべきことは、女を口説き落とすことじゃなくて、女に先生のことを諦めてもらうことではないのか。


ギャル「ふふっ、そうだね、私は彼女のことを憎からず思ってるね。だから、ちょっかいをかけたんだろうね」
135 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:08:01.38 ID:XWj0qJN60

お嬢様「……」


先輩の言葉を聞いて思ったことは二つ。

一つは、もし、仮に、女が先輩のことを受け入れたら、それはそれで受け入れる――つまり、付き合ってたのではないかという疑い。
だってそうだ。
やけに女に親しげに接して、一線を越えるような冗談を言うあたり、思い人から女に乗り換えようとしたんじゃないかと思ったんです。

そして二つ目。
それは、互いに先に進まないように、つまり叔母の話――外に出ないよう互いにおさえつけあうロブスターの話をなぞっているのではないか、という疑い。
もちろん私の叔母と先輩に面識はありません。
たまたまの偶然、似たようなことになったのだと思いましたが、それでも引っ掛かりました。


誰にも教えられず、その考えにたどり着いたのなら、先輩は――


お嬢様「……先輩は、どう、なりたいんですか……?」


ギャル「……自分でも分かんなくなっちゃった」

ギャル「昔はさ、こうなりたい理想の自分っていうのが、確かにあってさ――」

ギャル「憧れもあって、羨ましくて、だから変わりたくて――」

ギャル「でも、望んだ自分になるのは難しいことだって気づいちゃったんだ」


私に向けれた言葉じゃないのは見てとれました。だって先輩の瞳は私を写していなかったんですもの。

遠くを見るような遠い視線はまるで、自分に言い聞かせているよう――自分に無理だから諦めろと言っているように見えて仕方がなかったんです。

そのとき、ああ、そうかと疑問が府に落ちました。

先輩は諦めたんだ、と。

諦めて、妥協して、だから自分より弱い女を選ぼうとしたんだ、と。
136 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:09:22.39 ID:XWj0qJN60


ギャル「女ちゃん、どこの病院にいるか分かる?」


お嬢様「ぉ、女の、ところ、行って、どうするんですか……?」


ギャル「どうしようね。取り敢えず謝らないとね」


お嬢様「ど、どこにいるかは、しってます。でも……」


ギャル「でも……なに?」


お嬢様「いまの、あなたは、会わせられない」


ギャル「……だろうね」


お嬢様「わ……私は、女も、先輩も、先生も、みんな幸せに、なんて言えない」


お嬢様「女は私を助けてくれた! 私と友達になってくれた!」


助けてくれたからこそ、私も女のことを助けたい。
だって彼女は、自分で言うのも何だが箱入りの私にとって初めての友達だから。

極論その過程で誰が傷つこうが関知はしません。

それだけ女の事が大切なんです。

特別なんです。女しかいないんです。
だから、私はこの薄暗い蓋の下で女のためにのたうち回るんです。
私から離されないように、私から離れていってしまわないように。

だから、

お嬢様「だから、先輩! 女と友達になってください!」


ギャル「は?」

今だ。
理解できないとすっとんきょうな声をあげた今がチャンス。
呆けた先輩に畳み掛けます。


お嬢様「先輩は弱い自分を見せても良い相手を探してたんです!」


ギャル「突然なにいって……?」


お嬢様「疲れてたんですよ先輩は。誰かに好かれるために演技することに」

お嬢様「だから先輩は自分と同じところがあって、なおかつ自分のことを受け入れてくれる人を望んだ」

お嬢様「先輩がほしかったのは憧れの初恋でも、妥協の恋人でもない――自分のことを理解してくれる友達です!」


だからこそ先輩の学校での立ち位置を知らない人を望んだ。
弱味を見せても大丈夫。だって先輩のことを知らないから。
もしそういうところをみせてもこの人はそういう人なんだなですませられる人。

――自分に期待を持っていない人を先輩は望んだ。


いつの間にか張った糸のような緊張はたゆんでいた。
代わりにその糸は一本一本増えてこよられ太い糸に。

それは当然、女を――初めての友達を守るため。
そしてこの重苦しい蓋の下を彼女と一緒に生きるために。

不安はあります、暴力を振るわれるかもしれないと恐怖もあります。

それでも女のために。
飄々としてコミカル、愛嬌がある彼女の顔を思い出すと、自然と湧いてくる勇気。

彼女のため、そんな大義が私に力をくれる。
137 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:10:30.83 ID:XWj0qJN60

ギャル「……分かったようにいうね」


お嬢様「見てればわかります。そのせいで女は傷ついたんだから」


ギャル「……あの子が傷ついたのは自業自得というところもあるんじゃないかな」


お嬢様「かもしれません」


私は一歩も引きません。


お嬢様「私は女に立ち直ってほしいんです」

お嬢様「女のことが好きだから」

偽りのない私の気持ち。


ギャル「……」


先輩はなにも言いません。
ただ空を仰ぎ見ました。私にはその様は祈ってるように見えて……


ギャル「馬鹿みたい」

なんてぽつりと言っただけでした。
それきりうつむいてしまい、足は校舎へと。


お嬢様「せ、先輩……」


ギャル「そうだね、君の言う通りだ」

ギャル「私は、疲れてたんだろうね……」

ギャル「だから、あの子のことを求めた」

ギャル「本音を本音で隠して、傷つけて、振り回して、それであの子のことが手に入ると思ってた」


ギャル「……今だから言うけどね、女ちゃんとはもっと仲良くできると思ってた。だって、私たち鏡合わせみたいなんだもん」

お嬢様「それは……」

ギャル「そうだよ、たぶんそう。……散々、ご高説垂れてくれた君には悪いけど、真実はもっと単純――」

私の横を通りすぎる。
その顔は何を思ったのか、諦めに似た……けれど決して諦めではない――しいていえば受容したというのでしょうか。
ともかく、ある種のスッキリとした表情を浮かべていました。


ギャル「私は、女ちゃんに惹かれてたんだ」


歩みを止めることのない背を見送った。


お嬢様「あ……」

と、そこで忘れていたことがひとつ。

お嬢様「せ、先輩! 女の入院してる病院言ってない!」

ギャル「……カッコつかないなぁ」

先輩は困ったようにぼやいたのでした。

138 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:12:02.91 ID:XWj0qJN60
………………。
…………。
……。



語られた内容に、驚きを隠せなかった。
まさか、先輩がこんなにも聞き分けがいいと思わなかったから。

女「よくもまあ……」

大立回りをしたもので。
いつもの彼女からは想像もつかないアグレッシブさ。

なにが彼女を突き動かしたのか、何て言うのは野暮だろう。
それほどまでに私のことを思ってくれているのだ。
ちょっと照れ臭ったりする。

女「ギャル先輩来たよ。……友達になった」

お嬢様「そうですか……よかった」

お嬢様はそれきり黙りこくる。
もともと彼女はおしゃべりが得意という訳ではない。
無理に話さなくても良いと、普段ならこの沈黙の中に居心地のよさを見いだすのだが、今日に限ってはそうはいかない。

女「……聞いたんだよね、私の好きだった人の話」

お嬢様「……はい」

先程お嬢様の口から語られた言葉。
その中で見事ギャル先輩は私の性癖を暴露してくれやがった。

できれば知られたくなかったこと。
ぶっちゃければ私は同性愛者ということに引目を感じている。
なにせ初恋が初恋だ。中学生の頃、恋バナをしていて周りと話が合わないなと常々感じていた。
やれイケメンの俳優が好き、やれイケイケなアイドルが素敵……等々、そう言われてもいまいちピンとこなかった。
どちらかと言えば可愛らしいアイドルや、麗しい女優に食指が動いたのだが、表には出すことは決してしない。
自分がおかしいと思っているから。
世間から見たら違うことを秘めている。それは隠し通さなくてはいけない。
なぜならば、排斥されるから。
出る杭は打たれるとは良くいったものだ。

他者と違う。
それだけで、周りから外れ、滅多うちにされる。
世界はそうできているのだ、とは今まで生きてきて自ずと学んだこと。


だから、困る。
お嬢様は、いい娘だ。
私なんかのために体を張ってくれた。
だけど、その結果、守ったのは世間から外れるマイノリティ女だと知ってしまった。

あんまりではないか。
お嬢様は出る杭の代わりに打たれようとしてくれたのに、これじゃあ報われない。

……いや、綺麗事は止めよう。お嬢様のことを憐れんでいるのではない。

困るのだ、私は。
困ってる。

優しいお嬢様のことだ。
こんな私でも拒絶はしないだろう。
でも、色物を見る目――展示されている何を表現しているのか理解不能な絵画を見るときと同じ視線を向けてくるに違いない。
それが、嫌だ。嫌なのだ。

139 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:15:20.03 ID:XWj0qJN60

女「……気持ち悪いよね」

やっとのことで口を開いて出た言葉はそれだった。
他になんと言えばいいのかわからなかった。卑下することでしか自分を守れなかった。

このあと、お嬢様が何て言うかは大体想像つく。

そんなことないよ、と否定はせず、けれど逃げるように今日は解散。後日、そこにはよそよそしくなったお嬢様がいるのだ。

お嬢様「き、気持ち悪くないよ」

医療器具を乗せる台車だろう。遠く、からからとタイヤの回る音が聞こえる。近づきながら空しく回るその音はドアの向こうで通りすぎた。

女「…………」

お嬢様は落ち着きが無さそうに視線をあちこちに向けている様に、何か言いたいのだと察した。
同時に抱いたのは失望。
やっぱりか、という虚ろな感傷。

――やっぱり、想像通り、思った通り。

困ったなぁ、お嬢様には嫌われたくなかったんだけどなぁ……。


そんな諦めにも似た境地の私へ、お嬢様は爆弾を投げつけた。

お嬢様「き、気持ちわるい、なんて思わないよ――だ、だってっ、わ、わた、私はっ! わたしは、女のことが好きだから」


女「……嘘だろ」

予想外のセンテンス。
そのあまりの威力に足元が吹き飛ぶような錯覚を受けた。



女「……確認するけど、友達としての好きだよね……」


お嬢様「……そういう好きもあります」

お嬢様「けど、女を誰かに取られたくない……独占したいという欲もあります。これは……きっと友情以上の気持ちです」

女「そう、なんだ……」


戸惑いは顕著に。
隠しきれないそれは挙動に出ているだろう。


お嬢様「……ごめんなさい。突然こんなこと……」

女「っ――!」

だが、こんな私でも彼女のその言葉だけは危機逃せなかった。

女「――こんなことなんて言わないでっ!」
140 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:16:26.52 ID:XWj0qJN60

お嬢様「お、おんな?!」

突然の大声に目をぱちくりとさせる彼女。
彼女から見たら落ち込んでいた私が突如として声をあげたのだ。
びっくりするのも無理はない。

でも、これだけは言いたかった。

女「告白を『こんなこと』なんて言っちゃ駄目!」

私自身、お姉ちゃんに告白しようとしたときに、緊張でおかしくなりそうだったから。
それを知ってるだけにお嬢様の発言は見過ごせるものではなかった。

女「お嬢様は、すごいよ……私はそれが言えなくてずっと逃げてたから……」


お嬢様「逃げてた……?」


女「うん……」

女「私ね、お姉ちゃんのこと忘れたくて、わざわざ何時間もかかるこの学校に来たの」

女「馬鹿だよね。そんなことで忘れられる訳ないのに……それに、結局再会してまた好きになっちゃって……また振られて……ほんと……」

女「馬鹿じゃないの……」

自分へと投げた嘲笑。
ここ最近の空回りし続けていた私にとってもっともお似合いな笑み。

おんなじ人を二度好きになり、告白すらせずに二度とも振られる。
まるでピエロ。
滑稽に思えて仕方がなかった。


お嬢様「でも……」

そんな私に心配そうに声をかけてくれる。
だけれど、その顔を見ることはできなかった。

自分でも自分のことを惨めだと思っている。
なのに、お嬢様――友達にまで憐れむような顔をされたら、立ち直れないんじゃないかと思うから。

女「でもも、テロもないよ」

女「馬鹿みたいに確率の低い賭けをして、案の定、惨敗。着の身着のまま逃げ出して、道端で倒れた大馬鹿者だよ私は」

おかげさまで色づいて見えた世界が、色褪せて見える。
恋をしているときは綺麗に見えたのに、今では息をするのもしんどい。


女「……そういうことだから」

時計をちらりと見やると、面会終了時間まで十分を切っていた。
ここらへんで切り上げるのが一番だ。

あとは寝て起きて調子を調えて、それで学校に行って私はおしまい。

幸いなことに告白はしてないから、気まずい雰囲気にはならないと思う。
このまま気持ちを捨てて、お姉ちゃんのいる学校に通って三年間を空費する。

それで充分。今はまだ、しんどさもあるけれど、きっと時間が癒してくれると信じて。

一刻も早く忘れるために、癒すために。
こんな自分に別れを告げよう――


女「お嬢様、今日は来てくれてありかとうね。さよな――」

ら。

お嬢様「ば、馬鹿なんかじゃありませんっ!!」
141 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:17:12.27 ID:XWj0qJN60
別れの言葉は途中で途切れた。
妨げたのは、湯の沸いたヤカンを思わせるお嬢様の叫び。

堰を切ったようなその声に、面くらい何も言うことができなかった。

お嬢様「女は素敵です。素晴らしい人です。決して馬鹿なんかじゃありません!」

お嬢様「なんでそれが分からないんですか……」

悲痛な叫び。
彼女はまっすぐ濁りのない目で私を見据える。

女「そんな人じゃないよ、私は」

純粋無垢な、日の光を思わせるその目に、私は耐えきれなくなって目を伏せた。
彼女の視線に晒されているとまるで、私の汚い部分を突きつけられているような気になった。


お嬢様「……女は、もっと周りの人を見るべきです」

女「は――?」

その言葉が逆鱗に触れた。

萎えていた心に渇が入った。
なにが、言うに事欠いて周りを見ろだ。まるで私が自分勝手みたいに言いやがって。

女「――私はね! これ以上迷惑にならないように、お姉ちゃんを諦めるの! 大体、教師と生徒なんて初めから上手くいくわけなかったんだよ! 世間のことも、お姉ちゃんのことも考えて、もう止めるの!」

お嬢様「違うんです。そういうことが言いたいんじゃないんです!」

女「だったら何? 憐れみとか同情で言ってるんだったら、もう止めてよ!!」

お嬢様「憐れみじゃないです――!」

女「だったら――」

放っておいてよ! 
そう言おうとしたが、続けることは叶わなかった。

だって、見てしまったから。
思わずぎょっとしてしまう。

それは――

お嬢様「友達だから……」

涙だった。
142 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:18:13.03 ID:XWj0qJN60
お嬢様「女ばかりが、悪いわけないんです。……それなのに、女は自分だけが悪いみたいに言って……もっと他の人の不満言ってください……女は悪い子なんかじゃありません……」

女「……お嬢様」

お嬢様「好きなんです、女のことが……」

お嬢様「あなたのことを馬鹿にされると悲しくなるんです。それが例え、女自身が言ったとしても……」


雫をぽろりぽろりと溢しながら、懸命に言う姿に、はっと我にかえった。
私は何をしてたんだ。

急いで、ティッシュの箱を手元まで引き寄せると、数枚引き出し、お嬢様の目元を拭った。

女「大丈夫?」

ちーん、とお嬢様は鼻をかむと、落ち着いきながらも、充血した目をこちらに向けた。

お嬢様「自分のこと馬鹿っていいませんか……?」

女「うん、もう言わない」

お嬢様「人の不満、溜め込みませんか? ちゃんと言ってくれますか?」

女「うん、言うよ。お嬢様には」

お嬢様「……だったらいいです」

そう言って優しく笑ったのだ。
143 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:19:17.92 ID:XWj0qJN60
お嬢様「面会の時間、終わっちゃいましたね」

女「うん」

お嬢様「ここまで言っておいてなんですけど、話を聞くの明日になっちゃいますね」

女「うん。そうだね……ねえ、告白の返事だけど……」

お嬢様はそっと自身の唇に指を当てた。
それは、静かに、というジェスチャーだった。

お嬢様「今答えを聞いて、良いお返事だったら、弱ってるところに漬け込んだみたいじゃないですか」

女「……オッケーしてもらえないかもよ?」

お嬢様「だったら、尚更――」

お嬢様「私のこと好きになってもらってから返事を聞きます」

そう言って、ドアへと手をかける。

お嬢様「じゃあ、女、またね」

女「うん、またね」

手を降りながら見送るその背に、以前ではなかったものを感じた。

堂々としたその背。
自然と前に交わしたやり取りを思い出す。

女「場数、ね――」

それはお嬢様からどうやって自信をつければいいか聞かれたときのこと。
場数を踏めばいいと答えた気がする。で、ここのところで彼女が頑張る場面といったら私に絡んでいることが多かった。

というところで言うと私のために彼女は変わったんだ。

女「……」

自然、笑みが漏れる。
暖かいものが胸に広がるのを感じた。
144 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:20:50.69 ID:XWj0qJN60
………………。
…………。
……。


ギャル「へぇー、ってことは私にもワンチャンあるんじゃね」

女「馬鹿なこと言わないでください。お友だちのギャル先輩」

 倒れてから二週間後、私は無事退院し、学校へと通っていた。

 今は昼放課。
 私と、お嬢様と、この目の前にいる軽薄という字が人の皮を着こなしているかのような女と一緒にお弁当をつついていた。

 ちなみにお弁当はお嬢様お手製のものだ。例のお重だ。
 作ってきてくれるのはありがたいのだが、いかんせん量が多い。
 時間内に消費できるよう箸を動かしながら、会話を続ける。

お嬢様「そうですよ、先輩」

ギャル「ええ……君がお願いしたんでしょ。女が倒れた次の日に、女と仲良くしてくださいーって」

お嬢様「あのとき私は、女と【友達】になってくださいって言ったんです。彼女なんて一言も……」

ギャル「つまりセフr……」

女「おおっと、それ以上は口にするな、お昼時ぞ?」

お嬢様「……せふ……ってなんですか?」

女「おおっと、箱入りも程々にしとけよ、君」 

ギャル「ん、知らんか? せふ……」

 あわてて口を塞ぎ回避。

女「いわせねぇよ? ここまできてR板に移転されてたまるか」

お嬢様「……R板ってなんですか?」

女「おおっと、なんだろうね。私も知らん。口が勝手に動いた」
145 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:22:05.31 ID:XWj0qJN60

ギャル「で、実際のところ、女ちゃんは先生のことを諦めたけど、お嬢様ちゃんと付き合い始めた訳じゃないんでしょ」
 
女「ん。私のこと惚れさせるんだって」

お嬢様「はい、頑張ります」

ギャル「尚更私にもチャンスが……」

お嬢様「もう! なんで諦めないんですか?」

ギャル「諦めるって……こんないい女他にいないからね。……うん、迷惑にならない程度にはアピールして、私と付き合うよう仕向けよっかなって。せっかく友達になれたんだし」

女「はっ、私にだって選ぶ権利くらいあるんですよ」

ギャル「うっわ、今のは傷ついた。これでも演劇部随一の顔と、学校一の飛び抜けたトップぞ」

お嬢様「トップ……?」

ギャル「ほらほら、私の体で、一番飛び出てるとこ」

お嬢様「ああ、お腹ですか」

ギャル「はあ!? 今のは冗談でも聞き捨てならねぇ。胸だ、胸」

ギャル「涙と笑顔に並ぶ、乙女三大兵器、バストだ。ジョークでも二度と腹なんて言うんじゃねえぞ」

女「はいはい、ギャル先輩のお腹が親方なのは置いといて」

ギャル「だーかーらー」

女「まあ、実際、胸の大きい人は、服が張ってお腹が大きく見えるものですし」

ギャル「嘘でしょ?!」
146 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:23:03.28 ID:XWj0qJN60

 気づけば予鈴五分前となっていた。
 途中、明らかに食べるペースが落ちたギャル先輩をつつき、なんとか山のようにあった昼食を平らげることができた。

ギャル「はあ、お嬢様ちゃん、次からはこんないっぱい持ってくるの止めてね。もし次もこうだったら、残すから」

お嬢様「あはは、女の退院祝いだからって作りすぎましたね」

女「ん、ありがと」

 私はお重を洗って返そうか気をきかせたが、お嬢様はそれを丁寧に断り、風呂敷に包んだ。

 私たち三人、揃って空き教室をでる。
 と、そこで……

女教師「あら、あなたたち、もう授業始まるから早く教室にいきなよ」

女「おねえちゃん……」

女教師「あ、女ちゃんもいる。……どう調子は?」

女「お陰さまで」

 残り少ない休み時間。
 友達と話して元気を貰って、今なら丁度いいかもしれない。

女「ねえ、先生。ちょっと、今いいですか?」

女教師「いま? もう授業だし、部活前の方が……」

女「いえ、すぐ済みますんで……それに、早く言っておきたくて」

女教師「ええっと……」


ギャル「……ふぅん。じゃあ、私たちは先に教室戻るから……ほらいくよ」

お嬢様「ちょっと、先輩っ」

ギャル「いいからいいから」

お嬢様「えぇ……」

 心配そうにこちらを見ていたが観念したのか、ギャル先輩に手を引かれるまま歩き出した。

お嬢様「先行ってるからね」

 そんな二人のことを手を降りながら見送る。
 ギャル先輩も、一瞬心配そうな顔して振り向いたが、止まることはなかった。
 ……なんだかんだで、空気の読める気のきいた先輩だ。
147 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:28:06.13 ID:XWj0qJN60
 さてと、

女「時間もないから、手短に話すしますね」

女教師「う、うん……なんか緊張しちゃうね。こうやって女ちゃんと話したことなかったから」

女「そう、ですね。面と向かって話す機会がありませんでしたもんね」

 あるいは逃げてきた証し。

 深呼吸を一つし、切り出す。

女「正直、約束が守れないのはどうかと思います」

女教師「……ぅ、昔の約束よね。お盆の時は実家に帰るってやつ」

女「はい。……あと、約束破ったのにヘラヘラしすぎです」

女教師「……ごめんなさい」

女「あと、お気に入りの生徒だけにペットボトル差し入れたりして甘いのは、教師としてどうなんですか?」

女教師「……よくないね」


女「はい……」

女「――でも、嬉しかった」

女「再会できたこともそう。嬉しくて嬉しくて、学校に来るのが楽しみなくらい」

女教師「そっか……そっか! うんうん私も嬉しかったよ!」

女「でも、お姉ちゃんは変わってた」

女「私の知らないお姉ちゃんだった」

女「内気で、友達の作れなかった私にとって唯一だった、年上の友達」

女「それが、私にとってのお姉ちゃん。――先生、あなたでした」

女「憧れもありました、一緒にいて楽しいって思いもありました」

 目の前には真剣に話を聞いてくれているお姉ちゃんが。
 きっと、彼女は自分がこれから何を言われるかなんて欠片も想像できていないのだろう。
 それでも私の様子から大事な話だと思って、茶化したりはしてこない。

 そんな姿に逃げ出したくなる。
 だが、私はもう一人じゃない。支えてくれる友達がいる。

女「でも、一番大きかったのは、好意です」

女教師「好意……?」

女「はい――」

 心臓がバクつく。
 手が震えてしかたない。
 心がぎゅっと掴まれてる錯覚。


 でも、逃げたくない。


女「お姉ちゃん……貴方の事が好きでした」



 そうして、数年にも及ぶ長い片想いは終わりを告げた。


148 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:29:31.57 ID:XWj0qJN60
………………。
…………。
……。



ギャル「お、アルバム見てるの? 見して見して!」

女「はいはい、わかったから、いい大人がアルバム一つではしゃがない」

お嬢様「そうですよ。ましてやギャルは、朝ドラ主演の大女優でしょ。……その調子じゃ、外でも子供みたいにはしゃいでないか心配だわ」

ギャル「あら、日本有数の大企業。その次期社長に心配してもらえるなんて光栄の極みですわ」

女「はいはい、バカ言い合ってないで、写真見るんでしょ」


 ギャルにアルバムを押し付ける。

ギャル「私の卒業式じゃん、懐かしい」

 そう言って指差したのは桜舞う一枚の写真。
 そのなかでギャルは黒い筒を胸に抱き、涙を浮かべていた。

お嬢様「もう十年近く前になりますか」

ギャル「そうそう、このとき私の第二ボタンを二人がとりあって……」

女 お嬢様「「うそつくな!」」

ギャル「そんな秒で否定しなくても……」

女「しょうもない嘘つくからです」

女「……で、これが私たち二人の卒業式」

お嬢様「女、いい笑顔……横にいるのが先生って言うのが気に入らないけど……」

女「ちゃんとお嬢様とのツーショットもあるんだから、妬かないの」

お嬢様「まさか、先生とその後も仲良くするとは思わなかったんですけどね」

女「腐っても幼なじみだからね、まさしく腐れ縁だったわけだ」

ギャル「今でも会ってるしね。女にそんな想われる先生、ほんと妬ける」

お嬢様「同感同感」

女「だから妬かないの。会ってるって言っても、娘っちと遊ぶだけの事が多いし」

 ふぅ、ため息一つ。
 お姉ちゃんの話をするとすぐこれだ。
 これだけは学生時代から変わらない。当時から手を焼いたものだ。

 余談だが、私が昔お姉ちゃんに貰ったペンダントは今は、お姉ちゃんの娘っちが持っている。一目見て気に入ったらしかったので、あげてしまった。
149 : ◆TEm9zd/GaE [sage saga]:2019/03/09(土) 20:31:05.77 ID:XWj0qJN60

女「でも、卒業してからこっち、まさか三人で一緒に住むとはねぇ。しかも破綻せず今までずっと続いてるからおどろき」

ギャル「まあ、愛し合う二人が同じ屋根の下、一緒に暮らすのは森羅万象から続く自然の摂理だろうね。……一人余分なのがいるけ
ど」

お嬢様「あら、その言葉そっくりそのまま返しますわ」

 バチバチと火花を散らす二人を見て、またため息。

女「ほんと、よく破綻しなかったものね……」

お嬢様「……女が、私とギャルのどちらが正妻で、どちらが愛人かはっきりさせれば、より安定した関係になると思いますけど?」

ギャル「そうだそうだ」


女「そうは言ってもね……二人とも大事な人だし……」

ギャル「はい、戴きましたー。みんな大好きDD発言ですー」

お嬢様「これはどっちが上か競う必要がありますね」

ギャル「そうそう、じゃ、ベッド行こうか」

女「え? 真っ昼間どころか、まだ午前中なんだけど? いくら久しぶりに三人ともオフだからって、堕落しすぎじゃない?」

お嬢様「これはしょうがありません。どちらか選べない女が悪いんです」

ギャル「あ、そうだ! 女を満足させた回数が多い方が、晩御飯、女にあーんして食べさせてもらえるってどう?」

お嬢様「のった!」

 二人はそそくさと立ち上がり、私の手を引き、立ち上がらせる。

 なんというか、まあ……

女「私にあーん、そんなしてほしい?」

お嬢様「はい、もちろん!」

ギャル「当たり前じゃん!」

 即答する二人を見て、呆れようにも……

女「バカじゃないの……」

 照れ隠しの言葉を言うので精一杯だった。
150 : ◆TEm9zd/GaE [saga]:2019/03/09(土) 20:35:11.39 ID:XWj0qJN60

>>40-149

【女「バカじゃないの……」】 おわり
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