【艦これ】伊58「黒く塗り潰せ」

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689 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/06/30(火) 16:44:14.33 ID:FKUpOvs40
Amen(そうあれかし)と願い歌う。

笛の音を追いかける動物のように、三人の少女は歌い始めた男の後に続いた。


「俺の目の前に」

「赤い扉が立っている」


「俺はそれを」

「黒く塗り潰したくてたまらない」


「それ以外の色は要らない」

「何もかも」

「黒く塗り潰してやりたい」


690 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:49:46.00 ID:+XYm0fRV0
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691 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:51:56.24 ID:+XYm0fRV0
提督がU-511と合流する数分前。彼女、夕立は激怒した。

しかしもう夕立には、自分が何に怒っているのかわからなかった。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼に対して怒っているのだろうか。

この、目の前の売女のような恰好をした糞餓鬼の何が気に食わないのか。

提督を半殺しにした奴らの一員だからか。

それとも夕立と並び立つ彼女の親友、如月を産業廃棄物と罵った事だろうか。
692 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:53:03.42 ID:+XYm0fRV0
テレビで轟沈した雑魚駆逐艦娘、この鎮守府の一部屋に玩具のように首を吊られてぷらぷらと揺れている駆逐艦娘。

だからこそ、今夕立の隣にいる如月もゴミ同然で片付けられる。

何故なら、如月は如月だから、如月が如月故に死ぬしかない。

殺されるしかない。

何故なら如月だから。

テレビで轟沈した如月だから。

だから死ぬしかない。殺されるしかない。

何故なら如月だから。

テレビで轟沈した如月だから。

だから死ぬしかない。殺されるしかない。

何故なら如月だから。

何故なら如月だから。

この糞売女、島風はそう言ってのけた。

それを聞いた時夕立は『これ』を生ゴミにしてやると心の奥底から誓った。
693 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 20:59:03.26 ID:+XYm0fRV0
島風を夕立が抑えている間に如月と羽黒を鎮守府内に突入。

夕立は何も考えずそう提案した。

羽黒と如月がこの場から離れれば夕立は敵地で孤立するにも関わらずだ。

単独行動厳禁、それは泊地の艦娘に徹底されていた絶対の軍規だった。

それはあのテレビで得た教訓。無意味に孤立させた結果援護も得られず沈んだ如月から得た教訓。

常に二人で行動すれば死角をカバーし合える。だからこその単独行動厳禁。

それは泊地の艦娘にとって最優先のルールだった。

そう強く念を押されていたにも拘らず夕立はそれを無視して行動した。

水門が開けば仲間は後ろからいくらでも来る。

それを信じた結果でもあるが何よりも今ここで島風を自分の手で縊り殺さなければ気が済まなかった。

言ってはならない事を口にしたこの糞売女は誰の手でもない、自分の手で縊り殺さなければ気が済まなかった。

その点において羽黒と如月は邪魔ですらある。

この優等生どもは提督の指示通り殺さずに捕まえるはずだ。

このクソガキはここで、自分が、殺す。

そうでなければいけないという怒りと使命感に駆られた夕立の決意は固い。
694 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:01:13.02 ID:+XYm0fRV0
だが心の奥底のその端で、夕立は疑問を抱いてもいた。

何故それは言ってはならない言葉なのか。何故自分はその言葉に怒るのか。

自分ではない他人に向けられた言葉に、何故ここまで怒るのか。

本当に腹立たしいのは一体何なのだろうか。自分は一体何に怒っているのだろうか。

心に僅かな迷いがありつつも、その答えを見つける間もなく戦いは一瞬で終わった。
695 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:03:09.83 ID:+XYm0fRV0
蹴り飛ばされた島風が地面に削り取られながら勢いのまま転げ回る。

彼女の唯一の親友である連装砲型自立砲撃デバイス、島風が連装砲ちゃんと呼んでいるそれの首根っこを夕立は掴んでいた。

わしゃわしゃと首を振るそれを握力だけで強引に黙らせる。

そうでもしなければうるさく動き回るこの玩具の可動域で指を挟んでしまう。

それでも手足をわしゃわしゃと動かす連装砲型自立砲撃デバイスから視線を外し島風の顔を見据える。

最早余裕は一切感じられない。動揺と絶望。理由は二つ、親友が捕まった事。そして親友兼武器を失った事。

夕立にとってこの結果はわかりきっていた事だった。

何もかもが自分の理想と予想通りに事が動いている。

だからこそ、これからする事も何もかも自分がやりたいと願い望んでいた事だ。
696 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/08/26(水) 21:08:51.30 ID:+XYm0fRV0
島風にゆったりと近付きながら連装砲型自立砲撃デバイスの頭を空いた片手で掴む。

全力を込め鉄板に指を食い込ませるが如く締め上げ、捻る。

ごきん、ばきん、ぶちん、という破壊の感触が手に伝わる。もう片手にはびくびくと震える感触が伝わった。

それは喋れない、そうでないとしても少なくとも意思が理解されない機械の断末魔だ。

それが生き物のように、子供に蹴り飛ばされた虫のように、叩き落された羽虫のようにじたばたと蠢いている。

更に捻る。稼働域の限界以上に捻り上げられ、あるべき形を砕きながら更に周る。

想定外の稼働により内部の部品が引っ張り上げられ擦れ圧され砕ける。

エネルギーを伝えるケーブルがぶちぶちと音を立て引き千切られる。

そして、今島風の目の前で彼女の唯一の親友はその首をもぎ取られた。


首が引きちぎられてもなお張り詰め残っていた最後のケーブルがぶちりと切れる。

動力を失い機能を止めたデバイスの頭部の明かりが消える。その明かりは島風の心の灯火でもあった。


「ゴミじゃん」

意思で働かせられる限りの悪意を込めて吐き捨て、手に持っていた『ゴミ』も文字通り投げ捨てた。

怒りのままに叩き付けられたデバイスは中身に詰まっていた基板の欠片を空中に撒き散らしていく。

「次はお前だ」

ゴミと呼ばれ嘲られた島風の親友は今この瞬間死を迎え、島風は今この瞬間完全に戦意を喪失した。
697 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:17:56.88 ID:kzBmeXH00
島風は走った。鎮守府内部に逃げ込めば振り切れると思い込み、夕立に背を向け走った。

そうすれば生き残れると確信していた。何故なら自分は島風だからだ。

誰よりも早く強い。それが島風型艦娘だ。それが海上だろうが地上だろうが同じ事。

誰も自分に追い付けない。後ろでキレ散らかしてる醜い化け物も島風に追い付く事はできない。

そう思っていた。足に何かが引っ掛かったのを認識した瞬間、空に影が差すまでは。

影は島風を見つめながら勝ち誇るように唱えた。

「おっ」

「そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい」
698 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:19:05.43 ID:kzBmeXH00
前のめりになる身体より早く顔面が地面に激突する。

島風の頭を中心に赤がじわりと広がった。激突で鼻を強打して鼻血が吹き出している。

その僅かに見える赤い染み目掛けて夕立は艤装付きの足で踏みつけると絶命する蛙のようなうめき声が彼女の足の下から聞こえた。

違う、島風は遅くなんてない。

踏まれた脳味噌はそれだけを考えていた。遅い、という反射的に出た悪意を何度も何度も反芻する。

お前が島風に追い付けたのは島風が何かに引っ掛かったからだ。

逃げる島風の足に一瞬引っ掛かった『何か』が敗因だ。実力で負けたのではなく不幸に見舞われただけだ。

島風はそう信じ込んでいた。

お前は早くない。島風より早いわけがない。島風が一番。島風が一番早いんだ。

もう一度。もう一度やればわかる。

島風は早い!島風は誰よりも早い!早いんだ!!

これはノーカウントだ!!!だからもう一度!もう一度!!もう一度!!!

島風が!!!!!!!!!一番早くて!!!!!!!!!!強いんだ!!!!!!!!!!!!

島風の顔が火花を吹いた。轟音と土煙を上げながら地面を滑りだす。
699 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:21:13.04 ID:kzBmeXH00
夕立が島風の後頭部を踏みつけたまま上空に向けてその手に持つ主砲を撃ちだした。

反動制御をあえて切って撃たれた砲弾の爆発は夕立を反対方向へと弾き出す。砲弾は上空へ、その反動は地面に向かう。島風の後頭部を踏みつけたまま。

即席のスケートボード。それを支えるのは島風という名の無限軌道だ。

皮膚という名の履帯が回り、すぐさま熱と衝撃で千切れ失う。それでも推進力は収まらない。

その下にある皮下組織、そして筋肉や眼球を代表される臓器が代理になる。血液が噴出し僅かだが摩擦を奪う。まだ推進力は収まらない。

今の島風は、自分で走るよりも早く駆けていた。反動制御機能を切った砲撃、それによって生まれる反動という名の暴挙によって成立するそれを島風が次に活かす機会は無い。

眼球が千切れ飛ぶ、血液の赤と火花の黄色、髪の黄色が軌跡を描く。その過程で皮膚と肉は摩耗し、その下の骨と脳味噌が地面に触れる。

それでも夕立は止まらなかった。射線を横にして砲弾を撃ちだすと彼女の身体は横に回転しだした。

ぐるぐると回転しながら進んでいくそのスケートボードの足を掴み、あえて後頭部から軸足を踏み外す。

脚部艤装が摩擦で火花を散らし地面を抉り取る。進行方向の斜め前の壁を見据えて夕立は身体を捻った。

回転の勢いを殺さないまま、艦本式オール・ギアードタービン2基2軸、夕立型艦娘が持ち得る全力を込める。

それの両脚を掴み、身体を捻り、42000馬力を以て、島風を壁に叩き付け振り抜く。


主砲のそれとは比較にならない程の爆音と衝撃が走った。
700 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:23:24.23 ID:kzBmeXH00
島風の死は、轟沈という括りに入るものではなかった。

人としての死、否、人としてですらない。

物理的な生物としての明確な死。人の形を保っていない、無意味無価値の肉塊と壁の染みに島風は成り果てた。

何の意味も価値も無い。微生物の餌となり臭い匂いを発する以外の役割は島風には無い。

艦娘、砲雷撃戦の結果としての死とは認められない程惨たらしい死。

そして夕立が望んで望んで、望んでやまなかった形での殺害。

千切れた両脚がぶらぶらと揺れ、新鮮な血液と垂らしているのを視認して夕立は達成感を得た。

これでいい。何もかもが夕立の思い通りに行った。

だけどまだ足りない。まだまだ、もっと沢山これを作らなければならない。

誰の為に?提督か、如月か。否、自分自身の為にだ。少し満たされた今、夕立は自分の意志を思い返していた。

自分が負け犬に成り下がったあの日々の事を思い返していた。
701 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:26:07.00 ID:kzBmeXH00
あの夜起こった出来事が何もかもを壊してしまった。夕立は今でも覚えている。あれは夕立の改二改装が間近に迫った夜だった。

テレビで放送されてしまった如月型艦娘の轟沈。

それはたった一人の男の私怨によるもの。全てを知ってしまえばそんなくだらない真相があった。

だがそんなくだらない真相は最悪の事態を引き起こした。

待ち望んでいたかのように動き出した艦娘反対派の人間達。そして同じ海軍の仲間であるはずの人間達。

彼等は身近の如月型艦娘を次々を殺し、あるいは壊した。

『テレビでそうであったから』と免罪符を掲げ、何の経済的価値も戦略的価値も無い自己満足の悦楽に狂った。

夕立の友人だった如月もその狂気の例外ではなかった。

何も知らなかった彼女は何も知らないまま日本街に赴き、暴徒に殺されかけ追い詰められた。

殺され続ける自分の姿を見続け、深海棲艦の精神汚染にも晒された。

そんな友人を、夕立はただ追い詰める事しかできなかった。

助けたいと守りたいと心から願っていたにも関わらず、夕立は守る事すらできずむしろ如月を傷付ける事だけしかできなかった。

自分が夕立であったからこそ、如月にとって自分はただの害でしかなかった。

それでも助けたいと、守りたいと、その時の夕立はただ純粋にそれしか考えていなかった。

結局如月は金剛の時間稼ぎと、戻ってきた提督の言葉で寸での所で救われた。

そして夕立は約束されていた輝かしい未来を全て否定されたのだった。

その後如月は帰還する途中に負傷した提督の身の回りの世話役に就いた。

秘書艦に任命されていた三人すら押し退け彼女が抜擢された事について誰も文句を言わなかった。

夕立だけが、言葉に出せずにいた。

本来ならそこにいるのは夕立だったはずだ、と。

如月が新しい秘書艦に任命され泊地の皆が祝う片隅で夕立はひっそりと改二改修を済ませた。
702 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:28:03.89 ID:kzBmeXH00
駆逐艦夕立は第三次ソロモン海戦で多大な戦果を挙げた武勲艦である。

一夜にして夕立は重巡級五隻を撃沈、二隻大破、防空巡洋艦の二隻を撃沈、駆逐艦の三隻を大破、三隻中破に追い込んだのだ。

夕立の非論理的、非常識的な暴挙とも言える殺戮は一部の者を異名で呼ばせた。その異名は『ソロモンの悪夢』。

駆逐艦娘夕立もその名に劣らぬ高性能な優秀な艦娘だった。

自分のルーツがそこにあると知った時、夕立は喜びを隠せなかった事を忘れられない。

自分の家族を奪った深海棲艦をこの手で倒せる機会に恵まれている。そう予想できたからだ。

他の誰でもない自分が、今度こそ守れるのだとそう信じ込めたからだ。

事実、駆逐艦娘夕立はあらゆる鎮守府泊地で重宝されていた。

だからこそ自分も重宝されるだろうし、守る為の力を十分に得たのだとそう信じ込んでいた。

パラオ泊地の補充要員として着任した夕立は同期の如月、潮と日々切磋琢磨し合った。

その合間に絆を紡ぎ、そして増える守りたい者。同期班員の如月と潮、そして提督。

何故か話題に乗らない潮はともかく、如月とは提督の話でよく盛り上がった事を昨日のように思い出す。

しかし必ず訪れるとすら思っていた輝かしい未来はたった一か月程度の出来事で全て否定された。
703 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/05(土) 20:32:36.36 ID:kzBmeXH00
『ソロモンの悪夢』の力で如月を守る事はできなかった。

新たな力を求め鍛錬を続ける中で如月は秘書艦に着任した。

彼女自身の適正と何よりあまりにも醜い理不尽に対する同情が要因だったが、周囲がそんなものを理解するはずがなかった。

演習の度に自分達に、否提督と如月に向けられる嘲笑と侮蔑。

その度に如月は提督との絆を深めていく。夕立を置き去りにして。彼との絆だけが自分の命を繋ぐと思い込んでいるかのように。

提督もそれを受け入れた。夕立と如月と潮の部屋だった場所は気付けば夕立と潮の部屋になり彼女の面影は消え去った。

外部の人々が望んでいるように本当に如月が死やその他の要因で消えたわけではない。如月は常に提督の傍に居た。

それに感づいた時、夕立はとどめを刺された。
704 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:52:19.62 ID:Y+aHME880
あの日全てを失ったのは如月ではない。自分だ。夕立はそう感じていた。

確かに如月は多くのものを失った。名誉、地位、発言力、そして生きる権利すらも失った。

それでも最後の最後で彼女は得たかったものを得た。何もかもを失ったという自分を利用してそれを確固たるものとした。

だが夕立は、自分はどうだ。

得たかった力は何の意味も無かった。『ソロモンの悪夢』では何も守れなかった。

そして目の前で男を奪われた。自分が守ろうとしていた、自分が守れなかった友人に奪われた。

どれだけ力を付けようとも如月を守れない。何も知らない何も感じないキチガイは如月を傷付け続け、如月はそれすら利用して愛を得る。

湧き上がり止められない劣等感は夕立を確実に壊していった。

何も知らない外部の馬鹿が如月を貶めようとすればするほど、夕立は劣等感を刺激される。

優っているからこその無力感と劣等感。それ故に並大抵の事では覆せない。運命に近い絶望的状況。

ついに狂った夕立はある一つの答えに辿り着いた。


ならば自分を貶めてしまえばいいのだと。
705 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:57:31.35 ID:Y+aHME880
夕立型艦娘が忌み嫌われる存在になったその時、提督は如月より自分の事を見てくれる。

提督の視線を独り占めできる時間が増える。

その為には『悪夢』では足りない。『地獄』を見せなければ。

自分に、自分の身内に害する者全てに『地獄』を見せてやる。

悪夢なんてものは所詮目を開ければ消えるもの。

二度と取り返しの付かない苦痛と損失を与えてやらなければいけない。

やりすぎと言われるほど痛めつけ、過剰に力を振るう。

軍規や規則なんていくらでも破ってやる。良識を捨て、時に良識を相手に突き刺す。

惨たらしく殺す事だけを考え、惨たらしく殺す事だけを実施し、惨たらしく殺す事を最優先事項として行動すれば自分の希望は成される。

軍規違反という汚点、制御不能という欠点、過剰防衛という短所。

どれだけ積み上げれば、否掘り下げれば如月に届くのかわからない。

だけどもうこれしかない。悪意という名の永久機関に届くには最初からこうするしかなかった。

これこそが最適解だ。夕立はそう確信した。

軽蔑されようが見下されようが嘲られようが構わない。むしろそれこそ自分が望むもの。

何もかもを自分が殺してしまう事こそが夕立の運命を切り開く唯一の道だ。

それができなければ負け犬だ。
706 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 21:58:17.06 ID:Y+aHME880
動かせるだけの理性を動かし、心を塗り潰していく。

自分のトラウマを、辛い過去をわざと掘り起こし感情を沸き立てていく。

心を黒く、黒く、塗り潰していく。

歯痒さを、無力感を、怒りを、嫉妬を、夕立が思いつく限りのあらゆる負の感情を沸き立てていく。

黒く、黒く、塗り潰していく。

手に持っていた島風の両脚の破片が握り潰され余りが千切れて地に落ちた。

塗り潰せ。

殺意で自分の全てを塗り潰していけ。
707 : ◆ZFgfLAc.nk [saga]:2020/09/19(土) 22:00:04.43 ID:Y+aHME880
夕立は叫んだ。今からお前達を皆殺しにするぞと言葉を使わずに叫んだ。

その音の波に弾き飛ばされるように二房の髪がびんと跳ね上がった。

あの頃絹糸のように柔らかくすらりと垂れ下がっていた彼女の髪。

今は彼女の心を表すように癖が付いて跳ね上がり、広がっている。

髪が女の魂という論が正しいのであれば、今の夕立の髪こそ彼女の魂が如何に変質したかを物語っていた。

目を見開き、牙を剥き、爪を立てる彼女の姿は獲物を殺す猟犬そのもの。

否、これは猟犬ではあるが猟犬ではない。

ティンダロスの猟犬。

腐臭をまき散らしながら時間や時空すら飛び越えながら獲物を追い詰めて殺す『犬の形をした化物』。

絶えず飢え、執念深く、獲物を恐怖させ発狂させても尚その命を啜るまで追い続ける。

伝説の通りあらゆる邪悪を自分の身体に集約させる為に今

化物が鎮守府の扉真正面から突っ込んでいった。
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