永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:26:16.04 ID:jSwuJJZ7o


――――浮世に重なる幻想郷
 一歩その地に踏み入れば、迎うは蠢く妖の園
 決して見る事叶わず、決して入る事叶わず
 されど確かにそこにある、幻の地
 
 彼の地、寄り添い集うは、幻となりし生
 生は取り戻さん。再び現を
 生は取り戻さん。命の暦を
 そして見る。幻が、自らの幻たる夢を

 幻が幻を生む地、幻想郷
 幻が真となる地、幻想郷

 誰が呼んだか幻想郷
 どこにあるやら幻想郷―――― 




【永遠亭】――――大詰め


188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:37:24.36 ID:jSwuJJZ7o


 草木も眠る丑三つ時。
 月明かりも薄れる程闇に沈む、深き竹林の真っ只中にて。
 そこには、闇夜の間を縫うように動き回る、一つの影があった。


「ハッ――――ハッ――――ハッ――――」


 影は、同時に音を漏らしておった。
 盛りのついた犬のような激しい吐息を漏らし、影に触れし竹葉も、釣られてしばしの間歌いだす程である。
 しかしそれでも、影は決して速度を落とさなかった。
 漏れる吐息も、竹葉の擦音も、自身の心の鼓動でさえも――――
 その影に取っては、「進」の前には後回しでしかなかったのだ。


「――――うわっ!」


 だが、あまりにないがしろにし過ぎた罰が当たったのだろうなぁ……。
 「進」にかまけて「視」までも置き去りにした罰か。

 影は、不意に進むのをやめた。
 代わりに――――落ちた。
 奈落の入口と見間違うほどに、深い深い穴の中へ。


「あっ……たぁ……もう……」


「またかよ……アイツ……」




「――――おや、まぁ」




「誰だ――――ッ!?」



 して影が、穴へと落ちたその機を見計らうようにして、もう一つの影が現れた。
 この新たに現れしもう一つの影は、先ほどの影と違い、足音一つ立てぬままに静を保っておった。
 忍び足同然の接近である。しかしそこは影同士。
 穴の中であろうと闇夜であろうと、影は、影の気配を十分捉える事ができるのである。


「いけませんねぇ……こんな闇夜の中は、明かりもなしに出歩いてはいけませぬ……」

「特に兎は……”耳が良い代わりに目が悪い”んだから」



 視界が効かずとも……影の持つ”鋭敏な耳”を持ってすれば。



薬売り「ねえ……姉弟子様」


うどんげ「薬売り……!」



 薬売りの持つ小さな明かりが、ようやっと影の形を照らし出した。


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189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:49:26.98 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「お前の……仕業か……!」

薬売り「違いますよ……この穴は、元々ここにあった穴です」

薬売り「こんなに深く掘って、あっしも、後始末が大変だろうと思っていたのですが……」

薬売り「どうやら……ほったらかしにしていたようで」

うどんげ「くっそォ! あのバカウサギだきゃほんと……!」


 穴は、元からそこにあった。
 よくよく目を凝らせば、暗がりながらなんとか見えなくもない。
 注視さえしていれば、その一部分だけの不自然さに、なんとか気づけたはずなのだが……。
 しかし見えなかった。それはやはり、闇夜に紛れていたが故。
 言い換えれば、”目を凝らす事をしなかった”からとも言える。


薬売り「にしても、そんなに息を切らして……一体何処へ行こうと言うのです」

薬売り「今はまだ丑の刻……夜明けにはまだ、少々速いですぜ」


 影。元い玉兎の行動は、夜分に相応しくない不可思議な物であった。
 穴に落ちて止まったからよかったものの、穴がなければ今頃疾風と化し、とおの昔にどこぞの地へとたどり着いていた事であろう。
 その行動は一言で言う「逃亡」に等しい。

 師も、姫も、友も。安住の地の全てを放り出してまで――――
 一体この玉兎は、どこに向かおうと言うのだろうか。


うどんげ「お前には……関係ない……!」

薬売り「おやまぁ、関係ない事ございやせんでしょう? だって……そうじゃないですか」

薬売り「モノノ怪に攫われた三人の哀れな供物……それをも霞掛ける、貴方の内に御座す”闇”」

薬売り「もう、気づいているんでしょう? その闇こそが……モノノ怪をこの地へ誘う”糧”であると」


うどんげ「ぐぅ…………!」


 ぐぅの音も出ぬとはまさにこの事である。
 もはや言い逃れの出来ぬこの状況。
 玉兎は、ついに観念したか……その重い口を、ようやっと開きなすった。
 
 その口から出る言葉からして――――やはり玉兎も、最初から気づいていたのだ。
 薬売りの言う「モノノ怪を成す因果と縁」。
 その説を聞いた時点から、モノノ怪の主体は、”我が身に押し込めた因果にある”、と。



【鈴仙・優曇華院・イナバ――――之・理】


190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 19:59:38.39 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「あたし達が月から来たってのは……もう話したわよね」

薬売り「覚えてますとも……絵空事と見間違うかのような話でしたから」

うどんげ「でも、その”順番”はまだ、言ってなかったわよね」

薬売り「なんとなく……察しは尽きますがね」


 地上に下りし月の民の数。
 ひょっとすれば他にもおるやもしれぬが、とりあえずこの場に限っては、計三名としておこう。
 してその着順はこうだ。

 まず最初に、姫君が下りた
 次に、後を追うように永琳が下りた
 そして最後に、この玉兎が下りた。

 一見すると、何ら関係のないただの着順に見える……
 のだが、実はこの二番目と三番目の間。
 すなわち永琳と玉兎の間には「大きな隔たり」があるのだと、玉兎は強く語り申したのだ。


薬売り「隔たり……?」

うどんげ「お師匠様は一応”月からの命令”って建前があった。まぁ、結果は遂行されなかったけど」

うどんげ「でもあたしは、何もない。誰からも何も言われず、あの栄華極まる月の都から、自分の意思で地上へと降りた」


 その隔たりは、一言で簡単に言い表す事ができる。
 玉兎は――――逃げたのだ。
 誰にも言われず、誰にも告げず、己が意思のみで、月からこの地上へと”勝手に”馳せ参じたのだ。


薬売り「つまりそれは……」


 まんま今この瞬間と、全く同様にな。
 

【再犯】

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:09:58.98 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「あたしが来たのは……実は、つい最近の話なの」

うどんげ「と言っても、人間の基準じゃ十分昔だけどね」


【推定】

【数十年前】


薬売り「月……絵巻や伝承にも幾度となく現れる都」

薬売り「しかしそれらは全て、文明の栄えるいと優雅な世であると描かれる」

薬売り「まさに貴方の言う、栄華極まるかの都……とてもじゃありませんが、逃げ出したくなる場所とは思えませぬ」

うどんげ「栄華極まる……からよ」


 確かに、伝え聞く話からして逃げ出したくなるような都とは思えぬな。
 ともすればその実、飢饉や徴収、または戦が蔓延る阿鼻叫喚の地。
 まるで愚王の政かのような情景が、頭に浮かぶのだが……

 だとすれば今度は、逃げ出す民の数が少なすぎる。
 人の半生分を「つい最近」と言ってのけるほど、長き歴史を持つ都じゃ。
 そこまで酷いならば、他にもっともっと、逃亡者がおってもよさそうな物なのだが……


うどんげ「栄えすぎた文明は、その地に生ける、全ての命を堕落に落とす……」

うどんげ「それはまるで病魔の如く……人知れず、その地の全てを腐らせていく」


 じゃが、月の都を覆う惨状は、そのどれにも当てはまらなんだ。
 玉兎の口ぶりからして、やはり月は、話に聞く通りの栄華成る都だったのじゃ。
 まさに豊かに溢れた桃源郷そのもの。
 やはりとてもじゃないが、逃亡を決意させるとは到底思えぬわ。



うどんげ「かの都……”栄”に犯された、末期の都」



 まるで頓知じゃ。さっぱりわからんわ……
 玉兎が曰く、「栄こそ堕」の、その意味が。
 


【実情・月之都】


192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:25:01.77 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「月の都の生活は……うーん、なんつったらいいか……」

うどんげ「説明が難しいわね……あんたら地上人には、絶対想像つかないだろうし」
 
薬売り「平たくで、結構ですよ」


 玉兎は「大雑把」と前置きをした上で、こう言った。

 「――――月の都の生活は、地上の民が浮かべる夢物語とほぼ同等である」。

 ……いや、大雑把すぎないか?
 ならばならば、水を酒に変える実や、雷を落とす杖。
 突風を生む扇子に、振るだけで財宝の溢れる小槌。
 他にも数多あるあの宝具の数々が、月には一挙に集っておるとでも言うのか!


うどんげ「簡単に言うと――――”文明が望む物全てを与えてくれる”。って所かしらね」

薬売り「全てを……?」


 ぐぬぬ、あなどり難し月の都。
 想像を遥かに超えておったわ……それらはまさに魔術と言っても差し支えないであろう。
 言うに事欠いて「文明が全てを与えてくれる」だと……?
 ええい! なんとかこちらから月に向かう方法はないものか!


うどんげ「何でもかんでも文明が全てを肩代わりしてくれる……何もせずとも、栄た文明が勝手に全てを与えてくれる」

うどんげ「だからこそなのよ。だからこそ……」
 

 きぃ〜何と羨ましい!
 ならばならば、毎日毎日昼まで眠り、肉や酒をかっ食らい、夜分遅くまで家に帰らずともよいと申すのか……!
 まこと、気が狂いそうなほどに羨ましき文明じゃ。
 だって、そうであろうに。

 勝手に実るならば農民はいらぬ。
 勝手に届くならば飛脚はいらぬ。
 勝手に残るなら書はいらぬ。
 勝手に唄うなら、琵琶法師はいらぬ……


薬売り「だからこそ……?」


 まさに奉公から解き放たれし享楽の園。
――――しかししかししかぁし! 
 これまた何故なのか。本ッ当に何故なのか。
 それらの享楽を否定した酔狂な者が一人……いや、一羽だけ、月にはおったのだ。


うどんげ「いつしか……人々は自分から動こうとしなくなった」

うどんげ「いつしか誰も……夢を見なくなった」

うどんげ「いつしか、ただ、無限に等しい時を……無駄に消費するだけの存在に、成り下がった」


 この柳幻殃斉。生まれてこの方、ここまで同意できぬ意見に出会った事はない。
 身共とて、あの地獄の修行の日々の最中。
 あの日ほど、修験志して後悔した時はなかったと言うのに……

 しかしそこで終わらぬのが、この柳幻殃斉という男よ。
 それらの修行を耐えきった身共だからこそ、ピーンと来たぞ。
 平民にはわからぬであろうなぁ。
 修験道を骨の髄まで叩き込まれた身共だからこそわかる、一種の悟りじゃ。

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:48:35.93 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「穢れなき月には死の穢れがない……故にどこまでも堕ちていく」

うどんげ「極限まで薄まった寿命が、人知れず消えていくその時まで、ね」


 よいか? このあらゆる意味でかけ離れた、月人と地上人の最大の違い。
 それは――――”死生観”なのじゃ。
 我ら地上の民は、皆「命は限りある物」と捉えておる。
 修験の教義がまさにその典型例なのだが、限りある命が故に「生の限り尽くす」とは、まさにこの事よ。

 しかし月人はそこが違う。
 月人の寿命は長い。本当に長い。
 それがどの程度までかは存ぜぬが、少なくとも人の一生を「一瞬」と捉えれる程度に長い。

 故に見えぬのだ。「死」が如何様な物なのか……
 あまりに遠すぎるが故に、漠然と想像する事すらできぬのだ。


薬売り「月の民は、永劫に等しき生を、ただ流れるように生きている……」

うどんげ「あたしは嫌だった……永遠に畜生のままで、永遠にその辺の石ころと同価値の”物”として生きるのが」

 
 よって月人は死を”穢れ”と呼ぶに至る。
 よくわからぬが、何となしに汚し物。
 よく知らぬが、何となしによろしくない物。
 よく考えた事もないが、周りがそういうのだから、まぁそうなのだろうとしか思わぬ物。
 してそんな「わけのわからぬ物」に苦悩する地上は、やはり穢れた地なのだ。
 そして得体が知れぬ故に、余計に感じるのだ……「怖い」と。


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うどんげ「気が付けば、あたしは月を跳び出してた……気が付けば、あたしは穢れた地に堕ちてた」



 穢れなき都――――月。
 死の存在を知らず、「生の限り」を知らぬ月の人々は、果たして幸せと言えるのであろうか。
 玉兎はそこに「否」と答えたのだ。
 その所以こそが玉兎の曰く、体が生き続ける代わりに「心が死んでゆくから」である。
 


うどんげ「皮肉よね。あれほど穢れだなんだって蔑んでた場所に、自分が堕ちてりゃ世話ないわよ」



 月の者でありながら、その悟りに至ったのは、やはり「人」ではなく「兎」であったが故であろうか。
 得てして結果、独自の悟りを開いた玉兎は――――堕ちた。
 まさに今、激しく着いた尻餅が如く。
 穢れた地へと、その身を落ち着けるに至ったのだ。

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 20:56:32.42 ID:jSwuJJZ7o

薬売り「しかし死の穢れと引き換えに手に入れたこの場所を、貴方はこうしてまた、捨てようとしている……」

薬売り「ほったらかしですか? 姫も、師も、友も……」

薬売り「未だモノノ怪の……腹の中だと言うのに」


 かのような独自の感性を持つ玉兎。
 それは月の躾の賜物か、はたまた元から持つ兎の性が故であろうか。
 とにもかくにも、文字通り「人」並み外れた感性なのは確かである。
 それが故に、玉兎の抱くモノノ怪像も、これまたえらく独特な感性で捉えておったのだ。


うどんげ「……思えなかったのよ」

薬売り「思えなかった……?」


 兎とは、元来臆病な生き物じゃ。
 皆も見た事があるだろう? ふと目が合うただけで、大慌てで逃げていく野兎を。
 いやいや、危害を加えるつもりなど寸でもないと言うに……
 そこまで怯えられば、こちらとしても夢見が悪いと言う物よの。


うどんげ「その、モノノ怪が……なんていうか……その……」


 ひょっとすれば、兎からすれば、我ら人は腹をすかせた熊にでも見えておるやもしれぬな。
 まぁその辺は兎にしかわかるまい。


 だが――――その兎が言うのだ。
 


うどんげ「悪い奴には、到底思えなくって……」



 モノノ怪から、敵意を感じないと。


195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:08:04.17 ID:jSwuJJZ7o


薬売り「これはまた……酔狂な事を言いますね」

うどんげ「あたしも上手く言えないんだけど……でも、不思議よね」

うどんげ「この期に及んでも、アンタの言う”斬らねばならぬ存在”だと、あたしには到底思えないの」

薬売り「近しい縁者が、悉く攫われているのに?」


 ”モノノ怪は斬るべき存在ではない”。
 薬売りの存在意義そのものを揺るがすその台詞は、数多のモノノ怪を払いし薬売りには、到底理解できぬ物であった。
 しかし代わりに、一つ思い出した。
 かつて、似たような事を口走った者がいた事を――――「モノノ怪を産み落とす」と啖呵を切った、身重の女の事を。


うどんげ「確かにやり口は褒められない。勝手に現れて勝手に攫って行くなんて、言語道断もいい所よ」

うどんげ「でも……なんと言うか……その……」

うどんげ「…………アレなのよ」

薬売り「また……アレですか」


 この時玉兎が何を言いたかったかは、誰にもわからない。
 しかしまぁあくまで予測ではあるが、口ぶりから察するに「同情に値する場合もある」とでも言いたかったのだろう。

 確かに……そういう者もおった。身共も遭遇したあの海坊主が、まさにそれだ。
 龍の三角をアヤカシの海へと変貌せしめた、あの禍々しきモノノ怪。
 してその正体は、実は徳高き者の”後悔”の念から生まれ出る物だったとは……あの時の身共は、露も思わなかった故な。

196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:18:07.92 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「だってあんた、気づいてる? 今まで攫われた人達……」

うどんげ「よく考えたら、みんな”蓬莱の薬の服用者”なのよ。永遠を手にした、本物の不死者達よ」

うどんげ「そんな不死の存在が”殺された”なんてのは、まず絶対にありえない」

うどんげ「モノノ怪だかなんだかしんないけど、薬が齎す”永遠”すら侵すとは、到底思えない」


 蓬莱の薬――――かつて時の権力者が命を賭して欲した、不老不死の秘薬。
 その効能は、語り継がれし伝承よりも、よりすざましき物であった。
 曰く、仮に御身が細切れになろうとも、髪の一本程度もあれば瞬く間に再生する事が可能との事である。
 
 納得に足る、推察である。
 確かにその効果を持ってすれば、まず亡き者になる事はないであろう。
 それが仮に、人の道理から外れたモノノ怪の所業であろうとも。


うどんげ「だからさ……もしかしたら」

うどんげ「”匿ってる”んじゃないか……って。そう思えなくも、なくってさ」

薬売り「匿う……? モノノ怪が……?」


 「モノノ怪が人を匿っている」。
 不可思議極まりない結論ではあるが、それでもあくまで個人の感想なのだから、そこは何も言うまい。

 ではモノノ怪は、永遠亭の連中を「何から匿っている」と言うのか。
 その答えは至極単純である。
 月の者しか存ぜぬ、月の者にしか訪れぬ、月の者にとって、モノノ怪よりも恐ろしき存在と言えば……
 それは、ただの一つしかないのである。


うどんげ「月の使者――――あいつらは未だ、私達を探している」

薬売り「……」


 逃亡者の末路はいつだって二択しかない。
 逃げ切るか、捕まるか――――。
 玉兎はすでに立っていたのだ。命運分かつ二つの岐路の、その瀬戸際に。


197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:32:39.29 ID:jSwuJJZ7o


うどんげ「ここから見る月は、空に輝くただの盆にしか見えないでしょうけどね」

うどんげ「月から見た地上は……違うわよ」


 時に皆は、月と言う存在にどういう情感を覚える?
 美麗・優雅・幻想……まぁ大抵、この手の感傷が大半であろう。
 身共だってそうじゃ。月見うどんに月見そば。月見団子を頬張りながら月見で一杯……
 っと失敬。少し偏ってしまったの。

 しかし月は違う。月の者は地上を奉ったりはせぬ。
 その根本は、先ほど申した通り、月は地上を”穢れた地と見ている”点にある。


うどんげ「月の文明で最も発達した物。それは……”観察”」

うどんげ「月の発展はいつだって地上の監視と共にあった……長い時を掛けて、より細かに、より隅々まで見渡せるように」


 月都文明が総力を挙げて生み出した、最大の利器――――。
 玉兎はそれを「瞳」と呼んだ。
 曰く、都の中心には、「眼を模したいと大きなる筒」があるのだとか。


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 その眼力はもはや「月の模様が兎の餅つきに見える」程度の話ではない。
 
 ・いつ
 ・どこで
 ・誰が
 ・どのような身なりで
 
 そして
 
 ・今現在何をしているのか

 これらの全てを、一目瞭然に映し出す程なのだとか。


うどんげ「そして月の瞳はもちろん、裏切者の捜索にも応用が利く」

うどんげ「穢れに塗れた地上に、穢れなき月の者が混ざってたら……あの瞳なら、きっと一発で判別できるわ」


 月の発展はすなわち監視の歴史。
 月に存在する数多の利器は、その全てが瞳から枝分かれした物なのだ。
 逆説的に言えば、こうとも言える。
 それほどまでに、月は恐れていた――――得体の知れぬ死の穢れを。


うどんげ「月が何故夜に輝くかわかる?――――地上を見やすくする為よ」

薬売り「そうなの……ですか?」

 
 幽霊・怪異・百鬼夜行。
 人は得体の知れぬ存在に恐怖すると言うが、月人にとっては、穢れこそがそれに当たるのだ。
 しかも穢れは正体不明ながら、いつでも見れる場所に存在する。

 確かに……そう考えれば恐怖そのものじゃろうな。
 なんせすぐ目の前にあるのじゃ。ならば、未来の可能性も容易に想定できるであろう。
 ”穢れが月に持ち込まれる時”が、いつか来るやも知れぬと。

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:44:57.24 ID:jSwuJJZ7o

薬売り「ではあの月は……今もあっしらのやり取りを、あそこから見ているんですかね」

うどんげ「いや……ここは多分特別。よくわかんないけど、お師匠様がその辺上手い事ごまかしてるみたい」

薬売り「おやまぁ、ならば安心だ……」

うどんげ「でもそれも”絶対じゃない”。何がキッカケで見つかってしまうか、誰にもわかったもんじゃない」

薬売り「しかも当の永琳はもういない……」

うどんげ「そうよ……わかる? 永遠亭だなんて言ってるけどね」

うどんげ「永遠亭の永遠は、吹けば飛ぶような、か細い永遠なのよ」


 永遠……それは終わりのなき様。
 変化を迎えず、未来永劫其の儘である事の意。
 しかし変化なき物など存在せぬ。
 人も、世も、夜空に輝く月でさえも。
 絶えず変化を繰り返し、そしていつしか終わりを迎える。
 誰が産んだかその言葉……いと儚きかな。
 「永遠」の言葉こそが、永遠に存在せぬ事の証明であるとは。


うどんげ「だからまぁ……匿ってるってのはちょっと言い過ぎたわ」

うどんげ「けど、”都合がいい”のは事実」

うどんげ「今のあたし達にとっては、モノノ怪の腹の中程、安全な場所はないんだから」


 そしてモノノ怪による神隠しを免れた唯一の月の者である自分が、此れを機に、遠く果てまで逃げおおせたなら……
 ”少なくとも、永遠亭が見つかる事はないであろう”。

 ――――と、言うのが玉兎の真意である。
 全く……兎ながら天晴な忠義心であるな。
 江戸の武士共に言い聞かせてやれば、こぞって感涙の涙を流すであろうて。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 21:56:49.00 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「……はぁ。なんか、言わなくていい事まで言っちゃったわね」

薬売り「いえいえ滅相もない……貴方様の”秘めたる思い”、しかと聞かせていただきました故」


【爽快】

【内心吐露】


うどんげ「そもそもあんたが尋ねたんでしょうが……ま、んな事どうでもいいから、とりあえず手ぇ貸してよ」

うどんげ「この穴、無駄に深くって……登りにくいったらありゃしないわ」

薬売り「おおせのままに……」



(ひとりでできるでちょ じぶんでやりなちゃい)



うどんげ「ったく……あのバカウサギだけは……」

うどんげ「本当に……最後の最後まで……」



(バカなんだから)



 全ての心情を吐露した玉兎は、悪態を突きつつも、どこか満足気な面持ちであった。
 まぁ、スッキリしたのだろう。秘め事は絶対である程、誰かに言いたくなる性が故な。

――――だが、そんな折角の爽快感は、またしても台無しとなる。
 原因はもちろん、この図々しい薬売りのせいである。
 


薬売り「……どうぞ」

うどんげ「あんがと…………ん?」


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うどんげ「……なにこれ」

薬売り「何って……”天秤”ですよ」



200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 22:08:06.46 ID:jSwuJJZ7o

うどんげ「いや、天秤ですよじゃなくて……ふざけてんの?」

薬売り「ふざけてなどいませんよ……手を貸せとおっしゃるから、貸したまでです」

うどんげ「こんなちっちゃいので……どーやって昇んのよ!」


 にしても、いちいち人の神経を逆なでしよるなこいつは……
 手を貸せと言われて、差し出したるは天秤。その心はまさに「テ違い」と言った所か。
 ……下らん洒落じゃ。言っとる場合か、この阿呆が。
 

うどんげ「バカ! もういい! 手伝ってくんないなら、自分で昇るわ!」

薬売り「左様ですか……」

うどんげ「全くもう、どいつもこいつも――――」



(――――バカばかり)



薬売り「しかし……天秤の手伝いなしに……できるんですか?」

薬売り「さっきから、あなたの周りを取り巻く……この”声”を聞くことが」


うどんげ「……は?」


 しかしいくら下らぬ洒落であろうと、言ってる本人が大真面目ならば、こちらも反応に困ると言う物よの。
 だったら……掛かったのは偶然か? 
 薬売りは決してふざけていたわけではなく、どうやら本当に「テ違い」だったらしい。



(できるわけないじゃない)


(あんな穢れまみれの、汚らしい連中に)

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/04(木) 22:09:24.53 ID:jSwuJJZ7o
風呂
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:29:41.36 ID:/9MplgHao


薬売り「気づいて、おられないのですか……?」

薬売り「さっきから……貴方が口を開くごとに、もう一つ”声”が重なっている事に」


うどんげ「何……言ってんの……?」


 薬売りは唐突に、酔狂な事を言い始めた。
 もう一つ、声が聞こえる――――玉兎が唖然とするのも当然じゃ。
 辺りを見渡しても誰もおらぬ。無論、声所か微かな息遣いすらも聞こえぬ。
 それは波長を聞くと言う玉兎の鋭い耳が、一番わかっているはずなのに。
 
 
薬売り「ああっ、今も、ほら……」

薬売り「なにやら、長々とおっしゃっております……それも、”貴方様の声で”」


 しかし薬売りは、頑なに主張を退ける事はなかった。
 この場に聞こえると言うもう一人の声。
 しかもそれは薬売りだけに聞こえ、玉兎には聞こえぬ声。
 言い換えれば、”玉兎だけに聞こえぬ声”。



薬売り「もう一度、お伺いします……”本当に聞こえませんか?”」



 そこまで言うなら教えてもらおうじゃないか。
 そのもう一つの声とやらは、一体なんと申しておるのか――――。



うどんげ「――――ッ!」



(にしても、見れば見るほど気っ色の悪い奴よね〜。なにこれ? ホントにこいつ人間?)

(変な道具に変な化粧に変な服にさぁ、言ってる事も意味わかんない事ばっかだし)

(ひょっとしたらこいつ、気触れじゃないの? おおこわっ。てかめんどくさっ)

(うざったいからとっとと帰れっつーの。この薄気味悪いちんどん屋が)



うどんげ「だ…………れだ…………」



203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:40:59.03 ID:/9MplgHao


薬売り「”貴方が言ったんですよ”。耳を傾けさえすれば、ちゃんと声は聞こえるのだと」

薬売り「じゃあ、今一度、耳を傾けて貰おうじゃないですか……」

薬売り「一言一句逃さずに、悠長に捲し立てるこの”声”を、ね」」


 聞こえた……のか?
 いや、身共はその場におらなかった故聞こえぬのは当然なのだが。
 でもまあ聞かずとも大体わかるわ。
 玉兎の様子を見れば、”どんな声”が聞こえたのかは、おのずと推し量れる。



うどんげ「………………がッ!」



 その様子からして――――どうやら”凶報”のようじゃな。
 その証拠に、玉兎の表情がみるみる青ざめていきおるわ。
 してそのような顏を浮かべると言う事は、理由はただ一つ。
 自分で申した通り、耳をすませば、確かに聞こえたのだ



(バックレチャ〜ンス! こんな薄気味悪い場所からオサラバできる、またとない機会よ!)

(グッバイバカ姫! グッバイみなごろ師匠! ヤク中同士、永遠に仲良くね!)



うどんげ「何言ってんだ…………こいつ…………」



(あ、でもたまには戻ってくるかも? てゐはその内ぶっ飛ばすから)

(あいつには散々してやられたからね。今度は掠り傷どころじゃない、デッカイ風穴開けてやるわ)

(もう一度傷口に塩塗りたくってあげる。今度は内臓まで、全部にね)



うどんげ「そんな事…………できるわけない…………!」



(あ〜後そうだ! 妹紅よ妹紅!)

(穢らわしい地上人の分際で蓬莱の薬なんて飲みやがって。あいつはマジで万死に値するわ! 死なないけど!)

(あれは紛れもなく罪人よ。穢れ・薬・ウザイの三重揃った大罪人)

(これは何とかして月に密告しとかなきゃ……もちろん、匿名でね!)




うどんげ「そんな事…………思ってなんかいない…………!」




――――聞きたくなかった声が、な。



204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 10:52:52.05 ID:/9MplgHao

(って言うフリをしてれば、かわいい弟子のままでいられるもんね)

(あたちは逆らう気なんて毛頭ない、かわいいかわいい兎さんでちゅ〜)

(どうかご主人たま、末永くかわいがってくだちゃいまち〜。みたいな?)


(――――死ねよお前! マジきんッッッめえんだよッ!)



薬売り「随分と……口汚いですね……」



(だって……しょうがないじゃない。あたしってば、ロクな躾もされてない、ただのペットなんだから)



薬売り「ただの……ペット……?」



 声が聞こえるどころか、ついに会話まで……
 しかしその内容は、片側の台詞だけでは全くわけがわからん。
 口汚い? ペット? 一体何の話をしているのだ。
 そんな事思っていない? 一体何を指摘されたと言うのだ。



(ご主人様がいないとな〜んもできない、ただの飼い兎)

(誰かの下でイージーな環境に浸ってないと、生きる事すらできない、どっちつかずの半端な兎)

(ま、おかげで様で、無駄に口だけは達者になったけど)


薬売り「……」


(でも……誰も聞いてくれないんじゃ、それって全然意味ないじゃ〜ん!)

(って、思わない? ”薄気味悪いちんどん屋”さん)



 その場で一体何が起こっておるのか、皆目見当がつかん。
 が、唯一わかる事は……
 声が聞こえると言う事は”そこに誰かがいる”と言う事。



薬売り「”竹の声”の正体は……貴方だったのですか」



 草木も眠る丑三つ時。
 玉兎と薬売り。二人きりと思われたその場所に、”もう一人誰かがいる”。
 しかしそこに形はなく、ただ存在だけが曖昧なまま揺らめいておる。
 その正体を知る者は、無論一人しかいない。



うどんげ「何も聞いてない……何も聞こえない……」

うどんげ「何も…………誰も何も言ってない…………!」



 それは――――玉兎だけにしかわからぬ”波”であった。



205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:06:36.30 ID:/9MplgHao

(はい出た現実逃避。もういいから、そーゆーの)

(いい事? こいつはね……こうやって事実を捻じ曲げて、自分に都合の悪い事はなかったことにする悪癖があるの)

(だから、騙されちゃダメよ……今のこいつは、あんたから”言い逃れる”事しか頭にないんだから)



薬売り「見ざる聞かざる言わざる……っと失敬。あれは猿でしたな」



(まぁ似たよーなもんよ。むしろ学ばない分、そこらのエテ公よりタチが悪いわ)

(現実と絶対に目を合わせようとしない……目を逸らしたまま、事が過ぎ去るのを、ただ待つだけ)

(そーやって知らぬ存ぜぬってやってるから、何度も落ちるのよ)

(次から次へと……どっかの穴にね)



薬売り「ならば声よりも、直接見せた方が速いのでは……」



(同感ねちんどん屋。気が合うついでに”形”貸して下さらない?)

(無駄に大量所持してるあの札でいいわ。キモいデザインだけど、今のコイツにはむしろ効果的だし)



薬売り「よろしいので……? また、封じられますよ」



(だって、あんたの札……まるで”目”みたいなんだもん)

(あたしと同じ、赤い目……全てを狂わす狂気の瞳)



薬売り「そこまで言うなら……では」



 そしてわけのわからぬままに、その誰かの指示に応えたらしき薬売りは、形と称して札をバラまき始めた。
 薬売りの持つあの、赤い目玉のような模様の札である。
 その札の束が、薬売りの荷の中から一人でに飛び出て行く。
 ブワリ・バラバラ。ハラリヒラリ……まるでその場にだけ突風が吹いているように。



薬売り「姉弟子様の、おおせのままに……」



うどんげ「バッ―――― や め ろ ! 」



 そしてヒラヒラと舞い散る札が、今度は一枚一枚、緩やかに集まり始めた。
 ペタリ、ペタリ、またペタリ――――
 重なりに重なりを重ね、いつしか、確かなる形が出来上がっていくではないか。



(栄えすぎて、皆が皆腐り堕ちていく哀れな都…………ねえ)

(ホント、どの口が言ってんだか……出まかせにしたって、よくぞそこまで言えたもんよね)

(文明に胡坐をかいて、怠惰を貪っていたのは……月には”たった一羽しかいなかった”のに)



【形】
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:20:26.69 ID:/9MplgHao


(いつだって、動かないのは一匹だけだった。いつだって、堕落してるのは一羽だけだった)

(今もそう……哀れなのは、ただの一人だけ)


うどんげ「やめ…………ろ…………」



【鈴仙・優曇華院・イナバ】 



(もう見えないとは言わさない……この赤い眼に塗れた体が、視界に入らないとは言わせない)



【鈴仙・優曇華院】 



薬売り「さあ……現れますよ……貴方の形が」



 その形は――――兎に酷似していた。
 兎の輪郭そのままに、皮だけが赤い目の、まごう事なき目前の兎の形であったのだ。



(だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)


(これから先も……”永遠に”、ね)



【鈴仙】 


 しかし形こそ同じなれど、その色合いは黒で埋め尽くされておった。
 赤をも霞める深き黒。
 してその所以は、実に単純な話である。
 ”月明かりに背を向けておる”。それが故の、黒であった。




(レイセン――――それはあたし”達”を指す名前)




 自分と同じ形をした黒い何か。
 人はそれを――――”影”と呼ぶのだ。




【レイセン】


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207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 11:21:15.80 ID:/9MplgHao
すいません途中で寝てしまいました
本日は此処迄
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 11:35:43.57 ID:/X6qkVTdO
これって手書きで毎回書いてるの?
凄いな
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/05(金) 12:18:16.31 ID:/9MplgHao
>>199
画像間違えてた
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1238546.jpg

>>208
加工ソフトです
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage ]:2017/05/05(金) 12:59:01.81 ID:YC30Q507o
待ってたぞ!
乙乙
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 13:03:12.55 ID:8KcptF0DO
トキハナツー
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/05(金) 14:07:18.77 ID:n1Ix5YqBO
おつ
やはりうどんげだったか
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 02:12:38.12 ID:OH67JkMY0
面白いぜ…!絵も凄いし…!
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 18:22:11.39 ID:rbDbq4ZcO

恐れが原因で本人の自覚なしって事は海坊主タイプのモノノ怪だな
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:36:18.00 ID:JykFf7uxo


【姿】



薬売り「……」



【形】



うどんげ「ひ……」



【酷似】

【目前之兎】



レイセン「はろぉ〜鈴仙。久しぶりぃ」

レイセン「こうして話すのは、いつぶりだったかな? 確か……」

レイセン「月の都から、脱走ぶりだったかしら?」


 玉兎の内より現れしもう一人の玉兎――――レイセン。
 その名は「鈴仙」の二文字をそのままカナ読みにした名であり、音の上ではどちらも同一である。
 故に、同じなのだ……こうして久方ぶりの会話に興じようと。
 されどどちらも同じ玉兎。あくまでこれらは、”二羽で一羽”なのである。


レイセン「よくぞまぁ今まで、長い事シカトぶっこいちゃってくれたわよねぇ? この――――」

レイセン「おっと御免。今はなんか、ダサい名前に改名したんだっけ?」

レイセン「ええと、なんつったっけ……」



【禁視】



レイセン「ああ…………”うどんげ”だっけ?」」



【狂気之瞳】




うどんげ「かッ…………かッ! かッ! か…………ッ!」



 時を同じくして、漢字の方の鈴仙にも明らかな異常が現れた。
 声が枯れている――――。
 まるで痰の詰まった老人か、はたまた病に伏せる童かのようである。
 「カッカッカッ」と、酷く濁った声に変貌していく玉兎の喉。
 その声に薬売りは、ふと、いつぞやの既視感を感じ取った。



薬売り「声が……”入れ替わった”」



 あの赤き眼に睨まれた直後に現れた、「乱れ」である。


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216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 20:46:48.83 ID:JykFf7uxo


レイセン「もう……またそうやって苦しい”フリ”をするんだから」

レイセン「ごまかせると思ってんのかねぇ……”自分自身を相手に”さ」

薬売り「肉の牢に閉ざされた、もう一人の鈴仙。それが貴方の、真なる形……」

レイセン「おかげ様で出てこれたけど、礼は言わないわよちんどん屋」

薬売り「おや……どうしてですか?」


【不遜】


レイセン「だってあんた、気持ち悪いんだもん。見た目も、口調も、その他諸々色々とさ」

薬売り「……」

レイセン「いろんな意味で無理。生理的にキツイ」

レイセン「せめてその無駄に伸びた髪を切りなさい。ついでにオバハンみたいな厚化粧も取ってもらえば?」

薬売り「……」


 ははっ、これは愉快じゃ。
 普段から人を小馬鹿にした態度の薬売りが、今は逆にコケにされておるわ。
 どうやらこのレイセン、随分と舌が回るようで……ふふ。
 薬売りをも翻弄するとは、中々にやりおる。
 薬師より語り部の方が、向いておるやもしれぬの。


レイセン「感謝の気持ちと生理的嫌悪感が、絶妙なバランスで釣り合ってるわ」

レイセン「残念ながら差し引き零ってとこね」

薬売り「零……”無”ですか?」

レンセン「わかるかなぁ? 難しかったかなぁ? 童でもわかる、とっても簡単なひ・き・ざ・ん・なんだけど」

薬売り「……」


 実に口汚き、不遜なる悪態。
 しかしこの悪態こそが、玉兎が隠し続けた、玉兎の「真」なのである。
 そう、レイセンは鈴仙でもあるのだ。
 言わば分身……その分身が、こうして作法のカケラもない口を効いておる。

 すなわちそれこそが――――”玉兎の本性”。
 外面では綺麗事を。内心では蔑みを。
 この二枚の舌を器用に操る心こそが、玉兎にとって”最も知られたくなかった”性なのである。

217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:16:58.12 ID:JykFf7uxo


薬売り「まぁ別に……見返りを求めたわけじゃありませんが」

レイセン「あーもうわかったって。しょうがないからなんかしてあげる」

レイセン「そうね……何をしようかしら……そうだ!」


【閃】


レイセン「お礼代わりの”紙芝居”……なんてのはどう?」

薬売り「ほぉ……それは興味がありますな」


 レイセンはそう言うと、何やら体に張り付く札を、ペラリと一枚剥がしなすった。
 そして、折る。また折る。重ねて折る――――
 はは、懐かしいのう。これは所謂、童の折によくやった「折り紙」ではないか。


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薬売り「上手な……兎ですね」

レイセン「さぁて――――よってらっしゃい見てらっしゃい。丑三つ時の特別講演。夜中の紙芝居が始まるよー」


 懐かしい思い出が蘇る折り紙である。
 が、しかしそんな折り紙に”嫌な思い出”を持つ者が、この場に唯一おる。
 たかが紙の一枚に何をそんなに嫌がるのか、皆目見当もつかんであろう。
 だが心配は無用だ。これから当の本人が、自ら”全てを”語ってくれると言うのだから。



レイセン「今回の御題目は……こ・ち・ら」



うどんげ「 や め ろ ! 」



 故にただ、聞いておればよいのだ。
 兎が語る、兎の生き様を――――。




【鈴仙の半生・第一幕】

218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:29:50.17 ID:JykFf7uxo

【丑】

(お師匠様……私、一生ついていきますから)


 昔々、月の裏側のある所に、一羽の兎がいました。
 月には他にもいっぱい兎がいましたが、その兎だけは、ちょっとだけ特別でした。
 兎は、とある力を持っていました。
 兎がじっと見つめると、見つめられた者は、酔いに似た心地よい”乱れ”が生じるのです。

 どこかの誰かが、この物珍しい兎の力を、こう言う風に呼びました。
 【狂気を操る程度の能力】――――その噂は、瞬く間に月の都中に広まっていきました。


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219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:46:42.30 ID:JykFf7uxo

【子】

(私もお師匠様の後を追う……誰も、止めないで!)


 噂が噂を呼び、兎はあっという間に都の人気者になりました。
 その人気ぶりはすざましく、誰もが「乱してくれ」と、連日行列ができる程でした。
 これに気をよくした兎は、連日その力を人々に見せびらかし、噂はさらに広まっていきました。
 そしてその噂は、ほどなくして、ついに月の高官の耳にも届きます。

 ある日、兎は月の高官・通称「月の使者」からの誘いを受けました。
 「その力、この都を守る為に役立てないか?」
 その誘いを、兎は二つ返事で承諾しました。
 「あら素敵。まるで英雄みたいじゃない」
 そして兎はその日から、月の人気者から月の番人へと転身を遂げました。

 「月の番人がただの兎では紛らわしいだろう」
 そう言った月の高官たちが、兎に名を与えます。


 「レイセン――――お前は今日からレイセンだ」



【亥】

(蓬莱の薬……そんな物が、本当にあるだなんて……)


 兎は初めて与えられた”名”と言う物に、大変喜びました。
 「我はレイセンなり」「我こそがレイセンぞ」。
 自分の名をしきりに誇示する兎に、他の兎は「いいな」「おめでとう」と羨やむ声を放ちます。
 そんな兎の声がさらに快感となり、兎はいつまでもいつまでも、自分の名を言い続けました。

 しかし兎は、夢中になりすぎて、全然気づいていませんでした。
 羨む声の中に、ポツリ、ポツリ――――妬む声が、混じっていることに。


220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 21:58:37.91 ID:JykFf7uxo

【戌】

(どうして姫様が……地上に?)



 そんな事など知る由もない兎、元いレイセンは、あくる日、とある月人の下に配属されました。
 その月人は「八意・永琳」と言う名がありました。
 レイセンは不思議に思いました。
 「どうしてこの人間は名が二つあるのだろう?」
 永琳は答えました。
 「人間には、名前の前に名字と言う物があるのですよ」と。

 レイセンはその説明をいまいち理解していませんでしたが、それでもなんとなく「カッコイイ」物なんだと、そう理解しました。
 姓と名。この二つに別れた気品溢るる名前を、レイセンは大変羨みました。

 そして言いました。
 「自分もそのような名が欲しい」。
 出会って早々に唐突な要求でしたが、それでも永琳は、笑顔で答えました。
 「では職務を懸命に尽くせば、いつしか私が与えてあげましょう」と。
 レイセンはお仕事を一生懸命頑張ろうと、そう心に決めました。



【酉】

(本当にごめんなさい……あたしが至らぬばっかりに……)

(あたしの力不足だったばっかりに……こんな事に……)


 しかしその決意は、ほどなくして露と消えます――――。
 「楽しくない」。
 初めて体験する「お仕事」は、都の人気者だった頃に比べれば、それはもう退屈極まりない物だったのです。



【暮六つ】



【宵】



(――――キャッハッハ、バッカじゃないの)



【明暗】


221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:14:25.16 ID:JykFf7uxo


(あ〜……めんどくせぇ〜……適当に終わらせてさっさと帰ろ……)


(ちっ、うっぜーな! 言われなくてもわかってるっつーの!)


 月のお仕事は、レイセンの思い描いていた内容とはまるで別物でした。
 都を守る月の番人――――なんて言えば聞こえはいいけれど、やる事は毎日、待機と勉強の繰り返しです。
 今思えば、まだ新人なのだから、大した仕事を与えられないのは当たり前の事でした。
 ですが、そんな事すら知らない当時のレイセンは、鬱憤にかまけて段々と不遜な態度を取るようになります。

 サボリ・遅刻は当たり前。
 仕事中に堂々と居眠りをしたあげく、注意をされよう物なら逆ギレまで。
 ひどい時には、持ち前の”狂気を操る力”を使って、先輩兎の妨害までもをしでかす始末でした。
 

(どいつもこいつもバカばかりね。あたしってば、褒められて伸びるタイプだってーのに)


 都の人気者だった頃はこんな事はありませんでした。
 ちょっと愛想を振りまくだけで、誰もがちやほやしてくれました。
 ですがこの職場は違います。多少頑張った程度では、誰も褒めてくれません。
 先輩兎の言う事はいつも決まってました。「もっと精進なさい」。
 レイセンはその言葉に歯向かうように――――いつしか、頑張ることを辞めました。



(あ”〜……マジおっもんな……)


(やめちゃおっかな……でもなぁ〜……)



 怠惰にかまけ、露骨にやる気のない態度を出すレイセンでしたが、それでもお仕事を辞める事まではしませんでした。
 かつて八意永琳と交わした「名を与える」約束。それだけが、この退屈の中にある、唯一の希望だったのです。
 やる気はないながらも、数さえこなせば、それなりに仕事は覚えます。
 そして曲がりなりにも、仕事さえ覚えれば、「いつか永琳は約束を果たしに来てくれるはず」。
 レイセンが仕事を続ける理由は、もはや、ただのそれだけしかありませんでした。

222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:27:04.01 ID:JykFf7uxo


(〜〜〜もう我慢できない! こうなりゃ直談判よ!)


 レイセンはある日、とうとう我慢しきれずに、八意永琳に直接文句を言ってやろうと思い立ちました。
 その不満は仕事がつまらない事。
 先輩兎共が気にくわない事。
 自分が活躍できない事。
 そして……待てど暮らせど、約束が果たされない事。

 レイセンは気づいたのです。
 名をもらう為に嫌な仕事を我慢してやっているのだから、逆に言えば「名さえ授かればこんな仕事やらずに済む」んだと。


(どいつもこいつもバカばっかり! あんなバカ共と仕事なんてやってらんないわ!)


 永琳の下へ向かうレイセンは、冷静を装いつつも、その心は猛りに満ち溢れていました。
 耳をピンと尖らしながら。眼は、いつも以上に真っ赤に染め上げながら。
 「もし拒めば、あの月人も乱してやろう」――――そんな一物を、期待の裏に隠しながら。



(………………)



【姫】



(――――え?)



 そしてついに、聞いてしまいます。
 後に堕ちる事となる、堕落の道へと言葉巧みに誘う――――悪魔の囁きを。


223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:49:56.52 ID:JykFf7uxo


(皆様 今までの非礼の数々 まことに申し訳ありませんでした)

(これからは 心を入れ替え 月の番人として 誠心誠意 職務に当たる所存で御座います)

(不束者ではございますが 末永く どうぞ よしなに)


 突然のレイセンの詫びに、皆は大きくどよめきました。
 「あのレイセンが礼儀正しく振舞っている――――」。
 あれほど汚かった言葉遣いが堅苦しいまでに正され、見るのも躊躇うくらいだらしなかった姿勢は、まるで竿のように真っすぐです。

 誰もが疑いませんでした。
 「ああ、レイセンは本当に心を入れ替えたんだな」と。
 そして永琳が言いました。
 「皆さん、今までの事はどうか、水に流してやってあげてください」と。
 最後にレイセンが、もう一度言いました。
 「今迄 本当に 申し訳ありませんでした」と。

 その言葉を吐くレイセンの目から、ツゥーと一滴の涙がこぼれ落ちました。
 その涙を見て、「其の赤き眼から流るる涙で持って、改悛の証とす」。
 すなわち「流した涙が反省の表れである」と、永琳含む皆はそう認めました。




(………………バ〜カ)




――――勿論、そんなわけはありませんでした。





(バイバイ姫様…………存分に満喫してきてね)


(称える者が誰一人としていない…………穢れた地への一人旅を)


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 それから数日後――――。
 月から、人が一人、いなくなりました。




【酉】

224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/06(土) 22:54:53.94 ID:JykFf7uxo
メシ
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/06(土) 23:22:39.82 ID:yROk0hlRo
一旦乙
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:12:36.97 ID:qbKvk9zbo


レイセン「あの時は楽しかったわぁ……今思い出しても、ゾクゾクきちゃう」

レイセン「”ざまぁみさらせ”とはまさにあの事ね。もし過去に戻れるなら、もう一度あの時に戻ってやり直したいくらいよ」

薬売り「輝夜姫が地上へ落とされたのは……”貴方の仕業だった”」


 なんとまぁ……浮世に名高きかぐや姫。もとい竹取物語。
 かの物語の起点を生み出したのは、他でもないこの兎の仕業であったとは……
 確かに、よくよく考えれば、あの冒頭はいささか不自然であったよの。
 「月からやってきた姫」はまぁわかる。
 しかしその姫が何故に竹の中なんぞに。しかもまるで”閉じ込められるように”収まっていたか……
 これなら、全てに納得がいく。


レイセン「そーよ。だってあのクソ姫、永琳と共謀して、飲んじゃいけない蓬莱の薬を密造してやがったのよ」

レイセン「壁に耳あり障子に目ありってね……悪い事はできないわよねぇ」

レイセン「あいつらがコソコソとやってた内緒話、一言一句逃さず……ぜ〜んぶバラしてやったのさっ」

レイセン「ねー、鈴仙」


うどんげ「…………」


 閉じ込められて当然だな。それは――――「罰」だったのだ。
 固く禁じられておる不死の薬。おそらく、我らで言う阿片に近い物だったのだろう。
 それをあろうことか自らの手で作り、生み出し、そして……


レイセン「……あーあ、また現実逃避モードに入っちゃった」

レイセン「どうせなら布団の中とかにしなさいよ。それじゃまるで、冬眠中の芋虫みたいじゃない」



【密】
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:23:19.02 ID:qbKvk9zbo


薬売り「姫が……お嫌いだったんですか?」


レイセン「ん〜、嫌いだったって言うかぁ……癪に感じてたのは事実ね」

レイセン「だって、あたしが毎日汗水流して働いてんのに、あの姫様ときたら……」

レイセン「”姫様、わらじをおもちしました”〜とか、”本日のお食事はなになに産のなになにですぅ〜”とか」

レイセン「周りから必要以上にちやほやされてんだもん。んなの見てたら、ムカついてこない?」


 レイセンが語る蓬莱の薬の製造法。
 曰くそれには、薬を調合する薬師と、元となる材料と、もう一人”とある協力者”が必須との事である。
 その協力者こそが――――姫。
 蓬莱の薬とは、姫の協力なしには生み出せぬ、秘薬中の秘薬であったのだ。


レイセン「姫だか月人だかしんないけど、な〜んもしてない癖に……」

レイセン「自分が何もせずとも、周りが勝手に、何もかもを与えてくれんのよ」


 月の中で位が高かったのも、おそらくその辺が関係しておるのだろう。
 永遠を生み出す姫。してその永遠とは、すなわち月の世に置ける禁忌。
 と言う事は……ううむ、存在そのものが禁忌同然の身なのか……
 ならば、そりゃあ月人の扱いも変わると言う物だな。
 何もしない……と言うよりむしろ、”何かしてもらっては困る”のだ。
 

薬売り「その過剰な持て囃しは、今も続いてますな」

レイセン「そーよ! 八意永琳、あいつがあの甘やかしの元凶だわ!」

レイセン「二人のコソコソ話を聞いた時、あたしは確信したね!」

レイセン「こいつ……”忘れてやがる”。あの日あたしと交わした約束を、よりにもよって禁忌の為に」



(…………罪人だ)



レイセン「生まれて初めて真面目に仕事したね! だってあたしは月の番!」

レイセン「月の掟を破る者を、許すわけにはいかなかったのよ!」


 しかしそんな月人の健闘も空しく、案の定姫君はしでかしてしまう。
 永琳にそそのかされたか、それとも自分から持ち掛けたのか……
 ま、どちらにせよ、広まる前に食い止められて本当によかったわい。



(月を裏切る罪人が……”ここにいる”!)



 飲むだけで永遠となる薬。
 そんな物が、万が一大量に、それこそ阿片の如く世に出回ろうものならば……
 おお、くわばらくわばら。想像するだけでおっそろしい。
 レイセンの行動は、紛れもなく「正しき行い」であった。
 誰が何と言おうと、身共はそう、胸を張って言おうぞ。
 
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 01:35:23.72 ID:qbKvk9zbo


レイセン「ただその時、唯一ひとつだけ誤算があった……」

レイセン「それは、永琳はその時点では、”まだ蓬莱の薬を飲んでいなかった”事」

レイセン「二人仲良く地上に突き落としてやろうと思ったのに……ムカつく事に、永琳だけは上手い事罪を免れやがった」


薬売り「…………」


レイセン「そして無事月に残れたのにも関わらず……まだ果たそうとしなかった」

レイセン「あたしとの約束を、未だに!」


薬売り「……ふふ」


 「絡まる線が繋がって行く――――」薬売りは小さくそう呟いた。
 その表情はどこかうれしそうであり、いつしか兎の話に魅了されている薬売りの姿が、そこにはあった。
 そりゃ嬉しいだろうて。
 散々に手こずらされた、永遠亭を取り巻く複雑極まれり因果が、ご丁寧に芝居形式でお披露目されるとあらばな。


レイセン「いつしかもう、名前なんでどうでもよくなってたわ……」

レイセン「その時は、何とかして”こいつも落とさなきゃ”。その事しか頭になかった」

レイセン「だってこいつは罪人なんだもの。飲んではいけない薬を、最初から飲む為に作った、黒幕兼発端の大罪人」


うどんげ「…………」


レイセン「あ”〜〜〜! 思い出したらなんかまたムカついてきたわ! なんか逆に、テンションあがってきた!」

レイセン「行くわよ鈴仙! お前の歩んだ半生、その一部始終!」

レイセン「このちんどん屋に……とくと見てもらうがいいわ!」


 にしても、よくしゃべる兎だな……
 話し好きの兎など、今迄聞いたこともないが。
 その鋭い耳で覚えたのかのう。
 人語を見よう見まねで発する兎……っと、そりゃオウムじゃな。



薬売り「もはや抵抗すら……しません、か」 




【鈴仙の半生・第二幕】

229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 10:49:14.91 ID:qbKvk9zbo


(――――ふん、いい気味よ)


 その日からと言う物。レイセンは今迄と打って変わって、随分と真面目に働くようになりました。
 問題の新人から一変。あれよあれよと出世を果たし、いつの間にやら番人兎のリーダーにまで上り詰めていたのです。
 しかし何故でしょう。問題兎が改心したにも関わらず、職場の雰囲気はどこか、どんよりとした”陰り”がありました。
 誰も口にこそしませんが、なんとなく居心地が悪い……その正体は、レイセンだけが知ってました。


(まぁた泣いてやがる……ったく、しっかりして欲しいわね)

(たかが人間の一人や二人……そんなのより大事な物が、あるだろっつの)


 永琳は、段々と仕事をレイセンにまかせっきりにするようになりました。
 周りの兎は、それはレイセンが頼りにされているからだと、そう思い込んでいました。
 それはある意味で間違いではありません。
 しかしその真相は……周りのイメージとは、ほんのちょっとだけ、違った物だったのです。


(永琳……永琳……助けて永琳……)


(暗いよ……怖いよ……一人はやだよ……助けて……タスケテ……)


 レイセンは自分の声を乱し、誰かに似せた声を出せると言う芸が出来ました。
 都の人気者だった頃に披露していた、芸の一つです。
 そしてその芸を、久しぶりにまた使うようになりました。
 その声を聞かせる相手はただ一人。
 毎日、毎日、上司である永琳に聞こえるように……いなくなってしまった、姫の声に似せて。


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230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:02:36.58 ID:qbKvk9zbo


(…………ふふ、今日はこのくらいにしといてあげようかしら)


 その効果は、まさに覿面でした。
 よっぽど似ていたのでしょう。永琳が涙を流す回数が、目に見えて増えて行きました。
 声の効果を実感したレイセンは、さらなる一手として、また誰かの声色を使ってとある噂を流しました。

 「八意永琳は輝夜の流刑に心を痛め、精神に支障を来たしてしまった――――」

 その噂を真に受けた兎達は、段々と永琳を怖がるようになりました。
 仕事も私用も関係なく、いつしか誰も、永琳に近づきすらしなくなりました。
 永琳はさぞ不思議に思った事でしょう。
 中には、目が合っただけでバッと逃げ出す者もいたくらいなのですから。
 

(あ〜、ほんとうに…………)


(………………ウケる)


 永琳が涙を流す数に比例して、レイセンはよく笑うようになりました。
 レイセンの笑いに釣られて、怯えた兎達も、レイセンがいる時に限り明るく振舞う事が出来ました。
 そうしていつ頃からか……もはやその職場に、永琳の居場所はありませんでした。
 皆「おかしくなった本来の上司・永琳」よりも、「明るくて頼りになるリーダー兎・レイセン」の言う事しか、聞かなくなっていたのです。

231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:14:11.38 ID:qbKvk9zbo


(ほら……あたし、頑張ったよ。一人前になったよ)

(あんたよか十分頼れるようになったよ……だからはやく……)

(いい加減……頂戴よ)


 あの手この手で永琳の評判を落とし続け、逆に自分の評価を上げ続けたレイセン。
 ある日レイセンは、ふと気づきました。
 今のこの状況は、「都で人気者だった頃とおんなじだ」と。

 少々の無理を言っても、周りはレイセンの言う事を拒みません。
 少々サボっても、もはや誰も咎めたりはしません。
 レイセンは取り戻したのです。かつてのあの称賛と羨望と、ほんの少しの妬みが混じった生活を。



(キッ…………タァァァァーーーーッ!)




 しかしそんな生活も、長くは続きませんでした。




(業務連絡! 玉兎各位! 業務連絡――――)


(我らが永琳が――――ついに”地上に落ちる”んですって!)




――――もっと嬉しい出来事が、起こったからです。

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:27:03.44 ID:qbKvk9zbo


(飛車に細工して、証拠でっちあげて、偽装の報告書作って……ふふ)

(我ながら完璧すぎる計画だわ……これで永琳も、罪人確定ね)


 ある日、永琳の下へ、月の有力者から直々の直命が下されました。
 その内容は――――”輝夜姫を迎えに行く事”です。
 その命は月の中でも最重要任務として扱われ、よって面子には、永琳のような名の通った月人のみで構成されました。

 「かつて禁忌を犯した輝夜姫の罪が、ついに許される時が来た」。
 永琳は久しぶりに、笑顔を取り戻しました。
 そんな永琳を見て、レイセンも一緒に笑いました。


(ケケ……ただで帰ってこれると思うなよ…………”裏切者”)


 レイセンは早速行動に移しました。
 表向きは頼れる玉兎の長として。裏では月人を陥れる工作員として。
 二つの顔を器用に使い分け、誰にもバレぬまま、着々と事は進んでいきました。
 レイセンの計画は、気持ち悪いくらいに順調でした。
 そして、そんな気持ち悪いくらい順調なままに――――ついに実行に移す時が、やってきました。


(グッバイ永琳! 気が向いたらまた話題に出してあげる!)

(地上に落ちた元・月人は、穢れた地で原人同然にまで落ちぶれました――――ってさ!)


 名のある月人のみで構成された「姫の送迎人達」は、盛大な見送りを受けながら、穢れた地へと旅立っていきました。
 レイセンはその様子を、”月の瞳”と呼ばれる大きな望遠鏡から覗いてました。
 形式上は事の一部始終を見守る後見人としてでしたが、もちろん本来の目的は違います。
 レイセンはじっと気を伺ってました。
 飛車に仕掛けた罠を動かす、その機会を。 



(…………なにこれ)



 そしてその結果は、結論から言うと――――”大・成・功”でした。
 さらにはその企みは、最後まで誰にもバレぬままでした。
 誰にも見つからず、望むままに、最良の結果だけを得る。
 レイセンにとっては、これ以上はないくらいの快挙でした。
 

 が、それには一つ、とある理由がありました――――
 レイセンが”罠を作動させなかった”からです。

233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 11:43:28.59 ID:qbKvk9zbo


(なんなのよ…………これ…………!)


 直前で思いとどまった……わけではありません。
 単純に”使う必要がなくなった”からです。


(なに…………してんだ…………アイツ…………)



(何………… し て ん の よ ッ ! )



――――得てして、レイセンが長きに渡り励んだ努力の結果。
 それはそっくり、レイセンの願うままに叶いました。
 本来なら喜ばしい事でしょう。
 しかしレイセンの心には、そんな嬉しい気持ちは微塵もありませんでした。



(たっ大変だ! 誰かッ! 誰か来てッ!)


(永琳が謀反を起こした……! 本当だ! 嘘じゃないッ!)


(ほら、これッ! 誰か早く、これを見――――)





(―――― ひ ぃ ぃ ッ ! )




 願いが叶った結果、得られた物は――――
 瞳に棲み着く”鬼”でした。


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【戌】


234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:13:26.32 ID:qbKvk9zbo

レイセン「――――その後の月はもう、前代未聞の大パニック」

レイセン「お偉いさんから下っ端まで、連日てんやわんやの阿鼻叫喚よ」

薬売り「そう……でしょうな」

レイセン「やれ誰かが降格になっただの、やれ責任問題がどうこうのだの……ま、その辺は言われなくても想像つくわよね」


 嘘から出た真とはまさにこの事か……
 レイセンが永琳を陥れる為に吹聴して回った「嘘」が、よもや現実の物となろうとは。
 それもただの事実ではない。
 永琳が起こした現実は、レイセンの好き勝手な嘘よりも、より一層奇怪千万であったのだ。


レイセン「もちろん番兎達も死ぬほど探し回ったわよ。みんなで休みなく、目を真っ赤にしてさぁ」

薬売り「それは……元からじゃないですか」

レイセン「アホ、そっちじゃなくて瞼の方よ。人間だって、疲れてると瞼が腫れたりするでしょ?」


 まぁ、だろうな。
 お江戸なら関わった者共がまとめて切腹に処される事態じゃ。
 まさに織田信長公を討ち取った明智光秀が如く。
 いや、この場合……女子供までもを手に掛けた、信長公の比叡山焼討ちが如くだな。


レイセン「でも……そうやって瞼を閉じる暇もなかった兎達の中で、一羽だけ瞼を”開く方が少なかった”兎がいた」

レイセン「目を閉じ、耳を閉じ、今もこうして口まで閉ざしている兎が一羽……」


 信長公の過剰極まる”攻め”を知る者は、後に公をこのように揶揄したと言う。
 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにして見えなかったのだろう。
 そんな信長を同じく焼き討ちの目に合わせたのが、かの有名な明智光秀なのだが……
 ひょっとすると光秀は、公を本気で”妖の類”と思っていたのかもしれんな。



レイセン「――――それが」



うどんげ「…………」



 この黙す兎と、同じように。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:24:01.13 ID:qbKvk9zbo


レイセン「さあ、いよいよ大詰めよ薬売り。兎の理、余す事なく全部知って頂戴」

レイセン「そして……”とっとと斬って”。あたし達を隔てる、この憎らしい”壁”を、さ」


 大がかりな芝居まで用意して、この玉兎が本当にしたかった事。
 それはやはり――――”一つに戻る事”であったのだ。
 ひょんな事から、二つに分かれし「鈴仙」と「レイセン」。
 一羽の兎を引き裂き、別れさせ、ほぼ別人までに仕立て上げたのは、やはりあの時の”鬼”の仕業であったのだ。



薬売り「幕が閉じてから……ね」



 しかもその鬼は決して死なぬと来た。
 不老不死の体をひっさげ、永遠に存在し続ける事が、残念ながらすでに決まっておるのだ。
 さもあれば、兎が揶揄せし壁はまさに――――「恐怖の壁」。

 果たして、数多のモノノ怪を払いし退魔の剣は……斬れるのであろうか。
 恐怖と名を変えた、「永遠」を。



【鈴仙の半生・第三幕】
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:24:37.12 ID:qbKvk9zbo
すいませんまた途中で寝てしまいました
本日は此処迄
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/07(日) 12:48:45.53 ID:qbKvk9zbo
>>234

誤字修正

× 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにして見えなかったのだろう。

〇 「鬼」――――近しい者にとって、公は、人ならざる何かにしか見えなかったのだろう。
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/07(日) 20:02:54.68 ID:DaSIkE2io
永琳怖え
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 12:36:52.63 ID:jeQsKKBRo
乙ですよ
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 18:57:21.04 ID:p33aK2KhO

あまり知られてないけど永琳の皆殺し事件は公式設定なんだよな
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/08(月) 19:03:26.12 ID:0T/wceXQo
うどんげは自分で永琳嵌めたけど想像以上の結果を引き起こしてビビっちゃったってこと?
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/09(火) 17:22:48.04 ID:fneuULMXO
東方って妙に暗い設定多いよなぁ
幽々子とか早苗とかフランとか
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:21:34.65 ID:scudlLjvo


(にしても永琳もバカな事したわよねぇ……なんだって、あんな大それた謀反を起こしたのかしら)

(賢すぎると逆にああやって狂っちゃうのかなぁ? だったらあたし、ずっとこのままでイイ〜)

(ね――――…………依姫様)


 永琳が起こした事件の余波は留まる事を知らず、依然として月を混乱の渦に落とし続けていました。
 連日の徹夜がたたり体を壊す者。責任を取り辞職する者。働かせすぎだと抗議する者。etc……
 その影響は直に一般都人にまで広まり、噂がさらに噂を呼び、都は直、真実と嘘の入り混じった混沌な世へと変貌せしめます。
 
 そんな混沌と化した月の都でしたが、唯一一人だけ、混沌とは無縁の者がいました。
 【綿月依姫】――――八意永琳の役職を引き継いだ、八意永琳同様の位高き月人の一人。
 そして同時に、”レイセンの新たな飼い主”でもありました。

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244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:36:26.17 ID:scudlLjvo


(そいでさぁ、知ってる? 穢れた地の連中ったらまだ――――)


 新たな飼い主を得たレイセンは、未だかつてない程に増長をし始めました。
 混沌の最中、自分だけが混沌とは無縁の安心感。
 新たな飼い主の力で、自分だけが庇護される優越感。
 月を覆う未曾有の事態の中で、自分だけが月人に近い待遇を受ける選民感。
 レイセンだけに訪れた数多の特別待遇は、一匹の兎を怠惰の穴に落とすには、十分過ぎる程重い物でした。
 

(穢れた地に住んでるだけあって、脳みそまで穢れてんのよ! あの連中ったら!)


 怠惰に溺れ、連日遊びほうける日々を送るレイセン。
 遊んでも遊んでも埋まる事ない暇は、直に、レイセンの中に一つの”趣味”を与えました。


(ねッ!? ウケるっしょ!? ……っとオヤジィ!)

(中身ねーぞオイ! おかわり! もう一杯!)


 ――――”お酒”です。
 地上の話を肴に呑むお酒は、どんな高級酒にも勝る極上の美酒へと変えたのです。



【酔】
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 19:50:22.79 ID:scudlLjvo


(そんな獣同然の暮らしぶりに、なんか知らないけど、隠居暮らし的な憧れ持っちゃってたんじゃないの?)


(キャッハッハ! ほんと、バッカじゃないの〜〜〜〜!)


 当時の情勢も手伝ってか、レイセンが語る地上の話は、月の都でも大ウケでした。
 ただでさえ穢れた地と禁忌扱いされる地上。
 さらにはあの永琳が、月を裏切ってまで逃れたあの場所は――――「一体どのような所なのか」。
 
 皆、内心興味があったのです。
 だから皆、アッサリ信じました。
 何を隠そうレイセンは、その地上を監視する「月の番人」の一人だったのですから。


(え〜まじぃ? こいつらみんな、あたしの客?)

(キャッハッハ、ウケる! 揃いも揃って、暇人すぎぃ〜〜〜〜ッ!)


 いつしかレイセンの足は、呑む為ではく、語る為に運ぶようになりました。
 最初こそ口だけの単純な喋りでした。
 それが段々と小道具を扱うようになり、場所を選ぶようになり、告知のビラを刷る程になり――――
 いつの間にか本人ですら収集が付かないほど、その人気は膨れ上がっていたのです。


(じゃあ明日はぁ〜〜……穢れた民の使う遅れた道具の御話!)


(わかりやすいように人形劇にしてあげる! じゃあ明日、この時間、同じ場所ね!)


 そんな流行の真っ只中にいたレイセンでしたが、それでもお金は取りませんでした。
 代わりに、お酒を要求しました。
 高いお酒じゃなくても構いません。何でもいいからお酒さえ持ってくれば、レイセンは誰でも受け入れました。

 気づけばそこには、レイセンが望む以上のお酒が並んでました。
 たかが酒の一本や二本。それでも寄ってくる人数が増えれば、その数は倍々的に増加します。
 人々は知っていたのです。この兎は、呑めば呑むほど面白くなると。
 人々は知らなかったのです。自分達が持ってきたお酒は、全部その場で飲み干されていた事を。



(ウェェェェ〜〜〜〜イッ!)



 毎日毎日浴びるように呑み、まるでお祭りのように騒ぎ立てるレイセン
 そんなレイセンを好意的に見る人。心配そうに見る人。羨む目で見る人。妬む目で見る人……
 レイセンの生活は、またしても元の鞘に戻りました。
 皆の関心を一手に受ける、都の人気兎の地位に、見事なまでに返り咲いたのです。


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 そうしてまたも数多の注目を集めたレイセンでしたが……
 ですがみんな、”今度は”肝心な事が見えてませんでした。


(絵もやった。人形劇もやった。じゃあ後は…………)



(…………そうだ! 次は紙芝居にしよう!)



 レイセンが、”何の為にこんな事をやっているか”です。


246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:07:07.61 ID:scudlLjvo


(そうして愚かな地上人は正義の月人に成敗され、二度と立てつくことはありませんでした〜……)

(めでたし、めでたし)


 レイセンの語る話には、ある一つの特徴がありました。
 それは、全てが”地上をこき下ろす内容”だった事です。
 レイセンは話に必ず一文を加えました。
 「穢れた地は、その穢れを月にまで蔓延させようとしている」。
 レイセンの創作話は、それを前提にして組み立てられる事が多かったのです。


(――――かぁぁ〜〜〜ッ! 仕事後の一杯って最ッ高〜〜〜ッ!)


 幸か不幸か、かつて八雲紫が月を攻めた事も手伝い、月人にとっては非常にリアリティのある話となりました。
 そして最後は必ず月側が勝つ……
 月人はそれを「月の賛美」と捉え、より新たな賛美を日々要求しました。


(おっしゃあ! じゃあいっちょ、新作作るか!)


(やるわよ〜! 前よりも、あっと驚く痛快劇ね!)



 新たな話を毎日創作し続ける事は、本物の噺家にとっても大変な重労働です。
 ですがレイセンは、それでも欠かさず、守り通しました。



(広めなきゃ……もっともっと、穢れの恐れを広めなきゃ……)



 そうする事しか、知らなかったからです。



(じゃないと……”鬼”に見つかってしまう……!)



 その身に焦げ付いた恐怖から、眼を逸らす術をです。


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247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:22:31.41 ID:scudlLjvo


(……やばい)


(完全に……ネタ切れだ)


 あの手この手で地上を蔑みこき降ろし続けたレイセンでしたが、そんなレイセンにもついに限界が訪れます。
 話のネタがない――――それはちょうど、永琳起こした事件が、ようやっと落ち着いて来た頃でした。
 

(え……これだけ?)


(ちょ、ちょっと待って……明日は……もっとおもしろい”お話”用意してくるから……)


 平穏を取り戻した都の変わり様は、同時に流行の変化の訪れでもありました。
 賛美ながらやや過激なレイセンの話は次第に求められる事が減っていき、逆に静かでほのぼのとした小話が都で流行り始めます。
 その結果……あれほど満員御礼だった人々は、まるで神隠しにでもあったかのように、一人、また一人といなくなっていきました。


(告知……したわよね?)


(なんで……なんで、誰もいないのよ!)


 流行の変化とは残酷な物です。
 あれほど兎を持て囃していた人々は、ものの見事に、影も形も消え失せました。
 仮にこれが、本物の噺家ならどうだったでしょう。
 ひょっとすると、同情したファンが根強く支え続けてくれたかもしれません。

 ですがレイセンには、そんなファンすらいませんでした。
 ブームが過ぎたレイセンのその後など、誰も気にしてさえいなかったのです。



(や…………ばい…………)



 それが何故かと問われれば……人々は揃ってこう答えます。
 「だってありゃ、依姫様ン所の飼い兎でしょ――――」
 レイセンにはいつだって、帰る場所があったからです。



(やばいやばいやばいやばいやばいやばい――――!)



 レイセンには、死活問題でした。
 ウケる話が出てこない。話がウケないとお酒が貰えない。
 お酒がないと酔えない。酔えないと目をそらせない――――
 あの時、地上から自分を見ていた、鬼の目から。



【危機】


248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 20:53:42.43 ID:scudlLjvo

(見つかる……見つかる……見つかる……)


(見てる……来る……仕返しされる……)


(来る……来る……鬼が……来る……!)


(――――カッ! カッ! カッ! カッ!)


 その時から、レイセンは変な息切れを起こすようになりました。
 カッカッカと、まるで笑い声のような、息の詰まった乱雑な吐息です。


 その原因は明らかでした――――お酒です。



(カッ! カッ! カッ! カッ――――……)



 毎日大量に飲み続けたお酒が、ある日急に断たれたら、一体どうなってしまうでしょう。
 答えは一目瞭然でした。
 そしてそれは、兎にも当てはまりました。
 静かに落ち着いていく都と引き換えに、レイセンの心身だけが、激しく乱れていきました。


(お願い……カッ……お酒……お酒頂戴……)


(ほんの少し……カッ……ほんの一滴でいいから……)


 あからさまなレイセンの異常に、見かねた飼い主が都中の医者を呼び寄せます。
 月は文明大国です。ですので、医者は余るほどたくさんいました。
 しかし、病気を一瞬で治すほど優れた医者など、月の歴史を紐解いても、ただの一人しかいませんでした。



(ひいいいいい! い、医者ッ!?)



(く……来るなァーーーーーッ! 寄るなーーーーーッ! 誰も近づくなァーーーーーッ!)



 そしてその唯一の医者こそが、レイセンの異常の原因だった事は……
 最後まで、誰にもわかりませんでした。


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 21:10:45.06 ID:scudlLjvo


(かッ…………かッ…………か…………)


 病状の果てに、ついに外出禁止令まで出されたレイセン。
 与えられた病室にあった物は、頑丈な壁。窓には鉄格子。外側だけしか鍵がかけられない扉……
 
 どう見ても、牢屋でした。
 しかし別にレイセンは悪い事をしたわけではありません。
 その部屋の真相は、またしても、レイセンだけに与えられた特別扱いだったのです。


(か…………か…………)


 それは、レイセンの【狂気を操る程度の能力】を危惧した月側の、苦肉の策でした。
 生半可な部屋では簡単に抜けだされてしまう。
 かと言って、見張りをつければ乱されてしまう。
 そして何よりも、狂気を操る”レイセン自身が狂ってしまっていた”とあれば、月も迂闊に手を出せなかったのです。


(………………)


 自らの持つ力のせいでまともな治療も受けられないまま、お酒の猛烈な依存症状に苦しめられ続けるレイセン。
 日々奇声を挙げ、爪が割れるまで壁をひっかき、落ち着いたかと思えばビクビクと痙攣を繰り返す。
 そんな姿にかつての栄華の影もなく、もはや一匹の獣同然でした。


 医者は飼い主に言いました。
「大丈夫。これは一時的な離脱症状。山場を越えればまた、回復に向かいます」と
 飼い主は医者に言いました。
「自分が甘かった。永琳様の置き土産だからと甘やかしていた。これからは兎達を厳しく躾けるとしようと」と。


 確かに、お酒の病気を治すには断酒しかありません。
 しかしレイセンの心に巣食う”鬼”から逃れるには、お酒しかない事を、二人は知りませんでした。
 故に、「時間を掛ければ治るだろう」と言う二人の目論見は、後に最悪の結果を招きます。
 時間を掛ければかけるほど、レイセンの心は押しつぶされていくのですから。


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250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:00:21.90 ID:scudlLjvo


(カッ……カッ……カッ……)



(カッ―――― カ ッ ! )



 日に日に衰弱していくレイセンは、もはや自力で立ち上がる事すら困難な状態になっていました。
 あれほど瞬足だった足はただ震えるだけの棒になり、あれほど饒舌だった口は、もはや声すらもまともに発する事ができません。
 体の至る所が自分から逃げていく……四肢の一つ一つが自分に背を向ける。
 まるで、「自分の中の誰かが勝手に動いている」。そんな感覚に苛まれるようになりました。



(…………える)



 しかし言う事を聞かない体の中で、一つだけ、まだレイセンに忠実な部位がありました。
 ――――耳です。
 兎特有のピンと張った耳だけが、唯一、忠実に役目を果たし続けていました。


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 日に日に弱っていく体と反比例するように、レイセンの耳は、日々研ぎ澄まされていきました。
 元々鋭かったレイセンの耳でしたが、何故でしょう。
 弱る度により遠く、より鮮明に磨かれていきます。

 原因はわかりません。
 ただその時のレイセンは、「死せる間際のなんとやら」。
 火事場の馬鹿力のような物だろうと、一人でそう、勝手に思い込んでいました。



(聞…………こえる)



 分厚い壁の向こう。
 建物の外。
 道行く人々。
 数十里離れた場所。
 そこからさらに遠くの屋内――――

 レイセンの集音感覚はドンドンと研ぎ澄まされていき、直に、常に何かの音が聞こえるようになりました。
 溢れる程に飛び込んでくる音の群れ。
 静かな密室のはずが、まるでかつてのような、どんちゃん騒ぎの真っ只中のようです。



(聞こえる…………声が…………聞こえる…………!)



 原因はやはりわかりません。
 しかしレイセンは、その五月蠅すぎる音に、一つの救いを見出しました。
 そうやって五月蠅く騒ぎ立てる音だけが、レイセンの気を紛らわさせてくれたからです。


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251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:33:01.14 ID:scudlLjvo


(な…………に…………?)



 そして研ぎ澄まされ過ぎた耳は、ついに――――
 堕落へ誘う運命の声をも、拾ってしまいます。



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(だ…………れ…………?)




 その声は――――紛れもなく”穢れ”の混じった声でした。



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(地球は…………青…………かった…………?)




 そして穢れた声は、一言――――こう言いました。







【だが神はいなかった】






 「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
 レイセンの心は、ついに限界を迎えました。


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【亥】


252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/12(金) 22:37:04.40 ID:scudlLjvo
風呂
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 01:36:26.34 ID:c7/SmhYwo
寝る
続きは明日
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage ]:2017/05/13(土) 03:12:32.43 ID:G/vfDWeHo
乙乙
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/13(土) 03:33:01.24 ID:hsMcz/j0o
乙 楽しみ
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 22:25:41.91 ID:c7/SmhYwo


レイセン「何とかかんとか号……なんだっけな。ちょっとその辺うろ覚えだけど」

レイセン「でも、あたしはその時確かに聞いた……あれは紛れもなく、穢れ人の声だった」

薬売り「地上の人々が長年の時を経て、ついに月へと踏み出す術を編み出した……」


【飛躍】


レイセン「それは同時に月に穢れが振りまかれる事を意味していた」

レイセン「月の根底を揺るがす大事件だと思った……でも、誰もあたしの話を聞こうとしなかった」



(――――本当よ! 穢れ人が月にやってきた――――聞いたのよ! 声を!)


(――――このままじゃ月まで穢されてしまう……! お願いよ! 速くみんなに知らせて!)



レイセン「当然よね。だって、あたしが言った事だもん」

レイセン「穢れ人は頭も穢れてるから原始人同然の生活をしている。だからあいつらは、ずっとあのままなんだ。ってさ……」



(――――こんな事してる場合じゃないのに……なんで……なんでだれも…………!)



薬売り「ましてやその時の貴方は」

レイセン「呂律もロクに回ってなかったでしょうね……あんときゃあたし、完璧にアル中だったしね」

レイセン「それに案の定、ハッキリと聞こえたわ」



(――――嘘なんか……言ってない……!)



レイセン「内緒話のつもりだったんでしょうけど……”レイセンは精神に支障を来たしている”。そんな噂話が、そこかしこからね」

薬売り「因果な物です」

レイセン「本当にね……本当に……”因果応報”って感じ」



【因果ノ鎖】
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 22:42:35.08 ID:c7/SmhYwo


レイセン「月が穢されれば、当然そこにいるあたしも穢れてしまう」

レイセン「月が死ねば、当然あたしも死んでしまう」

薬売り「しかしどこにも逃げ場はなかった」

レイセン「目をそらし、なかった事にすらできなかった」

薬売り「だから、乱した」

レイセン「全ての逃げ道を塞がれたあたしが、逃げれる場所は、ただの一つしかなかった」



(――――ハハ…………なんだぁ…………)


(――――最初から…………こうすればよかったんじゃ〜ん…………)



レイセン「あたしの中に――――切り落とされた”眼”だけが、溜まっていった」


薬売り「逃げたのは……自分自身から」


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【幻視】

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:24:49.57 ID:c7/SmhYwo

 その瞬間、レイセンを蝕んだ全ての病状は、一気に成りを潜めました。
 震えは止まり、足は直立を取り戻し、口はかつてのような饒舌を存分に捲し立てます。
 久しぶりの健康は、なんとも言えぬ格別の気分でした。
 この心を満す軽やかな爽快感は、まるでお酒をたくさん飲んだ時のようでした。


(…………行こう)


 そうしてしばらくの爽快に浸った後。
 レイセンは、なんだか急に、ぴょんぴょん飛び跳ねたくなりました。
 それは、足が動く喜び……とかじゃなく、ただなんとなくそうしたいだけでした。

 レイセンはまず、イチニ・イチニと軽い体操をしました。
 その後に、スゥーっと大きく息を吸いました。
 「ハァ――――……」最後に、吸った息を全て吐き戻しました。
 


――――と、同時に。



【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】

【警報】【警報】【警報】【警報】




【脱走・狂気之兎】


259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:31:22.63 ID:c7/SmhYwo


 レイセンは、縦横無尽に駆け巡りました。
 牢屋同然の病室から。
 新たな飼い主から。
 幾度となく通ったあの建物から。
 そしてついには――――生まれ育った、月の都から。



(不思議ね……あんなに怯えていたはずの、地上の青が……)



 元々月の番人だったレイセンにとって、追っ手を振り切る事など造作もない事でした。
 どの兎もレイセンの足には到底追いつけず、また仮に先回りできた所で、やはりレイセンの力の前にはなす術もありませんでした。
 そうして、あれよあれよと都の中心から離れていくレイセン。
 中心・郊外・僻地・最果て――――そしてあっという間に、辿り着きました。




(今は……希望の色に見える)




 そこは――――産まれて初めて足を踏み入れた場所でした。


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 その場所とは――――都の外。
 月の者が「表側」と呼ぶ、真っ新な大地だけが、そこには広がっていたのです。


260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:55:50.34 ID:c7/SmhYwo


(………………静か)



 月の表側は、それはそれは静かでした。
 レイセンにとっては初めての経験です。
 レイセンの耳を以てしても、何も聞こえない”真の静寂”が、そこにはあったのですから。



(何にも…………聞こえなぁ〜い…………)



 静寂は、全ての音をかき消しました。
 今頃必死になって探しているであろう追っ手の声。
 自分の噂話をしているであろう月人の声
 心配しているであろう飼い主の声。
 部屋の中で聞こえた、穢れ人の声。
 そして――――”自分自身の声”すらも。



(………………まぁ)



 月の表側は、もう一つ、とある法則がありました。
 それは「全てが軽くなる」事です。
 足元の小石を少し蹴とばしただけで、石はまるで、土煙のようにどこまでも漂っていきます。

 ふわふわと心地よさそうに浮いていく小石を見て、レイセンはふと思いました。
 この場所で、この何もかもが浮つく静寂の場所で――――
 もしも、自分の脚で、”思う存分跳んだなら”。



(気持ち…………よさそ〜…………)



 レイセンは、何も考えていませんでした。
 本当に、何も考えていませんでした。
 考える声も、月で過ごしたたくさんの思い出も、自分が最も恐れた顏さえも。
 脳裏によぎる全てが、目の前の単純な好奇心に上塗りされていきます。




(何やってんだ―――― や め ろ ! )




 何も聞こえませんでした。
 何も見えませんでした。
 だから跳びました。
 だから跳べました。




 それが――――穢れた地への落とし穴だとも、気付かずに。



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【子】
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/13(土) 23:56:50.19 ID:c7/SmhYwo
メシ
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/14(日) 00:01:18.18 ID:jNYsIBPPO
一旦乙
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:09:20.73 ID:O7KGhXGYo


レイセン「そうして兎は自分から穴に落ち、二度と這い上がってこれませんでした……」

レイセン「めでたし、めでたし……ってか?」

薬売り「おや……終わりですか?」

レイセン「何よ、なんか文句あんの?」


 かつて幾度となく陥れ、あまつさえ姫君にまで手を掛けた玉兎。
 その自身による行いが、八意永琳を一人の鬼へと変えようとは、さすがの玉兎も思ってもみなかったであろう。
 そして玉兎は逃げ出した……自分の目に入る、全てから。
 

薬売り「いえ……てっきり、”落ちた後”も続く物だと思っていましたので……」

レイセン「あー……後日譚? 別に言っても良いけど、死ぬほどくだらないわよ」


 その結果――――
 自身が最も恐れた”鬼”と再び会いまみる事となるとは、これまた因果なものよの。


薬売り「折角ですから……是非」

レイセン「まぁ、じゃあ……なんでこいつがこんな所で薬師見習いなんてやってるかなんだけど……」

レイセン「わかる?」

薬売り「はて……薬師の道を志したからでは?」

レイセン「違うわよ。本音はこう――――」


レイセン「――――”怖かったから”よ。鬼に目をつけられないようにね」


薬売り「ああ……なるほど」


 身共も似たような経験がある故な。その気持ちはよ〜くわかるぞ。 
 運無き者が出くわすと言う山の獣――――熊。
 あの巨体から生える、鋭い牙や桑のような爪ときたらそれはもう……

 いやはや、まっこと恐ろしや。
 一度睨まれれば、体の芯から硬直してしまうあの感覚。
 できるならば、もう二度と味わいたくないものよの。


レイセン「自分が過去にしでかした事が、バレるのが怖かった……あたしにとって、八意永琳は鬼でしかなかった」

レイセン「だから下ったの。師匠と仰いで従順な”フリ”さえしてれば、とりあえず矛先は向かないだろうってね」

薬売り「その場凌ぎ……ですね」


 そうそう熊と言えば、皆の衆にも是非知っておいて貰いたい事がある。
 誰が言ったか「熊と出会ったら死んだふりをするとよい」との教え。ありゃ嘘っぱちじゃ。
 熊の目の前で横たわったが最後。
 熊はおぬしらをエサと認知し、あわや食われる運命を辿るのである。


レイセン「ね? 下らないでしょ。NGシーンはバッサリカットよ」

レイセン「終わりよければ全てよし……の逆」

レイセン「クソみたいな終わり方すると、”全部が台無しになる”」


 では真に正しき対処法は何か――――それは「目を合わせる」事じゃ。
 目をそらさず、じっと見詰めながら、決して騒ぎ立てず、徐々〜に徐々〜にと後ずさる。
 こうすれば「拙者は危害を加える生き物ではござらんよ〜」と、熊にそう知らせる事ができるのじゃ。
 熊はああ見えて賢き獣。相手が無害とわかると、むやみに襲ってきたりはせぬのだよ。

264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:21:04.41 ID:O7KGhXGYo


レイセン「そーよ、こいつはいつだってそう。何も考えずに思い付きで動いて、何もかもを台無しにするの」

レイセン「今だってそう。こんな夜中にここにいるのが何よりの証拠…………」

レイセン「こいつは、永琳と再会した時点から――――”逃げる事しか頭になかった”」


 そして根気よく距離を取り続け、十分離れた頃合いを見計らって――――”脱ッ”!
 ……何? 真偽に欠けるだと?
 おやおやおや、一体何を申すかと思いきや。
 身共がこうして無事な身でいる事こそが、真たる何よりの証ではないか。


レイセン「モノノ怪がみんなを匿っている? バカ言わないで。匿ってるのはお前だけだろ」

レイセン「薬師になって人の病気を治す? ふざけないで。治したいのは自分だけだろ」

レイセン「いつだって可愛いのは自分だけ……いつだって、守りたいのは自分だけの癖に!」


 そこまで疑うなら、自ら実践してみるとよいわ。
 まぁおぬし等のような平民風情の場合……ふふん。
 そもそも、山へ登る前に力尽きる気がするがの。
 

レイセン「さぁ薬売り――――これでわかったでしょ!?」


レイセン「あたしの形・真・理! 必要なもんはこれで全部見せたわ!」


レイセン「今こそ、その退魔の剣を抜く時よ! そして――――斬って!」


レイセン「かわいいあたしを二つに分ける、この境をさ!」



【懇願】

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:31:03.68 ID:O7KGhXGYo

レイセン「さぁ…………」



【急】



レイセン「さぁ…………!」



【求】



レイセン「さぁ…………はやく…………!」


 
 過去の恐れから目をそらす為に生れ出た、悲しきもう一羽の玉兎。
 その分身が、語らぬ主の代わりに囃し立てる。
 「速く斬ってくれ――――」
 この分身がこうまでして望む事。
 それはただ、一つに戻りたかっただけなのだ。
 


うどんげ「…………」



 人は、どうしようもなく追いつめられた時。無意識の内にもう一人の自分を作ることがあると言う。
 身共からすればやや眉唾物の話ではあるが、しかし薬売りにとっては存外によくある事なのだとか。
 それは薬売りとしてではない。
 モノノ怪を斬る者として、”実際に経験した事のある”話……らしい。



レイセン「 は や く し ろ ! 」

266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:34:52.27 ID:O7KGhXGYo



薬売り「…………」


 内なる玉兎の心意気をしかと見届けた薬売りは、あえて返事を出さぬまま、無言のまま退魔の剣を突き立てた。
 チリンと剣の音だけが小さく鳴る。
 剣越しに見る分身の表情は、札を寄せ集めた仮の体にもかかわらず、「どこか嬉しそうな表情に見えた」。
 後にそう、薬売りは語っておった。



薬売り「…………では」



 して本来の玉兎の方は、未だ何も語らぬまま、膝を地に押し黙ったままであった。
 いや、この場合……むむ? 何やら、わけがわからなくなってきたぞ?
 この場合……”どっちが本当の玉兎”なのだ?



うどんげ「…………」



 まぁ、よいか。
 そんな事は後数刻もせずにわかる事。
 答えは薬売りの行動にある――――故に、ただ待てばよいのだ。
 薬売りが、事を起こすその時まで。



退魔の剣「――――!」




 そして――――薬売りは動いた。







(……………………は?)






 薬売りが出した答えは――――”剣を懐にしまう”であった。




【鈴】
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/14(日) 03:36:04.70 ID:O7KGhXGYo
本日は此処迄
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/14(日) 05:21:21.26 ID:ll/DjOVR0
ハズレか?
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/15(月) 18:03:46.06 ID:CvNTe7oGO
二次設定のはずなのに妙に説得力があるのはなんでだろう
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 21:55:29.54 ID:fw8gKZ+Qo


レイセン「…………何してんの?」

薬売り「何って……刀をしまっただけですが」

レイセン「いや、しまっただけですがじゃなくて……ふざけてんの?」

薬売り「ふざけてなどいませんよ……話を聞けとおっしゃるから、聞いたまでです」

レイセン「……真と理がいるっつったのは、お前だろーが!」


 薬売りは退魔の剣を袖の奥へとしまい、そしてそのまま、二度と表へ出す事はなかった。
 「道具をしまう」。それ自体は至極些細な行動ではあるが、それをされて鼻持ちならないのは当の玉兎本人。
 当然の如く猛った玉兎が、薬売りにあーだーこーだと怒涛の罵詈雑言を浴びせ始めるのは、ごくごく自然な成り行きであろう。

 そしてその全てを、右から左へ受け流す薬売り……
 全く、人の悪さは相変わらずじゃな。
 だったら最初から、そう言ってやればよかったのに。
 


薬売り「斬りませんよ……貴方はね」


レイセン「――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


 
 その場にこそいなかったが、何となしに想像はつく。
 どうせその時の薬売りはまた、いつぞやのような見下した顔つきをしておったのだろうて。

 なんだか……想像しただけで、段々とムカッ腹が立ってきたぞ。
 くぅ〜憎らしや。腹いせに「薬売りは玉兎の叱責に怯え、動く事ができなかった」。
 とりあえずこの場は、そういう事にしておこう。



【放棄】


271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:12:29.15 ID:fw8gKZ+Qo


レイセン「人の話を聞かない奴だとは思ってたけど……まさかこの期に及んでまだ、そんな態度かましてくるとはね!」

薬売り「何をおっしゃいますか。ちゃんと聞いたじゃないですか……」

薬売り「貴方の、真と、理とを」

レイセン「だからそれは剣を……ああっ! い、イラつく!」

レイセン「ほら、あんたも黙ってないでなんとか言いなさいよ! 今あたしら二人、まとめてコケにされてんのよ!」


 わざわざ内から這い出てまで、二羽共々コケにされるとは……この内なる玉兎も、よもや露も思わなかったであろうて。
 確かに、聞いてくれと頼んだのは玉兎の方である。
 だがその経緯は、薬売りが「退魔の剣を抜く条件」を、あらかじめこうこうこうと伝えておいたが故であろうに……
 やれやれ、どこまでも厚顔無恥な奴よ。
 そうでもなければ、誰がこんな面妖な薬売りに”過去”を語るものか。


薬売り「それに……先ほどから話を聞けだのとおっしゃりますが」

薬売り「その言葉……そっくりそのまま、お返ししますよ」

レイセン「は……?」

薬売り「だって……ねえ? つい先ほど、申し上げたばかりじゃないですか……」

薬売り「斬るのは――――”幕が閉じてから”だと」



 クシャリ――――まるで薬売りの言葉に合わせるように、微かな擦音が過った。
 音の感じからしてそれは、何か薄い物同士が擦れ合う音である。
 してこの場における薄き物とは、現状ただの一つしかない。 



薬売り「芝居の準備はできましたか……”姉弟子様”」


レイセン「ウソ…………!」



 そう――――紙である。
 この内なる玉兎が、薬売りから借りた札を折り紙に変えたのと同じく、外なる玉兎もまた、同じ事をしていたのだ。
 「さっきまで呼吸に苦しんでいたとは思えない」と、薬売りは密やかにそう零した。
 夜分深くにも関わらず、見る者を思わず感嘆させる程に――――
 それはそれは見事な”紙の兎”が、玉兎の手元に出来上がっていたそうな。


 
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272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:34:48.94 ID:fw8gKZ+Qo


うどんげ「カッ、カッカッ……カ……」


レイセン「鈴……仙……なんで……」

薬売り「おや、まだうまく話せませんか……?」


レイセン「か……が……か……」


薬売り「いいでしょう。ならば代わりに、口上を務めましょう」

レイセン「鈴仙…………何を…………」



 立ち上がりし玉兎は息も絶え絶えに、見るからに満身創痍であった。
 未だ言葉もロクに話せぬままであったが、それでもその意思は十二分に感じ取れたと言う。
 不自由な言葉の代わりとでも言おうか……その眼だけが、しかと伝えておったのだ。



薬売り「ここから先は……”客は一人でイイ”」

薬売り「ですね? 姉弟子様……」


うどんげ「か……が……」



 二つに分かれし御身の、”真なる理”である。



薬売り「こなた、月から舞い降りし兎あり」

薬売り「こなた、月を見あげし兎あり」



レイセン「何を――――」



薬売り「こなた、鬼に怯えし兎あり」

薬売り「こなた、鬼に居所を求めし兎あり――――」




――――同じ身を持ち、同じ心を宿したとて、目指す標は決して同じではなく。
 違えし標に駆けたとて、いつしか戻るは元の鞘。
 それは、現世が孤を描く故。
 輪廻転生の如く、永久にめぐるが運命が故――――




【鈴仙の半生・第四幕】


273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 22:58:56.65 ID:fw8gKZ+Qo


(ふんふんふ〜ん……)


 昔々、ある所に、一匹の兎がいました。
 兎は兎らしく、跳んだり跳ねたり、たまに耳をツンと立てて何かを聞いたりしていました。
 傍から見るとただの兎です。といっても、兎はそこに住まう兎ではありませんでした。
 兎はその実、遥か遠い土地からやって来た、所謂迷い兎だったのです。


(…………ぬおっ!? なんだこりゃ!?)


 見知らぬ地にアテなどあるはずもなく、兎はただただ迷い続けました。
 兎は兎らしく跳んだり跳ねたりしているかと思いきや、実は右往左往しているだけだったのです。 
 しかもその間、まともに食事もとっていませんでした。
 当然です。他所から来た兎には、何が食べれる物かすら、わからなかったのですから。


(え、ええ〜……こんな所で土座衛門とか……)


 そんな日々を送っていた兎には当然、すぐに限界が訪れました。
 パタリ――――糸が切れた人形のように倒れ、そのままピクリとも動かなくなりました。
 しかしながら、兎は動けないながらも、ハッキリと感じました。


(もしも〜し、人間や〜い)


(人間…………人間?)


 「死ぬ」――――何をどう考えても、それしかありませんでした。
 しかし兎は、死を拒むどころか、無抵抗なままに受け入れようとすらしていました。
 それは自分の不摂生のせいでもあり、自分が健康を顧みなかったせいでもあり、自分がしでかした罪のせいでもある。
 「自分が死ぬのは当然の事」。兎の心には、そういった考えが根付いていたのです。



(いや、違うわね……ていうか、これ……)


(…………兎?)



 しかし運命は、兎に死を与えませんでした。
 死に限りなき近い状態でありながら、それでも寸での所で回避できたのです。


――――偶然そこに居合わせた、もう一人の兎の手によって。


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274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/16(火) 23:00:18.38 ID:fw8gKZ+Qo
メシ
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 00:53:08.90 ID:PrSgG1Elo


――――兎が再び目を開いた時、その瞳には視界いっぱいに天井が映っていました。
 空を覆う黒塗りの壁。月を隠す天の蓋。
 なのに何故か天井は、あの星々の煌めく夜空に負けず劣らずの、実に優雅なる天井でした。


(お、起きたかぁ)


(いやぁびっくりしたわ。まさか幻想郷に、あたし以外の妖怪兎がいたとはね)


 わけもわからぬまま、ぼーっと美しい天井に見とれていると、横からひょっこりもう一羽の兎が顔を覗かせました。
 今でもその時の顏はハッキリ覚えています。
 その時のもう一人の兎の顏は、こちらを見て、何故かニヤニヤと笑っていたのです。


(どこの誰だか知んないけど、ラッキーな奴ね。よりにもよって、医者の近くで倒れるなんてさ)

(もしかして……”急患”狙ってた?)


 どこか嘲りを感じる、気持ちの悪い不気味な笑顔でした。
 おかげで美しい天井を眺めるのに、とても邪魔だった事を、今でも鮮明に思い出せます。


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(ちょくちょくいるのよね〜。永遠亭の噂を聞きつけたまではよかったけど、竹林で迷ってぶっ倒れるおバカさんが)

(まぁそういうのを見かけたら見つけ次第拾ってこいって言われてるわけなんだけど……)

(近頃はそれを逆手にとって、わざと迷い人のフリする奴なんかでてきちゃってるのよね)

(あんたも……そのクチなわけ?)


 それでも、嫌悪感はありませんでした。
 兎は直観で理解したのです。
 この体を包むぬくもりに、額に乗った冷たい布綿。
 「この兎が、自分をここまで運んでくれたのだ」と理解するのに、時間はさして必要ありませんでした。



(て〜わけで、目を覚ましたら呼べって言われてるから、呼んでくるわね)


(ちゃんとお礼言うのよ……”お上りさん”)



 しかしながら、代わりに兎の正体に気づくまでには、随分と時間がかかりました。
 と言うのも――――兎の正体は、運び手だったのです。
 それは荷を運ぶのではありません。
 兎が運ぶのは、運命そのものだったのです。





(――――鈴仙……)





 知らなかったのかわざとだったのか、それは今でもわかりません。
 しかし兎は、本当にそっくりそのままの意味で運んできました。
 息も絶え絶えだった兎の前に――――永遠を生み出す「師」を。


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276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 01:04:48.52 ID:PrSgG1Elo


レイセン「――――な、何を今更なのよ!? そんな事、言われなくても知ってるわよ!」

レイセン「そうよ……その時、よりにもよってあの永琳と再開してしまったせいで、あたしはいつも怯える日々を送るハメになった……」

レイセン「知らないはずないじゃない! だって、あたしはあんた、あんたはあたし!」

レイセン「いつも同じで、いつも同じ過去を送ったんだから!」

薬売り「……フッ」

レイセン「 何 笑 っ て ん だ ! 」


 薬売りの失笑に、敏感に反応する兎。
 その嘲りたっぷりの笑みは、怒りに値するのは重々承知である。
 しかしそれは誤解である。
 薬売りの笑みは、あくまで自分の記憶に向けられたものであったのだ。


薬売り「いや……失敬。少し、思い出しまして……」

レイセン「何を……だよ……」

薬売り「同じ時を過ごそうと、同じ景色を見ようと……互いの胸の内にあるものは、決して同じではなく」

レイセン「意味わかんねえ……んだよ!」


 まぁだからと言って、時と場所を選べと言う話ではあるが……
 余計な茶々は往々にして場を崩す。
 それは雰囲気だけではない。
 この場合に限っては、文字通り崩れるのだ。
 

薬売り「それに……あまり茶々を入れない方がイイ」

薬売り「無駄に間延びさせると……最後まで、聞けないかもしれませんよ?」

レイセン「ハ――――」




――――そっくりそのままの意味で。




レイセン「ちょ…………!」




【剥】



レイセン「あ、あたしの体が……!」




【剥】




レイセン(崩れていく――――!?)


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277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 01:37:19.76 ID:PrSgG1Elo


薬売り「貴方様とて不本意でしょう……? 噺の途中で、消えてしまうのは」

レイセン「まさか……これが……!」



うどんげ「そう……して……体を……治した……兎は……」



薬売り「まぁまぁ、じっくり聞こうではありませんか……ひょっとしたら、わかるかもしれませんよ?」

薬売り「貴方が…………一体”誰”なのかを」



うどんげ「再会した……お師匠様と……姫に……」



レイセン「やめ――――」



――――こうして兎は、予想だにしない形で、かつての飼い主と再会しました。
 元の飼い主……元い八意永琳は、兎との再会に涙を浮かべて喜んでいました。
 兎にとっても、久しぶりに見る永琳の姿は、幸せだったあの頃のままでした。
 変わらないのは姿だけではありません。
 月にいた頃から有名だった薬師の手腕は全く衰えておらず、その証拠に、弱り切った兎の体をたった一晩で治して見せました。




レイセン「ろ――――」




 健康を取り戻した兎は、改めてその脚で永琳の元へと向かい、そして今度こそ誓いました。
 「ずっとおそばにいます、お師匠様」――――その言葉は、嘘偽りない本心でした。




【忠誠】

278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:02:17.49 ID:PrSgG1Elo

 そこは、かつての故郷に比べれば、随分と質素な場所でした。
 巻割り、かまど、徒歩、収穫……等々、まさに文明のぶの字もない、原始的な生活そのものでした。
 けれど不満はありませんでした。
 不自由だらけな生活なのに、何故か、心からの自由を感じていたのです。

 いつしか兎は、自らの意思で永琳にこう言うようになります。
 「自分もあなたのような薬師になりたい」――――こう述べる兎に、永琳は快く受け入れました。


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 こうして、兎は再び、居場所を手に入れました。
 永遠を生み出す師の元で、永遠の一部となる弟子として。


レイセン「違う……あの時弟子入りを志願したのは……ただのその場凌ぎだった……」

レイセン「逃げ出す為に咄嗟に思いついたでまかせ……薬師なんて、ほんとはどうでもよかったはず……!」

薬売り「と、思っている割には、随分と熱心に勉強されてましたね……」

薬売り「夾竹桃なんて……薬師じゃなければ、ただの花なのに」

レイセン「なッ…………!」


 正式に弟子として入門し、いくつの時を経たでしょう。
 かつて、あれほど拒み続けた地上の生活が、いつしか兎にとって、なくてはならない物となっていました。
 変わらない日々、変わらない生活。いつまでも変わらない永遠亭――――。

 けれど、兎にとっては、それこそが幸せだったのです。
 変わらなくていい。
 「この幸せがいつまでも続きますように」。
 いつしか兎の心は、その思いだけが全てとなっていきました。


レイセン「そんな……なんで……なんでよ……鈴仙……」

レイセン「あんなに怯えていたのに……あんなに、目を背けていたのに……!」


薬売り「だとすると……これはあくまで……ひょっとしたらの話なのですが」

薬売り「もしかすると……”逃げ出したのは貴方の方”だったのでは?」


レイセン「は――――」


 けれどやっぱり、永遠なんて所詮儚い幻想でした。
 永遠の意味が「変化のない様」だとすると、やっぱりそんなものは存在しないんだと、兎は改めて思い知りました。
 よくよく考えれば当然でした。「過ごしたい永遠」と「成りたい薬師」。
 この二つは、変わると言う意味に置いて、全く正反対の物だったのですから――――。



【矛盾】
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:11:09.07 ID:PrSgG1Elo


(あたた……もう……てゐの奴……)

(毎日毎日懲りずに……一体、何が楽しいのかしら……)


 兎の毎日はほぼほぼ決まっていました。
 朝起きて、用事を済ませ、人里に薬を売りに行く。
 合間に余った時間を勉強に費やし、食事の支度をし、掃除をし、夜になれば床につく……そんな日々でした。
 そして目を覚ませば、また最初から繰り返しです。


(ほんと……いつまでもバカなんだから)


 時には疎ましい時もありました。
 特に、毎度毎度落とし穴を仕掛けてくるバカのせいで、随分まぁ無駄に頭へ血を上らせたものです。
 ですが――――穴に落ちる度に、兎は感じました。
 痛む尻。猛る声。穴から這い上がろうとする手。そして、穴から空を見上げる目……
 「自分はまだここにいる」。そう感じさせる程度に、穴は、繰り返される日々の中に走る生の刺激だったのです。


(お師匠様に……言いつけてやるんだから)


 ですが、兎が穴から空を見上げるのと同じように――――
 空から穴を見下ろす瞳があった事を、兎はすっかり忘れておりました。


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280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:31:27.00 ID:PrSgG1Elo


(何よ……これ……)


 そんな日々が続いた後――――つい、こないだの事です。
 兎の元に、一枚の手紙が届きました。
 差出人の書いていない、出所不明の手紙でした。
 ですが、兎は手紙の主が誰であるのか、ただの一目でわかりました。



【召集令状】



 手紙の材質。封の切り方。中身の文字。その文体。
 全てが一致していました。
 かつて故郷にいた頃の――――”二人目の飼い主”とです。



【此度 都カラ逃亡セシ兎 
 ソノ行為ハ甚ダ遺憾ナレド 結果トシテ功績トナリキ故 此レヲ持ッテ全テヲ不問トス
 此度ノ所業 都ガ与エシ任ト置キ換エ 現時刻ヲ持ッテ ソノ任ヲ解カン】
 


(ふざ…………けンな…………!)



 兎は確信しました。
 かつて大罪を犯し、月から逃げ出した姫と師。この二人が、ついに見つかったのだと。



【長キ間ノ任 真大義デアッタ
 最早汝ヲ縛ル物ナシ 
 直ニ”迎人ヲ寄越ス”故 此レヲ持ッテ 直チニ都ヘト帰還セヨ】



 そして罪人を見つけ出した月の使者が、次にどのような行動を起こすのか……
 それはもはや、想像すらしたくありませんでした。



(何を…………今更なのよ…………)



(何を…………今…………更…………)




 してその原因が――――全て、自分のせいである事も。




【意訳】







【――――お前は逃げられない】


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281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:34:51.72 ID:PrSgG1Elo


薬売り「なるほど……あの紙は、その時の手紙ですか」


レイセン「……知らない」


薬売り「月人にとって兎とは純粋なる配下。故にその管理も徹底していた……」

薬売り「と言いつつも、一体どのような手段で見つけ出したのかまでは存じません」


レイセン「知らない……」


薬売り「ですがまぁ、大体の想像は尽きます」

薬売り「だって貴方……”特別”だったんでしょう?」

薬売り「月の注目を一手に集める……”人気者”だったのだから」



レイセン「――――知らない! 知らない! そんな手紙、見た事もない!」

レイセン「あたしじゃない! それはどこか別の誰かの……あたし宛なんかじゃない!」



レイセン「あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!」




薬売り「やれ、やれ……」



 その手紙が指し示すように、あくる日、見るからに胡散臭い一人の男が現れました。
 その胡散臭い男は自称・薬売りを名乗り、「自分はモノノ怪を斬る為に馳せ参じた」と言いました。
 ハッキリ言って、全く信用できませんでした。
 ですが、信用せざるを得ませんでした。
 何故なら、兎にとって最も信頼する人が、信用した男だったのですから――――。



【丑】


282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/17(水) 02:35:17.88 ID:PrSgG1Elo
本日は此処迄
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/17(水) 17:54:09.48 ID:DHj/bApEo
乙ですよ
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 17:53:43.47 ID:vYXW/NBlo


レイセン「嘘よ……そうよ、こいつは”また”嘘をついている!」

レイセン「だってそうじゃない! あたしが斬られれば、あたしに封じ込めた”嫌な事”も全部元に戻ってしまう!」

レイセン「騙されないでちんどん屋! こいつはまたこうやって……嘘八百でこの場を凌ごうとしてるのよ!」

薬売り「何故嘘と……わかるんです?」



――――何から何まで一切信用できない薬売りでしたが、一つだけ、本当の事を言ってました。
 それは、”本当にモノノ怪が現れた”事です。
 モノノ怪は次から次へと周りの人々を攫います。
 にもかかわらず、薬売りは未だモノノ怪を斬れずにいました。



レイセン「”そーゆー奴”だからよ! 最初に言ったでしょ!」

レイセン「こいつはいつだって嘘ばかり……出まかせと口八丁でその場を凌ぐしかできない、ただの兎なんだから!」

薬売り「では何故……嘘をつく必要があるんです?」

薬売り「嘘であろうとなかろうと……結局、”剣は抜けないまま”だと言うのに」

レイセン「それは…………!」



 全く頼りにならない、本当にうさんくさいだけの男です。
 が、そんな役に立たない薬売りのおかげで……一つだけ、気づく事が出来ました。
 


薬売り「そういえば……最初にお師匠様がおっしゃってましたね」


(――――だったら出て行きなさい)


薬売り「ある意味……師の命を忠実に守ったと言えますが」


 
 それは――――「逃げる事」。
 モノノ怪がこの地で暴れまわっている間に、逃げて、逃げて、遥か遠くに逃げて――――
 ”月の迎えを永遠亭から遠ざける事”。
 それが今の自分にできる事なのだと、そう思いました。


285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:10:28.55 ID:vYXW/NBlo


レイセン「ふざ…………け る な ァ ァ ァ ァ ! こいつがこんな事、思うはずなんてないんだ!」

レイセン「いつだって自分だけが可愛い臆病兎! この機に逃げ出そうとしている逃亡兎!」

レイセン「それ以外に――――一体何がある!」


 逃げた先に、一体何があるのか。
 逃げた先に、どのような運命が待ち受けているのか。
 兎には皆目見当が付きません。
 もしかしたら、今よりずっと酷い目に合うかもしれません。
 


レイセン「それ以外に……ない……はずなのに……」



 ですが、それでもかまいませんでした。
 心から愛した永遠が、この先も保たれるなら。
 永遠が永遠のまま、ずっとそこにあり続けるのなら……
 例え自分がどうなろうと、何ら悔いはありませんでした。




薬売り「…………」




 そうして兎は、逃げ出しました――――永遠を守る為に。


 めでたし、めでたし。




薬売り「以上……ですかな」




 ご清聴、ありがとうございました。




【――――拍手】


【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】

【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】

【拍手】【拍手】【拍手】【拍手】



 玉兎の物語は、これにて終わった。
 自らの生涯を題材にした物語はまさに納得の出来栄えであり、その証に、薬売りもつい自然と拍手を送る程であった。
 身共とて、ついつい引き込まれてしもうわ。さすがは元・月の達者兎と言った所である。
 堕落と転落を繰り返した半生だけあって……話の結末すらも、無事落としたのだ。




【余韻】

286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:23:31.65 ID:vYXW/NBlo


薬売り「いやぁ、貴方も人が悪い……この期に及んで、こんな素晴らしい話を出し惜しみするだなんて」

薬売り「やっぱり、ちゃんとあったんじゃないですか……落ちた後の、続きが」

薬売り「……おや」


 しかしそんな素晴らしい話に、余韻を乱す”不服”を唱える者が、一人だけおった。
 その物言い屋は、声高らかにこう訴えた。
 「話が違う――――」

……なにやら、あらぬ誤解を招く表現である。
 その言い方だと、まるで玉兎が、この物言い屋から話を盗作したかのようではないか。



レイセン「なんで……! なんでこうまで違う……!」



【別個】



レイセン「同じ……兎なのに……!」 



【異同】



「同じ……”レイセン”なのに……!」



 まぁでも……そんなわけはないのだ。
 盗作か否か等、真偽を確かめるまでもなくわかる事。

 何故ならば、幕を開いたのも兎。
 語り始めたのも兎。聞いていたのも兎。
 不服を唱えるのも兎。実際に体験したのも兎……
 全ては、同じ兎による物なのだから。



【画然為る兎】

287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:34:20.89 ID:vYXW/NBlo


レイセン「あってたまるか……そんな事……ざけんな……ふざけんな……」

薬売り「…………」


 芝居・歌舞伎・能・芸事――――
 これらの見世物を楽しむ際には、やってはならぬ無作法が、一つある。
 それは、不平不満を吹聴するかの如く唱える事である。
 
 「つまらなかった」「時間のムダだった」
 そう思うのは各々の勝手じゃ。だがそれを聞かされる周りの身にもなってみよ。
 せっかくの余韻が台無しとなる……
 まさに「終わりよければ全てよし」の”逆”である。


レイセン「クソ脚本……ゴミ脚本……ホラ話……与太話……」

レイセン「勝手にオチ変えてんじゃないわよ……カス……死ねよ……マジ……」

薬売り「…………」


 作法と言うより、行儀だな。
 このレイセンを見よ。このような負の言葉を延々と聞かされる不快さは、まさに筆舌に尽くし難しであろう?
 隣に佇む薬売りも、まぁ災難である。
 これでは、余韻に浸る暇もなかろうて。



薬売り「そういえば……前からずっと気になっていた事がありまして」


レイセン「あ”……?」


薬売り「よい機会ですから……お伺いしても、いいですかな?」



 ……こいつに限っては、そんなタマではなかったの。



【疑問】


288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:40:02.00 ID:vYXW/NBlo


薬売り「貴方の名は鈴仙……それは周知なのですが……」

薬売り「そういえば……一人だけ、違う名で呼ぶ者がいましたな」



(――――すごいわうどんげ、とっても斬新だわ!)



薬売り「後弟子として、姉弟子様の名を知らぬのは、これまた失礼な話……」

薬売り「故に……お聞かせ願いたい」

薬売り「貴方は……”一体どちら”なのでしょう」



【レイセン】【うどんげ】
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 18:50:46.34 ID:vYXW/NBlo


レイセン「うどんげ……そうだ、うどんげだ!」

レイセン「これこそがこいつが嘘ついてる何よりの証拠じゃない! だって、あたしに無断で勝手に改名しやがったのよ!?」


薬売り「無断……?」


レイセン「自分は鈴仙じゃない、うどんげだ」

レイセン「だからレイセンなんて知らない――――とでも、言いたかったのよ!」

レイセン「これこそ自分から目を背けたこいつの、何よりの証拠じゃない!」


薬売り「しかしどちらかに統一されず、両方の名が使われるのは何ゆえに」

薬売り「人は貴方を鈴仙と呼び、兎は貴方をうどんげと呼ぶ」

薬売り「これではただ……ややこしいだけだ」



 それは、簡単な話でした。




(――――これが……あたしの名前……?)


(――――いや、嫌とかじゃないんだけど……なんか……変な名前)




 誰かに、与えられた名だったからです。




レイセン「 嘘 つ く な ! 」


290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:01:09.31 ID:vYXW/NBlo


レイセン「知らない! そんなの知らない! そんな変な名前、あたしが受け入れるはずないじゃない!」


 そう、その名を最初に聞いた時は、「変な名前」以上の感想を持てませんでした。
 「うどんに毛? 意味わかんな〜い」
 当時の兎も、そう言ってました。


レイセン「それに、今更名を変えて何になる! ずっとレイセンだったのに! ずっとずっと、レイセンとして生きてきたのに!」


 「ださいから鈴仙のままでいい」
 当時の兎は、そう言い捨ててやりました。


薬売り「知らない物にはただの音……しかし知っていれば、その名は何より貴重な”花”となる」


 「だから鈴仙だっつってるだろ!」
 兎をうどんげ呼ばわりする因幡兎に、何度も声を荒げました。


薬売り「貴方は知らなかったんじゃない。貴方はただ、目を背け続けていただけに過ぎない」


 「いい加減にしなさ〜い!」
 何度注意しても、因幡兎はうどんげと呼び続けました。
 あまりのしつこさに、つい声を荒げましたものです。
 が、ですが……兎は決して、それ以上の事はしませんでした。



薬売り「貴方を心の底から怯えさせる……貴方の中だけの”鬼”から、ね」



 注意を諦めたわけではありません――――実は、”嬉しかった”のです。
 それは、”約束の証”だったからです。
 約束の証……それをしつこいくらい連呼される事に、その実、何よりの幸福を感じていたのです。



薬売り「知らないはずが……ないんですよ。それは、貴方がレイセンだった時の決め事だったのだから」



 ついつい昔のような憎まれ口を叩いてしまう程に
 ついつい無駄に声を荒げてしまう程に
 ついつい、一人でに飛び跳ねたくなる程に……
 兎の心は、歓喜の波に乱されていたのです。




薬売り「鬼は…………”約束を守った”」




 その日から――――兎の中から、鬼がいなくなりました。



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291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:42:21.25 ID:vYXW/NBlo


レイセン「そ……んな……嘘……よ……」

レイセン「だったら……あたしは……ずっとこいつの中にいた……あたしは……」

レイセン「こいつの”恐れ”を押し付けられ続けた……あたしは……一体……」


【問掛】


【我は誰なるや】



レイセン「――――カッ! カッ! カッ! カッ!」


薬売り「大丈夫ですか……随分、声が乱れておりますが」


レイセン「カ……カ……カ……」


 兎の声が、乱れ始めた。
 声はまるで喉を詰まらせたように濁り、音は乱れ、あれほど悠長であった声は瞬く間に咳と化した。
 カッカッカと、まるで笑い声のような咳である。
 が、薬売りはなんら不思議に感じなかった。
 そりゃそうじゃ。それと全く同種の物を、つい先刻聞いたばかりであったが故な。


薬売り「咳がひどい場合は、体を横にするといい……喉の奥が広がり、息が通りやすくなりますから」




うどんげ「――――もしくは、暖かい飲み物を飲むといい。乱れた気管を、ぬくもりが落ち着けてくれるから」




薬売り「おや……まぁ……」

薬売り「随分と……お詳しいですな」



レイセン(レイ……セン……)



うどんげ「当然よ……”あたしを誰だと思ってんの”」




【薬師・見習】

292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 19:52:41.20 ID:vYXW/NBlo


薬売り「最初から……知っておられたのですね……」

薬売り「自分の中に……”もう一人誰かがいる事”を」

うどんげ「なんとなくは気づいてた……でも、確信はなかったの」

うどんげ「だって、いくら呼びかけても……ずっと、無視され続けてたからね」

薬売り「それは……いけませんなぁ」


レイセン「カ…………ッ!」


 人はだれしも、思い出したくない記憶があると言う物よ。
 何らかの失態を犯した時。人前で大恥をかいた時。誰かに裏切られた時。身の毛もよだつ恐怖を感じた時――――
 それらを自在に忘れる事ができれば、一体どれほど、楽な事であろうなぁ。
 だが口惜しい事に、生きとし生ける物は、残念ながらそのようにはできておらぬのだ。


うどんげ「呼びかけても答えてくれない。面と向かっても目を合わせてくれない」

うどんげ「だから、わからなかったのよ……自分の中にいるのが、一体誰なのかを」


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薬売り「しかし今、ようやっと分かり合えた……」

うどんげ「あたしの中にいたのは……”あたし自身”だった」


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 故に生き物は、そうせざるを得なかった。
 苦しい過去を糧にするしかなかったのだ。

 過去の苦痛を経て、新たな存在に再生せんとする道。
 まさに修験が唱えし「疑死再生」の道――――。
 その道を選んだが故に、生き物は、今日における多種多様な存在に枝分かれしていった……のかもしれん。


293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:04:03.34 ID:vYXW/NBlo


薬売り「過去が置き去りにされたのではなく……過去の方が、自ら遠くへ逃げたのだ」

うどんげ「それはあたしを守るため……新しい兎になったあたしを、過去に縛り付けない為」


 兎が真に恐れる物――――それは、「見つかる」事ではなく「見つかってしまった」事にあった。
 紆余曲折を経てようやく得た安住の地が、再び亡き者になる恐怖。
 そして自身の進む道を照らしあげてくれた大恩に、意図せず仇成す形となった恐怖。



薬売り「過去は決して変わる事がない……それは、当の過去自身が深く存じていたから」


うどんげ「だから……知らなかったんだわ」


薬売り「兎が、真に恐れる物を」



 枝分かれせしもう一人の兎が、存じ上げぬのも無理はない。
 もう一人の兎とは、すなわち”月にいた頃”の兎。
 そして今の兎が取ろうとする行動は、過去の兎の理とは、まるで反転する”陰陽”だったのだから――――。




【真相】



【玉兎之理】

294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:16:35.29 ID:vYXW/NBlo


うどんげ「面倒かけたわね……薬売り」

薬売り「いえいえ滅相もない……」

薬売り「…………おや」



レイセン「カ…………カ…………!」



うどんげ「レイセン……」

薬売り「まだ……抗うと言うのですか」


 真実を突き付けられてなお、もう一人の兎は、抗う姿勢を崩さなかった。
 過去を否定すると言う事は、すなわち過去の自分をも否定すると同義。
 自分の存在そのものを乱す「否定」。
 ともすれば、自身を守るために……如何に苦しかろうと、拒み続けるしかなかったのであろう。



レイセン「う”ぞ…………だ…………カッ! 認め”……ナ”イ”…………!」



薬売り「致し方……ありませんな」



 しかしながら、もはやレイセンに術はなし。
 抗う気持ちと裏腹に、どうにもできぬ現実が、すぐ目の前に迫っておる。
 追いつめられた鼠は、時として猫を噛む事もあるらしいが……
 はたしてそれが兎だった場合――――”逃げる”以外に何ができると言うのか。


うどんげ「待って薬売り……”レイセンは置いていかない”」

薬売り「残念ながらその命は聞けません……貴方も、薬師の端くれならわかるはず」

薬売り「これはもはや……完全なる末期。このまま放置しておけば、”直にモノノ怪と化す”のは目に見えている」

薬売り「そうなる前に手を打つのが、この場における最善なのですよ」


うどんげ「…………」



薬売り「異論は……ありませんね?」



うどんげ「…………わかった」



 兎は鈴仙を一瞬庇おうとしたものの、薬売りの問いかけに、存外素直に身を引いた。
 兎は、理解していたのだ――――鈴仙は今、”モノノ怪になりかけている”。
 自らあふれ出る程の強き情念。してその発生源が他ならぬ自分自身とあらば……
 兎に異を唱える権利など、ありはしなかったのだ。



【決着】

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/20(土) 20:17:02.38 ID:vYXW/NBlo
本日は此処迄
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/20(土) 21:16:44.41 ID:AvIZ/txLo
自分と向き合うのは辛いよな
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/20(土) 21:28:00.60 ID:cwBtpuErO
乙です!
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 07:22:04.40 ID:/9tLyFV9o
乙です
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 14:14:59.49 ID:5G44u8ucO
もしかしてのっぺら意識してる?
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 19:38:29.04 ID:eRuspO3go



レイセン「殺す”のガ……アダジを……?」



【急場】



薬売り「いやぁ、楽しませてもらいました……」

薬売り「さすがは元・月の人気者。あっしもついつい、最後まで聞いてしまいましたよ……」



【打込】



レイセン「姉弟子ノ”……ア”だジヲ”……?」



【後手】



薬売り「しかし肝心の貴方自身がわかっていなかった……何故に貴方の芝居が人を魅力するのか」

薬売り「それは……全てが真であったが為です」


レイセン「ア”…………?」


薬売り「わかりますか……? ”真”があったからこそ、貴方の織成す芝居は、鮮やかな色々に染め上がったのです」



【六死八活】



薬売り「それ故に……勿体ない。最後の最後で、”芝居は色を失った”」


 ”昨日今日会ったばかりのお前に何がわかる”――――兎は濁った声で、そう吠えた。
 確かに、赤の他人に知った風な口を聞かれる事ほど不快な物はないよの。
 それもそれも、見るからに胡散臭い男の、あからさまに見下した口ぶりとあらば……
 ったく、まっこと度し難い。
 何故にあやつは、ああも人の気を逆立たせるのやら。







301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 19:50:43.33 ID:eRuspO3go


薬売り「確かに、会ったばかりのあっしに、貴方の全てを理解できる道理はありませぬ」

薬売り「ただし……それが、”貴方をよく知る者”だったら、どうでしょう」


レイセン「は”…………?」


薬売り「過去から現在に駆けて、貴方の存在をよく知る者が……」

薬売り「”貴方はこう言う存在ですよ”と、あっしにこっそり教えていたとすれば……」

薬売り「意味合いは、少し変わります……」


 「誰だそいつは――――」兎はまたも、擦り切れそうな声でそう吠えた。
 自分を知る者を名乗る者が、自身の事を勝手に第三者に語っていたとあらばなおさらである。



【定石】


 だが、少なくとも身共は、その怒りにはやや賛同しかねるな。
 だって、そうではないか。よく考えてもみよ。
 別に、「悪口を言っていた」とは限らぬであろう?
 さもあれば、もしかすると……身共の事を陰ながら”讃えておる”かもしれぬではないか。



【大高目】



302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:30:53.90 ID:eRuspO3go


薬売り「貴方が恐れ敬う師・永琳……つい先刻、モノノ怪に憑りつかれ、どこぞの果てに消え失せた」

薬売り「しかしその顏はどうでしょう……苦痛に歪んでおりましたか? 恐怖に怯えておりましたか?」

薬売り「あっしにはとてもそのようには……まるで、”自ら望んで消えた”ようにすら見えました」



レイセン「望ん”デ……消え”ダ……?」



薬売り「永琳も、最初から知っていたんですよ――――貴方の事を、”もう一人の貴方を含めて”ね」



レイセン「あだジを”……知っでダだど……!?」



【相似】



薬売り「ともすれば、”未曾有の危機は絶交の機会である”とでも思っていたのかもしれません」

薬売り「まるで……この機に乗じて逃げ出そうとしている、貴方のように」



 確かに、あの時の永琳は、恐れる表情など微塵も見せておらなかったな。
 御身に無数の目が蔓延る最中にて。
 異形同然になり果てど、さりとてその姿勢は、最後まで「威風堂々」を貫いたままであった。
 「永琳程の賢人になると、恐れを跳ね除ける強靭な胆力が備わっておる」とも考えられるがの。
 が、あの場合は……”そもそも恐れる必要がなかった”と考えた方が、幾ばくか自然であろうて。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:31:46.61 ID:eRuspO3go



薬売り「そんな、貴方を深く知る永琳が、消える間際にあっしへ五つの示唆を託しました」

薬売り「それは、貴方を深く知る永琳をも深く知る、永遠亭の真の主からの教授でした」



薬売り「――――”姫君が残せし五枚の符”。そこに貴方の、答えがある」



レイセン「ズベル…………ガード…………?」



 そうそう永琳と言えば、これを忘れてはならなかったな。
 永琳が薬売りに託せし「符」は、別に姫君だけのものではなく、この幻想郷では広く知れ渡った常識なのじゃ。
 幻想郷に住まう者なら誰しもが持っておる物。故にその使い方も多種多様。


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 とは言いつつも、此度の符は、この幻想郷に置いてもやや特殊だったようで……
 流石の身共も、少してこずらされたわい。
 



【難題】龍の頸の玉-五色の弾丸-
【神宝】ブディストダイアモンド
【難題】火鼠の皮衣-焦れぬ心-
【神宝】ライフスプリングインフィニティ
【難題】蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-




――――この符が示す、”答えの解き方”にはな。



304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 20:51:16.58 ID:eRuspO3go


薬売り「この符は……竹取物語における五つの難題を模した物」

薬売り「して五つの難題とは、かぐや姫が求婚を断る為に用いた方便」

薬売り「故に”難題”。これらの品々は、どこを探そうと、どこにもありはしない」


 そう、かぐや姫が課した難題は、最初からこの世に存在せぬ物。
 存在せぬが故に提示できるはずもなく、よって大手を振って求婚を断れると言う、なんともまぁ〜意地の悪い難題じゃ。
 さりとて「はいそうですか」と引き下がれぬのが貴公子の辛い所。
 果たせぬとわかりつつ、あの手この手で何とか難題に答えんと奮闘していた小話は、まぁ皆も知る所じゃろう。
 

薬売り「しかしどうでしょう……果たせぬが故の【難題】。にも拘らずその頭文字には、確かに【神宝】の文字があるではありませんか」

薬売り「あるはずがないのに、あたかもそこにあるように置かれる【神宝】の頭文字」

薬売り「これは一体……何を意味するのでしょう」


 【難題】が果たせぬ「幻」を意味するならば、【神宝】は存在そのものを指す「現」。
 言い換えれば「在る・無し」と置き換える事が出来よう。
 姫君の符は、その名の通り「五つの難題」を模した者である。
 その中に「在る」を意味する頭文字が混ざる、その所以は――――


薬売り「言い換えるならば、【難題】と【神宝】の頭文字こそが、姫が示した”答え”」

薬売り「ほら、よくご覧なさい……三つの【難題】と二つの【神宝】」

薬売り「この中に、確かに……”貴方を指す”言葉が、あるじゃありませんか」


 ふふ……ッと失礼。いやはや、関心しておったのだよ。
 「嫁ぎたくない」ただそれだけの為に咄嗟に出た方便にしては、よくできた御題目じゃと思うての。
 かの書を読んだ際は「なんだこの性悪女は」とタカをくくっていたが、しかし改めて見てみれば、こう……
 確かにこの難題ならば、相手の身分に関係なく、まんまと求婚を断り抜けようものぞ。



薬売り「目を背けてはなりません。貴方を知る者が、貴方を一体どう思っているのか」


薬売り「それこそが貴方の望みを果たす唯一の術……隔てし境を打ち破る、唯一の答え」



 この姫君、やるのぅ。どうして中々、存外に賢しき姫君じゃ。 
 これほどに頭の回る姫ならば、うむ。なるほどの。
 咄嗟の間際であろうとも、このような示唆も十分できようものぞ。




薬売り「その全てが……ここにある……!」




 確かにこの符には、しかと記されておるわ――――”兎はモノノ怪ではない”とな。



305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:11:08.53 ID:eRuspO3go


薬売り「今一度思い出すのです。かつて貴方が、何を欲していたのか」

薬売り「欲した物を手に入れるために何を交わしたか。奈落の底に堕ちてまで手に入れたかった物は何か」


レイセン(――――???)


薬売り「してそれは――――誰に与えられた物だったのか」


レイセン「ぞ…………レバ…………」





【鈴仙】





(随分……待たせてしまいました)

(あの約束を交わしたあの時から……何がふさわしいか、ずっと悩んでいたのです)

(ずっとずっと、長い時間をかけて……考えてたのです……)

(……姫様と、二人でね)




レイセン「アダジガ…………欲ジガッダ物…………」




(こうして渡せる日が訪れた事を……心から感謝します)

(さあ、受け取りなさい……今日から貴方は――――)




薬売り「その言葉は、永遠を生む枝から咲く、一輪の花から取った言葉だった……」



【憶】



うどんげ「――――その意味を知ったのは、此処へ来てしばらく後だった」




レイセン(じゃあ…………)


レイセン(うどんげって…………!)




【覚】

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:23:54.77 ID:eRuspO3go


薬売り「ずっと……気になっておりました……」

薬売り「存在せぬはずの五つの難題の中で……何故姫君は、蓬莱の玉の枝のみ”本物を所持している”と、言い張っているのか」



【蓬莱の玉の枝】



うどんげ「あたしがこいつに……教えたのよ……」


レイセン(じゃあ…………)



 先ほど述べた通り、蓬莱の玉の枝とは、不老不死の薬の元になる原料である。
 多少の差異はあれど、不老不死に纏わる大抵の物語に出てくる故な。
 五つの難題の中では、最も名の知れた品なのではないだろうか。

 さもあれば、不老不死と言う広く知られた表の顏もさることながら……
 実はこの蓬莱の玉の枝。もう一つ”裏の顏”がある事は、ご存じかな?



レイセン(”本物の蓬莱の玉の枝”って…………!)



 それは――――枝に咲く花の逸話じゃ。
 蓬莱の玉の枝には、もう一つの伝説があっての。
 それもズバリ”三千年に一度だけ花を咲かす”と言う伝説じゃ。



【咲】



 三千年に一度……おそらく大多数の者共が一生お目にかかる事はないであろう、大変に珍しい花よ。
 そんな、あまりに度を超えた希少さが故に、じゃ。
 一度咲けば――――”三千年分の吉祥を振りまく”と言う、これまた大層な逸話もあるのだ。



薬売り「あくまで、推測にすぎません……が」



 そんな二つの顏を持つ蓬莱の玉の枝。
 その枝に咲く花は、誰がつけたかこう名付けられた――――
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:25:27.12 ID:eRuspO3go







【開花】






薬売り「――――”貴方の事”だったんじゃないですか」


薬売り「姫君だけが所持する……”本物の蓬莱の玉の枝”とは」




【――優曇華ノ花――】



 ……もう、お分かり頂けただろう。
 優曇華の花を咲かす蓬莱の玉の枝に、無しを意味する【難題】が頭についておる。
 よってこれらを結び合わせれば、浮かび上がる意は「蓬莱の玉の枝は無し」となる。
 つまり、言い換えれば――――「モノノ怪は優曇華ではない」と読める。と、言う事じゃな。


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308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 21:29:02.74 ID:eRuspO3go
メシ
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 21:38:40.56 ID:3yWtMGbTO
一旦乙
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 22:12:16.33 ID:9VrC1l3u0
スペカが難度取り混ぜだったのはこういう仕掛けか、見事
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 22:55:04.32 ID:eRuspO3go


レイセン(ウソ……)


 いやぁ、にしても……何と言おうか……
 竹取物語などさして興味はなかったが……なんだか、段々と身共も興が湧いて来たわ。



レイセン(じゃあ……あたしは……あたしには……!)



 月よりいずるかぐや姫……か。
 まだこの地上におるならば、是非一度お会いしたいものよ。



薬売り「恐れる必要はなかった……いや、恐れなど、最初からありはしなかった」

うどんげ「ありもしない恐れに怯え、ありもしない幻に、勝手に狂気に満ちた鬼を想像していた……」



……阿呆! 求婚を申し込みに行くわけではないわ!
 身共はただ、測りたいのだよ。 
 この聡明精錬にして明晰な頭脳を存分に発揮できる、知恵比べ相手としてな。
 


【至】



薬売り「あるのただ、単純な一つの事実のみだった」

うどんげ「あたしがお師匠様から最初に教わった、教え……それが全てだった」



レイセン(あたしが…………あたしも…………)





【答】





薬売り・うどんげ「――――(私・貴方)は”愛されていた”」




 ブワリ――――その瞬間、薬売りが貸し与えた札が、辺り一面に飛び散った。
 ひらひらと周囲に舞い散り、瞬く間に闇夜に消えゆく札。
 それはまるで、春の終わりを告げる桜の花びらのようであった。


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 しかしそこに、風はなかった。
 風無き空に札だけが舞う……そうじゃ。
 兎の中の”恐れ”だけが、形を失ったのだ。




【解】     【恐】     【之】

    【放】     【怖】     【殻】



  
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:06:57.67 ID:eRuspO3go



レイセン(嗚呼…………)



【塵】



レイセン(消えていく……あたしが……あたしの存在そのものが……)



【理知】



薬売り「貴方を知る者は……何も、貴方自身だけとは限りません」

薬売り「貴方と同じ過去を過ごした他人もまた……貴方を知る者の一人であるのです」



【反転】



レイセン(じゃあ……あたしも……他人なの……?)


薬売り「あなたは一体誰なのか――――そんな事は、最初から分かり切った事だったのですよ」



 してそれらの舞い散る札を、薬売りは気にも留めぬままに、懐からまた私物を一つ取り出した。
 それは、モノノ怪を斬る退魔の剣にあらず。
 掌に収まる程度の、おなごが身なりを整える際に使われる物――――
 一枚の、手鏡である。


313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:30:46.23 ID:eRuspO3go



薬売り「ほら、ここには……”最初から一羽の兎しかいない”」



【反射】



レイセン(ほんとだ……)


レイセン(おんなじ…………だ…………)



 鏡越しに見る闇夜には、しかと映っておった。
 舞い散る札の一枚一枚の、その中心に――――
 優曇華と名付けられし、一羽の兎が。



レイセン(最初から……おんなじだったんだ……)



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――――故に願いも、また同じとなりし。




【同】



【願】



【――――安ラギヨ永遠ニ】


       
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314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:31:18.25 ID:eRuspO3go
本日は此処迄
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 01:24:31.91 ID:3hpyWw77O
乙!
お見事です…!
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 20:41:41.09 ID:qusnPhudo
いよいよクライマックスかな
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:04:34.16 ID:3uu0rWtyo


ドーン


【散】



ゴーン



【札】



ボーン



【紛・闇夜之中】



――――静寂が、辺りを包んだ。
 丑三つ時に相応しき、闇夜にあるべき静けさである。
 その静けさは、意図的に作られた静けさであった。
 薬売りと兎。
 この両名が黙す事によって、出(いず)る事を許された、いとも儚き静寂なのだ。
 


薬売り「…………行くのですか」


うどんげ「…………ええ」



 儚きが故、打ち破るのもまた容易な事で――――
 薬売りが、ポツリと訪ねた。
 してその返答は、すぐに返ってきた。
 そしてその返答を気に、飛び交う音のやり取り。
 結果、あっという間に静寂は消え申した。
 しかし返事の主の姿は、もはや背中でしか見えなくなっていたのである。 


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薬売り「そんなに息を押し殺して……一体何処へ行こうと言うのです」

うどんげ「行くんじゃない。生むの」

うどんげ「永遠亭が永遠足りえる……いつまでも変わらない静寂を」


 玉兎の決意は、この一言に集約されておった。
 こうまで言われては、もはや誰にも止める事はできぬ。
 まぁ、なんだ……結局また、振り出しに戻ったわけだ。
 紆余曲折を経て導き出された答えは、最初の通り、亭から逃げ出す事のままだったのだ。



【元ノ鞘】

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:17:29.28 ID:3uu0rWtyo


【満】


うどんげ「止めないの?」

薬売り「止める必要がない……貴方がモノノ怪ではないのなら、どこで何をしようが貴方の勝手」

うどんげ「冷たい奴。こういう時は、社交辞令でも止めるフリくらいはするものよ」

薬売り「それに……自信がないのですよ」

うどんげ「自信?」

薬売り「あっしにはどうも……兎の脚に追いつける自信がありませぬ」


 それは何も心のあり様の話ではない。実際問題無理なのだ。
 一度逃げ始めた兎を捕らえる事は、本当に至極困難である。
 と言うのも――――単純に”速い”のだよ。


うどんげ「頼りない奴……ほんとに大丈夫なの?」

うどんげ「あんた……言ったわよね? ”モノノ怪は必ず斬る”って」


 知っておるか? 兎は時として、馬よりも速く駆けるのだ。
 さもあれば、人の脚程度では到底追いつけぬ速さである。
 「脱兎の如く」の語源は、まさにそこにあるのだ。

 そんな兎の脚を止めるには、何か別の手段が必要となろう。
 そうじゃな……まぁ、強いて言うならば、だ。
 「罠を仕掛ける」事。それが一つの、定石であろう。


薬売り「ええ……斬りますよ、モノノ怪はね」

うどんげ「だったら……モノノ怪を斬り終えた暁には……」


 玉兎は、言伝を頼んだ。
 それはモノノ怪が去りしこの地にて、残されし者への”声明”であった。

 玉兎はその身に宿せし思いを、こう言い表した。
 「永遠は終はらず」――――。
 自分が逃げ続ける限り、亭の永遠は潰える事はないと言う意である。


薬売り「確かに……承りました」

うどんげ「……はぁ、あたしもヤキが回ったわ」

うどんげ「あんたみたいなうさんくさい奴にしか、こんな大事な頼み事をできないなんて」


 モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事なら、亭を守るのが玉兎の仕事。
 一見なんら関係のない責務であるが、両者の利害が一致しているとあらば、手を組まぬ道理はない。

 しかし玉兎からすれば……まぁ、やはり不安であろうよの。
 手を組む相手が、どうにも”うさんくさすぎる”。



【夜八つ】

319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:32:22.30 ID:3uu0rWtyo


薬売り「僭越ながら、あっしからも、お節介を一つ……」

うどんげ「あによ」

薬売り「貴方の中に在りし、もう一人の貴方の事です」


 亭を守るのが玉兎の仕事なら、モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事。
 玉兎が不安を感じると同時に、薬売りもまた、一抹の不安を抱えておったのだ。
 
 よって薬売りは、身の丈もわきまえず、釘を刺した。
 姉弟子に対し末弟子の分際で、指図紛いの忠告を、最後の最後に言い放ったのである。


薬売り「モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)――――」

薬売り「人の情念や怨念がアヤカシに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」


うどんげ「……」


薬売り「貴方の中のもう一人の貴方……モノノ怪でこそなかったものの、その情念は十分モノノ怪を成すに足り得る」

薬売り「よって万が一、優曇華の幕が下り、レイセンなる一匹のモノノ怪の幕が開けた、その暁には……」

薬売り「斬りに来ますよ――――”約束通り”ね」 


 にしても、言い方が……
 要するに「お前がモノノ怪になったら、追い掛け回してぶった斬る」と言う事だろう。
 別れの言葉とは思えん。これではまるで脅迫ではないか……
 彼奴の態度もまた、永遠なのかのぅ。



うどんげ「……”そうなったら”ね」



 陰ながら切に願っておるぞ……二度と再開せぬ事を。


320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:48:37.92 ID:3uu0rWtyo



うどんげ「んじゃ――――」



薬売り「お達者で――――」




【疾風】


【消失】




薬売り「…………」



――――別れは、存外に淡泊な終わり方であった。
 大層な餞もなく、淡々と。まるで一時の別れであるかのようである。
 しかしながら、双方共に、再び会いまみえるなど思っていない。




【土煙】




薬売り「…………ふぅ」




【脱兎の如く】




 「脱」――――兎が蹴った駆け足だけが、最後の音であった。




【来たる】


【――――暁七つ】




321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:04:21.85 ID:3uu0rWtyo


薬売り「いやぁ…………」


薬売り「にしても…………」


薬売り「なんと言いましょうか…………」


薬売り「存外に…………”良い話だった”と言いますか…………」



 兎は、本当に瞬きをする間もなく、闇夜に消えた。
 その地には、兎が掘った穴と、兎が蹴った痕しか見えなかったと言う。

 そして一人残されし薬売りは……月を見上げながら、ポツリ言葉を呟いた。
 傍から見ればまるで、月に語り掛ける、面妖なうさんくさい男が一人である。
 しかしそれは――――確かに”会話”であったのだ。



薬売り「”守る為に逃げる”ですか……確かに、少々わかりづらいでしょうな」

薬売り「ですがその理は、確かに繋がっていた……兎の、嘘偽りなき真と」



 薬売りは語った。
 玉兎の秘めし思い。決意。そしてそこから伴う行動が、やや”分かりにくかった”事を。
 しかし幸運にも、兎が話し上手であった為か。
 その理は、最後には”理解足り得る物”であった事も。



薬売り「臆病な兎だから……いや、臆病な兎だからこそ、辿り着く事のできた兎の理」

薬売り「だったのかも知れません……ねぇ?」



 理解足り得るが故に、結ぶことができたのだ。
 兎なき後の永遠亭の、あってはならぬ”怪”を排除する役目。
 「モノノ怪を斬り払え」――――薬売りにしか託せぬ、兎の命である。



薬売り「そう、思いませんか…………」



 だからこそ、だろうなぁ……
 如何に見聞に長けた兎とて、よもや、露も思わなんだろう。

 




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 その薬売りが、まさか――――先に”モノノ怪と手を結んでいようとは”。



322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:06:50.29 ID:3uu0rWtyo
メシ
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:27:56.64 ID:yA5aoPY9o



(ハァ――――……ハァ――――……)



【同刻】



(ハァ――――ハァ――――)




【兎側】




「ハァ――――ハァ――――ッ!」



【止】



うどんげ「あ”〜……」




【竹林の境にて】




うどんげ「喉……渇いたぁ……」




――――ウサギは、あっという間にゴールまで到着しました。
 馬より速いと評判のウサギの瞬足を持ってすれば、どこであろうと、辿り着くのはいとも容易い事だったのです。


 ですが最終的にその脚は、カメより遅い鈍足となってしまいます。
 瞬足にかまけ、あろうことか、ゴールの手前で居眠りをしてしまうからです。



うどんげ「またあんたなの……」


324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:40:11.89 ID:yA5aoPY9o


 ウサギがのんきに熟睡している間に、カメはウサギを抜かし、結果カメはウサギより早くゴールに辿り着きました。
 そうです。これは所謂「ウサギとカメ」。
 このまさかの結果に終わった事で有名な、ウサギとカメのかけっこですが……
 実はこの話には、続きがあったのはご存じでしょうか。


うどんげ「…………」


 負けたウサギはその後どうなったのか。
 勝ったカメは何を得たのか。
 勝者と敗者。栄光と挫折。
 この相反する二匹が辿る、数奇な運命とは一体――――


うどんげ「…………」



――――知りません。
 むしろこっちが聞きたいくらいです。
 話し手はまだ、続きを読んでいないですから。 



うどんげ「ってオイ」


325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:51:18.16 ID:yA5aoPY9o


 だって……しょうがないじゃない。
 読もう読もうって言ってたくせに、今やすっかり忘れちゃってるんだから。


うどんげ「っさいな〜、あんときゃ勉強で忙しかったのよ」


 だったら、最初の行先は人里で決定ね。
 頼めば一冊くらい、貸してくれるかもよ?


うどんげ「バカね、なんでわざわざこんな夜更けに童話を読みに行かないといけないのよ」

うどんげ「あたしらと違って、人は夜眠る生き物なのよ。人里に向かうなら、その辺考えないと――――」



(ぐぅ〜)



うどんげ「……」



――――とか言いつつも、やっぱり最初の行先は人里でした。



うどんげ「……食料よ! 食料の調達に行くのよ!」

うどんげ「ほら、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない!? ていうか、そもそもまだなんも食べてなかったし!?」


 はいはい、そういう事にしてあげる……
 別に、どうとでも言えばいいんです。
 どんな屁理屈を述べたって、結局は意味がないんだから。
 いくら言い訳を並べたって、結局は筒抜けなんだから。



うどんげ「ほら、行くわよ…………”一緒に”ね!」



 だって、あたし達はずっと一緒なんだから。


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:04:51.85 ID:yA5aoPY9o


うどんげ「……でも」


 でも?


うどんげ「許されるなら、まだ……」

うどんげ「あんたさえよければ、もうちょっと、あと少しだけ……」



 あ〜……


 ……どうぞ、ご自由に。



うどんげ「…………」



 優曇華は、体を前にしたまま、首だけでくるりと振り返りました。
 そしてしばしの間、夜のくらぁい竹林を、じ〜っと見つめ続けていました。


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 じぃ〜……ちょっとだけと言う割には、結構な間です。
 やっぱりこいつは、嘘つきだと思いました。



うどんげ(さよなら……あたしの永遠亭……)



 でも、「別にいいんじゃない?」って感じです。
 もう互いに、目を逸らし合う必要はないんですから。
 誰にも言う必要はないんです。
 その時の優曇華が何を考えていたのかは、あたしだけが知ってれば、それでいいんです。



うどんげ(さよなら……あたしの故郷だった場所)



327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:21:27.84 ID:yA5aoPY9o


 思い出を過去に。未来を眼に。
 これから兎は、ご自慢の逃げ脚で、どこまでも走り続けます。
 


うどんげ(さよなら…………永遠と思ってた今)



 時に疲れてしまう事もあるでしょう。
 時には脚を止め、休息に浸る事もあるでしょう。 
 それらと同じく、もしいつか、今のように振り返りたくなる時が訪れたなら……
 いつだって、目を合わせてあげるつもりです。



うどんげ(さよ…………なら…………)



 だって、あたしはあなた。あなたはあたし。
 鈴仙と優曇華は、どっちも同じ、兎なのだから――――。




うどんげ(――――)




――――そして今から、始まるのです。







ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1257894.png








 新しい二人のk






――――





――











【鈴仙・優曇華院・イナバ】×


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:42:56.11 ID:yA5aoPY9o



薬売り「…………」



 薬売りは兎が去りし後、立ち上がる事すらせぬままに、じぃ〜っとその場に座し続けておった。
 喋らず、動かず、瞼すら開かず。
 兎去りし夜の竹林にて、ただ、静かなるままに……


 ……何? この時薬売りが何を考えていたかだと? 
 知るか。どうせ眠くなったから目を閉じたとかそんな所だろう。
 というか、わかるわけがなかろう……身共とこやつは、赤の他人なのだから。



薬売り「……逝ったか」



 ああでも、一つだけわかるぞ。
 ……いやだから、薬売りの事ではないと申すに。
 そっちじゃなくて、身共が言いたいのは、ここの”面子”の事よ。



薬売り「ではこちらも……そろそろ、参りましょうか」



 ひーふーみー……ほれ、おぬしらもやってみよ。

 よいか、最初に面子は「六」人おったのじゃ。
 そして後に「三」人がいなくなり、「一」人は無関係とわかり、たった今「一」羽が逃げ出した。
 ならば残りし数は何とならん。

 如何に平民風情とて、このくらいはできるであろう?


329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:47:37.99 ID:yA5aoPY9o




【八意永琳】×

【鈴仙・優曇華院・イナバ】×

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×





 ま、と言うわけで、残りし数は後一人……いや、一羽じゃな。





【残】因幡てゐ



 

 果たしてこの最後の因幡兎は、一体どんな因果を抱えておるのやら。
 してその因果は、一体どのような形でモノノ怪と結びついておるのやら。
 目玉を形作るモノノ怪は一体何を見据え、薬売りはその視線に、一体いかような理を見出したのやら。
 


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 全てが明らかとなる時は近い。
 ではでは皆の衆。
 直に訪れる終幕を、努々見逃すことなかれ――――。
 



【突入】



【寅の刻】




薬売り「残る因果は――――”後一つ”!」





                         【後編へつづく】



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