永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 21:38:40.56 ID:3yWtMGbTO
一旦乙
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/21(日) 22:12:16.33 ID:9VrC1l3u0
スペカが難度取り混ぜだったのはこういう仕掛けか、見事
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 22:55:04.32 ID:eRuspO3go


レイセン(ウソ……)


 いやぁ、にしても……何と言おうか……
 竹取物語などさして興味はなかったが……なんだか、段々と身共も興が湧いて来たわ。



レイセン(じゃあ……あたしは……あたしには……!)



 月よりいずるかぐや姫……か。
 まだこの地上におるならば、是非一度お会いしたいものよ。



薬売り「恐れる必要はなかった……いや、恐れなど、最初からありはしなかった」

うどんげ「ありもしない恐れに怯え、ありもしない幻に、勝手に狂気に満ちた鬼を想像していた……」



……阿呆! 求婚を申し込みに行くわけではないわ!
 身共はただ、測りたいのだよ。 
 この聡明精錬にして明晰な頭脳を存分に発揮できる、知恵比べ相手としてな。
 


【至】



薬売り「あるのただ、単純な一つの事実のみだった」

うどんげ「あたしがお師匠様から最初に教わった、教え……それが全てだった」



レイセン(あたしが…………あたしも…………)





【答】





薬売り・うどんげ「――――(私・貴方)は”愛されていた”」




 ブワリ――――その瞬間、薬売りが貸し与えた札が、辺り一面に飛び散った。
 ひらひらと周囲に舞い散り、瞬く間に闇夜に消えゆく札。
 それはまるで、春の終わりを告げる桜の花びらのようであった。


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 しかしそこに、風はなかった。
 風無き空に札だけが舞う……そうじゃ。
 兎の中の”恐れ”だけが、形を失ったのだ。




【解】     【恐】     【之】

    【放】     【怖】     【殻】



  
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:06:57.67 ID:eRuspO3go



レイセン(嗚呼…………)



【塵】



レイセン(消えていく……あたしが……あたしの存在そのものが……)



【理知】



薬売り「貴方を知る者は……何も、貴方自身だけとは限りません」

薬売り「貴方と同じ過去を過ごした他人もまた……貴方を知る者の一人であるのです」



【反転】



レイセン(じゃあ……あたしも……他人なの……?)


薬売り「あなたは一体誰なのか――――そんな事は、最初から分かり切った事だったのですよ」



 してそれらの舞い散る札を、薬売りは気にも留めぬままに、懐からまた私物を一つ取り出した。
 それは、モノノ怪を斬る退魔の剣にあらず。
 掌に収まる程度の、おなごが身なりを整える際に使われる物――――
 一枚の、手鏡である。


313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:30:46.23 ID:eRuspO3go



薬売り「ほら、ここには……”最初から一羽の兎しかいない”」



【反射】



レイセン(ほんとだ……)


レイセン(おんなじ…………だ…………)



 鏡越しに見る闇夜には、しかと映っておった。
 舞い散る札の一枚一枚の、その中心に――――
 優曇華と名付けられし、一羽の兎が。



レイセン(最初から……おんなじだったんだ……)



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――――故に願いも、また同じとなりし。




【同】



【願】



【――――安ラギヨ永遠ニ】


       
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314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/21(日) 23:31:18.25 ID:eRuspO3go
本日は此処迄
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 01:24:31.91 ID:3hpyWw77O
乙!
お見事です…!
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/22(月) 20:41:41.09 ID:qusnPhudo
いよいよクライマックスかな
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:04:34.16 ID:3uu0rWtyo


ドーン


【散】



ゴーン



【札】



ボーン



【紛・闇夜之中】



――――静寂が、辺りを包んだ。
 丑三つ時に相応しき、闇夜にあるべき静けさである。
 その静けさは、意図的に作られた静けさであった。
 薬売りと兎。
 この両名が黙す事によって、出(いず)る事を許された、いとも儚き静寂なのだ。
 


薬売り「…………行くのですか」


うどんげ「…………ええ」



 儚きが故、打ち破るのもまた容易な事で――――
 薬売りが、ポツリと訪ねた。
 してその返答は、すぐに返ってきた。
 そしてその返答を気に、飛び交う音のやり取り。
 結果、あっという間に静寂は消え申した。
 しかし返事の主の姿は、もはや背中でしか見えなくなっていたのである。 


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薬売り「そんなに息を押し殺して……一体何処へ行こうと言うのです」

うどんげ「行くんじゃない。生むの」

うどんげ「永遠亭が永遠足りえる……いつまでも変わらない静寂を」


 玉兎の決意は、この一言に集約されておった。
 こうまで言われては、もはや誰にも止める事はできぬ。
 まぁ、なんだ……結局また、振り出しに戻ったわけだ。
 紆余曲折を経て導き出された答えは、最初の通り、亭から逃げ出す事のままだったのだ。



【元ノ鞘】

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:17:29.28 ID:3uu0rWtyo


【満】


うどんげ「止めないの?」

薬売り「止める必要がない……貴方がモノノ怪ではないのなら、どこで何をしようが貴方の勝手」

うどんげ「冷たい奴。こういう時は、社交辞令でも止めるフリくらいはするものよ」

薬売り「それに……自信がないのですよ」

うどんげ「自信?」

薬売り「あっしにはどうも……兎の脚に追いつける自信がありませぬ」


 それは何も心のあり様の話ではない。実際問題無理なのだ。
 一度逃げ始めた兎を捕らえる事は、本当に至極困難である。
 と言うのも――――単純に”速い”のだよ。


うどんげ「頼りない奴……ほんとに大丈夫なの?」

うどんげ「あんた……言ったわよね? ”モノノ怪は必ず斬る”って」


 知っておるか? 兎は時として、馬よりも速く駆けるのだ。
 さもあれば、人の脚程度では到底追いつけぬ速さである。
 「脱兎の如く」の語源は、まさにそこにあるのだ。

 そんな兎の脚を止めるには、何か別の手段が必要となろう。
 そうじゃな……まぁ、強いて言うならば、だ。
 「罠を仕掛ける」事。それが一つの、定石であろう。


薬売り「ええ……斬りますよ、モノノ怪はね」

うどんげ「だったら……モノノ怪を斬り終えた暁には……」


 玉兎は、言伝を頼んだ。
 それはモノノ怪が去りしこの地にて、残されし者への”声明”であった。

 玉兎はその身に宿せし思いを、こう言い表した。
 「永遠は終はらず」――――。
 自分が逃げ続ける限り、亭の永遠は潰える事はないと言う意である。


薬売り「確かに……承りました」

うどんげ「……はぁ、あたしもヤキが回ったわ」

うどんげ「あんたみたいなうさんくさい奴にしか、こんな大事な頼み事をできないなんて」


 モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事なら、亭を守るのが玉兎の仕事。
 一見なんら関係のない責務であるが、両者の利害が一致しているとあらば、手を組まぬ道理はない。

 しかし玉兎からすれば……まぁ、やはり不安であろうよの。
 手を組む相手が、どうにも”うさんくさすぎる”。



【夜八つ】

319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:32:22.30 ID:3uu0rWtyo


薬売り「僭越ながら、あっしからも、お節介を一つ……」

うどんげ「あによ」

薬売り「貴方の中に在りし、もう一人の貴方の事です」


 亭を守るのが玉兎の仕事なら、モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事。
 玉兎が不安を感じると同時に、薬売りもまた、一抹の不安を抱えておったのだ。
 
 よって薬売りは、身の丈もわきまえず、釘を刺した。
 姉弟子に対し末弟子の分際で、指図紛いの忠告を、最後の最後に言い放ったのである。


薬売り「モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)――――」

薬売り「人の情念や怨念がアヤカシに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」


うどんげ「……」


薬売り「貴方の中のもう一人の貴方……モノノ怪でこそなかったものの、その情念は十分モノノ怪を成すに足り得る」

薬売り「よって万が一、優曇華の幕が下り、レイセンなる一匹のモノノ怪の幕が開けた、その暁には……」

薬売り「斬りに来ますよ――――”約束通り”ね」 


 にしても、言い方が……
 要するに「お前がモノノ怪になったら、追い掛け回してぶった斬る」と言う事だろう。
 別れの言葉とは思えん。これではまるで脅迫ではないか……
 彼奴の態度もまた、永遠なのかのぅ。



うどんげ「……”そうなったら”ね」



 陰ながら切に願っておるぞ……二度と再開せぬ事を。


320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 22:48:37.92 ID:3uu0rWtyo



うどんげ「んじゃ――――」



薬売り「お達者で――――」




【疾風】


【消失】




薬売り「…………」



――――別れは、存外に淡泊な終わり方であった。
 大層な餞もなく、淡々と。まるで一時の別れであるかのようである。
 しかしながら、双方共に、再び会いまみえるなど思っていない。




【土煙】




薬売り「…………ふぅ」




【脱兎の如く】




 「脱」――――兎が蹴った駆け足だけが、最後の音であった。




【来たる】


【――――暁七つ】




321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:04:21.85 ID:3uu0rWtyo


薬売り「いやぁ…………」


薬売り「にしても…………」


薬売り「なんと言いましょうか…………」


薬売り「存外に…………”良い話だった”と言いますか…………」



 兎は、本当に瞬きをする間もなく、闇夜に消えた。
 その地には、兎が掘った穴と、兎が蹴った痕しか見えなかったと言う。

 そして一人残されし薬売りは……月を見上げながら、ポツリ言葉を呟いた。
 傍から見ればまるで、月に語り掛ける、面妖なうさんくさい男が一人である。
 しかしそれは――――確かに”会話”であったのだ。



薬売り「”守る為に逃げる”ですか……確かに、少々わかりづらいでしょうな」

薬売り「ですがその理は、確かに繋がっていた……兎の、嘘偽りなき真と」



 薬売りは語った。
 玉兎の秘めし思い。決意。そしてそこから伴う行動が、やや”分かりにくかった”事を。
 しかし幸運にも、兎が話し上手であった為か。
 その理は、最後には”理解足り得る物”であった事も。



薬売り「臆病な兎だから……いや、臆病な兎だからこそ、辿り着く事のできた兎の理」

薬売り「だったのかも知れません……ねぇ?」



 理解足り得るが故に、結ぶことができたのだ。
 兎なき後の永遠亭の、あってはならぬ”怪”を排除する役目。
 「モノノ怪を斬り払え」――――薬売りにしか託せぬ、兎の命である。



薬売り「そう、思いませんか…………」



 だからこそ、だろうなぁ……
 如何に見聞に長けた兎とて、よもや、露も思わなんだろう。

 




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 その薬売りが、まさか――――先に”モノノ怪と手を結んでいようとは”。



322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/22(月) 23:06:50.29 ID:3uu0rWtyo
メシ
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:27:56.64 ID:yA5aoPY9o



(ハァ――――……ハァ――――……)



【同刻】



(ハァ――――ハァ――――)




【兎側】




「ハァ――――ハァ――――ッ!」



【止】



うどんげ「あ”〜……」




【竹林の境にて】




うどんげ「喉……渇いたぁ……」




――――ウサギは、あっという間にゴールまで到着しました。
 馬より速いと評判のウサギの瞬足を持ってすれば、どこであろうと、辿り着くのはいとも容易い事だったのです。


 ですが最終的にその脚は、カメより遅い鈍足となってしまいます。
 瞬足にかまけ、あろうことか、ゴールの手前で居眠りをしてしまうからです。



うどんげ「またあんたなの……」


324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:40:11.89 ID:yA5aoPY9o


 ウサギがのんきに熟睡している間に、カメはウサギを抜かし、結果カメはウサギより早くゴールに辿り着きました。
 そうです。これは所謂「ウサギとカメ」。
 このまさかの結果に終わった事で有名な、ウサギとカメのかけっこですが……
 実はこの話には、続きがあったのはご存じでしょうか。


うどんげ「…………」


 負けたウサギはその後どうなったのか。
 勝ったカメは何を得たのか。
 勝者と敗者。栄光と挫折。
 この相反する二匹が辿る、数奇な運命とは一体――――


うどんげ「…………」



――――知りません。
 むしろこっちが聞きたいくらいです。
 話し手はまだ、続きを読んでいないですから。 



うどんげ「ってオイ」


325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 00:51:18.16 ID:yA5aoPY9o


 だって……しょうがないじゃない。
 読もう読もうって言ってたくせに、今やすっかり忘れちゃってるんだから。


うどんげ「っさいな〜、あんときゃ勉強で忙しかったのよ」


 だったら、最初の行先は人里で決定ね。
 頼めば一冊くらい、貸してくれるかもよ?


うどんげ「バカね、なんでわざわざこんな夜更けに童話を読みに行かないといけないのよ」

うどんげ「あたしらと違って、人は夜眠る生き物なのよ。人里に向かうなら、その辺考えないと――――」



(ぐぅ〜)



うどんげ「……」



――――とか言いつつも、やっぱり最初の行先は人里でした。



うどんげ「……食料よ! 食料の調達に行くのよ!」

うどんげ「ほら、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない!? ていうか、そもそもまだなんも食べてなかったし!?」


 はいはい、そういう事にしてあげる……
 別に、どうとでも言えばいいんです。
 どんな屁理屈を述べたって、結局は意味がないんだから。
 いくら言い訳を並べたって、結局は筒抜けなんだから。



うどんげ「ほら、行くわよ…………”一緒に”ね!」



 だって、あたし達はずっと一緒なんだから。


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:04:51.85 ID:yA5aoPY9o


うどんげ「……でも」


 でも?


うどんげ「許されるなら、まだ……」

うどんげ「あんたさえよければ、もうちょっと、あと少しだけ……」



 あ〜……


 ……どうぞ、ご自由に。



うどんげ「…………」



 優曇華は、体を前にしたまま、首だけでくるりと振り返りました。
 そしてしばしの間、夜のくらぁい竹林を、じ〜っと見つめ続けていました。


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 じぃ〜……ちょっとだけと言う割には、結構な間です。
 やっぱりこいつは、嘘つきだと思いました。



うどんげ(さよなら……あたしの永遠亭……)



 でも、「別にいいんじゃない?」って感じです。
 もう互いに、目を逸らし合う必要はないんですから。
 誰にも言う必要はないんです。
 その時の優曇華が何を考えていたのかは、あたしだけが知ってれば、それでいいんです。



うどんげ(さよなら……あたしの故郷だった場所)



327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:21:27.84 ID:yA5aoPY9o


 思い出を過去に。未来を眼に。
 これから兎は、ご自慢の逃げ脚で、どこまでも走り続けます。
 


うどんげ(さよなら…………永遠と思ってた今)



 時に疲れてしまう事もあるでしょう。
 時には脚を止め、休息に浸る事もあるでしょう。 
 それらと同じく、もしいつか、今のように振り返りたくなる時が訪れたなら……
 いつだって、目を合わせてあげるつもりです。



うどんげ(さよ…………なら…………)



 だって、あたしはあなた。あなたはあたし。
 鈴仙と優曇華は、どっちも同じ、兎なのだから――――。




うどんげ(――――)




――――そして今から、始まるのです。







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 新しい二人のk






――――





――











【鈴仙・優曇華院・イナバ】×


328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:42:56.11 ID:yA5aoPY9o



薬売り「…………」



 薬売りは兎が去りし後、立ち上がる事すらせぬままに、じぃ〜っとその場に座し続けておった。
 喋らず、動かず、瞼すら開かず。
 兎去りし夜の竹林にて、ただ、静かなるままに……


 ……何? この時薬売りが何を考えていたかだと? 
 知るか。どうせ眠くなったから目を閉じたとかそんな所だろう。
 というか、わかるわけがなかろう……身共とこやつは、赤の他人なのだから。



薬売り「……逝ったか」



 ああでも、一つだけわかるぞ。
 ……いやだから、薬売りの事ではないと申すに。
 そっちじゃなくて、身共が言いたいのは、ここの”面子”の事よ。



薬売り「ではこちらも……そろそろ、参りましょうか」



 ひーふーみー……ほれ、おぬしらもやってみよ。

 よいか、最初に面子は「六」人おったのじゃ。
 そして後に「三」人がいなくなり、「一」人は無関係とわかり、たった今「一」羽が逃げ出した。
 ならば残りし数は何とならん。

 如何に平民風情とて、このくらいはできるであろう?


329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:47:37.99 ID:yA5aoPY9o




【八意永琳】×

【鈴仙・優曇華院・イナバ】×

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×





 ま、と言うわけで、残りし数は後一人……いや、一羽じゃな。





【残】因幡てゐ



 

 果たしてこの最後の因幡兎は、一体どんな因果を抱えておるのやら。
 してその因果は、一体どのような形でモノノ怪と結びついておるのやら。
 目玉を形作るモノノ怪は一体何を見据え、薬売りはその視線に、一体いかような理を見出したのやら。
 


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 全てが明らかとなる時は近い。
 ではでは皆の衆。
 直に訪れる終幕を、努々見逃すことなかれ――――。
 



【突入】



【寅の刻】




薬売り「残る因果は――――”後一つ”!」





                         【後編へつづく】



330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/23(火) 01:48:30.04 ID:yA5aoPY9o


【御知らせ】

またしても書き溜めが尽きました
なのでしばらく休みます
感覚は前と同じくらいだと思います
例によって、再開の目途が立てば報告しにきます
一応次の再開で完結する予定です

ではではそういうわけで、しばし御免
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 01:55:32.73 ID:NIA92u12O
乙でございまする!
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 09:13:35.82 ID:sHFix48co
乙!

こんだけ意味ありげな回だったのにうどんげ犯人ではなかったというw
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/23(火) 12:45:14.09 ID:zyPN71K0O
紫以外で目に関係するキャラってうどんげしかいないと思ってたが、違うのか
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/24(水) 23:04:55.19 ID:Du2MhX33o
スペカのヒントおかしくね?
読み方はわかったけどこれだと犯人二人いる事になるじゃん
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/24(水) 23:17:40.56 ID:DbQfPPCyo
んんんマジかぁ!
楽しみに待ってるよ!
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/26(金) 08:17:10.80 ID:c84eJ9WMO
>>334
共犯がいるって事だろ
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/17(土) 12:24:35.12 ID:Ippp5Mj90
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/25(日) 00:01:34.31 ID:Pe//o5w/o
【御知らせ】
すんませんもうちょいかかりそうです
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/25(日) 00:04:02.76 ID:BHH5fiKJo
了解
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/27(火) 10:43:02.54 ID:jUhe9nJZO
待ってるよー
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 18:15:12.28 ID:iRUhd6Uho
おk
焦らず無理なくやってね
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/29(木) 04:58:39.87 ID:5iAcMxhD0
追いついた
これは近年稀に見る東方SSですねえ・・・
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/07/16(日) 02:29:23.41 ID:imehHrz2o

【定時報告】

少女書溜中……………………
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/16(日) 14:25:23.50 ID:XD/2BLtNo
がんがれ
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/27(木) 00:39:33.81 ID:U1mHusAko
俺の退魔の剣がカチカチ言ってる
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/15(火) 21:21:39.57 ID:vHqjlvRXo
【定時報告】
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1339642.jpg
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/08/15(火) 21:23:06.05 ID:vHqjlvRXo


■■■■■■■■■■■■□□□□
                 ↑
               今この辺
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:25:29.64 ID:i/Gof5RBo
待ってる
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:26:36.18 ID:azE3kceWO
舞ってる
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/15(火) 21:28:23.00 ID:bdRTNWJro
このスレ好き
何時までも待ってる
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/20(日) 12:19:14.40 ID:Cn4G/k50o
乙ですよ
生存報告さえ時々あればいつでもok
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 21:58:42.55 ID:D3H37+Wjo

【定時報告】

ttps://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1367343.png
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 21:59:47.31 ID:D3H37+Wjo
遅れてる理由=画像増やしすぎたから(言い訳
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/16(土) 22:00:24.95 ID:D3H37+Wjo


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                    ↑
                  今この辺
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/16(土) 22:01:00.96 ID:3GgtAC4Ho
すげえ…

待ってます
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 16:47:49.58 ID:Ozt+8u+zo
画像凝りすぎィ!
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/18(月) 20:25:17.11 ID:u+qtu9s4O
これ全部1から描いてるのか・・・?
大変だろうに別にそこまでやらんでも
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:55:20.03 ID:4p4TfLqBo

【定時報告】

ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1364077.jpg
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:56:18.03 ID:4p4TfLqBo

■■■■■■■■■■■■■■■□
                      ↑
                    今この辺
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/15(日) 22:57:08.33 ID:4p4TfLqBo
今月中に正式アナウンスできると思います(勘
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 00:39:36.30 ID:7tUa7hTI0
わぁい
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 12:42:30.84 ID:FD4TjOtwO
相変わらず謎の画力だな
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/16(月) 22:01:23.78 ID:BjNblBIbo
絵描けないからホント尊敬する
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/10/29(日) 21:48:53.17 ID:A7eP/3iAo
【御知らせ】
来月に再開します
詳しい日程はまだ未定ですが、さすがに11月を超える事はないと思います(と思いたい
というわけで、決まり次第また言いに来ます
そろそろいい加減にします。はい。いや、マジで
ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1375320.jpg
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/29(日) 21:50:16.26 ID:GckSN+8Co


ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/30(月) 12:53:15.00 ID:MGWIW1cxO
何枚描いてんだ?
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/01(水) 01:07:04.23 ID:ZSrYbvzNO
作者のこだわりを読者が止めるのは無粋よ
思う存分つくりこんでええんやで
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/02(木) 16:28:21.58 ID:pWNyoXozo
待ってる
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 19:27:09.48 ID:vwCayPXXo
【御知らせ】
来週再開します
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 23:17:07.17 ID:1RSPGFSy0
やったぜ
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 12:39:18.26 ID:/WzIJq06O
ずいぶんかかったな
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 23:51:17.59 ID:7IHPOuqW0
ガタッ
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 16:19:37.86 ID:7wR2/Lo+0
てす
https://imgur.com/lTl5YjE
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 16:31:02.53 ID:7wR2/Lo+0
こうか
https://i.imgur.com/lTl5YjE.jpg
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 16:37:56.89 ID:mgCwioc2o
見える
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 17:22:59.34 ID:7wR2/Lo+0
>>375
あざす
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:25:31.81 ID:cTjbZ6OQ0



――――問題は、まだ誰も見ていない物を見る事ではない


    誰もが見ているのに


    誰もが考えなかった事を考える事である――――
  


https://i.imgur.com/AXBskxw.jpg

378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:37:31.54 ID:cTjbZ6OQ0


【ギイ】


 草木も眠る丑三つ時。
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。


https://i.imgur.com/7ocVFIy.jpg




【ギイ】


 人々はその闇夜に目覚める存在を、妖と名付けた。
「人が寝静まる頃に目を覚ますのだから、やはりそれは、人ならざる存在なのだ」。
 実に人間本位な理屈である。
 だがその理屈は、あながち間違いではない。


https://i.imgur.com/V1YYzOs.jpg




【ギイ】


 妖は、往々にして怪を成す。
 程度の差は万別なれど、人の理から大きく外れた妖の理は、やはり人からすれば奇怪そのものなのだ。
 いつしか人々は、その怪を書物と言う形で残すようになった。
 妖の存在を認め、妖の存在を受け入れたのだ。


https://i.imgur.com/BIy0zkP.jpg




 だがそれでも人々は、最後まで認める事はなかった。
 「妖は常に我らと共にある」。
 しかしながら、いくら歩み寄ろうとも――――”決して相容れぬ存在である”と。



「…………おっ」



 草木も眠る丑三つ時。
 この世ならざる存在が跋扈し始める、妖の刻。
 しかしその妖ですら眠りにつく、真なる静寂の刻がある。


https://i.imgur.com/fII0iOn.jpg



 その名も――――【寅】の刻。
 この世の何もかもがいなくなる刻。
 全ての存在を食らうが如き刻。
 偶然か必然か、寅を冠するその名は、まさにおあつらえ向きであろう。








379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:47:15.06 ID:cTjbZ6OQ0


「…………」


https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



 そんな、誰しもがいなくなるはずの、無常の刻の最中……
 その場にはただ一つだけ、足音を擦りながら潜む、一つの影があった。



「…………ははぁん」


https://i.imgur.com/LsqqHHx.jpg



 影は、かのような夜更けにも関わらず、明かりもつけぬままに歩を進めておった。
 その様はまさに忍び足。
 音を立てまいと必死に忍びつつも、やはり少しばかり漏れる足音は隠せない。



「なんか……意外な形してるわね」


「まぁ……いっか」



 ギィ……ギィ……闇に鳴る小さな音。
 してその音を鳴らす、小さな影の正体とは――――




(いただき…………まーす…………)




https://i.imgur.com/eEvmLJJ.jpg


380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 21:54:01.31 ID:cTjbZ6OQ0



「…………う”ッ!」



【詰】




「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」




【積】




「う”…………」




【摘】

 


「…………んんんんま”ッ! 何これ!?」



「――――超”旨い”んですけど!」




【舌鼓】


381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:02:32.48 ID:cTjbZ6OQ0


「ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!」


「こんな事なら皿持ってこればよかったわ――――”みんなにも”ちょっと分けてあげたいくらいよ!」


 口いっぱいに広がる旨味は、影本人も想定外だったのであろう。
 予期せぬ舌鼓に、最初の警戒も何のその。乱雑に鷲掴みにしたあげく、一心不乱に食し始めたのだ。
 ガツガツ、ボリボリ、ゴリゴリ……静寂であるはずの刻に食の音がなる。
 さながら腹をすかせた猛獣のように、食にありつくその姿は、まさに寅の如くである。 


「さすがお師匠様だわ……まさか、”食べれる薬”だったなんて」


「なんて、なんて画期的なアイデアなの!」


 影は、人知れず感動していた。
 伸ばす手が止まらぬ程に旨い薬。
 しかもその効能が、自身が長年追い求めていた”薬”だったとあらば、その感動はさらに倍増である。
 

「だめよあたし、耐えるのよ。これ以上はきっと、もう……」


「一つだけ! 後一つだけ…………やっぱ無理!」



 誰もがいなくなる寅の刻。
 妖すらも眠る闇夜に、ただ一つ、身を震わしながら食にありつく影が一つ。

 しかし影は、舌鼓にかまけすっかり忘れておった――――
 いくら旨かろうと、所詮薬は薬。
 薬を服用する事は、決して「食べる」とは言わない事を。





(ダメですよ……そんなにがっついちゃぁ……)



「――――ッ!?」





 そんな当たり前の忠告が、影の耳に届いた――――その時。





(薬は……用法、用量がキチンと決められているのですから……)





https://i.imgur.com/8PZnFNX.jpg





 「あんぎゃあ――――……」
 静寂は、絶叫にかき消された。

382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:09:01.35 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「おや……」


【反転】


てゐ「あ、あひゃ、あひゃあ……」


【半天】


薬売り「大丈夫……ですか?」


 次の瞬間、その場に影はいなくなった。
 影は盛大にひっくり返った後、その勢いで持って、偶然にも近くの明かりを灯したのだ。
 そして影は露と消え、代わりに現れたるは――――奇怪にも頭と足が逆さになった、「妖兎」の姿であった。


てゐ「おば、おば、おばおばちんどん屋ァッ! い、一体どっから湧いて来てんのよ!?」

薬売り「そちらこそ……あっしは最初から、ここにおりましたが?」

 
 そして、ついに姿を現したる妖兎は、起き上がると同時に溢れんばかりに言葉を放つ――――ありったけの「文句」を載せて。
 まぁ正直、「またか」と言った所である。
 薬売りに文句を垂れる者は、何も妖兎に限った話ではないのだ。
 

薬売り「いえね、足音が聞こえましたので、”明かりがついたら”声をかけようと思ったのですが……」

薬売り「姉弟子様が、いつまで経っても、明かりをつけないもので……」

薬売り「故に、声をかける機会を……失ってしまった次第で……」


 薬売りの悪い癖だ。こやつはいつも、本当に唐突に現れよる。
 このやりとりはもう幾度となく見せられた事やら……もはや思い起こすのも億劫である。
 と言うわけで、夜更けが織りなす雅な静寂は……この相も変わらずな薬売りのせいで、文字通り台無しとなったのだ。


薬売り「むしろ、こちらの方がお尋ねしたい――――”何故に明かりをつけないので?”」


 今回の弁明は曰く、「声をかける機会がわからなかったから」と言う事らしい。
 ただでさえ暗い亭の中。さらにはその中で、明かりもつけずに忍び足を擦っているとあらば、まぁそうなる気持ちもわからんでもない。


てゐ「何故もなにも……あんたさぁ、空気読めないって言われない?」

薬売り「空気……ですか?」


 にしても……こいつに限っては、やはり”わざと”だったと、身共は断じよう。
 だって、そうであろう?
 いくら暗がりとはいえ、そこで誰が、何をしているかなど……薬売りだけはハッキリとわかっていたはずではないか。


てゐ「ったくもう……まじで……心の臓が飛び出るかと思ったわよ……」

薬売り「床が、汚れてしまいましたな」

てゐ「おかげさまでね。口ン中おもっきし吹き出しちゃったわよ、このアホンダラが」

薬売り「ご心配なく……後ほど、雑巾を御貸ししますので」

てゐ「――――お前が拭けよ!?」


 まぁ……薬売りの倫理感など、所詮はこの程度である。
 そういうわけで、だ。
 床に散らばった吐しゃ物は「誰が拭くのか」など、そんな事はどうでもよいのだ。
 肝心なのは――――この妖兎が”何を吐いたのか”にかかっているのである。



【零】

383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:19:41.35 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「……で、いつ戻って来たの?」

薬売り「つい先ほど……ちょうど、寅の刻を過ぎた頃合いでしょうか」

てゐ「あっそ。じゃあ……”先にうどんげと会ってきた”わけね」

薬売り「ええ……まぁ……」


 そう、この目前における、至要たる事実は決して忘れてはならない。
 この妖兎・てゐは此度の騒動に置ける唯一の生き残り。
 モノノ怪の神隠しを逃れし唯一の存在であり、なおかつこの消失劇を”他人事”のようにふるまい続けたあの態度は、決して忘れてはならない事実なのである。


てゐ「で…………うどんげは」

薬売り「行きましたよ……一足先に、ね」

てゐ「……あっそ」


 薬売りは慎重を期すかのように口数を減らした。
 それはやはり妖兎が、この期に及んでまだ態度を変えぬ事に一因する。
 その証拠に……薬売りの返答に対する妖兎の様相は、やはり顔色一つ変えぬままであった。
 悲しむでもなく喜ぶでもなく……同胞の兎が”どこに行った”のかなど、おのずと想像がつきそうな物なのに。


てゐ「あいつもバカよね。逃げるつもりで飛び出して、逆に取っ捕まってりゃ世話ないわ」

薬売り「見ておられたのですか……?」

てゐ「ハハ、違う違う――――想像よ」

てゐ「あいつがなんで逃げ出そうして、どんな決意で逃げて、んでどこで転んでほえ面下げたか……なんて」

てゐ「ほんともう、手に取るようにわかるわけ」


 そして薬売りは確信するに至る。
 やはりこの妖兎は、”全てを知っている”。
 先ほど玉兎が見せた、玉兎の中だけにある闇。
 してその闇に解を示す、真と理と――――


https://i.imgur.com/ZcU67Vs.jpg



薬売り「してその心は……」

てゐ「そんなの簡単な話よ」

てゐ「あいつ――――”バカだから”」

薬売り「…………」



 さらにはそれのみならず――――永琳、妹紅、姫君。
 彼女らが如何様な理を持ち、そして何ゆえにモノノ怪に狙われるに至ったか。


https://i.imgur.com/cltz2Fb.jpg


 妖兎は全てを知っている。
 故に深入りを避けた。
 それは――――”モノノ怪の獲物に自分が入ってない”と、密やかに確信していたから。
 もはやそうとしか考えられないのだ。



【確信】

384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:27:58.92 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「だってあいつ、まじバカじゃん? ”この薬”の事だってそう……」

てゐ「そもそも……誰も……蓬莱の薬だなんて……」

てゐ「一ッ言も! 言ってなかったのにさぁ!」


(――――蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!)


薬売り「確かに、貴方様は「知られてはいけない薬」の事など、一言も漏らしていなかった……」

てゐ「なのに勝手に勘違いして、襲い掛かってきて、発狂ついでに全部ゲロってんの」

てゐ「言ってはいけないはずの秘密を、自分から……しかもみんなに聞こえるくらいの大声でね」


 そう言う妖兎の語りは、やや恨み節のようにも見受けられた。
 それはやはり、先刻の玉兎との痴話喧嘩が起因であろう。
 あの時は、薬売りを尻目に随分と派手な弾幕が飛び交っていたが……その原因が”玉兎の勘違い”であったとあらば、そりゃまぁ腹正しいであろう。
 喧嘩両成敗とはよく言うがな。あの場に限っては、妖兎は一方的な被害者であったと言えようて。


てゐ「正直まだヒリヒリするんわ。あのバカ、マジで弾幕ぶっ放してきやがったかんね」

薬売り「災難……でしたな」

てゐ「ほんとほんと、とんだ災厄兎よね」

てゐ「月の兎だかなんだかしんないけど、新参者の分際で無駄に偉そうだし」

てゐ「拾ってやったのに感謝しないし。アホの癖にやたら賢ぶるし……」


薬売り「……」


てゐ「勘違いを認めないし、謝らないし、詰めたら発狂しだしてめんどくせえし」

てゐ「ていうかそもそも、なんでタメ口なのこいつって話だし?」


 よほど溜まる物があったのか、妖兎はよい機会だと言わんばかりに、あらゆる愚痴を綴り続けた。
 妖兎の玉兎に対する悪態は個人的な不満でありながら、そこまで的外れでもなかったのは流石である。

 そんな妖兎からすれば、玉兎の失敗に終わった脱走は「ざまぁ見晒せ」と言った所であろう。
 相手の失態をあざ笑う趣向は、この妖兎の大好物である事を薬売りは知っている。
 しかし薬売りは、煽り建てる妖兎の口調から――――”一筋の本音”を感じ取った。



てゐ「あんなバカでアホでトラブルばっか起こす問題兎…………”外に出しちゃダメ”」

てゐ「そう、思わない?」



 悪態と嘲りの末に、導き出された結論――――
 それは此度のモノノ怪騒動と、同じであったのだ。



【籠の中】


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:39:27.88 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「とどのつまり……貴方もまた、最初から知っていたのですね」

薬売り「あのうどんげの中に御座す――――もう一つの影の事を」


【物問】


てゐ「知ってるも何も、見るだけでわかるっつーの」

てゐ「あいつをここへ運んだのは、他でもないあたしよ? この竹林のど真ん中でぶっ倒れてた、見知らぬ謎の長身兎」

てゐ「しかもしかもいざ亭へと運んでみれば、なんとお師匠様のお知り合いだって言うじゃない」

てゐ「んなの……どー考えても”ワケアリ”なの、丸出しじゃん?」


 妖兎は語る。
 あの竹林で行き倒れた玉兎を最初に発見したのは、他でもない自分である事を。
 次いで語る。
 身なり、経緯、生活態度、その他諸々……
 同じ兎と括られる事が多い二羽の間で、あまりにも相違点が多すぎる事を。


てゐ「むしろ、わかんない方が不思議って感じ」

薬売り「見るだけで……ですか」


 そして最終的に結論付けた。
 単なる性格の違いと片づけるには、どうにも理屈が合わない。
 よって「こいつには何かある――――」そう察するのは自然な成り行きであると。
 してその察しは、結果として大正解であったのだ。


てゐ「ついでに言っとくけど、あんたが”うどんげに何をしたか”も想像つくわよ」 

薬売り「ほぉ…………してその心は」

てゐ「気持ちよかったでしょ? あいつ、かしこぶってるけど基本バカだし」


てゐ「――――”獲物が狙い通りに罠にかかる姿”なんて、愉快痛快もいい所よね」


薬売り「…………」


 このように、妖兎はやたらと”察する力”に長けていた。
 それは月とは違う、地上の兎であるが故なのか。
 はたまた出生など関係なく、この妖兎だけが持つ特技であるのか……
 とかくいかような経緯であろうと、そこは臆病で非力な兎。
 食われる立場の多い兎からすれば、それは紛れもない「長所」と言っても差し支えないであろう。

386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:52:15.96 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「最初は新参者の癖に生意気だから懲らしめてやろうって、ただのそれだけだったんだけど」

てゐ「おもしろいくらい引っかかるから、なんかもう、いつの間にか病みつきになるくらいハマっちゃって……」

薬売り「向こうからすれば、災難そのものでしょうな……」

てゐ「そんなのお互い様よ。だから、あんたの気持ちも、よーくわかる」

てゐ「高飛車で偉そうで思わせぶりな素振りしてる奴を……”一発引っかけたくなる”その気持ち」

薬売り「…………」


 しかし薬売りにとっては、その長所は壁でしかなかった。
 妖兎のやけに鋭い「察し」の前に、薬売りの企みは、明らかに発覚していたのである。


(――――だったのかも知れません……ねぇ?)


 そう……先刻、薬売りは確かに、玉兎を”ハメ”たのだ。
 言葉巧みに理を聞き出した挙句、果てにその理が、不要とわかるや否や――――まるで、紙屑を屑籠に入れるように。
 

てゐ「おあつらえ向きじゃない。残り物には福があるってね」

てゐ「てなわけで……続きしよっか。ちんどん屋」

薬売り「続き……?」


 同じ兎がそんな目にあわされたとあらば、ただでさえ臆病な兎の猜疑心を揺り起こすのは必須。
 そしてそんな悪行をしでかした薬売りの人となりは、こうしてすでに発覚し終えている。
 しかも不幸な事に――――よりにもよって”最後に残した一羽に”である。


てゐ「ほら、余計なチャチャ入って中断してた……」



てゐ「――――【弾幕勝負】の続きをよ」



薬売り「…………」


 薬売りは、妖兎の問いかけに応ずることなく、そっと瞼を閉じた。
 それは心を落ち着けんが為。
 強いては妖兎の嘲りに、心乱され隙を見せぬ為である。



てゐ「ゲロさせてみなさいよ。ほら――――”うどんげの時みたいに”さ」



 薬売りにとってはまさに、ここが正念場であった。
 モノノ怪へ至る各々の理。その最後の一つが、こうして明らかなる対峙の姿勢を見せている。
 さもあらば、この妖兎を攻略せぬ限り、モノノ怪へと辿り着けぬが同義である。


https://i.imgur.com/wBeFKtu.jpg


 避けて通るはもはや不可能なこの状況――――
 仮に如何なる不足があろうとて。
 よもや、しくじる事など、許されるはずがなかったのだ。



【夜明けの番人】

387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 22:59:24.64 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「何よ、何今更ビビってんのよ」

てゐ「あんときゃノリノリで刀突き立てて来たじゃない――――”あたしをモノノ怪と思って”さ」


 薬売りは、しばしの間押し黙った。
 口を閉じ、眼を閉じ、座を保ったまま、妖兎の煽りに堪えておった。

 まぁ……迷っておったのだろうな。
 「この圧倒的に不利な状況を、以下にして乗り切らんか」。
 まさに難題を突き付けられた、貴公子さながらである。


てゐ「何を迷う? 単純な話じゃない」

てゐ「あたしとの弾幕勝負に勝てたら、全部吐いてあげるつってんの」


 しきりに弾幕勝負にこだわる妖兎の姿勢。
 薬売りにとっては慣れぬ文化であろうが、この幻想郷ではこれが当たり前なのだ。

 弾幕勝負――――弾幕で決着をつけ、弾幕で持って白黒をハッキリさせる、弱肉強食の如き絶対の掟。
 妖らしい、実に野蛮な掟である。だが必要な掟であるのもこれまた事実。



てゐ「でも、万が一あんたが負けたら…………」


てゐ「負けたら……負けようものならば…………」



 此度の対峙も、まさにその範疇であろう。
 弾幕至上主義の幻想郷の理。
 それはこの地に足を踏み入れた以上、何者であろうと、一切の関係がないのである。



てゐ「…………ごめん、あたしが勝ったらどうするか、そこ考えてなかったわ」



【度忘れ】
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:11:05.67 ID:cTjbZ6OQ0


薬売り「…………」

てゐ「ごめんごめん、ごめんって! そうよね、これじゃあ決闘が成立しないわよね!」

てゐ「だからぁ〜…………えっとぉ…………」

薬売り「…………」


 そしてその掟は、以下の契りで終結する。
 「――――弾幕勝負は、勝者が敗者のスペルカードを奪い取る事ができる」。
 もう一度言うが、これは幻想郷そのものの理である。
 よって、妖兎の提案は至極真っ当。妖兎はあくまで、この世の理に従っただけにすぎない。



【幻想郷――――之・理】



 故に、薬売りに拒否する権利などあるはずがなかったのだ。
 如何に不利であろうと、受け入れる以外に術はなかった。



てゐ「――――わかった! じゃあ、こうしましょ!」



 その結果が、齎した物は――――



https://i.imgur.com/meOQIXg.jpg



てゐ「あたしが勝ったら――――”退魔の剣を貰う”」


てゐ「どう? これで対等な条件じゃない?」


薬売り(こいつ…………)



 薬売りの勝機を、さらに狭めた。



【籠の中の鳥】


389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:21:38.86 ID:cTjbZ6OQ0


てゐ「そりゃそーでしょ。あんたの持ち物でスペカに相当する物って、ソレしかないじゃない」

てゐ「モノノ怪を斬る事ができる唯一の剣……だっけ? 唯一無比の価値だからこそ、勝ちの証に相応しい」

てゐ「違う?」


 妖兎の謀りは留まる事を知らず、確実に薬売りを追いつめつつあった。
 一見すると平等な賭けの提案であるが、当然その腹に平等の二文字などありはしない。

 地の不利。弾幕の不利。理の不利。能力の不利――――
 あらゆる状況が、すべからく妖兎の味方をしている事実。
 「妖兎の提案が、確かな勝算に基づいている」。
 如何に夜更けであろうとも、そんな露骨な打算に気づかぬ程、未だ薬売りは呆けていなかったのだ。


薬売り「一つ、お聞きしたい……」

てゐ「あ? 何よ」

薬売り「この退魔の剣を指定すると言う事は……万一あっしが負ければ、もはやあっしにモノノ怪に対抗する術がなくなると同義」

薬売り「そして、術がなくなる事で……”得をするのは一体誰か”」

てゐ「まどっろこしいなぁ。一体何が言いたいわけ?」

薬売り「貴方はやはり、モノノ怪の正体に気づいている……そして”全てを知った上でモノノ怪を庇おう”としている」

薬売り「あっしに斬らせない為に……退魔の剣を奪い、モノノ怪すらも永遠の一部にする為に」


 うむ……身共も薄々感じていたが、やはり薬売りもその結論に達したか。
 これまでの妖兎の態度から察するに、妖兎も”モノノ怪側”であったと断じざるを得ないのだ。
 それが如何様な理か、推し量る術はない。
 しかしやはり、妖兎の今迄の軌跡を振り返るに……”モノノ怪に組していたから”と考えれば、全ての合点が通ってしまう。

 
てゐ「何……探り入れてんの?」

薬売り「いえ、滅相もない……しかしそう感ずる程に、貴方の行動は不振に塗れていたのもまた事実」

薬売り「差し支えなければ……理に触れぬ範囲で結構ですので、お教え願えませんか?」

薬売り「貴方の行動が……”一体何に沿った行動であったのか”を」


 それは、今の薬売りにできる、精一杯の足掻きであった。
 かつて数多の「真と理」を白日に晒してきた薬売りが、今や懇願する事でしか知る術がないのだ。
 こうなれば、よもや……妖兎が上手い事、口を滑らす事を願うばかりである。


――――しかし




てゐ「ちんどん屋さぁ……”シュレディンガーの猫”って知ってる?」


薬売り「猫……?」



 かのようなか細い稀など、往々にして起こるはずもなく――――
 妖兎の口から、またも新たな謎が生まれたのだ。



【理論】
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 23:22:13.71 ID:cTjbZ6OQ0
夜中また来る
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:21:18.77 ID:N+y5bzEE0


てゐ「あのね、とある猫を箱の中に入れて、一緒に50%の確率で毒になる餌を入れたのね」

てゐ「その状態で丸一日くらいほったらかしにしました。さて、では箱の中の猫は生きてるでしょうか、死んでいるでしょうか……って奴なんだけど」

てゐ「聞いたことない?」


 妖兎は薬売りの問いかけに、問いで返すと言う手段を取った。
 しかもその問は何ら関係のない問い。話題逸らしもいい所である。
 ううむ、やはりそこは謀り上手な妖兎。そう簡単に、尻尾は掴ませてくれないか……


https://i.imgur.com/jCqGQe1.jpg


 ……で、結局その「すれてんがーの猫」とやらは生きているのか? 死んでいるのか?


薬売り「……その時の状況によりますな」

てゐ「お、なんか新解釈」


薬売り「50%の確率で毒になるならば、運がよければ毒にならずにすむ可能性もある」

薬売り「それ以前にそもそも猫は腹をすかしておらず、一日程度なら餌を口につけないかもしれない」

薬売り「それにその箱の中に入れたと言う状況……その箱がどのような箱だったのかで話は変わる」

てゐ「おお、なんかドンドン深い話に」


薬売り「箱の中は快適な小屋だったのか、はたまた粗雑なただの物入れだったのか……」

薬売り「そして猫は、飼い猫だったのか野良猫だったのか」

薬売り「言い換えれば、”飼い主”に入れられたのか、”見知らぬ人間”に入れられたのか」

てゐ「ははーん、なるほどなるほど……」


薬売り「猫は箱に入れられる事をどう感じていたのか。それによって、結果は随分と左右されましょう」

てゐ「で……つまり?」



薬売り「――――”開けてみるまでわからない”。これが答えとなりましょう」


 な……なんだその答えは!  
 「開けてみるまでわからない」って……そんなもの、誰だってそう答えるわ!
 新たな頓知だと思い少し考えてしまったではないか……ったく。
 妖兎も妖兎だ。素直に話を逸らせばよかろうに、よりにもよってこんな思わせぶりな台詞を吐くなどと……


てゐ「あー、結局そうなるわけ……」



 ……ん? 思わせぶり?

392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:35:00.34 ID:N+y5bzEE0


てゐ「これはね、実はちゃんとした答えがあって」

てゐ「開けてみるまでわからないってのは正しいんだけど……この問に関して”だけ”で言えば、残念ながらハズレなのね」

薬売り「して……その心は」


てゐ「正解は――――生きてもいるし、死んでもいる状態」


てゐ「つまり、”生死が同時に起こっている状態”が答え……ってわけ」


薬売り「……えっ」


 ……はぁ? こやつは一体何を言っているのだ。
 生死が同時に起こるだと? おいおいバカを言うな。
 毒を食らわば猫は死ぬし、食わねば無事生き残る。
 答えがどちらかこそ開けてみるまでわからぬが、結果はどちらか”片方しかない”のは明白ではないか。


薬売り「受け売り……ですか?」

てゐ「鋭いわねちんどん屋。そーよ、これはお師匠様から聞いた、ただの丸暗記」

てゐ「”りょーしがくりきろんに基づくしそー実験”って奴らしいわ。正直、あたしもちんぷんかんぷんなんだけどね」

薬売り「それがモノノ怪と……何の関係が……」

てゐ「その話は、いつぞや、うどんげといた時に聞いた話だった」

てゐ「うどんげはわかったフリしてウンウンうなづいてたけど、その実全然わかっていなかった」

てゐ「だからちょっと突っ込まれたらアッと言う間にボロを出して……って、そこは関係ないわね」


 ぬぬ……これが月の英知の片鱗か……
 何が何やらさっぱりわからぬが、永琳直々の教授ならば、それは確かなる一つの論理なのだろう。
 むぅ……修験ではなく、学者にでもなるべきだったかのぅ。
 さすれば今頃、身共も賢者と讃え呼ばれておったやもしれぬのに。


てゐ「でも……あたしは何となく、こう……理屈じゃなく、感覚でわかった」

てゐ「なんとかかんとか論とか、小難しい事は一切わかんないけど……でも”確率”の事を言ってるんだってのは、すぐに理解できたの」

薬売り「確率……?」


【学論】


てゐ「こう見えて、昔から”確率計算”だけは得意でね。ま、使う機会のない特技なんだけど」

てゐ「でもその分、何かに例える事が出来る」

薬売り「差し支えなければ……お教え願えませんか」

てゐ「そうね……あんたっぽく言うと……」



【――――確率之・理】



てゐ「と、言った所かしら」

393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 02:48:21.81 ID:N+y5bzEE0


てゐ「確率は、不確かなようでとある理に沿って動いている」

てゐ「そしてその理は、人には決して理解できない理」

てゐ「理解できないけど、確かに存在する理。全てが異なる独自の理」

てゐ「なのにその理は、時として現実世界に影響を及ぼす」

薬売り「それは……」

てゐ「これって……あんたの言う”モノノ怪と同じ”じゃない?」


 まったく、何を小難しい事を言い出すのだと思ったが……「理解できずとも問題ない」とわかれば一安心だ。
 すれてんがーの猫とやらは、要は例え話。
 確率が持つ独自の法則が、モノノ怪の生態と酷似すると、妖兎はそう言いたかっただけに過ぎないのだ。
 

てゐ「お師匠様は、この確率が起こす矛盾を、こういう風におっしゃったわ」


てゐ「――――”確率は観測される事で初めて一つに集約される”」


薬売り(観測……)

てゐ「これがその、りょーしなんとか論の結論らしいわ……まぁ、そっちはさっぱりわかんないけど」


【理屈】


てゐ「でも……最初にその剣の抜き方を聞いた時、あたしはピーンと閃いた」

てゐ「退魔の剣が【形と真と理】を必要とするのは――――このシュレディンガーの猫と同じなんだって」


 しかしながらその例えは、実に興味を引く話であった。
 箱の中の猫云々は存ぜぬが、確率の話ならば身共もわかる。
 要は、「丁半博打」の事を言っているのだろう?
 ふふ、懐かしいのぅ……身共も若かりし頃、夜な夜な街に繰り出しては博打に明け暮れたものよ。


てゐ「退魔の剣を抜く事は、猫の入った箱を開けるのと同じ事……見えない世界にいるモノノ怪を、観測することで一つの結果に表す事と同じ」

てゐ「だから斬る事ができる……いや、”斬ると表現”する事ができる」


 そういえば、この薬売りは博打を嗜むのかのう。
 なさそうだな……なんとなくこいつは、そう言った運否天賦とは無縁な気がするよの。
 ま、元々が薬売りである故な。こやつは理に沿ってのみ動く「お堅い」人種と言えよう。

 だからこそ、疑問に思うはずだ。
 薬売りが持つ退魔の剣。と、その所以。
 何故に剣は、形と真と理を求め、何故にモノノ怪を斬る事ができるのか。


 
薬売り「この剣が……観測を……?」


 ひょっとしたら、妖兎の説は図星だったのかもしれん。
 今だからこそ言うが、身共もほとほと不思議に思っていたのでな……
 あんな摩訶不思議な刀、一体どこで手に入れたのやら――――そして如何様にして、抜き方を知ったのか。


https://i.imgur.com/8aBMcb2.jpg

394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 03:03:58.61 ID:N+y5bzEE0


てゐ「あんたの言う通り、結果は開けてみるまでわからない」

てゐ「でも言い換えれば、開けてみるまで”確率は無数に存在している事になる”」

てゐ「だから、生きてもいるし、死んでもいる状態……そんな矛盾が、確率の世界では往々にして起こる」


【確率解釈】


てゐ「その剣は、そんな矛盾を紐解くことができる。矛盾を観測することで、一つの事象に表す事ができる」

薬売り「この剣が…………確率を…………?」

てゐ「だから、退魔の”見”。もしかしたらそれ……刃はついてなかったりして?」

薬売り「…………」


 ひょっとして……知らなかったのか?
 おいおい頼むぞ薬売り。自分の得物を昨日今日会ったばかりの兎に看破されたとあっては、今迄斬られたモノノ怪達が化けて出よるわ。

 妖兎の仮説は、今の所筋が通っておる。
 というか、たった一晩でよくぞまぁ……そこまで推察できた物よ。
 身共も全てを知るわけではないがの。
 身共の知る範囲の中では、今の所妖兎の説は、見事なまでに的中しておるのだ。


てゐ「その剣に顏みたいなのついてんのも、ひょっとしたらそういう事なのかもね」

薬売り「考えた事も……ありませんでしたね」

てゐ「アホ、薬売りなんだから自分の商売道具くらい知っときなさいよ」

薬売り「肝に銘じて……おきましょう……」

てゐ「まっ、でも――――”剣がなくても薬は売れる”わよね?」

薬売り(くっ…………)


 妖兎が剣を引き合いに出したのは、やはり謀りの範疇であった。
 得意な確率論とやらで結論を導き出し、その果てに「剣の取得が絶対条件である」と結論付けたのだ。
 そうなれば、いよいよ持って窮地である。
 かつて数多の真と理を紐解いてきた薬売りが、よもや……
 ”自分が解き明かされる側になろうとは”、一体誰が想像できたであろう。 



395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 03:45:11.08 ID:N+y5bzEE0


てゐ「わかる? 今のあんたから見たあたしは――――”モノノ怪でありモノノ怪でない”」

てゐ「仮にあたしがモノノ怪なら……退魔の剣を奪う事は、あんたから身を守る事と同じ」

てゐ「逆にあたしがモノノ怪じゃなかったなら……あたしはその剣を手にする事で、モノノ怪から自力で身を守る事ができる」


薬売り(その所以は……おそらく……)


てゐ「何故ならば、モノノ怪の理に最も近いのはこのあたし」

てゐ「どちらの確率も観測できるのは、最後に残ったこの因幡てゐしかいない」



【丁半】



てゐ「その剣を抜くのは――――あたしこそが相応しい!」



薬売り(自らの手で退魔の剣を抜こうと言うのか――――!)



 この妖兎……小さき成りで、とんだ食わせ物であった。
 かのような童さながらの姿から、如何様な怪奇極まる論理が飛びでよう等と、一体誰が予見できたであろうか。
 薬売りがしくじる姿を見るのは愉快ではあるがな。
 しかし、事はあまりにも……本当に、後一歩の所なのに。


https://i.imgur.com/dWuqAgV.jpg

396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:36:25.02 ID:N+y5bzEE0


てゐ「まさにシュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの兎?」

てゐ「箱の 中の 兎は いついつでやる――――ってか?」


 他の者にかまけ、不振とわかりつつ放置してしまったせいか。
 月の話に魅せられ、地上の兎に目を向けなかったせいか。
 薬売りは妖兎の煽り言葉を前に、実しやかに噛み締めておった――――この妖兎は”最後に回すべきではなかった”。

 タガの外れた妖兎は、もはや誰にも止める事が出来ぬ。
 何故ならば、妖兎を諫める唯一の存在……”八意永琳”。
 彼女はもう、とおの昔にいなくなってしまったのだから。


てゐ「――――さぁてちんどん屋ァ! おしゃべりタイムはもう終わり!」

てゐ「あたしってば、決闘の前にベラベラおしゃべりすんの、あんま好きくないのよね!」


 あわよくばを狙った薬売りの儚い企みは、こうして露も残らず消え失せた。
 これから決闘をする者同士、交わすべきは言葉でないのは明白である。

 ベラリ――――次の瞬間、妖兎は意気揚々と一枚の札を取り出した。
 その札こそが、この幻想郷に置ける決闘の合図。
 その名も「すぺるかうど」。
 妖兎の持つこの特有の符が、もはや待てぬと言わんばかりに今、薬売りの眼前に突き付けられていたのだ。


https://i.imgur.com/Q8ttjXJ.jpg

397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:44:14.28 ID:N+y5bzEE0


てゐ「【カード宣言】――――これからあたしは、この符であんたに弾幕を仕掛ける!」


てゐ「――――一つ! 妖怪が異変を起こし易くする為!」


てゐ「――――一つ! 人間が異変を解決し易くする為!」


 妖兎が数える掟は、薬売りに対する秒読みと同義であった。
 この秒読みが始まってしまえば、もう誰にも止める事はできない。
 再三に渡って繰り返すが、これはあくまで幻想郷そのものの理。
 よって始めると宣言した以上、勝敗を決することでしか、もはや逃れる道理はないのだ。



てゐ「――――一つ! 完全な実力主義を否定する為!」


薬売り「致し方…………ありませぬな…………」



 薬売りはポツリと諦めの言葉を吐いた後、懐に入れた退魔の剣に、そっと手を伸ばした。
 それは弾幕勝負に乗る事の表れ。
 妖兎が声高らかに告げる最後の理念が伝え終われば、次の瞬間、あの無数に飛び交う「弾幕」が、薬売り目がけて一斉に飛び込んで来るのである。

 それらを空手で捌ききれるはずもなく、薬売りもまた、弾幕で対応するしかなかった。
 札か、天秤か、はたまたイチかバチか――――”退魔の剣が抜ける事”に賭けるのか。
 如何様に対処するのかは、これから薬売り自身が決める事である。



てゐ「――――一つ! 美しさと思念に勝る物は無し!」


薬売り(くる…………!)



【来光】
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:47:27.85 ID:N+y5bzEE0


――――幻想郷に置ける弾幕を用いた決闘法。通称「弾幕ごっこ」
 至る所で当たり前のように起きるこの決闘法であるが、此度の決闘は、ちと特殊であった。
 それは、対峙する片方が”幻想郷の住人ではない”と言う事。
 郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、半ば強引に決闘へと引きずり込まれた、哀れな一人の対峙者である。



てゐ「さあ――――行くわよ!」



薬売り「…………!」



 そんな事情など知った事かと、幻想郷は、掟を容赦なく新参者に押し付けた。
 妖兎・てゐ――――この者の宣言によって、夜更けの晩に、一つの決闘が幕を開いたのだ。




(――――)




 そして決闘は、幕を開くと同時に――――




(………………えっ)





https://i.imgur.com/1Tif662.jpg






薬売り「――――参りました」





(ええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?)




――――無事、閉幕を迎えた。



【投了】

399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/26(日) 04:47:58.08 ID:N+y5bzEE0
本日は此処迄
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/26(日) 20:17:34.71 ID:6gW1A0FH0
う、うぉ〜・・・続きが気になり過ぎる。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/26(日) 20:44:49.42 ID:BAqaw/Flo
退魔の剣渡しちゃってどうすんだろう?
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/27(月) 17:18:34.72 ID:AypDDfNJO
復帰早々飛ばしてきたな
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 00:50:14.44 ID:ZInpvyTS0


てゐ「え、ちょ…………ええっ!?」

薬売り「いやぁ……さすが姉弟子様です。八意永琳の弟子だけあって、実に聡明で……」

てゐ「いやいや……」

薬売り「”お手上げ”ですよ、完全に……何をどうしたって、あっしに勝機など見当たりませぬ」


 ……阿呆かこいつはァァァァ! ぬぁ〜にを潔く負けを認めておるのだ!
 しかもしかも、健闘の末に惜しくも及ばずならまだしも……やる前から諦めるとは一体どういう領分なのだぁッ!
 その宣言が何を意味するかわからぬはずはない……はずなのに……
 と言うかそれ以前に、男としてどうなのだ! そこはッ!


薬売り「だって……そうでございやしょう? 仮にあっしがその、弾幕勝負とやらに応じたとして」

薬売り「対面ならまだしも……”多勢に無勢”とあらば、どうして勝利を収める事が出来ましょうか」


 ぐう……なんと言う腰抜け……
 見苦しい言い訳にしか聞こえないが、まぁ……一応薬売りは薬売りなりの理由があるらしいので、一応聞いといてやろう。

 ウオッホン! では気を取り直して……
 薬売りは此度の決闘を「多勢に無勢」と言った。
 決闘なのに多勢とはこれ如何にと言った話であるが、要は、薬売りはちゃぁんと記憶しておったと言う事よ。


てゐ「……かぁ〜、なんだぁ、バレてたんだぁ」

薬売り「ええ、そりゃ、もう……」


 降参した分際で爽やかな笑顔を見せる薬売りに、若干の怒りを今日この頃である。
 が、妖兎本人が認めるように、やはりそれは列記とした罠だったのだ。

――――パチン。薬売りの降参を合図に、妖兎が軽く指を鳴らした。
 そしてさらに、その音を合図に姿を露にする「妖兎の罠」。
 その正体は、その正体こそが――――妖兎の使役する、”兎の群れ”だったのである。


https://i.imgur.com/m165g5n.jpg

404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 00:55:47.74 ID:ZInpvyTS0


薬売り「やっぱりね」

てゐ「みんな、もう解散しておっけーよ。なんとこいつ、”始まる前に降参”しやがったわ」


 「解散」。妖兎の言葉を皮切りに、兎は兎らしく、可愛げに跳ねながら散っていった。
 その帰り際は、なんとなしに「肩透かし」的な哀愁を感じなくもない。
 まるで待ちぼうけを食らった妾のようである。
 でもまぁ、これでよかったのかもしれん……いかに行け好かぬ薬売りとて、知人が獣の供物となりて食われる姿など、見とうなかったのでな。


薬売り「いやはや、危ない所でした……あともう少しで、全身を齧り切られる所でしたよ」

てゐ「いや、別にそこまでするつもりはなかったんだけど……」


 妖兎の指示に忠実に従うこの兎共は、言わば妖兎直属の配下。
 玉兎とは違い、この妖兎は単身でありながら無数の分身を所持していたのだ。
 こうなればある意味、最初に因縁をつけられたのは「不幸中の幸い」だったと言うべきか……
 妖兎が【兎を操る力】を持つなど、あらかじめ見ておかねば、きっと気づけぬままであったろうて。


薬売り「あの時、あっしの札を竹毎齧り切った、凶暴な兎達……しかし兎とは、元来臆病な生き物」

薬売り「臆病なはずの兎が、何故にあの時に限りあれほど興奮していたのか……答えは実に簡単だ」

薬売り「誰かがそう指示したからです。あの時最も興奮していた”長”からね」



(――――このうさんくさいちんどん屋を全員で取り囲め〜〜〜!)



 玉兎が乱す力を持つように、妖兎は兎を操る力があった。
 普段は雑用作業の延長線でしかない能力であるが、それ故に”いくらでも応用が利く”。
 これこそが月にはない力。
 当人の使い方次第で、如何様に便宜を図れる【地上の力】。


薬売り「こんな有効な手段、この場で使わぬ道理はなし」

薬売り「足を引っ張るもよし、盾になるもよし……従える兎の数だけ、いくらでも介入できる」

てゐ「だぁ〜〜〜〜もうわかった! そうです、そのとーりです!」

てゐ「インチキしようとしてましたごめんなさい! どお!? これで満足!?」


 妖兎の白状が、崇高な決闘を一個人の謀りへと変えた。
 あれほど掟だなんだと煽っていたにも拘らず、その実「虎視眈々」を狙う腹積もりは、逆に関心すら覚えると言う物よ。

 しかし問題は……こいつ。
 何やら意気揚々と妖兎の企みを暴いておるが、やってる事はただの腑抜けである。


てゐ「でもさぁ……ドヤってる所悪いけど、あんた、ほんとにわかってる?」

てゐ「スペルカードルール下において、降参を宣言する事がどういう事か……知らなかったは通用しないわよ」

薬売り「ええ、重々承知ですとも」


 そう。如何様な謀りがあり、いくらそれを見抜いたとて……薬売りが取った手段は、結局「諦め」でしかないのだ。
 弾幕勝負に待ったはない。それは我らの決闘とて同じ。
 「参った」――――この言葉を吐いた瞬間、薬売りの敗北は決定してしまったのである。



【決着】

405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:06:00.55 ID:ZInpvyTS0


てゐ「じゃあ……ええと……こんなケースはあたしも初めてなんだけど」

てゐ「一応まぁ、放棄試合と言う事で……勝者は敗者のスペルカード、またはそれに準ずるものを……」

薬売り「もう、置きましたよ」

てゐ「――――準備よすぎィ!」


 勝利の証はすでに、妖兎の足元に置かれてあった。
 勝利の栄光を称えるかのように、キラリと光るは「退魔の剣」。
 これは理と引き換えに提示された、紛れもなき勝者の証明である。


てゐ「そ、その手には乗らないわよ……」

薬売り「何の、手ですか?」


 そして薬売りのあまりの手回しの良さを前に、妖兎に不信感が湧き出る事もまた、至極道理。
 よって妖兎は、小さくもハッキリと零した――――「こんなうさんくさい奴が素直になるはずがない」
 そうなるのも当然だ。なにせ、他でもない自分がそうなのだから。


てゐ「……実はすでに剣には兎取りが仕掛けて合って」

薬売り「ありませんよ。寸尺的に無理でしょう」

てゐ「……とった瞬間この頭がガブッと噛みついてくるとか」

薬売り「しませんよ……できるならとっくの昔にやっています」

てゐ「ハッ――――わかったわ! この先っちょに薄いワイヤーみたいなのが括りつけてあってそれがあんたの指と(ry

薬売り「やれやれ……疑り深い方だ」


薬売り「そこまで言うなら――――これならどうです?」


てゐ(はう――――!)


 そう言うと薬売りは、両の手を大きく上へ掲げた後、肘を折り曲げ、掌を頭の後ろへ追いやった。
 まるで岡っ引に捕えられたコソ泥のような、実に哀れな姿勢である。
 そんな情けないにも程がある姿を、何故だか自信満々に。
 しかも「してやってる」と言わんばかりに、妖兎の眼前に恩着せがましく見せつけたのだ。


https://i.imgur.com/AzhVk8d.jpg


薬売り「必要とあらば目を瞑りましょう。それでも不安ならば頭を垂れましょう」

薬売り「そこまでしてもまだ不信感が拭えぬのなら……拭えるまで、トコトン付き合いましょう」


薬売り「――――”夜が明けるまで”、ね」


てゐ「う……」


 妖兎は困った。実に困った。
 妖兎の脳裏には、未だかつてどこにも存在しなかったのだ。
 謀った相手が怒り狂う様は幾度も見て来たものの――――自らの「負けを強く主張する者」など、いくら遡ろうと、どこにも。


薬売り「どうしました……勝利を手に取らないのですか?」

てゐ「く、くっそ〜……」

 
 怪しすぎるのは重々承知。が、それでも妖兎は手に取らねばならぬ理由があった。
 否。それはもはや「義務」とすら言えよう。
 何故ならば……見慣れぬ掟にも関わらず、薬売りはちゃ〜んと従ったのだ。

 それは、名付けるならば――――「敗者の掟」。
 さもあれば、今度は勝者が勝利を手にする事も、これまた”掟”の範疇であったのだ。


【責務】
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:11:10.59 ID:ZInpvyTS0


てゐ「と、取るわよ……?」

薬売り「どうぞ」

てゐ「ほ、ほんとに取るわよ……?」

薬売り「そのように」


 今までの強気な態度はどこへやら。
 退魔の剣を取らんと伸ばすその手は、臆病と呼ばれる兎そのままに、ぷるぷると震えておったのだ。

 その様はさながら、ヘビに睨まれたカエル……もとい、剣に睨まれた兎。
 それは剣が顔貌の如き形を持つ故か。
 妖兎からすれば、剣が新たな主人となる自分を、じっと睨んでいるようにも見えたのであろう。



退魔の剣「 」


てゐ「お…………」


薬売り「はやくしてもらえませんかね……手が痺れて参りました」


てゐ「う、うっせ! 急かすんじゃないわよ……」


 震えつつも少しずつ近づいていた妖兎の手が、寸前でピタリと止まった。
 薬売りが掟を遵守した以上、今度は自分が守らねばならぬ。
 そんな事は重々承知の上である……が、そんな妖兎の葛藤は、身共もよ〜く理解できようぞ。

 「――――最高に胡散臭い」
 身共が妖兎なら、やはりその言葉を吐くであろうな。
 退魔の剣の風貌も去ることながら、この”自身に都合の良すぎる展開”は……
 兎の臆病な性を、そりゃあもぉ〜激しく刺激したのだ。

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:26:43.78 ID:ZInpvyTS0


てゐ「う…………」


てゐ「ぐ…………」



薬売り「…………」



てゐ「…………んぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」



 それでも妖兎は、ついに意を決し――――退魔の剣へと手を伸ばした。
 


薬売り「おおっ」



 瞬間――――ぬめりとした感触が、妖兎の掌に駆け巡った。



てゐ「…………」


 そのぬめりは、手汗の感触であった。
 自身でも気づかぬうちにかいた大量の汗が、当たり前のように感ずる触感すらも滲ませたのだ。

 手汗が齎す滲んだ感触。
 しかしそれは勝利の実感に同義。
 その感触が掌に、しかと伝わる程に――――妖兎の手が今、確かなる勝利を掴んでいたのであった。



てゐ「と……とったどー……」


薬売り「おめでとう……ございます……」



 この瞬間、妖兎は掟に基づき、晴れて勝者となった。
 過程こそ意外であったものの、それでも勝ちは勝ち。
 小さき掌に伝わる剣の感触は、紛れもなく勝者の感触と言えよう。



てゐ「……一つ、言っていい?」


薬売り「どうぞ」



 得てして、妖兎の勝利は。もはや何人たりとも覆せぬ確かな”真”となった。
 そんな勝利の実感に、思う所がないはずもなく……
 妖兎は己が心中を抑えきれず、思うがままに、声高らかに吠えたのだ。





てゐ(うれしくねぇ――――!)




 その心中は――――「やっぱり勝った気がしない」。
 そんな思いで、満たされていたのだった。



【確立】
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/28(火) 01:34:27.65 ID:ZInpvyTS0


てゐ「ほんと、初めてよ……こんなに複雑な気分の勝ちは」

薬売り「いいじゃないですか……如何様な過程であろうと、それでも勝ちは勝ち」

薬売り「あっしが降参せざるを得ない程、貴方は狡」


【訂正】


薬売り「強かった」

てゐ「何噛んでんのよ」


 勝者への賛辞が、どこか棘がある風に聞こえるのは気のせいか。
 いまいち気乗りしない様子の妖兎に、薬売りはこれまた微妙な祝福を投げかけた。
 まぁ、確かに実感はないだろうな……何せ、何もしていないのだ。
 妖兎は妖兎なりに練ったであろう謀りの数々。これらがある種、「全部無駄になった」とも言えるのだから。
 

薬売り「まぁ、そう思っていれば……いいんじゃないですかね」

てゐ「ふん、あんたの下手な世辞なんてどうでもいいわよ」

てゐ「そんな事より、これ……よく見ると、中々かわいいじゃない」


 薬売りの世辞こそ響かぬままであったが、それでも妖兎は、徐々に機嫌を取り戻しつつあった。
 その所以はやはり、その手に掴んだ退魔の剣。
 モノノ怪を斬ると言う唯一無比の価値とは別に、「個人的に好ましい形」が、いつの間にか妖兎の心をがっちりと掴んでいたのである。


てゐ「ふむふむなるほど……刀っつーより、脇差? に近いわね」

薬売り「まぁ、懐に収めれるくらいですからね」

てゐ「それに……軽い。これならあたしでも、十分取り廻せそう」

薬売り「特に貴方様は、背丈が小さいですからね……」


 剣と呼ぶには少し短い寸尺は、薬売りの言う通り、妖兎の背丈にピッタリであった。 
 「よっほっは」と取り廻す姿も、妖兎の小ささが相重なり、存外様になっておる。
 ふむ……確かに、ある意味薬売りより妖兎の方が、主に相応しいかもしれぬ。
 それ程までに、退魔の剣と妖兎との「上っ面」の相性は、抜群であったのだ。


てゐ「なんか……なんか、テンションあがってきた!」

薬売り「それはそれは……ようござんした」


 楽し気にじゃれる妖兎に、その様子を冷ややかな目で見守る薬売り。
 妖兎の童に近い姿も手伝い、一見すると、まるで親子かのような実に微笑ましい光景にも見えよう。



【宴】



 しかしながら――――所詮は幻。
 そういう風に見えた所で、無論親子なわけはないし、どころか同じ種族ですらない。
 如何に盛り上がった所で、たかだか偶然なる一期一会。
 故に二人の関係は、どこまで行っても――――”赤の他人”に過ぎなかったのだ。


薬売り「あ・それ。あ・それ」

妖兎「ほぉぉぉぉ……とおッ!」


 そんな事は、当人同士こそが一番よく存じ上げていた。
 故にあえて、流れに身を任せた。
 そう、不意に訪れたこの愉快な一時は――――これから始まる【本当の決戦】への、わずかな余暇にすぎなかったのだから。


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