永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 20:04:01.29 ID:fB8nq6PZo

永琳「鈴仙……いい加減におし」

うどんげ「いーや、今度ばかりは勘弁ならないね! 例えお師匠様のいいつけでも!」

薬売り「あなたもお師匠様に逆らいますか? いやはや、個性豊かな姉弟子さん達だ」

うどんげ「逆らう? とんでもない。むしろ守ってんのよ」

薬売り「ハッ、どこが……」

うどんげ「じゃあ聞かせてもらいますけどね……あんたのその、ちんどん屋にしか見えないド派手な服!」

薬売り「この着物が……何か?」



うどんげ「――――に忍ばせてる懐刀は、一体何に使うモノなわけ?」



薬売り(――――!)



【予期せぬ鋭敏】



薬売り「ほぉ……これはこれは……」ニヤリ


45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 20:11:50.57 ID:fB8nq6PZo

永琳「か、刀……?」

薬売り「兎は、耳が良いかわりに目が悪いと聞き及んでおりましたが……」

薬売り「どうやら、ここの兎はその例に当てはまらないようで」


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うどんげ「ついに得物出しやがったわね……この辻斬りヤロー」

薬売り「その台詞、つい先刻全く同様の事を言われましたよ」

永琳「薬売りさん……それは一体……」


【説明】


薬売り「見たまんま、斬るんですよ」

薬売り「ただしこれの場合、人や畜生を斬る類のモノじゃございやせん」

永琳「じゃあ、何を……?」

薬売り「”モノノ怪”――――ですよ」



チーン

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 20:19:07.81 ID:fB8nq6PZo

薬売り「モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)」

薬売り「人の情念や怨念があやかしに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」


永琳「では、てゐに手傷を負わせたのは、そのモノノ怪の仕業であると……?」

うどんげ「そのモノノ怪とやらが、てゐに何の怨みがあるってーのよ?」


薬売り「モノノ怪の道理は人の道理と混じらわず。決して相容れる事はない」

薬売り「ゆえに……斬らねばならぬ」

薬売り「それが例え、いかなる因果であろうとも」


永琳「…………」



【問答無用】



うどんげ「斬らねばならぬ……つったってさぁ」

うどんげ「肝心のこれ…………んぎぎぎぎぎぎ!」

うどんげ「〜〜〜〜ばっ! ダメ! 無理! 全然抜けないじゃん!」

薬売り「抜けませんよ、そいつは」

うどんげ「はぁ!? じゃあどうやって斬るのよ!?」

薬売り「そいつを抜くには、とある三つの条件が必要でね」

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 20:29:03.31 ID:fB8nq6PZo


薬売り「退魔の剣を抜くには、モノノ怪の形・真・理が必要なんですよ」

薬売り「形とは、読んで字のごとく、モノノ怪の成す形」

薬売り「真とは、事のあり様」

薬売り「理とは、心のあり様」

薬売り「この三つが揃わぬ限り、そいつはいくら引っ張ったって抜けやしません」


永琳「真と理……」

うどんげ「結構ワガママな奴なのね……」


退魔の剣「 」チーン


薬売り「モノノ怪が現れた以上、この竹林になんらかの因果が存在するのは、もはや変え難き真」


薬売り「よって、皆々様――――」



【凛】



薬売り「この永遠亭に纏わる、真と理――――」



薬売り「お聞かせ――――願いたく候――――!」




【問掛】
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 20:40:34.52 ID:fB8nq6PZo

うどんげ「お、お師匠様……」

永琳「…………」

薬売り「あの人兎は、幸いにも軽い怪我程度で済みましたが……」

薬売り「今度は……怪我程度で済む保証はありやせんぜ」



【返答や如何に】



永琳「……わかりました」

うどんげ「お師匠様!」

永琳「ただし、こちらからも一つ条件が」

薬売り「……何でございやしょう」



【問掛】



永琳「そのモノノ怪とやら、必ずや斬り屠って見せなさい」

永琳「これは申し出にあらず。流浪の薬師の、その師としての”命令”」

永琳「万が一、その命が叶わねば……」

薬売り「叶わねば?」

永琳「叶わぬなら……あなたもまた、永遠の一部となりましょう」




【返答や如何に】




薬売り「……そのように」




【八意永琳――――之・真】


49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/26(日) 20:46:07.63 ID:4GWDW82yo
モノノ怪知らないけど面白れぇな
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 21:02:09.57 ID:fB8nq6PZo

永琳「薄々感づいておられるかもしれませんが……私と鈴仙は、元々はこの場所の住人ではありませんでした」

薬売り「ほぉ……元々はどこに?」

永琳「ここから遥か遠くにある都……思い馳せねど、おいそれと戻れぬ彼方の故郷」

うどんげ「要するに、簡単に帰れないくらいくっそ遠い場所って事よ」

薬売り「続けて……いただけますか」

永琳「太古の昔、私はその故郷を捨て、この地へと移住してきました」

薬売り「わざわざこんな、薄暗い竹林にですか……人里ならば、もう少し住み心地のよい場所もありましょうに」

永琳「そう、私はそのような……薄暗い、人がいるかどうかもわからない場所を選んで住まう必要があった」

うどんげ「空気読みなさいよ。大体察しが付くでしょ」

薬売り「なるほど、これは所謂……」


【悟】


薬売り「”逃避行”って奴……ですかな」



ゴーン

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 21:10:11.83 ID:fB8nq6PZo


永琳「かの都は都の外を”穢れた地”と蔑み、その為都人が出国する事は許されざる事でした」

永琳「して、その唯一の例外は――――”流刑”」

永琳「都で禁を破りし者を罰する時に限り、初めて都の外に出る事を許されるのです」

薬売り「ほほぉ……手厳しい国ですな」

永琳「罪に穢れた罪人は、同じ穢れた地に追いやってしまえ――――かの都の基本的な考え方です」

永琳「自分たちだって……穢れている癖に……」ボソ


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薬売り「なるほどなるほど……して、何の罪をおやらかしになったので?」

うどんげ「……は?」

薬売り「だってそうでしょう? 都から逃れる為、自ら流刑に処されようってにゃ、そりゃもう大変な――――」

うどんげ「あんたねぇ! ほんといい加減にしなさいよ!」

うどんげ「お師匠様がそんな事するわけないでしょ! そもそもこれから逃げようって時に、なんで新たに罪を犯さないといけないの!」

薬売り「ああ……それもそうですね」

永琳「うどんげ……」

うどんげ「お師匠様は何も罪なんて犯していない……お師匠様ただ……そう!」



【庇】



うどんげ「――――単に全力でバックレたってだけよ!」ビシ



永琳「う、うどんげ?」

薬売り「十分……罪に値すると思うのですが」



チーン

52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 21:22:27.05 ID:fB8nq6PZo


永琳「よいのです。以下に形容した所で私は罪人。この真は永遠に消えることはない」

うどんげ「嗚呼、お師匠様、そんな自らを卑下なさらずに……」

うどんげ「ていうかお前! 余計な口挟んで変なイメージつけんな!」

うどんげ「あんたの聞き方だと、まるでお師匠様が大罪人みたいじゃない! ちょっとは聞き方考えろ! バカ!」

薬売り「で、なんでまた、故郷をお捨てになられたので……?」

うどんげ(無視かい――――!)ガーン


永琳「私が故郷を捨てた理由……それは……」


薬売り「それは?」


【望】


永琳「そう……望まれたからです」


薬売り「……誰が?」



(ここにはかく久しく遊び聞こえて ならひ奉れり
 いみじからむ心地もせず 悲しくのみある
 されどおのが心ならず まかりなむとする)



永琳「姫様が……そう望まれたからです」


薬売り(姫……だと……?)



【出奔之姫君】
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 21:40:46.97 ID:fB8nq6PZo


【歩】


永琳「そう、この永遠亭の主は私ではありません」

永琳「鈴仙とてゐが私を師を仰ぐように、私もまた、主を仰ぐ従者の一人にすぎないのです」


【歩】


薬売り「それがこの永遠亭の真……真なる主」

永琳「会わせましょう……我が主にて永遠の姫君」


【着】


永琳「蓬莱山輝夜姫が御座す――――奥御殿に御座います」



【御開帳】



薬売り「これはまた……雅な……」



【蓬莱山輝夜之間】


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54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 21:41:14.47 ID:fB8nq6PZo
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/26(日) 21:45:43.54 ID:GrxNoN5W0
こんなの読んでたらモノノ怪また見たくなるじゃあないか!
一旦乙
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/26(日) 21:50:17.48 ID:on833cLDO
読んでいると化猫(AYAKASHI版の方)を思い出す
場面場面で画像があるのも嬉しい
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/26(日) 22:26:48.73 ID:RUg74K1hO
ぬえ「ヒェ…」ガクブル
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 23:37:51.89 ID:fB8nq6PZo

薬売り「これは所謂……城で言う、大広間と言う奴ですかな」

永琳「ええ。そしてこの襖一枚を隔てた奥に、姫様が……」

薬売り「ほほぉ……」



【――隔――】



うどんげ「あんた、マジついてるわね。普段は絶対に会えない御方なのよ?」

うどんげ「基本客人に姿を見せないし。ていうか、そもそも存在すら知られてないからね」

薬売り「いやはや、まさに恐悦至極の極み……」

うどんげ「つーわけで、頼むから姫様にまで無礼な口聞かないでよね」

薬売り「無礼を働くと……どうなるんです?」

うどんげ「そうね……まぁ……月の裏側までぶっ飛ばされるのは確定かな」

薬売り「月の裏側……ですか」

うどんげ「そ。少なく見積もってもね」

薬売り「それはそれは、手厳しい事で……」



永琳「――――静粛に」



うどんげ「ほら来た! 頼むから、ちゃんとしてよ!」

薬売り「はい……はい」



【永遠亭――――之・真】

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 23:45:57.01 ID:fB8nq6PZo

永琳「姫様……八意永琳。鈴仙・優曇華院・イナバ。両名共に謁見承りたく、御前に馳せ参じました」


うどんげ「ははぁ〜」

薬売り「……」ボー


永琳「此度の謁見は、先刻申し上げました”薬売りの男”の挨拶に御座います」


薬売り「あ……もう報告はしてたんですか」

うどんげ「コラ! 頭下げろっつーに!」ムンズ


永琳「薬売りの男曰く、この永遠亭に”モノノ怪”なる怪異が憑りついているとの事」

永琳「してその怪異、薬売りの男曰く、払うには我らの真と理が必須と申すのです」


うどんげ「そういやさ……そのあんたが見たってモノノ怪、どんな奴なの……?」ヒソ

薬売り「何と言いますか、こう……”無数の目ン玉”を生やしてましたね」

うどんげ「うぇえ〜気色悪ぅ〜、さっさと済ませてさっさと払ってよね」ヒソ

薬売り「そう簡単に……済めばいいですがね」



【前置】
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/26(日) 23:53:42.02 ID:fB8nq6PZo


永琳「――――以上の事から、姫様の御提言が不可欠との判断を下しました」

永琳「故に御目通りの御容認……どうぞ、お願い申し奉ります」


うどんげ「たてまつりまする〜」

薬売り「……」ボー

永琳「 」



【刻】



薬売り「……」



【刻】



永琳「……」



【刻】



うどんげ「……」




チーン



薬売り「返事がありませんな」

うどんげ「うそ〜ん」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 00:28:04.66 ID:PLa1uhWao

うどんげ「あっれ〜、もうおねむの時間だっけ?」

永琳「姫様……?」

薬売り「……」


――――永遠亭の真なる主が御座す姫君之間。
 その優雅美麗さは、「如何なる大名の間にも劣らず」と、後に薬売りは申しておった。
 しかし何故か。点在する色とりどりの色彩に似つかわず、その間には畳を擦る音すらも聞こえて来ぬではないか。
 よもや、主はすでに床に付いているのか。
 はたまた、催しがてら厠にでも向かいなすったか。
 姫君の忠実なる従者が、その疑問を払拭せんと襖に手を伸ばすのは、まっこと月並みな必然であろうて。



薬売り「…………ん」



【鈴】



薬売り「――――ハッ!」



 姫君を知らぬ薬売りに、姫君の高貴さを夢想することは叶わず。
 それが同様に、モノノ怪を知らぬ永遠亭の従者は、モノノ怪の起こす怪異を推し量れぬとは明快な道理。
 故に……致し方なき事であったのだ。
 モノノ怪は――――”すでに眼前に御座していた”などと。

62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 00:36:28.63 ID:PLa1uhWao

永琳「姫様……開けますよ?」


薬売り「待て―――― 開 け る な ! 」



 襖は、誰に引かれるでもなく一人でに開いた。
 従者に取っては、触れた感覚以外には持ちえなかったであろう。
 しかしそのような事は、すでに些細な事でしかない。



永琳「え――――」



 襖は、開くと同時に――――”ブワリ!” 
 まるで疾風が如く、飛び出た”闇”が、間の隅々を縦横無尽に駆け巡ったと言う。



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63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 00:59:37.76 ID:PLa1uhWao


薬売り「ぐっ………………!」

うどんげ「おぉぉぇぇぇええ――――ッ!? ななな、何よこれェーーーーーッ!?」



【心慌意乱】



薬売り「すでに……”中に入っていた”とは…………!」

うどんげ「かかか、感心してる場合じゃないでしょォォォォ!? は、早く何とかしなさいよォォォォ!」

薬売り「御意……!」

 
 その場はまさに、阿鼻叫喚の場となり申した。
 大しけの海辺の如く暴れまわる闇が、雅な姫の間を漆黒に染め上げていく
 ガタつく襖、響く鈴、震える剣、こだまする金切り声。
 優雅なる色彩に負けず劣らず響き渡るこの騒乱は……
 すなわちモノノ怪の”念”の強さを意味しているとは、この場では唯一、薬売りだけが存じる所であった。



薬売り「――――ハッ!」



 薬売りの放つ破邪の札が、間の隅々まで張り巡らされる。
 ペタリ、ペタリ、またペタリと――――
 これまた迅雷の如き速度で行き渡る札によって、モノノ怪を寄せ付けぬ結界が生まれ出る。
 してこの結界、此度のモノノ怪にどれほどまでに通用するのか。
 それは当の薬売りにも見当がつかぬままであったが……



薬売り「ぐぅ…………!」



 しかし得てして意外や意外。
 モノノ怪らしきこの闇は――――結界の創造と同時に、存外素直に消えていったと言う。



【応変】
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 01:11:54.87 ID:PLa1uhWao

薬売り「皆々様……ご無事で?」

うどんげ「はぁ……はぁ……もう……心の臓が跳び出るかと思ったわよ……」

薬売り「まだ安心しちゃいけやせんぜ……モノノ怪は”まだいる”」

うどんげ「――――うっそぉッ!?」



 して、何とかその場凌ぎには成功した薬売りであったが、未だ予断許さぬ状況に、皆は生きた心地がしないと言う物。
 他の者は突拍子もない出来事が故、最後まで気づけぬままであったが……唯一薬売りだけは気づき申した。
 それは先刻見た、モノノ怪の形と思しき”無数の目玉”である。
 薬売りにはその目玉の群れが、暴れまわる闇の中に埋もれる様を、己が目でしかと捉える事ができたのである。



うどんげ「ど、どど、どこ!? 外!? そこ!? ここ!?」

薬売り「落ち着け……今探す……」



 して、それらを経た薬売りは、とあるひとつの仮説を得た――――。
 ふふ、実は身共も、それに関してはよぅく存じておるのだ。


 人の目玉を模したモノノ怪。
 怪しげな曰く付きの竹林。
 故郷から逃げ出した高貴なる身分の者。

 
 これらは……そう! 
 身共もかつて遭遇した、あの”海坊主”のモノノ怪と、すべからく酷似しているではないか!



薬売り(真は――――姫君か!?)



 だがしかし、残念な事に今回はまた別なようで……。
 いや別に、そうであれと願っていたわけではござらんぞ?
 ただその方が、身共も存じている分、語りやすしと思うただけで……。

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 01:22:07.72 ID:PLa1uhWao


永琳「姫様……!」

永琳「…………姫様?」



うどんげ「ハッ! そうだ――――お師匠様、無事!?」

薬売り「いや……待て」



 まぁとかくだな、モノノ怪の真は姫君ではなかったという事だ。
 ……何故って。そこはお主、当然であろう?



永琳「姫…………様…………」




永琳「姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様
   姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様
   姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様   
   姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様
   姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様
   姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様!!!!!」



薬売り(先を……越されたか……)



 姫君は――――すでに”モノノ怪に連れ去られた後”だったのだから。





                         【つづく】
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 01:22:54.89 ID:PLa1uhWao

【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/27(月) 01:23:29.90 ID:PLa1uhWao
本日は此処迄
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 08:38:58.19 ID:QDWpfH4nO
稀に現れる上質なクロスSSほんとすき
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 09:52:24.63 ID:b8nzTh6L0
海坊主というより鵺か化猫に似てるな。主要人物が段々いなくなっていくのは
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 12:15:02.28 ID:K29RTS+mo
鵺ってアニメにあった?吉原のヤツ?
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 13:46:42.33 ID:uKA7WPkDO
>>70
モノノ怪にあった。場所は京都っぽい
姫様もとい「東大寺」を巡って聞香で競う話
吉原は多分座敷わらしだったかな?
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/27(月) 15:13:34.60 ID:K29RTS+mo
あー、すっかり忘れてたわ

アヤカシが化け猫でモノノケが座敷わらし、のっぺらぼう、海坊主、鵺、化け猫か
全部で五個だと思ってたが六つだったのか
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:24:58.16 ID:4vyG16L1o


――――陰陽渦巻く竹林の座。
 陰は陽を染め隠し、陽は陰を照らし出す。
 同時に二つが御座せしど、相反せし二つは決して混ざることなし。
 消し合う運命が陰と陽。果たして盤上、残るはどちら――――




【永遠亭】――――三の幕
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:28:23.24 ID:4vyG16L1o

永琳「――――姫様!? どこです!? 姫様!?」

薬売り「モノノ怪に……連れ去られた」

永琳「ああああああ嘘よ姫様! 姫様がそう易々と連れ去られるわけが……!」

薬売り「信じ難きは心模様は心得て候。しかし事はすでに過ぎ去った」

薬売り「消え失せし姫君を求め彷徨うよりも、今は真を追及するのが優先かと……」



永琳「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼――――!!」



薬売り(主君を奪われ心乱されたか……)



【御乱心】
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:42:36.93 ID:4vyG16L1o

うどんげ「お、お師匠様……」

薬売り「致し方……ありませんね……」


薬売り「――――ハッ!」


うどんげ「こっ、今度は何!?」



【鈴】



薬売り「天秤ですよ……モノノ怪との距離を測る、ね」

うどんげ「距離を測る……天秤……?」


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薬売り「この傾き具合からして……どうやらまだ……”近くにいる”みたいですぜ」

永琳「姫……様ぁ……」フラァ
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:48:18.92 ID:4vyG16L1o


薬売り「モノノ怪が近くにいると言う事は、姫君もまだ近くにいると言う事」

薬売り「ひょっとしたら、まだ助けられるかもしれやせん」

永琳「姫様は……まだ近くに……」


薬売り「――――食われてなければ、ね」


永琳「アアアアアアアア!!」


うどんげ「……」ピキ



【遺憾】



薬売り「姫君を謀ったと言う事は、やはりモノノ怪と姫君は何らかの縁で結ばれている道理」

薬売り「しかし肝心の姫君はもういない……ですので、あなたが代わりに聞かせてもらえませんか」

薬売り「姫君の持つ因果……怨み、恐れ、またはそれに準ずるもの」

薬売り「かの都から逃げる事を選んだ過去……言い換えれば、目を背け逃れようとした罪」



永琳「ぐ…………ぐ…………!」



【問詰】

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:52:42.87 ID:4vyG16L1o

薬売り「貴方なら……知っているんじゃないですか」

薬売り「姫君の忠実な僕である……貴方なら」


永琳「姫様は…………姫様に…………!」


【捲立】


薬売り「さあ……さあ……!」




 ピ キ




薬売り「!――――うろうそくたいがね、せかきお」


薬売り「?にな……」



【逆】

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 21:59:54.06 ID:4vyG16L1o


薬売り(これは……)


うどんげ「お前さぁ……ほんと、いい加減にしとけって」


薬売り(何を……された……?)


うどんげ「何度も言ってるだろ……さっきから、何度も……」


薬売り(こいつの……仕業か……)


うどんげ「いい加減……口の効き方覚えろよ!」


薬売り「かすで……ざわしのたなあ」



 心乱されし八意永琳に呼応するかの如く、薬売りの声までもが、突如としてあべこべに乱れもうした。
 してそのまっこと奇怪な所業は、未だ姿見せぬモノノ怪ではなく、眼前の鈴仙なる人兎の仕業と言うではないか。
 人兎の面妖なる妖術をその身に受け、やはり薬売りは確信したと言う。
 「この永遠亭には、底なしに蠢く、いと大きなる因果ありけり」。
 モノノ怪の気配がとおに去ったその後も、人兎の眼だけが、げに朱く照り申しておった……
 とか、なんとか。



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79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:10:02.02 ID:4vyG16L1o


【――――暫し後】



薬売り「あ・あ・あ」

薬売り「い・ろ・は・に・ほ・へ・と・ち・り・ぬ・る・を」

薬売り「ふむ……どうやら、戻ったようですな」


うどんげ「――――いい薬になったでしょ。アンタみたいな無礼者には、特に」


薬売り「ええ……そりゃあもう……」



【鈴仙・優曇華院・イナバ――――之・真】



うどんげ「あたしの能力は【狂気を操る程度の能力】。万物に宿る全て波長を狂わせ、乱す」

うどんげ「音、光、熱、さらには人の五感すらも……この目に映る物なら、なんでもね」

薬売り「面白い妖術をお持ちですね……なるほど、”乱す力”ですか」

薬売り「では先刻のアレは、あっしの喉を乱した……という事ですかな」

うどんげ「あー、うん、まぁ……そうね」

薬売り「おや、やけに暗い面持ちですな」

薬売り「素晴らしい術をお持ちなのに……むしろ何故に、今まで隠しておられたので?」

うどんげ「いや、隠してたってわけでもないけど、だってさぁ……」

薬売り「”薬師と真逆の力”――――だからですか?」

うどんげ「あんた……ハッキリ言いすぎよ」



【図星】
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:17:20.91 ID:4vyG16L1o

うどんげ「薬師の弟子が人を狂わせる術師だなんて、笑い話にもなんないでしょ」

薬売り「そうですね……その素晴らしい力のおかげで、モノノ怪を取り逃がすハメになってしまいましたし」ハァ

うどんげ「このガキャマジ……下手に出ればまたそんな口を……」ピキピキ

薬売り「事実を申したまでですが、何か」キリ

うどんげ「ていうかそもそも! あんたがズケズケと物申しまくるから使うハメになったんでしょうが!」

うどんげ「お師匠様の様子見たでしょ!? 姫様がいなくなったばっかりなのよ!?」

薬売り「確かに、お師匠様らしからぬ乱心具合でしたな」

うどんげ「言っとくけど、さっきのアレはあたしじゃないわよ。お師匠様の素の心境」

うどんげ「人が乱れる様を見て……あんな尋問紛いなマネがよくできたわね!?」

薬売り「モノノ怪が……近くにいたもので……」



【溜息】



うどんげ「なんか……あんたアレね」

うどんげ「本質的に、アレなのね」

薬売り「アレとは?」

うどんげ「うーん、こう、何といったらいいか……」

うどんげ「育ちのせいなのか、持って生まれた性なのか……」

薬売り「なんなりと申し付けてくださいよ、姉弟子様」

うどんげ「そうその言い方! 発音! イントネーション!」

うどんげ「すっごいイラつくわ! めっちゃくちゃバカにされてる感じ!」

うどんげ「そろそろ何とかなんないの!? その……その!」


うどんげ「アレな感じなアレ!」


薬売り「はぁ……」



【御説教】

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:24:48.08 ID:4vyG16L1o


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うどんげ「音にはね、波長ってもんあるのよ。ゆらゆらと揺らぐ、波のようなね」

うどんげ「この波長の具合が音に様々な変化を与える。高か低か、長か短か、大か小か――――」

うどんげ「そして波長はもう一つの変化を持つ。それが何かわかる?」

薬売り「さぁねぇ……あっしは雅楽奏者じゃありやせんので」

うどんげ「”感情”よ。音の波長は感情にも変化を与える」

うどんげ「心静まる心地よい音に、底から昂る激しい音」

うどんげ「そしてその真逆の、不快感を与える音もね」

薬売り「音にも感情がある……と?」

うどんげ「ううん、音はあくまで音にすぎない。変わるのは、発する者と受け取る者の二つ」

うどんげ「人の感情にも影響を与える音の波長……その中で、相手に何かを伝える為に与えられた揺らぎ」

薬売り(それはまさに)

うどんげ「これを”声”って言うのよ」



【声音】


82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:34:39.30 ID:4vyG16L1o

薬売り「これはまた……奇怪な事を。その言い分だと、人以外も喋ると言う事になりますが」

うどんげ「ええ喋るわよ。聞こえないだけ」

うどんげ「長い時の中で失ってしまったか、または耳を塞いで聞こえないふりをしているだけか」

うどんげ「けど、ちゃん声に耳を傾けさえすれば……」

薬売り「じゃあ、教えていただきましょうかね。例えば……この辺り一帯でサアサアと鳴る竹の一本一本」

薬売り「こいつは一体……誰に、何と言っているんですかね」

うどんげ「聞きたい?」

薬売り「……是非」


うどんげ「ん……」



【聞耳】


【擦音】


【竹之声】


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うどんげ「――――”薄気味悪いちんどん屋、早く帰れバカ”」

うどんげ「だってさ」

薬売り「こいつぁ……手厳しい」



チーン
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:40:34.58 ID:4vyG16L1o


うどんげ「よーするに! もっと言葉の使い方を考えろっつってんの!」

うどんげ「同じ言葉でも使い方次第で意味変わるって事。わかった!?」

薬売り「はい……はい」

うどんげ「はーあ、こんなのその辺の童でも知ってるってーのに」

うどんげ「一体どんなしつけを受けてきたのかしら。ったく、これだから穢れた人間は」

うどんげ「ハーヤダヤダ。育ちの悪い奴って、これだから嫌い」ヤレヤレ

薬売り「……おや?」



永琳「――――人の事が言えた立場ですか、鈴仙」



うどんげ「お、お師匠様!」

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:44:18.41 ID:4vyG16L1o

永琳「私から見れば……貴方だって、十分に口汚い部類と存じておりますが?」

うどんげ「だ、だってあれはいつもてゐが!」

永琳「それに、貴方の力は心身乱せし魔性の力。”許可なく使うな”と、あれほど強く言いつけておいたのに」

うどんげ「バ、バレてたっ!」ガーン


【洞観】


永琳「――――先刻は大変お見苦しい所をお見せしました、薬売りさん」

薬売り「こちらこそ、いささか無作法が過ぎたようで……お体御障りないですか? お師匠様」

永琳「もう大丈夫です……さぁ、こちらへ。奥の間で、お話しましょう」

永琳「あなたの言う真……あなたに知らせたい、この”世界の理を”」

薬売り「ほぉ……言うに事欠いて、世界の理と来ましたか」

永琳「そして鈴仙。ついでにあなたにも話があります」

永琳「夜通しかけた、なが〜いお話が、ね」ジロ

うどんげ「う、うう……」


薬売り「……」


【凝視】


うどんげ「な、なによ……」


【失笑】


薬売り「…………プッ」

うどんげ「――――あに笑ってんだちんどん屋ゴルァ!」



【――――鈴仙!】
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 22:44:44.54 ID:4vyG16L1o
風呂
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/29(水) 22:54:08.23 ID:J/CR65NSP

うどんげ、紺珠出てから大分キャラ付けが変わったよね
前まではえーりんとニートから振り回される常識人枠だったのに
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/29(水) 23:59:38.97 ID:4vyG16L1o


【対面】


永琳「”幻想郷”……と言う名をご存じで?」

薬売り「はて、幻想郷……初耳ですね」

永琳「この永遠亭を有する迷いの竹林……の、さらに外」

永琳「人里・森林・城・御屋敷、村、山、川、等々――――これらを含む全てを、ここでは幻想郷と呼ぶのです」

薬売り「そのような地が……いやはやお恥ずかしい。地理学にはとんと無頓着な物で……」

永琳「そしてこの幻想郷は、とある大きな理に覆われております」

永琳「それは他の地では決してありえぬ、世の理から外れしもう一つの理……」

薬売り「ほぉ、してそれは……」

永琳「――――人と、妖との共存です」

薬売り(なんと……)


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永琳「浮世で疎まれ、払われ、魑魅魍魎と恐れられる人ならざる者どもが、巡り巡って辿り着く最果て」

永琳「それがこの幻想郷。居場所をなくした妖の、最後の居場所なのです」

薬売り「なるほど……どーりで、どこもかしこもアヤカシだらけと思いましたよ」チラ

うどんげ「あんたが一番怪しいのよ。このちんどん屋ファッションが」

薬売り「居場所をなくした者が最後に行き着く先……なるほど、逃亡の身にとってはこれほど都合のいい場所はない」



永琳「――――だと、思っていました。つい最近まで」



【想定外】
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:04:24.77 ID:GS5/l6xSo

薬売り「おや……違うので?」


永琳「これを……ご覧ください……」ペラ


うどんげ「そ、そいつは!」

薬売り(これは……)


永琳「貴方が、てゐと居た時に見たというモノノ怪の姿……」

永琳「ひょっとすると、このような姿だったのではありませんか?」


薬売り「ええ……間違いありません」


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89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:13:18.47 ID:GS5/l6xSo

薬売り「何故、ご存じなので」

永琳「先刻、あの奥御殿での貴方とうどんげの会話……”無数の目玉”と言う言葉で気が付きました」

うどんげ「聞こえてた……のね」

永琳「この者は――――人呼んで”スキマ妖怪”」

永琳「して近しい者は、敬意を込めて彼女を【八雲紫】と呼ぶのです」

薬売り「スキマ妖怪……八雲紫……?」


【紫】


永琳「彼女がスキマを開く時、そこには無数の眼が現れると言います……まさに、この絵のように」

薬売り「瞼……みたいですな」

永琳「スキマ妖怪とは、その名の通り、この世の全てのスキマを司る妖怪」

永琳「そしてスキマとは、言い換えれば万物の境界線そのもの」

永琳「物と物。事象と事象。さらにはその対象は、夢や幻と言った精神的境にまで及ぶと言われております」

薬売り「夢と現実の境界・夢現(ゆめうつつ)……」


【境】


永琳「して、その全てを司るこの妖怪であれば……そう」

永琳「この幻想郷は――――”彼女が創造りし世界”だったのです」


薬売り(人と……妖の……境……)



【八雲紫――――之・真】

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:20:06.75 ID:GS5/l6xSo

永琳「人と妖の境界を曖昧にした世界の創造……そんな神の如き芸当ができるのは、この八雲紫以外にありえないのです」

永琳「少なくとも、創立に深く関わっているのは間違いないでしょう」

薬売り「なるほど……確かに、形は合致する」

薬売り「しかしまだ”真”が見えない。仮に、モノノ怪の正体がその八雲紫だったとして……」

薬売り「何故、姫君を狙う? よもや今更、不法入居などと訴えるつもりでもあるまいし」

うどんげ「薬売り……声」トントン

薬売り「っと失敬。少し口が過ぎたようで」

永琳「……」

薬売り「申し訳ありませんね。あっしはどうやら、含みを持たせる言い方が癖になってしまっているようで」

薬売り「他意はありませんので、あしからず……」

うどんげ「……」



薬売り「しかし――――腑に落ちぬのもまた事実。逃亡の果てに行き着いた身であるはずのあなたが、何故にそこまで”スキマ”の詳細を得るに至ったのか」



ポン



薬売り「貴方はその八雲紫を”彼女”と呼んだ。性差の曖昧な八百万の神に等しき存在を、どうして彼女と断言できましょう」

薬売り「それも――――”近しい者の呼び方”まで知る、程に」

うどんげ「全然……反省してないじゃない……」ハァ



ポポン




薬売り「お聞かせ……願いますかな」

薬売り「因果の隙間は、姫君とあなた、一体どちらに繋がっているのか……」




ポポポン




永琳「……」




(――――両方、です)




チーン

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:34:10.92 ID:GS5/l6xSo


【亥】


薬売り「お体……差し支えないですか」

てゐ「全ッ然。あたしを誰だと思ってるの?」

てゐ「こんな程度で床に伏せるほど、この因幡てゐ様はヤワじゃ(ry」

薬売り「じゃあもう看病はいらないですね」

てゐ「ああああああ痛いいいいいいい傷口が開くううううう痛いいいいいい!!」ジタバタ

薬売り「やれ……やれ……」


ゴーン


てゐ「うううう〜〜〜特に頭のこの辺がすっごく痛いぃ〜〜〜」

薬売り「患部は肩じゃありませんでしたか……」

てゐ「素人ねちんどん屋。傷口からばい菌が入って、新たな病気が感染する事だってあったりするのよ」

薬売り「そりゃそうですが、にしてもそんな急には膿みませんよ」

薬売り「それに、消毒はちゃんと済ませてますし」

てゐ「ああああ頭が痛いいいいい割れるうううううもうダメだああああああ!!」

薬売り「はい、はい……わかりましたよ」



【仮病】
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:40:30.68 ID:GS5/l6xSo

薬売り「何を、させたいんですかね」

てゐ「この屋敷のどこかに頭に効く薬があったと思うから、それ持ってきて」

薬売り「わざわざ取りに行かなくとも、あっしが直々にこの場で頭痛薬を調合してさしあげ――――」ガサゴソ

てゐ「くぉらやめい! そんなもんいるかァ!」

薬売り「何故……?」

てゐ「バカね。あたしが言ってるのはお師匠様が直々に作った置き薬の事言ってるの」

てゐ「八意印の特別薬よ。なんでも万病に効き、なんでも治すとかなんとか……」


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薬売り「万能薬……ですか」

てゐ「そんな薬があると知っちゃあそりゃあんた、普通の薬なんて飲む気になれないってなもんよ」

てゐ「特にあんたみたいな、ヤブ臭いちんどん屋の作る薬なんて、さ」

薬売り「……」ジー

てゐ「なによ。なんか文句ある?」

薬売り「いえ……ただ……」

薬売り「少しショック……という次第で」



チーン
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:45:52.18 ID:GS5/l6xSo

永琳(かの都にはかつて、大規模な争いが起こった経緯があります)

永琳(それはまだ私達がかの都にいた頃の話……何の前触れもなく、ソレは突然やってきた)


【歩】


永琳(当時の記録には、地上の妖怪が突如として、大挙に押し寄せてきたとあります)

永琳(その首謀者が、当時まだ名の無かった八雲紫)

永琳(先の争いは、八雲紫がかの都をわが手に収めんと起こした、侵略戦争だったのです)


【歩】


永琳(八雲紫は非常に危険な妖怪です。飽くなき野心はまるで留まる事を知らず、思うがままにこの世界の理を弄ぶ)

永琳(そして、その欲望は未だ衰えてはおらず……この幻想郷だってそう)


【歩】


永琳(当時は、辛くも撃退にこそ成功しましたが……首謀者の八雲紫までを討ち取るまでは叶いませんでした)

永琳(してその八雲紫が生きてる以上、侵略を諦めたとは到底思えません)

永琳(この幻想郷の創設だって、よもや、再侵攻の為の前準備なのではとすら思えます)


【歩】


永琳(スキマは着実に広がり続けています。今この瞬間も……着々と……まるで病魔の如く)

永琳(してその病魔が、隙間を縫って、この永遠亭にまで辿り着いたとしたら……)

永琳(かつて欲したかの都の姫君が、よもや自分の庭にいるなどと、あの八雲紫が知ろう物ならば……)



 ピ タ



薬売り「逃げ込んだ先が、よりにもよって、かつての宿敵の箱庭であったとは……ねえ」

薬売り「はてさて、運がいいのやら……悪いのやら」



【姫君之間・再】

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:51:01.18 ID:GS5/l6xSo

薬売り「珠・鉢・衣・貝・枝……ほほぉ、これはこれは、貴重な品ばかりだ」

薬売り「逃亡の最中の唯一の娯楽でしょうか……意外にも、姫君には収集家としての側面があった」

薬売り「と、言う事でよろしいですかな」


うどんげ「――――その前に、とりあえず謝ろっか」


【御免】


うどんげ「姫様の部屋に勝手に入るとか……あんた、世が世なら打ち首獄門よ」

薬売り「いいじゃありませんか。ここには、優秀なあなたがいる……こうして即座に駆けつける、地獄耳の宿直兎がね」

うどんげ「ふん、おだてようたってその手には乗らないっての」ピコピコ

薬売り「耳、立ってますよ」



チーン

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 00:53:22.83 ID:sGUvSAn1o
薬売りだけど割りと探偵っぽいよね
色々調べなきゃいけないし
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 00:56:18.39 ID:GS5/l6xSo


うどんげ「で、何しに来たの? 金目の物でも探しに来た?」

薬売り「探し物は探し物ですが……金目の物ではなく、薬を探しに来たんですよ」

うどんげ「薬を探しに来たって、あんたがその薬売りでしょうが」

薬売り「いえね、なんでも、ここには”八意の秘薬”があるそうで……」

うどんげ(…………!)


【驚】


薬売り「この屋敷のどこかにあると言いますから、取ってこいと言われたんでさぁ」

薬売り「とは言う物の、あっしはこの屋敷の事はたいして詳しくない。迷い迷って、気が付けばこの姫の間に――――」

薬売り「……どうしました?」


【殺気】


うどんげ「誰に……頼まれた」

薬売り「そう急かなくとも、ちゃんと言いますから……とりあえず」

薬売り「その”単筒を模した指”を収めていただけませんかね」


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うどんげ「誰が……”あの薬”の事を漏らした……!」

薬売り「おっかなくて……また声があべこべになってしまいそうだ」



【禁秘之薬】

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:03:56.78 ID:GS5/l6xSo

薬売り「曰く――――その秘薬に比べれば、あっしの薬なんてその辺の藪とたいして変わらない。だそうで」

うどんげ「あのバカウサギ! よりにもよってあの薬の事を漏らすなんて……!」

薬売り「と、言う事は……あるんですね?」

薬売り「あらゆる病に効くという……八意の秘薬とやらが」

うどんげ「ぐ…………」

薬売り「話して……いただけませんかね」

薬売り「それが、モノノ怪の因果と縁……かもしれませんから」


うどんげ「う……」


【黙秘】


うどんげ「ぐ…………!」


【焦燥】




(グゥー……)



うどんげ「……わかった。ついてきて」



【出掛】


98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:10:51.52 ID:GS5/l6xSo


――――かごめ かごめ かごのなかの とりは



薬売り「どこまで……行くんです?」

うどんげ「黙ってついてきなさい。知りたいんでしょ」



――――いついつ であう



薬売り「もうすっかり永遠亭が見えなくなりましたが……まだ進むんです?」

うどんげ「うっさい! ズべこべ言うな!」



――――よあけのばんにん



薬売り「どこまで行こうと、竹・竹・竹……迷いの竹林とはよく言ったものです」

薬売り「こんな代わり映えのない景色じゃ……なるほど、盗人風情では到底辿り着けない」

薬売り「そしてかのスキマ妖怪であろうと……ここは、境が多すぎる」



――――つると かめが すべった



うどんげ「 」ピタ

薬売り「おや、どうしました?」

うどんげ「これもって」ドン



――――うしろのしょうねん 



薬売り「……籠?」



――――だぁれ?



【籠目】
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:22:32.47 ID:GS5/l6xSo

うどんげ「スー……ハー……スー……ハー……」

薬売り「何を……なされているんです?」

うどんげ「いざ――――参る!」

薬売り「ぬおっ」


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うどんげ「――――そこォッ!」

薬売り「おおっ」


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うどんげ「まだまだァァァァッ!」

薬売り「お、お……」


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うどんげ「あたしの目からは逃れられない……よっと!」


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うどんげ「――――うっし! 本日の”収穫”終了ォッ!」フッ

薬売り(重い……)



ゴーン
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:31:17.69 ID:GS5/l6xSo

うどんげ「いやね、すっかり忘れてたのよ――――”夕飯の支度”」

うどんげ「ドタバタしてたしさ。そういやまだ、なーんも食べてなかったなって」

薬売り「山菜、菜の花、木の実、筍、茸、なるほど……食糧調達でしたか」

薬売り「にしてもこれは……少々獲りすぎかと」


【大・豊・作】


うどんげ「効率化と言って頂戴。ただでさえ忘れてたんだから、弾幕バラいてパパーッと獲らないと」

薬売り「今のが……弾幕ですか」

うどんげ「つか、ほんとはあんたがやんきゃいけない事なのよ? 新入りの癖に、てんで仕事しないじゃない」

薬売り「まだまだ、未熟者です故……」


【夜風】


うどんげ「働かざる者食うべからず。よーく覚えておきなさい。薬も食料も、ただで得られはしないのよ」

薬売り「真も……ですか」

うどんげ「お師匠様の秘薬がその最たる例ね。あれは、大金詰もうが屋敷を荒らしまわろうが、簡単に手に入るもんじゃないから」

うどんげ「だから、いくら探したって無駄よ。昨日今日来たばかりのあんたには、絶対見つけられないんだから」

薬売り「別になかったらなかったで構いませんがね。あっしが求めるのは、薬そのものではなく、薬の真」

薬売り「曰く如何なる手段を用いようと手に入る事の叶わぬ、八意の秘薬。それは何か」

薬売り「そろそろ……お聞かせ願いますかな」



【追風】



うどんげ「あの薬は……”蓬莱の薬”ってーのよ」




【蓬莱の薬――――之・真】
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:41:41.05 ID:GS5/l6xSo

うどんげ「咳・痰・胃もたれ・頭痛・出血・霞・熱・腫れ……この世には、数えきれないくらいあらゆる病があるけれど」

うどんげ「その中で、誰もが等しく持ち、そして決して治せない病がある……それは何か」

うどんげ「薬売りでしょ。当ててみなさいよ」



(――――え〜何それ、全然わかんな〜い)



薬売り「いささか頓知のような答えになりますが……よろしいですかな」

うどんげ「なんでも言いから」



(――――あ、わかった! もしかして…………)



薬売り「それは所謂……”死の病”って奴なのでは……?」



【正解】



うどんげ「かつて、時の皇帝に命ぜられた国一番の薬師が、生涯かけて臨んだと言う不老不死の薬」

うどんげ「しかしその薬師は完成することなく、どころか自らの病すら治せぬまま、生涯を終えた……とか」

うどんげ「もしくは皇帝の怒りを買い処されたとか、褒美だけ受け取ってバックレたとか……」

薬売り「偽物を飲ませた……なんて話もありますな」

うどんげ「まぁ、いろんなバリエーションのオチがある話だわね」

薬売り「してその全ては、”不老不死などありはせぬ”の言葉で結ばれる……ありがちな不老不死譚ですな」


うどんげ「でも――――本当にあったとしたら?」


薬売り「本当に……あるんですね」



【向風】

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:47:42.43 ID:GS5/l6xSo

うどんげ「姫様の部屋にあった置物、覚えてる?」

薬売り「無論です。見るからに珍品とわかる、それはそれは珍しい品々でした」

うどんげ「その中に、盆栽みたいなのがあったでしょ? こう、先っちょに色とりどりの実が成ってる奴……」

薬売り「ああ、ありましたな」

うどんげ「あれは――――”蓬莱の玉の枝”。薬師なら、名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」

 

――――蓬莱の玉の枝とは、不老不死の薬の元とも言われておる物だ。
 この世のどこかにあると言う蓬莱山にのみ生え、宿す実は七色に光り輝いておると言う、まっこと摩訶不思議な木々なそうで。
 その美しさは極楽浄土の風景に同じと言われるほど、大変に美しい実であり、また不老不死の噂も出回った事から、その名は各地へと一気に広まり申した。


 しかし今日まで、位に関係なく無数の者どもが捜索に当たったと言われておるが、いまだその現物を手にした者はおらぬ……
 と言うのが、広く知られた通説であろう。



うどんげ「言っとくけど、本物じゃないわよ。あそこにあったのは全部贋作(レプリカ)」

うどんげ「でも、姫様だけは――――唯一、蓬莱の玉の枝の”本物”を所持している」

薬売り「……ほぉ」



【姫君之宝】
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:54:03.60 ID:GS5/l6xSo

うどんげ「それがどこにあるのかはあたしにもわかんない。でも、持っているのは本当よ」

薬売り「はて、しかし妙ですな……蓬莱の玉の枝は確か、物自体が贋作」

薬売り「どこぞの誰かが作り上げた、夢物語の中だけに存在する一品……と存じておりますが」

うどんげ「夢物語じゃ……ないのよ」


【凪】


うどんげ「あたし達がいた”かの都”……それがどこかわかる?」

薬売り「そういえば……はるか遠くの果ての地とおっしゃっておりましたから……」

薬売り「北は蝦夷地か、南は琉球か……それでもなければよもや、海の向こうの南蛮の地か」

うどんげ「ううん、全部ハズレ。かの都はそのどこでもないし、そのどこよりも遠い場所にある……」

薬売り「ほぉ……ではどこに?」


うどんげ「――――あそこ」


 その時、鈴仙は立てた指を真上に持ち上げ、煌めく夜空を堂々と指さしなすったと言う。
 奇怪な返答と思わぬか? 思うであろう。
 戯れと思しき程に、その指した指の先は、丸い孤を描く月のちょうど真ん中に突き刺さっているではないか。
 


薬売り「……満月?」



うどんげ「そうよ、あたし達は……」



 しかし鈴仙の返答は、決して戯言の類ではござらなかった。
 真摯な鈴仙の顔つきが、その言葉の全てが真である事を示しておる。




うどんげ「あたし達は――――あの”月”からやってきた」




 してその時の様子を、薬売りが曰く――――
 手を仰ぐ様が月の光に照らし出され、「まるで枝に咲く一輪の花のようであった」などと、申しておった。


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                         【つづく】
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:54:30.10 ID:GS5/l6xSo

【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/30(木) 01:54:56.53 ID:GS5/l6xSo
本日は此処迄
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 10:16:02.83 ID:+dgxShUdo


薬売りも弾幕うてるよね。お札大量に投げるし
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/30(木) 21:43:49.00 ID:624NVfLWo
毎度毎度いいとこで切りやがるな
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 14:31:40.10 ID:WqlHno/No


――――儚き思いを重ねども、決して叶わぬ人の夢
 金銀財宝、数多の名声。
 羨む宝を捧げ共、欲さぬと断じられれは、その全てが甲斐なき骸と成り果てん。
 そして問わん。あなた様が、真に欲するは何か。
 そして問われん。あなた様が、真に望む夢は何か――――



【永遠亭】――――四の幕
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 14:38:12.83 ID:WqlHno/No

うどんげ「かの都とは……つまり月の都の事。そこで生まれた人を、地上の人間と区別して月人って呼ぶの」

うどんげ「まぁ私は、正確に言うと玉兎っつって、月人とはまた別なんだけどね」

薬売り「月の兎……の意ですか」


【正真】


うどんげ「でも、お師匠様と姫様は正真正銘の月人。本当なら、地上なんかとは永遠に無縁の方々なんだから」


 にわかに信じ難き鈴仙の語り。
 口を開くと同時に飛び出す言葉の数々は、その全てが絵巻物の類となんら遜色なき内容である。
 が、しかし薬売りは訝しむ事もせず、ありのままを信じた。
 それはこの竹林に隠されし「真」のせいなのだろうか。
 はたまた自らも、絵空事の如き怪異に身を委ねているからなのだろうか……



うどんげ「つーわけで……まぁ、にわかには信じられないと思うけど」

薬売り「いやぁ信じますよ。実直な姉弟子様がよもや嘘偽りを申すなど、恐れ多くてとても……」

うどんげ「話が早くて助かるけど、全然うれしくないのは何故かしらね」


【謙遜】


薬売り「それに……不死の薬に幻想郷。そしてあなたのような、強力な妖術を持った人兎」

薬売り「月の魔性に当てられたと考えれば……全てに合点がいきます故」



 ちなみにだが、この鈴仙と先ほどのてゐとか言う二人の人兎
 一見同じようではあるが、実は似て非なるアヤカシである
 鈴仙の方は月の兎を意味する「玉兎」。
 対しててゐの方は、地上のアヤカシを意味する「妖兎」
 身なりに差異はあらねど、素性は全くの別物である故、努々お忘れなきようにされたし。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 14:48:02.29 ID:WqlHno/No


薬売り「にしても……どうしてまた、突然打ち明ける気になったのです?」

薬売り「それもこんな竹林の奥も奥で……誰かに聞かれてはよろしくない事でも、おありなんですかね」

うどんげ「そうね……できる事なら誰にも……特に、お師匠様には……」

うどんげ「これはある意味……姫様とお師匠様を、侮辱する行為でもあるから……」



 鈴仙は、この期に及んでまた口を噤み出した。
 その躊躇いが意味する事は、やはり背徳に対する懺悔なのであろう。 
 薬売りはその様子を、急かすこともせずにじぃ〜っと待った。
 真とは、叶うなら当人が自らの意思で表すのが一番良い……とでも、この時薬売りは思うておったのだろうて。



うどんげ「モノノ怪は、人の因果に憑りつく……だっけ?」

薬売り「そう。モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)――――」

薬売り「人の情念や怨念がアヤカシに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」

うどんげ「その怨念って……やっぱり、憎いとか、恨めしいとか、そういう感情?」

薬売り「ええ……”そういうのも”いますね」

うどんげ「だったら……ううん、やっぱり……」

薬売り「お聞かせ……願えますかな」



 しかしにしても、あまりにも勿体ぶった鈴仙の仕草に、薬売りはつい退魔の剣を構え申した。
 剣に付いた鈴が、チリンと小さく鳴る。
 聞き洩らしも十分ありえる程に小さき音であるが、鋭い耳を持つ鈴仙には十二分に聞こえる音である。
 あのきざったらしい薬売りの事だ。どうせ鈴の音で持って、粋に促したつもりであったのだろう。


 「――――さっさと言わぬか! この半人半兎のアヤカシ風情めが!」
 そんな回りくどい真似をせずとも、身共なら直接そう言ってやると言うのに。



うどんげ「一人……心当たりがある……」

うどんげ「姫様と……お師匠様……ううん、もしかしたら、月そのものに恨みを持ってるかもしれない人間……」

薬売り「ほぉ……して……」

薬売り「それは一体、どこのどちらさんで……」



 やはり案の定、この玉兎は知っておった。
 モノノ怪を成す怨念、その真に最も近き者であろうその名を。
 全く、だったら最初からそう述べておけばよかったものを……
 さすればあの姫君も、消え失せる事などなかったかもしれんであったろうに。

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 14:56:31.48 ID:WqlHno/No

うどんげ「かつてまだそいつが人間だった頃、姫様に肉親を侮辱された奴」

うどんげ「そしてかつてまだそいつが人間だった頃、望まぬ永遠を植え付けられ、人ならざる者になった奴」

薬売り(姫君が……侮蔑……?)



 して紆余曲折を経て、ようやっと玉兎はその名を口にしたのだが……
 ……いや、まさかのう。
 あ、いや、いやはや、なんでもござらんよ。
 ただその名が、身共もよぉく存じておる「氏」と同じ性であった故に、な。



うどんげ「【藤原妹紅】――――不死の秘薬を飲んで”しまった”、ただ一人の地上人」



 いやはや面目ない。やはり身共の勘違いだ。
 よくよく考えれば、氏の名が使われておったのは、鎌倉よりさらに以前の世の話だ。
 数多の性が蔓延る今日に置いては、性の被りなどさして珍しくもない事であろうて。



薬売り「その名は確か……」



 それに姓名の由来など時代事に大きく異なっておる……だから、ありえぬのだよ。
 その藤原妹紅とやらが、”藤原氏の末裔”であるなどと。


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112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:08:39.30 ID:WqlHno/No


薬売り「その藤原妹紅とやらが……モノノ怪の真であると?」

うどんげ「お師匠様を否定するわけじゃないけどね……でも、誰かひとり選べって言われたら、やっぱり妹紅以外ありえないと思うのよ」

薬売り「八雲紫は、関係ないと?」

うどんげ「だってそうじゃない。そりゃ過去に月を攻めたかもしんないけど、今は幻想郷の管理人みたいなもんでしょ」

うどんげ「あたしら別に、ここを荒らそうとしてるわけでもなし。目をつけられる言われがないわ」



 にしても、師弟の関係とは、げに不思議な関係よの。
 長きに渡り衣食住を共にし、親子同然の暮らしを送っているにも関わらず、その思想は決して重なることがない。
 伝統に重きを置く師匠に、商いを促す弟子。
 互いの言い分はどちらも正しく、しかし決して相容れぬ……
 これは巷でよく耳にする、職人の後継ぎ問題と言う奴だな。



うどんげ「そもそもな話、あたしらが月人とバレてるって限らないじゃん」

うどんげ「仮にバレてたとしても、忙し過ぎてとてもあたしらに構ってる暇はないと思うんだけど」

薬売り「忙しく……ないんじゃないですか」

うどんげ「なわけ……ねえっつの」




【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】

【藤原妹紅】


113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:18:33.74 ID:WqlHno/No

うどんげ「あのね〜……言っとくけど、幻想郷ってほんッとうに、めッちゃくちゃ広いのよ?」

うどんげ「古今東西の妖怪が集う妖怪の山に、凶悪な吸血鬼の根城に、黒魔術の蔓延る暗黒の森に、後は……」

うどんげ「地底にはかつて地獄だった場所があると言われているし、聞く所によると、どこぞに冥界の入り口まで開いてるとかなんとか」

薬売り「冥界に地獄……ですか」


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うどんげ「そんないかにもな場所と比べたら、ここはま〜静かなもんよ。当然ね。ただ住んでるだけなんだから」

うどんげ「住み着きついでに病人救って、怪我人治して、薬出して、さ……」

うどんげ「ハッ、だったら猶更理由がないわね。攫われる所か、むしろ感謝されたいくらいよ」



 今回もまさにその典型であろう。
 此度の騒動、師が紫と言えば、弟子は紅と答える。
 双方の言い分はどちらも根拠に足る物で、しかしその真偽はいまだ見えぬと来た。

 薬売りも大層困り果てたであろうて。
 師と弟子。紫と紅。人と兎。療と乱……真偽はどちらに傾くか。
 それはやはり、薬売りが自らの眼で断ずる以外に無いのだ



薬売り「その藤原妹紅とやらに……会わせてもらえますかな」

うどんげ「……危険よ。命の保証はできないわ」



 まぁ、唯一わかる事はだな。
 紫も紅も、月桂に盾突かんとしている傾奇者なのだ。
 荒唐無稽にして酔狂極まりないが、故に明快なのが不幸中の幸い。
 してその心は……二色共、”決して近づいてはならぬ”色々。と言う事だな。




【至・竹林之最奥】

114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:46:03.38 ID:WqlHno/No


【子】


うどんげ「妹紅はね、元々はただの人間よ。見た目はその辺の生娘とそう変わらないわ」

うどんげ「だから、知らないまま出くわしても気づかない事の方が多い……ていうか、むしろあんたの方が妖怪に近いくらい」

薬売り「よく……言われます」



 しかしこの永遠亭とやら、よくできた物であるな。
 月から逃げ延びた者共の隠れ家と言うのが真相であるが、その真相を忍ぶ姿として、薬屋を商んでおるは周知の通り。
 してその商いは……いやはや、どこで学んだやら。まさに関心の一言である。



うどんげ「ま、いくらなんでも迷い人を襲ったりはしないけどさ」

薬売り「兎に化かされる事の方が多いでしょうしね」



 まずは大元、八意永琳があらゆる病に対応した薬を作る。
 してその薬を、玉兎がその瞬足を用いて、疾風の如き速さで患者の元へと届ける。
 大金を積んでも手に入らぬ上質な薬が、安価に、しかもすぐに届く環境。
 これだけでも十分、そこらの商人と一線を画すと言うに……

 さらには時に、急病の者がいれば、八意永琳が自ら駆けつけ治療を施す事もあると言う
 そして治療を終えた後も足繁く患者の元に通い、差し支えないかを事細かに診て回ると言う万全ぶり。
 いやはや、まさに薬師の鑑。
 どこぞのうさんくささ極まれり薬売りにも、ぜひ見習ってほしい物よの。
 


うどんげ「ただ……やっぱり妹紅は、あたし達にとっては脅威そのもの。一度襲われれば、もうあたし達ではどうする事もできないわ」

薬売り「襲われることが……あるんですね」



 これではよもや、永遠亭を月人の住処と思う者等いやしまい。
 人の間では、永遠亭の名はもはや、立派な薬屋の大看板なのである。
 ……のだが、そのあまりに完璧な隠匿が故か。
 反面、”外敵の襲来”にはやや弱い傾向にあるのではないかと、身共は断ずるわけだ。

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 15:53:36.30 ID:WqlHno/No

うどんげ「恥ずかしい話だけどね、あたしもてゐも、お師匠様すらも、妹紅を食い止めれた試しがないのよ」

薬売り「貴方の妖術を持ってしても、ですか……?」


 完璧に溶け込んでいるが故に。
 もし下手人の類に襲われれば、対応は後手に回らざるを得ないのではないだろうか……と、身共は考えるわけだ。
 仮に下手人が病人を装ったとしよう。
 見るからにいかにもな輩であろうとも、病に苦しんでいると言う”建前”があれば、薬師としては門戸を開かぬわけにはいかぬであろうて。
 


うどんげ「妹紅にはね、波長そのものがないのよ」

うどんげ「あたしの術は波長があって初めて操る事ができる……んだけど、妹紅の波長はずっと止まったままなの」

うどんげ「波は揺らぐからこその波なの。止まった波長は、ただの一本線でしかないわ」

うどんげ「これじゃあ、あたしじゃどうする事も出来ない」

薬売り(一本の……線……)



 そして病魔に苦しむ患者を救わんと、いざ馳せ参じたその途端……
 ”グサリ!”と刃を突き刺されれば、はてさて、どうして躱した物か。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:06:25.42 ID:WqlHno/No


薬売り「生命の波長が止まったまま……と言う事は」

薬売り「やはり不死の薬の効能……文字通り”永遠”を手にした、と言うわけですかな」


 ま、とは言う物の、そこは自称月の民。
 仮にそのような者共が現れたとて、彼奴等の奇怪な妖術を持ってすれば、そんじょそこいらの曲者ではとても太刀打ちできまいて。


うどんげ「それとね、妹紅の場合はもう一つ問題があって……」

薬売り「まだあるんですかぃ……」


 その代表例が、この竹林にてやたらと目にする兎共だ。
 竹林に似つかわしくない白い毛皮は、やはり術によって連れ込まれた防人なのである。
 それはもう一人の妖兎、てゐが術。
 この兎が鼠の如く各地へと点在し、ある時は警守を。ある時は曲者の撃退を受け持つ……のだが。

 とはいえ、曲者などそうそうめったに現れる場所ではないが故な。
 長らく家事手伝いに留まっている。と言うのが現状のようじゃ。


うどんげ「妹紅は、不死と同時に”炎術師”でもあるのよ」

うどんげ「不死とは言え、なんでただの人間がそんな強力な術を持ってるのか……そこはマジで、未だに謎なんだけど」


 先刻の山ほど詰まった食料の籠がそれだ。
 あの煩わしい重い荷。わざわざ運ばずとも、あの場に置いておくだけで、兎が勝手に亭まで送って行ってくれるという……。
 いやはや、それほど有用な兎ならば、身共も是非一匹頂戴したいものよの。


117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:11:58.03 ID:WqlHno/No


薬売り「そんな大変物騒な曲者を、毎度どうやって追い払っておられるので?」

うどんげ「……姫様よ」


 いやしかし……むぅ……
 どうせ娶るなら、やはり畜生風情などよりもうら若き美しいおなごの方が……
 あ、いや、なんでもござらん。こちらの話でござるよ。


うどんげ「妹紅が現れた時だけ、いつも姫様が、直々に追い払っているのよ」

うどんげ「あの妹紅を止めれるのは、同じ永遠を手にした姫様だけだから……」

薬売り「変わった、主従関係ですな」


 にしても妻を娶るならばやはり、慎ましきおなごに限る……
 自己主張の強いおなごは好かん。本当に好かん。
 あのいつぞやの生娘のように、耳元で事あるごとに金切り声をあげられては、おちおち夜も眠れぬわいて。
 

うどんげ「情けないと思うなら笑うがいいわ。従者が姫に守られるなんて、滑稽もいい所よね」

薬売り「いえいえそんな、めっそうもない……」


 そのような頑固極まれりおなごより、修験者の身としては、やはりこう……
 身を挺して守ってやりたくなるような、儚きおなごが、いとよきかな。



【守】
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:22:50.33 ID:WqlHno/No


薬売り「不死の身となった炎の術師ですか……さしずめ、不死鳥の如きですな」

うどんげ「言い得て妙ね。あいつ、ホントに空飛ぶし」

薬売り「だからでしょうか……さっきから、やけに”焦げ臭い”のは」

うどんげ「……近いわよ」


 っと、そんな事はどうでもよい……


――――さあさあ皆様ご注目! 
 紆余曲折を経て、ついに薬売りが不死の炎術師・藤原妹紅と対峙する場面!
 その、到来である!


うどんげ「もう一度言うけど、妹紅は本気で危険な相手よ。下手に刺激して、睨まれるような真似だけは避けて」

うどんげ「特にあんた、ナチュラルに無礼だし」

薬売り「ご心配なく……お話をお伺いするだけですので」


 藤原妹紅はその通り名を「不死鳥」にして、かの時の帝・藤原氏と同じ性を持つ者である!
 その繰り出す妖術はまさに地獄絵図の体現!
 この世の全てを焼き尽くし、生い茂る竹林を煤色で染め上げ、この玉兎を含めた永遠亭の全員が匙を投げる程である!


 このような者が相手とあらば……ドゥフフ
 如何に数多のモノノ怪を斬り払いし薬売りとて、きっとただでは済まぬであろうて……なぁ!?


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119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/01(土) 16:32:31.37 ID:cfPJk51Z0
そろそろ大詰めか?
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:34:10.59 ID:WqlHno/No


うどんげ「この波長……いるわ……近くに……」

うどんげ「じっとして……いい? 息を潜めてて……あたしが合図するまで、絶対に動かないで……」


 何やら曰くの香りがプンプンと漂う、まっこと奇怪な者と思わぬか?
 だが、それがよいのだ!
 あのいけすかぬ薬売りのすかした顔を、猥雑で卑しい恐怖の表情に歪めてやるには……ぷふっ
 まさに、これほどにない大・逸・材! なのであ〜る!


薬売り「……ん?」

うどんげ「近いわ……もう間もなくよ……」


 しかしそこは薬売りも流石と言った所か。
 これから降りかからんとする火の粉を察知したか、闇夜に紛れて密やかに身構え申した。
 札を構え、天秤を傍らに、そしてあの退魔の剣を、再びその手に持ち……
 残念ながら、そう簡単に折れてはくれぬ様子であるな。


 
薬売り(いや……)



 だがしかぁし! 
 薬売りがふと手元に目を流せば、退魔の剣がカタカタと激しくと震えておるではないか。
 その震えを見た――――途端! 
 


 薬売りは、ななな、なんとぉッ!



薬売り(そこに…………”居る”のは…………!)



 玉兎の諫めもなんのその!
 あれほど強く忠告されたにも拘らず、その全てを無下へと返し……”脱ッ!”
 自ら業火の元へと、颯爽と飛び出して行ったのだ!



【鈴】
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:46:30.44 ID:WqlHno/No


うどんげ「く…………ぉらァァァァ!! おとなしくしとけっつったろォォォォ!!」



【絶叫】


【木霊】


【怒号】



チーン



【完全・無視】




薬売り「――――ここか!」



 その様はまさに電光石火の如く
 他人の忠告なんのその。単身意気揚々に乗り込んだ薬売りであったが……
 気配はすれども姿が見えぬとは、これ如何に。

 ただでさえ薄暗い竹林。さらに子の刻も過ぎし深き夜分であれば、モノノ怪どころか目の前の竹すらも見えぬ道理。
 しかしそれでも剣は語っておる。
 「モノノ怪はすぐそこにいる――――」。その言葉を、震えに代えて。



薬売り「どこ……だ……」



 薬売りは、先ほどの玉兎の話を糧に、かつて斬ったモノノ怪達を浮かべ申した。
 人が持ちし、モノノ怪を成す強い情念。
 その念はあらゆる情が入り乱れ、まこと千差万別であった……が。
 しかし強いて一つ型に嵌めるとするならば、やはり”怨み”の念が、一つの定石と言えよう。



【追着】



うどんげ「――――この……アホンダラがぁぁぁぁ! あれっほど! 勝手に動くなっつったのに!」

うどんげ「バカ!? 生きたまま焼かれたいの!? それか灰になって、ここの土に還りたいの!?」

薬売り「何か……匂いませんか」

うどんげ「 話 聞 け よ ! 」
 


 遅れて駆けつけた玉兎が薬売りに吠える。
 無論その真意は、薬売りの勝手な行動に対する、純粋なる怒りである。
 玉兎の怒号が静かな闇夜に響き渡る。
 それは、裏を返せば、響き渡る怒号と同じまでに、強い”怨”と言う事だ。


122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 16:58:53.97 ID:WqlHno/No


うどんげ「あんたほんと、耳ついてる!? 危険な奴だっつったばかりだろーが!」

うどんげ「ほら……やっぱりあった! ここ見なさいよ!」

うどんげ「こーこ!」

薬売り(ん……?)


【痕】


うどんげ「竹が少し焦げてる……それにまだ、ほんのりと熱い」

うどんげ「ほんのついさっきまで、ここにいたんだわ……こんなの、どう考えても妹紅の仕業以外ありえない!」



 姫君に強い怨を持つ、強大な炎の不死者。
 肉親を侮辱され、不死を植え付けられ、にも拘らず未だ討ち取る事叶わぬその心中は、もはや身共では測り知れん。
 薬売りとてその念の強大さたるや、重々承知の上であろう。
 よもや自らも、怨念の炎に炙られ、あわや煤となりて闇夜に散らん……
 そんな結末も、薬売りには薄っすらと見えていたはずだ。



薬売り「いえ、その匂いじゃありやせん……むしろ、匂いに関してはあなたの方がわかるんじゃないですか……」

薬売り「この炙られた竹の焦げ臭さに混ざる……”香ばしい香り”は」


うどんげ「はぁ……? 香ばしい……?」




――――その話が、”真”であるならばな。 



123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:10:28.17 ID:WqlHno/No


【息吹】


薬売り「モノノ怪は……間違いなくいる……しかし闇に紛れて、姿が見えぬ……」

薬売り「夜を照らす月明かり……それを遮る竹林の群れ……煤けた焦げ跡……」

薬売り「闇をより一層濃くする暗がりの中に、微かに漏れる光の標……」

薬売り「それこそが……真のあるべき場所……!」


 右も左も闇に次ぐ闇。
 辺りもロクに見えぬ暗闇の中で、唯一「まだ明るさの残る場所はどこか」と、問われれば。
 その答えは、少し思案すれば、誰もがすぐに気づけるであろう。
 

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 そう……答えは”天”にあり。
 昼も夜も、空には常に明かりがある。
 太陽と月の輝き具合は比べるまでもないが、月の輝きも満月ならば、人の顔を見る程度には十分な明るさである。
 この答えに同じく行き着いた薬売りは、気づくと同時にハッと空を見上げなすった。








うどんげ「 キ ャ ー ー ー ー ッ ! 」






 そして――――ついに見つけ申した。





薬売り「遅かった……か…………!」




 空に届きそうなほどに育まれた竹林の、その先端にて……
 竹葉と共に、不死者の召し物”だけ”が、そこには佇んでおった。


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124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:29:24.55 ID:WqlHno/No

薬売り「モノノ怪の真は……藤原妹紅ではなかった!」

うどんげ「嘘よ……そんな……嘘に決まってるわ……」

薬売り「嘘じゃありませんよ……ほら」

薬売り「まるで焼き魚のように……綺麗に”身だけが”消えてらっしゃる」


 にわかに信じ難き玉兎の心情、察するに余りある。
 己が導き出した答え、藤原妹紅はモノノ怪の真などではなく……
 どころか、とって食われる”供物”の側であったとあらば、その動揺も致し方なき所であろうて。



うどんげ「――――違う」



 が、どうやらこの場合に限り、意味合いが少し違ったようだな。
 それは動揺と言うよりも「戦慄」と呼ぶが相応しきかな。
 竹葉と、召し物と、そしてもう一つ――――
 玉兎の心までもが、大きく揺らぎ始めたのだ。




うどんげ「違う――――じゃない――――」




 そしてその揺らぎは、あまりに大きすぎたが故か……
 薬売りにもしかと、見え申した。



うどんげ「あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!

      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!
      あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない! あたしじゃない!」



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うどんげ「あたしじゃ…………ない…………!」



【膝落】



薬売り「……全く」フゥ

薬売り「秘め事が上手な……薬屋な事で……」




 その当時の光景を、後の薬売りが曰く……
 「竹葉の擦れ合う音が、まるで嘲りのように聞こえた」と、申しておった。

 
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/01(土) 17:31:57.11 ID:WqlHno/No
出掛ける
夜帰ったらつづき書きにくる(起きてれば)
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:35:17.84 ID:mE9UJqmQo

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永琳「開けなさい鈴仙――――一体どうしたと言うのです!」

うどんげ「いや! こないで! 来るな! 開けるなァーーーーーーーッ!」


【拒】


てゐ「うるっさいなも〜、どーしちゃったのさアイツ」

薬売り「さぁねえ……何か恐ろしい物でも、見たんじゃないですかね」


 帰ってくるなり玉兎は自室へと一目散に駆け込み、鍵を掛け、自室を師匠すらも通さぬ堅牢な城へと変貌せしめた。
 傍から見れば異様にしか思えぬ所業の真相は、この場では薬売りのみが知っている……と、言いたい所だが。
 実の所、当の薬売りすらも存ぜぬのだ。
 「あたしじゃない」――――その言葉だけが、最後に聞いた唯一の言葉であった故。


てゐ「――――はぁ!? 妹紅に会いに行っただぁ!?」

薬売り「あの姉弟子様が、きっとそうだと……」

てゐ「いやいやいや……何故に妹紅? アイツ関係なくない?」

薬売り「曰く……藤原妹紅が姫君を強く恨んでおいでだとか……」

てゐ「あーなるほどだからこっそり二人で…………って、いやいやいやいや!」

てゐ「そういう捉え方、する!? すごいわうどんげ、とっても斬新だわ!」


 薬売りも薄々感づいていたのだろうか、妖兎の降りなす怒涛の反論に、どこか納得した面持ちであった。
 先に伝えられた藤原妹紅の詳細。
 げに恐ろしき存在であると、玉兎はあれほど強く言い張っておったにも関わらず……
 この妖兎の言い分は、天地がひっくり返った程に別物であるのは、はてさて一体どういうわけであろうか。

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 00:36:29.28 ID:+YxFtcr5o
もう始まってる!
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 00:50:56.40 ID:mE9UJqmQo

てゐ「恨み……恨み……うーん、ある意味でそうとも言えるけども」

薬売り「藤原妹紅に恨みなどなかった、と?」

てゐ「いや、そういうわけでもないんだけど……なんというかな〜、ニュアンスの違いって奴?」

てゐ「そういう”恨めしや〜”的な事じゃなくてさ。”てめー今日こそやっちまうかんなコノヤロー!”みたいな?」

薬売り「ふむ……喧嘩するほどなんとやら、な感じですかな」

 
 妖兎曰く、藤原妹紅はそもそも”永遠亭を敵視などしていない”と言うのが結論のようだ。
 してその経緯はこう。
 妹紅が姫君にかけるそれは、「復讐」ではなく「招来」。
 退屈しのぎ同然にふらりと現れては、姫君に挑み、ひとしきり満足すれば帰って行くと言う……
 不死者であり、強大な炎を扱うまでは事実であるものの、しかしそこから先はまぁ〜別物もいい所である。
 恨みつらみはどこへやら。これではまるで、御隠居の囲碁遊び同然ではないか。


てゐ「姫様も部屋に籠りっぱなしじゃ体に障るでしょ。いい運動になってんじゃないの」

薬売り「不死者なのに健康を気遣うとはこれいかに……」


 こうなれば「誰も敵わない」と言った玉兎の言葉の意も、大きく変わってくると言う物。
 敵わないはずだ。敵う敵わぬ以前に、そもそも、姫君以外が妹紅に挑む必要がないのだから。


てゐ「だってアイツ死なないじゃん。姫様と同じ不死身だし」
 
薬売り「その不死身も、望まぬ不死身だったと伺いましたが」

てゐ「ハッ! そりゃそーでしょーよ! だって――――」

てゐ「なんか貴重な供物っぽいからパクって食べたら、それが蓬莱の薬だったってだけなんだから!」

薬売り「なんと……」


 聞けば聞くほど妹紅の印象が変わっていく……
 うぅむ、古事記に出(いず)る火の神の如き存在を想像しておったのだが……
 はぁ〜……つまらぬ。まっことつまらぬ
 いけすかぬすかした薬売りの顔を、恐怖の表情に歪めてくれる逸材だと思うておったのにのぅ。
 これでは……表情は表情でも、ただのあきれ顔になってしまうではないか。



【相違】
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:02:23.53 ID:mE9UJqmQo


薬売り「貴方様も、面識がおありなので?」

てゐ「面識も何も、そこかしこでしょっちゅう会ってるっての」

てゐ「こんな薄暗い竹林でバンバン火焚かれればさ、そりゃあんた、嫌でも目に入ってくるってもんじゃん?」

薬売り「それもまぁ、そうですな……」


 その後の妖兎が語りし妹紅の詳細は、まぁ〜聞くに値せぬ物であった。
 やれ一緒に落とし穴を仕掛けただの、やれ偶然会って夕暮れまで遊びふけっただの
 やれ焼き鳥を馳走になった事があるだの、やれ部下の兎が間違えて食われそうになっただの……
 ……その辺の童とたいして変わらん。語るのも億劫な、他愛なき日常の一部である。


てゐ「知ってた? あたしと妹紅は、人間の間では”幸運の使者”なんて、呼ばれてたりするんだから」

てゐ「たまに出る迷い人を出口に帰してたら、そー呼ばれるようになったの。ただ厄介払いしてるってだけなのにね」

薬売り「幸運の使者……ですか」


 だが、薬売りはそれらの話を最後までしかと聞き入れ申した。
 他愛なき妖兎と不死鳥の関りは、しかし薬売りにとっては貴重な縁。
 してその主点は――――”何故に玉兎の名聞とこうまで異なるのか”である。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:32:28.69 ID:mE9UJqmQo


うどんげ「開けるなァーーーーッ! 去ねーーーーーッ!」

永琳「鈴仙……!」

てゐ「お〜やれやれ、ヒステリックと引きこもりを同時に発症するとか」

てゐ「薬師の弟子の鑑ね。これでまた、置き薬の種類が増えるってもんよ」

薬売り「……」


 単に玉兎が偽りを申しておったとあらば、話は容易に片が付く。
 だが玉兎が轟かせるこの恐れは、まさに正真正銘の、嘘偽りなき真である。
 どちらが一方が黒を置けば、もう一方が白を置く。
 覆い覆われ、その果てに、残るはただ白と黒の二つのみ――――
 

薬売り「ところで姉弟子殿……一つお尋ねしても、よろしいですかな」

てゐ「あ? 何よ」

薬売り「お体の具合……すっかり完治されたようで」


【叫】


てゐ「……あああああ痛いいいいいい! お腹のこの辺が痛いいいいいいい!」


【恐】


うどんげ「来るなァーーーーーッ! 寄るなーーーーーッ! 誰も近づくなァーーーーーッ!」


【驚】


永琳「鈴仙! 開けなさい! お願い、開けて……!」



【境】



薬売り「やれ、やれ……」



 真と偽りの境が曖昧になる――――。
 「さすがに参った……」薬売りは小さく、そう零したとか、零さなかったとか。


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                         【つづく】
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:33:15.56 ID:mE9UJqmQo

【八意永琳】 

【鈴仙・優曇華院・イナバ】 

【因幡てゐ】

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】

【藤原妹紅】×
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/02(日) 01:33:56.76 ID:mE9UJqmQo
本日は此処迄
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 01:51:06.91 ID:JNSjbbmqo
おつおつ

画像は自分で作ってるんだよね?凄い
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/02(日) 16:49:49.39 ID:YEEIc/ODO
この語り手には旨そうなぼた餅をご馳走したい
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:29:25.52 ID:mAW1yNKRo


――――人里外れし辺境の、誰が住まうか奥座敷。
 此度寄り人訪ねれば、迎うは連なる双眼鏡。
 『煙霞跡なくして、むかしたれか栖し家のすみずみに目を多くもちしは、碁打のすみし跡ならんか』
 流離う人。流離う言葉。流離う風。流離う故事。
 徒然なるままに、後、其処には一切のなごりなし――――




【永遠亭】――――五の幕

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:34:56.40 ID:mAW1yNKRo


【姫君之間】


薬売り「珠・鉢・衣・貝・枝……そして、優雅な絵巻の描かれた襖」

薬売り「まさに豪華絢爛の粋を極めし、高貴なる者の御座す間……なれど」

薬売り「肝心の主がいないとあれば、いくら飾ろうと、間はただの間にすぎぬ」


【三度】


薬売り「いやはや、参りました……此度の騒動、いつも以上に各段と因果と縁が複雑に絡んでおりまして」

薬売り「まさに永遠亭とはよく言った物です。いくら真を紐解けど、絡みは延々と解れてくれませぬ……」

薬売り「まるで、永遠に連なる時のように」



(――――)



薬売り「少々……”弱音”を吐かさせて頂いても、よろしいですかな」

薬売り「ああっ、ご安心ください……この間なら、誰も近寄りませんので」



【愚痴】
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:40:17.47 ID:mAW1yNKRo

薬売り「いやはや、どこから話しましょうか……そう」

薬売り「まずあの八意永琳からしてそうだ……姫君が攫われた当刻。師匠らしからぬ、あれほど人前で取り乱した様を見せておったにも関わらず」

薬売り「今ではトンと平静に……まるで、姫君の存在を忘れてしまったかのように」


(――――)


薬売り「逆に鈴仙は、当初は姉弟子に相応しき振る舞いであったにも関わらず、今や御覧のあり様で……」

薬売り「無礼千万も何のその。寄るな来るなの大立ち回り」

薬売り「あれを宥めるのは……八意永琳とて、少々骨が折れるかと」


(――――)


薬売り「そしてもう一匹の兎、てゐ。不自然極まりないと言えば、やはりこの者が最たる者でしょう」

薬売り「と言うのも……一貫して傍観の立場なんですよ。最初にモノノ怪と遭遇した御当人だと言うのに」

薬売り「自身の居所が未曾有の怪異に包まれているにも関わらず、まるで我関せずを貫くあの姿勢」

薬売り「やる事と言えば仮病と、使い走りと、嘲りと……っと失礼。一応怪我は本当でしたな」


(――――)

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:47:34.94 ID:mAW1yNKRo


薬売り「ただし、神隠しが主であるモノノ怪が、何故にてゐにだけあのような粗末な奇襲をかけてきたのか」

薬売り「そして鈴仙は、何を恐れ、何故に塞ぎ込み、一体何から逃れようとしているのか」

薬売り「そして八意永琳は、主が消え失せた後も、何故にああも平静を保っていられるのか」


(――――)


薬売り「藤原妹紅は敵か味方か。秘薬は夢か現か。姫君は居か去か」

薬売り「モノノ怪が形造るあの眼の群れは、幻と真の、一体どちらを観ていると言うのか」

薬売り「貴方なら……わかるんじゃないですか」



(――――)



薬売り「万物の境界を司ると言う……貴方なら」



(――――)



薬売り「ずぅーっと覗き見てたんでしょう? どこぞとどこぞの隙間から……」

薬売り「だったらいい加減……舞台に上がって来ていただけませんかね」

薬売り「スキマ妖怪殿……いや、今は」

薬売り「”八雲紫”とお呼びすれば……よろしいのですかな?」


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【今昔之境】


139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 22:58:34.51 ID:mAW1yNKRo


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 今は昔、竹取の翁といふ者有りけり。
 野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。
 名をば讃岐造(さぬきのみやっこ)となむ言ひける。
 その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。
 それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。


 翁言ふやう、『われ朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子になり給ふべき人なめり』とて手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて養はす。
 美しきことかぎりなし。いと幼ければ籠(こ)に入れて養ふ。


 世界の男、あてなるも卑しきも、いかで、このかぐや姫を得てしかな、見てしかなと、音に聞きめでて惑ふ。
 そのあたりの垣にも、家の門にも、居る人だにたはやすく見るまじきものを、夜は安き寝も寝ず、闇の夜に出でても、穴をくじり、垣間見、惑ひ合へり。
 さる時よりなむ、『よばひ』とは言ひける。


 その中に、なほ言ひけるは、色好みと言はるる限り五人、思ひやむ時なく夜昼来ける。


 その名ども
 ・石作の皇子(いしつくりのみこ)
 ・庫持の皇子(くらもちのみこ)
 ・右大臣阿部御主人(あべのみうし)
 ・大納言大伴御行(おおとものみゆき)
 ・中納言石上麻呂足(いそのかみのまろたり)

 この人々なりけり。


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 この人々、ある時は、竹取を呼び出でて、『むすめを我に賜べ』と伏し拝み、手をすりのたまへど
『おのがなさぬ子なれば、心にも従はずなむある』と言ひて、月日過ぐす。


 かぐや姫、『石作の皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて賜へ』と言ふ。
『庫持の皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり
 それに白銀を根とし、黄金を茎とし、白き珠を実として立てる木あり。それ一枝折りて賜はらむ』と言ふ。
『今一人には、唐土にある火鼠の皮衣を賜へ。
 大伴の大納言には、龍の首に五色に光る珠あり。それを取りて賜へ。
 石上の中納言には、燕の持たる子安の貝、取りて賜へ』と言ふ。





薬売り「これは……」


140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:09:00.57 ID:mAW1yNKRo


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 さて、かぐや姫、かたちの世に似ずめでたきことを、帝聞こしめして、内侍中臣房子にのたまふ
『多くの人の身を徒らになしてあはざなるかぐや姫は、いかばかりの女ぞと、まかりて見て参れ』とのたまふ。
 房子、承りてまかれり。
 竹取の家に、かしこまりて請じ入れて、会へり。
 嫗に内侍のたまふ
『仰せ言に、かぐや姫のかたち優におはすなり。よく見て参るべき由のたまはせつるになむ参りつる』と言へば、『さらば、かく申し侍らむ』と言ひて入りぬ。


 帝、なほめでたくおぼし召さるることせきとめ難し。
 かく見せつる造麻呂を悦び給ふ。さて、仕うまつる百官の人に、あるじいかめしう仕うまつる。
 帝、かぐや姫を留めて還り給はむことを、飽かず口惜しくおぼしけれど、たましひを留めたる心地してなむ、還らせ給ひける。
 御輿に奉りて後に、かぐや姫に、還るさのみゆき ものうく思ほえて そむきてとまる かぐや姫ゆゑ御返事を、むぐらはふ 下にも年は 経ぬる身の 何かは玉の うてなをも見む
 これを帝御覧じて、いとど還り給はむそらもなくおぼさる。
 御心は、更に立ち還るべくもおぼされざりけれど、さりとて、夜を明かし給ふべきにあらねば、還らせ給ひぬ。


 かやうにて、御心を互ひに慰め給ふほどに、三年ばかりありて、
春の初めより、かぐや姫、月の面白う出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。
 ある人の、『月の顔見るは、忌むこと』と制しけれども、ともすれば、人間にも月を見ては、いみじく泣き給ふ。
 七月十五日の月に出で居て、切にもの思へる気色なり。


 かぐや姫泣く泣く言ふ、『さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はし給はむものぞと思ひて、今まで過ごし侍りつるなり。
 さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。
 それをなむ、昔の契りありけるによりなむ、この世界にはまうで来たりける。
 今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの本の国より、迎へに人々まうで来むず。
 さらずまかりぬべければ、おぼし嘆かむが悲しきことを、この春より、思ひ嘆き侍るなり』と言ひて、いみじく泣くを、翁、『こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけ聞こえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひ奉りたる我が子を、何人か迎へ聞こえむ。まさに許さむや』と言ひて、『我こそ死なめ』とて、泣きののしること、いと堪へ難げなり。


 御使ひ、仰せ言とて翁に言はく、『いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか』と仰せ給ふ。
 竹取、泣く泣く申す、『この十五日になむ、月の都より、かぐや姫の迎へにまうで来なる。
 尊く問はせ給ふ。この十五日は、人々賜はりて、月の都の人、まうで来ば、捕らへさせむ』と申す。


 かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり、望月の明かさを十合せたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
 大空より、人、雲に乗りて下り来て、地より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。


 内外なる人の心ども、物に襲はるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。
 からうして思ひ起こして、弓矢を取りたてむとすれども、手に力もなくなりて、なえかかりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、外ざまへ行きければ、あれも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。


141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:16:19.45 ID:mAW1yNKRo


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 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ。
『ここにも心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送り給へ』と言へども、
『何しに悲しきに見送り奉らむ。我を如何にせよとて、棄てては昇り給ふぞ。具して率ておはせね』と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。

『文を書き置きてまからむ。恋しからむ折々、取り出でて見給へ』とて、うち泣きて書く詞は、

 この国に生まれぬるとならば、嘆かせ奉らぬほどまで侍らで過ぎ別れぬること、返す返す本意なくこそおぼえ侍れ。
脱ぎ置く衣を、形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見棄て奉りてまかる、空よりも落ちぬべき心地する。

 と書き置く。



 そうして姫は無事、月へと帰っていきました、とさ……

 めでたし、めでたし。



薬売り「八雲紫殿……とお見受けします」



 はぁい薬売りさん。初めまして

 面と向かってみれば、中々にカッコイイ御方ね。
 その奇抜なファッション、とっても素敵よ。



薬売り「いえいえそちらこそ……まるで、西洋人形と思しき可憐さで」



 あらやだわもう、薬売りさんったら、お上手ね。



 ホホホホホ――――



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142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:23:28.35 ID:mAW1yNKRo


薬売り「竹取物語……ですか」

紫「ふふ、やっぱり知ってたんだ」

薬売り「現存する最古にして最初の物語……してその名は、今日までありとあらゆる文化にも、影響を及ぼしております故」

紫「ロマンティックよねぇ……初めて生まれた物語が、まさか月を題材にした幻想譚だったなんて……」

紫「あっ」


――――その後、翁嫗、血の涙を流して惑へどかひなし。
 あの書き置きし文を読みて聞かせけれど、『何せむにか命も惜しからむ。誰が為にか。何ごとも益なし』とて、薬も食はず、やがて起きもあがらで病み臥せり。

 中将、人々引き具して帰り参りて、かぐや姫をえ戦ひ留めずなりぬる、こまごまと奏す。
 薬の壺に御文添へて参らす。広げて御覧じて、いとあはれがらせ給ひて、物も聞こしめさず、御遊びなどもなかりけり。
 大臣上達部を召して、『何れの山か、天に近き』と問はせ給ふに、ある人奏す、『駿河の国にあるなる山なむ、この都も近く、天も近く侍る』と奏す。
 これを聞かせ給ひて、

 あふことも 涙に浮かぶ わが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ

 かの奉る不死の薬に、また、壺具して御使ひに賜はす。
 勅使には、調石笠といふ人を召して、駿河の国にあなる山の頂に持てつくべき由仰せ給ふ。峰にてすべきやう教へさせ給ふ。
 御文、不死の薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき由仰せ給ふ。

 その由承りて、兵どもあまた具して山へ登りけるよりなむ、その山を『ふじの山』とは名付けける。



紫「ああごっめ〜ん、まだ残ってたわ」

薬売り「そう、かぐや姫が月へと帰った後、翁は病状に倒れ、帝は姫のおらぬ世界に未練はなしと不死の薬を山へ燃やしてしまった……」

薬売り「そして不死の薬の煤を浴びた山は”不死山”と呼ばれるようになり、いつしか”富士山”と名を変えた」

薬売り「それが物語の本当の終着点。広く世に知られた、結の幕切れ……」

紫「さすが薬売りさん、博識な所もステキ」

薬売り「お戯れはよしてください……有名な物語じゃないですか」

薬売り「にしても、何故に……こんな物をお見せになさるので?」

紫「ふふ、それはね……」




 その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言ひ伝へたる。




紫「まだ、物語は終わっていないからよ」




【竹取物語――――之・真】

143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/04(火) 23:23:55.55 ID:mAW1yNKRo
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