青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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108 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/08(月) 02:48:51.88 ID:hghrd//O0

青葉達の鎮守府・執務室。

この時提督は、一人食い入るようにPCのモニターを見つめていた。

映し出されているのは、定期的に届く戦場の写真だ。
敵の死体は激しい戦いの末、死ぬまで戦い抜いた苦悶の表情を浮かべている。

殺傷効果、煙の量等の戦地で兵器がもたらす影響。
それらを取り纏め、司令官視点での改良案を開発部門へと提出する。それも彼の仕事の一つだ。

その全てを見終えた後、ようやく彼はいつもの微笑へと戻る。
だが、その目の奥は…


“きっと彼女達には、あの場所が……。”


この時彼は、歯が見えるほどの吊り上がった笑みを浮かべていた。
それは、青葉でさえ見た事の無いものだった。

109 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/08(月) 02:49:29.21 ID:hghrd//O0
今回はここまで。
110 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:28:36.08 ID:nW+Vca+e0
泊りがけの演習も終わって、バスはいつもの鎮守府に着きました。
みんな、次々と降りていきます。このまま寮に帰って、後はゆっくりするのでしょう。

青葉には、真っ先に向かう場所がありますが。

廊下を抜けて、大きな扉の前。この時間は、彼以外は誰もいないはず。
青葉がいない間は、当然他の子が秘書艦を務めていて…その子と廊下ですれ違った時、安心している自分がいました。
だってこの扉を開けて、他の子がいたら…きっと、取られちゃったような気持ちになっていたでしょうから。

「失礼しまーす。」

「お帰り、青葉。わざわざ来てくれたのか。」

出迎えてくれる笑顔を見た時、飛び付きたくなるのを必死に抑えていました。
本当は思いっきり抱き締めて、そばにいるって言ってあげたい。でも我慢です。
扶桑さんと話して、前より深く知った事はあるけれど…今は、いつものふたりとして会いたかったから。
それが今の日常で、それを感じてもらいたいからこそ。



111 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:30:45.57 ID:nW+Vca+e0
「少尉から報告は受けたよ。頑張っていたそうじゃないか。」

「まぁ、何とか勝てたって感じでしたけどね…あ!そうだ!司令官、これお土産です!」

「これは懐かしいな、あそこの名物か…青葉、ありがとう。遅いけど、少しコーヒーでも飲もう。」

「あ!それぐらい青葉が淹れますよぉ!」

「ダメダメ、今この時間の君は客人だ。まぁ座っててくれよ。」

そう制されて、青葉はしょうがなくソファに座り込みました。
やっぱりいつものあの微笑ですが、コーヒーメーカーを弄る横顔は、何だか機嫌が良さそうで。
“青葉が帰って来たからかなぁ”なんて勘違いみたいな事を思って、一人で嬉しくなっていました。

今は出されたコーヒーを飲みながら、ふたりでお土産をつまんでいます。
あ…これすっごい美味しい!名物なだけあるなぁ。

「……いやぁ、落ち着くね。」

「お菓子も美味しいですねぇ。司令官、コーヒー淹れるの上手いですね。」

「まぁ久々のこの味もだけど…いつもの時間に戻った気がしてね。
青葉が帰って来たら、あっという間にそうなったよ。」

「……きょーしゅくです。」

あー……あはは、いざ言われると、頭真っ白になっちゃうなぁ…。
そっか…そう思ってくれてたんだ…。

ソファの対面に座る彼を見て、隣に行きたいなぁなんて思って。
でもこうして、前から見つめてもいたいような。
それは何にせよ、青葉にはとても幸せな時間でした。

そんな時です、彼から声が掛かったのは。
112 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:32:10.67 ID:nW+Vca+e0

「そうだなぁ…たまには、青葉の話が聞きたいな。」

「青葉の…ですか?」

「ああ、どうして艦娘になったのかとかね。
適正検査の時も、僕が面談した訳じゃなかっただろ?」

言われてみれば、確かに彼とそんな話はした事がありませんでした。興味を持ってくれてるんだって、嬉しくなりましたねぇ。
青葉にとっては、これはちょっとだけ重い話ではありますけど…。
113 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:33:14.95 ID:nW+Vca+e0
「司令官…少しだけ、嫌なお話になるかもしれません。

青葉の叔父さんは、ローカル誌の記者だったんですよ。
最初の戦闘の前、民間船が何隻か襲われたじゃないですか?
その船の中に、叔父さんも取材で乗ってて…そこで亡くなってしまいました。

遺体の手に、SDカードが握られてたんです。
ビニールに包んで、しっかり握り込まれていて…死期を悟って、咄嗟に包んだんでしょうね。
不幸中の幸いですが、叔父さんの遺体はすぐに回収されて…間近で深海棲艦を捉えた写真として出回ったのが、SDに残されていたものなんです。

叔父さんはよく言ってました、“それが街の行事であれ事件であれ、事の本質を伝えるのが俺達の仕事だ”って…。
だから…仇を討ちたかったですし、知りたかったんです。
前線に立つ事で今起こってる事を見極めて、そして自分の手で、この悲劇を終わらせたいって。

それでいつか、この戦争に関する記事か本を書きたいって思ってます。」

「そうだったのか…僕も、君が果たせるように頑張らないとな。」

“終わらせたい悲劇は、増えちゃいましたけどね”とは、言えませんでした。

叔父さんの事だけじゃなく、死んでしまった仲間や、司令官自身の事。
青葉にとって、終わらせたい事は増えていました。

“寂しいや悲しいと感じられない事が、寂しくて悲しい。”

彼が手首を切った時、そう笑っていたと扶桑さんは言ってました。
喜怒哀楽の全部…嬉しいや楽しいも、本当は彼の中には無いんでしょうか?
青葉に向けてくれる顔も、もしかして…。

一瞬気が暗くなりかけて、すぐにそれを追い出しました。
ダメダメ。青葉が暗くなっちゃ、照らしてなんてあげられないんだから。
そうだ、質問を変えさせてみよう。

114 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:35:48.55 ID:nW+Vca+e0
「訊かれるって言うのも新鮮ですねえ、他に何か質問とか無いですか?」

「そうだな…じゃあ次は…変な話で申し訳ないのだけど、恋の思い出とかは?」

嫌な汗が背中を伝ったのは、その時の事でした。

徐々に壊れてく不安。
見てしまった瞬間や、携帯の画面の下卑た会話。
真っ暗な所に突き落とされる気持ち。
あの子と一緒に向かった時の怒り。

トラウマになんて、なってないと思っていました。
それまで思い出しても、せいぜいダメな黒歴史ぐらいにしか思わなかった事。
ガサには、笑い話として話したような事。

なのに、何故でしょうか。
あの時の嫌な感覚が、頭の奥を突き抜けてしまうのは。

ああ…今『私』は、この人を好きだからなんだ。
形はあの時と全然別で、彼はあいつと違って優しい人で。
だけど壊れていて、いつか青葉の前から消えてしまいそうな人。

『私』は、またひとりにされてしまうかもしれない。
今度は心変わりじゃなく、絶対的な『死』という終わりでもって。

その間は、実際は5秒にも満たない時間だったでしょう。
ですがこの時青葉には、こんな思考を回せる程に長く感じられました。

やろうと思えば上手くけむに巻いて、適当に誤魔化せる話で。
でも青葉は…はぐらかすと言う選択肢を、取る事が出来なくて。
115 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:37:23.70 ID:nW+Vca+e0

「……そうですねぇ…高校生の時、彼氏がいたんですけど…二股されて、別れちゃいました。」

こんな事を伝えて、どうしたいんだろう。
ひとりにしないでなんて、言える間柄じゃないのに。

俯いたまま、彼の顔を見る事が出来ません。
今の顔を見られたくなかったですし…訊かれるのって辛いんだなって、改めて分かりました。
今まで手を差し伸べようとすると同時に、傷に塩を塗ってもいたんだなぁって。
色々な感情が頭を巡っては、どんな顔をすればいいのか分からなくて。

「そうか…すまない、辛い事ばかり訊いてしまったね。」

謝らないで欲しい。
裏を返せば、ひとりが怖くなるぐらいまた人を好きになれたのは、あなたのおかげなんですから。

そうですねぇ…でも、ちょっとだけ、寂しくなっちゃったかな。

116 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:38:58.03 ID:nW+Vca+e0

「……青葉?」

対面から隣へ移動して、そのまま横になりました。
この前と逆で、青葉が膝枕をしてもらう形で。

「じゃあ謝るよりも、撫でてくださいよ。青葉も司令官の辛い事、沢山訊いてきましたから。」

「……分かったよ。」

一際優しい声の後に、髪に手が触れました。
触れるのは彼の左手。ズタズタの手首がある場所。
眠くなりそうなくらい優しい手付きで、夢みたいで…でも青葉は満たして欲しいと同時に、満たしてあげたいんですよ。

撫でてくれる手を掴んで、時計を外しました。
改めて間近で見るそれはグロテスクで…そして愛おしい、彼の一部でもあって。一度手を胸に抱えて、その傷に唇を寄せました。

触れた感触は、でこぼことしていて。
きっとあの人でさえ、知らない事。青葉だけが知っている事。

これは、わたしだけのもの。
他の誰にも渡したくない、青葉だけのもの。

手を離したら、また髪を撫でてくれて。どんどん眠くなって来ました。
「いいんですよ?襲ってくれても」なんて、寝ぼけたフリして言えちゃいそう。

でも今は…これだけでも充分です。
この時間をひとりじめ出来ているだけで、青葉は満足でしたから。
結局そのまま眠気に負けて、目を閉じて。すうすうと寝入ってしまったのでした。

彼への欲望に際限なんて無い事にも、目を閉じたままで。

117 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/10(水) 14:40:06.87 ID:nW+Vca+e0
今回はここまで。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/11(木) 01:15:56.66 ID:9xdPayjA0
おつおつ
119 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:29:44.15 ID:QOyJbMOhO
歌が聴こえる。

どうやら青葉は、しばらく彼の膝で眠っていたようです。
血流なのか、衣擦れなのか。さわさわとした音が波のように頭の奥をくすぐって、意識はまだほわほわとしたままでした。

今も頭を撫でてくれる感触は、余計に意識を微睡みに沈めて。夢と現とが混濁した世界に、溶けていくみたいで。
そんな中で流れている音楽は、段々と映像のように、青葉をその中に引きずり込むのでした。

“海の果ての果てに君を連れて…”

これ、あの曲と同じ声だ…同じ人なのかな?
そのメロディに身を任せていると、あの日の浜辺が脳裏に蘇ります。
何だかせつなくなって…彼の上着の裾を、きゅっと掴みました。もう狸寝入りも、やめにしなくちゃ。

「ん…__さん、今何時ですか…?」

「起きたのか、まだ1時間も経ってないよ。」

そっかぁ…随分長く寝てた気がしたけど…。もう少しこのままでいたいけど、彼も帰らなくちゃだしね。
……『私』の匂い、これで付いたかな?着替える時にでも、思い出してくれたらいいなぁ。

120 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:30:35.93 ID:QOyJbMOhO
「…お邪魔しました。じゃあ、部屋戻りますね。」

「君も長旅だったしね、今日はしっかり休んでくれ。」

後は『私』が彼の名前を呼んで、おやすみなさいって言えば。それで今日はお別れ。
きっとその時も青葉って呼んで、本当の名前を呼んではくれないのでしょう。
ここで聞き耳を立てる人なんて、誰もいないのに。

「__さん、おやすみなさい。」

いっそ朝が来るまで隣にいたいけど、それはできないから。こうやって、今日もお別れをするんです。
…この後返ってくる言葉は、変わらないと思うけど。


「おやすみ、__。」


涙がこぼれそうな瞬間って、あるんですね。

初めてそう呼んでもらえた時、じわじわと込み上げてくるものがあって。
でもそれを出さないように、精一杯の笑顔を向けてました。

ふたりだけの秘密が、また増えた。

それがただ幸せで、せつなくて。
部屋に帰って横になったら、何だか泣けてきていました。

121 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:32:30.67 ID:QOyJbMOhO
その日から数日後、青葉は原付を飛ばしてあの浜辺にいました。

その日はお休みでしたけど、予定の合う人が誰もいなくて。
大岩に座ってイヤフォンを嵌めて、ある音楽を掛けていました。

ゆうべ暇を持て余して、映画でも借りようかとレンタル屋さんに行ったんです。
執務室のプレーヤーに出てたタイトルを覚えていて…何となくCDコーナーに行って、あの日掛かっていた曲が入ってるアルバムを借りました。

それは、『聖なる海とサンシャイン』と言う曲。
それを聴きながら、今はぼーっと空と海を眺めています。

今日はあの日と同じように、曇り空。
あの日と違うのは、たまに雲間から夕焼けが差していたのと、隣に誰もいない事で。
一人っきりでこの景色を眺めていると、ここの寂しさが改めて浮き彫りになります。

天国みたいな場所だって、あの時言ってたっけ。
その時よりは深く彼を知った今、その言葉の意味が少し分かったような、分かりたくないような。そんな気持ちになりました。

目の前で仲間が残酷な死に方をして、自分も死にかけて。
何も感じなくなる方が、もしかしたら幸せなのかもしれない。
その後も昔の仲間も失って、恋人とも別れて…それでも彼は、悲しむ事さえ出来なかった。

それはより、天国への憧憬を強めさせたのかもしれません。
ああ、でもきっと憧憬なんかじゃなくて…それはそこに隠した、死への願望なんだ。

相変わらず、寂しい光景が青葉の前には広がっていました。
悲しくも綺麗でもない、ただただ寂しい海辺。

彼の心が、今もいる場所。

122 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:33:23.57 ID:QOyJbMOhO
今日何度目かの、歌の終わりの時です。ふと立ち上がって、後ろを振り向きました。

一瞬の事ですが、その時確かに見えたんです。
夕日を背に、微笑む彼が立っていたのは。

血を吐きながら、青葉の方を見て微笑んで。

「…青葉か?」

だけど当の本人の声が聞こえたのは、更に反対側からでした。
制服を着ていた幻と違って、私服姿の彼は、いつもの微笑でそこに立っていて。

「びっくりしたぁ!お疲れ様です!お仕事はもう終わったんですか?」

「ああ、それで一息入れようかってね。」

彼の顔を見た瞬間、嬉しさが込み上げて来きました。
こんな寂しい場所でも、ふたりでいればすぐに色が付く。それはとても幸せで…。


でも…じゃあさっき『私』が見たのは、誰?


123 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:34:33.74 ID:QOyJbMOhO
「…隣、座ってもいいですか?」

「いいよ、おいで。」

しれっと体を寄せて、青葉は隣に座りました。
落ち着くなぁ…こうしてる間は、ゆっくり時間が流れれば良いのに。

寂しげだった波音も、今は優しい音に聞こえて。
世界の変わる瞬間を、じっくりと噛み締めていました。

「〜〜…♪」

「それ、聖なる海とサンシャインですよね。」

「そうだよ、よく知ってるね。」

ふと聴こえた鼻歌に、思わず声をかけて。
蘇るのはさっきの幻と、聞いていた歌の最後。

『潮騒の銃声が夕日に響いて』

そのフレーズと血を吐く彼の影が、脳裏を掠めて。

「…昨日借りて、さっきまで聴いてたんですよ。何ていうか、悲しい歌ですよね。」

「そうだね…確かに悲しい歌だ。」

「……扶桑さんの事、聴いてて思い出したりするんですか?」

「…ああ。別れ話をされた時、こんな海を見ていた。彼女はずっと泣いていたね。」

「そう、ですか…。」

未練は無い。

それはいつか彼が言った事ですが…今思うのは、未練すら上手く感じられないんじゃないかって事で。
もしかしたら、彼も心のどこかに引っかかりがあるのかもしれない。

でも二人が後戻り出来ない事は、どちらの話も聞いていた青葉にはよく理解出来ます。
そう、戻れないんだ…だから青葉が、そばにいてあげなきゃいけない。

青葉で塗りつぶせば、少しでも未来が動くのかな?

扶桑さん…ごめんなさい。
あなたの分も幸せにするって言ったのに、今も青葉は、あなたに嫉妬しています。
だってこんなにも、染め替えてしまいたいのですから。

胸元の広いTシャツに、上着を羽織った彼の姿。
青葉はそこに抱きついて…。


彼の肩に、噛み付いたのでした。


124 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:36:32.03 ID:QOyJbMOhO

「__…?」

呼んでくれる本当の名前は、脳に甘く広がって。
口の中の鉄の味は、とても甘美なものに思えて。
残った傷を見れば、ぞくりとしたものが背筋を駆け抜けて行きました。

ああ……これで『私』は、いつでも彼に残ってるんだ。

「__さん、痛みますか?」

「……ああ。」

そっか……ふふ、痛いんだぁ。

込み上げて来るものは、熟れた甘い匂いみたいで。
青葉は抱きついたまま、今度は彼の匂いを楽しんでいました。

だって……痛いって、生きてるって事じゃないですか?
心だって、痛みも喜びもあって…彼はきっと、そこに蓋をしてるだけなんです。

そのまま彼の顔を掴んで、キスをしました。
重ねた唇からは、血の味がした事でしょう。
それが、あなたの命の味なんです。

アナタハイキテマス、アオバガソバニイマスカラ。

拒絶もせず、彼は優しく青葉を受け入れてくれました。
唇を離しても、胸に青葉を甘えさせてくれて…少しだけ、心音が早くなった気がして。
この鼓動は、きっと青葉のせいで。それが堪らなく嬉しくなりました。

それが『私』の、気のせいだとしても。

「なぁ、__。」

「どうしました?」

優しく背中を撫でながら、彼は青葉に声を掛けました。
また本名を呼ばれて、それがもっと嬉しくて…。


「…例えば『僕は人を殺した』って言ったら、君はどうする?」


鉛弾のような冷たさが心臓を駆け抜けたのは、その時の事でした。


125 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/15(月) 05:37:31.95 ID:QOyJbMOhO
今回はここまで。
126 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/18(木) 02:59:21.42 ID:3OWGQWfYO
激しい悪寒が背筋を抜けてく。

目をそらせない。

ただただ、じっと青葉を見つめてくる目は吸い込まれそうで。

にたりと笑う顔は、一瞬誰かすらわからなくなりそうで。

怖いって、明確に感情の正体が理解できて。


「冗談だよ。」


そう耳元でささやく声は、今までで一番優しい声で。
その瞬間。ふっ、と、青葉の体は力を失ったのでした。

「……ほんと、ですよね?」

「ああ。」

なだめるように、また髪に手が触れて。
でも青葉の意識は、下げられた方の手に向かっていました。

震えてる…?

「…僕は先に帰るよ。今日は冷えそうだ、青葉も早めに帰るようにね。」

「あ……はい…。」

そのまま彼は、駐車場へ向けて歩いて行ってしまいました。
そして姿が見えなくなった瞬間、青葉はその場にへたり込んでしまったのです。

辺りは夕凪の無音で、心臓の音が嫌に生々しくて。
それは何だか、世界にひとりぼっちにされたような。そんな感覚を青葉に与えていたのでした。

__さん…俺に深入りするなって、脅してるんですか?

恐怖感と言う壁を彼に張ってしまった後悔と、突き放されたような感覚とで、頭の中はグチャグチャで。
さっきまでのドロドロとした感情でさえ、どこかに行ってしまって。
青葉はただ、呆然と夕日を眺めていたのでした。


ああ、目に沁みるなぁ…。


127 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/18(木) 03:00:58.58 ID:3OWGQWfYO
同日・鎮守府駐車場。

一足先に鎮守府へと戻った彼は、車をいつもの区画へと停めた。
日も相当に沈み、外灯と殺虫灯のみが辺りを照らしている。

殺虫灯がバチンと音を立て、白い蛾がポトリと彼の先へと落ちた。
そこより少し先に視線を送ると、人の脚。
その影をなぞるように目を動かすと、そこに立ち尽くす者が一人。

青葉の姉妹艦である、衣笠だ。

「……青葉に、会ってたんですか?」

「ああ、たまたま出先でね。どうかしたかい?」

「あの子について、話があるの。
提督…青葉の元カレの事、聞いてます?」

「…聞いたよ。詳しくではないけどね。」

「そう…。提督、青葉の事、大事にしてあげて?
あの子、その相手に『初めて』を許したら浮気されて…好きな人が離れるのが、トラウマになってるから。」

「なるほどね………そういうことか。」

「………っ!?」

それを彼が聞いた瞬間の変化は、衣笠に衝撃を与えた。

衣笠にとっては初めて見る、彼の無表情な貌。
そこにある凍てついた視線は、彼女の背筋を冷たくなぞる。
そこに衣笠は、一瞬誰かも分からなくなるほどの違和感を感じていた。

「提督……あなたも、そんな顔するんですね。」

「さて…何の事かな?おやすみ、衣笠。」

衣笠の横を通り過ぎる頃には、彼はいつもの微笑に戻っていた。
衣笠はそれを一瞥すると、軽く手を振り彼を見送る。

彼女の足元には、先程電流に撃たれた蛾が一匹。
白い羽根を震わせていたそれも、やがて震える事さえ止めた。

「焼けちゃうぐらい、光に縋る…かぁ。」

その蛾の影に何を重ねているのか。
それは、衣笠だけが知っていた。

128 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/18(木) 03:03:29.36 ID:3OWGQWfYO
部屋に戻った彼は、ベッドへと倒れ込んだ。
時計も外し、上着も脱ぎ。何となく照明へと手を伸ばしている。

彼の視界に映るのは、ぼやけて見える強い照明と、相反して生々しく映る自身の左手。
ズタズタの手首は明かりに晒され、その傷の深さをより浮き彫りにする。

手は、微かに震えていた。

「うっ…………!?」

そんな中、突如強烈な嘔吐感が彼を襲い、彼はトイレへと駆け込んだ。
吐けるものを全て吐き、口をゆすいでようやく平静を取り戻す。
彼が正面を向くと、目を鋭くした男が一人、洗面台の鏡の中に立っていた。

肌蹴たTシャツから覗く肩には、噛み跡が一つ。
その痛みと共に、蘇るもの。

甘い声。
体温と匂い。
向けられた心。

それらが否応無しに、彼の奥底に貼り付くものを、少しだけ引き剥がす。

洗面台の横、コンクリートの壁。そこから鈍い音がしたのは、直後の事だ。
拳から垂れる血が、足元の白いマットを赤く汚す。
掌を伝う温度が、命の赤が、生命の存在を耳をこじ開けるように囁く。

ここでは誰も見たことの無い、彼の苦痛に歪む顔。
今それは、たった一枚の鏡の中でのみ、白日のもとに晒されていた。

「……ふふ…。」

だがそれも、長くは続かなかった。
それはすぐに、侮蔑の笑みへと変わったが故に。

「………てめえは死んだんだろ?今更出てくんじゃねえよ。」

男は一人笑いながら、鏡の奥へと声を掛ける
その目には、一筋の涙が伝っていた。

彼の感情さえ無視した、身勝手に溢れる涙が。

129 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/18(木) 03:04:35.00 ID:3OWGQWfYO
今回はここまで。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/18(木) 15:43:53.05 ID:vQ2BFUfA0
おつおつ
これはまた強烈な…
131 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/20(土) 05:01:36.71 ID:MJwCQvXBO
「司令官!おっはよーございまーす!!」

「おはよう。」

昨日の事が嘘みたいに、次の日、青葉達はいつも通りでした。
人や国を守るお仕事ですから、そこは青葉も理解しているつもりです。

でも早速、いつもと違う事が青葉の目には飛び込んで来ました。

「司令官、その手どうしたんですか!?」

「ん?ああ、昨日ハサミでやっちゃってね。」

司令官は、手にひどい怪我を負っていました。
右手は包帯で巻かれていて、肌は指ぐらいしか見えていません。

…右利きの人が、何でハサミで利き手を怪我するんでしょう?
包帯の膨らみが分からない程、青葉は鈍くありません。ガーゼの位置は拳で…何かを殴らなければ、まずそんな所に怪我なんてしない。
ガーゼがあるって事は、擦り傷で。きっと固いものを殴ったのでしょう。

あの後、何があったんでしょうか?彼が何かを殴るなんて…。
……青葉、怒らせちゃったのかな…。

「ああそうだ。青葉、明後日から2日ほど僕はいないからね。
戦術講習で、××鎮守府に出張に行くんだ。」

「××鎮守府…ですか。」

それは、扶桑さんのいるあの鎮守府の名前でした。
司令官一人で、あそこに行く…それが頭を過ぎった瞬間、暗い気持ちになって。

でも青葉は…。

「了解しました!お気を付けて行って来てくださいね!」

何とか明るい笑顔を作って、その場は答えたのでした。
ほんとは、一人じゃ行って欲しくないなぁ…だってあの人は今も…。


そう、今でも………。


132 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/20(土) 05:03:40.47 ID:MJwCQvXBO
その夜、青葉はまた執務室を訪ねていました。

夜にここに来ると、昼と違う顔を見せ合うようになったのは、いつからだったっけ。
いつも通り、いろんな音楽が流れていて…その間だけは、艦娘と司令官じゃなく、ただの人同士でいられる。

扉を閉めた時、またこっそり鍵を掛けちゃいました。
誰にも、邪魔なんかさせたくなかったから。

「……__か。」

あの声で響く、『私』の本当の名前。
その瞬間に、込み上げて来るもの。
腐った果実みたいな匂いの感情が、頭の奥を支配して。

「いい夜ですねぇ。今夜は何をお聴きでしょうか?」

答えなんて、待つ気も無いけれど。

言葉が帰って来る前に、背中から腕を回して。
首を挟むように、青葉は彼に絡み付いたのでした。
右手の中に、ある物を握ったままで。
133 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/20(土) 05:05:45.84 ID:MJwCQvXBO
「…ソロモンの狼って、実艦の青葉が呼ばれてたのは知ってますよね?」

「それはそうさ。」

実艦の青葉は、何度大破しても戦線に戻る不死身ぶりからそう呼ばれていました。
その適合者である『私』もまた、狼なのかもしれませんね…意味は大分、違ってしまうけれど。

狼って、愛情深い生き物なんですよ。
裏を返せば、執着の強さとも言えますけど。
こうして腕を絡ませて体を寄せれば、『私』の匂いは否応無しに刻まれるでしょう。
白い制服に、鼻腔に。或いは、記憶の底に。

匂いの記憶って、鮮明なものですから。

胸元に触れた手には、彼の心音が伝わって。
それが早まったのは、今度は気のせいじゃない。

今の心音もそうですし…朝にあの手を見た時、思ったんですよ。
少しずつ、彼に感情が戻って来てるんじゃないかって。
それは嬉しい兆候でしたけど、出張の話を聞いた途端、不安に変わってしまったのです。

だって…もし彼の閉じた感情が、未だにあの人を想っていたとしたら?
感情を取り戻す事で、その想いまで取り戻したとしたら?
それ以上の恐怖なんて、今の『私』にはありませんでしたから。

今は終業後です。
彼も一休みの時で、気を抜くために制服の前は開けられてる…だから、手の中の『これ』を付ける事だって出来る。
134 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/20(土) 05:07:05.52 ID:MJwCQvXBO
「…何を着けた?」

「それ、あげますよ。青葉のおさがりになっちゃいますけど。」

それはあまり着けてなかった、手持ちのとあるペンダントです。
彼なら似合うと思って、男性向きのチェーンに付け替えたんですよ。

着任した時シャレのつもりで買った、葉をモチーフにしたペンダント。

“『私』と言う『青葉』は、いつでもあなたのそばにいる”って。
“いつでも、あなたを見ています”って。

そんなつもりで持ってきたんです。

「これは……ありがとう。大事にするよ。」

「お守りです。寂しくなったら、いつでもそれで青葉の事を思い出してください。」

「…ああ。」

いつもの微笑でしたが、それでも嬉しそうに見えて。青葉もそれに釣られて笑って。
そんな瞬間は、やっぱりとても幸せで…また深く、彼に抱き着いたのでした。

そんな時でした。
彼の手が、青葉の髪を撫でたのは。

「この前は、言いづらい事を訊いてしまったね…だけど、もし吐き出したくなったら、いつでも言ってくれ。
『俺』でよければ、幾らでも聞くよ。」

じわりとした感覚が、目元に広がりました。

優しい言葉をもらったのもですが…また一つ、心を開いてもらった気がして。
肩に顔を埋めて、それを押し殺していました。

もう、誰にも渡したくないよ…あの人のいる場所になんて、行かせたくない…。
そんな我儘な感情を、押し殺すのに精一杯で。
青葉は、それ以外の事が見えていなかったのでした。

彼の心の奥が、血溜まりの中にある事さえも。

135 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/20(土) 05:07:56.14 ID:MJwCQvXBO
今回はここまで。
136 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 03:59:46.99 ID:H6iAFqcy0
愛車を駆り、青年はかつて暮らした街へと走っていた。

自らの運転では、やはり景色は違う。
過去の記憶をなぞるかのように車は国道を通り、彼の脳裏では、次々とその時々の記録が流れて行く。

左折しようと横を見れば、がらんどうな助手席が目に入る。
この景色とその位置にもまた、彼の思い出は残っていた。

長い黒髪。
不意にその影が蘇り、青年は思わず苦笑する。

制服はバッグに詰め、今の彼は私服姿だ。
左折の振動でちゃり、と胸元から金属音がした時、彼の瞳はその幻を消し去った。

運転中の彼には、当然助手席の小さなゴミが見える事は無い。
故に、そこに落ちていた一本の薄紫の髪にも、気付かずにいた。

『彼女』は、常にそばにいるのだ。
例え目の届かない場所でも、彼の現在の、様々な場所に。


車を目的の鎮守府に停め、彼は駐車場へと降り立った。

日頃艦娘達を引率する際は、他に気を向けずに済む。
だが今は、一人だ。植樹の生え方や、空の色合い。それらの一つ一つでさえ、否が応にも彼の中の思い出を蘇らせて行く。

コツコツと靴を鳴らし、それらを踏み付けて行くように彼は駐車場を越えた。
案内された更衣室もまた、懐かしさはある。
だが、白い服に袖を通した瞬間、それもすぐに消え去った。

唯一外されなかったのは、制服の下にあるペンダントのみ。
司令官としての、そして人としての彼の現在の、そばにあるもの。
ボタンを閉める前、彼は一度だけそれを握り締めていた。

「…さて、行ってくるよ。」

ポツリとこぼした言葉は、どこの誰に向けたものなのか。
それは、彼だけが知っている。

懐かしい廊下を通り、集会室へと彼は歩いていた。
その後ろ姿を、遠くから睨み付ける視線が一つ。
それはミディアムの黒髪を揺らす、とある少女のものだ。

「あいつ…!」

すぐさま追いかけようと、少女は動こうとした。
だが、彼女の肩に掛かる白い手が、それを制する。
少女が振り返ると、そこには彼女の姉が立っていた。

「……やめてちょうだい。」

「姉様…でも…!」

「…いいのよ。彼を振ったのは、あくまで私だもの。」

「…わかりました。」

妹を制し、彼女は遠ざかる背中を見つめていた。
その目はひどく切なげに、妹の目には映っていた。
137 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:02:11.78 ID:H6iAFqcy0
その日の講習を終え、彼は一人、用意された宿でくつろいでいた。

安宿ではあるが、窓からは慣れ親しんだ海がよく見える。
月夜と海、さわさわとした潮騒の声。
写真を一枚撮り、彼はある少女の元へそれを送った。
カメラには上手く収まらなかったが、何となく、今自身が見ている世界を共有したくなったのだ。

数分後、携帯が震えた。
だがそれは先程彼が連絡した相手ではなく、違う女性からのもの。
何年振りかのその名前に、画面をスライドする手は少し震えていた。


『明日、会えるかしら?』


『あの浜に行くつもりだよ。』
彼はそれだけを返し、以降返信は無かった。

続いて携帯を震わせたのは、とある少女からのものだ。
『綺麗ですねぇ。』と、可愛らしいスタンプと共に返ってきた言葉を目に収めると、彼は微笑を深める。


『ああ、今日の月は本当に綺麗だ。そっちも見えてるかな?』


空だけは、何処へだって繋がっている。例え、遠く離れていたとしても。
出来るなら今夜は…と打ちかけた所で、彼は首を横に振っていた。

机に置かれた、葉をモチーフとしたペンダント。
それは全くの偶然だが、今も彼の背の方を向いて置かれている。

じっと、それを見つめ続けるかのように。


138 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:03:52.61 ID:H6iAFqcy0
翌日の昼には、講習は全て終わった。

参加者は各々の交通手段で帰る。
電車の者、飛行機の者。そして車で戻る者。
ここまでの道は、高速を使って3時間。
自分の車で来ていた彼は、気が向いた頃に帰れば良いと言った状況だった。
それはこの街での自由時間が、まだある事を意味する。

彼はすぐに帰ろうとはせず、とある駐車場へと車を停めていた。
そこは、ある海浜公園の駐車場。
少し歩けば砂浜が広がり、シーズンオフの今、ここに彼以外の人影は無かった。

青空と海。それ以外は、この砂浜には何も無い。
一人ポツリと佇み、彼は潮騒の声に耳をすませている。
かつて『二人』で何度も見た、穏やかな海がそこにはあった。
今、彼の胸に去来するものは、一体何なのであろうか。


「……変わらないわね、ここは。」


そこに響くのは、儚げな細い声。
長い黒髪とスカートを揺らし、とある女が彼に声を掛けていた。

艦娘としての制服よりも、彼にとってはずっと見慣れていた私服姿。
戦艦・扶桑としてではない、かつての恋人の姿として、彼女は立っていたのだ。

「……久しぶりだね。」

「ええ…何年経ったのかしら。」

「少し、座ろうか。」

言葉少なに、二人は近くの石段へと腰掛ける。
肩と肩の隙間は30cm程、手を伸ばせば届く距離。
だが、彼らが触れ合う事は無い。手をつなぐ事でさえも。

139 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:06:17.76 ID:H6iAFqcy0

「知ってはいたが、目の当たりにするまで本当だと思わなかったよ。
…どうして艦娘になんてなった?」

「…憎たらしかったの…あなたを壊した、戦争そのものが。」

「…それでも『俺』は、帰ってこないけどね。」

「わかってるわ…でも__……何でそんなに寂しそうなのかしら?」

「…何の事だよ。」

「可愛い子ね、青葉ちゃん…この前、じっくりお話させてもらったわ。
ねぇ__……少しずつ、感情を取り戻して来てるのではないかしら?」

「………あぁ、そうだよ。」

青年の肯定に、女は寂しげに微笑んだ。

彼は青葉との交流の中で、失った物を徐々に取り戻しつつあった。
痛みや悲しみ、恐怖に怒り。

そして、愛と喜び。

少しずつではあるが、それらに揺れる感覚を、近頃彼は味わっていた。
それは間違いなく、青葉と言う少女が与えてくれたもの。
だが、過去への感情もまた、改めて噴き出していたのだ。

「……あの子のおかげかしら?」

「きっとね…例えは悪いけど、犬みたいな子だよ。常に『俺』の深い所にいてくれる。
…こんなんになっちまった、『俺』のそばにでもね。」

「それでも、あなたを見捨てた女に会いに来たのね…。」

「あの頃の『俺』は、死んだようなものだったからな…だから今こそ、ケリを着ける為にね。」

「……ずっと、後悔してたわ。
私がしっかりさえしていれば、あなたを殺しそうなんて思わなかったもの。ねぇ…。」

しなだれかかる重さ、懐かしい香り。
それらはかつてこの海で、幸せに夕日を眺めていた頃と同じものだった。

だが、今は違った。
過ぎた年月は心を焼き、今二人にあるものは、思い出の灰でしかない。

それでも彼女にとって、伝えたい言葉は。


「……やり直す事は、出来ないのかしら?」


どこまでも悲しい、わがままな想いだった。



140 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:08:14.75 ID:H6iAFqcy0
「……ああ、出来ない。
君の好きな『俺』はもう、あの時死んだんだ。
息を吹き返してたとしても、それは新しい『俺』さ。」

「……あの子、本当に良い子よ。幸せにしてあげて。」

「…………わかったよ。」

嘘つきだなと、彼は内心で自嘲の笑みを浮かべていた。
青葉と心を通わせる前に、彼はもう、後戻り出来ない場所まで来てしまっている。
その事は、かつての恋人にさえ話せない事。

「…『僕』は、そろそろ行くとするよ。」

「そう…気を付けてね。」

背を返し、彼はその場を後にする。
振り返らずに歩く彼と、座ったままの彼女。

次第に遠くなる足音。それもエンジン音と共に止むのだろう。
だが彼女は、その音が途切れる前に走り出していた。

「待って!」

肩を掴まれ、強引に振り向かさせられた彼に触れたのは。
かつて愛した女の、唇の感触だった。

「__、愛して『いた』わ。」

「__……『俺』もだよ。さよなら。」

「ええ…さようなら。」

車は走り去り、見えなくなるまで彼女は手を振っていた。
その足で浜へと戻り、彼女は石段へとまた腰掛ける。

ひとりきりの、石段の上。
さっきまでは、ふたりきりだった思い出の場所。

上を見れば、透き通るような青空だ。
だが彼女の瞳には、天気は狐の嫁入りに見えていた。

瞳をぽつぽつと水滴が濡らし、それは人肌の、ぬるい雨粒だ。
次第に視界が滲んで行くが、それでも尚、空は変わらない。

青き日々の最期を、彼女の中に刻むように。


「ああ…空はあんなに青いのに。」


ポツリとこぼした言葉と、ポツリとこぼれた雫。
彼女の瞳には、土砂降りの雨が降っていた。

次の虹を呼ぶ為の、寂しい通り雨が。


141 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:09:29.02 ID:H6iAFqcy0

この日が来るのを、待っていました。

今日は彼が帰って来る日です。
もう夜だけど、絶対出迎えてやるんだ!って今は待ち伏せしている所。
早く会いたいなぁ…でもこんな時間も何だか楽しくて、暗い駐車場も怖くはありません。

おや、光ですねぇ…あ!帰って来た!

「司令官!おかえりなさい!」

「青葉…待っててくれたのか。ありがとう。」

私服姿の彼は、あのペンダントを付けてくれてて。
もう顔を見ただけで嬉しくなって…思わず抱きついちゃいました。
だって今なら、誰も見てないもん。だから我慢なんて出来ない。

「あはは、そんなにくっつくなよ。犬じゃないんだから。」

「狼ですよーだ。えへへ…。」

嬉しくて嬉しくて、思わず腕に頬ずりしちゃいました。
ふふーん、久々に匂いでも味わってやろうかなー、どれどれ……。


…………え?


「司令官……扶桑さん、いましたか?」

「…ああ、いたよ。」



アノヒトノ、ニオイガスル。



形容し難い何かが青葉の中を駆け抜けて行ったのは。
その匂いを、感じた時でした。



142 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/05/24(水) 04:10:44.50 ID:H6iAFqcy0
今回はここまで。
143 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 05:55:03.91 ID:SzsIr5nJ0

こわい。こわい。こわい。

血の気が引いて、でも込み上げてくる感覚もあって。
頭がぐるぐる回って、汗が冷たい。

くらくらする。
しんぞうがばくばくして、じめんがちかい。

あれ?なんでじめんがちかいんだろ?

「青葉!?」

しれいかんのあししかみえない。おっきなこえがする。
なんでそんなにあわててるんですか?だいじょうぶ、たてますよ。

あ。からだがういた。

「待ってろ、すぐ連れてく!」

そのままかれは、あおばをどこかへつれていってくれました。
あたまがぼんやりして、ねむくなって…。


そこからは、意識が途切れていました。


144 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 05:56:22.82 ID:SzsIr5nJ0
あの浜に、青葉と司令官は立っていました。

彼は青葉の少し先にいて、いつもの微笑もありません。
ただ淡々と、曇り空の下を歩いていました。


『たぁん…。』


嫌な残響の銃声が響いたのは、その時のこと。

その場で彼は倒れて、青葉はそこに駆け寄るんです。
抱き上げるんですけど、血が止まらない。
気付いたら青葉の両手も真っ赤で…ふと自分の手を見たら、拳銃が握られていたんです。
血は暖かくて、全身に彼を浴びているようで。

でも拳銃は、とっても冷たい。

青葉が目を覚ましたのは、心までその温度に飲み込まれた時でした。



“あれ…?”

司令官の匂いだ。
真っ先に感じたのは、その香りです。

そこは医務室でもドックでもないし、ましてや自室でもない。知らないベッドの上で。
手があったかくて…それはどうやら、人に握られていたからのようでした。

「え…司令官!?」

「良かった…目を覚ましたのか。」

その手の主は、彼でした。
優しい笑みを向けてくれてて…青葉はそれで、ようやく現実に帰ってこれたのです。

でもここ、どこだろ…?

145 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 05:57:42.10 ID:SzsIr5nJ0

「あの、青葉は一体…。」

「急にうずくまって、意識も朦朧としてたんだよ。それで近くの俺の部屋に運んだんだ。
医務も呼んで診てもらったが…ストレスから来る急性のものだったようだね。」

「………ストレスですか。」

原因は、思いっきり心当たりがあります。
扶桑さんの匂いがした瞬間、『あの時』の感覚が蘇りましたから。

ドン底に突き落とされる感覚…でも違うのは、司令官は青葉のものでも何でも無いってこと。
だからこんな感情も、こんな風にトラウマぶり返すのも、本当は筋が違うんですよ。

迷惑掛けちゃったな…彼女ヅラして、ばかみたい。
ほんと、ばかだよ……やり直す可能性だってあって、『私』にそれを止める権利なんて…。

「青葉…泣いているのか?」

「あ…いえいえ!だいじょーぶです!眩しいだけなので!」

そうだ、起きたんだし帰らなきゃ。
ここ、司令官の家だもん。これ以上はいられないし…。

「…ここなら誰も見てないよ、我慢しなくていい。」

ぎゅっと青葉を抱き締めて、彼はそんな言葉をくれました。
ダメですよ、そんな事言っちゃ…余計涙止まんなくなっちゃう。

言えないよ、こんな気持ち…でも…。

「……扶桑さんと、ヨリを戻したんですか?」

この時、心底自分を子供だって思いました。
そんな光景を想像すると、やっぱり怖くなって…今でも、少し手が震えてるのがわかる。
無意識に彼の裾を強く掴んでいて、それは青葉自身の執着を教えてくれていました。

そうだよ。これは執着で、ワガママなんだ…知りたいって思う事さえも。

「逆さ。彼女とは、ちゃんとケリを着けたんだ。
あの時の俺は、今より欠けていたからね。」

でも返ってきたのは、青葉の不安と真逆な言葉でした。
ケリって一体…。
146 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 05:59:59.33 ID:SzsIr5nJ0

「……彼女は俺を振ったのを後悔していたが、それでもやり直す事は出来ない。
あまりにも、時間が経ち過ぎていたんだ…俺が俺を取り戻し出すには。」

「司令官…やっぱり、感情が欠けてしまっていたんですね。」

「そうだろうね…昔は寂しいや悲しいと言った類も、上手く感じられなくなっていた。
ただあの場所に俺は焦がれていて…その理由さえ、理解出来なかったのにな。

だけどこの頃、少しずつ蘇ってきたんだ…君との交流の中でね。
思う所は沢山あったが、まず彼女とちゃんとケジメを着けなきゃと思った。講習の話は、その時に来たんだ。」

「それで…扶桑さんは何て?」

「……宿にいる時、彼女から連絡があった。それで次の日会いに行ったよ。

彼女もまた、後悔したままだった。
ただ俺とは逆で…やり直せないかって、そう言われた。
だが、今となっては不可能な話だ。
俺はその間、余りに変わりすぎたからね。戻る事は出来ない…その旨は、ちゃんと伝えたよ。」

「…そう、ですか…。」

それを聞いて安心した自分がいて。
ふと我に返って、自己嫌悪を抱きました。

何を安心なんて…だって感情が戻り出したって事は、きっと…。

「……司令官、じゃあ拳の傷は…。」

「…あの件やその後に纏わる気持ちを思い出し始めた、副産物だろうね。
耐え切れなくなって、吐いたり暴れたりしたものさ。
なぁ青葉。俺が見た場所へ行く条件って、分かるか?」

「いえ…。」

「手首を切った時は、気絶しても何も見えなかった…今思えば、簡単な事なんだよ。
あそこは戦場で、死に瀕した者にだけ見える…生と死の、狭間の場所だ。
もしかしたら俺は、そこに自分の心を置いて来たと思い込んでたのかもな。ずっと、俺の中に眠っていたのに。

…まぁ、俺の事はどうでもいい。
今日は無理せず、休ませた方が良いって医務も言ってたよ。ベッドはそのまま使ってくれ。」

そう微笑んで、彼は青葉の髪から手を離しました。
短い間見せた、張り詰めた目なんて無かったかのように。

「司令官は、今夜どうするんですか?」

「俺はリビングで寝るよ。ソファもあるしね。それじゃあ…!?」

「…嫌です。」

背を向けようとする彼の手を、無意識に掴んでいました。
怖くて、寂しくて……それは青葉にとってもでしたが、彼を一人にする事が怖くもあったから。

このまま、遠くに行ってしまわないかって。だったらいっそ…。
147 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 06:01:32.19 ID:SzsIr5nJ0
「病人ほっとかないで下さいよ…隣で寝て下さい。」

「…簡単に、異性にそんな事言うものじゃない。『僕』が狼でないと言いきれるかい?」

「……あなたの一人称が『僕』の時は、仮面被る時です。青葉、さんざん見ちゃってますから。
それに……『私』も狼ですから。食べられちゃうのはあなたかもしれませんし?」

自分が満更でもないと思ってもらえている事ぐらい、気付いてるんですよ。

だからこれは、卑怯な事。
こうやってどさくさ紛れに気持ちを伝えて、後戻り出来なくさせて…逃げ場を無くす行為。
それと同時に、これは青葉にとっても大切な事で。

本当は、今でも怖いんですよ。
こんな事したって、またいなくなるんじゃないかって。男の人自体を信じられなくなってる自分もいて。

だけど、それじゃこの先何も変わらない。

『私』との交流の中で、感情を取り戻し始めた彼。
もっと深く踏み込んだなら、より多く取り戻せるでしょうか?

自分の為にも、あなたの為にも。
今少しだけ、私達は殻を破らなきゃいけない。

「…私達は成人同士です。不倫でもない限り、男女の仲は自己責任ですよ?
司令官…いえ、__さん。私はあなたが好きです。あなただから、こんな事を言うんですよ。」

「………そうか。」

「びっくりしちゃいましたか?
_さん、あなたはどうなんでしょう?」

「俺は……。」

さっきとは別で、心臓がばくばくしています。
小悪魔気取ったって、内心は必死ですから。

とても長くて、永遠にも感じられる時間です。
背中に汗が伝うのを、青葉の肌は感じ取っていました。

「なぁ、__。」

その時聞こえたのは、青葉の本当の名前。
微笑も無く、ひどく真剣な。そして苦悩に満ちた顔で。

あぁ…あれだけの事、『私』はしてきたもんね。
きっと振られてしまうんだと、目元にじわりとした感覚を感じた時の事。

148 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 06:03:38.34 ID:SzsIr5nJ0

「俺はあの日以来、感情を失っていた。今でも完全にとは言えない。
今でも軍にいるのは、もう一度死線に巡り合う為でしかなかった……いや、正確にはそれ以外は感じられなかったんだ。
ここにいれば、いつかあの場所が見えるんじゃないかってね。

この歳で少佐に上がったのも、感情が無かったからだろうな。
感情が無いから、戦術での最適解を出す事が出来た…味方の反発を産まず、敵もなるべく殺せる道を。

だが、失ったものは多かった。
俺は仲間の死も嘆けなければ、彼女と別れてもやはり空虚だった…ひどい事ばかりしてきたよ。

司令官になった今でも、艦娘や他の職員との距離は感じていてね。そんな中に現れたのが、君だ。」

「……はい。」

「随分と、俺を引っ張り出してくれたもんだよ…ちゃんと人として話を出来たのは、君ぐらいなものさ。
おかげで、今はこの戦争を終わらせたいと、はっきり思えるようになった。

俺には言えない事も沢山ある。これから先、君にはつらい思いをさせるかもしれない。
__。それでも、近くにいてくれるか?」

「……はい!いつでもそばにいますから!」

「ありがとう…俺も、君の事が好きだ。」

そうやって抱き締められた時、全てが昇華された気がしました。
彼の苦しみも、青葉の苦しみも、何もかもが。

抱き合っている間は、融け合えているみたいで。それはとても、幸せな事。
目に見える全てが、優しい場所と思い込めるぐらいには。

例えばそこが、実際は海の底だったとしても。
いくらでも、どこまでも深入りできてしまう気がして。


青葉と司令官が。
いえ…『私』と『彼』が一線を超えたのは、その夜の事でした。


それは全てに目を伏せるような。
虫の声も聞こえない、丸い月の夜だったのです。


手を伸ばしても届かない、光の遠い夜の事。


149 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/01(木) 06:04:14.92 ID:SzsIr5nJ0
今回はここまで。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/03(土) 15:01:42.33 ID:wPGvBaJ60
順調に泥沼へすすんどる
151 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 06:53:13.41 ID:E5Fo7Ca+O
“……真っ暗…まだ3時かぁ。”

一度目を覚ましたのは、真夜中の事でした。
上は裸ですけど、寒くない。だって、彼の腕にくるまれているんですから。

ふふ…叶っちゃったんだぁ…。

幸せを噛み締めて、胸元に頬を寄せて。
これは夢じゃないんだって思えました。

静かに眠る彼の顔は穏やかで。でもいつかみたいな、死んだような寝顔じゃない。
それが愛おしくて、嬉しくて。青葉は少しの間、彼の心臓の音に耳をすませていました。

“でもトイレ行きたいなぁ…起こさないように…っと。”

ベッドを出て、そろそろとトイレに向かいました。そこで初めて、ちゃんと家の中を歩いたんです。
最初にトイレと間違えてお風呂場を開けちゃって、目に入ったのは脱衣所。
端の方に透明なビニール袋があって…その中には、血の付いたマットが入っていました。

これ、きっと拳の怪我のだ…手に取ってみると、かなりの血が出ていたのがわかりました。
さっきまでの幸せとは別で、胸がぎゅっとなります。どんな気持ちだったんだろ…。

用を足して寝室に戻ると、多少目が覚めたのでしょう、部屋の様子がさっきよりはっきり見えました。
間接照明にも目が慣れて、どんなレイアウトかよく見える。

棚には沢山のCDが並べられていますが、それ以外は特にめぼしい物もありません。
むしろ無機質さすら感じるぐらい、他に生活感や趣味の要素が見当たらない。
本棚も、殆どは戦術や軍事関係のもの…思い出のアルバムも無いし、何か写真が飾られてる様子も無くて。
PCには外付けHDが繋がれていますが、これも音楽用なのでしょう。

……デジカメや古い携帯の写真とかも、PCに無いのかもなぁ。

CDラックは整頓されていて、ちゃんとアーティスト順に並べられていました。
悪いとは思いましたが…ふと気になって、ある区画を探したんです。
彼が一番好きな曲を作った人達の、あの頭文字を。

“綺麗…。”

何となく手に取ったのは、黒地に綺麗な指輪が印刷されたもので。
しばらくそのジャケットを、ぼーっと見つめていました。

152 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 06:54:35.55 ID:E5Fo7Ca+O
「ん…起きてたのか。」

「あ…え、ええ!少しトイレお借りしました…。」

そこに掛かった声は、大好きな人の声で。
でもCDラックを勝手に見ちゃってたから、ちょっと慌てちゃいました。

「おや、あのバンドか。それは良いアルバムだ、良かったら貸すよ。そうだなぁ…だったら他にも…。」

そうして青葉の隣に来て。
彼は何気無く、片手で青葉の肩を抱きながらCDを探していました。

…恋人同士って、こう言う感じだよね。
こんな何気ない事でも、怖いぐらい幸せで。このまま朝なんて来なくていいのに。

「袋に入れたから、帰りに持ってくと良い。忘れないようにね。」

「ありがとうございます。」

「ああ、それと…仕事以外では、敬語はもう使わなくていいよ。
その、何だ…す、少なくとも、今までの関係じゃないんだし。」

「ふふ…うん!そうするね!」

「よくできました。」

少し恥ずかしそうに言う姿は、初めて見る顔で。
かわいいなぁって、にまにまとそんな顔を見つめたものでした。

夜明けまでまだあるなぁ…ガサには連絡が行ってるみたいで、下手に早く帰ったら怒られちゃいそうです。
それにしても、よっぽどぐっすり寝ていたのでしょう、目も冴えてしまっていて…それは彼も、同じなようでした。
153 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 06:56:41.99 ID:E5Fo7Ca+O

「眠くねえなぁ…。」

「横になろっか?ゴロゴロしてるだけでもマシだろうし。」

「そうだね、変にテレビ見たりするよりは。」

照れ笑いも、少し崩れた言葉遣いも。やっと心を開けたようで、青葉には全部が嬉しくて。
それで思わず抱き着いて、腕を絡めたら…あるものが青葉の手に触れました。

火傷ででこぼことした背中に触ると、眠る前まで無かった、細くて硬い感触があって。
それは多分、最中に青葉が爪を立てたせいで出来た傷。

痛かったかなぁ…無意識とは言え、悪い事しちゃったな。

「背中、ごめんね…痛くない?」

「ん?ああ、大した事じゃないさ。」

そう笑顔で言い放つ彼を見て、少し胸が痛みます。
彼の過去の恋愛も過ぎりましたけど…それ以上に、あの戦闘で痛みに慣れてしまったんだろうって。

…最近少しだけ、確信を得た事があるんです。
彼が感情を取り戻し始めたきっかけや、その後に欠けたピースをはめて行ったトリガー。

それはきっと、『私』が彼の体に痛みや傷を与える事。
痛みを以って、痛みを呼び覚ます事。

確かに、恋人同士になった事もあるでしょう。
だけど、体を重ねる前より柔らかくなった表情を見ると…背中の爪痕が、また呼び覚ましたのかもしれないって思ってしまう。

医務官さんの指示で、青葉は今日はお休みになったそうです。
それでも昼には、部屋に戻らなきゃいけない。

つまり、また夜になれば、彼はひとりきりで夜を明かす。誰にも見られず、何かを隠す必要もない。
そこまで考えた時、さっきの血まみれのマットが頭を過って…今度は、自分の胸に彼を抱きしめたんです。
154 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 06:58:05.67 ID:E5Fo7Ca+O

「ねぇ…本当に痛くないの?」

「背中の事か?大丈夫だよ。」

「……違うよ。私は記者だもん、あなたの事は沢山見てきたんだ。
__…昔の事、思い出したりしてない?」

「……思い出してないと言えば、嘘になるかな。」

「…今は何も訊かないよ。でも辛くなったら、私のこと思い出して。いつでも見てるから。
それで…話したくなったら、いつでも話してね。」

「……ありがとう。」

胸元にわずかに冷たいものが触れたのは、きっと気のせいじゃない。
痛くないように、なるべくゆっくりと抱く力を強くして…体に食い込むその感触で、彼がここにいる事を確かめていました。

抱きしめているようで、きっと縋り付いているのは『私』の方だけど。

艦娘である以上、命の危険なんていつでもあるはずで。
なのに相変わらず、仲間や自分の誰よりも、司令官である彼が一番消えてしまいそうな気がするのは、変わりませんでした。

『私』は、あなたがいないと生きて行ける気がしない。
でも…あなたは、『私』がいなくても生きて行ける?

何度も自分からキスをして。その後何をするでもなく、ベッドで色んな話をして。
その間ずっと、青葉はつないだ手を離す事が出来ませんでした。

155 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 06:59:15.18 ID:E5Fo7Ca+O
やがて朝が来て、いつの間にかまた眠ってしまっていて。
青葉が目を覚ました時には、彼はもうお仕事に行った後でした。

“……この部屋、結構広いんだ。”

テーブルの上には、鍵と一枚のメモ書きが。
メモの内容はお風呂の使い方と、鍵の隠し場所の指定でした。

“…さすがに合鍵もらう事も無いかな。あの人も軍人だもんね。”

シャワーを浴びてベッドを整えたら、すぐに彼の家を出ました。
ずっといると、寂しくなっちゃいそうでしたから。

ここの司令官用の住居は、駐車場のそばにある平屋で。どの設備からも少し離れた位置にありました。
だから、上手くやれば人には見付からない。
からかわれたりする事は無いと思いつつ、こっそりと戻った訳なのですが…部屋の鍵を開けると、何やらドアの隙間に紙が一枚。


『おめでとうございます。』


あはは……これ、ガサの字じゃん…。

さすがに今冷やかされるのは恥ずかしいなって思って、今日は大人しくする事にしました。
1日ぶりに自分のベッドに入ると、何だか妙に頭が冷静になって…ふと、今までの青葉の人生を思い返していました。
156 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 07:01:12.09 ID:E5Fo7Ca+O
無意識にトラウマになってた、最低な過去の恋愛も。一夜明けると何だか遠くの様で。
それ以外の事も、映画の様に客観的に蘇って来て…例えば、艦娘になるきっかけの事。

叔父さんの事については、一つだけ彼に隠し事をしていたんです。
それは心配をかけまいとしたが故ですけど。

叔父さんの遺体は、確かに早く見付かりましたが…厳密には、頭と右腕までだけが繋がった状態で見付かったんですよ。
それ以外は吹っ飛んでしまっていて、それでもSDだけは手放していなかった。

青葉が敵に憎しみを抱いたのは、それが最初の事。
叔父さんは青葉にとって、ジャーナリストとしての目標で…仇討ちに艦娘になる事を決めたのは、そう時間は掛かりませんでした。

仇を討つ事も、本を書いて世に伝えたいと言う目標も、そこに偽りはありません。
でも、ある時から青葉の中には、一つだけ疑問が芽生えました。

じゃあ、守りたいものや助けたいものは、青葉にはあるのかな?って。

仲間が亡くなった時や、彼と深く関わっていく中で、その疑問は次第に大きくなっていました。

今は…幸せになりたいし、したいかな。
この戦争に勝って、叶えたい事もあるし…ずっと、隣にいて欲しい人が出来ましたから。
戦争が終わっても彼が生きていられるように、青葉が彼の心を連れ戻すんだって。

“今夜はせめて、彼が寂しくないようにいっぱい連絡をしよう。”

そう決めて体を起こすと、貸してもらったCDをPCに取り込みました。
それで一番気になっていた、黒地のアルバムから聴き始めて…。

言い知れぬ不安に駆られたのは、その時の事でした。


157 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 07:03:20.81 ID:E5Fo7Ca+O
その日の夜。
一日を終え、彼は自室のベッドに横たわっていた。

部屋には音楽が流れており、間接照明の中、彼はじっと天井を見つめている。
ベッドから感じるのは、彼女の残り香。
記憶の中のぬくもりを思い出しながら、しかし彼の手には、それとは相反するものが握られていた。

マガジンの抜かれた、冷え切った拳銃が一つ。

スピーカーから流れるのは、彼女に貸したものと同じアルバム。
それは戦死した兵士の魂が、現代へとタイムスリップすると言うストーリーの作品だった。

彼女の前ではこの頃見せていない、あの貼り付けたような微笑み。
それを浮かべつつ、彼は右手の銃を持ち上げ。
そして、かち、と言う虚しい音だけが彼の片耳に響いた。

「ふふ……ははははははは!!!」

まるで楽しんでいるかのような、激しい笑い声が部屋に響く。
実際に、彼はコントを見ているような気分だったのだろう。

自身の存在と言う、ブラックコメディ。
今彼にとって最も滑稽なものは、それ以上に存在し得ないのだから。

“あの子の前で殺された……ね。”

流れる音楽の歌詞と、ある想像が彼の中でリンクする。
そして彼が彼自身に突き付ける銃口は、自身の心の弱さだった。

「俺は、蘇ったりはできないな……。」

彼女からもらった、葉のペンダント。
それを握り締める手は、ひどく震えている。

直後、携帯のバイブレーションが響き、それは彼女からのものだった。
何とも他愛の無い、恋人らしい内容だ。目を通せば、先程までの感覚はひと時でも安らぐ。

それは偽薬のような、か細い安息。
だがその実、幸福以外に、心の奥底にあるものを隠したままだった。

形は違えど、互いが共通して隠すもの。
それは、不安と言う名の感情だった。


158 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 07:04:09.70 ID:E5Fo7Ca+O
今回はここまで。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 00:56:58.29 ID:K3r+mxBpO
なんだろう、すごくドキドキする
160 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:17:34.57 ID:GXp8xFqq0
『魔の海を越えて……最後に見たのは…』

イヤフォンを耳に差したまま、呆然と天井を見つめていました。
一通り黒いジャケのアルバムを聴いて…今は、ある曲をリピートしてしまっていて。
それはアルバムのストーリーの冒頭。主人公が敵に撃たれて、戦地から現代へと魂が飛ぶ場面を歌った曲。

これはあくまで、過去としてのその瞬間の歌で。
だけどこの時浮かんだのは……彼の…。
……ううん、もうやめなきゃ、こんなこと考えるのは。今は幸せなんだもん。

それでも寂しい夜を過ごしてないか、心配になって連絡を取りました。
そのまま何となくwebブラウザを開いて…検索したのは、このアルバムのこと。

“ラストのサビの部分には_________の冒頭部分が重ねられている。”

何枚か貸してもらったCDをざっと見た時、そのタイトルを見た覚えがありました。
確かに違うメロディが鳴ってる…それがどうしても気になって、今度はそっちの曲を再生したんです。

日は暮れていて、彼もきっと帰っている頃で。それを一通り聴いて…。


青葉は、部屋を飛び出していました。

161 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:18:43.03 ID:GXp8xFqq0
息を切らして彼の家に辿り着くと、インターホンに手を伸ばしました。
だけどその手を、途中で止めてしまったんです。

きっと堂々と尋ねたら、彼は全てを隠してしまう。
今青葉が知らなきゃいけないのは、そうじゃない顔。

“…覗くしかない。
何もなければそれで良し、もし何かあったなら…。”

今は記者として、恋人としての見せ所だ。
記者だからこそ出来る、ともすれば傷を広げかねないような、すれすれの手助け。

でもそんな事、他に誰が出来るの?
やるしかない…青葉、取材しちゃいます……!

壁を這うように、こっそりと裏へ回ります。
寝室の位置は把握してる、それはこのサッシの向こう。
カーテンの隙間からは間接照明が漏れてる…音楽も聴こえる。いるのは間違いない。

バレる事は、微塵も怖くない。そんな余裕自体無くて。
でも心臓の音はばくばくしていて…その正体は、不安でした。

ちゃんと耳をすませば、かち、かち、と、無機質な音が聞こえて来ます。
音を立てないよう、片手スコープを窓の隙間へ。
いました……あれは…!?


青葉、見ちゃいました…。


そこにいたのは。
ベッドの上で何度となく、空の拳銃をこめかみに撃ち続ける彼の姿。

間接照明に口元だけが照らされていて…その頬は、釣り上がっていて。

頬には、涙が伝っていました。

162 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:20:03.92 ID:GXp8xFqq0
『こん…こん…』

自分でもびっくりするぐらい、弱々しいノックをしていました。
それでもあの部屋にはよく響いたのでしょう、彼はすぐに気付いて…。

サッシを開けた彼の顔は、見た事もない、悲しげな顔を浮かべていました。

「見たのか……。」

「うん…ねえ、入れてもらってもいい?」

「……上がってくれ。」

隣同士でベッドに座っても、言葉はありません。
何を言えばいいんだろう、何をしてあげればいいんだろう。
考えるほどわからなくて……ただ、ぎゅっと彼を抱きしめる事しか、青葉には出来ませんでした。

「……何があったの?」

「…………。」

「黙ってちゃ、わかんないよ…おねがい……私には、話してよ……。」

「……何で俺だけ、のうのうと生きてんだろうなって思ったんだ。」

「………また、思い出したの?」

「ああ……あの戦闘で死んだ仲間たちや、あの子の事への気持ちが一気にね……今更だ、本当に今更だよ。
今になって、悲しくてたまらなくなって……気付いたら、空砲を撃っていた。」

様々な痛みや悲しみが、混ざり合って吹き溜まりになって…決壊したダムのように、一気に溢れたのでしょう。
それがどれだけの心の痛みになったのか、青葉には全てを想像する事は出来ませんでした。

それはきっと、地獄のような責め苦で。
不意に甦るのは、彼の語っていた天国の事。

感情なんて捨ててしまった方が、心だけでも殺してしまった方が。何かに苦しみ続けるより、ずっと楽な事で。
彼が心を閉ざしていたのは、防衛本能だったのかもしれない。

死にたいと言う気持ちすら、天国への憧憬にすり替えて。
そうすれば、死に場所を探す事さえ辛くないはずだから。

その蓋を開けてしまったのは、『私』だったのでしょう。


それでも…『私』は……。

163 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:20:43.13 ID:GXp8xFqq0


「__……大丈夫だよ。」


強く抱きしめて、安心させるように。


「私は、何があってもそばにいるから。」


たったひとりの理解者である事を擦り込むように、甘い言葉を囁いて。


「やっと泣けてよかった…ありがとう、話してくれて…。」


ヴェールを纏った聖母を気取るみたいに、欲望を包み隠して。


「生きてるんだよ、あなたは。」


腕を取って、唇を寄せて。
また、彼に噛み跡を付けたのでした。


164 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:22:10.26 ID:GXp8xFqq0
「………っ!?」

「痛かった?ごめんね……。」

こぼれた血は、あたたかい。
それはまるで、とろけるように甘美で。

唇を伝う血も気にせず、私はキスをして。
付いた傷を眺めて…ぞくりとしたものが、背筋を通り抜けて行きました。

ああ、また『私』の跡が増えたんだ。
これでまた、感情が一つ戻るんだ。

喜びや幸せが戻るまで、何度でも、何度でも傷を付けてあげる。
全部、『私』が呼び戻した跡で。

他の誰にも、こんな事は出来やしない。

「……それでも今は、私がいるよ。
私を“シルクスカーフに帽子が似合う女”になんて、しないでよ…。」

「聴いたのか?」

「うん……あれ、悲しいよ。あなたの事みたいだって思った…。」

「そりゃ予想外だったな…ごめんな。」

「だめ。収まるまで許さない。」

「ありがとう…お前がいなかったら、今頃どうなってただろうな。」

胸元に飛び込んで、顔を埋めて。
そうやって甘えてみせる青葉を、彼は優しく抱きしめてくれました。

だから今、彼に青葉の顔なんて見えていない。

この時本当は、甘えるよりも、抱きしめてあげたかったんです。
でも、どうしても隠さなきゃいけない自分の変化があった。

釣り上がる頬の感覚。
きっとこの時の青葉は…それはそれは、ひどい笑顔をしていたでしょうから。
彼には見せられないような、欲望まみれの女の顔で。

この時一番強かった感情。それは…



“私がいないと、この人は生きて行けない。

これでもう、えいえんにわたしだけのもの。”



そんな、どこまでも下卑た感情だったのですから。


165 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:23:16.59 ID:GXp8xFqq0
今回はここまで。
筆者の中では、青葉はかなり影を隠してそうなイメージがあります。
166 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 03:58:54.17 ID:lURP6mEEO
膝枕をしてあげる内に、彼は疲れ果てて眠ってしまいました。
今は子供みたいに穏やかに目を閉じていて、その顔が青葉を満たして行く。
少なくともこの鎮守府では、青葉以外誰も知らない顔なのですから。

腕には真新しい噛み跡。まだかさぶたも真っ赤なその傷を見て、ふと彼の血の味が蘇りました。
アヘンって、元はけしの乳液だったよね……さながら青葉にとってはその味が。いえ、彼の存在自体が麻薬のようで。
傷に舌を這わせれば、乾いた鉄の味。頭の奥が痺れるような感覚が、そこにはありました。

ほんとうのこのひとはわたしだけのもの。

でも、もう帰らなくちゃ。
起こさないように頭を下ろして、毛布を掛けたら最後にキスをして。それでこっそりと、部屋に戻りました。

本当は朝までそばにいてあげたいけど、恋人であると同時に青葉は艦娘で、彼は司令官で。
それは二人とも、よく分かっている事でしたから。
167 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:00:03.38 ID:lURP6mEEO

「“司令官”、おはよーございます!!」

「ああ、おはよう。“青葉”。」

次の日、今まで通りの挨拶で1日が始まりました。
今日の青葉は秘書艦を外れていて、でも作戦の関係上出撃はありません。

戦闘が無い時の艦娘がやる事と言えば、専ら訓練です。
今日は海上移動の訓練をしたかったので、一人訓練用の沖に立っていました。
この時はたまたま、青葉以外誰もここを使っていなくて。静かな沖が目の前に広がっていました。

“〜〜…♪”

何故なんでしょうね。
天国旅行と言う曲を知った日から、艤装を付けて一人沖に立つと、頭の中で流れてきます。

あの曲から感じる、寂しい景色。
それを何故か、ずっと昔から知っているかのように思える。
彼が見た天国が、艤装と通じている間は既視感のあるものに感じられるんです。

『天国とは名ばかりのそれ』が、生々しい物に思えるぐらいには。

彼の事を知り始めてから、作戦や訓練の時は頭の中でスイッチが入るようになりました。
特に具体的な過去を知ってからは、グツグツと煮えたぎるのに、冷え切った様な。そんな感覚を持つようになったのです。

洋上を駆けて、障害物を避けて。そして置かれた的を撃つ。もっと速く、もっと正確に。
ぜえぜえと息が上がっても、足が震え始めても。
日が暮れるまで、青葉は訓練を止める事はしませんでした。

168 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:00:47.80 ID:lURP6mEEO
「演習ですか…。」

「…ああ。さっき話が来た。」

その夜彼から告げられたのは、演習の知らせでした。
相手はあの鎮守府で、今度はここが会場だって。そう言われたんです。

「その…向こうの編成は?」

「……彼女の妹がいる。たっての希望だそうだ。」

「…青葉を、旗艦にしてもらえませんか?」

「君をか?」

「はい。前の演習の時は、倒せませんでしたから。」

「…分かった。君を旗艦に編成を組もう。」

山城さんの事が出た瞬間、使命感に駆られたんです。
あの子は彼を憎んでる…それこそ顔を見た瞬間、殴ろうとしてるぐらいには。
それを思い出したら、守らなきゃって思って。


コノヒトヲキズツケヨウトスルヤツハ、ダレデアロウトユルサナイ。

キズヲツケテイイノハ、ワタシダケ。


「……ねぇ、“時間だよ。”」

終業時刻を過ぎた瞬間、『私』は彼にとって『青葉』ではなくなる。
だけど『青葉』である時も、いつでも彼のそばにいる。

最も近い部下としても、最も近い恋人としても。
いつだって、あなたのそばにいるんだから。
いつでもいつでも、見てるんだよ。あなたの敵でさえも。

大丈夫、あの子の好きにはさせないから。

私が、守ってあげるから。

169 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:02:18.08 ID:lURP6mEEO

翌日夜。鎮守府内・射撃場。

かつて拳銃やライフルの訓練用に作られた小さな建物も、今はあまり使われていない。
だが、今でも時折ここで訓練を行う者が、一人だけいた。

彼が構える拳銃には、サイレンサーが付けられている。
味気ない発砲音の後、的には穴。白い的に空いた銃創は、否応無しに彼の中である光景を思い出させている。

自分と同じ制服を纏った、へたり込む死体の記憶。

彼が手を下した男は、我欲に溺れ、殺されるだけの罪を犯した。
元々その男は、下卑た人格で有名な者。
深海棲艦との初回戦闘を生き延びた一人ではあるが、男の部隊も死者を多数出し、生き延びた者も男以外は後に除隊していた。

当時男の部下の中には、彼の学生時代の友人もいた。
その友人もまた、戦闘の際帰らぬ人となっている。
真相は分からない。だが、男のみ軽傷で済んだ事実は、疑いを与えるには充分過ぎた。

しかし、手を下した当時の彼には、友人の件への疑念も、男の犯した罪も関係無かった。
そこに正義や復讐心も無ければ、義憤に駆られた感情も無い。
彼もまた、我欲の為に男の命を奪ったのだ。

粛清の話を受けた折、彼が元帥の意思に背いてでも、自らその役目を負った理由。
それは、全力の抵抗を受けた先に死線を手に入れ、もう一度天国への切符を手に入れたいが為の行動だったのだから。

全力で戦い、殺される事。
あの場所へ行く為の条件。

それが当時の彼にとっては、全てだった。
だが、今の彼は感情を取り戻しつつある。

その中の一つ。
それは、罪悪感と言う感覚だ。

気の抜けた断末魔と血の匂いが蘇り、同時に湧き上がる様々なもの。
今になって感じる男への怒りや、説明し難い達成感。

そして、一抹の不安。

170 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:03:10.03 ID:lURP6mEEO
穴の空いた的は、穴の空いた脳天を蘇らせる。
的の白と、血を流す銃創。
それらが混ざり合うと、それは白い制服を汚す血を想像させた。

“胸に三発の弾”

感情を取り戻しつつある今、苦痛の末の死への願望は、決壊したダムのように彼を濁流に飲み込んでいる。
だが、それでも死ねない理由、死への恐怖を抱く理由が彼にはあった。

何よりも愛おしい恋人であり、最も信頼する部下である彼女の存在。
それがたった一つの死ねない理由で、生きる意味。

射撃場の外へ出ると、三日月が浮かんでいた。
手を伸ばしたところで、それは届くはずもない。
月光はただただ、彼の指をすり抜けていた。

「追いかけても追いかけても〜♪

…指の間をすり抜けるバラ色の日々…ね。」

人生とは奇妙だな、と、彼は考えていた。
日頃はあまり吸わないタバコを取り出し、火を点ける。
喉を通るメンソールの冷たさは、夜風の冷たさを一際強く彼の脳に刻み込んでいた。

こんな日は、ぬくもりに触れたい。

その夜恋人にこっそり抜け出してもらい、情事に耽るでもなく、彼はただ彼女を抱きしめ眠った。
これは依存なのだと、彼はどこか冷めた目を自身に向けていて。
彼女はその傾向を感じ、眠る彼を見ては微笑んでいた。

心の奥底にまで沈めるように、深く胸へと彼を抱きしめて。

明後日には、演習が待っている。

171 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:04:09.14 ID:lURP6mEEO
久々となりました。今回はここまで。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 10:55:43.71 ID:cOjYM/rLO
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 18:56:28.37 ID:YJg288LA0
おつおつ
せめてもつれないでいてくれればなあ…
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 21:40:41.90 ID:lMSOodtYO
このスレのおかげでイエモン聴き始めた
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/07(月) 02:26:35.57 ID:sm+xpRFGo
青葉萌えSSとしても普通に小説としても面白い
北上さんの過去作のタイトルおしえてください
176 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:23:05.91 ID:XFQ5vfxS0
4年前、快晴の日。とある海は血に染まっていた。

残骸と原型を留めていない肉片が浮く中、唯一まともな状態の死体が一つ。
いや、死体ではない。その男は、『生きてだけはいる』のだ。

しかし開けられたままの目に意識はなく、表情も虚脱したもの。
辺りは波音のみ。うめき声すら聞こえぬ中、不意に男の頬が動く。


「………ははははははははははははっ!!!!!!!」


狂気めいた笑い声が、波音を塗りつぶす。
だがその声の主の目に、未だに意識は戻らぬまま。
自身がケタケタと笑い転げている事でさえ、彼が気付く事は無い。

数十分後、救助部隊が現場に駆け付けた時には、辺りは再び静寂に包まれていた。
彼もまた、いつの間にか死んだように目を閉じている。

故に、誰もが彼を、ただの生存者としか思う事は無かった。
177 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:25:11.68 ID:XFQ5vfxS0
演習は通常、ゴム弾を用いて行われます。
撃沈やダメージの判定は、本人のスペックと被弾数で決まる。
そして撃沈扱いになった子は、演習場から待機スペースに戻るのがルールです。

始まって、もう何分でしょうか。
散々打ち合った末、この演習場にはもう、青葉と山城さんしかいませんでした。

射撃戦ですから、実際は何かを語り合うなんて無理な距離です。交わせるのは、せいぜい視線だけ。
ダメージはお互いギリギリ…だけど山城さんの目は、まだ死んではいませんでした。

それは青葉も、同じ事でしたけど。

『青葉、君から見て右を重点に狙おう。
彼女は利き手側に発射数が傾く癖があるな、疲労困憊の今なら余計そうだ。逆に左に気を付けろ。』

「了解しました!青葉にお任せです!」

相手は戦艦ですけど、ここに至るまでにみんなが少しずつ削ってくれた…無下には出来ません。
魚雷を3発…でも山城さんからも攻撃が来る。それでも着弾の速さなら、青葉の方が…!

結果はスローカメラ判定で、辛くも青葉達の勝利となりました。
はぁ…本当に手強かった。演習ですけど、山城さんからは前回以上に鬼気迫るものを感じてしまって。
やはりここでの演習は、それだけ彼女の中で負けたくないと思う気持ちに繋がったのでしょう。

「青葉、お疲れ様。彼女がここまで手強い相手になるとはね…でも、さすがは君だよ。」

「きょーしゅくです!司令官の指示のおかげですよ。癖までは見抜けませんでしたから。」

褒めてもらって、素直に嬉しくなりました。
これで山城さんも懲りて、一安心……


178 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:25:52.85 ID:XFQ5vfxS0



……とは、行かないんですよねぇ。



179 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:27:53.78 ID:XFQ5vfxS0
今の演習は、艦娘として仲間や司令官のメンツを守っただけなんです。
山城さんが彼を恨む理由は、あくまで私怨ですから。
例えばこの後誰もいない廊下で鉢合わせて、ビンタを一発……なんて事だって有り得る。それじゃ彼を守ったなんて言えない。
今日の二度目の戦闘は、この後。自由時間にこそあるんです。

別に裏に呼び出してボコボコにするとか、そんな事はしませんよ。
ただ少し…『自分と向き合ってもらう』だけ。
今日の第二次戦闘は、『彼の女である私』としての戦いですから。

シャワーと着替えを済ませたぐらいで、時間はいい頃合いになる。
あの人の性格なら…ほら、いました。突堤で一人黄昏てる。絶好のチャンスだ。

「山城さん、お疲れ様でした!」

「…何よ。今日の勝者様のお出まし?」

「いえいえ…青葉達が勝てたのは、運が良かっただけですよ。」

「そうね…私、いつもシメの運は弱いのよ。はあ、不幸だわ…あなた、なかなかやるわね。」

ペンは剣よりも強し、なんて言いますよね?
でも今のご時世、例えばネットの書き込み一つでも、人の心は潰されてしまう事だってある。
あくまでペンはものの喩え…文字そのものが剣より強い訳じゃない。

突き詰めればそれは……言葉は剣よりも強し、だと思うんですよ。

「山城さん…。」

「….何かしら?」

叔父さんの受け売りですけど…記者と言うのは、何も突っ込む事だけが仕事ではありません。
推測だけで記事を書くのはご法度ですが、裏を取る過程に於いては、推測も必要になる。
狙いはある程度定めないと、いつまでも裏付けには手が届きませんから。

そう…それこそ初めてこの子に会った時から、気付いてた事がある。




「………好きだったんじゃないですか?彼の事。」




時には一歩引いて、対象の本質を見抜く事。
それも記者の務めのひとつなんです。


それが、対象の地雷となる時もあるけれど。

180 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:29:44.84 ID:XFQ5vfxS0
リアル事情により、久々となってしまいました。

お尋ねいただいた前作は、北上「離さない」となります。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/06(水) 01:04:29.13 ID:gLqXQ6jA0
待ってました!
そしてだいぶエグい事をw
182 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:47:22.63 ID:MG+FbVqhO

「………はぁ?な、なにを言ってるのかしら?」

「いえ…そうなのかなーって。無理にゴキブリの如く嫌ってるようにお見受けしたものでして。」

「ごくごく自然な事よ。元々気に食わなかったし、姉様を傷付けられたなら当たり前でしょう?」

へー……じゃあ、何でそんなにへらへらしてるんでしょうねえ?

ふふ…あの男もそうでしたけど、人って狼狽えると薄笑いになりますよね。
追求される程、痛い所を突かれる程、焦った笑いがボロボロこぼれてくる。

“__。人と本ってのは似てるんだよ。”

叔父さんの言ってた事、本当ですねぇ。
でも彼はこうも言ってました。

“だけど取材の肝はな、その行間や伏線に隠したものを読み解く事だ。”…って。

「くす……山城さん。艦娘以外にやりたい事って、ありますかぁ?」

「な、何よ…。」

「青葉には、あるんですよ。元々ジャーナリスト志望なんですけど…最終的には、小説やエッセイを書きたいんですよね。
プロットを貯めてる小説があるんですけど、あなたに聞いてみて欲しいなって。」

「い、嫌よ…何であんたの妄想なんて…。」

「まぁ聞いてみてくださいよ…内容は、架空戦記にして恋愛小説、と言った具合ですかねえ。
それはね、ある姉妹のお話で…お姉さんの恋人を好きになってしまった妹の話なんですよ。

それは初めから叶わぬ恋でした…ですが彼は軍人で、そしてある日突然戦争が起きてしまって…。

そして彼は、戦地で心を壊して帰って来てしまう。

……そんな導入なんですけどねぇ。」

「……!?嫌…やめて……。」

「まぁまぁ、きっと面白いですから。是非とも……。」

彼女の瞳孔が怯えを孕んだのを、私は見逃しませんでした。
でもこれは小説のプロット。あくまで妄想で、与太話なんですよ。

だから何も、『彼女の事なんて書かれてはいない』ただの小説。
それを私が一方的に聞かせるだけ。

でも……刺さる人には刺さるかもしれませんねぇ…!


「じゃあ、聞いてください……。」


そして私は、ポツポツとそのプロットを語り出したのでした。

183 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:48:51.41 ID:MG+FbVqhO


一目惚れなんてあるんだって、初めて知った。


その人は普通なら知り合わないような、7歳も年上の人。
高校生になったばかりの私には、とっても大人のように見えて。

街でたまたま出会った?
ううん、そんなのじゃないわ。ある人に紹介されたの。

「新しい彼氏かぁ…どんな奴なんだろ?」

親は仕事で海外にいて、私は大好きなお姉ちゃんと二人暮らし。いつも優しくて、何より綺麗な人で。
でもちょっと影があって、それで彼氏が出来てもいつも振られてたわ。

そんなある日、新しい彼氏が出来たから連れてくるって言われた。
だから今度はしっかり見定めてやろうと思って、私は玄関で待っていた。

それで玄関を開けて……


その瞬間。私は、姉の恋人を好きになってしまった。


184 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:49:39.75 ID:MG+FbVqhO

「と……まぁ、こんな所から始まるんですけどねぇ。」

「……黙ってよ…聞きたくない…。」

おやおや、随分効いてるみたいですねぇ。まだ導入なのに、そんなにガタガタ震えちゃって……。

でも……面白くなるのはこれからですよ。

185 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:51:21.04 ID:MG+FbVqhO

「__、紹介するわ。同じ軍の方で、__さんって言うの。」

「あ…は、初めまして!妹の__です!」

「初めまして。お姉さんとお付き合いさせていただいている__です。」

お姉ちゃんは、今年短大を出て軍の事務員として働き始めた。どうもそこで知り合ったみたい。
軍人さんって初めて会ったけど…リラックスしててもどこかキリってしてるって言うか、独特のオーラがあって。
日頃同級生や先生としか男の人と接しない私には、そんな人と出会ったのは経験の無い事だった。

その日は3人でお茶をしただけだけど、緊張してまともに話せなかったわ。
その……まともに見ると、真っ赤になっちゃいそうだったし…。

「二人ともよく似てるなぁ。」

「ふふ、そうかしら?この子は昔はやんちゃでね、よく田んぼに落ちたりして…。」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!恥ずかしいからやめてよー…。」

「あはは、元気なのは何よりだよ。あ、そうだ。これからは__ちゃんでいいかな?」


“あ……。”


「え、ええ!それで大丈夫です!妹さんって言われるの、何かこそばゆいですし…。」

初めて名前を呼ばれた時、心臓が跳ね上がった。
真っ赤になってそうな気がしたけど、それを一生懸命隠して……精一杯の笑顔で、私はそう答えたの。


186 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:52:52.24 ID:MG+FbVqhO
でも…すぐにそんな夢は覚めた。
3人で談笑をしてても、やっぱり『ふたり』の間の空気は違っていて。

“そっか…お姉ちゃんの、彼氏なんだもんね…。”

それこそTVを観ていて、顔がタイプなだけの芸能人にときめくような。
そんな一時的なものだって、その時は思ってた。
だけどその日の夜、部屋で何となくゴロゴロしてて…ずっと頭を過るのは、やっぱりあの人の事で。

「__、お風呂湧いてるわよ。」

「う、うん!今行くわ!」

そう部屋に入って来たお姉ちゃんの顔は、何だか晴れやかだった。
今は幸せそうで。、それは今まであまり恋愛が上手く行ってなかったお姉ちゃんには、珍しい顔で。

ずきり。と、胸が痛むのを感じた。

187 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:55:31.75 ID:MG+FbVqhO
その後もお姉ちゃんは、時折彼を家に連れて来た。
彼は私とも色々な話をしたし、一緒にゲームをしたり、3人で食事を作ったりした。

その度に、自分の気持ちが嘘じゃない事を突き付けられた。
血は争えないのかしら…彼の人柄にも触れる度、どんどん惹かれて行く私がいて。

そして、どんどん絆が深くなる『ふたり』を、目の前で眺めていた。

ある週末の事だ。
お姉ちゃんに買い物を頼まれて、彼も付いて来てくれる事になった。
思えばふたりきりなんて、初めての事。
行きの車の中は密室で…それは本当に、夢みたいだと思った。

薄くてもまだぎこちない化粧をして、服もちゃんと手持ちの中から吟味して。
そこにちょっとした下心はあったけど、思春期だからで誤魔化せると思ってた。

週末のホームセンターは、家族連れの中にカップルも混じっていて。
この中にいたら、私達もそう見えるのかな?なんて、ちょっと嬉しくなったものだ。


「あれ?__じゃん!なになにー?デート?」


そんな時、買い物に来てた友達に会った。
いざ知った顔にそんな事を言われると、照れてしまう。

「あ……ううん、お姉ちゃんの彼氏さん。買い物頼まれたのよ。」

でも、そうじゃないんだ。
自分の口から否定の言葉を吐けば、それは現実として跳ね返ってくる。

188 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:56:45.85 ID:MG+FbVqhO
友達と別れた後、買い物を終えてまっすぐ家に帰った。
あの店の側には、公園があるの。そこはこの辺りじゃちょっとしたデートスポットで…彼は帰りの車で、そこであったお姉ちゃんとの面白い話を聞かせてくれた。

私といる時よりも、ずっと幸せそうな顔で。

レストに置かれた片手に、その気になれば自分の手を重ねる事だって出来た。
だけどそんな事は出来ないわ。お姉ちゃんとの話をする彼の笑顔を、曇らせたりなんて出来なかった。
私は彼とお姉ちゃんの、優しい微笑みが好きだったから。

家に帰ると、お姉ちゃんが料理を仕上げて待ってくれていた。
それを3人で囲んで食べるのは、とても楽しい時間で。

でも私は、ただの彼女の妹で。
どこか『ふたりとひとり』な、そんな距離感もあって。

“大好きな人達が幸せでいる、それが自分の幸せなんだ。”

幸せな時間を眺めながら、そう思った。


……いや、思い込もうとした。



189 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:58:04.33 ID:MG+FbVqhO
「…………馬鹿ね、その子。」

おやおや?先程の拒絶も何処へやら、今度は俯いてしまいましたねぇ。
何か思い当たる節でもあるんでしょーか?

まぁ、姉妹が片割れの恋人に惚れてしまう。そんな事はよくある話です。
知り合いの話だろうがまとめサイトだろうが小説だろうが、こんな話は掃いて捨てる程ある。

くす……もしかしたら、山城さんも何か思い当たる節があるのかもしれませんねぇ?

「………このお話は、これからが本番ですよ。」

そして私は、この妄想の続きを彼女に語り出すのでした。
きっとこの時、随分といやらしい笑みを浮かべていたでしょう。

それでも込み上げてくる悪意に、蓋なんてしないままで。

190 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:58:56.55 ID:MG+FbVqhO
今回はここまで。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 19:45:25.48 ID:0j29dq0A0
おつおつ
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 23:43:19.46 ID:PGSysvmbo
続きよろしくです
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/18(月) 15:39:20.84 ID:dWbRS1bBO
おつ
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/22(金) 22:11:59.63 ID:WJo2lWac0
急に本来の糞パパラッチっぽくなったな
195 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:21:25.15 ID:NsTJuwti0
何も変わらない日々が続いた。それはもう、あまりにも平穏すぎるぐらいに。
だけど彼がお姉ちゃんを訪ねて家に来るたび、私は夜、一人でこっそりと枕を濡らしていた。

ふたりとひとりの、どうしようもないぐらい幸せな時間。
身勝手な気持ちでふたりの幸せを壊せば、ひとりの私の幸せも壊れてしまう。

その葛藤の中で、やがて私の中の醜い想いは、いつしか諦観に変わっていった。
叶わない事は、忘れてしまうのがいいんだ。
それで趣味を増やしてみようとしたり、仲が良い方だった男子との交流を増やしてみたりした。
向こうにも何となくそんな意図が伝わってたのか、結局付き合うまでには至らなかったけれど。

諦める事が幸せで、その為の努力をしていたような。そんな毎日だった気がする。
段々受け入れられるようになって、少しずつだけど、前に進めたようなフリをしていた。

そんな毎日の中、よく晴れたある日の事。
未知の化け物が世界中に現れた。

メディアから伝わる事態に恐怖を覚えたけど、何より彼は軍人だった。
軍の事務員であるお姉ちゃんは、出撃する瞬間を見守っているはずで……様々な不安が、胃の中に鉄を突っ込まれたような感覚を与えた。

事が起きていたのは、本州から随分離れた沖の方。
それでも避難指示が出て、私の地区は近くの小学校へ逃げ込んでいた。

窓から見える空は、嘘みたいに快晴だ。爆発音だって無い。
でも何処かで彼は戦っていて…実感を上手く持てないまま、ただ無事を祈る事しか出来なかった。

日が沈んで、夜が来て、また昨日と同じような朝が来た。
一睡も出来ないまま、化け物の撤退の速報と共に避難が解除された。
外に出てみたところで、戦火の跡なんて無い。何も変わらない街だ。
でもこの時、私は感じていたの。


“この世界の何かが、きっと壊れてしまったのだ”と。


196 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:22:39.52 ID:NsTJuwti0
しばらくして、やっとお姉ちゃんと連絡を取る事が出来た。
お姉ちゃんの無事も涙が出るぐらい嬉しかったけど、彼の無事については不安なまま。
電話越しに、私は意を決して無事を尋ねた。それで帰って来た言葉は…。


「……ええ、『救出』されたわ…。」


その一言で、全てを察した。
病院に駆け付けはしたけれど、面会許可が下りたのは、親族以外はお姉ちゃんだけ。
『恋人の妹』に過ぎない私は、ICUの扉の前で待つ事しか出来なかった。

何分経ったろう?時間にして15分もないのに、避難した日よりもずっと長く思えた。
ようやく開いた扉からお姉ちゃんが出て来た時、私は思わず駆け寄ってしまっていた。

「……命は、助かったわ。」

「………よかった…。」

「でも、部隊の方は彼以外助からなかったみたい……起きた時、なんて言えばいいか…。」

「…………そう…。」

告げられた言葉のせいで、素直に喜ぶ事は出来なくなった。
意識を取り戻した時には、彼を待っているのは厳しい現実。支えて行かなきゃ…『私達』で。

何日かして、彼はようやく意識を取り戻した。
だけど一般病棟に移れたのは、そこから更に5日後。あの日から顔を見れるまで、約10日を要した。
許可が下りてるお姉ちゃんは、毎日僅かな時間でもお見舞する事が出来たけれど…私はその間、何も出来なかった。

やっと面会謝絶が解けた日は、学校も再開した後。放課後、急いで病院へ向かった。

ノックをして、ドアを開ける。
ノブを握る手は、歓喜で震えていた。顔を見た瞬間、抱き付いてしまいそうなぐらいだ。

まるで死んだように窓の外を見る、その姿を見るまでは。

その日までお姉ちゃんは、私の前では無理に微笑んでいるように見えた。
恋人が怪我をしたんだもの、毎日気が気でないはず。
でもそれは怪我だけじゃなかった事を、私はそこでようやく知った。

姿を見ただけで、もう分かってしまったの。
彼はもう、前の彼ではなくなってしまった事が。


197 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:23:22.84 ID:NsTJuwti0

「………その男の人は、具体的にはどうなってしまったのかしら?」

「……それは、これからですよ。」

話が進むたび、どんどん大人しくなっていく山城さんの姿。
俯いている横顔は、垂れた前髪で上手く見えません。

でも…ふふ、よく見えますねぇ……あなたの心が…!


「そしてですね、そこからは……。」

198 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:24:49.41 ID:NsTJuwti0
「ありがとう」と言う彼の顔には、貼り付けたような笑み。
歓喜で震えていたはずの手は、今は焦燥と、現実への拒絶感で震えていた。

この人は、誰……?

最初は、気のせいだと思い込もうとした。
だけど言葉を交わすたび、上の空な心が見える。

ねぇ、何処へ行ったの?
だって、これじゃまるで……死人みたいじゃない。

面会時間は、まだ長くは取れなかった。
受け入れきれない、頭の処理が追い付かない…家に帰ってベッドに倒れ込んだ私は、逃げるようにすぐに意識を手放した。

その眠りの中、夢を見た。
それはつい最近まで日常だったはずの、楽しい休日で。ただの思い出の追体験で。
でも夜目を覚ました時、私の周りにあったのは、真っ暗な部屋だった。

水を飲もうと廊下へ出た。
お姉ちゃんの部屋は、私の隣。そこはスライドドアになっている。

お姉ちゃんには珍しく、ドアに少し隙間が空いていて。
そこから漏れるのは部屋の明かりと……お姉ちゃんのすすり泣く声だった。

水の味は生々しくて、頬をつねってみても、やっぱり痛くて。
こっちの方が、夢なら良かったのに。

そんな事は、無かったけど。

退院してしばらくは、彼には休暇が与えられた。まだ静養と通院の必要自体はあったからだ。
お姉ちゃんは、よく行った公園に彼を連れて行っていた。
私は行かなかったのかって?そうね…ふたりきりにさせてあげたかったし、何より、現実に向き合うのが怖くなってしまっていたの。


それから3日もしないで、彼は自殺未遂を起こして再入院した。



199 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:25:47.63 ID:NsTJuwti0
ちょうど平日の、あの公園が人も疎らになる時間。
お姉ちゃんがトイレに行ってる僅かな隙に、隠していたナイフで手首を切ったようだ。
それは却って憂鬱になるぐらいの、あの日と同じ快晴の事。

入院期間は、決して長くはなかった。
だけど彼がこの家の敷居をまたぐ事は、二度と無かった。

お姉ちゃんが彼と別れたのは、彼が再び退院した日から1週間後のこと。
彼はと言えば、その後職務復帰の許可が下りると同時に、異動の辞令も下ったのだと言う。

それは、軍なりの気遣いだったのかもしれない。
だけど別れを告げる事も出来ないまま、彼はこの街から消えてしまったのだ。

あの怪物と戦う為のある兵器の存在が公になったのは、それから暫く後の事。
それは人間、それも適合する女の子しか強化出来ない存在だった。

実感も持てないまま、毎日絶望的と報道されていた世界情勢は、そこから徐々にポジティブなものに変わって行った。
お姉ちゃんは変わらず軍の事務として働いていて、でもその間、やっぱり元気が無かった。

いえ……元気が無いと言うより、何かをずっと思い詰めていると言った方が正確だったかしら。
一緒にTVを観ていて戦争の話が出ると、時折あの優しいお姉ちゃんとは思えない目をする事が続いて……。

しばらく離れて暮らす事になると告げられたのは、それから半年後の事だった。
適合試験を受け、その兵器への適正が出たからと。

そしてお姉ちゃんは、戦争へ行ってしまった。

200 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:28:32.86 ID:NsTJuwti0

全てが憎かった。

私達の日常を壊した戦争も、怪物共も……そして彼の事も。

どうして彼がああならなくてはならなかったのか?

どうしてふたりが別れなくてはならなかったのか?

どうして、お姉ちゃんが自ら戦争に行かなきゃならなかったのか?

そしてこれは、一番強くて…だけど浅ましい衝動。


ねぇ、__さん…どうしてお姉ちゃんを泣かせたの?

どうして…私の前から消えてしまったの?


どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

どうして。

次第に募るのは、敵よりも、彼への理不尽な憎しみだった。
憎まなきゃ、自分を保ってなんかいられなかった。

おねえちゃんをまもらなきゃ。
そうだ、いつかなぐりにいかなきゃ。
おねえちゃんをなかせたんだ、あいつをなぐりにいかなきゃ。
あいつもせんそうもばけものも、かたっぱしからなぐりにいかなきゃ。



あいつにしかえしをすれば、いたくすれば、ずっとわたしのことをおぼえていてくれる。

わたしのことを、みてくれる。



その後進路を決める時、私は二つの道を決めた。
まず第二志望は軍の事務……そして第一志望は、その兵器の適合者として働く事。

危険な仕事だけど、その頃にはその兵器は、世間の女の子のちょっとした憧れにもなっていた。
それに…お姉ちゃんを支えたいと言う大義名分も、私にはあったもの。誰も止める人なんていなかった。

結果として、私の進路希望は叶った。
何と言う悪戯でしょうね、私はその日から神様が大嫌いになった。
だって、例え肉親でも同じにはなりにくいって言われてたのに…お姉ちゃんと同じ型の兵器に、適正が出たのだから。


私がお姉ちゃんを『姉様』と呼ぶようになったのは、その日からの事だった。


201 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:29:51.68 ID:NsTJuwti0


「…まあ、こんな流れです。まだここまでしか書けてないんですけどね。」

「…………ふふ、売れないわね、その小説…。
だってその女の子、あまりにもバカで…惨めで……誰も共感なんて出来ないわ…。」

最後まで話し終えて、隣から聞こえてきたのは涙声でした。

それは私にとっても、意外な結末。
当初はビンタの一発ぐらいは覚悟してましたし…裏を返せばそれだけ悪い面も抉って、傷付けるつもりで、彼女の背景をひたすら想像して作ったお話でしたから。

……これだけ悪意を持って接したのに、何で怒らないんだろう。

そう思った瞬間、ずきりと胸が痛んだのです。


「……ねぇ、その後の展開予想しても良いかしら?」

「…どんな話でしょうか?」

「……彼はその後何年かして、主人公と同い年の女の子と結ばれる。
その子と出会った事で、彼は再生への道を踏み出して。

主人公は最初その子の事も気に食わなくて、険悪になるの。
でもその子も少し嫉妬深い所もあって…辛い事があった彼を守る為にこそ、心を鬼にして主人公にひどい事を言う……なーんて、安っぽいかしら?」

またずきりと胸が痛んだのは、その時の事でした。
反撃を食らったからとか、そんなのじゃなくて…ただ、上手く説明出来ない痛みで…そんな私を知ってか知らずか、山城さんは言葉を続けます。

「……でも、そのひどい言葉のお陰で、主人公は自分の小ささに気付くの。
うん、まぁそれだけなんだけど……使えないかしら?これ。」

「あ……え、ええ!参考にさせていただきます!ありがとうございます!」

「ふふ…あ、そろそろ集合ね。もう行かなくちゃ。」

そうして彼女が立ち上がった時、ようやく俯いていた顔が見えました。


「……青葉ちゃん、ありがとう。またね!」


夕暮れに照らされたその泣き笑いは、あまりにもきれいで、可愛くて…写真に収めたかったぐらいで。
それは私にとっては、ビンタなんか目じゃないぐらい痛くて。

必死に笑顔を作って手を振る事しか、私には出来ませんでした。
202 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:35:10.13 ID:9lA1YemZ0

その夜部屋に帰って、ドアを閉めた瞬間、その場にへたり込んでしまいました。

山城さん、きれいだったなぁ……あれ?何で床が濡れてるのかなぁ?
はは……何で、泣いてんだろ…。

…ありがとうって、何なのさ。
私はあの子が邪魔で、気に食わなくて……ただ傷付けたくて、あんな話をしただけなんだ。
何だよう…ありがとうってさ……私、ばかみたいじゃん……。

本当に醜くて歪んでるのは、私の方なのに。

ずっとずっと、涙が止まりませんでした。
ただ、あんな事を平気で出来た自分が大嫌いで、ばからしくて…なのにあの子は、あんな言葉をくれて。

それでも彼の事を思い出せば、胸は暖かくて。
さびしくて、あいたくなって。

でもこんなんじゃ、いまはあいになんていけない。

髪をほどいて、祈るようにそれを握り締めて。
縋るみたいに、彼からもらった髪留めを胸に寄せて。

突き付けられた自分の醜さは、ひたすらに痛くて。
それでも相変わらず、彼の為なら同じ事を出来てしまいそうな自分も見えて。
怖くなって、苦しくなって。私はただ、そうやって明日を待つ事しか出来ませんでした。


どどめ色のずきずきとした胸の痛みに、ずっと囚われたままで。

203 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:35:41.60 ID:9lA1YemZ0
今回はここまで。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/28(木) 10:00:18.03 ID:FlctWSFXo

山城かわいい
205 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:22:28.86 ID:zHmp11Q90
泣き疲れたのか、いつの間にか寝落ちしちゃいました。

時間は……21時かぁ。あーあ、ひどい顔。
携帯を開くと、彼からの連絡が。彼の知らない裏であんな事したのに、やっぱりこんな些細な事でも嬉しくて。
せめてちゃんと、彼が幸せでいられるようにしなきゃなぁなんて思いました。図々しい話でしょうけど。

『こん…こん…』

ん?誰だろ?こんな時間に…あ、でもこの時間こそ一人しかいないか。

「青葉ー、入るよー。」

「もう入ってんじゃんかぁ。」

「どうしたのよー、目え真っ赤だよ?」

「ん?ああ、ちょっとこすっちゃってさ。」

「なになにー?提督とケンカでもしたー?」

「ちがうよー。むしろ仲良くやってますよーだ。」

休み前や次の作戦が夜からな時は、よくガサが遊びに来て。二人で映画やアニメを見たりするのが深夜の過ごし方でした。
でも最近はあんまりしてなかったなぁ…いつぶりだろ。

ガサの手には、何やらブルーレイ。
んん?でもこれ録画用のだ、なんだろ。

「何それ?ホラーはヤだよ。」

「いやいや、今日はドラマ。結構前に録画してたの忘れててさ。青葉も途中で止まってたでしょ?」

「ん…?あー!あの時期作戦重なっててすっかり忘れてた!」

「そ。だから青葉と一緒に消化しよっかなーって。ふふーん、衣笠さん最高でしょ?」

「でも忘れてたんじゃんかー。去年のでしょ?」

「あ、あははー…まあまあ、ゆっくり観ようよ!」

それは少し前に放送してたドラマで。
高層マンションで起こる主婦たちの泥沼劇を軸にしたサスペンスでした。

あー…久々に続き観たけどハラハラするなぁ。
それでエンディングまで観て、青葉はある事に気付いたのです。


206 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:24:08.46 ID:zHmp11Q90

「…あれ、このエンディングって…。」

「ああ、このバンド?前に復活したじゃん。どしたの?」

「そう言えば…実は__が大ファンでさ。」

「お!それ提督の本名じゃん!しれっと呼び捨てしちゃって〜、憎いなこのー。」

「…へ?あー!今のナシ!司令官が大ファンなの!」

「記事の訂正は認めませーん。
ふふ…でも良かったよ。皆提督の事も結構心配してて、青葉様々だってさ。」

「何それー、気になるなぁ。」

「だってあの人いい人だけど、正直人間味は無かったじゃん?
青葉との事、皆結構気付いててさ。提督にも遂に人間らしさが…!って、半泣きで喜んでる子もいたんだよ?」

「そう?でもああ見えてさー…」

「お、ノロケー?」

笑い話をしつつ、そんな話を聞いた私の胸中は複雑でした。

だって幾ら男性の士官さんや職員さんも多いとは言え、結局ここは女所帯で。普通は多少のやっかみぐらい起きるものじゃないですか?
それが寧ろ喜ばれるって事は…裏を返せば、上司としては尊敬できても、人間や異性としては近寄り難いって皆思ってたって事で。
どれだけの痛みをあの笑顔で閉ざしていたのか、改めて思い知ったんです。

……今度は、笑顔で会いに行かなくちゃ。
そうだなぁ…いつか戦いが終わったらチケット取って、二人でライブ行きたいなぁ。
実は子供の頃以来に聴き直して、大好きになった曲があるんです。それを生で聴きたいなって。

そんな事を考えつつ、次の話を観ていました。

ドラマのエンディングテーマの歌詞が、上手く頭に入らないフリをしながら。

207 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:26:29.00 ID:zHmp11Q90

「じゃ、おやすみー。最終回まで録ってあるからね。」

「うん、また今度ー。」


青葉の部屋を離れ、彼女は隣の自室へと戻る。
か細い鼻歌が紡ぐのは、先程観ていたドラマのエンディングテーマだ。

部屋の照明も入れず、彼女はそのままデスクのライトのスイッチへと触れる。
薄明かりが灯る部屋は、当然机以外はあまり強く照らされていない。

「〜〜♪」

彼女が青葉の部屋を訪ねる事はあれど、青葉が彼女の部屋を訪ねた事は、実は今まで一度も無い。
青葉の方から誘いを掛ける時でさえ、自然と青葉が自室へと招く程だった。

灯台下暗し。
青葉は彼女の人柄については深く知るが、そこに付随する諸々については実は疎い部分もある。例えば些細な趣味の事。

机と壁には、木枠にアクリル板が貼られた箱が幾つか飾られている。
そこに入っているのは、色とりどりの羽根。
蝶の標本収集が、彼女のささやかな趣味であった。

それは買い集めた物や、『自身で採集、作成したもの』も含まれている。


“上にいくほど傾いたら、結局落ちちゃうもんね。”


机の真正面には、二つの額が飾られている。

一つには、いつか青葉と二人で撮った写真が。
その隣、もう一つの額には。


“………だからその時が来たら、受け止めてあげなきゃ。”


いつかの駐車場で殺虫灯に撃ち落とされた、羽根を焼かれた蛾の標本が飾られていた。


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