青葉「けしの花びら、さえずるひばり。」

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158 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/18(日) 07:04:09.70 ID:E5Fo7Ca+O
今回はここまで。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 00:56:58.29 ID:K3r+mxBpO
なんだろう、すごくドキドキする
160 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:17:34.57 ID:GXp8xFqq0
『魔の海を越えて……最後に見たのは…』

イヤフォンを耳に差したまま、呆然と天井を見つめていました。
一通り黒いジャケのアルバムを聴いて…今は、ある曲をリピートしてしまっていて。
それはアルバムのストーリーの冒頭。主人公が敵に撃たれて、戦地から現代へと魂が飛ぶ場面を歌った曲。

これはあくまで、過去としてのその瞬間の歌で。
だけどこの時浮かんだのは……彼の…。
……ううん、もうやめなきゃ、こんなこと考えるのは。今は幸せなんだもん。

それでも寂しい夜を過ごしてないか、心配になって連絡を取りました。
そのまま何となくwebブラウザを開いて…検索したのは、このアルバムのこと。

“ラストのサビの部分には_________の冒頭部分が重ねられている。”

何枚か貸してもらったCDをざっと見た時、そのタイトルを見た覚えがありました。
確かに違うメロディが鳴ってる…それがどうしても気になって、今度はそっちの曲を再生したんです。

日は暮れていて、彼もきっと帰っている頃で。それを一通り聴いて…。


青葉は、部屋を飛び出していました。

161 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:18:43.03 ID:GXp8xFqq0
息を切らして彼の家に辿り着くと、インターホンに手を伸ばしました。
だけどその手を、途中で止めてしまったんです。

きっと堂々と尋ねたら、彼は全てを隠してしまう。
今青葉が知らなきゃいけないのは、そうじゃない顔。

“…覗くしかない。
何もなければそれで良し、もし何かあったなら…。”

今は記者として、恋人としての見せ所だ。
記者だからこそ出来る、ともすれば傷を広げかねないような、すれすれの手助け。

でもそんな事、他に誰が出来るの?
やるしかない…青葉、取材しちゃいます……!

壁を這うように、こっそりと裏へ回ります。
寝室の位置は把握してる、それはこのサッシの向こう。
カーテンの隙間からは間接照明が漏れてる…音楽も聴こえる。いるのは間違いない。

バレる事は、微塵も怖くない。そんな余裕自体無くて。
でも心臓の音はばくばくしていて…その正体は、不安でした。

ちゃんと耳をすませば、かち、かち、と、無機質な音が聞こえて来ます。
音を立てないよう、片手スコープを窓の隙間へ。
いました……あれは…!?


青葉、見ちゃいました…。


そこにいたのは。
ベッドの上で何度となく、空の拳銃をこめかみに撃ち続ける彼の姿。

間接照明に口元だけが照らされていて…その頬は、釣り上がっていて。

頬には、涙が伝っていました。

162 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:20:03.92 ID:GXp8xFqq0
『こん…こん…』

自分でもびっくりするぐらい、弱々しいノックをしていました。
それでもあの部屋にはよく響いたのでしょう、彼はすぐに気付いて…。

サッシを開けた彼の顔は、見た事もない、悲しげな顔を浮かべていました。

「見たのか……。」

「うん…ねえ、入れてもらってもいい?」

「……上がってくれ。」

隣同士でベッドに座っても、言葉はありません。
何を言えばいいんだろう、何をしてあげればいいんだろう。
考えるほどわからなくて……ただ、ぎゅっと彼を抱きしめる事しか、青葉には出来ませんでした。

「……何があったの?」

「…………。」

「黙ってちゃ、わかんないよ…おねがい……私には、話してよ……。」

「……何で俺だけ、のうのうと生きてんだろうなって思ったんだ。」

「………また、思い出したの?」

「ああ……あの戦闘で死んだ仲間たちや、あの子の事への気持ちが一気にね……今更だ、本当に今更だよ。
今になって、悲しくてたまらなくなって……気付いたら、空砲を撃っていた。」

様々な痛みや悲しみが、混ざり合って吹き溜まりになって…決壊したダムのように、一気に溢れたのでしょう。
それがどれだけの心の痛みになったのか、青葉には全てを想像する事は出来ませんでした。

それはきっと、地獄のような責め苦で。
不意に甦るのは、彼の語っていた天国の事。

感情なんて捨ててしまった方が、心だけでも殺してしまった方が。何かに苦しみ続けるより、ずっと楽な事で。
彼が心を閉ざしていたのは、防衛本能だったのかもしれない。

死にたいと言う気持ちすら、天国への憧憬にすり替えて。
そうすれば、死に場所を探す事さえ辛くないはずだから。

その蓋を開けてしまったのは、『私』だったのでしょう。


それでも…『私』は……。

163 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:20:43.13 ID:GXp8xFqq0


「__……大丈夫だよ。」


強く抱きしめて、安心させるように。


「私は、何があってもそばにいるから。」


たったひとりの理解者である事を擦り込むように、甘い言葉を囁いて。


「やっと泣けてよかった…ありがとう、話してくれて…。」


ヴェールを纏った聖母を気取るみたいに、欲望を包み隠して。


「生きてるんだよ、あなたは。」


腕を取って、唇を寄せて。
また、彼に噛み跡を付けたのでした。


164 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:22:10.26 ID:GXp8xFqq0
「………っ!?」

「痛かった?ごめんね……。」

こぼれた血は、あたたかい。
それはまるで、とろけるように甘美で。

唇を伝う血も気にせず、私はキスをして。
付いた傷を眺めて…ぞくりとしたものが、背筋を通り抜けて行きました。

ああ、また『私』の跡が増えたんだ。
これでまた、感情が一つ戻るんだ。

喜びや幸せが戻るまで、何度でも、何度でも傷を付けてあげる。
全部、『私』が呼び戻した跡で。

他の誰にも、こんな事は出来やしない。

「……それでも今は、私がいるよ。
私を“シルクスカーフに帽子が似合う女”になんて、しないでよ…。」

「聴いたのか?」

「うん……あれ、悲しいよ。あなたの事みたいだって思った…。」

「そりゃ予想外だったな…ごめんな。」

「だめ。収まるまで許さない。」

「ありがとう…お前がいなかったら、今頃どうなってただろうな。」

胸元に飛び込んで、顔を埋めて。
そうやって甘えてみせる青葉を、彼は優しく抱きしめてくれました。

だから今、彼に青葉の顔なんて見えていない。

この時本当は、甘えるよりも、抱きしめてあげたかったんです。
でも、どうしても隠さなきゃいけない自分の変化があった。

釣り上がる頬の感覚。
きっとこの時の青葉は…それはそれは、ひどい笑顔をしていたでしょうから。
彼には見せられないような、欲望まみれの女の顔で。

この時一番強かった感情。それは…



“私がいないと、この人は生きて行けない。

これでもう、えいえんにわたしだけのもの。”



そんな、どこまでも下卑た感情だったのですから。


165 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/06/23(金) 05:23:16.59 ID:GXp8xFqq0
今回はここまで。
筆者の中では、青葉はかなり影を隠してそうなイメージがあります。
166 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 03:58:54.17 ID:lURP6mEEO
膝枕をしてあげる内に、彼は疲れ果てて眠ってしまいました。
今は子供みたいに穏やかに目を閉じていて、その顔が青葉を満たして行く。
少なくともこの鎮守府では、青葉以外誰も知らない顔なのですから。

腕には真新しい噛み跡。まだかさぶたも真っ赤なその傷を見て、ふと彼の血の味が蘇りました。
アヘンって、元はけしの乳液だったよね……さながら青葉にとってはその味が。いえ、彼の存在自体が麻薬のようで。
傷に舌を這わせれば、乾いた鉄の味。頭の奥が痺れるような感覚が、そこにはありました。

ほんとうのこのひとはわたしだけのもの。

でも、もう帰らなくちゃ。
起こさないように頭を下ろして、毛布を掛けたら最後にキスをして。それでこっそりと、部屋に戻りました。

本当は朝までそばにいてあげたいけど、恋人であると同時に青葉は艦娘で、彼は司令官で。
それは二人とも、よく分かっている事でしたから。
167 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:00:03.38 ID:lURP6mEEO

「“司令官”、おはよーございます!!」

「ああ、おはよう。“青葉”。」

次の日、今まで通りの挨拶で1日が始まりました。
今日の青葉は秘書艦を外れていて、でも作戦の関係上出撃はありません。

戦闘が無い時の艦娘がやる事と言えば、専ら訓練です。
今日は海上移動の訓練をしたかったので、一人訓練用の沖に立っていました。
この時はたまたま、青葉以外誰もここを使っていなくて。静かな沖が目の前に広がっていました。

“〜〜…♪”

何故なんでしょうね。
天国旅行と言う曲を知った日から、艤装を付けて一人沖に立つと、頭の中で流れてきます。

あの曲から感じる、寂しい景色。
それを何故か、ずっと昔から知っているかのように思える。
彼が見た天国が、艤装と通じている間は既視感のあるものに感じられるんです。

『天国とは名ばかりのそれ』が、生々しい物に思えるぐらいには。

彼の事を知り始めてから、作戦や訓練の時は頭の中でスイッチが入るようになりました。
特に具体的な過去を知ってからは、グツグツと煮えたぎるのに、冷え切った様な。そんな感覚を持つようになったのです。

洋上を駆けて、障害物を避けて。そして置かれた的を撃つ。もっと速く、もっと正確に。
ぜえぜえと息が上がっても、足が震え始めても。
日が暮れるまで、青葉は訓練を止める事はしませんでした。

168 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:00:47.80 ID:lURP6mEEO
「演習ですか…。」

「…ああ。さっき話が来た。」

その夜彼から告げられたのは、演習の知らせでした。
相手はあの鎮守府で、今度はここが会場だって。そう言われたんです。

「その…向こうの編成は?」

「……彼女の妹がいる。たっての希望だそうだ。」

「…青葉を、旗艦にしてもらえませんか?」

「君をか?」

「はい。前の演習の時は、倒せませんでしたから。」

「…分かった。君を旗艦に編成を組もう。」

山城さんの事が出た瞬間、使命感に駆られたんです。
あの子は彼を憎んでる…それこそ顔を見た瞬間、殴ろうとしてるぐらいには。
それを思い出したら、守らなきゃって思って。


コノヒトヲキズツケヨウトスルヤツハ、ダレデアロウトユルサナイ。

キズヲツケテイイノハ、ワタシダケ。


「……ねぇ、“時間だよ。”」

終業時刻を過ぎた瞬間、『私』は彼にとって『青葉』ではなくなる。
だけど『青葉』である時も、いつでも彼のそばにいる。

最も近い部下としても、最も近い恋人としても。
いつだって、あなたのそばにいるんだから。
いつでもいつでも、見てるんだよ。あなたの敵でさえも。

大丈夫、あの子の好きにはさせないから。

私が、守ってあげるから。

169 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:02:18.08 ID:lURP6mEEO

翌日夜。鎮守府内・射撃場。

かつて拳銃やライフルの訓練用に作られた小さな建物も、今はあまり使われていない。
だが、今でも時折ここで訓練を行う者が、一人だけいた。

彼が構える拳銃には、サイレンサーが付けられている。
味気ない発砲音の後、的には穴。白い的に空いた銃創は、否応無しに彼の中である光景を思い出させている。

自分と同じ制服を纏った、へたり込む死体の記憶。

彼が手を下した男は、我欲に溺れ、殺されるだけの罪を犯した。
元々その男は、下卑た人格で有名な者。
深海棲艦との初回戦闘を生き延びた一人ではあるが、男の部隊も死者を多数出し、生き延びた者も男以外は後に除隊していた。

当時男の部下の中には、彼の学生時代の友人もいた。
その友人もまた、戦闘の際帰らぬ人となっている。
真相は分からない。だが、男のみ軽傷で済んだ事実は、疑いを与えるには充分過ぎた。

しかし、手を下した当時の彼には、友人の件への疑念も、男の犯した罪も関係無かった。
そこに正義や復讐心も無ければ、義憤に駆られた感情も無い。
彼もまた、我欲の為に男の命を奪ったのだ。

粛清の話を受けた折、彼が元帥の意思に背いてでも、自らその役目を負った理由。
それは、全力の抵抗を受けた先に死線を手に入れ、もう一度天国への切符を手に入れたいが為の行動だったのだから。

全力で戦い、殺される事。
あの場所へ行く為の条件。

それが当時の彼にとっては、全てだった。
だが、今の彼は感情を取り戻しつつある。

その中の一つ。
それは、罪悪感と言う感覚だ。

気の抜けた断末魔と血の匂いが蘇り、同時に湧き上がる様々なもの。
今になって感じる男への怒りや、説明し難い達成感。

そして、一抹の不安。

170 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:03:10.03 ID:lURP6mEEO
穴の空いた的は、穴の空いた脳天を蘇らせる。
的の白と、血を流す銃創。
それらが混ざり合うと、それは白い制服を汚す血を想像させた。

“胸に三発の弾”

感情を取り戻しつつある今、苦痛の末の死への願望は、決壊したダムのように彼を濁流に飲み込んでいる。
だが、それでも死ねない理由、死への恐怖を抱く理由が彼にはあった。

何よりも愛おしい恋人であり、最も信頼する部下である彼女の存在。
それがたった一つの死ねない理由で、生きる意味。

射撃場の外へ出ると、三日月が浮かんでいた。
手を伸ばしたところで、それは届くはずもない。
月光はただただ、彼の指をすり抜けていた。

「追いかけても追いかけても〜♪

…指の間をすり抜けるバラ色の日々…ね。」

人生とは奇妙だな、と、彼は考えていた。
日頃はあまり吸わないタバコを取り出し、火を点ける。
喉を通るメンソールの冷たさは、夜風の冷たさを一際強く彼の脳に刻み込んでいた。

こんな日は、ぬくもりに触れたい。

その夜恋人にこっそり抜け出してもらい、情事に耽るでもなく、彼はただ彼女を抱きしめ眠った。
これは依存なのだと、彼はどこか冷めた目を自身に向けていて。
彼女はその傾向を感じ、眠る彼を見ては微笑んでいた。

心の奥底にまで沈めるように、深く胸へと彼を抱きしめて。

明後日には、演習が待っている。

171 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/07/21(金) 04:04:09.14 ID:lURP6mEEO
久々となりました。今回はここまで。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 10:55:43.71 ID:cOjYM/rLO
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/21(金) 18:56:28.37 ID:YJg288LA0
おつおつ
せめてもつれないでいてくれればなあ…
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/25(火) 21:40:41.90 ID:lMSOodtYO
このスレのおかげでイエモン聴き始めた
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/07(月) 02:26:35.57 ID:sm+xpRFGo
青葉萌えSSとしても普通に小説としても面白い
北上さんの過去作のタイトルおしえてください
176 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:23:05.91 ID:XFQ5vfxS0
4年前、快晴の日。とある海は血に染まっていた。

残骸と原型を留めていない肉片が浮く中、唯一まともな状態の死体が一つ。
いや、死体ではない。その男は、『生きてだけはいる』のだ。

しかし開けられたままの目に意識はなく、表情も虚脱したもの。
辺りは波音のみ。うめき声すら聞こえぬ中、不意に男の頬が動く。


「………ははははははははははははっ!!!!!!!」


狂気めいた笑い声が、波音を塗りつぶす。
だがその声の主の目に、未だに意識は戻らぬまま。
自身がケタケタと笑い転げている事でさえ、彼が気付く事は無い。

数十分後、救助部隊が現場に駆け付けた時には、辺りは再び静寂に包まれていた。
彼もまた、いつの間にか死んだように目を閉じている。

故に、誰もが彼を、ただの生存者としか思う事は無かった。
177 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:25:11.68 ID:XFQ5vfxS0
演習は通常、ゴム弾を用いて行われます。
撃沈やダメージの判定は、本人のスペックと被弾数で決まる。
そして撃沈扱いになった子は、演習場から待機スペースに戻るのがルールです。

始まって、もう何分でしょうか。
散々打ち合った末、この演習場にはもう、青葉と山城さんしかいませんでした。

射撃戦ですから、実際は何かを語り合うなんて無理な距離です。交わせるのは、せいぜい視線だけ。
ダメージはお互いギリギリ…だけど山城さんの目は、まだ死んではいませんでした。

それは青葉も、同じ事でしたけど。

『青葉、君から見て右を重点に狙おう。
彼女は利き手側に発射数が傾く癖があるな、疲労困憊の今なら余計そうだ。逆に左に気を付けろ。』

「了解しました!青葉にお任せです!」

相手は戦艦ですけど、ここに至るまでにみんなが少しずつ削ってくれた…無下には出来ません。
魚雷を3発…でも山城さんからも攻撃が来る。それでも着弾の速さなら、青葉の方が…!

結果はスローカメラ判定で、辛くも青葉達の勝利となりました。
はぁ…本当に手強かった。演習ですけど、山城さんからは前回以上に鬼気迫るものを感じてしまって。
やはりここでの演習は、それだけ彼女の中で負けたくないと思う気持ちに繋がったのでしょう。

「青葉、お疲れ様。彼女がここまで手強い相手になるとはね…でも、さすがは君だよ。」

「きょーしゅくです!司令官の指示のおかげですよ。癖までは見抜けませんでしたから。」

褒めてもらって、素直に嬉しくなりました。
これで山城さんも懲りて、一安心……


178 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:25:52.85 ID:XFQ5vfxS0



……とは、行かないんですよねぇ。



179 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:27:53.78 ID:XFQ5vfxS0
今の演習は、艦娘として仲間や司令官のメンツを守っただけなんです。
山城さんが彼を恨む理由は、あくまで私怨ですから。
例えばこの後誰もいない廊下で鉢合わせて、ビンタを一発……なんて事だって有り得る。それじゃ彼を守ったなんて言えない。
今日の二度目の戦闘は、この後。自由時間にこそあるんです。

別に裏に呼び出してボコボコにするとか、そんな事はしませんよ。
ただ少し…『自分と向き合ってもらう』だけ。
今日の第二次戦闘は、『彼の女である私』としての戦いですから。

シャワーと着替えを済ませたぐらいで、時間はいい頃合いになる。
あの人の性格なら…ほら、いました。突堤で一人黄昏てる。絶好のチャンスだ。

「山城さん、お疲れ様でした!」

「…何よ。今日の勝者様のお出まし?」

「いえいえ…青葉達が勝てたのは、運が良かっただけですよ。」

「そうね…私、いつもシメの運は弱いのよ。はあ、不幸だわ…あなた、なかなかやるわね。」

ペンは剣よりも強し、なんて言いますよね?
でも今のご時世、例えばネットの書き込み一つでも、人の心は潰されてしまう事だってある。
あくまでペンはものの喩え…文字そのものが剣より強い訳じゃない。

突き詰めればそれは……言葉は剣よりも強し、だと思うんですよ。

「山城さん…。」

「….何かしら?」

叔父さんの受け売りですけど…記者と言うのは、何も突っ込む事だけが仕事ではありません。
推測だけで記事を書くのはご法度ですが、裏を取る過程に於いては、推測も必要になる。
狙いはある程度定めないと、いつまでも裏付けには手が届きませんから。

そう…それこそ初めてこの子に会った時から、気付いてた事がある。




「………好きだったんじゃないですか?彼の事。」




時には一歩引いて、対象の本質を見抜く事。
それも記者の務めのひとつなんです。


それが、対象の地雷となる時もあるけれど。

180 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/05(火) 16:29:44.84 ID:XFQ5vfxS0
リアル事情により、久々となってしまいました。

お尋ねいただいた前作は、北上「離さない」となります。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/06(水) 01:04:29.13 ID:gLqXQ6jA0
待ってました!
そしてだいぶエグい事をw
182 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:47:22.63 ID:MG+FbVqhO

「………はぁ?な、なにを言ってるのかしら?」

「いえ…そうなのかなーって。無理にゴキブリの如く嫌ってるようにお見受けしたものでして。」

「ごくごく自然な事よ。元々気に食わなかったし、姉様を傷付けられたなら当たり前でしょう?」

へー……じゃあ、何でそんなにへらへらしてるんでしょうねえ?

ふふ…あの男もそうでしたけど、人って狼狽えると薄笑いになりますよね。
追求される程、痛い所を突かれる程、焦った笑いがボロボロこぼれてくる。

“__。人と本ってのは似てるんだよ。”

叔父さんの言ってた事、本当ですねぇ。
でも彼はこうも言ってました。

“だけど取材の肝はな、その行間や伏線に隠したものを読み解く事だ。”…って。

「くす……山城さん。艦娘以外にやりたい事って、ありますかぁ?」

「な、何よ…。」

「青葉には、あるんですよ。元々ジャーナリスト志望なんですけど…最終的には、小説やエッセイを書きたいんですよね。
プロットを貯めてる小説があるんですけど、あなたに聞いてみて欲しいなって。」

「い、嫌よ…何であんたの妄想なんて…。」

「まぁ聞いてみてくださいよ…内容は、架空戦記にして恋愛小説、と言った具合ですかねえ。
それはね、ある姉妹のお話で…お姉さんの恋人を好きになってしまった妹の話なんですよ。

それは初めから叶わぬ恋でした…ですが彼は軍人で、そしてある日突然戦争が起きてしまって…。

そして彼は、戦地で心を壊して帰って来てしまう。

……そんな導入なんですけどねぇ。」

「……!?嫌…やめて……。」

「まぁまぁ、きっと面白いですから。是非とも……。」

彼女の瞳孔が怯えを孕んだのを、私は見逃しませんでした。
でもこれは小説のプロット。あくまで妄想で、与太話なんですよ。

だから何も、『彼女の事なんて書かれてはいない』ただの小説。
それを私が一方的に聞かせるだけ。

でも……刺さる人には刺さるかもしれませんねぇ…!


「じゃあ、聞いてください……。」


そして私は、ポツポツとそのプロットを語り出したのでした。

183 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:48:51.41 ID:MG+FbVqhO


一目惚れなんてあるんだって、初めて知った。


その人は普通なら知り合わないような、7歳も年上の人。
高校生になったばかりの私には、とっても大人のように見えて。

街でたまたま出会った?
ううん、そんなのじゃないわ。ある人に紹介されたの。

「新しい彼氏かぁ…どんな奴なんだろ?」

親は仕事で海外にいて、私は大好きなお姉ちゃんと二人暮らし。いつも優しくて、何より綺麗な人で。
でもちょっと影があって、それで彼氏が出来てもいつも振られてたわ。

そんなある日、新しい彼氏が出来たから連れてくるって言われた。
だから今度はしっかり見定めてやろうと思って、私は玄関で待っていた。

それで玄関を開けて……


その瞬間。私は、姉の恋人を好きになってしまった。


184 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:49:39.75 ID:MG+FbVqhO

「と……まぁ、こんな所から始まるんですけどねぇ。」

「……黙ってよ…聞きたくない…。」

おやおや、随分効いてるみたいですねぇ。まだ導入なのに、そんなにガタガタ震えちゃって……。

でも……面白くなるのはこれからですよ。

185 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:51:21.04 ID:MG+FbVqhO

「__、紹介するわ。同じ軍の方で、__さんって言うの。」

「あ…は、初めまして!妹の__です!」

「初めまして。お姉さんとお付き合いさせていただいている__です。」

お姉ちゃんは、今年短大を出て軍の事務員として働き始めた。どうもそこで知り合ったみたい。
軍人さんって初めて会ったけど…リラックスしててもどこかキリってしてるって言うか、独特のオーラがあって。
日頃同級生や先生としか男の人と接しない私には、そんな人と出会ったのは経験の無い事だった。

その日は3人でお茶をしただけだけど、緊張してまともに話せなかったわ。
その……まともに見ると、真っ赤になっちゃいそうだったし…。

「二人ともよく似てるなぁ。」

「ふふ、そうかしら?この子は昔はやんちゃでね、よく田んぼに落ちたりして…。」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!恥ずかしいからやめてよー…。」

「あはは、元気なのは何よりだよ。あ、そうだ。これからは__ちゃんでいいかな?」


“あ……。”


「え、ええ!それで大丈夫です!妹さんって言われるの、何かこそばゆいですし…。」

初めて名前を呼ばれた時、心臓が跳ね上がった。
真っ赤になってそうな気がしたけど、それを一生懸命隠して……精一杯の笑顔で、私はそう答えたの。


186 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:52:52.24 ID:MG+FbVqhO
でも…すぐにそんな夢は覚めた。
3人で談笑をしてても、やっぱり『ふたり』の間の空気は違っていて。

“そっか…お姉ちゃんの、彼氏なんだもんね…。”

それこそTVを観ていて、顔がタイプなだけの芸能人にときめくような。
そんな一時的なものだって、その時は思ってた。
だけどその日の夜、部屋で何となくゴロゴロしてて…ずっと頭を過るのは、やっぱりあの人の事で。

「__、お風呂湧いてるわよ。」

「う、うん!今行くわ!」

そう部屋に入って来たお姉ちゃんの顔は、何だか晴れやかだった。
今は幸せそうで。、それは今まであまり恋愛が上手く行ってなかったお姉ちゃんには、珍しい顔で。

ずきり。と、胸が痛むのを感じた。

187 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:55:31.75 ID:MG+FbVqhO
その後もお姉ちゃんは、時折彼を家に連れて来た。
彼は私とも色々な話をしたし、一緒にゲームをしたり、3人で食事を作ったりした。

その度に、自分の気持ちが嘘じゃない事を突き付けられた。
血は争えないのかしら…彼の人柄にも触れる度、どんどん惹かれて行く私がいて。

そして、どんどん絆が深くなる『ふたり』を、目の前で眺めていた。

ある週末の事だ。
お姉ちゃんに買い物を頼まれて、彼も付いて来てくれる事になった。
思えばふたりきりなんて、初めての事。
行きの車の中は密室で…それは本当に、夢みたいだと思った。

薄くてもまだぎこちない化粧をして、服もちゃんと手持ちの中から吟味して。
そこにちょっとした下心はあったけど、思春期だからで誤魔化せると思ってた。

週末のホームセンターは、家族連れの中にカップルも混じっていて。
この中にいたら、私達もそう見えるのかな?なんて、ちょっと嬉しくなったものだ。


「あれ?__じゃん!なになにー?デート?」


そんな時、買い物に来てた友達に会った。
いざ知った顔にそんな事を言われると、照れてしまう。

「あ……ううん、お姉ちゃんの彼氏さん。買い物頼まれたのよ。」

でも、そうじゃないんだ。
自分の口から否定の言葉を吐けば、それは現実として跳ね返ってくる。

188 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:56:45.85 ID:MG+FbVqhO
友達と別れた後、買い物を終えてまっすぐ家に帰った。
あの店の側には、公園があるの。そこはこの辺りじゃちょっとしたデートスポットで…彼は帰りの車で、そこであったお姉ちゃんとの面白い話を聞かせてくれた。

私といる時よりも、ずっと幸せそうな顔で。

レストに置かれた片手に、その気になれば自分の手を重ねる事だって出来た。
だけどそんな事は出来ないわ。お姉ちゃんとの話をする彼の笑顔を、曇らせたりなんて出来なかった。
私は彼とお姉ちゃんの、優しい微笑みが好きだったから。

家に帰ると、お姉ちゃんが料理を仕上げて待ってくれていた。
それを3人で囲んで食べるのは、とても楽しい時間で。

でも私は、ただの彼女の妹で。
どこか『ふたりとひとり』な、そんな距離感もあって。

“大好きな人達が幸せでいる、それが自分の幸せなんだ。”

幸せな時間を眺めながら、そう思った。


……いや、思い込もうとした。



189 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:58:04.33 ID:MG+FbVqhO
「…………馬鹿ね、その子。」

おやおや?先程の拒絶も何処へやら、今度は俯いてしまいましたねぇ。
何か思い当たる節でもあるんでしょーか?

まぁ、姉妹が片割れの恋人に惚れてしまう。そんな事はよくある話です。
知り合いの話だろうがまとめサイトだろうが小説だろうが、こんな話は掃いて捨てる程ある。

くす……もしかしたら、山城さんも何か思い当たる節があるのかもしれませんねぇ?

「………このお話は、これからが本番ですよ。」

そして私は、この妄想の続きを彼女に語り出すのでした。
きっとこの時、随分といやらしい笑みを浮かべていたでしょう。

それでも込み上げてくる悪意に、蓋なんてしないままで。

190 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/17(日) 08:58:56.55 ID:MG+FbVqhO
今回はここまで。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 19:45:25.48 ID:0j29dq0A0
おつおつ
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/17(日) 23:43:19.46 ID:PGSysvmbo
続きよろしくです
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/18(月) 15:39:20.84 ID:dWbRS1bBO
おつ
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/22(金) 22:11:59.63 ID:WJo2lWac0
急に本来の糞パパラッチっぽくなったな
195 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:21:25.15 ID:NsTJuwti0
何も変わらない日々が続いた。それはもう、あまりにも平穏すぎるぐらいに。
だけど彼がお姉ちゃんを訪ねて家に来るたび、私は夜、一人でこっそりと枕を濡らしていた。

ふたりとひとりの、どうしようもないぐらい幸せな時間。
身勝手な気持ちでふたりの幸せを壊せば、ひとりの私の幸せも壊れてしまう。

その葛藤の中で、やがて私の中の醜い想いは、いつしか諦観に変わっていった。
叶わない事は、忘れてしまうのがいいんだ。
それで趣味を増やしてみようとしたり、仲が良い方だった男子との交流を増やしてみたりした。
向こうにも何となくそんな意図が伝わってたのか、結局付き合うまでには至らなかったけれど。

諦める事が幸せで、その為の努力をしていたような。そんな毎日だった気がする。
段々受け入れられるようになって、少しずつだけど、前に進めたようなフリをしていた。

そんな毎日の中、よく晴れたある日の事。
未知の化け物が世界中に現れた。

メディアから伝わる事態に恐怖を覚えたけど、何より彼は軍人だった。
軍の事務員であるお姉ちゃんは、出撃する瞬間を見守っているはずで……様々な不安が、胃の中に鉄を突っ込まれたような感覚を与えた。

事が起きていたのは、本州から随分離れた沖の方。
それでも避難指示が出て、私の地区は近くの小学校へ逃げ込んでいた。

窓から見える空は、嘘みたいに快晴だ。爆発音だって無い。
でも何処かで彼は戦っていて…実感を上手く持てないまま、ただ無事を祈る事しか出来なかった。

日が沈んで、夜が来て、また昨日と同じような朝が来た。
一睡も出来ないまま、化け物の撤退の速報と共に避難が解除された。
外に出てみたところで、戦火の跡なんて無い。何も変わらない街だ。
でもこの時、私は感じていたの。


“この世界の何かが、きっと壊れてしまったのだ”と。


196 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:22:39.52 ID:NsTJuwti0
しばらくして、やっとお姉ちゃんと連絡を取る事が出来た。
お姉ちゃんの無事も涙が出るぐらい嬉しかったけど、彼の無事については不安なまま。
電話越しに、私は意を決して無事を尋ねた。それで帰って来た言葉は…。


「……ええ、『救出』されたわ…。」


その一言で、全てを察した。
病院に駆け付けはしたけれど、面会許可が下りたのは、親族以外はお姉ちゃんだけ。
『恋人の妹』に過ぎない私は、ICUの扉の前で待つ事しか出来なかった。

何分経ったろう?時間にして15分もないのに、避難した日よりもずっと長く思えた。
ようやく開いた扉からお姉ちゃんが出て来た時、私は思わず駆け寄ってしまっていた。

「……命は、助かったわ。」

「………よかった…。」

「でも、部隊の方は彼以外助からなかったみたい……起きた時、なんて言えばいいか…。」

「…………そう…。」

告げられた言葉のせいで、素直に喜ぶ事は出来なくなった。
意識を取り戻した時には、彼を待っているのは厳しい現実。支えて行かなきゃ…『私達』で。

何日かして、彼はようやく意識を取り戻した。
だけど一般病棟に移れたのは、そこから更に5日後。あの日から顔を見れるまで、約10日を要した。
許可が下りてるお姉ちゃんは、毎日僅かな時間でもお見舞する事が出来たけれど…私はその間、何も出来なかった。

やっと面会謝絶が解けた日は、学校も再開した後。放課後、急いで病院へ向かった。

ノックをして、ドアを開ける。
ノブを握る手は、歓喜で震えていた。顔を見た瞬間、抱き付いてしまいそうなぐらいだ。

まるで死んだように窓の外を見る、その姿を見るまでは。

その日までお姉ちゃんは、私の前では無理に微笑んでいるように見えた。
恋人が怪我をしたんだもの、毎日気が気でないはず。
でもそれは怪我だけじゃなかった事を、私はそこでようやく知った。

姿を見ただけで、もう分かってしまったの。
彼はもう、前の彼ではなくなってしまった事が。


197 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:23:22.84 ID:NsTJuwti0

「………その男の人は、具体的にはどうなってしまったのかしら?」

「……それは、これからですよ。」

話が進むたび、どんどん大人しくなっていく山城さんの姿。
俯いている横顔は、垂れた前髪で上手く見えません。

でも…ふふ、よく見えますねぇ……あなたの心が…!


「そしてですね、そこからは……。」

198 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:24:49.41 ID:NsTJuwti0
「ありがとう」と言う彼の顔には、貼り付けたような笑み。
歓喜で震えていたはずの手は、今は焦燥と、現実への拒絶感で震えていた。

この人は、誰……?

最初は、気のせいだと思い込もうとした。
だけど言葉を交わすたび、上の空な心が見える。

ねぇ、何処へ行ったの?
だって、これじゃまるで……死人みたいじゃない。

面会時間は、まだ長くは取れなかった。
受け入れきれない、頭の処理が追い付かない…家に帰ってベッドに倒れ込んだ私は、逃げるようにすぐに意識を手放した。

その眠りの中、夢を見た。
それはつい最近まで日常だったはずの、楽しい休日で。ただの思い出の追体験で。
でも夜目を覚ました時、私の周りにあったのは、真っ暗な部屋だった。

水を飲もうと廊下へ出た。
お姉ちゃんの部屋は、私の隣。そこはスライドドアになっている。

お姉ちゃんには珍しく、ドアに少し隙間が空いていて。
そこから漏れるのは部屋の明かりと……お姉ちゃんのすすり泣く声だった。

水の味は生々しくて、頬をつねってみても、やっぱり痛くて。
こっちの方が、夢なら良かったのに。

そんな事は、無かったけど。

退院してしばらくは、彼には休暇が与えられた。まだ静養と通院の必要自体はあったからだ。
お姉ちゃんは、よく行った公園に彼を連れて行っていた。
私は行かなかったのかって?そうね…ふたりきりにさせてあげたかったし、何より、現実に向き合うのが怖くなってしまっていたの。


それから3日もしないで、彼は自殺未遂を起こして再入院した。



199 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:25:47.63 ID:NsTJuwti0
ちょうど平日の、あの公園が人も疎らになる時間。
お姉ちゃんがトイレに行ってる僅かな隙に、隠していたナイフで手首を切ったようだ。
それは却って憂鬱になるぐらいの、あの日と同じ快晴の事。

入院期間は、決して長くはなかった。
だけど彼がこの家の敷居をまたぐ事は、二度と無かった。

お姉ちゃんが彼と別れたのは、彼が再び退院した日から1週間後のこと。
彼はと言えば、その後職務復帰の許可が下りると同時に、異動の辞令も下ったのだと言う。

それは、軍なりの気遣いだったのかもしれない。
だけど別れを告げる事も出来ないまま、彼はこの街から消えてしまったのだ。

あの怪物と戦う為のある兵器の存在が公になったのは、それから暫く後の事。
それは人間、それも適合する女の子しか強化出来ない存在だった。

実感も持てないまま、毎日絶望的と報道されていた世界情勢は、そこから徐々にポジティブなものに変わって行った。
お姉ちゃんは変わらず軍の事務として働いていて、でもその間、やっぱり元気が無かった。

いえ……元気が無いと言うより、何かをずっと思い詰めていると言った方が正確だったかしら。
一緒にTVを観ていて戦争の話が出ると、時折あの優しいお姉ちゃんとは思えない目をする事が続いて……。

しばらく離れて暮らす事になると告げられたのは、それから半年後の事だった。
適合試験を受け、その兵器への適正が出たからと。

そしてお姉ちゃんは、戦争へ行ってしまった。

200 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:28:32.86 ID:NsTJuwti0

全てが憎かった。

私達の日常を壊した戦争も、怪物共も……そして彼の事も。

どうして彼がああならなくてはならなかったのか?

どうしてふたりが別れなくてはならなかったのか?

どうして、お姉ちゃんが自ら戦争に行かなきゃならなかったのか?

そしてこれは、一番強くて…だけど浅ましい衝動。


ねぇ、__さん…どうしてお姉ちゃんを泣かせたの?

どうして…私の前から消えてしまったの?


どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

どうして。

次第に募るのは、敵よりも、彼への理不尽な憎しみだった。
憎まなきゃ、自分を保ってなんかいられなかった。

おねえちゃんをまもらなきゃ。
そうだ、いつかなぐりにいかなきゃ。
おねえちゃんをなかせたんだ、あいつをなぐりにいかなきゃ。
あいつもせんそうもばけものも、かたっぱしからなぐりにいかなきゃ。



あいつにしかえしをすれば、いたくすれば、ずっとわたしのことをおぼえていてくれる。

わたしのことを、みてくれる。



その後進路を決める時、私は二つの道を決めた。
まず第二志望は軍の事務……そして第一志望は、その兵器の適合者として働く事。

危険な仕事だけど、その頃にはその兵器は、世間の女の子のちょっとした憧れにもなっていた。
それに…お姉ちゃんを支えたいと言う大義名分も、私にはあったもの。誰も止める人なんていなかった。

結果として、私の進路希望は叶った。
何と言う悪戯でしょうね、私はその日から神様が大嫌いになった。
だって、例え肉親でも同じにはなりにくいって言われてたのに…お姉ちゃんと同じ型の兵器に、適正が出たのだから。


私がお姉ちゃんを『姉様』と呼ぶようになったのは、その日からの事だった。


201 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:29:51.68 ID:NsTJuwti0


「…まあ、こんな流れです。まだここまでしか書けてないんですけどね。」

「…………ふふ、売れないわね、その小説…。
だってその女の子、あまりにもバカで…惨めで……誰も共感なんて出来ないわ…。」

最後まで話し終えて、隣から聞こえてきたのは涙声でした。

それは私にとっても、意外な結末。
当初はビンタの一発ぐらいは覚悟してましたし…裏を返せばそれだけ悪い面も抉って、傷付けるつもりで、彼女の背景をひたすら想像して作ったお話でしたから。

……これだけ悪意を持って接したのに、何で怒らないんだろう。

そう思った瞬間、ずきりと胸が痛んだのです。


「……ねぇ、その後の展開予想しても良いかしら?」

「…どんな話でしょうか?」

「……彼はその後何年かして、主人公と同い年の女の子と結ばれる。
その子と出会った事で、彼は再生への道を踏み出して。

主人公は最初その子の事も気に食わなくて、険悪になるの。
でもその子も少し嫉妬深い所もあって…辛い事があった彼を守る為にこそ、心を鬼にして主人公にひどい事を言う……なーんて、安っぽいかしら?」

またずきりと胸が痛んだのは、その時の事でした。
反撃を食らったからとか、そんなのじゃなくて…ただ、上手く説明出来ない痛みで…そんな私を知ってか知らずか、山城さんは言葉を続けます。

「……でも、そのひどい言葉のお陰で、主人公は自分の小ささに気付くの。
うん、まぁそれだけなんだけど……使えないかしら?これ。」

「あ……え、ええ!参考にさせていただきます!ありがとうございます!」

「ふふ…あ、そろそろ集合ね。もう行かなくちゃ。」

そうして彼女が立ち上がった時、ようやく俯いていた顔が見えました。


「……青葉ちゃん、ありがとう。またね!」


夕暮れに照らされたその泣き笑いは、あまりにもきれいで、可愛くて…写真に収めたかったぐらいで。
それは私にとっては、ビンタなんか目じゃないぐらい痛くて。

必死に笑顔を作って手を振る事しか、私には出来ませんでした。
202 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:35:10.13 ID:9lA1YemZ0

その夜部屋に帰って、ドアを閉めた瞬間、その場にへたり込んでしまいました。

山城さん、きれいだったなぁ……あれ?何で床が濡れてるのかなぁ?
はは……何で、泣いてんだろ…。

…ありがとうって、何なのさ。
私はあの子が邪魔で、気に食わなくて……ただ傷付けたくて、あんな話をしただけなんだ。
何だよう…ありがとうってさ……私、ばかみたいじゃん……。

本当に醜くて歪んでるのは、私の方なのに。

ずっとずっと、涙が止まりませんでした。
ただ、あんな事を平気で出来た自分が大嫌いで、ばからしくて…なのにあの子は、あんな言葉をくれて。

それでも彼の事を思い出せば、胸は暖かくて。
さびしくて、あいたくなって。

でもこんなんじゃ、いまはあいになんていけない。

髪をほどいて、祈るようにそれを握り締めて。
縋るみたいに、彼からもらった髪留めを胸に寄せて。

突き付けられた自分の醜さは、ひたすらに痛くて。
それでも相変わらず、彼の為なら同じ事を出来てしまいそうな自分も見えて。
怖くなって、苦しくなって。私はただ、そうやって明日を待つ事しか出来ませんでした。


どどめ色のずきずきとした胸の痛みに、ずっと囚われたままで。

203 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/09/27(水) 08:35:41.60 ID:9lA1YemZ0
今回はここまで。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/28(木) 10:00:18.03 ID:FlctWSFXo

山城かわいい
205 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:22:28.86 ID:zHmp11Q90
泣き疲れたのか、いつの間にか寝落ちしちゃいました。

時間は……21時かぁ。あーあ、ひどい顔。
携帯を開くと、彼からの連絡が。彼の知らない裏であんな事したのに、やっぱりこんな些細な事でも嬉しくて。
せめてちゃんと、彼が幸せでいられるようにしなきゃなぁなんて思いました。図々しい話でしょうけど。

『こん…こん…』

ん?誰だろ?こんな時間に…あ、でもこの時間こそ一人しかいないか。

「青葉ー、入るよー。」

「もう入ってんじゃんかぁ。」

「どうしたのよー、目え真っ赤だよ?」

「ん?ああ、ちょっとこすっちゃってさ。」

「なになにー?提督とケンカでもしたー?」

「ちがうよー。むしろ仲良くやってますよーだ。」

休み前や次の作戦が夜からな時は、よくガサが遊びに来て。二人で映画やアニメを見たりするのが深夜の過ごし方でした。
でも最近はあんまりしてなかったなぁ…いつぶりだろ。

ガサの手には、何やらブルーレイ。
んん?でもこれ録画用のだ、なんだろ。

「何それ?ホラーはヤだよ。」

「いやいや、今日はドラマ。結構前に録画してたの忘れててさ。青葉も途中で止まってたでしょ?」

「ん…?あー!あの時期作戦重なっててすっかり忘れてた!」

「そ。だから青葉と一緒に消化しよっかなーって。ふふーん、衣笠さん最高でしょ?」

「でも忘れてたんじゃんかー。去年のでしょ?」

「あ、あははー…まあまあ、ゆっくり観ようよ!」

それは少し前に放送してたドラマで。
高層マンションで起こる主婦たちの泥沼劇を軸にしたサスペンスでした。

あー…久々に続き観たけどハラハラするなぁ。
それでエンディングまで観て、青葉はある事に気付いたのです。


206 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:24:08.46 ID:zHmp11Q90

「…あれ、このエンディングって…。」

「ああ、このバンド?前に復活したじゃん。どしたの?」

「そう言えば…実は__が大ファンでさ。」

「お!それ提督の本名じゃん!しれっと呼び捨てしちゃって〜、憎いなこのー。」

「…へ?あー!今のナシ!司令官が大ファンなの!」

「記事の訂正は認めませーん。
ふふ…でも良かったよ。皆提督の事も結構心配してて、青葉様々だってさ。」

「何それー、気になるなぁ。」

「だってあの人いい人だけど、正直人間味は無かったじゃん?
青葉との事、皆結構気付いててさ。提督にも遂に人間らしさが…!って、半泣きで喜んでる子もいたんだよ?」

「そう?でもああ見えてさー…」

「お、ノロケー?」

笑い話をしつつ、そんな話を聞いた私の胸中は複雑でした。

だって幾ら男性の士官さんや職員さんも多いとは言え、結局ここは女所帯で。普通は多少のやっかみぐらい起きるものじゃないですか?
それが寧ろ喜ばれるって事は…裏を返せば、上司としては尊敬できても、人間や異性としては近寄り難いって皆思ってたって事で。
どれだけの痛みをあの笑顔で閉ざしていたのか、改めて思い知ったんです。

……今度は、笑顔で会いに行かなくちゃ。
そうだなぁ…いつか戦いが終わったらチケット取って、二人でライブ行きたいなぁ。
実は子供の頃以来に聴き直して、大好きになった曲があるんです。それを生で聴きたいなって。

そんな事を考えつつ、次の話を観ていました。

ドラマのエンディングテーマの歌詞が、上手く頭に入らないフリをしながら。

207 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:26:29.00 ID:zHmp11Q90

「じゃ、おやすみー。最終回まで録ってあるからね。」

「うん、また今度ー。」


青葉の部屋を離れ、彼女は隣の自室へと戻る。
か細い鼻歌が紡ぐのは、先程観ていたドラマのエンディングテーマだ。

部屋の照明も入れず、彼女はそのままデスクのライトのスイッチへと触れる。
薄明かりが灯る部屋は、当然机以外はあまり強く照らされていない。

「〜〜♪」

彼女が青葉の部屋を訪ねる事はあれど、青葉が彼女の部屋を訪ねた事は、実は今まで一度も無い。
青葉の方から誘いを掛ける時でさえ、自然と青葉が自室へと招く程だった。

灯台下暗し。
青葉は彼女の人柄については深く知るが、そこに付随する諸々については実は疎い部分もある。例えば些細な趣味の事。

机と壁には、木枠にアクリル板が貼られた箱が幾つか飾られている。
そこに入っているのは、色とりどりの羽根。
蝶の標本収集が、彼女のささやかな趣味であった。

それは買い集めた物や、『自身で採集、作成したもの』も含まれている。


“上にいくほど傾いたら、結局落ちちゃうもんね。”


机の真正面には、二つの額が飾られている。

一つには、いつか青葉と二人で撮った写真が。
その隣、もう一つの額には。


“………だからその時が来たら、受け止めてあげなきゃ。”


いつかの駐車場で殺虫灯に撃ち落とされた、羽根を焼かれた蛾の標本が飾られていた。


208 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/05(木) 05:26:58.76 ID:zHmp11Q90
短いですが、今回はここまで。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/05(木) 07:38:52.05 ID:T8iDPE2DO
乙でち
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 00:03:36.58 ID:s5UjNSCIO
このガッサはヤバいねえ。どう収集つけるんだか。
211 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:28:26.90 ID:JWK7qaJQO
ある朝の事。
いつものように食堂へ向かう時、掲示板に見慣れないポスターが貼られていました。

『情報求む。心当たりの方は下記連絡先へ。』

内容はと言えば、少し前から行方不明になっている、遠くの鎮守府の司令官について。
相当に黒い噂のある方でしたが、なるほど、これはこれは…初めて顔を見ましたけど、ここまでキナ臭い方も珍しいですねぇ。

事が事なのか、憲兵隊も必死に捜査をしてるようです。
気になりますねぇ、近くだったら首突っ込んでたかもなぁ。
いや、でもこれは深入りしたら本当にやばいやつ。さすがに命は惜しいです。

「青葉ー、何見てるの?」

「ん?これだよガサ。」

「あーこの件かぁ、まだ見つかってないんだっけ?いよいよ死んでる気もするけど。」

「見るからに恨み買ってそうだもんねぇ…。」

「他の提督達も嫌ってたみたいだよ。私が前いたとこの提督も、相当言ってたもん。
まーまー、こんなの見てないで早く行こ?お腹空いちゃった。」

「あ!待ってよー。」
212 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:29:58.10 ID:JWK7qaJQO
その日は近海での任務で、いつものように戦闘を終えました。

平和になるにつれ数が減ったとは言え、今でもたまにはぐれた深海棲艦が流れ着く時もあるんです。
何も大きい任務だけじゃなく、そう言う敵を討伐するのもまた私達の仕事。

敵は全部倒したね、一応目視でも他にいないか見ないと……よし、いな…う。

「うえ〜…流れて来てる…。」

スコープで遠くを見てる間に、倒した敵の死体が足元まで。
艦娘のクセに何言ってんだって話ですけど…戦闘中はまだいいんですが、たまに冷静になった途端、死体が気持ち悪くなる時があるんです。
結構艦娘あるあるらしいんですけどね。

戦闘中なんて、離れてますからねぇ…案外そこまでグロくは見えないもので。
だけどいざここまで来られると、色々と生々しいんですよ……正直、たまに叔父さんの事も思い出してしまいますし。

確か今日の日替り定食は…げ、ハンバーグじゃんかぁ…楽しみにしてたのに……。

「ガサ…今日外食しない…?」

「えー、ハンバーグの日なのに?」

「久々にもらっちゃったんだよぅ…うどんぐらいしか食べる気しない。」

「あんた変なとこ繊細だよね。大丈夫大丈夫、いざ目の前にしたら忘れるって!食堂の美味しいし!」

「……ガサ、タフだねえ…。」

「じゃあわかった、今度克服用に映画持ってくるから!おやつはサラミかハムで!」

「やめてよー、前の超グロかったじゃん!」

ガサは青葉と違って耐性が強くて、戦闘でもらう事もないし、何ならしょっちゅう部屋にホラー映画持ってくるんですよ。
前持ってきたのとか、丸太が車の運転席に突っ込んで、頭がパーンって…うぇ、思い出しちゃった。


213 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:31:02.53 ID:JWK7qaJQO
「……って事があってさー。」

「あはは…あいつ確かにそう言う所あるもんな。」

夜、今日は彼の部屋へ遊びに来ていました。

駆逐寮こそ門限がありますけど、軽巡や重巡みたいな18歳以上が多い種類になると、門限はあって無しな所があって。
敷地内であれば、皆結構自由に行き来したりしてます。

で、彼の借家も敷地内にある訳で。付き合い始めたとは言え、なかなかお互いこう言う仕事だと休みも合わなくて。
専ら部屋デートが主になってしまうのは仕方のない所です。

ふふー…それでもこの時間は幸せなんですよ。
なんて事ない時間をふたりで過ごす、それは平穏な時間でしたし…少し前の彼だったら、考えられない事でしたから。

そんな時でした、テレビのニュースがある特集を流してきたのは。

214 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:32:08.50 ID:JWK7qaJQO
「少年犯罪史…この前もあったもんね。」

それは最近あった事件の影響か、過去の少年犯罪を振り返ったもので。
身勝手な凶行や、常軌を逸した物もありましたが…中には「仕方なかったのか?」と考えさせられるものもありました。

「この事件あったね…犯人の子、私の1コ上だったしよく覚えてるよ。」

10年ぐらい前でした。
当時11歳の女の子が、虐待を繰り返していた母親を殺した事件。

確かテンプレ通りなロクでもない母親で…生後間もない異父妹を衰弱死させて、それで母親を殺したって世間じゃ言われてた。
見つかった時、腐乱した妹の死体をあやしてたって….。

あれ?そう言えば殺された母親って…。

「母親、バラバラにされてたんだよな…因果応報と言ってしまえばそれまでだけど。
この子、今はどうしてるのやら…例え戦争でなくとも、この世は戦場なのかもな。」

彼がその言葉を口に出す事は、私にとっては一層重いものに聞こえました。
形は違えど、彼もまたそれを見てきた人。その言葉には実感が伺えます。

でもね、少なくとも今あなたは…。

「うわっぷ!?何すんだよ?」

「ふふー…まあまあ、せっかくふたりなんだし、しんみりしないの。」

じゃれつくように抱きしめてはみたけれど、本当はちょっと寂しくなったからです。
この時間だけは、そんな事は忘れて欲しいから。

いつでも見てるよ、どんな時だって。
ひとりぼっちになんて、私がさせない。

「ふふ…ねぇ…。」

耳元で甘く囁けば、それが合図。
行為の度に爪痕を付ける事が、私にとっての染め替える儀式でした。

自分から追い掛けて、見るのが私ですから。
私の目には、ずっとあなたが映っている。

そう、だからこの時は気付いていなかったんです。

自分が彼以外の誰かから見つめられている可能性は、ゼロじゃなかった事に。

215 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/17(火) 13:32:45.87 ID:JWK7qaJQO
今回はここまで。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/17(火) 23:04:07.53 ID:wI9QGr2Wo
衣笠はヤンレズだったか
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/18(水) 00:00:36.19 ID:n0vG52Y/O
ガッサが危ない子なのは分かってたけど、こりゃ想像以上だな。

てか、青葉もガッサも21〜22ぐらいの設定か。JKくらいが多い印象なので、結構珍しいかも。
218 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:06:24.28 ID:Qp53TVB4O



とある女性が人生での中で書いた、数冊の日記より抜粋。




4歳、7月

「ぱぱとままとゆうえんちにいきました。めりーごーらんどがとってもたのしかった。」


5歳、9月

「ぱぱがいなくなった。りこんってなんだろう。」


8歳、月

「ママがきょうもわたしをなぐった。いたい。」


10歳、11月

「おなかがすいた。かおがいたい。ママのおなかが大きくなった。パパがいないのに何で。」


11歳、12月

ページの大半がこぼれた液体で赤茶けており、具体的な内容は読む事ができない。
「首」「苦しい」「ほうちょう」「妹」「かわいい。」といった単語と、「ママがママにもどった。」という記述。
そして何か所かに書かれた「天国」という単語は確認できた。


13歳、5月

「今日もカウンセリングだ、いつここから出られるんだろう?
あの女は死んで当然だったんだ、ママはあの日やっと帰ってきてくれた。私はおかしくなんかない。」


13歳、9月

「夢にあの女が出てきた。何度でも殺したい。ママに会いたい。」


14歳となった10月

「廊下で蝶が1匹死んでいた。手に取ってみると、とてもきれいな羽根をしていた。
標本の作り方を調べて、見よう見まねで乾燥を始めてみた。美しいものやかわいいものは、やっぱり手元に残しておきたいから。たとえそれが死骸でも。」

219 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:08:09.28 ID:Qp53TVB4O


14歳、4月

「やっとここから出られた。演技の勉強をした甲斐があったよ。
パパが迎えに来てくれた。久しぶりだね、ずっと会いたかったよ。何で目を合わせてくれないんだろう?」


14歳、6月

「家裁に行って、改名の許可が下りた。もうパパの苗字に戻ってるし、あの頃の私はいなくなった。
ネットを調べると、当時の事や古い名前がゴロゴロ出てくる。同級生かその親が個人情報を売ったのだろう。
顔立ちはあの頃から成長して相当変わったけど、それでも不安だった。
明日からは、少し離れた中学に転入する。長い間病気をしていたという体でだ。」


15歳となった10月

「いつも私が料理をしている頃にパパは帰ってくる。大体包丁を握っている時だ。
パパは料理中の私を見ると、決まって一呼吸置いてからただいまと言う。パパはパパだもん、だから何もしないのに。
パパは休みの日は、私に料理をさせてくれない。私が刃物を使うのを嫌がる。パパは料理上手いし、こっちも負担が減るからいいんだけどさ。」


15歳、2月

「今日は高校受験だ。受かるといいなあ。」


15歳、4月

「早速友達が出来た。放課後が最近の楽しみで、今は毎日が楽しい。」


15歳、6月

「好きな人ができた。告白したらOKをもらえたんだ。嬉しいなあ。」


16歳、10月

「フラれちゃった。怖いからって言われた。悲しい。」



220 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:10:24.57 ID:Qp53TVB4O


16歳、12月

「元カレが死んでしまった。数日前の大雪の日から行方不明で、雪が止んだ後、裏山の崖下で見付かった。
死因は崖から雪の上に落ちた際気絶、そのまま凍死してしまったと言う事らしい。お通夜に行ったけれど、確かに遺体は奇麗なものだった。
不思議と悲しいって感情は無くて、妙に胸がぽっかりとしたような、そんな死だった。」


16歳、9月

「近所のおじいさんがイノシシを捕まえたので、解体を手伝ってきた。手際がいいねと褒めてもらえた。
おすそ分けしてもらったお肉で、パパがお鍋を作ってくれた。」


16歳、9月

「未知の化物が世界中で暴れ始めた。どうなってしまうのだろう。」


17歳、11月

「またやってしまった。」


18歳、11月


「進路の一つとして、艦娘の適性検査を受ける事にした。ニュースで流れたバケモノの写真の中に、あの女にそっくりな奴がいたからだ。
まだ生きてたんだ、今度こそ殺さなきゃ。何度でも何度でも何度でも。
頭なんか海に捨てなきゃよかった。まだ見つかってないから、きっとバケモノと一緒になったんだ。

ママに会いたい。」


18歳、3月

「この家を出る日がやってきた。私は今日から艦娘だ。
新幹線に乗る時、パパは心なしかほっとしたような顔をしていた。理由は考えたくない。」


19歳となった10月

「慌ただしい毎日だ、仕事にもずいぶん慣れた。銃器って味気ないよね。」


19歳、3月

「異動の辞令が出た。早くに改二にもなれたし、ここの提督には随分お世話になったね。
新しいとこの提督、どんな人なのかな。まあとりあえず今は、この荷物と格闘するとしよう。」

221 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:12:42.67 ID:Qp53TVB4O
19歳、3月

「引っ越しも終わって、新しい鎮守府での生活。
ここの提督はまだ若くて、少佐に上がって半年ぐらいらしい。

彼は私と同じ匂いがした、でも演技は下手だ。もっと上手く隠さないと。」


19歳、4月

「この時期は新人が入ってくる。早速私の隣の部屋にも、新人が来るんだとか。
何でも姉妹艦としては姉に当たる子なんだって。1つ下のお姉ちゃん、変な響きだ。」


19歳、4月

「天使に会った。

そして私は私を知った。」


19歳、6月

「花はありのままの命を愛でるものだと、初めて知った。ドライフラワーもまた、良さがあるけどね。」


20歳となった10月

「あの子の元カレの話を聞いた。頭とぶら下がってるモノを、両方引きちぎってやりたいと思った。
アレって簡単に切れるモノなのかな?やった事ないけど。」


20歳、9月

「提督に感じる同じ匂いが濃くなった。彼もとうとうこちら側に来てしまったのだろう。

後戻り出来ない世界へようこそ。」


21歳となった10月

「ここ数ヶ月、あの子は提督の話ばかりする。あの子自身はまだ気付いてないけど、きっと好きになっているんだろう。

後押ししてあげなくちゃ。それに提督は、計画には丁度いい人材だ。
振る舞いだけでもまともな奴なら、その間どんな相手と付き合ったって構わない。私は女だから、そう言う立場にいられる。
大事なのは、あの子がその相手に…」

コーヒーをこぼしてしまったらしく、ここから先は上手く読む事が出来ない。


10月、1週間後

「あの子から提督について相談を受けた。

なるほど、そういう事ね。」


21歳、11月

「果物は旬になってから摘むもの。まだ待てば、きっと美味しくなる。

久々にイカロスの話を読んだ。受け止めてくれる存在があれば、死なずに済んだのだろうか。
提督から同じ匂いが薄まった。いい傾向だろう。」



222 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:14:50.60 ID:Qp53TVB4O

一日の任務も終えて、部屋に着いてばったり。
今日は久々に開発の手伝いに行かされてたけど、慣れない事は疲れますねぇ。

それでテレビでも観ようと、何となくリモコンを手に取ったんです。
ん?あ、そうだ!__からDVD借りてたんだ!

それはあのバンドのライブ映像でオススメない?って聞いて、じゃあこれをと貸してくれたもの。
ディスクを入れて、いざ再生!となった所で、ノックの音が。

「ん?ガサー?」

「あれ?青葉何観てるの?」

「司令官から借りたんだー、せっかくだし一緒に観る?」

「じゃあお言葉に甘えて。」

それで始まった映像に、青葉は息を呑んでいました。
映像越しでも伝わってくる気迫…しばらく言葉も出せず、ただ飲み込まれるままに途中まで観ていました。

“このイントロ…”

それで映像も中盤に入った頃でした。あの曲が流れて来たのは。
生の、その瞬間の気持ちで放たれた音だからでしょうか。今まで聴いてきたあの曲以上に、青葉はその世界に飲み込まれていました。

ふと横を見ると、ガサも引き込まれてしまったのか、彼女らしくもない放心した顔をしていて。
それは浅くはない付き合いの中でも、初めて見る顔です。

最後のピアノが鳴り響いて…次の曲が始まっても、余韻のせいかどこかぼんやりしてしまって。そんな時です、ガサから声が掛かったのは。

「ごめん青葉、ちょっと休憩。部屋に飲み物置いてきちゃった。」

「あ……う、うん!」

一旦DVDを止めてしばらく待っていると、ガサが戻ってきました。
何だろう、何かいつもと雰囲気が違う…ガサは元いた場所に座ると、ペットボトルの麦茶をぐっと飲み込んで。

「ねえ、青葉……。」

そしてふう、と一息つくと、こう言いました。


「……天国って、見た事ある?」


いつかの彼と同じ、ゾッとするような透き通った目の笑顔と共に。


223 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/20(金) 06:15:24.86 ID:Qp53TVB4O
今回はここまで。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/20(金) 09:16:00.66 ID:L5bJX2iLO
おつ。やっぱりCPLか……
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 10:10:46.93 ID:mYPAkEILo
おもすれー


こいつら同じ幻覚を見てやがる・・・
226 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:10:06.38 ID:Kt2bVsaf0

「ガサ…?」


思わずは呼んでしまったあだ名は、「どうしたの?」ではなく、「誰なの?」と言う意味で発したもので。
そう思ってしまうぐらい、その時の彼女は別人に見えました。

細い指が、頬に触れて。
私を見つめてくる目は、まるで蛇のようで。

睨まれたカエルのように、体が固まって。


「ふふ…冗談だよ!じょーだん!あ、明日早いんだった、今日は戻るね!」

「う、うん!またね…。」


そうしてそそくさと、彼女は部屋に戻ってしまいました。
まるでさっきの表情なんて無かったみたいに、いつも通りの笑顔で。

何だろう、すごい怖かったなあ……気のせいかな。




『ぱたん…。』


自室の扉を閉めると、彼女はふう、と深く息を吐く。
その後に続くのは、堰を切ったように溢れ出す、浅い息切れだった。

二人の部屋の間は走るような距離ではなく、疲労ではない。
ましてや秋の今、暑さに悶えるような季節でもない。

彼女が息を切らしていた理由は…。

“あっぶなー…あんなかわいい顔されたら、理性飛んじゃうとこだったよ…。
ふふ、でも天国かあ……あの曲みたいに、怖いとこじゃないんだ。アレはもっと…。”

不意に彼女の脳裏を過るのは、とある記憶。

赤いバスタブと、人のぬくもり。そして心地よい静寂。
それらを思い出すと、彼女の全身をぞくりとした衝動が駆け抜けていく。


“あーあ、奴らで満足しよって思ってたのに、久々にムラムラしてきちゃったなあ…だめだめ、もう大人にならなきゃ。”


指に残る、肌と髪の感触。近付いた時に感じた香り。
先ほど感じたものを思い出すと。

“あの子の味、するかな…?”

立てた人差し指に舌を這わせ、彼女は恍惚とした笑みを浮かべていた。

227 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:11:38.34 ID:Kt2bVsaf0



「重巡洋艦・衣笠。連絡事項ありにつき、執務室まで来るように。」


次の日、秘書艦の仕事をしていると、彼がこんな放送を流しました。どうしたんだろ?

「どうしました?」

「大本営から連絡があってね。あいつ前の鎮守府の時から……僕も気付いてればよかったんだけどね…。」

「あー…。」

「重巡洋艦衣笠、入ります。提督、どうしました?」

「ああ、実はね…。」




「有給?」

「ああ。前の所の頃から貯め込んでたろう?いい加減使わせろってお達しがね。」

「そう言えば使った事ないかなあ…艦娘になってからは、特に冠婚葬祭も無かったし。」

「今の作戦スケジュールも来週には終わるし、そこで3、4日ぐらい休んでもらっていいかな?旅行でも行って、少し羽根を伸ばしてくるといい。」

「そうだね…うん、ありがとうございます!」

普通ならテンションが上がりそうな場面のはずですが、ガサは何やら微妙な顔。
ガサは意外とインドアな所があって、休みは部屋で映画を観るか、後は街に出るかばかりです。
いざ連休を出されても、過ごし方が分からない感じでしょうか?

おや?電話だ。

「もしもし…はい!司令官ですか?すぐお繋ぎしますので!」

「誰だ?」

「げ、元帥からです…。」

「はい、お電話代わりました。どうされましたか?
え?あ、はい…はい…そうですね、仰る通りです……分かりました、僕も取りますので…はい、失礼致します。」

「な、何か緊急事態ですか…?」

「…青葉、再来週少尉の世話を頼めるか?」

「出張ですか?」

「そういえば僕も貯め込んでたよ……少尉に経験積ませるためにも、たまには運営から抜けろってさ。」

「へ?」

228 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:12:49.24 ID:Kt2bVsaf0


「むー…。」

「はは…まあ、そんなヘソ曲げずに…。」

夜、今日は彼の家へ。
でも今夜はちょっと不機嫌です。だって彼がいない間、私は少尉さんのサポートですから。

元帥からの指示は有給の使用以外にも、休暇中は鎮守府を離れる事も含まれていました。
「内容は哨戒程度の軽いもので構わないから、少尉さんが責任持って頭を張れる日を何日か作れ。」って。
仕方ないとは分かってはいるものの…その間離れ離れだもんなあ…むう。

「俺も通ってきた道さ。埋め合わせはするから、彼のサポートは頼むよ。」

「いいけどさー。でもどうするの?家にもいられないし。」

「それなんだよな…実家は飛行機でないとだし。」

「あ!ならいいとこあるよ!私の地元に温泉あってさ、ここからならそんなんでもないし。」

「そうだなあ、ちょっと調べてみるか。」

「ふふー、ここは地元民に任せてよ!まずね…。」

むくれてはみたものの、やっぱり最近の彼はちょっと心配でした。
せめてもの気休めになればいいなあって、それで地元にある温泉を紹介したんです。

ま、まあ、いつか挨拶に来てもらう為の下準備とか…決してそんなやましい事は考えてませんけど…。
そういえば、ガサはどうするんだろ?連絡してみよっか。

『ガサー、有給どうするか決めた?』

『決めたよー。__の博物館行こうと思っててさ。』

『お!地元の隣の県だ!いいなー、あそこ美味しいのがあってさ。』

『なにそれ、教えてよ。』

そうやって二人と他愛もない旅の計画の話をして、それは何とも言えず日常で。
でも冷静になると、その間どちらもいないのはちょっと寂しいかなー、なんて思ったものでした。

そんな事を考えていると、目の前に紙が一枚差し出されて。それはシフト表でした。

「__、ここ俺の休みの最終日と、お前の休みかぶってるだろ?この日の朝帰ってくるから、デートに行こう。」

「ほんと!?」

「ふふ、要は終業時刻超えてから敷地に入ればいいんだよ。この街にいる分に問題ないさ。」

「…ありがと。」

ふてくされるみたいに抱いてたクッションを離して、今度は彼の肩へ。
ふふふ…くー、楽しみだなあ。サポート頑張ろ!


「でも、温泉街で浮気とかしちゃ駄目だよ?」

「しないっての。仮にしたらどうなる?」

「……社会的にコロス。」

「絶対しないね。断言するよ。」


229 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:13:49.92 ID:Kt2bVsaf0

「じゃあ、行ってくるよ。」

「うん!行ってらっしゃい!」

当日の早朝、いつもより早く起きて見送りへ。
温泉自体はちょっと離れたところにあるので、今回は自分の車で行くようです。


「誰も見てない所ではタメ口をききあう上官と部下……衣笠、見ちゃいました!」

「ガサ!?それ青葉のだよぉ!!」

「はいはい、朝から濃厚な事で。ごちそうさま。」

「ガサもこれから?」

「うん。急行乗り継いで、のんびり行こっかなって。」

「気を付けてね。あ、おみやげよろしくー!」

二人とも行っちゃったなあ…さて、今日も頑張らなきゃね!

その日の夜は、二人とも沢山出先の写真を送ってくれました。
あ、ガサの言ってた博物館ってあそこかあ…あの子、蝶好きだもんね。
その日はそんな風に過ごして、彼が帰ってくるのを楽しみにしていました。


それで翌日……予想だにしない事が起きたのです。

230 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:15:23.57 ID:Kt2bVsaf0

その日のお仕事を終えて、青葉は休憩室でお茶をしてたんです。
そこは大きなテレビが置いてあって、いつもニュースチャンネルが流れていました。


「本日、__県の山中にて、男性のバラバラ死体が発見されました。」


“げ…地元じゃん…。”


何とも不穏なニュースが、よりにもよって地元から。
こういう形で勝手知ったる土地の名前が出るのは、気分が悪いものではあります。

その時でした、青葉の携帯が震えたのは。

「もしもし?久しぶりじゃん、どうしたの?」

電話を掛けてきたのは、地元の友達です。
『あの件』で青葉と二股を掛けられていたあの子。久しぶりだなあ…お正月の遊びの話かな?

『ねえ、ニュース見た…?』

「ん?ちょうど今やってるよ。怖いねえ、バラバラって…。」

『……__が、昨日から行方不明なんだって…多分そうじゃないかって…。』

「………え?」


そこで出てきたのは、まさに私達に二股を掛けていたあの男の名前でした。


「…男性は死後1日ほど、頭部と四肢、陰部が切断されており、陰部のみ現在も捜索中との事です。」


ニュースから流れている遺体の状況は、とても凄惨なもので。
仮にも一度関係を持った人がそんな風になっているのなんて、想像がつかなくて。

「だ、大丈夫だって!殺しても死なないよあんな奴!」

そうやって月並みな言葉を友達にかけた、その直後。

231 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:16:25.48 ID:Kt2bVsaf0



「今入った続報です!先ほどお伝えしたバラバラ死体の身元が判明しました!
遺体は県内に住む男子大学生、__さんのものであると警察から発表がありました!」



232 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:17:17.64 ID:Kt2bVsaf0



そのニュースが流れた瞬間、私は感じたのです。

こみあげてくる嫌悪感の中…それでも自分の顔が、確かに笑っているのだという感覚を。


233 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/10/24(火) 09:17:48.05 ID:Kt2bVsaf0
今回はここまで。
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/24(火) 12:40:11.34 ID:SKZbXJLaO
おつ。皆病んどる…。
前作のRJことアカネさんのような良心はおらんのですか?
235 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:17:32.84 ID:OW6pln5X0
思う所ありしばし投下を控えさせていただいておりましたが、ひとまず継続とさせていただきます。
236 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:18:08.00 ID:OW6pln5X0
数年前の日付、元帥の日記より抜粋。

『鹵獲した人型深海棲艦の、生体解剖の結果が出た。結果は予測通りだ。

艤装は込められた艦の魂が適合者、つまり操縦者と言う依代を得て初めてその力を発揮できる。
艤装を操る者がいなければ、ただの魂を持つ鉄塊でしかない。

敵の正体は、ある意味それに近い。
怨念が敵と言う生命としての形を得るには、やはり依代となるものがあったのだ。

生体部の鑑定の結果、様々な生物のDNAが検出された。
その中にはヒトのDNA、並びに特に骨格からヒトの骨と合致するものが含まれていた。
怨念が海中に沈んだ様々なものを混ぜ合わせ、生物としての実体を伴っているようだ。

頭蓋骨を薄く覆う形で、膜のように別の骨が生成されており、敵の顔が各種別で同じな点はここから来ているのであろう。
もしかしたら、この骨が無い敵もいるのかもしれない。出現初期のものには、顔が違うものもいた覚えがある。

ある研究員が膜を剥がした頭蓋骨に複顔を試みた所、驚異的な結果が出た。
やはり鹵獲時と違う顔に仕上がったと言う。

複顔されたものを各国で行方不明者リストに照合した所、身元が判明した。
20年前に犯罪に巻き込まれ、行方不明となっていた欧米の女性のものであると。』

237 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:18:56.55 ID:OW6pln5X0


とある日、二人の提督の会話。


「おい、あの注意来たか?」

「ああ、うちにも来たよ。弱った姫級の話だろ?
南の中佐からも聞いてて、あの人ははぐれメタルだ!なんて言ってたがな。」

「ワンパンで倒せるんじゃねえかってぐらいズタボロらしいな。
戦果稼ぎか、他所じゃ討伐作戦も立て始めてるってよ。」

「腐っても姫級だし、優先順位は上じゃないんだけどな。うちは追わない事にしたよ。
最初に接触した艦娘、軽いPTSDになったそうじゃないか。
確かに弱ってはいたが、それ以上にどんな敵よりも恐怖を感じたって。」

「…誰かの名前を連呼しながら、攻撃するでも無く追い掛けて来たんだっけか?日本人の名前だったらしいな。」

「あと、一個他と違う点もあるんだよ。」

「何だっけ?」

「……他の同種と、顔が違うんだとさ。」


238 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:20:12.21 ID:OW6pln5X0

『事件、大丈夫だった?』

あの後、青葉は彼にこう連絡を入れていました。
彼がいる温泉は、現場からはかなり離れてますけど…ああいう事が起こると、県外ナンバーは真っ先に怪しまれますから。

今は部屋にいて、PCを開いています。
深夜ニュースを待つよりも、ネットの方がこの時間は情報が早いですからね。

発見場所は…ああ、あそこのモールの近くか。
県境を越えてすぐにショッピングモールがあって、地元側の山中で見つかったようです。
峠から少し森に入ると洞窟があって、そこが殺害と解体の現場だと出ていました。大量の血痕と、剥がされた衣服があったと。

創傷の具合から、先に生きたまま陰部を切断され、その後殺害との検死結果が報道されていました。
「怨恨の可能性が高いと見て捜査を進める方針。」と記事は締められて。

……まあ、『そういう本性』でしたからねぇ。
よく覚えてますよ、問い詰めた時に「一発ヤッたらどうでもよくなった。」なんてほざかれた時の顔は。
あの後知り合った女の子から、怨みぐらいは買っててもおかしくはない。


ほんとはあのとき、わたしがきりおとしてやりたかったけど。


不思議と、ふっと肩の荷が下りた気がしました。
今はあの人がいてくれるし、人の死にこんな開放感なんて感じちゃいけないけど…やっぱり、悪い意味でも心は正直で。
きっともう、振り回されないで済むんじゃないかって思ったものでした。

実際新聞部時代のスキルを使えば、社会的制裁ぐらいは出来たんですけどね。
そんな気にすらなれない程、嫌な記憶の一つでしたから。

…そうだ、ガサの行ってた博物館も県境だ。騒ぎ、大丈夫だったのかな?

239 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:21:06.19 ID:OW6pln5X0
『事件大丈夫だった?』

『特に何もなかったよ。騒ぎにはなってたけどね。
でも怖いね、ご飯食べ行ったとこでおばさん達が噂してたんだけど、こっちの県の人が見付けちゃったみたい。
腰抜かしちゃって大変だったみたいよ。』

『ありゃ、それは災難な…でも気を付けてね、まだ捕まってないんだし。』

『うん、そうする。』

ガサは無事そうだね…後は彼からの連絡が来れば。
あ、来た!

『参ったよ、がっつり検問引っかかった。県外だし仕方ないけど。』

『大丈夫だったの!?』

『身分証見せたら解放してもらえたよ。念の為って事で、車の中は見られたけどね。』

『気を付けてね、今回は拳銃無いんだっけ?』

『プライベートだから銃器の携帯は禁止。一応休暇でも、警棒の所持は義務になってるけど。
でもお陰で滝に行きそびれちゃったな、名所だったんだけど。』

『じゃあその内、ふたりでリベンジしよ!』

『それもそうだな、今度は君と行こうか。』

『言ったね?約束だよ!』

よし、言質取った。
ふふ、早く帰ってこないかなー…そうだ、楽しい事を考えなきゃ。

そんな事を考えて……でもつくづく、ジャーナリスト志望の癖に自分はバカなのだと、数分後には知るのでした。


「失礼するぜ。青葉、いるかー?」

「少尉さん?どうかしましたか?」

「電話が入ってんだよ…君の地元の刑事さんからなんだけどな。」

240 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:22:05.17 ID:OW6pln5X0


「もしもし、お電話代わりました。」

『__さんでお間違いないでしょうか?私、××県警の_と申します。
昨日発生した殺人事件について、お訊きしたい事がありまして。』

「はい……。」

『今回捜査にご協力をお願いしたく、ご連絡させていただきました。
被害者の_さんですが、過去にあなたと交際されていたのはお間違いないでしょうか?』

「ええ、間違いありません。今日ニュースで知りました。」

『かしこまりした。つかぬ事をお訊きしますが、被害者と破局された原因は何でしょうか?』

「それは…その、彼の二股ですね。」

『そうですか…この言い方は良くないのですが、被害者は女性関係が少々乱れていたようですね。怨恨の線でも捜査しておりまして。
何か他に女性関係でご存知の事はありませんか?』

「いえ、その頃二股されてた子以外については何も…もう何年も彼の近況は知りませんし。」

『かしこまりました、ご協力感謝致します。
また捜査上で何かありましたらご連絡させて頂く事もあるかと思いますが、その際ご協力をお願い出来ますか?』

「ええ、私に分かる範囲であれば……。」

『ありがとうございます。
海軍の総務課にもご協力をお願いしておりますので、お電話が難しい時はそちらを通じてご連絡があるかと思います。では、失礼させていただきます。』

「はい、失礼いたします…。」

これだけの事があれば、捜査線上に青葉が出て来るのなんて、ちょっと考えればわかる事だったんです。
もしかしたらこれから先、何度もあの話を蒸し返されるかもだし…何より警察からの電話は、あの男が殺された事への現実味を増させたのでした。

241 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:23:33.83 ID:OW6pln5X0

「青葉、ちょっと顔色が悪いな。今日はもう部屋で休みな。
事情は先に聞いてるから、先輩には俺から連絡する。」

「…はい、よろしくお願いします。」

少尉さんに促されるまま部屋へ戻ると、すぐにベッドに倒れ込みました。
でもそれも、5分と持たなかった。

気持ち悪い。

そう思った時にはもうトイレに駆け込んでいて、げえげえと吐いていたのでした。

吐瀉物のグロテスクな見た目とすえた匂いは、さっきまで人の死を喜んでいた私の腹の底を、実体として見せ付けているかのようで。
それを流してみたところで、気分の悪さは変わらない。

開放感と、そこへの嫌悪感。
それが複雑に絡み合って、手はぷるぷると震えていました。

『ヴィーーー……』

そんな時でした、携帯のバイブ音が聞こえたのは。
この長さ、電話だ…誰だろ。え?

『もしもし?』

「………“ジュン”。どうしたの?」

『少尉から連絡が来てね…さっきは被害者が誰か、隠してたんだろう?』

「……うん。あのね、最初のニュース見た時…私、すっきりした気分にもなってたんだ。人が死んだのに…。
ざまあみろって…叔父さんやあの子の時は、あんなに泣いたクセに…。」

『…無理するな。複雑な気分になるのはわかる。

でも何かあったら、いつでも寄っ掛かっていいんだよ。今は俺がいるだろ?』

「………!!」


たったそれだけの言葉でも、どれだけ救われたでしょうか。

そうだよね…今は、彼がそばにいてくれるんだ。
ずっと振り回されてても、それを無下にする事になる。

242 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:24:15.91 ID:OW6pln5X0

「うん…ありがと!」


この時ようやく、青葉は明るい声を発する事が出来たのでした。

本当は今すぐ会いたいけど、それは出来ない。
これは言うまでも無いけど…それでも、今伝えたいから。

「ジュン。」

『どうした?』

「………大好き。」

『〜〜〜〜!?こら!不意打ちは卑怯だろ…。』

「ふふー、デート楽しみにしてるね!気を付けて帰って来てよ!」

『はいはい、今日はちゃんと休めよ。』

「うん!おやすみー。」

『おやすみ。』

電話越しでもうろたえてるのが分かって、それはとっても可愛くて。
彼が確実に心を取り戻しているのが、よく分かった瞬間なのでした。

この戦争、勝たなきゃね。
敵討ちやそれまでの夢以外に、この時もう一つ夢が増えたんです。

それは……ふふ、まだ内緒ですよ。


243 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:25:10.87 ID:OW6pln5X0

前日の事。

とある公園の湖に、女が一人立っていた。

観光スポットの一部であるが、平日の今、ここにいるのは彼女だけ。
自販機で鯉の餌を買うと、彼女は湖のほとりまで近付いた。

人影に反応してか、鯉達が重なるように女の足元へと集っている。
ここでは見慣れた光景であり、仮に誰かがそれを見たとて、気にも留めない光景であったろう。


「たーんとおあがりよー…♪」


ぱちゃぱちゃと音を立て餌が撒かれる中、『とぷん』と一際大きな音が、一度だけ鳴る。
その音の場所に輪を掛けて鯉達が群がるが、全て食べ尽くしたのか、やがてその音も止んだ。

『その餌』を入れていたビニールを軽く洗い、女は立ち去っていく。

後には元通りの、静かな湖があるばかりだった。


244 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/09(木) 18:25:54.99 ID:OW6pln5X0
今回はここまで。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 08:02:04.22 ID:+I035/C1o
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 17:47:55.26 ID:QsrTVhCyo
やっぱり衣笠だったか
247 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:52:49.15 ID:j4j5Io3UO
あれはいつかの休み明けの事だったかな。
青葉とふたりで、それぞれの帰省の写真を見せ合いっこしたの。

青葉の写真はスマホでもとっても上手で、皆いい笑顔をしてた。
あの子の両親に兄弟、それにペットの犬に至るまで。それはそれは、素敵な写真だった。

「ガサは何撮ったの?」

「んー、友達の写真ばっかりだよ。あ、でもパパと撮ったのがあるね。ほら、これ!」

お母さんは?とは、あの子は聞いてこなかった。
小さい頃に離婚して、それから3回引越しもしてる。それまでは前に話してたから。

肝心な所は、黙ったままだけど。

「どれどれ…へー、お父さんすごいそっくりだねぇ。」

「でしょ?髪の色も顔立ちもパパ譲りなの。」

私を男にして老けさせたらパパになる。それぐらい、私は極度のパパ似だった。
ママに似た所なんて、それこそ些細な体質ぐらいじゃないかな。


だからあの女は、殴りたくなるぐらい私の事が嫌いになったんだ。


248 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:54:57.13 ID:j4j5Io3UO
「次のニュースです。
××県の男子大学生殺害事件について、新たに凶器は近隣の住居から盗難されたものと判明しました。
また、被害者の拘束に使われた縄も、同じく近隣から盗まれたものと判明しています。

証拠品が多数残されておりますが、現状指紋などの犯人に繋がる有力な手掛かりは無く…。」

食堂のテレビでは、朝からあの件のニュースが流れていました。
個人的な感情自体は吹っ切れたけど…ジャーナリスト志望の悲しい性でしょうか、この手の事件自体は色々と分析してしまいます。

司法解剖の結果、死因そのものは首からの失血死。
喉に殴られた痕があり、声を潰された後に拘束され、拷問を受けた…あの辺りの住人自体はお年寄りが多くて、鉈やノコギリなんかがそのまま車庫に置いてあったりします。
気付かれずに盗むのは、その気になればとても簡単で。

艦娘をやるって事は、殺すのが仕事です。
特に人型の敵と戦う時は、必然的に人体が破壊されるのに近い光景を見る。
攻撃が近くの敵の喉を掠めた結果、凄まじい勢いで血が噴き出した事があります。
あの時は返り血で視界が塞がりかけて、かなり焦ったっけ。とてもじゃないけど、拭いただけじゃ落としきれなかった。

ニュースでは洞窟以外に血痕やルミノール反応は無く、足跡も消されてると…返り血を浴びないよう、後ろから手を回してトドメを刺した?
そうだとしたら、何か引っかかる…それらを見て思ったのは、犯人はまるで『人をどう殺したら何が起こるか』を、しっかり理解してるような印象で。

その後出演されたコメンテーターの方も、青葉と同じ疑問を抱いたようでした。
「解体の仕方や犯行の速さも含め、まるで経験があるような手口だ。」と。

249 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:56:50.35 ID:j4j5Io3UO
SNSを覗いてみると、同級生はやっぱりあの話で持ちきり。
そっちは地元ならではの、ニュースではやらないような情報が流れていたのです。

県境の一帯はアウトレットモールがあるからか、有名なナンパスポットだったそうですね。
それで殺害現場の洞窟は、所謂アオカンスポットだったようです。

攫われた形跡がないって事は、犯人は女の子?
いやいや、でも手馴れてて殺す動機もあるって…うーん、逆にわかんないなぁ。美人局的に誘き寄せた、複数犯かもしれないし。
それにいくら喉を殴ったって、素人が手早く捕縛術を仕掛けるなんて…。

青葉みたいな、ニュースやネットしかソースのない素人にさえこれだけ分析されるなんて、すぐ捕まりそうな気もしますけど。
もしかしてそれ自体、撹乱目的だったりして…まあ、こんな事考えてもしょうがないかぁ。

そんな事よりも、考えなきゃいけないのは今日の仕事と明日の事。
明日の朝には彼も帰ってくるし、今日も頑張らなきゃね。

…そう言えば、ガサも明日帰ってくるんだっけ。博物館以外、どこに行ってるんだろ?

250 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 03:59:52.47 ID:j4j5Io3UO
休暇の2日目、朝の9時。

事件の発覚は、当日の早朝だった。
女が朝食を摂りに入った現地の食堂は、報道されるよりも前にその話が入っていた。

「さっき県境で死体が出たんだってねぇ。」

「4丁目の田中さんが見付けちゃったみたいよ。あの人腰抜かして運ばれたらしいわ。」

「怖いわねぇ。」

パートの主婦達の会話もよそに、彼女は興味無さげに朝食を食べていた。

その内心は、誰も知る事は無かったが。


同日、14時。

女はとある家に辿り着くと、キーケースを取り出した。
鍵を開けると飾り気の無い玄関があり、何足か置かれた靴は全て男性のもの。

彼女は前日はスーパー銭湯で風呂と仮眠を取り、この日急行を乗り継いでやってきた。
宿やバスと言った、予約として本名の記載が必要な手段を避けるためだ。

家に入ると冷蔵庫を開け、彼女は何やら品定めをしている様子。
スマートフォンのメモ帳に書き込みをし、女は再びその家を後にした。

「おや、__ちゃんじゃないか。帰ってきたのかね。」

「佐藤のおじいちゃん!そうなの、休暇をもらったから。」

「それはそれは、ゆっくりしておいきよ。お父さんもきっと喜ぶよ。」

「うん!これからスーパーにお買い物行くの!久々に何か作ってあげようってね。」

そうして迷わずスーパーへ向かい、彼女は難無く買い物を済ませた。
何故ならこの町は、現在の実家がある町なのだから。

食材を冷蔵庫に入れ、かつての自室にあるクローゼットからジャージを取り出すと、それに袖を通す。
箒を手に庭に出てみると、落ち葉がかなり積もっていた。
それを掃いて山を作り、彼女は一度台所に戻る。おやつにしようと買っておいたサツマイモを、アルミホイルで包むためだ。
彼女はサツマイモをビニールに入れ、再び庭へと出た。

だがその手には、もう一つビニールが握られている。

251 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:01:32.33 ID:j4j5Io3UO
落ち葉を燃やし始めるも、少し火力が足りないのだろうか?
彼女はもう一つのビニールからあるものを取出し、それも火にくべた。燃やしたものは黒の古着であり、ようやく充分な火力となったようだ。
焼き芋の仕上がりを楽しみにしているのか、女は微笑みながらその炎を見つめていた。

火の始末も終え、焼き芋を食べ終えた女は、風呂の掃除を始める。
浴槽と床を擦り終え、シャワーで洗剤を洗い流す。この時だけ何故か、女は湯沸し器の設定を下げていた。
設定された温度は、36℃。人肌と同じもの。
その温度が手に触れた時、女は何かを思い出している様子だった。

風呂掃除を終え、女は今度は調理器具を取り出した。
試しに野菜を一かけ切ってみると、包丁の切れ味が気になる。砥石を出し、まずは包丁の手入れを始める事にしたようだ。
しゃこしゃこと無機質な音が台所に響き、仕上がった所で洗われた包丁がまな板に置かれた。

しっかりと研がれた包丁は、先程よりも幾分綺麗になっていた。
照明が反射し、刀身が鈍い輝きを放っている。

そのまま彼女が下拵えを終える頃、一台の車が車庫へと入った。
だが車の主は家の灯りが点いている事に気付くと、その場に5分程立ち尽くし、ようやく家の鍵を開ける。

その顔には、複雑な感情が浮かんでいた。

「あ!パパおかえりー!」

「あ、ああ。どうしたんだ急に?」

「有給溜めちゃったみたいでさ、それで休めって言われて帰って来たの。サプライズって奴!」

彼は女の父親だ。
久々に帰って来た一人娘が、料理をして待ってくれていた。
そんな愛する娘の甲斐甲斐しい姿に、確かに喜びの感情もある。

だが彼は娘を愛していたと同時に、ひどく恐れてもいた。
252 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:03:18.66 ID:j4j5Io3UO
「今日はキャベツあったし、豚が安かったの。カツにするから待ってて!」

そう屈託無く笑う娘が取り出したのは、豚のロース肉。
まな板に置かれたそれに、昨日自分が使った時よりギラつく包丁が入る。

ちぎれる音も無く、肉は一口大に切られていく。それは淡々とした日常の光景だった。
しかし最後の一欠片の肉が、娘の手で切られる時。


彼の目は、まな板に置かれた自身の首の幻を見た。



「…………っ!?」

「どうしたの?」

「い、いや、そう言えば会社に忘れ物をしたなって…明日ついでに取ってくればいいものだから、大丈夫だよ。」


カツも揚がり、仕上げられた料理が並ぶと夕食が始まる。
久々の娘の手料理は美味しく、ビールの味に1日の終わりを噛み締める。
何年か会う事も出来なかった時期もあり、娘が遠くで働く今も、彼にとってはこの時間は何より大切なものだった。
彼は何度も心の中で、「自分は幸せだ」と呟く。
何度も何度も、己に擦り込むように。

その日眠る前、携帯でニュースサイトを開くと、とある事件の見出しが複数躍っている。

『××県にてバラバラ死体発見。』

『__峠バラバラ殺人、遺体の身元は県内の男子大学生と確認。』

今夜は少し冷える。肩に震えを感じた彼は、早々に目を閉じた。
253 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:04:56.12 ID:j4j5Io3UO
その夜、彼は夢を見た。
夢には娘が出ていたが、まだ小4〜5程の年齢の時の姿だった。しかし彼の記憶の中に、その頃の娘の姿は殆ど無い。
唯一ある当時の記憶は、白い部屋でアクリル板越しに見た姿のみ。

夢の中の娘は、大事そうに籠を抱えていた。
ちらりと見えた中身は、溢れんばかりの黄色の花々。
娘がこちらに気付くと、笑みを浮かべて近付いてくる。


「パパ、見てよ!」


満面の笑みで、幼い姿の娘はそう籠を掲げた。
どんな花だろうと籠の中を覗くと…。

そこには黄色い花に囲まれた、元妻の生首があった。

「ひっ……!?」

狼狽し、一瞬娘から目を逸らす。その一瞬の間。
再びそちらを見ると、今度は今の姿となった娘が彼を見て笑っていた。

254 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:07:23.96 ID:j4j5Io3UO





「ねえ、パパ。


私を裏切ったら、こうなるよ?」






255 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:09:20.73 ID:j4j5Io3UO

「………。」

「あ、やっと起きた!ご飯冷めちゃうよ?」


目を覚ますと、娘が屈託の無い笑みで彼を見下ろしていた。

朝食の香りと朝の光が、乱れていた呼吸に平静を与える。
先程まで見ていた悪夢とは、真逆の光景がそこには広がっていた。

「ああ、ありがとう…少ししたら行くよ。」

「うん!待ってるね!」

あの子は『もう大丈夫』だ。今だってこうして良き娘でいてくれる。
何も怯えることなどないのだ。

そう己に言い聞かせるも、直後に胸の痛みを感じる。


“………あの時俺が、親権争いに負けなければ…。”


独立した今も、娘は自分を大切にしてくれる。
彼は変わらず良き父であろうとし、葛藤しながらも娘を大切に思っている。

だが、親子の間にあった数年の空白。
その間に壊れてしまったものと、生まれてしまったもの。

それはもう、二度と取り返す事は出来ないのであった。

256 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/16(木) 04:09:58.80 ID:j4j5Io3UO
今回はここまで。
257 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2017/11/27(月) 06:23:05.87 ID:3Y4cAnbMO
「叔父さん!聞きたい事あるの!」

「お、何かなぁ?」

「こういう文章のコツなんだけど…。」

「ああ、それならよ…。」


叔父さんは二つ隣の市に住んでいて、青葉が記者になりたいと思ったきっかけの人でした。
月に何度か話をしに行って、スカイプでもよく色々な事を訊いて。たくさんの事を彼から学んだものです。

叔父さんは元は東京で事件記者をしていたのですが、この頃には地元に帰ってローカル誌の記者になっていました。
彼の左腕には、大きな傷跡。
ある殺人事件の取材をしていた時、偶然警察よりも早く犯人を掴んでしまったらしくて。
そのせいで逆に狙われて、殺されかけた時のものだと言っていました。

青葉のノートには、彼から教わった事を箇条書きに纏めた項目があります。
PCやスマホのメモにも同じものを記録しているぐらい、いつでも見られるようにしていて。
そこに自分で感じた事も書き足して行くうちに、それはいつしか結構な量になっていました。

4年前を最後に、彼の言葉は増えなくなってしまいましたけど。

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