【デレマスホラー劇場】鷺沢文香「カカシの脳」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:14:05.45 ID:SpTO8pPk0
※オムニバス
※攻殻機動隊の微ネタバレ注意

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498119245
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:15:20.56 ID:SpTO8pPk0
午前2時。 

除霊師の松永涼と白坂小梅は、病院内の図書室にいた。

依頼主によれば、ここに凶悪な幽霊が現れるという。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:16:05.02 ID:SpTO8pPk0
「生前ストレス溜めてた、インテリ野郎か文学少女の霊だな」

涼がそう言って、2人が笑おうとした直後、

棚から本がざあーと落ちた。

涼が身構え、小梅は周囲を見渡した。

「…?
 
 …もういない…」

「アタシ達に恐れをなしたか」

“凶悪な幽霊”は、本棚を荒らしただけだった。

「国語の成績の低さを苦にして、自殺したやつの霊かもな」

2人は肩をすくめた。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:17:34.31 ID:SpTO8pPk0
しかし出現が短すぎる。

わかったのは、本に何かしらの悪意、もしくは執着が

あるということだけ。

涼は、落とされた本を拾った。

「J・D・サリンジャー、『ライ麦畑でつかまえて』か…」

涼には一生縁のなさそうなタイトルだ。

しかも原版で、全文章が英語である。

彼女が気紛れにページをめくると、

文章に青いラインが引いてあって、

さらに書き込みがまでしてあった。

「病院の備品に書き込みすんなよ…」

本を閉じ、元の位置に戻した。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:18:25.12 ID:SpTO8pPk0

小梅もまた別の棚で、本を戻そうとした。

「491…基礎医学…。

 492…臨床医学…。
 
  494…外科学…」

図書室の本には全てコードが振ってある。

それを見れば、本の位置が

大まかにつかめるようになっている。

手際よく整理していると、小梅は、

おや、と思った。

『493 内科学』の本は、しっかり棚に治ったままだ。

読む者が少ないせいか、それらは皆真新しかった。

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:19:53.77 ID:SpTO8pPk0
後日、2人は探偵の安斎都を病院に呼んだ。

幽霊の正体として考えられるのは、患者か、院内の職員。

しかし現在の手がかりはあまりに乏しく、

専門家の意見を聞く必要があった。

「“I thought what I'd do was,

 I'd pretend I was one of those deaf-mutes(or should I ?)”」

都が文章を読み上げた。

「幽霊は攻殻機動隊のファンだったんですかねえ」

「…神山監督の方の…」

日本で、『ライ麦畑で捕まえて』が持て囃されたのは、

日本語訳が出版された1964年、および2003年。

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が放送された頃だった。

書き込みは、作中の登場人物によるものと一致している。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:21:22.39 ID:SpTO8pPk0
「病院内のスタッフは、

 常識的に可能性は低いですね…霊の正体は、やはり患者でしょうか」

時代錯誤の探偵帽からはみだした、

赤みがかった栗毛を撫でながら、都は言った。

それから、『医学』の棚に移動して、

虫眼鏡で周辺を観察し始めた。

「うーん、小梅さんの言う通り、

 内科学の本だけ、“綺麗にされすぎて”ますね」

患者は自身の病気に対する理解を深めたり、

あるいは折り合いをつけるために、

難解な医学書に手をつけることがある。

とはいえ、ここはスタッフのみが入れる場所であるので、

患者が棚に手をつけることはない。

だとすれば、病院側に何かの意図があるようだ。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:22:08.95 ID:SpTO8pPk0
「小説は患者を示し、医学書は病院を示す…

 ひょっとして治療に関する抗議のつもりだったんでしょうか」

医学書は、小説一冊に対して、

ほぼ1つの列の本が落とされている。

たしかに、治療に対する不満のように見えなくもない。

「内科学の本に手をつけないのは、自身の病気だから…?」

都はそう推測した。

しかしそれにしても、本が綺麗だ。

まるで全て新品のようにさえ見える。

「ここの列だけ…比較的最近、入れ替えられている?」

「こっちの棚は

 落とされた本よりも、落ちなかった本にヒントがありそうだな」

 涼が都の肩を叩いた。


9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:22:47.65 ID:SpTO8pPk0
白坂小梅と松永涼が、病院側に報告をすると、

 落とされた本は清められた後、

 全て燃やされることになった。

 正常な反応だった。

 しかし、あまりにも手馴れすぎている。

「…私達の他に…除霊師を雇ったことある…?」

小梅の質問に、職員達は首を横に振った。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:27:12.93 ID:SpTO8pPk0
一方都は、漫画喫茶から病院内の

データベースにハッキングを仕掛けた。

まず調べたのは、図書館の資料の入れ替えについて。

老朽化したソフトを使っているのか、

過去に存在した資料のデータがそっくり残っていた。

2003年から、入れ替えのペースが異常に上がっている。

だが、その対象になっていたのは、『内科学』の分野だった。

幽霊が荒らすのは、その周囲の本。

なぜ内科学の資料が、中心に入れ替えられているのか?

都はさらに詳しく、資料について調べた。

そして気づいた。

『脳医学』に関するものが、前後でそっくり抜き取られている。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:28:08.35 ID:SpTO8pPk0
都は次に、患者のデータを調べた。

対象は、2002~2003年にかけて、

“脳や認知に関する病気”を患っていた人間だ。

認知症…脳腫瘍…脳梗塞…どれもありふれた病気。

だがその中で、際立つ症例があった。

インフルエンザ脳症。

これに罹患していた患者は、

“全員が”本来別の病気や怪我で入院している。

その患者の情報をさらに調べると、

ある女性にたどり着いた。

鷺沢文香。

彼女は、貸し出し記録に名前が多く残っていた。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:28:58.99 ID:SpTO8pPk0
3人は、鷺沢文香についての調査を院内で始めた。

「すごく本が好きな女の子で、

 ちょっと暗いところがあった。

 でも良い子だった。」

月並みな表現。

患者に対して深入りしない姿勢を示しているのか。

だが、口裏を合わせたように同じことを

話すのは奇妙だった。

人が変われば、彼女に対する印象や、

話すエピソードに多様さがあるはず。

鷺沢文香の霊が図書室に留まるということは、

それだけ強い念が病院側に残されているということだ。

だというのに、担当であった医師や看護婦が、

そうでないスタッフと

全く同じ言葉を連ねるのは、極めて怪しかった。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:30:30.90 ID:SpTO8pPk0
3人は文香の友人を装って、彼女の実家を訪ねた。

彼女の母親は、快く迎え入れてくれた。



「あの子、本を読みながら歩いていたら、

 階段を踏み外して足を骨折したんです」

 文香の母親が本当に懐かしそうに、語った。

 文香の部屋は、彼女が生きていた頃と全く同じ状態だという。

 そこを見せてもらうと、やはりというべきか、

 大量の本に埋め尽くされていた。

 どこで寝て、勉強していたのかわからないくらいだった。

「文香さんは、アニメもよく観ていましたか?」

 都がそうたずねると、母親は頷いた。

 文学作品の映像化などは、特に好んでいたという。

「病院でも、他の患者さん達と一緒に

 観ていたと聞きました。

 人見知りする子だから不安だったけれど…」

 母親は涙ぐんだ。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:31:33.74 ID:SpTO8pPk0
 それを無視して、3人は部屋を見渡した。

 アニメのビデオやDVDが、

 本棚の一画にこっそり佇んでいた。

 その中に、攻殻機動隊はなかった。

 そして、病院内の視聴覚室にもなかった。

 本の虫である文香が、文章に線を引くほどだとしたら、

 録画用の情報媒体が残っていないのは不自然。

 病院が何かを隠していると、3人は確信した。

「文香さんは、

 入院中なにか変わったとこがあったとか、

 話されていませんでしたか?」

 化けの皮のはがれた都が、まだ目の赤い母親に尋ねた。

「いいえ、病院では何も…

 お医者様も看護婦の方も、

 とても良くしてくださったと聞いています。

 ただ……食事についてはちょっと不満があったみたい」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:33:22.49 ID:SpTO8pPk0
 「食い意地で悪霊になったのは、こいつが初めてかもな」

 改めて3人、病院内の献立記録について調べた。

 無論、今回もハッキングによるものである。

 するとインフルエンザ脳症の患者達は、発症直前に

 皆同じもの食べていることが明らかになった。

 それは、まったく当たり前のように思われた。

 だが3人は、すぐに異常を察した。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:33:56.73 ID:SpTO8pPk0
 インフルエンザ脳症の患者達が食べたのは、

 プリオンの混入が疑われる、牛肉料理であった。



 都は震える手で、患者達の治療記録をスクロールした。

 ワクチン投与。効果なし。死亡。

 その文字が、無慈悲に続いていた。

 「都…プリオンのワクチンが日本で開発され始めたのは、
 
  いつだった?」

  涼が身体中に冷や汗を浮かべながら、言った。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:34:42.54 ID:SpTO8pPk0
 日本がプリオンについて対処を始めたのは、

 2000年代に始まったBSE問題の時からだ。

 BSE(牛海綿状脳症)の感染が疑われる牛が、千葉で発見され、

 日本中が恐怖の渦に堕ちた。

 だが、今の3人が見ているのは、

 それよりももっと深く、暗い闇だった。

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/06/22(木) 17:35:51.65 ID:SpTO8pPk0
 「BSEも、クロイツフェルト・ヤコブ病も…

  インフルエンザ脳症より…進行は…遅い。
 
  つまり…あの子は…」
 
  患者達は、認可されていないワクチンによる

  急性ショックで死亡した可能性がある。

 “I thought what I'd do was,

 I'd pretend I was one of those deaf-mutes ( or should I) ?”.

 その言葉が3人に、重くのしかかってきた。

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