【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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1 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 13:39:06.83 ID:iCe2g1Pi0
*初投稿です
*仮面ライダークウガとデレマスのクロスSS
*仮面ライダークウガの比重が強い
*暴力的、残酷な描写あり
*小説版仮面ライダークウガの内容ネタバレ多数
*小説版仮面ライダークウガからの引用もあり
*作者はMASKED RIDER KUUGAの方の小説は読んでません
*クウガはほとんど出ません
*地の文メイン
*デレマスの設定改変あり
*展開的に765の方が良かったかも……
*2017年の春のお話です


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498970346
2 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:40:10.82 ID:iCe2g1Pi0
序章「歌声」
3 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:41:00.94 ID:iCe2g1Pi0
ーー歌が……聞こえる。
青空のように透き通る、綺麗な歌声が。
その歌声が身体を包み込み、夢幻と精神を隔て、意識を現実へと救い上げて来た。

「……ん……ふわぁ……ん、ん〜」

口を大きく開け、間抜けな欠伸、それに遅れて寝起きの緩慢な動作で彼は腕を青一色の空のキャンパスへと伸ばす。
公園の固いベンチで横になっていたために凝り固まった身体から、ポキポキという小気味良い音が響いた。

「あ〜……良く寝たぁ」

身体を解す一環で首を後ろに反らして空を見上げれば、そこには、空の頂点までの登山を始めたばかりの太陽と、見渡す限りの青空が広がっていた。
その空に僅かに残る、大海原の中にポツンと浮かぶ小島のような雲を見上げながら彼は腹部を撫でる。
感触はないが、そこにはこの13年を共に過ごした物が残っているのが彼にはなんとなく理解出来た。
少しずつ感覚がなくなっていき、ほんの数日前にまた輝きを取り戻したその『力』は、穏やかに、だが確かにその存在を主張していた。
4 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:42:29.91 ID:iCe2g1Pi0
そんなことを漠然と感じていると、意識が覚醒するにつれ、夢と現実の橋渡しをした歌声が、今もまだ耳に届いていることに彼は気がついた。

「よっこいしょういち!っと」

彼の年齢を鑑みても多少古めかしいかけ声と共にベンチから立ち上がると、気の向くままに、歌声のする方へと歩いて行く。

「〜♪」
「おっ?」

公共の場で歌を歌える場所といえば公園ぐらいしかなく、元々、彼が寝ていた公園もそれほど広くはなかったので、声の主は案外近くにおり、簡単に見つけることが出来た。
夏とはいえ朝は少し肌寒い、その比較的涼しい冷気により透き通る空気の中で、一人の少女が気持ち良さそうに歌っていた。
いや、歌うだけではなく、自分の歌に合わせて楽しそうにステップも踏んでいる。
少女の楽しそうな笑顔につられて、彼も表情筋を緩めた。
そして、リズムをとるように彼は歌に合わせて手拍子をしてみせた。

「っ!」

少女は手拍子に驚いたのか歌うのをやめ、周囲を見回した。
たった一人の観客に気づいた少女は彼の方を向いて目を丸くした。
彼は少し困って後頭部を右手で少し掻く。

手拍子は邪魔だったかな?

そう思案し、少女に向けて謝罪の言葉をかけようとした時、少女は顔を綻ばせた。
どういうことか理解出来ずに小首を傾げた彼に向かって、少女はそれが当たり前であるかのように、また歌い、踊り始めた。
すぐに彼は、この少女が自分に歌と踊りを披露してくれていることに気づき、手拍子を再開した。
5 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:43:37.14 ID:iCe2g1Pi0
二人分の笑顔が咲き誇る、出演者一人、観客一人の小さな小さなライブが、ある夏の日の早朝の公園で行われた。
歌と踊りを披露し終えた出演者に払われたお代はほんの些細な物。

「もう最っ高!」

観客の心からの笑顔と、慣れた動作で行われたサムズアップ、そのたった二つだけ。
そのお代を受け取り、少女もまた、彼と同じように笑顔になった。

ーーこれから語られるのは、彼……五代雄介、又の名を未確認生命体第二号、兼未確認生命体第四号、兼超古代の戦士クウガと、とある少女の出会いから始まった、大きな流れと、それに巻き込まれた一人の刑事の物語である。
6 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:44:05.77 ID:iCe2g1Pi0
第一章「異変」
7 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:44:38.95 ID:iCe2g1Pi0
薄桃色の花が青い空を背景にして堂々と咲き誇っていた。
一枚の絵画として描かれそうな美しい光景に、春先であるというのに厚手のコートを羽織った凛々しい顔立ちの男、一条薫は心奪われていた。

ああ、綺麗な空だ。
この空は一人で見るには惜しいぞ、五代。
後何日、何ヵ月、何年経てば、お前と共にこの空を見られるんだ……
…………五代。

どこにいるとも知れぬ友人の顔を青空の向こうに幻視した一条の意識は、17年前へと潜って行く。
8 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:45:35.60 ID:iCe2g1Pi0
西暦2000年1月29日、長野県上伊那郡の山間にある九郎ヶ岳遺跡を調査していた夏目幸吉教授(当時46歳)率いる信濃大学文学部史学科考古学研究室の調査団5名が全員遺体で発見された。
その翌日、その事故の調査のために長野県警警備部に配属されていた一条は九郎ヶ岳遺跡を訪れ、その男と出会った。

「遅れて申し訳ありません!も、すぐに作業に取りかかります!」

図々しくも警察のふりをして調査に紛れ込もうとしたのが、五代雄介だった。
当然の如く雄介の目論見が成功することはなく、すぐさま一条に取り押さえられた。
雄介は、彼の友人である当時城南大学の考古学研究室の大学院生、現准教授の沢渡桜子が九郎ヶ岳遺跡の古代文字を解読し、その中に死の警告の文字を見つけたことから彼女に代わって雄介が現状を知りに来たらしい。
なら君も調査団の関係者なのか?と問う一条に向けて、五代雄介は。

「いいえ、ただの通りすがりで、こういう者です」

と言って名刺らしきものを手渡して来た。
『夢を追う男』『1999の技を持つ男』などと左右に書かれ、中心に大きく『五代雄介』とあり、名刺の右隅にはふざけた『サムズアップ君』的なイラストが描かれていた。
死亡事故の調査という状況の中で、あまりにも間抜けな雄介の姿は明らかに不審者であり、一条は雄介を不快に思いながら署に連行しようとした。
それを理解した雄介は突然大声を出して警官たちの気を逸らし、隙を突いて遺跡の入り口へ走るという暴挙に出た。
それをある程度読んでいた一条はそれを制すも、雄介は「やるね〜、刑事さん!」の一言と笑顔とサムズアップで済ませた。
正直なところ、一条の雄介への第一印象は悪く、おそらくプライベートで会っていたとしても馬が合わないだろうと思っていた。
振り返るたび、一条は思う。
まさかそんな奴とそれからおよそ一年間、ともに戦うことになろうとは。
あいつの笑顔の印象が、こんなにも変わるとは。
時には癒され、時には切なさを共有した。
気がつけば、自分の中で大きな位置を占める存在になっていた。
いつのまにか、あいつの笑顔に憧れていた。
9 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:46:37.85 ID:iCe2g1Pi0
「一条さ〜ん」

彼を呼ぶ声で、一条は現実へと引き戻される。
まだ若干呆けている彼の元へショートカットの小さな女性が歩み寄った。

「夏目くん」
「どうしたんですか一条さん?
調査の途中に余所見なんてらしくないですよ?」
「それは……すまない、桜があまりにも綺麗でつい……な」

それは警察の中で囁かれる一条薫の像とはかけ離れた行動だった。
警察学校では過去から現在まで全ての科目で彼の記録が塗り替えられることはなく、銃の腕前は針の穴を通すと言っても過言ではないほど。
妥協というものを嫌い、中途半端はしない。
欠点と言ったら、携帯電話をマナーモードにするために四苦八苦するほど機械に疎いことと、世間の流行り廃れなどの娯楽文化に全くと言っていいほど無関心であることぐらいだというのが、警察各位による一条薫という刑事の評価である。
そして、その評価は概ね外れてはいない。
違う点があるとすれば。

「また、五代さんですか?」
「いや、その……すまない」

今回の桜の件のように、時折雄介のことが頭に浮かぶと少しの間記憶の海に浸り、ぼーっとすることがこの頃増えたことぐらいだろう。

「あ、気にしないでください!攻めているわけではないですから!」
「と、言われてもな……聞き込みはどうなっている?」
「バッチリです!」

と女性、夏目実加は得意気にサムズアップをする。
10 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:47:30.24 ID:iCe2g1Pi0
彼女、夏目実加は年齢は一回り近く離れているものの、一条の頼もしいパートナーだ。
通常の捜査はもちろんのこと、世間の流行り廃れ、SNSなどに疎い一条を補うかのようにネットワークにも強く、柔軟な思考力と優れた発想力で一条をサポートする優秀な女刑事である。
彼女は九郎ヶ岳遺跡の件で亡くなった夏目幸吉教授の一人娘であり、彼女と一条は九郎ヶ岳遺跡の件から始まった大きな事件を通して知り合い、その際に一条に憧れて実加はこの道を選んだ。
しかしそんな彼女にも弱点、というかコンプレックスがある。

「流石だな。
……ところで、その左手に持つ干し柿はどうしたんだ?」
「えっと……ご年配の方々に孫のように可愛がられてしまって……いります?」
「……ふっ、一つ貰おうかな」

今年で31歳だというのに低身長と童顔のために威厳や貫禄が全くないことが実加の悩みであった。
そのことを言えばもう40の大台に乗った一条も年齢を感じさせない程に若いという童顔コンビである。
11 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:48:17.80 ID:iCe2g1Pi0
「それで、結果はどうだ?」

実加の手から干し柿を一つ受け取りながら一条が問う。
一条の問いを受けて実加は手帳を開きながら答える。

「……おそらく、あの情報は真実だと思われます。
多数の目撃者の証言もありますので、信憑性はかなり高いです」
「そう……か……」

この一ヶ月、市民が猛獣に襲われるという事件が多発していた。
死者2名、重傷者3名の身体にはいずれも大型の獣の爪痕が残されていることから野性動物の仕業だと判断されていたその事件は、数日前に急転直下の展開を見せた。
それは事件のものと推測される写真がSNSに投稿されたことに端を発する。
そこに写っていたのは、猛獣ではなく。

「……再び、いや三度(みたび)動き出したのか、未確認が」
「………………」

信じたくない現実を突きつけられた一条は再び天を見上げた。
実加はそんな一条を不安げな表情で見つめていた。
青空を彩る太陽が、雲に隠れようとしていた。
12 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:48:55.50 ID:iCe2g1Pi0
17年前の九郎ヶ岳遺跡での死亡事故は後に、未確認生命体第零号によって引き起こされたものだったと判明した。
未確認生命体と広く呼称される彼らは、グロンギ族という超古代人類の一種族であり、人間とほぼ同一の存在だが、殺戮をゲームとして楽しむ好戦的な種族だ。
体内に宿した霊石の力により、特定の動植物の能力を持つ怪人体に変化することができ、その状態を警察が未確認生命体と呼称し、目撃順にナンバリングするという原則から、第一号より遅れて調査団の記録映像から存在が確認された未確認生命体を便宜上第零号とした。
後に第零号はグロンギ族の頂点に立つ者であり、超古代の人類が九郎ヶ岳遺跡に封印していたのだということが判明した。
だが、調査団の発掘がその第零号の封印を解いてしまったことで、現代にグロンギが蘇ってしまった。
未確認生命体に現代の銃火器はほとんど通用しなかった。
そんな中、ある一人の男が、日本人の直系の先祖である人類、リントが残したベルトを身に付け、霊石の加護を受けてグロンギと戦った。
その男こそ五代雄介、人々の笑顔を第一に考え、争いを最も嫌う冒険野郎だ。
人々を笑顔にするために1999の技を身に付けていた彼は、2000番目の技として、超古代の戦士、クウガに変身する力をベルトから受け取り、彼自身が最も忌避する暴力で、心と身体を痛めながらグロンギと戦い続けた。
警察も彼に協力し、五代と一条、警察の連携により、次第に過酷なものになった戦いをどうにか乗り越え、遂にクウガ、五代雄介は第零号との最終決戦の時を迎えた。
霊石、アマダムの力に飲み込まれ、戦うだけの生物兵器に成り下がる恐怖とも戦いながら、五代はたった一人で第零号との戦いに赴いた。
究極の闇、黒いクウガに変身した五代の、たった一ヶ所だけ黒く染まらなかった真っ赤な瞳が、一条の記憶に焼き付いていた。
その時に、人間と未確認生命体との戦いは終結した……筈だった。
13 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:51:56.38 ID:iCe2g1Pi0
しかし、西暦2013年、実に13年ぶりにグロンギによる殺戮ゲームが行われた。
それは、九郎ヶ岳遺跡とは別の小さな遺跡から復活したグロンギによるものだった。
だが、その4年前の事件も警察の尽力、そして…………第零号の戦いの後から行方不明になっていた五代雄介の、クウガの協力によって終止符が打たれた。
ただし、4年前の事件でも夥しい量の死者が出たのだが、それが未確認生命体関連の物だという発表は一般人にはされず、飛行機事故と薬物による集団催眠事件と虚偽の発表がされた。
未確認生命体が人間の生活に溶け込んでいた事実、活動を止めた未確認生命体が再び動いていたという事実は、事件は既に沈静化されていても尚、市民への影響が大きい。
さらに、未確認生命体の内の一体が政治家だったとなれば、全てを包み隠さず発表した時の混乱は計り知れなかった。
何より、そこで4年前の未確認生命体の事件は全てが終わったのだ。
終わった事件の余波により市民に必要ない恐怖を与えることは国として得策とは言い難かった。
そのため、公式として未確認生命体のことを発表することは警察上層部、並びに国家から禁止されたのだ。
無論、市民の中には未確認生命体の仕業だと疑う声もあり、未確認生命体の物と思われる写真の投稿も多かったが、公式で何の発表もされなかったので、4年の月日の中でゆっくりと沈静化していった。
14 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:52:29.47 ID:iCe2g1Pi0
閑話休題。
15 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:53:42.81 ID:iCe2g1Pi0
4年前の事件が解決してすぐにまた雄介は旅立ち、4年間一条は……雄介を知る者は皆、雄介と会えていない。
一条が雄介のことを必要以上に気にかけるようになったのは、第零号との戦いの後に生死不明となっていた雄介が生きており、意図的な理由があって一条と会うことを避けているからである。
そして現在、雄介の心に、一条の心に、人類の心に大きな傷痕を残した未確認生命体が、4年の沈黙を破り人類の前に姿を表した。
SNSに投稿された写真に写っていたのは、猛獣ではなく、人型の化け物だった。
推定身長170cm台後半の化け物は、人の形をしていながら、その肌は黒く、腕から肩にかけて茶色い毛が生えており、その拳からは巨大な鉤爪が飛び出していた。
その顔はどこか熊を思わせる造詣をしていた。

「ま、まだ未確認(マルエム)の仕業と決まったわけではありません!」

少しでも希望を一条に与えるためか、実加は僅かな可能性を絞り出す。
ちなみに、マルエムとは未確認生命体の警察での専門用語である。
他にも、警察ではマルヒ(被害者)、マルガイ(加害者)などの専門用語を使うことがよくあるのだ。

「み、未確認を装い、特殊メイクを施した一般人の可能性も……」
「……夏目くん」

一条は視線を実加へと戻した。
その瞳は、雄介を思う時よりも、同僚が未確認に殺された時よりも悲しげであることに、まだ一条と行動を共にして比較的日の浅い実加にはわからなかった。

「は、はい」
「それが一番あってはならないことなんだ」

一条の視界に、実加はもうすでに映ってはいなかった。
16 : ◆ZfqRKaJB86 [sage saga]:2017/07/02(日) 13:55:20.86 ID:iCe2g1Pi0
一条は自らの記憶を通して、一人の女性を見つめていた。
未確認生命体には、人間の姿がある。
警察ではその人間形態の姿を、B1号、B2号というように、Bの次に番号をつけて識別している。
そして、未確認生命体の中に、未確認生命体本来の番号を持たず、人間形態の番号しか持たない女が一人だけいる。
それが、バラのタトゥの女、未確認生命体B1号である。
B1号は直接ゲームに直接参加はせず、つねにほかの仲間たちを監視するような立場で、時に制裁を加えることもあった。
未確認生命体の中で最も人間らしい……いや、人間のことを理解していたB1号は17年前、何度も一条の前にその姿を表した。
そして、銃で攻撃する一条たちを見て、B1号は日本語でこう言った。

「リントは変わったな」

更に、最終的に、人間は自分たちと等しくなったと言った。
殺戮をゲームとして行うグロンギと同じ存在になったと人間のことを評したのだ。
17 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:57:00.74 ID:iCe2g1Pi0
人間が人間を殺害する事件を何度も経験し、快楽殺人などというふざけた事件も長い警察人生で体験してきた一条は、人間とグロンギの本質的な違いを探し求めていた。

「……周囲に設置してある防犯カメラに何か映っていないか探ろう」
「は、はい!では私はこことこの通りを……」
「しらみ潰しになる、手伝える人がいないか連絡もしてくれないか?」
「わかりました。
あ、帰ったら掲示板等も調べてみますね」
「ありがとう、助かる」

どこか言い知れぬ違和感のようなものを感じながら、一条は丸一日未確認の痕跡を探し求めたが、それらしい物を見つけることは出来なかった。
18 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:57:54.57 ID:iCe2g1Pi0
数日後、一条は同僚の先輩刑事である杉田守道に飲みに呼び出された。
杉田は17年前に共に未確認と戦った仲であり、未確認生命体第二号並びに第四号の正体が五代雄介であることを知る数少ない人物である。

「ここだ、ここ」
「ここですか」

住宅街の中にひっそりと、民家を改造して作ったのであろう小さな居酒屋が建っていた。
はしご酒を好み、最後にはマニアックな雰囲気がする店へと足を運んでいた杉田も50半ばともなれば変わるもので、娘に耳にタコが出来るほどにアルコール周りの忠告をされている杉田は、最近は専らこのような店で杯を傾けているのだった。
19 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 13:59:01.14 ID:iCe2g1Pi0
店の内装は民家を改造しただけなのでこじんまりとしていて、カウンターを過ぎた奥に小さな個室が二つ並んでいた。
その個室の片方を占領すると、とりあえずはビールで乾杯し、早々に杉田は焼酎の水割り、一条は純米大吟醸の獺祭に切り替える。

「最近、娘が一週間に飲む酒の種類やら量やらの指定までしてきてうるせぇんだ」
「そんなに健康診断の結果がよろしくなかったんですか?」
「いや、良好……だが娘がそれは私の手柄だと思ってんのか更に管理しようとしてきてんだよ」
「はぁ……それは……お気の毒に……」
「そっちはどうだ?彼女にうるさく言われないのか?」
「10年以上前からそういうことを言われてますが、未だにそういう相手は居ませんよ」
「夏目はどうなんだ?」
「………………」

またこういう話になるのか、と一条は本人も気づかない内に若干眉間にシワを寄せて辟易していた。
一回り近く年の離れた実加のことを、一条の周りの人間はことごとく一条の彼女と認定していた。
確かに4年前、一条の相棒になった最初の頃にアプローチを受けたことはあった。
が、それ以上はなく、それからは何事もなく共に事件や事故の調査を続けてきただけだ。
……と、一条は思っていたが、細かなアプローチは一条が意識しなかっただけでまだ続いていることを一条は知らなかった。

「彼女とはそういう関係ではありませんよ」
「そうか?……相変わらず寂しいヤツだな。
おふくろさんには言われないのか?『早く結婚してくれ』って」
「実は……その……」
「ふっ……まあ当たり前か」

勿論一条も交際や結婚のことに興味や憧れが無いわけではない。
だが、警察官であった父が母と自分を残して殉職したことが記憶に残り、一条自身も相手の女性を悲しませてしまうのではないかという懸念から、真剣に誰かを愛することが出来ず、そんな中途半端な気持ちで付き合うことが一条には許せないために、未だに浮いた話は無かった。
そのせいで一条への片想いに悩んだ女性も多い、その上大概の場合において本人は無自覚なのだから尚更たちが悪い。
20 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:00:00.17 ID:iCe2g1Pi0
一条の恋愛話の後も二、三の話題を話しながら杉田はグラスを空けていく。
そのペースが明らかに早い。
酔うために飲んでいるようなペースで様々な銘柄の焼酎水割を頼んでいる。
その様に既視感を感じた一条は酒のペースを緩め、その時を待つことにした。
酔った勢いでもないと話せないような事があるのだと理解したからだ。
このようなことは前にもあった……4年前、再び未確認生命体が現れた時のことだった。
二人だけの飲み会も終盤になり、トイレから帰ってきた杉田は重々しく口を開いた。

「……最近話題になってる眠り病、知ってるよな?」
「ええ、日本各地で眠ったまま起きない原因不明の患者が増えている件ですよね?」

数ヶ月前、東京都で眠ったまま起きなくなる奇病が報告された。
突如流行し、東京都だけで数千人の被害を出したその奇病は、アフリカのある地域特有の風土病である眠り病ではないかと言われ、大変な騒ぎになった。
だが、医師たちが出した見解は、これはアフリカの眠り病とは異なる病であるということだった。
本来ならハエを媒介として寄生虫により流行る眠り病だが、患者たちに虫刺されの痕跡が無く、寄生虫も発見されなかったことが医師たちの見解の決め手であった。
感染経路、治療法不明のその恐ろしい病は、東京都のみならず、鹿児島、大阪、宮城、北海道、千葉などの都市を中心にその猛威を奮い、現在では数万人が寝たきりとなっていた。
しかし不思議なことに、患者たちは眠るだけで症状が進行することはなかった。
もちろん代謝等はしているので点滴などは必要となるものの、それ以上の事態にはならず、発見が手遅れな程に遅れてしまったために栄養失調で死んでしまったごく少数の例を除き、未だに病状の進行による死者数が0という謎の病気だった。
21 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:00:57.18 ID:iCe2g1Pi0
「一時期はバイオテロだの何だの言われて騒がれていたそれだ」
「その眠り病がどうかしたんですか?」
「……それが、未確認生命体の仕業かも知れねぇんだ」
「なっ!?」
「確証はない、だが、この眠りは人為的なものである可能性が出てきた……その上、都内での未確認生命体のものと思われる事件だ……直感だが、また動き出したとしか思えねぇ」
「……人為的なものである可能性、とは?」
「これだ」

そう言って杉田が差し出して来たのは小さな手帳だった。
一条が手帳を開くと、その1ページ目には日付と場所が箇条書きにされていた。

「……これは?」
「とあるアイドル事務所がライブツアーっていうのをやってな、日本中の色んな場所を転々としながらライブをしたんだよ……んで、その場所がな」
「鹿児島……大阪……宮城……北海道……千葉……これって!」
「そう、東京都以外は眠り病が流行った場所と一致してるんだよ。
だが例外の東京都はその事務所がある場所だからな、一番の被害になるのも納得しちまえる。
それだけならまだなんとか偶然の一致で済ませられるんだが……次のページを見たら……な……」

一条が手帳のページを捲ると、次のページには一人の男の情報が纏められていた。
どうやら眠り病の患者らしい彼は、大阪公演のライブを見に行っていたらしい。
次のページには一人の女性の情報が載せられていた。
そして、その女性もやはりツアーライブのある一回を見に行っていたらしい。
その次のページにも、その次のページにも……

「もしや、眠り病患者全員が……」
「いや、例外もあった……だが、眠り病になっちまったヤツの中に不自然な程ライブを見に行ったヤツが多いことは確かだ」
22 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:01:43.06 ID:iCe2g1Pi0
アイドルが未確認生命体関連の事件に絡んでくるという状況で、一条の脳裏には一人の人物が浮かんだ。

「……伽部凜」
「……やっぱ、思い出しちまうよな」

伽部凜(とぎべ りん)、それは4年前にゲームを行った未確認生命体の、人間としての名前である。
彼女はアイドルとして活動をし、未確認生命体としての顔を隠して、偽物の笑顔を顔に張り付けていた。
そして、彼女のコンサートで3万超の人間を一度に皆殺しにする瞬間を心待ちにしていたのだ。
伽部凜……Rin伽部……リントギベ、それは、グロンギの言葉でリント(人間)死ねという意味を持つ。
未遂に防がれ、表沙汰になっていない事件だが、一条の脳裏にはしっかりと伽部凜の偽物の笑顔が張り付いていた。

「……そこのプロダクションでもうすぐまたライブをするらしい。
しかも、今回は少し事情が違う」
「何かあったんですか?」
「そのプロダクションの掲示板に書き込みがあった。
今回のライブで裁きを下すだの何だのといったよくある頭のおかしいファンの書き込みらしいが、未確認生命体の話が出てくりゃ話が変わる」
「その時に事を起こす気なんでしょうね……」
「未確認の件を知ってか知らずか、書き込みを心配して事務所から警察に依頼も来た。
お前と実加には明日その事務所に行ってもらう」
「わかりました……それで、その事務所とは?」
「……一時期、『眠り姫』とかいう歌を歌ってるせいで765プロの如月千早が疑われたが、どうやら違ったようでな……CG(シンデレラガールズ)プロダクションだ」
「シンデレラ……ガールズ」

おとぎ話の主人公をなぞらえたその名が、一条には何故か、不吉なものに感じられた。
23 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:09:04.63 ID:iCe2g1Pi0
第二章「少女」
24 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:10:02.32 ID:iCe2g1Pi0
都内某所にひっそりと佇む、周囲のビル群から見れば小さな3階立てのビルの二階と三階がCGプロの事務所だった。
白い雲がいくつも浮かぶ青い空をバックにした事務所を見上げる一条の脳内を占めるのは、やはり4年前の伽部凜の事件だった。

ここにもいるのだろうか?
人間の仕草を真似、正体を隠し、人間の中に紛れ込む未確認生命体が。
……偽物の笑顔を張り付けて人間を騙し、心の中でほくそ笑む未確認生命体が。

思案し、一条は軽く首を振る。
一条がアイドルに対して良い印象を持っていないのは事実ではあったが、だからといって今回は伽部凜の時のようにこの人物が未確認生命体であるという推察は一切無いのだ。
そんな状況で真実を見極める目を曇らせないために、一条は過去を振り切ろうと努力し、ビルの中へ実加を連れて入っていった。
一階奥の階段を上り、二階のCGとガムテープですりガラスに書かれているドアにノックを一つ。

「すいません、警察の者ですが、掲示板の脅迫の件で伺いました」
「はい、少々お待ちを」

事務所の扉を開き、一条らを迎え入れたのは肩までかかる長い茶髪を太い三つ編みで一つにまとめた、黄緑色のスーツに身を包んだ綺麗な女性だった。

「お待ちしておりました、事務員の千川です」
「警視庁の一条です」
「同じく、警視庁の夏目です」

千川と名乗り、頭を下げた女性に対して一条と実加は警察手帳を見せながら軽く礼をして答える。
25 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:10:54.09 ID:iCe2g1Pi0

「詳しくはプロデューサーさんが伺いますので、申し訳ありませんが、少々お待ちしていただけますか?」
「構いませんが、その方は、今どこに?」
「弊社のアイドルの仕事の付き添いに……」
「…………?あの、それはマネージャーの仕事では……?」
「人気が出てきたとはいえ、何分小さな事務所でしで、アイドル一人一人にマネージャーを雇う余裕が無いもので……私とプロデューサーさんがアイドルの送迎その他マネージャー業を兼任しながら何とか回している状況です……」
「そ、それは大変ですね……」

CGプロに出向くと決まってからの短い時間で、一条と実加はきちんと下調べをしていた。
事務所としての実績、社員、所属アイドル、そのアイドル個々の経歴、アイドルのファンクラブその他様々なことを調べ上げ、事務員の数が少ない事は疑問に思っており、詳しく聞こうとしていたとはいえ、二人で切り盛りしていたことは予想外であった。

「どうぞ、お掛け下さい。
お茶を用意してきます」
「お構い無く」

テーブルを挟んで対面した2つの2人がけソファに座るように促され、一条と実加は片方のソファに並んで座り、形式的に一条が給湯室に向かう千川に声をかける。
ほどなくしてお茶とお茶請けをお盆に乗せて戻ってきた千川に軽く礼を言うと熱い緑茶を一口啜る。
そうして一息ついてから一条は千川に向き直った。

「千川さん、プロデューサーさんが帰って来られるまで、少々お話を伺ってもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「今回のような書き込みは前にも?」
「いえ、批判等はありましたが、危害を加える旨を全面に押し出しているものはありませんでした……」
「批判とは?」
「大したものではないですよ、ライブのここがダメだとか、このアイドルが気に入らないといったよくある類いのものです」
「そうですか……書き込みをされる原因に何か心当たりは?……ここ最近で何か変わったことがあった、とか」
「それが全く……」
「そうですか……」

それとなく異変がないか聞いてみたが、少なくとも千川さんは何も知らないようだと一条は判断した。

「え、え〜っと……あ!ウチのアイドルのライブ映像でも見ますか?」

簡単な質問も終わり、訪れた沈黙に耐えかねたように千川が提案してきた。
26 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:15:23.42 ID:iCe2g1Pi0
娯楽文化に疎い一条にとってそれは別世界の映像だった。
ステージで歌い、舞い踊るアイドルたちはもちろん、観客の異様なまでの一体感に、一条は完全に圧倒されていた。
驚きや好奇心等が混ざった複雑な表情でライブ映像を流すTV画面を見つめていた一条の耳に事務所の扉が開く音が聞こえて来た。

「ただいま戻りました〜」

入り口を見ると、シワ一つないスーツとは裏腹に、どことなくくたびれた印象を受ける、黒縁眼鏡をつけた短髪の男性がいた。
おそらく彼がプロデューサーなのだろうと一条は推測した。

「遅いですよ!警察の方がもういらっしゃってます!」
「本当ですか!?あ、すいませんお待たせして」
「いえ、お気になさらず」
「待ち時間でライブの映像も見れたので、結果オーライです!」

果たしてそれでいいのだろうかと一条は実加の返答に疑問を抱くと共に、プロデューサーの後ろが騒がしいことに気がついた。

「けーさつ!?けーさつの人が来てるの!?」
「ふわぁ……ぷろでゅーさー、逮捕されるのぉ……?」
「大丈夫よ、そんな案件があったら私がもう逮捕してるわ」

見れば小学生ほどの背丈の子供が二人に小柄な女性が一人、事前に調査していた情報からして、子供の活発そうな方が9歳の小学生アイドル、龍崎薫で、もう片方の眠そうな方が11歳の同じく小学生アイドル遊佐こずえ、そして小柄な女性は元同僚……ではあるものの課の違いから面識は無い元警察官アイドル片桐早苗であることを一条は確認した。

「あっ!早苗さん」
「えっ!実加ちゃん!?」

だが、意外にも実加と早苗には面識があったようだ。
27 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:18:35.55 ID:iCe2g1Pi0
「知り合いだったのか」
「はい!……その、一度合った時に、童顔繋がりで話が合いまして、それから個人的に付き合いを」
「そうそう、懐かしいわねぇ」
「お話聞きたい聞きた〜い!」
「こずえも〜……お話〜」
「いいわよ〜……あれはねぇ……」

女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、あっという間に事務所は賑やかになった。
警察という職に興味津々な年端もいかぬ子供に詰め寄られ、それをあやしつつ、元同僚の友人と談笑を始めた実加に取り残され、一条は少し放心した。

「ハスハス〜……ん〜、困惑の匂いがするよ〜?」
「っ!」

その隙に、一人の少女がいつの間にか一条の懐に潜り込んでいた。
すぐさま一条は後退りをして距離を取りつつ、調べた情報を手繰り寄せる。
そんな一条に対して少女は猫のような笑顔を向けた。

「にゃはは〜、ビックリしちゃった?」

白衣を着て自由に振る舞う彼女の姿は、一条の良き協力者である科学警察研究所、科警研のとある人物を彷彿とさせた。

「君は……確か、一ノ瀬志希くんだったか」

彼女の名前は一ノ瀬志希、ギフテッドと呼称される、いわゆる天才的な頭脳を持つアイドルである。

「そうだよ〜?気軽に志希にゃんって呼んで?」
「…………にゃん?」

困惑に満ち、首を傾けつつ、表情はどこまでも真面目な一条薫(41)の『にゃん』が事務所に響いた。
薫とこずえの純粋な子供を除いた5人分の小さな笑い声が、一条の耳に届いたのは当然の帰結であろう。
28 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:19:37.52 ID:iCe2g1Pi0
自分の行動に気づき、多少気恥ずかしくなった一条だが、咳払いを一つするとすぐに気持ちを切り替えた。

「すまないが、今はプロデューサーと話がしたいんだ、話がしたければその後で聞くから今は我慢してくれないか?」
「は〜い!」
「は〜い……」
「にゃ〜ん!」
「では、こちらに会議室がありますので……ちひろさんは薫たちのことを見ててください」
「わかりました」
「……ねぇ、Pくん、その話し合い、私も参加してもいいかしら?」
「早苗さんも?」
「気になることがあってね、良い?」
「私は構いませんけど……」
「なら決まり!」
29 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:21:00.63 ID:iCe2g1Pi0
CGプロの事務所、その応接室の隣に会議室はあった。
建物自体が大きくないためにテーブルが一つに椅子が五つ、ホワイトボード一つというこじんまりとした部屋に、テーブルを囲み一条と実加に向き合うようにプロデューサーと早苗が座っていた。

「で、単刀直入に聞くわね」

最初に口を開いたのは早苗だった。

「これ、ただの変質者の書き込みがどうこうって事件じゃないわよね、どういうこと?」
「えっ!?早苗さん、それってどういう事ですか?」
「私みたいな交通課の警官と違ってこの二人はバリバリの刑事よ。
しかも、そっちのコートのハンサムさんは一条薫っていう、17年前の未確認生命体の事件で八面六臂の大活躍を魅せたっていう警察内部の有名人なの、そんな二人がただの警備依頼の用件で来るはずがないわ」

早苗の推理を聞いたプロデューサーは早苗の話の真偽の確認するように、心配そうな表情で一条たちに向き直る。

「騙すような真似をしてすいません。
しかし、余計な混乱を避けるための行動なのです」
「……それじゃ、聞かせてくれる?」
「……はい」

まだ仮説段階だと念を押し、東京で三度未確認生命体が目撃されたこと、眠り病の発生した場所とCGプロのライブツアーの関係、その上で今回の掲示板への書き込みから……

「それじゃあ貴方たちはウチのアイドルを疑っているってことですか!?」

プロデューサーの怒号が飛んだ。
30 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:23:13.23 ID:iCe2g1Pi0
「あの娘たちは未確認生命体なんかじゃありません!」
「落ち着いてください。
彼女たちを疑ってはいません」
「え?」
「未確認生命体と入れ代わったのであれば、その痕跡が残る筈です。
こちらで調査しましたが、記憶障害や性格の急変した時期、空白の時期のあるアイドルはおりませんでした」
「そ、そうですか……」

テーブルに身を乗り出していたプロデューサーがフッと息を吐きながら脱力して椅子に座り直す。

「一応、念のために事務所に保存してある彼女らのデータを後でお借りしたいのですが」
「はい、大丈夫です。
しかし、それならば眠り病の犯人と掲示板の書き込みは……」
「おそらく、犯人はライブツアーの最初から最後まで参加した人物だと推察されます」
「もうすでに候補は何人かに絞ってあります。
ずっとライブを見に行くだけあって、全員が筋金入りのファンなので、おそらく見覚えのある人物も何人かいると思います。
なので、プロデューサーさんには候補をお見せするので、その中で怪しい人物がいたら教えていただきたいんです」
「……わかりました」
「……それで、肝心の当日の警備はどうなるのかしら?
Pくんは警察とは書き込みの件の話だけで、警備は警備会社に依頼しようとしていたみたいだけど?」
「警備会社を装う形で入り口や会場内部をぐるりと囲うように警官を数名。
私服警官を十数人、観客に見せかける形で配備させていただきたい」
「……中止にはしないのね」
「情報がかなり不足している上に、推測が大半ですから、警察という組織としてはこれ以上の要求は出来ません……二十名近くの警官の協力を得られただけでも奇跡に近いのです。
……ですが、私個人としては……中止を検討していただきたいと思っております」
「……だってさ、Pくん」
「………………」

プロデューサーはうつむき、ブツブツと小声で何かを呟きながら、頭を押さえて考え込んでいるようだった。
リスクと情報の信憑性、それをライブでの利益と天秤にかけているのだ、悩むのも無理はない。
そのまま顔を上げずに、プロデューサーは弱々しく口を開いた。

「……すいません、少し席を外してください、社長にもこの事を連絡して話し合ってみます」
「……焦らなくても結構ですよ、ですが、ライブまでには結論を出してください」
「大丈夫です……すぐに決められると思います。
一、二時間ほど一人にしてください……早苗さんもすいませんが……」
「はいはい、実加ちゃんと恋バナでもしてるわ」
「恋バナ!?さ、早苗さん!」

……たしか、夏目くんのほうが年上だったはずだが、完全に負けているな。
31 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:29:28.81 ID:iCe2g1Pi0
会議室から出てきた一条らは、薫とこずえ、そして、話し合い途中で事務所に来たのであろう二人の高校生くらいの女性に取り囲まれた。

「未央お姉ちゃん!この人たちがけーさつの人だよ!」
「ほうほう、お疲れ様であります!」
「おつかれさまでありまー!」
「……ありがとう」

未央と呼ばれた高校生くらいの、外に軽くハネた髪の毛が特徴的な女性と薫の労いの敬礼に対して感謝の言葉を一言。
その感謝が嬉しかったのか敬礼をしていた二人は顔を綻ばせた。
事前に手に入れた情報によれば、この少女の名前は本田未央、ニュージェネレーションズというこの事務所の看板ユニットのメンバーで、明るさがウリのアイドルである。

「確か、掲示板の書き込みの件……でしたよね?」
「ええ、その件で色々と説明して、どうすればいいのかを何通りか説明したので、プロデューサーさんに選んでもらうんです。
今はプロデューサーさんがその選択を考えているので、邪魔をしないように出てきたんです」
「へぇ、そうなんですか」

高校生くらいの女性の髪の長い方、事前情報によればおそらく未央と同じニュージェネレーションズのメンバーであり、クールな雰囲気が魅力のアイドル、渋谷凛、に話しかけられ、実加は丁寧に、嘘はつかず、しかし真実をぼかして答えた。

「あ、そうだ薫ちゃん!」
「なぁに?早苗お姉ちゃん」
「こっちの刑事さん、薫ちゃんとおんなじ名前なのよ?」
「ホント!?」

龍崎薫は一条薫のことをキラキラとした瞳で見つめた。
32 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:30:53.75 ID:iCe2g1Pi0
どうやらこの少女は警察というものに憧れがあるようだ。
もう少し有名になったら一日署長の仕事を出来るように上に伝えてみるのも良いかもしれない。

「……私は、警視庁の一条薫です」
「CGプロのアイドル!龍崎薫でー!」
「おなじく!本田未央です!」
「ふわぁ……こずえはこずえだよー」
「……なんで未央たちまで自己紹介?
まあいいか、渋谷凛だよ」
「先を越されましたけど、警視庁の夏目実加です」
「元警官、現アイドルの片桐早苗よ!……まあ知ってるでしょうけど」
「お?何々集まって、ギフテッドの一ノ瀬志希ちゃんで〜す!」
「あ、それで、あそこで事務処理してるのが千川ちひろさん!」

遅めの自己紹介と本田未央による補足紹介が入った後、一条は薫とこずえ、更に未央と志希、暴走しないように見張る凛の五人に取り囲まれ、彼女らに仕事で経験したこと等を話すことになった。
実加は久しぶりに早苗と二人で世間話をしている。
刑事という立場でありながら、矢継ぎ早に質問される一条の気分はさながら尋問を受ける容疑者のようだった。
33 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:33:58.91 ID:iCe2g1Pi0
「……そういえば、このプロダクションにはもう一人アイドルが所属しているそうだが、その娘は今何処に?」
「しまむーなら、電車が少し遅れちゃったみたいでね、もうそろそろ来るんじゃないかなぁ?」
「しまむー……?」
「あ、すいません、未央が呼んでいるアダ名です」
「そういうことか、情報によれば、確か名前は……」

一条の言葉を遮るように、ドアの開く音がした。

「みなさん、こんにちは!」

音と声に促されるようにして、部屋にいた全員が入り口を見る。
そう、彼女の名前はーー

「島村卯月、今日もお仕事がんばります!」

島村卯月。
未央、凛と同じくニュージェネレーションズの一員であり、笑顔が得意なアイドルである。
彼女は明るくトレードマークの笑顔を振り撒く。
その瞬間、一条は時間が止まった……いや、時間が戻ったような錯覚に陥った。
34 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:34:47.35 ID:iCe2g1Pi0

彼女の笑顔は、私見だが他のアイドルと比べても特に勝っているということはない。
ルックスも他のアイドルよりも優れているということはない。
何も変わった点はない……筈なのに……何故、何故だ。
何故アイツの……五代の顔が被る。
性別も違う、笑い方も少し違う、なのに何故……俺は彼女の何処にアイツの面影を感じている?

「あれ?お客さんですか?」

その言葉で一条は我に返った。
今、こちらを見つめている少女は五代雄介ではない、アイドルの島村卯月、それだけだった。
35 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:35:40.98 ID:iCe2g1Pi0
「……警視庁の一条です、今回は掲示板の書き込みの件でこちらに参りました」
「そうなんですか!ありがとうございます」

笑顔、そしてペコリと軽く一礼。
それだけのことなのに、何故か心が少し暖まる。
漠然と、本当に漠然と、彼女は良い娘なのだと、そう一条は感じた。

「今Pさんが考え込んでるとこだからさ、こっちの薫ちゃんに色んな話を聞かせてもらってたとこだよ、しまむーも聞こうよ」
「……その、『ちゃん』付けはやめてほしいのだが」
「こっちの薫ちゃん?」
「卯月お姉ちゃん!このおじさん、かおると同じ名前なんだよー!」
「へ〜!そうなんですか、それは嬉しい偶然ですね」
「だよね!」
「ハスハス〜、卯月ちゃん今日も良い匂いだね〜」
「香水とかはそんなに着けてないんですけど……?」
「香水とかの話じゃないでしょ……志希、そろそろ離れなよ」
「凛ちゃんも嗅ぐ?」
「………………嗅がないよ!」

……返答まで間があったことは掘り下げてはいけないのだろうか?

卯月が来て、彼女に積極的に話しかける未央たちや、ソファに座った卯月の膝に自然に膝枕をされに行ったこずえの行動から、卯月がどれほど仲間に愛されているのかが伝わって来た。
36 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:37:22.90 ID:iCe2g1Pi0
「あの、社長との話し合いが終わりました」

卯月が来てすぐに会議室からプロデューサーが顔を出した。
一条と実加、早苗はプロデューサーに呼ばれて再び会議室に移動した。

「……申し訳ありません。
やはり、情報の信憑性が低く、ライブをキャンセルしたときの損失と釣り合っていないと判断されました。
なので、警備だけをしてもらいます」
「わかりました。
ご検討、感謝致します」

ある程度予想していた展開なので一条が動揺することはなかった。
交渉が終了し、一条らはCGプロを後にした。

「薫ちゃん……あ!龍崎の方の薫ちゃん、一条さんに懐いてましたね」
「名前が同じということで興奮していたようだな。
夏目くんも片桐さんと随分盛り上がっていたな」
「久しぶりに会ったので話すことが多くて。
……何事も、無ければいいですね」
「……そうだな、彼女らの笑顔を、曇らせたくはない」
「……みんな、良い笑顔でしたもんね」
「………………あぁ……良い笑顔……だったな」

一条の頭に浮かんでいるのは、アイドルたち全員の笑顔……ではなく、たった一人、あの島村卯月の笑顔だけだった。
37 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:38:41.62 ID:iCe2g1Pi0
CGプロを訪れた翌日の良く晴れた日、都内某所の行きつけのカフェ、古くからの友人に眠り病の件で呼び出されて一条はそこにいた。

「原因がわかったというのは本当か、椿」

一条の向かいに座る男の名前は椿秀一、一条の同級生であり、関東医大病院に勤務する司法解剖専門医だ。
17年前の未確認生命体関連の事件では五代雄介、クウガのかかりつけ医として雄介の身体の変化を観察し、サポートしていた。
椿は眠り病の原因を司法解剖により解明した、と言って一条を呼び出した。

「原因というよりは眠るメカニズムだがな」
「どう違うんだ?」
「感染経路が依然不明なんだよ、俺が突き止めたのはその後のことだけ」
「感染した『何か』がどうやって人間を眠らせるのかという部分か」
「そういうことだ」
「しかし、よく突き止めたな。
死者が出ないから司法解剖は行えない筈だが……」
「……昨日、都内で十人目の餓死者が出た」
「…………そうか」
「だが今までと比べて発見が早くてな、ほとんど腐敗していない状態だったために詳しい調査が行えた」
「………………」
「しんみりすんのは後だな。
解剖した結果、その遺体は脳漿に異常が発見された」
「異常?」
「謎の化合物が脳漿全体に含まれていた。
その化合物が脳の活動を抑制し、被害者を寝たきりにさせているらしい」
「その化合物は」
「もうサンプルは科警研に送ったよ。
後は榎田さん次第だな」
「そうか」
「……だが、やっぱりこの件は未確認臭いぞ」
「……やはりか」
「……アイツは、今何してんだ?」
「アイツは……五代は未だに冒険中だ」
「……今度こそ、アイツに拳を握らせんじゃねぇぞ」
「わかっている、拳を握るのは警察だけで十分だ」
「……ま、暗い話はここまでにして。
お前、彼女とはどうなんだ?」
「ごふっ!?」

180度話が変わってしまったことと話題の衝撃で、一条は飲んでいたコーヒーが食道ではなく気道へ入ってしまった。
38 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 14:40:23.70 ID:iCe2g1Pi0
「げほっ!げほっ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「お前が妙なことを言うからだろ……」
「まさか、上手くいってないのか?」
「……はぁ……何度も言うが、彼女はいない」
「マジか……寂しい奴だなぁ」
「お前こそ、桜子さんには相手にされてるのか?」
「………………」
「……もう17年だぞ」
「うるさい」

城南大学助教授、沢渡桜子。
彼女に惹かれた椿は、17年前からずっと然り気無いアピールを繰り返し、そのことごとくが空回りし、相手に気づかれていなかった。
久しぶりに会った一条だが、未だにその関係が変わってないことを悟り、若干椿を見る眼差しが優しくなっていた。

「俺よりもお前だ、相手もいないってのはヤバいだろ」
「お前も似たようなものだろ……相手にされてないんだから」
「………………この話はやめるか」
「そうしてくれ」

会話の流れが一瞬止まり、二人とも無言でコーヒーを口に運ぶ。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘い……と称されるにはまだ足りない、話していた時間で多少ぬるくなったコーヒーを楽しむ短い静寂の時間が訪れる。
その静寂を破ったのは案の定椿だった。

「……実加ちゃんとは、そういう関係じゃないのか?」
「ごふっ!?」

話を止めるんじゃなかったのか?
そんな台詞を吐く代わりに一条の口からは苦しそうな咳が漏れた。
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