【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」

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101 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:08:15.48 ID:iCe2g1Pi0
第50号を倒せば、眠り病の患者は目覚める……そう思ってきた。
だが、眠り病患者は誰一人として目覚めないどころか、実加が新たに眠り病を発症してしまった。
そして、卯月を前にして急に苦しみだした第50号。
一条の中では、一つの結論が芽生えていた。

「……だとしたら……いや、まさかな」

一条は隣に座る卯月に視線を向け、すぐに首を振る。
102 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:09:11.17 ID:iCe2g1Pi0
「島村卯月」
「は、はい!」
「……後でまた訊かれるだろうが、この場で簡単に聞いておこう。
ステージの上で真っ先に声を上げたのは君だ、一体何を見た?」
「それは……あの人が、あの姿に変わる瞬間です。
ステージって、結構細かく、色んなものが見えるんです。
お客さんはほとんどサイリウムを振ってくださるんですけど、その光の波が、あの人のところでポッカリ空いてて、それで少し気になってたんです。
そしたら、新しい皮膚が身体の中から盛り上がるみたいに、出て来て、あの姿に変わったんです。
それでも凄く驚いたのに、あの人が腕を振り回して……それで、私……」
「声を上げた、と」
「はい……」
「それからのことはもういい。
あと訊きたいことは一つ。
何故あの未確認生命体を追った?」
「それは……知りたかったんです……どうして人を傷つけるのか……」
「……『どうして』だと?」
「はい……同じ人間なのに……何であんな酷いことが出来るのかなって……どうにか、説得とか、出来ないかな?って、そう思ったんです」
「…………君は知らないのかもしれないが、アイツらは、『同じ人間』ではない、別の生物だ」
「……私にはそうは思えません。
……いえ、そう思いたくありません」
「……そう思うのは君の勝手だが、命を危険に晒す真似は止めてくれ」
「…………はい、すいませんでした」

卯月は自分の思いを否定され、項垂れた。
103 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:10:21.13 ID:iCe2g1Pi0
そのまま、沈黙が流れて数秒後、異変は起こった。
護送車が突如急停止したのだ。
それに驚き、一条は護送車を運転している警官に声をかけた。

「っ!?どうした?」
「あの……女性が急に飛び出して来たんです」
「女性?」

促され一条はフロントガラスから前方を確認した。
そこにいたのは……

「っ!?あれはっ!」

その姿を視認した瞬間、一条は護送車の外へと飛び出した。

「刑事さん!?」

卯月がそれに驚き声を上げた。
だが一条はそれもお構い無しにコートの内側から、応援部隊により運ばれてきた追加の神経断裂弾を何発か取りだし、ライフルに装填すると女性に銃口を向けた。

「キサマ!一体何をしに来た!」

その声に、女性がゆっくりと一条の方を向く。
その額には……白い薔薇のタトゥがあった。
104 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:11:47.31 ID:iCe2g1Pi0
薔薇のタトゥの女、B1号は一条を確認するとゆっくりと微笑んだ。

「安心しろ、お前たちと争う気はない。
私は……失敗作を破壊しに来た」
「……失敗作?」
「そうだ」

短く一条の声に応えると、薔薇のタトゥの女は右手を護送車のうちの1台に向けた。
次の瞬間、薔薇のタトゥの女の右腕が変質し植物の蔓のような触手が伸びた。

「っ!?」

不穏な気配を感じた一条は躊躇せずにライフルの引き金を引いた。
だが、その弾丸は薔薇のタトゥの女の蔓に器用に絡め取られ、薔薇のタトゥの女に届く前にその勢いを無くし、受け止められた。
105 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:13:44.19 ID:iCe2g1Pi0
その後も、二発、三発と銃弾を放つが、薔薇のタトゥの女に届く前に全て受け止められる。

「無駄だ」

一条が放つ弾丸を受け止めつつも、薔薇のタトゥの女はその蔓で護送車の壁を突き破り、その中から未確認生命体第50号を引き摺り出し、第50号の身体に蔓を絡めて行く。

「仲間の救出に来たのか!?」
「言っただろう?……失敗作を破壊するために来たのだと」
「破壊……まさか!」

蔓が第50号の身体にきつく巻き付き、ギリギリと、特に腹部を締め上げる。
そのまま、あっという間に第50号の身体はいくつかの部分に引きちぎられた。

「キャァアア!?」

その残酷な光景を見て、一条を追って護送車を降りていたらしい卯月が悲鳴を上げた。
106 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:14:56.41 ID:iCe2g1Pi0
「……用は終わった」
「……一つだけ、答えてくれ。
今回のプレイヤーは……何人いる?」
「二人……いや、もう一人だけか。
いや、もしかしたら、プレイヤーとも呼べぬのかもしれないな」
「プレイヤー……ではない?」
「今回のゲゲルはジュジュドシガスだ、ゲゲルとは呼べん。
……だが、もう一人は……成功だ。
奴ならすぐにでもゲゲルのプレイヤーになれるだろう……何万というリントの屍の上でな」
「そんなことはさせん!」
「ふっ……見届けさせてもらうぞ、キサマの足掻きをな」

そう残して、薔薇のタトゥの女は何処からともなく薔薇の花びらを巻き上げた。
そして、視界が晴れた時には既に薔薇のタトゥの女の姿は何処にもなかった。
だが、一条には微かに見えた。
薔薇のタトゥの女は、姿を消す直前に一条の方を向いて妖しく微笑んでいた。
107 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:16:04.68 ID:iCe2g1Pi0
薔薇のタトゥの女の出現から数日、一条は警視庁本部に設置された未確認生命体対策本部にて、部下の報告に頭を抱えていた。

「……空白の期間も何もかも、ない……だと?」
「はい、ライブチケットより身元を特定しましたが、未確認生命体第50号、熊谷 和樹(くまがい かずき)には性格が急変した時期も、空白の期間も存在しませんでした」
「そんなはずは……未確認生命体が人間社会に紛れるためには、誰かと入れ替わるか、存在しない人間をでっちあげるしかないんだぞ?」

4年前、人間社会に紛れるために未確認生命体たちは、山野愛美という女子高生と入れ替わり、伽部凜となり、もう一体の未確認生命体は記憶喪失を装って人間社会に溶け込んだ。
このように、未確認生命体が人間を装うと、その人間には空白の期間が生まれるはずなのだ。
108 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:16:48.45 ID:iCe2g1Pi0
だが、いくら調査しても、未確認生命体第50号であった熊谷和樹という人間には、空白の期間が存在しなかった。

「はい……ですが、親族や近隣住民にいくら聞き込みをしても、そのような期間は全く……」
「そんな馬鹿な……」

空白の期間、その前後の人間関係や行動から、もう一体の未確認生命体を炙り出そうと考えていた一条はさっそく壁にぶつかった。
そのもう一人の未確認生命体が眠り病の真の犯人であり、一番の難敵であるというのに、折角掴んだその尻尾がするりと一条の手から滑り抜けて行ったように感じた。
109 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:20:58.89 ID:iCe2g1Pi0
「しかし、空白の時期こそないものの、この熊谷ってやつは……最初からおかしかったみてぇだな」
「杉田さん!」

資料をパラパラと捲りながら、杉田が呆れたように部屋に入って来た。

「熊谷和樹33歳、小学生の頃から問題行動を繰り返す、いわゆるサイコパス……普段の言動からその危険性が垣間見られるためか、就職は出来ずフリーター。
周囲の人間との問題も絶えず、危険視されていた……最初からコイツは未確認だったんじゃねぇのか?」
「いえ、子供の未確認生命体がいると仮定しても、熊谷が子供の頃に未確認生命体と入れ替われるような状況はありませんし、17年前から彼は既に問題児でした」
「マジか……何か別のアプローチが必要ってことかぁ」

杉田は資料をテーブルの上に放ると、椅子にドカッと腰を沈めた。

「お、そうだ一条、榎田さんから連絡があった。
眠り病の原因をある程度発見し、対策がとれるようになったらしい」
「本当ですか!?」
「俺はそう聞いている、詳しくは科警研に行きゃわかるはずだ、行ってこい」
「はい、失礼します」

一条はペコリと一礼すると、足早に未確認生命体対策本部から出て、科警研へ急いだ。
一つの道に大きな壁が立ちはだかったところで、そこで立ち止まってはいられない。
少しでも前に進むために、一条は奔走していた。
110 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:21:54.79 ID:iCe2g1Pi0
科学警察研究所、科警研に赴いた一条を待っていたのは、長い黒髪を後ろで一つに束ね、ガスマスクを着けた怪しげな白衣の女性だった。

「あ!待ってたよ〜一条くん!」

ガスマスクを着けた女性がくぐもった声で一条を呼んだ。

「榎田さん、なんですかそのマスクは?」

彼女こそ、科警研の要、榎田ひかり。
17年前、クウガと一条に未確認生命体と争うための数々の武器を開発し、与え、未確認生命体の身体構造やその攻撃の謎を解明した頼りになる女性である。
ちなみに、普段からガスマスクを着けているわけではない。
111 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:23:05.72 ID:iCe2g1Pi0
「例の眠り病の原因になってた化合物、あれガス状でライブ会場に散布されてたみたいなのよ!」
「あぁ、それでガスマスクを……ガスマスクを?
ここで着ける必要はあるんですか?」
「ううん、無い」

あっけらかんと榎田は言ってのけた。

……やはりこの人と一ノ瀬志希はどことなく似ているな。
雰囲気というか、ノリのようなものが。
112 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:26:43.97 ID:iCe2g1Pi0
「そ、そうですか……」
「一条くんの部隊の人にお願いして、警備の片手間に会場内の大気サンプルを回収してもらったのよ。
そうしたら、未知の化合物がステージに近くなるほど多く発見されてね。
その化合物を詳しく解析した結果、人体、もしくはそれに近い環境で別の化合物に変化することがわかったの」
「その変化した化合物が、眠り病を……」
「そ、経口、もしくは鼻から入った化合物は、その構造を変化させ対象者の脳内に移動、その後、脳漿にて潜伏……更に、これには後二段階ありそうなのよ」
「二段階?……これに追加して、ですか?」
「そ、脳漿に多少含まれている段階では何の効果もないんだけど、その物質は脳漿内で少しずつ分裂してその数を増やしていって、脳漿に対する化合物の割合がある一定量を越えると化合物が再び変化して、それが人を眠らせてしまう性質を有しているみたいなのよ」
「それが、椿が発見した……」
「そう、化合物を人体と同じ環境に置いて変化させた時、椿くんに貰った化合物とは組成が異なっててね、変だな〜?って思ったから少しアプローチを変えてみたら発見出来たのよ……ただし、何故この段階を挟むのかは不明。
そして、最後の段階なんだけど……これは完全に推測」
「推測……ですか?」
「椿くんから第50号の脳漿からまた別の化合物が出てきたって情報が来てね、サンプルの解析はまだ終わってないから確定したわけじゃないんだけど、一条くんからの情報も会わせると、それが最後の段階だと思う」
「最後の……段階」
「うん、4年前の、第49号の事件のリオネル、覚えてる?」
「……忘れるはずがないですよ」

4年前、第49号は記憶喪失を装い、郷原忠幸という政治家として人間社会に紛れ込んだ。
そして、リオネルという商品を売り出した。
疲労が取れ、中毒性が無く、笑顔になれるというその飲料は瞬く間に日本中で人気となった。
だが、そのリオネルに含まれる、ある化合物は第49号の能力によるものであり、体内に侵入後脳内に止まり第49号の意思一つでその化合物はその組成を変え、人を狂わせるという恐ろしいものであった。
113 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:28:06.11 ID:iCe2g1Pi0
「あれは量子もつれを用いて飲んだ人を狂わせていたわけだけど、たぶん今回のも同じパターンだと思うの」

量子もつれとは、一度関連付けられた二つの量子は、片方が外からの力や自然変化によりその性質を変化させると、もう片方には力が加わっていないのにも関わらず同様の変化を見せるという現象のことである。
第49号は、リオネルを飲んだ者の脳に潜伏する化合物を、第49号自身が持つ化合物の量子を変化させることにより量子もつれを起こして変化させていたのだ。

「ほら、一条くんの報告だと、急に第50号が苦しみだしたそうじゃない?それと合わせて考えると、どうやら第50号はもう一体の未確認生命体に量子もつれを用いて攻撃されたんじゃないかな?って」
「なるほど……しかし、何故仲間を……」
「それはもう一体の未確認に聞かないとね〜。
……あ〜、疲れた!」

榎田が身体を伸ばすと、ボキボキと凄まじい音がした。
114 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:28:55.06 ID:iCe2g1Pi0
「また徹夜ですか?」
「うんにゃ、五十越えるともう徹夜は無理だね〜。
椅子に座って仮眠を何回か……だからもう身体じゅうバッキバキよ」

依然としてガスマスクを着けたままの白衣の女性が柔軟体操をする図というのはシュールなもので、一条にはかける言葉が見つからず、「は、はぁ……」と力の無い相槌を打つので精一杯だった。
115 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:30:39.33 ID:iCe2g1Pi0
一通り関節を伸ばし終えると、ようやく榎田はガスマスクを外した。

「ふぅ、んじゃ、これ、はい」
「えっ?」

唐突にそのガスマスクを手渡され、一条は呆気にとられた。

「まだ意味あるかどうかはわからないけど、これ着けとけば眠り病の原因の化合物の侵入は防げるはず。
それと、屋外だとちょっとの風にでも飛ばされて化合物は飛んじゃうからほぼ無害。
今日は何にも受け取らない日だろうけど、これはホント必要かもだから貰っといて……それと言葉ぐらいは受け取って、ハッピーバースデイ、これでまた一歩オジサンになったね」

未確認生命体が三度現れたという情報が発信されてから約三週間、この日、4月18日は一条薫の誕生日であった。
116 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:32:22.23 ID:iCe2g1Pi0
「その……ありがとう……ございます」

一条の誕生日、それは一条の父親の命日である。
一条の父は家族を大切にする人間であった。
その日も、仕事から帰って来たら一条に野球のネット裏の席のチケットをプレゼントするつもりで父は仕事へ向かい……殉職した。
それ以来、一条は誕生日にプレゼントを一切受け取らなくなった。
だが、このガスマスクは受け取らなければいざという時に困るので、誕生日プレゼントではないと自身に無理矢理納得させて受け取った。
その一条の表情は複雑なものだった。

「よし……んじゃ、椿くんから送られて来た化合物の解析終わるまで私は寝るわ。
もう眠くて眠くて……」
「最後に、一つ訊ねてもよろしいでしょうか?」
「ん?いいよ、何かな?」
「そのーー」
117 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:33:06.08 ID:iCe2g1Pi0
科警研を後にした一条は、椿に呼び出しを受け、関東医大病院に赴いていた。

「椿、何か掴んだのか?」
「あぁ……嫌な真実をな」
「嫌な真実?」
「熊谷和樹のレントゲンを撮った。
それがこれだ」

そう言って椿はレントゲン写真を指し示す。
何枚ものレントゲンが、パズルのように切られ、人型に重ねられていた。

「何だこのレントゲンは?」
「バラバラだったんだからしょうがねぇだろ。
んで、これ見て何か気づかないか?」
「何か?」

椿に促され、一条はレントゲン写真を注視した。
118 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:34:43.54 ID:iCe2g1Pi0
腹部に穴のような物が空いており、そこから白く神経が伸びて全身に絡んでいた。
一条には、それに見覚えがあるような気がして、必死に記憶を手繰り寄せた。

「……!五代!」
「その通りだ」

五代雄介、クウガのレントゲン写真と、今椿が見せているレントゲン写真は良く似ていた。

「違うのは腹部にアマダムが無いことぐらいだが、これは恐らくバラバラにされた時にB1号が回収したんだと思う」
「だが、これがどうかしたのか?クウガと未確認生命体のレントゲン写真が似ているということか?」
「いや、お前は見たことがないだろうから知らないだろうが、未確認のレントゲンは、こうはならない」
「……なに?」
「未確認は神経が完全に身体の一部になっているため、中央のアマダムから神経が伸びているようには映らない。
確かに、アマダムに神経が集中するものの、末端まで太く神経が行き渡るはずなんだ。
だが、第50号の手先などの末端に届いている神経は細い、つまり、こいつは普通の未確認じゃない」
「普通の未確認生命体じゃない!?
それなら、一体何だと……」
「お前は、このレントゲンが誰のに似てると言った?」
「……まさか!」
「そ、こいつは……熊谷和樹は……人間だ……いや、人間だった、が正しいかもな」
119 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:36:28.59 ID:iCe2g1Pi0
「…………馬鹿な」
「恐らく、五代と同じように腹部にアマダム……いや、未確認になる、クウガでいうアマダムに対応する何かを埋め込まれたんだろう。
そして、自分の意志で、未確認生命体になることを選んだ」
「自分の意志だという根拠は?」
「クウガは五代の意志に応えて力を与えた。
なら、推測でしかないが、向こうも同じなんだろう。
警察の報告書によると、熊谷和樹という人物は元から人間を嫌っていた様だしな、だから未確認の道を選択したのだと頷ける。
爆発せずに固まったのも、完全な未確認生命体ではなく、未確認生命体への変化の途中だったから……かもしれん」
「……人間は、遂に……未確認生命体と同じになってしまったのか……」

それは、一条が危惧していたことであった。
人間は、殺戮をゲームとして楽しむ未確認生命体とは違う。
一条はそう信じて、それを信じるために警察という職から人間を見続けて来た。
その一条に突きつけられたのは、人間は未確認生命体と変わらないという事実だった。
120 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:37:14.94 ID:iCe2g1Pi0

「……蝶野潤一」
「……?」
「覚えてるか?一条、蝶野潤一を」
「蝶野……潤一?」

一条はその名前を頼りに記憶の海の中を検索する。
最初に脳裏に浮上してきたのは、首に施された刺青だった。
その一欠片が見つかると、芋づる式に次々と記憶から蝶野潤一という人間に対しての情報がサルベージされて行った。
17年前、未確認生命体を捕らえたという一報が入った。
その男は第23号の殺しの現場の近くに居合わせ、未確認生命体の人間態の特徴とされるタトゥが首に施されていたことから第23号ではないかと疑われ、疑われた本人もそれを否定しなかったために警察に連行された。
後に、その男は未確認生命体ではなく只の人間であることが判明する。
その男こそが蝶野潤一であった。
蝶野が只の人間であることと共に、蝶野は病気であることも判明した。
蝶野はその病気から自暴自棄になっており、その経緯から未確認生命体という圧倒的な力に憧れ、首にタトゥを入れた、未確認生命体の信者だった。
だがしかし、椿に第23号に殺された遺体を見せられ、死というものと向き合わせられ、更に第23号に命を狙われ、クウガ、五代雄介に助けられたことで改心した。
121 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:38:02.42 ID:iCe2g1Pi0
「ああ、思い出した……」
「あいつもさ、馬鹿だったよな。
未確認生命体に憧れて、未確認生命体に成りたいってさ……
でもよ、自分の思いが間違ってたことに気づけたじゃねぇか」
「……そうだな」
「実はな……蝶野は7年前に病気が悪化して死んじまった……この病院でな」
「…………そうか」
「だが、アイツは最期まで人間として生きて……死んだ……人間として生きれたことを誇りに思ってな。
この熊谷和樹って男は手遅れだったが、蝶野みたいに、周りの人間が導いてやれば人は道を踏み外さない……俺は、そう思う。
だから、へこたれてる時間はねぇぞ!
熊谷和樹みたいな人間をもう出さないために、もう一体の未確認生命体とB1号を止めなきゃいけねぇだろ!しっかりしろ!一条!」
「……ふっ、お前にそんなことを言われるとはな……
ああ、落ち込むのは後だ、人間が未確認生命体になるなら、空白の時期は必要ない、日本語しか話さなかったことにも説明がつく……捜査をまたやり直さなければ……いけない……な……」
「……?……どうした?」
「いや……何でもない」

一条の中で、一つのビジョンが明確になって行く。
122 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:38:56.69 ID:iCe2g1Pi0
そんな中で、椿は思い出したように「あ、そうだ!」と声を出した。

「一条、この前ポレポレに行ったんだが、お前宛てに手荷物を渡されてな……あ、いや……今日は無理か?」
「手荷物の内容にも依るだろう。
俺はさっき榎田さんにガスマスクを持たされたよ」
「ガスマスクゥ!?」
「眠り病の原因のガス対策でな」
「はぁ……ま、俺も中身は見てないが、多分そんな有用な物ではないだろ、ほいコレ」

椿は小さな包みを投げて一条に渡した。

「おっと」
「手紙が着いてたが、そっちも俺は読んでない……なんか面白いことが書いてたら教えろよな」
「わかった」

一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。
123 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:40:08.06 ID:iCe2g1Pi0
一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。
封を切り、二つ折りされた手紙を取り出し、広げる。
その内容に目を走らせると、一条は首を傾げた。
その手紙に書かれていた内容は、至極簡単なものだった。

『最高の舞台への招待状です、受け取ってください。
PS.必要無くなったので、お返しします』

明らかに、おやっさんやみのり、雄之介の字ではないそれに書かれていた文の意味を理解出来ずに、とりあえず一条は包みを開くことにした。
そこには……

「っ!?」

一枚のアイドルのライブへのチケット、そして……『一発の銃弾』が入っていた。
124 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:41:01.98 ID:iCe2g1Pi0
銃弾の後部に書かれている文字から、いや、その前になんとなく理解出来た、それは、『神経断裂弾』だった。
それを認めた瞬間、すぐさま一条はポレポレへ電話を繋げた。

「お、おい一条、どうした?」
「……留守電!
……椿!おやっさんかみのりさんの連絡先を知らないか!?」
「はぁ?何だよいきなり……みのりちゃんの番号が確かスマホに……」
「早く繋いでくれ!」

一条の真剣な表情から、長い付き合いの椿は一刻を争う事態なのだと理解した。

「っ!後で説明しろよ、ホレ」
「すまない!」

椿のスマホを受け取りながら、駐車場へ急いだ。
125 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:42:31.60 ID:iCe2g1Pi0
その途中に電話が繋がり、スマホの向こうは騒がしかったが、確かにみのりの声が聞こえて来た。

『椿さん?どうかしたんですか?』
「一条です」
『あ、一条さん!贈り物、届きましたか?
ライブ、今日なんですけど……来てます?』
「今日だって!?」

慌ててチケットを良く見ると、公演日は4月18日となっていた。

『はい!いくつかの事務所のアイドルたちによる合同ライブらしいんですが、卯月ちゃんたちのところの事務所がシークレットゲストとして参加するらしくて!チケットをプレゼントしてくれたんですよ!
もちろん、一条さんにも』
「いいですか!今すぐそこから……」
『あ!すいません!もうすぐ次の娘たちのライブ始まるので切りますね、それでは』
「みのりさん!……みのりさん!……マズい!」

駐車場に着いた一条は、愛車に乗り込むとパトランプを着けて急いで今日のライブの会場へと向かった。
126 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:43:47.77 ID:iCe2g1Pi0
その間に、今までの情報を全て整理する。
一条は何度も思い付いては否定してきた答えに、またたどり着いた。
127 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:44:44.62 ID:iCe2g1Pi0
眠り病が広まった原因と思われる、事務所が社運を賭けて挑んだライブツアー、その全てに参加したアイドルは、稼ぎ頭のニュージェネレーションズの三人のみ。
眠り病の騒ぎの中心にあったCGプロ、そのアイドルたちが容疑者から外れた理由は、空白の時期の有無。
だが、椿からの情報から、今回の未確認生命体は、人間が未確認生命体へ変質した者であることが発覚した。
これならば空白の時期の有無は未確認生命体ではない証明にはならない。
つまり、彼女らも容疑者となる。
128 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:46:31.10 ID:iCe2g1Pi0
途中からポツポツと小雨が降り出した中、警察という立場でも許されないような速度で道路を疾走したことにより、かなり早くライブ会場が見えてきた。
129 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:47:15.63 ID:iCe2g1Pi0
そして、消えた神経断裂弾。
ついさっきのプレゼントから、神経断裂弾は盗まれていたということになる。
ならば、全員にその技術があると仮定して、盗めたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、島村卯月、一ノ瀬志希。
130 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:47:42.93 ID:iCe2g1Pi0
とはいえ、1時間は経過しており、CGプロはシークレットゲストとはいえ、ライブが始まるまでは秘密というだけで、CGプロが出るタイミングは特段遅くはない。
つまり、もう時間はない。
131 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:48:34.33 ID:iCe2g1Pi0
さらに、第50号の不自然な苦痛と実加の眠り病。
榎田ひかりに訊ねたのは……

『その、相手を選んで量子もつれを起こす場合、相手を見なくても可能なのでしょうか?』
『範囲によるかな、周囲何mの〜、とかなら見なくても大丈夫だろうけど、個人レベルでこの人とこの人を〜とかなら目視したり何だりで、個人を特定しないといけないだろうね』

つまり、公園でのあの時、第50号を狙うにはその姿を見ていなければいけない。
132 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:49:27.02 ID:iCe2g1Pi0
乱暴に車を会場前に止めると、ガスマスクを片手に持ち、会場入り口の警備員とスタッフに警察手帳を見せ、その確認をさせる時間もなく無理やりに近い形で会場に潜り込む。
警備員が追って来ることも気にせずにガスマスクを装着し、重い防音扉を力任せに開いた。
133 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:50:05.11 ID:iCe2g1Pi0
そして、眠り病のガスは屋外ではほぼ無害。
その状態で実加を眠り病にするには、かなり近距離まで近づいてなければいけない。
134 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:51:01.82 ID:iCe2g1Pi0
扉を開けた瞬間、会場内の熱気が一条を襲った。
その熱気に少し怯むと、その隙に会場の警備員に追い付かれる……が、警備員は一条に触れることなく倒れた。
確認するまでもなく、眠り病だ。
135 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:51:40.17 ID:iCe2g1Pi0
もし、薔薇のタトゥの女が消える直前に見せた微笑みが、一条に対する嘲笑でなかったとしたら……
一条の後ろへいた人物への、期待の笑みだったとしたら?
導き出される人物はたった一人……
136 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:52:18.62 ID:iCe2g1Pi0
会場内の観客たちは、一人残らず眠っていた。
そして、ステージの上には五つの影。
その中で倒れているのは四つ。
渋谷凛、本田未央、一ノ瀬志希、遊佐こずえ。
そして……ステージの上でたった一人、マイクを片手に、一条の方を見つめているのは……
137 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/02(日) 21:53:11.78 ID:iCe2g1Pi0




「…………島村、卯月」



138 : ◆ZfqRKaJB86 :2017/07/02(日) 21:58:06.21 ID:iCe2g1Pi0
これで四章終了です。
時間も遅いので、今日のところはここまでにしときます。
残りは明日の夜、九時ころに投下していこうと思います。
読んでくださり、また、コメントしてくださりありがとうございます。
改善点や文句、まだ途中ではありますが感想などありましたらお気軽にコメントしてください。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 22:09:40.12 ID:P5dF2Ewn0
ちょっぴりしきにゃん疑ってたけどやはりしまむーだったか
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 22:33:58.97 ID:t1phZiubo

これはすごい……いいぞ、すごくいい。きになるなぁ
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/02(日) 22:46:44.90 ID:svBZQ9PZ0
ゴヅ

ガンダシラグ!
142 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 12:47:34.30 ID:zktv0ZWZO
作者です。
少しネタバレになりますが、この後のシーンで歌の歌詞をガッツリ全部載せる展開にしてました。
ですが、少し調べてみたら、SSには原則的に歌詞は載せてはいけないと初めて知りました。
というか、知ってたら三章のライブシーンで歌詞いれてません……無知ですいません。
なので、そのシーンの歌詞を削って、その代わりにその歌の公開されているYouTubeの動画のリンクを張り付けようと思うんですが(そういうことをしているSSは見たことあるので、セーフなんですよね?)やり方がわかりません。
どなたか教えてくださると嬉しいです。
また、三章で『Star!!』の歌詞いれてすいません。
143 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:00:58.52 ID:uGT5zZja0
再開します
144 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:02:23.40 ID:uGT5zZja0
第五章「真相」
145 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:03:19.90 ID:uGT5zZja0
一条を見つめる卯月の目に宿るのは、意外にも困惑と不安、そして恐怖のように見えた。
右手に持っていたアタッシュケースから緩慢な動作でライフルを取り出し、贈り物で返された神経断裂弾を装填しながら、ゆっくりとステージへと歩を進める。
その間にトランシーバーも取り出して、応援を呼ぶ。
146 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:04:35.26 ID:uGT5zZja0
……未だに、この状況においても信じたくはない。
彼女が見せてきた笑顔の数々は……偽物だったのか?
未確認生命体を、『同じ人間』と称したのは、君なりの皮肉だったのか?
友人に慕われていた君は、偽りの姿だったのか?
答えが知りたい……だが、同時に、知りたくない。
笑顔の君が、全て偽りだったとは……知りたくない。
……ただ……ただひたすらに……哀しい。
五代の笑顔に重なる君の笑顔を……信じた。
だから、確信に変わり行く疑問を、振り払っていた。
……だというのに。
147 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:05:50.52 ID:uGT5zZja0
一条は、ステージにたどり着き、ステージの上に上がった。
銃口を卯月に向け、一条は動きを止めた。

「……け、刑事さん……ですよね?」

ガスマスクで顔の隠れている一条だが、服装や背格好から卯月は一条だと気がついた。

「卯月くん……君は……」
「違います!わ、私じゃありません!」

何を問われるかを察した卯月は、瞳に涙を浮かべて弁明する。

「歌ってたら突然……お客さんや凛ちゃんたちが倒れて……何が起こったのかわからなくて……そしたら刑事さんが来て……」

その様子は脅える少女のそれそのものだった。
148 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:07:05.69 ID:uGT5zZja0


……それも、演技なのか?

149 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:13:50.80 ID:uGT5zZja0
状況は卯月が未確認生命体だと如実に語っていた。
逆に、卯月のことを信じられる証拠は何一つ見つからない。
一条には、銃口を下げられる理由が無かった。
かろうじて一つ、銃口を下げるべき理由は、改正マルエム法。
その法律により、警察は未確認生命体が怪人形態にならなければ発砲は出来ない。
だが、未確認生命体をここで仕留なければこの先どうなるのかわかったものではない。
相手が未確認生命体であることがほぼ確実である場合、法律に従い撃たずに数万、数十万人を犠牲にすることと、法律を破りその数万、数十万人を守った末に一条一人が処分を受けることを天秤に掛けた時、どちらに傾くかは言うまでもない。
第50号に銃口を向けた時、一条の手は1mmの震えも無かった。
だが、今はそれが嘘のように銃を持つ手が震えている。
一条は未だに葛藤の中にあった。
150 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:14:50.37 ID:uGT5zZja0
正義感、そして危機感が引き金を引かせようと急かし、警察としての矜持、そして一条の瞳に焼き付いた卯月の笑顔がそれを止める。

「刑事さん……」

涙目で卯月がまっすぐに一条を見つめる。
『信じてください』、言葉にはせずとも、その瞳はそう語っていた。
151 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:15:57.28 ID:uGT5zZja0

……なぁ、五代……お前と似た笑顔の娘に会った。
152 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:16:44.98 ID:uGT5zZja0


その娘は、未確認生命体かもしれない……その可能性が高い。

153 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:17:54.94 ID:uGT5zZja0



それでも……お前ならその娘を信じられるか?


154 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:18:47.46 ID:uGT5zZja0




……その笑顔を信じられるか?



155 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:20:01.34 ID:uGT5zZja0





…………五代……お前の笑顔を……信じていいのか?




156 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:20:51.48 ID:uGT5zZja0
一条は……銃口を下げた。
157 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:21:55.21 ID:uGT5zZja0
「……詳しい話は署で聞く、悪いが、同行してもらうぞ」
「!……ありがとうございます、刑事さん!」

ほっとした様に、卯月が涙で濡れた顔を綻ばせた。
一条は肩の力を抜き、卯月に背を向けライフルのケースを取りに……行けなかった。
158 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:22:55.30 ID:uGT5zZja0
突如、一条の腹部に鋭い痛みが走った。

「な……」

あまりにも唐突なことで声が出なかった。
一条が視線を下げ、自らの身体を見れば、腹部に鋭い獣の爪が刺さっていた。
159 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:24:01.56 ID:uGT5zZja0
「あ〜あ、つまんないの」

その獣の爪から腕へ視線を移す、そこにあったのは白く細い女性の腕、さらに視線を顔まで移すと、その先にいたのは、島村卯月……ではなかった。

「…………志希……ちゃん?」

一条が刺されて数秒、ようやく衝撃から少しだけ回復した卯月が口を開き、僅かに空気を震わせた。
160 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:25:09.47 ID:uGT5zZja0
名を呼ばれた少女、一ノ瀬志希は爪を一条の身体から抜き、異形と化した右手を卯月に向けて振った。

「は〜い♪卯月ちゃ〜ん♪」

爪の先を一条の血液で赤く染めているというのに、その表情は心底楽しそうな笑顔だった。
その爪が抜かれた瞬間、一条が感じたのは凄まじい眠気だった。
身体中の筋肉が弛緩し、一条は膝をついた。

「刑事さん!」

崩れ落ちる一条の身体を卯月が走り寄って支えた。
一条はそれを振り払うことも出来ずに、大人しく卯月の腕に抱かれるしかなかった。
161 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:27:11.10 ID:uGT5zZja0
「志希ちゃん!何でこんな事を……お客さんも、凛ちゃんたちもみんな志希ちゃんがやったの!?」
「全く〜、今さら何言ってるの?
この状況を見たらわかるでしょ?
これはぜ〜んぶ志希ちゃんがやったの♪
理由はね〜?」

志希が左手を首筋に当てる。
その手で皮膚を掴み、引っ張ると、志希の首の皮膚がペリペリと剥がれた。
その下から現れたのは、猫をかたどったと思われる黒い刺青。
それは、奇しくも未確認生命体に憧れた男、蝶野潤一が刺青を入れていた場所と同じだった。
人工皮膚、医療でも使われるその簡単な偽装方法で、志希は未確認生命体の証拠を隠し続けていたのだ。

「志希ちゃんが〜、もう人間じゃないから♪」

志希の皮膚が変化する。
黒い皮膚が盛り上がり、新たな姿へと変わって行く。
それは、まるで志希が人間という殻を破り、未確認生命体の姿へ脱皮したかのように見えた。
美しく均整のとれた体型はそのままに、その身体は黒い体毛に覆われ、その目は縦に一本黒い線が走る金、ピンと立った黒い獣の耳。
ネコ型の異形、未確認生命体第51号、それが今の一ノ瀬志希だった。

「じゃ〜ん♪」

志希は爪を短くし、自分の姿を披露するように両手を広げた。
162 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:28:19.15 ID:uGT5zZja0
それを見る卯月の表情には困惑が浮かんでいた。

「く……あ……」

舌の筋肉すら弛緩する凄まじい眠気に精神力で抗い、一条はライフルを志希に向けた。
だが、引き金を引こうとしても、眠気が増す一条の握力では引き金を引き切れない。

「それにしても、興ざめだよ刑事さん。
せっかくキミを選んだのに」
「選……ん……だ?」
「まだ喋れるんだ、凄いね〜♪
私のゲゲルのフィナーレ、その幕を下ろす役、だったんだけどにゃ〜」

少しずつ、志希の姿が元に戻る。
未確認生命体から人間に戻り、志希はため息をついた。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 21:30:49.01 ID:UZXCNhKQo
YOUTUBEのリンクはそのままはりつけるだけでいいよ、期待してるからがんばって
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/03(月) 21:34:12.15 ID:IENKODYmO
クウガのssは基本ハズレが無いってのが凄いわ
165 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:38:56.56 ID:aNWtHagf0
「……どういうことですか?志希ちゃん」
「その刑事さんに通じるように話すね、卯月ちゃんには刑事さんが寝ちゃった後、詳しく教えてあげる。
……私はね、最後のスイッチを持ってない。
私が持ってるのは、任意の人物をお薬の量に関係なく起きたままの状態を保たせるスイッチと逆にお薬の量に関係なく眠りへ誘うスイッチ、熊ちゃんへの攻撃スイッチだけ。
最初のスイッチを使わないとお客さんの前にアイドルのみんながぐーすか眠っちゃうでしょ?そこのおかしさに気付かなかった?
んで、二番目のスイッチで女刑事さんを眠らせたの……あ、君は私たちにカウンセリングしてない分ちょっとお薬が足りなくてね、そのまま眠らせようとしても眠らないかもしれなかったから追加したんだ。
んで、本物の攻撃スイッチは〜……卯月ちゃんの頭の中♪
卯月ちゃんの脳の電気信号が無くなると作動するんだ〜♪
スイッチを押すのは私じゃなくてキミ……だったんだけど失敗しちゃった♪
だから真実を知ったキミには眠ってもらうよ、後は別の人間にスイッチを押してもらう。
……人間の手で、人間の正義感で、人間を殺させる……面白いと思わない?」
166 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:40:13.68 ID:aNWtHagf0
>>163さん

やり方を教えて下さりありがとうございます
167 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:41:12.93 ID:aNWtHagf0
「……どこが……どこが面白いんですか!
志希ちゃん……お願いですから、もうやめてください……こんなのおかしいですよ……」
「おかしいかにゃ〜?
動物が他の動物に淘汰される、これは自然なことだよ?」
「そこじゃありません……志希ちゃん、本気でこんなことしてるの?」
「……何言ってるの?」
「志希ちゃん……本当はこんなことやりたくないですよね?」
「……はぁ、この状況でもまだそんなこと言ってるの?」

ため息の後、志希は再び未確認生命体の姿へと変わった。

「全ては私の意思、グロンギになったのも、このゲゲルをしたのも、卯月ちゃんを刑事さんに殺させようとしたのも」
「でも……志希ちゃん……」
「……あ〜、本当イラつく。
私ね、卯月ちゃんのこと大嫌いだったの」
「え……?」
「特別な何かを持ってる訳でもない平凡な娘。
それがアイドルとして持て囃されて、この私に対等に接してくる。
オマケに人に理想を押し付けて、人を測る。
それが本当に大嫌い。
これが私、この姿が私。
卯月ちゃんの理想を挟む余地の無い、この化け物の姿が私なの」
「志希ちゃん……」
「……それ以上話すと……ここで殺すよ?」

極めて冷淡に、志希は言った。
そして、ゆっくりと卯月に手を伸ばす。
168 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:42:05.14 ID:aNWtHagf0
「う……おぉ……」

眠気に支配される身体を精神力で一条は必死に動かす。
それは、市民を守るという警察の使命。
未確認生命体となった志希に卯月は触れさせないという、強い意思。
その精神力を持って、一条は、腹部の傷口に左手の人差し指を突っ込んだ。

「ぐああああああああ!!」

激痛。
流れ出る鮮血。
それに構わず更に傷口を抉る。
169 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:43:04.04 ID:aNWtHagf0
「ぐううぅぅ!!」
「刑事さん!?」
「おっと?」

脳髄を焼く痛み。
それが一条の意識を覚醒させる。
一条は血走った眼で志希を睨み付けた。

「それ以上近寄るな」

血液の流れ落ちる腹部も、血液が流れないように一条の傷口を手で押さえようとする卯月も気にせず、ライフルを構え、銃口を志希に向ける。
170 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:44:07.09 ID:aNWtHagf0
激痛により一時的に握力は戻っている。

「ここまでとは……キミを選んで正解だったよ」

志希の皮膚が脈打つ。
志希の形態が変化して行く。
それを待たずに、一条は手の震えを消す。
数秒前まで眠気に支配されていた脳内には、もう無駄な思考は一切無い。
当てる、ただそれだけ。
一条は、右手に込める力を一際強くした。
171 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:45:01.21 ID:aNWtHagf0
「ダメぇ!」

その右腕に、卯月が抱きついた。
同時に、銃声。
放たれた弾丸は、卯月の妨害も虚しく、真っ直ぐ飛んで行き、志希の眉間に命中する。

「うわっ!?」
「卯月くん……キミは……ま……だ……」

『一ノ瀬くんを信じているのか』そう続ける前に、精神力の全てを使い果たした一条の意識は闇に落ちて行った。
172 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:48:32.58 ID:aNWtHagf0
短いですが、これで五章終了です


>>139さんが志希にゃん疑っていると見た時はドキリとしました(笑)
志希にゃんが卯月を未確認生命体だと一条さんに何をしたか、不明な部分は後々明らかになります。
173 : ◆ZfqRKaJB86 [sage]:2017/07/03(月) 21:49:37.27 ID:aNWtHagf0
では、引き続き六章を投下していきます
174 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:50:22.66 ID:aNWtHagf0
第六章「決意」
175 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:13.45 ID:aNWtHagf0
「う……」

重い瞼を持ち上げると、白い光が一条の視界に飛び込んだ。

「っ!……せ……!患…さん……ま…た!」

遠くで誰かが何かを言っている。
遠い……現実が遠い。

覚醒したと言っても、一条の意識のほとんどは未だに夢幻の中をさまよっていた。
176 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:51:56.83 ID:aNWtHagf0
僅かに現実に戻った意識で靄に包まれた記憶を探る。
まるでテレビのノイズのように、ザーザーという音が一条の耳に響いていた。

ここは何処だ?
俺は……何をしていた?
何かがあった……とんでもない何かが。
何かを忘れている……忘れてはいけない何かを……そして、誰かを……

夢現の中を行来し、夢の暗闇の中から記憶のパズルのピースを探し、己の記憶を組み立てる。

誰だ……五代の隣で、俺に笑いかけるキミは……
五代……そして……っ!?
177 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:07.87 ID:aNWtHagf0
重要なパズルのピースを一つ見つけると、それに連なって一気に全ての記憶が戻って来た。

「卯月くん!……うぐっ!?」

勢いよく上体を起こし、一気に意識を覚醒させた一条の腹部に激痛が走った。

「激しく動くな、傷口が開くぞ」
「……椿」

徐々にはっきりと明瞭になる視界に入って来たのは、真っ白い病室の光景と、友人の椿秀一の姿だった。
耳に響いていたザーザーというノイズはまだ続いていた、窓の外は暗く、強い雨が降っているようだった。
178 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:53:52.90 ID:aNWtHagf0
「どれくらい眠っていた?」
「三日だ」
「三日も……っ!卯月くんはどうなった!?……くっ!」

語気を強めただけで、一条の腹部は痛んだ。
その一条に、椿ではない誰かが手を添えた。

「落ち着いてください、一条さん……」
「っ!?夏目くん!」

それは、眠ったはずの夏目実加だった。
179 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:54:28.41 ID:aNWtHagf0
「夏目くんが目覚めたということは……」
「いや、眠り病患者全員が目覚めたわけじゃない。
実加ちゃんのはクウガとしての抵抗力だ」
「目覚めて……ない……」

ということは、俺は一ノ瀬志希を……いや、第51号を仕留めそこねたのか?

「それで、卯月くんは?」
「卯月さんは警視庁本部に連行されました」
「連行だと!?」

『保護』ではなく『連行』、その言葉の意味するところは……

「あの娘は未確認ではない!」

島村卯月に、未確認生命体の疑いがかかっているということ。
180 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:07.24 ID:aNWtHagf0
「……やはり、そうでしたか……あまりにも卯月ちゃんに不利な証拠があり過ぎて、逆に未確認かどうか疑ってましたが……」
「呑気に構えている場合か!今すぐ容疑を解きに……痛つつ……」
「その身体で何処に行く気だ?
まずはお前が見た物を教えてくれ。
会場のカメラは全て、卯月ちゃんを残して全ての人が眠りについたとこまでのデータしか残っていなかった」
「俺が見た真実は……島村卯月は利用されていた、第51号、一ノ瀬志希に」
「志希ちゃんが!?」
「一ノ瀬志希は今何処にいる?」
「志希ちゃんは……行方不明です。
渋谷凛、本田未央、遊佐こずえと共に」
「何だって!?」
「私も詳しいことはわかりませんが、応援にかけつけた警官たちが目撃したのは会場いっぱいの眠り病患者と、血まみれの卯月ちゃんだったそうです」
「血まみれだと!?無事なのか!?」
「落ち着け、大体はお前の血だ」
「俺の……あぁ」

傷口を抉り、血液はかなり流れた。
一条を抱きしめていた卯月が一条の血に濡れていても不思議ではない。
181 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:55:58.39 ID:aNWtHagf0
「ん?……大体は?」
「あぁ、渋谷凛、本田未央、遊佐こずえ、一ノ瀬志希の四名の血液も混じっていた」
「な!?俺が見た時は四人とも傷は無かった!一ノ瀬志希の血液など言うまでもない」
「おそらく、工作だよ、一ノ瀬志希による、島村卯月の心証を下げるためのな。
実際、その四人が島村卯月に着いた血液を残して行方不明になったせいで、世間じゃ島村卯月が未確認生命体だという意見が蔓延している。
……一部の意見だと、島村卯月は未確認生命体になり、四人を食ったとか言われてやがる始末だ」
「更に不味いことに……4年前の第48号、49号の事件の情報が漏洩しました」
「なっ!?だとすると……」
「はい、『アイドル』伽部凜が未確認生命体だったこと、並びに、今回の眠り病にも利用されている第49号の能力が周知の事実となりました。
それにより、伽部凜と同じくアイドルである卯月ちゃんの心証は落ちるところまで落ちました……
更に、第49号と同じく、眠り病の首謀者の未確認生命体が死ねば眠り病患者も目覚める。
又、未確認生命体の意思一つで眠り病患者が死ぬということも知られたために……その……市民の中で、警察に『卯月ちゃんを殺せ』と要求するデモ運動が盛んに……」
「な……そんなバカな!
人間が人間を殺せと要求しているのか!?」
182 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:57:23.93 ID:aNWtHagf0
「相手は卯月ちゃんを未確認だと思い込んでんだ、しょうがねぇだろ」
「……特に今日は……その勢いが強いんです」

実加は、一条が身体を預けているベッドの横のテレビにカードを挿し、画面をつける。
その画面に映し出されたのは……

『うおおおおおお!!』
『中継です!警視庁本部前は暴徒化した人々により大変な騒ぎとなっております!』
「なっ!?」

島村卯月を乗せていると思われる護送車に群がる市民と、それを中継するキャスターの姿だった。

「……伽部凜らの情報と共に、デマ情報もネット等に拡散されました。
『警察は特殊な拘束具を発明しており、島村卯月はそれにより未確認生命体の能力を封じられている』というものです。
今日は、卯月ちゃんが未確認生命体かどうか精密検査するために卯月ちゃんが警視庁から都内の病院に移送される日なんです」
「『その検査の時に特殊な拘束具が外される』
『外されれば島村卯月は未確認生命体となり眠り病患者たちを殺す』
そんな馬鹿馬鹿しい話が出回って今の騒ぎになってやがるんだ。
『その前に卯月ちゃんを殺せ』ってな……」
183 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:58:06.73 ID:aNWtHagf0
一条は、寝ている間に別の世界へ来てしまったのではないか?と本気で自分の目を疑った。
降りしきる大雨も気にしないように、大勢の人々がたった一人の少女の息の根を止めんがために護送車、そしてそれを守護する警官隊に一丸となって突撃して行く。
彼らの表情は、怒り、悲しみ、或いは恐怖……それは凡そ齢が20にも満たない少女に向けられて良い顔ではない。
叫びか雄叫びか、人の発する言葉というより、獣の咆哮に近いそれを轟かせる彼らに、警官隊は徐々に圧されて行く。

「っ!……警官隊の数が足りない!早く増員を……」
『大変です!今入った情報に依りますと警官たちの中にも島村卯月抹殺賛成派がおり、彼らが中で暴動を起こした模様です!』
「…………え?」
184 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:10.97 ID:aNWtHagf0
画面が切り替わる。
警視庁本部前を映していると思わしきカメラ映像に映るのは……他の者が出られないよう、建物内部にその盾を向ける警官隊の後ろ姿だった。
警察組織も意識が全て一つに纏まっている訳ではない。
第4号、クウガが活躍し始めた当初、他の未確認生命体と区別して良いのか判断がつかず、警官たちは彼に銃弾を放った。
そのようなとんでもない間違いが、また繰り返されようとしていた……しかも、今回は取り返しのつかないレベルで。
援軍のいない警官隊は一人、また一人と暴徒の勢いに飲まれ、盾を手放し倒れて行く。
暴徒たちの魔の手が卯月に届くのも時間の問題だった。
185 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 21:59:54.15 ID:aNWtHagf0
「クソッ!」
「待て一条!こっからどうやって警視庁本部に一瞬で行く?」

立ち上がった一条を椿は冷静な意見で止めた。

「だったらどうしろと言うんだ!このままただ見ていろと言うのか!?」
「あぁ、お前はただ見てれば良いんだ!」
「っ!?」

一条の無力を肯定するような椿の言葉に一条は憤慨し、椿の胸ぐらを掴んだ。

「椿、お前……」
「……この状況で……一条、お前に何が出来る?」
「…………わかっている!わかっている……だが……」

椿に当たったところで何も変わらないこと、一条に出来ることは最早何も無いことは一条も良く理解している。
186 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:04.89 ID:aNWtHagf0
一条は椿から手を離すと、力無くベッドに再び腰掛けた。

「……そうか、この光景を見せたかったから……俺を目覚めさせたのか……一ノ瀬志希……いや、未確認生命体第51号」

必死で守り、信じた卯月が未確認生命体ではなく人間の手により無惨に殺される。
そして、家族や大切な者を守るために拳や武器を握り、卯月を殺した者たちの願いと希望も虚しく、眠りに落ちている者たちの命まで散る。
最悪のシナリオだ……あまりにも醜悪なゲームじゃないか!
187 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:01:50.09 ID:aNWtHagf0
一条が嘆く間に、警官隊はほとんど全滅し、人々は護送車の鍵を無理やり壊して、中に突入した。
一条はもう見ていられず、目を伏せた……
後数秒もせずに、彼女のゲゲルは完了し、大量の人間が亡くなる。
188 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:16.51 ID:aNWtHagf0
……かに思われた。

『大変です!護送車の中は空!空でした!島村卯月は何処にも乗っておりません!』
「何っ!?」

キャスターの言葉に一条は顔を上げた。
画面に映っているのは、空っぽの護送車と戸惑う人々の姿だった。

「これは……」
「だから言ったろ?
お前はただ見てれば良いんだ、って」

先程までの重苦しい空気を壊すように、椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
189 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:03:55.90 ID:aNWtHagf0
「椿……これはどういうことだ?」
「もうすぐお姫様と執事が来るから、その二人に聞きな」
「姫?……執事?……」

妙な言い回しをする椿の言葉を一条は復唱した。

「刑事さん!」

そんな時、病室にすっかり聞き慣れた声が響いた。
病室の入り口を見ると、そこには一条が会いたかった少女がいた。
190 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:03.06 ID:aNWtHagf0
「卯月くん!」
「良かった!目が覚めたんですね」

卯月は安心したように笑いながら、一条の腰掛けるベッドに近づいた。

「……何がどうなっているんだ?」
「ま、それは俺から説明する」

卯月に続くようにして、スキンヘッドの男が病室に入ってくる。
191 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:05:40.88 ID:aNWtHagf0
「杉田さん!」
「よっ、元気そうだな一条」
「いえ、あまり元気とは言えない状態ですが……
それより、状況の説明を……」
「はいはい、わかってるよ。
結果から言う、卯月ちゃんを救ったのはお前だぞ、一条」
「私が……ですか?」

全く身に覚えが無い。
というか、3日も寝ていた自分が何をしたというのか?

「お前、第51号に銃をぶっぱなしたろ?」
「……はい、確かに」
「あれでな、卯月ちゃんの鼓膜が破れたんだ」
「なっ!?……そ、それはすまなかった」

一条は卯月に軽く頭を下げた。
192 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:06:10.95 ID:aNWtHagf0
急性音響外傷。
警察官等、銃を使う者に良く見られる現象であるそれは、予期せぬ瞬間に125〜135dB以上にもなる大きな音により、鼓膜が破れることを言う。
慣れない大経口の銃の銃声、それを第50号の時のようにステージの上と観客席という離れた場所ではなく1mと離れていない場所で聞いたのだ。
慣れており、覚悟の仕方をわかっている一条なら兎も角、普通の女子高生が対処出来ることではない。
193 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:09:21.25 ID:aNWtHagf0
「あはは……気にしてませんから謝らないで下さい……それに、そのお陰で私は助かったんです」
「助かった?」
「未確認生命体の身体の構造については一条も知っているよな?
アイツらの身体は通常兵器で傷つけても大概はすぐに治っちまう。
だからこそ榎田さんが神経断裂弾を開発した訳だが、今はそれはいいか。
んで、卯月ちゃんは鼓膜が破れていた……警視庁でもすぐに調べられたよ。
状況的に、卯月ちゃんは限りなく黒だった。
だが、鼓膜の傷という僅かな綻びが、俺は気になった。
未確認生命体が人間に成り済ますための作戦だとしても、もっと分かりやすい場所を傷つけるはずだと思った。
……それに、一条、お前ほどのヤツが神経断裂弾をぶっぱなして未確認の鼓膜に小さな傷をつけただけだとは思えんしな。
んで、警視庁内部もピリピリしてたし、このままじゃヤバかったんで、信頼出来る連中に声かけまくって極秘で昨日卯月ちゃんをこの関東医大病院に移した。
色々と誤魔化すのは大変だったぜ……この事件が終わったら俺は最悪クビだな」
「そんで、俺が卯月ちゃんの身体を調べて、卯月ちゃんはただの人間の少女ですって診断を下した訳だ。
ついでに、さっきまで卯月ちゃんは鼓膜の検診をしてた」
「あと一週間もすれば完治するそうです!」
「そういうことか…………はぁ、良かった……」

一条は絞り出すようにため息をついた。
194 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:10:25.68 ID:aNWtHagf0
『暴動を起こした市民たちは島村卯月の身柄を渡すように警察に抗議しております!』
「…………とも、言ってられないか」

一瞬、ほんの少しだけ緩んだ一条の表情がまた険しい物に戻る。
画面の向こうには、警官を相手に未だに暴れまわる人々の姿があった。
195 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:11:32.14 ID:aNWtHagf0
「…………」

誰も声を発することが出来なかった。
一条の胸に飛来した感情、それを言葉にしようとすることは、とてもじゃないが憚られた。
重苦しい静寂の中、激しい雨音のみが響いていた。
196 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:17.78 ID:aNWtHagf0
「なぁ……一条?」

沈黙の中、最初に口を開いたのは杉田だった。
一条には、杉田が言いたいことがすぐにわかった……わかってしまった。

「……人間と……未確認生命体と、何が違うんだ?」

それは、抱いてはいけない疑問。
だが、一人のか弱い少女を殺すために、獣の大群のように群れになって襲いかかる人々の姿は、一条らが未確認生命体の姿と重ねるのに十分だった。
197 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:12:59.28 ID:aNWtHagf0
それに……志希の件もあった。

「今日のこの暴動だけじゃねぇ……熊谷和樹、そして一ノ瀬志希……アイツらは……自分で未確認生命体になることを選んだんだろ?
……一条、俺は自分の信じるもんが分からなくなりそうだよ」

杉田はタバコを取りだそうとして、ここが病院の病室であることを思いだして手を止め、タバコを戻すと何処か遠くを見つめた。
198 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:08.42 ID:aNWtHagf0
「違う……はずです。
未確認生命体は、ゲームで人を殺します。
暴動を起こした彼らは、間違っているとはいえ、他者の命を救うために…………卯月くんを……卯月くんを殺そうとしたんです」

それを、卯月の前で言うのは憚られたが、ぼかさずにしっかりと言葉にしなければ一条自身も人間不信に陥りそうで、それを否定するために卯月の方を向かずに、一条は言葉を絞り出した。

「彼らは、好んでそうした訳ではありません……だから、未確認生命体とは違います」
「……んじゃ、熊谷や一ノ瀬はどうなんだ?
人間の中にも、かつての蝶野のように未確認生命体に憧れるヤツがいる。
んで、自ら進んでヤツらと同じになったんだ……人間なんてのも、未確認生命体と本質は変わらねぇってことじゃねぇのか?」
「それは……」

杉田の問いに対する答えを、一条は導き出せず、頭を下げた。
「一部の特殊な人間だから」そう言い切るのも何か違う気がした。
今、テレビ画面に映る人々を見ていると、熊谷和樹や一ノ瀬志希が特殊な人間とは言い難かった。
一条は人間という種を信じられない自分が嫌になった。
199 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:15:48.51 ID:aNWtHagf0
五代……お前なら何と言った?
この状況に、暴動を起こす彼らに、一ノ瀬志希に、島村卯月に……お前なら何と声をかけた?
『未確認生命体と人間は違う』と、心の底から言えたのか?
俺は……人間を信じても良いのか?
なぁ、五代……お前ならやっぱり、こう言うのか?いつものように、親指を立てて……
200 : ◆ZfqRKaJB86 [saga]:2017/07/03(月) 22:16:31.64 ID:aNWtHagf0




『「大丈夫です」』



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