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役人「君と世界に花束を」【ガルパンSS】
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1 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 05:40:54.79 ID:DcA3DrBQ0
・劇場版ノベライズの辻に関する設定はほぼ無視しています
・官僚機構・法案成立に関する記述には多数の捏造と間違いと不足を含みます
・モブキャラクターが複数登場します
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1501360854
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/30(日) 05:43:39.57 ID:DcA3DrBQ0
<九月>
大学選抜チームとの戦いに勝利した大洗女子学園戦車道チームの凱旋に、大洗町の沿道が歓迎する地元住民やファンで大いに盛り上がっていたころ。それとは対照的に盛り下がりも盛り下がり、陰鬱で暗い雰囲気に満たされていた空間があった。
文科省庁舎内、大会議室。大勢の険しい顔をした幹部クラスの官僚たちがずらりとコの字に席を並べている。その中心に立たされ、青い顔でこめかみから冷や汗を垂らしているのが、七三分けにメガネ、ダークスーツ姿のいかにもお役人然とした風貌の男、辻廉太学園艦教育局局長である。
「で、君が絶対勝てると言うからなんとかいう列車砲だかなんだかまで無理に補助予算をつけて通したというのに、その結果がこれかね、辻君?」
人事を統括する官房長が、スチールデスクに置かれた試合結果のレポートをいらいらと指先で叩いた。
「い、いえ、カールは列車砲ではなくて、自走臼砲といいまして……」
「そんなことはどうでもいい!」
「ひぃっ!?」
事務官トップの事務次官にばんっ! とデスクを勢いよく叩かれ、辻は部屋の真ん中で直立不動のまま飛び上がった。
「これで学園艦統廃合プランは白紙からやり直しだぞ!それどころか連盟や学園艦関係者に警戒心を植え付けた分むしろマイナスからのスタートじゃないかね!一体どう責任を取るつもりだね、君ぃ!」
「そ、それはでございますね……お、大洗に限らずとも生徒数減少や財政難でCランク評価の学園艦はいくつもございますので、コアラの森なり、ヨーグルトなり、その辺りを1つ2つ潰せば全体の帳尻は合わせられるかと……」
辻は無意識にハンカチで汗を拭き拭き、どうにかその場をしのごうとするが……
「君は馬鹿か」
「は、はいっ……!?」
議員選出十数回の文教族の大物、恰幅と押し出しの良さを誇る文科省大臣に一言で切り捨てられた。
「首根っこを押さえられているんだよ我々は。分からんのかね」
「首根っこ……ですか?」
3 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 05:48:39.57 ID:DcA3DrBQ0
意味が分からず首を捻る辻に、いらだたしげに官房長が口を挟む。
「誓約書だよ誓約書! 大洗の生徒会長に君がまんまと書かされたアレだ」
「誓約書……しかしあれはあくまで大洗に限っての取り決めでございまして、それ以外の高校の廃校とは何の関連も無いと思いますが……」
「認識が甘いっ」
大臣の派閥力と引きで就任した若手与党議員の副大臣がわめいた。
「もう大洗に限った話じゃ済まないんだよ。我々官公庁が民間人の学生を相手に賭け試合のような取引を交わしたあげく、ご丁寧にも署名入りの証拠を戦車道連盟と大洗学園側に押さえられているんだよ? これを明るみに出されたら我々は大ダメージだ。メディアが大喜びで叩きにくるぞ!」
「……!」
辻の顔が反射的に青ざめる。
「辻君、君は廃校に同意しなければ関係者の就職斡旋はしないと言ったらしいじゃないか。あれもまずいよ、非常にまずい」
「オープントップのカールを無理な解釈で持ち込んだのにも関係各所からクレームが来とるし」
「法的にはグレーゾーンでもメディアから見れば叩き放題だしな」
「戦車道連盟も学園側も今のところ沈黙しているのが救いだが……」
「むしろ、これ以上うちが強引な手にでるなら黙っていないぞ、という無言の圧力でしょう」
「……ではどうする?」
「ここはやはり」
「責任者の首を差し出して手打ちにしてもらうしかあるまい」
「……」
「……」
「……」
じろり、と全ての視線が集中し、辻はへなへなとその場で崩れかけた。
「ひぃっ……首って……わ、私ですか? そんな……!」
「学園艦教育局長は学園艦に関する全ての政策の総責任者だ。他に誰がいるというのかね」
あまりにもあからさまな、とかげのしっぽ切り。
(あ、あんまりだ! 私は国やあんたたちの意向や命令で動いただけなのに!)
そう叫べるものなら叫びたかったが、衝撃と動揺のあまり声にはならなかった。
「まあお待ちください」
ところがそんな辻に助け舟を出す者が現れたのである。
4 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 05:50:25.01 ID:DcA3DrBQ0
「辻局長は文科省では数少ない、戦車道に詳しい高級幹部です。このまま辞めさせるのでは人材を無為にすることになりますよ。責任を取っての異動は仕方ないとしてもね」
掘りの深い顔立ちに、浅黒い肌。浅黒い肌にオールバックの髪、長身を包むスーツはイタリアクラシコの超高級ブランド。吊るしのダブルに冴えない七三分けの辻とは対照的な、いかにもやり手のエリートキャリア的外見であった。
「君は?」
「Sと申します」
辻のピンチに口を挟んだ男は辻と同期の文科省官僚であった。優雅に一礼し、先を続ける。
「それに彼を罷免するということは、彼の方針を支持した我々自身の責任をも認めたことになりますが、よろしいのですか?」
「「うぐっ……」」
その場に居た全員が怯んだのが伝わって来た。
「し、しかし廃校案は失敗でした、だけでは引き下がれんぞ。さんざん予算を使って動いておいて、中央が認めんだろう。国民に対しても説明のしようがない。何か次の手を打たなければ……!」
「策ならあります」
焦って言い募る官房長に、Sは自信ありげな笑みを見せた。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/07/30(日) 05:54:52.78 ID:DcA3DrBQ0
◇◇◇
Sの提示した案は意外なものだった。
プロリーグ設立や世界大会開催で世界の注目が集まる中、CV33やら八九式やらチハやら、日本の高校戦車道の戦車は貧弱すぎて見栄えが悪い。そこでアメリカと戦時中のレンドリース法に近い契約を結ぶ。旧式で性能の劣る戦車は全て廃車にして、全てシャーマンやチャーフィー、パーシングに入れ替えるというのである。
大胆過ぎるプランには当然異論も出たが、Sの恐らく入念に準備したと思われる説明と爽やかな弁舌の前にやがて感心したような沈黙に取って代わり、気圧されたように辻の処分はとりあえず保留ということで散会となった。
「要は、損して得とれってことだ」
場所は変わって神楽坂のバー。Sは満足げな表情でロックの水割りを呷りつつ、辻に説明していた。会合の時とはうってかわってぞんざいな口調なのは、同期の辻しかこの場にいないからであろう。
「おまえが失敗したのは、廃校案にこだわり過ぎて反発を招いたからだ。たしかに学園艦を1隻潰せば数百億のカネが浮くが、そのカネが直接文科省の懐に入るわけじゃない。だったらもっと上手い方向に生かそうというのが俺の発想だよ。戦車貸与で日本からカネがアメリカに流れれば、向こうは貿易赤字の解消に向けて動いてるってポーズができる。日本側も格安で体裁を整えられる。通った予算は当然うちの、文科省の取り分だ。三方丸く収まる、ウィンウィンってやつさ」
「そんな強引な話がそんなにうまく進むと思うのか?」
「思うね。アメリカの通商部高官とはコネがあるしもう話は付けてある。あちらは大乗り気だよ。今の大統領はそういう派手なポーズが大好きだし、鋼鉄と車両を輸出できるってイメージが作れれば支持率にも反響が見込めるからな。日本の与党筋にも話は通ってる。FTA交渉を前にアメリカの顔色を伺いたいタイミングだったからな、スムースだったよ」
「しかし……」
思ったより着実に裏で話は進んでいたようだ。外務省重鎮の父親を持つSは文科省では異色の国際派として通っており、欧米各国とのコネと交渉に強かった。ただのブラフではないだろう。辻はなぜだかその事実に焦燥を覚えながら、なおも反論を試みる。
6 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 05:57:43.01 ID:DcA3DrBQ0
「今の戦車を軒並みシャーマンに入れ替えたんじゃ、各校の個性が無くなってしまうだろう」
「個性? そんなものが必要か?」
辻の疑問を、Sはあっさりと切り捨てる。
「今の戦車道は野球でいったら使うバットがチームによって金属だったりプラスチックだったりする、みたいな状況じゃないのか。むしろスポーツとしての公正を期すなら試合の道具は統一すべきだろ。そしてお互い、純粋に戦術と技術だけを競うってわけだ」
「……」
確かに一理ある。あるのだが……
「まあ百歩譲ってチハだのCV33だのをありだとしてもな。ポルシェ・ティーガー。あれは無しだろ」
「ポルシェティーガーの主砲と装甲は無視できないスペックのはずだが」
「だが欠陥戦車の代名詞だ。まずアレを廃車だな。あんなのが運用されてたら諸外国の物笑いの種になるぞ、おたくの国じゃ普通のティーガーが用意できないからあんなのを使ってるんですか? ってな」
「生徒たちは今保有してる戦車に愛着を持ってるだろうし同意しないんじゃないか?」
「そんなものは関係ないね。廃校にしますって通知には文句も言えるだろうが、ダメ戦車をまともな新品に変えてやるんだ、文句のつけようがないだろ」
今更おまえがそれを言うのか?という目でじろりと眺められ、辻はたじろいだ。
廃校通知を出した後、明らかに不自然な紛失届けが大洗から提出されたのは事実だ。サンダースが保管・移動に協力したらしいこともわかっている。どうせ全てが決着するまでのことと放置していたのだが、彼女たちがあそこまで積極的に動くのには戦車への愛情があるからだろう、ということが今なら何となく理解できる。しかしそれを目の前のこの男に並べ立てても意味はないだろう。
「廃車というが、いくら試合用に改造した車体でも元は兵器だぞ。どう処分するつもりだ」
「ここだけの話だが、中国と既に話はつけてある。あちらさんで無料で引き取ってくれるそうだ」
「中国が? プロリーグ設立するって話は本当だったのか」
「ああ。戦車競技では後進国だが、日本へのライバル心からだろうな。カネもマンパワーも潤沢だし、動き出せば早い」
「プライドの高いあの国で、日本のお古なんかを使う気になるか?」
「まさか」
Sは手を振って笑った。
「練習用の的にするんだとよ。ポルシェティーガーあたりはさぞかし壊しがいがありそうだよな」
7 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:00:34.12 ID:DcA3DrBQ0
◇◇◇
飯田橋駅で別れる前。辻は気になっていたことを尋ねた。
「今日、何故俺を助けたんだ」
「何でだと思う?おまえなら答えは分かっているはずだ」
霞ヶ関における同期とは、限られたポストを巡って蹴落としあうライバルのことを指す。この男がただの善意で辻に助け船を出すはずがなかった。そもそも辻とSは元から反りが合わず、お世辞にも仲がいいとはいえない関係であった。
「どうせ裏があるんだろう」
「当たり前だ。いいか、俺はおまえの後任で学園艦教育局局長になる。おまえは外局のスポーツ庁行きだ。そこで俺のプランのサポートをしてもらいたいのさ。といっても具体的に何かしろってわけじゃない。レンドリース関連の法案政令が通るのを承認してくれりゃあいい。前教育局長様がお墨付きを与えてくれれば話が通りやすいってわけだ」
「ほう……」
聞いていて全く快い話ではなかった。この男は自分を格下の駒として扱おうとしている。
「首の皮一枚繋げてやった俺に、せいぜい感謝しろよ。慰謝料の支払いもまだ残ってるんだろ」
「養育費だ」
渋面になって訂正する辻に鼻先で笑いを浴びせ、Sは改札へと消えていった。
8 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:37:53.64 ID:DcA3DrBQ0
<十月>
文科省外局・スポーツ庁審議官。それが辻に新たに与えられた役職であった。
形式的には一応、今までのポストとほぼ同格。とはいえ、出世レースの最終段階たる幹部クラスの人間が本庁から外局に飛ばされるという人事の意味は、あまりにも周囲の人間にとって明白に過ぎた。
「辻さんも、とうとう年貢の納め時らしいぞ」
「統廃合の件では相当強引な真似をしたっていうからな……」
「あの人も落ち目か……」
などという陰口がちらちらと聞こえてくる。総合職の若手キャリア組が自分から距離を置きはじめたのを態度のそこかしこに感じる。本省よりもスポーツ関連の法案に特化した分、アスリートたちと心理的な距離が近いらしい一般職のノンキャリからはあからさまに冷たい視線を浴びせられる。早くも寒々しい秋風の訪れを感じる心境の辻であった。
9 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:39:50.83 ID:DcA3DrBQ0
◇◇◇
「──お父さん! お父さん、聞いてる?」
「……え?」
「もうっ、進学はどうなってるんだって聞いたのはお父さんでしょ?」
「あ、ああ──すまない」
陽光に目を細めながら、辻は居住まいを正した。
ここは越谷のアウトレット・モール。外郭のフードスペースの一角だ。
目の前には意志の強そうな瞳をした自分の長女。最近その母親と面立ちが似てきた気がする。
今日は休日。数少ない貴重な娘との面会日だ。いい加減仕事の問題は心から締め出さなくては。
「……お父さん、なんかちょっと痩せた?」
「そうかな……?」
辻はややだぶついたポロシャツを引っ張り、中年太りとは無縁のままできている腹を見下ろした。
入省してからこれまでずっと激務の毎日だった。庁舎に泊まり込んで夕食は真夜中にカップラーメンなどという日も珍しくなかった。幹部クラスになってからはさすがに泊まり込みは減ったが、3年前に離婚して以来、更に食生活が荒れているという自覚はあった。
離婚原因は生活リズムの不一致と、父親としての子育てへの非協力。高級官僚にありがちな理由であった。
だが今回の辻の体重減少の原因は食生活のせいではない。
10 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:42:37.12 ID:DcA3DrBQ0
(自分は負けた。角谷杏にも、Sにも)
官僚の生きる意味。一言で言えばそれは出世のため、である。霞が関の官僚たちはほとんど例外なく、出世に全てを賭けて日々を送っている。
課長クラスまでは横並びだが、そこから先は弱肉強食。いかにしてライバルを蹴落とすかが全てで、省庁トップの事務次官に辿りつけるのは同期のうち一人だけ。他は全員ドロップアウト組として、霞が関から去っていく。
学園艦統廃合で致命的なミスを犯した辻が、この先の人事で日の目を見ることはもはやあり得ない。閑職の独立行政法人にでも出向できればまだ御の字で、天下りが厳しく帰省されつつある昨今の情勢では今後路頭に迷う可能性すらあった。
(どうすればいいというんだ……これから、俺は)
「──を受験しようと思うの」
「……へっ?」
ここで聞くことになるとは思っていなかった聞きなれた単語が耳に届き、辻は物思いからいきなり呼び覚まされた。
「ど、どこを受ける、だって?」
「だからぁ」
娘はちょっと照れたように横を向いて頬を掻いて告げた。
「大洗女子学園」
「……」
ずるり、と辻の顔からメガネが半分ずり落ちた。
「なんでまた……そんなところを?」
「なんでってまぁ、公立だから入学金安いし」
(うっ……)
もちろん養育費は毎月決められた金額を振り込んでいる。だが世間一般に想像されているほど国家公務員の給料は高くはなく、反比例するように学園艦の学費は高騰していく傾向にあった。到底子供らしいとはいえない娘の気遣いだが、正直サンダースや聖グロリアーナが志望でなくて助かった。
「それにね、学園艦一般開放のオリエンテーションに行ったときにね」
まさか自分の父親がその学校の廃校問題に関わっていたとは知らない娘は、身を乗り出しながら目を輝かせて続ける。
11 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:44:45.77 ID:DcA3DrBQ0
◇◇◇
青い海と青い空に囲まれた、海に浮かぶ学園艦。そのスケールは辻の娘の想像を遥かに超えるものであった。
人口も施設の規模も多様さももはや都市と呼ぶのに相応しく、今通っている陸の中学校とはまるで別世界だ。しかし、のんびりと見物している余裕はなかった。
学校見学という名目で訪れた女子中学生たちの大半のお目当ては、戦車道クラス。長年のブランクと圧倒的な戦力差というハンデを背負いながら本年度全国優勝と大学選抜に勝利した名将、西住みほ率いる栄光のチームである。
機を見るに敏な前生徒会長により開催された行進演習(という名のパレード)に瞳を期待に輝かせた少女たちが殺到する。そのあまりの人いきれに閉口した辻の娘は、人混みを避けて歩くうちにいつの間にか、ふらふらと演習場の外れの格納庫へと迷い込んでいた。
(あれ? この戦車──)
少女の目の前に現れたのは、メタリックグレーの巨大な鋼鉄の塊。よく見ればその表面は無数のキズと凹みに覆われている。
「ポルシェティーガー? なんでこんなところに……」
「修理中なんだよね」
今演習場で大歓声に迎えられているパレードに参加していないことをいぶかる彼女の上から、声が降って来た。
12 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:47:56.20 ID:DcA3DrBQ0
「ひゃっ!? ご、ごめんなさい! 人がいるなんて思わなくて……」
思わず仰け反った彼女に、ハッチの上から人懐っこそうなそばかすを頬に浮かべた少女が顔を覗かせた。
「いいのいいの。はじめまして、学校見学の子だよね?」
私は自動車部2年のツチヤっていうんだ、と名乗りながら、少女は戦車から滑り降りてきた。もとは鮮やかなオレンジだっただろうツナギは至るところがススで汚れている。
「それにしても、見ただけでポルシェティーガーってよく分かったね。戦車道詳しいの?」
「いえ、その……ネットの動画で、見て……」
特に戦車道に詳しいわけではない。特徴的なアニマルプリントで判別できただけなので、ちょっと気まずかった。
「あーそうなんだ」
「あの、それより……! 修理中って……?」
ぎゅっと拳を握り締めながら問い掛けると、ツチヤは苦笑して頭を掻いた。
「実はさー、この間の大学選抜との試合でモーターが焼けついちゃってね。だから残念だけどパレードもお預け」
「えっ……直りそうなんですか?」
「それがね……」
こつんと車体の装甲を拳で突いて、ツナギの少女は肩を落とす。
13 :
◆663LzicDVs
:2017/07/30(日) 06:49:48.85 ID:DcA3DrBQ0
「コイルだけの問題だと思ってたんだけど、なんせ年代物のモーターでしょ?全体的にガタが来ちゃってさぁ……なのに自作は禁止されちゃうし」
一から巨大なモーターを自作するのは学園艦内の設備だけでは困難だが、外部の工場に発注すればそれ自体は可能であった。ところが発注をかけようとした矢先、文科省からストップがかかったのである。
もともと戦車道の規定では、オリジナルの部品が調達不能で再現困難な場合は、「連盟が認める範囲で」改造することが許可されていた。ところがこの「認める範囲」というのが曲者で、明文化されていない以上広くも狭くも解釈自由なのである。そしてアメリカ戦車の一括レンドリースに向けて動き出した学園艦教育局の新局長の主導のもと、その他の国の戦車の導入・維持を妨害する形で規制が厳しくなっていたのであった。
それでもそれなりの数が生産された戦車ならまだ使いまわしのパーツの流通も期待できようが、ポルシェティーガーではそうもいかない。いくら優れた整備技術で名高い大洗の自動車部とはいえ、オリジナルパーツが手に入らないうえに改造まで禁止されては手も足も出なかった。おかげで試合後1ヶ月以上が経過した今も、レストアは完了しないままになっているというわけである。
「先輩たちが居れば、まだなんとかなりそうな気もするんだけどね……」
とツチヤ。もちろん霞が関での人事交代や官僚と政治家たちの思惑などは知る由もない。
「あの、自動車部って……」
「うん、本当は4人いるんだけどね〜……」
自動車部の3年生たちは2学期に入って、ガレージから足が遠のいていた。受験や就職を控え、部活動なら引退の時期だけに、仕方のないことではあったが。
──もう、潮時なのかなあ。
「えっ?」
続いて聞こえた力ない呟きに、うつむきかけていた辻の娘は、思わず顔を上げた。
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