ミリオンデイズ

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51 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/02(月) 20:28:51.78 ID:vPsX6YiQ0

机の上に身を乗り出した、美奈子に迫られ答える男はたじたじだ。
口の中からレンゲを引き抜き、目の前の皿に盛られている美奈子特製かに玉炒飯の山を崩しながら。

「ぱらっとした米に程よく絡まるあんかけと、ふわふわ玉子の掛け布団。
まるで質の良い睡眠のようであり、気分は正に夢心地。ちりばめられてる具にしても、
椎茸、ニンジン、ネギにエビ、定番どころはキッチリ押さえ、旬の筍だって入ってる」

「彩りのグリーンピースも忘れないであげてくださいね」

「しかもカニがな、本物だし」

「そりゃ、カニカマなんて出しませんよ。お店の料理なんですから」

美奈子が口を尖らせ言う通り、ここは中華料理の専門店。
その名をズバリ「佐竹飯店」そう! 彼女の実家の店だった。

入り口からは目の届かぬ、奥まった席に座る三人。
何をしてるかと説明すれば、並んで昼食真っ最中。

グラスの水を流し込み、プロデューサーが美奈子に言う。

「でもね? 量がね? ちょっとねぇ……」

「男の人には物足りません?」

「否! 絶妙過ぎてて食うのが怖い。あと一口、もう一口」

そうして男が皿の上の、三分の二をその胃に納めて嘆息する。

「この皿が空になった時、必ずこう思う予感がする。……ああ、あと少しだけ食い足りない」

「そこでおかわりじゃないですか!」

「山盛り炒飯をもう一皿? ……勘弁してくれ、死んじまうよ!」
52 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/02(月) 20:31:01.93 ID:vPsX6YiQ0

大げさな悲鳴を一つ上げ、男が渋い顔をして美奈子を見た。
すると彼女は「だったら」と、良いアイディアがあると言わんばかりに指を立て。

「並より少ない量にすれば、食べてくれるってワケですよね? なら、おかわりの量は中盛りで――」

「待て待て待て待て中盛りってなんだ? そいつは並とは違うのか?」

慌てて尋ねたプロデューサーに、美奈子は笑顔で肯くと。

「今食べているそのお皿の、大体五分の四ぐらいです」

「それ、単なる普通のおかわりじゃ」

「中盛りがダメなら小盛りにします? こっちは四分の三ですよ♪」

「いやぁ、殆ど変わりがない」

「なら一番少ない末盛りに。お皿の面積八分目です!」

「もうすっかり想像すらできん……」

男は美奈子に向かって微笑み返し、炒飯の始末に取り掛かる。
途中、緑の小豆にレンゲの行く手を阻まれたが、彼は器用にソレを取り除き。

「なぁ琴葉」

「はい、なんですか?」

「グリーンピース食べてくんない?」

言うが早いか琴葉の皿に、集めた小豆をぶちまける。

「えっ、あの、ちょっと待っ――な、なにをっ!?」

「お前の酢豚、彩りがな。さっきからそれが気になって」

「緑ならここにピーマンがいます!」

箸でしっかと捕まえて、掲げて見せるミス田中。
その瞬間、美奈子が「なるほど!」と声を上げた。
53 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/02(月) 20:36:17.99 ID:vPsX6YiQ0

「インゲンなんかは入れますけど……グリーンピース、それもアリかも」

そうしてすっくと立ちあがり、エプロンを絞め直すと美奈子は男に言ったのだ。

「プロデューサーさん、早速試作して来ますね! とりあえず、バリエーション込みで三つぐらい!」

「う、ん?」

「かに玉の平盛りもありますから、全部で四品……。少しだけ時間がかかっちゃいますけど。
きっと、お腹が減るには丁度いいくらいになりますよね♪」

ギュッと脇を閉じガッツポーズ。

厨房に美奈子が消えるのを見届けて、男は琴葉に顔を向けた。
グリーンピースを箸でつまみ、口に運んで彼女が言う。

「良かったですね、プロデューサー。お腹一杯になれますよ?」

……とはいえ、琴葉が冷たい態度を取れたのもその一瞬がピークだった。

美奈子が試作の酢豚を持って来ると、結局彼女も箸を取り、
「そ、そんな恨みがましい目で見ないでください! ……居心地悪いじゃないですか」なんて加勢することになるのだから。

ああ、それにしても美味しそうにご飯を食べる女の子って素晴らしい。
時折口元を押さえたり、ズボンのベルトを緩めてお腹に余裕を作ったり。

「うぷっ……。もうダメ、これ以上はムリ……!」

それでも目尻に涙をためながら、もっきゅもっきゅと口を動かす琴葉だった。
54 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/10/02(月) 20:40:06.23 ID:vPsX6YiQ0
===
この一コマはこれでおしまい。田中さん今週誕生日ですね。ミリシタにサプライズ登場とかしないかなぁ。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/03(火) 09:54:27.99 ID:/BCql5nXO
琴葉と美奈子はかなりつながり少ないからこういうので読むのは楽しいな
56 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/10/03(火) 18:59:08.15 ID:245R1GW40
どうなるんだろね、誕生日

>>37
横山奈緒(17)Da/Pr
http://i.imgur.com/ondvToc.jpg
http://i.imgur.com/Nh7PoEx.jpg

高坂海美(16)Da/Pr
http://i.imgur.com/m9VYe4I.jpg
http://i.imgur.com/rzLkPNw.jpg

所恵美(16)Vi/Fa
http://i.imgur.com/GNH7iGY.jpg
http://i.imgur.com/a2Ghj4r.jpg

>>43
秋月律子(19)Vi/Fa
http://i.imgur.com/8h2rs5n.png
http://i.imgur.com/FUliF1H.jpg

矢吹可奈(14)Vo/Pr
http://i.imgur.com/kQHQF7j.jpg
http://i.imgur.com/ZR0He5K.jpg

>>48
桜守歌織(23)An
http://i.imgur.com/JWlIySg.png
http://i.imgur.com/HjgOTKn.png

>>50
田中琴葉(18)Vo/Pr
http://i.imgur.com/5cGQanJ.jpg
http://i.imgur.com/JJhinlS.jpg

佐竹美奈子(18)Da/Pr
http://i.imgur.com/sQWkK17.jpg
http://i.imgur.com/7L2eJqW.jpg
57 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:25:17.95 ID:t9VFdT8i0
===8.

その日、貴音がなんだか変だった。

自分と一緒にやっている、「生っすかウェンズデー」の収録中もうわの空。
こっちのことも、ディレクターのことも、聞いてるのか聞いてないのか生返事。

それでね、収録が終わったら聞いてきたの。「響、今夜の予定は空いてますか?」って。

「予定? 今日の? ……特にないけど、どうかした?」

「では今晩、響の家に伺ってみてもよいですか?」

「別にいいけど。なに? またウチにご飯食べに来るの?」

そう、そうなんだ。貴音はちょくちょくウチに来る。
遊びに来るって名目で、ご飯を食べにやって来るの。

……別にたかられてるとかそんなんじゃなくて、一人でご飯を食べるより、二人で食べる方が美味しいから。

どっちも一人暮らしだけど、向こうにはハム蔵やいぬ美たちみたいな家族
(あっ、ウチで飼ってる動物たちのことね)が居ないからさ。

だから貴音に訊いたワケ、またウチにご飯食べに来るのって。

貴音は上品そうな見た目の割に、自分もビックリするぐらい食べるから……。
彼女が家に来るときは、こっちもそれなりに準備しなきゃ。

じゃないと、冷蔵庫の中身が壊滅! なーんて事態がわりと頻繁に発生する。
家族の食費プラス貴音。うぅ、我が家のエンゲル係数は、下がる見込みがございません。
58 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:28:24.58 ID:t9VFdT8i0

でも今日の貴音は違ったんだ。
やっぱりどこか心あらず。曖昧に「はい」って頷くと。

「響は、今日が何の日なのか知ってますか?」

「今日? 今日は……いっつも余裕が全然ない、生水のちょうど収録日」

「ではなく」

「違う? じゃあ……。分かった! 誰かの誕生日!」

「明日は琴葉嬢の誕生日ではありますが、本日はどなたも」

「これも違うの? う〜ん、他になにかあったかなぁ」

ゼンゼン思いつけない自分に、それでも貴音は黙ったまま。
ヒントとか、くれても別に構わないのに。……っていうかヒント! それ!

「ヒントちょーだい!」

すると貴音は左手を、自分の頭にくっつけて。
まるで動物の耳が動くようにぴくぴく動かして見せたんだ。

「耳? ……犬かな?」

「響、自分は今どんな恰好をしていますか」

「どんな恰好って、生水でやってたチャレンジの服装まんまだから……」

言われるままに自分の服装を確認する。

頭につけたうさぎ耳、羽織ってる上物のバニーコート、
お尻にはしっぽがついてるし、貴音とお揃いのレオタード。

履いてるヒールの踵だけは、ぽっきり折れちゃってたけれど。

……毎度のことながら大変さー。

今回の『うさぎ跳びで赤坂ミニマラソン』なんてチャレンジがどうして会議を通ったのか。
というか、うさぎ跳びってマラソンじゃないし。
59 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:30:49.85 ID:t9VFdT8i0

「うさぎさんだよ」

「そううさぎ。それなのです」

貴音がスッと指をたて、説明口調で話し出す。

「秋が来て、夜のうさぎは月恋し。……十月四日、本日はいわゆる十五夜を迎える日となります。
夜には空に浮かぶ月に、団子やススキをお供えし――」

「あー、お月見かぁ。そう言えばそんな時期だったね」

「響……。どうして二人がこのように、面妖な衣装を着ているかを忘れてしまっていたのですか?」

「えっ」

「ちょうど放送日が重なるからと、急遽企画が変更され――」

「あ、ああそう? そっか! それでこんな変な企画になったっけ」

「はぁ……。真、しっかりしてください」

呆れたようなその台詞に、ちょっとイラっとはしたけれど……まぁいいや。

うさぎ跳びしたのは自分一人だけど、貴音も番宣用のプラカードとか持って色んな人に見られてたし。
(自分なら、恥ずかしくって死んじゃうぞ!)

お互い今日のお仕事は、大変だったと思うんだ。うん。


「とにかく、今宵は労も労おうと。たまには心静かに月を見て、二人で夜を過ごすのも悪くないかと思ったのです」

なるほど、そういう事なら話は分かる。
貴音は月に関心があるみたいで、時々夜空を見上げては切ない顔をしていたし……。

きっと、お月様のことが好きなんだな!
だからこの手のイベントには目が無いんだと、自分の中で解釈する。

「それじゃ、いいよ。お団子用意して待ってるから」

「まぁ、それは実に楽しみな――」

「ああでも、お月見だからご飯の準備はいらないよね? 貴音も食べてから来るんでしょ?」

そう一応聞いてはみたけれど。
予想通りと言うべきか、貴音は急に険しい顔になって。

「いえ、食事は食事、月見は月見。それとこれとは話が別です」

うん、まぁ、そうだよね。……冷蔵庫、中身は十分あったかな?
60 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:32:22.31 ID:t9VFdT8i0
===

家に帰って、買い出して来た食材たちを片付ける。
お団子も食べることになるから、そんなに量も、凝った食事もいらないよね。

手を洗って、エプロンつけて、腕まくりもしたら準備完了。

「それじゃ、今からみんなの分作るね」

いぬ美たちにそう声をかけて、各々に合ったスペシャルメニューに取り掛かる。
お肉を切ったり、野菜を切ったり、餌用マウスを用意したり。それで、ニンジンを切ってる時にふと気づく。

「あ、うさ江」

そう、家にはうさぎのうさ江がいるじゃないか。
お月見と言えばうさぎだし、今日はいつもより少しだけ、ご飯にイロつけといてあげよ♪

……とまぁ、そんなことを考えながら家族のご飯を用意していると、突然玄関のチャイムが鳴った。

多分貴音だ。夜にはまだ少し時間があるけど、きっと待ちきれなくて来ちゃったな。

キチンと刃物類を仕舞い、洗った手をエプロンで拭きながら玄関扉を開けに行く。
61 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:33:34.13 ID:t9VFdT8i0

「はーい! 貴音、いらっしゃい!」

で、元気よく扉を開けてみれば。

「こんばんは、響ちゃん! ……来ちゃった♪」

「逃げろー!!」

「お邪魔しちゃうね♪」

「みんな逃げてっ! 麗花が来た!」

立っていたのは北上麗花。迷惑千万なお隣さん。

彼女は腰に抱き着いた自分を引きずりそのまま家の中に侵入。
ご飯の準備を待っていたいぬ美たちの姿を見つけると。

「ハァイ! みんな元気してた?」

ベタベタベタベタ触りまくる。頬ずり抱きしめ愛撫の嵐。

こらいぬ美、軽々しくお腹を晒さない! へび香、嬉しそうに巻きつかない!
シマ男もハム蔵もモモ次郎も、ご飯以外のナッツはダメー!!

「ブタ太もねこ吉もオウ助も、みぃんな元気でなによりなにより」

そうしてうさ江を抱きながら、ワニ子の背中に頭を乗せる。
あっという間に家の中は、麗花の王国になっちゃった。
62 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/04(水) 18:36:54.18 ID:t9VFdT8i0

「動物ぶつぶつぶどうかーん♪」

「えぇ〜……」

「完熟じゅくじゅくハヤーシラーイス……あ、そうだ! 響ちゃん、今日のご飯はハヤシライス?」

「うぇ!? ち、違うけど」

「そうなんだ。私、カレーライスとハヤシライス、どっちが強いか気になってて」

「ううん、ごめん。ワケわかんない」

訊いて来た麗花に笑顔で答えて、ドッと感じる肩の重み。

はぁ、やっぱり説明はしなきゃダメ? 北上麗花、こう見えて二十歳。
自分の住んでるマンションの、隣に住んでるお隣さん。

それからここの所が重要で、自分と同じ765プロ所属、いわゆる一つのアイドル仲間。
そりゃ、麗花は裏表の無い良い人だから、自分も嫌いじゃないけどさぁ……。

「ふんふんふーん♪ ワニ子ちゃんの牙、いつ見てもピカピカしててカッコイイ! ……一本ぐらい貰っても――」

「ダメに決まってるでしょ何してるの!? 手なんか入れちゃって噛まれたら――」

瞬間、麗花の腕が中にあるのに、バクリと口を閉じるワニ子!

「うぎゃーっ!!?」

「きゃあーっ!!」

部屋に悲鳴が響き渡り、自分は思わず顔を伏せて……。

恐る恐ると目をやれば、麗花はケロリと転がってた。
こっちに見せた右手には、ちゃあんと肘から先が残ってる。

「ビックリした?」

「当然でしょ!」

「怒らないでよ響ちゃん。今度の事務所のパーティで、披露しようと思ってるの」

そうしてワニ子の鱗を撫でながら、「やったね♪」なんてピースサイン。

ああ、もう! ああ、もう! なんて言ったら良いかが分かんないけど!!

……ホントに麗花は自由だよ。ヒマを見つけちゃ遊びに来るし、ハム蔵たちとも仲良いし。
だけど自分、ちゃんと知ってるよ? 最近家の中の地位が、麗花に負け始めてるってこと!
63 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/10/04(水) 18:37:56.31 ID:t9VFdT8i0
琴葉の誕生日を挟んで後半へつづく。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/05(木) 00:44:55.77 ID:WFoBvDFvo
ことはおめでとう
65 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/10/05(木) 20:26:13.71 ID:TzvX0Up20
【ミリマス】君のその指にリースをはめて
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1507199333/

琴葉誕生日話。世界線は同じなので、グリーンピースを押し付けられた三日後ぐらいの話ですね。
66 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:18:15.14 ID:HHwJzBVN0
===

「なるほど、それで麗花がココに居たのですか」

「そうなの。だから私がいるんだよ! えっへん♪」

いやいや、威張る必要はないけれど。
結局麗花が来てから少しすると貴音も我が家にやって来た。

それも自分で買って用意した、大量の食材が入ったビニール袋をその手にして。
あんまりインパクトがあったから、一緒に持って来たススキの存在にしばらく気づかなかったぐらいだぞ。

「でも貴音、ウチの冷蔵庫パンパンだよ?」

「ならば空けるのをお手伝い致しましょう」

そうしていそいそと冷蔵庫から、ハムだのチーズだのといったすぐに食べれそうな物を取り出す貴音。
麗花と二人で6Pチーズを齧る姿なんて、まるで大きな二匹のネズミみたい。


……あ、分かった。

最初からこうすることが目的で、アレコレ買い込んで来たんだな。
67 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:20:46.46 ID:HHwJzBVN0

「はいはいありがと、そこどいてね。これからお団子作らなきゃ」

いつものようにそんな二人を冷蔵庫の前から追い立てて、
月見団子を作るための団子粉なんかを調理台の上に用意する。

するとボウルを手にした麗花が隣にやって来て、
「じゃあじゃあ私もお手伝いするね」なんて言うからさ。

「麗花も? ……変な物作ったりしない?」って恐る恐ると訊いてみると、麗花は「もちろん!」と自信満々の笑顔で答えたんだ。

「お菓子は家でも作ってるし、こう見えて泥団子を作るのも得意だよ?」

「なんだろ。それに違和感感じないのが違和感かも」

でもまっ、食べ物かどうかはさておいても何かを丸めるのは得意みたい。
お湯を作るためにお鍋の水を火にかけて、団子粉にも水を混ぜてボウルの中でこねこねこね。

「響、このお湯少々頂いても――」

「カップラーメン用だったら、ポットの中から取ってよね」

邪魔する貴音もあしらえば、麗花がいい感じにまとめた生地を
まな板の上で棒状に伸ばし切って行く様子を「うんうん順調」とチラ見して――ちょっと待つさー!
68 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:23:51.90 ID:HHwJzBVN0

「トントンどんどん、うどん、どんっ♪」

「ちょっと麗花お団子! 今作ってるのはお団子だから!」

「さて問題! このおうどんの作り方を私は誰から教わった?」

「うぇっ!? そ、そんなの考えるまでもなく――」

「ハイ、時間切れでーす。答えは静香ちゃんでした♪」 

「せめてもう少し待って欲しかったぞ!」

全くもう、ちょっと気を抜けばすぐこの騒ぎ。

もう一度生地を丸めなおして、お団子を湯がいてもらってる間にこっちもこっちですることを。

「よっと」

じゃっ、じゃーん! 冷蔵庫から取り出しますは、事前に用意してた小豆。
……まぁ煮豆缶から取り出して、水気を切っただけの物だけど。

これを出来立ての月見団子へと(ホントはこれもお団子じゃなくて、お餅を使うべきなんだけどね)
その辺は割と臨機応変。一粒一粒潰さないようにペタペタくっつけていけばほら完成!

お皿の上に盛り付けて、貴音たちに見せれば返って来るのは驚きの――。

「響……。そのぐろてすくな見た目の食べ物は一体?」

「なんだか虫がたかってる?」

「見えない、言わない、連想しない! これが沖縄の月見団子、その名も"ふちゃぎ"って言うんだぞ!」

人が用意したお団子見て、なんて言い草の二人なんだ!
69 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:25:55.67 ID:HHwJzBVN0
===

まぁでも、そんなこんなで準備を終えれば三人で夜のベランダへ。

「名月や、ああ名月や」

「それにつけてもふちゃぎふちゃぎ♪」

「二人ともさっきから食べてばっか。少しは月も見てあげなよ」

リーンリーンと虫の声は、都会じゃちょっと難しいけど。

それでも夜風に当たりながらお月見するのはだいぶ新鮮。
花より団子な二人と違って、自分、風情の分かる女ですから。

「響ちゃんはふちゃぎ食べないの?」

「自分の分はちゃんと避けてる。そっちの大皿は二人でどーぞ」

もぐもぐと口を動かしてる、麗花に訊かれてお皿を見せる。
貴音たちと一緒に食べる時は、自分の取り皿を用意するのが劇場メンバーの常識だもん。
70 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:28:54.88 ID:HHwJzBVN0

飾ったススキを眺めたら、月を見上げてふちゃぎふちゃぎ。

「そう言えばこのお月見って、何をお祝いしてるのかな?」

ふと気になったことを口に出すと、貴音がすぐさまこう答えた。

「月見は秋の収穫祭。そもそも旧暦の八月九月十月と、三月(みつき)に渡り行う物。
……十五夜の『芋名月』を始まりとし、十月に見る『十日夜の月』をもってして、秋の収穫終わりを知るのだと」

「へぇ〜……。貴音ちゃんってば物知りだね!」

「夏から秋へ、秋から冬へ。月見で始まり月見で終わる。季節の移り替わる様を、月の満ち欠けに重ね見る――」

そうして月を仰ぎ見る、貴音の横顔は凄く神秘的。
……これでふちゃぎをもぐもぐしてなかったら、随分様になったのに。

でも、昔の人のそういう考え方は自分も好き――うまく言葉にできないけど、
自然の移り変わる様に自分たちの生活を重ねて生きるってことは――

沖縄で過ごしていた時に感じていた、
都会に出てからは忘れがちな"てろてろ"っとした時間の流れを思い出せるから。


……うーん、ロマンチックって言うのかな? 自分、こういうのを表現するのは苦手だから。
あんまり考え過ぎてると、頭が「うぎゃー!」ってなっちゃうし。
71 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:31:16.92 ID:HHwJzBVN0

「後はそう、"月見泥棒"と言う催しも」

その時、貴音が聞き慣れないことを言いだした。
……月見泥棒? お月見の夜に出る泥棒?

「ねぇねぇ教えて、気になるな!」

麗花も気持ちは同じみたい。自分たち二人にせがまれると、
貴音が解説の為にスッと人差し指を優雅に立てた。

「月見泥棒。それは月見の夜に限っては、お供え物を盗んでも良いとする子供に向けた風習です」

「えっと、お供え物って言ったら――」

「ススキ?」

「お酒とか」

「団子、芋、栗、柿、枝豆それに菓子類など。近隣住民へのおすそ分けに、遊び心を加えた催しかと」

なるほど、そういう風習もあるんだね。
意外や意外、妙な貴音の知識に感心しつつ自分はふちゃぎの乗ったお皿に手を伸ばして。

……でも、その時初めて気づいたんだ。
取り皿に避難させておいたはずの、自分のお団子がすっかり無くなっていたことに。
72 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:32:55.27 ID:HHwJzBVN0

「あれ? 変だな……」

「どうかしたのですか、響?」

「急にキョロキョロしちゃったりして」

「う、うん。あのね? 自分の分のお団子が――」

だけどすぐさまピンと来た。目の前に、物凄く怪しい二人組が揃って座っていることに。
証拠は何もないけれど、こっちが話を聞いてる間にこっそり盗んで行ったのかも。

それで二人を問い詰めようと、体ごと二人に向いた時だ。

「――二人とも勝手に食べたりした? ……って、今聞こうと思ってたんだけど」

貴音と麗花の前にある、お皿の上にはまだふちゃぎが一杯残ってた。
当然、目の前に食べ物がある間は人の分にまで食指を伸ばさない彼女たちだから。

「……私は、全く身に覚えがないですね」

「私もだよ? 響ちゃんから貰わなくても、まだまだここに残ってるし」

キョトンと聞き返されちゃって、初めて感じる悪寒かな。

な、なら一体、誰が自分のふちゃぎを食べたのさっ!
73 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:34:04.83 ID:HHwJzBVN0

「気づいたら、お皿が空っぽになってたの!」

「えぇ!? そんなことって響ちゃん……」

「真、面妖な話になりますが――」

そうして貴音がこっちを向き、自分の(私のね)後ろの空間を凝視しながら震える声で言ったんだ。

「……既に現れていたのかもしれません。先ほど話した月見泥棒」

その瞬間、自分は二人の間に飛び込んだ!
もうね、白状しちゃうけどお化けとかゼンゼンダメだから! 

二人の肩に抱き着いて、泣きべそかいて叫んだの。

「二人とも、今日は自分家に泊まってってぇ!!」

そんなお月見の夜のプチ騒動。自分の話はこれでおしまい!
74 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/10(火) 22:41:18.14 ID:HHwJzBVN0
===
この一コマはこれでおしまい。響誕生日おめでとう!
ミリシタの挨拶で駆け寄って来る姿に可愛いと心底悶えたその後で、ホワイトボード見て崩れ落ちた。

次回は翼と美希をメインとした、ちょっと長めの話を予定中です。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 11:27:57.35 ID:miQp7gGKO
中秋の名月は軒並み雨降っちゃうのが残念
だからこそ月見団子を見て雨雲の上の月をイメージするんだよねぇ
ほのぼのとした雰囲気が素晴らしかった
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/11(水) 20:51:04.15 ID:4Q/5qyl6O
「てろてろ」って何だったっけ
矢野顕子を思い出すけど
77 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:17:49.58 ID:3SwLj5em0
===9.

えっと、それじゃあプロデューサー。今から私の話を聞いてください!
え? その前にいつもの「アレ」しないか? ……私と一緒に手を上げて――。

「ハイ、ターッチ! いぇいっ♪」

うっうー! やっぱり初めにコレすると、テンションがバーンって楽しくなっちゃいます!
……プロデューサーも同じですか? えへへ、だったら嬉しいかも。

これから話す出来事も、そんな心がパーっとなって、ポカポカ〜ってするような嬉しいお話だったんです!
78 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:19:15.64 ID:3SwLj5em0

あの、私って普段はスーパーでお買い物してるじゃないですか。そうです、その、もやしの特売をやっている。
でもよく行くお店はそこだけじゃなくて、商店街にもあるんです。

……私の言ってる商店街、ドコのことだか分かりますかー?
ほら、前にロケだってした。豪華堂のある商店街。

交通費のことを考えると、いつものスーパーよりもちょっと高いかなーって思ったりすることもありますけど、
それでも運が良い時には、すっごいおまけが貰えるんです!

この前は「売れ残りだ」って、こーんなパイナップルを一つ。

家に帰ると浩太郎が、自分の顔と同じ大きさだ! なんて言いだすから
誰の顔が一番パイナップルに似てるかなんて言う遊びをみんなが始めて大騒ぎ――はわっ!? は、話が脱線しかけてた?

うぅ、ありがとうございますプロデューサー。
それで、どこまで話しましたっけ?
79 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:20:39.41 ID:3SwLj5em0

商店街を使ってる、理由の説明まではした……。

じゃあ次は、『そこでなにがあったか』――ですね! "いつどこで、誰がなにをした"。
こういうのを『ごーだぶりゅー』って言うんだって、この前テレビで言ってました!

……えぇっ!? それを言うならごーだぶりゅー、いちえいち?
ろく、だぶりゅー、いちえいち? ごー……だぶりゅー……さんえいち……?

そもそも本家本元は、ふぁいぶ……だぶりゅーず――う、うぅ〜!!
よ、呼び名と種類が一杯あって、頭がグルグル〜ってしちゃいます……!

それに、プロデューサーはなんで笑ってるんですかー?
ワザと難しい言葉を使うなんて、そういうのちょっと、意地悪かなーって。

……え? 可愛かったからつい? ……プロデューサーって時々変なこと言いますよね。
さっきまでしてた話の中に、可愛い子なんていたかなぁ……浩太郎?

う〜んホントに誰なんだろ……えっ? あっ!
プ、プロデューサーの言う通りですー! さっきから話が進んでない……。
80 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:21:37.84 ID:3SwLj5em0

えっと、じゃあ続きなんですけど。私、この前もべろちょろを持って商店街まで行ったんです。
お給料日より前だったから、いつもに増してべろちょろもグーってお腹を空かしてて。

お得な特売だったり安売りだったり、あとそれと、
またおまけも貰えちゃったりしないかなーって、えへへ……♪

しっかりしてるな、ですか? ……うーん、それは、ちょっと違うかも。
プロデューサーも知ってますよね? 私の家はビンボーだから、やっぱりそういうチャンスには期待しちゃって……。

これって、まだダメな甘え方になりますか? だったら私、あの日の亜美と真美との約束を――あ、ご、ごめんなさい!
また脱線しかけてましたよね。今日はガタターって沢山脱線しちゃってて、なんだかプロデューサーに悪いです。

私、久しぶりに二人きりでお話できてるから、言いたいことが一杯あって……。

でも今日するお話はちゃーんと決めて来ましたから、この話だけはビシーッと最後まで話しますね。
だからプロデューサーにも終わるまで、付き合ってもらえると嬉しいです!
81 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:58:13.93 ID:3SwLj5em0
===

えーっと、それじゃあ続きを話しますね?
私、そんな風に商店街を歩いてる途中で千鶴さんと出会ったんです。

え? どっちの千鶴と会ったんだ……。プロデューサー、何言ってるんですか?
千鶴さんは千鶴さん。松尾なんて人は事務所にだっていませんよー。

それで、その千鶴さんが「あら高槻さん、ごきげんよう」って私に挨拶してきたから、
私も急いで「千鶴さんこそ、ごきげんよう」って慌てて返しちゃったんです。

もうそれが、なんていうか少し恥ずかしくて。私、千鶴さんみたいなセレブな人でもないのになって。
ビンボーだし、綺麗じゃないし、着ている服もヒラヒラじゃないし。

でも千鶴さん、「今の挨拶、とっても自然でしたわよ」って、可愛かったって笑顔で褒めてくれましたー。
お世辞だって分かってても、やっぱりホントは嬉しくて。それから商店街のお店を回って二人でお買い物したんです。


プロデューサーは知ってました? 千鶴さん凄いセレブだから、商店街の人たちみんなに顔も名前も知られてて。
通りを歩いてるだけで千鶴ちゃん千鶴ちゃんって大人気!

私、アイドルとしては千鶴さんの先輩なんですけど、そんな私よりももっともーっと人気者で、
ホントにもう、『ザ・商店街のアイドル』って感じだったんですー!

それにその、そんな千鶴さんと一緒にいたからか、いつもより気前よくおまけして貰えて。
食費が浮いて嬉しいですってお礼を言うと「わたくしがお役に立てたのなら、それはなにより喜ばしいことですわ」って千鶴さん。
82 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 18:59:51.39 ID:3SwLj5em0

もうその時の笑顔の千鶴さんが、スッゴクカッコよくて素敵でした!
私もセレブになれるなら、千鶴さんみたいなセレブになりたいなーって心の底から思っちゃったぐらいで、えへへ!

それで、あるお店の前に行った時にもやっぱり「今日はお友達も一緒かい?」ってお店の人に声をかけられて。
そこ、お肉屋さんだったんですけど……あぅ、その日に持ってた予算だと、お肉の予定でも無かったんですけど。

その時、千鶴さんが私に言ったんです。

「そうそう、高槻さんはご存じでして? 本日はわたくしの生まれた記念日ですの」

もう私、それを聞いて「えぇーっ!?」ってスッゴク驚いちゃって、多分、叫んだ声も商店街中に響いてて。

だって、知らなかったから。プレゼントなんかも用意してないし、
私、色々良くしてもらったのに、おめでとうございますしか言えなくて……。

そんな私に、千鶴さんが言ったんです。

「本来ならば、この出会いも何かの縁。わたくしの誕生パーティーに高槻さんをお呼びしたかったところなのですが……。
急にお誘いしてしまってはかえってそちらの迷惑でしょう?」

もう私、「はわっ!」ってなって「わわーっ!」ってなって、お返事もろくにできなくて。
その間にも千鶴さんは、お店の人に何か言って。気づいた時には私の両手にお肉の包みがあったんです。

「ですから、これはパーティーに出席した代わりと言うことで。
わたくしからささやかな物ではありますが、お土産を持たせてくださいな」
83 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 19:01:54.76 ID:3SwLj5em0

もちろん「こんな高価な物なんて頂けませんー!」って
その場で返そうとしたんですけど、

千鶴さんには「気持ちよく受け取って頂きたいの。それに今日一緒に商店街で買い物をした、
楽しい時間のお礼も兼ねていますのよ」なんて押し切られる形で貰っちゃって……。

結局そのままお礼を言って、家には帰ったんですけど。
私、一晩寝ても胸のモヤモヤが消えなくて。

改めて千鶴さんになにか、プレゼントを渡したいなーって。

でもセレブなプレゼントってよく分からないし、あんまりお金もかけられないし……。
あぅ、そうです。プロデューサーの言う通り、相談したら、何かいいアイディアを教えてくれるかも! ……って思って今日は私。

だから、その、プロデューサー!
私にできるプレゼント、一緒に考えてくれますか?
84 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/21(土) 19:05:33.16 ID:3SwLj5em0
===
この一コマはこれでおしまい。千鶴さんお誕生日おめでとうございます。

急遽オチを変えたので>>77

・これから話す出来事も、そんな心がパーっとなって、ポカポカ〜ってするような嬉しいお話だったんです!

は無かったことにしてください。千鶴さんの呼び名が「高槻さん」から「やよい」に変わる話に繋がる予定。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 23:09:02.33 ID:6BBJZkzWo
otsu
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/23(月) 13:10:58.25 ID:aY7VMHe/O
千鶴さんの招待HRいいよね
千鶴さんのカードで一番好きだわ
87 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/10/26(木) 18:47:23.82 ID:wDzg5ho80
===10.

「仕掛け人さま仕掛け人さま」

「ん、どうしたエミリー? ……と、エレナ」

「今日もお仕事頑張ってるネ! 今からそんなプロデューサーを、二人で応援してあげるヨー!」

そう言うとチアガール衣装に身を包んだ二人はポンポンを振って踊り出し。

「フレー、フレー! 仕掛け人さまっ!」

「ファイト! ファイト! プロデューサー!」

「わぁーっ♪」

「イェーイっ♪」

「あー……応援してくれるのは有り難いが、あんまり埃は立てるなよ」

「えへへ……げ、元気になって頂けたでしょうか?」

「それじゃ、早速確認を――♪」

「っておい! お前ら乙女の癖にどこを見て――さ、さては星梨花!? 星梨花だな! 星梨花ーっ!!」

二人の少女に迫られて、プロデューサーは慌ててその場から逃げ出した。……若干前かがみになりながら。

後に残されたエミリーが言う。

「oh……。エレナさん、私たちには魅力が足りてないんでしょうか?」

「落ち込まないで、エミリー。次はサンバの衣装でチャレンジだヨ!」

「はぅ、サ……南米舞踏の衣装は布が少なくて着れません〜!!」
88 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/10/26(木) 18:55:53.92 ID:wDzg5ho80
===
この一コマはこれでおしまい。エレナ誕生日おめでとう!
それにミリシタコミュのエミリーのさ、応援は笑顔になっちゃうよね〜。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/27(金) 00:03:24.17 ID:ohBu4YU8O
勃起させるやつお前だったのか
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/27(金) 10:39:26.58 ID:GxtjkMlEO
なぜチアガール衣装なのだ
どうせなら水着チアで応援して欲しかった
91 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:42:12.15 ID:23i0x2er0
===11.

両手合わせて十本の指から伝わって来る肉の感触はと言えば実に柔らかくってふにゃふにゃしてて。

おまけに彼女の頭がすぐ目と鼻の先にある物だから、
さっきからシャンプーの甘い香りに俺の意識は苛まれてしまって困るのだ。

「プロデューサーさん」

「は、はい!」

「もう少し……その、強めにしても大丈夫です」

言われて、俺は指先に込める力を強くした。
すると歌織さんは僅かに肩を寄せ、「んっ……」と鼻にかかったような悩ましすぎる吐息を漏らす。

正直に言って色っぽい。ここがもし事務所の中じゃ無かったら、
俺の理性はとっくの昔に崩壊して彼女を後ろから抱きしめていたかもしれなかった。
92 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:43:43.13 ID:23i0x2er0

「あの〜、歌織さん」

「……もう。プロデューサーさん違います」

「えぇ!? まだダメなんスか? ……うー……お、お姉ちゃん」

「うん、なぁに?」

「この肩もみ、いつまで続けたらいいのかな?」

――さて、ここで聡明なる諸氏におかれてはこんな疑問を抱いたはずだ。

「お姉ちゃん? 貴様、なにをたわけたことを言っとるんだ!」と。

全く持ってその通り、不思議に思って当然だろう。だから、少しだけ説明させてほしい。
どうして俺が歌織さんのことを姉と呼び、彼女の肩を入念に揉みほぐすことになったかを。

きっかけは本当に些細なことさ。
事務所で彼女と雑談中、二人の年齢についての話になった。


「歌織さん二十三でしょう? はは、俺の方が一個年下だ」

「えっ」

「だから俺の方が一つ下。……二十二なんですよ、俺。ちょうど風花のヤツとタメなんです」

 するとどうだ? たちまち彼女は驚いて。

「プロデューサーさん、私より年下だったんですか!?」

「そ、そんなに驚くことですかね」

「ビックリですよ! 私、同い年だと思ってましたから」

そこからアレコレ話が広がり気づけばなぜかこんな流れに。

「それじゃああの、折角なので一つだけお願いしても構いませんか?」

「ええ、そんなに改まらなくても……。借金の話じゃなかったら、俺は大抵のことは受けますよ」

「その言葉、ホントですね?」

「ホントです。なんてったって業界じゃ、"便利屋のPちゃん"で通ってますからね!」
93 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:46:03.90 ID:23i0x2er0

落ち着いて思い返してみれば、きっとこの一言が余計だったんだ。
どんなお願いが飛び出すのかと身構えている俺に向けて、歌織さんがもじもじしながら口にしたのは――。

「私のことを、"お姉ちゃん"って呼んでみてもらってもいいですか?」

「は、はぁ……!?」

「以前から思ってたんですけど、プロデューサーさんって少し子供っぽいところがあるじゃないですか。
……それで私、弟がいたらもしかして、こんな感じなのかもしれないなって」

「だからって、えぇっと……俺が代わりに?」

「やっぱりダメでしょうか? ……ぴ、Pちゃん……!」

その瞬間、俺はまさに「はうあっ!!?」って感じで驚いた。
なんたってあの歌織さんが、頬を赤らめながら俺に"Pちゃん"って……。

そして期待に満ち満ちた瞳でこっちを見上げるんだもの。
もしもこれこれで断るような奴がいるならば、そいつはただのヘタレと言っても過言じゃない!

俺は緊張に震える拳を握りなおすと意を決し。


「じゃ、じゃあ……か、歌織姉さん」

「……少し、距離を感じます」

「なら……お、お姉さん」

「家族から他人になった気が」

「うぅ〜……姉さん」

「プロデューサーさん。私、"お姉ちゃん"と呼んでもらいたいって」

「……お姉、ちゃん」

「――えっ? よく、聞こえなかったな」

「歌織……お姉ちゃん」

いや、実に顔から火が出そうなほど恥ずかしい。とはいえ彼女の望みは叶えたのだ。
これで一件落着はいお開きよ、お互い仕事に戻りましょう――なーんて思った俺だったが。
94 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:46:59.40 ID:23i0x2er0

「うん、なぁに?」

まさかまさかの展開さ。歌織さんは俺という疑似弟に向かってグイッと顔を近づけると。

「お姉ちゃんに、何か用?」

「え、いや、用って急に言われても……」

「ん〜……。じゃあ、お姉ちゃんをただ呼んだだけ?」

「それも呼んだだけというか、呼べと強制されたというか――」

「Pくんは、お姉ちゃんにご用があるんだよね?」

瞬間デジャブを感じたね。今、歌織さんの全身からは"お姉さんしたいオーラ"が溢れている。
これはそう、瑞希が未来たち乙女ストームの面々のお世話をしたがった時のように。

「……ま、毎日仕事で疲れてない? 俺、良かったらお姉ちゃんの肩揉むよ」
95 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:48:12.51 ID:23i0x2er0
===

――とまぁ、その結果としての肩揉みだ。

かれこれあれから十分弱、俺は丸椅子に座った歌織さんの肩を
もみもみもみもみ揉み続けて今に至っていたというワケである。

そろそろ指だってしんどしいし、仕事にも戻らないといけないし、
できることならこの辺で姉弟ごっこにも満足してもらいたかったのに……。

「……二人とも何をしてるのかしら?」

そこに、タイミングよくやって来たのが我らが頼れるこのみ姉さん。
彼女は俺たち二人を凝視すると、「はは〜ん」と頷きこう言った。

「ズバリ、女王様とその下僕!」

「伊織の命令じゃあるまいし、歌織さんがそんなことを望みますか!」

「なら、新手のアルバイト? 副業もほどほどにしなさいよ〜」

そうしてこのみさんは自分も丸椅子を持ち出すと、それを歌織さんの隣にトンと置き。

「よっ……こらしょっと」

ポスンとその上に腰かける……その小さく可愛らしい背中をマッサージ中の俺に向けて。

「……あー、もしもしこのみさん?」

「ん、順番待ち」

ああ、やっぱり。
96 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:49:52.42 ID:23i0x2er0

「勘弁してください! 俺は別に肩もみで小遣い稼ぎなんて――」

「星梨花ちゃんのね」

「ぐっ!?」

「納得させるのがすっごく大変だったのよ。……お陰で肩が凝っちゃって」

言って、彼女は自分の肩をしんどそうにトントンとこれ見よがしに叩いて見せた。

この時、俺には二つの選択肢が与えられたことになる。

一つはこのまま順番通りにこのみさんの肩も揉みほぐすという無難な物。
二つ目はこの場から今すぐ逃げ出して、"軟弱者"のレッテルを彼女から頂戴する物だ。

だがしかし! 今日のところに限っては悩める俺のすぐそばに救いの女神が存在した。

「あ、だったら私が揉みますよ」

そう! 女神、歌織さんが!

「えっ……いいの、歌織ちゃん?」

「勿論です! さぁどうぞ、私の前に来てください」


優しく彼女に促され、このみさんが歌織さんの前に椅子ごと場所を移動する。
すると歌織さんがこのみさんの肩を揉み、その歌織さんの肩を俺が揉むという奇妙な構図が出来上がる。

「あ、ああ゛〜……いいわぁ。歌織ちゃん肩揉み上手ねぇ……!」

「そうですか? よく、父の肩を揉んでいて……んっ!」

「あ! す、すみません。力、入れ過ぎちゃいましたか?」

「いえ、そんなことは。……プロデューサーさんもお上手ですよね、肩揉み」

「ははは……昔、まだ事務所の仕事が少なかった頃は社長の肩ばっかり揉んでましたから」

「あらそうなの? プロデューサーの過去話、私ちょっと気になるかも」

「このみさんもですか? ……実は私も」

「えぇー? でも、そんな面白い話でもないですよぉ」

「この際だからいいじゃないの! これは、年上命令よ♪」

そうして俺の昔話をBGMに、この一種異様な肩揉み空間はしばらく活動を続けたが――。
97 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:51:03.75 ID:23i0x2er0

「……お兄ちゃんたち何してるの?」

そこに、ちょうど桃子の奴が帰って来た。固まる俺たち察する彼女。
桃子は開け放した扉のドアノブにそっと静かに手をかけると。

「うん、まぁ、芸能界だし、大人の世界も色々あるよね。……桃子、誰にも言わないからっ!」

バタン、無慈悲に閉められるドアと猛スピードで遠ざかっていく幼い少女の足音のコンボが胸を打つ。

……さてと! ここはなにやら妙な誤解をしたらしい桃子を追いかけて行くべきか。

「ちが、違うの桃子ちゃん! ……別にこれは、なにかやましい行為じゃなくて――」

「ちょ! か、歌織ちゃん苦し! くる、重いぃ……っ!!」

はたまたそのショックの強さから、縋りつくようにこのみさんを抱きしめている歌織さんを正気に戻す方が先か?

……全く、口は災いの元ってのはホントだなぁ。
98 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/10/27(金) 18:52:35.80 ID:23i0x2er0
===
この一コマはこれでおしまい。三人並んでの肩もみは、お風呂での背中流しに通じるところがある気がする。
99 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/05(日) 01:42:38.05 ID:8Kmh9Nmz0
===12.

十月も終わりが近づくと外はすっかり寒くなる。暖房の効いた建物から寒空の下に出れば、
その風の強さに両手を擦って肩を震わせるなんて光景が街のあちこちで見受けられるようになる。

「うぅ、寒ぶ寒ぶ」

その反応に歳の差なんてものは大して関係ないみたい。
テレビ局から出たわたしとプロデューサーさん、それから静香ちゃんの三人は揃って両手を合わせると。

「お昼どうします?」

「わたし、こんな日はあったかい物が食べたいでーす!」

「なら鍋だな」

「お昼だって言ったハズですけど」

なんて、なんでもないお喋りをしながら道を歩く。
行き先は最寄りの繁華街、お仕事でペコペコになったお腹を満足いくまで満たすためだ。

「でもな、流行ってるらしいぞ鍋ランチ」

「みたいですね。先日もこのみさんたちから試したなんて話を聞きました」

そう、静香ちゃんの言う通り。このみさんたちってばわざわざわたしたちのトコまで来て、
「スッゴク美味しかった!!」って自慢するんだもん。お昼の鍋物はまた"オツ"なんだぞとかなんだとか。

「それも酔いに酔った状態で。……どうせ意志薄弱なアナタのことですから、鍋だけ食べて終わる気がしません」

「バカ言うな! 流石に勤務中に飲酒なんて――」

「したこと無いって言えますか?」

「……二度や三度はあったかもなぁ」

他人事みたいにぼやく彼の反応に、「ほら見たことですか」って感じで静香ちゃんがため息をつく。

つまり、鍋物案は却下だと。
100 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/05(日) 01:44:15.00 ID:8Kmh9Nmz0

「じゃあ丼物は? 親子丼とか美味しそうだよ〜」

そんな二人に、わたしは通りにある食堂のショーケースを指さしながら提案する。
これならボリュームもあるしヘルシーだし、代替案としても十分な――

「翼、親子丼なんて太るわよ」

「え゛っ」

「そうだぞ翼。親子丼はこう……並みだと物足りないよな。気分的に」

「間食にだって甘くなるの。お昼は親子丼だったから、お菓子の一つ二つは大丈夫よねっていう風に」

「……それって単に二人の意思が弱いだけじゃ――ううん、なんでもありませーん!」

わたしは慌てて言葉を飲み込むと、二人に首を振って見せた。

だってプロデューサーさんたちったら揃って笑顔になるんだもん。
……その反論させないスマイルの怖いこと怖いこと。

「でもそれじゃ、結局何を食べるんです? ……カレーとか?」

「カレーかぁ……昨日の昼に食べたからちょっと」

「それに温かい食べ物って感じもしないわね。どっちかと言うと辛い食べ物」

「だったらラーメン? これなら"ザ・冬の食べ物"って感じもするし」

「ラーメンもなぁ……昨日の晩に食べたから」

「惜しいけどありきたりじゃないかしら? もっと、体の芯から温まれるような一品を――」

でもそれじゃ、導き出される答えは自然と一つしか残らない。
……うぅ、でもでもこれは、正直食べ飽きちゃってるんだけどなぁ。
101 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/05(日) 01:45:40.71 ID:8Kmh9Nmz0

「……じゃ、もしかしてまさかそんなことは万に一つも無いと思うけど――おうどん?」

恐る恐ると口にして、わたしは二人の反応を見る。
もっと正確に言うならば、決定権を持つ静香ちゃんの答えを待つ。

「いや、待て、早まるな翼! もっとよく考えて――」

「プロデューサーは少し黙って下さい」

瞬間、静香ちゃんにジロリと睨みつけられたプロデューサーさんが子供みたいに首を縮こまらせた。
……プロデューサーさんは強い者に従うタチの人だから、こういう時には全くアテにも役にも立たないのだ。

そうして静香ちゃんは考え込むように口元に手を当てて――

ちなみにだ。これは昼食をおうどんにするかどうかで悩んでるワケじゃなく、
一体なにうどんを食べるのがベストなのかを考えているんだと思う――しばらく経って出した結論は。

「……今日は、お蕎麦」

「えっ!?」

「そばっ!?」

 驚くわたしたちを他所に、静香ちゃんは一軒のお蕎麦屋さんを指さした。

「この季節、鴨そばなんていいじゃないですか。それにお蕎麦屋さんの丼物は結構当たりが多いですよ?」
102 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/05(日) 01:46:48.45 ID:8Kmh9Nmz0
===
この一コマはこれでおしまい。おでんなんかも良いですよね
103 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/06(月) 02:29:53.02 ID:VPgwpRAe0
===13.

その日、周防桃子は朝からゴキゲン斜めだった。

劇場内の控え室にて。手近な席に陣取ると、いかにもといった体でむくれている
その幼い少女の虫の居所が悪いワケを同席する真壁瑞希は知っていた。

知っていて、しかしそれでも「どうしました?」の一言すら彼女は発することもせず、
手元に広げた手品道具の手入れに精を出していた次第である。

「……ねぇ瑞希さん」

だが、素知らぬ振りをする瑞希のことを桃子は暇人であると見なした。
見なし、声かけ、自らの持つ鬱憤を吐き出すために彼女との距離を縮めて切り出した。

「今日のみんな、変じゃない?」

はて、変とは一体どういうことか?
瑞希は磨いていたコインを卓に置き、顔だけを桃子に向けて考える。

「変……ですか?」

「変だよ。ヘン、すっごく変!」

時間稼ぎにと訊き返してみるが、問題解決には至らない。
桃子は頬杖をついてぶーたれると、「聞いてくれる?」と瑞希を見上げつつ。

「朝からみんなコソコソして、桃子と会うのを避けてるみたい。こっちから話しかけたって、どこか上の空って感じの返事だし」

「はぁ、そうなんですか」

「ほらそれ! 今瑞希さんがしてるみたいに」

ビシッと指さし指摘され、瑞希が「困ったぞ」とその眉を寄せた。
104 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/06(月) 02:32:20.76 ID:VPgwpRAe0

「私は……道具の手入れをしてますから」

「なら一旦止めて、手を止めて」

「でも――」

「……瑞希さんも、桃子の話なんてどうでもいいんだ」

反論二人を取りなさず。

泣きそうな顔で言われれば、流石に相談事を優先させねばならないぐらい瑞希にだって分かるもの。
持っていた布を手放して、両手はお行儀もよく膝の上へと移動した。

そうして瑞希は居住まい正し、背筋を伸ばし、体ごと桃子に向き直ると。

「では、続けてください。……聞く姿勢はご覧の通りバッチリだぞ」

この天晴れな瑞希の対応に、桃子の機嫌も幾分か上向きになったらしい。
彼女も頬杖から腕組みへと自分の姿勢を移行させ、

「あのね? 今朝からみんながなんていうか……。距離を取ってる感じなの。桃子と、長い間一緒にいたくないみたい」

「すぐにその場から離れて行ってしまうと?」

「うん。忙しい時期なら分かるけど、今日はその……みんな余裕はあるハズだし」

「余裕ですか」

「現に瑞希さんだって暇なんでしょ? さっきから見てたけど、ずっと手品道具を弄ってる」

言われ、瑞希が大げさに肩を強張らすジェスチャー。
ご丁寧にも「ギクリ」と擬音のサービスつき。

「そうですね。確かに暇と言われれば暇ではあります」

「でしょ? それに予想もつくんだよね、みんなが急に桃子に対して冷たくなったその理由」

「……一応、それはこちらから聞いた方がいいアレですか?」

「そうだね、聞いてくれると有難いな。……やっぱりその、こっちから言うのはなんか嫌」

そうして桃子に求められるままに、瑞希はコホンと咳払いを済ませると。

「では――周防さんは、お気づきになってしまったと」

「うん、お気づき気になっちゃった。……って言うか、これで気づかない方がバカだと思う」

桃子がやれやれと首を振り、恥ずかしそうにため息をつく。
その視線の先にあったのは、『HAPPY BIRTHDAY MOMOKO!』と書かれたホワイトボードなのであった。
105 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/06(月) 02:36:17.64 ID:VPgwpRAe0
===

さて、"サプライズ"と頭につくからには、前もって誕生日を迎える本人に
「サプライズバースデーパーティー」なる催しを開くことがバレてしまっては一大事。

本来ならば計画に関わる全員は、細心の注意と気配りをもってこの秘密プランの情報漏洩を阻止する運びとなるハズだが……。

「こんな風にさ、堂々と書かれて置かれてちゃ気づくなって言う方に無理があると思うんだよね」

当の祝われる本人である桃子の前に、誰のうっかりか手違いか、その旨を記したサプライズボード
(桃子本人の似顔絵と、お祝いの寄せ書きが書かれたホワイトボードである)

がデンと置かれていたのなら、嫌でも悟ると言うものだ。

「おまけにみんな演技が下手。ボロを出さないようにしようって普段より妙に落ち着きない人ばっかりだし。
……ま、まぁみんながそうして抜けてるから、桃子も"何かあるな"って気づけたけど」

瑞希に向けてたどたどしく語る桃子の姿は、どこか嬉しさの中にホッとした気持ちも混ざってるように感じられた。
瑞希が口元に手をやって、思った疑問を言葉にする。

「まさかとは思いますが、周防さんは本当に自分が嫌われてしまったのではないかと疑って――」

「お、思って無い! 心配だってしてないし、不安になったりもしてないからっ!」

だがしかし、口数少ない瑞希は知っていた。

桃子が部屋にやって来た直後、彼女の暗い顔が一瞬ハッとした表情に切り替わり、
今度はすぐさま不機嫌さ全開になったことを。

それから先はこの部屋で、ゴキゲン斜めに不貞腐れ続けていたことも。

「だ、大体みんなが桃子のこと、急に嫌ったりするわけない……。ない、よね? も、桃子、別に悪いことなんてしてないし」

「さて、どうでしょう。それは皆さんに直接訊いてみなければ――」

「うぅ〜……、瑞希さんの意地悪!」

今度こそ取り繕うこともせず、真っ赤になって桃子が言う。
それは気を許した仲間相手にだけ見せる、年相応の遠慮なき照れ隠しの態度だった。
106 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/06(月) 02:37:09.23 ID:VPgwpRAe0
===
この一コマはこれでおしまい。センパイ誕生日おめでとう!
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/06(月) 10:49:00.38 ID:1+VrjNkw0
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 09:26:51.72 ID:GtkcW0TlO
CCC組はいいぞ
ホワイトボード出しっぱなしにした犯人、未来、分かるか?
109 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:33:50.10 ID:zjG9pEgO0
===14.

男、男の夢。タフでイケてるガイが一度は憧れる漢の夢。それはヒーロー。

イカス衣装なんてなくてもいい。ただ大切な何かを、誰かを、
その身をていして守ることのできる純粋な"カッコイイヤツ"になりたい。そのチャンスを、男はいつも探している。

例えばそう、ここに一人の青年がいる。彼はタフでもイケてもいないのだが、紛れもない一人の立派な男だった。

そして今、彼の眼前には助けを求めている者が――青年にとっては何ものにも代え難い大切な者が――
居た、要るのだ、必要としているのである。自身を窮地から救い出す、正にヒーローと言える存在を!

「て、天空橋さん。動いたりしちゃあだめですよ……!」

言って、青年は緊張から唾を飲み込んだ。ここは765劇場入り口前。

ちょっとした広場になっているこの場所で、今、アイドル天空橋朋花は自身の親衛隊とも言える
「天空騎士団」の面々によって物々しく包囲されていた。無論、青年もこの栄えある騎士団員の中の一人である。
110 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:35:07.99 ID:zjG9pEgO0

「私のことより、皆さんの方が心配ですね〜。……無理に寄って来られなくても」

朋花が聖母の笑みをたたえ、周囲の団員に笑いかける。
だがその顔には僅かばかりの緊張が走り、普段のような柔らかさがない。

それもそのハズ、微笑みかける朋花の肩に、彼女の笑顔を凍りつかせる原因が鎮座ましましていたのだから。

「この蜂も……自然に離れて行ってくれますから〜」

そう! ハチだ。彼女の服の肩口には、黄色と黒のストライプが嫌でも目を引く大きな大きな蜂の姿。
それが今、我らが聖母の方へ向けて羽根を鳴らしていたのである。

始まりは実に唐突で、かつ展開もスピーディ極まりないものだった。

いつものように騎士団たちを従えて劇場にやって来た朋花。そこに一匹の蜂が元気もよろしく大接近。
狼狽える彼らの間を縫うようにヤツは飛び交うと、最終的に聖母の服へと取りついた。

「あ、慌てちゃダメです朋花さん!」

「刺されたら大変なことになりますからっ!」

「とりあえず止まって、止まって……どうする? おい、こんな時ってどうするんだ!?」

慌てふためく団員に、朋花は毅然とお願いした。

「皆さん、どうか落ち着いて。私の方は大丈夫……。こちらから刺激しないうちは、刺されることも無いハズですよ〜」
111 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:35:59.41 ID:zjG9pEgO0
===

さて、事ここに至って団員たちもただ手をこまねいていたワケではない。
彼らだって何とか蜂の脅威から朋花を救い出さんとアレコレ試しはしたのである。

甘い匂いに寄って来ないかと周囲にジュースを撒いてみたり(もちろん、後から掃除はする)
遠くから風を送れば飛んで行きやしないかと団扇で彼女を煽ったり(ただ、近づけないため効果は無いも同然だった)

今は団員全員で朋花を中心とした円を作り、その幅をじわじわと縮める作戦中。
有効距離に近づいたら、常に所持しているコンサートライトを近付けての熱源攻撃を開始するという手筈だった。

「なにやってるんだアンタたち! こう言うのはな、迅速に行動すべきだろが!」

だがしかし、そこに空気を読めない男がやって来た。
誰でもない朋花の担当プロデューサー。765プロ一のお騒がせ男、歩くトラブルメーカーだ。

彼は劇場の前で繰り広げられる奇妙な光景に気がつくと、その抜群な危険察知能力で(彼の視力はとても良い)
朋花の置かれた危機的状況を瞬時に把握、接近、物怖じすることなく堂々と彼女の傍までやって来ると。
112 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:37:24.47 ID:zjG9pEgO0

「てぇいっ!」

その手にしたポスターブレードで朋花の肩を払ったのだ。
この時、周囲で見ていた団員たちには男がヒーローに見えたという。

……一つしくじれば大惨事。誰もが"後一歩"を踏み出せないでいた状況に、まるで風穴を開けるような彼の行動は――。

「プロデューサーさん?」

「うん」

「アナタのような人のことを、きっと愚かな勇者と言うんですね〜」

さらなる事態の混乱を招く。

今、朋花の肩から追い払われた怒りに燃えるスズメバチはブンブンブンと二人の周囲を飛び回ると、
最後には朋花の頭にチョコンと止まってカチカチと顎を鳴らしていた……。

つまりは正面に立つプロデューサーへ向けて"威嚇"ではなく"警告"を発していたのである。

「ホントにダメなプロデューサー。機嫌を損ねてどうするんです?」

「それはどっちの機嫌かな……」

「……私は怒ってなんていませんよ。ただただ呆れ果てているだけですから〜」

こうなるともうにっちもさっちも動けない。

蜂は今にも彼らを襲わんと不機嫌な舌打ちを繰り返し、
その場に集まる誰しもが、本能的にこれ以上の接近はマズいと言うことを察していた。
113 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:39:02.37 ID:zjG9pEgO0

なるべく刺激を与えぬよう、団員たちがゆっくり包囲を広げていく。
プロデューサーもじりじりと、蜂を見据えながら朋花との距離を離していく。

そんな周囲の行動を目だけを動かし確認すると、朋花はホッとしたように息を吐き。

「そう、もうこれ以上は何もせず自然の流れに任せましょ――」

刹那、プロデューサーが再び丸めたポスターを振りかぶった。
朋花が僅かに息を止め、「へくしゅっ!」と可愛くくしゃみをした。

その際の頭の上下運動に、蜂も思わず彼女の頭から飛び立って――。

「でぇいっ!!」

ポスターが風を切った後、パンと素晴らしい音を響かせる。

蜂がブブンと円を描き、団員たちの遥か頭上を飛び去って行く。

頭を思い切りどつかれた、朋花がぐすっと鼻を鳴らす。

「いや、あの、これはその! ……一撃必中というか何と言うか――」

「聖母の頭をはたくなんて……。素晴らしい度胸をお持ちですね〜」

「ワザとじゃないんだ! 不可抗力で……あっ! ああっ!」

さて――ヒーローが事態を解決すれば、助けられた人々は祝福を与えるものである。
感謝の言葉、プレゼント、そして中にはみんなで彼の体を持ち上げて。

「お・し・お・き……です!」

「やめろ! 止めさせて! 俺が悪かったから、とっ、朋花さま〜っ!!」

胴上げさながらに団員たちに持ち上げられ、プロデューサーが涙を流して訴える。
だがしかし朋花は無慈悲に掲げた指先を、劇場の横に面した海へ向かって無言で振り下ろしたのであった。
114 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/11(土) 09:41:54.32 ID:zjG9pEgO0
===
この一コマはこれでおしまい。朋花誕生日おめでとう!
ネタ元は雑スレより。バースデーに合わせる形となりました。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 12:21:30.80 ID:Zve/a9rAo
おつ
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 13:00:01.94 ID:o3LZdWnzO
視力はいい(文字と空気は読めない)タイプかな
この時期の海は冷たいからミルキーウェイシナリオは夏にやってやれよ
117 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/17(金) 00:36:55.40 ID:j29cbswo0
===15.

事務所の談話用空間にて、新聞を広げてガサガサガサ……。
やよいさんと志保さんはその手に持った紙の束に、一枚一枚目を通します。

何を隠そう、それは宝くじの束。
彼女たち二人のすぐ傍では、購入者でもある仕掛け人さまも当選番号と睨めっこ。

「はずれ、はずれ、これもはずれ」

「これもこれもこれもはずれですー」

「うーむ、結構買ったのに今回はまだ一枚も当たってない……」

ぐぬぬと悔しがる彼を見もせずに、志保さんはやれやれとため息をつきました。

「大体不健全なんですよ。こんなコトでお金を増やそうとか」

「なんだよ、夢を買ってるんだ」

「でもプロデューサー? こんなに沢山あったって、紙は食べられないかなーって」

「やよいは現実的だなぁ。……だけどこの紙の中にはごく稀に、お金と交換できる物だってあるんだよ」

そうして、三人は視線すら合わせずにその後も黙々と作業を続け。

「……はい、こっち終わりました」

「私もぜーんぶ終わりましたー!」

「よし、じゃあ今回当たった総額は――合計三千九百円!」

三百円の当たりくじが十三枚。使った時間は一時間。
やよいさんと志保さんが仕掛け人さまに向けて同時に右手を差し出します。

「それじゃあ約束のバイト代を」

「一人一時間八百円、ですよね? プロデューサー」

「現物支給でいいですから――ここから三枚貰いますね」

「それじゃ、私も志保ちゃんと同じで三枚分」

手渡されたくじを確認すると、お二人は素敵な笑顔で「ありがとうございました」と述べて席を立ちました。

一人残された仕掛け人さまが首を捻る。
それから彼は一部始終を見届けていた私の方へ顔を向け。

「いいかエミリー。これが有名な『時そば』だ」

「絶対違うと思います」
118 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/11/17(金) 00:37:57.80 ID:j29cbswo0
===
この一コマはこれでおしまい。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 09:48:39.08 ID:K53XzBecO
ま、まぁ引き換える手間が減ったと思えば…いやどうせ他のも換金必要だから変わらんか
120 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/21(火) 12:37:51.33 ID:xpLIx66g0
===16.

これは閉店間際のたるき亭、座敷席でくだ巻く者たちの記録である。

「ちょっと、ちょっと! プロデューサーくんってば聞いてるの?」

「えっ? ああ、聞いてる聞いてる」

「じゃあ何の話だか言ってみて」

「だからさ、スルメ怪人ゲソングが……」

「ちっがーう! タコ足配線の話でしょー?」

「そうだったっけ? ……でもさぁ、莉緒も飲み過ぎだよ」

「え〜?」

「顔も真っ赤になっちゃってさ、このみさん抱えて酒あおって」

「だって姉さんあったかいし、抱き心地だっていいんだもん」

「そりゃまあサイズはいいだろうけど……」

すると莉緒に抱えられた姿勢のまま、このみは「くぉらっ! だーれが高級ハグピローかっ!」なんて勢いだけの野次を飛ばし。

「だいたいアンタはそこがダメ! 酔いに任せて抱き着くのが、どーして私、私なのか!」

短い手足を振り回す、その姿はすっかり出来上がっている人のソレだ。
121 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/21(火) 12:39:52.07 ID:xpLIx66g0

「おっ、虎だ」

「さしずめリトルタイガーね♪」

「がるるるっ! あんまり舐めてちゃ噛みつくわよ!!」

そうしてこのみは自分の頭を撫で続ける莉緒の左手を鷲掴み――

「いい? 莉緒ちゃん、いいえ莉緒! その手を止めてまぁ聞きなさい」

「えっ、いいの? このみ姉さんがそんなに言うなら止めるけど――」

「……うぅん、ホントはもう少し撫でて欲しい」

「んもうやっぱり? 姉さん素直じゃないんだから〜♪」

なでなで続行を要求すると満足そうに喉を鳴らした。しばし訪れる卓の沈黙。
誰とはなしに酒を含み、グラスを置いたら喋りだす。

「でも、まっ、冗談はさておき本題はよ?」

「このみさん、その入り今ので六回目」

「……それより聞いてよ二人とも、私ってなんでモテないかなー」

「何言ってんだ贅沢者。ファンなら一杯いるじゃないか」

「んもう! 私が言ってるのはファンじゃなくて、パートナーの話よパートナー」

「だから莉緒ちゃん、そのワケを今から話してあげるって――」

「……この際このみさんで手を打てば?」

「その手があった! キミ冴えてるー♪」

「冴えてない! 私は断然ロマン派だぞー!!」

すると目の座ったプロデューサーは首をかしげ。

「ロマンス?」

「スランプ?」

「ぷ……ぷ……プリンセス!」

「そうだよなー。女の子はお姫様なんだよなー」

しみじみ呟く彼を指さし、このみが「それだそれ!」と怪しい笑顔を浮かべて言う。
122 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/21(火) 12:43:09.65 ID:xpLIx66g0

「たまにはね、プロデューサーも男らしいトコ見せなさいよ!」

「なんスかそれ? 普段の俺は男らしくないみたいな言い方して」

「そうね、どっちかと言うと親父くさい?」

「莉緒まで言うか!?」

「やだ! その歳でもう加齢臭?」

「おい嬢ちゃん、俺よりアンタの方が上だかんな?」

瞬間、莉緒の腕をバッと振りほどきこのみがその場に立ち上がった。
それから彼女は足取りも危うげにプロデューサーの傍まで移動して。

「ねぇ、抱っこ」

「はぁっ!?」

「女の子はお姫様なんでしょー? お姫様だっこ、しーろっ! しーろっ!!」

「こんな酒臭いお姫様がいるもんか!!」

「なによう!」

「やるかっ!?」

「ほら――」

「高い高ーい!!」

息もぴったりこのみの体を持ち上げると、プロデューサーはそのまま彼女を肩車。

「見て莉緒ちゃん! これぞ無敵!」

「上出来!!」

「超!」

「合体っ!!」

「おお〜……!!」

ポーズを決めた二人に向け、パチパチパチと莉緒の拍手が木霊する。

「しかしあれね……まだいけるわ!」

「と、言うと?」

「両手が空いてるんだから、まだまだ余裕があるハズよ!」

「つまり、サポートメカの出番ですね!」

そうして二人は目の前の、莉緒を指さし言ったのだ!

「今こそ男を見せる時!」

「女は度胸! カモン莉緒ちゃん!」

「えっ、えぇ!? でもでもドコにどうやって……」

深夜も迫るたるき亭、常連だけが残る店内にて。
一部始終を眺めていた店主はカウンター席に座る旧知の男にサービスの味噌汁を差し出すと。

「いやぁ実に……若いと元気が余ってるね」

「う、うぅむ……あれはただ、悪酔いしてるだけじゃあないかなぁ?」

苦笑する高木社長の背後では、今まさにお姫様抱っこを敢行して崩れ落ちる若き三人の姿があったとか。
123 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/21(火) 12:43:44.60 ID:xpLIx66g0
===
この一コマはこれでおしまい。莉緒ちゃん誕生日おめでとう!
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/21(火) 12:59:11.21 ID:c33kfkB1O
うーん地獄絵図
おつ
125 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/11/23(木) 00:53:42.28 ID:iIqpRiWl0
===17.

いつからかな? 他人(ひと)に髪の毛を弄られる感触が、こんなに心地よくなったのは。

「ねぇハニー」

「なんだいダーリン?」

「そのダーリンって言うの止めようよ」

「ならミキも、ハニーって呼ぶのを止めないとな」

部屋に広がる独特の香り。足元でカサカサ鳴ってる新聞紙。
両目は軽く閉じたままで、作業中の彼に声をかける。

「どうして? ……ハニーって呼ばれるの、嫌い?」

「う〜ん……。好き嫌いの話じゃなくてさぁ、似合わないだろ? 俺に」

「そんなことないの」

「そんなことあるの……よし、大体全部終わったかな」

その一言を合図にして彼の手がスッと離れていく。
それは同時に、気持ちいい時間が終わりを告げた瞬間なの。

でも、しょうがないことなんだよね。楽しい時間や幸せな時は、
「永遠に続け〜!」って思えば思うほど、あっという間に過ぎちゃうから。

瞼をそっと開けてみて、首だけを回して彼の方を見れば――。

「何……してるんです美希先輩?」

「髪染めてんのか? 劇場(こんなトコ)で」

丁度部屋へと入って来た、翼とジュリアの二人と目が合った。

「そうだよ。最近色落ちしてたから」

「でも先輩、フツーは美容院とかで――」

「地毛じゃ無いのは知ってたケド、まさかプロデューサーがやってたとは驚きだな」

呆気にとられる二人に向けて、ハニーが「誤解するなよ」と肩をすくめる。

「俺なんかただの素人さ。美希のワガママに付き合わされてるだけなんだよ」

途端、翼は期待が外れたような顔になると「なーんだ、そっかぁ〜」なんて残念そうな声を上げた。
すると彼女の頭に手を置いて、ジュリアが呆れたように言ったんだ。

「おい翼、なんでガッカリしてんだよ」

「だってジュリアーノ。プロデューサーさんが髪を染めるの上手なら、わたしたちもお願いしようかな〜……なーんて」

その時だよ。誤魔化しながらも呟いた翼の目が一瞬本気だったから――。

「ダメなの」

……ちょっとだけ、強く言い過ぎちゃったかもしれないけど。今でさえデートの邪魔もされてるし、
付き添いの時間も減ってるし、これ以上ハニーと二人で居れる時を誰かに渡したくなんてなかったから。

「プロデューサーはホントに下手だから、翼たちの髪の毛を上手に染められるワケないの」

「おい、おい!」

「染め忘れとか色ムラとか失敗するのが当たり前。だから翼たち二人には、
素直にちゃんとした美容院に行って欲しいってミキ思うな」

「おいこら美希、ちょっと待てって」

「待たない! プロデューサーは少し黙っててっ!」

ビシッと鋭く言い放つと、彼は渋々といった様子で口を閉じた……ごめんねハニー、後でタップリサービスしてあげるから。
ミキ的にはハニーの話に耳を傾けるより、今は目の前のお邪魔虫をどうにかするのが先なんだよ。

だから律子、さんの真似をするように腕を組み、翼たち二人に言ったげたの。

「これもひとえに先輩としてのロバ刺し? ……ってヤツから来てる忠告ね、うん!」

「ロ、ロバ?」

「うぅ、美希先輩の言ってることよくわかんない……」

「とにかくプロデューサーに髪を染めて貰えるのは、事務所の中でもミキだけなのー!!」
126 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/11/23(木) 00:57:48.82 ID:iIqpRiWl0
===
この一コマはこれでおしまい。美希、ハッピーバースデー!
127 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/07(木) 19:21:18.38 ID:oBiTvi6A0
===18.

季節は十二月になった。道行く人はコートを着込み、鞄を持つ手をかじかませながら職場や学校へ歩いていく。
ビニール袋を手に下げた買い物帰りの主婦もまた、家に帰ればハンドクリームをその手に塗りたくることに違いない。

そんな人通りを眺めながら、担当アイドルを待つプロデューサーも両手を擦り合わせている。

二、三度擦ってしばし休み、冷えて来たならばまた擦って。
忙しなく手を動かすその様は、もしかすると彼の前世はハエだったのではないかと他人に思わせるほどであった。

「くぅぅ〜……しかし、ホントに今日はよく冷えるぜ」

はぁっと吐いた息も白く。空に向けて悪態をついた彼の背後から誰かの足音が聞こえて来る。
振り向けば、貸しビルの狭い階段を降りて来たばかりの大神環が彼を見上げ。

「お待たせおやぶん!」

「おう、お帰り」

「たまき、一人でもレッスンちゃんと頑張ったよ!」

「そうか? よしよし偉いじゃないか!」

くしゃくしゃと頭を撫でられて、環は「くふふ♪」と喜びの声を上げた。
そしてそのままプロデューサーの伸ばした手は、彼女の首元に引っ掛けられているだけのマフラーへと向かっていく。

「後はコイツもちゃんと巻いて……ジャンパーのチャックも締めなくちゃな」

すると環はマフラーを巻かれながら「えぇ〜? いいよ、寒くないし」と不満げに唇を尖らせた。
128 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/07(木) 19:22:42.04 ID:oBiTvi6A0

「ダメだ! 風邪でも引いたら一大事……。環の元気は知ってるが、アイドルの健康管理もプロデューサーの仕事なのだ!」

「……おやぶんの大事なお仕事なの?」

「ああ、そうだぞ」

「ん……じゃあたまきも言うことちゃんと聞くぞ! お仕事は、キチンとやるのが偉いもんね♪」

「よーし! 環はホントに良い子だな」

そうして、再び頭を撫でられながら環はあることに気がついた。プロデューサーのその手である。
冬の寒さに凍えた手は、今まさに血の気を失って青白くなっていたのだった。

当然、心優しき環はプロデューサーの手を掴むと。

「冷たっ!?」

言って、彼の右手を両手で丹念に揉み始めた。驚いたのはプロデューサー。
彼は慌ててその手を振りほどく――という少女の厚意を無下にするような行動に出ることは無かったが。

「環、待て、何やってる!?」

「何って、おやぶんの手を温めてるの。ばあちゃんもね、こうしてあげると喜ぶんだ♪」

「そりゃ、孫にマッサージしてもらうのは嬉しいことだと思うけどな……」

しかし、男は環の祖父でも無ければ父でもない。
彼はゆっくりと環の両手を自らの右手から引き剥がすと。

「そう言うのは家族を相手にするもんだ。後、こんな場所で環に手を揉んでもらってると――」

「えっ? ダメなの?」

「最悪あらぬ疑いをかけられる。……でもありがとな。俺の手の心配をしてくれて」

プロデューサーはポケットから財布を取り出して、貸しビルの前に設置された自動販売機を指さした。

「だからこれ以上冷やさないように、温かい飲み物でも買うか」

言われた環が小首を傾げ、「なんで?」と彼に質問する。
129 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/07(木) 19:23:52.58 ID:oBiTvi6A0

「なんでって……温かい飲み物を持ってれば、かじかんだ手だってぬくもるだろ?」

「あ、そっか。そうだね!」

「それにレッスンをちゃんと頑張って、さらに俺の心配をしてくれた環にだって買ってやるぞ。ほら、好きなの選ぶといい」

プロデューサーがお札を入れ、自販機のランプが点灯する。
環は彼にお礼を言うとジュースのボタンに指をやった。ガシャコン! と音を響かせて、自販機のランプが再度灯る。

「次、おやぶんの番だよ」

「よーし……どーれーにーしーよーうーかーなー?」

「ねえおやぶん、ボタンはたまきに押させてね!」

環の言葉にうなずくと、プロデューサーはとあるコーヒーを指さした。環が背伸びをしてボタンを押す。
再びガシャコンと音が鳴り、取り出し口から商品を受け取った環が彼に言う。

「はいおやぶん。卵のコーヒー」

「ん、ありがと」

そうして、並んだ二人が劇場への帰り道を歩き出す。
灰色に染まる空を見上げ、環がプロデューサーに訊く。

「おやぶん、明日って雪降るかな?」

「どうだろうなぁ。天気はあんまりよくないし、冷えて来てるからひょっとすると……ってトコじゃあないかねぇ」

「そっか。……たまきね、雪が積もったら劇場のみんなと雪だるま作る!」

「お、いいねぇ」

「それにね、かまくらでしょ? 雪合戦でしょ? かき氷に、ソリもするぞ!」

そこまで言うと、環はプロデューサーに向かって自分の片手を差し出して。

「でね? その時にはおやぶんにも手伝ってもらうんだ! ……だけどその前に、
今日が寒すぎるとしもやけになっちゃうかもだから――」

コーヒーを持たぬ方の彼の手を取り、無邪気な笑顔でこう続けた。

「たまきの手も、おやぶんの手も、こうしておけばしもやけだってへっちゃらだぞ! くふふっ♪」
130 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/07(木) 19:24:31.31 ID:oBiTvi6A0
===
この一コマはこれでおしまい。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/07(木) 20:01:43.45 ID:VY5I+XRn0
おつ
たまごのコーヒーってなんのこと?
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/07(木) 21:53:26.57 ID:p3VZ2hs50
乙。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/08(金) 15:52:08.46 ID:z3IJg2FnO
小学生に手を握ってもらうだけでお巡りさんのお世話になる可能性があるとか都会は怖いなー
134 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/12/08(金) 23:16:06.89 ID:HCx9fRaJo
===
―どっちも元気が出る曲よー―

P「ねぇ小鳥さん、海美の新曲聴きました?」

小鳥「『スポーツ!スポーツ!スポーツ!』のことでしたら勿論」

小鳥「海美ちゃんらしい、元気の湧いて来るいい曲です!」

P「はい、その点に異論はありません。ただ――」


P「途中、『レッツトレーニング!』ってコールが入るトコ」

P「何でですかね? 水兵さんが歌い出すんです。頭の中で」

小鳥「水兵さん? ……あ!」

小鳥「もしや、その後ろに踊るカウボーイとインディアンたちも?」

P「当然、いますよ!」


P「すると手拍子やら笛の音やらも"それ"を彷彿させちゃって」

P「……別段似てはないんですけどねぇ?」

小鳥「止めてくださいプロデューサーさん!」

小鳥「私、唐突に海美ちゃんがカバーした『Macho Man』が聴きたくなっちゃったじゃないですか!!」


P「……という話をしたんだが、どうだろう律子? このカバー企画」

律子「ダメです」
135 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/12/16(土) 03:08:56.91 ID:UcB0sd1Io
===19.

楽屋に流れる陽気な音楽。ぽっひぽっひ、ぽっぽぴっひー。
なんとも軽快なリズムのその曲は、中谷育によるリコーダーを使った演奏だ。

曲目は彼女の持ち歌の一つ「アニマル☆ステイション!」。略称、「アニ☆ステ」である。

「兄☆捨て? 兄ちゃん捨てんの?」

「んなわけないっしょー」

「でもたまに、ゴミと一緒に出したくなる時はあるかな」

そして、そんな育の演奏を聞きながら
何やら不穏な乙女トークを展開するのは亜美真美桃子の三人だ。

さらに噂をすればなんとやら。

楽屋の扉を開けて打ち合わせに現れたプロデューサーは
待っていた四人の姿を見つけるなり。

「すまん、待たせた……っと、育はリコーダーの練習か?」

熱心だな、上手だぞと続くハズであった彼の言葉はだがしかし、
「もう! 練習中に声かけちゃダメなんだからね!」と怒った育の台詞で遮られた。

……呆れた顔の桃子が言う。

「ほら、こんな時がそうだよ」
136 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2017/12/16(土) 03:19:51.30 ID:UcB0sd1Io
===
この一コマはこれでおしまい。そのたどたどしい音色に癒される、育ちゃん誕生日おめでとー。

それと、ミリシタでもキャスティング投票始まりましたね。今回も熱い接戦が見られそうで楽しみです。
…アナタも琴葉に、あと歌織さんに票をいれた〜くな〜れ〜…! テレパスィー…!
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/16(土) 11:43:47.08 ID:L8H+4q2nO
毎度動向見るのがたのしいよね
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/17(日) 09:10:46.60 ID:qZuX1Y2T0
琴葉も歌織さんも安泰じゃん。うらやましいっすわ。
139 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/11(木) 07:15:05.36 ID:zchgwGjyo
ふと思いついたネタ

P「一富士、二鷹、三杏奈」
P「初夢に杏奈が出てきたら、それだけで幸せになる気がする」
杏奈「……え?」
P「いやさ、杏奈って茄子に似てるじゃない」
杏奈「似て……え?」
P「色合いって言うか、全体的なフォルム的に……お茄子」
杏奈「……全然、違うと思う……ます」
P「いや、似てるんだって。杏奈、ナンス、茄子、ほらな?」

ふと思いついたネタ2

P「ほっほっほー」
P「姫ほっほー」
P「マシュマロ欲しいかそらやるぞ〜♪」

姫「プロデューサーさん」
P「ん?」
姫「お仕事中にその歌は……ね?」
140 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/15(月) 06:22:43.53 ID:SBhfipfKo


P「あの〜、歌織さん」

歌織「はい? なんですかプロデューサーさん」

P「不躾なお願いになるんですが――」

P「今からここで子守唄を歌ってもらうなんてこと、できませんか?」

歌織「子守歌を?」


P「ええ、子守唄を……です」

P「実は、少し仮眠を取ろうと思ってるんですけど」

P「最近仕事に追われてるせいか、横になるだけじゃ寝付けなくて」

歌織「まぁ大変! 確かに、寝つきが悪いと辛いですよね」

P「歌織さんにも経験が?」

歌織「あります。講師をしていた頃は生徒さんの発表会の前日に」

歌織「私まで、緊張で眠れなくなってしまって」

歌織「当日は逆に、私が寝不足を心配されてしまったり」

P「はは、歌織さんらしいお話ですね……優しいから」

歌織「もしくは、ただ気が小さいだけかもしれません」

歌織「だって……。今でもステージの前の日には緊張を」

歌織「この前だって夜遅くに、プロデューサーさんへ長々とメールしてしまって」


歌織「……ご迷惑じゃありませんでした?」

P「まさか! とんでもない」

P「本番を前にしたアイドルの緊張を和らげるのはプロデューサーとしての仕事です」

P「むしろ、もっと頼ってもらってもいいぐらいで――」ぼそっ

歌織「えっ?」

P「ああ、いえ! 独り言です、独り言。……それでそのぉ」
141 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/15(月) 06:24:16.32 ID:SBhfipfKo

歌織「子守歌、ですね?」

P「ええ……いいでしょうか?」

歌織「もちろんです。私の歌でよろしければ」

P「ありがとうございます!」

歌織「ふふっ。いえいえそんな、これぐらいで」


歌織「……あっ! でも、プロデューサーさん?」

P「はい?」

歌織「何かリクエストはあったりするんですか?」

P「へっ?」

歌織「リクエストです。私に」

P「あ……え? リクエストって……そんなこと良いんですか?」

歌織「むしろ、無いと困ってしまいます」

歌織「キチンと教えて頂かないと……私、どうしたらいいか分かりませんもの」


P「……じゃ」

P「じゃ、じゃあ! えーっと、そのっ」

P「仮眠はソファでとるつもりなんで」

歌織「はい」

P「歌織さんには……あー……膝枕を」ぼそっ

歌織「はい?」

P「膝枕で、子守唄を。で、寝付くまで体をトントンとかしてもらえると……最高ですっ!」


歌織「と、トントン……!? あ、あの、プロデューサーさん?」

P「はい?」

歌織「私は、その……子守歌で何を歌えばいいのかと」

歌織「一口に子守唄と言っても、種類は沢山あるワケで……」

歌織「それで、あのぅ……"曲"のリクエストを」

歌織「なにか、お好きな曲があるのかもと」
142 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/15(月) 06:26:25.87 ID:SBhfipfKo

P「……あ゛」

歌織「プ、プロデューサーさん?」

P「……た、た」

歌織「た? "た"から始まる曲ですか?」

P「た……たっは! なーんて、言っちゃったりしてみちゃったりして!!」

P「あ、あはは、あは! なんてなんて! 冗談、さっきのはただの冗談ですよ!」

歌織「は、はぁ?」

P「膝枕とか、トントンとか、頭撫でてもらいたいなー……とか!」

P「そういうの、全部!」


P「だからその、子守歌に詳しいワケじゃないですから」

P「歌は、歌織さんの歌い慣れたヤツにお任せします!」

歌織「え、ええ! はい、わかりました……?」


P「――すみません、歌織さん」

P「なんか俺、一人で勘違いしてワケの分からない事言っちゃって」

歌織「プロデューサーさん、そんなに謝らないでください」

歌織「……むしろ、その」

P「その……なんです?」

歌織「ふ、不束な」

歌織「不束な……私の膝で、よろしければ……!!」

P「っ!!?」
143 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/15(月) 06:51:54.44 ID:SBhfipfKo
===
あー、歌織さんの上腿にお邪魔したい。それでエミリーがこう言うんだ

「膝枕は、"膝枕"と言うのにお膝の上ではないのですね」

そしてそんな彼女に誰かが言う。

「せやけどエミリー。膝枕ゆうたら昔の女性の嗜みなところあるよ」

「そうなんですか?」

「時代劇でも見るわねぇ〜。着物の若い女の人が、悪代官を膝に乗せて」

「そうそう、それな。あずささん」

「……でもそうすると仕掛け人さまは」

「プロデューサーさんがどないしたん?」

「"よいではないか"の悪代官!? た、大変です! いつか"ゴセイバイ"されてしまうかも……!」

「じゃあじゃあ私も、手籠めにされたりしちゃうかしら〜? ……きゃっ♪」

(エミリーはともかくとして、あずささんなんか嬉し気やな?)

――と、そんな感じで一コマ終了。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/15(月) 23:11:00.89 ID:rsHC37eq0
トントンじゃなくてたんたんたぬきを狙ってるデューサーさんだ。ひわい
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/16(火) 16:19:34.42 ID:cmqmKctcO
これは頭部にレーザーポイントですね
146 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/19(金) 11:24:40.27 ID:FwE0C8ELo
思わず妄想が膨らんだの


百合子「で、ドンドンドンとここでノックの音がして……こほん!」

百合子「『――そう、ちょうどこんな風に。……驚いた、演出としてはこれ以上ない」

杏奈「……もう深夜になるのに、お客様?」

百合子「珍しいね」

杏奈「ご、ご主人様の言った悪しきモノが――」

百合子「かもしれないね」

そわそわと落ち着かない杏奈の様子を見て、百合子は椅子から立ち上った。
そうして彼女は怯える杏奈に近づくと。

百合子「怖いかい?」

杏奈が小さく頷いた。

百合子「私もさ。でも、出迎えないワケにもいかないだろう?」

杏奈「……ん」

百合子「大丈夫。いつものように震えなくなるおまじないを、ちゃんとアンナにかけてあげる」

杏奈の肩にそっと手を置き、百合子が彼女を優しく抱き寄せた直後のこと。
147 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/19(金) 11:26:36.23 ID:FwE0C8ELo

琴葉「ふ、二人は……一体なにしてるのかな……?」

百合子「わわっ!? こ、琴葉さんっ!?」

杏奈「……おはようございます」

琴葉「うん、おはよう杏奈ちゃん。――じゃなくて!」

琴葉「えー……えっとね? もちろん友情の表現には色々あると思うけど」

琴葉「劇場みたいな不特定多数の目がある空間でそういう濃ゆいやり取りは――」

百合子「お、落ち着いてください琴葉さん。今のは舞台の練習で」

杏奈「百合子さんとは、その台本の読み合わせ……」

琴葉「……舞台? 練習?」


百合子「あの、恵美さんから聞いてませんか?」

百合子「今度劇場で上演する、ヴァンパイアを題材にした連作劇……」

琴葉「恵美から……彼女も出るの?」

百合子「はい。他にもまだ何人か共演する人はいますけど」

琴葉「……そう言えば今日、恵美から相談があるってココに呼び出されたわ」

琴葉「それってつまり、その舞台の――」


恵美「そゆことそゆこと! こーとはっ♪」

琴葉「きゃあ! う、後ろから急に話かけないで!」

恵美「にゃははっ、ごめんごめ〜ん。……で、早速だけどさ相談ね!」

琴葉「な、なに?」

恵美「女の子を口説く時って、どういう風にしたらイイと思う?」

琴葉「……えっ!?」

恵美「強引にこう! 唇を奪ってから話し出した方が――」

琴葉「やっ、止めてよ恵美、ココじゃダメ! 二人がソコで見てるから〜!!」


百合子「うわぁ……!」

杏奈「……凄く近い、ね」

百合子「でもこれ、参考になるのかなぁ……?」
148 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage]:2018/01/19(金) 11:35:54.63 ID:FwE0C8ELo
===
とりあえず今日からのイベントに先駆けて一コマ。

今回の新楽曲は歌詞や台詞からあれこれ妄想が広がって、さらにはMVの出来も凄い!

まだコミュもフルもCDのドラマパートも一切触れてないのにワクワクが続いて止まりません
ああ、早くフルで聞きたい……!
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/19(金) 15:50:45.24 ID:XDlLaK19o
ワクワクするよね今回のイベ
150 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2018/01/21(日) 18:52:13.74 ID:kNu55X8Eo
===

見苦しい、ただそう思った。目の前で這いつくばっている標的は、
ジタバタと不自由な手足を動かして、なおもこの場から逃走を図ろうと必死だった。

ありふれた貧しい山村を恐怖に陥れた原因。血と欲望に飢えた獣のような生き物ヴァンパイア……。

家畜を襲い、人々の生活を弄び、増長と無益な殺戮を楽しんだ末の代償。

この土地の領主より討伐を命ぜれた騎士団員たちの手によって、彼女は罠にかけられ、無様に逃げ出し、
鬱蒼と木々が立ち並ぶ森の奥深くで、今は命乞いの為にその目を涙で濡らして訴える。

「堪忍、堪忍や!! さっきから何度も言ってるやん、もうこの土地からは出て行きます……!」

反吐が出る言い訳。心にも思って無いだろう言葉。

これまで幾人もの無力な人間を、その手にかけて来た者の口から出たとは思いたくも無いほど陳腐な台詞。

「ふん……貧民街のゴロツキでも、こういう時にはもう少しマシな嘘をつくぞ」

構えた剣を握り直し、怪物退治を生業とする天空騎士団団長チヅルは侮蔑の笑みを獲物に向けた。

その心に湧き上がる感情は怒りであり、勢いよく振り下ろされた鋭い剣の切っ先がヴァンパイアの太腿を貫いて体と地面を縫い付ける。

……次の瞬間、例えるなら狼の咆哮にも似た悲鳴が深い森の中に木霊した。
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