盗賊と終わりの勇者

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132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/17(火) 12:34:14.68 ID:BD2VJDl8O
ちゃんと盗賊と再会したところも頼むよ
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:43:49.75 ID:uS5nCHFqO

私は脇目も振らずに走った。

舞台のことなどすっかり忘れて、そこを目指した。かつて私が勇者ではなくなった場所へ、彼が勇者の終わりを盗んだ場所へ。

(いつぶりかしら、あそこに行くのは)

あの日、彼に肩を寄せて見た夕陽以降、私は夕空を見上げなくなった。あの一夜限りの奇跡、古傷が痛むような感覚を遠ざけた。

決して戻ることのない人を待つのは止めようと何度も思った。奇跡を願う自分なんて嫌だった。

劇的で奇跡的で運命的な再会だなんて、演劇の世界にしか有り得ないのだから。

「例えそうだとしても、よ」

それなのに、こんな小汚い紙切れに書かれた文言一つで私はこんなにも感情を乱され、奇跡を期待して、何もかもを放り出して全力で走ってしまっている。

今更ながら誰かの悪戯かもしれないと考えた。待っているのは期待はずれの結末に違いないと。

「そんなのは嫌」

そうよ、そんな風に思いたくない。

長い長い階段を、あの日の彼がそうしたように息を切らして走り続ける。

何度も立ち止まっては息を整え、また走り出す。確実に歩みが遅れていくのを感じる。上を見ると足取りが更に重くなる。

それでも期待に胸を弾ませて走り出す。根拠はないけど確信がある。

私は会えると信じてる。だから会える。この扉を開ければ、きっと、そこに……
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:47:43.07 ID:uS5nCHFqO

風が吹いた。

そこには、あの日と同じ美しい夕陽があった。

いえ、違う。あの日とはまるで違う。だって、この夕陽にはあの日の憂いがない。目の眩むような陽光は相変わらずだけれど、何もかもが違う。

だって、今はそこに

「えっと、大丈夫?」

今はそこに、あの時のあの場所に、彼が立っている。あの日、私の前から姿を消した場所に。

「はぁっ、はぁっ、だ、大丈夫よ!」

「だって息切れしてるし、ていうか何でわざわざ階だ…んむっ!?」

自分の行動すら制御出来ないまま唇を奪った。あの瞬間から止まった私の全てが突然動き出したらしい。

何より、彼の涼しげで余裕綽々な顔を少しでも崩してやりたかったんだと思う。だって悔しいし。

「君ってこんなに情熱的だったっけ?」

「黙りなさい。それよりまず私に言うことがあるでしょう」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:51:39.97 ID:uS5nCHFqO

「あ〜、うん、ごめん」

「ふ〜ん、あぁそう、それだけなのね。こんなに待たせておいて」

「いや、その、実はちょくちょく様子を見には来ていたんだけどさ」

「はあぁ!? それならさっさと会いに来なさいよ!!」

「ち、ちょっと待ってくれよ!! 怒るのは分かるけど、こっちにだって理由はあるんだぜ!?」

「理由って何よ!? 余所で何か盗んでたとかじやないでしょうね!?」

「違うって、いや、違うくはないけど。とにかく、中々良いのが見付からなくてさ」

「話が見えないんだけど……」

「まあ聞いてくれよ。君に似合うと思ったものを届けに来て、折角だから芝居を見た後に渡そうと思ったんだ。で、芝居を見終えると君が前にも増して素敵になってるもんだから、持ってきた物が途端に安っぽく見えてきてさ」

「で?」

「そりゃあ探したさ、あっちこっちに行って、今の君に相応しいものをね」

「それにしたって顔くらい見せなさい」

「こっちにも意地があるからね」

「はいはい、それで? ようやく顔を見せたって見つけたのよね?」

「いや、見付からなかった。そんなものは、最初からどこにもなかったんだ」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 01:54:00.11 ID:uS5nCHFqO

「散々待たせといて……」

「あの、睨まないでくれます?」

「あぁ、そうね、ごめんなさい、勝手に期待した私が悪かったわ。だってそうよね、これは現実、お芝居ではないもの。こうして会えただけでも私は」

「話はまだ終わってない。今考えて見れば、見付からないのは当然のことだったんだ。俺が盗賊なのは知ってるだろ?」

「嫌ってほどにね」

「俺は欲しいものを手に入れてきた。どんなこがあっても必ずね。ずっとそうしてきた。誰かに何かを与えるなんて柄じゃなかったんだ」

「どうやらそうみたいね。それで?」

「君が欲しい」

「………は?」

「俺と一緒に来てくれないかな。君と世界を見たい。俺を君の世界にいさせて欲しいんだ」

「ち、ちょっと待ってよ、理解が追い付かない」

「ダメ?」

おねだりする少年のような表情にぐらっと来たことに腹が立つ。絶対分かってやってるし。

「そんこと急に言われたって……それに私、これからお芝居があるし……」

「大丈夫」

「へ?」

「もう流れてるから、全部。ほら」

彼の指さす塔の下には大勢の観客、黄色い歓声、怒号混じりの祝福、街のあちこちに設置されたパネルには私と彼のやり取りが映っていたに違いない。

「はあぁぁ。あのねえ、あなたも知ってるでしょうけれど今日は舞台初日なの。こんなことしてどうするつもーー」

「今から君を盗む」

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 09:10:16.89 ID:T+aBlC1BO

「なによそれ」

こういう時って、何で素直に喜べないのかしら。彼が私を物扱いしている訳ではないのは分かっているのに。

「ん〜、それはまあ、欲しいから?」

子供か。でもきっと、あの時もこんな感じで劇場都市に来たんでしょうね。

こんな風に何の欲もなく、唯々純粋に欲しいものを求めて、澄みきった笑みを浮かべて、瞳をきらきらと輝かせて。

「呆れた。欲しいものは何でもそうしてきたわけ? 女性も?」

「誓って、君だけだ」

たとえ嘘だとしても、こうも面と向かって言われると悪い気はしない。と言うか、そんな真面目な顔が出来るなら最初からそうしなさいよ。

「なんで私なの?」

「この世界の何よりも美しいからさ」

「……盗賊とか泥棒って、そんな言い方しかできないわけ? 愛の言葉の一つも言えないの?」

「こう見えて恥ずかしがり屋なんだよ」

そう言って彼は私の手を取り、軽々と抱き上げた。呆気に取られて彼を見上げる私の顔を見て、彼は穏やかに微笑んで見せた。

「うそつき」

「盗賊や泥棒なんて、みんな嘘つきさ」

この時、私は彼の背に翼を見た気がした。何ものにも穢すことの出来ない黒い翼、烏の濡れ羽のような、艶やかな両翼を。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2022/11/22(火) 09:14:18.51 ID:T+aBlC1BO



盗賊と終わりの勇者





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