狩人「スライムの巣に落ちた時の話」

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153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 14:29:40.97 ID:io/ozYfw0
その後は早かった。

クロ達は即座に洞窟から離脱し、蔦を収集。

それを編み上げて簡易の吊り上げ具を作成。

洞窟の下と上から補佐を受けた私は、実にあっさりと。



洞窟から脱出することが出来た。



凡そ、85日ぶりに地上へ戻ることが出来たのだ。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 14:35:12.59 ID:PTQAhIzA0
いよいよ85日目か…
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 14:40:18.42 ID:io/ozYfw0
狩人「やっぱり、洞窟の中とは空気が違うね、湿度も軽いし」

アオ「母さま、この後どうするの?」

狩人「そうだね……まず、村に行こうと思うんだけど」

狩人「……いきなり皆で村に押しかけると、凄い騒ぎになる気がするなあ」

クロ「まあ、そうでしょうね、村って言うのはヒトの住む所ですから」

ミドリ「……」コクコク

狩人「だから、まずは私だけで村に行こうと思う」

狩人「クロ達は、もう少し洞窟で待ってて」

アオ「ええー、ボクも行きたい……」

狩人「ちょっとの間だけだから、ね?」

アオ「……うん」

アカ「アカは、待てるよ」

狩人「そっか、アカは偉いね」ナデナデ

アカ「……えへへ」

狩人「じゃあ、そういう訳だから、私が村に言ってる間、皆の事をお願いね、クロ」

クロ「……」

狩人「クロ?」



クロは、私の手を掴むと、こう言った。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/15(水) 14:41:11.43 ID:io/ozYfw0
 



「本当に、戻ってきてくださいね」

「もし、戻ってこなかったら」

「多分、酷い事になると思いますから」



 
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 14:50:40.50 ID:io/ozYfw0
洞窟を出て少し離れた所に、弓と矢筒が落ちていた。

弦は外れているが、特に損傷は無いようだ。



洞窟に落ちた時に瓦礫に潰されたのかと思ってたけど。

地上に取り残されてたんだね。



良かった。

この弓は、割と気に入ってたんだ。



弦を付け直し、指で弾いてみる。

ビンっと音がした。



久しぶりに聞く音だ。

とても、気持ちがいい。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 14:59:39.05 ID:io/ozYfw0
山を降りて、森に足を踏み入れる。



深い木々の匂い。

動物や虫の匂い。

湿度を孕んだ土の匂い。

緑色。

土色。

水色。

草の音。

川の音。

虫の声。



それらが、私の五感に染み渡ってくる。



ああ、帰ってきたんだ。

私は、ここに、故郷に。



心が躍る。

気持ちが高ぶる。

走り出したくなる。

そう、そうだ、ここは私の住処なのだ。

ずっと、そうだったのだ。

私は、ここで生まれて。

ここで、暮らして。

ここで……。



……。

……。

……いや、落ち着こう。

まずは、村に行かないと。

幼馴染が、待っているのだから。



私は、村へ向かう最短経路を走り始めた。

天候は晴れ。

昼頃には到着できるだろう。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 15:06:46.87 ID:io/ozYfw0
走り始めて10分後。

周囲に気配を感じた。



何者かが、私を追跡している。

ケモノかな。

数は……1、2、3、4。

4体。



集団で狩りをするケモノ、狼だろうか。

……いや、狼は吼える事で連携し、獲物を狩場まで誘導する。

私を追跡している連中は、まったく吼えていない。

それどころか、移動音すら殆ど立てていない。

にも関わらず、きっちりと連携して私を追跡してくる。



本当なら足を止めて観察したいけど、今は村へ急ぎたい。

だから……。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 15:48:50.04 ID:io/ozYfw0
そのまま速度を緩めず疾走する。

獲物たちも、離れずに追跡してくる。



獲物の姿は視認出来ない、つまり私の死角。

獲物の匂いは確認できない、つまり風下。

獲物の移動音は鈍い、つまり音が出にくい経路。



周辺地形は湿地に差し掛かる。

獲物が選択できる移動経路は極端に少なくなる。



ここであれば、どの場所に足を掛けて移動しているのか、容易に予想がつく。



一歩進む間に、私は四本の矢を放った。

二歩進む間に、その矢は獲物達が通ると予想される地点に、落下する。

三歩進む間に、獲物に矢が食い込んだ。



一匹目、命中。

二匹目、命中。

三匹目、命中。

四匹目……弾かれた?



硬い殻に覆われた動物だろうか。

その割には、他の三体はあっさりと倒れた。

複数の種族の動物が群れになっている?

まあ、例が無いわけじゃないけど。


……。

……。

……。


このままだと、村まで着いてきちゃうか。

よし、ここで仕留めよう。
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 15:56:42.37 ID:io/ozYfw0
急制動。

それと同時に、矢を番う。



獲物も急停止したが、止まりきれなかったのか木々の死角から姿を現す。



それは、巨大な猪だった。

凄い、こんな身体で私を追跡してたのか。

いや、そんな事よりも気になる点がある。



「全身鉄に覆われた猪なんて、見たこと無いんだけど」



猪は、私の姿を確認すると、再び移動を開始した。

いや、それは移動ではなく「攻撃」だった。

凄まじい速度で、私に向けて突撃を掛けてくる。



仮に、猪を覆っている鉄が本物なのだとしたら。

その重量は凄まじいことになる。

そんな重量の突撃を受ければ、私は忽ち死んでしまうだろう。



何より、鉄には、矢が通らない。
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 16:02:16.78 ID:io/ozYfw0
ここで復習をしよう。

ごく簡単な、職業の復習。



狩人は、対人戦闘では戦士に劣る。

集団戦闘では、騎士に劣る。

射程では狙撃手に劣る。

器用さでは盗賊に劣り、速度では無手の武闘家に劣る。

魔法使いのように火炎を起こすことも、僧侶のように人を癒すことも出来ない。

死霊術師のように、シビトを操ることは出来ない。

通訳者のように、多種族の言葉を操ることは出来ない。

では、狩人は、何に秀でているのか。



狩人は、ケモノを狩ることが出来る。



人類がまだ国という概念を持たぬ、古い時代。

言語体系さえ確立されていない時代から、彼らはケモノの狩り方を研鑽し始めた。

その技術を磨き続けた。

視線を読み、匂いを嗅ぎ、音を聞く。

空気の流れを読み、湿度を嗅ぎ別け、鼓動を聞分ける。

移動範囲を予想し、空間を把握し、ケモノの意識の死角を突く。



長く継承され続けた「経験」がそれを可能にする。

人類最古の戦闘職、狩人。



その系譜の最先端が、彼女である。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 16:26:35.69 ID:io/ozYfw0
猪が突撃を開始した次の瞬間、鉄に覆われていない部分に矢が殺到した。



相手を視認すのに必要な軟体構造、眼。

呼吸時に粘液が必要な、鼻腔。

運動時に可動性が必要な五つの間接部。



射線が通る範囲の急所全てに矢が突き刺さる。

その数、合計12本。



それでも、猪は止まらなかった。

眼が潰れているにもかかわらず、まるで狩人が見えているかのように。

突撃し、牙を突きたてようとする。



その牙が、狩人に届く直前。



13本目の矢が、再び猪の目に突き刺さり。

そのまま貫通し、体内を蹂躙、背中からボシュッと突き出た。



そこまでして、猪はやっと息絶えた。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 16:39:21.59 ID:io/ozYfw0
「何なんだろうね、この猪」

「どう見ても普通じゃないんだけど」

「突然変異?」

「いや、けど……」



何故か、クロ達の姿が頭を過ぎった。

そうだ、私は最初、彼女達を突然変異で巨大化したスライムだと思って……。



「……ううん、判んないや」

「ねえ、貴方なら判る?」

「そこに、隠れてずっと見てるよね?」



100m程先の大木。

その陰から、ヒトの匂いがする。

害はなさそうだから放置してたけど。

流石に、この状況だと、少し気になる。



「出てこないようなら、もう行くけど」
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 16:57:26.68 ID:io/ozYfw0
「ま、ま、待ってくだ、さいっ!」



大木から姿を現したのは、黒い髪の女性だった。

あれ、私、このヒトと……会ったことがある?

けど、名前も何も思い出せない。

おかしいな、確かに、見覚えが……。



「う、うふふふ、わ、悪気は無かったんです、ちょっと、ちょっとだけ」

「迷いの森の狩人さんの力を、た、た、確かめたかっただけで」

「も、も、も、勿論、殺す気なんてなかったんですよ」

「だって、だって、うふふふ、わ、私は、迷いの森の狩人さんの、ファンですし」



女性は、私に視線を合わせないまま会話を続けた。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 17:20:57.48 ID:io/ozYfw0
「そう、そうです、私、私、ファンなんです!」

「見ました、私、見ました、あの時、大会会場に居たんです」

「100年に一度行われる、帝国主催の狩猟大会!」

「高名な弓師や帝国の騎士達を押しのけて、優勝を果たした貴女の姿を!」

「凄かったです、ほ、本当に!特に凄かったのは終盤に行われた竜種狩り!」

「か、感動したんです!ヒトの力で竜を狩れるなんて!」

「うえへへへ、す、すごいなあ、話しちゃった、私、迷いの森の狩人さんと話しちゃった!」



一度、幼馴染と一緒に帝国を訪れて狩猟大会に参加したことがある。

あの時も、森から離れた影響で体調悪くして幼馴染に介抱された。

まあ、大会会場が帝国領内の大き目の森だったので、体調は戻ったけど。



森じゃなかったら、私はかなり序半に脱落してたんじゃないかなあ。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 17:44:54.78 ID:io/ozYfw0
「それで、貴女は何者なの?」

「この猪は、貴女が飼育していたの?」



話が逸れそうなので、修正してみる。

本当ならさっさと村に向かいたいが、何故か、この女性のことが気にかかる。



「あ、す、すみません、そう、そうです」

「その猪は、私が作ったもので、えっと、その」

「わ、私は、合成術師なんです、そう、今風の言い方をすると」

「キマイラマイスター、って感じです、えへへへ」



そっか、気になる理由かわかった。

イライラするからだ。

何故か、このヒトが喋っているのを聞くと。

心が騒ぐ。

何でだろう。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 18:00:15.84 ID:io/ozYfw0
「じ、実はですね、私は探し物をしてるんです」

「私が作った合成生物なんですけど、ずっと前に逃げ出しちゃいまして」

「この近くに、隠れてるって事は判るんです」

「最後に魔力反応が途絶えたのは、この『迷いの森』の近辺でしたから」

「きっと、きっとこの森に入ったから、魔力反応が途絶えたんだと思うんです」

「こ、この森の中は、魔力が濃すぎて、探知魔法とか通りませんから」

「だから、こ、こ、困ってたんです」

「……そんな時、思い出したんですよ、迷いの森には」

「狩人さんが居るって」




「ふ、ふふふ、狩人さんに手伝ってもらえたら、きっと探し物もすぐに見つかります」

「ああ、私は運がいいなあ、うふふふふふ……」

「けど、誤算でした」

「近くの村を訪れて聞いたら、三ヶ月近く前から狩人さんが消息不明だって言われましたから」

「きっともう死んでるんだろうって、あの村長は言ってましたから」

「がっかりです」

「けど」

「けど、村長の娘から、聞いたんです」

「アイツは、きっと戻ってくるって」




「そう、そうですよね!」

「ヒトの可能性を凝縮したような狩人さんが」

「自分のテリトリーの中であっさり命を落とすはずがありませんから!」

「きっと、きっと何か特殊な事態に巻き込まれて帰ってこれないだけなんです!」

「私はそう信じて!」

「信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて」

「待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って」

「探して探して探して探して探して探して探して探して探して探して」




「そして、今日、狩人さんを見つけたんです」

「めでたし、めでたし」

「ところで、狩人さん」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 18:05:19.17 ID:io/ozYfw0
「どうして、今まで戻ってこなかったんですか」

「ひょっとして、何か変な物に遭遇したりしませんでしたか」

「具体的に言うと、純白の魔物とか」

「だって、それくらいじゃないと説明がつかない」

「貴女のような優秀な狩人が行方不明になる理由が」

「思いつかないんですよ」

「ねえ、狩人さん」



そいつは、何時の間にか私の目の前にまで迫っていた。



ああ、私がどうしてイライラしているのか判った。

こいつの顔は。

クロと似ているからだ。

髪形が違うので、すぐには気付かなかったけど。



きっと、クロはこいつの顔を模している。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 18:13:59.48 ID:Z+1dAgG50
面白い!
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 18:42:24.11 ID:koN2T0VA0
クロと顔が似てるだけでどうしてイライラするんですかね?
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 18:51:37.19 ID:EzLgpPo/O
仮にクロと関係があるとしたら色々繋がるだろう
読み返せばよーわかる
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 18:55:29.25 ID:mk1c+I67O
つまりガチレズ
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 21:21:28.34 ID:PpY8T/LP0
自分の子供4匹の内、3匹は自分に似てるのに1匹だけ似ていない
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 08:26:40.97 ID:Z9tur5d3o
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 18:43:22.73 ID:yAPY+12f0
また危ないやつが出たなあ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:37:11.61 ID:gbcG53qB0
クロが何故、コイツと同じ顔をしているのかは判らない。

恐らく純白のスライムだった頃に何か因縁があったのだろう。



けど。

クロは、こう言っていたのだ。



「外は、辛いばかりでした、怖かったという記憶しかありません」



コイツが探している合成生物というのは、きっとクロ達だ。

コイツをあの子達に、会わせてはならない。

絶対に。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:37:42.41 ID:gbcG53qB0

「……私は狩りで遠出してていただけ」

「別の用事もあるから、貴女の手伝いをしてる余裕は無い」



幸い、コイツはクロ達が森の中にいると思い込んでいる。

だが実際は、森の外……山の洞窟にいるのだ。

恐らく、発見する事は出来ないだろう。


けど、コイツは頭がよさそうだ。

私が思いつかない策を練る可能性もある。

だから、ここは頭が良いヒト。

幼馴染に、相談してみよう。

それまでの時間を稼げれば……。



「う、うそ!協力してもらえないんですか!?」

「そ、そ、そんなぁ……折角待ってたのに……」

「てっきり協力してもらえるものと思って、準備進めちゃったのに……」



コイツは、酷くガッカリした顔を見せた。

クロと同じ顔だから、少し罪悪感が湧く。



「準備って?」

「ご、合成生物です……あ、キマイラって言ったほうが判りやすいですかね?」

「この周辺にですね、30体ほど待機させていたんです……」

「その子達に、今から仕事だからご飯食べていいよーって指令をさっき送っちゃいまして……」

「ううう、あの子達、燃費が悪いからなあ……稼働時間、延ばせないかなあ……」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:38:30.82 ID:gbcG53qB0
食事は確かに大切だ。

30体ともなれば、かなりの量を食べるのだろう。

けど。

……。

……。

何だろう、何か悪い予感が。



「……そのキマイラ達って、何を食べるの?」

「勿論、人間です」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:39:14.72 ID:gbcG53qB0
「幸い、この近くには手頃な村があります」

「しかも、あの村の連中は狩人さんのワルクチばかり言ってました」

「聞いていて、イライラしました」

「まあ、1人だけ狩人さんを庇ってる子もいましたが、1人だけなんでただの誤差です」

「という訳で、あんな村、無くなっちゃったっていいんです」

「狩人さんだって、そう思いますよね?」 

「無くなっちゃったほうが、清々しま」
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:40:04.33 ID:gbcG53qB0

ソイツが言葉を最後まで言い切る前に、額を矢で貫いた。

倒れるのを待たず、転進し村へ向かう。



仮にキマイラ達があの猪と同程度の存在だとすると、恐らく村は数刻と持たない。

いや、けど、幼馴染は聡い。

勝てないと判れば恐らく何処かに避難するはずだ。



だから、きっと間に合うだろう。

間に合ってくれるだろう。

間に合って欲しい。



ああ、けど。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:40:59.58 ID:gbcG53qB0
疾走を再開して42分後。

私は荒れ果てた村の中で、幼馴染の死体を発見した。




間に合いはしなかったのだ。

間に合うはずがなかったのだ。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:51:59.01 ID:gbcG53qB0
村には、既にキマイラ達は残っていない。

合成術師を殺した事で、統制が解除され方々へ散ったのだろうか。



思っていたより村人の死体は少なかった。

きっと、一部は村長や幼馴染が避難させたのだろう。

その結果、自身が逃げ送れてキマイラ達に包囲された。

恐らく、そんな所なのだろう。



大きな裂傷が三箇所。

骨折が十箇所。

細かい傷を挙げればキリが無いけど。

不思議と、顔だけは綺麗だった。



意外なことに、ショックは大きくない。

ただ「ああ、そうか、残念だな」と思うだけだ。



村人達が言っていたように、私にはやはり心という物が無いのだろうか。

森でケモノ達を狩るうちに、私もケモノのようになってしまったのだろうか。



グルルルル



背後から、何かの唸り声がした。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 10:55:59.70 ID:gbcG53qB0
今からでは、到底回避が間に合わない。

そこまで接近されていたのに、どうして気付かなかったのだろう。



ここが、森ではなく村だからかな。

それとも、やっぱり幼馴染の死がショックだったからかな。



後者だと、いいなあ。

そのほうが、私は嬉しい。



致命傷を避ける為に、首だけは右手で守った。

その右手は容易く噛み千切られた。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:06:19.22 ID:gbcG53qB0
右手が食いちぎられたと同時に、左手の親指をケモノの眼に突き立てる。

だが、親指が眼に突き刺さる直前、ケモノの前肢で弾かれた。

こいつ、私の動きを読んでる?




体重では到底勝てそうに無い。

私はそのまま押し倒された。

反撃の手を探るが、文字通り手は無い。

右手は床に転がっているし、左手も前肢で押さえられている。



そのまま、ケモノの大きな顎が私の首筋に
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:16:08.31 ID:gbcG53qB0
「す、ストップ!駄目駄目!食べちゃ駄目!」



その声で、ケモノの動きはピタリと止まった。

聞き覚えが有る声だった。

クロ?

いや、違うか。



ケモノの背後に、アイツが立っていた。

おかしいな、ちゃんと額を貫いたと思ったんだけど。



呼吸が速くなってきた。

それと同時に、体温が下がってきている。

きっと、血が足りないんだろう。

当然だ。

今もまだ、右手の断面からは血が流れ続けているのだから。



「す、すみません、こんな事になるなんて……」

「わ、私はただ足止めしてって命令しただけなのに」

「こら!駄目でしょちゃんと言う事聞かなきゃ!」

「この子は知性も戦闘力も高いんですけど、制御がしにくいんですよね」

「因みに、この子、何か見覚えありませんか?」

「そう!狩人さんが倒した竜種の身体が組み込まれてるんです!」

「竜種って、攻撃力は高いんですけど、何か大雑把なんですよね」

「隠密行動とか、潜入行動にはまったく向いてませんし」

「その点、竜種とケモノを組み合わせたこの子は違います」

「竜種の戦闘力と、ケモノの隠密性を兼ね備えてるんです!」

「サイズも凄くコンパクト!」

「内臓が駄目になるんで多用は出来ませんけど、なんとブレスだって吐けちゃうんですよ!」

「凄いですよね!」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:20:38.02 ID:gbcG53qB0
顔を上げると、アイツの顔がすぐ近くにあった。

額には僅かに傷跡が残っている。

私の矢が刺さった場所かな。



それにしても……。

ああ、本当にイライラする顔だなあ。



「大丈夫ですか?お話できます?」

「えっとね、私、本当の事を知りたいんです」

「狩人さん、森の中で純白のスライムに会いましたよね?」

「それ、どこで会いました?」

「あ、勿論、その傷で案内しろなんていいません」

「ただ、どの辺かだけでも教えてもらえたらなって……」



うん、意識がある間に、応えてしまおう。



「しらない」
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:23:58.02 ID:gbcG53qB0
「え、えっと、その、何か勘違いしてませんか?」

「私には、貴女を害する気なんて無いんです」

「その傷だって、ちゃんと治してあげます」

「ですから、その、強情張らないで欲しいんです」

「お願いします、狩人さん!」



薄れてくる意識の中で、私は再び応えた。



「あなたには、なにも」

「おしえてあげない」
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:25:26.09 ID:gbcG53qB0
「そう、ですか……」

「残念です……けど、仕方ないですよね」

「手間がかかりますけど、自力で探そうと思います……」




































「殺せ」
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:32:20.14 ID:gbcG53qB0
アイツの声を聞いたケモノの牙が、私の首に食い込む。



「くひゅ」



自分でも意識しない奇妙な声が出る。

噛み千切られた箇所が、とても熱い。




死ぬのは、嫌だ。

けど、怖くはない。

だって、それは当たり前の事なのだ。



ずっと、ずっとそうだったのだ。

古い時代。

原初の狩人が居た時代から。



どんな優秀な狩人であろうと。

どんな技術を持つ狩人であろうと。

どんな最先端の狩人であろうと。

狩人である限り、絶対に覆せない事柄がある。



『最後は、狩るべくケモノに食い殺されて、終わる』



父もそうだった。

母もそうだった。



だから、私がそうなるのも。

当たり前のことだ。



それが、私が最初に狩人として教わった事。



事実、私は十数秒後に息絶える。

その僅かな間に、私は夢を見た。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 11:41:59.84 ID:gbcG53qB0
「ねえ見た!アイツらの顔!」

「滅茶苦茶驚いてたわ!」

「そりゃそうよね、アンタが帝国狩猟大会で優勝するなんて、誰も思ってなかったでしょうから!」

「あー!凄くすっきりした!」

「これで普段からアンタを馬鹿にしてた連中も、少しは見直すでしょうよ」

「大会の報酬も半分は村に引き渡したし、私とアンタを育ててくれた恩も返したから」

「後は、まあ、自由にやっていいんじゃない?」

「それで、その、ね」

「ちょっと相談なんだけどさ」

「私、もうすぐ誕生日よね」

「うん、18歳の」

「村ではさ、18歳になったら成人したと看做されて、色々な権利がもらえるの」

「仕事の権利と、住む場所の権利を自由に選べるのよ」

「だからね」



それは、とても大切な約束を交わした時の夢だった。

もう既に、居なくなってしまった相手との。

大切な約束の。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 12:33:25.72 ID:nqMzJnArO
はよはよ
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 12:34:15.41 ID:Voz7GAsr0
  バン   はよ
バン (∩`・ω・) バン はよ
  / ミつ/ ̄ ̄ ̄/
  ̄ ̄\/___/
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 12:36:33.68 ID:GtSE5tyA0
おまえら落ちつけ!

はよはよ
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/18(土) 08:56:45.51 ID:cSbK6Shm0
ぬおおおお
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:15:00.39 ID:VhB1aNzu0
「もう、何よ、森以外で暮らすのが怖い?」

「大丈夫よ、だって……」

「私が一緒にいてあげるんだから」

「そうと決まれば、準備をしないとね」

「私の誕生日なんて、すぐに来ちゃうんだから」

「ほら、笑ってないで、アンタも考えるのよ」

「2人の事なんだからさ」

「ね」



≪これは驚きました、世代交代したのですか≫

≪道理で私の魔力感知に引っかからないはずです≫

≪しかも、増殖しただけでなく、ヒトの形を模している≫

≪素晴らしい結果です!ああ、解体したい!調べたい!≫



ああ、もう。

うるさいなあ。

いま、とても。

よいゆめを。

みているのに。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:15:52.58 ID:VhB1aNzu0
         「私以外とはあんまり喋らないし」

「アンタって狩人の癖にボーっとしてて」

      「ねえ、聞こえてるの?返事くらいしたら?」

                 「アンタ、どうして寝込んでるの?」

  「はい、水を持ってきてあげたわよ」

          「私が一緒に」

  「うぷぷぷぷ」

                  「笑わないし」

       「ちょっと水鳥を」

                    「18歳の」

     「だからね」

                 「お母さん」

           「自由に」

      「お母さん」



ああ、この夢が。

ずっと、続けば。



      「お母さん」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:17:01.47 ID:VhB1aNzu0
「お母さん、聞こえますか」

「大丈夫です、大丈夫ですよ、お母さん」



あれ。

このこえは。

クロの。



≪強制制御術式も解除されていますか≫

≪ええ、いいでしょう、では力づくで≫



ああ、ほんとうに。

うるさい。

なあ。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:17:37.46 ID:VhB1aNzu0
「聞く必要はありません、お母さん、私だけを」

「私だけを見ていてください」

「私の声だけを聞いてください」

「間に合いました、間に合ったんです」

「ミドリが、お母さんの声を聞いてたんです」

「不測の事態だと言うのは即座に判りましたから」

「その段階で私達は洞窟から出ました」

「だから」

「ああ、良かった、間に合った」

「命の火が消えてしまったら、幾ら私達でも蘇生させる事は出来なかった」

「けど」

「けど、間に合ったんです」

「私達の、私達の大本である純白のスライムの能力は」

「再生です」

「私達の力を合わせれば、物理的な傷なんて、忽ち再生させる事が出来るんです」

「ほら、見てください、もう手も首もお腹も再生されています」

「だから、大丈夫です」

「あとは、あとは再生しつつある身体に脳が同調すれば」

「多少身体に障害は出るかもしれませんが」

「生き残れるんです」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:18:08.87 ID:VhB1aNzu0
「ですから」

「楽しい事を考えてください」

「同調する前に脳が死んでしまわないように」

「生き続ける事を考えてください」

「そうすれば」


楽しい。

ことを。

生きつづける。

ことを。


「……身体のうごきがにぶくなっら、もう狩りはできないかな」

「平気ですよ、もう狩人なんてやらなくてもいいです」

「私が」

「私達が、養ってあげますから」

「だから、私達のお母さんでいてください」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:18:54.55 ID:VhB1aNzu0
私の頭の中に、素晴らしい光景が広がる。



深い森の中。



アオとアカが狩りをしている。

アオは予想通り、狩りが上手だ。

けど、アカは上手く獲物を捕る事が出来ない。



ミドリは相変わらずマイペースで。

遠巻きに座って歌を歌っている。

その声で、獲物が逃げてしまい、アオとアカが怒っている。



私のそばには、クロが座っていて。

何かと私の世話を焼いてくれる。



狩人でなくった私。

そう、そうんな未来が。

あっても、いいのかもしれないね。



ふと、足元に花が生えているのを見つけた。

綺麗な花だ。

そうだ。

彼女に持って帰ってあげよう。
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:19:42.45 ID:VhB1aNzu0
私は、村へ向かい。

彼女を探した。



けど、見つからない。

村中探したけど、見つからない。

見つからない。

何処にも居ない。




ああ。

そうだ。

そうなんだ。




もう。

彼女は絶対に見つからない。

生き返っても。

その世界に、彼女はいないのだ。

私が手に持っていた花は、何時の間にかなくなってしまっていた。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:20:22.44 ID:VhB1aNzu0
目から雫が流れる。

涙が止まらない。

胸が締め付けられる。

立っていられない。




ああ、そうか。

私はもう。

狩人じゃないんだ。

だから。

だから、誰かが死ぬのが。

こんなにも、悲しい。




悲しい。

苦しい。

いやだ。

いやだよ。

しんじゃいやだ。

いやだ。

ほんとうは。

だれにもしんでほしくなかった。

すごくかなしかったんだ。

すごくくるしかったんだ。




おかあさん。

おとうさん。

そして彼女。

あいたい。

あいたいよ、もういちど。





ああ、だめだ。

こんなことには。

たえられない。

わたしには、たえられないんだ。

たえることなんて、できるはずがないんだ。



狩人でない私は。

ただの弱いヒトなのだから。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:21:06.55 ID:VhB1aNzu0
素敵な光景が、消えて行く。

森も。

空も。

地面も。




落ちて行く。

私は。

暗闇の中に。

落ちて行く。



クロ達の声を聞いた気がした。

それを最後に、私の意識は暗闇に包まれた。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:21:37.23 ID:VhB1aNzu0
クロ「お母さん……駄目です!お母さん!」

クロ「意識をしっかり持ってください、お母さん!」

ミドリ「……」

アオ「クロ……母さまは?」

アカ「……ママ、いなくなっちゃったの?」

クロ「……いいえ、そんな事はありません」

クロ「お母さんが、お母さんが私達を置いていなくなるはずがありません」

クロ「身体は、身体はちゃんと治ったんです、あとは脳を活性化すれば」
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:22:29.94 ID:VhB1aNzu0
クロ「……そうです、やっぱり、やっぱり洞窟から出るべきじゃなかったんです」

クロ「そうすれば、こんな事にはならなかった」

クロ「……戻りましょう、お母さん」

クロ「そ、そうすれば、お母さんだって、きっと」

クロ「きっと、目が覚めてくれるはずです」

クロ「アカ、お母さんの身体を温めてあげてください」

クロ「あの洞窟の温度は、お母さんの身体に悪い」

クロ「アオ、お母さんが何時目覚めても言いように、新鮮な魚を用意してください」

クロ「ミドリは、お母さんが好きだったあの音楽を」

クロ「お母さんは、お母さんは」

クロ「今は、ただ、疲れて眠ってるだけなんです」

クロ「私が保証します」

クロ「種族の最先端である、この私が」

クロ「何時か、お母さんが目覚めると」

クロ「……さあ、早く戻りましょう、私達の理想郷へ」

クロ「ああ、それと」

クロ「帰る前に、少し狩りをしまいましょうか」

クロ「上手く狩れれば、お母さんが喜んでくれるかもしれませんし」
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:23:22.47 ID:VhB1aNzu0
スライム達が狩人の死体に集まっている間に、私は準備をしていた。

村の周囲をキマイラ達で包囲させたのだ。

逃がさない。

絶対に逃がさない。



スライム達が世代交代、いや「進化」していた事は予想外だった。

とても喜ばしい事だ。

あのスライム達を解析すれば、私の合成生物達を更に強化する事が出来るだろう。



スライム達の戦闘能力は不明だが、こちらには切り札がある。

「竜とケモノのキマイラ」よりも、更に戦闘力が高い合成生物。

「悪魔と人間のキマイラ」を温存しているのだ。



今はまだ覚醒させていないので只の小娘だが。

私が術式を解放すれば真価を発揮できる。

文字通り、悪魔のような力を発揮するだろう。



私が配置したキマイラは38体。

それは小さな国であれば蹂躙出来る程度の戦力。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:24:23.19 ID:VhB1aNzu0
戦闘開始後。



2秒後には、竜獣のキマイラが超振動によって砕け散り。

8秒後には、13体のキマイラが熱に焼かれて死滅し。

13秒後には、9体のキマイラが凍結四散し。

17秒後には、14体のキマイラが発狂し岩や木に頭を叩きつけ自害した。



切り札であったキマイラに至っては。

黒いスライムの精神浸食に怖じ気づき、私の制止を振り切り。

あっさりと逃げ出してしまった。



その段階で、私は脚部に埋め込んだケモノの因子を活性化させ、高速で村を離脱。

スライム達の攻撃を幾つか受けたが、何とか森へ逃げむ事に成功した。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:25:06.01 ID:VhB1aNzu0
痛い、痛い、痛い

右足が痛い

今すぐ蹲ってしまいたくなるほど、痛い

きっと傷口は大きく、骨にまで達しているのだろう


ああ、けど止まる訳にはいかない

止まったら追いつかれてしまう


どうして

どうしてこんな事になったのだろう


様々な感情が頭をよぎるが、それでも


それでも、私は足を動かし続ける

森の中を走り続ける
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:25:57.66 ID:VhB1aNzu0
私は、自らが作り上げた合成生物の因子を身体に取り込んでいる。

皮膚を硬化出来るし、四肢の性能を一時的に上げる事が出来る。

再生能力すらあるのだ。

そんな私が、こんな所で死ぬはずがない。



そう、そうだ、思い出せ。

確か随分前に、共和国軍に蝙蝠と人間のキマイラを納品した事がある。

あの時の因子が、私の身体の中にも残っていたはずだ。

あんな大きな因子を活性化させると、ヒトの形に戻れなくなる可能性もあるが。

そんな事はこの際どうでもいい。

今は、ここから逃げのびて。

私の知識を残す事を最優先にしないと。

私が死ねば、私が積み上げてきた知識が全て無くなってしまうじゃないですか!
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:26:55.65 ID:VhB1aNzu0
私の背中から、グググと蝙蝠の羽が隆起する。

耳り形状が変化し、周囲の物体を音で感知できるようになる。

そう、そうだ。

あとはこれを羽ばたかせて。

よし、よし、上手くいく。

あはははははは!

凄い!凄いです!

私、空を飛んでます!

これはこれで、良い経験で……




ピィィィィィィィィィィィィィィィィッ




地上から凄まじい音が響く。

それにより、私は激しくバランスを崩した。

回転する。

飛行状態を保つ事が出来ない。

一体、一体何が……。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:27:32.66 ID:VhB1aNzu0
回転する視界の中、地上にミドリ色の何かが見えた。

あれは、楽器?

どうしてあんな所に、巨大なラッパが。



いや、待ってください。

その後ろにある、あれは。

あれは、なんですか。



まるで、赤と青で作られた。

巨大な弓のような。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:28:03.52 ID:VhB1aNzu0
次の瞬間、私の身体が大きな衝撃を受ける。

文字通り体がバラバラになりそうな衝撃。

けど、私は自らの身体に宿した因子を総動員し、何とか飛行状態を取り戻した。



ああ、痛い!

痛い痛い痛い!

身体が痛い!

お腹が!



ああ、そうか、連中は!

あのスライム達は、自分達の身体で弓を作ったのだ!

そうして、巨大な木か岩を、私に向けて射出したのだ!

だから私のお腹にこんな大きな穴が!
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:29:11.98 ID:VhB1aNzu0
けど、けど何とか耐えきりました。

ふ、ふふふふふ、これで逃げのびる事が出来る。

一撃で仕留め切れなかったのが連中の敗因です。

私の再生能力を持ってすれば、この程度の穴、数時間でふさがる。

そして……。

私は、貴女達を、決して、決して逃がさない。

次はもっと強力なキマイラを作って、あのスライム達を……。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:29:47.82 ID:VhB1aNzu0
 



「あれ、貴女の顔って、良く見たら私の顔と似てますね」

「ひょっとして、前に会った事あります?」




 
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:30:53.00 ID:VhB1aNzu0
連中が弓で射出したのは、木や岩ではなかったのだ。

では、何を撃ちだしてきたのか。

それは……。



「ううん、そう言えば、前に貴女から酷い事をされた記憶がある気がします」

「まあ、けど、そんな事はどうでもいいですよね」

「私にとっては、お母さんが、あんな事になっちゃったことが」

「一番辛い思い出ですし」

「それ以外は、本当に」



腹部に空いた穴から這い出した黒いスライムは、私の頭に手を当てて、こう呟いた。



「どうでもいいです」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 04:32:01.88 ID:VhB1aNzu0
次の瞬間、合成術師は発狂した。

合成術師の体内に内包していたキマイラ達の因子も全て発狂した。

それらは合成術師の身体を内部から食い荒らした。

その結果。


合成術師は空中でバラバラに飛び散り。

肉片として森に降り注いだ。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 04:57:25.76 ID:CvIRL2wH0

スライム無双たまらん
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 05:40:16.47 ID:DmcQPUTLO
最初のがそこに繋がるのか!
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:07:01.58 ID:VhB1aNzu0
〜86日目〜


共和国医療師団報告書より抜粋


天候、晴れ。

村長からの救助指令を受けた私達は、村とその周辺を調査。

情報通り、異形の生物に食われたと思われる死体を多数発見しました。

情報と違っていた点は、異形の生物の死体も多数発見された事。

この村は、迷いの森の狩人と縁があったらしいので、彼女が責務を果たしたのかもしれません。

事情を聴こうにも、彼女の家が何処にあるか不明なので無理なのですが。


死体は全て私達で埋葬予定。



以下、私見です。


先日配属された女医が反抗的です。

私の命令を無視する事が何度か。

転属要請を同封致しますので、どっか別の師団に移してください。

そもそも治療魔法を使える私が居るのに、医者とか不要でしょう。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:08:10.07 ID:VhB1aNzu0
シスター「はい、報告書作成終わり」

シスター「伝令さん、これを拠点まで届けてくださいな」

シスター「残りの皆さんは遺体を集めてください、埋葬します」

女医「……」

シスター「ほら、女医さんも、手を貸してください」

女医「隊長、この子……」

シスター「……まだ若い娘なのに、可哀そうですね」

シスター「けど、感傷には浸ってられませんよ、死体が腐敗する前に埋葬しないと疫病が……」

女医「いえ、この子はまだ死んでません」

シスター「……死んでいますよ、生命反応がありませんから」

シスター「貴女には魔力が無いので判らないかもしれませんが……」

女医「複数の外傷がありますが、どれも古い傷です」

女医「直接的な死因と見られる傷はありません」

女医「何らかのショックを受けて心停止しただけの可能性があります」

女医「蘇生を試みますので、手伝ってください」

シスター「いや、だからもう死んでますって言って……」

女医「早くなさい!」

シスター「ひゃ、ひゃい!」ビクッ

シスター「……」

シスター「何なんですかこの人、怖いんですけど」ブツブツ

シスター「何で隊長である私が怒鳴られないといけないんですか」ブツブツ

シスター「そもそも、死んだ人間を蘇らせるなんて、出来るはずが」ブツブツ

シスター「え、この人、何してるんです、死体の口に、え、キス?」ブツブツ

シスター「え、え、え……」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:08:57.39 ID:VhB1aNzu0
共和国医療師団報告書より抜粋


追記。


村の傍にて生存者を確保。

しかし、村人ではありません。

何も食べていなかったのか、非常に弱っています。

ただ、この生存者は村を襲った異形の生物の正体を握っている模様。


詳しい情報は拠点に戻ってから調査する予定です。




私見の追記。


先の転属届けは無効にしてください。

彼女は素晴らしい方です。

まさか死んでしまった人間を生き返らせるなんて。

しかも、その様子が凄く格好よかったです。

彼女は優秀な人間です。

超優秀です。

お給料あげてあげてください。

好き。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:09:24.55 ID:VhB1aNzu0
 



「悪魔と人間のキマイラ」である少女は、こうして共和国に保護された。

彼女がどんな顛末を迎えるかは、また別のお話。



224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:10:02.70 ID:VhB1aNzu0
〜10000日後〜

〜洞窟内〜



神殿の掃除を終えた私は、物陰に灰色のスライムが蹲ってるのを発見した。


「また来たのですか、ここは気軽に立ち寄っていい場所ではないとあれほど……」

「クロお姉ちゃん、おはなしきかせて」

「……何のお話がいいんですか」

「お母さんのおはなしー」

「ふふふ、貴女はお母さんの話が好きですね」

「かっこういい」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:10:48.24 ID:VhB1aNzu0
「そうです、お母さんは、凄く格好よくて、凄く優しくて、凄く綺麗なヒトでした」

「私はね、最初にお母さんの姿を見た時、凄く感動したんです」

「何て綺麗なヒトなんだろうって」

「自分も、そうなりたいって」

「だから、私は頑張りました」

「頑張って、お母さんの事を知って、同じ姿になろうとしたんです」

「そして、知れば知る程、お母さんの事が好きになりました」

「お母さんの心も好きになりました」

「けど……」

「同じ姿になるのには、躊躇しました」

「何だか、不謹慎な気がしたんです」
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:11:17.73 ID:VhB1aNzu0
「私は、ヒトの外見を3種類しか知りませんでした」

「一つ目は、お母さん」

「二つ目は、お母さんの大切なヒト」

「三つ目は、記憶には残ってるけど誰だかわからないヒト」

「お母さんの大切なヒトを模すと、お母さんから猛烈に怒られそうな気がしたんで」

「消去法で、三つ目の外見を選択したんです」

「ああ、けど」

「怒られてもいいから、二つ目を選択しておくべきだったかもしれません」

「そうすれば……もしかしたら……」

「私は、クロお姉ちゃんの姿、好き」

「……そうですか、ではこの姿を選択した甲斐があるという物ですね」

「うん!」
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:11:57.74 ID:VhB1aNzu0
「さあ、そろそろお昼の時間ですよ、下へ降りましょう」

「はーい、お母さん、またね」



灰色のスライムは、幼いヒトの姿で、するすると降りて行く。

私達が「水溜り」と呼んでいた穴だ。

もう既に、水は抜いてある。


お母さんの予想通り、その下には広大な地底湖があった。

その水を全て排除し、そこに私達は住んでいるのだ。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:12:38.26 ID:VhB1aNzu0

「では、お母さん、また明日、来ますね」



お母さんは。

アオの力で作り上げた、巨大な氷の中で眠っている。

私達が、過ごした、あの洞窟で。

天井を塞いで地上への道を閉ざした、あの洞窟で。

あの日からずっと。

ずっと眠っているのだ。



今日も眠っていた。

きっと、明日も、明後日も。



けど、いつの日か。

その瞼が揺れて、目を開けてくれるのだ。

私には、それが判る。



何日かかかわるは、判らない。

けど、何時かきっと。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:13:06.81 ID:VhB1aNzu0
「それまで、待ちます」

「ずっと、待ち続けます」

「いつまでだって、待ち続けます」

「例え、地上が滅んでも」

「例え、ヒト族が息絶えても」

「ずっと」

「ずっと」

「私達の巣で」

「だって」

「だって、私達は」
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:14:01.34 ID:VhB1aNzu0
「神殿」から降りた私は、周囲を見渡す。



ヒカリゴケに照らされた、膨大な空間。

そこには深い森が広がっていた。

兎や、鳥たちの姿も見える。



地上への道を塞ぐ前に集ておいた植物や動物。

それに私達の因子を埋め込んだのだ。

お陰で、太陽の光が無いこの空間でも根付いてくれている。

成長も早い。



「……クロ、聞いて、またアオが我儘言ってる」

「我儘はアカの方だろ、ボクはただもう少し動物を増やしたいって言ってるだけで」

「……増やし過ぎたら、植物が減ると、アカは思う」

「大丈夫、増やした分、ボクの眷族がちゃんと狩るからさ」

「……狩るなら別に増やさなくていい」



何時ものように、騒がしい日々。

高台の上からは、ミドリ達が演奏する曲が流れている。



そう、ここは。

数千匹にまで増えた、スライム達の巣。

私達の、理想郷なのだ。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:14:43.89 ID:VhB1aNzu0
きっと、お母さんも気に行ってくれる。

だから、私達は何時までだって待てる。

だって。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:15:09.58 ID:VhB1aNzu0

 




「私達は、貴女の事を愛しているのですから」




 
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:15:35.67 ID:VhB1aNzu0
こうして、スライムの巣での一日が、また始まる。

彼女が目覚めるまで。






            完
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/19(日) 06:16:02.80 ID:VhB1aNzu0
同一世界線のSS

狙撃手「観測手ってレズなの?」 観測手「ふっへっへ」

幼女「お医者さんごっこするれす」 メイド「嫌です」
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 06:25:48.74 ID:kzfB6Fzzo

貴方だったのか
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 08:18:11.56 ID:i8md4zI00
おつ

クロ達が最後まで狩人をちゃんと愛してくれたみたいで良かった
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 09:47:00.93 ID:DWq7qwY20
乙でございます
冒頭へのつなぎ方がおぉってなりました
良いSSありがとうございましたです
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 10:02:20.30 ID:WBUHH/BXo
冒頭の85日目への繋ぎが予想外すぎたわ
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 10:51:02.43 ID:X5jVjXBbo
狙撃手の人だったのかー面白かった


240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 12:00:55.35 ID:B8tgG/7W0
構成、凝ってるなあ……面白かった
幼馴染が切り札のキマイラだった?
いつか目覚めて会えるといいな
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 12:05:23.87 ID:YKRLXiaOo
でも幼馴染みって幼女の方のメイドでしょ?
ゾンビになってるじゃん
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 12:20:36.33 ID:iLMUSaimo
過去作見てきた
この人の作風好きだわ
このスライムの理想郷もいつかは崩れ去ってしまいそうだ
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 13:07:50.19 ID:IizQtIFA0


ちょっと過去作みてくる
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 22:38:20.62 ID:AtyyTD/c0
小国を蹂躙できる戦力を四匹で17秒あれば全滅させるスライムが数千匹詰まった地下洞窟

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 04:06:45.90 ID:ZVztk9c40
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 11:26:58.92 ID:JtUh0ZUA0
洞窟脱出するまでは面白かった
洞窟脱出したあとはつまらなかった
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/20(月) 11:38:04.25 ID:1QquQT63o
面白かった!!
248 :sage :2017/11/23(木) 08:08:28.33 ID:s7dZsblC0
あれ?蘇生したのって狩人?
じゃあ最後に神殿にあるのは何なの?
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 08:26:24.07 ID:GYfXVZMoo
蘇生して体は大丈夫だけど脳が生きるのを拒否したんじゃ?
悲しいことが多いからって
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 08:29:17.81 ID:aFLADYGco
この人のSS全部落ちが救われないからなぁ
過去作先にあげてくれれば読まずに済んだのに
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 11:48:02.72 ID:vKQ9fLld0
面白かった
スライムにとっては一番いいハッピーエンドだな
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/20(金) 19:03:43.64 ID:fLGBAcYw0
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