塩見周子「小早川のお狐さん」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:49:09.72 ID:tF8sq0kG0

 モバマスより小早川紗枝と塩見周子のSSです。
 ファンタジー要素、独自解釈、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。

 某他作品のネタが多く含まれております。
 Pの出番はあんまりありません。

 主に地の文、合間に台本形式で進行します。


 ↓のSSと設定共通しています。よろしければこちらもどうぞ。
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/


(わかりづらいので酉を付けました)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1510159749
2 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:51:29.01 ID:tF8sq0kG0



「お狐さん」

「あら〜寂しわぁ、名前で呼んでくれへんのやね、人間はん」

「狐ってのは、どこまで生きるものなん?」

「はぁ、ややこしい質問どすなぁ。はて、百か、二百か……うちもどこまで永らえるか、わからへんのよ」

「……そりゃまた、退屈そーで大変だねぇ」


3 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:53:35.99 ID:tF8sq0kG0

   〇

 ちょっとした昔話をしよう。

 あたしが、まだ京都にいた頃のことだ。


 家に帰る時、あたしはよく遠回りをしていた。
 別に何か目的があるわけじゃない、っていうか目的が無いからそうする。

 あたしが生まれた京の街並みは、物心ついた時からほとんど変わることがなかった。
 まあ当然っちゃ当然だけど。千年の歴史を誇る古都が、小娘一人が生まれて十何年でそうホイホイ変わるかって話だし。

 だもんで、つまらなかったんだ。正直。

 変わらない街。変わらない人々。あっちこっちには百年単位で変わらない史跡。

 そりゃあ大変価値のあるモノなんだろうけども、物心ついた時から近くにいた身としては、ありがたみなんてさっぱり感じないわけで。
 あちこちの旅行者を、あたしはどっかしら冷めた目で見送ってた。いやー我ながら嫌な地元民だったね。


 日課の遠回りは、今にして思えば、そんな退屈への精一杯の抵抗だったんだろう。
 何か刺激は無いかなーってさ。家に帰り着いて日常に戻るまでの、せめてもの延命処置のつもりで。
 
 お狐さんと出会ったのは、そんなことを繰り返していた一年前の三月。

 五分咲きの桜が街を彩る、まだ肌寒い宵だった。
4 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:55:33.19 ID:tF8sq0kG0

 出町桝形商店街を冷やかして河合橋を途中まで渡り、鴨川沿いに綻びつつある桜を見た。

 感想としては、まあフツー。

 きれーだなあ、あとどんくらいで満開だっけ、今日の晩ご飯何かな、おなかすいたーん――とまあ。
 そういう大変しゃらくさい気持ちのまんま、橋を渡り切ろうとしていた。

 そんな時、視界の果てにちらつく光を見た。

 桜色に反する銀光は、人の形をしていた。

 それにどうしてそこまで引き付けられたか、今考えてもよくわからない。
 遠くの光の色ほど信用ならないものは無いっていうのに。

 あたしは帰るのをやめて、鴨川沿いを下っていた。


 銀色の非日常は、そこにいた。
5 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:56:49.58 ID:tF8sq0kG0

 その子は、桜並木の下をしずしず歩いていた。
 今どき珍しい、きっちりした着物。
 お人形さんみたいに小柄だけど、後ろから見てもその立ち居振る舞いは完璧で。
 

 風に揺れる銀の長い髪が、その子の現実感を更に薄れさせていた。


 揺れる川が彼女と桜を映し出している。
 水面に映るあっちとこっちの、どっちが現実なのかあたしは一瞬わからなくなった。

「ねえ」

 と、声をかけてしまった後で「しまった」と思った。
 何て言うのか決めてない。
 君、綺麗だね、とか? アホか。安いナンパ師でももっとマシな方便こけるわ。

 ゆっくり振り返る女の子の瞳は黒蜜のように深くて、あたしは思わず息を呑んだ。

 きっと何を言おうとしていても、その視線で全部吹き飛んじゃっただろう。
6 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:57:41.76 ID:tF8sq0kG0

「あら、まあ――」

「あんたはんは、うちが見えてはりますの?」


 その一言で、ああ――と思った。

 この子は、この世のものじゃない。
 少なくとも、人界のものじゃないんだなぁ、って。
7 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:58:35.70 ID:tF8sq0kG0

 初めてじゃないんだ、そういうのは。
 結構小さい頃から、人ならざるものの存在をあたしは知っている。

 それもまた京の日常だと思っていたけれど、目の前にいる子は、それを差し引いても浮世離れしていて。

「ああうん、見えてる――けど」
「まぁまぁ、眼のええお人もおるんどすなぁ。うちすっかり油断してしもうて」
「……うん、遠くからでもわかったから。でもそう言うってことは……」

「おおむね、あんたはんの考えてはる通りやと思います」

 話の最中に気付いたけど、この子が周りから見えてないんだったら、あたし一人がブツブツ言ってることになりやしないだろうか。
 人通りは少なくない。不審者扱いはごめんだった。

「どないしはりました? 急にきょろきょろしてもうて……」
「いや大したことじゃないんだけど。あたし、変じゃないかなって」
「はてぇ?」
「いやだって、普通は見えないんでしょ?」
8 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 01:59:13.45 ID:tF8sq0kG0

 まああたしも人並みの女の子ではあるので、当然結構ワクワクしたりする。
 非日常の具現みたいなのが目の前にいたら、流石に冷静なまんまじゃいられないでしょ?

 幽霊か桜の精か、それとももっと大きな神仏の類か。そこらへんの可能性まであたしは考えちゃってた。

「場所、変えない? 色々聞きたい話もあるし。他の人に見えないんなら、どこか人通りの少ないとことか……」

 ああ。
 という風な顔をして、長い銀髪の女の子は、口元を隠して少し笑った。

「うそうそ、あれは嘘やて」

「は?」
「うちはなーんにも隠れてまへん。最初っからどなたはんにでも見えてますえ?」
「…………」
「こん♪」


 なんだこのやろう。

 というのが、小早川のお狐さんに対する、あたしの第一印象なのでした。
9 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:01:04.31 ID:tF8sq0kG0

   〇

紗枝「あら周子はん、何見てはりますのん?」ヒョコッ

周子「ん〜? ああ、実家から送られてきたアルバムだよー」

紗枝「どれどれ〜? ……あらぁ、ちっこい周子はんもかいらしなぁ」

周子「せやろせやろー? ご近所でも評判の美少女だったからねぇ、シューコちゃんは」

紗枝「これでもうちぃっと慎み深いお人やったら、文句あらへんのやけどねぇ……」

周子「どっこいそうじゃないんだなぁ。残念でしたー」

 パラ パラ……

紗枝「人に歴史ありどすなぁ。このおかむろはんみたいな子ぉが、こないなってまうんやから」

周子「どないやねん。あたしはこれでも健全に育ってるつもりですけど?」

周子「……しかしまあ、こうして改めて見ると、ちょっと変な気分だわ。我ながらイメージ変わったなぁ」

紗枝「せやねぇ」ペラ


紗枝「昔の周子はんの髪。餡子様みたいに黒ぉて、きれぇやったもんなぁ」


周子「ん〜〜〜……」

周子「あたしは今の髪も、結構気に入ってるけどねー。大福みたいで」

   〇
10 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:02:57.35 ID:tF8sq0kG0

 京都には化け狐がいる。

 狸もいる。天狗もいる。天狗みたいな人間がいるって噂も風に聞いた。

 それ以外の魑魅魍魎悪鬼羅刹天神地祇も、見たり聞いたりしたことはないけど、京のことだから多分いる。

 けど、下鴨に堂々と馬鹿でかいお屋敷を構える狐なんてのは、あたしは想像だにもしなかった。
 なんとなれば、狐ってものは隠匿を是とするイキモノだと思ってたから。
 ここまで人間社会で大手を振ってるお狐様がいるとは、って。

 中学ん時以来の化け狸の友達はいるけど、狐と知り合ったのはこれが初めてということになる。


「――塩見の、周子はん、いうんどすなぁ」

「うち、小早川は紗枝いいます。これからも何度かお目にかかると思いますさかい、よろしゅうになぁ」
11 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:03:56.64 ID:tF8sq0kG0

 そもそも何故あたしがその手の話に詳しいのかというと、実家が老舗の和菓子屋だからだ。

 和菓子は特別だ。
 一人や少数でスナック的に楽しむこともあれば、きっちり折り詰めにして人様に贈ることもできる。
 何かを詫びる時も、寿ぐ時も。気楽な時も改まった時も。古来から、人と人を繋ぐ重要な手段として機能してきたのだ。
 なにしろお殿様に向けた「山吹色の菓子」としても重宝されていたんだから――いや、これはちょっと違うか。

 で、あっちにもあっちの社会ってものがあって、やっぱり贈り物の定番といえば和菓子なのだった。
 いっつも妙ちくりんな酒で心身ともにぷかぷか浮いてるような連中も、餡子様を摂取したくなる時は必ず来るってこと。

 以上の次第で、昔からやってる和菓子屋には「人じゃない」常連さんも結構付いていたりして。
 なのであたしの両親や爺さま婆さま、もっと遠いご先祖様に至るまで、人外に対するそれなりの処世術を身に着けていたのだ。

 そこらへんを簡単にまとめると、以下のようになる。


 一つ、稲荷には手を出すなかれ。
 一つ、天狗だけは怒らすなかれ。
 一つ、狸はまあなんでもいいや。


 ――この「塩見家三訓」は三代前のご先祖の筆で記されて、今でも居間の額縁の中にある。
12 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:06:30.75 ID:tF8sq0kG0

 稲荷には手を出すなかれ――
 とは、言ってもだ。


 結論から言うと、あたしの日常が劇的に変わるなんてことはなかった。

 もー全然さっぱり。普通も普通。塩見屋のシューコちゃん、今日も今日とて看板娘です。

「お〜、ここの生八つ橋。お父はんがおいしいおいしい言うて食べてはりましたわぁ」
「また来たん。せっかくなんだからなんか買っていきなよ」
「買い食いなんてしてもうたら、えらいどやされてまうんよ〜」

 小早川紗枝、というらしい。
 川の水面に映える、小さやかな紗(うすぎぬ)の枝――なるほど雅な名前だ。

 彼女はあれ以来、あたしの前にちょくちょく現れるようになっていた。
 で、それが日常生活に何かしら支障をきたすってことも全然なかった。
13 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:08:00.85 ID:tF8sq0kG0

 お狐さんは妙な子だった。

 日本人形みたくちんまりしていて、あたしより年下にしか見えないけれど、たまにすごく年を重ねたようにも思える。
 飄々としているようでいて、たまにドキッとするような鋭いことを言ったりする。
 世間ズレしているように見えて好奇心旺盛で、街で面白そうなものを見つけたらあっちへふらふらこっちへふらふら。

 示し合わせて会うこともなく、互いの動きを追うこともなく。
 こっちとあっちのタイミングがかち合えば、他愛もない雑談や、ちょっとした散歩を共にするようなことがあった。

 それもまた普通の日常。

 けれど視界のどこかに、あの銀の長い髪を探すことは、あたしにとってそれなりの楽しみになっていた。

 どうにも妙に馬が合う。
 どうしてなのかはわからないけれど。
14 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:10:53.03 ID:tF8sq0kG0

「人」
「人」
「狸」
「人」
「狸」
「狐」
「人」
「狸」
「おっ、激レア。天狗」
「――ほな、あの別嬪はんは?」
「人……ん? いや天狗? あれ、人? わかんない。パス」


「はぁ〜、どえらいなぁ。九割当たりどすえ」
「そりゃどーも」

 あたしにとって清水寺は甘味を食べに来るくらいの場所だ。
 茶屋の縁台でわらび餅を頬張りながら、道行く人々の化けの皮当てゲームをすること小一時間。

 どうにもお狐さんに会ってから、「そういうの」を見抜く目に磨きがかかった気がする。
 昔からの慣れみたいな感じはあったんだけど、精度が上がったというか……。

 ま、上がったところでどうしたって話だけども。
15 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:12:38.63 ID:tF8sq0kG0

 彼女はあたしの差し向かいで、きつねうどんを器用につるつる頂いている。
 買い食いがどうこうって話はどうした。

 かと思えば、半分ほど中身の残ったお鉢をそっと差し出してくる始末だ。

「お腹いっぱいになってもうた。人間はん、やっつけたっておくれやす」
「だからこんな半端な時間におうどんなんて……って、ご丁寧にお揚げだけ全部食べてるし」
「うちお揚げが欲しゅうてこれ頼んだんよ。おほほ」

 おほほじゃないっつーの。

「それにしても、京ってのはつくづく色んなモノがいるねぇ、まったく」
「今はすっかり平和や思いますえ。桓武や平城の御世は、それはもうえげつないもんやったと聞きます」

 森は減り、人は増え、夜の闇は薄まりゆく。
 まあ当たり前のことだ。京の歴史に寄り添う人外のモノは、そこから去るのではなく共存を選んだのだろう。

「今は平和かぁ。だよね、まぁ。平和が一番やね」
「お嫌どすか?」
「嫌じゃないよ、もちろん。でも――」

 まだ熱いうどんの麺をつるりと呑んで、あたしは言葉を切った。

「――いいや、なんでもない」
16 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:14:35.55 ID:tF8sq0kG0

 面白きことは、良きことなり。


 これ、誰が言い出したんだっけ――まあともかく。
 京の風に乗って聞こえたこの言葉を、あたしは「難しいなぁ」と解釈していた。

 だって、言うは易しだ。
 変わらない日常の中から「面白きこと」を見つけるのは、それ自体がもう並大抵のことじゃない。
 
 日々を楽しむということは、それ自体が凄いエネルギーの要ることで。
 波風をずんずん立てて、平和をがんがん乱すような気概が無ければ到底出来ないことなのだ。

 だからこれを言ったのは凄い奴に違いなく、きっと人生を楽しむ達人で、ひょっとしたらとびきりの阿呆でもあったかもしれない。
17 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:15:41.59 ID:tF8sq0kG0

 ――あたしはといえば、さっぱり。

 日常のぬるま湯に浸かったまま、そこから出ようともしなかった。

 生活圏に狐が一匹増えたことにだって、自分でも驚くくらい感慨が無かった。
 初対面のインパクトはどこへやら。
 蓋を開ければ京にはありふれた狐狸妖怪であって、古都の枠組みから外れるようなことは一つも無くて。

 慣れだ、要するに。
 生意気にも、ぜーんぶに慣れちゃってたんだな。

 平和は嫌じゃないけど、自分のそういう感情的な不感症には、少しだけ自己嫌悪だった。
18 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:17:04.57 ID:tF8sq0kG0

   〇

紗枝「もう一年とちょいになるんどすなぁ」

周子「まだ一年なのかーって感じだけどね、あたしは」

紗枝「あらあら。一年で音ぇ上げとったらあきまへんえ? まだまだ、これからなんやから」

周子「はぁ〜、人生って長い……。あたしの上がりはいつになるのやら」

紗枝「今からそないなこと気にしはるもんやありまへん。周子はんには、息災でいて貰わへんとなぁ」

周子「そっか。そうだよねぇ」

紗枝「そうどす。だって――」


紗枝「うちは、あんたはんを祟っとるんやから」


   〇
19 : ◆DAC.3Z2hLk :2017/11/09(木) 02:19:17.77 ID:tF8sq0kG0
 一旦切ります。
 少し長いので、あとは順次投稿させて頂きます。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/09(木) 04:11:56.97 ID:SuuSJ0WS0
相変わらず上手いな
期待
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 05:53:02.71 ID:bB8ZwrTEo
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 07:25:56.04 ID:ci3uMp+P0
狸はいいのかwww
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 08:23:02.46 ID:tR216hHDO
なら、こっひをひんむいてたぬきうどんにしてしまえ
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 10:02:37.56 ID:uMRX6Llho
狸はまあなんでもいいや。


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