曜「会いたいよ……千歌ちゃん」

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1 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 07:52:40.48 ID:8Vh1voRqO
ラ板で書いてたら落ちたので

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1513119160
2 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:04:35.16 ID:8Vh1voRqO

曜「え? Aqoursが……復活するかもしれない?」


男「ええ。あの伝説のスクールアイドル、Aqoursを再始動させたいと願うスポンサーがいましてね」

男「私、こういう者です」


曜(手袋してる……寒いからかな。私はまだいらないけど)


曜「ワタ〇ベ事務所……マネージャー?」

曜「これって……A〇Bとか出してるところですよね……すごい……」


曜「で、でも……私たちはあの時、Aqoursは続けないって決めたんです」

曜「私たちだけの……思い出にしようって」


男「みなさん賛成して集まっているんですよ? 貴方以外はね」


曜「え……! まさか……そんなことって……」
3 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:06:47.26 ID:8Vh1voRqO

曜「でも私は……今はただの大学生だし。今更、歌やダンスなんて……」


男「いいえ、心配ありませんよ。貴方なら、間違いなく復帰できるでしょう」

男「貴方ほどのポテンシャルを持った人材ならね」ニヤッ


曜「え……いやぁ、それほどでも……」


男「具体的には、Aqoursというユニット名を残したまま……アイドル業界に参戦する予定となっています」


曜「アイドル……業界に……!」


男「ええ。スクールアイドルではなく……正真正銘、本物のアイドルに」



曜(正直、今更アイドルになりたいなんて……そんな気持ちは全然ないけど)


曜(Aqoursのみんなに、会えるかもしれない)

曜(あの頃の私たちに、戻れるかもしれないんだ……!)



曜「……わかりました。この話、受けます」


男「そうですか。あのAqoursが再び……私も楽しみですよ」

4 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:09:17.42 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「えーっと……それで私たちは今、どちらに向かっているんですか?」


男「私がマネージャーとして勤めている事務所です。Aqoursのみなさんも、そちらへ集合している最中のはずですよ」


曜(もうすぐ……みんなに会えるんだ……!)



男「――ところで。Aqoursのみなさんには、事務所としても大変期待しておりますが……やはりみなさん、ブランクが長いとのことで」

男「そこで、本格的に表に出る前に……1年間のレッスンを受けていただく形になります」


曜「レッスン……1年もですか?」


男「はい。その初期費用として、120万円を支払っていただきます」


曜「120万……!」

曜「いやいや、無理ですって! そんな大金……私、大学生ですし……」
5 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:12:24.62 ID:8Vh1voRqO

男「そうですか……では、この話はなかったことに……」


曜「ちょちょ、待ってください!」

曜「ならせめて……Aqoursのみなさんに会わせていただけませんか?」


男「申し訳ありませんが、無関係の者を事務所に立ち入らせるわけにはいかないんですよ」


曜「そんな、どうにか……お願いします! 何とかなりませんか!?」


黒服「……仕方がない。貴方だけ特別です」

黒服「3ヶ月分。初期費用はその分で、上に話をつけておきますよ」


曜「い、いくら……ですか?」


黒服「35万円です」


曜「さ……35万……」



曜(高校を卒業して、大学に入って……両親からの仕送りと、2年間のバイトで貯めたお金が40万弱)

曜(これを払ってしまえば、来月の家賃すら払えなくなってしまう)

曜(お母さんに相談して……大学を辞めれば、なんとかなるかもしれない)



曜「……わかりました。35万、払います」


男「そうですか。では、こちらのコンビニの前で待っています」



曜「――え? えっと……振り込んでくればいいんですか?」


男「いえ、貴方には今すぐにでも事務所のレッスンを受けていただきたいのです」

男「そのために私が現金を頂き、事務所の者に払うということです」


曜「ああ、そういう……なら、今からお金を下ろしてくれば……」


男「はい。私はこちらで待っていますので」
6 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:13:32.84 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「お金、下ろしてきました」


男「ええ。お待ちしておりましたよ」


曜(……こんな、律義に同じ場所に立ってなくてもいいのに)


男「では、頂いても?」


曜「あ、はい……財布に入るか心配だったんですけど……」アハハ


男「私、現金は数えない主義なんです」サッ


曜(数えない主義……なんだかカッコイイな)


男「――では、行きましょうか」
7 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:16:22.60 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜
マック


曜「あ、私が払いますよ」


男「いえ、渡辺さんは席を2つ取っておいてください」


曜「あ、はい……わかりました」



男「――お待たせしました。ホットコーヒーでよろしかったですか?」


曜「はい、ありがとうございます……ところで、どうしてマックなんです? 早く事務所の方に……」


男「待ち合わせ時間より、多少早く事務所へ着きそうなんですよ」

男「ですから、ここで時間を潰さなければならないんです」


曜「あー、なるほど……?」



ピピピピピ……



黒服「――事務所からですね。少々席を外します」

曜「あ、はーい……」



〜〜〜
5分後



曜(長いな……事務所からって言ってたけど……)



〜〜〜
10分後



曜(おかしい……いくらなんでも長すぎる)

曜(ま……まさか)サー



曜(……騙され……たの?)



曜「……っ!」バッ

曜「あのっ、店員さん!」


店員「はい?」


曜「さっき、黒いスーツの男の人が出ていきませんでしたか? 電話しながら!」


店員「電話しながら……ああ、そういえば」


店員「――自動ドアの辺りでスマホをポケットに入れて、そのまま出ていきましたよ」


曜「あ……ああ……」

曜「そん……な……」
8 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:22:50.27 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「ハッ……ハッ……」

曜「まだ……その辺に……いたっ!」

曜「あのっ!」バッ


通行人「……ん? 誰かな、君は」


曜「あ……いえ、なんでも……」


通行人「チッ……こっちは忙しいってのに……」スタスタ


曜「そんな……嘘だよ……こんなのって……」

曜「け、警察……交番に……」



〜〜〜
〇〇警察署



刑事「うーん……これだけじゃ、被害届を出して終わりになっちゃうね」


曜「そんな……なんとかなりませんか?」


刑事「唯一の手がかりの名刺も、何もかもデタラメだしね」

刑事「本来のワタ〇ベ事務所の名刺とはデザインが違うから、おそらく犯人が自分で作ったんだ」

刑事「犯人とここの人間との関わりがあるとは考えにくい」

刑事「一応指紋は取ってみるけど……手袋してたんでしょ?」


曜「そ……そうだ、監視カメラ……」


刑事「それだって、店の中には入ってないわけだ。隅っこに立ってたってことは、監視カメラに映らない場所を知っていた可能性が高いよね」

刑事「しかも手渡しって……振込とか、何か記録に残るものなら捜査の手がかりになったかもしれないけどさ……」

刑事「厳しいことを言うようだけどね。仮に捕まったとしても……お金が返ってくる可能性は、限りなく0に近いよ」


曜「う……あ……ぁ……」
9 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:23:43.21 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「……はぁ」

曜「一応、真っ当に生きてきたつもりなんだけどなぁ……」


曜(なんでだろう……怒りとか、そういう感情は湧いてこない)

曜(今は……ただ、悲しい)


曜(あ……そうか)

曜(Aqoursのみんなに、会えるかもしれないって……そう期待してたから……)



曜「ふ……フフッ……」



曜(そっかぁ……そういうことか)


曜(――あの頃の思い出を踏みにじられたから)


曜(会えるわけがないって……また全員集まれるわけがないって)

曜(あの時の願いが叶うはずないって……そう、思い知らされたから……だから……)


曜(騙された悔しさよりも……悲しさの方が、ずっと勝ってるんだよ)
10 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:25:07.09 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜
曜のアパート



曜「はぁ……疲れたなあ」

曜「うわ、ひっどい顔……寝不足で目が赤くなってる」

曜「こんな顔、刑事さんに見られちゃったのかあ」


曜「……ま、どうでもいいや。どうせ犯人見つからないだろうし……捜査できないなら連絡が来ることもないし、もう会うこともないよね」


曜「……千歌ちゃん」

曜「この写真見ると、いつもはニヤニヤしちゃうのにさ」

曜「ごめん……今日は、全然笑えないや」



曜「う……うぅっ……」 ポロポロ



曜「あ……ああああああああああッッッ!!」


曜「千歌ちゃん……梨子ちゃん……みんな……!!」

曜「会いたい……会いたいよ……!」

曜「なんでこんな目に……酷い……酷いよ、神様……」グスッ

11 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:26:44.41 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜『千歌ちゃん、待ってよ〜』


千歌『曜ちゃーん! 早く早く〜!』


曜『千歌ちゃ……わっ!』ベタッ

曜『いたいよ……うえぇ……』


千歌『も〜、曜ちゃんのドジ』


曜『だってぇ……』ウルウル


千歌『ほら、泣かないで?』ナデナデ


曜『……うん』


千歌『痛いの痛いの、とんでけ〜!』


曜『そんなのじゃ、痛いの治らないよ〜』


千歌『じゃあ、飛んでいくまでやる!』


曜『えぇ……』


千歌『曜ちゃんを傷つけるやつは、例え誰であっても許さないのだ!』


曜『千歌……ちゃん』

曜『……』ギュー


千歌『ふぇっ……曜ちゃん?』


曜『千歌ちゃんがいればいい!』


千歌『私が……?』


曜『千歌ちゃんがいれば、痛みなんてどうってことないよ!』ニコッ


千歌『そっかー……わかった!』

千歌『なら千歌が、ずーっと傍にいてあげる!』


曜『ほんと!?』


千歌『うん! 約束!』


曜『フフッ……ありがとう、千歌ちゃん!』
12 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:29:07.29 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「……ん……朝……か」

曜「……?」グスッ

曜「私……泣いて……?」

曜「そういえば……小さい頃の夢、見てたような……」


曜「……千歌ちゃんの嘘つき」ボソッ



ピンポーン



曜「……6時? こんな朝早くに……って、まさかもう夜!?」

曜「私、そんなに寝て……ヤバッ、講義1限からだったのに……あちゃー」

曜「っていうか、今日はバイトもあるのに……ああ! めっちゃ電話来てるし……!!」


曜「はぁ……誰だろう」



曜「はーい……新聞なら要りませんよー」ガチャッ



曜「……え?」


梨子「――久しぶり、曜ちゃん」


曜「え……嘘……どうして?」

曜「だって、梨子ちゃん……ピアノで海外に行ったって……」


梨子「さっき帰国したの。と言っても、またすぐに…………曜ちゃん?」



曜「梨子……ちゃん」ウルウル



梨子「曜ちゃん……? 一体何が……」


曜「梨子ちゃんっ!!」ギュー


梨子「え!? ちょっ……!!? えぇっ!??///」


曜「梨子ちゃん……りこちゃんだ……本物だぁ……!」


梨子「曜ちゃん……もう……///」


梨子(人の気も知らないで……全く)ギュー
13 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:30:54.89 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜
曜の部屋



梨子「ちょっと……曜ちゃん」


曜「グスッ……何?」


梨子「いつまでこうしてるつもり?」


曜「私の気が済むまで」ギュー


梨子「気が済むまでって……えぇ……///」


曜(ごめんね梨子ちゃん。迷惑……だよね)

曜(でも……こうしてないと、今にもどうにかなっちゃいそうで)


曜「今日、梨子ちゃんが来てくれて……よかった」


梨子「曜ちゃん……?」


梨子(これは……ただ事じゃないわね)
14 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:32:53.10 ID:8Vh1voRqO

曜「梨子ちゃん……今日、泊まってってよ」


梨子「えぇっ!?」


曜「ダメ……かな? 迷惑だったら……」


梨子「いや、その……寧ろ、嬉しいかな」

梨子「実は、飛行機の便が遅れちゃって……」

梨子「沼津に帰れないことはないんだけど、今日は東京で泊まれないかなーって探してたところだったの」


曜「そうなんだ……」


梨子「最悪ネットカフェに泊まることも考えてたんだけどね」

梨子「だから、曜ちゃんからそう言ってくれて……本当に嬉しい」


曜「そっか……じゃあ、丁度よかったかな」


梨子「え?」


曜「実は今日、盛大に寝坊しちゃって……色々行く気無くしてたところだったから」

曜「いつも通りに家を出てたら……今頃梨子ちゃん、ネカフェ宿泊が確定してたところだったよ」アハハ


梨子「そっか……怪我の功名ってやつね」


曜「久しぶりに会えて、本当に嬉しい」ジワッ


梨子「曜ちゃん……私もよ」ナデナデ
15 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:34:41.37 ID:8Vh1voRqO

曜「梨子ちゃんの体、あったかいね」 

梨子「なっ……そ、そうかしら……///」

曜「手があったかい人は、心が冷たいっていうけど……体があったかい人はどうなんだろうね」

梨子「曜ちゃんの体も、相当あったかいわよ?」

曜「……こんなに心が冷たいのに?」


梨子「ええ……あったかいわ」ナデナデ


曜「……そっか」ギュー



曜「――私ね……詐欺に遭ったんだ」


梨子「……え?」

曜「35万円。騙し取られちゃった」

梨子「三十……五万……!?」

曜「うん……それで……」カクカクシカジカ
16 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:36:49.97 ID:8Vh1voRqO

梨子「――それ……警察には……?」


曜「行ったけど……証拠がないんじゃどうしようもないって……言われた」


梨子「嘘……そんな……」


曜「ハハハ……結局、騙される私がマヌケだったってだけだよ」

曜「梨子ちゃんが何か感じる必要なんて、どこにもないんだから……ね?」


梨子「……曜ちゃん」ウルウル


曜「いや……その、泣かないでって」


梨子「……っ!」ガバッ


曜「梨子ちゃん!?」


曜「梨子ちゃん……苦しいよ……」


梨子「……いいの」ギュー


曜「うう……胸、当たってるんですけどぉ……」


梨子「いいの!」ギュー!


曜「梨子ちゃん……なんで」


梨子「辛かったよね。怖かったんだよね……」

梨子「ごめんね……なんの力にもなってあげられなくて」


曜「そんな……梨子ちゃんが責任を感じる必要なんてないよ」


梨子「ううん……私がもっと早く来ていれば、こんなことにはならなかったはずよ」


曜「そりゃ、そうかもしれないけど……でも、本当に……大丈夫だから……」


梨子「……そういう変な強がり、もうしなくていいよ」


曜「梨子ちゃん……」


梨子「打ちのめされてるの、見てれば分かるもん」


曜「私……わたし……は……」





梨子「大変……だったね」





曜「――っ」

17 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:41:54.39 ID:8Vh1voRqO

曜「大変だった……めっちゃ辛かったよ……」

曜「またみんなに会えるかもしれないって……あの頃に戻れるかもしれないって……」

曜「それなのに……あの時のお願い、全部否定されたような気がして……!」ギリッ

曜「そりゃ……今思うとマヌケだったけど……本当にどうしようもないくらいバカだけど……」



曜「私は……! どうしてもあの頃に戻りたかったんだ……!!」



梨子「うん……わかってる」


曜「好きだったからさ……あの頃が」 

曜「今までにないくらい……何もかも捨てられるくらい、どうしようもなく……Aqoursが好きだったからさ」


梨子「うん……」


曜「あの頃を……Aqoursを……取り戻そうって、頑張ったんだよ……!!」


曜「なのに……それなのにさ……」ジワッ

曜「そういうの全部……いいように利用されて……」


梨子「……うん」ナデナデ


曜「理不尽だよ……あんまりだよ……う……うぅ……」


梨子「……」
18 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:43:24.21 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜



曜「スー……スー……」


梨子「曜ちゃん、寝ちゃったわね」ナデナデ


梨子(曜ちゃんはああ言ってたけど)

梨子(流石に……このまま放っておくわけにはいかないわ)


ピッピッピッ…


梨子(これでよし……あとはお願いね。私もすぐに……)


曜「う……ん……ぅ……グスッ……」


梨子「曜ちゃん……?」


曜「……スー……」


梨子(かわいそうに……怖い夢を見ているのね)


梨子「……大丈夫よ。私が傍にいるから」ナデナデ


曜「……んっ……」

曜「千歌……ちゃん……」


梨子「――!」


梨子(そう……よね)

梨子(あんな別れ方しても……やっぱり曜ちゃんの中には、千歌ちゃんがいるんだ)

梨子(それはきっと、私なんかで埋められる程度のものじゃない)

梨子(千歌ちゃんじゃないと……ダメなのよね)


梨子「ハァ……嫉妬しちゃうなあ」
19 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:45:29.27 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「う……ん……あれ?」

曜「……梨子ちゃん? どこ? どこにいるの?」



シーン



曜「梨子ちゃん……そんな……」

曜「嘘だ……だって、梨子ちゃんは確かに……」

曜「まさか、夢? ……だったら、あのことも夢だったり!?」ガサゴソ


曜「……フッ、なわけないか」

曜「ちゃんと残ってる……私がATMから引き出した明細が、財布の中に」

曜「一度に引き出せるのは20万が限度で、わざわざ二回も……そういえば、後ろで待ってた人、すごい顔してたなあ」



ガチャッ



梨子「あら……起きてたのね」


曜「はっ……梨子ちゃん! どこに行ってたの!?」


梨子「どこって、近くのコンビニに……」


曜「梨子ちゃんっ!!」ギュー

梨子「えぇっ!? ちょ、曜ちゃん……!?」


曜「うぅ……梨子ちゃんが……りこちゃんまでいなくなったら、どうしようって……」


梨子「――!」

梨子「……大丈夫よ。私はいなくならないわ」


曜「……ほんと?」


梨子「ええ……本当よ」


曜「梨子ちゃん……えへへ……」ギュー
20 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:46:55.39 ID:8Vh1voRqO

梨子(ごめんね、曜ちゃん……気づいてあげられなくて)

梨子(今の曜ちゃんは、ほんの一時でも一人になりたくないんだよね)

梨子(とても深い傷を負わされたばかりだから……ううん、きっとそれだけじゃない)


梨子(昔の傷を、抉られたから)


梨子(私なんかじゃ、曜ちゃんを本当の意味で安心させることはできないかもしれない……だけど)

梨子(ほんの少しでも、心の慰めになるのなら)


梨子「私がずっと……傍にいてあげるからね」


曜「うん……信じてる……」グスッ



梨子「曜ちゃん。私ね、コンビニでお酒買ってきたの」


曜「お酒?」


梨子「うん……少しでも、嫌なこと忘れられたらって思って……そんな気分じゃないかな?」


曜「……ううん、飲む」
21 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:48:09.49 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「ゴクッ……ゴクッ……ぷはー!」


梨子「す、すごい飲みっぷりね……」


梨子(足りるかしら……?)


曜「サークルで鍛えられたからね。梨子ちゃんは飲まないの?」


梨子「えーっと……私は一本でいいかなーって……」


曜「そう言わずにさ、飲みなって。折角買ってきてくれたんだから」


梨子「アハハ……どうも」


梨子(知らなかった……曜ちゃん、飲んだらこんなに面倒くさくなるなんて……)

梨子(まあ2年も会ってないんだから、知らなくて当然だけど)


曜「うーん……」トローン

曜「りこちゃーん……」ギュー


梨子「もう……お酒臭いわよ?」


曜「いいでしょー別にさー」
22 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:49:50.01 ID:8Vh1voRqO
梨子「……いつも、誰彼構わずこんなことしてるの?」


曜「そんなわけないよー」

曜「ハグしたのなんて、本当に久しぶり……高校以来だよ」


梨子「彼氏とかいないの?」


曜「うーん……告白は色んな人からされたけどさあ」


梨子「……例えば?」


曜「えーっと……サークルの先輩とか、友達の友達とか」

曜「あと、全然知らない人からされたことも」


梨子(……モテモテじゃない)


梨子「それで……?」


曜「――全部断っちゃった」


梨子「え……どうして……」


曜「だって、付き合うとかよくわかんないし……」

曜「大体、よく知りもしない人から好きって言われても困るよ」


梨子「ふーん……そういうものなのかな?」
23 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:51:53.38 ID:8Vh1voRqO

曜「りこちゃんはー?」


梨子「えっ……私!?」


曜「りこちゃんはー……いい人いないの?」


梨子「私はー……海外って言っても、コーチくらいとしか話さないし……そのコーチは女の人だし」

梨子「付き合うって言っても、出会いがね……」


曜「……なら、私と付き合ってよ」


梨子「え? ……ふえぇっ!?///」カァァァァァ


曜「お互いフリーじゃん? りこちゃんは恋人が欲しいんだよね」


梨子「欲しいって言ってないよぉ……」


曜「私はりこちゃんが欲しいな」ニコッ


梨子「……もう、調子いいんだから……///」


曜「本当だよ? うそついてないよ?」ギュー


曜「そりゃ、ちかちゃんがいなくなって……すっごく寂しかったけどさ」

曜「今、私の傍にいてくれてるのは……りこちゃんだから」


梨子「曜……ちゃん……」


曜「だからね……私の全部、りこちゃんにあげるから……だから……」



曜「もう……ひとりにしないで……」



梨子「曜ちゃん……!」

梨子「当たり前じゃない……っ!」

梨子「いてあげる……私が、ずっと傍にいてあげるよ……?」


曜「……スゥー……」


梨子「……ふぇ? まさか……寝てる?」


曜「……んー……ムニャムニャ……」


梨子「うぅ……曜ちゃんのバカぁ……」
24 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 08:54:00.16 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


梨子『ねえ曜ちゃん、千歌ちゃんは?』


曜『どうだろ。連絡は来てないけど……どうしたの、梨子ちゃん?』


梨子『千歌ちゃんが……いないの』


曜『へ?』


梨子『どこにもいないのよ。今朝千歌ちゃんの家に寄ったら、志満さんが……千歌ちゃんはいないって』

梨子『てっきり誰かの家に泊まってるものだと思ってたらしいけど……私、誰からも聞いてないし』


曜『え……どういうこと? 私、よく意味が……』


梨子『私もわからない……でも、曜ちゃんも知らないってことは』


曜『どうしよう。一年生……いや、二年生に聞いてみる?』


梨子『うん……放課後まで待って、千歌ちゃんが来なかったら』



〜〜〜



ルビィ『ごめんなさい、ルビィは何も聞いてないです』

花丸『まるもずら』


善子『まさか……魔界に連れ去られたの!?』

梨子『フッ、違うわね。なぜなら、あの子は魔力を持ち合わせてはいないのだから!』


曜『あのー……二人だけの世界に入らないでね?』

花丸『ふざけてる場合じゃないずらよ、善子ちゃん』


善子『……ヨハネよ』


花丸『どうしよう……鞠莉ちゃんも、果南ちゃんも……』

ルビィ『お姉ちゃんだって、内浦にはもういないし……』


梨子『ホント、どこに行っちゃったのかしら』


曜『……千歌ちゃん』
25 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 09:03:04.88 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜



曜『……今日も来なかったね』

梨子『家にも帰ってないみたい』


曜『あ、先生が来たよ』

梨子『そうね……』



担任『はい、皆さん席に着いて。今日は、大切なお知らせがあります』

担任『昨日から欠席している……○○君ですが』


梨子『そう……いえば』


担任『彼は、この学校を辞めることになりました』



担任『加えて……同じく昨日からお休みしている高海さんですが』


担任『――彼女は、親御さんも……まだ連絡が取れていないそうです』



曜『……え?』


曜『そ……そんな……冗談ですよね!?』ガタッ



担任『渡辺さん、落ち着いて……』


曜『これが落ち着いてられますかっ!?』


担任『……座りなさい』


曜『ハァ……ハァ……』

梨子『曜ちゃん……座ろう……ね?』


曜『……』スッ
26 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 09:11:21.75 ID:8Vh1voRqO

担任『○○君は、クラスではあまり目立たない子でしたが……文芸部の部長で、責任感の強い生徒でした』



担任『それと……高海さんは、渡辺さん、桜内さんと同様に……内浦から転校してきて、大変だったこともあったでしょう』

担任『それでも、すぐにクラスのみんなと打ち解けて……とっても明るくて、優しい子でした』


担任『そんな2人と、こんな形で別れることになるのは……とても辛いことですが』

担任『それでも人生には、唐突な別れというものが何度も――』



曜『――ちょっと待ってくださいよ』



担任『……どうしたんですか、渡辺さん』


曜『……まだ千歌ちゃんは、いなくなったって決まったわけじゃないのに』

曜『どうして……まるで、彼と一緒にどこかに行ったかのような口ぶりなんですか?』


担任『……』



梨子『曜ちゃん、落ち着いて……』

曜『梨子ちゃんは黙ってて』


梨子『曜ちゃん……』



担任『……高海さんはね』

担任『いつも〇〇君と一緒にいたのよ?』


曜『――は?』


担任『……ゴホン』

担任『詳しいことは……また放課後に話します』

担任『朝のHRは終わりです』



ザワ…ガヤガヤ…



曜『嘘……でしょ……?』


梨子『曜ちゃん……』


曜『こんなの……何かの間違いで……千歌ちゃんがいなくなるわけ……』


梨子『曜ちゃん……お願いだから、落ち着いて? ね?』

曜『落ち着けるわけない……落ち着いてなんかいられないよっ!!』ガタッ


梨子『あっ……曜ちゃん!』



ガララッ



担任『あ、ちょっと渡辺さん!? どこに――』
27 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 09:11:49.77 ID:8Vh1voRqO
また夜に更新します
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/13(水) 16:46:26.55 ID:9C19S1o10
おつ 気になってたから嬉しい
向こうは埋めにやられたね
29 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 20:59:54.51 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


梨子「……う……ん」

梨子「ふぁ……夢?」


梨子「あれ……スンスン……いい匂い」


曜「……あ、梨子ちゃん起きた」コトコト

曜「今、朝ご飯作ってるから」


梨子(曜ちゃん……エプロン着てる)

梨子(……かわいいなあ)


梨子「私も手伝うわ」


曜「いいよ〜、あとはもう盛り付けるだけだし」

梨子「じゃあ、盛り付けは私がやるね」

曜「うぅ、頑固だなあ……じゃあ、お言葉に甘えて♪」

曜「梨子副隊長にお任せするであります!」

梨子「はーい、お任せされました」
30 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:03:31.17 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


ようりこ「「いただきまーす」」


梨子「おいしい……ねえ、いつも朝ご飯作ってるの?」


曜「ううん、今日は特別。休日だし、バイトの休みももらったし」

曜「それに……梨子ちゃんもいるから」


梨子「私が……?」


曜「うん。でも、貯金ないし……またすぐに働かなきゃ……」アハハ


梨子「お金の心配ならしないで?」


曜「え?」

梨子「私がいる間は、そういうの全部……私に任せてね」

曜「いや……でも」


梨子「コンクールとかで私が稼いだお金があって」

梨子「いくらか自由につかえるから……そんなに大した金額じゃないんだけどね」


曜「そんなのダメだよ!」

曜「梨子ちゃんのお金なんだから、私なんかのために使うことないって!」


梨子「いいのよ。別に使うものなんてないし……持て余してるくらいだから」

梨子「曜ちゃんの力になれるなら、それが一番うれしい」


曜「でも……でもぉ……」


梨子「曜ちゃん……大丈夫だから」

梨子「曜ちゃんのことは……私が守ってあげるからね」


曜「う……うぅ……」

曜「うぇぇ……グスッ……」


梨子「もう、泣かないで……?」


曜「……うん」ゴシゴシ



曜(無償の善意ってやつ……なのかな)

曜(ううん……たとえそうじゃなくても、気持ちだけでも)

曜(それがこんなにも優しくて、あたたかい)

曜(昔から梨子ちゃんには、助けられてばっかだなぁ)
31 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:04:21.07 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


曜「あのね、梨子ちゃん」

梨子「ん? どうしたの?」


曜「今日は、梨子ちゃんと一緒にお出かけしたいな」

梨子「お出かけ?」


曜「うん……あんまり遠い所は行けないけど、折角の休みだし」

梨子「ウフフ……そういうところ、昔から変わってないのね」

曜「へ?」


梨子「わかった。じゃあ、今日は思いっきり羽を伸ばそうかな!」ウフフ

曜「おっ、流石梨子副隊長! じゃあ、ヨーソロー隊長は早速準備に取り掛かるであります!」
32 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:05:06.15 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜
△〇公園



梨子「素敵な場所ね」

曜「うん。ここを歩いてると、すっごく落ち着くんだ」

梨子「こんなに広い公園、初めて来たかもしれない」

曜「東京に住んでたのに?」

梨子「そうだけど……ほら、東京にいた時はピアノばっかだったから」

曜「そっか。じゃあ、なおさら満喫しなきゃだね」

梨子「うん」


曜「……でも、ちょっと寒いや。最近は昼間でも冷え込んでるよね」

梨子「ヨーロッパは、この時期でも割と暖かいのよ」

曜「そうなの?」

梨子「うん。日本が特別なのよ」

曜「うえー……ヨーロッパに住みたい」


梨子「じゃあ、着いてくる?」

曜「着いてく! 全速前進、ヨーソロー!」


梨子「フフ、調子いいんだから」
33 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:06:01.62 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜
喫茶店


曜「ねえ……本当にいいの?」

梨子「いいって言ったじゃない。今日は私のおごり」

曜「いや……流石に、コーヒー代くらいは払えるからさ……ね?」


梨子「曜ちゃん」

曜「は、はい」

梨子「今日は、余計な気は遣わない約束のはずです」

曜「そ……そうだったね……うん」

曜「じゃあ……お言葉に甘えて……」

梨子「よろしい」


曜「ズズッ……おいしい」

梨子「そうね。こういう本格的なお店、久しぶりかもしれないわ」


曜「あれ……梨子ちゃん、ヨーロッパ? では、そういうお店とか行かないの?」


梨子「うん、あまり。コーチにつきっきりだし、レッスンばっかだし」

梨子「外に出るのは、ピアノのコンサートくらい」


曜「ふーん……大変じゃない?」

梨子「まあ、確かに疲れるけど……でも、楽しいよ」

曜「そっか……梨子ちゃん、本当にピアノが大好きなんだね」
34 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:06:56.67 ID:8Vh1voRqO

曜(私……そんなに夢中になれたの、高飛び込みとスクールアイドルくらいかなあ)

曜(スクールアイドルは……もうやれないし)

曜(サークルは水泳だから……今は高飛び込みも、たまにしかやってない)

曜(私には何も……残ってない)



曜(……あれ?)



梨子「曜ちゃん?」


梨子(外の方見て……どうしたんだろう)




曜(……うそ……でしょ?)

曜(こんな……こんなタイミングで……なんで……)




曜「――千歌……ちゃん?」



梨子「……え?」
35 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:09:38.83 ID:8Vh1voRqO

曜「千歌……ちゃん……」

梨子「……曜ちゃん?」



曜「千歌ちゃんだっ!!」



梨子「千歌ちゃんって……まさか、そんな……」


曜「千歌ちゃんっ!!」ダッ


梨子「ちょ、待って……曜ちゃん!!」



〜〜〜



曜「はあっ……はあっ……千歌ちゃん! 千歌ちゃんっ!!」


曜(まだ遠くには行ってないはず……道路の向こう側だったけど、こっちを見てたと思うから)


曜(でも……どうして千歌ちゃんが?)

曜(千歌ちゃんが……会いに来てくれたの?)


曜「はっ……いた!」

曜(毛糸の帽子と黒いマフラー……グレーのコート)

曜(千歌ちゃんっぽくない服装だけど、間違いないよ!)


曜「千歌ちゃん……待って!」


千歌「――曜……ちゃん……」

千歌「……!」ダッ


曜「何でっ……どうして逃げるの!? 千歌ちゃんっ!!」


曜(陸での運動はしばらくしてないけど……これなら、追いつける!)


曜「はっ……はっ……捕まえた!!」ガシッ

千歌「うっ……離して!」

曜「千歌ちゃん! 私だよ……曜だよ? 覚えてないなんて言わせないから!」


千歌「お願い……やめて……」


曜「千歌ちゃん、顔隠さないでよ……折角久しぶりに会えたのにさ」

千歌「ごめん……なさい……ごめんなさい……」

曜「どうして謝るの? ……ねえ、こっち向いてよ!」グイッ
36 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:12:31.81 ID:8Vh1voRqO

千歌「――っ」ポロポロ


曜「え……千歌……ちゃん?」

曜「どうして……泣いてるの?」


スルッ


曜(あ、やば……腕離しちゃった……)


千歌「……」ゴシゴシ

千歌「……!」ダッ


曜「あ……千歌ちゃん……」


曜(足が動かない)

曜(走れないわけじゃない……でも、どうしてだろう)

曜(頭が……心が、追いかけるのを拒んでる)



曜(千歌ちゃんの背中が……どんどん小さくなっていく)

曜(きっと、もう追いつけない)



ブー…ブー…



曜(……ライン?)



梨子《今どこ?》



曜(あ……そっか。私、いきなり喫茶店飛び出して……)



曜《ごめん、今そっちに行くから》
37 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:17:06.38 ID:8Vh1voRqO
〜〜〜


梨子「……」ムスー

曜「ほんっっっとうにゴメン!」

梨子「許さない」

曜「ごめん……なんでもするから」

梨子「イヤ。私を置いてどっかに行っちゃう人と、話すことなんてありません」

曜「今回は……いや、今回に限らずだけど、全面的に私が悪かったよ」


梨子「……もう、大変だったんだからね」

梨子「曜ちゃんが急に大声上げて出て行って、傍にいた私もすっごく目立ってたし」

曜「ごめん……」


梨子「周りの人はひそひそ小声で話してるし、近くの人は『喧嘩したのかな……』とかあからさまに好奇の目を向けてくるし」

曜「ごめん……」


梨子「おまけに、会計の人には『あの……お気になさらないでくださいね? 私、応援してますから!』なんて励まされるし!」

曜(た……魂入ってる、店員さんの真似……!)


曜「うぅ……ごめんなさい……なんでもしますからぁ……」

梨子「……言ったわね?」

曜「え?」

梨子「なんでもするって……今言ったよね?」

曜「は、はい……言いました」

梨子「ふーん……どうしようかなあ」ニヤニヤ


梨子「じゃあ……曜ちゃんに命令を与えます」

曜「はい、なんなりと」ケイレイッ



梨子「曜ちゃんは……今日一日、私と手を繋いでください」



曜「……え? そんなんでいいの?」


梨子「へ?」


曜「わかった、いいよ! ――はい!」ギュー


梨子「ふえぇっ!?///」 カァァァァ
38 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 21:27:38.21 ID:8Vh1voRqO
梨子「も……もう、曜ちゃん! 周りの人が見てるからぁ!///」

曜「え、ダメ?」

梨子「ダメって……恥ずかしいじゃない!!」プンプン

曜「だって、命令したの梨子ちゃんだよ?」

梨子「う、うぅ……そうだけど」

曜「それに、女の子同士で手を繋いでも全然変じゃないよ!」ニコッ


梨子「だからって、どうして指絡ませる必要があるのっ!?」


曜「え? 千歌ちゃんと一緒の時は、いつもこんな風だったけど」

梨子「えぇ……千歌ちゃんと一緒にしないでよぉ……///」



女子大生A「ねえ……あの子たち、女の子同士で恋人繋ぎしてるわよ?」コソコソ

女子大生B「えー、ちょっと仲良すぎじゃない? そういう関係なのかな……」コソコソ



梨子(いやぁ……すっごい見られてる……///)

梨子(曜ちゃん、全然気にしてないし)

梨子(きっと全部無自覚でやってるんだろうなぁ)



梨子「……曜ちゃんのバカ」



曜「え? 梨子ちゃん、なにか言った?」


梨子「……何も言ってない」

曜「そう? おかしいなぁ、梨子ちゃんの声を聴き間違えるわけないのに」


梨子「もぅ……それで? 何があったの?」


曜「何がって……?」


梨子「急にお店飛び出した理由。千歌ちゃんって、叫んでたけど」

曜「それは……その……」


曜「――うん。見間違いだったよ」


梨子「見間違い? それにしては……」

曜「アハハ、ごめんね? シルエットが似てて、もしかしたらって思ったんだけど……全然違う人だった」


梨子「……そっか。曜ちゃんがそういうなら」

曜「うん。……それじゃ、次はどこに行こうか?」
39 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:19:47.64 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜
深夜


曜「じゃあ、電気消すねー」

梨子「はーい」


曜「……ふぁ……」


梨子「フフッ、おっきなあくび」

曜「いやあ、今日はホント疲れたよ」

梨子「たくさん歩いたもんね」

曜「うん。意外とお金のかからない歩き方ってあるもんなんだね。新しい発見だったよ」

梨子「まるで、街を歩く度散財してるかのような口ぶりね」

曜「うぅ……だって、いつも先輩に飲みに誘われるから……」


梨子「大丈夫なの? 酔った勢いで……とか」

曜「そこは心配しなくていいよ。私が飲みに行くの、ほとんど女子だから」

梨子「ほとんど……?」

曜「もう、心配症だなぁ梨子ちゃんは……たまに、大勢の飲み会で男女混合で飲むくらいだって」

梨子「ふーん……二次会とか行ってない?」

曜「まあ、友達と行ったりは……って、梨子ちゃんお母さんみたいだよぉ」


梨子(そりゃ……ね)

梨子(内容が内容とはいえ、知らない人の話を信じこんじゃうような子だし)


曜「う……ん……」ウトウト

梨子「あら……曜ちゃんはもう限界か」

曜「ううん……まだ大……じょう……ぶ」

梨子「……もう寝よっか」

曜「うん……わかった……」


梨子(寝てる時の無防備な曜ちゃんも、本当にかわいい)

梨子(でも……なんだか、頼りないというか)

梨子(今にも消えてしまいそうな……弱々しさを感じる)

梨子(まだ、心の傷が癒えていないってこと……なのかな)
40 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:20:47.98 ID:8lVYbNwCO
曜「……スー……スー……」

梨子「……」モゾモゾ


ギュッ


梨子「寝てる時くらい……手を繋いでも、いいよね……?」

梨子「……///」


梨子(なにしてるんだろう、私)


梨子(もしかして……私も心配だったりするのかな)

梨子(折角再会できた曜ちゃんが、ふとした拍子に……どこかにいなくなっちゃうんじゃないかって)

梨子(昼に、あんなことがあったから……余計にそう思うのかもしれない)


曜「ぅ……うぅ……」グスッ


梨子「え……曜ちゃん? 泣いてるの?」

曜「……だれ……か……」


梨子「曜ちゃん……私がいるわよ」ギュウッ


曜「う……ん……」スゥ…


梨子「曜ちゃん……」


梨子「ずっと一緒にいるから……いつまで……も……」
41 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:21:42.63 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「じゃあ、バイト行ってくるね」

梨子「本当にいいの? まだ休んでた方がいいんじゃ……」

曜「二日も休んでるし、もういい加減顔出さないとね」

梨子「そう……無理しないでね」

曜「大丈夫だよ。じゃあ行ってきます……全速前進、ヨーソロー!」



ガチャッ



梨子「……」



ブー…ブー…



ダイヤ《例の件ですが》


梨子《何かわかりましたか?》


ダイヤ《ええ。会って話したいことがあります》
42 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:22:46.00 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜
パチンコ店



善子「……いらっしゃいませ」

善子「はい……換金ですね」



善子(……はぁ)



先輩「津島さん」

善子「わっ……先輩、驚かせないでください」


先輩「今日もいいお尻ね」サワッ

善子「ちょ……! 女同士でもセクハラになるんですからね!!」

先輩「フン、冗談も通じないの? 相変わらずつまんない女ね」

善子「うるさいです。先輩だって、この間客にプレッシャーかけてたじゃないですか」

先輩「トーゼンよ。イカサマ許しちゃ商売あがったりだわ」


善子「……でも、よく成立してますよね」

先輩「何が? ……パチンコ?」

善子「はい。だって、普通にギャンブルじゃないですか」


先輩「絶対足つっこんじゃダメよ。まだ若いんだから」

先輩「アンタくらいの年齢でギャンブルにハマると、取り返しのつかないことになるんだから」

先輩「例えば……あいつみたいにね」


善子「あ……今日も来てる」


先輩「去年の……この寒い時期になってからね。アレがウチに通い始めたのは」

善子「私、服装くらいしか……対応したことないんで、顔も分かんないんですよね」

先輩「関わらない方が正解よ」


先輩「金の事情がもつれると……どんなにいい人柄の人間だって、信用できなくなるんだから」
43 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:23:31.29 ID:8lVYbNwCO
プルルルル…


善子「あ、私出ますよ」

先輩「いや……この番号は店長ね。私が出るわ」



善子(はぁ……もう辞めようかな、こんなバイト)

善子(給料は高いけど……ガチャガチャうるさいし、たまに意味不明な客も来るし)

善子(そろそろ、潮時よね)


男「あの……」

善子「あ、はい……あ――」


男「灰皿交換してもらっていいですか」


善子「……はい、ただいま」


善子(こいつ、先輩が言ってた……)

善子(結構若いわね……もしかして、私と同じくらい?)


善子「……どうぞ」

男「……」


善子(……あれ?)

善子(この人……どっかで……)
44 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:24:15.17 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



善子「お疲れ様です」

先輩「はーい、お疲れ」


善子(誰……だったっけ?)

善子(まさか……でも、何度も顔を合わせて話したんだから、見間違えるわけないわよね)

善子(まあ、二年の後半からは……ほとんど幽霊部員みたいなもんだったけど)

善子(っていうか、あの人……今何してるんだっけ)


善子(……あいつなら、知ってるかもしれないわね)



サッ…サッ…



善子《ねえ、ずら丸。聞きたいことがあるんだけど》

善子《アンタと仲良かった、一個上の文芸部部長って……今どこにいるの?》
45 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:25:31.62 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「ただいまー」

曜「あれ……梨子ちゃん?」

曜「……いないや」


曜(大丈夫……だよね? そのうち、帰ってくるよね?)

曜「梨子ちゃん……」



ガチャッ



曜「……!」ガバッ


梨子「ただいまー……あ、帰ってたのね」

曜「梨子ちゃんっ! おかえり!」ギュー


梨子「うん……ただいま」ナデナデ

曜「えへへ……えっと、どこに行ってたのか……聞いてもいい?」


梨子「あ、うん……あのね」



『――会わない方が、幸せかもしれませんわね』



梨子「……」

曜「梨子……ちゃん?」

梨子「……ちょっと、買い物にね」


曜「あ、これ?」

梨子「今日はハンバーグにしようと思って」

曜「え、ほんと!?」

梨子「チーズ入ってるやつ。曜ちゃん、好きだったよね」

曜「うん! 大好きだよ!」


梨子「フフ……今つくるから、待ってて」

曜「私も手伝う!」

梨子「いいのに……でも、ありがとう。助かるわ」
46 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:28:27.90 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「ねえ、梨子ちゃん」

梨子「なあに? ……ごめんね。私、今日はもう眠くって」

曜「うん、分かってるよ。だから、ほんの少しだけ」

曜「梨子ちゃんは……いつまで居られるの?」

梨子「いつまでって、日本にってこと?」

曜「うん……そういうことになるかな」


梨子(……?)

梨子「帰国の日程なら、一週間先延ばしにしてもらったわ」

曜「え?」

梨子「本当は内浦に帰って、一週間で戻る予定だったんだけど」

梨子「考えてみたら……東京にいた方が、みんなと会えるのかなって」


曜「ああ、確かにそうかもね」

梨子「内浦に残ってるのは、ルビィちゃんと花丸ちゃんだけで」

梨子「東京には、ダイヤさんに善子ちゃん、あと……曜ちゃんがいる」

曜「でも、一度は内浦に帰った方がいいよ」

曜「もしかしたらだけど……千歌ちゃんが――」



梨子「……千歌ちゃん?」


曜「……ううん、なんでもない」



曜(あれは、絶対見間違いなんかじゃない)

曜(千歌ちゃんは今……東京にいるんだ)



曜「ほら、ご両親に顔見せなきゃでしょ?」

梨子「うん、そうだね。日本にいる間に一度は帰るつもり」

梨子「その時、花丸ちゃんとルビィちゃんにも会いたいな」


曜「実はね。果南ちゃんも、内浦に帰って来てるんだ」

梨子「果南ちゃんも?」

曜「向こうで勉強したことを、実家のダイビングショップで活かしたいんだって」

梨子「そっか……内浦が大好きなのね」
47 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:29:10.10 ID:8lVYbNwCO
曜「梨子ちゃんが内浦に帰るなら、私も一緒に行こうかな」

梨子「え……いいの?」

曜「まあ、日程にもよるけどね。教えてくれたら、うまく休みとって行きたいなって」

梨子「そう……嬉しい」


梨子「ありがとう、曜……ちゃん……」ウトウト

曜「うん……おやすみ、梨子ちゃん」



曜(千歌ちゃん……一体、どこで何をしてるの?)

曜(どうして私から逃げたの? どうして謝るの?)

曜(どうして……突然いなくなったの?)


曜(千歌ちゃん……あんまりだよ)

曜(今更現れて、こんなに私の気持ちをかき乱すなんて)



曜「梨子……ちゃん」

梨子「……スー……スー……」


曜「お願い……私を……繋ぎとめて……?」
48 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:31:19.88 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜
一週間後



曜「いらっしゃいませー! お持ち帰りですか?」

曜「――はい! 860円になります……ありがとうございましたー!」



〜〜〜



スタッフ「曜ちゃん、すっかり元気になったね」

曜「はい、おかげさまでこの通りです!」

スタッフ「曜ちゃんが元気ないと、職場の雰囲気が暗くなっちゃうの。だから、ずっとそのままでいてね?」

曜「え? そんなこと……」

スタッフ「あるよ。曜ちゃんは、このお店の看板娘なんだから」ウフフ

曜「看板娘って、大げさですよー……」アハハ


曜(あ、休憩時間終わりだ)


曜「私、交代してきますね」

スタッフ「私もそろそろ交代しなきゃだね」

曜「ええ、もうひと頑張りですね!」
49 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:33:14.07 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「ふぅ……そろそろ、バイトも終わりかな」

スタッフ「お疲れー、もう上がっていいよー」

曜「はーい……あ、まだお客さんくるみたいなので、対応してから上がりますね」



曜「いらっしゃいませー! お持ち帰り……です……か……」



千歌「あの……その……」



曜「なん……で……?」



千歌「えっと……お持ち帰りで」

曜「え……?」


千歌「おっ……お持ち帰りで!」


曜「えっと……何を……ですか?」

千歌「それは、その……曜ちゃ――って、ちがくて!!」

曜「へ……私?」


千歌「――っ///」カァァァァァ



スタッフ「……へぇ」
50 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:34:45.28 ID:8lVYbNwCO
千歌「あの……じゅ、ジュースで……お願いします」


曜「……」ボー


千歌「えっと……曜ちゃん?」

曜「はっ……う、うん……じゃなかった! 分かりました!」

曜「ドリンク……ですよね? こちらのメニューからお願いします……」

千歌「えっと……その……」


曜(どうしよう……すっごい悩んでる)

曜(まあ、他にお客さんもいないから、いいんだけどさ)


千歌「あの……うぅ……」

曜「みかんジュース……は、ないからさ」

曜「この……オレンジジュースとかどうかな?」

千歌「……!」パアッ


千歌「うん……それにする!」


曜「うっ……」

曜(ヤバい……かわいすぎるよ……///)


曜「あ……ありがとうございましたー!」


千歌「ぅ……」チラッ


ウィーン


曜(どうしよう……めっちゃこっちチラチラ見てる)


スタッフ「ねえ、曜ちゃん?」


曜「あ……すみません! 変な対応しちゃって!」

スタッフ「いやいや、そうじゃなくて」

曜「……へ?」


スタッフ「あの子、きっと待ってるんだよ。曜ちゃんの仕事が終わるのを」

スタッフ「早く行ってあげて? あとは私がやっておくから」


曜「あ……ありがとうございます!」
51 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:38:22.17 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「落ち着け……落ち着け、私」

曜(前みたいに逃げられちゃったら、結局何にもわからないままだ)


曜(――あ、いた)

曜(隅っこに……ちょこんと座ってる)



曜「……千歌ちゃん、見つけた」


千歌「あ……よう……ちゃん」

曜「隣……いいかな?」

千歌「……うん」


曜「よっと……」スッ

千歌「あの……よーちゃん」

曜「ん?」

千歌「ごめんね……突然、よーちゃんのバイト先きちゃって……」

千歌「びっくりさせちゃったよね……迷惑、だったかな?」


曜「ううん、そんなことないよ」

曜「千歌ちゃんが来てくれて……すっごく嬉しい」


曜(……あれ?)

曜(私の知ってる千歌ちゃんと……なんか違うや)


千歌「あのね……チカ、よーちゃんに……どうしても言っておかなきゃならないことがあって」

曜「え?」


曜(なんだか暗くて……近くに蛍光灯もないから、千歌ちゃんの顔がはっきり見えない)


千歌「それでねっ……チカ……チカね……!」


曜「千歌ちゃん?」

千歌「……っ!」ビクッ


曜「あ……その……えっと……」

曜「……あのね、千歌ちゃん」


千歌「うん……」


曜「どうしたの? 今日の千歌ちゃん……なんか変だよ、まるで……」

曜「何かを怖がってるみたいな――」
52 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:39:56.90 ID:8lVYbNwCO
千歌「……そう……かも。私、きっと怖いんだよ」

曜「え? 怖いって……何が?」


千歌「チカね……ホントは、よーちゃんに会う資格なんて……これっぽっちもないんだ」

千歌「チカは、よーちゃんに会っちゃいけないんだよ」


曜「なんで……? 勝手に決めつけないでよ……」


千歌「ううん、決めつけてなんかないよ。当然だよ」

千歌「だってチカは……曜ちゃんを裏切ったから」


曜「裏切った? ごめん、話が全然見えない……」


千歌「あの……ね」


千歌「――ダメだ。今日は……言えない」


曜「は? ここまで言っておいて、今更言えないって……意味わかんないよ!」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

曜「まっ、また――」


『また、ずっと謝り続けるつもりなの!?』


曜「……!」

曜(危なかった……前回の二の轍を踏むところだった)



千歌「ごめんね……ごめんね……」


曜「……いいよ、話さなくても」


千歌「……え?」

曜「私ね、千歌ちゃんが会いに来てくれたってだけで……すっごく嬉しい」

千歌「ほん……と?」


曜「うん、ほんと。心の底から思ってるよ」

曜「だって私……ずっと、千歌ちゃんに会いたかったから」

曜「あの時から、ずっとそればっか考えてたから」

曜「自分でも呆れるくらい……千歌ちゃんのことしか、考えてなかったんだよ?」


千歌「……うぅ……よーちゃん」グスッ

曜「もう……泣かないで?」
53 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:41:05.72 ID:8lVYbNwCO
曜(抱き締めてあげたい)

曜(このまま、私のアパートに連れて帰って……梨子ちゃんと一緒に、千歌ちゃんをあたたかく迎えて)

曜(そうできたら、どんなに幸せなんだろう)


曜(でも……できない)

曜(触れたくても触れられない)

曜(今の千歌ちゃんは、下手な触り方をすれば……いとも簡単に壊れてしまいそうで)

曜(また逃げてしまうんじゃないかって……また泣かせてしまうんじゃないかって)

曜(本当に怖がってるのは、私の方)

曜(何も知らない私には……何もできないんだ)


曜(千歌ちゃんが、自分から話してくれるまで)



千歌「ごめんね……チカ、最低だから」

曜「……え?」

千歌「私は……私が嫌いです」

曜「千歌ちゃん……」



千歌「――今日は、もう帰るね」

曜「え……」



曜(まってよ……私はまだ、何も聞けてない)



千歌「チカもね……ほんのちょっと話せただけだけど、すっごく嬉しかったよ」

千歌「バイバイ……よーちゃん」



曜(私はまだ……何も言えてないっ!!)



曜「――千歌ちゃん!」



曜「好き……大好きだよ!」

曜「あの頃から、ずっと……大好きだから!」



曜(聞こえてる……よね)

曜(これで、いいんだ)


曜(千歌ちゃんが歩いて行った方向と私の帰り道は、真逆)

曜(今度は……いつ会えるのかな?)
54 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:43:22.51 ID:8lVYbNwCO
タッタッタッ



曜(……? なんの音だろう……後ろ?)



ギューッ!



曜「え……なに……!?」


曜(後ろから……誰かが抱きついて……?)

曜(この腕……この感触……懐かしい匂い)



曜「千歌ちゃん……なの?」



千歌「……すき……だよ」

曜「……え?」



千歌「大好きだよ……曜ちゃん」



スッ…



曜「え……まっ……」

曜「千歌ちゃん……待って!」



曜(この間と同じ……千歌ちゃんの背中が、どんどん小さくなっていく)



曜「待って……行かないで……」



曜(今の私には、大好きな幼馴染みを追いかける力すら残ってないんだ)
55 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:44:30.95 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



曜「……ただいま」


梨子「あっ、おかえり。今日は遅かったわね。もしかして飲み会……ではなさそうね」

曜「ごめんね、遅くなって」

梨子「いいのよ。さあ、ご飯にしましょう」

曜「うん……」ニコッ


梨子「曜……ちゃん?」

梨子「……何かあったの?」


曜「あ……う……うぅ……」

曜「千歌ちゃんが……ちかちゃんがぁ……」


梨子「千歌……ちゃん?」


曜「う……うわああああああああああっっっ!!」ギュー


梨子「ちょ――曜ちゃん!?」

曜「りこちゃん……私……どうすればいいの……?」グスッ
56 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:47:50.93 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



梨子「――そう、だったの……千歌ちゃんが……」

曜「うっ……グスッ……」


梨子(正直、予想していたことではあった。だって……兆候はあったから)

梨子(あの日、曜ちゃんが喫茶店を飛び出した時)

梨子(もしかしたら、千歌ちゃんはまだ……曜ちゃんのことが好きなんじゃないかって)

梨子(でもそれは……私にとって、最悪の展開)


梨子(もう……勝負に出るしかないわね)


梨子(確信してしまったから)

梨子(曜ちゃんはまだ……千歌ちゃんのことが好きなんだ)

梨子(もし千歌ちゃんが目の前に現れれば、曜ちゃんはなりふり構わず千歌ちゃんの下へ行く)

梨子(例え誰が引き留めたって……きっとそれは変わらない)


梨子(ひょっとすると、もう手遅れなのかもしれない……でも)

梨子(これが私にとって、残された唯一の希望で……唯一の望みだから)



梨子「曜ちゃん。今日はゆっくり休もう? ね?」

曜「……うん」
57 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:50:18.55 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜
翌日



ようりこ「「ごちそうさまでした」」


梨子「おいしかったね。曜ちゃん特製カレー」

曜「うん! お父さんが教えてくれた船乗りカレーを、アレンジしてみた!」

梨子「高校の時に作ってくれたカレーもすっごくおいしかったけど」

梨子「あの時より、もっとおいしくなってるよ!」

曜「そうかなー、そう言ってもらえると嬉しい」エヘヘ


梨子「じゃあ私、洗ってくるわね」

曜「あ、いいよ。手伝ってくれたし」

梨子「大した事してないわ」

曜「じゃあ、私も洗う」

梨子「……なら、隣で食器を拭いてくれる?」

曜「了解であります!」



シャー…カチャカチャ…



梨子「……あのね、曜ちゃん」

曜「ん?」


梨子「大切な話が……あるの」


曜「大切な話?」



梨子「――私と一緒に、ヨーロッパに来ない?」



曜「……へ?」
58 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:51:49.07 ID:8lVYbNwCO
梨子「そろそろ、戻らなきゃいけなくて……でも、そうすると曜ちゃんと別れることになっちゃうじゃない?」

梨子「私……曜ちゃんとは、ずっと一緒にいたいから」


曜「え……でも……ええっ!?」

曜「私が……ヨーロッパに?」


梨子「ダメ……かな?」


曜「いや、ダメっていうか……考えられないっていうか……」

曜「だって私、英語話せないし……っていうか、英語だけじゃないよね、あそこら辺って」


梨子「その心配はしなくていいの。徐々に慣れていくものだし、それに私が付いてるから」

曜「でも……お金ないし」


梨子「全部私に任せてって言ったでしょ?」

曜「大学……あるし……」


梨子「それはそうかもしれないけど……でも、私は……」

梨子「曜ちゃんと、ずっと一緒にいたいの」


曜「梨子ちゃん……」



梨子「……曜ちゃんは、私のこと……嫌い?」


曜「――っ! そんなわけないよ!!」

曜「梨子ちゃんは私なんかよりずっと綺麗で、可愛くて、大人っぽくて」

曜「穏やかで、優しくて、一緒にいると安心できて……そして」


曜「そして……私を救ってくれた」


曜「できることならついていきたい……大学なんて、正直どうだっていいんだ」
59 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:53:11.36 ID:8lVYbNwCO
曜(じゃあ……なに?)

曜(選択肢は、一つしかないはずでしょ?)


曜(行きたい……行きたいんだよ。何もかも捨てて、梨子ちゃんの元へ)

曜(大変だろうけど……きっと幸せな日々が待ってる。少なくとも、今よりはずっとずっと……幸せな毎日)

曜(何を迷っているんだろう。間違いなく、そこに幸せが待っているはずなのに……)



曜「わ……私……は……」ポロポロ



曜(頭から離れないんだ。あの笑顔が)

曜(太陽のように眩しくて、いつも私たちを明るく照らしてくれた……)



曜(千歌ちゃんの、笑顔が)



曜「ごめん……ごめんね、梨子ちゃん」ゴシゴシ


梨子「曜ちゃん……」



曜「私……ヨーロッパには、行かない」
60 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:56:52.41 ID:8lVYbNwCO

曜(いくらなんでも、酷すぎる)

曜(私は、梨子ちゃんの気持ちを踏みにじったんだ)

曜(梨子ちゃんは、私を救ってくれた)

曜(暗闇で倒れている私に、手を差し伸べてくれた)

曜(そんな優しい彼女を……私は裏切ったんだ)


梨子「……そっか。曜ちゃんは強いね」


曜(梨子ちゃんがいなくなる)

曜(私……また一人ぼっち)

曜(孤独なんて、慣れているはずなのになぁ)

曜(どうしてこんなに寂しく感じているんだろう)

曜(誰かの優しさに……触れちゃったからかな)

曜(それはきっと麻薬なんだ)

曜(一度触れてしまえば、依存して、それ無しでは生きられなくなってしまう)

曜(強くなんてない。あの頃から私は、弱くなってばかりだよ)



梨子「――冗談だよ」



曜「……え?」

梨子「全部冗談。そろそろ帰るっていうのも、曜ちゃんがヨーロッパにって話も、全部嘘」

曜「嘘って……え、どういうこと?」

梨子「私ね、次のコンサートのある日程ギリギリまで、予定を引き延ばしてもらったんだ」

梨子「向こうに戻るまで、あと二週間」

曜「……ってことは」


梨子「もうしばらく、ここでお世話になります」ペコリ


曜「なーんだ……すっごい焦ったよ」

梨子「フフ、曜ちゃんったら……本気で泣いちゃうんだから」クスクス


曜「いや……だって、着いて行かないなんて……本当に申し訳ないと思って」


梨子「そんなことないよ。だって曜ちゃんが今ヨーロッパに行くってことは、ここでの未来を全部捨てるってことだもん」

梨子「私の方が申し訳ないよ……でも、全部冗談だから。忘れて?」


曜「う、うん……わかった」



梨子「――あ、そういえば明日の朝食買ってなかったわね」

曜「明日? それなら別に……」

梨子「私買ってくるよ。あ、曜ちゃん何か欲しいものある?」

曜「えっと……特にないけど」

梨子「そっか。じゃあ、行ってきます」 ニコッ

曜「う、うん」
61 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 22:58:40.03 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



梨子「……」



プルルル…



梨子「あ、もしもし……ええ、予定通りでお願いします」

梨子「いえ、調整はこちらで……はい」

梨子「すみません、私の都合で……よろしくお願いします」



梨子「……ふう」


梨子「……曜ちゃん」


梨子「よ……う……ちゃん……」ガクッ



梨子「う……うぅ……」 ポロポロ


梨子「……ぅ……あぁ……」
62 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 23:01:42.14 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



善子《ねえ、ずら丸。聞きたいことがあるんだけど》

善子《アンタと仲良かった、一個上の文芸部部長って……今どこにいるの?》

善子《えっと、ほら。私、途中から部室行かなくなったじゃない》

善子《それで、先輩の進学先とか全然知らなくて》

善子《もし知ってたら、教えて欲しいんだけど》


花丸《部長は辞めたずら》


善子《は? どゆこと?》


花丸《私たちが三年生になる前に学校を辞めたずら》


善子《え? ゴメン、意味わかんないんだけど》


花丸《千歌ちゃんが、卒業する直前に行方不明になったでしょ?》

善子《ああ、そういえば……って、まってよ。どうしてそこで千歌が出てくるの?》


花丸《全く同じタイミングで、部長も学校を辞めたんだよ》

善子《それって、もしかして……》


花丸《学校では、愛の逃避行だとか噂になったずら》

善子《つまり、駆け落ちってこと?》

花丸《あんまりこういう話したくないんだけどね》


花丸《ところで、どうしてそんなこと聞くの?》
63 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 23:02:54.11 ID:8lVYbNwCO

ルビィ「――花丸ちゃん。次の講義、一緒に座ろ?」


花丸「……あ、うん。了解ずら」モグモグ

ルビィ「もう、またパン食べてるし……太っちゃうよ?」

花丸「心配無用ずら。高校卒業してから、ランニングだけは続いてるから」


ルビィ「へー、偉いね。ところで、今きたラインって……善子ちゃん?」

花丸「うん、そうだよ」

ルビィ「……私には全然連絡くれないのに」

花丸「まるも、すっごく久しぶりずら」

ルビィ「そうなの?」

花丸「どうしたんだろう、善子ちゃん。何故かは分からないけど、部長のこと聞いてきたの」

ルビィ「部長って……あの?」

花丸「うん。まるたちが所属してた文芸部の、元部長」

ルビィ「ふーん……なんでだろう」


花丸「さあ……あ、そろそろ時間だよ、ルビィちゃん」

ルビィ「あっ、ホントだ! 走ろ、花丸ちゃん!」

花丸「うん……」チラッ



善子《あのね。その部長が、私のバイト先の常連客として来てるのよ》
64 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 23:03:52.64 ID:8lVYbNwCO
〜〜〜



善子「ふぅ……面倒ね」


善子(今日もバイト……いい加減うんざりしてきたわ)

善子(別に、割りに合わないってわけじゃない)

善子(時給は高いし、仕事内容も案外普通だし、頼りになる先輩もいるし)

善子(でも……煙草クサいし、うるさいし、あからさまにヤバい客も来るし……ああいう場所、苦手なのよね)

善子(そろそろ辞め時ってことかしら……先輩には悪いけど)


善子「――あれ?」


男「……」スタスタ


善子(あの服装……あいつ、よね)



先輩『関わらない方が正解よ』

先輩『金の事情がもつれると……どんなにいい人柄の人間だって、信用できなくなるんだから』



善子(……やっぱり、放っておこう)

善子(そもそも、私には関係ないんだから)
65 : ◆PChhdNeYjM [saga]:2017/12/13(水) 23:04:43.49 ID:8lVYbNwCO
男「……」フラフラ


バタンッ


善子「え――ちょ、え……?」

善子「だっ……大丈夫ですか!?」


男「う……ううん……」


善子「うっ……酒臭い……」


男「君……誰?」


善子「いや、あの……通りかかっただけですけど」

善子「救急車、呼んだ方が……」


男「っ……!」

男「要らない」スッ


善子「要らないって……ちょ、アンタまだ立たない方が……!」


男「……」フラフラ


善子「待って……待ちなさいよ!」ガシッ


善子「……だったら、せめてそこに座ってて。水買って来てあげるから」
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