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北条加蓮「アタシ努力とか根性とかそーゆーキャラじゃないんだよね」
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1 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:29:10.39 ID:vyCd+JK40
モバマスSSです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1514723350
2 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:30:00.39 ID:vyCd+JK40
「少し時間いいかな?」
学校の帰り道、あてもなくぶらぶらと街を歩いていると、そんな声が耳に届いた。
目を向けるとスーツ姿の男性がいた。年齢はよくわからない、20代中盤ぐらいだろうか?
しゃれた仕立ての黒いスリーピースのスーツは、男性服にくわしくないアタシでも安いものではないとわかる。
「ナンパならどっか行ってよ。そーゆーの興味ないから」
正直なところ、あまりいい印象は持たなかった。
男は、いかにもお金のかかっていそうな格好をしているわりに、やたらと穏やかな顔つきをしていて、声からも妙な親しみやすさを感じた。それが、相手に警戒心を与えないよう、意識的に作っているものに思えたからだ。
男は苦笑を浮かべて、「ナンパじゃない」と言った。
「違うの? じゃあ、どちらさま?」
男は返事の代わり、とでもいうように上着のポケットから名刺入れを取り出し、一枚抜いてアタシに差し出してきた。
ふだん名刺なんて目にすることはないけど、たぶんよくある一般的な形式だと思う。社名と役職と名前が載っている。『Cinderella Girls Production』、女性アイドルを専門とした大手の芸能事務所だ。
「……芸能事務所の、プロデューサー?」
「知っててくれてよかった」
当たり前だろう、と思った。CGプロと通称されるその事務所は、芸能通でなくとも、名前ぐらいは誰でも知っている。
「そのプロデューサーさんが、アタシになんのご用?」
「アイドルにならない?」と男は言った。「君には素質がある」
3 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:31:24.01 ID:vyCd+JK40
胸がどきんとした。
「素質って……アタシが?」
男がうなずく。
やめておけ、と頭の中で声がする。変な希望なんて持つな、傷が深くなるだけだ、と。
「……でも、アタシさぁ、特訓とか練習とか、下積みとか努力とか、気合いとか根性とか、そーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい?」
アタシは少しおどけたように言った。つまり「その気はない」ということだ。
言ってしまってから、かすかな後悔が心をよぎったが、
「いいよ」
男はこともなげに答えた。
「……いや、いいわけないでしょ」
「いいよ、本当に。あ、悪いけど今ちょっと時間がなくて、その裏に地図載ってるから、興味あったら明日の午後に来てね、それじゃ」
「え……いや、ちょっと…………えぇ?」
男の背中が遠ざかり、雑踏に飲み込まれる。
ひとりぽつんと取り残されたアタシは、手に持った名刺を裏返した。裏面には、男の言っていたように簡単な地図がプリントされていた。サイズ的な都合だろう、かなりの部分が省略されていて、駅と道路と事務所しか載っていない。駅のどの出口から出ればいいのかもわからないような、簡単な地図だ。
……アイドル、アタシが?
まさかね、とため息をつきながら、小さく首を横に振った。
そんなことあるわけない。きっとこれはなにかの間違いだ。
アイドルになんて、なれっこない。アタシは、そんな人間じゃないから。
4 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:33:52.34 ID:vyCd+JK40
*
小さいころから体が弱く、いつも入院ばかりしていた。
まるでもうひとつの自宅のように、頻繁に病院を出入りする日々を送っていると、お医者さんや看護師さんと顔見知りになってくる。それから、他の入院患者とも。
入院しているのは当然、重いケガを負った人や、病気を抱えている人たちだ。中には歳の近い子もいて、会えばちょっとしたおしゃべりをするぐらいには仲よくなることもあった。
お互いの病室を行ったりきたりして、入院生活の退屈さや、病院食のまずさの愚痴を言い合う。「あの先生は針を刺すのがへたくそだ」なんて話もした。
あとは、テレビ番組の話題が多かったと思う。
ずっと寝たきりというわけではないにしろ、病院の中で娯楽はそう多くない。だからアタシも含めて、入院患者はたいていテレビをよく観ていた。自販機で専用のカードが売っていて、それの制限時間分だけ観れるというシステムだったけど、家族がお見舞いに来るたびに、なぜか決まってこのカードを買ってくれたので、いつしか消化が追いつかないぐらいの枚数が貯まっていた。だいたいどの家庭でも同じようなことになっていたみたいだった。
「加蓮ちゃんって、**に似てるね」
たまにそんなふうに言われることがあった。
それは人気のアイドル歌手の名前で、当時は毎日のようにテレビに出ていた。
歳はアタシよりかなり上だったけど、そう言ってきたのはひとりやふたりじゃなかったから、たぶん本当に似ていたんだと思う。
「加蓮ちゃんも将来アイドルになるのかな?」
「なれるわけないよ」
「えー、加蓮ちゃんならなれるよ、かわいいもん」
そんなやりとりを何度も交わした。
もちろん悪い気はしなかった。幼いながらも、自分の容姿はなかなかいいんじゃないかと自惚れてもいた。だけど、そんな未来は決しておとずれないだろうとも思っていた。
少し体を冷やしたら熱が出る。風邪の流行るシーズンは誰よりも早く流行に乗る。アタシにとって、たかが風邪は命に関わるものだった。
もしもこの体がふつうだったら、『外』の人たちのように元気だったら、アタシもあんなふうになれただろうか。
いつも、そう考えていた。
5 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:36:22.08 ID:vyCd+JK40
仲のよかった子を、ある日から突然見かけなくなる。長期の入院をしていると、ときどきそんなことが起こる。
いつものように病室をたずねてみると、まるで元からそこには誰もいなかったかのように、空っぽのベッドだけが残されている。
「あの子はどこへ行ったの?」と看護師さんに訊いてみると、決まって、「退院した」と返ってきた。
『退院』にはふた通りの意味がある。
ひとつはケガや病気がよくなった場合、もうひとつは、とてもとても悪くなった場合だ。
よくなったのであれば、そうと言ってくれるはずだった。退院の日なんてしばらく前からわかってるのだから。
少なくともアタシはそうしていた。「〇〇日に退院するから」と仲のいい子には必ず伝えていた。「またね」と言われたときには、反応に困ってしまったけど。
もちろん、絶対とは言い切れない。うっかり言うのを忘れることもあるだろうし、本人が退院の日を把握していないということだって、ないこともない。
最近見かけないあの子はどっちなのか?
アタシにそれを知ることはできない。そこらのお医者さんや看護師さんをつかまえて尋ねれば、返事はもらえるのだろう、「元気になって退院した」と。
どちらの場合でも、そう返ってくる。
6 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:38:55.62 ID:vyCd+JK40
病院の消灯は早い。アタシが別荘にしていたところでは、午後の9時が消灯時間だった。
「その時間に必ず寝ろ」というわけではない。部屋の明かりが落とされるだけで、枕元の読書灯や、テレビは付けることができた。数時間おきに看護師さんが見回りにやってくるけど、よほど真夜中でない限り、とやかく言われることもない。
とはいえ、朝の回診やらなんやらで、起こされる時間もほぼ決まっていたため、自然と規則正しい生活が体に染み付いて、消灯に合わせて眠る習慣ができていた。
ただ、仲よくしていた子が、いなくなったと気付いてしまった夜には、なかなか眠ることができなかった。
その子の身を案じる気持ちはもちろんあった。
でもそれ以上に、『次は自分の番じゃないか?』という恐怖が強かった。
だいぶあとになってから、「死刑囚は自分の刑が執行される日を知らされない」という話をどこかで聞いた。知ってしまうと、恐怖と絶望のあまり、その前に自殺してしまうのだそうだ。
だから死刑囚たちは遠くから足音が聞こえると、「止まってくれ」と願い、足音が自分の部屋の前までやってくると、「通り過ぎてくれ」と願うらしい。そのストレスで病気になってしまうこともあるという。
アタシにはその気持ちがよく理解できた。アタシは執行の日を怯えて待つ死刑囚だった。
あの子は生きているのだろうか?
わからない。
自分はいつまで生きていられるのだろうか?
わからない。
わからなくても、考えないわけにはいかなかった。
夜の病院は静かだ。
静かで暗いというのは、どうしても死を連想させる。
だからアタシはテレビをつけた。
病院の売店で売っている、馬鹿みたいに長いイヤホンをジャックに差し込んだ。
震える体にふとんを巻き付けて、声を噛み殺して泣いて、画面の明かりをにらみつけた。
テレビには女の子が映っていた。
女の子はアイドルだった。
アタシが似ているとよく言われる、あのアイドルだ。
彼女はキラキラしていた。きれいな衣装に身を包んで、たくさんの歓声を浴びていた。
いいなあ、と思った。
それは羨望ではなく、嫉妬だ。
どうしてアタシは、ああじゃないんだろう?
どうしてあの人はあんなに楽しそうに笑えるんだろう?
死に怯え、布団にくるまって涙を流しているのは、どうしてアタシなんだろう?
どうして、どうして、どうして。
『かれんちゃんならなれるよ』
……なれるわけない。だってアタシには、将来なんてないもの。
*
7 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:44:05.66 ID:vyCd+JK40
「ここ、かな?」
スカウトされた次の日、アタシはCGプロの事務所の前に立っていた。
昨日のことはなにかの間違いだ、夢でも見たと思って忘れよう――そう思っていたはずなのに。
学校帰り、ついうっかり家の最寄り駅を乗り過ごしてしまった。
気付けばちょうど名刺の地図に載っていた駅にいた。
駅からそんなに遠くないみたいだし、せっかくだからひとめだけでも見ておこう。
そんな、我ながら無理のある言い訳を重ねながら、とうとうここまでやってきてしまった。
事務所は、家から電車で3駅分ほど離れたところにあった。
近くといえば近く、だけどこの辺り一帯はほとんどオフィス街なので、普段はおとずれることはない。大手というだけあって、事務所となっているビルそのものが、見るだけで気後れするぐらい大きい。「こんな地図でたどりつけるのかな?」と思っていたけど、なんのことはない、いちばん大きな建物に向かって歩けば、それがここだった。
さて、ここからどうしよう?
……さっさと帰るべきだよ。アイドルなんて、なれるわけないでしょ。アタシはそんな人間じゃないんだから。
アイドルなんてテレビの中だけの夢物語。報われない努力なんてするだけ無駄。
努力なんて――
『いいよ』
「……なんで、いいのよ?」
昨日の男の顔を思い浮かべる。理不尽なのは承知の上で、なんだか無性に腹が立った。あの男はいったい、なにを考えてあんなことを言ったのだろう?
8 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:47:37.04 ID:vyCd+JK40
「あ、あの、ちょっといいですか?」
見ると、高校生ぐらいの女の子がいた。かなりボリュームのある長い髪を後ろでまとめていて、まっすぐに切りそろえた前髪の下から意志の強そうな太い眉がのぞいている。あたりに他に人は見当たらない。
「ええと、アタシ?」
「はい! あのっ、ここのアイドルの人ですか?」
「いや、違うけど」
「あれ?」
女の子はあわてた様子でポケットから名刺を取り出し、建物とそれを交互に見比べた。
もしかして、アタシと同じようにスカウトされてやってきたのかな?
「ちょっと見せて」
横から名刺を覗き込む。アタシが受け取ったものと同じデザイン、同じ地図が印刷されていた。女の子が名刺を表側にひっくり返す。社名や住所、代表電話番号なんかは同じ、ただし名前が違った。昨日の、あのプロデューサーとは別の人物から受け取ったものらしい。
「場所は間違ってないよ。その建物がCGプロ」
「そ、そっか、ありがとう!」
女の子は軽い会釈をして、緊張した足取りで建物に入っていった。なんかほほえましいな、なんて思いながらその背中を見送る。
深呼吸して気持ちを落ち着かせ、改めて建物に目を向けた。
あの子はこの要塞みたいな事務所に向かっていった。アタシは、どうする?
心は決まっていた。アイドルになると決めたわけじゃない、ひとつ、あのプロデューサーに訊きたいことがあった。アタシにあるって言った、『アイドルの素質』ってなに? 昨日初めて会って、アタシのことなんて、なにも知らないくせに。
しかし、ここのアイドルじゃないと言っておきながら、中でさっきの子とはち合わせるのも気まずいな、なんて考えて、5分ほど辺りをウロウロと歩き回った。そしてようやく意を決して建物に足を踏み入れた。
さっきの子のこと、笑えないよ、これじゃ。
受付らしきカウンターの向こうに、女の人が3人並んでいる。
なんとなく真ん中の人の前に行って、昨日もらった名刺を見せた。彼女は「そちらにおかけになってお待ちください」と言って、どこかに電話をかけ始めた。
アタシは革張りの長椅子に腰掛けてエントランスの中を見回した。さっきの子は見当たらない。
少し経って、昨日の男――プロデューサーがやってきた。
9 :
◆ikbHUwR.fw
[saga]:2017/12/31(日) 21:52:22.96 ID:vyCd+JK40
「ああ、来てくれたんだ。じゃあ、ついてきて」
ろくにあいさつもしないままにプロデューサーが歩き出す。アタシはあわててそのあとを追いかけた。廊下を歩き、エレベーターに乗り、4階でおりてひとつの部屋に入る。
あまり広くはない部屋だった。入ってすぐのところに小さめのコーヒーテーブルがあり、それを挟み込むようにソファがふたつ置かれていた。奥の方に机がひとつ見える。
「ん、おかえりー……って、後ろはどちらさま?」
ソファに寝そべった少女が言った。かなり背が低くて、クリーム色の長い髪をふたつに分けて束ねている。手には携帯ゲーム機を持っていた。小学生ぐらいに見えるけど、この子も所属アイドルなのだろうか。
「昨日スカウトした子だよ。名前は、名前は…………名前?」
プロデューサーが口ごもる。そういえば、アタシはまだ、いちども名前を名乗っていない。
「あの、アタシは――」
「あ、自己紹介するならちょっと待って。おーい、森久保、出てこーい」
プロデューサーが机に向けて呼びかけた。なんで机に? もりくぼ?
疑問はすぐに解けた。机の下からもぞもぞと、女の子が這い出してきたからだ。
この子もソファの子ほどではないにしろ、かなり小柄だった。
「うう……なんですか? もりくぼの憩いのひとときを邪魔するんですか? いぢめですか? ドメスティックバイオレンスですか?」
「家庭を築いた覚えがないけど」
森久保、と呼ばれた女の子が立ち上がり近づいてくる、と思ったら、まだ距離があるところでぴたりと立ち止まる。顔は前を向いているが、目が泳いでいた。
プロデューサーがこちらに向き直り、小さくうなずく。もう名乗っていいということだろう。
「えっと……北条加蓮、です」
他になにを言えばいいものかわからず、アタシは口をつぐんでしまった。
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